魔法科高校の変人(仮) (クロイナニカ)
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はつとうこうです。


 俺は生まれた時から1つの能力を持っていた。

 

『千里眼』

 

 俺の目は世界中の色々な物を見通すことができる。

 でも、全てを知ることができるわけではない。

 過去と未来は、現在から予測することしかできない。

 

 それでも平穏に生きる俺には予測できるだけで十分で。

 

 俺はそんな見飽きた世界を今日も何となく生きていた。

 

 

***

 

 

 それは俺が小学校六年生になった十一才の夏。

 些細な一日の出来事である。

 

 休み時間、俺はただ外を眺めていた。

 その日は一年の中で一番の猛暑日だった。

 過去に急激な寒冷化があったとは言っても暑い日は暑いわけで。

 暑がりな俺はその時、学校に来なければよかったと思っていた。

 

「珍しいですね、月山さんが外を眺めているなんて」

 

 そう話しかけてきたのは俺の隣の席に座っている司波妹だった。

 彼女とは妙な縁があって、何故か小学校に入学した時から席がずっと隣だった。

 そのことを過去にクラスメイトから茶化されたこともあったのだが。

 からかわれた瞬間、教室の気温が急激に下がったことがあったのでこのことに関しては禁句になっている。

 

 話を戻そう。

 俺だって外を眺めることぐらいある。

 むしろすでに知っている授業内容を聞き流すときはほとんど外を眺めている。

 だというのに何故そんなことを珍しがられるのかと、俺は隣に座る司波妹に無言で問いた。

 

「月山さん、いつも休み時間は読書をしているじゃないですか。だから少し珍しいなと思って」

 

 ああ、そういえばそうだ。

 確かにいつもなら、この時間は暇つぶしに読み古した本を読んでいる。

 しかし今日は読書をしたい気分にはなれなかった。

 

「たとえ空調の管理された教室の中でも、こう日差しが強いと色々と気が滅入る」

 

 俺はそう答えて、また外を眺めた。

 そして俺は、隣に座る司波妹が母親と姉と思われる人物達と共に銃で撃たれて倒れる風景を思い出す。

 それは彼女と初めて会った時に見た未来予知だった。

 

 俺は未来を予測することができる。

 それは今から何かがあってだからどうなるというような順々に予測していく。

 それが未来予測。

 

 そして予測とは別に、偶に見える未来。

 いつ起こるか分からない、それでもいつか必ず俺の目の前で起こる未来。

 それが未来予知。

 予知の前後を知ることはできない。

 何故そんな未来が見えるのかは分からない

 ただ、撃たれて倒れる、それしか見えない。

 それでももう直ぐその光景を目にするのだろうという事だけは判る。

 

 

 何故なら予知した未来と初めて出会った時より成長している今の彼女の姿はほとんど同じ姿なのだから。 

 

 



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 時は進み、それは俺が中学生になって最初の夏休みに起きた出来事。

 

 その日俺は沖縄に来ていた。

 

 家族との旅行で来た。と、いうわけではない。

 

 日に日に予知で見た司波妹の姿に重なっていく現在の司波妹を見ているうち。

 司波妹が撃たれる場面に居合わせるというのがとても面倒に思えてきた俺は、未来を変えてしまおうと思いついた。

 そして未来を変えるため、司波妹と関わることがないように地元から離れようと、俺は使うことなく無駄に溜まっていた貯金を使って沖縄まで一人旅に来たのだ。

 

 

 予知した未来がいつ起きる出来事かはわからないが、俺の勘が正しければ今年か来年の長期休み中に件の事件は起きる、はずである。

 

 予知で分かるのは、そこが窓のない室内であるという事。

 そして、その場にいるのは俺と司波妹だけではなく、司波妹の身内のような人達がいるという事だ。

 

 俺と司波妹が通っている学校にも窓のない部屋はあるが、その空間に司波妹の身内がいる理由が想像つかない。

 

 つまり事件が起きるのは学校にいるときではないと思われる。

 

 そして放課後と土日祝日は基本的に外出しないので、

 もし彼女の身内と会うとしたら、偶には外に出ろと親に言われて適当にショッピングタワーなどをぶらぶらと歩き回る長期休み中のどこかだ。

 

 銃を持った人が云々というニュースを偶に見かけるが、それが俺の身近で起きたということはない。

 そんな銃をもった人が窓のない部屋にいるという事は、おそらくその部屋は避難所、もしくはシェルターのような部屋なのだろう。

 

 以上から考えて、事件はおそらくこのような流れだ。

 

