Infinite GrandOrder ~異世界から帰還した魔術使い~(凍結) (ursus)
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設定集
設定(一夏編)


主に一夏の設定となります。

物語が進むにつれて増えるかもしれません。


名前:織斑一夏

 

年齢:16

 

所属:IS学園→人理継続保障機関カルデア

 

 

性格:原作と変わらないが魔術師としての冷徹な判断ができる一方でお人好しな部分は変わらない。

 以前は周囲が呆れる程鈍感であったがやたらと愛が重かったり、反面教師みたいな英霊達を目の当たりしてからは女心を理解するようになった。しかし、どう答えても地雷を踏みそうと返答に困っている。

 実姉や学園、女尊男卑の世界のしがらみから抜け出した結果、時々テンションが可笑しくなっている。

 

 

能力:魔術師としての教養は皆無であったが、マシュやダ・ヴィンチちゃんのおかげで基礎的な魔術は習得済み。魔術回路・魔力量が並みの魔術師より優秀で初等呪術である『ガンド撃ち』が拳銃並みの物理的破壊力を持っている。

 投影魔術に関しては宝具を完全に投影ができると衛宮士郎並みの出鱈目ぶりを発揮している。しかし、弓や槍などの武器を扱う技量を持ち合わせていないのでサーヴァントに教えを乞うている。

 基本的には治癒やガンドといった支援。しかし、場合によっては投影魔術を使って前線に出て戦う事がある。

 

 

経歴:元IS学園の生徒。臨海学校で起きた銀の福音との戦闘で味方を庇って撃墜された所を偶然開いていた時空の歪に吸い込まれてカルデアに飛ばされる。元の世界では作戦行動中行方不明(MIA)となっている。

 平行世界の住人だが魔術師の素質があったためか48番目のマスター適正者としてをカルデアにいる事を認められる。

 仲間を護る事に固執している節があったが特異点での戦いやサーヴァント達の交流により自分が本当に何のため戦いたいのかを考えるようになって『護るため』ではなく、『生きるため』に戦っていると気付き、態度を改める。

 サーヴァント達との関係は良好だが、強化に必要な素材を集める際に笑み(叛逆の騎士曰く『狂化EXのバーサーカーが可愛く見えるような言葉にしがたい狂った笑み』)を浮かべて狩るため一部のサーヴァントにはトラウマになっている。

 

 

投影宝具

 

干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)

 古代中国・呉の刀匠干将と妻の莫耶、及び二人が作った夫婦剣。

 黒い陽剣・干将と白い陰剣・莫耶は互いに引き合う性質を持ち、投擲からの背後からの奇襲や投影の負担が少ないと言った理由で一番多用している。

 

絶世の名剣(デュランダル)

 シャルルマーニュ王に仕えた騎士ローランの名剣。使い手の能力に関係なく最高の切れ味を維持できる。干将・莫耶に次いでよく使用している。

 

雷切(らいきり)

 立花道雪(戸次鑑連(べっきあきつら))が所有していた日本刀。

 落ちてきた雷を斬った逸話の通り、雷を斬る事が出来る。

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)

 キリスト教の聖人の一人、聖ゲオルギウスが所有していた聖剣。

 いかなる敵からも守るという意味での『無敵』の力を反転させることであらゆる鎧を貫き通す事が出来る。彼がドラゴンを退治した逸話から竜殺しの力が備わっている。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 ケルト神話に登場する太陽神・ルーの剣。

 最初は帯電した鉄球だが、『後より出でて先に断つもの(アンサラー)』の詠唱によって待機状態に入り、相手が切り札として認識する攻撃によって発動する。二つの条件に発動及び攻撃は相手の攻撃よりも後になるが因果を逆転させて自分の攻撃を『先』に書き換えることができる。時を逆行して放たれる先制の一撃は敵を敵の切り札の発動前に倒したことにして『先に倒された者に反撃の機会はない』という事実を誇張することで結果的に敵の攻撃は『起き得ない事』となり、逆行するように消滅させる。

 しかし、発動のタイミングが難しく、相手からの『切り札』以外の攻撃に対して用いる場合は特殊効果は発揮できず、威力が低下するので使い所が限られてはいる。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 アルスター伝説に登場する英雄フェルグス・マック・ロイが愛用した魔剣。

 剣のように斬りつける事も弓で放ったりもでき、真名を解放することによって周囲の空間を削り取る効果がある。

 回転数を調節できるためそれを利用してメレンゲを作ると言った無駄遣いをした。

 

赤原猟犬(フルンディング)

 北欧の英雄ベオウルフが所有していた魔剣。射手が健在かつ狙い続ける限り標的を襲い続ける効果を持つ。

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 ケルト神話に登場する騎士団のディルムッド・オディナが所持していた紅い長槍。

 穂先の刃が触れた対象の魔力的効果を打ち消すため魔術的防御を無効化する。

 

必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

 破魔の紅薔薇と同じくディルムッド・オディナが所持していた黄の短槍。

 これに傷つけられた者は治療不能の呪いをかけられる。しかし、本来なら槍を破壊されるか使い手が死なない限り呪いは解けないが投影された宝具のため一日しか持たない。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 ギリシャ神話に登場するコルキスの王女にして裏切りの魔女メディアの伝承が具現化した歪な形をした短剣。

 切れ味はナイフ程度だが、あらゆる魔術を初期化すると言う特性を持つ最強の対魔術宝具。

 

 

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崩落焦土IS学園
序章~其は…~


始まります。


 海上。

 

???1「――――!奴らは犯罪者だ、構うな!」

 

 赤い機械の鎧を纏った少女が怒鳴り声を上げるのに対して白い機械の鎧を着た少年は横に首を振るう。

 

???2「確かにあいつらは犯罪者だ。けど、見殺しにはできない」

 

 少女の言うように銀色の機体を倒すように命じられて交戦している。そんな中で一隻の船が迷い込んでしまった。この船は密漁船で少女が言うように犯罪者なのだが、少年はその船を護った。

 少女が作った隙を犠牲に。

 

???1「馬鹿者!犯罪者など庇って……そんな奴らなど放っておけばいいだろう!」

 

???2「―――、お前は力を持った途端に周りが見えなくなったんだ。そんなのお前らしくないぜ」

 

 少年の言葉に少女は狼狽してしまう。これを好機と言わんばかりに銀色の機体が少女に狙いを定めて光弾をばら撒いた。気が動転していた少女は漸く自分が狙われている事に気付いたが防御する事も避ける事も出来ない。先程まで感じた事のない恐怖を感じて少女は目を瞑る。

 しかし、何も起こらなかった。

 

???1「へっ…」

 

 衝撃が来ないと分かった少女は目を開けるとそこには傷らだけの少年が自分の前に立っていた。

 装甲が砕かれ、そこから血を流す姿を見て自分を庇ったのだと漸く気付く。

 

???2「良かった…」

 

 少年は少女の無事に安堵した瞬間、全てのエネルギーを使いきったのか鎧が光の粒子となって消えていく。この高さから落ちれば命はないのに妙に落ち着いている。

 

???2「(『________』、ゴメンな。約束…守れそうにないや)」

 

 他人事のようにぼんやり思いながら少年は意識を闇に、体は海底に落ちた。

 

 

 

***

 

 

 

 とある場所。

 

 まだ高校一年生くらいの少年が廊下にある窓一面に広がる銀世界を眺めながら物思いに耽っている。

 

???「何をボーっとしている、『一夏』」

 

一夏「エミヤ…」

 

 エミヤと呼ばれた白髪に褐色の肌、赤い外套を纏った男性に声をかけられたので意識を思考の海から浮上させた。

 

エミヤ「マシュが呼んでいたので声をかけたのだが何を考えていた?」

 

一夏「カルデアに来る前の事を思い出していたんだ。」

 

 脳裏に浮かぶのは傷だらけの自分と治療してくれた人物。自分の素性に関して何も疑いもせずに受け入れた。そしてある適性があった事を語ってくれた。

 

エミヤ「確かに最初の頃の君は『魔術師』はおろか『戦士』としても素人だったからな」

 

一夏「右も左も分からない状態で戦えって言われて何とか生き延びて、弱い自分が嫌で戦った。そのおかげで色々な物を見たし触れて世界が広がった」

 

 様々な出会いもあったしそれと同じくらい別れもあった。その経験が自分の価値観が壊れていくたびに改修されていく。自分の視界がいかに狭かったのか思い知らされた。

 

一夏「人理史の焼却を行おうとしたゲーティアの気持ちがちょっとだけ分かった気がする。あいつはあいつなりに人類のためにより良くしようと動いたんだ」

 

 黒幕である『ゲーティア』がしようとしたことはとても許される事ではない。けれど、それだけ人類の事が好きだったのだ。

 

エミヤ「君はこれからどうするつもりだ?人理は修復された今、元の世界に帰っても問題はないだろう」

 

一夏「元の世界に帰りたくないって言うと嘘になる。けど、方法が見つからないんだよな…」

 

 自分はこの世界では異分子であるため元の世界に帰る必要がある。しかし、肝心のその方法がまだ見つかっていない。

 

一夏「見つかるまでは食堂の手伝いか素材集めに没頭するよ」

 

エミヤ「方法は気長に模索するとして、素材集めの時はハイライトの消えた目をするのを止めろ。モードレッドやジャンヌ・オルタが部屋の隅で震えるくらい酷い顔になっているぞ」

 

 普段から物怖じしない彼女が恐怖するのだから相当なものだろう。

 

一夏「…善処する」

 

 そういえば、蛮神の心臓とか混沌の爪が少なくなってきているからそろそろ補充しなければならない。善処するとは言ってみたのはいいが果たしてできるのだろうか。

 

マシュ「先輩、探しまたよ。今日は素材集めをするって自分から言ってたのに…」

 

一夏「あぁ、ごめん…今行くよ」

 

 彼の名前は織斑一夏。カルデア所属の魔術使いで“元の世界”にて世界初のIS男性操縦者である。

 

 

 

 

 

一夏「心臓おいてけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!爪もおいてけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

マシュ「せ、先輩!?リヨぐだ化しないでください!モードレッドさんが泡を吹いて倒れましたよ!!」

 

エミヤ「やれやれ…またか」

 

 

.




では!


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第一話~彼の地は異常アリ~

一夏「へっ?帰れるの!?」

 

???「うん。と言っても理論上だからあまり期待しないでね」

 

 デーモンやキメラ狩りから帰って来た一夏達は『ダ・ヴィンチちゃん』に呼び出された。

 彼女はカルデアの召喚成功例3番目のサーヴァントでその真名は人類史上の最大の天才と名高い万能の人、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』である。中身は男性なのだが、自身の傑作である『モナ・リザ』の美しさに心酔しており、現界する際にわざわざモナ・リザそのものの姿で現界してしまったそうだ。

 その話を聞いた一夏は『世に出てくる天才と言うのは常識を覆す事しか考えていないのかもしれない』と思ったそうだ。

 

マシュ「モードレッドさん…しっかりしてください」

 

モードレッド「マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、マスター怖い、助けて、父上…」

 

???「こりゃ暫く立ち直りそうにねぇな」

 

 部屋の隅で顔面蒼白で震えているモードレッドを必死に励ましているマシュと同情している全身タイツの男―――クランの猛犬こと『クー・フーリン』を視界から外して一夏はダ・ヴィンチの話を聞く。

 

ダ・ヴィンチちゃん「最初はどうしたものかと考えたけど、君の付けている腕輪のおかげで特定できたよ」

 

一夏「白式が…」

 

 右腕に巻いてあるボロボロのガントレット―――待機状態の白式を見た。

 この世界に来たときには既にこの状態でISとしての機能は完全に停止しており、コアだけは辛うじて動いている。それでも肌身離さず身に着けているのはお守りとしているからだ。

 

一夏「それで、どうすればいいんだ?」

 

ダ・ヴィンチちゃん「それは―――――」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが紡いだ言葉に一夏はおろかサーヴァント達も驚いた。

 

 

 

****

 

 暗い部屋の中で牢獄に入れられた少女は膝を抱えて虚空を眺めている。

 

???「どうして私はこんなにも弱いんだ…」

 

 分かっていた。彼の性格なら例え悪側の者であろうと庇う事は分かっていたはずだ。けど、専用機を貰っての初陣による高揚感から見落としてしまい、大きな隙を作ってしまった結果、彼を死なせてしまった。

 彼の死に対して彼に恋した者は目に見えるくらい落ち込んでいた。その中で彼女が一番酷かった。

 それもそのはず、彼の死ぬ原因を作ったのは他でもない彼女なのだから。彼の後を追って死にたいのに自分の血筋が邪魔をする。死ぬ自由すらない彼女はどうしていいか分からない。

 しかし、それは数分前の話。

 

???「全て壊れてしまえばいい。ISもこの学園もそしてこの世界も…」

 

 彼を殺した原因でもあるIS、彼を最初からいない者だと扱う学園、最愛の人がいない世界。

 少女にとってそれらは全て認めない事なのだ。

 故に全てを壊そうと決意する。

 

???「欲しい。唾棄すべき物を叩き潰す力が、全てを壊す力が…」

 

 心を病み、壊れかけのラジオのように呟いている。その背後で何かが鈍く光ったのを少女は気づくことはなかった。

 

****

 

 

 

 IS学園の外れにある港。一夏は目を開けて周囲を見渡してみると見慣れた物があった。

 

一夏「レイシフトの要領で飛ばされたけど、本当にできちゃったよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが少し弄べば理論的には可能と言っていたが本当にできてしまうとは彼女の万能ぶりにはいつも驚かされる。

 

一夏「流石にこの格好は目立つよな」

 

 今の彼の服装はカルデア候補生の制服の上に赤いコートを羽織っている。

 冬かもしれないと思ったので着ていたが、少し熱く感じるのでまだ冬にはなっていないらしい。

 

一夏「さて…どうやって学園に入ろうか…」

 

 行方不明になって三か月以上は経っているので死んだものと扱われていてもおかしくないため不法侵入者と間違えられる可能性が高い。と言うか今のご時世では男の立場がかなり弱いので間違いなく不法侵入者として扱われる。

 気が滅入ってしまって思わずため息を吐いてしまった瞬間、妙な違和感を感じた。

 

一夏「魔力?誰かが魔術を行使しようとしているのか?いや、…この感覚は…聖杯?」

 

 特異点で何度も感じた波長に一夏の表情がみるみる険しくなる。特異点でもない何故学園の人工島に聖杯があるのか疑問が湧き上がる。しかし、考えている暇はない。

 背の高いを木の上にジャンプして昇り、頂上にたどり着く。この程度なら魔力による強化無しでもできる。コートから取り出すように双眼鏡を投影して覗いてみる。

 

一夏「ワイバーンに骸骨兵…。おいおい、魔術は秘匿にしなきゃいけないはずだろう。此処にサーヴァントでもいるのか?」

 

 魔術はなべて秘匿されるべし。

 それは魔術師の誰もが知っている禁忌。知られればその神秘は劣化し、神秘性を失うはずなのに平然と使っている。

 

一夏「とにかく、調べてみないと始まらないか」

 

 近くに監視カメラはない。地面に降り立つとコートについているフードを被り、髑髏を模した仮面つける。この仮面には気配を遮断し装備者の存在を隠蔽する魔術礼装だ。

 

一夏「強化開始(トレース・オン)

 

 足に回路のような物が浮かび上がると一夏は地面を蹴る。強化魔術の恩恵によって弾丸のような速度で地を駆ける。

 

一夏「(無事でいてくれよ)」

 

 焦燥感を抑えながら一夏はさらに加速する。

 

 

*****

 

 始まりは突然だった。何気ない日常を過ごしていた生徒は突如翼の付いた蜥蜴―――ワイバーンに襲われた。

 幾ら最強の兵器を操れると言っても身に纏っていなければ普通の人と変わらない。次々に襲われては死肉を食い漁られている。

 

セシリア「この生物は一体何ですの!?」

 

シャルロット「僕達に訊かれても困るよ」

 

ラウラ「おまけに数が多い。」

 

 専用機組はワイバーンの討伐をしていたが一向に減らない。

 ワイバーンの表皮は堅く、蒼い雫(ブルー・ティアーズ)のBT兵器も黒い雨(シュバルツェア・レーゲン)から放たれるレールガンを物ともしなかった。耐久性もさることながら攻撃力も高いのためセシリア達の方が逆に討伐されかけている。

 

シャルロット「きゃっ!?」

 

 隙を突いたワイバーンの体当たりを受けたシャルロットが墜落してしまった。体当たりの衝撃と墜落の衝撃が相俟って利き腕を負傷してしまった。何とか起き上がろうとするが既にワイバーンが目の前にいた。

 セシリア達が彼女を助けようとするが群がるワイバーンの対処に追われて助けられない。絶体絶命の状況のはずなのにシャルロットは冷静だった。

 

シャルロット「(もう一度だけでもいいから一夏に会いたかったな…)」

 

 全てを諦めて自分の死を受け入れようとした瞬間、突然現れた存在によってシャルロットは助かった。赤いコートを身に纏い、髑髏の仮面をつけた存在は手に持っている白と黒の双剣でワイバーンの首を刎ねた。

 いきなりの乱入者によってセシリア達の顔が強張っている。

 

???「薄々思っていたけど、科学(IS)ではこいつらに効きそうにないな。なら、さっさと済ますか」

 

 声からして男性のようだ。

 男は手に持っていた双剣を仕舞うと新たに弓と赤い矢を持つ。

 

???「危ないから少しじっとしていろ」

 

 そう言って男はシャルロットを護る様に矢を番える。きりきりと弦を鳴らすと赤い矢がさらに赤く光る。矢に恐怖を覚えたワイバーンは空中に逃げようとするが無駄であった。

 

???「赤原を征け、緋の猟犬!赤原猟犬(フルンディング )!!」

 

 放たれた矢は赤い閃光となって次々にワイバーンを落としていく。そして残った者を白と黒の双剣を再び取り出して片付けていく。

 敵を全て片付けると男はシャルロット達に顔を向ける。三人がかりで手こずっていた敵を倒してしまった男はセシリア達にとって脅威であるため警戒されている。しかし、そんな事にも目もくれずに男はシャルロットに近づいて腕を見る。

 

???「腕をやられているな…骨折だな。少し待ってくれ」

 

 彼が言う通り、先ほどの戦闘でシャルロットの腕は骨折している。近くにあった鉄筋を引き抜いて折れた腕に宛がい、布を巻いていく。

 巻かれているシャルロットは違和感を覚える。彼が手を当てると次第に痛みがひいていく。

 

???「応急処置はしたが、これ以上戦闘は無理だ。お前達はこの場から早く逃げろ」

 

セシリア「誰かは存じませんが勝手に命令しないでくださいまし!」

 

 噛みついてくるセシリアを見て男は蟀谷の部分を掻くとフードを取った。

 

???「知っている奴なら命令してもいいんだろう?」

 

 次に髑髏の仮面を取った。

 男の素顔を見た瞬間、全員が固まった。そこには忘れもしない想い人の顔がそこにあった。

 

 

一夏「久しぶり…いや、ただいま」

 

.




戦闘描写って難しいな…


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第二話~英霊召喚~

 シャルロットは夢を見ているのではないのかと一瞬だけ疑ったが腕の痛みから夢ではないと実感できた。

 

一夏「久しぶり…いや、ただいま」

 

 本人であることが分かった瞬間、シャルロットは抱き着いた。

 

一夏「うぉっと!いきなりだな」

 

シャルロット「だって…福音と戦闘中に行方不明になってから箒達は元気がなくなって学園は一夏をいない者と扱って…」

 

一夏「分かった、心配かけて本当にゴメン」

 

 涙声になって話してくれる彼女を見て自分がどれだけ心配をかけたのだと分かった。

 

セシリア「よくご無事で…」

 

ラウラ「今まで何処へ行っていたのだ?」

 

一夏「まぁ、秘境と言われても可笑しくない場所から命からがら戻ってきたとだけ言っておこう。しかも、白式は軍用ISとの戦闘でボロボロでISとしての機能は停止しているから生身での戦闘しかできない」

 

 下手な嘘を言えばどこぞの嘘つき焼き殺すガールに殺されかねないので重要な情報を省いて説明する。一体どんな場所なのか訊きたいが状況が状況だけに後で聞こうと頭の隅に追い遣った。

 

一夏「それで…これは一体どういう事だ?ワイバーンが出てくるなんてファンタジー小説かよ」

 

 そのファンタジー小説のような体験をした一夏が言うには聊か説得力に欠けるが、今のが異常事態であるという事は理解している。

 セシリアは一夏にこれまでの経緯を話した。

 

一夏「なるほど…(中枢が派手に壊れているので監視カメラの類は死んでいる。例え、魔術を行使しても人に出会わなければ問題は無い。ISならホムンクルスぐらいなら勝てるけど、ワイバーンが相手だと無理みたいだな。ゴーストは…論外だな)俺はもう少し調べてみる。他に生きている生徒がいるかもしれないからな」

 

セシリア「そんな…一人では危険ですわ!」

 

一夏「大丈夫、大砲をぶっ(ぱな)された時よりマシだ」

 

 この異様な状況を対処できるのはこのメンツの中では一夏以外いない。

 無論、この程度の事で下がる三人でない事は一夏自身よく知っているので三人にある細工を施す。

 

一夏「お前達は俺に会っていない。お前達は自分たちの力で危機を脱し、安全な場所へ移動する。お前達は自分たちの力で危機を脱し、安全な場所へ移動する」

 

シャルロット「……はい」

 

セシリア「……はい」

 

ラウラ「……はい」

 

 三人に暗示をかけると踵を返した。ISが展開できず、負傷したシャルロットのためにラウラが彼女を背負って低空で移動する。

 

一夏「ごめんな。此処から先はお前等が踏み込んじゃいけない世界なんだよ」

 

 腹を食いちぎられて自分の死を受け入れられず、驚愕した顔をしている死体の瞼をそっと閉ざす。

 

一夏「どこの馬鹿かは知らないがツケは払って貰うぞ」

 

 元凶に対して怒りを静かに燃やし、一夏は仮面を被ってその場を後にする。

 

 

 

****

 

 

 

 一夏がカルデアから去った数分後、異常事態の警報が鳴った。

 

マシュ「それは本当なんですか!?」

 

ダ・ヴィンチちゃん「うん。これは流石に私も予想外だったよ。まさか特異点に匹敵する歪みが生まれているなんてね」

 

 予測不能の出来事にダ・ヴィンチちゃんとカルデアのスタッフ達は急いで情報をかき集めている。

 

マシュ「先輩…」

 

 今すぐにでも駆けつけたいが『後遺症』でデミ・サーヴァントの力が使えない。

 

ダ・ヴィンチちゃん「一夏君なら大丈夫だよ。彼の悪運の強さは君だって知っているだろう?なら、今は私達ができる事を精一杯しよう」

 

マシュ「…はい」

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 その頃、一夏は瓦礫の中にじっと身を潜めて敵を観察していた。

 

一夏「(見たところ、統率はないみたいだな。)つか、どんだけいるんだよ…」

 

 時に戦い、時に物陰に身を潜めてやり過ごしながら元凶を探っていく。

 

一夏「(サーヴァントがいれば状況は変わるんだけど…今は考えても仕方がない)」

 

 ない物を嘆いていても変わるわけでもないと気持ちを切り替えて移動しようとした瞬間、只ならぬ殺気を感じた。

 

一夏「(この気配はサーヴァントか!?)」

 

 咄嗟にその場から離れると一夏がいたところに刃が突き刺さっていた。

 

一夏「アサシンクラスのサーヴァントか!?」

 

 顔を骸骨の仮面で隠した集団に一夏は見覚えがあった。

 

???「よくぞ、かわした」

 

一夏「これでも修羅場はそれなり経験しているからな。なぁ、『百貌(ひゃくぼう)のハサン』よ」

 

ハサン「我々の真名を知っているのか。流石はカルデアのマスターだ。だが、殺さない理由が無い」

 

一夏「そうだろうな」

 

 サーヴァントの遭遇と言う最悪なケースに出くわす羽目になってしまった事に内心舌打ちする。

 

一夏「投影開始(トレース・オン)

 

 しかし此処で諦めるわけにもいかない。一夏は黒と白の双剣――――干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を投影して構える。

 

ハサン「ほぅ…抗うのか?」

 

一夏「生憎、諦めが悪いんでね。悪いが抵抗させてもらうぞ」

 

 周囲には隠れているハサン達がいる。けれど、一夏は臆する事無く近くいたハサンの一人を斬り殺した。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

シャルロット「あれ?」

 

 西側に移動しているシャルロットは途中である事に気付いた。

 

シャルロット「(何か忘れているような気がする…)」

 

 助けられたのは覚えているが肝心な所が曖昧で思い出せないのだ。

 

シャルロット「これからどうしよう?」

 

セシリア「一先ず、安全な場所まで移動しませんと」

 

ラウラ「私とセシリアは補給が済み次第、捜索を開始する。シャルロットは負傷しているからこれ以上の戦闘は無理だから避難してくれ」

 

 可笑しい。

 まるでそのように誘導されているような気がしてならない。

 

シャルロット「他の人達はどうしているのかな?」

 

セシリア「一般の生徒は地下のシェルターに移動し、先生方はそれの護衛についています。」

 

ラウラ「だが、相手が相手だからな。苦戦しているかもしれない」

 

 この後について話していると頭上から落下物が空気の層を穿ちながら目の前に落下した。

 

 

 

****

 

 

 

 一夏とハサンの戦闘は一夏が圧倒的に不利だ。迫りくる刃をかわし、周囲を舞うように双剣を振るい、斬り伏せようとも数が減らない。体に傷は負っていないもののコートは傷だらけで存在を隠蔽する礼装である仮面が砕かれている。

 

一夏「流石は百貌、これだけ倒してもまだいるとは…正直言ってきついな」

 

 全神経を張り巡らせながら戦闘しているので疲労の色が見ている。それでも一夏の意志は消えていない。

 

ハサン「凡人なら一人も殺すことはできないはずが半分近くまで減らすとは見事。だが、此処で終わりだ」

 

一夏「こんなところで終わるかよ」

 

 どんな逆境に立たされても自分の意志は曲げない。折れた双剣を消して、再び投影して構えた瞬間、彼の真下に薄緑色の魔法陣が展開された。

 

一夏「これは…サーヴァントを呼び出すための陣。でも、どうして…」

 

 凄まじい魔力の奔流。

 この現象に一夏は何度も遭遇してきた。どうして『触媒』がない状態で召喚できるのか思考が追いつかない。

 

???「やれやれ…君は本当によく災難に見舞われるな」

 

 そこに現れたのは赤い外套の男。

 一夏はこの男をよく知っている。その男は一夏が契約しているサーヴァント(・・・・・・)なのだ。

 

一夏「さっきぶりだな、エミヤ…いや、此処ではアーチャーか」

 

エミヤ「そうだな。しかし、まさか災難体質だと思っていたが此処まで来るともう笑い話にもならんな」

 

 相変わらずの皮肉に一夏は苦笑を浮かべて立ち上がる。

 

一夏「皮肉をどうもありがとさん。でも、今はこの場を切り抜けたい。手伝ってくれるか?」

 

エミヤ「無論だ。魔力を回せ、決めに行くぞ」

 

一夏「頼むぞ、アーチャー」

 

 パスが繋がった事で一夏はエミヤに魔力を回す。その魔力を使ってエミヤはハサンの軍勢に対して十を優に超える剣を展開し、雨のように降り注いだ。

 

一夏「流石に俺がやるより迫力あるな」

 

エミヤ「君も投影魔術を使えるのならできない事は無いだろう」

 

一夏「投影できてもあれだけの数を飛ばすことはできないよ」

 

 自嘲な笑みを浮かべて一夏はアーチャー(エミヤ)を連れて事件解決のために歩き出した。

 

 

――――――――

 

 

 不意打ち気味に来た攻撃にシャルロットは吹っ飛ばされたが咄嗟に受け身を取ったので大事には至らなかった。だがそこには大きなクレーターができていた。

 

シャルロット「ラウラ!セシリア!」

 

 何とか立ち上がって様子を見ると二人ともシールドエネルギーが無くなってISが解除されていた。幸いにも息をしているので気絶で済んだ。もし、直撃していたなら命は助からなかっただろう。

 急いで二人を起こしてこの場を立ち去らないとまたさっきの攻撃が来ないとも限らない。

 起こそうと必死に声をかけているが全く返事が無い。もっと強くしようと思った時。ガラリと言う音が後ろから聞こえた。

 振り返ってみると骨で構成された兵士―――竜牙兵が立っていた。それも一体だけではなく、ハイエナのようにシャルロット達を取り囲んでいた。

 

シャルロット「いやぁ…助けて…」

 

 常識では考えられない生物とISがなければ戦えない自分にシャルロットは恐怖で体が動けなくなってしまった。あの時は諦念してしまったが今は恐怖が支配している。竜牙兵達は好機と見てその場からジャンプし、襲い掛かって来た。

 

シャルロット「助けて…助けて、一夏ぁぁぁぁ!」

 

 祈るように愛している人の名前を叫び、目を閉じた時だった。彼女が座り込んでいる地面が突然光り出し、同時に襲い掛かって来ていた竜牙兵たちが一瞬にして一掃された。

 

シャルロット「えっ?」

 

 光の奔流が止まり、顔を上げるとインドの民族衣装を身に纏った女性が音叉のような槍を携えて立っていた。

 

???「貴方がマスターですか?」

 

シャルロット「マスター?」

 

???「サーヴァント・ランサー。パールヴァティー(・・・・・・・・)と申します」

 

 神秘が薄れてしまったこの世界に新しいマスターが誕生した。

 

 

 

 

おまけ―――――――

 

エミヤ「っ!?」

 

一夏「どうした?」

 

エミヤ「いや…何でもない(まさかこんな場所に私の身内がいるのか?)」

 

一夏「?」

 

 

 

カルデア

 

アルトリア(青・黒・白・聖槍・黒槍・X・X黒)「「「「「「「っ!!!?」」」」」」」

 

イシュタル「何か…嫌な予感がするわね…」

 

 

 

イリヤ「あの…アルトリアさん達やイシュタルさんの顔が怖いのですが…」

 

クー・フーリン「あいつ等はあの赤いアーチャーに惚れているからな。ライバルが出来たと感じてんじゃねぇの?」

 

イリヤ「…なるほど」

 

 

.




やりたかったネタなので後悔はしていません。



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第三話~弓と槍~

今年最後の投稿です。


 シャルロットは目の前のいる女性―――――パールヴァティーに目を奪われていた。いきなり現れて敵を蹴散らしてくれた事はもちろん、この世の物とは思えない美しさも要因となっている。

 

パールヴァティー「御怪我はありませんか、マスター?」

 

シャルロット「マスターって僕?」

 

パールヴァティー「はい。貴方が私のマスターである事は間違いありません。その証拠に令呪があります」

 

シャルロット「令呪って……」

 

 そんなもの何処にあるのかと思ったが、右手の甲に不思議な形をした刺青があるのに気付いた。国の宗教の関係で刺青をする生徒は複数存在するが自分は刺青をした覚えはない。

 

パールヴァティー「それは私と貴方を結ぶ大切な物です。くれぐれも乱用は控えてください。それから私の事をランサーと呼んでください」

 

 意味が分からないがこの刺青はパールヴァティーにとってはかなり重要な物らしい。もう一つ分かったのが彼女は自分達の敵でない事が分かった。

 

シャルロット「そうだ、あの二人を此処に置いておくのは危険だよ」

 

パールヴァティー「ならば、急ぎましょう。敵がまた狙ってくるでしょう」

 

 敵。その言葉を聞いたシャルロットは酷い寒気を覚えた。

 またあんなのが出てきたら自分達にはもう勝ち目なんてない。

 

パールヴァティー「心配しないでください。戦闘は不慣れですが精一杯お守りします」

 

シャルロット「あ、ありがとうございます」

 

 裸一貫の状態でパールヴァティーの助けは本当にありがたい。急いでこの場から離れるために立ち上がろうとした時、シャルロットとパールヴァティーの間に一本の矢が突き刺さった。

 

シャルロット「そ、狙撃!?」

 

パールヴァティー「どうやら、敵はアーチャークラスのサーヴァントようです」

 

 射手(アーチャー)と言うだけあってこちらが常人では見えない距離から正確な攻撃を仕掛けてくる。急いでマスターであるシャルロットを抱えようとしたが赤いフードを被って髑髏の仮面をつけた少年が自分の前に立っている。

 

???「彼女達に手を出すのは止めて貰おうか?」

 

シャルロット「一夏!?」

 

 髑髏の仮面をつけているが声だけでも特定できる。自分の目の前で短い柄と細長い両刃の刃が特徴の剣を指の間に三本挟んで構え、パールヴァティーを睨みつける一夏とシャルロットは再び会合した。

 

 

 

*****

 

 

 

 時間を少し遡り、一夏と霊体化したエミヤは安全な場所で情報のやりとりをしていた。今にも崩れそうな建物に入るのはそのような人物はいないので休憩の場所としては十分だ。

 

エミヤ[つまり、君はこの事態の原因が聖杯によるものと踏んだ訳だな]

 

一夏「あぁ、一瞬だけど聖杯と同じ魔力を感じたんだ。もしかしてこの世界に聖杯があって誰かが異変を起こしているんじゃないかって思ったんだ」

 

 聖杯の特性を理解している一夏の推測は可能性としてあり得る話の為エミヤは口を挟まなかった。しかし、一つだけ物申したい事がある。

 

エミヤ[全く…アサシンクラスだったから良かったものの他のサーヴァントだったらどうする?]

 

一夏「うん、撒ける自信が無かったし確実に死んでいた。緊急事態とはいえ反省すべき点だよな」

 

 生身の人間がサーヴァントに挑むのは無謀以前に蛮勇だとちゃんと理解している。今回は仕方がない所はあるが今後やりかねない可能性が捨てきれないので釘を刺すエミヤに一夏は素直に謝る。

 

エミヤ[(まぁ、サーヴァントとの戦闘に付いてこれるだけでも異常なのだが問題はそこではない。)魔術を使ったが大丈夫なのか?]

 

一夏「周囲を解析したけど電気系統が全滅しているから防犯カメラやセンサー類は死んでいるから心配ない…けど、礼装が壊れちまったからな」

 

 殆どの建物は瓦礫の山と化しているので防犯のためのカメラやセンサーは使い物にならない。しかし、存在を隠蔽する礼装が先程の戦闘で破損してしまったため効果は無くなっている。できる事といえば、素顔を隠すしか機能していない。

 

一夏「方針としては生徒や教師達に見つからないように身を隠しながら調べると言う感じでどうかな?」

 

エミヤ[妥当だな。だがもし、姿を見られた場合はどうする?]

 

一夏「いざとなれば暗示で記憶を消すようにする」

 

 まだ日が浅いが一夏は伊達に魔術を行使しているわけではない。余計な混乱を起こさないためにどうすればいいのか分かっている。最悪殺さなければならないがなるべくそうならないように注意を払っている。

 

???『――――い、―――――――――か?』

 

 聞き覚えのある声に一夏は周囲を探っていると目の前の空間にホログラム映像が出現した。

 

???『先輩、聞こえますか!?』

 

一夏「マシュ!?」

 

 カルデアにいるマシュの声が聞こえたのでどうしたかと思えば無意識の内にサークルを設置していたのを忘れていた。

 

マシュ『良かった、漸く繋がりました。ご無事ですか?』

 

一夏「俺は無事だよ。そっちで何か異変とかあった?元の世界に帰ったと思ったらいきなり竜牙兵やらワイバーンやらが出てきて無茶苦茶になっていたんだけど…」

 

マシュ『先輩が帰った数分後に特異点の反応がありました。類似した特異点の波長が特異点Fと同じ波長が検出され、その結果が…』

 

一夏「俺のいるIS学園と言うわけか…。俺はエミヤと一緒に原因を調査するから何か分かったら連絡する。それと…もしもの時はレイシフトの用意してくれるよう、ダ・ヴィンチちゃんに言ってくれる?」

 

マシュ『分かりました。先輩も気を付けてください。近くにサーヴァントがいます』

 

 サーヴァントの出現を聞いた一夏は少し見晴らしの良い場所に出て目を凝らすと槍を持っている女性とブロンドの髪を三つ編みにしている少女を見つけた。女性の方はランサークラスかライダークラスサーヴァントだろう。

 しかし、問題は少女の方だ。

 

一夏「シャル…」

 

エミヤ[知り合いか?]

 

一夏「友達…みたいなものかな?エミヤ、注意を引き連れてくれるか?その間にあの三人を比較的安全な場所まで移動させる」

 

エミヤ[大丈夫か?]

 

一夏「日々鍛えているおかげで筋力と俊敏と耐久には自信がある」

 

 とある英雄が施しているブートキャンプをしたり、ある特異点では女神を担いでギリシャ神話の大英雄と命がけの鬼ごっこをしたりして身体能力は一般男性よりも遥かに高い。

 

エミヤ[分かった]

 

一夏「ありがとう」

 

 そう言って一夏は建物から飛び出していき、アーチャー(エミヤ)は黒い洋弓を構え、()を番える。

 

 

 

****

 

 

 

そして現在、一夏はパールヴァティーと対峙していた。

 

シャルロット「(ど、ど、ど、ど、どうしよう…完璧に険悪なムードになっているよ!?)」

 

 どうやら一夏はパールヴァティーを敵だと認識している。一夏はパールヴァティーを油断なく観察し、隙を伺う。パールヴァティーも一夏を見て顔を強張らせている。

 一発触発の雰囲気にシャルロットは頭を抱えてしまった。

 

シャルロット「ちょっとストップ!ストップ!!」

 

 半ば自棄になって一夏を止める。

止められた一夏は驚きはしたもののすぐに目を鋭くさせた。

 

シャルロット「この人は敵じゃないよ」

 

一夏「シャル…お前の言いたいことは分かる。けど、味方なのは今だけであってすぐ敵になるかもしれないだろう?」

 

シャルロット「だって…」

 

 行方不明になっている間に随分と性格が変わっている事にシャルロットは言葉を詰めらせた。未だに懐疑的な視線を送る一夏とシャルロットの会話を聞きながらパールヴァティーは首を傾げる。

 

パールヴァティー「あの…貴方はマスターの知り合いですか?」

 

 パールヴァティーの口から出た言葉が一夏の懐疑心に亀裂を入れた。

 

一夏「マスター?シャルが?」

 

シャルロット「う、うん。どうして分からないけど僕はパールヴァ…ランサーのマスターになっちゃったんだ」

 

 その証である令呪を一夏に見せると鳩が豆鉄砲喰らった顔をした後、大きな溜息を吐いた。

 

一夏「マジかよ…(エミヤ、ランサーはどうやら敵じゃない…けど、面倒な問題が出てきたから来てくれ)」

 

 自分のサーヴァントに攻撃を中止し、こっちに来るように指示を出した。この程度の距離ならサーヴァントの身体能力ならものの一分で到着する。

 仮面を外そうとした時には既にエミヤは姿を現した。シャルロットはエミヤに脅えそうになったが一夏に安心していいと言われて落ち着いた。

 

エミヤ「どうし…た?」

 

 アーチャー(エミヤ)ランサー(パールヴァティー)を視界にとらえると思わず瞠目してしまった。摩耗してしまった生前の記憶からある人物と重なり・・・

 

エミヤ「(今度は桜か!?)」

 

 心の中で叫んだ。

第五次聖杯戦争のサーヴァントの面々は仕方がない。しかし、養父の衛宮切嗣にその妻であるアイリスフィール、二人の娘であり自分の義妹(義姉?)のイリヤスフィールは他人とは思えない。さらには同じアーチャークラスで疑似サーヴァントのイシュタルは元マスターである遠坂凛と何故か自分に縁のある者が多い。一夏(マスター)の友人であるシャルと呼ばれた少女が召喚したのは後輩の間桐(まとう)桜にそっくりである。

私の安寧は一体何処にあるのかと抑止力に問い質したいくらい頭を抱える。

 

一夏「アーチャー?」

 

エミヤ「問題ない、少々戸惑っただけだ」

 

一夏「(これは…キリツグやイシュタルの時と同じか)」

 

 現マスターである一夏はエミヤの心情を察したが口には出さなかった。状況を整理しなければいけないし、何より口に出せばエミヤの精神が確実に死ぬ。

 悟られないようにパールヴァティーを見るとエミヤを見て頬を染めていた。

 

パールヴァティー「あの…アーチャーさん?」

 

エミヤ「何かね?」

 

パールヴァティー「一緒にいる時だけ“先輩”と呼んでもいいですか?」

 

エミヤ「なんでさ!?」

 

 パールヴァティーから先輩と呼ばれて思わず素が出てしまったエミヤであった。

 

 

.




