Sour Grapes (アザシクロファン)
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止まった時は動き出し、二人は再会する。①

 お腹を空かせたきつねが歩いていると、おいしそうなぶどうが枝から垂れているところに通りかかりました。

 きつねはどうにかしてぶどうを取ろうと、爪先立ちしたり、飛び跳ねてみたものの、どうしても取ることができません。

 しばらくして、じーっとぶどうを眺めていたきつねが言いました。

「ふん、あんなぶどうおいしくないや。まだ、すっぱくて、食べられやしない」

 ぶどうを睨みつけると、そのままどこかへ行ってしまいました。


 『イソップ童話「すっぱいぶどう」』より



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「わたし、ヒッキーが諦めるまで離さないから。だから、ヒッキー、どこにも行かないでね…」

 

「やめてくれ!由比ヶ浜…!こんなものは俺の求めていた本物じゃない…!」

 

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 最近、いつもこんな夢を見る。

 

 高校を卒業し、奉仕部員は全員別々の大学に進学した。奉仕部は大学進学とともに自然消滅し、俺は何も打ち込むことのない大学生活を送った。ふとした時に思い浮かんだ奉仕部での何気ないやり取りは、大学のサークル活動を味気なく感じさせるに十分値するものだった。奉仕部で過ごした2年間は、雪ノ下に、由比ヶ浜に、俺に、楽しい夢を見せてくれた。離れ離れだった三本の線が交わり、絡み合って、色々な思い出が紡がれた。だけど、それを壊してしまったのは俺だった。はっきりしているのは壊してしまった思い出は二度と戻ることはないし、得られなかった本物は、本物ではないということだけだ。だけど、俺は、諦めてきれていないのかもしれない、夢を見るということは、きっとそういうことなんだろう。

 

ピピピピピビ…

 

 布団の中であれこれ考えを巡らせていると、枕元に置いてあった携帯が鳴って、はっと我に返る。

 

「ごみいちゃん、そろそろ起きて仕事行きなよ。早く仕事終わらせてね!がんばって!あっ、これ小町的にポイント高い!」

 

 電話越しに聞こえてくる甲高い声を適当な返事であしらって電話を切る。

時々掛かってくる小町からの電話だが、モーニングコールを掛けてもらったのは初めてかもしれない。小町のエールで今日は一層頑張れそうな気がする。大天使コマチエルのエールか…我ながらこんなしょうもないシャレを思いついたもんだ。そういやろくな返事もしてやれなかったのは千葉の兄妹として失格だな。今度お礼を兼ねてプレゼントを送ってやろう。あっ、これ八幡的にポイント高いな。

 昔は女の子の連絡先ばかりだった携帯には仕事の連絡先が入り、いつのまにか後者のほうが多くなってしまった。保存されたまま返信されることなく溜まっている昔のメールが過ぎ去ったあの頃を思い出させる。そんな回想を断ち切るようにおもむろに立ち上がって朝の支度をし、俺はいつものように仕事に向かうのだった。

 

〜〜

 

「比企谷、おはよう。」

 

「おはようございます。」

 

「比企谷、机の上に今日の仕事が置いてあるから、確認しておくように。分からないところがあったらいつでも聞いてくれ。あと、今日お前来るのが遅かったんじゃないか?お前はいつも無理をして自分を追い込んでいる、体調には気をつけるように。本当に辛いときは無理して来なくていいんだぞ。」

 

「全然無理してませんって、大丈夫ですよ。」

 

「そうか、ならいい。」

 

 流されるままに総合商社に就職し、文系だっただけあって営業部に配属された俺だが、なんだかんだ人と関わり合いながらうまくやっている。高校生のときの俺は孤高の自分に惚れていたところがあったが、あのままだと間違いなく孤立していただろう。なんなら人との関わりがなさすぎて人形になるまであったかもしれない。

仮定の話をしても仕方がない。この人は、俺の教育役の金岡麻理さん。なんだかんだ面倒見も良くて、仕事もできるすごい人だ。やっぱり教えるのがうまいんだろうか、奉仕部で培った経験もあって、この人のもとで社会人一年目にしてはそこそこいい成績をあげられているんじゃないかと思っている。あれ?俺、専業主夫になりたかったんだけどな。まあそんなことはどうでもいい。養ってくれる人も見つからないし、実家を追い出された俺は働くより他なかったのだ。

 

〜〜

 

