Infinite Stratos~蒼騎士の軌跡~ (ミリオンゴッド)
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序章
約束


「……オラ……情けねぇ……顔すんな……」

 

 

身体が少しずつ冷えていく。

 

 

「これから先……お前は……色々あんだろう……」

 

 

視界が霞み、色が消えていく。

 

 

「……俺は立ち止まっちまった……」

 

 

意識が遠退いて行く。

 

 

「だがお前は……お前らは……まっすぐ前を向いて歩いていけ……」

 

 

治癒術のおかげか、痛みは無い。

 

 

「……ただひたすらに……ひたむきに……前へ……」

 

 

身体が動く感覚は、最早感じられない。

 

 

「へへ……そうすりゃ………きっと…………」

 

 

力が抜けていくが、不思議と恐怖は無い。

 

 

「────────────────」

 

 

――終わったよ、じいさん。

 

 

 こうして俺の、クロウ・アームブラストの軌跡(ものがたり)は幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はずだった。

 

 

 さっきまでと違い感覚もある。身体の浮遊感も感じられない。もちろん痛みも無く、ついさっき心臓を貫かれたのがウソみたいだ。

 

「……どうなってんだ、こりゃ」

 

 目を開けるとそこは先程まで居た城とは似ても似つかない見慣れない廃墟で、薄暗いが僅かに開いた隙間から覗く日光が現在日中であることを連想させる。

 

 自身の状態については何ともいえないが、見たところ正常で外傷も消えており特に動きにも問題は感じられない。服も損傷が元に戻っている。

 

 ダブルセイバーは失っているが、懐の二丁拳銃は無事でアークスもある。しかし、アークスについては機能停止しているようでアーツも通信も不可能みたいだ。

 

 試しに付近の空き瓶に向け発砲すると、弾丸は普段通り射出され、空き瓶は粉々に砕け散った。

 

「コイツは問題ねぇみたいだな……さて、どうしたもんかね」

 

 俺は現在置かれた状況を理解できずにいた。場所も、時刻も、状況も、すべてが一瞬前とは異なっている。

 

 あの後アイツ等に運ばれて治療されたならこんな廃墟に放置されるとは考えにくい。そもそも自分で言うのも何だがあれは確実に致命傷だ。あの場で僅かな延命は出来ても助かるはずがない。

 

 それに服が同じで損傷が無いのも妙だ。わざわざ全く同じものを着せる理由がない。ダブルセイバーこそないが、拳銃など武装解除されていないのもおかしい。

 

「まさかあの世……なワケねぇよな」

 

 俺が死んだって言うならこの状況もわかるが、それにしてはずいぶん殺風景な場所だ。こんな場所で死んだ後まで生活したいとはとてもじゃないが思えない。

 

 考え込んでいると、僅かだが殺気を感じた。耳を澄ますと、近づいてくる足音が聞こえる。

 

「……誰か来やがったか。さっき一発撃ったのが拙かったかねぇ」

 

 だがこれは考えようによってはチャンスだ。近づいてくる足音は二つ。鍛えられているようだが手練れというわけでも無さそうだ。拘束して情報を得られれば状況が進展するかもしれない。

 

「さて、いっちょやるか!!」

 

 薄暗い部屋の中、足音が近づいてくる唯一の扉に集中し、身構える。

 

――今度こそ、交わした約束を果たすために。




初投稿です。
プロローグなので短いです。
最近閃の軌跡シリーズを一気にプレイして書きたくなりました。
衝動的に書き始めたので拙い文章ですが、感想やご指摘などあればお願いします。


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拳銃

 足音が扉の前で止まり、数秒。扉を蹴破る激しい音と共に男たちが侵入してくる。予想通り数は二人で武装は見たところ拳銃のみ。隠し持っているとすればナイフくらいだろうか。

 

 俺は現在とりあえず近くにあった物陰に隠れ、機会を伺っている。隙を見て一人を行動不能に、一人は完全に沈黙させておきたい。尤も、まだ相手が善人の可能性もあるため出来れば命までは取りたくないが。

 

「この部屋にいるのは分かっている。素直に投降すれば命までは取らん」

 

 暫くの沈黙の後、こちらの沈黙を否定と捉えたのかもう一人の男が言葉を続ける。

 

「どうやら死にたいようだな。この部屋では逃げ場はあるまい。探し出して殺してやるから動くなよ」

 

 そう言って男達は扉付近から部屋の奥へと足を進める。一歩、一歩と俺が有利なポイントまで近づいて行く。

 

(もう少し……今だ!!)

 

 俺は天井の最早役割を果たしていない蛍光灯に向かい発砲する。破片が飛び散り、男達へと降り注ぐ。

 

「チッ……!!やりやがったな」

 

「どこに居る!!」

 

「――ここだぜ」

 

 二人の背後に回り込み、格下らしき男の後頭部に銃を叩きつけ、次にいきなり気絶した部下に動揺したもう一人の眉間に拳銃を突き付ける。

 

「アンタには聞きたいことがある。とりあえず拳銃(エモノ)、捨ててくんねぇかな?んでゆっくりうつ伏せになって、そのまま待機だ」

 

 男は苦虫を噛み潰したような顔で従う。うつ伏せになった所で用意しておいたロープで男の腕を拘束、次に気絶しているもう一人も同じように縛り付けた。

 

「……貴様、何者だ」

 

「さぁな、取りあえず《C》とでも名乗っておくぜ」

 

「どこの手の者だ」

 

「さぁて、どこだろうなぁ」

 

「ふざけるな貴様!!私を舐めているのか!!」

 

「別に舐めちゃいない……さて、こちらの質問に幾つか答えてもらうぜ。まずはそうだな、ここはどこの国だ?」

 

「……質問の意図が分からない」

 

「いいから答えな。でないと、アンタの頭が弾け飛ぶぜ」

 

「……ドイツだ」

 

 ドイツだと?そんな国は知らない。だが男の様子からは嘘を吐いている挙動は無い。

 

「質問を続ける。エレボニアという国は知っているか?」

 

「知らん」

 

「……そうかよ」

 

 この男がエレボニア帝国を知らない、となると確証はないがここは俺の生活していた場所とは異なるということになる。

 

(チッ……面倒なことになってきやがった)

 

「次だ。アンタ達はなぜ武装してこんな廃墟にいる」

 

「……秘匿事項だ」

 

 俺は男の顔面のすぐ近くで一度発砲する。激しい音で床にぶつかった跳弾が男の頬を掠った。

 

「次は無いぜ」

 

「……ブリュンヒルデ、織斑千冬の弟の誘拐」

 

 ブリュンヒルデ、それが何なのかわからないが重要人物なのだろう。そしてその弟の誘拐となると、身代金目当てってところか。

 

「お前らの人数は?」

 

「私達を除けばあと三人だ」

 

「へぇ、随分と少人数なんだな」

 

「人数など問題ではない。彼女にはアレがあるからな」

 

「アレってのは何だい?」

 

「判らないのか?現代人とは思えんな。貴様どんな田舎者だ?」

 

「さぁな。さて最後だ、その弟クンとお前らのお仲間は何処に居る?」

 

「扉を開けて右方向にある階段を降りた先の突き当りの部屋だ」

 

「りょーかい、もう寝てていいぜ」

 

 その言葉を最後に拳銃のグリップで男の頭を殴りつけ意識を刈り取る。男の体からは力が抜け、完全に意識を手放した様子だった。

 

「さぁて、どーすっかねぇ」

 

 このまま逃げてもいいが、こちらの居場所は特定されている。となると逃げても追われる可能性が高い。

 

 ならば今後の事を考えると、捕らわれた少年を救出して誘拐犯を拘束してから逃げたほうがまだ面倒が少ない。

 

 増援を呼ばれれば面倒だが、奴らの通信手段を奪ってしまえば幾らか時間は稼げるだろう。

 

 リスクリターンを考え少年を助けることに決め、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 男が言っていた部屋の付近に近づき気配を探る。どうやら彼は嘘は吐いていなかったらしい。

 

 部屋の中から言い争っている声が聞こえる。どうやら誘拐犯と少年が言い争っているようだ。

 

(オイオイ……あんまり刺激してくれるなよ)

 

 俺は更に部屋に近づき、中の気配を探る。近づくにつれ、より詳細な声が聞こえてくる。

 

「うるせえ!!俺は絶対にお前らの言いなりなんかにならないぞ!!」

 

「――ッ!?」

 

 聞き覚えのある、似た声が聞こえた。背筋が凍る。

 

(……いや、ありえない、別人だ)

 

 嫌な汗が額から流れるが、落ち着け、落ち着けと心を整える。そして回らない頭を無理やり回し作戦を考える。

 

(さっきの奴ら程度なら正面突破でも制圧は可能だ。だが奴らには奥の手があるようだ。迂闊には近づけない。ならどうする?奇襲か?いや、奇襲しようにも出入り口は一つ、壁を壊せるほどの装備もねぇ。クソッタレが…オルディーネさえありゃあ……)

 

「そこの人、いい加減入ってきたらどうかしら?」

 

(不味い、気付かれた……!!)

 

 急いで思考を纏める。現在の状態で考え付くのは一つの方法しか無かった。

 

(――突撃する!!)

 

 扉を蹴破ると同時に敵を識別し、飛び掛かる。数は三人。向かってきた男達に発砲。両足を打ち抜き動きを封じ、蹴り飛ばす。

 

 男達も抵抗するが、やはり弱い。こちらは無傷で制圧に成功した。出血はあるが命にかかわる怪我ではないだろう。

 

 次に部屋の奥に向き直る。そこにはこの場には似つかわしくない派手な金髪の女が平然とした様子で佇んでいた。傍らには目隠しされた十代前半くらいの少年が拘束されている。

 

「強いのね」

 

「生憎とコレとギャンブルくらいしかやってこなかったからな」

 

「あら、素敵な半生ね」

 

 銃を突き付けているにも関わらず笑みを崩さない女に、俺は内心恐怖を覚えていた。明らかに異常だが、奴から達人クラスの力量は感じられない。だがこの余裕は、男たちが言っていた何かがこの女にあるという証拠だろう。

 

「さて、無駄だと思うが一応言っとくぜ。武器を捨てて拘束されてくれねえか?」

 

「愚問ね」

 

「そうだろうよ」

 

「おい、なんだよ、何がおこってんだ!!」

 

「少年、ちょいと待ってな。助けてやっから!!」

 

 少年と女の距離が近く迂闊に撃てないため、無茶を承知で格闘戦を仕掛けるため接近する。あわよくば奥の手が出てくる前に拘束してしまいたい。幸い女が現在武器を持っている様子は無く、格闘戦なら自分に分があると思っていた。

 

――しかし、次の瞬間俺の考えは打ち砕かれる。

 

 女の身体が光った次の瞬間、身体が謎の機体に包まれていた。見たことのないそれは、明らかに生身では勝てないであろう雰囲気を放っていた。

 

(何だありゃ、機甲兵じゃねえ……話に聞いたオーバルギアか?いや違う、何だあの威圧感は、明らかにオーバーテクノロジーじゃねーか!!)

 

「今は量産機しかないのだけれど、まぁラファールでも問題ないでしょう」

 

「……オイオイ、そりゃ反則じゃねーか?」

 

「むしろこの状況でなぜ持っていないと思えるのかしら?」

 

「さてな……」

 

 謎の機体の前に、俺は動くことができなくなる。今の俺にはアークスの補助も無く本来の得物も無い。この状況で目の前には正体不明の機体。

 

(ったく、何で魔王討伐の後にこんな連戦しなきゃいけないんだか……)

 

 数十秒の硬直の後、女が口を開く。何やら通信をしているようだ。通信が終わった瞬間、謎の機体は飛び上がり壁を破壊した。

 

「なっ……!!」

 

「目的は達成されたわ。命拾いしたわねお兄さん」

 

「クソッタレが……何なんだその機体は!?」

 

「何って……そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し考えた後、女は薄い笑みを浮かべ、言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――インフィニット・ストラトス。男性(あなた)の持っているその拳銃(おもちゃ)がガラクタになった元凶かしら」

 

 

 



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クロウ・アームブラスト

「あの、えっと……」

 

「あぁ悪い!!今外してやるよ」

 

 女が去った後しばらく茫然としていたが、少年の申し訳なさげな声に気付き、慌てて拘束を外す。

 

「あ、ありがとうございます?さんきゅー?えっと何語で話せばいいんだ?」

 

「大丈夫だ、少年の言葉はわかるからよ……ん?」

 

 自分がこの少年の言葉が分かるはずがない。これは全く知らない言語だ。いや、そもそもなぜ俺はあの誘拐犯たちと会話出来ていた?

 

「わかりました!!とにかく、助けてくれてありがとうございます!!」

 

「いや、気にすんなって。偶々居合わせただけだからよ」

 

 少年の礼を受け取り、一旦言語についての疑問に蓋をする。今はそれより、いくつか確認しておきたいことがある。

 

「ところで少年、あー……「織斑一夏です」一夏、コイツ等のオトモダチとお話した時に聞いたんだが、お前はブリュンヒルデ?って奴の弟ってことでいいのか?」

 

「……はい、俺はブリュンヒルデの…千冬姉の弟です」

 

「そうかい。んで、ブリュンヒルデってのは何だ?」

 

「…………え?」

 

 一夏が俺を何かありえないものでも見たかのように見つめる。どうやらブリュンヒルデというのは、かなり有名なものらしい。

 

「ブリュンヒルデは世界最強のIS乗りの称号です。千冬姉が前に世界大会……モンド・グロッソで優勝してから、そう呼ばれるようになったんです」

 

「最強の称号ってワケか……ISって何だ?スポーツか何かか?」

 

「インフィニット・ストラトスの略称で「何だと!!」ッ……!?」

 

 思わず大声を出してしまい、一夏が怯えているが構っている余裕は無い。あれをスポーツに使うとはとてもじゃないが思えない。あれは紛れもない兵器だ。

 

「……さっきお前を拘束していた女が言ってたぜ。俺の拳銃はガラクタだとよ。あんな兵器を、スポーツに使うってのか?」

 

「え、ええっと、詳しくは俺もわかんないんですけど、なんか銃とかで撃ってもお互い傷つかないように出来てるらしいです」

 

「……意味わかんねえぞ、それ」

 

 どんな機体に乗っていようと、機体を貫通すれば肉体がダメージを受けるはずだ。例外は無い。自分自身、身を持って体験している。

 

 暫く考え込んでいると、一夏から声を掛けられる。

 

「あの、ところで貴方はどうしてこんな場所にいたんですか?」

 

 まあ、当然の疑問だろう。ここがどこなのかはわからないが、少なくとも用もない一般人が迷い込む場所ではないだろう。それに、俺自身も未だにどうしてここにいるのか分かっていない。

 

「さぁな、気付いたらここにいた。ま、捕らわれの少年を助けるために参上したヒーローってことにしといてくれや」

 

「……正直意味わかんないです」

 

「ククッ、それでいいさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 その後、徐々に警戒を解いて行った一夏と様々な話をした。歳は十三で、どうやら学校に通っているらしい。鈴や弾って奴らと親友で、いつも遊んでいるようだ。

 

 話を聞いていくうちに、俺の脳裏には残してきた三人の友人たちとの日々が蘇ってきた。

 

 そんな懐かしい感覚に身を委ねていたためか、俺は直前まで殺気の接近に気付くことが出来なかった。

 

「一夏、話の途中で悪いが敵だ!!逃げろ!!」

 

「え……」

 

 次の瞬間、先程敵が開けた大穴から別の機体が飛び込んできた。それと同時に俺は拳銃を構え、狙いを定める。

 

「来な!!ガラクタで遊んでやるぜ!!」

 

「一夏ッ!!!!」

 

 ISを纏った女がこちらに突っ込んでくる。物凄い速度で、跳ね飛ばされれば恐らく一瞬で肉塊になるだろう。だが、俺はなぜだか一夏をあの時俺を看取った少年と重ねてしまい、見捨てることができなくなっていた。

 

「走れ一夏!!」

 

 両手に拳銃を構え叫ぶが、一夏が走りだす様子は無い。足が竦んだのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「二人ともやめてくれ!!千冬姉、この人は誘拐犯じゃない!!」

 

「何だと!?」

 

「あんたもやめてくれ!!」

 

「……成程、そういうことかよ」

 

 先程の女がなぜ圧倒的有利な状態でありながら逃走したのか、ずっと気になっていた。奴は目標は達成されたとも言っていた。

 

 そしてブリュンヒルデは最強の称号。その彼女がこのタイミングでの登場した意味を考えれば、自ずと一つの答えに行きあたる。

 

「おいブリュンヒルデ、アンタ大会を棄権したな?」

 

「たった一人の弟の命に比べれば安いものだ。ところで……貴様は何者だ?誘拐犯ではないらしいが……」

 

「千冬姉、この人は俺を助けてくれたんだ!!」

 

「ほぅ……それについては感謝するが……目的は何だ?」

 

 織斑千冬は何もない空間から一瞬で巨大な剣を取り出し、俺の喉元に突き付ける。同時に俺も彼女の眉間に拳銃を向けるが、引鉄を引こうがこちらの銃弾は当たらないであろうと容易に想像できる。

 

「雰囲気や動作で分かる。お前はかなり強い。そもそもその二丁拳銃はフェイクなのだろう?刀か槍かそれ以外かはわからんが、近接武器が本来の得物だな?」

 

「どうだろうな。少なくともコイツも一応俺のお気に入りだぜ?」

 

「フッ……それで、だ。お前のような男が目的無くこの場に居るとは考えにくい。だが、悪人にも見えない。お前の眼は腐っていない」

 

「アンタ見る目無いぜ?俺はただのテロリストかもしれない」

 

「ただのテロリストが一夏を救出し、逃がそうとするわけあるまい?」

 

「さぁ、どうだかな」

 

「まぁいい。それで、この状況で一夏を単身助けている。お前に危険はあれどメリットは無い。なぜ助けた」

 

「……ハァ、俺の居場所がコイツ等の仲間にバレたんでな。逃げるついでに助けてやろうと思っただけだ」

 

「お前は私の弟が攫われる前からここに潜伏していたというのか?」

 

「いや、そいつはちょいと違うな。気がついたらこの薄汚い廃墟にいた。その前の事は良く覚えてねぇんだ」

 

「記憶喪失……か?」

 

「そう思ってくれていいと思うぜ」

 

「……成程、腑に落ちんが、一旦はそれで納得してやる。後でたっぷりと話を聞かせてもらうからな。それで、いつまでもお前お前と呼ぶわけにもいくまい。覚えていれば、名前を教えてくれないか?」

 

「そういえば俺は名乗ったけど、あんたの名前は聞いてないな」

 

「あぁ、とりあえず《C》……いや、俺の名前は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――クロウ・アームブラストだ」



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ブリュンヒルデ

 あの後、俺は織斑千冬に恐らく軍事施設であろう施設に連れていかれ、軍人による尋問を受けた。

 

 一夏を助けたこと、そして俺自身もボロを出さなかったことが幸いしてか、記憶喪失であること、どこの国にも戸籍がないことには疑問が残るものの、概ね問題無しと判断され数日後には釈放された。

 

 

(ガバガバだな、大丈夫かよこの国……)

 

 

 尋問室から出ると、コーヒーカップを二つ持った織斑千冬がベンチに座っていた。どうやら尋問が終わるのを待っていたらしい。

 

「ブラックでいいか?」

 

「何でもいいさ、それにどうせ砂糖もミルクも無いんだろ?」

 

 織斑千冬からカップを受け取り、口に運ぶ。淹れてから多少時間が経っているのか、少し温い。

 

「座ってくれ、クロウ。お前に少し聞いてほしいことがある」

 

「尋問ならさっきまで散々受けてたんだがねぇ」

 

「安心しろ、その類の話ではない……愚痴のようなものだ。会って数日のお前に話すのもどうかと思うがな。他に話せる者がいない」

 

「……ハァ、そーゆーことなら、美人の誘いを断るわけにもいかねえな」

 

 軽口を叩き、織斑千冬の横へと腰を降ろす。現在の彼女からは以前の覇気を感じない。

 

「で、話って何だ、織斑千冬」

 

「フルネームはよしてくれ、堅苦しくて好かん」

 

「んじゃ千冬ちゃんでどうよ?」

 

「お前な……まぁ、それでいい。話の内容は……一夏のことだよ」

 

「一夏ねぇ……アイツがどうかしたかよ?」

 

「私が棄権したことで自分を責めていてな。表には出さないが、精神的に相当きてるようだ」

 

 ブリュンヒルデは最強の称号。姉の栄光に泥を塗った自分が許せないんだろう。彼女のことを話す一夏がどこか誇らしげだったことからも、姉を慕っていることが容易に想像できる。

 

「まあ、アイツの気持ちもわかる。だが今回の事は一夏のせいじゃないだろ?」

 

「ああ、誘拐した組織は勿論だが……無警戒だった私にも責任がある。一夏のせいじゃない、悪いのは私だ。何がブリュンヒルデだ…弟一人守ってやれない……」

 

「そうかもな。アイツにはまだ力が無い……アンタが守ってやるべきだったのかもな。だが、俺は千冬ちゃんが悪いとも思わないぜ」

 

「なに?」

 

「そんな厳しい口調しちゃあいるが、見たとこ俺とそんなに年も変わらねえんだろ?そんな若造が全部を背負い込もうなんてのは無理ってもんだ。だからよ、自分だけを責めるんじゃなくて、アンタはもっと周りを頼ってみたほうがいいと思うぜ?」

 

「そうか、そうかもな……だがそれにはこの肩書きが、ブリュンヒルデが重すぎる。世間は私を力の象徴として見ている……もう逃げられない、逃げることは赦されないんだ」

 

「肩肘張りすぎだと思うぜ。そんなんじゃいつか壊れちまう」

 

「それでも、私は……一夏のために…………」

 

「ハァァァァ…………こりゃとんだブラコンがいたもんだ。弟のために着けた仮面が自分で脱げなくなっちまってる。一夏のため一夏のためって、少しは自分の人生を生きたらどうよ?楽しくないだろそんな人生。押しつぶされて終わりだ」

 

「だが……」

 

「だがじゃねえ。いいか、人生ってのは本来一度しか無いんだ。だったらその人生、誰かのために生きるのもいいが、それじゃ振り返って後悔することになるかもしれないぜ?」

 

 少しだけ、自分の人生を振り返る。じいさんの弟子として鉄血の野郎に勝負を挑み、仕留めた……はずだ。だがそのあと奴と同じ場所に致命傷を受け、死んだ。にもかかわらず俺は今この場所で息をしている。

 

 俺は今までの人生に後悔は無い。常に自分で決めて、その道を進んできたと思えるからだ。だが、あの三人やⅦ組(アイツ等)の事を考えると、約束を守ってやれなかったという事実がチクリと胸に刺さる。

 

 偽りだらけの人生だったが、あの場所にいるとき、俺は《C》としてではなく、《クロウ・アームブラスト》として生きることが出来た。

 

 思えば、あの時間は俺にとって唯一俺自身として生きることが出来る時間だったように思う。そんな時間は不要だと思っていた俺は、気付けばこの思い出を宝物のように持っていた。

 

 だから俺はなぜ生きているかわからないこの二度目の人生は、《クロウ・アームブラスト》として生きることに決めた。

 

「俺の考えを押し付けるつもりは無いが、アンタは《ブリュンヒルデ》じゃなく《織斑千冬》として生きたほうが幸せになれると思う。作った仮面はいつか剥がれなくなっちまって、いつか本当の自分とすり替わっちまう。まだ間に合うなら引き返すことをオススメするぜ」

 

 千冬は少し考えたあと、泣きそうな顔で顔を上げた。

 

「やはり私は一夏のために今はブリュンヒルデの肩書きは捨てられない。だが、仮面を外して、私として生きたい気持ちもある。クロウ、私はどうしたらいい……?」

 

「そうだな……絶対に裏切らない、信頼できるって思える奴を一人見つけるこったな。そいつはきっとアンタの力になってくれる。そいつの前でなら少しずつでも仮面を外せるようになるんじゃないか?」

 

「そうか……心から信頼できるひと、か……」

 

「あぁ。いつか、見つかるといいな」

 

「そうだな……って私はなんて恥ずかしい話をしているんだ!!忘れろ!!」

 

「あーら赤くなっちゃってまぁ、可愛いトコあるじゃない」

 

「……殺すッ!!」

 

 千冬が怒りを露わにする。しかし、やはり廃墟で会った時のような雰囲気は感じられず、紅くなった顔で睨みつけられても、俺にとっては何の迫力も感じない。

 

「今の表情、千冬ちゃんって感じがしてすごくいいと思うぜ。んじゃな~」

 

「きっ、貴様はあああああッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 その後、俺と千冬のリアル鬼ごっこは三十分程続いた。最後は筋骨隆々のドイツ軍人たちに揃って捕まり、なぜか俺だけこってり絞られたが、その間も彼女は最後まで俺のことを睨みつけていた。

 

 



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兆候

 千冬との鬼ごっこから数日、俺は彼女から呼び出しを受けていた。

 

「よっ、来たぜ千冬ちゃん」

 

「ああ、クロウ。わざわざ来てもらって済まない」

 

「別に構わねえさ。んで今日はどした?」

 

「ああ、実はこれから一年間ドイツ軍で教官をすることになってな。まあ一夏救出に協力してもらった義理を果たすためだ」

 

「なるほど、それで?」

 

「私達には両親が居ない。一年間、アイツは一人になってしまう。それが申し訳無くてな。それでクロウ、できれば私がいない間一夏と一緒に住んでやってくれないか?もちろん生活費は私が出そう。その間に仕事を探すなりして自分の生活を築く資金を貯めるなりしてくれればいい」

 

 悪くない提案だ。俺にはほぼメリットだらけ、資金には困らず、衣食住は確保、おまけにここ数日で分かったことだが一夏のメシはかなり美味い。強いて言えばデメリットは千冬の家に住んでいることが変に広まると騒ぎになってマズいというくらいか?だがそれも千冬がいない間の一夏の護衛と言えば説明が付く。

