高嶺の花と (haze)
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相席

元々アイドルマスターについては全く知りませんでしたが、友人がVRを持つ私の家にわざわざアイマスVRをするために転がり込んだのを機に知りました。

さて、その中で、あ、このキャラクター書いてみたいなぁと思ったので勢いに任せて筆を握った次第です。もう一つの作品の改訂を進めつつこちらはゆっくりと進めていこうと思います。


 今日の作業がようやく終わった。パソコンを閉じて電源を切って立ち上がる。座っての作業で凝り固まった体をほぐしていく。

 事務室の窓から外を眺めると桜の木が鮮やかだった花びらが散って、新緑の新たな芽を覗かせている。

 大学卒業後にどうにか就活を成功させて今は都内にある博物館で学芸員として勤務している。ここで働くようになってもう五年ほどでそれなりに使える人材になったと思う。

 とはいえ、毎日毎日が史料の調書作成では仕事に対する熱意もとうに薄まってしまった。日々の仕事をこなしては家に帰り酒を煽る。そんな日々ばかり過ごすようになったのは一体いつからだろう。

 柄にもなくそんなことをつらつらと考えながら帰り支度を済ませる。

 

 「そんじゃ、お先に失礼します」

 

 片付けを始めだした同僚に声を掛けて事務室から出る。帰る前に警備員さんが見回ってくれたとはいえ、閉館後の館内を誘導経路に沿って歩く。

 ここに就職する前に初めてこの博物館を訪れた時はさぞかし変人に見えただろう。展示物を見ずに展示ケースや照明、通気孔の位置をガラスフィルムの使用箇所、展示品の固定方法ばかり見ていたものだ。

ここに面接に来た時も館長にその様子を見られていたらしく覚えていたよと言われた。

 

 そんな気力に満ち溢れていた過去を振り返りつつ歩いていると出口に到着する。そして、最後に展示室の照明を落として外へと出る。

 

 

 

 

 

 外へ出るとまだまだ冷たい風が吹き付けてくる。上着の襟を寄せつつ今晩の飯をどうしようかと考える。最近は余り外食をしていないので久しぶりに学生の頃からの行き付けだった居酒屋へ行こうかと思い道を歩き始める。久しぶりに少しは良いものを食べようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 繁華街から少し離れて横路に入ると一見民家に見えるが幟の出ている店が見えてくる。

横開きの扉を開けて、久しぶりに中へ入る。厨房で支度をしている店主が顔を上げて俺を迎え入れる。

 

 「いらっしゃい。お、久しぶりだな。どうだ?仕事の方は?」

 

 髭達磨でまるで山賊といった風貌の店主が相貌を崩しながら話しかけてくる。

 

 「お久しぶりです。もう仕事には慣れましたよ。」

 

 久しぶりに会った店主は、俺が学生の頃から相変わらずのようで温かく迎え入れてくれた。

 とはいえ、どうやらカウンターはくたびれたサラリーマンで埋まっているようだ。まぁ、他の人から見ると俺もそう大差無いように見えるだろう。

 

 「すまねぇな。カウンターは全部埋まっちまってるんだ。そこのテーブルのほうでいいから座ってくれ。久しぶりにお前さんの話を聞きたいからな」

 

 「いやいや、一人でテーブルとか邪魔になるじゃないですか。俺ならまた今度来ますよ」

 

 そう言って店主は二人用のテーブル席を顎で指す。店内はそこ以外が埋まっており居酒屋特有の騒がしさが包んでいる。

 

 「バカ野郎。お前さんの前にそう言って今日までなかなかこなかったじゃねぇか。いいから、座んな。あとこれは久しぶりに来てくれた礼だ。ごちゃごちゃ言わずに受け取んな」

 

 そう言って厨房から出てきた店主が右手で俺の背中をバンバンと叩いきながら俺を無理やり座らせる。左手には盆を持ってビールと枝豆が載せられている。大柄な店主が持つとおままごとのおもちゃのようだ。

 

 俺は店主の好意を有り難く受け取ってジョッキを握る。

 

 「んじゃ、店長有り難くいただきます」

 

 厨房に戻った店主に向かってジョッキを掲げてから一気に煽る。店主は次の料理を作りつつこちらをちらと見て笑う。

 今日もどうやらこの店は繁盛しているようだ。ジョッキを机に起き店内を見渡す。どこの席も埋まってそれぞれの客がそれぞれ今日の疲れを癒している。俺は余り騒がしいのが好きではないがこういった居酒屋の騒がしさは嫌いじゃない。

 

 

 ビールを煽りつつ、店長の手が空くのを見計らってつまみを何品か注文する。いつも部屋で飲む酒よりも数段旨い。

 

 そんなこんなでつまみを堪能していると入り口の扉が開いて一人の客が入店してきた。キャップとマスクをつけているが、キャップから覗く綺麗な髪と左目の下にある泣きぼくろだけでも美人であることが伺える。

 

 「おーい、どうした?聞いてるか?」

 

 ふと新たに入店してきた女性を見ていたら目の前に髭達磨が映る。んぎゃー!妖怪髭達磨!

 

 「お、おうよ!なんや?」

 驚きすぎて口調がめちゃくちゃになってしまった。いやいや、突然の髭達磨ドアップはきつい。

 そうしていると店主が申し訳なさそうに俺に言う。

 

 「すまねぇが、お前の所しか席が空いてねぇんだわ。相席頼めるか?」

 

 ふと、もう一度ぐるりと回りを見渡す。他の客は、各々の料理を堪能しつつアルコールを胃に流し込んでいるが、未だにどこも席が埋まっている。

 

 「相手さんがよろしければこっちはいいですよ」

 

 そう伝えると店主はありがとよ、と呟きニッと笑うと女性の方に歩いていく。そこで幾つか言葉を交わした後、店主に案内されて女性がこちらへ歩いてくる。

 俺の目の前まで来た女性は、俺に向かってふわりと微笑みながら

 

 「相席失礼します」

 

 と言った。目元しか見えないが俺は少し見とれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに楽しく酒を呑んだ気がする。俺はビールを片手に軟骨揚げをつまみ、彼女は日本酒のお供に銀杏をつまんでいた。

 日本酒が届くとすぐさま彼女は日本酒を飲むためにマスクを外した。そこで初めてまじまじと彼女の顔を見ていたら、

 

 「あら、食事時に帽子は失礼ですね」

 

 といい帽子も外した。そんな彼女は、こんな髭達磨が店主の居酒屋には似つかわしくないほど綺麗な人である。とはいえ、あまり他人の顔をじろじろと見るのも失礼なので誤魔化すようにジョッキを煽り店主におかわりを頼む。

 

 しかし、彼女の顔を俺は何処かで見たことがあるような気がする。はて、何処かで会っただろうか?しかし、こんな美人と会って忘れるほど俺の脳は退化していない。思い違いだろうか。というかこんな美人と同席するならもう少し回りに気を遣った格好をすればよかった。そう思い中途半端に剃った髭を手で撫でながら皺の寄ったスーツを見る。とはいえ、今さらどうしようもないので潔く諦めるしかない。

 そう思い顔を上げると彼女はお猪口を両手で持ちくいっと煽っていた。細い喉がコクン動きふぅと息を吐くのが見える。そんな様子を見ていると不意に彼女と目があった。そして、照れ臭そうに

 

 「私日本酒が大好きなんです。ここのお店のお酒は私の口にぴったりです。貴方はビールがお好きなのですか」

 

 と微笑みながら言う。

 

 

 そこから、気がつけば彼女とは店の閉店時間まで呑み続けていた。いつの間にか饒舌になり俺は仕事の愚痴まで彼女に話していた。そんな俺の話を彼女は楽しそうに、時折小さく笑う。彼女は聞き上手なようで普段はあまり話さない俺の口から次から次へと言葉が零れる。

 閉店時間になり店主に声を掛けられて初めて時間に気が付くくらいには二人とも楽しんでいた。

 会計を済ませて店を出る。恐らく彼女と再び会うことは無いだろう。まぁ、この店でもしかしたらまた会うかもしれないが。

 繁華街も店の明かりがまばらになり、タクシーを拾える道まで、彼女を見送る。

 道路脇でタクシーに向かって手を挙げて停め、彼女を送る。タクシーに乗り込み窓を開けた彼女は俺に向かって礼を言ってくる。

 「今日はありがとうございました。初めて居酒屋でお酒を呑みましたがとても楽しめました。貴方のお陰です。それでは、また何処かでお会いしましたら一緒に呑みましょう」

 

 社交辞令ってことくらい分かるが美人な彼女に言われてしまうとアルコールで緩んだ思考だとくらっとどころかグラグラと思考が緩む。

 とはいえ、彼女との相瀬は偶然の産物である。この辺りでさらっと別れておくほうがいいだろう。

 

 「こちらこそ楽しかったです。では、また何処かで」

 

 そう言って俺はタクシーの運転手に目配せをして出してもらう。

 走り去るタクシーの後部座席から後ろを振り向き手を振る彼女が見えたのでこちらも手を振り替えした。

 

 さて、明日からも仕事である。

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅後に久しぶりにつけたテレビをふと見ると先ほど別れた彼女が映っていた。驚きのあまりテレビに釘付けになってしまった。今巷を席巻する大人気アイドルらしい。そんな彼女と俺は今日相席していたようだ。

 こりゃ、密かにまた会いたいと思ってても会うのは難しいよな。1日ではあったがいい夢を見させてもらったものだ。

 

 俺は、そう思いテレビを消して明日の準備をするのだった。

 

 




 さて、タグの時点でヒロインが誰かはお判りかと思います。今のところ登場人物とヒロイン共に名前がまだ出ていませんが…
まぁ、相席しただけじゃ自己紹介なんてしないよね普通ということで
アイマスについて詳しいとは言えませんが、アニメもあったみたいなのでネタ探しとキャラクター構成のために一回くらいは見ておこうと思います。




 
 ビールを主人公が煽るシーンを書いていたら自分も飲みたくなりストックしておいたベルギーのチェリービールを開けてしまいました。最近は国外のビールにはまっている作者です。


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ようこそ我が城へ

勢いだけで二話まで書きあげました。
高垣さんいいっすね。

こんな人が身近にいれば毎日が楽しいだろうなぁ


 さて、夢のような相席から気が付けばもう1ヵ月が経とうとしている。今ではあの相席は独り身で仕事漬けの俺の虚しい夢であったと言われた方が納得できる。あれから帰宅してからは今まで殆どその存在意義を成していなかったテレビを見るようになり画面の向こう側で舞う彼女を見るようになった。

 そして、久しぶりに行ったあの居酒屋へも週一位で通うようになり、もしかしたらまた会えるかもしれないという淡い思いを抱きつつ酒を煽るようになった。まぁ、あれから一度もあの場所で彼女の姿を見ることは無いが。

 

 「おい、大丈夫か?ぼうっとしてるぞ」

 

 いつしか俺は、彼女のことを考えているうちに手が止まっていた。大学の同級生で同じ博物館に勤務になった同僚の山岡に注意されてしまった。

 

 「ああ、悪いな。というかこれってお前の仕事じゃねーかよ」

 

 「そりゃそうだけどさ、今回の企画展担当者が一人だけとか館長鬼じゃん。だからよ我が親友であり心の友である(こう)に手伝いをお願いしてるって訳よ」

 

 「わかったよ。その代わり今度俺が企画担当になったらお前も手伝えよ」

 

 「おう。勿論さ。俺に任せな」

 

 そういって山岡が胸を叩く。こいつは見た目がラグビー選手のようなのでそんな動きをするとまるでゴリラのようである。俺はこいつを大学時代からゴリちゃんと呼んでいる。

 

 さて、以上のように俺は今勤務する博物館で来月から行われる企画展示の手伝いをしている。本来の俺の仕事であるとある民家からの寄贈品である中世の古文書の調書作成を手早く終わらせ燻蒸室に放り込んだ後さぼっていたら企画展の準備で慌ただしく動き回っている山岡につかまり連行された。

 

 「そういえば、今回の企画展は、取材入るらしいぜ」

 

 展示品のキャプションを貼り付ける手を止めることなく山岡が呟く。俺はキャプションの原文をPCに打ち込む手を止めずに答える。

 

 「よく館長が許可を出したな。日程調整はどうするんだ?」

 

 「さぁな、館長が今朝俺に取材入れたから頼むぜって言ってどっか行った」

 

 「まじか。まぁ頑張れゴリちゃん」

 

 「ああ。マジだ……助けて」

 

 「嫌だ」

 

 即答すると山岡は作業を止めて椅子に座る俺に泣きついてきた。ええい、触るな抱き着くな近寄るな鬱陶しい!むさ苦しいゴリラにそんなされてうれしい奴なんかいねぇんだ。

 

 「助けてよ~航えもん~」

 

 そういいながら俺を前後に激しく揺さぶる。ええい!離せ作業が進まん!字が打てない!

 

 「分かった!分かったから離せゴリラ!」

 

 「あざっす!マジ航最高!よっ!イケメン!」

 

 「うるせぇ。その代わり日程調整ぐらいは自分でやれよ。当日の担当くらいはしてやる」

 

 「うぃっす!」

 

 こうして開催期間の決まった企画展の準備を二人してひぃひぃ言いながらも進めていく。

 

 

 

 

 

 「なぁゴリちゃん。なんで今まで取材とかあんまり受けてこなかったのに急に館長は許可出したんだ」

 

 「あー、なんか取材のリポーターが館長が応援してる芸能人らしいぞ」

 

 「そんな理由で俺らは仕事が増やされるのか」

 

 「世知辛いっすねー世の中は」

 

 そう言ってゴリちゃんは飲んでいたコーヒーの缶を握りつぶしごみ箱に放り投げる。俺も飲み終わったコーヒー缶をごみ箱に向かって放り投げててベンチから立ち上がる。

 

 「さてと作業再開するか。行くぞゴリ」

 

 「うい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、企画展だがどうにか開催日の5日前には人に見せられる体制を整えることができた。企画展示室では、残りの照明の角度と室温の経過を確認すれば後はなるようになるさ。

 さて、取材についてだが、開催期間中は、来館者の増加が見込まれる。その為、博物館の休館日か公開前位しか時間がない。

 今ゴリちゃんが取材サイドと調整しているが果たしてどうなることやら。俺としては、博物館の休館日である休みの日にまで出勤は勘弁願いたい。

 メモを片手に電話をするゴリちゃんを見るとどうも今日程の調整をしているようだ。日程を決まるから近くにいてくれとの事なので事務室の自分の席に座り眺めていると電話をしているゴリちゃんがこちらを向き何かを伝えようとしてきた。仕方ないので近くまで寄るとメモ帳を差し出してくる。そこには、明後日から開催日前日までの三日間と企画展開催中の博物館の休館日に印がつけられている。どうやらこの印の日で取材日程を決めようとしているようだ。俺は、迷わず開催前の三日間を指で指し示す。

 それを見たゴリちゃんは、頷き電話越しに日程希望日を伝えていた。

 

 

 さて、どうやら後は任せていいようなので昨日から燻蒸作業を進めている史料たちの様子を見に行くとしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燻蒸作業の経過確認を終えて事務室に戻るとゴリちゃんが俺を手招きしてきた。取材日程が決まったようだ。

 

 「なんだ。ゴリちゃん。取材日程は決まったのか?」

 

 「おう。三日後になったから当日は頼むわ。俺は目録の印刷状況チェックで居ないけど」

 

 「はいよ。分かった。んで、どの程度の解説を挟めばいい?」

 

 「あーそうだな。聞かれたら答えるくらいでいいんじゃね。どうせ詳しい説明まで相手さんも求めてねーだろうし、いざとならあっちでいい感じに編集してくれるだろ」

 

 「それもそうだな。んじゃまぁ気楽にやるわー」

 

 「よろぴくー」

 

 「うぜー」

 

