週に一度、妖狐の屋敷へ (御堂 明久)
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第一話

最近、受験勉強やら何やらがキツいので現実逃避のために書きました御堂です。反省も後悔もしていません。
探せば他にも似たようなテーマの作品がありそうな気もしますが⋯⋯。
まぁ、最悪テーマが丸被りでも、僕なりの文を楽しんで頂けたら幸いです。⋯⋯では、どうぞ!



 ―――けたたましいベルの音が寝室に鳴り響き、俺こと睦月(むつき)(れん)の鼓膜を叩いた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯るせー」

 

 

 いつもより遅めに鳴った目覚まし時計を止め、まだ靄がかかったような感覚の脳を覚醒させるためにベッドから身を起こし、カーテンを開く。

 

 

「うおっ眩しっ。⋯⋯っあー、休日の朝って何かこう、いつもより輝いて見えるな」

 

 

 カーテンの隙間から差し込んでくる、今日も今日とて燦然(さんぜん)と輝いて街を照らす太陽の光を全身に浴びつつそう独りごちる。その勢いのままぐっと伸びをすると、幾ばくか眠気が飛んだ気がした。普段は朝には弱く、昼頃から活発になり出す典型的な低血圧少年の俺だが、こと土曜日ともなると話は別である。

 

 

「はは、週に一度の癒しタイム⋯⋯行くか」

 

 

 そう独り言を重ねつつ、俺は寝室の扉を開いた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 妖狐(ようこ)

 狐仙(こせん)だの孤裡精(こりせい)だの呼ばれたりもするが、それらは総じて普通の狐よりも長く生きることで不思議な力を得て、時に人を誑かしたり人に化けたりするような存在のことを指す。

 ―――まぁ勿論、そんなモンはあくまで伝承とか小説の産物に過ぎず、実際に存在するはずは無い⋯⋯それが一般人の認識だろう。事実、俺もガキの頃まではそうだった。

 

 そう、ガキの頃までは。

 

 だが今は―――。

 

 

「(ガラッ)⋯⋯っしゃあ着いた! 邪魔するぜぃ」

 

「⋯⋯そろそろウチにも、いんたーふぉんというものを付けてみようかのう。毎度毎度こうも突然来れられては、心臓に悪いわ⋯⋯」

 

 

 我が家を出て1時間と少し。プチ登山とプチ遭難を堪能し終えた俺はとある古い屋敷の元に辿り着いていた。そのまま遠慮無く古屋敷の引き戸を開くと、奥から不満気な声で紡がれる文句と共に、若草色の着物を纏った一人の少女が出てくる。

 

 

「妖狐にインターフォンって、イメージに会わないな。俺的にはオススメしないぜ」

「事の元凶が何を言うか。にしても、お主も飽きんのう。またこんな老人と戯れに来たのか」

 

 

 その少女は呆れた様に息を吐き、頭に生えた狐の耳と、文字通り狐色の尻尾をゆらゆらと揺らした。付け耳の一言で済ませられる質感ではない。事実、触ってみると生物の温かみがあったし「ふゃ、ん⋯⋯お、主は。また勝手に儂の耳を⋯⋯」、付け根はしっかり頭と密着していた。

 

 

「いや、やっぱり狐耳好きの俺としては弄らずにはいられないというか。くすぐったいモンなの?」

 

「⋯⋯妙な感じじゃ。とにかく、お主がそう好き勝手に弄って良いものではないわ。しっしっ」

 

「おっと。⋯⋯へへ、弱点見つけた」

 

「このまま追い出しても良いのじゃぞ?」

 

「それは勘弁。ごめん、ごめんって」

 

「まったく⋯⋯ほれ、とっとと入れ。近頃は冷えてきたからの、風邪でも引かれたら敵わん」

 

「へーい」

 

 

 ⋯⋯そう、この少女―――厳密には少女というよりは老女なのだが―――こそが、世間では架空の存在として認識されている妖狐その人(狐)なのである。

 

 

 

 

 

 

 俺はそのまま少女に古屋敷の中へ招かれ、畳が敷き詰められた広めの部屋へと案内された。部屋の隅には将棋盤と碁版が丸裸のままで置いてあり、最近俺が少女に勧めるために持ってきた数冊の小説(彼女には合わなかったようだが)が入った小さめの紙袋も、その隣にちょこんと置いてあった。

 

 

「んー⋯⋯やっぱりここは落ち着くな。何かこう、第二の故郷というか、そんな感じの雰囲気がある」

 

「勝手に人の家の故郷にするのはどうかと思うがのう。それに、第一の故郷も山を下りたらすぐじゃろうに」

 

「その下山がすぐって訳にもいかないんだけどな!近所にある小規模な山のクセに道が複雑過ぎるんだよ」

 

 

 毎週毎週、近所の山の奥地に隠れるように建っているここに来る度に遭難しかける。そもそも、ここに初めて来た時だってガキの頃で頭の足りていなかった俺が探検のために一人で山に入り、遭難した末にここに辿り着いたのだ。今でこそ慣れてきたとはいえ、気を抜くとすぐ道に迷ってしまう。

 

 

「別に毎週来なくても良いんじゃがのう」

 

「断る。山の中に建つ屋敷とか俺のオカルト好きの血が微妙に騒ぐし、玉藻(たまも)の耳と尻尾とロリボディは単純に癒されるし」

 

「屋敷も儂も小馬鹿にされとる気がするのう」

 

 

 オカルトとかロリボディとかの言葉に彼女が疎いのは僥倖だった。俺にとっては褒め言葉でも、普通の少女に同じことを言ったら一発くらい頬を張られていたかもしれない。⋯⋯いやまぁ、普通の少女はこんな所には住まないと思うけど。

 ちなみに、玉藻というのは名を持たないこの妖狐に対する便宜上の呼び名だ。彼女も割と気に入ってくれている様子だし、俺にしてはネーミングセンスが光った方だと自負している。決してパクリではない。

 

 

「で、今日は何をする気なのかの? また将棋や碁を打つのか⋯⋯少しは上達していれば良いのじゃが」

 

「アレは俺が弱いんじゃなくてお前が強過ぎるんだよ。練習に練習を重ねて、町内じゃ負け知らずなレベルにまで達したんだぞ、これでも」

 

「儂を除いて、の」

 

「⋯⋯」

 

 

 おのれ、口の減らない狐っ子め⋯⋯!

