閻魔大王だって休みたい (Cr.M=かにかま)
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序章
不穏なプロローグ


私は誓った

 

彼女が死んでしまったあの日から

 

私が過ちを犯してしまったあの日から

 

彼女との日々が頭を過る

 

 

秋、彼女と出会い互いに自己紹介をした

散りゆく紅葉の中で彼女と他愛のない話をした

ある日彼女の家に誘われた

私はするべきことを放ったらかして彼女に会いに行った

私の顔はおそらく紅葉の様に真っ赤だっただろう

 

冬、彼女と親睦を深めるために白いゲレンデに誘った

降り積もる雪の中で彼女と楽しい時間を過ごした

彼女と共にリフトに乗ったことは未だに覚えている

確か私がスノーボードで彼女はスキーだったな

彼女の肌は雪のように白かったことも忘れない

 

春、彼女に誘われて大人数で花見に行った

彼女と二人になれないのは残念だったが彼女は楽しそうだった

私の友人、彼女の友人も楽しそうだった

彼女の手作りの料理は美味しかった

舞い散る桜は少々名残おしく感じたが美しかった

 

梅雨、彼女が突然死んだ

雨が降り自宅へ戻ったとき彼女の友人から連絡があった

彼女が死んだ、と

私は頭が真っ白になった

私は周りの迷惑も考えずひたすら叫んだ

彼女の葬儀には参列したが彼女の両親には軽蔑の視線が向けられた

死因は不明、どうやら病気ではないらしい

ならば自殺?もしくは他殺?

警察の話ではそうではないらしい

まさに原因不明の謎の死だった

ある日彼女の両親から電話があった

話したいことがあるから今すぐ会って欲しいとのことだ

私は彼女の両親のもとへ急ぎ向かった

やはりこの日も雨だった

再会直前に私は彼女の父親に全力で殴られた

娘を殺したのは貴様だろ!と叫ばれた

訳がわからなかった

何故私が殴られたのかもこんな真実でもないことを言われることも

私はひたすら反論した

しかし二人は聞く耳を持たなかった

娘を返せ、その一点張りだった

そして私は彼女の両親とある約束をした

初めは殴られたが説得の末成功した

そして私は約束を果たすため急ぎ足で自宅へ戻った

雨はまだ止む気配はなかった

 

夏、彼女の両親との約束のため暑い室内に篭っていた

もう何日も寝ていない

もう何日も人と会っていない

時たま彼女の写真を見て彼女を思い出す

そして私は遂に約束を果たすある手掛かりを手に入れる

しかし、それは長い年月を必要とした

最低でも5年...

私はそれでも構わなかった

彼女と彼女の両親との約束を果たすためならば

私は喜んでこの身を捧げよう

 

 

そして約束を取り決めた5年後の梅雨

彼女が死んだあの日のように今日は雨だった

でも、もうすぐ、もうすぐで

私と彼女の念願が果たされる

 

必要なものは揃った

約束を果たす日は近い...

 

 

 




初めまして!
読んでいただきありがとうございます!
次回から本編です


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第1章 閻魔大王の職場
First Judge


本編スタートです!


「では判決を下す...」

 

広い部屋で一人の青年の声が響く

部屋は裁判所のようになっているが検察側と弁護側の席がなく

被告人と裁判官の席と裁判官の隣に二つ席があるだけだ

青年は裁判官側に座り判決を被告人に下す

 

当の被告人はガクガクと震えている

それもそうだろう、被告人は裁判官である青年の一言で人生が決まってしまうのだから

 

「判決は...」

 

青年が裁判所お決まりの木槌を手に取る

 

「死人、末田幹彦は天国行きに決定する!」

 

ドンッ!と大きな音が裁判所に響き渡る

先程まで表情が優れなかった末田の顔が明るくなり

「ありがとうございます、ありがとうございます! 」と

去り際に何度も頭を下げた

 

 

 

死人が行く先は天国か地獄

しかし、そこに行くまで絶対に避けられない場所がある

例え聖人と呼ばれ天国に行くことを約束された善人でも

例え南無阿弥陀仏を唱え極楽浄土に行こうとする輩でも

絶対に天国と地獄に直行することはできない

閻魔大王という存在がいる限りは....

 

 

「あ〜ぁ、疲れたぁ〜」

 

「本日もお疲れ様です、閻魔様」

 

そんな閻魔大王にあたる人物、ヤマシロは疲れを表すように

ドカッと柔らかなソファに腰を下ろす

女性が羨ましがるサラサラかつボサボサな色素の抜けた白髪

閻魔大王らしく威厳のある目つきに圧倒される者も少なくない

ヤマシロは何処からともなく呼び出した一冊の本を手に取る

 

「今日の判決はこんなけかな?」

 

「えぇ、閻魔様が判決なさるのは先程ので最後です」

 

「ふぅ〜〜〜〜〜〜……疲れたな」

 

「お疲れ様です」

 

ヤマシロは本をしまいもう一度大きな溜息を吐く

 

此処、閻魔大王の職場「天地の裁判所」は

毎日毎日毎日毎日毎日毎日絶えずに迷える魂が集まる

そして、現閻魔大王であるヤマシロは毎日が仕事

つまり、休めるのは仕事と仕事の短な合間のみとなる

 

そもそも閻魔大王という職は先祖代々長男が継ぐことになっている

ヤマシロの父、ゴクヤマが過去異例の450歳(人間でいう45歳)という若さで突如引退し隠居してしまったため5年前にヤマシロは175歳(人間でいう17歳)というこれまた異例な若さで就任している

始めはイマイチ乗り気ではなかったが、ヤマシロが閻魔にならなければ

死後の世界のバランスが崩れ、生の世界にも影響が出てしまう事態だったため

第5代目閻魔大王にしぶしぶ就任することになった

 

「それでどうですか、閻魔の仕事は?」

 

「正直滅茶苦茶疲れるよ、あの短気な親父がよくやれたと思うくらいに」

 

「ですが、閻魔は必要不可欠な存在です」

 

わかってるよ、とヤマシロがやや不機嫌に応えようとしたその時、

 

「閻魔様!」

 

「何だ?」

 

部屋の扉が勢い良く開かれ一人の鬼が入ってくる

 

「亜逗子様がお呼びです!」

 

その名前を聞いた瞬間、ヤマシロは頭を抑える

まだまだ閻魔大王は働かなかねばならない

 

 

此処「天地の裁判所」に人と呼ばれる生物はいない

閻魔大王は働き手として主に死後の世界に暮らす鬼を雇う

そんな鬼の若き統率者である、

 

「ちーっす!」

 

「何の用だ亜逗子?こっちは疲れてんだ」

 

紅 亜逗子[くれないあずさ]

実年齢不明(ちなみに尋ねると殴られる)赤鬼の少女

燃えるような真っ赤な髪を一つに束ね額に生える赤い二本の角が特徴的である

 

そんな亜逗子は雇い主である閻魔大王様に向かって、

 

「いや〜閻魔様疲れてるみたいだからもっと疲労が増したらどうなるかな〜って」

 

「よし、お前の給料は麻稚の給料に、」

 

「冗談です、申し訳ありません」

 

「だが断る」

 

プライドを捨て土下座した亜逗子を無視してヤマシロは本に何やら書き込みはじめる

「この鬼ー!」と叫ぶ亜逗子はとりあえず放っておく

…鬼に鬼と呼ばれるという珍しい体験をしたヤマシロは

 

「なら、給料マイナスか麻稚の給料プラスかどちらか選べ!」

 

「あたいに得なし!?イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、いくらなんでもそれは、」

 

「なら解雇か?」

 

「まさかの選択肢!?」

 

うぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!と頭を悩ませる亜逗子

ちなみに彼女、鬼達の中ではかなりのドSらしいがこのままでは格好がつかない

いつも亜逗子の被害を受けている鬼達は

「あの亜逗子姐さんが...」「マジかよ」「閻魔様スゲぇ」

などとヤマシロの株が上昇する

 

「じゃあな亜逗子、答え待ってるぜ」

 

「勘弁してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

亜逗子は泣きながら走り去った

あれで雇った鬼達を纏めてるんだからどうしたものか

ヤマシロはこれで休めると、体を伸ばすと、

 

「閻魔様!」

 

「どうした?」

 

「緊急事態です!急ぎ天国まで行ってください!」

 

....閻魔大王に休みはない

 

 

 

天国、そこは生前に善行をし、良心を持った者たちが行ける死後の楽園

...とか思っちゃいけない

確かに楽園に違いないが事件がないわけではない

 

「んで、何があったの?」

 

ヤマシロが天国行きの空港で同行してきた鬼に尋ねる

ちなみに鬼は天国に入れないためここでお別れとなる

 

「窃盗ですね」

 

「…ごめん、帰っていい?」

 

「いけません」

 

即答だった

 

「それ本当に閻魔がすべき仕事なの!?」

 

「もちろんです、天地の治安を守るのも閻魔様のお仕事です!」

 

ちなみに天地とは天国と地獄のことである

最近は天国にしても地獄にしても治安が乱れつつあるため両方を自在に行き来できる閻魔は

その役割も担っている

まぁ、地獄の治安は昔から最悪だが....

 

鬼から窃盗の詳細を聞いているうちに飛行機が到着する

 

「では閻魔様、よろしくお願いします」

 

…閻魔大王に休みはない

 

 




投稿ミスすみませんでした


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Second Judge

連続投稿です


 

天国...

それは人間生きていれば誰しもが憧れざるを得ない楽園

生前に善行を行い、良心を持つ者たちの集まる場所

....のはずだった

 

「今日はどうよ?」

 

「こいつだな、今日は調子がいいらしい」

 

競馬場。

 

「Hey☆彼女、俺と遊ばないかい?」

 

「却下、私男待ってんのよ」

 

「俺の人生Oh、My、ガぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ナンパ、しかも失敗。

 

「いや〜今日は運が良かったな〜」

 

「畜生!明日こそは、明日こそは!」

 

パチスロ。

 

「.................はぁ〜」

 

ここは本当に天国か?

何度来てもこの光景には慣れなかったりする

 

飛行機で数時間の移動という名の休息を終えたヤマシロは空港から目的地へと向かう

 

「勘弁してほしいな...」

 

数時間前、鬼に聞いた事件の内容を思い出す

 

 

 

『今回窃盗にあったのは1582年に亡くなられた織田信長の鞄です』

 

『........衰えたな信長殿』

 

『えぇ、何でも犯人は大泥棒五右衛門だそうで...』

 

『何で大泥棒が天国に居るんだよ!』

 

『....あの時代は3代目の担当でしたな』

 

『....納得だな』

 

『3代目には毎日困らせられました』

 

『閻魔として、よくやっていけたな』

 

『全くですな』

 

『他には問題起こしてないだろうな、3代目』

 

『......とにかく、よろしくお願いしますぞ!』

 

『何だよ!その間!?』

 

 

 

そして現在、天下の武将(生前)織田信長の屋敷の前

 

「......滅茶苦茶近代的だな」

 

門の左右にレーザー砲らしき物体があるのは気のせいだろうか?

屋敷の屋根に電波塔が見えるのは目の錯覚だろうか?

 

「......と、とりあえずチャイムを..」

 

これだけ近代的なんだからチャイムの一つくらいあるだろうとヤマシロは思う

....というか攻撃されたりしないかな?

 

 

 

対してこちら地獄...

生前に悪行を働き、邪心の持つ者たちが行く場所

その地では雷が降り注ぎ、火山爆発は当たり前、血の泉は6000度

それと同時に「天地の裁判所」で働く鬼達の巨大な共同住まいがある

鬼達はある程度環境に適応できる能力が高いため地獄の厳しい環境もものとしない

 

「うぅ〜閻魔様のバカァ〜マジであたいの給料減ってんじゃん」

 

ヤマシロに脅され、急いで部屋で通帳を確認すると先日と比べ8割程減少していた

ちなみに給料は一日5000円である

ある意味命が関わる危険な仕事と雇い主が太っ腹なのと財産が凄いという結果からこのような給料配分となっている

給料目当てにここで働く鬼も珍しくない

 

「はぁ〜こんなけでどうやって生きろと...」

 

「亜逗子、元気がないんじゃない?」

 

「げっ、麻稚!」

 

「....人の顔見るなりげっ、て何?」

 

亜逗子は心底迷惑な視線を向ける

メガネをかけたこの女性は蒼 麻稚[あおいまち]

亜逗子の同僚で補佐を担っている青鬼の少女

海のように青いショートヘアーで額にある青い一本の角が彼女が鬼であることを証明している

二人はそこまで仲が悪いわけではないが先程の出来事を思い出す

亜逗子は麻稚の言葉を待つ

そういえば、と麻稚は通帳を取り出し、

 

「本日の給料が8割程上がっていたのですが何かご存知ないですか?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

亜逗子はその一言に涙腺を崩壊させる

状況が読み飲み込めない麻稚は珍しくおどおどしていた

ちなみに一部始終を知っている鬼達は「閻魔様、恐るべし...」と呟いたとか

 

 

「...あんた本当に信長か?」

 

「無論だ」

 

俺は目が可笑しくなったのか?

この時ヤマシロは本気でそう思ってしまった

 

あの後、チャイムを探していたら突然スポーツカーに乗った金髪サングラスの

チャラいおじさんがこの屋敷の前に止まり、

 

『儂の屋敷に何か用か?』

 

………………………………………はい?

 

『じゃから、この織田信長の屋敷に何か用か?』

 

 

そして現在に至る

何?この金髪でサングラスで黒い特攻服でピアスで?

たしかに織田信長は外交に力を入れていたと聞いたが...

このままではキリがないので、

 

「俺、閻魔です」

 

「何?」

 

信長はサングラスを挙げる

向こうも何か信じれないものを見た表情を浮かべる

 

「だから、今回窃盗された鞄を取り返すために来た閻魔のヤマシロです」

 

「....嘘ではないようだな」

 

ヤマシロと信長は互いに向き合う

先に口を開いたのは信長だ

 

「勘違いするなよ、儂はただ休んでいるところで鞄から目を離したらなくなっていただけだ、盗まれたわけではない」

 

「......それを盗まれたって言うんですよ」

 

ヤマシロの言葉に信長は高らかに笑う

その姿はまさに戦国の武将、織田信長だった

 

「犯人の目星はついているのか?」

 

「五右衛門」

 

「そうか、乗れ」

 

信長はスポーツカーの助手席にヤマシロを呼ぶ

 

「場所わかるんですか?」

 

「五右衛門は儂の友人じゃ」

 

「あんた、友人に荷物盗まれたんかよ」

 

「わははははは、笑いが止まらんな、ヤマシロ」

 

「全くだよ、信長」

 

二人は笑いながらスポーツカーに乗る

目指すは五右衛門の家...

 

 

 

 

 




信長ファンの方、すみません


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Third Judge

タブレットの操作に慣れない..



天国にやってきたヤマシロは依頼人である織田信長と出会い

犯人(鬼情報)である五右衛門の家へと信長の愛車で向かっている

 

「信長、もっとスピードでないのか?」

 

「儂もそうしたいが、これ以上はスピード違反になってしまうからな」

 

「....そういうのきちんと守るんですね」

 

「意外か?」

 

「意外です」

 

だって目標の為ならこの人なんでもしそうだし

そこは天国の治安が荒れ切っていないことを示しているのかもしれない

.....窃盗は起きているが

 

「ヤマシロ、もうすぐだ」

 

信長が更にスピードを上げる

目的地が近いのかもしれない

.......上げる?

 

「あんた、さっきスピード違反とか言ったばかりじゃねぇか!」

 

「ん、何のことだ?」

 

訂正、やっぱりこの人、ルール守る気ない...

若干暴走気味の信長のスポーツカーは五右衛門の家に超特急で向かう

 

 

 

「着いたぞ」

 

信長はスポーツカーから降り、ヤマシロもそれに続く

五右衛門の家は信長程大きくはないが、それでも公園一つ入りそうな庭がある

作りはレンガ製で、サンタさんいらっしゃいの煙突まである

ヤマシロはとりあえずチャイムを探すが信長は、

 

「五右衛門、邪魔するぞ」

 

扉を蹴破りズカズカと家に土足で入る

 

「待て待て待て待て待て待て待て待てーい!」

 

「なんだヤマシロ、止めるな!」

 

「そうじゃなくて、あんた、何してんだ!?」

 

「家に入ってるが?」

 

「他人のな、その時点で立派な不法侵入だ!仮にも閻魔の前で堂々としてんじゃねぇよ!しかも土足で!」

 

「大丈夫だ、問題ない!」

 

そう言い止まることなく信長は進む

.....天国の治安が乱れている理由の一端が判明した気がする

 

「待てよ、信長!」

 

信長の行動を止めるのを諦めたヤマシロはこれ以上信長が暴走してはこちらも困るので追いかける

.....もちろん土足で

 

 

 

石川五右衛門...

1594年に死んだ盗賊で伊賀の国の抜け忍という伝説持ちの人物だが

詳しい資料は多くなくも、どこまで本当かわからない様々な伝説も残している

一説では金の鯱まで手を出したとか

一説では悪事を働いたものから金品を盗み庶民のヒーローだったとか

一説では処刑前に辞世の句を詠んだとか

エトセトラエトセトラ....

 

「信長よ、悪く思うなよ」

 

その本人がこの家に住む信長の友人、石川 五右衛門

短い黒髪に迷彩柄のバンダナに顔に刺青を入れている

彼は今回の盗品の中身を確認する

実は天国で何度か盗みを働いており、今回被害者が信長であったから閻魔の下に情報が届いただけである

よって、何故彼が天国に来れたかますます謎である

 

「さてさて、金目の物は、と...」

 

信長の鞄を漁ろうとしたその時、

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!と

五右衛門の後ろにあるドアが勢い良く吹き飛ぶ

 

「信長、幾ら何でも吹っ飛ばすことはないだろ」

 

「いいんだよ、こうやって登場する方が格好が付くだろ?」

 

「違いないが少しは自重してくれ」

 

そこには二人の人物が居た

一人は鞄の持ち主であり、友人でもある織田信長

もう一人は何処かで見た服装をしているが初対面の青年

話からするとドアを蹴破ったのは信長らしい

 

「石川五右衛門...」

 

青年が話し出す

 

「俺は第5代目閻魔大王、ヤマシロだ。盗品を大人しく差し出せ」

 

静かに冷静に淡々と告げた

閻魔大王と...

 

 

 

「格好付けやがって」

 

「いいだろ、さっきお前目立ったんだから」

 

石川五右衛門を前に二人は世間話をする軽い調子である

正直緊張感が足りないのは仕方ない

片や人間よりも遥かに長寿の閻魔大王

片や生前は魔王と恐れられた戦国大名

その二人の前に大泥棒の肩書きを持つ人間など緊張する程緊迫感は必要ない

ヤマシロは五右衛門に近づく

 

「あ、あんたが閻魔?」

 

突然五右衛門が口を開く

その表情はどこか嬉しそうにも見える

 

「そうだ」

 

ヤマシロはそれに短く応える

五右衛門はそれを確認すると更に歓喜に満ちた表情をし、

ガバッと、

 

「頼む!地獄に落としてくれ!!」

 

突然土下座をし、そんなことを頼み出す

突然のことでヤマシロも信長も目を見開く

 

「勝手なことだってのは分かってる!でも、あんたしか居ないんだ!」

 

「ちょっと待てよ」

 

突然の要求にヤマシロは混乱する

今まで地獄から天国へ行かせてくれといった者は多くいるが、その反対は事例がない

好き好んで地獄に行く輩ははっきり言って少ない、というかいない

前代未聞の出来事である

 

「五右衛門、お前どういうつもりだ?」

 

ヤマシロの質問を遮るように信長が口を開く

その表情から怒りの感情が読み取れる

 

「おい、信長!こいつとは俺が...」

 

「少し黙っておれぃ!!」

 

怒鳴り声が部屋に響き渡る

そして、信長は五右衛門の胸倉を掴み、

 

「貴様は天国という楽園にいながら自ら苦の世界を望むと?」

 

「そうだ!だからお前の鞄を盗んだんだ!お前のことだから閻魔でも何でも騒ぎを起こしてでも呼ぶと思ったからな!!」

 

五右衛門が信長の胸倉を掴み返し、怒鳴り返す

しかしその声に迫力はなく、子供の言い訳にも聞こえた

 

「俺は泥棒だった、多くの者から盗み盗みひたすら盗んだ!だが、死んだらどうだ!?天国?冗談じゃねぇ!!」

 

どうやら五右衛門は死んだら今までの罪を地獄で償おうと考えていたらしい

 

「俺は悪だ!数多くの同業者が地獄に行ったのになんで俺だけこんなトコで幸せに暮らさなきゃならないんだ!?納得できるかよ!!」

 

確かに五右衛門の言葉には一理あった

理屈は通ってるし間違ってはいない

あまりの正論にヤマシロは言葉を失ってしまうが、

 

「ぬかせ」

 

この男、織田信長は違った

 

「それは貴様の勝手な我が儘だ!!現実を受け止めろ!!」

 

信長は涙を流しながら五右衛門に怒鳴りつける

 

「儂だって、数多の命を殺めた!しかし、心広い閻魔様は儂を楽園へと導いてくれたのだ!!確かに我が同胞の多くが地獄へ行った!ならば天国に来た我らのすべきことはただ一つであろう?」

 

「な、なんだよ」

 

 

「天国に来れなかった者の分も精一杯生きることじゃ!」

 

ヤマシロと五右衛門は言葉を失った

これが、信長...

 

「で、でも」

 

五右衛門は震えながら声を絞り出す

 

「これだけのことをしちまったんだ、もう無罪じゃ避けられず天国に居られないんじゃないか?」

 

なぁ、閻魔様、とヤマシロに話し掛ける

 

「ヤマシロ...」

 

信長もヤマシロの方を見る

何やら五右衛門が地獄に行くなら自分も行くみたいな表情をしている

ヤマシロはそれに対し、

 

「その心配はない...」

 

笑顔で五右衛門の顔を見る

 

「一度天国、地獄行きが決まったものはどんなことがあろうと変更はできない」

 

つまり、死んで天地の裁判所で行き先が決定し、世界が設定されるとその世界の変更は閻魔の力でもそれは変更できない

 

天国行が決まった者は天国で、地獄行が決まった者は地獄で永遠に暮らすことが定められる

 

その言葉に五右衛門は泣き崩れ、

 

「か、かたじけない...」

 

歓喜に満ちた震え声でそう静かに感謝の言葉を口にした

 

 

閻魔大王に休みはない...

迷える魂を導くために今日も忙しく働く...

 

 

 

 




次回もお楽しみに!


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Fourth Judge

今回少し残酷描写ありです





三途の川...

此岸(現世)と彼岸(あの世)を分ける境にある川で

善人は川の上の橋を渡り、罪人は悪竜の棲む急流に投げ込まれるという川

一般的に生と死の狭間を漂う魂の溜まり場となり

子供の霊魂が集まりやすい

親より先に他界した子供が此処で供養のために石を積む行為、

世間一般に言う積み石だ

その石の塔を完成さすべく子供の霊魂は河原に多いが、

餓鬼と呼ばれる理性のない鬼が完成まじかに塔を破壊してしまう

そのため子供の霊魂は中々裁判所まで辿り着くことが少ない

 

「....で、今度は三途の川かよ」

 

その問題の解消を指示するのも閻魔大王の立派な仕事である

 

「お忙しい中、誠に申し訳ありません、閻魔様」

 

「いや、いいよ、少し驚いただけだから...」

 

共に歩く蒼 麻稚がメガネをぐいっと調整しながら謝罪する

天国にて五右衛門を改心させた後、何故か三人で信長の行きつけの飲み屋に行って、

たまたま居た末田幹彦も一緒に混ざり、最終的に店の客全員を巻き込んだ宴会があって、終わったのが3時間前...

そして、天国を出発して裁判所の空港まで着いたら、麻稚が居て三途の川まで直行

 

そして現在に至る

麻稚は亜逗子の補佐と同時に三途の川の管理も行っている

その麻稚が三途の川に閻魔であるヤマシロを連れてきたのは何か問題が発生したからに違いない

 

「それで何があったんだ?」

 

「実はこの頃、餓鬼の数が異常な数にまで増加しているんです」

 

「道理で最近子供の魂が来ないわけだ、原因は?」

 

「それは現在捜査中です」

 

なるほどね、とヤマシロは本を取り出しメモを取る

そもそも餓鬼という存在は地獄に堕ちた者の感情が具現化したもののため、居なくなることはない

しかし、数が増加しているとすればそれは問題である

 

「それで、閻魔様には餓鬼の駆逐をお願いしたいのです」

 

「.................はい?」

 

閻魔大王に休みはない

 

 

 

餓鬼の駆逐は本来鬼達が定期的にするものだが、今回は異例の事態の為閻魔も参加

それほど事態は深刻ということになる

しかし、餓鬼を殺すには首を撥ねるか、頭を潰すかの至ってシンプルな方法で鬼達にとっては造作にないようにも思える

 

「閻魔様と私はこの近辺を担当します、貴方達はいつもの持ち場で作業を」

 

「了解しました!」

 

「閻魔様、給料期待してますよ!」

 

三途の川に一度集合した鬼達は麻稚の指示に従い持ち場に戻る

...給料期待したやつはあえて引いといてやろう

 

「そういえば閻魔様」

 

何かを思い出した様に麻稚はヤマシロに尋ねる

 

「本日の給料が8割程上がっていたのですが...」

 

「気のせいだろう、いつも通りだよ」

 

何事もなかったかのように右から左へと受け流した

そして、また何処からか刀を右手に出現させる

 

「....それ、鬼丸国綱ですよね?なんで天下五剣の一本持ってるんですか?」

 

「気にしたら負けだ」

 

麻稚は呆れたように溜息をつく

天下五剣とは、数ある日本刀の中でも室町時代頃から特に名刀と呼ばれた五振の名物の総称

童子切、鬼丸国綱、三日月宗近、大典田、数珠丸...

そのうちの一本、鬼丸国綱を何故かヤマシロは所持していた

 

「とりあえず俺はここから西に行く、麻稚は東を頼む」

 

「.......わかりました」

 

どこか腑に落ちない顔つきで麻稚はヤマシロに指示された東の方向へ向かった

 

 

 

「もうすぐ、だよ、お父さん、お、お母さん」

 

一人の幼い少女が石を一つずつ積み上げまでいく

彼女は生まれたときから体が弱く、さらに心臓病まで患ってしまい幼いながらに命を落としてしまった

彼女は自分の両親を安心させるために石を積む

たとえ、また化け物に崩されてしまっても...

 

その時だった

 

「ヴゥァァァァァアアアア!!」

 

「...ひっ!?」

 

化け物がやって来た

真っ黒で顔と体の区別がつかず、目だけが怪しく紅く輝く餓鬼が...

少女は悟った、

 

(あ〜ぁ、またやり直しか...)

 

正直少女の心は既にボロボロだった

完成する手前になると必ずあの化け物がやって来て石を崩す

最初は泣き喚いたが、誰も慰めてくれる者はいなかった

泣いていては仕方がないためもう一度頑張ろうと思った

お父さんとお母さんのために

 

しかし、彼女の努力はまた完成直後に崩される

それ以降も結果は一緒だった

何度も、何度も、何度も、何度も....

 

そして、また崩壊が迫る

ガラガラと無残に崩れ去る音が聞こえるはずだった

 

ボトッという音が聞こえるまでは

 

「...えっ?」

 

少女が目を開くと餓鬼の頭が赤い液体と共に地面に転がっていた

少女がゆっくり顔を上げると一人の刀を持った青年がいた

その刀には赤い液体がポタポタと垂れている

 

「大丈夫か?嬢ちゃん」

 

青年、ヤマシロが話し掛ける

 

「...あっ」

 

「ん、やっぱし血はまずかったかな?でも、これ以外だと...」

 

「ち、違う」

 

「え?」

 

「う、う、後ろ...」

 

ヤマシロが後ろを振り向く

そこには5体の餓鬼がヤマシロに迫っていた

 

「やれやれだわ」

 

ヤマシロは刀を鞘に仕舞い本を取り出す

 

閻魔帳...

あらゆる情報が記載された閻魔の手帳を開く

 

「地獄の炎よ、汚れし魂に永遠の苦痛を...!」

 

ヤマシロが呪文を唱えると餓鬼達は頭から赤黒い炎が発生する

餓鬼達は頭を燃やしながらその場に倒れる

 

「あ、あ...」

 

「今のうちだ、さっさと完成させちまいな!」

 

ヤマシロは再び刀を構え、少女に怒鳴りつける

少女は頷くと積み石の方に急ぐ

辺りから餓鬼達がやって来るがそれらは全てヤマシロが潰す

 

(お父さん、お母さん...!)

 

そして、少女は最後の石を積む

積み石は淡く輝き始め、光は少女にまとわりつく

ヤマシロの周りにいた餓鬼達は何処かへと消え去る

少女の体が透けていく

 

「よかったな」

 

「あ、あの!」

 

「うん?」

 

「ありがとうございました!あの、名前は...?」

 

少女は満面の笑みを浮かべる

ヤマシロも笑い返し、

 

「俺はヤマシロ、死の世界の秩序を守る閻魔様だよ」

 

少女は一瞬驚くが、

 

「ありがとう!ヤマシロ!」

 

その返答にヤマシロは苦笑いする

 

「もし、会えるなら裁判所で会おう」

 

その言葉と共に少女の体はそこから消え去った

 

 

 

「それでは本日はお疲れ様でした」

 

おつかれーっす!と鬼達は地獄にも向かっていく

三途の川の担当だろうと住処は地獄にあるからである

 

「閻魔様もお疲れ様でした」

 

「あぁ、そっちもな」

 

ヤマシロはあの後、駆逐した餓鬼の死体の回収も手伝った

最初は麻稚に反対されたが、率先してやったらなんやかんやで手伝ってくれた

ちなみに餓鬼の肉はかなりの高級食材として扱われている

 

「閻魔様、」

 

「うん?」

 

麻稚が笑顔で尋ねる

普段、ポーカーフェイスの彼女が表情を変えるのは珍しいことだ

 

「何か...いいことでも?」

 

「いいや、別に」

 

ヤマシロは笑顔で応えた

 

 

 

 




感想、お待ちしています


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Fifth Judge

今回は少し短いです


 

地獄...

鬼達の共同住まい、麒麟亭...

閻魔大王によって雇われた鬼達が住む巨大な寮にて

 

「ちょっと、聞いてよ麻稚!」

 

「あら、そうなの、良かったじゃない」

 

「あたい、まだ何も言ってないんだけど!?」

 

聞いたら聞いたで何やら面倒なことになりそうなので鮮やかな回避を決める麻稚

自称ドSというが最近疑わしくなってきた赤鬼、亜逗子は頭を抱える

 

「ていうか、なんか最近閻魔様といいあたいの扱い酷くない!?」

 

「日頃の行いよ、諦めなさい」

 

「それはあんただけには言われたくない!」

 

実のところ性格で判断されがちたが、仕事に取り組む真面目さは亜逗子の方が取り組めている

だから同僚であっても、亜逗子の方が地位が高い

麻稚も真面目と言えば真面目なのだが、亜逗子に比べて効率が悪い

メガネに騙されがちだが、麻稚は整理整頓が苦手だ

「それはともかく!」と亜逗子は仕切り直すように机に両手を叩きつけ、

 

「あたいは閻魔様に一発ギャフンと言わせてやりたいんだ!」

 

「...そう、それは立派ね」

 

「お願い、お願いだからその冷ややかな視線だけはやめて...」

 

亜逗子は割とガチで最近、弱ってきてる涙腺を崩壊させる

麻稚は亜逗子に興味を無くしたのか本に視線を落とす

 

「相変わらず、よく字ばっかの本なんて読めるよな」

 

「そう、亜逗子は字が読めないのね」

 

「どこをどうしたら、そんな発想に!?」

 

もはや麻稚の思考回路が別の意味で複雑すぎて、既に理解が追いつかない

とりあえず簡単な話題に戻してみる

 

「ていうか、何読んでるの?」

 

「二人の夜は永遠に...(BL)」

 

「意外な趣味だな、オイ!」

 

 

 

ペンガディラン図書館...

天地の裁判所の地下にある、あらゆる分野の書物を保管している歴史のある図書館

歴史書、神話、文学書、日誌、参考書、写真集、週刊誌、小説、漫画、ライトノベル

エトセトラエトセトラ...

 

「おや、閻魔様、いらっしゃい」

 

「資料室に行きたいんだが...」

 

受付の鬼は一瞬黙り、

 

「では、失礼ですが、閻魔帳を」

 

そう言われるとヤマシロは何処からか一冊の本を取り出す

閻魔帳を受付に手渡す

 

「.....それではこちらにどうぞ」

 

受付の鬼を先頭にヤマシロはあとに続く

今回、ヤマシロの利用する資料室は閻魔大王しか入れない特別な部屋になっている

過去の裁判の履歴、閻魔大王の活動記録、過去に起こった歴史に残る裁判などの資料が厳重に保管されている場所となっている

そのため、受付では閻魔帳を確認する程のセキュリティを期している

更に地下に続く階段を下りながら、受付の鬼が話し掛ける

 

「一応お聞きしますが、本日のご用件は?」

 

「3代目の記録に少しね...」

 

「あの荒れた時代の閻魔様の?」

 

「色々あったんだよ」

 

「...際ですか」

 

それ以上、会話はなかった

話からするに3代目の時代はよっぽど酷かったらしい

 

「こちらです」

 

鬼が足を止める

 

「私めがご同行するのはここまでです、どうぞごゆっくり...」

 

ペコりっと頭を下げ、鬼は急ぎ足で戻る

 

そして、ヤマシロは閻魔帳を取り出し、厳重な扉を開いた

 

 

 

ヤマシロが資料室に足を運んだ理由は三つある

 

一つは、天国で出会った織田信長と石川五右衛門関連...

五右衛門のような人物が他にも居るかもしれないということ

話によると、五右衛門は始め、地獄行きが決定していたらしい

それが裁判になり、天国行きが決まり、周りの鬼や当時の3代目の父、つまり2代目からも、かなりの批判を受けていたらしい

これが一度ならいいが、鬼や信長の話だと他にもありそうなので少し気になったのが一つ

 

二つは、餓鬼の異常な増加...

実はこの時代にも似たようなことが何度かあったらしい

しかし、何度かあったのにも関わらず、4代目からはそんな話はなかった

つまり、先代にはなく一時的には回復していたが再び発生した

もしかしたら、解決の方法があるかもしれないという僅かな希望を持ったのが二つ

 

最後の理由は単純に時間があったから

三途の川の仕事を終え、裁判を何度か行い、久しぶりに空き時間ができたため、その時間を利用している

少しでもできる時にできることをしておかないと、次いつ時間が取れるかわからない

 

「とりあえず...頑張るか」

 

ヤマシロは3代目の資料を探しに、広い資料室を歩き始めた

 

 




次回もよろしくお願いします


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Sixth Judge

連続投稿です


「お疲れ様でした、お目当ての資料はありましたか?」

 

「まぁ、上々かな?」

 

「そうですか」

 

資料室を出たヤマシロは再び受付にて担当の鬼と雑談している

 

「あまり長い時間いおられなかったみたいですが....お仕事ですか?」

 

「まぁ、突然入る可能性があるからあまり長居できないんだよ、あそこ外部との通信できないし」

 

「それもそうですね」

 

そう、あの資料室は電波も脳波も音漏れすることもないという完全に外とあらゆることが遮断されている

これは外に情報がもれない為のセキュリティらしい

 

「じゃあ、また時間があれば」

 

「お疲れ様でした」

 

そうしてヤマシロはペンガディラン図書館を後にし、閻魔帳を取り出す

資料室で調べたことをまとめる

 

結論を言えば殆どわからなかった

 

断片的なことしか書かれておらず重要な部分がごっそりとなかったのだ

これは盗んだとか破れたとか以前に、最初から書かれていなかったと言った方が正しいかもしれない

 

「.....調べるつもりが、更に謎を呼んだぞ3代目....」

 

ヤマシロは小さく呟き、天地の裁判所に戻って行った

 

 

 

「閻魔様、一体どこ行ってたんだよ!」

 

裁判所に戻るなり、亜逗子が血相を変えて迫ってくる

 

「こんな大変なときによ!」

 

「ちょっと、待て、亜逗子!俺は図書館の資料室に居た、一体どうしたんだ?」

 

「資料室、そうか...いや!今はそ

れどころじゃねぇや!」

 

「だ・か・ら、一体何があったんだよ!」

 

亜逗子が先程から同じことしか言わない

このままでは埒があかないので一気に問い詰める

 

「厄介な魂が来たんだ!とりあえず、来てくれ!」

 

 

 

 

 

「で?これはどういう状況だ?」

 

まず話を整理しよう

亜逗子に連れられる→部屋に入る→真っ暗→後頭部殴られる→椅子に座っている状態で上半身と足首が縄で縛られてる(今ココ)

...正直意味がわからないが亜逗子なので気にしないでおこう

というかさっきのは嘘みたいだ

おかしいと思ったよ、鬼達が全然騒いでないんだから

それに、目の前にいるこの状況の実行犯の顔がそう語っている

 

「ち〜っす!閻魔様!」

 

「...おい、亜逗子これは何だ?給料はもういらないのか?ただ働きで頑張ってくれるのか?」

 

「何でそうなるんだよ!」

 

「いや、これは完全にアウトだろ」

 

正直、上司を拉致して、拘束するとかクビレベルだと思う

しかし、亜逗子は中々退かない

 

「ほんと、100年前までは、こ〜んなに小さかったのにな〜」

 

亜逗子が自分の腰辺りに手を置く

...気のせいか、ハァハァと性犯罪的に荒い息づかいも聞こえるが面倒臭そうなのでスルーする

 

「で、お前の目的は何だ?解雇か?給料停止か?開拓地送りか?死刑か?」

 

「給料上げてください、お願いします」

 

ヤマシロが亜逗子の生きる道を次々と潰していくと、自分が拉致した者に土下座するという奇妙な光景が完成していた

...こうなるとわかっているなら最初からやらなきゃいいのに...

 

「とりあえず、縄を解け」

 

亜逗子の実力行使で給料アップ作戦は一時間も経たずに終わりを告げた

 

 

 

亜逗子とOHANASIを終え、心を折ってとりあえず放置して部屋から出ると何やら騒がしい

鬼達がバタバタとしている

 

何かあったのかな?

 

ヤマシロはとりあえず近くの鬼を捕まえて話を聞いてみる

 

「おい、何があった?」

 

「え、閻魔様!実は、少し厄介な魂の方がいらっしゃいまして...」

 

...何やらデジャヴを感じたが忘れよう

 

「状況は?」

 

「ええっと、確か今は客間に...」

 

「麻稚はどこだ?」

 

「客間にて、その魂の話を聞いております」

 

「すぐそこに案内しろ!」

 

はい!と鬼はヤマシロを部屋に導く

裁判は全て閻魔大王が行っているわけではなく、大抵が生前の履歴書から天国か地獄かを決定する

その時に天国行きのチケットか地獄行きのチケットを魂は受け取る

その際、閻魔大王は何もしないわけではなく、天国行きと地獄行きのチケットに一枚ずつ丁寧に判子を押す

どちらかと言うと裁判よりもこちらの仕事の方が面倒臭い

そして裁判は、魂が問題を起こしたり、履歴書から判断できなかった場合のみ行う

 

これが今の天地の裁判所の仕事

これでも、昔に比べたら効率は良くなった方らしい

 

「到着しました」

 

そんなこんだで例の部屋に辿り着く

部屋の扉の上にはご丁寧に「使用中」と書かれてある

...ここは病院か、という突っ込みは受け付けない

 

 

 

 

ヤマシロが客間に到着する数分前...

 

「失礼します」

 

一本角の青鬼...蒼 麻稚が静かに入室する

部屋には痩せた男がいた

髪はボサボサで髭は、もう長い間剃っていないのか、雑草のように生えている

 

「瓶山...一様ですね?」

 

「......えぇ」

 

男、瓶山は静かに応える

失礼、と麻稚は向かいの席に静かに座る

瓶山と麻稚が向かい合う形で座ると、麻稚が最初に話を切り出す

 

「なぜ、天国行きのチケットを破り捨てたのですか?」

 

「......俺はまだ死んでいない」

 

「いいえ、死にましたよ」

 

バッサリと、瓶山の言葉を麻稚が切り捨てる

よくあるケースだ、こういった人間は大抵現実を受け入れようとしない

瓶山も何やら未練がありながら死んだ人間なのかもしれない

 

「貴方が行く先は天国か地獄、この二択です」

 

「....俺はまだ死んでいない」

 

このままではキリがない、と麻稚が判断しと時、

 

「失礼する」

 

今、最も頼れる男がガララッと扉を開け放った

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします


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Seventh Judge

おかしなところがあれば指摘お願いします



麻稚とバトンタッチして、ヤマシロが席にゆっくりと座り、麻稚とここまで案内してくれた鬼が退室する

二人だけになったところでヤマシロが話し出す

 

「私はここで閻魔大王を務めさせていただいています、ヤマシロと申します、以後お見知り置きを」

 

ヤマシロが自己紹介すると瓶山は面をくらったかのような表情をする

ヤマシロが閻魔大王と名乗ると老若男女問わず、大抵の者がこのような表情をする

 

「...お若い閻魔様ですね」

 

「閻魔の中ではね、まだ180になったばかりですから」

 

「なんと、見た感じはお若いのにやはり長寿なんですね」

 

「一応寿命はありますがね」

 

ヤマシロと瓶山は軽い雑談で時間を過ごす

このような雑談をして、相手をある程度落ち着かせた方が、いきなり本題に入るよりも断然良い結果になるからだ

こういうカリスマ性も時に閻魔大王に必要とされるスキルの一つだ

 

「ははは、私は、本当に死んだんですね...」

 

「残念ながら...」

 

そうして、話題内容は死後の世界のことや閻魔大王の話をすることによって自らが死んだという事実をより現実味あるようにして、自覚させる

このようなケースは珍しくないため、ヤマシロも会話に慣れている

 

「では、そろそろ本題に入りたいのですがよろしいでしょうか?」

 

ヤマシロが閻魔帳とペンを何処からか取り出す

 

「えぇ、お願いします」

 

ヤマシロが質問を始める

 

「あなたは瓶山 一、男性、48歳、結婚済で間違いないですね?」

 

「はい、間違いありません」

 

「で、何故あなたは天国行きのチケットを破り捨てたのですか?」

 

「............」

 

瓶山は答えなかったが、ヤマシロは特に気にする様子もなく、

 

「安心してください、無理に答えていただなくても結構です、ここでも黙秘権は認められていますから」

 

ヤマシロはいつもと変わらぬ様子で話す

だが、その一言一言が瓶山の神経を少しずつだがすり減らした

 

「では、次の質問です」

 

その後も、質問はいくつも続いた

ヤマシロは質問の回答一つ一つを丁寧に、閻魔帳にメモをした

 

 

 

麻稚が客間を退室してから数分...

 

「はぁ〜酷い目にあった...」

 

「亜逗子?」

 

麻稚が同僚で上司(立場上)の赤鬼に一声かけると、ビクン!と肩を物凄い勢いで上下させる

 

「な、ななななななんだよ、麻稚かよ...」

 

....滅茶苦茶動揺していた

何か隠し事でもしているのだろうか?

 

「そういえば、今までどこに居たの?」

 

「...い、言えねぇ、それだけは絶対に言えねぇ...」

 

「...何か隠してる?」

 

「何にも隠してないし!」

 

亜逗子が声を張り上げる

わかりやすい性格ってある意味損だと思う

 

「大丈夫よ、閻魔様は今仕事中だから...」

 

「ほ、本当か!?」

 

「本当」

 

「よ、よかったぁ〜...」

 

麻稚はこの瞬間確信した

 

「亜逗子、やっぱり何か...」

 

「隠してない!」

 

全力で否定された

 

「それよりも亜逗子、一応準備しておきなさい」

 

「あん?」

 

この会話を聞くと、どちらが上司かわからなくなるが、そこは気にしないでもらいたい

麻稚がメガネをグイっと上げ、

 

「裁判が、始まるかもしれませんからね」

 

「....へへへ、了解」

 

 

 

「では、最後にあなたに現世での未練はありますか?」

 

未練、という単語に瓶山はピクリと反応を示す

 

「未練...ですか」

 

一通りの質問をしてきたが、このような反応を示したのは初めてである

ヤマシロはペンを握る力が無意識に強くなる

瓶山は静かにゆっくりと応える

 

「妻を...一人にしたことですかね」

 

「妻?」

 

「えぇ、私にとって命にも等しかった」

 

瓶山は思い出しながら嘲笑する

しかし、その表情はどこか悲しそうだった

 

「娘は...先に行ってしまいましたがね…」

 

「娘さん...」

 

「4年前です、瓶山 夏紀というのですがご存知ないでしょうか?」

 

ヤマシロは閻魔帳を開き、4年前の死者の名簿を調べる

全ての死人は裁判所に来たときに名簿に自動登録される仕組みになってあとり、閻魔大王はそこから特定の魂を探し出すことができる

 

だが、

 

「申し訳ありませんが...そのような名前は...」

 

4年前の名簿に...

瓶山 夏紀という名前はどこにもなかった

 

「そんな、夏紀は生きているのですか」

 

「その可能性もあります」

 

そんな...と瓶山は体制を崩す

ヤマシロは三途の川の可能性も考えたが、年に一度は餓鬼の駆除が行われているため、その可能性は一瞬で消え去る

 

「...ならば、俺は尚更死ねない!」

 

「え?」

 

「夏紀が生きているならば俺はこんなところにいる訳にはいかないんだ!」

 

瓶山は席を立ち上がり、乱暴に扉を開け放ち、どこかへ走り去ってしまった

 

「瓶山さん!」

 

ヤマシロが叫ぶも瓶山は止まる気配はない

気がつけば、ヤマシロは瓶山を追っていた

 

だが、ここは天地の裁判所...

馬鹿ほど広く、嫌というほど分かれ道がある

流石のヤマシロも瓶山がどっちに行ったかなどまではわからない

 

「くそ、どうすれば...」

 

ヤマシロが焦りに焦り、思考がぐちゃぐちゃになる

辺りに鬼達はいない、時間帯的に休憩時間に入ったのであろう

 

と、

 

「閻魔様〜結構お困りみたいっすね〜」

 

どこか嬉しそうに、それでいて気怠そうな聞き覚えが嫌というほどある声と

 

「そうですね、何か世界の終わりみたいな顔してますよ」

 

台詞がかなり吹っ飛んでいるが、それでいて冷静で静かな聞き覚えがある声が

 

「ここはあたい達の出番かと?」

 

「必ずお役に立って見せます」

 

鬼達の筆頭、紅 亜逗子と蒼 麻稚が合流する

 

「これで給料なしはチャラっすよね」

 

「.....今ので色々台無し」

 

「いやいや、あたいには生活が掛かってるんでね」

 

 

 




締まらない最後ですみません


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Eighth Judge


連続投稿です



 

ヤマシロ、再度天国を訪れる

 

「...また、来ちゃったよ天国」

 

ため息交じりに呟く

こう何度も天国に行けるのは閻魔大王くらいであろう

そうでなければ、極楽に行こうと努力している僧達の努力が全て水の泡になってしまう

もちろん、ヤマシロが天国に来たのはプライベートではない(というか閻魔にそんな時間はない!)

瓶山 夏紀のことだ

何故天国に限定するかというと、純粋で裏のない幼い子供は、よっぽどのことがない限り地獄に行くことはない

 

あの後、瓶山 一の捜索は亜逗子と麻稚に任せ、これから起こるであろう裁判に備えて情報を集めておこうと思ったからだ

運が良ければ、瓶山の生前の知り合いとも会えるかもしれない

そんな僅かな期待を持って天国に来たのはいいが...

 

「ヤマシロー!辛気臭い顔してないでもっと飲まんかーい!」

 

初対面でイメージが崩れた戦国武将と、

 

「旦那、俺はまだまだいけやすぜ!」

 

三日前の事件以来、ヤマシロのことを慕い出した泥棒に絡まれていた

...正直両手にヤロウとかあまり嬉しくない

 

「あのさ信長、俺仕事が...」

 

「んな固いこと気にすんなって、別に急ぐ用でもあるまい」

 

「急いでんだよ!」

 

「旦那、焼き鳥要ります?」

 

「とりあえず貰うが、俺を解放してくれ!」

 

半ばヤケクソだった

裁判が始まるまでに情報を集めて裁判所までなるべく早く戻りたいのだが、まずは酔ってベロンベロンになっているこの二人から逃げることが先決である

 

「おい、親父!酒追加だァー!」

 

...これはこれで至難の業かもしれない

 

「おうよ!閻魔様もいらしてんだからな、最上級の出してやるよ!」

 

「わはははは、気前がいいなぁ!親父!」

 

...これが休暇だったら、と何度思ったことであろう

しかし、それに対し、現実はやはり上手くいかないと改めて実感することができた

 

「ほらよ、好きなだけ飲んでけよ、このヤロー!」

 

「おうよ、飲み尽くしてやるわ!」

 

このままでは埒が明かない...

そう思いヤマシロは一先ず情報収集を始める

 

「なぁ、主人、ちょっと聞きたいんだが...」

 

「ん?どうした閻魔様?」

 

「瓶山 一って男の名前聞いたことないか?」

 

「瓶山...?」

 

「こんな男なんだが」

 

ヤマシロは閻魔帳を取り出し、瓶山の写真を主人に見せる

 

「う〜ん...見た顔ではあるな」

 

「!それはどこで...!?」

 

「いやな、俺も生前は居酒屋持っててよ、その時の常連にこいつが居たよ」

 

いきなり中々有力な情報だった

 

「そうか、瓶山って名前なのか」

 

「名前は知らなかったのか?」

 

「あぁ、精々愚痴を吐き捨てたってことは覚えてるよ」

 

「その愚痴、自分の娘のこととか言ってなかったか?」

 

「娘?」

 

主人は娘という単語に反応するが直ぐさま否定する

 

「いや、知らねぇな、こいつの愚痴の大抵が妻のこととか仕事のことだったからな」

 

きっぱりと否定された

しかし、情報を得れなかったよりはマシだと判断する

情報を纏めていると主人が「そういえば...」と呟く

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、あの日を境にバッタリ現れなくなったな、と思って」

 

「それはいつ頃ですか?」

 

「たしか...俺が死んだのが三年前だから、大体四年前くらいかな?」

 

四年前...

娘の夏紀が死亡したという時期

どうやら娘が四年前に他界したことは間違いないらしい

 

「他に、覚えてることなんかは...?」

 

「すまないがないな」

 

主人は心底申し訳なさそうな顔をする

 

「いやいや別にいいよ、これだけでも十分だ、ありがとう」

 

「閻魔様...あと、悪いが...」

 

主人は歯切れの悪い声で申し訳なさそうに、

 

「....こいつら、連れて帰ってくれないかい?」

 

「...................」

 

主人の指す方向を見ると、酔いつぶれた信長と五右衛門がいた

.....主人との会話中静かだと思ったら

ヤマシロは本日何度かわからない溜息を吐き、非常に申し訳ない表情で店を後にした

 

 

 

店を出て、酔いつぶれた信長と五右衛門を信長愛用のスポーツカー「KIPPOUSI」に放り込み

情報収集を再開する

とは言え、どこから当たるか全く考えていなかったため、道行く人々に適当に当たってみる

 

「瓶山?知らないな」

 

「誰だよそれ、俺は知らないぞ」

 

「亀山なら知ってるけどな」

 

「瓶山?日本人?」

 

「瓶山さん?誰それ、マジ受けるわ〜」

 

「聞いたことないな、えっ?有名人じゃないの?」

 

「KAMEYAMA?どんな漫画の主人公?」

 

...........大丈夫か?天国?

まともな返答をしてくれたのは一部だけだった

もしかして皆さんふざけていらっしゃるのだろうか?

ヤマシロはどうやら天国という楽園を舐めていたようだ

 

「さて、どうするかな...」

 

ヤマシロが行く宛てを無くし、頭をワシャワシャと掻きながら質問にまともに応えてくれそうな人物を探す

 

「あ、あの」

 

そんなヤマシロの背後から声が掛かる

どこかで聞いたような少女の声だった、しかも最近

ヤマシロが振り返ると予想通りの人物がいた

 

「やっぱり君か...」

 

ヤマシロは自然に笑みを浮かべる

そこには、三途の川で助けた少女が笑顔でヤマシロの後ろに立っていた

どうやら、無事に天国まで来れたらしい

 

「久しぶりだね、ヤマシロ」

 

少女は太陽のような笑顔を浮かべながらヤマシロの名を呼んだ

 

 

 

 




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Ninth Judge

急展開?何のことでしょう?


閻魔の裁判...

現世で行われる裁判よりも遥か昔から行われており、制度も大きく異なる

魂(被告人)と閻魔大王(裁判官)が向かい合う形で行い、形式上検察と弁護は存在しない

ただし、閻魔大王の両隣に従者の鬼達が進行を行う

よって、裁判は基本的に閻魔大王と魂の口論によって進められる

裁判の結果が白なら天国、黒なら地獄というところも、異なる点である

 

 

「閻魔様〜正装全然似合ってないですよ〜」

 

赤鬼である亜逗子が含み笑いを浮かべながら茶化す

今回の裁判で進行を務める従者の一人だ

 

「うるせぇ、お前のスーツ姿も全然似合ってないよ」

 

ヤマシロは仕返しとばかりに亜逗子に姿を見て笑う

しかも、笑いを半ば堪えながら

 

「や、ヤベェ...もう、限界だ」

 

「そこまであたい変ですかねー!?」

 

亜逗子が額に青筋を浮かべている気がするがきっと気のせいだ

 

「閻魔様、亜逗子との戯れも程々にしてくださいね」

 

「おぉ、麻稚スーツ似合ってるな」

 

「ありがとうございます」

 

「おい、なんだこの扱いの差は?」

 

ヤマシロは正直な感想を述べる

正直、麻稚は元々知性的であるため、スーツがよく似合う

亜逗子も似合うのだが、麻稚とどうしても比較してしまうため、それほど 似合ってるように見えない

 

今更ながら、裁判は正装で行う

閻魔大王であるヤマシロの正装は、冠のような帽子を冠り、マントを羽織うというシンプルなものになる

従者の鬼達、亜逗子と麻稚はどこで仕入れたかわからない黒いスーツを着こなしている

 

「閻魔様、天国での情報収集はいかがでしたか?」

 

「おう、十分すぎるほど集まったよ」

 

「失礼ですが、少し酒臭いような...」

 

「.......情報収集といえば酒場が王道だからな」

 

ヤマシロは冷や汗を垂らしながら適当に誤魔化した

...別に嘘を言っているわけではない

 

あの後直ぐに麻稚から連絡があり、飛行機内で必要な情報をまとめながら裁判所に戻り、直ぐさま裁判の準備が始まった

その準備に急がされ、既に汗だらけなのは気のせいだ

ヤマシロは時計を確認する

そろそろ裁判が始まる時間である

 

「そろそろ行くか」

 

ヤマシロが亜逗子と麻稚に声を掛ける

亜逗子と麻稚は頷き、ヤマシロに続く

ヤマシロは自分の体が重くなるのを感じた

閻魔大王に就任してからまだ日が浅い上に、人の人生を委ねるという大役を背負っている

つまり、怖いのだ

3代目の裁判の資料を読み漁ったからこそ言える

それ以前に、五右衛門という当事者にもあってしまっている

彼らのような人物を自分が作ってしまうとなると、無意識に恐怖がこみ上げてくる

足が震えてきた、汗もさっきから止まらない

 

「大丈夫です」

 

そんなヤマシロに麻稚が隣に来て、話す

 

「たとえ、閻魔様がその人の人生を狂わしてしまったとしてもそれは閻魔様の責任ではありません」

 

麻稚は続ける

まるで心の中を全て見透かされてるみたいだ

それに、と麻稚は笑う

 

「閻魔様は一人ではありません、私達がついています」

 

「麻稚...」

 

麻稚はまるで母親のように優しい言葉を掛けてくれた

その言葉でヤマシロは心が落ち着く

 

「へへへ、閻魔様らしくないな〜」

 

今度は反対側から亜逗子が腕を肩に回してくる

上司と部下ではなく、同僚に話しかける調子で、

 

「ここは法廷だ、そしてあんたは天下の閻魔大王様なんだ、多少のミスはあたい達がフォローしてやるから、言いたいこと言いまくってくれよ」

 

「亜逗子...」

 

何やら突っ込みどころ満載な台詞だったが、不思議と勇気が湧いてきた

亜逗子の台詞は弟を励ます頼れる姉貴の様だった

 

そうだ、とヤマシロは思う

こんなにも頼れる従者が居るんだ、何を恐れろと言うんだ?

 

「ありがとう...亜逗子、麻稚」

 

ヤマシロはここで初めて、穏やかな笑みを浮かべた

亜逗子と麻稚も自然と笑顔になった

 

「さて、さっさと白黒ハッキリしに行くか!」

 

ヤマシロは法廷の扉を開き、入室する

 

 

 

数分前、法廷内

 

(俺は...どうしたらいいんだろうな?)

 

主張席(証言台)にいち早く立った瓶山が考えるのはヤマシロが述べた一言

 

娘、瓶山夏紀は生きているかもしれない

 

その言葉が未だに頭から離れない

そして、現世にいる妻のことを思う

妻にこのことを伝えたらどうするであろう?

瓶山は思い出す

夏紀が生まれた14年前の夏の日を...

 

瓶山 一と瓶山 雛の間に産まれた未熟児、それが夏紀だ

夏紀は生まれつき体が弱いことを医師から告げられていた

しかし、夏紀は医師の言葉が嘘みたいにすくすくと元気に育った

太陽のような明るい笑顔で家族の光となっていた

仕事で疲れた一にとってそれは癒しの光だった

 

しかし、夏紀が八歳の時、衝撃の事実が医師から告げられた

きっかけは学校から夏紀が突然早退してきた

どうやら体育の時間に急に倒れたらしい

そして夏紀を病院に連れていったときだった

 

急性心膜炎...

 

それが医師から告げられた一言だった

夏紀はその病気を患っているらしい

主な症状は、胸痛や呼吸困難などがあるらしい

夏紀は入院することになった

一は反対したが、夏紀は応える

 

治るかもしれない、だからお父さんとお母さんに貰ったこの命は絶対無駄にしない!

 

一は言葉を返せなかった

夏紀の言っていることは最もであったからだ

 

夏紀の入院が決まってから、瓶山家は途端に静かになった

寂しさを紛らわすために自棄酒の回数も増えた

病院に行き、夏紀と会うことも時間の経過と共に少なくなった

 

そしてとうとう手術の日がやってきた

夏紀が十歳のときだった

一はこの日、会社を休んだ

そして、夏紀に質問をした、怖くないのか?と

夏紀は笑顔で応えた

 

お父さんとお母さんが居るんだよ?何を怖がることがあるの?

 

一は言葉を失った

同時に、頬に冷たい感触が感じられた

気がつけば一は夏紀を抱きしめていた

 

 

手術中

 

その三文字の赤い明かりが消えた瞬間、思わず立ち上がった

中から何名かの医師が出てくる

そして、担当医と思われる人物が顔を俯せたまま声を絞り出す

 

申し訳ありません...

 

頭が真っ白になった

医師が謝る理由が全くわからなかった

医師が泣いている理由が全く理解できなかった

一は気がつけば膝を付き、大声で泣き叫んでいた

 

 

 

「では、」

 

その声に瓶山は現実に引き戻される

気がつけば、目の前にはあの閻魔大王が立っていた

そうだ、と思う

 

まずは、この場を何とかしなければ...

 

「これより、瓶山 一の行く先を決める裁判を開廷いたします!」

 

死後の人生が決まる、閻魔大王の裁判が始まった

 

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします


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Tenth Judge

今回は長い+会話中心です


「裁判を始める前に...」

 

ヤマシロは亜逗子と麻稚に了承を得て、予定していなかった質問をする

 

「瓶山、あんたの娘は瓶山 夏紀、死因は心臓の手術の失敗で間違いないな?」

 

「...あぁ、間違いない」

 

でも、と瓶山は言葉を繋ぐ

 

「生きてる可能性があるんだろ?だったらなんでこんなことを聞くんだ?」

 

「.....すまない」

 

「え?」

 

突然の謝罪に瓶山は目を丸くする

事情を全く知らない亜逗子と麻稚でも同様の表情をする

 

「.....ちゃんと天国に居たんだ、あんたの娘」

 

その発言に瓶山は目を大きく見開く

瓶山が驚くのも無理はない、その存在を確認した時ヤマシロも驚いたくらいだ

 

「.....本当なのか?」

 

「今まである理由で天国への到着が遅れただけだったんだ、全ては気づけなかった俺のミスだ」

 

そう言い、ヤマシロは再び頭を下げる

 

三途の川...

先日、ヤマシロが訪れ一人の少女を餓鬼から場所...

そう、その助けた少女が瓶山 夏紀だったのだ

天国で彼女に再開し、ヤマシロは当然驚いた

だが、直ぐさま閻魔帳で確認すると再開した少女が瓶山 夏紀であることが証明された

ヤマシロが最初に探ったのは四年前、しかし実質裁判所に夏紀が来たのは三日前

 

そう、今まで四年もの間、両親の為に積み石の作業を行っていたのだ

 

「元気でいたよ」

 

その言葉を聞き、瓶山は未だに信じられない表情を浮かべる

 

「...でも、俺は一度天国への招待を手放した、今更どのツラ下げて夏紀に会えってんだ?」

 

心なしか、瓶山の声は震えていた

拳を強く握りしめ、今にも泣き出してしまいそうだった

 

「あんたはまだ天国への切符は捨ててない、この裁判次第で天国に行ける可能性だってある」

 

そう、これはあくまでも天国か地獄の行く先を決める為の審議、裁こうとかそういうものではない

だけど、とヤマシロは付け足す

 

「俺だってプロの閻魔大王だ、やるからには今までの情は全て捨てて徹底的にやらせてもらう」

 

ヤマシロの表情と身に纏う雰囲気が変わる

今の彼は死者を導く、本物の閻魔大王だった

その言葉に瓶山は覚悟を決める

 

「上等、天国に行く理由ができちまったからには絶対に行ってやるよ!夏紀を一人にしない為に!」

 

「.....いい返事だ」

 

ヤマシロと瓶山は互いに笑う

まるでこれから因縁のライバル同士がぶつかり合うような雰囲気が法廷を支配する

 

「亜逗子、麻稚、待たせたな」

 

ヤマシロが左右にいる従者に声を掛ける

 

「これより、瓶山 一の行く先を決定する裁判を開廷する!」

 

殺伐とした雰囲気が法廷を駆け巡った

閻魔大王の大仕事が今、始まる!

 

 

 

「では、改めまして魂の詳細を詳しく」

 

麻稚が資料を取り出して読み上げる

 

「瓶山 一、男性、48歳、いて座のB型、家族構成は妻と娘が一人ずつ、娘は既に天国にて生活中、ここまでは間違いないですね?」

 

「あぁ、間違いない」

 

「職業は製品会社のサラリーマン副業として小説家、特に目立った成績はなし、間違いないですね?」

 

「間違いない」

 

「では、単刀直入に尋ねる」

 

ヤマシロが麻稚と瓶山の会話を遮る

 

「何故天国への道標を自ら絶ったんだ?楽園には興味がなかったのか?」

 

「.....認めたくなかったんだ」

 

瓶山は静かに応える

小さ過ぎて聞き逃してしまいそうな小さな小さな声で

 

「俺は自分の死を認めたくなかったんだ、妻を一人にしたくなかったんだ、いやしてはいけなかったんだ」

 

「ちょっと待てよ」

 

「...亜逗子、何でお前が発言してんだ?」

 

「あんたは自殺したんじゃないのか?死んだ時の映像を見させて貰ったが、あんた自分から駅のホームから飛び降りてたじゃん」

 

「なっ...!?」

 

「............」

 

亜逗子の発言にヤマシロは驚く

というより、本来進行役の筈の亜逗子が発言したことに問題があったが今は関係ない

 

「おい、亜逗子、何で俺に言わなかったんだ!?」

 

「いや、何か、言うタイミングがなかったっていうか...」

 

亜逗子があからさまに目を逸らす

忘れてやがったなコイツ...!と思ったが今は裁判の最中、とりあえず裁判に集中する

 

「瓶山、今のは本当か?」

 

今のが本当であれば瓶山は嘘の発言をしたことになり、天国から遠ざかってしまう

やがて、瓶山は口を開く

 

「......違う、あの時、何かわからないが、後ろから突然押された感じがあった」

 

「どういうことだ?あの映像には何も映ってなかったぞ?」

 

「本当なんだ!信じてくれ!俺は妻を一人置いていくマネだけは絶対にしない!」

 

瓶山は堪らずに叫ぶ

ヤマシロはその映像を見ていないから何とも言えないが、両者共に嘘を吐いているようにはとても見えない

 

つまり、亜逗子も瓶山も真実を言っているが、どこか矛盾している部分がある

 

ヤマシロは亜逗子と反対側にいる麻稚に耳打ちする

 

「麻稚、その映像直ぐに用意できるか?」

 

「すみません、裁判が終わってからは可能ですが今は...」

 

ヤマシロは忌々しげに舌打ちする

 

(全く、亜逗子は何でそんな大事なことを話さないかな...)

 

ヤマシロから何やら不機嫌なオーラが放たれていることに気がつき亜逗子と瓶山は一先ず黙る

そして、今度は亜逗子に耳打ちする

 

「亜逗子、後で話がある」

 

亜逗子の返事を聞く前にヤマシロは瓶山に話かける

 

「瓶山、一旦この件は置いておく」

 

分からないことが多い今は、これで手を打つしかなかった

 

「だけど、閻魔様...!」

 

亜逗子が反論しようとしたところでヤマシロは目の前の台に全力で拳を叩きつける

その行動に思わず亜逗子も言葉を失う

 

「少し黙れ」

 

ややドスの効いた声で亜逗子を睨みつける

それが効いたのか亜逗子はここが法廷であることを思い出し、「申し訳ありませんでした」と彼女が敬語で謝罪する

...何故か麻稚がニヤニヤしているが、今はスルーしてもいいだろう

 

「すまなかったな、瓶山続けようか」

 

「あ、あぁ」

 

瓶山も若干引き攣った顔を浮かべる

さっきの殺気と行動を見れば当然ともいえる

 

「質問を続けるがお前は自殺したのではないんだな?」

 

「あぁ、自殺する時は妻と一緒にすると決めていたからな」

 

「よし、では次の質問だ」

 

 

 

そして、一通りの質問が終わり判決の時がやってくる

あの後以来、亜逗子は一度も発言することはなかった

 

「閻魔様、そろそろ台本が終わります」

 

「よし」

 

「あ、あの、台本って.....」

 

瓶山が何か言っているが、ヤマシロと麻稚は無視する

 

「さて、」

 

ヤマシロが雰囲気を変え、ピリピリした空気が支配する

 

「では、判決を下す!」

 

瓶山の体がより一層強張る

瓶山は大丈夫、大丈夫と自分に自信を付けるように拳に力を入れる

亜逗子と麻稚はヤマシロを見守る、法廷に入る前に声を掛けたときと同じ暖かい瞳で

ヤマシロは二人の視線を感じ、静かに頷く

 

「判決、瓶山 一は...」

 

瓶山は祈る

娘との再会のため...

一度自分が捨てたチケットをもう一度手にするため...

 

 

「瓶山 一を、白!天国行きに決定する!」

 

 

ドンっと大きな音が法廷に響き渡る

瓶山は未だに何を言われたかわからない表情で固まっている

 

「...え、えっ?」

 

「おめでとうございます」

 

笑顔で麻稚が瓶山に声をかける

 

「いや、大した奴だよあんたは」

 

いつの間にか立ち直ったある亜逗子も労いの言葉を送る

 

「あ、あぁ...」

 

瓶山の目から涙が零れる

その涙は悲しみの涙ではない

歓喜の涙

夏紀が産まれたときに流した時以来、流すことがないと思っていた涙

 

「あ、ぁあ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

瓶山はあの手術の日に泣いたときに匹敵するくらいの大声で泣き叫んだ

 

ヤマシロは静かに法廷を後にした

 

 

 

瓶山が無事に天国に行ったことを確認してから、亜逗子の言っていた映像を見ていた

そしてヤマシロは驚いた様子で目を大きくした

 

「そうか、そうだったのか...」

 

ヤマシロがもう一度、よく見てみようとしようとしたところで、

 

コンコンっと扉がノックする音が響く

 

「閻魔様、あたいだ」

 

やはり亜逗子だった

 

「いいぞ」

 

「失礼します」と亜逗子が静かに入室する

やはりどこかいつもの亜逗子と違い、元気がなかった

 

「閻魔様、本当、今回の裁判では勝手なことしてすみませんでした」

 

「...降格か給料ゼロのどっちがいい?」

 

「どちらでも構いません」

 

やはりいつもの亜逗子と違った

相当責任を感じているらしい

 

「...冗談だよ、お前は一週間謹慎だ」

 

「わかりました」

 

そう言い亜逗子は出て行こうとするが、ヤマシロが彼女の名を呼び引き止める

 

「ミスをすることは過ちじゃないんだ、誰だってあることだ」

 

ヤマシロは笑う

 

「重要なのは、そのミスを次どう活かすかだ、いつまでも引きずってたって仕方がねぇ、忘れろとまではいかないが気にすんな、いつものテンションでいてくれないと俺が調子狂っちまう」

 

どこかで聞いたようで名言を引用したような長ったらしい台詞を言うヤマシロ

しかし、彼女にはいつも通りでいて欲しいと言ったのは本心であった

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

亜逗子はそう言い静かに退室する

さっきまで亜逗子の立っていた場所が少しだけだが濡れている

 

「.....女の子泣かしちまったよ..」

 

ヤマシロは最後の最後で心底後悔したとさ

 

 

ここは死人が集い、人でない者がせっせと働く天地の裁判所

若き閻魔大王、ヤマシロはこの短い期間で閻魔大王の責任の重さを知る

 

(でも、立派な仕事だよな...)

 

それと同時に、先代達が行ってきた仕事に誇りを持つことができた

 

「さて、もう少し頑張るか!」

 

若き閻魔大王に休みはなく、今日も、また明日も働く

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず第1章終了です!
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます

...完結ではありませんので



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間章
次の段階に備えて...


 

「最近、5代目のガキが調子に乗っとるらしいな」

 

「ついでに言えば、その側近の鬼共もな」

 

「いつから閻魔大王というのは、ここまで堕落したのであろうな?」

 

「分かっとることを言うなや、3代目の時代からだろ」

 

「いんや、先代はマシだったがな」

 

「確かに、問題はあったがまだ閻魔大王としてはマシだったな」

 

「問題はその息子共だな」

 

「早めに手を打たねばな」

 

 

此処は地獄...

鬼達の共同住まい、麒麟亭から遠く離れた某所にて...

そこには、閻魔大王の下を離れ隠居した年老いた鬼達の住んでいる小屋がある

しかし、年老いたと言っても力は衰えておらず、主に給料をいらないほどもらったのでもういいという鬼も半分くらいいる

 

「しかし、儂等にはもう何かを言える権限はなかろう?」

 

「間違ってはいないが、あの頃と比べれば秩序が乱れておろうが、これを放っておけと?」

 

「一理あるが、それもまた時の流れと共に変わるものだ、いつまでも古い考えを引きずるわけにも行くまい」

 

「しかし、初代様と2代目様が長い年月をかけて築き上げたルールを崩すわけにもいくまい」

 

「確かに件の裁判は目に余るものだったな、何せ鬼が発言するのだからな」

 

「あれだけは許されぬ行為だな」

 

「しかし、3代目の時代に比べれば幾分マシになったであろう」

 

「あの時代を比較対象にしては終わりだ、あの時代は荒れているという規模ではなかったろうが」

 

「それもそうだ、先代はよく持ち直したものだ」

 

暗い、暗い一室にて蝋燭の火が不気味に揺らめく

鬼達はししおどしの音を聞きながら話を進める

その話も裁判所に届けば大問題にもなりかねない内容ばかりだが

 

それでも鬼達は話を進める...

 

たとえ閻魔の怒りを買うことになろうとも...

 

たとえ地獄で生活ができなくなろうともなさねばならないことがあるのだ

 

「しかし、死神を使っても成果はなしとはな」

 

「全くだ、5代目が三途の川で助けた娘の父親をわざわざ殺してやったのにな」

 

「やはり、あの自由人に頼んだのは間違いだったな」

 

「だが、実力は確かだ」

 

「それに、酒以外に金の使い道もないのだから、奴に使っても痛くも痒くもあるまい」

 

「違いないな」

 

鬼達は声を揃えて、ワハハハハハハハハハハと豪快に笑う

 

「では、そろそろ一杯やってお開きにしますかね」

 

「おいおい、それ天国の酒じゃねぇか、よく手に入ったな」

 

「色々なコネがあんだよ、対人関係大切だぞ」

 

「お前の対人関係は、ちと特殊すぎるがな」

 

「文句いうな、とりあえず飲もう」

 

「そうだな..」

 

「さて、それじゃあ、成果はなかったが作戦が成功したということで...」

 

乾杯!という声と共に蝋燭の火は静かに消えた

 

 

 



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第2章 百鬼夜行
Eleventh Judge


新章突入です!


 

「閻魔様!次はこの資料にサインをお願いします!」

 

「ちょっと待て、さっきの十倍はないか!?ていうか今ひと段落ついたトコなんですが...」

 

「いいじゃないですか、どうせ休みなんてないんですから」

 

「...鬼だな」

 

「鬼ですが何か?」

 

「そうだったな、こん畜生!」

 

 

 

瓶山 一の裁判が終わってから一週間と三日が経過した昼下がり

本日も第5代目閻魔大王、ヤマシロは休むことなくせっせと働く

前回の裁判で閻魔大王として自信をつけたヤマシロであったが仕事の効率が上がったわけではない

確かに今まで以上に頑張ろうという意欲は湧いたものの、いざ行動に移すとなるとこれがまた難しく、現在大量の書類と格闘しているところである

 

「天国、天国、地獄、地獄、天国、地獄、地獄、地獄、天国、天国...」

 

「閻魔様、失礼しや〜っす!」

 

「せめて、ノックをしろ!」

 

ノックも無しに上司の部屋に入ってきたのは、紅 亜逗子

つい先日謹慎が解け、今では元気に仕事に励んでいる

そういえば...

 

「亜逗子、最近こっちに来ること多くないか?」

 

そう、謹慎が解けてからというもの亜逗子は何らかの理由を付けてヤマシロの部屋に来る回数が増えたのである

まぁ、そのお蔭で何もしてなくてもお茶が飲めるのだが...

 

「そんなことないって、じゃあ、頑張れよ!」

 

「お、おい亜逗子!」

 

そして何故か最近あまり顔を合わせようとしない

よくわからないが避けられてる感じがする

 

「..............やっぱり嫌われたのかな?」

 

一週間程前、不本意ながら彼女を泣かしてしまったことを思い出す

長い付き合いだが、彼女が泣いている姿は見たことがなかった

ヤマシロは天国に行った瓶山の事を考える

 

無事に娘の夏紀に会えただろうか?

 

あれから忙しさが増したため、天国に行く機会は減ってしまったが治安はそこまで悪くないので大丈夫だと言い聞かせる

.....金髪に染めた戦国武将や自身を慕う大泥棒を除いたらだが

 

「閻魔様!次はこちらの書類に...」

 

「まだあんのかい!」

 

......閻魔大王に休みはない

 

 

 

地獄...

閻魔大王によって雇われた鬼達の巨大な共同住まい、麒麟亭があり、生前に悪事を働いた魂が集う場所...

そこでは噴火は日常茶飯事、雷は雨のように降り注ぎ、血の泉は6000度

そんな佳境で、

 

「.....なぁ、麻稚帰っていいか?」

 

「なりません」

 

ヤマシロは麻稚によって連れてこられていた

何やら本日、亜逗子の謹慎解除記念パーティーを麒麟亭にて行うらしいが何故かヤマシロがゲストとして呼び出されたわけである

 

「まだやらなきゃいけない雑務が...」

 

「終わり羽を伸ばしていたのはどこのどちら様ですか?」

 

「........私めでございます」

 

部下に首根っこを掴まれDOGEZAを強要される上司

そんなシュールな光景を作り出した二人は、

 

「では、行きますよ」

 

「ねぇ、もう決定事項なの!?これはもう参加するしか選択肢はないの!?」

 

「何を当たり前のことを、もうすぐゲスト登場の時間ですよ」

 

「あぁ、もう始まっちゃってたわけね、絶対に行かないといけないシチュエーションが完成しちゃってた訳ね!!」

 

麻稚が下克上でもするような勢いでヤマシロを追い詰める

....というよりも彼女なら本気でやってのけてしまいそうでリアルに怖い

ヤマシロは渋々、麻稚に引きずられる(物理的に)形で麒麟亭へと向かった

 

 

 

一方、麒麟亭内では

 

「いや〜本当悪いね、ここまでしてもらって」

 

「何言ってんですか姐さん!あんな立派に発言なさって!」

 

「いや、でもあれはあたいが勝手に...」

 

「そ・れ・で・も、あの時の姿は立派でしたね、いや本当に!」

 

「あはは、んな褒めるなって」

 

「とりあえず飲んで騒げー!姐さんの為に!」と何やら仕切っている鬼のテンションに亜逗子は苦笑いする

.....何というか、いつもの亜逗子ならノリノリだったであろうが今はそんな気になれなかった

胸の内のモヤモヤが気持ち悪くてとても騒げる気分ではない

 

(あたい、どうしちゃったんだろうな...)

 

そんな亜逗子の悩みに誰も気づくことはなく、騒ぎ出す

 

「大丈夫ですよ姐さん」

 

先ほどの鬼が肩に手を回し、亜逗子の杯に酒を注ぐ

 

「あんたは一人じゃないんだ、麻稚の姐さんに俺たちがいるんだ、一人で抱え込まずにたまには相談してくれよな」

 

その言葉はまさに、先日の裁判の前に亜逗子自身がヤマシロに告げた言葉であった

亜逗子自身は無意識だが、鬼達のリーダーになってからあまり人に頼ることがなくなった

リーダーになり、プレッシャーを感じていたのかもしれない

誰かの上に立つということがきちんと理解できていなかったのかもしれない

 

あの時のヤマシロもこんな気持ちだったのだろうか、そう思うとあれだけ多くの者の上に立ちながらあれだけの仕事をやり遂げてしまう彼は本当に凄いと思う

もしかしたら、心の何処かで亜逗子はヤマシロに憧れていたのかもしれない

亜逗子はヤマシロが幼い頃から知っているためあまりそのような考えを抱く感覚はよくわからない

 

「姐さん?どうしました?」

 

「いや、何でもない」

 

亜逗子は静かに酒を口に運んだ

 

「それでは皆さんお待ちかねの特別ゲストの登場です!」

 

特別ゲスト?と亜逗子は首を傾げる

それはそうであろう、彼女は特別ゲストにヤマシロが来ることはおろか、特別ゲストを呼んでいることすら聞いていないのだから

 

「では、どうぞー!」

 

ノリのいい司会をしている鬼がそう言うと何処からかリズミカルな音とよくあるドライアイスの煙がステージ中心に発生し、スポットライトも全てステージに向けられる

 

そして、そのスモッグが晴れた場所には.....

 

「いえーい」

 

パンクファッションでエレキギターを持った、蒼 麻稚が立っていた

 

「ま、麻稚姐さん!?」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

これは予想外であった

本来のゲストを知る鬼達は勢い良く酒を吹いたり、目を丸くし反応できないものもいる

亜逗子なんて色んな意味で予想外のようだったようでガタタタン!と勢い良くその場から立ち上がるほど驚いている

 

「じゃらーん」

 

「ギターの音を声に出してるぞ!」

 

「あのギターは飾りか!?」

 

どよめきが更に広がる

麻稚はそんなこと気にしない様子で進める

 

「私の魂聞いて帰ってくれるかい?」

 

....棒読みでとても反応し辛かった

 

「私の魂聞いて帰ってくれるかい?」

 

しかし、二度目は大丈夫!

鬼達は苦笑いをしつつも、ノリのいい司会の鬼を筆頭に「オォォォォォォォォォォォォォォ!」と叫ぶ

 

「ありがとう、それじゃあ一曲行ってみよう!」

 

...だから何故棒読み、という突っ込みはもうしない、してはいけないという暗黙のルールが五分も経たない内に完成した

 

そもそも、どうしてこうなったかは数分前に遡る

 

 

『閻魔様、そこまで嫌なのでしたら私がします』

 

『え、いや、そこまで嫌なんて...』

 

『私がします』

 

『..........』

 

 

そして現在に至る

半ば強引な形となったが盛り上がってる(?)ため良しとする

ちなみにヤマシロは、本当に残っていた仕事を片付けるためにさっさと帰ってしまった

亜逗子は亜逗子で同僚の予想外すぎる登場に唖然とするしかなかった

 

ちなみに、麻稚の歌は宴会の時、一人の鬼が録画と録音をしていてCDとDVDが同時発売されて大儲けしたとかいうのは別の話...

 

 

 

 

 




キャラクター紹介

ヤマシロ
種族:閻魔
年齢:180歳(人間でいう18歳)
趣味:骨董品収集
イメージボイス:櫻井トオル
詳細:歴代最年少の閻魔大王として5代目に就任する
一時期、現世のライトノベルにはまっており中二病気味だった黒歴史がある
ちなみに今でも亜逗子にそのことで弄ばれる


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Twelfth Judge

今回は少し短めです




ある日、何事もない平和な日に、事件は何の前触れもなく突然発生した...

 

燃え盛る大地、暗雲渦巻く漆黒の空、目の前に次々と積み上がる死体の山...

あまりに現実離れした光景に俺は言葉を失ってしまった

 

そして...!

 

「何なんだお前は!?何故こんなことを!」

 

突然現れた、謎の装束を纏った男

男は不気味に笑う

 

「我か?我はこの世を浄化するためにここまで来た」

 

「浄化...だと!?」

 

「この腐り切った世の中を徹底的に壊滅に追い込むために二世紀先の次元より、時を超越しこの時代に来た!」

 

男が両手を天に掲げると地響きが起こる

まるであの男を中心に世界が動いてるように

 

「我の名は刹那、全てをやり直し世を創り変える神となる存在だ」

 

刹那が叫ぶと同時に世界が光に包まれた

今ここに世界が...

 

 

 

「はい、閻魔様、マジな勢いで手が止まってますよ〜」

 

「あ!ここからがいいトコなのに!」

 

なんてことにはならない

此処は天地の裁判所の地下に広々と広がるベンガディラン図書館館長である鬼、月見里 査逆[やまなし さがみ]が上司である現閻魔大王のヤマシロに注意する

 

「てかさ、俺じゃなくて部下使えよ、査逆一応この図書館の責任者なんだしさ」

 

「マジ今更なんてことを、ウチの信頼度の低さウチのマジ上司の閻魔様なら知ってんでしょ?」

 

「ダメだ、この館長!」

 

査逆は口調は聞いての通りなんちゃってギャルみたいな微妙な口調と髪の毛盛ってて染めてるくせに何故か目もとは隠しているという

しかも、部下からの信頼は紙のようにとても薄い

「という訳でマジお願いしますね〜この前資料室貸したのチャラにしますから、マジで」と意味不明なことを言いながら黙々と作業に戻る

閻魔権限で彼女を降格することも可能なのだが、この図書館はただでさえ就職率が少なく、彼女の後任になるような人物がいないため中々手を出せないでいる

仕方なくヤマシロは先ほどまで読んでいたライトノベル、「セレモニー・カルドセプト」のクライマックスバトルシーンを読むのを諦め、渋々本棚に戻す

 

麒麟亭で行われていた宴会から逃げ出し、さっさと裁判所に戻り今までにない程のスピードと丁寧さで仕事を終わらせ、羽を伸ばしているところで彼女に見つかり、ベンガディラン図書館まで連れてこられたのである

 

「査逆ー!次はどこやる?」

 

「マジ疲れて来たんで一旦休憩でもしますかね」

 

「唐突だな、オイ!」

 

彼女のマイペースさにはついてはいけない...

仕方なくヤマシロは査逆に促されるがまま、骨休めを始めた

 

 

 

「.....こんなトコに喫茶店なんてあったんだな」

 

「え?閻魔様まさか知らなかったとか?マジ驚きなんですけど〜」

 

「う、ウゼェ...!」

 

プルプルと震えながら青筋を浮かべつつ、拳を握り締めるが正論を言われているため、殴るわけにはいかなかった...

対して、査逆は腹を抱えて、周りに迷惑なくらい大爆笑している

 

物陰喫茶「MEIDO」

.....多分漢字で書くと冥土だと思う

決して女子が着るメイド服のことではないと断言することができる

ちなみに女子店員は誰一人としてメイド服を着ていない

 

「んで、どんなメニューがあるんだ?」

 

滅多に来れない場所のため、この際ゆっくりしようと決断しメニュー表を見てみる

 

・パパイヤソーダ 150円

・練乳コーヒー 230円

・マンゴースカッシュ 250円

・ドラゴンソーダ 200円

・そら豆と枝豆の炭酸水 240円

・餓鬼の血ティー 400円

・ゴーヤのワイン 550円

 

「あ、ウチのオススメはドラゴンソーダね」

 

.....何か聞いたこともないメニューばかりだった

もし、この喫茶店が現世であるならば天下のゲテモノ店として君臨するであろう

 

「...他にメニューってないの?」

 

「マジ残念ですが、ないですわ」

 

「そ、そうか」

 

「まぁ、モノはマジ試しっていいますから、全部チャレンジしてみます?」

 

「パパイヤソーダお願いしまーす!」

 

何やらとんでもないチャレンジをしいられそうだったので、この中で一番安くマトモそうな物を選ぶ

...何やら査逆が舌打ちした気がするが気のせいと信じたい

 

「んじゃ、ウチドラゴンソーダで」

 

査逆も注文する

ドラゴンソーダとはドラゴンフルーツの果汁を炭酸飲料にしたものらしい

.....毎度疑問に思っているのだがどうやって現世の物資をこっちの世界に持って来ているのだろうか?

 

「お待たせしましたー、パパイヤソーダとドラゴンソーダです!」

 

注文した品が届き、査逆と雑談して時間を過ごす

パパイヤソーダは、まぁうまかったな...

 

全くの余談だが、店内のBGMとして麻稚の歌が流れた気がした

.........ものすごい棒読みだったことが記憶に残ったのも一応伝えておこう

 

 

 




次回もよろしくお願いします


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Thirteenth Judge

連続投稿です


イエス・キリスト...

遥か昔、神の子として生を受けその優れたカリスマ性と心の広さで多くの弟子をつくり、あちこちで洗礼を行う

しかし、不幸に次ぐ不幸が彼を襲い、最終的には悲劇の死を遂げる

その後、天地の裁判所で初代閻魔大王と知り合い、天国に行き治安の乱れた場所にて救いを解き、その努力が認められ天国の更に天上に存在する「神の国」に迎えられ今は神として生活している

 

 

「....俺はなんでそんなお偉いさんに呼ばれちゃったのかな?」

 

どうやら二度あることは三度あるというのは本当らしい...

ヤマシロはその件のイエス・キリストから会ってみたいという通達を遥か遠くの神の国から受け取ったわけだ

仕事?先代に押し付けてきましたが何か?

 

「.....まだ時間はあるな」

 

神の国へ行くための便は一日に一回出るか出ないかの超低確率なのだが、それでもまだゆっくりする時間はある

本来、聖人や神しか入ることの許されない神の国だが閻魔大王は何故か入ることを許されている

 

「せっかく天国に来たんだし、気になるところには行っとくか」

 

一番最初に頭に浮かんだのは瓶山親子...

あの後無事に再会できたのかがとてつもなく気になる

その次に織田信長と石川五右衛門...

こっちにいる数少ない知り合いだが、また居酒屋まで拉致られて時間がなくなるという展開が簡単に予測できたので、すぐさま無かったことにするが、

 

キキキキキィィィィィィィィィィィィィィィ!!と、どこかで滅茶苦茶見覚えのあるスポーツカーがヤマシロの前に現れる

 

「ワハハハハ!また会ったなヤマシロ!」

 

.....やはり二度あることは三度あるというのは本当らしい

 

 

 

「瓶山?夏紀ちゃんのことか?」

 

「知ってんの!?」

 

「おぉ、三日前ナンパしたのだが失敗した相手だ、忘れるわけがない」

 

「あんた、もう末期だな!」

 

ヤマシロは驚きが隠せない

身体年齢十歳の子供に手を出すとか...

ヤマシロの中の織田信長像がガラガラと音を立てて綺麗に崩れた瞬間だった

 

「で、流れるままに乗っちまったが一体どこに向かってんだ?」

 

もう乗り馴れたスポーツカー:KIPPOUSIの助手席に座るヤマシロは尋ねる

もしも、このまま五右衛門も誘い込んで居酒屋に行こうと言うのであれば、彼は飛び降りてでも逃げるであろう

しかし、

 

「夏紀ちゃんの家だが?」

 

さらっと、ストーカー宣言したこの戦国武将は一体どう対処するべきだろうか?

 

「なんで知ってんの!?」

 

「いや、儂も行ったことはないがなんせこっちから気を感じるのでな」

 

「あんた一体何なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

もう常識なんて信じない!とヤマシロは心の中で固く誓う

そんなことは知らないとばかりに信長は更にスピードを上げる

どうやら早く行かないと夏紀の気を見失ってしまうかもしれないらしい

 

「ヤマシロ、お前夏紀ちゃんとはどういう関係だ?」

 

「......多分お前の期待してる関係じゃないぞ」

 

「儂はお前に何の期待もしておらんが?」

 

「それはそれで酷いな、オイ!」

 

「それで、どこまでヤッたんだ?」

 

「だから、一体あんたは何を期待してんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

ヤマシロの叫びはスポーツカーのスピードによってかき消された

 

 

 

その頃、天地の裁判所...

 

「馬鹿息子が、俺に面倒事押し付けやがって...」

 

「そう仰らないでください4代目、キリスト様直々のお呼び出しですので断るわけにもいかないでしょう」

 

「まず、あいつがキリストに呼ばれるほどの何かがあるって時点で気に入らないがな...」

 

一室で雑務をしながら会話をしている男、4代目閻魔大王ゴクヤマが大きな溜息をつく

このように現閻魔大王がどうしてもの理由で裁判所を開ける際には先代閻魔大王がその時のみ、閻魔大王としての権限と仕事を復帰することになる

もし、代理がいなければまた特殊な手段を使うことにもなるが...

 

「ヤマシロは閻魔大王としてどうだ?」

 

「それは私の目で構いませんか?」

 

「構わん、奴は今ここに居ないからな、蒼の娘」

 

蒼の娘とは麻稚のことであり、麻稚の父親がゴクヤマに仕えていたことからこのように呼ばれている

麻稚は「そうですねぇ...」としばらく悩んでから、

 

「正直に言えばまだまだ未熟ですね、ですがあの歳であそこまでコトをこなす部分は素直に凄いと思いますがね」

 

「.....やはり引退などすべきではなかったか」

 

「.....今更悔やまれても遅いですよ」

 

麻稚は呆れ、盛大に溜息をつく

そもそも、この人物の引退は本当に謎が多い

当時、裁判所で彼が引退宣言をしたときそれこそ、二、三日では話題が止まることはなかったくらいだ

しかも、病気を患っているわけでもないのにあの歳での引退...

 

「ところで蒼の娘よ」

 

麻稚が思考の海を彷徨っているとゴクヤマが何やら含み笑いを浮かべる

 

「あのCDはお前の許可は出ておるのか?」

 

「出てる筈がない!」

 

これ以上にない位のドヤ顔が決まった

.....何故そこでドヤ顔を決めたのかがよくわからなかったゴクヤマであった

 

 

 




キャラクター紹介

紅 亜逗子(くれないあずさ)
種族:鬼(赤鬼)
年齢:不明
趣味:賭け事
イメージボイス:富樫美鈴
詳細:閻魔大王に雇われた鬼達のリーダー
姐さんと慕われており部下からの信頼は厚い
ショタコン疑惑があり、ヤマシロはそのことで軽いトラウマを抱いている
鬼達からはドSと呼ばれているが実は自称であまり大したことはない


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Fourteenth Judge

中々、文が思いつかない...


 

あの日から一週間が経った...

若い閻魔様のご厚意で一度捨てた天国への道標を再びいただき、夏紀を探すことにした

そうでもしないと閻魔様に顔向けできない...

しかし、一向に見つからなかった

夏紀と同年代の子なんてそうそう見つからない

...見つけて話掛けても変態扱いされそうなので流石にそれは自重しているが

 

「なぁ、あんた、こんな女の子見なかったか?」

 

「いや、見てないよ」

 

また駄目だったか〜と思わず肩を落としてしまう

閻魔様から貰った写真を使って夏紀の行方をずっと探しているが一向に見つかる気配がない

「なぁ、あんた」と先程尋ねた男が声を掛けてくる

黒い短髪に迷彩柄のバンダナを付け、更にはよく見ればその顔には刺青が刻まれている

.....俺、よく話しかけれたな〜、と思うが男にそんな俺の考えがわかる訳もなく話続ける

 

「いや、こうして会えたのもなんかの縁が働いたんだ、その娘探すの手伝うよ」

 

男は笑顔で応えた

 

「いいのか?」

 

「あぁ、俺も丁度暇してたし」

 

「ありがとうな、俺は瓶山 一、あんたの名前は?」

 

俺は右手を差し出す

それに応えるように男も自分の名前を告げると同時に右手を出し、俺の手を握る

 

「俺は五右衛門、石川五右衛門だ!」

 

 

 

その頃...

 

「なぁ、信長、今日は五右衛門と一緒じゃないのか?」

 

「いや、さっきまで一緒にいたのだが、お前の気を感じて儂は空港まで最高速度で向かったからな、まぁ、簡単に言うと置いてきた」

 

「中々酷いな、お前...」

 

そんな五右衛門が現在ヤマシロ達の目的の夏紀の父親と出会っていることなど知る由もない

 

「いかん、気を見失った」

 

「ここまで来て!?」

 

色んな意味で突然すぎる発表であった

しかも、ヤマシロはそこまで天国の地理に詳しいわけではないため、ここがどこだかわかる術はない

よって、信長に全て任せている形になっている

 

「おい、あまり遠くまで行ってないよな、俺この後一応お偉いさんと会う予定になってんだから」

 

「安心せい、カーナビがあるからな!」

 

「ンなことドヤ顔で言われてもどう対処しろってんだ!」

 

「大丈夫だ、気は見失ったがもう一つの可能性に儂は走っておる!」

 

「もう一つの可能性?夏紀と最後に会った場所に行くとかそんなんじゃないよな!?」

 

「ワハハハハ、そんなロマンチックな展開にはならんわ!」

 

そう言い、信長は更に速度を上げる

.....もうスピード違反とかどうとかは突っ込んでも意味はないため割愛する

ヤマシロは今持っている疑問を無茶な運転をしている運転手に尋ねる

 

「一体どこに向かってんだ!?」

 

「儂の友人の情報屋の下に超特急で向かっとるよ、お客さん!」

 

 

 

情報屋...

天国どころか死後の世界のありとあらゆる情報を提供する者

正直、情報の仕入れルートは全て不明であり、企業秘密とするのが情報屋の売りでもある

 

「......ここ、何時ぞやの酒場じゃないか?」

 

「そうだ、此処の二階に住んでるからな」

 

信長はスポーツカーから降りるなり、今にも崩れそうな非常階段をギシギシと音を立てながらゆっくりと登って行く

信長の友人なのだから少しは信頼できるが、なんだか癖がありそうなのは気のせいだろうか?

 

「信長、その情報屋ってどんな奴なんだ?」

 

「強いて言えば、化け物だな」

 

......……..........................................はい?

 

「そいつ人間だよな?」

 

「いや、ゴリラだ」

 

「一体どんな奴だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

本日何度目になるかわからないヤマシロの叫びが響く

それ以前にここ天国だよな!?とヤマシロは思った

情報屋がゴリラで化け物?しかもあの信長にそこまで言わせる者...

 

「や,やばい、逆に気になってきた...」

 

「ヤマシロ、さっきから何ブツブツ言ってんだ?」

 

どうやら小さいが声に出ていたらしい、次からは自重しよう

信長とヤマシロはやたらと長い廊下の奥にある扉にやっとの思いで辿り着く

 

「ちょっと待て、なんでさっきの階段が隣にあるんだ!?これまさかただ無駄に一周しただけ!?」

 

「全く、あやつも相変わらず悪い趣味している...」

 

どうやらその通りらしい...

こんなことなら隣から飛び越えて来ればよかった...とヤマシロは肩を落とす

彼の頭上で紫色のモヤモヤが漂い、背後にズーンという文字が見えるのは幻覚だろう

 

「とりあえず、行くぞ...!」

 

何やら信長が汗を流している...

そこまで緊張する相手なのか、今更ながらどんな人物なのかが本気で気になってきた

なんか信長も「相変わらず凄まじい気だ...」とか言っちゃってるし

信長はノックもチャイムも押さずに、

 

「出て来んかーーーー!この引きこもりーーーーーー!」

 

.......大声で何やら喧嘩上等の言葉を言い放つ

だが、返事がない、すると信長は続けて、

 

「ニート!コミュ症!ぺったん娘..」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁれがぺったん娘だ、コラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

言い続けると、扉が開くと同時に拳が飛んできた

信長はモロ顔面にくらうが、倒れることも動くこともなく、ただ起立の姿勢を保ち続ける

まさかの弁慶立ちに呆然とするが、

 

「よぉ、相変わらずだな」

 

「あんたも変わってないね、信長」

 

すぐさま信長が言葉を繋ぎ、相手も笑顔で返す

 

「あれ、俺空気じゃね?」

 

そして、現状について行くことの出来ないヤマシロは、驚く以外することはできなかった

 

 

 

 

 

 




次回もお願いします


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Fifteenth Judge

最近マンネリになってきてる気が...


「で、この人は誰だ?信長」

 

「で、このナイスガイは誰?信長」

 

信長がやはり、痛みに耐えきれずに倒れてしまいゴロゴロ転がるがその状況が一段落し、情報屋の住処でとりあえずくつろがせてもらっている

 

「ヤマシロ、この女は化け物だ」

 

「誰が化け物だ!誰が!」

 

再び信長に鉄拳が襲う

しかも互いに慣れた動作のように無駄な動きがないことが何故だかわからないがとても悲しく感じる

 

「信長、真面目にしてくれよ俺だってこの後仕事残ってんだしさ」

 

そう、皆様お忘れかもしれないがヤマシロが天国に来たのは神の国に行き、イエス・キリストと会うためであり、決して観光とか遊びに来たわけではない

ただ時間があるから、信長と一緒に瓶山親子を探している

...信長がいるのは完全についでだが

 

「だから、この女は情報屋の…」

 

「そうそう、そうやってちゃんと紹介してくれれば文句は」

 

「ゴリラだ」

 

「死ね!ボケカス!」

 

今度はこれまでにないほど綺麗な回し蹴りが信長の首を襲った

…天国の治安が悪い理由がもう一つわかった気がする

 

「と、とりあえず俺はヤマシロだ一応閻魔大王やってる」

 

「ご丁寧にどうも閻魔様、あの馬鹿とはやはり大違いですね〜」

 

話が一向に進まないと判断したヤマシロは恐る恐るだが、話し掛けてみたがその心配がなくなるほどフレンドリーな態度で返してくる

その笑顔に似合う癖の少ない白銀の髪に、雪のように白い肌が彼女の美しさを更に引き立てている気がした

 

「私は須川時雨、この天国での情報屋と言ったら私のことだよ」

 

「フン、ない胸で何を偉そうに...」

 

「しつこい!」

 

......信長が復活するが須川によってまた沈められる

この姿だけを見ていると本当にあの有名な戦国武将、織田信長なのかと疑わしくなる

まぁ、見た目からして既に信憑性はないのだが...

 

「ていうか、あんた閻魔様なのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「今更かよ!?」

 

若干...というより恐ろしい程テンポがズレている情報屋に思わず突っ込みをいれてしまう閻魔大王

 

「えぇ、ていうか閻魔大王ってゴクヤマじゃなかったけ!?」

 

「!あんた、親父のこと知ってんのか!?」

 

「えぇ、知ってるわよ」

 

ヤマシロは少し驚く

実はヤマシロの父親、ゴクヤマの代では裁判が最も少ない世代としても知られていた

そのゴクヤマのことを知っているということは須川は数少ない裁判を受けた一人とも言える

 

「ホント、あの短気で怒りん坊で面倒くさがりで馬鹿なゴクヤマに息子がいたなんてねぇ〜」

 

「.......全くもってその通りでございます」

 

父親の悪口を言われたが全て事実なので反論できない

というよりも反論する意味すらなかった

 

「というわけで時雨、ヤマシロも仕事があるから早いとこ情報を提供してもらっても構わないかな?」

 

「いいけどさ、ヤマシロさん閻魔大王しか入れないって資料室に今度連れてってよ」

 

「断る!てか何であんたそんなこと知ってんだよ!」

 

「企業秘密で!」

 

ドヤ顔とテヘぺろを同時に行うという、須川の器用な部分を知ることができたが、恐らく情報源はゴクヤマだと一瞬で判断する

 

「そういやさ、」

 

須川がヤマシロの顔を真剣に見つめて、

 

「あんたがあのゴクヤマの息子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「今頃かい!」

 

 

 

「ハックション!」

 

「どうかなさいましたか、先代?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 

石川五右衛門...

 

「どうした、瓶さん?」

 

「いや、何でもない」

 

こいつがあの大泥棒、石川五右衛門?

 

「まさか、俺のことをあの石川五右衛門かって疑ってる?」

 

図星であった

何とか誤魔化そうと必死に台詞を並べようと努力する

 

「いや、そんなことは」

 

「いいさ別に、色んな伝説があるみたいだけど、所詮は伝説だ」

 

五右衛門は歩きながら、いつの間に買ったかわからない焼き鳥を食べながら話す

 

「俺は単なる泥棒だ、そしてそれ以前に石川五右衛門って一人の死人だ」

 

「.....疑問だったんだが何で泥棒が天国にいるんだ?」

 

「それは聞かないでほしい、何か色んな意味で...」

 

バツが悪そうな表情で暗い雰囲気が五右衛門を纏う

なにやら開いてはいけない扉を開いてしまったようだ

瓶山は必死になって、

 

「わ、悪いそんなつもりじゃなかったんだ」

 

「いいよ、ちょっとしたトラウマがあるだけだから」

 

「全然良くないし!クソ、人のトラウマ呼び起こしちまった!」

 

互いになだめ合い、互いに謝るという奇妙な光景が天国の一角に完成する

ちなみに二人はとりあえず情報を得ようと天国の住民を管理している、いわゆる市役所のような場所へ向かっている

 

「なぁ、瓶さんその娘そんなに大事な存在なのか?」

 

「あぁ、命の次くらいに大切だ!」

 

「まぁ、俺らもう死んでるけどな」

 

「それもそうだ、訂正するよ、金の次に大切だ」

 

「ここだから言えることだよなぁ、それ!」

 

「違いないな!」

 

アハハハハハ、と二人は気があったのか互いに肩を回す

この短時間で小さな友情が生まれたようだ

 

「じゃあ、さっさと案内してくれよ!」

 

「モノ頼む時の態度じゃないよな、それ!」

 

二人は笑うだけ笑うと目的地に向かって足を進めた

 

 

 

 




キャラクター紹介

蒼 麻稚(あおいまち)
種族:鬼(青鬼)
年齢:不明
趣味:BL
イメージボイス:日笠陽子
詳細:亜逗子と同期で亜逗子の補佐
常にポーカーフェースを保ち、メガネも掛けクールな一面が見られる
かなりの毒舌で亜逗子とは違い、本物のドS
ベンガディラン図書館にあるBL本の半分が彼女の直筆であるが知る者は少ない


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Sixteenth Judge

...中々終わらせられない


 

神の国...

神話や伝説となって現世で語り継がれている者たちの住む土地

その国では日々神々が雑談し、酒を飲み、秩序を保ち、文化に触れ、サブカルチャーにはまり、情報を共有し、意見が食い違えば争うという本当の意味で平和な国

外界との関わりを絶っているが、聖人や閻魔大王などの一部の特別な存在は少しだけではあるが入国が許されている

と言っても、向こう側から招待されなければ不可能であるが

 

「んで、ここが神の国...」

 

夏紀の捜索は信長と須川に任せ、予定時間になったヤマシロは神の国に行きキリストを待っていた

そこには、天然の温泉が湧き、巨大な樹がそびえ立ち、空は透明な蒼に広がり、まさに神々しい光景が広がっていた

どちらにしろ天国や地獄はもちろん、裁判所でも見ることができない光景がヤマシロの視界を支配した

 

「待たせたね」

 

突如、ヤマシロに声が掛かる

 

「あんたが、イエス・キリストか?」

 

「いかにも、そう言う君は閻魔大王だね?」

 

イエス・キリスト...

織田信長の様に容姿が吹っ飛んでなくて少しだけ安心した

柔和な顔に髭が目立ち、肩まで掛かる茶色の髪が不思議と神々しさを放っている

この人物が神の子であり、キリスト教の象徴...

 

「5代目の閻魔大王を務めています、ヤマシロと申します」

 

「もう、そんなに時が経ったのか...」

 

キリストは小さく呟く

そう、この神の国では時間という概念も外界と完全に遮断してしまっている

そのため、神は老いることも死ぬこともない

だからこそ神は永遠の象徴として有名なのである

 

「それで、本日はどのようなご用件で?」

 

「大したことではないのだが、少し酒に付き合って頂けないだろうか?」

 

「構いませんが、なぜ?」

 

その言葉にキリストは黙る

何か理由がありそうだが、ここは問い詰めない方がいいだろう

 

「すみません、問題ありません」

 

ヤマシロは謝罪する

 

「いや、こちらこそすまない」

 

キリストも謝る

 

「では案内しよう、人を待たせるわけにはいかんからな」

 

「他にも誰かいるんですか?」

 

「あぁ、天照大御神も閻魔大王殿と同席したいと言ってたからな」

 

天照大御神...

日本を代表する神の一体だ

 

こんな大物の名前を聞けるなんて自分は本当に神の国に来たのだな、と改めて実感する

 

そして、ヤマシロはキリストに導かれるがまま、神の国へと足を踏み入れて行った

 

 

 

「で、別行動はどうなったんだ?時雨」

 

「いいじゃない、車の方が移動楽だし」

 

「...お前、確かバイク持ってなかったか?」

 

「なんのこと〜?ぜんぜんわかんな〜い」

 

信長は拳を握りしめ、ピキピキと青筋を浮かべるが、運転中の為に手を出すことができない

 

ヤマシロを空港に送り届け、続けて瓶山 夏紀を探している信長と須川は走っていた

結論から言うと須川は夏紀のことを知っていた

最近、天国に来た小さな女の子は彼女だけだと言う

だが、どこに住んでいるかまでは知らないと言う

そのため、信長が再び夏紀の気を捉えるまでは二人でドライブという形で天国を走り回っている

...当初の予定では信長は信長で、須川は須川で捜索する予定だったのだが何故か須川が信長のスポーツカーの助手席に座っていたという

 

「で、気とやらは感じる?」

 

「いや、感じないな、この近くではないのかもしれん」

 

「ていうか、あんた気とか察知できたのね」

 

「今更!?」

 

「いや〜そんなの創作の中の話だと思ってたけど実際に出来るんだね〜」

 

何やら須川が理解し難い歓喜に浸っているが面倒くさそうなのでとりあえず無視する

しかし、ヤマシロと一緒に居たときには感じれたが今では中々捉えることができない

 

「時雨」

 

「何?」

 

「確か、この辺りに此処の住民を管理している施設がなかったか?」

 

「あったねぇ〜何で今まで忘れてたんだろうね〜?」

 

「となれば目的地は決まったな」

 

信長は進路を変え、速度を更に上げた

 

 

 

その頃、件の役所で話を聞いた瓶山と五右衛門は...

 

「やったな瓶さん、娘さんの居場所がわかって」

 

「あぁ、本当ありがとうな五右衛門!」

 

「何言ってんだよ、俺なんか礼を言われるような人間じゃないさ」

 

「それでもありがとよ」

 

瓶山と五右衛門はついに夏紀の居所を掴むことに成功する

本来であれば、個人情報がどうとかで教えてはもらえないのだが、捜索人物が娘であったり、閻魔大王の知り合いであることがはたらき、教えてもらうことに成功した

 

しかし、

 

「瓶さん、ちょっとこの場所は歩きじゃ遠くないか?」

 

「........................」

 

そう、目的の場所が滅茶苦茶遠いのだ

乗り物で行けば一瞬ではないにしろ早く着くが、徒歩ではとても時間が掛かる

おまけにこの辺りに交通機関は全くと言っていいほどない

 

「それでも行くさ、何時間、何日、何ヶ月、何年掛かろうが俺は夏紀の下に行かなきゃ閻魔様に合わす顔がねぇ!」

 

瓶山は決意すると、目的の方向に歩き出す

 

「待てよ、瓶さん」

 

「なんだよ!」

 

五右衛門は瓶山の肩を掴み、行く手を阻む

 

「俺の知り合いにスポーツカー乗り回す野郎がいるんだ、そいつに頼んでやるよ!」

 

「....いいのか?」

 

「当たり前だろ」

 

瓶山は表情で喜びを表し、五右衛門も自然と笑顔になる

五右衛門はポケットから携帯電話を取り出し、スポーツカーを乗り回す野郎、もとい信長に電話をしようと耳に携帯電話を近づける

 

と、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!どけどけどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

何やら五右衛門にとってはとても見覚えのあるスポーツカーが車道に現れる

心なしか、歩道のためこちらは大丈夫だが、こちらに向かって来てる気がする...

 

そして、件のスポーツカーはスピードを殺すことが出来ずに目の前の建設中のビルに勢い良く激突する

 

「.......なぁ、五右衛門、まさかだが..」

 

「そのまさかだ、この登場は少々予想外すぎだがな」

 

瓶山は信じられないものを見る表情を浮かべるが、五右衛門はこういうアクシデントに慣れているのか苦笑いで対応する

すると、スポーツカーがゆっくりとバックを始める

 

「だから、何であんなスピード出すわけ!?」

 

「お前が調子に乗って、『あと十秒で到着しないと死刑ね♡』とか言うからだろうが!」

 

「冗談に決まってるでしょうが!」

 

「お前の場合は本気でしかねないんだよ!」

 

............とりあえず、どうリアクションすればいいかに困る

 

「おい、信長!」

 

五右衛門がとりあえず信長に声を掛ける

すると信長は口喧嘩を止めこちらに気づく

 

「おぉ、五右衛門」

 

「え!?信長って、あの織田信長!?」

 

瓶山はここでまさかの戦国武将の登場に果てしないほど混乱する

その隣にいる女性、須川時雨も五右衛門という単語に反応する

 

「へぇ〜あんたがあの石川五右衛門...」

 

「ちょっと待て五右衛門、信長ってあの織田信長で間違いないのか!?」

 

「ワハハハハハハ、名も知らぬ男よ、間違いではない」

 

なんか場がとてもカオスになってきたがとりあえず話を切り出さなければ、と瓶山は思うが

 

「てか信長!お前いつの間にナンパ成功させたんだよ、畜生!」

 

「馬鹿か五右衛門、誰がこんなまな板をナンパするか!」

 

「だ・れ・が...まな板だ、コラァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「ぐはっ!?」

 

.....話を切り出さなければ、場は更にカオスになっていく

ギャーギャー騒ぐ面子から外された瓶山はもはや収集のつかなくなってしまったこの場にただいるだけとなってしまった

そこで、信長が瓶山の存在に気がつく

 

「そういえば、五右衛門こいつは誰だ?」

 

「こいつか?こいつは瓶山 一ってんだ、俺はこの人の娘さんを探すのを手伝ってた」

 

瓶山、という単語に反応して須川もこちらに迫ってくる

そして、しばしの沈黙の後、信長と須川は顔を見合わせ、

 

『瓶山ァァァァァァァァ!?』

 

盛大に叫んだのであった

 

 

 

 

 

 




なんかグダクダですみません


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Seventeenth Judge

中々執筆が進まない...


「いやー、あんたがまさか夏紀ちゃんの父上殿で五右衛門と知り合いだったなんてな」

 

「いや、五右衛門とはさっき偶然会っただけっすよ、まさか五右衛門の言ってた人があの織田信長だったのは驚きですがね」

 

スポーツカー前頭部

信長が運転席に座り、瓶山が助手席に座って夏紀の居場所をカーナビに登録作業をするためこのようになった

四人は集めた情報を確認し合い、すぐさま瓶山を連れて夏紀のいる場所に急行することになり、現在最高速度で向かっている

 

「瓶さん、あんたの娘さん一回こいつにナンパされてんだぜ」

 

「コロス!」

 

「待て待て!儂、運転中、運転中だから!」

 

「ブチコロス!」

 

「五右衛門ー!テメェ何とかしやがれー!」

 

「アハハー!行けー、容赦は無用よ!」

 

「黙ってろ、ゴリラ!」

 

スポーツカー後頭部では五右衛門と須川が座っている

五右衛門は後ろから瓶山を刺激し、須川はそれを見ながら純水に楽しんでいる

流石に須川も運転中には手を出しはしなかった

そこらへんの常識はあるようだ

 

「信長ー、本当にそこでいいの?私も何回か行ったことあるけど何もない場所だったよ」

 

「うむ、それはわからん」

 

信長一行が向かっている場所は、天国でも最も地獄に近いと言われている場所、彼岸花の花畑

そこに夏紀が今居るらしい

 

だが、本当にそこは地獄に近く、ただ延々と彼岸花が咲き誇っている、それだけの場所である

もちろん、人も居なければ街もないし、それ以前に誰も立ち寄ろうとすらしない

 

「夏紀は何だってそんな場所に」

 

「わからんが、スピードを上げるぞ!」

 

「ちょ、信長!これ以上スピード上げたら危険よ!」

 

「安心しろ!ちょっとだけいじってある!」

 

須川の忠告も虚しく、信長は更に速度を上昇させる

 

「とりあえず、何で夏紀にナンパしたんだ、信長?」

 

「今聞くことか、それ!?」

 

 

 

私は今綺麗な赤い花畑にいる

見渡す限り、赤、紅、朱、緋...

何でここに来たかはよくわからないけど、この花が呼んでいる気がした

風に揺られる花は本当に綺麗だ

 

それにしてもあの話本当かな?

お父さんが天国に来たって話...

 

風の噂で聞いただけ、でも何となくそんな気もするけどあまり嬉しいとは思わなかった

気が遠くなるほど同じことを繰り返しておかしくなっちゃったのかな?

あの時にヤマシロが来てくれなかったら本当に私は壊れちゃってたかもしれない

 

でも、私は壊れても良かったのかな?

 

お父さんとも会えないし、友達もいない...

この間は久しぶりにヤマシロと会うことは出来たけど、お仕事が忙しいのか忙しそうにしていたからゆっくり話せなかった

何であの時死んじゃったのかな?

お父さんとお母さんを悲しませないために頑張ったのに何でダメだったのかな?

信じてるだけじゃダメなのかな?

自分から行動を起こさないとダメなのかな?

 

ヤマシロみたいに強くないとダメなのかな?

 

.....会いたい

........会いたいよ

 

お父さん、お母さん、ヤマシロ...

 

 

 

「夏紀ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 

信じてるだけじゃダメ?

 

そんなことはなかった....

 

 

 

「夏紀ィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 

彼岸花の花畑に着いてすぐに夏紀の姿を発見することができたので瓶山は誰よりも早く、瞬時に走っていた

無意識に、ただ娘との再開を喜ぶように

 

「お、お父...さん?」

 

夏紀もこちらに気が付き反応する

瓶山はその言葉に涙を溜める

 

「お父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

「夏紀ィィィィィィィィィィィィィィ、あぁ、あぁ!」

 

瓶山と夏紀が互いに距離を縮める

距離が徐々に近くなる

涙の量も更に増える、歓喜の表情が互いに涙でクシャクシャになる

 

そして、距離がゼロになる

 

「夏、紀ぃ...良かった、本当..に...」

 

「お、父さん...」

 

互いに抱き合い、喜びを改めて体感する

まさか、またこんな日がやってくるなんて

また、娘の暖かさに触れることができるなんて

また、父の大きな体に身を預けることができるなんて

 

本当、閻魔様には感謝してもしきれない...

 

「ありがとうございます、閻魔様」

 

「ありがとね、ヤマシロ」

 

二人はここにはいない人物に感謝の言葉を口にする

二人だけの時間はまだまだ続いた

 

 

 

 

「感動的だな」

 

「親子っていいもんだな...」

 

「うっ、うぅぅ...」

 

ここまで瓶山を運んで来た遠くから離れて見守る御三方も忘れてはいけない

 

 

 

「5代目のガキが今度は神の国に入ったらしいぞ」

 

「忌々しい、知らず知らずに偉そうになりおって」

 

「先代もそろそろお帰りになる頃だろうな」

 

「狙うならばその時であろう」

 

「まぁ、問題はなかろうな」

 

「準備は?」

 

「既に整っておるわ、我らを甘くみるでないぞ」

 

「そうだったな、ではいつでも?」

 

「当然」

 

「ならよい、とりあえずは乾杯だ」

 

「我らの仕事の早さに...乾杯!」

 

「それは違うわ!」

 

そして、ヤマシロの知らないところで準備は着々と進められていた

全ては我らの秩序のために...