 まず俺が長期休みの外出中にテロか何かに巻き込まれる。

 避難した先、もしくは避難中に司波妹とその身内に出会う。

 避難した先に銃を持った人が入ってきて、司波妹達は銃を持った人に撃たれる。

 

 と、だいたいそんなところだろうか。

 

 沖縄に一人で旅をするのによく親から許可がでたと思われるかもしれないが。

 普段部屋に引きこもっている俺が外の世界に興味を持ったという事で、俺の親は一人旅を喜んで許してくれた。

 

 危険を冒してまで司波妹を助けるほど、俺は彼女に情があるわけでもない。

 というわけで、俺は地元から離れて、嵐が過ぎるのを待つことにしたのだ。

 

 

***

 

 

 俺は海から砂浜を挟んだ奥にある道に座り、ただ海を眺めていた。

 借りていた安いホテルに籠ってずっと本を読んでいたのだが、持ってきた本にも数が限られているので流石に飽きてきたのだ。

 端末を持ってきてはいるが、俺は光る画面に書かれた文字を読むのがあまり好きではないので、必要でもない限り使いたくはなかった。

 

 気晴らしに外に出れば、またしばらく外に出る気も失せるだろう。

 

 そんな発想の元、俺はこうしてただ海を眺めていた。

 

 海で一人遊んでいる少女を見ながら退屈を紛らわせる方法を考えてみる。

 

 俺も水着でも持ってくればよかっただろうか。

 いや、少しお金に余裕もあるし、その辺の店で買ってこようか。

 

 しかし、俺には海で一人遊ぶというのが想像ができない。

 

 というか、何が楽しいのだろう。

 海水はべた付くので、水遊びをするならば風呂場かプールでやればいい。

 一人では誰かと水の掛け合いのような遊びもできないので泳ぐことぐらいしかできないはずだ。

 

 ならば、あの少女は何をして遊んでいるのだろう。

 

 遠泳でもするのだろうか?

 しかし見ている限りそんな様子はない。

 ナンパ待ちとかか?

 だが今時、しかもあんな中学生ぐらいの少女がそんなことするようには思えない。

 

 ……なんだろう、あの少女には見覚えがある気がする。

 

 他人の空似か?

 空似であってほしい。

 何故なら俺は彼女から離れるために沖縄まで来ているのだから。

 

 そんな俺の視線に気が付いたのか、俺と目が合った司波妹は凍ったような表情を浮かべていた。

 

 

***

 

 

「こんにちは、月山さん」

 

 司波妹と、近くで妹を見守っていた司波兄との会話はそんな挨拶から始まった。

 実を言うと、司波兄と会話をするのはこれが初めてだったりする。

 というか司波兄に限らず、他人との交流はクラスメイトとすらほとんどない。

 俺が学校で会話する人物なんて、何故かいつも近くの席にいる司波妹ぐらいだ。

 

 故に、俺は司波兄のことをあまり知らない。

 いや、それを言ったら妹の方のこともあまり知らないか。

 

 この兄妹は双子ではないが同じ学年に在籍している。

 二人とも学校の成績は優秀で魔法が使える。

 

 考えてみると、司波兄妹について知ってる情報はそれぐらいだけだった。

 

 そういえば。

 基本的に他人に興味を持たない俺だったが、性教育を学んだあとに司波兄妹の年齢差を考えて。

 

 両親頑張ったな。

 ぐらいの感想を懐いたことがある気がする。  

 

 さて、閑話休題。

 

 先ほどまで水着姿だった司波妹は、今はその上に前開きのチュニックを着ている。

 海に入っていたのにほとんど濡れた様子がないのは、タオルで拭いたからではなく、魔法を使ったからだ。

 

 肌についた水滴や汚れを落とす便利な魔法である。

 

 魔法については少し齧った程度の知識しかないが、こういうこともできるのなら、もう少し真面目に学んでみてもいいかもしれない。

 

「月山さんはどうしてこちらに?」

 

 挨拶を終えた後、どういう会話をして切り上げようかと考えていたら、司波妹からそんな質問を投げ掛けられる。

 

 その質問は、俺も彼女に問いかけようと思った質問だった。

 

 しかし、よく考えたら旅行に来たという以外の答えしかないと思ったので、俺は聞くことをやめた質問だった。

 

 そんなわかりきった質問を何故する必要があるのだろうか?

 

 少し考えてみる。

 もしかしたら彼女は、何故俺が海岸に居るのかを聞いているのかもしれない。

 

 例えば、砂浜で戯れる水着の女性を下卑た目で見に来ていたとか。

 さっきまで俺は、司波妹をそういった視線で見ていたと思われているのかもしれない。

 

 だとしたら名誉棄損である。

 

 俺は海岸に来た理由を簡潔に、淡々と述べることにした。

 

「散歩」

「……ここ沖縄ですよ?」

 

 もちろん知っている、馬鹿にしているのか?