 

 

「何年経っても減らず口ばかりの子供に言われたくはないの」

 

「⋯⋯心の声聞くなよ。妖術か?」

 

「お主の顔を見れば容易に察せるわ」

 

 

 口の端を皮肉っぽく釣り上げながらこちらを見上げてくる玉藻に、俺は小さく唸るのみで言葉を返せない。コイツに勝てないのは将棋や囲碁ばかりではないということか⋯⋯。

 

 

「ま、まぁそれはそれとして。今日はそのどちらもやらねぇ。⋯⋯俺が持ってきたコレをやるぜ」

 

「何じゃそれは。⋯⋯とりあえず座るかの。座布団を持ってくるから、少し待っとれ」

 

 

 玉藻がちょこちょこと幼い少女そのものの足取りで押し入れの方へ向かう中、俺はショルダーバッグから取り出した二つのモノを手の中で弄ぶ。しばらくすると、玉藻が二枚の座布団を抱えながら戻ってきた。それが畳の上に敷かれ、彼女に促されるままにその上に腰を下ろす。

 

 

「それで、それは何なのじゃ?」

 

「具体的な商品名は言えないが、まぁ、携帯ゲーム機っつーモンだよ。今日はこれで遊ぼうと思う」

 

「なんと。それは遊具なのか⋯⋯」

 

 

 初めて見る携帯ゲーム機に目を丸くして小さな身を乗り出してくる玉藻に⋯⋯何かこう、妙な胸の高鳴りを感じつつ。

 

 

「この中には格闘ゲームのカセットが入ってる。クク⋯⋯アナログなら歯が立たないが、デジタルゲームなら俺にも勝機があるって算段よ」

 

「かせっと?だとか何とか、いまいち何を言っとるのか分からんのう。要はまた勝負事かの?」

 

「おうよ。思えば今までお前の土俵で真っ向勝負を挑んでたことが間違いだったんだ、今度は俺の土俵でやらせてもらうぜ」

 

「相変わらずやることが小狡いのう」

 

 

 呆れるように溜め息を吐く玉藻だが、勝負事を挑む度に辛酸を舐めさせられている俺の精一杯の抵抗くらい許して欲しい。

 しかしまぁ、一応俺は将棋などのルールは前以て知っていたのに対して、操作方法すら知らない玉藻に格ゲー対決を挑むのは流石にアンフェアに過ぎるので、まずは俺が彼女に操作方法諸々をレクチャーすることにした。彼女は終始眉を(しか)めつつ「何故お主と戯れるためだけに、儂はこんな苦労をしなければならんのかのう」と文句を言っていたが、結局最後まで付き合ってくれた。携帯ゲーム機の存在すら知らなかった割に、飲み込みは異様に早かった。

 

 

「さて、そろそろ勝負といこうか。⋯⋯と、その前に。久し振りにあのルールの封印を解かないか」

 

「何のことじゃ」

 

「ほら、お前の将棋対決を始めてから4週目くらいに封印したあの制度だよ。負けた方が勝った方の言う事を聞くってやつ」

 

「あぁ⋯⋯お主が4連敗して儂にこき使われ続けた挙句、強引に廃止したアレか。⋯⋯それをここで復活させようとは、やはり小狡いのう」

 

「何のことだか分からんね。で、どうするよ」

 

「⋯⋯まぁ、構わんがの」

 

 

 ⋯⋯フハハ!かかったなアホめ!

 いくら飲み込みが早いからといって、この格ゲーのプレイ歴が一年を越える俺に勝てるハズがないだろう!4週に渡って屋敷中の掃除をさせられたあの頃のことは忘れない。今度こそは俺が勝利を収め、3分間玉藻の狐耳&尻尾モフモフし放題権を勝ち取ってやるのだ⋯⋯!

 俺は思い切り哄笑したい気持ちを抑えつつ、ニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべるだけに留め、ゲーム機を握った。

 

 

 

 ~30分後〜

 

 

 

「ば、馬鹿な⋯⋯」

 

「これで儂の5戦5勝じゃ。どれ、そろそろ終わりにせんか?このげーむというのは、年寄りにはどうも疲れる」

 

「嘘だろチクショウ!? 俺が今日お前を負かすためにどれだけ練習したと思ってるんだよ!?」

 

「小狡いのう⋯⋯」

 

 

 惨敗。

 あれから玉藻と5回に渡って対戦したものの、俺は物の見事にそれら全てで彼女に敗北を喫していた。馬鹿な、大会以外では最早禁じ手として扱われているハメ技まで解放したというのに、負けるだと⋯⋯?