 

(普通に考えればすぐに飛びつきてぇ提案だ、だが……)

 

「どーして俺なんだ?自分で言うのも何だが、俺は身元不明の不審者だぜ?しかも初対面で自分の眉間に拳銃突き付けてきた危険人物だ。そんな奴とどーして自分の大事な大事な弟を一緒に住まわせようと思う?」

 

 俺の問いに対して、千冬は真面目な表情を作り答える。

 

「多かれ少なかれ、他の者は一夏をブリュンヒルデの弟として見る。意識せずともな。それではダメだ、一夏に息苦しい思いをさせてしまう。その点お前ならば私の事など知らないのだから、偏見の目で一夏を見ないだろう?一夏自身もお前には心を開いているようだからな。我ながら悪い人選ではないと思うが。そ、それにな……私も、お前のことは、その……多少は信頼している……つもりだ……」

 

 言い終わる頃には真面目な雰囲気は完全に崩れ、恥ずかしそうな、バツの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「おーおー、つまり身元不明無職透明な俺をメチャクチャ信頼してくれているってことでいーのかねぇ?」

 

「うるさい黙れ受けるのか受けないのかハッキリしろ!!」

 

 顔を赤くして一気に捲し立てる様子は正直言ってかなり笑える。多少タイプは違うが、仮面を剥いでしまえばあのツンデレ金髪社長令嬢と似たところがあるかもしれないと感じた。

 

「分かった、受けるぜ」

 

「そ、そうか……感謝する、だがなぜ受けようと決めたんだ?」

 

 まぁ、答えに関しては初めから決まっていたのだが。

 

「なんでって言われてもなぁ……俺にはメリットだらけで一夏もお前も嫌いじゃないからな。断る理由は特にないぜ」

 

「なら初めから断りそうな雰囲気を出すな!!」

 

「悪い悪い、んで俺はいつから一夏と暮らせばいいんだ?」

 

「三日後だ。問題は?」

 

「いんや問題ねぇ。元々私物も特に無いしな」

 

「そうだ、私物といえば一夏が誘拐されていた建物を調べていた時に見つけたんだが……このピアス、お前のものではないか?」

 

 千冬がポケットから取り出したのは、俺がいつも左耳につけていた蒼いピアスだった。ふと鏡を見ると、確かにそこにあるはずのものは無く、千冬の持つピアスが自分のものであると確信する。

 

「あぁ、確かにそいつは俺のモンだ。拾ってくれてありがとよ……ッ!?」

 

 ピアスを受け取った瞬間、不思議な感覚が俺を襲う。まるで何かと自分が重なっていくような感覚。悪いものではないようだが、というか、俺はこの感覚を知っているような気がする。

 

「……どうかしたか?」

 

 千冬が怪訝な顔をして問いかけてくる。その声で俺は現実に引き戻された。

 

「いや、なんでもないぜ」

 

「ならばいいが……まあいい、一夏には私から言っておくからクロウも一応準備をしておけ」

 

「了解だ」

 

 こうして、ピアスを受け取った後千冬の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 三日後、俺と一夏は千冬やドイツ軍の見送りを受け日本行きの飛行機に乗りこんでいた。

 

「しかし、まさかクロウと一緒に暮らすことになるなんてなー」

 

「そりゃこっちのセリフだっての。お前の姉ちゃん、いきなり言いだすもんだからビックリしたぜ。なぁ、二ホンってのはどんなとこなんだ?とりあえず今んとこ二ホンのメシは美味いって認識しかないんだがよ」

 

「ああ、俺が言うのも何だけど、いい所だよ。クロウの言うようにメシは美味いし街も綺麗だ。それに温泉とかレジャー施設とか、観光するとこはたくさんあるぜ」

 

「温泉ねェ……いいじゃねーか、楽しみになってきたあ!!」

 

「クロウは温泉好きなのか?なら、落ち着いたら一緒に行かないか?俺の友達なんかも誘って、皆でさ」

 

「ああ、いいと思うぜ。きっと楽しくなる」

 

「じゃあ、決まりだな!!」

 

 予定が一つ増え、一夏は隣の席で嬉しそうに無邪気に笑っている。当初はぎこちない敬語を使っていたが、俺が敬語をやめてくれと言うとすぐに敬語は消え、フランクに接するようになった。会ってから二週間が経った今では、完全に気を許して話すようになっていた。

 

 一夏には、風貌や声、性格含めどこかアイツと重なるところがある。だからどうしても気に掛けてしまう自分がいた。

 

 だが、あくまで一夏は一夏、他の誰でもない一人の人間だ。そして、今いる世界の知り合いに預けられた大切な弟でもある。

 

(ま、せめて俺の手が届くうちは先輩面させてもらいますかね)

 

 自分の手が届く限りは導いてやろうと心に決め、眠りについた。

 

 



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第一章
火種


~side 一夏~

 

 俺が誘拐された事件から、早いものでもう一年以上が経過していた。本来千冬姉が日本に帰ってくるまでという約束だったが、その後も結局クロウは俺の家に住みついている。

 

 今ではすっかり日本に馴染んで、たまに寂しそうな雰囲気を纏っていることもあるけど基本的に毎日楽しそうだ。

 

 だらしない所はあるものの陽気で面倒見もいいため、近所の子供たちに好かれ一緒になってカードゲームなんかをして遊んでいることが多い。

 

 俺の友達とも仲良くなり、弾のヤツはクロウの事を兄貴と呼ぶようになった。鈴ともすぐに打ち解けたけど、何かといつもクロウに弄られていたな。

 

 そういえば鈴が引っ越す直前、クロウに何か言われて顔を真っ赤にしながらすごい形相でこっちを睨んできたっけな。あれは何だったんだろう?……まあいいか。

 

 そんな感じで子供たちや俺の友達とも仲が良く、加えて俺の知らない交友関係も広いみたいで毎日遊んで暮らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう、毎日遊んで暮らしている。所謂ニートである。

 

 

「お、一夏。おはよーさん♪」

 

「クロウ……もう昼だぞ」

 

 俺が買い物から帰ってくると、寝癖頭でクロウが部屋から出てきた。先程まで寝ていたためか、微妙に顔がむくんでいてだらしない感じだ。大方友人たちと遅くまで飲んでいたのだろう。

 

「いやー昨日は忙しくてよ、思わずこんなに寝ちまったぜ」

 

「毎日寝てるだろ!!朝起きるのなんてパチスロとか競馬に行くときくらいじゃないか!!」

 

「そりゃ心外だぜ。俺だって少しでも家計の足しにしようと頑張ってるっつーのによ」

 

「知ってるんだぞ、知り合い各方面に借金塗れなの。千冬姉も呆れてるからな」

 

「い、いやぁ……そ、それより一夏、勉強は良いのかよ?試験たしか明日だろ」

 

「別に、今更足掻いても点数は変わらないからな」

 

 そう、俺は明日藍越学園の入試を控えている。この日のために必死に勉強し、かなり成績も上がったため特に焦りは感じていない。余裕で合格圏内だと思う。

 

 何だかんだ言いながらも気付けばクロウが家事をやってくれているため、かなり勉強とバイトだけに集中できたことも成績が上がった要因だろう。それについては感謝している。

 

「ハァ……もう少ししっかりしてくれよ。今はまだいいけど、いつか千冬姉に追い出されるぞ」

 

「ゲッ、そりゃヤベェな……食いっぱぐれは勘弁だぜ。ま、とにかく俺のことはほっといて、自分の事に集中したほうがいいぜ?いくら模試が良くっても、本番どうなるかわっかんねーしよ」

 

「大丈夫だって、絶対受かる自信はあるぜ」

 

「どーだかなぁ」

 

「ムッ……じゃあ、俺がどんなミスするって思うんだよ?」

 

「そーだなァ……余裕ぶっこいて名前を書き忘れる。回答欄がずれる。直前に腹を壊すってとこか?後は、そうだな……」

 

クロウは少し考えた後、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試験会場を間違える、とかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺のIS学園への入学が決定的となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

「それじゃあ時間なので、来てない子もいるみたいだけどSHR(ショートホームルーム)はじめますよー」

 

(これは……想像以上にきつい……)

 

 今日は入学式、新たな門出だ。みんなそれぞれに希望を持って、次の人生へと進む第一歩。素晴らしい日だ……ある一点を除けば。

 

 辺りを見渡せば女、女女、女女女。俺以外クラスメイトは全員女だ。別に女子に苦手意識があるわけじゃないし女子の友人だっているがこれに関しては話が別だ。何事にも限度ってものがある。

 

 俺があの日、試験会場間違ってISを動かさなきゃこんなことには……まさかクロウの言ったことが現実になるとは思わなかった。

 

「私は副担任の山田真耶です。一年間よろしくお願いしますね」

 

「…………」

 

 山田先生の挨拶に誰も反応せず、先生も狼狽えている。不憫すぎるので反応したいとも思うのだが、緊張してそんな余裕は無い。

 

 しかしあの山田先生の子供っぽい見た目や、上から読んでも下から読んでもやまだまやな名前とか、あの小動物的な雰囲気とか、クロウが居たらいいおもちゃにされそうだ。

 

 さっき言ってたが山田先生は副担任のようだ。担任の先生はどんな人なんだろうか。

 

 山田先生から視線を外し辺りを見渡す。六年ぶりに再会した幼馴染の篠ノ之箒と一瞬目が合うが、すぐに目を逸らされてしまう。

 

(それが久しぶりに会った幼馴染に対する態度かよ、酷すぎないか?)

 

「……くん。織斑一夏くんっ」

 

「は、はいっ!?」

 

 どうやら自己紹介で自分の番が来たようだ。恐ろしく低姿勢で自己紹介するように促す山田先生を宥め、立ちあがる。ヤバい、一気に緊張が込み上げてきた。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします!!…………以上です!!!!」

 

 後ろからがたがたと崩れ落ちる音が聞こえる。

 

(仕方ないだろ!!この状況でそんな気の利いたこと言えるか!!)

 

 内心悪態をついていると、パァンと激しい音と共に頭に衝撃が走る。目の前には呆れた顔でこちらを見る千冬姉の顔があった。

 

「自己紹介もまともに出来んのか」

 

「ち、千冬姉!? なんで「織斑先生と呼べ!!」痛ッッ……!!」

 

 もう一度出席簿で殴られた。さっきより強かった。

 

(っていうか、千冬姉が担任なんて、聞いてないぞ!!)

 

「織斑先生。会議終わったんですか?」

 

「ああ山田先生、すまんな押し付けてしまって。ある生徒のせいで会議が長引いたが、何とか終わったよ。その元凶の生徒は時間も守れない馬鹿者でな、仕方ないから引きずってきた」

 

 山田先生と会話を終えると、千冬姉は教壇に立ちこちらに向き直る。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 直後、女子生徒から黄色い歓声が上がり、教室は喧騒に包まれ千冬姉が頭を抱える。

 

「全くどうしてこうも馬鹿ばかりが入学してくるんだ……狙ってやってるのか?まあいい、それよりお前達、私なんかよりも余程お前達が好みそうな客寄せパンダを連れてきているのだが……気にならんか?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて言い放った千冬姉の言葉にクラス中の人間が疑問符を浮かべる。

 

 客寄せパンダ?俺のことか?正直今の俺が置かれている状況は客寄せパンダに他ならない。

 

 いや千冬姉は「連れてきている」といった。となるとあの一番後ろの席の空席のヤツか?でもそれなら客寄せパンダって……?

 

「さて、後が閊えているんだ。さっさと入って自己紹介しろ」

 

 

 

「あいよ」

 

 

 

 千冬姉の呼びかけに答え扉を開けて入ってきたのは、男。

 

 

 

「──クロウ・アームブラストです」

 

 

 

 銀髪赤目でピアスをつけた見慣れた男。違うとすれば、トレードマークのバンダナが普段の黒から白に変わっており、なぜか制服を着ているところだ。

 

 

 

「今日から《二人目》としてIS学園に入学させてもらいます」

 

 

 

 目の前の見慣れた男が、耳を疑うような言葉を紡ぐ。

 

 

 

「てなワケで、よろしく頼むわ♪」

 

 

 

 問題だらけの俺の学園生活。また新たな問題の火種が一つ投下された。



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青春

「てなワケで、よろしく頼むわ♪」

 

 教室に入り、とりあえずの挨拶をして教室を見渡す。女子達は全員固まってしまっており、一夏のヤツは唖然とした表情で俺の顔を見ている。そして次の瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「キャアアアア!!!!!!」」」」」

 

女子達は一斉に歓声を上げ、口々に騒ぎ立てる。

 

「まさかの二人目!?」

 

「織斑君は正統派イケメンって感じだけど、こっちはチョイ悪不良系!!」

 

「大人っぽい見た目だけど、まさか年上!?」

 

「お兄ちゃんって感じするよね!!」

 

「彼女とかいるのかな!?」

 

「一夏×クロウなのかクロウ×一夏なのか、それだけが問題ね!!」

 

(おーおー、黄色い歓声ってのはイイモンだねぇ……若干不審なワードも聞こえた気がすっけど)

 

「静まれ馬鹿共が!!アームブラストは諸君らとは違い本来なら高校に通う年齢ではない。だが何故かISを動かせてしまったからな、特例で学園に入学させた。中には抵抗がある者もいるかもしれんが同じクラスのよしみだ、仲良くしてやれ」

 

「あ、敬語とかはナシでいこうや。堅苦しいのは苦手だからよ」

 

「「「「「はーい!!!!!!」」」」」

 

「アームブラスト、お前の席は一番後ろの空席だ。時間も押しているからさっさと座れ」

 

「了解だぜ、千冬ちゃん♪」

 

 刹那、出席簿が俺の頭上へと接近する。ギリギリで躱し千冬の顔を見ると般若のような形相でこちらを見ている。

 

「織斑先生だ!!ここではその呼び方はやめろ!!というか避けるな!!!!」

 

「危ねぇじゃねーか!!フツー避けんだろそんな危ないの!!!!」

 

「チッ……もういい、さっさと席に座れ。これ以上は疲れるだけだ」

 

「へいへーい」

 

 再度千冬に促され自席に座る。周囲を見ると、ほぼ全員の視線がこちらに集中しざわついている。

 

「アームブラスト君と織斑先生ってもしかして知り合い!?」

 

「どんな関係なんだろ。気になる~」

 

「織斑君も千冬様の弟みたいだし…千冬様関係者、多すぎ……?」

 

 ガンッと大きな音が教室に鳴り響く。見れば千冬が教卓を殴りつけており、そのまま一睨みすると女子達は騒ぐのをやめ、その後は淡々と自己紹介が進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 自己紹介タイムが終わり、休憩時間。休憩になった瞬間、一夏が俺の席へとやってきた。

 

「クロウ!!なんでこんなところにいるんだ!!家で寝てたハズだろ!?」

 

「いや~、実は俺もIS使えるみたいなんだわ」

 

「聞いてないぞそんな話!!大体、昨日の夜も俺が行きたくないって愚痴ったら羨ましいとか何とか言ってたじゃないか!!」

 

「ああ、羨ましすぎて俺も入学しちまった♪ま、細かいことは言いっこなしにしようぜ。お前だって、この美少女たちの海の中で男一人よりは気が楽だろ?」

 

「それはそうだけど!!そうならそうと「ちょっといいか?」……箒?」

 

 凛とした容姿の美少女が話しかけてくる。どうやら一夏の知り合いのようだ。

 

「……一夏に話があるのですが、借りても宜しいでしょうか?」

 

「あ、成程ねぇ……いくらでも持っていきな。何なら返さなくてもいいぜ?」

 

「おいクロウ、話はまだ「まーまーいいじゃねーか。知り合いなんだろ?こんな美人のお誘い無視するなんて、男の風上にも置けねぇぞ」……そうだな。箒、屋上でいいか?」

 

「あ、ああ構わない。さっさと行くぞ」

 

「じゃあクロウ、ちょっと行ってくる。後でまた話は聞かせてもらうからな」

 

「あーはいはい、帰って来なくていいぜ」

 

 二人が立ち去る直前、少女の耳元で一夏に聞こえないボリュームで囁く。

 

「(……上手くやれよ?)」

 

「なっ……!?」

 

 少女の顔が真っ赤に染まる。どうやらビンゴみたいだ、コイツ一夏に惚れていやがる。

 

「どうした、箒?」

 

「な、なんでもない!!」

 

「あっ、待てよ!!」

 

 焦って去っていく彼女を、慌てて一夏が追いかけていく。あの少女……確か、箒だったか?ああいう弄りがいのありそうなヤツはいいね。

 

「いやぁ青春だねぇ。スレたお兄さんには眩しいぜ」

 

「くろくろは青春してないのー?」

 

 後ろの方から声が聞こえ、振り返るとなんだかのほほんとした雰囲気の少女が俺に話しかけてきている。制服がダボダボだが、そういう仕様なんだろうか?

 

「ああ、ちょいとあんな甘酸っぱい青春ムードには歳がついていかなくてよ」

 

「おじさんなんだー?」

 

「おじさんはやめてくれや……そこはホラ、経験豊富なおにーさんってことで、な♪」

 

「あーくろくろー、おかし食べるー?」

 

「聞いてねぇし!?……まあ貰うけどよ」

 

 少女は気付くと俺の机に大量の菓子を積み上げていた。その中から美味そうなチョコを一つ摘み、口の中に放り込む。

 

(……おっ美味いな。しかしコイツは何処にそんな菓子なんか持ち歩いてんだ?)

 

 そんな疑問を浮かべつつも少女と一緒に菓子を食べていると、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り、生徒たちもそれぞれ自分の席に戻っていく。

 

「あー、時間だー。くろくろー、またおかし食べながらお話ししようねー」

 

「ああ、いいぜ」

 

 少女は菓子を回収し自席へ戻っていく。やっぱりどこにしまっているのかわからない。

 

 一夏と箒もチャイムを聞いて駆け込んできたようだ。千冬が怖いのか相当焦った様子で、二人とも額に汗を浮かべている。

 

(ま、さっきはああ言ったが……二度目の青春、せいぜい謳歌させてもらいますか)

 

 そんなことを考えながら、教師がやってくるのを待っていた。

 

 他とは明らかに違う、敵意を孕んだ視線を俺に送る一人の少女に気を配りながら――



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決闘

 休憩時間が終わり、二時限目。この時間はISの基礎知識についての講義が行われた。

 

 俺は半分寝ていたためあまり覚えていないが、どうやらクラス中で一夏だけが内容について行けず千冬に説教を食らっていたらしい。

 

(ま、テキスト読んですらいない俺はもっと分からないんだがな)

 

 そしていつの間にか授業が終わり呆けていると、先程からずっと感じていた視線の主が近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 ブロンドのロングヘアーに蒼い瞳が特徴的な、ドレス風に改造した制服を纏った美少女。比較的小柄ながらスタイルも良さそうだ。佇まいからは恐らく貴族の令嬢であることが伺える。

 

「おうよ!美人の誘いならいつでも大歓迎だぜ♪」

 

「あら、随分と軽いんですのね」

 

「お嬢様は俺みてぇな軽い男は嫌いかよ?」

 

「少なくともあなたのような女性に媚びを売るしか脳がなさそうな男性には興味ありませんわ」

 

「オイオイ、初日から嫌われたもんだな~(ま、視線でわかってたけどよ)」

 

「大体そんな着崩した格好をして……野蛮ですわ。少しは場を弁えたらどうですの?」

 

「そんな改造制服着てるお嬢に言われたくないけどな」

 

「まぁ、このセンスがわからないんですの!?これだから野蛮な男性は……」

 

「いや似合ってるし可愛いとは思うけどよー」

 

「貴方に褒められても嬉しくありませんわ!!」

 

 そう言いながらも若干耳が赤くなっている。分かりやす過ぎんだろ。

 

「クク、照れんなって♪」

 

「てっ、照れてないですわ!!まったく、男性操縦者が二人も現れたというからどんなものかと思えば……二人目がまさかこんな失礼な方だなんて。せっかくあちらの極東の猿よりはまだいいと思って話しかけて差し上げましたのに」

 

「そりゃまあ、ご期待に沿えず申し訳なかったぜ(極東の猿、ね……)」

 

 このお嬢様はここが日本で、クラスも比較的日本人が多いことを理解して大声でそんなことを話しているのだろうか。

 

「はぁ……まあいいですわ。エリートであるわたくしは心が広いですから、あなたのような野蛮でどうしようもない男性にも優しいのです。まあ今後分からないことがありましたら、泣いて頼めば教えて差し上げてもよくってよ。そう、エリートであるこのセシリア・オルコットが!!」

 

「へぇ、エリートだったんだな~。よっ!エリートお嬢!!」

 

「フフン、そうですわ!エッッッリートなのですわ!!……ってわたくしの事を知らずにお話していましたの!?」

 

「いやー、初日だし名前まではまだ覚えて無くてよ。ワリィな」

 

「そういうことではありませんわ!!わたくしがイギリスの代表候補生にして入試主席、唯一教官を倒したエリート中のエリートであるセシリア・オルコットだと知らずに会話していたのかと聞いていますの!!」

 

 代表候補生。確か国家代表のIS乗りの候補に選ばれている人間の事だっただろうか?

 

「代表候補生、ねぇ……やっぱお嬢すげぇじゃねーか」

 

「やっぱり知らなかったんですのね!!いいですか、そもそも――」

 

 セシリアの言葉を遮るようにチャイムがなる。どうにかこの絡みも終わりそうだ。

 

「話の続きはまた改めて!よろしいですわね!!」

 

「……はいよ」

 

 訂正。どうやらこの絡みはしばらく終わらないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

「では、この時間は実技に使用する各種装備の特性について説明する」

 

 先程までと違い、三時限目は千冬が教壇に立っていた。余程重要な事項なのか、真耶もメモを取ろうと準備している。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

(クラス代表……委員長みたいなモンか?)

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで。誰か立候補はあるか?推薦でも構わんぞ?」

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

(ま、そーなるよなぁ……)

 

 自薦他薦は問わないというのなら、まぁまず間違いなく一夏に投票するだろう。俺が女子の立場でもそうする。その方が面白くなりそうだからな。と、いうワケで――

 

「ハイッ!アタシも一夏クンがイイと思いますゥ♪」

 

――女子に混じって推薦しておくぜ。

 

「あっ、なら私はアームブラストくんがいいと思います!」

 

(あ、ヤッベ……)

 

「うん!私もアームブラストくんを推薦します!」

 

「私も私もー」

 

「わたしもくろくろー」

 

 ふざけて一夏を推薦したのが完全に裏目に出てしまった。完全にこちらに注意が向いてしまい、集中砲火状態だ。

 

「ああ、俺もクロウがいいと思うぞ」

 

 一夏の野郎がこちらを見てニヤリとほくそ笑みやがった。道連れになれってことか……てかアイツ、俺がヘマしなくても俺のこと絶対推薦してやろうとしてたな。あれは絶対そういう目だ……

 

「では候補者は織斑一夏とクロウ・アームブラスト……他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ」

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 甲高い声と共にセシリアが机を叩き立ちあがる。

 

(おっ出たなお嬢、いいぞもっとやれ!!)

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 どうやらセシリアは典型的な女尊男卑主義らしい。尤も、エリートのプライド的な面もありそうだが。まあ、ともかく盛大に暴れて俺の推薦をなあなあにしてくれれば文句はない。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿や野蛮な品格の無い男にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来たのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

(あーヤバい、一夏がキレそうになってる。アイツ意外と沸点低いからな……)

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

 

(耐えろ、耐えるんだ一夏!むしろお嬢の気分を良くして代表譲っちまえ――)

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

(――あーあ言っちった…耐えきれなかったか……)

 

「なっ……!?美味しい料理はたくさんありますわ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 一夏とセシリアが睨み合い膠着状態になる。セシリアが散々反日してくれたお陰で流石にクラスの空気が悪すぎるし、仕方ない……少し空気を変えてやるかね。

 

「――さぁ始まりました!第一回、クラス代表決定戦!!」

 

 クラス中の視線が俺に集中する。

 

「ルールは至って簡単!ISバトルによって勝敗が決定!勝者はクラス代表の選択権を得られるぜ!!さぁ!!織斑一夏VSセシリア・オルコット、勝負の行方は!?――ってのはどうよ、織斑センセー」

 

 一通り言い終えた後、千冬に話を振る。後は勝手に進めてくれるだろう。

 

「ふむ……面白い。織斑、オルコット、アームブラストから提案があったがこれで構わないか?」

 

「ああいいぜ」

 

「こちらもいいですわ、決闘ですわ!」

 

「んじゃ決まりだな!日時なんかは「なぁ、アームブラスト」ん?なんだよ織斑センセー」

 

「ところでさっきの提案にはお前の名前が入っていないんだが、何故だ?」

 

 痛い所突かれたな。このまま二人の闘いに持っていって俺のことはうやむやにしてしまおうと思っていたが、千冬相手では厳しいか?