 

 

 

 

 

 




キャラクター紹介

織田信長(おだのぶなが)
種族:元人間
年齢:不明
趣味:二十世紀の技術の研究
イメージボイス:小西克幸
詳細:本能寺の変やキリスト教を積極的に取り入れたことで有名な偉人
生前から外国の文化に興味があり、天国に来てからは自分から進んで文化に触れる
髪は金髪に染めたが、髷はまだ黒で残している


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Eighteenth Judge

ちょっと、急展開かな?


鬼子母神...

かの有名な毘沙門天の妻として知られ、子供は500人も産んだとされる

しかし、常に他人の子を食してしまうため、釈迦は彼女が最も愛した末子を隠して、母から子が失われる悲しみを悟らせた

 

名前に「鬼」がついているが決して鬼ではない

 

しかし、この世界ではそのような常識は覆される

鬼子母神は鬼の始祖とされ、地獄でも鬼達の間では神として崇められている

更に言えばまだ生きているという話まで飛び交うくらいである

もっと言えば、初代閻魔大王とも知り合いらしい

更に言えば、きしぼしんではなくきしもしんと読むらしい

 

全ての鬼の祖、鬼子母神

 

鬼達にとっては神同然の存在...

 

「どう?」

 

「いや、何が?」

 

そして此処は天地の裁判所

神の国から帰ったヤマシロは先代にお礼を言おうと先代のいるはずである場所に向かうと、もう帰ってるということであった

それで亜逗子に絡まれ、急に鬼子母神の話に付き合わされたのである

 

「亜逗子よ、話の趣旨が掴めないんだが、いきなりとまうしたんだ?」

 

「いや、特に理由はないんだけど、ふと思ってさ」

 

「そんな話、査逆辺りとすればいいだろ?」

 

「あんな根暗とは話す気にはならないね」

 

「...とことん嫌われてんだな、あいつ」

 

これは本気でさっさと次期図書館館長を探し出さねば、とヤマシロは心の中で密かに決心する

やはり人望に溢れていないとな、とヤマシロが考えてるところに

 

「閻魔様、聞いてんのか?」

 

「あ、あぁ、聞いてる聞いてる、確かに酒は日本酒に限るよな」

 

「何の話だよ!?全然あたいの話聞いてなかっただろ!」

 

「いやー、ちょっと考え事を」

 

「............あたい以外の女のこと考えてたんじゃない?」

 

何故わかった!?とヤマシロは心の中で突っ込み、表には決して出さない

 

(おかしい、あの亜逗子がいつの間に伝説のDOKUSINJYUTUを!?)

 

何故かはわからないが、出してはいけないと脳が危険信号を送ってきているからである

脳の命令は絶対である、よって...

 

「ソ、ソンナコトナイヨー」

 

「吃驚するほどの棒読み!?」

 

「そういや、麻稚は?あいつこういう話とか詳しそうだけど...」

 

「.....閻魔様、あいつがどんな奴か知ってんの?」

 

「本の虫ってイメージがあるな、辞書とかも読書で使いそうだ」

 

ははははー、と笑うヤマシロをジト目で見つめる

言えない、彼女の愛読している本の8割がBLだなんて...

男の前で、ましてや上司の前では何かと言いづらい...

 

「そういや、鬼子母神がどうしたんだ?」

 

「まさかの掘り返し!?しかもこのタイミングで!!?」

 

二人の会話はこの後、30分程続いたという

 

 

 

一方、ペンガディラン図書館...

 

「マジいらっしゃい、麻稚さん」

 

「どういう風の吹きまわしなの、査逆」

 

「まぁ、いいじゃないっすか、マジでウチ孤独死しちゃいますからね!定期的に人と会いたいわけですわー」

 

「ま、あなたなら本気で孤独死してそうですがね」

 

「相変わらずマジ毒舌ですね」

 

麻稚は先代の見送りも終わり、一人でゆっくりと本でも読もうと図書館を訪れたのだが、いつもは絡んでこない査逆が珍しく絡んでくる

麻稚としても趣味が合うもの同士話したい部分もあるのだが、残念ながら今はそんな気分ではなかった

 

「全く、先代には困ったものです」

 

「マジでゴクヤマっち来てたんだ」

 

「えぇ、何ともやる気がなさそうにしていましたよ」

 

「ウチもあの人少し苦手かな、マジで」

 

査逆は髪をワシャワシャと掻きながら会話を進める

先代閻魔大王、ゴクヤマは一部では期待されていたが、実はそれは年老いた鬼達だけで若い鬼達からはあまり良く思われていなかった

ゴクヤマ自身もあまり若い鬼達とコミュニケーションを取っていなかったことが原因ともいえる

 

「それに比べたら、今代の閻魔様はマジでいい、ウチらに差別なく接してくれるし、要望も嫌々ながらも何やかんや言いつつも聞いてくれるし」

 

「それには同意ですね」

 

ゴクヤマに反し、ヤマシロは若い世代だけではなく天地の裁判所で働く全ての鬼達から信頼があり、期待されている

ヤマシロは前例がないほどの若さで閻魔大王に就任しているため、わからないことや、出来ないことがたくさんあった

しかし、彼はゴクヤマと違い、鬼達を自分達を頼ってくれた

閻魔大王というのは、何でもかんでも一人で片付けようとするが、ヤマシロは自分一人では対処できない壁ばかりのため部下の鬼達を頼りまくっている

例えば掃除、例えば餓鬼駆除、例えば裁判の準備、例えば地獄の治安維持、例えば図書館の整理、例え個人的な事情にまで鬼達を頼ることが多い

 

だが、先代閻魔大王ゴクヤマはこれらのことを全て一人で行っていた

 

「ウチらもマジで頑張ってるって感じだよな」

 

「そうですね」

 

広い広い図書館では二人の笑い声が大きく響いた

.....何故ならこの二人以外図書館にいなかったからである

 

 

 

「じゃあ、準備はよかろうて?」

 

くすんだ白髪に覇気の篭った目つき、額にある五本の角が存在感と威厳を放つ鬼...

2代目閻魔大王の時代に就任、4代目閻魔大王の時代に引退...

 

冨嶽 厳暫(ふがくげんざん)...

 

「気が早ゐよ厳暫さん、ンなことしなくても5代目は逃げなゐよ」

 

血の様な黒く、紅い髪にまだ若さも残り、額にある三本の真っ赤な角が帽子によって見え辛く、パッと見人間にも見えなくもない鬼...

4代目閻魔大王の時代に就任、5代目閻魔大王が就任する直前に若くも引退...

 

煉獄 京(れんごくきょう)...

 

「若僧が出しゃばるでないわ、せっかちなのは老い先が短いだからろうて」

 

「はゐはゐ、若ゐ奴はせっかちですよ〜だ」

 

「どっちでもいい、今はそんなことは関係ないだろうが」

 

海底の様な青い乱れた髪に、巨大な体躯に空に伸びる一本の大きな角が更に威圧感を出す鬼...

3代目閻魔大王の時代に就任、4代目閻魔大王引退時に引退...

 

蒼 隗潼(あおいかいどう)...

 

「今は口喧嘩よりも作戦の成功に力を注ぐ時だ」

 

「ひゅ〜、さっすが隗潼さんだぜ!」

 

「ケッ...」

 

冨嶽は忌々しく舌打ちし、煉獄は口笛を軽く吹く

彼らは元々天地の裁判所で働く鬼達であったが、何かしらの理由で引退した鬼達...

そこでは確実に準備が進めれていた

 

「待たせたのう、もう皆おるか?」

 

そう言い、底が知れない真っ黒な髪に四本の角、そして目の傷が特徴的な鬼...

2代目閻魔大王の時代に就任、5代目就任直後体の限界を感じ引退...

 

百目鬼 雲山(どうめき うんざん)...

 

「もしや、わてが最後かな?」

 

「安心しろ百目鬼、まだ全員ではなかろうて」

 

「何時も済まぬな、厳暫よ」

 

「フン、これしき当たり前じゃて」

 

そう言い、百目鬼は杖をあちこちに当て自分の指定位置を探す

話の流れからわかるように、百目鬼は目が見えないがため引退した老鬼である

 

「今日は恐らくこれだけじゃて...」

 

「ゑ、もう始めちゃうの?まだ四人しかゐなゐけど?」

 

「四人もいれば十分じゃて、そもそももう動いても何の問題すらないぞよ」

 

「なら、俺が最初に行くよ、ゐゐだろ?」

 

煉獄が自分から挙手して乗り出す

 

「構わぬが失敗は許さぬぞ?」

 

「うへ〜今更ながらプレッシャーが...」

 

「煉獄、失敗は構わぬが悔いは残すな、我らはこんなトコで立ち止まってはいられん」

 

「あざーす、頑張ってきまーす!」

 

「コリャ、煉獄!」

 

煉獄は冨嶽の制止も聞かずに飛び出す

はぁ、と冨嶽は溜息をつく

 

「隗潼、アレは本当に大丈夫かて?」

 

「問題ない、奴はあの世代の中の鬼では様々な才能が突出している、中々の逸材だ」

 

ならよい、と冨嶽が呟くと隗潼は笑みを浮かべる

 

「特に、奴は殺しだけに関しては死神に並びますよ」

 

事態は急速に進行し始める

煉獄 京が動き始めたことで....

 

「全ては我らの秩序のために...てか?」

 

 

 

 

 




感想、指摘諸々お願いします


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Nineteenth Judge

風邪気味な今日この頃...


麒麟亭...

地獄の一角に聳える天地の裁判所で働く鬼達の共同住居で、その大きさは2500m級の山一つに匹敵する

天然温泉、サウナ、冷暖房システム、バイキング食堂、マッサージルーム、大広間、トレーニングルーム、映画館、プール、

エトセトラエトセトラ...

 

ここは天国か?というほどの設備が無駄に充実している

これは引退するのを避けるために3代目の時代に大改造が行われ、このような娯楽施設のような建物になった

 

そんな麒麟亭の一角にて...

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

平和を乱す一つの悲鳴が響き渡った

 

 

 

「きゅ、給料が...」

 

そんな悲鳴が響いてることも知らず、個室にて本日の給料を確認している鬼達のリーダー、紅 亜逗子に電撃が走る

彼女は鬼達の中でも上司的な立ち位置にいながら、他の鬼達に比べて給料が少なかった

半分はヤマシロの嫌がらせによって、もう半分は先日の謹慎があってから基本給料が減ってしまったからである

彼女が給料を確認して膝を付き、その場で倒れこんだと思うと、

 

「戻ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

歓喜の涙を目に浮かべ、両手を天に掲げ、叫び出した

 

「うぁぁぁぁ、ありがとうございます閻魔様、ありがとうございます閻魔様、ありがとうございます閻魔様」

 

亜逗子は自分の通帳に涙を流しながら頬ずりし、延々と同じ言葉を呟く

...周りから見るとかなり痛い子か不審な子であるがここは個室、誰の邪魔も入らない

そう、突然の来訪とか同僚が酔っ払って絡んでくるとか、よっぽどのアクシデントがない限りは...

更に言えば個室には鍵を掛けることができるため、入るには中から鍵を開くしか手はない

よって、彼女を止めるものはこの室内にはいないということである

 

と、

 

「亜逗子!ちょっとい...い、かし......ら?」

 

来訪者が現れた!

来訪者、蒼 麻稚は同僚の部屋の扉をスパーン!と勢い良く開き、同僚の奇妙な行動に動きを止める

そんな突然の同僚の登場に驚く亜逗子も同様に動きを止める

 

「....................」

 

「....................」

 

気まずい沈黙が続き、不穏な空気が流れる

そもそも何故麻稚は亜逗子の部屋に入ることができたのか?

理由はごく単純で明確かつ、わかりやすい

 

亜逗子は部屋の鍵を閉め忘れたのである

 

先に亜逗子がアクションを起こした

通帳を地面に丁寧に置き麻稚のいる扉とは逆方向の窓に向かう

そしてその窓を勢い良く開き、身を乗り出す

 

「ちょ、亜逗子何!?どうしたの、何で窓から逃げようとするの!?」

 

「うるせぇ、あんな姿見られて生きるくらいならウチは死を選ばせてもらう!」

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、私ら死んでも天国とか地獄とか行けないから!輪廻転生の輪に乗って新しい命に変わっちゃうだけだから!」

 

「止めるな!あたいは覚悟だけは絶対に曲げない鬼なんだ!」

 

「せめて曲げるべき覚悟と曲げない覚悟の判断くらいしてよ!」

 

いつもはポーカーフェイスで冷静で毒舌な麻稚でも、流石に同僚の死は見逃せず全力で止めに入る

二人(主に亜逗子)がギャーギャー窓付近で騒いでいると、一人の鬼が入ってくる

 

「麻稚さん、また出ました」

 

「何ですって!?」

 

麻稚は一先ず、亜逗子を室内に全力で引き摺り入れ、窓をこれでもか!というくらい厳重に開閉不可能の状態にして鬼の話を聞く

 

「今度はどこで?」

 

「正面玄関です、後頭部を強打して重体の状態です」

 

「まだ命はあるのね、今行く案内して!」

 

「はい!」

 

そう一通りの会話を終え、麻稚は部屋を去っていく

 

「ちょっと、待て!一体何のことだよ!?」

 

ワンテンポ遅れ、亜逗子が麻稚を追いかける

今度は部屋にしっかりと鍵を掛けることを忘れずに...

 

「そうだった、だから私はあんたの部屋に行ったんだった...」

 

「そうだったの!?」

 

色々ぶっ飛んだことがあり忘れてしまっていたらしいが...

麻稚は落ち着いた様子で本題に入る

 

「麒麟亭の鬼達が何者かによって襲われてるのよ、もうこれで三人目...」

 

「なっ...!?」

 

亜逗子は驚きのあまり目を見開く

確かにここの娯楽を求め地獄に堕ちた人間の魂が寄り付いてくることはあるが、襲撃に合うことは前例にない

そもそも、鬼を襲おうという物好きな輩自体そうそういない

 

「とにかく何者かは知らないけど戦闘になるわよ!」

 

「上等だ!あたいらの本領を発揮するのにいい機会じゃなぇか!」

 

そう、鬼という種族はそもそも力に優れ、個人差はあるが好戦的な種族でもある

しかし、最近では鬼達による組手か餓鬼の駆除でしか力を振るう機会がないため、力は衰えてきている

鬼が全力を出せば山一つ動くというが、その全力を出すシチュエーションがないからである

 

 

そんな正面玄関に向かう三人を背後から見下す鬼が一人...

 

「へへへ、精々頑張ってくれよ、わざわざ殺す手前で止めてやってんだからな...」

 

その鬼は天井に足を暗闇で固定し帽子が落ちないように片手で固定している

 

「そして、あれが隗潼さんの娘さんか、中々悪くなゐ女だ...」

 

侵入者、煉獄 京は静かに不気味な笑みを浮かべる

 

「さて、そろそろ次殺りにゐくか」

 

その言葉を残し、暗闇に紛れるようにしてその場から立ち去った

 

 




キャラクター紹介

石川五右衛門(いしかわごえもん)
種族:元人間
年齢:不明
趣味:人助け
イメージボイス:日野聡
詳細:日本で有名な大泥棒
天国の酒場で信長と知り合い、そこから付き合いがあった
夏紀の捜索を手伝ってからは瓶山と共に便利屋として商売を始めた
同時に須川に一目惚れしてしまったのは別の話


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Twentieth Judge

連続投稿です


 

麒麟亭正面玄関...

 

「こいつは酷いな...」

 

「大丈夫、脈はある」

 

亜逗子と麻稚が案内のもと、急ぎ正面玄関に辿り着くと一人の鬼が頭から血を流して倒れていた

あの鬼の言うとおり傷は後頭部に重い打撃が一発入っている

かなりの腕の持ち主であることが推測される

 

「こいつは素手じゃないな、何か武器を使っている...」

 

「根拠は?」

 

「簡単だ、拳じゃここまで広い範囲一発じゃ無理だ、蹴るにしても目立った靴跡とか足跡なんかがない」

 

亜逗子は傷口を塞ぎながら説明する

彼女は麻稚と比べれば戦闘の経験が一桁ほど違う

麻稚はどちらかというと後方支援や頭脳派タイプだから乱戦に混じることは滅多にない

対する亜逗子は好戦的な特攻型であり、今までに幾度という戦闘を経験している

 

「それに拳なら握り拳の痕があるはずだ」

 

「なるほどね、確かにそう考えるのは妥当、では他の負傷者も同じように?」

 

「それは状態を見てないから何とも言えないな、どちらにしろ閻魔様には報告すべきだ」

 

「そうね、電話はないから脳話で伝えとく」

 

わかった、と亜逗子は鬼の傷を塞ぐのに力を注ぐ

そして麻稚はヤマシロに連絡を入れるために脳波を展開する

 

脳波とは、脳から発せられる電波であり頑張れば人間でもできるかもしれない特殊な技術の一つである

その脳波を一定範囲に展開し、呼びかけ会話をするのが脳話である

....まぁ、簡単に言えばテレパシーである

 

麻稚は無駄な脳波を広げないように天地の裁判所まで一直線に脳波を展開する

脳波は集中力次第では現世にまで繋げることもできるらしい

そして、使い方次第では複数人とも会話することが可能である

だが、脳波は集中力と精神力を削る術であり、ちょっとした心の乱れや感情の爆発により乱れが発生することもある

そう、例えば....

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

「ギィヤァァァァァ!」

 

麒麟亭から突如響き渡る悲鳴とかで

 

「なんだ!?」

 

「また現れたらしいわね、今度こそは!」

 

麻稚は亜逗子と負傷した鬼を置いて麒麟亭の方へ走る

 

「あ、おい!麻稚!!」

 

亜逗子も一通り治療を終えたようで負傷した鬼を担いで麒麟亭に戻る

また麻稚の悪い癖が...!と亜逗子は苦虫を潰す表情を浮かべる

彼女は昔から感情に身を任せて行動しては周りを見失ってしまうことがある

それは長い付き合いの亜逗子はわかっているが他の鬼達は一部しか知らない

常にポーカーフェイスで冷静でクールな彼女がそんな人物だと思わないからである

よって、無茶は亜逗子、ストッパーは麻稚というイメージを持たれているが実際は真逆だったりする

 

そして、麒麟亭内で偶然会った鬼に負傷した鬼を医務室に連れて行くよう頼み悲鳴の聞こえた方へ急ぐ

 

「麻稚!」

 

亜逗子は同僚の名を叫ぶ

すると、そこには...

 

「おゐおゐ、何?隗潼さんの娘ってこの程度なの?俺ちと期待してたんだけどな〜」

 

額の角が綺麗に隠れるほど大きな帽子、亜逗子と似てどこか対象的な紅い髪、極め付けには両手に握られている真っ赤な液体が付着した異形のトンファー...

そして、その前で倒れる麻稚...

 

「お、前は...!」

 

「よぉ、久しぶりじゃないの亜逗子ちゃ〜ん」

 

亜逗子のことをかつて愛した男が目の前にいた

今、いやこれからも亜逗子が最も会いたくない人物だった

 

「煉獄、京...!」

 

「全く、そんなに睨むなよな、もうお前のことはどうでもゐゐからよ」

 

煉獄は帽子に手を置き、目元を隠しながら笑う

亜逗子は信じられないものを見るような目で煉獄を睨みつける

 

「まさか、お前が...」

 

「ん?あぁ、そうそう、これを殺ったの俺だよ、大丈夫息はあるからさ」

 

「これ...だと...!?」

 

「ああそうか、他にも五個くらゐ殺ったな、悪ゐ悪ゐ、数間違えちまったよ」

 

悪びれる様子もなく、恐れる様子もなく、ましてや友達との会話のように話を続ける煉獄...

しかし、どうしたらそんな態度で軽々しくそんなことを言えるか亜逗子には全くわからなかった

 

こいつがあの煉獄 京?

 

かつて亜逗子と共に笑いあった煉獄 京?

 

亜逗子の中で煉獄 京という人物像が音を立てて次々と崩れていく

 

「あはは、俺もう一回算数から教わった方がゐゐかな?どう思うよ亜逗子ちゃ...」

 

しかし、煉獄の台詞が最後まで続くことはなかった

亜逗子が全力で煉獄の顔面を殴りつけたからである

 

亜逗子の中で煉獄 京という人物像が崩れると同時に吹っ切れた気分にもなった

 

そうか、もうあたいの知る煉獄 京はいない...

 

「これなら、全力を出せる!!」

 

凄まじい地響きと共に、煉獄は吹き飛び、暴風が吹き荒れた

亜逗子を中心に凄まじい力の渦が流れる

 

それは普段の自称ドSを称する紅 亜逗子ではなかった

それは普段のヤマシロに弄ばれるだけの紅 亜逗子ではなかった

それは普段の給料と戦う紅 亜逗子ではなかった

 

そこには鬼達の筆頭...

‘‘赤鬼’’ 紅 亜逗子がそこにいた

 

「へへ、そー来なくっちゃよ」

 

吹き飛ばされた煉獄も立ち上がる

亜逗子の目には煉獄以外は映っていない

 

怒りの力を纏った赤鬼が今、猛威を振るう!!

 

 




ヤバイ、戦闘描写が難しい...


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Twentiefirst Judge

しばらくギャグないかもしれないです


一方、天地の裁判所では...

 

「...まさか、厳爺と百目鬼さんが来るなんてな...」

 

「観念せい若僧よ...お前に勝ち目はなかろうて...」

 

「久しぶりだの、ヤマシロの坊主よ」

 

冨嶽 厳暫と百目鬼 雲山が殺気まる出しの戦闘体制でヤマシロの下を訪れていた

ヤマシロも鬼丸国綱を取り出し応戦する

しかし冨嶽、百目鬼共にヤマシロが生まれる遥か前から殺し合いを経験してきた猛者、ヤマシロもそのことを本能的に理解してか、緊張感と殺気に押し潰されそうになる

 

「行くぞ小僧、済まぬが全力で行かせてもらおう!」

 

先に百目鬼が動く!

両目を失い、引退したというがそんな素振りは一切見せず、逆にその話に信憑性が無くなるほどの動きでヤマシロに接近する

百目鬼は杖を槍の様にして、ヤマシロの心臓を狙うが、ヤマシロはそれを鬼丸国綱で防ぐ

 

「あんた、絶対見えてるだろ?」

 

「いんや、何も見えんよ」

 

「嘘つけぇぇぇぇ!」

 

ヤマシロは杖を弾き、百目鬼に斬りかかるが百目鬼はそれを軽々とかわす

まるで本当に目が見えないという話が嘘のような滑らかな動きで

その一連の動作はしばらくの間継続されるが、ヤマシロの攻撃は当たらない

だが、百目鬼の攻撃は確実にヤマシロの急所を狙ってきている

 

「クソ、何で当たらないんだ!?」

 

「二人いることを忘れてはいかんじゃろうて」

 

「......ッ!?」

 

背後から冨嶽の声が聞こえたと思った矢先、背中に強烈な衝撃がヤマシロを襲う

冨嶽の鉄の様に硬い拳がヤマシロの背骨に痛みを走らせる

更に追い打ちとばかりに勢いよく放たれた百目鬼の杖がヤマシロの

腹部に直撃する

 

「ガ...ハァ....!!?」

 

ヤマシロは耐えきれずにそのまま膝を付く

口の中では鉄の味が広がる

 

「やはりまだ閻魔の器ではなかったの、若僧よ」

 

「儂らの力はまだまだ衰えんぞ」

 

二人が一方的に話しかけてくるがヤマシロには返事をする余裕がない

圧倒的実力差を前に戦意を失いかけていた...

 

「あ、あんたらの目的は何、だ?」

 

ヤマシロはその僅かな気力を使い疑問をぶつける

何故急に天地の裁判所を襲撃し、ヤマシロに攻撃を仕掛けたのか...

何故とうの昔に引退した筈の二人が再びここに現れたのか...

 

疑問は次々と浮上するがそれらの理由をひっくるめた質問を投げかける

 

「.....全ては我らの秩序のために」

 

少し黙ってから冨嶽が静かに応える

だが、その単語からは一切意味を読み取ることができなかった

しかし初めて聞くフレーズでもなかったのも事実である

 

「わからんか?もしそうだとしたら中々薄情な奴じゃて」

 

「儂らの目的はその先にある」

 

次々とマシンガンの様に一方的に話す二人を余所にヤマシロはゆっくりと立ち上がる

 

「....たく、あんたら本気で頭おかしくなってきたんじゃねぇの?」

 

「何...?」

 

ヤマシロの反論に冨嶽が即座に反応する

元々冨嶽は挑発に乗りやすいタイプで沸点も驚くほど低い

 

「意味不明な理由で戻って来やがってよ、もっとマシな理由なかったんかよ?」

 

「若僧、お前自分が何を言っておるのか本当に理解しておるのか?」

 

「あんたらよりは理解しているつもりだけどな」

 

ヤマシロの一言に冨嶽は額に青筋を浮かべる

額どころではない、全身から血管が浮き出て来ている

 

「俺が今代の閻魔大王だ、先代からのお墨付きだ!あんたらみたいな古い世代が出しゃばったトコでその事実は変わんねーよ!」

 

このヤマシロの台詞が冨嶽の堪忍袋の尾を切らせる

幻聴かもしれないが冨嶽からブチブチという音も響いてる気もする

 

「調子に乗るんじゃねぇぇぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!この若僧がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

冨嶽の怒りが爆発する

凄まじい力を従えてその狂気の拳がヤマシロを狙う

 

 

 

麒麟亭、大広間にて...

 

「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

拳とトンファーによる凄まじい攻防戦が繰り広げられていた

亜逗子の拳と煉獄のトンファーがぶつかり合うたび、巨大な衝撃波が辺りを巻き込む

一見、拳とトンファーでは鉱石を加工したトンファーの方が有利に思えるが、互角の打ち合いが行われている

しかし、若干亜逗子の方が押しているようにも見える

 

「つぁッ!!」

 

「ゐ....ツッ!!?」

 

亜逗子は煉獄のトンファーを片方はたき落とす

僅かにできた隙を亜逗子は逃したりはしない

煉獄もはたき落とされることは流石に予想外だったようで一瞬だが動きが止まる

そこを亜逗子は狙う!

 

亜逗子の蹴りがトンファーを弾いた側の体を狙う

トンファー主体の戦闘を行ってきた煉獄にとってそれを失うということは防御の手段も攻撃の手段も失うことに等しい

亜逗子の蹴りが少しずつ煉獄の横腹に迫る

いくら速度を上げても避けようのない一撃だ

 

 

「何!?」

 

亜逗子が驚愕の声と表情を露わにする

蹴りの手応えが全くなかった、それもそうだろう...

 

煉獄 京はその場にいないのだから

 

まるで霧に触れたかのように、フッ...と姿を亜逗子の目の前で消してしまったのだから

そして、後頭部に激痛が走る

 

「惜しかったなぁ、亜逗子ちゃ〜ん」

 

そこには何食わぬ顔で亜逗子の後頭部を攻撃した煉獄が立っていた

もちろん横腹に蹴られた跡もないし、攻撃が当たった様子もない

更に、はたき落としたはずのトンファーも再び握られていた

 

「い、今の...まさか...」

 

「潜影術☆」

 

片手をピースサインで自慢気に発表する

 

潜影術...

死神の使う暗殺術の一つでもあり、基本技術

自身の体を影、もしくは暗闇と同化させることで攻撃をかわしたり、影から影に移動することができる

しかし、それは本来死神にしかできない技術であり、鬼である煉獄に使うことは彼が死神でない限り絶対に不可能である

 

「なんで...お前が死神の力を.....!?」

 

「ん?亜逗子ちゃんには言ってなかったっけ?」

 

煉獄は驚く、というよりも戯けた表情をしてからドッキリが成功した仕掛け人のように楽しそうに笑い、

 

「俺ってさ、鬼と死神のハーフなんだよね〜これがさ」

 

あっさりと種を明かした

 

 

 

 

 




キャラクター紹介

須川時雨(すがわしぐれ)
種族:元人間
年齢:不明
趣味:情報収集、煙管
イメージボイス:小清水亜美
詳細:ゴクヤマの時代に問題を起こし、裁判にかけられた数少ない人物
胸のサイズにコンプレックスを抱いており、そのことでからかってくる信長を敵視している
信長といつ知り合ったかは不明だが、生前は坂本龍馬と知り合いだった


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Twentiesecond Judge

中々ギャグを入れれない...


 

死神...

死後の世界に住む閻魔とも鬼ともまた違う種族...

一説では地獄に堕ちた魂が力を持ち過ぎた者が死神になったという伝説もある

生の世界と死後の世界を自在に行き来できる唯一の種族で人並外れた暗殺術を使いこなす

主に影や暗闇を利用する術が多くあり、死神独特のスキルを持ち合わせている

 

 

「し...死神...との...ハーフ...だって...!?」

 

「そうさ、父親が死神で母親が鬼だった...」

 

煉獄は淡々と語る

種族間のハーフはそこまで珍しくはないが、死神とのハーフはあまり聞くことはない

何故なら死神はかなり謎の多い種族であるからだ

 

「だが俺は死神の血は2割程度しか受け継ゐでゐなゐ、術も潜影術を体得するだけが精一杯だった」

 

潜影術は死神独特のスキル、つまり煉獄の様なイレギュラーでない限りは死神以外は使うことはできない

そして同時に彼は血を見ると興奮する、殺人衝動までも父親から遺伝したため、闘争本能は純粋な鬼や死神以上かもしれない

 

「そろそろお喋りはゐゐだろ?」

 

煉獄は再びトンファーを構え直す

亜逗子もゆっくりとだが後頭部を抑えながら立ち上がる

 

「もう一回同じ場所当てれば流石に気絶くらゐしてくれるよな?」

 

煉獄は再び潜影術を使いながら影から影に高速で移動する

亜逗子はその場から動く素振りも見せずに警戒する

煉獄の居る場所は僅かだが影の部分が濃くなっているため位置の特定は容易だが問題はそのスピードである

亜逗子の目で追うのも困難な速度だ、いや他の者でも目で追うのは至難の技かもしれない

ましてやここは室内、影や暗闇などは屋外に比べ遥かに多い

 

そして、亜逗子の背後に煉獄がトンファーを構えながら姿を現す

 

狙うは彼女の後頭部!

今までにないぐらいの殺気を放ちながらトンファーに力を込める

 

それを亜逗子は.....

 

「......ゑ?」

 

すぐさま回れ右をして、煉獄の顎に全力の拳を叩く!

煉獄は亜逗子がこちらに気がついた事実と攻撃を受けた事実に驚き防御をすることができずにモロに喰らってしまう

 

「やっぱり、あんたならあたいの後頭部をまた狙うと思ったよ!」

 

「グゥ.....ギィ.....ィ!!?」

 

そう、亜逗子は煉獄が攻撃する箇所をわざわざ丁寧に教えてくれたため警戒する箇所は自身の背後だけで他に視点を当てる必要はなかった

つまり、彼女は初めから煉獄がいつ背後に接近するかを見計らっていただけでわざわざ移動そのものは見ていなかった

 

「さて、そろそろ全開でいかせてもらいますか!」

 

亜逗子は煉獄にこれでもかと言わんばかりに連撃を与える

煉獄もトンファーを使いながら応戦する

 

「やっぱりな、あんたの潜影術は体が影か暗闇に触れていないと使えない!」

 

煉獄は応えないかわりに虚をつかれた表情をする

どうやら図星のようだ

僅かだがトンファーの一撃が鈍り、その一瞬を亜逗子は逃さずにトンファーの棒部分を掴む

そのまま力を腕に集中させて、

 

「...なっ!?」

 

トンファーの棒をそのまま握力だけで粉々に粉砕する

煉獄がもう一方のトンファーで殴りかかってくるが、亜逗子は臆することもなく拳で反撃する

拳とトンファーがぶつかり合い、トンファーが拳の力に耐えきれずにバキバキッ!と音を立てて崩れて行く

 

「う、嘘....だろ!?」

 

「これが鬼本来の力さ!」

 

煉獄の驚きも余所に亜逗子の攻撃は止まらない

トンファーを砕き、亜逗子の全ての力が濃縮された拳が煉獄の顔面を撃ち抜いた

 

 

 

その頃、天地の裁判所...

 

「フゥウォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

「...っ!たく元気な爺さんだ...」

 

冨嶽の万は越えるであろう拳の雨にヤマシロは丁寧に受け流しながら応戦する

百目鬼が参加してこない分まだ余力は残っているが、冨嶽もかなりの長い年月死闘に死闘を重ねた達人、いくら老いて引退したとしても決して油断できる相手ではない

 

「考え事とは余裕よの、若僧よ」

 

「...ッ余裕なんか、ないっつの」

 

実際本当に余裕はない

今は鬼丸国綱を使いながら拳の雨を防いでいるが反撃の余裕も手段も全くといっていいほどない

ヤマシロの切り札とも言える閻魔帳を取り出す余裕もない

 

「仕方ないか、一か八かだ!」

 

ヤマシロは鬼丸国綱に力を込め直し、冨嶽の拳を受け流しつつ構えを変える

そして、そこから集中して鬼丸国綱を一振りする

 

「むぅ...!?」

 

冨嶽は思わず攻撃を止める

ヤマシロがしたことは単純である

いくら拳が何発来ていると言っても実際に拳が増えたわけではない

つまり、どれでもいいので拳に斬撃を入れることができれば拳の雨を止められる、そう思った

しかし、これはかなり危ない賭けであった

斬撃による一撃が通用しなければそこまでである

 

「なるほど、少しは闘い方を知っておるようじゃて」

 

冨嶽は拳から出る血を気にする様子もなく、ヤマシロとの距離を一瞬で縮める

そして、拳をヤマシロの顔面目掛けて全力で放つ

 

「うぉ!」

 

ヤマシロは危機一髪で避け、瞬時に閻魔帳を取り出し目的のページを開く

 

「冥府から出でし悪竜の群れよ、邪な力を振るう汝を討て!」

 

ヤマシロが指を下から上にかざすと、地獄よりももっと深い場所から黒と紫の火柱が冨嶽を襲う

 

「ぬぅ、中々やりおろうて」

 

しかし、冨嶽はそれを防ぐ

 

「......マジですかい?」

 

「さて、準備運動はそろそろ良かろうて...」

 

冨嶽は全身に力を込める

それに呼応するかのように大気が震える

ヤマシロもその圧倒的な力を肌で感じ取る

 

「....これはマジでヤバイかな」

 

ヤマシロはそう言いながらも笑みを浮かべる

ヤマシロは昔から自分の力を昔から自負していたこともある

しかし、それは父のゴクヤマの前では一切通用しなかったことも覚えている

まさにデジャヴを感じさせるかのようにあの時と似たようなシチュエーションが出来上がっている

ヤマシロはそのことに対して笑う

 

「どうした若僧よ、諦めるならば今の内じゃて」

 

ヤマシロは冨嶽の言葉を無視して突っ込む

そして、冨嶽の肉体に不意の一撃を全力で与える

 

「ぐぬぅ...!」

 

「お断りだ、こんなトコで諦めたら親父に合わす顔がないからな!」

 

ヤマシロはそのまま拳に光を放ち冨嶽の体を貫いた

 

 

 




戦闘描写が滅茶苦茶難しいです!


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Twentiethird Judge

連続投稿です


その頃...

 

「ヤマシロの小僧め、中々やりおるの」

 

天地の裁判所上空にて、冨嶽と共に天地の裁判所を襲撃した百目鬼は高見の見物と言わんばかりに、三本の足に四枚の巨大な翼を生やした黒い鳥...伝記にも現れる地獄の怪鳥、八咫烏に乗っていた

八咫烏は地獄に何羽か生息しており手懐けることも難しいことではない

ただ、その凶暴性と知能の低さから接触することは非常に困難とされている

「さて、儂らは儂らの仕事を完遂しようかの、頼むぞ」

 

百目鬼が八咫烏に指示をすると、八咫烏は動き出す

そして、百目鬼はある方向へと向かった

百目鬼は今までにないような殺気を放ちながら、それでいて若干興奮気味になっている

 

「待っててくだせぇよ、先代...」

 

 

 

麒麟亭...

 

「ガッ..ハッ...ハァ、ハッ...ち、畜生が!」

 

「驚いた、意識あんだね」

 

「当たり前だぁ!全ては我らの秩序の為に!!」

 

煉獄の言葉に亜逗子は僅かに眉をピクリと動かす

そして問い詰めるように尋ねる

 

「あんたら、一体何が目的だ?」

 

「へっ、ゐくら亜逗子ちゃんでもそれは言え...」

 

煉獄が言葉を繋げようとすると亜逗子の拳が煉獄の頬を掠める

しかも、後ろの壁が跡形も無くなるほどの威力のパンチだった

当たっていれば恐らく顔の形が歪んでいたであろう

 

「言え」

 

「は、はゐ...」

 

若干ドスの効いた亜逗子の声と睨みに冷や汗を垂らしながら煉獄は静かに肯定する

そして、ゆっくりと冷や汗をひたすら垂らしながら亜逗子に作戦の全てを語る

 

その事実とは実に馬鹿らしく年寄りらしい考えであった

 

「まさか、そんなことが理由で」

 

「だが俺は賛成だ、これでこっちの世界が安定するならな...」

 

煉獄は不気味に笑う

まるで作戦が知られても絶対に止められないと言わんばかりの表情で

 

「そうゐや、もう今頃爺ゐ共が天地の裁判所に着ゐてる頃か...」

 

「何!?」

 

「言ったろ?俺の役目は此処、麒麟亭を混乱させ閻魔大王との連絡を遮るためだって...」

 

ククク、と笑う煉獄に亜逗子は思いっきり拳を放つ

その一撃で煉獄の意識は空の彼方に消え去った

 

「クソ、麻稚!どうせ起きてんだろ?」

 

「えぇ、さっき意識が戻ったトコだけど...」

 

「なら話は早い、急いで行くぞ!天地の裁判所に!」

 

 

 

一方、天地の裁判所...

 

「ぐぬぅ...」

 

激しい光が冨嶽を襲い、ヤマシロは緊張を解かずに一先ず距離を取る

 

「若僧が、中々やりおるわ見事な不意打ちであった」

 

「.....あんた、本当に怪物だな」

 

「フン、主ら閻魔に言われたらお終いじゃて」

 

ヤマシロは再び鬼丸国綱を握り直し、冨嶽も構え直す

殺伐とした雰囲気が空間を支配する

天地の裁判所は戦闘の影響でかなりボロボロだ

これ修復すんの大変だな〜とヤマシロは考えてしまう

こんな状況でもそんなことを考えてしまう余裕は本来ないのだが、目の前の強敵に若干現実逃避しているようにも思える

 

「覚悟は決まったか?」

 

「とうの昔から決まってる!」

 

それ以上は口で語られることはなかった...

ヤマシロの斬撃が、冨嶽の拳が、互いにぶつかり合い激しい衝撃を生み出す

一撃一撃が重く、油断する暇が一瞬たりとも与えられないくらいの速度でぶつかり合う

ヤマシロの斬撃が避けられたと思ったら、冨嶽の拳が受け流される

そのやり取りがひたすら続く、ただ一瞬の隙も許されないほどの速度と力で

世界の時間の進み具合の2秒が彼らにとっては20秒にも感じるくらいに

 

「ハァ、ハァ」

 

「ゼェー...ゼェー...」

 

互いに血を流し、息を切らす

ヤマシロはこれほどの戦闘は初めてのため体力の配分をうまく調整できずに、経験の無さが表れる

対する冨嶽はもう鬼達の中でもかなりの高齢である

現役の時代はまだまだ大丈夫だったかもしれないが、もう既に引退した身である

ヤマシロを圧倒する猛者も年波には敵わなかった

 

すると、

 

「ウッ...グゥッ!!?」

 

冨嶽が突然胸を抑え、膝をつく

突然の出来事にヤマシロが戸惑っていると冨嶽は口から血を吐き出す

 

「厳爺ィ!」

 

ヤマシロは敵であることを忘れ駆け寄る

 

「ば、馬鹿野郎!儂は敵じゃて、何故トドメを刺さん!?」

 

「刺せるかよ!俺は別にあんたみたいな弱った老いぼれと戦ってたんじゃないからな!」

 

「...!貴様...!!」

 

冨嶽はヤマシロの台詞に青筋を浮かべるが、ヤマシロは続ける

 

「俺は冨嶽 厳暫って一人の戦士と戦ってたんだ!その戦士は今どこにもいねぇだろうが!」

 

ヤマシロは言いたいことだけ言うと必死に冨嶽のことを介抱し始める

冨嶽はもう既に意識を失っていた

 

「無茶しやがって、勝手に死にやがったら俺が許さねぇぞ、こんのクソ爺ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」

 

ヤマシロは閻魔帳を取り出し、治療を始める

もうヤマシロに敵と味方の認識などなかった

ただ一人の老人を助けるべく力を振り絞る!

 

 




キャラクター紹介

瓶山 一(かめやまはじめ)
種族:元人間
年齢:48歳(生前)
趣味:映画鑑賞、ドライブ
イメージボイス:乃村健次
詳細:一度天国への切符を破り捨てた人物
しかし、裁判の後信長達の協力もあり娘の夏紀と無事再会する
現在は五右衛門と共に便利屋を営み、生活費を稼いでいる


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Twentiefourth Judge

文字数って中々いかないものですね


 

「煉獄と冨嶽の爺さんが堕ちたか」

 

地獄の某所にて...

蒼 隗潼がポツリと呟く

集まった鬼達にもざわめきが起こる

数は百人近くいるであろう

 

「ま、まさか冨嶽殿が!?」

 

「ありえん、百目鬼殿は無事なのか!?」

 

「残念ながら百目鬼の爺さんも時間の問題だろう」

 

再びざわめきが起こる

此処に集まった鬼達は全て、隗潼の意思に協力する者たち、もちろん百目鬼や冨嶽、煉獄もその中の一人である

ざわめきを鎮めるように一人の鬼が立ち上がる

 

「お前らうるせぇぞ、ちと黙ってろや、あン?」

 

若干緑の混ざった黒く長い髪に、短い二本の角が彼を鬼であることを示している鬼...

3代目閻魔大王の時代に就任、4代目閻魔大王が就任すると同時に引退...

 

朧岐 御蔭(おぼろぎみかげ)...

 

「俺らの目的は4代目の復帰、5代目の抹殺、驚き戸惑うことではないんだよ、ここんトコおわかり?」

 

死んだ魚のような目をしてやがるくせにどこか威圧感を感じてしまうのは何故だろうか

リーダーは隗潼の筈なのだが何処かリーダーシップ感を発揮しているのは何故だろうか

そんな朧岐に一人の鬼が話しかける

 

「うぃっぷぅ、んな焦んなってよ少し落ち着けや」

 

酒に酔って真っ赤に染まった顔と色素の抜けた髪色が特徴的で、まだこれでもか!と言わんばかりに酒を未だに飲み続けている鬼...

 

4代目閻魔大王の時代に就任し、4代目閻魔大王の引退と同時に辞表を提出...

 

盃 天狼(さかずきてんろう)...

 

「盃、お前、もっと酒控えろ」

 

「ひひひ、無理だね」

 

盃は鬼は鬼でも酒呑童子という種族の鬼である

よって酒を外すことはできない

二人の介入もあり、その場は一先ず静まる

隗潼は一つ咳払いをして喉の調子を整える

 

「全ては我らの秩序の為に!我らは4代目の意思を尊重し、4代目に閻魔大王の職務の復帰を計る!そのために現閻魔大王、ヤマシロの始末に動く!」

 

オォォォォォォォォォ!!と室内に声が共鳴する

 

「行くぞ!天地の裁判所を目指すぞ!」

 

百鬼夜行の始まりだった

全ては我らの秩序の為に...!

 

 

 

一方、天地の裁判所...

ヤマシロと冨嶽の戦闘により、半壊近くまで追い込まれた裁判所は現在魂の受け入れを急遽停止している

 

「申し訳ありません、緊急事態の発生の為少々お待ちください!」

 

天地の裁判所は毎日毎日、迷える死人が集まり休みが与えられないほど忙しい

それがいくら緊急事態とはいえ一時的に機能を失うということは世界の均衡が乱れることにも繋がりかねない

 

(閻魔様、どうかご無事で...)

 

現在問題を処理している鬼の筆頭、枡崎 仁(ますざきじん)は自身の上司の安否を心配しつつも魂達のために働く

彼の上司、亜逗子と麻稚に頼まれてこの場を任されたのだが、その彼女達もヤマシロの下へ向かってしまった

 

「本当に申し訳ありません、もう暫くの間お待ちください!」

 

 

 

「閻魔様!」

 

「ご無事ですか!?」

 

そして、天地の裁判所内にて亜逗子と麻稚がヤマシロと合流する

 

「お前ら...」

 

一瞬、何故ここに?と尋ねてしまいそうになったが、彼女達の鬼気迫る表情を見るとそんなこと聞くと何かと失礼な気がしたので口には出さない

 

「襲撃にあったと聞いたのですが...」

 

「あったよ、厳爺と百目鬼さんが相手だった...」

 

「てか、何でその厳さんの治療してんすか?」

 

「色々あったんだよ」

 

亜逗子の疑問にヤマシロは適当な誤魔化しで応える

とりあえず命に問題は無くなったが意識が戻るのはまだ時間が掛かりそうだった

 

「そういや麻稚、麒麟亭の方は大丈夫なのか?」

 

「えぇ、しっかりと迎え撃ち尚且つ倒しましたので」

 

「倒したのあたいなんだけどー!?」

 

まさかの麻稚の手柄横取りに亜逗子が堪らずに叫ぶ

 

「で、相手は誰だったんだ?」

 

「煉獄 京でしたね...くぅ、中々の強敵でした!」

 

「なぁ、なんで麻稚が倒したみたいな雰囲気になってんの?」

 

亜逗子の嘆きにはヤマシロも麻稚も気がつかない

ヤマシロは麻稚の話を鵜呑みにしているため、

 

「...ボーナス考えとくよ」

 

「閻魔様ー!?」

 

ポツリと小さく呟いた一言を亜逗子は決して聞き逃さなかった

何か最近扱いが酷くなってきてる気がする!と思いながら真実を告げる

 

「閻魔様、煉獄の奴を倒したのあたい!麻稚の話全部嘘だから、麻稚初っ端から気絶してたからー!」

 

亜逗子が一通り叫ぶとヤマシロは無言で亜逗子の肩に手を置き、無言でうんうん、と首を縦に振る

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや、これどういう意味ですか!?言いますけどあたいの言ったこと間違い一つとしてないですからね!?」

 

「亜逗子、見苦しいわよ」

 

「誰のせいだと思ってんだー!」

 

半壊した天地の裁判所にて亜逗子の叫びが響き渡った

 

 

 

某所...

 

「ぐ、がァァァァァァ!!?」

 

「...もう一度言ってみろ」

 

此処では二人の男が合間見えていた

一人は倒れ、一人は腕を組み立って一人の男を見下している

 

「ガ、ハハァ、アァ....」

 

「お前達のしたことはどんな理由があろうと立派な反逆だぞ、俺たち閻魔に対する冒涜と受け取るが?」

 

「グゥ...我々には貴方が必要なんだ!ハァ、ハァ...」

 

「だが裁判所の襲撃、機能停止は何を意味するかは知っておるな?」

 

「.....!?」

 

「全ては我らの秩序の為に...お前の罪状は保留だ百目鬼、俺は裁判所に用が出来た」

 

 




次回もよろしくお願いします


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Twentiefifth Judge

今回短めです


麒麟亭...

 

「ゐ、つつつ....」

 

亜逗子と煉獄によって数分前行われた激闘のせいで麒麟亭は半壊状態になっていた

中でも最も酷いのが戦いの中心の大広間であり、見るに耐えないほど無惨なことになってしまっている

その中心部で気絶していた煉獄 京は目を覚ます

 

「たく、亜逗子ちゃんも突っ込みくらゐもっと手を抜ゐてくれてもゐゐのに...」

 

その一撃のせいで冗談抜きに鼻の骨が粉々に粉砕しかけたことはおいておこう

 

煉獄は立ち上がり、一先ずこの場所から離れることを考える

何故なら騒ぎを聞きつけて鬼達がやって来ても面倒だからだ

あくまでも彼は立場上は侵入者、拘束され尋問されてもおかしくない立場に陥っている(まぁ、拘束されても逃げることは可能だが)

 

煉獄は帽子を被り直し、脚に力を入れる

すると、まるで空中を蹴っているように煉獄の体が上昇していく

 

「冨嶽さんも百目鬼さんも上手くゐってるかな?」

 

煉獄は一先ず、作戦通りに天地の裁判所へ向かった

 

 

 

「何!?もうしばらくしたら百人以上の鬼が此処に攻めてくる?」

 

「あぁ、煉獄の言ってることがどこまで信用できるかわからないけどな」

 

天地の裁判所、ヤマシロは先程合流した亜逗子と麻稚から今回の事件のことを教えてもらっていた

ヤマシロが得た情報よりも二人の得た情報の方が多く、有力であった

.....戦闘の概要も大雑把に聞いたあとに、あまり面識はないが煉獄にご冥福をお祈りしたのは別の話である

 

「閻魔様、本当に聞き覚えはないんですか?」

 

それはともかく、先程から麻稚が同じことを何度も聞いてくる

 

全ては我らの秩序のために...

 

「いや、聞き覚えがないわけじゃないがどうも思い出せなくて...」

 

「全く、この言葉こそが今回の事件の全貌だと言うのに...」

 

「.....なんで溜息吐かれたうえにそんな冷ややかな視線で見られなきゃいけないの?」

 

どうやらとても重要なことらしい

.....何やら亜逗子までヤマシロに対して冷ややかな視線を送っているのは気のせいだろうか?

 

「いいですか閻魔様、その台詞は...」

 

麻稚が言おうとした途端だった

僅か、本当に僅かだが地響きが聞こえた気する

しかもそれは音だけに留まらず、天地の裁判所全体が震動しているようにも思える

 

「これは...?」

 

「まさか、もう!?」

 

ヤマシロはこんなこと一度もなかったなー程度で済ませたが、亜逗子と麻稚は驚いた表情と共に準備運動を始める

 

「.....何してんの?」

 

「大仕事の前の準備運動」

 

「多大な軍勢を相手にするのです、最低限体は慣らしておくべきかと」

 

「.....納得」

 

ヤマシロも準備運動を始める

一通り終えたところでまた震動が激しくなる

 

「結構近くまで来たな...!」

 

「急ぎましょう、閻魔様」

 

「よし、行こう!」

 

ヤマシロ、亜逗子、麻稚が天地の裁判所から地獄へ向かおうとすると、

 

「行かせるかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

人の形をしたナニカが地獄から飛んで来た

しかも何やら見覚えのあるシルエットである

亜逗子が驚き叫ぶ

 

「煉獄!?」

 

「これ以上隗潼さんの邪魔はさせねゑよ!」

 

思わぬ敵の登場にヤマシロ達は思わず怯んでしまう

亜逗子はヤレヤレといった感じでもうやる気がないことを示し、麻稚は何やら放心状態(?)でいる

 

「仕方ない、一瞬でケリを着けるぞ!」

 

「ヤレるもんならな!」

 

ヤマシロは鬼丸国綱を構え、煉獄は何やら器用に即席で作った張りぼてのトンファーを構える

 

二人が動く前に、ヤマシロはあることに気がつく

 

「.....あれは?」

 

ヤマシロの目線は煉獄の丁度頭上部分、そう何かが凄い勢いで落下してきている...

 

「ゑ?」

 

煉獄も頭上を見上げるが、それこそが不運だった

ドガッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!と煉獄は頭から床に身を沈めることになった

 

「ういー、マジ退屈だったわー」

 

見て見るとそこには、凄い勢いで髪を盛り金髪に染め上げた挙句、髪で目元が隠れてしまっている少女、

 

「査逆...?」

 

「はろー閻魔様、こいつはウチが抑えとくんでマジ急いで先に行っちゃってください」

 

ペンガディラン図書館館長、なんちゃってギャルの月見里 査逆が舞い降りた

 

 

 




キャラクター紹介

瓶山 夏紀(かめやまなつき)
種族:元人間
年齢:10歳(生前)
趣味:読書、料理
イメージボイス:今井麻美
詳細:瓶山夫妻の一人娘だったが、生まれつき体が弱く心臓病まで患ってしまい幼いながらも命を失い三途の川で四年近く積み石を壊されては作っていた
ヤマシロと会うまでは先述のこともあり暗い印象が見られたが、父と再会し再び笑顔を取り戻した


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Twentiesixth Judge

連続投稿です


 

百鬼夜行...

鬼達が百を超える大群を組むことを指し、百以下だと百鬼夜行とは言わない

現世では妖、怪異などが群れをなすことを言うが死後の世界では文字通りの意味になる

 

「隗潼さん、裁判所が見えて参りました!」

 

「全隊止まれ、陣を張る」

 

隗潼の一言により百を超える鬼達は一斉にピタリと止まる

百鬼夜行を組むには数を揃えるだけでなく、主将のカリスマ性も重要となってくる

故に主将は力があり長生きをしていることが必然的な条件となる

 

「陣はまだ完成しないのか?」

 

「あともう少しで完成致します」

 

よし、と隗潼は立ち上がり裁判所の方角を見据える

彼もかつてあの地で働いていた時代もあった、どこか名残惜しそうな目で裁判所を見る

 

「うぃ、懐かしいのか?」

 

「まぁな、それとは別に気がかりもあるがな」

 

「まぁわかるよ、俺も久しぶりに見ると懐かしいからな、納得」

 

「だが、そのような中途半端な覚悟では作戦は成功せん、悔いは作らな.....」

 

隗潼の言葉が最後まで続くことはなかった

再び裁判所に目を向けるが、さっきまでの見方とは180°違った視線である

盃と朧岐もその変化を他の鬼達よりもいち早く察知する

 

「凄まじい力だ」

 

「あぁ、数もかなりのモンだぜ、多いな」

 

「ヒック、腕が鳴るねぇ〜」

 

三人は裁判所ではなく裁判所の少し下、つまり自らの目の前を真っ直ぐ見据えていた

 

「全く、ゴクヤマさんの息子も中々のカリスマだ」

 

隗潼はそれだけを呟くと後方の鬼達に号令を掛ける

 

「向こうも陣を組み出した、こちらの戦闘準備は?」

 

「いつでも行けます!」

 

「よし、全軍突撃だ!」

 

『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』

 

隗潼の号令に従い、百鬼全てが天地の裁判所に向けて走り出す

ある者は武器を持ち、ある者は自らの肉体を武器に、ある者は他の者よりも前を走る!

 

しかし、そこに天地の裁判所の前に構える鬼達が立ち塞がる

 

百鬼だ

 

「おりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!?」

 

「ツェイャァ!」

 

「ゲフッ!?」

 

鬼達が互いにぶつかり合う

血を流し、武器を破壊し、骨を砕く

 

「くっ、強いぞコイツら!」

 

「怯むな!全軍前進!」

 

鬼と鬼...

舞台は地獄、その光景まさに地獄絵図...

百鬼と百鬼の激突...

百鬼夜行合戦の幕が開く!

 

 

 

時を少々遡り、数分前天地の裁判所にて...

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

煉獄が早くも気絶から回復し意識を取り戻すと、査逆との距離を一気に縮める

煉獄の使うトンファーは近接戦で用いる武器のため距離を取ると身動きが取れなくなってしまう

しかし、

 

「おっと、」

 

査逆は後方に全力でバックする

煉獄との距離を取り、彼女の武器が煉獄の頭上を舞う

 

「鎖?」

 

しかもその数は二つだけではない

十、二十、いや百以上はあるかもしれない

その無数の鎖を狂うことなく煉獄に向けて攻撃する

 

「ヤベッ!」

 

「甘い!」

 

煉獄は鎖から回避を試みるが、その回避した方向から無数の瓦礫が煉獄を襲う

査逆は器用に鎖一つ一つに瓦礫を取り付け、どういう原理かはわからないが鎖から瓦礫を飛ばす

煉獄は一撃一撃丁寧に受け、トンファーで防ぐ間もなくダメージを更に蓄積させる

 

「コンノォ!!」

 

煉獄は再び接近するしトンファーを振るうが、間一髪のところで躱され脇腹に蹴りを一発もう

煉獄の体は無抵抗に吹き飛ぶが、無数に絡められた鎖の影響で壁まで届くことはなかった

査逆はそこに更に追い打ちをかける

鎖を絡めた腕で殴り、華奢な脚から想像も出来ないほどの威力の蹴りを放つ

煉獄はトンファーで防ぐこともできず、ただ無抵抗に一撃一撃を体に痛みを刻み付ける

 

「がっ...ハァ...!?」

 

「さて、そろそろマジで終わらせますか」

 

査逆は何気ない、いつもの調子で笑いながら鎖を束ねる

煉獄はこの隙にと一旦潜影術で査逆から距離を取る

 

(クソッ!何なんだ奴は、強ゐなんてモンじゃねぇぞ!)

 

「はぁ〜い、鬼ごっこはマジでガキ臭いですよ?」

 

「は...?」

 

煉獄は目を見開く

先程距離を取り離れた筈の人物が隣にいた

一瞬我が目を疑ってしまった、何故なら距離にしてさっきの場所から20mほど移動したというのに一瞬で追いつかれた

潜影術は暗闇や影なら基本常人離れした速度で移動することも可能になる術である

死神が殺しを行う際に獲物を逃がさないための術なのだから

いくら煉獄が鬼と死神のハーフといえど、この差はおかしかった

何故なら彼女は自身の身体能力のみで煉獄に追いつき、隣に立っているのだから

 

「貴方中々強いけど、ウチからしたらまだまだだよ」

 

ジャラ、と鎖の擦れる音が煉獄の耳に大きく響く

咄嗟に潜影術を使い距離を取った

 

「また鬼ごっこ?マジ面倒なんですけど〜」

 

査逆は溜息をつきながら脳波を展開する

展開された脳波は煉獄を追い、彼の頭の中に入り込む

脳波とは本来、通話や意思疎通に用いるコミュニケーション手段の一つだが、応用すれば他者の僅かながら無意識に放たれている脳波と波長を合わせることで、その対象の考えを読むこともできる

 

それ故に月見里 査逆は煉獄の位置を寸分の狂いもなく予測することができる

 

「逃がさないよ」

 

ジャラ、という音と共に査逆は瞳を光らせ煉獄を追いかけた

 

 

 

一方、ヤマシロは...

 

「いいかお前ら!」

 

麒麟亭に立ち寄り、負傷した鬼以外を集めていた

ヤマシロの傍には亜逗子と麻稚が堂々と立っていた

 

「これから此処に敵が集団で攻めてくる、ならばこちらも集団で迎え撃とうではないか!」

 

ヤマシロは鬼達に号令をかけるも動揺と戸惑いの方が多かった

いきなりそんなことを言われてもという顔つきだった

 

「一番敵を多く討った者は給料十倍だ!」

 

ヤマシロがそう叫ぶとざわめきが一瞬にして歓声に変わった

....亜逗子が隣でうるさいのは一先ずスルーしよう

 

「行くぞお前ら!俺たちには裁判所を守る義務がある!」

 

ウォォォォォォォォォォォォォォォ!!と再び士気が上がる

こうして、百鬼夜行合戦の幕は開けた

 

 




何やかんやで投稿できてます


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Twentieseventh Judge

現実の忙しさ舐めてました...


合戦開始より三分経過...

 

「おりゃぁぁ!!」

 

「くたばれぇぇぇぇぇ!!」

 

ヤマシロ軍、士気は更に高まり、勢い止まらず

戦闘不能者ほぼなし

 

「せいやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

先頭を走るのは紅 亜逗子

彼女の拳は大地を割き、暴風を巻き起こす

 

「給料はあたいのもんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

亜逗子の拳が再び放たれる

....というより、もう向こうは戦意喪失して亜逗子から逃げてるようにも見えてしまうのはきっと気のせいだろう

 

「何人でも掛かって来やがれぇー!」

 

 

 

「全く、亜逗子は本当に単純ですね」

 

「.....給料効果恐るべし」

 

「ここまでやる気になるのは予想外でしたか?」

 

「予想外だったな...」

 

その後方で敵を確実に倒しつつ見守る、ヤマシロと蒼 麻稚

 

ヤマシロが見たなかでは亜逗子の拳が敵を半数近く倒してしまっている気がする

.....というよりここに来る前、既に一戦行っているというのにどこにあんな体力が残っているのだろうか、亜逗子と戦った煉獄は相当の手練れであった筈だが...

 

「閻魔様、向こうの主力は何をしているんでしょうね?」

 

「大方、亜逗子を止めるのに一人とこっちに何人か回してくるだろうな、俺たちみたいに暴れ回ってるとは考えづらい」

 

今敵対している相手は現役ではないが、数々の死闘を経験したことのある猛者が団結したようなものとなっている

一瞬の油断や一つのミスが命取りになってしまう強豪を前にしているのと同じである

 

「確かに、向こうはこちらよりも戦闘の経験が豊富ですからいつでも万全にしておくことが考えられますからね」

 

「だから、なるべくお前も体力は残しておけ!」

 

「はい!」

 

ヤマシロと麻稚はそれぞれの武器を構え直し、体制を立て直す

こちらの軍は数こそ勝っているが実力は完全に敵方が上にある

今は数と勢いで押してはいるが、それも時間の問題となり敵方の主力が出てくれば戦況は大きく変わるだろう

だからこそ、ヤマシロは叫ぶ

 

「亜逗子ー!敵の陣を見つけたら更に給料倍だぞー!」

 

ヤマシロが叫ぶとどこからともなく、ウォォォォォォォォォォォォォォォ!!と声が大きく響き渡り地鳴りと轟音が更に大きくなる

 

「.....ホント単純な奴だよな」

 

「全くです」

 

ヤマシロと麻稚は溜息をつきながら苦戦している鬼の所へ向かおうとする

しかし、それは背後から迫る人影によって阻まれる

 

「全く、あの赤鬼の娘は中々元気なことだ...」

 

ヤマシロと倍以上の身長差、その体格は先代閻魔大王ゴクヤマにも並ぶ

深海のように暗い青い髪と天空をも貫きそうな一本の青い角を生やした巨漢の鬼、

 

「中々いいペアを見つけたようだな、麻稚」

 

「か、隗潼さん!?」

 

「父上...」

 

今回の事件の首謀者であり、麻稚の父親でもあり先代閻魔大王ゴクヤマの右腕とも呼ばれた鬼...

 

「元気そうだな、麻稚」

 

蒼 隗潼、最強にして最大の壁が二人の前に立ち塞がる

 

 

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぐわぁぁぁ!!」

 

「ひ、退けぇ!」

 

「あの女に近づくな!!」

 

一方、今までにないくらいのハイテンションでフィーバーして一人独走している亜逗子はヤマシロからの敵陣捜索の報酬を聞き、更に興奮が激しくなり敵方達を容赦無く次々と殴り飛ばす

 

「カネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

 

....動機が不純で欲望に忠実な部分はスルーしていただきたい

 

「畜生!」

 

「俺達の手に負えないぞ!」

 

敵の鬼達が少しずつであるが後退を始める

敵わない相手とは極力戦わない方が良いという長年の経験と彼らの危険信号が無意識に働いた結果である

 

「うぃ〜、こっちは中々楽しそうじゃねぇかよ〜」

 

数多くの鬼達が後退する中、一人の鬼だけが酒を飲みながら危なっかしい千鳥足で亜逗子にゆっくりと近づく

 

盃 天狼...

 

他から見れば、ただの酔っ払いの中年だが、亜逗子は彼の力を感じ取ったのか警戒を強める

その一連の動作に盃はニヤリと笑う

 

「なるほど、どうやら他の雑魚共とは一味も二味も違うみてぇだな、おもしれぇ...」

 

盃は首を軽く捻りながらマイペースにゆったりした動作で構えの体制に整える

 

「上等...!煉獄の奴とはやりたりなかったんだ、こんぐらいの実力者じゃないとあたいの腹の虫も収まんないね!!」

 

亜逗子も拳を更に強く握る

二人はただ睨み合っているだけなのにそれだけで互いの実力が伺えるほど凄まじい力とプレッシャーが二人の空間を支配する

 

「つぉりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

亜逗子は凄まじい速度で盃に迫り一気に距離を詰める

そのまま拳を放つも盃はそれを躱す

しかし、その動きは千鳥足が更にフラフラしたような動きであったため亜逗子の闘争心を更に煽る

 

「....酔拳使い」

 

「うぃ〜、当ててみろ」

 

亜逗子は静かに舌打ちする

酔拳は酔えば酔うほど動きの予測が難しくなる

それも意識的に行う動作ではなくなるのが原因である

あまり酔うことのない亜逗子にとっては酔っ払いの気持ちはこれっぽっちもわかりはしない

盃も反撃を開始する、予測不能の格闘術は躱すのも受けるのも至難の業である

 

「ヒック、俺は酒呑童子、アルコールこそが俺のエンジンだ」

 

盃は更に酒を飲む

酒呑童子という種属は体内に入ったアルコールの半分をアドレナリンに変えることができる

これには個人差があるが、常人よりも酒を摂取できる量が遥かに多いのも特徴的である

盃は酒呑童子の中でもかなりの酒飲みである

 

「さて、そろそろ本気で行くか.....ヒック!」

 

更に盃の酔いは回る

それは彼本来の実力が発揮される前触れだった

 




キャラクター紹介

末田幹彦(すえだみきひこ)
種族:元人間
年齢:38歳(生前)
趣味:アルバイト
イメージボイス:大川透
詳細:ヤマシロの判決により天国に行った人物
生前は勤めていた会社の社長の頭にコーヒーをぶちまけクビになりアルバイトにはげんでいた
ちなみに独身である


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Twentieeighth Judge

連続投稿です


 

「隗潼さん...」

 

「大きくなったな、二人共」

 

合戦開始から七分が経過...

ヤマシロと麻稚の前に敵方の総大将、蒼 隗潼が現れる

その威圧感と人を纏めるカリスマ性は本物でヤマシロも勢いに負けてしまいそうになる

 

「父上...」

 

「どうした麻稚、ここは戦場だぞ?」

 

麻稚は父の登場に思考が働かなくなる

煉獄の話から隗潼が敵にいることは知ってもいたし覚悟もしていたつもりであった

だが、それは所詮 "つもり" にしかすぎなかった...

事前に情報を手にいれていても、事前に覚悟を決めていたとしてもそれは彼女のただの強がりに過ぎない

現実というものはそのような覚悟を根こそぎ奪うものである

 

「カァッ!!」

 

隗潼は動けないでいる麻稚に向け張り手を放つ

その巨大で強力な一撃は辺りの地面を抉り、大気を震わす

 

「...あ、」

 

麻稚の驚嘆の声が隗潼に届くことはなかったと共に隗潼の一撃が麻稚に届くこともなかった

 

「.....ヤマシロ」

 

「隗潼さん、あんた変わっちまったな...」

 

間一髪の所でヤマシロが隗潼の一撃を防ぎに入る

ヤマシロは悲しみと怒りの混じった表情で隗潼を睨みつける

 

「昔のあんたは俺の憧れだった、親父の我儘に振り回されながらも平気な顔して仕事して、それでいて優しくて、格好良くて...」

 

ヤマシロは唇を噛みながら鬼丸国綱に力を入れる

相当の力を入れているせいか刀身がカチャカチャと音を立てる

 

「俺は、俺はあんたのお陰で閻魔大王やろうと思えたんだ!親父が急に引退して仕事全部押し付けられたけど、しんどいのは俺だけじゃないってことをあんたは教えてくれた!」

 

ヤマシロは本音を吐きながら隗潼に攻撃を加える

そう、幼いヤマシロにとっては父親、ゴクヤマも勿論憧れを抱いていたが、それ以上にその父の為に毎日奮闘する隗潼はそれ以上の憧れを抱いていた

 

「もう親父は引退した、あんたも引退した!後のことは俺達で十分だ、大人しく静かに暮らしておけよォォォ!!」

 

ヤマシロは鬼丸国綱に地獄の炎を纏わせ隗潼に全力の一撃を放つ

本来ならば閻魔帳を経由して地獄の炎は放つモノだが、此処は地獄...

わざわざ閻魔帳を経由せずとも炎を扱うことはヤマシロにとっては造作もないことだった

 

しかし、

 

「調子に乗るなよ、小僧ォ!」

 

その一撃は隗潼によって片手であっさりと受け止められる

更に隗潼からはヤマシロも麻稚も今まで感じたこともないほどの殺気が放たれていた

辺りにいた鬼達はその殺気を浴びて気絶してしまうほどだ

そして、ヤマシロは隗潼によって大地に全力で叩きつけられる

その際、中心にはクレーターが完成し、辺りには地割れが凄まじい速度で広がる

 

「閻魔様!!」

 

「お前達の世代に任せておけないから俺達が立ち上がった!静かに暮らす?俺達で十分?口先だけは立派だな、5代目ェェェ!!」

 

「ぐ、ハッ...!?」

 

隗潼の怒号が大地を震わす、隗潼の一撃が大地を砕く...

 

「お前達に任せたからこうなったんだ、お前達に任せたから秩序が乱れたのだ!」

 

隗潼の一撃は止まることをしらない

全てヤマシロに向けて怒りの一撃が放たれる

隗潼の力は冨嶽や百目鬼を越えるとも言われている

 

しかし、その隗潼の攻撃が続くことはなかった

 

「ぬっ!?」

 

何者かが隗潼の腹に強烈な一撃を加えたからである

隗潼には遠く及ばない低い身長、隗潼と決して並ぶことはない華奢な身体、隗潼と同じ青い髪だが深みはそこまでない髪、隗潼と同じ青い角だが彼ほど鋭さはなく精々薄いモノを貫くのがやっとそうな角...

 

「麻稚...」

 

蒼 麻稚が隗潼に不意の一撃を加えた

彼女の本分は閻魔大王の補佐、及び閻魔大王の敵の排除...

 

「これ以上、閻魔様に手出しはさせない!」

 

麻稚はメガネを外し、拳を握り締め握力で粉々に砕く

彼女の武器である近接戦闘も可能に改造されたスナイパーライフルを構え直す

 

「いい眼だ、それでいい」

 

「絶対に許さない」

 

普段はポーカーフェイスを維持している麻稚からは考えられないほど怒りの篭った声が隗潼へ向けられる

そう、此処は戦場

隗潼は確かに父親であるが、戦場においてはそれ以前に敵である

麻稚はスナイパーライフルを構え隗潼に接近する

本来スナイパーは遠距離戦闘が得意だが、彼女のスナイパーライフルには打撃攻撃が可能な造りになっている

持ち前の速度で隗潼の背後に回り込み、五発発砲する

隗潼はその気配に気づき、振り返り張り手から放たれる衝撃波で攻撃するも麻稚は既に隗潼の懐にまで移動する

そしてゼロ距離からの大型砲撃を放つ、この砲撃は本来巨大生物や鱗が分厚い相手に用いる砲撃、生身の身体に放たれてはいくら隗潼とはいえども無傷では済まない

 

「うぬ...!?」

 

「貴方は閻魔様を傷つけた、そんな相手に手加減などできませんのでご勘弁ください」

 

いつもの如く、平坦な調子で麻稚は更に素手で隗潼に容赦のない追い撃ちを加えた

 

 

 

「二対一は流石にきついな...」

 

「うぃ、いきなり乱入とはいい度胸じゃねぇか」

 

「いいじゃん、隗潼行った、俺暇だったからさ」

 

一方、亜逗子と盃が戦っている最中、敵方の朧岐 御影が二つの巨大なバトルアックスをそれぞれ片手で持ちながら現れる

彼の乱入は味方である盃も予想外であったらしく不満の声を漏らす

 

「今は俺がこいつとやってんだよ、引っ込みな」

 

「却下、雑魚共は所詮雑魚、俺求むの強者のみ」

 

盃と朧岐が睨み合う形になる

亜逗子はどうすればいいかわからずにいるが、とりあえず警戒は強め、朧岐に話しかける

 

「なぁ、斧の奴」

 

「あん?」

 

「あたいは今その酔っ払いと戦ってんだ、邪魔しないでくれない.....!?」

 

亜逗子の言葉を遮るように不意打ちとしか思えない一撃が朧岐から放たれる

巨大なバトルアックスを亜逗子の顔面に向けて一振りしてきた

間一髪のところ躱すのに成功するが当たれば頭は吹っ飛んでいたであろう

 

「てめ、どういうつもりだ!」

 

「言ったろ?俺、暇なんだ」

 

亜逗子の問い詰めに朧岐は何の躊躇いもなく応える

盃も亜逗子と戦っていた時の表情はせず、どこか不満な表情だ

 

「殺りあおうぜ、俺はただ強者と戦いたいんだ」

 

亜逗子は躊躇いながらも目の前の男の異常性に冷や汗を流す

煉獄とはまた違った異常をこの男、朧岐 御影は抱えていた

 

(やるしかないか!)

 

亜逗子は二人同時に相手にする気で構え直す

しかし、現実は予想外の方向へ進む

 

「...どういうつもりだ、盃」

 

盃 天狼が亜逗子の方へ歩み寄る

 

「朧岐、お前強者と戦いたいんだろ?俺達二人で相手してやるよ」

 

「なっ...!?」

 

「ヘェ〜」

 

亜逗子は驚きの表情を浮かべ、朧岐は目を細める

別にそれでも構わないと言わんばかりの表情である

 

「いいのか、隗潼を裏切ってよ」

 

「俺はただこいつと早々に決着をつけたいだけだ、それにはお前が邪魔なんだよ」

 

「黙れよ、酔っ払い!」

 

朧岐が殺気を放つ

亜逗子が小声で盃に尋ねる

 

「どういうつもりだ?」

 

「言ったろ、俺達であの馬鹿を瞬殺してさっさとさっきの続きやろうぜ」

 

盃は拳を亜逗子に向け突き出す

 

「...あたい個人プレーしか経験ないよ?」

 

「共闘っつても俺らは敵だぜ、息なんか合わす意味ないだろ?ヒック...」

 

その言葉に亜逗子は笑みを浮かべる

 

「今度酒に付き合ってよ」

 

「美少女からのお誘いは断れないな」

 

亜逗子も拳を盃に突き出す

二人の拳が合わさり、朧岐に視線を移す

 

「行くぞ!」

 

「おぅ!」

 

敵と味方、そんな関係を忘れ去り、紅 亜逗子と盃 天狼はそれぞれの戦い方で朧岐 御影に立ち向かった

 

 

 

 

そして誰も気がつかなかった...

 

この場にとてつもない力と脅威がもの凄い速度で迫っていることに

 

ソレは間も無く現れる...!

 

 

 




もうしばらくシリアスは続きます


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Twentieninth Judge

もうしばらくだけグダグダな戦闘にお付き合いください


開戦の合図は必要なかった

亜逗子が回し蹴りを放ち、天狼がフェイントを混ぜた拳で翻弄する

朧岐は押されるがまま二人の攻撃を受けながら後退しているが、その表情に焦りは感じられない

むしろ、歓喜の表情を思わせる

 

朧岐は両手に持った二つのバトルアックスを防御から攻撃の姿勢に変え、器用かつ的確に振り回す

それぞれを片手で行っていることが嘘のような動きを見せながら三メートル級のバトルアックスを攻撃と防御を使い分ける

その一撃に天狼が吹き飛ばされ、亜逗子が攻撃を仕掛けようとするが防がれ弾かれる

そのまま亜逗子は天狼の場所まで吹き飛ばされ天狼のひょうたんの上に器用に着地する

 

「うぃ、行くぞ!」

 

「あいよ!」

 

その言葉だけで二人の意見は合致する

天狼のひょうたんが後方に下げられ亜逗子はひょうたんの上で助走の構えを取る

そしてそのまま.....

 

「ど、こいっしょー!」

 

ひょうたんを突き出し、亜逗子がロケットの様に真っ直ぐ朧岐に向かって直進する

そのまま勢いに乗った亜逗子は両の拳を構える

朧岐は亜逗子の行動を予測し、バトルアックスをクロスさせ防御の体制に移る

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

亜逗子は拳を勢い良く突き出し、バトルアックスに攻撃するように見せかけて拳を直前で思いっきり引っ込め、バトルアックスを足場に上へ跳ぶ

 

「なっ...!?」

 

これには朧岐には予想外であったらしくいつも余裕の雰囲気を出している彼でも驚きの表情を露わにする

 

「理解不能、何故攻撃しなかったのだ?」

 

「分かってないな、こっちはツーマンセルでやってんだぜ!」

 

一瞬、その言葉の意味がわからなかったが朧岐は即座にその意味を理解すると同時に亜逗子から、目の前にいた天狼に視線を向ける

 

「遅いよ...」

 

しかし、正面ではなく自身の背後に...

そう、亜逗子の攻撃は囮であり本命は天狼の酔拳による推測不能の背後からの一撃

亜逗子が攻撃してもよかったが、攻撃が予測される可能性が高いため天狼が攻撃の役割に回った

 

「いつの間に...!?」

 

「うぃ、ンなこと分かってんだろ?」

 

「へっ...」

 

天狼の一撃が放たれる

朧岐はバトルアックスに手を伸ばそうとするが、防御体制に移ったときに大地に固定してしまったためバトルアックスは使えない

よって、素手で防ごうとするがその攻撃の予測は外れる

天狼の魅せる酔っ払い独特のトリッキーで不規則な動きは朧岐の一瞬の判断を奪い取り、結果的に多数の連撃を体に浴びる

 

「ガッ...ハッ...!?」

 

体の中に溜められていた酸素を一気に吐き出す

そして、頭上から更なる追撃が朧岐を襲う、紅 亜逗子が右の拳を握りしめ朧岐の頭上から凄まじい速度で迫ってくる

 

「うお、りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

朧岐は避ける間も無く、頭で亜逗子の拳を受け止める

朧岐を中心に地響きが発生し、巨大なクレーターが形成される

人間が受けたら一溜まりもない一撃だが、鬼なので何とか耐え切ることに朧岐は成功する

 

「流石...!だが、まだまだ!」

 

だが、いくら頑丈な鬼とはいえどもかなりの痛手、ダメージは大きく意識も危うい

しかし、そんな状況だからこそ朧岐 御影は更なる真価を発揮する

 

「なんて、威圧感...!」

 

「やべぇな、スイッチ入りやがったあの野郎...」

 

朧岐の真価、それは生まれながらの戦闘狂の朧岐だからこそが持つ才能

彼は自分の命の危機を感じると体中のアドレナリンと血液の流れが急速に働き出し、戦闘の本能が目覚める

元々強者と闘うことに喜びを覚えていた朧岐がこれ以上興奮する理由もないであろう

 

「あぁなっちまったら厄介だな、さっさと決着つけちまうぞ、ヒック!」

 

天狼は更に大量のアルコールを身体に摂取する

体中が赤くなり、血管が全身から浮かび上がる

 

「あぁ、こっちもペースアップだ!!」

 

亜逗子も殺気を放ちながら髪を結んでいるゴムを外す

そして、先程とは比べものにならない程の速度で朧岐に迫る

天狼も後に続き、朧岐も攻撃に備え防御の体制を取る

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そして、三人の戦士は再び激突した

 

 

 

一方...

 

「ハァ...ハァ...」

 

「どうした麻稚、もう限界か?」

 

蒼 麻稚と蒼 隗潼による親子の死闘は父親である隗潼が優位に立っていた

隗潼の容赦ない連撃により倒れたヤマシロの為に実の父を敵として認識し、一対一に持ち込んだがそれでも力と経験の差は埋まることはなかった

麻稚は隗潼と距離を取りつつ、近づきながら闘うというトリッキーな戦法をとっているが、隗潼はそれらの攻撃全てを的確かつ丁寧に防ぐ

 

「父上、何故あなたがこのようなことを...!?」

 

「言った筈だ、全ては我らの秩序の為...」

 

「いつまでそんな言葉に縛られるつもりですか?」

 

麻稚は隗潼の言葉を遮る

隗潼はその態度が気に入らなかったのか僅かに眉を動かす

 

「全ては我らの秩序の為に、その台詞は先代が裁判の際に必ず言った言葉であり、先代の口癖...」

 

麻稚は呆れるような表情で隗潼を睨みつける

 

「あなたはいつまであの事を引きずっているのですか、今の閻魔大王はこちらにいらっしゃるヤマシロ様です」

 

麻稚は武器として扱っていたスナイパーライフルを支えにゆっくりと立ち上がる

もう立つのが精一杯の状態に見えるが、その瞳には決して消える事のない意思が宿っている

 

「確かに先代は素晴らしいお方でしたよ、しかし、何故このようなことまでする必要があったのですか!?一言先代と話をつければ済んだ話だったはずです!!」

 

そう、麻稚の言う通り隗潼は先代とは仲が良かったため話し合いでの解決も可能だったはずだ

態々兵を集めてまでもここまでする必要はなかったはずだ

しかし、隗潼はその事を否定する

 

「それは無理だ、今の閻魔大王を殺さない限り先代が再び戻ることはない!」

 

「ま、まさか...!?」

 

「そうだ、俺たちの目的は4代目の復帰だ」

 

麻稚は頭が痛くなった

何故そこまで彼は先代にこだわるのであろう?

現在のやり方が気に入らないのか...

それとも先代でなければならない理由があるのであろうか

 

「ゴクヤマ殿の失権は不当だ、俺はそれを証明する!!」

 

隗潼は再び麻稚に衝撃波を放つ

凄まじい衝撃波は麻稚の華奢な体では受け止めることはできず、後方に吹き飛ばされる

 

「うっ、ガッ...!!?」

 

「終わりだ、麻稚!!」

 

隗潼が麻稚との距離を一気に詰める

隗潼は拳を握り直し、その拳を我が娘に向ける

 

もう駄目だ...

 

麻稚は知らず知らずの内に涙を流していた

まさか、あの優しくて尊敬していた父親に殺されるなど夢にも思ってなかったであろう

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

隗潼の拳が麻稚に迫る

凄まじい速度だが、ゆっくりと感じることもできる

 

しかし、その拳が麻稚に届くことはなかった...

 

「なっ...!?」

 

隗潼の拳に天から青い一筋の稲妻が直撃する

ピンポイントで直撃した稲妻は静かにバチバチと音を残して消える

そして、二発目の稲妻が落ちてくる

しかし、その稲妻は一発目とは比べものにならないほど巨大で地面を抉り取るほどの威力があった

 

「全ては我らの秩序の為に...」

 

そして、稲妻はやがてヒトの形に変化していく

隗潼と変わらぬ体格、まだ若干若さの残る顔立ちと凄まじい威厳を放つ雰囲気が特徴的な男...

 

「隗潼、相変わらずやんちゃしてんじゃねぇかよ」

 

ヤマシロの父にして先代閻魔大王、ゴクヤマが戦場に舞い降りた

 

「ゴ、ゴクヤマ...」

 

「久しぶりだな、でも今は感動の再会場面じゃない」

 

狼狽える隗潼を無視してゴクヤマは淡々と言葉を繋げる

そして、次に隗潼を襲ったのは言葉による精神的な痛みではなく、直接的で物理による痛みだった

 

「ガフッ、ハァ...!?」

 

「こんな茶番、さっさと終わらしてやるよ」

 

 




キャラクター紹介

イエス・キリスト
種族:神(元人間)
年齢:謎
趣味:生花
イメージボイス:仲野祐
詳細:聖書にも登場するキリスト教の神
初代閻魔大王と面識がある数少ない人物である
実は本を出版しており、天国で発売された『洗礼のすゝめ』は一時期にかなりの人気を呼んだこともある


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Thirtieth Judge

急展開注意!


「.....あれ?ここは....??」

 

地獄で隗潼の連撃を受け、意識を手放したヤマシロが目を覚ますと白い天井が目に入る

感触からしてベッドの上に寝かされているらしく白い布団が覆いかぶさっており、全身には細かいところにまで包帯が巻かれている

 

(俺、確か隗潼さんから攻撃を受けてそこから...あ!」

 

意識をはっきりとさせるのと同時に気絶する前の記憶が蘇る

蒼 隗潼率いる軍が天地の裁判所に攻めてきたこと、それを迎え撃つために兵を挙げたこと

 

「こんなことしてる場合じゃ...」

 

「うるさゐなぁ〜」

 

「!!!?」

 

ヤマシロの隣から何処かで聞いたような声が聞こえた

今まで気が動転していて気がつかなかったが、ここは天地の裁判所にある医務室のようだ

隣のベッドには額に生えた短い三本の角と黒みを帯びた真紅の髪...

 

「少し静かにしてくだせゑよ、閻魔様」

 

敵対していた隗潼の協力者の一人の煉獄 京がヤマシロ以上の包帯で体がグルグルに巻かれた状態でこちらを見るからに不機嫌そうな眼差しで見ていた

 

「..............」

 

「...............」

 

沈黙が続く

煉獄はヤマシロのことを噂程度でしか知らないし、ヤマシロに至っては煉獄とはほぼ初対面のようなものである

お互いに話題が見当たらずに沈黙が無限にループする

 

話題が見つからないまま、ヤマシロが再び意識を手放そうとしたその時...

 

 

「煉獄っちー、マジ起きてるなら図書館の整理手伝ってよねー!」

 

 

「ひゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐゐ、ゐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ドタドタ、スパパパーン!と金髪で盛り髪のギャルもどきが勢い良く扉を開くと同時に大声で叫ぶ

どうやら彼女にここが病室だという認識がないらしい...

 

「あ、閻魔様起きてたんだ、どもっす!」

 

少し遅れこちらに気がついたようで右手を軽く挙げ簡単な挨拶を済ます

....亜逗子以上の自由人かもしれないと思ったのはここだけの話である

 

「じゃ、閻魔様こいつ借りてきますね」

 

「ゑ、ちょ、待っ、俺まだ完治してなゐんスけど!?俺まだ安静にしとけって医者から言われてんスけどー!?」

 

「そんな事情ウチが知るわけないだろ?」

 

「何なんだよあんた!」

 

そのまま首根っこを掴まれ、ズルズルと煉獄を引きずる(物理的に)形で病室から出て行く

煉獄は何やら彼女にトラウマのような恐怖心を植え付けられてるようだったが、そこはあえて触れないでおこう

 

「.....あの雰囲気からすると戦いは終わったのかな?」

 

遅くとも現状を判断したヤマシロはとりあえず動こうとベッドから降り病室から出て行くことにした

そこでふと彼は思い出す

 

「.....仕事溜まってるんだろうな」

 

どんなイレギュラーな事態が起こっても、やはり閻魔大王という役職に休みはないらしい...

 

 

 

地下闘技場...

天地の裁判所のペンガディラン図書館よりも更に下に位置する巨大なトレーニングルームであり鬼達はそこで日々体を鍛えている

また、とてつもなく頑丈な作りになっておりそっとやちょっとのことでは壊れない作りとなっている

 

その真ん中の闘技台に立つ二人の鬼...

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

紅 亜逗子と盃 天狼が拳と拳をぶつけ合っていた

その周りはギャラリーに溢れかえっており、どちらが勝つかなどの賭けをしている者も見られる

 

「.....何やってんだか」

 

ヤマシロが強い力を感じ、闘技場にやって来るとこうなっていた

病室から出て何人かの鬼によればヤマシロはかれこれ二週間近く眠っていたらしい

その間は先代であり父でもあるゴクヤマが代わってくれていたらしく、ある程度仕事を終わらせそそくさと帰ってしまったらしいが...

 

ついでにその二週間の間に何があったかを尋ねると様々な変化があった

まず、事の首謀者である蒼 隗潼が行方不明になり現在捜索中ということ、隗潼の協力者達が再び

一部だが天地の裁判所で再び働くことになったこと、話によれば隗潼に協力するために態々引退した鬼もいるらしい

そして天地の裁判所の修復がつい先日完了したこと

 

(本当、何もできなかったな...)

 

ヤマシロは心の中で呟き、再び闘技台に目を向ける

....というよりも今ここで改めて亜逗子の有り余る体力に驚かされる

 

そして決着はつかないまま、制限時間オーバーとなり勝負は引き分けとなった

 

「クソー!また決着つかなかったな....」

 

「これで紅と俺の戦績は127戦0勝0敗127引き分けだな、ヒック!」

 

「天狼さん、また一杯やります?」

 

「望むところだ、そっちで一勝してやるよ!」

 

「お前ら一体なんなんだよ!?」

 

思わずヤマシロは突っ込んでしまう

どうやらこの闘技場で二人が戦うのは初めてではないらしい

それでもこの二週間で戦いすぎだと思う...

 

「あ、閻魔様!」

 

「うげ!?」

 

亜逗子はこちらに気がつくと涙目でこちらに向かってきて骨が何本か逝ってしまいそうな勢いで抱きしめて来た

 

「閻魔様、心配かけやがってコノヤロ、コノヤロ!」

 

「いだい、いだいい!た、頼むから力もっとゆるめ、て」

 

ヤマシロの必死の訴えは亜逗子に届くことはなくミシミシミシボキボキボキという音がヤマシロの全身から鳴り響いた

その後、天狼の助け舟によって意識を手放すことだけは避けれたがその場に倒れてしまい、亜逗子に肩を掴まれ体をブンブンブンブンと前後に振られたのは別の話である

 

 

 

天地の裁判所、屋上テラスにて

 

「.......」

 

半壊に追い込まれた裁判所はたった二週間で元の姿を取り戻し本日も平常運転である

彼女、蒼 麻稚を除いて...

 

「...閻魔様」

 

麻稚は自身の上司であり昔馴染みでもあり、守る事のできなかった人物の名を小さく呟く

そして、隗潼とゴクヤマの一戦を思い出す

 

率直に言えば決着は一瞬だった

 

自分があれだけ苦戦した隗潼がゴクヤマによって意識不明の重体にまで持っていかれたほどだ

先代の閻魔大王の実力が計り知れない

その後ゴクヤマの一言により戦闘は終結した

ヤマシロ以上のカリスマ性があり、優れた人物だと心からそう思った

何故彼のような人物が引退してしまったかわからないほどだった

 

その後、隗潼は行方不明扱いになりヤマシロは未だに目を覚ますことはない

 

「......閻魔様」

 

麻稚は涙を流し自身の弱さを悔いる

大切な人を二人も失ってしまった

隗潼に至ってはどこかで生きていても不思議ではないが、ヤマシロは現在危篤の状態にある

親友の亜逗子が心配して声を掛けたこともあったが彼女の耳に聞こえることはなかった

そして、もう一度守る事のできなかった人物の名を小さく呟く

 

「閻魔様ぁ...」

 

「呼んだか?」

 

麻稚は一瞬理解できなかった

麻稚は一瞬幻聴だと疑ってしまった

返答があった...

麻稚は勢い良く振り返りその姿を確認する

 

流れるような無造作な銀髪に全身に巻かれた戦闘の跡を思わせる痛々しい包帯...

そして、見間違えるはずのない全身...

 

「どうした麻稚、らしくな、ウゴブ!?」

 

「閻魔様、閻魔様、閻魔様ぁ!!」

 

麻稚は気がつけばヤマシロに抱きついていた

彼が目を覚ました、彼が生きている!

そのことが今の彼女にとってこれ以上の喜びはないだろう

 

「悪いな、心配かけちまって」

 

「いいんです、ご無事でなによりです」

 

「だけどもう大丈夫、心配かけることはこれで最後だ...」

 

ヤマシロは一旦言葉を区切り、

 

「俺はもう二度と負けないから!」

 

これ以上ない清々しい笑顔で決意を声にした

その言葉を聞き、麻稚はヤマシロに負けない笑顔で大きく頷いた

 

 

 

 

 




これにて第2章完結です!
少し無理矢理感があるのはきっと気のせいでしょう
まだ物語は続きますのでよろしくお願いします!

そして、この小説を読んでくださってる方々には本当に感謝します!
このまま完結までお付き合いいただけると幸いです!

次回もよろしくお願いします


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間章
たとえ、この身を汚そうとも...


 

現世にて、深夜の東京と呼ばれる地域の市街地の暗い路地裏の一角で血の匂いが周囲に漂い異質な雰囲気を演出させる

 

一人の男を中心に複数人の人物が全身に切り傷を身体に刻んだ状態で倒れていた

その全員が出血多量の状態で放っておけば死んでしまう可能性が非常に高い危険な状態だ

 

中心に立つ男が口を開く

 

「今宵は雨か...」

 

男が呟いた瞬間に雨が急激に激しくなる

先程から小雨程度に降っていた雨が台風の時のように激しいスコールとして姿を変えた

男は雨で身体に纏わりついた血を洗い流すようにわざと雨に打たれるような態勢になる

そして自らが直截殺めたヒトとして生きていたモノに対し静かに合掌する

 

そして死体に気がついたのか、赤いランプを光らせ、パトカーが数台音を鳴らしながらこちらに向かってきていることに気づき男は暗闇に溶け込むようにして姿を消す

 

そして、高層ビルの屋上にまで辿り着くと自身の頭に指を当てる

まるで何処かとテレパシーをしているような動きを手慣れた様子で一つ一つの動作を丁寧に行う

 

しばらくして男は頭から指を離し影から影に移動するような動きで光のない深夜の街を移動する

 

「俺の身がどれだけ汚れようとも、それが世界の秩序を保ち世界が安定するならば俺は喜んでこの身を汚そうではないか、」

 

男は移動しながら独り言を呟く

血よりも異質な深紅の瞳の見据える先には何があるのか...

闇よりも深い黒い髪とマントに光が差す時はあるのか...

肩で支えている巨大な大鎌は何を斬り裂いてきたのであろうか...

 

光が失われた東京の街は影が支配し、雨が降り注ぐ...

 

死神と呼ばれる男は今日も首を狩り、魂を黄泉の国へと献上する

たとえそれが彼の罪となり彼が恨まれようとも...

 

「ヤマシロ、お前が俺を止めようとも俺は止まらない、たとえ全世界の生物の血を浴びようとも、たとえ俺の存在が厄介になろうとも、たとえお前が俺を拒絶しようともな....」

 

闇に生きる死神は延々と独り言を淡々と呟く

まるでそれを誰かが聞くことを望んでいるかのように

かつて自分のことを友と呼び、共に実力を高め合った友人のことを思い出しながら

 

次第に彼の思い出は雨に流され闇に消えゆく...

雨は無情にも彼の血も罪も流すことはなく降り続ける

そしてやがて東京から離れたある過疎地にまでやってきた死神はフッと現世から姿を消した

 

「許せヤマシロ、俺はもう引き返せない...」

 

その言葉が死神が現世を去る直後に呟いた最後の独り言であった

 

 

 

 

 

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次回から新章突入です!


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第3章 死神
Thirtiefirst Judge


新章スタートです!



百鬼夜行大戦から二週間...

そして危篤状態であったヤマシロが目を覚ましてから更に三日という月日が流れた

病み上がりの彼を待ち受けていたのは大量の書類という名の雑務作業であった、部屋一杯に埋め尽くされた書類の束を見るなりヤマシロは再び意識を手放そうとしてしまいそうになったこともあったが何とか踏みとどまることに成功し急ピッチで書類の束を丁寧かつ迅速で終わらせた

.....これでもヤマシロが気絶している間緊急で閻魔大王業をしていた先代のゴクヤマが半分以上片付けて帰ったらしいが、この量では本当にやっていたかすら怪しく思えてくる

...少し失礼かもしれないが面倒くさがりの先代ならやりかねない

 

そして、蒼 隗潼の一派であった煉獄 京と盃 天狼が天地の裁判所の職員として再就任が決定、冨嶽 厳暫と百目鬼 雲山は先代の所で療養ついでに共に隠居、朧岐 御影は蒼 隗潼と共に行方不明扱い...

幹部達以外の大半の鬼達も天地の裁判所に再就任を希望する者たちも多かった

 

少しながら変化のあった日々が続いたがコレといった事件はなかったため仕事も順調かつ迅速に終わることができた

....正直言うともうあのようなことは二度と起こらないでほしいのがヤマシロの本音だったりもする

 

 

 

 

 

そして、

 

「えー、では...」

 

広い室内にて一人の鬼がマイクを握りしめ、コップを片手に意気揚々と叫ぶ

 

「閻魔様のお目覚めと、新しい仲間達に乾杯ー!」

 

『乾杯ー!』

 

ある宴が開催された

 

 

 

「飲め飲めー!」

 

「イヤッホー!」

 

「おい!酒足りないぞ!!」

 

「.....どうしてこうなった?」

 

此処はもう戦いの爪痕など完全に忘れ去られた麒麟亭、大広間

前回の宴の盛り上げ役でもあり司会進行もしていた、唐桶 祭次(からおけさいじ)の一言がきっかけで皆が酒を飲み暴れだす

流れでヤマシロも参加することになったのだが、毎回のことながらこういうテンションには中々慣れない

彼は元々騒ぐことはないので極力宴会などには参加しないようにしているのだが、今回は亜逗子と麻稚の押しに負けてしまい渋々参加することにした

 

そして、その二人は今...

 

「閻魔様、これあたいのオススメなんだよ、飲んでみてくれ!」

 

「閻魔様、お酌いたしますので盃をこちらに」

 

.....両隣で種類の異なる酒をグイグイ押し付けてくる始末だった

いや、まだ酒を勧めてくることはまだいい...

酒を注いでくれることにも文句は何一つないのだが...

 

「亜逗子、貴方は煉獄とイチャイチャしてきなさいな閻魔様が大変苦しそうですよ?」

 

「あんたこそ、この間みたいにステージに立って盛り上げてきなよ、その方が閻魔様の為にもなるからさ」

 

.....いまいち平和な状態ではない

ヤマシロを挟んで互いに火花を散らしている二人は今にも飛びかかりそうな勢いだ

ヤマシロはとりあえず酒を飲みたかったので持参していた瓢箪型の酒瓶でぐいっと一杯飲む

亜逗子と麻稚はいつの間にかヤマシロを挟むどころか一歩踏み出せば頭突きができると言っていいほど顔を近づけていた

何を思って邪魔と感じたのか、ヤマシロは静かに立ち上がり大広間の扉を開け麒麟亭の外に静かに移動する

そこから麒麟亭の屋根を登り荒れ果てた地獄を見下ろす

 

「.........」

 

少し目を凝らせばいつものように罪人が地獄巡りをしている様子が見られる

ヤマシロは火山の噴火を傍観しながら酒を一杯飲む

 

「ヘぇ〜いいな、ここ...ヒック!」

 

不意に背後から聞き覚えのある声がヤマシロの耳に届く

振り返るとそこにはヤマシロの銀髪とは少し違う、色素の抜けた真っ白の髪を風になびかせた鬼がいた

 

「天狼さん...」

 

「うぃ、こうやって二人だけってのは久しぶりだな、ヤマシロ」

 

天狼は笑いながらヤマシロの背後に立ち、更に酒を体内に摂取する

酒呑童子である天狼はアルコールを取り入れることに何の躊躇いもなく、アルコールによる病の心配もない

 

「しっかし、お前がここまで立派になってるとは俺は驚きだぜ」

 

「いつまでもガキ扱いしないでくださいよ、一応今じゃあんたの上司って形にもなってるんですから」

 

「おぅおぅ、あのヤマシロが随分偉くなったもんだ、昔俺の酒を間違えて飲んで大泣きしたのはドコのどいつ様だったかな〜?」

 

「いつの話してるんですか、残念ですが俺の記憶には残ってないですね!」

 

「はは、懐かしいねぇ〜」

 

ヤマシロを弄ぶ天狼はどこか楽しそうに、ヤマシロも満更ではない様子で苦笑いを浮かべる

天狼が辞める前、ヤマシロは天狼に様々なことを教わっていた時代があったため彼らにとって今の時間は懐かしい限りなのであろう

 

二人が懐かしい思い出話で盛り上がっているともう一度火山が噴火した

そして乾杯を交わし、話を再開する

 

「そぉいやよヤマシロ、お前死神使ってんのか?」

 

「死神?」

 

聞き慣れのない単語にヤマシロは思わず首を傾げる

確か昔一度そのようなことを聞いた覚えがあるような気がするのだがどうも靄がかかっていて思い出せない

ヤマシロの反応に天狼は驚き、息を飲む

 

「お前...先代から何も聞いてないのかよ?」

 

「親父から?」

 

「いや、何でもない」

 

知らないならいい、と天狼は呟き視線を落とす

ヤマシロはいまいち天狼の意図がわからなかったが一先ず忘れることにした

その後、二人に会話はなく静かに酒を飲む時間がひたすら続いた

沈黙を打ち破るように火山が何度か噴火を繰り返したが二人が言葉を交わすことはなかった

 

 




キャラクター紹介

煉獄 京(れんごくきょう)
種族:鬼(死神とのハーフ)
年齢:225歳(人間でいう22歳)
趣味:ナンパ、音楽
イメージボイス:櫻井孝宏
詳細:鬼と死神のハーフでチャラい性格
昔、亜逗子に一目惚れし一度デートに誘い告白をするも断られる
それをきっかけに天地の裁判所に辞表を提出し尊敬していた蒼 隗潼を追いかける
再就任してからは再び亜逗子に好意を寄せながらペンガラディラン図書館で働く
亜逗子とデートの時に買った帽子は今でも大事に被っている
ちなみに亜逗子よりも年下という真実は誰も知らない


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Thirtiesecond Judge

連続投稿です!


ペンガラディラン図書館...

 

「煉獄くーん、次それをそっちによろしくねー!」

 

「へゐへゐ〜」

 

麒麟亭で行われている宴会には参加せず、せっせと作業を進める二人の鬼の姿があった

百鬼夜行大戦の最中に裁判所がダメージを受け修復は完了したのだが、図書館の本までには管理が周っていなく作業は今も続いている

 

「あんたさ、他にも部下与ゑられてんだろ?何で俺たち二人しかゐなゐ訳?」

 

髪に隠れるほど小さな三本の角を持ち僅かに黒ずんだ紅い髪の青年、煉獄 京は忙しさのあまりか愚痴をこぼす

彼は普段帽子を被っているのだが今は室内のため外している

煉獄の問いにフフン、とない胸を張るなんちゃってギャルの目が隠れるほどの長い金髪を風がないためわざわざ手でなびかせる鬼、月見里 査逆は宣言する

 

「それはウチが部下からマジ信用されてないからに決まっているだろー!」

 

「....何で俺がここに配属されたかが何となくわりましたよ」

 

煉獄は溜息を吐きながらも渋々作業を続ける

本来ならば彼らも宴会に参加して酒を飲んで馬鹿騒ぎしていた頃なのだが煉獄の傷が癒えるまで査逆がほとんど作業をしていなかったせいで主に煉獄が本の整理に追われている事態である

そして、もう一度彼の(一応)上司である査逆に目を向けると...

 

「ぐへへ、ここはこうなってて、えへへへ...」

 

無駄に高級そうな真っ白なソファに座りながらジャンル不明の本を読みながら興奮していらっしゃった...

そんな駄目上司に対して部下代表(といいながらもここには今一人しかいないが...)である煉獄はプチン!と何かが切れた音と共に、ズカズカと査逆に近づき...

 

「 サボってなゐでとっとと作業しろやコラァァァァァァァァ!!!」

 

「キャァァァァァァァァァァ!?」

 

ソファの足を思いっきり持ち上げ、座っている査逆のことなどお構いなしに卓袱台返しならぬソファ返しを実行した

査逆の持っていた本は図書館の奥底に吹っ飛び、ソファが倒れた衝撃で本棚から本が数冊落下する

 

「いてて、ちょ、煉獄君マジなにんのよ!いいトコだったのに、しかも図書館散らかして、ちゃんと片付けなさいよ!」

 

「誰のせゐだ、誰の!!アンタが部下から信頼なゐ理由が今ここでハッキリしたよ!!信頼が欲しかったらとりあえず働け!!」

 

「ハッ、マジ失礼な...だ、だ、だだだだだ誰が部下から信頼されてないって!?!??」

 

「アンタだよ、さっき自白したくせに無理に隠そうとすんな!」

 

もはや上司が何だってんだ!という勢いで煉獄は査逆に青筋を浮かべながら拳を握りしめる

査逆は査逆で騙せるわけでもない下手くそな嘘泣きと上目遣いで反撃に出るが、それも煉獄には通用せず即座に見破られる

破竹の勢いで畳み掛ける煉獄に対して、査逆は反論することなく、ある準備を進める

 

「大体、アンタはな...」

 

「れ〜んご〜く〜くぅ〜ん」

 

何やら語尾にハートマークでも付きそうな甘ったるい声と笑顔で煉獄の言葉を遮り両手にあるモノを握りしめる

 

ジャラジャラ、と音を立てるソレは煉獄の思考を奪い、煉獄の勢いを止めるには十分すぎる物であった

 

「く、鎖...」

 

「好き放題言ってくれたね、覚悟はいいかな〜?」

 

「.........作業をしてきますので、どうぞごゆっくりとお休みくださゐ...」

 

「じゃあよろしくね」

 

査逆が戦闘用の鎖を取り出すと同時に煉獄は態度を百八十度変え、黙々と本の整理を再開する

実は煉獄は百鬼夜行大戦のとき、査逆と交戦しており圧倒的実力で査逆に抑えられた煉獄はあれ以来、鎖がトラウマになってしまったのだ

というよりもジャラジャラ、という音にすら警戒心を抱くほどの重症状態にまでなってしまった

 

ちなみに原因は言うまでもなく月見里 査逆である

 

「くそ〜」

 

煉獄は査逆の聞こえないところで静かに愚痴を吐く

そして一冊の本を手に取ると彼の動きが止まり視線が本に集中する

 

「死神伝記?」

 

タイトルを読み上げ、ページを開こうとした瞬間、

 

「今日中に作業が終わらないと覚悟はいいよね?」

 

「が、頑張らせてゐただきまーす!」

 

突如、響いた査逆の声に煉獄は手にした本を本棚に戻し作業を再開する

 

ペンガラディラン図書館では煉獄がひたすら作業を行い、査逆が優雅にくつろぐ、この光景が後々に日常と化し不自然に感じなくなるのはそう遠くない未来の話だったりもする

 

 

 




感想、批評、指摘など遠慮なくお願いします!


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Thirtiethird Judge

何ともいえない無理矢理感...


しばらくの間、天狼と無言の時間を過ごしていたヤマシロだったが、裁判所から仕事の連絡が入り麒麟亭から直接裁判所まで戻った

こんな大宴会が行われている中でもきちんと働いている奴もいるんだな〜とヤマシロは関心しながら宙を浮き移動する

重力を無視したこの移動技は閻魔大王に与えられた特権技術の一つである、実際鬼達は宙に浮く便利な技術は持ち合わせていない

 

「死神...」

 

ヤマシロは裁判所へ向かいながら先程の天狼の言葉を思い出す

ペンガラディラン図書館で読んだライトノベルでそのような登場人物像はあった気がするが、恐らく天狼の言っていることとは別物だろう

 

「昔、親父に何か言われた気もするんだけどな、なんせあまりにも昔過ぎて記憶が曖昧だ...」

 

誰かが聞いているわけでもない独り言をブツブツと呟きながらも裁判所はどんどん近くになってくる

 

ヤマシロは裁判所に着くと連絡のあった場所の座標を脳波で特定し、そこまで移動する

そこまで急ぐような様子でもなかったのでゆったりとマイペースに向かう

向かっている途中に何人かの鬼に捕まりかけたが、あきらかに閻魔大王がやらなくてもいいような無駄な内容もあったため、そこについては全力でスルーする

 

そして、何やかんやで目的の場所に辿り着いた

 

天地の裁判所 第二資料室、と書かれた部屋の前で立ち止まり一応礼儀としてノックをする

 

「はい?」

 

「ヤマシロだ、連絡を受けて来た」

 

「あ、閻魔様ですね」

 

少々お待ちください、と言葉を残し何やら整理をしている様子が室内から聞こえたが片付けでもしているんだろうな、と判断し扉が開くのを待つ

そして、音が止み扉がゆっくりと開かれる

 

「お待ちしておりました」

 

扉を開けたのは少し小柄で気の弱そうな青年だった

恐らく、鬼で戦闘もするであろうが後衛で補助がメインだろう

 

「何の用だ、枡崎 仁...だっけ?」

 

「えぇ、自分のことをご存知で?」

 

まさか自分の名前を知っているとは思わなかった、と言わんばかりの表情を見せる枡崎に対しヤマシロは、

 

「いや、なるべく部下の顔と名前くらいは上司として覚えておたきたいんだよ、二週間前はお疲れ様、よくあれだけの魂を説得できたな!」

 

「いえいえ、勿体無いお言葉です」

 

そう、彼こそがあの大戦中に機能を失った天地の裁判所にやって来る大量の魂を喰い止め、時間を稼いでくれた鬼こそが彼、枡崎 仁なのだ

その活躍は亜逗子から聞いており、ヤマシロもいつか会ってみたいと思っていたがこんなに早くも会えるとは思ってもなかった

 

「でもお前の働きがあったからこそ更なる被害を出さくて済んだんだ、その点では本当に感謝している」

 

「そ、そんな、自分はただできることをやっただけですよ」

 

枡崎は恥ずかしそうに笑いながら頬をかく

彼としても自分はその辺にいる部下Aという括りに纏められている人物と自覚していたので嬉しい部分もあるようだ

 

「それで、どうしたんだよ一体?」

 

「失礼、嬉しさのあまり本分を忘れておりました」

 

枡崎はピシッと態度を改め、

 

「自分は亜逗子様の隊の、主に資料やそのような雑務を担当しております枡崎 仁でございます

 

......自己紹介が今更ですみません」

 

「いや、いいよ俺もタイミングを奪っちゃったみたいだし」

 

「ありがとうございます、では早速ですが中にお入りください」

 

枡崎に連れられるままヤマシロは第二資料室に入る

そこにはペンガラディラン図書館に匹敵するであろう紙束と本が並べられていた

 

「ここは亜逗子様の管轄する部屋なのですが、何分彼女はこういうことは苦手そうなので現在は自分が自由に使わせていただいております」

 

「.....何か悪かった」

 

「いえ、自分もこういうのは好きなのでお気になさらず...」

 

亜逗子ならやりかねないことだがまさか本当にやっているなど誰が想像したものか...

.....苦笑いを浮かべている枡崎も相当苦労しているんだな、と心の中で静かに手を合わせる

ヤマシロが無駄な思考をしている間にも枡崎は黙々と資料を広げ作業を進める

見てみるとここ最近やって来た魂のリストとその死因などが掲載されている資料だった

 

「これはこの一週間で裁判所にやって来た魂達を一部抜粋して纏めたものです」

 

「一週間ってことは俺がまだ夢の中にいるときの奴も含まれてるな...」

 

「そうですね、で死因と死亡した場所なんですが...」

 

枡崎のリストアップした魂数十人の死因と死亡場所を見てみると...

 

「死因、刃物などの鋭利な物質での致命傷からの出血多量、死亡場所、日本の首都である東京都渋谷の路地裏...って全員が!?」

 

「えぇ、どう思います?」

 

「同一犯人による殺害として見るのが妥当だろうな、でもわざわざ俺たちが介入するようなことでもないんじゃないか?」

 

「いいえ」

 

そんなヤマシロの疑問を枡崎は瞬時に否定する

 

「傷口をよく見てください」

 

ヤマシロは枡崎によって指示された画像の中の被害者の首元をよく目を凝らしながら観察する

 

「これは...」

 

「えぇ、これはあちらの法則を完全に無視した殺害方法となっています」

 

枡崎は続ける

ヤマシロは訳がわからなくなった

 

「傷口の部分だけ血液の反応が全く見られないのです」

 

そう、辺りは水溜りのように血が溜まっているのに、体には確かに血が流れた跡が残っているのに、被害者の傷口だけ綺麗に血がない

もはや拭き取ったとかそんなレベルではなく全くないのだ

枡崎はここで一つの可能性をヤマシロに提示する

 

「これは死神が関与している可能性があります」

 

 

 




キャラクター紹介

盃 天狼(さかずきてんろう)
種族:酒呑童子
年齢:352歳(人間でいう35歳)
趣味:居酒屋巡り
イメージボイス:白熊寛嗣
詳細:常にアルコールを求めて彷徨う酒呑童子
ちなみにノンアルコール飲料や炭酸飲料などは決して飲まない
本人いわく、力が抜けるらしいが詳しいことは不明
最近は日本酒だけではなくワインにも手を出している


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Thirtiefourth Judge

季節の変わり目の恐ろしさを感じる今日この頃...


 

「死...神...」

 

先程天狼から聞いたばかりの単語をこんなにも早くもう一度耳にするなどヤマシロは夢にも思わなかった

 

「えぇ、これが公式ならば閻魔様をお呼びする必要はないのですが、何分履歴がないもので...」

 

「公式?公式ってどういうことだよ?」

 

「ですから、天地の裁判所から公式的かつ表向きには黙認の形で暗殺を死神に依頼することですよ、ご存知でしょ?」

 

枡崎はややうんざりした調子で説明をする

しかし、ヤマシロにとってはそのようなことが今まで行われていたなど知りもしなかった

ヤマシロのそんな反応に驚いたのは枡崎であった

 

「まさか、ご存知なかったのですか?」

 

「な、なんだよその反応、知らなかったら問題あるのかよ!?」

 

「...どうやら本当にご存知ないそうですね...」

 

枡崎は呆れた様子でため息を一つ吐く

 

「では、まず死神という存在そのものはご存知ですか?」

 

「聞いたことはあるが、実在することは知らない」

 

「...先代から本当に何も聞いていないのですか?」

 

「聞いてない、何だよ親父が俺に何か隠してんのかよ!?」

 

「となると、少しマズイですね...」

 

枡崎は今までとは違う驚いた様子でなお落ち着いた雰囲気で腕を組む

天狼にも似たようなことを言われたがヤマシロには何が何だかさっぱりわからない

 

だから、彼はその新しい領域に一歩踏み込む

 

「教えろよ、その死神って奴のこと」

 

半ば脅迫のようなドスの効いた声で枡崎に詰め寄る

枡崎もその雰囲気を肌で感じ取ったのか冷や汗を流し始める

 

「.....ではお話いたします」

 

枡崎は諦めた様子で緊張を解き、つらつらと言葉を並べて行く

 

「死神とは、その名の通り現世で生命を奪う存在です」

 

まぁ、そのくらいはわかるであろう

ヤマシロはうまい具合に相槌を打ちながら話を聞く

 

「ですので2代目の世代までは嫌われた存在であり、差別の対象でもあったのです...

ですから、今でも長寿の鬼は死神のことをよく思わない者も多くいます」

 

何でも地獄に堕ちた力の持った魂が地獄の瘴気を必要以上に身体に取り込み過ぎた成れの果ての結果らしい

そこから死神はひっそりと地獄の片隅で何らかの方法で現世に行っては人間の魂を奪いながら欲求を満たしていた

 

「欲求?」

 

「当時の死神には殺人衝動があり、最低一週間に一度命を奪わなければ気が狂ってしまうほどの苦痛に襲われるほど酷いものだったらしいです」

 

今は混血や時代の流れの関係上殺人衝動は当時と比べ効果は薄まったがそれでも稀に似たような症状が発生することもあるらしい

鬼と死神とのハーフの煉獄 京も例外ではない

 

「しかし、彼らに手を差し伸べた男が一人だけいた...」

 

「3代目か...」

 

ヤマシロはポツリと呟く

今までの話の流れと以前3代目の記録を照合した結果である

記録には死神という記載は一切されていなかったが、鬼ではない種族を新たに雇ったという記載はあった

その時は深く考えなかったが、死神のこととは思わなかった

 

枡崎は続ける

 

3代目が死神に手を差し伸べたのはいいが周りが賛同しなかった

元々3代目はかなりハチャメチャやっていたらしく、信用そのものが薄かったらしい

 

3代目と当時の死神の長は長きに渡る対談の結果、表向きでは仕事を行わず、一部の者にのみ情報を公開し裏のみで仕事を行うことを...

 

「これが天地の裁判所の暗部である死神部隊の誕生です」

 

「.....親父め」

 

なぜこんなことを180年も黙っていたであろう、父であり先代であるゴクヤマに殺意を覚える

気がつけば目が笑ってない笑顔と共にドス黒い何かを放出していた

 

枡崎の話によると、本来閻魔大王の職を譲る際に話されるらしいがヤマシロにとっては身に覚えのないことであった

ここでヤマシロは枡崎に質問する

 

「でも、それじゃいつから殺しの仕事は始まったんだ、俺たちの仕事をわざわざ増やすようなマネは流石に3代目もしないと思うぞ」

 

「殺しの仕事は表向きの表現です、その実態は死神の殺人衝動を抑えるのが始まりでしたんで」

 

そう、いくら死神達が天地の裁判所で働くことになったとはいえ殺人衝動が収まったわけではない

少しずつ発散する必要があった、そこで3代目は一部の魂が輪廻転生の輪から外れた人間の存在を知った

その人間を対象に3代目は死神に依頼した

 

そいつらをこっちに連れて来い、と

 

3代目の努力の末か、死神達の殺人衝動は徐々に収まりつつあったが、幹部クラスの鬼たちも死神に殺しを依頼するようになった

 

「そこから死神という存在は殺しでしか生きていくことが出来なくなったのです...」

 

「....」

 

ヤマシロは言葉が見つからなかった

今までそのことを教えてくれなかったゴクヤマには心底腹が立ったが、それ以上にそのことを今まで知らなかった自分自身に一番腹が立った

 

「閻魔様、」

 

枡崎は再び先程の資料を広げる

今の話を踏まえて資料を見ると、さっきまでとは全く違う世界が見えてきた

 

「このことを解決できるのはあなただけです、我々も最低限のサポートは全力でいたします」

 

だから、と枡崎は笑顔で続ける

 

「彼らを救ってあげてください」

 

それは死神に対しての言葉か、今も死神に殺されるかもしれない生命に向けられた言葉かはわからない

しかし、ヤマシロは新たな決意を胸に刻み資料に目を通す

 

ここからが正念場だ、ヤマシロは心の中で小さく呟いた

 




体調が安定し次第次話を投稿いたしますのでよろしくお願いします


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Thirtiefifth Judge

お陰様で体調は回復しました



物陰喫茶「MEIDO」にて...