 

 

「おのれ、狐らしく俺を化かしていたか⋯⋯!まさかお前が格ゲー名人だったとは露知らず⋯⋯」

 

「そんな訳なかろう。単純に、頭の出来が儂とお主でとは違うということじゃろ」

 

 

 しれっと侮られた気がするが、こっぴどくやられた後なので何も言えない。ちぃ、まぁどうせまたこの無駄に広い屋敷の掃除をさせられることになるのだろう。ここに通うようになってからはや十年。十五歳にして一つの極地へと到達しつつある俺の掃除スキルを披露してやろう⋯⋯そう考えていると。

 

 

「では、全部で五つ⋯⋯儂の願いを聞いてもらおうかの」

 

「⋯⋯五つ!?」

 

「うん?何を驚いておるのじゃ。5戦したのじゃから、権利も五つに決まっておろう」

 

「ぐ。いや、5戦やって勝利数の多い方に一つの命令権が与えられるっつー⋯⋯」

 

「詳細を話さなかったお主の落ち度じゃな。では手始めに屋敷の掃除をお願いするかの」

 

「結局掃除じゃねーか!」

 

 

 全力で文句を言いつつも箒や雑巾を携え動き始めるこの身が恨めしい。我が家の方でも掃除要員としてこき使われる俺は、最早命じられればオートで清掃活動に取り組むようにプログラミングされているのだ。ちくせう。

 

 

「この部屋を掃除し終わったら縁側の雑巾掛け、次は玄関付近⋯⋯」

 

「皆まで言うな。もう間取りは頭に入ってるよ⋯⋯」

 

「ふむ、我が家の清掃担当として成熟してきたの」

 

「誰が清掃担当だ⋯⋯!」

 

 

 いつの間に淹れたのか、ゆらゆらと湯気を立てる湯呑みに口を当てつつそう言う玉藻に愚痴を溢す。

 

 

「終わったらお主にも淹れてやるからの。頑張るのじゃぞ」

 

「へいへい」

 

 

 ⋯⋯目を細めて微笑む玉藻に俺はそう返し、しばしの間屋敷の掃除に精を出した。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「思いの外、浮かばないものじゃの」

 

「えっ、マジで?」

 

 

 腕組みをしながら言う玉藻に俺は湯呑みの中を一息で空にしながらそう返す。舌を軽く火傷したが美味い。

 

 

「⋯⋯そう一気に飲み干されると、いまいち淹れ甲斐がないのう。もっと味わって飲んだらどうじゃ」

 

「喉乾いてたんだから仕方ない。で、マジで浮かばねーのかよ」

 

「うむ。存外、お主に命令したいことというのが浮かばん。⋯⋯お主に出来ることなどたかが知れとるからのう⋯⋯」

 

「おっ、随分な言い草だなコラ。何なら残りの命令権を俺に譲ってくれたって良いんだぜ」

 

「⋯⋯⋯⋯(スッ)」

 

「おい、何で今、無言で自分の肩を抱いた」

 

 

 俺から軽く距離を取り、思春期を過ぎた男子を窘めるような視線を向けてくる玉藻。こ、コイツ⋯⋯。

 

 

「残りの分は次回以降に持ち越させてもらうかの」

 

「汚いな流石妖狐汚い。俺は命令4回分の自由を拘束されたまま、この先の日々を生きていくことになるのか」

 

「来週から儂の家に来なくなれば、必然的にお主は儂の命令を聞かなくても良くなる訳じゃが?」

 

「⋯⋯じ、自分から持ち出した約束を破る程、俺は悪辣じゃねーぞ。少なくとも、残りの命令を受けるまでは来るさ」

 

「⋯⋯⋯⋯ふふっ」

 

 

 俺が彼女から視線を逸らしつつそう言うと、彼女がつい漏れてしまったといった風に小さく吹き出した。何となく心の中を見透かされたようで気恥ずかしくなり、自らの表情を隠すように湯呑みに口を付ける。空だった。またも玉藻が吹き出す。頬が熱くなるのを感じつつ、湯呑みを置いた。

 ⋯⋯俺は誤魔化すように部屋の隅にあった将棋盤を指差し。

 

 

「⋯⋯ぐ。こ、今度は命令権とか抜きにして将棋打とうぜ。もしかしたら今回は勝てるかもしれねぇ」

 

「無理じゃぞ。今のお主は雑念まみれじゃ。そんな状態で儂に勝てるとでも思っとるのか」

 

「るっせ。こういうのは経験の積み重ねが大事なんだ、ここでの経験がこの先の対局で生きるかもしれねーだろ」

 

「よく口が回るのう。⋯⋯まぁ、付き合ってやるかの」

 

「ハッ! 余裕かましていられるのも今の内だぜ。すぐにその余裕ヅラ、泣きっ面に変えてやんよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詰みじゃ」

 

「ぬあああああ! 嘘だろおおおお!?」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯お前、強すぎだろ⋯⋯」

 

「昔は仲間と沢山打っておったからのう。経験が力だと言うのならば、お主はまだまだ、儂には到底及ばんよ」

 

「⋯⋯仲間」

 

 

 思わず漏れてしまった俺の言葉に、玉藻は「今は皆いなくなってしまったがの」と笑った。勿論それは楽しげな笑みなどではなく、眉が下がった寂しげな笑みだ。

 そんな表情を見せられたからだろうか。

 

 

「⋯⋯無理して笑うんじゃねーよ」

 

「⋯⋯」

 

 

 俺の声には少しばかり険が混じっていた。

 

 

「お前のそういう表情を見てると⋯⋯こう、嫌な気持ちになるんだよ。だから、悲しいならそういう表情してろ」

 

「⋯⋯こういう時は、優しげな言葉で儂を慰めたりするものじゃないかのう」

 

「生憎、俺は人生経験が豊富にも程がある婆さんに偉そうな口を利ける男じゃないんでね」

 

「どの口が言うか。まったく⋯⋯」

 

 

