霧の中の巨人 (けらこ)
しおりを挟む

霧の中の巨人









「だから、これは神罰よ! 審判の日が来たのよ!」

 

「馬鹿な事を言うんじゃない!」

 

 女と男が言い争っている。ガラスの先には一面の白い霧。そこに化け物が蠢いているというのに暢気なものだ。血まみれの自分が入って来たことで建物の中は半狂乱になっている。見てはいなくても、霧の中に危害を加え得る何かが居ると全員が理解したはずだから今更の反応だ。

 

「なぁ。少しいいか」

 

「あ、ああ・・・・・・体は大丈夫なのか」

 

「ああ、これは俺のじゃない」

 

「そうか・・・・・・」

 

 話しかけられた男は安堵と同情を混ぜたような表情をした。家族か友人を失って一人で生き残ったとでも思われたか。あながち間違いではないが今はどうでも良い。それよりも傷を治したことがバレていないことが幸いだった。化け物(・・・)であることを晒していい事はないだろう。少なくとも外に居るヤツラ(・・・)と同類と思われたら困る。

 

「俺はカミサマ(・・・・)とやらがよくわからないんだが・・・・・・この霧はそいつのせいなのか?」

 

「お前さん・・・・・・いや、よそう。無神論者もいるものだ」

 

「それで、どうなんだ」

 

「・・・・・・神はいる。時に人に試練も与えるだろう。だが・・・・・・」

 

「これが試練か? もしかしてカミサマってのはお前たちのことが嫌いなんじゃないのか?」

 

「・・・・・・それは口に出さない方が良い」

 

 侮辱されたと捉えたか、男の表情が硬くなったがそれには構わない。大事なのは何故こんなことになっているかだ。

 

「忠告は聞いておこう。それで、結局原因はわからないんだな?」

 

「ああ。霧はこの街にたまに発生する。だがこれほど大規模なものはなかったし、なによりあんな化け物がいるなんて信じたくもない」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 巨人(・・)もそうだが、あんな化け物なんていないに越したことはない。特にサイズのデカい奴は目障りで仕方が無い。

 

「・・・・・・全部ぶち殺したはずなのにな」

 

「ん? どうした?」

 

「いや、何でもないよ。とりあえずカミサマとやらを見つけたら文句を言っておくよ」

 

「はは・・・・・・それにはまずはここから出なくちゃいけないな」

 

 苦笑する男と共にもう一度外を見やると、街は相変わらず白い霧に包まれていた。その中に潜む異形の姿を思い浮かべる。見上げるほどの巨体は、今回はまだ(・・・・・)見ていない。だがそれは必ずこの中に潜んでいる。

 

「・・・・・・駆逐してやる」

 

 時は戻る。

 

 

 

 

 

「・・・・・・んぁ?」

 

 背中には硬い感触。朦朧とする意識。

 

「・・・・・・霧?」

 

 白い。上体を起こして辺りを見渡してもそれは変わらない。一面に濃い霧が発生しているようだ。呟きが妙に響いたことから、周囲に人がいないことが窺える。

 

「アタマ痛ぇ・・・・・・」

 

 頭痛が止まない。こんなところで寝ていたせいか、はたまた霧のせいかはわからない。だがズキズキと痛む頭に手を当てる。

 

「おい! 大丈夫か! 逃げろ!」

 

「ッ!」

 

――――迂闊にも接近を許した。だがそれを考える前に、切迫した声に体が勝手に反応し戦闘態勢を取る。動かなければ食われるからだ。強烈に訴えかける本能に従って身構え周囲を油断なく見据える。だが声を発したであろう男の姿以外には何もいない。肝心の巨人は襲ってこない。憎たらしい表情の木偶の坊共の姿は確認できなかった。

 

「・・・・・・あ? 巨人?」

 

「おい! 立てるなら動け! 走るんだ!」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

 混乱のままに声のする方を見れば、鼻血を出した男が必死に叫びながら全力で走っていた。速度は大したことは無いがその形相は必死だった。この男にこれほどの表情をさせる何かがここにいる。やはり巨人か。駆逐したはずのそれを思い、次いで叫ぶ。

 

「なぁ! 巨人が出たのか!?」

 

「巨人!? そんなもんもいるのか!? とにかく逃げろ!」

 

 有無を言わせない様子に大人しく追従する。全滅させたはずの巨人がいるかもしれないという事。そして男の言う『巨人も』が気になった。まさかアレとは違う化け物がいるのだろうか。

 

「勘弁してくれよ」

 

 呟き、流されるようにまるで見覚えの無い景色を横目に走る。よく見れば先導する男の服装にも違和感があった。だがそれを悠長に聞いている時間は無いらしい。その内に、男のもうすぐだという声が聞こえた。だがその瞬間、総毛立つほどの死の気配(・・・・・・・・・・・)が背後を襲った。

 

「伏せろ!!」

 

「え?」

 

 驚き振り返った男の姿が消失した。叫ぶと同時に身を伏せた瞬間、頭の上を通過した何かが男を絡めとっていったのだ。

 

「ぎゃああああああ!」

 

 悲鳴が上がる。男に次々と絡みつくソレは不気味にぬらぬらと光り、血飛沫を撒き散らしながら男の肉を剥ぎ取っていく。

 

「・・・・・・なんだ、こいつ」

 