 

「いや、二人でガチンコ対決のほうが盛り上がるかなーと」

 

「推薦されたからにはお前も出ろ。どうせお前のことだ、勝敗でこっそり賭けでもしようとしていたのだろうが……自分のクラス代表がかかっていれば悪事も働けまい?」

 

「チッ、バレバレかよ……面倒くせぇ」

 

「まぁ許せ。私もお前の《専用機》を見てみたいんだよ」

 

 千冬が意地が悪い笑みを浮かべる。どうやらそれが一番の目的みたいだ。

 

「あ、貴方専用機持ちですの!?」

 

「あー……ま、持ってるぜ。いろいろと複雑かつデリケートな事情があってな」

 

「貴方のような男が専用機持ちなど、認められません!!勝負ですわ!クロウ・アームブラスト!!」

 

「クク……しゃーねぇか。受けるぜ、セシリアお嬢」

 

「それでは決まりだな。織斑、オルコット、アームブラストの三名で総当たり戦だ。日時は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑にも後日専用機が届くから条件は対等だ。存分に戦うといい」

 

 こうして、一夏とお嬢と俺の三つ巴の闘いが決定した。



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ルームメイト

 俺達の決闘云々で一悶着あったが、その後は滞りなく講義が進んでいき、今日最後の講義を終えた。その瞬間、教室内は喧騒に包まれ、再度俺や一夏に視線が集中する。

 

「ふわあぁぁぁあ~~~~……やーっと終わりやがったか」

 

 こんなに長時間机に座っていることが久し振りだからか、思っていたよりも疲れが酷い。やはり自分には座学よりも実技が合っている。

 

(さてと、散策がてら適当に散歩でもすっかね)

 

 俺としてもせっかくの学園生活、できれば楽しく過ごしたい。そのためには学内の設備の把握はしっかりとしておく必要があると思う。

 

 

 

「待て、アームブラスト」

 

 

 

 立ち上がって教室から出ようとすると、千冬に呼び止められた。彼女の手には寮の部屋の鍵であろう物が握られている。

 

「ほら、寮の鍵だ受け取れ」

 

「お、あんがとよ。寮まではどうやって行きゃいいんだ?」

 

「そのくらい自分で……いや、私が案内してやろうか?……丁度幾つか話したいこともある」

 

 話か……内容はおおよそ想像はつくが、寮の場所を聞くついでに聞いておいてもいいだろう。

 

「そうかい。んじゃまあ、お言葉に甘えさせてもらうぜ」

 

「よし、ならば付いてこい」

 

「あいよー」

 

 こうして、俺たちは女生徒たちの視線を浴びながら教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 俺は千冬に連れられ、寮へと向かっていた。……ハズなのだが、速足で歩いているのに歩いても歩いても寮に着く気配はなく、むしろ遠ざかってる気さえしてくる。

 

「おい織斑センセー、まだ着かねぇのか?」

 

「……よし、そろそろいいか。済まないな、野次馬共を撒くのに遠回りをしていた。クロウ、少し止まって話をしよう。今は勤務外だ、その呼び方もやめていいぞ」

 

 一通り周囲を確認し立ち止まる。成程、校舎の陰の入り組んだ位置。ここなら野次馬も来なそうではある。

 

「まずはクロウ、済まなかった。お前がISが使える事を隠そうとしていたのは知っていたのに、こんなことになってしまって……」

 

「別に構わねえさ、その話は何度もしただろ。一夏のためだ。それに()()()()()()()()()()()()

 

「ああ、そうだ。だがそれでも、私の頼みで学園に縛り付けて、お前の行動を制限してしまった。本当に済まない……」

 

「いや、今の状況でも手段がないことはない。それに、俺が動けなくても外との繋がりは絶たれちゃいないしな」

 

「そうか……できる限り私も協力しよう」

 

「アンタには充分世話になってるさ……さて!この話は終わりにしようぜ千冬ちゃん♪他にも話、あるんだろ?」

 

「ああ、わかった……次の話だが、今日を持ってお前の情報が全世界へ行き渡った。流石に経歴は詐称してあるが、お前の顔が世界に知れ渡る。一応覚悟しておけ」

 

「俺様のスーパーイケメンフェイスが世の中に知れ渡るのか……世の女性達が心配だぜ♪」

 

「ハァ…真面目な話なんだがな……まあいい、次だ。お前の専用機についてだが、学園から詳細なスペックデータを取るよう命令されている。悪いが次のクラス代表決定戦を利用させてもらうが、構わないか?」

 

「いいぜ、この状況で断るわけにもいかねえだろ。それにあの場で俺の出場を強制したのもそれが理由だったんだろ?」

 

「……感謝する」

 

「おうよ。んで、話はそんなトコか?」

 

「そうだな、伝えておきたいことはこのくらいだ」

 

 大体は予想通りの内容だった。俺がIS使える事を把握しているのが千冬含め一部の協力者だけだったのが、世界に広まった。ただそれだけのことだ。尤も俺自身IS適性を得ちゃいるが、俺の専用機自体はISと言えるかどうか微妙な所だ。ISとしての反応も示しているし、その機能も一応は果たしてはいるみたいだが。

 

「なら、話は終わりだ。あんまり同居人が遅いと一夏のヤツも不審に思うだろうしな」

 

「一夏が?……ああ言ってなかったな。アイツは篠ノ之と同室、お前とは別室だ」

 

「カァーッ羨ましいねえ!女子と同室とかどんなラブコメだよ。もしかするとヤルことヤッちまうんじゃねえのか?」

 

「あの朴念仁の愚弟に限って、あると思うか?」

 

「あーうん、そー言われっと自信ねぇわ……」

 

 あの朴念仁の鈍感野郎には、おチビのヤツも苦労してたしな。まあ、同室になったくらいで一線超えるならアイツは今頃ハーレム帝国を築いてるんだろうよ。

 

「それにクロウ、お前も女子と同室だぞ」

 

「は?マジかよ、てっきり一夏とじゃないなら一人部屋だと思ったぜ」

 

「様々な事情があってな。お前達の場合は前例が無いケースだ。すまんが折り合いをつけてくれ。まあそのうちそれぞれ個室でも用意されるだろう」

 

「りょーかい。むしろ俺的には可愛い女の子と生活なんてご褒美って感じだぜ」

 

「……お前も一夏も苦労するだろうが、まぁなんだ……強く生きろ」

 

 千冬はどこか陰のある、憐れむような目で俺を見る。

 

「……?ま、とりあえず話も終わったんだ。部屋に案内してくれや」

 

「……ああ」

 

 その後千冬と共に改めて寮へと向かったが、部屋に入るまで彼女の視線の意味は理解することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

「ここが俺の部屋、か……」

 

 俺は千冬に寮の場所を教えられ、その後一通り学内を探索してから寮へと戻り部屋の前に立っていた。

 

 鍵と一緒に渡された紙に書いてある部屋番号は、目の前の番号と一致しているし、まず間違いないだろう。鍵は……開いている。すると同居人がもう中にいるのか?

 

 先程の千冬の憐れむような視線が気になって仕方がない。あの態度から考えると余程の奇人変人の可能性もある。

 

(あんま変なヤツじゃないといいけどねぇ)

 

 何時までも部屋の前で立っているわけにもいかず、覚悟を決めて部屋に入る。部屋の中は薄暗いが、高級な香水のような香りがほんのり漂っている。内観としては変わった所は無いが、良い設備だと思う。一つだけ気になるとすれば、片方のベッドだけ物凄く豪華で、まるで貴族のお嬢様が使いそうなものになっているくらいか。

 

 

 

 

 

(――ん?貴族?……嫌な予感が)

 

 

 

 

 

「…んん……?……なんですの…………?ああ、もしかしてルームメイトの方ですの?」

 

 

 

 

 

 どこかで聞き覚えのある声が聞こえる。というか、ものすごく嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんわ、少し疲れて眠っていましたの。今照明を点けますわね」

 

 

 

 

 

 パッと照明が点き、部屋の中を一気に明るく照らす。瞬間、どこかで見た綺麗なブロンドのロングヘアーの後ろ姿が目に入る。そして少女は、こちらに振り返りながら言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「お見苦しいところを見せて申し訳ございませんわ。わたくし、ルームメイトのセシリア・オルコ…ット……です…………って!!な、ななな、なんで貴方がここにいるんですの!?」

 

 

 

 

 

 

 そこには、昼間に揉めに揉めたエリートお嬢が、透け透けのキャミソール姿で立っていた。

 

 

 

 

 

 

(千冬が言ってた意味ってこういうことかよ……)

 

 目の前の状況に思わず頭を抱える。

 

「あー……状況的に俺がお嬢のルームメイトみたいだわ。なんつーかまぁ……ハァァァァ…………取り敢えず外出てっから、その恰好、襲われたくなかったら着替えることをオススメするぜ」

 

「恰好……?……ッ!?みっ、見ないでくださいな!!!!」

 

「へいへい。ま、イイモン見せてもらったぜー♪着替え終わったら読んでくれや――」

 

 セシリアに背を向け部屋を後にする。扉を閉めた瞬間、自然と溜息が漏れた。

 

「――ハァ……これからどうなっちまうのかねぇ…………」

 

 

 

 

 

 

 このルームメイトの人選に、今後の学園生活を考えると不安が募るばかりだった。



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天狗

 セシリアとルームメイトになって一晩が過ぎた。他の部屋ではそれぞれ親睦を深めたのだろうが、俺達は未だまともに会話すら出来ていなかった。

 

 何度か会話を試みてみたのだが、部屋に入った時の不幸な出来事や元々印象が良くなかったこともあり、セシリアはまともな返事を返すことはなかった。一応、おやすみなさいと寝る前の挨拶はあったが、それだけだ。

 

(俺としては、せっかくだし仲良くやりたいんだがねぇ)

 

 そう、何の因果か知らないがせっかくルームメイトになったんだ。蟠りは解消して生活しやすい環境にしたいと思う。流石に四六時中気を張られたんじゃ此方も参ってしまう――

 

「ん…んん……ふわぁ…………」

 

――なんて考えていると、セシリアが目を覚ましたようだ。

 

「よっお嬢、おはようさん」

 

「っ!?……お、おはようございます」

 

 昨日の事を思い出したのか、顔がすっかり赤くなっている。

 

「朝メシどーするよ、何なら一緒に行くか?」

 

「……お一人でどうぞ。わたくし、食欲がありませんので」

 

「ありゃ、フラれちまったか。んじゃま、一人で行きますわ。そんじゃなー」

 

 セシリアに言い残して、部屋を出る。流石に一晩じゃ関係改善は不可能らしい。ま、根気強く声かけて行くしかねーわな。

 

 とりあえずセシリアの件は後回しにして、俺は空腹を満たすため食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 来るのが遅かったのか俺が食堂に着いた頃には席は大方埋まっており、朝メシを買ったはいいが席が無い。そんな中俺の名前を呼んで手招きするヤツがいた。一夏だ。

 

「クロウ!こっち空いてるぞー!」

 

「おっす、おはようさん」

 

 見れば隣には昨日一夏と話していた黒髪ポニーテールの少女が座っている。

 

「篠ノ之箒…だったか?ワリィな、お邪魔じゃねぇか?」

 

「……いえ、構いません」

 

 箒は顔に出やすいタイプのようだ。一夏と二人が良かったという感情が表情からダダ漏れである。といってもここで座らないと食べられないため大人しく座るが。

 

「どうした箒?腹でも痛いのか??」

 

「一夏…お前は……」

 

 一夏は相変わらずの唐変木っぷりを披露している。いつかコイツ刺されるんじゃないのか?

 

「なんだよ……まあいいや。そういえばクロウは誰とルームメイトになったんだ?昨日千冬姉から聞いたんだけど、クロウも女子と相部屋なんだろ?」

 

「ああ……セシリアお嬢だよ」

 

「あっ……なんて言ったらいいか、それはもう……御愁傷様です」

 

「まったく大変だぜ。まー出来ればお嬢とも仲良くしときたいんだけどよー」

 

「そりゃそれが出来れば一番だけどさ、あの様子じゃ厳しいんじゃないか?」

 

「そーなんだよなぁ、ハァ……」

 

 彼女に関しては根気強くやって行くしかないか。いや、もしかしたら何か原因があって男嫌いなだけかもしれないが。どちらにせよ、会話が出来るのが第一段階か。

 

「あ、そうだ!セシリアで思い出したんだけどさ。一週間後のバトルに備えて俺のこと鍛えてくれないか?」

 

「一夏!お前の訓練は私が付きっきりで昨日の放課後からやっているだろう!しかもよりによって対戦相手に頼むなど、男として恥ずかしくないのか!!」

 

 箒は必死になって一夏の提案を否定している。せっかく一夏と二人きりになれそうな所を邪魔されたくないんだろう。

 

「そうは言うけどさ、俺だってなにも出来ずに負けたくないんだよ。俺はIS以前の問題だから、箒はISについて教えてくれないんだろ?剣道するだけだったら純粋に強い人に教わったほうがいいかなと思ってさ」

 

「た、確かにそうは言ったが……ッ!お前は私よりこの男のほうがいいというのか!!」

 

「クロウはこう見えてめちゃくちゃ強いぜ。だから鍛えてもらえば絶対強くなれると思うんだけど」

 

「む…そうなのか……だが…………」

 

 箒は暫く考え込んだあと、俺の目を見て睨みながら言う。その眼には明確な敵意が滲み出ていた。

 

「……アームブラストさん、どうか私と手合わせをしては頂けぬだろうか?」

 

「やれやれ、どーしてそうなるかね……ま、気持ちはわからんでもないけどよ」

 

 一夏の方をチラリと見るも、なぜ箒が躍起になっているかわからずキョトンとしている。朴念仁にも程があるんじゃないだろうか。

 

「一夏が貴方をこんなにも評価している。貴方との手合わせは得るものが多そうだ」

 

 箒は自分が敗けるとは微塵も思っていないのだろう。相手を見下した眼、歪んだ笑みを浮かべる口元からは、邪魔者を叩き潰すことしか考えていない心情が容易に想像できる。

 

「オイオイ、言ってることと顔が全然違うぜ?……今日の放課後、場所は剣道場でいいか?」

 

「はい、構いません。よろしくお願いします」

 

「わかりましたよ……っともう時間がねぇや、早いとこメシ食っちまおーぜ」

 

 こうして、俺と箒の手合わせが決まった。その後箒は一言も言葉を発さず早々に食べ終えて席を立っていく。

 

 一夏にあれでいいのかと聞いたが、何も分かっていない様子で「なんで怒ってるんだろうな?」などと本人が居たら火に油を注ぐであろうことを怪訝な顔をしながら話していた。

 

 コイツのせいで面倒事を押し付けられたようなモンなのに、自覚が無いというのだから困ったものだ。けどまあ、受けてしまったものは仕方がない。少し揉んでやるとしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

~side 箒~

 

 授業が終わり、放課後。私は剣道場でアームブラストが来るのを待っていた。既に道着に着替えておりいつでも戦える状態だ。

 

 一夏はあの男が強いと言っていたが、私にはそんな風には見えない。昨日から見ていても会ったばかりの女子に綺麗だの可愛いだの言っていたし、授業は寝てばかりいるし、どこからどう見ても真剣さの感じられないチャラチャラした軽薄男ではないか。

 

 そもそもなんで一夏はあんなに奴を慕っている?昨日は本人の前ではなんでいるんだと喚いていたが、屋上で話してみればクロウがいてくれて助かったなどと、奴の話ばかりではないか!六年ぶりに再会した幼馴染(わたし)よりも奴のほうがいいというのか!それに奴は千冬さんとも面識があるみたいだし、私が知らない間に何があったというのだ!?

 

 きっと一夏があんなに弱い腑抜けになったのも、あの男に感化されて遊び呆けていたからだろう。でなければ一夏が篠ノ之流を捨ててバイトに明け暮れるはずがない、きっとそうに違いない。

 

 待っていろ一夏。私があの男を叩きのめしてお前を正気に戻してやる。

 

「箒ー、連れてきたぞー」

 

「よっ、来たぜ♪」

 

 剣道場の扉が開き、一夏とアームブラストが中に入ってきた。これから戦うというのに挨拶にも軽薄さが漂うとは、やはり気に入らん。

 

「……私は準備が出来ているので、準備を済ませて来てください。防具は用意してありますので」

 

 流石に防具無しでは怪我をさせてしまうと思い、それだけはこちらで準備していた。私とて怪我までさせるつもりはないからな。

 

「あー、ワリィけど要らねえわ。動きづらいだけだしよ」

 

「……私を舐めているんですか?」

 

「別にんなこたぁねーけど、重い防具つけんのは俺の趣味じゃねーんだわ。適当に竹刀だけ貸してくれや」

 

「怪我をしても知りませんよ」

 

「おうよ♪どっからでもかかってきな!」

 

 やはりこの男、私を見縊っている。大方ただの剣道経験者の女子とでも思っているんだろう。ISがなければ女など怖くないと。

 

 怪我させるつもりは無かったが仕方がない。少々痛い目を見てもらうとしようか。

 

「……一夏、開始の合図を頼む」

 

「わかった。箒、あんまり無茶するなよ?」

 

 なぜ私の心配をする!私が負けるとでも思っているのか!?……まあそう思うのも今のうちだけだ。お前はすぐに考えを改めることになる。

 

「こっちはいつでもいいぜー」

 

 見ればアームブラストは既に開始位置に立っており、片手で竹刀を肩に担ぎ余裕そうな笑みを浮かべている。

 

「一夏、こちらもいいぞ」

 

 フン、その余裕ぶった表情、すぐに崩してやる。

 

「ああ、それじゃあ…………始め!」

 

「はあああぁぁぁぁああッッッ!!!!」

 

 開始と同時に上段から斬りかかる。アームブラストは微動だにしていない。この剣速、素人には躱せまい!!

 

(食らえ!!)

 

 竹刀が奴の脳天に直撃する瞬間、視界がブレる。その刹那、目の前の敵は消え、腹部に衝撃が走った。

 

「おうおう、結構速いじゃねーか。その年にしちゃ上出来だぜ」

 

 気付けばアームブラストは既に私の背後に立っていた。何が起きたのか理解できない。こんな感覚は初めてだった。

 

「……貴様何をした」

 

「別に、普通に躱して斬っただけだぜ。ま、お前さんがなかなか速いから少しだけ本気出しちまったがよ」

 

 普通に躱して斬っただけ?ありえない、あんなのはそこらの人間が出来る動きじゃない。出来るとすれば思いつくのは千冬さんと…………姉さんくらいだ。

 

「んじゃ、俺様大勝利!!……ってことでいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負けた。そう思った瞬間、頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……あぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 自分を抑えられなくなり、衝動的に何度も、数え切れないほど剣を振るう。しかしアームブラストに当たるどころか、一度も剣を交えず全て躱されている。

 

「当たれ、当たれ当たれッ、あたれあたれあたれぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!!」

 

「コラ、ちったあ落ち着け」

 

 次の瞬間、脳が揺れる。頭に打ち込まれたことに私は倒れるまで気付かなかった。目の前には床の木目が見える。立ちあがろうとするも、平衡感覚がおかしくなり上手く立ち上がれない。フラつく身体を何とか動かし、仰向けになる。

 

 

 

「強い…な……」

 

 

 

ここまで…実力差があるとはな……さっきまでの自分が馬鹿みたいだ…………。

 

 

 

「当然だぜ、俺様ってば天才だからよ♪」

 

 

 

 舐めていたのは私だったということか……完敗だ…………。

 

 

 

「フフ……軽口を…叩くな――」

 

 

 

 天狗になっていたのだな……私は…………。

 

 

 

――次の瞬間、私の意識は途切れた。

 



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背中

~side 箒~

 

 どれくらいの間、気を失っていたのだろうか。先程まで明るかった剣道場は既に薄暗く、窓からは夕日が差し込んでいる。

 

「おっ、やーっと目ぇ覚ましたか。体は大丈夫かよ?」

 

「……はい、問題ありません」

 

 私はどうやら剣道場の隅に移動させられ、寝かされていたようだ。頭の下にはタオルが敷いてあり、身体からは防具が外されている。

 

「保健室まで運んでもよかったんだが、周りの目とか考えるとちょっとな。ワリィな」

 

「いえ、構いません。一夏は何処に?」

 

「ホレ、あそこだ」

 

 アームブラストが指差した方を見ると、遠くで一夏が懸命に素振りをしていた。

 

「あの通り、今は素振り中だ。お前が気絶した後に一夏とも一戦やってみたんだが全然でな。今は少しでも剣を振るう感覚に慣れてもらおうってトコだ。クク……ありゃ確かにお前の言う通りISどころの話じゃねーな」

 

 アームブラストは笑いながら言う。自分で言うのも何だが、あんなに敵意を剥き出しにしていた相手に接するならば少しくらい不快感を感じていてもよさそうなものだが、彼からは微塵も感じられない。

 

「どうして……そんな風に笑えるんですか?」

 

「ん?そんな風って何だよ?」

 

「……私は正直言ってアームブラストさんが嫌いでした。いつもヘラヘラしているし、軽いですし…………一夏に、慕われているみたいですから」

 

「ま、何となくその辺は伝わってるぜ」

 

「なら、どうして貴方はそんな風に気軽に話しかけてくるんですか!?普通ならもっとなんというか、嫌悪感を抱くものじゃないですか!!」

 

「やれやれ……なんつーか、お前も肩肘張りすぎなタイプだよなあ」

 

「――え?」

 

 呆れ顔でアームブラストは言う。肩肘張りすぎ?どういうことだ?

 

「今回の事だって結局は一夏(アイツ)と一緒にいたいって、そんだけじゃねーのか?」

 

 いきなり核心に突っ込まれた。いや、いきなりそんなこと言われてもだな……いや確かにそうなのだが、上手く言葉にできない。

 

「そ、そんなことはない!私はただ同門の不出来が……」

 

「オイオイ、流石に見てれば分かるぜ?……でだ、それならそうと一夏の野郎に言えばいいだろ」

 

 咄嗟に言い訳をするも、すぐに見破られた。……私はそんなに分かりやすいのか?

 

「そんなこと言えるわけないだろう……」

 

「そうは言うが、恥ずかしがって何も伝えないでいると、後で後悔するぜ?」

 

「後悔……?」

 

「人間いつ別れが来るかわかんねえからよ。家族、友達、恋人……いろんな繋がりはあるだろうが、そいつらに素直に気持ちは伝えとけ。でないと、後悔しながら別れることになる……ま、人生の先輩としてのアドバイスだと思ってくれや♪」

 

 アームブラストの表情は普段の飄々としたものと同じに見える。だが、その笑顔からはどこか物悲しい雰囲気が漂っていた。

 

「お前は、その…そのような経験があるのか……?」

 

「ま、生きてりゃいろんなことがある。その一例ってだけだ」

 

「そうか……って、私の質問に答えてもらってないぞ!!」

 

「ああ、嫌悪感がどうとかって話か?別に俺はお前のこと嫌いじゃないから、んなモン最初から無いんだよ。むしろ弄りがいがあって面白いヤツだと思ってるぜ♪」

 

「いっ、弄りがいがあるとは何だ!失礼だぞ!!」

 

「そういうとこだよ。それにしても、よーやっと敬語が取れてきたみたいだな」

 

「え?」

 

「昨日言っただろ、敬語はいらないって。今まで律儀に敬語で話してたの、クラスで多分お前だけだぜ?」

 

「あ……」

 

 いつの間に敬語が取れていたのだろうか。気付けば以前ほどアームブラストに対し嫌悪感を感じない。寧ろ奴の言葉からは妙な安心感さえ伝わってくる……兄というものがいたなら、こんな感じなんだろうか?

