ダンジョンにアイドルを求めるのは間違っているのだろうか (KINTA-K)
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序章 神話誕生

そしてプロデューサーは神になる。

ダンまち要素はこの話ではほぼ出てきません。


 これは、現代にして神話と呼ばれるようになった、ある一人のプロデューサーの物語である。

 

 

 

 プロデューサー、通称Pは346プロと言う巨大芸のプロダクションにおいて、一介のプロデューサー――以降、Pと表する――に過ぎない男だった。

 346プロは芸能部門、アーティスト部門、時代劇部門、舞台スタジオ部門など、芸能界に対する数々の部門とノウハウを持ち、芸能界を影に日向に支えてきた芸能界屈指のプロダクションであった。

 その346プロが、満を持して遂にアイドル部門を立ち上げた。

 切っ掛けとなったのは一人の男。Pである。

 元々あらゆる芸能部門を持つ346プロに置いて、アイドル部門は346プロが持っていない唯一の部門であった。硬派な専務が一見ナンパに見えるアイドルをあまり好いてはおらず、テレビなどで他プロダクションのアイドルを使うことはあっても、自らアイドルを育てることを良しとしなかったのだ。

 その346プロがアイドル部門を発表した――それだけで、芸能界に激震が起こった程である。

 だが、これはまだ伝説の始まりに過ぎなかったのだ。

 

 

 

 アイドル嫌いの346プロが、その熱意に負けてアイドル部門を立ち上げる切っ掛けとなった男、P。

 彼はアイドルが好きだった。そこに明確な理由はない。いや、理由はあったのだろう。落ち込んでいる時にアイドルの笑顔に癒された。沈んでいる時にアイドル歌に魅了されて元気になった。そんな些細な出来事の積み重ねが、Pと言う男を作り上げたのだ。

 元々、Pはあまり優秀な人材では無かったのだと言われている。アイドルを育てるプロデューサーになりたくて入った芸能界のプロダクションに、アイドル部門が無かったことで、当時の彼はやる気を失っていたからだ。

 そのPを変えたのは『渋谷凛』と言う名の齢15歳に過ぎぬ、高一の少女だった。

 知り合いだった訳ではない。成果の出ない営業に出かけた時に、ある街角で偶然見掛けただけだ。ただそれだけで、Pは雷に打たれたように天啓を得た。

「彼女をプロデュースしたい」――と。

 Pはそのまま渋谷凛を呆けた様にずっと見つめていたという。スーツ姿のアラサー男が長時間黙って女子高生を見つめる。――事案だ。

 それは兎も角、しかして初めて彼女を見た時のPはそのまま立ち去ることを選択した。なぜなら、346プロにはアイドル部門が無かったのだから。

 失意にまみれて会社へと戻るP――彼は仕切に己の立場を悔いていた。なぜ自分はアイドルのプロデューサーではないのか、なぜ346プロにはアイドル部門が無いのか。そんなことをつらつらと思い悩みながら、広々とした346プロのロビーに辿り着いた時に、彼は2度目の天啓を得た。

「――アイドル部門が無い?無ければ作ればいいのだ。そう、この俺が」

 そのことに思い至ったPはロビーの真ん中で「ククッ」と怪しげな含み笑い漏らしていたという。彼は本心では高笑いをしたかった。小心故に含み笑いに済ませた。しかし、その姿は本来であれば警備員を呼ばれても仕方が無い程十分に怪しいものであった。時折現れるポエムオバさんのポエムを耳にしてしまい、笑いを堪える受付嬢の姿が日常になって居なければ、彼は警備員に連行されていただろう。

 それも兎も角。彼はその情熱を、直属の上司を飛び越え、会社のトップの一人であり、アイドル嫌いで有名な美城専務へと訴えた。

「――なるほど。いいだろう、やって見たまえ。必要な経費はこちらで全て用意しよう。ただの普通の少女がプリンセスへと生まれ変わり、城へと続く階段を駆け上がる事が出来るのか――その姿を私に示してみるがいい。示せるものならばな」

 ポエムオバさ――美城専務は、彼の熱意に打たれ懐の深さを見せつつもポエム混じりに許可をした。

 Pは「そんなにあっさり認めるならなぜ今までアイドル部門が無かったのか?本当はアイドルが大好きだったんじゃないか、このポエムオバさん」などと言う疑問はおくびにも出さず、不躾な自分の熱意に応えてくれた上司に対し、最大限の感謝を示すために彼女の意を受けてこう返答した。

「――はい。彼女はまだ灰を被った、煌びやかな舞台にも立てない少女のなのかもしれません。それでも、彼女は間違いなくこの煌びやかな舞台へと駆け上がっていくことでしょう。TOPアイドルと言う、輝かしい未来にまでも」

「ふむ、30点だな」

 ポエムオバさんの採点は辛口だっと言う。

 

 

 

 そして、アイドル部門を任されたPは、最初に彼にその決意をさせた少女――渋谷凛の元を訪ね、彼女をスカウトした。

「ふーん、アンタが私のプロデューサー?……まあ、悪くないかな…」

 直接スカウトを受けたにも関わらず、翌日の顔合わせでこんなセリフを吐いたことを一生ネタにされるとは、当時の彼女は想像だにしていなかった。

 女子高生に悪くないかなと評されたPの怒涛の快進撃は、留まることを知らなかった。

「島村卯月、頑張ります!」

 笑顔が眩しい頑張りますロボを。

「本田未央15歳。高校一年生ですっ! えへへ、今日からよろしくお願いしまーす」

 いまいち台詞に個性が無い勘違いさせ系パッション娘を。

 下は9歳から上は31歳まで。ありとあらゆるアイドルを、時にはスカウトで、時にはアイドル養成学校で、時にはオーディションで、時には鬼畜親から――可哀想な仁奈ちゃんはいない。いいね?――仕事に忙しい母親から事務所に預けられた幼女まで、あらゆる手段を尽くして346プロのアイドルを増やしていった。その数は初代ポケモンを超え、総勢183名にも及んだという。

 そして346プロのバックアップの元、千川ちひろと言う悪魔――もとい、女神の様に美しく有能な事務員と、トレーナー4姉妹と言う業界屈指の実力派美人トレーナーを迎え、彼が見出したアイドルをプロデュースさせて行ったのだ。

 決して容易い道のりでは無かった。むしろ苦難の連続だった。

 だが、アイドルをプロデュースしている時のPは、今までのうだつの上がらなさが何だったのかと言いたくなるくらい有能であった。曰く、彼が仕事を依頼すれば、どんなテレビ局も大手を上げて彼を歓迎した。曰く、彼が雑誌にインタビューの依頼をすれば、名だたるアイドル雑誌各社が挙ってインタビューに来た。曰く、彼がアイドルのCDを発表すれば、そのCDは必ずミリオンヒットになった。

 眉唾な噂も多々あるが、そのような噂が生まれる程に、彼は有能であったのだ。当時の芸能界にはこんなキャッチピーが生まれたものだ。「大丈夫、Pが育てたアイドルだよ」――その言葉は、ファ〇通よりも遥かに信頼のおける言葉として、芸能界に広く浸透していた。

 そして遂に、Pは、彼がスカウトした183名のアイドル――そのすべてをSランクアイドルへと押し上げた。正統派、色物、果ては女王様にサンタクロースなど、魑魅魍魎と評せるほどに個性豊か過ぎるアイドル達を、一人の漏れもなくトップアイドルへと導いたのだ。どんなにマニアックな属性でも、世界中を探せば100万人くらいは合うファンを見つけられる。つまり、Sランクアイドルに導くくらいなら簡単な事――それが一人であらゆる属性を受け入れられる器を持つPの信念であった。

 この結果には美城専務もニッコリだった。色物ばかりが増えることに、クール好きな彼女は一時期眉を顰めることがあったものの、数字の前にはさすがのポエムオバさんも文句を言うことはできなかった。

 ――さて、俗にアイドルマスターとは、一人のアイドルをSランクアイドルに導いたプロデューサーに送られる称号である。なら、183人のアイドルをSランクアイドルに導いたプロデューサーに送られる称号とは、果たして何なのだろうか?

「183人のアイドルをSランクアイドルに導いたんやて……?そんなんゴッドやないか!アイドルゴッドや!」

 そんなある悪徳記者の言葉が切っ掛けとなり、Pはアイドルゴッドと呼ばれるようになった。余談だが、悪徳記者は関西生まれではない。多分。

 

 

 

 こうして、Pは芸能界において神と呼ばるに至った。

 彼が育てたアイドルのファンの総数は、世界中で40億を――世界の半数を超えた。

 アイドルの笑顔に人々は癒され、アイドルの歌で戦争が終結し、世界は平和になった。

 そして、Pと、そのアイドル達の物語は現代における奇蹟――神話として語られるようになり――

 

 

 

「……ここは、どこだ?」

「先ほどまで事務所に居ましたのに、変ですね」

「ふーん……どことなく中世っぽい感じだね、悪くないかな」

「って、なんでしぶりんはそんなに落ち着ているの!大事件だよ、これ!ね、しまむー!」

「え?え~と……島村卯月、頑張ります!」

 神となったPは、迷宮都市オラリオに彼の育てたアイドル達や常に彼をサポートする事務員と共に迎えられた。

 

 

 そうして、Pとそのアイドルたちの新しい物語が始まりを迎えた。

 