 「ああ、それとだな。明後日にリポーター役の芸能人が下見に来るらしいから対応よろしく」

 

 「はぁ!?聞いてねぇぞそんなこと!」

 

 「そりゃ今言ったしな。とにかくよろしく頼む!その時間は俺展示品輸送の立ち合いだから」

 

 「今度なんか奢れよ。ったく仕方ねぇ」

 

 「ありがとうございます!マジお前が同じ職場で助かったわ!あ、それと芸能人さんに手ぇ出すんじゃねーぞwお前ってば言動さえ何とかすりゃすぐにモテるくらいにはいい面してるからな」

 

 「うるせぇ!と言うか俺がこんな態度取るのはてめぇに対してのみだ。バカ野郎!」

 

 ニヤニヤとニヤついているゴリラの顔面にはとりあえずこいつの机にあった図録の見本を叩きつけておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで日は流れ、取材のために芸能人さんとやらが下見に来る時間になった。誰が来るかはゴリラのやつに聞いても「いやぁそれは見てからのお楽しみってことで。テレビ見ねぇお前でも知ってるとは思うぜ」とほざくのでもう一度目録アタックを食らわせておいた。

 結局誰が来るかわからないので、待ち合わせ時刻の30分ほど前に博物館の受付横で待つことにした。来館者は必ずこの受けつけ前の二重扉から入ってくる。なぜ、二重扉になっているのかは、館内温湿度管理をする上で外気の侵入を出来るだけ少なくする必要がある。そんなわけで元々文化財を扱う施設は入り口といったもの自体が少ない。

 さて、腕時計を見ながら待ち人を待っていると入り口に見覚えのある人影が見えた。それは、丁度一か月ほど前に居酒屋で見た彼女に似ている。正面で待っていると彼女は二重扉をこえてこちらに歩いてくる。あの時と同じように帽子とマスクを付けてはいる。しかし、俺は知っている。その帽子とマスクに隠れた彼女の表情を。数時間ではあったが酒を呑みながら笑いあった時間を。ダジャレを言って自分でツボにはまってしまい涙が出るまで笑ってしまう彼女を俺は知っている。

 そして、彼女のオーラというのだろうか、気品までは隠せていない。周りにちらほらといる来館者も興味深そうに彼女を見ている。

 

 そして、目が合った。果たして彼女は俺のことを覚えているだろうか?人気者で日頃から多くの人と関わりあう彼女の記憶の片隅に一晩だけあった俺はまだいるのだろうか。

 そんなことを考えていると彼女は、目を見開いて

 

 「あら?あの時のビールの方ですか?偶然ですね。またお会いできました。博物館で働いているとはお聞きしましたがまさかここだったんですね」

 

 どうやら彼女は俺のことを覚えていたようだ。気が付けば呼吸を忘れて見とれていた俺は、呼吸を思い出したかのように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようこそ、博物館へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、俺は果たして噛まずに言えていただろうか。

 

 

 




今だに主人公もヒロインも名乗らない。まぁ主人公に関しては、名前部分のみ出てきましたが。

次回でどちらも名までが出るでしょう!さて、ヒロインは一体誰なのか!
ようやくその謎が明かされる!!


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下見と再会

こちらの作品ですが出来上がり次第投稿していこうかなと思っています。
新規作品って投稿に勇気がいりますねと個人的に思ってます。

さてアイドルマスターは登場人物が多いですね。こんなに多いなんて知らなかったわい


 

 「では、改めましてご挨拶させていただきます。私、高垣楓と申します。今日はよろしくお願い致します。どうぞ楓とお呼びください」

 

 「こちらこそよろしくお願い致します。本日案内を務めさせていただきます当館学芸員をしております小暮航と申します」

 

 初めて会ったのは居酒屋で殆ど相手のことを知らなかったので割と気軽に接することが出来ていたがいざ相手が今を時めく人気アイドルだと分かってしまうと緊張してしまう。俺は知らず知らずのうちに触れていたスーツの襟を正した。

 

 「小暮航さんと言うのですね。以前お会いした際はお互い自己紹介をしなかったのでなんだか改めて自己紹介すると気恥ずかしいものがありますね」

 

 そう高垣さんは言い微笑む。

 

 「そうですね。まさか再びお会いすることになるとは思ってもいませんでした。高垣さんが明後日の取材で来られるレポーターの方なんですね」

 

 「そうなんです。レポーターのお仕事はとても久しぶりになるので緊張しちゃって。今回のお仕事も出来るだけ皆さんのお力になれるようにプロデューサーにお願いして来ちゃいました」

 

 そういいながら照れくさそうにはにかむ。間近で見るアイドルとは、ここまで可愛いものなのだろうか。こうやって軽く話しているだけで微笑ましい気持ちになる。とはいえ何時までもここで話し込む訳にもいかない。これは仕事だ。自分にはするべきことがあるのを忘れてはいけない。

 

 「高垣さんは、とても仕事熱心なのですね。では、そろそろ企画展示室のほうに向かいましょうか」

 

 そういって彼女をエスコートした。そろそろ他の来館者たちも彼女が誰であるのか感づいてしまうかもしれない。ここに来る人があまり騒がしい事をするとは思えないがそうなった時の事を考え場所を移動しておいたほうがいいだろう。何かあれば館としても迷惑になるし、高垣さんにも迷惑を掛けることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、企画展示室は普段開放している常設展示室の隣にある。俺は腰に付けたキーケースから企画展示室の鍵を取り出す。

 

 「ここが今回私が取材する場所ですか?大きな扉ですね」

 

 俺の隣に立ち扉が開くのを待っている彼女がそう言う。彼女が言う通り展示室の扉は大きい。横四メートル縦三・五メートルという大きさだ。俺は扉を開けながら彼女の疑問に答える。

 

 「そうですね。ここは色んな展示をしますから。展示物が屏風だったり襖絵だったりすると大型のものも多いのでそういったものでも安全に搬入できるようにこんな大きさなんです。さて、どうぞ」

 

 扉の片方だけを開けて彼女を中に招き入れる。

 

 「それじゃあ、失礼しますね。あら、とても綺麗な屏風ですね」

 

 彼女は、入るや否や感嘆の声を上げる。彼女の目線の先には、今回の企画展示の目玉である国宝の屏風が展示されている。彼女はそのまま展示室をまっすぐに歩いて間近で鑑賞する。彼女の鑑賞している屏風は、国宝に指定されてから初めての外部への展示となる。恐らく関係者以外で見るのは彼女が初めてだろう。俺は、彼女が見入っている姿を後ろで静かに見守る。時折、作品と俺とゴリちゃんが騒ぎながら作ったキャプションとの間を交互に見つつ鑑賞している。

 

 「これは燕子花(かきつばた)っていうお花なんですね。これは絵ですけどとても生き生きした風に見えます」

 

 そういって後ろに控えていた俺に声を掛ける。彼女の後姿に見とれていた俺は、そうです、とどうにか答える。危うく展示物を鑑賞する彼女に見とれて反応が遅れてしまうところだった。

 その後は、予め設定しておいた誘導順路に沿って彼女を案内する。展示物を見ては立ち止まり、またゆっくりと歩きだす。

 

 「あの、小暮さん。本日はありがとうございます」

 

 順路を歩きながら彼女はふと俺に向かった呟く。

 

 「いえ、私としても非常に有意義な時間を過ごせているのでむしろ有難いくらいです」

 

 本当ならば今日もむさ苦しいゴリラの隣で手伝いだったがそれがこんなに楽しい時間になっているのでむしろ感謝したいくらいだ。それにこうして気遣いをしてくれる高垣さんマジ女神。

 

 「本当は、ここには取材日以外で来る予定はなかったんです」

 

 「そうなのですか?」

 

 再び歩き出した彼女がそう呟く。二人しかいない展示室には彼女の透き通った綺麗な声が響く。

 

 「ええ、でも以前あの居酒屋で小暮さんにお会いして博物館のお話を聞いてから興味を持ちまして、この仕事が入った時にプロデューサーにお願いしたんです」

 

 まさかそのような事だったとは思ってもみなかった。あの時の俺good job!!

 

 「そうでしたか。実際に来られていかがですか?」

 

 「そうですね。こういった静かな場所でゆっくりと鑑賞できるのはいいですね。それに小暮さんにもまたお会いできましたし」

 

 そういってクルリと身を翻して彼女は笑顔で言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、特別展示室の案内も終わり、彼女は次の仕事があるらしく帰らなくてはならないそうだ。

 

 「本日はありがとうございました。時間があれば常設展示室にも足を運びたかったのですが申し訳ないです」

 

 「いえいえ、こちらこそお忙しい中わざわざこちらまでご足労頂きましたこと感謝しております」

 

 互いに社会人らしくお礼を言う。その後彼女は後日お世話になる他の職員にも挨拶をしておきたいというので事務室に案内する。こういった彼女の小さな心配りが彼女を人気アイドルへ押し上げた一因なのだろうと思う。

 

 さて、事務室についた彼女は、ほかの職員に取材協力に対するお礼を述べていたが、ゴリラを中心とした男性職員はまさかここに来るとは思っておらず狂喜乱舞の様子で発狂していた。煩いゴリラには鉄拳制裁をおみまいしておいた。因みに彼女のファンだという館長は、事務員に手を回したゴリラの復讐であと一週間は出張である。仕事を増やされた社畜の恨みは大きい。

 ……というかゴリラってこの時間は外回りでいないんじゃなかったのか?話し合いが必要のようだ。

 

 騒がしくなった事務室内を放置し俺は彼女を見送ることにする。

 

 「皆さんとても楽しい方々ですね」

 

 「すいません。うちの同僚がいつもはそれなりに静かな奴らなんです。高垣さんみたいなお綺麗な方が来られて舞い上がってるんです」

 

 「あら?そういう割には小暮さんは普通ですね」

 

 そういって高垣さんは、悪戯気な笑みを浮かべて一歩俺に近づく。近い近い!なんかいい香りがするし!上目遣いは反則です!

 

 「それは…まぁ、何と言いますか。ほら、私の強靭なる精神力で抑えていると言いますか。なんというか」

 

 「ふふっ、そうだったんですか。以前お会いした時とは全然様子が違いましたので」

 

 「それは、まぁ、あの時はプライベートですし、今はお互い仕事ですからね。けじめってやつです。それより、お帰りは如何されますか?」

 

 ごまかす様に話を逸らして急場をしのぐ。俺の問いに彼女は思案顔になり

 

 「そうですね。プロデューサーにお願いするのも今の時間ですと他の子の面倒を見ているでしょうから迷惑を掛けますし、電車で事務所まで帰ろうかと思います」

 

 「いやいやいや!あなたのような人気アイドルが突然駅に現れたらパニックになりますよ!」

 

 「そうかしら?」

 

 「そうです。もしよろしければ、こちらでお送りしましょうか?」

 

 「あら?よろしいのですか?」

 

 「はい。高垣さんさえよろしいのなら」

 

 「それじゃあよろしくお願いしますね。小暮さん」

 

 「承知しました」

 

 どのみち、この後仕事で出かける用事があったのだ。その道中に彼女と一緒に居られるとなるならそちらを選ぶに決まっている。

 

 「では、職員出口にご案内致します。車を回してきますので少々お待ちください」

 

 「はい。分かりました。待ってますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、高垣さんと一緒に車に乗っている。博物館の社用車の後部座席には仕事道具を放り込み運転席に座る。助手席には高垣さんを乗せていざ行かん。

 

 「あの小暮さん少しよろしいでしょうか?」

 

 「何でしょうか?」

 

 俺は、前から目をそらさずに答える。視界の隅に高垣さんがこちらを見ているのが分かった。

 

 「あれからあの居酒屋には行かれてるんですか」

 

 「そうですね。たまに飲みに行きますよ」

 

 「まぁそれは羨ましいです。もしよろしければまたご一緒していただけませんか?」

 

 ここでまさかのお誘いである。心の動揺が運転に出ないようにどうにかこらえる。

 

 「あの?駄目でしょうか?」

 

 俺が動揺を抑えるのに手間取っていると彼女は俺が嫌がっていると勘違いしたようだ。俺は慌てて返事をする。

 

 「いえいえ、私も以前のあの居酒屋ではとても楽しかったですし、こちらからお願いしたいくらいですよ。しかし、いいのですか?」

 

 「なにがです?」

 

 そういって彼女は不思議そうに小首を傾げる。

 

 「その今を時めくアイドルが私のような一般人を居酒屋であってたりしてもです」

 

 「あら、そんなことですか。もう、アイドルにだってプライベートはあるんですから大丈夫ですよ」

 

 そういって彼女はぷくっと頬を膨らませる。その様子があまりにも可愛らしかったのでつい笑ってしまった。

 

 「あら?どうしてそこで笑うんですか?」

 

 「すみません。ははっ、あまりに高垣さんの仕草が可愛らしかったものでつい」

 

 そういうと彼女はぷいっと反対側を向く。

 

 「もう仕方ないですね。それと小暮さん。自己紹介の時の事は覚えていますか?」

 

 「なんです?」

 

 「どうぞ楓とお呼びくださいと言いましたのに、高垣さんとしかおっしゃらないのですね」

 

 「ほら、それはその仕事中ですし、いきなり名前呼びはその気恥ずかしいと言いますか」

 

 そう答えると彼女は、噴き出して笑う。

 

 「ふふっ、あははっ、小暮さんってとても純粋な方なんですね。見た目は怖い人かとおもったらお優しいですし」

 

 そういって彼女は笑いすぎて目じりに溜まった涙を拭う。案外笑い上戸なのかもしれない。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに彼女の事務所の前に到着した。事務所前に車を停めて、助手席のドアを開けてエスコートする。車から出た彼女はこちらに向かって一度礼をする。

 

 「それでは、本日はありがとうございました。小暮さんには今日はずっとお世話になってましたね」

 

 「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございます」

 

 そういって彼女を見送る。事務所に向かう前に彼女はもう一度お辞儀をして帰っていった。

 それを見届けた後、俺は本来の仕事を片づける為に車に乗り込みアクセルを踏み込んだ。

 

 




この作品は、基本的に大人っぽい落ち着いた雰囲気で進めていきたいと思います。
仕事をしつつプライベートを充実させるというのは案外難しいものです。

さて、作中に登場する国宝ですが有名なものなので知ってる人は知ってるかと思います。

二人の関係についてはこれからゆっくりと進めていこうと思います。

もし、よろしければご感想のほうよろしくお願い致します。


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取材と待ちぼうけ

今回は、少し急展開気味です。
楓さんをもっと出したいのですが、ほかのキャラがなかなかによく喋るのでまだ出番が少なめですね


 

 

 「どうも、社会報道部でディレクターをしています。小橋です。今日はよろしくお願いします」

 

 「初めまして、本日担当を務めさせていただきます小暮です」

 

 取材当日になり、テレビ局からはディレクターの小橋さんを始め音声とカメラマンの三人が来ていた。慣れたように三人で名刺交換を行う。小橋さんの名刺には、自分の受け持つ番組名が書いてある。まだ三十代に見えるがなかなかのやり手のようだ。取材開始はあと一時間ほど後だが小橋さん達とは取材時の動きについて打ち合わせをする為にもう集まっていた。まだ博物館も開館前なので閑散とした館内の受付前にあるテーブルで四人で車座になって座る。予め今回の取材の動きについては冊子で送られてきたので確認行う。放送は大体30分ほどになるようだ。とはいえ、取材自体は10時ごろから午後まで行うことになるだろうと言われた。俺の仕事はもうすぐ来るであろう高垣さんを案内しつつ質問に答えていればいいだろう。あとは、編集だ編集。あちらさんが上手いことやってくれるだろう。

 確認が終われば、もうそろそろ到着する高垣さんを待つだけで四人して椅子に座り入り口のガラス越しに外を眺める。

 いい年した男たちがぼけぇっと外を眺めているのはなかなかにシュールな光景だ。ガラスに反射する自分たちの姿が笑えてくる。しかし、流石にここで不意に笑うのも変な人だと思われるので堪える。

