Fate/Grand Order 創作特異点 極限閉塞闇夜 平城京 (三代目盲打ちテイク)
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極限閉塞闇夜 平城京  暗殺御伽草子
アバンタイトル


原作にやられるまえにやるのだ。

注意
1.5部で登場したサーヴァントの真名を出しています。
ネタバレされたくない方はブラウザバックをお願いします。

ネタバレ関係ねえぜヒャッハーな人は自己責任で読んでください。



 人に歴史あり。

 国に歴史あり。

 世に歴史あり。

 

 歴史ありて世はあり、国はあり、人はある。

 歴史とは積み上げられた欠片の堆積。

 記録が積み上がり、編纂され書にしたためられて、それは歴史となる。

 

 歴史失くして世はなく。

 歴史失くして国はなく。

 歴史なくして人はない。

 

 歴史こそ最も重き、人類の足跡。

 かつて、彼の王が行ったが如く。

 殺してみせよう――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 自室(マイルーム)で目覚めた藤丸立香は、いつものように管制室へと呼び出される。

 こういう時は何かが起きた時。

 七つの特異点を修正したマスターとしての予感が、彼にカルデアの廊下を急がせる。

 

「先輩、おはようございます」

 

 管理室へと入ると、マシュ・キリエライトが藤丸を迎える。

 いつもと変わりない彼女の姿は、彼にとっての安らぎであったが、彼女の表情は少しばかり暗いものがある。

 

「おはよう、マシュ。状況は?」

 

 朝の挨拶を返すと同時に藤丸は状況を問う。

 まずは状況の把握をしなければ、どう動いてよいのかもわからない。なにより、この場にいるサーヴァントたちの存在が確実に何かがあったのだと告げている。

 

 神秘殺し――源頼光 

 頼光四天王――坂田金時

 五代目風魔忍軍頭領――風魔小太郎

 竜殺し――俵藤太

 甲賀忍、大蛇巫女――望月千代女。

 傾国――玉藻の前。

 

 早々たるメンバー。

 しかも全員日本の英霊であった。

 

「やあ、やっと来たね。早速で悪いけれどブリーフィングを始めよう」

 

 全員が揃ったのを確認して、現在の指令代行であるダ・ヴィンチちゃんが話を始める。

 

「もう察しがついているだろうけれど、今日未明に新しい特異点が発見された。西暦711年の12月。日本のある都市:平城京だ」

「平城京」

「はい。先輩には解説は不要かもしれませんが、奈良時代の日本の首都です」

「そう。これまで同様過去の特異点だ。発生源もわかっている。これまでの亜種特異点とは毛並みが違っているし、なにより、あらゆることが観測できるんだ。未確認、異常というものがなく全てが明瞭。

 この特異点からは魔神柱の反応は一切ないことが判明している。どうやら、いつもの微小特異点(イベント)と同じ観測数値だ」

「了解。いつも通りレイシフトして修正すればいいんだね」

「そうだとも。そして、今回はそんな君にお役立ちアイテムがある」

 

 じゃじゃーんとダ・ヴィンチちゃんが取り出したのは衣類。魔術礼装の類であるが、そのデザインは和風のそれであった。

 

「これは?」

「今回の魔術礼装だね。今回は711年の日本の都市だ。さすがにまだまだ海外との取引も薄い。そんな場所に、現代の服装でいけば非常に目立つ。何が起きるかわからない特異点だ。なるべくなら目立たない方が良い」

「確かにそうだ」

 

 単純なことではあるが、実はこれが効果的。

 溶け込む努力をすることで敵に見つかりにくくなることもそうであるが、情報収集などを行う際の信用にも関わる。

 人間誰しも自分に近しい者ほど話しやすくなるものだ。身分が違えばそれだけ話にくくなる。親身になってより多くの情報を集めるならば似た格好をするのが良い。

 

 しかし、平城京はシルクロードの終着点でもあることから、国際的な都市であった。なんと京内には唐や新羅、遠くはインド周辺の人々までみられたという。

 その時代をうかがわせるのが東大寺正倉院の宝物で、有名である。

 

「だが、あのホームズがわざわざやってきて、これを用意した方が良いとまで言ったんだ。何かあるに決まっている。なにより、今回はちょっとすごいんだぞぅ。なんと今までの魔術――」

「ダ・ヴィンチちゃん、礼装の解説はまた今度に。ひとまずの説明は終わったのですから、方針の確認をお願いします」

「――む、そうだね、そうしよう」

 

 説明が長くなりそうだったのをマシュが遮る。

 

「まず場所はご存じ、平城京です」

「平安の都と同じく、いえ寧ろ平安の都がというべきでしょうか。古くは唐の都長安などを模して造られた碁盤状の街です」

「おう、実際に行ったわけじゃあねえが、中々に活気のあった町だって聞いたぜ」

 

 頼光や金時の言う通り、平城京は長安や北魏洛陽城などを模倣して建造されたとされ、現在の奈良県奈良市及び大和郡山市近辺に位置していたとされている。

 

「そうですねぇ。そういう感じでしたが。今回は711年でしょう? ならば、内裏と大極殿、その他の官舎が整備された程度ではないです?」

「その通り。

 さっき玉藻の前が言った通り、711年当時なら内裏と大極殿、その他の官舎が整備された程度だったとされている。

 寺院や邸宅は、山城国の長岡京に遷都するまでの間に、段階的に造営されていったと考えられている。だが、あくまでもそういう話ってだけで実際は解らないからね。用心するにこしたことはないのさ」

「ええ、用心するに越したことはないでしょう。我ら風魔も、任務の前はしっかりと準備を行っていました」

「拙者も備えは万全でございますお館様」

 

 用心に用心を重ねること。

 それこそが肝要。無作為に突っ込めばどうなるかなど、これまでのことで散々わかっている。だからこそ、今回は、メンバーの選出からしっかりと準備を行っている。

 礼装の準備も万端。何があろうともしっかりとサポートできるようにカルデア側も全ての工程を完了させて、このミッションに臨んでいる。

 

「なにせ、藤太殿もおりますれば、並大抵の化生など鎧袖一触でしょう」

「おお、源の棟梁に言われてしまっては、こそばゆいが、任されよる。なに、糧食もほれ、俵がある」

「藤太さんの俵のごはんはおいしいですからね。調理のほうは良妻にお任せあれ」

「ありがとう」

「さあ、藤丸君。準備は良いかい?」

「もちろん」

「先輩、どうかお気をつけて」

 

 マシュの言葉を受けながらコフィンへと入る。

 

『アンサモン・プログラム スタート。

 

 霊子変換を開始 します。

 

 レイシフト開始まで、あと。3、2、1――。

 

 全工程、完了クリア。

 

 アナライズ・ロスト・オーダー。

 

 レムナント・オーダー探索(サーチ)を 開始 します』

 

 そして、レイシフトが始まった。

 

 その瞬間――。

 

「なッ――」

 

 ともに、レイシフトしていたはずの頼光の霊核が砕け散った。

 

 同時にカルデアでも警報が鳴り響く。

 

「なにがあった!」

「わかりません。レイシフトに干渉だなんて――!」

「魔術の痕跡がありません。正体不明!」

「藤丸君は!」

「無事です。ですが、このままでは!」

「く、こうなっては、レイシフトの中断そのものが危険だ」

「先輩――!」

 

 渦中の藤丸らもまた、混乱の最中にあった。寧ろ、混乱の度合いは

 突然、強大な力を持つサーヴァントである源頼光が消滅したのだ。

 何が起きたのかまったくもって不明。

 むしろ、カルデア職員側よりも混乱の度合いは大きい。

 だが、何も出来ない。

 

「頼光さん! ――大将ッ!?」

 

 これを襲撃と仮定し、マスターを護るべくいち早く動いた金時もまた頼光と同じ運命をたどる事になる。突然、その霊核が砕け散る。

 

「なんだ、一体何が起きている――」

「わからない。何が――。

 

 風魔の忍。

 甲賀の忍。

 

 二人の忍が、その目を以てしても、わからない。

 

「魔術!? しかし、そんな痕跡など。そもそも、レイシフトに干渉なんて、キャスターが出来ること超えてますよ!?」

 

 玉藻の前すら理解できない。

 

「とりあえず、マズイ。こちらからは何もできんぞ――」

 

 ただ過去へ遡行している途上。カルデア側からは、何一つとして出来ることなどありはしない。

 故に、この場にいるあらゆるサーヴァントの運命は決している。

 

 瞼を閉じれば、次の瞬間には、また一人。また一人と、仲間が減っていく。

 その

 

「く、もはや拙者一人に」

 

 もはや残るは、ただ一人。望月千代女のみ。

 姿なき凶手の業前に、誰一人として反応すらできなかった。

 どれもが一撃必殺。それがどのようなものなのかすらわからない。魔術の痕跡はない。宝具を使った際の魔力の動きも。 

 何一つ、ありえない。そもそもレイシフト中である。

 魔法とも呼べるしろものの最中に干渉できるものなど、同一のことが出来る者以外にあり得ない。だが、そんな英霊が存在するのか。

 

 何一つわからない。

 ただ、わかっていることは、ここで終わるということ。

 そう誰もが思うだろう。この状況、絶望的な状況になれば。

 しかし――。

 

「まだだ――」

 

 まだ、藤丸は諦めてなどいなかった。最悪の状況。どうすることも出来ない。だが、そんな状況などいくらでもあった。

 そのたびに、何とかしてきたのだ。諦めない。最後の瞬間までは。

 

 その意思が天に届いたのか――。

 レイシフトが完了する。

 

 しかし、そこは設定された平城京などではなく、中空。雪降り積もる真っ白な大地へと藤丸は落下する。

 

「くっ――」

 

 しかし何とか無事。起動した魔術礼装があらゆる衝撃に対しての防御を発揮してくれた。新宿において落下した時のことを考えてのセーフティ。それが藤丸の命を救った。

 

「ここは?」

 

 辺り一面の銀世界。どこかはわからない。

 

「千代は……」

 

 望月千代女ともはぐれてしまった。だが、令呪を通じてつながりを感じることが出来た。

 

「……行こう」

 

 まずは合流。

 話はそれからだ――。

 

『GRUUUUU――』

 

 無論、無事に合流出来ればであるが。

 

 現れたのは、異形だった。

 この時代にはありふれた化生だ。人外魔境平安時代よりも以前の時代。ここには、神秘殺しの英雄源頼光は誕生していない。

 未だ、この時代、人と神、妖が存在していた魔の時代。

 

 月に人がいる時代。

 竹から赤子が生まれる時代。

 

 当然のように、存在する。

 異形。

 人を喰らうもの。

 

 それは大百足。山を七巻するには足りないが、巨大と言っていいだろう。そして、これの大好物は肉であった。冬であり食物は少なく、何よりこの百足が求めるものは、人肉であった。

 久しく食べていない血潮。殺したばかりの臓物の味は甘美である。それが、目の前にある。ならば、食わずにおれるだろうか。否、それはありえない。

 

 巨大な顎を鳴らし、藤丸へととびかかる大百足。

 

「くっ――!」

 

 藤丸は、それを躱そうと一歩を踏み出した、瞬間に、落下した――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふん。報告を聞こう、ランサー」

 

 暗がりに、声が響いている。

 男の声だ。

 この場を取り仕切るものの声。

 大上段から響く、主上の声であった。

 

 その場にいるのは彼に仕えるサーヴァント、その中の一人に男は語り掛けている。

 

「はい。レイシフト中のカルデアを襲撃。残り一名を残し、すべてのサーヴァントを排除いたしました」

「俺はすべてと言ったぞ」

「はい。いいえ。可能な限りと言っていたと私は記憶しています」

「ふん、まあいい。残りは女の忍が一人。カルデアのマスターを護るには役不足よ」

「呵々。それはどうだろうか」

 

 暗がりの影の一つがそういう。

 

「カルデアのマスター。いくつもの特異点を制した剛の者。その慢心、後ろから刺されぬといいのう」

「…………」

 

 暗がりの影の言葉に男は黙る。

 

「いいだろう。行け、キャスター。おまえに任せる。こちら側ではないサーヴァントも多数、現界している。殺せ。おまえが生前成せなかった者を成せ」

「…………御意に」

 

 暗がりから気配が一つ消える。

 

「誰にも邪魔などさせぬ。

 貴様らの暗殺御伽草子も。

 我が悲願も。

 全てを以て、勝利する」

 

 暗がりから一つ。

 また一つと気配が消える。

 残ったのは、哄笑だけだ。

 あらゆるものを嘲笑う。

 ナニカの――。

 

 




というわけで、活動報告にはいろいろしてたけど、落ち着いたので本格的に、こちらでの活動をぼちぼち復活させていこうかなと思います。
第一弾はこれ。

まあ、ゆるーく待っててね。

あと友人も投稿始めたから読んで。面白いから。
Fate/Grand Order 亜種特異点 神座争奪零界ヴァルハラ
https://syosetu.org/novel/141333/


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第一節 1

「――っ……」

 

 落下した藤丸は、洞窟の中へと落ちていた。

 どうやら悪鬼羅刹、魑魅魍魎の類が作った巣穴であるらしいが、今は放棄されているようだ。どうにか攻撃を避けることが出来たが、安心などできるはずもない。

 穴があることは、大百足も気が付いている。あの巨体であるが、彼もまた入ることが出来るのだ。

 

『GRAAA――』

 

 洞窟に響く怪物の唸り声。

 天井から降りてくる。

 

「ガンド!」

 

 放つはガンド。魔術礼装の機能の一つを使用する。藤丸程度の使い手であっても、カルデア技術部謹製の魔術礼装によるガンドは、どのような相手の動きでも止めてしまう。

 サーヴァントにすら通用するガンドは、大百足であっても動きを止める。その隙に、藤丸は走る。僅かに感じられる風の流れを頼りに。

 

 大百足も追ってくる。背後から感じられる殺気と魔の息遣い。必ずや肉を喰らうという妄執じみた、魑魅魍魎の本能が足を引く。

 このままでは追いつかれてしまう。

 

「なんとかしないと――」

 

 しかし、どうする。ガンドは再度使用するには時間が要る。連続で使用することは出来ない。

 ならば他の魔術礼装の機能を使うか? 無駄だ。ガンド以外では、サーヴァントを支援するようなものしかない。自らを守るための機能として使えるものはあまりに少ない。

 そもそも、特異点においてサーヴァントとマスターが離れることを想定などしない。そのような事態になれば、数多の英霊と契約を結んだマスターと言えも終わりだ。

 

 藤丸は魔術師ではない。マスターではあれど、魔術師と呼べる人種ではないし、何かしら特別な力があるというわけではない。

 マシュとの契約からか、あるいは別の要因からか。とある山の翁の奥義たる毒すらも無効化するほどの耐毒性能を持つが、その程度の性能でこの大百足から逃げきれるはずもない。

 

 当然のように、追いつかれる。背後に感じる死の息遣い。大百足の顎鳴りが洞窟へ反響する。しかし、一歩、藤丸の方が速い。

 転がるように外へ出る。その刹那、頭上を顎鋏が通り過ぎる。感じる死の予兆。吹き出る汗が背を伝う。

 

「敵対種、感知」

「誰!」

 

 しかし、天は未だに藤丸を見捨ててはいなかった。

 現れる何者か。

 通りがかりの一般人か。

 否。このような山間。今の時期に入る者はいない。漆黒の髪と目の、どことなく幼さを感じさせる少女であれば、それはなおさらだ。

 

「君も、逃げ――」

「種別、大百足。神性なし。なれど魔性なり。守護対象あり。我が武装は完全ではない。しかし問題はなし。殲滅する」

 

 その時、少女が踏み込んだ――。

 音を静かに、音を置き去りにする歩法。無音のうちに少女は、藤丸と大百足の間に割って入る。踏み込みと同時に放たれるのは蹴りだ。

 大百足の頭が蹴り上げられる。その力、尋常ならざるもの。少女の細足に、これほどの力があるだろうか。いいや、ない。

 

 ここが奈良時代の日本。未だ神秘色濃く、神代の面持ちを残す土地であったとしても身の丈を優に超す大百足の顎を容易く蹴り上げるなど尋常ではない。

 そも、あの踏み込みからしてただ者ではない。

 

 さらに、蹴り上げた大百足は、宙を舞う。雪塵舞う空へ大百足は成す術なく、脚をばたつかせる。地面のない空中で出来ることなどあるはずもない。

 そこに少女の追撃が走る。まるで、空中を走るかのように大気を踏みしめて駆け上がる。その動作に一切の無駄はない。

 寧ろ、戦闘ではなく舞を見ているかのよう。はためく着物すらも優美。無駄を排した雅な戦舞にて、大百足の頭上へ駆け上がった少女は、懐の短刀を抜き放つ。

 

 ――一閃。

 感慨もなく。作業の如く、極限まで殺戮というものを研ぎ澄ました一撃は、それだけで大百足を絶命せしめる。

 

