兜甲児も勇者である (ほろろぎ)
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第1話 夢想神託編-1

虚無らないようがんばります


 鷲尾須美(わしお すみ)の目の前に広がる光景は、まさしく地獄であった。

 

 家屋、ショッピングセンター、飲食店……様々なコンクリート造りの建築物が密集し、高層ビルディングがそれらより抜きんでて林のような様を形成している。

 コンクリートジャングルと形容されたこの地は、かつて旧世紀の時代に繁栄の中枢であった『東京』と呼ばれた街だ。

 通りには、須美の時代とは比較にならないほどの大勢の人々が歩き、車道では車が渋滞を起している。

 なんてことのない一幕。平穏という言葉で表せるこの穏やかな昼下がりを乱すように、人々の間を流れる風が急に荒れ始めた。

 

「雲行きが怪しいぞ。ン、なんだあれ?」

 

 サラリーマンであろう中年の男性が、空を見上げ呟いた。

 視線の先に広がる青空の中にただ一点、黒い(にじ)みのようなものが浮かんでいる。

 雨雲などでは無い。雨雲は灰色だが、その滲みはあまりにも黒すぎた。

 それは空を破いて、その先に広がる暗黒の宇宙を表出させたかのように感じられる。

 男性の呟きが聞こえたのか、周囲を歩いていた人たちも足を止め空に視線を向けた。

 滲みは空の青を侵食するように広がっていく。

 その大きさが100メートルにも達しようかという頃には、雷鳴のような不安を感じさせる音までも響きだした。

 やがて滲みは、中心部から音だけでなく放電にも似た光を放ち始める。

 その光の中に浮かぶ影が巨大な人間の姿をしていることに人々が気づくのと、彼らが巨人の放つ雷光に飲まれたのは同じタイミングであった。

 雷光は地上の人々に触れると爆発を起こし、人間だけでなく近くの自動車や建物をまとめて吹き飛ばした。

 ダイナマイトの非では無い大爆発は、建造物も人体も区別なしにバラバラに引き裂く。

 それだけにとどまらず、爆風で飛散した構造物は流星のように四方へ散らばると、爆心地から離れていた人々をも押しつぶし二次被害をもたらした。

 巨人は飛行しながらさらに雷光を地上へ向けて放つと、いたるところで爆発が起き、逃げる間もなく人々を巻き込んでいく。

 方々から上がった火の手は瞬く間に広がり、地上を飲み込んで灼熱の海と化した。

 炎の中でもがく人たちは叫び声も上げられず、焼きつくされて命絶えていく。

 炙られたアスファルトと人肉の臭いが混ざり合い辺りを包み込んでいった。

 

「やめてー!!」

 

 須美は叫んだ。それが意味のないことだと知りながら、叫ばずにはいられなかった。

 巨人の姿は荒々しく、手足には鋭い爪をもち、頭部はいく本もの角が生え、耳まで裂けた口から牙が覗いている。

 背中からは大きな赤い翼が生え、その様は須美に、旧世紀よりもっと古い時代に書かれた聖なる書物に出てくる『悪魔』を想起させた。

 巨人は須美の存在そのものに気づいていないように、街を、人を、破壊し殺戮していった。

 神の如き力を振るい、虫けらのように躊躇なく人命を奪っていくその様は、まさしく荒ぶる魔神である。

 

『グオオオオオオオオオ!!』

 

 巨人が吼えた。魔神の咆哮は大地を揺らし、全てを破壊の光の中へと飲み込んでいく。

 鳥も、犬も、植物も、無機物も、生きる人も、死んだ人も。

 そうして須美の意識も光の中へと消えていった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「きゃあああ!」

 

 悲鳴と共に、鷲尾須美は自室の布団から飛び起きた。

 心臓が早鐘をうつように高鳴っている。息苦しく、ハァハァと肩で息をする。

 額にはうっすらと汗が浮かび、寝間着も体にかいた汗で肌に張り付き不快感を生じさせていた。

 

 目を閉じ額の汗をぬぐうと、須美は深く深くため息を吐いた。

 今日で何日目になるだろうか……、彼女はこの破滅の光景を毎夜夢に見続けているのだ。

 厄介なことに、迫真のリアリティをもって目の前に広がるそれは、あたかも自身が現実に体験しているものとして感ぜられる始末である。

 12歳の少女としてはずいぶんと大人びた精神をもっている須美ではあったが、さすがに連夜続く悪夢の光景にはウンザリさせられていた。

 時計を見る。まだ早朝の6時であるが、いつもの彼女からすればこれでも遅く起きた方だ。

 布団から出ると、裏庭に行く。

 そこで井戸水を被り体を清めるのが、少女が目覚めてから朝一番に行う日課である。

 その後は近くの神社へ参り、祈りをささげた後は帰宅。

 そして、自身と両親の3人分の朝食を作る。

 和食に対し強いこだわりを持つ須美は、朝は洋食派の両親に我慢ならず、自ら腕を振るうことでその趣向を和食サイドへと洗脳……もとい調教……鞍替えさせることに成功した。

 鷲尾家は使用人を雇っているのだが、そこで使用人任せにせず自分の力でことを成そうとするのが須美という人間を表していると言えるだろう。

 

「おや、須美。どうしたんだい?」

 

 須美が朝食をテーブルに並べている時、父親が何かに気づいたように言った。

 視線の先、配膳している彼女の指には絆創膏が巻かれている。

 

「ちょっと、包丁で切ってしまって」

 

 何ごとにおいても慎重な須美にしては珍しいミスである。

 両親には心配されたが、大したことはないとなだめた。

 やはり連日の悪夢によって寝不足になっているようだ。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 食事を終えた須美は、ランドセルを背負うと登校を始めた。

 神樹館小学校の6年1組が彼女の教室だ。

 この世界を支えている神樹の名を冠するこの学校は格式高く、通っている子供たちも皆良家の子息に息女である。

 警備員に挨拶をして校門をくぐる。

 同じように教室でも、先に登校していたクラスメイトたちに挨拶をすると、みんなも元気よく返してくれた。

 ただ1人、須美の左隣りの席の乃木園子(のぎ そのこ)だけは、夢の中に旅立っていて返事がない。

 なにやら楽しい夢を見ているのか、園子は笑顔を浮かべながら寝息を立てている。

 

「乃木さん。乃木さん、起きて」

 

 須美は園子の肩を軽くたたいた。

 快眠を邪魔するのは気が引けたが、このまま学活まで放置して先生に怒られるのを見るのも忍びないという判断からだ。

 園子がゆっくりと瞼を開ける。

 

「うぅ~ん……おはよう、お母さん」

 

「ここは学校よ。そして私はお母さんじゃありません」

 

「あぁ、ゴメンね。スミスケ~」

 

 のほほんとした調子で園子が言う。

 『スミスケ』とは園子が須美につけたあだ名だが、どうにも間の抜けた感のあるこのあだ名を須美は承服しかねていた。

 

「乃木さん、その『スミスケ』っていうの、何とかならないかしら?」

 

「『シオスミ』の方がよかった? それとも『ワッシーナ』とか~?」

 

「いえ、そういうことではなく……」

 

 別に園子は嫌がらせでこのようなことをしている訳では無い。

 彼女は人にあだ名をつけるのが好きなだけなのだ。

 そこに悪意が無いだけに、須美はハッキリと「あだ名はやめて」と言えずにいる。

 そんなやり取りをしている間に、担任教師の安芸(あき)が教室に入って来た。

 須美は速やかに自分の席に着く。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 安芸がそう言った直後、廊下を全力疾走して教室に飛び込んでくる影があった。

 園子と同じく須美が苦手としている珍しい人間、三ノ輪銀(みのわ ぎん)である。

 

「はざーっす! 間に合ったー!」

 

「間に合ってませんよ、三ノ輪さん」

 

 安芸が出席簿でコツンと軽く銀の頭を叩くと、教室中から笑い声が上がった。

 須美から見て、明朗快活を地で行く銀はクラスメイトとしては好ましい人間ではあったが、園子共々大切なお役目についている身としては心配な気持ちにさせられることがある。

 今日のように遅刻することが頻繁にあることや、時たまカバンの中に教科書一切を忘れてくるような所が、須美に不真面目な印象を与えているのだ。

 銀は須美の右隣りの席に座ると、空のカバンを見つめ頭を抱えていた。

 

「ゴメン、鷲尾さん。教科書見せてくれない?」

 

 拝むように両手を合わせて頼んでくる。

 

「いいけど、さすがにカバンの中になにも入っていないのはどうかと思うわ」

 

「返す言葉も無い」

 

 銀は頭をかきながら苦笑する。

 このやりとりも1度や2度のことではないので、須美の対応も慣れたものだ。

 それにしても、よりによって苦手とする女子2人と席が隣り合わせになるとは……これもお役目のための一環として先生が配置したのだろうか?

 須美には何となく、それよりも遙かに上に位置する何者かの意志を感じずにはいられなかった。

 

「それじゃあ、日直の人は号令を」

 

 安芸先生の言葉を受け、日直が号令をかける。

 

「起立、礼、拝」

 

「神樹様のおかげで今日の私たちがあります」

 

 生徒たちはみんな揃って神樹のある方角に手を合わせると、感謝の言葉を述べた。

 この世界を支えてくれている神樹を信仰することは、子供の頃から基本教育として子供たちに教えられていることである。

 国語や算数などの通常の科目よりも道徳の授業を重んじ、神道という新しい科目が授業に加わったのもこの時代──神世紀──を象徴するできごとの1つだろう。

 こうして今日も授業が始まる。いつもと同じ、日常が始まる。

 鷲尾須美はこのなんでもない平穏な日々が好きだった。いつまでも続けばいいと思っていた。

 だが、その想いは届かなかった。

 

 もうじき、戦いが始まる。




銀ちゃんの席が原作と違うのはワザとです
3人隣同士なのいいよね…


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第2話 夢想神託編-2

 遙かな旧世紀の昔、その都市にある丘が『海の道』と呼ばれていたことを鷲尾須美は知らない。

 その呼び名から数世紀の後、丘の上において繰り広げられている光景は、異なるいくつかの人種を巻き込んで起きた世界戦争である。

 

 神世紀の時代においてはすでに過去の存在として、歴史の書物に記されるのみとなった『軍隊』というものが激突するその様は、凄惨の一言であった。

 人間が銃や剣を持ち、同じ人間を撃ち、あるいは刺し貫く。

 躯となり倒れ伏した人間の死体を踏みつけて、その進行は止まらない。

 歩兵の後ろからは戦車やヘリコプター、戦闘機が飛び交い、空で対する相手の機体に、あるいは地上を走り回る人間にその凶器を向ける。

 地上ではいたる所で爆音と悲鳴が飛び交い、1つの巨大な狂想曲を奏でていた。

 そんな、最終決戦を思わせる人類最後の大戦争のただ中にそれ(・・)は現れた。

 赤い蝙蝠の羽根を持ち、逆立つ角をもった大いなる魔神……。

 魔神は空に浮かぶ巨大な竜巻の中からその身を覗かせている。

 地上の人間たちはそれに気づくことなく争いを続けていた。

 争うことを止めない人間の愚かさを見た神の怒りか、魔神の体を中心に巨大な閃光が走る。

 光が地上に達すると、そこから大気圏を貫くほどの巨大な爆発が起きた。

 爆発は人種間に関係なく、そこに存在するあらゆる人間、兵器を飲み込んで光の粒子へと変換していった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「わ……さん……」

 

 どこかから声が聞こえる。

 

「……しお……。……鷲尾さん……!」

 

「はうあっ!?」

 

 鷲尾須美は、普段の自分からは考えられない頓狂な声を上げて目覚めた。

 一瞬前後不覚になったが、今いるのが自室では無く、神樹館小学校6年1組の教室にある自分の椅子の上だと気付いたのはすぐだった。

 顔を上げると、須美を起こした担任教師の安芸の姿と、書きかけの黒板の文字が目に入る。

 羞恥のため須美の顔は耳まで真っ赤になった。

 普段から他人にはルールを守ることを徹底して言い聞かせてきたのに、当の自分が学校で……それも授業中に眠ってしまうとは。

 しかし、意外にも周囲からは笑い声など上がらず、逆に心配しているような、驚いたような視線を生徒たちは向けていた。

 それもそうだろう、あの優等生の鷲尾須美が授業中にもかかわらず眠りこけてしまうなど、翌日の学校新聞の1面トップを飾れるだろう大ニュースである。

 その後授業は再開され、気合を入れた須美も再び眠りに入ることは無く、つつがなく放課後を迎えた。

 

「それにしても、意外だよな~」

 

 授業も終わり帰り支度をしていた時、須美の隣の席から三ノ輪銀が声をかけてきた。

 

「? 何がかしら、三ノ輪さん」

 

「いやぁ。鷲尾さんでも授業中に寝ることってあるんだな~と思って」

 

 銀は笑顔を浮かべながら言った。その言葉にバカにしているような色は無い。

 純粋に、意外な物を見たという楽しさからの言葉だった。

 

「一生の不覚だわ。忘れてくれると嬉しいんだけど」

 

 須美は再び赤面しながら言う。

 

「忘れるのは難しいな。寝顔ばっちり写メったし」

 

「消してー! 消しなさい!」

 

「あはは、冗談。冗談だって」

 

 スマホを奪おうとする須美とそれを阻止する銀。

 2人の側に、乃木園子がやってきて話に加わる。

 

「ねえねえ~、スミスケ寝てる時苦しそうだったけど、どんな夢見てたの?」

 

「あまり思い出したくない話ね」

 

 ウンザリとした須美の表情を見た園子は、気にはなったがそれ以上深く追及することはなかった。

 が、その代理人といった風にやって来た担任の安芸が、須美に今まで見てきた夢のことについて尋ねてきた。

 

「鷲尾さんは最近あまり元気がないようでしたからね。ただの寝不足とは言っても、深刻な事態になる前に何とかしておいた方がいいと思うの」

 

「そ、そんな大げさな……」

 

 須美の言葉に、安芸は至極真面目な様子で答える。

 

「あら、睡眠はとても大切よ。寝る子は育つと昔から言うでしょう? あなた達も、今みたいな歳ごろから成長が止まってしまっては困るでしょ?」

 

 そう言って少女たちを順々に見つめる。

 確かに須美も安芸も体の一部が、主に胸部のあたりが抜群に発達している。

 特に須美のような若さでそこまでの豊満っぷりは、驚異的なレベルであると言えるだろう。

 銀は自身のそれと須美たちのモノを見比べて、非常に残念な気持ちになった。

 彼女達と比べれば格段にボリューム不足に見える園子の部分も、同年代の小学生女児と比べてれば平均サイズと言える。

 しかし銀の胸のサイズは平均値をいささか下回っていた。

 そんな銀に残された希望は今後の成長というただ1点だろう。

 

「そういう点で言えば、鷲尾さんにはもう成長の必要性は無いな」

 

 確信をもってひとりごちる銀に、周囲は頭の上にはてなマークを浮かべた。

 ごほん、と咳払いをし安芸は話を戻す。

 

「それにね、直観だけど私には、鷲尾さんの夢はただの夢以上の意味があると思うの」

 

 何だか意味深な発言をする担任教師を疑問に思いながら、須美は今まで自身を悩ませている悪夢について語りだした。

 

「街を破壊する大きな悪魔、ねぇ……」

 

 安芸は顎に手を当てて須美の話を反芻する。

 

「ゲームとか、テレビの影響が夢に出てるんじゃない?」

 

「私はゲームはしないし、そんな怖い番組も見てないわね」

 

 銀の言葉を否定する須美。

 

「さっきの授業の時も、その夢を見てたの?」

 

 と園子。

 

「いいえ、あの時見たのは戦争の夢だったわ。髪が金色だったり肌が浅黒かったから日本人じゃない……旧世紀に生きていたという外国の、異人同士の戦争だった。それも何か国もの国々の争いよ」

 

「戦争って人間同士で殺し合いをやってたんだよね~、怖いな~」

 

「その夢にも悪魔は出てきたの?」

 

「はい。丘の上の空に竜巻に紛れて現れた悪魔は、爆発を起こして地上で争っていた両軍をまとめて吹き飛ばしました」

 

「丘の上での世界戦争ねぇ……」

 

 安芸は腕を組んで目をつむり、頭の中の記憶から何かの情報を引き出そうとしているようだった。

 ひと時の間を置いて再び口を開く。

 

「一つ、その夢に思い当たる話があるわ」

 

「何ですか、それ?」

 

 少女たちは身を乗り出して安芸の答えを待つ。

 

「旧世紀に……今から800年も前になるかしら……その頃に書かれた予言書に、鷲尾さんの見た夢と似た記述があるの」

 

「800年前……!?」

 

「その書物にはこのようなことが書かれていたの。『1999年7の月、メギドの丘にて天空より大いなる魔王来たれり。恐怖によってすべてを支配するために』」

 

 1999年とは旧世紀の暦であり、神世紀のこの時代からさかのぼること300年以上も前の時代となる。

 

「何でスミスケがそんな昔のお話と同じ夢を見てるのかな~?」

 

「あなたたち3人は、お役目を果たすために選ばれた『勇者』です。けれど鷲尾さんに限っては、勇者であると同時に『巫女』としての素質もあったの」

 

 勇者とは神樹様とこの世界を守護するための非常に重要な存在である。

 このことは3人の少女たちは、両親や四国を陰から支えてきた大赦の職員である安芸から何度となく伝えられてきたが、須美に巫女の力があるというのは当人も含めて今初めて聞かされたことである。

