【完結】この佐藤さん、バグってね? ~ムキムキ佐藤翼のリアル鬼ごっこアナザールート~ (ふぁもにか)
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前編:ムキムキ佐藤翼、天啓を得る


 どうも、ふぁもにかです。唐突にネタが降臨したので、衝動任せで執筆します。
 閑話休題。私が一番最初に読んだホラー小説が『リアル鬼ごっこ』でした。それゆえに、作品の内容や衝撃は今も心の奥深くに刻まれています。そんなリアル鬼ごっこに敬意を称しつつ此度、思いっきり原作崩壊させます。いざ。

※この作品は文芸社のリアル鬼ごっこを原作としています。ご了承くださいませ。



 

 

 医学、科学、機械技術などが他の国を圧倒する、とある王国にて。

 人口約1億人の中、500万人超が王族と同じ『佐藤』の名字を有していた。

 

 そんな500万人超の一員である、佐藤翼の1日は午前4時から始まる。

 横浜市西区の一戸建ての自宅にて。正確な体内時計により、午前4時になった瞬間、明確な筋肉の脈動、あるいは覚醒を感じ取ることで、翼はパッチリと目覚める。その後、体を壊さない範囲で筋肉を傷めつける筋トレ作業に入る。当然、筋トレ前後の入念なストレッチも欠かさない。ストレッチを軽視する者に筋トレを行う資格はない。そのような不届き者の末路は、体を壊してロクな筋トレができなくなるのが相場だ。

 2時間みっちりと筋トレをこなした後は、シャワーで玉のようにあふれ出る汗を洗い流し、食事に入る。炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラルなど。あらゆる栄養をバランスよく取れるメニューを考えた上で朝食を作り、美味しくいただく。

 こうして。大学3年の翼の朝の時間は緩やかに過ぎていく。

 

 翼が筋トレにのめり込み始めたのはいつの頃だったか。始まりは確か、飲んだくれで家族に容赦なく暴力を振るう父:佐藤輝彦に怯えずにいたいという切なる願いだ。7歳頃の翼は自分がもっと強くなれば、ムキムキになれば、虐待に走る父なんか怖くなくなるし、母や妹を守れるとの考えに至ったのだ。結局、父の暴力に耐えかねて母は妹を連れて家を出ていったが、その後も翼は筋トレを継続した。父の暴力が翼に一点集中したがゆえの、ある種の防衛本能だったのだろう。

 

 親友、もとい悪友の佐藤洋と一緒につるんでいた頃は『ダブル佐藤の筋肉の方』とよく呼ばれていたから、中学の時にはもう全身筋肉ムキムキの肉体美を入手していたように思う。

 

 人間、最後に信じられるのは己の鍛え上げた筋肉だ。筋肉を鍛えれば鍛えるほど、筋トレの辛い過程を乗り越えた実績から、揺るぎない精神力を、筋肉という根拠に基づく自信を抱くことができる。他にも、筋肉があれば良いこと尽くめだ。筋骨隆々であれば、チンピラやクレーマーに絡まれるといった余計なトラブルから回避できる。筋肉を鍛えるためには多方面の知識が必要なことから、筋肉の発達と比例して頭を良くすることができる。筋肉があれば、例え容姿が平凡でも、同性異性に関係なく人が集まるようになる。筋肉のネタで上手に場を和ませることができる。メリットは数多く、デメリットはわずかのみ。ゆえに。筋肉こそ、至高。筋肉最高。異論は認めない。

 

 翼は大学の陸上部員として足の速さを追求すると同時に、筋肉も追及していた。

 結果。王国150代目の通称馬鹿王が己と同じ佐藤姓の存在を許せないあまりに約500万人超の佐藤さんの殲滅を画策し、唐突にリアル鬼ごっこを開催した時点にて。翼は人間離れしたトンデモ身体スペックを誇っており、例え高度な連携の取れる鬼の集団が総力を上げて翼を捕まえようにも、一切捕まらない境地に彼は達していた。

 

 

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【暗黒時代】リアル鬼ごっこ アンチスレ Part155【リアル鬼ごっこ2日目終盤】

 

1:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

 

○リアル鬼ごっこのルール(ざっくりまとめ)

・王国内にいる500万人超の全ての佐藤さんは追っ手の鬼から逃げ切らないといけない

・鬼に捕まった佐藤さんは宮殿内の極秘収容所へと護送され殺される

・期間は12月18日(月)から24日(日)の7日間である

・23時から24時までの1時間が、各日の鬼ごっこを行う時間帯である

・7日間逃げ切った佐藤さんには、どんな願いも叶えるとの褒美が与えられる

・全国に設置した無数のスピーカーからのサイレンを鬼ごっこの開始の合図とする

・鬼ごっこ終了時には、スピーカーからベルが鳴らされる

・鬼から逃げる際は己の足で逃げなければ失格であり、発覚次第、鬼に即殺される

・鬼ごっこ開催中は乗り物の運行が全ストップされる。もしも鬼ごっこ開催中に乗り物に乗っていれば、例え性別が佐藤でなくてもただちに抹殺される

・佐藤さんは基本的にどこに逃げても隠れてもいい

・500万人超の佐藤さんに対し、総勢100万人超の鬼(王国の兵士)が配置される

・鬼は迷彩服、トランシーバー、拳銃、王国の国旗マークの張られた帽子を着用する

・鬼1人1人には佐藤探知機ゴーグルが支給される。誰が佐藤さんなのか一目瞭然な上、近くに佐藤さんがいるとセンサーが反応する仕様となっている

・鬼ごっこの時間外の、余った23時間の間はどんな生活をしようと不問とする。仕事を、学業をサボろうと、王国の知ったことではない

・佐藤さんを見つけた鬼は警告音を鳴らし、佐藤さんに鬼の存在を気づかせてから佐藤さんを捕まえるべく追いかける。鬼が佐藤さんを不意打ちで捕まえることは許されない

・鬼は1日に1人以上の佐藤さんを捕まえなければ重罪が下される

 

○前スレ

【暗黒時代】リアル鬼ごっこ アンチスレ Part154【リアル鬼ごっこ2日目終盤】

 

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195:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

あんな王様が好き放題暴れてるんじゃ、世も末か

 

196:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

世の中クソだな

 

197:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

【悲報】声優:佐藤きらり、大阪府淀川区新北野にて鬼に捕まる

 

198:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>197

ぎゃあああああああああああああああ!!

 

199:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>197

え? は? うそやん

証拠映像がないなら俺は信じないぞ!

 

200:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>197

もうきらりんの癒しボイスが聞けぬと申すか

あの声なしに明日からどう生きればいいんだ……

 

201:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

【悲報】声優:佐藤きらり、大阪府淀川区新北野にて鬼に捕まる

 

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     *      *

  *     +  うそです。許してにゃん♪

     n ∧_∧ n

 + (ヨ(* ´∀`)E)

      Y     Y    *

 

202:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>201

屋上

 

203:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>201

絶対許早苗

 

204:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>201

てめーは俺を怒らせた

 

205:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>201

野郎、ぶっ殺してやるぁぁぁ!

 

206:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>201

OK。末代まで呪うわ

 

207:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>202-206

この連帯感よw

 

208:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

もうそろそろリアル鬼ごっこの2日目が終わるな

 

209:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

時間が経つのはあっという間だぁ……(;´Д`)

 

210:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

しっかし、全国の佐藤さんが不憫でならない

 

211:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

ワイ、名字が左藤でホッとしてる今日この頃。よかった。いや、よくないけどよかった

 

212:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>211

言いたいことはわかる

 

213:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

マジ王様愚帝すぎ。あの馬鹿王、誰か殺して、どうぞ

 

214:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

名字が二股(ふたまた)のワイのような少数民族には無縁の話だなぁ

二股どころか、恋人いない歴が年齢と化してるけど

 

215:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>214

(´;ω;`)ブワッ

 

216:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>214

前が見えねェ

 

217:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>213

おい、お前消されるぞ!

 

218:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>213

逃げるんだよォォォーーーーーッ!

 

219:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

同情するなら助けてくれ! 何でもするから!

 

220:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>213

お前がテロリストになるんだよ!

テロリスト? いや、違うな! レジスタンスだ!