 

「敬語も取れてきたところで…箒、せっかくだし仲良くやらねえか?俺も面白いヤツとは仲良くしときたいからよ♪」

 

「フン、お前のような軽薄男と仲良くするなどありえん!……だがお前が強いのも、私より経験値が高いのも理解した。だからだな……たまに手合わせをしたり、話を聞いてもらうぞ……クロウ」

 

「クク……ああ、了解だぜ」

 

 クロウとの会話を終えるとほぼ同時に、こちらに近寄ってくる足音が聞こえる。どうやら一夏が素振りを終え、こちらに近づいてきたようだ。

 

「箒!目が覚めたのか!!大丈夫だったか!?悪い、素振りに集中してて起きたの全然気づかなかった」

 

「あ、ああ大丈夫だ。心配を掛けて済まなかったな、ありがとう」

 

「おっ、素直にお礼言えんじゃねーか。その調子だぜ♪」

 

「う、うるさい黙れ!!」

 

「……あれ?箒とクロウ、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 

「仲良くなってなどいない!!」

 

「あらま照れちゃって♪つーか、そろそろ切り上げようぜ?腹ァ減ってしょうがねーよ」

 

「そうだな。あ、なら夜も一緒にメシ食わないか?箒もどうだ?」

 

「……ああ、どうしてもというなら、まあ構わない」

 

「素直じゃないねえ……さ、とっとと行こうぜ」

 

 クロウは立ち上がり、私達に背を向け出口へと歩いて行く。その姿はさっきまでと何ら変わらないチャラチャラした軽薄男そのものだ。

 

 しかしその背中は、今の私の目には実物以上に大きく、広く映っているように感じた――

 

~side out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 一夏、箒と一緒に食事を終え、自室。俺とセシリアは同じ空間を共有しているが、殆ど言葉を交わすことは無く、室内には重苦しい空気が充満していた。

 

 一言も交わさないだけならともかく、セシリアは常にこちらを睨み敵意を露わにしているのだからタチが悪い。これなら一夏絡みでしか敵意を表に出さないさっきまでの箒の方がまだマシだ。

 

「……なあお嬢。さっきからこっち見てるけど、なんか用か?」

 

「いえ、用などありませんわ。と言うか話しかけないでくれませんこと?」

 

 セシリアはぷいっと顔を背ける。どうやらとことん嫌われているらしい。

 

「わたくしはもう寝ますのであまり騒音を立てないでくださいな、迷惑ですので」

 

「へいへい、話しかけて悪かったよ。んじゃおやすみ、お嬢」

 

「……ええ、おやすみなさい」

 

(おはようとおやすみだけはしっかり言うあたり、律儀だよなぁ)

 

 セシリアの様子に苦笑いしていると、携帯が震えた。

 

(着信?誰だ…非通知、ね……)

 

「ちょっくら出てくるわ。ま、お嬢はゆっくり寝ててくれや♪」

 

 セシリアに言い残し、部屋を出る。

 

 この着信の発信源、俺が想像している通りなら部屋を出ることを見越してもう一度掛けてくるハズだ。そう考え、俺は寮を出て校舎裏へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 校舎裏に着いて数分後、やはりもう一度着信があった。表示された非通知の文字に、俺は確信めいて通話ボタンを押す――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――やあやあ生ゴミくん、元気だったかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あぁ、そちらもご健在で何よりだ……クソ兎」



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接触

「――あぁ、そちらもご健在で何よりだ……クソ兎。()()()()()()()()()()()()()

 

 着信元は予測通り、《天災》篠ノ之束。まぁこのタイミングで非通知で掛けてくる相手となれば、コイツくらいだろう。

 

『勘違いするなよ生ゴミくん。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「クク…そうだろうな……だったら何だ?わざわざ《天災》が電話してくるんだ、何か目的があるんだろう?」

 

『お前、IS学園に入っただろ。さっさと出てってよ。束さんの計画の邪魔なんだけど』

 

「そいつは無理ってもんだ。千冬に頼まれているんでね」

 

『あんまり調子に乗るなよ。プチッと潰してやろうか?』

 

「出来るならな。こちらも黙って殺されるつもりは毛頭無いが」

 

『お前ホントムカつくなぁ!黙ってちーちゃん達から離れてとっとと死ねよ、世界の廃棄物(イレギュラー)!!』

 

「貴様こそ、そろそろ持病の幼児退行と妄想癖を治療したらどうだ、世界の癌細胞(イレギュラー)?」

 

『うるさいうるさい!束さんの世界にはお前みたいな奴は要らないんだ!!お前も、お前の使っている()()()()も、すぐに潰してやる!!!!』

 

「貴様の計画や思想に興味は無いが、それが周囲の犠牲の上に成り立つなら悪いが潰させてもらう。千冬や一夏を巻き込むなら尚更だ」

 

『いっくんとちーちゃん、箒ちゃんがいれば他の奴なんかどうなろうと知ったこっちゃないよ!!お前も含めて全員ゴミなんだからな!!』

 

「あぁ、そう言えば箒に会ったが、貴様と比べて随分と好感の持てるヤツだったな。ま、少々捻じ曲がった部分もあるが……本当に血が繋がっているのか?」

 

『お前……ッ!!箒ちゃんは正真正銘束さんの妹だ!!!!』

 

「そうか。ならよかったな、近くに守ってくれるヤツがいて。心配するな、お前の妹は()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……もういい、お前は殺す。大体どこから持ってきたかもわからないISやコアを使っている時点で死んでほしいのに、束さんに盾突くんだから死んでも文句は無いよね?とにかく、計画は進めるから邪魔するなよ。お前はもう殺すのは決定だけど、少しでも長生きしたいだろ?じゃ――』

 

 一方的に通話は切られた。辺りは静寂に包まれており、緊張から解放されたためか夜風の肌寒さが身に染みる。

 

「ふぅ……計画、か。メンドクサイことになってきたぜ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうね。そのお話、おねーさんにも詳しく教えてもらってもいいかしら?」

 

「――ッ!?」

 

 慌てて後ろを振り返る。そこには水色のショートヘアの女が立っていた。暗がりでよく見えないが、その顔立ちは美人であることは容易に想像できる。しかしこの女、束に気を取られていたとはいえ俺が気配に気付けないとは……普通じゃない。

 

「ハァ……いつから居た?」

 

「最初から、ね」

 

「どっから聞いてたよ?」

 

「フフ、全部かしら。私、気配を消すのは得意なの」

 

「……最悪だぜ」

 

 女の手には『神出鬼没』と書かれた扇子が広げられている。ふざけているのか、この状況で。

 

「さて、洗いざらい話してもらうわ」

 

「断る。大体何の権利があってそんなこと言ってんだ?これは俺の問題だ」

 

「権利ならあるわ。私こう見えて、この学園の生徒会長なの♪」

 

「会長だから何だってんだ?」

 

「IS学園の生徒会長は、学園に対するあらゆる危険に対して対処する義務があるの。貴方のさっきの通話の内容、生徒会長として看過できるものではないわ。だから聞かせてくれる?行方不明のはずの篠ノ之束博士となぜ面識があるのか、そして計画とは何か、ね」

 

 不敵な笑みを浮かべながら女は言う。学園を守る、か……この女にならば話しても良いかもしれないし、協力者として使える可能性があるが、今はまだ時期じゃない。 

 

「悪いがノーだ。好感度が足りねえぜ」

 

「……あらそうなの?ざんね~ん…………なら、一つだけ聞いてもいい?」

 

「何だよ?」

 

()()()()()()()()()()()

 

「……いや、違う」

 

「へぇ…………?」

 

 俺と女はしばらく見つめ合う。数十秒探るような視線が向けられたが、その後視線は途切れ彼女は表情を崩した。

 

「うん、貴方の事信じてあげる♪特別だからね?」

 

「そうか、ワリィな会長さん。いつか、必ずアンタには話す」

 

「そ、楽しみに待ってるわ」

 

「そういや会長さんよ。アンタの名前、なんて言うんだ?」

 

「ふふ、私は更識楯無。覚えておいてね、クロウ・アームブラストくん?」

 

 そう言い残し、彼女の後姿は闇に溶けていく。

 

「俺は名乗った覚えが無いんだがな、会長殿――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 篠ノ之束との通話、そして更識楯無との出会いの後、俺は自室に戻ってきていた。セシリアはぐっすり眠っているのか、俺が部屋に入る音に反応している様子は無い。

 

 俺はゆっくりとベッドへと向かう。セシリアにに近づくにつれ、彼女が何か言葉を発していることに気付く。

 

「すまんお嬢、起こしちまったか?」

 

 俺の言葉に対して反応は無い。寝言か……?

 

(――ッ!?)

 

 セシリアに近づくと滝のように汗をかいており、魘されていたのが分かった。失礼を承知で額に手を当てると明らかに高熱があり、良くない状態であるのが分かる。

 

 思えばセシリアは朝から食欲が無いと言っていた。あの時は俺と食べたくないだけだと思っていたが、本当に食欲が無かったのかもしれない。というか今日の夕飯時にも見かけなかったな。

 

 そもそも俺が昨日部屋に入ったときもベッドで寝ていたし、その時点から既に調子が悪かった可能性もある。

 

 そしてその体調不良を来週戦う対戦相手の俺に悟られまいとしていたなら、あの無口な状態にも納得できる。そもそもセシリアの性格なら煽って来たり突っかかって来たりするだろうしな。

 

「……ホントまぁ、プライドまでエリートだこと」

 

「…………ま、……う…ま…………」

 

「ん?どうしたお嬢」

 

「……おかあ…さま……お…とうさま…………いか…ないで…………」

 

 お父様にお母様……か。もしかしてセシリアは両親を失っているのか?どうやらこの魘され方、相当ひどい形で両親を失った可能性があるな。その表情は苦痛で歪んでおり、顔は涙で濡れていてとてもじゃないが見ていられない。

 

「……あぁ、父さんも母さんも、セシリアの傍にいるよ」

 

「ふふ……よ…かった…………」

 

 苦悶の表情が和らぎ、口元に笑みが浮かぶ。未だ顔は涙に濡れたままだがそのうち乾くだろう。それよりも熱が酷い。まずは冷やさないことにはな。

 

「しゃーねぇ、看病してやっか」

 

 俺は自身の収納からタオルを取り出し、水道へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

「ん…んん……」

 

「おっ、起きたかお嬢。おはようさん♪」

 

 早朝五時過ぎ、セシリアが目を覚ました。魘されることは無くなったものの、あの後も熱が下がることは無く未だ高熱だ。

 

「なにを…していますの……」

 

「何って、看病だっつの……ったくこんなんなるまで放っておきやがって。お嬢、凄い熱だぜ?」

 

「そういう、ことではなく…わたくしと、あなたは……対戦相手ですのよ…………?」

 

 やっぱりそういうことか、大方俺に隠そうとして薬も飲まなかった結果症状が悪化したんだろう。まったく、バカなお嬢様だ。

 

「んなモンの前に俺たちはルームメイト、同居人だろうが。バカなこと言ってねぇで黙って俺様に看病されとけ」

 

「ですが……」

 

「へいへい、とりあえずお嬢は今日は授業休みな。千冬ちゃんには俺から言っといてやっから。後、授業の前に保健室連れてってやっからちゃんと薬飲んで寝とけ、いいな?」

 

「……はい、わかりましたわ」

 

「よっし、イイコだ♪」

 

「……子ども扱い、しないでくださいな」

 

「俺から見ればお嬢もまだまだガキだよ」

 

「そう…でしたわね――――」

 

「……寝たか」

 

 俺は携帯を取り出し、織斑千冬をコールする。数コール後、千冬が電話に出た。

 

「よう千冬ちゃん、起きてるか」

 

『ふわあぁぁあ…………クロウ…こんな朝から……電話してくるな、馬鹿者が……』

 

「お、寝てたか。ワリィな」

 

『もういい……さっさと要件を言え』

 

「ああ、二つほどあるんだがよ。まずは、セシリアお嬢が随分な高熱でな。今日は授業を休ませることにしたぜ」

 

『ふむ、まあオルコットも疲れが溜まっていてのだろう。ゆっくり寝かせてやれ』

 

「ああ、それでもう一つだが……クソ兎から接触があった」

 

『何!?それは本当か!?』

 

「事実だ。昨日の夜、非通知で着信があってな。ま、案の定ってワケだ」

 

『そうか……アイツは何と言っていた?』

 

「具体的なことは何も。ただ、近いうちにこの学園で何か仕出かす可能性が高い。計画がどうこう言ってたぜ。それには俺が邪魔なんだとよ」

 

『クソ、束…何を考えている……』

 

「さあな。ただ以前から危惧していたように、一夏に対して何か仕掛けてくる可能性が高いな。注意するに越したことは無いだろ」

 

『そうだな、引き続き警戒を頼む』

 

「それとこの件に関してだが、更識楯無に知られた。協力を仰ぐか?」

 

『ふむ、更識か……信用は出来ると思うが、その判断はお前に任せよう』

 

「了解だ……んじゃ、要件は以上ってことで!」

 

『ああ、それではな――』

 

 千冬との通話が切れた。言わなきゃいけないことは大体伝わっただろう。しかし、会長の件は任せる、か。こりゃもう一度更識楯無と接触する必要があるな。

 

「……ま、何にせよ今はお嬢を保健室までエスコートしなくちゃな」

 

 その後、八時過ぎ。俺はセシリアを保健室まで運んでいく。周囲の視線が痛かったが、セシリア本人は特に抵抗することも無く素直に保健室まで運ばれていった。

 

 そして昨日からオールしていた俺は、自室のベッドにダイブし本日の授業を欠席した――



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起動

 セシリアの看病を行った翌日、俺は授業を無断で休んだ件について千冬の部屋に呼び出しを食らっていた。

 

「さて、入学三日目から授業を無断で休むとは、いい度胸だなクロウ」

 

「いやー千冬ちゃん、これにはやむをえない事情があってだなあ」

 

「オルコットの看病か?」

 

「そうそう!人助けの代償って奴?」

 

「アイツの調子はどうだ?随分と高熱だと言っていたが……」

 

「ああ、だいぶ良くなったみたいだぜ。明日からは授業に出られるんじゃないか?」

 

「そうか……だがそれとこれとは別問題だ。授業をサボっていい理由にはならん、今後は気をつけろ」

 

「あいよ……えっ、それだけ?」

 

「何だ、続けてほしいのか?こんな些末な事よりも本題に入りたいんだが?」

 

「いや結構です!!……んで、本題っつーとやっぱあの事かよ」

 

「ああ。束の件、詳しく聞かせてもらおうと思ってな」

 

 やはりこちらが本題のようだ。千冬の顔が呆れ顔から真剣な表情へと切り替わる。篠ノ之束、か……また厄介事を持ってきてくれたもんだぜ。

 

「クロウ。束の言う計画、どのようなものだと考える?」

 

「さぁな、なにせ情報が少なすぎる。だが、恐らく計画の舞台はIS学園、メインキャストは一夏。加えて箒、そして千冬…アンタだ」

 

「そうか……」

 

「ああ、元々のアンタと一夏への異常な執着、加えて今回の通話で確認したが箒にもそれを向けていること、そして一年前に言い残したあの言葉……ほぼ間違いない。そして俺は本来あのクソ兎の脚本には存在しないイレギュラー……ま、そんな所だ」

 

「成程な……今回はお前や、お前の機体を狙っているわけではないということか?」

 

「いや、ヤツは俺に用事は無いと言ったが内心じゃ未練タラタラだ。あんだけ敵対心向けてくるのがイイ証拠だぜ。ま、あの様子じゃ隙があれば潰しににくるだろ。だが……」

 

「ああ、そこでクロウ。お前の入学という仕込みだ」

 

「世界で二人目の男性操縦者、今や世界中の有名人だ。そんな人間を白昼堂々とは殺せねぇ。アンタの提案でヤツも俺のことは表立って狙いにくくなったハズだ」

 

「加えて、襲撃に備えて同室に代表候補生(セシリア・オルコット)を設置した。他の有象無象を近くに置くよりも有事の時の戦力として数えられるだろう……尤も、束相手に代表候補生程度がどこまで戦力になるかはわからんが」

 

「オイオイ、そのうち一人部屋になるんじゃなかったのかよ」

 

「束の件が完全に片付いたら、な」

 

「成程な……クソッタレが。お嬢が俺のルームメイトなのはそういう思惑だったワケだ。だが、ただでさえ俺の存在が学園の危険度を上げちまってる。悪いがこの件に何も知らないお嬢を巻き込むつもりは無いぜ?」

 

「無論私とて生徒を危険に晒したくはない。あくまで保険だと思ってくれ……しかし束め、一夏に何をするつもりだ……?」

 

 頭を捻った所で、現状ではとにかく判断材料が足りない。だが、ヤツの行動パターンを考えると、わざわざ所在を明かすような真似は避けたいはずだ。

 

 ならば返り討ちにされて捕縛されるリスク、潜伏先が露見する可能性を考慮すると、本人が直接襲撃してくる限りなく可能性は低いと思っていいだろう。

 

 本人による襲撃が無いとすればヤツに残された手段は電脳戦…学園へのハッキングか、或いは捨て駒になりそうな何かを用いた襲撃が考えられる。しかし、俺の知る限りヤツに相手に嗾ける手駒になりそうな人間は居ないハズだ。

 

 ハッキングが目的なら俺に対して邪魔をすれば殺すなんて表現は使わないだろうし、それを行うことによって一夏達を計画に巻き込むビジョンも見えない。だが、間接的な手段としては使ってくる可能性が無くはない。

 

 そして、奴は俺の周囲の犠牲というワードに対して、どうなろうと知ったことではないと言った。あのクソ兎、周囲に犠牲が出る前提で計画を考えている可能性が高い。ならば直接的な手段で計画を行うと考えていいだろう。

 

「ま、ヤツの口ぶりから恐らくアンタ達三人を殺すことは無いだろうが、何らかの強硬手段に出てくる可能性は高い。その中でお前たち以外の人間に犠牲が出ようと関係ないってトコだな。千冬、とりあえず内側だ。学園のネットワークのセキュリティ強化を頼む。俺は外を張る」

 

「了解だ。だが、束相手では気休めにしかならんぞ?」

 

「分かってる、それでもやらねぇよりはマシだ。ヤツ相手に先手を打ったという事実が重要なんだよ。それがヤツにとって些細なことでも、苛立って思考が乱れてくれれば御の字だ。それと、有事の時は俺も出る。一応許可は貰っておくぜ」

 

「ああ、許可しよう。一夏を守ってやってくれ」

 

「おうよ。任せときな千冬ちゃん♪」

 

 しかし、セシリアが同室なのは対クソ兎の戦力って狙いがあったワケか……何ともまあ、身勝手な大人の事情に巻き込まれてやがる。もちろん、巻き込むつもりは毛頭無いが、俺と一緒にいれば万が一が起こりかねない。

 

 一度しっかり実力を見せてもらうぜ、代表候補生(セシリア・オルコット)――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 試合当日、第三アリーナAピット。俺はISスーツに着替え試合開始を待っていた。

 

 試合順は特に決まってなかったのだが、一夏の専用機が届くのが遅れるということで初めに俺とセシリアが闘い、負けた方が先に一夏と闘うという流れで決まった。

 

 ちなみに一夏だが、ISの訓練をしようにも訓練機を借りられず結局剣道ばかりしていた。特訓のおかげもあって少しはマシな動きが出来るようになったのではないかと思う。尤も知識の方は箒が教えなかったのか教えられなかったのか空っぽのド素人状態のようだが。

 

『――アームブラスト、そろそろ時間だが最終調整は問題ないか?』

 

『オルコットさん、準備完了しています。アームブラストくんも急いでください!』

 

 ピット内に通信で千冬と真耶の声が響く。

 

「ああ、問題ねぇ。いつでも行ける」

 

『そうか……ならばお前の力、改めて見せてもらうぞ』

 

「おうよ!ま、俺様の実力、しっかりその眼に焼き付けな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イメージするのは戦場を共に駆け抜けた、蒼の騎神――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――来い!《オルディーネ》!!」

 

 左耳の蒼いピアスが光を放ち、その刹那、俺の身体に使い慣れた機体が装着された。以前の騎士人形の姿と違い、現在はISとして最適化しているためか通常のISと同じく俺の身体にパーツが装着される形に変化している。

 

『クロウヨ、久シブリノ実戦ダナ』

 

 脳内に声が響く。戦闘前にコイツと話すのも随分久しぶりか。

 

(そうだな、一年振りくらいか)

 

『行ケルカ?』

 

(問題ねぇ。それに今回はただの試合だ、気負う必要はねぇよ)

 

『ソウカ、ナラバ起動者(ライザー)ヨ、再ビ我ガ力、存分ニ振ルウガヨイ』

 

(ああ、行くぜ!!)

 

「――クロウ・アームブラスト、オルディーネ、出る!!」

 

 再び蒼の騎神を駆り、戦場へと飛び出した――



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円舞曲

~side セシリア~

 

 アリーナで待機していると、ピットから彼が飛び出してきた。その身体には、わたくしと同じく蒼い機体を纏っている。ブルー・ティアーズから彼の機体情報が送信される。

 

 《オルディーネ》……それがあのISの名前ですのね。

 

 羽のようなスラスター、金色の一本の角のような装飾が施されたヘッドギア等、各パーツが全て尖り、鋭い印象を抱かせる機体。身体は顔の一部以外は装甲に覆われほぼフルスキン、西洋の騎士を連想させる。

 

「……お待ちしておりましたわ」

 

 勝負を始める前に、わたくしはどうしても彼に言わなくてはならないことがあります。

 

「一つだけ、よろしいですか?」

 

 あの日看病してもらった時から、ずっと言いたかったこと。

 

「ん?どうしたよ?」

 

「先日は看病して頂き、ありがとうございました。それと、今まできちんとお礼も言えず、申し訳ありませんでしたわ……」

 

 あんな見下すような態度をとった、そんなわたくしに彼は態度を変えることなく話しかけてくれた。心配してくれた。……そして、叱ってくれた。あんな子供みたいに叱られたのはいつ振りでしょうか。

 

 両親が列車事故で亡くなって、名門オルコットの当主として受け継いだものを守るため、わたくしなりに賢明な努力をしてきましたし、その自負もあります。

 

 ですが、そうやって大人達に立ち向かうために自分を高め、追い込んでいった結果、気付けばわたくしを心配して叱ってくれる人なんてどこにも居なくなってしまっていました。

 

 当然ですわね……自分達より能力が高くて、プライドが高い癇癪持ち。加えて差別思考、男嫌いの女尊男卑主義者なんて、妬んだり擦り寄ったりはしても心配するなんて選択肢は浮かびませんもの。同年代の人たちだって、本当の意味で仲良くなんて……

 

 現状、わたくしはクラスで孤立しています。どうしてって、馬鹿でも分かりますわよね。日本の学校で、日本人だらけの教室で、日本人に対して《極東の猿》だなんて侮辱も良い所ですわ……

 

 そんなわたくしに、貴方は何度も気さくに話しかけてくれた……挨拶程度しか返さないのに、何度も何度も。

 

 最初は正直鬱陶しかったです。体調が悪いのを隠そうともしてましたし、あの時は対戦相手の貴方に体調不良だとばれたくありませんでしたから。

 

 けれど今は、貴方にお嬢と呼ばれる度、言葉では言い表せない複雑な感情が押し寄せます。

 

 嫌な感じはしません。ただ、どう扱ったらいいかわからない、不思議な気持ち……

 

 男性は皆、父みたいな人だと思っていました。卑屈で、女性に媚びを売って、あわよくば取り入ろうとする弱い存在。

 

 けれど、クロウ・アームブラストさん。貴方はわたくしを心配して、叱って、頼らせてくださいました……

 

 貴方は、父とは違うのでしょうか……?

 

「何だそのことかよ……おう、礼は受け取っとくぜ♪しっかしお嬢。お前さんも不器用なヤツだなぁ」

 

 そうやって、貴方ははまた軽口を言いながら笑いますのね。

 

「ええ、自覚しています……」

 

 こんな態度を取らせているのは、貴方ですのよ……?

 

「ま、けどこれでお嬢も言いたいこと言えて少しはスッキリしたんじゃねぇか?」

 

 未だ、胸の靄は晴れないけれど。

 

「……そうですわね」

 

 未だ、貴方の声に戸惑うけれど。

 

「なら、余計なこと考えないで全力で来な!こういうイベントは、やらせ無しのガチンコ勝負だからこそ面白いんだからよ!!」

 

 この気持ちの正体を知りたい。

 

「ええ、全力で行きますわ!準備はよろしくて、クロウ・アームブラスト!!」

 

 だから、この勝負で確かめさせてもらいます!!

 

「ああ……来な!セシリア・オルコット!!」

 

 彼は二丁拳銃を取り出し、両手に構える。

 

「大型ハンドガンが二つ、二丁拳銃…それが貴方の武器……!!」

 

「ああ、今はコイツが俺の武器だぜ」

 

「今は……奥の手がありますの?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

『お前達。時間が無い、さっさと始めろ!』

 

 アリーナに織斑先生の声が響く。随分と話し込んでいたみたいですわね。

 

「おっと、怒られちまったぜ。んじゃとっとと始めるとすっか!!」

 

「ええ!さあ、一緒に踊りましょう!!わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

 

「クク……ちゃんとリードしてくれよ、お嬢!!」

 

 

 

 

 

――瞬間、互いに動き出す。

 

 

 

 

 

 ライフルを構え狙い撃つも、難なく躱され、逆に二丁拳銃による弾幕を張られる。咄嗟に飛び上がって躱すも多少被弾してしまった。ただ所詮はハンドガン、一発毎の威力は高くない。

 

「そのハンドガン、結構な連射性能ですわね!!」

 

「ヒューッ♪俺様の速射、躱すなんて中々やるねぇ!そら、どんどん行くぜ!」

 

 躱しながらライフルで応戦するも、こちらの攻撃はまるで当たらない。逆にこちらはじわじわと少しずつSEを削られ、既に残量は七割を切っている。

 

(拙いですわ…ビットを使う暇が無い!……なら!!)

 

 勢いよく上下左右に飛び回り、相手の射線を乱す。完全に隙の無い弾幕などありえない。

 

 

 一瞬、連射に穴が開く――

 

 

「――ッ!ここですわ!!」

 

 動きを止め、機体制御に集中する。四機のビットが死角に回り込み、彼は躱せず被弾する。初めてこちらが有効打を与えた。

 

「やりましたわ!!」

 

「中々いいトコ突いて来るじゃねーの!!」

 

「続けていきますわよ!!」

 

 ビットを操作し続けて連撃を加える。四方から迫るレーザーに対し、彼は防戦一方だ。ビットを破壊しようとしているのか、躱しながら出鱈目に、各方向に銃弾を連射している。

 

(よし…このまま押し切れる……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だがお嬢、あんまり止まってばっかいるとイイ的だぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を…………ッ!?」

 

 

 周囲を見渡すと、鳥籠のような形で銃弾が空中に留まっていた。その射線は全て此方に向けられている。

 

 

(追尾弾!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喰らいな!!クロスレイヴンッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、銃弾の雨が降り注ぐ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ……キャアアァァァァアアアッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――為す術もなく、雨に撃たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…………ッ!!」

 

 

 意識は朦朧としている。

 

 

「……やるねぇ……ビットを咄嗟に盾にして全壊は避けたか」

 

 

 既にビットは失った。

 

 

「……まだまだ…ですわ…………」

 

 

 ライフルも破壊された。

 

 

「おいおい、もう止めといたらどうだ。ホントにケガすんぞ?」

 

 

 機体の装甲は砕け散った。

 

 

「貴族として、敵に背は向けられません……行きますッ!!!!」

 

 

 強い……けれど、答えを得るまでは、敗けられない!!!!