パールヴァティーの口調って難しいな…(^_^;)


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第四話~シャルロットの選択~

 学園の一角では教師陣が全滅の危機に瀕していた。

 突如現れた飛龍や骸骨の兵団で混乱し、目の前にいる岩のように筋骨隆々の狂戦士によって部隊は壊滅状態に陥っていた。

 手にしている剣の一撃は絶対防御を貫通しそのまま一人の教師を葬った。それだけでも信じられないのに狂戦士の行動に目を疑った。

 狂戦士はISの攻撃をあえて(・・・)受けて止めているのだ。ISの攻撃をまともに受ければ普通の人間なら死ぬ。

 それなのにこの狂戦士は笑顔のままで死なない。常識外れの存在に恐怖を覚える。

 

???「ははははははははははははははははははははははっ!圧制者の走狗達よ、せめて私の腕の中で眠りなさい」

 

 飛んでくる斬撃、銃弾をその肉体で受け止めた狂戦士はISを纏った教師を一人、また一人と鉄塊と肉塊が混ざり合った『何か』に変えていく。

 

千冬「私がやる!他の者達は弾幕を張れ!」

 

 打鉄(うちがね)を纏い、剣を握っていた千冬は常識外れの存在に畏怖を覚えながらも戦おうとしている。

 狂戦士の目に映っているのは自分が最も嫌悪し、最も憎悪し、乗り越えんとする千冬(圧制者)の姿。

 

???「来るが良い、圧制者よ!」

 

 狂戦士は千冬の攻撃を頑強な肉体で受け止める。

 

 

 

*****

 

 

 

 一夏とシャルロットがまず最初に行ったのは気絶しているセシリアとラウラを比較的敵に見つからず、安全な場所に運び込むことだ。気絶した人間をそのまま放置するわけにもいかないので学生寮であった場所に放り込んだ。

 次に腕が折れているシャルロットの治療を施した。一週間以上はかかる怪我も魔術を使えばすぐだ。瞬く間に治っていく傷や怪我にシャルロットはあれやこれやを一夏に訊いた。

 いくらはぐらかそうとしても喰いついてきたので秘匿することを条件に一夏は自分が今まで体験した事を話した。

 因みに仕掛けられた監視カメラを全部潰し、部屋全体に外部からの認識妨害と防音障壁の魔術をかけているので見られり、聞かれたりすることは無い。万が一のためにパールヴァティー(ランサー)を待機させている。

 

シャルロット「魔術にサーヴァント、人理修復……それが一夏が体験した事なんだ…」

 

一夏「できれば話したくなかったんだがな…」

 

パールヴァティー「確かに魔術師である貴方からしたらそうですよね…」

 

 シャルロットは必死に理解しようとしているが非現実的と言うか自分の常識を遥かに超えているため中々呑み込めない。

 そんな彼女に一夏は自分も最初はこんな感じだったなと思いながら苦笑している。

 

一夏「(けど、悠長に構えている場合じゃない)」

 

 治療ついでにシャルロットの体を解析した結果、自分と同じ素質があった事が分かった。

 

一夏「(このままシャルを連れて行くわけにもいかない。俺とシャルの状況が全く違うからな…)」

 

 魔術と縁も所縁もない一般人である所は同じだが一夏とシャルロットでは状況が違う。異世界に飛ばされた一夏は生活していくうえで魔術を覚える必要があったがシャルロットはその必要が無い。

 故に一夏は何があったんだと聞かれた時、魔術に関してはどんなことがあっても絶対喋らないようにしていた。

 

一夏「(本来なら令呪を奪って殺すのがセオリーなんだよな…)」

 

 シャルロットを暗示で洗脳させ、パールヴァティー(ランサー)に鞍替えを認めさせる事を令呪で強要させた後、証拠隠滅のために手にかける。

 しかし、人道に反する事はしたくない気持ちがある。

 

一夏「(甘いって言われそうだな…)」

 

 他の魔術師なら迷わず殺すことに躊躇はしないだろう。しかし、魔術師の感性を持ちあわせていない一夏はどうしてもできない。

 

一夏「(けど、どんな行動するにしてもランサーの力は必要だからな…)」

 

パールヴァティー「(魔術師として合理的に考えているかもしれませんが…徹しきれていませんね)」

 

 パールヴァティーは一夏の葛藤を察している。彼が合理性を取るか情を取るかで悩んでいる。

 

エミヤ「帰ったぞ」

 

パールヴァティー「お疲れ様です、先輩」

 

エミヤ「ランサー、私をそのように呼ぶのは止めてほしいのだが…」

 

 斥候に行ってきたがエミヤ(アーチャー)が戻ってきた。『弓兵(アーチャー)』クラスには『単独行動』と言う固有スキルのおかげでマスターが不在でも活動できる。『気配遮断』のスキルを持つアサシンと同様、斥候向きのサーヴァントと言えよう。

 

一夏「どうだった?」

 

エミヤ「どこもかしこも似たような状態だ。一夏が睨んでいた通り…ISだったか?それを纏っていた女性が及び腰で右往左往していた。正直言って見ていられなかったさ」

 

一夏「何となく予想はしていたけど俺がいた時より酷くなってないか?」

 

 ISが登場しため、今までの近代兵器は一気に不要となった。動かせるのは女性だけなので巨大な力を操れる自分達は偉いと言う勘違いが広まって女尊男卑の風潮になった。しかし、かなり度が過ぎていないだろうか。

 

シャルロット「一夏が行方不明となると女性利権団体の権力がさらに大きくなったんだ。今では何の罪もない男性が終身刑になっちゃって…」

 

一夏「止めてくれ。助ける気が段々失せてくる」

 

 頭が痛くなる話を聞いて一夏は溜息を吐いた。

 

一夏「(昔も大概だけど、スパルタクスが狂った笑みを浮かべて殺しにかかる世界になっているな…)」

 

 『圧制者を打倒する』事しか思考できない狂戦士なら高慢ちきに振る舞う女性に叛逆を企てて殺すだろう。実際に実姉の振る舞いはスパルタクスの攻撃対象である圧制者のそれだ。尤も、スパルタクスじゃなくてもこの世界の女性に激怒して攻撃する英霊がたくさんいる。

 

一夏「(あれ?そう考えたらこの世界に未来なくね?)」

 

 魔神柱が手を下さなくてもサーヴァントだけで世界が滅びそうな気がしてならない。

 特にウルクの英雄王やエジプトの太陽王、フン族の戦闘王辺りはヤバい。ブリュンヒルデの異名を持つ実姉でもサーヴァントには勝てない。なんせ彼らは人理史に名を残した一騎当千、万夫不倒の英雄たちだ。幾ら姉が全盛期かつISを纏って挑んでも赤子の手を捻るように殺されるのが目に見えている。

 

シャルロット「一夏?」

 

一夏「いや…考えていたのより深刻な事になりそうだなと思っただけだ」

 

 サーヴァントの存在を知らない女性から見れば、路傍の石にしか見えないだろう。しかし、彼らの実力を知っている一夏から見れば滑稽な道化か呆れるような馬鹿としか言いようがない。ISがあるから勝てると息巻いて呆気なく死ぬ姿が目に浮かんだ。

 それを考慮すれば、一度もサーヴァントとの戦闘を行わず、味方につけたシャルロットは幸運だろう。おまけにパールヴァティー(ランサー)との関係も良好のため裏切る可能性はかなり低い。

 

シャルロット「それにしても…気分が軽いな」

 

一夏「気分って俺がやったのは傷の手当だぞ?」

 

 ストレッチを行っているシャルロットに一夏は首を傾げている。確かに彼女に治療を施したがそれは傷であって体調ではない。

 

シャルロット「ISを纏っていた時はまるで力が抜けるような感覚があったんだ。でも、一夏に助けられて以降気分が良いんだ」

 

パールヴァティー「魔術師には効果は無いのですが、どうやら島全体に充満している魔力のせいで徐々に衰弱していたようです」

 

一夏「衰弱って…戦っても死ぬし何もしないでも死ぬ。最悪じゃねぇか」

 

 IS学園には打破する策はほとんど無く、蹂躙されるのを待つだけの状態になっている。

 それも時間の問題だろう。

 

シャルロット「でも、どうして平気なの?」

 

一夏「専門家じゃないから上手くは言えないけど、眠っていた魔術回路が開いた結果、蔓延している魔力に対する抗体ができたんだと思う」

 

シャルロット「魔術回路?」

 

一夏「魔術師が必要な物。大まかに言えば魔術に必要な魔力を生み出す炉心と思っておけばいい」

 

シャルロット「ってことは僕は一夏みたいになるの?」

 

エミヤ「一口に魔術と言っても色々ある。それにイチカの魔術は少々特殊で君にはできないだろう」

 

 何せ、一夏の駆使するのは魔術の中でも異質(・・)なため誰でも使えるわけではない。

 

シャルロット「でも、それが使える一夏はすごいよ」

 

一夏「凄くは無いよ。俺の実力はどう頑張ったって精々二流が良い所の半端者だ」

 

 一般的な魔術師より多少優れてはいるが一流の魔術師達には及ばない。半端者と言われても仕方がない。

 

エミヤ「これからどうする?彼女は魔術回路はあれど一般人に等しいぞ」

 

エミヤ(アーチャー)の言う通り、シャルロットは魔術に関してはかつての自分と同じド素人である。

 

一夏「正直に言うとランサーをこっちに渡してこの戦いから引いてほしい」

 

 つまり、一夏はシャルロットにパールヴァティー(ランサー)との契約を破棄しろと言っているのだ。

 

一夏「だが、シャルが戦いたいと言うなら俺達と行動を共にしてもらう」

 

エミヤ「良いのか?」

 

 エミヤに怪訝な視線を送られるのも仕方がない。自分でもこの案は正直馬鹿らしいと思っているが自分が勝手に決めて良い物でもないとも思っている。

 

一夏「俺だって甘いなって思うよ。でも、この状況でランサーと言う戦力を失うのは最も悪手だ」

 

エミヤ「確かにそこは否定はしない」

 

 敵の素性や考えが分からない以上味方は一人でも多い方が良い。

 

一夏「だからランサーのマスターであるシャルに決めさせる。俺はシャルがどっちを選んでも責めはしない。けど、仮に戦う事を選んで死んだとしてもそれだけの覚悟があるものと判断して一切責任をとらない」

 

 パールヴァティーとの契約を破棄してこの場から身を引くか、彼と共に命の保証などない戦いに臨むか、全てはシャルロットの選択にかかっている。

 シャルロットは暫く逡巡し、やがて答えを出した。

 

シャルロット「僕は一夏と一緒に戦う」

 

一夏「その先が地獄でもか?」

 

 眼光を鋭く光らせて確認を取るがそれでもシャルロットの答えは変わらなかった。

 

シャルロット「僕だって怖いよ。でも、また失うのは嫌なんだ」

 

 母親が死に失ってしまった温もりを、学園でできた友を、そして愛すべき人を失うのは耐えられない。この想いだけは誰が何と言おうとも譲れない。

 シャルロットの想いを知った一夏は天を仰いでゆっくり息を吐いた。

 

一夏「分かった。けど、自己責任だから助けてくれるなんて思うなよ」

 

エミヤ「(念を押すように言っているようだが彼女が危なくなったら真っ先に助けるだろうに…)」

 

本当につくづく甘いマスターだと思うが彼の美徳であることには変わりはない。そんな一夏に心の中で苦笑いしてしまうエミヤとパールヴァティーだった。

 



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第五話~目を覆いたくなる現実~

 私には一つ上の姉がいる。何をやってもな私に対して姉は天才で全てそつなくこなしていく。特殊な家庭事情のため家の人から比べられるのは仕方がない事だとしても無能だと言われて傷つかないはずがない。それでも我慢できたのは姉のおかげだった。

 しかし、姉は私に向かってこう言い放った。

 

姉『貴方は何もしなくていい。ただ、無能なままでいなさい』

 

 その言葉を聞いた瞬間、何かが砕ける音が聞こえた。その何かの正体は自分自身がよく分かっている。砕けたのは姉への信頼だ。

 結局、姉は私を両親や親戚の人と同じように見ていたのだ。砕け散った信頼はいつしか憎悪と嫌悪に成り代わり、姉妹の間に埋めがたい溝ができた。月日が経つにつれて段々深くなっていく。

 

「どうしよう…助けを呼べない」

 

 そして現在。

 今のIS学園は昨日までの日常は終わりを告げ、阿鼻叫喚となっている。

 自分の周囲には骸骨兵が跋扈しており、自分は見つからないように息を潜めてじっとしている。何か行動を起こさないといけないのに見つかれば死と言う未来が待っている。まさに絶対絶命とはこのことだろう。

 

 

 

 

 しかし、絶体絶命と言える事態は覆された。骸骨兵が一斉にあらぬ方向を向いた瞬間、赤熱した矢が一斉に降り注ぎ、全滅させた。

 

???「いい加減見飽きてきたのだが…」

 

 骸骨兵の集団を薙ぎ倒したのは赤いコートをなびかせ、仮面をつけた人。声からして男の人のようだ。手にした黒い弓をしまうと溜息を吐いた。どうやらここ以外でも戦っていたのだろう。彼は暫く周囲を見てから何もないと判断するとその場を後にした。

 彼が何者で敵なのか味方なのか不明で頭の整理が追い付かない。五分ぐらい経った頃には従者であり、私の幼馴染の布仏(のほとけ)本音が来た。

 

本音「かんちゃん、大丈夫!?」

 

簪「大丈夫…」

 

 安全な場所まで避難している際に色々と整理してみたけど、どんな特徴なのかは見ていたはずなのにその記憶がまるで消しゴムで消されたみたいに覚えていない。

 けど、あの時の感覚だけは覚えている。実の姉より私のヒーローみたいでかっこよかった。

 

 

 

***

 

 

 

 一夏はマシュやカルデアのスタッフに連絡しようと思ったら霊脈が不安定となって通信ができなかったためこのまま調査を続行した。

 

一夏「しかし、こうも派手にぶっ壊れているとシェルターなんて宛てにできないな。ファラオか英雄王でも降臨したか?」

 

エミヤ[一夏、冗談でも言うもんじゃない。もし、あの二人がいたのなら今頃この人工島は更地と化している]

 

 外の様子を確認しながら進む一夏の冗談に魔力の節約のために霊体化しているエミヤ(アーチャー)はツッコミを入れた。両者とも傲慢不遜だがその実力は折り紙つきである。言った本人もあの二人ならやりかねないと顔を引き攣らせた。

 

シャルロット「(すごいな…一夏は)」

 

 シャルロットは近くにいるはずの一夏の背中が何処か遠くに感じて寂しい気持ちでいっぱいだった。

 

パールヴァティー「マスター…大丈夫ですか?」

 

シャルロット「大丈夫。僕も戦えればいいんだけど…」

 

 代表候補生になるために格闘技や銃の扱いを叩き込まれたシャルロットであったが、改めて自分がISが無ければ無力だと実感する。現役の軍人であるラウラはともかく、他の候補生達が経験とする実戦はほとんどが試合形式だ。そのうえ、魔術等の所謂オカルトと言った類の知識は皆無と言っていい。

 情けない自分が悲しくもあり腹立たしくもある。

 

パールヴァティー「貴方は貴方のまま強くなればいいのですよ」

 

シャルロット「ランサー?」

 

パールヴァティー「一夏さんも昔はマスターと同じ気持ちを味わい、魔術の腕を磨いたのでしょう」

 

 一夏だって一人だけ安全な場所で見ていて歯痒い思いを抱かないわけもない。必死に魔術師の腕を研鑽して今に至った。一体どれほどの道のりを歩いてきたのか。きっと自分では理解できない苦難があったのだろう。

 

パールヴァティー「ですが、マスターは一夏さんじゃありません。貴方にしかできないことがたくさんあります」

 

 一夏は自分のやり方で強くなった。仮に彼と同じやり方で強くなれるとも限らないし逆に弱くなるかもしれない。

 

パールヴァティー「ゆっくりでもいいのです。自分の足でちゃんと歩きましょう」

 

シャルロット「ありがとう…」

 

 ならば、自分も自分のやり方で頑張らなければならない。

 パールヴァティー(ランサー)の激励に気持ちが前向きになれた頃には一夏とエミヤ(アーチャー)で今後の方針が決まった。

 

一夏「アーチャーが怪しいと言っていた本校舎を目指すとして、サーヴァントの戦いは可能な限り避けてほしい」

 

パールヴァティー「どうしてですか?」

 

一夏「ほぼ確実と言っていいほどIS部隊がいる。そいつらと遭遇すると面倒な事になりかねない」

 

エミヤ[ほぅ…見つかったらどうなるのかね?]

 

一夏「この混乱時でシャル以外の俺等は侵入者みたいな扱いとなって捕まるか殺されるのがオチだ。余計な事で時間を取りたくない」

 

 こんな大惨事に教員達が動かないはずがない。侵入者に近い立ち位置にいる自分達がこの異変の原因だと真っ先に疑われる。シャルロットの話が本当だとすれば、その場で殺される可能性が大である。

 幸か不幸か、はぐれサーヴァントが好き勝手に暴れているおかげでこちらを脅威と認識していないので行動するなら今しかない。

 一夏はそのための下準備を行う。

 

一夏「投影開始(トレース・オン)

 

 投影するは緑衣(りょくい)の弓兵が使っていたマント。背景と同化できる完全なる透明化、他にも消音、気配遮断等の高いステルス性。そして切れ端であるものを使い指定したものを複数同時に透明化させられる。その強度、材質、歴史、経験、それ等全てをイメージし、今ここに再現する。

 

一夏「(初めてロビンの顔のない王(ノーフェイス・メイキング)を投影したけどかなり魔力を使ったな)」

 

 属性や起源のせいで特定の物以外を投影するのに倍の魔力を使う。尤も、武器も他の物も投影品なのだから多少の精度は落ちている。

 

一夏「シャルは念のためにこれを被ってくれ」

 

シャルロット「それってマント?」

 

一夏「とある英霊が使っていた奴。贋作だけどこれを身に着けると姿を消せる」

 

エミヤ[ロビンの宝具か。彼女より君が身に着けるべきだと思うが…]

 

一夏「俺が使ってもいいけど。シャルがランサーのマスターであることはなるべく隠しておきたい。俺かシャルかどっちが狙われやすいかと言うと間違いなく後者だ」

 

 サーヴァントへの魔力の出力を上げるためできるだけ近くにいる必要がある。身を守る術を持っている一夏はともかく、何も持っていないシャルロットが高確率で狙われる。

 

シャルロット「これを身に着けていればいいの?」

 

一夏「姿を消せるから攻撃されるリスクは減る……手当たり次第攻撃して燻りだす作戦を実行する奴がいなければの話だが」

 

シャルロット「最後の台詞は一体何!?」

 

 姿を消せるからと言って必ずしも安全ではない。『平安の神秘殺し』が行った作戦が余程トラウマだったのか死んだ目で遠くを見る一夏にシャルロットの不安が膨れ上がった。仕方なしにマントを身に着けると一夏とエミヤ(アーチャー)パールヴァティー(ランサー)の視界からシャルロットが消えた。

 

一夏「(どうだ?)」

 

エミヤ[完全に消えているわけではないがかなり集中しなければ見つかりはしない]

 

 サーヴァントでもかなり集中しなければ見つけることができないなら、余程の事が無い限りは大丈夫だろう。

 

一夏「よし、行くか…」

 

 常に最悪な状況を頭に入れておかなければならない。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた狂戦士が出てくるか。

 一夏達は原因の調査に向かった。

 

 

 

****

 

 

 

 本当に何がどうなっているのか分からない。中国の代表候補生の凰鈴音(ファン・リンイン)が毒づきながら救援に向かっている。彼女は元々シェルターの護衛にあたっていたのだが救援に来てほしいとの連絡があって自分が向かうことになった。

 

鈴「セシリアもシャルロットもラウラも何処行っちゃったのよ…」

 

 骸骨兵や岩でできたゴーレムはゲームや本に出てくる空想の物だと思っていた。しかし、実際に目の前にいる。今までに体験したことが無い戦闘に頭が混乱して精神が摩耗していく。

 連絡があった場所に到着すると鉄と肉が混ざり合った何かが散らばっていた。もう戦闘は終わっていると判断した鈴は吐き気を我慢しながら生存者を探す。

 鉄が混じった肉塊の中で比較的人の原型をとどめている物体を発見した。バイタルを看ると息はしている。

 生存者を運ぼうと近づく鈴は有り得ない物を見た。

 

鈴「千冬…さん?」

 

 その生存者とは行方不明の幼馴染の実姉であり、学園の教師である千冬であった。両足は有り得ない角度で折られ、利き腕に至っては引きちぎられている。この学園にいる者なら彼女の強さを疑う人がいるはずがない。だからこそ(・・・・・)、無惨な姿に理解できないのだ。

 

鈴「嘘……でしょ。千冬さんが…こんな…」

 

 突きつけられる現実に鈴はその場で腰を抜かしてしまった。敵がいなかっただけでも幸運だ。もし、此処にまだ敵がいたのなら既に彼女の命は散っていただろう。

 既存の兵器を物ともしないISを鉄屑にし、さらには世界最強(ブリュンヒルデ)と謳われた千冬ですら容易く叩き潰す敵に対して鈴は恐怖に支配された。

 

 



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第六話~元凶は・・・~

 一夏は上空から飛んでくるランスをかわし、その次にやってきた刃と化した水の射程外に移動する。

 攻撃をしかけてきた水色の髪が外側にはねた少女を見ると憤りを宿した瞳で睨んでくる。別に自分は何も悪い事はしていないが向こうはそう思っていない。

 

一夏「最悪だ」

 

???「それはこっちの台詞よ!」

 

 なるべく悟られないように移動していたつもりであったがどうやら向こうの方が上手だった。

 本当に世の中は思い通りにはいかないものだと仮面の下で溜息を吐いた。

 

 

 

*****

 

 

 

 それは一時間前に遡る。

 外に出る前に一夏はシャルロットにある質問をした。

 

一夏「シャル。専用機を持っている生徒の中でこの人とは戦いたくない、面倒だって人はいるか?」

 

 最強なのは実姉の千冬で間違いない。

 しかし、このIS学園全体での話であって緊急時に指揮する立場である以上、おいそれと戦場に出てくる事は少ない。

 教師陣はもちろん、専用機持ちで注意しておかなければならないがその中で最も警戒しておかなければいけない人物がいる。

 

シャルロット「専用機持ちとなると楯無生徒会長かな」

 

一夏「生徒会長?」

 

 首を傾げる一夏にシャルロットはあっと思い出した。何せ、彼はIS学園で過ごした時間は半年と一か月のため生徒会長がどんな人なのか知らないのも無理はない。

 なるべく分かりやすいようにシャルロットは説明し出した。

 

シャルロット「水色の髪が外側にはねていて猫と思わせるような人懐こい人で悪戯好き。だけど、ロシアの代表を務めているから腕は確かだよ」

 

 与えられた情報を元に一夏は逡巡する。性格は敵を油断させるための演技か仮面だろう。

 重要なのは現役のロシア代表であること。代表候補生より格上でその実力は生徒内での実力はトップと見て間違いない。

 また、代表と言う事は専用機を持っている。直接ISとやり合ったわけでもないが空中を飛び、第三世代特有の思念制御兵装を積んでいるので後手に回りかねない。

 

一夏「それは会いたくない人物だな」

 

 それが現実となる事をこのときはまだ思ってもみなかった。

 

 

 

****

 

 

 

 現在、一夏は楯無と交戦している。交戦と言っても一方的に楯無が攻撃をしかけ、一夏がそれを避けているだけだ。

剣士(セイバー)クラスや槍兵(ランサー)クラスのサーヴァントの攻撃に比べれば遅いのでかわすのは容易である。しかし、流動体である水がこちらを捕えようとしているのでそれをどのように攻略するか模索している。

 

楯無「(私が考えていることの先を読んで対処している。徒者じゃないのは分かっていたけど予想以上だわ…)」

 

一夏「(槍や蛇腹剣の動きは見切れるけどあの水をどうにかしないとジリ貧だな…)何処かで武器をかっぱらってくれば良かった)」

 

楯無「何か言ったかしら?」

 

一夏「何も?」

 

 ただの水でなく、エネルギーを伝達するナノマシンである事は解析して分かった。それなら宝具を投影して切り抜ける事が可能だ。しかし、魔術を知らない一般人である以上魔術の使用を極力避けているので投影宝具は使えない。IS専用のナイフでも盗んでくれば良かったと後悔している。

 

楯無「この学園でお姉さんに教えて貰える?」

 

一夏「簡単に言うと思うか?尤も、言ったところでアンタじゃ理解できないだろうよ」

 

 科学が発展している時代に神秘的な事を言われても信じちゃくれないだろう。自分でも同じ立場ならそう思う。

 攻めあぐねる楯無と場を切り抜ける策を考えながら避け続ける一夏。

 

???「見つけたぞ、圧制者よ!」

 

 そんな時に狂戦士が雄叫びを上げてこっちに接近してきた。

 一夏はまた面倒な事をと言わんばかりに仮面の下で渋面を作った。別に学園側の人間とはぐれサーヴァントの三つ巴になる事は考えていないわけではない。けれど、サーヴァントのクラスが問題だった。

 

一夏「(よりによってバーサーカーかよ…)どこかの槍兵二人で同じ幸運Eなんて俺嫌なんだが?」

 

 今頃カルデアにいるクランの猛犬とフィオナ騎士団の一番槍がくしゃみしていそうな愚痴を小さく零した。

 

エミヤ[それはカルデアに身内が来ている私への揶揄か?]

 

一夏「いや、お前じゃないよ」

 

 ここに一人、同じ幸運Eのサーヴァントがいた。

 サーヴァントの真名(・・)を知っている一夏はこれほどこの世界に相性の悪そうなサーヴァントはいないだろうなと意味もないことを考えていた。

 

楯無「援軍!?」

 

一夏「援軍…だったら嬉しいんだけどね。(スパルタクス(・・・・・)の奴、完全に俺等を圧制者と捉えているな…)」

 

 あちらは既に自分達を敵だと認識している。狂化しているバーサーカー程厄介な物は無い。ましてやランクがEXのスパルタクスなんて爆弾に等しい。

 最初に動いたのはスパルタクス。手に持った剣で一夏を砕こうと振るってきた。

 

一夏「危っねぇ…」

 

 サーヴァントの戦闘を間近で見てきた経験と直感が上手く働いたおかげで直撃を避けることができた。楯無はこの行動でスパルタクスは一夏の味方ではないと分かったし自分の味方でもない事も分かった。

 

一夏「(此処に来るまでに攻撃を受け続けてきやがったな)」

 

 彼の宝具の特性を知っている一夏は最初の攻撃で能力がどれだけ上がっているのかを把握できた。

 

一夏「(迂闊に攻撃したらスパルタクスが強くなるだけだ。それに長引いて不利になるのが俺だ。なら…)投影開始(トレース・オン)

 

 あまり気乗りしないが仕方がないと溜息を吐き、コートから取り出すように干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を投影する。スパルタクスは笑顔のまま一夏に攻撃をしかけ、一夏は双剣でそれを防ぐ。

 

一夏「(予想していた以上に重いな)」

 

 真面に受けたら確実に腕を持って行かれる。スパルタクスの攻撃を時にはかわし、双剣を使っていなす。幾ら速く、強くても動きが単調なので対処できる。

 

楯無「私の存在を忘れないでね」

 

 楯無(イレギュラー)の存在を忘れはいない。ガトリングから無差別にばら撒かれる弾丸を一夏は避けるがスパルタクスは狂った笑みを浮かべて鎧のような筋肉で受け止める。

 

一夏「(面倒だな…)」

 

 二人同時に相手をしなければいけないうえに傷つけば傷つくほどスパルタクスの能力は上がっていく。けれど、サーヴァントを呼び出したりするのは得策とは言えない。

 ならば、自分で打開策を探さなければならない。一夏は両者から飛んでくる攻撃を捌きつつ、思考を巡らせる。

そして最善策が思い浮かんだ。

 

一夏「悪く思うなよ」

 

 楯無に向かって双剣を投げた。その隙に襲ってくるスパルタクスを踏み台にして楯無と同じ高さまで跳んだ。踏み台があったとはいえ、同じ高さまで跳躍したことに驚いたが楯無はすぐに冷静になる。武器が使えない間合にはいられ、彼が殴るのが速いが空中では身動きが取れないため水で拘束することができる。楯無はそう思って水を操作したが失敗に終わった。

 投げたはずの双剣が二基のアクア・クリスタルに突き刺さり、爆発したのだ。楯無の専用機は防御も攻撃もアクア・クリスタルで作られた水によって行っているのでそれがなくなれば機体の性能は著しく弱体化する。現に制御を失った水は雨となって地面を濡らす。それでも、捕まえるだけならISの力でねじ伏せられる。そう、その考えは相手が普通の人間ならできた。

 

一夏「強化開始(トレース・オン)

 

楯無「あっ……がっ…」

 

一夏は誰にも聞こえないように唱え、魔力でブーストさせた拳で彼女の顔面を殴った。

 確かに一夏はサーヴァントと違って絶対防御を無視して殺せる事は出来ない。しかし、高を括っていた楯無()を無力化させるには十分な威力を持っていた。絶対防御を貫通してきた衝撃が脳を揺さぶり、楯無の意識は闇の底へと落ちていく。

結局、楯無の敗因は一夏(魔術師)と言う未知の存在を自分のものさしで過小評価していた事だ。

 ISが消えて楯無が落下する前に彼女を受け止めて着地する一夏は複雑そうな顔をしていた。罪悪感はあるが目の前にいる障害を排除することが最優先である。

 今まで静観していたパールヴァティー(ランサー)が出てきて数的にはこちらが有利。しかし、相手は一騎当千の英霊だ。この程度の数の差なんてないような物。気を抜けば全滅さえあり得る。

 

エミヤ[さて…策はあるか?]

 

一夏「あいつの動きを封じてからランサーと協力して波状攻撃ってのが最適解だな」

 

エミヤ[了解した]

 

 一般人もいないので姿を現しても問題ないので霊体化を解いたエミヤ(アーチャー)は白と黒の双剣を投影して構えた。

 

エミヤ「全く…狂化しているからバーサーカーだが、ここまで狂気に染まっている英霊はそうそういないだろう」

 

スパルタクス「その傲慢。なかなかだ。さあ、来い。嬲ってみろ」

 

 エミヤ(アーチャー)はスパルタクスの攻撃をまるで舞うようにしていなしていく。彼を捕まえようとするスパルタクスの懐目掛けて一夏が攻撃を仕掛けてきた。手に握られているのは金色に光る馬上槍(ランス)の穂先を向ける。

 

一夏「触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!」

 

 真名を解放した宝具の一撃をスパルタクスは体で受け止める。鋼のような肉体を持つ、スパルタクスには効果が無い。しかし、この宝具の真価は殺傷能力(・・・・)ではない。

 懐に入っている一夏を殺そうと掴みかかるが体が大きく傾いて転倒してしまった。よく見てみると両足が消えていた。

 触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!は触れた敵を転倒させること目的とした宝具でサーヴァントに用いられた際には下半身への魔力供給を一時的に断ち、強制的に霊体化させる効果を持つ。

 戦場において機動力を奪われると言う事は死を意味する。

 

一夏「令呪を以って我がサーヴァントに命ずる。バーサーカーを討て、アーチャー!」

 

 刺青の一つが霧散するとエミヤ(アーチャー)に溢れんばかりの魔力が注がれる。そして一夏も次の攻撃を行うために魔術回路を巡らせる。

 

一夏&エミヤ「投影、開始(トレース・オン)

 

 せっかく作った機会を無駄にはしないと言わんばかりに一夏とエミヤ(アーチャー)は宝具の投影を開始する。

 

一夏&エミヤ「―――――工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレットクリア)

 

 無数の剣がスパルタクスの視界を埋め尽くすように展開する。

 

一夏&エミヤ「停止解凍(フリーズアウト)――――――――全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)!!」

 

 投影宝具がスパルタクスめがけて一斉に射出した。無数の刀剣がまるで雨のように降り注ぐ。

 

一夏「やったか…」

 

 上がってくる土煙を睨みながら一夏は戦闘態勢を解かない。彼の執念がここで終わるようなら彼は英霊になっていない。その読みは的中していた。

 刺さった剣を抜かずにスパルタクスは立ち上がった。足の強制的な霊体化はすでに解かれている。今度こそ、圧制者に死を与えようと剣を振り下ろそうとするスパルタクス。

 そんなスパルタクスの前に立ったパールヴァティー(ランサー)は携えていた音叉のような三叉戟を天に掲げた。

 

パールヴァティー「感じてください。これが私の、天まで届く恋の波動!」

 

 此処でシャルロットのサーヴァントであるパールヴァティーについて説明しよう。パールヴァティーとはインド神話に登場する破壊と創造を司る最高神シヴァの妻に当たる女神である。戦神の逸話は残っていないが、『ドゥルガー』や『カーリー』と同一神として考えられている。

 そんな彼女の宝具は夫シヴァが所持していた三叉戟『トリシューラ』の限定解放である。

 

パールヴァティー「恋見てせざるは愛無きなり(トリシューラ・シャクティ)!」

 

 三人に分身したパールヴァティーはスパルタクスを包囲するとトリシューラから発せられた音波で彼を拘束した。そしてトリシューラ本来の力である極太の雷がスパルタクスに打ち据えた。

 目を開けられぬ閃光が周辺を包む。それが晴れると今度こそスパルタクスは粒子となって消えた。

 

一夏「これ…最初からランサーに任せれば良かったかもな?」

 

 パールヴァティー(ランサー)の宝具の威力を見て辟易した様子で呟いた。何はともあれ、サーヴァントを一騎倒したのは間違いない。次に周囲を見ると倒したはずの楯無の姿が見当たらない。引きずった痕跡からシャルロットが動かしたのだろう。漸く一夏は安堵の息を吐けた。

 

シャルロット「これが魔術師の……一夏が体験した戦い」

 

 魔術師たちの戦闘は生死をかけた戦闘であると一夏から前もって知らされていた。だが、聞くのと見るとでは全く持って違う。自分達の常識では考えられない光景がこれから先も続いていく事に恐怖を覚えないわけが無かった。

 だが、彼女は自分で自分の頬を叩いて気合を入れ直す。

 

シャルロット「(ここで怖気付いちゃ駄目だ。ちゃんと向き合わないと…)」

 

 正直に言えば怖い。

 けれど、進むと決めたからにはその恐怖と正面から向き合わなければ一夏の足手纏いになる。それだけは絶対になりたくない。

 

 

???「ほう…バーサーカーを倒すとは大したものだ。流石は人類最後のマスターと言っておこう」

 

 決意を固めたシャルロットの出鼻を挫くような声が聞こえた。スパルタクスが消えた場所から一人の少女が降り立った。

 

シャルロット「箒?」

 

一夏「いや…なりは箒だが中身が全然違う」

 

 ボサボサではあるがポニーテールがトレードマークである篠ノ之箒が立っていた。しかし、一夏はそれを否定した。

 

一夏「俺の事を『人類最後のマスター』だなんて言う奴はこの世界にはいねぇよ」

 

箒?「くくくくっ……はははははははははっ!いやはや、それは失念していた」

 

 普段の彼女なら絶対しない高笑いにシャルロットは恐怖を覚える。やはり、彼女は自分が知っている『篠ノ之箒』ではないと確信できた。

 

箒?「本当にこの世界に来て良かったよ。だって…貴様をこの手で殺せるのだからな」

 

 一端閉じて開いた瞬間、十六の少女が出すには不釣り合いの殺気を感じた。それだけではなく、黒かった瞳の部分が赤く染まり、瞳孔が十字になっていた。

 

一夏「この騒ぎを引き起こしたのはお前だったのか…」

 

 箒と思わしき人物の目に一夏は覚えがあった。それは人理焼却の元凶であり、幾度となく戦ってきた敵。

 

一夏「魔神柱……」

 

 ISの世界に魔神柱が顕現した。

 

 



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第七話~自分達の敵~

オリジナルの魔神が出ます。

活動報告にちょっとしたアンケートがあります。


 大惨事に見舞われたIS学園。それを引き起こした黒幕はかつて一夏が戦った魔神の一柱だった。

 

一夏「お前等はてっきりあの時ゲーティアと一緒に滅んだと思ったよ」

 

 目に浮かぶのは臆病で不器用だけど優しい王と最期に人間の精神性を理解し、獣ではなく、人として立ちはだかった魔術式。

 

魔神柱「確かにゲーティアは滅び、多くの魔神は燃え尽きた。しかし、我はこうして生き残った」

 

 語られる言葉に一夏は自分の詰めの甘さに舌打ちがしたかった。

 黒幕を倒せば全て片付いたと思っていた。まさか生き残りがいたとは思ってもみなかった。

 

一夏「それで、復讐するために俺の世界に来たのか?」

 

魔神「いや、貴様がいた世界に来たのは偶然だ。私に復讐と言う感情は無い」

 

 復讐でもなければ何故襲撃して来たのか、シャルロットには分からない。一夏も同じなのか手には干将(かんしょう)莫耶(ばくや)が握られている。

 

魔神「この体に憑依して貴様の世界の事情を調べたが…実に歪んでいる。IS(玩具)に翻弄され、その創造主の掌の上で踊っている道化となった」

 

 そんなことはないと言いたいが一夏とシャルロットにはできない。

 なにせ、自分達の世界は魔神の言うようにISとその製作者によって酷く歪んでしまったのだから。

 

一夏「…英霊の多くはその玩具の創造主の事を俗物とか大人になりきれない子供だとか散々な評価を下していたよ」

 

 一夏の口から出た言葉は肯定だった。

 そんな事は無いと言葉にするのは容易にできる。だが、人を見る目がある彼等の言葉には今まで積み重ねてきた経験と言う重みがあるので否定できない。

 

一夏「(かくいう俺も傍から見れば俗物と言われても可笑しくない考えを持っていたからな)」

 

 カルデアに飛ばされていなかったらそうなっていたかもしれない自分に内心馬鹿馬鹿しいと嗤う。

 自分の事は自分がよく知っていると言うわけではない。本人しか分からない部分もあるが本人だからこそ分からない部分が大多数を占めている。それは知りたくない事や認めたくない部分で心の奥底に封印している。

 正面から客観的に見て公平かつ的確に言えるサーヴァントが多くいた。彼等の存在が一夏にとって不可逆の変化をもたらしていた。

 

魔神「どうやら、玩具の創造主は貴様とは違う種類の愚者のようだ。我が名は『グレモリー』、この人理史を焼却しようとした魔神の残滓なり」

 

 高らかに宣言するグレモリーに呼応するように大地が揺れた。

 

一夏「地震…いや、何か細工したな」

 

グレモリー「左様、狼煙として地盤を砕いた。カルデアのマスター、そして新たなマスターよ、さらばだ」

 

 人工島であるが故に地盤が崩落すればIS学園はその機能を完全に停止する。グレモリーが消えたと同時に各所で爆発で拳ぐらいの大きさの瓦礫が飛んできた。一夏は双剣で弾くが数が多い。

 

一夏「シャル、こっちに来てくれ。投影、開始(トレース・オン)

 

シャルロット「わ、分かった」

 

 ある物を投影するため、シャルロットにはもっと近く寄って貰う必要がある。

 

一夏「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 かざした右手の正面には半透明な薄紅色の花弁が展開された。それはある戦争において大英雄の投擲さえも凌いだ堅牢な盾。

 

一夏「(流石に四枚しか展開できないか…)」

 

 スパルタクスの戦闘が影響してか本来なら七枚の楯が四枚しかない。だが、瓦礫から身を守るには十分すぎる程の強度を持っている。それは彼が立っている地面が崩れなければの話だ。

 現に彼が立っている場所はすでにボロボロでいつ崩れても可笑しくは無かった。

 

マシュ『先輩!』

 

一夏「グッドタイミングだ」

 

 漸く安定したのかカルデアからの通信が繋がった。

 

一夏「詳しい事は言えないけど早急にレイシフトを頼む!こっちは結構ヤバい状況だ」

 

マシュ『わ、分かりました!』

 

 切羽詰った様子で語る一夏にマシュは急いで準備に取り掛かった。

 周囲の崩落が激しくなり、ついには二人のいる地面が崩れた。何とか体勢を立て直そうとしている一夏の目に映ったのは手を伸ばそうとしているシャルロットだった。

 この後、IS学園が建てられた人工島は半分近くの面積が海に沈んだ。シェルターに避難していた一般生徒は無事であったが救助を行っていた教師や専用機持ちからは死傷者が多数存在した。腕が食い千切られていた者、頭を鈍器のような物体で吹っ飛ばされた者とISを操縦していたにもかかわらず、悲惨な状態であった。

 そしてこの大惨事で二名の行方不明者が出た。一人目はISの生みの親の血縁者である篠ノ之箒。もう一人はフランスの代表候補生シャルロット・デュノア(・・・・・・・・・・・)であった。

 

 

 

******

 

 

 

 シャルロットが目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった。背中の感触からしてベットの上に寝かされているのが分かる。

 

シャルロット「(此処は……どこ?病院?)」

 

 確かに崩れた地面に呑み込まれたはずなのにどうして助かったのか分からない。まだ覚醒していない頭で思考する。

 

???「フォ~ウ」

 

 変わった鳴き声が聞こえたので振り向くとリスに似た謎の生物がこちらをじっと見つめていた。

 可愛いが謎過ぎる。

 

一夏「フォウ、あまりシャルを驚かすなよ」

 

 聞き覚えのある声にフォウと呼ばれた生物はその人物の元へ走って駆け寄った。

 

一夏「起きたのか、シャル」

 

シャルロット「う、うん」

 

 何が何だか分からないシャルロットを見て一先ず落ち着かせることが先決だなと思い、一夏はコップに水を注いで彼女に渡した。

 

シャルロット「まさか本当に異世界に飛ばされるなんて思わなかった」

 

一夏「びっくりするのも無理ないさ。俺だって最初はそんな感じだったしそれ以上に驚く事があったりと目が回る事の連続だよ」

 

 あたふたして漸く落ち着いた自分と違い、笑っている一夏にシャルロットは改めて彼を見ると臨海学校の時と雰囲気が全く違う事に気が付く。昔は勢いだけで軽そうな感じであったが今はどっしりと立っている。

 

シャルロット「一夏って何か変わったよね。大人になったと言うか見る視点が変わったと言うか…」

 

一夏「それは多分、価値観が変わったんだと思う」

 

シャルロット「価値観…」

 

一夏「よく価値観が違うからって他人との議論を打ち切っちまう奴がいるけどそれって自分の考えは聞きたくないって事だよな。それじゃ駄目だ、価値観ってのは自分の価値観と別の価値観を比べて初めて価値観と言えるんだ」

 

 英霊達は生きていた国も時代も状況も全く違うのだからそれに伴う価値観もまた違ってくる。色んな個性や価値観に囲まれて自分の価値観が壊れては再生するを繰り返しの日々を送っていた。

 

一夏「それにアニメや漫画で善が人に良くて悪が人を駄目にするから悪いって切り離したりするがそれは物事を一面しか見ず、それだけが全部だと捉えて決めつけているだけだ。人間は良いも悪いも含めて人間だからどちらか一方を切り捨てる事なんて…誰も出来ない事だと思う」

 

 寧ろ、それはそれで歪んでいると締めくくる。サーヴァント達と時に敵対し、時には共闘して人理を護るために戦い続けてきた。

 その経験が彼を成長させたのだ。

 

シャルロット「(下手すれば学園の教師達より大人のような感じがするよ…)一夏はどうして戦えたの?誰かのために戦うのは一夏らしいと言えばらしいけど…」

 

一夏「そう大層な物でもないさ。最初は誰かのためにと思って戦ってきたけど、カルデアにいると自分が見ていた世界がどれだけ狭いか嫌ってほど分かった。そして、俺は自分が生きたいって思いながら我武者羅に戦ってきたんだって気付いたんだよ」

 

 生存を願いながら死を恐れ、死を恐れながら戦い続けた理由を改めて考えるとゲーティアの言う通り、救いようのない愚かさであり、救う必要が無い頑なさだ。

 だが、そんな救いようのない愚かさがあったからこそ戦えた。救う必要の無い頑なさがあったからこそ倒す事が出来た。

 

一夏「俺の体験談は後でやるとして…今は今後の話だ」

 

 彼の纏う空気が刃のような鋭さと冷たさを帯び始めた。シャルロットは唯事じゃないと背筋に悪寒が走る。

 

一夏「お前が寝ている間にダ・ヴィンチちゃんのちょっとした検査を受けて貰った結果、シャルにはサーヴァントのマスターになれる素質と魔術師として必要な魔術回路があることが分かった」

 

 その意味がどういう意味か分からない彼女でもない。

 一夏が言った言葉の意味を理解した――――――否、理解できてしまったシャルロットは顔を青くした。

 

シャルロット「つまり…学園みたいなことが起こりうるって事?」

 

一夏「そうだ。お前は今回のような異変を解決するために駆り出されるかもしれない」

 

 普通なら嘘だと笑って流してしまうが体験してしまったシャルロットはそれが嘘ではないと分かる。

 

一夏「これから待ち受けるのは今までの常識が通用しない一騎当千の猛者だ。学園で今まで習った事はほとんど役に立たないし、死んだ方がマシだと思ってしまうことだって起こる」

 

 一夏の言葉にシャルロットは無意識の内に唾を飲み込んだ。

 今回のように自分達の常識では考えられない事象や存在で多くの人が死んでしまう。その事態を終わらせるのは自分達だけなのでその重責を自分で背負わなければいけないのだ。

 それらと戦い続けてきた一夏だからこそ言葉に重みが伝わってくる。

 

一夏「強制はしない。けど、自分でどうしたいのかもう一度考えて決断してほしい」

 

 一夏は自分がやった事への後始末でグレモリーと戦うはずだ。

 なら、自分はどうすべきかをシャルロットは考える。今回は運が良かっただけでまた、次回がそうなるとは限らない。それにパールヴァティーのマスターになったのも偶然でしかない。

 

シャルロット「……やるよ。どっちにしたってあのグレモリーって魔神を倒さない限り狙われるのは目に見えている」

 

 グレモリーと名乗った魔神は箒に憑依したことで実体を得て世界を焼却させるために活動するだろう。そのためには邪魔な一夏を殺す必要がある。

 彼を殺したら次に狙われるのは自分だ。

 

シャルロット「これは勘だけど僕自身がやらなきゃいけない事が多分あると思う。だから……戦うよ」

 

 根拠はないが、戦わなければいけない気がした。

 シャルロットの答えにもっと選択肢があっただろうにと呆れた様子で笑う一夏。この短時間で毒されたのかそれとも別の理由があるのか分からない。けど、彼女の表情を見てそれが本気なのだと見て取れる。

 

一夏「(もう……引き返す事なんてできないか)分かったよ。ようこそ――――――カルデアへ」

 

シャルロット「こちらこそ只の一般人だけどよろしくね」

 

 自嘲な笑みを浮かべながら手を差し出す、世界を救ったマスター(一夏)の手を一般人(シャルロット)はその手を握った。

 

シャルロット「そういえば、さっきの言っていたダ・ヴィンチちゃんって誰?」

 

一夏「ダ・ヴィンチちゃんはカルデアで三番目に召喚されたサーヴァントでその真名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。容姿は女性だけど中身はおっさんだ」

 

シャルロット「えっ?」

 

一夏「ダ・ヴィンチちゃんに限らず、サーヴァントの中には性別が反転していたり、動物みたいな感じになったりとやたらと突っ込み所が満載なサーヴァントもいるから心して置けよ。その辺り関して考えるのはもう止めたけど」

 

シャルロット「う、うん…」

 

 尤も、サーヴァントの存在に慣れるまでまだまだ時間が掛かりそうだ。

 

 

 

****

 

 

 

おまけ――――――――

 

アルトリア「さて…覚悟はいいですか、シロウ?」

 

イシュタル「また落としてきたのね、このドンファン」

 

 カルデアに帰還したエミヤはアルトリア勢とイシュタルに捕まり、トレーニングルームにて正座させられている。

 

エミヤ「待て!?俺はそんなつもりはない!」

 

アルトリア「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流」

 

アルトリア(黒)「『卑王鉄槌(ひおうてっつい)』、極光は反転する」

 

アルトリア(白)「選定の剣よ、力を!」

 

アルトリア(槍)「最果てより光を放て………其は空を裂き、地を繋ぐ!」

 

アルトリア(黒槍)「突き立て、喰らえ、十三の牙!」

 

謎のヒロインX「星光の剣よ。赤とか白とか黒とか消し去るべし!」

 

ヒロインXオルタ「オルトリアクター臨界突破。我が暗黒の光芒で素粒子に帰れ!」

 

イシュタル「ふふっ、光栄に思いなさい。これが私の全力全霊!」

 

 エミヤは必死に弁明するも聞く耳を持たず、宝具を解放する。

 

アルトリア「受けるが良い!約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

アルトリア(黒)「光を呑め、約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」

 

アルトリア(白)「邪悪を断て!勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!」

 

アルトリア(槍)「嵐の錨!最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!」

 

アルトリア(黒槍)「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!」

 

謎のヒロインX「ミンナニハナイショダヨ?無名勝利剣(えっくすカリバー)!」

 

ヒロインXオルタ「黒竜相剋勝利剣(クロス・カリバー)!」

 

イシュタル「打ち砕け!――――――山脈震撼す明星の薪(アンガルタキガルシュ)!」

 

エミヤ「ナンデサァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

 エミヤの悲鳴は爆音によって掻き消され、衝撃波でカルデア全体が地震でも起きたように揺れた。

 

クー・フーリン「何だ―――――ってあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 その余波が様子を見に来たクー・フーリンまでも呑み込んでしまった。

 

 

 



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第八話~これからの…~

まだまだアンケートを募集しています。


 IS学園。

 そこは既存の兵器を凌駕するパワードスーツ『IS(インフィニット・ストラトス)』を学び、生徒達が夢を語り合う場所。

 しかし、それは昨日までの話。華々しい夢もありふれた日常もなく、誰かの血で染められた地面や瓦礫の山が視界一面に広がっているだけの場所。今のIS学園は廃墟と化していた。

 

鈴「夢であって欲しかったな…」

 

千冬「そうだな…」

 

 千冬を乗せた車いすを押しながら鈴は再度夢ではなく現実に起きている事を理解する。焼け落ちた学び舎を見る度に心にぽっかりと穴が開いた気持ちになる。

 物語やゲームで登場するワイバーンやゴーレム達に蹂躙されたと言っても誰も信じやしない。自分達も逆の立場ならそれは悪い夢を見たのだろうと笑っていたのだろう。しかし、これが現実だと言う事を知っているからこそ無情な思いでいっぱいだ。

 

千冬「一応、生徒全員には帰国するよう指示を出してある。お前も中国に帰っても良かったんだぞ」

 

 被害の規模が大きかったため生徒全員を本国に帰国させるように指示を出したが鈴だけは中国に帰らず、千冬の傍にいた。

 

鈴「帰国してもやることが無いし…それに千冬さんを放っておけませんよ」

 

千冬「…そうか」

 

 いつも織斑先生と呼べと一喝されるのだが今の千冬に叱る気力も叩く利き腕も無かった。一夏が行方不明になった時は酷く落ち込んでいたが鈴やラウラの励ましで何とか気丈に振る舞っていた。しかし、今度は学園もISも自分が積み上げてきた全てを無くした。鈴はISが破壊され、世界最強(ブリュンヒルデ)が完膚なきまで叩きのされた事を今でも信じられない。

 いや、信じたくなかったのだ。自分の自信や矜持をさも嘲笑うかのように打ち砕かれる存在がいることを。

 

鈴「これから…どうなるのですか?」

 

千冬「それは分からん。だが、今回の事件は少なくとも今までの社会に亀裂が生じたのは確かだ」

 

 学園に配備されたISはコアが砕けて全滅、各国の専用機もかろうじてコアが無事な程度。さらに追い打ちをかけるように教師や代表候補生には心身共に大打撃を受けて戦闘はおろかまともに生活を送る事ができない人が大勢いる。

 千冬もその中の一人だ。両足の骨が砕け、利き腕を失い、内臓も幾らかやられてとてもじゃないが戦闘を行える体じゃなかった。

 

鈴「(これは罰なのかな?今まで女性が男の人を虐げられてきたことへの)」

 

 グレモリーがやった行いは皮肉にもこれまで最強だと言われていたISに敗北の二文字を与え、女尊男卑の風潮に風穴を開けたのだ。

 もし、神様がいるのなら自分達がしてきた事は滑稽に見えたのだろう。彼の視点か見れば自分達はお山の大将を気取っていた愉快な道化でしかない。政府やIS委員会は情報を操作して事実を曖昧にして隠そうとするが果たしてそう上手くいくかどうか怪しい。

 鈴は一寸先の闇に不安と恐怖で一杯の顔で空を仰いだ。

 

 

 

*****

 

 

 

 一方、カルデアに飛ばされたシャルロットは頭を抱える。別にカルデアの雰囲気が悪いわけじゃない。寧ろ、自分達の世界よりカルデアの方が居心地が良い。

 何故頭を抱えているのかと言うと目の前に広げている書物の内容に理解が追い付いていないからだ。

 

シャルロット「魔術や英霊達の歴史とか…覚えることがたくさんあって大変だよ~」

 

???「そう愚痴るな。貴様が要領良かったおかげでこちらの負担が減って助かっている。しかし――――」

 

 そんな魔術の基礎を知らない彼女の先生役を任されている疑似サーヴァントの『ロード・エルメロイⅡ世』が溜息を吐いている。一夏が契約しているキャスタークラスのサーヴァントの一人だ。キャスタークラスは一部を除いて身体能力は低いと聞いたが一夏曰く『サーヴァントの優劣は戦闘の技量や身体能力の高さだけでは決まらない』と意味有り気な笑みを浮かべていた。

 

エルメロイⅡ世「マスターと言い、お前と言い、どうして魔術回路が多いうえに異様なのだ」

 