「やった――!」

(いいや)。百足は番う。故に――」

 

 もう一匹いる。

 地面より宙へ駆け上がる大百足の番い。落下する少女へ狙いを定め、くびり殺さんと殺意を滾らせる。

 その突撃を少女は避けない。そのまま地面へと叩きつけられる。

 

『GIGIGI』

 

 百足が鳴らす勝利の擦過音。他愛なし。元より化生に敵う人などいないのだと、そう告げている。

 しかして、雪煙が晴れた時。

 

「問題なし」

 

 そこには無傷の少女がいた。寧ろ、傷を負っているのは大百足の方。少女の肉体を挟み込んだ顎鋏は、まるで硬い物でも挟んでしまったのか折れていた。

 少女の肉体はおろか、着物にすら傷一つついていない。

 

「終わりだ」

 

 疾風迅雷が如く、刃が走る。

 短刀とは思えぬ鋭さで、大百足は縦断された。その衝撃は、天へ昇るほどであり、雲を切り裂き、雪を舞いあげる。

 そのおかげで藤丸は雪に埋もれる結果になった。

 

「戦闘終了。損傷なし。人命無事。怪我未確認。確認する」

「ありが、え、ちょ――」

 

 戦闘終了後、藤丸に詰め寄ってきた少女は、雪に埋もれた藤丸の首根っこを掴んで助け出すとその服を脱がそうとする。

 マスターとはいえ男だ。一見して少女にしか見えない何某に服を剥かれようとすれば抵抗する。しかして、その抵抗は意味をなさない。

 

 相手は人間ではないのだ。先ほどの戦いからどう考えてもサーヴァントだ。もし奈良時代の人間が全員こんなことが出来るのならば話は別だろうが、そんな状態ならきっと日本と言う国はもっと人外魔境になっていたはずである。つまり彼女はサーヴァントである。

 

「ちょ、やめ――」

「問題ない」

 

 こちらに問題があるんだ、という藤丸の言葉は聞き入れられず、あえなく全裸にまで剥かれてしまう。隠そうとしても無駄だ。少女は隅々まで余すことなく確認された。

 

「命に別状なし。令呪を確認。マスターと推定するが、真か?」

「とりあえず服を……」

 

 どうにかこうにか服を着て、落ち着いて話せる状況にはなったが、ここは山間ということで一先ずここから離れて街道へ向かうことになった。

 話は道中、歩きながらということになる。

 

「えっと、助かったよありがとう」

「当然のことをしたまで」

「それでもだよ。ありがとう。君がいなかったら、オレは死んでただろうし」

「それで、君はマスターか」

「そうだよ。カルデアから来たんだ。そう聞くってことは君はサーヴァントなのか?」

 

 少女は頷いた。

 

「僕は小碓命(オウスノミコト)。クラスはアサシン。この特異点を修正するために召喚されたサーヴァントの一騎」

「小碓命?」

「なじみがないか。なら、こっちの方の方は知っていると思われる。僕はいずれ、倭建命(ヤマトタケル)と呼ばれるようになる装置(モノ)だ」

 

 それならば藤丸でも聞いたことがある。

 倭建命(ヤマトタケル)。それは古事記や日本書紀にて伝えられる古代日本の皇族の名だ。日本で最も有名な暗殺者であり、多くの偉業を成した英雄である。

 今の姿は、熊襲兄弟を殺す時の女装の姿だという。

 

「どうやらお互いの利害は一致している。僕は(マスター)を必要としている。君は、英霊(サーヴァント)とはぐれている。共闘を提案」

「こちらこそ、よろしく!」

「? その手は?」

「握手、仲良くなる印と思ってもらえればいいかな」

「握手……記憶。理解した。仲良くなる印」

「いだだだだだ!?」

 

 全力で手を握られてしまった。

 

「ええと、やるときは、力弱め、で……」

「了承。では、指示を」

「そうだなぁ」

 

 とりあえず街道に出て、都と目指すということになった。カルデアとの通信は繋がらないが、行動しなければならない。

 ゆえにまずは平城京を目指す。全ての元凶になっているであろう都へと向かう。

 

 街道は、藤丸の予想以上に整備されたものであった。無論、現代と比べるべくもないが、予想以上に整備されていたの驚いている。

 それも当然のこと。日本における道路建設が始まったのは、5世紀だとする記録もあるほどなのだ。そちらの審議は不明であるが、6世紀の奈良盆地において筋違道(すじかいみち)と呼ばれた古代官道がある。

 つまり、ある程度人が行き来できるようにはしてあったということである。特にこの奈良時代では、道路が整備され役人が都と地方との間を行き来していた。

 全国から庸や調を都へ運んできたり、地方の人民が都で働くために、または兵士として、旅をするようになったのだ。

 そのため、人通りもそれなりにある。藤丸たちは多少目立つが問題ない程度であった。

 歩いていると、時間は日も傾きかけている時分となる。どこかで休む場所を探す必要がある。

 

「ならば駅がある」

 

 駅。この時代の街道沿いの宿場のようなものと思っておけばよい。

 主な道路には、約16.5キロごとに駅があったとされており、この近くにもあるという。サーヴァントの知覚能力では既にとらえている。

 

「泊まれるかな?」

「不明」

「まあ、行ってみよう」

「――待つ。敵対反応感知」

 

 それは黄昏時の魔物。せまりくる夜闇からあふれ出すように異形が現れる。魑魅魍魎の類。この時代ではありふれた木っ端妖怪ども。

 旅人たちが血相変えて逃げ始める。

 

「小碓!」

「了承。人命優先――」

 

 まさしく鎧袖一触。迫りくる闇からあふれ出したかのような異形を小碓命は、容易く蹴散らしていく。その様はまさしく舞踏を舞うかの如く。

 逃げる人に向うものから、倒して行く。改めて見たその性能は、かつての特異点で見たトップサーヴァントたちの戦闘能力にも引けをとらないのではないかと思うほどであった。

 

 数分もいらない。数十秒もあれば十分だ。

 そう言わんばかりに、闇夜迫る黄昏時に、白刃が煌き、命が散る。

 

「群れの頭が来た」

 

 その最期に現れるのは、決まって群のリーダー格。一際巨大な獣だ。時代が時代ならば神とすら畏れられたかもしれない巨大な森の主。

 巨大な猪だ。魔猪と言っていいかもしれない。それほどまでに強大。その身に宿す魔力、全身にある傷は長い年月を生きてきた証だ。

 

 それだけに、強い。

 何より群を殺されて荒ぶっている。

 

『GOOOOOOOOO――!!!!』

「――脅威度判定更新」

「小碓、行ける?」

「問題なし。何一つ。命令あれば、その刹那に」

「頼む!」

「命令認識――征く!!」

 

 命令を受けた小碓命に失敗などありえない。例え、相手が自らよりも巨大であろうとも、主の命令がそれを倒せというのならば、倒すまで。

 己の性能を十全に発揮した踏み込みに、まず人間も目の前の魔物の認識すらも振り切る。今までの戦闘は本気ですらなかった。否、未だ本気には遠い。

 しかして、今あらゆるものの眼前で繰り広げられているのは神速舞踏。戦いであるはずが、優雅な舞を見ているかのように錯覚するほどの美しさがそこにはあった。

 

「疾く死せ魔性。おまえたちの居場所は、人の世にはない――」

 

 神も魔も、これからの人の世には必要なし。

 斬魔斬神。

 神を殺し、魔を殺すこと。それこそが小碓命の存在理由。

 

 ゆえに一切の躊躇いなく、その首を刎ねる。

 熱したナイフでバターでも斬ったかのように、容易く巨大魔猪の首は堕ちた――。

 

「戦闘終了。損傷なし。人的被害……なし。任務遂行。主」

「すごい……すごいよ!」

「?」

 

 小碓命は、藤丸の賞賛に首をかしげる。

 この程度のことは日常茶飯事だ。賞賛されることではない。

 苦戦はなく、返り血すら浴びていない。旅人に被害はなく、マスターである藤丸も無事なのである。何一つとして称賛されることなどありはしない。

 この程度、出来て当然なのだ。否、出来なければならないのだ。そう言われてきた。

 

「とりあえず、みんな無事だ。ありがとう」

「礼なら不要(いらない)。当然のことをしただけ、だから」

「それでもだよ。ありがとう。さて、オレたちも行こう」

「……了承――! 否、サーヴァント!」

「なにっ――!」

 

 藤丸に緊張が走る。

 こちらに向かってくるサーヴァントがいる。それが敵か味方か。

 風を切り、こちらに走ってきたのは――。

 

「千代女!」

「お館様!! ご無事で何よりです!」

 

 しかし警戒は無用であった。

 やってきたのは望月千代女。特異点に落ちた時、はぐれたサーヴァントであった。

 

「敵か?」

「味方だよ。千代、彼は小碓命。俺を助けてくれたんだ」

「お館様の窮地を救っていただき、深く感謝いたしまする」

「礼は不要」

「それでもです」

「…………了承」

「とりあえず話は駅についてからにしよう」

「わかりました」

 

 ひとまず、サーヴァントと合流し、藤丸たちは駅を目指す。

 




というわけで、第一サーヴァントは小碓命でした。
はい、ヤマトタケル。仲間内では彼はもっぱらヤマタケと呼ばれています。
イメージはインフィニティーフォースのキャシャーンだったりします

さて、もっちーとも合流した藤丸君。
果たして、無事に特異点を修復することが出来るのでしょうか。

次回を緩くお待ちください。


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第一節 2

 戦闘があったとしても、旅人たちは道を往く。その流れで藤丸たちも駅へと向かうが、千代女の合流によって一つの問題が浮上した。

 

「まさか、宿場があっても泊まれるのは役人だけとは」

 

 この時代宿に泊まったり、駅の馬を利用できるのは、政府の仕事で旅をずる役人に限られていた。

 

「さらに役人でも五位以上の者か、公の使者または、急な用事を持つ者に限られています」

 

 庸や調を運んだり、政府の下で働いたりするために旅をする普通の人たちは民家の軒先や、山や野原で眠ったという。

 

「まあ、オレたちもそのパターンだよね」

 

 藤丸はどうみても役人には見えないだろう。千代女もそうであるし、小碓命だけがなんとかなるかもしれない可能性が無きにしも非ずといった風だが、藤丸がいかないのであれば彼も野宿になる。

 

「いえ、お館様の身は大事な身。軒先でなど泊まらせられませぬ」

「いや大丈夫だけど、オレは」

 

 いつくもの特異点を超えてきた藤丸にしてみれば野宿など慣れたものである。

 しかし、それでも千代女は納得しない。なにより彼女はこの特異点に来て藤丸の窮地にはせ参じることが出来なかったことを悔いている。

 そのための挽回をしたいと思うのは当然のことであった。

 

「……わかった。なら、どうにかできる?」

 

 ぱぁ、と明るくなる千代女の表情。

 

「もちろんでございまする! では――」

 

 音もなく、千代女はその場から消える。

 藤丸たちが駅に着くまでに場を整えておくとのことであった――。

 

 

 ――望月千代女は、駅へ一足先に向かう。

 駅には駅戸という者がいる。駅戸は、駅の馬をひいたり、駅に泊まる役人の世話をしたりするもののことだ。また、彼らは駅の費用をまかなう田を耕したりもする。

 つまりは、この駅の管理人と言ってもいい。千代女は彼を篭絡することにしたのだ。現在、この駅宿に泊まっている者は、少ない。

 決まりから普通の旅人を止まらせることは出来ないだけだ。

 

 くノ一。望月千代女とは、甲賀の忍だ。当然、女としての武器を使うことも仕込まれている。望月千代女としては伴侶もいたが、今の彼女はサーヴァント。お館様の忠実なる忍だ。

 此度の失態。望月千代女は、主の窮地をお助けすることが出来なかった。それは何よりも大きな失態だ。小碓命がいなければ、藤丸は死んでいたかもしれない。

 そうなっていたのならば、どうやって詫びればいいのかもわからない。

 だからこそ、その失態。汚名は働きでもって雪ぐ。それこそが忍である。

 

 彼女は一人、駅戸の元へと向かう。その際に細工を少々。まずは自らの身体を汚すところから。服も少々破いても構わない。

 人間というものは、自分よりも下のものには余裕を見せる。慢心という名の余裕を。

 この者は自らよりも下である。ならば、なにも心配はいらないという油断。それを誘うための細工。あとは、少々特殊な香を使う。

 

 特殊というか、ようは興奮剤のようなもの。

 さて、あとは結果を御覧じろ。

 

「もし……もし、駅戸殿」

「む?」

 

 戸の外からの声に駅戸は戸を開く。それは女のか細い声であったからだ。

 男というのは単純なもので、女の、それも庇護欲をそそられるようなか細い声というものに、簡単に反応してしまうものだ。

 戸を開いた駅戸が見たのは、薄汚れ、着物を大いに乱した千代女である。眼帯で隠れていない方の瞳に大粒の涙をためて、さも今しがた大変な目にあってきましたとでも言わんばかりに。

 

「おお、どうなされた」

 

 千代女は自らがどのように見えるかを心得ている。女忍者の役割とは、女の武器を使うことが主だ。千代女は少々特殊であるが、それでも本分はそれ。

 男を篭絡し、情報を引き出す。今回は、篭絡し宿を借り受けるのだ。

 

「そのようにボロボロで」

 

 駅戸は、そんな彼女を見て、心配そうに駆け寄ってくる。

 

「さきほど、そこであやかしに……」

「なんと、先ほどの騒ぎか。これは大変であったろう。中で火にあたると良い」

「あぁ、ありがとうございます。なんとおやさしい――」

 

 駅戸とともに中へ入り、戸を閉めた――。

 

 

 ――藤丸らは、駅へとたどり着いた。当然のように中へは入れていないし、近くでは旅人は野原などで野宿をしているようであった。

 駅宿の戸の前まで来ると、まるでタイミングでも計ったかのように開く。

 

「お待ちしておりましたお館様」

 

 そこにいたのは千代女であった。

 

「その様子だとうまくいったみたいだね?」

「はい。駅戸含め、今宵泊っておられる方々にもお話を通しておきました」

「それはよかった」

「では、こちらへ。夕餉の用意もできてまする。ブーディカ殿たちのようには行きませぬ、忍の粗食なれどどうかご容赦下されば」

「そんなこと言わないで。感謝してるよ、ありがとう」

「いえ、この程度の働き当然です」

「それでも、だよ」

 

 ぽんぽんと、千代女の頭に手を置いてやる。

 

「むぅ、お館様はいつもそれです。ですが、わかりました。では――」

 

 ――ぐ~。

 

 などと、話していると、お腹の音。

 腹が鳴るのはこの場の生者である藤丸のみだ。

 

「っ――ふふ」

 

 思わずといった風に吹き出してしまう千代女。

 

「はっ――申し訳ありませぬ、お館様」

「良いよ。それよりお腹空いたから早く行こう。千代の料理楽しみだ」

「お口に合えば幸いです」

 

 部屋に行くと火が焚いてあり温かく、少しであるが汁物と握り飯があった。

 少なく感じるものの、味の方は申し分ない。

 なにより、火の爆ぜる音を聞きながら、食べる握り飯と汁物。シチュエーションが良く、とてもおいしく感じられた。

 だが、まだだ。

 

「うん、おいしいよ。千代」

「それは良かったでございます。小碓命殿はどういたしましょう。一応の用意はありますが」

「不要。サーヴァントに食事は必要ない」

「それでも、みんなで食べよう。その方がおいしいしさ」

 

 藤丸は小碓命の手に握り飯を一つ置く。

 

「…………みんなで、食べる」

「そう。さあ、千代も」

「お館様は、こうなっては頑固ですから。小碓命殿も観念してともに食べましょう。その方がおいしいでございまする」

「…………了承」

 

 楽しく話すということはなかったが、それでも人と静かで薄暗い宿の中、火の光の中で食べる食事はいつもと違うおいしさと楽しさがあった。

 

「それにしても、こんな良いところにオレたちなんかが泊まって大丈夫なの千代?」

「問題はないように話を通しております」

「どうやったの?」

「忍の業前ゆえ、どうかご勘弁を」

「そっか。無理とか、嫌なことしてない?」

「無論。心配なさる必要はございません。拙者はお館様の忍。如何様にもお使いください」

「それでも千代は女の子でしょ。あまり無理はしないでよ」

「本当に、お優しいお館様です」

「…………」

「あー!? 最後のおにぎり!」

 

 いつの間にか握り飯はすべて小碓命が食べていた。

 

「…………主が食べろと言ったが」

「いったけど、全部とは言ってないよ!?」

「おかわりならば千代がすぐに握ってまいりまする!」

「あぁ、良いよ。さすがにこれ以上は悪いし、本当のお客さんが泊まった時に足りないと困るだろうしね。汁物があるから、十分だよ。一個は食べられたから」

 