 仕事を終えた頃には、街は夕日で赤く染まっていた。季節は夏。まだ日が暮れていないとはいえ、かなり遅くなってしまった。早く帰ってアニメの録画でも見るか。そう思いつつ帰り支度をしていたところ、声を掛けられた。

 

「なあ比企谷、今日って暇か?」

 

「いや、今日はアレがアレしてアレなんだよ…」

 

「ああそうか、じゃあ一緒に飯でも食べないか?」

 

「嫌だよ面倒臭い。合コンの人数合わせに駆り出されるくらいなら家に帰ってアニメでも見てたほうがマシだ。」

 

「まあまあそう言わずにさあ… 頼む!一生のお願いだから!今回可愛い子が来てるんだよ〜!」

 

「分かったよ…今度飯おごれよ?」

 

「ありがとう八幡!一生恩に着る!」

 

 こいつは大学からの同期で俺の悪友、篠塚だ。

なんだかんだこいつは優しいやつだし、何一つといって悪いところはない。女癖が悪いことを除いては。

仕方ねぇなと思いつつ、居酒屋に入る。どうやら5対5の合コンのようだ。空気は気まずくなるが、隅の方で料理だけ頂いてしまおう。

 

 相手側も準備が出来たようで、5人の女が店に入ってくる。一人だけ嫌そうにしているやつがいて、そいつが女のうち一人に引きずられるようにして席につく。

なるほど、今日の篠塚の目当てはこいつか。そいつは、嫌そうにしながらも、決して逃げようとはせず、ただ俯いていた。俺と同じく無理やりつれて来られたくちだろう。確かに美人で、胸も大きいし、黒のお団子髪の、いかにも篠塚が好きそうなやつだ。数年前ならここで気づいていたのかもしれない。こいつはどこか出会ったことがある、といった予感がした。本当はここで逃げるべきだったのかもしれない。ただ、逃げられない運命だったのだろう、お団子さんを引き摺ってきた女の顔をみた途端に、どこで会ったか分からないお団子さんの事など気にならなくなってしまった。

 

 何故小町がここにいる…?

俺は、気づくべきだったのだ。

今朝のモーニングコールの意味を。

そして、小町と篠塚が一緒の合コンに参加している意味を…

 

 そして自己紹介が始まった。

 




雪ノ下派なんですけど…何故かガハマさんのSS書きたくなってしまいました
そういえば質問なんですけど、女の人って皆さんどんな服着てるんでしょう
学生のころからまったく意識したことが無くて、いざ書くとなって凄く困ってます…教えて頂けると幸いです(普段着にアクセントをつけるとしたらどうするか、ちょっと力を入れたときはどんな服装になるかが気になります)


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止まった時は動き出し、二人は再会する。②

二人の出会いの物語は次で終わりになるかなと思ってます。
ガハマさん視点のお話です。
それではどうぞご覧ください。


 Another view Yuigahama

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「ねえ…ヒッキー…聞いて…」

 

「なっ、何だよ、由比ヶ浜…」

 

「わたし、ヒッキーのことが好きみたい。よかったら、わたしと付き合ってくれないかな。」

 

 わたしは、ヒッキーに、今の自分の気持ちをぶつける。でも、ヒッキーは、私の気持ちを分かってくれることはない。

だって、ヒッキーは、酷く優しい、わたしのヒーローだから。

ヒーローは、みんなを幸せにしなくちゃいけないから。

 

「由比ヶ浜、無理して俺みたいなやつとつきあう必要はないじゃないか。お前には、もっといい奴を選んで、幸せになる権利がある。」

「犬を助けたのだって、別にお前だから助けたわけじゃない。あと、お前が俺と付き合ってるなんてことになれば、被害を被るのはお前なんだ。それなのに、なんで…」

 

「他の人じゃダメなの。私は、ヒッキーが好きだからヒッキーに告白したの。だから、ヒッキーは、俺みたいなやつなんかじゃない。」

「だから、もう一度言います。わたしはあなたが好きです。わたしと付き合ってください。わたしだけの、ヒーローになってください。」

 

 わたしは、ヒッキーに言い訳の時間を与えないように、さらに言葉を接ぐ。

ヒッキーは、とても優しい、わたしのヒーローだから。

ヒーローは、女の子を絶対に泣かせないから。

だから、あと一言踏み込めば、ヒッキーは、絶対に受け止めてくれると、確信していたから。

 

「やめてくれ、由比ヶ浜…」

 