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1話 降臨

もう少し軽い文体で進めたいけど、中々上手くいかないです。
因みに、倒した魔物が消えるのはアニメ準拠で。


 土の壁に覆われた薄暗いダンジョンの中、3人の少女が並んで暗闇の奥へと進んでいた。

 各々が軽装とは言え鎧を身にまとい、片手剣と盾、長剣、スリングショットを持ち、武装している。

 一見、戦うことに縁の無さそうな少女たちであったが、その姿は妙に様になっていた。

「しまむー、そっち!」

「わわっ、えーいっ」

 不意に、スリングを持ったオレンジ色の皮鎧を着た少女がすぐ隣の角を示して叫んだ。

 曲がり角から突如として現れた陰にいち早く気付いた少女の声に、しまむーと呼ばれた少女が咄嗟に盾を構えて影を弾き飛ばす。

 その影は異質な存在だった。背は少女立ち寄りも一回り低く、やせ細って骨ばった体をしている。

 それだけならやせ細った子供の様に見えただろうが、人間ではありえない大きく歪な鼻と、頭頂にある小さな角がその異質さを示していた。

 ゴブリン――小鬼とも呼ばれる、現実世界にはあり得ないファンタジー世界のモンスターだ。

 どうやらこのゴブリンは、3人の少女に奇襲をかけようとして、あっさりと盾で防がれて弾き飛ばされたらしい。

「卯月、止めは任せて」

 残りの青……否、蒼い鎧を纏った少女が長剣を構えて弾き飛ばされたゴブリンに向かっていく。

「この一撃で――決める!」

 言い終えると同時に長剣の刃が微かに蒼く光り――あっさりとゴブリンの喉を貫き、絶命させた。

 息絶えたゴブリンはそのまま倒れると思いきや、仄かに光る粒子となって消え去り、その場には暗闇の中にあってなお淡い光を放つ水晶が残されていた。

 それは、心臓の代わりにモンスターの体内に埋め込まれているモンスターの命の結晶――魔石と呼ばれるものだ。

「うーん、魔石だけか~。どうせならドロップもあったらよかったのに」

 そう言いながら、最初に声を上げた少女が魔石を拾い上げて、腰のベルトに引っ掛けていたポーチに魔石を収納した。

「まあまあ未央ちゃん、また次もありますよ」

「別にゴブリンのドロップアイテムなんて要らないでしょ。高く売れる訳じゃないし。それよりも早く魔石を集めないと」

「おおっ、しぶりんはやる気に溢れてますなぁ」

「……未央だって、解ってるでしょ」

「……まあね。私だって早くなんとかしたいよ。皆がどうなってるのか気になるし……別にちひろさんの言葉を疑っている訳じゃないけど、本当に大丈夫なのかなぁ」

「私だって不安です……でも、そのためにも、もっと頑張らなきゃいけませんね!」

「うん、そうだね。まだ余裕はあるし、先に進もっか」

 しぶりんと呼ばれた少女がまとめて、3人の少女はまた洞窟の奥へ向けて足を進めた。

 

 赤い鎧を身にまとい、剣と盾を装備した少女――島村卯月。

 蒼い鎧を身にまとい、長剣を装備した少女――渋谷凛。

 インナーの上にオレンジの皮鎧を着て、腰に短剣とスリングを装備した少女――本田未央。

 彼女らは少し前までは、こんな薄暗いダンジョンではなく、眩しくて煌びやかな舞台で歌い踊るアイドルだった。

 事の顛末は1週間前まで遡る。

 

 

 ……………

 ………

 …

 

 

(気づいたら見知らぬ中世西洋っぽい街の中にいた。何を言っているの分からないと思うが俺も何があったのか分からん)

 その時のPは346プロ大感謝祭に向けての打ち合わせで、事務所に集まれるだけのメンバーを集めて各々の打ち合わせをしていた筈だった。

 その時不思議な光が空から――とかそのような分かりやすい予兆も何もなしに、気が付いたら見知らぬ街の広場に居たのだ。

 直ぐ近くには事務員の千川ちひろと、346プロの誇るアイドルユニット、ニュージェネレーションの3人、卯月、凜、未央も居る。だが、そのこともPには不思議であり、焦る原因の一つだった。

(今日の打ち合わせはPCS(ピンクチェックスクール)、TP(トライアドプリムス)、PP(ポジィティブパッション)でそれぞれ分かれて行っていた筈だ。それなのに、なぜNGの3人だけなんだ?)

 もし特定のメンバーなら、固まっていた3人の方が自然ではなかろうか。それに集まっていたアイドルはそれだけではない。ラブライカ、ダークイルミネイト、ファミリアツイン、あんきらなどなど、名だたる事務所のアイドルたちが集まっていたのだ。全員売れっ子のSランクアイドルがよくぞここまでスケジュールを合わせて開けることが出来たものだ。

(晶葉が変な装置でも作ったのか?もしくは志希が怪しげな薬の実験をしたか――)

 真っ先にトラブルメーカーである2名の顔が浮かぶが、すぐさま否定する。

(いや、晶葉の場合だったら『出来たぞ、助手!次元を跳躍する装置だ!』とむしろ嬉々として報告してくるだろう。黙って実験するとなると志希の方が可能性が高いが――あいつが何かしらの幻覚作用のある薬で実験したのだとしても、この感覚はリアルすぎる。それに、他のアイドルが消える理由がわからない)

 Pが状況を把握しようと頭を回転させている所に「プロデューサーさん…」と不安げに声が掛けられた。

 見ると、卯月が不安そうにこちらの顔を覗き込んでいる。未央と凛も同じようにこちらを見ていた。

(――詮索は後回しだ。皆を安心させないと)

「まあ、何かあったら俺が体を張って守るから大丈夫だ」

 Pが安心させるように卯月、未央、凛に笑いかけると、3人は少しだけ安心したように息を吐いた。3人ともPには絶大な信頼を置いていた――その淡い想いと共に。

 そも、Pは183人のアイドルをSランクまでプロデュースしただけあって、フィジカル面でもメンタル面でも阿保みたく強い。きらりんパワーや時子の鞭を受けてもケロッとしているだけの防御力に、7徹してでも仕事をやり切る鋼の精神力を持っている。本当に人間かと疑われても仕方がないレベルの人間なのだ。

 Pは3人を安心させた後で、改めて周囲を見る。P達からやや距離を明けて遠巻きに人だかりができていた。人だかりの格好はそれぞれだが、鎧や盾、槍などのRPGで出てくるような武器で武装している者も多く、武装していない者達の服装も、少なくとも化学繊維の服は見当たらなかった。

 そして、驚くことに猫耳が付いた青年が居たり、耳の長い美少女や子供の様に背丈が低いが顔に濃い皺と髭を生やした壮年の男までいる。RPGで言うのなら、ワーキャット、エルフ、ドワーフと言った所か。

(リアル猫耳とかみくが羨ましがりそうだ)

 それは兎も角、人だかりは一様にこちらに奇異の視線を向けてきていた。Pたちからすれば人だかりの格好の方がおかしく見えるが、ここではP達の方が圧倒的に少数派だ。スーツ姿のPはまだしも、制服を来たNGの3人や蛍光緑の事務服を着たちひろの格好はかなり目立っていた。

「プロデューサーさん、どうしますか?」

 見知らぬ場所に来たと言うのに、まるでいつもと変わらぬ調子でちひろがPに訊ねた。Pはその様子に若干の違和感を感じつつ、冷静で居てくれるのはありがたいと思い直し、彼女の問いに答えた。

「そうだな……いっそ声を掛けてもらえればと思うが、そもそも言葉が通じるかもわからないしな」

 Pは世界中でアイドル公演をした経験があるため10か国語くらいは喋れるが、そもそも地球の言葉が通じる場所なのかすら分からない。

 そんな時、不意にP達を囲んでいる人だかりが二つに分かれた。

 その間から、象のマスクを被った男が、後ろに数名の人――多分護衛――を引き連れてゆっくりと姿を現した。

(なんだこいつ、変なマスク被ってる癖に、妙に威厳があるな……?)

 NGの3人とちひろもそう感じたようで、思わずその男を目で追ってしまう。

 象のマスクを被った男は、そのままP達の前までやってくると、バッと大げさな動きで両腕を空に差し伸べるように広げた。

「俺がガネーシャだ!新たな神の降臨を感じて、代表してこの俺、ガネーシャが挨拶に来た!同胞よ、我々はお前を歓迎しよう!」

 歌うように、妙に通りの良いバリトンボイスが告げた。象のマスクを着けているため分かり難いが、その顔はまっすぐにPの方を向いていた。

 しばしの静寂の後――

「……はぁ?」

 神などと意味不明な――言葉自体はなぜか日本語だったから助かったが――ことを言われたPは、困惑したようにそう訊き返した。

 

 



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2話 ガネーシャファミリア

とりあえず第2話。
おかしい。どうしてこうなった?
さっさとダンジョンに潜ってPに背中をなぞられて恥ずかしがる卯月たちを書きたいだけなのに。
シャクティの言葉使いとかはよく分からないんで適当です。やたら台詞多いけど、出番は多分これっきりなんで。
次回はP側の話。


 P達が連れて行かれたのは、巨大の象の頭が門になっている神殿――ガネーシャ・ファミリアの本拠地だった。

(象の口が入り口とか、趣味悪いな)

 P達はそんなこと思ったが、さすがに口にはしなかった。ガネーシャだけでなく、彼の護衛の者も似た様な仮面を被っているのだ。彼らにとって象が神聖な物なのは容易に想像できる。迂闊なことを言うべきではない。

 ガネーシャは象の口の前――扉の前に立ち、声を張り上げた。

「今帰ったぞ!」

「……お帰りなさいませ、ガネーシャ様」

 しばらくして門が空き、一人の長身の女性が恭しく礼をしながら出てくる。油断のないたたずまいと、さり気なく周囲を探る理性的な切れ長の瞳は、彼女が只者ではないことを感じさせた。それもその筈、彼女は巨大ファミリア、ガネーシャ・ファミリアの団長を務めているLv5の冒険者だ。名をシャクティと言う。

「おおっ、シャクティよ、出迎えご苦労!早速だが頼みがある!」

「何でしょうか?」

「しばしの間、この3人の娘達を預かってくれ。この娘たちはオラリオの事に疎い見たいだからな。その間、この都市のことを説明してやると良い。ああ、そうだ。目立たない様に普通の服も与えてやれ!」

