『生きる』という事 (生きねば)
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第一話『永遠亭の実態と思わぬ事故』/『夢と現実の剥離』

※この物語において、永淋がアンチポジションにいます。
 それでも良いと言う方はお進みください




「うどんげ、試薬出来たから実験台頼んだわよ」

 

「……師匠、このままだと新薬完成の前に私が死んでしまいます」

 

 ここは永遠亭、幻想郷という人間と妖怪が暮らしている世界にある中でも最高の名医がいると言われている場所。

 そしてその名医、うどんげと呼ばれたこの兎の師匠こと永琳はそんな幻想郷の妖怪、人間からとても尊敬されている。

 そんな師匠の一番弟子がこの兎……

 

 と言うのは表向きだけだった。

 

「私に逆らったら、ある事無い事吹聴しまくるわよ?」

 

「そ、それは……」

 

 実態は黒も黒、真っ黒である。

 弟子として育ててると周りには言い触らしているものの実際は都合の良い試薬の実験台、兎の少女がなまじ他の妖怪よりも強すぎたが為に普通の妖怪、或いは上位に足を踏み入れているレベルの妖怪ですら命を落としかねない薬を平気で飲ませている。

 

 彼女も強いと言えど上位の妖怪にしてはそこまでと言う強さ、何度か死の瀬戸際を渡った事もある。

 

「私を誰だと思っているのかしら、ちょっと呟けば霊夢とおバカな魔法使いはともかく他の陣営はそれを信じるわ……そうなればあなたは迫害されるわよ、『あの時みたいに』ね」

 

「うっ……それだけは……」

 

 前日の実験においても死にかけている彼女だが、永琳には逆らえないでいる。

 勿論強さもそうであるが、彼女は月より逃亡し降り立った幻想郷において、降り立った直後から激しい迫害を受けていた。

 

 それも他の妖怪とは比にならない程に。

 

 そんな折彼女を匿ったのが永遠亭の永琳である。

 だからこそ兎の少女はどれだけ酷い仕打ちをされようともあの時の恩があるからと逆らえず、師匠と今でも慕い続けているのだ。

 

「じゃ、お願いね」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

「頭が……割れる様に……痛い」

 

 酷く頭痛がする。

 それもこれも師匠の薬を飲んでからだ。

 これで三回連続試薬は失敗だろうか、もう副作用で死にかけるのは暫くは嫌なんだけどなあ……なんて思いながら自室で横になっている。

 

「鈴仙~、入るわよー」

 

 そうしていると、姫様が小声でそっと部屋の襖を開けてきた。

 師匠の実験後はいつもこうして入ってくるのが恒例になっているのです。

 

「……」

 

「はぁ……また永琳ね。無理させちゃダメって言ってるのに」

 

「わ、私は……」

 

「はいはい、良いから喋んないの。氷枕持ってきたから、それでちょっとはマシになるでしょ?」

 

「……申し訳ないです」

 

「良いのよ。私達家族でしょ?」

 

 姫様はこうしていつも私を気遣ってくれる、私みたいな師匠の実験台にしかなれない無能を。

 しかも家族だと言ってくれる。

 私はそれが嬉しいのに、無能だから受け取れないでいる。

 私じゃとてもじゃないけど姫様の家族になる資格が無い。

 

「……ごめんなさい、姫様」

 

「……謝んないでよ。てゐだって心配してるんだし……謝るべきは、永琳の暴走を止めらんない私達よ」

 

「私は……師匠に救われました。これくらいの恩返し、なんて事……無いです」

 

 あのまま師匠に救われなかったら私は迫害で死んでいたと思います。

 だからこそ、この命はここに住んでいる以上は師匠に捧げる、捧げるしか無い、それでしか生きる事を許されない。

 

 ワタシハシショウニスベテヲササゲルタメダケニイル……

 

「貴女って子は……」

 

「だから、大丈夫なんです。心配、しないでください、姫様」

 