 

221:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>219

ん? 今何でもするって――とか言ってる場合じゃないな

すまぬ、佐藤さん。俺も死にたくないんだ

 

222:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>219

俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!

だからよ、止まるんじゃねぇぞ…

 

223:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

佐藤さんを助けた人も殺されるってのがきっついよなぁ

さっき正義漢の知り合いが追われてる佐藤さんを助けようとして鬼に射殺されちゃったし

 

224:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>223

マジかぁ……

 

225:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

このただの理不尽な殺戮劇に『リアル鬼ごっこ』って、微妙にカッコいい名前を持ってくる辺りに王様の悪意方面に振り切った邪悪なセンスを感じる

 

226:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>221

やめろー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!

 

227:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>226

お前結構余裕だなww

 

228:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

俺のベランダから捕まった佐藤さんたちが宮殿に護送される様子が見える件

これ憂鬱になるよ、うん。さっきいとこが護送されてる所見ちゃったから、なおさら

 

229:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

あぁ、先王なんで早逝してしまったんや

貴方にはもっと長生きしてほしかった

 

230:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>227

まぁね。俺、逃走中のハンターやってたし

――スプリンターの瞬発力とマラソンランナーの持久力を併せ持つ CV.マーク・大○多

 

231:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

何か一気に殺伐とした雰囲気になっちゃったな

王様次第でこんなにも国の空気って変わるんだな、改めて実感したよ

 

232:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

正直、リアル鬼ごっこって何のメリットもないよな

500万人もの労働力を名字が佐藤って理由だけで無残に切り捨ててるわけだし

リアル鬼ごっこが王国滅亡の決定打って後の歴史の教科書に記載されそうな予感

 

>>231

リーダーって大事やで?

 

233:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

なんで馬鹿王はこうも突き抜けた馬鹿王なのか

先王が甘やかしすぎちゃってたのかなぁ。でも弟は優秀って話だし、これもうわかんねぇな

 

234:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>230

よくよく考えたら、リアル鬼ごっこの最中にスレに来てる時点で超余裕だわwww

 

>>233

弟は馬鹿王を反面教師にしたんだよ、きっと

 

235:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

【悲報】俺氏、鬼。鈍足すぎて誰も捕まえられない (/・ω・)/ピンチ!

 

236:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>235

1日1人、佐藤さんを捕まえられないと重罰科されるんだろ? 大丈夫か?

 

237:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>235

鬼は王国の兵士が担当してるんだよな?

足の遅い兵士なんているの? 兵士になる際に体力テストとかなかったん?

 

238:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>237

ヒント:今の俺の年齢→40代後半、メタボ腹、腰痛・膝痛持ち

 

239:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>238

あっ…(察し)

 

240:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>238

メタボの人、かわいそう

 

241:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

俺も体力ない系の兵士だけど、今日は偶然家に隠れてた90代のよぼよぼな佐藤さんを見つけて捕まえたから罰を逃れられたよ。でもこんなケース、そうは続かないしなぁ

 

242:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>235

1日目はどうやって捕まえたのさ?

 

243:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>242

他の鬼が佐藤さんを追い詰めてた所にバッタリ出くわして、苦労せずに捕まえた

当の佐藤さん的には絶望だっただろうけど、俺にとってはラッキーだった

 

244:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

何か俺の近所から人が思いっきり減った気がががが

佐藤さん、いっぱい住んでたのかなぁ?

 

245:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

リアル鬼ごっこ2日目終了! 解散! 閉廷!

 

246:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

おつかれっしたー!

 

247:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>235終了のお知らせ

重罰=処刑じゃないだろうから、罰で殺されはしないだろう。強く生きろ

 

248:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

佐藤さん、今どのくらい残ってるんだろう?

 

249:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>247

100万人の鬼が全員、1人ずつ佐藤さんを捕まえたと仮定すると、この2日間で残る佐藤さんは大体300万人になっているかと

 

250:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

けど実際、王様さえどうにか暗殺すればこのふざけたリアル鬼ごっことやらも終わると思うの、俺だけ?

 

251:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>250

いや、俺も終わると思うよ。今の王弟は賢くて良識があるって話じゃん。兄と違って。王様が殺されたとなれば、すぐにリアル鬼ごっこを中止してくれると思われ。

でもあの厳重な警備じゃ暗殺なんて無理でしょ。例え上手く王様を殺せたとしても自分も殺されるのは目に見えてるし、誰もやらないだろうな。自分の命が惜しいもの

 

252:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>251

兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!

 

253:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>252

ケンシロウ「おっ?」

 

254:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

俺鬼なんだけど、どう頑張っても絶対に捕まえられそうにない佐藤さんがいる件

 

255:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>254

逃げ足速いの?

 

256:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>255

超速い。高速道路の車を追い抜けるんじゃってくらい速い

というか、北斗の拳の世界の住人なのかと疑いたくなるほどの全身ムキムキっぷりだから、下手に捕まえようとすると殴り殺されそうな感。さっきはジャンプで2階建ての家の屋根まで跳んでったし、あれ捕まえるのは人間には無理

 

以下、証拠動画↓

https://www.youtuve.com/watchXXXXXXXXXXXX

 

257:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>256

なぁにこれぇ?

 

258:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>256

もしかして:この佐藤さん、バグってね?

 

259:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>256

もしかして:若者の人間離れ

 

260:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>256

もしかして:チート転生者

 

261:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>256

ほう、こんな佐藤さんもいるのか。興味深い

 

262:以下、名無しにかわりまして暇神がお送りします

>>256

何か全国の佐藤さんの希望の星になれそうな存在だな

 

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 リアル鬼ごっこ2日目終了後。死に物狂いでリアル鬼ごっこ2日目を逃げ切った父が命を使い果たした末の急性心不全で亡くなった翌日。父の通夜を見届けた佐藤翼は、生き別れの妹こと愛の居場所として父が教えてくれた『大阪府淀川区新北野』の行き方を知るべく、ネットサーフィンをしていた所、偶然『リアル鬼ごっこ アンチスレ』に出会い、時間がないとわかっていてもそれでも興味本位でスレッドの中身を覗いてみた。

 

 感想としては、不謹慎。その一言に尽きた。ほとんどが対岸の火事の連中で占められたスレッドに翼は色々と物申したい心境だった。が、そんな気持ちはすぐさま吹っ飛んだ。翼を唸らせる意見が存在していたからだ。

 

 そうだ。そうだよ。王様を殺せば、リアル鬼ごっこを終わらせられるじゃないか。

 まさに天啓であった。確かに愛の安否は気になるし、凄く会いたい。だが、実際に新北野に行った所ではたして意味などあるだろうか。まず愛を見つけ出せるとは限らない。王国管理センターには各世帯の名字や住所は登録されているが、下の名前は登録されていない。新北野にも佐藤さんがいっぱい住んでいることは容易に想像できる。しらみつぶしに佐藤さん家を一軒一軒訪問した所で、愛と再会できる可能性は限りなく低い。愛を探し出す作業は困難を極めるに違いない。

 

 そして、例え奇跡的に愛を見つけ出せたとしても、残り5回のリアル鬼ごっこを愛とともにクリアしなければ意味がない。鬼から逃げ切れなければ、愛がむざむざ殺されるだけだ。俺一人なら、頼もしい筋肉があるから逃げ切りは容易だ。でも、愛の足が速いとは限らない。持久力が優れているとは限らない。いくら俺でも、愛を抱きかかえてリアル鬼ごっこを逃げ切ることはさすがにできないだろう。……まぁ、愛の体重がどのくらいあるかにもよるが。

 

 ならば、どうするか。簡単だ。一刻も早く、王様を殺せばいいのだ。そうすれば、リアル鬼ごっこは中止され、愛は確実に生き残る。あぁ、どうして思いつかなかったのだろう。俺はこんなにも、王様を恨み、憎んでいたのに。父さんが殺されたのも王様が原因なのに。きっと王様に逆らってはいけないとの王国民のDNAが翼に謀反の意思の表出を許さなかったとか、そんな所だろう。

 