 両者とも魔術回路の本数は名門の魔術師と言われても差し付けないくらい多い。しかし、彼女達の属性があまりにも異常だった。一夏(マスター)は地・水・火・風・空の五大元素でもなければ、虚・無と言った架空元素でもなく。剣と言う異質な属性を持ち、この少女は地・水・火・風・空の五重属性(アベレージ・ワン)を持っている。まるでお宝を見つけたトレジャーハンターのような気分だ。

 元々神秘が薄れていたのにISと言う存在が神秘をさらに薄めてしまった結果、一夏(マスター)達のような存在が化石のように埋もれてしまったのだと推測する。どちらにしろ、この世界の住人であったならば彼らは時計塔でホルマリン漬けにされているか一生幽閉されていただろう。

 

シャルロット「あの…一夏は?」

 

エルメロイⅡ世「マスターはダ・ヴィンチと今話し合っている。大事な話があると言っていたな」

 

 カルデアの運営を任されているのはサーヴァントとして召喚された彼女がやっている。此処に所属している一夏と話し合うのは当然である。

 

エルメロイⅡ世「気になるのか?」

 

シャルロット「気にならないと言えば嘘になりますけど、大丈夫なのかなって心配になります」

 

 相手は人類を滅ぼうとした魔神で自分の想像を絶する強さを持っているはずだ。今のシャルロットには不安で仕方が無かった。

 

エルメロイⅡ世「気持ちは分からんでもないがそれでも足掻き続けるマスターを少しは見習ったらどうだ」

 

 どれだけ危機的状況でも彼は喰らいついてきた。そんな彼の頑なさがサーヴァント達の支えになった。

 

エルメロイⅡ世「既に賽は投げられている。自分が思う最上の結果が欲しければ足掻くことだな」

 

シャルロット「分かりました」

 

 未来はどう転ぶか分からない。自分が理想としている結末にしたければ諦めない事が大事なのだ。シャルロットは気持ちを切り替えて再度魔術の勉学に励む。

 

 

 

******

 

 

 

 一夏はダ・ヴィンチの工房である実験の手伝いをしていた。彼女の他にもサーヴァントの何騎かが部屋にいる。

 

ダ・ヴィンチちゃん「いやぁ~これを作った人は本当にすごいね。完成するまで結構時間がかかっちゃったよ」

 

一夏「俺としてはアンタ等の技術力の高さに驚きだよ。まさか本当にできるとは思わなかった」

 

???1「ISなど我々にかかれば造作もない。しかし、未完成のまま放り投げるとはこの交流馬鹿より杜撰な者だ」

 

???2「大いに癪だが貴様の言う通りだ」

 

 彼女の他にも白いライオンの頭部の男性サーヴァントは『トーマス・エジソン』。蓄音機や白熱電球等、現代にまで受け継がれている様々な発明を行い、その功績を称え発明王の異名で知られている人物である。そんな発明王と名高いエジソンと並ぶのがこの長髪の男性サーヴァント『ニコラ・テスラ』である。現在存在する発電所や送電システム、テスラコイルは彼の発明である。何故エジソンの頭部がライオンなのかとかテスラがキャスターではなく何故アーチャーなのかをツッコむ気力は残念ながら一夏には無かった。

 束について水と油のような二人が同意見の事を述べるのは、同じ科学者としての責務を果たしていない行動が我慢できないのだろう。本人が聞けば怒って攻撃してきそうだが返り討ちに遭うのが関の山だ。

 今彼が身に纏っているのはカルデア候補生の制服ではなく、白と黒のボディースーツだ。ただ、そのボディースーツは体の至る所が金属で覆われている。

 そう、彼はISを纏っているがISとしては幾分か小さい。操縦すると言うより装着していると言った方が正しい。

 

一夏「コンパクトになった分、こっちの方が動きやすいな。前のは無駄に大きかったからな」

 

 屈伸したり空に浮いたりして具合を確かめる一夏。

 

一夏「欲を言えばある程度の武器が万々歳かな」

 

???「その心配はない」

 

 一夏の要望に全身鋼鉄の鎧のサーヴァント『チャールズ・バベッジ』が答えた。

 チャールズ・バベッジはキャスタークラスのサーヴァントで世界で初めてプログラム可能な計算機「階差機関」と「解析機関」を考案し、現代では『コンピュータの父』と呼ばれた人物だ。一見ロボットのような姿は本人曰く『自分の夢が形を持った』とのこと。

 

バベッジ「基本は剣だが、両腕に電磁波を放つことができる機甲を付け、拡張領域には穂先がドリルの馬上槍(ランス)を装備している」

 

一夏「ドリルって男のロマン溢れる物を装備したな…好きだけど」

 

 白式は雪片弐型一本だけだったがこれは色々な武器が備わっていて助かる。しかも、一夏は剣だけしか能がなかった頃とは違い、多彩な武器を操れるようになった。

 

一夏「感触としては申し分無し。これならISがやって来ても問題なさそうだ」

 

 白式の改修は前々からダ・ヴィンチちゃんがやろうと言っていたがサーヴァント達にはあまり効果が薄いため先延ばしにしていた。しかし、これから魔神やサーヴァントと戦う事もあるがその前にISとの戦闘も視野に入れなければならないので今回の話に乗った。

 

ダ・ヴィンチちゃん「それで…身に纏っているISの名前は何にする?」

 

一夏「もう白式だなんて呼べないな…」

 

 (創設者)が思い描いていたものとは全く別の姿となったので白式と呼べる事はできない。

 

一夏「――ション。ホワイト・リンカーネーションってどうかな?」

 

ダ・ヴィンチちゃん「なるほど、そうきたか。いい名前だ」

 

 実に一夏らしい名づけ方だとダ・ヴィンチちゃんは思っている。英語で転生を意味する『Reincarnation』と愛機のWhite()を合わせたのだろう。

 

ダ・ヴィンチちゃん「これから夕食だけど美味しい物を頼むよ」

 

一夏「いいぜ。シャルの歓迎を祝う宴をやろうと思っていたから腕によりをかけて作るよ」

 

 歓迎会をやればアルトリア勢は何時もの倍ぐらい食欲が増す。備蓄した食料がなくならないようにレイシフトで魔猪やらドラゴンやらバイコーンをサーヴァント達と一緒に狩ってきたのだ。

 

一夏「四人ともありがとう」

 

ダ・ヴィンチちゃん「どういたしまして」



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第九話~束の間の日常~

またまたアンケートをとります。


 閑静な住宅地にある織斑家で鈴はテレビのワイドショーを見ていた。何故彼女がいるのか、それは千冬の身の回りの世話や家事炊事を鈴がやっているからだ。

 炊事や家事を一夏()に任せきりのため千冬は家事炊事は壊滅的だ。一夏がいない織斑家はゴミ屋敷一歩手前の状態になっている。

セシリアは千冬と同じくらい壊滅的でラウラはできるかどうかも怪しい。できそうな箒は精神的外傷によって外へ出たがらない。千冬の後輩の真耶は尊敬する人の家に入るのは恐れ多いと言って行かない。そこで鈴とシャルロットに白羽の矢が立ったのだ。最初は二人で始めたがIS学園が崩落してからシャルロットは行方不明でセシリア達はそれぞれの国に帰ったので鈴一人ですることになった。

 掃除も全部終わり、手持無沙汰を解消するためにテレビを見ていたのだが連日同じニュースしかやっていなかった。

 

『IS学園の崩壊はISの全盛期の終わりを告げる予兆かもしれませんね』

 

『何を馬鹿な事を言っているのかしら?そんな事、天地がひっくり返っても有り得ないわ』

 

『しかし―――――』

 

 テレビで無意味な言い争いをしている小太りな政治家と高慢ちきな女性権利団体に対して馬鹿馬鹿しいと思い、鈴はテレビの電源を切ってソファーに座る。

 

鈴「あの女の人、現実が見えていないのかしら?まぁ、私だって信じられないけど。ISの時代が終わるか…そうなるかもしれないわね…」

 

 ISには操縦者の保護機能が搭載されているがそれは絶対ではない事をISに携わる者なら誰でもよく知っている常識だ。

 しかし、それをちゃんと理解(・・)している者は一握りぐらいしかいない。あの事件が無ければ自分もテレビで喋っている虚栄心の塊のような連中になっていたかもしれない。

 

鈴「本当に馬鹿よね、私って」

 

 ISに乗っていれば大怪我はしても死ぬ事は無いと思っていた自分が恥ずかしくて仕方ない。もし、過去に戻れるなら過去の自分を一発殴って矯正してもバチは当たらない。

 

鈴「千冬さんは今日が退院の日か」

 

 千冬の体は徐々に回復している。骨折した両足の骨はくっ付き、利き腕は義手を装着すれば普段の生活は送れる。しかし、内臓が至る所を複雑に損傷して戦えない体になっていた。仮に戦闘ができたとしても一分か二分ぐらいしか持たない。これで実質的に千冬はISから手を引く事になるだろう。

 

鈴「私もどうすればいいのか考えなきゃいけないわね…」

 

 このまま中国の代表候補生を続けてもいいし、辞退してもいい。幸い、代表候補生としての蓄えもあるしこの際だから料理学校にでも通って調理師免許を取得してしがない中華料理屋を始めてもいいかもしれない。

 

鈴「あれやこれやと考えても仕方がないか」

 

 未来の事は誰にだって分からない。考えるのは嫌いではないがどうも性に合わない。今は自分ができることを全力で尽くすしかないのだ。

 

鈴「今日は退院祝いで豪勢にいきますか」

 

 美味しい物を食べれば少しは気持ちを切り替えることができる。鈴は財布を持って近くのデパートに向かう。

 

 

 

******

 

 

 

 カルデアのトレーニングルームではシャルロットとクー・フーリンが戦っている。

 

クー・フーリン「あらよっと」

 

 迫りくる朱い槍をシャルロットはなんとかかわしていく。

 

シャルロット「流石に…これは厳しい」

 

 ISを操縦していた時とは違い、自分の五感を研ぎ澄ませないと後ろからの不意打ちや奇襲は防げない。

 

一夏「させるかよ!」

 

 クー・フーリンと同じ槍を振り回し、一夏はシャルロットの援護に回る。クー・フーリンの一突きを弾くとそのまま攻撃に転じる。同じ槍ではあるがクー・フーリンの方が上だ。ジリ貧と思い、一夏はクー・フーリンに仕切り直しと言わんばかりに蹴りを喰らわせて距離を取った。

 

シャルロット「一夏、あれをやるからフォローお願い」

 

一夏「了解」

 

 槍兵は総じて機動力が高い。まず、それをどうにしかして止めないと仕留めることは不可能に近い。自分なら足止め用の宝具を投影して封じるがそれではシャルロットの訓練(・・)にならない。なら、取るべき行動は一つ。

 一夏はおもむろに槍を上空に蹴り上げると同じ高さまで跳躍した。今から行うのはクー・フーリンと同じケルトの大英雄の宝具の投影。

 

一夏「蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 オーバーヘッドキックで放たれた槍は三十の赤い(やじり)となってクー・フーリンに襲い掛かってきた。

 

クー・フーリン「ほぉ、師匠の宝具を出してきたか。だが――――」

 

 面制圧は理に適っているが歴戦の戦士であるクー・フーリンには届かない。愛用している槍で弾き、避ける。

投影しているだけあってオリジナルには威力も精度も下である。

 

クー・フーリン「まだまだだな」

 

一夏「どうかな?」

 

シャルロット「そこ!」

 

 オリジナルとはまだまだ届かないのは一夏自身も理解している。しかし、意味が無いと言えば嘘になる。

 クー・フーリンが立っていた場所を囲う様に土の壁が出現し、閉じ込めた。

 

クー・フーリン「この程度で捕えられると思うなよ」

 

シャルロット「いや、これで終わりだよ」

 

 足元に転がっている石にはあるルーンが彫られていた。その意味を知っているクー・フーリンは焦ったがもう遅い。石から溢れだした炎がクー・フーリンを包み込み、そのまま大爆発を起こした。

 

クー・フーリン「面白い使い方すんじゃねぇか」

 

 煙が晴れると多少焼け焦げたクー・フーリンがいた。ダメージを負わせることができたが仕留めることはできなかった。

 クー・フーリンもクー・フーリンで驚いている。彼自身もルーン魔術を使用するがシャルロットのような使い方は初めて見た。魔術師(キャスター)の自分が思いつくかどうか微妙な所だ。

 

シャルロット「行けると思ったんだけど仕留め切れなかった」

 

一夏「俺も詰めが甘かったな」

 

???「二人とも見事だ」

 

 それぞれ反省すべき点を述べていると赤みがかかった紫を強調させる髪に濃い紫の全身タイツを着た女性が会話に入ってきた。このサーヴァントはケルト・アルスター伝説の戦士にして女王、異境・魔境『影の国』の女王にして門番、クー・フーリンの師匠である『スカサハ』である。

 

スカサハ「シャルロットはルーンの使い方が様になっているな。これからも精進するが良い」

 

シャルロット「分かりました」

 

一夏「良かったな。俺も精度を高めないとどのクラスのサーヴァントもそうだけど三騎士相手じゃさらに厳しいか」

 

クー・フーリン「気にすんなって。師匠の宝具を投影できるなんざ大したもんだよ」

 

 ケルトの大英雄二人に褒められるのは悪い気はしない。

 

クー・フーリン「しっかし、年増のばあさんのくせによくあんな動きができるな」

 

 しかし、何気ない一言のせいでトレーニングルーム内にまるで割れた硝子の音が響き、穏やかな雰囲気に終わりを告げた。

 

スカサハ「んーそうか、そうかんー、死ぬか。ここで死ぬな?セタンタ?」

 

 一夏とシャルロットは周囲の温度が急激に下がった気がする。その原因は間違いなくスカサハである。

 顔は笑っているが目が一切笑っていない。スカサハが容姿端麗なだけあってその恐怖は倍増されている。

 

スカサハ「一夏、先程の一撃は見事だがまだ遠いな」

 

一夏「ソウデスネ。因果逆転ガマダ再現デキテイマセン」

 

 涼しい顔のスカサハに対して顔面蒼白で片言で喋る一夏。シャルロットに至っては涙目で一夏の後ろに隠れている。

 

スカサハ「私が手本を見せてやろう、セタンタを実験台にして」

 

クー・フーリン「え゛っ!?そ、それは……」

 

 漸く自分が地雷を踏んだ事に気が付いたがもう遅い。止めてくれとマスター二人に頼もうとするが視線を合わせてくれない。スカサハは有無を言わせないオーラ―を出しながら槍を構えた。

 

スカサハ「私だって若いしまだイケる。蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

クー・フーリン「イケるわけがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 スカサハが放った槍は一夏が放った物とは比べ物にならない威力と速度で次々に刺さっていく。

 

一夏「クー・フーリン(ランサー)が死んだな」

 

シャルロット「この人でなし!」

 

 死翔の槍だらけになって倒れているクー・フーリンを見てお決まりの台詞を一夏が言ってシャルロットがツッコミを入れる。

 

スカサハ「さて、今度は私が相手をしよう。心して挑むが良い」

 

 先程の反省を踏まえて一夏とシャルロットは再度身構えるが警報が鳴った。

 

シャルロット「警報!?」

 

一夏「マジか…スカサハ師匠、すみませんが訓練はまたの機会にお願いします」

 

スカサハ「分かっている。行って来い」

 

 一夏とシャルロットはお互いを顔を見合わせて頷き、中央管制室に急いだ。

 

 



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軍神咆哮
第十話~降り立った特異点~


前回の話のタイトルを変えました。


 警報が鳴り響く廊下を駆け抜け、二人は管制室に到着した。管制室ではダ・ヴィンチちゃんを筆頭にカルデアのスタッフたちが忙しなく動いている。

 

一夏「織斑一夏、到着しました」

 

シャルロット「シャルロット・デュノア、到着しました」

 

ダ・ヴィンチちゃん「二人とも良くて来てくれた。特異点が再び現れた」

 

 その一言だけで一夏とシャルロットが渋面を作るには十分な内容だった。

 

一夏「グレモリーの仕業なのか?」

 

ダ・ヴィンチちゃん「現時点ではまだ分からないけど、君達の世界で起きているのは間違いないよ。そして今回はシャルロットちゃんにも参加してもらう」

 

シャルロット「ぼ、僕もですか?」

 

ダ・ヴィンチちゃん「特異点の危機感を本当の意味で理解しているのは一夏君だけだ。けど、今回は勝手があまりにも違うから君達二人で解決してもらう」

 

 その意見に一夏は特異点がこの世界ならシャルロットが出る機会はあまりないが別の世界ともなれば話が変わってくる。

 

一夏「ほぼ強制だが………心の用意は十分か?」

 

 何度も経験している一夏はともかく、シャルロットはこれが初めてのレイシフトなので不安にならないわけがない。

 一夏は彼女に発破をかけて戦う覚悟を促した。それが功を奏したのかシャルロットの顔に覚悟の火が灯った。

 

シャルロット「分かっている。僕も十分だよ」

 

 どっちにしろ行かなければならないのなら、自分ができることを精一杯やるだけだ。

 覚悟を決めたシャルロットを見てダ・ヴィンチちゃんは微笑みながらレイシフトの準備に取り掛かった。

 

 

 

****

 

 

 

 本当に今日はなんて日だろう。

 千冬の快気祝いに料理を振る舞うために買い物に出かけた瞬間、竜牙兵の軍勢に襲われているのだ。

 

鈴「最悪…」

 

 愛機である甲龍はオーバーホール中で手元にないうえにISの武装がほとんど効かない事を知っている鈴には逃げる事しか手が残されていなかった。

 走るのは得意で竜牙兵から距離を離す事はできる。そして狭い路地裏に入れたのは今までコンプレックスであった小柄な体型のおかげだった。

 

鈴「(私って本当馬鹿よね…)」

 

 無力な自分を自嘲して苛立ちそうなくらい青い空を眺める。

 しかし、彼女の運命が動き出したのは誰も予想すらしていなかった。

 

 

 

****

 

 

 

 レイシフトで飛ばされた一夏とシャルロットが目を開けるとビルの上に立っていた。交差点を行きかう人々を見て目立った異変はないようだ。他に怪しい物が無いか探しているとある建物を見た瞬間、二人は目を丸くした。

 

シャルロット「一夏、あれって…」

 

一夏「皆まで言わなくても分かっている。あれはレゾナンスだ」

 

 最後にあの場所を訪れたのは臨海学校の水着を購入するために隣にいるシャルロットと一緒に来た時だ。一年くらいしか経っていないはずなのにとても懐かしく感じる。

 

マシュ『先輩、シャル先輩、聞こえますか?』

 

シャルロット「聞こえるよ」

 

一夏「どうやら魔力が安定しているから通信が可能のようだ」

 

 物思いに耽っているとマシュからの通信が届いた。前回のような通信が繋がらない事態にはなっていない事に一先ず安心する。

 

シャルロット「こっちは今の所異常はないよ」

 

マシュ『そうですか。ところで……トレーニングルームでクー・フーリンさんが針鼠のような状態で倒れているんですがその理由を知りませんか?』

 

一夏「簡単に言えばスカサハに対して口と言う災いの門を開けてしまったから」

 

マシュ『……なるほど』

 

シャルロット「(あっ、何度もやっちゃったんだ)」

 

 この一言で理由が分かってしまったマシュを見てクー・フーリンのあれは一度や二度じゃないことを悟ったシャルロット。

 何時の時代も女性に対して年齢に関する言葉は禁句である。

 

一夏「マシュ、近くにサーヴァントの反応はあるか?」

 

マシュ『あります。すぐに霊基の波長を解析して――――――』

 

???「私です、マスター」

 

 一夏の前に現れたのは紫色の鎧を纏い、鎧と同じ紫色の短い髪の男性のサーヴァント。

 

一夏「今回はランスロ――――セイバーか」

 

 一夏はセイバーの真名を言いそうになった。このサーヴァントの真名はランスロットと言い、湖の騎士や裏切りの騎士と言われており、良くも悪くも円卓の騎士の中で最も知名度が高い人物である。

 

マシュ『やはり貴方でしたか穀潰し』

 

 穀潰しと言われて心に傷を負うランスロット(セイバー)。普段の彼女と比べたらかなり辛辣な態度であったためシャルロットは首を傾げていたが理由を知っている一夏は苦笑している。

 生前、彼女―――正確には彼女と融合しているサーヴァントとは仲よくできなかったためランスロット(セイバー)は普段からあれやこれやと策を講じて仲良くしようとした。しかし、思春期真っ只中のマシュにとっては鬱陶しいものであり、それを邪険に扱われてしまうのが毎度の終わり方である。

 余談ではあるが彼と似たような悩みのサーヴァント達が存在し、彼らの延々と続く愚痴をマスターである一夏か彼が契約したサーヴァントで最古参(マシュを除く)であるエミヤシロウが聞く羽目になっている。

 

一夏「とりあえず……よろしく」

 

ランスロット「………はい」

 

 狂戦士(バーサーカー)の彼とは仲が良いのにランスロット(セイバー)にはかなり厳しいマシュ。円卓の騎士の中で一、二を争う武勇を誇る彼でも娘には勝てないようだ。この事件を解決したらエミヤ食堂で自棄酒しそうな雰囲気のランスロット(セイバー)を宥めている。

 ともあれ、情けない親父のような一面を持っている彼だが戦闘に関する剣術の技量やステータスを見ても高い部類なので一夏としても大変ありがたい。

 

シャルロット「僕は…」

 

???「私ですよ、マスター」

 

 旗槍を携え、金髪を長い三つ編みにしているサーヴァント―――――オルレアンの乙女と呼ばれた英雄、ジャンヌ・ダルクである。

 シャルロットはカルデアの食堂でジャンヌと会っているので知っているがまさか自分のサーヴァントが自国で有名な彼女だとは予想すらしていなかった。

 

シャルロット「じゃ、ジャンヌ様!?」

 

ジャンヌ「ジャンヌで良いですよ。今は貴方が私のマスターですから」

 

シャルロット「そ、それは流石に…」

 

一夏「なら、クラス名で呼べばいいんじゃないか?その方が呼びやすいだろうし真名が露見する心配もないし」

 

 本人は良くてもシャルロットにとってはかなり恐れ多い。渋る彼女に対して一夏は助け舟を出す。

 サーヴァントよっては真名によって弱点が露見してしまう事がある。そうならないように真名ではなくクラスで呼ぶのが常識である。

 

シャルロット「よろしくお願いします、ルーラー(・・・・)

 

ジャンヌ「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

一夏「さて…とりあえずは必要な道具を探すか。この格好で町の中をぶらついていたら目立って補導される可能性があるからな」

 

 一夏とシャルロットの格好は制服に見えなくもないが鎧姿のサーヴァントを連れ出したら警察に目を付けられる。

 しかも、ジャンヌは長時間の霊体化はできないのでどこかで衣類を調達しなければいけない。

 

シャルロット「とりあえず、僕達はルーラーの服を探しに行ってくるけど一夏は?」

 

一夏「俺とセイバーは使えそうな場所があるかその辺を見て回る。俺が言えた義理じゃないが、なるべく面倒事は起こさないようにしてくれよ。こっちじゃ俺等みたいな魔術師は存在しないからな」

 

 サーヴァントはおろか、魔術師の存在を知らない人達にとって魔術の存在は異質な存在だ。それに魔術は公表されると劣化してしまうので秘匿しなければいけない。IS学園の時は魔神柱が騒ぎを起こしてくれたおかげでプラスに働いたが今回はどう転ぶか分からない。

 魔術師と聞いてシャルロットはある事を思い出した。

 

シャルロット「そういえば、イギリスは魔術師と呼ばれる職業があるんだよね」

 

一夏「まぁ、イギリスは超心理学の分野が認められている国だからな。魔術や超能力みたいな常識では考えられない力を受け入れられる余裕があるんだ」

 

 イギリスの他にも中国やヴァチカンでも表社会には出ないがその力を利用して活動する国家機関は実在している。

 しかし、日本は違う。

 

一夏「(日本の政治文化なんて太平洋戦争敗戦以降、あまり進んじゃいないからな。不思議を受け入れられる余裕はない)」

 

 尤も、魔術師の大半は魔術を至高としているため近代文化を受け入れられない。

 ヨーロッパや中国は何千年と練ってきた成熟した文化があって、アメリカは進んだ文化があるのに対して日本はどちらでもない。今はいないカルデアの所長からこの話を聞かされたとき、日本の視野が如何に狭い事を知って落胆した。

 

一夏「談笑はここまでにして行動開始」

 

 集合場所は今自分達のいるビルにして二人は別々に行動した。

 

 

 

****

 

 

 

 シャルロットと別れた一夏は拠点として使えそうな住処を探している。それと同時に擦れ違う人達に異常がないか調べている。

 

ランスロット[サーヴァントの気配も敵の気配もない。今は概ね平和と言った感じですね]

 

一夏「いや、そうでもなさそうだぜ」

 

 捨てられている新聞を拾い、ランスロット(セイバー)に見せると『IS黄金時代の終わりか?今世紀最大のテロ勃発』と大々的に書かれている。

 

一夏「(やはり、注目されているか)」

 

 良くも悪くもIS学園は世間の注目の的であるが故にこのように騒がれるのも無理はない。実を言うと自分達が消えた後、IS学園がどうなるのか気にはなっていた。

 新聞の内容を見る限りでは死傷者は一般生徒からは出なかったものの教師や代表候補生達からは十人以上出た。一部の評論家はやはりISは最強の兵器ではないと口にしている。この評論家の意見には一夏も賛成である。

 それに対してIS委員会や女性権利団体は否定しているが自分達の立場が危うくなると思ったからだろう。別に彼女達が死のうが絶望のどん底に墜ちようが一夏の知った事ではない。

 新聞をゴミ箱に入れて次は何処へ行こうかと考えているとある店を発見した。

 

一夏「あの店に行ってみるか」

 

 視線の先にあったのは釣具屋だった。一夏は何の迷いもなく釣具屋に足を延ばしていく。

 

ランスロット[マスター、何故釣具屋に行こうと思ったのですか?]

 

一夏「ちょっと負かしたい相手がいてな。そのためには色々と欲しい物がある」

 

 一夏の脳裏には近代の技術で固めている赤い外套の弓兵(アーチャー)と金に物を言わせた金色の弓兵(アーチャー)の姿がある。あの二人には絶対負けたくない一夏はこれを機に最新鋭の装備を揃える気だ。

 普通に買えば何十万と掛かるがそこは魔術師、解析して投影品を作るため金銭的な問題は無い。

 

ランスロット[程々してくださいね]

 

 釣りが趣味であるクランの猛犬が泣く姿を想像してしまうのでやんわりと釘を刺す。

 

一夏「それは……保証できそうにないな」

 

 しかし、一夏の目が本気だったためランスロット(セイバー)は思わず心の中で合掌した。

 



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第十一話~望まない再会~

 

 厄日としか言いようがない。更識簪は物陰に隠れながら亡霊のような生物の様子を伺う。何故このような命がけの鬼ごっこをする羽目になったのか、簪自身分からない。

 しかし、立ち止まっている暇なんてない。

 

簪「このままじゃ終われない」

 

 何故なら、自分にはどうしても生きたなきゃいけない理由があるのだから。

 

 

 その経緯は昨日の夜に遡る。

 

簪『お父さん、……そしてお姉ちゃん。私はこの家を―――――更識家を出ます』

 

 明かりが行燈しかない薄暗い部屋で父であり、先代の楯無(・・・・・)に家を出ると宣言した。その宣言を父の後ろで聞いていた従者二人は目を丸くし、姉は自分が家を出る理由を知っているが故に顔を青している。

 すると、今まで黙っていた父が腕を組んだまま漸く口を開いた。

 

更識父『……この家を出てどうやって生きていくつもりだ?』

 

簪『私は自分が思うように生きたい』

 

更識父『……そうか。お前が悔いが残らないのであれば私は何も言わない』

 

 簪の顔を見た更識父は意外なほどあっさり納得してくれた。しかし、この中でただ一人、納得しきれていない人物がいた。

 

楯無『それはまだ早いわ。だって、貴方はまだ高校生なのよ?今更一人で生きて行くなんて無謀すぎるわ』

 

 そう、簪の姉である現楯無(・・・)である。

 尤もらしい事を言っているが本当は自分を手元に置いておきたい気持ちが顔に出ている。

 

父『刀奈(・・)、口を挟むな。簪はお前が思っている程子供でもはないのだ。姉ならば妹の成長を褒めるべきだ』

 

 子供に家督を譲っているにも係わらず有無を言わせぬ迫力があったため楯無は口を閉じる事しかできなかった。

 

更識父『一つ訊こう。お前は刀奈と離れる事を本当に後悔をしていないのか?』

 

簪『後悔はしていません。当主の席はもう埋まり、今日まで姉や家の者に蔑まれてきた身。この家に留まる理由がもうありません』

 

楯無『そ、それは……』

 

簪『実際にそうでしょ?私がこれまで積み上げてきた努力を貴方は無駄だと言い切った事を忘れたとは言わせない』

 

 覆水盆に返らずとはきっとこの姉妹の関係の事を指すのだろう。本当は励ましの言葉を送りたかったのに肝心な所で履き違えてしまったのだ。

 

簪『お姉ちゃん―――――いや、更識刀奈。私は……貴方が嫌いです』

 

 その一言でとうとう目の光が消えて項垂れてしまった楯無であったが簪にとっては些末な事だった。寧ろ、今まで溜めてきた黒い思いを吐き出して清々している。

 

更識父『………虚に本音よ、すまないが刀奈を連れて部屋から出てはくれぬか?ここから先は二人で話がしたい』

 

虚『わ、分かりました』

 

 糸の切れた人形のように項垂れている楯無を抱えて部屋から出て行き、残ったのは父と簪だけだった。

 

簪『………意外でした、清々すると言われるのを覚悟していましたので』

 

更識父『お前は私が非情な人間だと思っているのか?私だって親の情くらいはある。娘が自分で決めた夢を否定する親なんていないさ』

 

 自分の後継者を決めるために冷たく接していたが娘を持つ親。結果はどうあれ、簪が姉を超えようと必死に努力している事は理解しているし応援もしている。

 

更識父『荷物はどうするんだ?』

 

簪『処分してください。姉の事なら発信器や盗聴器を付けて尾行するかもしれないから』

 

 さも有り得ない話ではない。

 刀奈は簪を溺愛するあまり人として踏み入ってはいけない境界線を越えようとするだろう。

 

更識父『家の手配や生活費は私が工面しよう。お前は必要な道具を買いに行きなさい。頑張るのだぞ』

 

 

 父からの援助を受けて簪は宣言通りに更識家を出た。家も決まり、後は必要な家具や雑貨を購入するだけと思った時、空が一瞬だけ白くなったと思ったらIS学園で見たのと同じ敵に遭遇してしまった。

 

 肩の荷が降りた矢先に奇怪な事件に巻き込まれるとは思ってもみなかった。こう思っているのは多分自分だけではないはずだ。

 

簪「(でも…諦めたりはしない)」

 

 家の柵から抜け出してやっと自分の足で立って生きるために死ぬつもりは毛頭ない。音をたてないように走っているとツインテールの少女に出くわした。

 その少女も自分の存在に気付いたのか目を丸くした。お互い初対面だが名前を知らないわけではない。

 

鈴「アンタは……確か日本の代表候補生の更識簪よね?」

 

簪「うん。貴方は中国の代表候補生の凰鈴音(ファン・リンイン)さん」

 

鈴「さんはいらないし。鈴で良いわ」

 

 国は違えど同じ代表候補生であるため名前と顔くらいはちゃんと把握している。

 

簪「どうして貴方が此処に?」

 

鈴「私は国に帰らずにずっと千冬さんのお世話をしていたの。あの人は今日が退院日だから退院祝いの御馳走の買い出しから帰ろうとしたらさっきのような奴らに襲われた」

 

簪「それは私も同じ」

 

 二人揃って同じ危険に見舞われるとは何の因果だろうか。

 しかし、一人では難しいが二人でならなんとかなるかもしれない。

 

簪「一緒に」

 

鈴「そうね。その方がずっと堅実的だわ」

 

 鈴は親しい人のために、簪は自分の未来のために。二人はお互いを支え合う様にこの場から脱するために逃げながら考えていた。

 

 

 

******

 

 

 

 時を同じくしてシャルロットはジャンヌ・ダルクの服装を買いに何とか怪しまれずに近くの店に入ることができた。

 ジャンヌが試着室で着替えている間、一夏に宝石を渡されたシャルロットはその時の笑顔を思い浮かべていた。

 

シャルロット「(それにしても……がめつくなったと言うか……強かになったと言うか…)」

 

 渡された宝石を質屋に売った結果、何百万と値が付いた。カルデアに飛ばされていたのによくこんな高価な金目の物を用意できたのかシャルロットには見当もつかなかった。本人も黒い笑みを浮かべて内緒と言っていた。

 彼が契約したサーヴァントであるランスロット(セイバー)に話を聞くとウルクの賢王と言うサーヴァントから宝石をほんの少し頂いたそうだ。

 

シャルロット「(黒くなったよね、一夏は)」

 

 これをプラスにとっていいのか、マイナスにとっていいのか微妙なラインではある。しかし、特異点を巡ってきた一夏にとってこの特異点の性質上、必要になるかもしれないと直感的に見抜いていた。

 

ジャンヌ「どうでしょうか?」

 

 色々と考えていると試着室から学校の制服によく似たデザインの服装をしたジャンヌが出てきた。

 

シャルロット「似合っていますよ」

 

 カルデアでは普段から鎧を着てる彼女だが現代の服を着ると違った印象を受ける。何も知らない人から見れば女子同士の買い物に見えるだろうが片方は人ではなくサーヴァントだ。

 

シャルロット「(僕ってすごい事をしているかも……)」

 

 サーヴァントとはいえ歴史の偉人と一緒に買い物をしているのだ。一般人の感覚が抜けきっていないシャルロットは内心で呆けていた。因みに一夏はレイシフトと言うタイムトラベルを行ったため羨ましがる人が多いだろうが、本人は命がいくらあっても足りないと力説していた。

 買う物も買ったし自分達も情報収集を行おうと思った瞬間、背筋に不快感が駆け抜けた。

 

ジャンヌ「気付きましたか、マスター?」

 

シャルロット「うん。これって学園の時と同じ……」

 

 彼女の脳裏には破壊されたIS学園が浮かんだ。また人の死を目にしなければいけないと思うと体が震えだす。それに加えてシャルロットは始めて魔術師として戦場に立つのだから恐怖を抱かないわけがなかった。

 

ジャンヌ「大丈夫ですよ」

 

シャルロット「ルーラー?」

 

 過呼吸になりそうなシャルロットの手を握ったのはジャンヌ(ルーラー)だった。その笑みはまさしく聖女だった。

 

ジャンヌ「恐怖は誰にだってあります。ですが、貴方一人で戦っているわけではありません。私も一緒に戦います」

 

 彼女の言葉にほんの少しの勇気を貰った気がした。100年戦争で戦った兵士も特異点で彼女のマスターとして立った一夏も同じ気持ちだったのかもしれない。

 

ジャンヌ「行きましょう」

 

シャルロット「はい!」

 

 正直に言ってまだ怖い。

 けど、自分をマスターと仰ぐ彼女と一緒ならできそうな気がしてきた。

 

 

 

******

 

 

 

 別の場所でも一夏とランスロット(セイバー)がシャルロットが感じた気配を察知していた。

 

ランスロット[マスター、貴方もお気付きかと思いますが…]

 

一夏「そうだな。どう考えても可笑しいの一言に尽きる。ここら一帯の時間軸(・・・)が可笑しい。そろそろ月が出ても良い時間帯なのに空がずっと夕日のままだ」

 

 昼と夜が移り変わる夕方。日本では妖怪や幽霊等怪しい存在が出そうな時間として逢魔が刻と呼ばれている。

 昼に戻らず、夜にもなれない薄暗い色に固定された空に警戒の色がさらに強くなった。

 

ランスロット[もう少し調べてみますか?]

 

一夏「いや、この辺が潮時だ。拠点も決まって欲しい情報も手に入った。今は合流する事が先だ。ルーラーが傍にいるから大丈夫だとは思うが心配だ」

 

 このまま引き続き調査を続けるかと思ったがその欲目を捨てた。準備ができていない状態で乗り込むのは危険だと第六感が告げている。特異点先でも一夏の直感はよく当たるのだ。

 それにシャルロットの事も一応護身としてルーン魔術を使えるし、ジャンヌ・ダルク(ルーラー)もいるので大抵の敵なら問題は無い。

 しかし、この世では万が一の事が起き得るのだ。

 

一夏「(しかし、この異様な殺気は何だ?)」

 

 例えるなら仇敵が目の前に現れたような抑圧された殺しへの欲望が爆発した瞬間に似た気配に首を傾げるが心の隅に置いた。

 

一夏「徒歩(かち)で戻るのは些か遠いな」

 

 色々と調べるつもりで歩き回ったが合流地点から遠くまで来てしまったようだ。どうしたものかと考えていると不法投棄された一台の六人乗りのバンが視界に入った。触れて解析してみるとエンジンもバッテリーも健在だ。大方、持ち主が気に入らなかったから勝手に棄てたのだろう。

 勿体ないと思った瞬間、一夏はある事を閃いた。

 

ランスロット[ま、マスター?]

 

一夏「俺の記憶違いじゃなければセイバークラスには騎乗スキル(・・・・・)が備わっていたよな?」

 

 彼が言わんとしていることが分かったのか顔が引き攣るが一夏(マスター)の目は本気だった。

 どう言い含めようかと考えていたがその思考はすぐに打ち切られる事となった。

 

???「…………一夏?」

 

 不意に聞こえた覚えのある声に振り返ってみるとバンダナをした赤に近い茶髪少年が立っていた。

 

一夏「――――――――――弾」

 

 その人物は一夏の大の親友である五反田弾だった。

 

 

 



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第十二話~裏切りの将~

ついにあのキャラにサーヴァントが召喚します。


 

 シャルロットと合流しようと不法投棄された車を拝借しようとした時、五反田弾に出くわしてしまった。喜ぶ弾に対して一夏は分が悪そうな顔をしていた。

 

弾「やっぱり、一夏なんだな………良かった」

 

 行方不明と聞いた時、目の前が真っ暗になりそうなくらい絶望した。怒りのあまり我を忘れ、周囲の制止を振り切って一夏の姉である千冬を何度も殴った。

 自分の行いが自己満足であることも、一夏が死んで一番悲しんでいたのは千冬である事も分かっていた。けど、子供の自分より力も権利も上である大人の千冬が指をくわえて見ていた事が弾にとって我慢ならなかった。

 胸に大きな穴を開けて当てもなく歩いていた時に世間では死んだ事になっている親友(一夏)が生きていたのだ、嬉しくないはずがない。

 

一夏「……すまないな、弾」

 

 今まで黙っていた一夏が漸く口にしたのは謝罪の言の葉だった。

人理が修復され、魔神柱がこの世界に来なければ素直に喜んでいただろう。しかし、そんなもしも(・・・)はもう起こらない。

 

一夏「お前は俺に会っていない。お前は俺に会っていない…」

 

 弾の額に指を当ててそう呟いた瞬間、弾は虚ろな目でまるで幽鬼のような足取りで元来た道に戻った。

 

ランスロット[本当に良かったのですか?]

 

 親友である弾に暗示をかけてまで自分の存在を隠す一夏にランスロット(セイバー)は棘のある口調で問うた。

 

一夏「多分、これで良かったんだと思う。もちろん、弾にまた会えたことは嬉しいが、あいつを俺達のいざこざに巻き込みたくないんだ。他にも上手くやれる方法があったかのかもしれない。けど、これしか思いつかなかった」

 

 ランスロット(セイバー)の問いに一夏は自分を嘲笑うように答えた。

 久しく見ていない親友が元気でやっている事に安堵している反面、怖くもあった。ゲームをしたり、馬鹿げた話で笑いあったりもしたあの頃とは違う。本当に命が掛かっている状況に巻き込みたくはないのだ。

 弾のことだから口に出せば力になろうと必ず戦場に顔を突っ込んでくる。美徳ではあるが同時に欠点でもある。

 

一夏「………急ごう。遅れると何を言われるか分かったもんじゃないからな」

 

 後悔はないと言えば嘘になる。しかし、此処で立ち止まってもいられないのも嘘ではない。

 どうにかしてバンの扉を開けようと試みている一夏の姿をランスロット(セイバー)は沈鬱な表情で見ていた。

 

ランスロット[(マスター……分かっていますか?話していた時のあなたの顔は泣きそうでしたよ)]

 

 かつてブリテンのために己の人間性と私情を封印した騎士王と似ていた。本当は色々と話したいことがあるのに魔術を扱う者として打ち明けられないその葛藤が一夏の中に存在していた。

 

ランスロット[(この場合はシャルロット殿の協力が必要だ)]

 

 崩壊した円卓の二の舞にはさせたくないがサーヴァント(自分)マスター(一夏)では見ている場所が違うため特異点Fからずっと傍にいるマシュや古株であるエミヤシロウならまだしも自分では助言をできるかどうか怪しい。

 しかし、今回はマスターがもう一人いる。魔術を使う者では新米ではあるものの自分では知らない彼をよく知っている彼女ならば解決の糸口を見つけられるかもしれない。

 

一夏「準備できたぞ」

 

 逡巡しているうちに一夏はバンのドアを開けたらしい。手にしている道具を見るとどうやらピッキングでこじ開けたようだ。

 

ランスロット[……マスター、何処でそのような技術を?]

 

一夏「この前、キリツグに教えて貰った。最近の車は電気で動く物が多いから(ボタン)を押せば簡単にエンジンがかかるから楽だ」

 

 魔術師が最も嫌う現代兵器を駆使して戦うあの守護者ならピッキング等の技術を持っていても不思議ではない。平行世界でサーヴァントではなくマスターとして聖杯戦争に参加した彼はホテルのフロア一つ貸し切って作った魔術工房をビルごと破壊したのだ。『魔術師殺し』は伊達ではないのだ。

 結局、ランスロット(セイバー)が車を運転する羽目になった。

 

 

 

****

 

 

 

 私服から鎧に着替えたジャンヌ(ルーラー)は不快感を感じる方向へ駆け足で向かう。その後ろを走っているシャルロットは手にしている杖を強く握りしめた。この杖はルーン魔術を使うシャルロットのために特注で拵えた物だ。

 裏路地を走ってから数分が経過すると急に立ち止まった。

 

ジャンヌ「マスターは此処にいてください」

 

シャルロット「は、はい。でも、僕も一緒にいた方が……」

 

 自分も戦った方が良いと言いかけたがジャンヌはそれを否定した。

 

ジャンヌ「マスターは自分の身を守る事に徹してください。サーヴァントが相手では分が悪すぎます」

 

 エネミーなら今のシャルロットの実力でも十分対処はできるが、サーヴァントが相手ではシャルロットに勝ち目はない。

 

シャルロット「でも、ルーラー一人じゃ危ないですよ」

 

 彼女の身を案じて進言したが聞き入れる様子が無い。そこはもう一人のマスター(一夏)と似ている。彼も一度決めたら梃子でも動かない頑固な一面がある。どうやら彼女も似た性質を持っているようなので妥協案を出した。

 

ジャンヌ「そうですか……なら、私の援護と言う形で参戦するならいいですよ」

 

 直接戦う事はできないが援護としてなら問題は無い。サーヴァントと言えど、得手不得手があるためそれを補う形で戦いに臨むことは多々ある。

 シャルロットは有名なジャンヌ・ダルクと一緒に戦える事を嬉しく思ったが次にジャンヌが放った言葉で霧散した。

 

ジャンヌ「来ます」

 

 鋭い一言で気を引き締めてマンホールの蓋が微かに動いた。ジャンヌ(ルーラー)シャルロット(マスター)を下がらせて旗槍を構える。シャルロットも敵がギリギリ見えない位置に立って様子を伺う。

 

 

シャルロット「(鈴!?)」

 

 彼女が驚くのも無理はない。マンホールから出てきたのが自分の友人だとは誰が予想したのだろうか。きっと誰も予想などしていない。

 

 

 

******

 

 

 

 鈴と簪は聞こえてくる助けてほしい声に耳を傾けず、振り返らずにひたすら逃げた。ISもなければ武器もないこの身では自分の身を守るので手一杯だった。

 そして見つけたマンホール、助かる方法はもうこれしかなかった。一縷の望みを託して鈴と簪はその穴に身を投げた。

 明かりもなく真っ暗の中を彷徨いながら歩き回って漸く地上まで出れた。

 生きている実感を感じる前に旗槍を持った女性(ジャンヌ)を見ると顔を青くしてしまった。

 竜牙兵やゴーストとは存在感が全く違う。見ただけで自分達では歯が立たないと理解できてしまった。

 

ジャンヌ「大丈夫ですか?」

 

 諦念していた二人が聞こえてきたのは労う声。

 顔を上げると柔和な笑みを浮かべる女性(ジャンヌ)が鈴と簪を見ていた。

 

簪「えっと…」

 

ジャンヌ「私はルーラー、この異変を解決するために参りました。御怪我はありませんか?」

 

 ルーラーと名乗った女性は敵ではないと知ると今まで溜まっていた疲労が一気に押し寄せてきてその場で腰を抜かしてしまった。

 漸く逃げ果せた事に安堵することができた。それがまだ早いとも知らずに。

 

シャルロット「アンサズ」

 

 何処かで聞いたことのある声と共に飛んできた火球。それが鈴と簪の横を通り過ぎるとさっきまでいなかった竜牙兵が焼き払われた。

 次に姿を現したのはローブに付いているフードで顔を隠した少女(シャルロット)が鋭い声で警告する。

 

シャルロット「気を付けて、敵はまだ近くにいる!」

 

 彼女の言葉が聞こえるや否や大量の竜牙兵が上からやってきた。ジャンヌ(ルーラー)は旗槍を振るって竜牙兵を倒していく。

 

ジャンヌ「此処は私達が引き受けます。貴方達は速く逃げてください」

 

鈴「そうは言っても…」

 

 先程緊張の糸が切れたため体が言う事を聞かない。万事休すかに思われた時、鈴の足元に魔法陣が現れた。

 

シャルロット「これって僕がパールヴァティーを召喚した時と同じ物だ」

 

ジャンヌ「そうです。サーヴァントが召喚されます」

 

 視界が光で覆われた瞬間、大きな影が暴風を呼び起こした。光が収まると竜牙兵が全ていなくなった。

 山のようにいた竜牙兵を倒したのは中華風の鎧に身を包み、人間要塞との比喩がしっくりくる巨躯の武人。

 

???「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 耳を塞ぎたくなるような咆哮が路地裏に轟いた。

 

鈴「何何何!?」

 

簪「魔法陣から人が……」

 

 いきなり現れて頭が混乱している鈴と簪に対して既にサーヴァントの存在を知っているシャルロットは別の意味で驚いている。

 唯一驚いていないのは『真名看破』のスキルを持つジャンヌ(ルーラー)は静かに答える。

 

シャルロット「あれって…サーヴァント!?」

 

ジャンヌ「えぇ……真名は呂布奉先(・・・・)、バーサーカーです」

 

 その者は中国の後漢末期に登場する同時代最強の武将だった。

 

 

 

 

.