 そう言って再び玉藻が笑う。その表情にもう(かげ)は無く⋯⋯それを見た俺の口は、ここぞとばかりに回り出す。

 

 

「フッハハ、寂しそうな表情しちまってオイ。そんなに寂しいなら仕方ねー。これから先も俺がお前の話し相手になってやるから、感謝しろよな!」

 

「む、そろそろ暗くなってきそうじゃの。夜の山は危険じゃ、とっとと帰れ」

 

「このタイミングでそれ言うか!?」

 

「お主が儂のことが大好きなのは充分理解したからの。今日のところはお別れじゃ。学校をサボって毎日来たりするでないぞ」

 

「だっ⋯⋯れが大好きだって!? か、勘違いしないでよね!ただの暇潰しとアニマルセラピー目的なだけなんだからね!?」

 

「お主が持ってきた本に出てきた奴のような口調をしおって。⋯⋯つんでれ、じゃったか?」

 

「誰がツンデレだコラァーーーーー!」

 

 

 的外れにも程があることを言いながら俺の背を押す玉藻に抗議の声を上げる。⋯⋯いや、マジで的外れだぞ。的外れだっつってんだろ!

 ⋯⋯誰にキレてんだ、俺⋯⋯。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ―――週に一度の騒がしい客人が帰って行った後。

 妖狐の少女は静かに湯呑みに口を付け、そのまま先々週に彼が持ってきたきり何故か置きっ放しになっている紙袋の方へと手を伸ばした。

 

 

「―――何度見てもよく分からんのう。どうせならあやつの好みではなく、儂の好みに合うような本を持ってきて欲しかったものじゃ」

 

 

 中に入っていた小説のページをペラペラと捲りながら、少女がぼやく。時代小説はともかくとして、SFやライトノベルに分類される本は彼女にはいまいち理解し難いもので、上手く彼に感想を伝えることが出来なかったのは、少し申し訳ないと思っている。

 

 

「それでもめげずにまた新しく本を見繕っているというのじゃから、ご苦労なことじゃ」

 

 

 あの少年⋯⋯いや、もう青年と言うべきなのだろうか。彼はいつもそうだ。それこそ、この年寄りの屋敷に偶然転がり込んできたのを皮切りに毎週通うようになってきて以来、ずっとそんな感じで―――。

 

 

「⋯⋯いつからじゃったかのう。昔はまだあやつも子供で、今より可愛げがあったものじゃが」

 

 

 

 

 ―――何故お主のような子供がこんな所に⋯⋯ほれ、人目につく訳にはいかんが、途中まで送ってやるから早く家に⋯⋯。

 

 ―――おねえさん、ここで一人で住んでるの?

 

 ―――ん、そうじゃな。儂は一人でここに住んでおる。それより、家に⋯⋯

 

 ―――さみしくないの?

 

 ―――寂しく、など。

 

 ―――むりはしちゃダメ、だよ。

 

 ―――さ、寂しくなどない⋯⋯訳が、ない。皆、いなくなってしまったのじゃ。儂を置いて⋯⋯いなくなってしまったのじゃ!妖力を持たぬ者、得た者⋯⋯皆、皆!

 

 ―――おねえさん。

 

 ―――寂しい⋯⋯寂しいよ⋯⋯。

 

 ―――だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、おねえさん。ぼくがついててあげるから。いなくなったり、しないから。

 

 

 

 

「⋯⋯おふぅ」

 

 

 ふとした瞬間に自らの黒歴史とも言える記憶を思い出してしまい、その場で少女が身をよじらせる。

 

 

「あの時はみっともなく泣きじゃくってしまったものじゃが⋯⋯まさかあれから毎週来るようになるとは思わんかったわ」

 

 

 一週間前の醜態をまだ覚えており身悶えしていた頃に、突然泥だらけ傷だらけの少年が訪ねて来た時は流石に肝が冷えた。また迷ったのかと聞けば自分に会いに来たというのだから、もう何が何やらといった様子で混乱してしまったのを覚えている。

 でも―――。

 

 

「救われた、のう」

 

 

 彼のおかげで自分は今、笑えている。

 今となってはあんな捻くれ坊主に育ってしまったように見えるが、根っこは昔のままだ。

 

 

「⋯⋯人は、儂と違って短命じゃ。いつまでも生きて、儂と一緒にいてくれるなんてことは、出来ぬ」

 

 

 ⋯⋯それでも。彼がこうして自分と一緒にいてくれる間くらいは⋯⋯。

 

 

「お主が来てくれることを楽しみにしても、良いかのう」

 

 

 夜空の下、再び妖狐は待ち始める。

 

 自分が助けたようで助けられた、かつての少年を。

 

 一緒にいると不思議と胸が高鳴る―――そんな彼を。

 

 




いかがでしたか?
最後の辺り勢いで書いちゃったから、もう色々ガバガバでさぁ!
しかしそれは裏を返せば変に飾られていない僕の気持ちということになるので書き直しません(屁理屈)。
次回からはもう少し考えて書きます⋯⋯更新遅くなるかもだけど見捨てないで⋯⋯。
では、今回はこの辺で。感想とか頂けたら嬉しいです。


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第二話


お久しぶりです、御堂です!
現実逃避したい時にはこの作品をまったり書くことにしています⋯⋯。
受験勉強期間なのでスマホの使用を控えさせられている私、PCをこんな風に使ってるんじゃ意味無いですね、ハハッ(無反省)

自分語りはほどほどにして、狐っ娘と少年の物語第二話、どうぞー!