 王様の殺害。一般に、これを果たすのは、非常に困難だ。失敗し、殺される見込みは高い。

 だが、俺はこれまで、ひたすらに筋肉を鍛え続けてきた。極限にまで筋肉を突き詰めてきた。そんな自分なら。ひょっとしたら。王殺しを果たせるかもしれない。

 仮に王殺しを果たしたとしても、どっちみち待っているのは、死だ。一応、自殺志願者のつもりはないから、王殺しの後は速やかに宮殿を脱出するつもりだが、王様を殺した実行犯がのうのうと逃げ続けられるわけがない。王国の捜査能力はそんなに甘くない。

 

 でも、死が待ち受けていようが知ったことか。もう、家族が死ぬなんて耐えられない。

 母さんは事故で死んでいた。父さんはリアル鬼ごっこで殺された。妹の愛も今、リアル鬼ごっこで命の危機に瀕している。もしかしたら、もう鬼に捕まって、殺されてるかも……いや、そんなことはない。あるはずがない。愛は絶対に生きている。ならば兄として、己の命を賭してでも、俺はリアル鬼ごっこを止めないといけない。

 

 やろう。王様を殺そう。そもそも、自分と同じ『佐藤』の名字の人の存在が多すぎて許せないからって全国の佐藤さんの殲滅を企むばかりか、実行にまで移すような王様なんか、いらない。

 

 殺られる前に殺る。先手必勝。攻撃は最大の防御なり。

 簡単な話だ。画期的なアイディアを授けてくれたスレッドには心から感謝しないとな。

 

 さぁ。そうと決まれば――まずは寝よう。その後に冴えた頭で作戦会議だ!

 王様殺害の方針を定めた翼はひとまず、ぐっすり睡眠を選んだ。

 己を最高のパフォーマンスに整えるためには、濃密な睡眠が不可欠なのだ。

 

 

 ――中編に続く。

 

 




 掲示板ネタって難しい。でも書いててタノシイ…タノシイ……!┗(⌒)( ^o^ )(⌒)┛


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中編:ムキムキ佐藤翼、団結する


 文芸社のリアル鬼ごっこに所属している『ホラー』さんが昨晩に家を出てから行方不明となり、文芸署が『ホラー』さんの特徴を公開して捜索している。『ホラー』さんは愉悦部にも所属し、日頃は特別な力を持たない一般人たちを理不尽に恐怖に駆り立てる活動を続けていたが、『ホラー』さんは外出前、『筋肉怖い』『こんなの一般人メンタルな佐藤翼じゃない』などとうわ言を漏らし、目に焦点が定まっていなかったことから、同署は事件や事故に巻き込まれた可能性もあると見て、約50人体制で捜索する方針だ。【文責:ふぁもにか】



 

 

 12月20日(水)。午後9時。

 リアル鬼ごっこ3日目開始まで、残り2時間の頃合いにて。

 佐藤翼は起床後、ざっくりと2つの作戦を考えた。

 

――作戦その1:『鬼から装備一式を丸々強奪して宮殿に潜入し、王様を殺そう!』大作戦

 

 作戦名の通り、リアル鬼ごっこ開始時に鬼を襲撃して迷彩服・王国のマークがプリントされた帽子・佐藤探知機ゴーグル・トランシーバー・拳銃の5点セットを奪って鬼になりすまし、そのまま堂々と宮殿内に侵入して王様を殺すという作戦である。

 

 だが、問題は数多い。前提として、鬼が装備一式を装着するのはリアル鬼ごっこの開催中のみなので、鬼からの強奪はリアル鬼ごっこ中に行うのだが、その際に己のムキムキ極まりない筋肉を覆えるサイズの大きい迷彩服を着た鬼と出会える可能性が乏しいという点だ。せっかく装備を奪っても、迷彩服が着れないのでは意味がない。軍装品店での迷彩服の購入も考え、ネット上でラインナップを確認してみたが、鬼の迷彩服と一致する迷彩服は販売されてなかった。ゆえに、己の筋骨隆々さが原因で鬼の迷彩服を着れないという点から、鬼になりすますことはかなり非現実的だ。

 

 また、仮に鬼になりすませたとしても、宮殿に入れるとは限らない。見上げるほどの高さで頑丈な先の尖った鉄の柵と数百名の衛兵で守られた宮殿内には許可された者しか入れない。鬼は王国の兵士が担っているとはいえ、100万人もの鬼全員が宮殿内への通過を許可されている、と考えるのはあまりに楽観的だろう。そもそも鬼に変装した所で、佐藤探知機ゴーグルからは逃れられない。きっと俺以外にも王殺しを考える者がいると王国が想定していれば、宮殿を守る衛兵にも佐藤探知機ゴーグルが支給されているかもしれない。だとしたら、鬼の変装なんて無意味だ。というか、鬼は1日に1人以上の佐藤さんを捕まえなければ重罪なのに、呑気に宮殿内に入ろうとする鬼とか、衛兵からすれば不審すぎるだろう。ゆえに、宮殿への正面からの潜入は厳しい。不可能に近い。

 

 ならば、作戦その1は没にするしかないだろう。

 作戦その2でいくしかなさそうだ。吉と出るか凶と出るか。賭けに出させてもらう。

 精々最後の晩餐を楽しむんだな、王様。

 

 

 ◇◇◇

 

 午後11時。各所に設置されたスピーカーからけたたましいサイレン音が鳴り響き、リアル鬼ごっこ3日目が開始された。当の翼は住宅街の3階建ての家の屋根の上で待機していた。彼の目的は鬼を見つけることだ。双眼鏡を用いて周囲を見渡し、鬼がいないとなれば別の家の屋根へと飛び移り、鬼の居場所を探す。鬼から逃げる佐藤さんの立場なのに積極的に鬼の位置を探ろうとする翼は何とも奇妙なポジションだった。

 

 

(いた!)

 

 5分後。翼は鬼を見つけた。鬼は左右をキョロキョロと見渡しているが、上にまでは視線を移していないようだ。翼はタイミングを見計らい、ジャンプする。そして、鬼の目の前に着地した。翼の筋肉量に加え、敢えて重力を味方につけた上での着地を行ったため、ドゴォと重々しい音が響き、翼の足首がコンクリートの地面にはまってしまう。

 

 翼は足をコンクリートの地面から抜けないために、鬼から逃げられない。対する鬼は一時目の前にいきなり筋骨隆々な男が登場したことに呆然としていたが、すぐに我を取り戻し、警告音を発した後に翼を捕まえる。その後、トランシーバーで周囲の鬼を呼び、数人がかりで翼の足をコンクリートから引っこ抜いた後、翼に手錠をかけた上で護送車へと連行した。

 

 翼を乗せた護送車は動き出す。護送車の中の空気はよどみきっていた。誰も彼も目が死んでいる。これから処刑されるとわかっていて生き生きとできるわけなんてないのは当然だが、護送車の中に何発も銃で撃たれたらしい1人の佐藤さんが血の海に倒れ伏しているのもこの沈鬱な雰囲気の醸成に一役買っているのだろう。おそらくこの佐藤さんは宮殿の極秘収容所に連れていかれてなるものかと必死に抵抗しまくったがために、鬼に撃ち殺され、他の佐藤さんへの見せしめとして死体を利用されているのだ。翼は吐き気を抑えるため、死体から視線を外し、内心で合掌する。

 

 

(俺の場合、極秘収容所に連れていってもらわないと困るんだけどね)

 

 翼にとっては、収容所に護送されることこそが狙いだった。

 

 

――作戦その2:『敢えて鬼に捕まり、宮殿内の極秘収容所まで護送してもらってから、筋肉の力で収容所から脱走し、そのまま王様を殺そう!』大作戦

 

 作戦名の通り、鬼に捕まった佐藤さんを連行する護送車を利用して警備の厳重な宮殿内に侵入した後、収容所を筋肉でぶち壊して脱走し、王様を殺すという作戦である。

 

 王殺しを考えると、どうしても宮殿の厳重な警備が壁として立ち塞がる。

 衛兵1人1人に負けるほど翼の筋肉は柔ではないが、数百名の衛兵に一斉に銃撃されれば、さすがの翼の筋肉ももたない。ゆえに、強引に正面から宮殿内に突入することは無理。だからこそ。敢えて鬼に捕まり、宮殿内まで己の身柄を輸送してもらう方法を翼は選んだ。

 