「承知いたしました」

 結構な面倒事を頼まれたのだが、嫌な顔一つせずに二つ返事で引き受けるシャクティ。しかし、その内容に卯月たちが慌てた。

「ま、待ってください。プロデューサーさんは一緒じゃないんですか?」

「うむ。我らがこれから向かう所は、人間は連れて行くことができぬのだ。悪い様にはしない、しばし待っておれ」

「人間って……プロデューサーとちひろさんも人間だと思うけど」

「いや~、確かに人間離れしているところはあるけどね」

 未央がつい余計な突っ込みを入れてしまい、凛に睨まれて慌てて引っ込む。いや、Pが人間離れしていることには凛も異論は無いのだが。

 その言葉に、ガネーシャは不思議そうに首を捻った。

「ふむ、お前たちはこの二柱の付き人では無かったのか?」

「いや、この3人は俺のアイドルなんだが……」

 Pは先のやり取りから、ガネーシャが自分を神と思っていることに気付いていたが、本人には全く自覚がないため困惑するしかない。

「偶像(アイドル)?普通は彫像などを作るものだが、人間にやらせるとは中々新しいな!だが、それなら男の方が良かったのではないか?」

「いや、俺は女性アイドルのプロデューサーなんで……」

「まあまあプロデューサーさん、とりあえずここはガネーシャ様に従いましょう」

 今一かみ合わない会話を遮って、ちひろが口を挟む。

「確かに俺はここオラリオで巨大派閥を築いているが、元は同じ神。敬語は不要だぞ?」

「いえ、恐らく私はガネーシャ様よりも位が低いので」

「むう……よく分からんが、まあ良かろう。ならばそろそろ行くぞ!着いてこい!」

 返事も待たずに先に行くガネーシャに、護衛が慌てて着いて行く。Pは訳が分からず、混乱の極致だった。ちひろが何か知っていることだけは察せられたが。

「ちひろさん?」

「質問は後でお願いします。卯月ちゃん、凛ちゃん、未央ちゃん、それ程時間は掛からないと思いますので、ちょっとだけ待っていてくださいね」

「は、はあ……」

「ちひろさんが言うなら……」

 ちひろに言われて引き下がる3人。ちひろは3人を満足げに眺めた後で「では行きましょう、プロデュサーさん」とPを促してガネーシャの後に付いて行った。

「(……ま、なる様になるか)3人とも。ちょっと待っててくれ。なるべく早く戻るから」

 Pは3人を置いていくことに一瞬躊躇したが、すぐに切り替えて一言残し、大人しくちひろの後に付いて行った。

 

 

 

「さて、それでは客室に案内しよう。着いてこい」

「「「は、はい」」」

 P達を見送った後、シャクティは卯月たち3人を促して神殿へと入って行った。

 入った途端、視界に飛び込んできた豪華なロビーの内装を見て、未央が目を輝かせる。

「わぁ、凄いよしまむー、しぶりん!なんかRPGのゲームの中みたい!」

 神殿の中は外観の期待を裏切らず凝った装飾の施された白亜の柱に、大理石の床と未央の言うようにファンタジーRPGさながらの造りだった。ところどころ象の彫刻が飾ってあるのはガネーシャファミリア故か。

 因みに、未央本人はテレビゲームはほとんどやったことが無いのだが、弟が好きだったためそこそこ知識がある。逆に卯月と凛は時間つぶしにスマホのゲームをたしなむくらいで、ほとんどゲームとは縁が無い。それでも現代日本人として未央の言っていることは理解できた。いや、凛に至っては海外の遺跡の前で撮影を行った経験があるくらいだから、むしろ未央よりも詳しかった。

「未央、あまり騒がしくするのは良くないよ」

 それ故か、内装に対する感動も未央程ではなく、逆に窘める余裕があった。

「あ、ご、ごめん……」

 気まずそうにしゅんとする未央に、先を行くシャクティが気さくに笑いかけた。

「ははっ、構わないよ。ガネーシャファミリア自慢の神殿だからね。楽しんでもらえるのなら、こちらも嬉しい」

 ぱっと見取っ付き悪そうな冷たい印象を受けたが、意外にも話の分かる相手だったようだ。むしろ無邪気な未央の様子を見て嬉しそうに目を細めている。

「え!じゃあ色々見て回っても?」

「見張り付きなら構わないけど、それは話が終わった後だね。まずは客室に案内しよう」

「は、はい」

 シャクティの言葉にかしこまったように頷く未央。話の分かる相手であるのは理解できたが、それでも素直に言葉に従ってしまうようなオーラが彼女にはあった。こう見えても未央とて魑魅魍魎跋扈する芸能界で生きてきたのだから、威厳のある相手と話す経験は何度かあったが、それらとは一線を隔てた雰囲気が彼女にはあった。

(ねえねえ。なんかさ、シャクティさんって、こう……凄くない?)

(う、うん。私もうまく言えないんですけど、何か逆らえない様な雰囲気を感じます)

(うん……この感じ、やっぱり只者じゃないね)

 この会話はシャクティに聞かれない様にと小声だったが、耳の良いシャクティにはばっりちり聞かれていた。

 卯月たちが感じているのは、正に生き物としての格の差だ。一般にレベルが上がることは、それだけ神に近づくと言われている。卯月たちはそれを無意識に感じ取っていたのだ。

(……勘の鋭い娘達だ。意外と成功するかもね)

 オラリオは冒険者の都市だ。さすがにLv5の自分に届くことは難しいだろうが、強くなる見込みがある冒険者が増えることは大歓迎だった。

 別に彼女たちが冒険者になると決まった訳ではないが――何やら複雑な事情があることだし、そうなると冒険者を選ぶ可能性は非常に高い。

 前途有望な冒険者が増える可能性を感じて、シャクティは少しだけ顔に喜色を浮かべた。

 

 

 

 通された客室の造りも、神殿のロビーに負けず劣らず豪華だった。

 卯月たちは質のいいソファに恐縮そうに腰を下ろし、シャクティからこの都市――オラリオの説明を受けていた。

 特にドワーフやエルフと言った異種族の話はファンタジーRPGにそこそこ詳しい未央を興奮させた。リアル猫耳とか、みくが羨ましがるだろうなーとPと同じようなことを3人とも考えたのはご愛敬だが。

 そして、当然の流れとして、迷宮都市オラリオの中心部に位置するダンジョンの話に辿り着いた。

「私達冒険者はこのダンジョンの探索をすることで生計を立てている」

「ダンジョンを探索することで、ですか?」

「ああ。どういう仕組みかは分からないがダンジョンからは常にモンスターが生まれていてね。彼らの核になる魔石はこの都市の生活の基盤を支えるエネルギーでもあるんだ。そのため、ギルドが魔石を管理して冒険者から買い取っている」

 卯月達の暮らし現代の話に例えるなら、魔石は電気と同じようなものだ。それ故に需要は尽きないし、それを定期的に確保するためにダンジョンに潜る冒険者が必要となる、と言うシステムだ。

「おおっ、ますますRPGっぽい!」

「でも、危険じゃないんですか?」

「無論、危険だ。それこそ、毎日のように命を落とす冒険者が現れる。見返りが大きい分、当然リスクも大きい」

「あの……神様が居るのなら、生き返ったりとか……」

「多少の怪我……いや、生きていれば大抵の怪我なら奇蹟の力で治せる可能性はある。だが、死んだらそれまでだ」

「「「…………」」」

 思ったよりも過酷な世界に押し黙る3人。その様子に、シャクティは先ほど感じた期待を少し下方修正しつつも、それでも3人に伝えた。

「私はあなた達がどこからどのようにしてこの都市にやって来たのか知らない。報告によると、街中に突如として現れたと言う話だから、何かしら複雑な事情があるのだろう」

「「「…………」」」

 沈黙で答える3人。そもそも、3人ともどうしてここに来たのか理解していないのだから、答えようが無かった。

「もしも、元の場所に戻りたいと考えているのなら、冒険者となってダンジョンを攻略するのが一番の近道だと思う」

「……なぜ、ですか?」

「ダンジョンの最深部には何があるのか誰も知らない。まだ、そこまで到達できた冒険者は一人もいないからね。そこに何があっても――どんな願いでも叶えることができる神秘の道具があったとしても、不思議ではないんだ。ダンジョンは、それだけの力を秘めている」

「それは……その通りかもしれないけど……」

「もっと現実的な話をすると、あなた達はこの都市でどうやって生きていくつもりだ?」

「どうやってって、それは――」

 言いかけて言葉に詰まる。元の世界ではアイドルをやっていた。そのような娯楽産業で生活できるのは、元の世界が豊かであったからだ。死の危険を賭してまでダンジョンに向かう冒険者が生活するこの都市で、果たしてそんな余裕があるのだろうか。そしてもっと単純に、この世界でアイドルをする方法が分からない。

「私たちも慈善事業じゃないからね。さすがに、あなた達の生活の面倒まで見ることはできない」

「「「…………」」」

 3度、彼女たちは沈黙した。元の世界ではSランクアイドルと言っても、この世界では何の肩書きもない少女に過ぎないのだ。

「でも、プロデューサーさんなら……」

 しかし、そこで彼女たちは不意に思い出した。誰よりも頼れるプロデューサーの存在を。今まで問題の大きさに圧倒されて失念していたが、誰よりも頼りになるプロデューサーが彼女たちには付いているのだ。それは、現実逃避に近い想いではあったが、確実に彼女たちの心の支えになった。

 3人の瞳に力が戻ったのを感じて、シャクティは内心でほっと安堵の息を吐く。少々脅し過ぎたかと後悔していたのだ。

「そのプロデューサーと言うのは、もしかしてあなた達と一緒にいた二柱のことか?」

「柱、ですか?」

「卯月、神様のことを呼ぶときに、世界を支える柱と言う意味を込めてそう呼ぶの」

「プロデューサーとちひろさんが神様ってのは信じられないけど、この状況を見る限り間違いなさそうだよね」

 それを聞いて、シャクティは満足したように頷く。彼女たちはある意味運がいい。神の恩恵を受ける当てがあるのだから。

「それなら、あなた達はそのプロデューサーと言う神の『子』になって『恩恵』を受けるといい。それだけが、この都市で冒険者になるための唯一の条件なのだから」

 不思議そうに自分を見つめる3人に対して、シャクティは神の眷属――ファミリアについて説明を始めた。

 



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3話 ウラヌス

話が進まない……状況説明なんてどうでもいいのに……
ウラヌスの口調は分からないんで適当です。過去にダンジョンの力がうんぬんもオリジナルです。
やはりちひろは女神。


「おっ、何か凄い所に来たな」

 ガネーシャに連れられたPは、案内された場所の異様さに思わず呟いていた。

 細い路地に入り、とある建物の入り口で護衛を残して入って行き、その上でガネーシャが何か呪文のようなものを唱え、地下への道が穴を明けた。

 どうみても隠し通路だ。

「ここからは暗いからな。足元に注意しろ」

 ガネーシャは携行用の魔光灯を取り出して先を進む。Pはそれを見て(この世界にも懐中電灯はあるのか?にしては光の色が違うような)と怪訝に思いつつも素直に後に付いて行く。Pの隣には同行してきたちひろもいるのだが、彼女は魔光灯を特に疑問には思っていない様だ。

(明らかにちひろさんは何か知っているっぽいし、本当にどうなってるんだ?)