 そうこうしているうちにゲートから一台の車が入ってくる。どうやら、今日の主役がご登場したようだ。四人揃って腰を上げて停車した車の元に集まる。

 

 俺たちが車のそばに着くと同時に後部座席から高垣さんが下りてくる。

 

 「おはようございます。皆さん、今日はよろしくお願いしますね。あら、小暮さん二日ぶりですね」

 

 「そうですね。今日はお願いします」

 

 ニコリと微笑みつつ挨拶をしてくる高垣さんに答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小橋さんたちが機材の最終調整をし、高垣さんがメイクをしに行っている間に付き添いのプロデューサーを交えて雑談をすることになった。名刺ケースから名刺を取り出しつつ恒例の名刺交換タイムである。

 

 「どうも、プロデューサーの武内です。よろしくお願いします」

 

 「こちらこそ、学芸員の小暮です。よろしくお願いします」

 

 互いに会釈しながら交換する。そして、名刺交換するなり二人して黙ってしまった。特にすることもないので交換したところの名刺に視線を落として間を稼ぐことにする。そうしているとメイクを終えた高垣さんが戻ってくる。

 

 「お待たせしました。お二人とも。おや?どうかしましたか?」

 

 そろそろ気まずくなって来た頃なのでタイミングよく表れた高垣さんマジ女神。

 

 「何でもないですよ。では、小橋さんたちの準備も終わるころだと思うので合流しましょうか」

 

 俺は二人にそう言って小橋さんたちのいる場所に向かって歩き出した。高垣さんは、そんな俺の横に並ぶように歩き声を掛けてくる。

 

 「小暮さん、今日はあまり緊張されていないみたいですね」

 

 「そうですかね。まぁテレビの取材なんかは今までに何度かありますからね。でも緊張してないわけではないです。むしろ今までで一番緊張してます」

 

 「あら、そうなのですか?」

 

 そういうと彼女は俺の顔を覗き込むように見上げてくる。

 

 「まぁ隣にあなたがいれば男性ならだれでも緊張しますって。今こうして一緒に歩いてるだけでも緊張で足がすくみそうです」

 

 とおどけながら答えると彼女は、くすりと笑って

 

 「それはいけませんね。早く慣れてくださいね」

 

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、取材については特にこれといった出来事や問題は起きなかった。カメラが回ることについては今までも何度かあったのでもう慣れてはいる。慣れないことと言えば隣で様々な表情を見せてくれる高垣さんだろう。そんな彼女の表情に不意にドキッとすることがあったくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はーい、オッケーでーす」

 

 小橋さんたちと俺と高垣さん、そして彼女のプロデューサーだけの企画展示室に小橋さんの声が響いて撮影が終わったことを告げる。いつの間にか肩に力が入っていたようでほぐす様に肩を回す。

 

 「小暮さんお疲れ様です。今日もとても楽しかったですよ」

 

 そう言って彼女も疲れているであろうに俺のことを労ってくれる。

 

 「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 

 「それとなのですけれど小暮さん今晩空いていますか」

 

 不意に彼女が俺にそう問う。突然の事であまり頭が回っていなかったがとりあえず空いていることだけを伝える。すると彼女の表情が花開いたかのように明るくなった。

 

 「よかった。でしたら今晩またあの居酒屋に行きませんか?」

 

 彼女はそう言った。

 

 「え?ええ。自分でよければ」

 

 「では、今日の8時ごろにまたあの場所でお会いしましょう」

 

 俺はそう答えるので精一杯であった。まさかまた彼女と会うことができるとは思ってもいなかった。元々住む世界が違うのだ。初めて会ったあの日も本当に偶然で、今回の取材に関してもそうである。俺の夢のような時間はもう少しだけ続くようだ。

 

 

 

 

 

 

 テレビ局の小橋さんたちはこれから編集作業に入るとの事でそそくさと帰っていった。その後に続くように高垣さんとプロデューサーも事務所に帰らないといけないという事で見送った。何時ぞやのように車の後部座席から手を振る彼女の姿が印象に強く残った。

 それから誰もいなくなった企画展示室へと戻る。先ほどまで人がいた様子が全く感じられないほどがらんとしている。まるで今日の取材自体が嘘であったかのようだ。大きく息を吐いて改めて肩の力を抜く。

 

 それから、俺は取材の終わりを知らせるために俺は事務室へと戻った。

 

 「取材終わったぞー」

 

 事務室の扉を開けるなり俺はそう言った。

 

 「ういーお疲れー」

 

 そう答えたのは、目録印刷の検品に出かけているはずのゴリちゃんである。なんでいるんだよお前。

 

 「おい、ゴリラ。お前今日外じゃねーのか?」

 

 「や、やだなー。航の勘違いじゃないか?」

 

 そう言いつつ俺から目を逸らす。そんなゴリラの頭を片手で上から握り無理やりこちらを向かせる。

 

 「ほら、正直に言えや」

 

 「……検品の日にち間違えてました」

 

 こいつにはもれなく目録アタックを食らわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、取材対応以外の仕事は今日の分はもう無いので定時を過ぎたころには暇になったしまった。残業がないのは素晴らしい。明日の準備をしつつ自分の椅子にどっかりと座りこむ。待ち合わせは今日の八時である。しかも相手はあの高垣楓である。今になっても信じられない。こんな一学芸員が有名アイドルと居酒屋で待ち合わせとか実際に自分の身のこうして起こるとは思ってもみなかった。事務室の壁に掛けられたアナログ時計を見つつ時間が過ぎるのを待つ。周りの同僚も仕事が終わり帰り支度をし始めた。俺も何時までもここにいても意味がないので鞄をもち腕時計を付ける。仕事中は、文化財を扱うこともあるので何も身に着けないようにしている。そして、この時計を付けるかつけないかで俺は仕事モードとプライベートを完全に分けている。もうここに来るまえからの習慣になっている。

 

 「んじゃ、お疲れーっす」

 

 鞄を肩に掛けなおして俺は事務室を出る。最後に館内をぐるりと見回り職員出入口に向かう。今からゆっくり歩いていけば八時前には居酒屋に着くだろう。久しぶりに足取り軽く外を歩けそうだ。

 

 

 

 

 

 居酒屋に到着し、店主の髭面を拝む。

 

 「おう。よく来たな。カウンター空いてるぜ」

 

 「うっす。いや、今日は待ち合わせしてるからテーブル借りていいですか」

 

 「おう。いいぞ」

 

 店主に許可を取りテーブル席に向かう。幸い彼女と以前相席になった場所が空いているのでそこにする。

 

 「んで。注文は?」

 

 厨房から店主が声を掛けてくる。

 

 「あー、とりあえず、なんか軽いので。あとアルコールは相手が来てからで」

 

 「はいよ」

 

 店主につまみはお任せし彼女を待つ。ちらっと腕に付けた時計を確認するとあと十五分ほどで八時になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八時になった。彼女はまだ来ていない。店主にお任せしたつまみをちまちま食いながら待つことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九時になった。彼女はまだ来ていない。店主には追加でつまみを頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十時である。女々しくもまだ俺は一人で店にいる。店主は何も言わないが注文もそこそこで一人で二時間も居座るのが申し訳なってくる。とはいえ、連絡先を交換などしていない。この約束も口約束だったのだ。恐らく彼女は何か用事が入ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「店長、ビールくれ」

 

 「いいのか?待たなくて」

 

 「ああ、もういいや。元々ただの口約束だったんだ」

 

 「そうか。……ほらよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に時計を確認したのは何時だっただろうか?久しぶりに酔いつぶれそうになるまで酒を煽った。ヤケ酒をしたのはいつぶりだろうか。店主に金を払って店から出たのは覚えている。酩酊する意識の中で明日も仕事があるのでどうにか家に向かってよたよたと歩く。

 アイドルと飯とか笑えてくる。やはり夢だったのだ。そうだ。んな忙しいアイドルが俺なんかと行くわけねぇ。ハハッ笑えてくる。何を馬鹿正直にこんな時間まで居酒屋に居座っていたんだか、まるでサンタを信じているガキのようだ。

 一人で乾いた笑い声をあげながら進む。本来なら関わることもない人なのだ。ここらで忘れて明日から仕事を頑張ろう。明日は、慣れ親しんだ古文書の調書作成だな。そこまで考えて重くなった頭に掌を当てて冷やしながら歩く。周りの喧騒も何時しかアルコールの回り切った頭では聞き取れなくなってきた。そんな意識の中、最後に誰かが俺の名前を呼んだ気がした。

 

 

 

 

 

 どうやら俺は夢を見ているようだ。酒の回り切った頭で見る夢の中ではどうやら俺は自分の家で高垣さんとお酒を呑んでいる。部屋に据え置きのビールを二人で飲んでいるようだ。今日の俺が居酒屋で会えなかったから夢を無るとは我ながら女々しいな。まぁ、夢でならそれはそれでいいや。そう思いなおして缶ビールを煽る。居酒屋で一人で煽った生ビールよりも美味しく感じた。

 夢の中での俺は彼女に今まで仕事中だったので言えなかったことを言っておこうと思った。あの時の高垣さん表情が可愛かったとか髪が綺麗とか何の脈絡もなく言っていた。彼女の瞳は近くで見ると色彩が違うようだ。俺は、横に座る彼女の近く寄りその瞳を覗き込む。綺麗な瞳をしている。

 

 

 そこから、もう一つビールを開けたあたりで夢の中で俺はまた眠ってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。見慣れた天井である。どうやら昨日は酔っぱらいながらも家に帰ってこれたようだ。少し頭が痛む。かなり飲んだようだが二日酔いはそこまでひどくなさそうだ。なんだかとても愉快な夢を見ていた気がする。痛む頭を抱えながら視線を横に向けると机の上にはビールの缶が散乱している。誰だこんなに飲んだのはっ!って俺しかいねぇよな。どうやら帰った後にまた一人で飲んでいたようだ。それにしても数が多い。まるで二人いたかのようだ。そんなわけないよなと一人で苦笑する。

 いつまでもベッドの上にいるわけにもいかない。今日もまた仕事だ。そう思い立ち上がろうとすると右手が柔らかいものに触れる。不思議に思いとなりを見ると……

 

 昨日、博物館で別れ、居酒屋で会えなかったはずの彼女がいた。

 そう、高垣 楓である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………why

 

 




皆さんもお酒には気を付けましょう。
作者は、アルコールに強く比較的なんでも飲みますが専ら自宅での宅飲みが中心です。一人でのんびり飲むのもいいものです。まぁ友人と居酒屋でわいわいしながら飲むのも好きです!(どっちやねん!)




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切れなかった縁

ちまちまと書いていきます。


 なぜ高垣楓がここにいるのだろう。慌ててベッドから立ち上がり呆然とする。

 ベッドの中ではまだまだ彼女がすぅすぅと寝息を立てている。俺が立ち上がった事で捲れ上がった布団から彼女の細い腕が見える。少し暖かくなったとはいえ朝はまだ少し肌寒い。彼女は、寒さを覚えたのか小さく眉根に皺を寄せてベッドの上で猫のように丸くなった。その時にうなじが見え俺は柄にもなくドキリとした。

 慌てて俺は目をそれして現実から目を逸らす。ああっ、今日もいつもと変わらない朝である。そして、目をベッドの上に戻す。高垣楓が眠っている。

 

 

 

 やはり夢ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!俺は一体何をした!何がどうしてこうなった!?現実を直視し俺は頭を抱えて座り込む。あの夢は現実だったというのか?今では曖昧だが色々とやらかしていた気がする。不味い。これは非常に不味い。

 俺は頭を抱えたまま唸る。

 

 

 「あら、おはようございます。小暮さん」

 

 俺が唸っている間に後ろから声がかかる。振り返るとベッドから身を起こしぺたりと座りこむ彼女の姿がある。その瞳はまだ眠そうに緩み毛繕いする猫のように目元を拭っている。その姿は彼女の独特の雰囲気と合わさり落ち着く。

 

 「あ、おはようございます。ってそうじゃねぇ!あのですね。なんでこんなことになってんのかなぁとおもいまして」

 

 「ふふっあらあらお忘れですか?」

 

 「いや、どうも相当酔っていたようで記憶が曖昧で」

 

 「あら、あんなことまでされましたのに」

 

 そういう彼女は顔をポット赤く染めて口元に手を当てる。なんだその反応は!?ほんとあの時の俺は何をした!彼女の反応を見て俺は再び頭を抱える。そんな俺の様子を見て彼女は楽しそうに笑う。いやいや、アイドルと同衾とか笑い事じゃねーですよ高垣さん。

 

 「もう、忘れてしまうとは仕方のない人ですね。私を連れてきたのは小暮さんですよ?お仕事の時とは違ってプライベートではとっても情熱的なんですね」

 

 そう言って赤みに差した頬に両手を当てる。

 

 「すいませんでした!」

 

 ここまでくると最早俺にできることはひたすら謝り倒すのみである。土下座である。床に両手と膝を付き頭を下げる。

 

 「あら何をされているんですか?小暮さんが謝る必要はありません。元々私が待ち合わせに間に合わなかったのが悪いのですから。それに居酒屋では飲めませんでしたがここで小暮さんと一緒にお酒を飲めたので私は満足しています」

 

 そう言って彼女は再び笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、俺が居酒屋で待っていた時に彼女が来なかったのは急遽仕事が入ってしまったそうだ。しかし、連絡先の交換をせずに分かれた為連絡の取りようがなかった。しかし、このまま行かないわけにも行かず仕事が終わるや否や彼女は事務所から居酒屋に向かったそうだ。そしてその道中に酔っぱらって帰る俺を見つけたらしい。かなり酔っ払った俺は彼女を家に誘ったようだ。約束をすっぽかしてしまったのでその埋め合わせという意味もあったが千鳥足の俺を放っておけなかったそうだ。本当にご迷惑お掛けしました。

 

「ふふっ本当は小暮さんをお送りしたら帰ろうと思っていたのですが一緒に飲もうって小暮さんにお誘いされたので私も飲みたくなって」

 

 そう言って可愛らしく舌を出してウィンクする。

 

 「それに一緒に飲もうって言ったのに先に飲んじゃってる小暮さんも悪いんですからね」

 

 そうして彼女はこちらを見る。

 

 「それはすまないことをしました」

 

 「ふふっ許してあげます。あら?もうこんな時間ですか。早くしないと今日のお仕事に遅れてしまいますね」

 

 そう言って彼女は机の上に置かれた時計を見る。俺もその視線を辿るように時計を見る。そろそろ俺も職場に向かわなくてはならない時間である。

 

 「送ります。今日は車で行くので」

 

 「そうですか?ではお言葉に甘えさせていただきますね」

 

 

 

 

 

 俺と彼女はそそくさと身支度を終えて家を出る。車に乗り込み隣に彼女が座ったのを確認しアクセルを踏む。

 

 「そういえば、一か月前に小暮さんと居酒屋でお会いした後に一人で事務所の近くにある居酒屋に行ってみたんです」

 

 「そうなんですか」

 

 「はい。お料理もお酒も美味しかったのですが何だか少し物足りませんでした」

 

 「はぁ、というと?」

 

 「私もなぜなのか考えてみました。以前小暮さんと会ったときとの違いを考えたら、あの時はあなたとお話をしていたからいつもよりとっても楽しかったと気づいたんです。それで取材の時にまたお会い出来た時に、これは是非ともまたご一緒したいと思いました」

 

 そう言って助手席に座る彼女はとびきりの笑顔で俺に微笑む。

 

 「ですが、殆ど初対面の私と今日のように家で飲むというのに何と言いますか危機感といったものはなかったのですか?」

 

 と問いかけると、彼女はそうですねとつぶやいた後

 

 「小暮さんとなら大丈夫かなと思いまして。これでも人を見る目はあるんですから」

 