「……ちゃんと安静にしてなさい、なんか作っといてあげるから」

 

「…………はい」

 

 そう言って姫様は部屋から出ていく。

 ……思えば朝からまともな食事、摂ってないっけ。

 姫様が何か食べられるものを簡単に作ってくれると言われ、そう思い出す。

 と言うかまともに食べたのっていつが最後だったか……

 

 考えるだけ虚しくなる。

 

 

「うどんげ、いるんでしょ。入るわよ」

 

 そうこうして安静にしていると、今度は師匠の声。

 ……多分、また無茶ぶりだろう。

 それでも師匠の頼みなら断る訳にはいかない。

 

「……師匠」

 

「このカフェイン剤を霊夢のところまでお願いするわ。私は研究の続き、てゐは晩御飯やってもらうから」

 

「……分かり、ました」

 

 頭を片手で抑えながら朦朧とした意識の中立ち上がる。

 姫様の氷枕のお陰ですぐに倒れる事は無いだろうし、これさえ終われば今日はもう寝るだけ。

 そう言い聞かせて師匠からカフェイン剤の包みを受け取り、博霊神社に向かう。

 

 

「…………いつもの三倍は時間掛かってるなあ」

 

 あれから約三十分、いつもの速度なら十分で着くところではあるけれどようやく神社が見えてきた。

 

「霊夢は……いるわね」

 

 何やら結界のある場所に立っているけれど、外来人の見送りかしら。

 まあともかくその場所に外来人らしき人影は無さそうだし話し掛けてみよう。

 

「れーむ……」

 

「まずいわね、今日は少し波長が安定しない……」

 

 一回呼び掛けるも、何かをブツブツ喋っていて聞こえていないみたい。

 流石に声が小さいのと遠かったのが原因かな……そう思って私は近付いていく。

 

「れーむぅー」

 

「何とかして……って鈴仙!?」

 

「あ、やっと気付いたぁ。実はね――」

 

 気付いてもらえてホッと息をつく。

 手っ取り早く済まそうとして地面に完全に降りた――その瞬間だった。

 

「鈴仙、逃げなさい! 今は結界が――」

 

「…………へ?」

 

 私は、訳も分からないまま突然現れた白い光に包まれていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいじゃこのおっさんの後始末は任せたぜー」

 

「了解しやしたアニキ。んじゃとっとと観念してサツんとこ来な」

 

「ぐぞぉ……」

 

 俺の名前は榊原龍太、学校なんざ面倒だからとサボって仲間達とゲーセンに行った帰りに女を路地裏に連れ込んでいく男を発見して今に至る。

 

木馬富土(きば ふじのり)31歳、幕内戦歴127勝104敗……かつて大相撲前頭筆頭まで登り詰めるも半年前暴行事件を起こし相撲界を永久追放、現在はK1選手を目指している――その割には大した事も無かったな」

 

 その外道男が元大相撲幕内の、それも幕内の中でも実力のある力士と聞いて外道云々よりも単に戦いたいと思っていたのだが……俺は落胆した、非常に落胆した。

 弱い、いくら何でも半年前まで現役のトップ力士の一人とは思えないくらいに。

 

「……つまんねえ」

 

 仲間と遊んでいる時間は馬鹿騒ぎ出来て楽しいが、それ以上に楽しい事がここ最近無い。

 喧嘩も俺と対等になり得る奴すらいない、家に帰れば一人……

 

「帰ったら東方の動画でも見るか……」

 

 仲間達と騒いでる時並に楽しい事も全く無い訳ではない。

 暇だからと手を出した東方のゲームにいつの間にかハマり、書籍を買い漁り、幻想入り現代入りなんてのも見ている。

 

 しかし所詮はちょっとした趣味を出ない。

 現実に好きなキャラがいてくれたりすれば話は別、ではあるが。

 

「ま、そんな上手い話があるわきゃねえわな」

 

 今日は気も乗らないし帰ってすぐ寝るか……と考えていた矢先だった。

 