 空気を読んで黙っているが、Pはちひろに問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

 しばらくして目的地に辿り着く。そこは、地下とは思えないほどの広い空間だった。

 その広間は石畳が敷き詰められ、中心には石の玉座があり、それを囲むように4つの巨大な松明が置かれ周囲を照らしている。

 その玉座には、ローブに身を包んだ一人の美丈夫が鎮座していた。白髪に髭を蓄えたその姿は一見老人にも見えるが、その圧倒的な存在感が年齢を不明のものにしていた。これ程の相手なら、自覚のないPでもさすがに分かる。相手が、圧倒的な力を持った神であることを。

「よくぞ来た。異界の神よ。……ガネーシャ、使い走りの様な真似をさせてすまなかった」

「何、気にするな。この俺にも興味のある話だったのでな!むしろ真っ先に関われたことを幸運に思う程だ」

 美丈夫の言葉に、ガネーシャも気さくに応える。Pの感覚ではガネーシャよりも相手の方が格上に見えるのだが、両者とも神であれば格の違いなど関係は無いと言うことか。

「改めて、私はこの都市に住む神々の一柱、ウラヌスと言う。故あってここを動けず、招待させた無礼はお詫びしよう」

「あ、はい。俺はPと言います」

「私はPさんの従属神の千川ちひろと申します。宜しくお願い致します」

(従属神?)

 Pはここでいきなり出てきた新しい言葉に疑問を思ったが、話の腰を折る訳にはいかないので黙っていた。まずはこの目の前の神――ウラヌスに話を聞く方が先だ。

「それで……え~と、ウラヌス様?」

 自分も神と言われているが、相手の方が格上っぽいのは事実なので、少々迷った末に敬称を付けるP。ウラヌスはその言葉に苦笑を漏らした。

「同じ神だ。敬称など不要だ」

「ならウラヌスさんと呼ばせてもらいます。あなたが、俺をここへ呼んだ理由は何ですか?」

「この都市を管理するギルドの主として、新たに降臨――いや、誕生した神と話をしたかっただけだ」

「話、ですか?」

 首を傾げるP。それだけならば、人を使ってもよさそうなものだが。

「無論、新たな神を見極めると言う目的もあったが、それは既に達せられた」

「…はぁ?」

 今一理解がおいつかないPを他所に、ウラヌスは話を続ける。余談だが、ウラヌスは例外的に神の奇蹟の使用を一部許されている。神眼で以ってPの人品の良さと……その内に秘められた底知れぬ神威に気付いていた。

「では、俺が……俺達がこの世界に来た原因を知っていますか?」

「知っている。ここ迷宮都市オラリオのダンジョンが、新たなる神の誕生を感じてお主を呼び寄せたのだ」

「ダンジョンが……?なぜ……と言うか、ダンジョンに意志があるんですか?」

 字面だけ見れば、ダンジョンはただの迷宮でしかない。意志を持って行動を起こす存在には思えなかった。

「ある。光の下に住む者を――何よりも神を恨んでいる。故に、新たに生まれた神を呼び寄せたのだろう」

「俺はそのダンジョンに何かした覚えはないですが……」

「ダンジョンが恨んでいるのは、された事ではなく神と言う存在だ。お主はただ巻き込まれた――有体に言えばとばっちりを受けただけだな」

「はた迷惑な……」

 ダンジョンが実際にどの程度の規模なのか知らないが、それが意志を持つ存在になっているのならば異世界のPを呼び寄せることもできると言うのも、分からない話ではない。分からない話ではないが……

「なら、なぜウラヌスさんは俺達がこの世界に現れることを知っていたんですか?」

 ガネーシャはあまりに準備が良かった。あらかじめP達がこの世界に来ることが分かっていなければ、出来ない行動だ。

「私はこのダンジョンの力が外に溢れぬように、祈祷によって抑える役割を持っている。しかし、数日前に突如としてダンジョンの力が強まり、私の抑えを突破したのだ。かつても同じことが起こり、その時は新しい神が降臨した。今回も同じことが起きる可能性が高いことは容易に想像がついた」

 故に、予めガネーシャと連絡を取り、新たな神が降臨したら連れてくるように頼んだのだと。

「俺が神と言うのは、自覚が無いので信じられないのですが、解りました。ちひろさんも神らしいから、それも分かります。では、なぜ卯月、凛、未央の3人もここに一緒に来たのですか?彼女たちも神と言うことなのですか?」

「お前の付き人の3人の事か?俺が見る限り、彼女らは普通の人間であったな」

 ガネーシャが口を挟む。ウラヌスは卯月たちの事を知らないため、質問の意味が解っていなかったからだ。ガネーシャが卯月たちへの対応が直ぐにできた理由は、巨大ファミリア故のフットワークの良さが理由であり、卯月達普通の人間が神と共に召喚されてくるとは完全に予想外のことだった。

「それに関しては私も分からぬ。過去の時は神が一柱現れたのみであったからな」

「そんな……」

 今まで明確な回答があっただけに、Pの狼狽は大きかった。いや、それだけではない。Pがこの世界に来る直前、Pがいた美城プロの事務所には他にも多くのアイドル達が居たのだ。卯月たちだけしか呼ばれていない、と言うことならまだいいが、もし全然別の場所に出ていたら――

「プロデューサーさん、みんなの事なら今は大丈夫です。後で、私が詳しい話を説明します」

「ちひろさん!?だけどっ!」

 慌ててこの場から飛び出していこうとしたPをちひろが抑える。

「少なくとも、皆さんの身に危機は及んでいませんっ!この場は、私を信じてください」

「……分かった。スマン、ちょっと動揺していた」

「大丈夫ですよ。プロデュサーさんが、アイドルのことになると周りが見えなくなる人だったことは、十分に知ってますから」

 にっこりとほほ笑むちひろに、Pはバツが悪そうに頭を掻く。それから、改めてウラヌスに向き直った。

「すみません。お見苦しい所をお見せしました」

「無理からぬことだ。気にする必要は無い」

 鷹揚に頷いくウラヌスに、Pは安堵の息をついて、改めて訊ねた。もう聞きたいことは大体聞いたが、これだけは聞いておきたかったのだ。

「――俺達が元の世界に戻るにはどうすればいいですか?」

「そうだな。お主が神の力を使えば、すぐにでも戻れるだろう。ダンジョンには神をこの地にとどめ続けておくだけの力は無い。また、一度呼ばれたことを経験していれば、二度目はまた呼び出されそうになっても抵抗できるだろう」

「そ、そうなんですか?」

 その思ったよりも簡単な内容に、つい意外そうな声で聞き返してしまう。てっきり、ダンジョンを攻略しなければならないだとか、無理難題に近いことを言われると思っていたのだ。まあ、Pが神の力をまだ自覚していないと言う問題はあるのだが。

「お主に自覚は無い様だが、お主の力は神々の中にあっても相当に強い。異世界だろうが帰還は可能だろう」

 神の力は信者からの信仰によると言われている。現世においてPはアイドルを通してではあるが、40億を超えるファンを――信者を獲得しているのだ。太古から続く神々と言えども、そこまで信仰を集めた神は居ないだろう。つまり、神の力だけならPはオラリオで最強であった。

「そうか、何とかなりそうなのか……」

 Pはほっと安堵の息を吐いた。

「他に聞きたいことはあるか?」

 ウラヌスの問いかけにPは少し考えたが、聞きたいことは全て聞けたと判断した。他のアイドルたちがどうなっているのかは気にかかっているが、ちひろさんが知っているようだし、元の世界に戻るための神の力に関しても自分の自覚が必要と言うだけならばどうとでもなると考えていた。

(そう言えば俺ばっかり話していたな)

 そう思ってちひろに視線を向ける。ちひろはずっとPの一歩後ろに控えていたが、その視線を受けて隣に歩み寄ると、Pに代わってウラヌスに話しかけた。

「では、私からウラヌス様にお願いがあります。私たちが、この都市でダンジョンを探索するための拠点を頂けないでしょうか?」

 ちひろはそう言うと、驚くPを他所にウラヌスに向かい礼儀正しく頭を下げた。

 

 

 



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4話 他のアイドル達の状況

状況説明は続くよどこまでも。
無駄に難産だった。次回にファミリア結成まで進めたい所。


 ダンジョンからそこそこ近い場所にある、そこそこ大きな木造の館。

 Pとウラヌスの会談が終わった後、一度ガネーシャファミリアで合流したP達は、ガネーシャファミリアの団員の青年に連れられてその館へと案内されていた。

 礼を言って青年と別れて、館を見上げるP達。ここが、ちひろがウラヌスに相談した結果、ギルドから与えられた迷宮都市オラリオで活動するための、P達の拠点だった。

「ここか……思ったよりいい場所だな。ウラヌスさんにはまた礼を言っておかないと」

「わぁ、立派な建物ですね」

「う~ん、先に神殿(ガネーシャファミリア本拠地)見ちゃったから、ちょっとインパクトが足りないな~」

「そう?広いし、悪くないと思うけど」

「皆さん、とりあえず中に入りましょう。最低限の管理はしているとの話でしたけど、色々と準備もありますし」

 ちひろに促されて、Pがギルドで預かった鍵を使って門を開けて敷地内に入っていく。

 数十人集まってもある程度自由に動ける広い庭に、これまた数十人くらいなら楽に住めそうな四階建ての立派な木造家屋。ギルド曰く、元々は中規模クラスの探索系ファミリアが拠点としていた場所で、そのファミリアの勢力が大きくなって手狭になり、別の拠点に引っ越したのでギルドが引き取ったそうだ。

