妖精と呼ばれた傭兵 (vitman)
しおりを挟む

第0章 Nationaler Abbruchkrieg -国家解体戦争-
崩壊の始まり


vitmanです よろしくお願いします。

初投稿です 読んでみてください。



 今から話す物語。それは、まだ世界に"国"があった頃、そして、彼がまだ若かった頃の話だ。

 鴉達は皆戦場を自由に駆け抜け、争いは止まず、世界は平和とは程遠かったが、それでも今と比べればかなり活気に満ちた世界だった。

 

 だが、そんな時代は突然終わる。国家に対して兵器を供給していた企業群が世界に牙を剥いたのだった。

 私も彼もそれを見て、鴉の時代は終わるのだと確信した。

 彼は伝説の(レイヴン)だった。当然、国家から依頼を受け、企業に立ち向かったさ。私?私は彼についていっただけのただの鴉だよ...。

 

 

 

 

 

 

 _________________________________

 

 

 

 

 

 

 私は最初余裕を持っていた。国家が自らを守るために集めたレイヴンは、誰もが知っているような腕利きばかり。非合法の鴉達の闘技場アリーナで、Aランク以上に入っている者が殆どで、作戦を聞くために集まったブリーフィングルームでは少しばかりピリピリしたような雰囲気が流れていた。

 そんな雰囲気を除けば、凄腕のレイヴンに囲まれた私は安堵していたのだ。彼らが居るのなら、自分が戦果を上げられなくとも企業を蹴散らしてくれるだろうと。自慢ではないが、私もAランク帯に入っていたものの、ランクはその中では最底辺で、実力は中の上で留まる程度であった。

 

 だが、今にして考えてみればどう考えてもおかしい依頼だった。それに、名のある傭兵はおろか、企業側に雇わせないように最底辺や、ランク外のレイヴンまで雇っていたのだ。つまり、どういう事かというと、企業側は自社の専属である、要するにアリーナランクにそもそも入っていない、非力なACしか所属していないという事だ。その時は国家が企業を叩き潰す気でいるとしか思っていなかったが、これは暗に、企業がこの戦争に際して何かしらの新兵器を持っているという事の現れだったのかもしれない。

 そのブリーフィングで出された依頼は、企業の一つであるレイレナード社の本社を強襲するため、部隊を集めている基地の防衛だった。

 誰かがその任務を鼻で笑った。

 

「これだけの戦力がいて、攻めないのか」

 

 というのが、言葉に出されなくても伝わってきた。

 

 私達はその日の内に輸送機で、防衛目標の拠点へと向かった。機内では誰もが黙々と機内食を食べながら、作戦地域のマップを熟読していた。そして、普段はライバルの私達は、この場所はここを撃てる。だとか、ここを押さえないと後々めんどくさいとかいう、情報共有を行った。普段はライバルでも、今は同じ一つのチームだという事が、改めて確認できた。

 三日間かけて移動した先の駐屯地では、既に戦闘準備が済んでいた。

 私は自分の機体を再チェックするために、自分に割り振られたガレージへと足を運んだ。

 

 私や、ランク1のあの伝説のレイヴンなどが使っているACは、少し他のと趣が違った。通常のACは、企業側が自分の会社の設計思想に合わせて作った、所謂量産機である。改めての設計は困難を極めるし、部品の組み換えどころか、武装ですら他の企業の物はアタッチメントの互換性がないため使えない。それに対して、私などが使っているのは、武装やパーツが自由に組み替えできる仕様の特殊AC。いわゆるハイ・エンド・アーマードコアであった。

 企業が不便だと感じたのか、それとも傭兵などの要望に応えてくれたのかは分からないが、兎に角、ミッションごとにパーツを組み替えて使えるという発想は新しかった。勿論、費用はノーマル・ACとは比較にならないほど高価だったが、戦場を渡り歩いて暮らす我々レイヴンは、報酬はたんまりと貰っても、その使い道がまるでなかった。だから、持ち金を殆ど使って、販売されたパーツ全てを買う者もいた。

 

 そのガレージには、あの伝説のレイヴンもいた。私と彼は、同じチームとして戦う事も多いレイヴンだった―というのも、オペレーターが双方とも同じ人だったのだ―からか、同じガレージに割り振られていたのだ。彼の機体は軽装甲高機動で、出力が最大まで強化されたレーザーブレードを装備していた。所謂近接戦闘機である。対して私は、中量二脚の中距離戦闘機であった。まさしく、コンビを組むにはうってつけの機体である。

 この依頼について、私は彼がどう思っているかが気になっていた。だから、普段はあまり話さない彼につい、話しかけてしまった。

 

「あなたは、この依頼についてどう思っているんですか?」

 

 余りにも説明不足な問いだった。もしも彼が高貴な貴族のような性格をしていたなら、この問いは無視して立ち去っていただろう。だが、彼は傭兵にしてはかなり優しい性格の持ち主であった。

 

「そうだな…怪しい、としか言いようがない。」

 

 やっぱりかぁ。と私は呟く。これまでも訳アリの依頼はいくつもあった。勿論私も、彼も両方だ。罠のような依頼もあった。だが、そういう場合は大体、「雇い主側で修理費、弾薬費は受け持ちます」だとか、「報酬は前払いです」だとか「一生遊んで暮らせるだけの報酬額です」なんていう決まり文句が並んでいる。

 なのだが、今回はそのどれもが当てはまらない。依頼主が国家だからなのか?いやいや、そんな筈がない。なにせ、これは世界の主導権が企業に移るかどうかの瀬戸際なのだ。国家群にそんな余裕はないはずである。

 

「だが、俺は今回の依頼はまだ安心できるし、安全だと確証を得られる」

 

 彼の話は続いた。彼が言うには、ここに低ランクレイヴンがいないのはなぜかという話であった。

 

「普通に考えれば、基地の防衛なんてそこらへんのレイヴンでもできる。大きな声では言えないが、俺や君なんかの強いレイヴンは普通、最前線に立たされたり、この駐屯地にいる部隊が襲撃する前に行う、所謂掃除をさせられるのがセオリーだ」

 

「確かに、少し考えてみれば、そうですね。いつもはそうだ」

 

「だが今回俺達はここの防衛。ということは、俺達の代わりに掃除に行った連中がいるって事だ」

 

 話を纏めると、さっきのブリーフィングでみんながピリピリしていたのは、ライバル達と協力しなければならないことではなく、先に基地を強襲する連中に手柄を取られるという事に腹を立てていたという事だった。

 だが、彼は腹を立てるどころか、むしろ行きたいと思う方が恐ろしいと言っていた。

 

「連中、低ランクの傭兵達を捨て駒にして、敵の新兵器を調査させる気だ」

 

 私は、自分とはまた異なった意見を聞き、なるほどと思った。だが、それを認めるのが空恐ろしくて、それ以降の話を聞く気はすっかり消え去ってしまった。私は興味深い話をしてくれた彼に礼を言い、基地内にある食堂へと足を運んだ。この恐怖は、なぜだか我慢できなくなったのだ。今まで感じたことがない、死の恐怖だろう。

 

 もし仮に、真実に辿り着いたとしても、意味はないだろう。答えが分かろうとも、彼も私も20を過ぎたぐらいのまだ若造で、いくら伝説のレイヴンと恐れられた彼も、政治的な力には無力だから、どうする事もできないのだから。

 

 

 

 

 

 ●  ⑨  ●

 

 

 

 

 

 あれから三日間経った。敵の襲撃はなく、大きな事件と言えば食堂に一匹のゴキブリが見つかり、基地内の全職員でゴキブリを基地から駆除した事くらいだ。なんにせよ、戦争状態とは思えないほどに、平和的だった。

 だが、敵とは異なる問題は幾つも転がっていた。

 

「おい、聞いたか?欧州の方にいた部隊なんだが…全滅したって噂だ」

 

「欧州?そこって元々企業の力が強いから、置いてた部隊は少ないんじゃなかったのか?」

 

「だとしても三個師団はあったはずだ。それがものの3機のACに、それもたった数十分で片付けられたって話なんだ」

 

「おいおい、冗談はよせよ。仮に、だ。もしできたとしても、相手はAC。確かに強いが、相手は三個師団。ブレードを左武装にしてるとしても、そこまでの継戦能力はないはず。それに、ダメージの蓄積だってあるはずだ。それはどう説明する」

 

「知らねぇよ。だけど、そんな話が広まってる。結構有名な話だぜ。西アジアも、ロシアでも同じような事が起きているらしいしな」

 

 それは、噂という名の伝染病だった。多少誇張はあるだろうが、世界各地で―特に企業の本社付近で―起きた戦闘で、国連軍の部隊が立て続けに全滅しているというものだった。奇妙なことに、その噂にはどれも共通しているものがあった。

 曰く、敵は少数のACを用いている。曰く、敵ACは恐ろしい程の強さである。曰く、部隊はACによって短時間で全滅している。というものだ。

 確かに、ACなら同じような事は可能だ。だが、数個師団を相手にとって、数機だけで可能かと言われると少し厳しいものがある。特に弾薬が切れる。おまけに燃料もだ。そもそも、チマチマと装甲を削られ続け、撃破されるかもしれないのだ。そう考えると、相手は余程の手慣れか、ACを超える新兵器という事になる。

 

 

 その四日後の事だった。この基地に集められた低ランクレイヴンが出撃した。目標は北に600kmほど進んだ場所にある、レイレナード社の本社である。隣のガレージにいたレイヴンは「俺の分も取っとけよ!」と、ACを積んだ輸送機が次々と離陸していくのを見上げながら叫んでいた。

 彼らは戻ってこなかった。あの時彼から聞いた通り、幼き鴉達は捨て駒にされたのだろう。

 

 

 

 ●  ⑨  ●

 

 

 

「ミッションの内容を説明する。目標は、レイレナード社本社エグザウィルだ。だが、君達が直接エグザウィルを破壊する必要は全くない。傭兵諸君には、このエグザウィルにある対空設備、そして防衛戦力のAC部隊を撃破してもらいたい」

 

 低ランクレイヴン達が散っていった僅か二日後にブリーフィングは行われた。余りにも無茶な作戦だった。

 輸送機により高高度からACを投下。パラシュート降下をした後は防衛戦力を撃破。対空設備を8割以上破壊し、脱出ポイントまで退避。その後、国連軍所属の航空部隊により爆撃を行うとの事だった。

 勿論、質問タイムは荒れた。

 

「一つ、質問をよろしいか?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 荒れに荒れた質問タイムを終わらせるため、作戦を告げた国連軍の対応者に対し立ち上がったのは、独立傭兵の一人、ソラールだった。ローゼンタール製のパーツを多く使ったACを使う彼は、普段の冷静さを少し欠いた様子で質問を行った。

 

「一昨日敵の基地を強襲したあの部隊。それらが撃破された原因はなんだ?それが分からない限り出撃は断らせてもらう」

 

「そうですね。説明を怠っていました。彼らが撃破されたのは、新型のACによるものと思われます。写真だけですが、どうぞ」

 

 そういって、担当者は写真をプロジェクターで正面に写した。見えたのは、確かにACの形をしたものだった。だが、見た目はどのパーツを使ったACにも当てはまらない。

 鋭いとがった形が特徴の頭部、排熱機構を兼ねているのだろうか、肩は大型で、細身の胴体と見比べるとアンバランスだった。腕も足もなんだか華奢で、機動戦特化機であるのは明らかだった。

 

「一機だけだったのか?」

 

「いいえ、もう一機いました。こちらです」

 

 出されたのは同系統の機体であった。ただ違うのは武装。あちらは両手にライフルを持ったタイプであった―その武装構成もレイヴンからすればありえない―のだが、こちらはレーザーブレードを両手に装備していた。それですらおかしいというのに、見る限り射撃武装と呼べるものは背中に背負ったレーザーキャノンらしきものだけだ。肩武装もなにか付けてはいるが、恐らくジャマーの類だろう。やはりこちらも高機動機であった。

 それまで文句を言っていたレイヴンも、こう現物を見せられてはなにも言えなかった。

 

 

 ○

 

 

 ブリーフィングが終わり、食堂へと向かった私だったが、今にも逃げ出したい気持ちになっていた。多分顔は青くなっていることだろう。

 敵機の情報は、あの噂話と酷似していた。たった数機で師団を壊滅もしくは全滅させられる戦力を持ったAC。それは勿論、所要時間まで恐ろしいものだった。全てのACが撃破されるまで10分はかからなかったというのだ。あの写真を撮影した偵察機が、上空で見ていたというのだからそうなのだろう。

 ここまで聞いた私は、あの噂が噂ではないように思えて仕方がなかったのだ。ここまで必死に生きてきたのに、こんな所で死ぬのはいやだという気持ちでいっぱいだった。

 だが、依頼を受けてしまったからには出撃しないわけにはいかない。もし逃げ出せば、生き残れはするだろうが、この後の信頼がないからだ。食欲は湧かなかったが、エネルギーを摂取すべく出された食事を全て食べた。心なしか、料理がいつもよりも豪勢な気がした。

 

 

 次の日の朝。私はガレージにいた。といっても、この間のようにACの確認ではなく、今回は装備変更のために来た。今回の任務は基地強襲と捉えていいだろう。だとしたら、できるだけ瞬間火力が高く、かつ弾薬が多い方がいい。GA製の大型マシンガンを右武装に選択。左手には予備武装としてブレードを装備。例の新型対策として、燃費が良く、ブレードレンジが長いものにしておいた。背中武装は定番のミサイルを左に、拠点破壊用にグレネードランチャーを右に乗せる。そして、肩にはエクステンション装備として、緊急時用の近接散弾兵器を積んだ。イクバール製のこの武装は、普段は外付け装甲のように肩についているが、いざ機動させれば機体前方に向けて多量の散弾をばらまくというものだった。射程が短すぎて、普段は使わないし使えないが、直感で載せたほうがいいという風に感じた。鴉の直感だ。

 機体自体は変えず、FCSだけ変えておいた。普段より少しだけロックオン範囲が広いものだ。できる限り新型に対抗する策は用意した。あとは運と腕に任せるのみ、だ。

 

 間もなくして、装備変更を終えた私の機体が輸送機に運ばれた。ACを輸送するために特化したこの輸送機も、そして私の機体も、そのいずれもが企業によって作られ、今まさにその企業に向けて飛び立とうとしていると思うと、中々感慨深いものがあった。

 輸送機の割り振りはガレージによってわけられていたらしい。私と彼は同じ輸送機で、ACのコックピットに座りながら時間の経過を待っていた。

 超高高度での移動だ。ACを密かにセーブモードで起動して防弾ガラスから外を見たってつまらないだろう。一時間の間を待つのが彼もつまらなかったのか、通信で話しかけてきた。

 

「君は、あの新型をどう思う」

 

 かなり抽象的な質問だった。まだ全容も分かっていない相手についての質問。こちらもなんと答えていいか少し困り、結局微妙な返答になってしまった。

 

「どう思うって言われても、そうですね、恐ろしい相手、とか?」

 

「そうか、君もそうか。それと、お互いもっと気楽に話さないか?歳もいくつも離れていないし、君とはもっと親しい、戦友ではなく友人として話したい」

 

 きっと、彼が本当に言いたかったのはこっちだったのだろう。私の返答に対し、半笑い気味に答え、そして私の言葉遣いについて言ってきた。彼よりもレイヴンランクは8つも下で、なおかつ年齢も2つばかし低かった私は、半分条件反射のように敬語ないし丁寧語を使っていた。彼も私も東洋人で、日本語と英語が共通言語だったのも大きいだろう。

 かれこれ4年間同じ戦場を飛び回っていた私達は、この大きな死を覚悟した戦場で、初めて友人として話したのだ。

 

 短い一時間が過ぎ、輸送機が少し高度を下げたと感じた時、出撃を知らせる無線が機内に響いた。

 

「これより、作戦を開始する。各機、降下を開始せよ」

 

 これに続き、オペレーターから降下指示が来る。それを合図に、まず彼が降下し、続いて私の(AC)が宙へと身を躍らせた。

 月明りに照らされた雲を抜けた先にあるのは、雪が降る神秘的な、そして、鴉を撃ち落とそうとする、青色のレーザー光に満ちた世界であった。




反省はしている。後悔はしていない。

ついでに皆さん。伝説のレイヴンって、もう誰だかお分かりですよね…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃するは狩人か、それとも生贄か

お気に入りに登録してくれた人がいて嬉しい。
どんどん更新したいですね。


 さて、昨日の話の続きを聞きにきたんだね?

 気になるから早く話せって?そう老人を急かさないでおくれ。

 

 …どこまで話したっけか?あぁ!あの降下作戦だったね。

 全く馬鹿げた作戦だったさ。対空設備を破壊する任務なのに、降下による強襲なのだから、全くもって馬鹿げた作戦だね。

 

 さて、伝説のレイヴンだが…彼は凄かった。いつも私の前にいたんだ。人生でも、強さでも、戦場でもね。あの作戦も例外じゃなかった。

 彼は下から降ってくるレーザーに当たらない、安全なルートを私に示すように降下していったんだ。私はその道しるべを辿るのが精一杯だったのさ。全く…情けない話だね。

 

 

 

 

 

 _________________________________

 

 

 

 

 

 降下していく最中、彼から通信が入った。

 

「敵のレーザー砲台が撃ってくる。俺の通るルートを進め」

 

 その言葉の数瞬後、遥か遠くの地上に青い点がいくつも見えると、僅か数秒で光が下から降ってきた。

 まさしく雨のようなレーザーの砲火は、暗視モードにしていたカメラを光で埋め尽くした。仕方なく暗視を解き、素の状態で彼が通るルートを必死で追いかけた。

 彼はレーザーが見えているかのように、また、彼らが狙っている場所が全て分かっているかのように、綺麗に、巧みに避けていた。

 私は彼のおかげで無事だが、他はそうでないのも多い。

 

 すぐ横で轟音が響いた。ランク12のレイヴン『アンドレイ』だった。彼の機体は、運悪く背中に装備していたASミサイルにレーザーが直撃してしまったらしく、誘爆により赤い炎が上がっていた。それを目印にレーザーが立て続けに降り注いでいるのだった。

 

「くそっ、くそっ、こんな所でぇぇ!」

 

 その言葉を最後に、彼の機体は空中で四散し、パーツすら燃え、灰になりながら地へと落ちていった。

 すぐ横にいた味方の凄惨な最期を見て、私は先程よりも一層彼の機体を必死に追った。

 スラスターで細かく姿勢制御を行い、被弾面積を少しでも減らすために頭部を地に向けてまっ逆さまに落ちる。

 他のレイヴンが精神を磨り減らして移動してるのと比べれば、私はかなり楽に降りていけた。

 

 超高高度よりの降下作戦であるため、機体の脚部が破損しないよう、AC用パラシュートが各機に装備されていた。だが、こんな状況でパラシュートを開けるかと言われれば、答えは"no"である。

 判断を誤り、教科書通りの高度でパラシュートを開いた味方機が、今までの機動ができなくなり撃破される。

 これを見て、まだ生き残っているレイヴン達は、パラシュートが役立たずであることを悟った。こうなると、着地までにできるだけバーニアを噴かして速度を減らし、脚部が破損しないギリギリのラインで着地するほかない。

 

 だが、それまでにも私の機体であればできる事はあった。そう、グレネードランチャーの使用である。

 背中武装のグレネードランチャーは、着弾時に爆発する弾薬である。それを利用すれば、この状況なら疑似的な爆撃ができるはずだ。私は余りノーロック射撃は得意ではないのだが、この際言っても仕方がない。

 ロックオンモードを解除し、マニュアル照準へと切り替える。ほぼ真下に撃つのだから、あまり弾道落下は気にしないでいいだろう。自分に可能な範囲でレーザー砲台を狙い、引き金を引く。

 

 ここで余談だが、グレネードランチャーは構え武器という、通常空中で使用する事を想定されていない装備である。これは、機体にかかる衝撃を搭載しているCPUが、自動で姿勢制御する事ができる限界が、地上での計算までだからである。空中における使用は、CPUの性能により断念せざるを得なかったのだ。

 ところが、とある変態企業が頭部に搭載する特殊装備として、マニュアル照準可能パーツを販売したのだ。これは、モードを切り替える事によって、およそ攻撃における全てを人の手によって制御するためのパーツであった。ブレードと同時に起動するスラスターも、ライフルの反動制御も、ロックオンだってそうだ。

 つまり、姿勢制御を自分で管理する事になるため、パイロットへの負荷は相応にかかるが、上手く使いこなせば予想外の一撃を与えられるものとなっていた。要するにドミナントやニュータイプ御用達パーツであった。

 

 撃った衝撃でひっくり返りそうになる機体を必死のバーニア管理で戻し、再度照準作業へと移る。一射目は命中、レーザー砲台を一つ破壊した。

 

「ははは、まさかノーロックか?やっぱり君とタッグを組んで正解だった!」

 

 私の行動を見て、彼は笑った。戦場で笑うなんて、常識からすれば少しおかしいが、それだけ彼には余裕がある、ということなのだろう。

 

「二射目もいけるか?」

 

「ああ、撃てる」

 

「なら、ルート管理は任せておけ。しっかりついてこい」

 

 二射目、着弾、命中。三射目、同じく命中、撃破。四射目、横に逸れ地面をえぐる。右に3度修正。五射目、命中。

 こんな調子で、30秒の間にレーザー砲台は半減していた。私のグレネードランチャーの残弾も半減したのだが、これで比較的安全に降りられるはずだ。何故半減で止めたのかというと、もうそろそろ高度が800になる。そうなれば、着地に対しての(心の)準備が必要になる。それに、FCSによるロックオンも可能な範囲になるため、もはやマニュアル照準をする意味もないのだ。しかも、半分も潰せばさすがに一流のレイヴン達だ。大きな被弾もなく降下できるだろう。

 ほっと一息つこうとした私の機体に通信が入った。

 

「流石だな。これで楽に降りることができる。」

 

「いや、君の誘導のお陰だ。あれがなかったら落ち着いて照準なんかできなかった」

 

「謙遜はよせ。・・・さぁ、着地だ。やっと戦闘だ、行くぞ」

 

「分かってる、好きに動いてくれ。援護する」

 

 そういっている間にも地は近づいてくる。高度が500を切り、各機がバーニアを吹かして姿勢を着地体制にまで移行し、速度を無理やり相殺する。敵のMT部隊が近づき、着地の瞬間をまだかまだかと待ち構えているのが、カメラに写っている。なんとか速度を落とし切った私や彼などの大多数は、スラスターを利用して、エネルギーが半分を切るまでにMTをできる限り潰す気である。

 しかしながら、少数はそうではなかった。それは、運悪くレーザーに当たってしまったために計器やレーダーが損傷したり、メインカメラが破損してサブカメラを使用せざるを得なくなった機体だった。彼らは高度計が破損したり、不明瞭な映像で外を確認していたために、MT部隊に気づくのが遅れていたのだ。結果、取り敢えず着地しようという気持ちが仇となり、着地した瞬間 パララララ という、小気味よい音を出しながら6機のMTがマシンガンを斉射した。ガガガガガという装甲が削られる音と共に、不幸なAC達のコア部分は穴あきチーズとなってしまった。

 私達がMTを倒し終わったのは、丁度、着地してしまった2機のACのパイロットがこと切れたのと全く同じ時であった。

 

 出撃したAC、合計15機のうち、もう既に7機が失われ、今や8機のみになっていた。ほぼ半数が撃破されている事に気づいた私は、改めて安全なルートを示してくれた彼に心の内で礼を述べた。

 だが、地上に降りたレイヴンは、相手の好きにさせる事はない。先ほどのMT部隊どころか、そこら辺の戦車部隊は既に壊滅していた。それらはまるで溶けるように破壊されていったのだ。

 

「他の機体はポイントの高いMT部隊を撃破しに行くみたいだな。私と君はレーザー砲台の破壊に向かおう」

 

「それでいいのか?」

 

 てっきり彼の事だから、敵のACでも破壊しにいくかと思っていたのだが、今回は読みが外れたらしい。どうも、私のACが撃破しやすいレーザー砲台の殲滅、それに付き合ってくれるらしい。

 

「グレネードランチャーは威力は高いが構え武器だ。射撃中の隙は無くしたいだろう?それに、大事なレーザー砲台を撃破しにくる機体を敵は相手しない訳がない。その方がいいさ」

 

 なんと彼は、私の事を気遣うだけでなく、自分が稼ぐ算段まで同時に考えていたらしい。さすがの私も、そこまで言われたら言い返せなかった。

 途中に邪魔してくるMT部隊を蹴散らしながら、機動力で勝る彼のACが先導し、空中からの疑似爆撃で破壊できなかった、砲台陣地へ向かう。戦車部隊はマシンガンで、MTはミサイルでまとめて破壊する。彼の乗るACは、弾薬の節約なのか、ブレードを多用してMTを一撃で破壊している。

 

「・・・見えたぞ。あれだ!」

 

 彼が通信越しに叫んだのと同時刻、私の乗るACに装備されているレーダーも、レーザー砲台を捉えていた。先ほど破壊したのは、およそ半数であろう18基であるため、残りは20基程度だろうと踏んでいたのだが…

 

「これは・・・予想以上に多いな。さっきの対空砲火は、まだ本気ではなかったということか?」

 

 レーザー砲はしっかり数えていなくても40基かそれ以上はあった。しかも、ほとんど等間隔で並んでいるレーザー砲台の間には、それよりも二回り位小さい対空砲が設置してあった。もしも、先ほどの降下で全ての砲台が使われていたのなら、無事に着陸できたACの数はさらに半減していたかもしれない。

 だが、呆気に取られてもいられない。私達は既に敵陣の真っ只中にいるのと同じなのだ。こう話している間にも、彼はライフルとブレードで、私はマシンガンとミサイルでできる限りの敵機を撃破していった。それ相応のAP(装甲耐久値)が失われていくが、まだ80%以上はゆうに越しているため、あまりに油断しなければ大丈夫だろう。

 

「そろそろっ…グレネードランチャーを使用した、砲台の撃破に移るぞ」

 

「ああっ、頼む。さっさとここから離脱したいものだ」

 

 ブレードで敵MTの装甲を溶かしながら、彼にこれからの行動を伝えると、彼も行き絶え絶えに言葉を返してきた。彼は背中武器にチェインガンとスラッグガンを積んでいるようで、継戦能力の無い武装なために、さっさとどうにかしてしまいたいと思っていたのだろう。

 

「よし、まず一基」

 

 大口径のキャノン砲から、有澤重工製のこれまた高火力のグレネード弾が発射される。グレネード弾はレーザー砲台に着弾し、爆発。その爆風で周りのMTや戦車、武装ヘリコプターも巻き添えにし、被害を与える。

「この調子でいけば三分で終わる」そう思った時であった。レーダーに高エネルギー反応確認とオペレーターから告げられた。この反応は

 

「企業のACか」

 

 彼の言う通り、ACの様であった。しかも、ブリーフィングで出ていたあの新型だ。とはいえ、見た感じ普通のACと違った点はない。強いて言えば、内部フレームが見える程にコア部分の装甲が薄いくらいか?

 そのままにしておくわけにはいかないと判断したのだろう。「相手をしておこう。君はそのまま砲台の破壊に専念してくれ」そう彼が言った瞬間であった。

 

「お前らばかりに稼がせてたまるかってんだ」

 

「敵のACですか。見たところ、近接仕様の装備らしいですし、囲んで溶かしますか」

 

 Bランク2、3の二人組。それぞれ、「マッシュ」と「バンブー」という機体名で、「きのこ」「たけのこ」という意味の二機は、どちらも一歩引いた位置からの射撃によって、戦闘の流れを自分達側に引っ張っていく事で中々注目されていた。Bランク帯のレイヴンの中でも、実力と野心の大きさは随一だろう。

 

「オラオラ!てめぇには悪いが、俺達の踏み台になってもらうぜ!」

 

「まぁ、そういう訳です。めんどくさいので、溶けてくださいね」

 

 マッシュは軽量逆関節機。ライフルとロケット弾で順調に攻撃を加える。対してバンブーは四脚の機体で、その安定性を活かして、右腕のバズーカと左腕のスナイパーライフルで重い攻撃を与える。

 この二つを見て分かる通り、この二機は、マッシュの装備するロケット弾の高い衝撃力で敵機の動きを止め、その間にバンブーのバズーカとスナイパーライフルを与える事で継続して敵機を足止め、このコンボで仕留めるというものだった。レイヴンの間ではハメ殺しと呼ばれる技術だ。

 むしろ、私と彼のように二機で出撃するのなら、敵ACが一機だった時に楽に撃破できるようにこのようなコンボを作っておくのが普通であり、「私達のように各々適当に」というタイプは珍しい。

 私は弾薬費節約も兼ねて7発はグレネードを残そうと思い立ち、ブレードとマシンガンで砲台と周りの護衛部隊の殲滅を行っていたのだが、唐突に彼が呟いた。

 

「おかしい…」

 

 どういう事かと思い、マッシュとバンブーの方にカメラを向けた。そこには、確かに、目を疑うような光景が広がっていた。

 

「なんでだ!?なんでやられん!」

 

「くうぅ…そもそも、効いているのですか?」

 

 あの二機が攻撃しているのは、先ほど現れたACである。

 まさか、と思った。何故なら、ACのAPは多くても10000を超す程度。しかもそれは、俗にガチタンと呼ばれる、防御特化のタンク機のみである。普通の二脚型AC、しかも、あのようなフレーム部分が隙間から見える程に軽量化されている機体では、あのハメ殺しをこの時間耐えるのは不可能であり、どう考えても異常だ。

 

「くそっ、くそっ!なんで効かねぇんだよ!」

 

「落ち着きなさい、マッシュ。一旦射撃を中止、パターンBに移行しましょう」

 

 そう言って、バンブーは左腕装備のスナイパーライフルを投棄、格納していたブレードを取り出す。マッシュも左腕のブレードを構える。どうやら、二機による同時ブレード攻撃をしかけるらしい。

 彼が言うには、あれだったら四脚の方はまだ援護に徹して出方を見るべきらしいが、それでも中々楽しそうな声であった。未確認機を横取りされた事よりも、それを相手取るのが見れて面白いのだろうか。

 

「ははは、なます切りにしてやんよ!」

 

 《そうだ、それでこそだ》

 

「・・・なんだ!?」

 

 マッシュが加速力を活かして、敵新型ACに突撃した時、オープンチャンネルで敵ACのパイロットが話してきた。

 落ち着いた雰囲気だが、確かに殺気の篭った鋭い女性の声。そんな第一印象だ。

 

 その敵ACは、()()()レーザーブレードを装備していた。記憶が正しければ、一般に購入できるパーツの中で右腕装備に対応したブレードはなかったはずだ。つまり、その装備はレイレナード社が自社のレイヴンに専用装備として与えたものという事になる。

 右腕装備のブレードから、紫色をした極厚のレーザーが出現した。見ただけでも分かるその高出力は、彼女の機体が格闘戦に特化していることを私達に教えてくれる。

 こんな風におちついて説明してはいるが、景色はこの瞬間にも移り変わっていた。

 

 マッシュが左腕で、右から左へと降る事で一気に敵機を両断しようとするのに対し、敵は半歩後ろに下がり、右腕を上段構えにして、マッシュに向けて振り下ろした。ここで問題だ。ブースターを使ってホバーしながら両断を行うマッシュと、一度半歩後ろに下がってから振り下ろした敵機。どちらが相手を斬れるのだろうか。速度的には、()()()AC戦であればマッシュに軍配が上がっていただろう。

 

 ところが、斬られたのはマッシュであった。しかも、敵機には傷一つない。

 東洋にある島国『日本』。そこで生まれ育った私には分かる事だが、あれは剣道に通じる動きであった。打ち落とし技と呼ばれる技があるのだが、それに似た動きでマッシュの機体の腕を切り落とし、そのまま相手から見て右下から左肩にかけて袈裟に切り上げてしまった。しかも、機体の断面はレーザーブレードで『斬られた』というよりも、強力なレーザーキャノンで『抉られた』と言うべきものであった。当然、レイヴンは即死だろう。

 

「この・・・化け物がぁぁぁ!」

 

「いかん!そいつに手を出すな!」

 

 思わず彼がバンブーに対して叫んだが、相方が死んだことによって取り乱したバンブーは、聞く耳を持たずにバズーカを乱射し、肩装備のミサイルも同時に発射した。一次ロックと呼ばれる、FCSが敵機の移動に対して精度修正をしてくれないロックオンのまま撃ったためか、震える手で撃ったバズーカの弾はあちらこちらへと着弾し、むしろ回避を難しくさせていた。のだが

 

 ドヒャア

 

 という、なんとも特徴的な音をさせ、敵機は目を疑うような機動を見せた。

 敵機はなんと、瞬間移動とも取れるような恐るべき速さでバンブーの真横までブースト移動し、そのまま先ほどのマッシュがしようとした、真一文字斬りで切り伏せてしまった。

 流石の彼も絶句したその機動は、現在私等が乗っているACでは不可能な動きだ。仮にエクステンション装備として、補助ブースターを装備していたとしても、あそこまでの異常な瞬間移動は不可能だ。

 

 呆気にとられ、砲台の破壊すら忘れて敵機を見ている私達に向かって、その新型に乗っている女性は、またしてもオープンチャンネルで通信をしてきた。もはや私達は通信を拒む気すら起きなかった。

 

 《さぁ、前を向け。そして剣を取れ。前を向かぬ者に、未来はない》

 




ヒロインはオルレア(アンジェ)に決定しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

翼を得た山猫

ついに評価をつけてくれるお方が出てくれました!
これはますます頑張らなくては………

我が儘かもしれませんが、これからの参考にするためにも、評価をつける時はできるだけ、一言でいいのでコメントが欲しいです。
お願いします。


 《さぁ、前を向け。そして剣を取れ。前を向かぬ者に、未来はない》

 

 敵のACからその通信が入り、敵機は再びレーザーブレードを構えた。恐らく、私達を逃がそうとは思っていないだろう。

 できれば逃げ出したいのは山々だが、先ほどの驚異的なブースター出力からして、背を見せて逃げようとした瞬間に斬られる事は明らかだった。もし仮にOB(オーバードブースト)を発動させたとしても、あの瞬間速度に追いつかれない自信は全くなかった。

 

「やるぞ、敵のレイヴン。ブレード勝負といこうじゃないか」

 

 隣にいる彼が驚きの事を言った。まさか、あの機体に格闘戦を挑む気なのか?そんな!無謀だ!彼のACの頭部が少しこちらを向いた。『ここは合わせろ』そう言っているのが分かった。

 ここまで言われたら合わせない訳にはいかない。恐らく、どちらかが無視して逃げようとした瞬間に、撃破されるのは目に見えているのだから。

 

 《話が分かる鴉だな。だが、一つ訂正しておこう。私はレイヴンではない》

 

 馬鹿な。ACに乗っているのにレイヴンではないのか?AC乗りは等しくレイヴンと呼ばれるのだが...どうやら話的に、企業のACだからという訳でもなさそうだ。

 つまり、彼女がレイヴンでない理由はもっと根本的な所にあるということになる。

 

 《私は(レイヴン)ではなく、山猫(リンクス)だ》

 

 リンクス...『繋がる者』か。つなげる...機体とリンクする...何かそんな物があったはずだと、私は思考を巡らす。確かにあった...そう、AMS技術だ。

 AMS技術は、元々義手などを自分の好きなように動かせるように作られたもの。だが、研究とは常に、一に医療、二に軍事、三に娯楽と発展していくものだ。このAMSも例外ではなく、企業の連中に目を付けられて軍事転用でもされたのだろう。

 ともなれば、あの機体は彼女の思うがままに動かせるという事になる。そう、あの機体は彼女自身だ...文字通り。

 

「なるほど、では山猫、踊るとしよう」

 

「そういう事だ。削らせてもらうぞ」

 

 《できるものならな!》

 

 三者が一斉に動き出す。牽制目的で私のACは右腕に持つマシンガンの弾をばらまく。が、一瞬敵機の周りになにか、電流のようなものが走ったかと思うと...バチッバチッという、何かが弾け飛ぶような音と共に弾は無効化されてしまった。まるでバリアだ。

 それならばと、ミサイルを撃てば、それはあの瞬間移動で避けられてしまう。ミサイルすら避けるという、その恐ろしい機動性に私は恐怖した。

 

「くっ、流石に速い...」

 

 彼はスラッグガンを使って足止めを図るも、当たり前のようにあのバリアで無効化されてそれどころではなかった。

『これだったら、KARASAWAでも持ってくるんだったか』

 二人ともがそう思った。

 だが、彼女は一向に攻撃してこなかった。確かに、両腕の装備がブレードなのは分かっているのだが、背中には大きなプラズマキャノンを背負っている。あの機動性なら、簡単に後ろに回り込んで撃てただろうに。

 

「こいつ、俺達で遊んでいるつもりか」

 

 全く攻撃をせず、受け身でいたのは、鴉をいたぶるためだったのか。それともなければ、『FCS』のロックレンジが異様に短いのか。どちらなのかは分からないが、どちらにしてもこれでは埒が明かない。

 あのバリア、きっとだが、とてつもない高威力で破るのが正解だろう。

 

「もしくは、あのバリアの中に入ればいい」

 

 気づかぬ間に声に考えが出ていたらしい。もう一つの案を言われてしまった。

 確かに、彼の案は最も確実にそのバリアを貫通できるものだった。バリアの中に入れば、バリアなど関係はない。それに、その距離なら間違いなくスラッグガンも、マシンガンも、チェインガンもその瞬間火力を発揮するだろうし、それにあの機動力をもってしても至近距離ならばグレネードを当てられるだろう。しかも、ブレードだって見込める。

 だが、それは諸刃の剣である。近づくという事は、彼女の持つブレードにバラバラにされる覚悟がいるという事だ。喰らえばまず助からないだろう。私には、その一歩が足りなかった。

 

 しかし、彼にはそれがあった。恐れずに突き進む、その力が。

 

「俺は行く。あの山猫、潰すぞ!」

 

 《来るか!面白い!》

 

 山猫の機体が持つ、高出力のレーザーブレードと、伝説の鴉が使う、これまた高出力のブレード『MOONLIGHT』が交差する。光の固まり同士が交差し、同威力の粒子が合わさり、拮抗状態に陥ることで鍔迫り合いに発展...しなかった。

 結果的に、山猫は肩についていたインサイド装備を失い、鴉は持っていたライフルの先半分がなくなっていた。どういうことだ?と首を傾げる。

 MOONLIGHTは強い。一撃でACを撃破する事すら夢ではない程にだ。だが、欠点もあった。重い事も確かに欠点の一つではあったが、それよりも致命的な事があった。気づいた人もいるかとは思うが、そう、EN消費が馬鹿みたいに高い。一振りすれば、並みのジェネレーターの容量を6割は持って行ってしまうぐらいには燃費が悪いのだ。よって、彼はOBで緊急離脱を図ろうとするも、そのENすら微妙なところだったのだ。

 

「EN管理を怠るとは、初心者じゃあるまいし、くそっ」

 

 忌々しそうな声をあげて、彼は機体を少しでも動かそうとする。だが、到底避けれそうにない。

 このままでは彼は死んでしまうだろう。それは嫌だ。そう思ってしまう。折角友人になれたのだ。ここで彼が死んでしまったら意味がないのだ。死なせるわけにはいかなかった。

 急いで機体のOBを起動させる。1秒ちょっとの間に機体のエネルギーをかき集め、たった一つのブースターに集中させる。電力がそこに集まり、何かを吸い上げるような特徴的な音と共に、私の身体はシートに叩き付けられた。急加速によるGの負荷は、ジェットコースターなんかの比ではなかった。

 

 そして、速度を800㎞/h以上に保ったまま、機体にぶつかる。金属の固まり同士がぶつかり、ガリガリという嫌な音を立てて削れていく。

 

「なっ…お前…!」

 

 《ほう、そう来るか。面白い。これがレイヴンか》

 

 私がぶつかった―正確に言えばぶつかりに行った―のは、彼の、レイヴンの機体ではなかった。まさか私も、助けて自分が身代わりになんて思っていない。目標が達成できても、自分が死んだら元も子もないのだから。

 だから、山猫に当たることに決めた。彼が接近戦は有効だと照明してくれたのだ。やらない手はない。だから加速を落とさずにぶつかりにいった。案の定、こちらのAPも一気に10%近く削れてしまったが、問題はそちらではなかった。

 

 APが、徐々に削れていたのだ。

 

 まさかと思い、熱量計に目を向けたがやはり問題はない。つまり、熱暴走によるAP減少ではない。だとしたら、このダメージはなんだ?

 

「これは...なるほど、あのプラズマか」

 

 彼のACも機体のAP減少警報が出たのだろう。この異常に気が付く。しかも、原因も大体は分かったようだ。

 

「いいか、あの機体には長時間張り付くな。あのプラズマ波が原因だろう...いや、あの機体がまき散らしてる緑色の粒子もか。どちらにせよ、長居は無用だ。いくぞ」

 

 音声通信なのに、頷いて返事をした。そのまま彼と私は鴉として、山猫を殺すべく踊った。

 彼女が一振りすれば、私達はそれぞれがブレードを振って答え、それを見た彼女は、あのブーストを使って右に左に避けた。鍔迫り合いができないのを知ってガッカリした様子だった彼女は、この動作を繰り返しているうちに楽しそうな声に変わっていた。

 

 《レイヴンという者は面白いな!私をこんなにも楽しませてくれる》

 

 実に楽しそうにオープンチャンネルで会話してきた。まるで、戦場での会話ではないようだ。

 

 《シミュレーションで社内の連中とも手合わせしたが、本物はまるで違うな。これほどまでに強いとは》

 

 この戦場を自らのものにしようとした山猫は、もはやそこにはいなかった。ただ、彼女という戦士が鴉と踊っているにすぎない。

 時も忘れ、武装やスタビライザーをお互いに少しづつ減らしながら斬り合いを行っていた時、突然それは起こった。いや、それは降ってきた。と、言うべきか。

 

 《『オルレア』何を鴉二羽にてこずっている》

 

 それは増援だった。それも、彼女の乗る機体―その増援の言っていたオルレアがそうらしい―と同系統の。つまり奴も山猫なのだろう。だが、問題は増援が来たことではなかった。私達が思っていた問題とは、ズバリその増援が現れた方向にあった。

 敵の追加注文の配達は、味方がいる方から来たのだった。慌てて他のレイヴンと連絡を取ろうと試みるが、それは無駄に終わってしまった。その通信を受け取る者が既にいなかったのだ。

 

 《まぁいい。まずは、そのACを撃破する。一気に畳むぞ》

 

 真っ黒のその機体は、ブリーフィングで見た機体であった。オルレアは近接装備であったために対処法が幾らかあり、なんとかなったようなものだが、あの機体はダメだ。射撃戦とはそれほどまでに厄介なものだ。

 流石にこれは不味い、逃げなければ。そう思ったその時であった。

 

『そこのAC、聞こえるか?対空砲を落としてくれてありがとな。じゃっ、爆撃開始する。巻き込まれるなよ!』

 

 通信がいきなり入った。

 空を見上げれば、そこには大量の爆撃機が空をわが物顔で突き進んでいた。地獄に仏。修羅場に援護射撃であった。

 

 《ちっ。爆撃か!こちら『シュープリス』防衛に回る!運が良かったな、レイヴン。だが、次はないぞ》

 

 増援のリンクスがそう言うと、オルレアもそれについて行ってしまった。本社が爆撃されないように防衛しに行ったのだろう。

 全くもって、散々な目に合うものだ。

 必要ない装備を全て棄てて、できるだけ機体を軽くする。またあの二機が戻ってこない内に、私達はOBを使って一気に脱出ポイントまで急いだ。

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 レイヴンというものは初めてみた。勿論、国家群に喧嘩を売る前段階として、レイレナード社が独自に用意したシミュレーションシステムに、ACとの対戦プログラムも入っていたが、所詮はCPUである。弱かった。

 その弱いノーマルACとしか、手合わせをしていないアンジェからすれば、自分達リンクスが扱う新兵器『ネクストAC』からすれば、そんな旧世代の機体なんて相手にもならない筈であった。

 

 だが、国家群が行った、AC多数による本社襲撃作戦。その時にアンジェは自分の考えを全く変える事にした。

 

 機体の機動性も、プライマルアーマーによる防御力も、そして装備する武装の火力も。いずれもノーマルACを凌駕する性能の自分の機体『オルレア』は、たった二機のACに翻弄されそうになっていた。

 何故だ?と自分に問う。実際、最初に相手―と言っていいか分からないほどに弱かった―した敵機はここまで良い動きをしていなかった。むしろ、案山子かと思うくらいには弱かったと思う。

 だが、あれはなんだ?

 

 ネクストと対等に渡り合うため、ACが持つ最も素早く移動するための力OB(オーバードブースト)を細かく発動し、左右に勢いよく移動する。それは、どことなくネクストが使うQB(クイックブースト)に似ていた。

 このOBを利用した機動は、最初私から向かって左側にいる、オルレアに装備したMOONLIGHTに匹敵する強さを誇るレーザーブレードを持った機体だ。しかし、アンジェが本当に目を見張ったのは、もう片方のACだ。

 

 《面白い。これがレイヴンか》

 

 この言葉は、そのACに向かって言ったものだ。あの咄嗟の判断は恐ろしかった。機体をぶつけることまでなら、どんな粗製でもできるだろう。だが、こればかりはあの場所でタックルされた側でないと分からない。

 あのACは、ぶつかったあの瞬間に補助ブースターでさらに加速を付け、手に持ったマシンガンを頭部に押し付けてきたのだ。

 偶々かもしれない。レーザーブレードを発生させなかったのは、ただ単にENの消費をケチっただけかもしれない。だが、それでもアンジェはそのACが面白いと思ってしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()その機体が。そのパイロットのレイヴンが面白いと思ってしまったのだ。

 ネクストの機動も、装備している武装からして、本来あまり得意ではないはずのブレードを使った戦闘も、味方ACのOBを使った戦い方も。全てを戦場で見て学習し、その場でその技術を使っている。

 

 まるで、スポンジのように…いや、まるで掃除機のように周りから技術を吸い取っていく。教えようとしなくても、無理やり技術を吸い取られる。

 そんな彼が面白いと思ってしまった。

 

 《『オルレア』何を鴉二羽にてこずっている》

 

 ああ、邪魔が入ってしまった。

 通信してきたのは、レイレナード社の中でも最も強いとされるリンクス、ベルリオーズであった。

 生粋の軍人である彼の事だ。恐らく、もう彼らレイヴンと剣を交える事は不可能なのだろう。そう、アンジェは悟った。

 

 予想通り、ベルリオーズは一気に潰す気であった。アンジェが彼ら二人と斬りあっている間に、ほかの鴉を根こそぎ撃ち落としてしまった彼は、もう終わらせる気であったのだ。

 

 しかし、二人とも。いや、この場にいる全ての者が失念していたことがある。

 ACの依頼内容は、対空設備の破壊であって、敵不明戦力の撃破ではないのだ。

 社内より、緊急通信が入ったアンジェとベルリオーズは、心底驚いた。

 

『おい、リンクス!ACなんか構っている場合じゃない!爆撃機が来ているんだ!』

 

 まさか!そう思い、アンジェが空を見上げたその時であった。

 ベルリオーズの駆る機体『シュープリス』のすぐ横に、200kg級爆弾が二個程落ちてきたのだ。

 

 有澤製のグレネード数個分に匹敵する、その強力な爆弾は、直撃こそしなかったものの、シュープリスのプライマルアーマーを一瞬で削り、そこそこの量のAPを削っていった。

 

 それにベルリオーズは小さく舌打ちをし、本社へと向かうその機体を見て、アンジェへと通信を行った。

 

「戻らないと、本社がパーになるぞ。そのACはひとまずいい。早く戻るんだ!」

 

 自分とてレイレナードのリンクスだ。そんな事言われなくても分かってはいる。仕方なく彼らとの戦闘を中断して、OBを起動させる。

 プライマルアーマーを形成していたコジマ粒子をひとまず機体に吸収。その後、OB内にプラズマに再変換したコジマ粒子をチャージ。

 プラズマの貯蔵量が一定量に達した時、一気に放出するのだ。

 

 そうして、迎撃へと向かう彼女は、一つの誓いを立てた。

 

(あのACにもう一度会う。そして、その鴉を殺す)

 

 だから、絶対に落ちるんじゃないぞと。そう願いをも込めた誓いを立てる。

 それは、戦士の誓いにも、恋する乙女の願いにも聞こえた。

 




ちょっと短かったかな。

次回は国家解体戦争編の山場かなと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出来損ないの孔雀

感想をくれた人のお陰で、私のKP性能が一時的に大幅に上昇しました。本当にありがとうございます!

さて、今回は説明回+戦闘回ですが、やっぱり私は戦闘シーンが苦手みたいですね。

騙して悪いが、国家解体戦争編の山場ではなかったんだ。悪いな。


 あの作戦の後の事か?その後は大した話じゃないんだが...それでもいい?変わった奴だなお前は。

 じゃあ、話すとしようか。

 

 山猫は鴉を狩り続けた。それはもう、惨い位に。

 鴉は絶滅してしまうと思われる、そんなペースで翼を生やした恐ろしい山猫に噛み殺されていったのさ。

 そんな中、私達は幸運だった。

 

 ネクスト機に作戦中に出会ったのは二度や三度ではすまされない。だが、それでもいつでも私と彼は帰ってこれたのだ。

 ただ、それがただの運なのか、仕組まれた事なのか、それとも国家のお偉いさん達の保身のためなのかは分からないがね。

 

 

 

 ○

 

 

 

『ネクストAC』

 それは、企業が鴉を狩るために用意した兵器である。

 アクアビット社が保有する研究者、コジマ博士により発見された、コジマ粒子―名称は発見者であるコジマ博士より―は非常に軍事転用するのに好都合なものであった。

 

 この戦争が始まるまで、国家がネクストに気づくことができなかったのは、企業側があらゆる手を使って隠匿し続けたからで、ネクストを企業が持っているという事実は、世界にとっては想定外で、計算外というものだった。

 国家は企業に裏切られ、利用されたに過ぎなかった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ~7日後~

 

 

 

『作戦概要を説明します』

 

 そう告げたオペレーターの無機質な言葉と共に、搭乗するACのコックピット内に用意されているスクリーンに光が灯る。

 たいして美味くもない、どちらかというと無理矢理その味を濃くしたような、合成食糧を口に含み、それをミネラルウォーターで流し込みながらそれを見る。

 ここ数日、私や彼は機体から外に出れていなかった。

 

『今回のミッションは、東ヨーロッパに展開するレオーネメカニカ社と交戦している、国家軍の支援です』

 

 またか、という言葉を言わずに飲み込む。その地域の支援は、実はこれでもう4回目なのだ。さすがにウンザリする。

 ただ、その地域はまだネクストが戦場に出ていないからか、戦線をかろうじて維持できている、数少ない地域で、国家がそれを死に物狂いで保たせようとしているのは目に明らかであった。

 

 だが、そこは傭兵にとっては死地にちかい。

 フランス、イギリスと大西洋を基点とする企業、『BFF』。ドイツに本社を置き、東ヨーロッパへと進出している企業『ローゼンタール』がある上、アフリカには『イクバール』、ロシアには『テクノクラート』まであるのだ。

 

 そこに行けばいつネクストから襲われても文句は言えない。そもそも、ローゼンタールは自分の陣地が攻められているのだから、いつ怪物を放ってきてもおかしくないのだ。

 だが、そんな事を思ってウンザリしていた次の瞬間、二人にかけられたのは、思いもよらない言葉であった。

 

『ですが、今回あなた方は前線に出ていく必要はありません』

 

 前線に出る必要がない。その言葉は二羽の鴉を驚かせるに十二分に足りていた。このご時世だ。自分達傭兵は、いつも通り、消耗品のように前線に引っ張られるかと思っていた。

 だが、これはどういう事だ?前線に出る必要がない?

 レイヴンとしての勘が、これはきな臭いと告げていた。こういった依頼は、大抵変な事か、それとも途轍もなく面倒で嫌な事が起こるのだ。

 

 とはいえ、この依頼を受けない訳にもいかない。

 ネクストという、ACを上回る性能を持つ戦力を保持している企業からは、依頼は絶対といっていいほど来ない。だとすると、この崩壊しかけている国家のお偉いさん達の思惑に乗ってやるしかなかったのだ。

 

『主目的としては、旧ロシア方面より東ヨーロッパ方面へと輸送される、企業のAC部隊の排除です。3機編成であるその部隊は、地の利を生かした戦闘が得意のロシア軍を壊滅させた要因の一つです。起動前に破壊する事を推奨します』

 

 輸送部隊の撃破。あまりにテンプレートだ。だが、確かに普通ならこれは間違いなく安全な任務だ。最前線に出ずに、最大の戦果が期待できる。

 それでも、この依頼には裏がある。そう思わずにはいられないのだ。

 

「あまり釈然としないな。お前も、そう思うだろ?」

 

 もう一人の鴉から、声をかけられ、音声通信では分からないだろうに、苦笑いをしながら返事をした。

 

「これはもう、『騙して悪いが』の予感しかしないね」

 

 いつしか傭兵の間で広まった、『騙して悪いが』という言葉。

 報酬前払い、一生遊んで暮らせる程の金額、細かい事を伝えずにこちら任せ、敵の数が異様に少ない。そういった依頼には絶対に裏がある。その依頼を受ける奴を消そうとする、そんな黒いものが後ろにいる。

 そんな任務を総じて『騙して悪いが』といつしか言うようになり、更にはその任務に参加した者を抹殺する側として雇われた傭兵が、その言葉を言って襲い掛かるようになった。

 

 そんな依頼の予感がしたのだ。

 

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 

 降りしきる雪、いや、吹雪。それが視界をかなり狭め、150m先でさえよく見えない始末である。明らかに不味いものだった。

 まぁ、その代わりにジェネレーターの熱量に気を使わなくて良いのは救いだった。OB等で発熱したジェネレーターも、このまさに凍るほどの寒さによって冷却されるみたいで、機体が燃える事はなさそうだった。

 

「さて、そろそろ予定時刻だが…」

 

 蛇が出るか山猫が出るか…と、彼は続ける。

 どちらが出ても最悪なのは明らかだが、せめて蛇までで勘弁してくれと、密に祈る。

 

『レーダーに反応。目標の輸送部隊。想定よりも少ないですね…分けられましたか。とりあえず、接近する輸送部隊を撃破してください』

 

 どうやら出てくるのはどちらでもなく、悪魔か鬼らしい。

 露骨に嫌だという顔をしながら、右腕のレーザーライフルを見る。そして、これは取っておこうと思い、背中の武器を起動させる。

 最大8つの目標をロックオンできるそのミサイルは、二次ロックを終えると同時にトリガーが引かれ、轟音を響かせながらコンテナから射出された。

 彼の機体は、俗に垂直ミサイルと呼ばれるものを発射した。これは、機体から見て殆ど真上に発射され、敵機から見て降り注ぐように攻撃が行われるタイプのミサイルだ。ASミサイルや分裂ミサイルと並んで、避けにくいミサイルの一つであり、一回の射出量も結構多めなため、対AC戦ではかなり重宝する武装だ。

 

 爆発の炎があがり、前方は激しい吹雪にも関わらず、激しい焔がメラメラと揺れていた。

 しかし、これで終わる任務ではない事は誰もが理解していた。

 

『敵輸送部隊の中に、ACとみられるものはありません。別ルートを走行している敵輸送部隊を排除して…いえ、前言撤回します。高エネルギー反応多数接近。これは…ノーマルです』

 

 レーダーを確認すると、なるほど確かに敵機がいた。しかも、3機だ。私の機体はわざわざ高性能なレーダーを積んできたというのに、発見できなかったことを考えると、(この吹雪でレーダーの精度が下がっていたとしても)敵はECMを装備している事が容易に想像できた。

 

「ご丁寧に包囲陣とはな。...こいつら、まさか俺達がここに来ることを前もって知っていたのか?」

 

 輸送部隊の中から飛び出してくるとか、一方向から3機が襲い掛かってくるならまだ分かるが、このAC二機を囲むように来ているという事実は、情報がどこからか漏れていて、元からもぬけの殻の輸送部隊を囮としている、としか思えなかった。

 ネクストを相手取るよりかは余程気が楽であったが、この依頼主を殴りつけたいという思いに駆られるのは変わらなかった。

 

 3機のACは、その特徴的な見た目から一瞬でローゼンタール社製のものだと理解できた。特徴的な、といっても悪い意味ではなく、どこか気品を感じる見た目である。このような見た目に拘った製品を作るのは、ローゼンタール位しかないのだから間違いない。

 だが、どことなくあのACはおかしい。『動き』がではなく、『装備』がどことなくおかしいのだ。

 

 新型のエクステンションだろうか?外付けでシールドのようなものが、左右の肩部どちらにもつけられ、ただでさえ見た目のいいローゼンタール製ACが、更に騎士のような見た目に変わっている。

 また、その左腕に装備されているブレードは大型で、シールドとしても利用できそうだ。三機いずれも『軽量』

『中量』『重量』タイプと揃ってはいなかったものの、そのどれもが、謎の装備を付けていた。

 ともなれば、あのACは企業の新型だ。実験部隊か何かだろう。

 

 その場のAC全てが動いていなかった。いや、動けなかったのだろう。

 だが、それも企業側のACのうちの一機。『中量』タイプのACに乗っているパイロットが、通信を()()()レイヴン達に聞こえるようにし始めた。

 

 《ML(マラカイト)1から各機へ。これより、このMLシリーズの最終試験を開始する。試験内容は、ここまで生き残った鴉の()()だ》

 

 ()()

 

 《各機散開!一気に叩き潰すぞ!》

 

 その言葉と共に中量型(ML1)重量型(ML2)が彼のACへ。残りの軽量型(ML3)が私のACの前に躍り出た。どうやら、どちらが強い鴉かという情報はしっかり持っているらしい。自分の武装構成からして、あの軽量型はめんどくさい相手だと思ってしまった。

 一方、ML3からすれば、これほどまでにやりやすい相手はいないと言えた。なにせ、相手はレーザーライフルとレーザーブレードが主兵装。動いて、動いて、レーザーライフルさえ避ければ、あとはEN切れした相手を蜂の巣にしてしまえばいい。

 しかも、ML部隊からすれば被弾はさほど怖いものではなかった。

 

 さて、ML1とML2が向かった、レイヴンの方は一筋縄ではいかないようだった。近づけば恐れずにブレード、離れれば慌てずにライフル。二機でかかれば回避に専念、そして予備動作の少ないミサイルで攻撃。隊長は苦虫を噛み潰したような顔をした。これはとんでもないクジを引いたようだ、と。

 本社には伝えていないが、ここでやられるわけにはいかない。そう判断した彼は、鴉を狩るためのコードを入力する。

 

 《各員、コードの使用を許可する》

 

 《コード『Rabenjagd(鴉狩り)』孔雀の舞を見せてやれ!》

 

 そのコードを機体のパネルで入力した次の瞬間。ML1の機体のインサイド装備が起動した。しかし、それは武装ではなかった。その代わり、明るい緑色をした粒子が肩から漏れ出した。そして、それは、肩のシールド部分、左腕のシールド兼ブレードの部分からも漏れ出し、辺りに粒子を蔓延させた。

 

「これは…まさか、ネクスト…!」

 

 レイヴンは驚いた。孔雀達の動きがまるで変った。自分がミサイルを放てば、あの時見たあの機動性でミサイルを振り切る。ライフルを撃てば、孔雀は盾を構え、弾はそこに至るまでに消える。

 そして、何よりもだが、レイヴンの機体の表面が徐々にだが溶け、APが減少しているのが見えた。これでは、あのネクストを相手しているのと変わらなかった。しかも、この前はアンジェという山猫が、たまたま武士道精神を持ち合わせ、接近戦でしか戦闘をしようとせず、尚且つ二対一だったからこそ生き残れた。

 だが今回はどうだ?向こうは一対一。自分も二対一であった。アリーナランクで確かに1位の座を持っていた自分だが、このような化け物は苦手だ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 鴉達は騙された。だが、騙されたのは孔雀も同じだった。鴉は依頼主に、孔雀達は身内に騙されたのだった。

 

 もとより孔雀達は、AZシリーズの試験部隊である、サフィラスフォースのオマケ、もしくは予備にすぎない。ローゼンタール社としては、少しでも戦力になるならと、イクバールの殆ど子会社である、テクノクラートへの援軍として送った、所謂モルモット(実験体)だ。

 コジマ技術であるPA(プライマルアーマー)QB(クイックブースト)等の性能実験、そしてAMS(アレゴリーマニピュレイトシステム)の兵器転用の実験はAZシリーズで足りている。

 それでも尚、この哀れな孔雀達が作られたのは、彼らにはネクストACを使いこなすだけのAMS適正が足りず、もし乗れたとしても、すぐに廃人化するであろう()()()()()だったからだ。

 研究所でそう評された彼らは、仕方なしとも言わんばかりにこの実験ACに乗せられた。

 

 彼らからしてみれば、孔雀達は面倒の素で、ネクストに乗れないのならいらないものと同程度であった。それが戦果を上げれば万々歳と、ロシアの最前線に送り出した。そしたらどうだ?大戦果を上げて帰ってくるという。

 戦果を上げたのは確かに喜ばしいが、いつ自分達に牙を剥くか分からない実験体。それをホイホイと巣に返す程企業の老人たちは人が良くなかった。

 

 結果、わざと国家に対して孔雀達が帰るルートを輸送部隊のルートとして流し、鴉が迎え撃つように仕向けた。そして、孔雀には凱旋を待っている、と通信していた。

 彼らからすれば、どちらが倒れてもうれしいもの。むしろ、共倒れしてくれればハイタッチであった。

 

 

 

 だけど、孔雀の群れのリーダーは賢かった。

 最初から企業の上の連中の考えていることは、大体理解できていた。だからこそ、彼らが憎かった。だからこそ、この鴉との戦闘で負ける訳にはいかなかった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 前にも言ったかもしれないが、私の機体は中距離で真価を発揮するよう調整されている。以前の教訓を生かし、戦闘には必ず、今も装備している右腕武装『KARASAWA』を装備しており、高い火力の代償としてKARASAWAが持つその重量で、いつもよりも更に機動性が落ちていた。

 そんな私のACに、レーザーブレードを展開した孔雀が迫ってくる。避けられない。だが、諦めない。鴉として生きていくのに必要な、足掻く力の強さ。それだけは私は自信があった。

 

 《落ちろ!鴉!貴様らの時代は終わりだ!》

 

 どこのアニメのキャラクターだ。そうツッコミを入れたくなるのを必死に抑えつつ、私はレーザーライフルの照準を合わせる。マニュアル照準にシステムを移行させ、慎重に狙いを定めた。私は、あの肩のシールド状の物体が、スタビライザーの役割をしていると踏んだのだ。ならば、あの脅威的な加速をするとき、その瞬間にあの巨大なシールドを剥がせば、バランスを崩すのではないかと思っていたのだ。

 そもそも当たるか分からない上に、あのバリアがKARASAWAのレーザーすら無効化するかもしれないと、最悪のビジョンが脳裏をよぎるのに構わず、その瞬間をじっと待った。

 孔雀は、私が殆ど動かないのを見て、観念したと思ったのか、ブーストダッシュを使って前進した。ただ、私が持つレーザーライフルだけは警戒したのか、向かって右側のスラスターに、小さな光が見えた。あの瞬間だと、そう確信した。私の左側に回り込もうとする、その瞬間、死に物狂いでレーザーを放つ。

 

 カァアオッカァアオッ

 

 二発撃った。

 その内一発は、狙い通りエクステンション装備接続部に直撃し、相手の左装備を剥がす事に成功した。そして、もう一発は、まるで()()()()()()()()ように、何にも阻まれる事なく、ML3の左肩の装甲を融解させた。

 QBをする瞬間に、PA発生装置兼大型スタビライザーの役目をしていた、その大型シールドを失ったML3は、その機体バランスが崩れ、まるで人間がこけたかのように地面に激突し、2、3回転横に回って止まった。

 機体の肩の装甲が溶かされたこと、PA発生装置が破壊されたこと、そして今の衝撃によるダメージと、一気に大量の情報を脳内に入れたML3は、口から血を吐き出し、意識を朦朧とさせながら、佇む鴉を見てこういった。

 

 《この...化け物め》

 

 その言葉を聞いた私は、転がる敵機をみて、再びKARASAWAを構えた。今度はオート照準だ。機械の行う照準が、冷徹にコックピットが存在するコア部分を狙う。引き金を引いた。それは一回だけでよかった。

 

 

「こっちは終わった!そっちを援護する。待っていてくれ」

 

 急いで彼に連絡を送る。私は一対一だからあの狙撃ができた(勿論、相手が舐めて射撃をしてこなかったのもある)。だが、彼は二対一だ。いくら強いといっても、それは勝てるのか。私は恐ろしい事を思ってしまっていた。

 そして、それは通信をしてさらに強くなる。

 

「いや、その心配はいらない。大丈夫だ」

 

 妙に落ち着いた声だった。まるで、全てが終わったと言わんばかりの声。まさか、と思った私は、急いで彼のもとへと機体を向かわせた。

 間に合ってくれ。そう願った。

 

 だが、私を待っていたのは信じられない光景。ただそれだけだった。

 




ここで登場した孔雀達。お分かりの通りオリキャラです。
乗っているACの設定は、知っている方も多いかと思いますが、ローゼンタールの特殊AC部隊「サフィラスフォース」に配備されているAZシリーズを踏襲しています。

簡単に言うと、AZシリーズの改良型で、よりPAを全周囲に近い形で展開する事を目指したものです。

因みに、AZはアズライト。MLはマラカイトの略で、どちらも銅の二次鉱物という共通点があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