 だが、この作戦にも懸念事項は存在した。昨日までは地上から2階建ての家の屋根へと直接跳び移ってでも逃げていた翼だ、スレッドで話題にされていたように、鬼たちもまた翼のことをうわさしていることだろう。そんな身体スペックの高い翼が鬼から逃げきれず、あっさりと普通に捕まろうものなら、鬼に作戦その2を看破されかねないのだ。ゆえに。わざわざコンクリートの地面に足が埋まるという不幸なアクシデントを演出して、鬼に捕まった。それでも鬼に作戦がバレる可能性はあったが、現状、作戦が鬼にバレている様子はない。

 

 他にも、どのような方法で捕まえた佐藤さんたちを極秘収容所に護送し、殺すかの情報が、作戦実行時までに全く得られなかったこともまた懸念事項だった。

 例えば、護送時に捕まえた佐藤さんたちに即効性のある睡眠薬や筋弛緩剤が投与される手はずだったとしたら、翼の命運は尽きていただろう。いくら筋肉の加護があっても、薬のせいでロクに筋肉を振るえないままにあっさり殺される未来が透けてみえるからだ。

 

 それでも翼は作戦その2の実行を決意し、今に至る。睡眠薬や筋弛緩剤を使われないことに賭けたのだ。結果、翼は賭けに勝った。捕まった佐藤さんたちに鬼は手錠をかけて、佐藤さんたちの両手の自由を封じることしかしなかったからだ。

 

 

(これぐらいの手錠の鎖を筋力で断ち切るのは簡単だ。後は、極秘収容所の壁が俺の筋肉でぶち破れる程度の分厚さかどうかだな)

 

 そう。作戦その2を成功させるには、もう1つの賭けをクリアしなければならない。極秘収容所から脱出できなければ、殺されるより他はないからだ。しかし、今から無駄に先のことを心配し、ストレスで筋肉を縮こまらせては意味がない。翼はスッと目を瞑り、極秘収容所に護送車が到着するその時を待った。

 

 

「おら! さっさと歩け!」

「無駄な抵抗すんじゃねぇぞ!」

 

 護送車は宮殿郊外に停められた。鬼である王国の兵士たちは乱暴な言葉遣いと拳銃をちらつかせることで護送車から佐藤さんたちを出し、下へと続く階段へと佐藤さんたちを誘導する。どうやら極秘収容所は地下に設けられているようだ。

 

 

「よし、全員入ったな!」

「そこで人生でも振り返ってるんだな!」

 

 鬼たちは佐藤さんたちを密室に押し込むと、せせら笑うようにして見るからに分厚い扉を閉め、鍵をかける。鬼の中にも佐藤さん殺しに意欲的な者がいるようだ。それとも、悪役を演じでもしなければやってられないのか。

 

 密室に収容された佐藤さんが皆、絶望一色に顔を染め上げる中。翼は冷静に周囲を一瞥する。天井にガスの噴射口が備え付けられていることから、ここはガス室で、佐藤さんを毒ガスで殺すつもりなのだろう。

 

 翼は分厚い扉へ近づき、コンコンと手の甲で軽くノックする。

 扉の音の反響具合を確かめ、確信とともにニィと口角を吊り上げた。

 

 

(よし。この扉は壊せる)

「皆さん、諦めるのはまだ早いですよ」

 

 そうと決まれば、話は早い。翼はクルリと佐藤さんたちへと向き直り、一言。声を掛けた。すると、数人の佐藤さんが怪訝な面持ちとともに顔を上げる。

 

 

「あんた、なに言ってんだよ。……もうどうしようもないだろ」

「……そうだよ。死ぬしかないんだ。ありもしない希望なんか言わないでくれ」

「本当にそうでしょうか? 少し、俺に注目していてください」

 

 中年男性2人がその場の佐藤さんたちの気持ちを代弁して翼に物申す。

 当の翼は彼らの意見を受け止めた後、手錠のかかった両手を水平に持ち上げ、「んんッ!」との気合いのこもった声を発すると同時に手錠の鎖をぶち破った。

 

 

「「「え? は?」」」

 

 佐藤さんたちが呆然と翼の両手首に視線を向ける。それから、佐藤さんたちはようやく翼が尋常でないほどに筋肉ムキムキなことに気づき、改めて唖然とする。

 

 一方の翼は佐藤さんたちに背中を向け、分厚い扉に左手をピタリと添える。そして右手でギギギッと拳を強く握り、まるで弓の弦を引くように右腕をミチミチッと限界まで引き絞り、そして扉へと渾身の右拳を叩き込んだ。

 

 

「おりゃあああああああああああッ!!」

「「「……」」」

 

 翼の雄叫びとともに解き放たれた右拳は分厚い扉をいともたやすく吹っ飛ばした。ドゴォッと勢いよく飛んだ分厚い扉はそのまま眼前の廊下の壁にぶち当たる。

 何だこれは、夢でも見ているのか。これが背後から翼の規格外な行為を凝視し、言葉をなくしていた佐藤さんたちのシンクロした感想だった。

 

 

「な、何だ今の音は!?」

「一体何が起きたというのだ!?」

 

 激しい衝撃音を聞きつけて、2名の兵士が翼の壊した密室へと駆けつけてくる。

 彼らがこの密室の管理や監視を担当しているのだろう。

 

 

「悪いな」

「「がはッ!?」」

 

 翼は兵士2名への距離を一瞬にして詰めると、みぞおちを殴る。加減はしたつもりだが、それでも兵士2名はその場に膝をつき、苦悶の表情を浮かべている。悪いのはリアル鬼ごっこを開催する王様であって、この兵士たちも被害者だ。ゆえに、翼は兵士たちを彼らの着ていた軍服で両手両足を縛り、「大人しくしていれば何もしない。けど、おかしな真似をすれば、わかっているな?」と脅した上でガス室の角に放置した。当然、兵士たちのトランシーバーは没収している。

 

 

「ね? 諦めるのはまだ早いでしょう?」

「「「おおおおおおおおおお!」」」

 

 改めて佐藤さんたちへと向き直った翼がニコリと得意げに微笑むと、佐藤さんたちが湧いた。唐突に生じた翼という希望を前に、歓喜の声を轟かせた。

 

 

「君、凄い! 凄いよ! まさかここから脱出できるなんて、今でも信じられないよ!」

「カッコいいぜ、兄ちゃん! マジ痺れたぜ!」

「うぅぅぅ、ひぐ! 怖かったよぉぉぉ――!」

「皆さん。嬉しい気持ちはよくわかりますが、落ち着いてください」

 

 佐藤さんたちは一斉に翼へと駆け寄り、各々思いの丈をぶちまける。身振り手振りを全力で用いて興奮の旨を伝えてくる中年男性。ニカッと晴れやかな笑みを浮かべる高校男子。翼の太い腕に抱きつき、泣きじゃくる女性。そんな様々な感情を爆発させる佐藤さんたちに翼が声を掛けると、誰もが興奮状態を心に押し込め、翼を一心に見つめる。一連の出来事を通して、この場の佐藤さん全員からの全幅の信頼を、翼は得たようだ。

 

 

「今、皆さんはこうして自由の身になりましたけど、できればもう少しだけここに留まっていてくれませんか?」

「え、どうしてだい?」

「帰っちゃダメなの? 私、帰りたいよぉ……」

「まだダメです。今、皆さんがこの収容所の外に出たら、兵士に見つかり次第射殺されてしまいます。宮殿の警備も厳重ですから、今何も考えずに収容所から脱出しても、宮殿から出られずに殺されるだけです。でも、俺が王様を殺せば、リアル鬼ごっこを終わらせられます。リアル鬼ごっこが中止されれば、皆さんがここにいても名字が佐藤だからと殺されることはありません。だから、俺が王様を殺すその時までここで待機していてくれませんか?」

「た、確かに。君の言う通りだな……」

 

 翼の提案に、中年男性はコテンと首を傾げ、中学女子は涙目になる。やっぱり帰っていいよ。そう言いたくなる衝動を閉じ込め、翼は理由を丁寧に説明する。すると、佐藤さんたちは翼の主張に納得し、うなずいた。

 

 