二人の格好は軽く説明します。

一夏:魔術礼装・カルデア+フード付きコート(赤)

シャルロット:魔術礼装・カルデア+ローブ(黒)+杖

コートもローブもDランクの魔術を弾き返し、それ以上のランクの魔術を抑制できます。
製作者はダ・ヴィンチちゃんとメディアです


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第十三話~少年の苦悩~

 呂布奉先。儒教道徳の重んじられる中国では信じられないくらい幾度となく裏切りを繰り返し、三国志演義で反覆・裏切りの将と呼ばれた名高い武人である。

 自分を重用した丁原(ていげん)を裏切って中央の覇権を握った董卓(とうたく)と結託。しかし、董卓も裏切り、これを暗殺。その後は中原(ちゅうげん)を彷徨い、多くの戦いをくぐり抜けるも最期には敵対する曹操に攻められて敗北して処刑された。

 

呂布「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!」

 

シャルロット「何て言っているのですか?」

 

ジャンヌ「すみません。彼は狂化の影響で言葉を発することができないのです」

 

 サーヴァントについてロード・エルメロイ二世から聞いたことがある。バーサーカークラスのサーヴァントには狂化と言う固有スキルがあり、理性を削ることによって幸運以外のステータスを上げると言うスキルだ。ランクが低ければ意思疎通は困難ではあるもののできるが高ければあのサーヴァントのように言葉を持たない者もいる。しかし、中にはEXなのに普通に喋れるサーヴァントもいるが生前から狂っている者に限る。

 

シャルロット「ねぇ……こっちを見てませんか?」

 

ジャンヌ「恐らく私達を敵だと認識しているようですね」

 

 得物である方天戟を構えて臨戦態勢でこちらを伺っている。ジャンヌも旗槍を構えて応戦しようとした。

 しかし、乱入者によってお互いの動きが止まった。

 

???「厄介なサーヴァントを召喚されたもんだ」

 

 上からビルの上から落ちる様に現れたのは赤いコートを着た少年。顔はフードで隠れているので分からないが、目が鈴を捕えると驚いたような悲しい複雑な顔をしている。

 

鈴「だ、誰!?」

 

 鈴の返答に少年は答えずに袖から新たな短剣を出現させ、それを投げた。身長が2m以上あり、その巨体を鎧で固めた呂布からすれば短剣の殺傷能力などたかが知れている。案の定、方天戟でいともたやすく弾かれた。

 しかし、それは布石だった。

 

少年「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 静かに呪文を唱えた途端、地面に転がった短剣が一斉に爆発して激しい閃光が覆った。爆発によって土煙が舞い、視界がさらに悪くなった。しかし、襲ってくるはずの衝撃が来なかった。

 目を開けると呂布が鈴とその後ろにいる簪を護るために立っていた。

 

鈴「私達を護ってくれたの?」

 

 鈴の言葉に呂布(バーサーカー)は頷いた。彼は話す事が出来ないが意志の疎通はある程度できる。ルーラーと名乗った女性も短剣を投げた少年も杖を持った少女もいなかった。少年が短剣を投擲した理由はただの目晦ましなのだ。

 

簪「最初から戦わずに逃げるつもりでいたみたい」

 

鈴「何なのよ……本当に」

 

 そう言って尻もちをついた。

 今日は色々あり過ぎて頭が可笑しくなりそうだ。しかし、今生きている事を実感せずにはいられなかった。

 

 

 

********

 

 

 

 鈴と簪、そして呂布(バーサーカー)から逃れた三人は待機していたバンに乗り込んだ。乗車したことを確認すると少年はフードを脱いだ。その顔はシャルロットがよく知っている人物だった。そう、先ほどの少年の正体は一夏なのだ。

 

一夏「シャルに続いてまさか鈴までマスターに選ばれるなんてな……」

 

シャルロット「うん、僕もびっくりした」

 

 頭が痛くなりそうな事態に溜め息を吐く一夏。

 何となくではあったが予想していた。しかし、召喚させるサーヴァントはランダムだ。場合によってはサーヴァントに殺される事も有り得る。

 

一夏「(鈴にとってそれが幸か不幸か分からないけどな……)」

 

シャルロット「(一夏……何か悩んでいるようだけど何かあったのかな?)」

 

 いつも通りに見えるが何処か空元気に見えた。何かあったと思って運転しているランスロットと視線が合うと御察しの通りですと目配せで答えた。

 

一夏「とりあえず、アジトに向かってくれ」

 

 起きてしまった事をあれこれ考えても結果が覆るわけでもない。一夏はアジトに向かう事にした。

 

 

 

*********

 

 

 

 バンが着いたのは寂れた病院だった。

 

シャルロット「此処って……病院?」

 

一夏「おう、霊脈が通って人が住みやすい場所を絞って探していたらここを見つけた」

 

 シャルロットは衛生的に大丈夫なのかと思ったが中を見るとちゃんと綺麗にしてあったので問題は無かった。

 

???「よぉ、大将。お疲れさん」

 

一夏「金ちゃん(・・・・)、留守番ありがとう」

 

 金髪をオールバックにして黒と金を基調としたレザージャケットを着た男性。一般人かと思ったが魔力からして彼がサーヴァントで会ったことが分かった。

 

一夏「紹介するよ。金ちゃんこと坂田金時、クラスはライダー」

 

金時「オレのことはゴールデンと呼んでくれ」

 

 中々親しみやすい性格のサーヴァントだがシャルロット自体、日本の英霊にはあまり馴染みがないため曖昧な返事をするしかなかった。

 すると、彼女のお腹から可愛らしい音が聞こえた。

 

シャルロット「そ、そういえば、お昼から何も食べていなかった…」

 

一夏「俺も腹が減ったし飯にしようぜ」

 

 顔を赤くしているシャルロットに一夏は失笑して食事の支度に取り掛かった。

 

 

 テーブルの上に出されたのはパンと塩・胡椒で味付けした焼肉と野菜のスープだった。金時は米を所望したが手持ちになかったためパンで我慢するしかなかった。

 

シャルロット「このお肉、かなり美味しいよ。何のお肉なの?」

 

一夏「シャルと合流する前に戦ったワイバーン。本当なら唐揚げやカツにするけど、今回は手抜きでチキンステーキ風にした」

 

 ワイバーンと聞こえた瞬間、危うく喉を詰まらせそうになった。

 

シャルロット「ワイバーンって食べられるの!?」

 

一夏「あまり知られていないけど爬虫類って肉質は鶏肉に近いぞ」

 

シャルロット「何処でそんなサバイバル術を学んだの?」

 

 少なくともこのような知識があるのはラウラのような軍人か冒険家くらいなものだ。その両者でもなく、アウトドアが趣味でもない一夏が何故知っているのか。

 

一夏「一言で言えば慣れだな。カルデアは局地に建てられているし魔術師が活動する事を前提しているため世間から秘匿されているが故に流通機能は低い。それに加えて健啖家のサーヴァントが大勢いるため軽い食糧難に陥った」

 

 ジト目で睨む一夏にジャンヌ・ダルク(ルーラー)は苦笑するしかなかった。

 

一夏「それを解消するには自給自足を行うしかなかった。野菜は菜園があったから困りはしなかったけど残りの肉と魚は特異点先で狩るのが日課となった」

 

シャルロット「わ、ワイルドだね…」

 

一夏「俵藤太が召喚されて安定している今でも続いている。あいつがいなければ人理史修復(グランドオーダー)を完遂する前に餓死していたかもしれない」

 

 彼の脳裏に浮かぶのは満漢全席と呼ぶに相応しい量の料理を平然と食い尽くす騎士王とその別側面達。

 本当にあのサーヴァントには頭が上がらない。

 

シャルロット「そうなんだ。そういえば、セイバーは生前の料理はどうだったの?円卓の騎士は少し華やかなのかな?」

 

ランスロット「………雑でした」

 

 顔を俯かせ、地を這いずるような声で喋るランスロット(セイバー)にシャルロットはそれが地雷だった事に気付いたが遅かった。

 

ランスロット「生前、ガウェインは『大量のポテト&ビネガー&ブレッド、エールがあれば良い』と言っていました。しかし、どれも雑でマスターやエミヤ殿が出す料理を食べる度にそれは間違いだと常々思います」

 

 イギリスの料理は世界で一番不味いと言うのはこの時代からなのだろうかと思ったが、それを否定したのは意外にも一夏だった。

 

一夏「俺もこの話を聞いた時は泣きそうになったよ。一応弁明すると、イギリス料理が不味いと言う印象を持つようになったのは産業革命時代に入ってから『食べられればいい』という食生活になったのが主な原因であって、それ以前ならちゃんとした奴もあったからな?」

 

 シャルロットはこの時、何故イギリス料理が世界で一番不味いと呼ばれているその根源を見たような気がした。

 

ジャンヌ「私も同じ感想ですね。生前にジルが『戦場で兵站(へいたん)が途切れる事ほど怖いものはない』といつも呟いていました」

 

金時「オレっちも大将やエミヤから焼き芋を渡された時、これがあれば飢えで苦しむ奴を救えたかもしれないって思ったぜ」

 

 食事に関しての意見は古今東西同じらしい。シャルロットは短い時間ではあるが食事中の和気藹々とした雰囲気を楽しむのであった。

 

 

 

****

 

 

 

 腹を満たし、今後の活動について話し合った後は次の日まで休むことになった。サーヴァント達が交代で見張りを行っている。その中で一夏は休憩室と化している病室で干将・莫耶を投影し、振っていた。

 常にイメージするのは最強の自分。それを再現するためにより速く、より強く、より鋭く、イメージし続ける。

 

シャルロット「一夏……ちょっといい?」

 

一夏「起きていたのか…」

 

 没頭していた一夏に声をかけたのはシャルロットだった。てっきり寝ている物だと思っていたので意外そうな顔をしていた。

 

シャルロット「うん。ちょっと寝れなくて気を紛らわすために一夏と話そうと思っていたら、一夏が剣を振るっていたからびっくりしたよ」

 

一夏「日課みたいなもんだよ」

 

 少しでも精度を上げるために投影魔術の訓練を毎日行っている。だが、今回は日課の意味だけではなく別の意味も含まれている。

 

シャルロット「一夏、今日は少し無理していない?」

 

一夏「そ、そうか?」

 

シャルロット「そうだよ。一夏は隠しているつもりだけど顔に出ていた」

 

 自分では隠していたつもりでも彼女にはバレていたのだ。今更嘘をついても見透かされるのがオチなので仕方がないと割り切る事にした。

 先の事を考えるとこの話はシャルロットにも言っておいた方がいい。

 

一夏「シャル達と合流する前に弾……親友に会ったんだ」

 

 一夏が行方不明になって悲しんだのは血の繋がった家族や自分のように彼に恋い焦がれた娘達だけではなく同性の友人もいたのだ。

 

一夏「あいつに会った時、すごく嬉しかった。嬉しかったけど次にあいつは今まで何をしていたのだと訊きにくる」

 

 それはそうだ、自分が友人の立場なら『散々心配かけたのだから今まで何をしていたのだ?』と深く訊く。

 それが人には絶対に言えない内容だとしても。

 

一夏「そう、俺はその行動が怖いんだ。この際だから言うけど、あの事件がなかったら俺は魔術や人理史修復(グランドオーダー)の事を今までの関係が壊れるのを覚悟で話すつもりは無かった。話せば神秘が薄れるだけでなくその強さに惹かれて魔道に墜ちる可能性だってあった。俺が原因で誰かが道を踏み外すのは嫌なんだ」

 

 魔術を扱う者として暗黙の了解を破る訳にもいかず、何も知らない一般人が首を突っ込んで良い世界ではないのはこの世界で一夏が一番知っている。知っているからこそ話せないでいるのだ。

 

一夏「もっとマシな方法だってあったはずなのに暗示で俺に会った記憶を消す事しかできなかった。……これじゃ強くなったのか弱くなったのか分からねぇな」

 

 技術や洞察力等の戦闘時に限れば確かに彼は強くなった。しかし、その一方で魔術使いとしての重責や葛藤、後悔を背負っているのだ。

 自分の行動に呆れて嘲笑する一夏にシャルロットは胸を痛めた。

 

シャルロット「そっか……大変なんだね」

 

一夏「あぁ……大変だよ」

 

 秘密を守るのは並大抵のことではない。ましてや、内容が身内にも友人にも言えない物なら尚更だ。一夏は関係が壊れる事を承知で黙っておくつもりだったのだ。

 気が付くとシャルロットは一夏を抱きしめていた。

 

一夏「シャル?」

 

シャルロット「辛くなったら僕を頼ってもいいんだよ?」

 

一夏「えっ?」

 

 自分もその苦しみを今後背負う事にもなるし重圧に耐えかねて折れるだってあるかもしれない。けど、それは理解できる人間がいなければの話だ。

 まだまだ駆け出しだが自分も一夏と同じ魔術を扱う人間だし今の彼と同じことをしてきた。

 

シャルロット「一夏は覚えているかな?僕が女の子だった事を知って此処にいろって言ってくれた時、その後に俺に甘えたらどうだって言ったでしょ」

 

一夏「確かに…言っていたな」

 

 シャルロットが言っているのは男装している事がバレた時の事だ。覚えてはいるが随分と昔のように感じる。

 

シャルロット「誰にも頼らず、一人で抱え込むと何時か本当に壊れちゃう。甘えてもいいんだよなんて今は言えないけど、少しだけでもいいから僕に背負わせて」

 

一夏「……ありがとう」

 

 迷いが無くなったかと言えば嘘になる。今も、そしてこれからも宛もなく疾走(はし)る土塗れの迷い犬のように迷い続けるかもしれない。

 けど、彼女のおかげで少しだけ体が軽くなった気がする。

 

 



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第十四話~翌日の調査~

駆け足となっていることをご了承ください


 空は夕暮れではあるが時計は正確に時を刻んでいる。拠点としている廃れた病院の一室で一夏は目を覚ました。

 

一夏「(あれ?柔らかい?)…ッ!?」

 

 掌に感じた感触に違和感を覚えたのか目を開けると健やかに眠っているシャルロットの寝顔がそこにあった。感じた違和感は正体は彼女の決して小さくはない豊満な胸だった。

 

一夏「(そういえば、お互い睡魔に負けて一緒に寝たんだっけ?)」

 

 声を上げずに昨夜の事を思い出していた。

 これまでの特異点先での野宿とアサシン一人とバーサーカー二人で構成されている愛がやたらと重いトリオ(溶岩水泳部)のおかげで慣れてしまっているため異性と一緒に寝る事に対して全く抵抗感がない一夏。だが、傍から見ればけしからん光景で幼馴染達が知れば特攻してくるに違いない。

 尤も、今の一夏の実力なら全員がISを纏っていようが対処できるので大した問題でもない。

 

一夏「一人で抱え込むな…か」

 

 あの時とは対場が逆転している事に気づき、それがあまりにも可笑しくて思わず笑ってしまう。それと同時にシャルロットへの愛おしさや恋しい思いが込み上げてくる。

 やがてシャルロットが目を覚ました。

 

シャルロット「い、一夏!?おおお、おはよう」

 

一夏「おはよう」

 

 状況が読めずに慌てふためく自分に対して平然としている一夏に不満有り気な目で睨む。

 

シャルロット「どうして一夏は慣れているのかな?」

 

一夏「その通りだよ。毎度毎度夜這いを仕掛けてくるサーヴァントのせいで慣れたよ」

 

 返ってきたのは虚ろな目をした笑みだった。

 なんせ、彼女達は歴史に名を遺した英雄達だ。能力、精神、技能(スキル)、そして暴走力は無駄に超一流で常人を遥かに超えている。もし、下手を打とうものならその場で肉の一片も残らない一撃を受ける羽目になる。それらと比べれば箒達なんてまだ可愛い方だ。

 慣れと言うのは恐ろしいなと思いながら一夏は起き上って上着を羽織る。その際にシャルロットが彼の腕の皮膚が変色していることに気付いた。

 

シャルロット「一夏、それって火傷?」

 

一夏「あぁ。火傷の他に色々と傷が残っている、所謂男の勲章って奴かな?婦長の話じゃ深い物は痕が残るってさ」

 

 福音事件で負った傷もそうだが、それ以外の傷が目立つ。マスターとして指揮を執る際にはなるべく傷を負わないように回避しているがそれでも傷を負ってしまう。火傷や裂傷は彼が解決した特異点の苛烈さを物語っている。

 

シャルロット「大丈夫?」

 

一夏「若干麻痺をしているが大丈夫だ……どうしてお前は俺の心を暖かくさせるんだ?

 

シャルロット「へっ?」

 

一夏「何でもない。そろそろ行こうぜ」

 

 自分の中に込み上げてくる言葉に表せられない想い(・・)を一端心の奥底に閉まって契約しているサーヴァント達の元へ向かう。

 

 

 

****************

 

 

 

 一方で凰鈴音は千冬と一緒にIS学園だった人工島を訪れていた。今後の方針について女性利権団体の息がかかった軍の上層部と話している。もしもの時のために鈴は待機していた。

 護衛任務は待っている間は暇を持て余すものだが鈴だけは違っていた。

 

鈴「アンタって不思議よね。これだけの図体がデカいのに姿を簡単に消せるなんてびっくりしたわ」

 

呂布「■■■■■■■■■■――――――?」

 

 姿を見えなくしている話相手が傍にいたからだ。相変わらず何を言っているのか分からないがそこまで驚くことなのかと首を傾げている事だけは分かった。

 会議室にまで聞こえてしまう程の咆哮なのに姿を消している時は自分にしか聞こえていない。

 

鈴「(全く言う事を聞かないと思ったけど素直な奴で助かった)」

 

 あの後も何度か襲われたが呂布が全て薙ぎ払ってくれた。暴風と形容した方がしっくりくる暴れぶりにすぐに裏切るのかと思ったが杞憂に終わった。

 

鈴「(一難去ってまた一難は漫画ではよくあるけど起きて欲しくないな)」

 

 当面の安全面は確保できたが一体彼は何者で自分の左手にある刺青はなんのか、そして何が起きているのか等の疑問が未だに山積みだ。

 しかし、鈴はそれらの疑問よりも今後の方針でかなり揉めている千冬の方が気掛かりだ。

 

女性A「ですから貴方を指揮官として編成すれば勝てます」

 

千冬「お前たちは現場を見ていないから言えるのだ。現に私を始め多くの教師は心身共に深手を負っている。それでもなお、戦い続けろと言うのか」

 

鈴「(現場にいた誰もが信じたくない気持ちなのにこの人達は何を言っているのかしら?)」

 

 議論が全く進んでいない。ヨーロッパで『会議は踊る、されど進まず』と言う言葉があったがなるほど、こういう状態の事を指すのかと納得していた。ISは兵器としては最強だが、人の範疇の中であってそれを超えた存在には勝てないのだ。

 結局、何の進展もせずに会議が終わった。次々に人が出てくる中、一人の人物が鈴に声をかけてきた。その人物はIS学園生徒会長の更識楯無、その人であった。

 

楯無「鈴ちゃん、護衛お疲れ様」

 

鈴「そちらこそ会議は全く進みませんでしたね」

 

楯無「全く、やんなっちゃうわ。向こうは今の地位を失いたくないのよ。それで織斑先生や他の人達に戦えって命令しているのよ」

 

 今までISという絶対的存在に守られて甘い汁を吸い続けたためそれがなくなるのが嫌だから何が何でも阻止しようとしているのだ、それが無意味だと分からずに。

 

楯無「貴方はこれからどうするの?少なくとも帰還命令は出ているはずだけど」

 

鈴「私は千冬さ――――織斑先生の身の回りの世話を続けます。そして戦闘に関しても私が引き継ぎます」

 

 千冬を一人にしておけばIS委員会や女性利権団体によって無理矢理戦わされるかもしれない。そうしないためにも自分ができることを全力でやるつもりだ。

 

楯無「そう……私はある人物を追うわ」

 

鈴「ある人物?」

 

楯無「鈴ちゃんは会った事が無いかもしれないけど、学園が襲われた時に彼らの事を知っている人物がいたのよ」

 

 敵か味方かその判断はまだできないが少なくとも何かしらの情報を持っているかもしれない。あの時は油断して手酷くやられたが今回はそうはいかない。

 

鈴「どんな奴なんですか?」

 

楯無「顔はフードで分からなかったけど、赤いコートを着た少年だったわ」

 

 フード付きの赤いコートの少年と聞いた瞬間、鈴は眼を丸くした。その少年は昨日会ったばかりだった。戦闘にはならなかったため謎多き人物であるのは間違いない。もしかしたら、呂布(バーサーカー)の正体が分かるかもしれない。

 

鈴「こいつ、昨日会いましたよ」

 

楯無「へっ?嘘っ!?」

 

鈴「まぁ、すぐに向こうが逃げちゃいましたから詳しい事は知りませんけど」

 

 何か拙い事でもあったのか分からないが彼は仲間と一緒に姿を消した。楯無としてはもう少し彼らの情報が欲しかったが仲間がいると分かっただけども僥倖と言った所だろう。

 

楯無「分かった。貴重な情報をありがとう」

 

 脱兎のごとくその場から立ち去る楯無を見て鈴は生徒会長も大変だなと何処か他人事のように見えていた。

 

鈴「(にしても……初めて会った気がしないのよね)」

 

 一瞬の出来事だったがためにその人物が自分の知り合い(・・・・・・・)であることに鈴は気付かなかった。

 

 

 

*****************

 

 

 

一夏「フェックション!」

 

 鈴が護衛任務に就いている間、一夏とランスロット(セイバー)は敵と遭遇し、交戦していた。

 突然訪れた大きなくしゃみの反動で運よく回避することができた。次の攻撃が来る前に一夏は魔力で強化した蹴りで破壊した。

 

ランスロット「風邪ですか?」

 

一夏「一応、暖かくしてから寝たから問題は無いと思うが…噂か?」

 

 特異点で風邪なんて引いたら婦長のアグレッシブな治療を受ける羽目になるので健康管理はちゃんとしている。

 

ランスロット「このような面妖な敵と遭遇するとは……」

 

一夏「気張れよ、セイバー。こいつはそんじょそこいらの奴とは違う」

 

 彼らを囲む人形の群れを睨みつけて一夏は干将・莫耶を投影する。

 如何に有能なランスロット(セイバー)であっても数の暴力と言うのは中々侮れない。それゆえに一夏は剣を取った。

 

一夏「全力で行け」

 

ランスロット「分かりました」

 

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第十五話~各々の出会い~

 いつものように手分けして特異点の原因を探す一夏達であったがその道中で人形の軍勢に襲われていた。

 

一夏「こいつら、本当に人形か?」

 

ランスロット「そうですね。まるで本物の人間を相手にしているようです」

 

 挙動や体運びが人間に近い動きをする敵に疑問を抱く事はあるが臆するようなサーヴァント(ランスロット)でもなければ、マスター(一夏)でもない。

 しかも、今回はもう一人助っ人がいる。

 

金時「オラァ!」

 

 坂田金時(ライダー)の拳が人形を粉砕する。一夏が改めて契約したサーヴァントであるため戦力としては申し分ない。とは言っても干将・莫耶では流石に厳しいため一端消してまた投影魔術を行使する。

 

一夏「投影、開始(トレース・オン)

 

 投影したのは銀色に輝く一振りの宝剣。この剣はとある英雄が使った最高の切れ味を持つ剣。

 その剣の銘は―――――――

 

一夏「絶世の名剣(デュランダル)!」

 

 持ち主の能力に拠らず最高の切れ味を維持する宝剣の刃に人形は一刀両断されてしまった。魔力の消費量や使い勝手の観点からすればいつも使っている干将・莫耶の方に一歩譲るが、性能面では勝っているので干将・莫耶の次によく使っている。

 

一夏「セイバー、敵陣に風穴を開けるからフォローを頼む。ライダーはバイクの準備をしてくれ」

 

ランスロット「分かりました」

 

金時「任せな」

 

 一夏の指示を受けたサーヴァント達は各々行動に移し、一夏は黒い弓と捻じれた剣を投影した。

 

一夏「我が骨子は捻じれ狂う――――――――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

 矢として改造され、放たれた剣は衝撃を撒き散らしながら次々と人形を破壊していく。矢が中間地点に到達するとある言葉を口にした。

 

一夏「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 矢を爆発させることによって敵陣が崩れた瞬間、坂田金時(ライダー)が運転するベアー号にランスロット(セイバー)が跨り、その後ろに一夏が乗った。

 

一夏「金ちゃん、重くなるけど大丈夫か?」

 

金時「ベアー号はそんなに軟じゃねぇぜ。そんじゃかっ飛ばそうか!」

 

 大人二人と少年一人を乗せても余裕で100㎞以上のスピードを出すとはとんでもないモンスターマシンだと一夏は思う。

 閃光ともいえる速度で一人と二騎のサーヴァントは離脱していく。その中で彼等を見ていた視線があったことも知らずに。

 

 

 

**************

 

 

 

 シャルロットは困惑していた。一夏達から別れた後、マシュからサーヴァントの反応があると聞きつけてやってきた。そこまではいい、小学生くらいの女の子に出くわした。

 

シャルロット「えっと……君は?」

 

 サーヴァントは人を超えた存在の為見た目では実力が計れない。恐る恐る話そうとするシャルロットであったがお守りとして腕に付けている鈴が鳴った。この鈴は警告のルーンが刻まれており、敵意がある者が近づくと鳴るのだ。

 ジャンヌ(ルーラー)も自身の感知能力でサーヴァントがこちらに接近している事に気付いている。

 

ジャンヌ「アサシン、いるのでしょう?出てきなさい」

 

 彼女が口調をきつめにして命令すると襤褸の赤いマントで顔を隠した軽装な鎧を着た人物が現れた。ジャンヌ(ルーラー)は彼の事をアサシンと言ったが、シャルロットには既視感を覚えた。

 

シャルロット「(エミヤさんと同じ?)」

 

 クラスも容姿も違うはずなのに色褪せたような浅黒い肌と白髪が原因なのか雰囲気が似ていた。

 

アサシン「ルーラーか。……その少女は誰だい?」

 

ジャンヌ「彼女は私のマスターであり、カルデアに所属している新しい魔術師です」

 

シャルロット「シャルロット・デュノアです」

 

アサシン「カルデアに?……なるほど、なんらかの厄介事に巻き込まれてその勢いのまま魔術師になったわけか」

 

シャルロット「そのとおりです。僕から一ついいですか?」

 

 カルデアの名前が挙がったことから目の前のサーヴァントは一夏と契約を結んだ事があったのだろう。

 

シャルロット「エミヤさんとはどういった御関係なのですか?」

 

アサシン「士郎のことかい?」

 

 彼が口にした士郎とはIS学園で一夏が契約し、食堂の総料理長を務めているあのサーヴァントの事だった。サーヴァントが食堂を切り盛りしているの事に可笑しいと思いながらも目の前のサーヴァントにとりあえず、訊いてみる。

 

アサシン「彼は僕の息子だよ。まぁ、平行世界の住人で養子だから直接血が繋がっているわけじゃないけどね」

 

 漸く警戒心を解いてくれたアサシンに胸を撫で下ろすシャルロットであったがまさか親子とは思わなかった。

 

アサシン「そこのルーラーの言う様にクラスはアサシンだ。よろしく」

 

シャルロット「よ、よろしくお願いします」

 

???「もう、ちゃんと真名を言わないパパ(・・)なんて嫌いよ。私はイリヤって言います。一応……魔法少女をやっています」

 

アサシン「真名はエミヤキリツグ(・・・・・・・)だ。この娘も平行世界ではあるけど、僕の子だよ」

 

シャルロット「魔法少女って言うクラスもあるんだ」

 

ジャンヌ「そのようなクラスはありません。彼女のクラスは『魔術師(キャスター)』です」

 

 ジャンヌ(ルーラー)のツッコミを受け入れるがシャルロット自身そのようなクラスが無い事を知っている。涙目で口の端から血を流しているアサシンが視界に映っていたから現実逃避を行っているのだ。

 そしてイリヤも平行世界の話とはいえキリツグ(アサシン)と親子の関係で揃ってサーヴァントになるとは一体どんなことをすれば英霊になれるのかと問いたい気分を無理矢理抑える。

 因みに平行世界ではあるが彼には妻がいて彼女もやはりと言うべきか、サーヴァントとなっている事にシャルロットは全く気付いていない。

 

シャルロット「(このアサシンは親馬鹿なんだ…)」

 

 無機質な雰囲気をしていたが意外な弱点があった事に笑いをなんとか抑え込む。こうしてシャルロットは二騎のサーヴァントとの契約を行った。

 

 

 

*********

 

 

 

 簪は広い空き地で薙刀を振るっていた、素振りではなく試合形式で。家を出て一人になったはずの彼女が一体誰と戦っているのか。

 簪と戦っているのは銀髪をポニーテールにした赤目の女性だった。女性の薙刀が簪の胴に入った。

 

簪「まだまだインフェルノ(・・・・・・)さんには届かないか」

 

インフェルノ「マスター(・・・・)も十分強いですよ」

 

 インフェルノと呼ばれた女性は謙遜をと思う。実戦なら相手は死んでいたかもしれない一撃を貰いそうになったのだ。

 一般人として考えれば十分強いが、英雄(・・)であるインフェルノには経験と言う物が存在し、易々とは超えられない。

 

簪「今日もありがとうございました」

 

インフェルノ「マスターの指南もサーヴァントの務めですから」

 

 簪自身彼女の事をよく分かっていないが知り合ったばかりなのにこの人(?)とは上手くやっていけそうな気がする簪。しかし、事件の渦中に放り込まれることになる事になるのはまだ先の話である。

 

 

 

*********

 

 

 

 レゾナンスの中では一匹の獣が咆哮を上げた。周囲には獣によって食い殺された骸の山が存在していた。しかし、どれだけ喰らおうとも飢えは満たされなかった。

 獣の目には激しい憎悪を秘めていた

 

 

 

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第十六話~転生する白~

楯無さんフルボッコなのでファンの方は閲覧注意です。


 女性は走る。一度も振り返る事もなく、今頃犠牲になっている仲間の事を気にせず、ひたすら走る。

 彼女は日本の代表候補であり、IS委員会から直属の部隊の指揮を任された所謂エリートだったが今は見る影もない。

 彼女達はIS委員会からの命令で怪奇現象の調査、そして原因の排除を依頼された。その中心であるレゾナンスに向ったのが悪夢の始まりだった。

 最初は下っ端の男性が夥しい量の血を流して殺された。直ちにISを纏ったが意味をなさなかった。ISを纏っていたにも関わらず一人、またひとりと殺された。目の前に起こっている不可解な出来事に自分の愚かさを呪ったが後の祭りだった。

 

女性「なによ、何のよ。一体何がどうなっているの!?」

 

 初めは狩る側だったのに狩られる側となったことへの恐怖と絶望に思考が全く定まらない。

 死にたくない。その思いでひたすら逃げた。

 

???「――――!」

 

 聞こえてくる遠吠えに女性は速度を上げていく。あの声が近くに聞こえたらまずもって助からない。

 できだけ遠くに逃げようとするが急に重くなった。

 

女性「こんな時に…」

 

 ISのエネルギーが有限である以上、活動には限界がある。全速力で動かし続けたのだから減る時間が早くなる。無理矢理動かそうにも重くてちょっとずつでしか進めない。そして終わりの時間がやってきた。

 女性が最期に見たのは鎌のような得物を手にしている首のない騎士と爛々と輝く目で睨む獣だった。

 

 

 

************

 

 

 

 一夏とランスロット(セイバー)坂田金時(ライダー)は戦線を離脱できたのを確認するとベアー号を止めた。

 

一夏「バイクで三人乗りは流石にきついか」

 

金時「仕方ないっちゃしかたないんじゃねぇの?」

 

 前にベアー号を運転する坂田金時(ライダー)、その後ろにランスロット(セイバー)ランスロット(セイバー)に支えられる形で立って乗る一夏。緊急とはいえ、明らかに定員オーバーで走ってしまった。なるべく目立たないようにしていたがこれでは珍走団ではないか。尤も、ちゃんと魔術による隠蔽工作を行っているので早々に怪しまれることは無い。

 因みに普通の人ならすぐにバランスを崩して転落するくらいの速度のはずなのに此処まで一夏は転落せずにベアー号に乗っているあたり、地味に人間離れしている。伊達に特異点を巡ってきたわけではなかった。

 

ランスロット「どうしますか?」

 

一夏「一匹無傷で捕獲しても解析できるかどうか分からんしな…」

 

 魔術による解析は一夏の得意分野ではあるがその魔術が効くかどうか分からないためあえて使わなかった。

 あれやこれやと逡巡していると気配を感じた。

 

一夏「……セイバー、ライダー、霊体化してくれ。どうやら招かれざる客(・・・・・・)が来ちまったようだ」

 

 招かれざる客とは魔術師でもなければサーヴァントでもない三者。つまり、ISに携わっている人物を意味していた。一夏の言葉の意味を理解している二人は姿を消した。一夏は物陰に隠れている人物に睨みながら出て来いの旨を伝える。

 

楯無「お久しぶりね」

 

 その相手とは以前戦った更識楯無だった。

 

楯無「会うのは二度目かしら」

 

一夏「俺としては二度と会いたくもないよ」

 

 扇子で口元を隠す楯無に対して面倒だと溜息を吐く一夏。最初に会った時は油断してくれたおかげで勝てたが今回は手古摺りそうだ。

 しかし、何の策も講じていないわけではない。

 

一夏「(こうも早くお披露目になるとはね…)」

 

 どのみちやるしかないのだから予想していたより早いか遅いかだけの話。

 覚悟は既にできている。

 

一夏「Anfang(セット)。来い、ホワイト・リンカーネーション」

 

 そう呟いた瞬間、赤いコートから一転し、白い鎧姿となった。顔に鎧の一部が集まると鷹を模した兜となった。

 

楯無「IS……何処の国から奪ったのかしら?」

 

一夏「答えてやる義理は無い」

 

 腰にマウントしてある白と黒の日本刀を抜いて構える。

 静寂は一瞬。先に動いたのは一夏だった。狙いは特殊武装であるアクアクリスタル。彼女もそれが分かっているからこそ対策を練っていたが実行に移すよりも早く破壊された。

 

楯無「そ…んな」

 

一夏「うん、反応もバッチリ。流石、元祖万能の天才だ」

 

 有り得ない光景を見て固まる彼女に対し。切り捨てた本人は機体の性能に満足していた。学園に来た初めの頃だったらホワイト・リンカーネーションを纏っても勝てなかっただろう。

 特異点での経験があったからこそ性能を活かせたのだと一夏はそう結論付けた。

 

楯無「っ!まだよ!」

 

 ランスや蛇腹剣で攻撃を繰り出すが二振りの刀によって裁かれ、いなされ、かわされる。

 これだけ攻めても一向に決まらない楯無は次第に焦りを感じていた。ロシアの代表でIS学園最強と言う肩書きに自負もあるし、そうなるように努力していた。 しかし、目の前の相手にはそれらを真っ向から潰されていく。

 彼女の動きに段々粗が見え始めた事に一夏の目は見逃さなかった。

 

一夏「(余裕がなくなってきたな。ここで倒してもまた現れて手を出されると厄介だな。……潰すか)」

 

 わずか数秒の思考で結論に至った一夏の顔は兜で隠れているが冷徹な物になっていた。

 楯無を蹴り飛ばすと左手をピストルに見立てて構えるとそこから電磁波を放った。

 ホワイト・リンカーネーションの手甲には初級呪術である『ガンド』を放つ要領で電磁波を放てるようになっている。出力次第でISの動きを一定時間止める事も―――――――

 

楯無「嘘…これって霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の…コア?」

 

 ISのコアを強制的に引っ張り出せる事もできるのだ。落下していく楯無は一夏が次にどうのような行動を取るのか理解できた。

 そうならないために必死に手を伸ばす。

 

一夏「セイッ!」

 

 しかし、無情にもコアは一夏の斬撃によって砕かれた。

 コアはISにとってとても重要な部分だ。人体で言うならIS本体が肉体でコアは心臓だ。それを破壊されると言う事は死と同義なのだ。

 コアを失い、鉄の拘束具と成り果てた霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)は楯無の動きを制限する。

 楯無は落下の衝撃で全身を強く打ちつけられたがそんなことはどうでもいいくらいに絶望した。矜持や肩書きを潰されただけならまだいい。それを糧に立ち上がることができる。けれど、立ち上がれなくなるくらいに自分が持っている全てを否定された。

 

一夏「呆然としている所悪いが俺と俺の仲間を追うのは止めろ。でないと……死ぬぞ」

 

 嘘でもはったりでもない事実を口にする一夏であったが楯無の耳には入っていない。

 今の楯無にあるのは先の見えない絶望だった。

 

 

 

*******

 

 

 

 一夏と楯無が戦っている時、某所ではそれを観察している者がいた。画面では二刀を駆使し、攻撃をいなす一夏が映っている。

 

???「いっくんだよね?白式じゃないけどコアの反応がそれだし」

 

 長い髪にエプロンドレスを着た女性は首を傾げている。学者の自分でも彼の動きが一年やそこらで身に着けられる代物でないくらい理解できている。

 だからこそ不思議なのだ。

 

???「一体なにがあったのかな?」

 

 

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ホワイト・リンカーネーションはカルデア戦闘服にISの翼や装甲を付け加えたような感じです。


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第十七話~怒り~

ISの12巻を購入しました。
束の狂人具合が何とも言えません(汗)

活動報告でアンケートを取ります。


 

 ある人物は自他ともに認める程の天災だった。とある夏の日、自分の作戦で妹を華々しく活躍させるためにアメリカが馬鹿やらかして暴走してしまった軍用ISを食い止める作戦を画策した。

 その結果は失敗に終わった。事件そのものは解決したもののその代価として友人の弟が行方不明となった。しかも、重症の状態で海を彷徨うとなればISの機能が生きていたとしても生存している確率は限りなく0に近い。多少の犠牲は考慮していたがまさか彼とは思ってもみなかった。そのせいで妹は心を病み、在りし日の思い出に浸っている。

 購うために独自で彼を探してみたがそんな時にIS学園の崩壊の報せが届いた。作業を中断し、急いで友人と妹の様子を見にやって来た。

 そこでは友人が直視できない姿となって寝台(ベッド)の上で治療を受けている姿があった。さらに追い打ちをかけるように妹は行方不明だと言うのだ。

 一体誰が何のためにしたのか、妹は何処へ行ったのか。それらを調べるために暗い部屋で情報を集める。

 IS学園が崩壊してから数日が経った時の事。ロシア代表と友人の弟と同じ背丈の人物が戦っていた。最初は何処かの国のテロリストかと思ったが直感が違うとささやいた。

 

???「いっくん?」

 

 動きからして知人の弟であろう人物は二刀を駆使して相手を斬り伏せた。以前の彼ならあっさりやられていたのにこの人物はロシア代表を圧倒しただけではなく、そのISのコア破壊した。

 コアを破壊された操縦者はもう代表としてやっていけないだろう。しかし、そのことはどうでもいい。

 

???「一体何があったの?」

 

 彼女が口にした質問の答えは仮面の少年に会えば分かるかもしれない。思い立ったが吉日と言わんばかりに彼を追う準備を始めた。

 

 

 

*******

 

 

 

 楯無を下した一夏は人気のない場所まで移動するとISを解除した。

 

一夏「(初陣にしては上々って言いたいところではあるが)気は抜けないのが現実なんだよな…」

 

 敵意や害意等はないが先ほどから見られている感じがして落ち着かない。

 

一夏「(ランスロット(セイバー)、こっちは大方片付いた。坂田金時(ライダー)と一緒に合流してくれ)」

 

 令呪を使って跳躍させてもいいがなるべく温存しておきたい。一夏は小さく「投影開始(トレース・オン)」と呟いて干将と莫耶を投影し、構える。

 倒す事は最初から念頭に置いていない。彼らが来るまでの時間稼ぎが目的なのだから。

 

一夏「(ISでの戦闘だったのが幸運だったな。戦闘力ではサーヴァント達に軍配は上がるが活動範囲の広さならISが勝つ)」

 

 ISの絶対防御は現存する兵器では突破することができないが。一部を除けばサーヴァントの攻撃はそれを易々と貫通する。対軍、対城宝具クラスになると死体が残ればまだマシな部類だ。

 しかし、そんな彼等でも海底や宇宙まで活動はできない。それに対してISは元々宇宙へ行くために作られたためあらゆる環境に適応することができる。

 

一夏「(それにホワイト・リンカーネーションを使った事でIS委員会や学園側は俺を摩訶不思議な力を使う輩じゃなくて正体不明のISを使う操縦者としての印象を持ってもらったはずだ)」

 

 下手なガンドを放っただけでも操縦者を簡単に気絶させることができる。しかし、その行動は秘匿が絶対である魔術世界では禁忌中の禁忌である。もし、露見したら面倒な事になりかねない。そのため、ホワイト・リンカーネーションは隠れ蓑には十分だった。

 ISとサーヴァント、その両方に触れている一夏はメリットとデメリットを理解して状況によって使い分けようとしている。

 

一夏「さて、出て来いよ」

 

 連戦ではあるが最初の敵がサーヴァントだったら厳しいが今まで戦った中で実力的に低かった楯無だったので余力は十二分にある。

 

???「■■■■■■■■■■■―――――――――――――!!」

 

 聞こえてきたのは耳を塞ぎたくなるような叫び声。その叫び声と共にやってきたのは巌の巨人。

 

一夏「これはまた……」

 

 とんでもないサーヴァントが来たものだと一夏は毒づく。このサーヴァントは誰もが知っている英雄なのだ。

 

一夏「久しぶりと言わせてもらおうか、ヘラクレス(・・・・・)

 

 鼓膜が破けそうなほどの音量で叫ぶ巨人サーヴァントの真名を口にする一夏。

 そう、このサーヴァントはギリシャ神話に登場する大英雄、『ヘラクレス』なのだ。

 

一夏「(さてと…どうやって逃げられるかな?)」

 

 このサーヴァントとは特異点で戦い、何度も死ぬ思いをしてきた。できれば相手として相対したくないのが本音である。

 どうしたものかと考えていたが目の前にいる英雄は攻撃してこない。

 

ヘラクレス「■■■■■■!」

 

一夏「とりあえず、今回は味方ってことでいいんだな」

 

 呂布同様に言葉を発することはできないが彼を使役していた一夏はその意味を読み取る事はできる。

 現にヘラクレスは肯定するように首を縦に動かす。

 

一夏「まぁ、よろしく」

 

 数多の武勇を持つヘラクレスが味方になるとは運が良い。

 しかし、一夏は気付いていなかった。この世には『禍福は糾えるは縄の如し』と言う諺があり、幸福と不幸は縄のように相互にやってくるのだ。

 

???「やっぱり、いっくんだ」

 

 次に聞こえたのは女性の声。振り返ると機械でできたウサギの耳のカチューシャを付け、蒼いエプロンドレスを身に纏った女性が立っていた。

 

一夏「篠ノ之束か…」

 

 

 

***************

 

 

 

 篠ノ之束、IS業界においてその名を知らぬ者は誰もいない。何せ彼女はISを発明した張本人なのだ。

 

束「いや~良かったよ」

 

 生きていたことに関して嬉しいのかマシンガンのように喋る束であったが一夏が先ほどまで纏っていた朗らかな空気が霧散していたことに気付かない。

 何も喋らない一夏は拳を握りしめると束の顔面を殴った。魔力による身体強化を使用したのか10mくらい吹っ飛んだ。

 

束「い、いっくん?」

 

 いきなりの事だったのでまともに受けて地面に投げ出されて漸く彼の異変に気付く。

今の一夏にかつての優しさは無かった。あるのは殺意と憤怒。

 

束「どうして―――」

 

一夏「奴を殺せ、バーサーカー」

 

 その疑問を言うよりも早く氷よりも冷たい声で一夏はヘラクレス(バーサーカー)に殺せと命じた。

 

 

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第十八話~出生の秘密~

最新刊のネタを突っ込みました。

活動報告で設けているアンケートの期間を伸ばそうかな?