 静かに。されど、どこか賑やかに。

 簡素なれど温かな食事を終えて白湯を一服。

 

「ふぅ……」

 

 特異点に来てこのような安らぎが得られるとは思ってもいなかった。

 その上――

 

「――お館様、お食事の後はお風呂でも如何でしょう?」

「お風呂?」

 

 其れは良い。

 お風呂は日本人の魂だ。

 お風呂には毎日入りたいと思うもの。しかし、特異点ではそうも行かない。いつもは水浴びなどで済ませたりするが、お風呂があるならば入りたいと思うのが日本人だ。

 

「はい、蒸気風呂でございますが」

「でも、あまり気軽に使えないんじゃないの?」

 

 旧い時代では、お風呂には数回しか入らなかったという話を聞いたことがある藤丸は、本当に入っていい物かと思う。

 

「そこも話をつけておきました。ですが拙者は、余計なことをいたしまいたか……?」

「いいや。せっかく用意してくれたんだから入るよ。ありがとう。小碓も行こう。せっかくだから入ろう」

「それは、命令か?」

「違うけど。嫌?」

「…………わからない」

「それなら入ってみればいいと思うよ」

「…………了承」

 

 服を脱ぎ、風呂に入る。風呂というよりかはサウナであるが、用意されたサウナは丁度良い温度であり温かく気持ちが良い。

 ここに来ての疲れが墜ちていくようであった。それと本当に小碓命は男だったのだなと再確認した。見た目は少女のようにも見えるが、きちんと男であった。

 

「はぁ……気持ちいい」

「…………」

「どう? 小碓?」

「どう、とは?」

「気持ち良いか、どうかってこと。サーヴァントでもこういうことは気持ちいいもんでしょう?」

「……わからない。僕は、人ではないから」

「関係ないでしょ。サーヴァントでも、君は間違いなく此処にいるんだからさ」

 

 小碓命は、よくわからないといった表情であった。

 

「というか、それはそんなに気にすることなのかな。サーヴァントだろうと、人間だろうとなにも変わらないと思うよ。おいしいものを食べて、おいしいと思ったり、風呂にはいって気持ちいいって思ったりするのは」

 

 それが、人理を修復するために数々の特異点でサーヴァントを見てきた藤丸の印象だった。サーヴァントであろうとも、何も変わらない。

 彼らは過去の人かもしれない。けれど、今こうしてここにいることには、嘘も偽りもなく、真のこと。生きてはいないとしても、此処に存在していることに変わりはない。

 

 ならば、何を憚ることがある。自分の愉しみに埋没するのも良いだろう。美味しい料理に舌鼓を打つのもいいかもしれない。

 

「自分のしたいことをして良いと思うよ」

「しかし、僕には使命がある」

「それはオレも同じだよ。でも、だからって四六時中張り詰めてたら疲れるし」

 

 腕をあげて伸びをして全身に緩やかな蒸気を浴びる。

 

「それに、あまり考え過ぎてるとどうにかなりそうだしね。ほどほどで良いと思うよ。人ってそんなもんだろうし」

「ほどほど…………了承」

「そうそう。それが一番だよ。何も特別なことなんて要らない。ただ自分がやりたいようにやれば良いとオレは思う」

「…………」

「お館様-、加減はいかがでしょうかー!」

 

 戸の向うから千代女の声がする。

 

「いいよー」

「では、お背中などお流ししましょうか!」

「ぶっ!?」

「どうした、主」

「い、いや、千代が変なこというから。げほっ――」

 

 

 その時、藤丸は蒸気まで吸い込んでしまいむせてしまう。

 途絶えた返事。聞こえる咳に何かあったのではないかと、千代女が心配して入ってくるのは当然のことであった。

 

「お館様!! 大丈夫でござるか!」

「ちょ――――!?」

「大丈夫だ。問題ない。主は健康そのものだ」

「む、本当でござるか? 小碓命殿、くれぐれもお館様を見ておいてくだされ。すぐ無理をなさいますから」

「了承」

 

 千代女はすぐにまた風呂の外へ出ていった。

 

「大丈夫か」

「大丈夫……なんかいろいろおもっていた展開と違ったな、って思っただけ……」

「?」

 

 女子の風呂場乱入というお約束も済ませたところで、遠慮する千代女を小碓命に手伝ってもらって風呂場に押し込んだ藤丸は、すっかりと用意されている寝床に寝転がる。

 

「はぁー」

 

 見慣れない天井が広がっている。日本の古い家を思わせる。吹き抜ける風が少しだけ怖い軋みを出すが、それと同時に時折ばちりと爆ぜる火の音が、心地良い。

 藤丸の意識は、すとん、と眠りの中へ落ちていった。

 

 それと入れ替わるように、風呂であったまり頬を上気させた千代女が部屋へ入ってくる。

 

「はぁ、良い風呂で御座いました。拙者まで風呂をいただけるとは――お館様?」

「眠っている」

「そうでございましたか。では、御風邪をひかれないように布団をかけてさしあげましょう」

 

 藤丸に布団をかけると、その傍へと正座する。

 

「そうでございました」

 

 それから、思い出したように千代女は小碓命へと向き直り、深々と頭を下げる。

 

「此度はお館様をお救い頂き、誠にありがとうございまする」

「別にいい。人を助けるのは当然」

「小碓命殿は本当に謙虚な方でございます。まさしく英霊とは貴方のような者のことを言うのでしょう」

「…………わからない。僕は……いいや。この場合は、それほどでもない、と言えばよいのだろうか」

「それでよいと思いまする。拙者も良くはわかりませぬが。お館様ならばそうおっしゃられるはずです」

「そうか…………そうか……」

 

 そう言った彼の顔は、どこか微笑んでいるようにも見えた――。

 




一節は、この三人での三人旅。
ほのぼの旅道中をお楽しみあれ。

本格的な始まりは、都に近づいてから。
次回は、新たな出会いを交えながら、旅をしよう――。


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第一節 3

 翌朝。

 藤丸が目を覚ますと、彼の顔を覗き込む千代女と小碓命の顔が視界一杯に広がっていた。端正な顔が二つも目の前にあったら、眠気も一気に吹き飛ぶというもの。

 もとより寝起きは良い方だ。意識は明瞭、視界は良好。二人の顔が良く見える。

 

「え、あ、えっと、おはよう?」

「おはようございます、お館様。今日はとても良い天気です」

 

 聞こえる鳥のさえずりと差し込む光が、確かに千代女の言うことを裏付ける。清々しさは現代の比ではない。カルデアの外よりは過ごしやすいが、同じくらいには澄んだ朝の気配がしていた。

 それと微かな汁物の匂い。

 

「朝食、準備で来てるんだ」

「はい。今朝がた良い猪の一家を捕まえることが出来ましたので。宿泊代として、山菜と猪を置いておきました。これはそのあまりから作らせていただいたものです」

「そっか。美味しそうだね。じゃあ、みんなで食べようか」

「はい」

「……了承」

 

 

 ――さて、朝食を食べ終えた一行は、都に向って街道を進んでいた。

 

「平城京までどれくらいかかる?」

「三日ほどの旅となる予定でございまする」

「……僕が抱えて走れば、すぐにつく」

「…………流石に、それはやめておこうかな」

「何故? そちらの方がはるかに合理的」

「いや、その速度にはさすがに耐えられないかも」

「…………そうか」

 

 サーヴァントの最高速度で走れば、確かに早くつくかもしれないが、藤丸の方が耐えられない。それに街道を歩く人は、冬ということを考えても多くはないがまったくないというわけではない。

 人外の速度で走っている姿を隠すのは難しい。なによりほぼ平野で見通しが良い。ここでそんな速度を発揮すれば、雪を巻き上げることにもなって大いに目立つ。

 レイシフトの途中に攻撃を仕掛けてくるような規格外を有する敵がいるのだ。そんな奴らの目にわざわざ止まるのは本意ではない。

 旅人に混じり自然に都に向かうのが最良。

 

 藤丸らもそれはわかっているため、街道を進む。道中は風は冷たいが、現代ほど身に染みる寒さというわけでもない。

 この時期は、現代ほど寒冷ではなくむしろ温暖であったのだ。

 

 半日も歩くと小高い丘の上。ちょうどよく座って昼を食べることが出来る。

 

「どうぞ、お館様」

「ありがとう。はい、小碓も」

「…………」

 

 千代女が用意した昼食を皆で食べる。小碓命もわかってきたのか、素直にうなずいて食べてくれる。

 分厚い雲が晴れて冬の太陽が顔を出し、光が降り注ぐ。春には未だ遠く、寒さはこれからが本番になっていくのだろうが、それでも穏やかな冬晴れであった。

 その時――。

 

『――ようやくつながった!』

「うわっ!? ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 通信機が回復した。

 

『先輩! 良かった、ご無事ですね?!』

「あ、ああ、大丈夫だよマシュ」

『いやぁ、正直今回は、万能の私でも肝が冷えたよ。まさかレイシフトに干渉してくる奴がいるなんて思いもしない。それで状況はどんなだい?』

「えっと――」

 

 ダ・ヴィンチちゃんに今までのことを話す。

 望月千代女を残したサーヴァントの全滅。

 異形に襲われていたところを小碓命によって助けられたこと。

 千代女と合流して、今現在平城京を目指していること。

 

『なるほど。まずは、小碓命、マスターを救ってくれて感謝しよう。もし君がいなければ、すべてが終わっていたところだった。ありがとう』

『私からもお礼を言わせてください。マスターを救っていただきありがとうございました、小碓さん』

「……当然のことをしたまで。なにより……そうなるようになっていた」

『それでも、だ。藤丸君に言われなかったかい?』

「何度も」

『なら、賛辞は素直に受け取っておくものさ。

 さて藤丸君。これからはこちらでサポートが出来る。今までの分の罪滅ぼしというわけじゃないけれど、少しだけダ・ヴィンチちゃんの特製アイテムを送ったよ』

「ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 ともあれ、カルデアとの通信が回復したことは良いことだろう。そのおかげで、この特異点の情報を集めることが出来るし、サポートを受けることもできる。

 特製アイテムというのは、なんだかよくわからないものだった。

 ダ・ヴィンチちゃん曰く、役に立つとのことであるが、一体何の役に立つのだろうか。とりあえず胸ポケットにでも入れておくことにする。

 

『ともかく、慎重に、だ。なにせ、相手はレイシフトに干渉してくる化け物だからね。何が起きるかわからない。なるべく目だないようにが得策だ』

 

 そのための服だったのかとホームズが言っていた意味がわかるというもの。

 

『あまり通信もしない方が良いかと思われます。レイシフトに干渉できるということは、こちらの通信にも干渉できる可能性がありますから。なので、定時連絡という形にしましょう』

 

 マシュの提案で朝と昼、夜の三回の定時連絡をする時間を設けた。どちらもカルデア側から連絡が来る手はずであり、極力目立たないようにするということで、今回の連絡を終えた。

 藤丸一行は再び平城京を目指して歩き始める。

 

 時間は瞬く間の間に過ぎていった。

 視たこともない景色を見て、視たこともない場所を歩く。

 時間が過ぎるのがとても早い。

 ここが危険な特異点であるということを忘れさせるくらいには、冬の美しい平野の景色がそこに広がっていた。現代においては、視ることが叶わない、美しき青と緑の。

 

 まあ、そんな景色を純粋に楽しまない輩も多かった。

 三人という少人数の旅だ。野盗の類が狙わないはずもない。

 

「今日は野宿かな」

 

 近くに駅はない。小碓が見つけた森の広場で野宿だ。

 

「では、今、火を起こします」

 

 千代女が火を起こす。慣れた手際は忍だからだろうか。すぐさま淡い橙色の炎が立ち上り、静かな森の中に火花が咲き、パチパチと薪が爆ぜる音が響く。

 

「……魚を取ってきた」

 

 どこかへ行っていた小碓命は、どうやら川から魚を取ってきたようであったが――。

 

「なにそれ!?」

 

 小碓命が抱えていたのは、魚と言うには、あまりにもおかしすぎた。長く、分厚く、何よりも牙やら爪やらが生えている。

 どう見ても藤丸の常識の中にある魚ではない。

 

 確かにこの時代、魑魅魍魎、悪鬼羅刹の類がいまだに色濃く残っている時代だ。人々は神と付き合い、時には戦いながら過ごしていた人外魔境の時代だ。

 このような魚がいてもおかしくはないのだろう。

 

「……さかなだが?」

「食べられる、の……?」

「毒気の気配はない。人間でも食べられる。栄養はある」

「拙者にお任せを。美味しく調理してみせまする!」

 

 さあ、早く! といわんばかりの千代女の勢い。

 

「わかった。千代、お願い」

「はい!」

 

 嬉々として魚の調理に向かう千代女。名誉挽回を目指して、いついかなる時、どのような働きでもするという科の如し。

 現にそのつもりなのだろう。気合十分だ。

 

 男二人は、女の子の手料理が出来るまで待ちぼうけである。

 

「……主、常々思っていたが聞きたい」

「なに?」

「栄養補給に美味しさというものは必要か?」

「そうだなぁ。あったら嬉しい、かな」

「あったら、うれしい……?」

「そう。別に栄養を摂るだけなら味なんて関係ないと思うけど。でも、それじゃあ満足は出来ない」

「何故だ? 栄養を摂取すれば身体は満足する。活動に支障は出ない」

「心が、かな」

 

 味のない食事をただ摂っても、心からの満足は得られない。

 それが誰かと食べる食事ならば猶更だろう。美味しくない食事を誰かと一緒に食べても、あらゆる喜びが半減する。

 おいしい食事を、誰かと食べる。それが大事な、心の栄養になるのだ。

 明日も頑張ろうという、未来へ続くための。

 

「まあ、オレも良くはわかってないんだけどね。どうせなら、美味しいご飯が食べたいっていうのは、おかしいことかな?」

「…………わからない。僕は……」

 

 答えに窮した沈黙に、薪が爆ぜる。

 

「――昨日の握り飯は美味しくなかった?」

「……わからない」

「オレは、美味しかったよ。汁物も。料理自体もおいしかったけれど、たぶん二人がいたからかな」

「僕らが、いたから……?」

「うん」

 

 料理もおいしかった。けれど、一人じゃなかったからもっとおいしかった。

 

「料理がおいしいとかは、個人差があるから、オレはどうこう言えないけれどみんなでご飯を食べる時の、料理のおいしさはきっとみんな同じだと思う」

「…………わからない。わからない、けれど……少しだけ、覚えがある気がする……」

「そっか」

「――お館様、出来ましたー!」

 

 調理も終了。

 あの謎の魚は、美味しそうな焼き魚となっていた。料理マジックおそるべし。

 

「きちんと小骨も抜いてありまする」

「本当だ、食べやすい」

 

 たんぱくながらもしっかりと脂ののった身は、口内でとけとても深い味わいがする。これがあの魚とは思えない魚から出来たものだとは思えないほど。

 一口口の中に放り込めば、とけて味が喉へと流れ落ちる。

 

「あぁ、美味しい」

「……これが、おいしい……」

「それと、甲賀秘伝山菜茶でございまする。疲労回復もできますゆえ、どうぞ」

「ありが――ぐぇぇ」

「あぁ、お館様!?」

 

 あまりの苦さに思わず吐いてしまった。甲賀秘伝。小太郎君の兵糧丸などでわかっていたはずだ。あまりにもマズイ。

 やはり、アレだ。うん、忍に伝わる糧食系列には現代人は、手を出してはいけないのだ。

 

「これは、おいしくない」

「小碓殿まで!?」

「はは」

「お館様ぁ、笑わないでくださいー!」

「いや、ごめんごめん」

 

 森の中に楽し気な、声が響く。

 そういえば、そろそろ定時連絡の時間であるが、連絡がない。

 

「どうしたんでございましょう?」

 

 まさか忘れているということはあるまい。ダ・ヴィンチちゃんは、そういうところは意外にしっかりしているし、マシュもいる。

 カルデアの職員だって、こういうことは忘れたことはない。つまり、何かが起きているのだ。

 藤丸側から通信を試みてみるが、通信は不通。つまり、阻害されている。

 

「……主」

「小碓?」

 

 小碓命が立ち上がる。

 小碓命を見上げた藤丸の目に、魔性の赤い月が映った――。

 

「敵対の気配を感知」

「――!」

 

 出現は唐突。

 まるで、空間自体から生まれ出たかのように、人間が出てきた。

 まぎれもなく魔性の者。それが常態の者であるはずもなし。しかも、この時代の日本の格好ではない。藤丸はその姿を知っている。

 

「ローマ兵!?」

 

 一糸乱れぬ統率のとれた動き、それは藤丸が見たローマ兵の中でも選りすぐりのそれだとわかる。まさしく精鋭中の精鋭。

 何より、彼らが放つ気配が尋常ではない。まるで、目もくらむような光を見ているかのよう。夜だというのに昼間なのでないかと錯覚するほどの幻想光量。

 