「…………んだァ、ありゃ」

 

 物静かな公園、誰も寄り付かない薄暗さが目立ってきた午後六時。

 その短い針が六を指している時計の真下で、女がグッタリしていた。

 

 しかもかなり奇特な格好をしながら、だ。

 

「高校の制服みたいな服に……ウサミミィ?」

 

 薄暗いせいで顔がよく見えないが、まあまともな格好で無い事は一瞬で分かった。

 どう見ても俺が東方の中で一番気に入ってる鈴仙の格好そのものなのだ。

 

「……取り敢えず連れて帰るか」

 

 顔がどうのはともかく、こんなとこでぶっ倒れていたって事は相当な理由があるもんだ。

 見て見ぬ振りと言うのも気が引けたからすぐ近くの俺の家まで運ぶ事にする。

 

「軽いな」

 

 気絶している人間は重いと良く聞くが、背負った感じはまるで綿にでも触っているかの如くの軽さだった。

 育ち盛りの高校生だろうに、ちょっと気の毒にも思える。

 

「……それこそまさかだな」

 

 この女が鈴仙と言う説も考えたが、身なりがそこそこ整っているのにも関わらず痩せ細り方が異常なのでそれは捨てておく、捨てておきたい。

 何たってあの永遠亭メンバーが鈴仙を虐待……そう言うのは考えるだけで苛立ちと罪悪感が募る。

 

「ふぅ、着いたか」

 

「アニキ、その子っすか?」

 

「ああ、悪いな崇義。後始末させた後に」

 

「良いっすよ、俺も暇なんで」

 

 ここに来るまでに仲間に連絡して事前に自宅前で知り合いの医者に待機していてもらっていた、自分で連絡して救急搬送……と言うのも良かったのだが嫌な予感がした為だ。

 

 こう言う時知り合いに医者がいて良かったものだと染々思う。

 

「おっちゃんも悪りいな」

 

「なに、敢えて私を呼んだ辺り訳ありなんだろう? 深くは聞かんから早くその子を中に」

 

「おう、サンキュ」

 

 玄関が人を抱えて通るには少々狭かった為、崇義にも手伝ってもらい自室のソファーベッドまで気絶している彼女を運んだ。

 

 まじまじと彼女の顔や服を見てみると、余計に東方projectに出てくる彼女を彷彿とさせた。

 本来なら多少なりとも喜ぶべき事だが、彼女の不健康そのものなくらいに細い体型や今にも死にそうなくらいの顔色を見るとどうにもそう思えなくなってくる。

 

「なあアニキ、この子見た事ある気がするんすけど」

 

「……ああ。お前が大好きな『姫様』を連想すればすぐにでも思い出す」

 

「……ええ……」

 

「……似てるだけの女が趣味でしたコスプレ。そう考えもしたがこんな痩せ細って死にかけの状態でのコスプレはまず考えられねえ」

 

 実はの話だが、俺の仲間……チームの全員は東方projectが好きと言う共通の趣味がある。

 その中でも俺が一番に信頼している崇義は俺と同じく永遠亭の面子が好きらしく『姫様』こと『蓬莱山輝夜』が大のお気に入りキャラだとか。

 

 ……万が一この女が鈴仙で、鈴仙を除いた永遠亭の面子がこれを引き起こしていたとしたら、間違いなく一番落ち込むのはコイツだろう。

 

「……私にはなんの話をしているかさっぱりだが、取り敢えず何か重大な病気をしていると言う事では無かった」

 

「そうか、済まねえなわざわざ」

 

「気にするな。だがあの娘、ここ半年……いや、『最低で』半年、まともな生活を受けられていない。睡眠時間の低さ、栄養失調、身長に対して約15kgも軽い体重……間違いなく虐待だろうな」

 

「ア、アニキ……」

 

「狼狽えんな、まだ決まった訳じゃねえ」

 

 診察が終わったらしく、医者のおっちゃんが俺達が話し込んでいる側まで来て話し掛けてきた。

 