 篠ノ之束を見た瞬間、一夏は尋常ではない怒りを覚えた。その理由は悪い意味で全く変わっていなかったからだ。

 かつては狡猾な羊と称していたが大人になりきれない子供と言った方が正しかった。己がいなくなった衝撃で多少はまともになっているのかと思ったが全然変わっていなかった。

 

一夏「奴を殺せ、バーサーカー」

 

 命令されたヘラクレス(バーサーカー)は少々渋い顔つきで襲い掛かる。束はそうはさせまいとヘラクレス(バーサーカー)に跳び蹴りを入れる。細胞レベルが常人より遥かに高い束なら壁へと叩きつけることができるだろう。

 しかし、今回ばかりは相手が悪かったとしか言いようがない。

 

ヘラクレス「■■■■!」

 

束「嘘っ!?」

 

 幾ら束が細胞レベルでオーバースペックであっても所詮は人間の範囲内での話。半神半人であるヘラクレス(バーサーカー)にとって束の攻撃は幼子の戯れ程度の威力しか感じていない。

 束の脚を掴むとお返しと言わんばかりに今度はヘラクレス(バーサーカー)が束を壁に叩きつけた。

 

束「げほっ、ごはっ!」

 

 なるべく最小限に抑えてもヘラクレスの膂力が桁外れだったため動く事もままならない。どうにかして体制を立て直さないとこっちがやられると判断したのか束は逃げの一手を考えたが現実はそう上手くは行かない。

 

一夏「投影開始(トレース・オン)

 

 一夏は這い蹲っている束の四肢目掛けて投影した剣を突き刺して地面に縫い付けた。抜け出そうと力を入れるが全く体中にめぐっている傷を修復してくれるナノマシンが全く機能してない。

 それもそのはず。一夏が投影した剣には『治癒阻害』の概念が込められているため破壊するかしないと傷を癒す事が出来ないのだ。

 剣の拘束から抜け出そうともがく束の頭を一夏は踏みつけて抑え込む。

 

一夏「……アンタは知っているんだろ。俺が普通の人間じゃないことを」

 

 どうして傷の治りが早いのかとこの世界だったら対して気にはしてなかったが人理修復中で疑問に思うようになったためドクター・ロマニやダ・ヴィンチに調べて貰った結果、人工的に作られた存在である事が分かった。その目的は不明だが普通の人間とは違うだけは本当だった。

 束をすぐに殺さなかったのはその目的の部分を聞きたかったからだ。

 

束「……そうだよ。いっくんはプロジェクト・モザイガ…通称、織斑計画の第二成功例の人工受精卵だよ」

 

 息を切らした状態で束は一夏の問いに答える。

 究極の人類を創造する計画であったが産まれながらにして究極であった束が生まれたため破綻した事、その計画の成功例が千冬と“もう一人の子供”、そして自分である事、苗字の織斑とはそのプロジェクト名から頂いたものだろう。自分が究極の人類をより多く、より広く、より長く繁栄させるために産まれた事、そして千冬が弟である自分のためにその凡てを投げ出した事。

 何故自分の体に魔術回路が宿っているのかだが一夏は生まれる過程でホムンクルスの技術が使われたのだろうと推測した。そしてその雛形になったであろう人物も大方察しが付いている。

 

一夏「(なるほど、道理で幼少の記憶がないわけだ。千冬姉はそれを知っていて今まで黙っていたのか…)」

 

 色々と腑に落ちることがある。アルバムを見ても両親の写真が一枚もなかったのは始めからいなかったからだ。姉が家族の事をはぐらかしてきたのはこの事実を知られたくなかったからだ。

 誰だってお前は人間じゃない事実を突きつけられたら動揺する。動揺しないのは感情を持たない機械ぐらいなものだろう。

 

束「失望した?そりゃそうだよね、いっくんは本来なら化け物と呼ばれても可笑しくない存在なのだから」

 

一夏「訳の分からん計画だったとしても無かったら俺が生まれてねぇよ。そんなもんに今更絶望する気はさらさらねぇよ。問題はどのようにして生まれたかじゃなくてどうやって生きていくかなんだ」

 

 引き攣った笑みを浮かべている束の言葉を一夏は莫迦莫迦しいと一蹴する。

 確かに自分が普通ではないと知った時、酷く絶望した。しかし、どのように否定しても狂った計画で産まれたとしてもこの世に生を受けた事には変わりはない。

 それに出生だけで全てが決まる訳ではない。かつて騎士王に叛旗を翻し、未来永劫消えない二つ名を刻まれても自分なりに納得のいく結論に至った円卓の騎士のように、自分の結末を呪い続けようとも答えを得た抑止の守護者(正義の味方)のように自分で考えて納得のいく答えを見つけられるのが重要だと感じている。

 

一夏「俺は俺なりに自由に生きるさ。けど、アンタと違って途中で責任を放り投げるようなド三流にはなるつもりはねぇ」

 

 如何なる行動を取ろうとも常に責任が問われるのは当然だ。一夏も強制ではあったが人理を護ると言う責任を果たした。

 しかし、束はどうだろうか。自分がやったことに対して素知らぬ顔で解決しようともしなかった。エジソンやテスラが杜撰と言い、英雄王と言った多くの英雄たちが俗物と扱われている。前者は科学者としての努力を怠った事への不満であり、怒り。後者は束の思想や言動があまりにも幼い上に短絡的だったため、それに対する侮蔑だ。

 魔神柱やサーヴァント達が暴れているおかげでISの天下が終わり、男女平等の世の中になる日が来るだろう。そのためにも目の前の人物に好き勝手されては困るのだ。

 一夏は絶世の名剣(デュランダル)を投影して首を刎ねようとしたができなかった。耳を澄ますと野次馬共が集まり始めたからだ。

 

一夏「……ちっ、喋り過ぎたか」

 

 さっさと殺しておけば良かったと悔いはあるがこの場に残るのは得策でもない。

 

一夏「二度とくだらねぇ真似すんな、糞兎」

 

 そう言い残して踵を返して姿を消そうとする一夏にほっとする束であったが一夏は命は助けてやる(・・・・・・・)とは一言も言ってないのに気付いていない。

 

一夏「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

束が縫い付けられた場所では耳を塞ぎたくなるような爆音が鳴り響き、大きな火柱が上がった。

 

 

 

***************

 

 

 

 一夏が起こした爆発はシャルロットがいた場所でも確認することができた。

 

シャルロット「今の爆発の方角って…一夏が調査に向かっている…」

 

ジャンヌ「恐らく一夏君が壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を使ったのでしょう」

 

シャルロット「急いで行かないと危険だよ」

 

 幾ら贋作の宝具とはいえ、真名解放以上の力を発揮する技能を使ったのだからそれ相応の敵に違いない。ならば、すぐにでも向かった方が良い。この辺りの地図は全て頭に叩き込んであるので何処へどう進めば最短で辿り着けるか考えるシャルロットは、どうも今朝から胸騒ぎがして落ち着かない。

 不安を抱えながらシャルロットは急いで一夏の元へ駆ける。

 

 

 

***************

 

 

 

 その一方でヘラクレス(バーサーカー)と共に歩いていた一夏はランスロット(セイバー)坂田金時(ライダー)との合流を果たした。

 

ランスロット「マスター、ご無事で…ってお前はヘラクレス!?」

 

一夏「大丈夫。今回は味方だよ」

 

 ヘラクレス(バーサーカー)の存在に驚くランスロット(セイバー)を一夏は宥める。

 

金時「で、何があったんだよ?」

 

一夏「今後面倒になりそうなIS操縦者を倒した後、ド腐れ兎に焼を入れてきた」

 

 意味有り気に笑う一夏に金時はヘラクレスを見たが敢て聞かなかった。清々しいまでには行かないが一夏の表情が晴れているように見えた。

 

一夏「(究極の人類を創造する織斑計画か…シャルにはまだ話さない方が良いよな)」

 

 機会を見計らって話した方がいいだろう。シャルロットの顔を思い出した途端、胸が苦しくなるのを感じた。

 

一夏「(あれ?何で俺、こんなに胸が苦しいんだ?)」

 

 戦闘の時とは違う今まで感じた事のない苦しみに一夏は首を傾げている。彼が苦しみの意味が分かるのは先の話である。

 

 

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第十九話~例え他の誰が…~

 シャルロットは一夏達と合流しようと急ぎ足で向かった。しかし、ホムンクルスの軍勢によって行く手を阻まれてしまった。早く向かいたいのに

 

シャルロット「邪魔を……するな!」

 

 ルーンで呼び出した炎で周囲を焼き払いながら突き進んでいく。その後ろでサーヴァント達が残りを片付ける。

 

イリヤ「す、すごい迫力…」

 

ジャンヌ「ええ、まるでオルタを見ている様です」

 

 威力や規模は英霊に及ばないが今の彼女の気迫は英霊に通じる物を感じた。仲間を盾にして炎の壁からホムンクルスが飛び出てきた。シャルロットは急いで別のルーンを書こうとした。

 しかし、彼女がルーンを書き上げる間もなく敵は倒された。まるでシャルロットを護るかのように空中から刀剣が降り注ぎ、敵を串刺しにしたのだ。この世界でこのような芸当ができるのは一人しかいない。

 その人物とはシャルロットが会いたかった人物だったからだ。

 

一夏「お待たせ」

 

シャルロット「一夏!」

 

 一夏が無事であった事に安堵したがすぐに彼の異変に気付いた。何故なら、一夏が発する空気からは怒りが滲み出ていたからだ。

 

一夏「ちょっくら八つ当たりに付き合えよ。俺さ、今すげぇ機嫌が悪いから!」

 

 空中で投影させた剣で次々と敵を刺殺し、残った敵は干将・莫耶で切り捨てる。彼の後からランスロット(セイバー)坂田金時(ライダー)ヘラクレス(バーサーカー)が加勢してホムンクルスの軍勢は駆逐された。

 

 

 

****************

 

 

 

 束は自分の研究施設で治療を受けていた。瀕死ではあったものの一命だけはなんとか取り留めることができた。

 そんな彼女をある人物が回収して治療を施し、今は深い眠りについている。

 

???「束様…」

 

 達磨のようになった体で横たわっている束を見て銀髪の少女は殺意を抱いていた。彼女はとある研究施設で束の気まぐれで拾われた。

 束は巌の巨人に入れられた一撃によって重傷となり、いっくんと呼ばれた少年からは空中に展開した剣で四肢を貫かれ、刀剣の爆発で手足は吹き飛ばされた。

 敵のISの能力と最初は思ったが武器の形状からIS専用の武装ではない事に気付いた。

 一体彼が何者で何処にいようが関係なかった。恩人である束を傷つけた。それだけで万死に値する。

 

???「待っていろ、私はお前を許さない」

 

束「―――――止めた方が良いよ、くーちゃん」

 

 その決意を挫くように束が目を覚ました。

 

 

 

****************

 

 

 

一夏「――――――ってことだ」

 

 一端、拠点に戻り、一夏は束から聞きだした自分の出生、織斑計画等をイリヤ以外のサーヴァント達に包み隠さず話した。彼等は一夏の秘密を知っていたので驚くことはなかったが沈鬱な表情をしていた。

 

ランスロット「そうでしたか…」

 

一夏「その計画はどっかの腐れ兎が生まれたおかげでおじゃんになったらしいけどな」

 

キリツグ「まさかホムンクルスを生成する技術が使われていたとはね……」

 

一夏「それでもアインツベルンの魔術に比べたら稚拙なものさ。魔術師から見れば俺は人並みの寿命と健康な体を持って生まれたホムンクルスモドキだぜ」

 

 ホムンクルスというのは基本的には短命だ。しかし、足りない物をどこかで調達するのが魔術師である。短命のホムンクルスの延命処置として科学の力を借りたと考えるべきだろう。

 確証はないがそう考えた方が納得できる部分が多いため一夏の推論はあながち間違っていないかもしれない。

 

一夏「今は特異点の解決に力を注ごう。ちんたらしているとIS委員会やら女性権利団体やらが出しゃばって遅くなる一方だ」

 

 今回だって楯無と束が横槍を入れてきたためなかなか進まなかった。今後もこのような事が続くと思い、キリツグは周辺の様子を見に行ってくると言って気配遮断スキルを使用して周囲を見て回り、他のサーヴァントは警備に回った。

 一人になった一夏は死角となっている柱の方向を見てある人を呼んだ。

 

一夏「出てきて良いぞ。いるんだろ、シャル?」

 

 物陰から出てきたのは別の部屋で休んでいたシャルロットだった。苦しそうな顔をしているのは何があったのかと訊こうとした時に偶然にも一夏の出生の話を聞いてしまったからだ。

 

シャルロット「今の話って……本当なの?一夏がその……人工的に作られたって話は……」

 

一夏「あぁ、本当だ」

 

 なるべく彼を傷つけないように言葉を選ぼうとしたが中々出てこない。苦悶に満ちている彼女の問いに一夏は淡々と答える。

 

一夏「全く、魔術に関わると碌な事がないな。尤も、錬金術がまだこの時代に残っていた事には驚いたけど」

 

 自分が人工的に作られた人間であることはドクター達に告げられていたし、目的に関してもそれなりの覚悟はしていたが、矢張り精神的に来るものがあった。IS学園で過ごしていた昔の自分のままだったら絶望の海で溺死していた事だろう。今でもシャルロットに秘密を知られてしまって溺れそうになっている。

 自虐的な笑みを浮かべて話す一夏の顔があまりにも痛ましかった。

 

シャルロット「一夏は……その、怖くなかったの?」

 

 知ってしまったら元の日常には戻れない内容に一夏は恐怖を覚えなかったのかと思わず訊いてしまった。一夏は一瞬だけ、目を丸くすると困ったような顔となった。

 

一夏「怖かったよ。でも、それがなけりゃ俺が生まれなかった。こればかりはどうしようもない事実だ」

 

 家族に関する質問をした時の千冬の言動が可笑しいとすぐに気付くべきだった。でも、知りたいと思っていても自分にはその覚悟がなかった。体を調べて貰った際に否応なしに突きつけられた事実は一夏の心に深い傷を作った。

 しかし、それでも一夏は立ち上がった。

 

一夏「出生の事実は変わらないけどドクターにダ・ヴィンチちゃん、マシュやエミヤ、他のサーヴァント達がいたおかげで大事な事を教わった。だからかな?飲み込めることができた」

 

 どうしたって自分の過去を選ぶ事も否定する事もできない。けど、大事なのは迷い、悩んだ果てに自分なりの結論に至ることではないのか。

 華々しい活躍をした英雄達も時には悩み、迷い、葛藤し、その苦しみの果てに自分なりの結論に至った。

 それが自分には必要な物だと教えられた。

 

一夏「でもさ………できれば、嘘であって欲しかったな」

 

 最初の時は周囲の支えがあったからこそどうにか出生の事実を飲み込む事に成功した。しかし、改めて事実を突きつけられるとあらゆる感情が渦巻いて整理がつかない。

 空を見上げ、夕焼けを映しているようで何も映していない一夏の目を見たシャルロットは苦しさで一杯になった。

 もし、神様がいるのならどうして彼にこんな重たい運命を背負わせようとするのかと問い質していただろう。

 

シャルロット「……苦しいなら苦しいって言っても良いんだよ」

 

 不意に出てきた言葉に一夏は再び目を丸くする。シャルロットも何故そんな言葉が出て来たのか自分でも驚いている。

けれど、言った言葉に納得している自分がいる事に気付く。

 

一夏「俺は別にそんな風に思ってない」

 

シャルロット「そうかな?僕にはどこか苦しそうに見えたんだ」

 

 今回の事も臨海学校の時もどんなに理不尽な目に遭っても一夏は苦しいと一言も言わなかった。本当は苦しいと叫びたいはずなのに一言も口に出していない。まるでそうしなければ生きている意味がないと脅迫観念に近い思いが駆り立てているように時折そう見えてしまう行動が多々あった。

 今にして思えば、彼が鈍感なのは生きていくのに精一杯で恋情を抱く余裕なんて存在しなかったのだと。

 

シャルロット「僕はね、一夏は光だと思っているんだ。いつも誰かに寄り添ってはその苦しみを一緒に向き合って、助けてくれた」

 

 親が病死して孤独と言う闇の中を歩いていた自分がまた光を手にできたのは目の前にいる人物のおかげだと今でも思っている。

 

シャルロット「だから、今度は僕―――いや、私が貴方を助けてみせる。他の誰が貴方を疑っても、否定しても私は信じる」

 

一夏「シャル…」

 

 溢れてくる泣きそうになる気持ちを必死に抑えるがシャルロットは手に取るように分かる。

 

シャルロット「大丈夫、我慢する必要なんてないよ。自分の気持ちを吐き出してもいいんだよ」

 

 まるで母親が我が子を愛しむように一夏を抱きしめる。暖かさと鼓動が伝わってくるとその後に水が頬を伝う感覚が来た。

一夏はこの時、自分が泣いている事に気付いた。涙を流したのは何時以来だろうか?そもそも人目を憚らずに泣いた記憶なんて無かった気がする。自分が覚えている限りではとある王に聖剣を返還し、肉体が滅んだが決して目立たず、強くもなく、情が深く、むしろ臆病ですらあった騎士の忠誠を見た時、最終決戦で共に戦ってきたマシュの霊基が消滅した時、兄のような存在であったDr.ロマンの最期を看取った時ぐらいだろう。

 一夏はシャルロットの体を抱き返した。抱擁にしては些か力が強過ぎるそれを彼女は嫌な顔を一つせずに受け入れた。

 

一夏「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう……」

 

 その声はあまりにも小さく意識して聞かないと聞こえないものだが今まで溜めこんできた自分の気持ちを吐きだせることができた。

 

 

 

おまけ――――――――

 

 

 

ジャンヌ「良かったですね、マスター」

 

ランスロット「あぁ、そのようだな」

 

 一夏とシャルロットには絶対にバレない位置でランスロットとジャンヌが様子を伺っていた。シャルロットが一夏の心の拠り所になった事に嬉しそうに笑うジャンヌに対してランスロットは複雑な顔をしている。

 

ジャンヌ「ランスロット、浮かない顔をしていますがどうかしましたか?」

 

ランスロット「いえ、マスターが自分の気持ちを吐露してくれたのは嬉しい。しかし、これをマーリンが見ているとなると頭が痛くて…」

 

 グランドクラスであるあの魔術師なら千里眼と言うスキルの無駄使いで覗き見ることは可能だろう。

 

ジャンヌ「あの時は大変な目に遭いましたからね」

 

 王の話と称してアルトリア・ペンドラゴン(騎士王)と生前のエミヤシロウの情交を聞く羽目になった一夏は真っ赤な顔で星の聖剣を抜こうとする騎士王と狂乱しているモードレッドやガウェインを令呪で縛ったり、マーリンにコブラツイストを仕掛けるなど事態の収拾に尽力した。

 そのおかげで食堂が無くなると言うカルデアにとって最大の危機を防いだ。

 

ジャンヌ「そう言えば、一夏君の話を聞く限りでは彼の雛形になった人物ってエミヤさんですよね?」

 

ランスロット「彼の属性や起源を鑑みればおそらくそうでしょう。この事は内密にした方が良いでしょうね」

 

ジャンヌ「そう…ですね」

 

 騎士王の別の側面や天の女主人の他に平安の神秘殺し辺りがどう反応し行動するのか想像しただけで頭を抱えたくなるジャンヌであった。

 

 

 




マーリンが話した王の話とはFate/stay nightのセイバールートのR指定のあれです。


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第二十話~二つ戦闘~

かなり内容が早足になっているかもしれませんがどうぞ!


 

 自分の出生への絶望や劣等感。真実を知っても自分を信じると言ってくれたシャルロットへの感謝の気持ちを涙と共に吐き出した一夏は落ち着きを取り戻していた。

 

シャルロット「……落ち着いた?」

 

一夏「あぁ。けど、なんか恥ずかしいな」

 

 同学年に恥ずかしい所を見られたのか顔がかなり赤くなっている。そんな一夏にシャルロットは始めて一夏が涙を流す所を見て新鮮だなと微笑む。

 

シャルロット「(良かった。少しはあれ(・・)から遠ざけたかな?)」

 

 微笑するシャルロットの言うあれとは一夏が自分の前から消えてからよく見る夢の事だ。悪夢と呼べる物ではないが良い夢でもない曖昧な夢を毎晩のように見ていた。

 それは鉛色の空の元、荒廃した大地に築き上げた血塗れで倒れている女性の屍の山。死体の全部に赤や青、黄色等のいろんな色の金属を纏っていた。それがISであるとシャルロットはすぐに気が付いた。

 その屍山(しざん)の頂に立っているのは白髪で浅黒い肌の少年。ボロボロの衣類を身に纏い、血を流しながら手に剣を持っていた。まるで持っていた凡てが摩耗し、褪せてしまった雰囲気であったがその顔立ちはよく知っている。

 

シャルロット「(あの夢はきっと一夏が辿るであろう未来の一つだ)」

 

 彼女自身はっきりとした確証も証拠も持っていない。

 しかし、実感だけは何故か感じられ、しこりとなってずっと心の中に残っていた。そして彼と再会した際、魔術といった本来なら知る術すらない物を駆使して戦う彼を見てその実感がさらに強くなった。

 

シャルロット「(この戦いでどのような結果になるのかは分からない。けど、あの夢が一夏の末路ならどうにかして変えなきゃ)」

 

 現在が過去の積み重ねならその積み重ねた時間を変えれば未来を変えられる事ができるかもしれない。

 

一夏「そろそろ行こうぜ」

 

シャルロット「うん」

 

 そう信じてシャルロットは彼の後を追う。

 

 

 

***********************

 

 

 

 IS委員会日本支部では鈴は千冬や他の人を護るために自動人形(オートマター)相手に奮闘していた。鈴を筆頭に所属している女性操縦者は打鉄を纏って戦線に身を投じる。今まで絶対防御と言う恩恵のせいで死の恐れを体験してこなかったため次々に戦闘不能になる者があちらこちらに存在し地に落ちた操縦者は凶刃の餌食となって物言わぬ屍となった。味わってこなかった恐怖を感じとってさらに動きを鈍くさせる。

 彼女達にとって幸いなのはワイバーンやドラゴンと違って攻撃は通る事だ。

 

鈴「しつこいわね」

 

 近づいてくる敵には双天牙月で切り裂き、遠くの敵は龍砲で蹴散らす。幾らエネルギーの消費量が少ない機体とはいえ、二時間以上休みなしで戦えない。

 それを可能にしているのは甲龍の特性ともう一つの要因があった。

 

呂布「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 鈴を護るかのように彼女が契約した呂布(バーサーカー)は群がる自動人形を一掃する。このサーヴァントがいたからこそ彼女達は生存する確率が上がっていたとも言える。当然、呂布は他の人に見えないように鈴と共に最前線で戦っている。鈴も呂布の存在を隠すかのように派手に大立ち回りをしている。そのため誰も呂布の存在を知らない。

 いや、一人だけ知っている人物がいる。

 

簪「大丈夫?」

 

鈴「平気よ、アンタこそ専用機もないのに補給とか大丈夫なの?」

 

簪「今はそんなことを気にしている余裕はない。それに私の専用機は打鉄をベースにしているから問題ない。あのバーサーカーって人もよく戦っているね」

 

 眼鏡をかけた水色の髪の少女、更識簪が鈴をフォローする形で荷電砲を撃っている。何故呂布(バーサーカー)を見ても驚かないのかは彼女も呂布を見ているし鈴と同じく(・・・・・)サーヴァントと契約した人物なのだ。

 

インフェルノ「(マスター、三時の方向に敵のサーヴァントがいます)

 

 遠くから弓矢で援護射撃を行っているインフェルノが優れた視覚で敵を補足した。

 

???「おお、おお、おおお!自動人形が、可愛い観客たちが燃えていく……!クリスティーヌの歌声をを称賛すべき人形たちが消えていく」

 

 顔の半分を髑髏の仮面で隠した背の高い男性とその隣にいる異質な人形。今まで感じた事なんてない狂気に自分の体が一瞬だけ氷のように冷たくなった気がした。

 

鈴「ここからが正念場ってわけね」

 

簪「お互い頑張ろう」

 

 目の前にいる死を具現化したような存在に恐怖するも鈴と簪は気持ちを引き締めて立ち向かおうとする。今の自分達ではやれることは限られているだろう。

 しかし、今は心強い仲間がいる。それが自分達の支えとなって立ち向かえる勇気を生み出している。

 

 

 

******************

 

 

 

???「ほぉ、流石はカルデアのマスターだ」

 

一夏「魔神柱だ!魔神柱だろう!?なぁ、魔神柱だろ!!?素材おいてけぇえぇぇぇぇぇ!」

 

金時「大将!?何かキャラが変わってるぜ!?」

 

ヘラクレス「―――――――!?」

 

 鈴と簪が戦っている場所とは別の場所で干将と莫耶で攻撃を裁き、攻撃を仕掛けてくる一夏に思わずツッコミを入れてしまう坂田金時(ライダー)と止めようとするヘラクレス(バーサーカー)。目のハイライトが消え、形容しがたい笑みを浮かべた姿は首を狩るのが大好きな薩摩出身の妖怪の様である。

 

ランスロット「全く、困ったお方だ」

 

キリツグ「確かに必要ではあるが…これだとどっちが悪なのか分からないな」

 

イリヤ「あわわわ…」

 

ジャンヌ「マスター、彼のようには絶対ならないようにしてくださいね」

 

シャルロット「……はい」

 

 その光景に呆れている者に右往左往する者、そして新人マスター(シャルロット)に釘を刺す者と様々な反応を示す。

 

シャルロット「(あんなにハッチャけた一夏は見たことないな…)」

 

 また一つ自分が知らない好きな人の一面を見たシャルロットはどう反応すればいいのか分からず曖昧な表情をするしかなかった。

 

 

 

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第二十一話~決めた覚悟~

2018年の水着イベントは意表を突かれたな

シャルロット「まさか、ジャンヌ様がアーチャークラスとは思わなかったな」

一夏「公表されるまでライダークラスではないかと言われていたからな」

茨木も牛若丸も欲しいぜ

一夏「課金は程々にな。ところで…部屋の隅でいじけている沖田をどう慰めよう」

沖田「 ρ(;ェ;`○) 」




 簪は湧き上がってくる恐怖を感じながらも目の前にいる顔の半分を隠した男を注意深く観察する。

 

簪「(これがサーヴァント(・・・・・・)…今まで戦ってきた人形たちとは違う。立っているだけでこんなに恐ろしく感じるなんて…)」

 

 インフェルノからサーヴァントのことを説明してもらってある程度の知識を身に着けたがいざ、対面すると纏っている空気が普通の人とは全然違う。

 どんな人物なのかまだ分からないが今の自分ではどうしたって勝ち目はない。姉ですら彼からして見れば篝火の周辺を舞う羽虫に近い存在だろう。非才の自分が一人で乗り越えるにはあまりにも高すぎる。

 しかし、彼女は一人ではない。心強い仲間がいる。

 

鈴「どうやらこいつが親玉って思えばいいのかしら?」

 

簪「その可能性は高い。けど、気を付けないと死ぬ」

 

 一瞬でも気圧されたらあの世行きは確定だ。鈴も発している殺気に勘づいているので重々承知している。

 

インフェルノ「私がサーヴァントと戦います」

 

 インフェルノの作戦に二人は同意する。自分達では足手まといになり、役には立たない。

 

簪「私たちはあの人形を相手にします」

 

鈴「あんたはインフェルノさんとちゃんと連携を取りなさいよ」

 

呂布「■■■■――!」

 

 承知と言わんばかりに呂布は男に攻撃を行う。インフェルノも手に持っている刷いた太刀や薙刀で攻める。

 クリスティーヌと呼ばれた人形と対峙する。しかし、この人形は攻撃力も耐久度も他の人形とは桁違いで中々攻撃が当たらないし倒れない。逆にこちらの損傷が大きくなる一方である。

 

簪「(あんな細い爪でISの装甲を引き裂くなんて普通じゃない。ここは遠距離で攻めるのがベターだけど…)」

 

 近接ブレードは既に切断されて使い物にならないしライフルやマシンガンの弾丸も心許ない。どうやって戦うべきか必死になって考える簪の隣で倒れていた鈴は歯を食いしばって立ち上がる。

 

鈴「負けるわけにはいかないのよ。私はあいつが守りたい人達を守るって決めた」

 

 脳裏には恋焦がれた人物の笑顔。行方不明と聞かされた時は目の前が真っ暗になった。月日が経つにつれて生存の確立が低くなる。もしかしたらあいつはもういないと思うと全てが嫌になり、元凶を憎んだりもした。だが、憎んでも亡くした者は生き返らないし虚しいだけだ。

 ならば、彼が守ろうとした物を守ろう。

 

鈴「あんたらが何者なのかは知らないし興味はない。けど、これ以上私の……あいつの大事にしているものに傷つけるわけにはいかないのよ!」

 

 吠えた鈴はクリスティーヌに特攻をしかける。その時、鈴の体に回路のような模様が翡翠色に輝いた。

 振り下ろす途中で刃が折れたが気にしない。残った刃をクリスティーヌに食い込ませると柄で殴り始めた。一発だけではなく何度も何度も殴った。

 そして殴った分だけ刃が食い込む。

 

鈴「でりゃあぁぁぁぁ!」

 

 裂帛した気勢と共に拳を叩き込むと双天牙月の刃はクリスティーヌを断割した。

 

簪「私だって…負けられない!」

 

 それでもまだ動く自動人形に簪はありったけの弾丸をぶちまける。二つに割れ、弾丸によって蜂の巣された人形は漸く停止した。

 

鈴「人間様を舐めんなぁぁぁぁ!」

 

 回路の模様が消え息絶え絶えでも咆哮を挙げる。格上の敵一人を倒したことへの達成感かそれとも味方を鼓舞するためか、あるいはその両方か。

 いずれにしても一筋の光明が見えた。

 

呂布「■■■■■■■■!」

 

 巨体に似合う弓を呼び出すと今まで振り回していた方天画戟が巨大な矢へと姿を変えた。

 

呂布「■■■■!」

 

 三国志最強の男が放った矢は波動となり、周囲を呑み込んで男に命中した。

 

???「お、おのれ…よくもクリスティーヌを…」

 

 ボロボロになりながらも立ち上がるが誰が見ても風前の灯火の命だ。もちろん、ここで攻撃の手を緩めることはしない。

 

インフェルノ「宝具、断片展開。私に焔を…」

 

 満身創痍の男を空高く投げ飛ばすと炎を纏った矢を番える。

 

インフェルノ「旭の耀きを!――――――燃えろ!呑み込め!何もかも!」

 

 放たれた矢は男に命中し、その爆炎で今度こそ男は消えた。

 

鈴「終わった…の?」

 

簪「多分」

 

 今日だけでいくつの死線を乗り越えたのだろうか。少なくとも一介の高校生が一回あるかないかの死ぬかもしれない経験を軽く超えている。

 

鈴「あぁ~お腹空いた」

 

 生の実感と疲労で地面に倒れる鈴。遠くで何やら騒いでいるようだが今となってはどうでもよく感じた。

 

 

 

***********************

 

 

 

 一方で一夏とシャルロット、魔神柱との戦いは魔神柱が優勢の状態で膠着していた。

 

一夏「流石に一筋縄じゃいかないか」

 

 煙が晴れるとそこには傷だらけの一夏が愚痴を一つこぼした。傷だらけといっても擦り傷程度の怪我なので大事に至ってない。サーヴァントも一騎とも一夏と同じで致命的な傷はない。

 

一夏「(シャルロットは疲弊しているな。無理もない、初めてこんな化け物と戦うはめになっちまったからな)」

 

 特異点で魔神柱と相対し、どの戦いも決して楽ではなかった。しかし、何度も彼らと接触していくうちに発している気に対応できるようになったがシャルロットは違う。始めての魔神柱との戦いに精神がついていけていない。

 

イリヤ「マスターさん、大丈夫ですか?」

 

シャルロット「大丈夫。魔力も少しだけ余裕があるから」

 

 彼女は一夏と違ってずっと後方支援していたため外傷こそないが重圧による精神的な疲労が蓄積されていく。

 

一夏「(こいつは早いとこケリをつけないと…)」

 

 しかし、状況を打開するための作戦がない。

 

一夏「(カードを切るべきか?いや、あれは最後までとっておくべきだ)」

 

 あれは強力だがリスクが高すぎる。自身にとっての切り札を早々に切るわけにはいかない。

 

一夏「(一か八か…)投影、開始(トレース・オン)

 

 投影したのはまるで岩石をコーティングしたかのような全長数十メートルの巨大な剣。それはメソポタミア神話に登場する戦いの神が持つ「翠の刃」、「斬山剣」と呼ばれた一振りだ。

 その真名は――――――――

 

一夏「虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)!」

 

イリヤ「あれって神造兵器で投影できないはずじゃ…」

 

キリツグ「いや、あれは全工程をキャンセルしたから投影は可能だよ」

 

 とある守護者の起源と魔術回路を有している一夏だからこそできる芸当である。しかし、それだけは魔神柱は倒せない。

 

魔神柱「たかがガワだけの贋作で倒せると思ったか!?甘いわ!」

 

 魔力による爆発で砕けたが一夏の口元は微かに上がっていた。

 

一夏「これだけ馬鹿でかい剣だと否が応でも目が行くわな」

 

 砕かれた破片を利用しながら身を隠し、次の攻撃に移る。一夏は元々この程度の攻撃で魔神柱が倒れるとは思っていない。あくまで気を逸らすための牽制だ。

 

 

金時「サンキュウ、大将。そんじゃカッ飛ばそうか!」

 

 バイク――――黄金疾走(ゴールデンドライブ)を召喚し、それに跨るとアクセル全開で魔神柱に突っ込んでいく。

 

金時「ベアーハウリング!黄金疾走(ゴールデンドライブ)!」

 

 速度を上げるにつれて電撃が発生し、それが勢いを増していく。稲妻烈火を巻き上げて爆走するモンスターマシンは魔神柱を撥ねた。

 

金時「夜狼死九(グッドナイト)

 

 そして走った後で発生した摩擦熱が火柱となって焼き尽くした。

 

魔神柱「ぐっ、この程度の損傷…」

 

一夏「回復なんてさせねぇ…」

 

 矢として放とうとしているのは鎌と似ても似つかない剣。弦を引き絞るとそれは細くなり、矢へと姿を変えていく。

 それはギリシャ神話に登場する英雄が手にしていた武器。

 

一夏「不死身殺しの鎌(ハルペー)!」

 

 金時が開けた穴に矢が深々と突き刺さった。それだけで一夏の攻撃はまだ終わりではなかった。

 

一夏「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 回復しようとした矢先に巨大な爆発。そして内包した神秘がさらに魔神柱の傷を深くする。この時、シャルロットは魔神柱の異変に気付いた。

 

シャルロット「回復してない?」

 

ジャンヌ「一夏君が放った矢は不死系の特殊能力を無効化する能力が込められているのです」

 

 今まで攻撃しても即時回復・復元するのに一夏がつけた傷だけは残ったことに疑問を持ったがジャンヌが解説してくれたおかげで納得できた。

 癒えない傷をもらって大幅に弱体化した。

 

一夏「今だ、セイバー!バーサーカー!」

 

ランスロット「我が王に誓って…!」

 

ヘラクレス「■■■■■■■■!」

 

シャルロット「キリツグさんもお願いします」

 

キリツグ「分かった…カードを切ろう」

 

 絶好の機会を逃すまいと各サーヴァントに宝具の使用を許可する。

 

ランスロット「最果てに至れ、限界を超えよ。彼方の王よ…この光をご覧あれ!」

 

キリツグ「さぁ、ついてこれるか?」

 

 ランスロットは自身の愛剣――――――無毀なる湖光(アロンダイト)に魔力を注ぎ、キリツグは愛用していたナイフを構える。

 

ヘラクレス「■■■■■■■■!」

 

 まず始めに攻撃したのはヘラクレス(バーサーカー)。自身の逸話である『ヒュドラ殺し』が昇華し流派となった宝具。その名を『射殺す百頭(ナインライブス)』。

 高速の九連撃は魔神柱に多大なダメージを与える。

 

キリツグ「時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)

 

 時は流れ、今日には微笑む花も明日には枯れ果てる。

 生前から有していた『固有時制御(タイムアルター)』を基礎とした自身の時間流を操作する能力が宝具として昇華した。

 自身を加速しそのまま猛スピードのラッシュを仕掛けた後、背後を取ってコンテンダーに装填された弾丸を打ち込んだ。

 

ランスロット「連鎖切断・加重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!」

 

 本来なら光の斬撃として放つ魔力をあえて放出せずに留め、対象者を斬りつけた際に解放する剣技。切り裂かれた魔神柱の断面から膨大な魔力が溢れ、まるで湖のような青い光が湛えた。

 ランスロット(セイバー)の一撃がとどめとなって魔神柱は黒い粒子となって消えていく。

 

魔神柱「ぐっ、こんな…」

 

一夏「慢心しちまったのがいけなかったな。力が足りないなら他の力で補うのは当たり前だろう」

 

 素材とか落としてくれないかなと思いながら魔神柱の最期の嘲笑が聞こえる。

 

ランスロット「何がおかしい」

 

魔神柱「貴様らは我が消えれば全て解決すると、それはとんだ思い違いだ。」

 

 一夏がそれは一体誰だと訊こうとしたが瞬間、恐ろしい殺気を感じ、咄嗟に干将・莫邪を投影して一撃を防ぐがあまりにも強力すぎて足が地面から離れ、近くの書店に突っ込んだ。

 

シャルロット「一夏!?」

 

一夏「大丈夫、受け身はとった。それよりも連戦になるから気を引き締めろl」

 

 ボロボロになりながら出てきた一夏を見て致命傷を負っていない事に一安心するシャルロットであったが彼を攻撃した存在を一瞥した瞬間、酷い悪寒が駆け巡った。

 その存在は憎悪を燃やしていた。

 

???「――――――――――!!?」

 

 鎌のような武器を手にしている首無しの騎士に跨っている巨躯の狼は思わず耳を塞ぎたくなる咆哮を挙げた。

 

 



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第二十二話~憎悪の巨狼~

 カルデアの管制室では特異点の解析や一夏達の周囲にいるエネミーサーチでスタッフが世話しなく動いている。そのなかでダ・ヴィンチだけは物言わぬ像のように考え事をしていた。

 

マシュ「ダ・ヴィンチさん、どうかなさいましたか?」

 

ダ・ヴィンチ「一夏君が言っていた人を考えていた」

 

マシュ「先輩のお姉さんですか?」

 

ダ・ヴィンチ「いや、そのお姉さんのお友達」

 

マシュ「確か『篠ノ之束』と言っていました。ISという兵器を作ったとか」

 

 一夏は実姉の私生活を語る事は多かったが束の事はあまり出てこなかったが何を考えているのかわからない人物だと言っていた。しかし、英雄王や発明王といった面々は彼女に対して酷い評価を下していた。

 

ダ・ヴィンチ「彼は私にこんなことを言っていたよ」

 

 

――――――――――――――――

 

 

一夏『昔の俺ならあの人の事を深く見る事をしなかった。でも、今ならなんとなくだけど見えてきたんです。あの人…束さんは人類悪よりも質が悪い人物です』

 

 お人好しの塊と言うべき彼がそこまで断言できる人物とは歪な人物なのか。渋面を作るも聞いてみたい。

 

ダ・ヴィンチ「理由を聞こうじゃないか」

 

一夏『人理焼却を行ったゲーティアやティアマトはそれぞれ理由があった。今まで戦ってきたサーヴァント達もそれぞれ戦うための理由も覚悟もあった。けど、あの人にはそういうものがない』

 

 サーヴァント達に毒されたわけでもなく今まで足跡を辿って答えを導き出した。理由がないというだけでここまで歪むことができるのか、一夏には分からない。しかし、このまま放置しても最悪な結果を引き起こす可能性だってある。

 

一夏『もし、あの人と相対する事があるのなら俺が相手をします』

 

ダ・ヴィンチ「殺すのかい?」

 

一夏『流石に殺しませんけど、殺すつもりで相手しないと何をしでかすか分かりません。なんせあの人は天災ですから』

 

 このときのダ・ヴィンチはロマニがいれば束をどう評価したのだろうかと疑問に思った。一夏と同じ考えに至ったのだろうか、それとも別の視点で考えを言っていたかもしれない。

 そんな「たられば」は現実には意味をなさない。

 

 

――――――――――――

 

 

マシュ「そんな話があったのですか…」

 

ダ・ヴィンチ「いやはや、彼の世界は特異点並みに厄介なものだよ。まぁ、私としては手を出してほしくないね」

 

 少なくともこれは魔術に携わる者達が解決しなければいけない問題だ。これ以上事態を引っ掻き回す存在は出てほしくないと切に願うダ・ヴィンチであった。

 

 

 

***********************

 

 

 

 その頃、一夏達は正体不明の敵と対峙していた。3mは超えているであろう巨体の狼とそれに跨る首のない騎士。

 

一夏「(今まで見たことがないサーヴァントだ。英霊でも反英霊でも、ましてや守護者でもない…こいつは一体何者だ?)」

 

 巨狼から発する殺気に呑まれないように抗いながら油断せず観察する。

 

一夏「(感じとしてはゴルゴーンやジャンヌ・オルタに近いが…こいつの真名が分からん)気を付けろ、こいつは今までの敵で一番厄介な奴だ」

 

 一夏以外にも他のサーヴァント達も敵の異常性に気付いたのか各々武器を構えて対応しようとしている。

 その中でシャルロットは動けなかった。

 

シャルロット「(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!)」

 

 誰かを恨んだり、憎んだりすることはシャルロットもするし理解できる。しかし、今までに感じたことのない憎悪に呑まれている。

 まるで憎悪の化身と言うべき敵に戦意が折れかかっているのだ。

 

ジャンヌ「マスター!」

 

 好機と思い、巨狼は動けないシャルロットに狙いを定め、口に銜えている鎌でその命を刈ろうとする。しかし、シャルロットの近くにいたジャンヌに咄嗟に旗槍でその一撃を受け止められて失敗に終わった。

 

シャルロット「る、ルーラー…」

 

 漸く自分の置かれている状況を察し、どうにか立ち直ることができたシャルロットの態勢を整えるために一夏はすぐに矢を放ちそいつを無理矢理引き離した。

 

一夏「俺が牽制するからセイバーとバーサーカーは攻撃してくれ」

 

ランスロット「分かりました」

 

ヘラクレス「■■■■■!」

 

 赤熱した矢を番え、周囲に刀剣を展開して攻撃態勢に入る一夏。ランスロット(セイバー)ヘラクレス(バーサーカー)も頷いて攻撃する。

 しかし、巨狼の動きは素早いため中々攻撃が当たらない。

 

一夏「ちっ、速いな」

 

 予想よりも素早い動きに悪態を吐きながらも巨狼に牽制をしかけて動きを妨害する。

 

一夏「こいつはISのハイパーセンサーがあっても追いつけねぇぞ」

 

 少なくとも代表候補生程度では簡単にやられるだろうと思い、巨狼の動きを観察する。二人一組のサーヴァントはこれまでの特異点で見かけた。敵対している巨狼と首無しの騎士はその部類と視ていいだろう。

 しかし、彼らとの決定的な違いは行動権があくまで巨狼の方であることだ。

 

シャルロット「ルーラー、真名看破であのサーヴァントの真名は分かりますか?」

 

 ルーラーの特権である真名看破でサーヴァントの弱点を探ろうとしたが本人は渋面を作っていた。

 

ジャンヌ「真名は視えましたがどのような英霊なのか分からないのです」

 

 聖杯からの知識でも真名以外は分からないサーヴァントはいる。サーヴァントには召喚された時、神代から現在まで伝わる英雄豪傑達はその各時代、各国の逸話が情報として与えられるため真名さえ明らかにすれば、そのサーヴァントが何者であるかすぐに理解できる。ただし、抑止の守護者(エミヤ)のような例外は存在する。

 このサーヴァントも例外の一つだろう。

 

一夏「(せめてこいつがどこの英霊なのか分かればいいんだけど…)名前は?」

 

ジャンヌ「ヘシアン・ロボです」

 

 確かに聞いたことのない名前に一夏は矢を番えながら作戦を考える。

 アキレウスのようなアキレス腱もなければヘラクレスのような有名な英霊でもない。どうやって打破しようと案が浮かんでは消していく。

 

???「―――――――!?」

 

 巨狼は突然動きを止めるや否や明後日の方向を向いて走り去っていく。

 

シャルロット「どうして急に攻撃を中断したんだろう?」

 

一夏「分からない。少なくとも俺たちは命拾いした」

 

 ジャンヌに真名を看破されたからなのか幾らでも殺せる機会はあったのに途中で辞めたのか分からない。しかし、このままやりあっていたら自分たちは殺されていただろう。そう思うと頭が痛くなりながらも弓を降ろした。

 

一夏「またやり合う前に少しでも情報が欲しいな」

 

シャルロット「そうだね。真名が判明してもどういったサーヴァントなのか分からないままだしね」

 

???『お困りのようだね』

 

 どうしたものかと考え始めると急に通信が繋がった。マシュかと思ったらパイプを咥えた紳士が映し出されていた。

 

 

 

****************************************

 

 

 

 凰鈴音は困惑していた。支部の防衛にあたっていた操縦者の大半は死に残った操縦者も負傷している。

 それだけならまだいい。よくは無いが、尽力した結果でしかない事実に覆すことはできない。今解決しなければならない問題は部隊の最高責任者の千冬に呂布とインフェルノの存在が露見してしまったことだ。

 

千冬「凰、更識。こいつらは一体何者だ?」

 

鈴「それがこいつが敵じゃないこと以外はまったくわかりません」

 

簪「私も同じです」

 

 魔術師でもないのにサーヴァントの説明を求めるのは無理な話だがそんなことはお構いなしに千冬は懐疑の目を向けている。

 

インフェルノ「我々は貴女に敵対する意思はありません」

 

千冬「そう言うがいつ我らが裏切るか分からない以上、信用できん」

 

 助けてもらったのは感謝している。しかし幾ら言葉を並べても信用するか否かは別の問題であるためおいそれと首を縦に振るわけにもいかない。

 

鈴「(どうすりゃいいのよ!!!)」

 

 段々重くなる空気に鈴は内心頭を抱えて簪の方を見るが彼女も鈴と同じで困惑していた。

しかし、質疑応答はここまでだった。どこからともなく狼の遠吠えが聞こえ、その数秒後には首無しの騎士と巨狼がやってきた。

 

千冬「新手か!?」

 

 一応軽傷の操縦者に見張り役を置いていたが巨狼の口から血が滴り落ちているところを察するにもうこの世にはいないだろう。疲弊している時に敵襲に遭うがそれでも千冬達は身構える。

 一触即発の雰囲気に水を差すように空から幾振りの剣と共に降りてきた。赤いコートの背中には見覚えがあった。

 

鈴「う、嘘でしょ…」

 

千冬「一夏…なのか?」

 

 一年近く行方不明だった大切な人をどう間違えるというのだ。一夏の後を追うようにシャルロットや他のサーヴァントも降りてきた。

 

一夏「もう一人サーヴァントと契約した人がいたのか」

 

 驚いている鈴と千冬を無視して一夏は簪がサーヴァントと契約していることに驚いている。

 自分に関心を持っていないことに気付いた鈴は詰め寄ろうとしたがシャルロットに止められた。

 

シャルロット「ごめんね、今はそれどころじゃないんだ」

 

鈴「っ!?後で説明しなさいよ」

 

 渋々といった感じで怒りを収める鈴にシャルロットは内心苦笑する。もし、立場が逆なら同じことをしていただろうと思っていたからだ。

 

ジャンヌ「契約者を守るために手を貸してくれますか、呂布奉先、巴御前(・・・)

 

インフェルノ「……やはり、看破されてしまいましたか」

 

簪「インフェルノさん?」

 

インフェルノ「はい、私の名は()。巴御前…などと、余人に呼ばれることもありましたか。義仲様にこの身を捧げたものではありますが、今は、あなたにお仕えするサーヴァントにございます」

 

 そのセリフだけで簪の目を丸くするには十分だった。巴御前と言う名を聞けば知らない日本人はいないはず。何故鎌倉前期の人物が現代に蘇ったのか、そして目の前にいる巌のような巨人や気品溢れる女性は何者なのか疑問が尽きない。

 

鈴「サーヴァントって何よ?」

 

一夏「簡単に言えば完成された使い魔」

 

 鈴の質問に端的に答える一夏はヘシアン・ロボから目を離していない。

 

千冬「い、一夏…何がどう―――」

 

一夏「ごめんな、千冬姉」

 

 説明を求める千冬に一夏は殴って気絶させた。本当なら姉も幼馴染も他の人達も巻き込みたくはなかった。

 それがエゴであることは重々承知している。

 

一夏「そろそろ休め、復讐者(アヴェンジャー)。お前は十分走り続けただろう」

 

 実姉に対しての後悔、目の前のサーヴァントへの憐憫に似た思いを口にした一夏は僅か数秒で戦う者の空気に変える。呼吸を整えて自分の魔術回路を叩き起こし、魔力を巡らせる。

流れる魔力が熱を持ち始め、それが彼の体を焼く。しかし、一夏はそれを気にすることなくある言葉を口にする。

 

一夏「 I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)――――――――」

 

 

 



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第二十三話~剣製~

賛否両論がありそうな話なのでダメと思った人はブラウザバックを推奨します。


 鈴は夢を見ているのではないかと錯覚している。自分が今立っている場所はアスファルトで舗装された道ではなく果てのない荒野。建物は一切なく、その代わりに地面に突き立つ一本一本数えるのが馬鹿らしくなるくらい無数の剣が青白い月光を浴びて悲しく光る。

 

鈴「な、何よ、これ…」

 

簪「世界が変わった…」

 

 世に出ている物理法則では解読できない現象にただ驚くしかなかった。

 

一夏「いくぞ、これが最後の戦いだ」

 

 混乱している自分達を他所に、この世界に引き寄せた本人は双剣を構え、憎悪に染まった獣に戦いを挑む。

 

 

 

 

*****************************

 

 

 

 

 時間は少し遡ること数十分前。一夏が所持していた通信機から突然連絡が入った。端末を起動すると画面から出てきたのはマシュではなくパイプを咥えている英国風の紳士だった。

 

???『やぁ、お困りのようだね』

 

一夏「えっ?ホームズ?」

 

シャルロット「ホームズってあの『シャーロック・ホームズ』!?」

 

 また有名なサーヴァントにシャルロットは目を丸くするしかなかった。

 

ホームズ『そちらのレディは新たにやって来た新米魔術師かな?』

 

一夏「相変わらず耳が早いな。ところでホームズに頼みがあるんだけどいいか?」

 

 先ほど戦ったサーヴァントの真名がヘシアン・ロボである事、戦った印象としてアヴェンジャーではないかと言う事、二体一組で狼が主導権を握っている事を話した。

 

ホームズ『ふむ……二人は幻霊と言う言葉を知っているかい?』

 