 

「巫女とは神樹様と交信し、そのお告げを聞くことのできる存在。そして巫女と勇者の両方の性質をもつ者を、私たち大赦では『救世主』と呼んでいます」

 

「何それカッコいい!」

 

「スゴイねスミスケ~!」

 

 銀と園子は瞳を輝かせて須美を見る。

 

「私に巫女の力があるということは、今まで見た夢も神樹様からのお告げとうことなのでしょうか?」

 

 須美は照れくさそうにしながらも、2人にどう対応していいか分からないといった様子で安芸に尋ねた。

 

「そうかもしれないわね。ただ、どういった意味なのかまでは分からないけれど……」

 

「『外』から来る奴が、その悪魔だとか?」

 

 銀が思いついたことを言う。

 殺人ウイルスに包まれた四国を覆う結界の向こう側から、この世界を殺しに来るモノ。それを『バーテックス』と呼称する。

 

「過去の資料で、バーテックスにその様なタイプのものは確認されていないから、違うと思うわ」

 

 安芸が答えた。

 

「お告げがみんな怖い夢ってのが不安になるよね~」

 

 園子は心配そうな顔で言った。

 その不安を打ち消すように、須美が言葉を発する。

 

「大丈夫よ乃木さん、夢は怖いものだけじゃないわ」

 

 笑顔を浮かべ続ける。

 

「夢の中にはもう1体、岩の巨人が出てくるの。でも、その巨人はいつも優しい瞳で私に手を差し伸べてくれる……巨人の姿を見ると、不思議と安心感が湧いてくるの」

 

「「「「岩の巨人?」」」

 

 園子たちは同時に呟いた。

 

「巨人の名は『ぜっと』。彼がきっと、私たちの助けになってくれるわ」

 

 何故かは分からないが、須美は確信をもって巨人──『ぜっと』で表せられる何か──が自分たち人類の味方をしてくれる存在だと思えるのだった。

 

 時間は過ぎて夜、就寝時間となった須美は自室の布団にもぐりこむ。

 

「やっぱり、今夜もあの夢を見るのよね……」

 

 溜息を吐く。いくら夢とはいっても、見たくないものは見たくないのだ。

 

「神樹様、どうか1日も早く悪夢を見なくなりますようにお助け下さい」

 

 須美は悪夢の終わりが早急に来てくれることを神樹に願い床に就いた。



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第3話 勇者邂逅編-1

第3話 勇者邂逅編-1

 

 

「やってしまったあああああ!!」

 

 鷲尾須美は小学校までの通学路を全力疾走しながら、思わず叫んでしまった。

 昨夜は神樹様への祈りも届かず悪夢を見た上に、この日はとうとう今までの睡眠不足が祟って深く眠りすぎていた。

 おかげで、起床したのはすでに朝の8時30分を大きく回っていたところだった。

 慌てて制服に着替えた須美はカバンの中に教科書と筆記用具を詰め込むと、朝食もとらずに家を飛び出た。

 しかしいくら急いでも時すでに遅し、遅刻は必至な状況である。

 須美の小学校生活の6年間において、学校に遅刻するといった事態は初めてのことであった。

 両親は日ごろの疲れが出たのだろうと彼女を休ませようとしたのだが、体調が悪い訳でもないのに休むのは須美のプライドが許さなかった。

 

「おーい! 鷲尾さーん!」

 

 学校まであと少しの所で、後ろから須美に声をかけてくる人物が現れた。

 神樹館小学校遅刻率ナンバー1を誇る少女、三ノ輪銀である。

 

「おはよう、鷲尾さん」

「おはようございます、三ノ輪さん」

 

 2人の少女は並走しながら挨拶を交わす。

 

「鷲尾さんがいるってことは、もしかして今日はセーフ!?」

「残念ながらアウトよ」

「ですよね~」

 

 ガッカリと肩を落とす銀。

 しかしすぐさま顔を上げると、ニッコリと笑顔で言葉を続ける。

 

「授業中の居眠りに続いてとうとう遅刻を果たすとは、アタシの中での鷲尾さんへの親近感は昨日からうなぎ上りだよ」

「そんなことで親しみを覚えないでほしいのだけど……」

 

 苦笑を浮かべる須美。

 2人は速度を落とさずやっと校門へ到着した。

 

「おはようございます」

 

 そろって校門の前に立つ警備員に声をかけるが、返答が無い。

 警備員は無視している訳では無く、少女たちの声が聞こえていないかのように微動だにしない。

 いや、声が聞こえないどころか一切の反応が無い。警備員はまるで石の様に硬直している。

 

「警備員さん……?」

 

 銀が体を揺さぶるが、まるで地面に固定されているように微動だにしない。

 体はおろか、衣服さえも。

 

「……まさか……!」

 

 須美の呟きを聞いた銀は同時に気がついた。

 これが大人たちから伝えられてきた、来るべき日であることを。

 2人の少女は大急ぎで校舎に入ると、自分たちの教室に向かう。

 教室の中の生徒たちも、警備員同様にまるでオブジェのごとく固まっていた。

 そんな中で、机の上で伏せって眠っている様子の乃木園子の下に駆け寄ると、肩をゆすり声をかける。

 

「乃木さん! 乃木さん、起きて!」

「園子! おい園子! 寝てる場合じゃないぞ!」

「う~ん……」

 

 園子は目を擦りながら上体を起すと、周囲の異変に気付いたようでハッとした表情を浮かべた。

 

「な~んだ、夢かぁ~」

「「夢じゃない!!」」

 

 のほほんとした園子に突っ込みを入れる須美と銀。

 その瞬間、地鳴りと共に強烈な閃光が教室を貫いた。

 眩しさから顔を庇う3人の少女たち。

 光が止み、目を開けた時には周囲の状況は一変していた。

 須美たちは教室ではなく、四国全土を覆う結界と化した神樹の巨大な根の上にいた。

 少女たち以外に生き物の姿は無く、また校舎などの建物も全てが消失している。

 それはバーテックスの攻撃から人類を守るために、神樹が自らの結界の中に取り込んだからだ。

 

「2人とも、あれ!」

 

 園子が大橋の方を指差す。

 そこには結界の外から現れた、巨大な異形の物体が空中を進んでくるところだった。

 目測で数10メートルの大きさがあるそれは、液体を固めて形作られたような姿をしている。

 

「バーテックス……本当に来たんだ」

「あれを私たちが止めるんだね」

「お役目を果たしましょう」

 

 敵──水瓶座の名を冠するアクエリアス・バーテックス──の姿を見とめた3人は、頷きあうと制服のポケットからスマートフォンを取り出し

 

天地(あめつち)に 来ゆらかすは さゆらかす……」

 

 祝詞を唱えスマホのアプリを起動する。

 すると少女たちの体は光に包まれ、その身にまとう衣が制服のそれから戦いのための装束へと変貌した。

 手には弓、槍、斧と、それぞれの武器をたずさえている。

 彼女たちこそがこの世界を守るために戦う唯一の存在、『勇者』なのである。

 

「バーテックスの襲来が早まったせいで訓練もしてないけど……」

「出たとこ勝負でやるっきゃないっしょ!」

 

 不安げな須美とは対照的な銀は、言うが早いかアクエリアス・バーテックスに向かって飛び掛かっていく。

 

「おりゃあああ!!」

 

 銀が身の丈ほどもある斧を勢い任せに敵に向かって振り下ろすと、ガラスの砕けるような感触と共にバーテックスの体の一部が砕けた。

 

「やたっ!」

 

 しかし喜びは束の間、砕けたアクエリアスの体はすぐさま修復されてしまう。

 驚愕する銀。

 

「攻撃が通じないの……!?」

「もっと強い力じゃないとダメなんだよ。皆で一斉に攻撃しよう!」

 

 狼狽する須美に声をかける園子。

 1つ所に揃う勇者たちを見計らったかのように、アクエリアスは体内から高圧縮した水流をビームのように放射してきた。

 

「!!」

 

 水流が当たる直前、園子は槍を変形させ傘のような防御シールドを展開する。

 

「きゃあああああ!?」

 

 直撃はまぬがれたが、水流の勢いは凄まじく3人の勇者はまとめて吹き飛ばされてしまった。

 

「2人とも、大丈夫!?」

 

 起き上がった須美が2人に声をかける。返事はないが、どうやら無事な様子だ。

 アクエリアスを見ると、その正面に渦を巻くように液体が集まっている。

 先ほどのビーム上の水流攻撃を再び行おうとしているのだろう。

 

「させないわ!」

 

 須美は矢をつがえると、素早くバーテックスに向かって撃ちだした。

 矢を受けたアクエリアスは体にヒビを入れながらも水流を発射する。

 水流は二又にわかれ、園子と銀に向かっていく。

 2人は槍で、または斧を楯として水流の攻撃を防ぐ。

 

「乃木さん! 三ノ輪さん!」

「こっちはいいから~!」

「今の内にやっつけろー!」

 

 2人の声を聞いた須美は、矢に先ほどよりも強く力を込める。

 花弁を思わせるゲージが満タンになった瞬間に放たれた矢は、しかしアクエリアスより射出された第3の水流によってあえなく撃ち落されてしまった。

 水流のビームはそのまま威力を落とすことなく、須美に向かって突き進んでいく。

 

「「鷲尾さん!!」」

 

 銀と園子が叫ぶ。

 助けに行きたくとも、2人は高圧力の水流に押されないようその場に踏み止まっているのが精一杯だった。

 

(あ、これはダメかも……)

 

 須美は心の中で死を覚悟し目を閉じた。

 だが、時が経っても衝撃も痛みも襲ってくることはない。

 代わりに感じるのは、自分の体が宙を飛んでいる感覚。

 目を開けると、須美は何者かにその身を抱かれていることが分かった。

 須美の体を抱えているのは、西洋のものとおぼしき甲冑を全身にを装着した謎の人物である。

 

「大丈夫かい? 怪我は無かった?」

 

 バーテックスから距離をとり着地した甲冑の人物は、須美を地面に降ろすとそう問いかけてきた。

 

「あ……は、はい」

 

 須美は混乱していた。何者なのだこの人物は?

 結界の中に入れるのは勇者となった少女たち3人だけだと安芸先生からは聞かされている。

 

(まさか、4人目の勇者?)

 

 だがそれもおかしい。勇者に選ばれるのは無垢なる少女だけなのだ。

 対して鎧の人物の体格は大人のそれだ。おまけに先ほど聞こえた声は男性のものである。

 

「君はここにいて」

 

 須美が答えを得る前に、甲冑の男はバーテックスに向かって駆けて行った。

 慌てて須美も後を追う。銀と園子は未だアクエリアスの攻撃を受けている最中なのだ。2人を助けなければ。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 甲冑の男は雄叫びと共にアクエリアスに飛び掛かると、そのスピードに乗せて強烈なパンチを見舞う。

 ただの1発だが、それだけでアクエリアスの体の3分の1が砕け吹き飛んでしまった。

 凄まじい威力に3人の勇者は驚愕に目を見開く。

 ダメージを受けたアクエリアスは、銀たちに放っていた水流を止めた。

 

「2人とも、大丈夫!?」

 

 追いついた須美が声をかける。

 

「うん、こっちは平気~」

「それよりあれ誰!?」

 

 銀たちも謎の人物の乱入に困惑しているようだった。

 甲冑の男は再び地を蹴り上空に飛び上がると、先ほどと同様に拳をくり出す。

 アクエリアスの体は同様に殴り飛ばされ、その身を構成していた3つの水球のうち2つが砕け散り、残りは1つとなっている。

 甲冑の男はとどめとばかりにさらにもう一撃くり出そうとしたが、アクエリアスが最後の抵抗をするように辺り構わず水流を乱射しはじめた。

 水流に邪魔された甲冑の男は地面から動くことができない。

 その隙にアクエリアスは、ヨロヨロと不安定な飛行で結界の外へと出ていってしまった。

 

「あ……逃げた……?」

 

 須美がつぶやく。

 4人の影は去っていくバーテックスを見送っていた。

 

「やったね、スミスケ! ミノさん!」

 

「アタシたちが勝ったんだー!!」

 

 初戦で敵を撃退できた喜びに沸く園子と銀。

 どうやら少女たちの初めての戦いは終わったようだ。

 一先ずの所は……。



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第4話 勇者邂逅編-2

 事前に大赦から聞かされていた期日よりも早く到来したバーテックスではあったが、どうにかこれを撃退することに成功した。

 ただし、それを成したのが神樹様に選ばれた3人の勇者たちではなく、突如現れた謎の甲冑を纏った人物の手によるものなのが問題だ。

 須美たちはお役目を終えた喜びに浸るのもそこそこに、甲冑の人物に視線を向ける。

 西洋のものと思しきその鎧は濃いブルーのカラーリングで統一され、全身をくまなく包み込んでおり肌が露出している部分は一切ない。

 しかしその体格と聞こえてきた声からして、鎧をまとっているのは成人の男性であることがうかがえる。

 一体何者なのだろうか? 3人の少女は同様の疑問を胸に抱いていた。

 ともあれ命を救われたのだ、まずはやるべきことがあるだろう。

 

「あの~、私たちを助けてくれた……んですよね……?」

「ありがとうございました」

 

 園子と銀は甲冑の人物に近づくと感謝の言葉を伝えた。

 今まで背を向けてバーテックスの去って行った方角を眺めていた鎧の男は、そこで初めて少女たちの方へ振り向く。

 胸に着けられているプレート状の赤い装飾が目に鮮やかだ。

 ふいに須美の脳裏に、夢の中に出てくる巨大な悪魔の姿がよぎった。

 悪魔のまとうささくれ立った黒い鎧と、目の前の人物がまとうコバルトブルーの鎧が非常に似通って彼女には感じられた。

 悪魔と鎧の男の姿が重なって見える。

 

「2人とも、その人から離れて!」

 

 瞬間、須美は甲冑の人物に対して弓を構えていた。

 

(まさか、この人があの悪魔なの……!?)

 

 須美の中で急激に、鎧の男に対する警戒心が膨れ上がった。

 

「ま、待って! 俺は君たちの敵じゃない!」

 

 鎧の男は慌てて声を発した。

 さらに両手を頭上に上げて、自分は無抵抗であることをアピールする。

 しかし須美が弓を降ろすそぶりはない。4人の間に緊張が走る。

 その時、地響きと共に結界内部に花吹雪が舞い、それが視界を埋め尽くした次の瞬間4人は元の世界へと戻されていた。

 ただしそこは神樹館小学校の教室ではなく、瀬戸大橋のたもとに設けられている祠の前である。

 結界から出ると共に須美たちの衣装も、元の制服へと自動的に戻っていた。当然ながら武器の弓も消失している。

 甲冑の人物は安心したかのように、ふうと息を吐くと胸をなでおろした。

 もしもの時の攻撃手段を失った須美は、警戒のまなざしだけは変わらずに向けている。

 さらに銀と園子の手を取ると、鎧の男から距離を取るようにジリジリと後ずさりを始めた。

 

「あ、そうか。こんな恰好じゃ怯えても仕方ないよな……。ちょっと待って」

 

 鎧の男はそう言うと、頭を持ち上げるように顔の横に手を添えた。

 しかし兜を脱ごうとしているのではないようだ。

 

「えっと、こうかな……?」

 

 鎧の男がそう呟くと、その身を覆う甲冑が脚先から外れていく。

 外れた鎧はガシャガシャと音をたてながら収納され、それらのパーツはどういう原理か、全て頭部の鎧の中に入っていった。

 さらに残された頭部アーマーはググーンと伸縮し、元の3倍ほどのサイズに巨大化したではないか。

 鎧を脱いだ謎の人物は、最後に残された頭部パーツをおろしてその全身をあらわにする。

 いかつい鎧の下から現れたのは筋肉質の大男などではなく、以外にも線の細いスマートな青年であった。

 風になびいているかのように後ろに逆立った黒髪と、特徴的なもみあげが印象的である。

 

「わぁ~、イケメンさんだ~」

 

 園子が呑気な声色で言った。

 

「男の人だったんだ」

 

 銀も、改めて驚いた風に言う。

 そんな中で須美は、吸い寄せられるように男の瞳を見つめていた。

 それは夢の中に現れる岩の巨人と同じ、どこか哀しみに満ちた憂いと、奥底に秘めた力強さを感じさせる瞳である。

 

「……ぜっと……?」

 

 須美は無意識にその単語を口にしていた。

 

「! 君、どうしてその名を……!?」

 

 男は『ぜっと』という言葉を聞いて驚きの声を上げる。

 須美の答えを聞く前に、4人の前に1台の自動車が横付けされた。

 ドアを開けて出てきたのは、少女たちの担任である安芸先生だ。

 

「先生、何でここに?」

 

 銀がたずねる。

 

「あなたたちの戦いが終わったと大赦から連絡を受けたの。お役目御苦労さま」

 

 安芸は少女たちを(ねぎら)うように、微笑みながら声をかけた。

 そして男の方に視線を向け

 

「私の生徒たちを助けていただいて、ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる。その態度に男は恐縮しているようだった。

 

「色々聞きたいこともあるけれど、まずは病院に行きましょう。大きな怪我は無いみたいだけど、一応検査はしておいた方がいいわ。あなたも、ついて来てください」

 