 これは明らかにサーヴァントの襲撃。

 少なくとも軍勢を持つ者の仕業。この時代の日本にローマ兵などいるはずもないのだから。

 

「お館様!」

 

 まず千代女と小碓命が動く。

 千代女はまず、藤丸を護るべく駆け寄ろうとする。当然だ。マスターこそ、こちらの弱点。彼を失えば全ては水泡に帰すのだから。

 

 だからこそ、狙われる。

 快音が響く。それは弓を持つ者ならばほれぼれするほどの快音。ローマ弓兵からの一射。

 

「――ぐっ!?」

 

 その脚を、矢が射抜いた。英霊が放つような、山を削り取るような、大地を割るかのような流星の如き一射ではない。

 射抜いた足を抉り、ちぎれ飛ばすことなど程遠い。しかして、尋常ならざる技量にて放たれた一射は、的確に千代女の関節の間へと直撃していた。

 

 左足がこれで動かない。必然、疾駆中に受けた一撃、脚の動きを失えば、エネルギーは行き場を失い、転倒へと流れていく。

 

「それでも――!」

 

 それでも千代女はサーヴァントだ。英霊とまでなった甲賀の忍。足の一本を失った程度、どうとでもできる。

 

「ああ、そうであろうな」

 

 倒れ込むのままに右手で地面を撃ち、そのまま藤丸の元へ征こうとしたが――。

 

「な――!?」

 

 その手を射抜かれ、地面に縫い付けられる。その強弓果たして、ただのローマ兵のものであったのか。否、そんなはずもない。

 千代女を足止めしたならば、次は頭を狙う。一糸乱れぬ動きで、ローマ兵は藤丸の首を獲りに行く。

 

「お館様!!」

 

 させるものか、千代女は、無理やりに矢を引き抜き、短刀でもって藤丸へと群がらんとするローマ兵たちの首を切りつけていく。

 紛れもなく致命傷。最小の動作で、敵を無力化するならば、急所を狙う。首か、心臓。この場合は首。

 

「だからどうした! 我らが陛下ならば、この程度では死なない!」

 

 だが――。

 

「なんだと――!?」

 

 首を切りつけた。それは紛れもなく人間ならば致命傷。並みのサーヴァントであろうとも、急所だ。それなりのダメージにはなる。

 なるはず、だった――。

 

 ローマ兵は止まらない。

 

「なら、解体を実行する」

 

 そこに割り込むのは小碓命。藤丸へと襲い掛かるローマ兵を吹き飛ばし、一息のうちに四肢を解体する。一秒にも満たず、瞬きをした間に、藤丸へと襲い掛かってきていたローマ兵を解体する。

 

「まだだ――!」

 

 だが、この程度(・・)では死ねないとでも言わんばかりに、ローマ兵どもは立ち上がる。

 

「なんなんだ、こいつら!?」

 

 藤丸が魔術礼装によって読み取った情報は、彼らは下級サーヴァントと同等の状態であるという事実のみだ。だというのに、訳が分からない。

 まだだ、という言葉と共に、彼らは何をされても復活してくる。スキルや魔術の類ではない。まるで気合い(・・・)根性(・・)で復活しているかといわんばかりだ。

 

 このままでは千代女は倒され、藤丸は殺される。

 千代女も良くしのいでいるが、ローマ兵は巧い。藤丸を狙い、そこを庇う千代女を狙い打っている。ジリジリと削り、いつか動けなくなるまで矢を射て剣で斬り、槍で刺すのだろう。

 藤丸も無傷とはいかない。傷は浅いがいずれは致命傷を受けるかもしれない。

 

 小碓命には、彼と出会ってからのことが反芻された。

 このままでは彼は死ぬだろう。

 良いのか――?

 

「……よくない。まだ、いろいろと教えてもらいたいことがある――細切れにしよう」

 

 小碓命は、戦闘意識を一段階上へと切り替える。より純粋に。より純化して、より人間から遠ざかるように――。

 猛る魔力とともに、彼は疾走を開始した。

 

「例え、どれほどの強敵であろうとも」

 

 ローマ兵は不退転。まるで強敵との闘い方など熟知しているとでも言わんばかりの密集陣形。突き出される槍衾。放たれる矢雨に剣林。

 

「――遅い」

 

 だが、その速度に既に小碓命はいない。

 闇夜に、赤い軌跡が走る。それは、小碓命の赤く輝く瞳。

 

「まだ――」

「――喚くな」

 

 一息に短刀が振るわれる。

 斬線が走り、斬撃が煌き、黒夜に白刃が舞う。

 ありえざる切れ味を発揮した短刀は、ローマ兵を十七分割の賽へと変える。

 

 四肢を削ぎ落してなお、向かって来るというのならば、細切れにするのみ。

 残虐の血の雨が降り注ぐ。されど、それを成す小碓命には一滴の返り血すら浴びることはない。流麗な舞踏の如き過剰殺戮が織りなす無双劇。

 

 藤丸に認識できたのは、闇夜に煌いた白刃のみだった。目にしたのは、地面に転がる死体ばかり。

 

「く、なんだ、こいつは――!」

 

 死ぬ。

 

「ローマに栄光あれ――!!」

 

 死ぬ。

 

 

 死ぬ。死んでいく。

 あれほど苦戦したローマ兵たちが死んでいく。

 

 意志、覚悟、根性。そんなものが通じるのは小説の中だけの話だ。現実問題、それではどうにもできない事態が必ず存在する。

 その時頼れるのは地力だけ。積み上げた自らの力のみ。ゆえに、力の足りぬ者は死ぬ。呆気なく、何の感慨もなく無残に死ぬだけだ。

 

 これが小碓命。否。まだ本気ではない。彼がその真名を名乗った時こそ――。

 

「お館様、大丈夫ですか」

「うん、なんとか」

「流石は小碓殿……」

「うん、凄い……」

 

 だが、藤丸にはどうしようもなく、戦う彼の姿が悲しく見えた。

 

「あれ?」

 

 そして、気が付いた。

 

 ローマ兵が死ぬ。

 次々と現れるローマ兵たちが死んでいく。

 築き上げられる屍山血河。

 圧倒的不利だというのに、ローマ兵たちは笑っていたのだ。

 

 屍山血河。それこそは舞台だ。屍山血河の最奥で積み上げられた死骸の舞台。それこそは英雄というものが踊るための場。

 舞台は完成した。英雄を英雄として語る存在がいて、そして守るべき命がある。さあ、今こそ、英雄譚が始まる。悲劇を痛烈な希望が照らす。

 

「――そこまでだ」

 

 痛烈なる光の英雄が――来る。

 




遅くなって申し訳ありません。
リアルがガチでヤバイので、書く暇がなくて本当、申し訳ない。

派手なのは此処だけです。

シルヴァリオっぽいのが出て来たけど、シルヴァリオじゃなありません。
こういう設定のサーヴァントを友人が作成したのです。
そんな友人が書いてる「Fate/Grand Order 亜種特異点 神座争奪零界ヴァルハラ」をよろしく


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第一節 4

「――そこまでだ」

 

 森に声が響いた。

 それだけで、此処はローマとなった。

 比喩ではない。これは紛れもない事実。奈良時代の日本の森が、ただ一人、この男が来て声を発しただけでローマとなったのだ。

 

「これ以上、我がローマ兵を殺させてやるわけにはいかん」

 

 夜だというのに、今や、此処は昼間だった。それほどまでの幻想光量の密度は高い。目の前に光り輝く黄金が歩いてきたかのよう。

 彼が歩くだけで、世界が変わっていく。ローマへと。世界の全てがローマと化していく。

 

 藤丸からすれば、目の前に巨大な壁でも現れたかのようだった。いいや、壁などとそんな生易しいものではない。紛れもない英雄(かいぶつ)だ。

 視界にとらえてしまえば、目をそらすことなどできやしない。鮮烈に過ぎる輝きは夜だというのに目がくらむ。彼にならば跪いても良い、そう思えてしまう。

 彼の男こそがローマ皇帝。帝国を最も巨大な竜へと変えた男。

 

「陛下!」

「下がるが良い。この男、貴様らでは荷が重かろう。無論、貴様らの半数を犠牲とすれば、今現在のこの男を殺すことが出来ることは知っている。だが、この先に影響が出る。故に、下がれ」

「は!」

 

 ローマ兵たちが下がっていく。だが、威圧感は増し続けていく。敵が減ったからといって、脅威が下がったわけではない。

 むしろ逆。この男は味方がいないほうが強い。

 

「――さて。名を聞こう。(オレ)我が足跡に続け(オプティムス)()玲瓏なる赤金大隊(エクセルキトゥス)をよくも屠った極東の武士(ローマ)よ」

「…………」

 

 小碓命の返答は言葉ではなく刃。

 神速の踏み込み。雷神かと見まがうほどのそれは、されど彼が腰から引き抜いた何の変哲もない長剣によって防がれる。

 続けて接続される払い、三段突きに回転切り。

 流麗な水の如き斬撃技接続は、舞踏でも見ているかのように美しく、されどすさぶる神々のように荒々しい。まさしく暴風。嵐のそれ。

 

 だが、(ローマ)は余裕を崩さない。吹きすさぶ暴風の如き剣閃の中にありながら、それらを的確に長剣でいなしていく。

 

「言語を介さぬ獣か。いいや。そうではあるまい。獣に後れを取る余の大隊ではない。ならば、殺戮機械か。なるほど、極東の島国(ローマ)にこのような者がおったのか」

「――――!」

 

 そして、戦闘純度が増していく。戦乱密度は神代の決戦と言ってもいい。もはや此処だけ、世界が違う(ローマ)

 神速にて繰り出される闇のからの白刃は、男に傷一つ付けられない。人間では認識不能。サーヴァントであろうとも、反応困難な速度域。 

 これについて行けるのは、速度で勝るランサーのクラスのサーヴァントくらいのものだろう。しかして、

 

「余は帝国(ローマ)である。(ローマ)に勝ちたくば、それ以上の重さを持つが良い。極東にて煌く(ローマ)よ」

 

 ――(ローマ)を揺るがすこと叶わず。

 例えどれほどの敵であろうとも(ローマ)の栄光は陰ることはない。ローマは、此処にある。男が此処にいる限り、栄光の帝国は燦然と歴史の中に輝き続けるのだ。

 

 長剣が振るわれる。

 凄まじい剣戟の連撃が始まる。その一つ一つ、技巧の活かされていない部分などありはしない。無駄はなく、振るわれる刃の一振り一振りが一撃必殺。

 それをかいくぐり、受け流し攻撃を放つ小碓命の技量もまたすさまじい。だが、威力が違う。短刀が悲鳴を上げる。ただの長剣。無造作に振るわれた一撃ですら、超技巧にて受け流さねば掠っただけで短刀はへし折れ砕け散る。

 

 激突する光。

 閃光がはじけ、剣光は煌びやかを通り越してただただおぞましい。あまりにも美しすぎるものを見ると人は恐怖を感じることがある。

 あまりにも隔絶しすぎたものは、既存を超過したものは、畏怖の対象でしかない。

 そもそも、今まで打ち合えていることの方がおかしいのだ。それこそ小碓命の凄まじき技量と能力を示している。

 だが――。

 

「ぐ、ぉ――」

 

 (ローマ)から放たれた拳打は、まるで流星を受けたかのよう。

 

「この程度か」

 

 ――この(ローマ)には通じない。

 一匹の蟻が、象を噛もうともまったく痛痒を及ぼすことが出来ないことと同じ。例えどれほどの技量、能力を持っていたとしても、個人が国家という枠組みに勝つことが出来ないのと同じことだ。

 土俵が違う。格が違う。そもそも比べるものを間違っている。

 

 国と個人を比べてなんとする。比べることなどできやしない。だが、この男は皇帝(ローマ)なのだ。個人にして国家そのものである。

 そんなものを相手にするならば、相手もまた個人にして国となる必要がある。

 

「この――!」

 

 繰り出される攻撃。傷をつけてもなお、ローマは止まらない。この程度では止まらないのだと言わんばかり。

 その刃に内包された重さが違うのだ。

 

「軽いぞ。本気を出すが良い。本気を出せぬというのならば、出させてやろう――我が帝国の重さを知るが良い」

 

 惰弱極まる男ならば、これで死ね。この程度で死ぬようでは、この先に進むことなどできやしないのだから。

 

「勝つのは、(ローマ)だ。――我が目前に壁は無し(ディェーウ=パテル)()しからばこの世の地平に闇はなく(ヴィットリア)

 

 放たれる超質量攻撃。

 否。振るわれたのは長剣ただ一つ。

 しかして、その重量は、長剣のそれではない。この剣こそ、祈りと願いの結晶。生前、後世、(ローマ)に描いた勝利と栄光への願いだ。

 ゆえに、この剣の総重量、ローマ帝国そのもの。もし、これを受けるならば、同等以上重さを持つ必要がある。個人で国家と戦争をしているようなものだ。こんなもの受け止められるはずもなし。

 

「小碓、逃げろ!!」

 

 藤丸の叫びが木霊する。

 小碓命の絶命は必至。あの斬撃、見ただけでわかるほどの超重量。その重さで界が軋んでいる。あれは、かつてこの世にて栄華を極めた帝国そのものをぶつける攻撃だ。

 

「――――!」

 

 だが、小碓命も不退転。退けるはずもない。彼の背には、護るべき命がある。

 ならばこそ、今こそが――。

 

「ガンド!」

 

 放たれるガンド。魔術礼装からの援護。

 

「笑止」

 

 ただの魔術で国が止まるものか。

 当然だ、これで止まるなどと思っていない。必要だったのは一瞬。その隙。それだけあれば、忍には十分。

 

「千代女!!!」

「はい!!」

 

 放たれるは煙幕玉。ありったけを放出し、辺り一面を煙幕で包み込む。もはやすぐ目の前ですら視認不可能。奇襲、撤退。どちらも取れよう。

 

「小碓!」

 

 選択は撤退。勝てないならば逃げの一択。それ以外にない。

 

「――逃げるか。それも良かろう。良い戦術眼だ。退き時を見極め、的確な手を打った。此処は見逃そう。余は、この先の関で待つ。都に行くつもりならば、余を倒してからにするが良い」

 

 背に響く黄金の声を聞きながら、藤丸らは一時撤退した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 森から離れ街道へ出た。明るい満月の月明かりが、夜を照らしている。

 

「敵に追ってくる様子はありませぬ」

「とりあえず、助かった、か。千代、とりあえず治療するよ」

「かたじけのうございます」

「小碓は?」

「……問題ない」

 

 しかし、あのサーヴァントをどうするかが問題だった。

 

「関で待つって言ってたけど、そこを迂回できないかな?」

 

 なるほど。確かにそれが合理的だ。勝率が薄いならば、避けて通るのが最も良い選択だろう。

 

「では、拙者が抜けられる場所がないか調べてきまする。小碓殿、お館様を頼みます」

「了承」

 

 頭を下げて千代女が闇へと溶けてゆく。

 

「小碓、本当に大丈夫?」

「……問題ない。機能は正常。魔力も活動に支障はない」

「それならいいけど。出来れば無理はしないでほしい」

「……なぜだ。君が言っていることは、理に反している。僕らはサーヴァントだ。傷ついたところで何の問題もない」

「それでも、だよ。そうだとしても、オレはあまりみんなに傷ついてほしくないんだ。我儘だと思うけど、大切な仲間だから」

「仲間……」

「――ただいま、戻りました」

 

 話している間に千代女が戻って来る。

 

「どうだった?」

「結論から言えば、関を通らぬ以外に抜け道はありませぬ。どうにも魔術的に塞がれているようで、関以外に都に入ることも出ることも叶わぬと」

「なるほど」

 

 つまり、これから都へ行くためにはあの男が待つ関を超えなければならないということだ。

 敵は強い。あの男自身もそうであるが、ローマ兵もいる。並みのサーヴァントではあの数と連携には太刀打ちすることは出来ない。

 

 特にマスターを護らなければならない千代女や小碓命はどうやっても後手に回るしかなくなり、そうしている間に封殺されてしまう。

 かといって、マスターを遠くにやってサーヴァントのみで挑むことも難しい。

 

「魔を感知」

 

 このように、この時代、山や森の中にはそこの住人たちが存在している。巨大な猪や狼。巨大な虫などの魑魅魍魎、果ては怨霊の類まで。

 いくら魔術礼装があるからといって放置すればただでは済まないだろう。どう考えても手が足りない。

 

 ―――――

 

「どうしたもんか……ん?」

 

 藤丸は何かの声を聞いた気がした。

 

「どうかなさいましたか、お館様?」

「いや、なんか頭の中に声がした、ような?」

 

 何かに呼ばれたような、そんな声がした気がした。

 

「こっちか」

「あ、お館様!」

 