 幻霊。一夏もシャルロットもその意味を知っている。民間の伝承や物語と言った架空に近い存在や実在しているが英雄と呼ばれるには武勲や活躍に乏しい者たち。歴史、信仰と言った知名度、存在感などの霊基数値が不足しているため英雄にも反英雄にもなれず朽ちて消えるだけの存在。本来であれば幻霊はサーヴァントとして呼び出すことができず、例え召喚できたとしてもサーヴァントの中でも最弱になりやすい作家系のキャスターにも劣るレベルの弱さとなる。

 

一夏「幻霊か。特異点と化しているからあり得んことはないだろうが…調べるのが大変だな」

 

 なんせ国や地域の数だけ伝承は多い。そこから正解を導き出せるかは時間がかかる。

 何か手掛かりがあればいいのだがと二人は頭を捻っていると一夏の足元にある物が転がっていた。

 

一夏「これって…」

 

 一夏が拾ったのは一冊の本。サーヴァントとの戦いで自分がぶつかった際に落ちたものだと理解できた。

 その本はアメリカのとある動物作家が書いた狼を題材にした本。これを見た途端、一夏はホームズに本を突きつける。

 

一夏「なぁ、ホームズ。あの狼の正体ってこれとか言わないよな?」

 

 一夏の問いにホームズは意味深な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

*****************************

 

 

 

 

 そしてその数十分後、一夏はホワイト・リンカーネイションで空を飛び、他のメンバーはヘラクレスが運んでくれた。

 そして件のサーヴァントともう一度対峙する際に一夏は切り札を切ると言い出した。ジャンヌを始め、他のサーヴァント達は難色を示した。シャルロットもそれがなんなのか分からないがすごく危険なものだと理解できる。

 

一夏『まぁ、分の悪い賭けだから止められるのも仕方がない。けど、これ以上の被害を出さないためにもやるしかないしその責任を負うのは俺だけでいい』

 

 周囲の被害やサーヴァントの機動力を考えた結果、一夏が採用された。無論、無理はしないようにと思い切り釘を刺したのは言うまでもない。

 

一夏「 I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)

 

 体中にめぐる魔術回路が熱を持ち始め、その熱が一夏自身を焼き焦がすが彼は一切気にせず唱える。

 

一夏「Steel is my body,and fire is my blood. (血潮は鉄で心は硝子。)

 

 身体が軋み、頭が焼け、激しい痛みが襲いかかっているにも関わらず、ひたすら詠唱を続ける。

 

一夏「I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗。)

 

 巨狼はこれ以上させまいと攻撃をしかけるがジャンヌがそこへ割って入り、攻撃を防ぐ。

 

一夏「 Unaware of false(たった一度の敗走もなく、)

 

 ジャンヌ以外のサーヴァントも加勢して一夏の詠唱の時間を稼いでいる時、一夏は自らの内側に沈み込んでいくかのような感覚を覚えながら自分の人生を振り返る。

 

一夏「 Nor aware true(たった一度の勝利もなし。)

 

 この体は造られた偽物だ。

 

一夏「Have withstood pain to create many weapons,(かの人はここに一人、)

 

 造られた体、血が繋がっていた家族だった者は血が繋がってすらいない他人であった。

 

一夏「waiting for one's arrival(剣の丘で時を待つ)

 

 全てが誰かに作られた偽物だらけの人生だったとしても一つだけ本物であるものがある。

 

一夏「They have no regrets.This is the only path.(故に、その生涯に意味はなくても)

 

 例え、自分が歩いてきた道のりが意味がなかったものだとしても―――――――

 

一夏「So as I pray,(その体は、)

 

 誰かを守りたいという思いは紛れもない本物だ。

 

一夏「“unlimited blade works”(無限の剣でできていた)

 

 地面が裂け、炎が溢れ出た瞬間、世界が切り替わった。

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 そして一夏の詠唱を終えたと同時に世界が古今も東西も問わないおぞましい魔力を放つ魔剣聖剣に満ちた世界になった。

 鈴と簪は顔を少し青ざめ、知識のあるシャルロット達はその景観に圧倒されている。

 

シャルロット「これが固有結界…」

 

 固有結界についてはロード・エルメロイ二世(諸葛孔明)から聞いたことがある。

 個と世界、空想と現実。内と外を入れ替え、現実世界を己の心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥。大魔術師でも早々に到達できない極みの一つであること。

 本来なら神秘が薄れた時代の魔術師のうえにごく一部のサーヴァントしか使えない大禁呪を何故一夏が使えるのか。それはとある守護者の起源と魔術回路を受け継いでしまったが故にできたのだ。

 

一夏「ぐっ!」

 

 強い力は副作用も存在する。体中に走る激痛をなんとか堪え、一夏は双剣を握る。

 

???「――――――――!」

 

 位相の異なる世界に引きずり込まれた巨狼は真っ先に一夏を狙った。しかし、地面に刺さった一振りがまるで意思を持ったかのように巨狼に攻撃を仕掛けた。

 寸前で察した巨狼は飛び跳ねてかわす。

 

一夏「逃がすかよ」

 

 ずっと守ってばかりだった一夏であったが今回ばかりは攻勢に出た。迫りくる鎌のようなシェイプシフターを双剣か飛んでくる剣で応戦する。

 ランスロット達もそれに続く。

 

簪「い、一体どうすればいいの?」

 

鈴「私だって分からないわよ!行方不明の二人がいるわ。馬鹿でかい狼とデュラハンみたいなやつがでてくるわ。そしていきなり剣だらけの世界になるわで訳が分からないわ!?」

 

 ただでさえ、言葉で表現できない事態が立て続けに起こって簪は動転し、鈴に至っては考えることを放棄して吠えた。

 

シャルロット「鈴達は自分の身を守ることだけに集中して。あの怪物は僕たちと呂布と巴さん…だっけ?その二人に護衛を任せて」

 

 混乱している二人にシャルロットは助け船を出す。魔術師としての日は浅いがそれでも精神的な余裕は多少なりともある。

 

シャルロット「あなた達もそれでいいですか?」

 

巴「構いません」

 

呂布「■■■■」

 

 既に真名を暴かれているので驚きはしない二基のサーヴァントは了解の旨を伝える。

 

鈴「ねぇ、シャルロット。鎧を着た大男が呂布ってのは本当?それに巴御前って歴史上の人物じゃない」

 

シャルロット「うん。サーヴァントは英雄や偉人が死後、人々に祀り上げられた存在なの。だから僕たちがISを纏ってもとてもじゃないけど彼らには勝てない」

 

 しかし、中には例外というのも存在するがなんと言って説明すればいいのか分からないのでそこはあえて伏せる。

 

一夏「シャル!」

 

 大声で名前を呼ばれたことに気付いたシャルロットはある仕掛けを発動した。

 巨狼がシャルロットに矛先を変えた瞬間、動きが止まった。

 

???「―――――――!!?」

 

 あれだけ荒々しくも知的な動きを見せた巨狼が我を忘れて。

 一夏はその隙を逃さず、手に持っているのは黄色の短槍で右脚を切り裂いた。その槍はケルトの英雄、フィオナ騎士団随一の戦士、輝く貌のディルムッド・オディナが所持していた呪いの槍だ。

 

???「――――――――!?」

 

一夏「今だ!」

 

 動けなくした巨狼を見て一夏は全力で攻撃しろと命じた。

 

ランスロット「連鎖切断・加重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!」

 

金時「ベアーハウリング!黄金疾走(ゴールデンドライブ)

 

ヘラクレス「■■■■■■■■!」

 

キリツグ「時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)!」

 

ルビー「筋系、神経系、血管系、リンパ系、擬似魔術回路変換完了!」

 

イリヤ「これがわたしの全て…っ!多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)!!」

 

一夏「これで……終わりだ!」

 

 そしてダメ押しと言わんばかりに手を天に掲げると数えるのが馬鹿らしくなるほどの剣が空に展開され、降ろすと同時に砲弾のように降り注いだ。

 

 

.




いかがでしょうか?


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第二十四話~別離~

 

 無限の剣が突き刺さった荒野が崩壊して元のアスファルトで舗装された道に戻った。巨狼は粒子となって消えかけているが消滅には時間がある。

 

一夏「ぐっ…が!」

 

 止めの一撃を決めようとした一夏であったが全身を焼けるような痛みが体の隅から隅にめぐり、思わず地面に膝をついてしまった。

 

シャルロット「だ、大丈夫!?」

 

一夏「なんとか…な」

 

 固有結界の発動は一夏に多大な負荷がかかる。しかし、限界などとうに超えていることを知っている一夏は気にはしていない。

 痛みに耐える際に中を切ったのか口内は鉄の味でいっぱいだ。一夏は干将だけを投影して構える。

 

ランスロット「マスターは休んでください。私が…」

 

 これ以上の無理はさせまいとランスロットが愛剣を携えて巨狼の首をはねようとした。

 しかし、首無しの騎士に遮られてできなかった。

 

ランスロット「どけ!」

 

 再び剣を構えるランスロットであったが首無しの騎士は得物を捨て、腕を大きく広げてランスロット等の行く手を阻む。

 

シャルロット「さっきの攻撃で霊核がもう…」

 

 彼女の言うようにすでに決着がついていたのだ。これ以上巨狼を傷つけさせないために壁になろうとしたのだ。

 

一夏「乗り手の責任を全うしようとしているのか」

 

 物言わぬ騎士であったがそこにはちゃんと意思があったのだ。動けない一夏達を尻目に巨狼の遠吠えと共に消え、首無しの騎士も後を追うように消えた。

 

鈴「す、すごい…」

 

 その一言だけ口にした。

 いや、それだけしか言えなかったのだ。自分が知りうる常識が目の前で崩れ去り、その一端を担っているのが幼馴染ならなおさらだ。

 

簪「織斑一夏…」

 

一夏「どうして俺の名前を知って…あぁ、世界初のISの男性操縦者だったな」

 

 簪が何故自分の名前を知っているのかと疑問に思ったがすぐにその理由に辿り着いた。魔術の訓練や人理修復に力を注いでいたため頭から抜けていた。

 

簪「私は貴方の事が好きじゃない」

 

一夏「初対面で言うセリフじゃないだろ、それ」

 

 聞けば白式のせいで本来作ってもらうはずだった専用機が凍結し、今でも自分で作る羽目になっているのだ。

 これを聞いた一夏は頭が痛くなってきた。自分に原因があるとはいえ、技術者としてそれはないだろう。

 

一夏「それはすまなかった」

 

簪「分かっている、貴方が全部悪いってわけじゃないのは」

 

 彼女自身も彼が悪いわけじゃないのは理解しているし、それが嫉みであることは分かっていた。

 

一夏「で、俺を捕まえるのか?」

 

 鈴も簪も代表候補生に籍を置くため一夏を捕まえるのは必定といえよう。しかし、二人は動かなかった。

 いや、動けなかったという表現が正しい。

 

鈴「そ、それは…」

 

 正直に言うと迷っている。

 今回の事件だけではなく、IS学園の崩壊事件にも関わりがあるのは目の前にいる少年だ。原因であろう情報を持っているかもしれない。しかし、助けてもらった恩もあるため仇で返したくない。

 

???「更識妹、凰。こいつらを拘束しろ」

 

 しかし、第三者の声が二人の思考を遮った。

 

シャルロット「……織斑先生」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 千冬が目を覚ましたのは巨狼との戦いが終わったすぐだ。ボロボロになりながら敵と戦う姿は成長したと思う。

 しかし、それと同じくらいまた自分から離れていく気がして怖くて溜まらなかった。だから、多少強引でも手元に置きたかった。

 

鈴「千冬さ…織斑先生、だって……」

 

千冬「気持ちは分かる。だが、それとこれとでは話が違う。織斑、今回の一連の事件の情報を全部吐いてもらう」

 

 彼女が公私混同する人物ではないのは分かっている。しかし、少しの温情があってもいいと思っている。

 千冬はこの一連の事件は一夏が重要な情報を握っている事を察している。これ以上、犠牲を増やしたくない故に話してほしい。

 しかし、一夏は首を横に振った。

 

一夏「生憎、アンタらに喋る情報はない。あるとしても今のアンタやISの操縦者じゃ絶対に解決できない。だから、この事件から手を引けとしか言わん」

 

 一蹴した言葉と共に喜怒哀楽と言った感情の凡てを無くしたような瞳で千冬達を見ている。その視線が鈴にはたまらなく怖い。

 

千冬「ほぉ…暫く見ない間にえらくなったものだな」

 

 あくまでもこっちに主導権があると威圧的な態度をとる千冬に一夏は眉間に皺をよせる。相変わらずといえば、相変わらずだが、その態度で交渉が通ると信じていると思うと頭が痛くなる。

 尤も、彼の一言ですぐにその態度がとれなくなってしまう。

 

一夏「……そっちこそ今まで散々騙しておいてよく言えたもんだな、偽り(・・)の姉さんよ」

 

 そのセリフで千冬の顔から血の気が引いた。何のことかよく分かっていない鈴と簪は首を傾げる。

 

簪「それってどういう…」

 

一夏「どうもこうも、俺と千冬姉…いや、織斑千冬とは最初から家族じゃなかったんだよ。俺もこの人も人為的に作られたデザインベビーだ」

 

 語られる言葉に鈴は鈍器で頭を殴られた衝撃に襲われた。

 嘘だと信じたい。けど、彼の言葉が本当なら彼の過去の辻褄が合う。

 

千冬「どこで知った?」

 

一夏「デザインベビーだと知ったのは俺を助けてくれた組織の人達から、生まれた目的に関しては束さんから」

 

 隠しておきたかったすべてが知られてしまったことに千冬は青かった顔がさらに血の気がなくなって白くなろうとしていた。

 

一夏「確かに俺はあんたに育ててもらった。それへの感謝しきれない恩も情もある」

 

 一呼吸おいて一夏は千冬を見据える。刃のような鋭さを宿した瞳に千冬は恐怖した。

 

一夏「けど、俺は人としてアンタに失望した。家族ならもう少し信じてほしかった。たとえ、辛い事実でも言ってほしかった。…そんなに()が信じられないのか?」

 

 その一言は千冬の心を砕くには十分すぎた。

 

千冬「違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う!私は本当にお前を愛している!信じている!?」

 

 まるで何一つない虚無の世界に取り残された子供のように、叫び声をあげる千冬を一夏は黙って見ていた。

 ここまで取り乱した姉を見たことあっただろうか。少なくとも、自分の記憶の中では見たことがなかった。

 一夏は誰よりも強かったと思っていた人がこんなにも脆いとは思わなかった。だが、彼女の在り方も想いも否定はしないし、彼女が人としての弱みがあって良かったと思っている。

 自分()を守りたいと言う思いは千冬本人が生まれた感情で(自分)に注いでくれた愛情も本物だ。

 しかし、彼女は両親がいない環境のせいで誰に対しても弱みを見せる事をしなかった。それ故に無意識のうちに他者との壁を作り、孤独になってしまった。

 

シャルロット「一夏…」

 

 ずっと無表情でいる一夏と譫言のように弟の名前を呼び続ける千冬にシャルロットは痛ましく思う。どうしてこんなことになったのだろうか。一夏が人理修復を行ったから?ISが出現したから?様々なもしも(if)が脳裏を埋め尽くしてもこの現実は覆らない。

 考えているシャルロットを他所に一夏は疲労困憊で動けない体に鞭を打って千冬の前に立つ。

 そして笑顔を見せる。

 

一夏「千冬姉。もし、凡て終わったら…また姉弟(きょうだい)になろう」

 

千冬「一夏…」

 

一夏「いろんな言葉を並べても過ごした時間は変わらない。間違えたのなら今度は間違えないようにしようぜ」

 

 血が繋がっていなくても織斑一夏の家族は織斑千冬ただ一人だ。今度こそ意味をはき違えないように、お互いを強み・弱みを言い合えるように。

 

千冬「あぁ…そうだな」

 

 痛みでぎこちなく笑う一夏の姿を焼き付けるようにしっかりと見る。

 自分はこれまでしてきたことは間違いだった。この結果を生涯に渡って後悔するだろう。だが、失敗してもいい。自らの行いを間違いだと認め、後悔しているのなら抱いた想いは間違いではないのだから。

 

シャルロット「(こういう所は本当に変わらないな…)」

 

 魔術を扱う者として合理的に考えることができても根本的な部分は変わらない。

 この状況が少しでもいいから長く続いて欲しいと願うがそうも言ってはいられない。レイシフトが始まって自分たちの姿が消えかかっている。

 

一夏「次会う時まで…さよなら」

 

 そう言って一夏とシャルロット、そして彼らと契約しているサーヴァント達は千冬達の目の前で姿を消した。

 

 

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第二十五話~事件の後~

 夜のカルデアの廊下を一夏は一人歩いていた。バイタルチェックの後、今回の顛末を聞いたエミヤに捕まって延々と説教され、漸く解放されて部屋に戻る最中なのだ。

 

一夏「(侵食が進んでいるな…)」

 

 怒られた内容を思い出すかのように無意識に自身の左肩を掴む。

 まだ髪の毛は白くなっていないものの、左肩や右の脇腹はすでに浅黒く変色している。後、何回か無茶をすれば抑止の守護者になってしまうかもしれない。

 

一夏「髪の毛は染めれば何とかなるけど、問題は肌の色だな…」

 

 髪は黒に染めれば怪しまれないが、変色してしまった、肌はどうにもならない。

 普段は無茶をしない程度に押しとどめているが必要なら無茶でも何でもする。もしうなった場合、果たして人として生きられるのはどれくらいになるだろうか。

 

一夏「誰かを助けると言う事は誰かを助けないと同義か……」

 

 不意に呟いたのはエミヤが生前に直面した体験談をしてくれた時の言葉だ。

 エミヤを召喚して暫く経った後に誰かを守れる力が欲しいと言った時、かの守護者は苦々しい顔と共にそう言った。

 何かを成し遂げたければ相応の対価が必要になる。最小限に抑えることはできても0にはならない。

 

一夏「ままならないな」

 

 彼自身、戦わなければならないと言われて傷つくことに対して覚悟はしていた。

 しかし、その覚悟が甘いと言わざるを得なかった。どれだけ尽力し、手を伸ばし続けても零れてしまう命。後悔と表すのは語弊がある。けれど、もっといい方法があったのではないか、効率よく立ち回れることはできなかったのかとそれに感情が渦巻いている。

 そして今回のレイシフト。知人に会ったが改めて彼女が歪み切っていることを思い知らされた。

 英霊に反英霊、神霊、そして抑止の守護者と言った者たちはそれぞれに掲げた理想、願い、信念、そして正義があった。だからこそ時には手を取り合い、そして刃を交えた。そんな彼らだったからこそ、善悪二元論では語れなかった。

 しかし久々に会う篠ノ之束(天災)はサーヴァント達や人類悪とも違う。理由を問いただしても期待した答えなんて出やしないだろう。彼女は善く言えば、無邪気、悪く言えば子供。故に善悪の判断する力がとても弱い。理由がなければ信念も理想も正義もなく、ただそうしたいからと振舞う。

 彼女を殺してでもバーサーカーをけしかけたのは一回絶望に叩き落し、矯正させようとした。尤も、この程度で死ぬのなら最初から天災なんて異名はない。

 

一夏「きっかけになればいいが…」

 

???「――――――――無理だろ」

 

 不意に聞こえた底冷えする声に一夏は反射的に干将・莫耶を投影して構えるが、そこには誰もいなかった。

 部屋に戻るとアサシン一体、バーサーカー二体が潜り込んでいた事に先程とは別の意味で頭を抱える羽目になるのは数分後の話である。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 一夏より早く自室に戻ったシャルロットはベッドに体を預けるとすぐに眠ってしまった。初めての特異点、そして魔神柱との戦闘。その凡てが彼女にとって過度な疲労を与えていたためである。

 そして見るのはいつもと同じ夢。ISを纏った女性の屍の山、その頂に一人佇む少年。

 

シャルロット「貴方は一体…誰ですか?」

 

???「俺か?俺は守護者だよ」

 

 満身創痍の体に血まみれの剣。白髪で浅黒く、その顔立ちは自分が恋をしている人物とそっくりというか本人だ。いずれ辿るかもしれない未来の彼。

 

シャルロット「多くの人達の命を奪ったの?」

 

一夏?「あぁ。こうでもしなければ犠牲者が増えるからな」

 

 心まで摩耗しているのかどこか機械的に喋る少年の顔は無表情であった。

 

シャルロット「他に方法はなかったの?君なら思いつきそうだけど」

 

一夏?「分からない。あったかもしれないが俺には思いつかない」

 

 感情がないと思いきや自嘲気味に笑う喜怒哀楽はあるようだ。

 

シャルロット「辛くないの?」

 

一夏?「ないと言えば嘘になる。だが、誰かがありとあらゆる汚穢(おわい)に身を浸さなければいけなかった。その役目が俺になっただけ、別に俺は仲間を守れるのならそれでいいと思って世界と契約した。その結果がこれだ」

 

 他人事のように歩んできた人生を語る姿にシャルロットは泣きそうになる。おそらく彼は仲間を守りたいがために死後を世界に売り渡して守護者になった。

 しかし、守護者は人を救わない。するのはいずれ幸福の席から零れ落ちる人間を排除すると言う掃除のみ。

 

一夏?「お前はあいつをどう見える?」

 

シャルロット「それってどういう意味?」

 

 訝るシャルロットを刃のように鋭い視線で射貫く。

 

一夏?「言葉通りの意味だ。あいつは既に守護者への道を歩もうとしている。このままいけば、あいつは俺になる」

 

 それは遠くない未来、一夏は世界に永遠の殺戮を強要されることになる旨を意味している。

 

一夏?「回避したければあいつを殺すことだ。輪廻の輪から外れた俺は無理でもそっちの世界で俺のような馬鹿な考えを持つ奴はいなくなる」

 

シャルロット「そんなこと…できるわけがない」

 

 彼がどんな人生を辿ったのか分からない。けど、今この世界にいる彼は自分の恩人でもある。殺すことはできない。

 拒否する彼女を見て彼は眉間に皺をよせ――――

 

一夏?「後悔してもしらねぇぞ」

 

 そう言って視界が霧に覆われて真っ白になった。

 

 

 

 目を覚まして時計を見るとまだ深夜だった。体は眠いと訴えているのにどうも眠る気にはなれなかった。

 

シャルロット「一夏が霊長の抑止力に…」

 

 受け入れるか否かは別としてあり得ない話ではない。彼の事だからその状況になったら手を伸ばすかもしれない。

 

シャルロット「どうしよう…」

 

 確実な案もないしそもそも守護者になるという保証もない。シャルロットは睡魔が来るまで一人、思考を巡らすしかなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 一方で更識楯無。いな、更識刀奈は座敷牢に入れられていた。

 理由は分かっている。彼女は一夏に霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)のコアを破壊された。ISのコアは数が限られているため一つでも多く所持していれば優位に立てるのだ。逆に一つでも失えば劣位に立たされる。だからこそ、コアを破壊された刀奈はロシア代表と更識家当主の座を剝奪されたうえに国、ひいては更識家の恥として座敷牢に閉じ込められている。

 本来、家督は刀奈の妹である簪が継ぐが、彼女は家を出てしまったため次の当主が見つかるまでの間だけ先代の楯無、更識刀奈と簪の父が当主の座に就いた。

 

更識父「刀奈よ。何故そこに入れられているのか分かるか?」

 

刀奈「私が負けた…からですか?」

 

更識父「うつけ者が、たかだか一度や二度負けたくらいでこのような場所に放り込む必要はない」

 

 責任を取る形で投獄されているが父からすれば些末なことなのだ。問題はそれではない。

 

更識父「お前、慢心しすぎた(・・・・・・)のではないか?」

 

 慢心。その言葉が刀奈の心を抉った。

 否定しようにも今の自分がその結果として表れているためできなかった。敵が万全ではない状態で攻め込むのは常であり、戦いとは相手が何をしてくるか分からないため常に準備不足なのだ。

 一度戦って、その対策を練ったから大丈夫と無意識のうちに高を括り、慢心してしまった。

 

刀奈「…では私はどうすればよかったのでしょうか?」

 

更識父「私がその答えを知るはずなかろう。例え、知っていたとしても教えん」

 

刀奈「どうしてですか!?」

 

更識父「お前のためにならんからだ。お前は何においてもそつなくこなしてきた。いや、きてしまったと言った方が正しいな。それゆえにこれまで壁という壁に当たらなかった」

 

 どれだけ才能を有し、努力を怠っていなくても敗北や挫折は誰しも経験する物。そこから這い上がるか腐るかは本人次第ではあるが刀奈は挫折と言う物に今まで直面しなかったためこのような事態になってしまった。

 それが彼女の不幸。

 

更識父「刀奈よ、これを機に己が過ちと向き合うがいい」

 

 そう言って更識父は地下を後にした。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 イギリス。

 貴族が住まう屋敷の執務室では一人の少女――――セシリア・オルコットが一枚の書類を見て溜息をついた。

 

セシリア「どうすればいいのでしょうか…」

 

???「なんだい?そんなに浮かない顔をして」

 

 セシリアのいる執務室にぼさぼさの髪の毛を無造作に一つに束ねた顔に傷がある女性が酒瓶を片手に入ってきた。

 

セシリア「此処では飲酒は厳禁ですよ」

 

女性「それはできない相談だよ」

 

 窘めるが暖簾に腕押しだった。彼女もそれが分かっているのかしつこく注意することはしなかった。

 女性はセシリアの後から書類を流し読みする。それには鷹を模した兜を被ったISの操縦者の写真が記載されていた。

 

女性「上からのお達しかい?」

 

セシリア「はい。この操縦者の捕縛と日本で起きた異変を調査せよとのことです。IS委員会は各国の代表候補生を集結させて事に当たるようです」

 

 戦う敵は自分達の常識が効かないというのに得策ではない作戦を立てるのか理解できなかった。

 

セシリア「もしものときはお願い致します、ドレイク船長(・・・・・・)

 

ドレイク「任せておきな」

 

 

 

 

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蒼雫嵐夜
第二十六話~変化~


度重なる異変で謎の死を遂げた多くの女性権利団体や国際IS委員会に属するIS操縦者。そのせいで各国の政府はISの研究を打ち切ろうとしている。

 それはそうだろう。常識を逸脱した存在に無残にも敗れ、既存の兵器を凌駕する最強の兵器と言う称号が塵と消えたのだ。

 そもそも政府(男性を中心に)はISに対してあまりいい思いをしていないのだ。防衛する戦力になれるかもしれないがコアに限りがあり、女性しか乗れないという兵器として欠点だらけの物を置きたくないし維持や研究にも国家予算の半分近くお金が掛かる。今回の異変はISから手を引く口実として使えるのだ。しかし、政府の思惑に対してよしとしない組織があった。

 国際IS委員会と女性権利団体だ。ISと言う絶対的な存在のおかげで今まで甘い汁をすすることができた。それがなくなると言う事は今までの贅沢な暮らしができなくなるという他ならない。それだけは絶対に阻止すべく彼女たちは動き始めた。

 破滅への引き金を自ら引いたことすらも気付かずに―――――――

 

 

 

 日本の国際空港で鈴はとある人物と待ち合わせていた。傍らにサーヴァントの呂布を待機させているが霊体化しているので普通の人には見えない。

 時計が十一時を回った頃、その人物は現れた。

 

鈴「久しぶりね、セシリア」

 

セシリア「えぇ…本当にお久しぶりですわ」

 

 同じ想い人を巡って競い合った仲であり、友人である人物が無事であったことを知って思わず笑みが零れる。

 長旅で疲れたであろうセシリアに喫茶店で紅茶を奢り、来た理由を訊いてみた。

 

鈴「アンタも呼ばれたクチ?」

 

セシリア「えぇ、異変の原因とそれに関わっている人物の捕獲ですが…正直に言うと気が乗りません」

 

 げんなりした様子を見るにセシリアも乗る気ではないようだ。自分もそれらについての資料を読んだ。

 鷹に似せた兜を装着したISの操縦者。その正体が自分の幼馴染であることはまだ話していない。話せば事態がややこしくなるのが目に見えているからだ。彼自身もなるべく正体を隠しておきたいから正体不明のIS操縦者として振舞っている。

 頭が痛くなりそうな話から話題を変えようとしたとき、セシリアの後ろにいる女性に目がいった。

 

鈴「ところで…後ろにいる人はあんたの知り合い?」

 

セシリア「はい。元は軍人で今は私の護衛を務めているドレイクさんですわ」

 

 笑顔で話すセシリアだったが鈴にはそれが嘘だと分かった。

 何故ならドレイクが発している空気は一般人でも軍人が纏っているそれでもなく、呂布に近い。

 おそらく、普段から嵌めていない手袋も自分も持っている痣(インフェルノこと、巴御前曰く『令呪』と呼ばれる契約の証)を隠すために嵌めているのだろう。

 自分も包帯で隠している。

 

鈴「(ここで騒がれても面倒になるだけだから敢えて無視ね)」

 

 もし、呂布と同じなら戦闘になったら拙い。前の戦闘で呂布達の戦闘能力はかの世界最強(ブリュンヒルデ)よりも遥かに凌駕している。その二人が本気で戦わせたらどうなるか?

 もちろん、死ぬ。自分達もそうだが、周囲の人間も戦闘に巻き込まれて死亡する。一回死への恐怖を味わったのだから使いどころは弁えている。

 

鈴「(今のところは隔意とか敵意がないなら無暗に襲わないでね)」

 

 内心でそう呟くと呂布から承諾の意味の唸り声が頭に響いた。梟雄と名高い呂布だが狂戦士として呼ばれたのか決して恭順と言うわけではないがある程度の言う事を聞いてくれるのは正直に言って助かっていた。

 戦闘を回避したいのは鈴だけでなくセシリアも同じだった。その理由は鈴とは別件の事件(・・)に巻き込まれたからだ。

 

ドレイク[セシリア。あの娘、サーヴァントを侍らせている]

 

セシリア[鈴さんも契約していたのですか?]

 

ドレイク[あぁ、尤も奴さんは魔術師じゃないし今のところは戦闘する様子はないけど…こっちから打って出るかい?]

 

セシリア[いえ、ここだと無関係な人が多いのでこちらからも攻撃はしません]

 

ドレイク[あいよ]

 

 お喋りはこのくらいにして二人と二騎は元IS学園へと向かう。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 一方の一夏はシミュレーターでエネミーと戦っていた。干将と莫邪で敵を切り裂き、遠い敵は赤原猟犬(フルンディング)偽螺旋剣(カラドボルグ・Ⅱ)で撃ち落とす。最後の敵を切り倒し、敵がいないのを確認して投影を解除する。

 

一夏「こんなもんか」

 

 いつもなら多少は手古摺るのに今日は調子がいいのかスムーズに倒せることができた。

否、良すぎている感じがした。固有結界を使ったせいか、前より魔術回路の回転が速くなっている。

 まだサーヴァントの領域ではないがそこいらの魔術師よりも速くなった。

 

一夏「はぁ…なんかスッとしないな」

 

 戦闘訓練ではあるが気分転換も兼ねていた。最近、胸の中に言い表せない感情が淀みのように日に日に溜まっていくのを感じている。

 体を動かせば多少は紛れると踏んでいたがどうやら失敗だったようだ。

 

???「お困りのようですね」

 

一夏「なんか胸の中がモヤモヤす―――――――ってうおっ!?」

 

 誰もいないはずなのについ答えてしまった。後ろを振り返ると角の生えた女性サーヴァントがいた。

 このサーヴァントの真名は清姫。可憐な姿をしているが――――――――――クラスは狂戦士(バーサーカー)である。

 

一夏「清姫……バーサーカーだよね?何でアサシンクラス並みの気配遮断を身に着けているの?」

 

清姫「ますたぁ(旦那様)の傍にいられるなら私はバーサーカーにもアサシンにもなりますよ」

 

 微笑ましく笑う清姫であったが執念だけで火を吐く大蛇――――竜となった逸話がある彼女なら本当にやりかねないので遠慮したい一夏であった。

 

清姫「最近、浮かない顔をすることが多いですよ」

 

一夏「やっぱり、気付いていたのか」

 

清姫「はい。私だけでなく頼光さんも静謐さんも恐らく気付いています」

 

 頼光と静謐のハサンもシャルロットの事をマスターと認めている。ハサンの場合はシャルロットが自分に触れられることができるからで頼光は息子として見えているが、息子と言われてシャルロットが目に見えて落ち込んでしまったため一夏が上手くフォローしてそれ以来娘として可愛がっている。

 一夏はどう答えればいいのか悩む。清姫は生前のせいで嘘を嫌う。もし、嘘をついたら問答無用で焼かれることになる。

 

一夏「あんまり言いたくはないけど……シャルのことで悩んでいたんだ」

 

 シャルロットと一夏の関係はIS学園での学友の一言に尽きる。

 尤もそれは一夏だけであり、シャルロットは一夏の事が大好きで告白しようと色々と考えている。

 因みに同じくらいの鈍感が英霊に一人いるのは割愛させてもらう。

 

一夏「今まではただの友人として接してきた。ぶっちゃけ、恋とかよく分からなかったしされているとは思っていなかった」

 

 親のいない一夏は愛情や恋情の違いがよく分かっていない。その辺はアルトリアも似たようなものだが彼女の場合は王と言う名の機構として私情を押し殺し続けた結果だ。

 しかし、一夏は無知と言っていいくらい分かってないのだ。

 

一夏「けど…最近、あいつの事を見ると動悸が収まらないんだ」

 

 この一言で清姫は察した。

 一夏がシャルロットに恋をしていると―――――

 

一夏「どうすればこの感情を処理する事ができるのか、俺には分からない」

 

清姫「抱えたままでいいと思います。私達もますたぁ(旦那様)と同じように生前を過ごしていましたから」

 

 自分の感情に折り合いをつけなければいけない事がたくさんある。しかし、捨ててはいけない物だってたくさんある。

 彼は自分の気持ちに正直だ。魔術を扱う者として多少なりとも合理的に動きこともできるが基本的なところは変わっていない。

 清姫の言葉に一夏はあることを思い出した。召喚されたサーヴァントは生前に残してしまった怨恨や後悔、夢がある。

 

一夏「そっか。結論を出すのは長くなりそうだな…ありがとう」

 

清姫「いえいえ、ますたぁ(旦那様)のためですもの」

 

 未だに淀みは溜まっている。

 それでいい。向き合えって少しずつでもいいから応えていこう。そう考えると幾らかマシになった。

 

清姫「そういえば、マスターは千冬様とは血が繋がっていないと聞きましたが……まさか」

 

一夏「ない、流石にそれはない。例え血が繋がっていなくても倫理的にも社会的にも即効アウトだから」

 

 近親相姦なんて自分も姉も趣味ではない。

 口に出した事もそうだが幼馴染たちが暴れ狂う危険性が孕んでいる。今だからこそ恋愛感情と言う物を理解できるので爆発したらたまったもんじゃない。さらに清姫を筆頭としたサーヴァントが加わると火事から絶体絶命〇市並の大災害レベルにまで発展する。

 

一夏「答えるにしても目の前の問題をどうにしかしないとな…」

 

清姫「そうですね。ますたぁ(旦那様)、覚えておりますが……私、とても執念深い女性ですので気をつけてくださいましね」

 

一夏「ウン、知ッテル」

 

 サーヴァント達の逸話や伝承は頭に嫌と言うほど叩き込まれている。清姫の他にも愛が重いサーヴァントがいるので扱いには注意を払っている。間違えた時を想像ことなんて怖くてできない。

 背中から冷たい物を感じたがそこはあえて無視する一夏であった。

 

 

 

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第二十七話~夢幻事変

今年最初の投稿です
短いです


 

 夢幻事変。

 一夏が体験した特異点のことなのだが、魔術の知識のないIS委員会はワイバーンやオートマタといった現実では考えられない存在の襲撃をそう呼称した。

 IS委員会日本支部の大会議室では各国の代表候補生が集められていた。理由は夢幻事変を解決した国籍も正体も不明のIS操縦者を捕まえる人員を確保するためだ。そのISに搭載されている謎の技術があれば、ISの優位性を認めてくれると思ったからだ。

 誰もが真面目に聞いている中、鈴は馬鹿馬鹿しい話だと思って聞いていた。

 

鈴「(あぁ…いい加減此処を抜け出したい)」

 

 今更ながら代表候補生になるんじゃなかったと辟易していた。

 口を開けばやれIS操縦者の誇りとかISは至高の存在とか言われてもこちらのやる気が萎えるだけだ。これなら器の底に申し訳ない程度に麺が入っているラーメンと言う名の麻婆豆腐が出される閑古鳥が鳴いているラーメン屋でランチしていた方がまだ有意義だ。

 漸く演説が終わって各自指定された捜索域に移動することになった。

 

???「鈴、全然やる気無いみたいじゃない」

 

鈴「()、あんたも来ていたのね…」

 

 自分と同じ声、容姿で髪の毛をサイドテールにしている少女が話しかけてきた。彼女は鈴の従妹で台湾の代表候補生の凰乱音(ふぁんらんいん)という。

 

乱音「どうしたのよ?」

 

鈴「あんな馬鹿さらけ出して平然としている態度に呆れていたのよ。普通は敵の戦力を調べてから作戦を立ててればいいのにね」

 

乱音「作戦もなにも相手は一人でしょ?」

 

 好き勝手に言う従妹に怒りが込み上げてくるが、自分の理性がここで騒ぐなと言ってそれに従う。

 この事件は一夏の力がなければ解決しない。だが、女性権利団体に彼の存在を話せばこちらが不利になる。自分の保身の事しか考えていない連中に話せばどうなるか、結果が目に見えている。

 そう思うと急に頭が冷えた。

 

鈴「アンタもそのうち分かるわよ、あたし達が如何に弱いかを…」

 

 これから戦う相手はISなんて死ぬような目に遭ったからこそ、ISが無敵でも最強でもないただの身を守るためだけの道具として見ていた。

 だからこそ、血縁関係の乱音には死んでほしくなかった。

 

乱音「(何言っているの?)」

 

 だが、悲しいかな。鈴の想いは乱音には伝わらなかった。

今まで安全圏にいた乱音にはサーヴァントの脅威が如何に強大なのか分かっていないのだ。

 鈴ももちろん、それは分かっている。口で説明してやってもいいがそれを信じるか信じないかと問われれば当然信じないと答えるのが大半のため敢えて強くは言わなかった。

 

鈴「まぁ、お互い死なない程度に頑張りましょう」

 

 そう言って自分の捜索予定の場所に向かった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 一方のカルデアでは今回の特異点を踏まえて検証を行っていた。

 

ダ・ヴィンチちゃん「さて、シャルロット君。始めてのレイシフトはどうだったかな?」

 

シャルロット「はい、初めに感じたのは恐怖でした。いつもはISで戦って絶対防御で怪我を負っても死ぬことはありませんでした。けど、今の戦いはそれがない。本当に死と隣り合わせの世界だったのを改めて感じました」

 

ダ・ヴィンチちゃん「うん、それは至極当然な感想だね」

 

 死という感情は誰しも持っているものだが、時代が進むについれて薄れていく。それを急激に加速していったのはISだ。

 絶対防御のせいで操縦者は死に鈍感になってしまったのだ。

 

ダ・ヴィンチちゃん「一夏君はどう見えたかな?」

 

一夏「俺が今まで巡ってきた特異点はこれまでの歴史を壊すように動いていた。けど、今回は英霊達が今を叩き壊そうとしている感じだ」

 

 今が過去の積み重ねで出来るのなら過去を変えて今を破壊するのは分かる。

 しかし、今度の特異点は過去の英霊を使って今を壊し、未来をなかったことにしようとしている。

 

シャルロット「まるで箒の恨みを体現したような感じだよね」

 

ダ・ヴィンチちゃん「箒……君の幼馴染で魔神柱の依り代になった娘だね」

 

一夏「箒か。つまり、力は魔神柱で行使するのはあくまで箒自身……いや、この場合は心理か」

 

 そう考えると辻褄が合わないわけではない。自分が消えてISを憎む気持ちがさらに増し、魔神柱の器にされてもなおその憎しみで魔神柱の力を使って全てを壊そうとしている。

 

一夏「俺の周りってどうしてこうもラスボスじみた人間がいるのかね。まぁ、やってやるさ」

 

 自分に拒否権なんてない。あるのは押し付けられた望んでもない使命だけ。

 しかし、やるしか生き残る道がない。なら、やるしかないのだ。

 

シャルロット「僕も足を引っ張らないように頑張らなきゃね」

 

 一夏がやったような世界を救うなんて大それた事はしないし、言わない。というかできない。

 けど、隣にいる人と歩きたい、守りたい。そのために戦うと覚悟を決めたのだ。

 

ダ・ヴィンチちゃん「あっ、シャルロット君の専用機の改修。もう終わっているよ」

 

シャルロット「本当ですか!?」

 

ダ・ヴィンチちゃん「いやぁ~リクエストされた武装を作るとなって久々に燃えたよ」

 

一夏「なんかとんでも使用の武装になっている気がするな」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの他にも直流馬鹿(エジソン)交流馬鹿(テスラ)が関わったとなると並の技術者では対抗できない武装になっているだろう。

 普通に戦闘を行えば勝つ自信はあるがISとなるとシャルロットが上だ。

 

一夏「(今度の特異点も日本だろうな…)」

 

 ISの関係している度合いからすれば各国のISが集まるIS学園で、次は生まれた日本だ。IS学園の事件はすでに完遂しているのでカウントしないが日本が狙われる確率が高い。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

某所

 

クロエ「体の具合はどうですか?」

 

束「なんとかね…」

 

 現在の束は失った手足を義手で補ってなんとか立っている状態となり、以前のように好き勝手できることはできなくなった。

 

束「世界の様子はどう?」

 

クロエ「はい。イギリスやドイツはISの価値を低く見始め、ISの研究から手を引く企業が出始めています」

 

束「本当に人ってバカだよね。すぐに掌返すんだから…」

 

 

 

 現実を受け止められず自分の地位に縋り付いている者、現実を受け止めて進む道を模索する者、既に自分の道を見つけて進んでいる者。

 各々の思惑が入り乱れ、次の戦いの幕が上がろうしている。

 

 

 

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第二十八話~役目~

シャルロット「海だね」

 

一夏「コンテナだらけの場所を見るに貿易港だな」

 

 何故二人がこのような場所にいるか。それは一時間以上前に遡る。

 一夏とシャルロットはいつものように魔術の訓練をしていると新たな特異点が現れた。

 発見された場所はまたまた日本であったためすぐさまレイシフトしてやってきたのだ。その場所とは今いるコンテナが積まれているこの港である。

 人の声と動く船が見えるあたりまだ機能をしているようだ。積まれたコンテナが死角になっており、誰も自分達を見ていない。

 

一夏「とりあえず、この港から出よう」

 

 死角になっている所を通り、見つかりそうになれば魔術で隠しながら港を後にする。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 その頃、千冬は資料室でこれまでの異変を調べ、自分なりに対抗策を練っていた。今の自分は戦場に立って味方を鼓舞できる存在にはなれなくなったが作戦を考え、発案することはできる。

 調べているとIS学園での戦闘が脳裏に浮かんだ。

 

千冬「(体が鈍ってしまったのが原因か?……いや、体だけではなく精神も鈍っていたのかもしれないな)」

 

 第一回モンドグロッソで優勝を飾り、現役を引退した後にIS学園では教鞭を振るっている時間が多かったからなのか剣を振るう機会が少なくなった。

しかし、それだけではないと千冬は自覚していた。これまで自分と対等、またはそれ以上の相手とあまり巡り合わなかったため相手との力量の差を測る能力が低下してしまった。それ故にスパルタクス(未知の相手)に自分が負けるはずはないと無意識のうちに驕ってしまって、その結果が今の戦えない体となってしまった。

 自分の不甲斐なさに嫌気がさしていると不意に一夏の事を思い出してしまった。

 

千冬「(それに対して一夏は強くなった。世界最強(ブリュンヒルデ)ともてはやされていたあの頃の私よりも)」

 

 剣を交えてないため正確な強さはまだ分かっていない。だが、彼が纏う雰囲気で強くなったと感じた。そして自分の出所の真実を知ってもその心は折れる事もなく受け入れて前に進もうとする姿に、彼の強さが全盛期の自分より強いと確信した。

 

千冬「もう、守られるだけの存在ではないのだな」

 

 何時の間にか成長していた弟に嬉しく思う反面、一抹の寂しさが込み上げてくる。行方不明になっている間に何があったのか、何を見てきたのか、訊きたい事は山のようにある。だが、それは後回しだ。

 今やるべきことはこの事件を早急に終わらせることなのだから。

 

千冬「(このまま行くと多くの犠牲が出る。一夏の力なしで解決するのは不可能だ)」

 

 突如として襲ってきたと言うワイバーンやオートマタと言った架空の存在。名実共に最強の兵器であるISの攻撃はほぼ無力化されてしまい、蹂躙された。有り得ないと喚く者も少なくない。千冬とてその気持ちも分からないわけではないが紛れもない事実として受け止めるしかなかった。

 最強と無敵は似ているが違う。その意味を理解していない者は未だにISを絶対的な存在であると誇張する。

 

千冬「(現時点で奴らと対抗できるのは鈴と更識妹に追従しているあの二人だけか)」

 

 中華風の鎧を着た大男と戦巫女という言葉が似合う女性。彼らから発している空気は自分が戦った男と酷似していた。

 対抗できるだろうが手札が足りない。

 

千冬「(本当なら一夏とデュノアがこちら側について欲しいのだが無理だな。一夏の口ぶりからして何処かの組織に属している)」

 

 せめて一夏と連絡できれば共闘の案を持ちかけることも彼の邪魔にならない様にできたかもしれない。

 しかし、今更現状を嘆いていても変わらない。できないならできないで別の方法を考えるしかない。

 千冬は気持ちを入れ替えて作戦を練り続ける。犠牲をこれ以上増やさないために。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 同時刻。ビルの屋上で一夏とシャルロットは街の様子を調べている。シャルロットが簡易的な結界で人払いをし、一夏が投影した単眼鏡と双眼鏡を使って変わった点がないかを見ている。

 

一夏「今のところ問題らしい問題は起こってないけど、こりゃ酷いな。完全に男を食い物にしているな」

 

 単眼鏡で覗いている視線の先には誰の目から見ても冤罪だと分かるのに捕まえられる男性と愉悦な笑みを浮かべる女性がいた。

 他の女性も口々に男性がしたと主張しているのを見て改めて自分たちの世界の問題に悩む羽目になった。

 

シャルロット「IS学園があった頃、上級生が憂さ晴らしに男を冤罪にしてやったと自慢していたよ。」

 

 救いと言えば一年や一部の上級生が女尊男卑の風潮に染まっていないとシャルロットは述べるが、一夏は頭が痛いと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

一夏「(この光景をロマニが見たら幻滅するだろうな…)」

 

 ISは科学技術の進歩以上に人の欲や悪意を増長させる劇薬か何かの類だと一夏は考えている。

 千冬や副担任の山田真耶のように危険性や価値を十二分に理解できた人ならば、こうはならなかっただろうとも考える。

 

???「まだなの、マスター(おかあさん)?」

 

シャルロット「まだだね。今はじっとしていなきゃダメだよ、ジャック(・・・・)

 

ジャック「は~い」

 

 ジャックと呼ばれた小柄な体躯の白髪の少女だが、腰には歳不相応の刃の数々が収められている。

 彼女はシャルロットが契約しているサーヴァントであり、かつてロンドンを恐怖で震え上がらせた連続殺人犯の『ジャック・ザ・リッパー』である。今召喚されているジャックは生まれてくることができなかった子供、所謂水子霊の集合体と言える存在である。故にマスターであるシャルロットを『マスター』ではなく、『おかあさん』と呼んでいる。