「じゃあ俺、行きますね」

「ま、待ってくれ! 王様の殺害だなんて、君が危険なんじゃないか?」

「確かにそうですね。俺も死ぬかもしれません。でも、俺はやるしかないんです。……心配しないでください、例え俺が死ぬことになろうとも、意地でも王様を道連れにして、皆さんの安全を手にしてみせますから」

「……だったら。私たちにも何か手伝えないか?」

 

 壮年男性の佐藤さんが翼を心配し、翼を引き留める。このムキムキな体を見て、それでも気遣ってくれる人の存在に心が温まる感覚を抱きながら、翼は彼の心配を払拭するべく、ムキッと力こぶと作って、ニッコリ笑う。が、それでも彼は引き下がらなかった。翼へと一歩踏み出し、尋ねる。

 

 

「……え?」

「そ、そうだよ。貴方は我々の命の恩人だ。そんな貴方が命を危険に晒して、我々が何もしないというのは違うんじゃないか?」

「俺たちを使ってくれ! 確実に馬鹿王を殺せるのなら、何だってやってみせる!」

「君がいなければここで終わってた命だ。囮だろうと何だろうと、嫌がったりしないから、ぜひ君に協力させてくれ!」

 

 意外な展開に翼が困惑している中。壮年男性の発言を機に、他の佐藤さんたちも翼の力になりたいとの気持ちを次々と発露する。

 

 

「皆さん……」

 

 思わず、翼は佐藤さんたち全員に目を向ける。視線を投げかけると、皆が力強くうなずき返してくる。先ほど家に帰りたいと願っていたはずの中学女子の佐藤さんさえも、涙目のまま、それでも翼に恩返しをしたいとの意思を瞳に宿らせていた。

 

 

「ありがとうございます。わかりました。それでは、皆さんには宮殿内で暴れてもらいます。他の極秘収容所の佐藤さんを助けたり、宮殿を壊したりして騒いで、少しでも宮殿を混乱させ、王様を護衛する兵士を自分たちの方へ誘導してください。その隙に俺が王様を殺します。……ですが、くれぐれも暴れすぎて兵士から逃げ遅れて射殺された、なんてことはやめてください。あくまで自分の命を第一に、死なない程度に囮を頑張ってください」

「君もだぞ。自分の命と引き換えに王様を、なんて早まらないでくれ。君が生き残れて、なおかつ王様を確実に殺せるタイミングを狙ってくれよ」

「肝に銘じます」

 

 こんなにもやる気満々な皆に何もさせないのは酷だろう。翼は佐藤さんたちにやってほしいことを指示する。その際、命を投げ捨てるような暴れっぷりを禁じると、壮年男性が翼に同様のことを忠告する。翼は壮年男性のありがたい言葉を受け止めた。受け止めただけだ。当の翼は、王様を殺せるのであれば、愛を救えるのであれば、己の命を投げ捨てることも視野に入れたままだった。

 

 

「それと、王様の居場所に誰か心当たりありませんか? あの馬鹿王のことだから玉座に居座ってるに違いないとは思っていますが、その肝心の玉座の間の場所がわからないんです」

「俺が知ってる。俺、あの馬鹿王の側近だったんだ。王様は大概玉座にいる。玉座の間は宮殿最上階の一番奥の部屋にある。先王が亡くなった後に、馬鹿王が最上階に玉座の間を移したんだ。馬鹿と煙は何とやらってわけだ」

「そうですか! ありがとうございます、助かりました!」

「……えっと、俺を疑わないのか? 俺は『佐藤』だけど、王様の側近だったんだぞ? 王様を守るために、お前にウソの情報を教えたかも、とか少しは思わないのか?」

「俺は信じます。同じ『佐藤』ですから」

「そうか。……信じてくれて、ありがとう」

 

 翼の問いかけに王様の側近だった佐藤さんが情報提供してくれる。翼が素直に礼を述べるも、対する佐藤さんは翼の反応が意外だったのか、疑問を投げかける。そんな佐藤さんへの翼の簡潔な答えに、佐藤さんは感涙を隠すように頭を下げた。

 

 

「それじゃあ俺は王様を殺しに行きます。皆さんの健闘を祈っていますね。――『佐藤』の絆で、王国を救いましょう! そしてまた、全員で再会しましょう!」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」

 

 この場ですべきことを全て終えた翼は最後に皆の士気を鼓舞し、拳を天に突きあげる。

 翼に続くように、佐藤さんたちも一体となって天高く拳を掲げ、声を張り上げる。

 この時をもって、理不尽に殺されるだけでしかなかった佐藤さん勢の反逆が始まった。

 

 

 ――後編に続く。

 

 




 これは行方不明となった『ホラー』さんが変死体で発見される流れでしょうね。南無。


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後編:ムキムキ佐藤翼、成し遂げる


佐藤翼「いくぞ馬鹿王。筋肉の貯蔵は十分か?┗(⌒)(*・`д・)(⌒)┛」
王様「ま、慢心せずして何が王か!(((( ;゚Д゚)))ガクブル」

 どうも、ふぁもにかです。この作品も此度で終了となります。最後までどうかお付き合いくださいませ。ところで。12月と言えば、リアル鬼ごっこ! 当然ですよねぇ!?



 

 

「お、王様! 大変です! 一大事です!」

 

 側近として優秀であり、王様に重宝されているじいは焦っていた。

 老体に鞭を打ち、ぜぇはぁ息を荒らげながら王様の待つ玉座の間へと転がり込む。

 普通ならば、こんなにも騒ぎながら王様の前に姿を現しなんてしない。王様の機嫌を損ねれば、即刻処刑されるからだ。実際、声がでかいとの理由で処刑された側近もいた。

 だが、今は王様の機嫌などを気にしている場合ではなかった。それほどの一大事が発生しているからだ。一刻も早く王様に報告しなければ。じいはその一心だった。

 

 

「何だ、じい? 騒々しいぞ」

 

 対する王様はいつになく慌てた様子のじいを前に疑問を投げかける。口調こそ落ち着いているが、王様はあまりのじいの慌てっぷりを前に、不機嫌になるより先に、思わず目を丸くしていた。

 

 

「王様、大変です! 収容所の佐藤たちが脱走し、宮殿内で暴動を起こしています!」

「……は?」

 

 じいの告げた内容に王様は唖然としていた。

 王様の側に控える側近たちや王弟も同様に、つい己の耳を疑った。

 

 

「じい、それは誠か?」

「はい!」

「収容所は、人力で壊せるほど柔なものなのか?」

「いえ! そんなはずはありません! 中でどれだけ佐藤たちが暴れようと壊れないよう堅牢に作ってあります! 壊れるはずはないのですが、それでも実際に佐藤たちが脱走しているのです!」

「……収容所の兵士が脱走を手引きしたのか?」

「その可能性は否定できませんが、真実は未だわかりません。とにかく、宮殿内の佐藤たちは周囲の収容所から佐藤たちを解放し、暴動の規模を膨らませています! このままでは王様の命が危なくなりましょう! じいは、じいは王様の亡命を進言いたします!」

 

 じいはコヒューコヒューと荒い呼吸を繰り返しながらも、王様の立て続けの質問にしかと返答する。そして、じいは王様の身を案じ、王宮から王様を逃がすことを提案する。先王から王様のことを頼まれているじいは、王様が命の危機に晒されかねない宮殿から速やかに離れることこそが重要だと判断したのだ。

 

 

「――いやじゃ」

 

 が、王様はじいの案を一蹴した。

 

 

「王国は王様の物だ。私の物だ。奪われてはならん。同じ佐藤の姓を持つ連中ごときに奪われるなど、許さんぞ! 許されてなるものか! ふざけおって、私の命に大人しく従い、殺されておけばいいものを……!」

 

 王様は激しく声を荒らげる。わなわなと怒りに打ち震え、人を殺せそうなほどの眼光をぎらつかせながら、暴徒と化した佐藤どもへの憤りを盛大にぶちまける。

 

 

「じい! 私はここから絶対に動かんぞ! 玉座は誰にも渡さん! 私を殺させたくなければ、佐藤どもを全員抹殺し、暴動を鎮めろ! やれるな、じい!」

「は、はい! 必ずや!」

 