 あまり勘違いしてしまうようなことを言ってほしくはない。おそらく俺は耳まで真っ赤になっているだろう。それから取り留めのない会話をしつつ高垣さんを事務所へと送る。

 

 

 

 二十分ほどで彼女の務める事務所に到着する。

 

 「送迎ありがとうございます」

 

 車から出て助手席のドアを開けて彼女を見送る。事務所に向かう彼女を見送ってから車に戻る。サイドを外し周囲を確認する。

 

 「小暮さん!」

 

 不意に名前を呼ばれた。声のしたほうを向くと小走りで戻ってくる高垣さんの姿が見える。そのまま車の隣まで駆け寄ってきた。

 

 「あのこれを」

 

 そう言って彼女は手に持った紙を差し出してきた。メモ帳のページをちぎったようだ。

 そしてそこには、彼女の連絡先であろうアドレスと電話番号が書かれている。

 

 「これは?」

 

 「また、小暮さんを待ちぼうけさせる訳には参りませんからね。私の個人の連絡先です。大事にしてくださいね」

 

 そういうなり彼女は来た道を戻っていった。俺は彼女から受け取った手紙を手にしたまま走り去る彼女を再び見送った。

 それから、しばらくして気を取り直して車を出す。

 

 

 

 

 博物館に到着し事務室に向かう。

 

 「おっすー」

 

 事務室には、何人かの同僚と企画展示のために早めに来ているゴリラがいた。

 

 「ういっす。今日は朝から機嫌がいいな、航」

 

 「まぁな」

 

 ゴリラには軽く手を返答する。自分の席に着き鞄を置く。始業時間まで少し時間があるので今のうちに高垣さんの連絡先を登録しておく。こちらの連絡先を相手は知らないのでメールに電話番号を添付して送信する。

 送信してスマホを机に置く。するとすぐに着信があった。開いてみると送り主は高垣さんだった。

 

 

 『連絡先お送りくださりありがとうございます。これでまたお会いすることができますね。これからよろしくお願いします。

  それと、食事はしっかりととってくださいね。お酒とカップ麺ばかりでは体調を崩しますからね』

 

 

 

 どうやら酒ばかりの冷蔵庫とストックされているカップ麺を見られていたようだ。スマホを眺めながら俺は頬が緩む。

 

 「なにスマホ見ながらにやけてんだ?なんかいいことでも?」

 

 席が隣のゴリラにその様子を見られていたようだ。

 

 「なんでもねぇよ。さてそれより仕事の時間だ」

 

 俺はスマホを机に置き腕時計を外した。




 さて、最後の腕時計を外す意味ですが、学芸員は貴重な史料を取り扱うため装飾品はご法度です。その為仕事の際には、身に着けている指輪や時計は外します。結婚指輪も外さないと史料を扱えないので、付け忘れた職員が家に帰って夫婦喧嘩の種になったりもします。

 また、文書等の紙媒体の史料を扱う際には、清潔にした素手で触ります。よくテレビで見るような手袋をして文書を扱っている人はにわかか素人です。



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出会い

今回は主人公視点ではなく高垣楓視点でのお話です。
今までの出会いからの話を彼女視点でお送りします。


「小暮航さん」

 

 彼の名前を口に出してみる。一か月前に初めて行った居酒屋で出会って方です。居酒屋に行くのも初めてで少し緊張していましたが彼と偶然相席することになりとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。おつまみも絶品でしたが彼と過ごす時間はとても楽しいものでした。あれほどまでに男性と関わるのも初めての事でしたが楽しい時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はお酒を飲むのが好きです。ですのでまだ行ったことのない居酒屋でもお酒を呑んでみたいと思っていました。ですので前から事務所の近くでおいしいお酒とおつまみのある居酒屋を探していました。そしたら、丁度私が居酒屋に一度行ってみたいという話を聞いた川島さんからいいお店を教えていただきました。それから、川島さんと一緒にそのお店に行く約束をしました。

 ですが、約束の日に川島さんに用事が入ったため行けないとの連絡が来ました。とはいえ、もう私は店の前まで来ていたのでここで帰るというのも勿体ないですし何よりお店から漂ってくる美味しそうな匂いには逆らえません。一人での居酒屋は少し緊張しました。

 後になって考えるとここで帰らないでよかったと思います。

 

 

 

 

 

 お店は、とても繁盛しているようでどこの席も埋まっています。私が入り口でどうしようかと思っているとお髭がとってもチャーミングな方が出てきました。どうやら、店主さんのようです。店主さんは相席でいいなら準備できると仰ったのでお願いしました。するとテーブル席に座っている方のもとに行き二言三言話しているようです。そこに座っている男性がこちらをちらりと見てから店主さんに答えるのが見えました。それから店主さんが私の元に戻ってきてました。相席させてもらえるようで案内していただきました。

 

 

 

 

 とりあえず、メニューにあるおすすめの品を注文しお酒は日本酒にしました。店内はとても賑やかで温かな雰囲気です。こういった雰囲気のお店は初めてですがいいものですね。

 お料理とお酒が届くまでの間に正面に座っておられる方を観察してみます。スーツ姿で枝豆をつまみながらおいしそうにビールを飲んでおられます。

 見た目は、色素が薄いのか少し茶色かがった髪にスッと筋の通った鼻筋でモデルをされていてもおかしくはないような容姿の方です。そして、今のお酒の入った表情は、気が緩んでいるのか目元が柔らかく解れ見ている私までリラックスしてしまいます。それに、とても美味しそうに飲んでおられるので私も今日くらいは日本酒ではなくビールにすればよかったかしら。そんなことを考えていると私の注文したお料理と日本酒が届きました。早速、頂こうと思います。お猪口に日本酒を注いでまずは一杯です。ゆっくりと飲み干して顔を上げると目の前の男性が微笑ましそうな表情で私を見ていました。私は少し照れ臭くなって

 

 「私日本酒が大好きなんです。ここのお店のお酒は私の口にぴったりです。貴方はビールがお好きなのですか?」

 

 と少し照れくささを隠す様に言いました。それから、このお店には久しぶりに訪れたという男性との間で会話が弾みました。男性はこの近くにある博物館に勤務している学芸員さんだそうです。学芸員という職業はあまり耳にすることがなかったのでお聞きしてみると博物館などで働いたり、貴重な史料を扱う仕事だそうです。これには国家資格が必要だそうで彼は大学生の頃からずっと勉強されていたと仰っていました。私は、今まで関わっていた世界とは全く違う世界でとても楽しませていただきました。

 私は彼の話すお話がとても楽しく色々とお聞きしてしまいました。分からない事があれば彼は私の表情からそれを読み取り私に分かりやすいように言い換えて教えてくれます。仕事のお話やその中での愚痴なんかも私の知る世界とはまた違ったお話で彼の語る話にどんどんと引き込まれていったしまいました。

 博物館にはいままで殆ど行ったことがありませんでしたが彼の話を聞いていると少し行ってみたい気持ちになりました。

 

 気が付けばお店の閉店時間が間近になり名残惜しいですがお別れしなくてはなりません。終電の時間も過ぎてしまっているので私はタクシーで帰る事にしました。彼はそんな私を途中まで送ってくれました。

 別れ際に彼は

 

 「こちらこそ楽しかったです。では、また何処かで」

 

 と一声私にかけててくれました。彼のその言葉は社交辞令かもしれませんが私は本心でもう一度お会いしてお話したいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの楽しかった相席の日から半月ほど経った頃、プロデューサーさんから博物館でのレポーターのお仕事があると聞かされました。博物館と言われて私の脳裏にはあの相席でお会いした彼の姿が浮かびました。仕事を受けるかと聞いてくるプロデューサーさんにすぐにその仕事をお受けする旨を伝えます。彼は都内の博物館に勤務していると言っていました。もしかしたらまたお会いできるかもしれないと思うと少し胸が高鳴りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リポーターのお仕事の下見で再び彼と再会ししました。

 そのとき私はとても驚きましたが、それ以上に私を見た彼のほうが驚いた様子を見せた時は失礼ながら笑ってしまいました。ふふっ、端から見る彼はクールな印象を感じさせますが話してみるとそんな印象を払拭させるほどとても表情が豊かな方でした。

 とはいえ、お仕事中というのもあるのかすぐに居酒屋でお会いした時のような柔らかな雰囲気と優しい口調から一転し真面目な表情に固い口調に変わったとで少し残念に思います。しかし、下見中の案内の中で私の表情から読み取って説明してくれたり案内する際のエスコートといった気配りは変わらず嬉しく思いました。

 また、この時に初めて彼の名前を知りました。『小暮航』それが彼の名前です。私は、口に出して彼の名前を呼んでみると前を歩く彼が振り返りました。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「あ、いえ、何でもありません」

 

 「そうですか。もし何かありましたらお気軽にご質問ください」

 

 相変わらずの固い口調と表情です。もう少しあの時のように接してもらいたいと思いましたがこれが彼の仕事の時のスタイルなのでしょうから知り合ったばかりの私がずけずけと口を出すのは気が引けました。

 その後お世話になった博物館の職員の方々にもお礼を言いたいと小暮さんにお伝えすると快く事務室まで案内していただきました。私が興味深そうに周りを見渡しながら歩いていると小暮さんは一つ一つ丁寧に説明してくださいました。

 

 

 

 

 

 

 取材当日になりました。

 小暮さんは先に来ていたテレビ局の方たちと先に打ち合わせをされていたそうで待っておられました。そして、取材についてお聞きしたところ今までも何度か取材されたことがあったそうであまり緊張されていないそうです。しかし、

 

 「そうですかね。まぁテレビの取材なんかは今までに何度かありますからね。でも緊張してないわけではないです。むしろ今までで一番緊張してます」

 

 と少し照れながら仰いました。そんな様子を見て私は一歩小暮さんの傍により彼の顔を見上げます。彼は私より身長が高いので自然と下から見上げる恰好になります。

 

 「それはいけませんね。早く慣れてくださいね」

 

 と言いました。小暮さんはそんな私を見るとすぐさま顔を逸らしました。あら?どうかされたのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 それから取材は問題なく終わり、ディレクター小橋さんの一言で最後の撮影が終わりました。取材班の方のお礼をいい、それから、折角また再開できたのでまた小暮さんと一緒にあのお店へ行きたいと思い小暮さんに声を掛けます。まだ、お仕事モードなのか少し冷たさを感じさせる彼に聞くのは少し勇気が必要でしたがお誘いしたところすぐに承諾を頂けました。嬉しさから胸を撫でおろしました。

 

 

 

 

 

 しかし、私はここで連絡先を交換するという事を忘れていたため後になって後悔することになりました。

 

 

 

 

 待ち合わせの一時間前に本来の予定のお仕事はすべて終わりました。しかし、ようやく事務所から出る時にプロデューサーが後ろから追いかけてきました。どうやら、明日の仕事のことで急遽変更があり、今、明日の仕事でご一緒する方が来ているので今から来てほしいとの事でした。

 

 「プロデューサーさん、どうしても今からでないとだめでしょうか?」

 

 「申し訳ありません」

 

 本当に申し訳なさそうにプロデューサーさんが頭を下げます。私は、後ろ髪を引かれる思いで事務所に戻り打ち合わせに向かいました。

 それから、打ち合わせをこの後に私も用事があるので出来るだけ早く済ませてくださいとお願いしましたが、打ち合わせはなかなか終わらず私は打合わせ資料と時計の間を忙しなく視線を行き来させていました。

 打ち合わせが終わったのは時計の針が十一時を回ろうかという時刻です。待ち合わせの時間から随分時間が過ぎていました。それでも私はこのまま何もせずに帰るわけにも行かずすぐさまタクシーを拾ってお店に向かいます。

 自分から約束しておいてこの様です。小暮さんには本当に申し訳ないことをしてしまいました。タクシーの後部座席で私は一人ため息をつきました。あともう少しで待ち合わせのお店です。おそらくそこに小暮さんはもういないでしょう。そうしてふと目線を窓の外に向けるとそこにはゆっくりとした足取りでどこか危なげに歩く男性の姿が見えました。しかも、その後姿は博物館で私を優しくエスコートしてくれた彼の姿にそっくりです。そのままタクシーは歩く男性の横を通り過ぎました。私は男性の顔を確認する為に通り過ぎるタクシーの後部ガラス越しに振り返りました。そこには、繁華街の賑やかな灯に照らされている小暮さんの姿がはっきりと見えました。

 

 「運転手さん。ここでいいです。降ろしてくださいますか?」

 

 「ええ?ここですか?もうすぐ目的地ですよ」

 

 「いえ、ここでいいですので」

 

 手早く運賃を払いタクシーから飛び出す様に走り出しました。

 

 「小暮さんっ!」

 

 私は普段あまり出さない大きな声で呼びかけます。私の呼びかけに少し遅れて彼が顔を上げました。彼は不思議そうにこちらを見た後に見た後、パァっと明るい表情に変わり片手を挙げ

 

 「やぁ、遅かったね高垣さん。この後俺の家で飲まない?」

 

 お仕事の時とは打って変わって表情豊かな彼に私は安心しました。彼のお仕事の際の冷たさを感じる表情も嫌いではありませんが私はこちらのほうが好きです。

 

 「小暮さんがよろしいならご一緒させてください」

 

 「勿論。いいともー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




25歳児よ、そいつはただの酔っぱらいや!


今回の話で今までの主人公との絡みの話を済ませようと思いましたが少し長くなったので二話構成になりそうです。


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出会いと朝

明日はおそらく執筆時間が取れないだろうと思うので投下じゃ

今日はいつもより冷え込みましたね。外を歩いていたら息が白くなってました。


 陽気な小暮さんに手を引かれて歩く。一緒に飲もうという提案を受けた私の手を小暮さんは流れるような動作で優しく握りました。

 

 「ごめんね。飲まずに待とうと思ってたんだけど」

 

 「いえ、こちらこそ。待ち合わせ時間に行けなくてごめんなさい」

 

 「いやいや、気にしてないよ。それに今こうして会えてるしね」

 

 そう言って小暮さんは、少し赤みの差した顔でにこりと笑う。

 

 「それより、酒買いに行こうか。この時間じゃ酒屋も閉まってるから24時間スーパーかコンビニくらいしかないけどいいかい?」

 

 「ええ。大丈夫ですよ」

 

 お仕事をされている時の小暮さんと違ってオフの時の小暮さんは表情も言葉遣いも違っていて親しみやすい雰囲気になります。

 

 「ふふっ、お仕事をされている時の小暮さんとは全然違いますね」

 

 そう言うと小暮さんは頭を掻きながら

 

 「やっぱり違いますか?まぁ仕事柄貴重な文化財を扱うから生半可な態度でやってたら色々と取り返しのつかないことになるから。やっぱり変だよな」

 

 「いえ、お仕事に真剣な小暮さんはかっこいいと思いますよ。でも、そうですね私はオフの時の小暮さんも素敵だと思いますよ」

 

「おやおや嬉しいこと言ってくれるねぇ。高垣さんにそんなこと言われると惚れちまうって」

 

 お酒が入って赤くなっている顔を更に赤く染めた小暮さんが呟きます。どうやら照れているみたいです。普段は真剣にお仕事をされていて一見話しかけにくい雰囲気の小暮さんですが今はこの様子はとても微笑ましいです。小暮さんの初めて見る表情に少し得をした気分になります。やっぱり柔らかな雰囲気の小暮さんは素敵です。

 私は顔を赤く染める小暮さんを少しからかいたくなり、小暮さんの耳に口を寄せて

 

 

 「ふふっ惚れてもいいですよ」

 

 自分でも少し大胆な事をしたと思います。少し気恥ずかしかったですがそれよりも小暮さんがどんな表情を見せてくれるか気になります。

 私の言葉を聞いた彼は、呆気にとられた後ニヤリと笑い手を引きます。私たちは手を繋いだままだったので私は彼のほうに引き寄せられます。彼はそんな私がバランスを崩さないようにゆっくりとした動作で私の腰に手を添え受け止め耳元で