孔雀に対する模範解答

伝説のレイヴン視点です。

彼の強さは、みなさんの思うドミナントより、一回り弱い程度としておきましょう。
AC乗りの強さの基準は、一つではないのですから。


 二機の動きが変わった。

 あの時のネクストのように、瞬間移動染みた加速力で移動し、ミサイルを避け、ライフルの弾をバリアで防ぐ。

 何故ただのACのフリをしていたのかは分からないが、相変わらず反則級の性能だと、素直に思う。

 その性能に少し震えながら、それでも口はニヤリと笑う。

 

『面白い相手』

 

 それが彼が、目の前のAC二機に下した結論だった。

 あの緑色の粒子が機体を侵食し、表面装甲をドロドロに溶かす。それと同時に耐久値が継続して減っているという警告が、アラート音が機体内を圧迫する。

 こんな化け物の相手は、あまり好きではないのだが...と、彼は呟く。だが、それは苦々しい呟きではなく、むしろ楽しんでいる、そんな声である。

 

 二分経過した。未だ彼のACが、敵機に有効弾を与える事はできていない。ダメージを与えようとしても、あのバリアが邪魔をするのだ。

 だが、そんな彼はとある思い付きをした。それは、ゲームをヒントにしたものだった。

 

(バリアは無敵だが…大抵そのバリアがかぶさってない部分が少しだけあるとか、バリアにも有効時間とか耐久力があるのが常だ。なら、剥がしてやろうじゃないか)

 

 そして、ACの左背中に装備させているチェインガンを起動させ、右手に持つライフルとセットで、片方の機体―中量機であるML1―に攻撃を集中させた。

 最初は黙って攻撃を受けていたML1だったが、徐々に焦ったように回避運動をし始め、ML2が盾になるように出てくるようになった。どうやら自分の勘は当たっていたらしい。

 

 盾になるように割り込んでくる重量機を無視するよう、いつもより若干高い位置までジャンプする。

 やはりそうすると、相手は馬鹿みたいに、バーニアから炎を噴かして反復横跳びを行う。

 まるで対AC戦闘の初心者みたいな動き。それは、彼がいかに焦っているかを表すものだった。

 

 《あの鴉、この機体の弱点を知っているというのか!?》

 

 射撃を頭部に直撃した時の衝撃で、スピーカー機能でも壊れたのだろうか。敵部隊のリーダーらしいパイロットの声が聞こえた。

 レイヴンの耳は、彼の言葉の中にあった、『弱点』という単語を聞き逃さなかった。

 そして、追い討ちをかけるように、レイヴン自身のACの拡声機能もオンにして、まるで追い討ちをかけるように、相手に言葉をかけた。

 

「そうだ。俺は知っている。その機体の欠点も、弱点もね。そして、お前らがここに来る事だって、知っていたんだ」

 

 《なっ、本社の連中、そこまで我々を侮辱するか!》

 

 それを聞いてレイヴンは理解した。

 この依頼、敵味方両方が、お互いの上の連中に騙されたのだと。

 鴉は敵に情報を流され、待ち伏せを喰らった。孔雀は相手の強さについて、嘘の情報を掴まされた。

 長く傭兵稼業を続けてきたが、両方ともが騙されているというのは、中々ない事だ。

 その事実がおかしくって、レイヴンは笑ってしまった。

 

「ははは、なんだ、そういう事か!」

 

 《何を笑っているんだ、貴様…!》

 

 察しが悪い敵の隊長は、まだ何がなんなのか分かっていないらしい。

 だから、鴉は孔雀に丁寧に教えてあげる事にした。

 

「だからさ、騙されたんだよ。君達も、そして、俺達も。どっちもこの任務は騙されたのさ」

 

 《...!》

 

 やっと理解したのか、隊長機の動きが鈍る。そうしている間にも、レイヴンの機体の武装は薬莢を排出し、ML1に攻撃を浴びせ続ける。そして、ついにML1の機体に搭載されているコジマ粒子発生装置では、供給が追い付かなくなり、機体が纏うPA(バリア)が消失する。

 それを見たレイヴンは、ここだ!と言わんばかりに、自機のOBを起動させる。ML2からの攻撃を幾つか貰うが、それは必要経費だと割り切る。

 ブースターへの電力供給が完了し、一気に時速700㎞/hまで加速する。その殺人的な加速力で、身体がシートベルトに食い込むが、息を吐き出さないように歯を食いしばって耐える。そうして、ML1の機体が次第に近づいていき...。

 

 ブレードMOONLIGHTを展開、切り裂く。が

 

 《ははは、PAの弱点を突いたまでは良かったぞ、鴉!だがな!》

 

 孔雀の長は、横への緊急回避でそのブレードを避けていた。すんでの所で回避が間に合い、被害は装甲表面だけで済んだのだ。

 そのまま、硬直時間を貰っていたレイヴンは、逆に自分に向けて降られるブレードを目にした。

 

 《これが、鴉と孔雀の違いだ!消えろ!》

 

 前と後ろ、その両方から敵機が迫り、このタイミングでの回避はもはや無理であった。しかし、レイヴンは諦めない。

 相手の使っているのは、ブレードレンジが長いタイプだと、一瞬で見抜いたレイヴンは、瞬時に姿勢制御システムをマニュアルに移し、機体のバランスを()()()崩した。

 わざと操縦者によってバランスを崩された機体は、ステーンと転び、地面に背中を付けた。

 普通であれば、致命的な隙となってしまい、そのまま攻撃されて撃破されてしまうところだが、今回はこれでよかった。

 ブレードを起動した相手の機体は、ロックオンをしての攻撃だったのだろう。レーザーの刃を展開すると同時にブースターまで起動し、勢い良く、まっすぐにレイヴンの機体まで接近していたのだ。

 そして、ブレードをなんのコマンド入力も行わずに振ればどうなるか。それはレイヴンが熟知していることであった。そう、真横に振るだけである。四脚やタンク型はその限りでもないが、孔雀はいずれも二脚型のAC。絶対に横に振ってくると確信していた。

 

 《は!バランスを崩すとはな!貰った...!?》

 

 確信したと言わんばかりの、自信を持った声。だがしかし、その言葉は途中から急激にそのトーンを落としていく。

 孔雀の長が見たのは、倒れていく敵機。そして、自分のACと同じようにレーザーブレードを振りかぶるML2の機体で、スローモーションのようにゆっくりと時間が進んでいるように見え、次の瞬間には横に振られたブレードが、もはや殆ど無いに等しいPAを一息に消し去り、コアを溶かし、コックピットを溶かし、孔雀の長を溶かした。

 

 《た、隊長ぉぉぉおおおお!》

 

 ML2の叫ぶ声を受け取る者はもういない。いるとすれば、彼の目の前にいる鴉だけだ。

 鴉は、事が終わるのをじっと見ていた。そして、その全てが終わると同時に機体を立て直し、何事もなかったかのように直立した。

 

「あーあ、これじゃあもう、助かりっこないか」

 

 レイヴンが見た先にあるのは、ACの命であるコア部分が頭部ユニットとの接続部近くまで溶かされ、パイロットどころか、コックピットの原型すら残っていない、ただのガラクタに成り果てた"元"ACの残骸。

 ML2の機体は、レイヴンから殆ど攻撃を受けていなかったため、PAがかなり残っており、レーザーブレードの刃を減衰させることができたため、PAを消失させるだけで済んだ。だが、その減衰させるためのPAすら残っていなかった隊長機は、レーザーブレードをもろに喰らいその命を散らした。

 もとより、ただのACにコジマ技術とAMS技術を加えただけの機体だったため、装甲はレイヴンのACと大して差がなかったのだ。いや、むしろPAに頼っていたために、中量機の中でもかなり装甲は薄かった方かもしれない。

 

 《貴様…貴様貴様貴様ぁ!》

 

 壊れてしまったかのように、ML3が叫ぶ。彼の機体は、緑色の粒子を辺り一面に放出して、再びPAを展開させていた。

 そして、怒りに身を任せ、その機体が出せる全ての力、限界性能を引き出すため、AMSから機体に対しリミッターを解除するよう命令を送る。

 彼の機体内部に、アラートが鳴り響く。それは、機体への負荷によるものと、彼の脳にかかる負荷が異常な数値になっているというのを表す為のもので、これが鳴ったという事は必ずローゼンタール本社へと通達される。だがそれも、今の彼にとっては知った事ではなかった。

 

 特別な機体を与えられ、他の企業の援軍という、重要な任務すら与えられ、そして『凱旋を待つ』と本社の重鎮から連絡が来る。

 何が気に入らないのか、隊長は渋い顔をしていたという記憶があるが、それでも彼にとってはそれは自慢で、自分達が特別だと思うに足りるものがあった。

 

 そんな自分が、数段劣る性能の機体に搭乗する、時代遅れの鴉に、今や絶滅危惧種となってしまった鴉に遊ばれ、自らの手で仲間の、しかも隊長の命を奪う。そんな事は信じられなかったし、信じたくもなかった。

 

「何を怒っている?君が、その手で、殺したんじゃないか」

 

 レイヴンは気にせず彼に対して挑発を続ける。

 ML2の機体のブースターが炎を灯す。粒子が舞う量が増加する。機体の性能が、限界を超える。パイロットの精神は、機体に飲み込まれ、そしてAMSを介して意思が飲み込まれる。

 

 《黙れ》

 

 ノイズの走った声が、レイヴンを刺す。ML2の機体は右手のライフル、左背中のレールガンを展開し、射撃体勢に移行する。

 

 《黙れ黙れ黙れっ!》

 

 先程までとはまるで違う出力のQBを使用し、常にロックオンされないように動き回る。

 左、左、右、後ろ、左…ランダムな動きで常に動き続けるそれは、さっきまでの敵機とはまるで違うものだった。

 やっと楽しめそうだ。と、レイヴンは密かに笑う。

 そして、ライフルの射程ギリギリまで敵機との間を放し、小ジャンプと空中でフラフラ移動するという、独特な回避運動をしながら、つかず離れずの絶妙なバランスを保った射撃を行う。

 俗に言う『引き撃ち』という技術だ。

 

 《何故、何故当たる…何故、何故当たらん》

 

 ロックオンが前方にしかできないという、ACのその特異なFCSの機能を用いて考案された、熟練レイヴンの戦闘技能の一つが、その引き撃ちであった。

 相手を最大限視界内に入れられるよう、自機と敵機の間の距離は自分の持つ兵装の射程ギリギリに。そして、離れすぎないよう、近づかないよう、ブースター等で距離調整をしつつ射撃を行うそれを使用し、いくら横に動かれても、機体を少し左右に向きを変えるだけでロックオンを継続できる。そんな状況をレイヴンは作り上げていたのだ。

 そして、敵の機体の攻撃はこのフラフラとした動きで、弾を避けるのだ。いかに二次ロックをしたとしても、撃った後の弾は誘導できないのだ。

 

 《くっ、うぅっ、ゲホッゴホッ》

 

 低いAMS適正の為、限界性能を引き出し続けたML2の脳はもう焼けきれそうな状態であった。彼は刺し違えてでも殺すという、そんな意味を込めて、短期決戦の為リミッター解除に踏み切ったのだが、レイヴンはそれを知っているかのように、わざとこの戦闘を長引かせるように逃げながら射撃を継続していた。

 身体の内部の血管が破れ、息ができなくなることを防ぐために咳をすれば、その喉から血が吐き出され、機体内部を汚す。モニターや計器に血がかかり、目という感覚器で受け取る分の視界は悪くなった。

 だが、もう精神の殆どを機体に託した孔雀は、機体のメインカメラと脳の視覚がリンクし、外が見えるようになっていた。

 

 《貴様だけでも…道連れにしてやる…》

 

 呪いともとれるようなその言葉は、レイヴンを震え上がらせるには全くもって足りなかった。もし、レイヴンが今の言葉でビビっているようならば、これまでの戦闘を生き残る事ができなかっただろうから。

 

 撃ち続けた結果、やっとの思いでPAを剥がしたレイヴンは、それに合わせてQBの回数が目に見えて増やしてきた孔雀を見て、確信を得た。

 バリアは剥がす事ができ、射撃によってそれはできる、と。

 すぐさまレイヴンは、ライフルを誘導性の高い垂直ミサイルに変更し、二次ロックを完了させて発射させると、残弾僅かになったチェインガンと、撃ちっ放しであったライフルをパージした。そしてパージした右腕武装の代わりに、非常に連射がきく、イクバール製ハンドガンを格納スペースから取り出す。

 

 放していた距離を一気に取り戻すため、OBを起動させ、インサイド装備でECMを展開、相手のロックオンを阻害する。

 そうして、相手がロックオンできずに慌てている間に接近する。

 

 《来るなっ、来るな!化け物め!》

 

 そう叫んだ孔雀は、苦し紛れにレーザーブレードを展開しようとする。が、その展開しようとした瞬間。レイヴンの機体の左腕武装MOONLIGHTが高出力のレーザーを吐き出し、孔雀の左腕を奪った。

 機体の左腕を奪われた孔雀は、AMSを通して、そのダメージ、喪失したパーツ、攻撃手段、相手の攻撃の威力などなど、数々の情報が一気に押し寄せた事からの負荷としての痛み。そして、機体に近づきすぎた結果、AMSにより痛覚までもが機体と一体化し、あたかも自分の左腕が本当になくなったかのような、そんな痛みを味わっていた。

 痛みによって発狂寸前だった彼は、目の前にいる鴉に対し、ライフルを乱射する。AMSによる恩恵は、今となってはただの地獄、もしくは拷問と化していた。

 

 《グハッ。まだだ…まだ死ぬわけには...》

 

 再び血を吐き、痛みと脳への負荷により衰弱してしまった彼は、ACの操縦桿から手を放し、朦朧とした意識の中でレイヴンの機体へと、スクリーンに映るレイヴンに、ACのメインカメラを通じて映るレイヴンに手を伸ばす。

 彼が動けと命令しても、逃げろと言っても、なんとかしろと叫んでも、もう孔雀は、孔雀石は動かない。

 

 レイヴンは孔雀の脚部をブレードで切り裂くと、地面に仰向けになって倒れた孔雀に向け、ハンドガンを構える。

 先程のアレを見るに、時間経過で回復するあのバリア。それが再展開する前に、この機体を潰す必要がある。

 そう判断したレイヴンは、なんの躊躇いもなく、引き金を引いた。

 

 ガガガガガ

 

 30発入っているそのハンドガンを撃ちきると、そこにあるのは穴だらけになったコアから、油とも血とも判別のつかない、赤いような、橙色とも言えるような、そんな液体を流す鉄屑だった。

 

 冷えた目でそれを眺めていた彼を現実に呼び戻したのは、パートナーからの通信だった。

 

「こっちは終わった。そっちの援護に向かう。待っていてくれ。」

 

 彼の機体構成と、敵のACの装備の相性は最悪とも言える。

 じゃんけんで表すなら、パーに対してグーで挑むようなそれを撃破したという彼は、急激に成長していると見て間違いなかった。

 流石に疲れたレイヴンは、せっかくの彼からの通信に、思わず素っ気ない態度を取ってしまう。

 

「いや、こっちは心配いらない。大丈夫だ」

 

 これほどまでに疲れたのはいつぶりか。そう考えているうちに、レイヴンはシートに身を委ね、居眠りをしてしまった。

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 私が彼のいた戦場について目にしたのは思いがけない光景であった。

 

 ブレードによりコアが溶かされたACが一機。左腕が切断された上で、コックピットが穴だらけにされてしまったACが一機、そこに転がっていた。

 そして、何より目を引くのは、停止して動かない彼のACだった。

 装甲で阻んではいるものの、度重なる攻撃で傷だらけになったその機体は、見た目は無事でも、中身(パイロット)まで無事とは言えなかった。

 

「起きろ!起きろよ!」

 

 今来たと伝えても、返事がない事に心配になった私は、いよいよ通信機に向かって怒鳴りだした。流石に彼がたまらず起きて返事をし、私はホッと息をついた。

 

「うぅん?あぁ、君か。申し訳ないが、君の分の敵はいないぞ」

 

 別にいらない。と、苦笑しながら返し、迎えの輸送部隊が来るまで寝てろと言っておいた。

 そして、AC運搬車輌が来るまでの間、私はゴミ拾いという名の、宝探しという名の、パーツ漁りをすることにした。

 

 

 

 そして、この日拾うパーツこそが、私が『鴉』ではなく『妖精』と呼ばれるようになる原因であった。




感想くれる人がいて、お気に入りが二桁になって、嬉しくて完成させちゃった。
後悔はしてない。反省はしてる。

アンジェを早く書きたい(切実)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自由な鴉でありたい

アンジェは武士道のままでいきますね。
その方が真改と絡ませやすいですし。

もうちょっとでリンクス戦争編突入ですね。
今回の話は、起承転結でいう『転』になりますので、少し話の雰囲気が変わります。




今歴史の教科書に載っている、国家解体戦争だが…あれ、戦争が起こってから終わるまで、どれくらいかかったと思う?

一年?いいや、違う。二年!?増やしてどうすんだよ!...もっと短い。

 

いいか、一ヶ月だ。いや、正しく言うなら一ヶ月足らずってところか。まぁ、これも別に正しい期間じゃないがね。

戦争の勝者が決まったのは、三週目の木曜日だ。どうだ?これは教科書では教わらないだろう?

 

俺や、その当時からの生き残り達は、その戦闘が行われた場所を『円卓』と呼んでいる。

その理由を教えてやろう。その日、我々に何が起きたのかを。

 

 

 

 

 

 

~戦争勃発から15日目~

 

この戦争の結末は、もう既に決まっているようなものだった。国家がそれぞれ保有していた戦力は、企業の持つ戦力『ネクストAC』によって壊滅的な被害を受け、既に企業に屈した国がいくつもあった。

それでも、私たちの仕事が無くなる事はないのだ。もはやこの地上にいる鴉は26人となり、その生き残ったレイヴン達も、これから山猫の狩りによって数を減らしていくだろう。

だが、私達鴉の時代はいよいよもって終わりに近づいているらしく、戦場を転々とする中、企業の部隊による奇襲攻撃も目立ってきた。そのせいで、私達はこれまで頑張ってくれた輸送機を失い、それに乗っていた整備士達も死んでしまった。

 

「約束されていた、軍からの弾薬補給はナシ。燃料は敵ACやMTから奪えてはいるが、大規模な修理は望めない。こりゃ詰んだか」

 

「そもそも依頼してくる国家が減っているのもあるしなぁ。企業が俺達を雇ってくれるとも思えん。だが、どうにかして生き残る方法を探さなくては。」

 

私達は、いなくなってしまった整備士の代わりに、自分のACを修理し、弾薬を入れとかなくてはならなかった。こんな風に自分のACを整備するのは、レイヴンになりたての頃以来であり、なんとも懐かしい感覚におちいっていた。そんな中、こういった世間話をするのである。

 

あの三機を撃破した後、一週間が経った今日までに、私達は様々な依頼を受けてきた。

一つ目は補給基地の防衛。これは中々楽だった。想定外の事が、敵のMTが地中進攻してきた事ぐらいだったからで、そのMT自体はそこまで強くもなく、一瞬で片付いた。私達がいなくなった後で、その基地が再び攻撃されようが知った事ではないので、報酬だけ貰ってあとは逃げた。

 

二つ目は敵爆撃部隊の撃破。空を埋め尽くすほど多い爆撃機まではなんとか撃破する事ができたのだが、その後に出てきたもう一つの物体が問題だった。

それは、あえて言うならUFOのようなもので、プカプカと空を浮かんでいると思ったら、いきなり極太のレーザー砲で攻撃してきたのだ。後から聞いたところ、あれは『フェルミ』というレオーネメカニカ製の飛行要塞らしく、あのネクストと同じバリアを展開し、高威力のミサイルやレーザーで砲撃してくるという恐ろしい兵器だった。

その任務は弾薬の関係で撤退せざるをえなかったが、あのまま戦闘を続行していたとして、撃破できたかと言われれば、かなり厳しいと言わざるを得ない。

 

他にも色々とあったが、最も印象に残ったのは、やはりネクストとの戦闘だろう。

戦場に取り残された、二個戦車大隊の撤退支援に行ったところ、なんと戦車部隊を攻撃していたのがネクストだったのだ。戦車の砲弾も、ACの射撃武装も効果がないように見えた時、一週間前、企業のAC相手に二対一の状況で、余裕の勝利を見せた彼が全兵士にむけて通信を行った。

 

「あのバリア...プライマルアーマーは射撃をしていればすぐに剥がれる。当てることだけに集中しろ!プライマルアーマーさえなければ、俺達の攻撃でも通る!」

 

その言葉を聞いて、戦車部隊は一発の火力ではなく、当たりやすい近接信管機能が付いた、対装甲散弾へと弾種変更を行い、私達もそれぞれガトリングとチェインガンを中心に、プライマルアーマー-以下PA-を剥がしに向かった。だが、そのネクストはPAを剥がすように戦った瞬間、戦車を数両撃破したら逃げるように去っていった。

 

____________

 

 

そして今日。再び依頼が秘密通信によって送られてきた。

輸送機に乗っていたのは、整備士達だけでなく、オペレーターもそうだったので、もはや依頼を整理してくれる者すらいなくなっていた。

 

『今回の目標は、敵部隊の殲滅となっています。こちら側の戦力は、今その時点で生き残っているレイヴン全員。相手の戦力は、ネクスト一機以上となっています』

『本作戦において、こちらから詳細な説明はございません。そちらに戦闘は任せます』

 

いかにも馬鹿にしたような説明。またか、と言いたげな彼に、私も賛同しない訳がなかった。

恐らくだが、私達レイヴンを全滅させられる状況を作る代わりに、国家側の重鎮達は、保身の約束でもしたのだろう。最も、その約束も守られるのかは知らないが。

 

「だが、今日行かなくとも、じきに俺達は世界から姿を消す事になる。文字通りな」

 

「今行って死にに行っても、後から殺されに来られても、どちらにせよ、変わらない。かぁ」

 

ネクストの参加した戦場での、レイヴンの死亡率は異常だ。軽く90%を超えている。ただでさえ、この間の戦闘で死にかけ、なんとか生き残ったのである。その命をわざわざ無くすなんて、そんな無駄な事はしたくない。

しかし、時代がそれを望んでいる。私はロマンチストではないが、どの道私達の時代は終わった。それだけの事だ。

 

「なぁ、知っているか?」

 

彼が口を開く。

考えている間に、スープを作ってくれたらしい。冷える夜には嬉しい一杯だ。

 

「『In The Myth,God Is Force.』という言葉」

 

「英語か?…『神話において、神とは力の事である』ねぇ。どこかの哲学者の言葉か?」

 

「俺も人から聞いた言葉なんだが、そいつが言うには、昔、俺達と同じ様な傭兵が言った言葉らしい。だが、どこの神話から引っ張ってきたのかも、分からないらしいがね」

 

「へぇー。ACがない時代の傭兵なのかね」

 

「たぶんな。だが、その言葉を言った傭兵は戦車兵だったらしいが、MTが登場した時に、時代からその名を消したって話だ」

 

その話の流れからするに、MT乗りでも、そんな事を言った奴がいたに違いないって言いたいのだろう。そして、そいつも俺達レイヴンによって消された。

つまり、今度は俺達の番だと。そう言いたいらしい。

 

「だけどな。そいつはこうも言っていたらしいんだ。『好きなように生き、好きなように死ぬ』とな」

 

「『誰にも縛られず、誰にも指図されずに』か」

 

まさに傭兵、と言うべき言葉。だが、それは今の私達にピッタリの言葉であった。

昔の傭兵はこんな毎日だったのだろうか。

そんな風に考えていたら、同じスープを持って隣に座った彼が、まるで少年のように笑いながらこちらに聞いてきた。

 

「どうだ?どうせ最後なんだ。昔の傭兵みたいに、暴れて、足掻いてみないか?」

 

その言葉に吸い込まれるように、私はついていく事に決めた。彼のその言葉は、強制力はないはずなのに、まるで誘蛾灯のように人を引き寄せる力を持っていた。

 

「好きなように、な」

 

依頼主が指定した日にちまで、あと4日ある。その間に準備を整えなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私達は最も必要としていたものである、弾薬を入手するために、とある場所にある物資集積所へとACを動かしていた。

この集積所は企業のものではない。そう、国家側の軍の物資集積所なのだ。私達は、あの依頼をよこしてきた彼らを味方扱いする気はもうなかった。

 

《そこのAC、止まれ!レイヴンネーム、登録ナンバー、を答えよ》

 

「言うのか?」

 

「まさか。じゃ、行こうか」

 

問いかけてきた兵士の言葉を無視し、私達は進む。繰り返し通信が入るが、それも無視する。煩かったので、チャンネルを切ってしまった。

すると、通信設備が故障していると捉えたのだろうか。兵士は、拡声器を持って、私達に叫んでくる。

 

《とまれ!止まらないのなら、こちらも行動を起こさないといけない》

 

その叫びは、確かにACの集音機能によって聞こえていたが、それでも返事はせず、ただひたすらに集積所に進む。

兵士は、こちらが応答しないのを見て、無線機にむかって怒鳴り始めた。

 

「流石にこちらから仕掛けるのはナシだ。まずは相手に一発撃たせる。その後は」

 

「自由、ね」

 

「そういう事」

 

集積所の倉庫から、二脚型のMTが数機出てきた。そして、120㎜対戦車砲を積んだ、軍隊の最新鋭戦車まで出てくる。空にはヘリコプターがわんさかと浮かび、こちらが完全に包囲されていると言わんばかりだ。

MTが積んでいる機関砲が、こちらに向く。戦車の砲塔がこちらを捉え、コックピットがあるコアを狙っているのが分かる。

殺意を向けられる。恐らく、こんな時に企業以外と戦闘は極力避けたい。もしくは、レイヴンはこちらの味方ではなかったのかと、そう思っている事だろう。

張り詰めた緊張感の中、全く話に応じない私達に、完全に敵意を向けたのかどうか知らないが、相手の部隊長が声を張り上げた。

 

《全機、一斉射撃開始!正体不明機への攻撃を開始せよ!》

 

その声と共に、私と彼は、それぞれ別の方向に、OBを使って逃げ始めた。

一瞬のチャージ時間の後に、元いた場所に砲弾が次々と着弾し、岩と地面を抉る。後ろをちょっと見れば、そこだけ不自然に地形が変わっていた。

MTや戦車は確かに火力は高い。ACも火力はあるが、一発の威力であれば戦車に劣るし、射撃の安定性であればMTが勝るに違いない。勿論、一部の例外を除いてではあるが。

 

では、ACが他の兵器よりも優れている点は何か。それは、機動性の高さである。

ネクストの機動性には流石に及ばないとしても、通常のブーストでさえ、機動性特化機体であれば最高で時速500㎞以上でるものもあるし、OBを使用すれば800kmは平気で出るのだ。

そんな機動性は、戦車は勿論、元が作業用重機であったMTにも不可能なもので、戦場では未だにその機動力は通常戦力にとって脅威である。

 

《くそっ、当たっているのか!?》

 

《散弾だ!まずは散弾で動きを止めるんだ!》

 

近接信管は、流石に避けるのが難しくなってくるので、そろそろ仕掛け時かと判断する。右腕に持っていたリニアライフルと、左肩に装備したマイクロミサイルを起動させ、ロックオンを開始する。

恐らく、戦車の中ではロックオンアラートが鳴り響いている事だろう。

 

リニアライフルから、高速でHEAT弾が発射される。二次ロックをしてから発射されたその弾は、戦車に吸い込まれるように直撃し、一発で大破まで持っていった。

戦車は、正面装甲こそ分厚いが、天板は装甲が薄くなっており、どれだけ分厚くても80㎜の鉄板を貫通できる砲なら撃破が容易だ。その点、ACはその10mほどある全高を生かして、殆ど真上から攻撃ができる。

ミサイルを攻撃ヘリに向けて照準し、6機をロックオンしたところで発射する。ヘリは回避運動を試みたようだが、当然避けられる訳もなく、全てが直撃し撃破する。

 

MTは、別のもう一機のAC、彼の機体によって撃破されていた。

小さくブーストし、ピョンピョンと跳ねるようにして移動しながら、MTを一機づつ丁寧に破壊していく。

高い衝撃力を持つ弾薬を発射するハンドガンと、レーザーブレードを主体にした近接戦闘で、敵を翻弄し、撃破数を伸ばしていく。

 

二分後には、駐屯地内の全ての部隊を撃破し終わり、物資を回収しようとした時。その時であった。

 

《救難信号が出たもんだから、何事かと思って来てみれば。なんと、こういう事だったか》

 

自分達から見て西に400mほどの所に、ACが立っていた。いや、佇んでいたと言うべきか。

そのACには脚はなく、戦車と同じ、キャタピラを装備したもので、いずれのパーツも重装甲のものであった。武装も大型の強力なものばかりで、バズーカやプラズマキャノン、グレネードキャノンなど、かなりの重武装だ。

こんなACを乗るレイヴンは一人しかいない。Aランク6位のレイヴン、クレイトンだ。

人探しを数年間続けている彼は、傭兵の中でも比較的常識的な人物で、人情溢れる…まではいかないまでも、少なくとも非情なものではなかった。

 

《今は企業を落とすために協力する。そういう話ではなかったか?》

 

彼もネクストとの戦闘を2回行い、見事に生還しているのだ。これだけでもかなりの腕前だという事が分かる。だが、それでも私達は怯む事はない。

 

「先に補給の約束を破ったのは国家だ」

 

「それに、俺達を捨て駒のように扱っている。というのも気に食わん。あの依頼、見ただろう?」

 

補給の話については唸ったクレイトンであったが、続いて私が口にした、『依頼』の話を聞いて、彼は急に声色を変えて聞いてきた。

 

《依頼?なんだ、それは。わしはここ三日間何も依頼らしいものは来ていないが…》

 

それは、怒っている声ではなく、ただただ困惑している声であった。そんな彼の言葉に、私と彼は、話をしてみようという気になり、昨日来た依頼の内容について話してみた。

生き残っている全レイヴンを投入し、企業の新兵器『ネクスト』を撃破するという作戦が伝えられた事。

作戦の詳細は決められておらず、全て傭兵である私達に委ねられているということ。

お決まりの如く、報酬金が莫大であった事。

 

《なんと、そんなものがあったとは…だが、わしの所にはそんな通信なかったな。いや、違う依頼はあった!駐屯地を順に周りながら、適当に暴れている連中を撃破しろ。だとか…》

 

「全部お見通しだったってことか」

 

《成程な。どうやらこの戦闘、どちらにとってもいい事はないと見える。どうだ、ここは一つ、矛を収めるとしようじゃないか》

 

戦闘モードを終了させ、巡航モードへと移行した事を通信越しにわざわざ証明したクレイトンは、そのまま私達の下へとACを走らせてきた。

そして、せっかくだから。と、燃料や弾薬を駐屯地で補給した後、三人で現状の確認をする事にした。

 

クレイトンは如何にも老兵といった出で立ちで、剥げてはいないものの、その白髪が年齢をよく表していた。髭はボサボサで、少し顔がいかつい事さえクリアすれば、赤と白色の服を身にまとい、プレゼント一杯の袋を担いでサンタの真似事ができそうだった。

そんなクレイトンを前にして、私達が言ったのは、企業の思惑についての考察であった。

 

「あの連中は、きっと、俺達を生贄にして生き延びるつもりなんだ」

 

「ふむふむ」

 

「だが、俺達もむざむざ奴らのために死ぬつもりはない。だから」

 

「だから、手始めに彼らが君達に送るのを渋った物資、それを得るために、この駐屯地を襲った。そうだろう?」

 

その言葉に私達二人は首を縦に振った。いかに私達が20を超えた大人だとしても、クレイトンにとっては、子供とも言えるくらいには歳が離れていたため、妙に貫禄があった。

クレイトンは決して私達を否定せず、頷き、時には共感してくれた。

 

「なるほどな。別の奴も妙な依頼が多いとは言っていたが...まさか、本当に、国家の連中は我々鴉を盾にするという訳か」

 

「散々レイヴンのお陰で甘い汁を吸ってきたってのにな」

 

「だが、確かにそりゃ、奴らがやりそうな事ではあるな。それに、わしが聞いた依頼はどれも...どうも、ネクストとかいうのに、鴉をぶつけようとしているようにしか思えん」

 

米神を押さえ、「うぅむ」と、クレイトンは唸った。どうも、心当たりがあるらしい。

そして、沈んでいく太陽と、自身のAC、そして、私達二人をそれぞれ見た後、暫く目を瞑って一人黙って考えたような恰好をした。いや、まぁ、実際深く考えていたのだろう。

だが、その後の行動は早かった。

 

「よし!じゃあ、お前たちの事を信じるとしようか!」

 

「え!?それでいいのか?」

 

流石に耳を疑う話であろうに、彼は清々しい程ににっこりと笑って、私達の肩をそれぞれ掴んで、背中をバシバシと叩いて言った。

 

「わしも何者かの陰謀で死にたくはないんでな。どれ、お前たちのその依頼、いつに行われるんだ?それまでに準備をしようじゃないか」

 

クレイトンの異様なまでのノリと、その調子に、少し違和感を抱き、調子が狂うような気になりながらも、私は心の底で少し喜んでいたのかもしれない。

その話し方は、私の死んだ祖父にそっくりだったのだ。

 




前回拾ったパーツは、まだ使えません。まともに修復ができていないのでね。
リンクス戦争編に入ってから、使う予定です。

あと、最初に溜めてたストックが、切れちゃいました。
これからは少しペースが落ちるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦前夜

UA数が500を超えた!嬉しい!

今回は準備回。戦闘ないけど、次がガッツリ戦闘になるから!




 それから三日間は、途轍もなく忙しかった。

 企業は取り合ってくれないのは承知の上だったので、裏ルートを使い、武器商人を使ってACのパーツを調達した。ついでに、使わないパーツを保管できる、倉庫も借りておいた。ここまでで二日間丸々使った。

 

 次に、別の傭兵にも連絡を取ろうとした。が、どいつもこいつも、戦闘中なのか、それとも死んじまったのか、通話に出る事はついになかった。

 後から知った話だが、そもそもその時生き残っているレイヴンに、私の顔馴染みはいなかったらしい。要するに、先にぽっくりと死んじまったって事だ。

 

 つまり、ネクストに対して、ちゃんと連絡を取り合い、連携して戦闘に望めるのは、この人数以上はいないという事だ。厳しい以上だというのがこの状況なのだが、それでも、生きるためにはやるしかないのだ。

 3日目である今日は、対ネクスト戦闘に関して、知っていることを共有し合うというものだった。

 

「俺達が遭遇したやつは、プライマルアーマーというバリアを張っていて、それがある間、全く射撃武装が役に立たなかった」

 

「ふむ、それはわしの戦場のネクストも同じだな。有効打にならず、なにか、プラズマ波のようなもので阻まれるようだったが...それがPAというものか」

 

 感心したように、クレイトンは頷いた。存在自体は知っていたが、流石に名前までは知らなかったらしい。そして、別に名前を知っているだけではないだろう?と、ニヤリと笑いながらこっちを見てきた。

 

「ああ。勿論、対策だって探した。だけど、魔法みたいなバリアを魔法のように、即()()()ようなものはなかった。だけど、めんどくさいとはいえ、()()()方法はある」

「ACや、戦車などの戦力でも、持っている攻撃手段を使い続け、当て続ければ、あのバリアは剥がれる。剥がせば、ネクストの装甲に攻撃が当たる事は確認済みだし、同時に、ネクストのパイロット『山猫(リンクス)』も、それを恐れているらしい」

 

「なるほど、連続攻撃が鍵だったか」

 

 そこまで聞いて、少し疑問に思った事ができた。私達は幸いにも、機動戦重視の機体だったために、瞬間火力重視の武装を選んでいた。それ故に、マシンガン等の継続して攻撃を当て続ける事ができ、PAを剥がす事が可能だった。

 だが、クレイトンの機体はバズーカ等の単発重視の武装で構成されている。しかも、私達とは異なり、相手の攻撃を避ける事はできない。では、どうやって生き残ってきたのか。

 

「クレイトン、あなたは、どうやってネクストとの戦闘を乗り切ったんですか?」

 

 私がした質問に、クレイトンは苦笑交じりに話し始める。

 

「ふむ、それなんだが...相手が自ら撤退した。というのが一番正しいのだろうな」

 

「は?自ら撤退したのか?」

 

「おう。どうも、弾切れでもしたのだろうな。わしの機体じゃあ、避ける事はできないから、できる限り回り込まれないようにして、バズーカとかで、爆風によるダメージを狙ったよ」

 

「ん?爆風?ダメージは与えられたか分かるか?」

 

 彼はどうも、クレイトンの機体が、ネクストに対して有効打を与えたかどうかが気になるようだった。まぁ、それも仕方ないだろう。私達とは全く異なる方法で、ネクストに有効打を与えられるのなら、そちらに作戦を移してもいいのだから。

 クレイトンが言うには、バズーカやグレネードキャノンなら、致命傷にはならなくとも、ダメージなら与えられるとの事だった。

 映像で、射撃によって相手のフレームを損傷させた所を見せてもらった。

 

 この映像を見て確信できたのは、ACが一瞬でAPを削られる程のダメージであれば、ネクストのPAを貫通してダメージを与えられるという事である。

 つまり、私の機体に装備してある、重レーザーライフル『KARASAWA』なら有効打になるという事だ。そして、クレイトンによれば、スナイパーライフルやプラズマキャノン、レーザー系射撃武装は、PAに阻まれずにダメージを与えられたという報告もあるという。

 

「山猫退治も夢物語じゃなくなってきたな」

 

 とは、彼の談である。

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 ~レイレナード社 ネクスト専用輸送機内~

 

 コジマ汚染を引き起こす、ネクストを輸送するためだけに作られた、専用輸送機。その中で、ネクストのコックピット内で食事を取っていた女性がいた。

 アンジェである。

 本当なら、機体内では食事をしたくないと思っている彼女でも、現在、いつどこで作戦が展開されるか分からない戦争中であるため、下手に完全にネクストを停止させる訳にもいかず、そのせいで、外に出ればコジマ汚染で身体が侵食される。という状況なので、仕方なくサンドイッチを機体内で食べているのであった。

 

 丁度、彼女が食事を終えた時、その時を待っていたと言わんばかりのタイミングで、通信が入った。

 連絡主が誰か確認すると、本社の連中だった。定例会議でも開いているのだろう。気分が若干落ち込みながら、通信を開いた。まさか、無視する訳にもいかないのだ。

 

 《もうすぐ、この戦争は終わるだろう。アンジェ、君の戦果は、全企業のリンクス内でも最高だ。戦争が終われば、君の待遇は更に良くなるだろう》

 

「はい、ありがとうございます。では、次の戦闘はいつどこで行われますか?」

 

 これ以上待遇なんて良くしてどうする。と、アンジェは思いながら返事をした。

 ネクストを動かすには、その莫大な情報量を処理するために、機体と脳を接続するAllegory-Manipulate-System(アレゴリーマニピュレートシステム)―略してAMSシステムが必要不可欠なのだが、実はそのAMS、適正というものが必要なのだ。

 AMSは、脊髄や延髄を通じて脳に直接データを送ったり、その逆も勿論あるのだが、その処理能力は、先天性のもので、鍛えたり習得する事はできないのだ。

 だから、リンクスになるためには、運や実力ではなく、その適正が必要だという事であり、しかもその適合者はかなり稀な事から、元々リンクスは相当に待遇が良かった。それは、アンジェのように優れたリンクスでも、彼女の弟子のような存在である、真改のようなテストパイロットであってもだ。

 

 その待遇は、軍で言うのなら、上級将校クラスのものであり、割り振られた部屋だって、ホテルのスイートルームの数段階上といえる程だ。

 なのに、それ以上なんてどうしろと思うのは、至極当然であった。

 

 《君はもう既に、かなりの数の鴉を殺してきたと思うのだが…まぁいい。次の作戦が、この戦争において君の最後の戦闘になるだろう》

 

 最後の戦闘。その言葉に、アンジェは少し俯いた。

 この戦争にてアンジェは、全リンクス中、ノーマルACの撃破数がトップであった。レイヴンとして名を馳せた猛者達をことごとく斬り伏せ、地に叩き落としてきた。

 だが、それも全て、あの時のレイヴンに出会うため。

 

 鴉が出るという戦場に迷わず駆けつけ、あのエンブレムを探した。

 機体構成が如何に変わっていようと、大抵のレイヴンは、エンブレムだけは変えることはないからだ。

 しかし、どんな戦場に向かっても、あのレイヴンはいなかった。

 

 《次の作戦は、残った鴉を殺処分するため、全企業合同の下、全てのレイヴンに対して一斉攻撃を仕掛ける。現在残っているレイヴンは、奇妙な事に、我々の保有しているリンクスと同じ26人だ。つまり、ネクスト一機につき、レイヴン一匹を相手する計算だ》

 

 白々しい。アンジェは心の底で舌打ちをする。

 恐らく、レイヴンが26人になっているのは、偶然もあったとしても、どう考えても国家内部と、企業上層部の思惑が絡んでいるとしか思えない。

 だとすれば、この戦争の全貌が見えてくるというものだ。恐らくこの戦争は、企業がリンクスを表に出すと同時に、レイヴンという、一定以上の力を持った集団の削除。そして、自分達が生きやすいように国を無くすなんていう意味があるのだろう。

 そして、国家の上に立つものは、その権力と金とコネを使って、企業の庇護を受けながら生きながらえる。

 

(全くもって、馬鹿馬鹿しい)

 

 《君とベルリオーズには、スウェーデンに行ってもらう》

 

「スウェーデン…ですか?BFFは何も言わなかったのですか?」

 

 スウェーデンと言えば、BFFの本拠地付近だ。しかも、BFF社直轄の工場も数多くあるはず。なら、あちらのネクストが対処するのが普通なはず。

 

 《言っただろう?本作戦は全企業合同でのものだ。こちらの誠意を見せねばならん。それに、相手も相当な強者なのだ。君の望む通りだろう?》

 

「っ…!」

 

 つまり、上層部が言うには、スウェーデンのとある地に、現状残っている中で一番ランクの高いレイヴンと、それと一緒に行動している奴を呼んでおいたから、確実に仕留めろという事だった。

 だが、アンジェが気味悪がったのは、そこではなかった。

 彼女は名前も知らない、()()()()()()()を探してはいた。もう一度剣を交えるために探して、探して、その為に鴉を何人も殺してきたが、まさかそれがバレているとは夢にも思っていなかった。彼女は、自分のポーカーフェイスに割と自信があったのだ。

 それを見破られたという事実こそが、最も気味が悪かった。

 しかし、ランクが高いレイヴンと共に行動するというのなら、もしかすれば、アタリなのかもしれない。その考えだけが、アンジェを動かす原動力にはなっていた。

 

「その…相手のレイヴンの機体は分かるのか?エンブレムだけでもいい」

 

 せめて相手だけでも、知っておきたいというアンジェの思い。その言葉を聞いて、一人の幹部がファイルから二枚の写真を取り出した。

 一枚は、レイヴンのトップに立つ男。レイヴン名 Unknown(U.N.オーエン)。機体には、鴉を咥えた鴉のエンブレム。共食いを表しているソレは、まさしくレイヴンという職業を良く捉えていた。

 だが、アンジェの目当てはそちらではない。

 二枚目こそがそのお目当てだった。AランクNo.9のその男こそが...

 

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 

「スウェーデン…ねぇ。なんで、BFFの支配領域にわざわざ行かなきゃならないのかね」

 

「さぁ…。まぁ、所詮は生贄だ。どうだっていいんだろ」

 

 私達は、スウェーデンへと向かうため、民間の輸送船を装って海の上に浮かんでいた。ACは裏ルートの運び屋に頼んで、空の便で送ってもらっていた。

 さて、何故スウェーデンに向かわなくちゃいけないのかと言えば、国家から指定された場所がスウェーデンだからだ。

 正直言って、わざわざ出向いてやる義務も義理もないのだが、どうせここで向かわなくても、山猫が狩りにやって来るのなら、いっそ自分達から向かって行った方が気持ちがいいという、なんとも馬鹿みたいなものだった。

 

「しっかし、今ここでも寒いってのに…向こうはもっと寒いんだろうなぁ。なんでいっそのこと、イギリスとかにしてくれなかったんだ」

 

「あのなぁ、お前さん。イギリスじゃあBFFの本拠地じゃねぇか。そしたら万が一脱出できても死ぬだけだぞ」

 

「寒くて凍え死ぬのと、射殺されるのと、どっちがいいのかね」

 

 もはや私達はこんな会話をするばかりで、生き残る事は考えていないようだった。

 それもそのはず。港で聞いた話では、フランスの方でACとネクストの戦闘らしい話を聞いたのだ。企業側が勝ったという話で、ACに乗っていた傭兵達は死んだらしい。

 ともなると、次は自分達だと思うのも仕方がないというものだ。

 

「向こう着いたら、とりあえず美味いもんでも食って、そしたら次の日に戦闘だな」

 

 クレイトンはかなり落ち着いていた。彼自身、踏ん切りがついているのだろう。もう、いつ死んでも別にいい。そういうものなのだろうか。

 死ぬのは怖い。だから死にたくないと思うのが人間だが…クレイトンからは、どちらかと言うと、諦めのようなものを感じる。

 

 鴉の時代は、終わるのだと悟っているかのように。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 20:34

 

 スウェーデンの港に着いた私達は、適当な宿を取って、食事をした。外の寒さとは全く違い、温かい食事。

 ロールキャベツとえんどう豆のスープは、その温かさが身に沁みるようで、スープの味も少し濃いのが気になったくらいだった。

 スウェーデン料理という事で、若干恐れていたシュールストレミングであったが、私達が来た南部の方ではあまり食されないようで、周りでも食べている人は全くいなかった。というか、アレは誰かが食べていたら気づく程の臭さだから、気にする必要はなかったようだが。

 

 クレイトンはビールを山ほど飲んでいた。二日酔いにならないかと心配したが、彼は元々ロシア人であったらしく、酒の強さには自信があるらしい。周囲の客と飲み比べをしているところを見ると、明日殺し合いをする人間にはとても見えない。

 

 私ともう一人のレイヴンは、隅っこのカウンターで密かに二人で飲み食いしていた。

 彼はグロッグとかいうワインを飲んでいたが、私は生憎酒に弱いので、度数が小さいものを頼んで飲み、アップルパイとチーズケーキを食べていた。

 

「今回の戦闘…恐らくだが、数で勝る事は不可能だと思う」

 

 彼が話したのは、明日の戦闘の事。私達が当初考えていた、多数対1の状況を作る事による、集中砲火は、できないだろうという話だった。

 

「この間、企業側が正式に発表した、ネクストの数だ。実戦に投入できるだけで、26機あるらしい」

 

「待ってくれ。ネクストが、26機だって?それじゃ…」

 

「ああ。今生き残っているレイヴンは、26人。おまけに、昨日起こった戦闘で、また二人減っているらしい。という事は、企業は鴉一匹につき、一匹の山猫を送っている、もしくは、送れる余裕があるって事になる」

 

 恐ろしい話だ。

 とてもじゃないが、私はネクストと一対一で勝てるとは到底思えない。

 この間のネクストもどきのAC。それでさえ、私は目で追いかける事が精一杯で、なんとか高出力のKARASAWAがあったから生き残れたというのだ。

 それなのに、あのACよりも数倍濃い濃度で展開されるPA、絶え間なく使われるQB。そして、降りかかる高火力。どれを取っても、レイヴンが使うACよりも数段強力なソレは、私程度で勝てるとは思えなかった。

 現に、私より高ランクのレイヴンが何人も死んでいた。

 

「だが、それでも、一機につき一機のネクストが来るだけで済むはずだ。なら、まだやりようはある」

 

 彼が言う事の意味が分からなかった。ACが、ネクストに単騎で勝つだって?

 確かに、私もネクストを撃破する事はできるかもと言った。だが、それは複数でかかればだという話で、彼の言う一人でではなかった。

 

「元々、俺は二対三を想定していた。勿論、ネクストが三機でな。だけど、クレイトンのおっさんがいるから、更に楽になると思ったんだ。だから、夢物語ではないって話だ」

 

 無茶苦茶だ。

 

「そもそも、俺はあのレイレナード社強襲任務で気づいていたのさ。あいつらに有効な攻撃が。それはお前も分かるだろう?」

 

 知っている。ブレードだ。確かにそうに違いない。だが、だからといって勝てるというものではない。

 

「確かに、危険だとは分かっているが、ネクストを撃破するのに最も有効なのはブレードだ。それをするしかない」

 

 私の気持ちとは反対に、彼の口からは、ネクストに対抗するための策がペラペラと出てくる。

 ショットガンを使って、少しでもPAを薄くしてからブレードで切り裂くだとか、FCSについている、ブレードのホーミング機能を利用した、高火力兵装の射撃だとか、射突型ブレードで一発で決めるだとか。

 その言葉の奔流に、ついに私は口を開いてしまった。

 

「そんなの…無茶だ。無理だ。対ACなら、途轍もなく有効なんだろうけど、それは、ネクストにやるには...厳しすぎる」

 

「だが、やるしかない。俺の勘が正しいなら、あの時のリンクスは必ず現れる。その時は...そいつは君に任せる。俺は...あの山猫共のトップ鼻をへし折らないと気がすまないんだ」

 

 そう言うと、彼はカウンターに酒の代金を置いて、借りた寝室へと向かっていった。その背中は、どこか、寂しそうだった。

 

 彼が言う、あの時のリンクスが誰かはすぐに分かった。

 その言葉が信頼によるものか、駒として言われた言葉かは分からないが、それでも私は戦わなくてはいけない。

 鴉の時代がたとえ終わっても、死ぬのだけは私はごめんなのだ。

 




次で序章はラスト...かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月下の剣舞

みなさん明けましておめでとうございます!

私は学生なので、課題やったりテストやったりしてたら、こんな日にちになってました…
というか、今回は区切るのが難しくて、いつもの二倍ぐらいになっちゃったのが遅くなった要因ですかね



 目が覚めた。

 ベットから起き上がり、洗面所に行って顔を洗う。冷える朝に、冷たい水を浴び、背中が震える。

 適当に温かい服装に着替え、食堂へと朝食の為に向かうと、既に彼はいた。

 

「おはよう。いよいよだな」

 

「ああ。とりあえず朝食だ。どこぞの戦闘機パイロットが言うには、出撃前は避けた方がいいとか言ったそうだが、エネルギーは必要だ」

 

「その通りだな。腹が減っては仕事はできぬ、だ。日本の諺にもそういう言葉がある」

 

 そう言って、出されたキドニーパイとフルーツスープ食べる。

 昨日と同じく、温かい食事だったが、味はあまり感じなかった。決して薄いという訳ではなかったが。

 

 その後、クレイトンが起きて、同じように朝食を取ったら、宿代を支払い、コートを着込んで街へと出る。まだ朝の早い時間で、一般のサラリーマンでさえ、まだ家にいて寝ているような時間である。

 こんな時間に何をするかと言えば、そう、ACの受け取りである。

 路地裏に入り、角を3つ左、右、右の順番で曲がったところの突当たりに立っている、煤色のコートを着た男がいる。その男が、クレイトンに手で合図をしながら

 

「ビリヤードは?」

 

 と問いかけ、クレイトンは同じ手合図をしながら

 

「ナインボールで」

 

 と答えた。

 それを聞いて、私達は顔を見合わせると、煤色のコートの男に着いていき、この路地裏には不相応な扉の中に入った。

 そこは、傭兵御用達の運び屋集団『渡り鳥』のスウェーデン支部であり、全世界の拠点に通じる彼らの秘密基地であった。

 彼ら『渡り鳥』は、バックには大きな組織があるという噂があったが、実際、自分の目で見てみれば、なるほど確かにそれが納得できるだけの設備があった。

 私達が来たことを煤色のコートの男がカウンターで伝えると、2分程で大柄の男が出てきた。

 

「レイヴン、よく来てくれた。俺は一応、この支部のトップをやっている者だ。別になんと呼んでくれても構わないんだが...大抵のやつは俺の事をチコニアって呼ぶ。まぁ、適当に呼んでくれや」

 

 チコニアは、それから荷物の事について話してくれた。

 私達が戦場にしようと考えているポイントから、およそ5㎞ほど離れた地点にある倉庫を町工場のように見た目を改装し、それの中に運び入れたという。よくもまぁ、そんな事をしてバレなかったものだ。

 

「頼まれてた武装も、そこに運び入れておいた。整備も完璧なはずさ」

 

「何から何まですまないな」

 

「いいってことよ。それに、この仕事が俺達の最後の仕事になっちまうかもしれないんだからな」

 

 少し寂しそうにそう話したチコニアは、私達から少し目を逸らした。

 チコニアの言う通り、この戦闘が終わったら、傭兵(レイヴン)という職はお払い箱になるに違いない。戦力には、企業が自前で持っている『ネクスト』を使えばいい。雇われの鴉のような、不確定要素を戦力として使う必要はなくなるのだ。

 そうなれば、傭兵相手に仕事をしていた彼ら『渡り鳥』は、苦しい生活を強いられる事になるだろう。まさか、企業が彼らに依頼をするわけもないのだ。

 

「ま、俺達ができるのはここまで。後は、お前さん達レイヴンの仕事だ。…今朝方アフリカ北部で戦闘があって、またレイヴンが二人死んだんだ。お前さん達合わせて、もう22人しか鴉はいないんだ。俺達の仕事を減らすなよ」

 

 死ぬなと念を押された私達は、そこの職員達から、次の依頼に使える『割引チケット』なるものを渡された。

 その職員は言葉にこそ出さなかったが、チコニアと同じく、ビジネス的にも、人間的にも『死ぬな』と私達に思ってくれている事が嬉しかった。

 

 移動は民間の列車を利用する。

 人目に付きやすい場所の方が安全な時も、時にはあるという事だ。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

「結構いいガレージじゃないか」

 

 着いてみれば、かなりの規模のガレージで、AC三機が並んでいても全く窮屈ではない程の大きさだった。

 流石に、整備士はいないが、それでも整備に必要な道具や、頼んでおいたAC用のパーツや弾薬はしっかりと置いてあった。

 このガレージは、チコニアから壊してしまっても、何をしても構わないというお墨付きをいただいておいたので、作戦の中にはこれを利用する事も含まれていた。

 

「決行は今夜23:25より行う。では、各自食事を取るなり、ACを整備するなりしてくれ!」

 

 クレイトンは大声でそう言った。私達は、クレイトンを含め全員が、ACの整備に走った。勝てる戦いではない事は―一人の例外を除いて―分かっていたが、それでも、少しでも確率を増やすために、可能性を生み出すために動いていた。

 まずアセンブルだが、今回も前回と変わらずでいいだろう。こういう時は、自分の慣れた機体で行くのが一番良いと考えている。

 よって、中量二脚で、EN伝導効率の高い腕を使い、武装は射撃戦では『KARASAWA』とグレネードキャノンを利用し、クレイトンの機体によって証明された、火力でPAを壊す方法を使い、接近戦になれば、チェインガンとブレードを使って()()()()する。ちなみにミサイルは使わない。というより、使っても当たらないから、使う意味がないのだ。

 

 次に、FCSだが、今回は横長型のものにしておく。素早いネクストは、ロックオンする事さえ難しいので、少しでもその機会を得るためである。

 イクバール製の縦長型FCSは、ロックオン速度は速いのだが、陸戦がメインの中量二脚では使いにくいし、その横幅が狭いサイト内にネクストを捉える方が困難だ。ロックオンサイトの横幅という点では、レイレナード製FCSは優れていた。ただ、消費ENの多さだけは問題だったが...。

 

 アセンブルが終わって、弾薬の補充を行い、細かい調整としてスタビライザーの配置、頭部AIに搭載するチップ、機体にかける、細かなチューニング、その他色々あるが、そういった調整を終えた頃には、既に作業開始から7時間を超しており、すっかり辺りは暗くなっていた。

 やる事は終えたのだから、ここで休憩してもいいのだが、なんとなく、身体が落ち着かなかった。

 戦闘前に、これほど落ち着かなかったのは、レイヴンになる時のあの試験の時以来だろう。あの時は、まさかこうなるとは思ってもいなかった。私は、親が負の遺産として残した、多額の借金を返済するために鴉になったが、ついに借金を返し終わる事はなかった。借りていた先が別のレイヴンが起こした戦闘で壊滅的被害を受け、倒産したからだ。

 

 私は金銭的に得をしたのだが...そのレイヴンが、私の両親と同じ会社から借金をしており、返済が間に合わないからという理由でそこを襲撃したという事を後から知り、人生は思いがけない事が起こるものだと、痛感したものだ。

 だから、山猫が戦場の王になっても理不尽だとは少しも思わなかった。

 少し、寂しい気がしただけだった。

 

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 

 23:20。作戦決行の時だ。

 私達三人は、既にACのコックピット内に入っていた。暖房をガンガンに効かせた、暖かいコックピットで、鴉としての最後の仕事にかかるため、私達は今か今かと待機していたのだ。

 そもそも、なぜこの時間かというと、この付近に、企業の物資輸送車両が通るという情報を掴んだからだ。どうも、工場へ輸送する途中らしい。

 それを襲撃すれば、ネクストが現れる。それが一機なら袋叩きに、複数いれば、その時はその時だ。

 

「よし、そろそろ来るぞ。全機、ACを戦闘モードに移行だ。各自出撃」

 

 クレイトンが威勢よく言ったのを合図に、キーでAIに指示を飛ばし、巡航モードから戦闘モードへと移行させる。

 ロックオンサイトがモニター上に現れ、武装のロックが解除され、引き金を引けば、すぐにでも射撃ができるようになった。

 遠隔操作でハンガーの扉を開け、ACを外の世界に出す。視界は最悪で、夜の暗闇と、降りしきる雪のせいで、目の前は通常のカメラモードでは目の前を見ることすら覚束ない。

 なので、私はACのヘッドパーツに搭載されている、夜間戦闘用の暗視モードを起動させた。緑色のモニターに、綺麗に街の家々の輪郭が映っていた。

 

 ペダルを踏み、操縦桿を傾ければ、ACが歩き出す。そして、レーダーを起動させ、目標の輸送部隊を探す。

 ブースターを使い、散開して目標を捜索する。

 5分ほどたった頃だ。

 

「北西に反応多数。おそらく、目標のトラックだ」

 

 私の右横にいた彼が、熱源反応を探知した。数は3だそうで、輸送部隊にしては妙に少ない。ここはBFFの支配領域なので、別に分散させてコソコソと進む必要性は薄い。だとすると…

 

「いや、待て。その三つの反応から、更に三つ、熱源反応が出た。異様なほど、移動速度が速い。こいつは、ネクストだ」

 

 彼の少し笑い気味のその言葉を聞き、私とクレイトンは自分のACのレーダーマップを見た。確かに、トラックであろう反応から、もう一つの反応が出てきたような動きで、確かにこちらに向かってきている。

 その速さといったら、トラックやMTどころか、ACの機動戦特化機よりも遥かに速い。

 

 数秒後、私達の前方に、眩い光を纏った機体が三機、猛スピードで突っ込んでくるのが確認できた。その内、二機は見覚えのあるエンブレムを付けた機体で、もう一機だけは見たことがない機体だった。

 だが、その一機というのはクレイトンは見覚えがあるようで、彼が単騎で遭遇したネクストの一つだったそうだ。

 

「どうだ?俺の言った通り、3機で来ただろう?」

 

「あまり本当になって欲しくはなかったがね」

 

 そう言うと、三人は三手に分かれた。普通に考えれば、3機で一体を集中攻撃して撃破か撃退を狙うのを繰り返す方が効率がいいはずなのに、だ。

 でも、その戦い方は嫌だったのだ。ここに来たネクストは、彼らそれぞれに因縁のある機体だった。

 一機は、山猫のランク1。

 一機は、師弟。

 そして、最後の一機は「鴉殺し」であった。

 

 

 ____________

 

 

 

 気の乗らない作戦は、たった一枚の写真によって、彼女にとっての価値が180度変わった。

 それは、あの時のAC。

 

 恐ろしく強いわけではない。単純な強さであれば、彼の相方だという、レイヴンのトップである男の方が上だろう。

 精神的な強さが優れているわけでもない。資料によれば、友人の戦死でシェルショックになった事があるらしい。傭兵としては致命的だ。

 機体が特別な訳でもない。他のレイヴン達となんら変わらない、企業製のパーツを使ったACだ。

 

 では、何が彼女の目を惹いたのか。それは、彼の戦闘に惹かれたのだ。

 決して強くはない。だが、戦闘中の相手の動き、味方の動きを見て学び、瞬間的に活用する。その成長力。

 ネクストの絶対的な強さを見せつけられても、手持ちの武器で抗う、その姿。

 傷を負っても、武器を失ってもなお、戦を継続するその力。それは彼女の心を打つに足りていた。

 

 銃に頼らず、剣による戦闘に拘り、社内でも異端児として扱われていた彼女は、その戦闘が美しいと、そう感じていたのだ。

 だからこそ、彼女は拘った。彼と戦う事に。そして、彼を自らの手で葬る事に。

 

「だから、あの鴉は、私が殺す」

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 目の前のネクストは、私が初めて敵として出会ったネクストだ。それは今、世界で最もレイヴンを仕留め、『鴉殺し』などと言われ、レイヴンからは恐れられ、企業からはもてはやされているのだった。

 そんな機体は、美しい濃紺色に染められ、普通なら主兵装になるであろう射撃兵装を手に持たず、レーザーブレードを両手に装備していた。

 

 銃ではなく、剣で戦う。はっきり言って古臭い戦い方だ。

 剣では銃に勝てない。ずっと昔の戦争からそう言われている筈なのに、その姿勢を崩さない。あのネクストに搭乗しているパイロット―リンクス―である彼女は、その戦闘スタイルに強い思い入れがあるのだろう。

 

『お前をずっと追っていた』

 

 彼女からの通信。それは、私に対する言葉にしては、随分と大層なものだった。

 

『そのために、私は世界を駆け巡った』

 

 私は強くない。相方や、クレイトンと比べれば、レイヴンとしても、人としても弱い。

 

『だが、貴様のような強者はいなかった』

 

 私の戦闘はただ、生き残るための戦闘。そのためには手段を選ばないだけ。他のレイヴンとは違う。

 

『だからこそ、私はお前を殺す。お前を殺して、初めて私は「鴉殺し」を名乗れるのだ』

 

 熱がこもったその言葉は、彼女が戦場に酔っている事を示していた。私にはそんな気持ちはない。死ぬ恐怖があるだけだ。

 

『この間と違って、今回は邪魔が入らない。だから』

 

 彼女のネクストが戦闘態勢に入った。両手の剣を構え、今にも飛び込んできそうだった。

 

『殺すわ お前を』

 

 そして、私のACが武器を構えると同時にブースターを起動。懐に入ろうと飛び込んできた。

 

 

 私の射撃兵装はKARASAWA。クレイトンの言葉と、ネクストもどきとの戦闘で立てられた、『PAも超火力は防げない』という仮説に基づいた武器だ。

 レーザーライフルの中でも最強の火力を有しているこれは、ネクストもどきが展開していたと思われるPAが、無いもののように扱われていた。今にして思えば、PAがあるというのによく弱点狙撃なんてしようとしたものだ。

 消費EN以外に殆ど欠点がないそれをネクストに向け、放つ。

 

 カァオ カァオ

 

 という、特徴的な音を出しながら、高速でそのレーザー弾は空を切るように飛んでいく。が

 

『なんだ、その弾は。当てる気があるのか?』

 

 さも当然のように()()()()()()()()()()()()。高速どころか、光速で飛来するレーザーは、避ける事が難しいではすまない。発射される前に、相手の銃口の向きから弾道を予測しなければまず不可能だ。それだというのに、彼女は発射してから回避行動をとり、見事に避けた。

 これがネクストの機動力によるものなのか、それとも彼女の反射神経が成せる技なのか…いや、おそらくその両方だろう。

 

 こうして避けられてしまうのであれば、もはやKARASAWAは、ひたすらに重く、ENを消費するだけの役立たずになり下がる。なので、右武装はパージ。肩に格納されていたブレードをサブアームで引っ張りだし、装備する。

 それを見て、彼女は嬉しそうだった。…声色からすればそうとれた。

 

『ACには右腕のレーザーブレードはないと聞いたが?』

 

「あぁ、特注品だ。貴女との戦闘なら、必要でしょう?」

 

 あの運び屋に“あれば買う”と言ったのだが、彼らは「作るから買え」と返してきた。

 結果的にブレードが手に入ったからよかったが…余計に金がかかってしまった。

 

『やはりお前は面白い。さぁ、今度は私から行くぞ!』

 

 ネクストのメインブースターが火を噴く。通常の機体よりも、出力が強化されたそれを装備した彼女の機体は、一瞬の間に時速1200㎞まで加速した。ACの機動戦特化機体の最高速度が時速600㎞オーバーに収まっている事を考えれば、異常とも取れる速度だ。

 まさに私が瞬きをする間に近づいてきたネクストは、右手に持っているブレードを横に振る。紫色の極厚の刃が迫る。

 

 急ぎサイドブースターを起動させ、左へと無理やり回避行動をとる。勿論そうすれば姿勢が崩れ、まともに行動できなくなる。

 その隙を彼女が見逃す訳がない。

 

『どうした?その程度なのか?』

 

 右のブレードを振った態勢のまま、更にネクストはブースターを使って再度私のACに向かって突撃する。今度は左のブレードを使ってだ。

 だが、態勢が崩れていてもできる事はある。火器管制システムをシャットダウンさせ、エネルギーに余裕を生み出す。ENの消費量が減ったためにできた、余分なエネルギーを使って、OBを使用する。

 機体のエネルギーをメインブースターに集中し、爆発的な速度を生み出す。

 ネクストと比べ、明らかに低い耐G設備によって、私に途轍もないGがかかるが、歯を食いしばって耐える。溶かされるよりはずっとマシだ。

 

 ただ、少し遅かったらしく、グレネードキャノンに損傷を受ける。砲身が真っ二つに折られ、まともな射撃はもはや不可能だろう。

 

「くっ…」

 

 火力でどうにかするのは不可能に近くなった。ただのデッドウェイトと化したグレネードキャノンをパージし、機体を軽くする。

 

『浅いか…なら次だ』

 

 再び突撃してくる彼女の機体に、私はゾッとした。あの連撃をどうにか押さえないと、私に勝機は1%だってないだろうと思ったからだ。

 彼女は袈裟と逆袈裟を交互に行い、双剣という特徴を上手く活用している。これには、剣士としての彼女の腕もそうだが、おそらくネクストに搭載されている、AMSも関わっているのだろう。

 残念だが、ACにはあの動きはできない。

 

 だが私は地を這う猫ではない。空を飛ぶ鴉だ。

 

『…!上か!』

 

 バックブースターを使用し、後ろへと移動しながら上昇する。そうすれば、近接機に対してすこぶる有効な、引き撃ちの態勢だ。

 火器管制システムを呼び起こし、すぐさまチェインガンを起動させる。ロックオンサイトが出現し、ネクストを捉える。流石にネクストにもブレードを振った後の硬直時間はあるらしく、1.8秒程固まっている。

 それだけあれば十分だ。

 

 チェインガンから無数の弾丸が射出され、ネクストへと殺到する。が、どれも致命傷を与えるには至らない。ネクストが周囲に展開させている、PAがあるからだ。

 小ジャンプを繰り返し、なんとか次の斬撃も回避するが、これも何回も続かないだろう。

 

『その両手の剣は飾りか?なら、斬らせてもらうぞ』

 

 チェインガンは効かず、KARASAWAは当たらず、グレネードを撃とうと構えれば斬られ、ブースターを幾ら噴かしても逃げきる事は不可能。対AC戦闘で有効だった引き撃ちも、ネクスト相手では殆ど意味がない。

 なら、やはりこれしか倒す術はないのだろう。

 

 ネクストが斬りかかると同時に、チェインガンをパージ急ぎ後ろに回避行動をとる。

 その場に置き去りにされたチェインガンは、爪楊枝のように、いとも簡単に真っ二つにされてしまう。だが、それによってネクストは攻撃後の硬直が生まれる。

 だが、通常のブースターによって行うブレードホーミングでは、間に合わない。そこで、OBを使用して近づき、左腕のブレードを振りぬく。

 PAがまるで存在しないかのように、ブレードはネクストへと吸い込まれるように向かう。

 

『そうだ!それでこそだ!』

 

 私の振ったブレードは、ネクストの装甲の表面を浅く掠る程度だった。が、それでも彼女の闘志を昂らせるに十分足りていた。

 彼女の攻撃は更に増していき、それを紙一重で回避する。本当にスレスレで、少しでも遅れたり早かったりすれば、たちまちチーズのように切り裂かれてしまうだろう。

 それだけは避けたかった。

 

 いつかの戦闘を思い出し、ネクストが横へ瞬間移動をする時、その瞬間にOBを使い、同じように横に移動。

 流石に速度は違うが、それでも、ただ移動するよりはずっと速い。ENの消費も、ブレード以外に武器がないためか、割と余裕がある。

 

 ネクストの機動にも目が慣れ、追いかけれるようになる。

 いつかの時と同じだ。違うのは、最強の鴉がそばにいないことだけ。傍から見れば、大きな違いだが、この場においては些細なことだ。

 

 戦闘がヒートアップするにつれて、お互いに余裕がなくなってきた。私のACはAPがもう残り40%を下回っており、腕こそ無くなっていなかったが、コアや頭部は損傷があった。

 対して彼女のネクストも、大きな損害はないが、細かい傷が増えてきたように見える。すれ違いざまの斬り合いで、肩の武器が破損し、投棄した事以外は殆ど見た目に影響のある損傷はない。

 これだけ損害に違いがあるのは、技量もあるのだが、やはりPAによるリーチの差があった。

 

 PAがある限り、ブレードレンジギリギリで斬った位では、刃がPAによって無力化されてしまうため、どうしても私は密着する位まで近づく必要があった。対して彼女は、私にはPAのようなものがないため、レンジギリギリでも斬撃をする事が可能だ。

 私にはこれを覆す事が可能なほどの技量も、機体性能もなかった。

 

『足掻いてもいい...無駄だから』

 

 ACにダメージが蓄積し、これならあと一撃で屠れると確信したのだろう。両腕のブレードを展開し、斬り込んでくるネクストの姿があった。

 私は勿論逃げようとしたが...