 P達5人では持て余す広さだが、Pとちひろには人数が増える当てがあったため、ちひろが広い拠点を希望したのだ。まあ、最終的にはこの広さでも賄えなくなりそうなのだが、当面の拠点としては十分だった。

「さて、今後の話をしようか」

 館の居間に集まり、神妙な顔でPが話を切り出した。幸い、家具は一通り揃っていたため、少し掃除をすればそのまま使えた。ギルドの管理は中々しっかりしていたようだ。

 居間のソファにPとちひろが並んで座り、テーブルを挟んだ向かいのソファに凛、卯月、未央の3人が座っている。テーブルにはちひろが淹れたお茶が5つ並んでいた。ガスコンロならぬ魔石コンロを扱うのはちひろも初めてのことだったのだが、難なく使いこなしていた。

「それよりさ、先に私達からお願いしたいことがあるんだ」

 いつになく真面目な様子のPに、しかし凛が意を決したように割り込んだ。いや、決意の顔をしているのは凛だけではない。卯月も未央も同様に真剣な顔でPを見ている。

 まさか凛達の方から話を切り出されると思っていなかったPは、驚いて「え?」と間抜けな声を返す。

「私達さ、ガネーシャ…様?のとこにお邪魔した時に色々聞いたんだ。ダンジョンとか、冒険者のこととか」

「私達は元の世界ではアイドルでしたけど、ここではただの普通の女の子なんですよね。この世界でもアイドルやれたら、それが一番素敵だと思うんですけど……」

 そう言って、卯月がPの顔を窺う。……安心させてくれることを多少は期待していたかもしれないが、Pは誠実に首を横に振った。

「……確かに、この世界でアイドルをやるのは難しいな」

 アイドルゴッドと呼ばれたPでも、そう答えざるを得なかった。

 この世界でも踊り子は居るが……大抵は娼婦も兼ねている。一般に命の危険を感じると、自分の子孫残したいと言う欲求が高まり、性欲が高くなると言う。常に危険な場所に身を置いている冒険者が大勢いるこの街では、娼婦の需要が高まるのは当然だった。

 そんな状況で『歌って踊れる美少女、でもお触りは厳禁な』なんて理屈が通る筈がない。最悪詐欺扱いされるだろう。

(もっとも、不可能って訳じゃないけどな)

 一方で演劇のような娯楽産業も元の世界と比べれば遥かに劣るものの、この世界にもある。アイドルの歌とダンスを普通の踊り子とは異なるエンターテイメントとして魅せることさえできれば、アイドル活動は可能だとPは考えていた。それこそ、元の世界のド派手な演出を再現できれば、それは十分に可能だろう。

 どちらにしろ、実現させるためには莫大な資金がいる。ある程度懐に余裕が出来てから検討するのは有りだが、今の状態では不可能な話だ。

「そんでさ、シャクティさんが教えてくれたんだ。この世界の知識がな~んにもない私達が、この世界で生きていくためにはどうすればいいのかってね」

「それは――冒険者になること。冒険者になればこの世界でのお金も稼げるし――もしかしたら、元の世界に戻る方法を見つけることができるかもしれない。冒険者になるには、神の恩恵を得る必要があるって話だけど、私達には神になったプロデューサーがいる」

「だからプロデューサーさん、お願いします。この世界で生きていくために私達をプロデューサーさんの『眷属』にして下さい」

 卯月がそう締めくくり、3人揃って頭を下げた。

 ――卯月たちはシャクティから聞いて知っている。神はダンジョンには入れない事を。だから、Pとちひろには頼れない。冒険者になることは卯月達にしかできないのだ。

 アイドルを大切に思っているPは、こうする以外に方法がないと分かっていもアイドルである卯月たちを危険な目に合わせることを躊躇うだろう。だからこそ、卯月達は自分たちから頼むことを決めた。誰よりも信頼して、思慕の念すらも抱いているPのために。

 Pは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。卯月達の提案は正直に言って助かる。そもそも、Pの方から卯月達に頼むつもりではあったのだ。だが、それでもアイドルをダンジョンと言う危険な場所に送り出すことへの抵抗が、Pを苦しめていた。

「分かった。ありがとう、卯月、凛、未央」

 しかし、そうするしか無い事は――いや、そうしなければならないことをPは十分に理解していたため、3人の決意に感謝して礼を言った。

「はい!プロデューサーさん、冒険者としても、私たちのプロデュース、宜しくお願いしますね」

「まあ、折角異世界に来たんだし、冒険者やるのも悪くないかな」

「うんうん。正直、ちょっと面白そうだし。魔法とか使えるようになるのかなぁ」

 Pの言葉に3人とも笑顔で応える。不安が無いわけではないし、魔物とは言え生物を倒すことにも抵抗がある。しかし、Sランクアイドルにまで上り詰めた少女たちにとっては、その程度の事で折れることは無かった。

 Pは笑顔を見せる3人を頼もしく思い、つい口元を綻ばせる。しかし、すぐに引き締めて真面目な顔を作った。話はこれで終わりではない、むしろこれからが本題だからだ。

「じゃあ、今度は俺達がウラヌスさん達から聞いた事を説明するぞ」

 P達がこの世界に呼ばれた原因を簡単に説明する。説明を聞き終えた卯月が不思議そうに首を捻った。

「その話ですと、どうして私達までこの世界に呼ばれたんでしょう?」

「それだけじゃないよ。なぜ私達なのかってのも気になる」

「近くに居たのが原因だったら、あーちゃんや茜ちんも来てないとおかしいしね」

 Pが抱いた疑問とほぼ同じものだ。呼ばれたのが神であるのならPとちひろだけの筈であるし、仮にあの時Pの近くに居た者が巻き込まれてこの世界に来たのだとしたら、最低でもPCS、TP、PPのメンバーが来ていないのはおかしい。あの時卯月達3人はNGではなく先に挙げたユニットで集まっていたのだから、それぞれ個別に呼ばれたと言うのは無理があった。

「それについては、私から説明しますね」

 ちひろがPに代わって口を開く。そもそも、この件に関してはPよりも先に神として自覚があったちひろの方が詳しかった。これは私の推測もあるんですが、と前置きして続ける。

「卯月ちゃん達がこの世界に来た原因は、プロデューサーさんに巻き込まれたからなんです」

 そしてちひろはPが神に至った経緯を説明する。アイドルプロデュース活動によって、Pは40億を超えるファンを――信者を得たことで神になった。ただ、Pが40億を超えるファンを得るに至った原因は、彼がプロデュースしたアイドル達だ。それ故に、アイドル達もPのもつ神力の一部と見做され、一緒にこの世界に呼ばれたのだ。

「つまり、卯月達がこの世界に呼ばれた理由は、俺に巻き込まれたからなんだ。本当に済まなかった」

「い、いいえ!謝る必要なんてないですよ!悪いのはその、ダンジョン…さん?なんですからっ」

 頭を下げて謝罪するPを、卯月が慌てた様に止めさせる。しかし、凛は険しい顔のままだ。別にPに巻き込まれたことを怒っているのではない。ちひろの言葉でもっと重大な問題に気づいたからだ。

「待って。それじゃあ、何で今ここには私達しか居ないの?!」

「もしかして、私達とは別の場所に……!」

 凛の言葉に、未央が顔を青ざめる。自分たちが無事でいられるのは、すぐにガネーシャ・ファミリアに保護されたからだ。荒くれ者の冒険者が多いこの街で、何の庇護も受けずに女だけで放り出されたらどうなるか……少なくとも、碌な目に合わないことくらいは簡単に想像できた。

「大丈夫です。少なくとも、他のアイドルの皆さんに危険はありません」

「ああ、それは俺も確認している。でも放置できる状況じゃないのも事実なんだ」

「放置できる状況じゃない……ですか?」

 ちひろとPの言葉に一先ず安心したものの、Pの言った『放置できる状況じゃない』の意味が解らない。

 元の世界に居るのであれば、混乱はしているだろうが異世界からではどうしようも無いだろう。ならば異世界の別の場所でかくまわれているか、もしくは誘拐されているか――前者であれば放置はできないが迎えに行けば済むことだからPの深刻な様子とは合わないし、後者だったら『危険が無い』と断言されないだろう。

「もしかして、ここからは遠く離れた安全な場所にかくまわれているってこと?」

 凛が思いついたように言う。それならアイドル達は不安に感じているだろうし、迎えに行くにも直ぐにと言う訳にはいかないから深刻な状況だろう。

「状況だけ見れば正解に近いけど、もっと問題は深刻なんだ」

「ダンジョンが私達を呼ぶときに、アイドルの皆さんも巻き込まれました。でも、ダンジョンが求めていたのは神であるプロデューサーさんと私だけでしたから、巻き込まれただけのアイドル達は途中で放棄されたんです。この世界に着く直前に気付いて何とかしようとしたんですが……卯月ちゃん達を救い出すだけで精一杯でした」

 元の世界では、ちひろだけは事情があって自分が神になったことに気付いていた。だからこそアイドル達が放棄されそうな事情に気付き、神の力を使って助けようとしたのだが、ちひろの力は神としては大したことが無く、非常に限定的にしか発動できないこともあって卯月達3人だけしか助けられなかったのだ。

「ちひろさんからその話を聞いた俺は、アイドル達の状況を確認するためにすぐに神の力に目覚めたんだ」

 Pはアイドルのためなら大抵の無茶を押し通せる男である。自分が神であると言う情報があり、アイドルの安否を確認するには神の力に目覚めるしかないと言われれば、それくらいのことは一瞬でできた。だが、それで理解できたのは、自分の力だけではどうにもできないと言う残酷な事実だった。

「今、他のアイドルは皆次元の狭間に居る。そこでは時間の流れも止まっているから、外敵に襲われることは無いし歳をとることもない。そして、自分の意識も無ければ自力で脱出することもできない――そんな空間に閉じ込められてしまったんだ」

「「「ええっ!?」」」

 Pの口から発せられた衝撃の事実に、卯月達3人は揃って驚愕の声を上げた。

 

 

 