 

 

「インターセプターァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこまで!!勝者、クロウ・アームブラスト!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼に刃が届く直前、織斑先生のアナウンスが場内に響く。

 

 目的を失った身体が崩れ落ちていく。意識が飛んでいく。前方への推進力に逆らえず、ゆっくりと前のめりで倒れていく身体が、蒼い騎士に受け止められた。

 

「わたくしの敗け、ですわね……」

 

「……よく頑張ったな、セシリア」

 

 

 

 

 

 抱き留められて、安心する。

 

 

 頑張ったなと言われ、嬉しくなる。

 

 

 名前を呼ばれると、温かくなる。

 

 

 ああ、こんなに簡単なことだったんですのね。

 

 

 わたくしは、きっと貴方に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

――目を覚ますと、そこは見知った天井。先週もお世話になった、保健室。

 

「おっす、おはようさん」

 

 ベッドサイドには、先程まで対戦していた彼が座っている。

 

「おはよう、ございます……」

 

「いやー流石にやり過ぎたかと思ったが、大した外傷が無くて良かったぜ……どこか痛むトコはねーか?」

 

「はい……大丈夫ですわ…………」

 

 暫く無言が続く。彼の顔を見ると顔が熱くなるのが分かった。

 

「……ああそうだ。お嬢と一夏の試合は中止になったぜ」

 

「そ、そうですか……それで貴方は、ずっとここに……?」

 

「あの後、一夏のヤツを速攻で倒してな。その後すぐ来た。流石に放置じゃ寝覚めが悪いだろ」

 

 頭を掻きながら申し訳なさそうに笑う彼が、とても愛しく感じる。

 

 傍に居てくれたという事実に、心が躍る。

 

「……優しいんですのね」

 

 貴方の中で、きっとわたくしは同居人の我儘なお嬢様。それ以上でも以下でもない。

 

「ったりめーよ!俺は学園一の紳士だぜ?」

 

 今はそれで構わない。ただ、貴方と共にこの学園生活を楽しみながら過ごしていきたい。

 

「はぁ……軽すぎですわ」

 

 貴方はきっと鳥のように、いろんな所を好きなように飛び回るんでしょう。

 

「あらあら、お嬢は厳しいねぇ」

 

 けれど、飄々と飛ぶ貴方が飛び疲れて、羽を休めるときが来るなら――

 

「ええ、軽いのはイヤですわ。鳥みたいに何処かに飛んでいってしまいそうですから――」

 

――必ず捕まえて見せますわ、クロウさんっ♪



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笑顔

「では一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 クラス代表決定戦翌朝、SHR。一夏のクラス代表就任が決定した。クラス中で拍手が巻き起こり、各々一夏に対して激励の言葉をかけている。

 

「どうして俺なんですか!俺はクロウにボロ負けしたし、セシリアとは戦ってすらいないんですよ!?普通なら全勝したクロウがやるべきでしょう!」

 

 一夏はどうやら納得していないらしく声を荒げて必死に抵抗している。

 

 というか、一夏は何か勘違いをしているようだ。今回のルール、勝ったヤツがクラス代表になるなんて誰一人として言っていない。

 

「クク……一夏、もう一回今回のバトルのルール、思い出してみな?」

 

「えっと確か…俺とセシリア、クロウで対戦して、勝った奴がクラス代表の選択権を……あ!?」

 

「そうだ、得られるのは()()()だ。んで、今回の優勝者は俺だ。ってなわけで、俺はより面白そうな一夏を()()したってワケだ」

 

 ルールに気付き、一夏は狼狽える。そもそもコイツはクラス代表になりたくないのに試合には勝とうとしていたが、本当に勝ったヤツがクラス代表になるってルールだったらどうするつもりだったんだろうか。

 

「ぐっ……別に俺じゃなくたってさあ、ほ、ほら!セシリアだってやりたがっていたじゃないか!!なあセシリア、譲るぜ?」

 

「いえ……わたくしは辞退いたしますわ…………この件で、皆さんに謝罪したいことがあります。織斑先生、少しだけわたくしに時間を頂けないでしょうか?」

 

「……ああ、構わん」

 

 セシリアは浮かない表情で前に出る。恐らく、極東の猿などの差別的発言を謝罪したいのだろう。

 

 肩を竦ませて俯くその表情からは、唇をキュッと結び怯えながらも、どんな辛辣な言葉にも耐えてみせるという覚悟が覗える。

 

「――皆さん。先日の失礼な物言いや差別的な発言、心より謝罪致しますわ。申し訳ありません。本来なら消えてほしいと思う方も居るでしょうが、厚かましくもわたくし、まだこの学園に居たい理由があります。許してくれとは言いません。どうかこれからもこのクラスに在籍する一員であることを許可してはいただけないでしょうか……?お願い致します」

 

 そう言ってセシリアは深々と頭を下げる。流石にみんな彼女の変わりっぷりに戸惑っているのか、教室がざわつく。

 

 そのざわつきを悪い意味で取ったのか、セシリアの目元には最後列でも分かるほどに涙が滲んでいた。

 

 

「(ねぇくろくろー、助けてあげないのー?)」

 

 隣の席ののほほんとした女子が小声で話しかけてくる。ちなみに最近知ったが、コイツの本名は布仏本音というらしい。

 

「(ああ、ここで俺が助けたらこの場は凌げるだろうが、その後絶対お嬢は孤立する。それじゃ意味ねぇだろ。受け入れてもらうには女子の誰かが言いだして、それがみんなに波及する形が理想的なんだよ。それに今、お嬢は自分の意志であの場に立ってんだ。そこに俺が割り込んだら野暮ってもんだろうが)」

 

「(ふーん…くろくろもいろいろ考えてるんだー。さすがおじさんだー)」

 

「(だからおじさんはやめろっつの……)」

 

 本音と話しているうちに、周囲のざわつきも大分治まっていた。どうやら、女子達の中でも考えがまとまったみたいだ。

 

 ポツリポツリと、彼女らは話し出す。

 

「……いいんじゃないかな、許してあげても」

 

「うん、私もいいと思う。織斑くんだってイギリスのこと馬鹿にしたわけだし」

 

「慣れない土地で、きっとどうしたらいいかわからなかったんだよ!ね?」

 

「せっかく一緒のクラスになったんだしね!」

 

「うん、そうだよね!イギリスのお話とか、ISの事とか色々聞きたいし!!」

 

 次々と言葉を紡いでいき、大きな流れを作る。次第にクラス中がセシリアを受け入れるムードになっていった。

 

「ぐすっ……皆さん、ありがとうございます……ありがとう…ございます…………」

 

 セシリアは未だ瞳から大粒の涙を零しているが、その表情は先程までよりも晴れやかだった。

 

「ぐずっ…ずびっ……ぜ、青春でずねぇぇぇ……よがっだですぅぅぅ……」

 

 何故か知らないが、渦中の人物であるセシリアよりも真耶が一番泣いていた。顔中を涙と鼻水で濡らしている……正直乳が無きゃ子供にしか見えねぇ。

 

「――よし、この件はもういいだろう。オルコット、今回の発言、お前の立場を考えれば一歩間違えば国際問題にまで発展していた可能性がある。それについては重く受け止めろ。まあ、後はそうだな……今からでも遅くはない、せいぜい自分なりにクラスに溶け込む努力をして、皆の信頼を得るんだな」

 

「はいですわ!それでは皆様、今後もよろしくお願い致します!!」

 

「さて、話を戻すが、クラス代表は織斑一夏に決定。依存は「ちょっと待ってくれよ千冬ね痛ってええええ!!!!」……依存は無いな?」

 

「「「「「「ハイ!!!!!!」」」」」」

 

 こうして、改めて一夏のクラス代表就任が確定した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 その後、休憩時間。一夏が俺の席に来て駄弁っていた。未だ一夏は不満タラタラといった感じだが、千冬に殴られて抵抗する勢いは無くしたのか、ただただ落ち込み俯いている。

 

「クロウ、酷いぞ……俺はクラス代表なんてやりたくなかったのに…………」

 

「まぁそー言うなって。よーく考えて見ろ?クラス代表になればいろんな女子とお近づきになれるチャンスが生まれるかもしれないんだぜ?」

 

 軽口を叩くと、一夏はのっそり顔をあげる。半眼で俺を睨むその顔は、さながら親の敵でも見ているかのようだ……いや、コイツの場合は姉の敵か。

 

「だったらクロウがやればいいじゃないか。俺よりよっぽど女好きだろう?」

 

「いんやここは俺みたいなのが行くよりもお前みたいな「クロウ!!……一夏に変なことを吹き込むのはやめてくれないか……?」……ほ、箒サン?」

 

「どうしたんだよ箒?そんな顔して……」

 

 箒がいきなり話に割り込んできた。その表情は怒りを必死に抑えて懸命に笑顔を作っているという様子で、なんとも表現し難い感じに歪んでいる。

 

「そんな顔とはなんだ!!いや、ただな?そんな出会いなど……一夏には要らないというか……一夏には私が……というか……)」

 

「え?なんだって?」

 

「い、一夏ぁぁぁ!!」

 

刹那、箒は何処からか出した木刀を振りかぶる――

 

「――っ!?ストップだ箒!ステイ、ステイ……よし、まずはそのどっから出したかわからん木刀を置け、んで深呼吸だ、うん…そうそう……よーし、落ち着いたか?(ここで暴力は逆効果だって言ってんだろ!!)」

 

「……あ、ああ(だ、だが一夏が!一夏が!!……くうぅぅぅ……)」

 

「……?何だよ二人とも、俺のこと除け者にして。酷いじゃないか」

 

「酷いのはお前の頭と耳だぜ、一夏……」

 

 むしろこれだけの出来事が目の前で起きて自分が除け者と思うあたり、一種の才能なんじゃないだろうか。コイツの唐変木スキルはきっとカンスト済みなんだろう。

 

「どうしてそうなるんだよ……ワケがわからないぞ」

 

「お前……感情はあるか?大丈夫か?」

 

「クロウ……本気で怒るぞ。そうやって言われた人の気持ち、考えろよ」

 

「お、おう……悪かったぜ(お前も箒とか、おチビとか、その他諸々の気持ち、考えろよ……)」

 

「――すみません皆さん。ちょっと、よろしいですか……?」

 

 セシリアが申し訳なさそうに話しかけてくる。話を遮ってしまったのではないかと不安になったのだろう。近くでフリーズしてる箒も含め、俺達三人の顔を次々とみて挙動不審になっている。

 

「お嬢、心配すんな。大した話はしてねーからよ」

 

「あぁ、下らない話だぜ?それで、何のようだ?」

 

「え、ええ……織斑さん、篠ノ之さんも、改めて先日の件、申し訳ありませんでしたわ。それと、クロウさん、貴方にも失礼な暴言を吐いてしまい、すみませんでした」

 

「あーいいっていいって、一夏も箒ももう気にしてねぇだろ。な?」

 

「おう!流石にそんな小さい男じゃないぜ!!」

 

「あ、ああ……思うところはあるが、お前の謝罪の気持ちは本物だろう。そのくらいは分かる……」

 

「だとよ、良かったじゃねえか♪」

 

「ぐすっ…皆さん……ありがとうございます…………」

 

 セシリアはまた、瞳に大粒の涙を溜める。どうやら余程罪悪感を抱いていたようだ。だが――

 

「――おいおいお嬢……泣き顔も美人だが、今は泣くとこじゃなくて笑うとこだぜ?」

 

――何も許されてまで泣く必要はない無いだろ。

 

「ク、クロウさん……はいっ!!」

 

 元気良く返事をして、セシリアは満面の笑みを浮かべる。その笑顔は涙に濡れながらも美しく、眩い輝きを放っていた。

 

「クク……イイ笑顔だ。そのまま笑っとけ♪」

 

「あ、そういえば。セシリア、イギリスにも美味い料理あるんだろ?俺、馬鹿にしたけど本当は全然知らないんだ!どんなのがあるか、聞かせてくれよ」

 

「織斑さん……はいっ♪そうですわね、まずは――」

 

(……ったく、平和でいいねぇ)

 

 一夏も、箒も、セシリアも楽しそうに笑っている。

 

 彼等の穏やかな、こんな日々が続きますように。

 

 彼女等の青春は、楽しく過ぎていきますように。

 

 彼女等の学園生活は、綺麗な思い出で終わりますように。

 

 心の中で、願う――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが着実に、悪意の足音は近づいてきていた。




クラス代表決定編、とりあえず終わりました!
読んで下さってる方々、ありがとうございます!
次回かその次あたりには多分鈴が出てくるかと……

今後の執筆の参考にしたいので、感想、評価などお待ちしております。

しかし、一夏の描写が少なすぎて千冬に殴られるだけの機械になってる気が……


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基本訓練

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、アームブラスト、オルコット。試しに飛んでみろ」

 

 四月下旬。刻々とクラス対抗戦の開催が差し迫る中、俺達は千冬によるISの基本操縦についての授業を受けていた。

 

 セシリアの《ブルー・ティアーズ》だが、中々に俺が破壊してしまったため一度本国に送るハメになったそうだ。どうやら昨日戻ってきたようで、現在は彼女の体に装着されている。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

 まだISを展開していない一夏。右腕の白いガントレットを掴んで何やら唸っている。……少しアドバイスをしてやるかね。

 

「一夏、あんま焦んな。身体を機体と一体化させる感じでやってみな」

 

「……分かった」

 

 一夏が目を閉じ、集中する。刹那、一夏の体が真っ白い機体《白式》に包まれる。

 

「おお!出来たぜクロウ!!」

 

「クク……上出来じゃねーか」

 

「アームブラスト。お前も人に構ってないでさっさと展開しろ」

 

「へーへー、わかりましたよっと」

 

 俺が左耳のピアスに触れるとほぼ同時に展開は完了した。俺の体は現在《オルディーネ》に包まれている。

 

「ふふっ、クロウさんも待機状態は耳につけるタイプですのね。しかも同じ蒼……お揃いですわねっ」

 

「ああ、言われてみりゃそうだな」

 

 セシリアの機体も蒼く、待機状態はイヤーカフス。確かに似通っているかもしれない。

 

「お前達、話してないでさっさと飛べ!」

 

「っ、はい!」

 

「おうよ!」

 

 千冬に言われ、俺とセシリアは即座に飛んだ。一夏はもたつき出遅れている。速度も俺、セシリア、遠く離れて一夏といった感じで、なんとも一夏にとっては情けない結果となってしまった。

 

「何をやっている。スペック上の出力ではブルー・ティアーズよりは白式の方が上だぞ」

 

「そう言われても急上昇や急下降は昨日習ったばかりだし『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』で行うようにって言われてもなぁ」

 

「織斑さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「ま、お嬢の言うとおりだな。自分に合った方法を見つけるこった。後はまあ、慣れだ慣れ」

 

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。説明はしてくれなくていい」

 

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

 セシリアは流石に代表候補生だけあって優秀だ。俺が感覚でやっていることを、説明しようと思えば出来るんだからな。俺の場合こういう理論的な話は相手に教えるのは向いていない。

 

 現在、一夏とセシリアはずいぶん仲良くなった様子で、今ではセシリアが一夏のコーチを買って出ている。そして、何故かその訓練には特に何をするわけでもないのに毎回俺も誘われている。理由について尋ねてもセシリアにはぐらかされてしまうため最早追求はしていないが。

 

「織斑さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。ク、クロウさんももし、お時間が合えばご一緒に――」

 

「織斑、アームブラスト、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

 

「――っ、了解です。ではクロウさん、織斑さん、お先に」

 

 セシリアは地上へと降下していく。そして目標の高さでぴったりと静止し、代表候補生たる技術を見せつけたくれた。

 

「うまいもんだなぁ」

 

「ま、アイツも伊達や酔狂で代表候補生名乗ってるわけじゃないってこったな。んじゃ一夏、お先~」

 

 俺もセシリアに続き、急降下していく。そして目標地点の十センチ……は過ぎ、五センチの地点でギリギリ静止した。

 

「ひゅー危なかったぜ。織斑センセ―、こりゃどうなんだ?」

 

「馬鹿者が。五センチを狙ったのなら称賛に値するが、十センチを狙ったのなら当然アウトだ。早く止まりすぎたり、逆に止まれず地面に突っ込むよりはマシだがな」

 

「へいへい、せいぜい精進しますよ」

 

 突如、上空から何かが落下し地上に激突する。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 巨大な穴の中心には一夏が倒れている。原因が分かった途端にクラスメイト達は笑い始め、千冬は頭を抱えている。

 

「ククッ、よぉ一夏。生きてっか?」

 

「な、何とか……」

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 一夏は体勢を立て直し、大穴から抜け出す。ま、あんな速度で地面に衝突したら普通死んでもおかしくないんだが……絶対防御、付いててよかったなぁ、一夏。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 などと箒は言うが……果たしてあれが教えているといえるのだろうか?俺も感覚で操縦はこなしているタイプだが、あのグッだのドンだのずかーんだの、擬音だらけの説明は流石に酷い。あれで理解できる奴は本当の意味で天才だと思うぜ。

 

「一夏、貴様何か失礼なことを考えているだろう」

 

 ……どうやら一夏の野郎も同じようなこと考えてたみてぇだな。

 

「大体だな一夏、お前というやつは昔から――」

 

 箒の一夏への説教が始まる。いや、説教と言うより最早ただの文句でしかないのだが。

 

「織斑さん、篠ノ之さんも大丈夫でしょうか……」

 

「何だよお嬢、いつものことだろ」

 

「いえ、そうではなく……」

 

「おい馬鹿者ども。私の授業で勝手に喧嘩を始めるとは、いい度胸だな」

 

 ああ、成程。セシリアが心配していたのは千冬が怒りだすのを危惧してのことか……

 

「織斑、篠ノ之、二度目は無い……いいな?」

 

「「……はい」」

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はあ」

 

「返事は『はい』だ」

 

「は、はいっ」

 

「よし。では始めろ」

 

 一夏は右腕を前に突き出し、左手で手首を掴む。溢れ出した光は徐々に刀の形を形成していき《雪片弐型》となる。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ。次にオルコット、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

 肩の高さまで左腕を上げ、真横に突き出す。次の瞬間、セシリアの左手には彼女の主力武器であるレーザーライフル《スターライトmkIII》が出現していた。一秒と立たずに展開し、既に射撃可能状態……やるなお嬢。

 

「さすがだな、代表候補生。ただしそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

 

「はい!分かりましたわ!!」

 

「オルコット、近接用の武装を展開しろ」

 

「はっ、はいっ!!」

 

 ライフルを即座に収納し近接武器、恐らくあの試合の最後で使用したショートブレードを取り出そうとしているのだろうが、なかなか展開できないでいる。

 

「くっ……」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです。――ああ、もうっ!《インターセプター》!」

 

 セシリアは武器の名前を叫ぶ。すると光はショートブレードの形となり、彼女の手に収まる。なるほど近接武器の呼び出しは苦手らしい。そういやあの試合の時も武器の名前を叫んでいたっけな。

 

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

 

「ほう。アームブラストとの試合では遠距離射撃武器はすべて破壊され、挙句自分から捨て身で突っ込んでいったように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……そうですわね」

 

 セシリアは悔しそうな表情を浮かべている。だが、言われたこと自体には納得している様子だった。

 

「……ふぅ、もういい。アームブラスト、最後はお前だ。さっさと展開しろ」

 

「あいよっ」

 

 両手を前方に突きだし、刹那、二丁拳銃《トリックスター》が出現する。もちろん既に発砲可能だ。

 

「……文句を付ける所が無いな。いいだろう……時間だ。今日の授業はここまで。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 千冬が言い終えた瞬間、終了を告げるチャイムが鳴り響く。しかし、これを一夏一人で埋めろとは、なかなか千冬も鬼畜なことを言う……ま、手伝う気はないが。

 

「……なあ、クロウって!?いないし!!じゃあ箒!セシリア!……なんでみんないないんだよおおおおお!!!!!!」

 

「……手伝わなくてよろしいんですの?」

 

「ほっとけほっとけ、自業自得だ。しかし箒も、こういう時に手伝ってやれば好感度も上がるだろうに、分かってねぇ奴だよな。こりゃおチビがいたらアイツの圧勝だぜ」

 

「おチビさん、ですの?」

 

「ああ、そのうち話してやるよ」

 

 こうして、叫ぶ一夏を後目に俺達はグラウンドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 同日、IS学園正門前――

 

「ここがIS学園……待ってなさいよ、一夏!」

 

――新たな火種が、来日した。



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パーティー

「そんじゃ!一夏、クラス代表就任……」

 

 

 

 

「「「「おめでとー!!!!!!」」」」

 

 

 

 

 祝福の言葉と共にクラッカーが弾け、グラスが重なりあう音が響く。

 

 現在、俺達は食堂を貸し切り織斑一夏クラス代表就任パーティーを開いていた。幹事は俺。

 

 ウチのクラスの連中は割とノリのイイヤツらが多いようで、俺が提案した瞬間可決された。といっても、そこまで大掛かりな事は出来ないため、料理出来るヤツが部屋で作ってきてそれ以外は出来合いのモノを並べてるだけだが。ま、こーゆーのは気持ちだ気持ち。

 

 最初の号令を終えると、俺はスルッと中心から抜け窓際の席でクラスの様子を観察する。

 

 やはり圧倒的に一夏に群がるヤツが多く、一夏の周囲は一気に女子で埋まりキャイキャイと騒ぎ始める。隣では箒が不機嫌そうにしているが、相変わらず一夏は箒が不機嫌な理由もわからないようで、朴念仁っぷりを存分に発揮している。

 

(……相変わらず、ねぇ)

 

 気付けば一夏と出会ってからもう二年経つ。そう考えると、一夏の成長に感慨深さを抱きつつも、心に何かが引っかかる。だがまぁ何にせよ――

 

「――俺もすっかり馴染んじまったってことかねぇ」

 

「クロウさん……?」

 

 声のした方向を見ると、両手に飲み物を持ってセシリアが近づいてきていた。

 

「っと、どーしたお嬢?」

 

「あっ、あの!お隣よろしいですか?」

 

 ちょっと裏返った声でセシリアは言う。大方、端の方で一人で座っている俺に気を使ってくれたんだろう。

 

「一夏達のほうに行かなくていいのかよ?」

 

「いえ…もしかして、お邪魔でしたでしょうか……?」

 

 見れば彼女は不安そうな表情をしている。あの後、すぐにセシリアはクラスの皆と打ち解けてすっかり仲良くなっていたし、皆が群がってる場所にいた方が楽しいと思ったんだが……

 

「いんや、大歓迎だぜ♪」

 

「だっ、大歓迎だなんて…嬉しいですわ……それでは失礼しますね!」

 

 パッと嬉しそうな顔になり、セシリアが隣に座るが……近いな。肩が触れ合うギリギリの所だ。あれ、お嬢ってこんなに距離近いヤツだったか?

 

「お飲み物はどちらがよろしいですか?わたくしはどちらでも構いませんので、お好きな方を」

 

「……お嬢、こんな気の利くヤツだったか?」

 

「ふふっ。わたくし、気の利く女ですのよ♪」

 

 気が利くと言われたのが嬉しいのか、やけに上機嫌なセシリアから飲み物を受け取る。中身はオレンジジュースのようだ。口に含むと、仄かな酸味が喉を刺激する。

 

 ふと中心の方を見ると、やはり一夏の周囲は特に盛り上がりを見せており、皆が楽しそうに笑っている。尤も、当の一夏だけは多少囲まれ過ぎて疲れが顔に出ているようだが。

 

「にしても……自分で企画しといて何だが、凄い盛り上がりだな、いやー若い、若いねぇ」

 

「クロウさんだってお若いですわ!」

 

「そうは言うけどよ、やっぱ十代と二十代の差はでかいんだよ。本音なんて俺のこと、おじさん呼ばわりだぜ?」

 

「まあ、失礼ですわ!クロウさんはこんなに素敵な殿方ですのに……」

 

「いやーお嬢は優しいねぇ。辛辣な先週までのお嬢はどこ行ったんだ?」

 

「あれは!わ、忘れて下さいな!!」

 

 しかし、本当にセシリアの変わり方には驚きを隠せない。つい先日まで挨拶しかしなかったヤツが、今ではこんなに表情をコロコロ変えながら話すんだから世の中何が起きるかわからないもんだと思う。ま、俺としてはルームメイトと仲良くなれるのは精神衛生的にも悪くないんだが。

 

「クク……わーったわーった。しっかし、相変わらず一夏の野郎もモテるよなぁ」

 

 遂に我慢できなくなったのか、箒が一夏に詰め寄る。またおもしろ……ややこしい事になりそうだ。

 

「クロウさんと織斑さんは以前からのお知り合いなんですよね?」

 

「あぁ、大体二年くらい前からの付き合いだな。その頃からアイツ、女子にモテまくってやがった……ったく、羨ましいったらないぜ」

 

 過去にあそこまで女にモテるヤツは、一人しか見たことがない。少し性格なんかは違うが、やっぱどんな世界でも同じようなタイプがモテんのかねぇ……

 

「そうなんですのね。でも、特定のお相手は……」

 

「居ねぇな。そもそもアイツは恋愛事に鈍すぎるんだ。一夏が中学の頃、同級生でアイツのことがずっと好きだってヤツが居てな。まぁその同級生は俺とも知り合いで、ちょくちょく相談に乗ってたんだ」

 

「相談……もしかしてその方、以前言っていたおチビさんですの?」

 

「ああ、そうだ。んで、最終的に普通のヤツならコロッといっちまうような告白までしたんだが……アイツ、どんな反応したと思う?」

 

「……?普通に、お返事を返したんじゃないですか?」

 

「アイツな、「ん?あぁ、スーパーか?買い物ならいつでも付き合うぜ!」……なーんて元気な声で言うんだよ。流石のおチビも泣いちまってよ」

 

「それは……お気の毒に…………」

 

「まったくだ。あのときは流石の俺もフォロー出来なかったぜ……ちなみにおチビは中国人でな、色々あって今は国に帰っちまったんだが、元気にしてんのかねぇ……」

 

 小柄でツインテールの猫みたいな少女。おチビはまだ一夏のことが好きなんだろうが……日本に居るうちに何とかしてやりたかったぜ。

 

「そっ、そういえばクロウさんは……特定のお相手は、いらっしゃいませんの?」

 

「ん、ああ。特定っつーと居たことねぇな。何だよお嬢、馬鹿にしてんのか?」

 

「い、いえ!!決してそんなことは……(良かったですわ……)」

 

「……?ま、せいぜいお嬢も一夏の毒牙にかかんないよう気を付けな」

 

「いえ、わたくしは絶対に大丈夫ですわ!!」

 

「そうかよ。ま、一応聞いとくぜ」

 

「ええ!絶対に、ですわ♪」

 

「……どっからその自信が沸いてくるのかねぇ」

 

 その後もセシリアと談笑していると、眼鏡の女が近づいてきた。その顔には所謂野次馬根性が溢れている。

 

「どうもー!新聞部の副部長、黛薫子ですー!!はいこれ名刺ね。セシリアちゃんとアームブラストさんですよね?織斑くんと一緒にちょーっとお話聞かせて貰ってもイイですか?」

 

「ああ、別にいいぜ」

 

「わたくしも構いませんわ」

 

「ありがとう!じゃ、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 

 俺とセシリアは黛に連れられ一夏のほうへ向かう。そこには狼狽した一夏と変わらず騒ぎ続ける女子達がいた。黛はみんなに取材に着た旨を伝え、クラスのヤツらもそれを聞いてはしゃいでいる。……良く見たら別クラスのヤツも紛れ込んでいやがる。全然気づかなかったぜ。

 

「クロウ…どこ行ってたんだよ……こっちは箒が何故か怒りだして宥めるのが大変だったんだぞ?」

 

「クク……いやー、ちょいと一夏には聞かせられない秘密のお話してたんだわ。ワリィな」

 

「そんなひっ、秘密のだなんて…イヤですわ……」

 

 何を想像したのか、セシリアの顔が真っ赤に染まっていく。……本当に何を想像したんだか。

 

「それじゃあ改めまして!織斑くん、ずばり、クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

「はい!まだまだ未熟な俺ですが、一組の看板を背負う以上は簡単には負けられません!なので、どんな相手だろうと全身全霊を持って相手になります!!」

 

 一夏がキリッとした顔でそう言うと、クラスの女子達は一気に蕩ける。こういう真面目で男らしいのが彼女等の目には魅力的に映るらしい。

 

「おっ、いいわねーそれっぽい!じゃ、次はアームブラストさん!織斑くんをクラス代表に指名した理由は!?」

 

「ん、ああ……それを語るにはまず、俺と一夏の出会いから――」

 

「――あ、長そうだからいいわ。適当に捏造するから」

 

「それでイイのかジャーナリスト!?……ハァ、ま、勝手にやってくれや」

 

「ええ!読者が求めている内容を提供するのが私達の仕事ですから!」

 

 ま、俺は真面目な文章よりそういう明らかに捏造したゴシップとかの方が好きなんだが、実際に自分がやられる立場になるとはな……

 

「じゃあ最後にセシリアちゃん!……って、オルコットさーん!おーい!……ダメだこりゃ」

 

 セシリアはさっきの《秘密の》から妄想でも膨らませていたのか、一人真っ赤に染まった顔を押さえながら体をくねらせている。

 

「(クッ、クロウさん!そんなはしたない……いけません、いけませんわぁ)「ほれ、お嬢。さっさと戻ってきな」いたっ……はっ!?…………クロウさん、どうかいたしましたか?」

 

 セシリアの頭を軽く叩くと一瞬驚いたような表情をし、すぐに表情を整える。だが今更平静を装ったところで、最早大半のクラスメイトにその様子を見られている。現にこの場に居るほぼ全員から彼女に対して生暖かい視線が向けられている。

 

「コホン……じゃ、セシリアちゃん。クラス代表を辞退した理由は!?」

 

「…………へっ、な、なんですの!?」

 

「あ、うん。いいや、写真だけもらうね」

 

「えっ……あっ、その」

 

「いいよ、適当に捏造しておくから。よし、織斑くんに惚れたからってことにしよう」

 

「なっ、な、ななっ……そんな嘘、書かないでください!わ、わたくしは……っ!!」

 

 動揺し叫びながらもお嬢がチラチラとこっちを見る。クク……何だ、助けろってか?