 王命を受けたじいは玉座の間に控えていた側近たちの半分を引き連れ、玉座の間を後にする。玉座の間に残ったのはひたすら苛立ちを募らせる王様と、内心で王様にびくびく震える側近たちと、ただうつむくばかりの王弟のみだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 収容所の佐藤さんたちと別れた後。宮殿内の広々とした庭園にて。

 佐藤翼は宮殿の正面入り口の見える位置から様子をうかがっていた。

 

 宮殿は佐藤さんたちが宮殿内から起こした暴動によりてんやわんやの様相を呈していた。

 慌ただしく兵士たちが行き来をし、本来なら外の脅威から宮殿を守る門番の役目のはずの衛兵の多くが、暴れ回る佐藤さんたちの鎮圧に駆り出されているらしい。そのため、本来なら厳重な警備を敷かれているはずの宮殿の正面入り口や、正門が非常に手薄となっている。

 

 

(これなら上手くいけそうだ。皆、ありがとう)

 

 翼は心の中で勇気ある佐藤さんたち全員に感謝すると、動き出した。

 ググッと膝を落とし、両手を地面につき。クラウチングスタートの体勢を取った翼は。直後、弾かれたように駆け出した。

 

 翼は全身がとんでもなくムキムキだが、本業はあくまで陸上部員である。

 彼が筋肉をフル稼働させて走る時、彼は疾風と一体となる。

 

 

「うごッ!?」

「ほげッ!?」

 

 結果。翼の猛接近に気づけなかった、宮殿の入り口を守る兵士2名は、翼の猛烈なラリアットを胴体に受け、背後から地面に倒れ、速攻で意識を闇へと手放した。

 

 

「よしッ!」

 

 翼は宮殿内部に侵入する。ここからは時間との勝負だ。玉座の間に到着するまでにもたもたしていれば、勘の鋭い兵士に佐藤さんたちの暴動が陽動であると見破られかねないし、もたつけばもたつくほど囮として頑張る佐藤さんたちの命が1人、また1人と失われていく。翼に呑気に時間を費やすことなど許されてはいないのだ。

 

 玉座の間は最上階。ゆえに、翼は階段を求めて宮殿内を全力疾走する。途中、兵士と出くわした際は流れるように掌打、ボディブロー、アックスボンバーなどを繰り出して兵士を無力化させ、宮殿の最上階を目指す。階段が見当たらないなら拳で天井を突き破り、ジャンプで上階へと跳び上がる。翼は己の規格外っぷりを存分に活用して上階へ上階へと上り詰めていく。

 

 

(ここみたいだな!)

 

 そして。翼の視界に、金で装飾された大きく豪華な扉がそびえ立つ様が入った時、この先が玉座の間だと翼の直感が確信を抱いた。ゆえに、翼は扉への距離を瞬時にゼロにした後、当然のように扉を蹴り飛ばした。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 ドギャアアとの爆音。ひらひらと空高く舞い飛ぶ金製の扉。玉座の間の中央にズシンと落下する扉に、王様、王弟、側近はそろって思考停止していた。一方。翼の両眼は王様の姿を捉えていた。あの世の中を舐め腐ったような顔。玉座にふんぞり返る姿。素材からしていかにも高級そうな服装。頭の王冠。間違いない。奴が王様だ。奴が世の佐藤さんたちの、父さんの仇!

 

 

「死ねぇえええええええ馬鹿王――ッッ!」

「ひ、ひぇ。だ、誰か、じい! 助け――」

 

 翼は獰猛な肉食獣のごとき怒号とともに王様へと一直線に距離を詰める。

 翼の気迫に腰を抜かした王様は震える手で玉座にしがみつき、助けを呼ぶ。

 

 

「ぽぎゅ!?」

 

 だが、王様に助けが入るよりも早く、翼の拳が王様の横顔を捉えた。

 翼の強烈な右拳の結果、バキッとの致命的な音が玉座の間に響く。この瞬間、首の骨が手遅れなまでに折れてしまった王様は、遺言すら残せず、即死した。

 

 

「お、王様あああああああああああああああ!?」

 

 刹那。玉座の間の入り口からじいの絶叫が轟く。じいは王様が逃げないのならば玉座の間の警備も固める必要があると考え、武勇に優れた兵士たちを玉座の間へと手配している最中だったのだ。

 

 

「こやつを撃て! 撃ち殺せ! 撃ち殺すのじゃ!」

「う、撃て!」

 

 王様の死を目の当たりにして、じいは錯乱状態のまま連れてきた兵士たちに翼の殺害を命じる。兵士たちも手練れゆえにすぐに我を取り戻し、じいの命令を受けて翼を殺すべく銃を構える。

 

 

(俺、死ぬのか……?)

 

 複数人から殺意とともに銃を向けられる。そのような初経験を前に、思わず翼の頭が真っ白となる。いくら筋骨隆々だろうと、所詮翼は一般人。実際に命が明確な危機に晒された時に、全く動揺しないなんてことはあり得ないのだ。

 

 視界に移る景色がぐにゃりと歪み、スローモーションとなる。兵士たちは今にも銃を撃ちそうだ。なのに、翼の体は動けない。ここで、終わりなのか。他人事のように、翼が己の死を自覚しようとした時、脳裏に声が響いた。

 

 

『負けるなよ!』

 

 それは、父さんの同僚の森田さんの声。父さんがただの飲んだくれでないことを教えてくれた森田さんは父さんの死の無駄にしないでくれと激励の言葉をかけてくれた。

 

 

『君もだぞ。自分の命と引き換えに王様を、なんて早まらないでくれ。君が生き残れて、なおかつ王様を確実に殺せるタイミングを狙ってくれよ』

 

 それは、収容所で出会った壮年の佐藤さんの声。あの人は俺の尋常でない身体スペックを目の前にして、それでも俺の身を心から案じてくれた。

 

 俺は、期待されている。望みを託されている。

 裏切れない。俺はここで終われない。終わるわけにはいかない!

 

 

「ッ!」

 

 連続した発砲音が轟くと同時、翼の体は咄嗟に動いていた。近場に倒れる王様の体を持ち上げ、銃弾の盾としたのだ。もはやピクリとも動かない王様の体に次々と銃弾が着弾していく。

 

 

「お、おうしゃまああああああああああああ!?」

 

 王様の体がどんどん傷ついていくことにじいは発狂の声を上げる。

 顔を王様から背け、両手で顔を覆い、トラウマな光景をかき消すように叫び続ける。

 兵士たちも遺体とはいえ自分たちが王様の体を傷つけてしまったことに酷く動揺する。

 

 今こそ脱出の好機だ。翼は玉座の間の入り口へと駆け出し、兵士たちをジャンプで飛び越え、王様の遺体を床に投げ捨てた後。目の前の壁を殴り飛ばしつつ、宮殿の外へと跳び出した。

 

 

「王様、討ち取ったりぃぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

 重力に伴って空中から落下する最中。まるで武将のように、翼は叫んだ。同じ佐藤の姓を持つ同胞に王殺しの成功を伝えるために。王様の命令で佐藤さんたちの暴動を鎮圧しようとする兵士たちから戦意を折るために。

 

 そして、難なく地面に着地した翼は得意の足の速さを大いに活用し、手薄となった宮殿正門を強引に突破する。かくして、翼はリアル鬼ごっこなんぞを開催するような馬鹿王を殺し、なおかつ自身も生存することに成功したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 佐藤翼の王様殺害により、リアル鬼ごっこはただちに中止され。

 多くの佐藤さんたちが鬼に追われる恐怖を二度と味わなくて済むようになった。

 

 が、しかし。王様殺害の翌日。自宅にて。翼はベッドに腰かけ、どんよりオーラを放っていた。昨日のいかにもカリスマなオーラを放っていた翼とはまるで別人である。

 

 

「人、殺しちゃったな……」

 

 翼が沈鬱な表情を浮かべている原因は、己が殺人を犯した事実ゆえだった。

 己の筋肉は、人を傷つけ、ましてや殺すためのものではない。筋肉を鍛え始めたのだって、父さんに怯えたくないからであって、父を返り討ちにしたいからではなかった。そのはずだった。でも、此度。翼は筋肉を凶器として、一人の人間を殺してしまった。