 でも、わたしはやめることはない。今を逃せば、チャンスはないことが分かっていたから。

ああ、私はずるい女だ。そして、とても我が儘で、馬鹿な女だ。

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 いやな夢、みちゃった。

 

 高校を卒業した私たち奉仕部員は、全員大学へと進学した。わたしは絶対浪人すると言われていたけれど、高校三年生の一年間、ヒッキーとゆきのんがつきっきりで勉強を教えてくれたから、無事志望校に進学することができた。でも、三人が集まってできた温かい空間は、大学進学とともに無くなってしまった。大学デビューしてから、いろいろなサークルに誘われたけど、どのサークルも、全然面白くなかった。恥ずかしそうに照れ隠しでヒッキーに文句を言うゆきのんも、嫌そうにしながらもわたしたちを受け止めてくれるヒッキーも、そこにはいなかった。

 思えば、奉仕部の関係は、奇跡みたいなものだったのかもしれない。ヒッキーは教室ではだれとも関わらないようにしていたし、ゆきのんは国際教養科の高嶺の花だった。わたしのような、クラスのグループに所属しているような女の子には、とても贅沢な夢だったんだ。

 わたしがヒッキーの本物を壊してしまった。壊れた器から流れ出た私たちの時間は、二度と戻ってくることはなかった。だから、わたしには、ヒッキーを求める権利はない。だから、ヒッキーのことはあきらめたはずなのに。ヒッキーのために染めた髪を黒く戻し、彼を忘れることができるようになったと思っていたのに。

 

 わたしは、ずるくて、わがままで、馬鹿な女だけど。この気持ちだけは、今度こそ、伝えてはいけないから。本物は、求めてはいけないから。だから、私は、恋をしてあなたを忘れることにしました。ごめんね、ヒッキー。

 

 今日は、わたしが新しい恋をする日。小町ちゃんに頼んで、今日の合コンに参加させてもらうことにした。小町ちゃんは、奉仕部のことも知っていたから、少し残念そうな顔をしながらも、快く受け入れてくれた。早く相手を見つけなきゃいけない。今日はしっかりしなくちゃ。いつものように支度をして、私は職場に向かうのだった。

 

~~

 

「結衣さん、おはようございます。」

 

「あら、小町ちゃん、おはよう。仕事でわからないことがあったら、遠慮なく聞いてね。」

 

「分かりました!結衣さん、ありがとうございます!」

 

 大学を卒業して、都内の企業の事務に配属された私は、実家と職場を往復する毎日を繰り返していた。もともと奉仕部で培った経験もあって事務の仕事も手際がいいと評価されている。そのおかげか、新入社員の教育係を担当することになってしまった。そして、奇妙な縁もあるものなんだろう、私が担当することになったのは比企谷小町ちゃんだった。小町ちゃんは仕事もできて愛想も良くて、とてもいい子だ。私は、小町ちゃんと知り合えてよかったと思う。

このようにあれこれと考えていると、

 

「結衣さん、どうしたんですか、もしかして、夕方のことですか」

 

 やっぱり小町ちゃんは優しい子だ。兄にわたしがしたことを分かっていて、こんなにも優しく私に接してくれるのだから。だから、私も、小町ちゃんにもう迷惑をかけることはできない。

 

「ううん、大丈夫だよ、もう私、ちゃんと決めたから。」

 

~~

 

 仕事を終えたころには、かなり遅い時間になっていた。普段はまっすぐ家に帰る私は、小町ちゃん達といっしょに居酒屋に向かった。しかし、いざ店に入るとなると、どうしても足が強張ってしまう。私は、小町ちゃんの助けを借りて、店に入るのだった。

 

 店に入って席に着くと、すぐに私は好奇の視線に晒される。やっぱり、私の体が目的なんだろうか。ヒッキー以外の男の人は、いつも私の胸ばかり見る。でも、わたしは、がんばらなくちゃいけない。ごめんね、ヒッキー。私は、どんどん溢れてくる後悔と怯えを我慢して、合コンを始めるのだった。

 

「それじゃあ、まずは乾杯してから自己紹介いきましょー!」

 

 ああ、ついに始まってしまった。

自分のことで心がいっぱいな私は、目の前にいる男達のことなんて、まったく気にも留めていなかった。だから、私は、気づくのが遅くなってしまった。

 

 ああ、なんてわたしは、馬鹿なんだろう。

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Another view end




次回の投稿は年明け2週目くらいになります。


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