 千代女と小碓命が顔を見合わせてから藤丸を追いかける。

 いつしか森は竹林となっていた。

 そして、その竹の根本に赤子がいた。

 

「なんで、こんなところに?」

「…………」

「わかりませぬが、化生の類の気配は感じませぬ」

「このままにはしておけない」

「では、拙者が」

 

 千代女が駆け寄って赤子を抱き上げる。大人しい赤子であった。笑顔美しく、月夜の中で光り輝いているかのような笑顔である。

 

「拾ってどうする」

 

 小碓命の言う通り、役目がある。確かに赤子は見捨てられないが、先の展望もなにもないのに拾っても意味がない。

 さて、困ったどうしたものか。

 

「どこか人里にで育ててもらうのがいいかな?」

「しかし、突然子を育ててもらえぬかなどと言って育ててもらえるでしょうか」

「うーむ」

 

 確かに、ただの旅人がそんなこと言ってきては困るだけだろう。よしんば預けられたとして、その後どうなるかもわかったものではない。

 このように大人しい子であるものの、赤子世話は大変であることは想像に難くないのだから。

 

 ともあれ、このまま竹林の中にいてもどうにもならない。街道に出て民家でも探そうとしたところ、

 

「何者だ!」

 

 庵とそれを護衛している一団と行き会った。

 庵とは貴族が野宿するときに使われるテントのようなもののことである。つまり、ここにいるのは貴族だということだ。

 それをすぐに察した千代女が前に出る。

 

「申し訳ございませぬ。こちら都への旅の途中、森の中で赤子を拾いまして、難儀しておったところなのです」

『GRAAAA――』

 

 同時に響く異形の声。

 今は夜。化生の時間。

 

「く、このような時に!」

「小碓」

「――了承」

 

 されど、守るべきものがいるならば、動くことを躊躇うことはない。翻る白刃は、化生の命を断ち切っていく。

 近づく化生の数は多い。武装した一団とても、呑み込まれてしまうのではないかと思うほど。近年まれに見る化生の大群。

 小碓命は、それらを的確に処理していく。先ほどの戦いから時間は立っていない。戦闘意識は未だ昂ったままだ。

 神速。人を超えた超常の技は、美しさを見せつける。

 

「おぉ、こりゃすげえ」

「頭!」

 

 護衛の一団をまとめている偉丈夫がそれを眺めて呵々と笑う。

 

「ありゃあ、兄ちゃんのツレかい?」

 

 豪放磊落という言葉が似あいそうな、貴人の護衛をしているとは思えないような男が気軽に藤丸へと話しかけてくる。

 一目でこの三人の中で頭であると見分けたのだろう。

 

「ああ見えて男だよ」

「そりゃあ、動きを視りゃわかる。随分と腕の立つのを連れてるじゃねえの」

「そうでしょ」

 

 ちょっと胸を張ってみた。

 

「ハハハ! いいねえ。部下を誇れるってのは、良い頭ってことだ。兄ちゃん名前は?」

「藤丸」

「藤丸だな。オレは、そうだな。大伴とでも呼んでくれや」

「よろしく」

「おう。さて――おら、てめえら! 兄ちゃんの部下だけに任せてんじゃねえぞ。テメらも仕事しやがれ!」

 

 へーい! というゆるい掛け声とともに、魑魅魍魎の群れに武装した集団が向かっていく。普通の人間には勝てないのではないかという心配はいらない。彼らもまたこの時代の人間であり、魑魅魍魎の類には慣れた人間たちだ。

 うまく群を誘導し、各個撃破していく。小碓命のように一撃必殺とはいかないが、追い込み、数人で倒していた。

 

「小碓!」

 

 ならば、それに合わせようと、藤丸が小碓命へと指示を出す。より効率的に追い込み、化生を倒す流れが出来上がる。

 藤丸はそれを俯瞰しながら、ほころびが出そうな所へ逐一小碓命や千代女を加勢に出していた。

 

 その甲斐もあって、それほどかからずに化生の類は討伐することが出来た。

 そして、その後は――。

 




くそう、このローマ皇帝凄まじく書きづらい。ルビが多すぎる!
でも書きやすいというジレンマ。
某光の英雄モチーフの英霊だから、凄い書きやすいんだよ……。

さて、とりあえずそろそろキーキャラとかと合流です。
リアルが忙しいのでゆっくりとお待ちいただければと思います。


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第一節 5

 化生を倒した後――。

 

「おっしゃ、飲め!」

 

 宴会が始まった。

 

「こんなことしていいの?」

「何言ってやがる。存分に働いた。なら、それに対して褒美をやらんとな。こんなところだ。金なんて出しても仕方ねえ。なら、酒やら食事やらが一番だろ?」

「確かに」

「そら、兄ちゃんも飲みな」

「えっと――」

 

 断るのも悪く、少しだけならと勢いに押されて飲んでしまった。

 

「お、良い飲みっぷりだ。それにしても、ありがとな」

「なにが?」

「何がって。やべえとこに加勢送ってたろ」

「お礼を言われるほどのことじゃないよ」

「――それでも、でしょ?」

 

 頭をぽんぽんと、小碓命に撫でられる。

 

「はは。そうだったね」

「おう、そっちの綺麗な兄ちゃんも助かったぜ。すげえな」

「……主、こういうときはどういえばいい?」

「それほどでもない、かな」

「……了承。それほどでもない」

「はは。なんだそりゃ。おもしれえな」

「なに私をほっぽって宴会なんて始めてやがるんです」

 

 ふと、庵から黒髪を長く伸ばした豪奢な服装を身に纏った女性が出てくる。

 しかし、その顔はちょっとすねたような怒り顔。

 

「おっと。右大臣様、これは失敬。失敬」

「大伴、あなた、失敬と思っていないですよね」

「そりゃぁ、同じ女を巡って争ったオレとオマエの仲だしな」

 

 大伴のかんらかんらの大笑いに女は、盛大に溜め息を吐く。

 

「ごめんなさい。こいつは昔からこうなのです」

「慣れてます、右大臣様」

「そうですか。あなたも苦労しているんですね。私は――稗田阿礼。右大臣とは呼ばずに、あなたたちには助けていただいたようですので、畏まらず気軽にお話しください」

「良いのですか?」

「私は、もともとそれほど身分が高い者ではありませんでしたから。それなのに、いつの間にか右大臣にされてました。それもこれも大伴が逃げるから……」

「カハハハ、そりゃあ、すまねえな。だから、オマエに付き合って護衛してやってんだよ」

「何を言うのです。あなたが、ただ都に行きたいついででしょうに」

「バレてたか」

 

 阿礼はじとりとした目で大伴を見る。

 

「いったいどれだけアナタといると思っているんですか。アナタの手は読めてます」

「ったく、昔っからそういうとこは変わんねえな! オラ、オマエも呑め!」

「遠慮します。また絡まれて襲われでもしたら大変です」

「襲わねえよ。襲ったこともねえ、オマエみたいなちんちくりん。

 昔っからまったく変わりゃしねえ。かぐやみたいに髪だけ伸ばしやがって。それ以外が全然じゃねえの。まあ、いつまでも若いことはいいことだろうけどな」

「な!? 言いましたね! 言ってはならぬことを、言いましたね! 良いでしょう。都についたら覚えておいてください。あなたのアレコレ、あることないこと歴史書に書いてやります」

「あ、待てこら! テメェ、それはズリぃぞ!」

「私は、一度見たこと聞いたことは忘れませんので、アナタのあんなことやこんなことをそれはもう事細かに記してやりますよ!」

 

 などと、やってきた稗田阿礼と名乗った貴人は、大伴と貴族とは思えぬ言い合いを始めてしまった。はた目から見ている護衛の一団は、またはじまったと、やれやれといった表情の者もいれば、やんややんやと煽るもの、果ては、これを待ってましたなど賭けを行うものまでいる始末。

 どうやらこれはいつも通りのことであるらしい。

 

「なんとも、愉快な一団で御座いますね、お館様」

「そうだね。でも、ちょうどいい。右大臣って言えば、結構なお偉いさんだと思うし、いろいろと都のこととか聞くチャンスだ」

「はい。拙者、酒を配る時に色々と聞いてきまする」

「お願い」

 

 この一団への情報収集を千代女に任せて、藤丸もとりあえず目の前の二人から色々と聞くために、仲裁する。

 

「えっと――聞きたいことがあるんですが」

「お、良いぜ。兄ちゃんには助けてもらったしな。なんでも聞いてくれや。阿礼の胸の小ささとか、教えてやんぞ」

「な!? なんで、あなたに教えたこともないそんなことを知っていやがるのです!?」

「あ、そりゃあ、かぐやからって。しまったこりゃ、内緒の話だった。忘れろ。あ、忘れられねえんだったな! ガハハハ」

「かぐやぁ!!」

 

 阿礼の叫びが月に向って木霊する。

 それに、キャッキャと藤丸の背の赤子が笑う。

 

「お、なんだなんだ、楽しいのか―。おうおう、可愛い赤ん坊じゃねえの」

「なんです、赤ん坊ですか? …………どっかで見たような顔のような?」

「なんでぇ、知り合いか?」

「いえ、そんなはずはないでしょう。気のせいです。

 ――それで聞きたいこととは?」

「これから都に行きたいので、都のことを」

「よほど遠くから来たのですか? とても良い都ですよ。国際都市の長安をモデルとして現在も建立は続いていますが、それでも素晴らしい都であると思います。ただ、都に行くのなら少々悪い時期(とき)に来ましたね」

「というと?」

「それが関が目と鼻の先ってところで、オレらが野宿してる理由だ。得体のしれない連中が関にこもってやがるのさ」

 

 そのおかげで、彼らも立ち往生しているのだという。

 話を聞けば、そいつらはローマ兵とのことだった。

 

「もう新年も近いですし、いつまでも留守にするわけにもいきません。なので、どうにかして関を占領している狼藉者たちを倒したいのですが」

「おう、そこで、だ。兄ちゃんらの力を見込んで、頼みがある」

 

 この流れならば何を頼まれるかはわかる。

 

「協力して、そいつらを倒せってことですか?」

「おう。話が早くていいな。そういうこった。偵察の連中から聞いた話ならやべえのは一人だ。他の奴らはオレらで何とかする。その間に、関に入り、相手の頭を潰してほしいのさ」

「しかし……」

「安心しろや。敵が強いのは百も承知。だが、オレらなら何とかなる。強いやからとの闘いには慣れてるからな」

「報酬は、私の方で手配しましょう。どうかお願いできませんか。大伴がそこまでいうのなら、安心できます」

「仲間と相談してきます」

 

 もちろんと、頷かれて藤丸は、小碓命の下へ向かう。千代女は呼ばずとも来るだろうから、どこかで宴会に混じっている小碓命の下へ向かうと。

 

「おーい、小碓ー?」

「……主。何か用か?」

「また、片隅にいるね。もっと中にいても良いと思うのに」

「……向うに行くと、褒められる」

「良いことじゃん」

「……わからないけれど……すこし……」

「照れる?」

「…………わからない」

 

 わからないではなく、おそらくそうなのだろう、と藤丸は思った。彼は気が付いていないのだろうか。自分が笑っていることに。

 褒められると、彼は嬉しそうだ。彼自身が気が付いていないけれど。

 

「それで……話とは?」

「うん。彼らから協力して関を超えないかって、言われた」

「受けるべきだ。彼らがあの兵士たちを引き付けてくれるのなら、僕らはあの男と戦いやすい」

「千代は?」

 

 藤丸の行動を見て、やってきていた千代女にも聞く。

 

「拙者はお館様の忍。お館様のご随意に」

「……そっか。じゃあ、受けよう。でも、小碓、無理だけはしないでほしい。千代も」

「……問題ない。次は……勝つ」

「はい」

 

 大伴と阿礼に協力を受け付けることを告げ、明日、関にいるローマ皇帝を倒すべく行動を開始することとなった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 関の中、その最奥には、あまりにも不釣り合いな男が座っていた。

 その男は日本の土着の者ではない。

 異国の者。遥か西方より来たりし者であろう。

 だが、誰一人としてそれを気にする者は此処にはいない。既に、この関は彼の手中。つまりはローマだ。故に、誰一人として気にする者などありはしない。

 彼こそはローマ皇帝。歴代において後世も評価された稀有な男。

 

 彼がいるだけで、大気が色づく。まるで世界そのものが輝いているかのよう。いいや、文字通り輝いているのかもしれない。

 彼がいる場所こそが栄光なりしローマなのだから。

 

 そんな彼の下に一人の男がいた。彼はまた別の人種であった。身に纏う白の漢服は、この国の者ではない。そう、この男もまたサーヴァントであった。

 

「明朝来るか」

「我が食客からの報告。必ずや来るでしょう。彼らを撃ち滅ぼさねば、我らの悲願は達成できますまい」

「暗殺御伽草子を持たぬ(オレ)にとっては、貴様らの悲願など知ったことではない」

「ですが、それが主命なれば。史実の我らは逆らえますまい」

「良いだろう。向ってくるのならば全力で阻もう。勝つのは余だ。なにより、奴との決着を付けねばならん」

「そうあることを願いましょう。努々油断召されるな。私は、他のサーヴァントの対処を行います故、これにて」

「好きにするが良い。貴様の暗殺御伽草子など余は知らん。貴様がどこで野垂れ死に、誰を道連れにしようともな」

 

 男は頭を下げて、この場から消え失せる。

 

「いけ好かない連中だ」

「では、なぜ」

 

 側近のローマ兵がそう皇帝へと問う。

 

「決まっている。余は進む以外に能のない男だからだ。余が(ローマ)である限り進み続ける。ただ、それだけだ」

「御冗談を」

「――明朝、貴様らは人間の相手をしておくが良い。サーヴァントの相手は余がやる」

「は! 皇帝陛下の御心のままに」

 

 公明正大なる皇帝は、ただ座してその時を待つ。

 

 その時は、明朝。

 されど、天に太陽は昇らない。

 あらゆる全ては闇夜の中に。

 されど、闇夜に響く暗殺御伽草子はない。

 

 ただ閉塞した闇夜があるだけだ。

 



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第一節 6

 小碓命。

 それは倭建命へ至る者の名。日本という国を平定するべく戦った英雄。

 だが、それは後世の事実に過ぎない。

 

 神の血を引くがゆえに、ただ一人、神の如き人として生を受けた。

 神代が終わりゆく黄昏の時代。

 人の世へと移り変わらんとしていた日本に生まれた神の如き子。

 幼少より武芸に秀で、怪力無双で知られていた。

 

 ただ触れただけで、あらゆる全ては壊れていく。

 兄もまたそんな一人であった。ただ呼びに行っただけ。だが、小碓命は兄を殺してしまう。

 

 その時も、何も思っていなかった。

 ただ言われた通りのことをしただけ。

 ただ、小碓命が他と隔絶していただけなのだ。

 

 父はそんな彼を遠ざけた。

 それは恐れ、だったのだろう。

 小碓命には、何一つわかっていなかった。

 

 ただ言われるがまま、父に従った。

 その行動の源泉が何であったのか、知らないままに。

 

 彼が16歳となったとき、征西を任されることになる。

 言われるがままに、小碓命は熊襲(クマソ)兄弟を討伐する。

 その時に、銘を貰った。

 

 その銘は――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「行くぞ、お前らー!!」

「「おおぉお――!」」

 

 士気をあげる鬨の声が響くと同時に、戟の音が響き始める。

 関に対して、大伴が伴っていた護衛団が襲撃をかけていた。関にはローマ兵が詰めている。

 彼の皇帝が保有する総軍は、数にして17個軍隊、総勢八万人。

 

 今現在、この規模の関に詰めているのはせいぜいで数百人程度。しかして、それであっても十倍程度の戦力差。まともにぶつかっては勝ち目などあるはずもない。

 

「おーし、引くぞ、てめぇら!」

 

 ゆえに、大伴はまともに戦うつもりなど一切ない。

 最初の一団が引き上げると同時に、次の一団が関の正面門を攻める。その手には大盾。小碓命が今朝方、森から切り出してきた大木を加工したものだ。

 かなり分厚く運ぶのに苦労するが、それだけ防御は硬い。そして、それは建材でもある。

 それによって、組み上げられていくのは、城だ。

 

「いやぁ、あの兄ちゃん、本当に面白れぇ。まさか、関の真ん前に城を構えるとか。普通思いつかねえぞ」

 

 大伴らがやるべきことは、藤丸らが敵の首魁を討つまでの時間稼ぎと敵の陽動だ。ローマ兵はそう強くはないが、数は多い。

 総勢八万もの軍勢はそれだけで脅威だ。この時代にあっては、桁が二つほど違いすぎる。その規模の軍勢が動く戦いはもっと先の時代での話。

 そんな軍勢を相手にするなど愚の骨頂以外のものでしかない。だからこそ、戦わない。関の外で嫌がらせだ。

 