 

「ドラゴンソーダ一つ!」

 

「....もっとマトモな品はなゐのか?」

 

月見里 査逆と煉獄 京は図書館の整理を一通り終わらせ気分転換がてらに査逆が煉獄を連れていつしかのゲテモノ喫茶店に足を運んでいた

...まぁ、半分以上作業は煉獄一人で行っていたのだが

 

「じゃあ、マンゴースカッシュを...」

 

「あ、この人は実験新作のベーコンパフェもお願いします!」

 

「おゐ!!」

 

「お待たせいたしました、ドラゴンソーダ一つとマンゴースカッシュ一つとベーコンパフェ一つになりま〜す」

 

「早すぎだろ!注文してからまだ一分も経ってなゐぞ!?」

 

そんな煉獄の叫びを聞く耳も持たずに査逆はドラゴンソーダをストロー越しに飲み初め、店員はそそくさと何処かへ行ってしまった

しかも煉獄の前には丁寧にマンゴースカッシュとベーコンパフェが並べられていた

 

「ったく、何で頼んでもなゐやつを持ってくるかな...」

 

「ウチが頼んだから」

 

「俺の意思は全部無視かよ!?」

 

もうここが公共の場であることもお構いなしに煉獄は叫ぶ

査逆は査逆で煉獄のことを華麗にスルーしドラゴンソーダを飲むことに集中している

とりあえず、言いたい文句は今は置いておき煉獄は唯一自分の意思で注文したマンゴースカッシュを飲み始める

 

どうせ今回は目の前の上司の奢りということになっているため渋々付いてきただけである

本音を言えば煉獄は亜逗子と一緒に来たかったが彼女は今麒麟亭の宴会に参加中であるため

 

「はぁ〜何が悲しくてあんたと喫茶店に来ることになっちまったんだろうな...」

 

「煉獄君、煉獄君、本音が口に出てるけど?」

 

既にドラゴンソーダを飲み干した査逆が珍しく突っ込みに回る

煉獄はマンゴースカッシュを飲みながらの明後日の方向に視線を向けている

そんな煉獄の態度が気に入らなかったのか査逆は頬をプクッと膨らませ、ベーコンパフェを奪い取りやけ食いを始める

...まぁ、元々から煉獄が食べるつもりはなかったが

 

「ん?」

 

そこで煉獄は店員が複数集まり騒いでいるところに目をやる

何やらトラブルが発生しているようだ

煉獄は伝票を持って立ち上がり、その場所へ向かう

 

「どうしますか?」

 

「仕方あるまい、今あるもので急遽新メニューを開発するぞ!」

 

何やら予想以上のトラブルのようだ

煉獄は見かけと今までの行動と反して何かとこういうことは放っておけない性格である

だからこそ、部下の少ない、かつて敵として立ち塞がった査逆の下で働いている

...本人の前では口が裂けても言えないが

 

「どうかしたんですかゐ?」

 

「あぁ、お客さん精算ですね少々お待ちください」

 

「....ゑ?」

 

一瞬店員の言っている意味がわからなかったが、すぐさま自分の右手に持っているものに気がつかされる

 

「...........」

 

つい、いつもの癖で席を立つ時に伝票を握ってしまったらしい

ここまで来て引き下がれる筈もなく本来ならば査逆の奢りであった筈の代金を煉獄が支払うことになった

新作メニューのベーコンパフェは破格の2500円であったことに痛手を感じながら財布から代金を取り出す

 

会計をしながら煉獄は奥の厨房に耳を傾ける

表では話せないことも店裏の厨房ならば堂々と話しても客に聞かれる心配はないと思ったのか、内容も店の信用に関わるような内容であった

 

「食材を調達できないとはどういうことだ!?」

 

「すみません、どうも業者の方が協力を拒んでいる様子で...」

 

「クソ、だから俺はあんな連中に頼るのは嫌だったんだ!」

 

会計が終わってしまい、査逆も連れていかないといけなかったため会話はこれ以上聞くことはできなかったが何やら面倒なことが行われている様子であった

 

あまり関係なかったと煉獄は自己完結させて、査逆と共にペンガラディラン図書館へと残った作業を片付けに向かった

 

 

 

「死神伝記?」

 

「はい、それはペンガラディラン図書館にある死神に関して書かれた書物です」

 

「...最初からそれを勧めといてくれたらあんな長ったらしい説明せずに済んだんじゃ...」

 

「......では、資料の画像を見てください」

 

図星だな、とヤマシロはジト目で枡崎を見る

その視線を無視して枡崎は話を勝手に進める

 

「まず先程も言いましたが公式的に天地の裁判所から依頼した場合には履歴が残るものなんです」

 

そのシステムが導入されたのは先代の時代かららしい

更にその履歴は削除することは可能だが一億八千桁のパスワードを解除し指紋検証を行った後、声紋認証、更には所持物から性格までも認証され全てを終えやっと可能になるらしい

 

「.....何なんだその絶対に解けないようなセキュリティシステムは」

 

「それほどまで厳重にしないと悪用されたらたまったもんじゃないですからね」

 

確かに都合の悪い履歴を簡単に削除してしまえば全世界の魂がここまでやって来ることになり、依頼主がわからないまま事件は闇の中に消える結果となってしまう

閲覧だけならばセキュリティに引っかかることはないらしい

 

「ですので今回の殺しは公式ではなく非公式ということになります」

 

ヤマシロは全てに合点がいったが一つだけわからないことがあった

 

「なんで親父は俺にこんな大事なことを話さなかったんだ?」

 

「単純に忘れてたか、面倒だったのでは?」

 

「...大いにあり得る話過ぎて逆に笑えないんだが...」

 

もはや、ヤマシロの中でゴクヤマの評価は地獄よりも底に落ちてしまったと言っても過言ではないだろう

 

そしてヤマシロはもう一つの謎を考えた

天地の裁判所以外から死神に依頼した人物の存在を...

 

「閻魔様!!」

 

そこまで考えたところで一人の鬼が第二資料室の扉を勢い良く開け放ち大声で叫んだ

急ぎの案件なのか、鬼の顔から汗が流れていることがそのことを物語っている

 

「どうした?」

 

「三途の川が、三途の川が凍結しております!」

 

「はぁ!?」

 

新たな衝撃がヤマシロを襲った

そもそも三途の川というのは凍りつくものではない

一応水分は含まれているが自然に起こった訳ではなさそうだった

 

「ど、どうなさいますか?」

 

しばしの呆然の後、言葉の意味を理解したヤマシロは、

 

「すぐに向かう!」

 

三途の川へと急ぎ向かった

 

 

 

 




キャラクター紹介

冨嶽 厳暫(ふがくげんざん)
種族:鬼
年齢:1420歳(人間でいう142歳)
趣味:盆栽
イメージボイス:辻親八
詳細:鬼の中でもかなりの年長者
閻魔の寿命は800年だが鬼の寿命は計り知れない
全盛期は今の倍以上の実力があり、拳一つで山を消し飛ばした伝説がある
かつての力は失ったがそれでもヤマシロを圧倒できるほどの実力者
今は静かな隠居生活に若干苛立ちを覚えている


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Thirtiesixth Judge

前書きの内容がマンネリ化してきた今日この頃...


 

寒い...

三途の川に到着した時に感じた率直な感想だった

現世と彼岸の境の川は氷に覆われており、氷を歩けば向こう岸に行けてしまいそうだった

川を中心に放たれている冷気が空気中を駆け巡り辺りの草や餓鬼までも凍てついてしまう始末である

 

その光景を見たヤマシロは...

 

「クソ、上着着てくれば良かった」

 

...滅多に感じられない寒さを体感していてそれどころではなかった

極寒地獄に比べればまだまだマシだが、生憎ヤマシロが訪れる機会はほとんどないため寒さの耐性はない

 

「マイナス三度と言ったところでしょう、これはもう間違いなく自然の現象ではありませんね」

 

「.....なんで麻稚がここにいるんだよ」

 

寒さに震えるヤマシロの隣にどこから調達したかはわからないが暖かそうなコートとマフラーを着込み、防寒対策バッチリの青鬼、蒼 麻稚が立っていた

鬼という種族はあらゆる環境に対応できるという生まれ持った体質もあるが、やはり慣れるまで時間が掛かるらしい

彼女は先程まで麒麟亭の宴会に参加していたが、彼女の管轄である三途の川に異常が起こったことを枡崎から脳話で聞いたため宴会を抜け出してきたらしい

まだ酒が効いているのか、それとも寒さのせいかほんのりと彼女の頬が赤く染まっている

 

「いつもみたいに防寒具を取り出せばいいじゃないですか」

 

「残念だがあれは片手サイズの単品限定でしかできないんでね」

 

麻稚の提案には無理があったため即座に却下する

そもそもどのような原理でああいう風になっているかは彼女も知らない

...というよりも天地の裁判所で働く鬼たち全員知らないかもしれない

それよりも逆に知っている人を知りたい

 

「チクショウ、マジで何か着てこれば良かったぜ」

 

「冷気は川を中心に発生しているようなので川に近づけば近づくほど寒さは増すと思います」

 

「....その助言はありがたいが今は聞きたくなかったな」

 

溜息をつくと白い息がぼーっと出る

ヤマシロと麻稚は冷気の影響で凍ってしまった地面と格闘しながら、ゆっくりと川へ近づいて行く

 

ついに寒さを耐え切ることに限界を迎えたヤマシロは無理を承知で、

 

「なぁ麻稚、マフラー貸してくれ」

 

「ヤですよ、変態」

 

「ですよね〜」

 

何をどう思って変態と言ったかはわからないが、ヤマシロは寒さと戦い続けることになった

....まぁ、無理前提のお願いだったのでこのことは予想してはいたけどね

 

 

 

「おかしゐな、確かこの辺りだった気がするんだけどな...」

 

所変わって、ベンガディラン図書館では先程から全く同じ、いや煉獄はある一冊の本を探していた

 

死神伝記...

 

物陰喫茶に行く前に偶然見つけた本であり、彼の興味を引いた少し分厚い書物でもある

彼の父親が死神であり煉獄の幼い頃に他界してしまった種族...

...まぁ、死神なのに死んでしまったという謎の展開は今は置いといてほしい

父の生きている間に死神の暗殺術の基本技術である潜影術だけを教わったが、もしかしたら他にも習得できるものがあるかもしれない

煉獄は死神の血を2割程度しか引いておらず習得できる技術にも限りがあると言っていたが、教わることもできず、習得する術を知らないため、もしかしたら他にも出来たものがあるかもしれない

父がまだ生きていれば、まだ自分に何かを教えてくれたかもしれない

 

そんな僅かな希望を抱きながら煉獄は図書館の整理も同時進行させながら、死神伝記という一冊の本を探した

 

 

 

更に所変わって麒麟亭屋根上...

 

「....なんか寒くなってきたな」

 

盃 天狼は酒を飲みながら上空を見上げる

もうひょうたん何個目かわからないほど酒を飲んだ彼に酔っている様子は見られない、というよりもまだまだいけそうな勢いだった

 

ヤマシロが天地の裁判所へ向かってから彼は動くことなくその場で酒をひたすら飲み続けていた

そして空の様子を見ていると、いつもは禍々しい赤と黒で構成されている地獄の空だが、ついさっきから色が青みを帯びてきている

雷の降る回数も減り、風が強くなってきており、竜巻の発生するほどの異常気象に変貌しきっている

 

「こういうこと、前にもあったようでなかったような...」

 

天狼は顎に手を当てて、酔った思考を働かせるが気分とアルコールの問題で上手く思い出せずにいる

というよりも、こんなことをできる人物を一人知っているような...

 

「てーんろーさーん」

 

「ん?」

 

気怠そうでどこか甘ったるい声のする方向を振り返って見ると、酔ってべろんべろんになった紅 亜逗子が天狼の背後に立っていた

 

「お前、ちと飲み過ぎじゃないか?」

 

「あんただけにゃ、いわれたかねーよ!」

 

「俺は酒呑童子だからいいの!」

 

亜逗子の正論を一言で論破する

やがて彼女は天狼の隣まで歩み寄り、どっしりと腰を下ろす

 

「にしても、なんか寒くない?」

 

「風が出てきてるからな、風邪引くなよ...ヒック!」

 

「うるへー、閻魔様も麻稚もどっかいっちまって暇なんらよ!」

 

「.....だからこっちに来たのか」

 

亜逗子は更に酒を飲み、天狼はその姿にため息を吐く

煉獄も苦労したんだろな、と思ったのは内緒である

 

しかし、この地獄の温度はやはり異常であった

彼がそのことを考えてると亜逗子がポロリと愚痴を零す

 

「全く、三途の川が凍りついた程度で麻稚も慌てふためきやがってよ、ホント、あたいは暇で仕方ねーんだよ!だから天狼今日はとことん付き合えよー!」

 

「お前、もう帰れ!」

 

ややエロい体制でもたれかかって来る亜逗子に怒鳴る

もうこいつどうしようもねぇな、とため息を吐きヤマシロに合掌する

 

一つの火山が噴火し、その付近だけがいつもの地獄の空の色を一瞬だけ取り戻した

 

 




感想、指摘、批評お待ちしております


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Thirtiseventh Judge

今回は少々短めです


いつの日か、幼かった閻魔と死神が出会った日があった...

一度や二度といわずに親友と会う感覚で何度も会った

 

二人は互いに競い、笑い、楽しみ、喜び、悲しみ、泣きあった

やがて二人は将来を期待されるほどの人材に育ち、元気に逞しく育っていった

 

やがて、二人は成長し出会うことが少なくなった

 

 

 

「この辺りか...」

 

見る形もなく無情に姿を変えてしまった三途の川では先程からヤマシロと麻稚に向かって、明らかに自然のモノではない冷気の攻撃が襲っている

 

「鬱陶しいですね、全く」

 

麻稚は文句を言いながら、さっきまで袋で包み背負っていた愛用のスナイパーライフルで冷気の攻撃を撃ち落としたり、叩き落としたりしている

ヤマシロもヤマシロで寒さと格闘しながらも鬼丸国綱で応戦する

 

一撃の攻撃力はさほど高くないが、四方八方休む暇なく攻撃は飛んでくるうえに、寒さのせいでヤマシロのスタミナは徐々に奪われていく

麻稚は時間が経ち環境に慣れたのか、白い息も吐かなくなってきている

 

「畜生、うざったいな」

 

「落ち着いてください、焦っては見えるものも見えなくなってしまいます!」

 

麻稚の格言を無駄にはせまいとヤマシロは気持ちを落ち着け攻撃に備える

しかし、時間が経つにつれ攻撃が増えるどころか徐々に数が減少していっている気がする

風も落ち着き、今はそこまで寒くはない状態である

 

「この冷気は俺の心...」

 

突如、ヤマシロと麻稚の耳に聞き覚えのあるようなないような声が侵入してくる

その声は寒さに紛れているせいか、僅かにノイズが走っている

 

「そして日の当たらぬ影の差す世界の現れでもある」

 

やがてヤマシロ達の前に黒い塊が現れ、ヒトの形を象っていく

麻稚はこの現象に見覚えがあった

 

「久しいな、ヤマシロ」

 

塊は闇よりも深い美しい黒の髪と姿を隠すかのような影を象徴するかのような真っ黒なマント...

極めつけには悪趣味なデザインが施された大鎌、今にも魂が宿り動き出しそうな雰囲気が放たれている

 

そんな男の登場にヤマシロはやっとのことで口を動かす

 

「ゼ、ゼスト?」

 

「互いに成長したな」

 

ゼストと呼ばれた男は僅かに頬を緩ませる

そして、冷酷で残酷な視線をヤマシロに向ける

 

「今まで黙っていたが、俺は死神だ」

 

ヤマシロにとっては衝撃のカミングアウトだった

 

ヤマシロとゼストは天地の裁判所では数少ない同期であった

ひょんなことから二人は出会うことになり、力を高め合い、互いの目標に一直線に走って行った

その頃から閻魔大王に憧れを抱いていたヤマシロに反し、ゼストは自分のことを話すような男ではなかった

 

なにせ、魂を刈り取り、欲求を満たすだけの己の運命にゼストは耐えきれなかった時期があった

死神としては、暗殺術の扱いに関しては他の死神の群を抜いていた彼だが、自身の家系と仕事を誇るようなことは一度もなかったという

 

「俺は報酬さえあれば請け負った仕事は完遂する、それが死神であり俺でもある」

 

それがどうだろう、そんな彼はこの長年の間に変わってしまった

 

残忍で冷酷な死神の本質が現れ始めていた

 

「今回俺が請け負った仕事はただ一つ、」

 

ゼストが右手をかざすと、正面から幾つもの冷気がヤマシロを襲った

先ほどの攻撃とは比べものにならないほどの殺生力を持った凍てついた刃で

 

「お前を天地の裁判所に戻さないことだ...」

 

 

 

数日前...

 

まだ空の色が赤黒く、雷も降り注いでいた地獄の片隅にて...

 

「...まさかあんたから依頼が来るとはな」

 

「フン、確かに不本意ではあるが今の天地の裁判所を変えることができるならばこのくらい苦でもないな」

 

その屋敷の一室では二人の男による会話が繰り広げられていた

出されたお茶は湯気を立て、互いに動く気配も見せない

どちらかの一言が原因で戦闘が始まってしまうほど緊迫した状況の部屋で湯気はユラユラ揺れている

 

「五十万出す、仕事をいくつか頼みたい」

 

依頼主がゼストに向け、仕事成功の報酬と内容が記された一つの巻物を手渡す

ゼストは簡単に読むと巻物を閉じ、足元に置いてからまだ冷めていないお茶を一杯丁寧に飲み、

 

「引き受けた、詳しい内容を頼むよ隗潼さん」

 

ここからが蒼 麻稚の父親、蒼 隗潼の計画は始まり大騒動を巻き起こした大事件はここから始まっていた

 

全ては我らの秩序のために...

 

しかし、この事件も後に発生するとてつもない大事件の一部でしかないことはこの時点ではまだ誰も知らなかった

 

 




キャラクター紹介

百目鬼 雲山(どうめきうんざん)
種族:鬼
年齢:1418歳(人間でいう141歳)
趣味:演歌、デスメタル
イメージボイス:内海賢二
詳細:冨嶽に次ぐ老鬼、盲目で目でモノを確認することはできないが、脳波を放つことによって形や位置を捉えている
八咫烏など地獄の生物を多く手懐けており、地獄に堕ちた魂達からは「地獄の猛獣使い」という名前で呼ばれていた


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Thirtieigth Judge

連続投稿です


 

氷の刃がヤマシロに迫る

先程の凍結することを目的とした冷気をメインとした攻撃とは違い、殺生性があり斬り殺すための一撃...

もちろん、強度や硬度も先程と比べればどちらが上かなどは明確であろう

 

だからこそ、その攻撃はヤマシロに当たることはなくパラパラと砕ける

 

「サンキュー、麻稚...」

 

「いえいえ、お安い御用です」

 

ヤマシロと同行していた蒼 麻稚の見事な狙撃によって氷の刃は粉々に粉砕される

密度が増えれば増えるほど物体に触れやすくなり、砕きやすくもなる

先程の凍てつくことを目的とした攻撃と比べ攻撃に特化しているが、所詮は氷なのだから砕くのに何の抵抗も苦労も必要としないのだ

 

「中々いい部下だ...」

 

「ゼスト、お前がなんで属性変換ができるんだ?」

 

「..............」

 

ゼストはヤマシロの問いかけには応える様子はなかった

 

そもそも属性変換とは、閻魔という種族に与えられた特権能力の一つである

自らの脳波や気を自然現象によって発生する気体や物質に変換する技術であり一人一属性が原則となっている

 

ヤマシロなら炎、ゴクヤマならば雷と言ったように自然の力を掌握することができる

しかし、ゼストは死神でありながら凍の属性変換を行っている

閻魔とのハーフという考えもあるがそれは即座に否定される

なぜなら、閻魔と子供を作るときは必ずと言ってもいいほど産まれてくる子供の種族は閻魔なのだ

死神とだろうが、鬼だろうが、人の魂であろうが、神であろうが、閻魔と交配した時に産まれる子は閻魔となっている

これは閻魔の遺伝子情報が強力で、他の種族の遺伝子情報は強制的に書き換えられてしまうからである

それほど閻魔という種族は数が少なく、どれだけ偉大かを示している

 

そのため、死神であるゼストが凍の属性を司り自在に操るということがもう現実としては受け止め難い事実なのだ

いくら常識から逸れることが多いと言っても限度というものは存在するからである

 

「世界が俺に与えた能力とだけ言っておこう、詳しくは俺も知らないからな」

 

ゼストはまた頬を緩ませる

その表情が現状で言えばかなり不自然で逆に恐怖を与えるほどである

 

「..麻稚、お前は一旦裁判所に戻れ」

 

ヤマシロは一瞬ゼストから目をそらして麻稚に小声で話しかける

 

「...閻魔様は?」

 

「アイツとケジメをつける」

 

ヤマシロの意図を素早く読み取った麻稚は反論することなく、あくまでもスムーズに会話を進める

...亜逗子では到底不可能な芸当だと二人の思考が一瞬シンクロしたのもまた事実である

 

ヤマシロは鬼丸国綱から閻魔帳に持ち替えて、

 

「地獄の業火よ、かの者を焼き尽くせ!」

 

継承すると同時に、ゼストの足元から巨大な炎の火柱がゼストを包む

 

「今の内だ、行け麻稚!」

 

「はい、どうか無茶だけはしないでください!」

 

あぁ、とヤマシロは麻稚の背中を見ながら頷く

火柱の影響で周囲の冷気も力を失っていき、凍結した場所も徐々に溶け始める

ヤマシロは宙に浮く技術の応用で閻魔帳を近くで浮遊状態に保っておき、右手に鬼丸国綱を握りしめる

 

時間が経つごとに火柱は勢いを失っていき、最終的には冷気の方が温度的なプラスマイナスの関係が発生したのか、炎が凍てつく

 

「やはり十分ではないらしいな」

 

「ゼスト、お前ホント変わっちまったよな」

 

ヤマシロは悲観するような眼差しでゼストを睨む

それに対し、ゼストは無機質で冷酷な眼差しをこちらに向けてくる

 

「年月とは人を変えるものだよ...」

 

ゼストは呆れた調子でため息を吐き、大鎌を構え直し、

 

「俺は俺の目的に生きる!」

 

ヤマシロとの距離を一気に詰める

 

「...ッ!!?」

 

ヤマシロはゼストによって振りかざされた大鎌を鬼丸国綱で防ぎ、閻魔帳を経由して炎を纏い弾く

炎を纏わせた鬼丸国綱で反撃に出るが、上手く体を動かせないことに気がつく

足元を見ると、ヤマシロの影に別の影が重なっているように見えた

 

これは死神の影の暗殺術の一つである、重影術...

本来影とは重なっているように見えるときは互いに上手くバランスを取りながら交互に重なっている

そのため自由に動くことも可能なのだが、この重影術は影の上に影を重ねることで本来調和している影のバランスを崩して、動きを鈍らせる働きを与える

例えるならば、重い荷物を背負いながらマラソンをするようなものである

 

仕掛けたゼストは潜影術でヤマシロとの距離を詰め、影から大鎌の刃の部分だけを出しながら移動する

近づいたところで一気に影から這い上がり、ヤマシロの背後から大鎌を振りかざす

 

ゼストは数センチも狂うことなくヤマシロの首を狙う

 

その嫌という程の殺気を感じ取ったヤマシロは瞬時に炎を自分の周りに展開し、ゼストの視界を奪う

 

「くっ!?」

 

「紅蓮の槍よ、悪しき魂に清浄の一撃を!」

 

ヤマシロが継承を終えると、炎が鬼丸国綱に収束し赤い炎が青い炎に姿を変える

酸素の量と空気の量が一定量に調整され安定した高熱の炎を纏わせた鬼丸国綱でゼストの体を狙う

 

瞬間、辺りの氷はほとんどが溶け三途の川がいつもの風景を取り戻した

一部焼け野原となったのはスルーしていただきたい

 

しかし、

 

「...何のマネだ?」

 

ゼストにその一撃が当たることはなく、ギリギリの部分で逸れていた

ヤマシロの瞳からは光に反射した綺麗な雫が頬を流れた

 




グダグダになっている部分もありますがこれからもよろしくお願いします!


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Thirtieninth Judge

リアルの都合上、次の更新は十月下旬か十一月に入ってからになります


「ヤマ...シロ...」

 

「.........」

 

ヤマシロの一撃がゼストを捉えたかのように思われたが間一髪のところでゼストが躱した、いやヤマシロがわざと外したのだ

更にヤマシロはその両の瞳から涙を流している

 

「なぜ、泣くのだ?」

 

「だ、れだ?」

 

やっとのことで絞り出したヤマシロの最初の台詞だった

ゼストの疑問に応える様子もなく、静かに閻魔帳と鬼丸国綱を何処かに仕舞い込み、

 

ドゴッ!という音が三途の川に響き渡った

 

ヤマシロがゼストを殴ったのだ

 

「がはっ!?」

 

「誰なんだ、お前は!!」

 

ヤマシロは涙を流しながら額にビキビキビキィと血管が走り、憤怒の表情でゼストを見下す

ゼストは素早く起き上がり、警戒体制を瞬時に取る

 

「何を言って....!?」

 

再び、ゴッ!と鈍い音が響き渡る

ヤマシロの追撃が止まることはなく蹴り、肘打ちが次々と放たれ止まることを知らない

 

「調子に乗るなァァァァァァァァ!!」

 

痺れを切らしたゼストが反撃に出る

ゼストは格闘術ではなく、氷の刃でヤマシロに狙いを定め放つ

 

ヤマシロは素早く閻魔帳を取り出し、炎の壁を作り出し攻撃を防ぐ

ヤマシロも炎の壁を操作し、巨大な渦に姿を変えゼストに放つ

しかし、炎の渦に手応えはなくゼストの気配も感じられない

ヤマシロが警戒していると、地面を這う黒い塊がこちらに向かってくるのが見えた

ヤマシロは瞬時に炎をそこに放つ

 

「畜生、厄介だな...」

 

「俺はゼストだ」

 

背後からゼストの声が響き渡り殺気がヤマシロに向かい飛んでくる

その殺気を頼りにヤマシロはゼストの攻撃を防ぐ

 

「その事実は俺が輪廻転生の輪に乗り存在がなくなることがない限り変わることはない」

 

「.....もう一度言う、お前はゼストという存在に依存している魂だ、閻魔大王を本気で騙せると思ったか?」

 

「..........」

 

今度はゼストが黙り込む

ヤマシロの言葉が真実であったかのように僅かに動揺の色が見える

 

「俺の知っているゼストはそんなにクールな奴じゃなかった、どちらかというとやんちゃで俺と問題ばかり起こしている問題児だった...」

 

「...!!」

 

その言葉にゼストは大きく目を見開く

しかし、ヤマシロの言葉はまだ続く

 

「俺が涙を流した理由はお前がゼストじゃないから流れたんだ、本来のゼストなら拒絶反応が起きなかっただろうからな」

 

「拒、絶反応...だと...!?」

 

「兄弟の盃を交わし合った者同志がそんなことも知らないのかよ?」

 

「....くっ!?」

 

ヤマシロはジワジワとゼストの姿をした何かを追い詰める

ヤマシロとゼストが昔、兄弟の盃を交わしたのは事実だが拒絶反応に至っては真っ赤な嘘である

実際ヤマシロも何故涙を流したかはわからない

しかし、こんな簡単な嘘を見極めることができず動揺してしまうということはゼストとゼストの姿をした何かの記憶は共有されていないことがわかる

つまり、一方的にゼストの精神と身体を操っている、簡単に言えばゼストに何かが寄生している状態になっている

 

そして、ヤマシロはその一瞬の隙を逃さない

 

「ゼストを返せ、この偽物野郎!!」

 

ヤマシロの右腕が白く輝き始める

いや、正確には右腕に装着された金色の腕輪が輝き始めていた

 

「それは...まさか...!?」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ヤマシロの右ストレートが炸裂し、白い輝きがゼストの身体を貫く

その輝きと共にゼストの身体から黒い人魂の様なものが飛び出す

 

「グォォォォォォォ!!?」

 

「ゼスト!?」

 

ゼストは身体から力を失うと、重力に従いそのまま前に倒れる

それをヤマシロが支える

 

「よし、生きてはいるな...」

 

ゼストの安否を確認したところでどこからか声が掛かる

 

「貴様、それを一体どこで習得した!?」

 

先程までゼストの身体に寄生していた何かの声だった

今まで以上に焦り、声を荒げる

ヤマシロはニヤリと笑い、

 

「キリストのオッサンから、初代の力を封印した腕輪を預かっただけさ」

 

 

 

数週間前、神の国にて...

 

「..........おい、なんだここは」

 

キリストに案内された場所に辿り着き、ヤマシロは敬語を忘れ青筋を浮かべながら尋ねる

 

「私の家だが?」

 

「テントじゃん!!」

 

「何、最近アウトドアというモノにはまっていてな、BBQなんかも実に楽しい」

 

「俺の行く先々で次々と常識が崩れていく!?」

 

人一人入るのがやっとの赤いテントの前でヤマシロは頭を抱え込む

確かに神の国は自然が多く、というか自然と神の居住地くらいしかないため、キャンプのようなアウトドアするにはもってこいの場所だが、忘れてはいけないのはここが神の国でそれを行っているのがイエス・キリストという世界的に有名な人物がそれをしているというところである

 

特にヤマシロはここ最近、髪を金髪に染めた戦国武将とか何故か天国にいるややイケメンな大泥棒などと常識という常識が崩れてしまっているため新たな常識を作る必要がありそうだ

.....いや、既に手遅れかもしれない

 

「ここで天照と待ち合わせなのだが.....」

 

キリストがポツリと呟く

天照大御神といえば現世の日の丸の国を代表する神の一人と聞いている

太陽の神とも言われかなり有名な神らしい

そんな人物とキリストが知り合いなのも、何か縁があったのだろうとヤマシロは瞬時に片付けてしまう

 

しばらくして、木陰から物音がした

そこには美しい黒髪の女性が立っていた

白い着物に冠を表すような帽子、目を奪われてしまうほどの美貌にヤマシロは言葉を失ってしまう

まさに大和撫子という言葉がピッタリ当てはまる女性だった

 

「おぉ、天照」

 

どうやら彼女が天照大御神らしい

キリストの呼びかけに天照大御神はこちらに歩み寄ってくる

 

すると視界から彼女の姿が突如として消えた

 

「................え?」

 

ヤマシロは理解が追いつかなかった

きゃっ、という可愛らしい声の意味が全くわからなかった

キリストはもう見慣れた、といった顔でため息を吐く

 

「.............」

 

「.............」

 

「.............えへ☆」

 

ここまで引っ張ればもうお分かりであろう

神の国であった大和撫子、天照大御神は盛大にズッコケたのだ

こうしてヤマシロと天照大御神は少し奇妙な出会いを果たした

その後、話は初代の話になりキリストから初代の力を宿した腕輪を受け取ったのだ

二人とも初代とは知り合いだったらしく相当の使い手であったと語っていた

そして.....

 

「ヤマシロ...」

 

「ん?」

 

天照大御神が何やらモジモジしながらヤマシロに声を掛ける

 

「ま、またお酒を飲みましょふ!」

 

....最後の最後で盛大に噛んだ天照大御神が印象的だったことを伝えておこう

 

 

 

長い長い(?)回想を頭の中で繰り広げた(一部省略)ヤマシロはようやく現実に戻ってくると辺りに黒い霧のようなモノが立ちこもっていた

 

「やはりこのような若僧が儂を所持するにはいささか無理があったか...」

 

「お前は一体何なんだ、一体どこから話掛けているんだ?」

 

ヤマシロは少々ドスの効いた声を放つ

霧は辺りを包み、声だけが不気味に響き渡る

 

「ククク、可笑しなことを言う奴だ、儂はお前の目の前にいるというのに...」

 

「目の....前....?」

 

ヤマシロは声に従い前を見るがそこにはゼストが使っていた大鎌しか転がっていない...

まさか、いくらヤマシロの常識が崩れかけているとはいえ鎌が話しているなど誰も思わないであろう

ヤマシロもその一人なのだから

 

しかし、その常識は崩壊する

 

「あの青鬼め、儂の封印を解いたと思ったらこんな若僧になぞ授けおって...」

 

鎌が一人でに話し出したと思ったらカタカタと音を立て、何かが解き放たれるように鎌がヒトの形を帯びていく

 

「今代の閻魔大王よ、儂を怒らせた罪は重いぞ!!」

 

鎌は勢い良く怒号を上げる

その叫びは鼓膜を破り、辺りの氷を次々と破壊していく

鎌は身体中から瘴気を放出する

 

「今回こそ、憎き閻魔大王の血筋を断ち一族の永遠の幸せを手に入れてやる!!」

 

 

 

「全く、目覚めの悪い目覚ましだ...」

 

 




キャラクター紹介

朧岐 御影(おぼろぎみかげ)
種族:鬼
年齢:525歳(人間でいう52歳)
趣味:戦闘、喧嘩
イメージボイス:中井和哉
詳細:いい歳なのに少し子供っぽいところの抜けない戦闘狂
仲間の鬼たちもドン引きするくらい戦闘が好きで一日百戦しないと満たされないほど
百鬼夜行戦の後は行方不明になっているが、今日もきっとどこかで戦っているだろう


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Fortieth Judge

お待たせいたしました
とりあえず落ち着いたのでこれからも週一を目標に投稿していきますのでよろしくお願いします!

....待っててくれてる人がいたのかはわかりませんがね




 

死神...

現世の西洋では最高神に仕える農夫という異名もあり、死を迎える予定の人物が魂のみの姿で現世に彷徨い続け悪霊化するのを防ぐ為、冥府へと導いていくという役目を持っているとも言われている

よって一般的に想像される死神の禍々しい姿は死を擬人化したものとして扱われることもある

 

よって死神という存在は人々の想像と死の象徴から成り立っているため一種の信仰により具現化したものという捉え方も可能となる

 

「そして、鎌でありながら地獄の瘴気と膨大な怨念を持っているのが初代死神部隊隊長の骸型の大鎌、ミァスマと呼ばれるものだ...」

 

「.....なぁ、いきなりお前が喋って大丈夫なのか?当事者の俺ですら全く状況が飲み込めないんだが...」

 

「目が覚めた、起き上がった、目の前にミァスマがあった、説明した、これでいいか?」

 

「なんで全部短文なんだよ!?」

 

てな訳で、先程までゼストの身体を宿としていた黒い塊を追い出しヤマシロが新たな敵(鎌だけど...)であるミァスマと一戦やろうとしたトコロでゼストが目を覚まし、ミァスマを目の前にしながらどこか場違いな雰囲気を出していた

ミァスマもミァスマで何か癇に障ったらしく、先程から瘴気に混じり怒りの感情が流れ出てくる

...そもそもゼストが目を覚ましたこと自体驚きなのだが、ここでソレを突っ込んでしまうと永遠にミァスマと正面から向き合えない気がするので適当なトコロで切り上げる

 

「要するにアレは死神の怨念みたいな憎悪の塊が鎌に憑依したようなモノでいいんだよな?」

 

「まぁ、大体そうだが、あえて正確に言わせてもらえば奴はさっき言った初代死神部隊隊長そのものだ」

 

ゼストはミァスマを睨みつけながらヤマシロの問いに応える

 

「まぁ、話すのは面倒だから省略させてもらうけどな」

 

「....そこは話そうぜ」

 

「俺もお前もそれで構わないかもしれないが...」

 

「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

突如、ゼストの声を遮るようにミァスマの咆哮と共に黒い斬撃がヤマシロとゼストを引き裂くかのように二人の間に攻撃が加えられる

 

「...あっちはどうやら待つのが苦手らしいからな、さっさと決着つけちまおうぜ」

 

「それには、激しく同感だッ!!」

 

ヤマシロはゼストの言葉を合図に鬼丸国綱を取り出し、超スピードでミァスマとの距離をゼロにする

そのまま閻魔帳も取り出し、炎を鬼丸国綱に纏わせミァスマに斬りかかる

ミァスマは瞬時にヤマシロの攻撃を察知し受身の体制を取ったかと思えば、背骨にあたる部分を鎌の刃に変化させ、そのまま回転を始め攻撃体制に切り替える

 

「儂がヤマトの一族、閻魔という種族を消さねばならんのだ!!」

 

「俺も閻魔だ、消せるモンなら消してみやがれ!!」

 

ヤマシロはミァスマの攻撃を受け止めながらも後退はせず、むしろ前進して斬撃の中に自ら進んで行く

ミァスマの攻撃は全身を使っているため一見すれば隙のないような状態にも見えるが、逆手に取れば体を使えなくすれば攻撃が出来なくなる

ガキィン、ガキキィン!!という金属と金属の衝突する音が三途の川全体に響き渡る

こんな状況では流石の餓鬼も行動できないらしく、戦いの輪から遠ざかって行く気配も感じられる

 

『まだか、ゼスト!』

 

『もう少し待て、病み上がりの体で力を存分に使うには回復がもう少しだけ時間が必要だ』

 

『...OK』

 

激しい攻防戦の最中にも、ヤマシロにはまだ余裕があるらしく脳話の方にも十分な力を注ぐことが出来た

 

しかし、逆にゼストに頼らざるを得ない状況の今、ヤマシロにあまり余裕がないことも感じることが出来る

先程まで全開の力の状態のゼストとガチンコでやりあっていたのだから

閻魔帳の補助がないと炎も使えず、格闘術と剣術に優れているとは言え、それは井の中の蛙の状態にも等しい

何せ彼は天地の裁判所で最も多忙な職である閻魔大王の役職に就いており、戦闘の訓練を行なう時間が就任前と体を動かす機会が極端に減ってしまったのだから

五年といえば彼らの年齢で考えてみれば一瞬で過ぎ去ってしまうような短い時間だが、ブランクで考えるとかなり長い間に感じてしまう

 

しかし、そのブランクを補い背中を預ける兄弟がヤマシロにはいた

 

攻防戦の最中、ミァスマは突如不自然な状態で動きを止めそのままの体制で停止する

 

「ぬっ、こ、これは...」

 

ヤマシロは鬼丸国綱と閻魔帳を仕舞い、ニヤリと笑みをつくる

そして、彼の背後からミァスマに向かって真っ直ぐに伸びる影を見る

 

「待たせたな、やっとこさ影と冷気使えるまで回復したわ」

 

「これは、縛影術...!」

 

「ご名答だ、ご先祖様」

 

縛影術、死神の影の暗殺術の一種で自身の影を対象の影に触れることで動きを止める術である

ちなみにゼストは影を真っ直ぐに伸ばす際に操影術という影の形を自在に変化させる影の基本技術も併用して使用している

 

「ま、さか、このような使い方があるとはな...」

 

「時代ってのは巡り巡って変わっていくんだよ、この術を考案し創作したあんたへの尊敬と憧れの気持ちは引き継がれていってるけどな」

 

「.....若僧が」

 

『ヤマシロ、そいつから離れとけ』

 

ゼストの脳話にヤマシロは静かに頷き従う

ゼストは操影術で伸ばした影に冷気を集中させる

どうやら冷気を影が伝ってミァスマを凍らせるようだ、例えて言うならば導火線に火をつける冷気バージョンというトコロであろう

 

「じゃあな開祖様、もうあんたの時代はとっくに終わりを告げたんだよ、ゆっくり眠りな」

 

ゼストを中心に冷気が影を伝い、ミァスマの体を徐々に凍てつかせていく

ヤマシロは自らが水を差してはいけないと判断し、静かに決着を見届けることに集中する

ミァスマの体が半分以上氷に包まれ動きを取ることすら難しくなった状態にも関わらず、ミァスマには苦悶の感情を感じることはなかった

 

「ゼスト、お前の名は輪廻転生の輪に乗っても忘れることはないだろう...」

 

ミァスマは最後の言葉を残し完全に凍き、全てが終わった...

 

 

 

 

 

 

誰もがそう思ったその瞬間であった

 

 

ミァスマを中心にゼストの力とは別の力が三途の川下層部分から力が伝ってくる

ミァスマと同じ瘴気に間違いはないがミァスマの瘴気よりもドス黒く、どこか禍々しささえも感じるモノだった

 

「うぐ、ゴォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!?」

 

刹那、瘴気の塊がミァスマを襲い、ゼストの縛影術と冷気をも飲み込みミァスマの体が瘴気に飲まれていく

 

「なっ!?」

 

「これは...!?」

 

ヤマシロとゼストは目の前の現実について行けずに、ただ立ちすくしてしまう

瘴気の影響は三途の川周辺にも発生し、草木は枯れ果て、大地はヒビが入り、辺りの餓鬼達が苦しみ始める

 

「閻魔様!」

 

そんなヤマシロとゼストを現実に引き戻したのは一人の青鬼の少女だった

 

「麻稚!」

 

「閻魔様、ご無事ですか?」

 

麻稚はヤマシロに駆け寄り、怪我の具合を確かめ始める

 

「麻稚、お前天地の裁判所に戻ったんじゃ...」

 

「えぇ、特に問題なかったのですが、こちらからあり得ないほどの瘴気を感じたので部下を連急遽戻ってきました」

 

確かに、麻稚の部下と思われる部下達が瘴気の抑制に力を注いでいた

流石、三途の川を管轄に持ち、力の強い鬼の中でも珍しい頭脳タイプの彼女はあらゆることを想定した上で大きな鞄の中に様々な道具を入れて持ってきていた

 

「麻稚さん、やはりこの瘴気は...!」

 

「えぇ、間違いないでしょう」

 

年配の部下一人が麻稚と深刻な話を始める

ヤマシロも表情を暗くしながらその話に耳を傾ける

 

「先代に報告した方が良いかもしれませんね、閻魔様」

 

「........本当にあいつなんだよな?」

 

「閻魔様、信じたくない気持ちはわかりますが」

 

ヤマシロは更に表情を暗くしながら麻稚に尋ねる

どうやら麻稚としても外れて欲しかったことのようだ

 

「ヤマシロ、お前なんか心当たりあんのか?」

 

ただ一人、ゼストだけが状況を飲み込めずにヤマシロに問いかける

 

「いいんだ、気にすんな」

 

ヤマシロは適当なことをゼストに告げてその場を立ち去り、天地の裁判所の方向に足を進める

 

(ヤマクロ....)

 

誰も彼の後を追いかけることはなく、三途の川では解凍作業が着々と進められた

 

 

 

「ンだよアノヤロー、ちっとくらい教えてくれてもいいだろうがよ」

 

ゼストはヤマシロが飛び去った方向を静かに眺める

 

「...安心しろ、もう敵意はねぇよ」

 

ゼストは頭に何かを突きつけられた感覚を覚えたため両手を静かに挙げながら降参の体制を取る

 

「貴方、一体何者なの?」

 

スナイパーライフルを突きつけた人物、蒼 麻稚は静かにゼストに問いを投げる

彼女が裁判所に戻るまではゼストと戦っていたのを彼女は覚えている

そんな彼がヤマシロと馴れ馴れしく話していることに疑問を抱いていた

 

「俺はゼスト、死神であいつの昔馴染みだ」

 

「貴方が...!そう...」

 

麻稚はそう言いながら静かにスナイパーライフルを下げる

 

「ンな簡単に信用していいのかい?」

 

「なら撃てばいいの?」

 

「冗談、信じてくれてありがとな」

 

なんだかんだで打ち解けた二人だった

どうやら麻稚はゼストのことをヤマシロから多少は耳にした覚えがあったらしい

 

「で、さっきのアレは一体何だったんだよ?」

 

ゼストはヤマシロに向けた質問を別の方法で麻稚に尋ねた

麻稚は少し表情を暗くし、静かに応える

 

「あれは閻魔様の弟、ヤマクロ坊ちゃんの一撃です」

 

 

事件は終わらない...

 

次々と連鎖し続ける事件にヤマシロは立ち向かい、解決への道を歩み始めて行く

 

そして.....

 

「あぁ、退屈だな〜」

 

新たな事件が...ヤマシロの下へと降りかかろうとしていた

まるで、三途の川で起こった事件が序章と言ったばかりに世界は動き始める

 

 




これにて第3章は終了となります!
少し無理矢理感のある終わらせ方ですが気にしないでください!
恒例の間章を投稿してから新章に入っていきたいです

この小説を読んでくださっている方々に感謝を込めて...
これからもよろしくお願いします!


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間章
胡蝶の夢と歩み出す絶望


 

ボクは悪い子だ、だからここに連れて来られて仕方なくここで生活している

 

ボクは駄目な子だ、出来のいい兄さんと偉い父さんとは違いボクには何の才能もカリスマもない

 

ボクの部屋の周りにはおおきな三角形を中心に出来ている

その頂点にはそれぞれ大きな鎌、大きな棍棒、大きな剣が怪しく不気味な紫色の綺麗な光を出している

 

流石のボクだってここの生活にもそろそろ飽きてきたころだった

 

もうここに来て五十年程経つけど今の今まで退屈という感情が生まれなかったのが不思議なくらい今は暇だった

 

あまり記憶がはっきりしないけど昔は楽しかった

兄さんと遊び、母さんに色んなお話をしてもらい、父さんと仕事の合間に話相手になってもらったり、査逆には勉強を教えてもらったりした

 

あの頃に戻りたい、でもこんな駄目で悪い子のボクでも時間は進むだけで戻ることはないことくらい知っている

やがてボクの目からは涙が流れ出した

悲しい、哀しい、憂い、寂しい、苦しい、憎たらしい、妬ましい...

様々な感情がボクの中をグルグルと回りやがて一つの感情に辿り着いた

 

そうか、これが憎悪か...

 

気がついたとき、ボクは自分でも壊れてしまいそうな大きな力を全身から放出していることが自分でもわかった

 

「うぅ、あぁ....!!」

 

ボクは力に呑まれそうになる前に力を上へと放った

咄嗟のことだったけれど流れ出た力の残留は辺りを漂い始めた

ボクでもそのことが判断できるくらいのとてもわかりやすい濃度だった

そして、辺りを見渡したボクはある一つの変化に気がついた

今までは力を使おうとしただけで抑えつけられるような感覚が走ったのに今回に至ってはソレが全く感じることができなかった

それに今回上に放った力は数多の壁を貫いて外の様子が確認できてしまいそうな状態にもなっていた

 

ボクは新たな疑問を抱きつつも一つの可能性を考え、ボクが外に出ることを防いでいるらしい三つの武器に目を向ける

するとどうだろう、これは夢かと疑ってしまった

 

大鎌が何故かはわからないがなくなっていたのだ

 

「ア、アハッ!」

 

ボクは自然に笑みを浮かべて声に出して笑う

どうしてかな、笑いが止まらない、止めることが出来ない

 

「アーハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハ!!」

 

ボクの笑い声は部屋中に反響し、次第にボク自身の力が漏れ始めていることに気がつく

そして、ボクは無意識に三角形の頂点の一つ、剣がある場所に向かいその剣を抜き取る

 

そして、ボクは再び頬を緩める

 

「アハッ、久々の外出だ」

 

そしてボクは握った剣を横に一振りし、ズバンッという音と共に部屋が崩れて行くのがわかった

 

「待っててね兄さん、今からボクが遊びに行ってあげるからね☆」

 

無邪気で瘴気を放出する少年は歩み始める

それが吉と出るか凶と出るか、はたまた一体何が原因で少年が剣を握り締めるかは、まだ誰も知る由もない...

 



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第4章 憎まれ子
Fortiefirst Judge


本日から新章突入です


「第65回、ヘヴン・ザ☆・ラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァディオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオ!!全世界オンエアバージョン!!」

 

「あ、相変わらずテンション高くてすみませんねー、本当に」

 

「えー、今夜も始まりました、ヘヴン・ザ・ラジオ、天国の電波塔サンクスチュア局本部からお送り致しています」

 

「司会はお馴染み、この私...」

 

「ロックミュージシャンである、この武田信玄がお送りする!!」

 

「ちょ、ちょっと、信玄さん、まだ私の自己紹介が、」

 

「なんだ、いたのか妹子」

 

「認識すらされてない!?」

 

「では、BGMは先日リリースしたばかりのThe Lock Of Tigerを流させて貰おう!」

 

「信玄さん信玄さん、私にも話させてくださいよ、さっきから一人で喋りすぎですよ!」

 

「よかろう、五秒やる好きなだけ話せ」

 

「短ッ!?あ、えー司会である私小野妹子も」

 

「五秒経過。」

 

「リアル五秒!?」

 

「よし、先ずは俺のファンレターのコーナーからだな!」

 

「信玄さん、テンション上げて独走してるとこ悪いですけど、今日はゲストが居ることをお忘れじゃないですか!?」

 

「え、そんなのあったけ?」

 

「忘れてんじゃないですか!?やめてくださいよ、結構無理言って来て貰ったんですから!」

 

「そうだったな、では俺のファンレターの前にゲストの方をお呼びしようではないか!」

 

「上から目線なのが気になりますが...」

 

「気にしたら負けだ」

 

「えー、本日のゲストは遠路はるばる天地の裁判所からお越し頂きました現在閻魔大王を務めていらっしゃいます、ヤマシロさんです!」

 

「どもー、5代目閻魔大王ヤマシロでーす」

 

「軽いですね!?」

 

「おぉ、あんたが今話題のヤマシロか、信長から話はよく聞いてるよ」

 

「信玄さーん!?あんたは何でそんなにフレンドリーなんですか!?」

 

「ファンレターのコーナー!」

 

「進行無視どころかゲストも無視!?」

 

「凄いお便りですね、毎回こんな感じなんですか?」

 

「いや、いつもよりも少ないな、全く皆俺のことがわかってないな...」

 

「ゲストに嘘吐くのやめてください!いつもこのくらいじゃないですか!」

 

『うるさいな、少し黙ってろよ』

 

「まさかの一斉射撃!?」

 

「しかし、これを全部読んでは日が暮れてしまうので後で個人的に読ませてもらおう」

 

「そういえば、俺もこのラジオ偶に聞いてるんですけど今までゲストとかいましたっけ?」

 

「今回あんたが初めてだ!」

 

「おぉ、何か嬉しい!」

 

「ホント、やっとこのラジオにもゲストを呼べましたよ、しかもヤマシロさんがこんなラジオの為なんかにホントありがとうございます!」

 

「では次のコーナー行きましょう!」

 

 

 

三途の川で起こった騒動から三日後、あの後は特に目立った事件も問題もなく平穏な日々が過ぎ去ったが三途の川の修復作業がやはりというかやっぱり難航した

麻稚を中心に多くの鬼たちが今でも頑張っているためもうすぐしたら元の状態に戻ると思う

そして、ヤマシロはと言うと...

 

「お疲れ様でした、閻魔様」

 

「ホント、すまんかったなヤマシロよ」

 

先程までラジオを共にしていた武田信玄と小野妹子と共に打ち上げに来ていた

 

「いいよ、俺も丁度天国に用があったんだ、そのついでだよ」

 

頭を下げる信玄の言葉にヤマシロは頭を上げるよう行動で頼む

正直こんな公の場所で頭を下げられても困る

 

武田信玄、生前は甲斐の虎という異名で戦国時代を駆け巡った知らぬ人はいないという程の知名度を誇る織田信長と同じ有名な戦国武将

そんな彼が天国ではロックミュージシャンで有名になっていると知ったらイメージは崩れてしまうだろう

 

小野妹子、生前は遣唐使として聖徳太子に仕え、外交に力を入れていた人物

女性のような名前をしているが男性という過ちは皆経験があるはずだ

 

...そんな時代も性格も違う二人が何故出会い、共にラジオをしているかは宇宙の誕生にも匹敵するくらいの謎だ、神様は一体何を望んでいるのかもわからない

そもそもこの二人が出会った時点で色々とカオスが誕生している気もする

しかし、ヤマシロはもう既に自身の持っている常識が全くといっていいほど通用しないと悲しいが実感しているため驚きは最小限に抑えることができた

....ホント、慣れって怖いと思う

 

しばらく飲んでいると、

 

「すまんな二人とも、俺はこれから新曲の打ち合わせがあるから先に失礼させてもらう」

 

「おー、頑張れよ」

 

「おう、上杉に負けるわけにはいかんからな!」

 

「上杉って、上杉謙信?」

 

「おう、先週は売り上げは負けたが今週こそは勝つる!」

 

ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!と薄い金色に染まった長髪をなびかせながら、ドドドドドドドドッ!という効果音が似合いそうな勢いで信玄は勘定を済ませて店を出て行った

残った小野妹子も私情があるとかで信玄が去ったすぐ後に店から出て行った

 

ヤマシロはここである人物と待ち合わせをしているため動くわけにはいかない

たとえボッチとか淋しいとか言われようとも決して動かない

動かざること山の如し!とか言うやつだ

 

 

十分後、

 

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」

 

「いや、全然」

 

「...じゃあその大量の酒樽は一体何なんでしょうか?」

 

「何を十樽飲んだくらいで」

 

「結構飲んでますよね?」

 

白いアルビノ肌に色の薄い長い髪をなびかせる女性が冷や汗を流す

彼女、須川時雨がやや遠慮気味にヤマシロと同じテーブルに座る

 

「久振りだな、突然呼んで悪かった」

 

「いーよいーよ、どうせ信長の奴はナンパばっかしてるし最近暇だったからね」

 

「...お前も相変わらず大変だな」

 

「それで、どんな情報をお望みなの?」

 

何の脈路も前兆もなしに須川が本題に差し掛かる

彼女は自称天国一番の情報屋、しかし情報量は信長も認めるほどの正に自称を言っているだけの情報を所有している

今回ヤマシロは彼女ならばあの人物のことを知っていると推測したため彼女の情報に頼ってみることにした

 

「美原千代という人物についてだ」

 

「みはらちよ?」

 

須川が首を傾げて悩み始める

 

「えぇ、知ってるわよ」

 

「本当か!」

 

「の前にさ...」

 

須川が一拍置く

まるでその人物について話すには覚悟、というか開いてはいけない扉を開くような雰囲気になる

そして、須川はカッと目を見開き、驚きの表情で、

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、閻魔様がいるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

「もういいわ!!」

 

 

 

ヤマシロが天国を訪れる前日の事...

 

「死神が...全滅?」

 

「あぁ、俺が現世から戻ってみると里は崩壊し一族全員が息を絶やしていた」

 

一通りゼストの容体も安定し、容疑も晴れ自由になった彼がヤマシロの下に訪ねてきたと思えばいきなり重い話を持ちかけられた

 

真実かはわからないが、犯人は蒼 隗潼らしく、そのことを脅しの材料としてゼストに仕事を押し付けミァスマを前払いの報酬として渡し、そこから意識を失ったらしい

依頼された内容は現世にて死にたがりの適当な人間を殺し、裁判所を混乱させること、更に三途の川にヤマシロを呼び込むこと

恐らく、百鬼夜行大戦の為の保険だったと考えられる

ヤマシロが裁判所にいない間に隗潼は攻めてくる気だったのかもしれない

そう考えるとゼストが戻ってくるのが僅かとはいえ遅れたことに感謝しなくてはならない

 

「俺は隗潼を許さない、絶対にこの手でブチ殺す!」

 

「..........」

 

ヤマシロはゼストの覚悟に何も言うことができなかった

何しろ、ゼストの決意は揺るぎも妥協もなく本物の覚悟だったからだ

 

「それでだ兄弟、俺はお前に伝えておかなきゃならないことがある」

 

「伝えること?」

 

「お前の父親が引退した原因だ」

 

ヤマシロはその一言に吸い込まれるようにゼストに視線を固定させた

 

 




キャラクター紹介

天照大御神(あまてらすおおみかみ)
種族:神
年齢:謎
趣味:料理(味は壊滅的)
イメージボイス:本多真梨子
詳細:太陽の化身とも言われることもある偉い人物
しかし、たまに見せるドジな仕草に他の神々にも迷惑をかけるのは日常茶飯事である
本人は知らないが天国まで広がる隠れファンクラブがあるらしい


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Fortiesecond Judge

最近少しスランプ気味です(>_<)


 

物陰喫茶「MEIDO」、厨房にて...

 

「材料、入りましたー!」

 

「こっちも、調味料入りました!」

 

「いや、本当に助かるよ!」

 

「いえいえ、本来の仕事をしてるだけなんでね」

 

現世からの材料の調達が無く、材料切れでメニューの変更が迫られた物陰喫茶に死神ゼストという救世主が訪れる

死神は現世と死後の世界を行き来できる唯一の種族のため、今までも死神部隊の物資調達班が現世から必要な物資を仕入れていたのだが、隗潼により死神を全滅させられてしまったため、生き残りであるゼストが死神部隊全ての仕事を担うことになってしまった

 

「.....隗潼さん、一生恨むぜ」

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いえ、別に」

 

ゼストはあくまでも仕事を段々とこなす

いくら悪態をつこうとも、隗潼に殺意を芽生えさせたとしても、手伝いが欲しいなと思ったとしても、彼は与えられた仕事は最後まで全うするという意外にも真面目な心持ちであったりする

 

「そういえば死神さん、どうやって現世に移動してるんですか?」

 

「そこんとこ企業秘密でお願いします」

 

ゼストは営業スマイル百パーセントで対応する

そう、これも世間を渡っていくには必要不可欠な能力だ

 

「では、そろそろ現世に行かせてもらいますよ」

 

「あ、了解です、頑張ってくださいね」

 

ゼストはそう告げて厨房を出て、店のカフェを通り天地の裁判所の階段を登り...

 

「あの、尾行するのはやめていただいていいですか?」

 

「チッ!」

 

あくまでも企業秘密である

 

 

 

麒麟亭、娯楽室の一角にて...

 

「.......................」

 

「どうしたの亜逗子、手が止まってるわよ」

 

「あ、あぁ悪い」

 

パチン、と音が響き渡り同時に亜逗子が大きなため息を一つ吐く

それを少し不快に思ったのか、対戦相手の麻稚は表情を少し歪める

 

現在、ヤマシロが天国に用事がある、と行って中々戻ってこなくなったので仕事も一通り終わった二人は一時麒麟亭に戻ってきていた

確かに今日に限って死人は少ない、だからこそヤマシロもこの日を天国に行く日に選んだのかもしれない

 

そんな感じで二人は娯楽室で現世から仕入れられてきた娯楽である将棋を指している

 

「本当にどうしたの亜逗子、最近ずっとこの調子じゃないのよ、あなたらしくないんじゃない?」

 

「そう、かな?」

 

「そうよ、あなたの部下達も心配してたし...」

 

そう、亜逗子はここ二、三日の間、魂が抜けたように普段のテンションの高さがなくなっていた

人が変わったように元気が無くなり、一日中部屋に閉じこもったりしたこともあった

 

「なんか最近、気分が悪いんだよ」

 

「気分が?」

 

「頭痛が激しいし、目眩とかもたまにあったりするんだ、体もいつもより熱がある気がするし...」

 

「............」

 

麻稚は亜逗子の話を聞いて思いつくことが一つだけあった

 

おそらくだが二日酔いであろう

 

確か、三途の川で麻稚がヤマシロと共に問題を解決しに行った時彼女は酒呑童子の盃 天狼と共に酒を飲んでいたと聞いている、というか酔ってべろんべろんになった亜逗子を背負い心底疲れた様子の天狼に亜逗子を任された気もする

天狼の話によると、ヤマシロが宴会の席を離れて不機嫌になり酒に付き合わされており、止めはしたが止まらなかったらしい...

つまり、天狼は悪くない、悪いのはこの気分を悪くしている赤鬼だ

 

(...心配して損した気分ね)

 

その後、麻稚も違う意味での頭痛に悩まされたらしいがそれはまた別の話

ちなみに将棋の勝敗は麻稚の圧勝だったことだけは報告しておこう

 

 

 

ベンガディラン図書館にて...

 

「.....なるほどね」

 

「ねぇ煉獄君、ここ最近ずっとその本読んで仕事が進んでいないのは一体どういうこと?」

 

「あれ、言ってませんでしたかね?これを読み終わったら作業するって言ったはずですよね?」

 

「その広辞苑並みの本、いつ読み終わるかマジわかんないし!!」

 

「ここでこうで、そうかそうか」

 

「お願いだから早く読み終えてー!」

 

本当にあんた仕事しろよ、と上司にやっとこさ見つけた死神伝記を熟読する鬼と死神のハーフ、煉獄 京と部下に早く仕事させたい一心で貧乏揺すりが激しくなるなんちゃってギャル上司、月見里 査逆が一つの机に向かい合う状態が丸二日間近く続いている

基本、鬼という種族は腹に食物を収めなくても生きていける種族なのでこのような無駄な籠城状態も簡単に完成してしまうこともある

 

煉獄は自分の父から教わり損ねた死神の暗殺術が他にないかを探すため眼鏡を装備し図書館の仕事を中断してまでも長い時間読み耽っている

ちなみに頑張れば習得できそうな術を数個見つけたのでこれが読み終わり、図書館の仕事を終わらせてから実際に試そうと心に決めていた

 

一方の査逆は煉獄が読みたい本があるので読み終わるまで仕事を休ませてほしい、という願いを聞き入れてしまった

あの煉獄 京が本に目覚めたという嬉しさがあったのだろう、図書館の本を読んでもらえることが嬉しかったのだろう、彼女は煉獄の願いを聞き入れたのだが、半日近く経った辺りでそれは後悔に変わった

まさか、こんなに分厚い本だとは思いもしなかったからである

それでも仕事はしないといけないので信頼の薄い数少ない部下を呼び出し、手伝わせたりもした

しかし、煉獄の読書は終わることはなかった、もう読書というよりは研究のレベルかもしれない

 

二人の睨み合いはまだまだ続いたそうだ

 




感想、批評、その他諸々お待ちしております(^^)


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Fortiethird Judge

連続投稿です(^^)


美原千代...

ヤマシロの父であり、先代閻魔大王を務めていたゴクヤマが引退したことに何か関係があるかもしれない人物、ゼストによるとゴクヤマが引退する三日前に美原千代を死後の世界に連れてくるように依頼を受けており、公式の記録にも残されていることが枡崎の協力により判明もしている

その後、美原千代の裁判が行われ、その裁判の後のゴクヤマの活動記録はなかった、つまり引退したのだ

元々ゴクヤマの時代は裁判が比較的少なく、最も平和な時代と言われていたため記録を漁ることは無理難題ではなかった

 

「.....なるほどね、確かに怪しいわね」

 

こちらの持っている情報を須川に渡すことが今回の前払いの報酬だと彼女は応じてくれた

 

「あの堅物のゴクヤマが裁判をするなんて、中々興味深いじゃない」

 

「.....あんたもその一人なんだろ?」

 

「一応ね、でもその数少ない枠組みの中の一人って珍しいんじゃない?」

 

「ドヤ顔で言うことじゃないだろ」

 

「それもそうね」

 

須川はいつの間に注文したのかわからない未だに湯気が立っているコーヒーを一口飲む

ヤマシロもまだ少し中身の残っている酒樽を持ち上げ豪快にグビグビと飲む

気が付けば須川はコーヒーを置きスマートフォンをいじっていた

 

「何してんだ?」

 

「足の調達よ、移動しないといけないからね」

 

瞬間、店の外から凄まじい激突音が響き渡った、というか店に向かってどこかで見覚えのあるスポーツカーがヤマシロの視界に映る

 

「......あれって、まさか」

 

「......えぇ、そのまさかよ」

 

二人は一先ずスポーツカーを見て見ぬ振りをし、静かに勘定を済ませ店から立ち去った

その後ろで頭を抱え、叫び、店員に追い回され、挙げ句の果てには警察にまで追われているどこかで見た金髪で黒い特攻服を着たグラサン野郎がスポーツカーと共に逃走したのは恐らく気のせいであろう

 

気を取り直して、須川は他のツテを使うべく再びスマートフォンに視線を落とした

 

「そういやどこに向かうつもりなんだ?」

 

「美原千代のトコよ」

 

「場所わかんのかよ!?」

 

ヤマシロは思わず突っ込む

まさかこんなに早く顔を見ることができるとは思いもしなかったからだ

 

「一応ね、知り合いってわけじゃないけど私の情報網を使えば楽勝よ、私にプライバシーなんて言葉は通用しないわ」

 

「.....お前には絶対秘密とか喋ったら駄目だってことが今よくわかったよ」

 

「男なんて、ちょっと色目使えば何でも話してくれるしね♪」

 

「最悪だ、コイツ!!」

 

 

 

一方...

 

「チクショウ、時雨の奴め!儂を呼び出したにも関わらずどこに行きおった!?あぁぁぁ、まだ追っ手が!?面倒だな、一気に引き離す!!」

 

腹黒い情報屋に呼び出された挙句、何故か警察に追われる羽目になった戦国武将は全速力で道路を走り抜けていた

 

 

 

「ここで待ってれば来るのか?」

 

「えぇ、そろそろ着くはずよ」

 

その後、近場の公園に移動した二人はベンチに座りながら待ち合わせた人物の到着を待っていた

須川に至っては自動販売機から無糖の缶コーヒーを数本買い、もう三本目に突入するトコロである

カフェインの取りすぎではないか、と忠告しようとしたがそれを言ってしまえばヤマシロはアルコールの取りすぎなので、グッと我慢する

そこで彼女はとうとう五本目に突入した

 

「カフェイン取りすぎじゃないか?」

 

ヤマシロはとうとう我慢できずに須川に忠告する

 

「あら、それを言ったらあなたはアルコールの取りすぎなんじゃない?」

 

「.....それもそうだな」

 

まさかのシュミレーション通りの結果になってしまった

ヤマシロはそこまで酒好きではないのだが、今日に限っては何故か酒が進んでしまう

そこで、須川は「あっ!」と声を挙げたと思うと、

 

「そういえば信長呼んでたんだったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア、忘れてたよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオ!!」

 

「そっちかよ!」

 

いつものパターンと言えばいつも通りなのだが、どこかズレた変化球にヤマシロは思わずツッコミを入れてしまう

 

「まぁ、信長なら大丈夫よね!」

 

「開き直った!?」

 

「そろそろかな?」

 

「一人で話を進めるなよ!」

 

「閻魔さん、もうすぐで足が到着するから準備しといてね」

 

須川がそう言った、その瞬間だった

 

信長のスポーツカーとは少し違う形の、どちらかと言うとバイクに近い大型の四輪車が公園の前にキキキィィィィィ!!と大きな音を立て停止する

そして、運転席と助手席に座る二人には見覚えがあった

 

「お待たせしやした、ヤマシロの旦那に須川の姉御!」

 

「お久しぶりです、閻魔様!」

 

「五右衛門!瓶山さん!?」

 

大泥棒、石川五右衛門と以前よりも幾分たくましくなった瓶山一の二人が再びヤマシロと力を合わせることになった

 

 




キャラクター紹介

枡崎 仁(ますざき じん)
種族:鬼
年齢:198歳(人間で言う19歳)
趣味:情報収集、解析
イメージボイス:近藤隆
詳細:麻稚と同じで直接的な戦闘を苦手とする頭脳派の鬼
過去の資料を漁り、自らの知識を深めていくことを生きがいとしており、いつかこの世界の謎を全て解き明かしたいと思っている
酒に弱く宴会には中々参加しないため、そこまで交友関係は広くない


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Fortiefourth Judge

今回少し短めです


 

「へぇ〜あれから便利屋をね」

 

「俺はもう泥棒業よりも瓶山みたいに困ってる奴らを助けたいんだ、そこに瓶山も同意してくれて俺達二人で頑張らせていただいてんだ」

 

「もしかしたら天国にはまだ夏紀みたいに親が見つからない子もいるかもしれない、俺はそういう子達を助けたい思いもある」

 

...何というか頑張ってるみたいだ

ヤマシロはあの時途中離脱して神の国に行ってしまったのでどういう経緯があって彼らが意気投合しているかはわからなかったがそこは今重要なところではなさそうだ

石川五右衛門も瓶山一も二人とも目的は少しだけズレているが、人を助けたいという気持ちは共通していた

それに便利屋というのだから、あらゆる仕事を引き受けている様子だ

.....というかこの二人だから頼まれた仕事は断らない、もとい断れない精神を持っている様子なので一度引き受けた仕事は真正面から正直に解決しようと奔走していることだろう

 

それよりヤマシロが気になったのは...

 

「...これってバイク?車?」

 

五右衛門と瓶山の搭乗してきた乗り物に興味津々であった

下手したら信長のスポーツカーよりも高値のモノな気がする

 

「これはバイク型四輪車、馬力はスポーツカーでスピードを出すように特化した作りで天国一の乗用車開発者の最高傑作さ!」

 

「ちなみに最高秒速150km!」

 

「モンスターマシンのレベル越えてんじゃん!」

 

「あ、情報提供は私ね」

 

「もう突っ込まねーよ!」

 

ヤマシロはヤケクソ気味に叫ぶ

なんというか、彼の周りにはまともな人物は本当にいないのかもしれない

 

「で、姉さん本日の用件は?」

 

どうやら須川は彼らを友人としてではなく、便利屋として呼んだようだ

 

「私達を慰霊碑に連れて行って」

 

 

 

地獄、某所...

 

「全く、この地獄もクレーターだらけになっちまったな」

 

「全くだ、先代の閻魔様が暴れた結果がこれだもんな...」

 

「...どんだけ滅茶苦茶なんだよな、閻魔って種族は」

 

二人の若い鬼は、はぁ〜とため息をつきクレーターの復旧作業を続ける

いくら無法地帯で罪人ばかり集まる地獄といえど一応天地の裁判所の管轄下にあるため整備は必要となる

それでも行き届いてない場所も存在しており、そここそが本当の地獄とも言える場所であるだろう

 

「今日は仕事が早く終わったからゆっくりしたかったんだけどな〜」

 

「仕方ないさ、亜逗子の姐さんの指示だ」

 

その本人は現在二日酔いのせいで自室にて一人休んでいることを彼らが知る術はない

彼らもなんやかんやあってヤマシロのことや亜逗子のことを信頼し、信用している

そのため給料だけのためではなく、この死後の世界の安定化を図るためにせっせと毎日働く

 

「よし、もう一丁頑張るか!」

 

「そうだな!」

 

えい、えい、おー!と気合いを入れ直して再び作業に取り掛かる

 

 

 

しかし、その二人に忍び寄る小さな小さな影の存在にまだ気がつくことはなかった

 

「見〜つけた☆」

 

 

 

 

数秒後、そこには赤いドロドロとした水溜りとグチャグチャになったナニかが無残にも残されることとなった

 

「あはは、ははは、早く会いたいよ、兄さん」

 

その異変に気がつくまでは地獄の惨劇は続く、そのことを予言するかのように小さな影は地獄のあちこちで目撃されることとなるのは、そう遠くない未来の話...

 

 




感想、批評、罵倒、評価、その他諸々お待ちしています(^^)


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Fortiefifth Judge

何とかできました(^^;;
いや〜、スランプって恐ろしい...


慰霊碑...

天国の最東端に位置する巨大な庭園で、この死後の世界の創造主とされている初代閻魔大王ヤマトの像が建てられている名所としても知られている

他にも天国で名を残すほどの大物の名前が刻まれる聖跡の岩が庭園の中央にそびえている

 

「ここに美原千代がいるのか?」

 

「いえ、さっきは場所はわかるとは言ったけれど詳しい場所まではわからない、住所ではこの付近に住んでいると登録はされてあるわ」

 

その庭園から少し離れた木陰にヤマシロ達が一つの小さなテーブルを囲み影のできるパラソルの下で話をしていた

ここには天国から毎日数千人という人がやって来るのでオープンカフェは勿論、お土産屋や写真屋、案内所などの訪れた人々が楽しめるような施設が充実して揃っている

ヤマシロは先程注文した渋茶を飲みながら須川に尋ねる

 

「じゃあせめて彼女がどのような人物か教えてくれないか、少しでも情報が欲しいところなんだ」

 

「やけにこだわるンスね、そんなにまで重要な人なんスか?」

 

五右衛門がコーラを飲みながらヤマシロに尋ねる

自身も信長の一件で閻魔大王と関わりを持った一人である、同じ境遇を持った人物に少しながらも興味はあるようだ

五右衛門の疑問にヤマシロは首を横に振る

 

「いや、今回は個人的なコトだから問題があるわけじゃないんだが、その個人的なコトで少しな...」

 

「まぁ、いいッスけどね」

 

五右衛門はヤマシロの曖昧な返答に頷きながら一気にコーラを飲み干す

 

「でも必要なら俺たちはタダであんたの力になるんで、それだけは忘れないでいてほしいッスよ」

 

「そうだ、俺たちはあんたに救われたも同然だからな、この恩は必ず返させてもらいますからね」

 

「五右衛門、瓶山...」

 

瓶山も五右衛門の言葉に同意する

須川は静かにそのやり取りを見守りながら湯気がまだ立っているコーヒーをちびちびと飲む

 

『困ったら互いに助け合おうな!なんつったって俺たちは兄弟だ!』

 

「.....兄弟、か」

 

ヤマシロはポツリと、本当に誰も拾うことのできないくらい小さな声でボソリと呟く

そして周囲を見渡しながら想う、初代が築いたこの平和な光景を守っていくことが後世の仕事なのだな、と

そして、一人で戦っているわけではないことに改めて気づかされる

 

「ねぇ、そろそろ本題に入ってもよろしいかしら?」

 

ヤマシロが意識を手放しかけたタイミングで須川が声を掛ける

伊達眼鏡を装着し、何故か女性の特徴でもある谷間から一冊の手帳を取り出す

その行動に五右衛門は「あ、姉さん!なんては、はははは破廉恥な!!」とか顔を真っ赤にしながら抗議する

こころなしかヤマシロと瓶山の顔も微妙に赤い気がする

 

「美原千代、四代目閻魔大王ゴクヤマが引退前の最後の裁判を受けた人物...」

 

須川はそんなヤロウ三人(一人は既婚者)の様子など知らぬといった様子で腕に巻いていたゴムで髪を一つに束ねる

そして手帳を開き淡々とした様子で話を進める

 

「その人物がゴクヤマの引退の鍵を握っている、そういうコトね?」

 

「あぁ、親父はあの裁判が終わって三日もしない内に俺に閻魔大王の役職を押し付けてどこかに行っちまったからな、俺には何だか逃げ急いでるようにも見えた」

 

「なるほど、間違ってはいなそうね」

 

「須川、前置きはこの辺にしてそろそろ教えてくれないか?」

 

「.....中々焦ってるのね」

 

「当たり前だ、今裁判所を留守にしてるからな...いくら許可を得たとはいえ早く戻るに越したことはないからな」

 

ヤマシロは焦らすように話す須川に少しだけだが苛立ちを覚えていた

彼女も情報屋として情報を仕入れたいのは当然だが、彼も彼で早く美原千代の情報が知りたかった

美原千代の情報は裁判所の資料室で検索しても出てこなかった

ゼストの助言と情報が無ければ彼は今頃天国にはいなかったであろう

五右衛門と瓶山は完全に置いてけぼりをくらい、二人でただ呆然としている

 

「わかったわ...」

 

須川はどこか諦めた様子でため息を一つ吐く

そして、「だけど、これだけは絶対に約束して...!」と人差し指を立てながら、

 

「私の知っている全てを話すから、美原千代のことでしばらくはこの天国を訪れないで!」

 

 

 

時はほんの少し戻り、地獄の某所にて...

 

「何だよ、皆脆すぎ〜」

 

一人の少年を中心に多量の肉塊と時間の経過で黒ずんだ血液が少年の身体に纏わりつき、見るも悍ましい姿と成り果て、そこに存在するだけで異質な空気を放つ

 

少年の名をヤマクロ...

 

闇よりも黒ずんだ髪、弱々しい痩せ細った肉体、そして小柄な身の丈を優に超える赤い液体で染まった太刀...

現閻魔大王、ヤマシロの弟であり先代閻魔大王、ゴクヤマの第二の息子

 

ヤマクロは身体から得体の知れない紫黒のナニカを放出しながらその場を眺める

彼は先ほどまで天地の裁判所の地獄を担当する従業員達を手当たり次第に狂ったように斬り刻んでいた、いや実際には狂っているのかもしれない

始めは何かを斬りたいという衝動を抑えきれずに偶然そこにいた鬼を斬った、そして異変に気が付き多くの鬼がヤマクロを止めに来たがそれすらも斬った...

ヤマクロはどこか物足りなさそうに朱赤に染まる瞳で上を見据える

 

そこには血の匂いに誘われてやって来た地獄に生息する三首の番犬とも言われるケルベロスが血まみれのヤマクロを見下ろしていた

推定七メートルぐらいの巨大な黒い肉体から地獄生物特有の瘴気を全身から放出する

地獄では常に人害となる瘴気が漂っておりそこに生息する生物は瘴気に対応する進化を遂げ、最近では瘴気を肉体に取り込む生物も少なくはない

 

ケルベロスの威嚇の瘴気を正面から受けてるにも関わらず、ヤマクロは一切反応を示さない

いや、視線すら向けていないことから興味すらないのだろう

蒼青に輝く六つの瞳をヤマクロに向けるケルベロスだがヤマクロに反応はない

それどころか気付いてすらないとばかりに刀の手入れを始める

ケルベロスは三つの首でヤマクロを喰らおうと牙を向け、殺気に瘴気を混ぜて噛み付きにかかる

 

刹那、ケルベロスの三つの首が綺麗にバッサリと切断される

 

「あ〜ぁ、殺っちゃった☆」

 

ヤマクロは狂気に満ちた瞳で振り返り、首の切断されたケルベロスを一瞥する

ヤマクロはまだまだ物足りないとばかりに刃を用いてケルベロスに斬りかかる

ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、とまるで機械のように決まった動作を繰り返すヤマクロは返り血を浴びながらあくまでも無邪気な子供の見せる笑顔そのもので刀を振り回す

やがて、ケルベロスは原型を無くしただの肉塊と変わり果てる

ヤマクロはそれでも肉塊に刃を向けようと構えるが、手に刀の感触がないことに気が付く

 

刀はヤマクロの手から離れ地面に転がっていた

 

「あれ?」

 

そして、ヤマクロの視界が回転し、顔が地面に付いていることに気が付く

 

「あれれ?」

 

ヤマクロはひたすら疑問に思うがそれすらも笑いに変える

そして、

 

「ねぇ、あんた誰?強い?」

 

「どうだろうな、坊ちゃん」

 

そこに酒の匂いが濃く漂う白髪の鬼の存在が初めて認識される

 

「ただ、あんたがさっきまで笑顔で斬り刻んでいたモノよりはマシだと思うぜぇ〜ひっく!」

 

鬼はそのまま酒瓶を地面に置き、拳を握りしめ、

 

「俺は盃天狼ってモンだ、酒同志達の仇を取りに来た酒呑童子ってな」

 

静かな怒りと共にヤマクロを真っ直ぐと見据えていた

 

 




キャラクター紹介

唐桶 祭次(からおけさいじ)
種族:鬼
年齢:300歳(人間で言う30歳)
趣味:宴、喉自慢
イメージボイス:小野友樹
詳細:三度の飯よりも宴や祭り事が好きな鬼
とりあえずテンションが高いため彼一人がいるだけで場は冷めることは絶対にないという伝説もある
亜逗子の部下でも1、2を争う実力者としても有名
ちなみに麒麟亭で度々行われている宴の主催者は彼である


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Fortiesixth Judge

久々の更新です(^^)


 

妖刀村正...

かつて江戸幕府を開いた徳川家康の一族が所持していた業物

家康の父、松平広忠や祖父、松平清康と嫡男である松平信康が腰にして命を落としたことから江戸時代では禁忌の一つとして厳重に保管されていた

それを数百年前、死んだ家康が裁判所に来た折に当時の三代目閻魔大王に黄泉の世界で管理を依頼されて以来は家康の頼み通りに閻魔一族が代々厳重に取り扱って来た

しかし、世は四代目の時代に変わる

ここまでは何の問題はなかったのだが問題はヤマクロが生まれてしまったことであった

ヤマクロの力は四代目の想像を越えるモノで封印せざるを得なくなった

その封印に使われた三つの道具の内の一つが妖刀村正である

村正には負の気を吸収する性能が備わっていたのでヤマクロの負の気を抑えながら封印の中枢を担うにも等しいものであった

 

(.....なんでそれが封印されてた本人に使われてんだよ、ッたく)

 

その封印対象であるヤマクロに意のままに操られている妖刀村正、刀は主人を選ぶとも言われているがこの結果は偶然が産んだモノであろう

 

「ねぇ、早くやろうよ暇だから、さァ!」

「全く...せっかちな坊ちゃんだな!」

 

痺れを切らしたヤマクロが天狼に斬りかかる

妖刀村正に乗せられた瘴気とヤマクロ本来の閻魔の力が作用して斬れ味は数段にも跳ね上がる

天狼は持っていた瓢箪で剣撃を受け止める、彼も戦闘前に大量に酒を飲んでおりアルコールをエネルギーに変えるという酒呑童子独特のドーピングと彼本来の力が防御力に具現化される、加えて脳波を瓢箪に集中させ瓢箪本来の硬さをも上昇させる

本来脳波とはテレパシーなどの通信手段や相手の位置を特定する時などに使用されることが多いが、戦闘に活かすことも可能となる

そもそも脳波は脳から直接放たれる波長なので想像力を働かせることで少しながら現実に影響を与えることができる

これは訓練次第で強化できるもので大抵の鬼はこの力を駆使して戦闘を行っている

 

天狼はそのまま瓢箪に脳波を纏わせヤマクロに殴りかかる

瓢箪は鋼鉄の強度を誇りヤマクロが村正で防ぐが衝撃は周辺に散乱し、ヤマクロと天狼を中心にクレーターが出来上がりクレーターから地面からヒビが生じる

ヤマクロはすぐさま瓢箪を弾き、天狼に下段からの斬り上げを放つも脳波を纏わせた腕で受け止めて更に脚にも脳波を纏わせヤマクロの首を狙う

 

(悪りぃな、遠慮なくいかせてもらう!)

 

しかし、ヤマクロは瞬時に空中へ飛び、浮遊する

ヤマシロの弟でゴクヤマの子である彼も閻魔なので空を飛ぶことなどヤマクロにとっては造作もないことである

ヤマクロはそのまま天狼の背後に迫り数多の瘴気を纏わせた斬撃を放つ

 

「ぬぐぅ....!?」

 

「アハッ☆」

 

躱しきれずに一撃攻撃を受けてしまう

斬り込みが浅かったのが幸いしたが天狼の動きは確実にだが鈍り始めていた

 

(クソッ、瘴気は確かに有害なモンだがここまで効き目が強いもんじゃねぇはずだぞ...)

 

「もう、いっぱーつ!!」

 

「チィッ!」

 

ヤマクロは村正に先程より膨大な量の瘴気を纏わせ巨大な剣を象る

ヤマクロはそれを両手で支え天狼は静かにそれを見上げる

 

(あんなモンが地獄に当たったら、ただじゃスマネェぞ!)

 

まさに地獄を両断してしまいそうな武器になり得ない

恐らく瘴気や邪気といった類の負の気を吸い取る村正が地獄中の瘴気を吸い取り、一つにしたのが今の村正である

しかし、

 

(坊ちゃんは、なんで影響受けてないんだ?)

 

本来ならばあれほどの量の瘴気を手中に収めようとするならば相当の実力者でなければ不可能だろう、しかしそこではなく瘴気とは本来精神を貪り身体に害を与えるという本当に有害な物質なのだ

地獄に常時漂っている微量の瘴気ならばまだしも、地獄の瘴気が集結した村正の近くにいるヤマクロは体が残っていることすら本来ならば閻魔と言えどもありえないことである

 

(とりあえず、アレを何とかしないとなァ!)

 

天狼はボロボロになった服を破り千切る

そして、

 

スゥ〜....ゴキュゴキュゴキュゴキュ!!

 

「ガッ....ハバァ...!?」

 

酒、ではなく大気中に漂よう瘴気を体内に吸収し始めた

 

 

『天狼、酒呑童子はある程度ならば体内に何を含もうとも死ぬことはない』

 

『ンだよその根拠のない話...』

 

『根拠はある、私は先日腐った豚肉七キロを食べ腹を下すハメになってしまった...』

 

『全然説得力ねぇよ!』

 

『だが死ななかった、これ以上の理由が必要か?』

 

『あんたが言ってなかったら必要なかったろうなァ!!』

 

 

「そうだ、俺たち...ゴフッ、酒呑童子は...飲み込んだ成分を力に変える、ガフッ...アルコールが一番適正だったに過ぎないんだ、俺は瘴気を力に変えるッ!!」

 

瞬間、天狼の姿がヤマクロの視界から消え、

 

「もっとヨコセェ!!」

 

「ゴァァァァァァァァァァァァァ!!?」

 

ヤマクロの身体に強烈な一撃を放った

村正に集まった瘴気は形を留めることができずにグニャリと分散して大気中に飛び散る

 

「ゴハッ...!」

 

「は、ははは、面白いことしてくれるね!」

 

瘴気が天狼の身体をゆっくりと蝕み始めた

 




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Fortieseventh Judge

今回少し短めです


180年前、地獄のある集落にて...

 

「また、失敗か...」

 

「仕方あるまい、瘴気は未だに未知の可能性を持っている」

 

「研究の為に犠牲は問わん」

 

「全ては閻魔大王様からのお言葉、我々酒呑童子にも瘴気と同じくして未知の可能性を持っておる!」

 

ここは酒呑童子が住まう集落、バッカス

彼らは現在、四代目閻魔大王ゴクヤマの命により生物は体内で瘴気を保持することは可能なのかという実験を請け負っている、酒呑童子とは本来酒のみだけではなく本質は飲み込んだモノを栄養に変え力に変える種族でありアルコールをより多く摂取するのは彼らの体に最も無害で適正であることが証明されているからである

だからこそ彼らは【酒呑みの童子】とも言われている

 

「良いか、我々酒呑童子は決して酒ばかり呑み酔っ払っているだけの鬼という認識を改善するためにこの実験は成功させるしか道はないのだ!」

 

そしてこの男、バッカス集落の長老である酒井田千里(さかいだ せんり)

 

「................」

 

「我々は必ず、この犠牲を糧に成功へと繋げるのだ!!」

 

犠牲者の眠る小屋から声が響き、それと同時に小屋から離れる白髪の青年が酒を飲みながら離れて行った

 

「.....くだらねぇ」

 

盃天狼、当時172歳の若き酒呑童子が吐き捨てるように呟いた

 

 

 

天狼の父親は天地の裁判所で働いていたが、四十年程前にある戦闘の特攻部隊に志願しそのまま戦死、母親は父親の死を受け入れることができずに精神が崩壊し天狼に八つ当たり、始めは暴言や愚痴で済んでいたが、ある日を境に暴行、自棄酒、更には天狼を自分の子供とも思わない日々が続き天地の裁判所の精神科医院にそのまま入院することになり、今でも治療は続いている

彼は過去の自分と決別するために強くなろうと誓い、ここ最近では集落から割と近い火山まで来る毎日が続いている

 

そして、いつも通り酒を一升瓶飲み干し取り込んだアルコールを力に変え巨大な火山に全力で殴りかかる

火山は微動だにする気配はないが、天狼が拳を入れる度に火山は噴火する

しかし、こんなことで満足できる天狼ではないので更に拳を打ち込む

実験などどうでもいい、友人も感情をも欲しない、閻魔大王がどうとか考えるのも面倒くさい

そう、単純に彼は...

 

「力が、欲しい!!」

 

そう叫びもう一撃、火山に攻撃を加えた

 

 

 

はずだった...

 

「こらこら、これ以上は近所迷惑」

 

「ンだよ、お前...」

 

「おや、同じ集落に住んでるのに私を知らないんだね」

 

天狼は青筋をピキピキと浮かべる

彼は何より何事においても邪魔されることが大嫌いであったからだ

集落の人々によればこれは父親似らしいが本人はそんな事情などは興味すらもない

 

そして、

 

「オラァ!」

 

「しつこい!!」

 

一瞬で叩きのめされた

 

 

 

そして、あれから数時間後...

 

「あぁ、起きたのかい?」

 

「..........ここはどこだ」

 

「私ン家」

 

天狼は未だ覚醒しきってない意識で目を開くとそこには美しく長い銀髪の女性が裸で座っていた

どうやら彼女も鬼の血族らしく天狼とほぼ同じ位置に少し異形の形をした二本の角が生えていた、彼女の同じ集落という発言からしておそらく彼女も酒呑童子なのだろう

その証拠に酒をガブガブと飲んでいる

........の前に、

 

「....なんで裸なんだよ?」

 

「あン、欲情してんのかよ?」

 

「そうじゃねぇよ、恥じらいとかそういうのはねェのかって聞いてんだよ!」

 

「何興奮してんのよ、顔赤いぞ」

 

「うるせェ!」

 

天狼は未だ顔は赤いままだが即座に目を背ける

当の本人はそんなことどうでもいい、むしろ面白いオモチャを見つけたような表情でケラケラと笑っているが天狼にとっては悪魔の笑みにしか見えない

 

「そういやあんた名前は?」

 

「.....盃天狼」

 

「ヘぇ〜中々厨二臭い名前してるね、カッコいいじゃん」

 

「へ、俺は気に入ってねェがな...」

 

「私は酒井田銀狐(さかいだ ぎんこ)、銀色の狐と書いて銀狐よ」

 

「あんたも中々厨二臭いな」

 

「よく言われるよ」

 

天狼の言葉に銀狐は苦笑いを浮かべる

 

「ていうか、酒井田ッて...」

 

「そう、私あの男の一人娘なのよね」

 

あぁ〜ヤダヤダと言いながら銀狐は酒をガブガブと飲む

 

「あぁ、あんたも飲む?天狼」

 

「そうさせてもらうか、銀狐」

 

「私のこと下の名前で呼ぶ奴は今じゃ珍しいよ」

 

「そうかよ...」

 

二人の乾杯と同時に祝うかのように火山が一つ噴火をした

 

 

 

「てか、いい加減服着ろよ!」

 

「ヤダよ、面倒くさい!ていうか顔が赤い、欲情するんじゃない!!」

 

「してねェよ!!!」

 




キャラクター紹介

武田信玄(たけだしんげん)
種族:元人間
年齢:不明
趣味:ラジオ、テレビ出演
イメージボイス:稲田徹
詳細:生前は甲斐の虎として名を轟かせた戦国大名
上杉謙信とはよく争った仲であり現在は音楽で対決している
先週のオリコンランキングが信玄三位、謙信一位という結果だったので今も闘志を燃やしている
小野妹子とはどういう経緯で出会ったかは不明だが、よく飲みに行く仲らしい


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Fortieight Judge

もう少しだけ天狼の過去話にお付き合いください


バッカス集落...

 

「また失敗か...」

 

「これで犠牲は50を越えたな」

 

集落の墓地前で数人の酒呑童子達が埋葬の準備を始める

既に実験が始まってから三年という年月が経っており成功する可能性は見えるどころか犠牲になる人々が増える一行となってしまっている

元々酒呑童子という種族自体は数が少なく彼らの生活範囲はこの広い地獄のどこを探してもこの集落以外ないかもしれない

 

「長老、まだこのようなことをお続けになるおつもりですか!」

 

「このままでは本当に我々は絶滅してしまいます!」

 

この頃になり始めると実験に不満を抱き反論を唱える者も多くなってきている

この実験はほとんどここの長老である酒井田千里の独断によって行われているに近いのだ、それでも今まで反対しなかったのは閻魔大王にその功績を認めてもらう一心で耐え続けてきていたが、限界も近づいてきているようだ

 

「...........」

 

「長老、何とか言ってください!」

 

それでも、酒井田千里の心は揺るがない、言葉も濁ることもない

 

「この実験は続行だ、次の人物は既に決めておる」

 

強く決意した言葉であっさりと肯定の意を示した

 

「あの馬鹿をここに呼んで連れ戻して来い、次のサンプルはあいつにすることにした」

 

千里はそこで言葉を区切りポツリと天を見上げて呟く

 

「どうせ独りではこの世界を生きていく術はないからな...」

 

 

 

盃天狼が酒井田銀狐と出会ってから八年の歳月が経過した

あれ以来二人は意気投合し、共に生活している

天狼は強くなるために彼よりも実力のある銀狐に稽古を付けてもらっていると言った方が正しいのかもしれない

実際未だ彼女に実力で追いつくことはできない、それどころかドンドンと引き離されていってる気もする

八年という長いようで短い時間の中で天狼はヒトの温もりというものを知ることができた

父と母がいなくなってから彼は一人で生活していたので心はズタズタに荒んでいたに近い状態だったが、銀狐と出会うことで人が変わったかのように心が穏やかになりつつあった

 

「今日こそ覚悟しろ銀狐ォ、俺はさっき準備運動がてらにクレーターを三つ作ってきた」

 

「地獄に攻撃いれんのいい加減やめなよ、苦情とか結構来てるんだからさ」

 

「今日こそ一撃入れてやる!」

 

そう、今まで天狼は銀狐にこの八年間、一度も攻撃を当てたことがないのだ

だからこそ彼の負けず嫌いな性格が反映したせいか、日に日に実力を向上させており既に八年前とは比べものにならない力を見につけていることに残念ながら本人は気がついていない

しかし、それは無理もないことなのかもしれない

なぜならば.....

 

「オォ!」

 

天狼が銀狐に向かい、右の飛び蹴りを放つ

この八年の修行生活で素の状態でも鋼鉄を粉々に粉砕するほどの威力を身につけた強靭な蹴り、もはや凶器にも近い蹴りが銀狐に放たれるも難なく受け流され、

 

「オラァ!」

 

顔面を掴まれ思いっきり地面に叩きつけられる

そう、天狼の実力が上がってるのを本人が感じる暇もなく銀狐によって一撃で勝負が決まってしまうためである

 

「今日も私の勝ちだな」

 

「ち、ちきしょう...」

 

天狼がこの八年で鍛え上げたのは、もしかしたら精神力と耐久力かもしれない

 

 

 

天狼と銀狐はバッカス集落の外れの火山付近で小屋一つで生活している

元々は銀狐が家出して住んでいるトコロに天狼が居候している形になっているが銀狐は一切嫌そうな様子は見せたことはない

むしろ居候している天狼の方が少し迷惑に感じていることの方が多い

例えば、彼女は室内では必ずと言っていいほど上半身裸で過ごす、しかも理由が「面倒くさいから」の為本音としては少々困っている

他には酒癖が酷く酔っ払った時の愚痴などは延々と三日近く続いたこともあったり、寝室が一つしかないため互いに隣で寝ている、もちろんこの時も銀狐は裸である

しかし八年という歳月は案外恐ろしいモノで最近となってはあまり違和感を感じなくなってしまっている

むしろそれが普通と捉えてしまっている自分が恐ろしいと思ったこともある

まぁ、居候させてもらっている身で何も言えないのが少し悔しいトコロである

 

「じゃ、ちょっと食糧調達に行って来るね」

 

「俺も行くよ」

 

「いいよ、天狼疲れてるでしょ?しっかり休まないと体に悪いよ」

 

「銀狐の方が疲れてるだろ、最近体調悪そうだぞ」

 

「...ッ、行って、くるね」

 

「あ、オイ!」

 

天狼が手を伸ばした時にはもう既に銀狐は扉の外に出て行ってしまっていた

ここ最近ずっとこんな感じである

五年くらい前から銀狐は食糧調達とか散歩とか言って一人で出掛けることが多くなっていた

天狼がついて行こうとしても拒むばかりである

それと同時期くらいから彼女の様子がおかしくなってきている気がする

始めは思い過ごしと流してしまっていたがこんなにも長く続くといくらなんでも疑うざるを得ない

出会った頃は二人で食糧の調達に行っていたし、散歩も一緒に行ったこともあるし、共に酒を飲んで夜を明かしたことだってあった

 

あまり考えても仕方がないと判断して天狼は酒を一杯飲み、あれから日課となった火山殴りに出掛けた

 

 

 

 

「.....遅ェ」

 

銀狐が外出してから既に六時間が経過していた

天狼は既に酒樽を二つ飲み干しており、銀狐が中々帰って来ないことに疑問を抱く、いつもであれば遅くてとも二時間くらいで帰ってくるものだが...

何かあったとは考えづらいが、もし何かあったとしたら?

 

「......外の空気でも浴びるか」

 

手に持っていた空の酒瓶を投げ捨て扉を開き外に出る

もし銀狐が食糧を調達しに行ったのならばわざわざ集落に行ったかその辺の生物でも狩りにでも行ったのだろう

狩りのルートは大体覚えているので一先ずその道を辿れば見つかるかもしれない

天狼は脳波を現段階で広げれる最大限にまで広げ銀狐の気配を探る

 

すると、集落の方向に弱々しいが銀狐の気配を感じ取れた

 

「銀狐!」

 

天狼は無我夢中で集落の方向へ急ぐ

嫌な予感がしてたまらない...!

 

「頼むから、無事でいろよ...!」

 

 

 

天狼が小屋を出る数分前...

 

「今日はそろそろいいかしら、義父さん」

 

「上出来だ、まさかお前がここまでやるとは思ってなかったよ」

 

バッカス集落の長老の小屋で軽いストレッチをする銀狐と不気味な笑みを浮かべる千里の二人が軽口を叩き合っていた

 

「だが、まだ足りんな」

 

「.....?」

 

「お前はこの五年、本当に良く頑張ってくれたよ、こんな長い時間瘴気を体内に保ってられる者はお前が初めてだよ」

 

「......何が言いたいの?」

 

痺れを切らし、少々不機嫌な様子で銀狐は千里を睨みつける

千里は動じる様子すら見せない

 

「一度最終段階に入らないか、それで全てが終わる」

 

「.....一度に瘴気を大量摂取、ということかしら?」

 

「流石は我が娘だ、読みがいい」

 

「私は貴方を父親だなんて思ったことは一度もないわ」

 

捨て台詞を吐き千里に背を向ける

 

そして、

 

「ガッ、ハァッ....!?」

 

瘴気を一度に大量摂取した銀狐は口から血を吐き体制を崩す

ただでさえ体に負担を掛けてる状態で無茶もすればこうなるのは明白である

 

「フム、やはりこうなるのか...」

 

「これで、満....足...?」

 

「あぁ、次の実験に活かせそうだ、盃天狼君も頑張ってくれると嬉しいね」

 

千里が天狼の名前を口に出した瞬間、銀狐の目の色が変わる

 

「どういうつもりだァ、私がアンタに協力する代わりに、天狼には実験に関わらせ、ないッて話は...!!」

 

 

「は、そんな話知らんな」

 

 

銀狐は言葉を失った、頭の中が真っ白になった...

ならば一体自分は今まで何をさせられてきたのだ?

体調を崩して、こいつらの言う通りにしてきて、天狼と過ごす時間を減らして、五年の歳月も掛けたのが

 

 

 

全て無駄?

 

 

 

「ッ、うぅ、ガッ...!!あァ!?」

 

「無理はするな、もう既に致死量を越える量の瘴気を摂取している」

 

銀狐は叫ぶ気力をも失くし、その場でバタリと倒れる

その姿に千里は背を向けながら、

 

「さようなら、愛しい我が娘よ...」

 

不気味な笑みを浮かべながらポツリと呟いた

 

「......銀狐?」

 

タイミングがいいのか悪いのか、天狼がバッカス集落の銀狐の下に辿り着く

 

「て、ん....ろぉ...う」

 

「銀狐ォ!」

 

天狼は銀狐に近寄る

 

「いいぞ、グッドタイミングだ」

 

少し離れた場所で千里はポツリと呟く

 

「銀狐、銀狐!」

 

「わた、しはも、う駄目みた、い...」

 

「.....何言ってんだよ」

 

「天狼、最、期に会え、て良かった...」

 

「何笑いながら泣いてンだよォ、何で最期とかンなコト言うんだよォ、何で俺の知らねェトコで勝手にくたばろうとしてんだよォ!!」

 

天狼は力一杯叫んだ、今までにないくらい盛大に泣いた

盃天狼にとって酒井田銀狐という酒呑童子は一つの目標、道標であった

力で敵うはずもなく、性格で敵うはずもなく、料理で敵うはずもない圧倒的で目指すべき人物だった

いや、それ以上に大切なヒトでもあった

長い年月を共に過ごし、共に笑い、共に酒を飲み、共に極め合い、共に困難に立ち向かい、共に泣き、共に過ごした日々を忘れはしない

 

いや、それでも足りないのかもしれない

 

「俺、ずっとアンタが好きだったんだ、目標とか憧れとかそんなんじゃなくて酒井田銀狐ッて酒呑童子が好きだったんだよォ、だから頼むよ、こんな所で最期とか言わないでくれよォ!!」

 

今まで心に溜まっていた言葉を投げかける、こんな所で絶対に終わらせたりはしない!

 

天狼の言葉に銀狐は驚きながらも笑顔を浮かべる

天狼がここまで感情を表に出すことは初めて見た、彼の心は決して荒んでなんていなかったんだ

 

「てん、ろ、う...」

 

銀狐は力を振り絞り、天狼の頬に手を触れる

 

「本当にありがとうね...」

 

「......ッ!」

 

ドサッ、と銀狐の言葉と同時に銀狐の手から温度がなくなり力なく手が重力に従い振り下ろされた

 

酒井田銀狐は美しい太陽のような笑みを浮かべながら静かに永遠の眠りについた

 

 




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Fortieninth Judge

最近ヤマシロの名前すら出ていない件について


酒井田銀狐の死、こちらの世界の住人の意味する死は輪廻転生の輪に乗り新たな魂として生を授かることとなる

よって現世の死人と違い天国へ行くことも地獄へ行くこともない

生前の記憶もなくなり本当に新しい生命となってしまう

 

「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

天狼は動かなくなった笑顔のままで静かに眠る銀狐の体を手に取る

命とはこんなにも儚い、死とは唐突にやって来る、盃天狼はこの時再び命の尊さを実感する

そして、

 

「いやはや盃天狼君、盃朧の息子らしいね、そんなモノはさっさと埋めて実験...ッ!!」

 

「.....黙れ」

 

盃天狼は動いた、酒井田銀狐を死に追いやった者たち全てを殺す、と

手始めにこの集落の長老であり銀狐の義父でもある酒井田千里の腹を拳一つで貫いた

ここに来る前に酒を飲んでいたのでアルコールは腕に集中したため人体を貫くことなど難しいことではなかった

 

「がッ...ハァ....!?」

 

ズボォ、と天狼は真っ赤に染まった腕を引き抜く

すると千里はガクガクと小刻みに震えながら腹からドクドクと大量の血を流し、糸が切れた人形のように倒れる

 

「何事だ!?」

 

「長老!!!?」

 

騒ぎを聞きつけた集落の住民達が集まってくる

天狼は村の鬼達を一瞥すると腕に脳波を集中させ、首を刎ねる

脳波に斬撃のイメージを纏わせることで鋭利と化した腕に返り血が飛びつく

 

「ぶち殺してやる...」

 

天狼は虚ろながらも恨みの炎を宿した眼から涙を流しながらフラフラと歩き始める

 

「実験なンてフザケたことで銀狐の命を奪ったコイツら全員ブチ殺してやるゥ!!」

 

天狼が叫ぶと辺りの小屋がひとりでに吹き飛ばし、体内に保存してあるアルコールを利用し口から岩をも溶かす温度を誇る炎を放出する

 

殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺す!!

 

辺りの炎が天狼の怒りを表すかのごとくメラメラと燃え上がる

彼の怒りは決して収まることはなくひたすら暴れ続ける

集落に生存者はいなかったらしい

 

この日、盃天狼以外の酒呑童子は全て彼の手によって絶滅したのだった

 

 

 

「今の攻撃は流石に焦ったよ、すごいね」

 

「そりゃ、どう...も」

 

ヤマクロはゆっくりと立ち上がり村正を再び握り直す

すると再び瘴気が集まり始める

 

「今度はこっちから行くよ〜」

 

ヤマクロはまだ余裕がありそうな口調で言うが天狼は返事をする余裕もなかった

一瞬とは言え瘴気を体内に取り込んだのだ、普通であれば体が使い物にならなくなる危機的な状況だ

しかし、彼は酒呑童子である

酒呑童子は他の種族とは違い理性ある生命の中で瘴気に耐性のある黄泉の世界でも少ない種族の一つである

瘴気は理性のない生物ならば容易に体内に取り込むことはできるが、理性があれば毒でしかない

どうも理性には瘴気を拒絶する何かが備わっているらしい、詳しいことはわからないが瘴気と理性は密接な関係にあるらしい

 

(本来ならば限界も近づいてるだろうが、)

 

天狼はヤマクロに向かって走り出す

 

「俺はまだまだヤレるぜ!!」

 

天狼は脳波とアルコールと瘴気で強化した拳をヤマクロに放つ

拳は直撃し、辺りに粉塵が立ち込める

 

「まだまだァ!!」

 

そのまま口から炎を吹き、追い打ちをかける

辺りの血と肉塊の焼ける臭いが漂うが今の天狼にそんなことは関係ない

 

「やるね〜、そろそろ準備運動は終わりにしてもいいかな?」

 

炎が晴れるとヤマクロがまるで何も無かったのようにスタスタと歩み寄ってくる

体が焼けていうこともなく、殴られた痕があるわけでもない

ただ刀に多量の瘴気を纏わせながら笑顔で辺りの炎の残りを払いさる

 

「さぁ、もっともっと遊んでよ、こんなに楽しいのは本当に久しぶりなんだから、さァ!!」

 

瞬間、ヤマクロの眼の色が変わり瘴気もドンッという勢いで一気に放出される

ヤマクロが刀を横振りに軽く振ると辺りの岩や造形物などがスッパリと綺麗に斬れる、無駄な破壊が一切無い綺麗な傷跡だった

 

「上等だ、こっちもまだまだ全力じゃねぇよ!」

 

天狼は更に瘴気を体内に吸収し、ヤマクロに迫る

そこで天狼の体に異変が現れ始めた

天狼は急に訪れる苦痛に動きを止める

ヤマクロはつまらなさそうな表情で刀を振りながら、

 

「来ないんだ、ならこっちから行くよォ!」

 

ヤマクロは瘴気が揺らめく刀を振り上げ、天狼に斬りかかるがその一撃はいとも容易く受け止められてしまう、それも片腕で

 

「え....!?」

 

ヤマクロもようやく天狼の体の異変に気がつく

 

天狼の体から瘴気が放出されていた

 

 




キャラクター紹介

小野妹子(おののいもこ)
種族:元人間
年齢:不明
趣味:交渉、盆栽
イメージボイス:津田健次郎
詳細:生前は遣唐使として活躍した人物
名前のせいでよく女性と間違われており、大変苦労している
武田信玄とはある飲み屋で出会ったらしい


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Fiftieth Judge

もうすぐ今年も終わりますね...
心残りはあるようでないような...


ベンガディラン図書館...

 

「査逆さん、そろそろ仕事しますかぁ、ってゐなゐし...」

 

燃え上がる赤い長髪が特徴的な青年煉獄は広辞苑の様に分厚い死神伝記と表記された一冊の本を閉じ、そこにいるはずの上司に声をかけたが空振りに終わる

どうやら随分集中して長い時間読みこんでいてしまっていたらしくある程度図書館は読み始める前よりも綺麗になっていた

あの上司がどこに行ったかは知らないし興味もないが今日はいつも以上に天地の裁判所が静かに感じた

 

もしや外で何かが起こっているのか?

そうだとしたら余計に査逆がここにいない理由がわからなかった、何故なら彼女は超が付くほどの面倒くさがりで仕事を部下に押し付けて一人で本を読みながら「グヘヘへ」とか言っているような上司なのだから

特に彼女自身にメリットがないと彼女は絶対に動くことがないことを査逆と数日過ごしただけだが、おそらく彼が一番実感しているに違いない

 

(それに、あの人無駄に強ゐし俺が出る幕なんてないだろうな...)

 

煉獄はそんなことを思いながら近くの本棚に手をを伸ばし、セレモニー・カルドセプト12巻を手に取りしおりを挟んでいた部分から読み始めた

彼も曲がりなりに図書館の整理を行ってきたので査逆には負けるが大体の本の位置と種類は頭に入ってしまっている

 

煉獄は再び眼鏡を掛け直し、本の世界に没頭し始めた

 

 

 

地獄...

 

「ウォらァァ!!」

 

「おっと、と、もしかして変身能力とかあったの?憧れるね〜格好良いね〜!!」

 

「ト、まれィ!」

 

ズドォォォォン!と天狼の拳がヤマクロを大地ごと叩きつけ、とてつもない衝撃波を生み出す

天狼は焦点の定まらない眼でヤマクロを睨みつける

 

「まさかコレを受け止めてヒビを入れるなんて予想外だよ、思ったより楽しめそうで何よりだよ!!」

 

ヤマクロは妖刀村正の刀身を見ながら興奮気味に年相応の純粋な子供のように目をキラキラと輝かせる

天狼は宙に浮いているヤマクロに向かって炎を放出する、しかし先ほどのような赤く広範囲に広がる炎ではなく酸素と空気とアルコールと瘴気の力で安定させた青白いバーナー状の炎のレーザーを打ち放つ

ヤマクロはそれを村正と村正に纏わせた瘴気で炎のレーザーを辺りに拡散させ、攻撃を防ぐ

もし村正だけで受け止めていたのなら炎の温度により刀身がドロドロに溶けてしまったであろう

 

「シぶとイ...ゴフッ!」

 

天狼は一か八か、瘴気を吸い込みその後理性を捨てるという荒技を行い自らの体内に瘴気を取り込み力に変換することに成功した、それに加え僅かで消えてしまいそうだが意識と理性を保つことにも成功した

しかしその代償として瘴気が体を蝕む速度が急激に上昇してしまっている、長期戦は望めない...

そして何より瘴気を力に変換し過ぎたせいで見た目にまで影響が及ぶことになった

角は大きく逸れて目の前のモノを突き刺すかのような鋭利と迫力が増し髭と髪は繋がり髪も背中に届くほど長くなり、元々筋肉質の体の上に更に筋肉が増量し体も一回り大きくなる

 

「ごゥ、ラぁぁぁァぁぁ!」

 

「おっとっとっと、危ない危ない」

 

天狼が再び炎のレーザーを放つも空を飛んでいるヤマクロは難なくひょいひょいと高度を変えながら回避する、回避が間に合わない時には瘴気を練り出して防ぐという防御を中心に反撃のチャンスを伺っている

 

と、ヤマクロは地に足を預け足に瘴気を集中させて瘴気が発生する衝撃をバネのように扱い天狼との距離を一気に詰める

そして、

 

「そりゃ☆」

 

妖刀村正で天狼の体に瘴気を纏わせた一太刀を斬りつける

 

「.....ガッ、ァ!?」

 

天狼の体の斬り傷から血が流れ出す

ヤマクロはニヤリと笑みを浮かべながら村正に付着した天狼の血をペロリと舐める

 

「まだ倒れないでよね、楽しいゲームはまだ始まったばっかなんだからさ〜☆」

 

ヤマクロは笑みを崩さない、それどころか更に狂気の満ちた表情に歪んでいくのがわかる

天狼はヤマクロに傷を付けられたが倒れる様子はなく、そのまま踏み止まり息を荒げる

 

「て、ンメェェぇ、こノ野郎ぅ!」

 

「アハ、アハハ☆」

 

天狼がヤマクロに殴りかかる、ヤマクロはそれを村正で防ぎ弾き、追い打ちをかけるように瘴気を天狼に浴びせる

しかし天狼はその瘴気すらも飲み込んでしまい、全身から血管が浮き出口から血を吐くも、そのまま吸収して力に変換することで更に一回り体を大きくする

天狼は蹴りを、ヤマクロは刃をぶつけ合い肉体と刃物の攻防戦が暫しの間展開され、実力は互いに均衡し合いどちらが先に隙を見せるかという唾競り合いの状態になっている

 

「あは、いいねいいねいいねいいねいいねいいねいいねいいね!もっと、もっともっと楽しもうよ、もっと力を見せてよ!」

 

ヤマクロは表情を歪めながらひたすら笑い独り言を話すが、天狼が応えることはなかった

もはや理性もギリギリ、戦いも互角で戦うのがやっとの彼にそんな余裕は一切なかったのだ

 

すると、突如ヤマクロの動きが止まり、天狼の一撃がヤマクロを捉える

ヤマクロは抵抗することなく後方へと吹き飛ばされるがもう一つの異変に気がつかされる

 

鎖、右腕に鎖が巻きついていたのだ

おそらく動きが止まってしまったのはコレのせいであろう

ヤマクロは鎖の出処を探るため鎖の放たれている方向に目を向ける

 

「ねぇ、何で邪魔するの?」

 

「すみませんね〜坊ちゃん、ウチも本来なら坊ちゃんをマジで応援したいところなんですけど目の前で同僚がズタズタに叩きのめされてるの見ちゃったら不利な方応援したくなるのがウチのポリシ〜なんすよね」

 

鎖の主は少女だった

無駄に髪を盛り金髪と茶髪の丁度中間辺りの微妙な色で染められた長髪のせいで両目が隠れてしまっており確認することができない

しかし、あの攻防戦の中でヤマクロの腕を狙い鎖を巻きつけることができた相当の実力者として見て正解であろう

 

「久し振り査逆、今度は君が昔みたいに遊んでくれるの?」

 

「昔みたいな甘っちょろいのは坊ちゃんの好みではないでしょ、もっと刺激的で血が煮えたぎるような遊びの方が好みなんじゃないですか?」

 

「流石だね、査逆はボクのことがよくわかっている」

 

「お褒めにいただきありがとうございます」

 

そこから両者の間に言葉は交わされなかった

 

そして、二十を越える無数の鎖と一本の刀がそれぞれ構え放たれ、月見里査逆とヤマクロ、かつて特に主従関係の強かった二人が激突した

 




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Fiftiefirst Judge

最近寒い...!


査逆の両腕から放たれた無数の鎖は一つ一つ狂いなく四方八方からヤマクロを確実に狙い脳波により極限まで硬度を上げた状態で放たれる

ヤマクロは避けようとも刀を振ろうともせず瘴気で円柱の壁を作り出し確実に防ぐ

ヤマクロは瘴気を道として利用し刀を振り上げ一気に査逆に迫る

もちろんその刀を丁寧に受け止めるわけにいかない彼女はその場で跳躍し、上空から脳波と回転を付け加えた鎖を勢いよく放つがヤマクロも瘴気の道をいとも簡単に捨てると空を飛び鎖を華麗に避けて横から村正で鎖を斬り裂く

査逆は重力に従い地に足を着けるがヤマクロはそのまま浮遊した状態で留まる

 

「おイぃ、坊ォッちャんデ全力がァ出せナイなら邪魔ァスンナ、俺がヤる!」

 

背後で天狼が苛立った様子で話しかけてくる

どうやら瘴気が徐々に身体に馴染んで来たらしく先程よりも言葉が通じやすく意識もハッキリとしている、その証拠に目に元の光を取り戻し大きくなっていた体も徐々に戻ってきているのがわかる、どうやら体の異常な変化は短時間の内に瘴気を急激な量で摂取してしまったことが原因らしい

吐血の回数も少なくなったがそれでも瘴気が天狼の身体を蝕み続けているのも事実だろう、しかし天狼は理性のある生物の中でも瘴気に対して強い耐性力のある酒呑童子である

この短時間で器や抗体を生成してしまったのかもしれない

 

「オイこラァ査逆ィ、聞いてんのかァ!?」

 

「聞いてるからそんなにマジで興奮すんなって、せっかく瘴気落ち着いてきたのにまた戻っちゃうよ」

 

「.....どウいぅ意味ダァ?」

 

「まさか、マジで知らないの?瘴気は確かに自らの意思で体内に取り込むこともできるけど憎しみや悲哀、怠惰なんかのマイナス思考を頼りに集まってくるんだよ、つまり瘴気は負の感情を探しながら漂ってんのマジで知らなかったの?」

 

「知らナかった...」

 

天狼は気まずそうに顔を俯ける

なんというか、知らなかったことを恥じているようにも見える

 

「まぁ、そういうわけだからここはウチに任せてさ...」

 

天狼が声を出そうとした途端、ジャラジャラ!という音が辺りに響き渡る、次いで天狼は体が動かせないことに気がつく

 

「オイぃ!ドォイうつモりダぁ!?」

 

「暴走でもされて二人相手はマジでごめんだからね、しばらく強制的に黙らさせてもらったんだよ悪いね」

 

「チッ...」

 

査逆はもう天狼に声を掛けることもなく歩き始める

そしてニヤリと不気味な笑みを浮かべながらポキポキと拳を鳴らす

 

「始めましょうか坊ちゃん、あなたの元従者である天邪鬼の月見里査逆ちゃんがお相手いたしま、スッ!!」

 

言いたいことだけ言い開戦を合図すると伸縮と硬化のイメージの脳波を纏わせた鎖を五本ほど右腕から放つ

彼女の鎖は本来五ミリ程度の小規模サイズでとても短い、だから複数の持ち運びが可能で伸縮のイメージの脳波を纏わせることで長さも自由自在に設定することができる、さらに

 

「おっと、と!」

 

「そんなんじゃ、逃げ切れませんよ!」

 

査逆は笑みを崩さない

ヤマクロは宙に浮き回避するがそこで鎖が再びジャラジャラと音を立てる

鎖に鎖を取り付けておくことで更に広範囲の攻撃を可能にする

 

「え...」

 

「まだまだウチの射程範囲ですわ」

 

鎖から飛び出た数本の鎖は真っ直ぐヤマクロへ向かう、脳波を用いて操作しているのだ

硬化、伸縮、操作という三種類の違うイメージを同時に操るなど本来であれば至難の中の至難の業となる

脳波とはイメージするだけでは現実に影響は出ないため、より強い想像力とより高度な脳波の操作が必要とされるためである

さらに脳波は一瞬でも気を抜いたり動揺したりでもするとその時点で既に脳が脳波の放出を拒んでしまう作りになっている

もし普通の人間が別々のイメージを三つ同時に行うとしたら脳が三つあっても足りるかわからない、天地の裁判所の鬼や閻魔であっても二つが限界かもしれない

 

しかし、月見里査逆という天邪鬼は違う!