 

 

 「本当にいいんですか?」

 

 余りに急の出来事だったので次は私が呆気にとられてしまいました。それから自分でも分かるぐらい顔が赤くなったのが分かります。小暮さんはそんな私の様子を確認し悪戯が成功した子供のような顔をしてサッと離れます。

 

 「俺をからかったお返しだ」

 

 そう言って笑いかけてきます。からかうつもりが逆にからかわれてしまいました。

 

 「もう!小暮さんってば意地悪な方ですね」

 

 「んな馬鹿な。俺ほど紳士的な男はそうそういないって。それより顔が真っ赤ですが大丈夫ですか?まぁそんな高垣さんも非常に可愛らしいけどね」

 

 おどけながら小暮さんは言います。言葉では彼に勝てそうにありませんね。私は抗議するかのように手を握って彼の肩をポカリと叩きます。しかし、私のそんな行動さえも彼を笑わせてしまうだけでした。

 

 「ほらほら落ち着いて落ち着いて。それより早く酒買いに行きましょう」

 

 「もう、小暮さんがこんな意地悪な方とは思いませんでした」

 

 「ははっ、少しいじりすぎましたね。詫びに好きな酒なんでもいいので献上致します」

 

 「仕方ないですね。分かりました」

 

 

 

 

 それから、スーパーに着き籠を取った彼は、ビールを籠の中にどんどんと入れた後私のほうに振り返り

 

 「高垣さんはどうする?」

 

 「そうですね。小暮さんと同じのでいいお願いします」

 

 「本当にそれでいいのか?スーパーとはいえ他にもいろいろあるけどいい」

 

 「はい」

 

 日本酒でもよかったけど前に居酒屋で会った時の小暮さんが美味しそうにビールを飲んでいたので私も一緒にのみたいなと思います。

 

 「はいよー。んじゃ適当に見繕っとく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の家はスーパーから歩いて15分ほどもマンションでした。

 

 「さて、どうもいらっしゃい」

 

 鍵を開けた彼は私を招き入れます。男性の家に入るのは初めてです。

 

 「お邪魔します」

 

 彼の部屋は古本屋のような紙の匂いがします。机には出しっぱなしの書類や本が積み重ねられ、本棚には仕事で使うであろう専門書がぎっしりと詰め込まれています。

 興味深そうに部屋を眺めている私をしり目に彼は冷蔵庫の中に先ほど買ってきたビールを入れていきます。彼の背中越しに見えた冷蔵庫の中にはビールばっかり入っています。台所にはカップラーメンが積まれています。それから彼は飲む分のビールを二本右手で持ち左手でつまみを持って机に置きます。そして、立ったままの私を手招きし

 

 「さて、んじゃ飲むか」

 

 「はい」

 

 「んじゃ乾杯」

 

 「はい。乾杯」

 

 

 

 

 

 そこから彼とはまた楽しくお話しながら飲みました。

 ここで改めて今日の待ち合わせに間に合わなかったことを謝ろうとしたら彼に止められました。優しく微笑みながら

 

 「もう済んだ事だし、それより楽しく飲もうぜ」

 

 そう言って私に見せるようにグイっといい飲みっぷりを披露しました。彼の小さな気遣いに感謝しつつ私もグイっとビールを飲みます。その様子を小暮さんはとても微笑ましそうな表情で見ていました。

 

 

 それから、二人ともいい感じにほろ酔い気分になり好みのお酒やプライベートや趣味の事まで話していました。そんな中ふと小暮さんが私を見つめているのに気がつきました。

 

 「どうかされましたか?」

 

 「いや、綺麗だなと思ってさ」

 

 「?」

 

 「高垣さんってオッドアイなんだ。どっちも綺麗だな。それに肌とか髪もすっげぇ綺麗だしさ。それに性格だって気配りもちゃんとしてるしさ」

 

 不意に小暮さんに誉められて私は少し恥ずかしくなりましたがそれよりも嬉しさの方が大きくなんだか胸が温かくなりました。

 それから二人で気がつけばどんどん缶を開けていきました。しかし、次の日も二人とも仕事があると言うことに気が付いたので

 

 「あちゃあ、これで最後にするか」

 

 「そうですね。名残惜しいですが明日もありますし」

 

 「帰りはどうする?タクシー呼ぶ?それとも泊まるかい?」

 

 小暮さんが子供な無邪気な表情で私に言います。むぅ、これはまた私をからかっていますね。

 

 「では、泊めさせていただきますね。お願いします」

 

 そういう彼は呆気に取られそれから言葉を飲み込んだようで突然の慌てだしました。

 ふふっ、仕返し成功です。やりました。私は慌てる彼の前でガッツポーズします。彼はタクシーで私が帰ると思っていたようですが泊まってやります。

 

 

 

  ……泊まる?……?……っ?!

 

 

 その時の私は小暮さんと同じくらい慌て顔が耳まで真っ赤になってたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの…その…お手柔らかにお願いしますね」

 

 「へっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 それから二人して何処かぎこちなくなりながらもどうにか普通にしようと努力しました。その後1つしかないベッドを小暮さんは

 

 「高垣さんを床に寝かせるわけにはいかない」

 

 と言い、私は

 

 「家主は小暮さんなのですからあなたが使ってください」

 

 という私の間で押し問答になり気がつけば二人で寝ると言うことになっていました。

 

 壁に寄せてあるベットに貼り付くように入っている小暮さんを見て私は笑ってしまいました。勢いでこうなってしまったとはいえ男性と一緒に寝るとなると警戒していましたが、小暮さんの姿を見て方の力が抜けてしまいました。

 それから私もゆっくりとベッドに入り横になりました。真横で誰かの呼吸が聞こえるというのは子供の頃に親と一緒に寝ていた以来で少し自分が子供になってしまったように感じました。静かになった部屋には小さく時計の針の動く音以外は二人の呼吸の音が微かに響くだけです。その音に耳を傾けていると隣では小暮さんが動いたようで衣擦れの音が聞こえてきました。

 少しビクッとなってそちらを向くと何と小暮さんはもう眠っていました。自惚れているわけではありませんがこれでも人気アイドルをしている私に目もくれず眠ってしまった小暮さんをジト目で見てしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 それから気がつけば私も眠りに落ちていたようです。朝目を冷ますとベッドから離れた位置で頭を抱える小暮さんが目に入りました。どうやら起きた私が目に入っていないようです。私はこちらに気づかない小暮さんに挨拶をします。

 すると彼は目をパチクリとさせてから

 

 「あ、おはようございます。ってそうじゃねぇ!あのですね。なんでこんなことになってんのかなぁとおもいまして」

 

 「ふふっあらあらお忘れですか?」

 

 「いや、どうも相当酔っていたようで記憶が曖昧で」

 

 どうやら小暮さんは、途中から記憶が曖昧だそうです。これは、チャンスですね。

 

 「あら、あんなことまでされましたのに」

 

 そう言って私は口元に手を当てわざとらしく視線を下げます。あんなことと言っても小暮さんは私の手を握るぐらいしかしていません。そこまで考えてその後に小暮さんにからかわれた出来事を思い出し私は、また顔を赤くしてしまいました。

 

 「すいませんでした!」

 

 私の表情を見た小暮さんが不意に土下座をされました。

 

  「あら何をされているんですか?小暮さんが謝る必要はありません。元々私が待ち合わせに間に合わなかったのが悪いのですから。それに居酒屋では飲めませんでしたがここで小暮さんと一緒にお酒を飲めたので私は満足しています」

 

 私にしては、昨日から今日で自分でも驚くくらい大胆なことをしたと思います。でも、本当にとっても楽しい時間でした。その後、小暮さんに事務所まで送っていただくことになりました。

 

 事務所まで送ってくれた小暮さんは、わざわざ運転席から降り、助手席のドアを開けてエスコートしてくれました。そこにわざとらしさを感じさせない自然な動きでできるのは彼の魅力だと思います。

 その後、小暮さんにお礼を言い別れましたが小暮さんと連絡先を交換していないことを思い出し、急いで鞄からメモ帳を取り出し連絡先を書いて戻ります。幸いまだ彼はそこにいたので呼び止めます。プロデューサーさんは彼と名刺交換していたので後でも大丈夫と言えば大丈夫ですが、私は直接彼と連絡を取りたいと思いました。

 無事連絡先を渡してどうにか一息ついて彼とお別れします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務所に着き荷物を置き座ります。

 

 「小暮航さん」

 

 昨日彼に握ってもらった右手を見ながら小さな声で呟いてみます。今までここまで男性とお話したのは初めてですし触れ合ったのも初めてです。とっても素敵な時間でした。初めて会ってから再び再開した時の彼の一つ一つのふとした仕草を思い出します。なんだか胸が温かくなってきました。そしてふと自分のスマホに着信があるのに気が付き手に取ると小暮さんからでした。文面は少し堅い感じでしたがこれからお願いしますと書かれています。分を見ながら彼の朝の様子を思い出して頬が緩んでしまいます。返信をした後彼からのメールをもう一度開きます。

 

 「あら楓さん。おはよう。朝から笑顔ね。何かいいことでもあった?」

 

 私がスマホを見ているのを今ちょうど来た川島さんに見られたようです。

 

 「おはようございます川島さん。そうですね。最近新しい飲み友達ができました」

 

 「あらそれは良かったわね。どんな人なの?」

 

 「そうですね。とっても素敵な方です」

 

 「気になるわね。もしかして男だったりする?」

 

 「ふふっ、さぁどうでしょうね。それよりもうすぐレッスンのお時間ですので先に行きますね」

 

 私は、スマホを置いて立ち上がります。彼も今頃はお仕事でしょうか。私も彼のように今日も頑張ろうと思います。

 

 

 




この作品を投稿してまだ三日ほどですが多くの方に読んでいただけているようで作者冥利に尽きますね。
自己満足で書いているとはいえ感想をもらえたりすると俄然やる気が湧いています。


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改めまして

毎回一話を3000文字を目安に書いてますが気が付けばそれを超えていることがあります。
今回は、主人公の内心に少し変化が…


 さて、高垣さんからの返信も確認が終わったのでここからはしっかりと仕事に励もう。本日の俺の業務はようやく終わりを迎えた燻蒸した文書を収蔵庫への保管作業と安定の調書作成と展示室の確認、企画展示の助っ人である。

 まずは更衣室へ移動してスーツから作業着へと着替える。別に私服や作業着のまま通勤してもいいのだが自分の中での仕事とプライベートを分ける習慣としてスーツで勤務している。まぁ、正直なところ私服だと毎日の服選びが面倒なだけだが。

腕時計を外して気持ちを入れ替えるために深呼吸を一度する。

 

 「よし、やるか」

 

 ここからは真面目な俺である。更衣室からそのまま燻蒸室へと向かう。燻蒸作業は学芸員の仕事の中でも危険度が高い。文書等に害を与える虫等を殺すために使われるガスは人間にも勿論有毒だ。ほんの少し吸ってしまうだけであの世にいける。そうならないためにも気を付けなくてはならない。

 燻蒸室へと到着した俺は室内監視パネルを確認し、内部のガス濃度を確認する。昨夜の夜からガス排出を行っていたのでどうやら室内に入っても問題ない。燻蒸に使用するガスが漏れないように特別製の扉を開け近くに置いてあった台車を持って中に入る。燻蒸室には最近寄贈された文書がしっかりと殺虫できるように広げられている。それらを一つ一つ確認しながら台車に移動させていく。元々の保存状態が良かったのかそれほど状態が悪くないこの後に控えるこの史料の調書作成は少しは楽だろう。

 燻蒸を終えた史料を台車にのせたら次はこいつらを収蔵庫へ運ぶ。収蔵庫の二枚扉を開け、史料番号に間違いがないか確認しつつ中に収めていく。ここで番号に間違いがあれば確認作業で残業街道まっしぐらの地獄をみる。

 

 この後に燻蒸室と収蔵庫を何度も行き来していたら午前が終わった。この後に昼休みを挟んだら午後の業務である。事務室に戻る前に手を洗う。すると、企画展で忙しく少しやつれているゴリちゃんがやって来て俺の隣で手を洗った。

 

 「よぉ、ゴリちゃん。お疲れのようだな」

 

 「ああ、どうにか企画展の開催は出来たけどよ。解説したり来館する教授の相手なんかでサボれねぇ」

 

 「だろうな。俺も前に企画展の担当になってから結構たったからそろそろ俺の番か。だりぃな」

 

 「もう当分やりたくねぇ。はぁ、やめだやめだ。折角の休み時間が勿体ねぇ。航はいつも通りコンビニ飯か?たまにはそとで飯食いに行こうぜ」

 

 そう言ってゴリちゃんは自分の頬を両手で叩いて気分を切り替える。

 

 「いや今日は買って来てねぇ。折角だ近所に出来たカレー専門店にするか」

 

 「おっいいねぇ」

 

 そう言って二人で一度事務室に戻ってから腕時計を着け財布とスマホだけ持って外へ出る。

 

 

 

 

 博物館の前の道路に街路樹として植えられている桜はその花弁を完全に散散らせて新緑へと変わっていた。俺達は歩いて5分ほどの場所に出来たカレー専門店へと向かう。

 ゴリちゃんとは他愛のない話をし続けスマホを見る。高垣さんからのメールに何か返すべきだろうか?いやでも余りやり過ぎても相手に迷惑だしなぁ。しかし、うむ、どうしよう。

 スマホを手で弄びつつ考える。

 

 「おい、航。さっきから唸ったりしてどうした?」

 

 「あー、最近連絡先を交換した人から連絡きたんだが返信を返すべきかどうか考えてる」

 

 「はぁ?んなことかよ。取り敢えず返しときゃいいんじゃね?」

 

 「そんなもんか?」

 

 「無視されるよりかいいだろ。それに相手がうぜぇって思ったんなら無視すりゃいいだけだしな」

 

 「そうだな」

 

 取り敢えず

 

 『次は今回みたいにやらかさないようにしますのでこれからもどうぞよろしくお願い致します。

部屋のカップ麺見られたんですね。たまにはしっかり食事したいと思います。

 

昨晩は結構ビール飲まれてましたがその後大丈夫でしょうか?お仕事に支障はございませんか?高垣さんこそお体にお気をつけください』

 

 うむ。こんなもんでいいか。取り敢えず送信っと。

 

 

 俺が文面を考えているうちにカレー専門店に到着した。昼飯時で少し混んでいたがどうにか座ることが出来た。

初めて来る店なので取り敢えずオススメのメニューを頼んでおく。

 氷の入った水が置かれ一気に飲み干すゴリちゃんを眺めながら昨夜の事を思い出す。

 

 あれは夢ではなかった。よくよく思い出そうとすれば少しずつ記憶が鮮明になっていく。はぁ、なんか高垣さんの手掴んでるし、色々やってるわ。元々そんなに悪酔いする体質ではないのだが気が付けば色々とやらかしていた。俺はこんなに自制心の弱い人間だっただろうか?はぁ、訴えられたら確実に終わるな。とはいえ、今朝の感じでは余り気にしてない感じだったし大丈夫か?それにしても彼女可愛かったなぁ。

 

 「おーい、航?カレー来たぞ」

 

 「あ?おお。んじゃ食うか」

 

 注文したカレーがきたので取り敢えず食うか。

 

 

 つか、このカレーめっちゃかれぇな!おい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒリヒリと痛む舌を気にしつつ、職場へ戻る。その道中スマホを確認すると高垣さんから返信が来ていた。

 

 

 『食事はちゃん摂ってくださいね

 

二日酔いは大丈夫ですよ。それより、もしよろしければ次こそゆっくり居酒屋で飲みませんか?お返事お待ちしております』

 

 

 「ふぅ」

 