 とりあえず一当てしたところで撤退し第二陣が、そこに陣を構える。相手は関の壁の上にしか並んでいない。降ってくる弓にだけ注意しておけば問題はない。それに――。

 

「助かったぜ、お嬢ちゃん!」

 

 危険な矢は全て千代女が防ぐ。建材や森の木々を利用して縦横無尽に飛び回る。忍の面目躍如の活躍を見せている。

 さらには、苦無を投擲し、ローマ兵を攪乱。壁内へ潜入し、破壊工作をも担っている。しかし、深入りはしない。浅く、広く、嫌がらせの域にとどめる。

 

「矢の威力とかすげーし。そんなやつらとまともに戦うわけねえわな」

 

 大伴らとて弱いわけではないが、相手の規格が違うのだ。相手は、弱いもののサーヴァントの域にある。普通の人間では、何かしらの特別でもなければ太刀打ち不可能。

 如何に、大伴がこの時代にあふれる化生化外、魑魅魍魎、悪鬼羅刹の相手に慣れているといっても天より下り降りてきたものどもから好いた女一人守ることが出来なかった弱者だ。

 

「俺らは弱い。魑魅魍魎どもよりもはるかに弱い。だから、まともに戦うなんざしねえ。さて、嬢ちゃん、次を頼むぜ。その辺の肥溜めの中からとってきたやつ投げて来い」

「拙者、忍というそれは卑怯とそしられる立場ではありまするが、大伴殿も相当だと思いまする」

「ガッハッハ、いうじゃねえのお嬢ちゃん。実は、これ、化生どもをおびき寄せるためのアレでな? アンタらが倒してくれたおかげで使わなくて済んだ奴を再利用してやってるって寸法よ。まあ、これを使うっていったのは、お嬢ちゃんの主様だぞ」

「お館様ぁ……」

「あ、なるべく通り道には撒かないでくれよ? 阿礼のやつが怒る」

「阿礼殿も苦労してそうでござるな……一先ず、心得た」

 

 マスクを鼻まで上げて、糞尿入り混じった特製爆弾を桶に汲み入れ、千代女は関の壁を駆けあがる。降り注ぐ矢の雨を短刀で弾き、桶をそのまま投げ入れる。

 中から上がるのは悲鳴にも似た怒声。そりゃそうだろう。糞尿をぶっかけられて喜ぶ奴はいない。なにより、ローマ人だ。

 風呂に入る習慣があった帝国の人間であるならば、それなりにはきれい好きである。これほど効果的な嫌がらせもない。

 

 籠城用の城も大伴衆の活躍によって七割が組み上がる。

 

「うわさに聞く、一夜城。いえ、一夜城ではないですが、ともあれ、これならばいくらか持ちましょう」

 

 何より関正面に堂々と居座る為の陣を築かれてしまえば、そちらに注視せざるを得ない。

 

「あとは、お頼み申す、小碓殿」

 

 そして、全ては、藤丸ら、突入組にゆだねられる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 藤丸は小碓命に抱えられて、森から関の中央へと飛び込む。正面の襲撃と同時に、関の内部へと別方向から侵入を果たしていた。

 

「あっちは、大丈夫だろうか」

「主が考えた作戦は、最善だった。望月千代女がいるのなら、生存は可能だ。それよりも主は、離れないで」

「了解」

 

 関の内部。ほとんどの敵は正面にいると言っても、全てではない。如何に、気が付かれないように侵入したとしても、いくらか敵はいる。

 それらを小碓命は的確に倒していくが。

 

「少ない?」

 

 思った以上に敵が少ない。まさか、正面に全てを差し向けているはずもなく。

 

「……誘われている」

 

 小碓命の言う通り、最奥まで辿り着いた時、そこにいたのは、天地を焦がすほどの男。

 そこは玉座の間。奈良時代の日本には存在しえない王の座がそこには存在していた。此処は日本ではない。既に、此処はローマ。

 

「――来たか。己の名、名乗る気になったか」

「…………」

「そうか。ならば是非もなし。此処(ローマ)の土に帰るが良い」

 

 玉座より男が立ち上がった時、界が激震した。男が一歩踏み出すたびに、世界が軋む。まるで、世界の方が男に耐えられないとでも言わんばかりに。

 前進する巨竜(ローマ)。まさしく彼は人型の国に他ならない。彼こそがローマであり、彼が進む場所全てがローマと化す。

 

 そうして彼は肥大化を続ける。だが、まだだ(・・・)。まだ足りない。最大版図を築き上げてなお、男は足りぬと言っている。

 世界(ローマ)の市民全員が、この程度では幸福になどなれやしない。世界の全てを偉大な帝国にて染め上げん。

 それこそが、あらゆる全ての救いであると信じて、男は止まらない。偉大なりし男の真名、今こそ刻み付けるが良い。

 

(オレ)の名は、ライダー。ローマ帝国第13代皇帝、マルクス・ウルピウス・トラヤヌス。 

 余は名乗りを上げた。貴様も名乗るが良い極東の(ローマ)よ。この期に及び名乗らぬというならば――」

 

 トラヤヌスが剣を抜いた。

 それだけで、激震など生ぬるい。極震が巻き起こる。世界が、(ローマ)の重さに震えている。

 

「此処で死ね。余は、止まらん。余の国の為、余の国民の為。あらゆる全ての幸福のために、余は前に進もう」

 

 その前にあるモノ、あらゆる全てを轢殺して、帝国は最大版図のその先を築かん。栄光なりしローマ帝国は、今此処に。

 

「小碓……」

「……大丈夫。僕は、負けない」

 

 短刀を抜く。意気は滾っている。

 これより先は、対国戦闘(ティタノマキア)。ただ一人、英雄が偉大なローマに挑むのだ。

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)

 開け(閉じよ)、閉塞暗夜。

 我に、暗殺御伽草子はない。

 だが、その代わりに、今ここで、新たなる我が帝国神話を築かん!!」

 

 夜が閉じる。

 これより先は、帝国神話。

 黄金の如き男によって語られる、偉大なりし帝国の歴史。

 そして、新たなる神話の一ページが此処に刻まれるのだ。

 

「来い。今度は、その首を落とす」

「ならば、名乗って見せろ。貴様の真名を!」

 

 動いたのは小碓。トラヤヌスは動く必要すらありはしない。巨大な竜は動かない。ちっぽけな敵を前に、自らの巨体を動かすことなどありはしない。

 放たれる九連斬撃。九種に分類される基礎斬撃の連携接続。小碓命が放つ、武術。それはこの大和において神々を殺して回る男のそれに他ならない。

 だが――。

 

「軽い」

 

 人の目では到底追い切れないほどの連続技ですら、トラヤヌスを動かすには能わず。軽いのだ。放たれる斬撃が百を超えようが、千を超えようが。

 個人が、国家に傷をつけられるはずもなし。如何に高速で動こうとも、国家を前にすれば、速度など意味をなさない。

 

 音を置き去りにする速度で動いたところで、国家の中での出来事。それが国家そのものを揺るがすには足りない。規模が、足りないのだ。

 

「なら、もっと――」

 

 ならばもっと、速度を上げる。

 力をあげる。

 

 だから?

 

 それで?

 

「余は言ったぞ、名乗れと」

 

 人である限り、国家には勝てない。

 放った斬撃が、片手で止められる。ただそれだけ、彼が動いた衝撃で、小碓命の前身が切り刻まれる。大きさが違う、重さが違う。

 人の形をした国家(巨竜)が動けば、その余波で周囲が破滅する。

 

「……それで、どれほどの民を泣かせたんだ、オマエは」

「皆目見当もつかん。だが、それがどうした」

 

 それで悲しむ人間がいるのならば、それ以上の幸せを与えるのみだ。このローマの一員となったのならば、涙など流させない。

 笑顔だ。笑顔を浮かべさせる。悲しみがあったのならば、それ以上の幸せを以て、笑顔を浮かべさせる。

 

「言ったはずだ。全てを幸せにする。そのためにも、余は止まらぬ」

 

 前に進む。それ以外に知らぬし、それが幸福につながると信じている。誰もが平和に暮らせる世界(ローマ)を創るために前に進み続けたトラヤヌスが、今更止まるはずもない。

 

「何度も言わせるな。余を止めたいのならば言葉など無意味だ。行動でのみ示せ。どれほど言が達者であろうとも、行動が伴わなければ意味がない。貴様は、今、余を倒すといった。だが、言葉のみだ。行動が伴っていない」

 

 長剣など使う価値すらない。

 吐き捨てられた言葉と共に、小碓命を激震が襲った。

 殴られたのだと小碓命が気が付いたのは、関の壁を何枚も突き破り、外壁にめり込んだ時だった。

 

 ゆっくりとトラヤヌスが追ってくる。

 

「余を失望させるな極東の(ローマ)よ。貴様(ローマ)ならば、世界を救えるはずだ。この国の礎を築いた偉大な(ローマ)よ」

「ぼく、は……」

「小碓!!!」

「ある、じ――」

 

 藤丸の支援魔術。そんなもの意味をなさない。だが、意味をなさないとして諦める藤丸ではない。出来ることを

やる。

 ただできることを積み上げて、積み上げて、高みへ届けば、それで勝ちなのだ。すべて勝つ必要はない。負けてもいい。敗北を積み上げて、積み上げて、積み上げて、ただ一度勝利の高みに届いたのならば、それでいい。

 誰かと一緒に、みんなで勝ちを敗北を、絆を、積み上げて、藤丸立香は、世界を救ったのだから。

 

「――オレは、諦めない!!」

「見事。貴様は、まさしく(ローマ)である。よって、我が最強の一撃でもって返礼としよう」

 

 振り上げられた剣が輝きを放つ。

 虹の如き栄光の輝き。それこそは、ローマ帝国のそのもの。

 

「余の帝国の重さを知るが良い。この輝きこそが、余の浪漫(ローマ)である――我が目前に壁は無し、しから(ディェーウ=パテル・)ばこの世の地平に闇はなく(ヴィットリア)

 

 絶命必至。

 ただの人間が国家を受け止められるはずもなし。

 

 そう死ぬ。藤丸立香は死ぬ。

 だから、呼ぶ。

 

「助けて、小碓――!」

 

 助けを。

 

 その時、あらゆる全てを振り切った一太刀が、トラヤヌスへと届いた。

 

「なに――」

 

 ただ、主の言葉が小碓命に思い出させた。

 

「ああ、そうだ。ようやく。こんなときになって、ようやく思い出した。ぼくの願いは――!!」

 

 ただ、助けになりたかっただけだ。ただ、誰かのために、戦って、認めてもらいたかっただけだ。

 その願いは叶った。

 見ず知らずの藤丸立香(あるじ)が、認めてくれた。褒めてくれた。だからこそ――。

 

 ――今ここに、我が真名を告げよう。

 

「今こそ、僕は、僕になる。立香、僕の名は――倭建命だ」

 

 宝具開帳。

 今ここに、自ら封じた自らを解放する。

 ――自今以後、應稱倭建御子。

 

 小碓命は、暗殺の果てに――英雄へと至ったのだ。

 

「遅参であるが、名乗ろう。我が名は――倭建命」

「良い。余のローマは全てを受け入れる倭建命(ローマ)よ」

「返してもらうぞ、オレの国を」

「是非もなし。来るがいい!」

 

 今ここに英雄が誕生した。

 神代を終わらせ、大和を平定した偉大なりし英雄が今、此処に。

 女のような姿は今はなく、そこにいたのは雷鳴とともに大気を震撼させる英雄が此処に――。

 




いやぁ、此処だけ別世界。
まあ、是非もなし。暗殺御伽草子持ちの戦いはもっと陰湿だからネ。仕方ない仕方ない。
派手なのは此処だけだし、最後の派手さとして最高に派手にやるのでお楽しみに。



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第一節 7

「来い」

 

 倭建命の言葉が大気を揺らす。それは呟き。決して大きなものではない。だが、その言葉に呼応して、()が来る――。

 手に現れる剣こそ、この国の龍そのものである。内包され現在も高まり続けている莫大なマナの波動に、(ローマ)が軋む。

 広大な世界が、ただ一点の()に震撼した。臨界点突破。超次元にまで響くかのような激震が世界を揺るがす。

 

 剣を中心に、嵐が巻き起こっている。現実、精神、魂、あらゆる界に影響を与える嵐だ。莫大な力の奔流は、されど藤丸にとっては何よりも優しく思えた。

 倭建命の手にあるのは、ただの両刃の白銅剣である。だが、その存在は、まさしく龍であり、巨大であった。天へと上る巨大な龍がそこにいるかのよう。

 

「行くよ、草薙――」

 

 その剣こそ神と龍と国と人によって産み出された(宝具)。大和という国の王:天皇の持つ武力の象徴。まさしく大和の武の形。

 

 その一刀を振るえば、あらゆる全てが薙ぎ払われる。

 剣身が身に纏うは真空の刃。剣身を這う大気の暴龍が咆哮をあげる。雷鳴が轟き、高まる力の解放を待ち望むかのように脈動している。

 

 引き絞られた弓が如き構え溜め、そこからの一撃が放たれる。

 振るわれた力は、莫大。柔らかく振るわれた一刀はまさしく絶技。そして、その剣もまた絶刀。その剣こそ、日本という国が至る、至上の到達点そのもの。

 それが振るう男もまた、大和という国、果ては日本という国が到達すべき武そのもの。

 

「この力は――」

 

 一刀が斬る範囲、しめて三キロ。

 これは真名解放ではない。ただの剣能の一つ。未だこれも剣にとっての本領でなどありはしない。

 

 だが、この程度では国家を薙ぐには足りぬ。黄金の覇気とともに受け止めた一撃は、されど――重い。

 

「この重さは――!」

「どうした。要望通り名乗り、剣を抜いたぞ」

 

 ただの一刀が、国家の重さと拮抗している。いいや、それどころか――。

 

「余が、押されるだと」

 

 巨大な国家そのものである長剣の一撃一撃を真正面から受け止め、受け流していたかつての戦の名残はない。倭建命の剣は、国家を弾き、押し返す。

 暴風の如き剣戟が、あるいは水流の如き流麗な剣が、ローマを押し返す。

 

 ありえない光景。ただの個人が一国を相手に、互角以上の戦いを演じている。

 

「何を不思議がる。オマエが感じた通りだ。何も、奇を衒ったことはしていない」

 

 機械の如き声色で倭建命は言った。

 何一つ、特別なことはないのだと。

 そう倭建命は何も特別なことなど行っていない。ただ剣能のあるままに、己の武を振るっているだけだ。つまりは、同じだ。

 トラヤヌスとまったく同じ。

 

「そうか。貴様もまた国を背負う存在であった。ならば、この程度当然であった」

 

 だが、大和と言う国は小さい。単純な重さ比べでは、ローマ帝国に軍配が上がるだろう。剣の神秘の差というわけではない。

 ならば、何故、押される。国家の広大さは、ローマ帝国が大和をはるかに凌駕しているというのに。大和の国の重さ、それはトラヤヌスが感じる大和と言う国の重さだけでは説明が出来ない。

 

「簡単なこと。オマエは確かに広大な国を持っていたんだろう。だが、それだけだ。その国は、何処にある」

 

 ローマ帝国は滅ぶ。その名は、現代のどこにもない。残滓の国はあるだろう。だが、ローマ帝国という名の国はどこにもありはしない。

 ローマ帝国という国は、現代には続かない。如何に神祖が、皇帝が、ローマはあると言っても、国そのものはどこにもないのだ。

 

「だが、私の国は此処にある」

 

 逆に大和(ニホン)という国は、未来にまで続いている。滅びかけたこともある。だが、滅びず、そこに在る。

 未来まで積み上げられた歴史。それは、決してローマ帝国という広大な国の重さに負けるものではないのだ。何故ならば、過去だけでなく現在も、未来すらも続いているのだから。

 

 先人たちが積み上げる。

 今人たちが積み上げる。

 子孫たちが積み上げる。

 

 そんな国が大和であり日本という国だ。

 

「その重さが、貴様の国にまけるはずもない」

「――なるほど、縦か」

 

 トラヤヌスもその言葉で応えに至る。単純なことだ。横ではなく縦に長い。如何に横幅と面積が小さくとも、縦の長さがあれば話は別。

 トラヤヌスのローマが横に巨大なのだとすれば、倭建命の大和は、縦。今もなお、続く日本という国そのものを背負っている。

 

 これはトラヤヌスの国が薄っぺらいというわけではない。彼の担う時代が、人間の一生分であった。ただそれだけのことなのだ。

 もしも、彼の国を引き継ぎ、発展させた者がいたのならば、こうはならなかったであろう。彼の国は、もっと続いていた。

 

 けれど――どうして人に竜の国が治められよう。

 後に続く者がいない国はそこで亡ぶ。トラヤヌスの国を受け継ぐ者はいなかった。いいや、後に続いた皇帝が彼よりも劣っていたなどとだれが言えよう。

 そんなはずはない。彼の後に続く皇帝もまた、人として優秀な者たちばかりであった。

 だがそれは人の国だ。竜の国を人は治めることが出来ない。強大な力に支えられた竜の国を維持することなどできなかったのだ。

 