 安芸はそう言って、4人を車にひき入れる。

 そのまま自動車を走らせ、近くの病院へ向かった。

 病院は大赦の関係者によって運営されているため、通常の怪我の治療のほかにも、バーテックスによって負わされた霊的ダメージを癒すこともできる設備を整えているのだ。

 病院についてから1時間後、設けられた1室で5人は再び顔を合わせる。

 幸いバーテックスと戦った4人、特に少女たちには大した怪我もなく、擦り傷程度だったので消毒して包帯を巻くくらいのことで済んだ。

 

「まずはお互い名乗っておきましょうか」

 

 席に着いた安芸が最初に言葉を発した。

 女性陣は順々に自分の名前を男に告げる。

 次いで男が口を開いたのだが、のっけから衝撃的な言葉が飛び出てきた。

 

「俺の名は、兜甲児(かぶと こうじ)と言います。1992年の日本から来ました。……信じてもらえますか?」

「それって旧世紀の!?」

 

 銀が驚きと共に言った。

 1992年は神世紀298年の今から300年以上過去の時代である。

 にわかには信じがたいが確かに甲児の服装は、歴史の教科書で見た過去の年代のものと同じ古めかしい雰囲気がある。

 

「一体、どうやってそんな昔からこの時代に?」

「それは、この『Z(ぜっと)』の力を使ったんです」

 

 安芸の質問に、甲児は甲冑の頭部を指し答えた。

 夢の中の巨人と同じ名を冠する鎧……。

 

「Zとは一体なんなんですか?」

 

 須美の質問を甲児はさえぎる。

 

「その前に、俺は君たちのことを知りたい。俺は君たちを助けるためにあの怪物と戦ったが……それが正しい選択だったのか」

 

 その言葉が須美を激怒させた。

 

「じゃああなたは、私たちを助けたのが間違いだと言うんですか!?」

 

 バンッ!と机を叩くと、須美は立ち上がって叫ぶ。

 

「い、いや違う。そうじゃなくて……」

 

 甲児はその態度にオロオロとしだした。

 

「私はずっと悪夢の中で、Zが助けに来てくれることを待っていた! なのにそれが間違いだったと!?」

 

 少女の目に涙が溜まってくる。あ、これはマズい……と誰もが思った。

 

「誤解だよ!」

 

 涙腺が決壊しようかという時、甲児は立ち上がると須美の両肩を掴みそう叫んだ。

 少女の瞳をまっすぐに見つめ言葉を続ける。

 

「俺は君たちを救うことで、俺自身が救われたんだ。君たちを助けことに後悔はない。けれど、これからの俺の……いや、Zの戦いは人類を救うための戦いでなければならないんだ」

 

 甲児の瞳を見据える須美は、その眼に宿る光が巨人のそれと同じであることを改めて思った。

 

(悲しい光……。この眼……明るく強さをもった眼なのに、その底のところで悲しみの火が燃えている……そんな眼だわ……)

 

 甲児のひとにらみで冷静になったのか、須美は大人しく椅子に座り直す。

 

「ごめんなさい、取り乱してしまいました」

「いや、こっちこそまぎらわしいことを言ってゴメン。さっきの俺の言葉の意味は、あの戦いの事情についてだよ。何しろ俺は……今の世界について何も知らない」

 

 甲児は4人の女性たちに視線を向ける。

 

「戦いは一方から見ただけでは何もわからない。そのことは過去の戦争の歴史が教えている。この国がどういう国なのかをまず知りたい……同じく敵はどんな相手なのかを」

 

 代表して安芸が口を開いた。

 

「まず、今は新世紀298年……あなたのいた時代から300年以上経っていることは……」

「ここにたどり着いてから会った人たちに聞いて知っています」

「現在この世界は、私たちの住んでいるここ四国以外壊滅状態にあります。それは旧世紀の終わりに、この地球全土に強力な殺人ウイルスが蔓延した影響」

「ウイルス?」

「ウイルスから人類を守るため、土着の神々はその身を一つにし神樹様となりました。そして四国を結界でおおうことで、私たちは生き延びることができた」

 

 安芸は言葉を続ける。

 

「しかし、ウイルスの海からさらなる脅威が生まれた。それが、あなたも戦ったあの怪物……世界を殺すためにやって来る敵、バーテックスです。バーテックスが神樹様の下にたどり着けばこの世界は滅びてしまう」

「それを防ぐために、バーテックスと戦うお役目に選ばれた勇者がアタシたちってわけ」

 

 銀が自慢げに言う。

 

「人類を守る勇者か……。まだ幼いのに偉いな、君たちは」

 

 甲児の言葉に少女たちは誇らしげな笑顔を浮かべた。

 安芸による現世界の説明が終わり、次いで甲児が口を開く。

 

「さっき安芸先生は、過去にこの世界がウイルスによって滅んだと言った。けど、俺がいた所はそうじゃないんです。俺のいた世界は……核戦争によって滅びたのです」

「……『1999年、7の月』」

 

 戦争と言う単語から結び付けられた預言書の一節を須美は口にした。

 

「あぁ。その日を切っ掛けに、俺の世界では第3次世界大戦が勃発したんだ」

 

 過去の歴史において2度もおこなわれた、世界全土を巻き込んだ大戦争のことは須美たちの世界の教科書にも記されている。

 それに3度目があったとは……。

 

「戦争と無関係でいられる国は無くなり、地球は滅びるだけの死の星となった」

「それで甲児さんは、私たちの世界に避難してきた……?」

 

 須美の言葉に首を横に振る。

 

「生き残った人類は火星に移住を始めたんだ。でも、未来の火星でも何らかの争いに巻き込まれていたようだった。俺は未来から助けを求めるテレパシーを聞いて、そこに向かおうとした。けど、その最中に別の場所からも俺を呼ぶ声が聞こえてきたんだ」

「その声に呼ばれて来たのが、私たちの世界だったと?」

 

 安芸の質問に甲児は頷いた。

 声の主はおそらく神樹様であろう。人類の危機に、未知の力を持つZの助けを必要とした神樹様は、別の宇宙に住む甲児に助けを求めたのだと安芸は見当をつけた。

 

「何だかSFチックなお話だね~」

「アタシは頭が混乱してきたよ」

 

 園子は目を輝かせ、銀は頭をかかえて言った。

 

「それ程の力を持つZとは一体……」

「実のところ、俺もZについては詳しくは分からないんだ。これは地球が滅びることを予見していた父さんが、俺を生かすために残してくれた遺品なんだ」

 

 甲児の父である兜博士は、大学の教授で物理学を研究していた。

 研究に行き詰った博士はその舞台を精神世界に移し、長年の研究の末Zを造りだしたという。全ては愛する息子のために。

 お互いの事情は話し終えた。あとは甲児がどう判断するかだが、答えはとうに決まっていた。

 

「俺は、Zは人類を救うために旅に出た。なら迷うことはない。どんな世界であろうと、平和を脅かされている人々がいるのなら、俺はその助けになりたい」

 

 甲児は須美たちと固く握手を交わした。

 今ここに、人類を守るための4人の守護者が集ったのだ。



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第5話 新たなる生活編

 星の光さえない暗黒の宇宙を思わせる空間にいることに、兜甲児は唐突に気付いた。

 

(何も見えない……自分でも目を開けているのかすら分からないな)

 

 ふいに背後に気配を感じる。

 振り返ると、そこにはおぼろげな女性のシルエットが、闇の中に溶けるように浮かんでいた。

 

「甲児さん……」

 

 女の声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。

 

「そこにいるのは須美ちゃんかい?」

 

 女は何も答えない。

 影は甲児から離れていくように闇の中へ歩いていく。

 

「待ってくれ!」

 

 甲児は慌てて影を追いかける。

 闇の中を駆けるが、影には追いつけない。

 突然、視界いっぱいに光が射し込んだ。

 眩しさにくらんだ目を開くと、甲児は出し抜けに大都会のど真ん中に立ち尽くしていた。

 ここはかつて甲児が住んでいた街、東京であることに気づく。

 そして目の前にいる女の姿も、光の中でそのシルエットをはっきりと浮かび上がらせていた。

 そこにいたのは鷲尾須美ではなく

 

「……さやかさん?」

「甲児さん、来てくれたんですね」

 

 島さやか……甲児が元の世界で初めて心惹かれた女性である。

 

(そうだ、俺はさやかさんとデートの約束をしていたんだ……)

 

「どうしたんですか? ボーっとして」

「あ……いや、何でもないんだ」

 

 2人は揃って喫茶店に向かう。

 注文したドリンクを飲みながら、さやかは甲児を見て微笑んだ。

 

「な、何ですか? 何かおかしいですか、僕」

「だって甲児さん、何だか固まってるんだもん」

「そ、そうですか。固かったですか……ごめんなさい」

「私責めてるわけじゃないわ。今時珍しいと思って。でもかえって素敵よ」

 

 その言葉に甲児は赤面した。

 

「実はこういうのにあまり慣れてなくて……。女の子と遊ぶのも幼稚園児以来で」

「そうなの……私も近いものがあるな。実は私高校まで男性恐怖症だったの。でもこんなことではいけないと思って、そしたら甲児君が誘ってくれて。甲児君、不思議と怖くなかったから」

「そっか、似た者同士だったんだ」

 

 甲児はさやかとの共通項があることを嬉しく思った。

 

「なんか安心するな。俺が誘ったのもはずみだったから」

「まあ、誰でも良かったの?」

「そ、そうじゃないよ! ずっと前から話しかけたくて、でもなかなかダメで……。昨日はずみでやっと」

「ありがとう、ずっと前からって言われると嬉しい。じゃあ今時珍しい2人なんだから、ゆっくりお付き合いしよう!」

「うん、そうしよう。2人で少しずつ楽しいこと見つけようよ」

 

 自身に訪れたこの良き日を、兜甲児は忘れないであろう。

 それは最良の日の思い出であるから。

 そして、最悪の記憶でもあるから……

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、それが甲児の顔を照らす。

 光の刺激で甲児は夢から覚めた。

 布団から起き、部屋を見る。自分の部屋とはまるで違う様相の室内がそこには広がっていた。

 

「そうだ……、俺は別の世界の地球に来たんだ」

 

 寝ぼけているせいでしばしボーッとしたあとで、彼は自分の現状を思い出す。

 甲児自身にも計り知れない力を持つZ、その助けを必要としたこの世界の神によって、彼は別の宇宙にある地球の四国へとやって来たのだ。

 

 四国において戸籍の無い甲児は、大赦の支援によって大赦が管理するマンションの1室で暮らすこととなった。

 

「私の家に来ればいいのに~。部屋は沢山あるから選び放題だよ~」

 

 と乃木園子が自身の家に住むことを提案してきたのだが、居候という気まずい間柄で日々を過ごすのは甲児には遠慮したいことであった。

 また、元の世界では甲児は長い間1人暮らしをしていたため、慣れているし気楽でいいということでこの世界でも1人マンションに住むことにしたのだった。

 パジャマから着替えて朝食の準備をする。

 ありがたいことに、生活費も大赦から支給されるそうだ。甲児1人なら十分に暮らしていけるほどの金額である。

 朝食を食べ終え、今度は外出の用意をする。

 大赦は甲児に、生活面での支援をする代わりにあるお願いをしてきた。

 それは、須美たち勇者の側でその活動をサポートすることだ。

 だが、成長しきった甲児が小学生の中にまじって学校へ通うことは通常不可能である。

 そこで安芸は、副担任として自分の教室へ来ればいいと提案してきた。

 

「む、無理ですよ。俺に教師なんて」

「大丈夫、基本的に授業は私が勧めます。兜さんは補佐をしてくれればいいから」

「しかし……」

「ちなみに学力は?」

「大学には通ってましたけど……」

「なら大丈夫ね」

 

 最初は渋っていたものの、結局安芸に押し切られる形で副担任の職を拝命することとなったのだ。

 

 準備を終えた甲児はマンションを出て、地図を頼りに神樹館小学校へと向かう。

 授業が始まるずいぶん前のため、登校してくる生徒の姿はない。

 道すがら辺りを見ると、何てことはない日常の朝の光景が広がっている。とてもこの世界が滅亡の危機に瀕しているとは思えない眺めだ。

 そうこうしている内に甲児は小学校へと到着していた。

 校門を守っている警備員に身分証を見せ校内に入る。職員室の戸を開くと、待っていた安芸がこちらにやって来た。教師たちの朝の会議で甲児を紹介されると、温かく迎え入れられた。

 

「今日は皆さんに新しい先生を紹介します」

 

 6年1組の朝のホームルーム開始直後に安芸が言った。

 教室の外で待機していた甲児は促され入室すると、彼の姿を見た生徒たちがざわめき始める。

 いざ自分の名前を告げようとした時、廊下を走ってくる影が1つ。

 

「はざーっす! ギリギリセーフ!!」

 

「アウトですよ、三ノ輪さん」

 

 ハァハァと肩で息をしている三ノ輪銀である。

 銀の視線が安芸から隣にいる甲児に向く。

 

「あれ!? 何で甲児さんがここにいるの!?」

「それをこれから説明する所よ。さ、席に付きなさい」

 

 そう言われ着席する銀。代わって甲児が教卓の前に立つ。

 

「皆さん初めまして、兜甲児といいます。今日からこのクラスの副担任をつとめることになりました。よろしくお願いします」

 

 子供たちは笑顔で拍手をして迎えてくれた。その中にはわずかな驚愕をにじませた須美たち3人の姿もあった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 副担任に着任してから半月が過ぎた。

 これまでの期間で、甲児は様々なことを経験してきた。

 朝の出欠の確認をとることで生徒の顔と名前を覚えることに始まり、授業中の安芸の補佐から、授業の合間や放課後に生徒から質問された勉強に対する疑問に答えりなど……。

 それは大変だったが、子供たちとの触れあいはやってみれば意外と楽しくもある体験であった。

 具体的な将来の夢をもっていなかった甲児だったが、ぼんやりとだがこのまま本当に教師になるのも悪くないと思えるほどである。

 そんな日々のある放課後、6年1組の教室には甲児を筆頭に須美、園子、銀の4人だけが残っていた。

 この日こそ、大赦の巫女よりお告げのあった次なるバーテックスの襲来して来る時なのだ。

 時が止まる。

 光に飲まれた4人は、神樹様の張った結界の中である樹海に立っていた。

 そして大橋の先より、第2のバーテックスである天秤座──リブラ──がその姿を現す。

 

「何だかずいぶん華奢な姿をしてるな」

 

 リブラの姿を見た甲児が呟く。巨大な十字架を思わせるその細長い体躯は、Zの力をもってすれば容易にへし折れそうだった。

 

「バーテックスはそれぞれが特有の能力を持っています。油断しないでくださいね?」

 

 須美が注意をうながした。

 

「よーっし、今回もパパパッと倒して終わりにしよう!」

 

 銀が気合を入れた声を上げる。

 少女たちは制服のポケットからスマートフォンを取り出し、祝詞をあげると共にアプリを起動し勇者服をまとう。

 

「スーッ……ハァーッ……」

 

 甲児も持ってきたZのマスクを構えると、深く深く深呼吸を始めた。

 Zを動かす源は兜甲児の精神力である。甲児が強い精神力を持つことでZはコントロールできるのだ。

 深呼吸によって甲児は戦いの前の高ぶった精神を落ちつかせる。

 そしてZのマスクを被る。仮面の中は真っ暗だ。視界も呼吸する穴も空いていない。

 巨大なマスクは瞬時に甲児の頭にピッタリの大きさに縮むと、首から下の鎧を展開していく。

 甲児の全身をコバルトブルーの鎧が包み込んだ。

 同時にZの瞳に光が宿り、格子状の口部から酸素を吸入する。

 甲児はさらに深呼吸を続け精神を集中させることで、Zと連動している自身の体にある7つのチャクラの内のいくつかを開いていく。

 

 チャクラとは人体にある7つの『(プラーナ)』をコントロールする中心となるものである。

 この7つのチャクラを自在に操れるようになった時、甲児は神にも悪魔にもなれる力を発揮できるようになるのだ。

 

 今は亡き父に教えられた手順を思いだし、甲児はチャクラの解放を行う。

 最初に尾てい骨にあるムーラダーラ・チャクラ、次にヘソの下のスヴァディシュタナ・チャクラ、そして第3のマニプラ・チャクラ、最後に4番目のアナハタ・チャクラを目覚めさせる。

 チャクラが解放されると共に、Zの正中線上にあるチャクラと同じ位置に配置された宝玉に光が灯っていく。

 甲児は7つのチャクラの内4つまでしか開かなかった。残る3つは過去の忌まわしき記憶と共に封印状態にある。

 

「よし、行くぞ!」

 

 戦いの準備は整った。

 3人の勇者と1人の戦士は、迫りくる外敵に向けて駆けて行くのだった。



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第6話 勇者特訓編-1

 第2のバーテックス、リブラはその名の通り天秤を模したフォルムをしていた。

 その細く華奢に思える体は、攻撃を当てることができれば容易に破壊できそうな印象がある。

 

「まずは俺が攻撃をしかけてみる」

 

 ゆっくりと進行して来るリブラ・バーテックスを見ながら、Zの鎧をまとった甲児が言った。

 

「気をつけてくださいね」

 

 須美の言葉に頷くと、Zはバーテックスに向けて走り出した。

 やることは前回と同じ、勢いをつけて全力で殴りかかる。

 戦いの経験がない甲児にはこれくらいしか戦法が思いつかなかった。

 バーテックスとの距離が近づいてくる。

 向こうもZの存在に気づいたようだ。どこが顔なのか分からないが、視線を向けられたような気がした。

 