 文面を確認した後、大きく息を吐いて天を仰ぐ。おお、神よ。天はまだ我を見放していなかった。

 

 「よしゃ!おら!」

 

 「うおっ!?どうしたんだよ?びっくりした」

 

 急に声を出した俺に隣にいたゴリちゃんがびっくりしていた。

 

 「おおすまんすまん。まぁうん。天はまだ俺を見放していなかったようだ」

 

 「なんだそれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから高垣さんとは色んな居酒屋を二人で巡るようになった。互いに連絡を取りつつ休みの日や仕事終わりに居酒屋巡りをするようになった。今まで仕事ばかりだった俺にとっては今の居酒屋巡りは生きがいである。最近は段々と手探りで図っていた距離感埋まってきた……と思う。出会ってからそろそろ三ヵ月経つ。最近は高垣さんに対して仕事以外では畏まった話し方をしなくなった。というか、お願いされた。

 飲み屋で二人で珍味をつまみつつ話していると

 

 「あの小暮さん。今はオフですよね」

 

 「え?はいそうですね」

 

 「それならあの時のようにもっと砕けた話し方をしてくれてもいいんですよ」

 

 「いやまぁ、それは」

 

 「というよりしてください。私はもっと小暮さんと仲良くしたいです」

 

 「…ご検討させていただきます」

 

 そう言うと彼女は俺のほうをジトーっとした目で見てくる。

 

 「泣きますよ」

 

 「うぇ!?」

 

 「ううっ、小暮さんにとって私はその程度なんですね。あんなことまでしたのに」

 

 彼女は手を目元に当てて泣きそうな表情になる。周りからの視線が痛い。ちょっ!?マジか!もしかして泣かした?っていうかその誤解を招く言い方はやめようね!俺が社会的に死んでしまいます。

 

 「分かりました!分かりましたから!ほら泣くのをやめてください」

 

 「本当ですか?」

 

 そう言って指に隙間からこちらを伺う。

 

 「はい」

 

 そう言うと彼女は悲しそうな表情から一気に花開いたかのような綻んだ笑顔に変わった。それからお猪口に注いだ日本酒を一口飲む。

 

 「ふふっ、それじゃあこれからお願いしますね」

 

 呆気に取られてからはぁ、と額に手を当て息を吐く。

 

 「どうしました?」

 

 「はぁ、本当に泣かれたかと思ってマジでビビった」

 

 「ふふ、渾身の演技をしました。今までで一番の出来かもしれません」

 

 「今日の出来事で高垣さんのイメージが一気に変わりましたよ」

 

 「ふふっ、それはお互い様ですよ?私もお仕事の時とオフの時の小暮さんには驚きました。」

 

 そう言って楽しそうに笑う。

 

 「そりゃ今はオフですし多少はね」

 

 「私も同じです。アイドルとしての高垣楓ではなく、今ここにいる私はただの高垣楓ですから。ふふっアイドルにもオフの時間はあるんですよ?」

 

 そう言って彼女は左手にお猪口を持ったまま俺に見惚れてしまうような笑顔を向けてくる。

 

 

 

 

 

 彼女にとってこの出来事は俺と飲む日々の中で何気ない会話だったのかもしれない。しかし、俺にとっては少し違った。

 俺は意識しないうちにどこかで彼女との間に一線引いていたことに気が付いた。それも無意識のうちに彼女と距離を開けようとしていたのかもしれない。俺はいつも彼女のことをアイドルとしての高垣楓として認識していた。それはたとえ居酒屋で会う時もそうだったのだろう。意識的か無意識的かと言われれば無意識のうちにそういった認識をしていたと思う。それは彼女に対してとても失礼な事だっただろう。歩み寄ろうとしているのに何時までも他人行儀に接してくる人間ほど話しにくいことは無い。

 しかし、彼女はそんなどこか一線を引いていた俺に対して何気ない言葉でそれを気づかせてくれた。俺は今まで仕事上では非常に多くの人間と関わってきた。しかし、こういったプライベートで誰か過ごすという経験は非常に少ない。職場でも気軽に話すのはゴリちゃんくらいだ。だから、あまりこういった雰囲気に慣れてないし、あまり人と話すのは好きではない。煩わしいのだ。

 

 ただ、それでも今こうしている時間は楽しい。自分でも驚くくらい自然と言葉が出てくる。そして、目の前の彼女にも楽しくいてほしいと思う。そう考え俺は、改めて彼女に声を掛ける。

 

 「高垣さん」

 

 「はい?どうかしましたか?」

 

 「改めまして小暮航です。今後ともよろしくお願いします」

 

 不意の俺の自己紹介にぽかんとした彼女だがそれから花のように笑い

 

 「ふふっこちらこそよろしくお願いします。ただの高垣楓です」

 

 




燻蒸作業は虫との戦いです。一度展示ケース内に蠢く奴らを見つけたとなればもう戦争だ。一匹残らず〇〇てやらぁ!



楯無の方からこちらも見られてる方も多いかと思いますが、こちらは原作ルートをあまり気にする必要がなく書けるのでまた違った楽しさがありますね。
さて、来週まで少し忙しくなると思うので更新頻度は無理のない範囲になりますので次回も気楽にお待ちいただきたいと思います。

そして感想をくださる方々、誤字報告をしてくだる方々毎回ありがとうございます!


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ワイン

来週なんて来なくていい


高垣さんとまた少し距離が近づいた日から一週間ほど過ぎた。やはり人気アイドルという事もあり、最近はまた忙しくなっているようだ。俺の元には時折ロケで何があったとか、どこそこのお酒が料理と合うといった内容のメールが届く。仕事の休み時間には見ながら頬が緩む。時折添付されることのある料理や酒と共に写る彼女の姿を見るに仕事をとても楽しんでいる様子がよく分かる。

 合わない日は何時しかそうして互いに連絡を取るようになった。

 

 「おう。最近は何だか機嫌がよさそうだな」

 

 「館長、お久しぶりですね。出張お疲れ様でした」

 

 「おう。本当に面倒だったぞ。全くだ。それよりも小暮は雰囲気が変わったな」

 

 スマホを見ていた俺に声を掛けてきたのは出張を終えて帰ってきた我らが博物館の館長である。スキンヘッドにボクサーのような体型のマッチョである。なぜ俺の周りには筋肉達磨しかいないのだろうか。

 

 「変わってますか?」

 

 「ああ、前は面白みのない仕事人間だったが今はましになったな。少しは面白そうな面になってるぞ」

 

 不意に告げられる俺の印象が散々である。とはいえ、少し前までは確かにゴリちゃんとぐらいしか会話もしなかったし休憩時間も大抵は事務室には戻らずに収蔵庫などで過ごしていた。

 

 「女でも出来たか?俺の知らない内に堅物人間の小暮にも春が到来か?」

 

 「そんなんじゃありませんよ。ただ、最近は少し呑みに出るようになったくらいです」

 

 「本当にか?」

 

 ニヤリと笑いながら疑うような目線を向けてくる。

 

 「それだけです」

 

 「けっつまらんぞ。小暮よ。もっとこう面白そうなことをしてくれ。俺は話題に飢えているのだ!前もここにアイドルの高垣楓が来たというのに俺は出張でハゲ共の相手しなきゃならんかったしな!」

 

 そう叫びつつ俺の両肩を掴み揺らしてくる。

 

 「それはご愁傷さまでした」

 

 「ま、俺のことはいいか。それよりも小暮が呑みに出るとはな。知らなかったぞ」

 

 「大学の頃はよく行ってましたが、また行くようになったのは最近ですよ」

 

 「一人で行ってるのか」

 

 「一人の時もありますが、最近は二人でとかですね」

 

 「二人というとゴリラか?あいつは酒に弱いんじゃなかったか?」

 

 「ゴリちゃんじゃありませんよ。まぁ、最近知り合った方とです」

 

 「女か?!」

 

 むさ苦しいおっさんが目をキラキラさせながら俺に迫る。ちけぇよ!あと暑苦しい!

 迫ってくる館長を押し返しつつ

 

 「まぁそうです。飲み友達ですよ」

 

 「そうか。楽しそうでよかった。そいつのお陰でお前も険が取れてきたからな。それで、結婚式は何時かな?」

 

 険が取れてきたという館長は俺の成長を見守る親のような優し気な目をしていたが、すぐに悪戯気な目に変わってふざけてくる。

 

 「だから、ただの飲み友達ですって。とはいえ、少しは今までより肩の力を抜きながら仕事をするようになりましたよ」

 

 「そうか。これならお前に新しい仕事を任せるのもいいかもしれんな」

 

 「新しい仕事ですか?」

 

 「ああ、そうだ。今までのお前では、少々向いていなかったが険も取れてきたしもう少し表での仕事もしてもらおうかと思ってな。まぁまだ先の話だろうから気楽にしていてくれ」

 

 「はぁ、了解です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい仕事か。館長は、見た目が全く博物館の館長には見えないしふざけたような事しかしないが仕事には真剣で人を見る目もある。まだ先の事だとは言っていたが何かまた新しい仕事を任せてくれるのかもしない。出来るのならば期待には応えられるようにしたいと思う。

 

 

 

 今日の業務を終えて博物館を出る。夏に向かって少し暖かくなってきたが日が落ちるとまだまだ肌寒い日が多い。そんな帰り道にスマホの着信を確認する。メールの着信があり高垣さんだと分かる。メールを開くと来週の金曜日は、午後の仕事が少し早く終わるらしいので夕食はどうですか?とのお誘いである。鞄からメモ帳を取り出して予定を確認する。一ヵ月前から始まっていた企画展も梅雨入り前に時期には終わらせるのが通例で俺の勤務する場所も例外ではない。その為、通常展示だけなのでその日は早く終わりそうだ。

 俺は彼女からのメールに了承の返信を送ってから歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、小暮さん。こっちです。」

 

 夕食を一緒に食べる約束をした彼女と駅で待ち合わせをした。仕事を早く切り上げて小走りで待ち合わせ場所に急ぐと彼女は先に待っていた。

 

 「すいません。遅れました」

 

 「いえ、私が少し早く来すぎただけですから、気にしないでください」

 

 という彼女は、ふんわりとしたスカートに白のカーディガンという上品な出で立ちである。対する俺はというと仕事帰りのスーツにコートといった服装で申し訳ない。

 

 「ふふっ、それでは行きましょうか」

 

 「そうですね」

 

 今日は高垣さんが一度ロケで行った店に行くらしい。前に写真でも送られてきたことのある店で小洒落た雰囲気の店だった。俺一人では全く縁のない場所だろうと思う。

 

 「今日行くお店はお料理も美味しいですけど、お酒にも合うんです」

 

 「へぇ、楽しみですね」

 

 「前にロケで行ったときにここはぜひ小暮さんとも来たいと思ったんです。今日は一緒に来れて嬉しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 店に到着すると彼女は予約をしていたのか受付で店員に声を掛けるとすぐに案内してもらった。そのまま、店内の奥の個室に案内された。というかこういった段取りは普通は俺がやるべきだったんじゃないか?

 

 

 

 

 

 この店の料理は彼女の言う通りとても美味しいものだった。また、料理とワインの相性が素晴らしい。ここの店にはワイン好きがいるのかメニューに書かれているワインの種類が豊富である。注文の際には、料理に合ったワインを店員の方に教えてもらって注文した。

 料理は、肉がメインのコース料理で一緒に出された赤ワインとよく合う。肉のうまみと赤ワインの酸味が舌を楽しませる。

 二人で料理を楽しみつつ会話をする。美味しそうにワインを飲む彼女を見ながらナイフを置く。

 

 「まさか、高垣さんとこうして出掛けるようになるなんて初めて会った時には思ってもいなかった」

 

 「ふふ。そうですね。私は初めて会った時にまたどこかでお会いしたいと思いました」

 

 「それは、俺も同じです。ただ実際に会った時は驚きました」

 

 「そうですね。私も一度会っただけで名前も知りませんでしたからロケであえて良かったです。そのおかげで今こうして一緒に居られるのですから」

 

 出会った時の話をしながら個室から見える外の風景に目をやる。日が山の稜線に沈んでいく様子が綺麗に見える。今までこうしてゆっくり外を眺めようとはしなかった。山の稜線の向こう側に身を隠したことで外は一気に暗くなった。そして、外とは対照的に店内の明かりが輝いて見える。ふと視線を前に戻すと高垣さんが俺を見ていた。アルコールが入って少し目がトロリとなり、俺を見つめる彼女は柔らかな微笑みを浮かべている。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「そうですね。最近は小暮さんが色んな表情を見せてくれるようになったと思いました。それより、ここのお料理はいかがでした?」

 

 「え?ああ、今日は誘ってくれてありがとう。こうやって食事を楽しみながら摂るというのもいいですね」

 

 「そうでしょ?私も何だか暖かい気持ちになります。それに前に小暮さんのお家に行った時にカップ麺しかなかったのでちゃんと食事をしてもらおうと思ったので」

 

 「ああ、そういえば見られてましたね。ありがとうございます。あの日からは意識して食事するようにしましたよ」

 

 「そうですか。それなら良かったです」

 

 

 

 

 それから二人でゆっくりとした時間を過ごした。会計の時には、彼女も自分の分を出そうとしたがどうにか押し切って俺が全額出させてもらった。楽しい時間を過ごさせてもらったお礼と俺の食生活を気にかけてもらっていたお礼でも含めてこれくらいはさせてもらいたい。

 

 「もう、小暮さんって強情なんですね」

 

 渋々といった様子で彼女は財布をしまう。

 

 「高垣さんも同じくらい強情ですよ。こんかいは俺に出させてくださいよ」

 

 「次は私も出しますからね」

 

 「了解です。行くならどこがいいですか?」

 

 どこに行きたいか聞くと彼女は頬に指を当てて考え込む。それから、顔を上げてこちらを見る。

 

 「そうですね……博物館に行きたいです」

 

 「博物館ですか?」

 

 「はい。博物館に行きたいです。小暮さんのいる世界を私はもっと見てみたいです」

 

 「分かりました。それじゃあ、今度休みが合えば行きますか」

 

 「はい。今日から楽しみです」

 

 

 

 それから帰りに駅まで彼女を送りながら次回の予定について話しながら歩いた。

 駅のホームに着くと彼女と向き合う。

 

 「それじゃあまた」

 

 「ええ。高垣さん今日はありがとうございました」

 

 「こちらこそありがとうございました。次にお会いする時が楽しみです。また、エスコート、お願いしますね」

 

 そう言うと彼女は手に持ったスマホをこちらに向けて見送る俺に向けた。シャッター音が鳴り彼女が笑う。呆気にとられた俺を尻目に彼女は改札を抜ける。

 改札を抜けた彼女は一度振り返り小悪魔のような笑みを浮かべてこちらに小さく手を振ると再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




赤より白ワインのほうが好き
でも、ビールのほうが好き


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待ち合わせ

年末年始は忙しいので三作品から一週間に投稿は一話くらいの頻度になると思います。
とりあえずビールさえあれば生きていける。


 高垣さんとの再会のきっかけとなった企画展が今日で終わる。当初は国宝が出るということもあり、連日の来館者数は凄まじいものであった。非番の学芸員や事務員も急遽出払わなければならない日が何日かあり、自分もサポートに回ったりした。

 それもようやく終わり、今行っている借用して展示していた美術品を相手方の学芸員と調書の照らし合わせをしつつ検品する。それから美術品に問題がないことを確認してから梱包作業に移る。

 破損させるわけには行かないので二人がかりで一つの襖絵を梱包し縛る。それからトラックまでを気を付けながら運ぶ。

 トラックの近くには美術品専門を取り扱っている運送会社の美術品担当に引き継ぎ固定が完了するのを眺める。何度か点検を終えた後ようやく出発できるようになった。

 トラックには、運転手、美術品担当運送員、相手方の学芸員が乗り込む。点検を終えたトラックが走りだし、去っていく彼らに向け礼をしてようやく全ての作業が終了した。

 