 

「これは...!!?」

 

「坊ちゃんを逃がさない為の檻ですよ、見事に引っかかってくれましたね」

 

「こんなもの、ボクの力で...」

 

そう言いヤマクロは妖刀村正を構え瘴気を纏わせる、ヤマクロが鎖の檻に攻撃を加える前に査逆は次の手を打つ、突如として鎖が淡くオレンジ色に輝き始める

 

「爆ッ!!」

 

査逆は更に鎖に爆破のイメージの脳波を鎖に流し込む

鎖は連鎖反応を起こして次々と爆発を始める、これで査逆は四つのイメージを同時に使用したことになる

 

かつて天邪鬼の一人として、天地の裁判所最強の若手とも言われたことのある彼女の力がヤマクロを襲った

 

そもそも天邪鬼という種族は鬼の中でも異端の存在であり偶然から産まれた存在でもある

体の構造も少し異なり脳は本来右脳と左脳の二つだが天邪鬼の脳は中心脳、前左脳、前右脳、後左脳、後右脳の五つの脳があり鬼のくせに角が生えないという鬼らしからぬ特徴的もある

そんな天邪鬼の彼女だからこそ常人離れした神業を成し遂げることができたのだ

 

「ウチは自分で言うのもなんだが天邪鬼の中でも戦闘狂の方だ、たとえ坊ちゃんと言えど強い奴と戦うならウチはマジの力を出す、これがウチのポリシーだ!」

 

 




キャラクター紹介

ゼスト・ストライカー
種族:死神
年齢:180歳(人間で言う18歳)
趣味:裁縫、読書
イメージボイス:森久保祥太郎
詳細:現閻魔大王ヤマシロの同世代の唯一の親友であり義兄弟
仕事はきっちりとこなす真面目な性格をしており、失敗したという理由で自らの命を絶とうとしたこともある
ちなみに冷え性であるため凍結の属性による攻撃をそれを理由にもうおこなわないと心に断固誓っていた時期があった(今は平気だが冷え性は治ってない)
今は他界したが歳の離れた姉がいた


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Fiftiesecond Judge

おそらく今年最後の投稿です
皆様、よいお年を(^^)


 

天国、慰霊碑付近のオープンカフェ

 

「それはどういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ、ここ天国では美原千代という人物の名前そのものが秘匿対象であって詮索をするなんてもってのほかという意味よ」

 

ヤマシロは須川の言葉の意味を理解できなかった、確かに天地の裁判所でも美原千代に関する資料は少なかったが天国ではどうやら詮索することができない名前になっているらしい

こんなことができる人物は一人しか思い当たらないが今は置いといていいだろう、それでも須川時雨という情報屋は話してくれたことをみるとヤマシロだから話したのか、それともかなり無理をしているのかもしれない

ちなみに五右衛門と瓶山は現在少し離れた場所に移動してもらっている

 

「須川、お前一体誰から情報を仕入れているんだ、お前のバックに誰かいるのか?」

 

「.....そのことについては詮索しない約束よね?」

 

「そうだな悪かった、以後気をつけるよ」

 

須川は不機嫌にコーヒーを飲みながらズボンのポケットから一枚の紙とペンを取り出す

 

「まず美原千代という人物だけど彼女はこの天国では第一級の重要人物として扱われていて存在すらも伝説級となっている」

 

「存在が?」

 

「さっき話した秘匿のせいで皆美原千代という人物の存在すらも疑い始めたのが始まりよ、もう何十年も昔からそんな状態が続いてるわ」

 

須川は話しながら紙に何かを書き込んでいく、どうやら話を要約しながらメモをしているらしい

恐らく天国でこんなことをできるのは神か閻魔大王クラスの権限を持っていないと不可能、そして美原千代のことを詮索されて都合が悪い人物、ヤマシロには自身の父ゴクヤマしか思い当たらなかったが少し考えてある矛盾点に気がつく

まず、ゴクヤマは美原千代と関わったことから閻魔大王の職を引退した可能性が高く閻魔大王を引退してからはそんな権限はないこと、仮に閻魔大王在職中に行ったことだとしても美原千代という人物、なんて未だに天国に来ていないのかもしれない人物を秘匿にすることなどできるのだろうか、まず誰かが疑いを持ち調べ始めてもいいはずだ

ヤマシロにはどうもゴクヤマのやることには疑問ばかりが思い浮かぶ、昔から何を考えているのかよくわからない男だったのも事実だ

 

「なぁ須川、美原千代の写真とかってあるか?」

 

「写真?それらしき人物のならあるけど信憑性はないわよ、偽物かもしれない」

 

「それでもいい、見せてくれ」

 

須川はまた自分の谷間に手を突っ込みゴソゴソと漁り始める、いやこの場合ゴソゴソという効果音は正しくないかもしれないが効果音を変えてしまうと何かダメな気もする...

須川は何食わぬ顔で「あったあった、これこれ」とヤマシロに向かって写真を放り投げる、仮にも秘匿扱いされているかもしれない人物の写真をこんな適当に扱っていいのかと疑問が生まれたが所有権は彼女にあるのだからあまり追求はしないでおく

ヤマシロは写真を受け取り一応少し遠慮するような感じで写真を見る

 

「......ッ!?」

 

ヤマシロは写真を見た瞬間、頭が真っ白になり全ての思考が停止した

何故ならその顔はどこかで見たことのある、いや知人の顔だからである

だがこれでゴクヤマの考えも少しだけわかった気もするし、ゼストの言っていることにも未だに半信半疑の状態だが納得もいく

 

だって、この人の顔は...

 

「ヤマシロ!?」

 

須川は驚いた表情でこちらに駆け寄ってくる、突如ヤマシロは苦しそうな表情を浮かべて机に突っ伏したのだ

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫、裁判所から通信が入っただけだ」

 

ヤマシロは顔に汗を滲ませる

どうやら天地の裁判所の従業員から脳波による脳話を受けたらしい

しかも、同時に複数の...

脳波は脳から直接発せられる電波のようなもので脳話とはそれを利用して通話する力であり、マンツーマンの対話ならば脳は対応が簡単だが、複数となると脳に負荷が掛かってしまう

 

(あの馬鹿ども、一度に複数はやめろっつてんのに...)

 

「須川、今から俺独り言話すけど気にすんなよ」

 

「え、えぇ...」

 

須川は席に戻りコーヒーを再度注文し美原千代の写真を仕舞う

 

「どうした、誰か一人が代表して話せ頭が痛くて仕方ない」

 

『閻魔様!申し訳ありません、では私がお話いたします!』

 

「用件は?」

 

『至急、裁判所にお戻りください!緊急事態につき帰りの便の手配も済ませております!』

 

「何があった?」

 

『ヤマクロ様が、封印を破り...』

 

「......!!?」

 

ヤマシロは先ほどよりも顔を青くし冷や汗をダラダラと垂らし、席から立ち上がる

 

「ヤマシロ?」

 

「悪い須川、急用ができた!」

 

「ちょ、ヤマシロ!?」

 

ヤマシロは須川の呼び止めにも応ずることなく走り始める

 

「状況は!?」

 

『現在天狼さんと査逆が戦い引き止めております、ですが被害者は既に何人も、地獄は今までにない異常な量の瘴気で覆われております!』

 

「だろうな脳波越しに伝わって来るよ、亜逗子と麻稚は!?」

 

『亜逗子様なら麒麟亭でご休息、麻稚様は三途の川の復旧作業の続きに出かけております!」

 

「亜逗子を裁判所で待機させておけ、俺も直ぐに戻る!それまで誰も地獄に近づくんじゃねぇぞ!」

 

『了解しました!』

 

ヤマシロはそう言って脳話を切り急ぎ空港へと向かう

 

「ちくしょう、無事でいろよ天狼さん、査逆!」

 

ヤマシロは複雑な心持ちなまま空港を目指した、ヤマクロのことを思うと今でも心が痛くて仕方ないのだ

 

(ヤマクロ、絶対に俺が救ってやるからな!)

 

 

 

地獄、査逆が全ての鎖を脳波による爆発を発生させた某所にて...

 

「査逆ィ!てメェ、俺ヲ縛っテる鎖まで爆発させテンじャねぇぞ、死ヌとコろダッたじゃねェカァ!!」

 

査逆の背後から天狼が怒りを露わにしてズカズカと歩いてくる、瘴気を体内に吸収しているせいでタダでさえ負の感情が現れやすくなっているため普段温厚な天狼でもキレる

 

「大丈夫よ、あんたマジで体丈夫なんだしさ〜」

 

「汗ダラだラ流シて顔逸らしてんじゃねぇよ、坊ちャんブチノメしタラ次はお前だカラなァ!!」

 

「.....互いに無事でいられたらね」

 

正面の爆炎が払われ、村正を構えながらヤマクロが笑顔で体を焼きながら歩み寄ってくる

 

「さっすが査逆、ボクの期待通り想像もつかないことしてくれちゃうよね!ホント楽しくて仕方ないよ!」

 

「流石です、あの攻撃を受けて無傷とはね」

 

ヤマクロと査逆が互いに褒め称え合う、ヤマクロも査逆も互いに余裕を見せ合っているが、実際に余裕と余力が残っているのはヤマクロである

査逆は実際五つの脳を持っていても脳波による脳にかかる負担は変わらないためである、対してヤマクロは脳波による戦闘方法を知らないため脳波はこの戦闘で一切使っていない、全て自身の身体能力で戦っている

ヤマクロはそうだった、生まれながらに戦闘能力が凄まじく兄のヤマシロにも匹敵するかもしれないと将来を期待されていた

しかし、性格に問題があったため封印され隔離された、実際ゴクヤマにはヤマシロという跡継ぎがいたためヤマクロを必要としなかったこともあったためヤマクロの性格は更に歪み、いつしか涙や悲しみを誤魔化すために仮面を被るようになった

当時世話役であった査逆のみがその事実に気がつきゴクヤマにヤマクロの封印をやめるように説得したが皆無に終わってしまい、当時欠番だったベンガディラン図書館館長及び司書長にまで降格させられてしまう結果となった

 

「天狼、マジで構えて」

 

「あン?」

 

「坊ちゃんの戦闘センスは歴代閻魔の中でも群を抜く程よ、ウチもあんたもマジで戦わないとマジで命が危ういかもしれないわ」

 

「.....お前が言うんなら嘘じゃなさそうだ」

 

天狼は声を落ち着け体内に残った瘴気を力に変換して、

 

「ナら、体をぶチ壊しテデモォ、挑まないとナァ!」

 

天狼は勢い良く炎を吹き出す、先手必勝と言わんばかりの凄まじい炎がヤマクロを襲う、恐らく温度は1万℃を軽く越えているであろう

アルコールの着火成分と瘴気の成分が混ざり合った炎はユラユラと燃え広がって行く

 

ただ、一箇所を除いては

 

「う〜ん、フライングスタートはどうかと思うけどね〜☆」

 

ヤマクロは天狼の出した炎を瘴気と共に村正に纏わせる

一太刀、横に振るえば炎が大地を斬り裂き、空を瘴気が斬り裂いた

 

「うぉ!?」

 

「忘れるなよ天狼、坊ちゃんだって閻魔の血を引いているんだ、それにあのヤマシロの弟。坊ちゃんにも脳波を属性に変換させる能力があって当然だ!」

 

「しかモ属性はヤマシロと同じ炎かよ、くそッタレ...!」

 

査逆は鎖を使いヤマクロが斬り裂いた大地に固定し、大地を持ち上げる

天狼は腕に瘴気と力を集中させ大地に一撃攻撃を加え地響きを発生させその衝撃によって発生した地割れをヤマクロに向かって放つがヤマクロは空を飛んで回避する

そして査逆はヤマクロに持ち上げた大地の欠片を頭上に落下させるが村正によって一刀両断される

 

「もう飽きた、そろそろ終わらせてもいいよね?」

 

次第にヤマクロの表情から笑みと目のハイライトが消え、その場から姿を消したと思えば辺りを無差別に斬り裂き始める

 

二人はヤマクロの動きを追うことに精一杯になってしまい動くことができなくなる

そんな中、天狼は査逆の近くに巨大な瘴気が迫っているのを肌で感じ取るが査逆は気がついている様子はない

 

「査逆ィィィィィィィ!!」

 

「え、何......ッ!?」

 

気がついた時には既に遅かった、ヤマクロの無差別の斬撃は査逆の身体を捉えており鎖ごと査逆の体に斬撃が刻み込まれた

赤い液体が飛び散り査逆が「え...?」と小声で呟いたのはほぼ同時のタイミングであった

 

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Fiftiethird Judge

今回少し短めです(^^)


「えっ....?」

 

時間が停止する、何もかもがスローモーションとなり天狼は声を出そうとしても出なかった

査逆に傷を入れたヤマクロですら驚きながら目を大きく見開いている

そして、査逆は力なくその場に膝をつき膝が彼女自身の体重を支えることができなくなり、そのまま大地に体を預ける

 

「査逆ぃぃぃィぃぃィィィ!」

 

「う....あっ、え?」

 

天狼は査逆に駆け寄り、ヤマクロはショックのせいかそれとも査逆を斬りつけてしまった自責のせいかはわからないが手から村正を離し、カランカランッと音を立てながら転がり落ちる

 

「査逆、しっカリしロ!」

 

「わ、私は大丈夫...そこまで傷は深くないわ...」

 

「けど...」

 

実際査逆の斬り傷はそこまで深くない、包丁で誤って指を切ってしまった程度の傷だろう

しかし刀に纏わりついていた瘴気が傷口に侵入して細胞の再生が鈍くなってしまっている、傷が浅いのが幸いだろう

 

「まさか、坊ちゃんは...!」

 

天狼はヤマクロの方に視線を移す

おそらく無意識だろうがヤマクロは査逆を斬りつける一瞬に刀の軌道をずらしたか力を緩めたのだろう

ヤマクロは今でも査逆のことを大切な存在として認識しているのかもしれない、今は大量の瘴気を浴びて精神的にも不安定な状態だが希望はあるかもしれない

 

「う、あぁ...ぅぅう、ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァォァァァァ!!」

 

「坊ちゃん!」

 

「あ、アれは...!!」

 

 

 

一方、天地の裁判所

 

「ちくしょう、何なんだこの巨大な瘴気は、一体何が起こってるんだ!」

 

天国から戻ったヤマシロが亜逗子と待ち合わせをしている場所に目指していた

天国で走りでは間に合わないと思っていた時に偶然だが、スポーツカーに乗った信長と出会い空港まで送ってもらえたので予想よりも早く到着できたのでもしかしたら亜逗子はまだ来ていないかもしれない

 

「亜逗子ァ!」

 

「あ、閻魔様〜何なんすか緊急事態って、あたいも暇じゃないんですから少しは「この仕事が成功した曉には給料を倍にしてやる!」遠慮なんていらないっすよー!じゃんじゃん仕事持ってきてくださいよー、あたいは仕事するために生まれてきた鬼なんすからね!」

 

...少し効果が強過ぎたが大丈夫であろう、というよりも毎度のことだが彼女に給料の話を持ち出せば必ずと言っていいほど協力してくれるのでもしもの時は彼女の上司としてこの一言で彼女を動かせる

最近なんかでは金関連のことでは大抵のことも引き受けているらしい

 

「今すぐ戦闘態勢を整えて地獄へ向かうぞ!」

 

「戦闘!?一体何しに地獄まで行くんですか!?」

 

「お前は感じないのか、この異常な量の瘴気を...!」

 

ヤマシロの質問に亜逗子は目を点にして頭から蒸気を出しながら首を傾げる、一体どこに知恵熱の原因があったかはわからないが今は時間がないのでスルーする

 

「ヤマクロの封印が解けた、今は天狼さんと査逆が食い止めてくれているが俺たちも直ぐに向かうぞ!」

 

「坊ちゃんの、封印が!?」

 

「詳細は走りながら説明する、一先ず急ぐぞ!」

 

「お、おぅ!」

 

すると、何を思ったのか顔を真っ赤にし亜逗子は服を脱ぎ始める

 

「何で服を脱ぐんだ!?」

 

「え、戦闘態勢って言われたので着替えを...」

 

「ここで脱ぐなよ、更衣室とか他にも部屋があるだろ!なんで俺がいるのにそんなにも堂々と着替ようとするんだお前はッ!!」

 

こころなしかヤマシロの頬も若干赤く染まっている

 

「え、閻魔様なら...別に見てもいいっすよ?」

 

「今そういう雰囲気じゃないから!シリアスな雰囲気を壊さないでもらえますかねー!」

 

説得の末、裁判所内にある更衣室を利用してもらえることに成功した

 

ヤマシロは亜逗子をただじっと待っているのも暇なので地獄が見える位置に移動する

そこでは巨大な瘴気の刀が地獄から突出して出ているのが目に見えた

 

「あれは、妖刀村正か!?」

 

ヤマシロは普段の地獄から感じることのできない程の量の瘴気を肌で感じながら冷や汗を拭う

 

「クソ、あんなモノまで持ち出していたなんて...」

 

「困ってるみたゐだな、五代目」

 

ヤマシロが焦るに焦っていると背後から声をかけられる、亜逗子ではない

亜逗子と同じ赤く長い髪ではあるが共通している点はそこだけで他に外見的共通点は見出せないがヤマシロの部下であることにも間違いない

 

「煉獄...」

 

「亜逗子ちゃんも行くんだろ、俺も同行させてもらうぜ、彼女を守るのは俺だからな!」

 

煉獄 京、確かに戦力にはなりそうだ

 

「それにあの上司もどっか行っちまったしラノベも読み終ゑちまったし試したゐことも山ほどあるんでね」

 

「お前の上司もそこにいる」

 

「なら尚更行くべき理由ができちまったな...」

 

「どうせ止めても止まる気はないって顔してるぜ、亜逗子が許可するなら行ってもいいんじゃないか?」

 

その一言に煉獄はニヤリと口を歪めた

 




キャラクター紹介

月見里査逆(やまなしさがみ)
種族:天邪鬼
年齢:240歳(人間でいう24歳)
趣味:食べ歩き、昼寝
イメージボイス:阿澄佳奈
詳細:ベンガディラン図書館の館長で部下からの信頼なしというレッテルのついた女性
部下から信頼されてない理由はカリスマ性のないとのこと(本人談)
現世のギャルの容姿にのみ惹かれて真似ている
戦闘技術はズバ抜けておりゴクヤマと戦ったこともある


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Fiftiefourth Judge

今回も少し短めです(^^)


 

ボクはまた罪を犯した...

ボクの大切な査逆を斬った、あんなに優しくてボクのことを救ってくれた査逆を...!

ボクは昔からそうだ、ちょっと興奮すると自分を抑えることができない悪い子なんだ!お父さんがずっとそう言ってたんだ、ボクのいない所でコッソリと!

兄さんだってそう思ってるに違いない、だってずっと、50年間もボクのことを放ったらかしだったんだ!

 

あぁ、どうしてボクはこうなんだろう

兄さんと違ってどうして戦い出すと見境がなくなって楽しみのあまり止まることができないんだろう...

 

もういっそのこと、こんな理不尽な世界ごと.....!

 

 

 

「アァ、うぅ、ウゥァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

「コレは、さッきのいや、サイズは比べモンにならねェくらいでけェ!」

 

再びヤマクロが村正を手に握ると地獄中の瘴気が村正に集中する

量も力も先程とは桁違いに大きくとても防げる一撃ではない

 

「あれこそが妖刀村正の真の姿...!」

 

「査逆...」

 

「刀は持ち主を選び主人に仕えると言われてるがアレは違う、持ち主を選び刀が持ち主を支配する!精神的にも肉体的にも!」

 

そう、妖刀村正は大きな負の感情を持つ人物を好みまるで意思があるかのように己の依存性のある瘴気を放ち握らせて支配する

つまりヤマクロは妖刀村正に魅入られ支配されている状態となっている

 

「ナンでンなこト知ってテ今まで黙ってたんだァ!」

 

「今知ったのよ、ヤマシロから今しがた連絡が来てね」

 

ついでにそのヤマシロが今ここに向かっていることを話す

査逆の一言に天狼は軽く舌打ちをする

 

「....天狼?」

 

「アレはまだ完成してはいないンダロ、俺が少しでも時間を稼ぐ!」

 

その言葉を残し天狼は再び大気中の瘴気を体内に取り込む、もうその動作に慣れ適量も理解したのかわからないが取り込んだときの負担が少ない気がする

あくまでも外面的だが...

 

「イくぜ!」

 

天狼は全速力でヤマクロの元に走る

脚に瘴気を集中させているためそこまで時間は掛からなかった

 

そしてヤマクロの首目掛けて全力で回し蹴りを放つ

 

が、

 

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「なッ...にィ...!?」

 

普通であれば喉が弾け飛びそうな程の声量の衝撃が天狼に襲う、天狼は一時的とはい大地から足を離していたため衝撃を受け止められずそのまま後方へと吹き飛ばされる

その後、何度か近づいたり炎を放ってはみたものの音の壁を越えることができず村正に瘴気が集まり次第に完成に近づいていく

 

「クソ!」

 

「まずい、あんなモノ振り回されたらマジで地獄が真っ二つになるぞ!」

 

時間だけがイタズラに過ぎて行き次第に村正のサイズも先ほどの倍近く大きくなってしまっている

 

「ァァァァァァ、ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

叫び声も次第に大きくなり、辺りにヒビが生じ始める

 

すると、ヤマクロに向かう三つの影を天狼と査逆の瞳が捉えた

 

 

ヤマシロ達が到着した

 

 

「亜逗子、査逆と天狼さんを頼む!」

 

「了解!」

 

「煉獄は適当に邪魔にならないように援護を頼む!」

 

「何その命令!?」

 

亜逗子はその場で立ち止まり、ヤマシロはヤマクロに真っ直ぐ走り、煉獄は潜影術でヤマシロの後を追う

 

「大丈夫か!?」

 

「俺はイいから査逆ヲ頼む!」

 

「あ、あぁ」

 

普段と違う天狼の雰囲気に押されるもすぐさま脳波を展開し、査逆の治療を始める

紅亜逗子という赤鬼は戦闘こそ本職だが、脳波による細かな治療も得意としておりその正確さは裁判所内でも群を抜いてトップクラスである

 

一方、

 

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「いつまでも泣き喚いてんじゃねぇよ、それでも俺の弟か、閻魔か、ヤマクロォ!」

 

ヤマシロはヤマクロにギリギリまで近づき、右の拳を突き出す

すると淡く白い光がヤマシロの右拳を包み込みヤマクロの瘴気を浄化し始める

そう、初代閻魔大王ヤマトの力を宿した腕輪の力である

 

「お前は瘴気なんかに囚われてちゃいけないんだ、お前は何も悪くないんだからよ!」

 

瞬間、白い光が地獄を包み込み妖刀村正に集まった瘴気は跡形もなく綺麗に消え去った

 

同時に金色に輝く腕輪にピキピキッと亀裂が走った...

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Fiftiefifth Judge

長く感じますがもう少しこのグダグダなエピソードにどうかお付き合いください
お願いします(^^;;


「あの白い光は...?」

 

「ウチは初めて見るね」

 

亜逗子の回復である程度傷の塞がった天狼と査逆はヤマシロとヤマクロ、もっと言えば地獄全体を包み込む眩い白い閃光に驚きを隠せないでいた

ヤマシロの属性は炎、白い炎とも考えていいが『白』というモノは心に汚れがなく純粋であることを示す

閻魔の属性変換は心持ちようによって色や性質がそれぞれ異なるのも特徴の一つであるからである

故に白という色は少なくとも生き物ならば何者であろうと存在する欲があればその時点で具現化することができないのである

 

「アレは初代閻魔大王様の力を込めた腕輪らしいよ、あたいも話しか聞いてないし実際見るのは初めてだけどね」

 

「亜逗子...」

 

「白き光、汚れなきその力は邪なる力を打ち払う、だったよな〜亜逗子ちゃん」

 

「あんた、閻魔様と一緒だったんじゃ...」

 

「眩しゐし出番なさそうだったから戻って来たんだよ、無事ッスか査逆さん」

 

「煉獄君、なんでそんなことマジで知ってんの?」

 

「少なくとも最近はあんたよりも本に触れる機会が多ゐからね」

 

「...マジその通り」

 

影から戻った煉獄も興味津々に光を遠くから見る

この力のことは様々な歴史書や文献にも記録されているが所詮は書かれたモノで実際目の当たりにするのは本当に最初で最後かもしれない

そこで査逆は天狼の身体の異変に誰よりも気がつく

 

「天狼、あんた体が...」

 

「ん、そういえば...」

 

「天狼さんもあの光の影響で瘴気が浄化されたんじゃなゐッスか、あの光の払う邪には瘴気も対象になってるみたいッスからね」

 

「...お前はなんで俺が瘴気を体に取り込んだことを知ってるんだ?」

 

「査逆さんが脳話でさっき教ゑてくれたんで」

 

煉獄はケラケラと両手を広げて笑う

天狼は一瞬査逆を睨むも当の彼女の目には天狼は映っていなかった

 

「あたいは二人をある程度回復させましたけどもう少し休んでてくださいね」

 

亜逗子の一言に二人は驚き目を見開く、大いに不満があると査逆が代表して抗議する

 

「ちょ亜逗子!それマジでどういう意味だァ、ウチはマジでまだやれるぞォ!」

 

「落ち着ゐてくだせゑや、だから俺たちが来たんじゃなゐですか」

 

「そうそう、あたいだっていつまでもあんたの背中ばっか見てるなんて嫌だからさ」

 

「そういう意味じゃないッ!坊ちゃんが狂ってしまったのは元世話役であるウチの不始末だ、ウチがケリ着けなきゃいけないんだッ!!」

 

査逆は鎖を構え直し口の中から鉄の味のする唾を一つ吐く

そしてゆっくりと立ち上がり、

 

「もし、坊ちゃんの元へ行くなら...」

 

査逆は亜逗子と煉獄を一瞥し、

 

「ウチの屍を越えて行きな、それが出来たらだけどねッ!」

 

一人の天邪鬼が立ち塞がった

 

「.....査逆さん」

 

「オイ査逆、こんな時に何ふざけたこと言ってやがる!!」

 

天狼の叫びも虚しくスルーされ、

 

「ウチは本気だよ、こんな野蛮な奴らに坊ちゃんを任せていられないのも事実だし坊ちゃんを独り占めにしてイチャコラしたいのも事実だし坊ちゃんの世話役にもう一度なって面倒でマジでだるい図書館館長なんて役職を放棄したいのも確かに事実だけどウチが坊ちゃんを実の姉弟のような感情を抱いてるのも事実だからここはウチがやらないといけないんだよォ!」

 

『後半本音ただ漏れじゃねぇか!』

 

亜逗子と煉獄の両鉄拳が査逆の顔面に直撃した、彼女はそのままバランスを崩し後方に倒れる

その姿を見た後、亜逗子と煉獄は顔を見合わせニヤリとドヤ顔にも似た笑みを浮かべ、パチンとハイタッチを交わす

なんだかんだ言ってもこの二人、かなり気が合い仲がいいのかもしれない

 

「.....容赦ねぇな」

 

ドヤ顔を浮かべる彼らの近くでこんな呟きがあったとかなかったとか...

 

 

 

(しっかりしろヤマクロ、お前はこんな瘴気に支配されるほど気が弱くないはずだッ!)

 

淡く輝く光の発生源地、ヤマシロの拳がヤマクロに向けられてから数秒、いや数分経ったのかもしれないもう時間の経過も忘れるほどヤマシロは集中していた

初代閻魔大王の力を宿した特別な腕輪、使用にはいくつかの注意はあるものの人体や物体に付着した瘴気を浄化する力を持つこの光はゼストの肉体に憑依していたミァスマの瘴気を追い出すことに成功したという前科もある

 

(おそらくヤマクロは長い間瘴気を浴び過ぎて元々の戦闘狂の性格に刺激されて更に強くなって殺意の衝動も生まれてしまった、このことがこんな悲劇を生んだに違いない!)

 

実際ヤマシロの推測がどこまで正解かはわからないがヤマクロが瘴気の影響なしに戦闘狂であったのも事実であるし、性格は元々あんな感じに少し暴走気味だった

 

だからこそ父であるゴクヤマに危険人物として幽閉された

何度かヤマクロも一応もしもの時の閻魔大王代役の演習のため裁判を体験したことがあり、それが問題でありとてつもなく酷かった

まず、履歴書の顔写真で天国行きか地獄行きを判断したり経歴で気に入らないものがあれば即地獄送り、エトセトラエトセトラ...

バランスを整えるための後始末は軽くて済んだがあのまま幼いとはいえヤマクロが死人の判断をしていたとしたらゾッとする

だから彼は周りの鬼達からも煙たがれていた、たった一人を除いて...

 

「.....つまらない」

 

突如ヤマクロが口を開き、村正を握り直す

ヤマクロはハイライトの消えた虚ろで真紅の瞳をヤマシロに向ける

 

「つまらないよ兄さん」

 

「何?」

 

「だって兄さんさっきから突っ立ってるだけで一撃も攻撃してこないじゃん、まさかここまで舐められてるなんて思いもしなかったよ」

 

そう、ヤマクロはただ戦いを殺しをただただ楽しんでた

50年も隔離空間にいたヤマクロにとって外に出て動き回ることが何よりの退屈凌ぎだったのだろう

しかし、先程からヤマシロは攻撃を仕掛けるにしても初代閻魔大王の光を放っているだけである

主に瘴気にしか影響を及ばさないこの光はヤマクロには無害に等しい、それも直接殴ったりしない限りは

 

(待て、じゃあヤマクロから瘴気は...)

 

「もうボクからいっちゃうよ?」

 

その一言で辺りの空気が変質した

ヤマシロの腕輪から放たれている光はヤマクロから辺りに黒く染まって行きバキバキと音を立てて光は壁のように崩れて行く

気がつけば光の源である腕輪までも粉々に砕け散っていた

ヤマシロは無意識に閻魔帳と鬼丸国綱をどこからか取り出す

その様子にヤマクロは満足気に笑顔を浮かべ、

 

「さぁ、楽しもうよ兄さん☆」

 

二つの紅い瞳が怪しく輝き始めた

 

 




キャラクター紹介

蒼 隗潼(あおいかいどう)
種族:青鬼
年齢:453歳(人間でいう45歳)
趣味:陶芸、鍛錬
イメージボイス:銀河万丈
詳細:麻稚の実の父親で先代閻魔大王ゴクヤマの右腕
人望が厚く裁判所内でも彼を慕っている人物はかなり多い
百鬼夜行大戦以降は姿を消し、どこにいるかもわからない
本来彼は人の趣味などに口出しはしないのだが娘である麻稚のBLは本気で改善を試みたことがある


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Fiftiesixth Judge

今回少し短めです(^^)


 

先手を取ったのはヤマクロだった

妖刀村正に再び瘴気を収束させヤマシロに斬りかかる、瘴気を纏わせてサイズを拡大させているためある程度離れていても攻撃は届き斬撃と重圧の性質を兼ね備えた瘴気がヤマシロを襲うも、ヤマシロは鬼丸国綱を即座に構えて一太刀で防ぐ

更に瘴気の重圧など関係ないとばかりに妖刀村正を瘴気ごと弾く、そして炎を収束させヤマクロに放つ

普段のヤマシロであれば閻魔帳を経由しなければ脳波を炎の属性に変化させることはできないが地獄にいるときのみ閻魔帳を経由することなく炎を扱うことができる

対するヤマクロも炎を放出し更に瘴気を纏わせて世にも珍しい紫黒の炎を形成する

 

「世に降りし燃え盛る化身、全ての邪を焼き貫け!」

 

「聖なる白を飲み込む黒よ、その力で汝をば呑み込まん!」

 

ヤマシロの炎とヤマクロの炎が激突する

広範囲に広がる互いの炎は侵食と再生を繰り返し火花が飛び散る

ヤマシロはそこから炎を掴むように捻じり起動を無理矢理変える、ヤマクロも炎により多くの瘴気を送り込む

二人の力の差は五分と五分というのは目測ではわかるが実際のところはヤマシロが押している

 

なぜならヤマクロは自ら力を弱めているのと等しい行為を行っているからである

 

「アハ、流石だね兄さん☆」

 

「ヤマクロ...」

 

「あの白い光よりもずっと楽しくて面白いよ、もっともっとその力をボクにぶつけてよォォォォォ!!」

 

ヤマクロから放たれる瘴気の量が一気に跳ね上がる

普通のヒトであれば近づくだけで気絶、いや絶命してもおかしくないほどの殺気。肌で触れるのも嫌に感じる、いわば毒のようなモノである

本能的にそれを感じ取るレベルを軽く越すような禍々しさと危険な状態でもある

ヤマシロは無言で近づき鬼丸国綱に炎を纏わせてヤマクロに斬りかかるがヤマクロは妖刀村正で軽々と防ぐ

ヤマシロが斬りヤマクロが防ぐ、ヤマクロが斬りヤマシロが防ぐというパターンの火花を散らし合う唾競り合いが続く

時折ヤマクロは瘴気のみの攻撃を試みるもヤマシロの炎によってあっさりとかき消される

 

「アハ、アハハハハハ、いいよ兄さん強いよ!昔殺り合った時よりも遥かに強いよ!!」

 

「俺だって弟のお前に負けっぱなしは流石に嫌だからな、それなりに鍛えてんだぜ」

 

「でも相変わらず地獄じゃないと炎は使えないんだね☆」

 

「.....地獄じゃ使えるからいいんだよ」

 

唾競り合いの最中にも会話を交わすことからお互いに本気を出していないことがわかる

本来ならば本気で戦ってもおかしくない状況なのだが二人とも心のどこかで兄弟という情が働いているのかもしれない

特にヤマクロ、彼は瘴気により精神を蝕まわれていう様に見えるが実際そんなことはない

気がついているのはヤマシロと査逆の二人だけである、長い付き合いのある二人だからこそ気がついたことである

 

何故ならヤマクロの性格は以前からあのような感じだったからである

 

微妙に狂ったような口調もおちゃらけ気味な感じも戦闘狂なところも偶に殺意が沸くのも彼が幽閉される前からの性格であるからだ

恐らくだがその性格が瘴気に魅入られて常人より多くの瘴気を保つ器を手に入れたからだと思われる

 

「兄さん、ボクその後ろの二人とも戦ってみたいんだけど」

 

突如ヤマクロが唾競り合いの最中後方に移動してヤマシロに、いやヤマシロの後ろに立つ二人に妖刀村正を突きつける

 

「それは光栄だな、まさか坊ちゃん直々のご指名を受けるとは思わなかったッスよ」

 

「ま、あたいが居れば千人力ってね」

 

「お前ら...」

 

「選手交代ッスよ閻魔様、あんた脳波使ゐすぎてもうクタクタじゃなゐですか、ぶっ倒れるぜ?」

 

「それにただあいつらを治すためだけにあたいを連れてきたんなら文句も言いたいね、あたいにも体を動かす権利はあると思いますんでね!」

 

紅 亜逗子と煉獄 京がヤマクロの目の前に立ち上がった

実際ヤマシロは脳波の操作が元々得意ではないため脳にかかる負担も人一倍大きくなる、実際疲労でフラフラしているのも事実である

 

「....煉獄、アレはできそうか?」

 

「さっき実験で査逆さんにやってみたんですけど、他者でそれを実行しようとしたら負担大きゐですんで長時間は無理ですね」

 

「それでもいい、動いているヤマクロには可能か?」

 

「さっきの戦ゐを見てたトコだと、可能ですね。かなり難易度高ゑですけど」

 

煉獄の言葉に安心しヤマシロはニヤリと笑みを浮かべる

亜逗子は何のことかわからない表情を浮かべながら何のことかと尋ねてくるがあえて話さずに、

 

「よし、よろしく頼む!」

 

亜逗子と煉獄の背中を全力で叩いた

亜逗子と煉獄も笑みを浮かべ、それを合図とするかのように亜逗子と煉獄は同時にヤマクロへと向かって行った

ヤマクロも妖刀村正を構え直す

 

 




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Fiftieseventh Judge

裁判の描写が全然ない件について


時間を少々遡り、ヤマシロ達が天地の裁判所を出発する直前

 

「煉獄、お前確か鬼と死神のハーフなんだってな」

 

「あぁ、親父が死神でお袋が鬼で二人とももう生きてなゐけどな」

 

「そうか...」

 

亜逗子が着替えに行くといって中々戻って来ないことに焦るも流石の閻魔大王も沈黙に耐えることができなくなりこの場で唯一の話し相手である煉獄に話を持ち掛ける

地獄で起こっている緊急事態に自身の弟が関わっていることで落ち着きもなく先程からヤマシロの体からオーラのようなモノが満ちているのがわかる

 

「煉獄、潜影術使えんのか?」

 

「あん?」

 

「死神の暗殺術の一つだよ、一応死神の血を引いてるなら使えてもおかしくないだろ?」

 

「まぁ、一応潜影術は使ゑる、とゐうか潜影術以外は使ゑなゐ。親父は潜影術しか教ゑてくれなかったからな」

 

「じゃあ本質まで使えるか?」

 

「.....どういう意味だ?」

 

煉獄は興味を持ったようにヤマシロの一言に喰いつく

潜影術、光によって大地に形成された影に潜るように同化して移動する術であり主に高速移動や緊急回避、暗殺する時に忍び寄る際によく用いる基本中の基本の術である

確かにその他にも使い方があるのなら知りたいとは思うが聞いたことがないため少し興味に惹かれる

ヤマシロは少しニヤリと笑みを浮かべて人差し指を口に当てながら話し始める

 

「潜影術ってのは潜る影の術と書く、だから生きてるモノ全てにある心の闇に侵入することもできるらしい。それが本来の潜影術、心の精神的な暗殺術」

 

そうそれこそが潜影術の本質であり本来の使用用途

確かに影に紛れて移動する力も十二分に役に立つ、だが直接的な攻撃力はないのに暗殺術とつくのは煉獄自身疑問に思っていた時もあった

 

「てか、何で死神でもなゐあんたがそんなこと知ってるんだよ?」

 

「死神本人から聞いたんだよ、本当ならそいつに頼もうかと思ってたんだけど今留守でな、それでお前が死神の力を扱えるかもしれないと思ってたんだが...その様子じゃ本質のことは今知ったようだな」

 

「.....否定はしなゐよ」

 

煉獄は悔しそうな表情でヤマシロから目を逸らす

 

「できそうか?」

 

「あん?」

 

「これから行く場所で絶対に必要になるんだよ、ゼストは不在だから可能性があるのはお前だけなんだ」

 

その言葉は煉獄にプレッシャーを与えるには十分過ぎる一言だった

確かに彼は移動するだけの潜影術は使える、しかしこれから必要とされるのは他者の精神に関与する力

ただでさえ精神的な術は神経と体力を用いることはさすがの煉獄でも知っている

 

「.....一つ聞きたゐ」

 

煉獄は少し悩んだ後、ヤマシロに尋ねる

 

「その心の闇に触れて関与するのはあんたか、それとも俺か?」

 

「....俺を関与させることは可能なのか?」

 

「可能とは言わないが、潜影術は触れた対象を影に引きずり込むこともできる。その応用でもしかしたらできるかもしれなゐと思ったからな」

 

「なるほどね」

 

煉獄の言葉は正論であった

潜影術によって引きずり込まれるということは底なし沼に足を踏み入れて沈むことと似ている、つまり影を沼と見たてることができるのだ

 

「あんたの弟なんだろ、仮に成功したとして俺よりもあんたが本音を聞ゐてやった方が事態は好転する可能性が高ゐ。俺は顔を合わせたことすらなゐんだぜ、成功率を考ゑても閻魔様自身がやるべきだ」

 

「...煉獄、お前!」

 

「悪ゐが今その潜影術の本質とやらを使わせてもらったよ、あんたの心の内覗かせてもらった」

 

どうやら嘘はついていないらしい

なぜならヤマシロは彼の前で弟の元へ行くなんて一言も言っていないのだから

煉獄はこの短い一瞬で潜影術の本質に近づきそれをやって見せたのだ

彼は潜影術しか使えない、だからこそ使用頻度は必然と多くなり手慣れている

使える力は少なければ必然的に一つを極めることになる、その結果が生み出した偶然なのかもしれない

 

「でも長時間の使用は難しゐな、まだ使用回数が少なゐからな」

 

「十分だ、頼りにしてるぜ煉獄!」

 

ヤマシロは煉獄の肩に手を置く

なんだかんだ言って彼には秘められた未知の可能性と才能がある、それは鬼と死神の混ざり合った血が生んだのか煉獄京という一人の男のモノかはわからない

しかし賭けてみる価値は十分にあった、もしかしたらヤマクロを救うことができるかもしれないという希望がヤマシロに芽生えた瞬間であった

 

 

「ハァ〜、今の台詞と行動が亜逗子ちゃんだったらどんなに良かったことか...」

 

「変態か、お前」

 

こんなやり取りがあったとかなかったとか...

 

 

 

先手を取ったのは亜逗子、ヤマクロを直接攻撃せず足元に拳を入れることで大地を粉砕し、破片をヤマクロに飛ぶように脳波を操作する

この時のイメージは風で全ての破片がバラバラにヤマクロの方向に飛ぶようにした

しかし、ヤマクロはそれらを難なく妖刀村正でスパスパと斬り裂いていき、徐々に亜逗子との距離を縮めて行く

途中、煉獄が道を遮る

新たなトンファーはまだ完成していないため素手での肉弾戦でヤマクロにパンチ、蹴り、パンチ、パンチ、蹴りとリズム良く的確にヤマクロの急所を狙う

煉獄自身トンファー主体の戦闘スタイルのため肉体的攻撃力は高くはないが急所はどれだけ強靭に人体を鍛えようとも鍛えることのできない唯一人体の弱点とも言えるだろう

これが格闘技の試合などでは即失格だっただろうがこの戦いにルールは存在しない、だからこそ反則技という概念が存在しない殺し合いに彼は生かされていた

 

しかし、何度攻撃がヤマクロに命中しようとも攻撃が当たった感覚はあっても手応えが全くない

よく見れば煉獄の攻撃の当てた箇所に何か黒い炎のようなモノがユラユラと揺れていた

 

「チッ、全部防ゐでゐたのか!」

 

「アハハ、あんたも結構強いね☆」

 

ヤマクロの剣撃が煉獄に迫る、煉獄は自らの防衛本能が働き背後にバックステップで攻撃を躱す

しかし、ヤマクロの追撃は止まらず上空から瘴気による攻撃が煉獄を襲う

足場を失った煉獄は宙を蹴るように上空へ回避するがそこではヤマクロが妖刀村正を構えながら待っていた

ヤマクロも閻魔の一人、空を飛ぶとこなど造作もないことである、しかし煉獄は違う

煉獄は自らの脚力で一時的に虚空を移動しているだけであり、脚を動かすたびに体力は勝手に奪い取られていく

 

ヤマクロの斬撃が煉獄を襲うも煉獄は咄嗟に左脚に力を加え、一段上を行き妖刀村正の一撃を脳波で強化した右脚の脚力で受け止めるがやはり瘴気の力と今の今まで脚に負担をかけていた煉獄に勝ち目はなく大地に弾き飛ばされ背中から急降下する

 

(せめて、トンファーがあれば...!)

 

「どうした煉獄、今度はあたいの番か?」

 

「亜逗子ちゃん、無理すんな。あの二人の治療で既に脳に負担を掛けてるはずだ、脳波を使うのももうギリギリなんじゃないか?」

 

「あたいの心配してる場合か、坊ちゃんは待ってくれないよ」

 

「ゐゐじゃねゑか、少しくらい格好つけてもさ」

 

「そういうことはあたいに一度でも勝ってからいいなッ!!」

 

亜逗子はその一言を合図に迫り来るヤマクロを迎え撃つ体制を取り、亜逗子自身も右の拳に脳波を集中させヤマクロに迫る

 

瞬間、亜逗子の拳と妖刀村正が激突した

 

その激突は衝撃波を生み辺りに被害が及ぶ

激突の中心に立つ二人を中心に巨大なクレーターが形成される

 

「全く、確かに俺の心配する範疇を超ゑてたな」

 

煉獄はヘラヘラとした様子で帽子を被り直す

そしてニヤリと笑い自身の右の掌を見つめる

 

「最初の一撃、触れさせてもらゐましたよ坊ちゃん」

 

そう、彼の本当の仕事はここからである

潜影術の力は対象に直接触れなくとも行うことは可能なのだがヤマクロは常に止まっているわけではない

だからこそ一手間工夫を凝らす必要があった

それは脳波によるマーキングである

自身の脳波に接着のイメージを重ねた脳波でヤマクロに触れることにより目に見えないマーキングを施したのである

煉獄は自身の脳波であるため感じることができる、つまりこのマーキングを頼りに潜影術をヤマシロ経由で発動することこそが煉獄京の役割である

何もヤマクロに勝利する必要はなかったのだ

 

『閻魔さん、準備出来たぜ!こっちに脳波を飛ばしてくれ!』

 

『了解、中々早かったじゃないか!』

 

『俺の仕事の速度甘く見なゐでもらゐたゐですね!』

 

『今飛ばしてる脳波を使ってくれ』

 

『了解、じゃあ行きますぜ!』

 

煉獄はヤマシロに脳波を使い合図し、潜影術の準備を始める

まず、ヤマシロの脳波を拾い自らの脳波をヤマクロにマーキングした部分に飛ばす

そしてヤマシロの意思の乗せた脳波を煉獄の脳波経由でマーキングした部分まで移動を始める

そして、潜影術を発動する

今回煉獄は中継地点のような役割なので脳波は常に展開しておかなければならない

だからこそ長時間の使用は不可能、だからこそ短時間で決着を望む

 

(頼むぜ、閻魔さん!)

 

目の前ではそんなやり取りがあるとは知らない亜逗子とヤマクロは戦闘を続けていた

 

 

 

「.....ここは?」

 

煉獄の協力を得たヤマシロは上も下も右も左も前も後ろも真っ黒な空間に一人で立っていた

いくら見渡しても見える景色は黒一色である

 

(ここがヤマクロの心の影?影だから黒いのか??)

 

他人の心の内に侵入するなんて経験を生まれて初めてしたヤマシロにとってこれが正常なのか異常なのか判断はつかない

だが、何処か雰囲気が重苦しく冷え切っている感覚もある

 

すると、背後から聞き覚えのある声が響き出す

振り向いて見るとそこだけ僅かに淡い光が集まっていた

 

...ヤマクロ、この子の名前はヤマクロ

 

.....黒は何者からの干渉も受け付けない色、自分を貫いて自分の意思で突き進む力がこの子にはあるわ

 

......ゴクヤマさん、私ね、この子達には幸せになってほしいのよ。閻魔とかそんなの関係なく、生命を授かった一人のヒトとしてね

 

「....母、さん?」

 

ヤマシロは驚きのあまり思考が停止した

 

 




キャラクター紹介

酒井田千里(さかいだせんり)
種族:酒呑童子
年齢:不明
趣味:酒蔵あさり、煙管
イメージボイス:松山鷹志
詳細:酒呑童子の里、バッカス集落の長老
瘴気の実験を考案、実行した張本人で一部の者からは崇拝されている
最終的には天狼に殺されるが若い頃は相当の手練れだったらしい


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Fiftieight Judge

連続投稿です(^^)


 

彼女は既にこの世界にいないはずであった、何故なら不治の病に冒され若くして命が終わりを告げたのだから

彼女の声はもう二度と聞くことはないはずであった、何故ならもう話せるような身体ではなくなってしまったのだから

彼女の笑顔を見ることはできなくなったはずであった、何故ならあの日以来笑わなくなってしまったのだから

 

ならばヤマシロの目の前にいるのは一体誰なのだ?

彼女は目の前にいるではないか

 

「.....母、さん」

 

ヤマシロとヤマクロの母でありゴクヤマの妻、本来ならばもう二度と姿を見ることさえ叶わない人物が目の前にいる

 

...凄いわねヤマクロ!もうこんなこともできるのね!

.....では査逆さん、息子のことをどうかよろしくね

.......ヤマクロー!久しぶりー、いい子にしてたー?

 

「母さん!!」

 

ヤマシロはこの道標のない空間の中で唯一の光である母に手を伸ばす

しかしどれだけ近づこうとしても一向に近づける様子はない

 

.....ゴクヤマさん、あの子達のこと、どうかよろしくね

 

「駄目だ母さん、待ってくれェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

ヤマシロの叫び声を無視するかのように光は無情にも儚く散る、まるで砂漠で突如現れる蜃気楼に近い現象が目の前で起こったように

しかし事実ヤマシロの母は既に死んでいる、現実は受け止めなければならないがどうも現実味が強すぎて現実を受け入れることができなかった

 

(落ち着け、目的を忘れるな!長い時間ここに滞在することはできないんだ!)

 

ヤマシロは自分自身に喝を入れるように頬を思いっきり両手で叩く

ここで弱気になってしまえば何もできない、そんな気がした

 

(そうは言ったもの、どうするか...)

 

正直不安しかなかった

先程まで道標として形を象っていた母の姿をしたモノは消え、再び全面真っ暗で足が着いているのかわからない不思議な浮遊感に晒される状態に逆戻りしたのである

煉獄は今も脳波を用いてヤマシロを支えているため脳にかかる負担はとても大きなモノのはずである

だからこそヤマシロは煉獄の覚悟と協力を無駄にするわけにはいかない

ここで失敗してしまえば決着のチャンスを与えてくれた男に会わす顔が無くなってしまう

 

「.....兄さん?」

 

少しして背後から声が聞こえた

今度は先程の幻とは違い酷くハッキリとした声が

振り向くとそこにはヤマクロがいた

しかし身につけている衣服はボロボロで髪は手入れできていない様にボサボサ、目には大きな隈が出来ており先程まで目の前で対峙していたヤマクロとは違いどこかやつれて違和感しか感じなかった

 

しかしヤマクロは一体どこから現れたのだろう

それにこれだけ辺りが真っ暗なのにヤマクロの姿をハッキリと目視できることにも疑問を感じる

 

「お願い、兄さん、頼むよォ...」

 

ヤマクロは顔を俯かせたまま掠れ掠れの今にも途切れてしまいそうな声をやっとという勢いで絞り出す

そしてヤマシロを見つめ、

 

「...ッ!お前...」

 

「お願いだから、これ以上ボクに寂しい思いをさせないでよォォ!」

 

大粒の涙を流しながら本心を曝け出すようにヤマシロを睨みながら一言叫んだのであった

 

 

 

「アハハハ、中々強いね!凄い、凄いよ、ボクすっごいワクワクしてきたよォ!!」

 

「それはこっちの台詞だ!まさか閻魔様の弟がこんなにも強いなんて予想外だったね、もっとあたいに本気出させてみろよ!あたいの力はまだまだこんなもんじゃないからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

亜逗子が右腕を薙刀のように払うと脳波が生み出した巨大な斬撃が放たれる、しかしヤマクロもそれに応えるように瘴気を纏わせた妖刀村正で弾く

二人の戦いは既に相当の実力者でなければ介入できないくらいの激しい状態と化してしまっている

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

再び亜逗子の拳と妖刀村正が激突する、しかも今度は何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!

時折拳ではなく脚が混じってた気もするが大した問題ではない

 

(亜逗子ちゃん、暴れ過ぎだぜ。こっちにまで飛んできたらどうすんだよ)

 

そう、問題は煉獄が今動ける状態ではないということだ

ヤマシロの脳波を受信しそれを移動という荒業を成しているため神経全てを脳波のコントロールに費やしていると言っても大袈裟ではない

先程から巨大な岩や弾かれた瘴気の塊などが飛んできているので煉獄は内心ビクビクしながら脳波の操作をしている

一瞬でも気を抜いてしまえばヤマシロの精神が身体に戻らないこともある、更に言えば脳に何らかの障害が生まれる可能性だってある

 

と、思ったそばから目の前に大岩がこちらに飛んできているのは気のせいだろうか、いや気のせいだと信じたい

 

(ゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑ!?ほ、本当に来やがったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?)

 

煉獄は声にならない叫び声を挙げたつもりでいる

実際声を出す暇がないのだが...

煉獄は動けない、本来の彼ならばこんな状況トンファーなしでも解決できたであろう

しかし、先程説明した通り今は違う

しかもこの状況で一番危険に晒されるのはヤマシロである、煉獄は岩に直撃して怪我してそれで終わりだがヤマシロは閻魔大王、現世とこの世界のバランスを保つにも必要不可欠な存在

そんな彼が後継者もなく不在となってしまえばそれこそ大事件である

ここでヤマシロの脳波との接続を切ってしまえば何が起こるかもわからない、本当に精神と肉体が元通りにならなくなってしまうかもしれない

 

そして、煉獄と岩の距離がゼロになった瞬間奇跡は起こった

 

大岩が粉々に砕け散ったのだ、しかも砕けた大岩の破片が一つも煉獄の体に当たることなく

 

「全く、大人しくしてろって言われてもさぁ〜あ、ウチがマジでそんなことできるわけないじゃん?」

 

救世主は背後から歩み寄ってきた一人の天邪鬼であった

両腕から鎖をジャラジャラと出して一つ溜息を吐きながら怠そうに歩み寄ってくる煉獄の上司...

 

「あぁ、閻魔様は天狼が見てるよ。脳波を経由して精神世界に侵入するなんて、マジでよく思いついたわね」

 

煉獄の上司、月見里査逆が話しかけるが煉獄から返事はない、というよりも返事ができないという方が正しいのかもしれない

 

「全く、ウチも協力してやるよ。ウチの脳波をあんたの脳波に波長を合わせて細かいコントロールとかやってやるわ、これでマジあんたの負担が減るよ煉獄君」

 

やはり脳が五つに別れている天邪鬼の言うことは違った

本来他人の脳波と波長を合わせるなどほぼ不可能に近いのだから

煉獄は急に頭が軽くなった気分になった、もう話しながらでも操作が行えるほどに

 

「助かりましたよ査逆さん、でも一つ頼みがあるんですけど...」

 

そう言うと煉獄は冷や汗を垂らしながら査逆の両手に巻きついているモノを指差す

 

「鎖...仕舞ってもらえませんかね?」

 

「.....マジでしゃーないな」

 

そう言いながら心底残念そうな表情を浮かべた査逆は渋々とした様子でジャラジャラと鎖を仕舞った

もしこれで煉獄が集中できずに脳波が途切れてしまってはヤマシロの無事に関わるからである

彼女でも流石にTPOを弁えることのできる人物であることに煉獄はやや嬉しそうに頬を緩めた

 

 

 

ヤマクロは泣いていた、孤独だったのだ

ヤマシロは哭いていた、弟の本心に気がつけなかったことに

 

ヤマクロは昔からそうだった

弱い自分を見せたら父に悲しまれるから、閻魔の息子でヤマシロの弟だから弱かったら駄目なんだと思い込んでいた

だからヤマクロはある日を境に仮面を付けた、偽りの自分を表に出した

そして偽りの自分はいつしか妖刀村正に目をつけられていた

一度地獄に行った時に睨まれたのだ

刀は持ち主を選ぶ、だから妖刀村正は地獄の瘴気に自らの瘴気を紛らわせてヤマクロを誘い込んだ

その日からだった、偽りのヤマクロの性格が本当の自分だと周りにも自分にも思い込ませたのは...

母が死に精神的に不安定だった状態のヤマクロに仮面が本性を支配した

仮面はヤマクロの体で好き勝手自由に行動した、そして自分は危険だと言う事を周りに示していたのだ

そう、この時から既にヤマクロは妖刀村正を握るために行動していたのだ

父のゴクヤマは危険分子と判断し、ヤマクロを呪法結界の空間、妖刀村正、怨念大鎌ミァスマ、鬼子母神愛用棍棒の三つの呪具でヤマクロは封印されることになる

仮面はいつ妖刀村正を握るのかを待った

ある日この封印は五百年経過すれば自動で封印が解ける仕組みとなっていたことに仮面は気がついた

仮面はそれでも構わないとニヤリと笑みを浮かべた

しかし、五十年経ったある日のこと

仮面にとって嬉しい誤算が起こった

封印に必要不可欠なパーツの一つ、怨念大鎌ミァスマが何者かの手によって持ち出されたのだ

封印が弱まったときを見計らい仮面は妖刀村正を手に取り封印を破った

もうヤマクロは仮面を外せなかった、いつしかからか本当の自分をも忘れてしまったのだから

 

そう、今目の前にいるのは仮面にとっての心の闇

つまりヤマクロの本心そのものであった

ここはヤマクロの精神世界、つまり先程ヤマシロが見た母の姿はヤマクロの母に甘えたいという願い

それを証拠に母の姿をした何かが言っていたことは全てにヤマクロが関係していた

 

「ボク、嬉しかったんだ。兄さんがずっとボクを助けるって頑張ってくれて」

 

ヤマクロは再び泣きそうな顔を浮かべ、

 

「でもこれはボクの責任なんだ、兄さんがそう言ってくれたのは嬉しかったけど助けて、なんてやっぱりボク自身の我儘でしかないと思うんだ、だから」

 

「ヤマクロ、もう何も言うな」

 

ヤマシロはヤマクロの言葉を止める

 

「兄さん、もしかして泣いてるの?」

 

「.....泣いてねぇよ、自分が情けなく思ってるだけだ」

 

ヤマシロは涙を綺麗に拭くとヤマクロの視線に合わせるように屈んでヤマクロの瞳をじっと見つめる

 

「ヤマクロ、ごめんな。今までお前の気持ちに気がついてやれなくて」

 

「...いいよ別に、ボクが隠してただけだから。だからあいつとはボクが決着をつけ」

 

「我儘でもいい、情けなくてもいい、閻魔だからって強く見せなくてもいい、親父の息子だからって無理をしなくていい!お前一人で抱え込むな、たった一人の兄である俺を全力で巻き込め!!」

 

ヤマシロはヤマクロの言葉を遮りながら両手をヤマクロの両肩に置きながら声を張る

突然のことにヤマクロは言葉を出すことも忘れてしまう

ヤマシロは続ける

 

「我儘?ハッ、チビが図に乗るなよ!チビっこい内に我儘使わなきゃいつ使うんだよ!泣いている?違うね、俺はお前みたいに泣き虫なんかじゃねぇ、お前の兄貴だからな!」

 

「兄さん、何を言って...」

 

「だから、遠慮なく周りを巻き込め!!閻魔だからじゃねぇ、ヤマクロって一人のガキの我儘で周りを振り回してやれよ、何も遠慮はいらねぇ!誰も怒らねぇ、もし怒った不届き者がいたなら俺に言え、全力でそいつを殴ってやる!!」

 

ヤマクロは目尻に涙を流さずに溜める、それを見て再びヤマシロが言う

 

「泣きたきゃ泣け!それもガキの特権だ、今のうちに泣いとけ!泣くことは決して弱いことなんかじゃねぇんだ、成長するために大切なことなんだ!!」

 

ヤマシロの言葉にヤマクロは目を見開く

 

「いいから黙って俺に任せときゃいいんだよ、ダメで頼れない兄貴が泣き虫で強い弟を救ってやるからよ!」

 

その言葉が決め手でありキッカケとなった

ヤマクロは溜まっていた涙を流した

本日三度目である

 

「兄さん、言ってること矛盾してるよ」

 

「そんな矛盾も、俺がぶち壊してやるよ!」

 

ヤマシロは拳を突き出す

 

「いい加減目ェ覚ませよ、寝坊助野郎」

 

ヤマクロは涙を流しながら頬を緩め笑みを浮かべる

流した涙はこの漆黒の空間でも光輝くほどの存在感を放っていた

 

「最高の目覚めだよ、おはよう兄さん!」

 

ヤマクロはヤマシロの突き出した拳に自身の拳を突き出し、コツンっと拳と拳のぶつかった小さな音が一つ響いた

黒が支配する空間なんてもうそこにはなかった

世界はバキバキと音を立てて崩れ白い光が辺りに眩く輝き始めた

 

そして...

 




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Fiftieninth Judge

過去最高文字数!


「.....ハッ!?」

 

地獄、火山爆発が頻繁に発生し雷が降り注ぐなど日常茶飯事、そこには大きな隕石が大量に落下した跡のような巨大なクレーターがいくつも形成されており地盤が保つかの危機感のある少し離れた場所でヤマシロは意識を取り戻した

 

そう真っ黒に染まった世界が崩壊したのだ、ヤマクロの心の闇に何らかの異変が起こったようだ

 

「....俺は」

 

「おぅヤマシロ、ようやく起きたか、ヒック!」

 

「天狼さん...」

 

ヤマシロが目を開くとそこには上半身裸体の盃天狼が酒を飲みながら近くの岩に腰掛けていた

どうやらヤマシロの意識が離れている間、身動きのとれないヤマシロの体を守っていてくれたようだ

 

「怪我は平気なんですか?」

 

ヤマシロの問いかけに天狼は苦笑いで返す

 

「外傷に至っては全く問題ないが、体の中はボロボロだ。あの光で体に残留した瘴気は全部消え去ったが破壊された細胞までは元には戻らなかったからなァ...」

 

「何でそんな危険な状況になってんですか!?」

 

「あ、後で説明するよ...」

 

事情を知らないヤマシロは天狼の発言に驚きとちょっとした心配という見せかけた怒りが心中を葛藤する

何故か冷や汗ダラダラの天狼は取り敢えずとばかりにもう一杯酒をグビグビと飲み始める

しかも現世のアルコール度数が異異に高い高級日本酒を一口で飲み干した

 

「いや、一応言っておくが別にただ無駄に酒を楽しんでるんじゃねェぞ。俺は自身の身体にアルコールを取り入れてエネルギー源に変換させた後細胞の再生を少しでも早めようとしているだけだからな!」

 

「....そういうことにしておきますよ」

 

ヤマシロの冷たい目線と一言に天狼は大切な見えない何かが粉々に砕け散った感覚がした

 

「なぁ天狼さん、聞きたかったんだけどヤマクロって...」

 

「閻魔様ー!おーーーい!!」

 

「亜逗子、査逆...」

 

「坊ちゃんはあいつらに任せてある。あと煉獄のことを忘れてやるな、あいつが今回一番頑張ったみたいだからな」

 

声が聞こえ天狼の指差す方向を見てみると何やら冷や汗を垂らしながらの煉獄を引きずる亜逗子とヤマクロを背負った査逆が走ってきた

どうやらあちらも無事に済んだようでヤマシロは一先ず溜息を一つ漏らす

 

「閻魔様、本当にすみません!坊ちゃんのこと全力で殴っちまって気絶してしまったかもしれねぇ!」

 

「落ち着け亜逗子、とりあえず炎を纏って全力で一発問答無用で殴らせろ」

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや、たしかにあたいは悪いって思ってますけど!たしかに多少の罰は期待、あ、いや、覚悟してましたけどそれはないと思います!!」

 

「.....まぁいい」

 

ヤマシロは拳とさり気なく出現させていた閻魔帳を仕舞うと亜逗子に片足を握りしめられていて身動きの取れない煉獄を見る

 

「ありがとな煉獄、お前がいなかったら正直結果は変わっていたかもしれない」

 

「フン、俺は俺の意思で動ゐただけだ。礼を言うのは少し違うぜ」

 

煉獄はニヤリと小さく笑みを浮かべながら応える

脳波を長時間、しかもかなりの高難度の操作を行った彼の脳に現在掛かっている負担はかなりのものであろう

下手すれば頭痛なんてモノじゃ済まないレベルかもしれない

だが、彼がいなければヤマシロが無事に精神を身体から離脱するなんて荒業が出来なかったのも事実である

 

「閻魔様〜ウチの部下もマジ中々やるでしょ!この機会にもっと図書館に人員派」

 

「の前にアンタは信頼を得ることから始めろよ」

 

「マジ余計なお世話!!」

 

「ゴフッ!?」

 

煉獄は今度こそ本当に意識を失った

先程の一撃は割と本気の一撃のようでその証拠に脳波も僅かに纏っていたこともわかった

 

「にしても今回も派手に暴れたな」

 

「俺と査逆は坊ちゃん相手だったから無意識に力を抑えちまってたからな、大半は紅が原因だな」

 

「責任取るの結局あたいですか!?」

 

『うん』

 

「まさかの全員一致!?」

 

きゅ、給料が、給料がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!と頭を抱えて叫ぶ亜逗子を無視してヤマシロ、天狼、査逆はヤマクロを近くの岩場にそっと寝かせる

 

「で、坊ちゃんはマジどうなったんですか?」

 

「結論から言わせてもらうと妖刀村正が全ての元凶だな、あと隗潼さんと親父も間接的にだがこのことに大きく関わっていることになる」

 

「隗潼と先代が?」

 

「たしかに先代は坊ちゃんを幽閉したマジ許すまじの張本人だけど、隗潼のおじさんが関わってるっていうのはマジどういうことだ?」

 

ヤマシロの言葉に天狼と査逆は首を傾げて疑問を浮かべる

ゴクヤマが関わってるということは百も承知だったのだがここにきて隗潼の名前を聞くことは予想外だったのだろう

ヤマシロは言葉を続ける

 

「ゼストから聞いた話なんだが隗潼はあの時、ヤマクロを封印していた道具の一つであるミァスマを密かに持ち出したらしい。それで封印は力を失ってヤマクロは以前から目をつけられていた妖刀村正の力を使って封印を解いたんだ」

 

「ちょっと待て、たしかに隗潼はそんな死神を呼び出していたし鎌も持っていた。だが妖刀村正に目をつけられていたとはどういうことだ?坊ちゃんが妖刀村正ち目をつけていたんじゃないのか?」

 

「妖刀村正がヤマクロを選んだんだ、現世の言葉を借りると長く存在したモノに魂が宿る、付喪神みたいなモノだろう。ただし刀に意思そのものがあったわけじゃないみたいだけどな」

 

「なるほどね、それで何らかの形で地獄の瘴気と波長して意思を捨てて力を持ったわけね」

 

「あくまでも仮説だがな」

 

そう、今となっては本当のことなど誰もわからない

ヤマクロの意思の主導権を握っていた仮面も今やどうなったかは不明である、おそらくヤマクロも仮面を被っていた頃の自分のことなど話したがらないだろう

 

「じゃあ坊ちゃんが瘴気を放っていたのはどういうことなんだ?いくらあんたら閻魔が規格外だからってアレだけはどうしようもないはずだ」

 

「ヤマクロは瘴気を放っていたわけじゃない、操っていただけだ」

 

「だがあれほどの瘴気...」

 

「あれは妖刀村正に宿っていた瘴気だ。妖刀村正がヤマクロの瘴気の器として機能していたんだ、現にあいつが刀を握っていない時には瘴気が放たれていなかった」

 

「そういえば...」

 

どうやら天狼に思い当たる節があるようで思い返している

 

「そういえば村正は?」

 

「さぁ、亜逗子が坊ちゃんと戦っている途中にどこかへ吹っ飛んでちゃったんじゃない?」

 

「ここでまさかの追い打ち!?いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、そこに普通に刺さってますから!地面に普通に刺さってますからぁー!」

 

「........チッ」

 

「その舌打ちは聞きたくなかった!」

 

やれやれといった様子でヤマシロは亜逗子の指差す方向を見てみると本当に妖刀村正は地面に刺さっていた

鞘は見当たらない、というかヤマクロは元から鞘を所持している様子はなかったので鞘は初めからなかったのだろう

閻魔帳を再び取り出して妖刀村正を封印するためにヤマシロは準備を進めていく

 

 

 

 

その時であった...

 

妖刀村正は怪しく淡い紫の輝きを放ち始めたのは

 

「なん、だ?」

 

悪い予感しかしなかった、このタイミングで何かが起こると必ず何か起こることの可能性が高いからである

次第に紫の輝きに黒い炎の様なモノまで発生し始めて何故だかわからないが近づきたくなかった

近づかなければならないのに、どうしても近づこうと思えなかった

 

「閻魔様!」

 

背後から亜逗子の声がした、背後から亜逗子が走ってきた

ヤマシロが亜逗子の方向に振り向いた瞬間、

 

「なっ...!?」

 

「閻魔様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

妖刀村正から放たれた紫の輝きは天に向かって一直線の巨大なエネルギーとして放出された

妖刀村正を中心に地割れが発生する、ヤマシロは地割れと衝撃波に巻き込まれる

 

「ガッ...!?」

 

衝撃がヤマシロの体に痛みを与える、地割れがヤマシロの足場を奪う

 

更に地面から村正から放たれてるのと同じ紫色の輝きが辺りに同じように天に向かって放出される

もちろん、ヤマシロの足元も例外ではなかった

紫の輝きがヤマシロを直撃した

 

「閻魔様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「よせ!危険だ!!」

 

「離せ天狼ォ、閻魔様が、閻魔様がァ!!」

 

「落ち着け、ヤマシロは大丈夫だ!」

 

天狼は亜逗子を抑えながら査逆の方向に視線を向ける

査逆は紫の輝きに向かって数本の鎖を向けていた

その鎖の先には...

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

ヤマシロの左脚が巻き付いていた

査逆はヤマシロを巻きつけた鎖を一気に手繰り寄せる

 

「うご!?助かったぜ、査逆」

 

「全く、マジ油断しすぎですぜ閻魔様」

 

ヤマシロは背中から落下するが見た所外傷はなさそうであった

ヤマシロは大の字の状態から座り直し、再び妖刀村正に目を向ける

 

「あれは一体何なんだ?」

 

「マジわからないけど一難去ってまた一難ってことじゃないですかね?」

 

少し離れた位置からヤマシロも査逆も亜逗子も天狼も突然の現象に目を疑う

 

「アレ、もの凄い瘴気の量だぞ」

 

「瘴気?たしかに瘴気の感じはするがそこまで強くは感じないぞ」

 

「いや、アレはとんでもない量だ!地獄中の瘴気が収束していると言ってもいいかもしれない!」

 

天狼は一人冷や汗を流す

彼は人一倍瘴気に因縁があり、人一倍瘴気に敏感である

だからこそあの膨大な量の瘴気を感じ取ることができるのだ

あまりに巨大過ぎる力は当たり前のように認識してしまうため当たり前として捉えてしまう、例えるならば辺りに埃が大量に舞っていても全く気がつかないのと同じということだろう

 

「天狼さん、あんた地獄中の瘴気が集まっている感じだって言ったよな」

 

「あぁ、とんでもねぇ量だ」

 

「だとしたら、かなりマズイ!今すぐにアレを止めないと取り返しのつかないことになる!!」

 

「ど、どういうこと?」

 

「この地獄という世界は瘴気があるからこそ存在が保たれている、現世の地球に酸素と水素があってこそ存在できるように。漂っている瘴気は地獄という世界を安定させ存在させるためには必須のモノ、それが地獄内とは言え大気中から瘴気が無くなってしまえば地獄は崩れ、こちらの世界のバランスが崩れてしまうから下手すれば現世にまで影響が及んでしまう!!」

 

ヤマシロの説明に亜逗子は顔を青ざめる

たしかに瘴気は有害でしかないものだが地獄を支え存続させていくには無くてはならない存在だった

 

「俺が、何とかするしかねェ!!」

 

「閻魔様!」

 

ヤマシロは脚の筋力をバネの代わりとして扱い、妖刀村正まで再び距離を詰める

しかし、やはり近づけない、というよりも近づきたくない

あまりにも膨大な瘴気を前にヤマシロの防衛本能が働き一歩たりとも近づくことができない

何度弾かれてもヤマシロは挫けることなく妖刀村正に近づこうとする

 

地獄には沢山の亡者、麒麟亭に住む鬼たち、地獄に生息する生物、天地の裁判所では働いていない鬼たちと多くの命が滞在している

しかもその生命は一度消えてしまえば輪廻転生の輪に乗って新たな生命として生を受けることになるが数が多すぎるためそれこそ輪廻転生のバランスが崩れてしまいとんでもない事態になりかねない

 

「チクショウ、チクショウ!!」

 

ヤマシロは大地に拳を打ち付ける

 

「何なんだ俺は!たった一人の弟を救うことしか出来ないのか!?俺は多くの命を救うことはできないのか!?何が閻魔大王だ!!」

 

ヤマシロは涙を流していた

それは悔しさゆえの涙か己の弱さを責める涙かは誰にもわからない

 

たしかに今回の件でヤマシロの弟、ヤマクロは救われたかもしれない

しかし、それは所詮身内であり一個人でしかない

閻魔大王という役職は多くの責任と命を背負いながら生きている、自身の運命を呪っても救われる者は一人もいない

 

「俺は、何て非力なんだ...!」

 

普段弱いところを決して見せないヤマシロの弱音であった

どんな難事件があっても、どんなに怪我をしても、次の日にはケロっとした様子で一切文句も言わずに仕事場に戻るヤマシロも生きているヒトの一人である

疲れは感じるし怠さも感じるし眠気もあるだろう、それでも弱音やそんな様子を見せなかったのは閻魔大王という役職の重みと責任感を十二分に知っていたからである

だからこそ前向きにかつ明るく振る舞い信頼を得ていた

その信頼の積み重ねの裏にはヤマシロの誰にも話したことのない弱音や本音があったのだ

 

「俺は...俺は...!!」

 

ヤマシロが何かを言いかけた時、彼の肩にゴツゴツとした大きな手が置かれた

 

「辛かったな、ヤマシロ」

 

「て、天狼さん...」

 

「ゆっくり休んでな、後は俺が決着をつける!」

 

「え...!?」

 

天狼の一言にヤマシロだけでなく亜逗子や査逆も目を見開いた

 

「あんた、一体何を...」

 

「そのまんまの意味だ、あのとんでもない瘴気は俺が何とかする!」

 

「だ、駄目だ、アレには近づくことすらできない!」

 

「大丈夫だ、俺は人一倍瘴気に強い体だからな。俺が妖刀村正を破壊して瘴気を再び地獄に分散させて全部終わりだ」

 

「あんた、自分が何言ってんのかわかってんのかよ...」

 

「十分承知している」

 

ヤマシロは天狼の目を見て言葉を失った

それは何かを決意し覚悟を決めた一匹の狼の眼だった

 

「ったく、泣き虫は相変わらず変わってねぇな」

 

天狼はヤマシロの顔を見ると優しい笑みを浮かべた

ヤマシロが今まで見たことのない表情だった

再び妖刀村正を睨みつけ天狼が一歩足を進めようと

 

「ざけんじゃねぇ!!」

 

したところで、亜逗子が態々天狼の正面にまで回り込んで天狼の右頬を全力で殴りつけた

 

「ふざけんなよ、テメェ!あたいとの決着はどうするつもりだよ!勝負に引き分けはないんだろ、逃げんのかよ、盃天狼って男はその程度の男だったのかよ!あたいと互角に戦っておいて戦闘以外で自分の全てを終わらせるつもりかァ!」

 

「紅...」

 

「冗談じゃねェ、たとえ閻魔様や査逆、煉獄や坊ちゃん、裁判所の連中がそれでお前を許したとしても、あたいが絶ッ対にお前を一生許さないからな!!」

 

亜逗子は涙を流しながら天狼の胸ぐらを掴んだまま叫んだ、ひたすら叫んだ

彼女もまた孤独だったのだ、彼女の周りにはたくさんの部下達に囲まれているので孤独という言葉は真逆の位置にあるように思えるがそれは違った

彼女の実力についていける者が裁判所内にいなかったのだ、彼女は昔から戦うことが好きであった

周りと突出した力を持っていた彼女は自分と同等の力を持つ理解者を求めていた

麻稚よりも強く査逆とは釣り合わずヤマシロとは機会がない

そんな時に現れたのが天狼だったのだ

彼と戦って彼女の生きがいが戻ったのも事実、だからこそ天狼を失いたくないのだ

天狼は亜逗子の涙を指でそっとなぞりながら微笑む

 

「紅、やっぱお前、銀狐にそっくりだわ」

 

その一言とともに亜逗子の首に手刀を入れる

 

「止めんなよ、査逆、ヤマシロ」

 

「ウチは止めようとは思わないわよ、友の頼みを聞かないわけにもいかないからね」

 

査逆はそう言い気絶した亜逗子を自身の肩に乗せてそのまま俯いたまま小さく笑った

 

「煉獄にもよろしく言っておいてくれ、あんな奴でもかつて共闘した仲間だ」

 

「天狼さん...」

 

ヤマシロは天狼の覚悟の重さに再び涙を流す

 

「閻魔様、俺は自分自身に決着をつける!」

 

その一言を最期にヤマシロと査逆は天狼を一人置いてその場を跡にした

 

 

 

数分後...

天狼は重苦しい瘴気をものともせずに妖刀村正の側までやって来ていた

 

「銀狐...」

 

彼はかつて愛した女性との日々を思い出す

彼女もまた瘴気と戦い瘴気の被害者の一人である

だからこそヤマクロを彼女と重ねてしまい本気で救おうと思った

これ以上瘴気関連で無駄な犠牲は出ないで欲しい、ヤマシロが閻魔大王である以上その心配はないだろう、そう判断したのだ

 

天狼は瘴気を吸い込み始める

 

そして体内に取り込んだ瘴気を力に変える

体から嫌な音がミシミシと鳴り出し、あちこちから出血し始めるがそんなことはもはやどうでも良かった

 

思えば彼が彼女の死に挫けずにいられたのはゴクヤマのお陰だったのかもしれない

あの後、彼はゴクヤマに発見されその力を魅入られて天地の裁判所で働くことになった

そこでは自分より強い鬼たちと母の死体と出会った

母の治療は失敗に終わっていたのだ

それでも前に進めたのは査逆のお陰かもしれない

幼かった彼女は積極的に自分に絡んできたのだ、もうそれは鬱陶しいというぐらいに

裁判所では驚きの連続だった、最も驚いたのは紅亜逗子との出会いであろう

何せ性格や角の生え方が彼女そっくりなのだから

 

(思えば色々なことがあったな...)

 

天狼は静かに目を閉じ微笑む

 

そして全身に力を込める

 

「お前の役目はもう終わったんだ妖刀村正」

 

天狼は静かに妖刀村正を握りしめる

 

「俺が一緒に逝ってやる、感謝しろよォ!!」

 

その言葉とともに、妖刀村正にビキビキビキッとヒビが入る

 

「待ってろ銀狐、今そっちに行く」

 

瞬間、妖刀村正に込められた瘴気が四方八方に分散した

 

この日、地獄は幾度の危機を迎えて一つの命を犠牲に救われた

紫色の不気味な輝きは消え去り、辺りには巨大なクレーターがいくつも残っていた

 

その中心に色素の抜けた髪をなびかせ両腕を失ったの男が倒れていた

 

享年352歳、酒呑童子最後の生き残り盃天狼

 

彼の生涯は静かに閉じられたのであった

 




キャラクター紹介

酒井田銀狐(さかいだぎんこ)
種族:酒呑童子
年齢:258歳(生前、人間でいう25歳)
趣味:飲み比べ
イメージボイス:斉藤佑圭
詳細:バッカス集落最強の酒呑童子
天狼の保護者のような存在で天狼に弟のような感情を抱いていた
天狼の気持ちには最後まで気がつかなかった
唐辛子が苦手という一面があり、よく天狼にいたずらされていた


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Sixtieth Judge

今回は場面の移動がとても多いです、お気をつけけください(^^)


 

....ここは?

 

あれ、そういえばボクどうなったんだっけ?

 

何だかよくわからないけどいつもの場所じゃない、布団の上で寝ているんだから

 

あの無機質で何もない真っ暗な場所じゃないみたいだけど...!

 

...光?扉?

 

ボクは体を起こしてその光に吸い込まれるように足を運んで行く

 

なんだろう、とても騒がしい気もする

 

ボクはドアノブに手を伸ばしてギュッと掴むと同時にドアノブを捻って扉を引くと眩しい光がボクの両目に飛び込んできた

 

そして、目を開いた先にあった景色は...!

 

 

 

二日前、天地の裁判所...

 

「閻魔様、こちらの書類もよろしくお願いしますね」

 

「...まだあんのかよ」

 

「失礼しました、」と言い書類を置いていくなり鬼が退出した

先程一通り終わり一息つこうとしたところなので思わず溜息が漏れてしまう、だがそこまで量は多くないようでそれが救いなのかもしれない

 

あの大騒動から一日、閻魔大王ヤマシロはいつも通りの仕事部屋に篭り黙々と雑務をこなしていく

それはヤマシロだけではなく亜逗子にも煉獄にも査逆にも言えることである

しかし、ヤマシロはいつもよりも仕事速度が微妙にだが遅れていた

休憩時間も上の空になっていることが多い

それには二つの大きな理由があった

 

(.....ヤマクロ)

 

様々なヒトの協力を得てやっとの思いで救い出すことの出来た彼の弟、ヤマクロは未だに目を覚まさないでいるのだ

何とか二日後には目覚めてほしいのだがその願いが届くかはわからない

 

ヤマシロは何処からか煙管と閻魔帳を取り出して煙管に閻魔帳を経由した炎を灯す

煙管を咥え、フゥーっと息を一息吐く

残る雑務も判子を押せば済むようなモノばかりになってきたので残りはゆっくりとした時間配分にするつもりであった

閻魔とは疲れを最も感じにくい種族なのだが、あくまでも疲れにくい体質なので疲れることは疲れるのだ

それもほぼ同じことをほぼ毎日行っているようなモノなので精神的な体力は相当鍛えられているように思われる

不意にコンコンッと扉をノックする音が部屋に響く

ヤマシロが「どうぞ、」と煙管を吸いながら告げると一人の鬼が大量の紙束を持って「失礼します、」と入室してきた

 

「閻魔様、こちらの書類にも一通り目を通してもらっても、」

 

「これ全部かよ!?」

 

先程の十倍はあろう紙束を見るなりヤマシロは机をバンッと両手で叩いた

 

 

 

「よろしかったのですか先代、ヤマシロ様に全てお任せして」

 

「構わねェよ、もう俺の時代じゃねぇんだ。いつまでも老兵がしゃりしゃりと出るわけにはいくまい」

 

地獄某所、ゴクヤマの邸宅

三途の川の整備がある程度済んだ蒼 麻稚は三途の川とミァスマを襲った瘴気とヤマクロのことについて報告するためにゴクヤマの元を訪れていた

正直に言えば彼女自身はヤマシロの補佐に就きたかったのだが、ここまで事態が急速に進むとは予想外だったため参加できなかったのだ

 

「流石はヤマシロの坊主だ、やはりあの時感じた力は本物だったみたいだな」

 

「フン、閻魔大王として問題解決は当たり前じゃて。基本中の基本じゃわい」

 

ゴクヤマの右隣に座る百目鬼雲山と左隣に座る冨嶽厳暫が意見を述べる

百鬼夜行対戦時にヤマシロを苦戦させた二人だが、現在はゴクヤマの邸宅で静かに隠居生活を送っている

 

「だがヤマシロの坊主はまだ脳波による戦いは知らん様だな、それでいてあそこまで戦えるのは些か疑問があるな」

 

「おいゴクヤマ、何故あいつに教えてやらんのだ?」

 

百目鬼と冨嶽の問いにゴクヤマはフッと笑みを浮かべる

 

「あいつにそんなもんは必要ないよ。蒼の娘、お前ならなんとなくわかるんじゃないか?」

 

「...........」

 

ゴクヤマの問いに麻稚は言葉を返すことができなかった

たしかにヤマシロが脳波を使った戦い方を知らないのは事実である、周りに使い手がゴロゴロいながら疑問にすら思わない彼にも問題はあると思うがそれでなくてもヤマシロは強いのだ

それは閻魔だからとかそんなものとはまた違った何かがあるのかもしれない

 

「ではそろそろ失礼します」

 

麻稚は答えを出さないままゴクヤマの邸宅を後にする

 

「隗潼、お前の娘は色んな意味で逸材だよ。俺はいつか必ずお前の娘を手元に置いてみせる、クソガキの補佐にしては勿体無いからな...」

 

ゴクヤマはニヤリと不気味な笑みを浮かべて静かに空を仰いだ

 

 

 

地獄の麒麟亭の屋根の上では一人の少女が空をぼーっと眺めていた

紅亜逗子、ヤマシロの補佐として鬼たちのまとめ役として若いながらにもかなりの権力と実力派の彼女は今にも泣き出しそうな哀しい表情を浮かべながら酒を飲んでいた

 

「.....天狼さん」

 

あの時一人の男の無茶を止めることができなかったことに、彼の最期をこの目で見ることができなかったことを激しく悔やんでいた

そして彼の死を受け入れることができなかったのだ

 

亜逗子はあの後すぐに目を覚まし、ヤマシロと供に再びあの場所に戻ったがそこにいたのは横たわって動かなくなっていた一人の男だった

しかも原因はわからないが両腕が無残にも抉れてしまっていたのだ

彼女自身、いやこの世界に住む者はあまり死というものに敏感ではない

なぜなら例外を除いて普通であれば寿命以外で生命活動が止まるということはないからだ

その上ここは元々死後の世界、その世界の住人の生命活動が止まった時に現世の人間とは違い魂が天国と地獄に行くことはなく輪廻転生の輪に乗り新たな魂として再生される

これで世界の天秤が平等に保たれているのだ、だからこそこの事実は覆すことはできない

 

(あたいに、あたいにもっと力があれば...!!)

 

亜逗子は空になった酒瓶を握力だけで握りつぶす

その思いは誰にも届かずその願いは儚く散ってしまうしかなかった

 

と思っていた

 

「亜逗子ちゃん、こんなトコで何暗ゐ顔してんだよ?」

 

声の聞こえた方向に亜逗子は目を向ける

そこには亜逗子と似ているが少し違う黒ずんだ紅い髪にその上から帽子を被っている鬼と死神のハーフの青年が立っていた

 

「煉獄、一体いつから...!」

 

「つゐさっきだよ、何かが割れた音がしたから様子を見に来たんだよ」

 

煉獄はそう言うと亜逗子の隣に腰掛ける

彼はかつて亜逗子に告白をしたことがある、あっさりとフラれてしまったが彼の想いは変わることなく未だに亜逗子に好意を抱いている

だからこそ彼女が悲しそうな表情をしているのが放っておけなかった

実は彼はかなり前から亜逗子の近くにいた、亜逗子が悲しそうな表情で酒を持ちながらここまで来ていたので影に潜り込んで今の今まで身を潜めていたのだ

彼は彼女のために何かしたかった、彼女の力になりたかったのだ

 

そんな複雑な一人の男の恋心に気がつかない亜逗子は二本目の酒を取り出して一気飲みをした

 

「...泣ゐてもゐゐぞ」

 

「え?」

 

「愚痴も聞く、だからさ、頼むからもうそんな悲しい顔をしなゐでくれよ...」

 

「煉獄...」

 

「一回あの時断られたけどさ、俺やっぱあんたが好きなんだよ。これだけは絶対に曲がらなゐんだ、しつこゐ男と思ってくれてもゐゐからさ、言ゐたゐこと全部吐き出して、笑顔でゐてくれよ」

 

これが不器用で絶賛片思い中(しかも一回フラれてる)の煉獄ができる精一杯だった

そんな必死な彼に亜逗子は...

 

 

 

その翌日、地獄某所バッカス村跡地...

 

「ここか、査逆?」

 

「えぇ、石碑の名前からしてもコレは間違いなく、酒井田銀狐のお墓」

 

ヤマシロと査逆、亜逗子は天狼の遺体を葬るために彼の故郷にまでやって来ていた

幼い頃、査逆は天狼からある女性の話を聞いたことがあった

その女性が酒井田銀狐である

かつて天狼が愛し姉貴分として慕っていた酒呑童子

彼女の横に葬ってやった方がいいと査逆は独断でヤマシロに提案した

おそらくだが彼も彼女の隣で眠ることができるのが幸せかもしれない

 

「もう天狼さんの意思を聞くことはできないけど、俺たちにできることはここまでだな」

 

「あたいからはこれを...」

 

「それは」

 

「あの人が一番好きだったお酒」

 

亜逗子はそう言うと酒瓶を二本新しく作った天狼の墓に供える

 

「本当にありがとうな、天狼さん」

 

 

 

『ハッピーバースデー!!ヤマクロ坊ちゃん!!!』

 

パーン、パパーンっとクラッカーが幾つも鳴り響く

ここは麒麟亭大広間、扉を開いたヤマクロを待っていた光景は大宴会の席上だった、しかもヤマクロが主役の

 

「え、え?」

 

「ヤマクロ、おめでとう!」

 

「兄、さん?こ、これって...」

 

あまりにも突然すぎる出来事にヤマクロは混乱する

そんなヤマクロの反応にヤマシロはニヤリと笑みを浮かべながら、

 

「今まで祝ってやれなかった分も祝ってやる!好きなだけ騒いで好きなだけ笑え!」

 

「わ、わわ!」

 

ヤマシロに背中を押されたヤマクロは前に転んでしまいそうになるも何とか態勢を整えて倒れるのを止める

 

「坊、ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

「査逆、って、わぁぁ!!?」

 

しかし、査逆がどこからか飛び込んできたのでヤマクロは結局倒れてしまう

査逆は査逆で頬を赤くしてヤマクロの頬をスリスリとしている

 

「ぁあ、坊ちゃんよくご無事で!この月見里査逆、もう坊ちゃんに寂しい思いなどさせません!!」

 

.....もう酔っ払っているのか単純に安堵しているのかよくわからない状態の査逆にヤマクロを一先ず任せることにしてヤマシロはステージに移動する

 

「それじゃ皆!ヤマクロ80歳の誕生日に...」

 

『カンパーイ!』

 

ヤマシロの掛け声と共に騒ぎ出す者、飲み比べを始める者、料理を奪い合う者、乱闘を始める者が麒麟亭の大広間を支配した

 

「お前らーーー!盛り上がってるかーーーーー!」

 

『オォォォォォォォォォ!!』

 

このタイミングで宴会大好き唐桶祭次が更にテンションを上げようとマイクを握りしめる

 

「本日はこの日のためにスペシャルゲストを呼んでいる、もっとテンション上げて最高の一日にしようぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

ヤマシロはスペシャルゲストという言葉に首を傾げた

今回の主催者はヤマシロなのだがスペシャルゲストを呼んだ覚えはない

とんでもない前科があるので一応不安要素は先に潰しておこう、とヤマシロは宴会の席を見渡す

 

まずはこの間にパンクファッションでとんでもないキャラ崩壊を見せた麻稚、

 

...普通に宴会を楽しんでいた、ついでにその隣に亜逗子もいたのでこれで亜逗子であることもなくなった

 

次に意外にノリがいい煉獄、

 

...普通に酒に酔っ払って謎の踊りを披露していた、どうやら彼はあまり酒に強くはないらしい

 

査逆はもはや確認するまでもなかった、あえて内容は割愛しよう

 

他にステージに上がるようなスペシャルゲスト候補は特に見当たらなかった

 

「ではお願いします!」

 

ヤマシロが考えている内に証明が暗くなり天井のミラーボールが輝き始めた

ステージではドライアイスの演出が行われており、その中心に立っていたのは...

 

「YO!お前ら!俺と兄弟の魂のセッションを聞いてけYO!」

 

「てめぇかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

そこにはヤマシロの義兄弟の死神、ゼストがサングラスにヘッドフォンとジャラジャラしたチェーンやら光モノを付けて言葉のノリとは正反対にいまいちぎこちない動きで会場を盛り上げていた

 

ヤマシロはそんな彼の姿に呆れながらも一つの笑い声を耳がよぎった、ヤマクロだった

 

見てみると彼は満面の笑顔でこの状況を年相応の子供らしく楽しんでいた

 

その姿にヤマシロは思わず笑みと共に涙が流れた

 

 

 

 

 




はい、長かったですがこれにて第四章は終了となります!
本当にこんなグダグダな内容にお付き合いいただきありがとうございます!

伏線はなるべく回収するつもりがまた増やしてしまいました(笑)

どうか完結までお付き合いくださいませ(^^)


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間章
美原千代


 

私は願った

 

彼に想いを告げられずに逝ってしまったあの日から

 

私が消えてしまったあの日から

 

彼との日々が頭を過る

 

 

秋、初めて彼と出会い自己紹介をした

散りゆく落ち葉がまるで私の心を暗示しているようだった

ある日彼を私の家に招いた

私は部屋の片付けが終わっていないのにも関わらず彼を招いた

私の顔はおそらく夕焼けのように真っ赤だったでしょう

 

 

冬、私は彼に白いゲレンデに誘われた

降り積もる雪の中で彼とあっという間の楽しい時間を過ごした

彼と一緒にリフトに乗ったことはいい思い出だった

確か私がスキーで彼がスノーボードだった

彼の巧みな滑りに私の目を奪われた

 

 

春、今度は私が彼を花見に誘った

他にも友人がいて彼と二人になれなかったけれど彼も楽しそうだった

私の友人、彼の友人も楽しそうだった

私の作った料理に彼は美味しいと言ってくれた

舞い散る桜を背景にした花見は本当に楽しかった

 

 

梅雨、私は突然自宅で見知らぬ男と出会った

黒いマントに黒い髪をなびかせた長身の男だった

その男は悲しそうな表情と驚いた顔をして私を見ていた

雷も鳴り響いた大雨の日だった

私は男に殺されたらしい、らしいと言うのは実際何が起こったのかよくわからなかったから上手く表現できない

ただ、男は申し訳無い、という一言を残した

そして私は見たこともない場所にいた

もしかしたらあの世なのかもしれない

私は他の人たちに流されるまま一本道をひたすら前へと進んだ

すると目の前に大きな建物がそびえていた

私はその建物に入ると一人の男に声をかけられ別室に案内された

 

そこから先はよく覚えていないけど私は天国と呼ばれる場所にいた

私は彼のことを忘れられなかった

私は彼に会いたいと泣きながら一日中部屋に篭った日もあった

 

 

夏、私が天国にやって来てから数週間という日々が過ぎ去った

もう何日涙を流しただろう

もう何日部屋に篭っていただろう

時たま彼のことを頭に思い浮かべては思い出す

そして私はある日ある決意を心に抱く

しかし、それは手掛かりがなく長い年月を掛けても出来るかわからなかった

それでも私は構わなかった

彼ともう一度会いたいと願い続けていればいつか会える

私は彼とただただ会いたかった

 

 

 

そして決意を抱いた日から5年経った今日

彼は今何をして幸せに生きているだろうか

私はひたすら願い続けた

彼と出会えるならば私は喜んでこの身を捨て去る覚悟さえも出来ていた

それがたとえ彼が死んでしまうことを意味していることだとしても

 

 

また、彼ともう一度、あの楽しい日々を....

 

 

 



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第5章 輪廻謳歌
Sixtiefirst Judge


連続投稿です(^^)


ヤマクロの誕生日パーティーから数週間、具体的に言うならば三週間の時が流れた

閻魔大王であるヤマシロもドンチャン騒ぎをして疲れとストレスを発散させた鬼たちもメリハリとケジメがなっているようで翌日からはすぐさま仕事モードになりフワフワしたりソワソワした者は居らず、全員が真面目にテキパキと今日も元気に働いている

 

ヤマシロは裁判と雑務、ちなみにこの三週間で二回ほど裁判が行われ雑務も普段の倍以上の量となった

 

亜逗子は鬼たちを引き連れて地獄の整備、及び戦いの爪痕の修復と犠牲者たちの追悼と地獄の亡者達への八つ当たり

 

麻稚は三途の川の餓鬼狩り、あの一件で大量の瘴気が三途の川まで流れてしまったようで餓鬼の数も以前に増して増えているらしい

 

査逆はヤマクロと時間を過ごしている、元世話役と言った立場であったためヤマクロも査逆には心を開いているらしいので裁判所に一刻も早く馴染むには丁度いいだろう

 

煉獄は査逆がいないので部下と共に図書館の整理をしている、あのドンチャン騒ぎで煉獄は謎のカリスマを発揮し数は少ないが部下が出来たのだ

ある意味彼が一番出世しているのかもしれない

 

そしてゼストは相変わらずふらふらしている

現世から物資調達をしている可能性もあるがそれでも現世を優雅に歩き回っているであろう

 

「よぉ兄弟、今戻ったぜ」

 

「久しぶりじゃねぇかよゼスト。お前はまた仕事もせずにぶらぶらと現世観光を...!」

 

ノックもせずに雑務室に入室してきたゼストにヤマシロは疲れと負のオーラをドスの効いた声でぶつける

 

「お、落ち着けよ!別にちょっとゲーセン行ったり、デパ地下の試食コーナー巡ったり、宝くじ買ってハズレを引いたり、電気屋で現世の最新電化製品を見て回ったり、映画観に行ったり、ちょっと金が少なくなってきたから工事現場のバイト手伝ったり、動物園に行って現世の生物見に行ったり、ちょっと知り合った奴とボウリングに行った後でカラオケで半日歌ったくらいでそんな怖い顔すんなよ!」

 

「遊びすぎだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「うぉ、危ねェ!?」

 

雑務に使用している羽ペンをゼストに向かって全力で投げつける

間一髪の所で躱されるが羽ペンは石で出来た壁に突き刺さる

ちなみに羽ペン自体は何の変哲もないただの羽ペンである

 

「お前死神部隊が解散になってからちょっと遊びすぎじゃないか、こんなんならミァスマ持っていた方がまだマシだったぞ!」

 

「落ち着けよ兄弟、確かに死神部隊が解散になってから俺は本当に変わったよ、娯楽に目覚めた!」

 

「よし、ここで上司権限発動だ。問答無用で一発殴らせろ!」

 

「だが断る!」

 

ゼストはそう言い残して潜影術で影に紛れて何処かへと消える

ヤマシロは小さく舌打ちをしてデスクに戻ろうとしたが、足元に何か置いてあることに気がつき目を向ける

そこには小さな小包が置いてあった

ヤマシロは一瞬屈んで小包を拾う

小包には小さなメモが挟んであった

 

『現世のお土産、仕事頑張れよ!

俺はもう少し現世を楽しませてもらうぜ☆

ゼスト』

 

「逃がすかあの野郎!」

 

ヤマシロはメモをビリビリに引き裂き残った雑務を放棄し、雑務室を後にした

 

ちなみに小包の中身は長崎カステラだった

 

 

 

ベンガディラン図書館...

 

「煉獄さん、同人誌棚の整理終わりました」

 

「同時に週刊誌棚の整理も終わりました!」

 

「おぅお疲れ、もう上がってゐゐぞ」

 

「では失礼します!」

 

二人の鬼、同人誌棚を整理していた間宮樺太(まみやからふと)と週刊誌棚を整理していた笹雅光清(ささみやこうせい)はそう言いベンガディラン図書館を後にした

この二人はあの一件から煉獄の元を突如訪れて部下にして欲しいと願った者たちの一部であるがこの二人が最も働き者である

今や煉獄の両腕とも言われるほどの煉獄とベンガディラン図書館を支える二柱の存在となっている

彼らのお陰でこの広い図書館の整理が随分と楽になり煉獄自身も彼らのことを重宝している

最近では彼の上司であり図書館館長でもある人物が他の仕事で中々顔を出せないことからほとんどのことは煉獄が指揮を取っている

 

「はぁ〜、部下を持つって素晴らしゐな...」

 

思わずこんな独り言まで漏れる始末である

彼の一言で今までの作業がどれほど大変だったかを物語っている

 

「煉獄さん、お疲れさまです」

 

煉獄が一息ついていると少し小柄な鬼の少女がタオルとペットボトルを持って煉獄の元に駆け寄る

 

「胡桃ちゃん、ゐつもありがとな」

 

「い、いえ、そんなこと...」

 

煉獄は礼を言ってペットボトルとタオルを受け取る

彼女、東雲胡桃(しののめくるみ)もここで働きたいと志望してきた一人である

鬼の中でも小柄で力も弱いため前線や力仕事で役立てることはなかったが図書館では主に煉獄の秘書のような役割を果たしている

 

煉獄はペットボトルの蓋を開けて中の水を一気に飲み干す

図書館とは言え窓が一つもないので中は湿気が多く温度が上がりやすいため何もしてなくてもいくら鬼とはいえ喉は自然と乾いてしまうのだ

 

「あの、その...」

 

「本当ゐつもありがとな胡桃ちゃん、こんなパシリみたいな仕事ばっかで本当ごめんね」

 

「いえ、そんなこと...あぅ〜...」

 

胡桃はそう言うと顔を真っ赤にして俯いてしまった

彼女は結構人見知りする性格のようで常にこんな感じである

あともう一つ、彼女には大きな武器がある

 

「それじゃ、もう少し頑張りますか」

 

「あ、あのわ、私も...」

 

胡桃が煉獄の後を追いかけて歩み出した瞬間だった、

 

「わっ...」

 

「ゑ?」

 

そう、この瞬間誰もが想像するはずだ

胡桃は何かに躓いてこけるのだろうと...

しかし、彼女はどういうわけかはわからないが

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「お前のソレは相変わらずだな理解できねゑ!」

 

天井に届くまでの大ジャンプをしてしまうのだ

確かに躓くまでは正解だ、だが何がどういう原理で天井までの大ジャンプをするかは今だに謎のままである

 

「きゃん!」

 

そして、着地は必ずと言っていいほど失敗する!

煉獄は頭を抑えてため息を一つ吐いた

 

 

 

物陰喫茶MEIDOの一角...

 

「さぁ、坊ちゃん!好きなだけ頼んでくださいね!ウチが全部マジで好きなだけ奢ってあげますからー!」

 

「う、うん。ありがとうね、査逆」

 

ヤマシロの弟、ヤマクロとその世話役兼ベンガディラン図書館館長兼ここの常連の月見里査逆の二人が座るテーブルでは何やらピンク色(主に査逆から)のオーラがだだ漏れで店員が近寄りがたい雰囲気となっていた

店長であり査逆の顔見知りでもある荒井真淵(あらいまぶち)ですら一歩引く状態となってしまっている

更に言えば他に客がいない、何故なら鬼たちは皆、亜逗子か麻稚に連れられてそれぞれの仕事で忙しいためである

 

あの一件以来、地獄が崩壊しかけるという大きな事態が発生してしまったためその後始末が未だに終わっていないため早期解決の為普段以上に仕事に励んでいるのだ

だから査逆のように暇な鬼が逆に珍しいくらいなのだ

 

「で、坊ちゃんなに食べます?」

 

ヤマクロは査逆にキラキラとした目で問い詰められる

正直に言ってここまで来て何か頼まないと彼女に悪い気もするのだが逆に何を頼めばいいのかわからなくなってくる

ヤマクロはあまり親切心に応えるということに慣れていないためこういう場合の対応に即興で対処することを苦手としている

 

「じゃ、じゃあドラゴンソーダで」

 

「店主ー!ドラゴンソーダ二つプリーズ!」

 

査逆が大声で注文する

すると五秒も経たない内に注文した品がテーブルに並べられた

あまりの早業にヤマクロはポカンと口を開けている

 

「さぁ坊ちゃん、どうぞごゆっくりしていきましょう!」

 

興奮する査逆に若干戸惑いながらもヤマクロはドラゴンソーダをストローを経由してちびちびと飲み始めた

その様子に査逆は頬を紅潮させながら身悶えしていたのは余談である

 




キャラクター紹介

ヤマクロ
種族:閻魔
年齢:80歳(人間でいう8歳)
趣味:読書、勉強
イメージボイス:伊瀬茉莉也
詳細:ヤマシロの実の弟でゴクヤマの二人目の息子
閻魔としての期待と宿命を生まれながらに背負い生まれたので性格を偽っていた
ヤマシロと煉獄の協力により心の闇を克服し本当の自分を取り戻すことに成功する
査逆のことは本当の姉のように思っている


【挿絵表示】


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Sixtiesecond Judge

しばらくはこんな感じで進行していきます(^^)


 

地獄にそびえる巨大な天地の裁判所で働く鬼たち専用の共同住まい、麒麟亭は男性棟と女性棟が大広間を中心に分かれており女性棟の方がやや高い位置に建設されている

そして大広間の真上には大きな娯楽場がある、現世で言うところのカジノと言ったところだ

競馬、ギャンブル、トランプ、ルーレット、スロットマシン、エトセトラエトセトラと言ったところである

他にも映画やボウリングなどのアミューズメント施設も何故か充実しており仕事で疲れた鬼たちの唯一の楽しみの場でもあるのかもしれない

 

そして今日も娯楽場は大繁盛しておりあちこちから大量の熱気と欲望が渦巻いている

 

ちなみにここの強豪常連にはそれぞれ二つ名があり、彼らの戦いを傍観するのもまた娯楽と化していた

 

「おい、今日は四天王が大富豪で勝負するらしいぞ!」

 

「マジか、俺は誰に賭けようかな〜」

 

「んなコト言ってる場合かよ、早くしないと満席になっちまうぜ。もう最前線席は既に満席だってよ!」

 

「マジかよ!じゃあヤベェじゃん、急ごうぜ!!」

 

その中でも特に強い者は四天王と呼ばれており、四人全員が揃い真剣勝負をするのはかれこれ七年ぶりである

四天王の戦いを賭けて楽しむような輩も少なくはない

 

「おい、あれ真紅の魔女の亜逗子姐さんじゃん!やっぱ仕事の時よりもこっちの方が魅力あるよな!」

 

「あぁ、あの人のドレス姿なんてここでしか見られないからな!」

 

真紅の魔女、紅亜逗子

五代目閻魔大王ヤマシロの側近の一人にして四天王の中での実力はナンバー2と言ったところである

 

「今日も荒稼ぎしてやんよ」

 

普段とは違うどこか美しく妖艶で荒々しい雰囲気はそれだけでギャラリーを魅了していた

 

「ね、ねぇ!あっちの殿方って漆黒馬の貴公子じゃない!?」

 

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!瀬野様ーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「こっち向いてーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

漆黒馬の貴公子、瀬野逸人(せのはやと)

娯楽場のプリンスで白と灰色のツートンヘアに黒スーツ、右目元には刺青が刻まれている

四天王内の実力はナンバー3である

 

「....まったく、だから大広間とここにはあまり来たくないんだ」

 

ハァ、と瀬野はため息を一つ漏らし肩を竦める

彼自身賭博は嫌いではないのだがギャラリーの女性がどうも苦手らしく宴などにもあまり姿を見せない、一日のほとんどを部屋に篭っていることもある

 

「お、あれは仮面道化師じゃねぇか!?」

 

「今日は一体どんな奇跡が見れるんだろうな、楽しみだぜ!」

 

「私はそれよりもあの仮面の下の美しい素顔が気になる!」

 

仮面道化師、楠華本性(くすかほんしょう)

素顔を一切見せない男で常に仮面を被っている

その素顔は謎に包まれており素顔を見たものは幸せになれる、なんて都市伝説まで完成してしまっている

四天王最弱だが実力は相当のモノである

 

「お、ついに来たか!」

 

「伝説の賭け職人...!」

 

「奴の通った道にはコイン一つ残らないと言われている伝説の!」

 

「やっぱし貫禄が違うよな、惚れそうだぜ」

 

「え、おま、そっち系...」

 

「違うわ、アホゥ!!」

 

伝説の賭け職人、金平貪欲(かねひらどんよく)

四天王最高年長者で実力も四天王トップクラス

二メートルを越える身長とそれに見合う体格が更にその雰囲気を引き出している

 

「久々に本物のゲームを見せてやるわ、若造ども」

 

彼はゴクヤマや蒼隗潼とも同期であるがぎっくり腰が悪化してしまい現役引退を果たすも陰でコソコソとこの場所を維持するためだけや働いている

 

「やっぱ威圧感が違うね、流石は生きる伝説だ」

 

「爺さんと久々にやれるとはな、あたいもテンション上がってきたぜ」

 

「.....集中」

 

三者三様の思いを胸に、今決戦の舞台へと四天王はそれぞれ一歩を踏み出す

そして舞台に立った戦士達はそれぞれ手元に置かれた手札を手に取った

 

 

 

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!いよいよ始まりました、七年ぶりの四天王による真剣勝負!司会進行は私、宴会の顔とも呼ばれている唐桶祭次が担当させていただいております!」

 

そしてそのステージの近く、客席の外のモニター付近で唐桶祭次による実況が行われていた

 

「さてではそろそろ始めましょう、この勝負貴方は誰に賭けますか?戦歴から判断するもよし、容姿で判断するもよし、運に任せてみるのもまた一興でしょう!」

 

唐桶の言葉に辺りはざわつき始める

ある程度四天王の賭けがあることは予測していたのだがいざ賭けるとなると迷いが見え始めているのだ

勝てば大金、負ければ破産

ここ大一番の勝負に娯楽場のムードは徐々に上昇していった

 

「あの、祭次さん。毎回ここはこのような感じなのですか?」

 

「なんだよ枡崎、お前ここ始めてなの?」

 

「今日は亜逗子様に突然連れられてきました、ほぼ無理矢理...」

 

「だったら覚悟を決めて帰るのは諦めろ、亜逗子の姉御が帰るなんて絶対に許さないからな。後が怖いぞ」

 

「き、肝に免じておきます」

 

枡崎仁、亜逗子の部下で主に資料室にいることの多い頭脳派でこのような娯楽場とは縁がないので慣れない様子である

今回は唐桶の手伝いをすることになっている

 

「いいからとりあえず盛り上がっとけ、ここは盛り上がらないと押しつぶされる場所だからな」

 

唐桶が枡崎にマイクを手渡す

彼は常にマイクを三つは携帯しておりこのような時などに役に立てている

 

「無理に話さなくてもいいから格好だけでもそれっぽくしておけ、浮くぞ」

 

「は、はい!」

 

「ではそろそろお時間です、皆様お決まりでしょうか?では、第二スクリーンをご覧ください!」

 

そして第二スクリーンに賭け率がドーンと表示された

第一スクリーンではもう今まさに勝負が始まろうとしていた

 

 

 

一方、亜逗子が娯楽場で優雅に勝負をしている同時刻三途の川では蒼麻稚とその部下たちは地獄が崩壊寸前に陥った時から急激に数を増やした餓鬼の始末に追われていた

漏れ出した瘴気が三途の川にまで影響を及ぼしてしまい修復も同時に行っている

 

「まったく、一向に数が減らないですね...」

 

「仕方ありませんよ麻稚の姐さん、餓鬼は瘴気の残留思念のようなモノですからね。あれだけ大量の瘴気が地獄から漏れ出したんじゃ自然と餓鬼の数も増えちまいますよ」

 

ハァ、と麻稚は大きくため息をつく

愛用のスナイパーライフルを何を思ってか最近銃口をマシンガンの様に改造したので序盤は実験とか何とかでテンションは上がっていたのだがこうも長時間続けていると流石に飽きてくるのは人間も鬼も同じである

 

「で、あと何億体血祭りに挙げたらよろしいのでしょうか?」

 

「真顔でサラッと怖いこと言わないでもらえませんか!?別にそんなに始末する必要はありませんよ、バランスも考えてあと二百ちょっとですから!」

 

「..............................足りない」

 

「お願いですから必要以上に始末しないでくださいね!」

 

麻稚の側近、畠斑謡代(はたむらようだい)は必死に上司の暴走を止めようとありとあらゆる手を使って彼女を落ち着かせる

畠斑は麻稚の部隊では最も信頼のある男で他の部下たちからの信頼も厚い実力者で唯一の麻稚のストッパーでもある

彼女が暴走したおりには必ず畠斑が呼び出される、ヤマシロでも止められないことがこの男は止めることができてしまう

 

「増援を頼んでもいいんですよ、前回みたいに閻魔様にお手を借りることだって不可能ではありませんよね?」

 

「いえ、それはダメ」

 

麻稚は声のトーンを下げてボソリと呟く

 

「閻魔様は最近仕事が溜まっているのでそんなことをしてる暇はないでしょう、ただでさえ裁判が続いているのでお疲れなのに雑務も多い。しかも最近何やら現世で人が大量に死ぬような何かも行われているようですし」

 

そう、最近ヤマシロは本当に休む暇がないほど多くの仕事を抱えているのだ

死人も続々とやって来て問題のある者も多く裁判も連続で行うことだってあったのだ

閻魔大王はこの来世を管理し亡者を裁くなどの仕事が主だ、だからこそ現世とのバランスも閻魔大王によって保っていると言っても過言ではない

だからこそこういう細かい部分にまで目が行き届かないので鬼たちを雇い仕事を頼んでいるのだ

 

「私は閻魔様の片腕、もう片方の腕が何をしているなんて興味すらありませんが私は私の使命を全うするまでです!」

 

「姐さん...」

 

「畠斑さん、餓鬼が現れました。行きますよ!」

 

「は、はい!」

 

麻稚はスナイパーライフルを構えて、畠斑は金棒を肩に乗せて餓鬼に攻撃を仕掛ける

彼らの仕事は餓鬼の始末と三途の川の管理

そして閻魔大王の仕事は別にある

他人の仕事を手伝う前に自分のすべきことを全うせよ、それは誰かの教えなのか過去の偉い人が言っていたことなのかは知らない

麻稚の部隊は一旦合流を果たし分担エリアの変更と編隊を行なった

 

「では、引き続き頑張りましょう」

 

 

 

この時、三途の川の異変が餓鬼の急増によるモノだけでないことはまだ誰も気がついていなかった

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Sixtiethird Judge

テストが終わったので早速執筆!


天地の裁判所の下層部は地獄に位置しており、地獄に特に野放しにすることが出来ない罪人を収容している「七つの大罪」と呼ばれる最高地獄拷問施設がある

簡単に言えば七つの生きている方が辛いと思わせるトンデモ地獄メニューである

 

孤独監禁、超熱湯釜茹、疫病蔓延、無期限絶食、精神破壊、温度七変化、複雑迷路と全てが生きている方が辛いと思わせる内容が「七つの大罪」と呼ばれる最大苦行地獄である

しかし原則的に亡者達を故意的に地獄メニューで命を絶つことが禁じられているので微妙な調整と亡者のタフさという天秤が安定することで初めて拷問として成立している

 

その中の一つ、超熱湯釜茹...