「くらえッ!」

 

 Zはジャンプすると、速度そのままにリブラに向かって飛び掛かる。

 リブラはピタリと進行を止めると、その場でクルリと回転した。

 

「ぐはぁッ!?」

 

 リブラの腕を思わせる横棒(バー)の先端に付けられた錘のようなパーツが、遠心力を伴ってZの体に打ちつけられた。

 Zはそのまま弾き返され地上に叩き落とされる。

 鎧にダメージはないが、中の甲児には鈍い痛みがあった。それでも衝撃は相当軽減されている。

 

「甲児さん! 大丈夫ですか!?」

 

 須美たちが走り寄って来た。

 甲児は起き上がると、平気だと返事をする。

 見るとバーテックスは、そのまま止まらずに回転を続けていた。

 樹海に風が吹いた。

 その風はどうやらリブラの回転によって発生しているようだ。

 風は徐々に勢いを増し、ついには台風のごとき強烈なものへと変貌する。

 4人は突風に飛ばされないよう踏ん張りを効かせる。

 Zはその鎧の重みによって、少女たちは3人の体を抱き合わせることで。

 

「くっ……これじゃ近づけないわ!」

「どうすればいいんだ……!?」

 

 須美と甲児は悔しそうにこぼす。

 

「あのグルグル、上から攻撃すると弱そうだけど……」

 

 園子がリブラを見ながら言った。

 

「そうか、台風の渦の中心は無風状態になる。しかし、どうやってそこまで行く……!?」

「甲児さん、Zは空を飛べないの!?」

 

 銀が問う。

 確かに、Zは空を飛ぶことができた。それは甲児が初めてZとなった時に体験している。

 しかしチャクラを封印している現状では、Zはその全ての力を発揮することができないのだ。

 加えて父である兜博士のサポートもない今、戦いながらZの能力を甲児単独で使いこなすことは難しいのが現実である。

 

「みんな、あれ見て~!」

 

 園子が何かに気づいた。彼女の言う方向へ視線を向ける。

 回転しているリブラ・バーテックスの足元と言える縦軸の下、地面に接する位置。そこからジワジワと神樹の根が枯れ始めていく。

 バーテックスは結界を侵食する。そしてその被害は現実空間へと反映されることになる。現実に被害が出てしまえば、無関係な一般人の生命に関わる事故が起きるかもしれない。

 

「早くやっつけなきゃ!」

 

 銀が叫ぶ。

 

「私が何とかしないと……」

 

 須美は抱きついていた園子の体から手を離すと弓を構えた。

 暴風にさらされたその身が宙に浮きあがるが、飛ばされてしまう前に銀が捕まえる。

 

「行けッ!」

 

 力を限界まで込めた必殺の矢がリブラに向かって飛んでいく。

 しかし突風にあおられた矢は進行方向を逸らされ、勢いそのままにバーテックスの脇を掠めていった。

 

「くっ!」

「あ~……」

「惜しい!」

 

 少女たちは悔しそうにうめく。

 

(飛び道具……もっと強い力で投げつければ(バーテックス)にも届くか……!?)

 

 その時甲児は、Zの腰に刀が提げられていることに気づいた。

 

「そうだ、Zは刀を持っていたんだ。これならもしかしたら……」

 

 Zは鞘から剣を抜き、投擲の構えをとる。

 上半身を弓なりにしならせ、リブラに向かって全力で刀を投げつけた。

 Zの剣は強烈な回転をともなって、円盤のように目標に向かって飛んでいく。

 暴風をものともせずに突き進む剣は、そのまま錘のついていたリブラの腕を切り落とした。

 

「やった!」

 

 少女たちが歓声を上げる。

 突風が止んだ。腕をなくしたリブラは回転は軸を失い、バランスを崩したのだ。

 さらに投擲された剣はブーメランのように戻ってきて、返す刃でリブラの胴と思しき場所にぶつかる。

 しかしこちらは先ほどと違い、金属同士がぶつかり合うような音を響かせ弾かれてしまった。

 

「! あの部分、他より硬い……? 何かあるのか?」

 

 いや、考えている場合ではない。この機に一気に攻め立てるのだ。

 Zは剣をキャッチするとリブラ・バーテックスを何度も切り裂く。

 豆腐を切るように甲児の手には何の手応えも無い。凄まじい切れ味だ。

 そうしてバラバラになったリブラの破片が樹海に降り注いだ。

 ピンチになりはしたが、第2のバーテックスの襲撃を甲児たちはどうにか阻止することができたのだった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 樹海化が解除され、甲児たちは元の世界に戻された。

 そして反省会のため6年1組の教室に集まっているのだが、一同を前にした安芸先生はなにやら難しい顔をしている。

 どうやら今回の戦いも前回の戦いでも、バーテックスに有効打をあたえられたのがZだけなのが問題らしい。

 

「このまま戦いがZ頼みになってしまうのはよくないわね。兜先生がいてくれるのは心強いけど、あくまでもこの世界はこの世界の住人である鷲尾さんたちが守らないと」

 

 先生のごもっともな意見である。

 

「ということで、今度の3連休を利用して合宿をしましょう」

「それって秘密の特訓ってやつですか!?」

 

 安芸の提案に、銀が興奮したようにたずねた。

 ボーイッシュな性格の銀は、男の子的な燃えるシチュエーションに反応したようだ。

 

 かくして反省会から数週間後に合宿訓練が行われることとなったのだが、当日の早朝の集合時間に問題は起きた。

 一同の中で一番合宿について張り切っていた銀がなかなか来ないのだ。

 集合時間はすでに過ぎており、大赦が用意した送迎バスの中には甲児に須美と、彼女にもたれかかって眠っている園子の3人はすでにそろっていた。

 

「遅いわね、三ノ輪さん」

 

 須美はいらだたしげに言った。

 

「何かあったのかな……俺ちょっと連絡してみるよ」

 

 甲児はそう言って、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「えーっと、電話はどうやってかけるんだっけ……」

 

 甲児のスマホは大赦から通信用に支給されたものであるが、彼の時代には存在しなかった技術で作られた未来の機械であるため、操作にはまだ慣れていないようだ。

 

「悪い、遅れた!」

 

 甲児がスマホの操作に手間取っている間に銀は到着する。

 

「10分遅刻よ! あれだけ張り切っていたのに、どういうことかしら」

 

 須美はジト目で抗議の声を上げる。

 

「色々あって……いや、悪いのは自分だけど。とにかくごめんよ~」

「事故とかにあったわけじゃないならいいんだ。でも、次からは遅れる時は連絡してくれるかい?」

「は~い。ごめんなさい、甲児先生」

 

 須美が銀に日ごろの態度を注意し、それを甲児がなだめている内に安芸先生も合流し、一同を乗せたバスは合宿の地である海岸へ向けて発車した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 訓練場に着いた一同。安芸はジャージに着替え、須美、銀、園子も勇者服をまとい、甲児は私服のままZのマスクを抱え浜辺に集った。

 

「これより特訓を開始します。がその前に、あなたたちの連携不足を補うため、指揮を執るリーダーを決めたいと思います」

 

 安芸先生はそう言い、園子を見据えると

 

「乃木さん、あなたが隊長を務めてもらえるかしら?」

「え、私ですか!?」

 

 安芸の言葉に園子は驚いたように返す。

 この選択に、自分が選ばれるものだと思っていた須美は内心ショックを受けた。

 しかし、乃木の家は大赦の中でも大きな力を占めているためであろうと、即座に自分を納得させる。

 銀も、自分はリーダーなんてガラじゃないからと了承した。

 

「う~ん、できるかなぁ……」

「俺も手助けするから、やってみたらどうかな、園子ちゃん?」

「分かった。それじゃあやれるだけやってみるよ~」

 

 甲児の言葉もあり、園子が勇者たちの指揮をとることとなった。

 

「では、訓練を始めましょう。まずは兜先生、今からZに変身してみてください」

「わかりました」

 

 甲児は10数秒ほど深呼吸をしてからZのマスクを被る。

 展開された鎧が全身に装着された。

 暗闇の中深呼吸を続けることで精神を集中させ、1つずつチャクラを解放していく。

 第1のムーラダーラ・チャクラに光が灯り、続けて第2のスヴァディシュタナ・チャクラ、そして第3の

 

「長い!!」

 

 安芸の叫び声が響いた。

 

「長すぎですよ兜先生!一体、Zになるまでにどれほどの時間をかけるつもりですか!?」

「い、いや……しかしですね……集中するためにはこうするしか……」

「バーテックスはそこにいるだけで樹海を侵食していきます。その結果現実世界に被害が出る。そうなる前には一刻でも早く倒さなければならないんですよ?」

「うっ、その通りです。はい……」

「兜先生には別の訓練メニューが必要ですね」

 

 結果、甲児は1人だけ少女たちとは別れ、変身時間を短くする練習をすることとなった。

 しかし、具体的にはどうすれば時間を短縮できるのかわからない。

 甲児は浜辺に正座してZのマスクを見据え、初めて変身した時の父の言葉を思い出す。

 

『甲児、Zはお前の精神力でコントロールできる。精神の力を解放せよ。強い意志で゙思ゔのだ』

 

 Zを操る術はすべてイマジネーションにある。

 甲児は正座したまま目を閉じ、瞑想を始める。

 頭の中で自身とZが一体化する様を強く、強く想像する。

 そしてマスクを被る。

 変化はない。

 そして装着した状態で、改めてZの装甲と自分の肉体が一体化するイメージを浮かべる。

 あとはそれをひたすら繰り返すのみだ。

 須美たちが3人でチームワークを強化する特訓をしている横で、甲児は1人淡々と己に課せられた訓練をこなしていく。

 

 訓練開始から数時間が経ち、浜辺は夕焼け色に染まる時刻となった。

 甲児はZのマスクを手に取り、それを頭にかぶる。

 同時に、人がかぶるには大きすぎるマスクは瞬時に甲児の頭にピッタリのサイズに縮み、首から下の鎧を展開していく。

 全身が甲冑に覆われると、直後に胸から腰にかけて取り付けられている4つの宝玉に光が灯った。チャクラが開かれた証である。

 

「ふぅ……」

 

 甲児は安堵の息を吐いた。数時間の反復運動の末に、ようやくZへの瞬時変身を成せるにいたったのだ。

 

「兜先生の方の訓練は、上手くいったようですね」

 

 声の方を向くと、安芸が立っている。今までずっと少女たちの方の訓練につきっきりだったのだ。

 須美たちの訓練はと言うと、飛んでくるバレーボールから銀を庇い彼女を目的地まで到達させることであるのだが、どうやらそれは失敗に終わったようだ。

 

「今日の訓練はここまでにしましょう」

 

 安芸の言葉で一同は練習を終了し、旅館へと帰って行った。

 甲児たちは温泉で汗を流すと、ジャージに着替え夕食のため部屋に集まる。

 テーブルの上には蟹や鯛の船盛りなどの豪華な食事が並んでいる。

 

「うお~、すっげ~! こんなゴチソウ、アタシは初めてだよ」

 

 銀は豪勢な食卓を見て目を輝かせた。

 

「確かにすごいなこりゃあ。かなり高そうだけど、本当にこんなに食べちゃっていいのかな?」

「お役目についている私たちに対する報酬、といった所じゃないでしょうか」

 

 甲児の疑問に須美が答える。

 4人は席に着くと、神樹様に感謝を捧げて手を合わせた。

 

「ねえねえ。今日の夕ご飯、甲児先生も加えた祝勝会ってことにしたらどうかな~?」

 

 園子が言った。アクエリアス・バーテックスと戦った後、少女たちは3人でささやかな祝勝会を行ったらしい。それに今度は甲児も参加させようということだ。

 

「いいね。んじゃ、乾杯しようぜ」

 

 銀がジュースが注がれたグラスを持ち、3人もそれにならってグラスを掲げる。

 

「それじゃあ、戦いの勝利を祝って乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

 グラスの中身を一気に空けると、次いで食事に手をつける。

 今日1日動きっぱなしだった少女たちは特に空腹だったようで、美味しそうにご飯を口に運んでいた。

 甲児も、口には出さなかったが内心では4人でのにぎやかな食事を楽しんでいた。

 元の世界での食事は、ほとんど1人で行っていた寂しいものだったからだ。

 

「そうだ。せっかく親交を深めるんならさ、須美ちゃんも、銀ちゃんたちのことを名前で呼ぶようにしたらばどうかな?」

 

 甲児が食事の手を止めてそう言った。

 教師として少女たちの関係を見ていると、銀と園子は割と砕けた関係のようだが、須美は2人とは少し距離を開けているように感じられたからだ。

 

「いいですねそれ。アタシもこれからは須美って呼ぶことにするからさ」

「じゃあ私はスミスケ、は嫌なんだっけ。う~ん……じゃあ、わっしーって呼ぼう! 私のことはそのっちって呼んでほしいな~」

 

 乗り気な銀と園子に対して須美は遠慮しているようだった。

 

「安芸先生も言っていたけど、これからの戦いにはチームワークが重要になってくる。そのためには交流を深めることは必要だと思うんだ」

 

 甲児は言葉を続ける。

 

「それに戦いだけじゃなく、君たちには友達との付き合いを大切にしてほしいんだ。それはこれからの人生で絶対に大きな意味を持ってくる。俺も元の世界じゃ友達いなかったから、心からそう思うよ」

 

 甲児の言葉を聞いて、須美は恥ずかしげに了承した。

 

「分かりました。改めてこれからもよろしく、ぎ……銀、そのっち……」

「こっちこそ、須美」

「仲良くしようね~すみすけ」

 

 少女たちは嬉しそうに笑い合い、それを見る甲児もにこやかなほほ笑みを浮かべた。



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第7話 勇者特訓編-2

 合宿2日目の朝が来た。

 須美は甲児が現れて以来悪夢を見なくなり、この日もぐっすりと眠っている。

 合宿中はなるべく4人一緒にいるように安芸先生から言われているが、さすがに寝る時は甲児は別室である。

 少女たち3人は同じ部屋で布団を並べているのだが、まだ須美が静かな寝息を立てている中で銀は1人起き上がると、物音を立てないよう静かにジャージに着替えた。

 

「どこ行くの~、ミノさん」

 

 静かにふすまを開けて部屋を出ようとしていた銀に、園子が小声で声をかけた。

 

「悪い、起しちゃったか?」

「ううん、ちょうど目が覚めた所~。それで、どこ行くの?」

「早朝トレーニングってやつをしてみようと思ってね。ちょっとランニングして来るよ」

「そっか~、行ってらっしゃ~い」

 

 銀を見送ると、園子は再び布団にもぐり2度寝に入った。

 それからしばらくして、今度は目覚まし時計の音で起きた須美が園子を起すこととなった。

 

「銀はどこかしら?」

「ランニングだよ。張り切ってるよね~、ミノさん」

 

 2人は今度は甲児を起こすために、彼の寝ている部屋まで向かう。

 部屋に入る前に襖の外から声をかけるが、甲児からの返事はない。

 

「まだ寝てるのかな~?」

「朝食もあるし、失礼して入りましょうか」

 

 部屋に入ると、布団の中で寝入っている甲児の姿が目に入った。

 須美は窓際に向かうと、カーテンを開けて朝日の光を入れる。

 光の刺激で甲児も目が覚めたようだった。

 

「おはようございます、甲児さん」

「お、オハヨー。寝すぎた? じゃ、すぐ起きるから、ちょっと下で待ってて」

 

 そう言いながら、甲児は布団を被ったままで起きてくる気配は無い。

 

「じゃあ起きるの手伝ってあげる~」

 

 園子は須美に目配せし、その意味を悟った須美もニヤリと笑みを浮かべて、2人は甲児が被っているかけ布団を掴む。

 

「「それ~!」」

 

 掛け声と共に、ガバッとかけ布団をはぎ取ると

 

「きゃあああああッ!?」

「……はえ~」

 

 布団の下からは全裸(フルヌード)の兜甲児が姿を現したではないか。

 

「ななな、何で裸なんですか!?」

 

 辛うじて股間だけは両手で隠されていたが、初めて見た男性の裸体に須美は赤面して、背を向けながら叫んだ。

 甲児も甲児で少女たちに背を向けるように寝転がる。真っ白な尻が、この事態にも動じていない園子の目の前に晒された。

 

「ノーパン健康法って知らない? 俺の時代に流行ってたの」

「知りません!」

 

 300年以上も前にブームになった……それも一過性の流行を、神世紀生まれの小学生女児が知る筈はないだろう。

 須美はそのまま駆け足で部屋から出て行った。

 

「先に下に行ってるから、甲児さんも早く来てね~」

 

 園子も続いて部屋を後にする。

 2人のいなくなった後で、甲児は2度と全裸では寝ないようにしようと誓い、ジャージに着替えるのだった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 午前中から訓練に入るかと思いきや、この時は学校で行われている通常の授業であった。

 お役目のせいで遅れた分を取り戻させようという安芸先生の計らいだったが、勉強から逃れられると思っていた銀は軽くガッカリしていた。

 歴史の授業では甲児も少女たちに混ざって教科書に目を通している。

 西暦の時代の出来事は甲児の世界と同様であり、神世紀に入ってからも現存する世界が四国しか無くなったことで、大きな事件などは起きていないようだった。ただ1つ、バーテックスの襲来を除いて。

 

