ドラゴンボール超【未来トランクス編は、どうせなら最後にこんな話をやってほしかった】 (SHV(元MHV))
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ドラゴンボール超【未来トランクス編は、どうせなら最後にこんな話をやってほしかった】

300倍の重力室。いまや慣れてしまったこの超重力の空間で、べジータはあえて超サイヤ人に変身せずトレーニングに励んでいた。

 

最後までギリギリの戦いだった。ザマス、悟空ブラック。どちらも強敵ではあったが、べジータが悔しいのはそこではない。違う世界の息子の居場所を、むざむざ奪われてしまった己への情けなさ。それこそが何よりも悔しく、そして堪えがたい怒りを彼の裡に燃やしていた。

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!」

 

荒く息を吐くべジータ。ここのところ機嫌の悪い彼は、妻であるブルマの顔も、トランクスの顔も見ていない。見てしまえば、後悔が蘇ってしまう。

 

そのことを薄々察しているブルマはなんとなく放っておいてくれはするものの、ふとトランクスが寂しそうな顔をしているのを見たときは後悔とは別のイラつきがべジータの胸を締め付けた。

 

「くそっ……! こんなことになったのもヤツのせいだぞっ!!」

 

べジータは重力室で不意に超サイヤ人へと変身する。如何に平常心での変身と、さらにそれを遥かに越えた超サイヤ人ブルーという形態を手にいれたとはいえ、怒りという感情と超サイヤ人は切って離せるものではない。

 

べジータは超重力を止め部屋を出る。着替え、荒々しく汗をタオルで拭うと、不意に様子を見に来たのかブルマと遭遇した。

 

「あら、早いわねべジータ。もういいの?」

 

どこか無頓着に、しかしその実べジータが内心で抱えた靄のような感情を見透かしてブルマが微笑む。思わず抱き締めそうになり、べジータはそれが恥ずかしくて顔を背けて怒るように告げた。

 

「カカロットのヤツのところへ行ってくる。飯の時間には帰る!」

 

一方的に告げて、べジータは空を飛び悟空の元へと向かう。

 

「カカロットのヤツめ、どうせのほほんとしているに決まっている……!! 一発ぶん殴ってやらねば気がすまんっ……!!」

 

怒りの矛先を今回の事件で数々の失敗をやらかした孫悟空へと向けたべジータは空中で超サイヤ人ブルーへと変身して悟空の元へと向かった。

 

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パオズ山の孫悟空宅。そこでは、チチが電話でブルマと話していた。

 

「そうだか、べジータさんが。そんなに怒ってただか?」

 

『アイツも今回の事件で色々抱え込んじゃったみたいだからさ。もし怒って家を壊すようなことがあったら言って、家で弁償するから』

 

「そんなにだか? でも弁償だなんて悪いだよ」

 

『気にしないの。長い付き合いなんだから、それくらいお安いご用よ』

 

「そうだべか? だったらいっそ壊してほしいだな。あっはっはっはっは!」

 

「あら言うわね、うふふふふふ!」

 

朗らかに笑うチチとブルマ。そこへ空気を切り裂く音を立ててべジータが降りてくる。

 

「カカロットの野郎はどこにいる!」

 

勢い余って扉を壊しながら入ってきたべジータに、その音を電話越しに聞いていたブルマが謝る。

 

『あちゃ~、さっそくやらかしたわね』

 

「でもまだ玄関の扉だけだべ。これくらいなら悟空さに直させるだよ」

 

さすがは最強のサイヤ人ふたりの妻たちである。押し込み強盗さながらのべジータに怯えるどころか平然と対処していた。

 

「おいチチ! カカロットはどこだ!?」

 

「そったら怒らねえでもいいだべ。悟空さなら、最近様子が変だったからまたその辺の川にでも行ってるんでねえか? 飯食うときまでどこかぼーっとしてるだよ。べジータさん、なんか知ってるなら“いい加減にしろ”って言ってやってけれ!」

 

怒りの剣幕で迫っていたはずのべジータだが、逆に言い募られて冷や汗を流す。

 

「な、なぜ俺がヤツの心配などせねばならんっ!!」

 

「ライバルが気落ちしてたら、活を入れてやるのが務めだべ!! さあ行った行った!!」

 

「お、おい……!!」

 

べジータの背中を押し玄関から出してしまったチチは、再びブルマとの会話に興じる。普段なかなか話すことがないだけに、こういった機会に女同士の話が盛り上がっていた。

 

「ちっ! カカロットめ、気を消してやがるのか? ……いや、微弱だが気配を感じる。こっちか」

 

べジータはなんだか当初の目的が達成できるような気分ではなかったが、ここまで来たら意地でも殴ってやろうと気合いも新たに悟空の元へと向かった。

 

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川の流れを、魚が泳ぐ。悟空は釣りざおを持ち糸をつけてはいたがその表情はとても釣りに集中しているようには見えなかった。

 

悟空のなかにあるのは強い後悔だった。

 

強い敵が相手でもどうにかなるとたかをくくり、仙豆を持つこともなく殺されかけた。

 

自分が、魔封波に必要な札を忘れたから追い詰められた。

 

自分が、なんとかしてくれると頼った全王のせいでトランクスは帰るべき世界を失った。

 

自分が、自分が、自分が。

 

悟空は、心のどこかで自分ならどんな困難もどうにかできると勘違いしていた。そう、勘違いだ。

 

現実はどうだ。悟空ブラックなる存在には負け、不死であるザマスは倒すことができず、あまつさえポタラのデメリットを調べることもなく挑んであの様だ。

 