 

「あーうん。わかったわかった、この件は触れないでおくねー。それじゃ、最後に専用機持ち三人の写真を撮らせて。バランス的に、そうね……セシリアちゃんが真ん中で、男子二人が左右にって感じでお願い」

 

「あいよ。ほれお嬢、並ぶぜ?」

 

「ふぇっ……あっ、はい」

 

 言われた通り、セシリアを挟んで一夏と俺が並ぶ。セシリアは展開について行けていないようで、目を回しながら指示に従っている。

 

「それじゃあとるよー」

 

 その後黛はワケのわからない計算問題を言い放ち、俺達の頭を混乱させた瞬間にシャッターを切る。さぞ間抜け面が映っていることだろう。

 

 というか、俺と一夏、セシリアの新聞用の写真だったはずが、気付けばクラス全員がカメラに収まっていた。随分とアグレッシブな奴らだと思い少し呆れるが……こういうのも悪くねぇか。

 

 写真を撮り終えると黛は「んじゃ、取材協力ありがとね~」と言い残して去っていき、食堂は再び喧騒に包まれていった。

 

「はっ……わたくしは一体なにを…………?」

 

 どうやらお嬢はようやく平常心を取り戻したらしい。同時に暴走後の記憶も失っている様子だが、まあ突っ込む必要もないだろう。

 

 ともあれ、パーティーは夜が更けるまで続いて行くのだった――



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再会

 パーティーの翌日。クラスの連中は対抗戦と二組に来たらしき転校生の話題で盛り上がっていた。一夏の席近くに居た奴らに話を聞くと、なんでも中国の代表候補生が転入してきたらしい。

 

「代表候補生、だとよ。お嬢的にはどーなんだよそこら辺。なんか情報無いのか?」

 

「いえ、特には。まあ、どんな方が来ようとクロウさん以上に強いという事はないですわ!」

 

「セシリアはホントブレないよねー……」

 

「人は変わるって言うけど、まさかあのセシリアがねー……」

 

「けど、代表候補生かー。どんな奴なんだろ、やっぱ強いのかな?」

 

「クク、まぁ一夏よりは強いんじゃねーか?そいつが対抗戦にもし出てきたらお前、マズいかもな」

 

「確かにその代表候補生がクラス代表になったりしたら織斑くん……あー私達の学食デザート半年フリーパスがあぁぁぁ……」

 

「でもでも、今のところ専用機持ちって一組と四組だけらしいから、きっと余裕だよ!」

 

「――その情報、古いよ」

 

 扉の方向に視線を向け、瞬間、目を見開く。正直驚きを隠せない。そこには、見覚えのあるちびっこツインテールが立っていた。その姿は一年前と変わらない。特に胸とか。笑いが込み上げるが、必死に堪えてしゃがみ込み皆の陰に身を隠す。ここは黙っておいた方が後で面白い反応が見れそうだ。

 

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから!」

 

「鈴?お前……鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 世にも珍しいモノを見つけた気分だ。なんだあの気取った態度は?どうにか口を押さえ笑いを噛み殺すも、隙間から息が漏れる。周囲の女子達からは『大丈夫かコイツ』みたいな視線を向けられるが、ここは気にしたら負けだろう。

 

「なんだ、その格好つけた感じ。凄い似合わないぞ」

 

「ま、そうね。やめるわ……ただいま、一夏!」

 

 鈴は満面の笑みを浮かべ一夏に抱き着く。

 

「お、おう!……おかえり、鈴」

 

 一夏も飛び込んできた鈴を抱き止め、満更でもない様子で鈴の頭を撫でている。クラスの連中は突然の出来事に固まってしまっている。彼らの様子を見て、セシリアは人影に隠れている俺にこっそりと耳打ちしてきた。

 

「(クロウさん、あの方もしかして……)」

 

「(ククッ、あ、ああ…ぷっ……あれがそうだよ。まさかこんなところでエンカウントするとは思わなかったが……あ、アイツらヤバいな)」

 

「(なにがですの……って、ああ確かに)」

 

 二人とも気付いていないが、奴らの付近には千冬が近づいている。次の瞬間、一夏は気付いたようだがもう遅い。

 

「出入り口の真ん前でいちゃつくな、馬鹿共が」

 

 スパンと気持ちいい音を立て、一夏と鈴の頭に出席簿がヒットする。二人とも抱擁を止め、頭を抱えた。

 

「痛っ、久しぶりの再会の邪魔しないでよ!……って、千冬さん!?」

 

「ここでは織斑先生だ。凰、SHRの時間だ。さっさと自分の教室に戻れ」

 

「……わかりました。またお昼にね、一夏っ!」

 

「おう、またな!」

 

 一夏は笑顔で手を振って鈴を見送る。その様子を人一倍気に入らないという目で見ているヤツがいる。箒だ。

 

「ククッ、なぁお嬢?」

 

「どうかなさいまして……って、クロウさん!?なんだかイヤらしいお顔になってますわよ!?」

 

「そのうち、おもしろいモンが見れるかもしれねぇぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 昼休み、食堂。定食を注文し席を探していると、既に鈴が席を陣取って一夏を待ち構えていた。

 

「一夏!席取っておいたわよっ」

 

「サンキュー鈴。助かったよ」

 

「いいのよ、あたしがあんたと食べたいんだから。さ、座って座って」

 

「悪いな。そうだ、他の奴も一緒でも構わないか?」

 

「うーん……別にいいわよ」

 

「ありがとう。しっかし丸一年ぶりか。元気にしてたか?」

 

「元気にしてたわよ。あんたこそ、怪我病気しなかった?」

 

 一夏と鈴は二人で仲良く話し込んでいる。ウチのクラス含め様々な視線を浴びていることには気付いているのかいないのか。

 

 俺達もその視線を送る仲間であり、俺とセシリア、箒は現在少し離れて二人の様子を観察している。

 

「(なんというか……凄く仲が良さそうですわね)」

 

「(ああ、実際仲良いしなぁ)」

 

「(くっ……何なんだあいつは!!)」

 

「あっ!おーいクロウ、セシリア、箒。こっちだー!」

 

「クロウ?……えっ!?」

 

 俺達に気付いた一夏に呼ばれ、席に向かう。鈴は俺がまさかここにいるなんておまわなかったのだろう。俺の名前が出た瞬間ビクッと体を震わせ、驚いた表情を浮かべている。

 

「ククッ……よっ、元気してたかよ?」

 

「えっ!?ホントにクロウ!?聞いてないんだけと!!」

 

「そりゃ言ってないからなぁ」

 

「悪いな鈴。クロウが黙っとけってうるさくてさぁ」

 

「そのほうがおもしれえだろ。だが俺の情報は入学初日に世界中に公開されてるハズだぜ?」

 

「編入試験でそれどころじゃなかったのよ!てかなんであんたまでIS動かしちゃってんのよ!?」

 

「さぁな。俺様が天才だからじゃねーの?」

 

「相変わらず適当な事ばっか言うわねー……ま、いいわ。一夏に会いに来たらあんたにも会えたんだから、むしろラッキーよね」

 

 鈴は驚きの表情から、再会を喜ぶ笑顔へと表情を変える。コイツは本当に表情の移り変わりが激しいから話してて面白い。

 

「おぅ。またよろしく頼むぜ、おチビ♪」

 

「うん、よろしくっ!……って!チビって言うなって言ってんでしょー!!」

 

「まぁまぁ鈴。クロウも煽るなよ、せっかくの再開なんだからさ」

 

「あー、ゴホンゴホン!……一夏、そろそろ説明してほしいんだが」

 

 箒は咳払いをして俺達の話を切り、説明を求める。確かに本格的に鈴のことを知らないのは箒だけだし、気になるだろうよ。セシリアには前に俺が軽く説明してあるしな。

 

「ああ、こいつは凰鈴音。箒が転校した後、小五で転校してきて中二の終わりで中国に帰っちまったけど、それまでずっと一緒のクラスだったんだ」

 

「ついでに言っとくと、俺が一夏と知り合ったのは一夏が中一の冬。んで一夏経由でおチビとも知り合いになって色々と相だ「クロウ……?」……知り合いになったってワケだ」

 

 次に一夏は鈴の方を向いて、箒を手で指し示す。

 

「それで鈴、こっちが篠ノ之箒。小学校からの幼馴染みで、俺が通っていた剣術道場の娘だ。前に話したことあるだろ?」

 

「ああ、この子がそーなんだ。ふーん……初めまして。ま、これからよろしくね」

 

 鈴は箒を一瞬値踏みするように見てから、表情を一転、明るい雰囲気で挨拶をする。だがその眼からはよろしくしたくない感情が滲み出ている。

 

「……ああ、こちらこそ」

 

 対する箒は険悪な雰囲気を全身から醸し出し、正直よろしくしたくないのが丸分かりだ。

 

 鈴も箒も俺から見ればお互いに敵意剥き出しだが、一応空気を読んでにこやかに挨拶している鈴の方が少しだけ大人かもな。

 

 一夏の野郎はどうにも状況が読めていないらしく、頭に疑問符を浮かべている。

 

 二人を観察していると不意に服の袖が軽く引っ張られ、そちらを向くとセシリアが耳元に顔を近づけてきた。

 

「(クロウさん……もしかしてさっき仰っていたのは……)」

 

「(な、言っただろ?おもしろいモンが見れるって)」

 

「(……流石に悪趣味ですわ)」

 

 セシリアはジト目で俺のことを見ている。どうやらお嬢様的には人の修羅場をネタにしてってのはあまり気に入らないらしい。俺とセシリアが小声で話していると、鈴は箒からセシリアに視線を移す。

 

「それで、そっちのクロウの隣の金髪の人は?」

 

「あっ、申し遅れました。わたくし、セシリア・オルコットと申します。一応、イギリスの代表候補生を務めております。以後、お見知りおきを」

 

「クク……もう『わたくしを知らないなんて!?』とか言わないんだな」

 

「あっ、あれは忘れてくださいと言っているでしょう!!……いじわるですわ」

 

「悪かった悪かった、お嬢はそんなこと言わないもんな~」

 

「もう知らないですわ……ぷいっ」

 

「ありゃ、拗ねちまったか」

 

 セシリアは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。まあ尤もこっちをチラチラ見てくる様子から本気で怒っている感は無いが。

 

「ま、お嬢も悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれや」

 

「ハァ……クロウあんたね、あんまり人をおちょくってるといつか後悔するわよ。ま、その子が悪い子じゃないのは今ので分かったけどさ。よろしくね、セシリア」

 

「はい。よろしくお願いします、凰さん」

 

「あ、鈴でいいわよ。あたしも名前で呼ぶし」

 

「はいっ。では鈴さん、と」

 

 セシリアと鈴は笑顔で微笑み合う。箒と違ってこちらはすぐに仲良くなれそうな雰囲気だ。意外と相性がいいのかもな、この二人。そう思っていると、唐突に鈴が一夏に提案を持ちかける。

 

「そういえば一夏。あんた一組のクラス代表になったんだって?良かったらあたしが練習みてあげよっか?」

 

「おお、そりゃ助か「必要ない」……箒?」

 

 一夏はその案にすぐに賛成しようとしたが、箒に妨害される。箒の表情はさながら狂犬だ。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。貴様の出る幕はない」

 

「悪いけど、あたしは一夏と話してるの。関係ない人は黙っててくれない?」

 

「関係ないだと!!私は「それじゃあ一夏、放課後時間開けといてよね?いろいろ積もる話もあることだしさ」無視をするなあぁぁぁああ!!!!」

 

「…………ねぇクロウ、こいつ何なの?」

 

 何なのと言われても返答に困る。正直俺がアドバイスをする前の鈴に似ちゃあいるが、鈴はここまで独占的でも暴力的でもなかったしな。正直箒には自制心が欠落している気がする。そのくせ素直にはなれないというから困ったものだ。

 

「まぁあれだ、二年前のお前に近い何かだ」

 

「ああ、なるほどね。あたしもこんなんだったと……」

 

「ここまで酷くはなかったけどな。だがまあ箒のことはともかく、対抗戦前に一夏がおチビに教わるのはちょっとな。お互いのクラスの印象も良くないだろ?」

 

「……鈴さん。わたくしからも一つ申し上げますと、もうすぐクラス対抗戦ですから、あまりお互いに手の内を見せあうのは好ましくはないかと……今はわたくしとクロウさん、篠ノ之さんで織斑さんと訓練していますので、もしよろしければクラス対抗戦後からご一緒にということで如何でしょうか?」

 

「うーん、そうね。わかった……なら一夏!訓練終わったらいろいろ話しましょ!じゃあね」

 

 そう言い残して、鈴はいつの間にか食べ終わっていたラーメンの食器を持って席から去っていく。その様子を箒は恨めしそうな様子で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 訓練終了後、俺とセシリアは夕食を摂り部屋に戻ってきていた。現在セシリアはシャワーを浴びており、先にシャワーを使わせてもらった俺は台所でコーヒーを淹れる準備をしていた。

 

 湯を沸かしていると、シャワーの音が止む。そして数十秒後、シャワー室から濡れ髪のセシリアが寝間着に着替え出てきた。

 

 俺が同室だと分かってからは最初のような透け透けのキャミソールで過ごすことはなくなったが、それでも彼女の部屋着は肩や胸元を露出したネグリジェなどかなり大胆なものが多く、濡れ髪を纏めてうなじが見えているのと相まって、今の姿は正直かなりエロい。まったく少しは他人の目を考えて欲しいってモンだぜ。

 

「お嬢、コーヒー飲むか?」

 

「ええ、お願いします」

 

「あいよ。髪でも乾かして待ってな」

 

 最近はどちらかが入浴後に飲み物を用意するのが定番になっていた。定番は俺がコーヒーでセシリアが紅茶。一度トマトを使ったソーダなんてものを作ってみたりもしたのだが、彼女には刺激が強かったようで現在はこのような形で落ち着いている。

 

 数分後、出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、髪を乾かし終わってベッドに腰かけているセシリアのところまで持っていく。

 

「ほれお嬢、出来たぜ」

 

「ありがとうございます、頂きますね」

 

 セシリアにカップを手渡し、同時に俺も自身のベッドに腰かけた。セシリアはコーヒーを一口啜るとリラックスした様子で息を吐き出し、表情を和らげる。

 

「ふぅ……今日もクロウさんのコーヒーは美味しいですわ……」

 

「ま、数少ない俺の得意料理だからよ……いや、コーヒーは料理とは言わねえか」

 

「ふふっ、他にはどんな料理が得意ですの?」

 

「そうだな……単純に肉焼いたり、鍋作ったりするのは得意だが、あとは…………ああ、()()があったか」

 

「アレってなんですの?気になりますわ」

 

「……ま、そのうちな。いつか気が向いたら食わせてやっからよ」

 

「ええ、楽しみにしてますわね」

 

 口元に微笑を浮かべ、彼女は再度コーヒーを啜る。淹れる度にこんなに美味そうに飲んでくれるなら淹れるかいがあるってもんだ。なんて思っていると、コンコンとドアがノックされる音が聞こえた。

 

「クローウ、居るー?この部屋だって聞いたんだけどー」

 

 この声、鈴か。俺はベッドから立ち上がり、扉を開く。

 

「おう、どーしたよ?」

 

「久しぶりにちょっと相談。作戦会議、お願いしてもいい?」

 

「あぁ成程……ま、入りな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、鈴を部屋の中へと招き入れる。彼女はかなり思い悩んでいる様子で、表情は真剣そのものだ。

 

「いらっしゃいませ、鈴さん」

 

「ちょっ、セシリア!?何であんたがここに居るのよ!?」

 

「何でと言われましても……わたくしとクロウさんは、ルームメイトですからっ♪」

 

「……あー、なるほどね。ま、いいわ。この際セシリアにも作戦会議に加わってもらいましょ」

 

「んで今回の議題は?あ、適当に座ってくれや」

 

「ん、ありがと」

 

 鈴は躊躇いなく俺のベッドに腰掛け、語り出す。

 

「今回の議題は一夏と箒が同室であること。そして改めて、一夏の相変わらずの唐変木っぷりについてよ」

 

 鈴はどうやらどこかのタイミングで一夏と箒が同室であることを知ったらしい。まあ、鈴もそんなことを知っては内心穏やかじゃないだろう。

 

「荷物もって部屋に襲撃して箒に変わってもらおうかとも思ったけど、それはちょっと違うかなとも思ったし、どーしたらいいか分かんなくなっちゃって」

 

「わかります。好きな人が他の女子と同室なんて、考えたくもありませんもの。ただ箒さんが今の部屋を変わりたくない気持ちもわかりますけれど」

 

「……セシリアはいいわねー」

 

「ふふっ♪」

 

「……どや顔止めて、ムカつくから。それで、合法的に一夏と同じ部屋で暮らすか、それが無理ならせめて箒をあの部屋から追い出す方法、何か思い浮かばない?」

 

「そりゃ無理だ。千冬ちゃんが許すと思うか?」

 

「……そーなのよねー。千冬さん、厳しいなやっぱ」

 

「織斑先生を敵に回すのは得策ではないですわね……」

 

「ま、いずれ一夏は一人部屋になるだろうから、その時まで今まで通り素直に行動して地道に好感度上げとくんだな」

 

「けど、その間に二人に何かあったら!!」

 

「おチビ、一旦冷静に考えろ。あると思うか、一夏だぜ?」

 

「あぁ、確かに心配ないかも……」

 

「だろ?何せ誰かさんの告白も通じないスーパー唐変木だからな」

 

「そういえば、鈴さんは織斑さんに一度告白してるんですわよね?」

 

「クロウあんた、セシリアに言ったわね……はぁ、そうね。あたしは一夏に告白した。『あたしは一夏のことが大好き。あんたのために毎日美味しいご飯を作ってあげたい。だからもしよければ、あたしと付き合ってください』ってね」

 

「随分と大胆ですのね、鈴さん」

 

「ああ、ちっと重いが直球ど真ん中だぜ、普通なら……だが」

 

「ええ、あたしなりに頑張ったと思うわ。でもあいつの返答は、『んん?……ああ、スーパーか。買い物ならいつでも付き合うぜ!!』なのよ?あたし、その場はなんとかやり過ごしたけど、今日みたいにクロウに会ったら柄にもなく泣いちゃってさ。ほんとあのときだけはダメだったわ」

 

「それは……酷い話ですわね。鈴さんみたいな可愛い方にそうまで言わせても勘違いなさるなんて、織斑さんに恋愛感情はあるのでしょうか。まさか……?」

 

「やめろお嬢そんな目でこっちみんな!!」

 

 セシリアが何を想像したのか察し、牽制する。やめろ俺はノーマルなんだ。そんなありもしない影をちらつかせるんじゃねえ。

 

「すっ、すみません!!ただ、どうしても……」

 

「まぁ言いてぇことはわかるけどよ」

 

 あいつは別に性欲がない訳じゃないし、アブノーマルな趣味でもないハズだ。だが恋愛事において自分を起点にして考えられないんだろう。他人同士のことには意外と目敏い癖に、自分のことはまるで理解しちゃいない。

 

 ただ、俺の見る限りでは一夏は多少鈴には惹かれている可能性はある。朝なんか満更でもなさそうな顔で鈴の頭を撫でていたし、現状箒よりはリードしていると見て間違いないだろう。

 

「まぁチビ鈴、現状じゃ物理的な距離は離れちゃいるが、多分箒より心は近いから心配すんな」

 

「心は近い、か……ってチビ鈴って何よ!?あたしがチビってるみたいじゃない!!」

 

「ククッ、被害妄想じゃねえか?」

 

「いーやこれは悪意があるわ!謝りなさいよ!!」

 

「へーへー、サーセン」

 

「舐めてんのあんた!?本気で殴るわよ!!!!」

 

「まあまあ鈴さん。クロウさんも止めてくださいな」

 

「フン、まあいいわ。それで次なんだけど――」

 

 こうして、俺達の無意味な作戦会議は夜遅くまで続いていく。終わる頃には、鈴はスッキリした様子で笑いながら自室に帰って行くのだった。



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対策

 時刻は午前零時。既に鈴は部屋から去り、室内は嵐の後のように静まり返っている。

 

 セシリアは気持ち良さそうに寝息をたてており、穏やかな表情で眠りについていた。

 

「さて、と……イイ夢見ろよ、お嬢」

 

 眠っているセシリアに一言告げ、部屋を抜け出す。そしてそのまま屋外へ向かった。目指すのはあの時と同じ場所。

 

 既に校内の照明は消えており、夜道を照らす明かりはない。周囲から音も聞こえない。ただ視線のみ背中に感じる。敢えて気配を消さずに歩く。その視線に向け付いて来いと背中で語るように。

 

 あの日からずっと視線は感じていた。監視していたのか、タイミングを図っていたのか、或いはその両方か。

 

 そして何度か試しに夜間外に出て揺さぶりをかけると必ずその視線は俺についてきていた。それは今日も例外じゃない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて、少しお話しようぜ。更識楯無生徒会長殿?」

 

「……あら、気付かれてたなんて。おねーさんショックー」

 

「ハッ、どうせ気付かれてることにも気付いてた癖に、よく言うぜ」

 

 彼女は大げさな様子で落胆しているが、十中八九フェイクだろう。食えない女だぜ。

 

 現在の場所はこの女と初めて会った日と同じ校舎裏。状況はあの時の再現だ。違うとすれば、俺が初めからヤツに気付いているという点。そして俺が、交渉に来ているという点だ。

 

「それで?こんな場所に誘い出すってことは、話してくれる気になったってことかしら?」

 

「交渉次第だ、全て話すとは断言できねえがな。だが少なくとも、これからこの場所で起こりうる可能性については有意義な話が出来ると思うぜ」

 

「ふーん、そう……」

 

 彼女は薄く笑い、此方に探るような視線を向ける。

 

「それじゃその交渉、早速始めましょうか……クロウ・アームブラストくん――」

 

――夜は、更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 翌日、放課後。俺達はアリーナを借りて今日も訓練を行っている。現在は俺と一夏で模擬線を行っていたが、最早一夏は体力切れのようで、地面に大の字になって寝転がっている。

 

「グッ……ハァ…ハァ…ハァ…………ふぅ、つっかれたあ~。もう無理限界、休憩しよーぜ!」

 

「ま、あんまり根詰め過ぎても良いことねーか。休むのも大事ってな」

 

「お疲れ様ですわクロウさんっ、織斑さんっ。お二人とも、よろしければ飲み物をどうぞ」

 

 ISを解除した俺達にセシリアが笑顔で飲み物を持ってくる。普段なら彼女も訓練に参加するところを最初に俺と一夏の一対一をするということで俺達は先に来ていたのだが、どうやらその間にスポーツドリンクを買ってきてくれたようだ。

 

「お、サンキューセシリア!助かったあ……」

 

「気が利くねぇ。ワリィなお嬢」

 

「ふふっ、これくらいはお安いご用ですわ♪」

 

 貰ったスポーツドリンクに口をつける。乾いた喉に潤いが蘇り、身体中をクールダウンさせていく。汗として流れ出ていった水分が戻って行くのを感じる。一夏は相当喉が乾いていたのかグビグビと一気に飲み干していく。

 

「くぅーっ!!動いた後はやっぱ美味いな!!」

 