 午後からは前日と同じ、チームワークを高める訓練が始まった。今回から甲児も加わり、4人での共同訓練となる。

 須美が後方から矢で敵──ここではバレーボールだが──を狙撃し園子が前面に立ち防御、銀がその後ろで待機し、甲児は須美と園子が撃ち洩らした敵を叩くというポジションだ。

 

「甲児さんの武器って腰の剣だけ? 何かさぁ、飛び道具とかはないの?」

 

 銀がたずねてきた。特に後半は期待を込めてのものだったが、残念ながら現状のZにはその類の武装はない。

 

「Zは精神力で動かすものだから、俺が強く念じれば何かできるのかもしれないな。現に変身も短縮できたし」

「今は時間が限られているし、それについては後でゆっくり考えましょう」

 

 須美の言葉で一同は特訓を開始した。

 が、やはり一朝一夕では上手くいかないようだ。

 用意されたバレーボール発射台の数は、どこから揃えて来たのか数10台もあり、連続して発射されるボールの多さには須美の弓も対処が追いつかない。

 撃ち漏らしたボールは園子の傘で防がれているが、それでも左右から飛んでくる球を避けるために動きが大降りになってしまい隙もできる。

 傘でも防ぎきれずに飛んでくるボールをZが切り落とし、何とか銀には1発も当たらずにある程度の距離までは近づくことができた。

 ゴール地点である山道には廃バスが置かれている。これをバーテックス本体と見なしてそこまで銀を無傷で送り届けることが特訓の目的だ。

 バスまで残り100メートル地点。浜辺はここまでであり、ここから先はゴールに向かうためには銀単独でジャンプして行くしかない。

 

「今度こそ!」

 

 銀が飛び上がる。バレーボールが飛んでくる。須美がそれを撃ち落す。

 しかしあとわずかという所で、須美が撃ち漏らした1発のボールが銀の後頭部に当たり、惜しくも訓練は失敗となってしまった。

 このようにいい所まではいくのだが、何度繰り返しても毎度惜しい所で失敗してしまうことが続いていた。

 

「やっぱり、後方支援が私1人だけじゃ力不足なのかしら……」

 

 須美が肩を落としながら言う。

 

「そんなことないって、元気出せよ須美」

「そうそう、わっしーはとっても頑張ってるよ~」

 

 銀と園子が須美を励ます。

 

「素人の俺から見ても、須美ちゃんの弓の腕前は大したものだと思うよ。自身を持っていい」

 

 本当に力不足なのは俺の方だ、と甲児は思った。

 

(無限の可能性を秘めたZの力をまったく使いこなせていないんだからな……)

 

 想像力がZの原動力と一言でいうが、体験したことも無いことを想像するのはかなりの苦労を伴うものだ。

 

「あ~あ、勇者なんだから空くらい飛べればいいのになぁ」

 

 銀は残念そうに言った。その言葉に甲児はヒントをもらう。

 

「空か……試してみる価値はあるな」

 

 日は傾き夕暮れとなり、これが最後の特訓の時刻となった。

 一同位置に付き、訓練が開始される。

 これまでと同様に、飛んでくるボールを須美が狙撃し、外れた球を園子と甲児で防ぐ。

 そうしてバスまで100メートルの所まで到達し、銀が飛び上がるが再び弓から外れたボールが銀に向かって行く。

 その時、Zが同様にジャンプすると、そのまま銀を抱えて高く飛び上がることで飛んできたボールを避けることができた。

 しかしこのままでは次の球を避けることはできない。

 銀を抱えたままZは重力に従って落下し始める。

 

「甲児さん、このままじゃ……!」

「大丈夫だ。俺は空を飛べる……飛べる、飛べるんだ……!」

 

 兜甲児は空を飛んだ経験はない。しかしそれは現実の話であり、夢の中ではその限りでは無い。

 何度となく夢で見た生身で飛行する感覚を思いだし、体が宙に浮くイメージに意識を集中させる。

 そうして膨らませた想像力が、ついには実現した。

 須美が撃ち損じたいくつかのバレーボールが甲児たちに向かう。

 それらが当たる直前、Zの背にバサッと1枚の赤いマントが出現した。

 

「飛べーッ!!」

 

 言葉と共に落下から一転、銀を抱いたZの身は空に向かって中空で飛び上がった。

 迫るボールを避け、Zはグングンと上昇していく。

 

「わ、わ、わ! 甲児さん、飛び過ぎ飛び過ぎ!!」

「す、すまない。まだ上手くコントロールできなくて……!」

 

 天に昇っていくZはピタリと静止すると、今度は急速に落下していく。

 かと思えばまた止まり、上昇。

 

「くっ……こうか!?」

 

 まるでUFOのようなジグザグとした不安定な軌道を描いたのち、飛行することに慣れたのかZはゴールである廃バスに向かって真っ直ぐに飛んでいく。

 

「ここまで来たら大丈夫。ありがと、甲児さん」

 

 バスの上空まで来た時、銀はそう言うとZから離れその身を宙に躍らせた。

 

「これでゴール!!」

 

 銀の大斧が廃バスに叩きつけられ、バスは紙細工を潰したようにあっけなく破壊された。

 

「やったねミノさ~ん!」

「甲児さんも、お疲れ様です」

 

 再び銀を連れて、空を飛びながらこちらにやって来るZを見た園子と須美が声をかけてくる。

 銀を降ろすと甲児は変身を解き一息ついた。

 少女たちはハイタッチをしてお互いの健闘を称えている。

 特訓2日目の終了ギリギリにおいて、どうにか一同は訓練の成功を収めることができたのだった。



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第8話 勇者共闘編

続きを待ってくださってた方がいらっしゃったら、長いこと間が空いてすみませんでした


 合宿訓練の目的であるチームワークを高める特訓。

 その成功を祝っての夕食も終え、甲児は自室へ戻ろうとしていた所を銀に呼び止められた。

 彼女に連れられて来た場所はというと、そこは少女たち3人の相部屋である寝室だ。

 

「それではこれより、Zの必殺技開発会議を行います!」

 

 銀が高らかに宣言する。

 昼間の訓練の最中に彼女が口にした話の続きを、今行おうということだ。

 わ~い、と園子はノリノリで拍手をする。当の甲児と須美に関してはいたって平常である。

 

「ちょっとお2人さん、テンション低いんじゃない?」

「そう言われても、私そういうことに詳しくないし……甲児さんはどうです?」

「実は俺も。子供の頃は女の子に交じってママゴトとかして遊んでたから、ヒーローものってよく知らないんだよね」

 

 須美と甲児の言葉にガッカリする銀。テンションもダダ下がりである。

 

「ありゃりゃ、じゃあお話できないね~。それじゃあ、明日も早いしおやすみ~」

「待て待てーい! まだ9時になったばかりだぞ!」

 

 園子はそう言って布団にもぐりこもうとするが、それを銀が阻止した。

 

「せっかく合宿の最終日なんだし、もうちょっとこう……盛り上がろうよ~!」

「話題が無いならいいじゃない。そのっちも言うように、明日も早いんだから」

「じゃあさ、Zの名前を決めようよ!」

「「「名前?」」」

 

 銀の言葉に、甲児たちは揃って同じ疑問を口にした。

 

「名前って、『ゼット』っていうのが名前でしょ~?」

「それじゃ味気なくない? もっとヒーロー! って言うようなカッコいいネーミングが欲しいんだよな」

「ただの銀の要望じゃない……」

「甲児さん、Zってどういう意味なの?」

 

 銀の質問に甲児は口を開く。

 

「父さんが見つけた物質の名前だよ。父さんは研究の中で、精神エネルギーと物質の中間に存在する新たな超物質を見つけたと言っていた。人類が知り得る最後の物質という意味で、アルファベットの最後の文字を当ててつけられたのが『超精神物質Z』なんだ」

 

 銀は腕を組んで、う~んと考え込む。何かいいネーミングが無いか考えているのだろう。

 そこに甲児はヒントとなる言葉を与える。

 

「そういえば父さんは、Zを身につけたものは神にも悪魔にもなることができると言っていたな……」

 

 それだけで銀は妙案が閃いたように顔を輝かせた。

 

「Zの魔神だからZマジンガー……いや、マジンガーZだ!」

 

 どう、カッコよくない? と皆に尋ねる。

 

「確かに、悪くないわね」

「私も、グッときたよ~」

 

 須美と園子は受けがいいようだ。当人の甲児はというと

 

「ああ、俺も良いと思うよ。正義の味方って感じだ」

 

 『マジンガーZ』。それが甲児に与えられた、新たな戦士としての名称になった。

 

 そのあとも少女たちと甲児は様々なことを話した。

 特に須美は、甲児から西暦時代の日本の様子を詳しく聞きたがっていた。

 愛国心の強い彼女はその中でも日本軍の話への食いつきようがスゴく、目をランランと輝かせて聞き入る姿は年相応の無邪気な幼さを感じさせた。

 話に置いて行かれた銀と園子は途中で眠りについている。

 そんな軍ヲタトークに徹すること数時間、時刻は日をまたぐ直前の深夜と呼べる時間帯になっていた。

 さすがにもう寝ようという話になった時、須美は甲児の顔に疲労の影があることに気づく。

 

「ごめんなさい、私の話に無理に付きあわせてしまって」

「須美ちゃんのせいじゃないよ。どっちかって言うと訓練の疲れが出たんだろうね」

「Zをまとっていても疲労はあるんですか?」

「父さんは、マジンガーになっている間は疲れを感じないと言っていたけど、どうやら俺はまだ使いこなせていないってことらしいね」

 

 須美は甲児の顔をジッと見つめる。そこには訓練の疲労だけではない、何か別の心労があるように感じられた。

 それを口にすると、甲児は頭をかき申し訳なさそうに話を続ける。

 

「訓練を受けて、俺って心底戦うことに向いてない人間なんだなって感じたんだ。きっと俺以外の人間がZになっていた方が、もっと君たちの力になれていたんじゃないかって考えてしまうよ」

 

 甲児はこれまで年長者として、また男としてそれらしく振舞おうとしてきたが、ここにきてつい弱音を漏らしてしまった。

 そんな落ち込み気味の甲児の手を、須美は優しく握る。

 

「そんなことはありません。甲児さんは初めて会った時も、あんなに勇敢に戦ったじゃありませんか」

 

 初めてのお役目の時に相対したアクエリアス・バーテックスとの戦いを思い起こす。

 

「買い被りすぎだよ。俺はあの時本当は、怖くてガタガタ震えていたんだ。体が竦んでしまって、すぐに動き出すことができなかった」

「そんなに怖い思いをしても、私たちを助けるために戦場に飛び込んできてくれた。誰にでも出来ることじゃありません。甲児さんは勇気のある人です」

 

 須美は甲児の手を握ったまま、その瞳をまっすぐに見つめ微笑んだ。

 

「私や銀、そのっちが勇者であるように、甲児さんがZであることに変わりはない。あなた以外にZなどありえない」

 

 そう力強く断言した少女の無垢な心のおかげで、甲児の中にあるモヤモヤも晴れた気がした。

 

「ありがとう須美ちゃん。俺、まだ頼りないかもしれないけど……これからも精一杯やってみるよ。君たちも、この世界も、これ以上バーテックスの好きにはさせない。一緒に救ってみせよう」

「はい!」

 

 敬礼する須美。甲児も習って敬礼で返す。2人のにこやかな笑顔が静かに流れた夜だった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 合宿3日目にして最終日。

 訓練は滞りなく終わったが、須美はこの日の朝も遅刻してきた銀のことを妙に思い、ついには彼女が何をしているのかを突き止めようと行動を開始した。

 訓練を終え帰るまでの自由時間で、銀は弟たちにあげるお土産を買いに向かった所だ。

 須美は園子と甲児を連れ、銀にバレないよう距離をとって彼女の後を追跡する。

 

「何だかワクワクするね~」

「うーん、保護者として止めた方がいいのだろうか……」

 

 銀の背を見ながら呟く園子と甲児。須美は何故持っているのか、双眼鏡を覗き銀のことを監視している。

 

「あっ! 2人とも、あれ!」

 

 何かに気づいた須美の声に反応して、甲児たちもその方向に目をやる。

 見ると、銀は道中で人に声をかけられている所だった。

 立ち止まり、身振り手振りで何かを教えている。どうやら道を尋ねられた様子だ。

 道を教えた銀は再び歩みを進める。

 しかし1分と歩かないうちに、彼女はまた通行人から道を尋ねられていた。

 それだけに止まらず、散歩中に逃げられた犬を掴まえたり、迷子になった子供の親を見つけてあげたりなど、どういう訳か銀は道中で様々なトラブルに巻き込まれている。

 

「こういうのって巻き込まれ体質って言うんだっけ~?」

「これも勇者だからかしら」

「……大変だな勇者は」

 

 無論、勇者だからトラブルに巻き込まれるという因果関係はないだろう。これは銀の生まれついての運命なのだろうか。

 しかし、これらの不幸に見舞われたとしても、いちいち相手をする必要もないはずだ。

 これらに律儀に対応し、トラブルを解決していくのが銀という少女の誠実さであるだろう。

 見れば、銀は女性が落とし道に散乱した果物を拾い集めていた。

 

「もう見ていられないわ。私たちも行きましょう」

 

 見かねた須美が銀の下に向かい、園子と甲児も後に続く。

 そして、現れた3人に驚きながらも果物を拾う銀を手伝っていく。全てを拾い終えた後で、女性は礼を告げ去って行った。

 

「3人とも、なんでここにいるんだ?」

 

 ジト目で須美を、特にその手に持つ双眼鏡を見ながら銀が尋ねる。3人はそれに誤魔化すように乾いた笑いを返す。

 

「それにしても、偉いな銀ちゃんは。こんな誰にも知られない所で人助けに励んでたなんて」

 

 甲児の言葉に銀は頬を染める。

 

「べ、別にそんな大したことじゃないですよ」

「謙遜することないさ。そこは君のいい所なんだから、胸を張っていいんだよ」

 

 そう言って甲児は銀の頭を撫でる。銀は嬉しそうにそれを受け入れた。

 

「これは通信簿の評価にも加点をしないといけないな」

「マジで!? やったー!」

 

 甲児は珍しく教師の顔を覗かせた。喜ぶ銀を見て須美と園子も笑顔になる。

 フイに風鈴の音が響いた。少女たちの顔に緊張が走る。

 

「バーテックス! もう来たの!?」

「まだ時期的には余裕がある筈じゃ……!?」

 

 光が満ち、世界は結界の中──樹海──に塗り替えられた。

 スマートフォンを取り出すと、探知ディスプレイには大橋の外から侵入してきつつあるバーテックスのアイコンが表示されていた。

 しかしこの場は大橋からはかなり離れた位置にある。

 

「どうしよう~。このままじゃ間に合わないよ~」

 

 園子が困り顔で声を上げた。

 

「大丈夫だよ」

 

 甲児は念のためにと背負っていたリュックサックの中からマジンガーのマスクを取り出し、それを被りマジンガーZに変身した。

 少女たちにも変身を促し、3人も勇者装束に身を包む。

 

「どうするんですか?」

「訓練で身に着けたことを生かすんだよ」

 

 マジンガーは3人の少女を抱きかかえると、そのまま空へと浮かび上がった。

 

「そっか~。飛んでいけば、走っていくより早く着くね」

「そういうこと。皆、落ちないようにしっかりつかまっていてくれよ」

「すぐに倒して、銀のお土産を買い直しに行きましょう」

「よーっし、マジンゴー!」

 

 両手に須美と園子を抱え、銀を背中に乗せたZは彼女の掛け声を合図に、一直線にバーテックスの下へ飛んで行った。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時速数百キロの速度で飛行するZのおかげで、勇者たちは訓練場の海辺から大橋まで10秒もかからずに到着した。

 上空で静止しつつ、大橋の向こうから姿を見せた第3のバーテックスの姿を確認する。

 巨大な体躯に、4本の山羊の角を思わせる部位を備えた異形が樹海を進行してきた。

 須美は矢をつがえ、山羊座(カプリコーン)に狙いを定める。

 

「先手はこちらが……」

 

 だが、害意を察知したのかカプリコーンは、須美が矢を放つより先に霧状のガスを4人に向けて放射してきた。

 

「!? マズい!」

 

 マジンガーは咄嗟に3人を庇うために、勇者たちを自身の体から振り下ろした。

 勇者の身体能力なら、この高さから落下しても怪我はしないという判断からだ。

 だがZ自身は攻撃を避ける間もなく、その身にガスを受けてしまう。

 

「甲児さん!」

 

 落下中の勇者たちは、園子が槍を傘状に展開したことでそれをパラシュート代わりに利用、3人は手を繋ぎゆっくりと下降していく。

 一方のZはガスの中でもがき苦しんでいた。

 どういう成分のものか分からないが、これは毒だ。

 一呼吸吸い込んだけで息ができなくなり、体の中に焼けつくような痛みを覚えた。

 意識が乱れ、飛行能力を維持できなくなったマジンガーは重力に引かれるまま地上に落下してしまう。

 カプリコーンは地上に叩きつけられたZに、さらに毒のガスを浴びせかける。

 

「グ……あぁ……ッ!」

(マジンガーZになれば呼吸をする必要もないと父さんは言っていた。なのに息ができないのが苦しい! やはり俺は、まだZになりきれていないのか!?)