 最後の作業を一緒にしていたゴリちゃんが大きく伸びをする。

 

 「あぁぁぁ、やっと終わったぁぜ」

 

 「そうだな。長かったな」

 

 体を解すゴリちゃんを見ながら俺も一息つく。他所から借りての展示は自分の館の収蔵品を扱うよりも気を使う。特に輸送は最もリスクの大きい作業だ。

 とはいえ、企画展も終わったのでこれから暫くは通常業務と論文作成のみで済む。

 

 「なぁ航、やっと企画展も終わったし明日呑みにいかね?お前明日休みだろ?」

 

 「あー、明日は無理だ。出掛ける用事があるから」

 

 「航が休みの日に出掛けるだと?!」

 

 「なんでそこで驚くんだよ」

 

 「だってお前休みの日は何時もだったら一歩も外に出ずに過ごしてるだろ」

 

 「まぁ確かにそんな日も多いが俺だって出掛けるときはあるぞ」

 

 「ちぇ~、しゃーねーな。ぼっちで行くか~」

 

 「今度一緒に行こうぜ」

 

 「おうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 さて、明日の休みの日に出掛ける用事というのは高垣さんと会うのである。

 二人とも仕事をしながらなのでメールを中心にやり取りをした。その結果、高垣さんが博物館を見てみたいと言っていたことから都内の国立博物館を回って、昼は近くのレストランでランチを取る予定だ。それから午後は、科学博物館をまわる。

 俺は別にこれでもいいのだが果たして一般の人が博物館ばかりでもいいのだろうかと思い、高垣さんには聞いてみたのだが

 

 『楽しみにしてます。色々教えてくださいね』

 

 とのことで楽しみにしていてくれるようだ。

 

 ちなみに夜は都内のレストランでとることになっている。居酒屋でもいいかと思ったがたまには別の場所で食事するのもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 国立博物館の最寄り駅を待ち合わせということで、30分ほど前に到着する。

 

 普段は私服を着るのが面倒なのでスーツ一択だが、流石に今日までスーツというのは失礼だろう。

 ということで久しぶりにクローゼットを開けて適当に服を選んで最後にとりあえずカーディガンを羽織る。

 出勤ラッシュを少し過ぎた時間を待ち合わせ時間にしたのでそれほど電車も混んでいなかった。

 

 「小暮さん」

 

 ふと名前を呼ばれて振り返る。そこには待ち合わせ時間には少し早いが高垣さんが立っていた。振り向いた俺を見た高垣さんは小さく手を挙げてこちらに向けて振る。それからもう一度俺の名前を呼んだ。高垣さんは淡い橙色のキャスケット帽子に白いブラウスにカーディガンを羽織り、黒のホットパンツといういでたちでホットパンツから覗く彼女の綺麗な脚線美に目を奪われる。

 

 「小暮さん、お待たせしました」

 

 「いえ、俺もさっき来たところです」

 

 「ふふっ、そうですか。それにしても私服の小暮さんは珍しいですね」

 

 そう言って高垣さんはまじまじと俺を見てくる。あまり変な服装をしていないとはいえこうも見られると恥ずかしい。

 

 「あの、どこか変ですか?」

 

 あまりにも高垣さんが見てくるのでつい聞いてしまう。

 

 「いいえ、とても似合ってますよ。スーツ姿と作業着姿しか見たことなかったのでとっても新鮮に感じますね。それに私もカーディガンを羽織っているのでお揃いですね」

 

 そう言って微笑む。何度見ても彼女の微笑む姿を見るとついこちらも頬が緩む。

 

 「私服なんて着るのは久しぶりですよ。なので今日は久しぶりに部屋を引っ掻き回してきましたよ。それより少し早いですが向かいますか」

 

 「はい。楽しみです」

 

 まず向かうのは、東京国立博物館である。国立博物館は日本にはあと京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館である。自分も学生の頃よくここに来ていた。博物館に自分が勤めるようになってからは仕事以外では来ていない気がする。

 駅から歩いて上野公園を通りながら東博へと向かう。都内の中でもここは道も広く車も通らない。周りには子供連れの家族が多い。そんな中を二人でゆっくり歩く。

 交差点を渡り博物館の正面まで来る。券売機で二人分のチケットを購入し高垣さんに渡す。彼女は財布を出そうとするがそれを手で押しとどめてその手にチケットを渡す。

 

 「ありがとうございます」

 

 それから俺からチケットを受け取った彼女と共にゲートと越えて先に進む。ここに来るのは本当に久しぶりな気がする。

 隣にいる高垣さんはここに来るのは初めてらしくゲートを過ぎてから物珍しそうに建物を見ている。

 

 「私ここに来るのは初めてですが博物館って色んな形の建物があるんですね。この東京国立博物館はとても古そうですね」

 

 「そうだね。東博の建物は色々あって昭和13年に建造された建物を今でも使ってるしね」

 

 「そうなんですか」

 

 「さて、中に行きましょうか」

 

 「はい。案内よろしくお願いしますね」

 

 そう言って彼女はにこやかな笑顔を浮かべて言う。彼女の笑顔は何度見ても見惚れてしまう。何度みても綺麗だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 館内に入りまず目に入ったのが中央階段だ。大理石の幅の広い大きな階段が見える。俺も初めて見た時は驚いた。高垣さんを見ると彼女もこの大階段に目を奪われている。まるで昔の自分のようで微笑ましい気持ちになる。

 

 「大きいですね。まるで映画に出てくるような階段ですね」

 

 「うん。自分も初めて来たときはとりあえずすげぇとしか思わなかった」

 

 「ふふっそうなんですか?そうだ。博物館で働いている小暮さんとしてはここの見どころはありますか?」

 

 「え?そうだな」

 

 不意に問われて少し考え込む。顎に手を当てつつ、階段を見る。それから視線を天井に向ける。

 

 「どうですか?」

 

 「いや、普通の人からするとどうでもいいことなんだけど、ほら、階段の天井部分の天窓があるじゃないですか」

 

 俺はそう言って階段の上にある天窓を指さす。

 

 「あれって本来は自然光をあの天窓から入れる仕組みになってるんだ。でも、ここで展示している史料達にとっては自然光の中にある紫外線が悪い影響を与えるので当てるわけにはいかないんだ」

 

 俺の指さした場所にある天窓を高垣さんも見る。

 

 「そうなんですか。でも、あの窓から見える光は自然光に見えますよ」

 

 「そう。自然光に見える。でも、実際には、あれは人工光で出来るだけ自然光に見えるような紫外線を出さない特殊な蛍光灯を使ってるんだ」

 

 「へぇ、そうなんですか。言われないと分かりませんね」

 

 「すみません。こんな話されても面白くないですよね」

 

 「いいえ、とっても面白いですよ。それに話している時の小暮さんは何だか生き生きしてますよ。本当に博物館の事が好きなんだなぁと思いました。ほかにもいろいろ教えてくださいね」

 

 そう言って高垣さんは俺の手を掴んで歩き出す。ちらりと見えた彼女の表情は何処か楽しそうでよかったと思う。俺と手を繋ぎながら彼女は館内を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は彼女に一言言わなければならないことがある。

 

 

 

 

 

 

 「高垣さん、順路逆です」

 

 「あら?違ってましたか」

 

 恥ずかしそうに振り返った彼女は小さく舌を出しながらニコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば繋いでいたこの手。

 

 せめてここにいる間だけでも放したくないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 




誰も博物館の裏事情とかどうでもいいよね。
でも書いちゃう


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案内

年内はこれで終わりかな。




 博物館とは、生涯学習施設の一つである。生涯学習施設とは、義務教育を終えた人間が自らの意思で学ぶことをの望んだ時に場を提供する。

 故に博物館には老若男女様々な層の来館者が来る。大学生だった頃は、自分もよく企画展や巡回展が催される度に同期と見に来たものだ。まさか、高垣さんとこうして来るとは思わなかったが。

 その高垣さんは、俺と手を繋ぎながら順路に沿って進む。成り行きでつないだ手はまだ離されていない。余りに自然とした動きで繋いできたので動揺する間もなく返って落ち着いている。

 

 「あの小暮さん」

 

 「はい?」

 

 「博物館の順路って決まっているものなのですか?」

 

 「ええ、一応は。と言っても場所によってはまちまちだよ。ここははっきりしているけどね」

 

 「ルールみたいなのはあるんですか?」

 

 「ルールか…必ずって訳じゃないが、文系博物館は来館者視点で右の壁に沿って、理系博物館は左の壁に沿って回るとはなってるね」

 

 「文系が右で理系が左ですか?」

 

 そう言うと高垣さんは、空いた手を頬に添えて考える。

 

 「ヒントいる?」

 

 「お願いします」

 

 「それじゃあ、まず展示物の横にある解説文(キャプション)を見てみ。んで、ヒントはその書き方だ」

 

 「解説文の書き方?」

 

 俺のヒントに彼女は、縦書きで書かれた解説文(キャプション)を見る。それから、彼女は首を捻る。

 

 「何もおかしいところは無いですよ」

 

 「そりゃ、来館者が見やすいように作らないといけないからね。次のヒントはいる」

 

 「ちょっと待ってください。考えます。……文系と理系…解説文の書き方?…縦書き…」

 

 今見ている展示物は古代の出土品で解説文(キャプション)には、展示物の名前・制作年代・出土場所・材質などの他には簡単な解説文が載せられている。因みに考古研究を先行している同期は土器の事をよくビスケットと言っていた。まぁ、言われてみればそんな色をしている。

 そんな過去の事を思い出しているうちに高垣さんは何かを掴んだらしい。

 

 「小暮さん。文系と理系の違いとこの解説文の縦書きがキーポイントで合ってますか?」

 

 「うん。合ってる」

 

 「あと一つ質問してもいいですか?」

 

 「勿論」

 

 「理系博物館の解説文は横書きですか?」

 

 「おや、よく分かりましたね」

 

 「順路と文系理系の謎が解けました」

 

 「では、答えをどうぞ」

 

 「まず、文系博物館が右の壁に沿ってなのは縦書きの解説文を読むときに右の行から順番に読むので自然と流れが右から左になるからです。それなら右の壁に沿っての順路が一番いいですよね。それで、理系博物館は、数式を扱ったりするので自然と横書きの解説文になるので読む順番が左から右になります。それで左の壁に沿って歩くのが便利という事であってますか?」

 

 「おお、よく分かりましたね。流石です。俺は大学の時に初めてこれを教授から質問されて分からりませんでした」

 

 「いいえ、小暮さんがヒントを出してくれたから分かったんです。出してもらえなかったら分かりませんでしたよ。それにしても、私たちが何気なく見ている場所にまでこんな考えがあったんですね」

 

 「そうだね。さっき高垣さんがおかしいところはないって言ってただろ?それこそ一番重要なんだ。見る人がお違和感を感じずに自然と鑑賞できるようにするのが大事なんだ。」

 

 「なるほど。自然にですか…」

 

 「さて、それじゃ次も観ていこうか」

 

 「はい」

 

 まさか高垣さんが、順路の問題をこんなに短時間でわかるとは思っていなかった。分かってもらえたという嬉しさと興奮の反面、それが学生の頃に分からなかった自分が情けない。とはいえ、当たり前として受け取っている出来事にその理由を見つけるのは案外難しいと思う。とはいえ誰かとこうして博物館を巡りながら鑑賞するというのは案外いいものだと思う。

 

 東博ではまず、順路が二階からとなっている。そこからぐるりと一周して一階の順路という風になっている。また、この展示室では、年代ごとに区分されて順番に展示されている非常に分かりやすい展示形態を取っているため分かりやすい。

 

 高垣さんは一つ一つの展示物をゆっくり鑑賞している。手を繋いだままの俺は自然と彼女の隣に並んで同じように眺める。何時もは博物館そのものを見ているのでこうして展示物を見るのは久しぶりだ。何時もは、展示ケースや空調設備の位置なんかしか見ていない気がする。

 

 「小暮さん?どうかしましたか?」

 

 「いや。こうやって展示物をゆっくり見るのはいつぶりかと思ってな」

 

 「博物館で働いているのにですか?」

 

 「うん。何時もケースや空調しか見てないなぁと思ってさ」

 

 「ケースや空調ですか?」

 

 「面白くないと思うけど聞く?」

 

 「ぜひ」

 

 展示ガラス越しに展示物を見ていた高垣さんはこちらに向き直って綻んだ表情を見せてくる。

 

 「それじゃあ、まずケースについて無駄知識を教えてあげよう」

 

 「お願いしますね。先生」

 

 「はい。では、まず正面の展示ガラスをご覧ください」

 

 「はい。先生」

 

 「では、展示ガラスに何か気になる点はありますか?」

 

 「ガラスにですか?」

 

 そう言って高垣さんは展示ガラスに目を凝らす。

 

 「ここに…切れ目?みたいなのがあります」

 

 「そうそう。それ。それはガラスに貼られた保護フィルムの端だ。ガラスが割れた際に飛散するのを防いでくれる。さて、そのフィルムは、展示物側か来館者側のどちらか分かるか?」

 

 「え~っと…両面ですか?」

 

 「正解だ。よくできました」

 

 「ありがとうございます。先生」

 

 「次の質問だ。準備はいいかい高垣君」

 

 「大丈夫です。小暮先生」

 

 「保護フィルムが貼られたガラスが割れるとどうなると思う?」

 

 「フィルムが貼られているので割れても破片が飛び散らないですか?」

 

 「そうだ。場所にもよるが博物館では保護フィルムをどちらか片方か両面に貼る。ただ、片面だと貼られていない方にガラスは倒れる。つまり、来館者側に貼れば展示物がぶっ壊れ、展示物側に貼れば来館者がドーン!だ。とはいえ、最近はフィルムの性能も上がって両面に貼っても透明度が高くなったので主流はどちらかと言えば両面貼りだ」

 

 「先生。両面に貼るとどうなるのでしょうか?」

 

 「知りたいか?」

 

 「はい」

 

 「良かろう。教えて進ぜよう。……まぁどちらかに倒れるんじゃねぇの?」

 

 「先生!そんなのでいいのですか!」

 

「っく、ふはははは。ごめん。これ以上は笑いを堪えられねぇわ」

 

 高垣さんのツッコミに俺はついに笑いを堪えられずに噴き出す。突然始まったこの茶番だが案外面白くついつい続けてしまったが笑いを押さえられなくなってしまった。

 

 「ふふっ、ふふふふ。小暮さん笑いすぎです。ふふふっ、どうでした?私みたいな生徒は?」

 

 そういう高垣さんも笑いを堪えられずに噴き出す。

 

 「いやぁ最高だね。面白れぇわ」

 

 「ありがとうございます。小暮先生もなかなか面白かったですよ」

 

 そう言って笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いつつ高垣さんは答える。

 

 「それにしてもただのガラスだと思っていた場所にもこんな風に処理がされてるんですね」

 

 ようやく笑いの収まった俺たちは再び歩く。繋がれた手が歩くのに従って少し振られる。横を見ると高垣さんが楽しそうに歩いている。

 

 「小暮さん、私、今とても楽しいです」

 

 横を見た俺と目が合った高垣さんは俺に向かってそう告げる。ふわりと揺れる綺麗な髪と緑と青の瞳が優しく俺を見ている。

 

 「俺もです」

 

 

 

 

 

 

 東京国立博物館の後は、東京国立科学博物館へ行く。建物の正面の展示されているクジラの大模型に高垣さんは目を奪われていた。シロナガスクジラの全長30メートルで潜行しようとする姿を模型化していて科学博物館のいい目印になっている。

 

 「大きいですね」

 

 「そうだなー」

 

 ぼーっと二人して眺めた後館内に入る。

 

 「ここは理系博物館ですよね?」

 

 「そうだよ」

 

 「という事は左沿いですね。先生、見ててくださいね案内してあげますから」

 