「オレの国は小さい。だが、分厚い」

 

 倭建命の一刀がトラヤヌスを弾き飛ばす。

 だが、大和は違う。人が人の手で拓いてきた国だ。倭建命という人が、その後に続いた多くの人が、繋いできた。

 

 護りたい。

 救いたい。

 子の為に。

 

 大いなる祈りの力。

 

「オレは、この力をどこまでも繋いでいく為に戦った。その結果が是だ」

 

 一刀を振るえば、トラヤヌスの全身を大気の刃が襲う。草薙の剣能。倭建命が行った草を薙いだことにより獲得された剣の機能。

 その一刀を防いだところで無意味。巨竜たるトラヤヌスの肉体を真空の刃が切り刻み、未来の重さがトラヤヌスを押しつぶす。

 

「ぐ――ォォオォオオオ!! まだだ――!!」

 

 ――だからどうした。その程度のことで、どうして止まれというのだ。止まれるはずがない。止まる理由がない。

 トラヤヌスは止まらない。例えどれほどの敵がいようとも、何がその先に待っていようとも。トラヤヌスはその生涯を以て前に進み続けた。

 その結果がローマ帝国最大版図。巨大な竜の誕生である。例え、一代だけのそれであったとしても、その生涯は間違いなどではないのだから。

 

「勝つのは、(ローマ)だ!!」

「――ああ、そうかもしれない」

 

 だが――。

 

「けれど、勝つのは大和(ボク)だ」

 

 魔力が猛る。

 莫大なまでの魔力の奔流に、あらゆる全てが滑り墜ちた。

 もはや互いに互いしか見えず、己の究極の一撃をぶつけ合うのだ。

 

「我らが築き上げた帝国は不滅だ。ローマは此処にある! 勝つのは、余だ!! ――我が目前に壁は無し、しから(ディェーウ=パテル・)ばこの世の地平に闇はなく(ヴィットリア)!!!」

 

 それこそは、トラヤヌスが生前死ぬまで使用した長剣。

 死後のローマ市民による神格化、後世の評価、様々な要因、諸人の希望と勝利の願いによって構成された概念結晶宝具。

 内包された勝利と栄光を願う人々の願いによって拡大変容し、立ち塞がるあらゆる敵の総量よりも常に巨大であり続ける無双の剣。

 

 その最高到達点こそ、彼の国、最大版図を達成した彼のローマ帝国そのもの。つまりは、この一撃こそ、彼のローマ帝国をぶつける超質量攻撃に他ならない。

 黄金の如き帝国は、あまりの超質量に光と化して放たれる。この光こそ、まさしく絶対致死の光。ローマ帝国という概念そのものを放つ尊き幻想(ノウブル・ファンタズム)

 

「小碓――!」

「問題ない。我が主、我が()を見せよう」

 

 剣が展開される。

 

 剣能解放。

 機能解放。

 龍脈解放。

 

「大いなる龍は天翔し未来(ひかり)を紡ぐ礎となる。立ちふさがる敵を薙ぎ払え――都牟刈天叢雲草薙之大刀(つむがりあまのむらくもくさなぎのたち)!!」

 

 放たれる虹の極光。それこそこの国の龍そのもの。この国を支え、流れる龍脈。つまりは大和の国そのものである。

 この剣こそ、過去、現在、未来に渡りすべての天皇が所有したもの。形が失われ、概念だけになろうとも、この大和という国の皇が持ち続けた刃。過去、現在、未来へとつながる日本という国が武力の総体。

 まさしく、大和という国の武であり、この国そのもの。

 

 倭建命は、この剣に未来を視た。

 いつかこの国が至る未来を視た。

 

 故に天叢雲剣から種梛(くさなぎ)へ。

 そして、種梛転じて、草薙へ。

 名は変わっても、祈りは変わらない。

 倭建命が剣に託した、これから続いて行く子孫たちに、神様の守護が得られますようにという、願いは変わらない。

 

 その祈りがある限り倭建命は、戦える。

 

「それが貴様の()か」

「それが貴方の()か」

 

 どこまでも広く広がったローマ帝国。

 どこまでも長く紡いだ大和。

 

 その差は、小さくも平和であったことか。

 

「なるほど、そうか。あいつの言っていたことを今更ながらに理解した――良かろう。貴様の国(ローマ)と、貴様の子孫(ローマ)の勝利だ。必ずや、世界を救うが良い」

「主の命ずるままに世界を救おう」

 

 龍が竜を喰らい、閉塞暗夜は終わった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 暗がりの中。

 暗がりの中に沈む平城京。

 時の為政者が住まう平城京北端に位置する平城宮は、今や闇の中に沈んでいた。終わらぬ闇夜。閉塞した暗夜には、ただ声だけが響いている。

 

 語られる暗殺御伽草子。

 それは悲願。

 それは熱願。

 それは夢だ。

 

「邪魔者が消えたか。我が宝具の影響下にあって、あそこまで抵抗するとはな。だが、それもなくなった」

 

 闇の中で、声が響く。

 底冷えする空間の中、冥府の如き部屋の中で声が響く。それはまさしく死者の声。

 

「すぐに彼女は戻るだろう。彼女は語らねばならぬ。この国の歴史を。

 だからこそ、殺せ」

 

 冷たい声に熱がともる。それは、まぎれもなく憤怒の熱。憎悪を燃やして放たれる灼熱の命令だ。

 

「貴様らの悲願を達成するが良い」

 

 暗殺御伽草子を語れ。

 閉塞暗夜にて、自らの悲願を達成するが良い。

 

 それこそが、世界を破滅させる刃。

 それこそが、歴史を殺害する刃。

 

「全ては、我が悲願の為に」

 

 放たれる刺客は、四人。

 

 これより始まるのだ。

 

 闇夜にて繰り広げられる、絶体絶命の暗殺合戦が――。

 




次回、暗殺合戦開始。

これより派手さ皆無の暗殺合戦が始まります。

これが今年最後の更新になるでしょう。
不定期更新になりますが、新年もまたよろしくお願いいたします。


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第二節 平城京
第二節 1


「ガッハハハ! おら、のめのめ!」

 

 戦いが終われば、宴会。

 平城京までは目と鼻の先であったが、先の戦の功労者たちをねぎらうべく宴会が始まっていた。

 

「こんなところでまた酒盛りとは……」

「そういうなよ阿礼、どうせ都に入っちまえばこんなこともできなくなるんだ。だったら最後にぱーっと行こうぜ?」

「まったく、そういう言い方があなたの小賢しいところなのです。

 藤丸殿、彼はこういう奴なのであまり気にしないでください」

「いえ。こういうのは嫌いじゃないから……」

 

 死者もいた。少なからず被害が出たというのに、皆が笑っている。

 

「正直者ですね。でしたら、この宴の最中、大伴を見ておくと良いのです。きっと、この理由がわかりますよ」

「?」

 

 それは一体どういうことなのだろうか、と聞く前に、

 

「お、お館様ー!」

 

 千代女の声が耳にとどく。切羽詰まった声であったために何事か起きたのかと藤丸がそちらを見たら。

 

「えっと、たのしそう、だね?」

 

 男衆に囲まれて酒を注がれては飲まされて悲鳴をあげてる千代女がいた。

 

「せっしゃ、しにょびだからと、ひくっ、あまりのめませにゅといっているのに、いっぱいにょめとぉ、おやかたさまぁ」

 

 なんとも酔っぱらった様子で若干呂律が回っていない千代女。

 どうにもこの時代の酒などは神秘が現代以上に濃いらしい。あとは日本というのは酒で神を酔わせる逸話が多いのもあって、どうやら酒という概念が非常に強いらしい。

 そのためサーヴァントでもある程度影響を受けるようだ。

 

 これ以上はあまり飲みたくないらしいのだが、まじめな彼女は断れずに飲んでいる。サーヴァントだから死ぬことはないだろう。

 それに、どいつもこいつも楽しそうなのだ。彼らの感謝の示し方なのだろう。それを断るというのも悪い。それに、こういった時でもないと千代女は藤丸から離れてゆっくりできないだろう。

 

 そのために酒でつぶすというのはいささか乱暴すぎるだろうが、それくらいがちょうどよい。彼女は少し気真面目で責任感が強すぎる。

 少しは羽目を外しても文句は言われないだろう。倭建命によれば、今のところこちらに近づいてくるものはいないという。

 

「問題ない。何かあっても、主を護る」

「ありがとう倭。今回はちゃんとこっち側にいるんだね」

「主がいた方が良いと言っただろう。それを忠実に遂行しているだけだ」

 

 小碓命から倭建命へ、彼の霊基は変容している。それが宝具効果であり、彼本来の霊基はこちらだとも言われた。

 人の形をした命令を遂行するだけの、道具。

 

「……」

 

 けれど。

 

「どうした、主。なぜ笑う」

「……いや。みんな楽しそうだなって」

「宴はいい。笑みがある。護ったのだと私の『心』が言っている」

「そうだね」

「おーう。なにこんなとこで油売ってやがる。さっさとおまえらもこっちきて食えや飲めやで、騒げよ」

 

 大伴がどんと肩に手を回す。

 

「大伴さん」

「おう、よくやったな。すごかったんだろ? 聞いたぜ」

「いえ、全部ヤマトがやってくれました」

「おう助かったぜ」

「何も聞かないのだな」

「何を聞けって? アンタがそれなりにデカくなってることか? おいおい。そいつを聞いてなんになるよ。何の得にもなりゃしねえし。この国にゃ、人の姿になり変わる神様やら化生やらたくさんだ。今更大きくなったくらいで何を驚けってんだ。

 それにだ、兄ちゃんらはオレらに協力した。ならもう同胞ってことでいいじゃねえか。気にすることはなんもねえ。それで裏切られたらそん時だな。なに、阿礼のやつがなんとかしてくれるさ。ガハハハハ!」

「まーた、適当なこといってやがりますねこいつは」

 

 阿礼も大伴の言葉を聞きつけてやってきたようだ。

 

「だって、そうだろ? なんだかんだ、右大臣様にまでなったしな! っと、それじゃあオレはっと」

 

 ひとしきり騒いだあと、大伴は一人宴の席を離れる。

 藤丸はこっそりとそれについていった。

 

「ついてきたな?」

「バレてたか。どこへ?」

「ちょいとな。こっちだ。テメェが来ても誰も文句は言わねえよ」

「?」

 

 彼についていくと、そこにあったのは塚だ。

 お墓のようなもの。彼らの弔いのあと。

 そこにはいくつもの酒やら食料やらが供えられている。千代女や倭建命のものもあるのだろう。

 

「ここは……お墓?」

「ああ、そうだな。ここに眠ってる。すっかり遅くなったちまったが、ま、許してくれや」

 

 そう言って大伴は酒を供える。藤丸も彼と同じように供えて祈りをささげた。

 

「オレがもっとしっかりしていれば……」

「なに言ってんだ。兄ちゃんはなにも悪くねえよ」

「でも……」

(アン)ちゃんはほんと難儀な性格してるな。気にしなくていいんだよ。兄ちゃんらは旅人だ。いろんなところを回っただろ。場慣れしてるのをみりゃそれなりに修羅場をくぐったはずさ。ならこういったことは日常茶飯事だろう」

「そうだけど……」

 

 それでもあきらめたくはないし、割り切ることは出来そうにない。それでもやるべくことがあるから前に進んでいる。

 死にたくないから前に進んでいる。明日を投げだすことは、藤丸立香にはどうやったって出来ないのだから。

 

「だったら笑って送ってやるのさ。そうすりゃ、お天道様になって見守ってくれる。泣いて送っちゃあいつらに悪いだろ?」

「……そっか」

「おう、そうだそうだ。別れは笑って、が一番だ。湿っぽい最期なんざ、御免被る」

 

 何があろうとも、別れは笑って送り出してやろう。そうじゃねええと彼岸で迷う。迷わしてはいけない。そうなればこの時代、魑魅魍魎にとりつかれた亡者が国を亡ぼす。

 だから、笑って、騒いで、みんなで送るのだ。

 

「はは。よし、じゃあ、戻って騒ごう!」

「応! 飲んで騒いで、明日にゃ都だ。案内してやるよ。阿礼は忙しいだろうが、ま、少しくらいいいだろ」

 

 夜は更ける。

 朝日が昇るまで、ずっと笑い声が響いていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 明日も早く、平城京の正門、羅城門へ一行は辿り着く。塀や堀もあり侵入は容易ではないが、阿礼がいれば何一つ問題なく平城京へ入ることが出来た。

 

「うわぁ、凄いな」

「人でいっぱいでございますな」

「…………」

 

 今の時期はちょうど人が多い時期だという。確かに現代とは比べるととても人通りは少ないが、それでもこの時代では最大の国際都市となる都である。

 遷都して未だに日が浅いが、その片鱗は今でも見られる。いいや、多すぎるくらいか。

 

「なんだか、どこかで見たような人が多い気がするような?」

 

 露店に立っているのは、カルデアにもいる大江山の鬼に似た女性。

 

「あらあら。そんなにうちのこと見て。ふふ、いけませんよて。うちには旦那がおるさかい。坊ちゃんはこれで堪忍しておくれやす」

「あ、ありがとうございます」

 

 色気だけがヤバイ。とにかくヤバイ。

 あとロリじゃない。うん、似てるだけの人だ。

 

「お館様……」

「違うからね!?」

「問題ない。毒は入っていない」

「そういうことでもないからね!?」

「おー、いいじゃねえの。おーい、店主、オレにもいっちょめぐんじゃくれないかね?」

「おや、そいつは駄目だねぇ。右大臣様を護衛してきた大将様だ。金は持っているんじゃないかい?」

「おっとバレてら」

 

 などとどうにも似たような人がいる気がするのはどういうことだろうか。たんに似ただけの人か、あるいは――いいや、考えるのはあとだ。

 

「えっと、ここまでありがとう。オレたちは宿でも探すよ」

「そうかい? なんなら阿礼の屋敷に泊まってってもいいんだぜ? 俺らはそのつもりだしな」

「また、こいつは家主のことをまったく意に介しませんね。でも、貴方なら良いです。どこか、あの人のような雰囲気を感じますので」

「お、これは脈ありか? 兄ちゃん、和歌でも送ってみたらどうだ?」

「ふざけてるなら放り出すです。一先ずここで別れてまた、使いのものをやるです。大伴を残していくので、宿が決まったら言うのです」

 

 そう言って阿礼は護衛たちと平城京の大路を来たへと向かっていった。平常宮という天皇の座す場所へ征くのだろう。いわば政治の中心に顔を出すようなもの。

 彼女を見送ってから。

 

「さて、それじゃあ宿を探すかね。金はどんだけ持ってる?」

「あまり」

「だろうな。だろうな。そこでだ、阿礼から預かってる。まあ、兄ちゃんたちへの礼の一部だな。それなりにいいとこに泊まれると思うぜ」

「いいのかなぁ」

「気にすんな。助けられた礼だからな。受け取らにゃこっちが困っちまう」

「それじゃあ、遠慮なく。それにしても宿か。どういったところがいいかな」

「こちらには赤子もおります。なぜかお館様から離すと泣きますので、良いところが良いかと」

 

 竹林で拾った赤子は、藤丸から話すと泣きだして手が付けられなくなる。そのため、誰かに預けるのは難しく藤丸がいつも背負うことになっている。

 

「引き取ってくれる人がいるといいんだけど」

「ですね」

 

 などと話していると、先ほどの露店の女店主がやってくる。

 

「坊ちゃんら宿を探しとるん? 実はうち宿なんやけど泊っていかん?」

「いいのかい?」

「良いに決まってるやろ。ほな、行こか」

「オレの意見は?」

「はっはっは。男なら流されるままよ!」

 

 それでいいのかなぁ、などと思いながらも彼女について行けば、かなり大きな宿へと案内される。

 

「へぇ、随分といい宿じゃねえか。最近出来たのかい?」

「ええ。最近出来た宿なんで、客がおらんの。お兄さんは有名人やさかい。うちに泊まったって宣伝させてくれるなら、この坊ちゃんたちの宿代まけても良いよ」

「良いぜ。そういうことならな」

「ほな、行こか。部屋は一等よい部屋にしてあげるさかい。ああ、赤子のことは気にせんでええよ。うちらみんな赤子はだーいすきやから」

 

 その姿と声で言われるとぞくりとしてしまうが、スムーズに拠点が見つかるのは良いことだ。

 

「此処はいいところだ」

「ヤマト?」

「此処はいい。霊脈の上だ。それに吉兆の上でもある。ここなら魔性は近づけない」

「倭殿の意見に賛成で御座る。通りの隅で御座いますし、他に大きな建物がないので、上からも入られないでしょう。サーヴァントは別でしょうが」

「ならここにしようか。でもその前に――」

 