 しかし話を聞く限りと、俺が見た限り。

 

 崇義にはああ言ったものの、あまりにも鈴仙に酷似し過ぎている。

 俺はふぅっと諦めた様に息を吐くと、こう問い掛けた。

 

「おっちゃん……俺は今から真面目な話をする」

 

「……なんだ」

 

「あの女の耳……いや、兎の耳は『本物』だったか?」

 

「ア、アニキ!?」

 

 真っ直ぐおっちゃんの目を見る。

 最初はただ俺を見ていた目がすっと閉じ、ゆっくりと開かれる。

 

 そしてどうにも困った様にこう答えた

 

「私も最初は目を疑ったが……少し見た結論から言おう」

 

 

 

 

「あれは、間違いなく彼女を構成している身体の一部だ、血さえ通っている」

 

 その瞬間、崇義は崩れ落ち、俺は天を見上げる事しか出来なかった。

 

 

 ――ここに、東方projectキャラの現代入りがほぼ確定したのだ……俺達が夢見ていたものとは180度真逆の、現代入りが。




キャラ紹介


名前:榊原龍太(サカキバラ リュウタ)
ポジ:本作主人公
年齢:17歳
身体:金色のメッシュがある黒髪、高身長、中背
特徴:仲間内と尊敬している人物、自分が好きな物以外には何も興味の無い男。
 特にこと一般人間に関してはほぼ興味を示さないが、幻想郷のキャラクター達にはそれを感じさせないくらいの興味を示す。好きなキャラはうどんげ。
 名前の元ネタはプロ野球選手・オリックスの『榊原翼』と同じく元プロ野球選手・オリックスの『角屋龍太』


名前:西村崇義
ポジ:龍太を慕う一番舎弟
年齢:17歳
身体:茶髪、中身長、かなりガッシリした肉体
特徴:中学時代、今まで誰も倒せなかった大男を瞬殺した龍太に男として一目惚れし龍太の初めて持った舎弟になり今の体格へ。因みに大男は二番目に舎弟となった。
 勉学は苦手だが龍太以上に仲間想いで可愛いもの好き。
 東方projectも龍太の影響で興味を持ち、姫様こと蓬莱山輝夜に一目惚れ。
 名前の元ネタは今年ドラフト入団したオリックスの新人『西村凌』と今年引退した元オリックス『川端崇義』


名前:増井優
ポジ:知り合いの医者
年齢:33歳
身体:黒髪、高身長、痩せ型
特徴:優秀な町医者。黒い眼鏡と少し長めの黒髪、無愛想な表情と口調が通常で顔見知り以外とあまり喋らない為に少し怖がられているが、実態は言う程怖くは無い。
 龍太はともかく龍太の仲間が良く無茶をする為にここ数年で龍太達が常連に。
 東方projectは知らない。
 名前の元ネタは先日オリックスへFA入団が決まった『増井浩俊』とオリックスの『鈴木優』


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第二話『恐れていた事実とこれから』

「その子……まだ目ェ覚めないっすか?」

 

「ああ、これまでまともな生活してなかった影響か、酷く良く寝てるぜ」

 

 おっちゃんが帰ってから早二時間、午後七時半。

 まだ起きないこの子を尻目に飯なんざ食ってもいられず、ずっと額に濡れタオルを宛がい、変える作業を繰り返していた。

 

「早く目、覚めると良いっすね」

 

「そうだな。……あと、暫くはこの子このまま俺の家で預かる事にするわ」

 

「……すみません、流石に俺の家族に説明する訳には行かなかったもんで」

 

「良いんだよ、俺が鈴仙大好きなのは知ってんだろ。何より一人暮らしだから都合も良い」

 

 ところでだが、俺は所謂孤児というやつらしく家族と呼べる人間は天涯いない。

 この家は中学を卒業すると同時に、それまで世話になった里親代わりのヤクザの幹部からいただいたものだ。

 今更ながら家一軒を卒業祝にくれる人間って相当な太っ腹だと思う。

 