 入館料を払い、パンフレットをもらった高垣さんが胸元で小さくガッツポーズをする。先ほど話した博物館の誘導順路の話をもとに俺を案内してくれるようだ。

 

 「さて、小暮さん行きましょう。見事案内してあげますからね」

 

 そう言うや否や高垣さんは入館料を払った時に離した手を再び繋いで歩き出す。東博とは逆で高垣さんが俺を案内する。

 でもね、高垣さん。誘導順路は理系と文系で決まってるって言ったけどさ。ここはその例外なんだ。でも、やる気十分見たいだし、見てて可愛いから言わない。

 やる気十分で足を進める高垣さんに率いられて誘導順路の魔境こと東京国立科学博物館の館内を進む。パンフレットを空いた手で持つ高垣さんの後姿を見つつつい頬が緩んでしまう。

 

 「えっと、まず、左の順路は…ここかしら?いや、でも、ここにも順路があるし」

 

 「高垣さん大丈夫ですか?」

 

 「え、ええ。大丈夫ですよ。私に任せてください。こっちです」

 

 「ちょい待てい。そこはトイレや」

 

 

 

 

 東京国立科学博物館は、自由選択動線といって元々誘導順路が設けられていない。その為、すべての展示品を見るためには何度も同じ順路を通る必要がある。一筆書きでルートの作成ができる東京国立博物館とは対になる動線計画をしている。その為、ここでは、先ほど高垣さんに教えた文理の左右ルートは適応されない。

 

 「うぅ、順路が分かりません」

 

 高垣さんは、俺の手を牽くのを止めて振り返る。やる気に満ちていた表情から一転し潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 

 「言うの遅れたけどさ。ここって左周りじゃないんだ。というか実はここって決まった順路無いんだ」

 

 そう伝えると高垣さんは一瞬ぽかんとした後に、俺の言葉を飲み込んで空いた手で俺の肩をポカポカと叩いてくる。

 

 「もうっ、そういう事は最初に言ってください。小暮さんの意地悪」

 

 赤みの差した頬を僅かに膨らませて拗ねたような表情をする。俺が見ているのを認めるとわざとらしくぷいと顔を逸らす。

 

 「いやごめんって。あんまりにもやる気に満ちてたからつい」

 

 「ついってなんですか。もう、意地悪な人は嫌いです。お詫びを要求します」

 

 「嫌われるのは嫌だなぁ。お詫びか…どうしよう」

 

 「今日中に考えておいてくださいね」

 

 「了解です」

 

 

 

 

 

 

 

 「もう、今のところは許してあげます。それでここはどうやって見ていけばいいんですか?」

 

 「さっきも行ったけどここは自由選択動線っていって指定された順路がないんだ。だから、来館者自身が自分の興味のあるもの、見たいものを自由に見ていけばいい。高垣さんは何を見たい?そこに行こうか」

 

 「それじゃあ、ここに行ってみたいです」

 

 俺の話を聞いてパンフレットに視線を落とした彼女は興味のある場所を指さした。

 

 「了解。じゃあそこに行こうか」

 

 「はい。あっ、ここまでの案内は私がします」

 




そういえば最近東博行ってないなー

あそこイイよ!空調設備も変わってるし、表に出てる展示物は複製h…なんだお前はちょ、やめr!


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有名人

オレだよ。オレオレ。えっ?誰かって?だからオレだって。

前回から4年だよ?かなりお久ぶりですね。
4年間色々あったね

自分も過去何書いてたっけ?って感じだったので、みんなもそうだよね?



 パンフレットを片手に持った高垣さんが楽しそうに前を歩く。科学博は展示物のジャンルとその種類が非常に多い。少し歩くだけでも目まぐるしく展示物が変化する。高垣さんはそんな展示物を興味深そうに眺め、時折足を止めて鑑賞している。

 そんな高垣さんの様子を眺めながら、ぐるりと周りを見渡す。相変わらずの動線計画に少し苦笑いを浮かべつつ、どことなく何時もと違う印象を受ける。

 その違和感はすぐに分かる。

 

 「あら、小暮さん。この展示物綺麗ですね。ほら、これです」

 

 ガラスの展示ケースに囲まれた展示物を指さしながら微笑む高垣さんが自分の名前を呼ぶ。

 

 普段は一人で訪れることしかない場所で誰かに話しかけられることもなくので、名前を呼ばれるだけでも新鮮に感じる。

 

 普段一人で博物館や美術館に行くときは、入り口で目録にざっと目を通して興味のある展示物に直行する。常設の展示物は粗方一度は見たこともあり基本スルーしている。企画展や特別展でのみ展示される展示物だけ見ているのだ。見る人が見ればああ、あいつは同業だなと思われる。これが学芸員竜である(偏見)

 

 そんな中、誰かと一緒に見て回るというのは、非常に貴重な機会である。誰かと博物館に行ったことがないわけではない。行く奴らが同業者ばかりなのだ。つまり何が言いたいかといえば、集団で博物館内を突っ切る変人集団ということになる。

 

 今回は、そんな変人共ではなく、普通の人と来ているのだ。一般的に彼女を普通の人というには語弊があるだろうが、ここ博物館・美術館という領域においては紛れもなく普通の人なのだ。

 

 普段と違う感覚に心地よい違和感を感じながら高垣さんの隣に歩み寄った。

 

 「あら、どうかされました?何だか、楽しそうですけど?」

 

 展示ケースの脇のキャプションから目を離して俺と目を合わせた彼女は、少し不思議そうに俺に問いかける。

 俺が、普通の人と博物館に来るという貴重な体験に感動を覚えていたのが、どうやら表に出ていたようだ。

 

 「いや、何と言いうか、普通の人とこうしてゆっくり見て回るのは新鮮で楽しいなぁと思って」

 

 問いかけに対して、直前まで考えていたことをポロリと口に出す。

 

 「…普通…ですか」

 

 そう呟くように答えた彼女は、すっと視線を遠くへ向ける。彼女のつぶやきに対して、今人気絶頂のアイドルに対して「普通」という言葉は失礼だったかと思い至る。

 

 『アイドル』つまりは偶像である。

 誰かのあこがれであったり、なりたいと願う理想像を体現した存在。

 

 それが『アイドル』

 

 そして、今俺の目の前にいる彼女はアイドルの高垣楓という存在を持つ。

 

 俺は、そんな人に向かって普通の人という彼女の存在を否定するような言葉を言ってしまったのだ。俺のほうが十分普通で平凡な人間である。

 

 「いや、申し訳ない。普通というのは言葉の綾というか、決して高垣さんを否定しようとか…」

 

 申し訳ないといいつつも、言い訳を口にする自分に辟易とする。

 そんな俺を前にした高垣さんは少し考えるようなそぶりをした後、ニコリと微笑み応える。

 

 「ふふっ、大丈夫ですよ。怒ってなんていませんから」

 

 そう言う彼女の寛容さに安堵し胸を撫で下ろしそうなる。

 

 「ありがとう。とはいえ、今後は気を付けるよ」

 

 「いぃえ。小暮さんが気を付けることなんかありません。むしろ、私はもっとお話ししたいです。駄目でしょうか?」

 

 そう言って上目遣いになる彼女にドキリとする。

 

 「あの、もしご迷惑でなければでいいのですが」

 

 彼女の姿にどぎまぎとして言葉に詰まった俺を見て、俺が嫌がっていると感じたのか。上目遣いで見上げてくる彼女の表情が不安そうになる。

 

 「いやいや、俺なんかでいいなら何でも聞いてくれ」

 

 咄嗟にそう答えると、不安そうな表情から花開くようにはにかんだ。

 

 

 

 

 

 

 残りの順路を二人でゆっくりと話しながら歩く。

 普段は一人でいることのほうが多い俺は、知らず知らずのうちに展示物を眺めながら考え事をしているように見えて少し声を掛けるのを遠慮していたというのを後になって聞いた。

 

 「いやいや、遠慮しなくていいよ。大体そういう時は碌な事考えてないから」

 

 「本当ですか?じゃあ先ほどの恐竜の化石を見てた時は何を考えてたんですか?」

 

 そう言って先ほど通り過ぎたフタバスズキリュウのという首長竜の復元骨格を彼女は指さす。白魚のような彼女の指先をちらりと見やり、

 

 「首長竜って上見ると首痛いんじゃないかなぁっと」

 

 「……じゃあ、あれは?」

 

 そう言って次に指さしたのは、洪積層の地層の断面図だった。

 

 「ミルクレープみたいだなぁって」

 

 俺は、そう答える。

 

 「………っ、ふふっふふふふ」

 

 俺の答えにぽかんとした表情をしたかと思うと、如何にも可笑しそうに彼女は笑う。笑いを堪えようとしていたようだが、全く我慢できていなかった。

 

 「ほら、しょうもないことしか考えてないだろ?だから、聞きたいことがあったら遠慮せずに声をかけてくれ」

 

 「はい。分かりました。それでは遠慮なく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは高垣さんの見たいものを中心に館内を二人でゆっくりと見て退館する。

 外にでて、差し込んだ日差しに目を窄めつつ、手で影を作る。その時に腕時計が目に入り、針の位置を確かめるとお昼時を少し過ぎていた。

 

 「高垣さん、すみません。お昼時過ぎてしまいましたね」

 

 隣を歩く高垣さんも眩しそうにしながら微笑む。

 

 「いえ、こちらこそ。ごめんなさい。ゆっくり見ていたら時間を忘れちゃいました」

 

  そう言ってお互いに謝り、顔を上げると視線が合った。

 

 「ふふっ二人して何してるんでしょうね。小暮さん、少し遅れましたがお昼にしませんか?」

 

 「そうですね。少し遅れましたが行きましょう。今からの時間の方が店も空いてるだろうし」

 

 「そうです。ここはポジティブに考えましょうか」

 

 そう言うと彼女は日の差し込む道へと歩き出した。午後の木漏れ日の中気持ちよさそうに歩きだした彼女の隣に並ぶように俺も歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博物館を出た後、近くで昼食をとろうと二人で歩く。

 

 休日の街は、老若男女問わず多くの人で賑わっている。休日はもっぱら家で寝ている俺からすると少々騒がしいと感じてしまう。そんな事を考えていた俺の視界にキャスケット帽のつばを摘み、目深に被りなおした高垣さんが目に入った。

 その瞬間、如何に自分が能天気な事を考えているかを感じる。自分の至らなさを痛感しながら、一歩歩み寄り、視線を少し下げて歩く高垣さんに呟く。

 

 「少し人が多いですね。一本横の脇道で食事のできる場所を探しましょうか」

 

 「ええ、そうですね」

 

 高垣さんはキャスケット帽の下から見上げるようにして微笑みながら頷いた。それから、彼女を先導するように前を歩き脇道へと入る。眉間にしわが寄るのを感じながら己の馬鹿さ加減を呪う。

 

 高垣さんは、アイドルなのだ。多くの人間が彼女の事を知っている。そんな彼女が白昼堂々人通りの多い街中を歩いている分かればどうなるかは一目瞭然だ。彼女のサインを貰おう、一緒に写真を撮ってもらおう、一目見ようと多く人が集まるだろう。

 

 彼女は、人通りの多い場所に出るとそういった騒ぎに発展する事は分かっていただろう。モデルとしても有名で、アイドルになってからより知名度の上がっているのだ。

 

 では、何故リスクを冒してまで人通りの多い場所に来たかというと恐らくだが、俺に気を使って言わなかったのだろう。そして、俺が気が付かなければあのままだっただろう。リスクを冒してまで能天気に歩く馬鹿に気を使わせてしまった。

 

 

 眉間の皺を消すように指でぐりぐりと伸ばした後、高垣さんは後ろにいるか確認するために後ろを振り返った。そんな俺に対して、視線を合わせた彼女がニコリと微笑むのに微笑み返す。

 

 それから、視線を前に戻すと路地の角にひっそりと佇むカフェが目に入る。ランチもしているようだ。窓から中を覗く。店内は、シートごとに区切られ、個室とまではいかないが、外からも見えづらい内装のようだ。

 なかなかにいい条件の店舗のようだ。

 

 「高垣さん、ここで食べていきませんか」

 

 

 「ええ、いいですね。ここにしましょう」

 

 外に出された看板に書かれたメニューを見た後にそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈み、長い影が落ちる帰り道を歩く。

 

 朝食の後は、高垣さんが行ってみたいと言っていた雑貨屋に寄り、喫茶店で休み夕食の前に別れた。

 

 レストランを探す道中で彼女が有名人であるということを再確認してから、彼女の細々とした所作から周囲の人にばれていないか、そして、一緒にいる俺にそうした所作を気づかれないようしていたということに気が付いた。

 一度気が付いてからは、そんな事に気が付かずに呑気にしていた過去の自分を殴りたくなった。

 

 道端に転がる小石を過去の自分を殴る代わりに蹴り飛ばす。勢いよく飛んで行った小石は何度か跳ね飛んだ後側溝の中に飛び込み消える。

 小石の消えた辺りをぼんやりと眺めつつ歩く。

 

 それから、改めて今日の事をもう一度振り返る。

 ランチの後から俺は、彼女に出来るだけ気を使わないように過ごせてもらえただろうか?

 

 彼女としっかりと話が出来ていただろうか?

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 「ふぅ、難しいな」

 

 短く息を吐いた後、頭をかきむしる様に前髪をかき上げる。仕事以外じゃ人と話すことをしない自分には非常に難易度が高い。

 彼女と過ごすのは楽しかった。だが、彼女が楽しめたかどうかは分からない。思い返してみれば、ずっと気を使ってもらったいたのだろうと思う。

 鬱陶しいくらいの自己嫌悪のスパイラルに陥っていると、内ポケットに入れたスマホが震える。プライベートの携帯に着信が来るのは滅多にない。何の通知だろうかと思いながら画面を眺めると高垣さんからだった。足を止めて内容を確認する。

 

 『先ほど帰宅しました。今日は楽しかったです。小暮さんと一緒にお話ししながら博物館を回るのはとても楽しかったです。ランチの後は一緒に雑貨屋さんやカフェにも付き合っていただき、ありがとうございました』

 

 お礼の言葉の後に緑の謎の生き物がお礼を言っているスタンプが押されていた。

 

 お礼の言葉を何度か目で見返した後返信をする。

 

 『こちらこそ、今日は楽しかったです。中々誰かと一緒に博物館に行ったりすることがなかったので新鮮でした。また機会があれば…』

 

 ここまで文字を打った後、最後の一文を消す。

 

 

 『こちらこそ、今日は楽しかったです。中々誰かと一緒に博物館に行ったりすることがなかったので新鮮でした』

 

 少し、というかかなり質素な文面になってしまったが、あまりこうした連絡を取ったりしない俺にはこれが限界だ。

 質素克無難な文章に自分の文才の無さを感じつつ、返信ボタンをタップする。

 

 「ふぅ」

 

 大した事をしたわけでもないが、大きく深呼吸を一つして、再び歩き出そうとした瞬間、内ポケットにしまったスマホが再び着信を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




4年の間に色々ありました。

本当に色々ありましたよ。ええぇ言葉では言い表せないくらい色々あって色んな社会の闇も知りました。

そういえば、近所に某有名声優の方が引っ越してきましたよ。
その方の話聞いたりしてたらこんな感じの話になっちゃいました。
今とても忙しいようで一度会ったきりですが、有名になるのも大変ですね。

さて、実は今回続きを書くためにキーボードを叩いたのは感想欄に「待ってるでー」と感想が来たのをきっかけにキーボードを叩きました。
金が全てが信条ですが、待っている人がいるなら書こうと思いました。

今後としては、書けるとき、書きたいときに少しずつ書いて消して書いて消して進めていきたいと思ってます。

最後に
再開から4年経ってることもあり、色々と私自身の考えなどが変わっていますので、色々違和感を感じるかと思います。そこは、どうかご容赦を

ではまた


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