 ここは小さな山の中にひっそりと建つ古屋敷。

 今日も今日とて俺こと睦月(むつき)(れん)は、ここに住む妖狐の少女(年齢不詳)を訪ね、扉を叩く。

 

 

「おーい来たぞー。玉藻のおばあちゃーん?(バンバンバン)」

 

「(ガラッ)うっさいわ。確かに扉をいきなり開いてくるのはやめよとは言ったが、そんなに叩くと扉が外れるじゃろうが⋯⋯って、お主」

 

 

 以前彼女に言われたことへの対応として、今回は情熱的に古屋敷の扉をノックすることにしてみたのだが、彼女―――玉藻(たまも)的にはお気に召さなかったご様子。最近のお気に入りなのか結構な頻度で目にしている若草色の着物を今日も身に着け、呆れたような表情で開いた扉に手を掛けている。

 それはそうと、彼女が俺の姿を見て何故か目を丸くし始めたんだが⋯⋯どうしたのだろうか。俺の顔に何か付いてる?

 

 

「⋯⋯どうしたんじゃ。そんな傷だらけになって」

 

「あん? あー、これか。ここに来る途中、久し振りに山道を転げ落ちちまってな。この山、あんな所にも傾斜があったんだな⋯⋯馴染み深いハズなのに、未だにその全容が把握出来ねー」

 

「うむ⋯⋯、この山は儂の体から漏れ出す妖力の影響で、不定期に構造が変わるからのう。慣れないのも仕方ないことじゃ」

 

「初耳なんだが?」

 

 

 玉藻だって腐っても妖狐、超自然的な力を得た狐の(あやかし)なのだ。普段は容姿以外で全くそれを感じさせないにしろ、それなりに色々出来ることがあるんだろうな⋯⋯とは思っていたが、まさか山の形を変える程だったとは。道理でいつまで経っても道を覚え切れなかった訳だよ。

 

 

「いやでも、俺は毎週最終的にはちゃんとこの屋敷に到着してるぞ。構造が変わってるっつーのに、これはどういうことだ」

 

「儂にも分からん。一歩間違えば遭難した挙句に死んでしまっていてもおかしくなかったはずなんじゃがのう」

 

「言えよ! そういうことは早く言えよ!」

 

「そ、それこそお主が毎週ここに何事も無く到着するのが悪いのじゃ。最初は不思議に思っていたが、次第に『あれ?もしかして山の構造云々は儂の勘違いで、別に変わってなどいなかったのでは?』と⋯⋯」

 

「真偽が不確定な疑問を自己完結させてんじゃねー! ホウレンソウを守れよこのロリ狐!」

 

「たかだか野菜の名が何だと言うんじゃ! 言わせておけばこの小童、痛い目に遭わす必要がありそうじゃの!」

 

 

 ぎゃあぎゃあと年甲斐も無く玄関前で喚き始める高校生とロリ狐。傍目から見れば年端もいかない少女相手に大人気なく火花を散らす青年がいるように見えるだろうが、実際はその少女の方が遥かに大人気が無いということを知って頂きたい。

 数分ほどその場で言い争った後。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ⋯⋯。クソ、自分の非を素直に認めない人間は嫌われるぞ⋯⋯」

 

「ふぅ、ふぅ⋯⋯。儂は人間でなく妖狐じゃから構わんわ。⋯⋯ほれ、とっとと入れ」

 

「へいへい。⋯⋯中は暖かいな」

 

「外が寒すぎるだけじゃ」

 

 

 何やかんや屋敷に招き入れてくれる玉藻に、そろそろ寒さに堪えるのも厳しくなってきていた俺は密かに感謝する。

 それから彼女に先導されていつもの畳の部屋に辿り着き、既に敷かれていた座布団に遠慮無く胡座をかいて座った。すこぶるマナーが悪いようにも思えるが、何年も続いたこの一連の流れに今更遠慮などする気は無いし、玉藻も意に介していない。

 そして玉藻は、これまたいつものように煎茶の入った二人分の湯呑みを盆に乗せて持って来た―――と思っていたら、彼女の小さな手には別の物が乗せられていた。

 

 

「⋯⋯救急箱?」

 

「二ヶ月程前にお主が持ってきたじゃろ。屋敷に引き篭もっているだけの儂には必要無いと言ったんじゃがのう」

 

「いや、年寄りって大したことない段差でも転んだりして怪我することがあるって聞いて⋯⋯で、何で救急箱?」

 

「何で、ではないわ。今回転んだのはお主じゃろ⋯⋯。使い方もお主に教わったから問題は無い。儂が手当てしてやる、近くに寄れ」

 

「え゛っ。べ、別にいらねーよ、この程度の怪我⋯⋯」

 

「儂の前で意地を張るでないわ。それに、放っておくと畳に血が付くかもしれんじゃろ」

 

「あ、そう⋯⋯」

 

 

 湯呑みが乗った盆ではなく救急箱を持ってきた玉藻がそう言って身を寄せてくるが、どうにも気恥ずかしくなり距離を取ろうと試みる。しかしその瞬間、彼女の小さな手が俺の脇腹の辺りを抑えて動きを封じてきた。⋯⋯コイツ力強ぇな!? こんな細腕一本で俺の動きが完封されてんだけど!