大きな特別熱を通しやすい鉄を素材に作成された大釜の中で水を熱してそこで二時間入浴してもらうというモノである

ちなみに温度は一万度を軽く越えており、釜の中の水がメラメラと燃えるという不可思議現象まで起こってしまう有様である

当然生身の人間であれば入った瞬間に皮膚が焼かれドロドロになってしまうのだが亡者という存在は既に死んでしまっている存在でちょっとやそっとのことで再び命を失うことはない上に何故か生者の頃よりも体の構造が少し変わってしまい多少のことは日常の様に流してしまうのだから不思議である

 

そんな今日も悲鳴と叫び声とメラメラという音が響き渡る超熱湯釜茹地獄の中央の大釜では、

 

「あぁ〜、いい湯だな。疲れが吹き飛ぶぜ」

 

「閻魔様よ、確かに湯加減は丁度ゐゐかもしれなゐがBGMが悲惨過ぎて和むに和めなゐんだが...」

 

「ンなモン無視だ無視、気になるんだったら耳栓でもしとけ」

 

「アンタって意外に白状なんだな!」

 

多忙な第五代目閻魔大王様と最近少し地位を上げた鬼と死神のハーフが頭にタオルを乗せて気持ち良さそうに疲れを癒していた、よく見ると水の色が違うトコロから入浴剤を使った形跡まで見られる

 

「まさか亡者にとっての大拷問が俺たちにとって極楽な巨大温泉に変わり果てちまうとはな」

 

「そこは種族の差ってヤツだよ。感覚の違い一つで快楽にも苦楽にもなるからな」

 

「.....間違っちャなゐが何処か納得できねゑ」

 

鬼と死神のハーフである煉獄が辺りをキョロキョロと見回す

やはり右を見ても左を見ても後ろを見ても快楽に浸り落ち着いている様子を見せている様子はどこにも見られない

.....逆に見れれば拷問としてもどうかと思うが、煉獄達を例外として

 

「ちなみにここは男湯だぞ」

 

「誰も何も期待してないですよ。てゐうか分ける意味あるんですかゐ?」

 

「亡者とて男と女の二種類存在するんだ。欲情働かせて野郎共の快楽になったら地獄として終わりだからな、少し費用は高かったが親父の世代にハッキリと男女分けられた」

 

「では、それまでは混浴だったと?」

 

「そうなるがここの本来の意味を忘れるんじゃねぇぞ」

 

煉獄は明らかに残念そうに舌打ちをする

亡者達の悲鳴をバックグランドミュージックとして第五代目閻魔大王、ヤマシロが煉獄に質問をする

 

「で、態々話って何だよ?」

 

「あぁ、この間新しく配属された奴らのコトなんですけどね」

 

ヤマシロはあぁ、と相槌を打ちながら煉獄の話を聞く態勢に入る

今回は煉獄から少し部下のことで相談があると申し出てきたので落ち着けて且つヤマシロの疲れが取れる場所ということでヤマシロは煉獄を案内してここまでやって来たのだ

ちなみにヤマシロはかなりの常連で今入っている釜も特注で作成した彼専用の湯船である

 

話に勢いが乗り次第に相談事から仕事の話しと世間話、与太話、卑猥な話とまるで年の近い友人達が仲良く話すような雑談を制限時間一杯まで話尽くした

いくら閻魔大王と鬼とはいえ長時間の入浴は流石に危険なので亡者達と同じように制限時間が設けられている

ヤマシロと煉獄は釜から上がり着替えを済ませ飲料販売機でコーヒー牛乳を購入し一気に飲み干す

余談だが飲料販売機でコーヒー牛乳が一番値段が安くボタンが押しやすい位置にあったので選んだだけであって風呂上がりのコーヒー牛乳とか特に深い意味はそんなにない

 

「じゃあな、俺は飛行機の時間があるから先に失礼するわ」

 

「あン?天国までバカンスでもしに行くんですか?ゐゐですよね〜閻魔って種族はよ」

 

そう、閻魔という種族は天国と地獄を自由に行き来する権利があるが鬼にはないのだ

勿論現世と来世を自在に行き来できる死神にもそんな権限はない

煉獄の嫌味にヤマシロは「馬鹿野郎が」と吐き捨てるように呟き苦笑いを浮かべて、

 

「ヤマクロを連れて行くんだよ、俺自身は仕事が多すぎてバカンスなんてやってられねェよ」

 

 

 

麒麟亭、憩いのスペース

数多の椅子と机、パラソル(室内なのだが雰囲気を出すために取り付けたらしい)のついた一席では赤と青の対照となる色が特徴的な鬼の少女が二人腰掛けていた

 

赤鬼、紅亜逗子と青鬼、蒼麻稚

 

供に閻魔大王の補佐を務める鬼の中でも上位に位置する職種に就ている彼女達が一緒にいるのは珍しいようで当たり前な風景でもある

彼女達はそれぞれ個別にそれぞれの部隊を所有しており分担場所も違うため仕事で顔を合わすとなれば閻魔大王の補佐を行う時くらいであろう

しかし休憩中やプライベート時間では仲が悪いわけでもないのでこうして一緒にいることが多いのだ

 

「どうも最近忙しくなってきた気がしますね」

 

「まぁ裁判も連続で行われたこともあったし、現世で人が大量に死ぬような事件が立て続けに起こってるって話だしね。あたいとしてはこれ以上安月給になっちまうと生きていける自信ねぇよ〜」

 

「.....また閻魔様に給料減らされたの?」

 

「地獄で大暴れした時からちょいちょいとね、修繕費と責任費と。賭博では久々に四天王が集まったから十ゲームくらいやって内六ゲームが大惨敗で」

 

「ほとんど自業自得じゃない」

 

麻稚は目の前の親友に救いの手を差し伸べようとも考えたのだが理由を聞かされて差し伸べかけた手はあっさりと引き下がる

まぁ、彼女は救いの手を差し伸べるとしても利子をつけて十倍くらいで返してもらおうと考えがあっての行動なのだが亜逗子がそのことを知る術はない

 

亜逗子は項垂れた状態で目の前の水をゴクゴクと飲み干す

ぷはぁ、とまるでビールを飲んだ後の中年男性のような仕草を行う

 

「でもさ、まさかこんなに早く地獄が回復するとは思わなかったな。瘴気のバランスで異常気象や生態系の変化とかも色々あったけどなんとか保ってるし」

 

「確かに三途の川と比べて回復が随分と早いですね、こちらはもっと餓鬼の数を減らさないといけないですからね」

 

「そういえばさ、」と亜逗子は思い出したように体を起こして、

 

「何で餓鬼って絶滅させちゃいけないんだろうな?あたい的には迷惑でしかない存在なんだから全部一気に殲滅してもいいと思うんだよね」

 

「そうねぇ...」

 

このことは麻稚も何度か思ったことのある問題だった

確かに餓鬼は三途の川で彷徨う幼子の魂が行う作業、積み石を完成直前に崩すことを繰り返し、繁殖力も異常で、瘴気に何らかの作用が働いた生命体なので瘴気に変わりがない

思えば餓鬼の存在にメリットなんてあるのだろうか、そもそも餓鬼はどのようにして繁殖するかも未だに解らずにいる

それなのに完全に滅することを昔から禁止されている

 

「どうしてかしらね」

 

「いや、わかんないのかよ!」

 

「どうだっていいんじゃない?」

 

「い、いいのかな?」

 

亜逗子はどこか納得のいかない表情で首を傾げる

すると今度は麻稚が何かを思い出したかのような表情を浮かべる

 

「そういえば亜逗子、最近煉獄に告られたんだって?」

 

「ブフフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!?」

 

目の前で亜逗子が盛大に吹き出した

 

「な、なっ、ななな!?」

 

「なんで知ってるかって?煉獄が酔っ払った拍子に喋ってたわよ、あの誕生会の時に」

 

麻稚のまさかの事実をカミングアウトされた瞬間に亜逗子の顔はゆっくりと真っ赤に染まっていく

.....麻稚としては少し鎌を掛けた程度だったのだがどうやら亜逗子はそれどころではないらしい

 

「断ってやったよ、だ、だだだれがあんな女垂らしなんかと」

 

「それは過去のことじゃないでしょうね?私は『最近』と言った筈よ」

 

麻稚のまさかの追い打ちに亜逗子は遠い目で体が白く染まっていく

たしかにあの時は心臓が波打つほど亜逗子は嬉しく満更ではなかった

以前の告白と違いなんだか悪い気は全くしなかった

 

結論としてはまだ答えを出せずにいる

 

あの後、亜逗子は煉獄に笑顔を向けると黙ってその場を立ち去ったのだ

煉獄が追いかけてくることはなかった

そしてあのヤマクロの誕生会以来仕事も多くなり煉獄も忙しくなったので全くと言ってもいいほど会っていない

彼女はまだ葛藤とジレンマでどうすればいいのか決められない複雑な想いの中で漂っているのだ

 

「.....その様子じゃ結論はまだ出していないようね」

 

「い、いや、そんなこと」

 

「まぁ承諾してくれた方が私としてはありがたいわ、閻魔様独占できるし」

 

「..............」

 

いつもなら亜逗子は麻稚の言葉に反撃を入れるのだが今の彼女にそんなことできる力はなかった

麻稚はニコリと笑い優しく告げた

 

「あなたの道だから私はどうこう言わない。でも親友としてこれだけは言わせてもらうわね、後悔だけはしちゃ駄目よ」

 

麻稚はそれだけ言うと静かに席を立ちその場を後にした

 

(あたいは、一体どうすればいいんだろ.....)

 

亜逗子はしばらくその場にボーッと留まり続け、悩みに悩んだのだが気がつけば眠ってしまい仕事に遅れてしまったのはまた別の話

 




キャラクター紹介

刹那(せつな)
種族:人間?
年齢:謎
趣味:表記不可
イメージボイス:宮野真守
詳細:現世、来世と二つの世界で有名ライトノベル「セレモニー・カルドセプト」の悪役
最近では主人公に協力する形で一種のダークヒーローとして人気を集めているが登場回数は少ない
作者的に嫌いなキャラではないがチート過ぎるから、という理由があるらしい


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Sixtiefourth Judge

恋愛タグを付けるべきか付けないべきか...


 

天地の裁判所には麒麟亭とを繋ぐ渡り廊下が一つある

その渡り廊下は常に鬼達が行き来を繰り返し、仕事と休暇を両立させながらせっせと毎日を生きている

 

そんな渡り廊下の天地の裁判所に入る扉の前にて

 

「ゼストさんですか」

 

「おうよ」

 

麻稚が背後の僅かな気配を感じ取り声をかける

ゼストは壁に背を預けて腕を組みながら麻稚の呼びかけに笑顔で応える

 

「どうも最近じゃ現世では何かよからぬことが起こってるみたいだ。魂の往来もそうだが現世じゃ本来は感じることのない力の類みたいなモンも溢れで始めてる感じもする」

 

「それは貴方が肌で感じた感想ですか?それとも実際に確かめた実体験から出た情報ですか?」

 

「.....まだどっちとも言えないな」

 

ゼストは口に手を当てながら悩む仕草を見せる

感想か情報か、一見そこまで違いのない言葉に聞こえるかもしれないが感じたことを意見にするのと実際に見たことを意見に纏めるのとでは大きな違いと信憑性も異なってくる

 

ゼストはこの三日間、麻稚に頼まれて現世での異変がないか視察に行っていたのだ

最近の死者の数と三途の川の餓鬼の数が多いのが気になったからだ

餓鬼の数は来世の問題にも思えるが三途の川は現世と来世を繋ぐ役割を担っているため現世での何かが餓鬼に作用を与えているかもしれないと麻稚は考えたのだ

 

「不確定要素がまだ多すぎるんだ、纏めるにしてもかなり時間は掛かるし、あっちの問題までに首を突っ込んでられねェんだ。これ以上確認を取るってコトはソコに足を踏み入れるってことになっちまうからな」

 

「.....現実問題として可能なことは可能でしょうか?」

 

「不可能までは言わないがそれこそこっちに戻って来れなくなる。あっちの問題に首を突っ込むってことはそういうことだ」

 

現在ゼストは死神として来世で働いて生活拠点としている

しかしゼストの生活環境を現世に変えてしまうと来世の仕事が第二となってしまい現世で生活しなければならなくなってしまう

いくら来世と現世を自在に行き来できる死神でも環境の違いは克服できないし魂の本質が現世と来世で少々異なるので世界がゼストを拒み長居すればゼストの生命の危機にも関わってしまう

 

「しかし流石隗潼さんの娘さんだよな、あの隗潼さんの。現世に行ってもないのにこっちの世界の僅かな異変で現世の異変に気がつくなんて」

 

「.....あなたは父に何か恨みがあるのでしょうか?」

 

麻稚はゼストが隗潼の名前を恨めしげに強調しながら呼んでいたことに気がつき思わず指摘してしまうが、当の本人は「何でもねェよ、気に済んな」と何やら触れたくない話題のようなので一先ず忘れることにする

 

するとゼストは何かを思い出したかのように「あ、そうだそうだ!」とわざとらしく声を挙げて何もない壁に手を当てる

すると壁から何かが入ったナイロン袋を一つ取り出す

 

「.....あなた方の能力は未だによく理解できませんね」

 

「まぁ、影がない場所だとこんな能力無意味にも等しいけどね」

 

死神が扱う影の暗殺術の一つ、収影術...

あらゆるモノを影に収納する能力で主に武器や食料、その他必要最低限の荷物はこの能力で解決される

デメリットとしては自身の影に収納しているので他の影からは取り出しできないことと収納すればするほど影を通して収納物の重さが死神本体に影響が出てしまうことである

よって相当な体力と力がなければこの術は多用することはできない

 

「それは?」

 

「オイオイ、人に頼むだけ頼んどいてそれはねェんじゃないの?これ手に入れんのスゲー苦労したんだぜ」

 

ゼストは苦笑いしながら紙袋を麻稚に差し出して告げる

 

「頼まれてた本だ」

 

「よこせ!今すぐに!!」

 

麻稚は目にも止まらぬ速度でゼストの持つ紙袋、もといBL本を瞬時に奪い取った

 

 

 

天国...

相も変わらず賭博やナンパ、借金取り、ドラマ撮影、グラビア徘徊、競馬、パチンコ、喫煙、都市開発、開発反対運動、サイン会、エトセトラエトセトラと様々なことが行われている愉快で何処か天国らしくない天国は今日も平和なのかもしれない

 

「.....兄さん、ここ本当に天国なんだよね?」

 

「.....目の前の光景は参考にしてはダメだ、俺も久々に来たときは目を疑ったからな」

 

空港の入り口でヤマシロとヤマクロの閻魔兄弟が仲良く同時に溜息を吐いた

ヤマクロはあの日からカウセリングや(知り合いが少なくかなり心配だったが)査逆を通じて様々な鬼と知り合い精神的に安定したので本当の意味で心と体を癒してもらうため娯楽が多く健康的にもいい作用が極端に働きやすい天国に連れてきた

天国行きが決定した際、査逆が「あぁぁぁぁぁあァァァァあァァァァァぁぁアアアッ、坊ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、置いていがないでぐだざいぃぃぃぃぃぃいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」とか言ってたが全力でスルーしてきた

ヤマクロは罪悪感があるのかないのか知らないが苦笑いしながら頬を引きつらせ査逆から目を離さなかったが、ヤマシロは部下の鬼たちに容赦無く査逆を取り押さえせた

.....今更ながら査逆をヤマクロの世話役に再任命したのは間違いだったかもしれないとヤマシロは割と本気で思い始めてしまっている

 

「兄さん、それでボク達はこれからどうするの?」

 

「一応知り合いと会うまでぶらぶらして知り合いが見つかったら俺も仕事があるからそっちに行かないとな」

 

「忙しいんだね」

 

「あぁ、本当ここ最近モノ凄く忙しくなってきた気がする。特に裁判とか裁判とか裁判とか裁判とか裁判とか裁判とか!」

 

「あ、ははは...」

 

ヤマシロとヤマクロは会話を交わしながら歩き始める

とりあえず知り合いが集まりそうな馴染みの酒場に行こうとしたのだがヤマクロは見た目幼い子供で連れて行くのも気が引けるし須川と顔を合わせずらいため選択肢から消える

信長か五右衛門の家でもいいが生憎彼らは家でゴロゴロ引きこもり生活をしてるインドア派の人間ではないので外出をしている可能性が高い

それに五右衛門は瓶山と供に便利屋を営んでいるため仕事の邪魔はできない

よって同時に瓶山という選択肢も消える

末田は家知らないし、信玄と妹子はおそらく仕事

 

(あれ?俺知り合い少なすぎじゃね?)

 

泣きたくなる内心を心の内に留めて心の中で号泣することにした

ヤマシロとヤマクロは行く当てもなく近くをぶらぶらと歩き回る

所々で食べ物を買ったりして雑談を繰り広げたのだがやはり二人では会話内容も限定され、発展もしない上に、時間だけが過ぎ去ってしまう

 

「.....兄さん、知り合いいるんだよね?」

 

「一応いる」

 

何だか本気で泣きたくなってきた

 

「ヤマシロ?」

 

不意に背後から声が掛かる

何処かで聞き覚えのある幼い少女の声だった

 

「夏紀ちゃん!」

 

「ヤマシロ!久しぶり!!」

 

少女、瓶山一の一人娘、瓶山夏紀はヤマシロの体に小さな体を預ける

ヤマシロは笑いながら頭を撫でた

 

「どうしたんだよ、親父は一緒じゃないのか?」

 

「お父さんはお仕事でこの辺に来てるから待ち合わせ、これから上杉謙信のコンサートに行くんだ!」

 

「そ、そうか」

 

あの人マジで歌手やってたんだ、ヤマシロは小さく呟く

あの日以来夏紀と会うことはなかったのでお互い本当に久しぶりの再会となった

ヤマシロの隣に座るヤマクロはヤマシロと夏紀の会話について行けずに蚊帳の外となってしまっている

 

「あ、ヤマシロその子は?」

 

「あぁ、俺の弟でヤマクロだ。仲良くしてやってくれ」

 

「ふーん」

 

夏紀はゆっくりとヤマクロに近づく

ヤマクロが対応に困ってると夏紀がゆっくりと右手を差し出して、

 

「私瓶山夏紀。よろしくね、ヤマクロ君!」

 

「あ、う、うん!よろしくね!」

 

ヤマクロも応えるように右手を出して握手をする

ヤマシロはそんな二人の様子を温かい視線で見守る

ヤマクロは若干引っ込み思案な所があるのに対して夏紀は誰にでもグイグイ接するタイプなので会話は夏紀を中心に弾んだ

見た目の年齢も近いので共通する何かを無意識に感じ取ったのだろう

そして数分会話した後、

 

(ヤマクロ君ってなんかかわいいな〜。弟ができたみたい)

 

(................好きになっちゃったかも)

 

夏紀は無邪気にお姉さんぶって、ヤマクロは頬を真っ赤に染めてそれぞれが違う愛を感じていた

少年の小さな恋の花が咲いた瞬間だった

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Sixtiefifth Judge

前書きで書くことがなくなってきた...


「えぇ、ヤマクロ君って80歳なの!?私より年上じゃない!」

 

「でも人間と閻魔じゃ元々の寿命も時間の感じ方も成長速度も違うから多分夏紀ちゃんの方がお姉さんだと思うよ」

 

「え、そうかな?」

 

「うん、何か雰囲気もお姉さんっぽいし!」

 

「そ、そうかな、そうだよね!きっとそうだよね!」

 

ヤマシロは知り合いに会いヤマクロのことを説明したらそのまま裁判所に戻るつもりであったが出会った知り合いが夏紀だったので誰か大人が来るまで一緒にいることにした

いくら天国といえど幼い二人がぶらぶらするのは危険だからだ

ヤマクロも力を持っているとはいえ天国ではその使用を固く禁じられており普通の幼い少年と変わりないのだから、最もどうしようもない緊急事態の時は閻魔権限で使用可能が通ることがあるが

一応先ほどその大人の知り合いと出会いヤマシロは裁判所へ戻るつもりだったのだが...

 

「......閻魔様、何度もおっしゃいますがいくらあんたの弟でもウチの夏紀に手を出せばタダじゃ済ませやしませんぜ」

 

「わかったから肩を掴んでるその手を離してくれ、地味に痛いから!」

 

面倒な大人、瓶山夏紀の父親である瓶山一に絡まれていた

というか青筋をピキピキと浮かべる瓶山にヤマシロは引きつった笑みで対応し何とか裁判所まで戻りたいのだが瓶山の握力が思いの外強く中々外れないので戻れずにいる

獲物を狩るような眼光まで放ってしまっていて余計に怖い

.....娘を取られた父親は嫉妬のあまりに豹変するという迷信はどうやら嘘ではないらしい

 

「ていうかあんた五右衛門はどうしたんだよ?」

 

「この辺りで合流する予定なんだがな、また須川さんにアプローチしてる可能性があるからな」

 

「.....よくやるよな」

 

ヤマシロは呆れたように溜息を大きく一つ吐く

どうも大泥棒石川五右衛門は天国一の明治の情報屋である須川時雨に一目惚れしてしまいあの手この手でアプローチを続けているらしい

須川はヤマシロが見てきた中でもかなり美人の類に入るがあれでも中々の堅物である

流石情報屋と言ってもいいほど本性を晒すことが少なく、滅多なことがない限り感情的になることはない

しかも信長とも口喧嘩するほど仲が良いため敵は多い

もっと言えば生前坂本竜馬に救われた経験もあるらしいので彼女の気持ちはそっちにいってしまっている可能性もある

 

目の前で楽しそうに幸せピンク色オーラを遠慮なく放つ幼いこの二人も信長と須川のような関係になってしまう可能性があることに関しては激しく残念でならないが未来はどうなるのかわからない

あくまでも可能性の話である

.....まぁヤマシロも瓶山もそんな未来はないと願いたいのが本音なのだろうが

 

「おーい、瓶ちゃん!」

 

「五右衛門」

 

そんなこんだで時間を潰していると五右衛門が合流した

 

「あれ、ヤマシロの旦那もご一緒だったんスね!」

 

「よっ!」

 

ヤマシロと五右衛門が軽く拳を打ち付け合って簡単に挨拶を済ませる

五右衛門は信長の鞄の一件があって以来ヤマシロのことを何故か旦那と呼んでいる

そこに大した問題はないのだが天下の大泥棒に旦那と呼ばれてしまっているので時折ヤマシロは悪の親玉的な心情になってしまうこともあると言えばある

 

「そういや夏紀ちゃんは一緒じゃねェんスか?」

 

「ん」

 

瓶山が忌々しそうに後ろの方向に親指で指し示す

そこには五右衛門が初めて見る少年と夏紀が仲良くソフトクリームを食べている踏み込んではいけない聖地があった

 

「な、夏紀ちゃんにもついに彼氏が!?」

 

「俺は決して認めないッ!!」

 

親バカはとりあえず右手で五右衛門を全力で殴り飛ばした

 

 

 

一方、ヤマシロが向かおうとしたが即座に選択肢から消え去った居酒屋「黄泉送り」の一角にて、

 

「ほう、来週にニューシングルを発売するのか。一応チェックはしといてやろう」

 

「いやチェックするくらいなら買え!ていうか買ってくれ、今度は絶対に謙信の奴に負けるわけにはいかないんだ!」

 

「そうだ、主から直接貰うほうが早かったのう」

 

「何賄賂みたいに嫌らしい笑み浮かべてんだお前はッ!」

 

生前は天下の戦後武将であった、尾張の大うつけこと織田信長と甲斐の虎こと武田信玄が酒を飲みながら盛り上がっていた

何やら会話の流れから信長はニヤニヤと悪い笑みを浮かべ、信玄は青筋をピキピキと広げる結果となってしまい、まさに一触即発の不穏な雰囲気となってしまい他の客達は彼らの覇気を感じ取ったのかそそくさと距離を取る

 

「落ち着けやお前ら、ドンパチやるなら外でやってくれ。店内で暴れられちゃこっちとしても止めようがないからな」

 

「それは誤解だ親父。儂は何もコイツと争うつもりはない、コイツが勝手に突っかかってきただけじゃ」

 

「こ、のやろう...!!」

 

「まぁまぁ、とりあえずこれでも飲んで冷静になりな。俺の奢りだ」

 

「.....感謝する」

 

信玄は親父こと相谷宗吾(あいたにそうご)から酒を受け取るとガブガブと一気に飲み干す

相谷は天国で三年前にこの居酒屋を立ち上げて以来様々な顔見知りが自然と増えて今では親父という愛称まであるくらいだ

閻魔大王が訪れた居酒屋としても有名であり、商売繁盛なんてレベルでは済まないくらい大繁盛している

 

「親父、時雨の奴は今は部屋にいるのか?」

 

「多分な、あいつが外出する時と言えば閻魔様がおいでなすった時か気分が向いた時しかないからな」

 

「親父も大変じゃの」

 

「まぁ一応家賃は払ってもらってるから文句はないんだけどな」

 

相谷はポケットから葉巻を取り出しライターで火を灯す

須川時雨は転々と住居を移し替えるため「黄泉送り」に隠れ家を固定するまでは連絡はおろか行方を掴むことすら難しかった

なぜ彼女がここを隠れ家に選んだのかは相谷にも信長にも未だにわかっていないがわかることは、一日のほとんどを室内で過ごしている引きこもりということである

 

「何かの縁ってヤツだろ、何か食うかい?」

 

「枝豆と焼き鳥を貰おう」

 

了解、と相谷はカウンターの奥にある厨房へと姿を消した

 

「縁、か」

 

信長は静かにポツリと呟いた

 




キャラクター紹介

間宮樺太(まみやからふと)
種族:鬼
年齢:200歳(人間でいう20歳)
趣味:睡眠
イメージボイス:松岡禎丞
詳細:煉獄に憧れを抱き彼の部下として働いている青年
人見知りが激しく基本的に無口なのだが心を許したヒトにはグイグイといく
かなりの甘党


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Sixtiesixth Judge

今回はヤマシロの出番ゼロです(笑)


 

煉獄はベンガディラン図書館に戻る前に少し寄り道をし、途中で東雲が慌てた様子で走っているのを見つけ事情を聞いたところ、何やら煉獄のことを探していたらしい

急いで図書館に戻ってきてほしいと涙目でテンパり主語と述語が反対になったり動詞が動詞を行っているとか文法から崩れてしまった彼女の慌て具合は尋常ではないものと判断し急いで図書館に戻ると...

 

「あ、煉獄さん!良かった...」

 

笹雅と間宮がホッと安堵の息を吐く

間宮は言葉は発していないが笑顔を浮かべたところから安心している様子が読み取れる

 

「笹雅、一体何があったんだ?」

 

「えっと、ちょっと俺っちの口からじゃ言いにくくて...」

 

あははは、と笹雅はバツが悪そうな笑みを浮かべながら冷や汗をタラタラと流している

煉獄は間宮の方にも目を向けるが首を横に振るだけだった

基本間宮は無口なため言葉を発すること自体が希少である

煉獄もそのことは十分に承知していた

実際見た方が早いと判断した煉獄は扉を開き、ズカズカと歩き始める

今天地の裁判所には仕事が大量に入り込んでいるので読書をしている鬼は少ないが調べ物をしている者は多数いる

元々来る者が決まっているこの本だけが無駄に多い図書館で喚こうが騒ごうが誰も咎めはしないのだが、図書館では静かにという暗黙の了解が成立しているため図書館内にいる者は誰一人として話す者はいなかった

.....どちらかと言うと煉獄達従業員がうるさい気もするのだがそれは恐らく上司のせいなのでここでは気にしないでいただきたい

 

その上司が目の前でヨダレを垂らしながら項垂れていることも見逃していただきたい

 

「うへへへへ、坊っちゃ〜ん。置いていかないでくださいよ〜」

 

「........................................................笹雅、間宮、胡桃ちゃん」

 

「えぇ、そのまさかです」

 

「俺っち達じゃ手に負えなくて...」

 

「.....迷惑ですので」

 

たしかに迷惑だけど、と煉獄は溜息を一つ漏らしながら三人の名前を順に呼ぶと東雲、笹雅、間宮の順で応える

東雲は何やら自分の上司の駄目っぷりに嘆くように、笹雅はあくまでも笑みは崩さずに苦笑いをしながら申し訳なさそうに、間宮に至ってはゴミクズを見るような冷たい視線で

煉獄は顔に手を当てアチャー、と言いそうな仕草をして静かに溜息を吐く

煉獄達の上司、月見里査逆はあの日以来元々駄目だったのに更に堕落してしまったと煉獄は常々感じている

ヤマクロが救われて査逆も彼の世話役に配属されたのだがそれでも長年勤めていた図書館館長という重要役職を放棄するわけにもいかない、煉獄が継げばいい話なのだが本人が拒否したので査逆は未だに図書館館長をしながらヤマクロの世話役の役職に就ている

ちなみに東雲胡桃、笹雅光清、間宮樺太の三人は月見里査逆ではなく彼女の部下の煉獄京に憧れを抱いてここに勤めている

つまり査逆に対する尊敬心は特にないし、お世話になっている上司とか恩も感じる暇すらない

煉獄の方が明らかに人望もカリスマ性も彼女を上回ってしまった結果である

特に間宮にいたっては何故か査逆に嫌悪感を抱いてしまっている

 

だからこそこの場に煉獄が呼ばれたのだ

ここに就任して日が浅い三人よりも古株の煉獄ならばこの駄目上司の扱い方もよく知っているだろうというのが三人の意見である

 

(......な〜んかあんまり嬉しくなゐ頼られ方だよな)

 

本来ならば部下が上司を頼ってくれることは嬉しいことのはずなのだが何故か今回に限ってはそこまで嬉しいとは感じなかった、いや逆に落胆というかそんな残念な感情さえも湧き上がってくる

あまり気が乗らない我らが煉獄だったがこのままこの上司を放置していても状況はプラス面に働くことは絶対にないだろう、むしろただでさえ堕落しきっている評判が更に落ちる結果となってしまう

 

煉獄は覚悟を決めて「えへへ、えへ、でへへへ、坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん坊っちゃん」と何やら自分の世界に入り込み過ぎて元々危ない性格が修復できないくらい病んでしまいそうな勢いの査逆の背後にゆっくりも近づき、椅子に手をかけて全力で引っこ抜いた

 

「むきゃ!?」

 

椅子という支えを失った査逆の体は重力に従って落下する

煉獄は無機質な機械のような、まるで喜怒哀楽の喜と楽を抜いた冷たい目で査逆を見下す

どうやら今の一連の動作で査逆は桃色の頭の世界から帰還したようでキッと煉獄を涙目(目は髪で隠れてるけど多分涙目)で睨みつける

 

「いてて、ちょ、煉獄君!?いきなり何すんのよ!ウチ本気で怒っちゃうよー!」

 

「少し黙ってろ病原菌、ここは図書館だ。静かに無駄な時間を過ごすのが暗黙のルールなんだよクソッタレ」

 

「今までにないくらいマジで罵られたー!?」

 

立場逆転である

最近では彼唯一の弱点と言ってもいい鎖のジャラジャラという音も克服してしまっているので査逆が煉獄に勝てる要素は戦闘という選択肢以外になくなってしまう

しかしここは図書館なので戦闘をするわけにはいかない、何故なら壊した分の修繕費として査逆の給料が減ってしまうからだ!

基本的に管轄場所の損害やその他諸々の被害の修繕費はそこの責任者の給料からゴッソリと減らされる

ちなみに最近の被害者は地獄の大規模の修繕のため給料が減った亜逗子である

.....彼女の場合は半分以上自分自身で破壊したため自業自得でもある

 

「笹雅、間宮、胡桃ちゃん、よく覚ゑとゐてね。こうゐう輩の扱い方は多少の暴力、罵詈雑言でも許されるってことをね」

 

「無駄にマジ爽やかな笑顔で何言ってんのー!?まだ就任したててでピュアな方達に変なことを教えな」

 

「了解ッス、俺っちも日頃のストレスを解消するために参考にさせてもらうッス!」

 

「ええ、と、何言っても許されるんですね?」

 

「.....早速実行」

 

「もう既に全員承知!?」

 

改めて煉獄(部下)のカリスマ性に驚かされた査逆(上司)であった

冗談抜きで下克上とか案外可能かもしれない

戦闘を抜けばの話だが...

 

(.....つか、何で俺こんなヒトに負けたんだろ?)

 

 

 

現世、日本のある山間地区

 

(反応が強くなってきた!)

 

人が住めるような環境にない巨大な大木が生い茂る森の中で死神、ゼスト・ストライカーは木から木へ人間離れした跳躍力でぴょんぴょんと移動する

普段ならばこのような大自然が支配する人気のない場所に用はないのだが今回の依頼と調査にはどうしても調べておかなければならない場所だった

現世では本来感じることのできない力、瘴気の反応が濃い場所が現れ始めたのだ

麻稚の読み通り、三途の川や来世だけでなく現世にまであの日の戦闘の影響が出ている可能性もある

あれだけの膨大な瘴気が四方八方に分散してしまったのだから地獄を越えて三途の川、そこから現世にまで飛んでしまったのだ

 

(ま、金さえ貰えればどんな調査でも仕事でも俺はやるけどね)

 

足での移動が面倒になったのか、ゼストは影に身を潜め影から影へと一気に移動する

潜影術は影に潜り影から影へと高速で移動する技術、つまり太陽の光がある程度差して木々が生い茂っていい具合に影が生成される森林にはもってこいの力である

 

そして瘴気の出処まで一気に飛ぶ

 

「ここか」

 

辺りにはやはり影響が出ていた

木々は腐敗し、動物は死に血を流していた

瘴気そのものの量は少ないが、やはりある程度耐性のある来世の住人と違い現世の生物には耐性どころか本来なら接する機会すらない

 

「ま、ちゃっちゃと終わらせるか」

 

ゼストは腰を下ろして瘴気に手を当てる

辺りに冷気が集中し、瘴気はたちまち凍てついていく

彼は脳波を自然の属性に変換する本来閻魔という種族の特権である属性変換を何故か扱うことができる

凍の属性を司る彼は脳波を冷気に変えて範囲内に入った水分を一気に凍てつかせることができる

しかし瘴気に水分は存在しない

だが辺りの冷気で包むことはできる

冷気で包んで内部に浸透させて氷に変える

彼にしかできない技術であり、ゼストだけに与えられた力

ゼストはその力を遺憾無く発揮する

そして完全に凍てついたところを見計らって氷を完全に跡形もなく粉々に踏み潰す

 

(ま、こんなもんかね。人気がなくて良かったけどこれが大都会とかにあったら処理とか大変だよな)

 

吐き捨てるように呟いてゼストはその場から姿を消した

瘴気はここ一つではない、まだやることが残っている

どうやらしばらくは現世を楽しむ暇もなさそうだ

 




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Sixtieseventh Judge

時々サブタイトルの綴りが正しいか気になる...


天地の裁判所、大法廷の法廷控え室にて

 

「だぁー、疲れたー!」

 

「あたいも、そろそろ限界近いかも。これで何人目?」

 

「コヒュー...コヒュー...コヒュー...」

 

「あんたが一番疲れてんのかい!え、閻魔様、麻稚って喘息とか持ってましたっけ!?」

 

「ほっとけばその内治るだろ」

 

「最近閻魔様が誰に対しても冷たい!?」

 

わなわなと戦慄する亜逗子を横目に正装にベッタリと汗が染み付いてしまったため何処からかタオルを取り出して一先ず額の汗を拭う

麻稚に関しては裁判の間進行を担当しているので酸欠の可能性があるが彼女は人間でなく鬼なのでそのうち回復するであろう

もうかれこれかなりの数の裁判を今日だけで行ってきた

 

ヤマシロがヤマクロを五右衛門達に任せて、裁判所に戻った瞬間に空港で部下に捕まってしまい裁判の準備を進めた

そして今までにないほどの裁判の連続にヤマシロや亜逗子、麻稚の三人は疲れを全身で表現するかのように項垂れていた

 

「閻魔様、これで裁判何回目でしたっけ?」

 

「ざっと十回目だな。しかし一日に十回近くなんて珍しいこともあるもんだな、どんな問題持ちが一気に死んでんだよ?」

 

「それに関してですが、」

 

いつの間にか復活した麻稚が眼鏡の位置を調整しながら書類を手にする

若干目の下に隈があるのは疲れのせいか趣味のせいかのどちらかであろう

できることならば前者と信じたいが彼女の場合は毎回頻繁に期待を裏切ってくれるので反面教師の考え方で挑まなければ予想外の事態に対応できなくなってしまう

 

「彼らの死因はいずれもわからないことが多すぎます。心肺停止でもない、殺害されたわけでもない、自殺をしたわけでもない、毒を盛られたわけでもない。現世で考えられる死因とは別の死因でこちらにやって来ています。もっと言えばこちらでも不自然というか、考えにくい原因なのですが...」

 

「じれったいな、その死因ってのは一体何なのさ?」

 

亜逗子はもう待ちきれない、といった様子でイライラした感情を表に出して麻稚に尋ねる

 

「こちらが原因となっております」

 

「ちょ、あたいは無視!?」

 

喚く亜逗子を無視してヤマシロと麻稚は資料に目を通す

麻稚は既に一度読んでいるため何のリアクションもなかったがヤマシロは目を大きく見開き、資料を手に取りまるで何か恐ろしいモノを見たような表情になる

 

「.....呪殺?」

 

 

 

一方、天国へ行ったヤマクロは上杉謙信のコンサートが始まるまで夏紀達と時間を過ごしていた

しかしヤマクロが現在気がかりで夏紀との会話が弾まないのには理由がある

夏紀は眩しい笑顔を向けて話しかけてくれているのだが、彼は何やら重いプレッシャーを感じながら引きつった笑みを浮かべていた

 

「どうしたのヤマクロ君?具合でも悪いの?」

 

「う、ううん。そんなんじゃないんよ、だ、大丈夫だよ!」

 

「そっか、良かった!」

 

夏紀が笑顔を浮かべる

その度に背後からの威圧感というか殺気がビンビンと伝わってくる

ちなみに背後にいるのは...

 

『解せぬ!』

 

「.....いい大人がガキ一人に本気の殺気ぶつけてんじゃねぇッスよ」

 

五右衛門が呆れながら溜息を吐く

織田信長、武田信玄、瓶山一の三人のおっさんの目が危ない方向で輝いており嫉妬と何やら怪しい感情が渦巻いているのが目に見えてしまう

信長と信玄は偶然合流して五右衛門が知り合いは一人でも多い方がいいと判断して捕まえ合流したのはいいのだが信長はかつてナンパに失敗した少女の隣で笑う少年に嫉妬を抱き

信玄に至ってはこれから謙信のコンサートに行くという可愛い少女に対して違う意味で嫉妬していた

.....瓶山に至ってはもう言う必要もあるまい

 

「くそぅ、いくらヤマシロの弟じゃと言っても許せぬ!何であのような幼気な少女から太陽の笑顔を貰っておるのじゃ!爆ぜろッ!!」

 

「あんた、その台詞完全にロリコンで犯罪者の言うことッスよ!?」

 

「畜生、何故あのような可愛らしい少女が謙信ごときのコンサートに!どうせCDとかも俺のには手を伸ばさずに謙信のに手を伸ばしているに違いない!謙信爆ぜろッ!!」

 

「お前もか、お前もロリコンなのか!?」

 

「あのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキあのクソガキ」

 

「お前は少し黙ってろ親バカが!」

 

ガルルルルル...と唸る三人の駄目な大人達を抑えながら五右衛門は溜息を一つ漏らす

正直この場に自分がいて良かったと五右衛門は割と本気で安心する

一番この場で恐ろしいことはツッコミがおらずボケがひたすら連鎖して取り返しのつかないくらいカオスになってしまうことだ

そしてそれがあの二人に悪影響を及ぼしてしまう可能性が少しでもある限り五右衛門はこの場を離れるわけにはいかなかった

 

「クソゥ、俺のコンサートはむさ苦しくて汗臭ェ野郎しかやって来ないってのになんで謙信のとこには女性が中心なんだよ!本当理不尽だろこのヤロー!」

 

「俺に当たんな!それは謙信がバラードとか女性受けするジャンルの曲を中心にしているのに対してあんたの場合はロックだろ!ベビメタだろ!男性が盛り上がりそうなジャンルばっかじゃねぇか!」

 

「知るか!ロックやベビメタが好きな女子くらいおるわ!」

 

「だから俺にどうしろってんだよ!」

 

信玄と五右衛門がギャーギャーと口論を始める

一方、ツッコミというカオスの抑止力を失った信長と瓶山は...

 

「すまぬヤマシロ、やはりお主の大切な弟だからと言って許してはおけぬ」

 

「準備はできている。信長さん、いつでも合図してくだせぇ」

 

「心得た」

 

「お前らも少し落ち着け!」

 

エアーガンを構えた二人を全力で止めた

口論なんてしてる場合ではなかった

 




キャラクター紹介

笹雅光清(ささみやこうせい)
種族:鬼
年齢:190歳(人間でいう19歳)
趣味:筋トレ、勉強
イメージボイス:立花慎之介
詳細:ベンガディラン図書館の従業員で親しみやすい性格の持ち主
煉獄のことを慕っており憧れも抱いている
物陰喫茶「MEIDO」でもバイトをしており、常連客で上司の査逆ともある程度友好関係はある
間宮、東雲とは幼馴染でよく三人で行動している
結構怖がりで怪談話などが苦手


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Sixtieight Judge

連続投稿です(^^)


 

ベンガディラン図書館...

 

「月見里ー、いるかー!?」

 

「はいはい、いるいる。だからそんな大声で叫ばない」

 

やれやれと言った様子で査逆が髪を弄りながらカツカツと何処からか姿を現す

普段亜逗子はこのような知識の溜まり場のような場所に用はなく来ることはないのだがヤマシロからの指示では仕方ないと言った様子である

 

「貴方がこんなとこに来るなんてね、マジでウチは驚き隠せないんですけど」

 

「どうでもいいだろ。あたいだってこんなトコ来たくなかったよ」

 

「そう言いなさんなよ」

 

査逆はケタケタと笑い始める

目元は髪が掛かっていて見ることはできないが怪しく輝いていることが少し離れてていても確認することができる

 

「安心しなよ、今煉獄君はいないからさ」

 

「.....何であいつの名前が出てくんだよ?」

 

これだからこの女は昔から苦手だった

何を考えているのかわからないくせに実力はあるし、それなりの知識も所有している

その上ヤマシロからもある程度の信頼も持っている

「まぁいいわ、」と査逆が一言で話を切り替える

 

「それで、何をお探しなのかしらね?天地の裁判所鬼の部隊総隊長、赤鬼紅亜逗子さん」

 

査逆の台詞の嫌味を感じ取ったのか亜逗子は苦虫を潰したような表情を浮かべ一つ舌打ちをする

 

「呪殺ってモンについてだ」

 

亜逗子の一言で査逆の表情が変わる

 

「.....くっ」

 

口の端をゆっくりと吊り上げて、

 

「くぅははははははははははははははは、はははははははははははははははははははははは!!」

 

まるで狂った変人の様に声を裏返して大声で笑い始めた

その態度に亜逗子の血は登り、査逆の胸ぐらを思いっきり掴みかかった

 

「お前、馬鹿にしてんのか?」

 

「とんでもない、まさか貴女からそんな言葉が出て来るなんてね。意外だしマジで興味深いと言ったところね」

 

亜逗子はその対応に対して更に腹を立てて首を握りしめる

元々亜逗子は短絡的でムカつく相手に関しては手加減など忘れてしまうほどの力で正面から捩じ伏せる性格をしている

彼女としても今回は穏便かつ平和に終わらせたかったのだが査逆の態度によってそれは叶わぬモノとなってしまった

 

「は、離しな...よ、ウチの、首を絞めた...トコで、あんたの、知り、たいこ...とが、わかるわけじゃ、ない、よ」

 

「..........」

 

亜逗子は無言で査逆を投げ捨てる

 

「全く、ウチが一体何したってのさ?」

 

「別に、ただ今はあたいの腹の虫の居所が悪かっただけだ」

 

普段慣れない雑務作業、連続として行われた裁判と亜逗子は知らず知らずの内に心理的なストレスを感じていたのだ

だから誰かを攻撃したくなった、だから安い挑発にも乗ってしまった

 

「.....ねぇ、煉獄君と会ってるの?」

 

査逆が先程と打って変わって真面目な調子で尋ねる

 

「いいや、あの宴会以来会ってない」

 

「一度会ってみたら?彼会いたそうにしてたよ?」

 

「.....いい、それより呪殺に関する資料はないのか?」

 

亜逗子の声のトーンが少し暗くなったのを査逆は見逃さなかった

査逆は少し寂しそうな表情を浮かべ、やがて覚悟を決めたような雰囲気で告げる

 

「ねぇ亜逗子、ウチがこの目を隠してる理由って話したことあったっけ?」

 

 

 

一方同時刻、天地の裁判所第二資料室ではヤマシロと麻稚が枡崎に頼み調査と言って部屋を開放してもらった

 

「.....なんでお前もついてきてんだよ」

 

「別にいいじゃないですか。少しでも人数が多い方が片付きやすいことですし」

 

そう、本来麻稚は亜逗子の方に付いて行くはずだったのだが何故かこちらに付いて来てしまったのだ

.....亜逗子一人を図書館に行かせるのは不安しかヤマシロにはなかったのだがその不安が正に的中しているなんてことまでは知る由もない

 

「それで閻魔様、お探しの資料は呪殺についてでしたよね?」

 

「あぁ、できるだけ早めに目を通したいんだが...」

 

「でしたら、私からも知っていることは話しましょう」

 

枡崎は手元の資料を一旦机の上に置きヤマシロのことを見据える

 

「枡崎さん、何かご存知なのでしょうか?」

 

「えぇ、実は昔そちらの方の研究をしていた時代がありましてね」

 

ヤマシロと麻稚からしたら意外なことだったが嬉しいことでもあった

資料をただ読むだけでなく研究をしていた経験者から聞くことのできる話ほど貴重なモノはないからだ

 

「そもそも呪殺、いえ呪いというモノは脳波の応用の一つなんです」

 

「脳波の?」

 

「イメージをして放つのです。物に呪いを込める時には恨みや憎悪といった感情そのものを脳波に通して、遠距離間で対象の相手に呪いをかけたければその相手のことを強く念じて脳波を飛ばすといった類です。つまり脳波にマイナスの思念を乗せることで呪いが成立するわけです」

 

つまり対象に病のイメージを送れば呪いによって病が発症したと勘違いさせ、不自然な死を演出することも可能となる

 

「呪殺も脳波の応用です、例えば藁人形に釘を打ち付ける行為なんかでいいでしょう。アレは藁人形に対象の髪の毛など強い思念が残っているモノを使い、木槌に怨念など憎悪といった脳波を纏わせて釘を打ち付ける。対象の強い思念が残っているモノというのは離れてもある程度は見えない力で繋がっているのです。だからこそ呪いの類には昔から髪の毛や骨などの体の一部が使われることが多かったのです」

 

「骨?」

 

「呪いというモノは非常に厄介で死後にも影響を及ぼしたり死んでから初めて発動するモノもあるのです。だからこそ対象の骨というのは思念の塊ですからよく使われていたのです」

 

「まぁ、既に死んだ者を恨むほどの極悪人ならほとんどが地獄ですけどね」と枡崎は補足する

どうやら呪いというものは現世と来世の境界をも通過するようだ

 

「なぁ枡崎、逆はどうなるんだ?」

 

「逆、と言いますと?」

 

「こっちから現世に呪いを送ることは可能なのか?」

 

「.....あまり過去にないケースなのでわかりませんが、死神のようにこちらからあちらに行く術があるのですから不可能ではなさそうですね」

 

枡崎は顎に手を当てながら慎重に言葉を選びながら応える

 

「麻稚」

 

「えぇ、こちらから何らかの力が働いた可能性も捨て切れませんね」

 

ヤマシロと麻稚の知識では現世で脳波の存在に気がついた人間はいない

無意識に使っている可能性もあるが今回は確実性を求める、憶測や推測で判断していい問題ではないため一つでも確かな情報が必要となる

 

(最近の亡者の様子といい最近の仕事の量といい、ゼストと顔を合わせる回数が減ったことといい、全部こっちの世界が関係してんのか?もしかしてあの時分散した瘴気に関係が、それとも...)

 

「閻魔様、あまり難しく考えては泥沼にはまってしまいますよ」

 

麻稚が笑みを浮かべながら告げる

 

「麻稚...」

 

「私は貴方の片腕です。貴方が頼るべき存在です、貴方には裁判所の皆様や私達がついています」

 

枡崎も首を縦に振る

 

「.....ありがとう麻稚」

 

ヤマシロも笑顔で彼らの期待に応えたいと思った

こんなにも頼もしい部下達がいることに改めて気づかされた

 

不意に頭に激痛が走る

 

「閻魔様!?」

 

「だ、大丈夫だ。通信が入っただけだ」

 

脳波による通話技術、脳話

脳波を広げて対象の脳波と繋げることでテレパシーのように会話をすることができる

しかし、一気に複数の脳波を受信したり脳波を展開していないのに無理矢理引っ張り出された時には今のヤマシロのような症状が発生してしまう

 

「お、俺だ。どうした?」

 

『閻魔様!大変です、地獄のそ、空が...!』

 

この時、ヤマシロは妙な胸騒ぎとともに大きな何か得体の知れない力を感じ取っていた

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Sixtieninth Judge

三話連続投稿です(^^)


天地の裁判所、屋上テラスにゼストは一旦現世で使ったエネルギーを回復するために来世に戻ってきていた

やはり現世と来世では環境も違えば現世になくて来世にあるものも存在する

現世では酸素や窒素、二酸化炭素が大気中に大幅存在しているが来世では瘴気とその他の浮遊粒子物質が漂っている

その中でも来世にしか存在しないのが霊素と呼ばれる物質である

霊素は現世の酸素にあたる物質で、霊素を体内に含むことによって死後の世界である来世で肉体を留めておけるのだ

もちろん亡者の肉体も霊素を基盤に構成されており、魂の上から新たに霊素を型どったようなモノである

 

「はぁ、今回は何の土産も買ってこれなかったな。兄弟怒るんじゃないかな?」

 

実際は現世の土産など足の爪先ほども期待していないヤマシロだがゼストはそんなことを知る術もない

ゼストは柵に寄りかかりながら小さく溜息を吐く

 

「.....ん?」

 

そして地獄の方向に目を向けたときあることに気がついた

何やら空の色が紫と橙色の霧のようなモノが支配しているような

もっと言えば雷の色が黒く染まっている気もする

 

「.....疲れてんのかな?」

 

ゼストは一度目を擦ってから深呼吸をして天地の裁判所の屋上テラスを後にした....

 

「いや、やっぱしおかしい!」

 

再び屋上テラスへ足を踏み入れたのは、扉を開いて三秒後のことであった

 

 

 

「...こゐつは一体どうゐうことだ?」

 

天地の裁判所の廊下、煉獄が雷の音に何やら違和感を覚え地獄の方向に目を向けた時、普段の地獄とは違う風景が広がっていた

大地の底からマグマが流れ出して、黒い雷鳴が大地を引き裂き、不気味な紫と橙色の空の色はバケツの中の水に絵の具を適当に混ぜ合わせたかのように自然ではありえない混ざり方をしていた

 

「煉獄さん、やっぱしコレ普通じゃないッスよね?」

 

「当たり前だ、一体何が起こってるんだ!?」

 

煉獄とともに簡単な雑務書類を運んでいた笹雅も目を疑っていた

 

「笹雅、お前はこのことを閻魔さんに報告しに行ってくれ!脳話じゃなくて口頭で、それから閻魔さんの指示に従うんだ!」

 

「了解ッス!樺太と胡桃と館長はどうするんスか?」

 

「間宮と胡桃ちゃんは俺が呼ぶ、査逆さんはそのままだ!」

 

「まさかの上司無視ッスか!?」

 

「あんなの最後だ最後、とにかく頼んだ!」

 

煉獄と笹雅はそれぞれ逆方向に走り始める

煉獄は脳波を最大にまで広げて間宮と東雲を捜す

探知用に広げた脳波はイメージした特定の人物のみを対象にできる高度な技術が必要となる

煉獄もまだまだ発展途上だが動きながら脳波を探ればカバーできる

 

「それにしても、何なんだこの力の塊は?発生源がよくわからなゐけどかなりやばそうだ」

 

煉獄は潜影術で目的地まで急いだ

 

 

 

「....これは」

 

「こんなことが...!」

 

「どう、なってんだ...」

 

連絡を受けて外に出たヤマシロ達は地獄の変わり果てた姿に驚きを隠せなかった、いや隠すことができなかった

この様子では亡者達も無事ではいられないだろう

何とか行動に移したいヤマシロだが動くことのできる人物がこの場にいない

 

「閻魔様ー!」

 

すると、ヤマシロの元に一人の鬼がやって来た

たしか最近煉獄の配下についた鬼の一人だった

 

「笹雅、だったよな?」

 

「えぇ、そうッス!煉獄さんに言われてこのことの報告に」

 

最高のタイミングだ...

煉獄は現在の状況をよく理解し、次に何をしなければならないかをしっかりと理解していた

 

「笹雅、お前は煉獄達と地獄に行って亡者達の避難させてくれ。他にも使えそうな奴がいたら使ってくれていい」

 

「了解ッス、査逆さんを使ってもいいんでスよね?」

 

「あいつは、まぁ...いいんじゃないか?」

 

「なんで皆して査逆さんに対する対応が微妙なんでしょうかね?」

 

 

 

地獄某所...

 

「何なんだよ一体、数日前に巨大な瘴気が発生して地割れが起こったと思えば次は黒い雷に地面から溶岩かよ、どうなってんだ!?」

 

「落ち着け、俺たちが騒いでもどうにかなる事じゃねぇだろ...」

 

流れ行く溶岩の当たらない高い場所で身を休める二人の鬼がいた

一人は黒みのかかった緑の長い髪に右目に眼帯をつけた鬼、もう一人は顔に大きな傷跡があり天をも突き抜きそうな蒼い一本角の鬼

 

「第一地獄のことは裁判所の連中が管理してる。俺たちが今更出しゃばったトコでいい方向へと働くわけがねぇ」

 

「だけどよ、あいつらに任せて本当に大丈夫なのか?確かに俺たちはもう表に立つことはない、だけど恐らくこの事態に裁判所は全力で解決に挑む」

 

「.....いいことじゃねぇか」

 

「もし、気まぐれなあいつが動いたらどうすんだよ。裁判所の連中に味方するとも限らない。そうなっちまったら裁判所の連中は勝ち目ないぞ」

 

「.....だが俺たちはもう動く理由がない。新しい世代に賭けて見守ってやるのもいいんじゃないのか?」

 

「動く理由ならある、強い奴が来るんだ!それ以上の理由は俺たちに必要ないだろ!」

 

「.....お前は昔から変わらないな、だが妙な胸騒ぎがするのもまた事実」

 

「只事じゃ済まなさそうだな」

 

二人の鬼はニヤリと笑みを浮かべた

 

 




キャラクター紹介

東雲胡桃(しののめくるみ)
種族:鬼
年齢:210歳(人間でいう21歳)
趣味:造花、料理、裁縫
イメージボイス:花澤香菜
詳細:煉獄の秘書として働く少女
ドジなところが目立ち予測不能の事態になってしまうことが多々ある
間宮、笹雅とは幼馴染で一番年上だが周囲からは一番年下と思われている


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Seventieth Judge

キャラクターが予定よりも多くなりすぎて大変なことになってきました(^^)


 

ほんの少しだけ時を遡り...

天国に向かったヤマクロは夏紀、五右衛門、瓶山、信長、信玄と行動していた

嫉妬と何やらドス黒い感情に囚われてしまった瓶山と信長と信玄を置いて二人の元へ五右衛門は向かって三人から遠ざける

本当にあの三人の近くにいたら悪影響が及んでしまいそうで心配になってきたのだ

 

「五右衛門さんは兄さんとどうやって知り合ったの?」

 

「俺?俺が旦那と出会ったのは何の変哲もないある昼下がりでな」

 

ある程度の情報をぼかしてヤマクロにあの日のことを五右衛門は楽しそうに話す

夏紀も気になったのか五右衛門の話に興味津々に耳を傾ける

話している内に五右衛門もかつての自分の愚かな行いに笑みを零す

どうして何百年もあんな小さなことで悩んでいたのか、今までにどれほど無駄な時間を費やしその費やした時間でどれほどのことができたろうか

仮定すれば仮定するほど生前の様々な日々が同時に頭を過る

 

話の途中で近くにベンチを見つけ立ち話は疲れてしまうのでベンチに腰掛ける

ヤマクロと夏紀も五右衛門を挟むように座る

最初は五右衛門とヤマシロの出会いについての話だったのだが国語力の乏しい五右衛門にしては語れるだけ語り尽くしたつもりなので他愛のない雑談に変わっていく

その様子を遠くから何も知らない人々が見ているとまるで親子か歳の離れた兄弟が仲良く話している微笑ましい様子にしか見えない

 

「実は私もヤマシロに助けられたんだよね。三途の川で」

 

「え、そうなの?」

 

「その後俺達があちこちを駆け回って瓶ちゃんと再会できたんだったよな、今思えば旦那がいなかったら今の俺たちの繋がりはなかったかもしれないなぁ」

 

ハハハハハ、と五右衛門は本当に嬉しそうに笑みを浮かべる

夏紀も嬉しそうな笑顔でヤマクロと五右衛門に目を向ける

どちらもヤマクロの知らない出来事でもう関わりたくても過ぎ去ってしまった出来事だ

それでも自分の兄がここまで頼りにされていて彼らにとって大きな存在であることがとても嬉しかった

 

「.....やっぱり兄さんは凄いや」

 

ヤマクロは誰にも聞こえないくらいの小さな声で空を仰ぎながら呟いた

空には裁判所で見ることのできない青い空と白い雲が広がっている

こんな平和な光景を歴代の閻魔大王達が守り続けてきており、自分にもその血が流れているとこが何だかとても誇らしかった

ヤマクロ自身は長い間ヒトに関わるどころか偽りの自分を表に出して自ら進んで孤独に逃げていた気もする

だからこそヒトとヒトの繋がりの大切さ、温もり、愛おしさを自ら拒絶してしまっていたのかもしれない

もしかしたらヤマシロはこのことをヤマクロに知ってもらいたかったから天国に連れてきてくれたのかもしれない

 

「そんじゃお二人さん、そろそろ瓶ちゃん達も心配するから戻るとしますか」

 

「うん、コンサートもそろそろ始まるしね!」

 

「もうそんな時間か。結構話し込んじまったな」

 

五右衛門と夏紀が軽く言葉を交わし合いながら歩き始める

ヤマクロも少し遅れて追いかけるように歩き始める

急いで歩き始めてしまったせいか、前方が不注意となってしまいヤマクロは通行人とぶつかってしまう

 

「あ、すみません」

 

「いえいえ、こちらこ...」

 

ヤマクロは通行人の女性の顔を見て時間が止まった感覚になった

瞬時に音が消え通行人の女性と二人だけになってしまったような錯覚さえも覚えてしまう

通行人の女性はそそくさとその場を歩き去ってしまう

 

「.....母、さん?」

 

人集りでわからなくなってしまったがヤマクロはしばらく女性が去って行った方向を呆然と凝視していた

まるで金縛りにあって動けなくなってしまったみたいにヤマクロの体は言うことをきかなかった

 

「ヤマクロ君!早くしようよ、お父さん達心配しちゃうよー!」

 

夏紀の言葉で我に返ったヤマクロは視線を動かし、夏紀と五右衛門が待つ方向に目を向ける

現実を見なければならない、ヤマクロとヤマシロの母はもう既に輪廻転生の輪に乗って現世にも来世にもいないのだ

いつまでも引きずっているわけにはいかない

 

「ごめん、今行くー!」

 

ヤマクロは大きく手を振り返して夏紀と五右衛門の元へ走り始める

ここでヤマクロはある異変に気がつく

天国なのに僅かに瘴気の気配がした

本来瘴気は地獄に漂い地獄を構成するのを支える重要な役割を果たしている

天国は瘴気を防ぐ結界のようなモノが大昔から貼られているはずである

 

明らかに普通ではなかった

 

「夏紀ちゃん、五右衛門さん、すぐここから...」

 

瞬間、目の前の天国と裁判所を繋ぐ空港をドス黒い瘴気の火柱が貫いた

 

「え?」

 

一瞬だった、一瞬でパニックになり人々が悲鳴を上げ空港から離れるように人が一気に移動を始めた

 

「なんだ!?」

 

五右衛門はヤマクロと夏紀を庇うように前へと自らが動く

瘴気は徐々に空気に浸透していき空を覆い始めた

ヤマクロは呆然した状態から瞬時に立ち直り、今自分が何をすべきかという結論を導き出す

 

「五右衛門さん、夏紀ちゃんのこと頼みます!ボクはこのことを兄さんに知らせないといけないので」

 

「わかった、任せとけ!」

 

この非常事態にも関わらず五右衛門は狼狽えも怯えたりもせずに冷静な状態を保ち続けている

流石は生前様々な場所で盗みを働き何度も危険な目にあってきたため要領が良かった

夏紀は未だに現状を理解できず五右衛門の足にしがみついている

 

「兄さん!」

 

『ヤマクロか、どうした!?』

 

どうやら向こうでも何か起こっているようでヤマシロの声に余裕が感じられなかった

それでも今ここで起こっている事態を伝えなければならない

 

「兄さん、天国にとてつもない量の瘴気が激突した。空港が爆発を起こしてパニックになってる」

 

『まさか、そっちにも影響が...!?」

 

「そっちは?」

 

『地獄で異常気象とも言えるほどの大問題が起こっている。悪いがこっちのことが手一杯でそっちに行けそうにない。天国はお前に任せる』

 

「.....ボクでいいの?」

 

『お前以外誰がいるんだよ。大丈夫、信長とかも思いっきりコキ使ってやれ、自信を持て!お前は俺の弟だ!』

 

「兄さん...」

 

『そっちの空港が機能停止した今、俺がそっちに行く術は現状ないんだ。お前だけが頼りだ!』

 

ヤマシロの言葉には責任の重みも、かつての敵対していたころの感情も存在しなかった

心の底からヤマシロはヤマクロという一個人に期待していたのだ

ヤマクロはうっすらと笑みを浮かべる

 

「わかった。こっちは任せてよ、兄さん!」

 

 

 

「今の通信は坊ちゃんから?」

 

「そうだ、あいつにこんな偉そうなこと言っちまったんだ。俺たちも負けてられねェな!」

 

一方、天地の裁判所ではヤマシロと枡崎がこの怪奇現象のことを分析しながら使える者たちを片っ端から指示を与えている

麻稚は自らの管轄地である三途の川へ部下を数人連れて向かって行った

地獄や天国でも異変が起こっている中で三途の川だけが無事なはずがない気がしたのだ

 

「どちらにしろタダ事じゃなさそうだ、俺たちは俺たちに出来ることを少しずつ済ませるぞ!」

 

「はい!」

 

ヤマシロと枡崎は麒麟亭へと向かっていた

麒麟亭はこの天地の裁判所で働く鬼たちの巨大な共同住居、裁判所に出社していない鬼たちもこの異変に戸惑いパニックに近い状態のはずだ

誰かが声を掛けなければパニックが収まることはない

 

「閻魔様ッ!」

 

唐突に枡崎は叫ぶ

どうやら地獄に降り注いでいる黒い雷が何があってかは知らないがこちらに向かってきたようだ

このまま真っ直ぐ標準が変わらなければヤマシロに直撃してしまう

 

しかし、ヤマシロはあくまでも冷静に対処する

閻魔帳を出現させページを一枚破り黒い雷に投げつけると、黒い雷は標準を変え地獄へと真っ直ぐ降っていった

 

「落ち着け枡崎、平成を欠けてしままえば見るべきモノが見えなくなってしまう」

 

枡崎は口には出さなかったが静かに頷いた

 

(やはり、この方はすごい!最年少ながらも閻魔大王に任命されただけはある!)

 

実は枡崎仁という一人の男はヤマシロ就任時からヤマシロに対して非常に強い憧れを抱いていた

年の差が少なく、それどころか年下の少年がこんなにもの責任感のある役職に務め、どんな時でも冷静に対処する

本当に凄いと、あの人の下でなら働けると年月を重ねるごとにその想いは次第に強くなっていった

 

だからこそ、現在枡崎はヤマシロの隣に立てていることに対してこれ以上ないくらいの喜びを感じているのだ

 

(この人からまだまだ学べることがある!この人となら僕はきっと強くなれる!)

 

静かな喜びと決意を胸に秘めて枡崎はヤマシロに置いて行かれぬように必死に追いかけた、憧れのヒトの大きな大きな背中を...

 

 

 

天地の裁判所、物陰喫茶「MEIDO」の手前...

 

「そ、そんなことが」

 

「.....驚き」

 

「今言ったことは本当だ、恐らく閻魔さんは既に奮闘なさってるだろうな。今笹雅が閻魔さんのトコに行ってるから戻ってくるまで俺たちは待機だ」

 

「.....待機?」

 

「そうだ、いくら何でも閻魔さんの指示なしで動くのは危険だ。今何が起こってゐるのかも詳しくわからなゐのに独断で動ゐて事態を悪化させるわけにはゐかなゐからな」

 

煉獄は無事に間宮と東雲と合流することに成功した

二人とも突然のことで状況が飲み込めずにいたが実際に地獄を見ることで納得したようだ、今起こっていることがタダ事ではないことに

 

「煉獄さーん!」

 

一通りの説明を終えたところで笹雅が走りながらやって来た

 

「笹雅、早かったな!」

 

「俺っちだってやる時はやるんッスよ、閻魔様からの伝言で亡者を避難させてくれだそうです。あと、査逆さんも自由に使っていいって」

 

「了解」

 

煉獄は短く返事をすると、査逆を自由に使っていいということに日頃の苦労の分きっちり働いてもらおうとプランを練り始めた

 

「あ、あのー、煉ご、くさん?」

 

「ん、あぁ、ごめんね胡桃ちゃん」

 

東雲が煉獄に声をかけて煉獄は現実に戻された

 

「じゃあ今すぐ地獄に向かおう。査逆さんも連れて行きたゐから図書館に寄ることを前提とした最短ルートで向かおう」

 

「依存ないッス!」

 

「.....俺が館長呼んでくる、だから煉獄さんは先に行ってて」

 

「わ、私も問題ないです」

 

「よし!じゃあ間宮、図書館まで行って妄想女を呼んできてくれ。それから地獄へ向かう前に俺に通信を一本入れてくれ」

 

「.....了解」

 

間宮は図書館を目指し走り出した

正直に言えば纏まって行動したかったのだが今は一刻を争うので二つに別れてそれぞれ目的を絞った方が効率は良い

 

「よし、俺たちは今から地獄へ向かうぞ!」

 

「わかりました!」

 

「了解ッス!」

 

それぞれが事件解決へと向かって動き始めた

 




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Seventiefirst Judge

今回もヤマシロさん出てきません(笑)


天国よりも遥か上層部に位置し、強力な結界によりあらゆるモノの侵入を拒む特殊な世界、古今東西伝説上のあらゆる神々が暮らす神の国とも呼ばれる世界でも天国の結界が破壊されてしまったように影響は発生していた

その異変にいち早く気がついたのはイエス・キリストと天照大御神の二人だった

 

「キリスト殿、これはもしや...!」

 

「うむ、まさか今も現世で使い方を知る者が居るとはな。もう既に何百年も前に伝記など文献は全て死神達に回収させたはずだが...」

 

「迂闊でしたね。伝記や文献に残ることはなくとも脈々と後世に伝えられていたなんて」

 

天照大御神は普段の落ち着きのあるようでないような雰囲気とは違い太陽の化身に相応しい雰囲気と威圧を兼ね備えていた

キリストもまた緊迫した真剣な表情で天国の方向を見据えていた

天国の方向から黒い柱のようなモノが飛び出してきてから神の国の周りの白い雲は天国を中心として徐々に黒みを帯びた紫色に染まってきていた

神の国の結界は天国よりも強力なモノでちょっとやそっとのことでは破壊されないので心配なかったが、今二人が危惧しているのはもっと別のことであった

 

「姉上、天国はどうやら閻魔殿の弟殿がいるらしいです」

 

「彼の、弟が?」

 

「見た目チビで臆病そうなガキだけどアレは中々肝が座ってるね。一度近くで見てきたけど兄貴よりも度胸あるんじゃないの?」

 

「そんなことに興味はないな」

 

二人の青年が会話に途中参加する

月読命(つくよみ)と素戔嗚尊(すさのお)は天照大御神の双子の弟で髪型と服装と性格以外は基本的に瓜二つである

兄である月読命は丁寧な性格で月を神格化した伝承もあり、藍色と黄土色を中心とした月を象る和服を身につけている

弟で末っ子の素戔嗚尊は荒々しいがどこかクールな性格をしており破壊神とも呼ばれており、紫と黒を基調とした和服を着崩している

共通しているところと言えば髪色に性別、二人とも滅多なことがない限り笑わないところと姉の天照大御神に毎度手を焼いているというところぐらいであろう

 

「天照よ、ヤマシロの弟君という者は信用できると思うか?」

 

「わかりません、会ったことも見たことも聞いたこともありませんので。ですが、あのヤマシロさんの弟ですので疑う要素の方が少ないのでは?」

 

天照大御神はキリストの質問に滑らかに応える

キリストは一瞬呆気に取られ、キョトンとした顔をするがすぐに表情を元に戻す

 

「そうだな、友の弟だ。疑うなど友に失礼な行為だったな」

 

「えぇ、それに彼の血もしっかりと引いているのです。何だかんだで何とかなりゅッ彼のし、子孫なんでしゅかりゃ.....」

 

.......................................................................................。

 

四人の間に気まずく何とも言えない沈黙が空気を支配する

最初に口を開いたのは素戔嗚尊だった

 

「姉貴、なんでいっつも大切なとこで残念なの?狙ってるの?」

 

「そ、そんなこと言われたって...!」

 

「一先ずその両目に溜めた涙を流すか吹くかどちらかにしてください。情けないですよ」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

流すことを選びました

 

 

 

「五右衛門さん、できるだけ皆を遠くまで連れて行ってください!兄さんが来るまでの間はボクが時間を稼ぎます!」

 

「いや、見た目ガキの奴を一人にしておくわけにはいかねェ!保護者(仮)である俺も協力する!」

 

「いつの間に保護者(仮)になったんですか!?いいから夏紀ちゃん連れて避難誘導しといてください、貴方しか頼れる大人はいないんです!」

 

「.....そういうことなら仕方ないが君はもっと大人という存在について学ぶべきだぞ、少年」

 

五右衛門が意味不明なセリフを言い夏紀を連れてその場を離れる

 

「ヤマクロ君!」

 

「大丈夫、ボクは第五代目閻魔大王ヤマシロの弟だ!」

 

ヤマクロが叫び右腕を振るうと今も溢れ出している瘴気の柱に向かって橙色の灼熱の炎の一本矢がメラメラと燃えながら直撃した

本来天国ではこのような力を使用することは禁止されているのだが緊急事態の為使用しても問題ないとヤマクロは即座に判断した

悩んだ所で事態が悪化して救えた筈の人が救えなくなってしまう可能性だって考えられる

炎は瘴気を包み込み規模が圧縮されていく

どうやら閻魔の属性変換の際に放出脳波には瘴気を抑え込む特殊な力があるらしい

ゼストが現世で瘴気を凍てつかせて破壊出来たのもこの特性があったからと考えられる

 

しかし、瘴気は炎の僅かな隙間から溢れ出て次第に大地を侵食し始める

膨大な炎の制御に集中力を費やしているヤマクロは炎を分散させ漏れ出した部分の瘴気を炎で抑える

脳波は使えば使うほど脳に負担がかかりまだ未発達のヤマクロの幼い脳に反比例して炎の威力が凄まじいため、その負担は常人の倍近くまでとなってしまう

 

「うっ、ぐ...わぁ!?」

 

やがて集中力が保たなくなってしまい炎が一気に燃え尽きてしまう

膨大すぎる力には膨大すぎる力を持っていなければ望めない

それに天国という環境が力を出すのを抑えている可能性もある

 

更にヤマクロの目の前で信じられない光景が広がる

 

溢れ出した瘴気がヒトの形に変えわっていくのだ

しかもその数は数え切れない

ヤマクロにも見覚えのあるその形はこの天国では本来存在してはいけないモノ、繁殖力が高く未だにどのように生まれどこからやって来るかもわからない

 

「な、に...?こいつら.....!?」

 

謎の生命体である餓鬼がヤマクロの前に大量に立ち塞がる

 

 

 

一方、麻稚が向かった三途の川では...

 

「まさか、三途の川が一番深刻な事態になってしまっているなんて...」

 

三途の川は本来現世と来世を繋ぐ架け橋と言ってもいい場所で川の向こうに行けば現世に繋がっているとも言われている

馬鹿正直に泳いでも辿り着けるはずはない、三途の川の奥底に身を潜める悪竜達が立ち塞がり向こう岸が見えないため辿り着く前に体力が無くなり結局悪竜の餌となってしまう

 

しかし三途の川はいつもの光景を失ってしまっていた

底なしの川は干上がってしまい、空間は歪み悪竜達も死に絶えてしまっている

分類上魚類に分類される鰻のような悪竜は水中でしか生きていけないのだ

 

「姐さん、どうしますか?」

 

「一度氷漬けってのはありましたけど、干上がるのは初めてのことですぜ」

 

部下達の不安そうな声がざわざわと響く

たしかに三途の川が干上がるという事態は前例にないことだ

何年もの古い歴史を持つ天地の裁判所のベンガディラン図書館の本を読み漁ったとしても見つかるかわからない

しかし、今は何とかしなければいけない

たとえ前例にない異例の事態だとしても直面したからには対策法と解決法を考え後世に伝える義務がある

 

「一度閻魔様に報告します。私は裁判所に戻りますのでここの指揮、監督は畠斑さんに一任しますので畠斑さんの指示に従うように!」

 

俺ー!?と指名された畠斑は叫んでいるが副隊長である彼以外に任せられる人材がいない

麻稚自身も畠斑の実力と人望を信じて任命したのだ

 

「私も出来る限り直ぐに戻りますのでそれまでの辛抱です。貴方以外に適任者がいないんです」

 

「お、俺以外いない...」

 

「えぇ、私の部下達の中で最も有望で優れている貴方にしか」

 

「お前らー!まずは三途の川の地質調査、そして干上がった可能性のある証拠を徹底的に探すんだ。見つけ次第分析して必ず原因を突き止めるぞー!」

 

畠斑謡代という人物はおだてればおだてるほど何故か全体的にやる気が上がる人物である

しかもやる気だけでなく、しっかりと仕事をこなしてしまうという本当に有望な鬼である

 

「姐さん、ここは俺たちに任せてください!」

 

「えぇ、期待していますよ」

 

麻稚は急いで天地の裁判所へと向かった

 




キャラクター紹介

荒井真淵(あらいまぶち)
種族:鬼
年齢:350歳(人間でいう35歳)
趣味:料理、家庭栽培
イメージボイス:島崎信長
詳細:物陰喫茶「MEIDO」の店長兼料理長
常に新しい味を求めており作り出す料理は異色のモノばかり
そんな異色なモノを求めてやって来る物好きな客は多いため繁盛はしている
現世の出店が夢である


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Seventiesecond Judge

なんと今回もヤマシロ出てきません(^^)


 

天地の裁判所、ヤマシロの雑務部屋

 

「クソ、ここにもいないのかよ!」

 

ゼストは地獄の異変を目に焼き付けてから天地の裁判所内をひたすら走っていた

理由はヤマシロと合流するためだ

しかしゼストは脳波による探知技術が疎いため脳波から探し出すことはできない

ヤマシロの行きそうな場所を転々と巡っておりもう既に数箇所も巡り終えているが未だに合流できずにいる

ヤマシロも緊急事態のためあちこちを走り回っており運悪くゼストとはほぼ反対方向となっている

 

他にヤマシロの行きそうな場所に心当たりはあるのだが巡れば巡るほど数は少なくなってきているがもしかしたら既に行った場所にいるなんてことも考えられる

しかし既に行った場所にもう一度行こうとすれば時間がかかってしまい更にすれ違いになってしまう可能性もある

 

「死神さん!これは一体どうなってんだ!?」

 

「料理長!」

 

物陰喫茶「MEIDO」の近くを通りかかると料理長の荒井が息を切らして走ってきた

 

「料理長、一体どうしたんスか!?」

 

「いや閻魔様の指示で地獄に行って亡者の避難をしてほしいと頼まれまして」

 

「兄弟が?兄弟が今どこにいるかわかりませんか!?」

 

「残念ながら直接的な指示ではなかったからね」

 

ゼストは苦虫を潰したような表情を一瞬浮かべて直ぐに元の表情に戻した

 

「じゃあ兄弟が行きそうな場所に心当たりとかは」

 

「それならあたいに任せな」

 

ゼストと荒井の背後から女性の声がした

ゼストはすぐさま振り返る

 

「あんたは確か...」

 

「亜逗子、閻魔様の補佐の一人だ。あんたは急いで地獄まで向かってくれ、さっき言ってたのは間違いなく閻魔様の指示だ。迷う必要なんてない」

 

「あ、は、はい!」

 

荒井は急いで地獄へと向かった

ゼストは亜逗子を正面から見据える

雰囲気は落ち着いた麻稚とは正反対の印象だが根っこはどこか共通する熱意を感じ取ることができた

 

そして、同時に憎悪にも似た感情も

 

「あんたが紅亜逗子か、兄弟から聞いた通り情熱的でどこか頼れるオーラが感じ取れる」

 

「本人の前で言うのも何だけどあたいは死神って存在をあまり友好的に受け取るつもりはない。あんたらのせいで煉獄の奴が何百年苦しんだことだか」

 

「煉獄、アルマさんの息子か」

 

煉獄京の父、アルマはゼストの上司にもあたる人物でかなり長寿の死神でもあった

やがて彼は鬼と結ばれ煉獄が生まれた

その血縁関係が長年煉獄を苦しめていたらしい

実は告白の前の話で少しだけそのことについて話したのだ

 

「アルマさんは凄い死神だったよ、それはもう俺が憧れるぐらい」

 

「.....それを今の会話の流れで言えるなんてね」

 

亜逗子は呆れた様子で溜息をつく

 

「とりあえずそのことは後でな。あたいから吹っかけといて何だけど今はそれどころじゃない。死神でも悪魔でも魔神の力でも借りてこっちの世界を救わないといけない、たとえこの命が尽きようともね」

 

亜逗子は目を瞑りながら笑みを浮かべる

 

「さっきは悪かった。別に死神のことを恨んだりはしていないしあんたも毛嫌いするわけじゃない。最近ちょっとイライラすることが多かっただけなんだ」

 

そう、本来他人の血縁関係なんて細かいことを気にするほど亜逗子は繊細な性格をしていない

何かにイライラしていたことは事実らしいが

 

「.....流石兄弟の補佐だ。もう一人もそうだけど他の鬼達とは違う」

 

ゼストはニヤリと笑みを浮かべる

その笑みはまるで共通の何かに向かう覚悟を決めたような決意の笑みだった

 

「閻魔様の場所まで案内する、しっかりついてきな」

 

「了解だ、アズ」

 

「アズ?」

 

「亜逗子ってなんか長いからな、そっちの方が俺は呼びやすくてさ。勝手だが俺はそう呼ばせてもらうよ」

 

実際一文字しか変わらないのだがそこは種族の感覚の違いとかいうやつだろう

亜逗子は少々驚いた表情を浮かべて次第に頬を緩ませていく

なぜなら彼女の母親も同じように呼んでいたからだ

 

「行くよ、ゼスト」

 

「応よ!」

 

 

 

ベンガディラン図書館では月見里査逆が一人立ち竦んでいた

亜逗子に自分のコンプレックスを話したことが正解だったのか間違いだったのか整理している最中だったのだ

 

「...........ホント、ウチって」

 

『あたいはあんたが苦手だ、そんな話聞かされてもその概念は変わらない。だけどそのままで本当にいいのか?自分の感情を抑え込んで生きてきた人生なんて、あたいなら絶対に挫けてるよ。苦しいんだったら閻魔様にでも煉獄にでも相談すべきだと思うよ』

 

「何がしたいんだろうね?」

 

その独り言は誰に拾われることもなく虚空に淋しく消え去る

元々広い図書館なので声は反響しやすいのだが生憎現在は査逆以外に館内にいる鬼はいない

多くの本と査逆だけの空間だった

煉獄が来て以来部下も利用者も増えたのでこの感覚を体験するのは物凄く久し振りであった

今までは快感に感じていたのだが

 

(.....何か足りない)

 

違和感しかなかった、静かなこの空間に違和感しか感じなかった

 

「館長」

 

違和感しかない空間から出てヤマシロを探しに行こうとした査逆に声が掛けられた

間宮樺太、煉獄を尊敬する形でここで働いている査逆の部下でもある青年だ

 

「間宮君、どうしたの?」

 

「閻魔様からの伝言を煉獄さんに伝えてこいって」

 

「そう、やっぱり動いたのね」

 

間宮はうんともすんとも言わずに査逆を見ている

元々無口な男なので査逆も詳しくは問い詰めない

 

「ならその伝言を早く伝えて、マジで事態は一刻を争う雰囲気みたいだし」

 

査逆が間宮に近づいた瞬間だった

 

腹部に痛みを感じたのは

 

「.....なっ.....に.....?」

 

「伝言聞く前に俺の我儘に付き合ってもらう、俺はアンタを絶対に許さない」

 

間宮の右手には小型のナイフが握りしめられていた

査逆はその場で膝をついた

普段表情の変化が乏しい間宮の表情が笑っているようにも見えた

 

 

 

一方地獄では煉獄を筆頭に笹雅、東雲と麒麟亭の鬼達が超高温の溶岩を物ともせずにズカズカと雪を掻き分ける感覚で歩いていた

対溶岩作業用の安全靴を履いているお陰だ

 

「どうだ笹雅、亡者はゐそうか?」

 

「駄目ッスね、この辺は溶岩で埋れてしまってますね。もう少し歩いたトコに亡者達が一つに集まってますけどとりあえずそこを目指しましょう」

 

「.....お前本当に視力がゐゐんだな」

 

「いえいえ、そんなんじゃなくて本当コレは生まれつきというか脳波の工夫というか」

 

笹雅光清という青年の目は他の鬼達とどうも作りが違うらしい

幼い頃、人体実験のようなモノで視力が特化された為、笹雅は千里先まで目の前の光景を見ることができるらしい

いわゆる千里眼と呼ばれるモノだ

他の鬼達も脳波によってある程度見通すことはできるが、笹雅の場合は千里眼に加えて脳波により視力を補強することができる

最高記録では麒麟亭から天国が見えたこともあるらしい

 

「それにしてもそろそろ表面の溶岩は固まってもいいんじゃないッスかね?」

 

「元々地獄の気温が高ゐから無理だろうな。俺たちにとってはこれが普通だがやはり地獄は暑ゐらしゐ」

 

ヘぇ〜と笹雅は関心の声を挙げる

それと同時に煉獄はこの指示について疑問を覚えていた

確かに拷問などで亡者を殺してはいけないというルールは課せられているが今回の場合は災害である

亡者を死なすわけにいかないのも事実なのだが裁判所に避難させるのは些か危険がある

地獄の亡者というのは生前に悪行を働いた者たちばかりである

力は大したことはないが大勢で襲いかかられるとかなり厄介なことになる

そのことをヤマシロは果たして予測しているのか、それとも今までに前例がない緊急事態に焦っているだけなのか

 

「そういえば樺太遅いッスね、もうこっちに合流できてもいいはずですけど...」

 

「そうだね。マミは昔からこういうことはなるべく早く済ませたがるもんね」

 

そこについても煉獄は胸騒ぎを覚えていた

確証はないのだが間宮樺太という青年の雰囲気はどこか落ち着かない感じがしていたのだ

まるで、恨みや怒りを抱いているような...

 

「とりあえず今は俺たちに与ゑられた指示を無事に終わらせることに集中するぞ.....笹雅?」

 

先ほど裁判所の方向に目を向けた笹雅が視線を裁判所から動かしていないことに気がついた

その表情は焦りと驚きに染まっている

 

「煉獄さん、すみません!俺裁判所に戻ります!」

 

「え、お、おい!」

 

「亡者達はここから百キロ進んだトコ辺りの岩山にいます!俺もすぐ戻ってくるんで!」

 

「ちょ、ちょっと、ササ!?」

 

「ごめん胡桃、煉獄さんとここで待っててくれ!」

 

笹雅は煉獄と東雲の制止も聞かずに飛び出して行ってしまった

 

「どうしたんだ、一体...」

 

煉獄は意味がわからずに頭をかく

東雲に至っては転んで頭から溶岩に突っ込んでいた

 

「ちょ、おゐ!胡桃ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

かなりの緊急事態に煉獄は思わず声を挙げてしまった

笹雅の行った方向に目を向けるともう既に笹雅は見えなくなっていた

 

笹雅の視界には査逆のことをナイフで刺す間宮の姿が映っていたことを煉獄は知ることはなかった

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Seventiethird Judge

実は今日から春休みに入りました(^^)


間宮樺太、笹雅光清、東雲胡桃

三人の幼い鬼達はそれぞれが数奇で悲しい過去を背負いながら懸命に生きてきた

ある日をきっかけに彼らが出会い、三人で生きていくことを誓った

 

しかし幼い子供が地獄を生き抜くことはいくら鬼とはいえ困難なことだった

村を出て大人たちは信用せずに自分たちで生きていくことがどれほど困難なことかを幼い頃から知ってしまったのだ

本来ならそんな現実を知らずに穏やかに暮らせていける年頃なのに

それでも三人は必死に生き延びた

支え合い、喜び合い、悲しみ合い、励まし合い、笑い合いながら死に物狂いで生き続けた

 

しかしある日を境に三人で生きていくのに限界を感じ始めていた

 

そんな時にある男が彼らに救いの手を差し伸べたのだった...

 

 

 

ベンガディラン図書館...

 

「月見里査逆、俺は絶対にあんたを許しはしない」

 

「.....!」

 

間宮は感情のない無機質な冷たい目で査逆を睨み付ける

その瞳の奥には復讐に燃え上がる灯火がメラメラと映し出されていた

 

「ウチも、マジ舐められたモノだね。毒付きナイフごときで、殺せるとでも?」

 

「勿論思っちゃいないさ」

 

間宮は懐から拳銃を取り出して銃口を査逆に向ける

 

「なるほどね、ウチに相当な恨みがあるみたいだね。その為に煉獄君に憧れたとかそういうのを口実にウチに近づいたのかい?」

 

「.....煉獄さんに憧れを持っていたのは事実だ」

 

間宮は顔を俯かせてゆっくりと声を絞り出す

拳銃を持っている手はぷるぷると震えていた

 

「あの人は強くて格好良くて、俺たちに生きる希望と力を与えてくれた。どんな状況でも挫けないでどんな理不尽にも耐えて、それでいて俺たちと同じように、いや俺たち以上の苦しみを背負っていても前へと生きていくその逞しい姿に憧れたんだよッ!」

 

間宮は言いたいことを言うと拳銃の引き金を引く

弾は軌道を変えることなく真っ直ぐ査逆に向かって飛び出した

しかし弾丸は査逆に当たることなく虚空を撃ち抜いた

 

「なっ...」

 

「ホン、トこんなんで殺せると思ってるなんて、ウチもマジ舐められたモンだよォ!」

 

弾丸を躱した査逆は間宮に急接近して間宮の腹部目掛けて膝蹴りを放つ

ミシミシメキメキと間宮の体から聞こえてはいけない悲鳴が響く

衝撃を吸収しきれなかった間宮の体は勢いに従い後部に吹き飛ぶ

 

「な、なぜその傷で動け、る!?」

 

「あんたが話してる間に回復させてもらった、あんだけ長いことタラタラと話してるんでマジで暇だったんだよ」

 

そう間宮が一方的なマシンガントークをしている間に脳波を使って傷を塞いでいたのだ

わざと間宮を挑発して話させてその時間を使って回復するという戦法を取っていたのだ

査逆の実力ならば傷があっても動ける自信はあったがナイフに付着した神経麻痺性の毒も解毒する必要があったのでついでに傷を塞いだのだ

 

「それよりあんた...」

 

査逆はゆっくりと間宮に接近する

間宮は恐怖のあまりにガタガタと体を震わせていた

 

「さっきから黙って聞いてあげてたけどマジ自己中なこと言ってんじゃない。苦しみを背負ってる姿に憧れた?ウチを許しはしない?誰だって苦しみやコンプレックスの一つや二つは抱いてるモンだし、後者に至っては見に覚えがないね。ウチは別にあんたに恨まれるようなことはした覚えはないッ!」

 

査逆は拳を握りしめて容赦無く間宮の顔面を殴り飛ばす

図書館の本棚を貫通して壁にめり込み間宮は本当に声にならないほどの小声で

 

(.....天狼さん)

 

と呟き、意識を手放した

 

 

 

間宮達が盃天狼と出会ったのは今から百年前くらいの話

東雲が瀕死の状態のところを彼に救われたのだ

以来、三人は天狼に世話になることになった

天地の裁判所で働いているにも関わらず麒麟亭に住まずに自分だけの住居を持っていた当時の天狼にとって幼い子供を三人迎えた程度で部屋が狭くなることはなかった

 

ある日を境に彼は天地の裁判所に辞表を提出した

今から五年前くらい、随分と最近のことだと覚えている

それからは三人が近い将来、天地の裁判所で働けるほどの一般常識や戦闘方法なんかも教わった

そして三年後、間宮樺太と笹雅光清は地獄の管轄部隊に、東雲胡桃は雑務をメインとした職に就職した

そして天狼もどこかへと稼ぎとか言って行ってしまった

 

そして更に二年の歳月が流れ現在に至る

天狼は再び天地の裁判所の職員として迎えられ麒麟亭に移住した

間宮達も定期的に顔を合わせに行った

そして地獄で膨大な瘴気が観測された時、天狼が戻ってくることはなかった

 

間宮はその時ある一人の人物に憎悪を抱いた、それが月見里査逆である

彼女が出発する前に間宮は対面しており、必ず天狼と戻って来てと約束をした

しかしその約束は果たされなかった

 

盃天狼を殺したのは月見里査逆だ...

 

間宮はいつしか査逆に殺意を覚えるようになっていたのだ

そして宴会の時に煉獄と知り合った

彼の話を聞いていると何だか勇気を貰えた気がした

そして三人は煉獄の下に就いた

その時、彼の上司が査逆だとは思いもせずに...

 

 

 

「.....そんなことが」

 

間宮が気絶した後、地獄へ向かった筈の笹雅が戻って来て間宮の心中を査逆に話していた

間宮は長い時間を過ごした人物には自身の思考や考えを反映させるという不思議な力があるのだ

これは彼が寂しさのあまりに自然に身についた脳波による思考伝達の応用だと調べてみてわかったが本人は知らない

 

「えぇ、俺っち自身はあんたに恨みも殺意もない。天狼さんはあんたが殺したんじゃなくて地獄を救う為に死んだんッスよね?俺っちはそう聞いたので...」

 

笹雅は申し訳なさそうな顔で査逆を見つめる

 

「いいよ、ウチもあいつを救えなかったことにはひどく反省してる。あの時ウチがあいつの説得に成功していたら、こんなことには...」

 

査逆は悔しそうに拳を握りしめる

笹雅は査逆と天狼がどんな関係だったのかは知らないがここまで感情を表に出せるほどの仲なんだと独自で解釈した

笹雅は間宮に近づくと彼を背負う

 

「査逆さん、樺太はあんたを呼びに来たんだ。閻魔様の指示で地獄の亡者の避難に協力してほしいッス」

 

笹雅は瞬時に切り替える

そう、今ここでしなければならないのは図書館の後片付けでもなく間宮の今後の処置について討論をすることでもない

地獄で起こっている異変を解決することである

 

「.....そうだね、今は目の前のことに集中...?」

 

「査逆さん?」

 

「笹雅君、閻魔様はたしかに亡者の避難を指示したの?」

 

「えぇ、間違いないッス!俺っちはたしかに閻魔様本人から聞いたッスから」

 

査逆は悩むようにして何処か納得のいかない表情を浮かべる

 

「たしかに亡者の避難は大切よ、亡者を死なせてしまったら輪廻転生の輪が大変なことになってバランスが崩れちゃうから。でもそれだったら一体誰がこの事件の本質の解決をしようとしているの?」

 

「閻魔様じゃないッスか?」

 

「でも、さっきまでいた亜逗子の元に入ってきた通信では現世でも影響が出てるみたいよ。いくら閻魔ともいえど現世に行くのは不可能よ、マジで」

 

笹雅も査逆の意見に同意した

査逆の言ったことは全て筋が通っていて納得しかできないからだ

 

「まさか、また閻魔様無茶するんじゃないの?」

 

「俺っちに聞かれても」

 

「笹雅君、貴方は間宮君連れて地獄で作業続行して!」

 

「え、ちょ、査逆さん!?」

 

査逆はベンガディラン図書館を飛び出すとヤマシロの元へと急いだ

 




キャラクター紹介

瀬野逸人(せのはやと)
種族:鬼
年齢:280歳(人間でいう28歳)
趣味:飲酒(ワイン)
イメージボイス:岩尾だいすけ
詳細:麒麟亭娯楽場四天王の一角
生まれつきのイケメンでそのせいで女性に日々追われ今は克服したが一時期は女性恐怖症になったほど
元々目立つのが好きではないため目立たないための地味なファッションを研究している


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Seventiefourth Judge

今回は天国視点です(^^)
ヤマシロさんはやはり出番なしです(笑)


 

暗雲が空に立ち込め不穏な雰囲気を演出し、かつての平和で幸せな天国の姿は現在溢れ出した瘴気から続々と這い出て来ている餓鬼達によって崩されていっていた

いくらヤマクロが天才的戦闘センスを持ち閻魔の血筋を引いているとはいえ数が多くては対処の仕様がない

それに餓鬼は首を刎ねない限り無限に再生を続ける生物である

ヤマクロは餓鬼の対処法を知らないためひたすら格闘や炎で薙ぎ倒していっているがどれも気絶させる程度の力加減であり殺すに至るまでの力が発揮できていない

 

「ハァ、ハァ、くそッ!」

 

ヤマクロは炎を餓鬼目掛けて放出するがメラメラと燃える業火の中も餓鬼は再生と燃焼を繰り返しながらゆっくりと歩いてくる

 

(ダメだ、数が多すぎる!一体何なんだこいつらは、何か、何か弱点でもあれば...)

 

【困ってるみたいだね】

 

「....?」

 

ヤマクロは突如頭に響いた声に疑問を覚える

初めは脳波による脳話なのかと思ったがどうもそんな感じはしない

何だかもっと近くで身近な場所から、それこそ隣に誰か居るような不思議な感覚だった

 

【ボクだよボク。まさか忘れちゃったの?酷いな〜】

 

「だ、誰だ!?」

 

【.....本当に忘れられちゃったんだね。もう悲しさを通り越して虚しさしか感じないよ。この間までボクがキミだったのにさ】

 

謎の声はかなり饒舌でそれが逆にヤマクロにとっては不気味に感じ取れた

だが全く知らない声ではない

そう、まるで自分の声を機械に通してその声を改めて自分で聞いているような

 

「ま、さか」

 

【ボクはキミ自身の闇だよ】

 

そう、かつてヤマクロが自ら被った仮面の自分の声だった

ヤマクロはあの時自らの闇を克服して仮面を剥がすことに成功したが仮面が消滅したわけではない

つまり、心の闇は今もヤマクロの中で生き続けていたのだ

心の闇は続ける

 

【ボクと一旦代わるんだ、そしたらこんな奴ら一掃してやるよォ】

 

心の闇は不気味にニヤリと笑った

 

 

 

一方、ヤマクロの後方部分にまで行進して行った餓鬼達、そして避難に専念した五右衛門達...

 

「つぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

織田信長、武田信玄の二人の戦国武将が餓鬼達と壮絶な戦いが行われていた

信長はそこら辺にあった鉄パイプを適当に拾って、信玄は武器など不要と自信満々に素手で応戦していた

しかも互角以上の戦いを繰り広げている

 

「流石じゃの甲斐の虎よ。腕は当時のまま衰えておらんようじゃ」

 

「お前もな、尾張の大うつけ!若さの勢いとビギナーズラックで数多くの国を落としただけのことはあるようだな!」

 

「おいおい、ビギナーズラックは余計じゃ。儂に実力があり過ぎただけじゃよ」

 

「どんだけ自分を過大評価してんだよ!」

 

「どうでもいいからさっさと戦ってくれ!」

 

『戦ってもないシャバゾウが大きな口叩くな!』

 

「はい!すみませんでしたー!」

 

ギャーギャーワーワーと信長と信玄は言い争いつつ、五右衛門は二人の仲裁に入りつつ一般人の避難に全力を注いでいた

五右衛門と瓶山に戦闘能力はないため一般人を安全な所に誘導するということしかできないが今この場においては非常に重要なポジションでもあった

 

「夏紀、本当に大丈夫か?さっきから顔色悪いぞ」

 

「うん、大丈夫...」

 

瓶山は夏紀の側で待機していた

餓鬼が現れてから夏紀の体調が崩れたように熱が上がってきたからである

それも長い時間三途の川で餓鬼に積み石の妨害を受けたトラウマが蘇ったのかもしれない

本来三途の川にいるはずの餓鬼が何故こんなところに現れたか夏紀にも理解が追いつかない

 

「ヤマクロ君だって戦ってるんだ、私も負けてられない...ッ!」

 

「無理するな、ここは閻魔様の弟に何とかしてもらうしかない。俺たちみたいな一般人が出しゃばったトコで悔しいが犠牲が増えるだけだ」

 

瓶山は悔しそうに暴れまわっている戦国武将と小さな体で応戦しているヤマクロの方に目を向ける

こんな状況に一般人が乱闘に紛れ込んでもどうにかなるならない以前の問題である

 

「瓶ちゃん、この辺りも危険だ。夏紀ちゃんを連れて遠くに」

 

「五右衛門、でもお前は」

 

「俺はある程度危険な道をくぐって来たから大丈夫だ、いいから夏紀ちゃんを安全な所へ」

 

「すまねぇ!」

 

瓶山は夏紀を連れてどこか遠くへと走り出した

五右衛門は瓶山親子を見送った後、木片を拾って餓鬼に投げつける

直接的な戦闘能力はない五右衛門だったが投擲には人一倍の自信があった

 

「ヤマクロ、君は一人じゃない!俺たちがいる!だからこっちの心配はせずに目の前の状況を何とかすらはんだ!」

 

五右衛門はヤマクロに力の限り叫んだ

その叫びが果たしてヤマクロに届いたか届いていないかは誰にもわからなかった

 

 

 

一方、居酒屋「黄泉送り」の二階に健在する須川時雨の住居前に居酒屋の主人である相谷宗吾が訪れていた

 

「おい、須川!いるのか!?」

 

「.................何?」

 

.....今起きて絶賛不機嫌です、的な声が一つ返ってきた

どうやら須川は今の今まで寝ていたようで相谷が扉を叩く音で目を覚ましたようだ

ここで相谷は怯むわけにもいかず、

 

「今外で何が起こってるんだ!?俺にはさっぱりだ、教えてくれ!」

 

相谷はずっと店番をしていたため外の状況が理解できていなかった

ゴミを外に出しに行ったら空が異常に暗くて何やら空港の方向から黒い火柱が立っていたとこまで知っているのだが詳しくは知らない

ラジオも機能しておらず情報が入ってこないのだ

天国の一住民としては知りたいところである

 

「外?何か騒がしいみたいだけど、祭りでもやってるの?」

 

「いや、いくら何でも祭りにしては力が入り過ぎやしないか?」

 

どうやら須川は本当に今の今まで爆睡していたらしい

天国一の情報屋がこんな売れそうで皆が知りだそうな情報を知らないはずがない

彼女がどこからどのように情報を仕入れるかは不明だが大抵の情報が正確で役に立つモノばかりである

ここまで言えば彼女も外に出て話を聞いてくれるだろうと相谷は期待したのだが、

 

「ごめん、眠いからまた今度...」

 

......期待は大きく裏切られた

どうやら彼女にとってどうでもいい知る必要のない情報とインプットされてしまったようだ

 

「........今月の家賃は諦めるか」

 

どちらかと言うとこっちが相谷の本音だったりもした

 




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Seventiefifth Judge

今回も天国視点です(^^)

追記:念のため先に謝っておきます




餓鬼達の猛攻に信長と信玄は次第に体力を奪われ劣勢に追い込まれていた

二人は動けば動くたびに体力を消耗し動きにキレや力も出せなくなるに対して餓鬼達は体力が奪われるどころか疲労も見られず体のパーツが欠けたとしても再生で補うことができる

生物としての根本的な構造が異なる種族の壁が二人を限界近くにまで追い込んだのだ

 

「信長、まだやれるか!?」

 

「当たり前じゃ、と言いたいところだが少々体が言うことを聞かんくなってきおった」

 

「フッ、俺たちも当時に比べて歳を取ったモンだよな。あの頃はこの程度の雑魚共を無双して蹴散らしまくってたんだけどな」

 

「やっぱり百年以上の運動不足は体に堪えるようじゃの」

 

それでも二人は攻撃の手を休めることなく餓鬼達を迎え撃つ

ここで諦めてしまえば餓鬼達が人々に危害を加えないとも限らない

もしそうなってまえば天国は餓鬼達によって支配されてしまいかねない

 

「まだまだァ!」

 

「応ッ!」

 

「それでは駄目だ!」

 

突如、第三の声が響き渡る

その人物を信長は知っていた、かつて居酒屋「黄泉送り」でヤマシロと五右衛門と供に酒を飲み交わし、生前の愚痴をマシンガントークの如く話す男のことを、

 

「末田!?」

 

「よぉ信長さん、そいつらは首刎ると一撃らしいぜ」

 

どこか気取ったように腕組みをしながら高い場所から高らかに助言した

末田幹彦はかつて天地の裁判所で裁判を受けた問題児の一人である

死因が急性アルコール中毒で酔っ払ったままこちらの世界にやって来てしまい暴れ回ったことが原因で裁判を行ったある意味前代未聞の事態を引き起こした張本人

 

信長は末田の助言に従い餓鬼の首目掛けて鉄パイプを力一杯振り回した

鉄パイプは綺麗な弧を描き、餓鬼の体から首が飛ぶ

すると餓鬼はピクピクと空気が抜けた風船のように脂肪が萎み力を失いドサッと倒れ伏せる

 

「流石信長さん、戦国武将の力は本物ですな」

 

「末田、お前どうやってこいつの対処法を」

 

「あの人が教えてくれたんだ」

 

末田が指差す方向では既に複数の餓鬼達が倒れていた

その人物を信玄は知っていた、生前も今も長きに渡って争い合い現在は音楽業界で勝負をしている永遠のライバルの名前を、

 

「謙信!?」

 

「え、あやつが上杉の...!?」

 

長い黒髪に切れ長の目、本日はライブの予定があったのでスーツを身に纏い模擬刀を両手に握り締めてる戦国武将、上杉謙信だった

 

「よぉ信玄、どうよ?今日の俺も結構キマってんじゃね?」

 

「どうでもいい!その手に持ってる奴を片方寄越せ!」

 

「やだね!俺はこの二刀流あってこその俺なんだ、一本だけだとビジュアル的にも締まらねェ」

 

「今はこいつらをぶっ倒すこと優先だ、越後の龍!」

 

謙信はそんな信玄の言葉に聞く耳も持たず懐から手鏡を取り出して自分の顔を見てうっとりとしていた

 

「......こやつが生前義の武将で毘沙門天の生まれ変わりと自負しておった上杉謙信か?」

 

「......実は俺も最初は信用してなかったんだよ、イメージからかけ離れすぎてて」

 

信長と末田は少し離れた所で何やら残念なモノを見たような目で謙信を見ていた

あの義の武将とも言われていた上杉謙信が自分のこと優先に動いているのだから

.....天国ってロクな戦国武将いないな、と遠くで五右衛門が心の中で思ったのは内緒である

 

「それより、お前は誰からこいつらの倒し方聞いたんだ!?」

 

「え?イケてる面子=俺??」

 

「言ってねェよ!」

 

このままでは話が一向に進みそうにないので信長が信玄を抑え、末田が代わりに話を進める

 

「謙信さん、あんたはなんでこいつらを倒す方法を知ってたんだ?」

 

「俺がカッコイイから?」

 

「もうそれでいいよ、誰から聞いたんだよ?」

 

「そうか、俺はやはりカッコイイか!いいだろう、答えてやる!」

 

.....何やら非常に面倒で残念な性格に捻じ曲がってしまっていた

そんな彼の扱い方も末田は既に体得してしまっていたことに同情してしまう

 

「もうここにはいないが、あっちの方向に走って行った二人組に教えてもらったんだ!きっと俺が格好良かったから俺に話したんだろうな!」

 

謙信は空港の方向を示していた

 

 

 

【ボクと代わるんだ、そうすればこんな奴らは一掃できる!】

 

「それは、できない!お前はボクと入れ替わった瞬間何をするかわからない!何よりこんな事態を更に悪化させるわけにはいかない!!」

 

【.....どうやらキミは何か勘違いしてるみたいだね、ボクはもうキミの体に興味はない。この間十分楽しんだからね】

 

心の闇は言葉を止めることなく次々と言葉を発する

ヤマクロは餓鬼達と応戦しながら心の闇の言葉に耳を傾ける

 

【ボクはキミの弱さが作り出した存在だよ、キミの支えがないと簡単に消えてしまう。だからまだ消えない内にキミの役に立ちたいんだ】

 

「役に、立ちたい?」

 

【ボク達はたしかに生まれながらに戦闘の天才と呼ばれてきた、でもキミは体にその感覚が染み付いていても技術的に欠けている。その反面ボクは技術的部分を補うことができる、キミとボクでは戦闘経験の差が違いすぎるんだよ】

 

つまりヤマクロは心の闇が表に出ているときに戦闘を繰り返していたためヤマクロ自身の体では覚えているが頭、つまり技術がついていかないのだ

本来であれば頭から体に伝えて体がついていかない場合が多いのだがヤマクロは特例である

ヤマクロと心の闇は一体、心の闇が体を動かせばその経験がヤマクロにも影響は出るが技術や思考は異なるモノとなってしまうのだ

 

【役に立ちたいと言っても罪滅ぼしだけどね。それとボクを生み出してくれたお礼かな】

 

「.....嘘じゃないんだね」

 

【たしかめてみてもいいよ、ボクはキミだからね。たしかめる方法はいくらでもあるよ】

 

「わかった、君を信じる。でもボクの意識も半分残す。完全には君には渡さない」

 

【それでもいいさ。ボクだってこの衝動をさっさと抑えたいんだよ、戦いたいっていう衝動をねッ!】

 

そこからヤマクロの動きは変わった

空港の飾り物売り場にあった模擬刀を右手に握り締めて、一度の斬撃で五体近くの餓鬼を斬りつけた

更に斬り口からは炎が溢れ出し餓鬼達を丸焼きにした

しかし首を直接斬ったわけではないので即座に再生され再び立ち上がる

 

「今度は、殺すッ!!」

 

ヤマクロが目を大きく見開いた瞬間、目にも見えない速度で辺りの餓鬼の首が刎られた

斬り口から炎が発火し、今度こそ完全に機能しなくなった

 

「.....今回はお礼を言うよ、ありがとう」

 

【どうってことじゃないよ。ボクだって久々に暴れられて楽しかったんだし....ッ!】

 

心の闇が突如息を飲む音がした

 

【後ろ!気を付けろ!!】

 

「え?」

 

ヤマクロの背後から大剣を持った餓鬼がヤマクロの首目掛けて大きく大剣を振り回した

ヤマクロは反応することができなかった

 

瞬間、何かが飛び散る悲惨な音が辺りに響き渡った

 

 




キャラクター紹介

楠華本性(くすかほんしょう)
種族:不明
年齢:不明
趣味:ポーカー
イメージボイス:羽田野渉
詳細:常に仮面を付けており顔はおろか個人情報が一切不明な謎の人物
唯一わかっているのは性別が男ということだけである
ポーカーではポーカーフェイスを得意としており、その実力で四天王の一角と呼ばれるなった


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Seventiesixth Judge

最近花粉が辛いです(^^;;


 

ヤマシロと枡崎は天地の裁判所と麒麟亭を繋ぐ渡り廊下の入り口で立ち止まっていた

何故なら渡り廊下が地獄から噴き出た溶岩によって破壊され壁が出来てしまったせいで通れなくなってしまったからだ

無理矢理こじ開けようとすれば裁判所に溶岩が流れ込み大惨事になる可能性もある

 

「クソ、麒麟亭に行けば暇に暇を持て余してる連中がいると思ってたのに!」

 

「閻魔様、そう思ってるなら仕事させてあげてくださいよ」

 

「一応仕事の配分は亜逗子と麻稚に全部任せてる。一人一人の仕事の配分まで見てられるほど暇ではないんでね」

 

(麒麟亭にいる八割が亜逗子様の部下だというのが今ハッキリとわかりました)

 

道理で同じ職場で会うことが多いわけだ、と枡崎は一人で納得する

最も彼女がそのような面倒事を放置する以外考えることはできないが

もういっそのこと隊を一括して麻稚に雑務を、亜逗子に統率を担当させればいいのでは?と思ったがこの状況で言っても何一つ改善することはなさそうなので何も言わずにぐっと我慢する

今はどのようにしてこの事態を乗り越えるかの方が重要である

 

「閻魔様!」

 

ヤマシロが鬼丸国綱を握り締め、溶岩を真っ二つに切り裂こうと考えていた所に三途の川に向かった麻稚が息を切らしながら走ってきた

 

「麻稚」

 

「大変です、三途の川では空間が歪み現世との境界が曖昧になってしまっています!」

 

「それヤバイじゃん!?」

 

想像を超える事態に思わず枡崎は普段の話し方を捨ててしまうほどの勢いで驚く

ヤマシロは至って冷静に顎に手を乗せる、そして麻稚に質問を投げる

 

「現段階で三途の川に影響は出てるか?」

 

「いえ、空間が歪んでるだけですが...」

 

「ならいい。ゼストの奴に聞けば何とかなるだろうからな、そういやゼストはまだ来ないのか?」

 

とんでもない事態を軽く受け流してしまったヤマシロに戦慄を覚える麻稚と枡崎、やはり閻魔大王という役職に恥じぬくらいの器であった

ヤマシロは閻魔帳を取り出して過去の記録を漁ってみる

閻魔大王しか入ることの許されていない特別な資料室で見た情報では空間の歪みで出来てしまった残骸は脳波で処理することが可能らしい

ヤマシロも実際見ていないから何とも言えないが現世をも巻き込みかねない事態に発展していることはたしかだった

 

「麻稚、至急この場に亜逗子を呼んでくれ。あいつもこの事態に気がついて多分何かしていると思うから一旦合流して状況を聞く必要がある」

 

「わかりました」

 

ヤマシロの指示で麻稚が脳波を展開しようと集中力を高めた瞬間、

 

「その必要はねェ!」

 

「待たせたな兄弟!」

 

亜逗子とゼストの二人が並走してこちらにやって来た

どうやら二人は途中で合流したらしい

二人ともやはりこの事態に気がついており早期解決のために特に何もしていないとのことだ

ゼストはヤマシロを探すため天地の裁判所をひたすら走り回り、亜逗子はベンガディラン図書館で査逆と一悶着あり情報収集すらできていない始末である

 

「お前ら、給料なしか裁判所全体の清掃のどちらか選べ。クビは勘弁してやるから」

 

『本当に申し訳ありませんでした』

 

とりあえず二人の頭にタンコブを一つずつ作り土下座させたヤマシロは一人ずつに丁寧に指示を出していく

 

「亜逗子と麻稚は地獄にいる煉獄達と合流して煉獄を手伝ってやってくれ」

 

『了解!』

 

亜逗子と麻稚は指示を聞くなりすぐさま飛び去って行ってしまった

性格や趣味に一癖あっても今がどんな状況で閻魔大王補佐官の名に恥じぬ迅速な対応と反応である

やはりあの二人は他の鬼たちとはどこか違った

 

「枡崎は呪殺のことをもっと専門的に調べてくれ。俺は一応脳話をいつでも受け入れられる状態にしておくから何かあったら連絡を寄越してくれ」

 

「わかりました、閻魔様もお気をつけて」

 

枡崎はベンガディラン図書館の方向に走って行った

体力に自信のない彼が走るのは結構貴重なコトである

 

「で兄弟、俺はどうするよ?」

 

「俺と一緒に三途の川に来てくれ。お前の知識と能力が必要になるかもしれない」

 

「オーケー」

 

ヤマシロとゼストも三途の川を目指して走り始めた

事態は決して良い方向に進んでいるようには思えないが一度裁判所の主力が集結し、それぞれが成すべき道へと閻魔大王であるヤマシロが導いたことは悪い方向に進んだとはとても考えずらい

大きな組織というモノは上層部が上手く動くことで下が自然に動くシステムとなっているようだ

ヤマシロも無意識の内にそのことを理解しているのかもしれない

たとえそれが間違い一つで悪い方向へと一気に進展してしまうとしても

 

「ゼスト、ちょっとペース上げるぞ」

 

「応よ!」

 

三途の川へと近づくにつれ不穏な気配を感じ取ったヤマシロは浮遊術で一気に加速し、ゼストも潜影術で必死について行く

 

二人が三途の川に到着して見た景色は想像を絶するモノだった

やはり麻稚が往復している間に事態は急速に進行していたようだ

川は荒れ大渦がいくつも発生し、渦の中心では空間が歪んでしまい地獄の様子が丸見えの状態である

 

更に空には現世の空が迫ってきていた

 

「どうなってんだ、こりゃ!?」

 

「マズイぞ!このままじゃ現世もこっちも跡形もなく消滅してしまう!」

 

 

 

一方、天国では餓鬼の不意打ちがヤマクロを狙い大剣を振り回した瞬間、

 

(.....あれ、痛みがこない?)

 

【どういうこと!?】

 

何かが飛び散る音と共に背後の餓鬼は力を失って倒れた

どうやら音の正体は餓鬼の頭が破裂する音だったようだ

大剣は分裂し複数の餓鬼へと姿を変えて臨戦態勢を取っている

 

「大丈夫ですか、五代目の弟殿」

 

ヤマクロの隣には黒髪の青年が立っていた

少し離れた所には隣に立っている青年と瓜二つの青年がもう一人いた

どうやら餓鬼を仕留めたのは離れたところにいる方のようだ

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

「兄貴、俺たちが態々来る必要があったのか?いくら姉貴の意思とはいえ疑問しか残らないぜ」

 

「そう言わずに、姉上は事情によりこちらに来ることが出来ないのです。それに彼は閻魔とはいえ対処法と現状を理解していないようですので説明から入りましょう」

 

めんどくせーな、と頭をボリボリとかきながら欠伸をしてこちらに青年が歩いてくる

 

「あの、あなた方は...」

 

「申し遅れました、私は月読命と申します。それであちらの私に似ていますが馬鹿っぽくて礼儀を知らない馬鹿は弟の素戔嗚尊と言います」

 

「馬鹿は余計だ、馬鹿は」

 

月夜命と素戔嗚尊は表情を変えることなく簡単に自己紹介を済ませる

流石のヤマクロでもこの二人の名前には聞き覚えというか知っていた

大和の国の有名な神でそれぞれが高名で現世での信仰も厚い神々である

 

【これは中々見られない大物がやって来たね、ある意味凄いよ】

 

ヤマクロの中で心の闇がポツリと漏らす

ちなみに心の闇の声はヤマクロにしか聞こえない

 

「あの、貴方達は今天国で何が起こっているかご存知なのでしょうか?」

 

「はい、それをお伝えするためにやって来たのですから...」

 

そこから長い長い月夜命による説明が始まった

月夜命が説明している間、素戔嗚尊が餓鬼をひたすら潰していた

素戔嗚尊は破壊の神とも知られている素戔嗚尊の力は凄まじく、それでいて無駄な力は出さずに的確に一体ずつ頭を狙って倒していく

 

「まぁ、こんな所です」

 

「.....そんなモノが本当に現世にあるのですか?」

 

「えぇ、大昔に死者を信仰する者たちによって編み出されたモノらしいです。ですがこれが明るみに出てしまうと現世と来世のバランスが狂ってしまう、だから当時死神に完全破棄を依頼したのですが...」

 

「まだ、残っていた」

 

「悔しいですがそういうことです」

 

ヤマクロは握った手から汗が止まらなくなっていた

もう天国だけの問題ではなくなってしまったことを知りスケールの大きさを実感した恐怖か、今自分がその中心に立っているという実感が湧いて来たのかはわからない

 

「それでは、最後にこちらを貴方に」

 

そう言って月夜命が差し出して来たのは一本の美しい刀だった

 

「草薙の剣弍道でございます。我々の姉上である炎光神天照大御神が閻魔様の一族の為に創造なされた神器です」

 

「草薙の、剣」

 

「現在も大和の国に伝わる草薙の剣は既に力も失い役目も果たして錆び付いておりますが、姉上が新たに創造されたこちらよ弍道は貴方様に授けるよう言われました」

 

本来ならヤマシロに渡るはずだったのだがこの緊急事態で天国にはヤマクロしかいない

弟殿でも構わない、彼らの力になれるのであれば!というのが天照大御神の本意である

 

「どうぞ、お受け取りください」

 

ヤマクロは本当に受け取っていいのか戸惑っていた

凄まじい力に圧倒されているのと自分が本当に会ったことのない人物の期待に応えていいのかという思いが葛藤していたのだ

 

【ありがたくもらおうよ】

 

(でも...)

 

【ここで受け取らないと、その神様にも失礼だよ。素直にその期待は受け取るべきだとボクは思うよ】

 

心の闇、いやもう一人のヤマクロが助言をくれる

この天国に来て彼にも世話になっている、この件が終わったあたりにでも呼び名を考えるのもいいかもしれない

 

そしてヤマクロは差し出された草薙の剣弍道を受け取る

 

「ありがたく、使わせていただきます」

 

刀を握った瞬間、ヤマクロは自身の中を流れる力の渦が急激に高ぶって高揚しているのを感じた

そして、刀を鞘から引き抜く

鞘は持っていると邪魔になってしまうので腰の帯に一旦差す

 

「ボクが終わらせる」

 

ヤマクロの瞳の色が薄い紅色に変わる

脳波の質も変わり力を抑えきれないのを感じていた

 

「ボクが闇を打ち払う、ボクは五代目閻魔大王、ヤマシロの弟だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヤマクロが餓鬼に向かって草薙の剣弍道を振るう

太陽の光の輝きの如く残像が餓鬼の首を斬り裂き天国にいる全ての餓鬼に光が飛び散った

 

(ねぇ、ボク達はもっと早くに分かり合えなかったのかな)

 

ヤマクロは視線を空港の下から溢れ出している黒い柱に向ける

 

【どうだろうね、でももっと早くに分かり合えたとしても今のボク達は存在しなかっただろうね】

 

ヤマクロは浮遊術で今でも湧き出ている黒い柱に接近する

 

(そうだね、ボクはもう過去を否定したりはしない。もう自分から絶対に逃げたりはしない!)