 

シャルロット「視認できた何人かは代表候補生だよ。顔を合わせることがあったから覚えている」

 

一夏「全員ではないだろうが女性権利主義という前提で動いた方がいいかな。目をつけられると厄介だし」

 

シャルロット「確かに魔術的な意味もそうだけど、一夏の場合は体の隅々まで調べられて、最悪殺されるかもしれない」

 

一夏「言うなよ。俺だってそうなるだろうなって思っていたんだから」

 

 捕まえる気なんて毛頭ないがあり得ないことではないのでうっすらと寒気が一夏を襲う。

 

???「そんな及び腰では失敗するぞ」

 

一夏「師匠。そうは言いますけど、俺はクー・フーリンみたいに戦闘続行スキルなんてありませんからね?」

 

 一夏の傍にいるのは影の国の女王であるランサークラスのサーヴァント、スカサハ。

 今は一夏のサーヴァントである。

 

一夏「俺たちは目立ちすぎると目的が達成できなくなるので今回はなるべく慎重に動くつもりです。緊急時は仕方ありませんが」

 

スカサハ「あい分かった。しかし、話を聞く限りではISの操縦者とやらは戦士としての心構えがなっておらんな。会ったら教育してやるか」

 

 戦う気満々だな、この人と内心顔を引きつらせながら作戦の指示を出す。

 

一夏「とりあえず、集合場所をこのビルにして二手に分かれて行動しよう。何かあったらISで連絡しよう」

 

シャルロット「そういえば、改修する際に待機状態でも通信できるようにしてあったんだっけ?」

 

一夏「ダ・ヴィンチちゃんやエジソン達のおかげでな。ついでにコアの分析も終わって量産可能になっている」

 

シャルロット「本当に英霊ってすごいよね」

 

 他愛のない話をしながらゆっくりと非常階段から降りる二人と現代の服装に着替えて追従するサーヴァントが二騎。

 

一夏「(肩身が狭いな…)」

 

 女性三人に対して男は自分一人。

 IS学園に在学中の時を思い出したのか今の状況に対して微妙な表情を浮かべる一夏であった。

 



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第二十九話~貴族と海賊(1)~

 

 五反田食堂。

 そこは一夏の友人である五反田弾の実家であり、今はお昼の時間帯のため常連たちで賑わっている。

 

弾「いらっしゃいませ!」

 

 エプロンを付けて客を捌いているが時折、二階へと上がる階段に目を向ける。そこには妹の蘭がいるのだ。

 

弾「(まだ立ち直っていないか)」

 

 この半年に近い間、部屋から出てこない妹が心配で気にかけていたのだ。なんとか学校へは行けるようになったが休日になると部屋から一歩も出てこないのだ。

 その理由は分かっている。自分だって信じたくはないのに彼が一体何をしたのだろうか?偶々ISを動かせる力を持っただけの普通の少年だ。それなのに世界は彼の幸福を許しはしなかった。

 そんな中、扉が開く音が聞こえて思考が深くなっていく弾の意識を浮上させる。

 

弾「いらっしゃいませ!」

 

 気持ちを切り替えて弾は今日も接客に勤しむ。

 しかし、誰も予想だにしていない事態が起きるとはまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 一夏はスカサハと共に町の中を歩いていた。一応スカサハもサーヴァントのため霊体化はできるがつまらないという理由で現界している。

 

一夏「(女尊男卑の輩に出くわしても教師の買い物に付き合わされた生徒として振舞えば多少は誤魔化せることができるからな)」

 

 自分が今着ている魔術礼装はどこかの学校の制服に似ており、スーツを着こなしているスカサハと並ぶと本当に教師と生徒だ。

 余談ではあるがシャルロットも女性用の一夏と同じ礼装を着ており、これを見たアルトリアとエミヤ、メデューサは感慨深い目で見ていた。

 

一夏「(まぁ、かなりスパルタだけどな…)」

 

 スカサハの特訓は本当に命がけで死にかけた事なんて一度や二度じゃない。そのおかげでそんじょそこらの人間には負けない実力を身に着けた。

 それはおいといてと一夏はこっそりと溜息を吐いてスカサハの様子を見る。

 

スカサハ「話には聞いていたが……ここまで腐っていたとは思わなんだ」

 

 訂正、少々どころかかなりご立腹な様子だった。

 スカサハから発している殺気としか表現できない空気によって男性も女性も声をかけようともしない。

 

一夏「(これじゃぁ情報が集められそうにないな。あぁ……せめて何事もなけりゃいいのに)」

 

 溜息を吐く一夏であったがそうは問屋が卸さなかった。

 

女性「ちょっとそこのアンタ!」

 

一夏「自分ですか?」

 

女性「えぇ、そうよ。これ、私に買ってちょうだい」

 

 派手な格好をした女性が一夏に話しかけてきた。

 その女性が女尊男卑主義者であることは一夏とて容易に察することができた。

 その証拠にいかにも高そうな宝石を指さしている。

 

一夏「残念ながら自分ではとてもじゃありませんが購入できる金額ではないので他を当たってください」

 

女性「へぇ……そんなこと言うんだ」

 

 実際にお金がないのでなるべく不快にならないように丁寧に断ったのだが、男が女に逆らう行為に苛立ちを覚えたのかいつものように(・・・・・・・)痴漢されたと騒げば周囲の女性は味方する方法で一夏を陥れようとした。

 しかしできなかった。

 

スカサハ「……まさかとは痴漢だと喚くつもりではなかろうな」

 

 その理由は冷たい空気を纏ったスカサハが話に割り込んできたからだ。一夏は彼女が怒っている事に気付いている。

 

女性「な、何よ!この男の肩を持つ気!?」

 

スカサハ「肩を持つ?違うな、貴様のような輩の愚かな行いを同じ女として止めただけだ」

 

女性「なっ!?」

 

スカサハ「ISがあるから女性が偉いと言って何をやっても許されるわけでもなかろう。力を持つ以上はそれ相応の覚悟と責任が伴うのだ。それすら理解できんとは戦士としても、女としても底辺だな、貴様は」

 

 歯に衣着せぬ言い方に女性は顔を真っ赤にしているのに対して一夏は顔を引きつらせつつもスカサハの話に耳を傾ける。

 彼女の話は紛れもない事実であった。この数年で女性のモラルが低下しているため政府も対応に困っていると新聞の記事に書かれていた。

 

女性「あ、アンタだってISのおかげで今の地位があるんでしょ!?」

 

スカサハ「今の地位は自分の実力で勝ち取ったものだ。それにそんな無価値な物に頼らなくても強く、したたかな女はいるぞ、私のような女は」

 

 面と向かってISが無価値であると言い切ったのがそんなに珍しかったのか周囲の人達は目を丸くしてスカサハを見ていた。

 

一夏「(ISが何十機あってもこの人なら余裕で勝てるだろうな。戦闘系の女性サーヴァントにも言えるけど)」

 

 スカサハに限らず、アルトリアもジャンヌも単騎でISの数十機は余裕で落とせるだろう。

 それに彼女達は英雄だ。今の風潮に乗る女性とは精神構造が全然違う。

 

スカサハ「そこまで自分が正しいと思うなら証明せよ。できなければ――――――どうしてくれよう?」

 

 それが女性へのとどめとなった。

 冷笑を浮かべるスカサハに恐れをなしたのか女性はその場に座り込んで粗相をしてしまい、気絶してしまった。

 

スカサハ「弱いな」

 

一夏「いや、アンタと比べたら他の女性なんてそこらへんにいる猫みたいなもんでしょ」

 

 スカサハの戦闘力やカリスマ性はすでに実姉を軽く超えているため一般の女性にそれ以上を求めるのはどうかと一夏は思う。

 

スカサハ「まぁいい。行くぞ」

 

 興味を失せたのかスカサハはその場から立ち去り、一夏もそれに続く。 スカサハの言動を見た男性は尊敬する視線を送り、女性は悔しそうにスカサハの後姿を見ていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 その頃のセシリアは歩きながらこれまでの異変の傾向を自分なりに推測を立ててみた。

 

セシリア「(IS学園に国際IS委員会日本支部…どれもISにとって重要な機関が襲われている。これらの事を鑑みれば黒幕はISに対して強い怨恨を抱いているとみていいですわね)」

 

 かつて自分が通っていたIS学園は一人前のIS操縦者や整備士を目指す教育機関で国際IS委員会はISの保守や運営を任されている。

 

セシリア「(となると次に狙われるのは代表候補生の訓練施設になりますわ)」

 

 あくまでも自分の推測であって確証があるわけでもない。しかし、可能性を一つでも消していくに越したことはない。

 地図を見て訓練施設を確認する。幸いにも自分がいる場所から目的地まではそれほど遠くはない。

 

セシリア「ドレイクさん、私と一緒に訓練施設に向かってください」

 

ドレイク「構わないよ――――――って言いたいところだが、囲まれちまってね」

 

 囲まれたと言われて不思議そうにドレイクを見ていたが骸骨兵達が二人の命を奪おうとしている。

 

セシリア「いつの間に……ドレイクさん、応戦しましょう」

 

ドレイク「あいよ」

 

 セシリアは今まで気づけなかった自分に歯嚙みしているのに対してドレイクは不敵な笑みを浮かべながらスーツから海賊の船長のような臙脂色のコートを着た姿に変える。

 

ドレイク「さて、久々の戦闘だ。派手に行こうじゃないか!」

 

 手にした拳銃の発砲音が戦闘開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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因みに一夏が着ている魔術礼装は「2004年の断片」ですでシャルロットも着ています。


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第三十話~貴族と海賊(2)~

仕事にかまけて一ヶ月放置してすみませんでした!


それは突然の出来事だった。

 IS学園がなくなり、全生徒は祖国や家族の元に帰って行った。セシリアも例にもれず、イギリスに帰ってブルー・ティアーズの調整にデータ取り、在学中に溜まっていたオルコット家の職務等をして日々を過ごしていた。

 しかし、何事もなく一日が終わろうとした時刻に事件は起きた。セシリアの屋敷に幽霊と骸骨兵が押し寄せてきたのだ。

 当然、セシリアも応戦したのだが骸骨兵はともかく、実体をもたない幽霊ではこちらの攻撃など効かない。

 これまでかと思ったその時だった。

 

???「アンタが新しい雇い主かい?」

 

 セシリアの立っている地面が突然蒼く発光し、セシリアの視界を覆う。

 収まるとセシリアの目の前には臙脂色を基調とした海賊風の衣装をまとったスカーフェイスの女性が悠然と立っていた。

 その立ち姿だけでも自分よりもはるかに強いと認識できた。

 

セシリア「貴方は一体誰ですの!?」

 

???「アタシ?アタシはフランシス・ドレイク。まぁ、仲良くやろうじゃないか」

 

 フランシス・ドレイクと言えばイギリスで知らない人はいない英雄の名だ。世界一周を成し遂げた大海賊には自分も尊敬している。

 フランシス・ドレイクが召喚されてから状況が一変した。手にしていた古式の拳銃二挺と背後に現れた砲門で瞬く間に蹴散らしていく。IS一機で手こずるような相手をたった一人で蹴散らしてしまったのだ。派手に暴れたせいで内も外も大騒ぎであったがセシリアが大立ち回りして収めた。

 後日、オルコット家は祖父母の代まで科学を隠れ蓑にしながら裏では錬金術を行っていた事、そして自分にも魔術回路となる機能が備わっている事が判明した。

 それがセシリアとドレイクの出会いだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

ドレイク「さて、久々の戦闘だ。派手に行こうじゃないか!」

 

 古式の拳銃で近くにいるで骸骨兵の頭部を撃ち抜き、背中に出現させた砲身でまとめて蹴散らす。

 嵐と言うべき苛烈さを見せて戦うドレイクを見ながらセシリアはブルー・ティアーズを纏い、手には学園にいたときに主武装であったスターライトMkⅢではなく大型BTレーザーライフル『スターダスト・シューター』が握られていた。襲ってくる骸骨兵の一体に狙いを絞り、引き金を引いた。

 結果としては数体は葬ったが一割も満たなかった。

 

セシリア「(くっ、スターダスト・シューターでもこの物量では厳しいですわ)」

 

 ビットを使ってもいいのだが、この数では逆にデメリットになると判断してスターダスト・シューターだけで戦うことにした。

 物量的にかなり不利な状況だが、希望はある。セシリアは再度スターダスト・シューターを構え、今度は骸骨兵の膝に向かってレーザーを発射した。

 一直線に伸びた光は寸分の狂いもなく命中し、骸骨兵はバランスを崩して倒れた。

 それも十体近くも巻き込んでの転倒だ。

 

セシリア「(できる事と言えば敵の足並みを崩し、態勢を立て直せざるを得ない状況に持っていけば)」

 

 例え数が劣っていようとも足並みがそろわなければ綻びとなってやがて崩れる。

 それしかできない自分に歯痒いと思わないわけではない。しかし、嘆いていても状況は変わってはくれない。

 ならば、ドレイクが戦いやすいように支援に徹する事を選ぶ。

 

ドレイク「中々やるじゃないか」

 

 自分好みの派手さはないが背中を預ける仲間としては頼もしい。元々雇主と雇人の関係だが信における人物であるとセシリアの実力を認めた。

 

ドレイク「私も負けてられないね…もっとに派手に行こうか!」

 

 太陽を落とした女は高らかに声を張り上げ、不敵に笑う。

 しかし、戦闘に夢中で気付かなかったのかその様子を見ていた者たちがいた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 とある場所でセシリアとドレイクの戦闘を観察している者達がいた。

 

一夏「セシリアも魔術の世界に足を踏み入れてしまったか…」

 

 知り合いが死ななかったことへの安堵とこれから彼女に襲う苦難に対する混ざった表情を浮かべている一夏と静かに佇んでいるスカサハだった。

 彼らは二人から悟られない距離でずっと戦いの様子を観察していたのだ。万が一に備えて一夏は弓と矢を構えていたのだがどうやら杞憂に終わりそうだ。

 セシリアとドレイクが米粒程の大きさにしか見えない距離でも一夏には彼女達の小指の爪がはっきりと見えている。魔術で少しだけ強化しているが一般人からしてみれば数km離れた人間の指先を肉眼で補足できるだけでも十分驚異的だ。

 

一夏「しかし、セシリアのサーヴァントがフランシス・ドレイクとは同郷。関係としては悪くはないようだから放っておいても大丈夫だな」

 

 性格面でも戦闘面でも悪くないようなので当面は余程の事がない限りは大丈夫だろう。

 

スカサハ「その様子だとセシリアという少女は骨のある人物だと見受けられる」

 

一夏「まぁ、女尊男卑の風潮に乗せられている女性より見所はあるでしょうね」

 

 貴族出身であるが故にプライドが高いのは玉に瑕だが心の芯は強い。それがセシリアに対する一夏の評価である。

 いつもと同じ態度に見えるスカサハだが一夏にはどこか興奮しているように見えた。

 

一夏「今戦おうなんて思わないでくださいよ。一応、俺らはお尋ね者なんですから」

 

スカサハ「分かっているさ」

 

 本当に分かっているのか怪しい態度であったが一夏は深く言及しない。

 スカサハの事だから今戦わなくてもそのうち向こうから戦わせる言動をすると踏んでいるしなにより、ここで臍を曲げられると面倒になると分かっているからだ。

 

一夏「ひとまず、ここを離れましょうか」

 

 この距離ならISを使わない限り見つかることはないだろうが長居する理由がなくなったのでこの場を離れる事をスカサハに提案した。スカサハもその提案を承諾したのであった。

 

一夏「(鈴にもセシリアにもサーヴァントがいるとなるとラウラも契約しているのだろうな…)」

 

 吐きたいため息を堪えて直ぐにその場を去った。

 しかし、一夏の予想が相当近い未来で実現することになろうとは一夏自身も知る由もなかったのは別の話である。

 

 

 

 

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第三十一話~禍福は糾える縄の如し~

令和最初の投稿です。

一夏「バルバトス ナグルノ タノシイ! タノシイ!! ソザイタクサン ウレシイ! ウレシイ!!」←採取決戦を得てテンションが可笑しくなった。







 

 禍福は糾える縄の如し。

 幸福と不幸は縄の様に交互にやってくる諺だ。IS学園に通う際に教師からそう習った事をシャルロットは自分が置かれている状況でその言葉を思い出す。

 異変の調査のためにアサシンクラスが持つ固有スキルである『気配遮断』を持つジャック・ザ・リッパ―で周囲を探らせ、自分はこれからの活動する拠点を探していた。

 しかし、この地域ではあまり霊脈は通っていないのか拠点にできる場所はなかったため仕方ないと諦めて別の場所を探そうと移動したが、それが失敗だった。

 移動する際に一組の男女に見つかってしまった。

 

???「シャルロット……なのか?」

 

 驚いた表情で自分を見ている男性を自分は知っている。それはそうだ。なにせ、目の前にいるのは自分と母を捨てた父親とその正妻だからだ。

 心の底から湧き上がるどす黒い感情。それは今まで自分を道具として扱ってきたことに対する憎悪が膨らんでいくのが自分でも分かる。

 記憶ではなくここで命を消すべきだろうかと脳裏に一瞬浮かんだが実行できなかった。

 自分と父と正妻を囲むように龍牙兵が出現したからだ。

 

シャルロット「ちっ、こんな時に…」

 

 舌打ちしながら杖を構えて応戦する。一夏程ではないが接近戦についてサーヴァント達から教わっているためある程度善戦できる。それにくわえてマスター(おかあさん)を守るためにジャックが姿を現し、前に躍り出て龍牙兵を切り捨ててくれるので負担は少ない。

 しかし、自分の身だけを守るのならまだしも、後ろの二人を守りながら戦うのは厳しい。

 一体の龍牙兵が襲い掛かるが一本の矢によって破壊された。

 

一夏『シャル、聞こえるか』

 

 自分のIS(・・・・・)を介して一夏の声が聞こえる。話しかけている本人は見えない程の遠くへいるためこうやって話しかけているのだ。

 

シャルロット「よく僕の居場所が分かったね」

 

一夏『お前のローブが見えたからな。この距離なら強化なしでも十分補足できる』

 

 一体どれほどの視力を持っているのだろう。話の内容を鑑みると少なくとも、1km以上は離れている。

 一夏の人外じみた身体能力に内心苦笑するしかないが目の前の状況を打破するのに意識を集中させる。

 

一夏『これから強力な攻撃を放つ。カウント5で離れてくれ』

 

 遠距離から投影した宝具の一撃を入れるらしくその巻き添えになりたくなければその場から離れろ言っているのだ。

 そのような場所があるのかと必死に考えていると近くにマンホール蓋があった。上下水道なら自分達が逃げ込めるだけの時間も空間もある。シャルロットはマンホールをこじ開けるとデュノア夫婦を押し込み、ジャックと一緒に穴の中へ入った。

 降りていく間に通過する矢を一瞬だけ捉えることができた。その矢は捻じれた剣のような代物で元になった剣の真名は分からないが常人が見ると魂が汚染されかねない禍々しい代物だった。

 その矢が龍牙兵に直撃すると同時に轟音と閃光を撒き散らして爆発した。

 骨がきしみそうな轟音で思わず鼓膜を塞いだ。煙が収まる頃合を見て覗き込むと龍牙兵だけでなく周りのビルまでなかった。

 

シャルロット「ねぇ……派手に壊しちゃったけど大丈夫なの?」

 

 放たれた攻撃のせいで周囲はまるで嵐にでもあったような悲惨な状態になっていた。

 はたして神秘の秘匿はできるのだろうかと疑問に思うシャルロットに一夏は抑揚のない声音でこう答えた。

 

一夏『ガス会社のせいにすれば問題ないだろう』

 

シャルロット「いや、無理があるでしょ!ってか、なんでガス会社!?」

 

 時々常識にバグが発生している一夏にシャルロットはツッコミをしてしまった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 ところ変わって更識簪はとある資料を読んでいた。隣には元従者であり、現在は友人である布仏本音がいた。

 自分たちの持ち場はIS委員会日本支部の防衛のため襲撃がなければ今のように調べ物ができる。

 

本音「かんちゃん、どうして家の記録を調べようと思ったの?」

 

簪「ちょっと気になった事があって…」

 

 本音に無理を言って実家からわざわざ取り寄せて貰ったのだ。気になったのは更識家の血筋。

 自分と契約しているサーヴァントである巴から魔術に関しての知識を触り程度に教わった。

 

簪「(更識家は対暗部になったのは今から百年程前。それ以前は呪殺を生業としていた一族だった…)」

 

 その証拠に一冊の和綴じの書物には蟲毒や犬神憑き等の様々な呪法が書かれていた。

 

簪「(時代が進むにつれて需要がなくなって今に至った)」

 

 どうやら自分が思っていたよりも暗い歴史を持つ家系のようだ。政治家とのパイプが太いのも頷けた。

 実家の原点が分かったところでもう一つ疑問がある。

 

簪「(どうして私にだけ魔術回路と呼べるものがあるのか…)」

 

 姉妹なのだからあってもいいはずなのに巴が見た限りでは姉には魔術に関する才能が皆無なのだ。

 

簪「(唯一姉に勝てる分野だけど……人には言えないな)」

 

 口に出しても妄言として扱われるのがオチなので黙っておくことにした。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 下水道では一夏とシャルロットはアルベール・デュノアとロゼンダ・デュノアの夫妻と話していた。

 そして前々から聞きたかった事をシャルロットが切り出し、夫のアルベールが答えた。

 

一夏「つまり、娘さんを守るためにわざと冷たい態度をとっていたと…」

 

ロゼンダ「えぇ…そう言う事になるわ」

 

 デュノア夫妻から聞いた話に眉間を仮面越しに抑える。以前の自分だったら頭に血が上って殴りかかったであろうがそうでもしないと守れない物があると知っているので踏みとどまっている。

 というよりも自分よりも先に怒りが爆発した人物がいたおかげで冷静になれたのだ。

 

一夏「そろそろ殴るの止めないか?お前の親父さん、もう虫の息だぞ」

 

シャルロット「うん、そうだね。後二十発殴ってから」

 

 その人物とは父親(アルベール)に馬乗りして殴り続ける(シャルロット)だ。

 その姿は水着を纏って鉄拳聖裁を行うステゴロ聖女に酷似し、サーヴァントのジャックが一夏の腰にしがみついて怯えている。

 

ロゼンダ「あの子………あんな性格の子だったかしら?少なくとももう少しおしとやかだったのだけれど…」

 

一夏「まぁ、人間って時と共に変わりますからね」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をするロゼンダと呆れる一夏。シャルロットが気が済むまで三十分かかり、漸く解放されたアルベールは鼻血で顔が汚れていた。

 



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第三十二話~交渉~

 

アルベール「全くもう少し落ち着きを持って欲しいものだ…」

 

シャルロット「もう一発逝きますか?」

 

アルベール「イエ、結構デス」

 

 爽やかな笑みを浮かべて両手の指関節を鳴らしているシャルロットに見本にしたいくらいの頭の下げ方をするアルベールに、一夏はちょっとだけ同情した。

 

一夏「(このままだとシャルはヤコブの手足を習得しそうだな…)大丈夫ですか?整形したと言われても可笑しくないくらい顔が腫れ上がっていますけど」

 

アルベール「あぁ…大丈夫だ。ところで貴様は何者だ?」

 

 一夏は顔の上半分を隠しているせいで不信に思われても仕方がない。だが、一夏にも名乗れない事情がある。

 一夏は少し考えてから口を開いた。

 

一夏「諸事情で本名は言えませんし仮面は外せませんが、俺の事は贋作者(フェイカー)と呼んでください」

 

 この名前は英雄王が事あるごとに自分の元になった錬鉄の英霊を呼んだ名であり、自分の出生を考えるとそれが適していると思う。

 

一夏「俺と彼女は今起こっている異変の調査に来ているんですよ。IS学園が崩壊したときに勝手に引き抜いたのですよ、彼女の実力は我々の利益になりますから」

 

 これはあらかじめIS関係者に正体がバレた時のために用意した設定で多少無理なところはあるが嘘でもないため問題はない。

 そう、彼がある言葉を漏らすまでは。

 

アルベール「それは…魔術の才能の事か?」

 

 アルベールの一言が周囲の空気を凍てつかせた。シャルロットは目を丸くし、一夏は仮面の中で顔が強張っていた。

 

シャルロット「知っていたのですか?」

 

アルベール「あぁ……お前の母親は魔術師だった。あまり語ってくれなかったから思い出すのに苦労はしたがね」

 

 なんでも、シャルロットの母親はルーン魔術を極めた魔術師であったらしくアルベールも口外に出さないように釘を刺された。

 しかし、不可思議な異変が起こっているためもしやと思ったのだ。ロゼンダを見ると何を言っているのか分からなかったらしく目を丸くしていた。

 

一夏「(今の証言で魔術は未だに残っていた事が分かった訳だが…これだけの騒ぎが起こっているのに時計塔は動く様子はない。まさか、時計塔が存在しない(・・・・・・・・・)のか?)」

 

 あくまで自分個人の見解であって答えを出すにはまだ早い。しかし、この数年で科学が急激に進歩したことを鑑みればそういう見方もできる。

 

一夏「(しかし皮肉だよな。科学(IS)のおかげで魔術が魔法として見られるなんて…)」

 

 科学を進歩しすぎたために魔術が同等と見られている。これは喜ばしい事なのか、それとも嘆かわしい事なのか魔術の世界に入って日が浅い一夏には分からない。

 

一夏「(とりあえず、この二人は俺達の存在をなかったことにするべきだろうな)」

 

 魔術回路がなくても知識があるのとないとじゃかなりの違いが出てくるため、この場合は魔術による記憶消去は難しい。

 

一夏「アルベールさん、取引しませんか?俺達は異変を調査し、解決するために行動しますが表立っては活動できない。そのため、俺達の事は内密にしてください。条件として貴方の利益となるような物を渡します」

 

アルベール「拒否した場合は?」

 

一夏「強制かつ物理的に記憶を消します」

 

 一夏の手には「消飛記憶」と書かれた金槌が握られていた。

 当たり所が悪ければ死ぬようなことをするのかと目で訴えたが彼が纏う空気は本気であると理解した。

 

アルベール「わ、分かった。それで我々の利益になる物とは?」

 

 そう言うアルベールに一夏が見せたのは本。

 

一夏「これは既存する兵器の最強と謳われている存在のコアの解析データです」

 

 たったそれだけでアルベールはこれが何なのか瞬時に理解できた。彼が言っていることが本当なら世界がまた大きな衝撃に呑み込まれてしまう。

 

アルベール「信じられん。こ、これを…君が……」

 

一夏「いえ、俺ではなくバックの協力者が解析してくれました」

 

 何せ、発明王やら万能の人等が多く存在するカルデアではISのコアの解析は可能だ。女尊男卑の原因はISが女性しか乗れないからだ。それを解決したらどうなるか、世界は一気に大混乱になる。しかも、それが世界で初めての男性操縦者で一年くらい行方不明の人間ならその混乱は大きくなる。一夏としては面倒なのだ。

 だからこそ、一夏はそれを押し付けられる存在を欲していた。そこにアルベールという人物に出会った。

 この機を逃す程一夏は甘くはなかった。

 

アルベール「しかし…何故紙媒体なのだ?」

 

一夏「今の時代、アナログの方が管理しやすいでしょう?盗まれようとしたら燃やせばいいのですから」

 

 どこかの天災兎がクラッキングしてちょっかいかけたとしても大元の情報が無事ならまた作り直せるのだ。

 幾ら天災でも子供の悪戯に騙されるとは思っていないが、デジタルが主流の時代にアナログな方法で保管しようとは誰も思っていないだろう。

 

一夏「俺らにとってISは無用の長物とは言いませんが、移動するための手段としか捉えていません」

 

 ISが複数機いたとしても、ワイバーン一匹に手を焼くアキレウスやカルナみたいな神話の英雄達には勝ち目はないし無駄死に以外の何物でもない。

 そのため、一夏とシャルロットはISは空を移動するための道具として捉え、戦闘は魔術やサーヴァントに任せている。

 

一夏「ですが、あなた方は違う。たった一機の違いで国の力が左右される。コアを自国でしかも、大量に作れたのなら国にとって大きな利益だ」

 

 アルベールが喉を鳴らしている様子を見ると何が何でも欲しいと手に取るように分かる。

 これを交渉の材料にして良かったと一夏は心の底でそう思った。

 

一夏「さて、どうしますか?俺に記憶を消されるか、心の奥に閉まっておくか」

 

 これがこちらの利益のために行動していると理解しているし一夏自身もあまり使いたくもない手だ。

 しかし、事態が急を要するのでなりふり構う余裕はない。使える物は騎士でも王様でも神様でも使う。それが今の一夏のスタンスなのだ。

 

アルベール「一つだけこちらの条件を聞いてくれ」

 

一夏「何でしょう?」

 

アルベール「シャルロット()を守ってくれ。どのような形であれ、私の子であることに間違いはないのだから」

 

 演技とはいえ冷たくあしらっていたとはいえ、子への愛情は失われていなかった。

 一夏は上がりそうな口角を必死に抑える。

 

一夏「完璧に守れる事はできませんがこちらも全力で彼女をお守りいたしましょう」

 

 この世の中に完璧と言う物は存在しない。

 だが、

 

アルベール「ありがとう…」

 

 感謝の言葉を述べ、アルベールは頭を下げる。自分の人生の半分くらいしか生きていない少年に、裏を返せばそれだけ自分の子供が大事なのだと理解できた。一夏もそれに快く応じた。

 だが、アルベールに不幸が訪れた。

 

 

ジャック「おかあさん、お話は終わった?」

 

 今までの話をつまらなそうに聞いていたジャックがシャルロットと一夏に話しかけてきた。

 抱き着いてくるジャックにシャルロットは不快な顔をせずに抱き返す。

 

シャルロット「うん。終わったよ」

 

一夏「まぁ、子供には難しいし興味のない話だからな飽きるのも無理ないか」

 

 見た目相応の精神であるジャックには交渉と言った話は理解できない部分が多いため飽きられるのも無理はなかった。

 カルデアの事情を知らないアルベールは口を金魚のように開閉していた。

 

アルベール「ま、まさかお前達…結婚―――――」

 

シャルロット「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 アルベールのセリフを遮るようにシャルロットの強烈のボディブローがアルベールに突き刺さり、意識を刈り取った。

 

一夏「(シャルロットの目の前で迂闊な発言はしないようにしておこう。………ヤコブ神拳の餌食になる)」

 

 気絶しているアルベールを見て一夏はそう心に誓うのであった。

 

 

 

 

.



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第三十三話~元素の魔術師~

 上下水道の中をシャルロットが前に立ってロゼンダを誘導し、一夏が気絶したアルベールを米俵のように担いで後ろを歩いている。ジャックとスカサハは霊体化して一夏とシャルロットの隣についている。これは不測の事態になった時、戦えないロゼンダを守るためでもあった。

 しばらく歩いていると一つのマンホールの下に辿り着いた。シャルロットがはしごに上って外を覗き見ると人気が全くなく、監視カメラもない細い道に出た。上り切ったシャルロットがロゼンダに手を伸ばして彼女を引っ張り上げる。最後に一夏はアルベールを背負って上り切ったが気絶した男性を背負って数メートルのはしごを上るのはヘラクレスと鬼ごっこするより簡単なので問題はなかった。

 周囲を確認すると誰もこちらに気付いていない。

 

一夏「それでは俺達はこの辺で失礼します」

 

シャルロット「お世話になりました」

 

 気絶したアルベールをロゼンダに渡すとシャルロットと一緒にマンホールの中に入ろうとする。

 

ロゼンダ「もういいの?」

 

一夏「俺らは立場的にお尋ね者なので一緒にいると色々と厄介な事になるので」

 

 例として挙げるのならISの生みの親である天災兎や自分の権威に縋り付きたい女性利権団体のメンバーだろう。

 前者は何をしでかすか分からない爆弾みたいな存在で後者は甘い蜜を啜っていた生活を守ろうと躍起になっている。尤も、女性権利団体の力が地に堕ちようが一夏の知ったことではない。

 

シャルロット「ロゼンダさん……お父さんを頼みます」

 

ロゼンダ「えぇ……分かったわ」

 

 もしかしたらこれで最後の会話になるかもしれない。だが、短い間でも親子としての情はちゃんとあった事にロゼンダは安堵していた。

 

シャルロット「さようなら」

 

 そう言ってシャルロットはマンホールの蓋を閉めた。ロゼンダはこのまま二人が無事に逃げられることを祈った。

 しかし、そうは問屋が卸さないのが現実である。

 逃げた先に偶々巡回していた女性権利団体のIS操縦者の一団と出くわしてしまったのだ。

 自分たちの迂闊さを呪う二人であったが唯一幸運だったのは正体を隠すために一夏は仮面を被り、シャルロットはフードを被っていたため正体がバレていないことだ。

 

一夏「おいおい、随分と大所帯で来たな」

 

女性「貴様が件の男だな。大人しく投降しろ」

 

一夏「阿呆、そんなので従う俺達に見えるか?」

 

 何を馬鹿な事を言っているんだと言いたげな様子で呟く。一夏にとって国際IS委員会や女性権利団体のメンバーは邪魔な存在でしかないのだ。

 一夏の態度が余程気に入らなかったのか女性は蟀谷に血管を浮かせてISを展開した。他のメンバーもISを展開する。

 一夏も答えるようにホワイト・リンカーネイションを展開し、シャルロットもISを起動させる。

 

シャルロット「来て、元素の魔術師(エレメント・メイガス)

 

 そう言ってシャルロットはオレンジと黒をベースにした機体を纏う。顔を隠すように装甲が集まっていき、魔術師を彷彿とさせる姿となった。

 シャルロットは新たな(IS)を手に入れて宙を舞う。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 控えめに言っても最悪だ。

 今の状況を見て凰鈴音が最初に思った感想だった。これなら千冬の地獄の訓練をしていた方がまだ良かったかもしれない。

 

鈴「(よりにもよって一夏が相手なんて最悪にも程があるでしょ!?)」

 

 IS操縦なら負けない自信はあるが戦闘能力に関しては今の一夏の方が上だ。彼の戦闘を見た時間は短いが手足にように双剣を操る姿は今も脳裏に焼き付いている。代表候補生はおろか、代表でも今の一夏に勝てる可能性は限りなく低いと直感した。実際に簪からロシア代表であった姉の楯無が簡単に倒されたと聞いているので間違いない。

 

鈴「(今回はシャルロットも自分のISを改造しているから下手な行動はできないわ)」

 

 数ならこちらが有利なのだが正直に言うと期待はしていない。数の暴力は単純な脅威ではあるが戦意が下がればたちまち総崩れになる。

 それに加えて一夏が纏っているISにはコアを強制的に外へ出す機能がある。もし、彼の攻撃が当たればコアを強制的に排出されて行動不能になる。最悪の場合、コアを破壊される恐れだってある。

 シャルロットの駆るISも同じ機能を搭載されても可笑しくないしお互いをよく知っているため連携させたら拙い。

 

鈴「(此処はシャルロットと一夏を分断するのがベストね。二人同時に相手するよりこっちのリスクを抑えられる)」

 

 考えながら行動するのは苦手分野だが、思考を止めて勝てるほど相手は甘くはないと体が警告している。

IS学園の襲撃から始まり、呂布(バーサーカー)と言う相方が傍にいて、今まで不可解な敵と対峙した結果、自然と力量の差を測れるようになった。

 

鈴「此処は分断して―――――」

 

隊長「二機だけなら我々だけで事足りる。」

 

 しかし、鈴の話を聞かずに隊長の女性が一斉攻撃を命じる。数では有利ではあるがために楽観視する面々に苛立ちが募る。

 

鈴「(真に恐れるべきは有能な敵より無能な味方であるって言うけど、本当に洒落にならないわね!?)」

 

 心の中で舌打ちして鈴も攻撃態勢に移る。

 鈴以外のメンバーが攻撃している間に一夏とシャルロットは避けている。

 

シャルロット「そんな攻撃は当たらないよ!」

 

 英霊達の攻撃に比べれば苛烈でもなければ正確性もない。ただ好き勝手に撃っているだけの攻撃であったため避けるのは簡単だ。

 一夏はそれを双剣で弾き、かわしながら接近すると敵の一人に狙いを定めて双剣を振り下ろした。

 刃は肉体を傷つけずコアを破壊した。

 

操縦者A「まさか直接コアを…」

 

一夏「(流石はダ・ヴィンチちゃん達だ、いい仕事をしているよ)」

 

 命だけは無事だろうと落下していく操縦者を一瞥し、そう判断した一夏は双剣を巧みに操って次の敵を斬り、コアを破壊する。

 ホワイト・リンカーネイションは電磁波無しでもISのコアを破壊できるように改良されている。

 接近戦では不利と悟ったIS操縦者達は銃火器を呼び出して一斉に仕留めようと動くが一夏から見れば甘い考えだ。

 

シャルロット「僕を忘れちゃいけないよ」

 

 シャルロットがマシンガンを二挺取り出すと敵が集中している方へ発砲する。バラバラに逃げた三機のうちの一機が弾丸が直撃した瞬間、一気に地上へと落下した。

 

操縦者B「なっ!?コアを破壊できるのはあの白いISだけではなかったの!!?」

 

 ヒステリックに叫ぶ操縦者を無視してシャルロットは引き金を引く。一機、また一機と落ちていく。

 

シャルロット「(明らかに動揺している……)」

 

 コアを直接破壊できるIS。一機だけでも十分脅威なのにそれが二機存在するとは思ってもみなかったのだろう。その証拠に目に見えて動揺していた。

 一夏はそんな彼女達を斬り伏せながら隊長格の女性に双剣を振るおうとしたが重厚な刃がそれを阻んだ。一夏の攻撃を防いだのは鈴だった。

 

鈴「そう簡単にはやらせないわよ」

 

一夏「ほう、お前みたいな冷静な奴がいるとは思わなかった」

 

 知っているくせにと鈴は内心で舌打ちをする。

 一夏は自分がいることもそして自分が必ず前に出てくる事も気付いている。知らない間に性格が少しひねくれているようだ。

 鈴は衝撃砲を至近距離で撃つが、読まれていたようでそれを一夏は避ける。衝撃砲では意味がないと判断した鈴は双天牙月で再び接近戦をしかける。

 

鈴「(やっぱり強い!)今度は何をしに私達の前に現れたわけ?」

 

一夏「この事件の収拾だ。事態は既にISが使えるからと言ってふんぞり返るお前たちの手には負えない物になっている」

 

 簡単に言えば、お前らには無理だからさっさと手を引けと言っているがそれはできない。

 

鈴「生憎、できない相談ね」

 

一夏「だろうな。だが、お前達では何人かを除いて奴らに勝てる見込みはない」

 

 勝てないことくらい鈴だって分かっている。サーヴァントに勝てるのサーヴァントだけなのだから。

 彼らを使役できるのは自分と一夏とシャルロット、簪、そしてセシリア。鈴が把握しているだけでも片手で数えるくらいの人数しかいない。

 

鈴「上等よ。こちとら色んなもん背負って生きているのよ」

 

一夏「なら、試してやろうか?お前達がこの災厄を退ける力があるのかを」

 

 珍しく挑発する一夏に鈴は敢えて乗った。久々に彼と戦う事に喜んでいる自分がいることに気付いている。

 お互い一旦距離を取って出方を伺う。

 

 

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 

 同時に動こうとした矢先に一人の悲鳴によって待ったをかけられた。

 

 

 

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閑話
閑話~本日のエミヤ食堂①~


衛宮さんちの今日のごはんは至高の飯テロである。


 人理継続保障機関カルデア。

 標高6,000mの雪山と言う辺境の地に建てられた巨大な建物の厨房で一人の英霊が食材を捌いていた。

 

???「よし、今日も良い出汁が取れた」

 

 この英霊の名前はエミヤシロウ。一夏が契約したサーヴァントの一人である。彼の役目は戦闘と空いた時間にマスターの一夏やカルデアのスタッフ、サーヴァントに食事を提供する事である。

 カルデアの食堂には専用のスタッフが大勢いるのだが、レフ・ライノールの姦計によってスタッフがいなくなり、食堂としての機能が停止した。自炊ならマスターである一夏も一部のスタッフもできるが人理史修復(グランド・オーダー)の片手間でできるはずもなく、ブロックの固形食やインスタント食品の比率が多い。そこで料理の心得があるエミヤに白羽の矢が立った。彼自身、まともな食事が碌に摂れない状況を見兼ねていたため二つ返事で承諾した。

 料理を振る舞ううちにいつの間にか食堂の運営を任された。後に料理の心得を持つサーヴァントが増えたが食堂の主としての立場は変わらず、スタッフや一部サーヴァントから総料理長(・・・・)と呼ばれるようになった。

 サーヴァントは基本的に食事を必要としない。だが、微量ながら魔力の補給ができ、士気の維持や向上の効果を持つ。アルトリアを筆頭とした食その物の楽しみを見出しているか生前からのリズムを壊したくないサーヴァントが食堂を利用している。

 

???「御免下さい」

 

 黙々と野菜や肉を切っているとまだ準備中だと言うのに一人―――否、一騎のサーヴァントが入ってきた。紫色の髪に青い生地を基調としたインドの民族衣装を着たサーヴァント。イレギュラーによってこのカルデアに来たインド神話の女神、パールヴァティーだ。

 

エミヤ「まだ開店前だぞ」

 

パールヴァティー「食事に来たのではなくてこれからお世話になるので何かお手伝いをしたくて…」

 

エミヤ「それは助かる。うちには健啖家が大勢いるのでね、手伝いが一人でもいるとこちらの負担が減る。」

 

 アルトリア達の健啖ぶりは凄まじい。一人で相手をするのは骨が折れるためその申し出は嬉しい。

 パールヴァティーと並んで料理していると不意に懐かしい気持ちになる。正確には疑似サーヴァントである彼女が憑代としている少女だ。彼女を見ると生前の記憶が蘇る。そういえば、こんな風に一緒になって料理をしたものだ。

 柄にもなく懐かしんでいる自分を嘲笑していると全ての食材の下拵えが済んだ。

 

エミヤ「これからが本番だ。腹を空かせた彼等は手強いぞ」

 

パールヴァティー「はい、先輩」

 

エミヤ「先輩と呼ぶのは止めて欲しいのだが…」

 

 そんな会話をしている最中、最初に食堂の暖簾を潜ったのは候補生の制服が乱れた状態の一夏だった。

 

一夏「おはよう、エミヤ」

 

エミヤ「おはよう、マスター。服装が乱れているぞ」

 

一夏「あっ、忘れていた。ディルムッドと軽く訓練していたからな…」

 

エミヤ「なるほど…」

 

 サーヴァントのマスターは基本的には後方支援なのだが一夏は魔術の関係で前線に出る事もある。従って少しでも拮抗できるように白兵戦に強いサーヴァントが彼を師事している。

 

一夏「あれ?ランサー……パールヴァティーは何でエミヤの手伝いをしているんだ?」

 

エミヤ「彼女が手伝いたいと言ってきたのだ。正直、私一人では彼女達を相手にするのは骨が折れる」

 

一夏「アルトリア達の食事風景は凄いからね」

 

 見ているだけで満腹になりそうな料理の山を食い尽くす騎士王達の姿に一夏は顔を引き攣らせていた。

 

エミヤ「何か食べたい物はあるか?」

 

一夏「今朝は魚と行きたいが…何がある?」

 

エミヤ「オケアノスで捕れた鯖やフィン・マックールが捕ってきた鮭がある」

 

一夏「じゃぁ、鮭のホイル焼き一つ。ご飯とみそ汁をセットで」

 

エミヤ「了解した。少し待ってくれ」

 

 一夏からの注文を受けて早速調理を開始した。

 まず、鮭の生臭さを取るために切り身に塩と酒を少々振って5分から10分放置する。その間に玉ねぎ、人参を薄切りにしてしめじはほぐしておく。切り身から水分が出てきたらキッチンペーパーでよく拭き取り、塩胡椒で味付けをする。

 此処でアルミホイルを上に玉ねぎ、人参を敷いて細かく砕いたコンソメを振りかける。鮭、しめじを乗せて最後にバターを乗せる。

 ホイルの両端を包み、フライパンの中に入れてから蓋をし、弱火で15分から20分蒸す。

 蒸し終わったら仕上げにパセリを添えれば完成である。

 

シャルロット「おはよう」

 

マシュ「先輩、おはようございます」

 

一夏「二人ともおはよう」

 

 待っている間にデミサーヴァントのマシュと一夏と同じ世界の住人で一昨日からカルデアに所属することになったシャルロット・デュノアが入ってきた。

 

一夏「ダ・ヴィンチちゃんから伝言でシャルの部屋が決まったから今日中に移動するようにだって」

 

シャルロット「分かった。と言っても荷物はそんなに無いけどね」

 

マシュ「お手伝い致します、シャル先輩」

 

 部屋が決まるまでシャルロットはマシュと同じ部屋に寝ていたのだ。同年代であり同性であるため会話が途切れることは無かった。

 

エミヤ「できたぞ、鮭と茸のバターホイル焼きだ」

 

 会話を聞いてる間に注文した料理が完成した。

 

一夏「おっ、では早速いただきます」

 

 包んでいたアルミホイルを開けるとバターの香りが漂ってくる。その匂いが食欲を刺激して思わずよだれが出てしまうのを我慢しながら箸を入れると簡単に箸で切れる。そして一口大に切って口に運ぶ。

 

一夏「うん、美味い」

 

 絶妙な塩加減とバターのコクが絡み合って箸が進む。少しの箸休みとして味噌汁を啜る。

 

一夏「今日の味噌汁はなめこか」

 

 なめこ特有のぬるぬとした感じが何とも言えない。鮭を口に運び、ご飯を搔き込み、味噌汁を啜る。日本人で良かった良かったと思っていると鮭と茸のバターホイル焼きを食べたそうにしておるシャルロットとマシュがいた。

 

一夏「いや、見てないで注文しろよ」

 

シャルロット「そ、そうだね。僕は一夏と同じ物をお願いします」

 

マシュ「私はカニチャーハンとスープをお願いします」

 

エミヤ「了解した」

 

 一夏のツッコミに慌てて注文すると長い金髪を三つ編みにしたサーヴァントが入ってきた。

 

???「おはようございます、マスター」

 

一夏「おはよう」

 

 サーヴァントと一夏はかなり親しげに会話をしていた。嫉妬心はないがサーヴァントの正体がかなり気になる。

 

シャルロット「一夏、このサーヴァントは誰?」

 

一夏「そういえば、歓迎会では話してなかったんだっけ?言ってもいいが絶対驚くぞ」

 

 一夏は歓迎会でシャルロットと他のサーヴァントと顔合わせするように計画を練っていたのだが、彼女が目の前にいるサーヴァントと会話していなかった事を思い出した。

 

一夏「このサーヴァントは世界的にも有名な聖女だよ」

 

???「聖女だなんて…私はそんな人間ではありませんよ」

 

一夏「そうは言っているが俺から見れば十分聖女だと思うしシャルからすれば同郷の大先輩みたいなものだ」

 

 今の会話で自分と同じフランス出身のサーヴァントである事は分かったが誰なのか分からない。

 

???「分かりました。では、自己紹介を。私はサーヴァント・ルーラー、真名を『ジャンヌ・ダルク』と申します」

 

 ジャンヌ・ダルクの名を聞いた瞬間、シャルロットの時間が停止した。一夏は彼女の反応を見て身に覚えがあったのかすぐに耳栓を投影し、耳を塞いだ。エミヤも同じように耳栓で塞いだ。

 

シャルロット「えええええええええええええええええええええええええええええええっ!?