 

『避けさせない』

 

 今まで使わなかった、ネクストの肩武装。それが今使われた。

 音もなく放たれたそれは、ロケット弾のようで、恐らくそれの着弾による衝撃で足止めするタイプだと悟った。それを見て、私はバックジャンプをし、ギリギリ避けた。が、それは間違いだった。できるだけ離れるか、後ろを向いてOBで逃げるべきだった。カウンターを狙ったのが運の尽きだったのだろう。

 

 そのロケット弾はフラッシュロケットというタイプで、所謂閃光弾だった。メインカメラを閃光が焼き、パイロットの視力を保護するために、モニターはブラックアウトした。目の前の光量が元に戻ってから数秒しないと、これは元に戻らない。

 急いでレーダーを見るも、ECMの効果もあったのだろうか。全く機能していなかった。

 

『さぁ、どうするレイヴン...』

 

 彼女の声と、音は聞こえた。

 それが分かった途端、私は集音マイクの機能をオンにした。元々は歩兵を探すための機能だが、この状況において、立体音響は何よりも心強いものだ。

 ネクストはまっすぐに向かってきていた。真正面から堂々と。なら、やりようはある。

 

『終わりね』

 

 ブレードを振るフレームの音が聞こえる。右と左、両腕のフレームが鳴り、殺意の刃が近づいてくるのがすぐに分かる。

 だが、まだ諦めるには早い。まだ何かある。生き残る方法はあるはずだ。

 諦めるのは、その後だ。

 

 エクステンション装備を起動する。

 私が今回装備したエクステンション装備は、あの時と同じ装備。そう、イクバール製の近接散弾兵器だ。敵機との距離がブレードが接触する位に近い今なら、確実に当たる。

 迷わずトリガーを引く。PAを貫通する事が不可能でも、なんとか削って、衝撃力で止まる事を願った。

 肩に装備されていた外付け装甲のようなそれは、前方に向き、多量の散弾を一気にばらまく。距離が距離なだけに、その殆どはネクストに当たる。近距離すぎたことと、ブレードによる攻撃中だったことが、ネクストの回避行動を阻害したのだ。

 続けてトリガーを引き続ける。三回目のトリガーで、何発かが機体に到達する。四回目で完全にPAが消滅し、大多数の弾が命中する。これならいける。そう思った瞬間だった。

 

『やはり、お前は美しい...だからこそ、私は負けられない!』

 

 肩散弾による衝撃力では、ネクストを止める事は不可能だったらしく、そのまま両腕が振られる。相手がこちらの攻撃を回避できなかったように、私もこの攻撃を完全に避ける事は不可能だ。

 ようやく回復した視界をフルに活用し、後ろに下がるのではなく、前に出る。OBを起動し、全力でだ。

 すれ違いざまに私のACもブレードを展開し、お互いに斬り合う。

 私から見て右側に走り去りながら斬り、相手のネクストは右肩のフラッシュロケットを破損し、私は左肩半分がなくなった。

 

 振り向き、一合、二合と斬り結ぶ。その度にお互い傷が増えていく。だが、勿論私のACの方が格段に深い傷をだ。

 機体性能だけでなく、剣士としても私は彼女の足元にも及ばないという事だ。ACでの近接戦闘が苦手だったという事もあり、それは当たり前と言ってはなんだが、それでも、負けたくはない。負けたら死ぬから。

 

 死にたくはなかった。

 勝たなくていい。負けなければいいのだ。

 

 今までビビっていたが、深く斬りこむことにする。どっちみち、そうしなければ勝てない。いや、こちらだけ損害を受けて死ぬだけだ。

 だから、ブーストを多く使い、相手の懐まで潜り込む。その際、右肩の装甲がなくなったが、止まらない。止まったら死ぬ。

 右のブレードを使う準備をする。ブレードは展開されない。なぜなら、右のブレードはレーザーブレードではないからだ。ブレードとは名ばかりで、実際はパイルバンカーとも言うべき代物だ。

 ショートカットキーを用い、右腕のブレード『射突型ブレード』を構える。姿勢制御はコンピューター持ちだから、機体の機動だけ私は考える。

 

 右にフェイントを仕掛け、まっすぐOBを一瞬使う。ブーストを切り、左に少し姿勢を崩す。そして、そのまま向かって左側に突っ込み、相手のコアに向けてブレードを振る。

 ACの腕が相手の装甲に当たり、ガリガリと音を立てる。その感触に、思わずニヤリとする。

 トリガーを引く。射突型ブレード内で炸薬が起爆し、ブレード、いや、『杭』が放たれ、ネクストの装甲を抉る。

 手応えは確かにあった。だが、彼女から放たれたのは、非情な言葉だった。

 

『左腕がやられたか』

 

 私が射突型ブレードをフレームに当てる際、瞬間的にサイドブースターを使って避けたのだ。

 だが、ほんの1秒にも満たない時間だけ足りなかったのだろう。私の放った射突型ブレードは、たしかにネクストを貫いた。

 ネクストの左腕を。

 

『では、お返しだ』

 

 残った右腕のブレードで、ACの右腕が斬られる。

 彼女は、あのタイミングなら私を殺せたのに、そうしなかった。

 逃げるなら今がチャンスだった。

 

『逃げるか?それもいい。でも…』

 

 悟られていた。殺気の有無でバレたらしいが、どんな技術だ。と、悪態づく。

 そして、ネクストの残った片方の腕である、右腕を私に向ける。まるで、まだ決闘は終わっていないと言うように。

 私は立ち上がり、機体の頭部をネクストに向け、装甲越しにそれをにらむ。昔、日本にいた時の友人と決めた言葉を彼女に投げかける。何故だか、彼女はその言葉を知っているように感じたのだ。

 

「でも、前を向かぬ者に、勝利はない!」

 

『...っ!』

 

 OBを使い、一気に距離を詰める。ネクストからも、OB特有の変わった音がする。レーザーブレードの出力を最高にまで上げ、最大限威力が高まるようにし、この一撃に全てをかける。

 この一合でこの勝負は決まる。彼女の機体のブレードも、刀身がかつてないほどに分厚く、長くなっている。

 

 双方同時に動く。当然、ネクストの方が速いが、すれ違いざまに斬るだけだ。速さは関係ない。一瞬のタイミングをはかるのに、目と脳、そして鴉の勘を頼るだけだ。

 接近する。その距離、僅か8m。機体の全高が10mほどのACとネクストが戦闘するには、普通なら近すぎる距離。

 その距離で、鴉は左下から右上へ、逆袈裟斬りし、山猫は突きと、そのすぐ後に右脚による蹴りを繰り出した。

 

 鴉のACは頭部を失い、蹴りによって、吹っ飛ばされた。ACを構成するパーツの中心で、コックピットも存在するコアはひしゃげ、内部へのダメージは想像に難くない。

 一方、ネクストの方は脚部のスタビライザーが斬られ、コアが少しばかり損傷した程度で、大したものではなかった。最も、ノーマルACとの戦闘で受けるものではなかったが。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 ACのコックピット内で、一人の男がシートに座っていた。頭にはいくつもの切り傷があり、かなり出血が酷い。しかも、身体にはいくつもパーツの破片が刺さっており、放っておけば死んでしまうのは確実だった。

 モニターは損傷しているためか、それとも頭部ユニットが無くなっているためか、映像が所々途切れ、ノイズが走っており、だいぶ見にくい。

 だが、そのモニターをじっと男は見ていた。いや、睨んでいた。去っていく山猫をしっかりと見つめ、目に焼き付けるように、じっと、目を凝らして見ていた。

 




夜という事を最大限に活かした戦闘にしたかったのですが…それすると収拾がつかないのと、アンジェとの戦闘だけで3話くらいになっちゃいそうなので没

そして結局0章はまだ1、2話続いちゃいます…進行遅くてすみません


《今回の没ネタ》

『見つけたぞ、あの時のレイヴン。決着を付けようか』

私は右腕のレーザーライフルを構え、トリガーを引く。

ピーピーピーボボボボボ





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強さと願いと

反動で短くなっちゃったけど投下じゃーい

クレイトンさんの戦闘はカットに決定しました。
まぁ、元々あっても、タンクだから動きがね...ないの...書きずらいの...

ところで皆さんはAC4・faの初期機体何にします?
私は速攻でアリーヤに決めて、速攻で後悔しながらアンジェと決闘する人です。
真面目にやりたい人は、イクバールかローゼンタールがオススメです。


 作戦開始前の事だ。

 いつもは私と全く口を利かないアンジェが、私に話しかけてきた。あまりに珍しい事だったので、柄にもなく二つ返事でその相談に乗った。

 彼女は私に一枚の写真を見せてきた。それは、ノーマルACの写真で、残っているレイヴンの中で、ランク1のレイヴンと共に行動をしているという事で、私達リンクスの中でもそこそこ有名な者だった。

 そして、私はそのレイヴンを知っているし、見たこともある。以前、レイレナード本社を襲撃しにきた大規模AC部隊の一機だ。その時、二機だけ撃破できなかったACのうちの一機である。

 

 どうも、アンジェはそのACが気に入っているようで、「そのレイヴンが戦場にいたら、私に彼と一騎討ちをさせて欲しい」と言っているのだった。

 彼女は以前あのACを仕留めなかったという、とんでもない前科があるのだが、私は私で、鴉のトップに興味がないとは言えなかったし、彼女の言う事が分からない訳ではなかった。

 私達は企業のリンクスである前に、一人の戦士なのだ。

 

 だから、私は彼女の頼みを受け入れた。BFFのリンクスである、メアリー・シェリーにも伝えた。プライドの塊である彼女に話が通じるかはだいぶ不安だったが、予想外なほどに簡単に承諾してくれた。

 なんでも、彼女も過去に殺し損ねたレイヴンがいるのだそうだ。

 

 私は今回参加する作戦で、この戦争の終わりが一気に近づくと思っていたが、これはまた、一波乱ありそうだ。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 目の前にいるのは鴉の王。今まで屠ってきた鴉達とは、確かに覇気が違う。たかがノーマルと言って侮れないということらしい。

 相手は高機動近接機で、私の機体、アリーヤと似たコンセプトらしい。つくづく私とは、戦士として似ていると感じる。ただ、彼は企業に属さず、戦場を飛び回る鴉で、私は山猫として生きている。

 その違いは、大きい。それを証明するのだ。

 ただの企業の飼い猫ではない事を。戦い、データを取る事しか価値がない実験体ではない事を知らしめるのだ。

 

「鴉の王、その実力見せてもらうぞ!」

 

 QBを使用し、地を高速で移動する。そして、両手のライフルをロックオンした鴉に向けて連射する。瞬間火力に優れた左腕のライフルと、精度に優れた右腕のライフルを秒間2発づつのペースで撃ち続ける。

 が、当たらない。

 夜間と吹雪による、視界の悪さと、森林という、障害物の多さを駆使し、上手い事躱しているのだ。

 

 設計上、アリーヤの頭部のカメラ性能は悪い上に、夜間戦闘に有用なサーマル機能はついていなかった。対してACのカメラには、標準装備として、暗視カメラが装備されている。

 結果、私はあの鴉の位置をブースターの噴出炎と、射撃装備のマズルフラッシュだけで割り出している状態になっており、これが相手が有利な状況を作り出していた。

 

 しかし、どれだけ中身の人間が優れていても、機体の性能差ではこちらが数段上なのだ。

 今この瞬間ですら、鴉の攻撃は全てプライマルアーマーが防いでいる。鴉の装備はショットガンとマシンガン。単発は低い。少し距離を放して撃ち合えば余裕で勝てる。

 

「悪いが...潰すぞ!」

 

 レーダーに映るマーカーと、相手のブースターの光を見て、マニュアル照準でライフルを連射し、装甲を削る。当たった時は着弾音がしっかりとするため、すぐに分かる。

 だが、このままやれると思った時は大抵、面倒な事が起こるものだ。

 

 鴉が消えた。文字通りにだ。

 レーダーからも、ブースター炎も消えた。これではこちらは何も見えない。唯一音が頼りだが、すぐ近くで戦闘している、BFFの女帝とタンクACの戦闘音で細かい音が聞こえない。装甲を削る着弾音はしても、ACの足音まではマイクが拾ってくれない。

 

「この感じ、マズい」

 

 そう思った瞬間、ロックオン警報がコックピット内で反響する。方向は背後だ。鴉はブースターを切って、歩いて移動したのだ。しかも、ご丁寧にインサイド装備のECMまで使ってだ。

 後方を取られれば、AC同士の戦闘では、ほぼ負けを意味するという。確かに、真後ろに旋回するより、後ろにずっとつけるように移動する方が楽だろう。

 

 鴉のショットガンとマシンガンが火を噴く。先ほどよりも近い場所での射撃のため、かなり多くの弾を喰らう。PAを展開する性能がかなり優秀なこの機体なら、そう易々と致命傷を喰らう事はまずないだろうが、このまま背後を取られっぱなしなのは、私のプライドが許さない。

 山猫としても、戦士としても、軍人としても、だ。

 

 左右のサイドブースターの出力を瞬間的に最大まで上昇させる特殊機動、QB(クイックブースト)をそれぞれ逆の方向に噴射し、180度機体を高速旋回させる。ACではとても無理なその動きは、QT(クイックターン)と呼ばれている。

 そんな急旋回で後方へと視線を向けると同時に、射撃するも、そこにも鴉はいない。

 

「どこだ!?...上か!」

 

 AMSを介し、機体に上を向くように命令を送る。手で操縦するよりも、素早い動きでカメラを上空に向けると、吹雪の中に確かに鴉がいた。対処がしにくいトップアタックだ。回避をするも、被弾が生じ、PAの減衰が進む。かなりペースが早い。

 ライフルを連射するも、鴉はすぐにECMを発動させ、ロックを解除されてしまい、その隙に暗闇と吹雪の中に消えてしまい、姿が見えなくなる。最悪だ。

 

 完全に相手の策に嵌っている。アリーヤの弱点である、カメラ性能の不足を突いてきているばかりか、夜間戦闘がネクストにとって、かなりのハンデになるのを知っているかのような動きだ。社内に内通者がいるのかと、疑いたくなるほどに、鴉の戦術は素晴らしいものだ。ネクストを相手に、地理や気候等の状況まで使い、5分5分までもってきている。

 

 こんな風に、ゲリラ戦のようなヒット&アウェイで確実に削ったり、教科書通りの引き撃ちを行ったり、はたまた地面を蹴り上げ、ネクストのメインカメラに雪を被せるなんていう芸当までしてくる。

 さすが、鴉の王。他の奴らと同じ様にはいかないらしい。

 なら、私も相手が予想できないような動きをするしかないだろう。企業からはやらないように、と釘を刺されているが、相手が相手なのだ。どうせ、後から報告書を普段の数倍出されるだけ。死ぬよりも、いい。

 

 モニターから、AMSのシステムを少々調整し、普段以上の感度を発揮できるようにする。これをすれば、私の精神負荷は高くなるが、機体の機動は今以上に思い通りになる。そして、幸運な事に、AMSシステムの適正が高い私は、元の精神負荷が低いため、これをしてもそこまで辛くはない。

 これでダメなら諦める他ない。全力で行くだけだ。

 

 イメージする。どうすれば、相手が現れるかを。

 考える。自分ならどこから相手を襲うかを。

 行動する。その考え通りに。

 

 鴉であっても、山猫であっても、戦場に立ったからには一人の戦士だ。

 考える事、戦術は大差がないはずだ。それを読めれば

 

「勝てる」

 

 横に移動。目立つようにQB。

 ミサイル攪乱用に装備している、フレアを展開。それの噴出炎を照明弾代わりに索敵を行う。視界を最大限にして探す。あらゆる動きを見逃さない。

 そして、鴉が羽根を落とす。フレアが放つ僅かな光を避けようと、少しではあるが、ブースターを使ったのだ。

 

 PAに使っているコジマ粒子を回収。粒子をプラズマ化し、エネルギーに変える。そうして生まれた莫大なエネルギーを用いて、メインブースターとは別の高出力ブースター、オーバードブースターを使う。一瞬で速度計に4桁が並び、移動時の衝撃波で地面が抉れる。

 そうして近づき、やっと、鴉を確認する事ができた。

 

「今までの授業料、払わせていただく」

 

 宙に浮く軽量機に、ライフルを何発も当てていく。装甲が削れ、肩などの脆い部分は破損しているのが見える。あちらの攻撃は殆どがPAで阻まれ、この機体にはダメージが全く入っていない。

 確実に勝てる。そう思っていたのだが、完全に失念していた。ACの装備は両手に持っているものだけではない。

 相手は背中に装備していたキャノン砲をこちらに向けた。しかも、ただのキャノン砲ではない。レーザーキャノンだった。何が不味いかと言えば、レーザーはACの装備する武器の中で、PAを貫通し得る数少ない武器であり、そうなれば元の装甲が薄いネクストは、簡単に撃破されかねない。

 だが、そもそも当たるつもりはない。無数にばら撒かれるマシンガンと違い、単発で撃ってくるのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()。それに、ACは背中に装備するキャノン系武装は、CPUの性能もあって、地上で、しかも命中率を上げるために構える必要があるという。ならば、その隙に攻撃する事も可能だ。現に、今までの鴉はそうやって撃破してきた。

 

 またロストするわけにもいかないため、リスクを承知で近づく。距離は80。射撃戦としては短い距離だが、アリーヤの得意な距離でもある。

 持前の射撃精度と運動性を両立した腕部を用い、ライフルを当て続ける。焦る心を落ち着かせ、時々地上に降りて撃ってくるレーザーを回避し、更に反撃をする。

 

「何かがおかしい」

 

 レーザーキャノンを使い始めてからというもの、鴉は模範的な動きしかしなくなった。

 模範的というのは、教科書通りという事で、これをしておけばとりあえず間違いないだろう動きである。が、それ故に読みやすいのだ。

 鴉の動きは、数分前の動きに比べ、各段に読みやすく、対処しやすい。ここまでくると罠を疑いたくもなるが、それはそれでいい。鴉がそんな事をする前に叩き潰す。

 

「そう、これは好機だ。一気にいく」

 

 レーザーキャノンを無視し、一直線に突っ込む。元々そこまで距離が離れていない事もあり、容易に至近距離まで近づく。そして、左腕に持っているライフルを構え、QBを使い、更に加速する。

 加速した状態で、その構えたライフルで、突く。

 元々空気抵抗の軽減のためにつけられた、この整流ブレードは、かなり頑丈に作られており、簡易的な近接装備としても利用可能なのだ。以前整備士から「近接装備では決してない」と言われたが、使えるものは使う主義な私としては正直言って、関係なかった。

 

 そして、ライフルによる突きは確かに命中した。流石にこの動きは予想できなかったのだろう。しかし、命中とは言っても、それは鴉がパージした武器に命中しただけで、実質的には彼は無傷だった。

 それどころか、パージしたのは余り使われていなかったショットガンで、それに物理的に衝撃を加えたのだから、結果は当然...弾薬に誘爆した。

 至近距離の爆発だったために、PAによる恩恵もまともに受けられず、装甲に少しではあるが、傷がついた。誘爆の要因になったライフルは、とりあえず射撃は可能だが、爆発の影響でバレルが曲がったのか、若干弾道が右に逸れる癖がついた。

 

 しかし、安堵する暇はなく、これをきっかけに、鴉の猛攻が始まった。

 まず、無くなったショットガンの代わりに、彼は格納しておいたレーザーブレードを装備し、先ほどと異なり、張り付くように私に接近してきた。

 なんどもQBで離れようとしても、次の瞬間には細かくOBを使用して追いかけてくる。

 レーザーブレードを回避して、安堵したと思ったら、何故か空中に浮かんだままレーザーキャノンを撃ってくる。他のレイヴンと違い、空中で撃てるというのは、どういう事なのかさっぱり分からないが、兎に角、『ネクストがノーマルに』押されているという事実だけは確かだった。

 

 だが、そんな彼にも誤算があった。

 それは、私のネクストが背部に装備したグレネードランチャーだった。有澤重工という会社が開発したこれは、かなりの高威力で、ネクストですら、直撃すれば大打撃を受けることが確実であった。

 そして、そのグレネードの爆発範囲こそが、彼の予想をはるかに超えるものだったのだ。

 グレネードは直撃こそしなかったものの、彼のACは駆動系に大打撃を受けたらしく、明らかに挙動がおかしくなっていた。その隙にライフルで何発か与え、今度こそライフルの突きで装甲を貫く。

 コアに突き刺したライフルの銃身には、噴き出したオイルが垂れている。

 

 余り褒められたことではないが、私はこういう時、当然のようにトドメを刺す。武士道精神を持っているアンジェや、貴族であるレオハルトなら別だろうが、私は軍人なのだ。

 もう一度、ライフルを両手にを構え、ロックオンする。その時、ACのパイロット、レイヴンから、オープンチャンネルで通信が入った。

 

『お前は...その力で、何を...望む?』

 

 咳き込み、掠れた声が聞こえる辺り、もう長くは持たないのだろう。だから、私は彼の死に際の言葉に対し、真摯に答えようと思う。

 望む事...それは、間違いなくあの計画の成功だろう。

 人類という種族を生かすための唯一の手段。企業がこの戦争以前に生み出した、負の遺産の一掃。それが私の望みといえばそうなのだろう。

 だが、それをそのまま言う事はできない。この機体に盗聴器が付けられていないとも限らないし、この鴉が万が一今ここで全世界に広めてくれても困るのだ。

 

 だから、このネクストという力が成すであろう事を言う。

 

「私は、この世界を変える」

 

 鴉の乗る機体が、笑った。そんな気がした。まるで、私が本当に思っている事を見透かしていて、知っているかのように、鴉が、笑っているような気がした。そんな気がした。

 これ以上鴉の目の前にいる事が、私は怖くなり、ライフルを構え直した。そして、コアに数発、叩き込み、念のため脚部と腕部を引きちぎっておく。

 そして、メアリー・シェリーとアンジェとの合流ポイントに向かうため、OBでそこを去ってしまった。

 

 だが、今考えれば私は大きなミスをしていた。

 あの鴉が死んだかどうか、確認をしていなかったのだ。

 私は死ぬまでそれを後悔するだろう。いや、むしろ、死ぬときには納得するのかもしれない。

 

『この鴉には勝てない』

 

 と。

 




次回こそ...次回こそフィオナさんを出すんだ...

あと、UA数が最後に見た時の二倍近くになっててビックリしました。ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

身体は此処に、心は其処に

やっと国家解体戦争編ラストです

そして皆さん(たぶん)待望のフィオナさん登場です!台詞少ないけどね!

あと、妖精さん(仮)のリンクスネームが発表だよ!どうでもいいね!




 目が覚めた私の目の前には、見慣れたACのコックピットではなく、白い天井。汗と油の匂いではなく、嗅ぎ慣れない消毒液の匂いのような、特徴的な香りがする。

 

「うっ」

 

 起き上がろうとすると、身体中から猛烈な痛みを感じ、思わず声をあげてしまった。

 腕や脚などには、チューブが付けられ、胸には検査に使うような、変な磁石のようなものがくっ付いている。それを無理矢理外し、ベットの端に付いている手すりを頼りに、起き上がる。

 服は、やはりパイロットスーツや、ジャケットなんかではなく、薄い医療用の服になっていた。とはいえ、外の様子が一つの小さな窓からしか見えないこの部屋では、ここがただの病院なのか、それとも、どこかの企業の研究所なのかまでは分からない。

 ただ一つ確実に言えるのは、私と彼が気を失っている間に何者かに回収されたという事だ。

 問題はその『何者か』が誰かということだ。

 

 考えられる中で最も最悪なのは、企業に回収されているという事。

 私達鴉に対して、彼らは相当に恨みもあるだろうし、実験体にされるか、殺されるかのどちらかだろう。戦力には決してならない鴉をわざわざ生かしておく必要もない。

 

 二番目にマズいのは、どこぞの街に保護された事だろう。

 どうせ、戦争も終わっているだろうし、そこら辺の街はじきに企業の支配下に入る。そうすれば、私達の存在など一瞬にして明らかになるだろう。ACの残骸をどう説明するのか、分かったものではない。

 

 この二つ以外だと、考えられるのは幾つかあるが、個人に匿われたというのは、この整った施設からしてまずないだろう。そうなると、あとはどこかのコロニーにいる位しか考えられない。

 そこらへんの村レベルの場所だと期待できないが、アスピナやアナトリア等であれば、私達を匿えるだけの立場だろう。ACだって、戦場跡地にあったものを回収し、技術研究のために使っていると言えば済む。

 そこなら大変嬉しいのだが、そうそう現実はいいものでもないだろう。

 

 

 

 兎に角、私が考えられる事には限界がある。なにより情報が足りないのだ。小窓から見えるのは、向かい側の病棟と、中庭のようになっている広場だけ。外に人がいるわけでもないので、判断のしようがない。 

 そう思い、今までずっと寝ていたというのに、もう一眠りしようとした時。その時だった。

 自分よりも少し年下の少女と、スーツ姿の男の二人が、この部屋に入ってきた。

 私は医療機器を剥がし、座っている状態。この状態から、二人を無視して「おやすみなさーい」と意識を手放す。…そんな勇気と度胸は、私にはなかったため、一人と二人がお互いに顔を見合わせている状態になっていた。

 

「あ、あのっ」

 

 固まる三人の中で、決心したように少女が口を開いた。

 

「わ、私、あなた達が、ACで、ここの近くで来てて、怪我していたからっ」

 

 とても緊張した様子で、少女は私に事の顛末を話してくれた。

 あの戦闘後、なんとかやっと動くACを使って、気を失った彼を回収した私は、意識が朦朧としながらも、戦場から遠ざかるように移動し続けていた。

 一週間ほど経ち、なんとスウェーデンからアナトリア半島まで移動したところで、とうとうACが動かなくなり、私の記憶もそこから先はない。

 

 ところがその後、少女がこのアナトリアコロニーのはずれに位置する、この施設の付近で、ボロボロのACと、まだ生きている私と彼を見つけたらしい。

 もし彼女がいなかったら、私達の命は無かったに違いない。

 彼女に深く礼をすると、やはり少し焦った様子で、困ったときはお互い様だと言った。

 

 人の温かみに触れたところで、横の男が口を開いた。

 

「彼女が助けた怪我人に、こんなことを聞くのは少々心が痛むが…ここに何をしに来た?場合によっては、話も変わるのだ」

 

 それは最もだと思う。ネクストという、更に恐ろしい兵器が現れたとはいえ、通常兵器にとってはACも大して変わらないのだ。そんなACがある日突然現れたらどうだろうか。壊れているとはいえ、警戒するのは当たり前だろう。

 

「襲おうとなんて、思っていない。私としては、こうして治療までしてくれて、感謝もしきれないところだ」

 

「本当にそうだという事を信じたいね。で、君は何者だ?」

 

 信用という者が宿っていない目で、男は私に自己紹介を求める。機体は彼らの手元にあるし、私はこう言ってはなんだが、そこそこ名の売れたレイヴンだったので、恐らく身元は知られているのだろう。

 

「知っているんだろ。どうせ」

 

「だとしても、君自身の口で言うからこそ、意味があるのだ」

 

 溜息を一つ吐き、決心をし、口を開く。

 

八咫烏(ヤタガラス)。レイヴンとしては、そう名乗っている」

 

 三本足の鴉。東洋では、神聖なものとして扱われている、由緒ある鴉だ。一部地方では、今だに神や太陽の化身とされている。その名を傭兵である(レイヴン)が、そんな神聖な名を語る。なんとも滑稽だった。

 レイヴンとしての名。それを今語っていいのか分からない。だが、私の名前は既にそれだけと決めている。

 

「なるほど、確かに本物のようだ。…で、本名はどうだ?」

 

 だから、こうやって聞かれても、答える事はない。いや、答えられない。

 

「...」

 

「だんまりか。...まぁいい。そんな事だろうと思ってはいたからな」

 

 そう、彼の言う通り、この世界の傭兵にとって、本名を言うことは禁じられている。

 別にそういうルールが存在する訳ではないが、知られてしまえば、幾らでも利用されるからだ。ネクストが出現し、レイヴンの時代が終わったとしても、それは変わらない。私の唯一の肉親にも迷惑がかかる。

 ああは言ったものの、彼もその事は分かっているのだろう。深くは追及してこなかった。

 しかし、そんな事を知らない少女は、隣の男のその態度に声を荒げた。

 

「エミール、やめて。そんな言い方、良くないと思う」

 

 それは、戦争というものを知らないからこそ、世界の裏を知らないからこそ言える言葉だった。まぁ、むしろ彼女位の歳の子であれば、普通は戦争になんて関わらないのだ。この反応も納得のものだろう。

 

「君がいう事も分かる。だが、これは、アナトリア全体に関わる事なんだ」

 

「それはっ...分かりますが」

 

 微妙な雰囲気になったところで、閉まっていた部屋のドアが再び開いた。

 今度来たのは、共に戦場で戦った鴉。そう、UnKnown(U.N.オーエン)だった。

 

「フィオナ、彼が起きたのか?」

 

 通路にまで声が響いたのだろう。心配そうな、そして若干何かを期待しているような声を出しながら、ドアを開いてきた。

 まだ20代前半の若い鴉の王が、部屋に入ってきた。心なしか、前見た時よりも痩せている。

 そんな彼は、フィオナ―恐らくは少女の名前―の返事を待たず、私を見るなり近づき、私の手を取った。

 

「ありがとう。君がいたから、俺は生きている。大丈夫だ。ここは安全だ。」

 

 その言葉に、私の目から自然と涙が出てきてしまった。止めようと思っても、止められない。それが、ここが安全だという安堵からなのか、彼が生きていたことの嬉しさなのか、それとも別の何かだったのかは分からない。

 だが、歳下の少女とよく分からないスーツの男、そして、鴉の王である彼の前で、情けなくも泣いてしまっているのが、別に悪い事ではない事は分かった。

 彼らはそれを咎めず、むしろ、私が起きたことに安心し、喜んでくれたのだから。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 あれから、二週間経った。アナトリアでの暮らしにも慣れ、私は仮初の平和を楽しんでいた。

 私達を助けてくれた少女は、フィオナ・イェルネフェルト(とてもファミリーネームの発音が難しい)といい、私より4つ歳下で、私とオーエンは妹ができた気分であった。

 そんな彼女は、つい3年前に唯一の家族であった父親を亡くし、あのスーツの男、エミール・グスタフが後見人となっているようだった。

 

 だが、彼女とエミールから話を聞いているうちに、中々面白い情報が手に入ってきた。

 ネクストを開発したのが、このアナトリアだという話だ。

 

 元々、医療技術が発達していたこのアナトリアは、イェルネフェルト教授の手によって、高性能な義体の開発に着手することとなった。

 神経と直結させ、脳からの情報を義体に送る事で、今までのものよりも繊細な動きができる義体の開発が、その計画の主軸で、これが成功すれば、事故等の被害者の社会復帰が一気に楽になるはずだった。

 そしてそれは、一部分のみ成功する。

 

 確かに、そのシステムを作る事には成功し、かなり思いのままに動かすことはできたようだが、そうそう上手い話はないもので、そのシステムは、生まれもって人間が持つ、特異な情報処理能力が要求されるものだった。それがなければ満足に動かす事は不可能で、せいぜい普通の義体に毛が生えたような性能になってしまうのだった。

 これこそが、AMS(アレゴリー・マニピュレート・システム)であり、ネクストがACにはできないような、繊細な動きができる訳だった。

 

 そんな医療機器のシステムとして開発されたAMSだが、技術は常に医療から戦争へ、もしくはその逆に動くもので、AMSもその例外ではなかった。

 ACを更に高性能なものにしようとした企業群により、イェルネフェルト教授は殺されてしまう。それも、レイヴンの乗ったACに。

 フィオナが言うにはその事件があったからこそ、エミールを含め、アナトリアコロニーの住人達はレイヴンを良く思っていないし、私達を保護するという事にも、かなり反対の声があったらしい。

 だが、彼女は父親を殺されたというのに、私達が殺した訳ではないからと、助け、受け入れてくれた。この時代ではなかなか珍しい、綺麗な心を持った子だった。

 

 話がそれたが、そのAMSを使った、高性能ACこそがネクストの正体らしい。そして、レイヴンによる襲撃以前から、企業の援助と依頼を受け、ネクストの開発をしていたコロニーが、このアナトリアコロニー。開発主任があの教授だった。

 

 まだ、アナトリアの住人の大半が私達を快くは思っていないため、あまり行動範囲は広くないが、アナトリアの中で最も大きい病院であり、尚且つあのAMSが開発された研究所でもあるこの施設で、1ヶ月近く寝たままであった私は、失われた筋力などを回復させていた。

 

 ところで、平和という言葉の意味を知っているだろうか。

 確かに、戦争がない世の中という意味もあるだろうが、私はもう一つ別の意味を知っている。

 戦争と戦争の間の期間という意味だ。

 2、3日に一度くらいのペースで、あの彼女と戦った、あの戦場の情景を夢に見る。互いの機体を切り裂き、命を削り合うあの感覚をもう一度、もう一度味わいたいと、私の心は思っている。

 

 私の魂は、まだあの戦場にあるのだ。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 私は、何故とどめを刺さなかったのだろうか。

 情けをかけた?違う。

 殺したくなかった?なら最初からあんな戦闘をしない。

 じゃあ、なんだ?

 

 自分を師と呼び、共に訓練を求めてくる後輩のシミュレーター訓練を眺めながら、私はあの時の事を考えていた。

 最後の一合で、私はコアを狙わず、頭部に向けて突きをした。そして蹴りを入れた。レーザーブレードでコアを狙えば一撃で殺せた。追撃をすれば殺せた。なのに、しなかった。

 

 彼は強い。だから殺さなかったわけではない。機体の性能面でも、剣士としての腕でも勝っていた。だが、それでも、彼にはあって、私には足りないものがあった。

 それは、生きるために足掻く力だ。

 

 圧倒的に性能で劣るACで、ネクストの機動に付いていき、腕前で劣る剣技では、相手の動きをその場で真似する事で飛躍的に技術を向上させる。

 まさに、戦うために生き、生きるために戦うかのようなその戦闘技術は、私にはない。それは、企業からネクストという超兵器を渡され、敗北を知らずに戦っているからだろうか。自分も、同じネクスト同士で戦闘すれば、同じ事ができるだろうか。

 いや、不可能だろう。どんなに戦闘を積み重ねても、私に『諦めない』という事はできない。強すぎる相手と対峙すれば、諦めながら戦い、負ければしょうがないと自分を正当化するだろう。

 彼は、きっと今も、どうすれば勝てたかを考えている事だろう。

 ネクストとAC。自分と相手。その差を埋めるためにどうすればいいかを考えているだろう。

 

 そこまで考え、ふと目を上にあげる。私の同胞である、真改がシミュレーター訓練をちょうど終えたところだった。

 訓練内容は、通常戦力の地上部隊と、ノーマルACが数機。どれも企業が戦争で得た情報を元に作られたものだ。ACだって、鴉ではなく、国家側のAC部隊のもので、正直言って弱い。

 それでも、まだネクストの操縦に慣れておらず、しかもAMS適正が私よりかなり下回っている彼では、かなりきつかったらしい。肩で呼吸をし、精神的にもかなり参っている状態だった。

 しかし、乗機の損傷は少なく、特段目立って悪い点があったわけでもなく、今回が初回のシミュレーター訓練としては、良すぎる位に上出来だった。

 

「いい調子だ、真改。初のシミュレーターでこれだけやれれば上出来だ」

 

「...良い師がいるから...」

 

 今の会話のように、無口な真改ではあるが、このように時々嬉しい事を言ってくる。

 彼はAMS適正が認められ、テストパイロットとしてリンクスになったようで、上層部は、その教育係…というか、この性格のせいで接しにくい彼を半分私に押し付けることで、リンクスによるリンクスの養成をしていた。

 ちなみに、ベルリオーズにも真改と同じような、テストパイロットの少年が教え子として存在するらしいが、ベルリオーズは一言もそれについて話してはくれない。

 あまり彼とは仲が言い訳でもないからしょうがない。

 

 真改は、休憩を少しすると、私の目の前まで来て、二機目のシミュレーターを指さしてこう言った。

 

「...手合わせ、願えないだろうか」

 

 珍しい彼からの願い。それを私は断らず、パイロットスーツになって、我が身をシミュレーターマシンに放り込んだ。

 目の前に広がるのは雪原地帯。BFF社の戦闘記録が元らしい。吹雪が吹いているのが、あの時の戦闘を思わせた。

 

 機械音声によるカウントダウンが終わると、すぐに戦闘開始。FCSによって、真改の乗機『スプリットムーン』の居場所はすぐに割り出せた。

 あの時の戦闘とは異なり、昼間らしく明るい。

 ぎこちなくQBを使いながら、牽制用のマシンガンを撃ってくる。が、牽制射撃だというのを忘れ、当てようと必死になっているのが見え見えで、背中に装備させてあるプラズマキャノンを使っていないのが、その証拠だった。

 牽制に徹しきれていない射撃は、避けるのに容易く、すぐに懐に潜りこめた。

 紫色の刀身を出し、瞬間的にブースターを発動させ一気に斬りこむ。結果、右手を切り落とし、射撃武装を無くす。

 真改は、それを見て諦めたのか、左腕に装備している高出力ブレード『DRAGONSLAYER』を起動させ、アリーヤの運動性を生かした接近戦に移行した。

 

「判断は早いが、まだ技術が拙いな!」

 

 真改の判断力は確かに素晴らしかった。が、接近戦ともなれば、私の独壇場である。

 AC同士ではできなかった、鍔迫り合いを行い、そして左手でスプリットムーンの右肩を掴む。そうして接近したまま、もう一度今度は至近距離でブレードを展開し、今度は左腕を斬る。

 あまりの状況に、今度は対応できなかった真改は、慌ててプラズマキャノンを起動させる。が、時すでに遅し。撃つ前に私の左腕のブレードが、真改の機体のコアを溶かしてしまい、そこでシミュレーション終了になった。

 

 文字通り瞬殺されてしまい、少ししょんぼりしている真改だが、私としてもプライドがあるため、そう簡単に勝たせてやる気はない。

 

 だが、真改とのこの訓練で、今一つだけ確信をもって分かったことがある。

 それは、勿論あのレイヴンとのことだ。

 何故私が、あの時彼を殺さなかったのか。それの意味がやっと分かった。

 私は、殺したくなかった訳でも、情けをかけたわけでもない。ただ、ひたすらに、彼と本当の意味でフェアな勝負をしたかったのだ。

 ネクストとAC。鴉と山猫。個人と企業。

 なんでも構わない。だが、そんな風にどちらかがハンデを持った戦闘ではなく、本当に平等な状況で、どちらも同じ条件で戦いたかった。

 だから、再戦を望むという意味を込めて、それで彼を殺さなかった。

 

 そして、もう一つ。

 あのシミュレーターは、やはり偽物だった。

 あの時の戦闘のデータも残っており、鴉が三人いる戦場だったが、それはあの時の緊張感はまるで0で、あの時と違い、淡々と鴉を殺せた。どれも弱かった。

 それでは物足りない。彼と命を懸けた戦闘がしたい。

 あの場所で、もう一度だけ会いたい。

 こんな平和な日々を捨てて、あの日にもどりたい。

 

 どうやら、私の魂は、あの場所に閉じ込められているようだ。

 




このペースで書いていくとしたら…AC4編終わるのにどれだけかかるんだか…

イェルネフェルト教授は、国家解体戦争2年前にお亡くなりになった設定になっています。

八咫烏という名前。かなりありきたりになっちゃって、正直、変えようかどうか、この話投稿するまで悩みましたが、自分のネーミングセンスが酷くって、これくらいしか思いつかんかった。
実は三足烏も候補にあった。八咫烏と意味は同じなのにね。不思議だね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 Que protéger avec ce pouvoir -その力で何を守るか-
羽根を捨て、翼を得る


というわけで、AC4編始まりです!

今回で登場機体は決まります。賛否両論あると思うけど…



 私達は数か月ほど、久しぶりの平和を楽しんだ。

 ごく普通に食事をして、運動をして、テレビを見て、時間がなだらかに過ぎるのを楽しんだ。

 

 だけど、お前も知っているだろう?山猫が喰い合った、あの戦争を。醜い企業の連中に利用され、争い合った山猫の戦争。

 リンクス戦争とも呼ばれているな。

 それを終わらせた二人の山猫、その話をしよう。...懐かしいな。もう、何年も前になる。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 ある日の事だ。私とオーエンは、二人してエミールに呼び出された。何かあったっけ?と、お互いに顔を見合わせたが、なにかやらかした訳でもないため、興味津々で部屋へと入った。

 すると、いつもと違う雰囲気のエミールが、椅子に座り、事務机に肘を立てていた。

 穏やかじゃない彼の様子に、私達はどうしようか一瞬迷ったが、こっちに来いと言われてしまったので、ドアを閉めて机の前まで来た。

 

「さて、二人共。フィオナ嬢の父親が鬼籍に入っているのはご存知かな」

 

 いきなり物騒な話だった。彼はフィオナの後見人らしい事も、フィオナさんからは聞いていた。

 

「ええ、彼女本人から聞きました」

 

「では、ネクストとAMSの研究をここでやっていたことは?」

 

「知っています。イェルネフェルト教授が開発主任だったとか」

 

「そこまで知っているなら、話は早い。実は、このアナトリアは、経済的な危機にあるのだ」

 

 それからエミールは、私達に次の事を話した。

 国家解体戦争以前、企業から、国家に極秘でAMSを使った兵器開発を依頼され、ネクスト研究をしていたこと。

 AMSのもたらす医療的利益と、ネクスト技術による収入によって、アナトリアは全コロニー中最も繁栄しているコロニーとなっていた。が、それは突然に終わる事になる。

 

 ある昼下がり、アナトリアの研究施設をレイヴンが襲撃した。それも、一機ではなく、様々な場所で同時に起こった。合計四機のそれは、瞬く間にアナトリアに存在する研究所をそれと共に、イェルネフェルト教授も死亡した。

 彼は、研究途中であった、技術試験用試作ネクストに乗り込み、破壊されなかった研究所の副所長であったエミールに、データの収集を頼み、フィオナへ遺言を託した後に、アナトリアを救うために出撃した。

 不完全だとしても、その力は凄まじいものだった。

 目にもとまらぬ速さで移動し、軽量級ACをも翻弄し、重装備のACの火力でかすり傷も負わない。そして、AMSによる人間により近い動き、コジマ技術を利用した圧倒的な火力。

 それら全てを用いて、教授はアナトリアを救い、そして、ネクストの有用性を自らの手で実証した。

 

 だが、彼は死んだ。

 レイヴンにやられた訳ではない。そう、ネクストを使う負担によって死んだのだ。

 殺人的な高速戦闘を行う事による、高いGの負荷。ネクストのシステム側から送られてくる、非常に多い情報量を処理するためのAMSによる精神負荷。そして何より、搭乗者の身体をも蝕むコジマ粒子による汚染。それによって、教授は、ネクストの危険性も示し、この世を去った。

 

 こうして、一時は危機を逃れたアナトリアだったが、更に立て続けに問題は起こる。

 イェルネフェルト教授がこの世を去った後、研究所に勤めていた研究員が、逃げるようにアナトリアを去り、殆どがアスピナやアクアビット、レイレナード社に流れていったのだ。

 そして、その研究員たちが持って行ったネクスト技術により、各企業はネクストの開発が進むことになり、アナトリアは『用済み』となってしまい、技術的アドバンテージを失い、経済面を支えるものがなくなってしまったのだ。

 

「なるほど、そして今に至る、と」

 

「そういう訳だ。そこで君達二人に話がある」

 

 大体予想はできる。ごく短時間で大金を手にする方法は、本当に限られているが、私とオーエンはそれができる職業を知っている。

 

「君達に、企業を依頼主とする傭兵をしてもらいたい」

 

 ほらきた。

 

「我々に拒否権は?」

 

「実質的にはないな。それしか我々には手がないのだから、口減らしのためにもこの地を去ってもらうしかなくなる」

 

 つまり、アナトリア以外に行くあてがない私達は、この話を受け入れるしかないというわけだ。まぁ、本業に戻るだけだから、全くもって抵抗はない。が、私はこの案に少しばかり不安点がある。

 オーエンと顔を見合わせたが、彼も全くもって傭兵として金を稼ぐのは構わないようで、むしろ恩を返したいとも言っている。しかし、やはり彼も私と同じ不安材料があるらしい。

 それは、やはりネクストの存在だ。鴉よりも強大な力を持つ彼らがいる限り、戦力として完全な下位互換の鴉を誰が雇うだろうか。

 そんな事を言った私達に対し、エミールは余裕を崩さずにこんなことを言ってのけた。

 

「心配ない。そして、問題ない」

 

 流石に私も意味が分からなかった。鴉は山猫に敵わない。それを私は、確実にエミールよりかは良く知っていると思うからだ。

 それなのに、問題ないと言われれば、質問の一つや二つ出てくるというものだ。

 

「なんでそう言い切れる。私が乗っていたACを見ただろうが、あれはネクストとの戦闘でああなったんだが…それを知っていて言ったのか?」

 

「勿論だ。今回売り込むのは、鴉ではなく山猫だからな」

 

「「は?」」

 

 細かく聞けば、アナトリアには、技術実験用のネクストと、先の戦争でとあるネクストが受けた損傷を解析するため、送られてきたものの二機があるらしい。

 それを私達二人が使い、傭兵稼業をするというのだ。

 

「なるほど…いや待て、ネクストを動かすのはAMS適性というものが必要なのではなかったか?」

 

「あぁ、それについては、君達が先週受けた検査で判明している。奇跡的にも、君達二人にはAMS適性がほんの少しながら存在する」

 

 つまり、ネクストを動かす資格はあるということだ。だが、聞き捨てならなかったのは、『ほんの少し』という点だ。

 その『ほんの少し』が戦場で、どの程度のリスクになるのかがわからないというのは、非常に重要だ。

 

「AMS適性の高さは、何に繋がる?機体の操作性か?」

 

 その問いにエミールは首を振った。

 AMSの研究に携わっていた彼曰く、AMS適性は、精神負荷の度合いに繋がるだけらしく、適性が低くても、長時間の運用に難が出るだけのようだ。

 そうでなくても、運用自体に負荷が相当にかかるため、ACのような作戦は難しいだろうとの事だ。

 

「ふむ、それぐらいなら、少し工夫すれば大丈夫だろう」

 

 そう言って、私達が正式にこの話を承諾しようとした、その瞬間、この事務室の部屋の扉が開かれ、肩で呼吸をしているフィオナが勢いよく入ってきた。

 

「待って、二人とも。…ネクストに乗るという意味が分かってるの!?」

 

 彼女は、私達が再び傭兵となり、戦場に赴く事に強く反対していた。

 わざわざ命の危険を侵してまでして、ネクストに乗る必要はない、そう言った。私達がやっと手にいれた、平穏な時間を奪うのは間違っているとも話した。

 

「だが、そうしなければ、アナトリアは終わりだ。私は、教授から、君のお父様から、このアナトリアと、君を託されたのだ。そのためには、手段は選ばない。どんな手段もだ」

 

 エミールのその言葉に、思わず言葉が返せなくなったフィオナに、オーエンが更に追い打ちをかける。

 

「いいんだ、フィオナ。俺は、このアナトリアと、何より君に恩を返したい。このアナトリアが無ければ、俺達は死んでいたかもしれないんだから」

 

「けど...」

 

 煮え切らないフィオナに、私は一つ提案をしてみた。元々、誰かにやってもらわないといけない仕事で、やってもらうなら、ぶっちゃけエミールなんかより、フィオナみたいな人の方がいい。声とか、ビジュアル的にも。

 

「じゃあ、一つ、フィオナさんにやってもらいたいことがあるんだ」

 

「な、なんでしょうか?私は、できる事なら協力したいですが…」

 

 身構えるフィオナを見て、オーエンはクスリと笑った。私の考えが正しいなら、フィオナはすこーしばかり、何か勘違いをしているみたいだ。専門知識とかそういう意味ではなくて…いやいや、私は純粋だから何の事か分からないけどね。

 

「そう身構えないでほしい。...君に、私達のオペレーターをやってもらいたいんだ」

 

「お、オペレーター...です...か?」

 

 何も、難しい事ではない。まぁ、いくつかのレーダーを見て、目標の数を教えたり、残敵の確認をしたり、依頼内容の説明をしたり、報酬の確認をしたり...なんとなくマネージャーみたいなものだと思ってるが、オペレーターがいるのといないのとでは、雲泥の差があるのだ。

 

「そう、オペレーター。元々誰かしらにやってもらいたいとは思っていたし、ならフィオナさんにやってもらおうと思って」

 

「私でも、できるでしょうか」

 

 納得はしているが、不安が拭えない様子のフィオナに、オーエンがもう一押しをかける。…こいつ、悪魔か。

 

「あぁ、心配ないフィオナ。君ならできる。それに、帰りを待ってくれる人がいた方が、心強い」

 

 それを聞いて、一度俯き、考えたフィオナだったが、決心がついたのか、すぐに顔を上げ、力強い目と言葉で宣言した。

 

「わかりました。二人のオペレーターは私が承ります。ですから、絶対に、死なないで」

 

「分かってる、大丈夫だ。これまでだって、これからだって」

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 傭兵となるという話は終わったが、私はエミールに別の話があると言われ、まだ事務室に残っていた。実のところ、先ほどフィオナさんがアップルパイを焼いたというので、早く食べたくてしかたない。あぁ、早く話終わってくれないだろうか。

 

「さて、君に残ってもらったのは、他でもない。君のAMS適正についてだ」

 

 それは困った。さて、エミール君。話とは一体なんだい。

 

「君のAMS適正は...まぁ、数値で言えば悪くない範囲だ。ちなみに、オーエンのAMS適正よりずっと高い数値だ」

 

「ほうほう...で、それで何か問題があるのかな?」

 

 彼よりも高い適正というのには驚いたが、それはそれである。別に、それをわざわざ教えるために私を残した訳ではあるまい。

 

「実は、君の適正はかなり特異で、私達でも見たことがないパターンなんだ。だから、ネクストに君が乗ったとして、何が起こるか分からないという事だけは伝えたかった」

 

「何が起こるか分からないって」

 

「つまり、稼働時間や脳にかかる負荷がどの位なのか、想像すらつかないという事だ。君がネクストに乗ったとして、必ず無事でいられるとは限らない」

 

 確かに恐ろしい話だ。もしかしたら非常に長い時間の運用が可能なのかもしれないし、もしかしたらその逆かもしれない。全く分からないからこその恐怖を確かに感じた。

 けど、傭兵として生活してきた中で、『絶対』という言葉は殆ど、いや、全くと言っていいほどなかった。別に、この程度のリスクはどうでもいい。そう思えるほど、私は戦場に出たいと思っていた。

 フィオナには悪いが、私は戦場を欲しているのだ。

 

「教えてくれてありがとう、エミール。だけど、私は、アナトリアを守らなきゃいけないんだ。帰る場所を守るためなら、そんなリスクは関係ないさ」

 

「そうか。なら、いいのだが...医者はいる。何か異常があれば、すぐに言ってくれ」

 

 エミールに背を向け、事務室のドアを開ける。廊下に出て、少しいつもより深く呼吸を行い、アップルパイを頂くため、フィオナの部屋を目指す。

 アップルパイを食べたら、まず真っ先に機体を見に行こう。自分の乗る機体を見てみたい。その気持ちで一杯だった。

 

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 

 大きなアップルパイをフィオナを含め、三人で平らげた私とオーエンは、自分達の機体を拝見すべく、技術研究のために用意されていた、ネクスト用のガレージにやって来ていた。

 まず分かったのは、ACのガレージとは全く異なるという点だ。

 ノーマルACは、通常兵器と同じガレージに置いてもなんの問題もない。というか、それができるという汎用性がACの売りだった。

 が、ネクストは、その人体に有害なコジマ粒子の存在により、厳重に保管され、アセンブルの変更も全て機械によって行われ、人の手でしか弄る事ができない部分は、しっかりと汚染対策がされた状態で、しかもできるだけ短時間で作業を終わらせるそうだ。

 

 そして、今強化ガラス越しに見ているのが、彼の乗る機体。イクバール製の軽量機体だ。マシンガンとライフル、ミサイルとバランスの良い装備を施され、見るからに中距離射撃が得意な機体だ。いざとなれば格納ブレードでの攻撃も容易な辺り、彼との相性はいいかもしれない。

 機体名は変えるらしいが、今のところどんな名前にするのかは聞いていない。レイヴンの時のAC名と同じだと、私達が死んでいない事に気づかれてしまうのだ。

 別に結局はバレる事になるのだろうが、一応念のため、時間稼ぎだけでもしておきたいのだ。

 

 だから、私の機体がどんな機体なのかは見てみなければ分からないが、どちらにせよ、私の聞き慣れた名前ではない、何か別の名前に変わる事は確定している。

 

「さて、俺の機体はこのくらいでいいだろう。別に、弄くる部分もないしな。今度、シミュレータで動かしてからだな」

 

 そう言い、隣の格納庫にあるという、私の機体を見に行くことになった。

 少しばかり、いや、とても気になっていた。こんな気分は中々ない。同じ気分になったのは、レイヴン試験の前、初めて自分のACを見たとき以来だろう。

 渡り廊下を歩き、隣の棟へ移動する。外見も中身も同じ造りになっているので、格納庫自体は代わり映えしない。

 

 ところで、私は偶然や運命というものを信じないタイプの人間だ。そんなものを信じるなら、実行する方が容易いと思っていたからだ。

 でも、今回ばかりは、この瞬間だけは、運命と神を信じてみたくなった。

 

「おい、この機体はもしかして…」

 

「あぁ、間違いない。この機体は」

 

 藍色ベースに、アクセントのように入る、黒のライン。その尖ったフォルムは、どことなく戦闘機を思わせる。

 そんな特徴的な機体を私は良く知っている。いや、忘れるはずもない。

 あの地で私と死闘を繰り広げた、彼女の機体だ。

 

 エンブレムは肩から消え、 武装も全て無い状態だが、確かに彼女の機体のはずだ。その証拠に、左腕は無くなっている。

 

「どういうことなんだ…」

 

 そう私が呟いた、丁度その時、整備士らしき人物が、私にアセンブル等を変更する為のタブレット端末を手渡してきた。

 そして、画面に映る一つのフォルダー内にあるファイルを指差した。

 

「あの、この機体用の端末なんですが、このファイルだけロックされていて開けないんです」

 

「それは困ったな…解除する手掛かりのようなものはないのか?」

 

「それが、ファイルを開こうとすると、資格があるのは三本足の鴉だけだ。と出てきて…」

 

 私とオーエンは互いに顔を見合せた。間違いない。やはり、このネクストは、彼女のものだったのだ。

 

「分かった。少しの時間でいい。この端末、貸してくれ」

 

「は、はい」

 

 速攻で考えられるパスワードを入れていく。そして、とあるワードでそれが解除された。

 その言葉は、月光(ムーンライト)。近接装備の名前のパスを解くと、そのファイルには、一行のメッセージと、そして、一つの武装の使用権が入っていた。

 使用権が入っていた武装こそが、レーザーブレードの月光であった。

 

 レイヴン時代、オーエンが自分の為だけに発注した、オーダーメイドの高出力レーザーブレード。それが月光(ムーンライト)。それと全く同じ名前のブレードをアンジェは装備していたのだ。もはや運命としか言いようがない。

 そして、そのブレードを渡してきたのには、絶対に何か理由があるはずだ。それが、この添付ファイルに書いてある。

 

『これで次の勝負は平等だ』

 

 まるで、私がここにいるのが分かっているかのような文章に、思わず笑ってしまった。...それにしても、平等な戦いを望むがために、彼女は自分のプライドを捨てた。恐らく、この機体自体は、多大な損傷をノーマルACによって受けたなどという事が、政治的観点からよくないという、そんな理由で送られたのだろうが、それにわざわざ武装を付けたのは、やはり彼女が自分のプライドを犠牲にしたからこそだろう。

 

 この機体の元の名前は『オルレア』、そして彼女の名前は『アンジェ』どちらも、フランス由来のネーミングだ。オルレアというのは、オルレアンの乙女『ジャンヌ・ダルク』を意味するのだ。

 それを知り、私はこの機体と、これから山猫としての人生で使う名前を決めた。

 

「オーエン、決めたぞ」

 

「この機体の名前をか?八咫烏」

 

「名前も、機体名もだ」

 

「...聞いてもいいか?」

 

 私はコクリと頷き、私の傭兵としての第二の名前となるモノと、私のこれからの相棒の名を口にした。彼女に影響されてというのも変だが、私がつけた初めてのフランス由来の名前だった。

 

「このネクストの名は『ロレーヌ』そして、私の名は『シャルル』だ」

 




ロレーヌは『ロレーヌ十字』から。フランスではジャンヌダルクを象徴するものだとか。

シャルルは、まぁ、色々ありますね...。シャルル七世とも取れますし、シャルルマーニュから、はたまた、童話『青髭』の作者シャルル・ペローともとれます。
そこは皆さんでご想像して頂ければ嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最初の発表

遅くなってすまない…課題テストが強敵でした

とりあえず、AC4編の構成とFa編への導入は8割決まったのでガンガンいけると思います


 とある街へ向かう輸送機が二機、上空を飛ぶ。両方ともに同じ造りではあるが、それぞれに描かれているエンブレムが異なり、中身が企業のものでないという事も明らかだった。

 片方は、聖職者をモチーフにした、清らかなイメージのエンブレム。彼自身を救った、フィオナ・イェルネフェルトを意識したのだろうか。鴉だった時代の、血に飢えた目をした鴉のエンブレムの面影はどこにもない。

 そしてもう一つの輸送機の胴にも、やはりエンブレムがあった。そのエンブレムには、旗を持った少女が描かれていた。その旗には、赤い十字架と刀が描かれていた。ジャンヌダルクを思わせるそれは、同時に、格闘戦を主体とする、彼の戦闘スタイルも見えるものだった。

 

 そんな機内には、その輸送機のものと同じエンブレムが右肩に描かれたネクストが、隔離される形で、輸送コンテナ内に格納されていた。

 レイレナード社の標準機『03-AALIYAH』をベースに、()()()()()()()()()に適合するようにカスタマイズされたその機体は、元の濃紺から、黒ベースに赤のアクセントが加えられたカラーリングに変わっていた。

 ジャンヌダルクとは真逆のイメージの漆黒と、燃えるように赤い色は、復讐と、なにより鴉を思わせるカラーだった。

 武装は、左腕に突撃ライフル。右腕にレーザーブレードという、一般的なネクストの装備の仕方と真逆であった。

 ネクストは設計思想上は、ノーマルACの延長線上にあるため、それと同じく左腕にブレードを装備するのが一般的であり、常識でもある。

 

 そんな、少し、いやかなり変わった機体に搭乗しているリンクス『シャルル』は、コックピット内で、今回の依頼内容を説明されていた。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 ネクストのコックピットは、だいぶ変わった造りになっている。

 まずノーマルACと大きく異なるものとして、モニターがないのだ。比喩表現等ではなく、本当に全く無い。ではどうやって視認するのかというと、これまたビックリ。AMSを通じて網膜投影するのだ。

 だから、シミュレーションを使って訓練をする機器にも、スクリーンはない。最初こそ戸惑いがあったが、使えば分かる。これは便利だ。

 そしてもうひとつだが、シートにプラグのようなものがある。

 これこそがAMSである。事前に手術を受け、うなじ付近にそれの差し込み口を設ける。そこにプラグを差し込むことで、機体と脳とでデータのやり取りを行う、らしい。細かい事はわからなかった。

 

 勿論、音声を発するスピーカーも設置されておらず、脳に音声データを直接流し込む事で聞き取るらしい。

 

『ミッション内容を説明します』

 

 フィオナさんの声が、SF小説のテレパシーのように、脳内で響くように聞こえてくる。ノイズ等が一切ない、透き通った音声だ。聞き間違える事がないだけでも、戦場では嬉しい。

 

『今回のミッションは、開発都市グリフォンを占領している、武装組織の排除です。敵は複数のノーマルを含めた中規模の部隊で、依頼主側からは、『殲滅』を目標に設定されています。』

『ですが、相手がいくら通常兵器とはいえ、その数は多く、流石に一機のネクストによる殲滅は困難です。よって、第一陣として、正面からの突破をオーエン機が行い、敵の後方より第二陣として、シャルル機が殲滅を行ってください』

 

 実際には、一機でも全滅させることは可能なのだろうが、私の機体も、彼の機体も継戦能力に優れたものではないため、それに配慮した作戦なのだろう。

 しかも、このミッションは私達がリンクスとなってからの初依頼であり、試金石である。失敗は許されないのだ。

 

『作戦内容は以上です。気を付けて』

 

 隣を飛行している輸送機のハッチが開く音が聞こえ、スラスターを噴かす音が聞こえた。オーエンが降下したのだろう。私も準備(主に心の)をする。

 レイヴンの時の初任務もこんな気持ちだっただろうか?