 

 ……はて、何となく会話が噛み合っていない気がする。

 

 何言ってんだこいつみたいな表情をしている理由。

 それはもしかしたら、俺が聞く必要のないと思っていた事は、彼女には聞く必要があって、だから聞いていたからなのかもしれない。

 

 だとしたら俺は沖縄まで散歩に来たと思われたのではないのだろうか?

 

 それを知るために、俺は司波妹に問い返した。

 

「お前達は?」

「私達は家族旅行ですよ」

 

 司波妹がそう言うと、司波兄はそれに同調するように頷いた。

 どうやら彼女たちは答えが分かりきった質問をしていたようだ。

 

 しかし、彼女は何故そんな質問をわざわざしたのだろう?

 

 いや、会話を円滑に動かすのにはそういったことが必要な事なのかもしれない。

 何となく、自分が少し賢くなったような気がした。

 

 そのあとも、俺は司波兄妹は淡々とした会話をこなす。

 いや、会話というよりは、近状報告と言った方が正しいのかもしれない。

 

 内容としては。

 今回の司波家の家族旅行では父親が参加していないだとか。

 代わりに家で雇っているお手伝いさんが一緒に来ているのだとか。

 俺は沖縄に一人で来ている事とか。

 中学生になったので一人旅をしようと思っただとか。

 

 お互い本当か嘘か分からない事を、ぽつぽつと語る会話だった。

 

 そして切りのいいところで話を止めて、司波兄妹には何やら用事があるということで、俺たちはその場で別れることになった。

 

 さて、どうやら彼女達はあと十日以上沖縄に滞在するらしい。

 

 何か嫌な予感がした。

 具体的には予知した未来がもうすぐ起きる気がする。

 

 予定よりも、俺は沖縄から帰る日程を少し早めた方がいいのかもしれない。

 




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 時は六日程流れて。

 

 現在、俺は未だ沖縄にいた。

 早めに帰ろうとか考えておきながら何故まだ沖縄に居るのかというと、飛行機の予約の変更が面倒くさかったからである。

 

 もし俺の事情を知る者がいて今の状況を聞けば、未来を変える為に沖縄に来たはずなのにそれでいいのかと問いてくるかもしれない。

 

 実を言うと、俺は件の事件はまだ先の出来事ではないのだろうかと考えていた。

 

 その理由は、俺の見た未来には司波兄がいなかったことに由来する。

 六日前の邂逅の際、浜辺には司波兄妹の保護者、もしくは家族旅行に同行しているというお手伝いさんと思われる人物が周辺にはいなかった。

 そして司波妹は海で遊んでいて、兄の方は海岸で休んでいた。

 

 これは勝手な想像だけど、司波兄妹の家族はこの旅行中一人で行動することを避けているのではないだろうか。

 例えばあの日、彼女たちの母親とお手伝いさんが何処かに行こうとしていて、その行先に司波妹が興味を示さなかった。

 もしくは、年齢制限などで別れることになり、海に行くことにした司波妹に司波兄が傍ついていくことになったとか。

 もしそうだとしたら、海で遊ぶことに興味が無かったにも関わらずそれでも海に来ていた司波兄の行動も理解できる。

 

 まぁ実際はどうなのかは分からないけど、大事なのは司波一行は一人で行動しないという事だ。

 

 テロが起きて避難しているときに一人だけ別行動しているとは思えない。

 しかも中学生になったとは言え、どちらかといえば彼はまだ子供だ、別行動は親が許さないだろう。

 何処かの部屋に避難する間に司波兄がテロに巻き込まれて亡くなっているという事も考えられるが、その可能性はない。

 俺の話の中心が件の事件だけなので勘違いされているかもしれないが、俺は他にも様々な予知をみている。

 その中には今より少し成長した、多分2年ぐらい先の未来の司波兄が手足を切り落とされている未来を見ている。

 なので仮に今回の沖縄でテロに巻き込まれたとしても司波兄が今日の段階で死ぬような目に遭う事はない。

 

 しかも俺の沖縄の滞在予定日は今日で終了だ。

 以上のことから、件の事件は冬休み、もしくは来年に起きるのではないか。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は国防軍のシェルターの中で現実逃避をしていた。

 

 

***

 

 

 能力を考えると、俺はカテゴリー上BS魔法師という『一芸に長けた魔法師』という扱いになる。

 先祖にちょっとした縁のようなものがあって、俺の能力はたぶんその先祖返りか突然変異かなにかだと思うが、俺の家柄自体は百家だとかの魔法師の一族とは何の関係もない。

 