 

そして草薙の剣弍道を上段に構える

 

【.....強くなったね、長い間縛り付けて本当にごめんね】

 

(いいよ、君とこうして分かり合えたんだから、いくよ)

 

【(ヤマクロ!)】

 

黒い柱に光輝く閃光の炎が注がれる

黒い柱は真っ二つになり、中心には光の柱が空まで伸びていた

 




感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Seventiseventh Judge

話がややこしくなってきた(^^;;




天国から暗雲が祓われ、漏れ出した瘴気も光によって徐々に浄化されていく

 

「う、ぐぅ」

 

脳波を一定量以上使用したヤマクロは浮遊術に使う脳波に余裕がなくなり草薙の剣弍道を片手で握ったまま落下していく

地面に到達した時に痛みも衝撃もやって来ることはなく暖かい光に包まれている気がした

 

「大丈夫でしょうか、ヤマクロ様」

 

どうやら月夜命が何らかの力で受け止めてくれたらしい

月を神格化したとも言われるだけあって光は月光のようだった

 

「うん、大丈夫。ありがとう、月夜命さん」

 

「お礼を言うのはこちらの方です。姉上が魂を込めて創造なされた力を十分に発揮していただいて、これほど嬉しいことはありません」

 

ヤマクロは草薙の剣弍道を鞘に仕舞う

ガラスの破片にヤマクロの姿が映っており、いつの間にか瞳は元の黒に戻っていたことに気がつく

瞬間、ヤマクロの体にドッと疲労が乗し掛かってきた

 

「あれほどの脳波を酷使したのです。脳への負担は凄まじいモノでしょう」

 

あの一瞬、ヤマクロは二人分の脳波を使ったと言っても過言ではなかった

もう一人の自分の力と彼本来の力と草薙の剣弍道の力が合わさり、初めて大きな力が放出できたのだ

 

「兄貴、少しゆっくりしたいのはわかるけど後始末と確認もしねェと」

 

「そうでしたね」

 

素戔嗚尊が月夜命を呼び掛けて月夜命はゆっくりと立ち上がる

素戔嗚尊の話によるとあの瘴気による黒い柱は地獄からの影響は少なからずあったのだが全部が全部という訳ではないらしい

何やら別の力が働き本来生まれるべきではない餓鬼が生まれ、天国に大ダメージを与えたのだという

 

ヤマクロはその正体を月夜命から既に聞いているのだがどうも実感が湧かずに未だに半信半疑の状態なのだ

それほど現在起こっている出来事はスケールの大きいモノなのだ

そしてそれの存在自体も信用し難い代物なのだから

 

「ではヤマクロ様、私達はこれにて失礼させていただきます。兄上様によろしくお伝えください」

 

「あんたのこと見くびってたこと謝るよ、中々肝っ玉座ったお方だよ。今度神の国まで来たら酒でも飲み交わそうぜ」

 

「では、これにて」

 

月夜命と素戔嗚尊は空港に出来た大穴の下に向かって飛行していく

 

「ねぇ、月夜命さんの話どう思う?信用したいんだけど本当にそんなモノが存在するのかな?」

 

【ボクに聞くなよ。でも誰でもそういうことは望むはずだ、何らかの偶然が重なって実現させる奴がいても不思議じゃないと思うよ】

 

「.....そうだね」

 

ヤマクロは息を飲み込み立ち上がった

天国の事態は何とか解決した、だがそれで天地の裁判所の問題が解決したとは考えずらい

普段平和な天国でもこれほどの大きな事態に発展したのだから天国よりも現世に近い裁判所は更に大きな脅威に襲われている可能性が高い

しかし天国から裁判所へ戻ろうとしても浮遊術で到達するかわからない

それに極度の脳波の使用により先ほどから頭痛が激しいので、とても浮遊術で飛べる余裕がなかった

 

「ヤマクロ君!無事かー!?」

 

「ご、五右衛門さん」

 

ヤマクロが壁に体を預けていると避難したはずの五右衛門達がこちらに向かって走ってきた

 

「五右衛門さん、避難したんじゃ」

 

「旦那の弟を置いて避難なんてできるかよ!皆戦ってたんだよ!」

 

「え、この人閻魔様の弟なの!?」

 

「そうか末田、お主いなかったんだったの」

 

ヤマクロはその様子を見て少し安心した

兄であるヤマシロの守ってきた人達の笑顔を自分が守ることができたのだから

 

「フッ、閻魔の弟か。だがやはり俺の方が背もビジュアルも上回っているようだな!」

 

「謙信、お前何で子供と身長のことで張り合ってんだよ」

 

「.....この人があの上杉謙信?」

 

「残念ながらそうなんだ、現実って残酷だよな」

 

【紛れ込んだ馬鹿な一般人じゃなかったんだね】

 

今も手鏡に自分の顔を映して怪しげな笑みを浮かべている謙信に冷ややかな視線を送る一同、本当に何をどうやったらこんなことになってしまったのだろうか?

 

「五右衛門さん、そう言えば夏紀ちゃんは?」

 

「瓶ちゃんとどこか遠くへ避難したんだけどどこに行ったのかな?」

 

五右衛門はポケットから携帯電話を取り出して電話を掛ける、おそらく瓶山に掛けるのだろう

 

「ヤマクロよ、夏紀ちゃんの気はあっちから感じるぞ」

 

「.....気?」

 

信長はヤマクロの肩に手を置いて明後日の方向を指す

その前にヤマクロは気が何なのかをよく理解していなかったので頭にクエスチョンマークを浮かべただけである

 

「ヤマクロ君、瓶ちゃん達近くにいるらしいぜ」

 

「本当!?」

 

「本当だよ!」

 

「良かった.....?」

 

ここでヤマクロと五右衛門はある違和感を感じた

何やら途中からヤマクロでも五右衛門でもない少女の声が聞こえた気がしたのだ

しかもどこかで聞き覚えのある

 

「夏紀ちゃん、むぐっ!?」

 

「ヤマクロ君!」

 

ヤマクロが後ろを振り返ると夏紀が笑顔で立っていた

そしてヤマクロが反応するよりも早くにヤマクロを抱きしめた

身長的には同じ背丈なのだがヤマクロは腰を下ろしているので夏紀の方が僅かに高いことになる

 

「無事でよかった、本当に!」

 

「な、夏紀ちゃん、く、くる、苦しい...」

 

「瓶ちゃん、いつ戻ってきたんだよ?」

 

「つい今さ、本当に電話があってすぐ。そこまで遠くまで行っていたわけでもないし」

 

「そういや夏紀ちゃんの熱は引いたのか?」

 

「不思議なことにあっさりと引いたな」

 

一先ずは平穏な雰囲気が戻ってきたことに喜びを感じていた

ヤマクロとしては一刻も早く裁判所へ戻る方法を知りたいのだが今は頭を休めることを優先にした

 

夏紀からやっとのことで解放されたヤマクロは呼吸を整えて気になることを口に出す

 

「五右衛門さん、ここにボクの母さんいなかった?」

 

そう、事態が悪化する直前にヤマクロは自身の母らしき人物とすれ違っていたのだ

そのことがずっと気がかりでヤマクロは事件の解決と同時にそのことを考えていたのだ

 

「母さん?」

 

「うん、もう昔に死んだって聞いたのにここにいたから」

 

「そりゃ死んだら天国か地獄にやって来る。それで天国に来たって訳じゃないのか?」

 

「それが現世の人間ならね。こっちの世界で生まれ育ったボクや兄さんみたいな存在は死んじゃうと輪廻転生の輪に乗って新たな命として生まれ変わるんだよ。だからこっちにいるなんて絶対にありえないんだ、だから考えられるのは」

 

「ヤマクロ君や旦那のお袋さんが実は死んでないってことか?」

 

ヤマクロはコクリと頷いた

 

 

 

天地の裁判所、麒麟亭と繋がる渡り廊下前

 

「あれ?閻魔様は?」

 

到着が少々遅れた査逆が近辺をうろうろとしていたのは余談である

 

 

 

「兄貴、やっぱりコレは...」

 

「えぇ、ほぼ間違いないでしょう」

 

一方、天国を襲った瘴気の柱によって出来た大穴に入り込んだ月夜命と素戔嗚尊は予想的中、といっても悪い方の予想が的中してしまい苦虫を潰したような表情を浮かべていた

 

「早くキリストさんと姉貴に報告しないと、空間が歪み始めている」

 

「えぇ、急ぎましょう!」

 

月夜命と素戔嗚尊は神の国を目指して急速に上昇した

 

 

 

「ゼスト、今のこの状況を簡単に説明してくれ」

 

「ズハリ言うぞ、わからん!」

 

その頃、三途の川に到着したヤマシロとゼストは目の前の光景を未だに受け入れられずに立ち往生していた

川の向こう岸は相変わらず見えそうにないが何か起こっていることは確実的であろう

 

「麻稚の部下達がいるはずなんだがな、この三途の川も広いからもしかしたら見つからないかもな」

 

「どっちにしろ異常事態でここが一番どうにかしなきゃならない所ってのもたしかだ」

 

「どうする、いくら何でもここまでの大規模だとは思いもしなかったぞ」

 

「俺だって予想外さ。たしかに空間が歪んでるとは聞いていたけどここまで歪むことはなかっただろうに」

 

二人はどうしようもなく途方に暮れかけていた

何をすべきかは明確になっているのだがあまりのスケールの大きさにどこから手をつければいいものかわからずにいるのだ

 

しばらく三途の川を歩いていると上空から何かが降ってくる気がした

 

「おい兄弟、何か降って来てないか?」

 

「おいおい勘弁してくれよ、いくら何でも空からあんなでっかい鉄の塊....」

 

気がしたのではなかった、空から大きな鉄の塊が降ってきた

 

「ちょ...!?」

 

「チィ!」

 

ゼストは瞬時に脳波を凍属性に変換させて鉄の塊、もとい遊覧船を受け止めた

 

「クソ、まさか遊覧船が降ってくるなんてな!」

 

「おいゼスト、アレは一体何なんだ?」

 

「あれは現世の乗り物だ、遊覧船って言って水上を走るのに特化してんだ」

 

つまり、船底に水分が溜まっていたので遊覧船は見事な氷の造形に姿を変えた

見た感じ古く錆びているので廃棄処分するつもりの物だったのだろう

 

「おい、まだ降って...」

 

ヤマシロが上空を見上げながらゼストに声を掛ける

標札、信号機、電柱、バス、トラック、漁船、飛行機、戦車、戦闘機、本棚、廃屋と種々多様な現世の人工物が三途の川に降り注いだ

 

「どうすんだゼスト!?」

 

「決まってる!一つ残らず凍てつかせるッ!」

 

ゼストが広げれる範囲限界まで脳波を極限に広げる

そしてゼストを中心に脳波に属性を与え変換させる

上層部を中心に集中力を注ぎ、落下してくるまでに凍てつかせて空中に数多くの氷の造形物を完成させる

 

「ハァ、ハァ、ハァ....」

 

予想以上の脳波を酷使してしまったゼストは膝を着きその場に体を預ける

 

「大丈夫かゼスト」

 

「大丈夫だ、この程度休めばすぐ回復する」

 

ゼストは息を整えながら自身の影から一つボトルを取り出す

中身は飲料水のようで蓋を開くと一気に飲み干す

 

「兄弟、どうやらこの問題はこっちにいるだけじゃ絶対に解決しない大事みたいだ」

 

「ゼスト、それって」

 

「応、現世に行くしかなさそうだ」

 

「じゃあ俺はこっちで」

 

「いや」

 

ゼストはゆっくりと立ち上がりヤマシロの肩を掴むと真剣な声色で告げる

 

「兄弟、お前も一緒だ」

 




キャラクター紹介

金平貪欲(かねひらどんよく)
種族:鬼
年齢:500歳(人間でいう50歳)
趣味:賭け事全般、金儲け
イメージボイス:加藤康之
詳細:金こそが全てと考えている鬼
天地の裁判所で働き始めた動機も給料がいいという理由だけである
四天王の中では最年長で長年その座に居座っている


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Seventieight Judge

少しややこしくなってきましたが、もうしばらくお付き合いください(^^)


 

神の国の入り口である巨門前...

 

「姉上、ただいま戻りました」

 

「どうやら予想通り、事態は良くない方向に進んでるみたいですぜ」

 

月夜命と素戔嗚尊が天国から戻り天照大御神とキリストに報告をする

天国の空港があった場所に出来た大穴にはいくつもの空間の歪が存在していた

本来ならば大きな歪が一つあるモノと思われていたが早くも歪が再生を始めていたのでいくつも歪があるように見えた、ここまで聞けば結果はいいモノと思ってしまうが実際は真逆である

 

「やはり現世からの力が影響を及ぼしています。空間の歪は私たちが急遽全て塞ぎましたが再発してまた同じような事態になることも考えなければなりません」

 

「わかりました。一先ずは瘴気による空の汚染は止まりました、神の国の周りにあった暗雲も全てが消え去った成果は大きいモノと捉えましょう」

 

「やっぱ姉貴の剣って恐ろしいよな、本当に現世の奴に使いこなせる使い手がいたとは思えないんだが」

 

草薙の剣、遥か昔に炎光神である天照大御神が素戔嗚尊の倒した八岐大蛇の鱗をベースにして造られ神の加護と力を込めることで人々を厄災から守ったとされる伝説の剣

神の加護が宿っているだけで戦闘用にも信仰用にも使うのはその人それぞれの自由であり、どのような用途で使ったとしても決して悪い方向にはたらくとは思えない三種の神器の一つ、それを当時のある人物は戦闘に用いて天下無双の如くの力を手に入れたとも言われている

 

その草薙の剣の数少ない欠点と閻魔の波長に合わせて創られたのが草薙の剣弍道である

 

「私の剣は使い手の願いに強く共鳴するようにまじないを掛けてあります、その力が初代と弍道の大きな違いでしょう」

 

「まじない、とやらでそこまで大きく変わるものなのか?」

 

興味を持って尋ねてきたのはキリストだった

いくら全知全能のゼウス様と言われていても近代的な技術や未知の知識は彼にとっても山ほどある

 

「まじないとは一種の呪いみたいなモノですよ、強いイメージがその人を強くも弱くもする。古来より大和の国では盛んに用いられていた呪術的技法の一種なんですよ」

 

天照大御神は目を閉じて祈るように歩き始める

そして目を開き、哀しそうな瞳で眼下を眺めながらポツリと呟く

 

「黄泉帰りの法、現世でこれほど絶大で大きな力を持つまじないは他にないでしょうね」

 

 

 

その頃、ゼストから現世に行く誘いを受けているヤマシロは疑問しか生まれていなかった

 

「どういうことだ、来世から現世に行く力を持っているのは死神だけのはずだ。俺が現世に行くことはできないだろ」

 

「力、があるだけだ。根本的な所を見直すと死神の補助があれば本来は誰でも来世から現世に行くことは可能なんだ」

 

ゼストの言ったことに理解が追いつかなかった

ヤマシロの中の常識が音を立てて崩れていくようだった、そんな話聞いたこともなかったため余計に現実離れしているように思えてしまう

 

「たしかに伝承なんかじゃそんな風に伝わってるけど、それは来世と現世のバランスを保つために初代閻魔大王と死神部隊初代総隊長が話し合いの中で取り決めたことなんだ。死者を連れて現世に行った死神も当時はいたみたいだからな」

 

ヤマシロは次々と出てくるゼストの言葉に一々驚き頭の整理が追いつかず今までの常識全てを疑いたくなった

いや、それ以前にそんなことを知っているゼストに恐怖心を抱いているのかもしれない

 

幼い頃兄弟のように育った仲なだけあって自分の知らない彼の一面を知ってしまうことはとても恐ろしく感じた

対するゼストはそんなヤマシロの葛藤を知らずに淡々と言葉を繋げていく、いつものように馬鹿な話で盛り上がるのと全く同じ調子で

 

「そういうわけだ、兄弟。信じられないのは山々かもしれないけど俺は一度だけ試して成功したことがある、今の話が本当だって言える根拠の一つが俺の経験だ。時間もない、急ごう」

 

ゼストは一人で話を終わらせて歩き始めた

しかし、ヤマシロがついてきていないことに気が付くと足を止めて振り返る

 

「どうした兄弟、早く行こうぜ」

 

ヤマシロの視界の向こうでゼストが手招きしていた

その姿はまるで未知の世界へと誘う案内人にも見えた

 

「ゼスト、聞きたいことがある」

 

ヤマシロはやっとのことで言葉を絞り出し、ゼストの瞳を真っ直ぐ見据えて質問する

 

「お前、何か隠してるんじゃないか?」

 

「.....どういうことだ?」

 

雰囲気が変わった、声の調子も普段のゼストのモノと思えないほど冷酷で冷めたモノとなった

ミァスマに体を支配されていた頃のゼストと同じ殺伐とした雰囲気だった

 

「お前の言っていることは正しいのかもしれない、真実なのかもしれない。だけど何で俺まで現世に行く必要があるんだ?何でお前だけじゃダメなんだ?」

 

そう、ヤマシロが最も気になっていた点はそこだった

たとえゼストがヤマシロを現世に連れて行く力があったとしてもその目的と用途がわからない

現世に行くだけならばゼストだけで可能だし、現世慣れしたゼストにとって現世を知らないヤマシロは荷物になるだけである

 

それでもゼストがヤマシロを現世に連れて行く何かがないとここまで執着はしないはずである

 

「.....理由なんてねェよ、兄弟がいる方が心強いからだ」

 

「そうか、じゃあそれでいい」

 

ヤマシロはあっさりと納得した

ゼストもヤマシロの反応が予想外だったようで目を大きく見開く

 

「いいのかよ」

 

「お前のことだ、実際何も考えてないんだろ?理由があったら聞きたかっただけだよ」

 

「そうか、じゃあ行くか」

 

おう、とヤマシロは応える

何だかんだで長い時間を過ごした二人はある程度のことは言わずとも意思疎通が可能となっていたようだ

仮に何かあったとしても絶対に裏切らない、お互いにそう信じあっている友情があるからこそ実現したことでもあったのだ

 

ヤマシロはゼストに導かれるまま三途の川の何処かへと向かって行った

 

 

 

(.....悪いな兄弟、俺はお前に隠し事をしている)

 

その隠し事はヤマシロにとって許し難いことであり、二人の仲の存続にも関わってしまうことだった

 

ミァスマに支配されていた頃の記憶は残っている

だからこそ公言できるモノでなく、自分自身の手で行ったことではないから余計に知られるのが恐ろしかったのだ

 

そして、ミァスマに支配される以前のある日には自分自身にとって最も許し難い大きな罪を背負っているのだ

 

(.....このことが終わったら全てを話そう、たとえ兄弟との仲がこじれようとも)

 

そう、ヤマシロがある日話してくれた天国の知り合いの話を思い出したのだ

あの時からいつか腹を括って話さなければならない時がいずれ来ることはわかっていた

 

瓶山一と瓶山夏紀、この親子を殺したのはゼスト自身だということを

 

 

 

地獄では現在も亡者の捜索が行われていた

既に三百人近くの亡者を麒麟亭への避難は完了しており、裁判所の周りはほとんど避難が終わったとも言える状態である

 

千里眼の笹雅で捜索隊を組み、力仕事が苦手な東雲を中心に亡者の治療に専念していた

途中合流した亜逗子は治療に、麻稚は捜索にそれぞれ合流している

間宮は今も目を覚ます様子はなかった

 

「.....で、あんたはそんなことがあったから間宮とつゐでに亜逗子ちゃんと顔を合わせづらゐから俺の所まで来たと?」

 

「文句あるの?」

 

「ゐゐや、別になゐけど」

 

麒麟亭の屋根部分で煉獄京と月見里査逆は他愛のない会話をしていた

煉獄は元々緊急時何かあった時の待機部隊の隊長として行く末を見守っていた所に査逆が合流したのだ

煉獄の統率能力と指示能力によって素晴らしいほど物事は上手く行っている状態である

 

「まぁ、ウチとしては特にすることがないだけなんどね」

 

「しっかりしてくれよ、今ここにゐる中で一番強ゐのあんたなんだから」

 

「それは戦闘能力のみよ、メンタルは豆腐で乙女な査逆ちゃんよ☆」

 

「ハッ.....」

 

「鼻で笑われた!?」

 

乙女で豆腐メンタルな査逆ちゃん(自称)は煉獄の反応に早くも崩れ落ちる

どうやら豆腐メンタルというところだけは事実のようだ

 

「ねェ、ふと思い出したんだけどあんたって希沙邏さんの息子なんだよね、マジで」

 

「査逆さんって俺の母親知ってんのかよ、初耳だぜ」

 

「ウチも初めは気がつかなかったし思い出せなかったからね、昔結構お世話になったんだよ」

 

「.....あんたと俺って大して年齢変わんなかったよな?」

 

「二十年も生きてる年数が違ったらマジで結構変わるモンなのよ」

 

地獄ではやはり黒い雷が降り注ぎ、溶岩が地面から溢れ出ていた

溶岩がある程度固まっても降ってきた雷の電熱で再び熱を持って流れてしまうため溶岩の処理は現在後回しにされている

 

「そうゐや査逆さん、何かさっきから妙に喧嘩売られてる感じしねゑか?」

 

「多分気のせいじゃないよ、さっきからマジでウチらに殺気バンバンぶつけられてるよ」

 

査逆は鎖を、煉獄はトンファーを構えて敵に備える

 

直後、視界という世界が反転し激痛と破壊音が二人を襲った、あまりにも一瞬の出来事で反応することすらできなかった

 

「がっ....はっ....!?」

 

「うぅ...ぎ!?」

 

即座に二人は立ち上がり攻撃を受けた方向に目を向けるがそこには誰もいなかった

 

「こっちだ馬鹿」

 

背後から声が聞こえた

査逆と煉獄は言葉とともに乗せられた殺気を感じ取ると一気に距離を取る

そして、襲撃者の顔を見る

 

「.......やっぱ眠いわ、さっさと終わらせよう」

 

襲撃者は欠伸混じりに呟く

 

査逆はその顔を見た瞬間、嫌な汗がブワッと全身から流れたのを実感していた

 

「それにしても久しぶりだな。元気だったか、ガンマ」

 

襲撃者はニヤリと笑みを浮かべた

 

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Seventininth Judge

消費税のバカヤロー!


 

平欺赤夜(ひらぎせきや)、かつて四代目閻魔大王ゴクヤマの側近補佐として天地の裁判所に務めていた戦闘能力のみを見れば歴代最強とも言われていた天邪鬼

一日の七割近くを睡眠に捧げており、勤務時間以外は基本的に寝ているため彼と面識のある鬼もごく僅かに絞られる

性格は自己中心的で気まぐれ、異常な程の戦闘狂で有り余る力を常に体外に出さないと生きていけないと思われてもおかしくないほど戦闘してきた数は凄まじい歴戦の戦士である

 

ゴクヤマの引退と同時に姿を消して長い間行方不明として扱われてきた男が現在、査逆と煉獄の目の前に明らかな敵意を示して姿を現したのだ

 

「ひ、平欺さん、何で...?」

 

「あァ、査逆か。しばらく会ッてねェからすッかり忘れてたわ、まァガンマでもあながち間違ッてはいないか」

 

平欺の一言一言が査逆の体に痛いほど突き刺さった

普通の会話、それだけでも査逆には体にナイフが何本も何本も突き刺さる感覚で耐えきれなかった

査逆はついに言葉だけで膝をついた

 

「査逆さん、しっかりしろ!」

 

「ハァ、ハァ...」

 

査逆に煉獄の声は届かなかった、周りの音が消えて平欺の言葉しか耳を通らなくなっていた

聞きたくない声なのに突き刺さる、聞きたくない声なのに記憶に残ってしまう、特別なことをしているわけでもないのに査逆は何もしていない平欺の姿を見るのも嫌になっていた

 

「お前、何者だッ!?」

 

「オレ?平欺赤夜ッて言われてる、しがない天邪鬼でかつてはその女に先生と呼ばれてた」

 

「先...生...!?」

 

煉獄はその言葉の意味が理解できなかった、いや理解したくなかったのかもしれない

かつて査逆と戦ってコテンパにやられていた煉獄でなければこの恐怖を味わうことが出来なかっただろう

煉獄が手も足も出なかった査逆が先生と呼び、恐れる人物が目の前にいることの絶望感を

彼が味方ならば強力だったが明らかにそんな雰囲気ではない

明確な敵意と殺意をこちらに向けてきている

 

「クハッ、変わってないなそのガンマもよォ、誤魔化してるつもりかもしんねェけど意味なんてねェよ」

 

煉獄は自身の体が熱くなるのを感じていた

自分の中に半分だけ流れる死神の血が久々に騒いでいるのがわかった

 

「その生まれついた性質は、一生背負ッて生きてく宿命なんだよォ」

 

「う....あっ.....」

 

査逆はもう立ち上がる気力も失っていた

今にも泣きそうな表情を浮かべて肩を震わせながら弱々しい声をやっとのことで絞り出せるような状態だった

その様子を見て煉獄は再び実感した

 

この目の前のクソ野郎は殺してもいい、と

 

煉獄は新たに新調し直したばかりのトンファーを構え直して平欺に向かって無意識に殺気を放ちながら走り出していた

 

 

 

その頃天国で体を休めて回復を測っていたヤマクロは五右衛門と夏紀と一緒に居酒屋「黄泉送り」の前までやってきていた

 

「.....結局夏紀ちゃんもついてきたんッスね」

 

「大丈夫、お父さんもいいって言ってくれたし!」

 

ない胸を無理に張る夏紀に五右衛門はため息を一つ吐いた

瓶山が許可を出したとはいえ苦渋の選択で相当粘ったことに違いない

あの瓶山が娘を簡単に自分の元から離れさせるとは考えられないからだ

 

(ここは俺がしっかりしないと俺が瓶ちゃんに殺されかねないな、もう死んでるけど)

 

五右衛門はまた別の意味でため息を吐いた

信長や信玄を連れてきても事態が悪化するかもしれないという五右衛門の判断はとても正しかったと今でも思っている

 

三人がここにやって来た理由は情報屋である須川時雨に会うためである

ヤマクロが見たという母親らしき人物に心当たりがないかを尋ねて真相に少しでも近づきたいというヤマクロの強い意思が行動に移ったのだ

彼の場合は真実以前に母親に会いたいという意思の方が強いのかもしれないが

 

(.....母さん)

 

母の生存を確かめたい、という想いを胸に秘めながら須川を呼びに行った相谷の帰りを待っていた

 

そして、待つこと五分...

 

相谷が顔を腫らしてまるで戦場から逃げ帰った兵士のような足取りで店から顔を出した

 

『.............』

 

「と、とりあえず入りな。臨時休業扱いにしとくから他に客はいないからよ」

 

三人はフラフラの相谷に導かれるまま店の中に入って行った

相谷の話によると原因はわからないがここ数日間須川は部屋に引きこもったまま出て来ていないらしい

 

「それでその傷は一体...」

 

「.....室内からエアーガン撃たれて、その他割れ物が飛来したてきた」

 

ヤマクロの質問に応えづらそうに相谷は応える、その様子に五右衛門は同情の目を向け夏紀は相谷に慈愛の目線を向けた

 

【.....キミ、勇者だね】

 

もう一人の声もヤマクロの脳内に響いたがヤマクロはその言葉の意味を理解することが出来なかった

 

「せめて須川さんが閉じ籠ってる理由がわかればいいんですけどね」

 

「心当たりすらもないからな」

 

事態は八方塞がりとなった

このまま無駄に時間を過ごしても仕方ないのだが、実際問題どうすればいいのかわからないので時間をただ無駄に過ごすしかなかった

 

「.....五右衛門さん、須川さんってどんな人なんですか?」

 

「一言で言ったら猫かな」

 

「猫?」

 

「自由人って意味さ」

 

あながち間違っていなかった

気まぐれな彼女はどこからともなく猫という雰囲気が一番近いかもしれない、そのことは相谷も納得している

 

「いつだったかな、俺が店を構えた直後にあいつが転がり込んできてな一言言ったんだよ」

 

突然昔話を話し始めた相谷に全員が興味の視線を向ける

どうやら彼女はこの店創業当初からこの建物の二階に住み着いているらしい

 

「何て言ったと思う?」

 

「そこで質問投げかけるんッスか!?」

 

「いや、なんとなく」

 

三人は悩む、ヤマクロに至っては須川と面識すらないためかなり高難度かもしれない

 

「あいつはこう言ったんだ、えぇぇぇぇこんな所に居酒屋なんて会ったけぇぇぇぇぇ!?って、な」

 

「シンキングタイム短ッ!?一分も経ってない!」

 

相谷の行動に異論を唱える五右衛門

夏紀は首を縦に振り納得していたのだがヤマクロには一切合切理解することができなかった

 

二階からドタドタドタドタドタという効果音が響き渡るまでは

 

「これは、まさか!?」

 

相谷が立ち上がり店の入り口に目を向ける

扉は十秒も経たない間にスパーン!と勢いよく開かれる

 

「ちょいちょい親父!何でこんな大事件起こってるのに教えてくれないのよ!そのせいで情報収集し損ねたじゃない!!」

 

「一回呼びに行ったわ!お前が出なかったんだろうが!!」

 

「嘘つけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「嘘なんかつくかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

これがヤマクロと須川の初対面であった

 

 

 

一方、三途の川を延々と歩き続けるヤマシロとゼスト

時折上空から落下してくる現世で役目を果たした物質、いわゆる廃棄物質を凍らせたり燃やしたりで回避しながらひたすら歩いている

 

「おいゼスト、一体いつまで歩くんだ!現世に行くならさっさと行こうぜ!」

 

「.....兄弟、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

 

普段とは違うどこか遠足に向かう子供のようにわくわくしているように見えるヤマシロをゼストはジト目で見る

つい数分前までは行くことに疑問を抱いていたのに行けるとなったらこれである

 

「だって現世だろ!?こんな形でも現世に行けるんだろ、一回行ってみたかったんだよ!」

 

「とりあえずその遠足気分やめろ!兄弟が思ってる程現世ってのはいいとこでもな....くはないけど」

 

何やら苦い思い出がゼストの頭を過ったようだ、深くは詮索しないでおこうとヤマシロは決意する

 

「それはそうと本当にどこまで歩くんだよ、別に特別な場所からじゃないと行けないわけじゃないんだろ?」

 

「まぁ、そりゃそうだがなるべく人目のつかない所で移動したいんだよ。後々面倒なことになったら困るの俺たちだし」

 

それに、とゼストが周りを警戒している様子で言葉を続ける

 

「俺たち、さっきから誰かに見られてる気がしないか?」

 

ゼストが脳波を広げながらヤマシロに尋ねる

そう、ゼストはずっと誰かにつけられている気がして仕方なかったのだ

三途の川は元々人目のつかない絶好のスポットなのだがそんな人目のつかない場所では不自然な程視線を感じていたのだ、ずっと誰かに見られている気がして

 

「いや、俺はそんなこと全然だけど」

 

ヤマシロも脳波を周囲一体に展開する

ついでに念のために閻魔帳も取り出す

 

瞬間、閃光が走った

 

ヤマシロとゼストを分断するように上空から一つの大きな雷が落ちる

 

「ゼスト!」

 

「俺は大丈夫だ、だが一体なんなんだ!?」

 

雷はやがてヒトの形を象っていく

消えることなくその場に留まり続けてバチバチと青白い火花が飛び散る

 

「まさか...」

 

上空からもうもう一つ先ほどとは比べほどにならない大きな雷鳴が一本の槍のように三途の川を貫いた

ヤマシロとゼストは衝撃に耐えきれずに後方に回避した

 

「親父!?」

 

「全ては我らの秩序の為に、ここで潰れてろ小僧共ォ!」

 

雷親父こと先代閻魔大王、ゴクヤマが全身に雷を纏って降臨した

 




キャラクター紹介

畠斑謡代(はたむらようだい)
種族:鬼
年齢:320歳(人間でいう32歳)
趣味:筋トレ
イメージボイス:吉野裕行
詳細:麻稚の一番の部下で信頼も厚い人物
煽てたら頑張るタイプで、その特性を活かして亜逗子に一騎打ちで勝利したこともある
ちなみに既婚者で妻と子供もいる


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Eightieth Judge

描写が上手いこと書けない(^^;;
もしかしたら意味不明な所あるかもしれません


三途の川に舞い降りた厄災、ゴクヤマは静かに両の手の平を合わせる

そして目を瞑り力を集中させる

 

「大地を割く剣よ、雷鳴の如く走り去れ」

 

瞬間、ゴクヤマを中心に無数の青白い稲妻が三途の川に降り注がれる

一撃一撃が強力で大地を軽く抉るほどの威力はある

 

「ッ、親父ィ!」

 

「どういうことだ、おっさん!」

 

ヤマシロとゼストも雷を回避しながら驚きを露わにしている

急にやってきたと思えば敵意と殺意を剥き出しにして攻撃を仕掛けて来たのだから

ヤマシロは愛刀の鬼丸国綱を構えてゴクヤマに斬りかかる

 

「何のつもりだ、親父!」

 

「ヤマシロか。大人しくそこで寝てろ、現世には行かせはしない」

 

ドゴォォォォォォォォォン!とヤマシロがゴクヤマに攻撃を与える前に極太の雷がヤマシロに落ちて直撃する

 

「グォォォォォォォォォォ!!?」

 

「兄弟!」

 

ゼストは攻撃を受けたヤマシロの元に急ぐ、地面を凍結させてスケートをするように走る速度を一気に上昇させる

そして自身の影から一本の刀を取り出す

 

「天下五剣数珠丸恒次、か」

 

「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

ゼストは数珠丸恒次に冷気を纏わせ横薙ぎに構えてゴクヤマに近づく

現世にある日本刀の中でも最も価値と強度を誇るとも言われる天下五剣の一つ数珠丸恒次の斬れ味と硬度は本物である

平安時代の刀工である青江恒次の作り出した名刀

また、ヤマシロの持つ鬼丸国綱も天下五剣の一つである

 

ゼストの一撃がゴクヤマの首を狙い今まさに振ろうとしていた、瞬間

 

ガキィィィン!と何かによって防がれた音が響き刀と何かから火花が散る、勿論ゴクヤマに傷はない

 

「中々なやんちゃ坊主だな主も、悪く思わなんでくれよ」

 

黒い髪の盲目の鬼だった、どうやら先程の一撃は彼の持つ杖によって防がれたようだった

それを証拠に彼の杖に僅かに凍った跡が残っている

 

「邪魔すんなよジジィ、俺はおっさん倒して兄弟の無事を確認しなきゃならないんだからよ」

 

「口には気をつけるんだな若僧、年寄りは労って尊敬するモンだぞ」

 

「ヘッ、元気な爺さんだよ」

 

ゼストは再び数珠丸恒次を構え直す

対する人物、百目鬼雲山も杖を構え直し態勢を整え直す

暫しの睨みあいが続き、互いが同時に接近した

死神の能力を存分に使うゼストは斬撃と凍結の属性変換、影を器用に使い分けて百目鬼を翻弄する

対する百目鬼は目が見えない分脳波で相手の位置や攻撃手段を読みながら冷静に一撃一撃を対処する、時には回避で時には受け止めながら確実に防ぐ

 

「あんた、一体何者だよ。本当にその目見えてないのかよ...!」

 

「主こそ若僧にしては中々やる、それにその力は死神だな。なるほど、少々骨はあるようだ」

 

ガキィィィン!と百目鬼はゼストを弾き飛ばす

その力は老人が出す力とかけ離れたほど重いモノだった

 

「さて、そろそろ本気でいかせてもらおうか.....!」

 

百目鬼が杖を握り直した瞬間だった、脳波の質が一気に変わりゼストは凄まじい威圧感と殺気を目の当たりにすることになった

 

ゼストの目の前には百目鬼雲山という一人の盲目の老人ではなく、一人の歴戦の戦士が立っていた

 

「久々に血が滾るわ、この程度で潰れてくれるなよ?」

 

 

 

同時刻、三途の川の畠斑謡代の部隊は三途の川の空間の修復をしている途中、一人の老人が大量の鬼を薙ぎ払い作業は中断せざるを得ない状況になっていた

 

「フン、何故儂がお前らみたいなゴミの掃除をせねばならぬのだ」

 

老人、冨嶽厳暫はため息を一つ吐く

ヤマシロと戦ったあの日から持病の発作が激しく、何度も起こるようになり最近やっとのことで薬も少ない数で済むようになってきて運動もできる体にまで回復し、今回はそのリハビリがてらにゴクヤマに連れられたのだがどうもリハビリにもならなかったのだ

 

そう、何故かはわからないが数時間前にゴクヤマが急に血相を変えて天地の裁判所に行くとゴクヤマ邸宅にいた全員が連れ出されたのだ

 

(しかし、あやつまでが目を覚まして動くとはな...)

 

冨嶽は遠い目で空を眺めていた

 

「俺は、まだ諦めてないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

棍棒を持った鬼、畠斑が冨嶽に向かって走ってきたのはその直後であった

そして二人は激突した

 

 

 

一方、麒麟亭の屋根の上では煉獄が全身に傷を刻み、息を切らしながらトンファーを構えていた

 

「ハァ、ハァ....!」

 

「オイオイしっかりしてくれよ、オレはまだここから一歩も動いてないぞ?」

 

体力を削っている煉獄に対して平欺は疲れる様子すらも見せない

煉獄の攻撃は当たっている、そこに間違いはなかった

だが、平欺にはダメージを負っているようにはとても見えない

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉうりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ヤレヤレ」

 

平欺は呆れるように肩をすくめため息を漏らす

煉獄は攻撃方法をトンファーではなく左脚の回し蹴りに変更した

新たに製作したトンファーは簡単に壊れないようにダイヤモンドに近い炭素の塊を用いて製作したのだが通用しなかった

いくら硬度があっても何度も叩けばさすがに限界がやって来る

ならば生身の、己の肉体で勝負に出たのだ

煉獄の蹴りは平欺の首を確実に捉えた、脳波で硬度も限界まで強化した左脚の蹴り

首が飛んでもいいほどの速度と威力を誇る自信があった

 

だが

 

「ぐ、ぅ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ボキッという音とともに煉獄の左脚が変な方向に曲がる、対する平欺は無傷であくびをしている

 

「悪いな、オレはちョッとばかし強さには自信があるんだ。ダメージはなかッたが筋は悪くなかッたぜ」

 

平欺は煉獄の頭を鷲掴みにする、そして自身の腕に脳波を集中させる

煉獄の頭がボキボキと嫌な音が軋み始める

平欺は査逆と同じ天邪鬼、脳は五つに分かれており常人よりも脳波の使い方に幅があり何重にも重ねて強化することも容易い

 

「が、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「どうやら鬼と死神の混血はそこまで強くなかったみたいだな!アルマァ、希沙邏ァ!!」

 

平欺が更に力を込めて煉獄の悲鳴も大きくなる

 

バンッと小さな音が響いた

 

「...............」

 

平欺は立ち上がり天地の裁判所とは逆方向をキッと睨みつける

何かが頭に当たった、彼としてはその程度の感覚でしかなかった

だが邪魔をされたことに嫌気が指してしまう

目に脳波を集中させ視力を補強する

 

「.....あいつか」

 

平欺が移動しようと足に力を入れ

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ようとした時背後から怒号が迫ってくる

麒麟亭で負傷者の手当てをしていた紅亜逗子が拳を握りしめてやって来たのだ

亜逗子の拳は平欺の顔面を正確に捉える

 

「今だ、煉獄を回収しろォ!」

 

亜逗子が部下に合図する

煉獄はまだ頭を砕かれていない、煉獄の危機を感じ取った亜逗子はこの状況を確認してから加勢に来たのだ

地獄にいる麻稚に合図をして

 

「.....ッ!」

 

平欺が亜逗子を払い除けて攻撃態勢に入る

亜逗子はまだ態勢を整えられていない

 

「亜逗子、ここは俺たちが!」

 

「今の内に態勢を整え直せ!長くは持たせられねェ!」

 

「.....ここは俺たちで!」

 

金平貪欲、瀬野逸人、楠華本性、四天王の三人が戦闘態勢で平欺に立ち向かった

 

「あんたら...」

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

「ウゼェよ」

 

しかし、一瞬で三人は倒れる

まだ平欺に触れてすらないのに、それどころかまだ十分に距離もある

本来ならば攻撃なんて不可能な距離である

 

「さァ、続きを始めようか」

 

平欺がそう言い両手を広げた瞬間だった、亜逗子は自身の体に重りでもついたような感覚を感じたのは

 

「な、んだ、コレ!?」

 

亜逗子が疑問に思っても平欺は止まらなかった

 

「こッからが本番だ、雑魚共ォ」

 




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Eightiefirst Judge

戦闘描写ってムズカシー(^^;;


「ふーん、その子がヤマシロ君の弟なのね」

 

「は、はじめまして」

 

須川と相谷との口論がやっとのことで決着が着き、今更ながら互いに簡単な自己紹介を済ませる

どうやらさっきのさっきまで須川は爆睡していたようで寝癖とパジャマ姿で目元には何故か隈まで作ってしまっている

ちなみに相谷は買い出しに出かけてしまったので現在居酒屋「黄泉送り」に残っているのはヤマクロと須川と五右衛門と夏紀の四人だけである

 

「まぁいいや、何か飲む?」

 

「.....ここってあんたの店じゃないよな?何でコーヒーメーカーの位置とかコーヒー豆の位置を姉さんが知ってんの?」

 

「細かい突っ込みは不要よ!」

 

グッ、と親指を突き出してドヤ顔で応える

五右衛門は頭を抑えながらもビールを注文する、続いて夏紀はココアを頼みヤマクロも渋々ソーダを注文する

何だかここで注文しておかないと駄目な気がしたのだ

 

「それで閻魔様の弟様が一体私にどんな御用かしら?」

 

須川がヤマクロの前にソーダを置き向かい合う形で席につく

寝癖や服装なんかで威厳というか真面目さが一切感じることが出来ないのだが声と顔だけは真面目だった

 

「.....改めて聞きますけど五右衛門さん、この人が本当に」

 

「あぁ、自称天国一の情報屋である須川時雨の姉さんだ」

 

「ちょいちょい、私ってそんなに信用ないの?」

 

冷や汗を垂らしながらコーヒーをガブガブと飲む須川さん

その様子を見てヤマクロと夏紀は絶句し五右衛門はもう見慣れた光景のようにスルーしてビールを飲み始める

 

「で、何の用なの?わざわざ弟さんが訪ねて来るなん.....て.....」

 

終盤なんだか言い淀んだ気もするが気にせずにヤマクロは質問する

 

「ボクのお母さん、ライラさんの事についてです」

 

ヤマクロは真っ直ぐに須川の目を見て質問した

須川はコーヒーのお代わりを入れてもう一杯飲み始める

 

「ここに来て一回だけお母さんらしき人を見たんです。でもそれがとても見間違いだとは思えない、お母さんはもう死んだのに。それを確かめたいだけなんです!」

 

須川は頭に手を当てて悩む仕草を見せる

同時に顔色も悪くなり静かに席を立つ

 

「ごめんなさい、少し気分が悪いから休んでくるわね」

 

「だったらせめてお母さんのことを知っているかどうかを」

 

須川はヤマクロの言葉を遮った

ヤマクロの口元に一枚の紙を差し出して、須川はヤマクロを睨みつける

 

「今渡せるのはこの写真だけ、これ以上踏み込むことは弟さんにとっても良いことではない。だからこの話はこれでお終い、いいわね」

 

須川は写真をヤマクロに向かって放り投げると逃げるようにしてその場を後にした

居酒屋「黄泉送り」の外に出て吐き気を抑えるように口を抑える

 

「ゴクヤマ、本当に貴方はこんな状況下にあるというのに息子達の決断と信念を捻じ曲げる気なの?」

 

須川は一人静かにそう呟いた

そしてヤマクロに渡した写真のことを思い出す

あの写真はヤマシロにも見せた物だ

彼女が彼らに協力できるのはここまでが限界である

だからこそヤマクロに美原千代の住所を記した写真を手渡したのだ

全てに決着をつけたがっている物好きな兄弟の為に

 

(さようなら、もう会うことはないでしょうね)

 

遠くからパトカーのサイレンが聞こえた

須川はフードを被ってマフラーを首に巻きつける

必要最低限の荷物を持って愛用のバイクに鍵を差し込んでエンジンを入れる

あの美原千代の写真はあるルートを使って市役所から盗み出した代物である

行く当てもない須川はバイクを走らせた

決して悔いはなかった

 

(さようなら信長、五右衛門、瓶山さん、夏紀ちゃん、相谷さん、そしてヤマシロ君に弟さん)

 

もう何年も流さなかった涙を流していた

最期に泣いたのは恐らく生前に一人の男に救われた時以来だろう

 

日本人にして生まれながらのアルビノ肌と色素の抜けた色白の髪だった須川は周りから奇異な視線と罵倒を受けながら暮らしていた

そこで彼女を救った一人の男がいた

坂本龍馬と名乗る男だった

彼女はそこから彼の為に必要な情報を集めるに集めた

しかしある日仕事の最中に背後から拳銃にて射殺...

 

(今思えば、懐かしい...)

 

彼女は行く当ても帰る場所も失った

いや、行く当てならばある

この天国にいるかもしれない坂本龍馬を探してみるのもいいかもしれない

天国で情報屋を始めたのも彼を探すためだったのかもしれない

 

(私の冒険は、まだ始まったばかりね)

 

須川は更に速度を上げた

 

 

 

その頃、三途の川ではゼストと百目鬼の戦闘が続いていた

本気を出した百目鬼に押されながらも凍結と影の能力で何とか実力差はカバーできていた

 

「ハァ、ハァ.....!」

 

「こいつはたまげたな、思った以上にやりおる!」

 

百目鬼にはまだまだ余裕が見られたがゼストはもう既にかなり脳に負担がかかっていた

ただでさえ強者を相手にしているのに防御のために凍結の能力を使い過ぎたせいで思っている以上に重労働を強いられていた

それでもゼストは止まることなく数珠丸常次を百目鬼に向かって振るう

 

しかし、今度は斬撃が百目鬼に届く前に何かに掻き消されてしまった

 

「なっ...!?」

 

「......冨嶽か?」

 

百目鬼は目の前に現れた存在の名を呟く

 

「フン、お前だけ中々骨のある奴と戦わせるわけにはいかんからのぅ」

 

「ということはお前さんの所は片付いたというところか」

 

「肩慣らしにもリハビリにもならんかて」

 

ポキポキと腕の関節を鳴らしながらため息を吐く

 

「小僧、今のが全力だったのなら儂の期待外れじゃて」

 

ゼストは直感的にこの二人はヤバイと悟った

百目鬼は実際に相手にして見て、冨嶽は相手にせずともその覇気と先程の発言から歴戦の戦士であることを感じさせられる

さっきの斬撃による一撃はゼストにとって全力の一撃だったからだ

冨嶽がゼストに向かって走り出した、ゼストは防御の態勢を取る

 

「遅い!」

 

気がつけば既に冨嶽が攻撃の段取りに入っていた

更に冨嶽はゼストの防御の間合いをすり抜けて懐にまで迫っていた

 

そのまま冨嶽はゼストの溝に一撃を加えた

 

「が、はっ.....!?」

 

声にならない痛みがゼストを襲う

体中の酸素は一気に体外に吐き出され衝撃と痛みだけをゼストの肉体に刻み込む

 

冨嶽の硬化のイメージによる脳波は隕石すらも素手で砕き、受け止めれるとも言われるほど強化することができるらしい

他に目立った特徴も種類もない一点に強化された脳波

バリエーションが少ない分純粋に一点的に強化された力はバリエーションの数にも匹敵する

 

「さて、次は儂の番じゃて。覚悟はいいかの、小僧」

 

 

 

三途の川に火柱が立ち上がる

火柱の中心にはヤマシロが鬼丸国綱を右手に握り、閻魔帳を携えて構えていた

 

「クソ親父め、いきなり息子に雷落とすか普通」

 

「そういうお前は実の親にいきなり斬りかかるのか?馬鹿息子が」

 

「あんたには色々文句があるんだよ。そのついで、だッ!!」

 

ヤマシロは火柱の炎を鬼丸国綱に纏わせて離れた位置から炎の斬撃を放つ

ゴクヤマはその斬撃を雷撃により弾き全身に雷を纏わせてヤマシロに拳を振るう

ヤマシロは防御の為に閻魔帳からゴクヤマを覆うほどの巨大な炎を放出させる

 

「やはりお前はその閻魔帳なしでは属性を司れんようだな。この出来損ないがァッ!」

 

しかしゴクヤマはそんなヤマシロの炎を気にせずに拳を放つ

雷に匹敵する速度と膨大な電圧で強化されたゴクヤマの拳一つで巨大なクレーターを作り出してしまうほど

 

「ガハッ.....!?」

 

「やはりあの時、お前の脳の一部をあ奴を助けるために移植させたのが間違いだったようだな。ここまで脳波の使い方に異常が現れるとは」

 

「どういう、こと、だ!?」

 

ヤマシロにはゴクヤマの言っている意味がわからなかった

幼い頃からヤマシロは脳波を操ることを苦手としていた

それはヒトなら誰でもあるそれぞれの得意不得意の分野に分類されるものだとヤマシロは思っていたのだがゴクヤマの言葉はあっさりとその常識を否定した

 

「そうか、お前には話してなかったな。良い機会だ」

 

ゴクヤマは天に腕を伸ばして振り下ろす

瞬間、ヤマシロの頭上から巨大な雷が落ちた

 

「う、ぎぃぃ!?」

 

「威力は小さいが麻痺性の雷だ、そう簡単には動けまい」

 

ゴクヤマは思い出すように語り始める

どうやらこの雷を落としたのは自分の話の途中に攻撃をされないための保険のようだ

 

「お前が生まれて間もない頃か、俺の妻が弟を連れて来たんだ。命が危ないと、脳を蝕んでいた瘴気が原因だった」

 

ゴクヤマは続ける

 

「俺は妻の弟を見殺しにできかった、妻も同意の上でお前の脳の一部をそいつに移植することになったんだ。閻魔の脳波には瘴気を浄化する作用があるらしいからな」

 

そう、そうすればゴクヤマの妻であるライラの弟の命を救うことができる

それは技術的には不可能なことではなかったため手術はすぐ様行われた

一刻を争ったからである

 

「まだ赤子だったお前たちは無事に生き延びた。だがそれが原因でお前は脳波を使うのに若干の障害が現れた、それを見るたびに毎度悔やむよ。俺の脳を使えば良かったと、だがそれは叶わぬことだった」

 

医師の話によればあの手術は生まれて間もない幼い子供だったからできたことである

もし仮にゴクヤマが同じ手術をするとしても年の離れた者同士ではなく年が密接した者同士でしかできない、つまりゴクヤマはどちらにしろ手術に介入することができなかったのだ

 

「だが結果としてライラも喜んでいた、本当にそこは良かったよ」

 

「親、父...」

 

「だが、もう一つとんでもない事態が起こった」

 

ゴクヤマは拳を握りしめた

 

「ライラの弟は閻魔にしか扱えない属性変換を扱うことに成功した、これは長い歴史を誇る天地の裁判所でも前代未聞の出来事だったのだ。当時の俺は慌てたよ、ライラの弟じゃなかったら即座に殺していたことだ」

 

「ッ!なんで...」

 

「俺たち閻魔以外にあの能力を使うことは許されない。あれは誇り高き閻魔の血筋の証なのだッ!」

 

ゴクヤマは激昂して雷を落とす

彼以上に閻魔の種族を誇りに思っている男はいないだろう

だが、ここでライラの弟について一人だけ心当たりのある人物がヤマシロの頭を過った

 

「許せぬッ!何故あんな死神風情が誇り高き閻魔の力を...!」

 

「親父」

 

「あン?」

 

「.....母さんは死神だったんだな、閻魔はどの種族と結ばれても生まれてくる種族は閻魔になるようにこの世界は成り立っているからな」

 

「それがどうした?ライラは確かに死神だったがあの死神部隊の野蛮な連中とは違うッ!」

 

「そうじゃねぇよ、何で俺があいつと幼い頃から過ごすことになってたのか、何であいつが属性変換を使えるのかも全部わかった。それを確かめたかっただけだ」

 

ヤマシロが口元に笑みを浮かべてゆっくりと鬼丸国綱を支えにしながら立ち上がる

そしてヤマシロの母親、ライラが自分の息子であるヤマシロの脳を使ってまでも救おうとした弟の名前を静かに呟く

 

「ゼスト、なんだろ?」

 

ヤマシロは確信に近い自信に溢れた瞳でゴクヤマを睨みつける

 

「そうなんだろ?」

 

ゴクヤマは表情を変えずに静かに頷いた

 

 

 




キャラクター紹介

相谷宗吾(あいたにそうご)
種族:元人間
年齢:38歳(生前)
趣味:酒造、釣り
イメージボイス:平田広明
詳細:天国で人気(?)の居酒屋「黄泉送り」のオーナーで常連客からは親父と呼ばれている
末田、瓶山とは生前からの知り合いで天国でまさか出会えるとは思ってなかったらしい
ちなみに死因は工事現場を通りかかり落下してきた鉄柱の下敷きである


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Eightiesecond Judge

英語って難しいデスネー(^^;;


 

現在麒麟亭の大広間では地獄の突然の異常事態のため亡者達を一時的に避難する場所として利用されていた

本来ならば鬼として地獄に落ちた悪人に容赦や情けをかけないのだがヤマシロの意向によって特別に治療やメンタルケアなんかも行っている

 

「.....煉獄さん」

 

彼女、東雲胡桃も治療の手伝いをする一人の少女なのだが運ばれてきた一人の上司の安否が不安で仕方なかった

上司、煉獄京は左脚複雑骨折、頭部に打撃によるダメージ

もしかしたら脳に影響が出てもおかしくないほどで頭蓋骨にもヒビがあるかもしれない危険な状態だった

 

治療組の一時主任だった紅亜逗子の第六感なるモノが働かなかったら今頃どうなっていたかなど考えるだけでも恐ろしい

亜逗子は全ての仕事をすっぽかしてでも煉獄の元に急いだ

彼女は治療の為に脳波を多大に使用していたので脳に対する負荷はとんでもないほど掛かっているはずだ

それでも迷いなく走り出した亜逗子を誰が止められる訳でもなく数人が後を追うこととなった

 

(それに比べて、私は...!)

 

何も出来なかった、恩人である盃天狼が死んでしまった時も上司である月見里査逆に恨みを持っていることを知っていながら止めることが出来なかった幼馴染である間宮樺太の時も...

東雲胡桃という一人の少女は自分の弱さを今まで以上に呪い嫌った

今でも自分の知っているヒトも知らないヒトも戦っているのに何も出来ずにここにいることが何より許せなかった

 

(私は、どうしたらいいの...)

 

気がつけば涙を流していた

今は煉獄の眠るベッドの側の椅子に腰を下ろしているがそれだけでは彼は戻ってこない

無力な自分に怒りを覚えながら煉獄の右手を握りしめて目覚めることをただひたすら信じていた

 

 

 

一方、麒麟亭を飛び出して平欺に喧嘩を売った亜逗子は持てる力の全てを解放してただひたすら攻めていた

平欺がどのような手段で攻撃を防ぎ、離れた位置から四天王をダウンさせたかは不明だがそんなことを考えている暇があれば攻撃という亜逗子らしい考えでパンチとキックをひたすら連打していた

それでも平欺が傷やダメージを負うことも平欺の方から攻撃を仕掛けてくることは一切なかった

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「中々いい攻撃だがそれが相手に通用しないと全く意味がないゼ」

 

平欺はただ何か特別なことをしたわけではない、ただ喋っただけ

それだけで亜逗子には何だかよくわからい重苦しい雰囲気を押し付けられた気がした

平欺赤夜は自身の天邪鬼という種族の特徴である脳が五つに分かれていることを応用し自分の周囲に硬化の脳波を常に纏わせている

ここで二つ分の脳を使っている為硬度は相当なモノとなっている

柔い攻撃や生半可な攻撃では攻撃した方がダメージを負うこととなってしまう

脳波を纏わせることが無意識になってしまっているため睡眠時にもこの効果は適用される

つまり平欺は息をするのと同じくらい当たり前に脳波を展開しているので解除させることは不可能に近かった

 

「畜生、硬過ぎだろ!」

 

亜逗子は愚痴を零しながら一旦平欺と距離を取る

しかし平欺はまるでどうぞ殴ってください、と言わんばかりの様子で両手を横に広げてゆっくりと亜逗子に近づく

 

(.....まさかMなのか?)

 

一つの可能性が亜逗子の頭を過るがそれはないと即座に否定する

 

「仕方ねぇ、アレを試してみるか」

 

亜逗子は不敵な笑みを浮かべて全速力で平欺に近づく

平欺の顔面目掛けて左ストレートを振るい...

 

「!?」

 

平欺に当たる直前で引っ込める、これに関しては平欺も虚をつかれたようで表情が初めて余裕のないモノに変わる

亜逗子は更に一歩後退して右拳を前に突き出す

さっき利き手でもない左ストレートを放ったのはこのためである

 

亜逗子の右拳から平欺を飲み込むほど大きな衝撃波が発生した

 

「おォォォォ!?」

 

「ハァ、ハァ...」

 

砂埃が立ち平欺の姿が完全に目視できなくなる

その昔、ある青鬼に教わった技術なのだが当時の亜逗子には上手く扱うことができずにいた

近々そのことを思い出して仕事の合間にコッソリと練習していたのだ

まだ右ストレートを放たないと発生しないがそれでも威力は十分である

 

「ハハ、今のはちッと焦ッたぜ。まさかあいつと同じ衝撃波を使う奴がいるなんてな」

 

しかし平欺は何事もなかったように冷や汗を流しながら右手を突き出して無傷で立っていた

目立った変化が見られるとしたら突き出した右手の袖がボロボロになっていることだけであろう

 

「だけど見た感じ完璧に使いこなせてるわけじャないんだナ。中々伸びしろのある若い芽だ、才能も凄いよ」

 

けどな、と平欺は今までで最高まで口を引き裂き目を見開く

 

「オレの敵として立ち塞がッたのが運のツキだッたなァ!」

 

平欺は右手に脳波を集中させる

すると皮膚の色が鋼に変わる、恐らく硬化の脳波を集中させたのだろうが色が変わるほどの変化を見たのは初めてだった

 

「せめてもの礼儀だァ!オレの拳で終わりにしてやるよォォォォ!!」

 

平欺の拳が亜逗子に迫る

 

「あたいは、まだ諦めてねェぞォォォォォォォォォォォォ!!」

 

対する亜逗子も右手に脳波を集中させて平欺を狙う

 

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「フン!」

 

ズガガガガガガガガガ!!という激しい効果音とともにヤマシロに無数の雷撃の矢が迫る

もう既に何十、何百という数の雷撃を真面に受けてきたヤマシロの体は限界を迎えていた

いくら閻魔であっても肉体は人体であり雷は天災で厄災、一度二度なら未だしも何度も受けて無事でいられるはずがなかった

 

「まだ歯向かうのか?」

 

「ハァ、ハァ、あんた、一体何が目的でこんなことしてんだよ」

 

「.....どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味だよ、あんたに俺を倒して何かメリットがあんのかよ。少なくとも今地獄や天国で起こっている事態が少しでも回復するとは思えないけどな」

 

ヤマシロは鬼丸国綱を支えにしてやっとのことで立っている状態だった

フラフラの状態でも聞いておかなければならないことだった

本来ならばこんな所でゴクヤマとの戦闘で時間を潰さずに一刻も早い事態の解決の為にゼストと共に現世に向かわなければならない

現世に行って何かを掴めなくても手がかりは見つかるかもしれない

それを先代で引退したとは言え閻魔であるゴクヤマに邪魔をした所でメリットがあるとは到底思えない

 

「それとも何か、俺が親父の引退理由を知られんのが怖いのか?」

 

「ッ!!」

 

引退、という言葉に反応してゴクヤマはヤマシロに雷を放つ

ヤマシロは鬼丸国綱に炎を纏わせて初めて雷を弾くことに成功する

 

「どうしたんだ、今までの雷よりもずっと弱かったぜ」

 

「貴様、やはりそれが目的で現世に向かうつもりだったのだな...!」

 

.....何やら面倒な誤解を生んでしまったようだ

ゴクヤマはそんなヤマシロの思考を知らずに額に青筋をピキピキとマスクドメロンのように入れる

次第に雷雲までもが天気が変わることが中々ない三途の川上空に現れ始める

 

「やはり貴様をここで行動不能にするのが得策のようだな」

 

「なんでそうなるんだよ!?」

 

迫真の表情でヤマシロに敵意を丸出しに迫るゴクヤマはもはや理不尽以外の何モノでもなかった

ヤマシロは鬼丸国綱を器用に操りゴクヤマの攻撃を防ぎ、弾いて防戦一方の状態だがゴクヤマは素手である

僅かでも刀の刃が当たればダメージは少なからずあるはずである

ヤマシロは閻魔帳を経由して炎を放出し鬼丸国綱に纏わせてゴクヤマに斬りかかる

 

「いい加減にしろよ馬鹿親父ィ!」

 

「いい加減にするのは貴様だ、馬鹿息子ォ!」

 

ゴクヤマは腕を雷で纏わせて鬼丸国綱を弾き飛ばす

 

「しまった!?」

 

「トドメだ!」

 

ゴクヤマは左腕に纏った雷を鎗状に変化させてヤマシロの心臓目掛けて拳を振るう

どうやら冗談抜きに本気でヤマシロを殺すつもりのようだ

もしもの時は自分が再び閻魔大王の職に就けばいいという勝手な考えで自分を納得させて

 

しかし、ゴクヤマの拳はヤマシロに届くことはなかった

 

「なっ...!?」

 

第三者の介入があったのだ、その者はゴクヤマを吹き飛ばしヤマシロを守った

ヤマシロもよく知る人物だった

天に伸びる一本の大きな青い角にゴクヤマに劣らない大きな体格を持つ男

 

「....隗潼さん!」

 

「まったく、しっかりしろよ五代目」

 

隗潼はかつて敵対していた頃とは違う昔のような優しく穏やかな顔でヤマシロに鬼丸国綱を手渡した

 

「隗潼さん、何であんたが」

 

「詳しい話は後だ、早くこの場を離れるんだ」

 

隗潼は再びゴクヤマを睨みつける

蒼麻稚の父親にしてかつて四代目閻魔大王ゴクヤマの補佐を務めていた人物

現在は行方不明として捜索隊まで出されたほどの大物だがこの際今までどこにいたかなんてどうでもいい

 

「ありがとう隗潼さん!この恩は必ず返す!」

 

「その前に死ぬなよ」

 

隗潼は苦笑いを浮かべる

ヤマシロはふらふらの体を引き摺り出来るだけ遠くに移動する

 

「兄弟ィー!」

 

「ゼスト!」

 

まだ隗潼が近くにいるタイミングでゼストがこちらに向かってやって来た

 

「兄弟急ぐぞ、今すぐ現世に向かう!」

 

「え、どうやって」

 

「悪い、それは企業秘密だ!」

 

ゼストは早口に話を終わらせると有無を言わす前に収影術でヤマシロを自身の影に取り込む

収影術は取り込んだモノの重さが本人に負荷が掛かってしまうのだがヒト一人くらいどうってことなかった

 

「隗潼さん」

 

「.....ゼストか、あの時は悪かったな」

 

「構いませんよ、金は払ってくれたんですから」

 

ゼストと隗潼は会話を始めるが互いに背を向けたままで顔を合わせずに話し始める

 

「この場は任せますよ」

 

「そのために来たんだ、そうさせてもらうよ」

 

「俺は仲間達を抹殺したあんたが正直言うと憎い。だけど憎いからってあんたを殺して皆が戻ってくるわけじゃない」

 

ゼストの言葉には殺意も込められていた

ゼストの言うことを隗潼は黙って聞く

 

「だけど俺はアンタを殺さないと気が済まない、たとえ仲間達が戻ってこなくても俺自身が納得できない。だからこの場は見逃してやるけど戻ってきたら俺はアンタを殺す!絶対に逃げるんじゃねぇぞ」

 

「.....いいだろう、受けて立とう」

 

会話を終えるとそれぞれが進むべき道に足を進める

 

互いが互いの決着をつけるために

 




感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Eightiethird Judge

早起きがツライ!



 

少々時間は遡り...

三途の川で激闘を繰り広げていたゼストと百目鬼の戦いに乱入してきた冨嶽がゼストを押し攻めている

数珠丸常次と影の能力を操り何とか互角に持ち込むがやはり経験と基本的な力の差は埋まるはずはなく冨嶽が一歩圧倒していた

 

「ツェイッ!!」

 

「ぐほッ!?」

 

冨嶽の強烈な拳が再びゼストの体を捉える

さきほどの一撃も含んで既に骨の何本かにヒビが入っていてもおかしくない、折れてないだけでも幸いだがダメージは思いの外大きかった

 

「その程度か、どうやら百目鬼との戦闘で体力を減らし過ぎたようじゃのぅ」

 

冨嶽の言うことは最もだった、ゼストは三途の川にやって来る前は現世から帰ってきてすぐ行動したので十分な休憩を取ることが出来ていない

それに加えて三途の川にやって来たら来たで普段は降ってこないのに上空から現世の残骸が降ってきたので回避と凍結に力を使い、ゴクヤマの登場と百目鬼との戦闘によって想像している以上に力を消費してしまっている

ゼスト自身もそのことは実感していたがそれを理由に退くわけにもいかなかった

ヤマシロを現世に連れて行って一連の出来事の解決を早く済ませるためにゼストがここで倒れてしまっては事態は更に悪化する可能性もある

 

それだけは絶対に避けなければならなかった

これ以上こちらの世界とあちらの世界の歪を広げるわけにはいかなかった

 

「安心しろよ、まだまだ、老いぼれのあんた達と比べたら元気は有り余ってるよ!」

 

「面白い、その根性じゃ小僧ォ!」

 

ゼストと冨嶽は再び走り出す

呼吸を乱しながらもゼストは相手の動きをしっかりと読み分析して数珠丸常次を振るう

対する冨嶽は何の苦労もなくゼストの剣撃を防ぎカウンターからの一撃必殺を狙い、右拳によるストレートをゼストの顔面に放つ

 

「しまっ...」

 

「終わりだッ!」

 

冨嶽の拳はしっかりとゼストを捉えた

しかしその感覚はイマイチ違っていた、特にヒトを殴ったり蹴ったりした時にある感覚が何一つ感じることができなかった

 

「残念だったな、そいつは俺の影武者だ!」

 

冨嶽は咄嗟に背後に振り返る、そこには先程まで目の前にいたはずのゼストが冨嶽の首を狙って数珠丸常次を振るう直前だった

死神の暗殺術の一つ、影武者は主に対象の目を奪ったり欺いたりする時に用いる技法である

そこに影があれば自身の分身を創り出して指示を送ったり囮として活用されることが多い

もちろん防御力はゼロの幻影に近いモノなので触れてしまえばそこで霧のように消えてしまう

 

しかし、冨嶽はゼストの不意打ちをモノともせず冷静に剣撃を回避してゼストの背にカウンターの蹴りを一撃加える

 

「う、がっ、はァ...!?」

 

あまりの重い攻撃にゼストは意識を手放しかける

老人とは思えない身軽さとフットワークにも驚きを隠せないがそれを補う反射神経も相当なモノである

ゼストは思わぬダメージに体の限界を感じ膝をついてしまう

 

「中々良い戦いだった、可能ならば主が全力全開の時に勝負をしたかったものだ」

 

冨嶽は非常に名残惜しそうに倒れかけているゼストに声をかける

 

「だが久々に面白い戦いであった、その点については感謝しよう」

 

「冨嶽よ、そろそろ終わらせて戻ろう。腰がそろそろ痛み出す頃だわい」

 

「わかっとる」

 

悪く思うなよ、と冨嶽が拳を再び握り直す

 

「まぁ待とうぜ、そいつ殺しても特に意味はない」

 

「ぬ?」

 

突如、ゼストは聞きなれない声を耳にする

冨嶽と百目鬼も反応して声のした方向に視線を向ける

そこには二つの大きなバトルアックスを持った緑髪の鬼が立っていた

 

「まだ戦い足りないなら、俺と戦おうぜ、ジジィ共ォ!」

 

瞬間、二つのバトルアックスは冨嶽と百目鬼の二人の体を確実に捉えて一撃を加えていた

 

「ぐはっ!?」

 

「うぐっ...」

 

しかし、冨嶽と百目鬼も負けておらずすぐさま臨戦態勢を整える

 

「死神の小僧、ここは俺が請け負った、さっさと閻魔の所へ急ぐんだ」

 

「.....あんた、一体!?」

 

「俺は朧技御影、戦うことが生きがいの天地の裁判所元従業員だ」

 

緑の髪を靡かせて右目に眼帯を付けた一人の戦闘狂は本当に小さく微笑みを浮かべた

 

 

 

一方、天地の裁判所と麒麟亭を繋ぐ渡り廊下の屋根の上にて

勝者、平欺赤夜は自分の拳を静かに見つめていた

あの激突の際、亜逗子は拳を平欺の顔面に向けて放った

それに対して平欺は拳に対して拳を向けた

結果、互いの拳と拳がぶつかり合い力の差で亜逗子が拳ごと吹き飛んで

壁にめり込んでしまったのだ

亜逗子の腕は幸いくっついているが恐らく無事では済まされないほどの重症のはずである

 

「.....何かパッとしねェな」

 

拳と拳が激突した際の衝撃で辺りに無駄な被害が及び、壁や床が一部どころか半壊に近い状態となっており激突の中心地はクレーター状に大きな穴が空いてしまっている

 

いまいち勝ったのかよくわからない勝敗に満足がいかず平欺はまだ物足りなさそうな表情を浮かべる

 

「.....このまま帰ッて寝るのもシャクだな」

 

「じゃあウチと遊んでくれませんかね、先生」

 

「コイツは驚いた、まさか敗者のガンマさんがオレの暇を潰してくれんのかよ?」

 

平欺は不気味な笑みを浮かべて背後に立つ査逆を睨みつけた

査逆も普段は前髪で隠れている両の目をパッチリと開かせて平欺に視線を固定させている

 

「ま、オレはいいゼ。眼魔で元弟子の実力の成長を見れてないからな、精神面では成長してないみたいだし」

 

「うるせェんですよ、だからこうやってしっかり目ェ出してあんたと向かい合ってんでしょうが」

 

月見里査逆は昔から自分の目が嫌いだった

嫌悪、侮蔑、悲哀、絶望、あらゆる負の感情を受け取るきっかけとなったこの呪いの両目が彼女は大嫌いだった

月のように輝き純白に近い白銀の左目と燃えるように充血してるようにも見える真っ赤な右の瞳が彼女にとってこの世で最も嫌いなモノだった

普段は脳波で左目の色を右目に合わせているのだが更に保険を掛けて前髪で隠している

そのため視界が常に悪くなっていたが自分の目を誰かに見られるのと比べたらマシだった

 

「どうやらオレの言葉も意味はなさそうだな」

 

「.....あれは不意打ちだったからッスよ、もうマジで呑まれはしねぇッスからねッ....!」

 

突如、平欺が右手を前に差し出した途端査逆の体にとてつもない重圧がのしかかる

足元は平欺を中心に亀裂が広がり査逆は身動きを取るのも苦労する

 

「そんな、程度でウチを、止められると、でもォッ!!」

 

「ッ!」

 

査逆は両腕に鎖を巻きつけて平欺に飛びかかる

しかし査逆の鎖による攻撃は平欺に当たるが平欺の脳波の壁によって阻まれてしまいダメージはないどころか当たった部分の鎖が粉々に砕け散る

査逆はそのまま後退して距離を取る

 

「なるほど、小細工は通用しねェか」

 

「いつまでもウチを昔のウチだとマジで思わないでくださいね」

 

平欺は数ある脳波のイメージの中でも最も得意としているのを二つをメインに戦闘で使用している

一つは硬化でこれに関しては戦闘中に限らず常に自分の周りに展開している

もう一つは重さである、言葉に重さを乗せることで精神的な攻撃を可能とし脳波に重さを乗せることで展開した部分の重力を倍以上にすることもできる

 

「それにウチは亜逗子と違ってアンタの力を既に知っている。だから対策も立てることができる」

 

「亜逗子、それがさっきの女の名前か。フッ、初っ端からオレの言葉にやられた奴の台詞じャねェなァ」

 

査逆の返答は鎖だった

無数の硬化によって強化された鎖が槍のように平欺を襲う

 

「ツレないねェ」

 

平欺が失笑する、もちろんダメージはなく無傷である

 

「お前がたとえオレの力を知っていようがそれを越える術がねェと知らねェのと同じだ。現にお前はオレの体に傷一つ付けることができてねェじャねェか」

 

「いつウチの攻撃が終わったといいましたか、先生」

 

平欺はハッとしたように周りに落ちた鎖の破片を見る

鎖の破片は淡く光り輝き始めていた

 

「チッ...!」

 

「ウチらの反撃はここからですよ!」

 

瞬間、ドゴォォォォォォォン!!という効果音と共に無数の鎖の破片が大爆発を引き起こした

 

 




キャラクター紹介

月読命(つくよみ)
種族:神
年齢:謎
趣味:読書(主に古代文字)
イメージボイス:鈴村健一
詳細:大和の国の神の一人で現在は神の国の住人
月の化身とも言われる天照大御神の弟でドジな姉にいつも手を焼いている
月の化身と言われているが実際月のことをよく知らないため月にウサギが餅をついていると本気で信じ込んでいる


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Eightiefourth Judge

今回から現世サイドと来世サイドの交互でお送りします(^^)




 

目を覚ましたヤマシロが初めに目にしたのは見たことのない部屋の風景だった

木製の床の上に少し汚れたカーペットの上にヤマシロが体を預けているベッドがある

窓はカーテンで閉められており小さな棚の上にはランプが一つ置いてあった

 

(ここは、俺はあれから一体どうなったんだ?)

 

静かに身を起こして状況を分析しながら記憶を探り少しずつ思い出していこうと努力する

すると、部屋の扉が開かれ光がさしこんでくる

 

「よう兄弟、起きてたか」

 

「ゼスト...」

 

扉の向こうからはラフなTシャツとジーンズを着込んだゼストが入ってくる、壁に掛けられた時計を確認してゼストはヤマシロに声を掛ける

 

「状況は掴めてるか?」

 

「いや全く」

 

「.....だろうな」

 

何となく予想していた返答だったがあまりにも早く応えたので流石のゼストも戸惑いを見せる

ゼストは右手の人差し指をピンと立ててまず、と言い説明を始める

 

「ここは現世の俺の部屋だ。俺たちがこっちにやって来てまだ三十分しか経っていない」

 

「結構経ってる気がするんだが」

 

「それで俺たちが行動を始めるのは準備もしないといけないから、兄弟の着替えが済んで軽く飯を食べたらすぐに周囲を観察して情報も少しずつ集めていく」

 

「ちょっと待て、この服装じゃ何か問題があるのか?」

 

ヤマシロは自身の服装をゼストに示す、来世では問題も違和感もない服装だが現世ではコスプレと間違えられてもおかしくない服装なのだが、そんなことをヤマシロが知る由もない

 

「色々な、一先ず飯にしよう」

 

ヤマシロは渋々ゼストに従いベッドから立ち上がりゼストに付いて行く

郷に入っては郷に従え、ゼストは現世のヒトではないが少なくともヤマシロよりも経験豊富なことは確かである

部屋を出るとキッチンとリビングが一つになっている現世ではポピュラーな作りの一室でテレビとソファが仕切られた広い一室に一つずつ置かれていた

リビングの大きなテーブルの上にはヤカンと下が小さめの円柱の物体が二つ置いてあった

 

「簡単なやつだけど時間が迫ってる俺たちにしたら丁度いい飯だよ」

 

ゼストはそう言うとカップ状の物体の蓋を開きヤカンのお湯を注いでいく、現世で言うカップヌードルである

 

「じゃあ兄弟、こいつが完成するまでに着替えといてくれ。あっちの部屋に着替えは置いてある」

 

「いつ完成するんだ?」

 

「三分後だ」

 

「早いな!?」

 

ヤマシロは焦って着替えが置いてあるという部屋に急ぐ

カップヌードルの三分という数字にここまで焦るヒトは珍しいとゼストは物珍しそうにニヤニヤと笑みを浮かべていた

その間は何もすることがなく暇なためテレビを付けて適当なチャンネルを回してソファを深く腰を下ろす

普段ならばアニメやバラエティ番組などを見たいところだが休暇の為やって来たわけではないので自重してニュース番組を付ける

少しでも情報は多い方がいいし一般人が入り込むことのできない場所に番組が入り込む可能性が高いからだ

 

(現世も物騒だよな、俺みたいな殺人鬼に言えたことじゃねぇけどな)

 

そうこうしていう間に三分が経ちヤマシロの着替えも完了して男二人でカップヌードルを完食した

初めてカップヌードルを食べたヤマシロはあまりの美味しさに感動していたのは完全な余談である

 

 

 

ゼストが借りているアパートは日本という国の東京都という首都にある一室らしい

四階建てのアパートで家賃は月々五万円、これが安いのか高いのかはヤマシロには判断できなかった

ここをゼストが選んだ理由は駅からも商店街からも近く都会の割りに静かに暮らせるからということ

 

「今は冬で午前六時、結構寒いから気をつけろよ兄弟」

 

「フユって何?」

 

あ、とゼストは大きく口を開く

来世では季節という概念が存在しないため冬と言われてもヤマシロには何のことだかわからないのだ

たしかに事前に知識を少しでも教えとけばよかったと思うが時間もなかったので大いに省略した

.....そういえばヤマシロは何故こんな厚着にするのかを部屋で聞いてきた気もする

 

「簡単に言うと寒い時期だ」

 

本当に簡単にざっくりと説明した

 

「それでゼスト、俺たちは一体これからどこに行くんだ?」

 

「一応怪しい所は全部行くつもりだ。そう何日も掛ける訳にはいかねェからもしもの時は力を使う」

 

了解、とヤマシロは頷く

ヤマシロにもある程度の一般常識があると信じているのだが念のために説明はしておいた方がいいだろうと食事中に現世においての注意点を既にいくつか説明はしておいた

まず極力脳波による力や種族による能力を使用しないこと、これは後々面倒なこととなってしまいゼストが今後現世にやって来づらくなってしまうからだ

 

「寒ッ、悪い兄弟。俺ちょっとそこのコンビニでカイロ買ってくるからちょっと待っててくれ」

 

「オッケー、なるべく早く戻って来いよ」

 

おう、とゼストは返事するや否や急いだ様子でコンビニと呼ばれる建物まで走る

昔から冷え性のゼストはどうやら今も変わりなく冷え性のようだ、それに加えてこの寒さのためカイロも必要となるだろう

.....ヤマシロにとってカイロは無縁のモノでどういうモノかも本人はよくわかっていないが

 

それにしても、とヤマシロは少し薄暗い街を見渡す

建物の雰囲気などは天国にそっくりだが自分の知らない知識や常識も多く存在し未知の世界に感じられた

ちらほらと見られる人の往来している様子や車の通る様子は天国と共通のモノを感じた

こんな平和な世界から来世という世界にやって来る死者達の心境は一体どのようなモノなのだろうか

ヤマシロ自身が来世で生まれて現世にやって来るなんてついこの間まで思いもしなかったし来れることなど叶うはずがないものと思っていた

一つ深いため息を吐くと吐き出された酸素が白い霧となる

 

そこでヤマシロは空を見上げて一つの異変に気がついた

 

「.....何も起こっていない?」

 

そう、空間による歪も天候の変化も天変地異も発生していないのだ

普段の現世の様子を知らないから詳しいことはわからないがあまりにも普通過ぎたのだ

来世では黒い雷が降り注いだり溶岩が地面から溢れ出したり黒い雲が広がっていたり空間の歪が発生していたり異世界からの漂流物も見たところ全くない

 

「悪い兄弟、待ったか?」

 

ヤマシロが思考の海に身を委ねているとゼストが戻って来て声をかけてきた

 

「なぁゼスト、現世っていつもこんな感じなのか?」

 

「あぁ?うん、まぁいつもこんな感じだけど?」

 

「.....おかしくないか?」

 

「何が?」

 

「あっちじゃ普段ありえないことが起こってパニックになってるのにこっちが影響していないってことだよ、そもそも本当に来世の異変の影響は現世から来てるのか?」

 

「.....そういえばそうだな」

 

ゼストがやや戸惑ったように口を濁らせる、ヤマシロはその瞬間を見逃さなかった

 

「お前、一体何を知っているんだ?」

 

あえて隠している、とは聞かずに知っていると尋ねたからにはゼストが何かヤマシロの知らない何かを知っていることを確定付けていることになる

 

「.....俺も古い文献を読んだ程度なんだ、それが本当に事実とは限らない。だから今まで黙っていたんだ」

 

「おい、それって一体」

 

「ここじゃ人通りが多すぎる、どこか落ち着ける場所まで移動しよう。そこで俺の知っていることと現世で何が起こっているか、俺の推測でしかないが兄弟には全部話す」

 

こっちだ、とゼストはゆっくりと歩き始めた

ヤマシロはそんなゼストの背中を追いかけることしか出来なかった

 

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Eightiefifth Judge

グダグダな気がしますがご了承ください(^^;;


 

朧技御影、かつて百鬼夜行大戦時に隗潼側の幹部として亜逗子と天狼の前に立ち塞がり卓抜とした戦闘センスで二対一の戦闘でも退けを取らない互角に戦った実力者

ゴクヤマの乱入と同時に隗潼がやられたことを知り勿論ゴクヤマに挑んだのだが右目を雷で貫かれて逃げるのが精一杯の状態に終わった

戦いは終わり目を覚ました隗潼と共に放浪の旅に出た、武者修行の為でもありできることならば天地の裁判所の職員と会いたくないという理由もあった

 

そして現在、かつて隗潼側の味方であった冨嶽と百目鬼の二人を同時に相手している

面倒だからまとめてかかって来い、と朧技が挑発したのが原因だった

 

実力は均衡していた、両手に持つバトルアックスと自身の身体能力と脳波を武器にして冨嶽の大地を割る拳を受け流して、百目鬼の槍のように鋭い杖の突きを軽々と躱しながらバトルアックスを重心として脳波によって強化された蹴りで確実にダメージを与えていく

 

「二人掛かりでその程度か、やっぱし歴史に名前を残している戦士でも老いればただのクソジジィってことか」

 

「....ッ、減らず口をォ!」

 

挑発に反応したのは冨嶽だった、脚に纏わせた脳波をバネに加速し空気抵抗を減少させるために全身に脳波を纏わせて渾身の右拳を朧技に放つ

しかし朧技はそれを軽々と躱す、その後も冨嶽は怒涛のラッシュで朧技に攻撃を次々と放つが一撃たりとも命中することはなく朧技のカウンターによう回し蹴りをまともに受けてしまう

メキメキという音が体に響き体内の酸素が一気に体外に弾き出される

 

「ゴハッ...!?」

 

「動きが止まって見えるぜ、衰えたな」

 

一瞬にして朧技は脚を戻して冨嶽の懐まで移動して肘鉄による追撃を放つ、そしてそのまま蹴りによるアッパーで顎に一撃加える

本来朧技は格闘術に長けておりバトルアックスはついでに装備しているだけに過ぎない

特に眼帯をしてからはバトルアックスによる距離が微妙な攻撃手段は間合いを取るのが困難となったので近接格闘を中心としたスタイルに変えたことも原因である

 

その時、朧技は背後からの殺気に瞬時に反応する

腕に硬化のイメージを乗せた脳波を纏わせて防御の態勢を取りながら背後に視線と体を向ける

 

「二人いることを忘れてはならぬぞ」

 

「別に忘れたわけじゃない」

 

百目鬼の杖による奇襲を見事腕で受け止めて、そのまま杖に手を掛ける

 

「ただ、一度に相手するのが思った以上に面倒だったんだよ」

 

朧技はそのまま拳にギュッと力を注ぎ込んで握った部分だけ杖を粉々に握り潰した

 

 

 

一方、同じく三途の川

 

ビキビキズガガガガガガカ、と激しい音を立てて大地が揺らぐほどの激しい攻防が行われていた

四代目閻魔大王ゴクヤマと蒼隗潼の二人の力が激突していた

 

「やっぱお前は強いな、流石だ」

 

「この程度で俺に挑みに来たのか?お前らしくないな」

 

「まさか、これからが本番だ」

 

雷と衝撃波、それぞれの能力が最大限にまで発揮され均衡した力は周囲にまで被害を及ぼす

百鬼夜行大戦時は一撃でゴクヤマに倒された隗潼だったがあれは不意打ちのため隗潼が反応できなかっただけであり本来ならば二人の実力は五分と五分の差なのだ

 

蒼隗潼の衝撃波は僅かな筋肉の動きで小さなモノから巨大なモノまで引き起こすことが可能な上に脳波を重ねて範囲や威力を広げたり上げたりすることも可能となっている

 

「ゴクヤマ、一つ聞きたいことがある」

 

隗潼が戦闘中にも関わらずゴクヤマに真剣な表情で尋ねる

 

「お前はどうしてあんな馬鹿なことをしたんだ、あんなことをしなければ引退しなくて済んだだろォ!」

 

隗潼は超特大の衝撃波を放つ、しかしゴクヤマはそれを素手で受け止めて素手で弾き飛ばす

 

「あんなこと、だと?」

 

ゴクヤマは額にピキピキと青筋を浮かべさせて全身に雷を纏わせる

 

「貴様に一体何がわかるというのだ!?ライラが残してくれた希望を招いたに過ぎぬわァ、貴様如きが知った風な口をォォ!!」

 

「馬鹿野郎、ライラさんはお前にそんな事を望んでないぞ!いくら閻魔大王と言えどヒトの生死に関わることをやっちゃいけないことくらいわかってるはずだろ!?」

 

「問答無用ッ!」

 

瞬間、隗潼の頭上に今回で最高最大サイズの特大雷が落下した

 

 

 

査逆が引き起こした大爆発により天地の裁判所と麒麟亭を結ぶ唯一の渡り廊下が粉々の瓦礫に変わり果ててしまい足場を失った査逆は鎖を適当な所に接続させて建物の壁を足場としている

色の違う両の瞳をキョロキョロとさせて平欺を探す、彼がこの程度で参るわけがないという査逆の確実性な直感がそう告げていた

 

すると崩れた瓦礫が査逆に向かって飛来してくる、査逆は冷静かつ慌てることなく新たに鎖を取り出して飛んでくる瓦礫を破壊する

 

「考えたな、オレの脳波の壁は鎧と同じで衝撃までは殺せない。だから昔からお前が最も得意だッたイメージを使い壁を通り越したとはな」

 

随分効いたぞ、と何も変化のない表情で告げる

平欺は自分の周りの重力を変化させて自身の体を宙に浮かせて査逆に接近する

 

「どうやら思ッた以上にお前はオレを楽しませてくれるようだ、その礼と言ッたら何だが本気で相手しよう、月見里査逆ッ!」

 

刹那、音にならない速度で平欺は査逆の顔を鷲掴みにして壁に叩きつける

その衝撃で天地の裁判所に巨大な穴が空いてしまい、査逆は衝撃に耐えきれず後方に吹っ飛ぶも何とか態勢を整え直し目の前の平欺に備える

案の定平欺は信じられない速度で査逆に再接近してきた、右拳のストレートを躱してカウンターの回し蹴りを放つがやはり物理攻撃では平欺にダメージを与えられない

そう、普通の物理攻撃ではダメージを与えられない

だからこそ事前に脚に爆発用の鎖を巻きつけており、鎖に爆発のイメージを瞬時に送り込む

 

ドゴォォォォォォォォォォン!という激しい爆発音と共に査逆の脚に巻きついた鎖が大爆発を引き起こす

査逆の脚には爆発によるダメージを防ぐための脳波を纏わせているため査逆自身にダメージはない

 

ズザザザザザザザ、と平欺が後方に下がりダメージを軽減させる

 

「いいねェ、こんなに高ぶる気持ちになッたのは何年振りだろうなァ!」

 

平欺は脳波を最大限にまで展開してとてつもない重力を重ねる

天地の裁判所内部は凄まじい重量に耐えられず壁や床に亀裂が走り内部から崩壊が始まる

査逆は鎖を器用に使用して重力で身動きの取りづらいハンデを克服するように移動する

そして辺りの瓦礫に手当たり次第鎖を放つ、鎖は簡単に取れないように接続されており無数の鎖が床のない空間を支配する

月見里査逆の得意とする爆破の脳波イメージは無機物に自分の脳波を流し込んで爆発させるという仕組みで自分の体や生き物の体を爆破させることはできない

 

つまり、今この場には敵である平欺が自ら増やしてくれた無数の瓦礫という爆発対象物が見渡す限り、360°の空間に存在した

こんな状況であればどこに平欺がいようと関係ない、一応密閉された室内という空間なのだから爆発の衝撃はあちこちに響く

 

「ウチの全身全霊をかけた捨て身の一撃、先生はマジ耐えれないといけないですよ。最強なんですからねッ!」

 

瞬間、室内に存在するありとあらゆる瓦礫が査逆が鎖から流し込んだ脳波によりとてつもない連鎖爆発が発生させた

 

この大爆発がきっかけで天地の裁判所が半壊状態に陥ってしまったのは別の話である

 

 

 

その頃、天国にいるヤマクロは一人でとある場所に向かっていた

美原千代、この人物こそが全てを繋ぐ糸の中心に点在する人物であり今回の事件の解決の糸口にもなる

 

須川から写真を受け取ったヤマクロは夏紀と五右衛門を居酒屋「黄泉送り」に置いて走り出した

地図は居酒屋「黄泉送り」からある場所に続く道を記してありそこに美原千代の家があると思ったのだ

そもそも美原千代という人物が一体何者なのかはヤマクロ自身は知る由もない

出会ってはいないがヤマクロは一方的に彼女のことを知っていた、しかし向こうは恐らく事情を話さない限りこちらのことを信じたりはしないだろう

 

まずヤマクロが美原千代を初めて目にしたのはこの天国にやって来て異変が起こる直前である

彼女自身はこちらに気がついていなかったがヤマクロは一瞬で写真と同一人物だと判断できた

しかしヤマクロは目にする前から美原千代の名前以外のことを知っていた

 

そう、外見を知っていた

それもこの世界に生まれた時という遥か昔から一方的にだ

 

ヤマクロの母であるライラ・ストライカー

天国にいる美原千代

 

この二人の外見がどういうことか完全に一致していたのだ

 




キャラクター紹介

素戔嗚尊(すさのお)
種族:神
年齢:謎
趣味:武具収集
イメージボイス:岡本信彦
詳細:大和の国に伝わる神で天照大御神と月夜命の弟
兄同様にドジで我儘な姉にいつも振り回されており嫌気が指している
破壊神と呼ばれているが実際は当時の大和の国で岩の撤去作業や新天地開拓のために木を倒したことから呼ばれているだけである


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Eightiesixth Judge

今回はほぼ会話です(^^)



 

ヤマシロとゼストはコンビニから移動して最寄のカラオケボックスにやって来ていた

 

「.....なぁゼスト、ここなんか場違いじゃないか?」

 

「いいんだよ、誰にも聞かれないで寛げる場所なんて早々ないからな。基本的に店員さんも一回飲み物持ってきたら来ないし」

 

まぁいいけど、とヤマシロは案内された508号室と書かれたプレートの扉を開き室内を見渡す

マイクやテレビ、机とソファと設備はしっかりされており掃除も完璧とは言えないがある程度は行き届いていた

他にも大きなスピーカーやミラーボールのようなモノまで設置されている

 

「ここは本来何をする場所なんだ?」

 

「歌を歌う場所さ、世間的に有名になった歌とかを歌ってストレス発散して皆でワイワイ騒ぐような所。最近じゃ一人で行く奴もいるらしいけどな」

 

「そ、そうなのか」

 

現世に関してはほぼ無知のヤマシロにとってカラオケまでもが未知の領域だった

そしてもう一つ感じたことは娯楽に関しては現世の方が遥かに進歩していた

ライトノベルなどでもそうだがこの世界の人間はどうやら娯楽を求める感覚があるらしい、来世では死人の管理やその他諸々で忙しく娯楽に没頭する暇がないのだが現世の人間はその逆であろうとヤマシロは現世に対して勝手な解釈をする

 

「どうだ兄弟、せっかくだし何か歌ってみる?」

 

「何でそうなるんだよ、時間押してるんだし早く話進めて調査した方がよくないか?」

 

「店員さんが飲み物を持ってくる間だよ。流石に何もせずってのは暇だからさ」

 

「それはそうだけど...」

 

ヤマシロはゼストの言葉を思い出す

カラオケではまず飲み物を注文するのが定番である、しかしその飲み物がいつ届くかはわからない

だから迂闊に来世のこととかあれやこれやと話している間に店員さんに来られて話をうっかりでも聞かれたら大変な誤解を招いてしまう

だから話し合いは店員さんが来るまでということになった

 

「だったらゼスト歌えよ、俺全然現世の曲とか知らねェし」

 

「俺はいいよ、いつでもこっち来れるし。その分兄弟はこっちに来る暇以前に方法すらないだろ?」

 

ゼストの言っていることは無駄に正論だった、たしかにヤマシロには現世にやって来る手段もなければ時間もない

少しくらい息を抜いて一曲歌うのも悪くないかもしれない、という考えがヤマシロの頭をよぎる

 

「でも本当にどんな曲があるか知らないし」

 

「大丈夫だって、歌詞も音程もあのテレビに表示されるからさ」

 

そう言いながら人差し指でテレビを指しながらヤマシロに一つの小さな機械を手渡す

どうやらこれで音楽を選んで歌うシステムになっているようだ

ヤマシロはとりあえず適当に検索してみるもやはりと言ってもいいほど知っている曲は全然なかった

 

「.....やっぱコレと言ったモノがなぁ」

 

「じゃあさ、今人気絶頂アイドルの九之島真娘の曲なんてどうよ?」

 

「なんでそこでアイドルの曲なの!?俺としては男性歌手の推薦の方が嬉しかったんだが!?」

 

「それにほら、このデビューシングルの苦労絶頂☆疲労満潮なんて最近じゃCMでも使われてるよ」

 

「話を聞けよ、しかもどんな曲名だよ!」

 

ギャーギャーと現世にやって来た本分を忘れて騒ぐヤマシロとゼスト

十分にも渡る激しい口論の末結局ヤマシロはマイナーではあるが最近デビューした若手の歌い手である亜榁文彦のBig Dreamを歌うことになった、勿論ヤマシロは歌詞どころか亜榁文彦という人物がどのようなジャンルを歌っているか予想は着かないが歌うこととなった

マイクを握りしめて準備万端のヤマシロ、そしてニヤニヤしながらヤマシロを見るゼスト

ヤマシロは歌詞を確認するためにテレビ画面に目を向ける

テレビ画面には苦労絶頂☆疲労満潮の文字が...

 

「ゼストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

「う、うるせぇよ!マイクに通して叫んでんじゃねぇよ!」

 

勿論、歌は歌われることはなく二人の争いのBGMとして役に立った

 

 

 

「それじゃ、本題に入るか」

 

あの後乱闘騒ぎのところにドアがノックされて二人は一旦停戦協定を結び瞬時にソファに腰を下ろす

そして人気アイドルのデビューシングルをBGMに店員さんはやや引きつった笑みを浮かべ飲み物を置いてそそくさと去って行った

 

ゼストは頼んでおいたジンジャーエールをある程度飲んでから話を切り出した

 

「まずはどこから話そうか。今起こっている事態の俺の推測からでいいか?」

 

「構わねェよ、それでいこう」

 

ヤマシロもコーラを飲みながら短く返事をする

テレビの画面からは陽気な映像や宣伝が流れているが今の彼らには耳に入ってこなかった

 

「じゃあ、まずは俺が昔故郷で見た滅茶苦茶古い文献からだ。その文献は来世、天地の裁判所創世記時代のことを綴った記録書だった」

 

「創世記の?」

 

「そうだ、少なくとも今から千年以上前の話だ」

 

ヤマシロはゴクリと一つ息を飲む

 

「その頃から天地の裁判所は死者の管理に追われていたらしい、と言っても当時はそこまで死人は多くなかったけどまだ裁判の仕組みとかも確定してる状態じゃなかったからそっちに追われていた方が正しいかもしれないけどな。とにかくそんな感じだったらしい」

 

「ざっくりまとめたな」

 

「そこまでは普通に古い文献だった、だけどしばらく読み進めるととんでもないモノを目にしちまったんだよ」

 

ゼストは一呼吸置いてヤマシロに真剣な表情で尋ねる

 

「兄弟、死者の蘇生ってありえると思うか?」

 

「死者の、蘇生?」

 

ヤマシロは唐突なゼストの質問に思わず復唱して尋ね返してしまった

死者の蘇生、つまり死人がもう一度現世に舞い戻って文字通り活動を再開すること

だが現実的にそんなことは不可能でありオカルトの枠組みに分類されている

もしそんなことが可能ならば現世と来世のバランスが崩れてしまい大変なこととなってしまう

 

「ありえないな、そんなことがあるとしたら天地の裁判所の存在の意味がなくなっちまう」

 

「まぁ、そうだろうな。だが、遥か昔に一度だけあったらしいんだよ」

 

ゼストは続ける、現世に人類が誕生して文明がやっとのことで栄えた遠い昔のこと、当時死者の国が信じられミイラを作ることが流行となっていた時代に一人の呪術師(自称)が無量大数分の一というほとんど現実不可能な確率を引き抜いて死者の蘇生に成功した事例があったらしい

 

「それが死者蘇生の術、文献には黄泉帰りの法と記されていた」

 

「死者を蘇生する手段...」

 

「だが死者一人を蘇らせるのに生贄が数百人、死者に対する強い思い、一ミリも狂っちゃいけない精巧な文字列と準備とリスクが大変大掛かりで来世への影響も大変なモノだったんだ。禍々しい黒雲が空を覆い尽くしたり黒い雷が降ったり大地が暴発を起こしたり空間に歪が現れたりと世界規模でとんでもない異常事態が何週間も続いたんだ」

 

「ッ、それって...!?」

 

「そうだ、今地獄や天国、三途の川で起こっている異常事態と一致している。だから俺は今回の異常事態は現世からの影響だと推測したんだ」

 

ゼストは確信した瞳で小さく頷いた

 

「だが、一つだけ矛盾があるんだ」

 

ゼストはジンジャーエールを手にとってチビチビと飲みながら説明する

 

「当時黄泉帰りの法を恐れた閻魔大王や神々は俺たちのご先祖様、つまり現世と来世を行き来できる力を持つ種族である死神に黄泉帰りの法を記した巻物の完全な破棄と一つだけ持ち帰ることを命じた」

 

「なんで持ち帰る必要があったんだ?」

 

「そりゃ分析と解明だろうな。どういう原理で死者が蘇るのかに興味でも湧いたんじゃねェの?」

 

ゼストは飲み干したジンジャーエールのコップをゆっくりと机に置く

 

「最終的にそれも破棄されたけどな、これで黄泉帰りの法は時代の流れと共に忘れ去られたはずなんだけどな」

 

「まだ、残っていた可能性があるってことか?」

 

「普通に考えたらそうなるな」

 

ヤマシロは一旦コーラを飲んで動揺を抑えようと努力する

そしてここ最近死人の数が多く、裁判の多くで不可解な発言をしていた死者のことを思い出していた

死因も不自然だった彼らは黄泉帰りの法の為に犠牲となった人々に違いない

 

「なぁ、その生贄になった人の特徴とかあるのか?」

 

「そうだな、文献には詳しく書かれていなかったけど目立ったことと言えば死因が呪殺扱いになっていたことくらいかな?」

 

「.....ゼスト、お前の推測当たってるぜ。この現世のどこかで今も黄泉帰りの法が行われている」

 

「どういうことだ?」

 

「来てるんだよ、呪殺扱いになっている死者が数人。しかもここ最近になって急にだ」

 

「なっ...!?」

 

事態は最悪の方向に進んでいることが発覚したのと同時にヤマシロ達は真相にまた一歩近づいた気がした

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Eightieseventh Judge

連続投稿です(^^)




 

「ハァ、ハァ、ハァ、ここだ」

 

天国のほぼ中心に位置する初代閻魔大王ヤマトの記念碑から少し離れた一軒家の前までヤマクロは一人で立っていた

この家は美原千代の住まいで人目がつかず天国でも数少ない誰も寄り付かないような場所に住んでいるようだった

一階建ての質素な感じがまた寂しさを一段と演出しているようにも思える

 

息を飲んで扉をコンコン、と軽くノックする

これで疑問が晴れるかもしれない、これで全てを知ることができるかもしれない

そんな思いの前に別人とは言え母の姿をもう一度見られるということの喜びの感情の方が強かった

少しの間があったものの木製の扉はゆっくりと開かれた

おそらく普段来客自体が少ないため対応に困ったのであろう

 

「はい、どちら様でしょう」

 

「....ッ!」

 

ヤマクロは目を大きく見開いた、もう二度と見ることが叶わないと思われていた母の姿をもう一度見ることができたのだ

驚きと感激のあまり声が詰まってしまい言葉が見つからなかった

しかし、ここで黙っていても不自然で迷惑なため言葉を必死になって探し始める

 

「は、はじめましてヤマクロって言います」

 

「はじめまして、何の御用でしょうか?」

 

「あ、あの、ボクは.....」

 

言い出そうとしたのだが言葉が出てこなかった、ここで閻魔と名乗っても信じてくれるだろうか

突然訪問した自分を怪しんだりはしないだろうか、そんな不安感がヤマクロの脳裏を支配する

 

【言い出しにくいならボクが変わろうか?】

 

(いいよ、自分でいける)

 

「ボクは先代閻魔大王のゴクヤマの息子で、その」

 

「.....君、ゴクヤマさんの息子さんなの?」

 

「は、はい」

 

美原千代は驚いた様子で口元に手を当てているがヤマクロからしたら彼女がゴクヤマのことを知っていることに驚きを感じていた

 

「実は、少し話を」

 

「....て」

 

「え?」

 

「帰って!」

 

憤怒の表情を浮かべた美原千代は乱暴に扉を閉めてしまう

その後何度か呼びかけてみたが反応はなかった

 

【一体どういうことだ、父さんの名前を聞いた時から様子が変わったぞ】

 

(一体どういうことなの?)

 

ヤマクロは美原千代とゴクヤマが何らかの関係で知り合っていると推測を立てるまではいけたがそこから先に進めなかった

彼が元々美原千代を訪れた理由は須川から彼女こそがこの事態の中心にいる人物だと聞かされたからでありゴクヤマの名前が出るなんて思いもしなかった

自分の知らない別の何かが起こっていると思い兄であるヤマシロと脳話で話すために脳波を展開するも繋がる気配は一切なかった

それどころかヤマシロと認識できる脳波すらも見つけることもできなかった

 

「どういうこと?」

 

【兄さんが集中力を切らしているか脳波が届かない場所にいるかのどっちかだけど脳波が届かない場所なんてそうそうないよ】

 

ヤマクロは一旦ヤマシロへの脳話を諦めて途方もなく歩き始める

そこまで美原千代の家を離れはせずにひたすら歩き続けた

 

すると目の前にサングラスとニット帽を被ったロングヘアーの女性が現れる、というよりも...

 

「.....須川さん?」

 

「はて、誰のことかしら?私は通りすがりの一般人Aよ」

 

長い髪をなびかせながら須川もとい自称一般人Aは腕を組む

 

「じゃ、じゃあ通りすがりの一般人Aさん。ボクに何か用ですか?」

 

「まぁね、さっき千代ちゃんの家に行って門前払いされている所を見かけたのよ。ま、あんな性格だから許してあげてよ」

 

「は、はぁ」

 

通りすがりの一般人Aは続ける

 

「千代ちゃんは自分の人生を狂わされた閻魔の一族を今でも憎んでるのよ、愛しい人との時間を奪われた閻魔のことをね」

 

通りすがりの一般人Aの表情はサングラス越しでもわかるくらい悲しそうな表情を浮かべていた

目尻にはわずかに涙が溜まっていたのも目に見えた

 

「あの、教えてくれませんか。一体何があったのか、今回の事態と一体どういう風に関係しているのかを」

 

ヤマクロは必死に懇願した

自分の父親によって人生を狂わされたという女性、美原千代のことをヤマクロは知らなさすぎた

まずは事情を知り全てをスッキリさせる必要がある、本当に全てに決着をつけるためならば

 

「いいわよ、でもプライベートの話も混じってくるから所々は省かせてもらうわよ」

 

通りすがりの一般人Aはサングラスをクイっと上げて世間話をするような調子で話し始めた

 

 

 

「すっごい爆発ッスね、あれ引き起こしたのきっと査逆さんッスよ」

 

「.....あいつは変な所でやり過ぎるのよね、亜逗子は無事そう?」

 

「さっき麒麟亭から出てきた誰かが回収してたんで問題なさそうッスね、俺っち的には煉獄さんの安否の方が心配ッスよ」

 

一方地獄では順調に亡者の避難は進んでいた、時間の経過と共に黒い雷の降る回数も溶岩が溢れ出してくる回数もマシになったのだがそれでも警戒は必要な状態だった

 

目を覚ました間宮は救助部隊に合流して現在も亡者の回収に専念している

笹雅は得意の千里眼で天地の裁判所の様子を観察しながら麻稚に報告するというポジションに付いていた

先程亜逗子からの合図で麻稚は一発だけ平欺に向かって発砲したのだが本当に当たり成功すると思っていなかった、笹雅がいなければ成功にも近づけなかっただろう

笹雅の視界を麻稚と共有して遥か遠くにある平欺の脳天に一発放ったのだが効き目はなくかえって挑発することとなってしまいこちらに目を向けた時は度肝を冷やしていたところだった

 

「でもいいんッスか麻稚さん、俺っちが回収班に行かずにここで座って裁判所の様子見てるだけで」

 

「いいんですよ、役に立ちすぎてますので」

 

そうッスか、と笹雅は笑顔で返す

麻稚としては亜逗子やヤマシロのことが心配で今すぐにでもそちらに向かいたいのだが今は自分に割り当てられた使命に全力を尽くすことで精一杯だった

 

 

 

ガラガラガラガラと崩れていく天地の裁判所の中で月見里査逆は右腕をダランと垂らしながら瓦礫の上に立っていた

先程の自らで引き起こした大爆発で大きな瓦礫が右腕に飛来してしまったのだ

目の前には平欺が大の字で倒れ伏している

 

「ククク、まさか瓦礫が爆発するなんてなァ。オレとしたことが自分で自分の弱点を突くようなことをしちまったわけだな」

 

歳をとったもんだ、と自嘲気味に嘲笑う、その笑みは平欺自身に笑いかけているようにも思えた

平欺の体の上には巨大な瓦礫がいくつも覆いかぶさっておりとてもではないが動ける状態ではなかった

査逆はそんな平欺をただ見下ろしていた

 

「なんで手加減したんだ?」

 

「.....言ッている意味を理解できない、オレは全力で戦ッたゼ」

 

「嘘言うなよ、歴史上最強とも言われていた天邪鬼がこの程度の攻撃で終わるわけがない。それに今もこんな瓦礫くらい退かすのなんてどうってことはないはずだ」

 

「嘘じャないさ、今のオレじャこれが全力全開だ」

 

査逆は怒りの形相で平欺を睨みつける

月見里査逆にとって同じ天邪鬼である平欺赤夜という一人の人物は目標であり幼い頃からの憧れの存在だった、査逆を弟子にしてくれた時も自分の目のことで門前払いどころか普通に接してくれた数少ない人物だった

査逆は瞳の色が二つあることから生まれてきた時から親にすら忌み子として扱われ身寄りがなくなり幼いながらも天地の裁判所に就くこととなるという壮絶な人生を歩んできた中で数少ない理解者の一人こそが平欺だったのだ

 

「強くなッたな査逆、オレは嬉しいゼ」

 

「言うなッ!そんなこと聞きたくねェよォ、ウチはまだ先生から教えてもらいたいことがあるんだッ!」

 

「いつまでもオレに寄りすがッてるんじャねェよ、昔と違ッてお前には背中を預けれる仲間がいるはずだ」

 

査逆は涙を流しながら裁判所での出会いを思い出していた

幼い頃身寄りがなく右も左も分からない時に平欺と出会い弟子入りして目を隠すことを覚え、途方に暮れて生きる気力を失っていた天狼と出会い初めての親友と呼べるモノを作り、ヤマクロと出会い心を満たされて...

 

気がつけば平欺は笑顔を浮かべていた

 

「もうオレが心配することも心残りもなくなッたな」

 

平欺は自身の周りの脳波の壁を解除して重力をかける

査逆は平欺の突然の行動に思わず後退りをするがそれこそが平欺の狙いだった

引力に耐え切ることが出来なくなった天井はミシミシと音を立てて崩れ始め瓦礫は全て平欺に落下する

 

「これで、一生眠って暮らせる」

 

瞬間、平欺の周りに展開されていた重力をイメージした脳波の反応が消えた

 

「先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

二人の天邪鬼による激闘は勝者の涙により幕を閉じた

 




キャラクター紹介

上杉謙信(うえすぎけんしん)
種族:元人間
年齢:不明
趣味:音楽、買い物
イメージボイス:神谷浩史
詳細:かつては越後の龍という異名を持っていた戦国武将
天国に来てからはかつての面影など見当たらないほど性格が変わり信玄からもうざがられている
ファッション雑誌にも出ており結構な人気があり、憎むに憎めない性格で女性ファンのハートを掴んでいる


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Eightieight Judge

今更ですが作者は大阪生まれ大阪育ちで現在も大阪住みです(^^)





 

カラオケボックスを出たヤマシロとゼストの二人は少し明るくなり人通りが多くなってきた商店街を歩いていた

皆大抵の者がスーツを着込んでおり、ほとんど全員が駅に向かっている

いわゆる通勤ラッシュと呼ばれているモノだが現世の知識に疎いヤマシロが知る由はない

 

「なぁ、一体どこに向かうんだ?」

 

「あぁ、考えてない」

 

............................................え?