 女性には言っておこう。

 

「オレたちが泊ってると危険かもしれません。それでも大丈夫ですか」

「あら、そないなこと、気にせんでええよ。いろんな人が都にはおるさかい喧嘩なんぞしょっちゅうやし。なにより、愉快なことがおこるんならうちは大歓迎どす。むしろずぅーっと泊っていってくれても構わへんよ」

「なら、これからしばらくやっかいになります」

 

 露店の店主で女将だった女性。名は朱というらしい。朱さんの案内で、藤丸らは部屋に通される。三階の一番いい部屋だ。

 

「こんないい部屋に泊まっていいんだろうか」

「いいのいいの。気にすんなって。さて、それじゃあ、俺は阿礼のやつにここのこと伝えてくるから、ま、自由に観光するなりしてきたらどうだ? 都にゃいろんなもんがあつまる。アンタらの目的がなんであれなにかしら役に立つんじゃないか?」

「そうするよ。ありがとう」

 

 大伴を見送って、荷物を置く。

 

「じゃあ、さっそく見て回ってみようか」

「きゃっきゃ!」

「赤子も行きたいと行っておりまする」

「それじゃあ行こうか」

 

 宿を出て、平城京をぶらつく。相変わらずあの夜からダ・ヴィンチちゃんたちからの通信はない。果たしてここで何が起きているのか。

 聞き込みなどをするまえに、まずはここになにがあるのかを見て回る。

 

「うーん、めぼしいものはないか」

「はい」

「おいしい?」

「おいしいでございまする。申し訳ありません、拙者ばかり」

「良いの良いの。オレも食べたかったし」

 

 色々見て回る途中で色々と買ってしまった。この時代の食べもの。酒もうけりゃ、野菜も魚もうまいときた。そりゃたべにゃ損だ、損だと言われてしまえば、そりゃ食う以外の選択肢はない。

 千代女の交渉で安く買えるのもあって、結構散財してしまった。それに、店主たちは情報通だ。色々な人と関わるだけあって、この平城京で起きている様々なことを知っている。

 

「まだ、其れらしい情報はございませぬが、必ずや」

「まあまだついたばかりだし。焦らず行こう」

「おやおや、可愛らしいねぇ。そちらさん旦那のツレですかい」

「つ、ツレ!? い、いえ、拙者は――」

「おや、違う? お似合いだってのにねぇ」

 

 ふと、道端の薬売りから声をかけられる。陽気そうな薬売りだ。

 

「あなたは?」

「某は、しがない薬売りですよ。お似合いの夫婦さんがいらっしゃるから、精に良い薬なんてどうかと思いましてね? しかし当てが外れたねぇ。まさか夫婦じゃないとは。それじゃあ、これからかい?」

「そうです」

「お館様!?」

「おお、そうかいそうかい! そいつはめでたいねぇ。よし、んじゃ。こいつを持っていきな」

 

 そう言って渡されるのは薬を包んだもの。

 

「これは?」

「唐じゃ愛の妙薬って噂の薬ですさ。こいつを女にかがせりゃ、一発で閨にいけますぜ。ああ、お代は結構。是非、今夜にでも使ってみて下せえ。是非にね、是非に。それじゃ、某はこれにて」

 

 そう言って薬売りはそのままひょこひょこと去って行ってしまった。どこへ行くのか見ようとした次の瞬間には、人波に紛れてわからなくなった。

 

「…………主、あの男には気を付けた方が良い」

「倭? 今までどこに」

「何か妙な気配がして隠れていた。あの男、少し妙な気がする」

「薬は危険かな?」

「危険はない。主が使うと良い」

「いや、オレは使う相手がいないし」

 

 

 ともあれ、妙なことはこれ以外に起きず、夕刻となったので宿へと戻った。

 ふと薬包みを開く。そこには薬は入っていない。だた文があった。

 

 ――異邦の魔術師。もしこの夜を終わらせる気があるのなら、指定の場所まで来い。

 

 ――と。

 




平城京の様子なんぞ、詳しくわからないので、いろいろとヤバイ設定がてんこ盛りだったりしますが、そんなの関係ねぇ、書きたいこと書くぞ!
あ、途中で出てきた酒呑に似ている女将は酒呑と違ってロリーじゃなくて、髪が長いです。

あと平城京の街にはいっぱい藤丸君がどっかで見たような人たちがいますが、これもまたこの特異点の根幹に関わる設定だったりします。
今作で語られるかはわかりませんが。

あと、うたわれるものって良いよね。
あの雰囲気好きな私は、この特異点をわりとそんな感じにしている。


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第二節 2

 指定の場所は小さな酒処だった。いわば居酒屋のような酒を飲む場所だ。夜ともなれば、多くの客でごった返している。

 罠の可能性があるため、千代女は忍として隠れ、藤丸は倭建命を伴ってきていた。

 

 酒処には、浮浪者もいる。路地に隠れるように身を丸めた浮浪者は、めぐみでも期待しているのか、あるいは別の目的でもあるのだろうか。

 酒処の客はそれなりに幅広いようであった。武人のなりした女もいれば、大酒をかっくらって奇声をあげる女もいた。

 身なりの良い貴族然とした男も楽し気に酒を飲んでいた。

 

 ふと、違和感を感じる。

 まるで大蛇の口の中にでも入ったかのような感覚。まるでここが敵地であるかのような錯覚。

 しかし、それが何故かわからない。サーヴァントの気配はない。倭建命はなにも言わず。忍んでいる千代女からもなにかを感じたということはない。

 

 それがなにかわからず首をかしげている間に、目的の人物の下へたどり着く。

 

「来たな」

 

 そこにいたのは、先ほどの薬売りであった。ただし、雰囲気は真逆だ。陽気な雰囲気は何一つない。抜き身の刃のようにも感じた。ただただ鋭い。

 そして、彼はサーヴァントだった。

 

「座ったらどうだ。酒くらい飲めるだろう」

 

 そうやって酒をすすめてくるが、固辞する。

 未成年ということもあるが、何より毒が入れられている可能性もある。毒は効かないが、率先して危険を冒すのは愚者のやることだ。

 

「そうかい。まあいいがね」

「それで、ここになぜ呼んだんです?」

「なに、あんたらは星読みだろう? 召喚された理由が理由だ、アンタらに協力しようかと思ったわけだ。

 

 それは願ってもないことである。

 敵がどれほどいるのかもわからない現状、戦力はいくらでもほしい。

 カルデアからのレイシフトに干渉し、一騎当千のサーヴァントたちを倒す相手がいる以上、戦力はいくらいても足りないくらいなのだ。

 

『協力するにしても、まず君の真名を教えてくれないかい?』

 

 ダ・ヴィンチちゃんが彼に問う。

 協力するならば、確かに真名を知っていた方が良い。もし敵対するにしても真名を知っているか知らないかでは対処の幅が変わる。

 

「良いだろう。新選組三番隊隊長、斎藤一だ」

 

 斎藤一。彼の名は知っている。幕末に新撰組の幹部として活動した武士の一人。歴史好きならば少しくらいは知っている人がいるかもしれない。

 新選組の中では知名度は低いものの、その強さはかなりのものであったという

 

『なるほど、新選組か。それならば心強い』

「ただの殺し屋だ。あまり期待してくれるな」

『謙遜を。その暗殺の手腕は知っているよ』

「世辞は良い」

『そうかい? ならどう協力するのか教えてもらいたいね。君は、一人で行動する気満々だろう?』

「そうだな。俺としては、その方が動きやすい。この身はアサシンのサーヴァントだ。ならば、民衆に紛れ情報を集め、敵の裏をかき、暗殺する。それがもっとも速い」

 

 黒幕を見つけて、暗殺する。 

 

「なにより、この地に召喚されたサーヴァントならば、なにをどうすればいいのかわかる。この地の特異性がな」

『それは、夜にこの平城京を中心とした地域を覆おう謎の結界のことかい?』

 

 通信が出来ない理由がそれ。夜になると結界が張られ、カルデアとの通信が遮られる。

 

「夜とは限らん。アレはやつらが出てきた時に初めて機能するものだ」

『詳しいね』

「当たり前だ、敵を知ることが戦の基本だ。とかく、俺は情報を仕入れおまえたちに流す。おまえたちはお前たちで独自に動け。それが陽動となろう。逆に、こちらが動けばそれも陽動になる。おそらく敵は暗殺者を多く要している」

『なぜだい?』

「強大なサーヴァントならばわかるが、数日ここをうろついて、サーヴァントの影も踏めない。敵がいるならば即座に襲ってくると踏んでいたがそうならない場合、敵もまた俺たちと同じということだ」

『厄介だね。カルデアとの通信が阻害されている場合、敵が近づいてきてもわからない』

「問題ない」

 

 倭建命がいう。

 

「何があろうとマスターは護ろう」

「頼もしいよ」

 

 だが心配ない。こちらの最高戦力はあの倭建命である。暗殺者は攻撃の瞬間、その気配を発する。倭建命ならばそれで十分。

 必殺の間合いにある暗殺者であろうとも対処する。それはマスターが危機に瀕しても問題はない。常に千代女も侍っている。

 

 暗殺に対しての警戒は出来る。

 

「問題はこの子だなぁ」

「そういや、その赤子は?」

「森で拾ったんだ。懐いちゃって、離れるとすぐに泣きだして預けることも出来なくて」

「ふむ、なら良い薬でも出してやろう」

「それ子供に飲ませても大丈夫な奴?」

「そうでなければ出さん」

「それじゃ、ちょっとよろしく」

 

 でんでんだいことかそういった子供の玩具も貰い。

 

「じゃあ、またここで会おう」

 

 斎藤が立ち去って、こちらも帰ろうと席を立った瞬間――。

 

 ゾクリとした悪寒。

 

「動くな」

 

 同時に耳元で声がした。

 首筋に感じる鋼の冷たさが全身へ広がっていく。

 酒場の喧騒は遠くなった。まるで自分だけが取り残されてしまったかのような感覚。

 

 いつの間に、なんて思うことはできなかった。

 いつの間になんてものではない。

 

 視界には、身を丸めた浮浪者、武人のなりした女、身なりの良い貴族然とした男の三人がいた。そして、その全てが0距離で刃を突きつけている。

 

 最初からいたのだ。この場に。いつでも殺そうと思えば殺せたのだ。

 だが、そうしなかった。それは彼らの悲願ではない。

 

「ここでは殺さない。それは我らの暗殺ではない。暗殺御伽草子は完成しない。我らは我らの悲願の為に夜を閉ざす。閉塞暗夜こそが、我らの暗殺舞台なれば。この場で殺しては意味がない」

 

 警告。

 いつでも殺せるが、殺すためには彼らの舞台にあがってこい。

 

「おまえに選択肢はない。カルデアのマスター」

 

 暗殺者はどこにでもいる。何処へ行こうとも安息などありはしない。警戒し、閉塞暗夜(己の死)を待つが良い。

 

「必ずや、我らは暗殺を成功させる。今度こそ」

 

 刃は冷たく。

 されどそこから熱が伝わる。

 

 気配は一瞬。すぐに全て消え失せた。

 

「――」

「主殿? なにかございましたか?」

「……いや、なんでもないよ」

「…………そうでございますか。わかりました。何かあれば仰ってください。この千代女、如何なることであろうともなしましょう」

「ありがとう」

「…………」

 

 三人で通りを歩く。

 人通りは多い。

 街の火は堕ちていなかった。通りを人々が行き交う。

 

「お、兄ちゃんじゃねえか」

「大伴さん」

「さんは他人行儀すぎるぜ、兄ちゃん。同じ釜の飯を食った仲じゃねえの」

「はは。そうですね。こんな時間に何を?」

「男がこんな時間に出歩いてるってのは一つしかねえだろ。しかし、ほほう、兄ちゃんも中々隅におけねえじゃねえの」

 

 あ、これ勘違いされてるな?

 

「いや、そういうわけじゃ」

「ガハハハ、隠すことねえじゃねえの。よし、んじゃあ、ともに夜の街へ繰り出すか! 何、安心しな、良い店を知ってるぜ」

「いや、だから」

「主、先に戻っている」

 

 倭建が逃げた!?

 

「ちょ、たすけ」

「問題ない。千代女がついている。それに、この身は既に彼女たちのものだ。ならば、他の女のところには行けない。赤子は預かる。問題ない。薬で眠らせてある」

「おっと、倭建の旦那はお手付きか、ならしょうがねえ。んじゃ、行こうぜ藤丸」

「いや、だからぁ、オレは!?」

 

 そして、あれよあれよという間にそういったお店に。そう歓楽街の楼閣へと連れていかれた。

 もちろん同じ部屋じゃねえよ、しっかり楽しんできな、と別行動。しかし、一度店に入ってしまったからにはニゲラレナイ。

 

 さて、やべえよ、でも興味が、と二つの感情の間で板挟みになりながら。

 

『先輩最低です』

 

 という後輩からの必殺技にもう死にたくなっていると、

 

「失礼いたします」

 

 と大伴が俺に見繕った相手が――。

 

「いや、千代女?」

「はい。千代女に御座いますお館様」

 

 そこには、花魁というべき衣装を身にまとった千代女がいた。

 幼い容姿ながら艶やかさではそこらの女郎など目ではない。寧ろ彼女の本職からしたら、これこそが当然の装いなのかもしれないが、一言で言ってすごく色っぽい。

 

 所作のひとつひとつが目を引く。鼻腔をくすぐる香は、男を誘惑するものだ。

 

「え、ええと?」

 

 しかして、彼女は紛れもないカルデアのサーヴァントである。パスが繋がっている感覚もあるが、これはいったいどういうことなのか。

 

「はい。お館様を見知らぬ女性と同衾させるわけには御座いませぬ。故にこうやって拙者がまかりこしてきた次第。ご安心を、多少薬と暗示の類を使用しましたが問題ない範囲で御座いまする」

 

 忍術の一種らしい。さすが潜入に長けた忍者は違う。

 

「そうなんだ。良かった。正直困っていたところだったんだ」

「お館様をお助けするのが、千代の役目に御座います」

「そ、それで、なぜ隣に。というか、近くない……?」

「ふふ、そうでしょうか?」

 

 何やら蛇に睨まれた蛙になった気分だった。このままでは、何やら食われてしまうのではないかと思うほどである。

 身を寄せる千代女。僅かにはだけた着物から覗くわずかに上気した肌が目の毒だ。緩やかに指先が、太ももを撫でる。耳元をくすぐる吐息は、くすぐったい触感と甘い味覚を感じさせる。

 

 流し目にうるんだ瞳が穏やかな明かりの中でより一層輝いて。全てが一つになってしまうのではないかという距離に彼女はいた。

 そして――。

 

「お館様。これでお館様は死に申した」

 

 冷や水が喉元から広がった。氷のような濡れているかのような刃が喉に触れている。どこから出したのか、いつ突き付けられたのかすら気が付けなかった。

 

「お館様は人間ですので、仕方ないと思ってはいけませぬ。お館様、斎藤殿は言い申した。拙者らと同じサーヴァントがいると。

 それはつまり、暗殺の応酬になりまする。暗殺合戦に御座いまする」

「じゃあ……」

「ご無礼を。護るべき主に刃を向けた責は何なりと。しかし、お館様はお優しい方です。求められれば断ることが出来ませぬ。このような場、敵の刺客ならばもう既に終わっておりまする。暗殺者が刃を抜くのは必ず殺せるとき。暗殺御伽草子なるものがどのようなものかはわかりませぬ、十分用心すべきでございます」

「罰したりしないよ。むしろありがとう。確かに、こんなところにほいほいやってくれば暗殺してくれって言っているようなものだね」

「礼など……しかし、そうですね。ならば、その……褒美に、頭を撫でていただけると……」

「頭を?」

「はい、そのマシュ殿にお聞きしましたが、お館様は大層うまいと、ですので」

「わかった」

 

 それでよいのなら、千代女の頭を撫でる。

 サラサラの黒髪の上から優しく撫でてやる。

 

「んん、これは確かに……」

 

 何を納得したのだろう。

 

「して、お館様。これからどういたしますか? 続きをご所望ならば千代女、お付き合いいたしましょう。お館様のお好きなようにしてくださって構いませぬ」

「いや、やらないから!?」

 

 結局、一晩、泊まっただけだ。

 千代女とは何もしていない。




予約投稿で昼に更新されるようにしましたー。
というわけで久々の更新。
暗殺者ってこえーって話。

ある事情によりヤマトタケルであろうとも、暗殺者の気配を察知するのは難しいのです。
特に暗殺御伽草子の中では……。

あと、千代女とですが、別世界線IFではやりましたが、ここではやってないです。
はい、やってませんよ。

しかし、昨日誕生日でしたので、色々と誕生日ボイス聞きましたが、良かった。



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