 ヒルのように細長いソレは死に物狂いでもがく男の抵抗を意に介さない。むしろ男がもがくほど体がズタズタになっていった。人間が無残にも死を迎えようとするその光景に目が釘付けになる。

 

「おい・・・・・・」

 

 脳裏によぎる強烈なイメージ。人を殺す化け物。泣き叫ぶ人間。それを見て心に沸き起こったのは恐怖ではなく憎悪――――

 

「グッ・・・・・・頭が」

 

 増大する感情に飲まれかけた瞬間、また頭が酷く痛んだ。そして当然のように化け物はその隙を衝いてくる。

 

「ガッ・・・・・・」

 

 頬を強かに打ち付けられた。吹き飛ばされ硬い地面に叩きつけられた体は痛みに悲鳴を上げる。理性は逃げろと言う。血が上りかけた頭は男が犠牲になっている間に逃げて体勢を立て直せと算段を立てる。それに従いふらつく足を切り返し振り向いたところで、その行動は無駄となった。

 

「・・・・・・はは」

 

 いつしか男の絶叫は消え、ぐしゃりと何かが打ち捨てられる音がした。それには目もくれず眼前の敵を凝視する。男を死に至らしめた化け物と同じものが無数に蠢いていた。既に囲まれていたのだ。

 

「多いな、コンチクショウ」

 

 男に絡みついていたのは少なくとも5本。だが視界に映るは優に倍以上。霧の中でいつの間にか周囲を取り囲んでいたそれは憎たらしい事に恐怖を煽るかの如くじりじりと近付いてくる。細くとも容易く人間を死に至らしめるその姿に、だが恐れを成す事は無い。

 

 元より後退など似合わないのだ。頬を滴る血を拭い拳を強く握りしめる。常識的に考えて勝てる訳がなくとも、それで退くわけにはいかない。自分はいつだってそうしてきたのだから。

 

「逃げねぇよ。俺は逃げねぇ」

 

 自然と口が言葉を紡ぐ。それは宣言。それは生涯。何故なら自分は進撃する者。後退の二文字などとうに忘れてしまった。故に付けられた名は――――

 

「進撃の巨人」

 

 呟きは妙にしっくりと来た。ちらりと目線を後ろにやると、皮を剥がれ骨を砕かれた男の残骸があった。その光景は珍しいものでは無く、だが闘争心を駆り立てる。走り出す先に待つものが絶望であってもその足は止まらない。抉れた頬の傷から煙が出る。そして叫びと共に光が迸った。

 

「うおおおおおお―――――――オオオオオオオオオオ!!!!」

 

 轟音を鳴らしながら体が爆発的に膨れ上がる。絡みつこうとするそれを無理やりに引き剥がし、叩き潰しながら駆ける。だが見つからない。あるべきはずの本体は霧に紛れて姿を見せる気は無いらしい。

 

「ガアアアアアアアア!!」

 

 ならば引きずり出す。執念深く伸びてくるそれを無造作に掴み、巨人化した肉体を裂こうとするのも無視して力一杯振り回した。先程とは逆に引きちぎられる痛みによって化け物の悲鳴が上がる。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 終端にある隠れたそれを叩き潰すイメージで一気に振り下ろす。硬い地面と激突する音。間違いなく仕留めた。その証拠に、未だ腕に絡みつくそれを引き剥がし叩きつけても先程のような悲鳴は上がらない。

 

「ハァーーーーッ」

 

 息を吐き、ゆっくりと歩みを進める。気分が高揚しているのを感じた。瀕死で息を潜めているかもしれない化け物にとどめを刺すのだ。残骸と化したあの男の様に、なるべく惨たらしくグチャグチャに――――

 

「ォォ・・・・・・!」

 

 することはできなかった。霧から唐突に出現したそれ(・・)を前にして、流石に躊躇せざるを得ない。大きい(・・・)壁を乗り越えられるであろう(・・・・・・・・・・・・・)大きさ。見上げるほどの巨体から伸びる多数の脚に加え、先程引きちぎったものと似た細長い何かが無数に生えている。新たな異は地面を揺らしながらゆっくりと歩みを進めている。目が悪いのか単純に鈍いのか、こちらに興味を示さずに進んで行くのは幸いか。

 

「・・・・・・ォォ」

 

 戦闘態勢のまま通り過ぎていく巨体を見送る。静観は屈辱。だが挑むのは無謀が過ぎた。そうして巨体が霧に隠れると、すぐさま巨人化を解き身を隠す。

 

「くそ・・・・・・まずは情報を集めねぇと」

 

 化け物を逃したことに悪態をつくも、既に頭は冷静であった。向かうは最初の目的地。残骸となった男を横目に走るとそれはすぐに見つかった。男はあと少しだったのだ。それに少しだけ同情し、しかし気持ちを引き締めて建物に近付いていく。建物の中には沢山の人がいた。不安と恐怖に塗れた表情に既視感がある。それを振り払い大声を上げた。他の化け物が来る前に建物に入らなくてはならない。

 

「おい! 俺の名はエレン! 化け物に襲われた! 入れてくれないか!」

 

 ガラス越しに声をかけると、入り口に形成されたバリケードがどかされていく。ひとまずはここに籠らなくてはならないとエレンは覚悟した。

 

 

 






続きが見たいので誰か書いてください


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。