 殺害対象がクズかどうかだとか、王様を殺さなければ愛や自分が殺されていただとか、そんなことは関係ない。翼という人間が筋肉で人を殺したことに変わりはないのだ。

 

 王様を殺すまでは一種の興奮状態だったように思う。

 スレッドの、王様殺害のアイディアに飛びつき、すぐさま実践したが。全てが終わって。自宅に帰って。洗面台の鏡で、王様を盾にした際についたであろう、多量の王様の返り血を見た時、興奮は一瞬にして冷めた。人殺しの罪の意識で翼の頭は塗りつぶされたのだ。

 

 

(これからどうしようか……)

 

 王様を殴り殺した時の、あのグロテスクな肉の感触を、今でも鮮明に思い出せる。もはや、己の筋肉は。血にまみれた、穢れたものとなってしまった。もう、筋肉を鍛えたいとは思えない。だが、筋肉を最重要視した人生をもう十数年も歩んでいる。今さら方向転換しようにも、どう生きればいいのか、わからない。

 

 と、その時。ピンポーンとチャイム音が鳴る。翼はふらふらとした足取りながら、無意識にドアを開ける。訪問者は軍服を纏っていた。

 

 

「こんにちは、私は王国兵です。佐藤翼さんですね? 宮殿に招待せよとのお達しです。何か不都合なことがなければ、ご同行願いたいのですが、大丈夫ですか?」

「……はい。大丈夫です」

「よかったです。それではこの車にお乗りください」

 

 兵士はやけに丁寧な物腰で翼の許可を求める。

 翼はポツリと返事をし、兵士に導かれるままに派手めな車に乗った。

 

 

 そうだ。そうだった。忘れていた。王国の捜査能力は飛び抜けている。特に変装なんてしていなかったし、王様を殺した犯人を捜し出すことなど、造作もなかったはずだ。俺は宮殿で、テロリストとして、公開処刑でもされるのだろう。筋肉のない今後の人生を考えるまでもなく、俺に明日はなかったわけだ。

 

 

(それも、いいか……)

 

 罪の意識にさいなまれた翼は、罪を罰してくれるのなら殺されるのも悪くないとの心境に至っていた。そんな翼の精神状態のことなどいざ知らず、車が宮殿に到着する。

 翼を出迎えたのは絞首台でもギロチン台でも電気椅子でもなく。数百人の楽器演奏者の奏でる、晴れ晴れとした音楽だった。宮殿内で、楽器演奏者たちは王様の暴政が終わった喜びの感情をそのまま音に乗せて、周囲に浸透させている。

 

 

「え? 何、これ……?」

「先王の虐政が終わったことを祝うパーティーです。リアル鬼ごっこの被害を被った佐藤さんたちへのお詫びを兼ねて、宮殿全体を一般に開放し、なるべく多くの佐藤さんや佐藤さんの関係者を招待しています。貴方の知る人もきっと、ここに駆けつけていることでしょう」

 

 翼が目を見開いたままキョロキョロしている中。

 兵士は翼の疑問を払拭するべく、言葉を綴る。

 

 

「翼さーん!」

 

 と、そこで。嬉しさがにじみ出ているような声色で翼の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。こんな風に名前を呼んでくる異性に心当たりがない。声の元に翼が振り向くと、いかにもお嬢さま然とした少女が喜色満面な様子で翼の元へ駆け寄ってきた。

 そこで、翼は少女の正体を思い出す。佐藤恭子。リアル鬼ごっこ1日目で偶然出会った少女だ。家族に愛されていないと思い込み、リアル鬼ごっこで死ぬのもアリなんじゃないかと悩んでいた少女に、俺は世の中1人だけが不幸などではないとか、生きてさえいれば必ず良い事があるなどと励ました覚えがある。

 

 

「えへへ、また会えましたね」

「恭子ちゃん……」

「翼さんの活躍、ここにいる佐藤さんたちからたくさん聞きました! 翼さん、ありがとうございます! 翼さんは私の命の恩人です!」

「え?」

「リアル鬼ごっこ3日目の時、私、鬼に追われ続けて体力が限界で、もうダメだ、捕まるってなった時にリアル鬼ごっこが中止されたんです! 翼さんが勇気を出して頑張ってくれたおかげで、私は生きてます! お父さんもお母さんも元気です! 本当に、本当にありがとうございます!」

「恭子、ちゃん……」

「あ、私だけが翼さんを独占してたらいけませんね。今日は翼さんが主役なんですから、いっぱい楽しんでくださいねッ!」

「あ……」

 

 翼の活躍の目撃した佐藤さんたちから翼の武勇伝を聞いたためか、恭子は興奮冷めやらぬ様子で翼に深々と頭を下げ、去っていった。翼の様子のおかしさには終ぞ気づかなかったようだ。違う、違うんだ。俺は恭子ちゃんにそんなに感謝されるような良い人間じゃない。俺のやったことは、ただの人殺しだ。そう、否定したかった。だが、実際に言葉に出したら、失望されるかもしれない。それが怖くて、翼は恭子の名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 

「えっと、どうしよう?」

 

 いつの間にか、側にいたはずの兵士がいなくなったため、翼はその場に立ち尽くす。

 眼前で庭園やバイキングを楽しむ佐藤さんたち。楽器演奏者たちの明るい音楽。何もかもが翼と乖離しているようで、翼がこの場から浮いているようで。

 

 

「いやいや! なに帰ろうとしてんねや、翼!」

 

 家に帰ろうか。翼がきびすを返そうとした時。バンッと翼の背中を馴れ馴れしく叩く同年代の男が現れた。なぜ、この男は俺の名前を知っているのだろう。そして、どうしてこうも親しげな笑みを俺に晒しているのだろう。

 

 

「お、おい? まさか俺のこと忘れたんか? 『ダブル佐藤』って言われとったろ!」

「――あ」

 

 と、ここで。男の示したヒントのおかげで翼は男の正体を悟った。佐藤洋。中学時代によくつるんでいた親友、というか悪友だ。違う高校に入ってからは連絡こそ取っていたものの、片やサッカー、片や陸上に打ち込んでいたがために今まで中々会う機会がなかったのだ。その佐藤洋が今、翼の目の前にいる。何だか信じられない気分だった。

 

 

「洋? 洋、なのか?」

「そうや! 佐藤洋や! 酷い奴やなぁ、翼は。俺は一目見ただけでも翼やってわかったのに」

「洋は俺を筋肉で認識しただけだろ」

「あ、バレてもうたわ。わかりやすい筋肉してて助かるわ! ははははッ!」

 

 洋は何も人生に悩みがなさそうな朗らかっぷりでニコニコ笑う。中学の時とまるで変わらない洋を見ていると、あたかも自分自身が中学生の頃に回帰したような、そんな懐かしさが翼の胸に去来する。

 

 

「いやぁ、それより! お前のおかげで俺助かったんや! ホンマ、ありがとな! やっぱ持つべきものは親友だよなぁ!」

「洋、俺は……」

「……大方、人を殺したってことを気にしとるんやろが、翼のおかげで助かった『佐藤』がここにいっぱいおるってこと、絶対忘れんなよ!」

「洋?」

「もしこのまま王様が生きてて、リアル鬼ごっこが続いとったら、きっと佐藤は全滅してた。翼の決断が、300万人もの佐藤を救ったんや! お前は人殺しやない! 王国を、佐藤を救った伝説の英雄や! ――だから、そう苦しそうな顔すんな。そんな顔は、翼には似合わねぇよ」

「洋……」

 

 翼の表情から翼の内心を読み取った洋は、人殺しの罪ばかり気にするのではなく、己の行いで救われた佐藤さんたちに目を向けろと主張する。暴虐の限りを尽くした王様を殺したことは単なる罪ではなく、誇るべきことだと主張する。そんな洋の精一杯の励ましのおかげで、翼に巣食う罪悪感の一部が取り払われた。そんな感覚を翼は抱いた。

 

 

「その人の言う通りだよ、お兄ちゃん。だって、お兄ちゃんのおかげで、私も生きてるんだから」

「えッ?」

 