 敵と相対するのに緊張し、自分の機体の調子が気になって仕方がなかった。任務中もひたすら、撃破した敵の安否を気にしていたし、途中で敵対するACが来ない事を祈っていた。

 それを思い出し、少し緊張がほぐれた。自分の情けない過去を思い出し、笑いがこみあげてきたのだ。

 

『作戦領域に到着した。投下カウントダウンに入る』

 

 だが、今は戦う理由も、持っている力も、共に戦う者も違う。だから、私は負けない。負けられない。

 彼女に追いつくため。彼女と再び剣を交えるために。

 

『降下』

 

 輸送機のハッチが開かれた。機体の中にいるというのに、ノーマルの時とは違う雰囲気に私は呑まれた。

 風が吹くのを感じ、街並みの風景が鮮明に見える。まるで、自分の目で見ているかのように。

 

「これが…ネクスト」

 

 機体が地球の重力に引かれ、落下していく。下には街が広がり、コンクリートで作られたビルがいくつも地上から生えている。向こうの方では爆発による光が微かに見え、オーエンがもう戦闘を開始している事がよく分かる。

 そんな風に、戦場を眺めている時だった。真下から光が見え、機体を光が掠った。

 

『敵、対空砲火です。プライマルアーマーを展開し、防御しつつ降下してください』

 

 フィオナさんからの通信にあるように、敵の対空射撃である事は確かだった。だが、思っていたよりも数が多い。これではPAを展開しても、すぐに削りきられてしまうのが明らかだ。

 いかに優秀な防御力を発揮するPAでも、継続して攻撃を浴び続ければそれは破られてしまう。しかも、ネクストの基礎的な防御力はノーマルACよりも下手すれば下回るので、PAが無ければただの紙装甲である。

 

 といって、むざむざ撃破されるつもりはない。別に、ネクストが攻撃から身を守る方法はPAだけではない。

 戦闘モードに移行したネクストに、AMSからイメージを送る。送りながら、ペダルと操縦桿を用いて姿勢制御等を行う。大まかな操作を手動で、細かい動きをAMSから送ったイメージで補正する感じで操縦するのがいいらしい。

 ネクストがノーマルACに対して大きく上回っているのは、PAの有無だけではなく、その機動性だ。聞いた話では、重量機でさえ、ノーマルの高機動機に勝るとも劣らない運動性を有しているという。

 その機動力を持って、レーザー等の当たると痛いものは避けるのだ。

 そして、もう一つ。

 

 右腕に装備したレーザーブレード『07-MOONLIGHT』を展開する。極厚の刀身がその姿を現し、紫色の光の塊となって、機体の表面を照らす。

 スラスターで避けるのと同時に、ブレードの刃で、できる限り銃弾を溶かして消そうという魂胆だ。エネルギーの消費量は馬鹿にならないし、そもそも効果があるのか分からない策ではあるが、しないのとでは、明らかに被弾率に差が生まれるだろう。事実、少数ではあるが、ブレードに当たり、消滅している弾が視認できている。

 そうこうしているうちに、高度は下がりマシンガンの射程圏内に入った。右腕のレーザーブレードを閉じ、左腕に装備しているレイレナード製マシンガン『HITMAN』を構える。目標は対空砲を装備した地上車輌。

 トリガーを引く。と、驚異的な連射速度で銃口から弾が発射され、瞬く間に地上車輌部隊が蜂の巣になった。が、同時に私は驚いた。

 AMSによるバックアップがある事を予想してか、ノーマルACのそれよりも連射速度はかなり高く、しかも反動もこの連射速度に対してかなり小さめだ。これは運用の幅が大きく広がる。

 

 着地をスムーズに終え、目の前を確認する。敵地のど真ん中に入り込んだので、当たり前といってはあれだが、周りを見る限り、どこもかしこも敵だらけだ。

 

『フェイズ1の終了を確認しました。敵の殲滅に移ってください』

 

「了解」

 

 まずは対処がめんどくさい戦闘ヘリからだ。またしてもマシンガンを使い、弾を横なぎにばら撒いていく。FCSによるロックオンと合わさり、すぐに周りにいたヘリは撃破されていく。

 そして同時にブレードを展開、地上部隊への攻撃に移る。戦車等はマシンガンで、ぽつぽつと見えるノーマルACにはブレードをお見舞いしていく。いかにマシンガンと言えど、戦車はほぼ真上から攻撃をうけるために自慢の装甲を活かせず、ノーマルACは、こちらの機動力に対処ができずに懐に入られ、胴体を溶かされ撃破されていく。

 

(ぬるい…)

 

 この機体の元の持ち主に追いつきたいと思っている私にしてみれば、こんなチマチマとした作業感のある戦闘は退屈といっていいもので、正直言って、三機目のノーマルを撃破した時点でだいぶ飽きがきていた。

 依頼なので最後までやり遂げる気ではいるが、兎に角、次の依頼では是非ともネクストと一戦交えてみたいものだ。

 

『敵戦力残り40%。良いペースです。このまま削りきって』

 

 前方に爆発が見えてきたところを見ると、だいぶオーエンに近づいてきたらしい。いよいよ本格的に挟み撃ちの形になってきたようで、まだまだここからが本番だ。

 残り40%の戦力ではあるが、相手が隠し玉を持っている可能性もある。油断はできない。

 ビルを盾に回り込んできたノーマルをマシンガンでいなし、同時に別のノーマルに接近し、ブレードで切り裂く。そして、いざ次の敵に向かおうと思ったその時だ。目の前にどうみても只のノーマルではない敵機を発見した。

 見た目は...そう。私達が乗っていたような、ハイエンドノーマルだ。ローゼンタール製のコアを中心に、アルドラの頭部、レオーネメカニカの腕部、レイレナードの脚部と、中々の混ぜこぜだ。武装は高衝撃の武器を腕部に装備し、背部のカルテットキャノンで一気に沈める構成か。というか、カルテットキャノンなんて使ってる奴初めて見たな。

 

 《まさか山猫が来るとは…引くわけにはいかん。我々には、なすべき事があるのだ》

 

 どうやら、ネクストの電子機器はかなり優秀なようで、相手のACの無線程度なら、楽に傍受ができるらしい。相手の話し方に覚えがない。という事は、レイヴン時代に知らない相手だという事で、やはりレイヴンは絶滅したという事なのだろう。

 

『敵、ハイエンドノーマルを確認。撃破対象です。破壊してください』

 

 ネクストではないため、あまり乗り気はしないが、依頼なら仕方ない。この機体のテストになってもらおう。

 私が向かって行くやいなや、相手は右腕のショットガンと左腕のハンドガンを構えた。どちらも高衝撃の武器で、格闘戦を仕掛けてくる相手に対しては、それで引き撃ちを仕掛ければ十中八九勝てるような構成だ。

 だが、それは相手が同じノーマルならという話。ネクストには通用しない。

 

 相手が放ったショットガンは、左にQBする事によって80%回避し、ハンドガンは完全に避ける。攻撃が当たらず、向かってくる相手が止まらない事を理解した敵のノーマルは、完全にビビった。

 

 《これがネクストの動きなのか!?くそっ、くそっ!》

 

 OBを使ってもすぐに距離を詰められる彼は、恐慌状態に陥り、エネルギーを大幅に消費するカルテットキャノンを連射してくるだけだった。それも、ショットガン等の武装による牽制すらないために、簡単に回避する事ができてしまう。

 しっかり距離を詰めたところでブレードを展開し、右腕を大きく振り上げる。カルテットキャノンを弾薬限界まで撃っていた彼は、逃げるためのエネルギーも残っておらず、避ける事すら不可能のようだった。

 

 《嘘だろ。これが、俺の最期だって言うのか!?》

 

 右腕を振り下ろし、ACの頭部を溶かす。そのまま下に持って行き、コアを切り裂く。コックピットもしっかりと通過し、パイロットを殺す。恐らく彼は、痛みを感じる間もなく死ぬことができただろう。聞いた話では、中途半端に生き残っても、戦場に残ったコジマ粒子の汚染で死んでしまう者が多いらしい。

 だから、私は無駄な容赦はせず、しっかりと無くなるまで、斬る。

 機体を両断し終わった時には、すでにレーダーに敵を表す赤色のマーカーは存在せず、オーエンが殲滅し終えた事がすぐに分かった。彼の機体には多少の掠り傷がある程度で、無駄な被弾は一切していない事が明らかであった。

 対して私は、この目の前のノーマルACを撃破する事に目がいってしまい、PAで防ぎきれなかった分のダメージをまぁ、そこそこに貰っていた。目の前の事だけに向かっているだけでは、この先生きのこれないので、反省しないといけない。

 

『敵全滅を確認。任務完了よ。お疲れ様』

 

 フィオナさんからもそう言われ、私達二人は予定されていた回収ポイントへと足を運んだ。場所は、ビルの少ない街の郊外で、輸送機が着陸しやすい場所を選んだようだ。

 兎に角、初の任務は楽に終えたようだ。エミールからも、初戦にしては中々と言われたので、問題はないのだろう。

 これで、傭兵稼業がしっかりできるだけの地盤ができてくれればいいのだが...いや、私が言ってもそれは仕方のない事だ。果報は寝て待てとも言うし、次の依頼が来るまではとりあえず、のんびりとシミュレーターで訓練をしておくとしよう。

 

 

 

 ____________

 

 

 

 ~GA本社《ビックボックス内会議室~

 

 

「見たかね?あの戦闘記録を」

 

 広い部屋で、モニターを見ていた何人かの人物の一人が口を開いた。彼はネクスト開発部門の重鎮で、他企業に比べて大きく戦力拡充が遅れているGAに、若干どころか、かなりの不満を抱いていた。

 

「あぁ、見たとも。流石、ネクストと言うべきだな。あの程度の戦力ならば、二機どころか一機でも十分そうじゃないか」

 

 最初に口を開いた男に対し、丁度反対側に座っている男が皮肉っぷりに言葉を発する。この男がこうまで皮肉を込めるのは、彼が通常兵器部門を担当している責任者であるからで、ネクストが開発されてからというもの、企業内での権力が著しく低下しているためであった。

 

「そんな事言われないでも分かっている!問題は、他の企業のネクストが、ここまでの高いポテンシャルを秘めているということなのだ」

 

 ネクスト開発部門は重要視されながらも、他企業と比べ、GAが安価で誰でも扱えるノーマルACを未だに信頼している事もあり、予算が少ないのであった。具体的に言えば、アクアビットやレイレナードと比べるとおよそ40%ほど少ない予算でGAは研究している。

 勿論、そんな低予算で素晴らしく画期的なものができるはずもなく、現状GAが開発できたものは、旧世代のノーマルACの意思を継いだかのような、ガチガチの重装甲型であり、打たれ強いとはいえ、ネクスト本来の強みである機動性はかなり低いもので、しかも、コジマ技術でも遅れを取っている事が原因で、PAもあまり強固なものとは言えないのだった。

 

「では、予算をどうぞ計画的に使って、他企業を上回る兵器を作ってくれたまえ」

 

「今のような低予算でだと!?データすら殆ど無いというのにか!?」

 

 そう、GAには機体を作るための予算も、技術力も足りなかったが、それよりも圧倒的に不足しているものとして、パイロットであるリンクスの不足があった。ネクストは歩かせるなどの単純な動きだけなら、AMS適正が無くてもできるために、()()()ネクストの開発は可能だが、複雑な動作―特に戦闘時のデータ量が圧倒的に不足していた。

 これは、国家解体戦争時にGAが投入していたリンクスが、メノ・ルーというリンクスだけであったという事実からよく分かる。

 

「とはいえ、適当な者をリンクスに持ち上げても、わが社の顔を潰すだけなのだよ」

 

 その後も何人もがネクスト開発部門の男の意見に難色を示した。何を隠そう、この会議には保守派の人間ばかりが集まっており、男と、もう一人を除き、ネクストの事を快く思っていなかった。そして、とうとう男の心が折れ、会議が終了しようとした、その時であった。

 この会議で唯一、GA本社に勤めていない人物が、手をまっすぐに挙げた。それはもう、定規で固定したかのような真っ直ぐな挙手だった。

 

「なんだね?…君は…確か…」

 

 名前を言い出せずにいた、この会議の司会役をしていた者に対して、手を挙げた中々に若い男性は、かなり低めの声で返事をした。

 

「有澤重工の有澤隆文です。今回は会議に出席できた事を光栄に思っています」

 

 丁寧な物言いだった。

 周りからは、「有澤重工というと…」「あの島国の子会社ですよ」「装甲と爆破については我々以上と自負しているあそこですか」などと、小声であったがよく分かる声で囁く声が聞こえていた。

 

「で、その有澤重工が、この重要な会議で何を言いたいのだね?」

 

「率直に言わせてもらえば、GAは、いえ、GAグループはもっとネクスト戦力の拡充をするべきです」

 

 そして、有澤隆文はネクストの重要性について約20分間熱心に語った。その話の中には、意地を捨て、リンクスを積極的に育てるべきという話も、自分もリンクスとなり戦場に出るという話もあった。

 この会議後、GA社ではAMS適正の低い者もリンクスとして育成する事が決定し、有澤重工では、ネクスト専用のパーツを開発する事が決定したとか。




GA社の会議シーンはただの私の妄想です。こんなのあってもいいかなって。

ちなみに、本作主人公のネクストには、架空の装備が付く事が決まりました。
イメージ的には現地改修型みたいなものですが


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

降下・戦闘・訓練

シャルルさんのネクストは、燃費最悪です。持続性能はきっと1000いきません。

ですが、そこは、まぁ、ビジュアル機だから仕方ないよね!
彼の技術に期待しましょう!


 後にリンクス戦争と呼ばれる戦争は、四人のリンクスによって、全てがかき乱された。

 

 一人は、故郷の為に命を削って戦い、一人は、ただ戦場を追い求め、一人は、ただ強さだけを追い求め、一人は、ある人物を追いかけた。

 

 この中で、一人は...いや、二人は既に死んでしまった。

 つまり、アイツを止められるリンクスを探しているのなら、残った二人を探すしかないのだ。

 

 

 

 

 

 ________________________

 

 

 

 

 

 

 最初の依頼からおよそ一ヶ月。あのオリエンテーションは成功したようで、GA社からはすぐに依頼が来た。

 一つは、GA社とオーメルサイエンス社という、同じオーメル陣営の中の内輪もめの処理。

 二つ目は、工場内の武装テロ組織の排除。

 三つ目は、地下施設内を占領した、これまたテロ組織の排除。

 

 なんというか…企業はもうちょっとテロに対する意識を変えた方がいいのではなかろうか。とも思ったが、お陰で私達の依頼があるので、もっと起こしてくれてもいいんだよというのが本音だ。

 ここで考えたのだが、流石にテロ組織とはいえ、ここまで大がかりな計画や、整った兵器を揃える事が可能なのだろうか。勿論、GA社を襲ってGA社の倉庫から兵器を奪って使うというのは可能だろう。だが、そうなると潜入のための装備が必要になる。

 という事は、これは単なるテロではなく、テロにみせかけた企業同士の牽制のし合いである可能性が高いのだ。

 つまり、この三つの依頼は、形こそ違えど、全て根底にあるものは大差ないと考えていいだろう。

 

 そして、今回の依頼は、GA以外の企業からの依頼だ。

 依頼主はインテリオル・ユニオン。レオーネメカニカや、メリエス等を主体とした企業群で、主にレーザー系統のパーツを売り出している。

 今回彼らから依頼されたのは、自社が保有する発電施設『メガリス』を占領しているテロリストの排除。だが、今回の任務はいつもと趣が少し違うらしい。

 なんでも、メガリスには防衛用に、高出力のレーザー砲台が周囲に幾つも設置されており、地上から接近するのはリスクが高すぎるという事だった。しかも、依頼主からはレーザー砲台を極力破壊しないよう、追加でオーダーをいただいているために、更に側面からの奇襲は難しいのだ。

 

「という事でいいんだよね」

 

『はい。そのため、今回は上空からの接近となります。輸送機から降下し、レーザーによる対空砲火を避けながらメガリス内に侵入。そのまま敵部隊を殲滅してください』

 

 正直対空レーザーの方が驚異だとは思うのだが…というか、最近いつも降下作戦じゃあないか?まぁ、確かに地下施設は違うけど、レイレナード本社襲撃からここ最近まで、いっつも降下しては対空砲火にさらされている気がする。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

『作戦開始です』

 

 フィオナさんの言葉と共に、輸送機のハッチが開かれる。下には大きなタワーのような建物があり、筒状のものだと分かる。ブリーフィングから察するに、あの穴の中に入ればいいのだろう。

 

『敵レーザー攻撃、来ます!』

 

 その声に反応し、私はメガリスの更に下を見つめる。メガリスを囲むように、光の点が幾つも-ざっと数えても15以上-見え、こちらを捕捉している事がしっかり理解できる。それを理解した瞬間だった。

 高速のレーザーが放たれ、一気にこちらに、上空にレーザーが降り注いだ。まるで、下から上に物が落下しているかのように、素早くだ。

 しかし、それだけだった。

 

(拍子抜けだな。所詮火力だけか)

 

 レーザーは不思議な事に、一気に全砲で撃ってくるようで、絶え間なく射撃してくる訳でもない。だから、一度回避してしまえば、約4秒は撃ってこない。しかも、ネクストはQBを使えば楽に回避ができる。まぁ、QB時にかかる肉体と脳への負荷はおそろしいものがあるが。

 三射目、やはり回避は楽だ。射撃回数が増えるわけでもなく、このままいけば楽に突入できそうだ。というか、敵は何故同時に撃とうなんて思っているんだか。全くもって意味が分からん。QBの連発は基本不可能なのだから、絶え間なく連射した方がいいという考えは無かったのか。いや、相手が考えてなくてよかったんだが。

 

 相手が一斉掃射をとうとう五回し終わった時、とうとう私は被弾を一発もしなかった。

 

「結局、ネクストには全く意味がない設備だった、と。まぁ、地上から接近していたなら別なのだろうが」

 

 この情報をユニオンに売れば、それはそれでいい資金源になりそうだが、生憎傭兵は明日どうなるか分からない身。次いつここを攻撃する事になるか分かったものではないので、次のためにその報告はしないでおく。

 

『メガリスへの侵入を確認。ブリーフィングでも伝えましたが、ここはレベル3の保護エリア。8分で殲滅して』

 

「了解」

 

 8分、ね。なら、楽勝だ。

 メガリス内部はすっからかんで、ただただ大きいだけの土管のようにも見える。実際、こんな場所で本当に発電ができるのだろうか。周りにピラーでも置いて太陽光発電でもするのだろうか。それともこの内部にタービンでも設置するのだろうか。まぁ、どうでもいいが。

 

 20秒ほどの時間をかけ、やっとの事で降りきると、すぐさまレーダーを確認する。敵機の数は...4機。...4機?こんな少数部隊でこの大規模施設を制圧したのか。警備体制が杜撰なんだかしらないが、むしろその事に私は驚くね。

 

 《企業のネクストか!?…いや、なんだあのエンブレムは》

 

 《レイレナード社の新手か?それともイレギュラーか?》

 

 《どうでもいいだろ!兎に角攻撃を集中させるんだ!PAがある限り傷一つつけられんぞ!》

 

 《全員で包囲するんだ!動け!接近されたら終わりだ!》

 

 賑やかな事になっているノーマルAC4機。どうやら散開して攻撃してくるらしいが、ならこちらは各個撃破といこうじゃないか。

 敵は見た感じローゼンタール製で、装備は実弾ライフルだ。レーザーライフルでないなら、攻撃を警戒する必要もないだろう。包囲が完成されてない内に、1、2機撃破して、さっさと終わらせてしまおう。

 レーダーを頼りにして近づき、月光を起動、刀身を出現させる。

 

 《ひぃ!もう来たのかよ!来るな!来るなぁ!》

 

 《落ち着け二番機!》

 

 予想よりも少しばかりノーマル部隊の集結が早く、二機いっぺんに相手する事になった。が、そんなのは大きな問題になり得ない。ネクストにとってはMTもノーマルACも大差はないのだ。

 右背中に装備している、軽量型プラズマキャノンを展開し、左腕のマシンガンで片方の脚を射撃。牽制ついでに脚部を破壊する。もう片方がライフルで射撃してくるが、PAによって完璧に防げる。脚部が破損した方に対してプラズマキャノンを撃ちこめば、ノーマルACの装甲が融解し、あとには鉄屑しか残らない。

 次いでもう一機を仕留めるため、すぐさま接近。月光で袈裟斬りをし、黙らせる。

 

 自分達の作戦が失敗した事を悟ったのか、残りの二機もやけくそ気味に出てきた。やはり彼らもライフルで射撃してくるも、こちらの被弾は0。彼らの行いは全くの徒労であった。

 

 《この、化け物がぁ!》

 

 左腕のシールドを捨て、予備兵装だろうか?ハンドガンを装備し、射撃に徹する二機。確かに、ネクストの持つ火力があれば、彼らの持つシールドなど粘土細工も同前なわけで、行いは正しい。だが、だからといってPAを消滅させるだけの火力が彼らにはない。

 ライフルもハンドガンも、その連射性を有効活用するには、対ネクストには遠く、当たるのも全射撃中の約2、3割と言ったところ。オーエンのように真っ向から至近距離戦を仕掛けるわけでも、私のように一撃に懸けたわけでもない彼らには、ネクストは倒せない。

 片方にQBで急接近し、コアにブレードを突き刺す。そして、その死に体を蹴り飛ばし、もう一機に向けて加速。それもブレードで両断する。

 

『敵反応消失。作戦終了です。帰投して』

 

 どうやら、レーザー砲台なんかの中にいる敵兵は、私が戦闘している最中にどうにかしたらしい。わずか五分でよく制圧したものだ。いや、もしかしたら全て自作自演なのかもしれないが。だとしたら、レーザー砲台の欠点は言わなくても良さそうだな。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 ~レイレナード本社 エグザウィル会議室~

 

「この機体、そしてこの武装。やはり彼女のものなのか?」

 

「まぁ、まず間違いないでしょう」

 

「ノーマルなんぞにやられた機体だからと、あの小さな研究コロニーに寄付してやったが…まさか、あのブレードも一緒だとは」

 

「しかし、ここらで何も聞かないとなると、別にアナトリアの連中は、あの機体がノーマルによって傷つけられたという事は、言いふらしてないらしい」

 

「そんな邪険にならなくても、アリーヤを宣伝していると思えば」

 

「兎に角、あの機体を調べてくれ。誰が乗っているのか。何が目的か。どんな装備か。内装まで調べろ。計画の障壁になるようなら、消さねばなるまい」

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

「くそっ、また負けたか…」

 

 シミュレータマシンから出て、ドリンクを手に取り、喉に流し込む。ネクストにいち早く慣れるため、私とオーエンはネクスト戦を想定したシミュレーションをしていたのだ。

 対戦相手はもちろんオーエン。シミュレータを同期する事で、対戦ができるという、なんとも素晴らしい設計になっていた。

 しかしながら、流石は元レイヴンのトップ。そう簡単に勝たせてはくれない。というより、彼もフィオナさんも言っていたが、オーエンの軽量機と私の近接機では、あまりにも相性が悪すぎる。

 私の機体はプラズマキャノンとマシンガンで牽制、相手の移動方向をこちら側で操作、誘導し、一気に接近してブレードで斬るという戦術が基本なのだ。だが、彼の機体はマシンガン、ライフル、ミサイルを主とした軽量機で、所謂『引き撃ち』というテクニックを用いるのに特化している。

 そして、更に相性の悪さを加速させているのが、機体の燃費だ。確かに、ノーマルと比べれば圧倒的に使用できるエネルギー量が増えているネクストだが、QBや、高出力化した武装を見れば分かる通り、消費エネルギー量もまた確実に増加している。

 私の『ロレーヌ』は、レイレナード社の標準機『AALIYAH(アリーヤ)』を素体にしているのだが、アリーヤは内部性能が異常に高い上、自前の装甲は薄く、PAを使って攻撃を受け止め、速度でゴリ押し、本装甲にダメージを受ける前に仕留めるのが基本となるのが分かる。

 対して、オーエン-現在リンクスネームではUnknown-の機体『グレイゴースト』は、イクバールの標準機『SARAF』を素体にしているのだが、サラーフは、ネクスト全体で見てもかなり軽量で、機動戦に特化した機体に仕上がっており、特徴として、そのパーツ本体での消費エネルギーの少なさと、高い滞空性能が挙げられるのだ。

 

 つまり、燃費が悪いアリーヤは、高い運動性を持ちながら、地上での戦闘を強いられる機体であり、機動性と滞空性を兼ね備えたサラーフとは噛み合わないのだ。

 しかも、相手はあのオーエンときたものだ。勝ち目は無いに等しい。

 

 だが、それで諦める訳にはいかない。今はいいとして、いずれ、イクバール機と戦闘する機会は必ずある。それを前にした時、『相手が相手だ。勝てるはずがない』と思って諦めるのか?いや、それはないだろう。

 戦場では何があるか分からない。そして、撤退が許されない時だってある。そんな時、死を覚悟して戦うのはいい。だが、最初から敗けを覚悟して戦うのはおかしい。それは駄目だ。

 

「すまないが、オーエン。もう一度頼めないか?」

 

「ん?まぁいいが...次やったら休めよ」

 

 オーエンは見た目に反して優しい。私の訓練には必ず付き合ってくれる。ブレードに関する技術も、彼からだいぶ学んだし、QBを応用した急速旋回法『QT』なるものも彼は編み出したのだ。

 とまぁ、とりあえず私達はシミュレータマシンに入り、AMS端子を首元の差し込む口に差し込み、システムを起動させる。

 起動した時の一瞬だけ、視界が眩み、吐き気を催すような気分になる。そしてすぐさまそれは回復し、目の前には...砂漠に呑まれた街が広がっていた。どうやら、舞台はアフリカ戦線らしい。

 

 シミュレータで再現できるのは、システムの性能面から、4平方キロメートル範囲までとなっており、そこから出てしまうと、作戦領域から敵前逃亡したと見なされ、自動的に撃破判定が出るという。

 そんな機能があるとしても、シミュレーションとしては破格の性能であり、企業連合体に登録しているACのデータ全て入っているという点も、素晴らしいの一言だ。

 

『さて、準備はできたな』

 

 オーエンからの通信だ。

 勿論、私は準備万端である。もう何回も負けているから、そろそろ一勝したいところだ。

 

「OKだ。じゃあ」

 

『ああ...いくぞ!』

 

「『いざ、尋常に-勝負!」』




ちょっと短めですが、シャルルvsオーエンが予想以上に長くなりそうだったので…

次回は模擬戦と、もう一つ何か書ければいいなって


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Accelerate & Slash

朝起きる→さて14話やるか!→なんか...UA数とか色々滅茶苦茶上がってない?→調べてみよ

そしたら 評価バーに色ついてる!赤い!評価コメもある!嬉しい!
     日間ランキングにも載ってる!ありがとう!

なんか...もう...ありがとう。頑張るよ私



端的に言うなら、オーエンは強敵である。

彼は、AMS適正の低さをもって余りある程、高い技術を駆使し、戦闘を行う。

地の利、機体特性、射程、俯角、視認範囲等々、使える全ての情報を用いて戦場を操る。しかも、自分の機体特性だけではなく、相手の素早さ等から内装までも予測して戦闘をするのだという。

 

正直言おう。私にはそんな事無理。できない。ていうか、この短期間の間に殆ど全てのパーツの数値を覚えきった事が驚きだ。

 

でも、そんな事は関係ない。今は訓練。しかも、彼は味方である。だとすれば、このシミュレーターで彼と戦い、その技術を取る勢いでぶち当たるだけだ。

別に、負けてもいい。でも、負ける前に諦めるのはダメだ。

 

「まずは、前を向かないとな」

 

何事もそこからだ。そうしないと、いつまで経っても勝てない。

メインブースターにAMSから信号を送り、巡航速度での移動を開始させる。周囲に反応は...あった。しかも、上から多数。それも、2、3個の反応ではなく、10…いや、20以上はある。

思わず上を見上げると、幾つものマイクロミサイルがこちらに向けて殺到していた。左腕のマシンガンを乱射し、自分の進路上にあるそれを破壊していく。が、流石に全てを叩き落すことは叶わず、数発を被弾するが、PAの存在もあって、支障をきたす程のものにはならない。

 

「弱ったなぁ」

 

あちこちからミサイルの着弾による爆発音がするところから察するに、私の反応を伺うために、無差別にミサイルを射出しているのだろう。彼の装備している、散布ミサイルならではの戦術だ。

ミサイルの弾道から、彼の位置も大体把握できたが、逆に、私の迎撃した方向、射撃音も彼に届いている筈。つまり、お互いがお互いの位置を知ったという事になる。

なら、どうする?出方を伺うか?そんな訳がないだろう。ビルを盾にできるルートをミニマップから予測。そして、オーエンの予想地点を算出。

この機体のFCSは、他のどんなものよりも射撃兵装のロックオン距離が短い。そして、ブレード使用時のロックオン距離が長い。だから、相手のペースになる前に、自分の得意な距離、有利な状況にする必要性がある。

それは、要するに奇襲戦法の有用性を示している。勿論、私が現在進行形で練習しているものだ。

 

だが、それをオーエン相手に成功したことがあるかと言われれば、答えは"No"である。

今回だって、成功する確率は低い。だが

 

ブースターの出力を若干上げ、作り上げたルートを走り抜ける。私がルートの半分を過ぎるまで、全く私の機体以外が発する音が無かったのが、とても不気味だった。

そしてとうとう、レーダーが彼の反応をキャッチした。距離は...そう遠くない。この機体のFCS性能を考えると、彼はもう私の事が見えているに違いない。それを前提として、それでも突撃はやめない。

 

更にブースターの出力を上げ、通常出力での限界の速さに到達する。ざっと、極限まで軽量高速化した、ノーマルACのOB並か、それ以上の速さ。

目の前の砂丘を一つ越え、オーエンを視認する。予想通り、彼はこちらを向いている。マシンガンとライフルを構え、迎撃態勢は整っていると言わんばかりに。

そして、距離900を切ったところで、彼が仕掛けてきた。これまでと同じように、素早く後退しながら、マシンガンとライフルを連射してくる。こちらも追いかけるが、いかにブースターの出力が高く、そこそこ軽いアリーヤタイプとはいえ、完全なる軽量機であるサラーフに追いつくのは厳しい。事実、先ほどからあまり距離は縮まっていない。

私のFCSのロックオン距離は720。対して、彼の持つFCSは900ある。つまり、今だに800近くある距離の状態では、私はロックオンが行えずに一方的に射撃されっぱなしという事だ。

 

『どうした、近づかないなら、そのまま撃破するが』

 

彼から若干挑発的な言葉が入る。近づきたいが、このまま行っても蜂の巣だ。まずは、その引き撃ちを止めさせないといけない。

別に、ロックオンしないと撃てないわけではない。ただ、当てにくいだけ。つまり、乱射して牽制に使う程度には全然使えるという事。そして、私が右背中に担いでいるプラズマキャノンは、着弾地点に一時的な電波障害を引き起こし、FCSの性能を数瞬だけ低下させられる。

これを使えば、その一瞬で近づけるはずだ。

 

まずはプラズマキャノンを展開。折りたたまれた銃身が展開され、元の2倍程の長さに変貌する。そして、若干ではあるが、空中に機体を浮かせる。これにより、地上を高速移動するオーエンを撃ちおろす形になった。

別に、機体に当てなくても、その周囲に当てれば効果はある。それを狙っていく。

ロックオンをしないまま、マシンガンを構え、牽制と誘導を兼ねて射撃する。ばら撒くのではなく、できるだけ私から見て右側に機体を寄らせるように。勿論、反撃も飛んできているため、そう悠長にやってはいられない。PAが分厚い機体だからといっても、ここまで長い期間喰らっているのだ。そう長くは持たない。だが、機会はしっかりと窺う。

相手はオーエン。二度同じ手が通用する相手だとは思えない。チャンスは一回だ。

 

マシンガンを2弾倉分丁度撃ち切った、その時。彼の機体が、丁度良くプラズマキャノンの砲身の正面にズレた。今ならやれる。

 

「当たれぇ!」

 

レーザーよりも少しばかり遅い、エネルギーの塊が、ネクストに向けて一直線に発射される。そして、私はその着弾を見るまで待機、などと生温い事はしていられず、その一発だけ撃ったプラズマキャノンをパージ、左肩のオーメル製レーダーもパージ。

ENを大量に消費していたパーツ二つを放棄した事によって、機体のエネルギーに余裕が生まれる。そのエネルギーと、貴重なPA用のコジマ粒子を使用したOBで、一気に加速、接近する。

プラズマキャノンをQBによって、直撃こそしなかったが、僅かに掠ったらしい彼の機体は、予想通りFCSに障害が発生したらしく、射撃をしてこない。恐らく、もう1秒とない間に射撃をしてくるだろうが、そんな事を気にしている場合ではない。

 

OB中に、適正ロックオン距離に届いた私の機体は、マシンガンを撃ちまくり、その幾つかを命中させる。その際、PAを貫通していたのを見るに、もうPAが無いのだろう。

しかし、こちらも問題が発生した。コジマ粒子が底を尽き、OBが中断されたのだ。確かに、距離は300とブレードロックオン距離にはなっている。が、相手はただの案山子ではないため、この距離で振ってもまず当たらない。が、ネクストというのは、ノーマルと違って簡単に近づくための便利な機能がある。そう、QBだ。

 

前方に向けQBを使用し、瞬間的に時速1000㎞/hまで加速する。一瞬とかからず目の前まで接近するこちらを見て、思わずオーエンも後ろへとQBする。だが、前方にQBするのと、後方へと下がるQBのどちらが速いかと言われれば、勿論前者だ。

私とオーエンの機体間には、OBの分も合わさって、もう100もない。ならば、あとは斬るだけだ。

 

『見せてみろ...お前の力を』

 

「届けぇぇぇ!」

 

機体を前傾姿勢に、ブースターと右腕に月光を最大出力にして、横に振りぬく――――が

 

「...躱された...?」

 

オーエンは、自らの機体のバランスをわざと崩し、更にバックブースターを使用して地に寝そべったのだ。そのため、斬れる面積を横にできるだけ広くしようとした真一文字斬りでは、グレイゴーストを斬る事は叶わなかったのだ。

私の機体がブレードを振りぬくまでのごく短い時間で、彼は機体を立ち上がらせ、更には硬直の間にライフルを格納していたレーザーブレードに持ち替えた。

 

『では、こちらの番だな』

 

グレイゴーストが至近距離だというのに、全速力で近づいてくる。格納できるブレードは、月光と比べれば刀身は短く、出力も弱め...だが、この至近距離で使うのなら、大した問題にはなり得ない。

 

(完全じゃなくていい。何かを犠牲にしてもいいから、動けるだけには、なっていてくれ)

 

そう念じ、右へとQBをする。機体のすぐ左にグレイゴーストは突きの要領でブレードを使い、視界を焼く。そして、同時に私の機体を…溶かさなかった。紙一重でコアまで届かなかったらしい。左腕のHITMANは破壊されたが、それでも攻撃する手段はある。

右腕の月光を再び展開し、もう一度、今度はあまり大振りにならないように逆袈裟を。それは、グレイゴーストの左腕を斬り落としたが、致命傷にはならない。

月光は再展開までの時間が少々遅い。このままでは、相手が仕掛ける間に何もできない。だが幸いにも、ロレーヌの左腕はやられていない。マシンガンは既にパージした。そして、私の機体もブレードを格納している。

 

左腕に格納されていたブレードが装備され、ブレードを展開する。月光よりも細く、短い、鮮やかなブルーの刀身が姿を見せる。グレイゴーストの突きに合わせて、私も同じタイミングでグレイゴーストの()()()()()()突きを繰り出す。

お互い、左腕と右腕のそれが交差し、私のネクストは左肩が溶かされて崩れ落ち、彼は右腕を二の腕から先を失った。そして、彼はミサイル以外の武装が無くなってしまった。

私は、この戦闘三回目の月光の展開を行い、目の前のグレイゴーストに向けて振り下ろした。

 

『見事だな』

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

《you win》と表示された画面の前で、私は大きく深呼吸をし、それから外に出た。

シミュレーターマシンの前で待ち構えていたのは、私より早くマシンから出て、一足先に休憩に入っているオーエン…ではなく、フィオナさんだった。ちなみにオーエンは何故か正座していた。私もすぐさま正座した。

 

「二人共、訓練お疲れ様」

 

これまで、ここまで笑顔が怖いと思った事があっただろうか。いや、ないだろう。確かに、顔はニッコリしている。が、聞けば分かる。全く声が笑っていない。素晴らしく冷淡な声で、こんな事を言うのだから恐ろしい。私達二人は何も言えない。

次いつフィオナさんが口を開くのかが恐ろしくてたまらない。

 

「で、私が何を言いたいか分かる?」

 

正直言おう。全く分からん。

私達は訓練をしていただけで、何もおかしいことはしていない。確かに、依頼が今日明日は全くないと言われたから、二人して8時間ほど(休憩や昼食は勿論摂ったが)ぶっ続けで訓練していたが…それは別にレイヴン時代でも似たような事してたから、何も問題はない…と思う。となると、全く心当たりがない。

隣のオーエンも同じ様子で、あのレイヴンの王が蒼ざめた表情でプルプルと横に首を振っていた。

 

「まずは一つ目!あなた達シミュレーターマシンがやっと導入できたからって、やりすぎ!いくら何でも8時間はおかしいわ」

 

「…レイヴン時代はこれくらい普通だったが」

 

「あなたねぇ…このシミュレーターは、ノーマルのと全く違うの。AMSを忘れたの?」

 

溜息交じりに言われたのは、AMSの負荷。確かに、ネクストで戦闘するのにAMSが必要なのに、シミュレーターにだけないのは不自然。現に、さっきまでAMSは接続してたし、AMSを通じてネクストを動かす事ができた。

でも、依頼を受けてネクストに乗った時と比べても、『脳が疲れた』という変な感覚には襲われないし、Gもかからないのだから、身体は大して疲れてない。強いて言うなら、集中してちょっと精神的に疲れたかなぁとか、目が疲れたなって思うぐらいで、任務後の倒れたくなる疲れではない。

それを告げると

 

「当たり前でしょ。そんな訓練なんかで実際に乗ったのと同じ疲労がでてたら、まともに訓練なんてできないじゃない」

 

オーエンと私は顔を見合わせて『じゃあ、大丈夫だな』というアイコンタクトで会話した。が、それを打ち砕くように、フィオナさんがまた口調を強める。

 

「でも、実際のネクストの40分の1程度には負荷がかかるわ。あなた達は感じてないかもしれないけど、しっかり脳は疲れてるの。それでなくても、AMSは接続するだけで精神に負荷がかかるんだから、あまり長い時間やらないの」

 

40分の1...つまり私達は、ネクスト戦を12分間していたっていうのか。休憩を挟みながらだったから、身体的にも精神的にも疲れをあまり認識できていないだけで、実際にはとても疲れている、と。

 

「以後気を付けるように。それとも、私が管理しようかしら。…とりあえず、明日は訓練ナシね。私の買い物に付き合ってもらおうかしら」

 

「「ハイ…」」

 

次の日、アナトリアコロニー内のショッピングセンターにて、一人の少女の荷物持ちをしている傭兵が目撃されたとかされてないとか。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

「違う、こんなものではない」

 

シミュレーターマシンの中で、そう怒鳴る自らの師匠を見て、真改は少々、いや、かなり動揺していた。

ネクストに搭乗して任務に向かう時も、自分の訓練に付き合い、叱ってくれる時も。いつだって彼女がこんなにも声を荒げていた事はなかった。

いや、同じレイレナード社のリンクスであるベルリオーズと、夕食のプリンを賭けてシミュレーターで勝負をして敗けた時も感情を露わにしていたが、それもここまでのものではないはずだと記憶していた。

不器用な真改は、師匠に何と言ったらいいか、分からないでいた。

 

 

 

時は少し前まで遡る。

 

 

 

上層部から、企業連合へと新しいリンクスの登録願が提出されたとの話をされ、シミュレーターマシンにそのデータを入れたと聞かされたのだ。しかも、同僚のベルリオーズは、直接話されてはいないという。つまり、何かしらアンジェに対して言うメリットがあった。という事だ。

それが気になって気になってしょうがなかったアンジェは、真改の様子を見に行くついでに、その新しいデータを見てみようと思ったのだった。

そしたらどうだ?二つある新しいリンクスのデータの中には、ピンとくるものがあるではないか。

 

アリーヤフレームで、月光を装備していて、メインブースターは出力特化、FCSはブレード特化なんてアセンブルは、アンジェは一機…いや、今は二機しかないのを知っている。

一機は現在彼女が乗っている『オルレア』で、もう一機は、『元オルレア』だ。その元オルレアは、世界中を任務で周っている途中、様々な地域の人々から得た情報を集めて、それでも賭けとしてだが、上層部を説得してアナトリアに送った。丁寧に、月光とFCSの使用にはパスワードも設けて。

 

その元オルレア-としか思えない機体-が、今このシミュレーターマシンに入っている。企業に所属はしておらず、独立傭兵として活動しているようだが、確かにアナトリアコロニーで活動しているらしい。

リンクスネームは『シャルル』機体名は『ロレーヌ』と、どちらもフランス由来らしい名前。『アンジェ』と『オルレア』という、やはりこちらもフランス由来。ここまでくると、もはや偶然とは思えない。

アンジェは、確実な証拠がない中で、この『シャルル』というリンクスが、あのレイヴンの『八咫烏』だと確信した。

 

 

 

そして、シミュレーターの機能を使い、このネクストとシミュレーションバトルを行った。が、結果は酷いものだった。

彼女が想像していた結果とは真逆に、何度やっても、CPU相手に簡単に勝ててしまうのだ。そう、一瞬で、早ければ30秒とかからずに。

確かに、CPUは実際の人間と比べれば弱いとは前々から言われていたし、アンジェ自身確かにそうだ。と思っていた。でもそれの範囲を遥かに超えるほどに弱かったのだ。

実際、原因と言えるものはざっくり言うと二つ程あった。

一つは、シャルルの乗るロレーヌというネクストは、お世辞にも使いやすいとは言えない。燃費が元から悪いアリーヤに、EN消費量が大変多いパーツばかり使っていれば当たり前だ。それを使えているのは、シャルルの技量あってこそなのだ。

もう一つは、データ不足が挙げられる。現在、シャルルが受けた依頼は全部で3つ。しかも、どれも簡単なものばかりで、ノーマルとしか戦闘していない。

企業にも所属していないため、企業間の親交を深めるために行う、リンクス同士のシミュレーターを用いた模擬戦行っていないため、圧倒的に彼の戦闘スタイル等のデータが足りないのだった。

 

そんな事が分かっていても、アンジェとしては我慢ならなかった。

自分の追い求める相手が、自分の認めた相手が、シミュレーションとはいえ、こんなに弱いのが許せなかった。

彼女は泣いた。満足した結果が得られなくて。自分の事を師匠と仰ぐ真改がそばにいるのに、それを忘れて泣いた。

そして誓った。彼に、シャルルに会おうと。




不器用な真改君は、この後アンジェの気が済むまで傍にいて、その後一杯シミュレーターバトルしてもらったんだって。ヤサシイセカイダナー

シャルル=サンはあの後プラズマキャノンを外したようです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砂嵐の中で

PS4で、ロボゲー出ませんかね。具体的に言うと、AC6出ませんかね。
LEFT ALIVEっていう、フロントミッション系列のゲーム出るらしいですけど…人間がメインって…そうじゃないんだよなぁ…ロボ全面に出してほしいんだよなぁ

それはともかく、沢山のUA、お気に入りありがとう!これからも頑張ります!


パックスが世界を握っていたという点においては、今も昔も大して変わらないな。勿論、あのラインアークのように、その体制を快く思わない者達も数多くいた。

アフリカにいた民族系ゲリラ、マグリブ解放戦線もその一つで、あの時代の反体制勢力の中でも最大のものだったな。今でいう、リリアナと思ってくれて構わない。まぁ、しようとしていた事は違うが…

 

構成員の誰も彼もが、企業の支配によって住む場所を奪われた者達だった。彼らは故郷を取り戻すため、命を張って戦っていた。

それを支えていたのは、人々の想いもあっただろうが、やはり闇に見えてくるのは企業の存在。それが露わになった戦場を私は一つだけ知っている。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

先日、オーエンが受けた任務は、あまり心地よいものではなかったと言う。いつも通り、ノーマルACを撃破目標とした、奇襲作戦だったが、その相手が問題だった。

今まではテロリスト集団相手だったが、その任務は『マグリブ解放戦線』という反体制勢力で、自らの故郷を取り戻すために戦闘をしている人々だった。そのためか、士気は異様に高く、どれだけ劣勢になっても、どれだけ撃破しても退却しようとせず、むしろ攻撃をしてきたという。それも、戦車やヘリコプターでだ。

 

オーエンは、あの任務の事を「気味が悪かった」と言っていた。レイヴン時代に相手した反体制勢力とは、明らかに違うとも。

だが、怖いもの見たさと言ったらいいのか、私は彼らが非常に気になってしょうがなかった。

そしてとうとう、私にもマグリブ解放戦線に関連する依頼が来てしまった。

 

『マグリブ解放戦線のエレトレイア城塞を強襲し、弾道ミサイル施設を破壊してください』

 

「敵の戦力は?」

 

『エレトレイア城塞は、彼らの重要拠点なので、ノーマルを含む大部隊が予想されます』

 

はぁ、結局、大部隊でもノーマルかぁ。猛烈な砂嵐があるとフィオナさんは言ってるけど、それでも簡単だろうなぁ。

マグリブ解放戦線が所有する、2機のネクストのうち一機は現在別の場所にいるっていうし、もう一機は、私の任務とほぼ同時にオーエンが撃破しに行くらしいから、おそらくこの作戦で私がネクストと戦闘する事はないだろう。

経験を積みたいというのに、ネクスト戦ができないのでは無理。シミュレーターは、CPUにやらせると弱すぎるし、かといって対人だとオーエンしかいないから、結局試合はワンパターンになる。ちなみに私のオーエンに対する勝率は13%である。本当にごくたまに勝てるか勝てないかって感じだ。

 

『以上で、作戦の説明を終了します』

 

そうそう。降下による作戦開始はどうにかならないのかって聞いたんだが、答えは至極簡単なものだった。

『無理』

の一言。と言う訳ではないんだが、その方が天候に左右されなかったり、輸送中の襲撃を受けにくかったりするらしい。そしてなにより、コジマ粒子による汚染が空中輸送なら起こりにくいという理由で、輸送機による輸送と、それによる降下作戦が基本になるらしい。

異論は認められませんでした。

 

 

 

____________

 

 

 

 

輸送機から降りると、私の目の前に広がっているのは、広い砂漠と敵部隊…ではなく、ごうごうと吹き荒れる砂嵐であった。視界はすこぶる悪く、少し先すら視認は難しい。夜でない事が唯一の救いだった。

こんな時役に立つのが、左背中に装備しているレーダーであった。FCSの補助装置として働いてくれるこれは、FCSが持つレーダー性能を支える装備で、いつもより遠く、早くに敵を探すのに長けている。いつもは地形などを考えて奇襲するために積んでいる装備だが、今の状況にはとてもマッチしている。

さて、弾道ミサイル発射装置の撃破が目標らしいが、いくらレーダーを積んでいるとはいえ、何がどこにあるのかまでは全くわからないので、フィオナさんに聞いてみるとしよう。

 

『目標は、前方にあるエレトレイア城塞に配備されています。情報が確かなら、まだそこにあるはず。そのまま北上し、城塞に向かってください』

 

そう言われてフットペダルとイメージを同時に行い、ネクスト前へと動かす。それに伴い、レーダーの範囲に入った敵が次々と表示される。方角、距離、高さ等の様々な情報が次々と頭に流れ込み、気分の悪さと引き換えに、感覚で敵の場所が分かるようになる。

レーダーで位置が分かるとは言っても、FCS自体は変わっていないため、ロックオンするためには接近しないといけない。だから、接近したのだが、そこに待っていたのは驚愕の真実だった。

敵はパワードスーツを着て戦闘をしていたのだ。

 

パワードスーツは、文字通り歩兵が直接着込んで戦闘力を向上させるための装備であるが、MTが戦場を駆ける以前からの物で、言ってしまえば旧世代の兵器。最低限の戦力に成り得るかどうかのものだ。

それほどまでにそれは弱く、ネクストと、いやノーマルACとでも戦闘しようものなら、ブースターで焼かれるか、体当たりされるか、マシンガンの掃射で簡単に薙ぎ払われるだろう。

あくまでも戦車に対抗するための『新しい三次元戦闘』を具現化しただけのそれで、ACに立ち向かうにはあまりに無謀。私なら銃殺刑になるかどうか分からなくても、敵前逃亡する自信がある。

 

それすらも可能とするソレ。オーエンの言っていた気味の悪さとは、つまりこういう事だろう。士気の高さだけでは済まない。士気の高さだけで言うなら、これを超えるものもあるだろう。でも、これは別の何か、そう、言ってしまえば執念のようなものを感じるのだ。怨念といってもいい。

では、これはなんだ?

 

パワードスーツと戦車をマシンガンで薙ぎ払い、ノーマルACとMTをブレードで切り裂きながら前へとひたすらに進む。

予想以上に数が多く、半包囲されつつも、一か所だけを集中して突破し、再び攻撃するというサイクルを繰り返し繰り返し行い、地道に数を減らしていく。

しかし、異常事態(イレギュラー)というものは、いつでも起こり得るもので、今回は3回目のアタックの時に起こった。

 

『...?...これはっ!』

 

「どうした?何か異常でもあったか?」

 

フィオナさんが捉えたナニカ。それを私を薄々分かっていた。

このマグリブ解放戦線だが、流石に1組織が企業に対してまともに戦えるはずがない。ともすれば、背景には何かしら別の企業が見えてくる。

マグリブが争っているのは、アフリカに進出した企業群『インテリオル・ユニオン』である。そして、そのインテリオル・ユニオンと火と油の関係であるのが、東南アジアの企業であるイクバールグループなのである。

イクバールからすれば、自分達の進出しようとした地域に入ってきた、インテリオル・ユニオンは邪魔な存在。しかし、国家解体戦争が終結し、条約ならかんやらを他の企業と結んだ今、そこまで表立っては事を起こせない。そしたらそこに、やる気はあるのに物がないという反体制勢力がいるじゃないか。ってことだろう。

しかし、マグリブは最近になって下火になってきている。これはイクバールにとっても一大事である。

 

だから、作戦前から考えていた。この任務、イクバールからの刺客がいるのではないか?と。

 

その予感は的中する事になる。

 

『ノーマルじゃない...コジマ反応!?ネクスト!何故?』

 

砂嵐越しでも分かる。ネクストのOBが放つ、眩い光と、PAのコジマの光。そして、微かに見えるシルエットは...イクバール製のサラーフ。ビンゴだ。

 

《アナトリアのネクストか…しかも、近接の方とはなぁ...》

《悪いが、見逃してやれん》

 

最近の戦場では、オープンチャンネルで相手方に話すのが流行らしい。相手方からわざわざ名乗り出てくれた。

敵ネクストは、実質イクバールの子会社である、テクノクラートのリンクス『ポリスビッチ』。シミュレーターでは確か...そう。自社の製品であるロケットを大量に装備した機体だった。

 

《ここでくたばりな!》

 

イクバールのリンクスではなかったが、まぁ、実質的には大して変わらないから、良しとしよう。機体のAPはノーマル相手に削られていないし、残弾も十二分にある。ブレードの調子も良さそうだ。

さて、初のネクスト戦だ。楽しくいこうじゃないか。

 

 

 

____________

 

 

 

やはり、と言うべきか。イクバール製のサラーフは速い。この砂嵐の中で、ロックオンができる場所までくっ付くのが限界であった。しかし、それ以上近づく事ができないのが現状だった。

マシンガンはある程度避けられる。だが、その先は踏み込めない。相手には強力なロケットが装備されているから、ブレード間合いに入れば、ロックオンができない武装であるロケットでも、さすがに当てられるだろう。

更に、ロケットは衝撃力が強く、当たれば一撃で機体が止まる。そうすれば、後は相手のターンになる。それだけは、避けなければならない。

 

それを見たポリスビッチは、マシンガンを撃ちまくりながら叫んできた。

 

《これがレイヴンか!面白い!》

 

(トリガーハッピーめ...)

 

私はそう呟きながら、マシンガンの弾をいなし、たまに飛んでくるロケットをマシンガンで撃ち落とす。だめだ。完全に流れを摑まれてる。

 

《だが、所詮は旧世代の遺物...やらせてもらう》

 

ギアを変えたポリスビッチが、QBを多用して接近してくる。マシンガンの命中率がそれに伴って上昇し、何発か喰らう。全てPAが受け止めてくれているが、いつ剥がれてダメージを喰らうか、分かったものではない。だが、そう遠くない未来である事は確かだ。

私はすかさずロレーヌに回避を命じ、右へ、左へQBを行う。一度、また一度と行う度に、耐Gスーツを纏った身を高負荷のGと、異常な量の情報量が襲い掛かるが、ぐっとこらえ、回避に専念し、隙を伺う。

相手は人間だ。必ず隙は生まれる。

そして、何分か経っただろうか。

 

《弱い、弱すぎるわ!》

 

ポリスビッチは突然そう叫び、更に距離を詰めようとしてきたのだ。相手が詰めようとしてQBを使う瞬間。私はロレーヌのOBを起動させ、一気に距離を詰めることにした。

長い戦闘のお陰で、相手の武器の残弾はそこそこ少ない筈であり、やるなら今しかない。相手が詰めてくるのなら、なおさら接近は楽だ。

牽制として、今まで以上にばらけてマシンガンを撃ち、できるだけロケットを撃たせない環境を作る。ポリスビッチは私のマシンガンによって一回自爆したために、私がマシンガンを撃っている間はロケットを撃ってこないのだ。

 

《小癪なぁ!近づいて吹き飛ばしてやるわ!   ハラショーーーー!!!!!》

 

ポリスビッチの機体『バガモール』が前傾姿勢をとり、勢いよく前に出る。それに合わせ、私はロレーヌのOBを使い、激しいGと共にバガモールの真ん前まで接近した。

相手はQBの途中で、狙いを付けるのが難しい筈。今がチャンスだ。

月光を展開して、OBの勢いに任せたまま、突きをする。ポリスビッチは回避運動を行おうとするが、強い負担がかかるQBを連続して行うのは困難な事は、私もよく知っている。やはり、奴はQBを行わない回避をしようとした。当然、それ程度で回避させる私のロレーヌではない。

スラスターで細かく方向を調整し、速度を落とさずに真正面にバガモールを捉え続け、ついに月光を振った。

 

しかし、相手を一突きで殺す事はできなかった。咄嗟にポリスビッチは右腕をコアを守るように前に出し、そしてバックブースターを使ったのだ。

コアを溶かすことは叶わず、左腕を消し飛ばすだけであった。が、私にとってはそれで十分だ。そのまま張り付く様に移動し、バガモールの目の前に居続ける。そして、マシンガンを構え、背中武器に向けて撃ちまくる。当たり前のように、マシンガンの弾は大型ロケットに突き刺さり、爆発する。

ただでさえ少なかった両者のPAは完全に剥がれ、装備していたバガモールは、背面の装甲が完全に破壊され、ブースターが破損する。メインブースターが破壊されたネクスト機など、ただの案山子に過ぎない。

当然、私のロレーヌもフレームがボロボロになったが、構わずマシンガンを捨て、空いた左腕でバガモールの頭部を掴み、地面に叩き付ける。蠅叩きで叩かれた羽虫のように、バガモールは立ち上がれない。ロレーヌの脚部で腰を踏みつけたからだ。

だが、バガモールの右腕は動く。素晴らしい執念だ。

 

《吾輩にはっ...祖国がある...負けられんよ!》

 

火花が上がる関節部を無理やり動かし、私に照準を向ける。それを見て、私は月光で銃先を切り裂いた。一瞬で優勢をひっくり返され、もはや殺される目前になってしまったポリスビッチは、今さっきの威勢をなくしてしまった。

 

《なんなんだ...貴様。レイヴンでは、なかったのか。旧世代の遺物では…》

 

流石に言われっぱなしでは気が済まない。そう思って、拡声機能を使い、ポリスビッチに話しかける。

 

「私は、レイヴンの名を捨てた。もう、レイヴンではなくリンクスだ。それを分かってて、戦っていたのではなかったのか」

「私は、負けられない。あるリンクスを追いかけて戦場に出ているのだ。絶対に、彼女以外に、いや、彼女にだって、負ける事は許されないんだ」

 

《吾輩ともあろうものが…相手を見誤るとはな…ハラショー。お前の信念は、吾輩の故郷を思う気持ちの次に、素晴らしいな…》

《もう一度…故郷の空を畑を…見たかったぜ》

 

右腕を振り下ろし、バガモールのコアのど真ん中を突き刺す。もう、あの騒がしい声で叫んでいた、ポリスビッチの声はない。

私が殺したのだから。

レイヴンの頃のように、皆傭兵ではない。誰もが何かを背負って戦っているだけに、あの頃のように、良かったと、一概に言える戦場には程遠い。罪悪感、ではないが、それに似た、何かが私の心を回っている。

 

まだ、任務は終わっていない。ミサイル発射装置を破壊しなければ、今回の依頼は終わらないのだから。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

『お疲れ様。初のネクスト戦、異常事態(イレギュラー)だったけど、生きていてよかった』

 

ミサイル発射装置を全て破壊し終えた私に、フィオナさんはそう言ってくれた。

彼女はイレギュラーと言ったが、私はこうなるであろうと、少し覚悟していたから、そこについては何も思っていなかった。ネクスト戦も、最初はペースを取られていたものの、被弾はそこまでなしに終わったから、及第点と言えるだろう。

でも、私は何か勘違いしていたのかもしれない。

 

ポリスビッチは私の事をレイヴンだと、旧世代の遺物だと言っていた。あの時は否定したものの、実は、私はまだあの時と同じ気持ちで戦闘に挑んでいたのではないか。

両者ともに、自分の命と報酬を賭け、明日を生きるために闘う。それだけの戦闘ではなかった。

私はアナトリアの運命と彼女との誓いが、ポリスビッチには彼が『祖国』と呼ぶものと、帰るべき場所があった。レイヴンの戦闘とは、賭けているものが違った。

ポリスビッチの動きは、オーエンの機動に比べれば赤子のようなもので、目に追えないものでも、一手間加えないと近づけないものでもなかった。

 

ただ、執念があった。負けられない想いがあった。ただ、それだけだった。

 

それだけが、私と同じだった。戦場を駆ける想いは、どちらも同じだった。技量、技術に関係なく、彼は戦士だった。それだけだ。

 

これから先、ポリスビッチのような、いや、それ以上の想いを持つリンクスがいるだろう。でも、私は死ねない。負けられない。彼女と、アンジェと再び剣を交わす時まで、まだ、死ねない。




最初のネクスト戦、アマジークかと思った?残念!ポリスビッチでした!ハラショー

さて、シャルル君のロレーヌですが

フレーム全部 アリーヤ
FCS BLUEXS
ジェネ MAXWELL
メインブースター VIRTUE バック AALIYAH/B サイド AB-HOGIRE OB AALIYAH/O
左 HITMAN 右 月光 
左背 RDF-O200(オーメルレーダー) 右背 ミッションに応じてお好みで 
肩 ナシ(後々架空装備が付きます)

スタビライザーはオルレアと同じもの


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

信念は潰えず

この話だけ、異様に書き直してました。主にアマジークさん関連

あと、フィオナさんの年齢は24歳位らしいですね。私はてっきり21だと思ってました。
やっぱりガバガバなssだけど、フィオナさんは21という事でお願いします。そうじゃなきゃ、シャルル君が一番下の子になっちゃうからね
いや、それでもいいけど


 俺の依頼は、イレギュラーネクストの排除。

 アマジークをどうにかして倒せば、依頼は無事達成だ。だが、どうも依頼主は俺の事をあまり信用していないようで、アマジークを正攻法ではなく、奇襲によって起動前に破壊する事を推奨してきた。

 確かに、起動までに十数秒を要するネクストに対して、それはかなり有効な戦術になるだろう。だが、それを私は良いものだとは到底思えない。

 

 戦闘する相手には、必要最低限の敬意を払う

 

 それが、俺の流儀であった。

 たとえ相手が、テロリストだろうが、反体制勢力だろうが、同じ傭兵だろうが、企業からの差し金だろうが構わない。俺と戦闘する相手かどうかが問題なのだから。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 オーエンの機体が、輸送中の敵ネクスト、アマジークの駆るバルバロイに向かって一直線に進む。さすがサラーフベースの機体だけあって、かなりの速度である。

 そして、バルバロイをグレイゴーストが視認し、右手のライフルで射撃を開始した。そして、初弾がバルバロイに迫り、起動すらしていない筈のバルバロイに命中、しなかった。

 見事にライフル弾は輸送トラックに命中し、あたかも元からバルバロイがいなかったかのようだった。

 何故そうなったのか、すぐにオーエンは答えが分かった。

 

 バルバロイが起動し、動き始めたのだ

 

 まるで、来るのが分かっていたとでも言わんばかりに、バルバロイは輸送トラックから勢いよく飛び出し、すぐに上空に舞い上がった。メインブースターの性能をフルに使った跳躍で、見ただけでアマジークの腕が分かるものだった。

 オーエンは、それだけで理解した。アマジークが、ただやられるだけの存在ではない事を。そして、自分を消しにきている存在だと。それだけで彼が戦闘する意味は十分だった。手抜きをする必要性が無くなったのだから。

 

 だが、フィオナはそうでもなかった。

 アマジークの動きからして、これは彼の勘が良かったからという訳でもないだろう。ともなれば、オーエンがアマジークを襲撃するという情報が、どこかしらから漏れていたという事だ。それが企業側の思惑ならまだいいのだが―断じて良い訳ではないけれど―アナトリア内部から漏れたなら問題である。

 アナトリアで傭兵稼業について知っている人物は限られているため、そのメンバーを疑う必要性が出てくるのは、純粋な彼女にとってはとても難しい事だからだ。

 

 それでも、それについて考えている時間は今はない。アマジークとの戦闘になってしまったオーエンが、少しでも有利に戦闘を行えるように、オペレートをしなければならないのだから。

 お互い似たよった機体構成の二機は、接近戦に持ち込もうとするグレイゴーストと、それを避け、絶妙な距離を保ちたいと考えるバルバロイの動きによって均衡状態であった。

 しかし、それは普通に考えたらおかしい事だった。

 メインブースターを吹かして接近するグレイゴーストと、バックブースターで後退するバルバロイでは、速度が大きく差があるはずなのだ。勿論、ブーストする回数でゴリ押しするという事も可能だが、それでは如何に燃費の良いサラーフベースだとしても当然持たない。が、バルバロイに止まる兆候は一切見られない。

 ということは、アマジークにはブースターの性能を底上げできる裏技があるか、特殊なパーツを持っているという可能性があるのだった。

 

 しかし、オーエンはアマジークが特殊なパーツを持っているとは思えなかった。企業がバックにいるであろう組織とはいえ、所詮はそれ止まり。実際に企業が最新パーツを渡すかどうかと言われれば、“それはない”というのが普通だろう。

 

 《悪いが、死ねんのだ 貴様らの所為でな!》

 

 アマジークは見事な引き撃ちで距離を放していく。その手際の良さには、流石のオーエンも舌を巻いた。だが、同時に不思議にも思った。あまりにもアマジークが接近戦を嫌い過ぎてるのだ。

 機体の武器構成を見れば、明らかにバルバロイの方が接近した時強いはずだ。マシンガンの命中率を高めたいがだけに接近するグレイゴーストとは明らかに違い、バルバロイはショットガンを持っているのだから。

 それが、オーエンのやろうとしている事を感づいているからなのか…それともただ何かを恐れているのか…オーエンには、どうも後者に思えた。

 

 《足掻くな…運命を受け入れろ!》

 

「なんの手品か分からんが、接近させないつもりなら無駄だ 押し通る!」

 

 グレイゴーストの背部から、大型のブースターが剥き出しになり、エネルギーがそこに集中する。コジマ粒子をプラズマに変換し、それを燃料として、超加速が行われる。

 まさに、猪突猛進というに相応しい、真っ直ぐな動きでグレイゴーストはバルバロイへ直進し、マシンガンとライフルの銃弾の雨を降らす。これがノーマルAC同士の戦闘なら、これで決着がついたようなものだが、ネクスト戦ではそうもいかないらしい。

 アマジークはQBを左右に揺れるように使い、被弾を最小限にとどめている。それは全てPAで吸収できる程度のダメージのようで、全く本体には傷ができていなかった。そして、彼は反撃とばかりに散布ミサイルを発射し、牽制するが、それもまたオーエンはQBで避けてしまったために、有効打にすらならない。

 

 お互いの腕は互角、いや、腕は圧倒的にオーエンが勝っていたが、劣悪なAMS適正―とはいえオーエンと変わらない程のだが―を補うナニカ。それがアマジークにはあり、それによって機体の追従性はアマジークの方が上だった。

 その機体の追従性だけでアマジークがオーエンと渡りあえているのは、ひとえに特異なQBがあるからに他ならない。が、その絶妙な均衡もついに破られようとしていた。オーエンが、QBのトリックに気づいたからだ。

 

 横QBにて、オーエンはバルバロイのQBで、一瞬ではあるが、自分の機体のQBと比べて溜めのようなものが発生しているのに気づいたのだ。QBをする体勢にバルバロイがなってからQBが発動するまで、微妙な時間ではあるものの、タイムラグのようなものが発生していて、それがあのQBに繋がっているのではと考えたのだ。

 なら、自分も真似をすればできるはずだ。オーエンの辞書に、『できない』という言葉はなかった。

 QBを管理する右足のペダルを見ながら、頭の中でイメージを膨らます。

 

「エネルギーを…一瞬溜めて、放つ」

 

 すぐさま行動に移したオーエンは、驚愕した。(戦闘中に)数回試し、やっと成功させたソレは、明らかに普通のものとはスピードが異なるのだ。

 例えるなら、今までのはただ地面を蹴りあげるだけだったのに、この特殊なQBはまるで、スタートダッシュがあるように加速する。

 今まで時速800kmだったのが、四桁までになり、移動距離も明らかに伸びた。

 

 そうなれば、そのQBの特異さでなんとか不利を補っていたアマジークが負け始めるのは、赤子でも分かることだった。

 

 通常のQBを引き離すバックブーストも、コツを掴んだオーエンに対しては何の役にも立たず、マシンガンによって常にバルバロイのPAは無い状態なので、OBによって逃げることも叶わない。

 既に負け戦であった。

 

 《押されている…?侮れんな…レイヴン…だが、負けられん》

 

 自らが大きな精神負荷を背負い、戦闘を続け、なんとか習得した技を一瞬で見破り、更には瞬間的に実践までして見せたオーエンに、アマジークはもはや絶望まで感じていた。

 正義は自分達にあると思い戦い、信仰する神に誓って故郷を取り返そうとしている彼にとっては、それはもはや神の裏切りのようにも思えた。

 

 オーエンは、バルバロイからの攻撃が急激に減った事を察した。自分のライフル弾も先程より熱心に避けようとせず、度々発した声も殆ど聞こえなくなった。

 

『戦意を…喪失しているの?』

 

 フィオナがそう発したが、完全にそういう訳でもないのが、ミサイルを撃ち落としたり、死なない程度には回避行動を取っていることから分かる。

 それを見て、オーエンはナニカを思い出した。

 

 《アアアアアァァァァァ》

 

 何か、苦しむような声がバルバロイから発せられる。その声は、間違いなくアマジークのものだったが、その声に込められた憎しみ、怒り等々が混ざりあった、何とも言えない狂気は、通信越しのフィオナを震え上がらせる程のものであった。

 

 そして、フィオナは震えながら、恐怖しながら確信した。

 これが、『AMS』の負の一面を表したものだと。

 

 先程のが嵐の前の静けさというなら、これは間違いなく嵐だろう。命知らずとも思える突撃と攻撃を容赦なく行い、確実にオーエンを殺しにきていた。

 まるで、感情のままに攻撃しているように感じられる動き。

 

 《消えろ 消えろ 消えろ きえろ きえろ きえろ キエロ キエロ キエロ》

 

 いつしかカタコトのように呟くだけになったアマジークは、最早殺戮兵器と化していた。

 それはオーエンも理解しており、より一層早く始末してしまおうと考え、より接近し、的確に攻撃を当てていった。

 散布ミサイルをばら撒いて移動方向を制限し、マシンガンでPAを削り、ライフルで確実に装甲をガリガリと剥がしていく。決してすぐに撃破できる方法ではなかったが、確かに確実であった。

 が、アクシデントは起こる。

 

 《こちら、ホワイトグリント。ジョシュア・オブライエンだ。援軍に向かう。持ちこたえてくれ》

 

 こちらの回線に割って入ってきたのは、別の第三者の言葉。

 増援が来れば、いくらオーエンでも苦戦は必至だし、弾薬も心許ない状態での戦闘になる。より一層、攻撃の手を緩める訳にはいかなくなった。

 

 グレイゴーストを巧に操り、常に相手の右側に位置取り、ショットガンが全弾命中せず、こちら側の弾だけ命中率が高くなる距離にずっといるようにしている。

 それから二分間の間、ずっと射撃をしていたのに、バルバロイは倒れない。機体から火花が上がり、武装は殆ど残っておらず、スラスターは半壊し、フレームが剥きだしになっているというのに、まだ動く。撃ち続ける。戦闘を続ける。まるで、アマジークの意志をバルバロイが反映しているかのように。

 

 マシンガン程度では撃破に至れないと判断し、オーエンは格納されていた小型ブレードを展開する。細身の刀身が顔を出し、バルバロイへ殺意の塊を向ける。

 それでも、バルバロイは、アマジークは止まる気配はない。正気だった時の引き撃ち主体のスタイルは、その場には欠片も残っておらず、ただ敵を殺すために近づこうとしていた。その様はまるで獣である。

 ミサイルとライフルを乱射し、残り僅かなエネルギーと、なけなしのPA用のコジマ粒子を用いてOBを利用してくる。

 

 《終わりだ…これで…コレデ…》

 

 呟くように、呪詛のように呟くアマジークは、無意識のうちに…いや、半ば本能的にネクストを動かしている。

 だが、それでもオーエンは彼を殺す気はなかった。彼の戦う、本当の理由を知りたかったからだ。

 迫るバルバロイを前に、グレイゴーストはただ、ブレードを構えて立つだけだ。一撃で、戦闘不能に追い込む気である。

 

『避けて!オーエン!』

 

「………俺も、か」

 

 アマジークから戦場で教わったQBを使い、バルバロイの正面にまで躍り出たグレイゴーストは、ライフルを捨て、空いた右腕でバルバロイの頭部を鷲掴みにした。

 ミシミシとバルバロイから軋むような音を立てながら、左腕のレーザーブレードで器用にバルバロイの四肢を切り落として、瞬く間に戦闘能力を奪い、頭を掴んだまま右腕で地面に叩き付けてしまった。そこで、とうとうバルバロイの機能が停止した。

 

 《強すぎる… 神よ…神よ…どうして…正義はそれなのに この死など…》

 

 機体が停止したことで、正気に戻った―としても依然こんな調子である―アマジークは、やはり先ほどと同じ事を呟いている。負けても、勝っても、戦闘していても、やはり彼は信仰する神を考えていたのだろう。だからこそ、負けた時に、神に裏切られたと思ってしまうのは当然の事だった。

 半壊したバルバロイは、コックピット部分にまで被害が及んでおり、戦闘区域と自身のネクストから漏れ出すコジマ粒子から、身を守る隔壁はもうなかった。だからきっと、オーエンがここでトドメを刺さなくても、死ぬのは時間の問題であった。それが、リンクスの定めなのだ。

 

 《レイヴン…一つ、答えてくれ》

 

 血を吐きながら、精神負荷と投薬、そしてコジマ粒子による体内汚染で弱りきったアマジークが、オーエンに対して口を開く。

 これが生きている中で最後の会話であろうそれに、オーエンは快く答えた。彼は、自分とまともに戦った戦士には優しかったのだ。

 

 《その力で…貴様は何を守る…?》

 

「…アナトリアを…フィオナを守る…そう、言おう」

 

 《成程…あるいは貴様も…いや、そうか》

 

 何か、思いつめたように溜息をついた。アマジークは、命乞いも、救援要請もしなかった。彼は自分の身体の事を一番分かっていたのだ。そして、自分の乗る兵器の意味も。

 

 《すまない…皆…》

 

 その言葉を遺して、アマジークは息を引き取った。作戦直前にエミールから聞いたが、彼は常に一人で行動していたという。移動も、戦闘も、そして補給も。できる限り、仲間を汚染に巻き込まないように。必要最低限だけに接触を留めていたらしい。

 ネクストにはコジマ粒子の使用という、場合によって利点とも欠点とも為りうるものが存在するから、しょうがないといったらそれまでだ。だが、確実に言える事が一つだけある。

 

 アマジークは、どこの企業のどんなリンクスよりも、ネクストACの持つ力と重要性、そして欠陥を知っていた。

 今にして思えば、最初に感じた違和感-武装は近距離に特化しているというのに、戦闘距離は中距離だったもの-は、それをしている間は、自分が正気である時という時で、それを自覚したかったからであろう。

 

 仲間の為、たった一人でその苦痛と使命に耐え続けた、孤独な戦士。そんなアマジークの事をオーエンはジッと見つめ、忘れぬようにした。

 

 そして、一つ思い出した。確か、『増援が来る』のではなかったのか?