「ん……ぅんっ……」

 

 そうこうして二人して見ていると、漸く女の子の目が開いた。

 女の子は濡れタオルに気付いたのか、ゆっくりとタオルに触り、そして辺りを見渡した後こちらを見据えた。

 

「……目が覚めたみたいだな」

 

「……こ……こは……?」

 

「ここは俺の家だ……で、起きて早速で悪いが名前を教えてくれないか?」

 

 拾った時よりかは大分顔色も良くなり、衰弱はしているものの一応ではあるが喋る事は出来る。

 後は応答の有無が出来れば最低限何とかなる、それも兼ねて名前を聞く事に至った。

 

「れ……い、せん」

 

「…………れいせんか。分かった、今飯を準備しているからまずは水を飲んでくれ。医者曰く脱水症状も軽く起こしてたらしいからな」

 

「……」

 

 現在崇義には飯を拵えてもらってきている。

 と言っても昨日作った肉じゃがとみそ汁の温め直しだが。

 

 だがやはり恐れていた事が起きたか……この女の子が鈴仙だと確定した今、状況判断になるが永遠亭組がこの鈴仙の状態に一枚噛んでる可能性はやはり高い。

 

「待ってろ、すぐ持ってくる」

 

 俺は鈴仙に告げ、台所へ行く。

 

「……どうでした?」

 

「あの兎の耳、髪の色、現世のものとは思えない二次元染みた顔立ちに……名前を聞いたら本人の口から出たぜ、鈴仙ってな」

 

「そう…………すか」

 

 台所へ行くや否や崇義が結論を聞いてきた為教えると、おっちゃんの言葉で分かってはいたんだろうがそれでも落胆は隠せない様子だった。

 

「なに、まだ決まった訳じゃない。前向きに考えとけ」

 

「う、うっす……」

 

 俺は簡潔に崇義を励まし、鈴仙の元へ戻った。

 まだ痛いのか頭を多少は抑えているが、比較的そこそこは回復している様だ……あくまでもこの短時間で回復する分には、だがな。

 

「ほら、水持ってきたから少し口開けな」

 

「うん……」

 

 寝ていた彼女を片手で優しく、少し抱き上げ水の入ったコップをそっと口に宛がう。

 観察してみると彼女は唇も割れている、目の隈も大分深いなど中々に酷い有り様で、とても不憫に見えて仕方なかった。

 

「…………おいし」

 

「そりゃ良かった。今肉じゃがとみそ汁、それに飯もあるが食べられるか?」

 

「……流石に、それ、は」

 

 おいし、で不覚にも顔が熱くなるのを覚えたが今はそれどころじゃない。

 お決りと言えばお決りだが、食事は出来れば断らないでほしいんだがなあ……

 

「このまま見捨てるのは俺の気が済まない、だから食べられるなら食べていってくれないか?」

 

「……わか、った」

 

「はい、温め直し完了っすアニキ。一応人並みより少し少なめに盛り付けてきましたが」

 

 タイミングが良いと言うべきか、鈴仙が了承したところで崇義が温まったみそ汁、肉じゃがと白米を持ってきた。

 相当腹は空いてるだろうが、まずは慣れてない身体がキャパオーバーしない様に少なめだ。 

 

「……食べて、良いの?」

 

「もちろんだ」

 

「うっす、その為に温めてきたっす」

 

 鈴仙は俺と崇義を交互に見て、遠慮がちではあるが『それなら……』と薄く苦笑いを浮かべ、流石に空腹に勝てなかった様に目を輝かせる。

 俺はその瞬間にやっと安心出来た。

 

 何よりも、そのぎこちない笑顔が俺達を安心させた。

 

「よし、それじゃ口開けてな」

 

「えっ……そ、それくらい、自分で……」

 

「……さっき、コップ持ってた俺の手触った時にはかなり震えて、弱々しい様に見えたが?」

 

「うっ……」

 