 いきなり背後からお兄ちゃんと呼ばれた翼はつい困惑の声を漏らす。

 俺をお兄ちゃんと呼ぶのは妹の愛だけだ。なら、本当に。愛がここにいるのか。

 弾かれたように背後に振り向くと、見るからに活発そうな少女が視界に移った。

 愛と別れたのは14年前、愛が4歳の時だ。当然ながら、今の少女は当時と様変わりしている。だが、写真の愛の面影が確かに残っている。間違いない。愛だ。妹の愛だ。

 

 

「愛!」

「お兄ちゃん!」

 

 翼が両手を広げると、愛が翼の胸に飛び込んでくる。翼は感動でいっぱいだった。ずっと会いたいと思っていた愛しい妹にようやく会えたのだ。嬉しくないわけがない。それは愛も同じようで、愛は翼の胴に精一杯両腕を回して、ギュギュッと抱きしめてくる。翼も愛の背中に腕を回し、優しく抱き止める。愛の温かさを、家族の温かさを翼は確かに感じ取った。

 

 

「にしても、よく俺が兄だってわかったな。あの時、愛は4歳だったのに」

「だってお兄ちゃん、将来はムキムキのボディービルダーになるって言って、筋トレ頑張ってたじゃん! だから、他の佐藤さんたちからお兄ちゃんの武勇伝を聞いた時に、私の直感が、お兄ちゃんだってビビッときたの!」

「俺、昔そんなこと言ってたかな? よく覚えてるなぁ」

「だってお兄ちゃんのことだもん」

 

 ひとしきり抱き合った後、翼がふとした疑問を愛に投げかけると、愛は破顔しながら、己の感性に従って兄を特定した旨を口にする。そうだった。愛は俺の前だとよく笑う妹だった。14年前も前のことなのに、今こうして愛を目の前にすると、不思議と14年前が昨日のように錯覚してしまう。

 

 

「お兄ちゃん。その、大きくなったね。凄く。――かっこいいよ、お兄ちゃん!」

「そ、そうか。何か照れるな」

「でも、お兄ちゃん。1人で苦しまないでね。体が頼もしいからって、心まで1人で頑張らないとだなんてルールはないからね。……立ち直るのは簡単じゃないかもしれないけど、私たちだって、お兄ちゃんを支えられるし、支えたいって思ってるんだから」

「……愛。ありがとう」

「どういたしまして♪」

 

 愛は改めて翼のムキムキ極まりない全身に視線を向けつつ、翼を褒める。その後、愛は翼の精神状態を案じ、心配そうに翼を見上げる。愛もまた翼の心境を察し、少しでも翼の気に病む心に寄り添おうとしてくれている。翼は心から愛の優しさに感謝した。

 

 

「王様、こちらです」

「ありがとう。下がっていいですよ」

「はッ」

「少し、翼さんと話したいのですが、いいですか?」

「は、はい。もちろん」

「あ、どうぞ王様」

 

 と、その時。1人の青年が兵士(※翼を宮殿まで連れてきた後、いつの間にか姿を消していた例の兵士)とともに翼たちの前に姿を現す。当の青年は派手さを抑えつつも高級な素材で作られたであろう服を着ている。そんな青年が愛と洋に許可を求めると、愛と洋はすぐさま翼から少々離れ、翼と青年、もとい王様の様子をうかがうこととした。

 

 

「え、王様?」

「はい。今朝、151代目の王様となりました。先王の弟にあたります。お見知りおきを」

「は、はい」

「……私は兄の暴政に常々心を痛めていました。だが、王の権力に逆らおうものなら、即刻消されてしまいます。その例を何度も目の当たりにした私は我が身可愛さに兄の暴政を看過するのみでした。だからこそ、翼さん。国民を、数多くの佐藤さんを助けた英雄たる貴方に心から感謝を――」

「――え!? 王様!? 顔を上げてください! 王様の気持ちはわかりましたし、先王の暴走に加担していない王様は何も悪くないんですから!」

「そう言ってくれると、助かります。ですが、私はその言葉に甘えません。そう、決めましたから」

 

 新王たる青年は自己紹介の後、己の心境を翼に告白した上で、翼に深々と頭を下げる。対する翼が慌てて新王に頭を上げるようお願いをすると、新王は素直に応じ、話を続ける。

 

 

「それはそうと、翼さん。貴方に聞きたいことがあります。翼さん、貴方は国中から英雄扱いされたいですか?」

「どういう意味ですか?」

「今、私は王として、マスコミ各社に対し、先王を殺した貴方に関する報道を全面的に規制しています。だから、貴方の活躍を知っている人は現状、限られています。……マスコミ各社は貴方を先王の暴政を終わらせた英雄として取材したがっています。彼らの取材を受ければ、貴方はこの国で誰よりも有名人となります。国内で貴方の顔や名前を知らない人はいなくなることでしょう。ですが、あまりに有名になると、良い意味でも、悪い意味でも、貴方は今までのような人生を歩めなくなる可能性があります。……翼さん。貴方には選ぶ権利があります。貴方はマスコミの取材を受けたいですか? 受けたくないですか?」

「……そうですね。取材は遠慮します。俺は英雄なんて大層なものじゃありませんから。俺はただ父さんの仇を討ちたくて、妹を守りたくて、そんな人並みの意思で動いただけの、ただの大学生ですから」

「(え、ただの大学生……?)わかりました。報道規制は今後も継続させますね」

「よろしくお願いします」

「私からの要件は以上です。引き続きパーティーを楽しんでいってくださいね、翼さん」

 

 翼の意思を確認した新王はニコリと翼に笑いかけたのを最後に翼の元を去る。今朝王様になったばかりだというのに、すっかり王様の気品を備えているように翼には感じられた。あの王様なら、大丈夫だろう。先王のように、先王の個人的な感情に国がひたすら振り回されるなんて悲劇は起こらないだろう。

 

 

「おっしゃ! 王様の真面目な話は終わったし、飲むで翼! せっかくやし、バイキングで宮殿の高そうな酒全部挑戦しようや! こんな機会、早々ないで!」

「ちょッ、洋!? 俺、酒は飲まないんだけど!」

「いいやん、気にすんなって!」

 

 翼が新王の背中をじっと見つめていると、洋が翼の背中を押しながらバイキングの行われている宮殿の広間へと向かおうとする。父が飲んだくれだった影響で今まで酒を避けてきた翼が洋の提案に抗議するも、洋は翼の主張を気にしない方針のようだ。

 

 

「えっと、お兄ちゃんにお酒を飲ませても大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。翼はこう見えて酒豪やから! 見た目通り、酒に強い上に例え酔っても笑い上戸やから! 親友の俺が保証する! 安心しいや、翼の妹さん」

「そ、そうですか。よかった」

「おい、人の妹になにウソ言ってんだ!?」

「はははははッ!」

「笑ってごまかすんじゃねぇ!」

 

 翼は父と同様に酒癖が悪いのではないか。そのことを心配して愛が洋に問いかけるも、洋のいかにもテキトーな主張を愛は素直に受け入れ、ホッと安心する。一方、平然と愛を騙しにかかる洋に翼が物申すも、洋は相変わらず笑ってごまかしていく。

 

 かくして、宮殿でのパーティーの時間は賑やかに過ぎていく。翼はバイキングで豪華な食事を楽しみ。高級な酒を少しだけ試し。昨日、収容所で団結した佐藤さんたちと次々と再会し、話に花を咲かせ。翼は目一杯、今日を堪能するのだった。

 

 

 

 ―― リアル鬼ごっこアナザールート 完 ――

 

 




 というわけで、リアル鬼ごっこの圧倒的ハッピーエンドでした。といっても、佐藤翼にとっては圧倒的ハッピーエンドでも、結局リアル鬼ごっこで200万人ほどの佐藤さんが殺されてますから、全体的に見たらノーマルエンドなのでしょうが。とりあえず、やりたい放題に執筆できたので私は大満足です。ここまで閲覧していただき、ありがとうございました。


 ~おまけ(没会話)~

新王「翼さん。私は151代目の王様として、この王国を以前のような平和で暮らしやすい国にするよう全力を尽くす所存です。ですが、もしも私が暗愚となってしまった際は、先日の兄のように私を殺してください。貴方ならできるはずです」
佐藤翼「え゛ッ!?」
新王「ふふふ、冗談です」
佐藤翼「……シャレにならないんですけど」


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