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5話 スタージュエル

「じ、次元の狭間とか、どういう事っ!?そんなゲームみたいな場所があるのっ!?いや、ここもゲームみたいなんだけど!」

「そ、そんなことよりも、早く皆さんを助けないと!」

「落ち着きなよ、二人とも。プロデューサー、助ける方法はあるんでしょ?」

 他のアイドルの皆が次元の狭間に閉じ込められた、などと言う超展開の話を聞いて未央と卯月は驚愕に慌てふためき、凛はそんな二人を窘めた。いや、最初こそは凛も驚いたが、未央と卯月が先に取り乱したため冷静になれた。そして冷静になれば、皆を助ける方法があることは容易に想像ができた。信頼するPが、深刻そうな顔をしていたが絶望していなかったからだ。

「ああ、その通りだ」

 凛に話を振られて、Pははっきりとそう答えた。その言葉に卯月と未央も冷静さを取り戻した。

「その方法って……?」

 ごくりと唾をのんで聞き返す未央に、Pは頷き返して真剣な様子で答えた。

「ガシャだ」

 ――Pの回答は簡潔に過ぎた。不思議そうな顔をする3人に向けて、ちひろが詳しい説明をする。

「卯月ちゃん達は、魔石の話は聞きましたか?」

「はい、シャクティさんから聞きました。モンスターの核で、この街の生活の基盤を支えるエネルギーになっていて、それでギルドが買い取ってるんだとか……」

「ええ、そうですね。卯月ちゃん達が冒険者になるのなら、その魔石を売ってこの街で暮らしていくお金を稼ぐことになりますね。でも、私達――正確には、プロデューサーさんの従属神の私には別の使い方ができるんです」

「別の使い方って?」

「はい。私の力で魔石を『スタージュエル』に変えることができるんです」

「スタージュエル?」

「はい。これはアイドルのために不思議な力を起こすことができる――魔法を掛けられる宝石なんです。例えば……次元の狭間に閉じ込められているアイドルを見つけ出す、なんてこともできますよ」

「じゃあ……」

 卯月達の表情が明るくなる。ちひろの言わんとすることが分かったからだ。その先は自分の仕事になるので、Pが変わって説明した。

「見つけ出すことさえできれば、俺の力でアイドルをこの世界に引き上げることができる」

「助けられるんですね!」

 嬉しそうな卯月の声にPは首肯して、しかし…と続ける。

「スタージュエルを一つ作るためにどれだけ魔石が必要になるかは分からない。純度の低い魔石を用いた場合、複数の魔石が必要になるんだ」

「魔石のエネルギーを用いてスタージュエルを作りますから、小さな純度低い魔石の欠片だと複数個必要になります。後、市販に出回ってる魔石はスタージュエルに変えることが出来ません。もう魔石の道具――家電ならぬ家魔石とでも言いますが、それに使うように加工されているので、スタージュエルに変えることが出来ないんですよ」

 つまり、スタージュエルに変えることができる魔石はあくまでダンジョンに潜ってモンスターを倒したもの、と言うことになる。そしてモンスターを倒して手に入れた魔石に関しては、ギルド以外での売買を禁止されているため冒険者に依頼して買い取ることもできない。魔石は街の基盤になるエネルギーなのだから、下手に価格競争が起こると大きなインフレが発生して経済が破たんする危険があるため、ギルドが厳しく管理していた。

「そして、次元の狭間に閉じ込められているアイドルを見つけるためには60個のスタージュエルが必要になる。それで見つけられるのも一人だけだ」

「60個で一人……」

 Pの言葉に凛が呟く。つまり、1つ作るのにどれだけの魔石が必要か分からないものを60個も集める必要があるのだ。そして次元の狭間に取り残されているアイドルは自分たちを除いて残り180人。先が思いやられると言うものだ。

「ついでに言いますと、誰を見つけられるかは完全にランダムです。特定の誰かを選んで捜すことはできないんですよ」

「そうなんですか……」

 スタージュエルはアイドルに魔法を掛ける宝石だが、対象をアイドルにすることしかできない。発動の条件は『次元の狭間に居るアイドルを見つける』と言う内容になるため、誰かを任意で選ぶことは出来ない。Pがガシャとか言ったのはこれが理由である。

 もっとも、逆に助ける対象を選ぶことにならなかったのは良かったとも言える。こんな状況で助ける対象を指定して選んでいくのは『なぜ最初に選ばれたのか』『なぜ最後まで選ばれなかったのか』の疑問が生じる為、揉め事の種になるからだ。

 Pはアイドルを差別したりはしない。アイドル達もそれは十分に理解している。しかし、アイドル達も人の子なのだから、Pの意志で後回しにされたりすればそれに対し疑問を持つ者もいるだろう。例えば、差別にならない様に50音順にした、と言った所で『その順番では自分は後の方になるのが分かっていた筈』と言う疑問が生じる可能性もあるのだから、これはどうしようもない。そう考えれば、ランダムであることは決して悪い事ではなかった。

「実は、俺が神の力を使えばすぐにでも元の世界に帰ることができる。だけど、その場合は次元の狭間に閉じ込められたアイドルの皆はそのままだ。そして、元の世界には魔石が無いからアイドルを救えるかどうかは分からない。だから、この世界で皆を次元の狭間から助け出す必要があるんだ」

「プロデューサーの力で次元の狭間に居る皆を直接助けられたりは……」

 言いながら、未央はそれが無理であることは理解していた。もし出来るのならこんな話はしていない。それでも、聞かずにはいられなかった。

「残念ながら無理だ。次元の狭間にアイドルが居ることは感じられるが……上手く説明できないが、場所として認識できないんだ。だから、そこからアイドルを助けるためにはスタージュエルで場所を特定する必要があるんだ」

「そっか……まあでも、元の世界に帰ることができるって解って良かったよ。シャクティさんに言われた通り、ダンジョン制覇しないと無理って思ってたから」

 凛が気を取り直して言った。今まで誰も制覇したことがないダンジョンを制覇することと比較すれば随分楽な条件になったのは間違ないため、それを思えば大分気が楽になった。

 そこでPは一息つくと、皆を見渡して話をまとめることにした。

「話をまとめるぞ。卯月、凛、未央の3人は俺の恩恵を受けて冒険者になってもらう。……危険な目に合わせて済まないけど、宜しく頼む。それで集めた魔石を一部はギルドで換金して生活費にあてて、残りをスタージュエルにする。そうやってアイドルを助けて行って、全員助け終えたら皆で元の世界に帰る。それが目標だ」

「私達はダンジョンに潜れませんけど、その分皆さんをサポート致します。幸い、私の力でアイドルをサポートすることに関してはウラヌス様に許して頂けましたし」

 余談だが、ちひろが使える力は神の恩恵を受けた人間が使う奇跡の力と大差なく、実際に使う際にも神の力を発することもほとんどないため、特例で許可されている。そもそも、許可されなければスタージュエルも作れないと言うことになるのだが。

 Pとちひろの言葉に、真剣な顔で頷く卯月達。やるべきことが明確になったこともあり、最初の時と比べると表情はずっと明るい。

 その様子にちひろは笑みを浮かべて、言った。

「では、早速プロデューサーさんと契約してもらいましょうか。プロデューサーさん、宜しくお願いしますね」

 ちひろの言葉に、シャクティから契約の方法を聞いていた卯月達は「う……」と小さく声をもらし、顔を赤く染めた。そんな反応をしても、Pと同じく神と聞かされているちひろに契約してもらうと言う発想が出てこない辺り、3人のPに対する信頼はかなり高いと言えた。いや、あわよくばちょっとくらい意識して貰えるかもと思っているくらいだ。自覚があるかないかはともかくとして。

 その事に気付いているちひろは、そんな3人の様子を微笑ましく見ていた。

 因みに、ちひろは仮にPと変わって欲しいと頼まれても断っていた……と言うか、出来ないため断るしかなかった。ちひろの立場はPの従属神であるため、Pとそのアイドルにしか力を使うことができない。恩恵を与えることはその神自身の力であるため、ちひろには使用できないのだ。

「場所は――とりあず、客室のソファを使いましょうか。Pさん、先に行って待っててもらいますか。順番に行かせますので」

「わ、分かった」

 Pも当然自分が契約を結ぶのだから、契約の仕方は知っている。アイドルにそんなことを、でも緊急事態だから、とか内心で苦悩しながら居間を出て行こうとするP。そんなPに、ちひろは他の3人に聞こえない様にそっと耳打ちした。

「――悪戯しちゃ、駄目ですよ」

「お、おう。も、もちろん」

 実際に悪戯する気など毛頭ないだろうが、少し焦ったように回答するPを、ちひろは苦笑しながら見送った。

 




余談ですが、1日に2回以上アイドルを見つける時は250個必要になります。


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6話 契約

 神と人(亜人)のファミリアの契約は一体どのように行われるのか。

 端的に言えば恩恵を与える人の背中に神が自らの血を垂らし、それを指で塗り付けることによってステータスをその身に刻むことである。

 つまり――

「よ、宜しくお願いします……」

「お、おう」

 卯月は顔を真っ赤に染めながら、貫頭衣(ガネーシャファミリアで着替えた服)の背中をたくし上げて客室のソファに寝そべっていた。その横に緊張した面持ちのPがどこか戸惑った様子で立ち尽くしている。

 そう、Pと契約するためには、自ら背中の素肌を晒して、Pの指に身をゆだねなければならないと言うことだ。凛と未央は卯月の次に契約するため居間で待ってもらっていた。さすがに二人の目の前でこの契約をする度胸はPにも卯月にも無かったのだ。

「そ、そのだな、卯月」

「な、なんでしょうか?」

 躊躇いがちな声で呼びかけるPに対し、卯月は緊張して上擦った声で応える。その様子にこれ以上の指摘は可哀そうかと思いつつも、Pは思い切って言った。

「……ブラの紐が邪魔なんだ」

「~~~~っ!」

 Pの指摘に卯月はこれ以上ないくらいに顔を赤くする。ガネーシャファミリアでこの世界での一般的な服を貸してもらったのだが、さすがに下着は付けたままであった。

「……わ、わかり、ました」

 卯月は顔を赤く染めたまま、恐る恐る背中に手を伸ばしブラのホックを外す。紐がハラリと左右に別れ、卯月の白い肌が露わになった。

 さすがアイドルと言うだけあって、肌は白くきめ細かくてみずみずしい張りがある。緊張のせいか、薄っすらと背筋に汗が浮かんでいるのを見つけて、Pは思わず唾を飲み込んだ。183人のアイドルをプロデュースしたPでも、いや、だからこそと言うべきか、このような直接的なスキンシップ(と言うのだろうか?)にはあまり免疫が無かった。