「てな訳だ、分かったら大人しくしてろ」

 

 水を飲んで骨の髄まで行き渡ったのか、多少なりとも口数が増え、身体も支えてあげながらならしっかりと起こせるまでにはなった。

 流石は月のエリート兎なだけはある。

 

「ほら、熱いから気を付けろよ」

 

「うん……ふぅ、ふぅ……はむっ」

 

「どうだ、俺特製の肉じゃがの芋は」

 

「はむはむ……うん、おいひい……」

 

 小さめに事前に箸で切り分けた内の一欠片を、じっくりゆっくり鈴仙は口に入れる。

 一口食べた感想を聞き、我ながらドキドキして調子が狂う。

 何せ好きなキャラとは言え、実際に本人から目の前で料理の腕を笑顔で好評されて悪い気持ちになる訳が無い。

 

「おいひい……おいひいよぉ……」

 

 次第に涙を溢しながら、それでも口は止まらず。

 一体どれ程の苦しい生活を送っていたのか、それを思うだけで俺と崇義は心が痛む。

 

 

 

 

「……ありがと、おいしかった」

 

「そりゃどうも」

 

 あれから二十分、ゆっくりではあったが鈴仙は完食。

 この分なら明日には衰弱していた身体の三割は回復するだろう。

 回復速度は素人の俺からでも良く分かる。

 しかしそうなると、そこまでの回復力を持ちながらもあそこまで衰弱しきっていた事が疑問に思えて仕方がない。

 幾らか仕事量を減らすかして鈴仙の体力に見合った最大限の仕事にすれば解決した至極単純な問題だ。

 

「なあ、鈴仙」

 

「……な、なに?」

 

 だから質問せざるを得なかった、真実を知りたかった。

 

「お前は『永遠亭』を知っているか……いや、そこに住んでいたか?」

 

「…………っ!!」

 

 瞬間、鈴仙は酷く怯えた様な表情になった……怖がらせる気は毛頭無かったんだが、名称を出してこの表情となると、俺達が永遠亭と繋がっていると思われてるらしい。

 こう言う時上手くフォローしてやれないのは俺の弱いところだ。

 

「……悪い、崇義。説明の方、簡潔にしてやってくれねえか?」

 

「あ、うっす。俺達は永遠亭と繋がってる訳じゃ無いっすよ。それで何で俺達が『永遠亭』を知っていたかと言うと………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そう言う事、だったの……」

 

 崇義はこの世界に置いて、幻想郷というものがどの様な立ち位置にあるかを簡潔に説明し、何とかして納得してもらった。

 

「悪いな、ビビらせて」

 

「……ううん、私こそ勘違い、してたみたいで。ごめんね……」

 

「良いって事っすよ」

 

「ま、そう言う事だ……っと。誤解が解けたところで、四つ程質問したい事がある、良いか?」

 

 現代に鈴仙が来たと言う事は隣り合わせの世界には幻想郷がある訳だ、つまりは最悪永遠亭メンバーが総出で鈴仙の奪還に来る可能性がある。

 そうなった場合、間違いなく永遠亭と敵対する……俺達の味方になり得る人物も来るはずだ。

 最早誰がどんなポジションに収まっているか分からないからこその、聞き出しになる。

 

「こ、答えられる事なら」

 

「分かった、どうしても答えたくないならまあ無理に言えとは言わない。……じゃあ一つ目だ」

 

「…………永遠亭の誰がこんな仕打ちをやった?」

 

「………………」

 

 鈴仙は黙ったまま俯く、どうやら永遠亭の誰かが犯人で間違いないのは確かだが、やはり優しい子な為か話そうとはしない。

 ……想定はしていたが、早速躓いたか。

 

「……なに、無理には聞かねえよ。じゃあ二つ目、どういう経由で外の世界に来たんだ?」

 

 実質この質問は三つ目にも繋がってくる重要な質問になる。

 スキマで来たなら紫、結界を通してきたのなら霊夢が味方の可能性が高いからだ。

 