「ああ、水分が身体に染み渡るぜ……」

 

「水分補給は大切ですものね」

 

「――すまない、遅れたか?」

 

 水分補給の大切さを実感していると、打鉄を装備した箒が急いで近づいてくる。別に遅れちゃいないのだが、自分が最後で不安になったんだろうか。

 

「いや、別に遅れちゃいないぜ?それにどーせ一夏も汗だくでしばらくグロッキーだから練習再開出来ないしな」

 

「そうか。だが一夏、情けないぞ!男ならそのくらい耐えて見せろ!」

 

「いや、無茶言うなって。じゃあ箒はクロウと一対一で三連戦してこうならない自信があるって言うのかよ?」

 

「む、それは……確かにそうだな」

 

「でも、織斑さんも着実に強くなってますわよ?」

 

「そうかな、相変わらずクロウにもセシリアにも勝てないんだけど……」

 

「いえ、以前なら闇雲に突っ込んで撃墜されるだけでしたのに、今では避けながら隙を伺い瞬時加速(イグニッション・ブースト)で奇襲するなど、考えて動くことが出来るようになってきましたもの。ですわよね、クロウさんっ?」

 

「ああ、相手の先を読む、裏を掻く。これが出来るのが勝負に勝てるヤツだよ。一夏はそれに気付き、実行しようとしている。それだけで凄い進歩だ、自信持ってイイと思うぜ」

 

「そうか……俺、強くなってきてるんだな」

 

 一夏は自分の手を見つめて、実感に浸っている。強くなったと言われ嬉しかったのだろう。

 

「お前はセンスがいい。きっともっと強くなれるぜ」

 

 一夏はセンスがいい。本人の努力は勿論あるが成長速度が著しく早い。これならば基本的にどんな技でも早期に習得出来る可能性が高い。現に瞬時加速もすぐに習得することが出来たしな。

 

 だが、あくまでもそれは未来の話、今の一夏は技術じゃセシリアには遠く及ばない。ということは同じ代表候補生である鈴にもそう簡単には勝てないだろう。

 

「よし、もっと頑張って強くならなくちゃな!とりあえずクラス対抗戦、賭けもあるから鈴には勝ちたいぜ」

 

「賭け、ですの?」

 

「ああ、さっき鈴と約束したんだ。負けた方が勝った方のお願いを一つ聞くってな」

 

 成程、鈴も考えたな。一夏が鈴のことを憎からず思っている時点でこの勝負は鈴にはメリットしかない。勝てば一夏にデートでも何でもしてもらえるし、もし負けたところで一夏に言われた注文をダシにして二人っきりになればイイだけだ。いやー策士だね。

 

「何だと!?私は聞いてないぞそんな話!!」

 

 箒は当然の如く噛みつくが、一夏としてはいつも通り箒が怒る理由が分からないのだろう。困惑した表情をしている。

 

「いや、言ってないからな……てか、鈴と俺の間の約束なんだし箒に言う必要もないだろ?」

 

「ぐっ…それはそうだが……しかしだな……ええい一夏!休憩は終わりだ!今からその腐った根性を叩きのめしてくれる!!」

 

「何でだよ!?意味がわからないぞ!?」

 

「五月蝿い黙れ!!」

 

「うわっ!?あっぶねぇ!!」

 

 そう言って箒は一夏に斬りかかり、自動的に二人の模擬戦が始まる……と言っても箒の方は模擬戦と言うよりただの私闘といった感じだが。二人の戦闘を観戦していると、セシリアが心配そうな表情で話しかけてくる。

 

「クロウさん、止めなくてよろしいんですの?」

 

「ククッ、これで一夏も避けるのが上手くなるんじゃねーか?ま、やり過ぎになったら流石に止めるかね」

 

「わかりましたわ……織斑さん、鈴さんに勝てますでしょうか?」

 

「お嬢は一夏に勝って欲しいのか?」

 

「いえ、どちらもお友達ですから頑張って欲しいですけれど……一応わたくしも一組ですから、織斑さんの応援をしようかと思いまして」

 

 にこりと微笑みセシリアはきれいごとを言うが、俺は知っているぜ。彼女が学食デザート半年フリーパスを密かに楽しみにしていることを。

 

「……ま、お嬢の知ってるように一夏の実力は正直言って代表候補生には遠く及ばないな。機体のスペックが高いから一応勝負にはなるだろうが、いかんせん武器がな……」

 

 一夏の武器は近接ブレード一本で応用が効かないのが致命的だ。格上相手に近接一択では限界がある。間合いに入れれば白式の単一仕様能力《零落白夜》で一撃なんだろうが、近づけなければ意味はないだろう。

 

「懐に飛び込めれば……瞬時加速なら、或いは……」

 

「瞬時加速ねぇ……代表候補生がそんな甘いモンじゃないのはお嬢が一番分かってるんじゃないのか?」

 

「ええ、そうですわね。鈴さんのレベルは手合わせしたことも無いので何とも言えませんが、少なくとも代表候補生を名乗っている時点で織斑さんの瞬時加速に二度対応できないというのはありえないと思います。ですから仕掛けるならチャンスは鈴さんが初見の一回きりですね」

 

 成程、こちらも初見だがそれはあちらも同じだということか。幸い一夏には一撃必殺があるから、それさえ決まれば勝ちだからな。

 

「一度見切られたら終わりの博打ってか?」

 

「ええ、織斑さんの勝ち筋はこれしかないかと」

 

「ギャンブルだなんて、お嬢の趣味じゃないんじゃねーのか?」

 

「ふふっ、誰かさんに影響されたのかもしれませんね」

 

「ククッ、そりゃ悪いヤツが居たもんだ……さて、ならその作戦、一夏にしっかり仕込んでやらねえとな」

 

 その後俺達は箒を宥め一夏に作戦を伝え、一撃必殺に特化した対策を行立てていくのだった。さて一夏、集中してもらうぜ。試合もそうだが、悪意に飲み込まれないような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 クラス対抗戦当日、早朝。校舎屋上。

 

 俺は更識楯無から呼び出しを受けていた。どうやらあの交渉についての返答らしい。屋上に着くと、フェンスを背に彼女が立っていた。

 

「よっ、会長サン」

 

「ええ、おはよう」

 

「ったく、こんな朝早くから呼び出しやがって……それで、答えは決まったか?」

 

「一枚噛ませてもらうことにしたわ。確証の無い話だけど、無視するわけにもいかないしね」

 

 彼女からある程度の信用は得られたらしい。協力を取り付けることに成功する。俺の読み通りなら、彼女の協力があればスムーズに事が運べるだろう。

 

「ありがとよ。んで、今回の事に協力してもらう対価、アンタは何を要求する?」

 

「そうね……とりあえずは保留かしら。それで、本当に今日なのね?」

 

「ああ、確証はないが仕掛けてくるなら今日だろうよ」

 

「なら、貴方を信じて待ちましょうか。その瞬間を、ね」

 

 その瞬間……それが訪れず、滞りなく試合が行われればいいんだが、そうもいかないんだろう?なら、出来る限りの対策は取らせてもらうぜ、クソ兎――



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迎撃

 

 クラス対抗戦、第二アリーナ第一試合。現在、鈴と一夏の戦いが行われている。鈴の《甲龍》の衝撃砲に一夏は苦戦しつつも、一撃で決める機会を伺っているようだ。

 

 俺は現在千冬に許可を貰い、アリーナ外周を更識楯無と共に警戒していた。

 

 そして彼らの試合も半ばに差し掛かった頃、楯無から通信が入った――

 

『――クロウくん、来たわよ!!』

 

「遂に来やがったか!!」

 

 プライベート・チャネルで千冬に通信を入れる。

 

「千冬、状況は?」

 

『――アームブラストか。此方も確認した。だが、ハッキングで会場の出入り口が全て封鎖され、こちらは動けん。三年の精鋭がシステムクラックを敢行中だが、どうだかな……』

 

「了解。俺と更識楯無で迎撃する。そちらは人命最優先で動いてくれ」

 

『頼んだ――』

 

――さて、迎撃開始だ。

 

 一気に飛び上がり、上空の楯無と合流する。彼女も自身の専用機《ミステリアス・レイディ》を纏っており、既に交戦を始めていた。

 

 敵は二機の黒いフルスキン。俺は即座に二丁拳銃を取りだし、連射。二機は直撃を避けるため後退、楯無との距離も一時的に開く。

 

 その隙に楯無と俺は合流し、二機のISと対峙する。

 

「ありがと。さて、クロウくんの言う通りになったわけだけど、これからどうするの?」

 

「どーするってそりゃ、やるしかねぇだろ。とりあえず一機任せても大丈夫か?」

 

「ええ、問題ないわ」

 

「なら各自個別撃破で行くぞ」

 

「了解♪」

 

 刹那、敵機体へと肉薄する。敵のレーザーをかわし、動体に鉛玉をブチ込んだ。

 

「まだまだいくぜ!!」

 

 仰け反った相手をそのまま下方向に蹴り飛ばし、上から更に銃弾の雨を降らせる。

 

「どうよ!!」

 

 敵機体は地面にめり込んだが直後に起き上がって体勢を立て直した。そこにはインターバルなど存在しない。どうやら俺の今の攻撃はそれほど効いていないらしい。

 

「やるねぇ、だがこの感じ……」

 

 続けざまに連撃を加える。多種多様なパターンで撹乱しようとするも、敵機体の動きはこちらに釣られることなくパターン化されており、常に同じ様な避け方、同じ様な攻撃を繰り返していく。

 

 何かがおかしい。敵と戦っているはずなのにやはりどこか違和感がある。まるで機械でシュミレーションでもしているかのような――

 

「――無人機、ってか?」

 

 AIによる自動操縦。成程、協力者がいないあのクソ兎らしい考えだな。

 

「会長。コイツは多分無人機だぜ」

 

「無人機か、そんなものが開発されていたなんてね……これも君の予想通りなのかしら?」

 

「さぁな。ま、あのクソ兎ならやりかねないと思ってはいたが。会長、個別撃破はヤメだ。相手が無人機なら、AIの穴を突くだけだぜ」

 

「AIの穴……出来るの?」

 

「恐らくな……会長、なるべく距離を開けつつ、位置を保ったまま一機引き付けといてくれ。俺に考えがある」

 

「わかった、任せるわね」

 

 そう言い残し、楯無は動き出す。そして俺の今の言った通りの動きで一機引き付けてくれている。

 

「さぁて、こちらも行くかね!」

 

 一気に接近し、距離を詰める。敵の攻撃パターンは先程までと変わりない。常に同じ動きで、同じ速度で、同じ威力だ。来る攻撃がわかっているなら避けることなど容易い。ならば、攻撃を誘導するのも容易いハズだ。

 

 接近した直後頭部に銃弾を撃ち込み左に旋回、背部にすれ違い様に更に一撃入れていく。そして敵がこちらを向いた瞬間、後ろへ後退する。

 

 俺は知っている。この連撃から後退した瞬間、最も威力の高い直線のビーム兵器を使用してくることを。機械らしく、寸分のズレもなく絶対に俺の心臓を狙ってくることを。そしてその射線上に、楯無が引き付けているもう一機がいるということを。

 

 ビームが射出された瞬間、俺は後ろに倒れるように身を反らす。そのままビームは進み、楯無が引き付けている機体に直撃、その瞬間に空中で逆さになったまま俺も追撃を加える。結果、一機は地に落ちていき二対一の状況が出来上がった。

 

「クロウくん、お疲れ様」

 

「イイ感じに決まっただろ?」

 

「ええ……さ、あと一体ね」

 

 楯無と合流し、残りの処理を考えていたが――

 

『――クロウ上だ!!もう一機来るぞ!!』

 

「何だと……!?」

 

 慌てた千冬から通信が入り、上を見る。直後、何かが遥か上空から落下する。それは俺と楯無の側を通り抜け、アリーナの障壁を突破して中へと入っていった。

 

「チッ、こっちは陽動ってことかよ!?」

 

「クロウくんここはお願い!私はアリーナに突入する!」

 

「おうよ!!……いや、そういうわけにもいかねぇらしいぜ」

 

 先程まで動かなかった残り一機が、試合会場を守るように立ち塞がる。どうやら遠隔操作で指示を書き換えたらしい。

 

「どーやら行くならコイツを倒してからって感じみたいだな」

 

「生徒達を傷つけさせるわけにはいかない。私にも意地があるのよ……IS学園生徒会長としてのね!!」

 

「ならサクッと倒しちまおうぜ!!アンタの面子を守るためにもな!!」

 

「ええ!!」

 

 俺と楯無は会場を守る無人機へと突撃する。

 

 どうにか持たせろよ、一夏――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

~side 一夏~

 

 俺と鈴のバトル中に突然襲ってきた二機の謎のIS。奴等とクロウ、そして上級生らしき女生徒が自身の専用機を展開して試合会場の上空で戦闘を行っている。

 

 俺と鈴はというと、現在扉がロックされアリーナから出られないため、会場内でクロウ達の戦いを見守っていた。

 

 そして数分後、クロウかあの先輩の作戦で敵がもう一機に攻撃を加え、そこにクロウが追撃して一人は倒したようだ。

 

「よっしゃ!やったなクロウ!!」

 

「うん!……にしても、初めて見たけどやっぱクロウってISでも強いのねー」

 

「ああ、クロウは強いぜ!あいつが負けるところなんて俺は想像出来ないな。千冬姉くらいじゃないのか、クロウに勝てるヤツなんて」

 

「千冬さんで遊ぶ男なんて、あいつくらいなもんよねーほんと。ま、これで二対一だし、あの先輩も強いみたいだし、決まったんじゃない?」

 

 鈴の言うように、これで決まりだろう。あの状態から逆転なんて援軍でも来ない限りは――

 

『――織斑!凰!構えろ!!』

 

「っ!?」

 

「なに!?」

 

 千冬姉から通信が入った瞬間、障壁を突破して地面に何かが音をたてて激突する。その衝撃で爆風が巻き起こり、景色が見えなくなる。

 

 立ち込める靄が晴れると、そこにはクロウが戦っていたものと同じISが一機、佇んでいた。

 

『――ステージ中央に熱源一。所属不明のISと断定。ロックされています』

 

 直後、白式のハイパーセンサーが警告を鳴らす。

 

「千冬姉!あいつは!?」

 

『敵の増援だ。織斑、凰、先程アナウンスしたから状況は分かっていると思うが、教員は出撃できず、お前達も退避できない。今戦えるのはお前達二人だけだ。済まないが、クロウ達が突入するまで時間を稼いでくれ』

 

「わかった!任せてくれ千冬姉!!」

 

「了解です!!」

 

『クロウ達の戦闘でその機体は無人機であることが判明している。もし可能なら壊してしまって構わん……済まないお前達――』

 

「無人機……了解!鈴、行くぜ!!」

 

「オッケー!遅れないでよ、一夏!!」

 

 俺と鈴は左右に向かって飛び出し機会を伺う。何度か攻勢に出るが半端な攻撃は即座に対応され、手痛い反撃を喰らい、ダメージが蓄積されていく。加えて先程までの試合でSEを消費している。長期戦は分が悪い。なら、全力で一撃で決める!!

 

「鈴!チャンスは一度、俺に考えがある!!」

 

「どうする気よ!?」

 

「瞬時加速で突っ込んで、俺の単一仕様能力で一撃で決める!!本当は鈴との戦いのためにクロウやセシリアに教えてもらったとっておきなんだ。まさかこんな形で鈴に見せることになるとは思わなかったけどな!!」

 

「あんた瞬時加速なんて使えたの!?でも、瞬時加速程度、対応されるのがオチよ?」

 

「それでもこれしかない!!鈴は俺が合図したら、あいつに向かって最大威力で衝撃砲を撃ってくれ」

 

「そんなことしたって!!…………ハァ……わかった。信じるわ、一夏のこと。でも分かってると思うけど、その一回外したらあんたもあたしも死ぬわよ?」

 

「分かってる、絶対に当てる……鈴も、みんなも、俺が絶対に守ってみせる!!!!」

 

「ふ、ふぅん……男の子じゃん。んじゃ一夏!しっかり守ってよね!!」

 

 俺は敵に相対し、視ることに集中する。

 

 敵がどう動き、どう反応し、どう攻撃するのか。視る、視る、視る、ただひたすらに視る。

 

 集中しろ。隙を伺え。裏を掻け。必ずチャンスは転がって来る。

 

 その一点を、その一瞬を、決して見逃すな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今!!

 

 敵の動きに一瞬の隙が生まれる。雪片弐型を構え、突撃の合図を出そうとするが――

 

『一夏ァ!!』

 

 アリーナのスピーカーから大声が響いた。放送席では箒がマイクを持って叫んでいる。

 

『男なら、男ならそのくらいの敵に勝てなくて何とする!!』

 

 叫ぶ箒に、敵の銃口が向く。このままじゃ箒が死ぬ。好機は逃したが行くしかない!!

 

「鈴、やれ!!!!」

 

「わかった!」

 

 鈴は肩を押し出すような格好で衝撃砲を構える。最大出力砲撃を行うために、補佐用の力場展開翼を後部に広げる。そして鈴が衝撃砲を放とうとする直前、俺はその射線に身を乗り出す。

 

「ちょっ、バカ!? なにしてんのよ退きなさいよ!!」

 

「いいから撃て!!!!」

 

「っ、ああもう! どうなっても……知らないわよ!!」」

 

 瞬時加速の原理は、後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを一度取り込んで圧縮、それを再び吐き出し、その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的な加速力を得る。

 

 そして、瞬間加速で内部に取り込むエネルギーは外部からの物でも構わない。瞬間加速の速度は使用するエネルギー量に比例する。

 

 ならば、鈴の衝撃砲のエネルギーだって、俺の速度に換えることができるはずだ!!

 

「うおぉぉぉぉぉおおお!!!!!!」

 

 刹那。最早音速に達した瞬時加速で、一気に敵機体に肉薄する。

 

 間に合え。発射前に仕留めろ。後、数センチ――

 

「――届けえぇぇぇぇぇえええッッ!!!!!!」

 

 刃は届き、降り下ろした刃は敵を切り裂く。

 

 しかし敵を切り伏せる瞬間、零コンマ何秒の所で無情にもビームは射出された。

 

 その瞬間、箒の死が頭を過る。

 

「箒逃げろ!!」

 

 叫びも虚しく、爆風が舞う。最後に目に映ったのは、怯えた表情の箒だった。

 

「――守れなかった…守れなかったのか、俺は……?」

 

 頭が真っ白になる。親しい人間の死。その事実が、俺の頭を白く染めていく。

 

「一夏!逃げて!!」

 

 鈴の声で意識を持ち直し、周囲を見る。そこには、ボロボロながら此方に銃口を向ける無人機の姿。

 

 死を直感した。でも、それも仕方ないのかも知れない。仲間一人守れない奴なんて、生きてても仕方ないのかも知れないな。瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、俺、死ぬんだな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――寝るにはまだ早いんじゃねーか、一夏?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、上空から声が響く。そして――

 

「――さぁて、コイツで凍えな!!」

 

 クロウが銃弾を打ち込むと目の前に氷柱が出来上がり、その中には敵機体が取り込まれていた。どうやら完全に機能停止しているらしい。

 

「いやー間一髪だったな♪」

 

 クロウが助けてくれた。安心して気が抜ける。それと同時に、箒を守れなかった事実が胸を締め付ける。

 

「クロウ、箒が…箒がッ……!!」

 

 悔しさで頭がおかしくなる。今にも暴れだしそうな衝動に駆られるも、必死で押さえつける。対してクロウは呆れたような苦笑いを浮かべている。

 

「ククッ……一夏よぉ、あっち見てみろって」

 

「…………え!?」

 

 そこには無傷の箒。そして、その手前には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間一髪だったわね♪」

 

――ISを展開した先輩が佇んでいた。

 

「っ…………ふぅ……良かったあああ……」

 

 一気に身体から力が抜けた。箒が死んでなかったことで心のざわつきが落ち着いていく。

 

「一夏!大丈夫!?」

 

 鈴がISを解除して駆け寄ってくるのが見える。良かった、鈴も無事みたいだ。安心したら、なんだか疲れたな。急激に眠くなってきた。

 

 白式を解除し、鈴に抱きしめられた瞬間、俺の意識は飛んだ――

 

 

~side out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 一夏を保健室に運んだ後、俺は楯無といつもの校舎裏で合流していた。

 

「一夏くん、様子はどうかしら?」

 

「ああ、ありゃ緊張から解放されて気が抜けただけだな。そのうち起きるだろ」

 

「あら、よかったわ。さて――」

 

 楯無は先程までの気の抜けた表情から一転、生徒会長然とした真面目な表情を作る。

 

「――今回の件でこちらの被害者は無し、設備の損傷は軽微、相手の無人機も確保……概ねこれ以上ない戦果ね。けれどあちらの計画としては成功、なのかしら?」

 

「ああ、あの無人機と一夏が戦うことに意味があるんだろうよ。目的は恐らく白式の戦闘データ。ま、後は一夏が目立てばいいってところか。ヤツ曰くこの物語の主人公は一夏らしいからな」

 

「主人公……どういうことかしら?」

 

 楯無は怪訝な表情を浮かべる。そりゃそうだ、いきなり主人公なんて言われても意味が分からないだろう。実際俺もそうだった。だが――

 

「言葉の通りだよ。一夏はヤツの仕込みか知らないがISを動かし、()()()()()()()()()()()()()()()になった。まるで本当に主人公みたいじゃねーか?」

 

――ブリュンヒルデの弟が唯一の男性操縦者、余りにも話が出来過ぎている。実際に事が起こって俺と千冬は確信した。あのクソ兎が一夏を主人公に据えた何かしらのシナリオを描いているということを。

 

「男性操縦者って、クロウくんは違うの?」

 

「俺の場合はちと特殊でな、説明は省くぜ。それで一夏が何かしら束に利用されることを恐れた千冬は、俺を護衛として学園に捻じ込んだ。尤も、俺自身にも学園に入ることでメリットはあったんだが、ま、それも省く。そして、前から来ると踏んでいた篠ノ之束からの襲撃が今回起こったってワケだ。ここまで分かっておきながら計画を止められてないってのは、キツイ話だがな……せめて撃墜した無人機から何か情報が得られればいいんだが」

 

「無人機、ね……まさかそんなものがあるとは思っても見なかったけど。それにしても、篠ノ之博士の意図が読めないわね。一夏くんを主人公に仕立てたいってだけで、ここまでの事を起こすかしら」

 

 そんな普通の思考回路をしているならこちらも助かるんだが、そうもいかない。ヤツは《天災》、思考回路を読み切ることなど不可能。恐らく目的のためならどんな手段でも平気で行うんだろう。

 

「正直、予想もできねえな。ま、引き続き何か仕掛けては来るだろうから、警戒しておくに越したことは無いな。特に何かイベントが起きるときは要注意だぜ」

 

「了解したわ……そ・れ・で、今回の事に関する報酬なんだけどぉ」

 

 楯無の顔が真面目な表情からあくどい笑みに変わる。この女、ホント表情豊かだな……

 

「おいおい、こっちは随分情報開示したぜ。まだ欲しいってのか?」

 

「そうね、()()()()()()とか聞いてないしその辺の情報も欲しいんだけど、今回は一つお願いがあるのよ」

 

 お願いねぇ、強制だろうによく言うぜ。

 

「クロウくん、生徒会に入ってくれないかな?こちらの監視下に入ってもらうし色々とお願い事もすると思うけれど、そちらにメリットもあるし、悪いようにはしない。どうかしら?」

 

 生徒会、か。確かに楯無との連携も深まるし、アクセスできる権限も増えそうだ。悪い話じゃない。尤も面倒事も持ってこられそうだが。

 

「ハァ……仕方ねえ、入ってやるよ。元々取引だったからな」

 

「交渉成立。よろしくね、クロウくん♪」

 

 開いた扇子には《熱烈歓迎》と書いてある。バカにしてんのか?だが入っちまったモンは仕方ねえ、割り振られた仕事くらいは精々こなすとしますかね……

 

 ともあれ今回の事件は一旦の終幕を迎え、同時に俺の生徒会入りが決定するのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 生徒会入りが決まり、深夜。俺は協力者の一人と連絡を取っていた。

 

 俺が生徒会入りして動けない時間が出来るなら、俺の事情を知っていて動ける人間を一人近くに置いておきたいと考えたからだ。

 

 また日本に来たがっていたし、まあちょうどいいだろう。アイツにとっても外の世界に触れることはいい経験になるだろうしな。

 

 

 

 なんて考えていると、回線が繋がった――

 

 

 

「――よお、久しぶりだな」

 

『その声、クロウ兄様か!?』

 

 随分と嬉しそうな声を出すこった。昔は随分と不愛想だったモンだが……

 

『また調べものか?それなら我が隊の総力を挙げて情報を集めるぞ!!』

 

「いや、今回は別件だ。ちと頼みがあるんだが――」

 

 

 

――兎には兎。ま、次を見越して備えは万全にってな。




10000UA突破しました。読んで下さっている方々、ありがとうございます。
一巻、何とか終わらせました。次回から二巻の内容に入っていくと思います。
引き続き書いていきますので、感想、評価等お待ちしております。


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第二章
思い出


 六月初頭、日曜日。俺は私服に着替え、IS学園正門前でセシリアを待っていた。

 

 と言うのも、あれは先週の金曜日――

 

 俺とセシリアはいつものように入浴後のティータイムを過ごしていたのだが、お嬢はどこか落ち着かない。

 

 コーヒーを啜ってはそわそわしながらこちらをチラチラ見て、何か言いたいのに言い出せないといった様子だ。

 

 特に害は無いため放置していたが流石にずっとこの調子だと落ち着かない。そろそろ何か言いたいことがあるのか聞いてみるか。

 

 だが次の瞬間、意を決したかのように真っ赤な顔でセシリアが話し出した。

 

「クロウさんっ!次の日曜日、ご予定はありまして?」

 

 日曜日か。確か一夏と家の様子を見に行って、ついでに弾の家で飯でも食うって言ってたっけな。

 