 

 

「ここも、ここも、どこもかしこも傷だらけ⋯⋯随分と派手に転がったようじゃのう。うちに来るなら来るで、もう少し足元に注意を払って欲しいものじゃ」

 

「⋯⋯次からは気ィつけるよ。というか、消毒液が染みるんですけど⋯⋯」

 

「我慢せい」

 

 

 ちろっと何故か拗ねたような視線を向けられ口を噤む。しばしの間チクチクと染みるようなくすぐったいような感覚に堪えていると、軽く太ももの辺りを叩かれた。

 

 

「終わりじゃ。これで一つ貸しじゃぞ」

 

「き、汚ねぇ⋯⋯。ほとんど無理矢理治療したクセして貸し扱いかよ⋯⋯感謝はしてるけど」

 

「冗談じゃ」

 

 

 俺に身を寄せたまま、からかうような笑みを浮かべつつ上目遣いでそう言ってくる玉藻。⋯⋯コイツにはそろそろ、俺が男であるという事を思い出して欲しいものだ。

 

 

「で、何しに来たんじゃ」

 

「いつも通り狐耳と尻尾をモフらせてもらおうかなって」

 

「忘れ物はないか? まだ外は明るいが今日のようなこともある。気を付けるのじゃぞ」

 

「ごめんなさい、謝るんで遠回しに帰宅を勧めるのはやめてください」

 

 

 以前玉藻は耳や尻尾を触られると妙な感じがすると言っていたが、そんなに嫌なモンなのか。表情だけ見たら割と気持ち良さそうに見えたのだが、それを指摘すると無言の腹パンをお見舞いされたので、依然真偽は不明のままである。

 

 

「⋯⋯でもまぁ、特にやることが無いのも確かなんだけどな。最近将棋や碁もアホ程指してきたおかげで少し飽きが来てたし」

 

「げーむとやらでもお主は全く儂に勝てぬしのう」

 

「うるせーっての。いつか絶対お前を何かの勝負で負かしてやるからな」

 

「曖昧じゃのう」

 

「何なら今からしりとりで勝負でも⋯⋯って、そろそろ俺から離れてくれませんかね」

 

 

 気が付くと、何故か玉藻は胡座を作った俺の両足の間の空間にすっぽりと収まるように座っていた。何となく落ち着かないので半眼を作りながら玉藻にそう言ってみるが、彼女は実に楽しげに笑いながら。

 

 

「存外ここは落ち着くのう。そうじゃ、以前儂が得た4つの命令権の内、一つをここで使うとするかの。今日からここを儂の特等席とする⋯⋯異論は無いの?」

 

「えぇ⋯⋯」

 

 

 まさかこんな所で命令権を行使してくるとは思わなかった。遂行自体は楽な命令だが、もしかしてこの命令の効力って永久に続くのん? 俺の下半身はずっとこのロリ狐に支配されたままなの? やだ、 なんだか言い方が卑猥!

 

 

「さっきから尻の辺りに何か硬いモノが当たっとるんじゃが⋯⋯。女体に触れられて嬉しいのは分かるが、これはどうにか納められんのかのう」

 

「滅多なこと言うんじゃねぇぞこのロリババア!ベルトに決まってんだろ、我慢しろ馬鹿!」

 

「ま、お主も若いからのう」

 

「話聞いてる!?」

 

 

 誤解を与えるような相手がそもそも周りにいないのだが、見た目相応の少女のように足をパタパタさせながらとんでもないことを言い出し始めた玉藻に焦燥も露に叫んでしまう。

 

 

「冗談じゃ」

 

「お前の冗談はいちいち心臓に悪いんだよ!」

 

 

 やっとのことで俺の下から離れつつ玉藻がそう言うが、お前のからかいは下手をすると精神攻撃に分類されるレベルのものだ!

 

 

「すまぬの。年甲斐も無くはしゃいでしまったわ」

 

「どこにはしゃぐ要素があったんだよ。怪しい薬とかキメてんじゃねーだろーな」

 

「お主は知らなくとも良い。⋯⋯それにしても、その気になれば暇など簡単に潰せるものじゃのう」

 

「そりゃあれだけ俺をオモチャにしてりゃあ暇も潰れるだろうさ⋯⋯」

 

 

 オモチャにされた側である俺としては堪ったものではないが、こっちとしてもそこそこ暇が潰れた。何ならもう、今日のところはひたすら駄弁るだけってのもたまには良いかもしれないな⋯⋯。

 という訳で、しばし雑談タイム。

 

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「なぁ、玉藻」

 

「何じゃ」

 

「⋯⋯今まで有耶無耶にしてたけどさ」

 

「うむ」

 

「玉藻って結局何歳なの「ふんっ」ごっふぁ!?」

 

 

 凄まじい速度で鳩尾に貫手を打ち込まれた。一連の流れがまるで見えなかったんだが、コイツまさか武術でも修めてんのか!? このロリ狐の底が知れないのはいつものことだが、今回は不意打ちに過ぎる!

 突然の激痛に俺が畳に倒れ込みながら悶えていると、玉藻が今まで見たことがないほどの冷めきった目で俺を見下しつつ言った。

 

 

「年齢の話題はえぬじー、じゃ」

 

「そういうのは前もって言えっつってんだろ!ロリババア扱いされるのはスルーしてきたクセにストレートに年齢聞くとキレるのかよ、地雷の位置が繊細過ぎて分かりにくいよ!」

 

「おい、確かに儂は長く生きておるが、流石に千年も生きてはおらん。そこだけは誤解するでないぞ」

 

「『千歳』じゃねぇ『繊細』だ! 前後の文脈とかイントネーションで察せよ、どんだけ年齢について触れられたくないんだよ!」

 

 

 真顔でボケをかます玉藻にそう叫ぶ。⋯⋯今後は年齢の話題は出来るだけ控えよう。さっきの攻防(俺が一方的に攻撃されていたともいう)で俺が本気を出した玉藻に物理的にも精神的にも敵わないことは理解した。触らぬ狐に祟りなしである。

 やっと痛みが引いてきたので眉を顰めつつ俺は横倒しになっていた身を起こす。

 

 