「じゃ、や、やるぞ」

「……は、はい、島村卯月、が、頑張ります!」

 いつもの頑張りますの声も緊張のあまり固くなっている。その様子に、Pは改めて決意した。

(卯月も無理をしているんだ。俺がしっかりしないと)

 準備した針で右手の人差し指の腹をチクリと刺す。針を抜くと指先から血玉が出てきて、それを卯月の背中の上にゆっくりと垂らした。

「……っ!」

 Pの血はほんの一滴だったが、卯月の背中に触れた途端に背中全体に浸透する様に広がって行った。その今までにない感覚に、卯月は必死で声を押し殺す。

 Pは卯月の反応をあえて無視して、そのまま右手の人差し指の腹で卯月の背中に触れた。それからゆっくりと背中全体に指を這わせていく。

「ひぅっ!……んっ………ひゃっ!」

 ついに我慢の限界を迎え、卯月の口から喘ぎ声が漏れた。

 卯月は当初甘く考えていた。まだJKで若いため誰かのアンチエイジング程ガチではないがエステに行ったことくらいはあるし、海での水着撮影もあったため手の届かない背中に日焼け止めを塗ってもらったこともある(さすがに相手はプロデューサーではないが)。そのため、背中を触られるくらいなら恥ずかしさはあれど平気だろうと考えていたのだ。

 だが――

(私の中に、何か熱いものが入って来る……!)

 神の恩恵を授かると言うことは、神の力を自らの身に刻むこと。決して、ただ背中をなぞるだけの行為ではない。

 Pが卯月の背中をなぞる度に、Pを通して彼女の体に神の力が注がれていく。どこか不思議な熱を持つ未体験の感覚が、卯月に声をあげさせていた。

(無心になれ、無心に)

 卯月の声が漏れる度に、Pは念仏のように内心で唱え続けた只管作業に徹した。

 卯月のどこか熱を帯びた喘ぎ声は、Pの精神衛生上非常によろしく無かった。少し汗ばんできたなまめかしい背中も、つい魅入そうになるくらい蠱惑的だった。だがPはその誘惑に鋼の意志で耐えていた。数々の魅力的なアイドルをプロデュースしてきたPだからこそ、それが可能だったと言えよう。

(このくらい、酒に酔って甘えてきた美優さんを介抱した時と比べれば、どうってことは無い筈……っ!)

 内実、結構追い込まれてはいたようだ。彼が比較にあげた例は、理性が飛びそうになった出来事のなかでも1、2を争う物だったからだ。…一番で無い所が逆に闇が深いのかもしれない。

 それから時間にして1分ちょっと――卯月やPの体感的にはその何倍も掛ったようにも感じたが――経過して儀式を終えると、卯月の背中にステータスが浮かび上がった。契約終了だ。Pはそれを素早くメモに書き写して卯月に声を掛ける。

「……終わったぞ」

「は、はい……」

 Pの言葉に元気のない声で応える卯月。そのままのそのそとブラを付けなおし、服の裾を戻してからソファからゆっくりと立ち上がった。

「その……だ、大丈夫か?」

「は、はい、ありがとうございます。プロデューサーさん」

 Pの動揺の抜け切れない探る様な言葉に、卯月は振り返って笑顔で応えた。まだ硬さは残っているし、顔も若干赤く染まっているものの、いつもの花が咲く様な明るい笑顔だ。その事にPはほっと安堵の息を吐く。

「じゃあ、凛ちゃんを呼んできますね」

 卯月はまだほんのりと顔を赤く染めたまま、逃げるように部屋の出口に向かった。そこで、何かを思い出したように、ふと足を止めて振り返る。

「あの、プロデューサーさん」

「ん?」

「私の背中、どうでした……なんて」

 そう呟いた卯月の様子はあまりにもいじらしく可愛かった。Pは思わず言葉を失ってしまう。

「やや、やっぱり何でもありません!失礼します!」

 それから逃げるように部屋を飛び出した卯月を見送った後で、Pは呆けた様に呟いた。

「……今のは卑怯だろ」

 

 

 

 3人すべての契約を終えて、Pはちひろの待つ居間に戻った。

 後の二人との契約もつつがなく……とは言えないが、無事に終わった。

(凛は何事もなく終わって助かったな)

 彼女はPにみっともない姿を見せるのことを拒み、恩恵を授かる時の不思議な感覚も見事に我慢しきって見せた。もっとも、感覚には個人差があるようで、凛は卯月程感じなかっただけかもしれないが。

 凛から『何かを抱きしめていると落ち着けると思うから、プロデューサーの上着を貸してくれない?』と言われ、そのくらいで落ち着けるならと渡した上着が原因と言うことはないだろう。

 契約の間、彼女がPの上着を顔をうずめる様にして抱きしめていたこともきっと無関係の筈だ。

 契約を終えた後、凛がやたらと満足しきった顔をしていたのは、声を漏らすことに堪え切れたからに違いない。

 Pにが上着を返す様に言った時に無意識に抵抗したのは……まあ、恩恵を授かる時の感覚に耐えるために抱きしめていたから、名残惜しかったのか――

 ともなく、Pの精神的には白く綺麗な背中にドキリとしたものの、それほど負担を強いられることなく無事に終えることができた。

 むしろ問題があったのはその後の――

(いかん、思い出すな)

 ドアの前に立ちどまり、脳裏に浮かびかけた光景を追い払う様にぶんぶんと頭を振る。

 それから気持ちを落ち着けるように一度大きく息を吐き、居間のドアをノックした。ちひろの「どうぞ」と言う返事を受けてドアを開ける。

 ちひろは普段と変わらない笑顔で椅子に座っている。卯月はPを見て契約のことを思い出しのか少し頬を赤く染めて俯ている。凛は冷静に部屋に入ってきたPに顔を向けたが、その後でチラリと隣の未央を見た。そして未央は――

(……ああ、やっぱり吹っ切れてないんだな)

 部屋に入ってきたPと目が合うや否や、耳まで顔を真っ赤に染めて思い切り顔を反らしてそっぽを向いた。何かあったのが丸わかりの反応である。それを見た凛が訝し気に眉を顰めた。

「プロデューサー、未央と何かあった?」

「ななななな何もないよ、ねっ、プロデューサー!いやぁ、しぶりんは突然変なことを言い出すから困りますなぁ。あはは……」

「……ああ、未央の言う通り何もなかったぞ」

 誤魔化すのが下手過ぎである。Pは溜息を付きたくなるのを必死でこらえて、冷静に応えた。他人が取り乱しているのを見るとかえって冷静になると言うアレである。

「ふぅん、でも、私の時よりも時間掛かってた様だけど」

「えっ!?いや、それは~…」

「未央の奴、恩恵を授ける時の感覚がくすぐったかったみたいでな。笑って身じろぎしてばかりでちょっと手間取った」

 これは事実だったから、Pはそのまま答えた。因みに、恩恵を授かる時の感覚に個人差があると分かったのは未央の反応があったからである。

 実際に未央は『ちょっ、くすぐったいよ!プロデューサー!』とか言って何度かPの作業の手を止めさせていた。

「そ、そうなんだよ!それでちょっと恥ずかしかっただけ!」

「……怪しいね」

 じとっとした目を未央に向ける凛。未央は『あはは…』と乾いた笑いで誤魔化すのみだ。

「そう言えばプロデューサーさん、どうして未央ちゃんと別々に戻ってきたんですか?最後だったんですから、一緒に戻って来ても良かったと思うんですけど」

 凛と未央のやりとりを不思議そうに見ていた卯月が、ふと思いついたようにそんな疑問を口にした。絶妙のフォローならぬ追い打ちである。

「そ、それは、その~……」

「まあ、未央も俺に背中をなぞられていた訳だからな。一緒に戻るのは恥ずかしいから、未央だけ先に戻ったんだ」

「そ、そうですね」

 卯月も自分の時のことを思い出して納得したように頷いた。まあ、実際はそれだけではないのだが……

 凛はまだ訝しんでいたが、卯月が引いたために自分も引き下がった。とりあえず誤魔化すことができて、Pは内心で安堵の息を吐いた。ちらりと未央をみると、未央と目が合い、また慌てた様に視線を逸らされる。やはりまだ引き摺っていた。

(いや、まあ、あんな事故があったから仕方が無いな、うん)

 そう、あれは様々な偶然が積み重なった不幸な事故だったのだ。

 第一に、未央はフロントホックのブラをしていたため、契約の際にはブラごと外していた。(この時点でも未央は『失敗した~』と愚痴を零していたが、まだ平気だった)

 第二に、未央は恩恵を授かる時の感覚がやたらくすぐったかったようで契約作業の間仕切に身じろぎしており、上着の裾が胸の上までめくれあがってしまっていた。

 第三に、Pが『終わった』と声を掛けた時に、我慢していた反動からか『本当にっ!』と飛び起きて振り向いてしまった。

 ……いくら未央がNGで最胸と言っても、まさか上着の裾を持ち上げたまま支える程張りがあるとは未央もPも予想していなかったのだ。これが藍子だったらこんな事故は起きてなかったかもしれない、とは仮に思っても口にしない。

(おっきかったな。形も綺麗で……って、いかん!忘れろ!未央のためにも!)