「あー悪い。日曜は一夏と予定があるんだわ」

 

「そ、そうでしたか。ふふ……それは仕方ありませんわね…………」

 

 セシリアはそう言って笑うが、表情は明らかに気落ちしている様子だ。この世の終わりのような負の感情が全身から滲み出ている。うっ、やめてくれ…そんな顔されたら罪悪感が……

 

「あー、えーっと……ちなみになんの用だったんだ?もし大事な事なら、お嬢の方に付き合うぜ?」

 

「いえ、大した用事ではありませんわ。ただ……日本に来てから一度も外出したことがなかったので、クロウさんとお出かけしてみたいな、と」

 

「おっ、なんだなんだ?要はデートのお誘いかよ?」

 

「で、でででデートだなんて!?わたくしはただ……うぅ…………」

 

 少し揶揄うと、セシリアは真っ赤になって俯いてしまった。普段はお嬢様然として余裕ぶっていてもこういうところは初だなと思う。ま、このまま落ち込まれても後味悪いし、折角誘ってくれたんだし無下にするのも悪いか。家の方は一夏に任せても大丈夫だろうし、弾には悪いが今回はお嬢を優先させてもらおうかね。

 

「まあまあ落ち着けお嬢。日曜、付き合うぜ」

 

「えっ!?本当ですか!!……ですが、やっぱり織斑さんに悪いですわ…………」

 

「ま、たまには俺も人生に潤いが欲しいってか、男と出かけるくらいならお嬢とデートしたってバチは当たらないだろって思っただけだよ、駄目か?」

 

「いっ、いえ!それは、嬉しいですが……」

 

「なら、行こうぜ?出かけたいんだろ、案内してやるよ」

 

「……はいっ!それでは日曜日、楽しみにしてますわねっ♪」

 

 セシリアは先程とは一転、表情はパッと明るくなり全身から喜びのオーラを発している。随分と分かりやすいが、まぁそれも彼女の良いところなんだろう。

 

 さて、後で一夏と弾に謝っとかねぇとな――

 

――ということで、俺はセシリアと出かけることになった。

 

 現在、午前九時五十分。待ち合わせは十時だから、後十分程時間がある。部屋から一緒に行ってもいいと思ったが、それじゃ雰囲気が出ないんだそうだ。お互いの私服も会ってからのお楽しみとのことだ。

 

 俺の今日の服装は、白いシンプルなカットソーに灰色の七分丈ジャケット、黒いスキニージーンズ、ベルトの色と合わせた茶色のブーツといった感じで、正直普通だ。ま、お嬢と出かけるのに俺があんまり目立つ格好してもアレだからな。シンプルでいいだろ。

 

「お待たせしましたっ!」

 

 後ろから声が聞こえ、振り返る。そこには私服に着替えた笑顔のセシリアが立っていた。

 

 薄いピンクのワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織り、その姿は深窓の令嬢といったところだろうか。何にせよ、清楚な雰囲気でよく似合っている。金曜からこっそり服を選んでいたのも知ってるし、ここは誉めとくのが礼儀ってもんだろう。

 

「よぉお嬢。その服、よく似合ってるぜ♪」

 

「ふふっ、ありがとうございます。クロウさんもお似合いですわ」

 

「そりゃどーも。で、どこ行くんだ?特に決めてねぇなら俺の独断で適当に案内するが」

 

 そう問いかけると、セシリアは少し考えた後パッと思い付いたように顔を上げ、口を開く。

 

「わたくし、夏物の服が欲しいですわ!どこか良さそうなお店はありませんか?」

 

「女物の服ねぇ……」

 

 そんなもの買う機会がないし好みも分からんからなんとも言えないが、まぁあそこに連れてけば大概何とかどうにかなるだろう。

 

「レゾナンスっつー大型ショッピングモールがあるんだが、そこに行けば服だろうが何だろうが大抵のモンは揃うと思うぜ?お嬢の気に入る服があるかはわからねぇが、あるとすりゃあそこだな」

 

「では、そちらに行ってみましょうか。エスコートをよろしくお願いしますね、クロウさんっ♪」

 

 セシリアは本当に楽しそうな笑顔を浮かべている。初めての日本での外出ってことでテンションが上がっているんだろう。こりゃ責任重大だ。ちゃんとエスコートしてやらねぇとな――

 

 

 

 

 

***

 

~side セシリア~

 

 今日は待ちに待ったクロウさんとのデートですわ!

 

 織斑さんには悪いことをしましたが、勇気を出して誘ってみて良かったです。落ち込んでしまったわたくしに気を使って頂いてなんだか申し訳なかったですが、やっぱりクロウさんは優しいですわね。

 

 今日のために選んだ服も褒めて頂けましたし、滑り出しは上々ですわ。この調子で少しでもクロウさんに異性として意識して頂ければいいのですが。それにしても、私服姿のクロウさんもスマートな雰囲気で素敵ですわ……

 

 クロウさんの好みの服装も知りたいですし、今日行くお店ではクロウさんに好みの服を選んでもらいましょうか。ふふっ、胸が高鳴りますわ!

 

 今日は楽しい一日になりそうですっ♪

 

~side out~

 

 

 

 

 

***

 

 大型ショッピングモール、レゾナンス。衣料品から食料品、家具家電だろうと大抵のものは何でも揃う品揃えを誇る商業施設だ。

 

 俺とセシリアは、その中でも大量の店舗が犇めく女性服エリアを歩いていた。

 

「凄く広くて、いろんなお店がありますのね。迷ってしまいそうですわ」

 

「人も多いしなぁ。ま、はぐれないように気を付けな」

 

「はいっ。あっ、あちらのお店に入ってもよろしいですか?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「ふふっ、それでは行きましょう!」

 

 セシリアに手を引かれ、店のなかに入る。それにしてもアレだな。この世界の風潮もあるが、単純に女性服売り場ってのはアウェイ感がある。セシリアが一緒じゃなければ入りたいとは思えねぇな。

 

 暫くボーッと店内の風景を眺めていると、セシリアが両手に服を持って近寄ってくる。

 

「クロウさん。こちらとこちらでしたら、どちらがお好きですか?わたくし迷ってしまいまして……」

 

 彼女の右手には、水色のオフショルダーのワンピース。清楚な雰囲気かつ透け感があり、爽やかな印象だ。これからの季節にぴったりだろう。

 

 対して左手には、白いノースリーブのシャツワンピ。ウエスト部分は締められ、リボンがあしらわれている。丈は短く、もう一つのものより足を露出する服装だ。

 

 結論を言うとどちらも似合いそうなのだが、まぁ前者は今日着ている服と似たデザインだし、違うモノを選んでも悪くないだろう。お嬢なら大胆に足を出しても下品な印象にならず、イイ感じで着こなせるだろうしな。

 

「お嬢ならスタイル良いしどっちも似合うと思うが、強いて言うなら白い方だな」

 

「そうですか!ならこっちを買いますわねっ!」

 

 そう言い残し、セシリアは服を持って意気揚々とレジに向かって行った。つか、お嬢様なんだからどっちも買えばいいと思うんだが、選ぶ必要あったのか?

 

 なんて考えていると、セシリアが大事そうに両手に袋を抱えてレジから戻ってくる。

 

「ほれお嬢、袋貸しな。まだいろいろ買うんだろ?」

 

 そう言ってセシリアの腕の隙間からスッと袋を引き抜く。このままだと更に増えそうだし、重くなって疲れてもアレだし、まあ少しは年上っぽいことしてやらねぇとな。

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

「んで、次はどこ見るんだ?」

 

「はっ、はい!次はあそこのお店ですわっ!」

 

 セシリアは俺の手を引き、随分と楽しそうに次の店へと歩きだす。これは随分と長くなりそうだ。だがまあ、楽しんでいるなら何よりだ。

 

 こうして、お嬢様のショッピングは昼過ぎまで暫く続いていった――

 

 

 

 

 

***

 

~side セシリア~

 

 ふふっ、クロウさんに服を選んでもらえました!嬉しいですわっ♪しかもスタイルがいいと褒められてしまいましたっ!

 

 クロウさんはいつもいろんな人に言っているんでしょうが、やっぱり好きな人に褒められると嬉しいです。次にクロウさんとお出かけするときは、今選んでもらった服で決まりですわね。

 

 買った服をさり気無く持ってくれたりするのもドキッとしますわね。ですがこれは、子供扱いされているのでしょうか?あれははしゃぐ子供を見るような目だった気がします……

 

 それにしても、気分が高揚して手を繋いだりしてしまいましたが、男の人の手ってゴツゴツしていて硬いんですのね。力強い感じがしてドキドキしますわ……

 

 ですが、いきなり手を握ってクロウさんは嫌じゃなかったでしょうか……

 

 何にせよ、とても楽しいですわ!時間は限られていますから、もっともっといろんなお店を回りませんと!!

 

~side out~

 

 

 

 

 

***

 

 セシリアの買い物が終わり、時刻は午後一時過ぎ。楽しそうに店内を駆けずり回っていた彼女も流石に疲れたようで、購入した服を自分宛で学園に送った後、俺達はベンチに座り休憩している。

 

「いやーしかし、随分と買ったなお嬢……」

 

「つい楽しくなってしまいました、ふふっ♪」

 

 結局あの後、衣類、雑貨、日用品と様々な店を連れ回された。しかもその度に俺が良いと言ったものをセシリアは全て買っていったため、気付けば今日の出費は十万円を越えていた。

これで痛くも痒くもないといった様子で楽しそうに笑っているあたり、お嬢は本当にお嬢って事なんだろう。

 

 既に一時を回っており、二時間は連続で物を買い続けていた計算になる。どこからそんな意欲が沸いてくるのかはわからないが、これが若さって奴なのかね。俺は流石に腹ァ減ったぜ。

 

「楽しいのはイイが、そろそろ腹減らねえか?」

 

「そうですわね。お昼過ぎですし、何か食べましょうか」

 

 セシリアも俺の提案に賛成する。といっても、この時間はレゾナンス内のフードコートはどこも混んでいるし、席が開くまで随分と待つことになりそうだ。

 

 なら元々の約束もあったし、顔を出すがてら五反田食堂まで足を伸ばして飯を食いに行ってもいいだろう。セシリアの好みに合うかは微妙だし、女連れで行く場所でもないんだが、

 

「なぁお嬢、久々にちょいと知り合いのやってる大衆食堂に行きてぇんだが、そこでも構わねぇか?」

 

「……ええ、構いませんわ。クロウさんのお知り合いにもお会いしてみたいですし!」

 

「悪いな付き合わせて。んじゃ、行こうぜ――」

 

 

 

 

 

***

 

~side セシリア~

 

 クロウさんに褒められたものを全部買っていたら、気付いたら凄い量になっていましたわ。ですがクロウさんに選んで頂いたものですから、この程度の出費は些細なものですわね。むしろお金以上の価値がありますわ!

 

 クロウさんの提案で、彼の知り合いのお店でお食事をすることになりました。クロウさんにとっても貴重な休日ですし、旧交を深めて楽しんで頂きたいですわ。

 

 それにしてもクロウさんの知り合いとはどんな方なんでしょうか?もしかして女性の方でしょうか……?わたくしが何か言える立場にないのは分かっていますが、もしそうならちょっと妬けてしまいます……

 

 でもやっぱりお会いするのは楽しみです!クロウさんの昔のお話、聞けたらいいですわね。

 

 

 

 

 

~side out~

 

***

 

「――さてと、着いたぜ」

 

 暫くして、俺達は五反田食堂に辿りついていた。大衆食堂ということでセシリアの気分を損ねてしまうかもと思ったが、どうやらそうでもないらしく彼女はここまでの道中も先程までと変わらず楽しそうな雰囲気だった。

 

「ここがクロウさんのお知り合いのお店ですの?」

 

「ああ、お嬢の趣味にはちっと会わないかも知れないが、味は美味いんだぜ?」

 

「いえ、こういった雰囲気のお店は入ったことがないので新鮮ですわ!」

 

 セシリアはお世辞じゃなく本心から楽しみといった感じだ。以前のお嬢ならこんな庶民のうんたらかんたら言って絶対に入ろうとしなかっただろうに、人は変わるもんだねぇ。

 

「そうかい。んじゃ入るか」

 

 暖簾を払って引き戸を開け、店内に入る。やはり数か月そこらで何かが変わることも無いようで、そこには見慣れた空間が広がっていた。

 

「よっ、邪魔するぜー♪」

 

 店内では、一夏と弾がメシを食い終わったのか空の食器を前にして寛いでいた。傍らでは蘭が立って一夏達と談笑している。流石に一夏はもう居ないと思って来たんだが、こりゃ少し計算違いだったか。

 

「お、織斑さん!?どうして……」

 

「クロウの兄貴!?今日来れないんじゃ……って!女連れ!?しかも超美人!?」

 

「あっ、クロウさん!お久しぶりです!」

 

「クロウ……もしかしていきなり予定出来たってセシリアと出かけることか?」

 

「いやー、言ってなかったか?」

 

「聞いてねえよ!……まあ別にいいけどさ」

 

 一夏は呆れたような顔をしている。深刻な雰囲気で断りを入れたのが拙かったかね。蘭は元気に挨拶してくれたが、弾の方はセシリアが気になって仕方ない様子だ。

 

 弾は女好きの癖にモテないっつーかなり不遇なタイプだからな。一夏と足して二で割ればどっちも一般人並みの恋愛が出来るんじゃねーか?さて、お嬢もこのままじゃ居辛いだろうし、さっさと弾に紹介してやるかね。

 

 俺とセシリアは断りを入れ一夏と弾の座るテーブルに腰を下ろした。まずは注文しておくか。メシ食いに来たんだしな。

 

「さてと、お嬢は何食うよ?」

 

「クロウさんと同じものでお願いします」

 

「りょーかい。厳さん、定食適当に二人分頼むわ!」

 

「何だクロウか……ちょっと待っとけ」

 

 ホント二年前から厳さんも変わんねぇな。無口で厳ついがメシは美味いんだよなぁ。

 

「弾も気になってるみてぇだし、紹介してやるよ。コイツはセシリア・オルコット。見ての通りのイギリス人のお嬢様で、俺や一夏のクラスメイトだな」

 

「セシリア・オルコットですわ。クロウさんや織斑さんとは仲良くさせて頂いてます。よろしくお願い致しますね」

 

「やべぇ、本物のお嬢様だ…………」

 

「凄い……IS学園ってこんな綺麗な人ばっかりなの…………?」

 

 セシリアのお嬢様オーラにやられ、弾と蘭は絶句してしまう。俺や一夏は慣れてしまっているが、やはり滲み出る高貴な雰囲気ってのがあるのかね?

 

「んでお嬢、コイツは五反田弾。ま、俺や一夏の友達だな。お嬢とも同級生だぜ。そんでこっちが妹の蘭だ」

 

「五反田弾です!よっ、よろしくお願いします!セシリアさん!!」

 

「い、妹の蘭です。中三です、よろしくお願いします」

 

「ふふっ、よろしくお願いしますね、弾さん、蘭さん。どうか緊張なさらないでくださいな。わたくしもお二人と同じ一学生ですので」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

 弾も蘭も緊張した様子で、特に弾なんて声がひっくり返っている。あまりの固まりっぷりにセシリアもフォローを入れるが、それが余計に緊張を呼ぶらしい。ま、この世界じゃこの手のタイプと関わることも滅多に無いんだろうし、この反応も仕方ないんだろうが。

 

「……なあ、クロウ。セシリア相手に二人はどうしてこんな緊張してるんだ?」

 

「心配すんな。お前にゃ一生分からねぇからよ」

 

 一夏は何故二人が緊張してるのか分からないようだ。まぁコイツは無駄にコミュ力高いしな。緊張とは無縁なんだろうよ。その分鈍感すぎるのはどうかと思うが。

 

「に、にしても兄貴、こんな美少女と二人で出かけるなんて、どんな裏技使ったッスか?」

 

 弾は緊張した様子ながらも話題を振る。しかし弾、裏技って何だよ。ゲームじゃねぇんだからよ……

 

「裏技って、お前な……普通にお嬢に誘われたからデートしてただけだっての。なぁお嬢?」

 

「で、デート……ふふっ、そうですわねっ♪」

 

「あっ、そうッスか……ハァ…………」

 

 弾は何かを悟ったような表情を浮かべてから、下を向いて落ち込んでいる。差し詰め俺まで女と一緒にいるようになって、どうして自分だけ周りに女がいないんだ、なんて考えているんだろう。

 

「何落ち込んでるんだよ弾?大丈夫か?」

 

「うるさい、お前は死ね……」

 

「何でだよ!?」

 

「じゃあお前に分かるのか、俺の苦しみが!!」

 

「いやわかんねーよ!?」

 

 一夏にはモテない男の苦しみは分からんだろうよ。俺には痛いほど分かるぞ、弾。俺も昔、周りの女全てを一人に食い尽くされた経験があってだな……

 

 ま、それは兎も角、一夏みたいな恵まれたタイプの人間はこの手の苦しみは永久に理解できないだろうな。

 

「お兄うるさい!セシリアさんの前だよ!!」

 

「ふふっ、わたくしは別に気にしませんわよ?楽しい方ですのね、弾さんは」

 

「そっ、そうですか?(……美人な上に心も広いなんて。これが本物のお嬢様…………素敵)」

 

 蘭は何故かセシリアに尊敬の眼差しを向けている。これがきっかけで変な方向に目覚めてお姉様っとか言い出さなきゃイイが……ま、蘭も一夏に惚れてるしそれはないか。

 

「……出来たぞクロウ、とっとと食え」

 

 そんな下らない話を暫くしていると、厳さんが定食を運んできてくれた。肉野菜炒めの香ばしい香りが食欲をそそるぜ。

 

「お、サンキュー厳さん。食おうぜお嬢」

 

「はいっ、頂きますわ。あっ……お箸、ですか…………」

 

 ああ、これは盲点だった。セシリアは箸が苦手だったのか。そういや、箸を使ってるとこ見たことないな。さて、どうするかね。

 

「お嬢。食べさせてやろうか?」

 

「なっ!?そ、それは……大変魅力的な提案ですが、流石にここでは…………」

 

 セシリアは顔を茹で蛸のように赤くしてしまう。流石に子供扱いが過ぎたかね。ま、食べさせるってのは冗談なんだが。

 

「冗談だよ。蘭、悪いがお嬢にスプーン持ってきてやってくれ。箸はまだ練習中だ」

 

「わかりました!待っててくださいね!」

 

 その後、蘭にスプーンを持ってきて貰い食べ始めると、セシリアは予想以上に美味しかったらしく、上機嫌で定食を食べ進めていた。

 

 そしていろいろと語らいながらもメシを食い終わった俺達は、挨拶もそこそこに店を出てゲームセンターに行くという一夏、弾と別れるのだった。

 

 

 

 

 

***

 

~side セシリア~

 

 五反田食堂、良いお店でしたわ……予想以上に美味しかったです。また来たいですわね。

 

 弾さんも蘭さんも良い人ですし、クロウさんのお話も様々聞けましたし、楽しかったです。織斑さんが居たのは予想外でしたが、共通のお知り合いだったんですね。

 

 しかし、皆さんから聞けたのはここ二年の話だけでした。それ以前、クロウさんはどんな暮らしをしていたんでしょうか。気になります。いつか、聞いてみたいですわね。

 

 それにしても、やはり日本で生活するのにお箸が使えないのは恥ずかしいですわ。クロウさんも皆さんの前であんな風にからかわなくてもよろしいですのに……やっぱりちょっと意地悪ですわ。

 

 ですが……あーん、されてみたかったですわ…………

 

~side out~

 

 

 

 

 

***

 

 気付けば既に夕刻。景色は茜色に染まり、少し薄暗くなってきている。そろそろ戻ってもいい時間だ。そんな中、それなりに歩きまわった俺達は最後に公園をブラブラと散歩していた。

 

「さてと、お嬢。そろそろ時間切れで帰らなくちゃならねぇがどーするよ?」

 

「そうですわね……最後に何か一つ…………あっ!」

 

 セシリアは少し考え、何かひらめいたのかパッと顔を上げる。

 

「ん?何か思いついたかよ」

 

「今日の記念に写真を撮りましょう!」

 

 確かに今日はセシリアにとって初めての日本での外出だ。記念写真くらい撮っておいても良いかもしれないな。ま、一つこれも思い出ってヤツだ。

 

「おっ、いいんじゃねーか?撮ってやるから、どこで撮るか決めて来いよ」

 

「はいですわ!」

 

 そう言ってセシリアは撮影スポットを探しに行った。無邪気にはしゃぎまわるその姿は、いくらお嬢様なんて言ってもそこは普通の十五歳と変わんねえな。願わくば、そのまま笑顔で居続けてほしいもんだね。

 

「クロウさーん!!」

 

 なんて思っていると、セシリアが手を振りながら駆け寄ってくる。撮影ポイントが決まったようだ。

 

「お、決まったか?」

 

「はいっ!あちらにある噴水の前など如何でしょうか?」

 

 噴水の前か、確かに悪くないチョイスだ。夕日のおかげで噴水の水がオレンジに煌めき、幻想的でノスタルジックな雰囲気を演出している。

 

「おっ、なかなかイイじゃねーか!ほれ、撮ってやるから携帯貸しな」

 

「お願いしますね」

 

 セシリアは俺に携帯を渡し、噴水の前に立つ。携帯のカメラ越しに見ても、やはり彼女の笑顔は良く映える。やっぱ素材がいいと違うねぇ。

 

「んじゃ、撮るぜー。ハイ、チーズっと……おお、イイ感じに取れてるじゃん!」

 

 夕焼けに染められた噴水、周囲の木々、それを背景に笑顔で立っているお嬢。夕暮れに佇む深層の令嬢、ってか?いい写真だ。一端のカメラマンにでもなった気分だぜ。

 

「見せてください……まあ!良く取れてますわねっ!」

 

「だろ?なかなかのモンだぜ」

 

「で、では、クロウさん、次は一緒に映ってくださいませんか?」

 

「ん?ああ、いいぜ。となると風景は入らなくなっちまうが、イイか?」

 

「ええ!ささ、早く撮りましょう!」

 

 カメラを内カメに切り替え、セシリアと並ぶ。すると彼女は唐突に腕を絡ませてくる。その顔は夕日のせいで分かりにくいが、少しだけ赤い。まったく、恥ずかしいならやらなきゃいいのによ。

 

「よし、撮るぜ?」

 

「は、はいっ!」

 

「クク……ハイ、チーズっと……ま、こんなもんだろ」

 

 画面の中には笑顔の俺とセシリアが居た。まったく、こんな顔で俺が写真に写るなんて珍しいこともあったもんだ。いつかを思い出すぜ。

 

「とっても素敵な写真ですわっ!ふふふっ♪」

 

 ま、お嬢も喜んでるみたいで何よりってところか。

 

 写真を撮り終わると、いよいよ本格的に日が沈んできた。辺りは更に薄暗くなり、夜が近づいてきているのを感じる。

 

「さてお嬢、本格的に帰る時間だぜ」

 

「名残惜しいですが、仕方ありませんわね……」

 

 セシリアは少しがっかりしたような、寂しそうな表情を浮かべている。本当ならもう少し連れまわしてもいいんだが、一応門限があるからなぁ……

 

「ま、そんな顔すんなって。また今度付き合ってやるからよ」

 

「本当ですか!!」

 

「ああ、約束だ。また今度な」

 

「嬉しいです!楽しみにしてますわっ!」

 

 セシリアは心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。花が咲いたような彼女の笑顔は、やはり夕日に良く映える。この笑顔のためなら、たまにお嬢に付き合うのも悪くない。

 

 こうして、夕日が沈み夜が迫る中、俺とセシリアは帰路についたのだった――

 

 

 

 

 

***

 

~side セシリア~

 

 クロウさんとのツーショット……最後に良い思い出が出来ました、ふふっ♪写真を撮る時に気分が高揚して腕を絡ませてしまいましたが、クロウさんも少なくとも嫌がってはいないようで安心しました。

 

 それに、また今度一緒に出掛けてくれると約束して頂きました!嬉しくてドキドキが収まりませんわ!今日が終わってしまうことに一抹の寂しさを感じていましたが、どこかへ飛んでいってしまいましたっ!次はどこに連れていってもらいましょうか……今から楽しみで仕方ありませんわ!

 

 今日はとっても楽しい一日になりました。クロウさんは楽しんで頂けたでしょうか?もしそうなら嬉しいですわ。次はもっともっと楽しい一日になりますように――

 

~side out~

 

 

 

 

 

***

 

 午後十一時、自室。既にセシリアは疲れたのか眠ってしまっている。

 

 俺は一人、拳銃の手入れをしている。自分自身を思い出すためだ。

 

 すっかりお嬢の笑顔に絆されちまってるが、俺は本来こっち側の人間だ。

 

 俺はクロウ・アームブラストとして生きる。だから、今のこの生活が偽物だとは言わない。

 

 だが、俺は一夏達とは違う。本質はただの人殺し、テロリストだ。

 

 何の因果か今ここに居て、人並みの幸せな生活をしているが、本質は変わらねえ。

 

 十一歳のあの日から、そして初めて人を殺した日から、ずっと。

 

 だが、だからこそ出来ることがある。

 

 二年間帰る方法を探したが、見つからなかった。

 

 きっともう、俺は彼ら、彼女らに会うことも、謝ることも出来ないのだろう。

 

 だがこの二年間、同時に新しい繋がりも出来た。

 

 きっともう、俺は彼ら、彼女らとの絆は捨てられないのだろう。

 

 なら、今はこの汚れた手を新しい絆のために振るおう。

 

 仕組まれた英雄、織斑一夏。

 

 そしてその物語に組み込まれた周囲の人間。

 

 皆、俺とは違う、真っ当に生きてきた普通の人間だ。

 

 そんな奴等を、クソッタレな御伽話の役者にするわけにはいかない。

 

 一度は失った命。いつかそれを投げ捨てることになっても、俺は――



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