なにが“オラに任せろ”か。トランクスを助けるつもりが最後は助けられ、自分はといえば最後に舞台をひっくり返しただけ。それも、最悪の形で。

 

「強くなりてえ……強くなりてえな……」

 

無力だった。自分にはじめからベジット並みの力があればザマスも悟空ブラックもどうにかできた。そう確信できるだけに、悟空は実に無力感に苛まれていた。

 

「だったらなればいいだろう。今よりもずっと強くな!」

 

「べジータ……」

 

「たるんでいるぞカカロット。俺の接近にさえ気づかないとは何事だ!」

 

超サイヤ人ブルーは外へと気を漏らさない為、通常のように気で感じとるのは不可能である。とはいえ、高速で空を飛びまっすぐ向かってくるべジータに気づかない悟空は、指摘通り精彩に欠けていた。

 

「まったく、ひとりでイライラしていた俺が馬鹿馬鹿しいぜ! いいかカカロット、俺たちは確かにあちらの世界で負けた。惨敗だ。ぐうの音も出ないほどに敗北したんだ」

 

「……ああ、その通りだな」

 

「だがな、それがどうした。俺たちサイヤ人は戦闘民族だ。相手が強かったならば今度はそれよりもさらに強く。その次はそれよりももっと強くだ。いいかカカロット、自分で限界を決めるな。俺は強くなるぞ。二度とトランクスにあんな顔をさせてたまるものか……!!!!」

 

強く拳を握りしめ、決意を固めるべジータ。悟空は、そんなべジータらしい檄にカラカラと笑うと、その場で超サイヤ人ブルーへと変身する。

 

「べジータ、オラと戦ってくれ。まだ目覚めが足りねえみたいだ」

 

「いいだろう、来い! カカロット!!」

 

お互いに超サイヤ人ブルーという、超サイヤ人の頂点足る存在。そのぶつかり合いは下手をすれば宇宙が崩壊しかねないようなエネルギーの激突である。

 

しかし悟空とべジータはまるで示し合わせたようにお互いのエネルギーを打ち消しあう。

 

そしてより高まっていく。もっと強く、より強く、さらに強くと。

 

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日が明けた頃。二人は満身創痍の様子で息を荒げながら最初の川縁で倒れこんでいた。

 

「はあ……はあ……はあ……!」

 

「ぜえ……ぜえ……ぜえ……!」

 

言葉すら話せないほどの消耗。しかし悟空の顔は晴れやかだった。

 

「べジータ」

 

「……なんだ」

 

悟空が不意に喋りかけてきたので、意地で答えるべジータ。喉がカラカラに乾いているが、すぐそこにある川の水を飲むのが億劫なほどに全身が疲れていた。

 

「サンキューな」

 

「……ふん」

 

礼を言われる筋合いなどなかった。あの言葉は、べジータが自身に向けて放った言葉に等しかったからだ。

 

やがて小鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、べジータはふらふらとしながら家路へと着く。

 

少々遠慮がちにいくつかあるシャワールームのひとつへと近づくと、突然誰かが激しく嘔吐する音がべジータの耳に届く。

 

「……ブルマ!」

 

慌てて洗面台にしがみつくブルマを抱き締めるべジータ。ブルマの顔色は悪く、それがまたべジータの不安を刺激する。

 

「おい! 誰か来てくれ!! 頼む!!」

 

その口調に含まれた焦りの声音は、あるいはここ最近でもっとも感情が出たものかもしれなかった。

 

事実、尋常ではないその口調に慌てて洗面所へと

 

「べジー……タ、だいじょう……ぶ、だから……」

 

「ええい、喋るなブルマ。他の連中に見せたらすぐにデンデを連れてくる!!」

 

ある意味仙豆と同じだけの速効性があるデンデの治療。すぐにそれへと思い至ったべジータは、自分なら五秒もあればデンデを連れてこれると計算したが、その計算にデンデの耐久力は含まれていない。そこに考えが及ばぬこと自体、べジータの焦りの発露でもあった。

 

やがてブリーフ博士とその妻であるパンティがやってくる。

 

するとふたりは勝手知ったると言わんばかりにブルマをリビングへと運び、いくつかの会話を経て急激ににっこりと笑顔になる。

 

「な、なんだ! なぜ笑っているのだ貴様ら!?」

 

焦るべジータは臨戦態勢を解けない。そんな彼の耳に予想だにしていなかった言葉が届く。

 

「おめでとう、べジータちゃん! 今度は男の子かしら、女の子かしら♪」

 

「じゃあ近い内にベビーベッドを作ろうか。ベビーカーに揺り椅子もあるといいね」

 

その会話から、さすがのべジータもふたりが何を話しているかに気づく。

 

「ま、まさかブルマよ。妊娠したとでも言うのか!?」

 

「……そうよ、本当はもう少し落ち着いてから言おうと思ってたんだけど、すっかり言いそびれちゃった。だからパパ、あんまり色々気にしすぎちゃダメよ?」

 

そう言って愛しげにお腹をさするブルマの姿にべジータは安堵もあって座り込んでしまう。

 

「俺に、また子供が……」

 

かつて一度だけ、死の間際に抱いたことのあるトランクスの感触を思い出すべジータ。

 

そうするとどうしたことか。沸々と自分の裡から未知のエネルギーが溢れ出すのをべジータは感じる。それは歓喜という感情だった。

 

未来から来たトランクスが、その後どうなったかを慮ることはべジータにはできない。

 

だがそれでいい。あの子はすでに旅だったのだから。ならばべジータがすべきことは、これから生まれてくる我が子と、そして何より愛する妻を守ることである。

 

決意を新たにしたべジータの目に、すっかり上がった太陽の光が滲みた。

 

 



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