 さすがに皆の前で頭を振って邪念を払うなどと言う目立つことはできないため、頭の中で般若信教を唱えて邪念を消し去る。

「それではプロデューサーさん、話を進めても宜しいですか?」

 そしてPが落ちついたのを見計らかったかのように、ちひろが絶妙なタイミングで声を掛けてきた。

 Pは『ちひろさんは何があったか気付いているのか!?』と内心で戦々恐々としながら、とりあえずちひろの隣に腰を下ろし、向かいに座っている3人の目の前にステータスを記録したメモを置いた。

「じゃあ、今から3人のステータスを説明するぞ」

 その言葉に、3人とも気を取り直して(未央はまだ顔が赤かったが)居住まいを正した。

 

 

 

 




最初は一人ずつやろうかとも思いましたが、さすがにくどくなりそうだったため、省略しました。
次回ようやくステータスの説明。
ダンジョンに潜れるのは一体いつになるのか……


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7話 ステータス

「そのメモに書かれているのが、現時点での3人のステータスだ」

 

 Pの説明を受けて、NGの3人は自分の前に置かれたメモ用紙を手に取る。そこには、彼女たちの背中に映ったステータスが書き写されていた。

 因みに、背中の文字は神々が使用する『神聖文字』で書かれているため、卯月達が読める言葉へと訳されている。

 各アイドルに渡されたメモに書かれたステータスの内容は以下の通り。

 

 

島村卯月

Lv.1 

力:H0+100  耐久:H0+100  器用:H0+100

敏捷:H0+100  魔力:H0+100

 

《魔法》

【スマイルヒール】

・回復魔法

・自分を含む対象者1名の体力、及び傷を回復する。治療後、傷跡は残らない。

・詠唱式【最高の笑顔で】

 

《スキル》

【Sランクアイドル】

・Sランクに達成したアイドルのみに与えられるスキル

・基本アビリティに+100の補正、及び熟練度が伸びやすくなる

・不老になる

 

 

渋谷凛

Lv.1 

力:H0+100  耐久:H0+100  器用:H0+100

敏捷:H0+100  魔力:H0+100

 

《魔法》

【アイオライトブルー】

・攻撃魔法

・詠唱式【蒼き力の奔流よ。その大いなる力の一部を我に分け与え賜え。蒼き光よ。彼の者を切り裂く刃と成せ】

 

《スキル》

【Sランクアイドル】

・Sランクに達成したアイドルのみに与えられるスキル

・基本アビリティに+100の補正、及び熟練度が伸びやすくなる

・不老になる

 

【蒼】

・蒼い言動により、基本アビリティに+の補正が付く。

・効果は言動の蒼さに比例する。

 

 

本田未央

Lv.1 

力:H0+100  耐久:H0+100  器用:H0+100

敏捷:H0+100  魔力:H0+100  探知:I

 

《魔法》

【】 

 

《スキル》

【Sランクアイドル】

・Sランクを達成したアイドルのみに与えられるスキル

・基本アビリティに+100の補正、及び熟練度が伸びやすくなる

・不老になる

 

 

 3人がメモを見たことを確認してから、Pは3人にステータスの内容を説明する。

 

「最初に書かれた力、耐久、器用、敏捷、魔力が基本アビリティだ。数値とアルファベットで熟練度を示している。で、その下に書かれているのが魔法だ。詠唱式の内容を読み上げて、魔法を名を唱えると魔法が発動する。で、その下に書かれているのがスキル。まあ、固有能力だな」

「ん~、なんで熟練度が最初から+100されてるの?」

「そもそも、+100がないと0って言うのも……まぁ、私の力とか耐久とか聞かれても困るけど」

「その数値は神の恩恵を受けた後での熟練度だからな。元々受ける前の個人が持っていた能力には依存しない。後、+100はスキル効果だな。メモの一番下に書いてあるから確認してくれ」

「スキル効果ですか?ふんふん……ええっ!?」

 

 Pの言葉に、とりあえず途中の項目を飛ばしてスキル効果を読んで卯月が驚いて声をあげる。凛と未央も同じように驚きで目を瞠っている。

 そこに書かれていたスキルは、スキル名【Sランクアイドル】。Sランクを達成したアイドルにのみ与えられたスキルと言うのは分かる。彼女達が元居た世界では俗に100万人を超えるファンを獲得するとSランクアイドルと呼ばれるようになる。3人とも…と言うか、Pの担当しているアイドル183名全てSランクに達している。そしてその後の基本アビリティに+100の補正とか、熟練度が伸びやすくなると言うのも、まあいいだろう。だが…

 

「不老って、え、なにこれ!言葉通りの意味!?」

「……そんなこと、あり得るの?」

 

 不老になる、と言う項目は大問題だった。3人の声に、Pは大きく頷く。

 

「ああ。なんせ神の恩恵だからな。間違いなく不老になる。でも、不老になるだけで不死って訳じゃないし、体の成長が止まるって言っても食べ過ぎたり食べなかったりすると太ったり痩せたりはするからな」

「へーっ、つまり、リアルウサミン星人だね!さすが異世界」

「……新陳代謝があるのに不老になるってどういうことなんだろう?」

 

 未央と凛の感想に苦笑するP。未央の発言は何気に酷いし、凛の反応も気にするところはそこかと思わないでもない。

 

「その辺の理屈は俺にもよく分からん。まあでも、このおかげで助かったことがある」

 

 Pがしみじみと呟く。元の世界に戻った時の一番の懸念点が解消されたからだ。

 

「何がですか?」

「元の世界に戻る時は、混乱が起きない様に飛ばされた時と全く同じ時間に戻ることになる。その場合、こちらで過ごした分だけ成長していると変なことになるからな」

「ああ、なるほど」

「後、他のアイドルの皆は次元の狭間に閉じ込められている間は歳を取らないからな。皆を助け出した時に成長して外見が変っていたら嫌だろ?」

 

 Pの言葉に頷く3人。なお、Pは体重にのみ触れたが髪と爪もきっちり伸びる。変わらないのは背丈と肌年齢くらいである。

 

「これで、私達だけ先に歳を取るって言うことは無くなるんですね」

 

 卯月が安心したように呟き、ふと首を傾げる。

 

「あれ?そう言えば、私、いつからアイドルに……」

「しまむー!それ以上いけない!」

 

 非常に危険なメタな事を言い出した卯月を未央が慌てて止める。何事も触れてはいけないと言うこともあるのだ。

 とりあえず、未央は危険な空気になるのを誤魔化す様に慌てて別の話題を振った。そもそも、メモを見た時から気になっていたのだ。

 

「でも折角《魔法》なんて項目があるのに、何も書かれてないのはショックかなー。魔法とか使って見たかったのに」

「「え?」」

 

 未央の言葉に、卯月と凛が意外そうな声をあげた。それだけで未央はその理由を察して、恐る恐る声を掛ける。

 

「あの~、もしかして、って言うかもしかしなくても二人とも……」

「その、私の方には【スマイルヒール】って魔法が書かれています」

「私は【アイオライトブルー】って書かれてる。……何か見覚えがある感じがするんだけど」

「私だけ魔法使えないじゃん!なんで!?」

 

 ガバッと振り返ってPを見る未央に、Pは少し気まずそうに答える。

 

「……まあ、そのな。どういう能力が発言するかは完全に相手の特性によるし、そもそも最初から魔法や発展アビリティが発現していること自体がほとんどないからな。一応、未央は魔法がない代わりかは分からんが、発展アビリティがあるぞ。アビリティの一番後ろに書かれているのがそれだ」

 

 言われてアビリティを確認する未央。Pの言う通り、力、耐久、器用、敏捷、魔力の後に探知と書かれていた。

 

「発展アビリティ?……この探知って言うの?そう言えば、これだけ熟練度が書かれてないけど…」

「発展アビリティは数値でなくアルファベットでしか表せないんだ。まあ感覚的な要素が大きいからだと思うが。因みに、それが発現したのは未央だけだぞ」

「……因みにさ、この探知の効果って何?」

「敵を発見したりとか、罠を発見したりとか、宝箱を発見したりとか、そういう第六感的な感覚が鋭くなる効果がある。ダンジョン探索にはかなり有用だぞ」

「……うう、地味。私も魔法とか派手な奴が使いたかった」

 

 ガックリと大げさに肩を落とす未央。その大げさな仕草はかなりわざとらしかったため、余裕が見受けられるから大丈夫だろう。

 未央の話が終わったのを見て、今度は凛が発言した。

 

「私もちょっといい?」

「何だ?」

「私は魔法よりもこの【蒼】ってスキルが気になるんだけど……これ、何?」

 

 凛の言葉を聞いていた未央が、恨みがましそうな視線を凛に向ける。

 

「むう…しぶりんは魔法が使えるのに、私に無いスキルまで使えるんだ」

「いや、私に言われても困るよ。そもそも望んで得た訳じゃないし。魔法にしても、この詠唱式唱えるの結構厳しいんだけど」

 

 未央の突っ込みに、凛が困ったように応える。最後の方はかなり嫌そうな顔をしていた。結構詠唱内容が長いと言うこともさることながら、詠唱の中身もそれなりに痛い。

 

(……そりゃあ、蒼は好きな色だけど……それにしたって)

 

 特に詠唱式に蒼の文字が出てくるのがどうにも引っかかっていた。その様子に苦笑しながら、Pが凛の質問に答える。

 

「まあ【蒼】のスキルに関しては書かれている通りだぞ」

「……蒼い言動って、どういう意味か分からなくて困っているんだけど」

「そうだなぁ……たとえばダンジョンに入る時に『さあ、残していこうか。私達の冒険の軌跡を』とか言ったり、敵を倒した後で『これが、蒼の力よ』とか呟いたりすると蒼が発動して身体能力が上がるぞ」

「……敵を倒した後に能力が上がっても意味なくない?」

「いやいや、万が一倒し損ねた時に補正の入った身体能力で対応できるから意味がある」

「その状況で倒し損ねてたら別の意味で死にたくならない!?」

「それに魔法の詠唱も、それ自体が蒼いと判断されて蒼が発動するから自動的に補正が入るしな。これもかなり有用なスキルだぞ」

「……勘弁してよ」

 

 うんうんと頷くPの様子に、凛は疲れた様に脱力する。何事も諦めが肝心である。

 

「【蒼】かぁ……その内容だと、蘭子ちゃんも使えそうですよね」

「いやいや、しまむー。らんらんまで突き抜けちゃってるのはちょっと違うね。どっちかって言うと、あすあす(二ノ宮飛鳥)やはやみん(速水奏)の方だよ」

 

 自分には【蒼】のスキルが発現していない卯月と未央は、Pと凛のやりとりを他所にのんきにそんな会話をしていた。

 

 

 




因みに、1話の冒頭で凛がなんか決め台詞を呟いてゴブリンに攻撃していたのは【蒼】のスキルを発動させるためです。
次回は3人の装備の話。非常にご都合主義な展開で3人の装備が用意されます。


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