ゼストの予想外の応答にヤマシロは馬鹿みたいな声を漏らしてしまう

 

「お、おいゼスト、それってどういう...」

 

「そのまんまの意味だぜ兄弟、今俺たちはこの人波に乗って移動しているだけだ。実際目的地がある訳でもないしどこに向かっているのかも見当すらついてないからな」

 

「いや、それじゃあ一体どうするんだよ!?ノープランでぶらぶらしてもしものことがあっちであったら!」

 

「だからこそ落ち着くんだよ兄弟。たしかにノープランだけど現世じゃ特に影響が出てない、けれどあっちじゃ多大な被害と影響が及んでいる、あの術はあっちに力を流し込んでるから影響が出てる。だからその出処を探ればいい」

 

ゼストの言うことは最もであった

黄泉帰りの法というのは現世からの強い思いを来世に送り込むのに近い方法を用いており、強い思いというのは時に時空や世界の壁をも歪ませることができるらしい

よって現世では影響は及ばないが本来流れ込むはずのない力が流れ込んでしまった来世はイレギュラーの事態に環境が急激に変わってしまった

本来魂しか流れ込むはずのない現世と来世の境界が何らかの力に作用されてしまった

 

駅の近くにまで辿り着くと二人は一旦人混みを抜けて近くにあるベンチに腰掛ける

ゼストは一度立ち上がり、自動販売機から炭酸飲料を二つ購入してベンチにまで戻る

 

「ほらよ、奢りだ」

 

「さんきゅー」

 

ヤマシロはゼストから炭酸飲料を受け取りゴクゴクと飲み始める

気温は冷えているが水分補給は必要である、それにこの人混みのため熱が生まれやすく通常よりも喉が乾きやすい

 

「そういや兄弟、しんどくないか?例えば胸が少し苦しいとか」

 

「別に、どうしてそんなこと聞くんだよ?」

 

「こっちじゃ、あっちでは酸素のように当たり前に漂っている霊素がないんだ。だからこそ長時間、長期間

の現世滞在は危険だって言われてて存在が保てなくなり消えちまうことだってあるらしいからな」

 

「だ、大丈夫だ。もし異常があったらいち早く伝えるよ、何か解決法があるんだろ?」

 

「当たり前だ、伊達に何十回もあっちとこっちをウロウロしてねェよ」

 

ゼストは得意気な笑みを浮かべる

 

「とりあえず情報が必要だ、もう少し移動した所に行きつけの情報収集スポットがあるからとりあえずそこまで行こう」

 

わかった、とヤマシロは頷いてベンチから立ち上がる

飲み干した炭酸飲料の入った容器をゴミ箱に捨てて電車に乗るために切符を買いに販売機の前まで移動する

勿論、ヤマシロが切符の買い方なんて知っているわけもないので今回もゼストが二人分購入することとなった

 

 

 

電車に乗り、何度かの乗り換えを繰り返してやっとのことで渋谷と呼ばれる地域にまで辿り着く

ゼストによるとこの渋谷という地域は東京の中でも中心部に位置するいわば人や情報や物が出入りしやすい場所なので情報収集には最適の場所だという

何度かヤバそうな連中に声を掛けられそうになるも人目の多い時間帯のため目立った行動は控えているようで揉め事にまで発展せずに今のところ全て話し合いで済ませている

 

そして目的の建物の三階にまでやって来た二人は受付を済ませて店内に足を踏み入れる

 

「なぁゼスト、ここは何ていう店なんだ?本が多いみたいだけど」

 

あぁ、とゼストが思い出したかのようにヤマシロの方向に振り返る

そういえば説明してなかったな、といった具合の調子だ

 

「ここはネットカフェだ。本はオマケで俺たちの本命はこっちだ」

 

「パソコンか?」

 

「そうだ、インターネットを使ってこっちの情報を必要なだけ仕入れる。家じゃネット回線繋げるのに色んな費用が掛かって面倒だから基本的にここで使ってるな」

 

ゼストは椅子に腰をかけると慣れた動作でキーボードを打っていく

来世にもパソコンは存在するが現世のほど機能は優れていないため滅多に使うことはなかった

元々来世では需要の少ない品物のため評判もそこまで良くはない

 

「流石こっちのパソコンは立ち上がりが早いね、電気屋に寄って持って帰ろうかな?」

 

カタカタカタカタと無機質な音が響いている中でヤマシロはゼストの慣れた手つきに感心しながら画面に目を向ける

 

「とりあえずは気になる記事は片っ端からピックアップしていくか...」

 

政治家の交代、新作ハードウェアの発表、流行のファッション、今話題のグルメ等とこれといって気になる話題がないどころかヤマシロにはどれもこれもちんぷんかんぷんな内容だった

ここはゼストに任せるしかないのだが、どうやらゼストも気になる記事は見つからなかったようで苦い顔でパソコンの画面を睨みつけている

 

「畜生、やっぱ見つからないな」

 

「アバウトに検索してみるってのはどうだ?」

 

「一番の遠回りだな、こっちの世界じゃそういう得体の知れないモノほどガセやデマが多くて、正確な情報を探すために馬鹿正直に一つ一つ見ている時間もない。俺たちに今必要なのは確かな情報だからな」

 

ゼストの言うことは正論だった

現実問題情報化社会となった現代社会では常に情報というモノは人から人に伝わっていくもので時間が経てば経つほど都合良く変質してしまうモノもある

だからと言って情報源を探そうにも広まってしまい誰もがその情報を流してしまったなら探しようがない

 

「クソッ、こうなったら監視カメラか衛生カメラにハッキングしてリアルタイムの情報を」

 

「何だかよくわからないがヤバそうだからやめとけ!」

 

ヤケになりとんでもない奇行を行おうとしたゼストを抑え込む

しかし現状打つ手のない二人には最適な手段なのかもしれないが泥沼にはまってしまいそうなので思考を中断させる

 

「ん、何だこれ?」

 

ヤマシロが画面に目を向けると端っこの方で何やら気になる文字列が並んでいることに気がつく

 

「ゼスト、ちょっとこれ押してみてくれないか?」

 

「ん、これ?ただの広告だぞ、一体どうしたんだ?」

 

「いや、何かちょっと気になって」

 

ま、いいけどよ、とゼストはヤマシロの示した場所にカーソルを合わせてダブルクリックする

小さな画面が新たに一つ増えてページが開かれる

 

「.....兄弟、一体どうやって気がついたんだ?」

 

「どうもこうも、気がついたらパッて別のに変わったんだよ。最初はこれに関することがチラリと書いてあって気づいたんだ」

 

「そうか、時間が経てば広告の内容が変わるタイプか。こういうのは大体パターンだからな」

 

ゼストはヤマシロを置いて一人勝手に納得する

その内容はある写真だった、ある部屋の写真で床には魔法陣を思わせるモノが描かれており部屋の四方には蝋燭の炎がユラユラと揺れており、中心には死体一つ入りそうな棺桶があった

一見何かの宗教勧誘のようなモノだったがゼストは床に描かれたモノに注目していた

 

「兄弟、この写真の撮影場所を特定するぞ。大きな手がかりだ、一歩前進できる!」

 

「本当か!?」

 

そう、床に描かれた魔法陣にゼストは見覚えがあったのだ

黄泉帰りの法の時に用いられる魔法陣にそっくり、というよりもそのものだったのだ

黄泉帰りの法は正確な陣を描かないと発動しない仕組みである、よって決して偶然魔法陣を趣味で描いた程度では似たり寄ったりの形にはならないのだ

 

「さて、こっからは忙しくなりそうだ」

 

ゼストはマウスを握り直し新たなタブを一つ開いた

 

 




感想、批評、評価、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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Eightieninth Judge

今更ながらスランプが...(^^;;




 

「まず、私が千代ちゃんと初めて出会ったのは五年前。ちょうど彼女がこの天国にやってきた時ね」

 

ヤマクロは通りすがりの一般人Aの話に耳を傾ける

どうやら彼女はあだ名を使っている所から美原千代とはそこそこ親しい仲であったと思える

 

「何度か声をかけても無視されるし表情も変えないから無愛想な人だったわよ、今思い出してもムカつくし」

 

(.....それって単にしつこくてうっとおしく思われてただけなんじゃ)

 

「それで喫茶店に誘った時に初めて会話が成立した。今まで気持ちの整理とかで周りが見えてなかったらしかったみたいで話してみると明るい人だった」

 

通りすがりの一般人Aは懐かしむように笑みを浮かべる

彼女は続けた、その後何度か美原千代と会うことも増えて買い物なんかにも行く機会が増え顔を合わせる回数も多くなった

そして次第に互いの生前の思い出話もするようになった

 

「千代ちゃんの死因は現世ではわかっていない。でもこちらの世界では心肺凍結死という扱いになっている」

 

「心肺、凍結?」

 

簡単に言えば心臓もしくは他の臓器が凍傷によって活動が停止し死んだということである

 

「でもそれって別にそんなにおかしなことじゃ」

 

そう、全身凍傷で死ぬことも寒さに負けて死ぬことだって別段不思議なことではない、むしろよくある方である

 

「そう、現世なら普通にある一般的と言っていいかはわからないけどよくある死因。でもそれが室内かつ自分の部屋だとしたら?」

 

「えっ...」

 

「実際そうなの、千代ちゃんは自室で心肺凍結死という扱いを受けているの。これは天地の裁判所で調べれば出てくる筈よ、普通ならね」

 

「どういうこと?」

 

「あなたのお兄さんが言ってたの、千代ちゃんに関する資料全てが抹消されてるって」

 

 

 

一方麒麟亭の大広間では逃げ遅れた地獄の亡者達が続々と到着して来ていた

 

「間宮さん、麻稚姐さんから何か連絡ありましたか?」

 

「.............」

 

間宮は声に出さないがブンブンと首を横に振る、否定を表していた

 

「間宮さん、奥の第二広間も解放してよろしいでしょうか?」

 

「.............」

 

間宮は声に出さないがコクリと首を縦に頷かせる、肯定を表していた

 

「マミ、煉獄さんの容態安定してきたよ。予備の鎮静剤ってどこだっけ?」

 

「.....そこの戸棚の上」

 

「そう、ありがとう」

 

(間宮さんって本当に信頼した相手にしか喋らないんだな)

 

現在間宮樺太は亜逗子の代理として麒麟亭にいる鬼達の指揮官として動いていた、査逆に気絶させられ目が覚めて早々に働かせられているので初めは何が何だか理解できなかったが時間の経過と共に少しずつ理解することに成功する

 

「胡桃、亜逗子さんの容態は?」

 

「大丈夫、安定してるよ。さっきよりも随分と落ち着いてるし回復速度も上がってきてる」

 

「できるなら彼女には早く目を覚ましてもらいたいな、彼女程の回復技術を持っている者は中々いない」

 

「.....でも目覚めて早々重労働になるんじゃ」

 

「大丈夫、俺はそうだった」

 

ソウダッタネー、と遠い目をしながら話す東雲は苦笑いでその場を凌いだ

実際亜逗子以上に回復のイメージの脳波を上手く使う人材はこの天地の裁判所スタッフに存在しなかった

常人よりも多く脳がある天邪鬼の査逆でも亜逗子ほどの正確な回復技術は持っていない

東雲も回復のイメージは得意と思っている方だが亜逗子ほどと言われると自信をなくしてしまう

 

すると、突如麒麟亭の入り口の扉が勢い良く開かれる

間宮と東雲も音のした方向に目を向ける、そこには彼らの上司が見知らぬ男を背負っていた

ダラリと垂れた右腕を鎖で固定しながら全身血塗れで普段見せない瞳を片方だけ開けた少女、月見里査逆本人だった

 

「ハァ、ハァ、ハァ...」

 

「査逆さん!一体どうしたんですかその傷、それにその人は...」

 

「ウチの、ウチのことは後でもいい、頼むからこのヒトを助けてくれ!」

 

査逆は涙を流しながら必死に懇願した

明らかに査逆の方が重症なのに、いや男の方もかなりの重症を負っているが査逆ほどではなかった

 

東雲はどうしたらいいかわからずにオロオロしていると後ろから間宮が手を差し伸べた

 

「このおっさんを治療するんだな」

 

「マミ....」

 

「そう、ウチはその後でも構わない。そのヒトを助けてくれるなら」

 

間宮は査逆に冷たい瞳を向けてから男を背負い治療室に連れて行く

 

「胡桃、査逆さんを連れてこい」

 

「あ、待ってよ!マミ」

 

 

 

三途の川

 

「そろそろ終わりにしようぜジジィ共、俺はもう結構楽しめたからな!」

 

一閃、大地をも裂く巨大なバトルアックスによる一撃は百目鬼の肉体を確実に捉える

 

「百目鬼ッ!」

 

百目鬼は朧技の一撃を避けることはできず傷口から血を流して倒れる

盲目の彼にとって杖は道標のようなモノだった、それを朧技によって破壊された時点で彼は脱落していたのかもしれない

 

冨嶽は両腕に硬化のイメージを限界まで重ねて皮膚の色と質を鋼に変換させる

鋼の拳と化した冨嶽のパンチは先ほどまでの威力と数段もパワーアップし、一撃一撃が御影のバトルアックスを刃こぼれさせるほどである

しかし御影も負けずと持ち合わせた身体能力とバトルアックスを巧みに操り冨嶽に攻撃を与えていく

 

「貴様ごときが、閻魔大王の補佐になれなかった貴様が、図に乗るでないわァ!」

 

冨嶽の拳が御影に迫る、しかし御影は脳波によって強化された冨嶽の拳を片手で受け止める

これには冨嶽も驚きを隠せなかった

 

「嫌なこと思い出させてんじゃねぇよ、せっかく忘れようとしてたのによォ!」

 

「ゴフッ!?」

 

御影の拳が冨嶽の体を捉える、不意の一撃を食らった冨嶽は意識を手放しかけるが腹を抑えながら何とか堪える

しかし、御影の攻撃は止まらずバトルアックスによる斬撃が冨嶽を襲う

冨嶽はギリギリの所で回避するももう片方のバトルアックスが再び襲う

 

「もうあんたの最強だった時代は終わったんだよ、いつまでも最強気取ってんじゃねぇぞ。クソジジィ」

 

瞬間、三途の川に御影の攻撃によって十文字の巨大な傷跡が切り刻まれた

 




キャラクター紹介

平欺赤夜(ひらぎせきや)
種族:天邪鬼
年齢:430歳(人間でいう43歳)
趣味:睡眠一筋
イメージボイス:藤原啓治
詳細:三度の飯よりも睡眠を選ぶ男で起床時間は不定期
最高記録では五十年近く起きなかったこともあったらしい
かなりの気まぐれ屋で自由人で仕事をしないため、給料泥棒というレッテルもある



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Nintieth Judge

何だか物凄く久しぶりに更新した気もするけど、実際前回更新から一週間しか経ってない(^^;;


 

ヤマシロがネットカフェで偶然見つけた広告は三ヶ月程前から活動を始めているとある宗教団体の勧誘ページであった

この現世には金儲けの為とか自身の権威の為に神、という単語を使って人々を集めて欲望や私利私欲を満たす者たちも少なくはない

しかし中には本当に神を信仰している者もいるらしいのだが先程の記述のせいで信憑性が全くと言っていいほどない、それでも神に救いを求めようとしている者たちも多いことから現世という世界の社会がどれだけ厳しく非常に残酷な世界かを読み取ることもできる

 

ヤマシロとゼストの二人は件の宗教団体の支部があり尚且つ近場で最も巨大な埼玉県に向かっていた

 

「マズイな、そろそろ何処かで休憩を取らないと俺の体力と存在が保てなくなる...」

 

「おいおい、さっきまで暖房がフルのネットカフェで数分寛いでたくせによく言うぜ。俺はその間も俺なりに現世のことを知ろうとしてたのによ」

 

「そうじゃない。とりあえず何処か人目の付きにくい場所に移動したい、お前は大丈夫なのか兄弟?」

 

冗談なしに尋ねてくるゼストにヤマシロは真面目に何も、と短く応える

ゼストの様子からして体力的疲労や精神的な疲労とはまた別の何かの心配をしているようだがヤマシロにはそれが何なのかはわからない

 

「よし、一旦あそこの路地に移動しよう。俺はそろそろヤバイからな」

 

ゼストはそう言いながらヤマシロの手を引っ張り路地へと駆け込む、ゼストの予想通り薄暗い路地には人気は一切なくゴミや動物の死体によって発せられる異臭が漂っていた

先程までいた多くの人が往来し、近々皆既日食が発生するなどの情報や喧騒が支配する場所とは違う、それだけで異世界に来た感覚すらもした

ある程度進んだ後、ゼストは割と整備と掃除が行き届いている室外機に腰を下ろす

そして自らの影から片手サイズのボトルを二本取り出す

 

「それは?」

 

「こいつは来世に漂っている霊素を液体化して保存している死神印の特製ボトルだ。現世には霊素どころか霊素の概念自体存在しないから俺たち来世の住人からしたら現世は空気のない水の中にいるのと同じ様なモノさ」

 

「でも、息も出来るし特に支障は見られないけど」

 

「ま、霊素なんて来世に住むヒトの存在を支えるためだけの粒子だからな。だが現世にはそれがないから来世の奴は存在できない、幽霊なんかがいつか成仏するのも現実的に言えば未練どうとかじゃなくて霊素不足で来世にある霊素を求めて現世を去る原理だしな。それこそ水の中に長時間いて酸素が必要で浮き上がるみたいなモノさ」

 

そこで現世に行き来する能力を持つある一人の死神の研究者が開発したのが死神印の霊素ボトルである

当初は液体ではなく空気の霊素だけを抜き取り、そのままボトルに閉じ込めるというモノだったがそれでは確実に体内に霊素を取り込めないという理由から長年の研究の末霊素の液体化に成功したらしい

以降製造方法は一気に広まり今では現世に行く死神は全員がその技術を持ち合わせている

 

「だから昔は殺しに成功しても霊素不足で帰還できずに存在が消失した、なんて例もよくあったらしいぜ」

 

ゼストはゴクゴクとボトルの中の液体霊素を一気に飲み干す

ボトル一本分で現世に二日近くは霊素を取り込まなくてもいい分の霊素エネルギーが含まれているらしい

もう一方のボトルをゼストはヤマシロに豪快に投げ渡す

 

「兄弟は現世に来たのは初めて、ましてや死神以外が現世に来るなんて事例はそうそうあるもんじゃない。俺も何がどうなるかなんて一から十まで説明できる自信はない、だからとりあえず飲んどけ。存在が消えてからじゃ手遅れだ」

 

ヤマシロはゼストの言っていることの危険性を肌で感じ取った、ヤマシロは気づいていないがゼストは無意識に言葉に脳波を乗せることで自身の思考と言葉の重さをヤマシロに直接伝えたのだ

たしかにヤマシロもゼストも異常事態だからこそ前代未聞の現世紀行に挑んでいるが前代未聞だからこそ不確定要素や注意すべきすることが山程ある、マニュアルもないので全て自分たちの目で確かめていかねばならないのだから

 

ヤマシロは静かにボトルの蓋を外して液体霊素を飲み始めた

完全な余談ではあるのだが今回ゼストが用意した液体霊素はイチゴ味だった

 

 

 

霊素の補給と地図の購入を終えた二人は東京を出発し埼玉に到着していた

東京と埼玉の位置は比較的近くだったので時間もそこまでかからず移動することができた、ゼストも直接来世から埼玉にやって来ることは何度かあったが駅から堂々とやって来たのは初めてだったので地図を事前に購入しておいたのだ

 

何故なら今回は歩いているのだから

 

「さて兄弟、今更だが俺が方向音痴なのは知ってるな?」

 

「自覚してるなら地図をこっちに寄越せ、そしてもう駅から随分と移動した上に人通りが少なくなってきているのは一体どういうことだ!?ていうか、何で目の前に滝があるんだよ!?」

 

「おかしいな、地図通り従って進んだはずなんだが...」

 

「.....今更だけどさっき看板にここから先群馬県とか書いてあったぞ」

 

「何!?ここは群馬県なのか!?」

 

「知らねぇよ!どうしてこうなったんだよこん畜生!」

 

そう、ヤマシロはゼストが先頭を歩き始めた時に気がつくべきだった

そしてゼストに地図を持たせても何の意味をもたらさないことにもっと早く気がつくべきだった

実際問題ゼストが現世から中々帰ってこない理由の一つが道に迷うことなのはヤマシロは今まで一切ご存知なかったのだが今回でその事実をインプットすることに成功する

ちなみにこのことは死神部隊は知っており暗黙の了解みたいな何かで触れられることはあまりなかった

 

「さて、戻るか。ついて来い兄弟、山を下りて埼玉まで行くぞ」

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てー!本当にそっちは大丈夫なのか、心なしか階段を上がってるようにしか見えないんだが!?」

 

「そうだな、何とかなるだろ」

 

「何で開き直ってんの!?俺たちってたしか時間なかったんだよな!?一刻も早く死者蘇生の術の正体を突きとめて異常事態を解決しなきゃいけなかったんだよな!?」

 

「だから急いでるじゃねぇか!いつもなら行き当たりばったりでも目的地にちゃんと辿り着いてるんだよ!」

 

「お前今までそんなノープランに仕事してたのかよ!?」

 

ゼストはやれやれと言った様子で肩を竦めて溜息を漏らす

今来世の異常事態がどこまで酷い方向に進行しているかはヤマシロやゼストには一切わからないが決して良い方向に進んでいるとは思えない

 

「俺には俺のやり方があるんだよ、それに兄弟に地図を渡した所で読み方わからねぇだろ?」

 

「うっ、それは...」

 

「そういうことだから現世経験豊富な俺に黙って任せとけって、もしもの時の対策も考えてるからよ!」

 

親指を突き立てて爽やかで凛々しいスマイルでゼストは舗装されていない山道にドカドカと足を進めていく

明らかに危険な道で地図を無視したルートであるとヤマシロは判断したが仕方なくゼストの後を追いかける

 

 

 

埼玉県の郊外、田舎とも都会とも廃墟とも言えない木々が生い茂り多くの廃棄物が無造作に捨てられ大地が姿を隠している場所に大きな屋敷が一つ存在していた

屋敷の中には現在白衣を纏ったまだ若干の若さの残る男だった、部屋には黒魔術やオカルト、神話、錬金術と言った科学技術と呼ばれる人類の進化の象徴と相反する現象の本が本棚にびっしりと詰められていた

男はオールバックにした白髪混じりの黒髪を更に掻き上げてノートパソコンを開く

カタカタと操作する音だけが部屋に響き木枯らしや風の音さえも聞こえない

 

男は満足したように静かに笑みを浮かべて立ち上がる、ノートパソコンをそのままの状態で放置したまま部屋の扉を開き廊下に歩き出す

 

「もうすぐ、もうすぐだよ」

 

男は扉の前で立ち止まり扉を開くために八桁のパスワードを打ち始める

そこから更に指紋認証のロックを解除して扉を開く

扉の向こうにあった部屋の光景は異様なモノだった、四方には燭台が設置されており火は擬似炎により永遠に輝いている

窓はなく扉も先程のモノしかない、床は綺麗に修理されており穴や傷は一つもない

床の上からは大きな魔法陣の様なモノが描かれており魔法陣の中心には人一人が入れそうな棺桶が一つ置いてある

男は悲しげな表情を一瞬見せるがすぐさま切り替えて狂ったような笑みを浮かべる、男の容姿を表現するならばマッドサイエンティストという言葉が一番似合うかもしれない

 

「もうすぐだよ、これで私の無実は証明されて君もすぐに目覚めることができる」

 

長かった、と静かに呟く

 

「三年、準備だけで三年も掛かるなんてな。そこから二年もまた長かった。本当にすまないね、君を五年もの間こんな状態にしておいて、でも大丈夫。私は君のことを五年の間で一度も忘れた時はないよ」

 

ねぇ千代、と男は大きく口を歪めた

 




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Nintiefirst Judge

最近体調が安定しない...(^^;;




 

ヤマクロは通りすがりの一般人Aから聞いた膨大な情報をゆっくりと整理しながら居酒屋「黄泉送り」に戻っていた、彼女はあの後伝えるべきことは伝えたと物凄い勢いで立ち去ってしまったのだ

美原千代にも門前払いをされてしまい、その場に留まっていても仕方ないと判断したヤマクロは一旦黄泉送りに戻って気持ちの整理をつけようという思考に辿り着いた

 

まず、通りすがりの一般人Aは美原千代と友好な関係にあり互いに生前の話までしたことがある

そして美原千代の死因は普通ではありえない不可思議な自室での心肺凍結死、どうやら冷房の類のモノも電源は一切入ってなかったらしい

更に言えば時期的にも不自然な点が多すぎることもあり、美原千代本人は死神が迎えに来たと遺書に記されていたようだ

 

そして同時にいくつもの疑問も浮上してくる、まず一つは何故通りすがりの一般人Aは死因まで知っているのか

たしかに裁判所には死因や死亡時刻、場所まで記される資料は存在するがこの天国には存在しないはずである

仮に通りすがりの一般人Aの正体が天国一の情報屋である須川時雨であっても知ることのできない事情のはずである、美原千代本人も死ぬ寸前に自分の死因を確認するなど不可能であろう

次は今回の異変と美原千代が関係しているという根拠のない情報についても疑問が湧く、今黄泉帰りの法の現世から流れ出ている力により来世は混乱状態に陥っている

その対象が何故美原千代だと言い切れるのだろう、そもそもそのことを確信にするための証拠はこれまでの流れを振り返ってみても一度も思い当たる節はなかった

 

【あまり悩まない方がいいよ、一度泥沼にはまると抜け出すのに必要以上に時間がかかっちゃうよ】

 

「そうだね。でも今回はそんなこと言ってられる場合じゃないんだ。兄さんも解決の為に動いているんだからボクも少しでも真実に近づかないと」

 

【それには一理あるけどまだボクらは重要な点を知らない。その時点で兄さんや真実に近づくには難しいと思う】

 

「どういうこと?」

 

【まず美原千代って人は一体何なのか、兄さんも彼女について調べてたみたいだけど何で調べていたのかはわからない。ただ母さんと顔が同じだけって理由だけで貴重な休憩時間を削ってまで調べるなんてとても思えないよ】

 

ヤマシロはゴクヤマの引退理由を突き止めるために美原千代について調べていた、という事実をヤマクロ達は知らない

仮に今ここでヤマクロが知ったとしてもあらぬ混乱を招いてしまい事態が進むことはないと予測される

その前にヤマシロがゼストと共に現世に行っているという現実も知らないヤマクロにとっては目の前の謎が精一杯の状態であった

 

【それにそもそもボク達は天国から出ることができないんだ、一旦図書館に行って調べるなんてこともできない状況で調べれることや知ることなんかは限られてくる。断片的な情報を下手に集めて一つに繋がらない状態で解決に動いても良い方向に進展するなんてとても思えないよ】

 

「で、でも仮に美原千代が対象だった場合のことも考えないと!全部が全部間違ってるなんてこの状況で今まで集めたことを全て捨てるよりはマシだよ!」

 

【キミの言うこともわかるよ、でもここは一旦天国と裁判所の交通網が回復するのを下手に行動を起こさずに待つべきだよ。兄さんとも一度話し合う必要もある】

 

ヤマクロはもう一人のヤマクロ、【ヤマクロ】の言葉に頷くがやはり大人しく待つという言葉にだけは頷くことはできなかった

たしかに一度ヤマシロと会って地獄で起こっている事態のことも頭に入れて解決に動くことが効率的かつ有意義で賢い選択なのかもしれないが先程から裁判所に脳波を飛ばしても脳話に応じないことにヤマクロは疑問を感じていた

もしかしたら余程手こずっており脳話する余裕がないのかもしれないが脳波すらも感知することができなかったのだ

仮に裁判所に戻ったとしてもヤマシロと出会えるかはわからない、出会えたとしてもゆっくりと話をしている暇などないかもしれない

 

「ボクはボクなりに情報を集める、キミの言っていることにも一理あるけどこれはボクのプライドの問題だ」

 

五代目閻魔大王の弟としての責任と期待という反面にはヤマシロの弟としての面子、プライドをヤマクロはそれ以上に大きく掲げていた

勿論それは【ヤマクロ】も同じなのだが【ヤマクロ】はそれよりも成功や確実性を重視する傾向にあるようだ

 

「まずは須川さんを探そう、あの人ならまだ知っていることもあるはずだし」

 

「その必要はないわ」

 

「.....どこから出てきたんですか須川さん?」

 

「私は通りすがりの一般人Aよ。決して須川時雨なんて天国一の情報屋なんてことは例え天地がひっくり返ろうともありえないこちょよ!」

 

須川時雨、もとい通りすがりの一般人Aは最後の最後で盛大に噛んでしまい頬を赤らめて悶え始める

ヤマクロはその動作を自分の姉貴分である月見里査逆と重ねてしまい思わず身震いする

 

「それで何の御用ですか、さっき急に立ち去ったばかりですよね?」

 

「君に伝え忘れたことがあってね、千代ちゃんと私の出会いとか」

 

「いえ、それは別にいいです」

 

「即答!?」

 

ガビーンという擬音と共に涙を流しながら膝から崩れ落ちる

 

「実はね、正確に言えば千代ちゃんが最初に喫茶店に私を誘ってくれたの、あの無愛想な千代ちゃんが」

 

頼みもしていないのに復活するなり通りすがりの一般人Aは自分と美原千代との出会いをマシンガントークのごとく話し始める

 

「どうやら何かをキッカケに私の名前を知ったらしく興味を持ったらしいのよね、生前好きだった人と同じ姓だったらしいわ」

 

通りすがりの一般人Aはサングラスの角度を合わせながら続ける

 

「その人の名前は須川雨竜、オカルト大好きな数学学者だったらしいわ、何だか矛盾してる肩書きなんだけどね。それで思い出したのよ、昔兄貴が言ってた須川の家にまつわる家宝の巻物のことを」

 

もう正体隠す気ゼロの通りすがりの一般人Aにツッコミはあえてしなかった、それ以上に気になるフレーズがヤマクロの耳をよぎったからである

 

「巻物?」

 

「たしか、黄泉帰しの法って書かれた箱に厳重に仕舞われていたって兄貴が言ってたことがあったわね」

 

黄泉帰しの法、その単語を聞いた瞬間ヤマクロの目の色が変わり、体の奥の何か熱いものが噴き上げてくるのを感覚を覚えた

 

 

 




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Nintiesecond Judge

明後日からゴールデンウィーク(^^)


 

埼玉県の街中にそびえる一件の大きなビルの前にまでヤマシロとゼストの二人はやって来ていた

山中で遭難した二人は人の気配もないし全速力で走ったらいいんじゃね?という考えに辿り着き人目のつかないギリギリの場所まで全力疾走で駆け抜けて何とか目的地にまで辿り着いたのだ

 

「.....俺はもう絶対にお前を先頭に走らせねェ!」

 

「なぁ兄弟、さっきから何か怒ってないか?たしかに俺方向音痴でここに来る途中も何回も道間違えたけど辿り着いたんだから許してくれよ」

 

「だが断る!」

 

ヤマシロは絶対断固拒否の姿勢でゼストの言葉に一つ一つ丁寧に応じる

人通りの多い街中でガックリと項垂れているゼストにヤマシロは尋ねる

 

「で、ここでいいんだよな?」

 

「あぁ、間違いない。このビルの八階に奴らの活動場所の一つがある。表向きはカウセリングや職探しとかそういうことしているんだが、こいつがあれば誰でも潜り込める」

 

ゼストはポケットからB5サイズの折りたたんだ紙を取り出す

どうやらネットカフェで印刷したモノらしくこの紙一枚を提示すれば入場から入会と言った手続きも可能なようだ

 

「だけどその紙一枚で全部済むとか簡単すぎないか?現世じゃセキュリティの面でもゆるゆるなのか?」

 

二人はビルに入りエレベーターに乗って八階のボタンを押す

どうやら多くの会社が連携して経営しているビルのようで他にも多くの店や企業が存在していた

 

「多分人数を集めれるだけ集めてるんだろうぜ。死者蘇生っていうのは伝承にあった通りなら多くの生贄が必要だからな、とりあえず適当に勧誘できるだけ勧誘して多くの生贄を集めてたんだろうよ」

 

ゼストはヤマシロの疑問にスラスラと応える、たしかに黄泉帰りの法と呼ばれる死者蘇生の術は多くの生贄と時間を必要とする

更には誤差一ミリというミスも許されない魔法陣も必要とされるため相当な神経と集中力も兼ね備えていなければ死者の蘇生など叶うはずがない

人間生きている中で誰か一人でも生命が再び活動を始めて欲しい、という欲求はあるはずだ

その欲求が形となったのが死者蘇生であり現世と来世のバランスを崩してしまう禁忌の術

 

現世の人間の都合でバランスを崩すというのなら全力で止めなければならない、ヤマシロは閻魔大王としてそのことを覚悟して現世にやって来たのだ

やがて八階に到着する音がポーンと鳴り扉が開かれる

見た感じは何の変哲のないオフィスビルの一室で怪しいとかそういう類の様子は全く見られない

ゼストはヤマシロにここで待ってろ、と小さく声をかけて受付に足を進める

 

「いらっしゃいませ、本日はどのような御用件でしょうか?」

 

「こいつの噂を聞きつけてきたんだがここでいいんですよね?」

 

ゼストは先程の紙を静かに手渡す、すると受付の女性の雰囲気が一瞬だけだが変わるのがわかった

 

「何人様でしょうか?」

 

「二人だ。入会希望なんだけど入会費とかはいらないんですよね?」

 

「もちろんです、こちらへどうぞ」

 

ゼストはヤマシロを手招きする、ヤマシロはゼストの元に移動し受付の女性はこちらへどうぞ、と別室に案内する

するとそこにはまたエレベーターがあり女性を先頭にエレベーターへと導かれた

どうやら先程のエレベーターには存在しなかった地下二階へ向かっているようだ

 

『兄弟、一応戦闘の準備をしておいてくれ。俺はちょっとお偉いさんを捕まえて尋問する』

 

ゼストが急に脳話でヤマシロに通信を飛ばしてくる

 

『了解、俺はどうすればいい?』

 

『俺が合図するまで待機だ。俺は兄弟の隣に移動会話意思のある影武者を置いて行く。それで俺は潜影術で幹部の部屋に侵入して暴れてくる』

 

ゼストが異様なまでの殺意を放っていることに気がついた、あまりの勢いに一緒にエレベーターに乗っている女性がショック死してしまうのではないかというくらいの勢いだった

 

「到着いたしました、この先にまた受付がごさいますのでそこで手続きをお願いします」

 

ヤマシロとゼストの影武者はエレベーターを出た

どうやらゼストはもう既に潜影術で移動を始めてるようだった

二人は受付まで真っ直ぐ移動する

八階のオフィスビルのような雰囲気とは真逆の怪しく少しだけ禍々しい雰囲気と他にも会員の人も見られるが皆が皆異様なまで目が充血しており全身から血管が浮き出ている

 

(.....ここ最近裁判所に立て続けに来ている連中と同じ症状の奴らが多いな。どうやら当たりみたいだな)

 

ヤマシロは簡単に登録を済ませると案内された部屋へと移動する

そこはどうやらお偉いさんが集まる部屋のようだ

 

部屋を開いた案内人の顔は驚愕に染まっていた

そして案内人も口から泡を吹いて倒れてしまう

 

「仕事早すぎだろ、殺してはないよな?帰って早々仕事が増えてるなんて嫌だぞ」

 

ヤマシロは十数人の人が倒れている中で机に座り片手で一人の女の首を掴んでいるゼストに声をかける

どうやら全て素手で終わらせたようで返り血も見られないことからそこまで苦戦はしなかったように思える

 

「当たり前だ、俺が殺すのは金で依頼された奴だけだ。それよりそこ閉めといてくれ、誰かに見られると面倒なことになる」

 

「そうだな」

 

ヤマシロは静かに扉を閉める

ゼストも女の首を離して床に乱暴に投げ捨てる

 

「う、がっ...ハァ、ハァ...ヒッ!」

 

「あんたは俺の質問に黙って答えればいいんだ、正直に話せば悪いことはないし死ぬこともない。あぁ、嘘を吐こうとしても無駄だぜ。そこにいるアイツは占い師だから嘘を吐いたりしたらすぐにわかるぜ」

 

ゼストは女を壁に追い詰めて数珠丸恒次を首筋に突き立てる

あらかじめゼストはヤマシロに脳話で『話を合わせてくれ』と通信があったのでヤマシロがボロを出すことはない

 

「最初の質問だ、本部はどこにある?」

 

「ほ、本部は埼玉県郊外の、森林の中にあります。周りに建物がなくて一軒大きな、廃墟が本部で、す」

 

「そうか、ならこの組織の目的は何だ?」

 

「死者の蘇生で、す。教祖は人体を蘇生する術が、見つかっ、たと言うので人を集めろと、誰も私以外は教祖の、顔を知りま、せん」

 

「その教祖の名前は?」

 

「知りません」

 

「何?」

 

「知らないんです、目的が同じだったから私が協力しただけで、それ以外のことは詮索不要だと」

 

「目的?死者の蘇生のことか?」

 

「正確には蘇生する人物ですね、彼女を生き返らせるなら私はどんな罪でも背負う覚悟です」

 

「誰なんだ、その彼女ってのは?」

 

ゼストは数珠丸恒次に力を込めた

ヤマシロもゴクリと固唾を飲み女の次の言葉を静かに待つ

女はやがて意を決したように覚悟を決めてその人物の名を告げた

 

「美原、千代...」

 

 

 

「.....あと数時間か」

 

その頃、埼玉県郊外の本部では教祖と呼ばれる人物、もとい須川雨竜(すがわうりゅう)がカタカタとキーボードを打ちながら溜息を漏らしていた

組織を結成してから二年、ようやく必要な生贄が最低限にまで達し死者蘇生の儀式はもういつでも行えるという状況で目に隈を作り長かった道のりを順々と思い出していた

 

七年前、若くして大学を卒業して若くして教授として迎えられた須川雨竜は特に支障も不満もない毎日をひたすらのうのうと過ごしていた

美原千代という一人の生徒と出会うまでは、そこから彼の人生に転機が訪れたのだった

教授と生徒という関係はあったものの年の差はそこまで違いはなかったので雨竜は美原千代に恋心を抱いたのだ、遅すぎる春の訪れだった

彼は女っ気のない人生を送り、興味もなかったので自分から避けて生きていたという方が正しいのかもしれない

初めて抱く感情に雨竜は戸惑いを感じたが彼女が卒業するまで一緒にいようと思ったのだ

彼女は次の年で卒業できる段階だった、彼女が卒業してからというもの雨竜はよく美原千代とプライベートで話し合いよく出かけた

ついには彼女の実家に行ったこともあった

 

そして、美原千代が死んでから彼は変わってしまった

須川の一族に伝わる家宝を盗み出し美原千代を生き返らせることに人生という時間を注ぎ込み不眠不休の勢いで作業を進めた

次第に生贄は集まり魔法陣も完成し美原千代の死体も手に入れることに成功した

 

「私は諦めないよ、その為にこれまで生きてきたのだから。君の両親にも私の無罪を証明してみせる」

 

しばらくキーボードをカタカタと操作し最終点検が済んだ時だった、突如鍵の掛かった入り口の扉が無理矢理こじ開けられる音がした

太陽がまだ空に浮かび上がっている頃、ちょうど昼と夕暮れの間の時間帯だった

 

 




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Nintiethird Judge

連続投稿です(^^)


 

三途の川に激しい激突音と衝撃が数多に発生し、クレーターもボコボコになり無残な光景に変わり果てている

その中心でバチバチと雷撃を放ち自身も全身に雷を纏わせている先代閻魔大王のゴクヤマと体の節々を動かすたびに衝撃波が発生し青い一本角の青鬼の蒼隗潼が互いに息を切らして佇んでいた

二人の勝負は互角でありどちらも一歩譲らずといったところであり、三途の川に被害が及ぶだけであった

 

「中々やるじゃねぇか、俺も隠居している間に腕が落ちたみたいだな。体がなまりきってやがる」

 

「そりゃそうだ、俺は常に最前線で戦っていたんだ。あの時以来も朧技と一緒に自然に触れて地獄の環境を乗り越えてたんだ。罪にすがりよって身を潜めているお前とは違う!」

 

隗潼は両手を前に突き出して両の掌から巨大な衝撃波を発生させる

衝撃波はゴクヤマを飲み込み大地を勢い良く削り取る

 

「ゴクヤマ、何故美原千代を殺したんだ?どうして何の罪のない現世の人間に手を下したんだ?」

 

「俺が直接手を下したわけじゃねぇ、死神に依頼して美原千代をこっちに招いたにすぎない」

 

「なら、どうしてゼストに美原千代を殺させたんだ?」

 

そう、ゴクヤマは美原千代という現世で平凡かつ平和に暮らしていた一人の女性を死神であるゼストの手で殺させたのだ

死神にとって殺しや暗殺は仕事の類なのだが隗潼は悲しそうで怒りに満ちた瞳で訴えた

ゴクヤマは静かに口についた血を拭いながら応える

 

「奴はこちらに招く必要があった。ライラの生まれ変わりである彼女は俺の隣に来るべきだったんだ」

 

「.....どういうことだ、ライラさんの生まれ変わり?」

 

「輪廻転生の輪を知っているな?こちらの世界で死んだ者はそこに移動して新たな魂となるのだ」

 

つまり来世で病死したライラが輪廻転生の輪に乗り記憶を綺麗に洗い流され新たな魂へと転生する準備がなされていた、その生まれ変わり先こそが美原千代だと言うのがゴクヤマの推測であった

顔が同じという理由でゴクヤマはこのような奇行に走り絶対にしてはならない罪を背負い閻魔大王の職を辞退して息子に明け渡したのだ

 

「俺たち閻魔には魂を見る目がある、たとえ輪廻転生で生まれ変わったとしてもライラと美原千代の魂が一致していることなど見破ることは造作もない」

 

ゴクヤマは雷撃を再び隗潼に放つ

 

「俺はライラなしでは生きてはいけなかった。ヤマシロも母を失い悲しんでいた、ヤマクロに至っては母の愛情も十分に貰えぬまま帰らぬ者となったのだぞ!あいつらの辛さが貴様にわかるとでも言うのか!?」

 

ゴクヤマは特大の雷撃を放つ

そう、ゴクヤマがこのような事を行ったのは自分の心の傷を埋めるためや自分の心の支えを再び見つけること以前に、第一に幼い息子達のことを思い父親としての責務を不器用なりにも果たそうとしていたのだ

今回ゴクヤマが裁判所を襲いヤマシロ達の前に立ち塞がったのも自分の犯した罪を息子達に知られたくなかったからである

こう聞けば自分の罪を知られたくないように聞こえるが実際は父親の威厳を保ち美原千代と出会うことを避けたいというゴクヤマの思いやりが起こした行動だったのだ

 

しかし、隗潼は雷撃を受けてもなお立ち上がりゴクヤマの言葉を正面から全力で否定する

 

「ふざけんじゃねぇ!ヤマシロ達のことを想った?どの口がそう言いやがる、さっきまで殺すつもりで雷撃撃ってただろ!それにゼストの傷はそれだけじゃねぇ!自分の姉の生まれ変わりをお前は殺させたんだ、今回のことで一番の被害者はヤマシロでもヤマクロでも俺でもお前でも美原千代でもない、ゼストだ!俺もあいつにミァスマを渡したから何も言う権利はないのかもしれない。だけど俺はお前の言葉を肯定するつもりはねぇ!」

 

隗潼は喉が張り裂けそうになる勢いで叫んだ

そしてここ数ヶ月の出来事の元凶に向かって全力で殴りつける、もしゴクヤマが美原千代をゼストに殺させなかったら今回のことは起こらなかったかもしれない、もしゴクヤマが引退しなければ隗潼はミァスマを盗み出しゼストに渡すことはなかったかもしれないし隗潼達も天地の裁判所と総当り戦にならなかったかもしれない、もしミァスマを盗まなければヤマクロの封印が解けて天狼が死ぬことはなかったかもしれない、もしミァスマがゼストの手に渡らなければヤマシロと戦うことはなかったかもしれない

もし、という仮の話をしてしまえばここ数ヶ月の出来事を全てひていしてしまうことになってしまう

もしかしたらもっと前から気をつけていればこんなことにならなかったのかもしれない

 

隗潼の拳は肘からの衝撃波で加速し拳から衝撃波を発生させることで威力を底上げした、隗潼の怒りと哀しみの篭った拳はゴクヤマの顔面を正確に捉える

ゴクヤマは何の抵抗もせずにその拳を静かに受け止めた

 

「.......そうだな、俺が愚かだったのかもしれない。俺は大馬鹿で駄目な父親だな、誰一人守れやしない」

 

「そんなことはねぇ。俺が天地の裁判所を攻めたとき、あの時俺はお前に救われた。お前があそこで俺を止めてくれなかったら俺は娘を、麻稚を確実に殺していた」

 

「.....本当に、俺たちは不器用だよな」

 

「.....今頃気づいたのかよ、大馬鹿野郎」

 

ゴクヤマと隗潼は笑みを浮かべる、隗潼はゴクヤマの顔面から拳を引っ込める

そのままゴクヤマは力無くばたりとその場に倒れた

隗潼も体に限界を感じてその場に仰向けになって空を見上げる形で静かに倒れた

三途の川の空には何故か現世の光景が映っていた

 

 




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Ninetiefourth Judge

連続投稿です(^^)


 

埼玉県郊外に位置する本部に辿り着いたヤマシロとゼストを待っていたのは大きな廃墟の鍵付きの扉だった

鍵の破壊は簡単だった、ゼストが凍結の脳波で扉ごと氷結させて破壊しやすくなった所で強引に扉ごと力押しで破壊して侵入したのだ

 

「間違いなさそうだな兄弟、この建物の中から凄まじい力を感じる」

 

「さっさと終わらせるか、正直嫌な感じがさっきからするからな。何だかよからぬことが起こりそうな雲行きの怪しさだ」

 

ヤマシロとゼストは頷いて建物に侵入する、ここに来る途中ヤマシロはゼストから自分が美原千代を殺したと聞かされた

どうやら五年前ヤマシロの父であるゴクヤマに呼び出されて美原千代の殺害を依頼されたらしい、最初は激しく抵抗したが最終的に実力行使でゴクヤマが勝利し嫌々ながら仕事を受理したようだ

姉の生まれ変わりかもしれない人物を殺すことにゼストは強い反感と異様なまでの葛藤があった、死神としての種族を優先するのか自分自身の意思に従うのか

結果、ゼストは美原千代の部屋に侵入し殺すことに決めた

しかし直ぐには殺さずに美原千代と一度話をした、すると遺書だけを書かせてほしいと言ってきたのでゼストは頷き遺書を書いている間ゼストは涙を流した

遺書を書き終わった瞬間を見計らいゼストは脳波で属性変換を行い美原千代の心臓を凍結させた

ゼストはそのままその場を立ち去り一人雨の降る街中で泣き続けた

 

ヤマシロとゼストはロビーに入ると早速異様なまでの雰囲気に飲み込まれそうになった

人が住んでいるとは思えないほどの廃れ具合に絨毯はボロボロで床には穴があき、壁には植物が伝っており窓ガラスはバラバラに割れており役割を果たしていなかった

天井は無数の穴があき屋根も半壊状態で何の躊躇も無く太陽の光が入ってくるほどだった

 

「こんなところで、本当に死者蘇生が行われようとしているのか?」

 

ヤマシロが足を進めていると足に何か当たったようだった、太陽の光が入ってきているとは言え建物の中に電気は通っていないため基本的には真っ暗であった

ヤマシロは足に当たったモノを見ようと下を見てみるとそこには一人の人がいた、縄で全身を縛られており口には布を噛ませられており全身の自由を奪っていた

よく見てみると、周りにも似たような人間が数人地面に這いつくばっていた

 

「ンー、ンー!」

 

「こ、これは?」

 

「彼らは生贄だよ、今宵の儀式のための必要な生贄だよ」

 

カツ、カツと足音が響き渡る、年の頃は二十代後半の若い男でサングラスを装着しているため表情はわかりにくい

冬用にアレンジされた白いコートの中に白と黒のシャツを着こなしており赤いネクタイが目立っていた

黒い髪の中に僅かに混じった白髪も光の反射により存在感を引き立てており科学者か研究者という言葉が似合う容姿をした男が二階から階段で降りてきた

 

「彼らは大切な生贄なんだよ、勿論君たちもすぐにその仲間入りだ」

 

「.....あんたが教祖って奴か?」

 

ゼストが尋ねると男は笑みを浮かべながら首を鳴らす

 

「いかにも。私こそがこの死者を蘇生させるという巨大プロジェクトの企画者であり最高権力者の須川雨竜だ、よろしく」

 

男、須川雨竜は静かに名乗る

ヤマシロは須川という姓に反応するがあまりにも一瞬の驚きだったためゼストも雨竜も気がつくことはなかった

雨竜はポケットに入れた両手を出して静かに動かす、その動作一つ一つがヤマシロとゼストには不気味に感じられた

 

「君たちは一体どうやってここまで来たのか、君たちは一体誰なのか、この際私にとってはどうだっていいんだ。彼女さえ蘇ればそれで済むのだからね」

 

「美原、千代のことだな」

 

「ほぅ、知っていたのかい。それはそれは驚きだね。滅多なことがない限り他人に話したりはしないんだけどね」

 

雨竜はおどけるようにして応答する

そしてヤマシロとゼストのことを興味深そうな奇異な目で眺める

やがてゼストは冷や汗を流しながら意を決したように言葉を紡ぐ

 

「俺が、美原千代を殺したからな」

 

瞬間、空気が張り詰めたモノに急変し雨竜の表情からも笑みが消える

少し強い風が吹いたようで役割を果たしそうにない廃れた窓がガタガタと音を立てる

雨竜の表情が先ほどと比べものにならないほど険しい顔つきに変貌している

 

「どういう意味だ、あの時千代は原因不明の死だという警察の判断で終わったんだ。医科学的にも不自然すぎる死だから犯人特定どころか犯人がいるかすらわからなかった。それがお前だと言うのか?」

 

「.....真実だ、俺は彼女の暗殺を依頼された。だから証拠云々を残すわけにはいかなかった、彼女を殺したのは俺だ」

 

「ゼスト...」

 

ゼストは表情にすら出さないが声には辛さと罪悪感が芽生えているのを感じ取れた

死神は昔から暗殺術や人を殺すことの快楽感を教わってくることが多かった、ゼストもその一人だ

だからこそ命の尊さや大切さを学ぶ機会は自然と失われてしまい本来持つべきだった優しさという感情を持つことも少ない

 

しかし、ゼストは命の尊さを感じていた

今この場にいるゼストは決して死神なんて枠組みに収まる快楽殺人を楽しむ殺人鬼ではなかった

 

一人の優しい心を持った青年だった

 

ゼストの言い分を黙って聞く雨竜は訳がわからないと言った表情を浮かべていた

突如としてわかった犯人を目の前に冷静さを欠いているようにも見えた

雨竜は突如フッと笑みを浮かべる

 

「そうか、どうやったかは知らないがお前が殺したか。まぁいい、今更犯人がわかったところでだ。もうじき儀式は完成する、千代はもうすぐ私の元へ帰ってくる!」

 

『なっ...』

 

「今日は皆既日食だ、それも後数分で現象は起こる。太陽と月の光が重なり合い多くの生贄と死者を想う強い力が千代をこの世に呼び戻すのだ!」

 

雨竜は狂ったように笑い出す、そういえば今日は皆既日食が起こるとニュースでも騒いでたとヤマシロはハッと思い出す

本来何らかの儀式や呪術は自然の力に頼ることが多い、その中でも最も強い力とされるのが太陽と月である

現世の古代文明には王や神を象徴するのに太陽や月を用いられる時が古今東西と凡庸性は高い

その二つの力を同時に使うのが皆既日食である、しかし皆既日食は日が決まっているため出来る時は限られてはいるがだからこそ強力な力を発揮する

そう、死者蘇生の術である黄泉帰りの法は大量の生贄と死者を想う感情と強力な脳波と対象の死体と正確な魔法陣、そして皆既日食のエネルギーを使うことで初めて完成する術だったのだ

 

「クソ...!」

 

ゼストが儀式を止めようとこの屋敷の中で最も強い力が集まっている部屋を目指す、二階正面の厳重に何重にもロックを掛けられている扉に走り出す

魔法陣が正確でなければならないならば少し魔法陣に何かを加えるだけで魔法陣は機能しなくなる、ゼストはそのことを知っているからこそ止めに向かった

しかし、バンッ!と響く銃声と漂う硝煙の香りによりゼストの行動は阻止された

 

「うぎ...」

 

「ゼスト!」

 

「掠っただけだ、兄弟は急いで扉破壊して魔法陣を少しでも変えて妨害して阻止するんだ!」

 

ゼストは倒れるのを堪えて二本足で必死に全身を支えるがやはり掠っただけとは言え血は流れていた

ヤマシロはゼストの覚悟を無駄にはせぬと雨竜の銃に警戒しながら扉を目指す

 

(いける、あいつにはトリガーを引く時のタイムラグがある!それにもし撃ってきたとしてもさっきと違って警戒ができる、儀式を止められる!)

 

ヤマシロは扉の前にまで到達すると扉を開こうとドアノブを掴んだ瞬間だった、厳重にロックされた扉が内側からのとてつもない衝撃により破壊され吹き飛ばされる

ヤマシロは吹き飛ばされる寸前に横にステップして回避することに成功した為無傷である

 

「キターーーーーーーーーー!」

 

儀式が始まった、紫の光が天に伸びて部屋の擬似炎が紫色に変色する

ボロボロだった建物の屋根は完全に吹き飛び空が露わになる

 

「あれは...!?」

 

「いや、まさか!?」

 

空を見上げるとヤマシロとゼストの表情は驚愕に染まる

皆既日食により太陽は月に隠れて後方から僅かな太陽の光が漏れてるのは見える、問題はその更に背後だった

太陽が隠れたことで真っ暗になるはずの空が何故か紫色に染まりその空の狭間から来世の光景が目に映りこちらにゆっくりと迫ってきていた

 

「あれは、来世?」

 

ヤマシロはポツリと呟いた

 

 

 

数千年前、人類がやっとのことで二本足で歩き始め文明というモノがゆっくりと栄え始めた頃には既に差別や階級制度というモノが無意識的に完成していた

 

そしてある時、ある人物が死者を蘇生する術を編み出した

 

王は歓喜に震え病死してしまった自分の妻を生き返らせるように命じた

 

そして皆既日食の日、呪いとも言われるこの日に儀式は行われ世界は一度終焉を迎えた

 

 

 

三途の川でヤマシロとゼストが見た現世の光景と同じ現象が二人の目の前に今度は現世で発生した

 

正確には黄泉帰りの法が皆既日食による膨大な力を吸収し過ぎて対象の魂だけで無く魂のある世界そのものを引き寄せてしまうという暴走状態に陥っていた

 

「な、なんだアレは。一体何が起こっているんだ」

 

雨竜も酷く狼狽え混乱している、本来であれば美原千代が蘇生され歓喜に震える場面なのだが美原千代の死体にも何の変化もないことから蘇生はまだ完了していないことになる

 

「ゼスト、こいつは一体どういうことなんだ!?」

 

「詳しい説明は後だ、アレを放っておくと世界が滅びちまう!」

 

ゼストは脳波で細胞の再生速度を無理矢理加速させて傷口を塞ぐ

簡単に言えば黄泉帰りの法によって蘇生されるはずの魂を引き寄せる力が世界に作用してしまっているのでこの状態が後数分続けば現世と来世の二つの世界が激突してしまい両方の世界が消滅してしまう結末となってしまう

そうなってしまえば二つの世界のバランスも輪廻転生の輪のバランスも全てゼロに還ってしまい一体何が起こるか予想すらつかない

 

「急ぐぞ兄弟。あの魔法陣さえ乱せば止められるかもしれない!」

 

「よし、具体的にはどうすればいい?」

 

「特にこれと言っては特別なことはしなくていいよ、部屋の床を砕いたり魔法陣を薄くして消したりしたりで黄泉帰りの法はダメになるらしい、結構デリケートな術だからな」

 

ヤマシロとゼストは再び魔法陣のある部屋に向かおうと走り出すが、雨竜が再び発砲する

 

「させるか、私の長年の研究を長年の苦労を、長年の想いを貴様ら如きに無駄にはさせはしない!」

 

「あいつ...」

 

「相当な根性だなッ!」

 

ゼストは二階から雨竜に向かって飛び出す、そしてそのまま拳を握りしめて雨竜に殴りかかる

 

「だけどな、死んだ人間は戻って来ないんだ!永遠に、絶対に何があろうともそのルールは変えちゃならねぇんだよ!」

 

「うるさい!貴様が千代を殺したくせに、今更何を言い出すかと思えば!だったら最初から殺すなよ、彼女を生かしてやってくれよ、私が、千代が一体何をしたと言うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

雨竜はゼストの懐に拳銃を突きつけてそのまま発砲する、銃弾はゼストの体を貫き背中から血が飛び散る

それでもゼストは倒れない、ゼストは拳銃を握りしめて粉々に砕く

 

「たしかに、俺は美原千代を殺した、それが許され、ることなんて思ってはいない。だけどなァ、それでも一人の人間の為に何十何百っていう人を犠牲にして言い訳じゃねぇだろ!自分の私利私欲の為に、多くの人を犠牲にしてまで一人の人間をこっちに連れ戻していい道理はねぇんだよ、現実を受け入れろコノヤロウがァ!」

 

ゼストは渾身の頭突きを雨竜の頭に打ちつける

たしかにゼストは何百何千何万という人間を快楽や仕事の為に殺してきた殺人鬼、彼に生命の神秘や命の尊さを語るなど世界の誰もが許さないだろう

だがそれでもゼストは叫んだ

過去の自分の罪に精算するように十字架を態々背負うようなマネをしてまでもゼストは現世と来世の理を崩さぬ為にルールを破ろうとしている一人の男を裁く

 

雨竜はそのまま気絶する、ゼストは再び脳波で拳銃で浴びた傷を回復する

 

「兄弟、さっさと魔法陣を壊しちまおう」

 

「そうだな、早く帰ろう」

 

ヤマシロとゼストは魔法陣のある部屋の床を粉々に粉砕する

その際、美原千代の遺体の入った棺桶はヤマシロが回収していた

ゼストの思惑通り儀式は止まり、空に映っていた来世の光景も霧のように消え去る

そして皆既日食が終わり夕暮れの空が世界を照らした

 

ヤマシロとゼストは屋敷を出て近くの森に移動し美原千代の遺体を再び埋葬する

本当は彼女が眠っていた本来の場所に戻したかったのだが場所もわからないためどうしようもなかった

その際、近くに咲いていた彼岸花も備えておいた

ヤマシロとゼストが立ち上がると後ろから足音が近づいてくる

雨竜だった

 

「聞かせてくれ、君たちは一体何者なんだ?」

 

それは当然の疑問だったのかもしれない

美原千代のことを知り更には黄泉帰りの法についても知っていた

もっと言えば美原千代を殺害した本人が目の前にいることが一番の疑問だった

何故今になって姿を現したのか、それまでは一体どこにいたのか、雨竜には疑問しか残っておらずもう美原千代を蘇生させようなんて気は失せているようにも見えた

雨竜の疑問にヤマシロは簡単に応えた

 

「自称閻魔大王と同じく自称死神の幼馴染だよ」

 

一陣の風が吹き事件の終わりを告げた

しかしこれが本当に終わりなのかは誰もわからない

雨竜はどこか納得した様子で笑みを浮かべた

 

「死神、か。どうやら千代を殺したのはたしかに君みたいだね」

 

雨竜は何がおかしいのかクスクスと笑続けた

それが自分を嘲笑うような自嘲気味な笑いにも聞こえた

 

夕暮れの空は静かに終わりを告げて太陽は沈み空には再び闇が訪れ始めた

 

 




次回最終回...!



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Final Judge

 

ヤマシロとゼストが来世に戻り、最初に目にしたのは今までにないくらい崩壊した天地の裁判所の痛々しい姿だった

麒麟亭で治療を受けている者たちに労いの言葉とゼストは今回の一件の引き金は自分が関わっていると謝罪した、そして三途の川から戻ってきたゴクヤマを二人で一発ずつ殴った

隗潼も戻ってきて麻稚と感動(?)の親子の再会を果たし、彼らも治療を受けることになった

天国に行ったヤマクロにも連絡を入れると今まで一体どこにいたのかとしつこく言及された、そして天国と天地の裁判所の交通網が回復するまでヤマクロは天国に留まることとなった

 

そしてそのまま天地の裁判所の復旧作業やら仕事の遅れを取るための徹夜によるオーバーワークが一通り落ち着き、あの日から既に三週間近くの時間が流れていた

ちなみに天国との交通網は半日前に回復しておりヤマクロは久々に天地の裁判所に戻ることとなった

 

「坊ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、寂しかったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「落ち着きやがれ館長、久々に坊ちゃんに会えた嬉しさはわからなくなゐがあんたはちょっと度が過ぎてる。見ろ、坊ちゃんドン引きだぞ!」

 

「あぁん、そんな対応の坊ちゃんもたまらない.....」

 

「間宮、笹雅、このアホを図書館に戻して来ゐ。出来ることなら亀甲縛りにして猿轡もオマケで監禁しとゐてくれ」

 

「......煉獄さん、あんたサラッと上司のことアホって言ったッスよね?」

 

右腕に痛々しい包帯を巻き両目をパッチリと開かせた月見里査逆は否応なしに部下である間宮樺太と笹雅光清により両手をガッチリとホールドされてどこかに連れて行かれてしまった

煉獄京は危篤とまで言われていたのだが奇跡的な回復力を見せて無事に意識を取り戻すことに成功したものの片脚を粉砕骨折に頭蓋骨越しに脳に軽いダメージを負ってしまったので脳波の使用に支障が出るかもしれないという状態である

それ以外は特に異常は見られず現在は全身に包帯を巻きながら松葉杖を付いているという、とても復旧作業に参加できる身体ではなかった

煉獄の隣に立つ東雲胡桃とヤマクロは連れて行かれた査逆を見ながらオロオロしている

 

「れ、煉獄さん。アレは放っておいてもいいのでしょうか?」

 

「俺の指示だ、それにあの天邪鬼は怪我をしているとはゐゑ多少乱暴に扱っても精神が崩れるなんて滅多なことは決して起こらなゐほどのメンタルの持ち主だからな」

 

「もはやヒトとすら扱ってなくないですか?」

 

「鬼だからな、あっちもこっちも」

 

煉獄と東雲は互いの冗談にフッと小さく笑う

実はあの日以来査逆は目を隠すことをやめたのだ、一体どんな心境の変化があったかはわからないし喜ばしいことかもわからないので特に何事もなく周りは受け流したが

 

「あの、あなたは査逆の部下?」

 

「そうゐや挨拶してませんでしたね、一応あの時も現場にゐたのですが話す機会もそうそうなかったもんですからね...」

 

煉獄はポリポリと頬を掻いてヤマクロに簡単に自己紹介をする

 

「それで京さん、兄さんどこか知らない?」

 

「閻魔様?閻魔様なら確かさっき天国に向かわれたような気がしますよ、会いたい人がいるとかで」

 

「.....まさか入れ違い?」

 

「.....みたいですね」

 

あはは、と東雲が苦笑いをすることによりその場の空気は絶対零度の温度を保たずに済んだ

ふと背後を見ると天国行きの便が一つ出発する直前だった

 

 

 

天地の裁判所の地下、一部の従業員と本当に特別な鬼しか知らない隠し部屋が存在するその場所に三人の男が一本の蝋燭を中心にして円になり、傍らには酒が置かれていた

 

「我々が一同に会するのは何年振りだろうな。隗潼、赤夜」

 

第四代目閻魔大王ゴクヤマが大きな笑みを零して酒を杯にゆっくりトクトクと注いだ

同席している蒼隗潼と平欺赤夜も穏やかで懐かしむように静かに笑う

 

「そうだな、現役の時ですら赤夜は寝てたからな。本当に何百年振りって単位じゃないのか?」

 

「部屋提供してやッてんだから文句言うなよ。オレだってまさかお前らとまた顔を合わすなんて夢にも思わなかったよ、オレはもう死んだと思ッてたからな」

 

「弟子に救われたみたいだな、ダッセー」

 

うるせェ、と平欺は茶化してくる隗潼を睨みつける

平欺は瓦礫に下敷きになり死んだと思われていたのだが瀕死寸前のギリギリの所を査逆に救われ、その後治療を受けてボロボロながらも生きていたのだ

査逆としても、もう二度と大事なヒトが目の前からいなくならないでほしい、という優しい想いが平欺赤夜という男を救ったのかもしれない

平欺は決して口には出さないがあの時の瓦礫に下敷きになった時から脳波の自動展開が不安定な状態となってしまいオートの防御が働かなくなってしまった

しかし持ち前の反射神経で防御することをカバーすることに成功した

おそらく慣れない生身で受けた攻撃が多すぎたせいで精神的に不安定となってしまい脳にも異常が生じたモノと思われる

ゴクヤマは酒を注ぎ終わると酒瓶を壁に投げつける

 

「だが、何だかんだで俺たちは生き延びた。そしてあいつらの逞しさと強さを目の当たりにした」

 

「ついこの間までチビでガキだッた連中が勝手に立派になりやがッたよな、でもオレ達からしたらあいつらは永遠にガキだけどな」

 

「そうだな。もう俺たちが出しゃばらなくてもあいつらは自分達だけの力でやって行けるだろうな。俺たちが少し過保護すぎたのかもな、今回の一件も」

 

「.....そうだな」

 

ゴクヤマは天井を見上げながら目を瞑る、親としては子供を思う気持ちは永遠に変わらないモノだがそこに自分達が介入して自分達の正義と理想を掲げて押し付けるのは間違っていたのかもしれない

彼らには彼らの生き方があるのだ、ゴクヤマは改めて自分の息子達を頭に浮かべながら、隗潼は娘のことを想いながら、平欺は一番の弟子である妹分と将来を担う一人の赤鬼を想いながら

蝋燭の火が風も吹いていないのに不自然にゆらゆらと揺れる

三人は拳を前に突き出してぶつけ合う

 

「やっぱし赤夜が一番小さいな、昔からそうだ」

 

「ほッとけ、お前達のサイズが異常なんだ」

 

「だが、これをやるのも本当に久しぶりだな」

 

これ、とは三人が拳を突きつけ合う動作のことを指し示す

昔はこれでよく事件を解決し仕事をこなしてきたモノだった

 

「では、あいつらの成長を祝って」

 

乾杯、と声と共に杯をぶつけ合う音が響き渡った

 

 

 

麒麟亭の大広間では多くの鬼達が修繕作業を一旦中断して一斉に休憩を取っていた

流石に今回の天地の裁判所が受けたダメージは過去最高とも言われるほどの破壊具合であり、ヤマシロの意向と皆の賛成により改築作業が行われることとなった

その作業の指揮を取っているのは赤鬼である紅亜逗子、ではなく青鬼の蒼麻稚の方だった

 

「はぁ...早く治んないかな、あたいの腕」

 

「まさか治療のエキスパートとも言われた亜逗子が自分の傷の治療が出来ないなんて、傑作」

 

「よし表に出な、ぶっ飛ばしてやるよ!」

 

ビキビキと青筋を浮かべて片腕骨折しているのに喧嘩腰の亜逗子を麻稚は軽く言葉であしらった

やはり言葉での戦闘には麻稚の方に分があるようで殺気が溢れ出ていた亜逗子も次第に収まっていく

そして麻稚は最初から無傷であり戦闘した形跡が唯一見られなかった

 

「ったく、あんた本当にあたいが合図した時以外動いてないんじゃないの?楽しすぎじゃない?」

 

「元々私は戦闘自体が好きじゃないので、それに真っ向から勝負して誰かに勝つなんてことは絶対にありえませんから」

 

ふーん、と亜逗子は興味がなさそうに水を飲み始める

実際麻稚は頭脳戦が得意であり直接的な戦闘よりも今回のように補佐に回ることが多い

それに亜逗子も同じだがどことなくカリスマもある

 

「麻稚さん、そろそろ再開しませんか?」

 

「では畠斑さん、あなたにはこちらとこちらの指揮をお願いします。後に私も伺うので」

 

「ちょ、麻稚さん、ここって結構大変な所じゃないですか。ちょっとしたミスが大変なことになるような」

 

「あなたならできます、これは畠斑さんにしか頼めないんです」

 

「っしゃぁ!やってやるよ、麻稚さん俺に任せとけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

.....彼は何か違う気もするが、畠斑謡代は傷を負った身体なんて関係ないと言った具合にさっさと作業場に移動して行ってしまった

亜逗子はその様子に苦笑いを浮かべながら麻稚に声をかける

 

「でもこれじゃああたいの復帰もまだまだ先かな、閻魔様の役に立てないのは癪だけど今は療養した方がいいのかな」

 

「いっそのこと戻って来なくてもいいですよ?」

 

「それは酷くないか!?」

 

 

 

地獄にあった死神の里だった場所

かつてここにはゼストの住まいもあり多くの仲間達が和気あいあいとまではいかないが助け合いながら生活をしていた場所、隗潼に滅ぼされてから初めてゼストはこの場を訪れた

その目はどこか悟ったような悲しげな瞳だった

 

「.....やっぱ憎いや、あんたの娘の説得がなかったらお前の命は既に俺が刈り取っていただろうよ、隗潼さん」

 

実はゼストは来世に戻ってきてから何度か隗潼を殺そうとしたのだが、麻稚により何度も説得された

事情も全て知った上で麻稚は隗潼の為に土下座までした

ゼスト自身もあの時は頭に血が上っていたためその場は舌打ち一つで凌いだが殺意が収まったわけではない

ゼストは爪が食い込み血が流れ出すまで拳を握りしめる

 

「今思えば、俺が自分の意思で誰かを殺したいなんて思うのは初めてだな」

 

ゼストは自分の心境の変化を自覚しながら自嘲するように笑う

もしここで隗潼を殺してしまえばまた何らかの形で憎しみと蘇生したいという欲求の連鎖が連なってしまいどんな形でゼストに牙を剥くかわからない

決してビビっているわけではないが残された者達の悲しみはあの時しっかりと目に焼き付けたつもりでいた

 

「.....初めてだな、俺が誰かを殺そうと決めて自分の意思で止めるのは」

 

ゼストは一陣の風とともにその場を静かに去った

 

 

 

その頃、ヤマシロは天国に辿り着いており空港からある場所に向かおうと足を進めていた、そう美原千代の家である

今回の一件には美原千代が大きく関わっており同時に彼女は間接的にはゴクヤマに、直接的にはゼストにより殺されてこちらの世界にやって来た、いわば被害者である

加害者が両方ともヤマシロ自身の知り合いというよりも親族や親戚なので今代の閻魔大王として一言謝罪しておいた方がいいだろうというヤマシロなりのケジメであり本当の決着でもあると思っていた

 

どうやら天国でもかなり大規模な大事件だったようで辺りには建物を修復する人々の活気ある姿がヤマシロの目に映っていた

そんなこんだで美原千代の家が近いという記念碑のある自然公園にまでやって来るが.....

 

「そういえば家の場所知らねぇ」

 

そう、記念碑の近くにあるということは知っているのだが正確な住所は把握していないどころか行ったことすらなかった

あの時はそれどころではなくなってしまったため結局行きそびれてしまったのだが、まさかそのことが今回に来て困ることになるとは思いもしなかった

 

「お困りのようね、閻魔さん」

 

すると背後から声が聞こえてきた、声の高さから推測するに女性だろう

サングラスを掛けてニット帽を深くかぶり地味目な服にジーンズを身につけている人物

 

「.....そんな格好で一体何やってんだ須川」

 

「ちょ、私須川時雨じゃないし!通りすがりの一般人Aですけど!?」

 

「あぁ、そう...」

 

須川時雨、もとい通りすがりの一般人Aは何故か頬を真っ赤に染めて反論するも説得力は皆無であった

 

「それで、貴方は千代ちゃんに会いたいのよね。私が案内してあげてもいいわよ」

 

「じゃあよろしく頼むわ」

 

「軽いすぎるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おっと」

 

通りすがりの一般人Aは額に青筋を浮かべながら飛び蹴りを放ってくるがヤマシロはそれを難なくひょいっと躱す

避けるなー!と叫ぶ通りすがりの一般人Aに呆れながら溜息を漏らす

 

「じゃあお願いします。どうか私めをお連れしてください、これでいいか?」

 

「わかればよろしい」

 

ない胸を張り堂々と上から目線の通りすがりの一般人Aに少なからずの殺意と怒りが芽生えるが、ここはグッと我慢する時である

ヤマシロはそのまま通りすがりの一般人Aに案内されるまま足を進めて行く、進むたびにどんどん人気のない場所に進んでいくためヤマシロは少しながら不安になってきた

不意に通りすがりの一般人Aが話しかけてくる

 

「ありがとうね、一族の家宝を守ってくれて」

 

「家宝?」

 

「黄泉帰りの法が記された巻物よ、あれは須川の一族に代々伝わるひぃひぃひぃひぃひぃひぃお婆様から守るように保管するように伝わっていたモノなの」

 

サラッと正体を明かしたことについてはあえて言及せずにヤマシロは頬をポリポリと掻く

来世に戻る直前、全ての元凶となった死者蘇生の巻物は須川雨竜本人から手渡され今はヤマシロの能力により燃えて灰となった

しかしそれでも彼女は守ってくれたと言った、ということはあの巻物にはまだヤマシロ達の知らない何かがありそれを守ってきたのが須川の家系だったのかもしれない

ヤマシロはそのことを深くは言及しなかった、もしかしたら世の中には知らなくてもいいことがあった方がいいのかもしれない

そんな会話を続けているとある一軒家が目に入った

どうやらかなり近くまでやって来たらしい

 

「ここが千代ちゃんの家よ、何をしに来たかは知らないけどあまり期待しないことね。ただでさえ彼女引っ込み思案で引きこもりだから」

 

それはお前だろ、と思わずツッコミそうになってしまうがまずは案内してくれたことのお礼を言う方が先であった

 

「ありがとうな時雨、ここからは一人で大丈夫だ」

 

「......私は通りすがりの一般人Aよ」

 

通りすがりの一般人Aはそのままニット帽を更に深く被り直してそそくさとその場を立ち去って行った

 

(さて、と)

 

ヤマシロは改めて目の前の家に美原千代、自分の母親の生まれ変わりがいるとなると改めて緊張してくる

実際美原千代と出会うのはこれが初めてであり何を言われるかはわからない

しかし、ここまで来て引き返すなんて選択肢は絶対にありえない

 

ヤマシロはゆっくりとインターホンに手を伸ばした

 

ピンポーン、という何気ない小さな音がヤマシロにはその時だけ何故か大きく聞こえた

 

 




これにて物語はおしまいです(^^)
最後に終章を更新して正真正銘の完結となります、その際活動報告の方にあとがきも同時に更新しますのでそちらも見ていただけると嬉しいです
そして長い間読んでくださった読者様には感謝、という言葉だけでは感謝しきれません(^^)

では、今度はあとがきでお会いしましょう
今まで本当にありがとうございました(^^)


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終章
制裁のエピローグ


須川雨竜という男はあの日以来路頭もなく彷徨い最終的に自主することとなった

その後でわかったことが問題となっていた宗教組織のトップであることと近隣の住民の神隠し事件の主犯であることにより無期懲役の刑が課せられた

 

須川雨竜は美原千代という人生の支えを無くしてからは彼女の蘇生を生きる糧としていた

それすらも失ってしまった彼は本当に廃れた人間となってしまい、事情聴取にもまともに応じれる状態ではなかった

 

ある日、彼の収容されている刑務所に一人の男が須川雨竜を尋ねて来た

彼は須川雨竜宛の手紙を看守に渡すとそそくさと去って行ってしまったらしい

看守のチェックが終わり手紙はようやく本人に届いた

手紙の送り主を見て須川雨竜は目を大きく見開き驚いた

 

彼は手紙を丁寧に開き一言一言丁寧に黙読し始める

 

 

須川雨竜様

 

お元気ですか?

時間の流れというものは早いもので貴方が私の為に動いてくれた日から既に一ヶ月という年月が過ぎ去りました

私は死んだことを後悔していません、だから私のことは心配しないでください

 

こちらに来て沢山の人と出会いました、有名な偉人や世界に名を残した名君、そして閻魔大王様

 

貴方のご先祖様にも会いました

かつての貴方と同じで赤い目と色素の抜けたアルビノの髪にコンプレックスを抱いている、今では私のかけがいのない大切な友人になりました

 

そちらでのご様子はどうですか?

こちらには季節という概念がないみたいなので四季を楽しむことが出来ないのが少し残念ですがおそらく貴方は楽しめているでしょう

 

貴方に折り入ってお願いがあります

 

もし私の両親に会うことがあったのならあっちで元気にやっているとお伝えしてもらいたいです

信じてもらえないかもしれないですがこの手紙を見せればきっと信じてくれると思います

 

こちらにも都合があるのでいつでも手紙を出せるわけではありませんがまたいつか書かせてもらいます

 

貴方と次に会う時は貴方が死んだ時なんて少し悲しいですが、死んだら絶対に会いましょう(笑)

それと私に会いたいからと言って今すぐ自殺なんて絶対にしないでくださいよ!

私の分まで生きていてください

 

迷惑かけてばかりですがこんな私を許してください

 

P.S:そちらからお手紙を貰えるともっと嬉しいです

 

美原千代より

 

 

手紙を読み終えた須川雨竜は涙を流していた

偽物と考えるのも一つの手段だが彼女の筆跡に間違いないと須川雨竜は即座に判断することができた

そして改めて須川雨竜という男がどれほど愚かで馬鹿な人間だと言うことを思い知らされた

 

手紙はくしゃくしゃになり須川雨竜の顔も涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた

 

後悔してももう遅かった、須川雨竜は戻らない時の大切さを初めて身に染みて実感した瞬間だった

 



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番外編
コラボ編 〜キャミにナイフ〜


初めての番外編です!

今回は紅野生成様の小説、キャミにナイフとコラボさせていただきました
キャミにナイフの内容も含みますのでそちらを読んでからの方がお楽しみいただけます

時系列的にはヤマシロが信長の荷物を取り返しに行く直前辺りです


ヤマシロが目を開くと薄暗い森の中だった

 

「..........は?」

 

まだ意識が完全に覚醒している訳ではないが異様な光景がヤマシロの前に広がっていた

まずは黄泉の世界では見ることのない植物、黄泉の世界では見ることのない白い雲と空...

初めは夢かと疑ってもおかしくない状況にヤマシロは意識を一気に覚醒させられる

ヤマシロは仰向けになっていた体を一気に起こし、辺りを見渡す

 

右を見る、木がいっぱいだった...

 

左を見る、やはり木がいっぱいだった...

 

下を見る、大地があった...

 

「.........ははは」

 

生まれて初めての経験にヤマシロは思わず笑ってしまう、いやこの場合は笑わずにいられないの方が正しいのかもしれない

 

織田信長の鞄が石川五右衛門に盗まれたと聞いたから天国に行くための飛行機に搭乗し、今まで忙しかったから飛行機の中くらい一眠りしようと思ったらこれだよ...

 

いや、もしかしたらここが天国なのかもしれない!

...しかしその考えは即座に否定する、彼は何度か天国に行ったことはあったが地面は雲でその上はアスファルトで舗装されている

それにもっと人気と建物があった

 

ヤマシロが意識を覚醒させてから約53秒、導き出された結論は...!?

 

「ははは、はは、ここ一体どこなんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!?」

 

頭を抱え、大声で叫んだ

ヤマシロの声に驚いたのかたくさんの小鳥と虫が空に飛んで行った気がする

 

こうして、ヤマシロの奇妙で不思議な体験が始まった

 

 

 

ヤマシロはとりあえず現実逃避をしていても仕方ないので辺りを散策してみることにした

道に迷ったらそこを動くなとかよく言うが、何故かそこにいつまでも留まってはいけない気がしたのだ

自分の元いた場所とは違う何かを彼は何度も感じた

 

しばらく歩くと、森を抜けて一本の長い道に出ていた

いつの間にこんな所に来たかはわからないが気がついたら目の前に一本の長く果てしない道が伸びていた

 

「...とても現実とは思えないな」

 

ヤマシロはとりあえず行く宛も右も左も前も後ろもわからないため、目の前に続く道をひたすら進む

....途中何やら奇妙な生物に何度か絡まれたが気にすることはないだろう

 

しばらく行くと目の前に別れ道が現れた

 

「迷ったら右に行くのが無難だよな?」

 

「あえて左に行くという逆転の発想も捨てられないけどね」

 

「それもそうだ...な...?」

 

ここでヤマシロは一つの異変に気がつく

長い間一人で居たせいで感覚が鈍っていたのか気がつくのにワンテンポ遅れてしまった

 

ヤマシロは声のした草むらに目を向ける

そこには顔を半分だけ覗かせ、ギョロリと効果音がしっくりくる目玉を持つ男が甲高い声で話しかけてきていた

最初は驚いたが、既に別世界に来たかもしれないという事実に比べればマシな方であった

 

「兄ちゃん、あんた人じゃないよな?少なくとも俺が知っている臭いではないな」

 

男は片方の目玉をこちらに向けてくる

 

「まぁ、そんなトコかな?」

 

「俺から尋ねといて何だが、何で疑問系なんだ?」

 

「今ちょっと混乱してんだ、突然こんなトコに来ちまったしな」

 

「兄ちゃん、自分の意思で来たわけじゃねぇのか!?」

 

男が驚きながらヤマシロに尋ねる

 

「まぁな、寝て目が覚めたらここにいたんだ」

 

「.....こりゃ珍客だな」

 

男は適当に相槌を打ちながら一人勝手に納得し始める

何のことだかヤマシロにはわからなかったが郷に入っては郷に従えという言葉を思い出し、話を進める

 

「で、あんた的にはどっちの道がいいと思う?」

 

「まだ決めてなかったのかよ、そうだな引き返すことはオススメしない」

 

「安心しろ、そのつもりはない」

 

「う〜ん、この前来た兄ちゃんには左に行ったから...右でいいんじゃないか、ここは無難に」

 

「オイ、今絶対適当に決めたよな」

 

「兄ちゃんだけには絶対にその台詞は言われたくないな」

 

男の正論にヤマシロは返す言葉を失ってしまう

気のせいかもしれないが男がクスクスと笑っている気もする

 

「いや、兄ちゃん中々面白いな、こないだ来た奴とは大違いだ」

 

「他にもここを通った奴がいるのか?」

 

「まぁ、厳密に言えばこことは違うけどな」

 

男の言葉がいまいちわからず首を傾げるヤマシロだが、男はヤマシロの前に通ったという人物について一人勝手に話し始める

 

「この間来たクソ真面目な兄ちゃんと違って話は通じるし、その前になんだか親しみやすいしな」

 

ヤマシロは男の話を黙って聞く

聞く義理はなかったが何となく聞いていたかった

ヤマシロは男に近づき、

 

「いつか、また会えたらいいな」

 

「そうだな、また会おう兄ちゃん」

 

ヤマシロはそのまま別れ道の右を進んだ

彼のお陰でここには話せる生物がいることがわかった

 

ヤマシロは先程よりも軽い足取りでまだ見ぬ道の先に歩み出した

 

 

 

時には急カーブだった道も、時には植物で道が塞がれていたとしても、時には断崖絶壁が立ち塞がったりしても、時にはエトセトラエトセトラ...

 

そんな感じで途方もなく長い距離を進んだヤマシロの表情には疲れが現れていた

時間もわからない、ここがどこかも右も左も把握できていない彼にとっては体力的な疲れよりも精神的な疲労の方が大きいであろう

 

「たく、さっきから同じ光景が続くばっかじゃねぇか、一体いつまで俺は歩けばいいんだよ!?」

 

もはやヤケになったヤマシロは近くにある丸太に腰掛け少し休憩を取ることにした

いくら急いでるといってもここで倒れるわけにはいかなかった

 

「畜生、一体何でこんなコトになっちまったんだろうな...」

 

乱れた呼吸を整えるために右手をかざし、どこからか水の入ったペットボトルを取り出す

水を飲み干し空になったペットボトルはまたどこかに消え去る

 

ヤマシロが立ち上がり、もう少し先に進んでみるかと動き始めようとしたその時...

 

「.....鐘の音?」

 

どこからともなくゴォーン、ゴォーン!と鐘の音が鳴り響いた

天地の裁判所に鐘はなかったためその音色はヤマシロにとって新鮮なモノに感じられた

 

と、鐘の音を聞きながら黄昏ていたヤマシロに声が掛かる

 

「あんた、早く逃げな!」

 

「ん?誰だよあんた??」

 

「いいから、あぁ、もう!ついてきな!」

 

「えっ、ちょちょちょ!?何何何何!!??」

 

声を掛けられたかと思ったら突然逃げろと言われ、誰かと尋ねると首根っこ掴まれて連れて行かれるわ...

ここは本当に一体何なんだ?

 

ヤマシロはそのまま何処か部屋の中に連れられたようだ

土の壁の部屋に中世の城を思わせる豪華な装飾の部屋だった

もしかしたら裁判所の客室よりも豪華な作りかもしれない

 

「一体なんなんだよ、あんた!」

 

「あんたこそなんなのよ、あたしが助けなきゃ死んでたんだよ!」

 

「ハァ!?」

 

あまりのスケールの大きい話にヤマシロは唯でさえ混乱している状態なのに更なる混乱を呼んでしまう結果となった

 

「響子、まずは落ち着いて」

 

「蓮華...!」

 

ヤマシロはもう一人の人物の一言によって一先ず冷静になる

...あの台詞は本来ヤマシロに向けられた言葉ではないのだが今は気にしないでおこう

 

「申し遅れました、私は蓮華、こちらは響子といいます」

 

「ま、一応よろしくな」

 

サラリとした黒髪にどこか大人な雰囲気を漂わせる女性は蓮華、黒のタイトスカートに白のブラウスを合わせている女性は響子と名乗った

 

そしてここの話を聞かされた

 

ヤマシロが聞いた鐘の音は日が沈み闇が訪れた印、ここでは三時間だけ闇が森を包み込み最も危険な時間帯になるらしい

何が起こるかわからないがここで生きるためには知っておかねばならない最低限の知識らしい

 

ここがどこかわからない上に急にやってきてしまったヤマシロがここでのルールを知ることはない

 

「自己紹介が遅れた、俺はヤマシロ、命を救ってもらったのに怒鳴ってすまなかった」

 

「いや、あたしも説明なしに引きずったのは悪かった」

 

ヤマシロと響子は互いの非を認めて、握手を交わす

 

「ヤマシロさんは何故この世界に?こちらの人ではありませんよね?」

 

「まぁ、話せば長くなるが気がついたらここにいたんだ」

 

「ヤマシロ、お前...」

 

響子は自分の意思なしにここに来た自分に同情するような表情を浮かべる

確かに誰しも自分の意思なしに知らぬ場所で目が覚めたら目覚めが悪いものだ

それは響子も例外ではないのかもしれないが、

 

「友達がいないだろ?」

 

「何でそうなるんだよ!?」

 

響子の予想外の心配にヤマシロは思わず声を張り上げる

 

「だって、いくら何でもそんな嘘はよくないぞ」

 

「いや、事実だから」

 

「確かに友達欲しさに嘘を吐くやつもいるけど、それは後々大変なことになるからやめといたほうが...」

 

「頼むから話を聞いてくれませんかね!?」

 

実際友達、というか部下はたくさんいるし!

同期で同種族の友達はいないけど!

 

.....今ここでヤマシロに友達と言える友達がいないことを思い知らされた

 

「.....畜生」

 

「やっぱ友達いないんじゃないか」

 

「響子、少し黙りましょうか?」

 

 

 

その後、ヤマシロと響子、蓮華は闇が晴れるまで他愛のない話で盛り上がっていた

話してみればどこか気が合うところがあったようでとんとん拍子で話は滑らかに進む

 

「お、夜が明けたな」

 

響子が扉を開けた

瞬間、眩しい光がヤマシロの視界を埋め尽くす

 

「ヤマシロ、早く行かないとまた夜がやって...ヤマシロ?」

 

「あれ?ヤマシロさん??」

 

響子と蓮華の表情は驚きよりも戸惑いの表情に変わった

先程まで蓮華の隣にいたヤマシロがいなくなっていたのだ

 

「まさか、もう行っちまったのか?」

 

「そうかもね、彼早く帰りたがってたし」

 

 

 

一方、ヤマシロは...

 

「んあ、」

 

いつの間にか眠ってしまっていたらしい、目を開くと見慣れた光景がヤマシロの目に飛び込んできた

 

「あれ?」

 

そこは天地の裁判所から天国へ向かうために乗った飛行機の乗客席だった

先程まで隣にいた蓮華と響子も綺麗な装飾の部屋もなかった

 

「...やっぱ夢だったのかな?」

 

しかし、どこか夢にしては鮮明で記憶もしっかりしている気もした

 

「また、会えたらいいな...」

 

本当に会ったかはわからないが、ヤマシロはこの不思議な出会いをこの後も忘れることはなかった

 

そして、彼は飛行機を降り天国へと足を踏み入れた

 



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コラボ編 〜顔巣学園の平凡な超常〜

コラボ企画第二弾です!
今回はアカシックレコードさんの「顔巣学園の平凡な超常」とコラボさせてもらいました。
あちらにヤマシロ達がゲスト登場する前日譚となってます(^^)


 

ある日の天地の裁判所、ヤマシロが雑務室の掃除をしていたら使い古した携帯電話が出てきた。

果たしていつ買ったものだろうか、記憶にすら残らない骨董品だったが奇跡的に電気は生きており起動した、長生きなものだな。

そこでアドレス帳を確認したところ、登録件数3件に対して泣きそうになったのは内緒である。とりあえず旧知の知り合いである現在現世に左遷中のルシフェルに掛けてみることにした。

生きているかの確認と携帯電話の電波はどこまで届くのかというどうでもいい実験も兼ねて。

普段脳波による脳話で遠距離会話を済ませてしまう彼らに携帯は不要なため文化は廃れてしまい、天国と神の国でしか使われないガラパゴス製品となっていた。

コール音が六回、プルルルル、と鳴り向こうが電話を取ったようだ。

 

「よ、ルシフェル」

 

『あぁ、久しぶりだなヤマシロ』

 

電話の向こうから聞こえてきた声はどこか渋みのある男性の声。これでゴクヤマ以上歳を重ねてる人物だからこそ侮れない。

 

「そっちはどうよ?うまい事やってっか?」

 

『うむ、まぁまぁと言った所だろうな。お前はどうだ?」

 

「こっちは毎日が大変だよ。前なんか現世と来世の境界が曖昧になって世界滅びかけた大事件に関わったしよ。とりあえず今は落ち着いたってところだな」

 

『なるほどな、あれにはあんたが関わってたのか』

 

「関わってたというか渦の中心だったというか」

 

苦笑いを浮かべながらヤマシロは頬をポリポリと掻く。電話の向こうのルシフェルはフッと笑みを浮かべて『閻魔大王に休みはないというわけ、だな』とか言ってる。

まさに正論でぐぅの音も出ない。

 

「そうだな。いい加減長い休暇が欲しいよ」

 

『......そう言えばゼスト君と麻稚君はバンドや音楽関連に興味があったな』

 

「なんだよ突然、まぁ、最近ハマってるみたいだけど」

 

最近では二人でいることもよく見かける。ただ本の受け渡しをしている以上によく見かける。

もしかして二人だけで演奏をしていたのかもしれないな。ヤマシロが上の空になっているとルシフェルが突然思い出したかのようにそうだ、と声を出す。

 

『お前、今から暇か?』

 

「ん?今は雑務も掃除も落ち着いてある程度時間はあるけど」

 

『なら、ウチの顔巣学園の夏祭に来ないか?』

 

顔巣学園、ルシフェルが校長をしている超ぶっ飛んだ学園らしい。

何でも自由がモットーの学園で基本的に何をしても許されるとか何とか。ある意味無法地帯のトンデモナイ所である。

 

「ちょっと待てルシフェル。たしかに今は時間はある、だがそっちに行く暇はないぞ?」

 

『大丈夫だ、問題ない』

 

(コイツ!他人事だと思いやがって!)

 

仕事量を知らないからそんなこと平気で言えるんだ、とヤマシロは手に持った携帯が壊れるのではないかと思うくらいに力を込める。決して八つ当たりとかではない、仕方ないことだ。必然的な衝動なのだ。

ヤマシロは決して悪くない。

 

『よしわかった、とりあえず来い』

 

「何にもわかってないだろ!」

 

『大丈夫だ、一日くらい仕事サボっても何も言われないって。それじゃ、待ってるぞ』

 

「オイコラ、ちょっと待て!」

 

ヤマシロの静止の声も聞かずにルシフェルは強引に通話を切ってしまった。

雑務室にツー、ツー、ツー、と虚しい音が響きわたる。

グシャ、と携帯を握りしめて破壊してしまったヤマシロは決して悪くない。悪いのはあの左遷中という身であるにも関わらず自由奔放にしているあの堕天使クソ野郎が悪いのだ。

−−−しかも、悪い運がどうやら重なってしまったようで、ヤマシロは嫌な予感を感じながら壁にもたれかかる。

 

「話は聞いたぜ兄弟!是非行こう、場所はわかる!」

 

「だろうと思ったよ、コンチクショー!」

 

というわけで。準備万端の義兄弟、死神ゼストと共に現世へと向かうことになった。

 

(全く、どうしてこうなったんだか)

 

ヤマクロのことを心配するが、今は査逆と一緒にいるから大丈夫だろうと勝手に安心する。

もし彼女が暴走すれば煉獄というストッパーが何とかしてくれるはず。ヤマシロは半ばゼストに拉致られる形で彼の影の中に収納された。

 

 

 

「話は勝手に聞かせてもらった」

 

「話は聞かせていただきました」

 

その頃、雑務室の入り口に佇む二人。赤鬼の紅亜逗子と青鬼の蒼麻稚がニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「全く、閻魔様が一人で何か馬鹿みたいに雑務室で大騒ぎしてると思ったら面白いことになってるみたいじゃん。あたいらも付いて行くっきゃないでしょ」

 

「ですが亜逗子、どうやって現世へ?現在死神はゼストさん以外に生き残りはいません、なので行く手段は存在しないのでは?」

 

「心配すんな」

 

ニッ、と亜逗子は今までで一番頼りになる表情で麻稚の両目をジッと見つめる。何故こんな局面でこんなに頼もしい表情ができるのかはわからないが、自信満々に確信めいて亜逗子は麻稚に告げる。

 

「−−−ハーフならいるだろ?あたいらの知り合いに、しかもここで働いてる」

 

というわけで。

ベンガディラン図書館へ向かった二人はダラダラダラけている館長さんに鬼と死神のハーフである煉獄京をしばらく借りるというとあっさり許可してくれたので煉獄を連れて麒麟亭にある亜逗子の部屋へと連れて行く。

 

「−−−そういうわけだ、煉獄。あたいらに力を貸してくれ」

 

「ど、どうゐうわけ?」

 

「うーん、簡単に言うとだな。あたいら現世に行きたい、ゼストは閻魔様と現世に行っちゃったからここにいない、あんたしか頼れるヒトがいない、アンダースタン?」

 

「ま、まぁ何となく理解はできたけど、たしかに現世に行くことには行けるけど」

 

「じゃ行こう!」

 

「ちょっと待て!マジで脈絡なさすぎで混乱してんだけど!?」

 

煉獄に構うことなく二人は準備をせっせと進める。ちなみに煉獄は何度か現世行きを成功させている。

初めはゼストの師事を受けながら、そのあとは自分でゆっくりとコツを掴みながら度々と。ベンガディラン図書館で昔の死神が書き記した書物を読み漁ったり、現世と来世の違いを頭に叩き込んだりと色々と頑張ってきた。

全ては、好きなヒトの為に。

 

「煉獄、今は私たちの言うことを聞くべきです。死にたくなければ」

 

「重ゐ!?」

 

「レッツゴー現世ー!」

 

「だぁー!もう、わかったよ!連れて行けばゐゐんだろ!?どこに行けばいいの!?」

 

「えっと、カオスガクエンってところだったっけ麻稚?」

 

「そこです。よろしくお願いしますね」

 

「どこだよ、それ!?」

 

こうして、前途多難だったが煉獄達も現世に向かうことになった。

続きはアカシックレコードのみぞ知る世界!




https://novel.syosetu.org/7021/
続きはこちらでお楽しみください(^^)


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後日談 〜ヤマクロside〜

番外編です(^^)
今回の主人公はヤマクロです!


 

「よし、こっちは問題ないぞ。そっちはどうだ?」

 

「同じく問題なし、尾行を続けよう」

 

ここは天国、善なる魂が集まり生前に活躍、もしくは著名だった善人の集まる黄泉の国の休息地でありリゾート地でもあり観光地でもある。

その天国の一角に二人の人物を尾行する三人の人影が映っている。

 

一人は今代の閻魔大王にして絶賛多忙のはずのヤマシロ。人目を避けるようなラフな服装にサングラスを付けている。

二人目は瓶山一。かつてヤマシロが裁判によって裁いて無事天国で娘と再会して以来便利屋を営んでいるまだまだ現役の働くお父さんであり、彼もまた人目を気にするように辺りに気を配り迷彩柄のジャケットを身に纏っている。

そして最後の一人は石川五右衛門、瓶山と共に便利屋を営んでいる元泥棒で今ではすっかり改心して平和に天国で暮らしている。

 

五右衛門はため息を吐きながら一言漏らす。

 

「なぁ旦那も瓶ちゃんもさ、こんなことやめねぇか?俺たちが行ったって何もできることないぜ。むしろ邪魔だし」

 

「黙れ。これは極めて重要な仕事だ、何故なら裁判所の雑務を全て放ったらかしにして来たんだから」

 

「それただ単純に面倒だっただけじゃねぇの!?頼むからこんなことより本来の仕事に戻ってくださいよ、瓶ちゃんも言ってくれ!」

 

「俺は閻魔様に賛成だ。というより俺たちは閻魔様に依頼されてここにいるんだ、依頼人の意向は無視できない。それに俺もあの二人が気になって仕方ない」

 

「お前もかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

うがぁぁぁぁぁ!!と頭を抱えて二人を止めることを不可能に思えてきた五右衛門は重いため息を一つ吐く。

対するヤマシロと瓶山は目をギラギラとさせ周囲をひたすら警戒し、尾行対象から目を離さぬようにとしっかりと追跡を続ける。五右衛門も置いていかれぬようにとついて行くがイマイチ乗り気ではなかった。

 

五右衛門は思う、どうしてこうなったのか。あの時何故自分も興味本位で参加を表明してしまったのかと。

 

そう、あの時点では彼らを止めれるのは自分しかいないと思った五右衛門が馬鹿だったのだ。

ここまで二人が本気で暴走するなど彼の予想の内には入ってなかったからである。

 

どうしてこうなってしまったのか、それを説明するには少々時を遡り一から十まで解説する必要があった。

 

 

 

今も改築作業の続く天地の裁判所では誰も彼もが一丸となって動ける者を中心に皆が汗を流して作業は着々と進んでいた。

麒麟亭は既にほぼ形を取り戻しており娯楽場と天地の裁判所と直接繋がっている渡り廊下に関しては完全に復旧されていた。

 

そんな作業に参加せずに狭い個室でただひたすら黙々と雑務を続けるヤマシロは一服がてらに煙管を取り出していた。天地の裁判所がほぼ壊滅状態となっていても現世からの客は途絶えることはなく、続々とやって来るため審判に裁判にといつも変わらぬ作業を延々と繰り返していた。

 

「はぁ、雑務をできる場所が残っているのは嬉しかったがこの量はありえないな。久々に羽を伸ばしてゆっくりしたいぜ」

 

誰が拾うわけでもない儚く叶わぬ願望を一人ため息を吐きながら窓から外で作業している鬼達を見ながら煙管を吸う。

彼らも頑張っているのだから自分も頑張らないといけないというのは言い聞かせているのだが、やはりやる気はなくストレスと疲れだけが溜まっている状態ではとても捗るとは言えなかった。

あの日以来これと言って目立つ大きな事件が起こるわけもなく平和な日常が悪戯に過ぎ去って行っているのでイマイチ張り合いがなく緊張感に欠けてきているのも事実である。

だがそれでいてこんな平和な日々が一生続けばいいと心のどこかで思っている自分がいることにも気がつく。

所詮ヒトの考えなど矛盾しか生まないのだ。

 

そろそろ作業を開始しようか、と背伸びを一つして席につこうとした所でスパーン!と勢い良く扉が開かれる。

入ってきたのは盛りに盛った金髪に冷たい白銀と燃えるような真っ赤な瞳を持つオッドアイの少女が息をぜぇーぜぇーと激しく切らしながらノックもなしに入室してきた。

少女、月見里査逆は今にも泣きそうな表情でこちらを見つめている。

 

「どうした査逆、ていうか入る時にノックくらいしたらど」

 

「閻魔、様」

 

査逆はギリギリと歯ぎしりをしながら呼吸を整え、ヤマシロに問いかける。

 

「ぼ、坊ちゃんに、い、い、いあいいいつ彼女ができたたたた、たんですかァ!?」

 

「......................................え?」

 

バンッと大きな音が鳴るくらいの力で叩きつけられた机が真っ二つにならないか些か心配な部分もあったのだが査逆の言ったことにヤマシロは目を点にするしかなかった。

彼女の言う坊ちゃん、ヤマシロの弟のヤマクロにそんな浮いた話があるなんて聞いたこともないし噂も立ったこともない。査逆はこちらの事情や言い分を聞かずに続ける。

 

「だって、坊ちゃん今日その人に会いに天国まで行くってマジで楽しそうにウチに話すんですよ!確かに坊ちゃんもいつまでも子供じゃないですけど、それでもウチは坊ちゃんの世話役としてこの話は是が非でも事情を知る権利があると思うんですけど!」

 

「今日?」

 

ヤマシロは記憶をゆっくりと辿って行った。たしかヤマクロが天国から戻ってきて間もない頃に瓶山夏紀と会う約束はしたと聞いていたがそれが今日だったようだ。

しかし、彼らは別に付き合っているわけでもないしそんなことを意識し合う年齢だとはとても思えない。

何よりヤマシロですら彼女を作ったことすらないのでその辺の事情に彼は極端に疎かった。

 

「たしかに夏紀ちゃんと会う約束はしてたけど、別にあいつら付き合っているわけじゃ」

 

「ソノオンナブチコロス。」

 

「やめろ阿呆!ていうかお前どうやって天国に行くんだよ、相手既に死んでる人間の死者だぞ!?」

 

「そんなもの、気合と根性とやる気さえあればマジで関係ねぇっすよ!」

 

「その熱意は仕事に影響させるように今後努力してもらいたいね!」

 

ヤマシロは査逆を全力で止めるべく鬼丸国綱を取り出した。

 

ちなみに仕事途中にいなくなった査逆を探しに雑務室前までやって来た煉獄と間宮によって全力で取り押さえられ査逆が気絶するという形で勝負は着いた。

 

 

 

その頃ヤマクロは既に天国に到着しており待ち合わせ場所である空港で一人静かに待っていた。

いつもの服装とは違い、以前天国に滞在している時に上杉謙信に協力してもらいこっそりと購入した現代風のラフな格好だった。

いつか夏紀と一緒に出かけることがあるかもしれないことと自分が夏紀に好意を抱いていることを謙信に何故かバレてしまったので二人で買い物に出かけたのだ。

そして女性と二人で出かける時の勝負服をヤマクロの意見も取り入れつつ謙信は全力でコーディネートに協力してくれた。

 

(夏紀ちゃん、まだかな)

 

すっかり元の形を取り戻した空港にある時計を見ながら待ち続ける。

約束は天国から帰る間際に決めたことでそこからは何度か携帯(夏紀達は脳話を使えないので連絡用にと滞在中に買った)で連絡をしていた。

天地の裁判所から天国にまで電波が届くという事実も本来ならば驚くべきなのだが生憎とヤマクロはそっち側の分野に関しては一切詳しくなかった。

 

「お待たせ〜」

 

丁度時計の長い針が12を指した辺りで夏紀がやって来た。

彼女もいつもの服装とは違いピンクと白のグラデーションのあるワンピースをメインにいつも以上に可愛く魅せられるコーディネートでやって来た。

 

「ごめんね、待った?」

 

「ううん、全然。その服可愛いね」

 

「ありがとう、ヤマクロ君も似合ってるよ」

 

「そ、そうかな」

 

えへへ、と頬を掻きながら照れるヤマクロに対して夏紀も頬を赤く染めて目線を下に向けて俯いている。

ヤマクロが夏紀の手を取り、笑顔を浮かべる。

 

「そんなことより今日は楽しも。せっかく会えたんだから一杯楽しまないと!」

 

「う、うん!」

 

夏紀もそれに応えるように精一杯の笑顔を浮かべた。

 

二人は手を繋いだまま近くの喫茶店までやって来た。チョイスが少し子供と離れたところがあったのだがヤマクロも夏紀も始終笑顔で不満を一切漏らさず、楽しい時間を過ごした。

次に向かった場所は天国でも有名所である遊園地である。夏紀もまだ行ったことはないらしいがかなり大きな遊園地で一日で全て周りきれるかわからないくらい大きかった。

彼らの他にも若いカップルや家族連れといった客も多く大人気であるということは見てわかった。

 

「楽しそう!」

 

「でしょ、私も一回来てみたかったのよ」

 

「お父さんとは行かなかったの?」

 

「.....目の前までは来たんだけどお父さんが恥ずかしがって結局入れなかったのよね」

 

「あ、ははは...」

 

楽しい一日はまだ始まったばかりであった。

 

 

 

そして冒頭に戻る。瓶山は自分のヘタレっぷりを二人に知られてしまい軽蔑の視線を向けられているところだった。

ちなみにヤマシロはヤマクロの次の便で天国にやって来て偶然夏紀を尾行する瓶山と五右衛門を喫茶店近くで発見したのでそこから行動を共にしている。

 

「畜生!リア充爆発しろ!」

 

「旦那ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?アレあんたの弟さんでしょ、弟さんの幸せくらい喜んであげてくださいよ!」

 

「閻魔様に同意だ、四散爆発してしまえ!弟様限定で!」

 

「お前もか親バカ!さり気なく娘取られそうになってるヤマクロさんに嫉妬心抱いてんじゃねぇよ、既婚者!」

 

やはり五右衛門に二人を止める力はなかった。

 

 

 

遊園地に入ったヤマクロと夏紀が始めに向かった場所はジェットコースターであった。

行く途中に様々な着ぐるみ達と写真撮影も済ませ楽しい時間を過ごしながらきゃはは、うふふ気分の二人は周りから見てもわかるくらいの幸せオーラを放っていた。

そしてジェットコースターで並んでいた二人はあっという間に先頭までやって来ていて次の方どうぞ〜という一言でいつでもコースターに乗れる態勢だった。しかしここで知っておかなければならない予備知識が一つだけある。

ヤマクロは自分の力で空を飛んだり空中を高速で移動したりすることはできるのだが、自分以外の力が備わった事態で空を飛んだり高い所に放り出されたりというイレギュラーな事態に弱いのだ。

つまりヤマクロはジェットコースターやロケットエンジン搭載の車などの乗り物が恐怖の存在でしかないのだ。このことを彼自身が自覚したのは天国滞在中に五右衛門と瓶山が仕事で使っているモンスターマシンに乗せてもらった時であった。

勿論だが夏紀はそんなことは一切知らない。

 

「楽しみだよね」

 

「ソ、ソウダネー」

 

既に二人の間に温度差が生じていた。

楽しそうな夏紀に対して顔を真っ青にするヤマクロ、二人は従業員の人に案内されてコースターに乗る。

 

コースターはカタカタと無慈悲で無機質な音を立ててゆっくりと上昇していく。中間近くでは既に天国のあちこちが目に入るほど高い場所までやって来ていた。

そしてコースターが最高潮の高さに達し...

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ#$=〆@○*%☆〒♪!!!」

 

楽しそうに叫ぶ夏紀に対して言葉にならないヤマクロの叫びが木霊した。

 

「あはは、楽しかったね〜!」

 

「ソ、ソウダネー」

 

「どうしたの、何かフラフラしてない?」

 

「だ、大丈夫大丈夫。ボクの歩き方って結構癖があるからさ」

 

あはは、と苦笑いを浮かべながらヤマクロと夏紀は近くのベンチでジュースを飲みながら休憩していた。

彼らの頭上では今でもジェットコースターに乗っている人々の叫びが聞こえており、皆が皆楽しそうに叫んでいる。

聞いている分に恐怖は感じることはないのだが、ヤマクロと同じ感覚を持つ人達もいるかもしれないので心の中で同情した。

 

「ねぇ、そろそろ行こうよ。まだまだ行きたい所は一杯あるんだから!」

 

「そうだね、ボクもまだ行きたい所があるんだ!」

 

二人はあははは、と笑いながら立ち上がる。本当に楽しそうに、ヤマクロは閻魔大王の弟という責任を背負っていないように。夏紀は自分が死んでここが天国であり自身が死人だと認識するのを忘れるくらいに。

おそらく二人にとって今日はこの日のことは一生の楽しい思い出になるだろう。

それが閻魔だろうと死人だろうと関係ない。楽しかったら楽しい、悲しかったら悲しい、嬉しかったら嬉しい、怖かったら怖いと感情がある時点であらゆることを共有し、共に乗り越えることができる。

例え種族や寿命が異なれど笑顔というモノはその壁すらも感じさせない。

 

二人は今日という一日を全力で楽しんだ、年相応の無邪気な子供のように。

 

 




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過去編 〜紅亜逗子side〜

番外編です(^^)
今回は亜逗子が幼かった頃のお話です(^^)



 

地獄、火山活動が活発的で針の山や血の池やら常識を超越する天然の拷問道具があちこちに点在する巨大な大地に住居を求めて住み着いた種族がいる。鬼と呼ばれる種族である。

彼らは集団で群れることもあれば独りで生きる道もあり生き方は十人十色で生活の方法も住みやすい環境も十人十色である。

 

そんなある針山の近くにある一軒家から少女の啜り泣きのような声が僅かに聞こえてくる。

赤い髪を短くポニーテールで縛り成長しきってない短く赤い二本の角を持つ見た目五、六歳の幼い少女の傍らには二つの棺桶が佇んでいた。

彼女、紅亜逗子の育ての親が眠る棺桶である。亜逗子の両親は彼女が物心つく前に死んでしまい、血のつながりのない両親の知り合いに引き取られたのだが、二人とも年老いておりとても長生きできる状態ではなかった。その二人が丁度今日命の終わりを告げ彼女の前から静かに去ったのだ。

 

「おばさん、おじさん...」

 

それでも亜逗子の心が癒されるはずもなくグズグズと泣き続ける。

彼女の傍らには大柄な男が立っていた。青い長髪に額にある大きく天をも貫きそうな空よりも蒼い角を持つ鬼だった。

 

「亜逗子ちゃん。辛い気持ちはわかるがそろそろ行こう、いつまでもここにいるわけにはいかない」

 

「......うん」

 

男、蒼隗潼は亜逗子を背負い一軒家を後にした。

隗潼は死んだ亜逗子の里親と親しくもし自分たちに何かあれば彼女を頼むと言われていたのだ。

よって隗潼は亜逗子を引き取り自宅へと足を進めた。

 

 

 

亜逗子が隗潼に連れられ隗潼宅に着いて思ったことは一つ、とても不安だった。

彼女は自分の両親の顔を知らないまま他人に引き取られ育てられたため彼らのことを本当の両親と思えた。

しかし、物心ついてしまいその両親と慕ってた二人がいなくなり隗潼が新しい父親となるのだがまた隗潼まで自分の前から消えてしまわないかがとても不安だったのだ。

他にも不安はある。亜逗子は隗潼本人と以前から面識があったわけがあるわけではなく今日が初対面だった。上手くやっていけるのかは勿論、様々な不安と迷いが亜逗子を襲い数日間言葉を発するはなかった。

 

そして、最も亜逗子が不安で落ち着けないと感じている存在が彼女の目の前に立っていた。

 

隗潼と同じ蒼い角、青い髪に綺麗な瑠璃色の瞳。亜逗子の紅を対照的にしたような亜逗子と同い年くらいの少女は亜逗子をキッと睨みつける。

 

「いつまでも黙ってないで少しは口を動かしたらどうなの?いつまでもメソメソと」

 

「...............」

 

「全く、どうして父上はお前みたいな奴を連れてきたのか理解に苦しむ」

 

ハァ、と少女、蒼麻稚は年不似合いな台詞をつらつらと並べ溜息を一つ吐く。隗潼が仕事で天地の裁判所に行ってしまっている時は亜逗子と麻稚はほぼ一日中を二人で暮らしている。麻稚はヤレヤレと言った具合に長い髪をなびかせてスタスタとどこかへと行ってしまった。

 

(あたい、本当いつまでこんなこと続けてるのかな?)

 

一抹の不安が亜逗子に再びのしかかった。麻稚からしてみたら突然家族の輪に入ってきた異分子とでしか亜逗子のことを見ていないであろうが彼女自身は自分がそこに介入することで何か大切なモノを壊してしまうのではないか、そう思ってなるべく親しい関係をあえて築かず距離を置いてきた。

どうやら今回はそのことが裏目に出てしまい結果的に更に溝を深めることになってしまったようだ。

 

本音を言ってしまえば、亜逗子は今まで同年代のヒトと会ったことがなかったのでどう接すればいいのかわからないのだ。それでも仲良くなれたらいいな〜、程度のレベルの想いは心のどこかに抱いていることは明確である。

しかし、明らかに麻稚は亜逗子のことを拒絶している。この距離をどうにかしなければ仲良くなるなど不可能であろう。

 

ゴクリ、と亜逗子は意を決して立ち上がりどこかへ行こうとしている麻稚に声をかける。

 

「あ、あのさ...!」

 

しかし伸ばした手も覚悟を決めて出した声もパタン、という短い音によってかき消されてしまう。

結局この日も二人は言葉を交わすことなく一日が静かに過ぎ去って行った。

 

 

 

亜逗子が隗潼に引き取られてから三週間、未だに亜逗子は麻稚と話すどころか隗潼とも上手くやっていけているかもわからない状態が継続していた。

亜逗子自身もこの状態は流石によくないと判断し隗潼となら一言二言と話せるのだが麻稚とは未だに会話が出来た試しがない。

現に麻稚も紅亜逗子という一人の少女はこういう人物だという認識が生まれつつあった。人でも鬼でも一度レッテルが貼られてしまえば剥がすことや新たなレッテルを貼り直すことはとてもではないが難易度が高くなってしまう。

 

「隗潼、さん」

 

ある日、亜逗子は休暇で帰ってきた隗潼の部屋に足を運んでいた。

隗潼はコーヒーを飲みながら一息ついていたようだが嫌な顔一つ見せず亜逗子を笑顔で迎え入れた。

 

「どうだ、ここでの暮らしには慣れてきたか?」

 

「少し、でもあの子とは中々上手くいかない。あたい仲良くなりたい」

 

「麻稚か、あいつは少し大人っぽい所があるからな...」

 

本当に俺の娘かありゃ、と隗潼の冗談に亜逗子は表情一つ変えずに視線を隗潼に向ける。

 

「でも、あいつもお前と仲良くしたいそうだよ」

 

「え?」

 

隗潼の言葉に亜逗子は驚くが隗潼はコーヒーを飲みながら続ける。その顔は父親の顔そのものだった。

 

「母親を幼くして亡くし、友達と言える存在が一人もできない環境に育ったからな。俺としてもあいつに友達がいないのは少々心配なトコロもあるしある意味俺の責任かもしれない」

 

フッと隗潼は目を閉じてコーヒーカップをテーブルにゆっくりと置く。

 

「娘ってのは可愛いんだよ。ついつい構ってやりたくなるしついつい守ってやりたくなる。少し冷めた毒舌を吐くかともあるそんなところも含めて麻稚は世界で一番無邪気で可愛げのある奴だと少なくとも俺は思ってるよ」

 

幼い亜逗子に隗潼の言っていることの半分以上わからなかったが麻稚が彼にどれだけ大切に思われているのかがわかった、そして麻稚が寂しがり屋の照れ屋だということもなんとなくだがわかった気もした。

 

隗潼は亜逗子の頭に手を置いて笑う。

 

「それはお前も同じだ亜逗子。お前も麻稚と同じくらい可愛げのある奴だと思ってる」

 

「え?」

 

「何だよその意外そうな顔は?少なくとも俺はお前を娘と同じくらい大切な奴だと思ってるぜ、そういう無口でたまに喋らないところも。もし辛くて上手く話せないのなら少しずつ練習すればいいんだ。もし辛くて涙を流したかったらいくらでも流したらいいんだ、我慢するだけ人生無駄にしてるぜ」

 

亜逗子の肩がプルプルと震える、彼女は嬉しかったのだ。

今の今まで自分が彼らの輪に入ることが関係を崩すなんて考えていたのに入って来いと言わんばかりに大切に思われていて。

同時に彼女の今まで抱えていた不安を消し去るようにゆっくりと両の瞳からポロポロと涙が流れ始める。

 

「辛いことがあるなら抱え込むな。楽しいことがあったら思いっきり楽しめ!お前はもう俺たちの家族なんだ、家族内で遠慮することなんて一つもない。好きな物も買ってやるしいつだって一緒だ。甘えたいだけ甘えろ、泣きたいだけ泣け!お前の闇も俺たちが一緒に抱え込んでやる」

 

「う、うぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

耐え切れなくなった亜逗子は隗潼の逞しい体に抱きつく。家族が死に悲しくて現実を受け止められなかった少女が初めて受け入れても苦しくない現実を見つけた瞬間だった。

亜逗子はこの日、気の済むまで延々とひたすら泣き続けた。

 

 

 

「おい、お前」

 

「.....何?」

 

隗潼の部屋を出た亜逗子を待っていたのは隗潼の娘である麻稚だった。

彼女は仁王立ちで扉の前に立っており、じっと亜逗子のことを睨みつけていた。

 

「ちょっと父上に気に入られているからって調子に乗りすぎじゃないの?」

 

「別にそんなつもりない」

 

「私の方があんたよりも一週間先に生まれてるのよ!だから私の方がお姉さんなんだからね!」

 

「そう」

 

「ちょ、待ちなさい!」

 

麻稚は焦りながら亜逗子を追いかける。何より今の今まで一言も言葉を発しなかった少女の話し声が隗潼の部屋から聞こえるから行ってみれば仲良く話しているのが聞こえた。

そのことが麻稚にとってはとても悔しかった。いきなり現れた見ず知らずの少女に父親を奪われたような気がしてとてもいい気分ではなかった。だからこそ彼女に少しでも勝る何かを見せつけたかった、自分が上なんだと思わせるためにも。

 

「どうしたの?」

 

「あんた、私と勝負しなさい」

 

「勝負?」

 

きょとんとした表情で聞き返す亜逗子に麻稚は高らかに宣言する。

 

「そう、勝負よ。あんたが私に負けたら私のことをお姉様と呼びなさい、それと私の言うことは絶対に逆らわず聞くこと!」

 

「.....もしあたいが勝ったら?」

 

「そんな可能性があるの?」

 

プププ、と笑いを堪えている様子が丸わかりだった。亜逗子としては麻稚と仲良くなれたらそれで良いのだがどうも蒼麻稚という少女には少々不器用な所があるようだった。

 

「わかった。何で勝負するの?」

 

すると麻稚はポケットからトランプの束を取り出した。

そして亜逗子の眼前にまで突きつけて宣言する。

 

「ババ抜きで勝負よ!」

 

 

 

これまでの戦績、17戦17勝0敗という結果で亜逗子が圧倒していた。

初戦で圧倒的な力を見せつけた亜逗子に対して麻稚はイカサマ疑惑を持ちかけて再び仕切り直しと再戦したのだが結果は同じ、それどころか麻稚は一勝もできていなかった。

 

「嘘よ、こんなの」

 

「あたいもう飽きたんだけど。まだやるの?それとも別のことで勝負するの?」

 

亜逗子は前の里親とよくババ抜きや七並べ、ポーカーやブラックジャックと言ったトランプゲームを一通りやっていた経験があるのでそこそこの強さを持っていた。

対する麻稚は今まで最大限にまで手加減した状態の隗潼としかやった経験がなかったので実力は言うまでもなく超弱かった。

容赦ない本気の戦いを生まれて初めて経験した麻稚は自身の敗北を認められなかった。

 

「このォ!」

 

激昂した麻稚は亜逗子に殴りかかった。そのまま亜逗子の柔らかい頬に麻稚の小さな拳がぶつかり亜逗子は手にしていたトランプを床に落としてしまう。

 

「お前さえ、お前さえ来なければ私はもっと父上と遊んだり話したすることができたんだ!出て行け!」

 

亜逗子は目を大きく見開いた。

麻稚は涙を流しながら今にも殴りかかってきそうな怒りに満ちた瞳で亜逗子を睨みつけていた。

 

「出て行けよ!お前なんてウチにいなくたって誰も困らないよ!お前なんて死んじゃえばいいんだよ!」

 

涙を流す麻稚は喉が張り裂けんとばかりの勢いで叫ぶ。

亜逗子は危惧していたことが現実、目の前で起こってしまいガタガタと震えながら目尻に涙を溜める。

そして何よりショックだったのが麻稚に死ねと言われたことだった。

 

トドメとばかりに麻稚は亜逗子に馬乗りになり亜逗子の頬を何回も、何回もビンタする。

 

「出て行け!ここはお前の家じゃないんだ!」

 

亜逗子はその一言を合図に馬乗りになっている麻稚を吹き飛ばし、亜逗子は玄関に向かって走り出す。

扉を勢い良く開いて泣き叫びがら隗潼宅を後にした。

そして彼女は改めて自分の居場所は本当にどこにもないことを幼いながらで悟ったのであった。

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ...」

 

家を飛び出した亜逗子を見た麻稚は自分のやったことの過ちに遅くながら気がついた。

気が動転して怒りに身を任せ何度も何度も彼女のことを罵り暴力を振るってしまった。涙でくしゃくしゃになった顔を俯かせながら歯を噛みしめる。

せっかく友達になれると思ったのに、麻稚の心に後悔の感情が積もりに積もり爆発してしまいそうになる。今流している涙も悲しみによるものではなく後悔と自分に対する怒りのようなものだろう。

初めて亜逗子のことを見た日から麻稚は彼女と話したいと思った。それなのに無視され続けていつからか言葉がきつくなってしまっていた。

だから今日勇気を出して勝負という名目でトランプをしたのに自分自身の理不尽な怒りによりその関係は二度と修復できないまでも傷ついてしまった。

 

「ごめんなさいって言いたいな」

 

麻稚は涙を払って外出の準備を進めた。

一人の少女は自らが拒絶していたはずの少女を心配し謝罪をするために駆け出した。

 

 

 

その頃、亜逗子は隗潼宅からそこまで遠くない洞穴で涙を流しながらうずくまっていた。

どうしてこんなことになってしまったのだろう、考えれば考えるほどわからないことだらけだった。

 

それに考えなしに飛び出して来たのはいいけどこれからどうすればいいのだろう、亜逗子は今まで一人で地獄を歩いたことがなかったのでまず何をするべきかがポンと浮かんで来なかった。

今までは自分を守ってくれる後ろ盾と呼べる人達が存在していたが今は違う、完全に孤立しており独りである。火山が噴火するたび亜逗子は小さな体をビクリと震わせる。

 

「はぁ、どうしてこんなことになっちゃったのかな...」

 

亜逗子は涙を流しながらポツリとつぶやく、そう声を出す。

それがいけなかった。

 

「おい、これって鬼の子供じゃないか?」

 

「しかも女か、こいつなら俺らでも殺れそうだよな」

 

そう、二人の亡者に声を聞かれてしまったのだ。地獄では無数の亡者が目的もなくただ厳しい環境を彷徨うという過酷でルールも何もない中で生活し、毎日を送っている。

たしかに鬼は亡者よりも力があり恐れられているが亜逗子はまだ力の使い方どころか戦い方も知らない幼い子供である。

メガネをかけた亡者とガラの悪い全身タトゥーの亡者がゆっくりと亜逗子に迫る。

亜逗子はガタガタと体を震わせてゆっくりと後退りをする。

 

「い、や。来ない、で!」

 

しかし亡者達は止まる様子はなかった、亜逗子はこれまで亡者という存在は話でしか聞いたことがなく未知の存在でもあった。

この瞬間、亡者は恐ろしいモノだと判断してしまった亜逗子はどうすることもできなかった。

 

「おい、そいつから離れなさい!」

 

「アン?」

 

「また鬼の子供?」

 

そこには青い長い髪と蒼い角を額に生やした蒼麻稚が片手にナイフを持ちながらガタガタと震えながらキッと亡者を睨みつけていた。

 

「う、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

麻稚は我武者羅に走り出し、一人の亡者の腹にナイフを突き刺す。

亡者はゆっくりと倒れ麻稚はナイフを回収しようとするがあまりに深く刺さっており抜くことができなかった。

 

「てめぇ!」

 

亡者の片割れが麻稚に蹴りを入れる。そして麻稚との距離ができたのを見計らい倒れた亡者の腹に刺さっているナイフを抜き取り麻稚目掛けて振り回した。

 

「危ない!」

 

「死ねェ!」

 

亡者の振り回したナイフは麻稚の長い髪をバサリと切り落とし、首元に小さな傷が入った。

それでも麻稚は止まることなく怯む亡者からナイフを力付くで奪い取りナイフで同じように亡者の腹を貫く。亡者は力なくゆっくりと倒れる。

 

「あ...」

 

そして亜逗子と麻稚の互いの目が互いを捉える。麻稚は照れ臭そうにポリポリと赤らめた頬をポリポリとかきながら視線を逸らす。

 

「わ、私の方がお姉ちゃんなんだから。年下の子を守るのは当然でしょ?」

 

「あ、ありがとう!」

 

亜逗子と麻稚は短く抱擁を交わした。

 

 

 

「さっきはごめんね。あんなに酷いこと言っちゃって」

 

「ううん、あたいもごめんね。今までお話ししてあげられなくて」

 

「.....それ上から目線じゃない?」

 

「そうかな?」

 

アハハハ、と二人は笑い合った。数分前までは想像もできない光景であったことに二人は気づくことなくそのまま会話を続ける。

 

「ねぇ、これ付けてみてよ!絶対似合うから!」

 

亜逗子はそう言って倒れた亡者からメガネを取り麻稚に差し出した。

 

「えー、あいつらの付けてたやつじゃん。汚なくないかな?」

 

「大丈夫だよ、多分」

 

何やかんや言いながらも麻稚はゆっくりとメガネを装着する。しかし、相当度がキツかったようですぐに外してしまう。

 

「凄い似合ってたよ」

 

「そ、そう?」

 

「でもすごいな。あたいもあんな風に強くなりたいな...」

 

「じゃあ約束しよ」

 

「?.....何を?」

 

「これから先、お互い何があっても助け合うこと。絶対強くなって父上と一緒に働けるようになること!」

 

「そういえば隗潼さんって天地の裁判所って所で閻魔大王って人の補佐をしてるんだよね?」

 

「そう、私たちもいつかなろうよ!一緒に二人で!」

 

「閻魔大王、か。あたいもその人の力になってみたいな」

 

「じゃあ、決まりね」

 

亜逗子と麻稚は互いの小指と小指を結んで約束を誓い合った。

いつか二人で閻魔大王の補佐官になって一生食って楽しんで暮らせるようになることを。

 

「あたいは亜逗子。紅亜逗子」

 

「私は蒼麻稚。改めてよろしくね」

 

歪で修復が不可能とも思われた二人の溝が埋まり友情が芽生えた瞬間だった。

二人は手を繋ぎ一緒に笑いながら隗潼の待つ家へと足を進めた。

 

 

なお、そんな彼女達が次期閻魔大王候補とされる一人の少年と出会うことになるのはそう遠くない未来の話である。

 




番外編のリクエスト受け付けております(^^)


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後日談 〜ゼスト・ストライカー side〜

今回はスピンオフでも活躍中のゼストが主人公です(^^)



 

地獄の一角にそびえる巨大な建造物、天地の裁判所。

さらに麒麟亭と呼ばれるまたもや巨大な建造物と渡り廊下で繋がれ一つの大きな施設は現在世紀の大損壊のため修復作業が進められていた。

 

閻魔大王が頂点に君臨し、現世からやって来た魂を裁きながら導く道標としての機能を持ついわば通過点のような重要な施設でもある。

 

しかし、現在閻魔大王は天国に行ってしまい不在状態となってしまっている。

それでも秩序を保ち、一人一人がしっかりと自分の役割を果たしている所を見ると閻魔大王の力量とカリスマ性が見てわかる。

 

「再建もいい具合に進んでるな。俺は何もすることはねぇか?」

 

「そうですね、今のところ人手も十分足りてますし貴方の出る幕ではありませんね。いつもみたいに現世をフラフラしていればいいんじゃないですか?」

 

「そうも言ってられない状況だろ?ていうかマチは俺をそんな風に見てたわけ?別に毎度毎度現世で遊んでるわけじゃないぜ、必要物資も仕入れないといけないし」

 

「また私からも注文させてもらいますね」

 

「遠慮しておく」

 

死神の青年、ゼスト・ストライカーは苦笑いと共にとても冗談とは思えない強い否定を表す。

青鬼の少女、蒼麻稚は小さく舌打ちをしてコーヒーカップを手に取り一口で中身を全て飲み干す。

 

現世と来世を自在に行き来が可能できる能力を持つゼストは目の前の少女の父親である蒼隗潼によって大虐殺された死神の生き残りである。ちなみに鬼と死神のハーフという存在も確認されているが純粋な死神はゼストのみである。

本来ならば一触即発の状況になり会話など弾まない状態のはずなのだが何とか和解は実現しているため双方共に無益な争いは望んでいなかった。

 

「そういや今日はアズと一緒じゃないんだな。珍しいんじゃないか?」

 

「別に常に一緒というわけじゃありませんよ。今日は亜逗子の怪我がある程度回復してきたのでリハビリがてらとか言ってあの辺で木材でも運んでるでしょう」

 

「.....相変わらず元気だな、あの人」

 

「それが取り柄ですからね」

 

麻稚は表情を僅かに緩めるがゼストはその一瞬に気がつくことはなく、持参して来た昆布の入ったおにぎりを口に運ぶ。

 

彼らは今、再建途中の麒麟亭の一角にあるテラスで仲良くお茶をしていた。

多くの天地の裁判所で働く鬼達が住む麒麟亭は比較的作業が早く進みもうすぐで改築が完了するといった状態にある。

元々損壊もそこまで酷くなく、サイズも天地の裁判所よりも一回り小さいためでもあるが。

 

「それで一体何の用なんだ?マチが呼び出す理由ってのは大体予想はつくが一応聞いといてやる」

 

「.....上から目線なのが物凄く気になりますが呼び出したのはこちらですし一先ずはスルーしましょう」

 

麻稚は服の中から一冊の薄い雑誌を取り出す。

 

「実はこれを一度やってみたいのですが」

 

「どれどれ?」

 

ゼストは体を少し乗り出して麻稚の指差した場所を見てみる。

見た瞬間、ゼストの瞳は一瞬動いたようにも見えた。

 

「へぇー、そういや俺も何やかんやでやったことないな。でも俺たちだけじゃ流石に面白くないぞ」

 

「安心してください。もう既に二人追加可能です。というか部屋に呼んでます」

 

「用意周到だな。ていうか他の準備はどうなんだ?」

 

「バッチグーです」

 

麻稚が親指を立てて笑顔を浮かべるとゼストも釣られて怪しい笑みを浮かべる。

そして二人は何かを感じたかのように互いに右手を差し出しガッシリと固い握手を結んだ。

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、楽しくいこうぜ」

 

二人は麻稚の部屋へ向かった。

 

 

 

天地の裁判所の知識とも言われる施設、ベンガディラン図書館は地獄一保管されている本の量が多い大図書館で歴史書から古文書や同人誌と言ったありとあらゆる本を取り揃えている。

そこで働く煉獄京という男は見るからにイライラした様子で一人の女性を見下している。

見下している対象は煉獄の上司でありベンガディラン図書館館長の月見里査逆と呼ばれる天邪鬼である。

 

「で、弁解の言葉は一応聞ゐとゐてやるよ。あんたみたゐな鬼でも一応人権は認められてるらしゐからな」

 

「一応って酷くない!?ていうかウチが一体何をしたって言うの、そこに置いてあった美味しそうな肉まん食べただけでいきなり殴るなんてマジで酷くない!?」

 

「あれは俺が楽しみに取っておゐた現世にしか売ってなゐ、いや現世でも幻とされてゐる貴重な肉まんなんだよ!二度と食べれなかったら本気であんたを恨むからな!」

 

「それってあまりにもマジで理不尽じゃない!?そもそもそんな大事なモノを誰でも取れるような位置に置いとく煉獄君にも非はあるとウチは思いまーす!」

 

「理不尽上等、言ゐ訳無用だクソ上司がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

「.....いつに増して激しい気がする」

 

「ていうか最近煉獄さん結構理不尽にキレてないッスか?」

 

「.....それは気のせい」

 

「そもそもあの人確か脳波の使用控えるように先代に言われてるんじゃ」

 

そんな二人の様子を離れた位置から間宮樺太と笹雅光清の二人がそれぞれの思ったことを口にして、オドオドしながら成り行きを見守っている東雲胡桃の三人がいた。

 

「ゐくら坊ちゃんと閻魔様が不在だからって仕事サボってんじゃねぇぞ!」

 

「仕事サボってんのはいつもだし!」

 

「言質は取らせて頂きました、閻魔様が帰り次第提出しますね」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

そう、煉獄京という鬼と死神の双方の血を身に宿す男はある戦闘をキッカケに頭蓋骨に傷を残してしまいその影響は脳にまで及び、多大な脳波を使おうとすれば負担がさらに大きなモノとなってしまう状態になってしまった。

だから最近の彼は脳波を使わずに査逆を圧倒して勝つという目的からかなり姑息な手に走り始めたらしい。

 

「じゃあ俺っち達はそろそろ行かせてもらうッス」

 

「.....バイト?」

 

「いや、麻稚さんに呼ばれてるんッスよ。胡桃と一緒に適当な食材を持って部屋に来いって」

 

「ササ、食材何持った?」

 

「バイト先で適当に余り物をいくつか貰った程度ッスね。胡桃は何にしたんッスか?」

 

「ちょっと色々、じゃあマミそろそろ行くからここよろしくね」

 

「.....どうして俺は呼ばれてない?」

 

「さぁ、影薄いんじゃないッスか?」

 

この一言をキッカケに間宮が数週間このことを気にし続けたのは別の話である。

 

 

 

「.....凄い匂いッスね」

 

「は、鼻が、鼻が.....」

 

「おいマチ、一体何を入れて何をどうしたらこんなことになるんだ?とてもじゃないが食いモンとは違う何かになりかけてないか?」

 

「.....ダ、ダイジョーブデスヨー」

 

「クソ!メチャクチャ不安になってきた!」

 

笹雅と東雲が麻稚の部屋に辿り着き、ゼストが今回の企画を説明、もとい麻稚のやりたかった闇鍋を実行しようと全員にルールを説明し最初は皆して面白そうだなー、程度で食材をポンポンと放り込んだのが間違いだったのかもしれない。

 

もしかしたら彼らは闇鍋という未知の娯楽を甘く見過ぎていたのかもしれない。

 

「と、とりあえず私が一番最初にいきます。やりたいと言ったのは私なので...」

 

「オイ、無理すんなよ」

 

「大丈夫です、私食べ物は残さない主義なので」

 

そう言いつつも麻稚はゴクリと唾を呑み込み覚悟を決めた表情を浮かべる。

麻稚は箸を手に取り鍋に向かい手を伸ばす、暗くてよく見ることができないが何やらプニプニした柔らかい物をつかむことに成功する。

 

麻稚はゆっくりと口にプニプニした物体を口に運んだ。

 

(.....ヤバイ、吐きそう)

 

.....初っ端からゲームオーバー状態であった。

ちなみに麻稚の食べた物は八咫烏の心臓と呼ばれる地獄珍味の一つでだが、一口食べるだけで好みが分かれるとも言われているほどの食材である。

更に言うと持ってきたのは笹雅である。

 

「どうだマチ」

 

「.....しばらく話しかけないでください」

 

「.....つ、次行こうか」

 

「俺っちスゲー帰りたいんッスけど!?」

 

笹雅が大声で抗議する、東雲もよく見えないが否定の行動を取っているのが確認できた。

 

「じゃあ笹雅君いってみよう!」

 

「俺っちの全力の抗議をあっさり無視!?」

 

「覚悟決めろや漢だろ?さっさとしないと影でお前の神経を操作して」

 

「漢、笹雅光清!二番手行かせていただくッス!」

 

「.....ササ頑張れ」

 

東雲のエールもあり空元気でウォォォォォォ!と最早ヤケクソ状態の笹雅だが実は彼には勝機があった。

確実にハズレを選ばない絶対的な自信が!