 

 ガスから脱しようにも、すでに毒の猛威はZの全身に行きわたり手足を自由に動かすのも困難になっている。

 

「銀! 手を離して!」

 

 今だ降下中の勇者たち。地上まではあと僅かだが、甲児の危機を放置はできないと須美は自ら落下することで、空中にその身を置きながらバーテックスに向けて矢を射かける。

 矢が当たったカプリコーンの体は一部が砕け、またZへの攻撃を中断させることもできた。

 地上に着地した須美に続いて、園子と銀も降下を終える。

 マジンガーへの攻撃を邪魔されたバーテックスは、お返しとばかりに勇者たちに毒の霧を噴射する。

 

「散開!」

 

 須美の掛け声で勇者たちは三方に別れガスを避けた。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 二振りの斧を構え突撃しようとする銀だが、突如起きた地震に足を取られる。

 これは自然現象の地震では無い。カプリコーンが自らの力を使い大地を揺らしているのだ。

 銀も園子も揺れでバーテックスに向かって行くことができず、地面に両手をつけている。

 須美も狙撃で地震を止めようとするが、振動で弓の照準が定まらない。

 強烈な振動で樹海にもダメージが伝わっていく。このままでは現実に被害が出てしまう。

 

 一方の甲児も毒で息も絶え絶えになりながら、何とかして加勢できないかと考えあぐねていた。

 毒のダメージと地震の影響で、もはや立ち上がることも難しい状況だ。少女たちの姿を見ていることしかできないのか……。

 カプリコーンは揺れで動けない4人の姿に勝機を感じたのか、さらに攻撃に転じる。

 4本ある角の内、後ろの2本で地震を起こし、前の2本を須美と銀に向ける。

 角は高速で回転を始めると、爆音と共に射出。2人の勇者目がけてドリルの様に突き進んでいく。

 避けられない。おまけに須美と銀には園子のような攻撃を防ぐための防具もない。

 甲児は毒で力の入らない腕を無理に上げる。それでカプリコーンの攻撃を止めようとでもしているように。

 

(せ、せめて……腕だけでもあそこへ行けたなら……!)

 

 その意志にZが応えた。

 差し出した両腕の肘の部分から炎が噴射されると、切り離された両下腕がミサイルの如き勢いで発射された。

 両腕は凄まじい速度でカプリコーンが撃ちだした角にぶつかると、勢いそのままに2本のドリルと化した角を粉砕する。

 

「スゲー! マジンガーZの必殺技、『ロケットパンチ』だ!」

 

 銀が歓声を上げる。

 慌てたカプリコーンは残された2本の角を間髪入れず、再び須美と銀に向けて放った。

 

「アタシに1度見た技は効かないッ!!」

 

 銀は手にした斧を正面から角ドリルに叩きつけ、その勢いを相殺する。

 須美に向かって来ていた攻撃は、横から飛び込んできた園子が傘を展開し受け止めた。

 角を全て撃ちだしたせいで地震は止まり、そのおかげで自由に動けるようになったのだ。

 

「ワッシー、今の内に!」

 

 須美は弓を構えると、エネルギーをチャージしてバーテックスに射かける。

 矢は胴体に直撃し、カプリコーンの体にヒビが入った。

 

「この程度では済まさないわ」

 

 須美はさらに何本もの矢を連続して放つ。これまでより格段に投射速度が上がっているのは訓練の賜物だ。

 カプリコーンの体に入った亀裂は見る間に大きくなり、ついには耐え切れずその身を完全に砕けさせる。

 バーテックスが倒されたことで、園子と銀が抑えていた角も力を失い地に落ちた。

 戦闘不能となったカプリコーンを確認した3人の少女は、未だ倒れているZの下に駆け寄る。

 

「ぅ……む……」

 

 呼吸をすることも困難だった甲児だが、よろよろと力無く立ち上がる。

 

「大丈夫ですか、甲児さん!?」

「あぁ……。どうやらバーテックスを倒したことで、毒の効力も無くなったみたいだ。まだちょっと苦しいけどね」

 

 その言葉に少女たちもホッと息をつく。

 戦いも終わり変身を解こうとした須美だが、そこであることに気づいた。

 

「樹海化が……解除されない……?」

 

 すでにカプリコーンの残骸は、神樹様が行った鎮火の儀で結界外へ排出されている。

 もう樹海の中に敵はいない。だというのに、未だ戦闘フィールドは解かれる気配が無かった。

 

「!!」

 

 突如強烈な殺気を感じた甲児は、3人の少女を守るために前面に立つ。

 そこに光りを物質化した1本の矢が、目にも映らぬほどの速さで飛んできた。

 矢は少女たちを庇ったマジンガーの喉に深々と突き刺さる。

 

「グハァッ!?」

 

 Zは格子状のマスクから血を吐き、地面に膝をついた。

 矢が飛来してきた方角……大橋と外界との結界の通り道の空間が歪む。

 結界を抜けてきたのは第4のバーテックス、射手座(サジタリアス)だ。

 さらにその後から、蟹座(キャンサー)蠍座(スコーピオン)が姿を見せる。

 

「ウソ!?」

「連続で来た! しかも3体も!?」

 

 園子と銀が目を見開いて驚く。

 バーテックスの襲来は周期的であり、大赦はそのパターンを把握している。

 最近になって徐々にその周期は乱れつつあったが、ここまで予測と違うことは初めてだ。

 そして、新たな脅威はそれだけに止まらなかった。

 結界を抜けてくる外敵の影は数を増していく。

 牡牛座(タウラス)牡羊座(アリエス)双子座(ジェミニ)乙女座(ヴァルゴ)魚座(ピスケス)、そして獅子座(レオ)

 これまでに勇者たちが撃退してきた3体以外の、12星座の残る9体のバーテックスが総攻撃を仕掛けてきたのだった。




プロットを組み直したのであと2話で終わらせるつもりです
今しばらくお付き合いください


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第9話 樹海戦乱編

 3体目の敵……カプリコーンを倒したのもつかの間、勇者たち4人の前には残る9星座全てのバーテックスが集結していた。

 バーテックスは原則的に、1度の襲撃で1体ずつが現れるものとされてきた。

 それがここにきて総攻撃を仕掛けてくるとは。

 

(これまでと違うことといったら、甲児さんがいること……。バーテックスがマジンガーZの力を恐れているの……?)

 

 須美は推察する。

 意志の力が全ての源であるマジンガーならば、経験を積み重ねることでその力も限りなく上昇していくはずだ。

 おそらくバーテックスは、甲児がZの持つ全ての力を制御可能となる前に始末しようと考えたのだろう。

 マジンガーの鎧をまとっている甲児は、自身の喉に刺さった矢を無理やり引き抜く。

 矢が刺さっていた穴からは血がとめどなく流れ、傷がすぐに塞がる気配が無い。

 カプリコーンの毒によって精神も肉体も疲弊し、Zの回復能力がうまく機能しなくなっているのだ。

 甲児はマジンガーマスクの下で冷や汗をかいていた。

 

(マズイぞ……連戦に加えて一気に9体もバーテックスが攻めてくるなんて……)

 

 黙り込んでいる銀と園子の方に視線を向ける。

 2人の少女もこの急展開に焦りを感じている様子だ。

 

「あはは……私たち、大ピンチってやつだね~……」

 

 園子は乾いた笑いと共に呟く。

 口調は普段ののんびりしたものだが、その顔は緊張でこわばっていた。

 しかし樹海内部にまで敵が進行してきている以上、撤退することはできない。戦うしか選択肢はない。

 いかな劣勢であろうと負けることが許されない不安が、重圧となって4人の心にのしかかる。

 その中で銀が声を発する。

 

「逆に考えよう。確かに大ピンチだけど、あいつら全部やっつけたらお役目も終了。アタシたちはもう戦わなくて済むし、みんなのことも守れるんだ」

 

 この場さえしのげば、四国には平和が訪れる。もう人々が危険にさらされることもなくなるのだ。

 しかし、言うは易いが行うのは一筋縄ではいかないことは必至。

 そのことは銀自身も理解しているが、それでも彼女は3人を鼓舞するように言葉を続ける。

 

「やってやろうよ。アタシたちは勇者なんだ。勇者は強い! 勇者は負けない! 正義はアタシたちにある!」

 

 無理して普段通りの振る舞いを見せる銀を見て、須美たちの緊張も解された。

 

「銀に言われると、なせば大抵なんとかなる気がしてくるわね」

「ミノさんのそういう自信に満ち溢れてる所、私は好きだよ~」

「そうだな。やる前から諦めてちゃ、何も始まらないもんな」

 

 4人の心に闘志がみなぎってくる。

 甲児が拳を差し出すと、少女たちも何も言わずともそこに自らの手の平を重ねた。

 

「くれぐれも無茶だけはするなよ」

「甲児さんもね~」

「最後まで気を抜かずにいきましょう」

「分かってるって。それで、お役目を果たしたらみんなで夏祭りに行こう」

 

 銀の約束に3人は頷く。決意は固まった。

 迫ってくるバーテックスの集団に勇者たちは駆けていく。

 

 4人が迫ってくるのを止めようと、まずはタウラスが背に生やしている鐘を鳴らし、大音量の怪音波でもって足止めを図る。

 音の波動は目に見える空間のゆがみとなって4人を襲うが、彼女たちはそれを無視。

 効いてはいるのだが気合で耐えて、足を止める事無く敵に対して突っ込んでいった。

 続けて、ヴァルゴが下半身から爆弾である小型の分身体を放出してくる。

 数10機の小型爆弾は4人に飛んでくるが、それらは園子の槍を展開した傘で防がれ、傘の死角から飛んできたものはマジンガーの剣さばきで全て切り落とされた。

 ヴァルゴは近づいてきた4人に、今度は触手でもある2枚の布状の腕で攻撃を仕掛けてくる。

 

「ここは私が!」

 

 触腕は須美の放った矢で切り裂かれ、その威力を失う。

 

「ここまで来れば、あとはミノさんよろしく~!」

「おうよ!」

 

 タウラスのすぐ側まで接近できた。

 銀は飛び上がると、タウラスの背の鐘に斧を叩きつけ一撃でこれを砕く。

 さらに、二振りの斧をめったやたらに振り回し、暴風のごとき勢いでタウラスバーテックスそのものを撃破するに至った。

 

「よっしゃ! まずは1体!」

 

 怪音波が鳴りやみ軽快な様子の銀は、再び3人と合流する。

 

「お次はどいつだ」

「……?」

 

 次の標的を決めようと周囲を見渡すと、そこで園子はおかしなことに気づいた。

 4人を囲むように佇んでいるのはヴァルゴ、アリエス、キャンサー、サジタリアス、スコーピオン、それらから少し離れた所にレオ。

 

「あれ~、数が足りないよ?」

 

 いつの間にか、ジェミニとピスケスの姿が無い。

 須美が即座にスマートフォンを取り出し地図を開く。

 マップには、4人を無視して神樹に向かって突き進んでいく2体のバーテックスの姿があった。

 

「ここは私とミノさんで何とかするから、甲児さんとワッシーは向こうをお願い!」

 

 即座にチームを二分する判断を園子が下す。

 

「すぐに戻る!」

 

 少女2人だけで6体のバーテックスを足止めすることは無謀としか思えなかったが、それでも甲児と須美は2人を信じてこの場を任せた。

 須美を抱えたマジンガーは飛翔して敵の囲みを抜け、進行する2体のバーテックスの下を目指す。

 地上を爆走するジェミニの姿は巻きあがる土煙のおかげですぐに発見できた。

 一方のピスケスは能力により樹海の下を泳ぐようにして進んでいるため、揺らめく影でしかとらえられない。

 

「このまま攻撃しても樹海を傷つけてしまうな」

「何とかして地上に引っぱり出せれば……」

 

 普通に腕を突っ込んでも、樹海の根が邪魔して到底届きそうにない。

 しかし今のZには身に着けた新たな技がある。

 

「そうだ! ロケットパンチなら……!」

 

 放たれたパンチは樹海の根の隙間を縫って地下へ潜航、ピスケスを掴まえると大出力のロケット推進によって無理矢理地上へ引きずり出すことに成功した。

 さらに撃ち込まれるもう1発の拳に加え須美のチャージショットの威力もあり、体を貫かれたピスケスはそのまま地上へ落下、再び動き出すことはなかった。

 残るジェミニも、隙をついての一点突破型だったためさしたる攻撃力も無く、難なく倒すことができた。

 2人はすぐさまUターンし園子たちの下へ引き返していく。

 

 戻ってきた甲児たちを待っていたのは驚愕だった。

 6体だったはずのバーテックスの数が、どういう訳か10体に増えていたからだ。

 更なる増援かと思ったが、アリエスと同じ姿のものが何体か見受けられる。

 どうやら攻撃すると、そこから分裂、増殖し数を増やすというのがアリエスの能力のようだ。

 

 4体に増えたアリエスが一斉にZに襲いかかる。しかしうかつな攻撃は敵の数を増やすだけになるので甲児も反撃ができない。

 スコーピオンは必殺の威力を持つ毒の尾で銀を狙い、須美と園子はキャンサーの鋼鉄の如き頑強な装甲に攻めあぐねている。

 苦戦する4人にヴァルゴの子機爆弾と、サジタリウスの矢の雨が降り注いだ。

 4人は一カ所に固まると、硬質化させ広げたマジンガーのマントと園子が展開した槍の傘でこれをしのぐ。

 

「はぁ~、さすがにしんどい……」

「手が痛くなってきたよ~」

 

 銀と園子が呟く。

 

「やっぱりあれだけ大勢で来られると、一筋縄じゃいかないな」

「バーテックスの連携攻撃、やっかいですね……」

 

 甲児と須美もつい弱音を吐いてしまった。

 防御の下で4人は荒れていた呼吸を整えつつ、どう反撃すべきかを考える。

 

「1体ずつみんなで一斉にズガーンとやっつけちゃいたいけど、私たちが固まってたら向こうも攻撃を集中させちゃうから、ここは別々に行動するのがいいのかな~?」

 

 リーダーを任されている園子が最初に口を開いた。

 

「1対1にもってくわけか。でもそうすると向こうは6匹余るぞ」

「今の私たちで複数のバーテックスを相手にするのは無理が過ぎるんじゃないかしら?」

 

 銀と須美が意見を述べる。

 

「じゃあこうしよう。俺が6体引きつけるから、3人には残り1体ずつ引き受けてもらうってことで」

 

 甲児はそう言いながらも、内心では少女1人であの巨大な怪物1体を相手させることはやらせたくないことではあった。

 かと言って、自分1人で10体すべてを相手取ると言えるほど慢心はしていない。

 なにより、この共に戦う仲間たちの力を信じたいという思いが強かった。

 3日間とはいえ訓練を共に過ごした彼女たちの力量は、当初のそれより勝っているだろうから。

 そんなことを考えている甲児の横で、園子はなにやら不思議な動きをしていた。

 両手を円を描くように動かし甲児に向けている。

 

「園子ちゃん、なにやってるんだ」

「アルファー波を照射してるんよ~」

「……なんで?」

「癒しなんよ~。疲労回復に効果てき面なんさ~。ほら、ワッシーとミノさんも一緒にやるんよ」

「「あ、アルファー波。アルファー波……」」

 

 園子につられた須美と銀も一緒になり、滑らかな動きで甲児の体にアルファー波を向ける。

 敵に囲まれ危機的状況にあるというのに、そのどこか気の抜けた雰囲気に甲児の心は和んでいた。

 心なしか本当に疲れがとれていく気もしてくる。

 そんな甲児のリラックスした精神にZが反応した。

 マジンガーの鎧が濃いブルーから淡い緑色(グリーン)に変色していく。

 体色の変化に伴って、マジンガーの体全体から波動が放出され始める。それはアルファー波であり、イコール超能力の波動でもある。

 

「すごいな、アルファー波は」

 

 新たな能力の目覚めを感じ取った甲児は、呆れたような感心したような声を上げた。

 直後、超能力によって広がった甲児の知覚に大きなエネルギーが感じられた。

 それは強大で勇者数人分の力に匹敵する勢いであり、さらに止まることなく膨張を続けている。

 バーテックスが何かを企んでいることは明白だ。

 これ以上休んでいる暇はないと、4人は攻撃に転じることにした。

 

「いくぞ!」

「「「はい!」」」

 

 Zは防御のために全面に張っていたマントをどけると、同時に超能力によって手の平から竜巻を発生させる。

 竜巻は周囲に浮かんでいたヴァルゴの小型爆弾を吹き飛ばし、降りそそぐサジタリアスの矢をも跳ね返した。

 攻撃が止んだ一瞬のタイミングをついて、甲児と須美たちはそれぞれ反対の方向に飛び出す。

 

 Zを追って4体のアリエスとヴァルゴが動いた。

 少女たちの方にはサジタリアス、キャンサー、スコーピオンが向かう。

 レオは動かなかったが、その正面には大きな火の玉浮かんでいた。

 先ほど甲児が感じた力の高まりの正体がこの火球であろう。

 その火球は真っ直ぐに神樹の方に向けられている。

 

「! まさか神樹様を先に滅ぼすつもりか!?」

 

 バーテックスの狙いに気づいた甲児は慌てて引き返そうとするが、そうはさせじとアリエスとヴァルゴが立ちはだかった。

 神樹が狙われていることを察知したのは須美たちの方も同じであったが、同様に3体のバーテックスに阻まれ動けないでいる。

 レオの火球はレオ自身よりも巨大になっていた。もはやいつ放たれてもおかしくない。

 

「邪魔をするなー!」

 

 刀による切断ではアリエスの体を分裂させてしまうと思った甲児は、拳による殴打で攻撃を行う。しかしパンチだけでは致命打を与えられない。

 

(本体だ……本体がどれか分かれば倒すことはできるはずだ!)