 何が言いたいかというと、俺の家はごく普通の一般家庭だということだ。

 

 自分の持っている能力のことを大っぴらに話したことはない。

 暴発しても周囲に迷惑をかけるような能力ではないので、その道では有名人というわけでもない。

 親の年収を聞いたことがないので詳しくは知らないが、自宅にローンを組んでいるぐらいの家庭だ。

 比較的裕福かもしれないが、富豪ではない。

 仮に誰かが俺の個人情報をみて評価したとしても平凡以外の評価は難しいだろう。

 精々魔法を使うことに適性があるかもしれないと思われるぐらいだ。

 

 そんな俺が、何故国防軍のシェルターに匿ってもらっているのかというと、ただ俺が馬鹿だったからである。

 

 沖縄旅行最終日。

 で、あるならば家族に土産の菓子ぐらい買っていこうかと、その日俺は町の中をふらふら歩いていた。

 しかし何故かどこの店も開いておらず、祭りでもあるのか大勢の人や沢山の車が一定の方向に向かって進んでいた。

 店が開いていないなら仕方がないと思い、空港に行く予定の時刻まで海でも眺めていようかと考えてた俺は海岸に向かって歩いて行く。

 そしてその道中、俺は国防軍の人に捕まった。

 不審者を見るような目で見てくる軍人さんに事情を説明したら、「警報を聞いていなかったのか!」と叱られて現在いるシェルターに連れてこられたのだ。

 

 今更気が付いたことだが、どうやら俺は周囲のことにあまり関心が向かないらしい。

 周りの話を聞くと、どうやらどこかの外国から攻撃されているらしかった。

 もしこれが予知で見た未来で起きる事件なのだとしたら、ヘタなテロよりも面倒だ。

 

 俺は暇つぶしにポケットに入れていた掌編小説を読みながら事が終わるのを待つことにした。

 どうか今日が、予知した未来ではないようにとお祈りをして。

 

「月山さん! どうしてこちらに!?」

 

 おい、バカ、来るな。

 

 顔を上げると、そこには居てほしくない人物がいた。

 司波妹とその家族である。

 

「深雪さんのお知り合いですか?」

 

 ショートヘアの女性が司波妹に問いかけた。

 司波妹に問いかけた女性より、もう一人の女性の方が何となく司波兄妹と顔立ちが似ている気がするので、多分ショートカットの女性がこの前聞いた旅行について来たというお手伝いさんだろう。

 

「はい、私と同じ学校に通っている月山(つきやま) 読也(よみなり)さんです」

 

 紹介されてしまったので、俺は印象をよくするために作り笑いをし、本をポケットに入れて立ち上がり、自己紹介することにした。

 

「初めまして、月山 読也といいます。司波さん達にはいつもお世話になっております」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。初めまして、私は深雪さんと達也さんの母でございます」

 

 作り笑いに対して作り笑いで返す、これが社交辞令か。

 ちなみにお世話になったことは一度もない。

 

 挨拶を終えたので特に話すことも無くなり、俺は再度座り手に持った本に目を戻し今後のことを考え始める。

 

「月山さん」

 

 司波妹は俺を呼び掛ける。

 はて、まだ何か用があるのか? そんなに話すこともないだろうに。

 それに俺は、あまり人に関わるのは好きではないのだが。

 

「どうして月山さんが、国防軍のシェルターにいるのですか?」

 

 忘れていた、そういえばそんな質問もされていたな。

 

「海を見に行こうと歩いてたら軍人さんに捕まってな。ここに連れてこられた」

「何やってるんですか」

 

 その言葉は過去の俺に是非とも言ってくれ、俺も過去の自分に会うことがあるなら一こと言いたい。

 俺も少し気になったので同じ事を聞こうと思ったのだが、聞いた結果の答えを予知してしまったので聞くのをやめる。

 正確にははぐらかすような答え方をされた未来が見えたので、聞くだけ無駄だと思ったのだ。

 

 俺は本に視線を戻し、色々な音や喋り声を聞き流しながらこの先の事を考える。

 この部屋には見覚えがある。

 この部屋にいる人物達には見覚えがある。

 間違いなく今日が予知した日で、もう直ぐ予知した事件が起きる。

 遠くで銃声のような音が聞こえる。

 

 だけど、そんなことより気になるのは司波兄の存在だった。

 

 俺の見た未来には司波兄の姿はなかった。

 こんな状況だ、一人で部屋の外に出ていくとは思えない。

 もしかしたら、彼は何か特別な存在なのだろうか。

 俺の予知や予測で計算できないような、そんな規格外の人間なのかもしれない。

 