 

 自分をアイドルと称する音痴のサーヴァントの宝具に近い威力の叫び声が食堂内に響き渡る。

 

一夏「気持ちは分からんでもないな」

 

 一年くらい前に同じリアクションをした者としてはその気持ちは痛い程分かっている。守護者(エミヤ)ともう一人の守護者(エミヤ)を除く日本のサーヴァントを召喚した際には同じ気持ちだったのだ。

 

シャルロット「ははははは、始めましゅて。シャルリョット・デュノアでしゅ」

 

一夏「カミカミじゃねぇか。落ち着けよ」

 

ジャンヌ「そう硬くならなくて大丈夫ですよ」

 

シャルロット「は、はぁ…」

 

 ガチガチに固まっているシャルロットに一夏とジャンヌが漸く落ち着きを取り戻した。

 

パールヴァティー「大丈夫ですか、マスター?」

 

シャルロット「うん、大丈夫だよ」

 

一夏「ジャンヌの他にもフランスで有名なサーヴァントはたくさんいるからな。(アーサー王や皇帝ネロを見たらどんな反応するのやら…)」

 

 なんせ世界の英雄・英傑がこのカルデアにいるので否が応でも顔を合わせることになる。一々驚いていたらこっちの身が持たないので早いとこ慣れて貰わなければならない。一朝一夕で慣れるとは思っていないがそれは果たして何時になるのやら。

 

エミヤ「三人共、そこに立ってないで座ったらどうだ?マシュのカニチャーハンとスープ、シャルロットの鮭と茸のバターホイル焼きはもうできている」

 

ジャンヌ「エミヤさん、私はハンバーグ定食を一つ。ご飯を大盛りでお願いします」

 

エミヤ「分かった。席に着いて待っていてくれ」

 

シャルロット「け、結構食べるんだ」

 

一夏「ジャンヌは元々農家の娘だからな」

 

 英雄として華々しい偉業を成し遂げたと言っても普通の人間とは変わらない。シャルロットはクスリと笑うと自分が注文した料理を食べ始めた。

 エミヤが作る料理は学園の学食よりも美味しかった。ただ、気掛かりなのが彼が作る料理がこれだけ美味しいと食べ過ぎて体重が増えてしまうと言う所だ。

 

シャルロット「もしもの時はダイエットしなきゃ…」

 

マシュ「でも、エミヤ先輩の料理で食事制限のダイエットを行うのは難しいでしょうね。時々サーヴァントの方が羨ましく思います」

 

 サーヴァントはいくら食べても太らないとエルメロイⅡ世から教わった時は少々、いやかなり嫉妬した。

 

マシュ「これは余談ですが、食堂のパンとジャムはエミヤ先輩の手作りです」

 

シャルロット「何そのハイスペック!?」

 

 



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閑話~本日のエミヤ食堂②~

一か月ぶり投稿です。

※今回は本編ではなく閑話です。


 拝啓、IS学園の皆様。

 魔神柱による襲撃で世の情勢が大混乱になっていますが病気や怪我なく無事に過ごしているでしょうか。僕は体の方は至って健康ですが少々困っています。

 

エミヤ「ふっ、イナダ十六匹目フィッシュ。やはり、君と私とではリール釣りの経験が違う」

 

一夏「お前こそ侮るなよ、俺は高校に入るまで食費を安く済ませるために毎朝の釣りで主菜となるおかずの材料を確保してきた。そこらの釣り人より腕はある」

 

 何故なら僕は今、釣り勝負の調停者(ルーラー)として勝負の行く末を見守る羽目になっています。なんでも素材集めのついでに今晩の食材の確保でオケアノスと言う場所にレイシフトしてエミヤさんと一夏が釣りを始めた所、同じ数のイナダやアジを釣りあげてしまった結果、勝負と言う流れになってしまったのです。

 因みにですが二人が使っている釣具は本来なら十万以上する代物ですが全て投影によるバッタ物です。

 正直、魔術をそんな風に使っていいのかどうか迷っています。

 

エミヤ&一夏「フィィィィィィィィッシュ!」

 

 僕の心境を知らずに時々ヒャッホー!と叫びながらノリノリで魚を釣り上げる二人。そのうちあの二人はアングラーとか呼ばれるんじゃないかなとどうでもいい考えが浮かんでしまいます。

 また、僕以外にも被害者がいるようで…

 

シャルロット「あの…釣れていますか?」

 

クー・フーリン「……頼む…俺の楽しみを返してくれ…」

 

 巻き込まれる形で参加したクー・フーリン《ランサー》はこの世の終わりみたいな顔をしています。口には出しませんが、ドンマイです。

 

シャルロット「もう…どうにでもなれ」

 

 そしてこの場所には平穏と言う言葉はなかった。今の僕にできることは早くこの勝負が終わって欲しいと願う事です。結果として第三者の勝利という形で終わりました。

 その第三者と言うのは…

 

スカサハ「まだまだ甘いな、小童共」

 

 水着姿のスカサハさんだった。どうやら潜って獲りに行っていたらしく手には網を持っていた。おかげで鰺やイナダ、烏賊の他にカレイや蛸が大量に獲れました。

 今日のご飯が楽しみです。

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 カルデアに戻った一行は釣った魚をどう調理するか話し合っていた。最終的な決定権はエミヤに委ねてはいるが具体的な案が見つからない。

 

エミヤ「ふむ、アジは些か釣り過ぎたか」

 

一夏「うちは健啖家が多いから多少余っても問題はないだろう。にしても鰺か…フライかなめろうにしたら美味いだろうな」

 

シャルロット「一夏、なめろうって何?」

 

 日本料理の一種なのだろうがどういった代物なのか想像がつかない。一方の一夏は実姉に作らされたことがあるのでどんなものか知っている。

 

一夏「鰺を刻んで葱や味噌なんかを混ぜ合わせた奴。そのまま食べてもご飯の上に乗せて食べても美味い」

 

シャルロット「へぇ…食べてみたいな」

 

???「そうですね。私もなめろうとやらを食べてみたいです」

 

 金髪に翡翠と思わせるを瞳を持った青いドレスのサーヴァントがカウンター席に座っていた。

 

一夏「あ、アルトリア?いつからそこに?」

 

アルトリア「つい先ほど。ランサーから新鮮な魚を仕入れたと聞いたのでやってきました」

 

一夏「(それですぐに喰いついてくるあたり流石、腹ペコ王と言うべきか…)」

 

 彼女は聖杯戦争と呼ばれる魔術師達の殺し合いに参加していた。そのマスターが未熟で魔力供給が満足に行えないため食事による魔力供給を行う事となった。現代の料理があまりにも美味しかったため生前の食事が如何に雑な物だと思い知らされたそうだ。

 それ以来、彼の料理が大変お気に入りになったそうだ。

 

一夏「(そのマスターが今じゃカルデアで総料理長やっているんだよな…マーリンからあっちの方でも魔力供給したって聞いたな…)」

 

 口に出した瞬間、剣だらけの空間に閉じ込められ、聖剣で斬られるはめになるので言わなかった。一方のシャルロットはこのサーヴァントは誰なのか内心首を傾げていた。

 

一夏「あぁ、シャルはあんまり話した事が無いんだっけ?彼女は…」

 

アルトリア「イチカ。自己紹介くらい自分でできます。私はアルトリア・ペンドラゴン。ブリテンの地を治めた騎士王と呼ばれた騎士です」

 

一夏「アーサー王と言った方が分かりやすいかな」

 

 アルトリアの自己紹介と一夏の簡単な説明にシャルロットは大きな衝撃を受けた。まさかアーサー王が女性とは誰も思わないだろう。

 

一夏「最初に言ったと思うけど、一部のサーヴァントは性別が逆転しているって。彼女はその一例だよ」

 

シャルロット「けど、実際に見るとそりゃ驚くよ…」

 

 いまだに信じられない光景を見ているかのように目を丸くしているシャルロットに一夏はイギリス出身の友人が見たらどんな反応を起こすのだろうかと考えが一瞬だけ頭に過ったが、今は献立を考える方が先決だ。

 

一夏「とりあえず、一品目はなめろうに決定だな」

 

エミヤ「なめろうの他に刺身に開き、フライにしよう。他の食材はマスター、君が担当してくれ。キャットはオフシフトだからな」

 

一夏「分かった。それじゃ、他の健啖家サーヴァントがやってくる前に調理を始めますか」

 

 エミヤと一夏は手ごろな魚を掴むと一気に捌き始めた。

 最初に鱗とゼイゴを取り、頭と内臓を切り離して三枚に卸す。次々と魚が精密かつ迅速に捌かれていく。

 

シャルロット「(エミヤさんもそうだけど、一夏も綺麗な包丁さばきだ)」

 

 久々に恋した人の手料理を食べられると少し舞い上がっていて気付かなかったが彼が上達したのは戦闘技術だけでなく料理の腕も上達していたようだ。

 手持無沙汰のシャルロットはカウンター席で待っているアルトリアと談笑することにした。

 

シャルロット「エミヤさんの料理はどれも美味しいからどんなのが出てくるか楽しみだな」

 

アルトリア「ええ、シロ…アーチャーの食事はいつも美味しいです。それにこの食堂の雰囲気は私には好ましい」

 

シャルロット「(何で途中で言い換えたんだろう?)そうなんですか?」

 

アルトリア「はい。私が生きていた時代にはあまり縁がないものだったので」

 

 孤高の王であり続けたアルトリアにとって和気藹々な雰囲気で食事を摂るのが何よりも好ましいのだ。

 

一夏「エミヤ。この蛸、身が締まっているみたいだから塩で揉むのもいいが大根で叩きたいんだけど大根あるか?」

 

エミヤ「あるぞ。ついでに味噌と生姜、みょうがを取ってもらえると嬉しい」

 

一夏「分かった」

 

 業務用の冷蔵庫から大根を取り出すと上半分を切って皮を取り、それで〆た蛸を叩き始めた。

 

シャルロット「どうして大根で叩いているの?」

 

一夏「本当なら塩揉みだけでいいんだけど大根で叩くと大根の成分で蛸がぐっと柔らかくなる」

 

 蛸を叩いていると次第にぬめりが出てきた。それを水で洗い流し、鍋の中に入れてゆで始めた。

 

一夏「刺身に唐揚げ、たこわさなんかもいいな。っと、次は烏賊を捌かないと。こういうのは鮮度が命だからな」

 

 色々と献立を考えながら食材の下処理を進めていく。

 一方のエミヤは下処理を終えた鰺の皮をむき、中骨を取り除く。次に長葱、みょうがをみじん切りにして生姜をすりおろす。

 鰺を切り刻み、粘り気が出てきたら先程切った長葱にみょうが、生姜、味噌、風味付けの醤油を加えて混ぜる様に叩く。

 

エミヤ「できたぞ、鰺のなめろうだ」

 

 綺麗に盛られたなめろうに二人は涎が垂れそうになるのを必死になって耐える。

 

シャルロット「これがなめろうって言う料理なんだ」

 

アルトリア「とても美味しそうですね」

 

エミヤ「皿まで舐めたくなると言うのが名前の由来だ。まぁ、西洋人には抵抗感は強いがね」

 

 エミヤの説明にシャルロットはどことなく納得してしまった。日本と違ってヨーロッパでは魚介を生で食べる風習はない。

 

一夏「こっちもできたぞ」

 

 遅れて一夏も狐色に揚がった揚げ物が皿に盛られていた。油の香りが胃袋に暴力的な誘惑を仕掛けてくる。

 

一夏「蛸の唐揚げにイカリングフライだ」

 

シャルロット「美味しそう…」

 

アルトリア「おぉ、これも素晴らしい。しかし…蛸はちょっと…」

 

一夏「そういえば、アルトリアは蛸が苦手なんだっけ?」

 

アルトリア「はい…」 

 

エミヤ「心配ない。彼女のためにもう一品用意してある」

 

 顔を曇らせているアルトリアに出したのは照り焼きにした魚と細く切られた烏賊だ。

 

一夏「これってイナダの照り焼きとイカそうめんか」

 

エミヤ「流石はマスター、よく知っている」

 

シャルロット「どれも美味しそうだね…」

 

 色取り取りの料理にシャルロットは目を光らせている。この芳しい香りで食欲が増幅され、例え大食いじゃなくても食べたくなる。

 

シャルロット「食べてもいいですか?」

 

エミヤ「無論だ。食べてみてくれ」

 

 まずはなめろうから頂こう。

 一口食べると生臭さはなく鰺の旨味が口一杯に溢れてくる。

 

シャルロット「美味しい。なめろうの所以が分かった気がするよ」

 

一夏「因みになめろうをご飯の上に盛ってもみ海苔と白胡麻を振りかけて出汁茶漬けにして食べるとさらに美味いぞ」

 

アルトリア「そうなのですか?では早速…」

 

 一夏の助言通り、アルトリアはなめろうをご飯の上に乗っけ、出汁をかけて口に運んだ。出汁の美味さとなめろうの美味さがお互いを引き立て合って何とも言えない旨味が口に広がり、気がづくと茶碗の中のご飯が無くなっていた。

 

アルトリア「まさか一匹の魚で美味な料理が色々とできるとは思いませんでした。アーチャー、おかわりです」

 

エミヤ「喜んで貰えてなによりだ」

 

 高揚しているアルトリアを見てエミヤは微笑みながら作る手を休めず料理を作り続けた。

 この展開はもうじき彼女達(・・・)がやってくることの前兆なのだ。

 

???1「良い匂いがするな」

 

???2「匂いからして今日は魚料理ですね」

 

???3「ジャンクな食べ物はあるか」

 

???4「それは分かりませんが…美味な料理なのは間違いないでしょう」

 

???5「アルトリア顔がこんなに…しかし、腹が減っては戦はできません」

 

???6「和菓子とかあるかな?」

 

 食堂に黒いドレスや白いドレス、豊満な胸の女性達が入ってきた。しかし、彼女達には共通点があり、全員アルトリアと同じ顔(・・・)をしているのだ。

 

シャルロット「アルトリアさんの顔がいっぱい…」

 

一夏「言い忘れていたけが、彼女達はそこにいるアルトリアと同じ起源だけど別側面やら別世界やらで様々な違いが生じたことで生まれたから完全に別個体だ」

 

 それを先に言ってほしいとシャルロットはツッコミたかったが本人がいるので飲み込むことにした。

 

エミヤ「彼女達はかなり大食いだ。食材を回せ、マスター。彼女達を満腹にしてもかまわんのだろう?」

 

一夏「もちろんだ。オルタ達には揚物の他にアヒージョでも作った方が良いな。ジャンク好きだし」

 

 何せアルトリアを含め、カルデア屈指の健啖家達なのだ。釣り過ぎたので余ってしまうかと思われたが彼女達が来ては足りるかどうか不安になってきた。

 そんな中、シャルロットはアルトリア達が飯を食いに来ただけではないと直感し魚を捌いている一夏に問うた。

 

シャルロット「一夏、どうしてアルトリアさん達はエミヤさんの事が好きなの?」

 

一夏「オリジナルの方は過去に何かあったみたいだけど、他のアルトリア達は全員エミヤに胃袋を掴まれてああなった」

 

 料理上手は男女問わず、大人気の様だ。

 

シャルロット「(僕もエミヤさんに料理を習った方が良いかな?)」

 

 時間がある時でいいから教えを貰おうと心の片隅に誓うシャルロットであった。

 

 

 

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閑話~本日のエミヤ食堂③~

 

 午前四時位の時刻エミヤは目を覚ます。

 英霊エミヤの朝は早い。その理由は食堂の仕込みや清掃を行うためだ。 サーヴァントであるこの体は睡眠や食事は必要としないが。生前のリズムは崩したくないしマスターやカルデアのスタッフに何度も言っている手前、基本となるように自然とそうなっている。

 

エミヤ「まさか、一夏が守護者になり始めているとは…」

 

 包丁で食材を切る手を止めてこの間の事を思い出す。

 平行世界とはいえ、自分の遺伝子を受け継いでいるからもしやと思っていたが本当に起こってしまうとは思わなかった。

 このままいけば一夏は抑止の守護者になるだろう。しかし、英霊エミヤに成り代わるのではなく、別の性質を持った抑止の守護者になる。

 このまま守護者になるか、人のまま天命を全うするかはまだ分からない。しかし、魔術に関わっている以上は一般人として生きられるのができなくなった。

 

エミヤ「さて、そろそろ最初のお客が来る時間だな」

 

 時計を見るといつもより数分早く、とりとめのない思考を本日の作業に切り替えて早々に仕込みを終わらせる。

 

シャルロット「おはようございます」

 

 最初に来たのは新しくカルデアに入ってきた新人の魔術師であり、マスターでもあるシャルロット・デュノアだった。

 

エミヤ「おはよう。眠そうだな」

 

シャルロット「ちょっと寝付けなくて…」

 

エミヤ「そうか。ひとまず、これを飲むと良い」

 

 眠気覚ましとしてアッサムのミルクティーを渡す。

 

シャルロット「美味しい…」

 

 アッサムのミルクティーはカルデアに来る前に何度も飲んだことがあるが、エミヤが入れたミルクティーは今まで飲んだ物より美味しかった。

 アッサムに含まれるカフェインで眠そうな気分が徐々に霧散していく。完全に目が覚めたシャルロットを尻目にエミヤはもう一人のマスターがいないことに気付く。

 

エミヤ「ところで、一夏はどうした?君と共に特訓を受けていたはずだが?」

 

シャルロット「えっと、なんと言って言えばいいのか…ちょっと立て込んでいて」

 

 一夏とシャルロットは魔術や武術をそれぞれの道のサーヴァント達に教えを乞うている。その目的はサーヴァントと戦うというよりも少しでも生き残れるようにするための処置だが、二人とも物覚えがいいのか砂地に水が吸い込むように吸収していく。このまま行けば、大型エネミー相手にも善戦できるとエミヤは見ている。

 話はそれたが、いつもならはっきりと言うのに何と答えればいいのか分からないのか言葉を濁すシャルロットに胡乱な目で見るがその答えはすぐに見つかった。

 廊下を全速力で駆け抜ける一夏とその後ろを追うようにアルトリアズに天の女主人のイシュタル、更には平安の神秘殺しの源頼光が走る。

 

アルトリア(青)「マスター…いえ、イチカ!私の事を父と呼びなさい!」

 

一夏「なんでさ!?ってか、エミヤは男だから父でアルトリアが母だろ!」

 

 アルトリア達の攻撃をよけ、ツッコミながら逃げる一夏。普通の人間なら一瞬で捕まるはずなのだが、なかなかしぶとく捕まらずにいる。

 思えば、援護があったとはいえ、ギリシャの大英雄から逃げきれたのだ。身体能力はそこいらの人より高い。

 

クー・フーリン「おいおい、騒がし―――――ギャァァァァァァァ!!」

 

一夏「ランサーが死んだ!」

 

モードレッド「この人でなし!マスターが父上の子供になったら……俺らは義兄弟だな!」

 

一夏「んな、呑気な事言ってないで助けろよ!?」

 

 視覚から消えて詳細は分からないが、恐らくクー・フーリンが跳ね飛ばされてほぼお決まりを言っているのが分かった。

 

エミヤ「………とりあえず、原因を聞こうか?」

 

シャルロット「一夏がエミヤさんの遺伝子を受け継いでいる事をつい口走ってそれで……」

 

エミヤ「分かった。もういい……」

 

 シャルロットの説明に頭を抱えるエミヤ。

 一夏は一般家庭産まれた少年ではなく、デザインベビーだ。染色体XXからXYに変更する際にエミヤの遺伝子が組み込まれた。そのため一夏の魔術回路も起源も才能までもエミヤから受け継いでいるからか大禁呪とも言える固有結界も使えるのだ。エミヤも平行世界かつ、デザインベビーとはいえ、まさか自分に子供ができるとは思ってもみなかった。エミヤはこの先の展開が想像がついてしまって重い溜息を吐く。

 IS学園に通っていた頃は気を引かせようとして些細なことで嫉妬してしまったシャルロットであったが、今回は一夏の親、つまり英霊エミヤの伴侶(一部例外が存在するが)を決めると言う事で嫉妬しない。しかし、一夏といい、エミヤといい、投影魔術が使える人って女性を口説き落とす才能があるのかなと訝っていた。

 少々不名誉な事を思われている事に気付かずにエミヤは食堂での作業を開始する。

 

エミヤ「注文は?」

 

シャルロット「……えっと看板に書かれてあったオススメのオムライスをください」

 

 オススメは一日ごとに代わり、メンチカツやチキン南蛮等が看板に載せられる。エミヤは他にも曜日の感覚を忘れないように金曜日はカレーの日にしたり、29日は肉の日として豚汁が出るなどのサービスを提供している。

 

エミヤ「ソースはデミグラスとトマトと二種類ある」

 

シャルロット「トマトでお願いします」

 

エミヤ「ご注文、承った」

 

 注文が入るとエミヤはさっそく調理に移る。

 まず、最初にするのはトマトソース作り。微塵切りにしたにんにくをオリーブオイルで炒める。その次にトマト缶、砕いたコンソメを入れて塩、胡椒、砂糖を入れ、バターを溶かして完成。

 次にチキンライス作り。さいの目切りの鶏の腿肉、粗い微塵切りにした玉葱、薄切りにしたマッシュルームを具とし、フライパンで鶏の腿肉を炒めたら先程切った玉葱とマッシュルームを加えて炒める。塩、粗く挽いた胡椒、砕いたコンソメにケチャップを加え、全体に馴染ませながら酸味を飛ばす。白米を加えて焦がさないよう、切るように混ぜてソースを馴染ませる。

 最後にオムレツ作り。オリーブオイルとバターを加えたフライパンに、塩を加え、溶いた卵を入れる。箸でかき混ぜながらフライパンを揺らして卵を半熟にする。半熟になったらフライパンの端によせ、形を整えて天地を変える。

 卵の閉じ口を上に持ってきたらチキンライスに乗せて完成。

 

エミヤ「できたぞ」

 

シャルロット「ふわふわで美味しそう」

 

 最初からチキンライスが包まれた状態ではなく、上の乗ってある半熟のオムレツを切って包むタイプのオムライスだ。

 早速オムレツを軽く切ると自身の重さで勝手に開き、チキンライスを包み込む。

 

シャルロット「いただきます」

 

 スプーンで一口分を作って頬張ると丁寧できめ細かく、そして優しい味が口の中に広がる。

 

シャルロット「美味しい…」

 

エミヤ「それは良かった」

 

 目の前にいる守護者が作った料理はどれも美味しいが今日は特別に美味しく感じられた。

 

シャルロット「(なんか懐かしいな…)」

 

 母が病死して一夏と出会うまでの間、温かな食事と言う物を食べた事がなかった。箒やセシリアと言った学友達と食べるそれとは違い、エミヤの料理は家庭的で愛情が詰まっていた。

 

シャルロット「なんかお母さんっぽいな…

 

エミヤ「何か言ったか?」

 

シャルロット「ううん、こちらの話だから大丈夫です」

 

 シャルロットの小声に反応したエミヤであったが深くは聞かなかった。彼女が食べ終わるのを見計らってある話を切り出した。

 

エミヤ「シャルロット。君は一夏の現状を知っているか?」

 

シャルロット「はい…」

 

 抑止の守護者になる。

 それは世界のために永遠の殺戮を繰り返す体のいい掃除人なると同義だ。

 

シャルロット「僕は一夏を守護者になんかさせません。彼は僕が支えます」

 

 彼女の答えにエミヤは納得する。

 かつてのマスターに未熟だった頃の自分を支えてほしいと頼んだ記憶が蘇る。

 

エミヤ「そうか…安心した」

 

 シャルロットがいれば、少なくとも彼は自分が辿った道を歩むことはないだろう。

 

シャルロット「ところで…」

 

エミヤ「なんだね?」

 

シャルロット「オムライスの作り方…教えてくれますか?」

 

 恥ずかしそうに頼むシャルロットに思わず笑みが零れてしまった。彼女には申し訳ないが食堂に漂う重い空気が払拭できた。

 

エミヤ「いいだろう。しかし、夜まで待ってくれるか?人がいない方が集中できるだろう」

 

シャルロット「はい!分かりました」

 

 意気揚々と去るシャルロットと入れ替わるように一夏がボロボロで入ってきたのは数秒後の話。

 

 

 

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閑話~本日のエミヤ食堂 クリスマス編~

※イベントとは一切関係ありません。


 

 12月25日。クリスマス。

 秘境と言われる場所に存在しているカルデアでもクリスマスの準備が行われていた。ある者は飾り付けを、またある者は食材を狩りに行っている。

 前回はスタッフが飾り付けを担当し、一夏は食材を集めに奔走していた。しかし、今年はシャルロットと言う新たなマスターを得て役割分担で作業することになった。

 

マシュ「オーナメントボールはこのあたりでいいでしょうか?」

 

ムニエル「もう少し右に寄せた方がいいかも」

 

 脚立に乗ってオーナメントボールをツリーに付ける。彼女の他に数人のスタッフが飾り付けをしている。

 

カワタ「去年もそうだが……立派なもみの木だな」

 

マシュ「先輩が食材を集める時にヘラクレスさんに頼んだそうですよ」

 

 食材確保のついでにヘラクレスにツリーの木を取ってくるように頼んでおいたのだ。一夏とヘラクレスはツリーをマシュ達に渡すとまたレイシフトする。

 

シルビア「彼らならきっと美味しい料理をたくさん作ってくれると思うからさっさと飾り付けを終わらせましょう」

 

マシュ「そうですね」

 

 もうひと踏ん張りと気合を入れてマシュとカルデアスタッフは飾り付けに勤しむ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 とあるレイシフト先ではシャルロットが困惑している。原因は解体するために並べられた食材にどのようなリアクションを取ればいいのか迷っているのだ。

 母国のフランスでは狩猟時期に猪や兎等が食卓に並ぶことがあるので魔猪にはあまり抵抗はなし、一夏も体に害はないと言っていたので問題はない。ワイバーンは初めての特異点で食べられることが分かったので大丈夫。

だが、他の物はどうかと問われれば反応に困る。

 

シャルロット「一夏……これら全部食べられるの?」

 

 狩ったエネミーの中にはキメラにバイコーン、果てにはドラゴンまであった。

 百歩譲ってバイコーンは馬に似ているのでなんとか想像できる。しかし、他は味も食感もそうだが、体に害があるのかも分からない。

 自分よりカルデアの生活が長い一夏に聞いてみることにした。

 

一夏「バイコーンは普通に馬肉だし、キメラは食感と味、成分が部位によって違うからお得感がある。ドラゴンは高級和牛っぽくてとても美味しい。その中でも喉の部分がオススメだ」

 

 無駄に良い笑顔で返されてしまい、シャルロットは曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。少なくとも、体に害はないのだけは分かった。そしてこの件について聞かなかったことにした瞬間でもあった。

 対して一夏は遠い目をするシャルロットに首を傾げながら解体作業に移った。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 解体された食材はエミヤを筆頭とする料理上手の英霊たちが忙しなく動いている。一夏は前菜を担当し、和食が得意としている源頼光が助手として付いている。スープは勝利を意味する「victory」の語源となったとされる古代ブリタニアの女王「ブーディカ」とシャルロットが担当する。デザートはキャットが行う。

 そして食堂の管理者、調理場総監督として扱われているエミヤはメインデッシュを担当することになった。

 エミヤは焼きあがったローストチキンを皿に盛りつけながら各担当の様子を見る。

 

一夏「頼光さん。じゃがいもをすりおろしてくれない?」

 

頼光「分かりましたが……何を作るのですか?」

 

一夏「ポテトパンケーキっていうすりおろしたじゃがいもを揚げ焼きにするドイツの家庭料理。他にもマリネとか色々と作るつもり」

 

頼光「分かりました。私も全霊でお手伝いいたします」

 

シャルロット「ブーディカさん、ビーフシチューの味見をしてもらえませんか?」

 

ブーディカ「いいよ……うん、いい感じ」

 

 各担当も問題はなく調理しているのを確認して次の料理に移る。次に作るのはドラゴンの肉を使ったローストビーフだ。

 常温に戻したドラゴンの肉に普段より多め塩を振り、叩いたにんにくをすりこんでラップに包み、味を馴染ませるよう十五分から三十分ぐらい放置する。その間に付け合わせの野菜の調理も忘れない。

 それが終わると油をひいたフライパンで肉にすりこんだにんにくを弱火で炒め香りを出す。にんにくを取り出し、強火にしたら肉を投入する。四面を約二分ずつ焼いて焼き目をしっかりつける。この時に焼く面を変える時以外は動かさない方が綺麗に焼き目が付く。

 蓋をして火を止め、余熱で五分程火を通す。肉をひっくり返して再び蓋をし、三分から四分極弱火で加熱する。串を肉の中心まで刺し、数秒後に抜いた串を唇の下に当てて温かく感じれば火が通っている証拠である。

 最後に粗びき胡椒を肉全体に少し強めに振り、焼き終わった肉をすぐにラップとアルミホイルで包んで三十分程肉を休ませたら完成。

 

エミヤ「(後はフライパンに残った肉汁でソース作りだが……グレービーソースか赤ワインか……にんにく醬油も捨てがたいな)」

 

 ローストビーフに合うソースをあれやこれやと考えているとケルト勢が大量の鮭を運んでくるという珍事が発生したのは別の話である

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

ダ・ヴィンチちゃん「えぇ…正直目が回るような事件が色々と遭ったと思うけどよく乗り切りました。……まぁ、硬い挨拶はこれくらいにしてメリークリスマス!」

 

「「「「「「「「「「メリークリスマス!」」」」」」」」」」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの号令が合図となってグラスに入った飲み物(大半が酒)を飲む者もいれば、

 

一夏「むっ。このローストチキン、中にピラフが入っている」

 

アルトリア「流石はシロウですね。お肉も柔らかいしピラフにも味が染みていて美味です」

 

 小分けにしたチキンを口に運ぶ一夏とアルトリアは幸せそうに感想を述べている。

 一方のシャルロットは皿に乗っているドラゴンの肉で作られたローストビーフとにらめっこしている。

 自分以外の全員が美味しそうに食べている様子を見て意を決して口の中に運んだ。

 

シャルロット「(あっ、美味しい。これはドラゴンって言わなきゃ高級のローストビーフだ)」

 

 まるで霜降りの牛肉で作られたと言われても信じてしまう味に納得するシャルロット。

 食材もそうだが、それらを調理するエミヤの技量に感服する。

 

一夏「あっ、それは俺が狙っていた鮭!」

 

アルトリア「甘いですね。食卓とは常に戦場と同じですよ」

 

 所々でどんちゃん騒ぎを起こしながらカルデアのクリスマスをシャルロットは満喫する。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 誰もが寝静まった夜にパーティーの後片付けを終えたシャルロットと一夏は廊下を歩いていた。後片付けと言っても空の食器を片付けるだけなので大したことはしていない。

 

一夏「カルデアのクリスマスはどうだった?」

 

シャルロット「とても楽しかったよ。みんな心から笑顔で楽しんでいた」

 

 自分達の世界では女性が自分の欲望を満たすためだけの物でとてもじゃないが楽しめる行為じゃなかった。

 カルデアのクリスマスが本来あるべきクリスマスだと、シャルロットは感じていた。

 

シャルロット「いろんな人やサーヴァントから一杯プレゼントを貰ったね

 

一夏「まぁ、中にはツッコミどころ満載のプレゼントを貰ったな」

 

 ギリシャ神話に登場する月の女神のアルテミスからは生クリームまみれのオリオンを貰ったことを思い出してしまい、げんなりする。

 プレゼントと聞いて一夏はあることを思い出す。

 

一夏「そういえば、俺らだけプレゼント交換してないな」

 

シャルロット「あっ、忘れてた」

 

 たくさんのサーヴァント達からプレゼントを貰っていたのですっかり頭から抜け落ちていた。

 誰もいないし後は寝るだけなので今ここでプレゼントを渡そうと提案した。

 

シャルロット「僕から一夏へのクリスマスプレゼント」

 

 一夏はシャルロットから可愛いらしい袋を貰った。開けていいかと問い、承諾を得たところで開けると赤いマフラーが入っていた。

 

シャルロット「昔は白が一夏のトレードカラーだけど今の一夏は赤が似合うよ」

 

一夏「そうか?ありがとう」

 

 今度は一夏の番なのだが、緊張しているのか顔がこわばっている。

 

一夏「俺からはこれしかなかった」

 

 そう言って渡されたのは小粒のアメジストが埋め込まれた翼のブローチだった。

 魔術礼装でもない普通のブローチだが、売店で売っているものではないと理解する。

 

一夏「自分で作ったんだ。細工に関してはダ・ヴィンチちゃんから学んだが……あまりセンスが良くなくてごめんな」

 

シャルロット「う、ううん。嬉しいよ。ありがとう」

 

 手製とは思えない出来もそうだが、自分のために作られた事実にシャルロットははにかんだ。

 喜んで貰えた事に一夏は安堵しつつシャルロットにある事を言う。

 

一夏「実はな、もう一つ渡すものがあったな。目を閉じてくれるか?」

 

 妙に歯切れが悪そうな感じで言う一夏に首を傾げながらも言われるがまま瞳を閉じた。

 その時だった――――――――

 

 

チュッ

 

 

 唇から伝わった感触に思わず目を開けるとそこには顔を真っ赤にしていた一夏の顔があった。

 

シャルロット「い、今のって……」

 

一夏「お、俺からは以上だ。じゃぁな!」

 

 そそくさと逃げるように廊下を走る一夏の背中を見ながら自分の唇に触れる。

 一夏がしたのは紛れもなく接吻だ。

 

シャルロット「(どうしよう……今日は眠れない)」

 

 恐らく一夏も同じだろう。

 明日からどんな顔をすればいいのかシャルロットは頭を抱えることになってしまったのであった。




メリークリスマス。
これを書いているとチキンとローストビーフが食いたい


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閑話~本日のエミヤ食堂④~

昨日がパフェの日だったので久々に閑話を投稿しました。


一夏「………暇だ」

 

 

 人理継続保障機関カルデアで織斑一夏は暇を持て余している。ダ・ヴィンチに元の世界の異変についての報告書を提出し、スカサハとロード・エルメロイ二世による講義が終わったため現在は手持ち無沙汰の状況になっている。もし、暇と言う物を売却できればメソポタミアの女神が泣いて喜ぶ金額になっているだろう。

 時計を見ると午後二時を回っており、昼食のラッシュは鳴りを潜めている頃合いだろう。

 

一夏「(丁度小腹も空いたからお茶を飲んだりして暇をつぶしておくのも悪くないか)」

 

 今の時間帯ならまだ錬鉄の英雄が食堂を切り盛りしている頃だろう。運が良ければ新作料理の試食を貰えるかもしれない。

 思い立ったが吉日と言わんばかりに一夏は早足で食堂へ向かった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 食堂に入るとサンドイッチや軽食を食べているカルデアの職員が数名いたくらいでサーヴァントはいなかった。

 尤も、魔力が潤沢のカルデアでは食事は専ら娯楽に近いので一夏は気にしていない。しかし、問題はいつも厨房にいるはずの英霊がいない事だ。

 一夏は近くにいたメガネをかけた職員に話しかけた。

 

一夏「ムニエルさん、エミヤは?」

 

ムニエル「刑部姫に頼まれて料理を運んでいるけどかれこれ二時間は経っているな」

 

 刑部姫にご飯を届けに行った。

 たったその一言だけで一夏はエミヤが帰ってこない理由が分かってしまった。

 刑部姫はめんどくさがりやな気質な上に引き籠りのためか部屋が汚い。その汚さは姉の千冬より酷く、一夏もクエストに誘おうとするときに刑部姫の部屋を訪れた際に一回引いたことがあった。

 そして刑部姫の部屋に向かったが相手が汚れ部屋や不摂生を許さないオカン気質のエミヤだ。二時間も帰ってこないと言う事は十中八九彼女の部屋をの強制掃除をしているのだろう。

 一夏は苦笑しながら厨房に立った。料理はエミヤに任せきりだったため厨房に立つのは久々だった。特異点先でも料理をしていたので腕は鈍っていないから技量は問題ない。

 

一夏「さてと、何を作ろうか…」

 

 冷蔵庫を開けると肉や野菜、魚の他にも果物が入っていた。サンドイッチでもいいしおにぎりという手もある。

 どうしたものかと考えていると後ろから声をかけられた。

 

シャルロット「一夏?何か考えていたようだけど…」

 

 その相手とはシャルロットだった。

 しかし、彼女一人だけではなくジャック・ザ・リッパーもいる。

 

一夏「いや、軽い物を食べようかなと思って食堂に来てみたらエミヤがいなくて、仕方なしに適当に見繕って食べようかなとしていたところ」

 

シャルロット「あの人ならナイチンゲールさんと一緒に誰かの部屋の片づけをしていたよ」

 

一夏「うわぁ…まさかのダブルか」

 

 エミヤ(オカン)ナイチンゲール(婦長)が相手では天守閣に住み着いた城化物として名高い彼女でも負けるだろう。自業自得とはいえ、流石に同情する。

 

一夏「シャルとジャックはどうして食堂に?」

 

シャルロット「僕も一夏と似た理由で甘い物が食べたくて来たんだ」

 

ジャック「私達も甘いもの食べたいからおかあさんに付いてきた」

 

 そうかと言ってまた思考の海に潜る一夏。シャルロットの甘味と言う選択も悪くない。

 

一夏「よし、あれを作ってみるか」

 

シャルロット&ジャック「「あれ?」」

 

一夏「すぐに分かるよ」

 

 そう言って冷蔵庫から苺を取り出してへたを取り除き、幾つかはスライスする。

 

一夏「まずはクリーム作り」

 

 氷水の入ったボウルに一回り小さいボウルを入れ、その中に生クリームとグラニュー糖を入れて泡だて器で混ぜる。

 

一夏「(偽・螺旋剣(カラドボルグ・Ⅱ)で一気にやるのも手だけどエミヤが微妙な顔していたな…)」

 

 真の担い手であるフェルグス・マックロイは笑って許してくれそうだが、仮にも英雄の武器なのだから戦闘で使って欲しいとエミヤから指摘されたので今回は自分の手で攪拌(かくはん)する。

 クリームに角が立った事を確かめてから手を止める。泡だて器に付いたクリームを舐めると甘さ控えめで丁度よかった。

 生クリームを絞り器に入れていると味見する様子を見ていたジャックが膨れっ面になっていた。

 

ジャック「おとうさん、ズルい…」

 

一夏「味見は料理人の特権だ。もう少し待てば美味しいのが食べられるよ」

 

 心身共に子供なジャックに笑みを零すと一夏は冷凍庫からストロベリーアイスを取り出した。その際に「俺の」と書かれた容器があったのは内緒である。

 大きいサイズのガラス容器を用意すると最初にコーンフレークを敷き詰めると次に先程作った生クリームと苺ジャムを交互に入れ、その途中にスライスした苺を容器の内側に貼り付けるように入れる。

 そしてストロベリーアイスを適量のせ、その上から生クリームと苺ジャムをかけ、最後に残った苺とミントを乗せた。

 

一夏「苺パフェの完成」

 

 一夏が作っていたのは苺パフェだった。綺麗に盛り付けされたパフェを見てジャックは興奮し、シャルロットは感慨深い思いでいっぱいだった。

 

シャルロット「(パフェなんて久しぶりだな。そういえば、こっちに来てから食べてなかったな…)」

 

 魔術の訓練に異変の解決で肉体的にも精神的にも余裕がなくて忘れてしまっていた。

 

一夏「こういうのもたまには良いだろう。これまで頑張ったご褒美って奴だ」

 

シャルロット「そうだね。では、いただきます」

 

ジャック「いただきます」

 

 長いスプーンでストロベリーアイスを掬って口に運ぶと苺の風味が鼻を通り抜ける。生クリームも甘さを控えめに調整したのかアイスにも苺ジャムにも合う。

 

シャルロット「美味しいね、ジャック」

 

ジャック「うん!」

 

一夏「菓子の類は普段からあまり作らないからちょっとだけ心配していたが、喜んでもらえてよかったよ」

 

 安心したのか厨房に設けられている椅子に座って一息つく。自分も何か作るかと考えていると見慣れた赤い外套の弓兵が食堂に入ってきた。

 

エミヤ「すまない、一夏。大丈夫だったか?」

 

一夏「こっちは全く問題ないよ。そっちこそ刑部姫の部屋の掃除お疲れさん」

 

エミヤ「私の方はナイチンゲール女史がほとんどやっていた。まぁ尤も、刑部姫を宥めるのに時間はかかったがね」

 

 やれやれとため息を吐くエミヤの視界に苺パフェが入った。

 

エミヤ「このパフェは一夏が作ったのか?」

 

ジャック「そうだよ。とても美味しいの」

 

 満面の笑みを浮かべるジャックと首を縦に動かして肯定するシャルロットを見て間違いないのだろう。

 

エミヤ「食堂の番をしてくれてありがとう。お礼に試作のシフォンケーキをやろう。生クリームも余っているようだしな」

 

一夏「ありがとう」

 

 偶にはこのような午後を過ごすのも悪くないと思いながら一夏はエミヤと交代するのであった。

 

 

 

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閑話~本日のエミヤ食堂 年越し編~

まだスランプ中です
皆様、よいお年を


 

 師走三一日。

 新年を迎えるという事でカルデアのスタッフもサーヴァントも大掃除している。

 時折、赤い外套の弓兵の怒鳴り声と悲鳴が聞こえるが、いつものことなのでスルーする。

 

シャルロット「一夏、キッチンやお風呂場はしなくていいの?」

 

一夏「あそこは普段からまめにやっているから除外、今回は普段使っていない部屋を中心にする」

 

 一夏とシャルロットは掃除用具を一式用意して廊下を歩きながら雑談していた。

 異世界出身である一夏とシャルロットの部屋には私物などはあまり置かれていないし暇がある時を見つけては掃除をしているので綺麗なままである。やるとすればレクリエーションルームか図書室ぐらいだろう。

 

シャルロット「それにしても、まさかアルトリア・ペンドラゴン(アーサー王)が掃除しているところを出くわすなんて思わなかった……」

 

一夏「セシリアじゃなくても驚くだろうな」

 

 彼女の以外にもオルレアンの聖女に第六天魔王、さらにはローマ帝国の第五代皇帝と言った歴史に名を刻んだ者達がエプロン姿で掃除するなんて誰も思わないだろう。

 

シャルロット「パールヴァティーやイシュタルも手慣れた様子で掃除していたね」

 

一夏「あの二人は依代のせいかもしれないな……」

 

 パールヴァティーやイシュタルは神霊であり高次元の生命のため依代が必要となる。その依代は聖杯と縁がある者が選ばれる事があるが今のところ、エミヤに縁がある者が多いようだ。

 

一夏「とりあえず、掃除をちゃっちゃと終わらせようか」

 

シャルロット「そうだね。ジャックやナーサリーがちゃんと掃除をしているか心配だし」

 

一夏「此処へ来てジャックのお母さんが板についたな」

 

 そんなやりとりをしながら次の掃除場所へ向かう二人。しかし、次に向かう場所は炬燵で寝ているタイガーのようなジャガーを相手しなければならない事に気付いていなかった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 全ての掃除が終わり、厨房ではエミヤが厨房に立ち、夕飯の準備に取り掛かっていた。

 

エミヤ「さて、今日はこれ一択だな。昨日からつけていた昆布はOK」

 

 出汁昆布は水に浸けておきその水ごと鍋に入れて沸騰寸前になったら昆布を取り出す。弱火にし、鰹節を入れて30分から40分煮だし、こし布等でこせば出汁の完成。長葱を小口切り、蒲鉾を8mm程度に切る。小松菜は茹でて食べやすい大きさに切る。

 

エミヤ「(次に海老の天ぷら……)」

 

 海老の殻と背ワタを取って尾の剣先を少し切って水を出すと塩、片栗粉、酒少々で海老を揉んだら水で洗い、キッチンペーパーで水気を取る。

 それを終えると腹側に3分の1程度の深さの切れ込みを五か所ほど入れると腹を下にして上から筋が切れる感触がなくなるまで伸ばす。

 次に衣の準備。玉子と冷水をよく混ぜ、薄力粉を加えてだまが残る程度になるまで縦に切るように混ぜる。

 打ち粉した海老の尻尾を持って衣をつけて170℃から180℃油で揚げていく。

 

エミヤ「後は出汁と出汁の前に作っておいたかえし(・・・)を合わせて温めて味を整える」

 

 かえしとはめんつゆの素になる物の事。

 鍋にみりんを入れて沸騰させてアルコールを飛ばすと弱火にしてザラメ糖を入れて溶かす。醬油を加え、弱火で焦がさないように加熱して鍋縁の醬油が小さく泡立って表面に白い灰汁が出たら取り、火を止めて自然に冷まして完成。

 少し固めに茹でた蕎麦を冷水にさらして水気を切る。お湯で温めた蕎麦につゆをはり、海老の天ぷらに長葱、小松菜、蒲鉾、最後に柚子皮を添えると年越しそばの完成。

 

エミヤ「できたぞ、年越しそばだ」

 

 年越しそばが完成したときには腹を空かせた面々が厨房に並んでいた。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 エミヤから年越しそばを貰った一夏はシャルロットが確保していた席に座る。

 

一夏「日本の大晦日はやっぱ年越しそばだよな」

 

シャルロット「一夏、普通の蕎麦と何が違うの?」

 

一夏「違いはないけど縁起担ぎだな。蕎麦は他の麺類よりも切れやすいから今年の厄を断ち切るとか細く長く。伸びることから健康長寿の意味で食べられる」

 

シャルロット「そうなんだ。じゃあ、年越しそばを食べて皆が健康でいられるように―――――」

 

一夏&シャルロット「「いただきます」」

 

 一夏は蕎麦をすすり、シャルロットはつゆを一口飲んだ。

 

シャルロット「ふぅ……僕、この出汁好きだな」

 

一夏「流石はエミヤだな。それに海老が二本だなんて贅沢だな」

 

 流石は厨房を取り仕切るサーヴァントと言ったところだろうか。年越し蕎麦に二人は舌鼓する。

 食べ終わって一夏とシャルロットは器を返却すると

 

シャルロット「美味しかったな……」

 

一夏「確かに美味しいよな。俺もエミヤみたいに美味しい料理を作りたいよ。なんせホテルの一流シェフとメル友だからな」

 

シャルロット「一夏ならできるよ」

 

 他愛もない会話を楽しみながら年を越すのを待っている二人。そんな中、一夏はある事を思い出した。

 

一夏「そういえば、年越しそばには色々由来があってその一つがあったのを思い出したんだ」

 

シャルロット「へぇ~どんなの?」

 

 興味を示したシャルロットが一夏に訊くと一夏は顔を赤らめて次のように述べた。

 

一夏「『末永くそばにいられますように」って…いうのを思い出してな」

 

 傍にいられるように。

 その言葉を聞いてシャルロットは硬直し、言った一夏は照れ臭そうにシャルロットを見つめた。

 

一夏「その…なんだ………来年もよろしく、シャル」

 

 顔を赤くして言う一夏にシャルロットの返答はとうに決まっている。

 

 

シャルロット「うん、一夏。来年もよろしくね」

 

 

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