「……それが、思い出せなくて」

 

「……そう来たか。何も覚えてないのか?」

 

「うん……ごめんね」

 

「いや良いんだ、あんなボロボロなら意識が朦朧としててもおかしくはない」

 

 しかし返ってきたのは予想外の答え。

 まあ次の質問にもある程度紫、霊夢が味方かどうかの可能性は残されている、焦る時では無い。

 

「よし分かった、なら次の質問へ行こう……鈴仙の味方を三人、答えてくれるか?」

 

 前の質問の答えが想定済だからこその質問だ。

 敵は分からずとも仲間を何人か引き込めればそれだけで大きい。

 

「……霊夢、早苗、レミリア」

 

 霊夢という名前を聞いて心底安心した、これで結界経由での反永遠亭派が来てくれる可能性は高まった。

 更に元外の世界出身の東風谷早苗と屈指の戦闘能力を持つ紅魔館の長となればある程度は問題も緩和する。

 

「永遠亭と渡り合えるメンバーっすね」

 

「ああ。更に言えば高確率でビーム脳の魔法使い、上海ロリ人形使い、守矢の二柱神、紅魔館全勢力が反永遠亭派に当たる。そして紅魔館付近にいる妖精一派、その親玉のチルノと仲の良いルーミア、守矢同エリア勢力の天狗一派にも期待は出来る」

 

「命蓮寺も争い事はあまり好まないはずっすね」

 

「となると完全に不確定は仙界と天界、地底組。後は最悪月の連中が絡んでる可能性か」

 

「……俺達どちらにせよ勝てなくないっすか」

 

「永遠亭は機動力が高い訳じゃねえ。探させるにしても兎の連中くらいだ、その間に鈴仙と親しい陣営が動けば済む」

 

 確かに俺達は人間基準に過ぎない強さだが、機動力の高い連中が鈴仙の味方に着いている。

 霊夢か霊夢とかなり親しい連中の誰かがこれに気付きさえすれば何とかなる。

 

「……あの、流石にここで匿ってもらうのは……悪いと思うんだけど」

 

 その話を聞いてか聞かずか、おずおずと言った感じで鈴仙が話す。

 だが俺はここで鈴仙にはいそうですかと言える程諦めが良い人間じゃない。

 つまらない人生の中で、崇義達以外で楽しいと思えた東方projectの、しかも一番最初に好きになり、そのまま今日に至るまで崇義達といない時一番心を満たしてくれる存在だった鈴仙という存在。

 

 それが現実にいると分かり、しかも今目の前にいて俺を恩人と慕ってくれている。

 

 ここで見捨てたらそれこそ一生後悔する。

 

「下手に出歩く方がバレる可能性は高い。それに何より鈴仙、お前こっちの世界に知り合いなんていないんだろ?」

 

「それは、そう……だけど」

 

「なら俺といてくれ。お前の為でもあるが、俺が長年ファンだったのもあるし、どうにもこの家は一人ぼっちで住むには少し広すぎてな」

 

 事実、幹部の人が用意してくれたのはちょっとした立派な一軒家。

 一人でいると気ままではあるが、あまりに静か過ぎて持て余してしまっている。

 そんな家に鈴仙がいるなら、多少なりとも騒がしくなれる……そんな気がした。

 

「……見つかったらどうするの」

 

「世界ってのは幻想郷の100倍も1000倍も広い、そう簡単には見つからねえよ」

 

「……じゃ、じゃあ……その。お言葉に……甘える」

 

「よろしい」

 

「良かったっすねアニキ!」

 

 本当に良かった、心からホッとしたのなんて何年ぶりになるんだか。

 多分生きていた中で初めての強い安堵を覚えた。

 

「そんじゃま、今日から住むんだし俺の自己紹介はやっとかないとな……俺は榊原龍太だ、これからよろしくな、鈴仙」

 

「うん……よろしくね、龍太」

 

 控えめながら笑顔で応える彼女は眩しかった。



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