 聞くからにアマジークを支援するようだったが、いつまで経ってもそいつは来ない。マグリブに存在するもう一人のリンクスは、ジョシュアなんていう名前ではなかった筈だから、相手は企業か、自分達と同じ独立傭兵であるはず。なら、空気を読むなんてしない。

 であれば

 

『オーエン、大変!シャルルが!』

 

 フィオナが、通信越しにかなり焦った声色で叫んできた。やはり、オーエンの想像通り敵の増援はシャルルが足止めしていたらしい。

 だが、何故彼が追い詰められているのかが、オーエンには全く分からなかった。

 彼は強い。今まで会った中でも一番だ。もし仮に、敵が強敵だったとしても、それで呆気なく殺される奴ではない。そう思っていたからだ。

 

 なら何故か。その答えは意外なものだった。

 

『AMSから拒絶されて…機体が言うことを聞かないらしいの!急いで!彼が死んでしまう!』

 

「…!?分かった!できる限り急ぐ」

 

 半分ほどのAPと弾薬を確認し、オーエンはOBでグレイゴーストを加速させ、シャルルの下へと駆けた。

 

(生きていてくれ…シャルル…)




ということで、アマジーク戦終了です。二段QBをどうするかで、だいぶ悩んだ
悩んだわりに、こんな出来だけどね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閃光は眩く

遅くなっちまった。バイトが詰まりすぎてたんじゃ

構成は決まってるのに、疲れたまま書いてちゃ、そりゃダメですな(笑)

みんなも肺炎には気を付けようね!


閃光と妖精の最初の出会いは、どちらにとっても急で、予想外の事であった。

彼らが後にリンクス戦争を動かしていくなんて、微塵も思っていなかっただろう。

 

さて、どちらが勝利したかまでは記録は残っていないが…俺は妖精だと思うぜ。あんたもそう思うだろ?

 

___歴史研究家 ダン・モロ

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

オーエンの戦場に近づく、ネクストらしき反応があるとフィオナに言われたため、輸送機から降り、待ち構えてみれば、確かにいる。純白のネクストが。

 

《こちら、ジョシュア・オブライエンだ。そこのネクスト機、どいてくれ》

 

ジョシュアと名乗った男が乗るネクストは、OBで高速移動中であり、細かな機動ができない。だから、正面に立つ私に「どけ」と言ったのだ。

だが、それでどく義理も意味もない。まして、それがオーエンの戦闘を邪魔するものであれば尚更だ。

 

「断る」

 

《………》

 

そう言った途端、純白のネクストは減速し始め、私の目の前にて止まった。そして、ロレーヌをまじまじと見つめた後に、ライフルをこちらに向けてきた。

 

《成程、そのエンブレムはマグリブではないな?》

 

「それがどうした」

 

《敵意があると見た。悪いが、死んでもらう…こちらの邪魔をされては困るのでな》

 

「それはこっちの台詞だ。ここは通す訳にはいかないんだ」

 

不思議な事に、敵―しかも相当な手慣れ―を相手しようというのに、いや、だからこそだろうか。私の気分は高揚していた。

レイヴン時代には日常茶飯事であった、お互いの任務の内容や、事情が悲劇的にも正反対のもので、戦闘になってしまう事。そう、統制された企業の下、リンクスとして行われる任務では、こんな事絶対に起こり得ない。つまりは彼もまた、同じ傭兵だ。

企業に首輪を付けられていない、独立した、孤独な傭兵。

 

お互いにそれが分かった途端、武器を構え、両者ともに射撃をしながら、距離を一度とった。それから、互いに相手の武器を見た途端、それと自分の距離の取り合いに戦場は変化した。

私はマシンガンを撃ちまくり、相手の移動方向を限定させながら近づき、ジョシュアはその逆で、レーザーキャノンとライフルで私の接近を許さない。ブレードを使いたい私としては、是非とも接近したいところだが、ジョシュアは、思った通りの強敵のようで、しかも中距離戦が得意なようだ。

このままでは、ブレードを振るう事すら叶わぬまま死ぬ。そう感じるほどに強い。

 

だが、それにしてもおかしい。何故、追いつけない?ジョシュアの機体は、確かに軽量機だ。だが、さっき戦闘したボリスビッチが乗っていた機体も同じ軽量機だった。なのに、何故だ。何故近づけない?

位置取り?地形?いや、そうではない。さっきは砂嵐があっただけで、ここと同じ砂漠だ。地理的条件は一緒。後考えられるのは、QB等の性能面だが…噴射時間などを見ても、別に特別おかしい訳でもないし、何かしらのテクニックによるものだろう。

どこかで聞いたことがあるが、アスピナ機関には、最初期のAMS被験者である『ジョシュア・オブライエン』なる人物がいるらしい。そんな変わった名前の人物がそう何人もいるとは考えにくいから、きっと私が対面している人物こそが、その『ジョシュア・オブライエン』なのだろう。だとすれば、その研究の過程で私の知らない操作方法が分かってもおかしくない。

 

私は僅かに唇を噛みながら、今までと同じ様に牽制を行いながら、じりじりと近づく事しかできなかった。

 

 

 

 

シャルルがイライラしながら、ジョシュアの機動の種明かしを探っている一方、ジョシュアの方はというと、こちらはこちらで焦っていた。

そもそも、ジョシュアの受けた依頼はアマジークの救援であって、こんな所で道草を食ってる場合ではないのである。しかも、そこらへんのリンクスでは手も足も出ない彼であったが、今目の前にいる相手は違った。

 

(近づかせたら…死ぬ)

 

そんな気持ちにジョシュアをさせる程に、それほどまで恐ろしいものがシャルルにはあったのだ。

戦闘行動を見て分かったが、彼の戦闘スタイルは使用している機体の特性にマッチしすぎているのだ。動きに迷いがある事から、まだネクストに慣れておらず、尚且つ自分の戦闘スタイルがまともに通じる相手と戦闘していないのだろうが、もしも自分が重量機体乗りであった時の事を考えると、背筋が凍るようであった。

アリーヤは息切れの速さの代わりに、瞬間的に軽量機をも上回る速度を持っているのだ。軽量機であるホワイトグリントに乗っていなかったら、彼の技量なら即接近、即斬であっただろう。

 

「近づかせはしないっ!…だが…やれるか?」

 

近づかせない事だけに集中する余り、ジョシュアもジョシュアで攻めきれないままだった。

ホワイトグリントは、その速度を余すことなく利用するため、できるだけ武装も軽量なものを選んでいる。つまりは、弾数が少ないのだ。このペースであれば、シャルルを撃破する前に弾切れになるのは明らかだった。

もし弾切れを起こせば、当然、左手に装備したレーザーブレードで戦わなくてはならない。それは、何が何でも避けたい。いや、避けたかった。

 

 

 

 

レーザーキャノンの砲弾が機体の横すれすれを通る最中、私は機体の残りAPを見て、余り余裕がない事に気づいた。先の戦闘から引き続きだったために、修理などがなかったためだ。

更に問題なのが、マシンガンの残弾数で、こちらはあと2マガジン分しかない。HITMANの発射レートを考えれば、ものの1分とかからずに無くなってもなんらおかしくはない。

 

であれば、どうにかして接近戦に持ち込みたいのだが…相手の武装を見るに、明らかに接近戦をロレーヌとし合う必要性がない。

 

「いや…まてよ…相手はあの武装だから、接近戦をする必要がないんだよな?」

 

ジョシュアの機体も、左腕にはブレードが装備されている。となれば、射撃武装を全て破壊するか、弾切れにさせれば、こちらの土俵に引きずり込む事ができるんじゃないか?わざわざ相手に有利な状態で、接近戦をしかける必要なんてなかったのだ。

なぜ今まで気づかなかったのだろうとは思うが、まぁ、ここで生きれば十分だ。

 

ならば、と、まずは避けるのが面倒なレーザーキャノンに目標を定める。パラパラと心地よい音が銃身から発せられ、その大半がPAによって阻まれたが、レイヴン時代は射撃メインであったシャルルならではの、マシンガンによる精密射撃をやってみせ、全弾命中をしてのけた。

しっかりと展開中のレーザーキャノンに着弾したために、それは今にも誘爆しそうなほどにバチバチと火花を散らす。

それに気が付いたジョシュアは、流石の決断の速さを見せ、素早くパージをした。その瞬間、レーザーキャノンは激しい光と共に爆発し、跡形も残らなかった。

最早私の突撃を止められる程の威力のある兵装は、ジョシュアの機体には残っていない。ライフルのダメージ程度なら、まだ耐えられるAPもPAもある。それを確認した途端、私はすぐさまOBとQBを使って、一瞬で間合いを詰めた。これに反応が出来なかったジョシュアは、私の接近を容易に許してしまう。

 

勿論、相手はやられないために自衛として、ブレードを装備した左腕を横なぎにしようと構える。それに対し、私もブレードを構え、こちらは縦に振り下ろす。

プラズマ波同士が干渉し合い、紫と橙色の光が視界に飛び散る。一瞬干渉し、鍔迫り合いのような状態になったが、それは僅か1秒にも満たない時間のみに留まり、程なくしてジョシュアの機体が弾かれる。レーザーブレードの出力と威力は、こちらの月光が、遥かに上だったのだ。

その隙を逃す訳もなく、そのままマシンガンを至近距離で連射し、PAを減衰、更には機体へのダメージも与える。

 

《くっ…強い…侮ったのは、私の方か》

 

体当たりのように機体をぶつけ、地面に叩き付ける。中量機の重さと速さを両立したものだからこそできる技だ。軽量機はなすすべなく倒れ、ロレーヌがマウントを取った状態になった。

右腕の月光を再び展開させ、出力を最大に。そして、そのままコックピット目がけて振り下ろし

 

「ゴフッ」

 

血を吐いた。それも、少しではない量の。次に、鼻血が出た。止まらない。止まる気配すら少しもない。

頭痛も酷い。まるでハンマーか何かで殴られているようだ。呼吸をするのもやっとな状況で、正直、息をする度に肺が痛くなる。

おまけに、頭がなんだかボンヤリして、ネクストとの接続が上手くいかないようだ。情報は送られてくるが、それの処理が脳内で追い付かない。

 

《…よく分からんが、好機と受け取らせてもらう》

 

動かない私のロレーヌを見て、チャンスと見たジョシュアは、ロレーヌのコア部分を蹴飛ばして引き剥がし、直ぐにQBで距離を取った。

私は動かないならと、半分自棄になって、自分からネクストとのAMS接続を切ると、フィオナとの通信をすぐに再開させた。

 

「フィオナ、機体が動かない!」

 

『なんですって?分かった。すぐにオーエンを向かわせます…って、シャルル…あなた』

 

後半になるにつれて、震えるような声でフィオナは告げた。

 

『今すぐにでも死にそうな程、バイタルが不安定よ…』

 

分かってる。自分の事だ。

 

「それはいい!早くオーエンに連絡してくれ。後何分持つかわからない」

 

オーエンの救援に来たのに、その彼に助けてもらうなんて、なんとも滑稽な話だ。たが、まぁ、それを今から言ったってしょうがない。

確か、AMS無しのネクストで戦闘行動をするには、熟練した3人以上の統率の取れたチームが必要なんだったか。

なら、一人で三人分働けば、問題ないだろう。

 

しっかりと操縦桿を握り、ある程度は動くことを確認する。ロックオン等は出来るようで、最低限の戦闘ならこなせそうだ。

問題は、ブレードが振れるかだが。

 

ペダルを踏み、操縦桿を倒せば、その方向にQBする。AMSの恩恵を全く受けられないため、全ての情報と操作は自ら管理しないといけない。辛いし、動きも鈍いが、さっきの痛みを堪えながら戦闘するのは無理だ。諦めよう。

フィオナによれば、オーエンが到着するまでに約4分かかるとのことだ。精々頑張るとしよう。

幸い、相手はレーザーキャノンがないし、さっきのごたごたでライフルのマガジンも少ない。ロレーヌのPA性能なら耐えてくれるだろう。

 

《どうした、動きが悪いようだが》

 

「気のせいじゃないか?それよりも…」

 

手を緩めず、見事な引き撃ちでPAごとAPを削っていくジョシュアに向け、距離を詰めるべくQBを行う。

いつもはAMS頼みだから、ペダルで直接行うのは初めてだ。グッと踏み込む。

 

「…ん?なかなか固いな」

 

全く動かしてなかったからか、ペダルを踏んでも半分位しか押せない。構うものかと、さらに踏み込んで漸く全部押し込めた。

 

ドヒャア!

 

待っていたのは、衝撃的なほどの超加速。いつものQBでさえ、耐Gスーツ越しにGを感じる程なのが、これはその1.7倍位に感じる。

速度計を見ればそれは明らかで、普段よりも確実に速かった。勿論、それによって距離もすぐに詰めることができ、ジョシュアの機体『ホワイト・グリント』は目の前だ。

そして、理解した。さっきからジョシュアが行っていた、明らかにおかしいほど素早いQBは、これだったのだと。

 

《お前っ…まさか、戦闘中に学習したというのか》

 

やはり秘伝の技だったのだろう。私の機動を見て、ジョシュアは驚きの声を上げる。

私はニヤリと笑い、やはり右手の月光を展開する。あまり凝った動きはできないため、やりやすい振り下ろしを繰り出す。が、やはりと言うべきか、それは無駄のない動きで避けられてしまう。いつもの剣技は使えないらしい。

ふらつく機体をどうにか保ち、向こうのブレードの光が微かに見えたために下がる。その一瞬後には、元居た位置に光の線が走る。

 

逃げて、着地の制御にも神経が磨り減るほどに苦労する。

接地圧や、重心、態勢、その他諸々のおびただしい程の量の情報が、モニターに雪崩れ込んでくる。それを必死に読みながら、上手い事何とかして動かす。

確かに、脳が三つあっても足りなさそうだ。

 

《そろそろ、やらせてもらう》

 

その不吉な言葉を聞いて、私はちらと時計を見る。まだ、あの通信から3分しか経っていない。あと、最低でも一分は待たないといけないというのだ。

彼が来るまで待てるか?かなり、いや、無理かもしれない。

 

「それでもっ…」

 

勝たなくていい。負けなければいいのだ。

守りに入れば、姿勢制御が上手くいかないこちらが確実に負ける。受け流しに失敗して、転んだら終わりだ。

 

「守ったら負ける!攻めねば、負ける!」

 

歯を食い縛り、操縦桿を倒して、ネクストに腕を振るわせる。

 

《無駄なことを…!》

 

何度振っても、簡単に避けられ、こちらはライフルでじわじわと、そしてブレードで装甲の一部が切り裂かれる。それでも、それでも私は、ロレーヌにブレードを振り続けさせる。止まれば、一瞬で終わるからだ。

だが、その悪足掻きもここまで。操作を一つ、間違えてしまったのだ。結局は、自らを蝕む苦痛に負けてしまったのだ。

 

避けられなかったライフルの弾が装甲を貫き、追撃として喰らった蹴りが、フレームをひしゃげさせた。もはやAPは少しも残っていない。ちょっとした衝撃で、システムが停止してもおかしくはなかった。

 

《終わりだな》

 

ライフルを向けられ、恐怖が身をかき混ぜる。

死にたくない。まだ、死にたくない。そんな思いで一杯になる。

なるほど、私が殺めてきた敵も、同じ事を思っていたのかと、少し納得する。

 

《…!?なんだ、新手か!?》

 

ジョシュアの焦ったような声。そのすぐ後に、ホワイト・グリントが私の前からいなくなったかと思うと、周囲に無数の小型ミサイルが降ってきた。

まるで、私まで巻き込むかのような攻撃は、しかし確かに私を救った。

 

《イクバール型……アナトリアのレイヴンか!?》

 

《まぁ、そういうことだ。どうする?やるなら容赦はしない》

 

そう言いながらも、既オーエンは攻撃をしていた。まるで、虐めにあった弟を守る兄のように。

 

(あぁ、もう、大丈夫だ…)

 

彼が負けるなんて事は、万が一にもないだろう。彼が負けるのは、あの一回を除いて、決してないはずなのだから。

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

目を開ければ、また、あの天井だった。染み一つない、真っ白な天井。いかにも病室といったような見た目だ。

腕にチューブが刺さっているのも、やはり、あの時と同じだ。

 

ただ一つ、違うのは、今回は数時間ほどで目覚め、目の前に既にフィオナさんや、オーエン、エミールがいることだろう。

皆心配そうに私を見ているから、それを払拭するために、腕を動かしたり、自分の力で立ち上がったりとしてみた。全く問題なく動けることから、やはり、AMSが原因なのだろう。

そう思い、よいしょ、と再びベッドに腰かけた後、躊躇うように、しかし決して弱々しくはなく、エミールが私に衝撃的な事を告げた。

 

「シャルル、君は15分以上のネクスト戦闘はできない」




オーエンとジョシュアは、ちょっと戦闘して、お互いの弾薬が尽きて撤退しました。

そして、二段QBの条件は分かった人いるかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮説⦅強者の理論⦆

前話のコックピット内部の描写は後々直すとして…とりあえず書き終わったから投稿ドーン

今回は地の文が殆どで、しかも殆ど作者の考察話になっています

それでもいい人は...じゃあ!頑張ってね!(某主任風)


 傭兵に限らず、我々一般人の中にも、戦闘ということ自体が得意なタイプの人間が存在する。それを私たち学者達は『ドミナント』と呼んでいる。

 ドミナントである人間は、ひたすらに争いごとが得意で、それは別に物理的なことだけではなく、戦闘行動に関する知能に関しても適用され、敵や味方の行動を瞬時に確認、認識して、どうしたら勝てるのかなどを瞬間的に考えることが可能だという。

 学習能力も、何もかもが常人を超える人間がいるという学説である。

 

 しかし、この『ドミナント仮説』は随分と前から囁かれていたにも関わらず、表面的には否定され続けていた。

 理由としては、そもそもその実例がない。もしくは少なすぎるから。そして何より、それ自体が非人道的実験の対象になる可能性が極めて高かったからだ。

 

 だが、近年、その考えは改められつつある。ドミナントである可能性のある人間が、多く存在する職業があったからだ。

 皆さんもご存じであろう、そう、『リンクス』です。

 

                        ___CUBE氏著 『ヤマネコ理論』より抜粋

 

 

 

 

 ________________________

 

 

 

 

 

 15分というのは、長いようで、とっても短い。

 ネクスト同士の戦闘なら、そこまで長引くことは希だろうが、レイヴンの頃は、連戦は当然。それこそ、一週間戦闘しっぱなしということだって、珍しくなかったのだ。

 それを鑑みるに、私に与えられた時間という制限は、とてもとても厳しいものであり、それを補って余りある何か特徴が必要になった。

 

 そこで、だ。オーエンが私に言ったのは、長く戦闘できないなら、別の者が1分かけて終わらせるものを数秒で終わらせればいい。ということだった。

 それを聞いたエミールは、無理だと言った。ネクスト適性が非常に高いオリジナルのリンクスでさえ、そんな事は無理だと。

 

 だが、本当にそうだろうか。確かに今の私では無理だろうが、ネクストの操縦技術の向上と、パーツ構成を変えるなどすれば、いけるかもしれない。

 

 

 

 という考えもあり、私はシミュレーターを使って色々と試した。

 まず、武器を変え、戦闘スタイルを変えてみた。レイヴン時代の中距離射撃戦を試したが、どうもアリーヤフレームの安定性能はそんなに良くないらしく、近距離向きの性能であったし、レーザーライフルなどのエネルギー兵装は、それこそ持久力の低いアリーヤに積むことは無理なものということもあり、射撃メインのスタイルは合わなかった。

 それを抜きにしても、月光を使うという前提になるので、射撃機体としての性能は中途半端なものになること間違いなしだったから、やっぱり接近戦前提のビルドになるわけだ。

 ならアリーヤを辞めればいいと言われかねないが、それははっきり言ってお断りだ。この機体にはそれだけの意味がある。

 

 次に装備品を変えた。肩装備や背中装備、ブースターなんかだ。

 でも結局、肩以外はなにも変わらなかった。

 背中装備は、下手にエネルギー消費量を増やすならやめた方がいいという結論に達した。ブースターなんかは、既に機体コンセプトに合うようにフルチューンされたものが載っかっていた。

 唯一追加装備したのは、レイレナードが裏メニューとして売っていたフラッシュロケットくらいだ。

 

 つまるところ、ロレーヌは完成し尽された機体であり、これ以上の性能向上は今のところ望めないのであった。それこそ、技術面において革新的なものが生まれない限りは。

 ともなれば、もう自分の腕を磨くしかないねっていう結論に至り、今度はフィオナさんの監督の下、オーエンに協力してもらいつつ、訓練に勤しむことになったのだった。

 

 結果的に言えば、何も変わってないってことだ!

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 アスピナ機関の研究所の一つ。その中にある、トレーニングルーム…もといアスピナの天才の研究室にて、二人の男が「ぐてー」というような擬音を発しそうなほど、ソファーにもたれながら話していた。

 一人は、これぞ渋い漢といった風貌のもので、鍛えられた身体も含め、男性にとっての理想そのものである。この漢こそが、最初期のAMS被験者であり、アスピナが誇るリンクスでもある、ジョシュア・オブライエンその人であった。

 対してもう一人はというと、こちらは細身。ジョシュアと並んでいるからそう見えるというわけではなく、おそらく一般的な同年代の同性と比べてもかなりひょろい。顔もどちらかというと中性的で、ちょっと長めの髪の毛は、後ろで短いポニーテールのように束ねており、それが一層彼をただの学生のようにも見せている。

 一見して白衣を着た学生のような彼だが、その実態はアスピナの天才と呼ばれている、アブ・マーシュであり、数多くのAMSの研究やネクスト技術の進歩に活躍しているのだ。

 

 そんな二人が何をしているかと言えば

 

「本当に、彼は君と同じ機動をしたっていうのかい?」

 

「あぁ。それも、私があのQBをする前は全くやっていなかった。あいつは、戦場で学んだんだ」

 

 先の戦闘で出会った、シャルルについての話だった。

 マーシュとジョシュアは、ネクスト研究の一環の中で、とある条件下で、QBの出力を大幅に底上げすることが可能であることを知っていた。だが、それは到底普通にネクストを運用している上では気づけない事で、事実、企業のリンクスは一人を除いて使用しているのを見たことがない。

 企業内でただ一人の例外を除けば、実戦で使用していたのは、あのアマジークのみで、その事実からもわかる通り、そもそも、その特異なQBを習得することは相当に困難である。

 だが、そんなQBをそのシャルルというリンクスはやってのけた。しかも、ジョシュアがやったのを見てから、真似するようにだ。到底普通の人間の所業ではない。

 

「だとすると、君と同じ『特別(ドミナント)』かもしれないね」

 

「マーシュ、いい加減その話はやめてくれ」

 

 アブ・マーシュは基本現実主義者で、信仰する神だっていない人間である。それは、彼が科学というものに精通しているのもあるが、神がいるというのなら、こんな世界だって無い筈だという考えからでもあった。しかし、そんな彼が唯一信じているものがあった。それは、『ドミナント仮説』である。

 人間には、数億だか数兆だかの確率で、何らかの先天的因子により戦闘適正が常人よりも遥かに高いものが生まれる可能性があるという学説である。この説は、論文が発表されてから随分―言ってしまえばもう数十年―経つのだが、未だに証明されていない。何しろ、実例が無さ過ぎたのだ。

 論文によれば、このような者は別に戦闘を行いたいというような感性を持っているわけでも、殺人衝動に駆られやすい訳でもなく、戦闘に関する『素質』が眠っているのみだというのだから、探すのだって骨が折れるという話では済まない。ただでさえ、この星には数十憶の人間がいて、一日に何万と死に、何万と生まれているのだから。

 

 でも、彼はこう考えたのだ。そんな『特別(ドミナント)』が戦闘に参加したのなら…ある種の伝説になっているのでは、と。そこから先の行動は早かった。

 まずマーシュは様々な本を読み漁った。

 もはや旧世紀のことで、おとぎ話レベルのものとなった戦争。その指揮官や活躍した兵士をはじめ、各地で英雄と呼ばれた革命家、傭兵。MT乗りやレイヴンなどなど。それらに関する知識を集めまくった結果、それらしい人物は何人かいた。それが本当にドミナントであるかはわからないが、確かに、それらは常人の戦闘力でも頭脳でもなく、こと戦に関しては非凡という域すら超えていた。

 それを発見したマーシュは興奮した。同時に、この時ばかりはこのご時世に感謝した。ACという『人の作った神(絶対的な“ちから”)』が蔓延るこの時代には、『特別(ドミナント)』がいる可能性が高かったからだ。

 

 そんなマーシュは、レイヴンの駆るノーマルACに取って代わるであろう兵器『ネクストAC』の研究に自ら志願した。理由は、やはり『特別(ドミナント)』を探すためであり、その願いは叶えられた。それが彼とジョシュアの出会いである。

 ジョシュアはどんな要望にも、期待以上の結果で応えた。無茶な話も引き受けてくれた。しまいには、企業側の最高峰リンクスたちとも互角に戦った。ジョシュア・オブライエンは、マーシュにとっての『特別(ドミナント)』になった。

 しかし、その張本人のジョシュアは、あまりその、ドミナントというものをあまり快く思っていなかった。「まるで、世界を作り変えるためにある力」と思えてしまったからというのと、このアスピナの中で唯一といっても過言ではない友人であるマーシュに、自分を特別扱いしてほしくなかったからだった。それと、そんなヤバい奴がそう何人もいてたまるかという本音も混じっていた。

 

「でも、負ける気はないんだろう?」

 

「それは勿論…と言いたいんだが」

 

 今回はそうもいかないかもな。と、冗談にしては重い口調で溜息を吐きながら、彼にしては珍しく弱音を吐いた。

 ジョシュアと共に研究、発見したあのQB。二人が《二段クイックブースト》と呼んでいるそれは、何度も試行回数を重ねて漸く実現できたものだ。

 忘れられがちで、企業は意味を履き違えがちだが、AMS適性というのは、ネクストの操縦技術面では“あまり”関係ない。勿論、多少は違いが出るが、自らの腕前次第では十分以上にカバーが可能だ。事実、カメラから送られてくる情報や、残弾数などの最重要事項は、AMSではなく、パイロットスーツに標準装備された、網膜投影システムによって表示される。というのも、元々ネクストは、AMS適性がない人間でも戦闘ができる兵器として研究が進められていたからで、研究途中に方向転換があったからだ。網膜投影システムは、その名残とも言える。

 その点を抑えた上で、AMSのイメージによる操作に頼らずに戦闘行動を行ってみるという実験があり、ジョシュアは『まともな人間には』無理だと結論付けた。実際、簡単なロジックでしか動かないノーマルACの撃破でさえ、ジョシュアは手間取っていたのだから、まず間違いないが、その実験によって、ネクストには手動動作でしか行えない動作があるという結論が出たのだ。二段クイックブーストはその一つであった。

 

 企業は「AMS適性至高主義」であるため、ひたすらに適性が高いものをリンクスにしている。適性が高ければ、確かにイメージ操作はしやすいし、負荷はかなり低いだろうから、ネクスト戦力としては一級品だろう。が、それはネクストの性能を最大限発揮しているとは言い難いのだ。

 AMSによるバックアップを受けつつ、基本的には手動で操作するのが、理想の操縦スタイルであり、ジョシュアの強みはそこにこそある。別に、AMS適性が低いから、手動操作を必要としている人物は弱いという結論には、簡単には至れないということだ。寧ろそういったリンクスは、企業の言う『AMS無しで操作するには、三人以上の極めて高度な連携ができるグループ』が必要という話からすれば、AMSによるバックアップが少なく、自らの腕前で戦闘している彼らは、素晴らしいパイロットだという事だ。

 

 話がそれてしまったが、つまるところ、それだけネクストというものは複雑で、繊細なものなのだ。

 そこで重要になってくるのが、シャルルの機体から傍受した、オペレーターとの会話の一文。「AMSから拒絶された」というもの。つまりは、シャルルは途中からジョシュアとAMSによるバックアップ無しで戦闘していたのだ。あのジョシュアでさえ、ノーマルACとの戦闘が精一杯だったというのに、ぶっつけ本番でネクスト戦を行っていた。

 正直言って、そんな化け物じみた相手に、勝てる気がしないというのがジョシュアの心のうちだった。

 

「確かに、ジョシュアの言う通りだ」

 

 マーシュもそれは理解していた。むしろ、誰よりもシャルルというリンクスは危ないと分かっているだろう。

 AMS無しでネクスト戦をしてみせた技術。そのアクシデントの中で見つけた、二段クイックブーストという技術。高い接近戦能力。どれをとっても脅威であることは確かだったし、だからこそマーシュは彼を『特別(ドミナント)』だと言った。

 

「私は、『負ける』気はない。だが、次あいつが敵になったら、『勝てる』とは思えない」

 

 実際、あのAMSからの拒絶というアクシデントがなかったら、シャルルが勝っていて、自分は死んでいたとも、そうも思えるのだ。

 そもそも、シャルルだけではなく、オーエンというリンクスだって底知れない。あのアマジークを撃破した後だというのに、あの戦闘力が残っているのだ。あの時はシャルルを助けるためだったからか、追撃はしてこなかった。が、直感で言えば、彼はシャルル以上に強敵。つまり、そんな戦力を持っているアナトリアとは、決して敵対したくない。という話だった。

 

 そんな本音をマーシュに言うと、ジョシュアの期待通りというか、なんというか、彼は予想の斜め上の発想でぶち抜いていった。

 

「じゃあ、アナトリアにいこっか。観光がてら」

 

「は?」

 

 ポーカーフェイスが得意で、トランプの勝負では中々の勝率を誇るジョシュアが、思わず間抜けな声を出してしまうほどに突飛な発言だった。

 ついこの間敵対したリンクスを、自分たちの土俵に入れるだろうか。

 

「だって、ジョシュアって、あそこの博士と仲良かったはずでしょ?」

 

「それは…そうだが…」

 

 ジョシュアは元々リンクスではなくAMS被験者であり、その経緯からイェルネフェルト教授とは仲がすこぶるよかった。ただの研究者とその被験者という関係ではなく、対等な友人として親しみがあったし、教授の家族は独り身のジョシュアを家族同然に扱ってくれた。それは、ネクストの研究が始まって、戦闘面でのデータ集めを担当していたアスピナにジョシュアが異動することになるまで続き、そんな背景があったから、教授の訃報にジョシュアは涙を流して悲しんだ。

 教授の死の原因の一つである、アナトリア襲撃事件にて、教授の妻は犠牲者の一人となっているため、今あの時の自分を知るのは、教授の一人娘だけ。しかも、もう数年間会っていないから、覚えてくれているとも限らない。

 

「ま!そんな深く考えないでさ!君だって僕だって最近働き詰めなんだから、ちょっと気休めに行ったって誰も文句は言わないさ」

 

 それどころか、文句を言うやつは僕が黙らせる。なんて、自分より年少ものに言われてしまえば、断れないのがジョシュアという男だった。

 

「分かった。じゃあ、行くとしようか」




次回「アナトリア訪問」

やっぱり物語進まねぇじゃねえか!って感じたそこの君!正解だ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アナトリア訪問

みんな、ダクソリマスターのテストプレイしたかい?
画質が良くなった事にちょっと感動を覚えたvitmanだよ

コメント欄のマーシュコメで、アブ・マーシュが飛び級で大学にいった男の娘にしか見えなくなった
どうしてくれる…いいぞ、もっとやれ


その日、アナトリアは騒がしかった。いや、賑やかだというのが正しいか。

 

とはいえ、それは仕方ないことだ。アナトリア失墜の原因に、間接的に、しかも無意識ながらなってしまったアスピナから、『観光』名義で二人ほどやってくるという話だったのだから。

誰がやってくるかが、第一の問題であったのだが、コロニーの運営に関わる重鎮でも、ましてやあからさまに怪しい人物でもなかった。

観光しに来るのは、山猫と天才―ここでは天災とも言える―の二人組だった。

 

第二に、どうもてなすか、がかなり重要だった。今企業からのバックアップが手厚いのは、アナトリアではなくてアスピナの方だ。しかも、オーエンとシャルルの傭兵ビジネスは順調とはいえ、まだまだ全盛期と比べれば食料や燃料事情などは厳しい。

そんな中、アスピナの方から支援できます…なんて言われれば、いかにその方面のやり繰りが上手いエミールでも、首を縦に振るしかなくなる。黄金色のお菓子だって必要になるかもしれない。

のだが、それも心配なくなった。かなり純粋に観光しに来るだけみたいだ。唯一要求があるとすれば、同じ傭兵として、二人のリンクスに会いたいというくらい。

技術アドバンテージでも、もはやアスピナに大きな遅れをとっているアナトリアが、拒否する内容ではなかったし、リンクス二人も承諾した。

 

という事で、下手な高官が来る時より、相当気疲れをしなくて済んだアナトリア運営としては、アスピナとの架け橋になるかもしれない二人を歓迎する声が連呼された。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

「本当に来てしまった…」

 

数年ぶりに訪れることになったジョシュアは、以前とは大きく違う街並みを見て、複雑な気持ちでいっぱいであった。

昔のころは、ここまで建物は豪華でなかった覚えがあった。しかし、賑わいがあって、活気があって、人は皆楽しそうだった。

ところがアナトリアはすっかり変わってしまったらしく、今現在、見ている建物は、昔より立派で新しいものが多いが、人に活気というか、活力がないように見える。

 

やはり、都市部に攻撃は殆ど無かったとはいえ、襲撃事件による心の傷は深いのだろうか。それとも、技術アドバンテージが失われ、企業からのバックアップが少なくなった経済状況の現れなのか。

どちらにしても、ジョシュアには今のアナトリアが昔と同じ、心安らぐ心地良い場所とは言えないような気がした。

 

そんな呆けた様子のジョシュアを肘でコツンと小突いたのが、天災…もとい天才アブ・マーシュは、目を輝かせていた。

どうも、超絶インドア派の彼には、アスピナ以外の街並みが珍しいらしい。

身長160㎝ちょっとという、ちんまりとしたマーシュがキョロキョロと挙動不審気味に街を見ていると、どう見ても天才アーキテクトとは思えない気分だったが、ネクスト技術を革新的に進歩させたのも、ジョシュアの乗機であるホワイトグリントを調整しているのも、『その』マーシュであるというのだから、恐ろしいものである。

ちなみに、周りの人から見て、ジョシュアが保護者で、マーシュが被保護者であるように見えたのは言うまでもない。

 

「ジョシュア!あの料理は何!?」

 

「あぁ…あれはケバブだ。アナトリアコロニーの名物料理だな」

 

「ケバブ?」

 

「食べてみるのが早いだろう。通っていた店がある。こっちだ」

 

度々見せる、マーシュの知識の偏りに驚かされてきたジョシュアは、彼の好奇心と空腹を満たすべく、かつて住んでいた時にすっかり常連になってしまった店に向かう。幸いにも、新しくなっていたのは大体が住居や大型店舗のようで、レストランやバーなんかの飲食店の中で、自分が知っている店が潰れてるなんてことは少ないようだった。

串焼きのシシュケバブと、ドネブケバブと野菜類をパンに挟んだものをそれぞれ二人前買って、近くの広場でベンチに座って食べる。

 

「おいしー」

 

にっこりしながら食べているのを見ると、やっぱり18にも満たない(ジョシュアから見て)子供で、正直性別間違えたんじゃないかって思えないジョシュアであった。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

+

着いた当日、たっぷりと観光を楽しんだジョシュアとマーシュは、二日目である今日、どうやってリンクスに会おうかと考えていた。

確かに二人は、要望と書かれた枠内に『アナトリアのリンクス オーエンとシャルルに会いたい』と書き入れ、平然と受理されたばかりか、承諾までされたものの、考えてみればみるほどノープランだ。

何がと言われれば、どうやって会いに行くかがだ。まさか研究所に直に行くわけにはいかないだろうし、かといって、ただ歩いているだけで会えるわけもないだろう。

そういった面では、急な思いつきだったがために、ジョシュアもマーシュも考えていなかったのである。

 

そんなわけで、ホテル内で朝食を摂りつつ、「今日どうしよっかー」なんて気楽に考えていた。

ところが、アナトリアのエミールは中々に抜け目がない男であった。

ジョシュアとマーシュが空港の入場審査を受けるなり、その情報を掴み、早々に尾行を開始させた。ジョシュアの事を昔から知っていたエミールだからこそ、彼が優秀だということも把握していた。だからこその尾行である。

もし仮に、二人が内情調査の為に『観光』という名目でアナトリアに来ていたのなら、さっさと追い返すつもりだったのだ。

が、何度報告を聞いても、いくら聞き返しても、その結果は尾行しているのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに呑気なもので、やれケバブを食べているだとか、やれ歴史博物館で戦争の歴史について興味津々だとか、観光名所の丘で記念撮影をしているとか、とか、とか。

全くもって、エミールからしてみれば何のために尾行をさせているかが分からなくなってしまった。何枚か見張り係から送られてきた写真をみて、マーシュと思われる子供をフィオナが「可愛い」という始末。

まぁ、確かにこれを見れば観光しに来ている、年の離れた兄弟か、親子位にしか思わないだろうとはエミールも思ったが。

 

ということで、完全に彼ら二人が諜報を目的として来ているのではないと確信したエミールは、改めて尾行させていた部下に、彼らに接触して、自分達のいる研究所まで連れてこいと命じ、丁度彼らが朝食を食べ終わった時に車で送る旨を伝えたのだった。

 

「まさか、向こうの方から来てくれるなんてねー」

 

「いや、まぁ、よくよく考えれば、こちらから伺えないのだから、当然と言えば、当然…なのか?」

 

それにしてもタイミングが良かったが。とは、ジョシュアは言えなかった。

 

 

 

____________

 

 

 

 

「これが…」

 

「あの天才アーキテクトの」

 

「アブ・マーシュなのか…?」

 

「可愛いです!」

 

研究所にまで来て、自己紹介をするところまでは良かった。更に言えば、ジョシュアにしてみれば、あの二人のリンクスが、自分に対して憎悪等の敵対感情を抱いていなかったり、フィオナが自分の事を覚えていたのがかなり衝撃的だったのだ。

だが、それもジョシュアの自己紹介までの話。マーシュは…その…まぁ、あれだ。やっぱりあの風貌では、ジョシュアの遠い親戚の子供くらいにしか見えなかったのだろう。

 

エミールはかなり驚く…というか、もはや呆然としているし、リンクス達は、ジト目でジョシュアを見ている。フィオナに限っては、小動物を愛でるかのように、頬っぺたをスリスリしている。

何故か頭が痛くなったジョシュアであった。

数分後、ハッと、思い出したかのようにエミールはリンクス二人を小突く。

 

「そうだった。こちらの紹介がまだだったな」

「俺はオーエン…イクバール製の方だって言った方が早いかな?で、こっちが」

 

「シャルルだ。この間戦闘した方だ…まぁ、お互い傭兵なんだ。気にしないでくれ」

 

意外なほどの呆気ない会話であった。が、無駄なことは必要としない彼らのスタンスが伝わってくる。

つまり、端的に言うなら、ジョシュア・オブライエンがこれまでに会った誰よりも、傭兵らしい者だという事だ。

企業の連中は、結局のところは社員の一部で、一時を金で雇われた傭兵とは違い、いわば長期契約を結んでいるのだ。そういった面で言うならば、ベルリオーズは最も優秀なリンクスと言えるだろう。目標達成のためには、手段や装備を選ばないという、そのスタンスや、一種の執念は素晴らしいものだ。

だが、やはり彼らは傭兵ではない。長期契約の社員あるいは軍人だからこそ、無駄な馴れ合いや情が生まれる。それが原因で、引き時を見誤ったり、損害が出ることだってある。が、傭兵は寧ろ逆だ。

傭兵はどちらかというと、誰かを蹴り飛ばしてでも、自らを上に持っていきたいという欲と、作戦を失敗したときの後の信用問題など全てを計算し、確実に成功させる。ジョシュアはこの考えが好きだったのだ。

 

「改めて、ジョシュア・オブライエンだ。よろしく頼む」

 

二人と握手をすると、オーエンが「そうだ」と言い、とある場所に案内するように移動を始めた。誘われるままに歩いていくと、そこにあったのは

 

「シミュレーターマシン...?」

 

研究所に置いてあったのかと、少々驚いた様子のジョシュアに対し、ニヤリと笑ったオーエンが悪魔のようにこう告げる。

 

「いっちょ、バトルしないかい?」

 

どうやら、楽には終われそうにない事を悟った白い閃光は、「お手柔らかに頼むよ」としか言えないのであった。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

用意ができていないから、という理由では、ジョシュアは辞退することができなかったのは、私自身「お気の毒に」というコメントしかしようがない。何故かと言えば、彼が連れてきた、天才アーキテクトのアブ・マーシュは、こんな事もあろうかとと言わんばかりに、ジョシュアのパイロットスーツを持ってきていたのだから、もう言い逃れはできなかった。

とはいえ、普段は会う事がないであろうリンクスと―実際にはもう一度戦闘したのだが―勝負ができるというのは、またとない良い機会である。リベンジという事もあり、私は言い出しっぺのオーエンよりも早く、ジョシュアとの対戦を希望した。

本人は、苦笑いを浮かべながらも了承してくれた。なんだかんだ言って優しいタイプの人間なんだろう。情に流されやすいとも言うが。

 

「なるほど、若干の操作感度の違いはあれど、たいして変わらないものなんだな」

 

アスピナとオーメル、レイレナード社以外のマシンを使ったことがないジョシュアは、BFF製のシミュレーターマシンを使って感心したようにつぶやく。狙撃機体を運用するBFFや、重量級のネクストを運用するGAのマシンでは些か操作感度が足りず、動きがとろいとまで言ったオーエンが、元の5倍までに上げた感度をおもしろいと言うジョシュアに、若干の恐怖を感じる。

私のマシンはそこまで設定を上げてないのだ。

 

「データは...ここに入っているのを使えばいいか」

 

ジョシュアがマシンに入っているホワイトグリントのアセンデータを選択したら、いよいよ準備は完了だ。

オペレーターは、それぞれマーシュさんとフィオナさんがやってくれるみたい。

 

「それでは、開始します」

 

 

 

 

網膜投影が始まり、データの塊でできた、砂の大地が広がっていく。所々丘になっている砂の川の中には、ビルの残骸が埋もれていたりする。きっと昔は、ここも大きな街で、地球全土の砂漠化によって飲まれた、そんな一部なのだろう。

シミュレーターマシンに登録されているマップの一つ。実在した都市、旧ピースタウン。それがこのマップの名称あり、この街の名前だった。平和の都市と名付けられたここも、人間が起こした砂漠の波には勝てなかったのだ。

 

『作戦開始です。敵ネクスト、ホワイトグリントを撃破してください』

 

「了解。さぁ、リベンジマッチと行こうか!」

 

フィオナさんのオペレートに続き、機体を前方にブーストさせ、距離を詰めにいく。

少し変わったロレーヌは、肩にフラッシュロケットを付け、背中はレーダーを取っ払い、代わりにMSAC社製の誘導ミサイル『PLATTE01』を装備した。ネクストのロックオンは、危険度が高い方が優先される傾向があるため、「武装を展開していないネクスト<接近するミサイル」という図式が完成する。これを活かして、接近を容易にしようという話である。

 

地上すれすれをスラスターを使って走っている私に対し、舐めているかのように上空に静止している。つまり、この間は元々の距離が近かったからいい勝負にまでなったが、今度はそうはいかないとでも言いたいのだろう。

私からすれば、接近すれば勝てるわけで、逆にジョシュアからすれば、私は接近されなければ怖くない相手なのだ。

 

でも、今回はいつものように苦労はしない。

 

「喰らえ」

 

二次ロックが完了した瞬間に、ミサイルを発射する。そのタイミングに合わせて、OBで距離を詰める。

狙い通り、ホワイトグリントのロックはミサイルにむかっているらしく、迎撃に夢中だ。

エネルギーを使い果たす前にOBを中断し、少し回復させてから、今度はQBによる接近を試みる。この間の教訓から、イメージだけでの操作ではできないことがある事を学んだ。それに、シミュレーションならGがかからないから、気持ち的にも身体的にも楽だ。

 

全てのミサイルが迎撃されそうになればまた発射し、更に距離を詰める。詰める。ジョシュアも下がろうとはしているのだが、如何せん速度が違いすぎる。簡単に私は目の前までこれた。

が、ここからが問題だった。今度は空中戦になるのだ。ENが尽きるまでに、どれだけ相手のPAとAPを削れるかが勝負どころと言えるだろう。

完全に接近…いや、密着するまではブレードの展開を行わず、ミサイルの発射を続ける。ミサイルを無視すればPAが剥がされ、ロレーヌのムーンライトが直撃するため、どうしてもジョシュアは迎撃をしなければならない。そのミサイルを迎撃する数秒間で、私は距離を詰め、マシンガンをばら撒き、合計5回目のミサイル射撃を行う。

 

《ミサイルとは、考えたものだな》

 

ジョシュアが感心した様子で、しかし苦しそうな声で言ってくる。

 

「あたり前だろう?こっちは殆ど、対オーエン・ジョシュア対策をしているんだからな」

 

自分の声が、いつもよりもトーンが高いように思える。そう意識していないつもりでも、やはり私は、この戦闘を楽しんでいる。もしかしなくても、私は戦闘狂なのかもしれない。

でも、そんな事はどうでもいい。今は、ジョシュアに自分の全てをぶつける時だ。

 

「届けぇぇ!」

 

右腕のブレードを展開し、QBを使って近接格闘戦に持ち込む。数発の被弾をするが、そんなものには応じず、無理やり攻撃し、ジョシュアはそれに対して左腕のブレードで応える。が、如何せん出力が足りない。当然だ。

ホワイトグリントの装備するブレードは、長めの刀身が特徴のブレードで、月光に比べれば出力は約半分ほどしかない。万能では、特化に敵うことはない。ホワイトグリントの左腕をPAと共に溶かしながら、ロレーヌの右腕を振り抜いた。

 

《ちっ…出鱈目に高い出力のブレードか…どこかで見たような?》

 

ネクストの実験運用も多く経験したジョシュアは、オリジナルのリンクスを知っているのだろう。私の追い求める彼女を重ねているのだとしたら、うれしい限りだ。が

 

「考え事をしている時間は作らせないぜ」

 

後退し始めるホワイトグリントに、肩装備のフラッシュロケットを発射する。が、直撃させるのが難しいロケット弾なのと、空中という事もあり、簡単に避けられてしまう。逆に、ホワイトグリントのレーザーキャノンがロレーヌにヒットし、PAを貫通し、装甲が一部溶かされる。間一髪でかすり傷程度で済んだようだった。

だが、このまま引いている訳にもいかない。引けば撃たれてお陀仏なのだから。

 

マシンガンを放ちつつ、再度接近する。再び月光を展開して斬りかかる…いや、斬りかかれない。月光が展開できないのだ。別に、エラーが起きたわけでもなんでもない。むしろ、至って普通の話だ。

そう、エネルギー切れだ。

空中で数十秒とはいえ、アリーヤで飛行しながら月光まで振っていたのだ。EN切れを起こして当然だ。とはいえ、このまま落下すれば只の的である。なにか、この空中でエネルギーを補給する方法はないか。あった。

地面がないなら、相手の機体に組み付けばいい。そうすれば、即席の地面になるだろう。そうと決まればいざ行動だ。

 

牽制をし続け、残り少ないエネルギーでスラスターを吹かす。もう半分程しかないPAをふんだんに使い、装甲を守る。ギリギリまでPAで耐えるのだ。が、不幸は重なる。マシンガンを撃っていると、突然射撃不能に陥った。こちらはENと違ってエラー。つまりは、弾詰まりだ。本当に運がない…いやまてよ。

 

「こいつを喰らえ!」

 

《マシンガンを投げただと!?》

 

思いっきり投げたマシンガンをホワイトグリントに当て、更にマシンガンに向けてフラッシュロケットを放った。ネクストのように複雑な運動をしている物体でもないそれに、ロケット弾は簡単に命中し、視界を白く塗りつぶす。

視界が見えない中、私は、右へ一回、前方に一回QBを使う。そして、おそらく相手よりも先に―それも数コンマだけだろうが―カメラが回復し、手で触れられそうなぐらいの距離にホワイトグリントが見える。そのまま、両手で肩を掴み、しっかりと組み付く。

カメラが復活したらしいジョシュアは、驚きを隠せない様子。そりゃそうだが、だからってやめるわけがない。そうしなければ、負けるのだから。

 

何を血迷ったかレーザーキャノンを再び展開したホワイトグリントだったが、マウントを取っているロレーヌが、砲身をへし折っただけだった。

フル稼働したジェネレーターのおかげさまで、エネルギーは容量の約6割ほど回復している。それを確認し、今度こそはとMOONLIGHTを抜刀する。白がかった紫の刀身は、禍々しくもやはり美しい。

 

「これで終わりだ!」

 

組み付かれた状態で、満足に動けないホワイトグリントの頭部に、深々と紫の刀身を突き刺し、そこでゲームセットとなった。




少しづつ、変態…ゲフンゲフンドミナントとしての才能を開花し始める主人公

アナトリアコロニーの明日はどっちだ!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

討つべきは敵

さぁ!次はメノ・ルーさんでも書こうかな…いや、待てまだこいつが残ってたぞって感じの話です

原作と少しづつ展開がずれてきてますね。必要なら独自展開タグを付けようかと思います



 もしも仮に、だ。君は巨大で、かつたった数分足らずで街を灰に変えられる、恐ろしい程の武装を持った、頑強な飛行要塞に乗っていて、そのパイロットの一人だとする。

 自分は輸送部隊の護衛―にしてはこの飛行要塞は中々派手―で、守らなくてはいけない輸送ヘリが幾つも近くを飛んでいる。通信はしっかりと行ってはいるが、流石にいくら何でも、レーザーキャノンを周囲に撃ちまくれば不慮の事故に繋がるだろう。

 そんな状況だ。

 君を除けば、武装を施してあるのは軍用ヘリだけで、それの火力はこの飛行要塞に傷一つつけられないようなもの。つまりはあってないようなものだ。

 

 突然だが、そんな状況下で、レーダーの範囲外である遥か上空から、音速に近い速度で落下してくる人型兵器がいて、右腕に持った、光の塊をさらに凝縮させたような刀で、要塞の装甲を氷のように溶かしていくとする。そして、そのまま周囲の輸送部隊が壊滅させたとして、何もできなかった飛行要塞『フェルミ』の搭乗員たちを責めることができるだろうか?

 君がよくよく考えた上で対処法があったとして、だからといって彼らを責めないで欲しい。おそらく彼らは、君が考えるのに使った時間のたぶん数万分の一の量で、やれるだけの事はやったのだから。

 

 

 

 

 ____________

 

 

 

 

 

 速く、もっと速く、更に速く。時間は有限である。特に、私にとっては。

 一番の懸念材料であった飛行要塞フェルミはとっくの昔に葬り去り、あとはターゲットの輸送機と、あってないような武装ヘリのみが戦場に浮かぶ。それらをマシンガンで消し飛ばし、そこそこ大きい輸送機は、乗っかる事でそのまま撃破する。

 無駄は一切ない。弾も、エネルギーも、装甲も、速度も、粒子残量も、負担も。

 ただ効率化の一点のみに固執したような動きで、それは仕事を片付けていく。

 

 それの仕事は最初の被害者が生まれてから、たったの1分4秒で終わった。

 

 

 

 

 

 ふぅ、と一息ついたのは、1分ちょっとぶりに乗ったネクスト用輸送機の内部にてだ。ジョシュアとマーシュがアナトリアを訪れ、そして帰ってから丁度一週間が経とうとしている。

 ジョシュアに対する私のリベンジマッチは、見事に私の勝利によって終了し、相手の方は、この間と全く違う動きに対して苦笑いしながらも、「強いな、君は」と言った。そして、同じ傭兵どうなるかは分からないけれども、君達とは敵対したくないなと、そうも言っていた。

 

 この間のオーエンの言葉…「他人を遥かに上回る速さで片を付ければいい」というものを聞いてから、私はそれが気になってしょうがなかった。

 AMS適正が低い者は、ネクストを扱う際の負担が大きく、短時間しか動かせないというが、私はそうではない。ただ、15分以上ネクストという兵器を扱えない身体なだけ。でも、その代わりといってはなんだが、デメリットを補って余りあるアドバンテージもこの身体は秘めていた。

 

 最近分かったのだが、妙に、戦闘中に限って頭が冴えるのだ。別に、危ない薬なんかを使ってはいないし、以前はこんな感覚はなかったはずだ。でも今は違う。

 何故だか分かるのだ。どこにいれば敵がどうするとか、そこにいれば自分はこうできるとか、あの機体は次ああするだろうとか。そういった事が手に取るようにわかる。しかも、相手が未知のモノを使う、あるいは未知のモノ自身だったとして、それが何なのか瞬時に理解できる。

 

 どういったものなのかを簡単に考えてみても、何故最近になってこんな風になったのかは全くわからない。

 AMSの影響なのか。それとも、知らぬ知らぬのうちに覚醒剤を飲まされていたのか。脳内麻薬の分泌量が若干多いだけなのか。そのいずれかでもないのか。それは分からない。全く分からない。

 手に入ったのは、どれを見ても鴉の時にも持っていたかったと思えるようなものである。

 まぁ、有用な事はあっても、この力で困る事は一つだって存在しない。だから、何か変化が起きるまでは、せいぜいこの不思議な現象を利用させてもらうとしよう。

 

 という風に、私が自分自身で結論を出し終わった丁度その時である。輸送機が物凄い揺れ方をしたのだ。まるで強い地震のように、横に縦に勢いよく揺れる。

 もちろん、空を飛んでいる輸送機が、地震の影響を受けるはずがない。とはいえ、音を聞く限り、雲の中に入ったわけでも、乱気流の中を突っ切っている訳でもないようだ。

 とすれば原因は一つしか考えられない。

 パイロットスーツに備え付けられている通信機を使い、輸送機の機長に向けて連絡を取る。案の定、向こうはとても慌てているようで、落ち着こうとしているのがバレバレな声色だった。

 

「機長、今どうなっているんですか?」

 

 《それがっ…分からない!いきなり、機体が揺れたと思ったら、左翼の1番エンジンが動かなくなって…》

 

 私も一応は慌て、焦っていたつもりだったが、人はやはり自分以上に昂っている人を見ると正気を保てるらしい。お陰でクリアな思考ができる。

 エンジンが故障するという事柄も含め、この状況になった原因は幾つか考えられる。

 一つは、整備の不良だが、それだと機体の揺れが証明できない。それも含めて整備不良なら、きっとこの機体は数分とたたずに落ちるに違いない。が、機長の様子では、特段急激に高度が下がっている訳でもなさそうだ。なら、これが原因というのはないだろう。

 二つ目は、鳥などの飛行できる生物が入ってしまったこと。エンジン内に入ってしまえば、その大きさも相まって、確実にエンジントラブルを起こすだろう。が、やはり一つ目と同じように、最初の機体の揺れが謎なままだ。

 であれば三つ目の可能性が跳ね上がる。

 最初の機体の揺れと、エンジントラブルの二つ。そのどちらも満たせるものがある。そう、敵機による狙撃攻撃だ。

 この輸送機は、そこそこ…いや、かなりの上空を飛んでいる。それこそ、地上の生半可なレーダーでは探知できないレベルの高度だ。

 しかし、逆を言えばこちら側からも敵を捕捉できないということで、それは高高度への長距離射撃が可能な機体に対しては、無防備であるという事実に繋がる。

 

 上空に対して通じるレーダーの存在と、また、その目標に対して発揮できる火力を持った兵器。それは、私が知る限り一つしかない。

 私が乗っているものと同じ、ネクストだ。

 そうと分かれば話は早い。輸送機が犠牲になる前に、自分が降りてそのネクストを撃破してしまえばいい。輸送機には一旦アナトリアに帰ってもらい、新しいもので迎えに来てもらえば十分だ。

 幸い、ここはアナトリアからそこまで離れておらず、輸送機の速度ならば片道20分といったところだ。戦闘が終わって一息つく頃に丁度来てくれるだろう。

 

「機長、敵による攻撃の可能性が高い。今すぐに俺を降ろせ」

 

『馬鹿言うな。そんな事したら、俺が教授のとこの嬢ちゃんに殺されちまう』

 

 それはオーエンの方、と言おうとすると、再び機体を強い振動が襲う。先ほどとは反対側ということは、今度は右翼のエンジンを狙ったか。それとも、狙撃に慣れておらず、位置調整をしくじったか。

 

「このままじゃ、どっちも死ぬぞ。早く俺を地上に降ろせ!そうすればこいつは軽くなるし、敵も追っては来まい」

「大丈夫、死ぬつもりはない。あんたはアナトリアに戻って、この状況を伝えて、それで新しい輸送機でここに来て、俺を回収すればいい」

 

『あぁ、分かった分かった。それじゃ、死んでも文句は言うなよ!』

 

 輸送機の下腹部にあたるハッチが開かれ、いつでも降ろせる体勢になる。

 すかさず私はロレーヌを起動させ、ロックをもう慣れた手つきで解除し、戦闘モードへと移行する。

 シートの背もたれに深く身を沈め、首もとの位置を調整する。空気を吸うような音と共に、鋭い痛みが一瞬首を襲う。いつやってもAMS接続の瞬間は慣れない。

 

『さぁ準備はいいな!?それじゃ、鳥になってこい!』

 

 機長のその言葉と同時に、輸送機とネクストを繋げていたラックが外れ、重力を頼りにロレーヌは高速で地上へと駆けていく。

 その光景は、機長から見れば、鳥というよりもさながら雷のようであった。が、ロレーヌの機体色が黒が基調であることも相まって、敵対する者から見れば、鳥でもなく、雷でもなく。ただ、自分等を殺しに来た悪魔のように見えた。

 

「さて、喧嘩を売ってきやがったのは、どこのどいつだ?」

 

 GA側の依頼ばかり受けている自分等に対し、レイレナードやアクアビット等が攻撃を仕掛けるというのが、非常に現実的な話である以上、ここに来ているリンクスは非常に強敵である可能性は高かった。

 ただ、スナイパーライフルもしくはスナイパーキャノンであろう武装を扱いきれていないところを見ると、BFFのリンクスでは、少なくともオリジナルのリンクス、メアリー・シェリーではないだろう事は確かだった。

 

 さてさて、どんな相手が待っているのか。と思い、着陸を丁寧に行い前を向く。すると

 

 シュパパパパパ

 

 無数の弾丸がPAに阻まれ消えていった。機体は無傷。PAは殆ど減衰していない。こんな攻撃はネクストのものではない。

 見れば、そこにいたのは…歩兵が中心の部隊であった。

 戦車やパワードスーツ、武装ヘリなどもいる。輸送機を攻撃した張本人であろう砲台もある。でも、この部隊の中心は、歩兵であった。

 対人としては有用なアサルトライフルや、歩兵の持てる武装としてはかなり高ランクの威力を持つロケットランチャー。それらは、確かに同じ土俵に立つ者に対しては有効だろう。その強い信念すらも武器にできるだろう。だが、彼らの前に立っている自分は、彼らとはかけ離れた存在を使用している。

 ネクストに対して、いや、ACに対してそんな武装は役に立たない。ただでさえ、ノーマルからしても蚊に刺された程度の攻撃だったのだ。ネクストに効くはずがない。だって、ノーマルの武装でさえ、大半は無力化されてしまうのだから。

 

 マシンガンを単発撃ちし、一応脅威になる《かも》しれない、戦車と砲台を撃っていく。全て一撃で爆発するほど脆い。

 歩兵は...わざわざ倒す気にもなれない。それは、私が殺戮を楽しむサイコパスなら違ったのだろうか。いや、違わないだろう。どっちみち、この者達も、コジマ粒子の汚染によって、苦しみながら死んでいくのだから。だから、もしかしたらだが、苦しまずに死ねる道を辿らせない今の自分こそが、サイコパスなのではないかという思考に陥る。

 そうでないと、信じたかった。

 

 そうして片付けていた途中、とある歩兵の口の動きが目に留まった。他の兵士は何やら叫んでいたりするのに、その男だけは妙に静かで、ネクストACの高感度集音器をもってしても聞こえないほどだ。

 読唇術は苦手な私ではあるが、齧った程度の情報を用いて、読んでみた。

 

 い ま だ や つ を か た き と れ

 

 幾らか読んだ時、意味が分かってしまった。こいつらは陽動だったのだ。

 後ろを向くことなく、敵歩兵部隊の真上を飛ぶように跳躍する。直後、後方で耳を劈くような爆発音が聞こえ、高感度集音器の感度を無意識のうちに下げる。回避時に地面にPAが掠り、その電磁波のせいで幾人もの兵士が死んでいる。が、気にする余裕はなかった。私が今さっきまでいた所が、小さなクレーターへと姿を変えていたのだ。あの男は死んでいた。

 こんな爆発を引き起こすのはネクストの持つ武装の中でも一握りしかない。グレネードランチャーか、バズーカだろう。どちらを装備しているのかは分からないが、どちらにしても私の機体とは相性が最悪だ。

 兎に角、自分を消し炭にしようとしたのがどんな奴かを見るため、振り返ってみると、予想とは全く違った形の機体がそこにはいた。

 

 さっきは、私の機体と相性が最悪だろうといったが、前言撤回。今回は楽に済みそうだ。

 現れたネクストはタンク型。ガチガチに対物理装甲に特化した、重装備型だ。それは、姿を見せるやいなや、右腕のバズーカと左腕のロケットを撃ちまくってきた。周りには彼の味方―と思われるもの―がいるというのに、迷いは微塵も感じられなかった。これは面倒…いや、まずい相手だ。

 

 《アナトリア…テキ…カタキ…》

 

 感情が感じられない、言ってしまえば棒読みのような、若い、若い男の声。どことなく中性的な高めの声で、それが更に年少ものというイメージを作り上げる。

 (かたき)という言葉を聞いて、ふと考える。最近こういった事に巻き込まれる要素がどこにあったか。上げればキリがない事は確かだが、先ほどの歩兵集団も合わせると、一つだけ思いつくものがあった。そう、マグリブ解放戦線の奴らだ。彼らは、ごく最近オーエンによってアマジークを失ったのだ。

 なるほど、確かにそう考えるとあの異常なまでの執念による攻撃も理解できるというもの。つまりは、これは仲間の無念を晴らすための戦だったのだ。

 ミサイル施設は破壊し尽され、頼みの綱のアマジークは撃破され、更にはそれによって企業からの圧力は増し、多くの基地は焼き払われ、多くの犠牲が出たというのは知っていた。

 

 彼らにしてみれば、全ての元凶はアナトリアのネクスト二機にあったのだ。

 

 だが、それ以上に私は相対するネクストを見て思う。リンクスであるススは、その感情の籠っていない声を聞く限り、高い精神負荷を受けてなんとかネクストを動かしている。しかも、それでもシミュレーターに保存されているアマジークの動きにも劣るというもの。それは、機体の性能差でも、タンク型だからというわけでもない。単純に、技術の差だ。

 彼はネクストに遊ばれている。例えるなら、子供が大きめの制服を着ているようなもの。性能はギリギリまで引き出せてないどころか、4割出せているかも微妙なところだろう。ただ、戦力としてはネクストというだけで100のノーマルよりも価値があるものだ。だから使わされているというだけに他ならない。

 でもそれだけ。アマジークの最期の言葉を私は知っている。オーエンの戦闘記録が見たくて、アマジークとの決闘の記録を見たのだ。

 

 彼は、アマジークは仲間想いであった。神、いや、自分の中の正義を信じ、それを守るために戦っていた。一人孤独に、それでも戦っていた。だが、その肝心の仲間はどうだ?