「⋯⋯ぐふ。お前、軽々しく人に手ぇ上げるの止めろよ⋯⋯。そのうち俺の体に消えない傷痕が刻まれることになったらどうすんだ」

 

「安心せい。儂がこんなことをするのはお主だけじゃ」

 

「俺が一番安心出来ないだろ」

 

 

 先ほど覗かせた修羅の顔を微塵も感じさせない飄々とした表情でそう言ってのける玉藻に頬を引きつらせる。神経が図太いなんてモンじゃねぇ。

 

 

「もう雑談タイムは止めだ止め。またうっかり別の地雷を踏んで折檻されんのは勘弁だぜ」

 

「しかし、そうなるといよいよやることが無くなるのう。いっそのこと、昼寝でもするかの」

 

「せっかくの休日を昼寝で消費するってのもなあ⋯⋯。この屋敷でも出来ること⋯⋯特別な道具を必要とせず、屋敷の中で⋯⋯あっ」

 

 

 ピンときた。

 

 

「思いついたかの」

 

「一応。玉藻、かくれんぼって知ってるよな?」

 

「⋯⋯う、うむ」

 

 

 俺の発言を聞いた玉藻が死ぬほど微妙な表情をしてきた。例えるならばこう、惣菜店で海老の天ぷらを購入していざ食べてみると、衣の割合が異様に多くて海老の食感が僅かしか感じられなかった際のやるせない気分の時に浮かぶ表情みたいな。例えも微妙だ。

 しかし何故今その表情を俺はされたのだろうか。

 

 

「何だよ、かくれんぼ嫌い?」

 

「いや、前から思っていたのじゃが⋯⋯、お主は感性が本当に子供寄りじゃなぁ、と⋯⋯」

 

「おい、それは俺だけでなく、かくれんぼへの侮辱にもなるぞ。かくれんぼに謝罪しろ」

 

「お主のその、隠れん坊に対する敬意はどこから来ておるんじゃ」

 

「ばっかお前、お前だってかくれんぼ先生には鬼ごっこ先生と並んで子供の頃は何度もお世話になっただろ? それをいざ歳食ったら急に子供っぽいと嘲るとか、恥ずかしくないのかよ?」

 

「何故今儂は説教されておるのかのう⋯⋯」

 

 

 この屋敷は中々に古いが、同時にかなり広い。パッと隠れ場所が思いつく訳でもないが、まぁ、探せばいくつか見つかるんじゃないだろうか。

 

 

「そんな訳でやろうぜかくれんぼ。どうしても嫌ってんならHIDE&SEEKでも良いけど」

 

「何じゃそれは」

 

「外国版かくれんぼ」

 

「結局隠れん坊じゃろうが⋯⋯」

 

 

 呆れからか、半眼になりながら溜息を吐く玉藻の言葉はスルーして俺は彼女に背を向け、その場に腰を下ろした。

 

 

「んじゃ、最初は俺が鬼な。範囲はこの屋敷内のみで100数えたら捜索開始。次は交代して、より早く相手を見つけた方の勝ちってことで。タイムは俺のスマホで測っとくよ」

 

「また勝負事かの」

 

「そっちの方が気合いが入るからな」

 

「普通に遊ぶだけではいかんのかのう⋯⋯」

 

 

 そんなことを言いつつ玉藻が部屋を出ていく気配を感じた。相変わらず付き合いの良い狐っ子だ。俺はそのまま目を閉じて1から数を数え始める。

 

 

「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ」

 

 

 ⋯⋯割と、一人大声を出して数を数える作業には辛いものがある。

 よくよく思うと、範囲が屋敷内だけなのに100も数える必要ある? 玉藻なら屋敷の構造は頭に入ってるだろうし、1分くらいで良くない?

 そんな訳で小細工を弄することにした。

 

 

「ろーく、なーな、はーち⋯⋯ごじゅーきゅう」

 

「偽装が雑過ぎじゃ⋯⋯。数くらい普通に数えんか」

 

「うおっ、まだお前隠れてなかったのかよ。とっとと隠れろよお前、すぐ見つけちゃうぞ」

 

「お、お主⋯⋯不正した身分でよくもまぁ抜け抜けと⋯⋯」

 

 

 急に襖を開けて出てきた玉藻にそう言う。相手によるが、小規模の不正ならば下手に言い訳するよりも全力ですっとぼけた方が何とかなる可能性が高い。これ豆知識ね。

 頬を引き攣らせながら俺のことを見据えていた玉藻だが、しばらくすると再び襖を閉めてどこかへ去っていった。

 ぶっちゃけ怒られると思ったので安心しました。

 仕方ないのでまた最初から、今度はちゃんと一つずつ数を数えていく。

 そして。

 

 

「きゅうじゅきゅー、ひゃーくっ。よし、探すぞ!」

 

 

 瞑っていた目を開いて立ち上がる。

 わざわざ「もういいかい?」などとは聞かない。声が届く範囲に玉藻がいるとは限らないし、「まーだだよ」とか「もういいよー」とか応えられたら、その声から大体の位置が分かってしまう。昔から思ってたんだけど、あのやり取りいる?

 

 

「まぁ、子供もやる遊びなんだし、そこまでシビアにしなくてもいいんだろうけど」

 

 

 独り言を呟きつつ、まずは居間を出て廊下を歩きながら捜索場所の検討を始める。

 ⋯⋯この屋敷は先ほども言ったようにかなり広いのだが、じっくり思い返してみると、居間の押し入れや縁側の下、トイレの中などの他数箇所しか隠れ場所になりうる所が思い浮かばないことに気づいた。家の中って案外かくれんぼに向いてないのね。

 

 玉藻には悪いが、これは楽勝ですね!