 

 カプリコーンの毒がカプリコーン自体を倒したことで解除できたように、アリエスも本体を撃破してしまえば残りの分身も消えるはずだと甲児は考える。

 そしてそれは正解だ。問題は、どれが本体かを見抜く時間がもはや甲児には残されていないことだった。

 レオは、ついに火球を放ってしまった。

 熱風をまき散らしながら、直径50メートルを超す火の玉が神樹に向かって飛んでいく。

 

「させるかーッ!!」

 

 甲児は叫んだ。

 瞬間、マジンガーの姿がアリエスたちの前から消え、次に火球の直線状に現れる。

 超能力による瞬間移動。甲児自身どうやってそれを成しえたか分からなかったが、レオの攻撃を何とかして止めなければという思いをZが叶えたのだ。

 両手を広げ仁王立ちしたマジンガーZが火球を受け止めた。

 超高温によって、Zの鎧が火にくべた飴玉のように溶け始める。この鎧は甲児の皮膚と化しているため激痛が彼を襲った。

 さらに火球は形状を維持できず大爆発を起こす。爆風は強烈な衝撃波となって、樹海の中を吹き抜けていった。

 爆発でZの体は地面に激しく叩きつけられる。

 マジンガーの鎧は全身に渡って大きな亀裂が走り、一部は砕け、そこかしこから血が溢れ、グリーンだったボディーは鮮血で真っ赤に濡れている。

 爆発の衝撃と蓄積された疲労で朦朧とした意識の中、甲児は3人の少女たちに視線を向けた。

 須美たちは訓練で得た連係プレーで、必死に3体のバーテックスを相手にしている。

 しかしバーテックスの方も、ジェミニが撃ちだした針の雨をキャンサーが反射してあらゆる方向から攻撃し、その隙をスコーピオンがつくという連携を見せている。

 少女たちは次第に劣勢に追い込まれていき、ついにはキャンサーの尾による横なぎをダイレクトに喰らってしまう。

 3人は血を吐き、人形のように地面を転がっていった。

 須美と園子は痛みで起き上がることができず、2人より防御力の高かった銀だけが辛うじて立ち上がることができた。

 体のいたる所から血を流しながら、それでも2人の友を守ろうと銀は怪物の前に立ちはだかる。

 そんな少女にサジタリアスの矢が、キャンサーの鋏が、スコーピオンの尾が、必殺の威力を持って放たれた。

 

「や……やめろおおおお!!」

 

 甲児は力を振り絞って、銀を攻撃から守るように彼女の前にテレポートした。

 だがひび割れ砕けたZの鎧では、3体のバーテックスの同時攻撃は防げないだろう。

 ゆえに甲児は覚悟を決め、これまで使用しなかった残る3つの内の、さらに2つのチャクラを解放した。

 喉と眉間の宝珠に光が灯り、強化された超能力によってZの周囲にバリアーが展開される。

 バリアーは敵の攻撃を防ぐにとどまらず、攻撃を仕掛けてきたバーテックスにむかって威力そのままに跳ね返した。

 さらにZの格子状のマスクがバキバキと音を立て裂けると、それは獣のような鋭い牙をもった口に変化する。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 マジンガーの口から、雄叫びと共に強烈な暴風が放たれた。風は竜巻となり3体のバーテックスを飲み込む。

 Zが放った風には強力な酸が含まれており、強酸の嵐(ルストハリケーン)に巻き込まれたサジタリアス、キャンサー、スコーピオンの体はあっという間に腐食し、砂像のようにボロボロに崩れ去っていった。

 

「甲児さんスゲェ! よーっし、アタシも……?」

 

 残るバーテックスに追撃を仕掛けようとした銀だが、甲児の様子がおかしいことに気づいて動きを止める。

 マジンガーの体はグリーンから完全なブラックに変色し、さらに鎧の各部がささくれ立ったように変形を始めた。

 手足の先には鋭い爪が生え、背にしたマントは2枚のコウモリを思わせる翼になっている。

 

「こ……この姿は……」

 

 背後で倒れていた須美が声を漏らした。

 今のマジンガーの形態は、以前に彼女が夢に見てきた悪魔とまったく同じ容姿であるからだ。

 異様な姿になったZに脅威を覚えたのか、今まで静観していたレオが動く。

 神樹に放ったものよりは小型だが、それでも強力な威力をもつ火炎弾をZに向けて放ってきた。

 同時にヴァルゴも数10の爆弾を生み出し、アリエスも分身体と思われる数体が特攻を仕掛けてくる。

 

 マジンガーは今度はバリアを張らず、レオの火炎を真正面から受け止めた。

 止められた火炎はどういう訳か、見る間に縮小し消滅してしまった。

 次いで起きたヴァルゴの子機爆弾による爆発も、同様に火の手が広がることなく消え失せる。

 

「……バーテックスの攻撃を……食べちゃった……?」

 

 怪我の痛みを押して起き上がった園子が呟く。

 その通り、マジンガーはバーテックスの放った攻撃を自身のエネルギーとして取り込んだのだ。

 園子の声が聞こえたのか、バーテックスも動揺している気配がする。

 向って来る複数のアリエスを悠然と見やるZ。その胸の装飾板が赤く輝き始める。

 

「グオオオッ!!」

 

 赤熱化したマジンガーの胸の装飾から、目も眩むばかりの強烈な熱波が放射された。

 胸からの放射(ブレストファイヤー)はアリエスを、分身も本体も区別なく飲み込み一気に蒸発させる。

 さらに熱線はヴァルゴとレオをも包み込んでいく。

 2体とも抵抗を試みるがマジンガーの攻撃はそれを許さず、侵攻してきたバーテックスはここに残らず殲滅されることとなった。

 

「……やった……。やったよ、須美! 園子! バーテックスは全滅だ!!」

 

 銀は喜びの声を上げ2人の友人に駆け寄る。

 園子も同様に喜んでいるが、須美だけは不安のまなざしでZを見ていた。

 

「……甲児さん?」

 

 須美の声に振り向いたマジンガーの異様な姿に、少女たちは声を無くす。

 耳まで裂けた口から覗く牙、血走った目は正気を失っているようにしか見えない。その顔はまさしく悪魔(デーモン)のそれだ。

 悪魔と化したZ(デビルマジンガー)は爪を構えながら、ゆっくりと少女たちに歩みを向ける。まるで彼女達が敵であるかのように。

 

「ちょっとちょっと! どうしちゃったのさ!?」

 

 変わり果てた甲児の様を見て銀が叫ぶ。

 Zが銀に近づく。すでに爪の届く距離だ。Zは腕を振り上げる。銀はそれを受け止めようと斧を構える。

 しかし、Zは振り上げた腕を降ろすことなくその場で固まる。自分の中にある何かと葛藤しているようだ。

 

「うあああああ!?」

 

 やがて甲児はZの顔を掴むと、力任せにそれを引きはがした。変身が解け、元の彫像に戻ったマジンガーマスクが樹海に転がる。

 人間の姿になった甲児はガクリと樹海に倒れ伏した。少女たちが慌てて駆け寄ってくる。

 

「す、すまない。意識を持って行かれてたみたいだ……」

 

 肩で息をしながら甲児は言う。その背中を落ち着くように須美と園子が撫でている。

 

「何が起きたのかよく分かんないけど、これでバーテックスは全部やっつけたんだ。もう戦わなくて済むし、甲児さんもこれ以上変身しなくていいなら大丈夫なんじゃない?」

 

 そう銀が言った。

 

「ええ、そうね」

「これにて一件コンプリートだね~」

 

 全員が肩の荷が下りたような、のんびりした気分になっていた。

 しかし穏やかな雰囲気を壊すように、これまで倒してきたバーテックスの死骸から突如として、逆三角錐の形をした結晶状の物体が浮かび上がってきたではないか。

 

「な、何だあれ!?」

 

 結晶は結界の内と外を繋ぐ大橋の境界に飛んでいった。一同は唖然としてその様を見送っている。

 結界の境界に到着した結晶群は、その結界に干渉し無理やり外との境界をこじ開けていく。

 開かれた結界から覗く外の世界、それは歴史で語られる廃墟と化した原野ではなかった。

 結界の外は文字通り、火の海に包まれている。燃え上がる炎の赤が、宇宙の暗黒のなかで輝いている。世界の外は赤と黒の2色、それだけで塗りつぶされていた。

 

「こ、これは一体どういうことなの……」

 

 須美も、園子も、銀も、この世界の住人では無い甲児さえも、結界外の光景に言葉を失った。

 彼女たちを驚愕させたのはそれだけではない。

 結界の外にもいくつかの結晶体が浮かんでおり、それにまとわりつくようにして白い袋状の物体──星屑──が集い、これまで打ち倒してきたバーテックスの体を再生させている様が目に飛び込んできたのだ。

 バーテックスは12種を倒しただけでは終わらない。倒しても際限なく再生産される代物だったのだ。

 出し抜けに、蠢く星屑たちの背後の空間……宇宙が割れた。

 裂けた宇宙からは、金色に輝く瞳のような物体が覗いている。

 瞳は甲児を見ていた。そして瞳から雷光が放たれ、甲児の体を直撃する。

 

「ガッ……!?」

 

 雷光を受けた甲児は一瞬体を硬直させ、そうして力無く倒れ伏す。

 

「甲児さん!!」

 

 少女たちは甲児に声をかけるが反応はない。気絶しただけにしては異様だ。呼吸は徐々に弱まり、肌は土気色に変わっていく。

 謎の存在の攻撃を受けて今、兜甲児の命は潰えようとしているのだった。



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最終回 地球解放編

 兜甲児はマジンガーへの変身を解いた隙をつかれ、未知の攻撃を受け意識を失い倒れ伏した。

 バーテックスの狙いは残存人類の殲滅。それを邪魔する大きな要因である甲児の排除を完了したバーテックスの残骸は結界の外に逃れ、甲児に致命傷を与えた謎の存在も姿を隠した。

 敵は去り樹海化も解除されたことで、少女たちは大慌てで安芸に連絡を取り、大赦を通して救急車を要請した。

 

「兜さん! 兜甲児さん! 聞こえますか!」

 

 甲児はストレッチャーに乗せられ救急治療室へと運び込まれる。

 須美たち3人もまた同様に、怪我の治療のためそれぞれの病室に運ばれて行った。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 数時間後、治療を終え戻ってきたのは少女たち3人だけだった。

 彼女たちの怪我は裂傷や打撲、骨の幾ヵ所かにヒビが入っていたりと重症ではあるが命に別状はない。勇者の回復力の高さで、すでに通常通りに動き回れるほどだ。

 3人は安芸と対面すると、状況を聞くため院内の一室に設けられた待合所でイスに腰を下した。

 

「まずは、よく9体ものバーテックスを撃退してくれたわ。本当にお疲れ様。そして、ありがとう」

「まあ、ほとんどは甲児さんがやっつけちゃったんですけどね」

 

 あはは、と笑って銀が応えた。

 

「彼があそこまで戦えたのも、貴方たちという仲間がいてくれたからこそだと私は思うわ」

「先生がそう言ってくれるなら、私たちも頑張った甲斐があるね~」

 

 そこで、それまで黙っていた須美が口を開く。

 

「それで、先生……甲児さんの容体は……」

 

 笑顔を浮かべていた安芸の顔が暗く沈む。その表情を見た少女たちの間に緊張が走った。

 

「その前に、先に説明しておかなければならないことがあるわ。3人とも、結界の外の様子を見た……のよね?」

「はい。結界の外は滅びた街が広がっている訳じゃなかった。あの炎に包まれた異様な光景は一体……」

 

 安芸は、大赦が長い年月をかけて隠蔽してきた真実を少女たちに話した。

 四国以外の世界が滅んでしまった原因はウイルスなどではなくバーテックスにあり、そのバーテックスを生みだしたのは言葉通りの『神』であると。

 天の神が世界を造り替えてしまったことで、四国の結界以外は一切の生命が住めない世界になってしまったのだ。

 そしてバーテックスは倒しても無限に再生されるため、一時的に追い返しただけでは無意味であり、時が経てば再び攻めてくるとも。

 終わりのない戦い、その事実に須美たちは酷く衝撃を受けた。

 それは、自分たちはこれからも戦い続けなければならないのかということよりも、四国に住む人々は永遠に怪物の脅威から逃れられないのかという思いが強かったからだ。

 

「そして今の兜さんは、天の神の『呪い』とでも言うべきものを、その身に受けているの」

「神様の呪いって、すごくヤバそうなんですけど……」

「ええ、彼の心臓は今にも止まりそうになっている。お医者様は必死に延命処置をしているけど、それも時間の問題でしょう」

「そ、そんな……」

 

 安芸の言葉に3人はさらなるショックを受ける。

 これまで共に戦ってきた仲間が死ぬ……まだ12歳の少女には受け入れがたい事実であった。

 悪い話はこれだけに留まらない。

 結界の外ではこれまで倒してきた12体のバーテックスが、今までにない急速な勢いで修復されつつあるというのだ。

 

「天の神はZを無力化した今、全戦力を上げて残存人類を殲滅する気でしょうね」

 

 しかし、人間もただ黙って滅びの時を待つわけにはいかない。

 大赦は得られたマジンガーの戦闘データから、勇者たちの装備へのフィードバックを始めている。

 超精神物質の解明には至らないが、能力の簡単な模倣くらいならできるはずだ。付け焼き刃だろうがやるしかない。

 さらに、先の戦闘でバーテックスには御霊と呼ばれる本体が体内にあることも発覚した。

 これを壊せるようになれば、その驚異的な再生能力もいくらか抑えられるはずである。

 バーテックスの再侵攻までの猶予は一週間。

 その間に少女たちは休息をとり、できる限り傷を癒し万全な状態を作らなければならない。

 

「本当なら貴女たちのお役目は終わっているはずだったのに、また戦いに向かわせなければならないなんて、大人として不甲斐なさを感じるわ。でもお願いします。どうか世界を、みんなを救ってちょうだい」

 

 安芸は席を立ち、3人の生徒に頭を下げた。

 

「先生、頭を上げてください。先生の辛い気持ちは、私たちにも伝わっています」

「ここまできたら最後までやり遂げよう。やりかけのことを途中で投げ出すってのも、性にあわないしな」

「おぉ~、ミノさんやる気だね~。私も負けないよ~」

 

 少女たちは弱音を吐かなかった。絶望的な状況でも、やれることを精一杯やる。それは彼女達が勇者だからなのではなく、生まれ持っての性質だからだ。

 

「それに天の神を倒せば、甲児さんの命も助かる」

 

 カプリコーンの毒のように、呪いの根源を絶てば何とかなるはずだ。

 須美は信じていた。共に死線をくぐって来た、頼れる大人である甲児がこんな簡単に死ぬ訳がないと。

 

 かくして1週間の猶予は、あっという間に過ぎて行った。

 広がる樹海。結界の外から侵入してきたのは12体の全星座型バーテックス。

 対する勇者は三ノ輪銀と乃木園子、その2名だけであった。

 

「まさか、この土壇場で須美まで意識を失うとは思わなかったなぁ……」

 

 銀は呟いた。

 決戦の前日、夜普段通りに眠りについた須美はどういう訳か、翌日の朝になっても目を覚まさないのだ。

 一同は慌てふためいたが、いくら声をかけても体を揺すっても目覚める気配が無い。しかし甲児のように呪いを受けたということでも無いようだ。

 やむなく須美を甲児と同じ病室に収容し、残る銀と園子の2人だけでバーテックスに対処することとなった。

 

 2人の勇者装束は、これまでの服装の上から防御のための鎧が、肩や胸など体の各部に付加されている。

 大赦による勇者システムのアップデートの結果だ。

 これは防御面の強化だけにとどまらず、マジンガーが先の戦闘で見せた敵の攻撃の吸収能力も備わっている。

 

 本来大赦は、アップデートの際に『満開』と呼ばれるシステムを採用するはずであった。

 しかしこれには、一度使用するごとに身体機能や精神が欠落を起こすという非常に重大な、欠陥とも言える反動を伴っていた。

 また、満開は強大な力を行使できる代わりに持続時間が少ないこともあり、短期決戦用のシステムという側面もある。

 今度の戦いでは早期に決着がつくとは限らないため、敵から奪ったエネルギーで長時間でも戦い続けられると判断した今の使用に変更されたのだ。

 

「園子、平気か?」

「大丈夫~。……やっぱり、ちょっと怖いかも」

「お前のことはこの銀様が守ってやるから、安心しろ」

「うん。ありがと、ミノさん。ミノさんのことも私が守るから」

「……絶対、生きて帰ろうな」

「約束。甲児さんとワッシーが悲しむ顔は、見たくないからね~」

 

 2人は指切りをする。

 バーテックスを倒して、ついでに天の神もやっつけて、そして甲児と須美が起きたら4人で夏祭りに行くのだ。

 楽しい未来を現実にするため、2人は神の尖兵に向けて勇敢に立ち向かっていった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ここは……」

 

 鷲尾須美は、出し抜けに大都会のど真ん中で立ちすくんでいた。

 四国には存在しない超高層ビルが立ち並び人の往来も激しいここは、かつて西暦の時代にバーテックスによって滅ぼされた首都、東京である。

 