 受け入れた彼はいいとして、彼らの上に立つ者達は、そもそも人を壊すほどの負担を彼らに強いてまで、そこまでして守りたいものだったのか?マグリブ上層部の事は私は分からない。だが、アマジークとススが使っているネクストパーツから、企業との関係はなんとなく察する事ができる。

 恐らく、彼らは出来レースをさせられているに過ぎないのだ。企業側が支配するだろう地域。そこに存在する反乱分子。それを纏めて駆除するために、彼らは集められ、正義のためなどという最もらしい言葉に踊らされ、そして潰えようとしているのだ。では、上層部は?決まってる。どうせ、彼らは企業側から多額の報酬とそれ以降の地位を保証され、それのためにやっているに違いない。

 

 少々、いや、かなりムカつく話だ。反吐が出る。それは、命を賭して戦士として戦う者を愚弄する行いだ。

 私は騎士道精神など持ち合わせていないし、どちらかというとそれと対極の位置にいる人間だ。だが、目の前のリンクス、いや、戦士達に対し、私は彼らの神と正義に誓おう。この戦闘、全力でやらせてもらう。

 

 ススの攻撃は単調だ。敵に狙いを定め、撃つ。ただそれだけ。お手本通りかと言われれば、確かにそうだと言える。だが、戦場において。特に同じ土俵に立って戦う者同士にとって、お手本通りの相手は、最もやりやすい相手だ。それは、生身で殴り合う時も、ACに乗ってレイヴン同士で殺し合う時も、こうしたネクスト同士の戦闘でも変わる事はない。

 だから、ススが向けてきた銃身を見て、それから回避すれば余裕である。ただ、使ってくる武装がグレネードランチャーやバズーカ、ロケットという広範囲攻撃系のものだけに、ただただブーストするだけでは避けきれない。撃たれる度にQBで避ける。射撃間隔が長いので、エネルギーの回復がしっかりできるのが幸いだ。

 どっちかというと問題はミサイルで、こればっかりはロックオンされれば嫌でも避けるのが面倒になる。マシンガンで迎撃はしているが、残弾は残り少ない。あまり無駄はしたくない。

 更に言えば、私の避けられないものは時間だ。先ほどの戦闘が1分強で終わった事を加味しても、あと8分と戦闘は続かないだろう。これは、ススを撃破した後、追手が来た時に振り切るための時間でもある。

 

 つまりは、速攻で片を付けないと面倒という事。

 ただ、どうもネクストのタンクというのは、ノーマルとは大きく違うらしい。いつもなら、そう、今この瞬間にグレネードランチャーを撃つために一瞬だけ奴は止まった。そういう細かい隙ができた瞬間に、ノーマル同士なら接近戦に持ち込める。が、ネクストではそれはできない。それはひとえにネクストの性質が邪魔しているに他ならない。何がと言えば、QBと高火力武装の存在だ。

 近づこうと、旋回の遅さはQBで補える。それに、グレネードなどはとても広範囲に被害が及ぶのだから、軽量機殺しに違いない。

 

 でも、抜け道はある。リスクも高いが、そんな事はもう慣れた。確実にやれる方を選ぶとしよう。

 

 マシンガンと背負った装備、そして格納武装まで全てをパージする。ロレーヌに残った武装は、右手の月光ただ一振り。だが、これでいい。これで、エネルギーを機動力に振る事ができる。

 垂直ブーストとOBを一緒に発動させ、距離を詰めに行く。グレネードランチャーの爆風を喰らい、ミサイルを数発被弾する。PAが剥がれ、機体の装甲に傷ができる。でもそれが、ロレーヌを止める原因にはなることはない。もう止まれないのだから。

 ブースターだけに頼りきらず、さらに推進力を増すために、左脚で地を強く蹴る。OBの爆発的な加速と合わせ、一気に速度が上がる。対Gスーツの役割も兼ねたパイロットスーツを着ているというのに、それなのに歯を食いしばらないと吐いてしまいそうになる。臓器が押し上げられ、抉られるような強い衝撃を受けるが、そこは理論ではなく、根性で耐える。それしか方法はないからだ。

 それでも痛い事には変わらない。だが、それがなんだ?アマジークは更に辛かっただろう。身体的に辛いだけではなく、脳への負担も凄かったのだから。そういう点では、オーエンも同じ。自分だけが、その面だけでは恵まれている。だから、これくらいは耐えなければならない。

 

 機体が宙に浮き、爆風の影響を受けない状態になる。着弾時に爆発を生じるバズーカやロケットでは、空中にいる敵機に対しては影響力が低いのだ。今やススがまともに命中を望めるのは、左肩のミサイルだけである。

 それこそが私の狙い。まだエネルギーの残量が半分近くあるのを確認し、真下に機体を向けるとそのまま前方にQBを行う。地上に対し、ダーツのように突進する。至近距離で自分を爆発に巻き込むのを躊躇ったのか、ススは攻撃をしてこない。やはり、そういった面ではまだ若いのだ。

 

「もう、休め…お前達の戦争は終わったんだ」

 

 ロレーヌはススのネクストの頭上を通り過ぎ、背後に着地。それと同時にQBの応用技、QTを利用した旋回斬りを繰り出した。胴体と脚部が離れ離れになるのを見た瞬間、更にコア部分に月光を突き刺した。意図せずとも、力を入れなくても、問答無用で装甲を溶かしきった月光は、エネルギー切れと、これ以上の暴力は不要だと言わんばかりに光を閉じた。

 コックピットから僅かに逸れていたのか、ススはまた口を開く。さっきよりも少し感情の入った声で。

 

 《ファ、ファーティマ…すぐに…そっちに…》

 

 ファーティマという人物が誰かは知らない。が、最期の言葉として口に出すほどに大切な人物なのだ。きっと、恋人か、そうでなくても『仲間』以上の何かなんだろう。きっと。ススには悪いが、調べてみるとしよう。

 レーダーの反応を見て、上を見上げれば、きっと相当急いだのだろう。見覚えのある輸送機が空を飛んでいた。




ちなみに同時期にアナトリアは襲撃を受けてます。一体何リブ解放戦線の仕業なんだ...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大粛清

先月のシフトより少な目でお願いしますと言ったら、いきなり四分の一まで減らされちゃいました。限度ってものを知らないんですかね…

さてそれより、ついにメタルウルフカオスがHDリマスターで出ますね!その調子で初代ACとかもしてほしいですが…新作忍者ゲーも頑張ってほしいですし…まぁ要するに、フロムってすげー(小並感)


マグリブ最後のネクストをシャルルが相手にしている最中、アナトリア・コロニーは別のマグリブの部隊から攻撃を受けていた。いや、受けそうであったというのが正しいだろう。

その部隊は欠片も残さず、また、アナトリアに指一本触れることなく全滅してしまったのだから。『Unknown』の手によって。

 

GAEから受けていた任務をオーエンが達成した後、すぐに仕掛けられた攻撃は、しかし成功する事はなく、むしろ事実上のマグリブ解放戦線壊滅を決定させたものになった。

また、同じくマグリブ解放戦線所属のリンクス、ススは、アナトリア・コロニーへの移動中に、アナトリア所属のリンクス『シャルル』の機体が格納されている輸送機を発見、攻撃。したのだが、こちらも返り討ちにあってしまった。

全ての所属リンクス及びネクストと、事実上全ての実働部隊を失ったマグリブ解放戦線は、もはやアナトリアを襲撃するどころか、小さな街すら襲えるかどうか怪しい状態になり、維持する事すら厳しいものとなった。

 

「はぁ。多額の投資をしたのにも関わらずコレとは…結局は烏合の衆であったか」

 

「インテリオル・ユニオンとの陣取り合戦、危険域に達したアナトリアの処理。どちらも中途半端以下に終わるというのは、些か予想外だった…これなら、アマジークを我々で引き抜いた方が早かったのでは?」

 

「彼の戦闘スタイルは、我が社のネクストとは合わないだろう。それこそ、インテリオルの処理という、イクバールとの共通目的が無ければこの段階すら到達していないはず」

 

延々と形ばかりの会議を続けるのは、GA社の幹部達。勿論議題はマグリブ解放戦線についてであった。

GA社はマグリブに経済面、物資面での協力体制をとっていた。というより、マグリブという組織自体が、GA社が作ったものと言っても過言ではなかった。

反対勢力の存在を知った彼ら企業は、それぞれ対策をとっていた。人道的な面で言うなら、最も良い対策をしていたのはレイレナード社であり、最も非道であったのは、アルドラを除いたインテリオル・ユニオンを構成する二つの企業とアクアビットだろう。

レイレナードはその見た目とは裏腹にかなり平和的で、反体制派の殆どを自社の構成員とすることにすら成功した。一説によれば、所属リンクス達によるゲリラライブ活動が実を結んだとかなんとか。

逆にインテリオルやアクアビットは容赦がなく、片っ端から反体制派の人間を捕らえ、それをAMS被験体として“活用”したという。

 

そしてGA社は、そんな対応の中でも真ん中…よりもちょっと非道寄りで、彼らを戦力として扱ったのだった。勿論、都合のいいように。反体制派の勢力にエージェントを送り込み、マグリブ解放戦線として結束させ、インテリオル・ユニオンに対して攻撃を仕掛けるように仕向けた。

 

「まぁこれもすでに過ぎた事にすぎない。次の議題はなんだったかね」

 

「この間のGAEへの粛清は、どうなったのか?だったかな?」

 

「おおぅ、そうだったそうだった」

 

GA社は子会社として、ヨーロッパの方にGAE社を持っている。が、どうも彼らはコジマ技術欲しさに、GA社と敵対関係にあるアクアビット社と接触しているらしいのだ。本社としては、望ましくないものなだけに放っておくわけにはいかなかった。

そんな彼らは、二度に渡り攻撃を仕掛けた。もちろん表面上はGAと何ら関係がないように装って。ノーマルや大型兵器などをふんだんに使った作戦で、ある程度の規模の工場を襲撃し、アクアビットから貰ったものなどを破壊する事を目的にしていた。GAE自体にいるネクスト戦力は本当に少ないもので、練度も低い。この数で攻めれば勝算は十分にあった。

 

「で、成功したのかね?残骸などは回収したんだろうな?」

 

だから、かなりの自信を持って、この作戦を発案した幹部の一人は聞いた。彼は満面の笑みで、良い報告を聞く気満々であった。が、それに対して報告する者の顔は、かなり暗い。

 

「それですが…失敗しました」

 

たった一言であったが、報告した者のそのたった一言だけで、会議室はざわめいた。各々が隣の席の人と意見を交わし合い、なんで失敗したかの予測をしていた。

自信を持っていただけあって、人一倍衝撃が強かったのだろう、発案した幹部は少し青ざめた様子で、信じられないという顔で聞いた。

 

「なんだと?奴らのネクスト戦力が予想以上だったのか?それとも、単純にパワー負けしたか?」

 

概ね、会議室内の人々が考えていたのもそれだった。GAEの保有するネクストが意外に強かったのなら、ネクストがやはり強大な戦力であることを再確認するだけで済んだし、結局ネクストをぶつけるしかないと考えるだけで済んだ。

問題は単純な部隊の練度不足の方で、もし仮にそうだとすれば、精鋭と呼ばれる部隊全ての見直しを図らないといけない。

 

「いえ、どちらでもございません」

 

更に彼らは驚いた。それ以外の要因というのが、中々思いつかなかったからだ。

だが次の言葉で、彼ら全員は更に更に驚くとともに、深く納得し、後悔する。彼らは侮っていたのだ。

 

「原因はアナトリアのリンクスです」

 

自分達で見つけた、強力な二人の傭兵リンクスの事を

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

『今回の依頼は、GAEの拠点であるハイダ工廠の襲撃です』

 

フィオナさんが提示した、今回の依頼というものは、控えめに言って異常だった。なにしろ、GAからGAEへの攻撃依頼である。自らの子会社をわざわざ襲撃させるなんて、一体何のメリットがあるのだろうか。

 

『攻撃目標は、敵通常戦力ですが、最優先目標として建造中の巨大兵器が指定されています。また、相手もネクスト戦力を用意している可能性が高く、接触した場合は排除しても構わないとのことです』

 

ますます訳が分からない。自分達の兵器を自分達で破壊し、貴重なネクスト戦力すら捨てる。異常なほど、今回の依頼をGAは重く見ているのだろう。考えられる線は…機密情報の漏洩か、はたまた研究員の亡命か。もしくはその両方か。

 

『それと今回は、二人揃って出撃よ。頑張って!』

 

二人揃って、ということはつまり、オーエンとの共同任務ってことだろう。成功率が跳ね上がるのを感じた。

気になるのは、二人のリンクスを要する依頼なのかということ。普通に考えれば、やはり成功率確保のためだろうが、難易度だけで私達両方を使うわけではない気がする。なんていうか、相手に雇われないためにわざと雇ったような、そんな気が。

 

作戦は単純明快だった。正面からGAEの工場を襲撃し、内部に侵入。目標を発見次第破壊するという、作戦と呼べるかどうか怪しいもの。ちなみに、侵入経路は作戦開始直前にGAの航空機部隊が確保してくれるそうだ。おそらく、ゲートでも破壊しておいてくれるのだろう。無駄に警戒させるのと引き換えにだが。

まぁ、侵入する前に扉を破壊してくれるというのは、弾薬を無駄に使わなくていいという事なので、嬉しい事ではあるが、対空砲火が激しくなるのはそう喜べることでもない。発動している間は、無類の防御力を誇るPAも無限に使える万能兵器ではないのだから。そういうわけで、対空レーザーやレールガンなどは基本的に機動力で避けることになるだろう。

武装も変更しておいた。ついこの間はGAEの工場を防衛する側だったがために、構造はそこそこ知っていた。狭い通路がアリの巣状にいくつもある形で、お世辞にもネクストが戦闘するのに十分な広さだとは言えない。事実、前回はグレネードの爆風を何回も喰らいながらの戦闘で、傷だらけになってしまった。

そういうわけで、今回は、以前エネルギーの問題で外していたプラズマキャノンを右肩に背負い、左腕のマシンガンもオーメル製の低燃費レーザーライフルに変更した。総じて、狭い場所での戦闘に特化した形になる。が、その代わり更にエネルギーには気を付けないといけないだろう。いざとなれば、ブレードを使わず終始中距離での射撃戦すら頭に入れておく必要がある。

オーエンですら、今回の依頼のためにエネルギー兵装を仕入れていた。彼はハイレーザーライフルを手に入れてちょっと嬉しそうだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

決行日は大雨だった。朝からずっと降り続いていて、視界は劣悪である。しかし、爆撃機隊は予定通り出撃するらしいので、依頼の延期はなさそうだった。それが幸か不幸か知らないが。

ネクストの頭部に搭載されているカメラは、一部を除いてノーマル以下の性能らしく、特に暗がりでの戦闘は不可能に近い。一応、BFF社の製品は、若干そこらへん優秀らしい。ちなみにアリーヤは所謂近視で、遠距離になればなるほど苦手らしい。BFF社との中距離以上の撃ち合いにはなりたくないものだ。

脱線してしまったが、それは許してほしい。正直言って、今回の依頼はレイヴンからリンクスになって以来の『何が起きてもおかしくない』もので、こうして緊張を解しておきたいのだ。こうして、サンドイッチを食べながら、独り言をぽつぽつ言うのは、案外気分が落ち着くのである。

 

『作戦開始まで、残り5分です』

 

フィオナさんのアナウンスが聞こえたので、食べていたサンドイッチを口に押し込み、続けて水筒に入れておいた紅茶で流し込む。そうしたら、ヘルメットを被り、AMSのプラグを首に差し込み、シートにゆったりと背をもたれる。一瞬、接続時に頭の中身をかき回されるような不快感が襲うが、それをぐっと堪える。

ヘルメットに搭載された網膜投影装置が起動し、ネクストから情報が送られる。残弾数、残り装甲耐久値、コジマ粒子残量などなど。ネクスト本体が起動していないため、視界に直接関わる情報などは無いとはいえ、それでもかなりの情報量である。起動させれば更に数倍になるだろう。

 

一分経ち、降下体勢に入る。輸送機のハッチが開かれる音がすれば、こちらもネクストを起動する。

メインシステムが立ち上がり、AMSによるパイロットコードの認証が行われる。勿論、このロレーヌは私以外に乗れるリンクス等は一人しかいないが。

メインカメラが点き、ネクスト目線での世界が映し出される。暗い格納ブロックの真下に、高所恐怖症なら発狂間違いなしの光景が広がっている。そこをぼんやりと見ていると突然、爆音が後方から聞こえてきて、続けて通信が入った。

 

『ヘイ!山猫!頼りにしてるぜ!』

 

『俺たちは《扉》を開けるだけ。後はお前さんたちの仕事だ』

 

『空の旅を楽しめよ!』

 

四機編隊の爆撃機部隊が4つ。輸送機の後ろから来ていたのだ。巨大な戦略爆撃機ではなく、ジェットエンジンの航空機に爆装しているようだった。

一機一機が口々に私達に声をかけると、それらはもれなくからかうように、輸送機の周りでアクロバット飛行をしながら先に進んだ。

彼らの行動の理由は確実ではないが、十中八九、覚悟するためだろう。自分等の後、どんな奴が仕事をするのか。そいつらは成し遂げるだろうか、と。

そんな彼らを見て、オーエンは「何人が生き残るんだろうな」と呟いた。

 

 

 

 

『作戦開始!爆撃機隊が攻撃を開始しました!』

 

真下を確認すれば、確かに幾つもの光が見える。それは、彼らが仕事を果たした証であり、更には彼らの命が散っていく光でもある。

それを確認した直後、機長から降下の合図が知らされる。ネクストを機に繋ぎ止めていたアームが外され、ロレーヌが重力に従った落下を始める。横にはグレイゴーストもいる。

 

『山猫!聞こえるか?』

 

聞こえている。そう返す前に声の主は返事を待たずに言葉を続ける。

 

『俺たちは役目を果たしたぜ!不本意だが、ここからはあんたらの仕事だ。時代はあんたらにあるみたいだ。それじゃあ、頼んだぞ!』

 

それを境に、彼らの誰とも連絡はつかなくなった。代わりに、地上で大きな光と炎の塊が12個程、ほぼ同時に出来上がった。そこに大きな穴を残して。

私とオーエンは、なにも言わずにペダルを踏み込み、イメージを固め、地上へと突き進む。元の落下速度でも相当なものだが、相手が自分達に気づいてからでは遅いかもしれないのだ。機体を真っ逆さまにして、QBを何回も起こし、まさに音を置いてく速さで落ちる。

 

地上の様子が見える頃には、彼らがあわただしく迎撃準備をしていた。が、出てきたのは対空レーザーでも、機関砲の山でもなく、対空には向いていないバズーカを装備したノーマルだった。

よくよく見れば、爆撃機の残骸がある場所には同じように、対空砲の残骸もあったのだ。

ありがたみを忘れぬよう、更に急いで穴に突入する。速すぎる速度のため、ノーマルのロック速度では間に合わなかったのだろう。一度も発砲すらされなかった。

 

施設内に侵入できた私達は、徐々に速度を落としつつ、下層を目指すことにした。この施設の構造は、見たところ私が以前に来た場所とさして変わらないようで、せいぜい各フロアごとでの配置が違う程度だろう。

そうだとすれば、今いる上層は屋外に対する警備、及び住居ブロックであり、中層は研究施設、下層は格納庫、最下層には核シェルターというような配置になっているだろう。恐らくではあるが、GAEが余程のマヌケでないのなら、既に非戦闘員はシェルターのある最下層に避難しているはずである。心置きなく戦闘するとしよう。

狭い通路を二手に別れて進む。このような施設では、二人別れての捜索の方が効率は良いし、戦闘でもお互いの動きが邪魔にならない。最も、これはお互いが別々に行動して勝手に死なないという信頼がないとできない。

 

この施設の面白いところは、何処かにAC用のエレベーターが存在するところだろう。そのせいで、下層から来る敵機が後を絶たず、無限に湧いてる気にすらなってくる。逆に、そのエレベーターを発見すれば、無理矢理にでもそこに行けるということだ。

エレベーターを探すのは骨が折れる、と思うだろうが、それは間違いである。なにしろ、敵が来ている道を辿ればいいのだ。そうすれば、ほら、ネクストも軽々と入れそうな扉がある。

一応、オーエンとフィオナさんに連絡しておく。

 

「こちらシャルル、エレベーターを発見した。3番エレベーターだ」

 

『こちらUnknown了解。こちらも発見した。7番だ』

 

「警戒しつつ下層へと向かう」

 

そう言いつつ、私は自然と苦笑いしてしまっているのを自覚する。なにせ、最低でも7つのエレベーターが存在するのだ。それなら、この湧いて出てくる敵機体にも納得がいくというもの。

カメラからの情報でエレベーターのハッキングを開始し、認証がなくても動作するよう細工する。パソコンとキーボードによるタイピングがいらないし、CPUによる演算補助があるとはいえ、この手のことについてはほぼド素人に近い私は、中々パスワードが解除できずに難航する。

 

「あーったく、面倒だ!」

 

ついにはハッキングを中断、断念して、右手のブレードを起動した。そうして、その刃をエレベーターの扉に向ける。

 

「開かないなら、開けりゃいいんだろ!」

 

隔壁にも似た分厚い鋼鉄の扉に刃を突き刺し、どこぞの銀河の騎士のように扉を溶かし斬っていく。

丁度ネクストが通れる程度の大きさを切る抜き、蹴破る。頭部のライトを付けて下を見ればエレベーターを支えるワイヤー状のものが幾らか地下へと延びている。どうやら、アタリらしい。再びブレードで斬りつけ、ワイヤーを断ってから、しばらく待って、何も落ちてこない事を確認してから降り始める。エレベーターに潰されるなんて、まっぴらごめんなのだ。

右手を壁の溝に差し込みながら、金属が擦れる音と共に下の層へと降下する。耳障りな音だが、この音に紛れて敵が襲撃してくるとも限らないために、音声をカットする事すら許されない。そんな風に考えていれば、すぐに目的地まで着いてしまった。目の前にあるのは、先ほどのエレベーターと同じ扉。再び溶かして内部に入れば、やっぱり同じ通路ばかりである。

 

「…そろそろ飽きてきたな」

 

さっさと終わらせるためにも、下層に足を踏み入れた。その途端である。

《侵入者が下層、格納ブロックに侵入。ガード部隊は今すぐに鎮圧せよ》

というアナウンスと共に、十数機のノーマルACと思わしき移動音が聞こえてくる。流石にこの数は突破できるものではない。殲滅をするしか進むも退くも難しそうである。ただ、私に残された時間は、どう長く見積もってもあと12分。できれば8分以内でやることは終わらせたい私は、左腕のレーザーライフルと右背のプラズマキャノンを構え、一人目の被害者に向けて進みだした。




最近亀でしたが、次は早めに投稿したいなぁ…バイト日四分の一になっちゃったし


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻は歌う

そういえば、AC世界の言語ってなんなんでしょうね?
英語?日本語?それとも未知の言語?

4系列に限っては、国が滅んでも言語は滅ばず、翻訳技術が発達しただけだと想像してます


 爆発音が幾つも響き渡る施設の通路では、まさに死屍累々という表現が相応しい惨状が広がっていた。とはいっても、その惨状を引き起こした本人である私は、殆ど無傷であったが。

 私とロレーヌがこの下層にやってきた事を知ったGAEのノーマル部隊が、迎撃にやってきてから約20秒。なんだかんだあって16機の撃破に成功したが、その分オーエンよりも遅れてしまっただろう。その分の埋め合わせをすべく、通路をOBを使って移動する。

 

 《奴らを通させるな!》

 《PAだけでも、剥がすんだ!》

 

 途中戦車が数両、バリケードを作るように並んでいるが、当然ネクストに対してそんなものが意味ある訳もなく、私は速度を落とさずに直進し、脚部で轢いてしまった。バラバラの部品とオイルと混ざった赤い液体だけが、私の目に映る。現実は非情なのだ。

 再び、GAE社のノーマルが現れる。しかし、先ほどまでの防衛向きなGA社製のものではなく、ローゼンタール製のバランス型のもの。それならば、プラズマキャノンを命中させれば楽勝である。

 相手もこちらを目視するなり、徐々に後退しながらレーザーライフルを撃ってはくるが、そもそもの速度が違い過ぎるがために引き撃ちが通用しないのがネクストである。そう、意味がないのだ。ノーマル程度では。

 撃ってくるレーザーを全く気にせず突っ込み、三機のノーマルの目の前まで接近する。そして、QBを応用したターン技術と共に月光を起動し、満月を描くように回転する。そのたった一振りで、三機のノーマルは全て胴体の上と下とが別けられてしまい、中にいるパイロットごと機能を停止してしまった。

 さて、その間にも恐らくオーエンと比べて差が開いてしまっているはずなので、さっさと格納庫まで突っ走る。迎撃するのにエネルギーが足りなければ、多少の装甲を引き換えに、壁にぶつかりながら敵を避け、それが無理なら質量と速度にものを言わせた蹴りを見舞う。GA社製の頑丈なものならいざ知らず、バランス型の中量二脚タイプのローゼンタール製ノーマルでは、ネクストの質量と速度が加わった凶悪な蹴りは防げないようで、蹴りあげたコア部分がバラバラになってしまった。

 以前、レイヴンとしてアンジェと一騎討ちをした時、彼女のネクストからの蹴りを食らった覚えがあるが、それは至近距離からのもので、速度がそこまで乗っていなかったからこそ、致命傷で済んだのだろう。もし自分がOBしているネクストに蹴られようものなら、汚染の可能性があったとしても、まず間違いなくさっさと脱出してしまうだろう。

 そういう意味では、社員とはいえ企業に命まで捧げる彼らのことが尊敬できる。なにしろ、ネクストというのは、ハイエンドノーマルですら相手をするのがやっとだというのに、彼らはそれより遥かに性能面で劣る只のノーマルACでネクストにすら立ち向かうのだ。正気の沙汰ではない。

 とはいえ、こちらも依頼でやっているのだから手は抜けない。なにより自分が死ぬのはごめんである。申し訳なく思いつつも、前に立つ者はなんであろうと排除し、更に奥へ奥へと進んでいく。

 奥へ進む事に何となくではあるが、敵にエンカウントするまでのインターバルが短くなっている…ような気がする。それがターゲットを守るためであるなら、恐らくもう少しで着くだろう。

 

 限界活動時間まで、あと11分

 

 まだ余裕がある事を確認し、少しリラックスしてみることにする。どうも、戦闘中はいつも極度の緊張状態になってしまう。

 本当なら、オーエンのようにリラックスした方が冷静な判断を下しやすい。でも戦場でできる事は限られてるから、中々実践できずにいたのだ。

 …そうだ。音楽を流すなんてどうだろうか?もしくは、鼻歌でも歌ってみようか?中々いいアイデアだと思う。音楽にはリラックス効果があるなんていうし。

 

 流石に今から音楽を流すのは無理だ。データをネクストにインストールしてないから。でも、鼻歌ならそんなものは必要ない。なにしろ、自分で歌うのだからな。

 どうせだからとネクストの拡声機能を無駄に使い、周りにも声が届くようにする。自分が来ている事を相手が知り、逃げてくれれば儲け物だ。勿論、集まってくれても一網打尽にできるのだから損はない。

 

「さて、何を歌うかなと」

 

 恥ずかしながら、私が知っている曲は少ない。というのも、傭兵として過ごした年月の方が、それ以外であった年月よりも長いのが災いして、あまり流行のものや趣向品などに疎かったのだ。レイヴンである時の趣向品なんて、土地によって異なるおいしい名物料理とか、酒などに絞られていた。

 という事で、私が知る数少ない曲というのは必然的に、最近アナトリアで聞いたラジオで流れる曲になる。その中で特に頭に残った曲であれば…そう、あの曲しかない。

 

「ふんふふんふん~ふんふふんふふ~♪」

 

「Agitator」つまりは煽動家というタイトルのこの曲は、何故だか良く耳に残る曲だった。この曲の作曲を担当していたのは、意外にも私をよく知る人物であることが明らかになった。

 レイヴンとして最後に世話になった運び屋、チコニアである。気づいたのは、この曲が流れたラジオ番組のラスト。ラストに流れたこの曲には、『アナトリアにいる二人のリンクスに捧げる』というメッセージがついていたそうだ。あるいは、そのラジオ番組自体が彼らが立ち上げたものかもしれない。

 今度、この曲を作った意味でも考えてみるとしよう。昔の私達を知る、数少ない人物からのメッセージなのだ。

 

 少しの間、その曲を口ずさみながら気分良く戦闘していたのだが、突然心配そうな声で話しかけてくる人物がいた。フィオナさんだった。

 

『シャルル、どうしたの?いきなり鼻歌なんて歌って』

 

 そりゃ心配するだろう。普段無口で淡々と依頼をこなす私が、話すどころか、突然歌いだしたのだから。しかし、フィオナさんには悪いけどこれはやめない。気分良く戦闘はしたいのだ。

 だから、本当に心配してくれるのは嬉しいけど、これだけはやめない意を示す。

 

「大丈夫」

「ただ、今は歌っていたい気分なんだ」

 

 そんな私の答えに、『そう』と少し悲しそうにフィオナさんは呟くだけで、私の行いを咎めようとも肯定しようともしなかった。

 何となくそれが私も悲しかったが、それでも歌うのはやめない。歌っている間は寂しさは薄れるし、なによりリラックスができるのだから。

 

 歌に釣られ、向かってくるノーマルACが四機。普段なら面倒に感じるが、今は、今この瞬間は違う。

 手始めに左腕のレーザーライフルを2発撃つ。もちろん、これで倒されてくれるほど甘い装甲ではないのは知っている。だから、足下を狙った。

 予想通り、先行していた機体二機はそれぞれ片足を破損し転ぶ。それに動揺したのか、続く二機は立ち止まってしまう。

 その隙を見逃す筈もなく、右肩のプラズマキャノンを連射し、立ち止まった方のコアに穴を開ける。そうしたら、脚部を損傷しているのは無視して先を急ぐ。道さえ塞がないのなら、ネクストに追いつけないノーマルをわざわざ律儀に撃破する義理もない。

 鼻歌をしていれば、敵は続々とやってくる。それらを全て狩りつくし、通路を鉄屑だらけになってしまっている。それがあたかも帰り道を示しているようで、童話ヘンゼルとグレーテルを思い出させる。確か、あの話ではパンの切れ端を置いていったのだったか?だとすれば、この残骸も鳥に食われるのだろうか?そこまで考えて、自嘲気味に笑う。もう猫になったというのに何を考えているんだ、と。

 

「見えた」

 

 正直何のためにここまで長いのか分からない道を進み、やっと開けた場所に出られた。それはもう、通路への出入り口がネズミの穴みたいに見えるほどで、巨大な人型兵器のはずのネクストがまるでオモチャに思える程にこの空間は巨大であった。そして、この空間に相応しいものが、目の前にはいた。そう、ターゲットである。

 ターゲットはこれまた巨大で、全高だけでもネクスト10機分くらいはある。全長などは想像すらできない。しかも、数十にもなるノーマルの群れがターゲットの巨大兵器を守るように布陣している。

 

 だというのに私は、どうしようかと悩むどころか相変わらず鼻歌を続けながら―しかも今までよりもよっぽど調子良く-その群れのど真ん中へ機体を進ませていた。

 

 

 

 

 

 ⑨

 

 

 

 

 

 私だって、どういう事なのか分からない。でも、上からの命令なのだからきっと必要な事。だからここに来た。

 なのに

 

「なのに、これは一体…?」

 

 先程からやけにおかしかった。GAE社から、「他企業の部隊がこの工場を襲撃するらしいから、本社のリンクスに防衛を頼みたい」という話をされ、しかもそれが今日中だというから、本社に話をする暇もなく駆けつけた。

 着いた時には時既に遅し。工廠の真上に隠蔽されている筈の隠しハッチは抉じ開けられ、地上の防衛設備は壊滅状態である。

 敵が通った道を通り、後を追いかけようとしたら、すぐにその異常性に気がつき、今に至る。

 

 ここはGAEの生命線である工廠である。しかも、GA本社からの支援も相まって高い防衛力を持っている。正直言えば、リンクスである私だってここは攻めたくない。物量が異常に多く、PAがあっても撃破される可能性が高いのだ。

 だというのに、だ。ここにあるのはGAE社が自分達の拠点防衛用に配備してある、ローゼンタール製のMTの残骸ばかり。敵対しているアクアビットやBFF社製ノーマルの残骸は一機分だって見られない。更に不自然な点と言えば、GAE社のノーマルの残骸以外には、パーツの欠片すら落ちていないところである。

 もし仮にネクストが侵入してきたとしても、さすがにこの数のノーマル相手に無傷で突破は不可能なはず。装甲が薄めの機体が多いアクアビット社やレイレナード社のものなら猶更である。

 

 であれば、この施設に侵入してきた敵は、未知の敵か、それともなければ私が勝てないかもしれない相手。それでも私は負けるわけには…死ぬわけにはいけない。私の恩人が設立した、戦争孤児を主な対象とした、孤児院の活動資金のためにも。帰りを待つあの子たちのためにも。

 

「どうか…神のご加護を…あら?」

 

 祈りを捧げようとしたとき、ふと耳に何かが聞こえる。誰かが歌う声。歌うといっても歌詞はなく、リズムだけを刻む丁寧な、綺麗な鼻歌だ。

 若い男が歌っているようだが、声変わりがしきれてないのかそれとも元々そういう声なのか、結構高めの声。テノールとアルトの間くらいではないだろうか。

 

「綺麗な歌声…まるで…まるで戦場の妖精みたい」

 

 

 ____

 だが、彼女は知らない。その妖精が、悪魔であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後のノーマルから、紫の刀身を引き抜き周りを見る。動く者は自分だけ。他には何もない。さっきまで地上でうろちょろしていた(とはいえ戦闘には巻き込まれていない)整備員達も、撤収を命令するアナウンスの後すぐに居なくなってしまった。

 だが、自分で最も衝撃的だったのは、この場をここまで滅茶苦茶にするのにかかった時間である。

 

 いつもならこれをするのに、どれだけ見積もっても3分はかかっている。それが、今回はたったの1分と13秒だけだ。

 敵の練度が低かった訳でもなく、単純に自らの動きが良くなっている。

 

(自覚できていなかっただけで、少しずつ前進できているのか)

 

 レイヴン時代になかった程の急成長に少し驚きながら、同時に高揚感も覚える。自分に力がついてきていて、自分やっていることは無駄ではない。しっかりと結果が出ているという事に自信も湧く。

 

(さて、あとはアレを破壊して終わりだな。随分とあっけないものだ)

 

 重要施設だというのに、ネクスト対策はされていなかった。そのことに若干がっかりしつつも、依頼を達成するためにレーザーライフルとプラズマキャノンを展開し、射撃を開始する。

 この巨体である。破壊するのにどれくらいかかるだろうかと若干焦ったが、それは杞憂であった。それは、想像を遥かに超えて脆く、両方の武装をそれぞれ五連射しただけで破壊できた。

 建造途中とはいえこの脆さだ。きっと完成しても、大した事はないだろう。この手のモノは大抵、後方支援用の移動砲台と相場が決まっている。

 

(帰るか。残り時間は…7分。余裕だな)

 

 出口に機体を向けるため、QTをしたその瞬間、爆音が出口の方から聞こえた。突然の事に驚きつつも、急いで垂直上昇を行い回避行動をとる。判断は正しかったようで、元居た場所にはバズーカ弾が着弾し、大爆発を起こしていた。

 

『シャルル、相手はGA社のオリジナル、メノ・ルーよ。危ない、逃げて!』

 

 《あなたがアナトリアの…悪いけど、逃がすわけにはいかないの》

 

 一瞬何を血迷ったか、フィオナさんの言うとおり脱出しようとしたが、相手は元から逃がす気は無いようで、出入口に陣取っている。しかもその上で大型ミサイルやらバズーカやらガトリングやら連動ミサイルやらを撃ってくるのだ。たまったものではない。近づけば一瞬で蜂の巣にされるだろう。

 しかし幸い、今回の私の装備は射撃武装が豊富だ。しかも、GAの機体に対して強いアドバンテージを持つエネルギー兵装。

 近づかず、少し離れて撃ち合っていれば勝てるだろう。この相手に接近戦を挑むのは悪手であり、危険であり、今はそれを避ける手を持っている。

 

 だけど

 

『シャルル!?なんでそれを…』

 

 《どういうつもりなの》

 

 ロレーヌの両脇に大きな長細い塊が落ちる。勿論機体のパーツなんかではないし、被弾だってしていない。

 落としたのは、レーザーライフルとプラズマキャノンの2つで、誤パージでもなんでもなく、私が『故意』に武装解除したものだ。

 左腕の武装は、格納しておいた小型ブレードがレーザーライフルの代わり、背中は幾分か軽くなった。ロレーヌ自身も気分が良いのか、いつもよりAMSの伝わりがいい気がする。

 

「斬り込む」

 

 さながら豹のように脚力とスラスターを使って加速する。その移動速度は、並のネクストでは絶対に出ない速度。当たり前だ。ロレーヌのメインブースターは元々そういった目的のためにある。

 メノ側は当然、バズーカとガトリングによる迎撃を試みる。しかし、ガトリングは小型ブレードで切り払われ、バズーカとミサイルは基本全て避けるその動きによって、常に後手後手の状態にあった。

 そして彼女はこう言った。私がこれほどの機動を行いながらも、舌も噛まないでずっと歌い続けているのを見て、思うところがあったのだろう。

 

 《あなたは――まるで妖精ね。戦場で歌に乗って踊る、強い、綺麗な妖精。黒いカラーがもったいないくらい》

 

 それを言い終えたのは、丁度、私のロレーヌがプリミティブライトの目の前まで迫った時であった。

 妖精と呼ばれた私は、少しばかり調子に乗っていたのだろう。震える声で自らの信仰する神の名と、呪文のような教えを呟いているメノに対して、珍しく「殺したくない」なんて思ってしまった。

 

「悪いな」

 

 《…!?》

 

 強張った表情に彼女の顔が変わったのが、機体越しにでも分かる。そういう反応をされると少し意地悪したくなるのは、人の性なのか、それとも私の悪い癖か。

 多分、両方だ。

 

「そういう反応は面白いだけだぞ」

 

 そう言いつつ月光の出力を上げ続ける。ネクストの装甲をPAごと分断するためだ。

 実際、私が彼女を殺す理由は殆ど無かった。彼女は依頼主のGA所属のリンクスであるし、オリジナルである彼女の死がアナトリアとGAの関係を悪くする要因に成りうる事は、誰の目にも明らかであるからだ。

 しかしそのままにしておく訳にもいかない。彼女だって、誰からの要請かは知らないが、任務でここに来ているはず。そうだとすると死ぬ気で追いかけて来てもおかしくはない。背後を取られるのはまずいし、通路で戦闘になれば不利なのはこっちだ。

 

 だからこそのこの妥協案だ。

 4回ブレードを振り、プリミティブライトの四肢を切り落として達磨にする。更には背部のミサイルも、ハンガーユニットを斬ることで無力化する。そうすれば、攻撃はおろか身動きすら困難になり、救援を待つ他無くなる。

 

 《そんな……どうして?》

 

 自分を殺さない事が余程不思議で、奇妙な事だったのだろう。

 

「利点が、無いからだ」

 

 本当に、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 でも、本当はそれで良かったと心から思っていたんじゃないか。殺す事に対して、私の中で変化が起きているような、そんな気がする。

 

 

 

 

 《》

 

 

 

 

 私は、殺されるとばかり思っていた。彼が、シャルルが私の事を殺すとばかり。

 怖かった。神に祈った。それでも、無理だと思った。自分だったら、間違いなく殺す。いつか自分も殺られるのだろうと思いつつ、今生きることを選んで、孤児院にいる姉弟同然の子供達のためと言い聞かせて、企業の言うとおり、ネクストにとって無害にも近い者をも躊躇わず殺してきた。

 だからこそ、次は私の番だと思った。諦めた。受け入れた。でも、情けないことに「生きたい」と思ってしまった。神に祈ったけれど、無理だと思った。

 でも、願いは叶った。

 

 黒と赤の禍々しい色の妖精は、殺す理由も利点もないと言って、私を殺さなかった。一応、抵抗されないように機体の四肢を斬られ、武装は全て外されたけど命は奪わず、捕虜にもしなかった。

 

 考えるほどに彼は、妖精は、シャルルというリンクスは不思議な人だ。

 

「…また、会えるかな?」

 

 こんな感覚を覚えたのは初めてだ。これが、恋、というものなのだろうか。よく分からないけれどまた会いたいと思ってしまう。

 

「できれば、次は戦場以外で会いたいな…私の妖精さん」

 

 




ついに妖精さん解禁


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話:日常

気づいたら、前々回の時点で二つ目の10点評価貰えてたんですね…全然見てなかったゼ!
評価欄のコメントも書いてくださって、モチベーションが滅茶苦茶上がった!

さてさて、ついにリンクス戦争本番に入るわけですが…その前にちょっと軽めのをどうぞ


確かに、我々傭兵というものは依頼をこなすだけの所謂獣である。鴉や山猫といった二つ名がそれを示すように、何も考えず、与えられた目的に向けて、獣のように本能のまま戦い、勝つ。それだけを追い求めることを望まれてきた。

それはこの時代でも同じで、傭兵ではなく、企業に属するリンクスであっても、それは大して変わらない。結局彼らも私とオーエン、それにジョシュアのような企業に属さないフリーランスの傭兵リンクスと、目的は違えどやっていることに大差はない。人殺しで金を貰っているという点では、同じ穴の狢なのだ。

 

どんなに崇高な精神を持っていても、その事実だけは変わらない。

 

そう、どんなに、どんなに強い信念があったとしても...

 

 

 

________________________

 

 

 

 

《ねぇ、あなたは、どうして強くなりたいの?》

 

幼い少女の声だ。ずっと昔、聞いた、思い出の中にある声。彼女の問いに、あの時の私はなんて答えただろうか。もう、十数年前の事で忘れてしまったのだろうか。思い出せない。

 

《そう、なんだ。じゃあ、私は…私は》

 

名前も今では思い出せない少女は、私には聞こえない『答え』を聞いて驚きながら、それに対する返しを思考して、悩んで、悩んで悩み上げた後に、こうはっきりと言った。

 

《私は、あなたを超えるわ》

 

その声が聞こえた瞬間、目の前に少女の姿が出てくる。後ろ姿で顔は見えないが、身長はちょっと高めで、嗚咽が聞こえるところから、泣いているのだろうと想像する。そして、同時に私は確信する。この出来事は覚えている、と。

私の住んでいた地域がレイヴン達による戦場と化してしまい、それを心配した親族が、私を弟と共に引き取ったのだ。その地に残ると家族が判断したのだろう少女とは、その時別れて以来会っていないのだ。別れの日。彼女が言った言葉は別れを惜しむ言葉だった。

だが、この夢に出てきた少女が言い放ったのは、そんな生易しいものではなかった。

 

《さよなら…裏切者の鴉さん》

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「シャルル!起きろ!」

 

大声を掛けられ、更に身体を揺らされ覚醒する。目覚めは非情に悪かったが、それを超えて、心配そうにしているオーエンの顔を見ると申し訳なくなってくる。

 

「うなされていた…気分でも優れないのか?」

 

「いいや…少し、昔の夢を見ていただけさ」

 

そう言うと、オーエンは「そうか」というただ一言を残して、その後詮索はしてこなかった。レイヴンになった者の多くは所謂訳あり―残りの少数はレイヴンに対する憧れが動機―で、それ故に基本的に互いの過去を聞くのはタブーだった。

その名残だろう。私もオーエンも、互いを知っているようで殆ど知らない。戦闘スタイルや癖、好きな料理位は知っていても、どこの出身かは同じ日本である事以上は知らないし、年齢は知っていても、身長や体重などは自分と比べて大体は分かっても、詳しくは知らない。

だからだろう。その後、この事について誰も聞いてこなかった。オーエンは口が堅い。フィオナさんにも話さずにいてくれたようだ。彼女は顔に出やすい人だから、嘘は見破りやすいのだ。

 

 

 

 

《視点変更:アンジェ》

 

 

 

 

私が、あのシミュレーターマシンの生み出した偶像の出来の悪さにいら立っている間にも、あのレイヴン…シャルルは力を伸ばし続けているようだ。

記録が残っていて、見れる範囲ではあるが、戦闘データとその映像記録は必ず見ている。もう何回も見ているが、研究し尽す事はなさそうだ。ここまで見続ければ、大抵のリンクス相手には勝利への方程式が出来上がり、実際シミュレーターを利用した模擬戦ではあるものの勝利する事は可能だった。それはもう、あのベルリオーズにだって何回も勝てるようになっている。

だが、ベルリオーズには勝てるというのに、シャルルに勝てるかと言われると心底不安である。なんてったって、彼の成長の速さは異常なもので、一戦闘ごとに新しい動きをしている。その動きの先にあるのは右腕のレーザーブレードによう攻撃ということで変わりはないが、その過程がみるみる内に変化する。

 

ある時は牽制からの接近、ある時は被弾を無視した突撃、ある時は目眩まし、またある時は奇襲。一番最近のだと、あのGAのオリジナルに対して、一発も被弾せずに接近している。

元々レイヴンであり、戦闘は慣れているということを加味しても、引き出しを作る速度が異様に早い。リンクスとしての時間であれば、私の教え子と大して変わらない…いやむしろ、シャルルの方が短いだろう。

なのにも関わらず、戦士としてではなく山猫として教え子は負けている。

 

(あの子はまだ、弱い。ノーマル相手には余裕が出てきたが、いざネクスト戦をすれば結果は明らかになるだろう)

 

ベルリオーズのところにいる子も同じだ。彼曰く反抗期で、相手との機動力差ばかり気にして、自分の話を聞いてくれないのだという。

どちらも機体のロールアウトが済んでいないとはいえ、レイレナード社から新たなネクスト戦力として期待されているのだ。

今のレイレナードでは圧倒的に他企業と比べて戦力が足りない。ある程度のノーマルであれば撃破する防衛部隊があるとはいえ、ネクストが攻めてくれば、今の状態では厳しい。そのため、防衛時のみでも使える戦力が欲しいのだ。

 

(しかし、私があいつに教えてやれる時間はもう少ない。どうにかして、今まで以上に力を伸ばして貰わないといけないな…)

 

若干俯き、考えながら歩いていればどうなるかは幼子でも分かる。なのに、うっかり周りへの注意を忘れていた私は、曲がり角で何かにぶつかる。

 

「あっ」

「うお!?」

 

完全に注意を向けていなかった私は、ぶつかった衝撃で後ろに倒れ、受け身もままならない状態で尻餅をついてしまう。

すぐにハッとし、ぶつかった相手を見る。

 

「いてて…前を見て歩いてくれよ、鴉殺し」

 

見たことがない子だった…が、すぐに誰か分かった。藍色の瞳に黒髪。その年にしては高めの身長、そしてなにより高圧的な口利き。この特徴はベルリオーズが話した、彼の教え子の特徴と一致する。

 

「大丈夫か?」

 

とはいえ、だからといって私は態度を変える気はない。いくら相手がいつも目の敵にしている、あのベルリオーズの教え子だとしても、だ。今回は全面的に私が悪い。

 

「あぁ…大丈夫…って、こんなことしてる場合じゃないんだ!おい、鴉殺し!ちょっと匿ってくれ!」

 

「?」

 

匿ってくれ…って事は誰かから逃げているのだろうか?侵入者はスパイを覗けばいないはずだし、それらもこんな堂々と表だって面倒ごとは起こさない。とするば、彼が逃げる必要がある相手は、もうただ一人しかいない。

タイミングよくあいつの声が聞こえてきた。

 

「テルミドール!どこにいる!」

 

間違える筈もない。この生真面目でかつ渋い声はベルリオーズだ。この子の名前がテルミドールというらしい事が分かったのは、面白い収穫だ。

後でネタにするためにも、ここは助けてやろう。

 

「おい、テルミドール。そこのロッカーに隠れてろ」

 

「助けてくれるのか?」

 

「条件付きで、な」

 

条件付きという言葉にムッとしたようだが、自分の力だけでは逃げ切れないと思ったのだろう。渋々といった表情で頷き、空の掃除用具入れロッカーに入っていった。

その後すぐ、軍靴が廊下を叩く音が聞こえ、あいつがやってきた。

 

「ん?アンジェか。こんなところでどうした?お前らしくもない」

 

「たまには散歩をしてみたくもなるさ」

 

「成る程な。それで休憩中といったところか…そうだ、俺の教え子見なかったか?」

 

やっぱり探し物はあの子だったようだ。まぁ、知らんぷりするが。

 

「見た目も聞いただけなのに分かるわけがないだろう」

 

「…それもそうか。この間言った通りの見た目だから、見つけたら連絡してくれ。頼むよ」

 

「はいはい、分かった分かった」

 

悪いが、この間のプリンのお返しだ。今日一日は私の好きに使わせてもらおう。…一番の被害者は間違いなくテルミドールだろうが。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

画面を見れば、二機のネクストが戦闘を行っている。一機は逆関節。青が基調の機体で、レーザーライフルに突撃ライフル、ASミサイルとプラズマキャノンを装備した重装備。そのくせ、スタビライザーをピーキーな方向性に固めて、一定方向への機動力は十分以上に確保している。が、搭乗者はこの機体の性能に振り回されている。

対するネクストは、白を基調に紫色のラインが入った機体で、無駄な装備は全くなく、接近戦を意識した構成になっている。が、持っているブレードは短刀身、高威力として名高い『DRAGONSLAYER』相当近づかないと当たらない。だがそれを使って斬れる程、私の教え子も強くはない。

 

つまるところ、私の後輩であり教え子である真改のお手軽なネクスト戦として、テルミドールにはシミュレーターを使ってもらった。よって、彼はベルリオーズの訓練とお説教からは一時的に逃げられたのにも関わらず、結局訓練はすることになってしまったのである。

だが、どちらのリンクスも技量でいえば―方向性は違うが―同等クラスのもので、言ってしまえば悪いが、下手に強い相手とやるよりは、こちらの方が切磋琢磨できて良いのではないか。

その三分後、シミュレーション終了を合図する機械音が鳴り、マシンから二人が出てきた。

今の模擬戦では、序盤テルミドールが戦闘のペースを掴み、真改を近寄らせなかった。が、終盤になり突然真改は今までと違うテンポで攻撃を仕掛け、扱いの難しいブレードを直撃させる事に成功する。これにより両者のAP値の比率が逆転。そのまま逃げ切った真改の勝利だった。

 

「認めん、認めんぞ!」

 

「…慢心」

 

自分の技量に圧倒的な信頼を置いていたテルミドール―実際AMS適正はかなり高いらしい―は、この結果が納得いかないようで、逆に真改は一矢報いた事がかなり自信に繋がっているようだ。とはいえ、もう一度やりたくてウズウズしているのは、なかなか可愛らしい。

しかし、これで二時間近く続けてのシミュレーションだ。そろそろ休ませるべきか。

 

「お前ら、そろそろ疲れただろう?休憩を入れないか?」

?」

 

この言葉に一番衝撃を受けたのは真改で、納得いかなかったのがテルミドールだ。

真改の方はいつも、自分の師が《自分の限界の一歩前までやれ》と言っている事もあり、若干のスパルタなら慣れていたからだ。そこで真改は、師匠が自分を試していると睨んだのである。

対してテルミドールは単純に、納得がいかないまま休憩なんてできないという、なんとも子供らしい理由からだった。

という訳で、二人とも同じように続行を求めたのである。

 

「ま、まぁ、続けたいのならそれでいいが…」

 

若干引きながらも、訓練は続く。

中々見ていて面白いと思ったので、終わったら二人に甘いものでも奢ろうと考え、中々妙案じゃないか?と一人でニヤニヤするアンジェであった。

 

 

 

 

《視点変更:真改 VR戦闘エリア》

 

 

 

 

何もない。ただただ広がる空間。それがこのVR戦闘エリア(ノーマル)を表すのに一番適しているだろう。

あえて言うのであれば、この場所において私の機体ほど扱いが難しいのも、中々あるまい。障害物は殆ど皆無で、其故に接近が厳しいのだ。

だが、そういう場合の距離の詰め方は、少しではあるものの…覚えた。それもこれも、とあるブレード使いのリンクスの戦闘記録全てが、師匠であるアンジェによって四六時中、閲覧可能になっていたからだ。

自分が最も尊敬するリンクスが、必死になって見ているその戦闘記録が私は、恥ずかしながら少し妬ましかった。でも、それもその映像を見る前までだ。

 

辛かった。それを見るだけで、自分がどれだけちっぽけで弱い存在かが認識できたから。

嬉しかった。自分の師が食い付くように見ていた、その意味がはっきりと分かったから。

そして悔しかった。私と対比した時の差が、私の唯一の肉親である兄とそっくりだったから。

 

怒りとも悔しさとも嬉しさとも違う、けれどそれら全てが入り交じった感情が溢れそうで溢れそうでたまらない。

自分の語彙力では言い表せないから、結局この思いも、いつも通り自分の中に仕舞い込んでしまう。

でも行動は起こす。アレを動かしているのが人間ならば、自分だって同じ人間なのだ。きっとできないなんて事はないだろう。

自分には、AMSの適正はあっても、戦闘の才能はなかった。でも、師匠は、アンジェだけは違った。私を認めてくれた。才がないと言えば、その分人一倍経験を積めばいいといってくれた。

だから私は…俺は…

 

《シミュレーション スタート》

 

機械音が鳴ると同時にペダルを踏み、脳でイメージを固め、更に操縦捍についているボタンの幾つかを押す。すると、PAとして展開していたコジマ粒子が機体内に格納され、エネルギーに変換、放出される。

核分裂も真っ青な程の大量のエネルギーを生み出すそれは、超高速機動であるOBを可能にした。

 

(テルミドールの機体は逆関節の癖に横に強い)

 

オーメル製サイドブースターを積んでいるのか、両サイドへのQBが、テルミドールの機体は異常に強かった。

だがそれは同時に、QBに多大な機体負荷を必要とするという事であり、なにより

 

(上に逃げられない分、突撃が有効)

 

開始早々突撃を仕掛けられた相手は、ASミサイルの展開が間に合わない事を悟ったのか、両腕の武器による迎撃に切り替えた。が、こちらは被弾覚悟での行動。ばら蒔くように放たれる突撃ライフル、そしてじわじわと削るタイプのレーザーライフルでは止まらない。

5発レーザーライフルを撃つ間に、テルミドールは引き撃ちに逃げようとするだろう。だから、その前に先手を撃つ。プラズマキャノンを展開し、真正面に放つ。

当然避けるテルミドールであるが、それこそが真改の策であった。

 

(さっきまでの数戦で分かったが、あいつは私から向かって左に避ける癖がある。おそらくは右腕に射撃武装、左腕にブレードという構成の機体が多いからだろう)

 

真改は珍しく笑った。なぜなら、彼の機体は、彼の師匠の機体と同じく「左腕」に射撃装備を持っていたからだ。

プラズマキャノンが着弾するかどうかを見るよりも早く、マシンガンを左側に向け、微かにテルミドールの機体からQB特有の光が見えた瞬間、トリガーを目一杯引いた。

残弾計の一桁部分が猛スピードで変わり続け、マガジン内全てを撃ちきるまでに5秒とかからない。撃ち終わると同時に、ペダルでQBを発動させ、脳内イメージでブレード展開を行う。しかし、一回のQBで近づける距離ではない。が、ここは現実ではなくシミュレーション内である。Gのかからないこの空間であれば、QBを連続して行う事だって可能だし、しかもデメリットは殆どない。

 

「…無間」

 

「連続でのQB…だと…?」

 

結局のところ、AMSは人の心だ。人がイメージして行うということは、人が可能だと思う事こそが最もネクストを良く動かすのだ。テルミドールは不可能だと言ったそれは、私は可能だと知っていた。なぜなら、あの戦闘記録の一つには、4回の連続QBの映像があったのだから。

右腕を突くように前に出し、相手の左腕を溶かし、そのまま左へと払って真一文字に斬ろうとする...が、テルミドールも中々の反応速度を持っている。私が突き、左腕を持っていったその瞬間、わずかにバックブースターで後ろに下がり、そのまま蹴りを繰り出した。ネクスト程の大きさを持つ兵器の蹴りは、かなりの威力を持ち、私の機体『スプリットムーン』を仰け反らせ、追撃を断ち切った。

そのままテルミドールは距離を取り、私もエネルギーの回復を待つために数少ない障害物の影に入った。勝負は振り出しに戻った...とは言えない。今やテルミドールの機体は左腕がなくなり、腕部兵装はレーザーライフルだけ。左側はASミサイルのみである。ASミサイルは、ロックオンをする必要がないため、確かに有用な兵装ではあるが、その代わりに決定打に欠ける。一発で大ダメージを狙いたいテルミドールにとって、この状況は非常にマズいと言わざるを得ないのだ。

 

とにかく、だ。この手はもう二度と通用しないと言っていいだろう。だとすれば、またもう一つ策を持ってくるしかない。プラズマキャノンのロックを外し、パージ。その場に落とす。

近づきたい自分にとって、機体を重くし、エネルギーの消費も多いこの兵装は、この状況ではいらない。不利だ。だが、そのまま捨てるのは些か勿体ない。パージしたプラズマキャノンを右手に持ち、エネルギーがしっかり満タンまで溜まっているのを確認してから、障害物から飛び出す。この時、障害物を蹴るのと同時にQBを発動し、通常の加速と合わせて更に速くする。瞬間時速はゆうに1300km/hを超していた。

それを見たテルミドールは、今度こそ近寄らせないように必死だ。プラズマキャノンを展開し、その間もずっとASミサイルを撃ちまくっている。

 

プラズマキャノンは躱す。ミサイルは、致命傷になるルート以外は甘んじて受ける。PAにプラズマキャノンの弾が掠る度に、大きくPAの残量は減り、しかもレーダー等も数瞬の間だけ停止する。こんな事を続けるのは、機体も自分の精神的にも不可能だ。しかもテルミドールはバックブーストによる、模範的な引き撃ちを続けている。このままでは負ける。

だが、模範的という事は搦め手に弱いという事も意味する。

今だというタイミングで、プラズマキャノンをスプリットムーンの斜め前辺りに向けて投げる。するとネクスト機の『上空で飛来する物体』という最優先ターゲティング条件に引っ掛かり、プラズマキャノンが撃ち落されるまでの一射間、ASミサイルの誘導先も、レーザーライフルのロックオンも、全てが投げられた物体に向けられる。

 

「馬鹿な!そんな筈が!」

 

「…斬撃」

 

左斜め上に振りかぶった、レーザーの刀を袈裟に振り、目の前のネクストを二つに分けてしまう。当然、テルミドール側のAPは0になり、機械音で私の勝利が告げられる。

先ほどのズルのような勝利ではなく、明らかに、自分の手で勝利をもぎ取った。その事実が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。だが、それよりも自分は恥ずかしながら、アンジェからほめてもらうのが、とっても楽しみなのだ。なんとも子供っぽい気持ちだが、それでも私は自分の心に嘘はつけなかった。

 

だというのに...だというのに

 

「だーかーらー!テルミドールには《了承》を得て、真改の練習相手になってもらっていたんだ!」

 

「いいや、関係ない。私は見つけたら報告をくれと言ったはず。なんでもっと早く言ってくれないんだ」

 

「そう言って、どうせ見つけたって報告したら、こんな事させてくれないじゃないか」

 

「当たり前だろう。…さてはアンジェ、お前…この間のアイスについてまだ拗ねてるのか?」

 

「アイスについては怒ってない!私がずっと根に持ってるのはプリンだ!プ・リ・ン!」

 

シミュレーターマシンから出て最初に見えたものは、頷く師匠でも、悔しがるテルミドールでもなく、子供のような内容の言い争いをしている、自分の師であり鴉殺しという異名を持つアンジェ、そしてレイレナード社のエースであり、リンクスNo.1を持つ世界最高峰のリンクスであるベルリオーズであった。

 

「ま、今日もレイレナード社は平和って事だな」

 

呆れたような顔で、テルミドールはそう言ったが、その発言が真であることは間違いなさそうである。




ちなみに今この段階でテルミドール君の機体名は決めてません(アンサングとは違う機体のつもり)

本当は、アナトリアでオーエンさんやシャルル君やジョシュアさんが、一緒にBBQする所も書きたかったんだ…でも、ちょっと尺が足りなかったんだ…気が向いたら書きますゾイ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 bellum Links -リンクス戦争-
妖精とケモノ


SELF CONCEITED -慢心-(空挺部隊迎撃) 難易度ルナティック(ただし救済措置アリ) がコンセプト

ちょっと長め


 この星には、無数の生命がいる。が、それらは必ずしも平等ではない。それどころか、殆どの個体は他者を蹴落とし、力を得て他者にはない権力を握る。

 しかし、そんな世界において誰もが等しく持っている物がある。

 

 それこそが、「命」であり「死」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 _______________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 権力者というのは苦手だ。自らが一番だと思っているし、何をしてもなんとかなると考えている。しかも危ないことを他人に任せるくせに、自分の身は大事で、すぐに裏切る。

 

 今の企業の重役のなかには、元々国家側での重役も含まれている。それは、私達レイヴンを駆逐するという「随分壮大で崇高な」目的のため、企業が出した案を受け入れたためであり、それのとばっちりを受けたのは言わずもがなレイヴン達だ。

 結果的にレイヴンはいなくなり、まるで世代交代だと言わんばかりにリンクスが戦場に現れた。

 これは私の持論だが、企業はリンクスを戦力として売り込むため、傭兵であり、安価で利用可能なレイヴンを根絶やしにしたんだと思う。そしてそれは、レイヴンを直接根絶やしにすることにこそ意味と意義があるのだろう。

 そうでなければ、拠点防衛用の戦力としてでも置いておけばいいのだ。

 ここまで考えた末に出る結論は、見せしめである。

 鴉を殺し、次の世界の独裁者である企業に逆らう者に対する案山子しているのだ。武器を持って戦いに来た者ならば、きっと彼らは子供だって容赦なく殺すだろう。

 

「ま、考えたところでしょうがない」

 

 随分と難しい話になってしまったのも、この依頼のせいである。

 今回の依頼は、所謂要人の護衛である。ただし、ネクストが必要になる護衛任務というのは、限りなく100%に近い確率でろくでもないものだ。普通の要人護衛であれば、ノーマルACだって過剰戦力であるし、そもそも汚染の危険性が高いネクストは、そういった任務には元々不向きだ。

 依頼主であるGAは、『わざわざ』ネクストを…しかも自社のものではなく、傭兵という不確定要素の塊を選んだ。これは、何かしら私達に言いがかりをつけ、援助を断つため…もしくは、自社の戦力で解決したくない問題であると思われる。どちらにせよ、こちらにとっては不利でしかない。が、受けないわけにもいかないのだから性質が悪い。どうも、この計画を提案した奴は相当性格が悪いに違いない。

 先ほどのブリーフィングでも話があったが、もちろん要人が汚染されないように、PAは切っていないといけない。つまりは、ノーマル相手での被弾すら許されないという事である。突撃が基本戦術となる近接機にとって、これは厳しい条件である。被弾覚悟の突撃というのができないからだ。

 

「苦しい戦いになりそうだ」

 

 最後のサンドイッチを掴み、口のなかに放り込む。具はハムと卵だった。

 

 

 

 

 ________________________________________

 

 

 

 

 

『それでは、頼んだぞ。精々私が死なないよう頑張ってくれよ?雇われ』

 

 どう考えても頼む態度ではないだろう、そう言い返したい気持ちをなんとか飲み込んで、目の前の風景とレーダーに集中する。

 全てを見下したような言い方をする高官は、やはり好きにはなれなかったが、それはそれ。これはこれと割りきる他ない。無言で相手の言葉に答えることが、精一杯の反抗であった。

 

『敵影、見えました。ノーマルを積載した大型の輸送機です』

 

 フィオナさんの示す方角を見れば、確かにノーマルらしき脚部を覗かせた、大型の輸送機が空を浮かんでいた。だが、問題はその量だ。一機や二機ではない。十機近くの輸送機がこちらへ向かってきている。

 データベースには、あの輸送機一機あたりに搭載できるノーマルは、その大きさにもよるが、8から10機は搭載できるという。であれば、あれは大隊クラスの量だ。

 しかし、それだけでは終わらない。

 

『反対の方角からも、同じ量の輸送機が迫っています!』

 

 今度こそ洒落にならなかった。これで確定した敵戦力は、最低でもノーマル160機。ヘリ部隊が少々といったところで、これは決して、要人を運ぶための専用チャーター便を撃墜するための戦力として適切ではない。

 明らかに護衛…それもただの戦力ではなく、ネクストがいること前提のものだ。

 私達に依頼がきたのは、『機密のため』という理由で決行日の二日前であり、しかも知っているのはオペレータールームのフィオナさんとエミール、それに私とオーエンの四人だけ。そこから情報が漏れたとは考えずらい。となれば、この護衛は元々GA社ネクストが行うことが前提で、それが向こうで漏れたと考えるのが正しいだろう。今さら中止するわけにもいかず、そして自社の戦力を失いたくないがために傭兵を利用した…そう考えるのが妥当だろう。

 

「…にしても、多過ぎやしないか?これじゃ弾薬が足らんぞ」

 

 PAが展開できないため、接近戦が難しいという都合上、マシンガンではなくBFF製ライフルを持ってきたが、とてもじゃないが弾数が足りるとは思えない。もし仮にライフルのみで耐えようと思ったら、ワンショットワンキルを実演しないといけない。

 

「時間はないな…仕方ない」

 

 こうなれば、反対側をどうにかして壊滅状態まで持っていき、急いでもう反対側まで戻って対処するしかない。

 まずはチャーター便の進行方向にいる部隊からだ。奴らが行ってしまえば、PAを展開して有利な戦闘になる。OBによって輸送機の目の前に来る頃には、既に一機目の輸送機からノーマルが降下しようとしていた。

 

「降ろすか!」

 

 プラズマキャノンを展開し、降下寸前のノーマルをロック、トリガーを引いてエネルギーの塊を発射する。プラズマ弾は、まだ格納アームで固定され、逃げられない状態だったノーマルに直撃、貫通し、輸送機までもが被弾するに至った。

 そこで予想外の事が起きる。輸送機は案外脆かったのだろうか、プラズマ弾によって被弾すると燃料ブロックにまで被害が広がり、あっという間に爆発四散してしまった。しかも、一瞬の出来事であったがためにノーマルの展開は間に合わず、10機のノーマルまで全てを破壊するに至った。

 

(これなら、いける…!)