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 俺が本腰を入れて玉藻の捜索に乗り出してから10分が経過した。

 居間に戻って来ていた俺は畳に膝を着き、一言。

 

 

「まるで見つかんねぇ」

 

 

 俺が最初に挙げた潜伏場所の確認をしても玉藻を発見出来なかった時から、既に嫌な予感はしていた。

 一応勝負なので早めに見つけるのに越したことはない。次はちゃんと一部屋一部屋、隅々までチェックをした。しかし、この目が玉藻の姿を捉えることはついぞ無かった。

 俺が部屋を移る度に隠れ場所を変えていた? いや、その戦法を取られることも考慮して何度かフェイントを入れていた。この時には俺も既にガチになっていた。

 

 

「なのに見つからない! あの野郎、一体どこに隠れてやがんだ」

 

 

 途方に暮れる。

 ちくしょう、まさかこの俺が、ガキの頃かくれんぼで誰でもすぐに見つけてしまうから、「お前は一生鬼をやるんじゃねぇ」とまで言われたことのあるこの睦月蓮が⋯⋯!

 

 

「ギブ、アップだ⋯⋯。どこにいるんだよ玉藻ぉ。出てきてくれよぉ」

 

「(ポンッ)見つかるまでのタイムを測ると言っておったのに降参が成立するのかの? まぁ、構わんが」

 

「えっ、お前どっから湧いてきたの?」

 

 

 葛藤の末ギブアップを宣言した瞬間、どこからともなく頭頂部に葉っぱを乗せた玉藻が煙と共に現れた。超ビビった。

 

 ⋯⋯頭に葉っぱ?

 

 

「お、お前、まさか」

 

「うむ。種を明かすと、“さっきまでそこにあった湯呑みに変化の術で化けていた”ということになるの」

 

「きたねぇ!」

 

 

 何なのそれー。分かるわけないじゃんよー。

 というか今日の玉藻さんどうしたのん? なんだか妙に妖狐アピールしてきてません?

 

 

「術を使ってはならんとは言われてないからのー」

 

「お前も大概やり方が(こす)いよな⋯⋯」

 

 

 薄い胸を張って、してやったりとばかりに笑う玉藻に思わず半眼になってしまう。

 そんな俺の表情を見て少々ばつが悪くなったのか、玉藻は頬を赤らめつつ、こほんと咳払いを一つし。

 

 

「ま、まぁ、儂も年長者として些か大人気(おとなげ)が無かったかもしれん。悪かった」

 

「本当だよ。まったく、誰に似たんだか」

 

「⋯⋯お主だと思うのじゃが」

 

 

 否定は出来ない。

 

 

「とりあえず、これで交代じゃの」

 

「今度は俺が隠れる側な。これでお前にギブアップさせたらドローだ」

 

「まだ諦めておらんのか⋯⋯」

 

 

 無論だ。

 俺は気合いを入れ直すために頬を両手で思い切り叩き、玉藻に別れを告げ居間から出て行くのであった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 さて、どうしたものか。

 ぶっちゃけ玉藻はそこまで熱を入れて俺を捜索する気はないだろうし、ちょっと手間取らせればすぐにギブアップ、引き分けに持ち込むことは出来るだろう。

 しかし、奴との勝負事において手を抜くことは俺のポリシーに反する。妥協はしない。

 

 

「どーこに隠れよっかなー、っと」

 

 

 あまり時間をかけていると速攻で見つかってしまう。

 やはりここは縁側の下辺りが固いだろうか。あいつは着物の裾が汚れるのを嫌うだろうし、そうそう縁側の下を覗き込むような真似はしないだろう。汚いなんて言わせない、これは立派な頭脳プレイだ!

 そんな訳で速やかに縁側方面へと歩を進める。

 

 そういえばこの屋敷は昔、元々この山奥で無人で放置されていたところに玉藻が勝手に住み着いたものらしい。

 最初は(ほこり)が溜まりに溜まり、蜘蛛の巣もそこら中に張っていたものの、骨組みの方はしっかりしていたため、少々大掛かりな掃除をしただけで住めるようになったのだとか。

 ⋯⋯水は湧き水を使用しているとのことだが、茶葉やたまに出てくる茶菓子はどこから調達したものなのだろうか。小さい頃は気にならなかったが、機会があったら聞いてみるのも良いかもしれない。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、縁側へと到着した。当然身体は冷え切った外気に晒されることになるのだが、まぁ、風邪を引く程でもない。我慢出来なくなったら中に戻ろう。

 そんな訳で予め持ってきていた靴を履いて縁側の下に潜り込もうとした、その時。

 

 

「ひぃ、ひぃ⋯⋯。寒いです、疲れました、迷いました⋯⋯! でもでも、今さら引き返すことも出来ませんしぃ〜⋯⋯!」

 

 

 荒い呼吸と共に吐き出された、そんな高い声が聞こえてきた。

 突然のことに俺がしばらく立ちすくんでいると、がさり、がさりと木の葉で覆われた獣道を踏み締める音も共に聞こえてくるようになってきた。そして、それはどんどんこちらへ近付いて来ている。

 

 

「妖気の発生源には近付いてると思うんですけど⋯⋯あれ? あなたは⋯⋯?」

 

「⋯⋯マジかよ」

 

 

 ⋯⋯俺はこの日、始めて俺以外の古屋敷への訪問者と出会うこととなったのである。





いかがでしたか?
私はちょっと書いては一月空き、ちょっと書いては一月空きを繰り返すスタイルなので、その都度執筆内容を忘却していたりします。一冊の本を一定ペースで書き上げちゃう本業作家さんの集中力しゅごい。

さて、今回はこの辺で。
ありがとうございましたー!


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