 

(俺っちの千里眼があれば視力が上がって鍋の中身を確認できるッス!)

 

そう、笹雅は両目に千里眼という特別な目を持っている。

幼い頃人体実験の末に手に入れた能力であり名前の通り千里の先まで見通すことができる。

だが、それはあくまでも光のある時限定であり今この場所は真っ暗闇。

 

(.....し、視力上がってるだけで何も見えないッス、ていうか余計見にくくなってる!)

 

笹雅はぐぬぬ、と唸り声を上げて千里眼に頼ったイカサマは諦めて普通に鍋に向かって箸を伸ばした。

掴んだ物は今にも滑り落ちそうで油断してしまえば鍋に戻ってしまうかもしれない。

器用に箸を扱い口元まで箸を近づけてゆっくりと掴んだ物を口に運んだ。

 

(あれ、意外においしい...ッ!?)

 

次の瞬間、笹雅の口の中に激しい痛みが襲った。

笹雅の食べた物はハバネロで滑り落ちそうだったのは単純にハバネロから出た汁と色々な物が混じった鍋のだしが合わさり滑りやすくなっただけだった。

笹雅は声にならない叫びを上げて部屋の隅で涙を流していた。

 

「ササ!?」

 

「一体何があったんだ!?」

 

状況を掴めない東雲とゼストは不安気に声をかけるが返事が返って来ない。

 

「ええぃ、こうなったら俺も!」

 

次にゼストが笹雅を襲った謎を解明すべく鍋に箸を伸ばす。

そして何かを掴み勢いよく口に運ぶ。

 

するとゼストの口の中からガリッという音が響いた。

 

(な、なんだ、こ、これは!?)

 

ゼストが食べた物は殻を剥いていない何かもわからない謎の木の実でとんでもなく硬かったためゼストの前歯が欠けてしまった。

更にわずかに砕けた木の実の中からとんでもなく酸味の強い液体がゼストの舌を刺激した。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

突然のゼストの叫びにビクッと体を震わせる東雲だったがここまで来て自分だけ食べないなんていかない、という謎の誠実さから東雲も得体が知れない鍋に箸を伸ばす。

 

そして、掴んだゴーヤを勢いよく口に運び込む。

 

「.............................きゅう」

 

そのまま東雲も意識を失い、麻稚の室内がとんでもない異臭に支配されてしまい復活した四人が全力で換気を行った。

 

『もう二度と闇鍋はやらねぇ!!』

 

これが四人が長い一日で学んだ唯一の教訓だった。

 

 




番外編のリクエストはまだまだ受け付けております(^^)


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過去編 〜煉獄京side〜

今回は煉獄のエピソードです(^^)
時系列は少し曖昧ですが気にしないで楽しんでいってください!


 

「初めまして、今日からこの天地の裁判所でお世話になる煉獄京です。どうかよろしくお願ゐします」

 

ある日の天地の裁判所、今日からここで働くことになった若い一人の青年は目の前に立つ四、五人の先輩方に挨拶を済ませる。

 

鬼と死神のハーフというあまり類を見ない異例の存在であるため両親が死んでしまい自立してからはコツコツと働いて生きてきたのだが、流石にアルバイト程度の給料で生きていくのに限界を感じ、かつて両親が勤めていた職場に就職することとなった。

 

「おうよ、仲良くやろうな!とりあえずお前一杯付き合えよ、ヒック!」

 

「天狼さん、あんたまた新人付き合わそうとして!そうやって何人が急性アルコール中毒で倒れたと思ってるんですか!酒呑童子のあんたのペースについていける奴なんてそうそういないでしょうに!」

 

「細けぇこと気にすんな。とりあえず一杯どうだ!?」

 

「あと今勤務中だってこと忘れてんじゃねぇよ!」

 

天狼と呼ばれる男が数人の鬼に取り押さえられて部屋から追い出される。

それでも酒瓶を持って部屋に入ってこようとする彼の執念は一体何なのであろうか?

 

「まぁ、あんな男ですがきちんと仕事はこなします。ですが彼の酒には絶対に付き合ってはなりませんよ」

 

「は、はぁ」

 

口元を緩め目に無数の傷が目立ち、おそらく盲目であろうと思われる初老の鬼が煉獄に話しかける。

 

「わては百目鬼といいます。こんな目ですが何とかやっていけてるしがない一体の老兵ですよ」

 

これが煉獄の就任一日目の出来事であった。

煉獄の配属された部隊には百目鬼以外にまともと呼べる者がいないということもわかった一日であった。

 

 

 

煉獄が就任してから早数ヶ月が過ぎようとしていたある日のこと。

 

「ゑ、隗潼さんに娘さんがゐらっしゃるんですかい?」

 

「おうよ、一人は養子だけどな」

 

「てゐうか結婚してたんですね。俺の周りでそうゐう話あまり聞かないんで少し新鮮ッスわ」

 

「.....たしかにあの面子じゃ程遠い話だろうな、お前は悪くないから安心しろ」

 

何やら同情めいた目線を向けられた気もしたが幸いにも煉獄がその視線に気がつくことはなかった。

 

隗潼と煉獄は週に一回の餓鬼狩りで三途の川まで隗潼の部隊に煉獄が加わる形で一緒に仕事をしており、餓鬼を狩りながら二人は軽口を叩き合っていた。

 

「とゐうか二人とも娘さんなんですね。息子さんはゐらっしゃらなゐんですか?」

 

煉獄は回し蹴りで餓鬼の首を撥ねながら隗潼に尋ねる。

 

「俺としては一人くらい息子が欲しかったんだがな、でも二人とも男に勝るくらい気の強い奴らだぞ!ちなみにお前よりも少しばかり年上だ」

 

隗潼は周囲に衝撃波を放ち餓鬼を消し飛ばしながら煉獄の質問に応える。隗潼は言葉を続ける。

 

「そいつらの中で養子の方が裁判所を見学しに来るんだ。女にしておくのが勿体無いくらい将来有望な奴よ」

 

「へー。隗潼さんがそこまで言うなんてちょっと興味ありますね、会ってみてもゐゐでしょうか?」

 

「会うには構わないがあまりの美しさに目を奪われても知らねぇからな」

 

煉獄と隗潼は雑談し笑いながら餓鬼の首を確実に撥ねていく。

煉獄は更にニヤリと笑みを浮かべて餓鬼の頭を殴り飛ばし血の着いた拳を握りしめる。

 

「そうなったらその時ッスよ。新たな出会いってことで受け入れればゐゐんですから」

 

「.....フン」

 

隗潼は煉獄の目を見て静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

その日、紅亜逗子は天地の裁判所に訪れていた。

本来ならばもう職員として迎え入れてもいい年頃なのだが、過保護な隗潼が反対し蒼麻稚と一緒で仕事をすることが許されてなかった。

 

「ここが閻魔様の働いている雑務室だ、代々使われているから扉も脆くなってきてるから握りつぶすなよ」

 

「.....隗潼さんはあたいを一体何だと思ってるんだよ」

 

「安心しろ。決して怪力女とか力の制御ができないアマとか決して思ってはないからな亜逗子」

 

「絶対そう思ってるだろ!ていうかそろそろあたい達もここで働かせてくれよ!」

 

「ダメだ。せめて力の制御ができるようになってからそう言うことは言うんだな」

 

「ちぇ〜」

 

頬を膨らませてぶー垂れる亜逗子を無視しながら隗潼はズカズカと歩き続ける。

 

天地の裁判所の仕事は内容によっては死ぬこともあり得るため娘達を心配する隗潼の気持ちもわからないでもないのだが、本人達は早く働きたいと言っており現閻魔大王のゴクヤマの推薦もあり二年後には二人の就職が約束されていた。

しかし、それでも二人は待ちきれないと言った様子でこうしてたまに天地の裁判所にやって来ていることが多かったりする。

 

「そうだ亜逗子、お前に会いたいって奴がいるんだが会っていけよ」

 

「えーめんどい」

 

「.....ここで断られてしまっては俺の面子が立たんのだが」

 

「だってもう満足したし、あたいとしては早く帰って隗潼さんに教わりたいこといっぱいあるんだけどな」

 

「ちょっとした骨休めだと思えばいいだろ。お前ももう年頃なんだから人生楽しんでもいいと思うぞ」

 

「.....ま、別に急いでるわけじゃないからいいけど、さ」

 

亜逗子はポリポリと頬を掻きながら隗潼の後を追うように付いていく。

 

天地の裁判所の廊下は広く多くの道に枝分かれしているため、初めて訪れる者は必ず迷子になる迷宮なため亜逗子も慣れない道に四苦八苦しながらもしっかりと隗潼に付いていかなければ本当に迷子になってしまう。

 

「いいじゃんかよ煉獄ゥ、ちっと付き合えって!」

 

「無駄に絡むな酔っ払ゐが!あ、ちょ、肩に手回してんじゃねゑよ!」

 

「いいから俺の酒に付き合えや〜!じゃないと今夜お前の部屋に一升瓶持ってくからな!」

 

「だーもー、何でこんなウザゐんだよ!あと、他の奴に聞かれたら誤解されるようなこと大声で言ってんじゃねゑよ!!」

 

ズムッ!という音が廊下に響き渡り亜逗子と隗潼の耳にまで届く。

ため息を吐き頭を抱えながら隗潼は突き当たりを曲がりその場で足を止める。

亜逗子も後を追うように付いていくとそこには亜逗子と同じ赤い長髪の青年が筋肉ムキムキで白髪の男を抱えながらこちらに向かって来ていた。

 

「あ、隗潼さん。勢い余って溝うちしちゃったんですけどこの人どうすりゃゐゐでしょうか?」

 

「.....丁度近くにトイレがあったからそこに放置しておけばいいんじゃない?」

 

了解ー、と気怠げに返事する煉獄がその場を立ち去ろうとした時、煉獄と亜逗子の瞳が互いに見つめ合う形になる。

同じ髪の色と同じ角の色、極めつけには同世代だと思われる背丈と雰囲気。

 

最初に口を開いたのは亜逗子だった。

 

「あたい初めて生のBLを見たよ」

 

「隗潼さん、このお嬢さんは一体何を誤解してらっしゃるんですかね?」

 

これが煉獄と亜逗子の初めての対面だった。

 

 

 

「ごめん、待った?」

 

「ゐんや大丈夫。俺も今来たトコだ」

 

煉獄と亜逗子が初めて出会って二年が経ち亜逗子も天地の裁判所で働くこととなり顔見知りだった二人はある程度親しくなった。

 

煉獄と亜逗子はお決まりのセリフを言い合いながら軽く喋ってから煉獄は座ってたベンチから立ち上がり亜逗子に近寄る。

 

傍から見たら年相応のカップルが待ち合わせをしていたようにも見えるが、残念ながら煉獄にそんな気はあっても亜逗子にはそんな気は一切なかった。

今まで隗潼以外の男と会うことのなかった環境で育っていたため誰か(異性)と出かけるということがよくわかっていなかったのである。

 

今回は亜逗子にこの辺りの道に詳しい煉獄が亜逗子にオススメのスポットを教える名目でデートに誘った感じだが、来る前に天狼にいつも以上に無駄に絡まれたり隗潼からは嫉妬にも似た何か悍ましい殺気をひたすら浴び続けさせられたことを追記しておこう。

 

「それでどこ行くの?」

 

「亜逗子ちゃんはどっか行きたいトコある?その分野でオススメのトコ紹介するよ?」

 

「うーん、あまり考えてなかったな。あたいとしては何か食べたいかな?」

 

「オーケー、じゃあ俺の行きつけの店を紹介するよ」

 

天地の裁判所から少し離れた位置にひっそりとある地獄の商店街。

もちろん亡者達が行けるような場所にはなってない上に職員や客全てが鬼のため近づけても近寄ることができない。

天地の裁判所にカフェはある(とは言ってもそこまでメジャーではない)が雑貨や生活用品の売っている所は存在しない。

 

煉獄の案内である飲食店にやって来た二人は席に座り注文を済ませて会話を再開させた。

 

「それにしても煉獄がこんな店知ってるなんてなんか意外。もっとガッツリ系の料理が多い店とかよく行きそうなイメージあるし」

 

「一体俺のゐメージはどうなってるんだよ?」

 

「男友達によく絡まれて女難の相とか出てそうなイメージ?」

 

「冗談抜きで否定しづらいからやめて!」

 

煉獄は全力で冷や汗を流しながら、ケラケラ楽しそうに笑う亜逗子の誤解を解こうと四苦八苦していた。

 

途中、注文した料理が届き会話は中断されたが煉獄は心のどこかでホッと安堵の息を吐いた。

 

「美味しいね、このパスタ」

 

「現世じゃナポリタンって言われてるらしゐぜ。この絶妙な味付けが最高だな」

 

「現世か〜良い所なんだろな」

 

「ま、少なくとも食と娯楽に溢れてるって話は聞ゐたことあるけどな」

 

「行ってみたいなぁ、なんて」

 

はははは、と笑いながら食事を続ける。

原則的に来世から現世に干渉することは不可能だが、死神と呼ばれる種族は特例であり唯一現世と来世を行き来できると言ってもいい。

 

煉獄京はそんな死神の血を半分だけ受け継いでいる。

今のままでは無理だがそのうち可能になるかもしれない。儚い希望だが可能性がないわけではない。

 

「.....ゐつか俺が連れてってやるよ」

 

「ん?何か言った?」

 

「口元にソース付いてるぞって言ったんだよ」

 

煉獄は笑いながら亜逗子の口を指差すと彼女は顔を真っ赤にしてそっぽ向いてしまった。

 

(可愛ゐな、こんなんで年上で隗潼さんの義理の娘ってんだからよ)

 

そこで煉獄はある意味勇気のある質問を亜逗子に投げかけた。

 

「そうゐや亜逗子ちゃんって実際ゐくつなの?」

 

「ぶっ飛ばすぞ、クソ野郎☆」

 

「じょ、冗談だよ」

 

割と本気の殺気を亜逗子が放っていたことを彼は決して忘れない。

 

 

 

「うーん、今日は楽しかったな。本当にありがとうな煉獄」

 

「こちらこそ、この帽子ありがとよ」

 

一通り行くべきところは行って回った二人は帰路の途中休憩がてらに待ち合わせ場所でもあった広場までやって来ていた。

そこで二人はベンチに座り一日の感想を語りあっていた。

 

「でも本当に髪留めでよかったのか?俺には結構高めの帽子買ってくれたのに」

 

「いいよ、あたいもこれ欲しかったから」

 

これであいつとの約束は果たせるし、と小声で呟いた亜逗子の言葉を煉獄は拾うことはなかった。

 

煉獄京という男はこの一日で更に再確認させられた事実が一つあった。

 

自分は彼女に惚れているのだと。

 

初めて会った日かもしれない、仕事中に話していた時かもしれない、今日かもしれない、タイミングはわからないが煉獄京という一人の男性は紅亜逗子という女性に気づかない内に惹かれていた。

後々隗潼に何か言われるかもしれないが告白するならばこのタイミングしかないと思った。

亜逗子とでかけていた今日も密かにそのことを頭の隅に置いていたのだから。

 

煉獄はゴクリと息を飲み覚悟を決める。

 

「亜逗子ちゃん、実はちょっと話があるんだ」

 

「何?」

 

煉獄はゆっくりと立ち上がる。

 

亜逗子もそれにつられてゆっくりと立ち上がる。

 

二人の視線が合い、煉獄は自分でも顔が真っ赤になっていることがわかった。

 

「実はさ、俺...」

 

煉獄京、大人の階段を一つ登る。

 

「あんたに惚れちまったんだ!好きだ!付き合ってくださゐ!」

 

握手を求めるように右手を差し出した。

煉獄は頭を下げているため前を見ることはできないが差し出した手が何かを掴んでいることだけはわかった。

 

彼女が握手を返してくれたのだ。

 

(やった...!)

 

煉獄は嬉しさのあまり顔がニヤケてしまった。

そしてあまりの嬉しさのあまり握手していた手に力を入れてもにゅという音が響いた。

 

...............................もにゅ?

 

そこで初めて煉獄は違和感に気がついた。

握手を返してくれたのがあまりにも早かったことと手にしては少し柔らかすぎること。

 

煉獄はゆっくり顔を上げた。

 

「..........................ゑ?」

 

そこには顔を俯かせてぷるぷると震える亜逗子の姿があった。

彼女の両手は今日の買い物の紙袋で塞がっているため握手を返すことはできない。

 

ならば煉獄が右手に握っているものは何か?

 

「れ、煉獄ゥ」

 

目の前に鬼神が立っていた。

 

「あ、ゐや、ちょ、待ってくれ!これはその、わざととかそんなんじゃなくて...」

 

「いつまで握ってる気だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そこから煉獄の意識は完全に途絶えた。

近辺の目撃情報によると煉獄らしき男が頭を地面にめり込んでおり、その近くでは顔を赤くした女性が不機嫌そうなオーラを出しながらその場を去って行ったそうだ。

 

結論を言えば煉獄京は紅亜逗子の胸を盛大に掴みフラれてしまったようだ。

 

 

「あははは、煉獄!お前女にフラれたんだってな!お前も男として成長したってことだよ、きにすんじゃねぇ!あははは、とりあえず飲め飲め!」

 

「.....ザマァ」

 

後日、天狼と隗潼によって散々ネタにされた挙句残念会まで開かれたことを追記しておこう。

 

こうして一人の青年の初恋は失恋に終わった。

 

 




番外編はまだまだ更新予定です(^^)


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後日談 〜蒼麻稚side〜

今回は麻稚さんの話です(^^)
キャラ崩壊にご注意ください(笑)


 

ある日の天地の裁判所。

本日も行き場を失った死者達はぞろぞろと行列を作り、天国か地獄かのどちらかの切符を受け取る。

 

今更過去の過ちを後悔している哀れな地獄行きの皆様はもっと後悔すればいいと思う、と青鬼の少女蒼麻稚は魂の行列を眺めながら鼻で笑い飛ばした。

 

「いくら何でもそれは酷いと思わないか、娘よ」

 

「その娘を本気で殺そうとしていた父上はどうなるんですかね?酷いじゃすまないと思いますよ」

 

ぬぐぅ、と真実を言われて反論することができない。

彼女の父、蒼隗潼はあの一件以来裁判所に住み着いている。

行き場を失ったとかそういうものなのか単純に全てが丸く収まり娘達が心配なのか本当のことはわからない。

 

そんな様子に麻稚はため息を一つ漏らす。

 

「ハァ、どうも最近パッとしないんですよね」

 

「ストレスでも溜まってるんじゃないのか?ヤマシロに言って休みをもらって親子水入らずでどこかにでかけないか?もちろん亜逗子も一緒に」

 

「それは遠慮させてもらいます」

 

「おいおい、それが老い先短い父親に言うことかよ」

 

「父上はまだまだ長生きしてくれますよ。でないと私が悲しみます」

 

「麻稚...」

 

「なんて言って欲しかったですか?」

 

「.....なぁ、なんか最近お前冷たくない?仕事中も上の空になってること多いし。悩み事でもあんの?」

 

そう、麻稚は元々こういった性格なのだがそれでも人が傷つくような悪口や毒は吐かない、はずである。

隗潼は父親として娘がこのような状態だと心配でならなかった。

 

やがて麻稚は隗潼に面を向ける。

幼かった頃と比べて随分と女らしくなった麻稚から放たれる色気に思わず見惚れてしまいそうになるが、越えてはならない一線を守るため隗潼は壁に全力で頭突きをする。

 

「.....何してるんですか?」

 

「修行だ。それで何かあったのか?」

 

角によりスパッと切れ込みの入った壁に背を向けて優しく微笑みかける。

 

「実は、ここ最近胸がモヤモヤしてしょうがないんですよ。何をするにしてもやる気が湧かないし餓鬼を潰しまくっても亜逗子をおちゃくっても全然満たされなくて」

 

後半は何やらバイオレンスな内容だったがこの際スルーしよう。

 

「病ってことはないのか?」

 

「既に見てもらいましたが異常はないそうです」

 

「疲れが溜まってるってことは?」

 

「それだったら今頃寝込んでますよ」

 

「ヤマシロと何かあったのか?」

 

「いえ、普段通りですよ」

 

麻稚は淡々と隗潼の質問に応える。

どうやら彼女の言っていることは本当らしい。

もし仮にヤマシロに原因があるとするならば今頃彼は隗潼により半殺しにされていただろう。

本人の知らないところで命の危機が迫る、有名人は大変である。

 

と、そこで天井からニュっと一人の男が現れた。

 

「よぉマチ、探したぞ」

 

「ぜ、ゼストさん!?」

 

麻稚はビクッと肩を震わせた。

黒い髪にヤマシロと同じ瞳の色をした死神、ゼスト・ストライカーが笑顔で現れた。

どうやらゼストは隗潼の存在に気付いていないらしく、そのまま麻稚に話しかける。

 

「この前頼まれてた本買ってきたぜ、遅くなって悪かったな。中々のレアモノで手に入れるの大変でさ」

 

「別に大丈夫ですよ。こっちは頼んでいる身なのですから」

 

「そう言ってくれるとありがたいよ、今度機会があったら現世に連れて行ってやるからよ。じゃあな!」

 

麻稚の返事も聞かずにヒュン、とゼストは潜影術で影に潜り込みその場を立ち去る。

まさに嵐のような男である。

 

(.....ん?)

 

そこで麻稚と隗潼の間にやって来たゼストがいなくなり麻稚の顔を見られるようになった隗潼は気がつく。

 

麻稚の頬が赤く染まり楽しそうな表情をしていることを。

 

長い間一緒に生活していたが、隗潼が一度も見たことない嬉しそうで楽しそうな表情だった。

 

「あ、父上すみません。この辺りで失礼します」

 

「あ、あぁ。またな」

 

そのまま麻稚はタタタッと小走りでその場を後にする。

隗潼はそのままぎゅっと拳を強く握りしめる。

そして麻稚の姿と気配が完全に遠ざかるのを見計らって...

 

「ぐぬぅうォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!嘘だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

大絶叫しながら壁を殴り砕いた。

今のやり取りと娘の表情で隗潼は確信した。

 

我が娘、蒼麻稚はゼスト・ストライカーに恋心を抱いていると。

 

 

 

「そういうわけだ!赤夜ァ、何とかしろォォ!!」

 

「いや、意味わかんねーし。何で俺がお前の娘の色恋話聞かされた上にどうにかしなきャいけないんだよォ」

 

隗潼はそのまま天地の裁判所の下層部分にある平欺赤夜の秘密の部屋に突撃訪問した。

事情を完全に把握できない上にこれから睡眠しようとしていた平欺にはいい迷惑であった。

 

「いいじャねェかよ。もしかしたら孫の顔を見られるかもしんねェぞ」

 

「そういうわけではないッ!何故我が娘が誰かと結婚せねばならんのだ!?」

 

「話飛躍させすぎだ、まだ付き合ってもねェんだろ?親として暖かく見守ってやれよ」

 

「娘の隣にいる男と一緒にか?ふざけんじゃねぇぞ!」

 

「ふざけてんのはどッちだ、あァん!?俺はもう眠いんだよ、寝かせやがれェ!」

 

「年中寝てんだろうが!それでまだ眠いってんなら体に異常でもあるんじゃねぇのか!?」

 

「お生憎様だが正常すぎて困ってるくれェだ。何ならテメェのそのうるせェ口を黙らせてやろうか、おォ?」

 

バチバチバチバチバチ、と互いに睨み合い目から火花を散らせる。

昔から何かと歪み合いながら四代目閻魔大王の補佐官をやっていた。

ちなみに仲裁役は勿論四代目閻魔大王である。

しかし、その仲裁役は現在頭を丸くして出家してしまい行方はわからずじまいである。

 

「お前とやんのは久々だな、赤夜ァ!いい機会だし決着付けてやるよ!」

 

「上等だァ、隗潼ォ!せいぜいへばらねェよォにしろよォ!!」

 

数秒後、天地の裁判所そのものが大きく振動してせっかく修繕が終わりかけた部分までもが破損してしまったのは別の話である。

 

 

 

「え、それ本当なんですか!?」

 

「ガチじゃないとわざわざこんな面白くもない話持って来ねぇよ」

 

デスヨネー、と雑務室にて作業をしていたヤマシロは隗潼という突然の来訪者の話を煙管を吸いながら聞いていた。

傍では枡崎仁が資料の整理をしており彼も興味津々に隗潼の話に耳を傾けていた。

 

「.....ていうか隗潼さん、その怪我一体どうしたんですか?」

 

「.....聞くな」

 

まさかいい大人が喧嘩して出来た傷とはとても言えまい、しかも原因が自分の娘のことで。

 

「たしかに最近ゼストと麻稚が一緒にいることはよく見かけますね」

 

「私も見ましたよ。何か言い争いをしていたようにも見えました」

 

どうやらヤマシロも枡崎も心当たりがあるらしい。

 

「それで、お前はどうなんだ」

 

「.....どうなんだ、とは?」

 

「あの腐れ死神に麻稚を取られてもいいのか、と言ってるんだ!」

 

「.....そういうのは本人の自由じゃないんですか?」

 

「見損なったぞ五代目ェ!!」

 

「ちょ、隗潼さん!?近い近い近い近い、角刺さってますから!俺の頭に刺さってますからー!」

 

ギャーギャーと喚く二人を放置して自らの作業を続ける枡崎君。

どうやら隗潼はヤマシロが麻稚に惚れているとでも思っていたらしい。

たしかに昔から仲良くさせてはいただいていたのだが、ヤマシロ自身そんな感情は一切持ったことはない。

 

歳の近い姉か、将来共に仕事をする友人程度の認識でしかなかったのだから。

もちろん、それは亜逗子にも言えることである。

そんな事情を一切知らない隗潼の怒りは一方的であり、とても理不尽だと百人に聞いて百人が「はい」と首を縦に振るだろう。

 

「最近亜逗子も煉獄の奴のこと気にし出してみてるだし、やっぱあいつらも付き合っちゃうのかな...」

 

「か、隗潼さん?」

 

「このままでは游奈に会わせる顔がないッ!来いヤマシロォ、麻稚とゼストの行動を監、チェックする!」

 

「あんた今絶対監視って言おうとしただろ!」

 

「ええぃ、細かい男め!いいから黙って俺について来い!」

 

「ちょ、俺まだ仕事が...!ていうか隗潼さんこれ普通に犯罪だから、ストーカーだから!プライバシーの侵害だか」

 

扉はバタンッ!と勢いよく隗潼によって閉じられた。

隗潼に首根っこを掴まれたままヤマシロは引きずられて雑務室を飛び出した。

 

「.....いってらっしゃいませー」

 

残された枡崎は自らに課せられた仕事を終わらせるべく作業を一人寂しく再開した。

 

 

 

場所は変わり天地の裁判所で働く鬼たちの住む麒麟亭。

その中央入り口に一人の少女が立っていた。

 

(.....本当、最近の私は一体どうしたのでしょうね)

 

少女、麻稚は胸に手を抑えながらバクバクと高鳴る心臓の音を肌で感じていた。

 

あの一件がある程度片付きプライベートに余裕ができたあたりだろうか、心に靄がかかったような感じが続いているのは。

親友である亜逗子にこのことを相談したところニヤニヤとされるだけだし、父である隗潼に関してはこれと言った答えすら得ることができなかった。

 

「よぉマチ、待った?」

 

そこで一人の青年、ゼストが歩いてやってきた。

互いに仕事が終わり特にすることもないため麻稚がどこかに行こうと誘ったのだ。

理由としては彼女の心のモヤモヤを彼ならば何とかできるのではないかと思ったからだ。

 

死神の使う潜影術の本質には心の闇に潜り込み、精神世界に行くことができると聞いたことがあったからだ。

実際ヤマシロの弟であるヤマクロは死神と鬼のハーフである煉獄の協力によってそれが実現したのだから。

 

「いえ、私も今来たとこです」

 

「そうか、じゃあ丁度よかったな!」

 

ゼストはニッと爽やかな笑顔を浮かべる。

それにつられて普段は冷静沈着でポーカーフェイスの麻稚も自然と笑顔になる。

.....ゼストが笑みを浮かべた瞬間に岩陰から凄まじい殺気がゼストを襲ったことも追記しておこう。

 

「そ、それでどこ行くの?」

 

「地獄街へ視察がてら買い物に、行ったことありますか?」

 

「聞いたことはあるけど行ったことはないな。俺は基本現世に行ってるから」

 

「そうなんですか、地獄街もいい所ですよ」

 

「じゃあ案内頼むぜ、本当に素人だから道に迷っちまうかもしれん」

 

元々方向音痴なんだけどな、とゼストはへらへらと冗談を言う。

そんなゼストの右手を麻稚はきゅっと握りしめる。

 

「でしたら迷子にならないようにしとかないといけませんね」

 

「.....お、おぅ」

 

 

 

「.....ガチャ」

 

「か、隗潼さーん、お願いですからその左手に持ってる物騒なロケットランチャーをどうか仕舞ってもらえませんかねー!?」

 

 

 

地獄街、かつて煉獄と亜逗子が訪れた地獄の商店街とはまた違い住宅もあり多くの鬼が住んでいる。

このエリアもあの一件で影響で溶岩が流れ込み、現在も復興している途中なのだが、それでもかつてのように活気は戻ってきている。

 

人混みに紛れながらも麻稚を先頭にゼストを麻稚が引っ張る形で前に進む。

ゼストは先程から凄まじい殺気を浴びてるせいで平静を保つだけで精一杯で冷や汗もダラダラである。

 

「どうしたんですかゼストさん。顔色が悪そうですけど」

 

「普通だよ、ちょっと人が多すぎて慣れないだけだよ。現世に行くときも人が多いところはなるべく避けてきたからさ」

 

「そうですか、ではどこかの店にでも入って休憩をしますか」

 

「悪いな。気遣わせちゃって」

 

「いえいえ、私の方こそお付き合いいただいて感謝してるので」

 

そう言いながら二人は近くにあったカフェに入る。

.....その後ろを青いリーゼントの大男とバンダナをした白髪の小柄な青年が付いて行った。

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

 

「二人です」

 

「に、め、い...様ですね!ご案内致します!!」

 

何やら店員さんはピューと急いで二つ席を片付けて俊足で戻り、麻稚達を案内した。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「さぁ?」

 

 

 

「お、おおおお待たせして申し訳ありませんでした!すぐにご案内いたします!」

 

「中々気配りのできる店だな」

 

「.....隗潼さんの変装に問題あるんじゃないのか?」

 

 

 

「ねぇ、ゼストさん。ちょっと相談よろしいでしょうか?」

 

「相談?」

 

ゼストは注文したジンジャーエールにストローを指してチューチューと飲みながら麻稚の言葉を復唱する。

 

「はい、元々そのことで」

 

「そうなんだ。でも相談なら裁判所でもできたんじゃないか?」

 

「できたら、知り合いの少ない場所がよかったので」

 

後ろからガタガタタッ!と席を立つ大きな音をBGMに会話は続く。

 

地獄街は天地の裁判所からかなり離れており一人あたりの仕事量からして来るには難しい場所である。

高速移動か特殊な力でもない限りやって来れないのだ。

だからこそ麻稚はここを選び、ついでに視察という仕事を買って出たのだ。

 

「実は、最近何だか胸がつっかえてる感じがするんです」

 

「病気じゃねぇの?」

 

「.....父上も同じことを言ってました。医師には異常はないと言われました」

 

「ふーん、それって常に?」

 

「いえ、特に一人の時にその現象が酷くて」

 

「ふむふむ」

 

「.....これは一体何なのでしょう?」

 

「.....難しいな」

 

ゼストは腕を組んで悩んでいる仕草を見せた。

心なしか顔がニヤけている気もする。

 

「それっていつ頃から?」

 

「そうですね、あの一件が終わって趣味に没頭できるようになってからですかね。心臓が動くのが早くなるのを感じる時もたまに」

 

「もしかして、それって...」

 

 

 

「ちょいちょい隗潼さん!ストップストップ!」

 

「認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ認めんぞ!」

 

 

 

「興奮してるんじゃない?」

 

ゼストはドヤ顔で言い放った。

 

「興、奮ですか?」

 

「おう、あの一件以来マチって百合系の本も俺に頼むようになっただろ?」

 

ゼストが言うにはあの一件のせいで趣味に没頭できず、忘れていた興奮と新たな文化の開拓により新しい自分の目覚めの前兆だと。

要約しても意味はよくわからないが麻稚には伝わったらしい。

 

「なるほど!では私がゼストさんと会うたびにこの感覚になるのは...」

 

「多分俺が新しい本を買ってくるから楽しみなんだろうな」

 

「では、モヤモヤする感じは」

 

「単純な欲求不満、早く本を読みたいって気持ちの表れだな!」

 

「おぉ!」

 

麻稚はキラキラとした尊敬の眼差しでゼストを見つめていた。

 

「ありがとうございますゼストさん!何だかスッキリしました!」

 

「それはよかった!じゃあスッキリしたついでに視察もちゃちゃっと終わらせちゃいますか!」

 

「そうですね!帰って早く本(BLもしくは百合)を読みましょう!ゼストさんもご一緒にどうですか?」

 

「それは遠慮しておくよ」

 

二人は笑い合いながら店を後にした。

 

 

 

「なぁ、隗潼さん。これどういうことだ?」

 

「.....俺に聞くんじゃない」

 

店に取り残されたヤマシロは疲れた表情を、隗潼はどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

ちなみに後日、雑務室を普段以上に往復する大量の紙を持った隗潼の姿が目撃されたとか。

 




番外編のリクエストお待ちしております(^^)


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過去編 〜月見里査逆side〜

久々の番外編です!
今回は査逆さんの昔話です(^^)


 

天邪鬼、月見里査逆は物心つく前に両親に捨てられたらしい。

らしい、というのは本人も詳しいことを覚えておらず気がついたら天地の裁判所にいたというのだから詳しく知ることはできなかった。

だが、彼女を気まぐれで拾った人物、平欺赤夜が言うにはダンボールの中に赤子が入っていたらしい。

特徴を見るに自分と同族、普段寝てばかりの男が珍しく他人に興味を持ち、気まぐれで裁判所へと持ち帰った。

 

彼女は左右の瞳の色が違っていた。

天邪鬼という種族にとって目の色というのは神秘の象徴。

それが左右揃わずに異なる色となると不吉の象徴でしかなかった。

古い記述によると今は数の少ない天邪鬼を絶滅寸前にまで追いやった悪魔の瞳の色が左右異なるものだったらしい。

どこまでが本当の話かはわからないが、とにかくだ。

平欺赤夜が赤子を拾ってきた、その事実だけで現閻魔大王ゴクヤマはこの世の終わりでも見てるかのような表情を浮かべてひどく驚いた。

 

「.....お前、頭でも打ったのか?」

 

「何言ッてんだアホ。オレの絶対防御が破れる奴がいるッてんなら、それこそとんでもねェことだろ。寝言なら寝て言え」

 

「いや、それお前にだけは言われたくない」

 

何故普段から仕事せずに寝ている補佐官にそんなこと言われなきゃならんのだ給料泥棒!という言葉も出ないほどの衝撃だった。

そう、まさに明日天地の裁判所上部から天国と神の国が落下し三途の川が濁流してもいいのでは?と今なら本気で思えてしまう。

生憎もう一人の補佐官である蒼隗潼の元でも子供が生まれる直前とかでこの光景を見せられないのが残念である。

 

「じャ、そういうわけでしばらくコイツの面倒見るから仕事は休む」

 

「ちょっと待て!お前普段から仕事してないだろ!ていうかお前が面倒見るのかよ!?」

 

「アンタさっきから喧嘩売ッてるだろォ!何でオレが一々そんなこと言われなきャいけないんだァ!?あン!?」

 

「言いたくなるわ独身!さっさと結婚しろや!」

 

「うるせー!オレに釣り合う女がいないこの世界が悪いんだ!オレは一切悪くないね!」

 

「誰も悪いとは言ってねぇだろ!」

 

そんなことがあったことは当時の赤子、幼き日の月見里査逆は知る由もない。

 

 

 

月見里査逆はあれから赤夜の教育(?)を受けながらスクスク育ち、最近では新しくやって来た酒呑童子の盃天狼という若者に懐き始めた。

そのことに赤夜は苛立ちを覚えたり、絡まれてる本人である天狼は鬱陶しそうに査逆を引っぺがす、そんな日々が続いた。

 

ある日のことである。

本日もいつものように裁判所内をトテトテと散歩する査逆と道中で捕まってしまった天狼。

 

「オイガキ。お前いつまで俺に付きまとう気だよ?」

 

「え?」

 

「えってお前なぁ」

 

「それ、なに?」

 

「これは酒だ、酒。ガキにはちと刺激の強い大人専用の飲み物だ」

 

「おとな、せんよう!!」

 

くわっ、と前髪で隠した両目を大きく見開く。

どうやら大人専用というフレーズにトキメキを覚えてしまったようだ。うわー、メンドクセーと思ってしまった天狼は何も悪くないと思う。

 

「じゃ、ジュースはこどもせんよーだね!!えへん!!」

 

「威張るな威張るな」

 

やはりうざい、そう思ってしまった天狼は何一つ悪くない。

最近では周囲からロリコン扱いを受けているが、免罪もいいところである。

本当にどうしてこうなったのだろう、保護者(赤夜)はどうしてるのだろうか。

もう育児放棄して睡眠へと行ってしまったのか、もうあの人なら何年も寝続けてても不思議ではないならな。

 

「てんろーはこれからどこいくの?」

 

「体動かしに地下に行くんだよ。最近覚えることばっかで体動かしてなかったからなぁ」

 

「.....!つまりてんろーはバカなのか!のーきんなのか!」

 

「ぶっ殺すぞガキ」

 

ピキリ、と青筋を浮かべる天狼を笑いながら無意識に神経を逆撫でする査逆。

どうやら力が入ってしまい酒瓶を割ってしまったが天狼は悪くない、悪くないはずなのに何故か悲しい気持ちになってきたのは何故だろうか?

 

「バカ、脳筋.....ぷふ」

 

「少し俺のストレス発散に付き合ってもらってもよろしいですか、保護者さん」

 

というわけで、地下の大ホールで盃天狼と平欺赤夜が向かい合う。

査逆はワクワクと瞳を輝かせて二人を見ていた。

ちなみにこの大ホールは現在平欺赤夜の職権乱用で貸切状態としている。

さすが閻魔大王の補佐官、やることが違う。普段寝てるだけなのにこういうときだけに職権を使う赤夜もどうかと思ったが天狼はもうその辺気にしては負けだとどこか悟っていた。

 

「フフフ、お前ごときがオレにダメージを与えれるかな?」

 

平欺赤夜の持つ絶対防御は天邪鬼特有の脳の数を応用して常に自分自身に脳波質硬化の膜を纏わせておく彼ならではの技術である。

これを身につけてから赤夜が傷を負ったことも睡眠を妨げられたこともない。

隗潼の衝撃波とゴクヤマの雷だけは防ぐことができなかったが、逆にいえばそれ以外の攻撃ならビクともしなかったということである。

だか、そんな忠告がありながらも天狼は笑みを浮かべていた。

 

「は?最初からあんたの防御を破るつもりなんてないぜ」

 

「あン?」

 

「言ったでしょ、俺のストレス発散に付き合ってくれって。絶対防御?便利ですよね、サンドバックには丁度いい!」

 

ビュン、と天狼は勢いよく駆け出して脳波を纏わせた拳を赤夜の顔面に向けて放つ、が無傷。

そのまま天狼は目にも止まらぬ速度で赤夜を滅多打ちにする、ただ、ひたすら蹴って殴って頭突きして殴って蹴って蹴って蹴って殴って頭突きして蹴って殴って殴って蹴って頭突きして蹴って、たしかに実力だけでみると赤夜の方が圧倒的に上だ。

だが、先ほどまで眠っていた赤夜の体は思うように動かなかった。

やはり寝起きの体に運動はキツイ、普段なら追いかけられるはずの速度も捉えられないほどになっていた。

 

(まさか、日頃の運動不足がこんなトコで出るなんてよ!)

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」

 

ある程度殴ったところで距離を取り、酒を一杯飲み干して天狼の口から灼熱の炎が赤夜を包む。

 

「おー!」

 

「油断しすぎだ、強者(笑)さん」

 

ヒック、と一つしゃっくりをして天狼は轟々と燃える業火の方向に目を当て続ける。

−−−業火はブァァァ!!と赤夜を中心に露散される。

それは赤夜が両腕を振るう、それだけで起こった不可思議な現象だった。

 

「は?」

 

「クソガキィ、随分調子ィ乗ッちャッたみたいだなァ?えェ、オイィ!?」

 

キシシシシ、と怪しげな笑みを浮かべる赤夜は両腕に脳波を集中させて天狼に突撃する。

ゴォォォ、と拳を振るうと風を切る音が勢いよく響き、天狼はガードするが赤夜の絶対防御の硬さで放たれた両手の掌底は天狼の両腕の骨を粉々にするには十分すぎる破壊力だった。

 

「い、って!?」

 

「テメェの敗因は、そうだな。雑魚がオレを怒らせたッてとこか?」

 

「せんせーかったー!てんろーよわーい!」

 

「うるせぇクソガキ!」

 

「てんろー弱ーい」

 

「あんたは、ちょっと黙ってろ!!」

 

ちなみに天狼の両腕が使い物になるまでには半年の歳月を費やした。

 

 

 

これまた別の日。

もう赤夜が何をする必要もなくなった年齢になった査逆は赤夜から師事を受け戦闘技術を学ぶようになっていた。

何故か天狼も一緒に師事を受けるということになり、二人で切磋琢磨しながらやっている。

だが、年齢的な意味と経験で天狼にはまだ一度も勝てたことがない。

それでは悔しいので彼女はベンガディラン図書館へ向かった。

ありとあらゆる書籍が集められた宝庫、普段本は読まないがここの本を漁れば強くなるためのコツみたいなものが見つかるかも!と何故かはわからないがそう思い通うようになっていた。

 

「おや、また来たんですか」

 

「はい!」

 

「フフフ、どうぞごゆっくり」

 

ここで出会った館長とはとても仲良くなった。

読めない字があったら丁寧に教えてくれるし、わからないことがあったら調べるのを手伝ってくれる。

他の仕事で忙しいはずなのに何故ここまで親身にしてくれるのだろうか、一度査逆は尋ねたことがあった。

 

「実は僕の仕事全部部下が片付けてくれてるんですよね」

 

「そうなの!?」

 

「えぇ。それで僕はやることがなくて暇で暇で」

 

ハハハハ、と館長は静かに笑う。

実際ここの従業員はかなり多く、訪れる人よりも多いのでは?と思えるほどの数だ。

こんなに大きな図書館なのだからそれだけの人数がいてもおかしくはないか。逆に人望なくて部下が少なかったらここの仕事大変なんだろうなぁ、と思った査逆であった。

 

「−−−ですが、月見里さんが来てくれて僕はここにいる目的を見出せました」

 

「私が、ここに来たから?」

 

「はい。僕は鬼として力も強くないし自慢できるのは知識だけ、その知識もここでは本としてあるから必要とされない。全ては本としてありますからね、僕は無能なんです」

 

自虐染みた館長の言葉を否定しようと査逆は何かを言おうとするが、優しく口を閉ざされてしまう。

まだ僕の話は終わってない、館長の目はそう語っていた。

 

「−−−貴女がここに来る、そして質問してくれることで僕は輝きを取り戻せた。ここにいる従業員として、ベンガディラン図書館館長としてではなく、枡崎千歳という一人のヒトとして、ね。それが僕にとってはとても喜ばしいことなのですよ」

 

子供のように無邪気な笑みを浮かべる館長、もとい千歳はとても嬉しそうだった。

その時、だったのかもしれない。月見里査逆がここの仕事に就けたらいい、多くのヒトと知識を共有してここで楽しく働きたいと考えたのは。

 

その数年後、閻魔大王の次男であるヤマクロの世話役を任命され彼に心を奪われてしまったのは。

お陰でベンガディラン図書館への異動するという希望はあっさりと途絶えてしまったのだった。




番外編も後数話、かな。


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二周年特別短編 〜天地の裁判所修繕記念宴会〜

閻魔大王だって休みたいシリーズが今日で二周年です!
今までお世話になった方のキャラも交えての感謝短編を書かせてもらいました!
どうかこれからもよろしくお願いします(^^)


 

ここは来世と呼ばれる場所。

現世において生命活動の終了した、言うならば死者や亡者と言った存在が集う世界。

生きとし生けていた者たちが天国、もしくは地獄で平和に過ごしている。

現世の理から離れた異世界と言ってもいいかもしれない。

 

そんな来世を統括する閻魔大王という役職がある。

閻魔の種族から選ばれた閻魔大王の仕事は死者を裁き、天国か地獄のどちらかの死者の正しき進路を示すのが役割だ。

他にも来世で起こった問題事や事件などを解決する役割も兼ねている。

最近起こった事件の例を挙げるならば、地獄に落とされたリュウガ・ブラッドビーという男による人斬り騒動や赤鬼亜逗子の失踪事件、煉獄と査逆の大喧嘩、ゼストと麻稚の駆け落ち(?)、天国に神達がお忍びで現れて大混乱を巻き起こしてしまった事件などが目立つ。

.....半分以上が身内で起こった事件なのは気にしないでほしい。

 

それでもあの大事件から二年、あれから現世にまで被害が及ぶなどという大規模な事件は一度も起きていない。

そう考えれば現在はとても平和であると言えるであろう。

 

「急げ急げ!閻魔様が仕事を終えるまでに全部済まさなきゃいけないんだ!」

 

「わかってるよ!でも、酒が多すぎる、しかも重い!」

 

「文句言ってんじゃねぇよ。土木作業してるよりもマシだろうが!」

 

「それもそうだな!」

 

そして、その閻魔大王の職場でもある天地の裁判所は今日も慌ただしかった。

少し普段とは違う慌ただしさだが、そこに気がつく者は従業員である鬼達以外はいない。

来世にやってきたばかりの死者達が普段の裁判所の様子を知る由もないからである。

 

「おい、それギプノーザの新曲じゃねぇか!しかも、楓ちゃんのグラビアジャケットの限・定・版!」

 

「へへ、いいだろ!ゼストさんに頼んで買ってきてもらったんだ。早朝から並んでもらって」

 

おぉ!と目を輝かせて尊敬の意を向ける者やドヤ顔で受けている者も普段の職場、ましてやこの時間には見られない。

 

「おい、お前らしっかり働け!」

 

「あ、畠斑さん。奥さんと息子さんも来るんでしたっけ?」

 

「あぁ、閻魔様が家族も参加して良い、って!そうじゃなくて、ハメを外しすぎるなよ!」

 

「わかってますよ。ていうか一応俺ら担当してるとこ終わったんで」

 

「そうか、なら会場に行って手伝いでもしてこい!」

 

へーい、と二人の若い鬼が渋々といった様子で畠斑謡代の指示に従って移動を始める。

畠斑は周囲を見渡して、近くにあったベンチに腰掛ける。

 

「ふぅ」

 

「畠斑さーん!探したッスよー!」

 

「お、笹雅じゃねぇか。そっちはもういいのか?」

 

「はい、俺っち基本接客担当なんで厨房には入らないッスから。それに料理もある程度運んじゃいましたからね、後は時間まで待つだけッス」

 

へへへ、と鼻を摩りながら笑顔を浮かべる褐色肌の青年は笹雅光清。

いつものタンクトップ姿で二年前よりも更に力強さが目立つ筋肉が露出していた。

笹雅はあ!と思い出したかのように頭上にエスクラメッションマークを出現させる。

 

「そういや、麻稚さんから伝言があるッス!」

 

「伝言?」

 

「『最後の一踏ん張りどころですよ。貴方ならできると信じてます畠斑さん』ってのを伝えてほしいって言われたッス」

 

「っしゃぁ!やってやるよ、今日のために俺は力を温存しておいたんだ!今からでも遅くはねぇ、一から十まで全部一人で片付けてやるぜェ!!」

 

ウォォォォォォォォォ!!と廊下を走り去るが、道中他の鬼達に注意を受けている姿が見られた。

笹雅はそのことを自らの千里眼で確認すると笑みを浮かべた。

 

「さて、俺っちももうちっと頑張りますか!」

 

うーん、と背伸びをして笹雅もその場をあとにした。

そう、今日は天地の裁判所の改修工事が終わった完成記念の宴が開かれる日なのである。

どうやら今代の閻魔大王であるヤマシロの話によると今日はやって来る死者も少ないうえに雑務もある程度終わっているという奇跡が重なった日でもあった。

普段から休みのないヤマシロにとって休めることは大金を貰うよりも嬉しいことであった。

 

また、別の場所でも宴会の準備は着々と進められていた。

 

「胡桃ちゃん、悪いけどそこの段ボール取ってもらってゐゐか?」

 

「はい、ど、どうぞ!」

 

「おう」

 

ある所ではベンガディラン図書館副館長とその秘書の二人は倉庫から必要な物を取り出している。

 

「どけどけー!通るぞー!」

 

「ッたく、何でオレまでこんなことを!」

 

「グチグチ文句言うな。寝てるよりも労働して汗かいた後の酒は美味いぞ」

 

「.....俺は必要?」

 

ある所ではかつての閻魔大王補佐官の二人と眼帯をした戦闘狂鬼が大荷物を会場にまで運んでいたりしている。

 

「さて、今度は騒ぎにならなきゃいいが」

 

「た、楽しみです!」

 

「全くよォ、今代の閻魔大王は中々気が利くようだな。さすがあのチビの兄だ」

 

「ヤマクロ殿は元気にしているでしょうか?」

 

天国では変装した神達が天地の裁判所へと向かうために飛行場で待機していた。

 

「兄ちゃん、まだ行かないのか?皆あんたを待ってるみたいだぜ」

 

「わかってるから急かすな!ていうか、お前は来なくていいのかよ?」

 

「いいんだよ、俺はここが気に入ってんだ」

 

いつの間にか雑務室の物陰に住み着いたギョロ目が特徴の閻魔大王の知人はケタケタと笑い、若き今代の閻魔大王はため息を吐いていたりしていた。

閻魔大王、ヤマシロは頭を抱えながら筆を走らせる。

 

「ったく、もうすぐ終わるってのに中々作業って進まないもんだな」

 

「ま、今までがオーバーワークすぎたんだ。疲れが一気に来たんだろうよ。だから俺は休めって言ってんのに兄ちゃん頑張るから」

 

執務室の机の物陰に潜んでいるギョロ目は呆れた様子でヤマシロを諌める。

一年半前にここが気に入った!と言って住み着いたギョロ目はかつて草陰のギョロ目などと呼ばれていたが、今は物陰のギョロ目としてヤマシロの話し相手となっていた。

最初は思わぬ再会に両者とも驚いたが、今では馴染みきっている。

 

「ふぅ」

 

「終わったのか?」

 

「お陰様でな、そろそろ行ってくるよ」

 

「楽しんで来いよ!久々の休みなんだからよ」

 

お言葉に甘えて、とヤマシロは雑務室を後にした。

雑務室の外はもう皆会場である裁判所に新設した大広間に移動したようで少ない鬼達が食材やら酒やら小道具やらを運んでいる者たちばかりだった。

 

「閻魔様、お疲れ様です!」

 

「唐桶、いつも幹事から準備までご苦労様だな。ていうか悪いな、全部任せちゃって」

 

「いえいえ!好きでやってることですので!」

 

金髪に派手なサングラスを掛けた明るい男、唐桶祭次は得意気な様子で自身の胸を叩いた。

 

「では、行きましょう!皆待ってますよ!」

 

「わかった、行くか」

 

こうしてヤマシロは宴会の場、天地の裁判所大広間へと足を向けたのだった。

 

 

 

数分後。

 

「では、閻魔様から一言!」

 

「んん、あー、あれだ。いつも真面目に仕事してくれてありがとう。してない奴もいるが、そこは後で個人的説教するから安心しろ。あと、待たせて悪かった、長い挨拶抜きにさっさと始めよう。じゃあ、皆杯を持て!」

 

スッ、と場にいる全員が杯を天に掲げる。

そして、ヤマシロが号令をかける。

 

「今日は楽しむぞ、乾杯!」

 

「「「乾杯ー!」」」

 

こうして、宴の幕は開けた。

 

 

 

「飲め飲めー!騒げー!」

 

「ギャハハハハ、おいそこのお前!盛り上げろ!」

 

「響子様!他人に無理強いさせないでください!」

 

「テメェ、それ俺の!!」

 

「知るか。早い者勝ちだ」

 

「神に喧嘩売らないでよ、マミぃ」

 

「おう死神!酒持ッて来い!」

 

「俺をパシリに使うなんていい度胸ですね、赤夜さん!」

 

「ちょ、査逆さん!?何坊ちゃんに酒飲してんですか!?」

 

「いーのよいーのよ、早いうちから飲ませときゃそのうち慣れるってもんよ」

 

「うぅ、頭が」

 

「おい、あっちで腹踊りやってるぞ!」

 

「ありゃ誰だ!?」

 

「さぁ、誰だろ?」

 

宴会開始から数秒、もはや誰も彼もが無礼講で席など初めからなかったとばかりに騒ぎまくっていた。

 

ちなみにヤマシロは蒼隗潼、キリストと共に飲んでいた。

 

「全く、ここまで騒がしくなるとはな」

 

「あぁ、予想外だ」

 

「だが、楽しいからいいじゃないか」

 

ヤマシロはキリストの発言に小さく笑みを浮かべて手にしていた酒を飲む。

隗潼もどこか楽しそうな表情を浮かべながら会場を見渡す。

キリストはほろ酔いの状態で唐突にヤマシロに質問した。

 

「で、ヤマシロ。お前六代目のことは考えてるのか?」

 

「六代目ぇ??」

 

「お、それは俺も気になっていたとこだ。意中の相手はいるのか?」

 

「.....あぁ、何が悲しくておっさん達と恋話しなきゃいけないんだか」

 

「おい」

 

「つれないなぁ」

 

と、三人(一人既婚者)で悲しい恋話をしていると話を聞きつけてきた平欺、煉獄、響子、蓮華、雑務室にいたはずのギョロ目までもが気がつけば乱入していた。

 

「へー、ヤマシロの相手はたしかにオレも気になるなァ。査逆か?」

 

「もし亜逗子ちゃんだったら閻魔様ともいえど全面戦争は避けられませんよ」

 

「麻稚だったら殺す、亜逗子も同様」

 

「もしかして私だったりする!?私だったりしちゃうー!?」

 

「きょ、響子様!本当にもう、飲み過ぎです!」

 

「いやいや、天照の奴の可能性もあるぞ!」

 

「ケケケ、で、誰なんだよ兄ちゃん」

 

ずい、と迫られたヤマシロは壁に追いやられて一つ溜息を吐く。

 

「いねぇよ、そんなの。大体まだ俺は現役やれるんだから考えたこともない」

 

ヤマシロは隗潼達を押しのけてスタスタと歩き始める。

酒を片手に持っているところから見るに挨拶に回る様子だった。

 

「ムッツリなのか、あの野郎ォ」

 

「先代もそうだったが、閻魔って種族は頭の固い奴らが多いな」

 

平欺とキリストがヤマシロの背を見てポツリと呟いた。

 

「あれ、閻魔様はー?」

 

遅れてやって来た亜逗子はキョロキョロと周囲を見渡しながら響子の顔を見ると、ゲッ!?と何かとんでもないものを見たような表情を浮かべていた。

 

一方、ゼストは逃亡してきたヤマクロを匿いながら、麻稚、月読命、素戔嗚尊と円になりながら和気藹々とした雰囲気を出していた。

 

「では、あなたが死神の生き残りと?」

 

「まぁね、今でも現世は偶に行ってるから世情は詳しいつもりだぜ」

 

「よく行ってるじゃん」

 

「弟くーん?そういうことは言わなくていいって教わらなかったのかい?」

 

「むしろ兄さんはゼスト兄なら殴ってもいいって言ってた」

 

「あの、野郎ォ!」

 

「流石は閻魔様、ゼストさんの扱いがわかってらっしゃいますね」

 

ゼストは膝の上に座るヤマクロには当たらず、側に置いてあった酒をグイッと飲み干す。

 

「でもよォ、あのひ弱そうだったチビも結構立派になったんじゃねぇか?二年前よりも背も伸びたみてェだしよ」

 

「そりゃ、背は伸びますよ。素戔嗚尊さん達もお元気そうで何よりです」

 

「お陰様でな。特に姉貴はあの刀を打ったから調子も良くなったみたいだし!また偶に会いに来てやってくれ」

 

ワイワイと神も鬼も死神も閻魔も種族の壁を越えて誰も彼もが騒いでそれぞれの時間を過ごしていた。

 

「ゼストさーん!」

 

「どうした?」

 

「お酒取ってきてください!」

 

「だから、何で俺はいつもいつもパシリに使われんだよ!」

 

「あ、俺も」

 

「お願いできますか?」

 

「便乗してんじゃねぇよ!!」

 

二人の神もついでとばかりに声をかけたのであった。

楽しい時間はそれぞれが主役に過ぎ去っていく。

 

 

 

宴会が始まってから約一時間、早くも多くの者が酔ったり倒れ始めたりする者が多くなってきた頃、煉獄は窓の近くで風に当たっているヤマシロの姿を目撃した。

 

(.....てゐうか、あの人相変わらず凄ゐ量飲むなぁ)

 

足元にはそこそこ量が入っていたであろう酒瓶が五つほど転がっている。

ヤマシロの右手にも酒瓶が一つ握りしめられているところを見るとまだまだ飲むつもりなのだろう。

 

少し分けてもらおうと煉獄はその場から立ち上がり、ヤマシロに近づいた。

 

「閻魔様、それまだ余ってんなら少しわけてくださゐよ」

 

「.....なぁ、煉獄」

 

「ん?」

 

「俺たち、結構いい感じだと思わないか?」

 

「.....ゑ?」

 

ヤマシロの言っている意味がわからなかった、トロンとした瞳の意味がわからなかった。

頬が染まって甘ったるい声になっている理由が全くを持って理解できなかった。

ヤマシロは煉獄の顎をくいっと掴んでニヤリと笑みを浮かべる。

 

「お、おい」

 

「酒、飲みたいんだったな?口移しでいいか?」

 

「はぁ!?何言ってんだテメェ!!?」

 

あまりのことに煉獄は敬語を忘れて大声で叫ぶ。

一歩、後ろに引いた煉獄だったがヤマシロも追うように顔を近づけてくる。

煉獄が大声で叫んでしまったせいで、ドンチャン騒ぎをしていた者たちも興味を示し「お、何だなんだ?」と野次馬としてやって来る鬼たちが増えてきた。

 

「なぁ、いいだろ京。減るもんじゃないんだからよぉ」

 

「減るわァ!!主に俺の尊厳と信頼と、あとゐメージ悪くなる!!」

 

「大丈夫さ、そんなもの後からでも改善できる」

 

「正論なんだけど、こんな場面で聞きたくなかった!」

 

ギャーギャー喚いてもヤマシロは止まる様子はなく、煉獄との距離をゆっくりと縮めていく。

 

「マジかよ、あの二人ってそういう」

 

「れ、煉獄さん」

 

「.....見損なった」

 

「ま、まぁ、人の趣味はそれぞれッスから」

 

ちなみに周囲の反応は様々だったが、八割方が二人の関係性にドン引きしていた。

 

「ま、待て!誤解だ!」

 

「何が誤解なんだ?ん〜?」

 

「ゐ、ゐ、加減に、しろ、よォ!」

 

それでも、スキンシップを迫ってくるヤマシロを何とか押しのける。

しかし、無駄に強いヤマシロの握力のせいで引き剥がすことができなかった。

 

こうなれば、と煉獄は最後の手段とばかりに潜影術を使い影に逃げ込んでヤマシロから距離を取る。

鬼と死神のハーフである煉獄だからこそ死神の力を使役できたため、ヤマシロにはそれを使う手段はない。

煉獄は野次馬の中に紛れるとゆっくりとヤマシロから遠ざかって行った。

 

「まさか、あのガキ」

 

「どうしたんだ隗潼殿?」

 

「奴が持っている酒を見ろ」

 

隗潼に促されるままキリストは目を向ける。

ヤマシロの持つ酒の銘は鬼神殺し、あの天下の酒呑童子でさえ飲むのは一週間に一度でないと意識を保つことが難しいと呼ばれた高アルコール飲料である。

酒に強いヤマシロだが、あの酒呑童子でさえ多くは飲むことがなかった酒を飲んでいたのだ。

閻魔である彼が酔わないわけがなかったのだ。

 

「.....で、あいつあんなに酒癖悪かったのか?」

 

「そこに関しては知らん。だが、中々難癖であることはたしかなようだぞ」

 

「席外すか」

 

「懸命な判断ですな」

 

コソコソと二人はゆっくりと出口に向かう。

 

「隗潼ぉさぁ〜ん、キリストのおっちゃんも、たった二人でどこ行くんですかい?」

 

「ヤ、ヤマシロ!?」

 

「いつの間に!?」

 

瞬時に移動したヤマシロは二人の間に割り込む。

何やらヤマシロはニヤニヤしながら二人の顔を交互に見ている。

いらぬ誤解が生まれる前に立ち去ろう、二人はアイコンタクトで意思を疎通させ、ヤマシロを撒くためにゴクリと息を飲む。

 

「ヤマシロ。お前こそどうしたんだ?」

 

「いやぁ、人肌寂しかったもんですから。一杯付き合ってくださいよぉ」

 

「あ、あっちにゼストが一人寂しそうにしてるぞ!」

 

「ちょ、隗潼さん!?」

 

急な指名にゼストは驚き、近くにいた麻稚は何やら目をキラキラさせ、ヤマクロと月読命と素戔嗚尊はそそくさとその場を離れる。

 

「ぜぇすとぉ、俺とも一緒に飲もうぜ」

 

「そ、そいつは構わないが尻触んのはヤメロ!」

 

「いいだろぉがよぉ、ほんにゃのひようはいにょひゅひんひっふふにゃんひゃきゃりゃりょぉ」

 

「呂律が回ってない、回ってない!!」

 

「こ、これがリアルBL!?」

 

「麻稚。あっちであたいと飲もう」

 

何やらとんでもないことになりそうだと察した亜逗子は麻稚を連れてその場を後にした。

残されたゼストは一人悲鳴を上げ助けを求めるが、誰も彼もが目をそらし各々で楽しみ始めていた。

 

宴会はその後二日近く続き、ヤマシロの酔いが冷めるまで行われた。

ちなみにこの出来事からヤマシロに強力な酒は決して与えてはならないという暗黙の了解も生まれたのだった。

 




ゲスト一覧
響子(紅野生成様、キャミにナイフから)
蓮華(紅野生成様、キャミにナイフから)
草陰のギョロ目(紅野生成様、キャミにナイフから)
リュウガ・ブラッドビー(アカシックレコード様、顔巣学園の平凡な超常から)
ギプノーザ(アカシックレコード様、School of Metalから)


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五周年特別短編 〜未来へ繋ぐ招きの左手〜

五年だと!?
私がびっくりですよ! いい数字なので書いちゃいました!
五周年わーい!

※今までにないくらいの超蛇足な内容です!


 

–––誰かの声が聴こえる。

 

それはきっと今の自分の声ではない。

 

もっと先の時間から語りかけてくる声。

 

本来であれば聴こえるはずのない可能性の声。

 

何故このタイミングで語りかけられてきたかはわからない。

 

けれど何か重要な意味があるに違いない。

 

–––少し大人びた弟の声。

 

–––兄に対して何を語るのか。

 

 

 

来世と現世を巻き込んだ未曾有の大事件以来、特に大きな事件も起こることなく月日だけが経過している。

この天地の裁判所の復旧も完了し、秩序も少しずつではあるがかつての形に戻りつつあった。

 

雑務室という狭い世界に篭りっぱなしのヤマシロにとっては毎日変わり映えのしない日々を送っている。

今日に至るまで現世の問題ごとよりも来世、つまり天地の裁判所に勤める鬼たちであるヤマシロにとっての身内や部下に当たるものたちの問題の処理に追われていた。

現世と来世の境界は既に安定し、異常現象も片付き、彼女とのいざこざも一応は解決という形にはなっている。

 

あれから五年の月日が流れた。

依然として五代目閻魔大王ヤマシロは雑務をこなす日々に変わり映えはしない。 日常が淡々と続いてるのだ。

側近の鬼娘二人が問題を起こすわけでもなければ、馴染みの死神がひょっこりと現れるわけもなく、ペンガディラン図書館の面々に弟が巻き込まれてるわけでもない。

雲が流れ、現世から旅立った魂が立ち寄り天国、もしくは地獄行きの切符をこちらから判決し渡す。

 

変わらない日常、平和な日常のはずなのにヤマシロはどこか空虚だった。

 

「–––あんまり難しく考えんじゃないぞ、兄ちゃん。 世界の流れってのは案外単純さ」

「.....意外だな、お前が仕事中に話しかけてくるなんて」

「そんくらい兄ちゃんが危うく見えたもんでね、こっちとら世話焼きな性分なんだよ」

 

いつの間にやら住み着いた雑務室の物陰に潜むギョロ目。 どういった生物でどういった存在なのかは未だにわかっていない。

 

「そう、世界の流れなんて簡単さ。 それこそ堰き止めることも変えることだって容易い」

「.....」

 

「どうするかは兄ちゃん次第だが、間違った方向に進まないことだけは祈ってるよ。 兄ちゃんの正義を信じてそれが間違ってたとしても俺は止めることはできないだろうからな」

「.....敵わないな、あんたには」

 

フッと表情を緩ませる。

もしかしたら父もこんな気持ちだったのかもしれない。 変わることのない日々を退屈に感じ、何か大きな変化を求めた。 あり得る、あの短気な父ならあり得てしまうのが何とも言えない。

筆の走る速度が上がる。 少しだけ文字が汚くなるが、不特定多数の人物に読まれることはない。 いつもの面々に通じればそれでいいのだ、問題はない。 一通り作業を終わらせ、軽く伸びをしてヤマシロは煙管を片手に立ち上がる。

 

「ちょっと外の空気吸ってくるよ」

 

ギョロ目からの返事はなかった。

 

 

 

天地の裁判所。

この巨大な施設の大改修は三年前に終わり、かつての完全木造建築の姿はなく鉄筋コンクリートを入れた近代的モダン様式の構造へと変わった。

時代の流れと共に現世が変わるのであれば来世も変わる。 それが世の常であり、逆らうことのできない世界の流れだ。

 

道行く天地の裁判所勤めの鬼達、ヤマシロの部下に当たる者たちとすれ違い様挨拶をしながら当てもなく天地の裁判所五棟内を歩き回る。

 

「おッ、ヤマシロの坊主じャないの」

「赤夜さん」

 

珍しい男と遭遇してしまった。 人生の大半を睡眠で費やしてる最強の天邪鬼が裁判所内を闊歩しているのだ。

ヤマシロの記憶が正しければ、平欺赤夜が最後に起きてたのは五ヶ月前だったはず。

 

「お前、仕事はいいのか?」

「休憩ですよ。 さすがに雑務室に篭りっぱなしは身体に悪いのでね」

「.....ふゥん、それなら一杯付き合えよ。 あんたとは前からサシで話したいと思ッてたんだ」

「.....わかりました、お付き合いしましょう」

「お、ゴクヤマの野郎と違ッて物分りがいいじャねェか!」

 

そう言うや否や赤夜はヤマシロの肩に腕を回し、背中をバシバシと叩いてくる。 赤夜のおじちゃんに連れられて向かった場所はヤマシロですら知らない天地の裁判所の一室だった。

 

「.....こんな場所があったのか」

「オレ専用の部屋だ、寝心地もいいし一部の奴しか知らねェから雑務の催促に追われる心配もねェぞ」

「なにその素敵部屋」

 

平欺赤夜は上機嫌に酒を注ぎ始める。

蝋燭の火が静かに揺らめいてることからどこから風が入り込んできていることがわかる。

静かに乾杯をし、先に口を開いたのは赤夜だった。

 

「なァ、お前さんは閻魔大王いつまで続けるつもりでいるんだ?」

「.....?」

「何言ッてんだこのおッさんッて言いたげだな、オイ」

 

溜息を吐く赤夜は杯に追加の酒を注ぐ。 トクトクトク、と心地の良いリズムが部屋の中に響く。

 

「.....オレ自身閻魔大王のシステムについてはそんなに詳しくねェけどよ、ゴクヤマは早々に引退しやがッた」

「.....その節はどうも父がご迷惑お掛けしました」

「ンなに、寝る時間が増えたッてもんだ。 気にしちャいねェ」

 

ヤマシロの杯に赤夜が酒を注ぐ。

 

「まァ、あいつはお前がいたから引退できたんだろうよ。 だが、お前にャガキはいねェだろ? それどころか番い相手すら」

「赤夜さんもたしか独身だったような」

「オレに釣り合う女がいねェだけだ、そこんとこ勘違いすんなよ」

 

逆ギレである。

部屋の隅にある戸棚に手を伸ばし、スルメを皿に盛ってヤマシロと平欺赤夜の間に置く。 慣れた様子だ

 

「.....もしかして、親父もここに来て飲んでたんですか?」

「あァ、隗潼のやつもな」

 

道理で今まで知らなかったはずだ。

先代の天地の裁判所ヒエラルギーのスリートップが牛耳ってるのだから。

 

「で、どうなのよ?」

「.....続けれることなら続けますよ、まだやり残してることだってあるんですから」

「.....まァ、お前さんがそう言うならいいかァ」

「.....?」

 

くちゃくちゃと音を立てながらスルメを頬張る。

 

「あァ、そうだ。 ついでと言ッちャあれだが、少し道案内頼んでもいいか?」

「道案内?」

「.....まだ天狼の奴の墓参りに行けてねェんだ。 顔くらい出しておきたくてなァ」

 

 

 

かつてこの場所には酒呑童子の暮らす里があった。 今となっては更地に立つ二つの墓標が佇むのみ。

亡者や地獄に生息してる生物達もこの場所に辿り着くまでの険しい道であるために誰も近くことはない。

マグマによる大地の添削はより一層道中を厳しく険しいものへと変貌させていた。

 

しかし、そんなもの現役閻魔大王であるヤマシロ、史上最強と謳われる天邪鬼平夜赤夜には関係ない。

 

「もうそろそろで到着しますわ。 疲れたりしてないですか?」

「ハッ、誰に偉そォな口利いてやがる! こんなのウォーミングアップにもならねェよ!」

「それもそうっすね」

 

閻魔と鬼にかかればハイキングコースだ。

ヤマシロに至っては浮遊しているため地形は関係ない。

 

「一応仕事も増えてるだろうからさっさと戻りたいところですね、ペース上げますよ?」

「ドンとこいッ! つーか、帰りが遅れれば遅れるほど休憩時間増えちャうぜェ、ヤマシロォ」

「.....ぺ、ペース上げますよ!」

「真面目ちャんめ」

 

–––閻魔ッてのはこんなのばッかなのかねェ、と赤夜は苦笑いする。

 

一切休憩を挟むことなく、二人は時間にして20分ほどで目的の場所に到着する。 この二人だからこそ出せたタイムであって本来であれば片道一時間を要する距離である。

 

「赤夜さん、ここだ」

「あァ」

 

ヤマシロ自体来るのは久々ではない。

毎年彼の命日になると亜逗子、査逆、煉獄、ヤマクロを連れて墓参りに来ている。 その後、その場の流れで飲み会になってしまうのは酒呑童子の集落特有の雰囲気に呑まれてしまってのことなのか、彼に対する弔いが酒を飲み交わすことだと言い出した赤鬼が原因なのか今となっては定かではない。

 

「隣のは、たしか千里の野郎の娘のだッたか?」

「酒井田銀狐さん、仲が良かったって天狼さんが。 俺は会ったことないけど」

「.....そッか」

 

そう呟く赤夜の表情はどこか悲しげだった。

平欺赤夜の身の丈をちょっとばかし越える巨大な瓢箪を二つの墓標の前に置く。

 

「無銘酒ですまねェが、こういうのには慣れてなくてなァ。 仲良く飲んでくれや」

 

膝をついて手を合わせる赤夜に続いて、ヤマシロも手を合わせる。

果たして彼らは無事輪廻転生を果たしたのだろうか。 閻魔大王として多くの魂を導く者として特定の魂に執着するわけにいかない。

こうして上司であると同時に友人として手を合わせることしかできない。 死後の世界はここであるというのに、何ともおかしな話である。

 

「.....千里ィ、お前にも聴こえるか知らねェがよ、せめて娘は大切にしやがれ、馬鹿野郎がッ」

 

–––赤夜の声が震えていた、そんな気がした。

 

 

 

閻魔大王に休みはない。

赤夜はまだ残ると言ったため、ヤマシロ一人で裁判所まで飛んで戻った。

 

(あの人にも色々あるんだな)

 

あまり詮索するのは良くない。 普段寝てるだけの男にもそれなりの人付き合いはある。

ヤマシロよりも長く生きていれば尚更そうしたことが多いのであろう。

 

ヤマシロが雑務室に戻ると、昔馴染みの死神が何故か迎えてくれた。

 

「よォ、閻魔大王は今外出中だから俺が代わりに、って本人かよ」

「何してるんだよゼスト。 俺の代わりに仕事してくれてるなんてことはありえないし、本当に何してんだよ」

「.....なぁ、兄弟、もう少し俺に優しくしてくれていいんだぜ?」

 

項垂れるゼストをどかして、ヤマシロは座り慣れた椅子に座る。

ゼストの言葉と机の上に積み上がった書類を見るに、誰かがやって来て追加の仕事を持ってきたのだろう。

詳しいことは最近棲みついたギョロ目に聞けばいい、ゼストよりは信用できるだろう。

 

「じゃなくて! 兄弟! ちょっと相談があるんだよ!」

「なんだよ」

「畠斑さんところにもうすぐお子さんが産まれるらしいんだよ」

「そうなのか、そいつはめでたいな」

「だろ」

 

部下の喜びは上司の喜びである。

天地の裁判所の福利厚生システムは充実しており、現世からこちらにやって来る魂達から話を聞いて改装記念に本格的に実施することとなった。

 

「それで何か贈り物がしたくてさ、招き猫を考えてるんだよね」

「招き猫を?」

 

招き猫。

千客万来、一攫千金といった願いを込められて作られた商人の間で重宝されてるまじない品。 いわゆる呪具。

来世でも死神印の死者を招き入れる猫又がデザインされた小判の代わりに骸を持った招き猫は存在する。

 

「.....不吉じゃねぇのか?」

「いやいや、死神印のは渡さねぇよ!? そんくらいの常識は弁えてるし!」

「なら、いいけど」

 

ホッと一息、何故昔馴染みにここまで疑われてしまうのか甚だ疑問である。

 

「子供さんの福を招くって意味でな、名前はまだ決まってないらしいけど決まったら俺が書く予定だ」

「だから現世で書道教室に通ってたのか」

「子供かぁ、俺に子供ができたらレイって名前がいいな」

 

無邪気な笑みを浮かべながらゼストはまだ見ぬ自分の子供に想いを馳せる。 まずは相手を見つけることが先決なのではとヤマシロは思うが、あえて何も言わないことにした。

 

「兄弟は縁談話とか結構あるみたいだけど、いい人は見つからない感じ? ていうか六代目誕生はいつになりそう?」

「まだまだ現役するつもりだよ、親父の引退よりも早い段階で引退とか記録更新したくねぇ」

「張り合うなよ」

 

ため息を漏らすヤマシロはやれやれといった様子で書類に手をつけ始める。

慣れたものだが、量が量であるため少しでも減らしたほうがいいと判断した。 幸い、ゼストの話に付き合いながらでも作業をするのはお手の物だ。

仕方なくゼストの話を聞きながら雑務を進めることにする。

 

「それでさ、こっちの招き猫じゃ変な力が働きそうだから現世産のモンを買ってきたんだけどさ、見当たらないんだ」

「管理不足なんじゃないのか?」

「影の中に収納しておいたんだぞ、俺以外に取り出しはできねぇ」

 

正直ヤマシロには死神の能力には詳しくない。

 

「そういうものなのか?」

「そういうモンなんだ」

 

天井から身を影に収めながら最近伸ばし始めたという髪を床に向けながら話す。 態勢が怖い、本人曰くどうなら血は上らないらしい。

 

「で、考えうる場所は全部回ったんだけど客観的な意見が欲しいわけよ」

「お前が行きそうな場所を俺が言っていけと?」

「さすが兄弟、話がわかるぜ!」

「その前にお前が行った場所にもう一回行って確かめてこいよ、それこそ一回行った場所で見落としてる可能性だってあるんだからよ」

「ん、一理あるね」

 

書類に目を落としてるヤマシロは気がつかなかった。

–––ゼストがニヤリと怪しげな笑みを浮かべたことに。

 

「俺はこの書類済まさなきゃいけねぇから、とりあえずおま」

 

「よし、まずはここだ!」

「.....お前さぁ、ヒトを巻き込むのもいい加減にしろよ」

 

気づいた時には物陰喫茶[MEIDO]の資材倉庫だった。

裁判所改装の際に冷蔵室を導入したことをよく覚えてる、目の前に冷蔵室の扉があるため間違いないだろう。

 

「まぁまぁ、だから移動が一瞬で済むように影の中に兄弟を入れたろ?」

「お前にとっては普通かもしれねぇが、俺はまだ慣れてねぇんだよ!!」

 

常日頃から影に潜ってるやつが言うもんだからタチが悪い。

ヤマシロにそんな能力はないため、慣れないのは当然である。

 

「現世の食糧を持ってきてここに来たのが昨日だ」

「.....あとでドラゴンソーダ奢れ、それでチャラだ」

「はいよ、閻魔様」

 

なんやかんやで捜索に協力してくれる義兄弟の返答に喜ぶ死神。

ゼストは一通り探した、それでも見つけれなかった。 考えられるパターンとしてはここにはないか、ゼストが見落としているか、誰かに持っていかれてしまったかの三パターン。

 

「結構冷えるな」

「わかる」

 

冷蔵室からわずかに漏れてる冷気は資材倉庫内に広がっている。 裁判所の外は溶岩の広がる地獄、太陽の化身八咫烏の生存適正温度なのだ。

人工的に冷やしているとはいえ、倉庫外との気温差は明白である。

 

「.....ないな」

「だな、じゃあ次の心当たりに行ってもいいか?」

「その前にドラゴンソーダ」

「へーい」

 

閻魔大王、約束事はしっかりと守り守らせる男である。

 

資材倉庫から影を伝って外に移動し、正面に回ってから店に入る。

 

「いらっしゃいませ、あ、閻魔様! お疲れ様ッス!」

「おう、笹雅君席は空いてる?」

「もちろんっすよ! こちらへどうぞ!」

 

案内された席に座り、ドラゴンソーダを注文する。

 

「ゼストは?」

「俺はいい」

 

ドラゴンソーダが届くまで暇なので店内を改めて見渡す。

五年前に比べ、来客は増え内装も随分と明るくなった。 ここから眺める地獄の景色は絶景で、地獄側の壁面は全てガラス張りとなっている。

時折噴火する火山も風情がある。 心地良いクラシック音楽が店内を駆け巡っており、入り口の戸棚の上には見事な招き猫が飾られている。

 

「.....ん?」

 

そこでゼストが動きを止めた。

 

「あった」

 

どうやら探し物は見つかったようだ。

しかし、あれが本当にゼストの失くしたものかどうか確かめければならない。

 

「間違いないと思うんだけどなぁ」

「なんか特徴ないのかよ、それか目印というか」

「裏面に五の漢数字が彫ってある」

 

たしかめるために招き猫を手元に持ってこないといけない。 スタッフに一声かけようと思ったが、肝心のスタッフがフロアにいない。

笹雅も注文を取ってからまだ裏から出てくる様子はない。

 

いくら閻魔大王といえど客目のあるところで堂々と店の置物かもしれないものを黙って触ろうなんて思えない。

早いところ確認して雑務作業に戻りたいがための焦燥感がヤマシロの判断能力を鈍らせていく。

 

「とりあえず俺見てくるわ」

「待て! 堂々と盗みはマズイ!」

「どうした兄弟!?」

 

–––堂々と店のもの(かもしれない)ものに手を出そうとしてる昔馴染みの肩を全力で掴んでいた。

五年前に比べヤマシロは強くなった。 脳波がヒトより上手く扱えないなら、地力を鍛えればいいじゃないということで雑務の合間に筋トレを欠かさず行ってきた賜物である。

現世でぶらぶらと遊び歩いてるゼストとの力の差ができたのは必然的である。

 

「落ち着け、一旦落ち着けゼスト」

「落ち着くのは兄弟だろ!? どうしたんだ、お前なんでよくわかんないテンションになってんの!?」

 

「–––お待たせしました! ドラゴンソーダになります!」

 

「ちょっといいか!?」

「は、はいぃ!?」

「落ち着けっての!」

 

天地の裁判所最高責任者である五代目閻魔大王が鬼気迫る表情でウェイトレスさんに迫る、翌日の号外にでもなりそうな一場面だったがゼストが諌めたことにより、大事にはならなかった。 ドラゴンソーダも無事ヤマシロの元に届いた。

 

「あの招き猫、ですか?」

「あれをちょっと調べたいんだけど持ってきてもらってもいい?」

「構いません、けど。 .....今まであんなのあったかしら??」

 

わざわざ仕事を中断してまで二本角を生やしたウェイトレスさんに招き猫を取ってきてもらった。 少し高い位置にあったため、背伸びしてやっと届いたようでぴょんぴょん飛び跳ねる様子が店内を和ませたのは内緒である。

 

「どうだ?」

「これだ、俺の買ったやつは。 ちゃんと小判の代わりに赤子を抱いてるし」

「こだわりすぎだろ」

 

たしかに招き猫の裏面には漢数字の五が彫られている。 書かれているのではない、彫られているのだ。

ヤマシロはドラゴンソーダを飲みながら首を傾げる。

 

「つーか、お子さんの名前はどこに書くつもりだったんだよ」

「この赤子のおでこあたりにでも」

「ちっせ」

 

目的を済ませ喫茶店を後にして、とりあえず雑務室に戻ることにした。

 

「–––少しお待ちくださいませ」

 

が、二人の前に立ち塞がる人物がいた。

 

「あんたは、店長の荒井さん!」

「その招き猫はうちの商売繁盛、現世支部店出店の足掛かりのまじない品、いくら閻魔様でも店長のこの俺に無断の持ち出しはやめていただきたい!」

「元々あんたのじゃないけどな」

 

まるで食い逃げ犯に迫るような気迫。

世界を救った二人でも足が竦むような圧が場を支配する。

 

「荒井さん、申し訳ねぇがこいつは俺の大切な仲間の出産祝いに渡すモンなんだ。 退いてくれないか?」

「ゼストさん、残念だ。 あんたとは仲良くしていきたかったんだが」

 

「–––どうやら、お互い退くことはできない信念があるみてぇだ」

 

「–––道が違えば商売敵、俺の夢の邪魔は誰にもさせぬ!」

 

バチバチバチバチ、と二人から発せられた闘気が激突する。

店内にいた者たちが野次馬根性を見せて三人の近くに群がってくる。

 

「おい、ゼスト、真淵も落ち着け!」

 

「–––兄弟! ここは俺に任せて先に行け! 招き猫を頼む!」

 

「お前それこの場面で言うことじゃないだろ!? 他に言うのに相応しい場面あるだろ!!?」

 

ヤマシロの声は届かない。

ゼストと荒井真淵の拳はぶつかり合い、激しく応酬し合う。

 

荒井真淵、本来戦闘に関してはド素人であるため喫茶店の経営者になったはずなのだが、何故かゼストと渡り合っている。

これが商人魂というやつなのだろうか。

 

–––これ以上面倒になる前にヤマシロは招き猫を抱えてその場を後にしたのだった。

 

 

 

「.....持ってきちまったけど、どうしようこれ」

 

雑務室の机の上に鎮座する招き猫を見ながら頭を抱える。

さっさとゼストに返して雑務を片付けなければならないというのにあるだけで落ち着かない。 部下である畠斑瑶代夫妻の第二子出産、そのことはヤマシロの耳にも届いていたが、いかんせん他のことに気を取られすぎていた。

 

仕事が忙しいとはいえ、部下の祝福もまともに祝うことが難しい状態になってしまうとは。 上司としてあるまじき行為だ。

煙管を吹かせていると、コンコンと扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼します閻魔様」

 

雑務室に入ってきたのは大量の書類を持った枡崎だった。

 

「.....その紙束はなんだ?」

「えっと、非常に申し上げにくいのですが亜逗子様のあれこれですね」

「あれこれってなんだよ、あの馬鹿」

 

側近が迷惑しか掛けない件について。

 

「私もお手伝いします」

「いつも悪いな」

「いえ、ところでこちらの物は?」

「あぁ、ゼストの奴が持ってきた招き猫だ。 なりゆきで仕方なく預かってる」

「....死神の」

 

枡崎仁、彼はあまり死神に対して友好的ではない。 彼の父親が昔死神に騙されて汚職を被らされたとか、雑務中にそんな話を聞いたことがある。

 

「処分しておきましょうか?」

「やめてくれ、一応正式な贈り物になるんだ」

 

後でゼストに何を言われるかわかったものでもないしな。

 

枡崎はヤマシロの側近である赤鬼と青鬼より仕事ができてしまうのが困りものである。 特に書類関係に関しては枡崎が手伝ってくれるのもあって大変助かってる。

自分の仕事も裁判所の仕事もあるというのに彼には感謝するしかない。

 

「あ、閻魔様。 こちらの書類ですが先ほどのと重複致しますのでこちらで片しておきますね」

「サンキュー」

 

超がつくほど優秀だ。

 

滞りなく雑務は進み、書類の山も半分ほど片付いた。 作業中にも関わらず枡崎が書類を外に運んでくれたお陰でさらに効率よく作業は進むことになった。

コンコン、と来客が現れたのは枡崎が戻ってきたすぐのことである。

 

「はい」

「待たせたな兄弟! 招き猫は無事か!?」

「別に待ってねぇ、招き猫は無事だ」

 

返事も待たずに入ってきた。 めっちゃボロボロである。

ゼストの後ろには平欺赤夜の姿があった。

 

「あれ、赤夜さん戻ってたんですか?」

「あァ、ついさッきな。 そこで死神坊主とバカが暴れてんの見たから殴ッといた」

「あの赤夜さんがいい仕事してるだと!?」

 

ゼストの頭にできた大きなたんこぶはそれが原因のようだ。

ヤマシロ、ゼスト、枡崎、赤夜と珍しい面子が雑務室に揃った。 ギョロ目は身を潜めていて声も出してない、まぁ、そもそもこの作品の登場人物ですらない。

 

「それで、赤夜さんはどうしてここに?」

「何、礼でもしようと思ッてな。 てか、それは招き猫ッてやつか?」

「そうです、あんたが今抱えてる馬鹿の所有物です」

 

赤夜は難色を示すような、難しい表情を浮かべた。

 

「.....あまりいい話は聞かないブツだな」

「え、そうなんですか?」

「あァ、現世じャどうか知らんが時空間の所在が曖昧なこの世界じャ良からぬものも呼び寄せることだッてあり得る」

「だってよゼスト」

「.....でもよぉ、俺はこれを畠斑さんのお子さんの祝いによぉ」

「やめとけ。 まじないの力が薄いとはいえ、多少の願掛けや力ッてのは小さくても作用するもんだ。 妙な霊魂呼び寄せて赤ん坊に乗り移るなんてこともあり得んだぞ」

「そのお話、興味深いですね」

 

そういえば枡崎は呪いやまじないの類を研究していたとかなんとか。

 

「んー、せっかくだけど今回は、いや、でも今回限りだからなぁ」

「まぁ、お前の好きにしろよ。 俺は関係ないし」

 

少し雑務室は賑やかになったが、作業の手自体は緩めてない。 滞りなく進んでいる。

 

「赤夜さん」

「ンー?」

「.....さっき飲んでた時に話してたことですけど、俺にはまだ先のことなんてわかんないですし、六代目も考えてないです。 でも、今はこの日常を守っていきたい、そう思えます」

「.....そーか」

 

赤夜は少し笑っただけで何も返さなかった。

 

 

 

「んー、こんなものか」

 

雑務が終わり、伸びをした後に外の空気を浴びようと天地の裁判所の屋上テラスへと足を運んだ。

 

–––時空間の来訪者、招き猫のまじない。

 

ヤマシロが描く未来、現状を維持するための力と能力。

 

そう、すべてなんの問題もない。

 

–––だってヤマシロ、僕の兄はきちんと未来を守れてるのだから。

 

「.....ご主人様?」

「もう大丈夫だよ。 行こうレイ、現世に」

 

大人になった少年は笑みを浮かべる。

小さな少女と共に向かうは現世、あり得ない事態の解決。

 

–––この問題を解決できるのは僕だけだ。

 

世界は今日も回り続ける。

 

それが例えヤマシロ達の知らぬところで何が起こっていようとも。

 

招き猫が招くは望まざる来客。

 

–––閻魔大王の休めぬ日々は今日も続いていく。




これからもよろしくお願いします!!


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十周年特別短編 ~懺悔と悔悛~

え、もう十年??


 雨の止まぬ日々が続いた。

 気分が優れない昼下がり、日課を終えた痩せこけた白髪の男が宙をぼんやりと眺める。

 

 無期懲役。

 宣告を言い渡されてもうすぐ十年が経とうとしていた。

 世界を混乱に陥れるつもりはなかった、愛した人にもう一度会いたかっただけだった。

 軽はずみな行動から禁術に触れ、世界を滅ぼす一歩手前だったそうな。

 

 もちろん、表向きの罪状は違うものだ。

 というよりも、そんな突飛な話を頭の固い警察公務員が信じるなんてとても思えない。

 オカルトに近づきすぎたというのには間違いではない。

 無関係多勢を巻き込んだ危険人物、須川雨竜(すがわうりゅう)にとって現世に滞る理由もなければ、時間を費やす意味すらもなくなってしまっている。

 

 ──あるとすれば彼女(美原千代)からの伝言。

 あの時受け取った直筆の手紙が彼を現世に残り続ける唯一つの理由と言える。

 

 もう、いいだろうか。

 

 何度、自死しようとしたか数えるだけキリがない。

 その度に彼女が止めるような気がしてるのだ。

 重すぎる愛は呪いとも言われるが、彼自信の真面目な性格が自らを縛り付けて呪いへと変えてしまっているとも言える。

 

 ある日のことである。

 須川雨竜に面会希望の人物が訪れた。

 会った覚えのない大男であった、顔はよく見えないがどこか窶れて坊主頭であることは確認できた。

 

 大男(ゴクヤマ)は懺悔するように言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 ※

 

 今から二百年ほど前のことである。

 四代目閻魔大王ゴクヤマの閻魔業が軌道に乗り、先代が本格的に関わりを持ち始めなくなり、心の荷がなくなってわっしょい状態の彼の頬は緩んでた。

 

 「情けねぇ面してんじゃねぇよ、ゴク。シャキッとしねぇと示しがつかねぇぞ」

 「小姑か、お前さんは」

 「俺の子供がお前みたいな奴連れてきたら、そうなるだろうな」

 「そもそも子供いねぇだろ、ギン」

 「例え話だっての真面目ちゃんめ」

 

 やれやれ、といった様子でギンと呼ばれた一つ角の鬼は読んでいた書物を閉じる。

 

 「それで、従業員寮ってのは結局どうなったんだ?」

 「今申請中、うまくいけば天地の裁判所の隣接した土地に設置できる」

 「全く、人間ってのはよくそういうの思い付くよな。そういう話をしっかり聞いて取り入れるのもゴクらしいけどよ」

 「時間ロスが減るだけいいことだろ、ギンはともかくベンガディランの連中はここまで来るまで一苦労だ」

 「おいこらそいつはどういう意味だ?」

 「実力を認めてるってことだ」

 「そういうことにしといてやるよ」

 

 銀砂含む、天地の裁判所で働く者達の大半が『鬼』と呼ばれる種族である。

 怪力乱神、実力主義の社会性なのだが、一部に限り平均よりも非力な者達もいる。

 混血やらの種族の枝分かれで色々な説はあるが、詳しいことまではわかっていない。

 

 閑話休題。

 

 「ゴクの打ち出した案はそうそう無下にされないでしょ、今までだってそうだし」

 「わからんだろ」

 「わかるよ、この哉繰銀砂(かなくりぎんさ)が保証する」

 「……弱いなぁ」

 「そこは嘘でも礼を言っとけよ」

 「いやぁ、礼を強要してんじゃねぇよ。まだ、隗童に言われた方が説得力あるわ」

 「側近と比べてんじゃねぇ」

 

 哉繰銀砂はゴクヤマの部屋に訪れては、話をしていくという昔馴染みである。

 ひょんなことからつるむことの多い、いわゆる腐れ縁である。

 

 「ったく、あいつよりも俺の方が側近しっかりやるってのに」

 「赤夜はここに必要なんだ」

 「だからって、役職与えて縛るって考えもどうかと思うけどね。それも、閻魔大王補佐官としてなんて、二人しか選べねぇんだぞ?」

 「ギンとは対等でいたいんだ、上下関係を持ちたくねぇ」

 「……重、プレッシャー重!!」

 「ありがたく受け取っとけ」

 「いらねぇよ、まだ借金するほうがマシだ!」

 「なら、寮申請通らなかったらギンの金で土地と寮建設を無理矢理やるかな」

 「冗談だっての、この鬼!」

 「鬼はお前だろ」

 

 後日、無事に寮申請が通り天地の裁判所のお膝元に建設されることになった。

 天地の裁判所従業員寮制度開始の瞬間である。

 

 

 ※

 

 「閻魔大王様。ゼレベムの者達が反旗を、従業員寮建設反対派として動きを見せてます」

 「主張を聞こう」

 「四六時中監視され必要なときに奴隷のように駆り出す閻魔の元に付けない、と果てしなくずれた論点による主張ですな」

 「……言い当てて妙なところはあるが、なるほど。そういう考えの者もいるのか」

 「ちョいちョいゴクヤマサン?何納得しかけてんの?」

 

 制度に賛成の意見があれば、当然反対の意見も存在する。

 蒼隗童(あおいかいどう)平欺赤夜(ひらぎせきや)の二人は鎮座して顎に手をやる上司の次の言葉を待つ。

 

 「ま、今更反対されても建設は止まらんし制度は必要に応じて変えればいいか」

 「黙らせばいいんじャねェの?任せてもらえれば、一発だ」

 「お前のそれは冗談にならんからやめてくれ」

 「ちッ」

 

 「なら、対話でもするのか」

 

 「ギン」

 「それこそ甘ちゃんだぜ、連中かなり血気盛んだし押し通せばイチャモンつけてくるのだって見えてる」

 「おい、貴様は何故我が物顔でここにいて閻魔大王様と謁見してるんだ?」

 「そういうのはいいよ、真面目ちゃん二号。俺はゴクに足りないのはそういうところだと思うし、必要なとこだと思ってるよ」

 

 余談ではあるが、この時代は五代目閻魔大王が就任する頃に比べてかなり治安が悪い。

 最たる理由としては、先代閻魔大王の愚行というかちゃらんぽらんな状態が続いていたために二代目閻魔大王の時代から何一つ進展がないに等しい状態なのだ。

 つまるところ完全実力社会、暴力こそが正義なのだ。

 

 「浄玻璃鏡で現地見てみなって、やばいから」

 「……閻魔様、部下より追加の伝令です」

 

 隗童が眉を抑え、腹部を抱える。キリキリという効果音が聞こえてきた気がした。

 

 「──奴ら、死神を人質に百鬼夜行大戦を要求してきました」

 

 「……どうするゴクヤマサン、こりャ宣戦布告だぜ」

 

 想像以上に事態は急を要するようだ。

 銀砂の表情もどこか固い。

 

 「──戦士達を集める、百鬼夜行大戦を受け入れ人質を救出する」

 

 百鬼夜行大戦。

 暴力が正義の鬼達にとっての唯一の秩序であり、大混戦である。

 寮陣営、合わせ百を越える鬼が命を削り合う合戦である。

 

 さて、ここでおさらいしておこう。

 死神達にとってゴクヤマは救世主のような存在である。

 現世において不条理な生が続くものたちを来世へと導く役割を与えられ、件の百鬼夜行大戦では一族が救われたといっても過言ではない。

 

 そして、出会うことになった。

 

 「ゴクヤマ様……」

 「また来たのか、ライラ」

 

 ライラ・ストライカー。

 これより十年後、二人は愛の契りを交わすことになるのだ。

 

 

 ※

 

 「よ、ゴク。新婚生活どうだ?」

 「茶化すなよ」

 「茶化したくなるに決まってんだろが、このこの」

 

 銀砂にうざ絡みされることが増えた。

 

 「……ありがとな、背中押してくれて」

 「気にすんなって、友達だろ?」

 

 色恋事情に疎いゴクヤマにあれやこれやと、根回し気回し猿回しをして十年。

 銀砂の陰ながらの支えもあり、跡継ぎ問題も解決であれやこれやと言われることも減ってきたのがゴクヤマの心労を減らしていた。

 

 「そうだ、これを預けとくわ。ていうか結婚祝いとして受け取ってくれ」

 「……天下五剣の一振を祝い物で渡すのはお前くらいだろ」

 「鬼丸国綱だ、俺のコレクションの中でも年季ものだ。使うも飾るも自由さ、俺には使えなかった」

 「使わなかったのはわかるが、使えなかったってのは?」

 「色々あったんだ。まぁ、いずれわかるさ」

 

 そうそう、と銀砂は思い出したかのように話題を変えた。

 

 「しばらく長期の遠征だから、開けるわ」

 「珍しいな」

 「ちょいとな。まぁ、閻魔大王様は偉そうに待ってればいいよ」

 「全く、報告書まで書くのが仕事だからな、口頭で伝えても意味ないんだぜ?」

 「わかってねぇなぁ、口頭で伝えるからこそ意味のある仕事だってあるだろうがよ」

 

 二人はいつものように軽口を叩き合う。

 

 「閻魔様!」

 「なんだ?」

 「それが、急ぎお伝えしたく──」

 「おっと、それなら俺はお暇だな。土産は期待すんなよ、ゴク」

 「一言多いわ」

 

 公私混同、銀砂に贈呈したい四字熟語である。

 

 「で、急ぎだったな」

 「は、はい!実は──」

 

 

 ※

 

 ライラの妊娠、出産。

 その影響を受け、ライラの両親もハッスルし彼女の弟を身籠ったそうな。

 

 「お父さん、お母さんまで……」

 

 当の娘としては複雑な心境であること間違いなかった。

 義理の息子としても大変複雑な心境である。

 

 「ヤマシロ、どんどん大きくなるわね」

 「子供は成長するもんだ」

 

 またまた余談ではあるが、彼らの成長観は人間と少し異なっている。

 その気になれば千年近く生きれる者達にとって、成長する時期の緩急が激しい。

 子供の時期が百年ほどに対して、老いるまでの時間が七百年以上に及ぶ。

 それまでの間は目に見えた成長が少ないため、子供の成長というものが時間感覚で言うと人間よりも早く感じられる傾向にあるのだ。

 

 「あぅ、あー」

 「ふふ、かわいい」

 

 満たされた時間である。

 

 ライラの弟、ゼストも誕生したが、ここで大きな問題が発生した。

 

 「ゼストが、一週間も生きられない……?」

 

 脳の欠損障害。

 全体でなく一部であるが、補うための血液が幼児の身体ではとても足りないのだ。

 

 「そん、な」

 「ライラ……」

 

 高齢出産。

 懸念されていたことではあったが、順調ではあった。

 問題なかったはずだったが、ここで起きてしまった。

 

 「──ライラ様」

 

 ドクターが覚悟を決めた表情を浮かべる。

 

 「そして、ゴクヤマ様。ゼスト様が助かる方法が、一つあります」

 「……本当に?」

 「……ですが──」

 「なんだ?」

 「ご子息、ヤマシロ様のことも考えますと、かなり危険な賭けでございます」

 「………まさか!?」

 

 いち早く気づいたのは、ライラである。

 

 「ヤマシロ様の脳の一部を、ゼスト様に移植することで──」

 「正気か……?」

 

 言葉を遮ったのはゴクヤマである。

 

 「時間もありませんので簡潔にお伝えします。成長しきってしまった方の脳ではゼスト様の負担となる確率が高くなるため我々ではダメです、産まれて一年以内の幼児のものでないと助かる見込みはありません」

 

 ドクターは言葉を続ける。

 

 「次期閻魔大王であるヤマシロ様にも、何かしらの影響も考えられます。提案、そのものが心苦しいのですが、これは──」

 「わかりました」

 

 次に言葉を遮ったのはライラである。

 

 「私は、私たちは希望と貴方に掛けます」

 「……ライラ?」

 「ですが、やるからには100%、息子と弟と、無事に会わせてください」

 「──我が、使命に掛けて、必ずッッ!」

 

 

 ※

 

 その日から、ゴクヤマとライラの会話は少なくなった。

 手術は無事に成功、幼い二人は一命を取り留めた。

 

 本来なら喜ぶところなのだが、ゴクヤマは閻魔室で一人書類作業に明け暮れる日々が日に日に増えてきていた。

 これまでの提案、制度等の関連事項、記載による保管、細かな内容の皺寄せが一気に来たのである。

 

 補佐に頼らず一念発起。

 いつも訪れる親友は遠征中である。

 

 ──こういう時、ギンならどうするだろうか。

 

 人付き合いが得意な彼のことを考える。

 不意に扉がノックされる。

 

 「……いいぞ」

 「失礼します、閻魔様」

 

 淡い期待をしてしまったが、即座に否定することになった。

 そもそも銀砂はノックをしない。

 

 「お伝えします、遠征に向かった哉繰銀砂殿ですが──」

 

 そこからのことをゴクヤマ自身あまり覚えていなかった。

 

 

 ※

 

 死。

 

 自分自身に向けられるものよりも、誰かに向けられるものの方が遥かに鋭い。

 

 哉繰銀砂は遠征と称し、反閻魔大王勢力の最たる過激派の所へ一人で向かったそうだ。

 友人の支えになりたい、補佐として選ばれなかった自分にできること。

 それは各地に赴き、不穏分子の火種を消すことである。

 

 『土産は期待すんなよ、ゴク』

 

 「……せめて、帰ってこいよ馬鹿野郎が」

 

 墓前で呟いた言葉は誰が返すまでもなく、虚空に紛れる。

 話したいことがたくさんあった。

 ヤマシロが大きくなったこと、隗童の娘に殴られたこと、ライラと話す回数が減って相談もしたかった。

 

 「ゴクヤマ様、その」

 

 ヤマシロを抱くライラは何か言いたげだ。

 無理もない、こういうときにどういう言葉を投げ掛けるかは迷ってしまう。

 

 「私は、信じてます」

 

 言葉の真意はわからない。

 頷きで返すことしかできなかった。

 

 ゴクヤマは決意した。

 甘かった自分が招いた結末ならば、もう起こらぬように徹底すればいい。

 ライラのことは、何がなんでも守り通すと。

 

 その日のことである。

 地獄のある集落に無数の雷光が降り注いだという、その稲妻は五百年後まで降り続けており、その日を境に雷雲が地獄で発生するようになったそうだ。

 

 真相を知るものはいない。

 

 

 ※

 

 ゴクヤマとライラの間に第二子であるヤマクロが誕生した三年後、ライラが急逝した。

 

 彼の腕の中に彼女の亡骸が包み込まれる。

 死因は瘴気を浴びすぎたことによるもの、第二子ヤマクロの発する高濃度の瘴気によるもの。

 

 自らの息子を妖刀村正、鬼子母神の金棒、大鎌ミァスマで三結封印で地獄の僻地に封印した。

 元々ライラと愛を確かめるために過ごした一夜でたまたま誕生してしまった子である。

 閻魔の基本は一子相伝、子供も一人しか産んではならないという一族の掟もある。

 

 ゴクヤマにとって、ヤマクロの封印は痛くも痒くもないものであった。

 

 

 ※

 

 悪夢を見るようになった。

 

 食事をする夢だ、黒い靄をひたすらに食べて、食べて、取り込んで、身体が朽ち果てていくような、そんな感覚。

 

 ドクン、ドクン、と心臓が波打つ衝撃で朽ちた肉体が吹き飛んでいく。

 

 ゴクヤマは逃げるように仕事に打ち込んだ。

 全ては正しき秩序のために。

 秩序を正せば、人は間違わない、幸せに暮らしていける。

 秩序を正せば、命の天秤を秤にかけることはない、生殺与奪を放棄できる。

 

 彼の仕事ぶりに憧れるものと付いていけない者で別れた。

 日に日に自分を追い詰めているようにも見えるゴクヤマに補佐官である隗童の口数が増え段々と砕けてきた。

 

 「閻魔様、一度休憩したほうが」

 「問題ない」

 

 精神が磨耗する。

 

 「次に行くぞ」

 

 もう一人の補佐官平欺赤夜はそんな彼を見てられず、長い眠り、冬眠のようなものに入った。

 

 「なんで俺が地獄なんだ!?納得できねぇ、責任者出せ!」

 「正当防衛だったのに、これまでの善行は見てくださらなかったの、神様っていないの?」

 「ふざけんな!!儂はまだまだ生きる、死んでなんかありゃせんぞ!」

 「てめぇなんぞに、決められて堪るか!第一だな──!」

 「e-z%org!7boz22p──」

 

 何故、人間には来世という第二の世界がある?

 何故、我らには一度しかチャンスが与えられない?

 何故、ギンは、ライラは死んだのに、こいつらは一度死んでも来世で永遠に近く暮らせる?

 

 何故、人間というのはここまで浅はかで傲慢なのか。

 

 天国なんていらないのではないか、そう思えた矢先のことであった。

 

 そんな日々が五十年近く続き、浄玻璃鏡にて現世である女性を見つけた。

 

 美原千代。

 

 魂の本質を肉眼で視認できるゴクヤマにはわかった、彼女はライラ・ストライカーの生まれ変わりだと。

 

 そして、彼女を来世へと導く手立ても揃った。

 

 そして──

 

 

 ※

 

 面会時間は終わった。

 坊主頭の大男は、見覚えのある青年(ゼスト・ストライカー)と一緒に部屋を出た。

 

 須川雨竜は懺悔に対して、悔悛を返した。

 これまでのこと、これからのこと、この十年のこと。

 

 吐き出して、少しスッキリした気分である。

 雨はいつの間にか止んでいた。

 

 浮き雲に隠れた満月が世界を監視するかのように見下ろしている。

 大男の言った最後の言葉を頭の中で反芻する

 

 『俺の愛する人にはもう会えない、お前さんは会うチャンスが残されている。もう、間違えるんじゃねぇぞ、今世も来世も、一度きりだ』

 

 面会中、何度か雷鳴が轟いた気がした。

 須川雨竜はこの世界で生き続ける、愛する人と会えない距離でも少しずつ近づいていると信じて──




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