 

 それが分かってからは早い。滑走路方面の輸送機全てにプラズマキャノンを叩き込み、一機のノーマルと戦闘することもなく片付ける。レーダーでノーマルが残っていない事を確認し、QBを使った急旋回をする。そしてそのままOBで最初の位置まで急行する。

 良く見れば、既に数機のノーマルは降下を開始している。

 

「マズい!」

 

『あれは…!?』

 

 私が防衛目標への被害を心配したのとは別に、フィオナさんが別の意味で驚いた。何について驚いたのかは、私もすぐに分かった。降下してきたノーマルは、二極化している企業グループの中でも、GA・オーメル陣営についているはずの企業『イクバール』の機体であったのだ。しかもただのイクバール製ノーマルではない。彼らの中でも精鋭部隊と名高いバーラット部隊のもの。

 

『そんなっ…どうして!?なんでイクバールの部隊が!?』

 

「なるほどな。道理でネクスト戦力が護衛につくわけだ」

 

 バーラット部隊の戦力価値というものは、通常のノーマル部隊のそれとは比較にならない。高い練度とその特異な戦術によって、一小隊で並のノーマル部隊一個中隊ほどの戦力となるのだ。確かに、ネクストを使いたくもなるというものだ。

 だがそれがイクバールの部隊が来る理由にはならない。問題は、なぜイクバールがGAの要人を狙っているか、だ。

 

『それはお前らが知っていい情報ではない。さっさと役目を果たせ傭兵』

 

 なるほど確かにその通りだ。知りすぎていい事はこの世界に存在せず、むしろ知る事が罪である側面さえある。だが、それなら私からも彼らに聞きたい事はあった。

 

「で、ならあんたらのその機体は、いつ飛び立つんだ?」

 

『すまないが、エンジン部にトラブルが見つかってね。悪いが護衛は長引きそうだ』

 

(くそったれがっ...)

 

 予想外の言葉に悪態を吐きつつ、再びノーマルを片付ける作業へと移る。軽量機というだけあり、すばしっこく、撃破するのが面倒くさい。また、彼らは意地も強く、足を一本吹き飛ばした程度では止まらない。素早い操作でブースト機動へと変更させ、特攻を仕掛けてくる。本当に油断ならない。

 今のだってそうだ。ショットガンを撃ちながら接近してくるそれは、既にライフルでは近すぎる所まで迫っていた。まずいと思った時はもう既に遅く、奴のショットガンからは対AC用のバックショット弾が発射されていた。ネクストの装甲は、PA無しではノーマルのそれよりも薄い。元々強襲用の機体設計なのが災いしているのだ。そんな装甲にショットガンの威力は殆どオーバーキルである。

 この時ばかりは手と足よりも反射神経がものを言った。脳に生み出された「回避」という二文字だけで、ロレーヌのAMSはQBを起動させ、右へ回避、一命を取り留めた。一瞬の出来事に唖然としながら、無意識にその相手に接近し、回し蹴りで吹っ飛ばし、他の敵機をライフルとプラズマキャノンで撃破する。もはや輸送機を狙っている暇なんてなかった。

 

『敵援軍を確認、これは…ネクスト!?』

 

(冗談じゃない!)

 

 ネクストなんてこの状況に来られたら、たまったものではない。ただでさえ、今この状態で精一杯なのだ。そんな化け物を相手してる暇はない。

 これならグレネードランチャーでも持ってくるんだったと後悔しながら、ノーマルがこれ以上増えないように輸送機のみを撃墜する。その間ノーマルから喰らう被弾分は無視だ。更に増加する方が問題だ。

 

『OBです。速い!』

 

 レーダーでも確認できた。この速度は並のものではない。おそらく、機動戦特化機か、自分と同じ格闘機だ。後者なら、まだ逃げ回りながらノーマルを処理できるが、前者の場合最悪だ。あの機動性を持ったノーマルを相手しながらは今の自分では不可能。

 

(せめて…PAが使えれば…)

 

『迎撃、準備してください。来ます!』

 

 もうすぐそこまでOBの光が見えている。時間がない証拠だ。急いでどちらかを迎撃しなければならないが、どちらをとっても負ける気しかしない。ノーマルを無視すれば、まだ30機は残っているそれらが、ゾンビ映画さながらの光景を作りながら防衛目標へと接近するし、ネクストを無視すれば、それは私を殺しにくるだろう。

 

 《アナトリアの傭兵か。面白い素材だと聞いている。期待するぞ》

 

「こっちはなんも面白くないね!」

 

 どちらも捨てる訳にはいかないわけだが、どっちみち自分が死んでしまえばお終いだ。生きるために、私はノーマル部隊を無視する事に決めた。

 一度月光を一振りし、ノーマルを数機撃破して、更にもう一機を踏み台にしてQB。爆発的な加速力で、OB中の敵機に真正面からぶつかる形で接近する。そしてらほら、やっぱりだ。相手はOBを中断し、バックブーストで後退、速度を落とす。やはり激突は嫌いのようだ。

 

『敵機体判明しました。イクバールの魔術師、サーダナです』

 

 やはりというか、最悪の方であった。もし仮に地上のノーマル部隊の撃破を優先していたら、どうなっていたか分かったものではない。こうなれば、さっさとサーダナを撃破してバーラット部隊の残りを処理するしかない。奴らがステルスチャーター便を破壊するまで。それがタイムリミットだ。そう、そのはずだった。

 まさかの事態である。ノーマルは防衛目標ではなく、私を攻撃しに来ているのだ。

 

(こいつら…まさか、最初からこれが狙いか)

 

 防衛目標が攻撃される心配がなくなったのは、確かに大きいが、同時に私自身への危険が増してしまった。バーラット部隊のノーマルには、高火力の射突型ブレードが装備されており、それはショットガンやグレネードランチャーが可愛く思えるほどの威力がある。

 事実、私がノーマルでネクストに与えた最も大きいダメージは、その射突型ブレードによるものだった。

 つまり今私は、サーダナには近づかないといけないが、ノーマルに近づかれてはいけないという状況にある。

 全くもって、最悪だ。でも

 

(前を向かぬ者に、勝利はない!)

 

 誓いの言葉を心の内で叫び、小さな、しかし強い希望を感じる。それを感じたまま、右腕の月光を中段に構え、サーダナへと飛び掛かる。QTを応用した旋回斬りを仕掛ける。

 鋼鉄の脚が滑走路の表面を削り、甲高い金属音が鳴り響く。狙いを定まらせないよう、若干ふらふらと左右へ揺れるような機動をしているが、それでも度々バックショット弾が刺さる。装甲に幾つも穴が開くが、それでも一撃を目指して前へと進む。

 前方に弱いQBし、再び体当たりをするようにして近づき、月光を展開、紫色の光を尾鰭のようになびかせながら、そのままQBの加速を活かしてQTをする。そうすれば、前へ少し進みながらの旋回斬りが可能なのだ。

 確かに光の塊でできた刃は振られ、サーダナを捕らえた。だが、それなのに私は、サーダナに掠り傷一つ付けられなかった。完璧だったはずだ。タイミングもフェイントも、距離感だって完璧だったはず。なのに掠りもしなかった。文字通り、サーダナの機体『アートマン』は無傷だ。

 

 

 ―実際、シャルルが感じた通り、タイミングも距離も全てが完璧なタイミングであった。が、それゆえにサーダナには避けられたのだ。数学者という、リンクスにしては異例の経歴を持つ彼は、理論的に考えるのが大の得意であった。それだけに、しっかりとした考えを持って動くシャルルというリンクスは、格好の的だったのだ。

 考え、読んだ通りに動く。そんな彼は動きが読みやすく、先手を打ちやすい。よって、今の旋回斬りも、それまでの予備動作やフェイントなどを全て見て判断するのは容易なのであった。

 だが、サーダナが数学者なんていう事を知るはずもないシャルルは、自分の思考を読まれた事、そして自信を持って放った一撃を避けられた事に動揺しているのだった。

 

 

 なぜだ?何故避けられた?それを考えてもしょうがない事は分かっている。だが、それでも考えるのを止められない。次の攻撃は?もうAPが減りすぎた。強行はあと数回もできるか分からないレベル。

 どうやったら勝てるというビジョンが崩れた瞬間、自分がここまでうろたえるとは思ってもみなかった。こんなにボーっとしてる間にも、貴重なAPがゴリゴリと削れていく。もう1万近くにまで減っている。装甲が削れ過ぎている証拠だ。これでは、死ぬ。

 

 《これが…あの妖精、なのか?ふん、つまらん。終わらせるか》

 

 これで、終わりか…ふん、案外、早かったな

 

『祈って…』

 

 まずい、幻聴まで聞こえてきた。きっと走馬灯だろう。なぜ、ついこの間のリンクスの声が聞こえるのかはわからないけれど、きっとそれも、目の前に射突型ブレードを構えたノーマルが来ているからだ。死が迫っているからこそ、一番印象的な事を思い出すのだろうか。

 思えば、彼女が言った『妖精』という二つ名は、確かに私の心に響いた。私はレイヴン時代通り名がなかったのだ。だから、歌おう。

 

「No more cry boy cry time struck to you」

 

 アカペラだが、これはこれでいいだろう。神秘的な楽器の音色が特徴的な歌だから、パッと思い浮かんだこの曲は、私がレイヴンだった時に世間で流行った曲らしい。

 私の最期の言葉になる予定だったこの一行の歌は、予想外の人を連れてきた。

 

『そうよ…あなたには、歌が似合うもの』

 

 その人は、私の近くにいるノーマルに銃弾の雨を降らせ、周りにいる者にはバズーカによる爆撃を。サーダナには巨大な二発のミサイルをプレゼントした。

 

 《これは、新しい…惹かれるな》

 

『そんな!まさか!』

 

『貴様!何をやっておる!』

 

 その場にいた全ての人が、それぞれ異なった、しかし全て驚きの部類の声を上げた。特にステルス機の中で今もゆったりくつろいでいるあいつは、今までにないくらい声を荒げている。

 

『メノ・ルー!何をやっているか、分かっているのか!?』

 

 メノ・ルー。私がこの間、ハイダ工廠にて撃破したリンクス。そんな彼女は、私の死を押し退けて手を伸ばしてきた。

 

『私は、あなたが死なないために来たのです。別に文句を言われる筋合いはありません』

 

『なんだと…そもそもこれはっゲフンゲフン』

『まぁいい、ならさっさと終わらせろ!』

 

 そうだ。まだ死ぬわけにはいかない。この刀をあいつに、アンジェに返すまでは…あの時の続きをするまでは。

 機体は…大丈夫だ。まだ動く。そりゃそうか。あの時の私の乗機は、APが無くなっても動いた。なら、ネクストが、しかもまだまだAPが残っているネクストが動かない筈がない。

 ずっと前、とあるレイヴンはこう言っていた。「APが一万を切ってからが勝負だ」と。まさにこの状況だ。生きることだけは誰よりも上手かった、そんな彼がそういうんだ。冗談でも精神的に心強い。

 

「すまない」

 

『あら、どうしてあなたが謝るの?妖精さん』

 

「助けてもらった」

 

『なら、謝らないで。ありがとうって言えばいいのよ』

 

 彼女は、私が会ったことのないタイプの人間だった。優しい…そんな陳腐な言葉では言い表せない程に、慈愛に満ちている。フィオナさんの優しさは人間的な優しさだが、こちらはどちらかというと…そう、それ自体が自然現象のようなものだ。

 

「ありがとう」

 

『ふふ、じゃあ、お礼に歌でも歌ってもらおうかしら』

 

「歌を?」

 

『そうよ。妖精さんには、歌が似合うもの』

 

 掴み所のない、そんな彼女は変わった人だ。まさか、あの妖精というのも歌を聞いて名付けたのだろうか?そうでなければ考えられない。だって、このロレーヌは漆黒がベースの悪魔のような見た目なのだから。

 ノーマルの群れをその重火器で薙ぎ倒しながら、サーダナに牽制射撃をしながら、私が立ち上がるまで彼女は盾となった。

 ロレーヌは立ち上がり、サーダナのアートマンへと向き直る。

 

「次で終わらせるぞ、サーダナ」

 

 《ククク、面白い。貴様らがどういった関係なのかは知らないが、リンクスの時代にこんな事があるなんてな…まるで昔の戦場だ》

 

 昔の戦場が、レイヴン達の戦場を指しているのは明らかだった。だが、騙されない。私の過去と関係があるような話を引っ張り出し、思考を邪魔しようとしている…いや、逆だ。この考えに至らせようとしているのか!

 なるほど、それなら先程の攻撃を避けられたのも納得がいく。つまり、奴は戦闘を楽しんでいるのだ。それも、オーエンや私とは別のベクトルの楽しみだ。

 サーダナは、戦闘という事柄を一種のパズルとして捉えていると考えている。そう見るのが妥当だ。相手の考え、動き、周囲の状態、全てを条件として考え、ロジックとして楽しむ。その場の状況は彼にとって、クロスワード、もしくは数独でしかない。

 思考を読むという特性上、少しでも効率よく、そして確実に動こうとする者…つまりはある一定以上の「定石」を知っている相手には、サーダナは強い。表向きはリンクスとして認められた順、となっているリンクスナンバーにおいて上位に食い込んでいるのも、そういった理由からだろう。

 

(そう考えれば、なるほど確かに、私にとっては鬼門だ)

 

 だが、それは逆に弱点でもあることを知っている。チェスの名人が、無邪気な子供に時々負けるように、軍師の策がド素人の敵司令官の策にハマって負けるように。時として良策というのは自らを貶める毒となる。

 特に、理性なき者に対峙した時に。

 

(それなら、私は、今この瞬間だけは、理性なき獣に…いや、ただ歌い踊る妖精となろう!)

 

 今まで私は、考えて殺してきた。理性無く人を殺せば、それは人の業ではなく、ただの獣の狩りだからだ。でも、今だけは、『考えるため狂う』。

 戦場という恐ろしい場所で、ただ本能に赴くままに、妖精として歌い、踊るだけのモノになる。手を差し伸べてくれた、太陽の光のような彼女の恩義に報いるために。

 

「|No more cry boy cry time struck to you《あなたに打倒され泣き叫んだ時の時間はもうない》」

No more cry boy(もう、泣いている彼はいない)

 

『そう、あなたはそれでいいの!』

 

 

 

 ________________________

 

 

 

 

 妖精は舞っている。拡声機能を通じて、戦場に鳴り響く音楽に合わせてゆらりゆらりとQBを行っている。まるで、エネルギー管理どころか、戦闘する事なんて考えていないようだ。こんなパターンは見たことがない。故にどうしたらいいのかわからない。

 結局、サーダナの戦闘におけるパズルゲームは、数多く繰り返した『試行』と『検証』そして『改善』の下、形になっているものであり、『初めて出会うもの』に対する耐性は極めて低い。それをサーダナ本人は分かっていたし、その弱点を少しでも埋めるために数多くのリンクスや、極僅かにいる引退レイヴン達とのシミュレーターマシンを使った模擬戦を行ってきた。

 それによって彼は、あのベルリオーズにすら勝利をもぎ取れ、アンジェとの近接戦闘もこなし、また奇想天外な戦術ですら扱えるようになった。しかし、それはあくまで知識によるもの。奇想天外な戦術といっても、その殆どは既に誰かがやった事のあるもの。もしくはそれの改良型で、彼自身が一から作った戦術などは五本の指で事足りる。

 勝利するための公式は知っていても、その公式を作る方法をサーダナ自身は持っていなかったのだ。それは、彼が非常に高いAMS適正を持っていただけの理由でリンクスになったという、極めて異例の選抜だったのもある。だが、元々彼は天才ではなく、努力家だったのだ。

 

 《何故だ!何故こうなる!?》

 

 努力家では、その努力するために必要なものを生み出す天才には勝てない。予測する策略家は、全てをぶち壊すイレギュラーには勝てない。どんな天才的ナンパ屋でも、最悪なKYには勝てない。

 それと同じように、サーダナは、どんな計算式でも解いてきた彼は、ただ歌い踊るだけのシャルルを理解できない。理解できない事態に陥った彼は、どんなリンクスよりも脆い。

 

 地面に這うように飛ぶロレーヌを撃ち抜こうとライフルと重ショットガンのトリガーを引くが、彼の本能的な回避運動の前にそれは無駄のレッテルを貼られるだけで終わり、逆に飛び込んできたロレーヌのブレードが、目の前にまで迫ってくる。慌てて回避したところで既に遅く、右肩が半分無くなっている。

 実際、確かにサーダナはライフルとショットガンが避けられるのは分かっていた。だが、予測した方向とは大きく違う場所からロレーヌは、シャルルは斬りかかってきた。対ネクスト用重ショットガンを持っている方…つまりは右から、極めて合理的でない動きで接近してきた。

 

 《計算通りか…いや、違う。あの動き…いや、できるはずが!》

 

 シャルルの動きは、人間ではない。比喩表現ではなく、まさしく人外のそれだ。サーダナも知っている通り、AMSというのは中々興味深いシステムで、自身の体の一部とそれを脳が認識する事で初めてまともな動きをする事ができる。だからこそ、義手であれば本物の手のように動かせるし、義足ならフィギュアスケートをする事だって可能だ。ネクストがノーマルよりも人に近い動きができるのもそれが理由。

 しかし、それは逆に言ってしまえば、それを認識しないといけないわけで、例えば、アートマンのような逆関節型の脚部なら『自分の脚は逆関節である』と認識し、処理しないといけない。それは四脚だろうがタンク型の脚部だろうが同じで、そう認識しないとAMSの特性は発揮されない。

 それを踏まえた上でシャルルの動きを見れば、人間にないはずの骨が動いているような動きで、あたかも背中に本当に羽根が生えているかのような、極々自然な滑空をしている。

 これまでのリンクスは、誰もが()()()()()乗っていた。だが、()()()()動かせばどうなるか。サーダナはそれは気になってしょうがなかった。もし、鳥等の動物にAMSを接続し、ネクストに乗せればどうなるか。その答えは今見つかった。予想外にも、今この瞬間にだ。

 

 予測ができない動きに翻弄され、地道にだが確かに至る所の装甲が剥がされ、消されていく。脚が、手が、頭部が、背面が。みるみるうちに消えていく。どれもこれもが、私に対して殺人的な情報の奔流をしてから、きれいさっぱりいなくなる。

 この兵器は、人が乗るからこそ成立している。そう、サーダナは今結論した。獣(形が獣であるという意味ではない)が動かせば、ただの『本能を具現化する装置』にネクストとAMSは成り下がる。

 如何に崇高な考えと目的を持っていても、暴力でしかそれを訴えられないのなら、それは獣と同じ。人はそれを理性で抑制しているからこそ、マトモにネクストを使えているのだ。

 それなのに、もし獣がネクストを動かしてしまったら?今この瞬間、自分が陥っている事が世界中に広がる。『防衛本能』と『飢え』に脅された獣は何よりも恐ろしい。

 

 《こうなるか…》

 

 なにも考えず、武力を持っているからという理由だけで、シャルルの防衛本能は刺激され、今この瞬間にもサーダナは殺されそうになっている。

 自身が生涯を懸けて知ろううとした獣とネクストに、皮肉にもサーダナは殺されるのだ。彼は自分自身に対して小さく嘲笑すると、秘密回線を開いて、ある男に向けて、たった一言の遺言を録音として残した。

 

 《娘を…『リリアナ』を頼んだぞ》

 

 まだ傷一つ付いていない、アートマンのコアに向けて、慈悲無き剣が振り下ろされる。紫色の光の刃が、丁度コックピット部分の真上に迫り、接近するだけでその薄い装甲板をバーナーでバターを炙るように溶かしていく。

 もはや、サーダナは逃げも命乞いもしない。『相手を実験台にしているのだから、自分がなっても文句は言わない』それが彼のスタンスだったのだ。

 

 《もうすぐ…か…転換か。これも》

 

 すでに切れた通信とは別に、独り言を呟いた彼は、稀代の数学者は、リンクスとしてその生涯を閉じた。

 

 




バーラット部隊の数は、6d2×10×2で決めました。ちょっと多すぎた。

次回予告「Happy Barthday」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「Happy Barthday old king!」

注意!今回はこの小説で最大(かもしれない)捏造設定が出てきます

フロム脳による考察は、十人十色です。私がここで書いたことが公式ではないですし、正解でもありませんので、他の方を巻き込まないようお願いします。
また、自分が考えた事と違う。というような批判は受け付けないので(違う推測を書いたコメントは読んでて面白いのでいいですが)ご了承ください。


 その男はいつも同じ場所にいた。とある大学の研究室の一つに、ずっとずっと…少なく見積もっても何週間かはそこにいた。

 男の名はサーダナ…といっても、これは愛称で、敬虚な宗教家であると共に、その何日も研究に入り浸る様がまるで『精神鍛練(サーダナ)』のようだという事からだった。だが、既に大学中でサーダナという愛称は知られており、というか本名よりもこちらの名の方が有名で、しかも言いやすいというのだから、もう最近では彼を本名で呼ぶのは、この大学の学園長や妻などの極限られた人物のみであった。

 そんな彼は、殆ど一週間徹夜で研究していた反動で、書類と様々な機械のコードで滅茶苦茶に散らかった、古めかしい白い-といっても白い部分は殆ど見えない-作業机に顔を伏せて寝ていた。

 この研究室は、言わばサーダナのために与えられたと言っても過言ではないレベルの規模で、それは彼の持つ授業にも関連していた。

 

「おい、先生…寝てるのか?…またこりゃ酷く散らかってるな」

 

 手前開きのドアが開き、入ってきたのは、サーダナの持つ授業の数少ない受講者の青年。名前はセロ。

 セロという青年は、所謂天才で、与えられた事は大抵なんでもできた。それこそ、テニス等のスポーツをやらせれば、たった数日練習するだけで数年間続けている選手に技術で勝ってしまうし、テストに悩まされた事などは言うまでもなく一回だってなかった。

 そんな青年であったが、彼は世界に飽きていた。何をやっても上手くいくというのは逆に、苦労や競争という刺激がないという事でもあったのだ。というのを知ってか知らずか、サーダナは熱心にセロに自分の講義を受けにくるよう勧めた。最初は蹴っていたセロだったが、最終的に拉致紛いの事までされて講義を受けるようになる。

 

 セロが天才であることを知らずに引き込んだサーダナだったが、セロはセロでサーダナが何をしている教授なのか全く知らずに入ったのだった。そして、出会ってしまったことが、お互いの運命を大きく変えてしまう事になるなど、思いもしていなかったのである。

 サーダナが研究していたのは、宇宙医療薬と今話題のAMS技術であった。どちらの研究対象も、サーダナにとっては研究することは必要不可欠であり、加えて死活問題であった。彼の妻は現代医療では治す事ができない、不治の病だったのだ。

 

 筋萎縮性側索硬化症。通称ALSは、現在治療法はおろか、原因も、予防法も何もかも、症状以外の殆ど全てが分かっていなかった。そんな不治の病に罹ってしまった妻を助け出す方法は、サーダナにはなかった。しかし彼は転んでもただでは起きなかった。

 まず彼は、泣き寝入りだけはしなかった。そして、徹底的に医療に関して調べ始めた。結果、彼が見つけたのは、新興企業による宇宙での医療実験だった。イクバールという企業が宇宙ステーションを作り、そこで新薬の研究をするのだという。地上ではできない実験も多く、不治の病の特効薬の研究に役立つかもしれないという話を聞いて、サーダナは歓喜したのだ。

 結論的に、彼はそのプロジェクトに参加した。流石に、宇宙飛行士の訓練を受けていない者を飛ばす訳にはいかないため、サーダナは地球からのサポート及び研究に徹する事になった。

 その一環の中の一部がこの大学での講義であった。学長は理解がある人だったため、受講生数に関わらず研究などを自由にやらせてくれたのだ。

 

 更にサーダナは他の事も調べた。それは、ALSの症状によって起こされる筋委縮により、動かなくなった腕や足の代わりになるかもしれないものだった。それこそがAMSである。

 別に、筋肉が萎縮して動かなくなっても、脳まで動かないわけではない。脳からの信号やイメージで自由に義手や義足を動かせるAMSというものは、彼にとっては夢のような技術だった。

 だが、AMSも万能ではなかった。AMSは、脳に重い負担をかけ、しかもその特異な情報処理法のために適性まで必要だったのだ。

 

「先生、そろそろ風呂入ったほうがいいぞ。飯も食えよ」

 

 そこでこのセロだった。セロはサーダナが調べた結果、高いAMS適性有していたのだ。自分にも適性はあったが、ここまで高いものでもない。そこでサーダナが考えたのは、彼の脳波パターン等を解析し、人工的にAMS適性を付与できないかというものだった。

 

「ん?…あぁ、セロか。どうした?」

 

 とても眠たげに瞼を開けたサーダナは、髪をポリポリと掻き、殆ど視認しないまま、机の上の幾つかの書類を丸めて後ろのごみ箱に背を向けたまま放り投げた。ゴミ箱は既にクシャクシャに丸められた書類で溢れかえっており、サーダナが投げた紙屑が入る事はなかった。

 

「どうしたもこうしたも、先生、あんた講義をしないでもう2週間とちょっとは経ってるぞ。こっちには単位もあるんだし、しっかりやってくんなきゃ」

 

「…そのくらい私の方で調整するというのに、君達本当に真面目だな。うん。じゃあ講義しますか」

 

 ちょっとコンビニ行ってくるというような、余りにも軽いノリで言うものだから、説得に骨が折れるだろうと思っていたセロは心底驚いた。確かに予定受講曜日のため、受講生は全員いるが、まともにやってくれるかどうか自信はなかったのだ。

 

「じゃあ、シャワー浴びて、着替えてから行くから。みんなにもそう伝えておいてくれ」

 

「…分かった」

 

 そう言って、シャワー室へとゆらゆらとしながら歩いていった。

 でも、セロは気づいていた。サーダナの目はもう虚ろで、半ばあきらめているのは明らかだったのだ。何しろ、話によればもう数年は資産を投じてまで研究しているというのに、全く、一かけらの望みすら出てこないのだから。

 

 

 

 

 ________________________

 

 

 

 

 

 《更に数か月後――国家解体戦争半年前――》

 

 

 とうとうサーダナの研究は絶望の域にまで達した。彼の妻の病状は悪くなる一方で、原因も理由も告げられぬまま、宇宙での製薬研究は打ち切られ、地球で行われている医療活動も、ALSの特効薬の開発には至らないのであった。

 日に日に動かなくなる妻の体。今では瞼を動かす事すら困難になってきているし、指はもうミリも動かなくなってしまっていた。それを見ているしかないサーダナは、自分の事をどれだけ惨めに思っただろうか。どれだけ自分の非力さを恨んだだろうか。どれだけ宇宙での実験を打ち切った企業に落胆しただろうか。

 もう、サーダナに新薬の研究をするだけの資産は残っていなかった。彼は娘の生活も維持しなければならなかったのだ。

 独り身でないがために、酒に逃げる事も許されず、かといってこれ以上研究する事ももはや困難。もはや、彼に残された道は殆どなかった。 このまま研究を続けるか、それとも諦めるか。経済的にも今後の生活的にも、研究を諦める方が得策ではあったが、サーダナは諦められない、そういった意味では愚鈍な男であった。

 

 とはいえ、だ。たった一人の研究で、世界中の研究者。しかも、サーダナとは違い医療のスペシャリスト達が束でかかっても作れない薬が、本業数学者の男に作れるわけもないし、金もない。

 そこでサーダナは、かねてより連携関係を結んでいたイクバール社に、宇宙での医療研究の続行を依頼した。だが、答えはこうだった。

 

「今、訳あって宇宙には行けない。これは、どこの企業でも、国でも同じだ」

 

 その言葉が原因で心に火が付いてしまったサーダナは、同士を集め、抗議活動を行った。実は、この時点で衛星軌道上には、アサルトセルと呼ばれる自律兵器が呆れるほどの数がいて、もしもシャトルなどを打ち上げようものなら、高度10000を超えた辺りで瞬時に撃ち落されるため、宇宙に行くことなど到底不可能な訳だが、それを企業が世間一般に知らせるわけもなく、そういうわけでサーダナも知らなかったのだ。

 この抗議活動は中々大規模になり、参加者はたったの一か月で数千人にまで膨れ上がった。大抵は、元々宇宙関連の職に付いていて、全く仕事がなくなり、給料を貰えなくなっていた宇宙飛行士やシャトルの製造に関わる人々。又は、医療関係の職に付いていて、新薬の研究に宇宙での活動を期待していた、所謂サーダナの同類が殆どであった。殆ど、というのは、残りの一割ほどは、単純に企業の事を好かない連中だったからだ。

 

 しかし、抗議活動を放っておくはずがなかった企業は、すぐに弾圧し、活動を抑制していった。もうこの時には、サーダナは大学で講義を行う事などできなくなっていたが、学園長には自分の講義に参加していた者に十分な単位を上げるよう打診し、了承されていた。というのに、なぜか自分の研究室は残され、時々行けばセロが待っていた。

 

「なぁ、セロ。俺はどうしたらいいと思う?」

 

 漠然とした、抽象的な問いにセロは驚いた。そして同時に、サーダナが、自分が人生で最も面白いと思えるものを提供してくれた師が、それほどまでに追い詰められていた事を悟り、それがとても悲しかった。

 

「どうしたらって言われても、な。そもそも相談相手間違ってないか?なんでこんな青二才に聞くんだ」

 

「ハハハ。それもこれも、もう君くらいしか、信用して話せる相手がいないからさ」

 

「俺も企業の差し金かもしれないぞ」

 

「そしたらそしたで、しょうがない。私は、彼らの恐ろしさを知った。君が脅されてだろうが、なんだろうが、彼らの側に付くのもしょうがないとは思う」

 

 企業の弾圧は凄まじく。たった二度目の弾圧の際には、武力を持ち出してきた。巨大人型兵器、アーマードコアを用いて行う武力弾圧に、サーダナが集めた抗議活動団体―そもそも拳銃一つ持たない非武力団体であった―は、なすすべなく崩壊し、もう初期からいるメンバーは殆ど残っていなかった。

 サーダナ自身は、他のメンバーが先に逃がした為に生き延びる事ができたが、自分がこんな活動を始めたがために、参加者が死ぬ事になったという重責に、心が耐えきれそうにはなかった。

 もう彼は疲れすぎていた。彼の娘はもう17になる。彼自身の口座から、好きなように使っていいと伝え、確認すれば、無駄遣いをしない程度には利口だ。しかも、成人して家庭を築くまで遊んで暮らせる程の金は残してある。妻の状態は、もう考えたくないくらいには悪化していた。もう寝たきりだ。

 

「先生、俺、考えがあるんだ」

 

 セロがそう言った直後、廊下の方でやけに煩く誰かが走っている音が聞こえ、それはこの研究室の前で止まった。扉を開けてきたのは、受講生の一人だった。額に汗をダラダラと流し、息も切れ切れだ。

 

「サーダナ先生、大変だ!今すぐここを離れたほうがっ」

 

 受講生は更に横から走ってきた何者かに突き飛ばされ、最後まで言い切る事はできなかった。横から突き飛ばし、部屋の前まで来たのは、全身黒色の戦闘服を着こみ、目出し帽の上から防弾ヘルメットと防毒マスクを着け、更に胴には防弾ベストや様々な武装に対応したマガジンラックなどなどがトッピングされている。手にはブルパップ式の樹脂製アサルトライフルが握られており、まぁ言ってしまえば見るからにヤバい奴で、明らかに企業の連中だ。

 その兵士は手を耳に当てると、どこかのチャンネルに合わせ、二言三言話した。すると、更に同じような服装の兵士が三人ほど現れ、サーダナとセロに近づいてきた。

 

「貴様らを拘束する。悪く思うなよ」

 

 瞬く間に腕を後ろに回され、拘束されたサーダナは、身体の痛みに耐えながらセロが拘束されることに抗議した。セロ自身は、その恵まれた運動神経とセンスにものを言わせて二人の兵士相手に抵抗していた。

 

「やめろ!彼は関係ない!抵抗運動の事なら、私だけで十分だ!」

 

「そういう訳にもいかない。彼は重要参考人だ。おい、何グズグズしてるんだ。ソレだってあるだろう?」

 

 そう言われると同時に、兵士の一人が手に持っていたライフルを構え、流石のセロも抵抗する訳にはいかなくなった。両手を頭の上に上げ無抵抗を示したのも束の間、すぐさま拘束されてしまう。

 そしてそのまま連行されてしまった後、最初に研究室に入った兵士は、机の上に置いてあった一枚の研究書類を見て驚愕する。

 

「HQ、HQ、こちらズール1。ターゲットと重要参考人は、対象αだった。繰り返す。ターゲットと重要参考人は、対象αだった...えぇ。はい、確かに。まだこの研究室には様々なデータがあるかと...はい」

 

 

 

 

 ________________________

 

 

 

 

 

 大学の外に停めてあった装甲車に乗せられるなり、口を塞がれ、睡眠薬によって眠らされたサーダナが次に目覚めたのは、真っ白い壁が異常なほどに印象的な部屋の中だった。手足の拘束はなく、その点では自由であったが、椅子に座らせられているのがデフォルトなのはどういう事だろうか。

 目覚めてから数分後、小型のサブマシンガンを持った黒服の男二人と白衣の眼鏡男一人がやってきて、部屋にもう一つあった椅子に白衣の男が座ってこう言った。

 

「君、我々に協力する気はないかね?」

 

「何を今更…約束の宇宙研究を打ち切ったのはそっちだろうに」

 

「まぁまぁ…その理由を知る事も含めて、様々な厚待遇は保証しようと思っているんだ。我々も手荒な真似はしたくない」

 

「理由…だと?」

 

 宇宙での新薬研究の打ち切りの理由。確かに、今のサーダナが知りたい事柄ではあったし、彼らの言う「手荒な真似」というのを受けて、自分の娘の将来を潰したくはなかった。

 そこでサーダナは、娘の生活を保障する事と新薬研究だけは続けることを条件に、彼らのいう実験に参加することを決めた。そして、その実験というものがかのAMSを利用した人型兵器「アーマードコア・ネクスト」を用いたものだと知るのは、この後すぐの事である。

 そして、同じく拘束されたセロも同じように実験に参加し、ネクストを駆るパイロット、リンクスになっていくのだった。

 

 

 

 

 《そして、今》

 

 

 

 

 いつもの訓練パターンを終わらせたセロは、シミュレータマシンから降りて自室に戻り、シャワーを浴び終わっていた。丁度腹が減った頃合いだったため、昼食でも摂ろうかとオーメル社の社員食堂へと足を運ぶべく自室のドアを開いた丁度その時、自分の端末に着信がきた。

 見れば、今丁度任務中の筈のサーダナからだった。予定よりも早く終わったのだろうか。そう思いイヤホンを耳につけて着信を受け取った。

 

「どうした、先生?随分と早い…」

 

『ハァッハァ…グゥッ…セロ…娘を』

 

 しかし、聞こえてきたのは苦し気な息遣いと自分への言葉。まるで、死に際の遺言のような…いや、ようなではない。まさに遺言だ。

 

「先生!?どうしたんだ、サーダナ先生!?」

 

『娘を…リリアナを頼んだぞ…』

 

「おい、そんな事言って…死ぬなよ!死ぬんじゃねぇぞ!先生!」

 

『………』

 

 通信は切れた。ただ、その端末に残った通信履歴だけが、サーダナとセロが今喋った形跡として残っている。

 十数分後、企業からセロにサーダナの戦死が、死亡が伝えられた。遺体は一欠片も残ってなかったそうだ。

 これで、本当にセロがサーダナと喋ったのが、先程の通信だけになってしまった。セロにとっての恩師がいなくなった事は、彼にとって衝撃でしかなかった。

 高校生の頃に両親を無くし、その時は泣かなかったセロだが、この時は、サーダナが死んだときばかりは泣いた。彼は、その優れたAMS適性を活かして、将来的にサーダナが戦場にでなくて済むようにしたかったのだ。

 

 ひとしきり泣いたあと、セロはサーダナの遺言をもう一度聞いた。そこではやはり、彼の一人娘の事を案じた言葉「リリアナを頼む」とだけ伝えられていた。生前、サーダナは冗談だかなんだかしらないが、度々自分の娘を嫁にしないかとセロに酒の席でこぼしてした。ついぞ彼が生きている間にリリアナとセロが付き合う事はなかったが、それはセロが忙しかったからだ。だが、今思えば、自分はいつ死ぬか分からぬリンクス生活。そして妻も動けぬ身体とはいえ死ぬ前には娘の晴れ舞台を見ておきたかったのだろう。セロはこの事でも後悔した。

 既に死んでしまった妻からサーダナは、リリアナを守ってあげてと遺言を受け取っていた。しかし、セロの二歳年下のリリアナも、今ではALSを発症している。オーメル社の経営する病院にいる事とサーダナが最近休む暇が全くない事が手伝って、それは伝えられていなかった。

 そしてセロが最もムカついたのは、サーダナの死は、敵対企業のネクストとの戦ではなく、オーメル陣営の二社が共謀して起こした、つまりは陰謀のせいだったことだ。聞けば、危険度が増してきた傭兵リンクスを消すために起こした策略であったそうだ。

 大学の教授と生徒という立場を超えて、自分の過去を知ってからは家族同然に扱ってくれたサーダナを失った事は、セロの人生を変えるに値した。そもそもを言えば、彼と関わった事でこれまでも大きく人生を変えてきたセロだが、それを悪い事だとは全く彼自身は思っていなかった。

 

「決めたぞ、俺は」

 

 この部屋に盗聴器があるかもしれないというのに、セロは大声で決意を叫ぶ。両目からは大粒の涙を流し、強く握りすぎた拳からは、自分の爪が皮膚を貫いて血が流れている。

 

「俺は、この世界を壊す」

 

 サーダナの遺したリリアナを少しでも幸せにし、更に彼の無念を晴らす。その為には、この腐った世界全体を一度壊さないといけない。宇宙への進出を妨げる、忌々しい空に浮かぶ兵器を全て排除しなければいけない。

 そのためにセロは、彼は、青年は、鬼にでも悪魔にでもなることを決意した。そしてその悪魔としての側面を彼は、イクバール社最高戦力、イクバールの魔術師と呼ばれていたサーダナに倣い『古き王(オールドキング)』と呼ぶことにした。

 

 こうして世界に一人の復讐鬼が生まれた。これが後に恐ろしい事を成し遂げるなど、今の世界の誰もが知らなかったのである。




今回の捏造設定

1.オールドキング=セロ説(多分最大の捏造設定)
2.セロとサーダナ友人説
3.リリアナ=サーダナの娘説

色々考えた結果、この説に私は至りました。
気になった方は想像していただけたらなと思います。いずれ、ある程度の解説はするつもりですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕開け

酷いペースですが、私はイキテマス

皆は、文化祭を実行委員長に押し付けないようにしようね!


 この状況は、いったいどういう事なのだろうか。呆気に取られている私の目の前にいるのは、大きなスーツケースを持った一人の女性だ。

 綺麗な長い銀髪がストレートになっていて、清楚なイメージを醸し出し、整った顔立ちは、どちらかというと童顔で、綺麗というより可愛らしい印象だが、背の高さが原因で自分より年上に感じてしまう。何より、胸が大きいのも一因だろうが。

 

 で、そんな女性が何故、この広いアナトリアでも知っている人が少ないはずの私の部屋の前に来ていたかといえば

 

「生身では初めましてかな?妖精さん。メノ・ルーよ。よろしくね」

 

 等と言ってきたのだ。彼女が本物ならば、私はこの間の事についてお礼を言わなくちゃいけないし、逆に謝らなくてはいけない。ただ、彼女が『本物』ならの話だ。なにしろ、彼女はGA社の最高戦力…のはず。そう易々と出歩かせてもいい存在ではない。

 と考えるとこの場合私が取るべき行動は、パターンE『悪質商法への取り扱い』をするしかない。

 丁寧にいつもはしない笑顔を作り上げ、彼女に向けてニコリとする。そして、相手がそれに反応し、反射的に笑顔を返したところで勢いよく、それはもう音が漫画やアニメのように出るくらい勢いよく閉める。正に擬音語として表すならバタン!という位に扉を閉める。

 しかし、相手もやわではなかった。よっぽど反射神経がいいのか、高速で閉じられる扉を片手で掴み、その細腕に似合わない程の力で抉じ開ける。結果的に、完全に閉じる事ができなかった私は、開いているほんの少しばかりの隙間から声をかけられる事になった。

 透き通るような空色の眼をギラギラと輝かせ、口元をニヤリと笑うように曲げながら、彼女は私に声をかける。

 

「いきなり、酷いのね…それとも信じられない?私がアナトリアに来たことが…もしかして偽者とでもおもってるのかしら、妖精さん♪」

 

 一瞬私が気圧された瞬間に、メノは足まで扉の間に挟んで一気に扉を開いてしまった。前屈みのまま部屋に一歩足を踏み入れ、ゆっくりと扉を閉める。その間たったの数秒である。

 

「あ、あの…メノさん?近いですよ??」

 

 部屋に入るための扉での攻防だったために、それに私が敗れメノが押し入ってしまったせいで、扉を閉めようとしていた私と逆に入ろうとしたメノとの距離はもはや、15cm定規一つすら必要ないくらいに短かった。この距離になるまで気づいてすらいなかったが、目の前にいる彼女からは甘い良い香りがするし、このアナトリアの暑い夏の気候に合わせてか知らないが、露出面積の大きい服装が目立ち、しかもこの距離では尚更その肌色面積が目立ってしまっていた。

 生まれてこの方私は人見知りで―何故か意外だという声は多い―あり、そもそもあの時起きてすぐにフィオナさんを信用できたのが、今思えば私らしくはなかった。だが、今この瞬間は、メノに対してその人見知りスキルがフルに発揮されている。

 目はしっかり合わせられない(露出のせいも含めて)し、声も枯れてしまったように出ない。それに、なんとも情けない事に、戦場ではバッチリ会っていたはずの彼女に対して、不安感しか生まれない。それに気づいたのか、彼女はばつの悪そうな顔をして扉に寄っ掛かるようにして私から離れた。

 

「ごめんね…戦場の時の雰囲気と違って、なんだか可愛らしかったからついつい悪戯しちゃった」

 

「い、いや、突然来られてこっちは驚いただけで…それに、昔から人見知りで」

 

「そういうのが可愛いって言ってるの…ふふ」

 

 男に対して「可愛い」なんていうのは、なんとなく外れた感性でも持っているのかと思ったが、その瞬間思い出す。そういえば、何処かで聞いたことがあったような気がする。メノ・ルーがリンクスである理由は、孤児院の運営費調達のためだと。ともすれば、子供の面倒を見ることが多いのだろうし、そういった意味で私なんかを可愛いと言ったのだろう。

 で、そんな事はあまり問題にはならない。本題は、何故にGA社最高戦力リンクスが、こんな(言うのも悪いが)大して企業にとって重要でもない場所にいるかだ。

 

「あーその事ね。実は私、会社クビになったの」

 

「………はぁ?」

 

 あまりの事に理解が遅れた。クビにした?貴重な、それも最高戦力のリンクスを?

 

「まぁ、そういう反応になるよね。もうGAの者じゃないから言えるけど、実は、この間の戦闘はあなたを殺すための戦闘だったの」

 

「………俺を?」

 

 何故?依頼はGAを優先的にとってるし、この間からの意味のわからない依頼だって文句無しに受けている。だというのに何故私を殺す必要がある?企業の中に私に恨みがある人物がいるというのも考えられるが、それだけだとは思えない。

 それを考えているのがバレたのだろう。メノは私を哀れむような、もしくは羨むような目を向けてきた。

 

「あなたが、強すぎたからよ。あなたは、あなたの持つ力は強すぎて、企業は怖がってしまったの。いつ自分達が手に負えない存在に変わるのか、あなた達がいつまで傭兵という立ち位置のままでいるのか」

 

「でも、私より、オーエンやジョシュアの方が強い筈だ。なぜ私を?」

 

「別に企業だって考え無しに潰そうとしているわけじゃないの。警戒リストに入っている、三人のフリーランスの傭兵リンクスの中で、あなたが現状…こう言ってしまうのは悪いけど、一番対処がしやすいのよ」

 

 成る程確かにそう言われれば納得だ。なにしろ、私の機体は近接特化で、弾薬の制限がないにしても数の暴力に対する耐性は低い。どちらかと言えば一対一での戦闘が得意な構成なのだ。

 しかも、リンクスになった時期はジョシュアより遅く、それでいて戦闘センスはオーエンよりも下。どちらにも及ばない中途半端な力が、企業の連中には見られていたのだ。

 

「でもそれだけじゃない。別に、リンクスだけが標的になる訳じゃないの」

 

「リンクスだけが目標じゃない…まさか」

 

 この間のGAE粛清に対して、アクアビット社はGA社に事実上の宣戦布告を行った。それが原因で、今まで激しかった機器勢力の二極化が更に激しくなり、俗にアクアビット陣営とオーメル陣営という2つに企業は別れていた。

 そこでオーエンに最近やってきた依頼が、あのBFF社の中枢を担う超弩級大型艦クィーンズランスの破壊だ。BFFは陸ではなく、海に本社機能を集約している。そして、そのクィーンズランスの撃破が目標ということは…

 

「まさか」

 

「そのまさか。倒すことが難しいネクストではなく、破壊が容易なネクストを所有する場所を攻撃することにシフトしているの」

「あなたも知っての通り、ネクストは繊細な兵器よ。それも、他の兵器よりもよっぽど。たとえ無傷で戦闘を終えたとしても、二週間くらい整備せずに戦闘を続ければ、内部がオシャカになるくらいに気難しい。だから、それを利用して、短期に決着を付けられるって訳」

 

「で、それがどうしたっていうんだ?」

 

「まだ分からないの?貴方達が拠点にしているのはこのアナトリアなのよ」

 

 それを聞いた瞬間に衝撃が走った。私があのマグリブ残党を相手にしているとき、アナトリアには別の部隊が攻めていたとオーエンは言っていた。つまり、彼らはただ単に怒りに任せてここを襲ったわけではなく、理にかなった事をしていたのだ。

 まだマグリブは少なからず残っているかもしれないし、これからは企業からの攻撃も視野にいれて防衛しなければいけない。いや、本当はそれすらおこがましいのだろう。

 本当にこのアナトリアを守りたいのなら、自分たちが守るより、自分達がここから去る方がずっと安上がりで、ずっと安全だ。

 

 まぁ、どちらにせよ今すぐ実行できる問題でないことだけは確かだ。

 そんなことよりも今はもっと早く解決すべき問題がある。

 

「で?これから貴女はどうするんですか?」

 

「アナトリアのネクスト整備員として雇ってもらったの。で、空き部屋無いって言われちゃって、ホテルに泊まるお金は持ってないから、あなたの所に居候させてもらおうと思って」

 

「よく軽々しく、会ったこともない男の部屋に泊まろうと思えますね?」

 

「ふふふ、それだけ信用してるって事よ」

 

 

 

 

 

 《》

 

 

 

 

 

 純白の超弩級戦艦クィーンズランス。それは、BFF社の高官や幹部の大半が乗艦している、いわば中枢である。常に移動し続ける戦艦そのものに中枢機能を集めることによって、陸に強固な要塞を作るよりも遥かにローコストで済むと考えたのだ。

 実際、元々の艦隊数が多かったBFFにおいてはこのプランは成功を収め、クィーンズランスも元々あった弩級戦艦の開発プランに少し手を加えるだけだったために、その建造費も新造するよりも遥かに安く仕上がった。

 とはいえ、安い安いと言ってもその作りに粗はない。不発弾なんてあるはずもないし、護衛に付いている第八艦隊は精鋭中の精鋭。しかもその数は第二艦隊と第四艦隊を合わせてやっと互角に近づく程の艦艇数。さすがのネクストもこの防衛陣を恐れてか、たったの一度だって攻め込まれた事はないし、国家解体戦争中に攻め込まれた回数も全企業の拠点の中でもトップクラスで少ない。

 

 そんな伝説は今日終わった。

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

 

 クィーンズランス内の食事会に来ていた、BFFの幹部にしてリンクスの王小龍(わんしゃおろん)は、中世ヨーロッパの貴族のような出で立ちの高官達を見て嫌気がさしていた。高官と言っても、大半はスポンサーつまりは資金源だ。株式会社が株主にちょっとした運営方針の決定権を持たせているのと同じような仕組みが、BFFでは採用されているのだが、それがなんとも(わん)にとっては納得いかないものだったのだ。

 BFF内でも他企業からも「野心家」だの「腹黒」だの言われている王ではあるが、その実、企業の利益についてはむしろ誰よりもよく考えていた。ネクストの開発を一番最初に推し進めたのは彼だし、BFF内で真っ先にリンクス候補として名前を挙げたのも彼だった。

 このクィーンズランスの開発計画を提案したのも彼だったことを考えれば、BFFが何かしら成功を収める時はいつも影で彼の姿があるのは誰の目からも明らかだった。それが評価されないのは、ひとえに彼が軍部で名門と称されるウォルコット家と個人的な繋がりがある事や、当時まったく評価されていなかった一兵卒のメアリー・シェリーをいきなり自身の秘書に置き、その後軍部の幹部へと押し上げたりと全く読めない動きをしていたからだろう。

 

(ちっ……肥えた豚共が。今がかなりの緊迫状態だと分かっているのか?)

 

 アクアビットとGAの間で緊張が高まり、今に戦争になるだろうという中でも、食事会等というなんともまったりしたことを続ける、豚のように太った高官達。本来は目に映らせたくもないのだが、招待状を何通も送り付けられては断る事もできなかった。しかもそれが、ウォルコット家からの招待状があるとなれば尚更だ。

 実のところ、王はウォルコット家の末娘、リリウム・ウォルコットが気になっていたのだ。勿論、将来有望であろう人材として、だが。ウォルコット家からは既に二人のリンクスが輩出されており、それらは国家解体戦争にて大きな戦果を挙げている。

 

(AMS適正さえあれば、きっと強力な戦力になり得る……それこそ、メアリーを超える程の)

 

 そう王が一人思考していながらローストビーフを口にしていると、軍服姿の一人の男が息を切らしながら、それでいて失礼がないような急ぎ方で裏口から入ってきて、王の前まで真っ直ぐ向かってきた。

 お喋りに夢中の者以外の極少数の視線が彼に向くが、ここまで急いでいるとなると急を要するのだろうと思い、王は今すぐに用件を話すように言った。

 

「将軍、ネクスト機と思われるコジマ反応が、急速接近しております」

 

「何?このクィーンズランスに向かっているのか?」

 

「えぇ、間違いなく」

 

 そんな馬鹿なと思うと同時に、あのリンクスであってほしくないと考える自分の脳を王小龍は感じていた。そう、あのリンクスであれば、ここを襲撃する事など容易だろうから。

 

「その機体、どこの企業のものか分かるか?敵対企業であれば言え」

 

 できればGA程度であってほしいと思いつつ、恐る恐る……しかしそれを感じさせないような威圧感を持って王は男に問う。だが、彼の口から出たのは、王が望んでいなかった現実。しかも、王が考えていた最悪そのものだった。

 

「どこの企業のものでもありません……アナトリアの傭兵『グレイゴースト』です」

 

 眩暈がするような感覚に襲われた王は、しかしすぐそこまでネクストが接近していることを考え、すぐに今後の対応について話した。

 全力を持って迎撃し、艦隊全ての弾薬を使い尽くす位の勢いで対応せよ。防衛ラインを5つ構築し、3つ目を超えたら自分に教えろ。その時は自分がネクストで出撃する。

 それを伝えると、今度はクィーンズランスの艦長に事を伝え、避難指示を出す事と最大船速で離脱を始める事を命令した。本来はこの艦は王の管轄ではないため命令はできないのだが、それを可能にしているのはこの緊急を要する状況と、王の日頃の行いであった。

 

(ここはじきにパニックで大騒ぎになるだろう……早めに格納庫に向かっておくか)

 

 王自身のリンクスとしての腕前は微妙の一言に尽きる。が、それでも艦隊よりはよっぽど良い戦力になるはずだとそう考えていた。どう考えても、あのリンクスを第八艦隊が止められるとは思えないのだ。

 後ろから、自分の事を呼ぶ幼い少女の声がする。振り返りたい気持ちでいっぱいだったが、振り返れば、自分は戦場に行くことができなくなってしまうだろうことを分かっていたのだろう。王は気づかないふりを続け、ポケットの中の右こぶしをきつく握りしめて会場を後にした。

 

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

『第二防衛ライン突破されました!』

 

『ノーマル部隊は何やってんだ!』

 

『速すぎるんだよ!ロックオンすらマトモにできやしねぇ!』

 

『ASミサイルだ!自動追尾ならやれるぞ』

 

『ダメだ、それはもう試した。ミサイルが遅すぎて振り切られるんだ』

 

 パイロットスーツを着込み、ネクストに搭乗した王小龍は苦い顔をせざるを得なくなった。自分に情報が伝えられた時は、警戒網に引っ掛かったレベルの距離だったはずなのに、ものの数分でもう第二防衛ラインまで侵攻されている。

 だが、何かがおかしい。いくら軽量機といえど、普通に考えてこの速度は異常なのだ。少なくとも、時速2000キロ近くの速度が出る必要があるのだ。

 

「……フフフ、馬鹿馬鹿しい。そんな速度が出せる機体があるはずがない」

 

 だが、そんな事を言ってる間にも、第三防衛ラインが破られてしまうとなれば、流石の王も驚く。何しろ、第二防衛ラインが突破されたという報告があってからまだたったの24秒だ。このペースでいけばもうあと一分もあれば、このクィーンズランスに到達してしまうだろう。

 

「不味いな……えぇい、仕方ない……艦長、対コジマ避難指示を頼むぞ……ストリクス・クアドロ出撃する」

 

 クィーンズランスに接続されていた、ネクスト輸送用コンテナのハッチが開き、重量四脚型の黒いネクストが飛び出した。カメラアイが紫色に怪しく光るそれは、右背中から巨大なスナイパーキャノンを伸ばしている。

 

「全艦に告ぐ。データベースを私のネクストとリンクさせろ。こちらから狙い撃つ」

 

『了解、データベースリンク開始!』

 

 左背中に担いだ高性能レーダーがフル稼働し、この戦場の味方機の電子装備とストリクス・クアドロの電子装備の情報がリンクする。さっきまで姿形が見えなかったネクスト機が、今の王には手に取るように動きが分かるようになった。

 真上を向いていたスナイパーキャノンが前に向き、OSが自然に砲撃姿勢を作る。王自身はスコープを使って超長距離狙撃態勢になっていた。その倍率は脅威の125倍。覗けば、奇妙なブースターを付けた灰色の機体が恐ろしい速さで向かってくるのが見える。

 

「さて、お手並み拝見といこうか?レイヴン……」

 

 




次は早く(ハリ並感)上げる予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白い花が咲く日

わんたーれんだってね、かっこいいことするんだよ!
みんな腹黒だとか、へんたいだ!とか言うけど、かっこいい事だってするんだよ!