 決戦前夜の眠りから目覚めない須美の体は、甲児が眠る病室と同じ部屋に収容された。

 同じ時、大赦の研究所に保管されていたマジンガーマスクが、通常のブルーからアルファー波を放射するグリーンに輝きだす。

 今の須美は、マジンガーマスクを通して甲児の意識と接触しているのだ。

 つまり須美が今見ている光景は、兜甲児がかつて体験した光景でもある。

 

 須美の目に、手を振ってこちらに駆けてくる甲児の姿が映った。

 正確には須美の横に立っている女性、島さやかとの待ち合わせにやって来たのだ。

 甲児とさやかは腕を組み、連れ立って歩く。

 2人は喫茶店に入り、ドリンクを飲みながら談笑していた。

 甲児はこれまで女性と2人で街を歩くなどといた経験は無く、それはさやかも同様であること。

 似たような境遇の2人だからこそ、これから楽しいことを見つけようと笑い合う。

 そうして映画を見たり夕食を一緒に食べに行ったりと、2人はとても穏やかで楽しい時を過ごした。

 大人のデートとは程遠い、まるで子供同士のお出かけのようなものではあるが、だからこそ初々しい2人には相性が良かったのだろう。

 

 悪夢はこの直後にやってきた。

 さやかは他の男に奪われてしまったのだ。

 だがそれは、決してさやかが心変わりを起こしたわけではない。彼女の心は甲児にだけ向けられていた。

 さやかは部屋に押し入ってきた男たちにクスリを飲まされ、無理やり乱暴されたのだ。

 その事実を知らなかった当時の甲児は、男と繋がっている様を見せられ、ショックの余りさやかの前から去って行った。

 その後さやかは拉致同然に連れ去られ、さらなる地獄を見ることになる。

 一方の甲児は唯一の肉親であった父が死に、その父からマジンガーZを託される。

 初めてZになった時、甲児は潜在意識にあったさやかを奪われたことに対する怒りでマジンガーを暴走させてしまう。

 暴走したマジンガーは、甲児の意志とは無関係に都市を破壊しはじめる。これはかつて須美が夢に見た光景でもある。

 Zは連れ去られたさやかの下へ向かうと、彼女を襲った暴漢たちを次々と殺害していった。

 さらにその手はさやかにもかけられる。

 

「ダメよ甲児さん! その人を殺してはいけない!!」

 

 今見ているのは過去の光景であり、その行為に意味はない。しかし須美はとっさに叫んでしまった。

 声が届いた訳では無い。しかしZはさやかを離した。

 だが、行き場のない怒りと何人もの人を殺してしまったという罪悪感がさらなる力の暴走を招き、マジンガーは東京の一角を巨大な爆発で吹き飛ばしてしまう。

 自分の犯した罪の意識から逃れたいという思いから、Zは時を越え1999年の第3次世界大戦の場へと跳んだ。

 そこでも甲児は、滅びると分かっていながら争いを止められない人間の性を嘆き、無意識のうちに戦争をしていた2つの軍を壊滅状態に追いやってしまう。

 甲児のこの行為が原因で戦争は地球規模に拡大、乱れ飛ぶ核ミサイルによって地球は生命の生きられない死の星へと化してしまうのだった。

 

 須美の目の前に、膝を抱えうずくまる甲児の姿が浮かんだ。その様はまるで、親とはぐれ泣き出してしまった子供のようである。

 

「甲児さん……」

 

 須美は声をかけた。目の前の甲児は夢の産物ではなく、現在の意識体としての存在だ。

 

「君も見たんだね、俺の過去を」

「……はい」

「俺はとんでもない過ちを犯してしまった。大切な人さえ守れず、挙句に一時の怒りから全人類を滅亡の瀬戸際に追い込むような真似まで……」

 

 あまりにも大きな罪、それに対して須美はかける言葉が見つからない。

 

「俺は……マジンガーは、この世界の人々を救うことで自分の罪も許されるんじゃないかと思っていた。だけど、結局俺は何もできなかった」

 

 甲児の瞳から涙がこぼれた。

 

「結界の外で、バーテックスが再び生まれようとしているのが分かるんだ。この世界はまだ救われちゃいない。なのに俺は、こんな中途半端な所で死んでしまった」

 

 須美は甲児の隣に腰を降ろし、じっと彼の話に耳を傾けている。

 

「俺には何もできなかった……! 誰も救えなかった……! いや……むしろ、こうやって俺が死ぬことが償いになるのかも……」

 

 その言葉を聞いた須美は、甲児の頬を思いっきり平手打ちした。甲児は唖然とした表情で須美を見つめ返す。

 

「甲児さんのバカッ!! 本気でそう思っているんですか!?」

 

 見れば須美も涙を浮かべていた。

 

「確かに貴方はとても大きな過ちを犯してしまった。だからこそ未来の人々を、私たちの世界を助けようとこれまで頑張ってきたのでしょう!? それを途中で投げ出すなんて、日本男児のやることですか!?」

 

 須美は甲児の頬に両手を添え、真っ直ぐにその瞳を見つめる。

 

「私は諦めません。すでに銀もそのっちも戦い始めているのが分かります。私も一緒に戦って、天の神も倒して、甲児さんもみんなのことも救って見せる! 諦めないのが勇者の務めですから」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「そして、貴方も勇者の一員なんですよ」

 

 須美は最後にそう告げると甲児に背を向けた。

 その背後で、甲児は彼女の言葉をゆっくり噛み砕く。

 そうして甲児が立ち上がったのを感じた須美は振り返った。

 

「俺も、諦められない。父さんの遺してくれたマジンガーを、悪魔のままで終わらせたくはない。人間の未来を守ることだけが、マジンガーが地獄から救われる道なんだ」

 

 すでに甲児の瞳に涙は無い。強い決意を感じさせる表情を浮かべている。

 

「俺も一緒に、最後まで戦うよ。銀ちゃんと園子ちゃんのことも心配だ」

「呪いは大丈夫なんですか?」

「Zになれば、いくらかは余裕ができる。その間に敵を一掃すれば」

「わかりました、行きましょう」

 

 樹海に取り込まれ時間の停止した現実の世界で、マジンガーマスクが輝き始める。

 強い閃光と共にマスクと、病室にいた甲児と須美の体が消え、次の瞬間に彼らは樹海の中にいた。

 すでに須美は勇者服を着込み、甲児もZの鎧を身にまとっている。

 Zは須美を抱き上げると、超能力でバーテックスと闘い続けている銀たちの下へ瞬間移動した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ダブルトマホークブーメラン!!」

 

 銀は雄叫びと共に、武器である斧をスコーピオンバーテックスに投げつけた。

 強化され両刃となった大斧の一撃を受け、スコーピオンはあっけなく倒される。

 

「とりゃ~!」

 

 さらに露出した御霊を、園子が同じく強化された武器である三叉の矛で突き破壊した。

 しかし倒されたバーテックスは、天の神の力によって開きっぱなしとなっている結界の外から侵入してくる星屑が集まり、即座に再生を始めてしまう。

 倒しては復活し、それをまた倒す。銀と園子はずっとそのイタチごっこを演じるハメになっていた。

 

「あーもう、しつこいっての!」

「女の子からは嫌われるタイプだね~」

 

 銀と園子が戦い始めてから数時間が経過したが、勇者システムのエネルギー吸収機能によって2人に疲労の色は無い。

 かといって数と力の差で攻めきることもできず、一進一退なのが現状だ。

 そこに、戦況のバランスを覆す存在が現れる。マジンガーZと鷲尾須美だ。

 

「2人とも、目が覚めたのか!」

 

 銀と園子は喜びの声を上げ甲児たちに駆け寄る。

 

「心配させたみたいだね。もう大丈夫だ!」

「2人にまかせっきりでごめんなさい。これが本当に最後だから、4人で頑張りましょう」

 

 頷きあう一同。そこにレオが火球を撃ち込もうとしている。

 だが、それより早くZが胸部のプレートにチャクラエネルギーを集め

 

「ブレストファイヤー!!」

 

 必殺の一撃を放った。レオは火球もろとも消し飛ばされる。

 横から向ってきたアリエスも、須美が弓に代わる新装備の銃で、分裂する間も与えず御霊を撃ち抜いた。

 しかしレオもアリエスも、倒した傍から星屑が寄り集まって再生を始めてしまう。

 

「こいつはキリが無いな」

 

 甲児はつぶやいた。いくらバーテックスを倒しても、天の神をどうにかしないことには事態は解決しない。

 

「結界の外に出ましょう。このまま樹海で戦っていては、神樹様も街の人たちも危険だわ」

 

 須美は銃の狙いをバーテックスに定め、銀、園子、Zもそれぞれ武器を構える。

 

「突撃~!」

 

 園子の掛け声と共に4人は飛び出した。銃で、斧で、槍で、剣で、せまる怪物を打ち倒していく。

 4人揃った勇者の前ではバーテックスたちはものの数ではなく、あっという間に12体は切り伏せられていった。

 

「ルストハリケーン!」

 

 大橋の外から侵入して来ようとする星屑はマジンガーの竜巻で一掃され、その隙に4人は結界の外へと出ていく。

 背後では、神樹が外敵の侵入を防ぐため結界を完全に閉じたのが認識できた。

 4人は改めて目の前の、世界の本当の姿を見て息を呑む。

 炎に包まれた星と、宇宙を白く塗りつぶす大量の星屑。

 その向こうに、全ての元凶である天の神が姿を見せる。

 宇宙を切り裂いて現われた天の神は、脳が剥きだしの巨大な人間の赤ん坊の姿をしていた。その身の丈は数100メートルはあるだろう。

 

「うへぇ、気持ち悪い……」

 

 神の醜悪な出で立ちに4人は吐き気を覚え、口元を抑える。

 天の神が動いた。レオバーテックスが放ったのと同等の火球を4人に向かって撃ち込んでくる。

 4人は別方向に飛び上がり避けるが、天の神は今度はサジタリアスが使っていた矢を広範囲に向かって射出した。どうやら全てのバーテックスの能力が使えるようだ。

 それぞれの武器を駆使して攻撃を弾く。防ぎきれなかった攻撃は、勇者服がその力を吸収していく。しかし

 

「痛っ……!」

 

 勇者服に亀裂が走り、少女たちの肌にも傷がついていく。

 天の神の力が強すぎるため、新装備のエネルギー吸収システムでは対応が追いつかないのだ。

 マジンガーがマントで全員を包み込むが、それも複数のスコーピオンの尾で突かれ溶かされてしまう。

 無防備になった所に再びレオの火炎弾を撃ち込まれ、今度は防ぐことかなわず4人は吹き飛ばされ地球に叩きつけられる。

 間髪入れず、天の神はヴァルゴの爆弾をミサイル状に撃ち込んできた。地表で爆発の炎が上がる。

 さらに爆弾、光の矢、毒の尾、火炎弾が立て続けに襲い来るが、4人は炎の中から飛び出て間一髪これを避けた。

 

「これじゃ近づけないよ~!」

 

 激しい連続攻撃に園子が声を漏らす。

 

「向こうが総力を挙げてくるなら、こっちも力を合わせるんだ! 3人とも、協力してくれ」

 

 甲児はそう言うと右手を差し出す。少女たちも言われるままにその手に自信の手の平を重ねあわせた。

 そして、マジンガーの正中線上にある7つの宝玉全てに光が灯る。これまで禁じていたチャクラエネルギーを100%解放したのだ。

 4人はまばゆい光に包み込まれる。4人を飲み込んだ光は、爆発したかのようなより激しい輝きを放った。

 閃光の消えた中にあったのは1体の巨人の姿だった。身長はバーテックスを越え、ゆうに100メートルはあるだろうか。

 シルエットはマジンガーに酷似しているが、その全体像はエネルギーの塊であり実態を伴っていないためハッキリとしない。

 この現象こそ甲児が自分の(sin)を認め、勇者たちと協力することで力の暴走を制御することに成功した『sin.マジンガー』の姿だった。

 

 真なるマジンガーの姿を脅威と見た天の神は、先ほどまでよりも強力な攻撃を見舞ってくるが、それらの攻撃は全てsin.マジンガーの体内に飲み込まれてしまった。

 無数の星屑が雪崩のように寄り集まって、マジンガーを包み込んでしまう。

 そんな星屑たちですら、sin.マジンガーは自身のエネルギーとして吸収し、融合していく。

 

『うおぉ、マジンガーがバーテックスを喰っちまってるー!?』

 

 sin.マジンガーと精神的に1つとなっている銀が、その内で叫んだ。

 その声は天の神の恐怖を代弁しているかのようだった。

 無数の星屑を取り込んだマジンガーの体は急速に巨大化し、その身は天の神をも上回る大きさになっている。

 マジンガーが手を伸ばし、天の神の体を掴んだ。神の使いを吸収し、ついには神そのものすらその身に取り込もうというのだ。

 天の神に触れた手を通して、神の意識と勇者たちの意識が繋がる。そこで4人は神との戦いの起こりを知った。

 神は自らの子供として人間を生み出したが、人は進化を武器として成長し、親である神を越えようとしたことでその逆鱗に触れたのだ。

 

『何という傲慢さ……私たちはあなたの所有物じゃない!』

『アタシたちは自分の意志で生きてるんだ!』

『私たちの未来は誰にも邪魔させないよ!』

『子供を愛さない()なら、そんなもの俺たちには必要ない!』

 

 須美が、銀が、園子が、甲児が叫ぶ。マジンガーの体が、神の光を塗りつぶす漆黒に光(シャイニングダークネスに)輝く。

 口を開け牙をむき、悪魔の如き形相で天の神に食らいつこうとするsin.マジンガー。

 

『オギャアアアアア!!』

 

 その時、天の神は赤ん坊の姿のまま叫び声を上げた。それはまさに死への恐怖による絶叫だった。

 天の神はあらん限りの力を振り絞ってマジンガーの手中から逃れると、現れた時のように空間を切り裂き、その中に飛び込むようにして身を隠した。

 

『追わないと!』

『……いや、その必要はないよ』

 

 追撃を口にする須美を甲児は止めた。

 甲児の超感覚に、天の神がこの世界からまったく気配を消したのが感じられたからだ。つまり……

 

『天の神は撤退した。この世界から手を引いたんだ』

 

 その証拠に、周囲に溢れかえっていた星屑も姿を消し、地球を覆い尽くしていた紅蓮の炎も嘘のように消え去っている。地球はかつての青い姿を取り戻していた。

 甲児の体を蝕んでいた神の呪いも完全に消滅したようだ。

 

 地球の表面に光り輝いている巨木──神樹の姿が見える。しかしその光は弱々しい。

 天の神との長きに渡る戦いの影響で、神樹の生命力が衰えているのだろうと甲児は理解した。

 ここで決着がついていなければ、神樹は消滅し四国も共に滅んでいたかもしれない。

 四国の地表に降下するマジンガー。その際甲児は、バーテックスから取り込んだ全てのエネルギーを神樹に受け渡した。これでもうしばらくは神樹の生命力も持つだろう。

 地面に到着すると同時に、sin.マジンガーの姿も元の等身大のコバルトブルーの鎧に戻り、さらに3人の少女たちも肉体から分離した。

 少女たちは変身を解き、戦いに勝利したことを抱き合って喜んでいる。しかし甲児は未だZの姿のままだ。

 

「……甲児さん? どうしたんですか?」

 

 変身したままの甲児を訝しんだ須美が尋ねる。

 

「さっき天の神が異次元に消えた時、余波で空間に歪みができた。そこから声が聞こえてきたんだ」

 

 それはかつて未来の火星から、テレパシーで甲児に助けを求めてきた者の声だった。

 

「俺は行くよ。ここで君たちともお別れだ」

 

 天の神を追い返し四国の安全を取り戻した今、甲児は本来の目的を果たそうというのだ。

 

「えぇ~、こんな急にさよならなの~?」

「そんなぁ……、夏祭り一緒に行こうって約束したじゃないか!」

 

 園子と銀は甲児を引きとめようとするが、須美はそんな2人を押しとどめた。

 

「ダメよ2人とも。甲児さんには甲児さんの、やらなければならない勤めがあるのだから」

 

 図らずも人類を滅亡の淵に追い込んでしまったマジンガーZ、その罪をそそぐための新たな旅立ち。

 だが本来ならば火星への旅こそが甲児の元々の進むべき道であり、この四国世界での少女たちとの邂逅はほんの寄り道だったのだ。

 だから須美は甲児を止めることはしなかった。

 無論共に戦った仲間と離れることの寂しさはあったが、過去の甲児の経緯を知ってしまった須美は、彼の心が真に救われることを望んだのだ。

 甲児は別れの挨拶として、少女たち1人1人と固く握手を交わした。

 

「みんなとこの世界を守るために戦えたことは俺の誇りだ。君たちのことは忘れない。別の宇宙から、君たちの幸せを祈っているよ」

 

 さようなら、そう言い残し兜甲児は本来の世界へと旅立っていった。

 宇宙へ向かって飛び立つ甲児の姿が消えるまで、少女たちはその背中を見送った。

 仲間との別離という寂しさから、使命を終えたという安堵感に気持ちが徐々に切り替わっていく。

 平和になった世界でこれから少女たちに何が待っているのだろう。きっと素晴らしい明日に違いない。

 3人は手を繋いで、笑顔を浮かべながら帰路につくのだった。




スランプで思うように書けず、巻きで終わらせてしまいました ごめんなさい
読んでくださりありがとうございました


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