……きっと


 GAのビックボックスにオーエンはいた。何故GAの本拠地にオーエンがいるのかと言えば、簡単な話で、今回の任務はここからネクストを発進させて行うからだ。

 そんなわけで、わざわざアナトリアから遥々8時間程かけ、輸送機でフィオナとオーエンの二人はアメリカ大陸まで赴き、GA本社にまで足を運んでいた。まぁ、わざわざと言っても、向こうがスポンサーのようなものなのでこちら側から行くのは当然と言えば当然ではあるのだが。

 

「お待たせしました。こちらです」

 

 到着して数分待っていたら、如何にも役人という風貌の男がやってきて、案内をしてくれた。だが、少し歩いてオーエンは気づいた。どうも、向かっている方向にあるのは格納庫だ。作戦会議などでおなじみの会議室には招待されていないらしい。

 だが、オーエンが本当に気になっていたのはそんな事ではない。彼が真に気づいていたのは、排気口や、通路の脇道、物陰、ゴミ箱の中……その他色々な所に潜んでいるだろう『見張り』であった。おそらく怪しい動きをしたら拘束でも殺害でも平気で行えるようにしたのだろう。輸送機から降りた時にやけに丁寧に行われた検査も、今思えば武器を奪うためだったのだろう。

 

(思ったより、こちらを警戒しているのか?……まぁ、当たり前と言えば当たり前か)

 

 オーエンは、自分達が十分強い事を自覚していた。強い事を誇示するような人物では彼は無かったが、謙遜ばかりしまくるような性格という事は更になかった。強い奴は強いと……弱い奴は弱い事を分かるようにすればいいというのが、彼の考え方だった。

 自分のグレイゴーストに加え、アナトリアにはシャルルのロレーヌもある。彼らそれぞれと互角に渡り合うリンクス、ジョシュア・オブライエンが一人いるアスピナ機関ですら企業から恐ろしいと思われているのだ。二機いるアナトリアが警戒されるのは当然だというのがオーエンの考えだった。

 

(大方、俺たちの事をこのいざこざの間に消したいのというのが本音なのだろう……アナトリアを去る事も考えなければな)

 

 歩く事約10分、とある倉庫にたどり着く。結局、隠れていただろう刺客は手を出してこなかった。この分だと仲間でいる限りは何もしてこないだろう。そうオーエンは確信を得る。そういえばと思い、彼がフィオナを見ると彼女は見るからに緊張している様子だった。幸い漂う妙な殺気には気づいていなかったようだが、悪い事をしてしまったと思った。

 

「さて、私はここまでです。ここから先はお二人だけでお願いします」

 

「本当にこの倉庫の中なんですか?」

 

 案内役の男の言葉に、フィオナが思わず不安そうな声を漏らす。自分達をここまで案内した者がここから先は二人で行けなんて、中世ヨーロッパの騎士じゃあるまいし、現代じゃ罠くらいにしか使われないシチュエーションだ。

 

「えぇ、私にはそう伝えられています……安心してください、取って食おうって訳じゃありません」

 

「成程、では、フィオナ、行こうか」

 

「え!?あ……いいえ、分かりましたオーエン、行きましょう」

 

 せめて心配さえまいと怯える事なく行く事を決意したオーエンに、フィオナも着いていく事を決めた。

 二人は並んで前に進む。自動ドアのロックが解かれ、その眼前にただただ広い空間が広がる。奥の方は暗くて見えないから全体像が掴めないとはいえ、それにしても相当な広さであることは明らかだ。ノーマルACがざっと100機以上は整備ができる広さがあるだろう。そんな中にポツンといるのはなんとも言えない感覚だろうに、オーエンはただただその闇の奥を見つめていた。

 

『やっと来たか、アナトリアの傭兵……いや、こう呼んだ方が正しいか?king of raven(鴉の王)

 

 闇の方から声が響く。なんとも芝居がかった声で、語りかける年を取った男の声だ。しかし、オーエンはその声を知っている。この場にシャルルが居れば、自分と同様の反応をしただろう。

 

「私はもう既に鴉でなく山猫だよ。あなたこそ、こんな所で何をしているんです?」

 

 

 

 

「クレイトン……」

 

 

 

 

 

 その名を呼ぶと暗闇の中から一人の男が姿を現す。それは、フィオナが知らないころの二人のリンクスの戦友。時代の流れに対し、最後に反逆した鴉の一人。BFFの女王に対峙し、敗北し、死んだと思われていたあのタンク型ACのレイヴン。

 シャルルのいた場所からそう離れていなかったオーエンと違い、彼はそこそこ離れた場所で戦闘をしていた。しかも、シャルルが彼の事を回収しようと接近してもあきらめていた事だろう。彼ら二人のACと異なり、クレイトンの機体は損傷が激しく、今ここに彼がいて生きている事すら奇跡に等しい事なのだから。

 

「しぶとく生きとったみたいだな……それと、お前と同じように俺も名を改めたんだ」

 

「へぇ……どんな名前にしたんだい?」

 

「俺はお前らと違って大した戦果は挙げられてないし、そもそも適正も低いからなぁ…聞いたこともないだろうが……ローディーと今は名乗ってる」

 

 フィオナは知っていた。シミュレーターに登録されている、GAのリンクスだ。だが、ローディーというリンクスの評判はお世辞にも良いものではなかった。AMS適正は最低限程度しかない上、火力と装甲に頼った戦い方のため、ネクストとの戦闘は不可能で、せいぜいがノーマルの相手で精一杯だろうとのことだ。

 

「へぇ、シミュレーターでは見たことあるけど、戦場なんかでは聞かないなぁ」

 

「ま、そうだろうよ。だが、今に見とけよ……GAの連中をぎゃふんと言わせてやるからな。AMS適正だけが全てじゃない事を思い知らせてやるわ!」

 

 かつて鴉が最後の時を迎えようとしていた時よりも、オーエンの目には彼が生き生きしているように見えた。実は、元レイヴンがリンクスになろうとする事はあまり珍しい訳でもないようだが、如何せん適正という問題が立ちはばかるために、そうそうなれるものではない。

 その点で言えば、自分はまだ恵まれている方だ。ともローディーはこぼしていた。

 

「フフフ……あんたが無事だって事、シャルルにも伝えておくよ」

 

「シャルル……あぁ、やっぱりあのリンクスはあの時の青年だったのか……頼むよ、あいつとも話したい事が沢山あるしな」

 

 ローディーはもうかなりの高齢のはずだが、それを感じさせない活力があった。そして、そんな彼とオーエンが対等に話しているのを見て、フィオナはGAの評価が……いや、企業のリンクスに対する評価が必ずしも合っているものではないと悟った。

 そもそも企業は適正値ばかりを重視しているが、オーエンや限界時間を過ぎたシャルルの戦闘から分かる通り、別にAMS適正値だけが操縦に関わっているわけではないのだ。つまり、ローディーが弱いとは一概に言い切れない。

 

「ところでローディー、まさかわざわざ昔話をするためにここへ呼んだわけではないだろう?」

 

「あぁ……俺はGAからお前さんへの依頼の説明に立候補しただけだからな。本題に移るとするか。今回の作戦目標は、クィーンズランス。聞いたこと位はあるだろ?」

 

 依頼の話に移ったローディーに対し、フィオナが待ったをかけた。それもそのはず、クィーンズランスと言えばBFFの半本拠点である。水上を移動する戦艦という特徴もあり、国家解体戦争でもノーマルAC相手に苦戦すらしなかった。

 また、クィーンズランスはただ一隻で浮いているのならただの水上要塞で済むが、問題はBFFの第八艦隊が護衛に付いている事だ。これだけで二個艦隊分の戦力があるというのだから性質が悪い。こうなってしまうともはや、水上要塞どころか水上万里の長城だ。突破など不可能に等しい。

 

「本気で言ってるんですか!?そんなの……無茶です」

 

「そうだな。ローディー、もちろん策はあるんだろうな?」

 

 聞くと、ローディーは待ってましたとでも言うように、ニヤリと口を曲げた。ポケットに右手を突っ込み、一つの小さなリモコンを取り出した。そして勿体ぶった動作でそれについているボタンを押した。すると、手前の方から順に大体10m間隔で照明が点き、倉庫は白い光でいっぱいになる。

 しかし、ただ明かりが点いただけではなかった。明かりがついても倉庫の一番奥が見えるようになったわけではない。

 

「これは……」

 

「巨大なスラスター……?」

 

 そこにあったのは、ネクストと同じくらいのサイズの巨大な外付け式の追加ブースターだった。

 

 

 

 

 

 《》

 

 

 

 

 

 VOB(ヴァンガード・オーバード・ブースター)。コジマ技術を応用した、ネクスト専用の試作外付け式追加ブースター。

 液体コジマをプラズマ化し、粒子として噴射する事で推進力を得ている。空力等は全く考えられておらず、莫大な推進力とネクストの持つPAによる、空気抵抗の軽減だけを頼りにネクストを飛ばす代物である。

 特筆すべきはその速度。巡航速度ですら2000km/hを超えるのだ。

 

 GAは子会社と共に敵対企業の本社にまで急接近し、強襲を行うために開発を行ったのだが、それを使う事はできなかった。その理由は大きく三つだ。

 一つ目に、この試作兵器はテストする事が非常に困難だったため。性能からして馬鹿げているものだから、自社のリンクスに行わせるのはリスクが高い。かといってシミュレーターでやるのは正確性に欠ける。更に言ってしまえば、こんなものをテストしようものなら他社に即座にバレるだろう。

 二つ目は非常に簡単な話で、これを使いこなせるであろうリンクスが既にこのGAにいないのだ。ローディー曰く、このVOBが開発完了したのがGA最高戦力であったメノが解雇された後だったという。残された自分とユナイト・モスでは、企業は期待すらしていないのだという。

 三つ目の理由は、聞いてオーエンが呆れるレベルだった。なんと開発したはいいが、GAのネクストのPAでは空気抵抗の軽減が十分にできず、スペック通りの速度が出せないという。

 よって、GAはこの試作兵器を使うためには、自社でも他社のリンクスでもなく、そこそこ以上の腕前で、更にPA性能が良いネクストの持ち主でないといけないのだった。

 

(だからって、これは、中々、身体に応えるな)

 

 カタパルトによってGA本社から射出されたオーエンとグレイゴーストは、VOBの圧倒的な速度を持って大西洋を横断している最中だった。ローディーの話通り、巡行速度でさえ2000km/hを超えている。寧ろ下手したら3000km/hに到達しそうな勢いだ。

 しかしそれは良い事ばかりな訳もない。それだけの速度が出るという事は、それだけのGがかかるという事であり、それはパイロットにかなりの負荷をかける。事実、オーエンは身体が押しつぶされるような感覚に襲われていた。

 

『レーダーで敵影をキャッチしました。第八艦隊です!』

 

「あぁ、こちらでも視認した」

 

 大西洋の東、ケルト海に近い場所で確認したそれは、学校で教えられた古代の大名行列を思い出させる。数え切れない程大量の艦艇がいるせいで、クィーンズランスの姿が見えないのだ。

 

「どれ、ちょっとばかりお邪魔するとするかね」

 

 空になったコジマ増槽タンクを投棄し、更に軽くなったグレイゴーストが風をも置いてけぼりにする勢いで駆け抜けていく。

 ミサイルは追いつかず、ロックオンすらさせてもらえない対空砲やノーマルACの攻撃が後方にあるのが見えて、ほんの少しばかりオーエンの口元が湾曲を描いた。

 

 そうして数十秒の間に幾つもの護衛艦を飛び越していったグレイゴーストだが、ここでオーエンが異変を感じた。先程よりも目に見えて相手の狙いが良くなっている。統率も遥かにとれている。

 

(敵の司令官が本気出したってのか?いや、待てよ……クィーンズランスが相手なんだぞ?……!)

 

 野生の勘か、虫の知らせか、はたまた只の偶然か。超人的な反射で真横にQBをしたオーエンは、息を呑む事になる。先程までいた軸に見るからにヤバそうな砲弾が通ったからだ。だがそれは護衛艦から撃たれるものとしては小さすぎるし、ノーマルのものとしては規格外だ。要するに

 

『敵ネクスト反応確認しました……これは!?No.8 ストリクス・クアドロです!』

 

 《やらせはしないさ……レイヴン》

 

 王の本領は裏舞台での仕事にあるが、その実スナイピングだけはリンクスの中でも指折りの腕前で、メアリー・シェリーには遠く及ばずとも、BFFの中でもリンクス全体で見ても二番手の正確さだ。そんな彼のネクストであるストリクス・クアドロは、スナイパーライフルとカノン砲のいいとこどりをしたような武装、スナイパーキャノンを装備している。弾速を犠牲にし、威力と衝撃力を底上げしたスナイパーライフルのようなものだ。

 VOBはその速力のせいで方向転換をするのはほぼ不可能、急速回避もネクストのQBに頼りきりで、王のように真正面から正確に狙えるスナイパーからしてみれば良い的だ。おまけに、避けれるとはいえその速度が大きく落ちる事を悟った王は、当てる事より「避けさせる」のを目的に撃っている。

 

(くそっ、これじゃアイツの餌だ)

「フィオナ、こいつのパージはできるか?」

 

 撃たれてネクストとしての仕事ができないよりは、近づく時のリスクを取ったオーエンは、緊急パージを要請する。VOBのパージは時限式と手動の緊急パージの二種類があり、その後者を行おうというのだ。

 

『分かりました、5カウントでパージします!』

 

 フィオナがそう返事した次の瞬間、全てを回避するだけの余裕がないオーエンは、一発だが被弾してしまう。空気抵抗の軽減のために前面に集中していたPAも、ここまで高火力のものには非力なもので、簡単に貫通してしまった。幸運だったのは、被弾したのが機体そのものではなくVOBの一部分だった事だ。

 ただ、時間は無くなった。すぐに燃料に引火してコジマ爆発を起こすだろう。

 

「だめだ!今すぐにパージしろ!」

 

『!!……分かったわ!パージ!』

 

 強い衝撃と共にVOBとネクストの接続部が離れ、それはバラバラに崩れながら機体から離れていく。慣性に従って落下していくように見えたパーツ達は、水面に触れるよりも早くコジマ爆発によって消滅してしまった。

 オーエンはGに耐えながらすぐさまグレイゴーストを戦闘モードに切り替え、OBを使ってクィーンズランスに接近を試みる。彼は早いとこ追いつかないとクィーンズランスが戦闘予想地域を離脱してしまい、自分が戦闘地域から脱出するのが困難になると察していたのだ。

 そうなると、まともに王の相手をしている余裕はなくなる。

 

「押し通らせてもらうぞ」

 

 《近づくつもりか!?来させるかぁ!》

 

 近づくオーエンを引き離そうとストリクス・クアドロは両手のライフルで弾幕を張り出す。が、それも殆ど意味をなさない。もはやそれで抑えられるラインを超えているのだ。小刻みなQBによって巧みにライフル弾を避けながら、射程圏内に入ったストリクス・クアドロをグレイゴーストのマシンガンが蜂の巣にする。グレイゴーストには敵の攻撃を避ける機動性も、それができるだけのパイロットもいるが、重量4脚は機動性に欠けるし、王は狙撃以外は並のリンクス程度もあるかどうか怪しいところ。

 つまりは、OBで接近されたところで決着は決まっているのだ。

 

 《っ……!化け物がぁ!》

 

「何だと!?」

 

 頭脳では負けていない王は、射撃武器しか装備していないというのにまさかのグレイゴーストへの突撃を敢行した。流石にそんな事を予想できるはずもなく、オーエンの動きが一瞬だが鈍る。だが、ネクスト戦で相手を圧倒するには一瞬で十分……いや、一瞬は多過ぎる程だ。

 左腕の武装を捨ててコアを掴み、右腕のライフルはグレイゴーストの左肩へと突き刺す。組み伏せられた形になったグレイゴーストは、手持ちの武装は近すぎて使えなくなってしまった。

 

 《この老人と我慢比べでもしてもらおうか!》

 

 水面に叩き付けようとでも言うのか、王はネクストのスラスターを最大出力で吹かしまくる。逆にオーエンの方もやられまいとブーストするが、元の重量の差と馬力の差で少しづつ高度が下がっていく。そんな状況の中、彼は手負いの狼が最も怖い事を思い出す。

 うっかりしていたなぁ。そう思いながら、マシンガンとショットガンを投棄する。背中にあった散布ミサイルもだ。

 

『オーエン!?そんな、だめよ!諦めないで!』

 

 フィオナの悲痛な叫びがオーエンの頭に木霊する中、もうグレイゴーストと海との距離はあと少ししかなくなっている。重量機の重さを軽量機が押しのける事は不可能なのだ。だが、それで死ぬような男なら彼はレイヴンの王になどなっていない。

 むしろ、彼はこの状況を有利と考えてすらいた。

 

「諦める?……フフフ、舐められたものだな。俺も、グレイゴーストも」

 

 確かに計画とは途中が全く違うが、結果は変わらない。『接近する』という目標が達成できた事だけは全く変わらないのだ。密着状態にあるのも、全装備をパージするのも元々の予定通り。誤算だったのは、王小龍が自ら突撃してきたことと左腕のライフルを捨てられた事だ。

 ストリクス・クアドロは両腕のライフルと背中のスナイパーキャノン以外に武装はないが、グレイゴーストは違う。ネクストには予備兵装を格納しておける空間があるのだ。

 そして、オーエンは海との距離が数メートルになったところで、AMSを通して両腕に命令を下す。ブレードを装備せよ、と。

 

「この瞬間を待っていたんだぁぁ!」

 

 《格納ブレードだと!?おのれレイヴゥゥゥン!!》

 

 AMS適正が低いからと言って、ネクストは搭乗者の命令を拒否する事は決してない。グレイゴーストは命令通り、忠実に、レーザーブレードを両腕に装備して、その瞬間に刀身を露にしてストリクス・クアドロの両腕を溶かし斬った。

 完全に拘束が解かれたグレイゴーストは、そのまま王の事を海に蹴り落してしまう。続いて、右腕で左肩に刺さったライフルを引っこ抜いてそのままデータを合わせ、装備してしまった。

 

「このライフルは貰っていくとしようか」

 

 《待て!レイヴン、行かせはせんぞ!》

 

 王は両腕が無くなっても使えるスナイパーキャノンでグレイゴーストに向けて発砲するが、接近戦の時か、それとも海に蹴り落とされた時か分からないが、銃身が曲がってしまったらしく、見当違いな方向に弾が飛んでいくだけだった。

 

 《くそっ、くそっ!》

 

 邪魔者も何もいなくなった事を確認したオーエンは、真っ直ぐクィーンズランスに直行し、機関部と燃料タンク、操舵室を正確に壊したあと、船体に穴を開けるために適当にバイタルパートであろう場所へとあるだけの弾を撃ちこんだ。ブレードでも幾らか斬りつけた。

 攻撃中に王のスナイパーキャノンであろう弾が幾つか飛んできたが、明らかにクィーンズランスに当たらないように気を使っている砲撃など、オーエンにとっては全く怖いものでもなく、破壊の限りを尽くし、それが終わると瞬く間に離脱ポイントまでOBで駆け抜けていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「リリウム!リリウム居ないのか!?どこだ!いるなら返事をしてくれ!」

 

 王小龍は、半壊状態であと10分としない間に沈むだろうクィーンズランスにネクストを近づけ、自ら乗り込んでリリウム・ウォルコットの捜索を単独で行っていた。

 船内は酷いもので、いくつもの弾痕が残っているばかりか、どこもかしこも火事のせいで燃え盛り、足の踏み場を見つけながら歩いていくのがやっとの惨状だ。死体の種類も豊富で、焼死体に胴体が離れ離れになったものや、木っ端微塵で何が何だか分からないものまで様々だ。

 それでも王は捜索をやめない。

 

「どこだぁ!私だ!王小龍だ!生きているのなら、返事をしてくれ!」

 

 自分が怪我をする事も、ネクスト同士の戦闘の後のためのコジマ汚染もどうでもよいのだろう。それ位必死になって走り回って探した。そして、やっとの思いで見つけ出した。

 見つけたのは、最後に王が居たあの宴会場だ。避難指示だってあったはずなのに、彼女はそこにいた。数人(本当に数人か分からない程にバラバラ)の死体の前で、しゃがみ込んで泣き崩れていたのだ。リリウムが何故そこに居るのかなんとなく王には分かったような気がした。

 きっと彼女は、待っていたのだ。王の事を。

 

「リリウム……良かった。生きていて本当に、本当に良かった……さぁ、ここは危ない「大人(たーれん)おじさん、あのね」

 

 王は異変に気付いた。彼がリリウムに近づく間、彼女は音という音にビクビクしていたように見えたし、彼が声を出すまで相当怯えていたようにも思える。

 まさか。最悪の考えが王の頭を過ぎり、そして全力で否定したい思いでいっぱいになりながら、その度に間違いないと彼の脳は判断した。彼は自分のそういうところで無駄に鋭い事を今、生まれて初めて呪った。

 

「私、目が、光が、見えないの」




クィーンズランスが脆すぎという意見については、まぁ、その……大人の都合と返しておきます

クレイトンさんが分からない人は、六話と七話を読めば大体わかるよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不穏

予約投稿の日時で、設定年が間違ってたアルヨ
一月どころか一年投稿予約してたアルヨ
皆も投稿するとき気を付けるアルヨ




 足下を見れば、今朝方の大雨の名残である池のように巨大な水溜まりがある。そこに映る黄金色の満月は、私の思いを代弁しているようにも感じられる。

 改めて前を見れば、ブリーフィング通りのものがある。それは、レイレナードの前線基地。GAの拠点のすぐ近くに存在するそれの内部には、彼らの新型ネクストがあるということで、それの撃破が今回の目標というわけだ。

 

 元々GAはそのネクストの情報を持っていた訳ではなかったようで、ノーマルを中心とした通常兵器のみのものと予想していたらしい。そこで、調査及び攻略に自社のリンクスを向かわせた。が、そのリンクス『ユナイト・モス』は所謂粗製リンクスで、施設内で目撃された新型ネクストに呆気なく撃破されてしまったらしい。

 自社のリンクスを引き換えにGAが入手できたのは、そこに新型のネクストがいて、今自分達が動かせるリンクスでそれを撃破できる者がいないということ。ただそれだけだ。

 でもこの時代は便利なもので、自分達でなんとかできない時は他の誰かに依頼をすればいいのだ。しかもそれが戦闘関連ならまず頼む相手に困ることはない。私もその頼まれる側の人間。それで食べてきた。

 それに、今回の依頼は断る理由がなかった。なにしろ相手取るのはレイレナード社。つまりは彼女が所属する企業だ。上手く事が進めば、もしかしたら情報が掴めるかもしれない。

 

「さぁ、行くとしようか」

 

 今回はオペレーターがいない……フィオナさんとオーエンがGA本社にいるからだ。向こうは向こうで仲良くやってる事だろう。オペレーター無しでの戦闘は何気に久しぶりだ。状況判断が余計に必要になるのはしょうがないが、敵の接近情報まで自分で確認する必要があるのは面倒だ。

 だけど一つだけ嬉しい、と言える事だってある。恥ずかしながら、アンジェを狙っているというのはあまり他人に知られたい事ではないのだ。

 他の皆がアナトリアを守るために奔走している中、私は心の底で戦場を求めている。それも、アマジークの言う聖戦のように神聖なものではなく、ボリスビッチの祖国を守ろうとする気高いものでもない。ただ、あの時の感情を味わいたい。ただそれだけを追い求めているのだから。

 だめだな。どうも私は悲観的ないし否定的に考える癖がある。そうだ、私は決めたじゃないか。あの時の決着はまだ着いていないと。その決着を着けるため、それまで生きるため、それまでに力をつけるために戦うのだと。

 

 息を吸い込み呼吸を整える。パイロットスーツとヘルメットの中だが、機能的なそれのお陰で吸う空気が淀んでいるなんて事はない。むしろ、考え方如何によっては大気よりもずっと澄んでいる。

 機体の状態はバッチリ。整備長から私の機体の修理を任されたメノは、良い仕事をしてくれたようだ。これなら万全の態勢で戦える。

 ネクストのOSを戦闘モードに切り替え、いやに静かな今回の戦場へと足を踏み入れる。

 

 

 

 おかしい。何が、と聞かれれば即答できる。本当に静かなのだ。ここはGA領に程近い、いわば最前線の筈。だとすれば、戦力がそこそこ以上に存在するのは当たり前で、レーダーに検知された瞬間にミサイルや機銃やレーザーの大群が、雨霰と降ってくるのが当たり前ってものだ。

 それなのに、この基地は歩哨はおろか監視カメラの一つだって見当たらない。人がいる気配も、キャタピラの駆動音も、サーチライトの光もない。こんなのは、GAが用意した報告書にはなかった。

 

(また貧乏くじを引かされたか?)

 

 今更ながらそう感じつつ、開きっぱなしの正面入り口の中に入る。当然のように明かりがないため、頭部とコアに標準搭載されているライトだけが頼りになる。

 本当に、使いどころが少なかったとはいえある程度は需要があった、ノーマルACのサーマルはどこへ消えたのか。というか何故取り外されたのか、未だに分からない。

 一応、月明かりもあるからと思って進もうとした瞬間、真後ろから妙な金属音がした。

 何事かと思い、振り返るとあの非常に分厚い金属製の扉が閉まっているじゃないか。罠だと発覚した時には既に遅かった。扉の閉じる速度から察するに、逃げるにはもう遅い。

 閉じたなら開ければいい。そう思ったが、ネクストの力ではうんともすんとも言わないし、マシンガン程度ではかすり傷すらつかない。最後の手段として……希望としてとっておいた月光を振るうも、流石は製造元というもので、表面が少々焼き付くレベルだ。

 

 こうなってしまったら、もう操作元を破壊ないし操作するしかない。つまり、罠だと知っていながらも進むしかないって事だ。

 まんまと手の平で転がされるのは癪だが、ここから抜けるにはそれしか道はない。

 

(結局は進むしかないなんて、まるで、あの時みたいだ)

 

 場違いな感情まで浮かんでくるのは何故だろうか。私はこの暗い中、小さなライトを頼りに進んでいくというシチュエーションを幼き日、そう、そんなある日の出来事と重ねてしまう。

 あの時は、結局どうなったんだったか。あの子は無事見つかったんだっけ。暗い、灯りの一つだってない、夜中の山中を歩いて探し回ったあの日の記憶。

 知り合いの女の子を探すために、たった一人で一つの懐中電灯を持って馬鹿みたいに歩き回り、山の中に投棄されていた一機のACの残骸……待てよ。本当にあれは残骸だったか?あの日俺は知らない男と出会った気がする。

 ……駄目だ思い出せない。いや、違う。思い出しちゃ『いけない』気がする。

 

 

 その私の思考を遮ったのは、一筋の光。青白く、それでいて少しばかり緑っぽいコジマ粒子特有の光。しかもあれは相当の濃度のものだ。どっちみち引き返してもしょうがない私は、進むしかないのだが。

 進んだ先は、中々に広いドーム状の部屋。ナニカの残骸が所々存在する以外は何にも異常はない。逆に言えば、その残骸だけは異常だ。弾痕はなく、焼き切られているような断面。細かい損傷は一切ない、ただ一撃で残骸へと変貌したという紛れもない証拠が揃っている。そして、こんな高火力の武装を使うためのエネルギーを供給できるのは、コジマ技術以外ない。つまり、これはネクストの仕業だろう。

 いざ満を持して部屋の中に入る。中には何もいない。この残骸の創造者らしき物体はなく、この不気味な空間があるだけ……いや、違った。微かだが四隅に一機ずつ動いている物体がある。あれは……ネクストだ。

 

 アリーヤタイプの見た目こそしているが、それらの形は異様なものだ。元々ケーブルに繋がっているのが普通なのだろうか、背中には大きな接続部がある。右腕は通常のものと比べ物にならないくらい長大なライフル。

 だが、何より私を驚かせたのは左腕のブレードだ。月光に似たデザインのブレードが、そのまま大きさだけ変わったような見た目で、当然のようにその威力は高いだろう。恐らく、このブレードこそがこの残骸を作った張本人だ。

 そんな4機のネクストだが、妙な点がある。それは、人間味が欠片ほどもないことだ。

 AMSを通して動かしてる割には、まるでコンピューターが動かしているかのようなわざとらしさがあるし、なによりこんなコジマ粒子の温床のような場所で敵を待つなんておかしい。食虫植物が別の食虫植物に食べられながら獲物を待つようなものだ。あり得ない。

 これで何が分かるかって?こいつらが遠隔操作されているか、高性能なAIを使った実験兵器って事だ。察するにレイレナードはこんなアホみたいなネクストを量産しようと企んでいるわけだ。

 面白い。レイレナードの連中には、量より質だって事を教えてやろう。

 

 

 

 

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

 

 

 

『ハァッ……ハァッ……終了……』

 

「みたいだな。初任務でこれだけやれれば上出来だ、真改」

 

 私と真改は、二人セットで遊撃部隊に任命された。任務内容は割とフリーで、適当に敵対陣営の工場やら倉庫やらを破壊して回ったり、ネクストを追いかけ回したりするのが主な目的だ。

 私としては願ったり叶ったりなもので、今までやらせることができなかった実戦を真改に経験させつつ、シャルルを探す事ができるのだ。

 だが、私としてはそうも言ってられない事柄がある。どうも、レイレナードの上層部とベルリオーズの動きがきな臭いのだ。今までもそうだったが、最近は特にこそこそと隠れて話していたり、目的不明の出撃が相次いでいたりする。

 

(一体、何をしようとしているんだ……)

 

 彼らがやろうとしていることは分からない。だけどそれは、「成功さえすれば」この戦争の行方どころか、この世界の未来さえ変えられるモノ。それに違いはないだろう。

 例えば、この空を覆い尽くす塵の排除だとか、コジマ粒子ジャマーだとか。そういったものだ。

 そんな風に考えている間に、大分時間が経ってしまったのだろうか。真改から通信が届く。

 

『……!アンジェ、敵機だ……!』

 

 レーダーを見れば、なるほど確かに敵反応が一つある。しかもそれは単騎。その速度から察するに、恐らくネクスト。

 

 《こちらは、オーメルのパルメットだ。貴様は我々の領内に侵入している。後ろを向いて離脱をしないようなら、容赦なく撃たせてもらう》

 

 ………やっと来たか。ここらのGAの戦力をあらかた片付けたというのに、いつまで経っても増援すらこないから、怖気づいたのかと思った。

 真改に初のネクスト戦をやらせようかとも思ったが、相手はパルメット。一応オリジナルのリンクスで、セロに次ぐAMS適性を持つとも言われている。少々荷が重いだろう。

 

「ふん、遅かったじゃないか。真改、よく見ていろ」

 

 相手はレーザー兵装主体だ。貫通力に優れているそれは、PAに防御の全てを懸けているアリーヤにとっては、まさに天敵とも呼べる武装といえる。

 連射力も高く、実弾兵器並とはいかないが火力もそこそこにはある。非常に強力だ。

 だが、それでも弱点はある。そこにつけこむ為に私がすべきなのは、そう前に出ることだ。

 

 《なるほど、引かない気か。ならばこちらも本気でいかせてもらう》

 

 交戦開始と共にパルメットはオリジナルらしい、お手本通りの引き撃ちをし始める。ピョコピョコと小刻みに小ジャンプをしながら、後ろに下がるというレイヴン御用達のスタイルは、何処かで習ったのだろうか。

 まぁ、そんな小細工などどうでもいい。私にとってそんなものは、羊を遮る柵にも縄張りを守る犬の鳴き声にも劣る。

 確かに強いレーザーライフルだが、それにも欠点はある。それを突くのがこの作戦。

 私がQBで近づけば、パルメットはそれを怖がって後方へQBをしつつ弾幕を張る。私は無理に避けず、致命傷にならないものは甘んじて受ける。

 

 この繰り返しである。だがその繰り返しこそが重要だ。

 レーザーはエネルギーを使う。そして、エネルギーの回復には時間がかかる。QBにもエネルギーは使う。つまり、私がじりじりと近づく毎にパルメットが使うQB分のエネルギー量は増加し、レーザーライフルに使う分のエネルギー量は減るのだ。そうなれば、左腕の実弾ライフル一本となったネクストなど怖くはない。

 逆に、回避の分のエネルギーを削ってもらっても構わない。そうなってくれれば、私は右腕の月光の名を冠する刀をもって切り捨てるだけだ。

 

 オルレアには、左腕に牽制用のマシンガンが装備してある。ミサイルの迎撃から、遠すぎる相手に対する射撃まで用途は広い。そして何より、連射力の高さによってPAを削る事に特化している事が特徴なのだ。そのため、大抵のリンクスはマシンガンの弾を被弾する事を嫌う。ワントリガーで喰らうダメージが他の武器とは大違いなのだ。

 だからこそ、私はそれを使う。マシンガンを相手の進行方向に向けて放つのだ。するとパルメットはこちらの思う通りの方向に進んでいくのだから、これ以上素晴らしい事はない。

 

 相手の回避方向を真後ろに限定し、それが決まった時、私はオルレアのOBを起動して一気に距離を詰める。最早勝負は決まったのだ。多少の犠牲は厭わない。コアだけ、私さえ無事であればオルレアは戦えるのだから。

 散布ミサイル……被弾しないから無視。ライフル……PAが守ってくれるから心配要らない。案の定、回避に忙しいらしくレーザーライフルの射撃頻度は高くない。

 自分で分かるほどにニヤリと笑ってしまった私は、それをやめようとは思わなかったし、しなかった。それくらい自分の技が決まるのは嬉しいものなのだ。

 

 迫る私のオルレアに対して、パルメットの回避は間に合わない。数秒と経たぬ間に距離は詰められ、見事なまでのブレードによる近接戦闘距離になってしまう。

 

 《速い……!くそっ!》

 

 パルメットは自身の両腕武装を放棄し、格納されていたのだろう小型ブレードで対抗してくる。が、彼の放棄、装備、攻撃の三動作より、私の起動、攻撃の二動作の方が速い。

 真横に振ったオルレアの手によって、パルメットは呆気なくこの世を去った。

 

「……オーメルのリンクスもこの程度か」

 

 私の脳に浮かんだ感想は、ただそれだけ。

 通信越しに真改が称賛の言葉を掛けてくるが、それすら無味なものに感じられるくらい、今の私の心は乾いていた。

 

「お前は……今何処にいる?このあおいろの空の下にいるのか?」

 

 私は、彼を殺さなくちゃいけない。……なんでだ?別に殺すことはないじゃないか。

 企業に言われたからでも、私が鴉殺しだからでもない。よく分からない理由で、私は彼を……シャルルを殺したがっている。

 

 なんでだろう。分からない。でも、私はやらなきゃいけない。可能性が……そう、この世界を壊す可能性があるもの全てを。




という訳で設定年を間違っていたり、書き直しまくったりで散々でした。
ACE COMBAT7が出るんだから、ARMORED CORE6も出るよね!ね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

糸遣い

left alive楽しみすぎて今から辛い!


 量というものが恐ろしいと知ったのは、レイヴンとして七回目の依頼を受けた時だ。

 その時私は、他の兵器と比べ物にならない位の力を持った、アーマードコアに乗っている自分を過信していた。ある意味で言えば、その兵器の力に酔っていた。

 だけどその任務で思い知った。私は驕っていただけなのだと。

 

 弱いと思っていたMTの群れ、戦車大隊、ヘリ部隊が山ほど増援として出現したのだ。弾薬は底を尽き、残った一本のブレードだけで命を繋ぐのだ。

 当然、そんな事が続けられる筈もなく、じわじわとAPが減らされていき、もう死ぬのかと自分で自分に問いかけていたその時だ。オーエンが私の前に現れたのは。

 彼は広範囲攻撃兵装……グレネードランチャーやバズーカで敵を吹き飛ばし、助け出してくれたのだ。彼はその時から上位ランカーであり、私からすれば、担当のオペレーターが同じとはいえ、雲の上のような存在であった。そんな私を彼は、どういう風の吹き回しかしらないが依頼のパートナーとして度々選ぶようになり、仕事上だけの仲とはいえ、互いに信頼するようになっていった。

 

 だが、今この場にそんな最強のレイヴンだった彼はいない。私と相棒のロレーヌでこいつらを倒さねばならない。

 無人機といえどネクストはネクストだ。PAはあるし、機動力もそこそこにはあるだろう。量より質とは言ったが、4機を相手にするのは中々に骨が折れる作業だろう。

 

「兎に角、まずは一機叩き潰すか」

 

 一対多数戦において最も重要なのは、全ての敵を一度に倒すことではなく、いかに相手の頭数を減らしていけるかなのだ。

 だから私は本気でかかる。月光を構え、地面を蹴り、ブースターから火を吹かして突撃する。ライフルを構える敵機だが、その長砲身は接近戦ではかえって不利になる。取り回しが悪い事が原因で、近距離が狙えないのだ。

 周りの他の機体は旋回が追い付いていないようで、こちらに砲身を向けてすらいない。

 

「もらった!」

 

 紫の光を放ち、無人ネクストに斬りかかる……が、すぐに方向転換し、離脱する。

 駄目だ。あれは。

 ライフルをもっていない方の腕。つまりは左腕。敵機のそれには、なんと大型のブレードが装備されていたのだ。余りに大型だったので、初めはシールドか何かだと思っていたのだが、接近して分かった。あれはレーザーブレードだと。

 私が接近した時、あれは微かだが光った。それは、光の反射等では決してない。ブレードが起動するときの刀身を造り出す時の光だ。

 

 急ぎ後方へ下がった私は、すぐに自分の直感に感謝することになった。

 無人ネクストの左腕の兵装から、月光の刀身がまるでナイフに見えてしまうほど、恐ろしい程に巨大な刀身が現れたのだ。それはまさに大剣というべき代物で、生半可な装甲はチーズ……いや、バターのように溶かし斬ってしまうだろう。

 だからといって、射撃戦に向いていないこの機体では、4機相手にブレード無しで挑むのは無理だ。

 

「厳しいが、やるしかない、か」

 

 QBを多用して、4機のネクストからの射撃を回避する。あの長砲身のライフルは、俗に言うコジマライフル。コジマ粒子を圧縮し放つ超兵器。既にアクアビット社は実用化に成功していると聞いた事はあるが、まさか同盟先に提供しているとは思わなかった。

 あれの火力は桁違いで、その気になればクィーンズランスすら一撃で吹き飛ばせるという話だ。そんなものを喰らえば、いくらネクストでも耐えられる訳が無い。

 一撃でも喰らえば、死を意味する。だからこそ、あの4機の自律ネクストは恐ろしいのだ。通常のネクストと同じレベルの武装であったなら、どんなに楽だっただろうか。多少の被弾を気にせず斬り伏せたというのに、こんな超火力相手ではそんなの到底不可能だ。

 再び迫り来る敵弾を辛うじて避け、コジマライフルだけでも先にやるべきだと判断した。あれだけの重装備である。恐らく腕の可動範囲には制限がある筈だ。だとすれば、コジマライフルだけなら斬る事は可能だろう。

 

「とりあえずやってみよう。それで無理なら、その時はその時だ」

 

 次に撃ってきたのは、真後ろの奴だった。屈むことでそれを避けると、立ち上がる時の反動を活かして勢いよく地を蹴り跳躍する。

 機体をローリングさせて他の敵機のも回避するが、そのうち1発が右背中を掠る。掠っただけでその場所にあったスタビライザーが跡形もなく溶け、それの威力が今一度理解出来た。やはりあれを直撃させられる訳にはいけない。

 

「まずは一つ!」

 

 ローリングを続けたまま敵ネクストに肉薄し、それの頭上で回転斬りをお見舞いしてやった。案の定可動域が狭いらしいその腕では、真上にブレードを振ることは不可能らしい。

 ライフリングを手巻き寿司の作成工程のように真っ二つにされた敵ネクストは、いつ暴発するか分からないそれを躊躇なくパージして放棄。AI(恐らくは)だからこそできる素早い判断は、流石と言わざるを得ない。普通人間であれば、一瞬でも躊躇してしまい、それが命取りになるのだから。

 だが、敵ネクストに接近してしまったことに変わりはない。あいつにはブレードがあるのだから、危険な事に変わりはないのだから。しかしこれはチャンスでもある。

 今から数瞬の間だけ私は、あいつの背中を取れている事になる。そして他の敵機は、誤射を恐れ攻撃をしてこないタイミングでもある。今やらずして何時やる。ブレードを再び展開しながらQTを行い、その勢いのままスラスターに一突きする。見事に刀身は相手の背中から頭部まで貫通し、無人ネクストをたった一撃で機能停止にまで追い込んだ。

 

 QTを使ってこないのか?

 

 そんな疑問が浮かんだが、それを考える暇は与えられなかった。私が至近距離にいたために他の3機は攻撃をしてこなかったのだが、味方機の反応が消滅しただろうその瞬間、何の躊躇いもなく撃ってくる。

 

「こいつらっ」

 

 当たり前と言えば当たり前だが、それにしたって腹が立つのに変わりはない。機械ならではの動きや思考はもちろんだが、何よりムカつくのはアレの見た目がアリーヤそっくりな事だ。大方ベルリオーズを模倣しているか、自社ネクストベースかなんかだろうが、それにしてもあの見た目で、あのブレードは、彼女……アンジェに対する冒涜に他ならない。

 動きは3流以下。やる事もだ。考えることも。全てが3流以下のAI風情が、アンジェの真似をする。それが戦闘データによるものによってだとしても、私はソレを許せない。

 

「いちいちムカつくんだよっ!所々アンジェに似た動きしやがって!」

 

 腹が立った私は、身体への負担を忘れて連続でQBを行った。合計5回に及ぶソレは、対Gスーツでも吸収しきれない程のGを生み出した。そして、それと同時に2機目のネクストの真横を取ることができた。

 真横に振った月光の光によって、敵ネクストは腰から上と下で分断されてしまった。当然通常であれば、それで撃破判定がCPU内でされる事で、貴重なリンクスを生かすためにもネクストは機能を停止する。だがそれは、通常のネクストであれば、だ。

 

「……っ!こいつ、まだ動くのか」

 

 真っ二つにしたはずのネクストの頭部は、まだ光っている。睨むように私を見つめ、まるで自我があるかのようにゆっくりと軋む右手を持ち上げる。

 慌てた私は、そいつの頭部に月光を突き刺す。接触するかしないか分からない位の所で、そのヘッドパーツの装甲はドロドロに溶け、私を睨んでいたその目は消え失せる。気味が悪いほどに人間地味た視線は消え失せたが、それでもソレは動き続ける。

 まるでゾンビの様なそれからは、執念のようなものが感じられる。丁度、人形遣いが糸で操るような、それに近いものを感じられる。勝手に動いているように見えるのに、本当は人の手が加えられている。

 ネクストの形を保っていたものは、コアである胴体を破壊する事でようやく動かなくなった。ACのコアというのは、ジェネレーター等が搭載され、パイロットもそこに入っているという意味の心臓部としてのコアであった。だが、あれに関しては違うと断言できる。あれのコアは文字通りの心臓なのだ。

 ますます人間らしいそれを私は、なお一層の事忌々しいものを見る目で見つめた。彼らはやはり、仲間が「死んだ」と判断すると銃口をこちらに向ける。

 

「いくら人間に近づいても機械は機械というわけか」

 

 

 私は再び狭いこの空間を壁を蹴り、残骸を蹴り、時折QBを吹かす事で縦横無尽に飛び回った。いい案がないだろうかと探っていたのだ。だが、その時間は思ったよりも短くしないといけないらしかった。

 どうも、あいつらのライフルが強力すぎて、この施設が先に壊れそうなのだ。流石のPAでも物理で機体が押しつぶされるのは避けられない。それに、私の活動限界もあと半分程しかない。あいつらを倒すのに時間をかけ過ぎたのだ。

 しかし観察した甲斐があったというもので、彼らに対する必勝法にも似たものを思いつく事ができた。まぁ、それをやらせてもらえるかどうかは全くの未知数なわけなのだが、それをやらなきゃ帰れないわけで、それをどうにかして実行するしか道はないのだから死ぬ気でどうにかするしかない。

 

 必要なのはタイミングを読む力。そしてほんの少しの勇気。

 

 両方ないとできないが、私にはそれを用意するだけの力と言葉がある。子供の時から使っている、何もない心から勇気を作り出す言葉。たった三人だけが知っている合言葉。

 

「前を向かぬ者に勝利はない」

 

 そう呟けば、やっぱり、いつもと同じように力が漲ってくる。結局心の奥底にはあった怖いという気持ちは消え失せる。

 勇気を胸に秘めたまま私は、AMSでロレーヌにQBをするよう伝え、自分自身でもペダルでQBの動作を行う。いつになく私の動きに合わせてくれる相棒は、目の前の人形たちを相手にかなりの自信を持っているようだった。その証拠に、いつものじゃじゃ馬気質は若干落ち着いている。

 相手のネクストに向けた真正面からの突撃行為。まさに自殺行為なそれは、通常であれば誰しもが恐れる危険な行いだ。いつもは喰らうダメージと与えるダメージのトレードで勝てるからやっているが、今回は先に喰らった方が負けるのだからやるつもりはなかった。だが、早く終わらせるのに不可欠だったのだから仕方あるまい。

 航空機でいうところのヨー旋回を行い、敵機の弾すれすれを飛んだときには、ロレーヌのPAが一瞬で溶かされたばかりか、装甲が少々剥離するなどのダメージがあった。掠っただけでこれである。

 

「だが、これでチェックだ」

 

 一発撃てばあのコジマライフルはチャージが必要になり、そこそこの時間を要する。高火力の代償はそういった部分で償うものなのだ。

 両方が撃ってしまえばこちらのもの。片方に張り付き、後ろから首を左手で掴んで逃がさないようにし、もう一機の方へと向きを変える。そいつが撃ってこない事を確認した瞬間に、私は今度はOBを使って掴んでいるネクストごともう一機のソレに体当たりを仕掛ける。

 避けようともしないそれに真正面からぶち当たった私は、ロレーヌと二機の敵機のPAが互いに干渉し合う事で起こる耳障りな音を聞きながら、更に前に前にとロレーヌに伝え続ける。そしてこの数の兵器がいるには少々手狭な部屋の壁にぶつかり、その行進が止まったその時、私は再び月光を鞘から抜くのだ。

 

「お前らは、もう、動くなよ」

 

 

 背中に月光本体を当て、刀を差し込む。一機を貫通して余りある程の大きさの刀身は、もう一機すら簡単に溶かしてみせた。

 さっきまで苦戦していた相手が、呆気なく死に絶える。戦闘というのはそういうものだ。

 

 

 

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

 

 

「成程、確かにリンクスだ」

 

「あのアンジェがご執心なのも頷ける」

 

 モニターで今までの戦闘の様子を見ていたやつらが、口々に感想を言う。レイレナードの最新鋭兵装を搭載した無人ネクスト四機が撃破されたというのに、あいつらは不平不満や口惜しみを言うどころか、気味が悪い位に機嫌がいい。

 この高官達の機嫌がいいのは、大抵ベルリオーズやアンジェが良い戦果を挙げた時だったり、あの計画に進展が見られた時だけだというのに。

 

(気持ち悪い……まぁ、いつも通りと言えばそれまでだが)

 

 俺は口に出せない分まで心の中で悪態を吐きまくり、一通り言い終わった後、機械のAMS接続をオフにして席を立った。

 すると目敏い1人が話を中断させ、俺の方に注目を集めさせた。

 

「テルミドール、彼はどうだったかね?それと()()の感想も聞きたいのだが」

 

 気づかれた事に関する苛立ちと面倒な事を聞かれた苛立ちで、我慢できなくなった俺はわざと大きめの舌打ちをして、やつら全員を威圧するが、そんなものを意に介さず彼らは俺の言葉を待つ。

 そうまでされてしまえば、流石に何も言わない訳にはいかなくなる。

 

「あいつは、間違いなく化け物だ。こう言うのもなんだが……体感的にアンジェやベルリオーズと同等か、それ以上だ。計画に支障をきたすかもしれん」

 

「機体はどうだったかね?個人的には、プロトタイプネクストの量産化をイメージしたのだが」

 

「あれはダメだな……ロジックを変えた方がいいだろう。機動力が足りなさ過ぎる。俺個人からすれば、AMS無しでのCPU機動も、直接乗らない遠隔操作も微妙だ。ダイレクトに情報が届かない」

 

「なるほど」

 

 どれも素直な感想だったのは確かだ。別にここで嘘を言う理由はないし、今後自分が利用する可能性がある兵器が強いに越したことはない。

 ハッキリ言ってAIが動かすにはAMSは複雑すぎるのだ。現在のレイレナードの技術力では、AMSを騙せるだけのロジックは組めないし、そもそもAIの性能が足りないためにネクストの長所を最大限利用した戦闘行動はできないだろう。

 いくら一撃で戦況を変えられる兵器があっても、それが敵に当たらなければ意味は無い。事実、GAの粗製は簡単に撃破できたが、シャルルのロレーヌに対しては至近弾を撃つのが精一杯だ。

 更にいえばフレンドリーファイア防止ロジックも必要ないだろう。あれを利用された戦術をとられたのだから、意味が無いと分かったものは外すべきだ。そもそもデータリンクを使えば、そういった混戦状態でもフレンドリーファイアの可能性は限りなく低くなるのだから。

 

「我が社のリンクスはこう言っているが……同盟先の意見は聞いておきたい。ジョニー研究主任、どうお考えでしょう」

 

 レイレナードのネクスト研究者の1人がそう言うと、人混みの中から異様な雰囲気を纏っている白衣の男が現れる。

 顔つきや肌の色は東洋人に近く、それでいて欧米人らしさのある瞳やほりの深さから東洋と欧米のハーフであると推測できる。だが、その風貌は中々奇怪だった。若干猫背の姿勢はまだいい。眼鏡をしているというのに、片側だけレンズが入っていなかったり、身長に対してかなり腕が長いのだ。

 その奇怪な風貌の持ち主も、アクアビット社のエンブレムが付けられた白衣を着ていると「あぁ、なるほど」となるのだからあの会社はおそろしい。

 

「まず、新型の自律及び遠隔操作式ネクストですが、まぁ実験段階としては上出来なところでしょう。あとは彼の指摘した通り、機動性とロジックの改良をすれば実用範囲内に収まるかと」

 

 その界隈の人間の間では名がしれているのか、ジョニーがそういうと周囲から感嘆の声があがる。そういえば、アクアビット社の研究主任だとか言っていた。かなり高い位置の人間なのか、ジョニーの言葉を周囲の人々は一言一句聞き逃さないように耳を澄ませている。

 少しの間話は自律ネクストの事で持ちきりだったが、やがて相対したアナトリアのリンクス、シャルルの話に移った。

 

「彼は私の想像以上でした。失礼ながら、レイレナードのリンクスのデータを拝見させて頂きました結果、“シャルル”に勝てる確率は、ベルリオーズで42%アンジェで59%でした」

 

 そこまで言って、ジョニーは話を区切った。するとソワソワしながら一人の研究員がこう質問した。

 

「ベルリオーズよりアンジェの方が高い理由は?」

 

 最もな疑問だった。正式記録からもわかる通り、ベルリオーズの方が一対一での戦績は良いしミッション成功率も頭一つ抜けている。だとしたら何故アンジェの方が勝率が高いのか。

 

「問題は戦闘スタイルなのです。彼の戦い方を見ましたね?映像記録も見ましたよね?あれは非常に恐ろしい戦闘スタイルなのです。まさに、肉を切らせて骨を断つという諺通りの」

 

「ベルリオーズは相性が悪い、と?」

 

「残念ながらそうなるでしょう。しかも、彼は私の想像を超えていたと言ったでしょう。この分だと両名共にあと数%程勝率は低くなっていても可笑しくはない……しかもこれから時間が経つ程彼は成長してしまう」

 

 そしてジョニーは、周りをぐるりと見回してから俺の方をじろりと見た。まるで全て分かっていると言わんばかりに見つめ、それから気味が悪い笑みを浮かべて俺たちに……いや、俺にこう言い放った。

 

「彼、取り込むにしろ殺すにしろ、早くしないと手遅れになりますよ?あなた方にとっても、あなたにとってもそれは都合が悪いのではないですか?」

 

 その言葉は、俺の脳内に妙な程に残った。焼き付くようにそれは頭にこびりつき、根拠がない筈の言葉なのにも関わらず強い説得力があったのだ。




そろそろAC4も終盤ですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白い嵐

ランキングに乗るって、大事なんだなって再確認しました


 あの依頼から数日経ったが、未だにシャルルはアンジェの動きを掴めてはいなかった。というのもあの基地のコンピューターを使ってはみたが、彼女を見つけるのに有益な情報は一切見つからなかったのが大きい。

 だが、もしもその時情報を得ていたとしても、シャルルはアンジェを見つける事ができたかどうかはかなり怪しい。何故なら、レイレナードはシャルルからアンジェを隠し、アンジェがアナトリアに突撃をしないようにするため、独立機動部隊などという上辺だけの組織をわざわざ作り、各地を転々とさせながら()()()ネクストを討伐させていた。

 その甲斐あって、双方ともにお互いを捕まえる事はできなくなっていた。

 

 しかし、それこそが企業にとっては行うべきではなかった失策だった。だがそれが分かるのは、まだ少し……いや、当分先になる。

 

 

 

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

 

【オーエン】

 

 

 数日前から妙にシャルルは不機嫌だった。いや、不機嫌というよりも苛立っていた。エミールやフィオナは訳が分からないといった表情だったが、それも無理はない。彼と戦場を共にした数人しかその理由は知らないのだから。

 彼は十二分に力を付けた。俺だってシャルルと一騎討ちをして安定して勝てるかと言われて、はい勝てますとは言えないのが現状だ。それ位に強くなった彼では、そこらのリンクスではもう満足できないのだろう。だからこそシャルルはアンジェとの再戦を望んでいた。

 自分の機体よりも短い稼働限界を持つ彼は、元から雑魚敵を破壊しまくるような作戦には向いていない。そういった意味で依頼が回ってきにくいのも相まってかなり退屈している事だろう。最近ではシミュレータールームに籠りっぱなしになっている姿を度々目撃されており、健康状態が心配されている。

 

 だが、俺にはそんな彼をフォローしてやる時間が全くなかった。ひっきりなしに届く依頼、完全にしておきたい自機、そもそも会いに行けない輸送機内での生活。何もかにもが悪い方向に向かっている気がしてならない。

 それに、忘れてはいけないのが自分の身体だ。

 

「ガフッ」

 

 今日三度目の吐血をした俺は、予め用意しておいたタオルで口元を拭い、水で漱ぐ。最近、左半身が妙に気怠く脳の命令を受け付けない。ああしろこうしろと考えても上手く動かせないのだ。戦闘に支障が出ると心配してみれば、それを打ち消すように症状は綺麗さっぱりなくなった。()()()()()()()()()()()()()

 明らかにAMSによる負担とコジマ汚染のせいだろうが、だからといって俺は戦場に出るのを辞めるわけにはいかない。助けてくれたフィオナへの恩返しをしたいし、それをするためにはまずアナトリアを救う必要がある。だからせめて、依頼がバンバン入ってくるこの戦争終結までは、俺はこの身体を使って戦場に立ち続けなきゃいけないんだ。それが死を招くものだとしても。

 

「フィオナ、今日の依頼は?」

 

 俺のこの通信と共に、今日も楽しい傭兵ライフが始まる。

 確か、今日はGAからの依頼で、内容はメアリー・シェリーというBFFの女スナイパーリンクスとその乗機プロメシュースの撃破だったはずだ。オリジナルのリンクスという事、そしてBFFの兵器開発方針を決める程の実力者だ。楽しみ、というわけではないが、そこそこに腕が立つ相手は遊んでいて退屈しない。

 

『BFFのコジマ施設『スフィア』を防衛するサイレントアバランチの撃破だそうです』

 

「?……メアリー・シェリーはどうなった。あれが最優先じゃなかったのか」

 

 自由に動き回って艦隊を沈めまくるネクスト戦力と一つのコジマ施設を防衛するサイレントアバランチの撃破。どちらが優先されるかといえば勿論前者で、同時期に出した依頼ながらもGAは先にメアリー・シェリーの討伐を望んでいた。

 

『……GAからの報告によると無断出撃をしたリンクス、ローディーが、激しい戦闘の末撃破したそうです』

 

「そうか、ローディーは勝ったのか」

 

 あの夜戦闘した三人は、それぞれ俺がベルリオーズに、シャルルがアンジェに、クレイトン……ローディーがメアリーにそれぞれ撃破された。そのうちシャルルは再戦を望み、ローディーは勝ったと聞けば、俺がベルリオーズに負けるわけにはいかなくなった。

 という事で、今回の任務で死ねない理由がまた1つ増えた。

 我ながら馬鹿みたいな話だが、そうでもしなければモチベーションが上がらないというのが本音だった。

 

 サイレントアバランチは、GAから提供されたデータによれば、長距離狙撃用のスナイパーキャノンに加え、電子戦に有利なECMを装備しているとの事だ。一機分のECMであれば大した事はないが、部隊単位で装備しているとなれば話は別だ。

 何も装備していなかった左背中に、オーメル製のレーダーを装備して対策を施す。機体負荷は上昇するが、敵を見つけられずに嬲り殺しにされるよりもよっぽどいい。

 武装はいつものマシンガンとショットガン。そして右背中の散布ミサイル。格納武装には小型ブレードと近距離に特化した装備になっているが、情報上でのサイレントアバランチを撃破するにはもってこいの装備でもある。

 大抵狙撃機体というのは、接近されないうちに敵を倒すという事を主眼においているので、1度近づいてしまえば相手のターンは二度と来ないのが基本だ。

 

(近づきさえすれば……か。まるであいつだな)

 

 同じ事をブレードでやっているシャルルを思い浮かべ、俺はニヤケ顔になった。レイヴンの時は真逆とも言える戦闘スタイルだった2人は、今では殆ど同じ運用をネクストでしている。

 

 

 

 30分後、旧国連軍南極基地の上空にて私は輸送機から落とされた。サイレントアバランチの予想ポイントから考えて、対空迎撃をされないギリギリがこの場所だった。

 仕方ないと言えば仕方ないが、狙撃されるリスクを考えるともう少し奥……可能なら真上で降ろして欲しかったのは言うまでもない。

 それに加えて現地のECM濃度は俺の想像を遥かに超えるほど高く、背中にレーダーを担いでいるというのに、

 それに加えて現地のECM濃度は俺の想像を遥かに超えるほど高く、レーダーを装備しているにも関わらず、ノイズが幾つも入り込んだ不明瞭な情報しか入ってこない。

 見つけるのに骨が折れそうだと感じた私の読みは的中し、敵機の視認ができないまま、ただひたすら敵の狙撃を勘と反射で避けるのが精一杯だった。

 それでも少しづつ前進していたというのに、フィオナからの通信でその前進まで止めることとなる。

 

『敵の増援を確認しました……これは、ネクスト!?それも2機、気をつけて!』

 

 遥か後方から現れた二つの緑色の光は、確かにネクストを表すものだった。そして拡大して見えたそれは、間違いなくBFF社製のフレームで構成されたネクストであり、俺自身が崩壊させた旧BFFの残党として戦うリンクス達であった。

 自身の所属する企業が崩壊し、それでもなお戦う彼らの事が全く俺は理解できなかった。負ける方にわざわざつく必要はないのだから。メアリー・シェリーも斃れた今、BFFにいる必要性は限りなくゼロだ。であれば、同じ陣営のレイレナードかアクアビット、もしくは機密情報を持ったままGAやオーメルに逃げ込むのもいいだろう。

 だが彼らはそれをしない。しないにはしないなりの理由があるはずだ。俺たちが国家解体戦争の時に企業側につかなかったのと同じように。彼らには彼らのやり方が、企業の歯車には歯車なりの意地があるのだろう。そしてその二人にあったのは

 

 《あれがアナトリアのリンクス……ジーン!》

 

 《分かってる姉さん。あいつは殺す。リリウムのために……》

 

 俺に対する憎悪だった。

 BFFの中枢を攻撃した時の犠牲者はさぞ多かったことだろうし、その中に彼らの親族がいても可笑しくは無い筈。勿論、これが戦争である以上はある程度の死者が出るのは何ら変な事ではない。だが同時にそれで人が人を憎むのも等しくおかしい事ではない。

 俺は彼らから「たいせつなもの」を奪った。彼らは俺を憎み、殺そうとする。ただそれだけだ。

 

 サイレントアバランチからの長距離攻撃は避ける。ネクスト二機からの致命傷は喰らわないようにする。この二つを実行できればまだ望みはある。気持ちを入れ替え、グレイゴーストにも喝を入れる。

 

(諦めるなよ……お前が諦めたら俺はおしまいなんだからさ)

 

 神経を研ぎ澄まし、勘と運を頼りにEN残量を意識して回避運動を行い、常に包囲されないような立ち回りを意識する。とはいえ、ネクスト2機と10機以上のサイレントアバランチと交戦している時点で、既に半包囲ないし完全包囲をされているようなものだ。今更そんなことを気にしている自分に対して苦笑いを浮かべ、さっさとネクストを片付けようと決め、試しに牽制射撃を撃ってみる事にした。

 俺が挑発気味に後衛のヘリックスⅡにマシンガンを数発撃てば、彼は面白いぐらいに反応してくれた。彼が背中に担いでいるのは、アクアビット製重コジマ兵器。通称コジマキャノンであった。これは絶大な威力を発揮する代わりにチャージ時間が存在し、PAに使用しているコジマ粒子を活用するためにチャージ中はPAが薄くなる。しかも一発喰らえば誘爆を防ぐためにチャージは自動で止まる。それを狙った牽制であったはずだった。

 

 《このっ……舐めやがってぇ!》

 

 ヘリックスⅡとフィオナが呼んでいた四脚は、私に向かって一直線に進んできた。冷静な判断力と高い戦況分析能力があると言われる彼は、今や復讐に憑りつかれその長所を打ち消していた。

 両腕に持っているスナイパーライフルが証明する通り、彼の機体は後衛向きの射撃機体だ。そんな彼が接近戦で狙うとすれば、勿論その右肩にあるコジマキャノンの一撃必殺だろう。

 そんな事を分かりきっている俺は、わざと撃たせるためにも接近戦を仕掛けるふりをして前進し、奴のPAを削ぐためにも最大限チャージをさせる。

 わざとそうさせられている事に気が付かない彼は、余程怒りに身を任せているように見える。

 

 《ジーン、出過ぎよ!ジーン!》

 

 前衛を担当していた姉よりも前に出た彼は、彼女の諭しも聞かずに私に襲い掛かってくる。冷静さの欠けた攻撃など恐れるほどのものでもなく、直情的な射撃は、相手の得物がスナイパーライフルという事も相まって、銃口の向いている方向をしっかり見極めれば非常に避けやすかった。

 ちょこまかと動きかく乱する私に苛立ったのだろう。ヘリックスⅡは更に距離を詰めた。そして同時に、コジマキャノンが一際大きく光りチャージ完了を告げた。

 

 《死ねよ》

 

 ただ一言、冷たく言い放つと同時にコジマキャノンが放たれる。目に悪い緑色の粒子が塊となって俺の方に一直線に、猛スピードで近づいていく。そう、()()()に。レーザーライフルやレールガンのような弾速の速いものでさえ、ネクストは射撃を目視してから回避が可能だ。であれば、コジマキャノンのような弾速の遅いものが、たとえ近距離から放たれたとはいえ避けられないはずはない。

 横にQBを行い、ただそれだけで凶悪なコジマ砲弾を回避した俺は、お返しとばかりにマシンガンを放ちながら接近をする。ユージンは今更ながら出過ぎた事に気が付いて、慌てて弾幕を張ろうとする。が、元からリロード時間が遅いスナイパーライフルでは、目と鼻の先の相手を迎撃するには少々厳しいだろう。

 そのままショットガンの距離まで持ち込みたかったが、それを許さない者がいた。ヘリックスⅠに乗るフランシスカだった。

 

 《危ない!っきゃあ!》

 

 《姉さん!》

 

 プラズマキャノンを放ちながらヘリックスⅡに割り込んできた姉は、プラズマ弾で迎撃しきれなかった散布ミサイルとショットガンをもろに喰らい、PAを全て削られてしまい、更に少しばかり本体にもダメージを負ってしまった。

 不意打ちの如く放たれたプラズマキャノンを辛うじて避けた俺は、一機を墜とすチャンスを失って舌打ちをする。対してユージンは、姉が自分を庇ったのが精神的に効いたのだろう。いつもの冷静さを取り戻していた。これで尚更攻めるチャンスを掴み難くなったという事だ。

 面倒ごとが増えていくのを感じ、苛立つが、そこで俺は妙な事に気がつく。

 

(サイレントアバランチからの砲撃が止んだ?)

 

 ヘリックスⅡがコジマキャノンを放った時から、サイレントアバランチからの遠距離攻撃が止まっていた。最初は誤射を恐れての事だとも思ったが、ある程度距離を取られた今、彼らが撃たない理由はないはずだ。だとすれば、撃たない理由は別にあるはず。

 そう思っていた矢先、フィオナが驚きの声を上げる。

 

『もう一機別のネクスト反応です!……これはっ、ホワイトグリント……ジョシュアです!』

 

 3時の方向から向かって来たのは、純白のネクスト。見間違えるはずもないそれは、確かにジョシュア・オブライエンの機体で、彼がこの戦場に来た事を示していた。

 

 《ホワイトグリント、ジョシュア・オブライエンだ。加勢する……余計なお世話だったか?》

 

「何を今更。サイレントアバランチはお前が片付けたんだろうに」

 

 《バレてたか》

 

「助かったよ。ありがとう」

 

 《ふ……ならよかった。お前が死ぬとフィオナが悲しむ》

 

 にやりと笑うジョシュアの顔が容易に想像できて、彼が助けに来てくれた事が素直にうれしかった。友が来てくれた事に歓喜と安心感を得た俺は、横やりが入る心配がいらなくなった事もあり臆せずヘリックスⅠに突撃した。

 ヘリックスⅡがそれに反応し、スナイパーライフルで俺を狙おうとするが、ホワイトグリントが放つレーザーキャノンの至近弾が届いた事で前衛への援護を封じられる。一対二でネクストを叩くのには前衛後衛の分け方は最適だったが、二対二での戦闘では役割を分担しているのがかえってマイナスになったのだ。

 ジョシュアが来てくれた事で前衛のみを安心して潰せるので、散布ミサイルで相手のロックを奪いながら前進するという戦法が楽に使えるようになった。

 

「さて、ここから先は手加減なしだ!」

 

 手始めにマシンガンをワンマガジン分叩き込み、的確に当てることでPAを剥がす。そうしたら右武装は散布ミサイルに切り替え、更に機体を跳躍させて雨のようにそれを降らす。

 ミサイルが機体に到達するのが見えた瞬間に飛び込み、OBを使って高速でヘリックスⅠの右横を通りすぎる。横切る瞬間に左手のショットガンを撃ち、装甲を削り取る。この作業を繰り返し行う。

 致命傷を狙うことは難しいが、その代わりに確実に相手を弱らせる攻撃だ。リスクなく勝つのにはこれが1番だった。

 

 とはいえ、さっさと終わらせたいのが本心だった。

 

 3回目の突撃でとうとうミサイルの残弾が0になったため、必要なくなったパーツを投棄する。軽くなった事を利用して、今度はすれ違いざまの射撃ではなく、相手に張り付くために接近を試みる。

 急降下して近づいてくる俺は、ショットガンをヘリックスⅠの足下に撃って移動を阻害する。

 せめともの抵抗としてかプラズマキャノンを撃ってくるが、どこに向かってくるか分かる弾ほど怖いものはない。プラズマによって発生する電波妨害を微塵も気にすることなく紙一重で回避し、距離を詰める。

 ブレードを展開していない俺は、どうにかして重たい一撃を加えたいと思っていたのだが、ショットガンやマシンガンではさすがに一撃が軽すぎた。だからこそ、こんな馬鹿げたことをしたのだろう。

 

 降下する時の速度はそのままに、グレイゴーストの脚部でヘリックスⅠの頭部を蹴った。どこぞのライダーキックよろしく蹴ったために、ヘリックスⅠの頭部はものの見事に破壊され、そのまま俺は彼女の背後をとる形に移れた。

 QTで急旋回を行い、あとは細かくブーストとジャンプを組み合わせた移動で背中を取り続ける。そうなってしまったが最後、マシンガンとショットガンの瞬間火力に押しつぶされたヘリックスⅠは10秒とかからずに沈黙した。

 

 《ジーン……逃げ、て。勝てない……お願い、生きて》

 

 最後の言葉は弱弱しかったが、それでもはっきりと聞こえるあたり意識は保っているだろう。だが、この極寒の中だ。ネクストに穴が開きコックピットが外気に晒されている今、彼女はコジマ汚染と共に凍死の危険にあった。

 死ぬのは時間の問題であった。

 

 《姉さん!……くそっ!》

 

 姉が撃破されたのを確認し、再び怒りに支配されたユージンは、しかしジョシュアに右脚をブレードで斬られ移動不能に陥る。

 

 《くそっ、くそっ!》

 

 悪態を吐きながらスナイパーライフルとスナイパーキャノンをひたすら撃つが、スラスターによる微かな旋回のみで狙う事などできるはずもなく、そのまま駆け付けた俺のショットガンとジョシュアのレーザーキャノンが直撃してヘリックスⅡは撃破された。

 単純に戦闘不能域に陥り、機体のパイロット保護装置の作動によって機能停止したヘリックスⅠとは違い、ヘリックスⅡはコックピットをレーザーで撃ち抜かれており、生体反応はなかった。

 また、ヘリックスⅠに搭乗しているフランシスカは敵であり、生きていたとしても助ける義理はない。

 

『ねぇ、オーエン。彼女を助けてあげられないかしら』

 

 ユージンを確実に殺したジョシュアや、助ける義理も考えもなかった俺と違って、フィオナは優しかった。思えば、俺達が生きているのも元はこういったフィオナの言動からだったのだろう。

 今見ているフランシスカは、言ってしまえば過去の自分だった。追い込まれ死に絶えようとしているその時、助けてくれたのはフィオナ。彼女は元から博愛精神に溢れた天使のような人間だったのだ。

 そんなフィオナに言われてしまえば、俺はフランシスカを助けないわけにはいかなかった。グレイゴーストを撃破したヘリックスⅠに近づけ、半壊したコックピットをこじ開ける。すると破損したパーツの破片で傷つき、外気と吹雪で凍えているフランシスカの姿があった。

 

「早く、殺して……だって、結局、そうする……のでしょう?」

 

 恐怖からか、それとも寒さからか。彼女は震える声でそう言った。俺はネクストのコックピットを開け、彼女に向かって首を横に振った。そして、ジョシュアに手伝ってもらいながら彼女をグレイゴーストのコックピット内に入れ、輸送機との合流ポイントへと急いだ。

 

 彼女はフィオナによって助けられた。




なんか、地味な戦闘シーンになってしまって申し訳ない

もっと戦闘描写上手くならなきゃなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。