「分かりました。様子を見て来ます」 

 

 そう言って、司波兄は部屋を出ていく。

 ……どうしてそうなった。

 

 まずい、未来で見た光景と条件は、現在の状態とそろいつつある。

 

 俺は能力の応用で出来ることの一つ、『未来予測』を使うことにした。

 




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 いつだったか簡単に『未来予測』がどういう能力なのかという説明をしたが、今回はもう少し詳しく説明する。

 

 まず能力を発動したとき、知ろうと思った目的の時間まで、現実に流れている時間のだいたい十倍ぐらいの速度で演算処理をするという工程が必要になる。

 つまりどういうことかというと、十秒先の未来を見るのに一秒かかるという事だ。

 また、一度目的の時間(ミライ)まで処理をしたら処理速度を現実に流れている時間と等倍にして、第三の目のようなイメージで見続けるなど、処理速度は調整することができる。

 

 そんなことができるなら常に十秒後、あるいは一日先の未来を見て行動していればいいのでは?

 と、思われるかもしれないが、そういうわけにはいかない理由が二つある。

 

 まず一つ目に演算処理という工程自体に負荷がある。

 

 具体的には脳に心臓を埋め込まれて心臓が膨らむたびに、頭蓋骨と脳の回路が軋み弾けるようなそんな感じの痛みだ。

 一日先を見ようものなら気が狂いそうになるので見ようとしても一時間先までだ。

 あんな目に遭うのは好奇心でやった一度で十分である。

 等倍の速度でならば負荷が多少軽いので長く処理を維持できるが、それでもできる事ならあまりやりたくない。

 

 そして二つ目、処理中に変えた未来は処理結果に反映されないということだ。

 

 例を挙げよう。

 

 左右二手に分かれた道で未来予測を使ったとする。

 予測した未来では右に曲がったので、実際にはそれとは反対の左に曲がって進む。

 実際に起きた未来は左に曲がったが、処理を維持して見ている未来予測内では処理内容が更新されず、そのまま右に曲がって進み続けた未来を予測し続ける。

 

 これだけなら常に数秒先を見て行動して、いざ危険な目に遭うときに未来を変えるという使い方も考えられるが、上手くそうもいかない。

 

 未来予知では、予知した未来にたどり着くまでの間に俺の行動する内容の中で未来予測を使用するという事が前提として含まれる場合がある。

 

 それに対して未来予測は未来予測を使ったという前提が処理に含まれない。

 未来を予測しようと立ち止まり、演算処理が始まったので行動を再開するという場合。

 立ち止まったというタイムラグが演算に含まれないのだ。

 そのバタフライエフェクトがどのように影響するかはわからない。

 それは好転するかもしれないし、悪化するかもしれない。

 

 つまり未来予測は、ある意味では使った時点で未来が変わってしまう能力と言える。

 

 

***

 

 

 俺は予知した未来がいつ起きるのかを探るため『未来予測』を使う。

 幸か不幸か予知していた事件が起きるのは、十分と経たない未来の出来事だった。

 

 というか撃たれた理由は、何もせずとも何とかなったであろう状況で司波妹が無暗に抵抗した事が原因だったらしい。

 

 これならば未来を変えるのはそれ程難しい事ではないかもしれない。

 何故なら司波妹を庇う振りでもして抵抗しないように見張っていればいいだけなのだからだ。

 そんなことを考えているとドタドタとこの部屋に誰かが近づく足音が聞こえ、その足音は扉の前で止まった。

 司波家のお手伝いさんは魔法師だったらしい。

 司波親子を守るように立ち、扉の向こうにいると思われる人物達を警戒して、ブレスレットのようなものに不思議粒子(サイオン)をチャージしていた。

 

「失礼します! 空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

 ネタバレして悪いが、これから入ってくる人達が敵である。

 開かれた扉の向こうにいる四人の軍人達の佇まいが怪しくみえているのは俺だけだろうか。

 彼らの説明を聞くと、シェルターにいる人々をより安全な地下シェルターに案内する、という名目で来たらしい。

 

 未来予測を使って既に見た光景ならだいたい内容は知っているだろうと思われるかもしれないが、実は演算処理の速度を上げていると、予測結果で分かる未来の音声もその速度で流れるのでうまく聞き取れないのだ。

 ちなみに俺は聖徳太子のような耳も持っていないので状況によっては等倍で分かる音声も聞き流している。

 

 閑話休題

 

 彼らが怪しく見えているは俺だけかと思っていたが、どうやら司波兄妹の母親も怪しいと思っていたらしい。

 息子がいないのでここで待つと言って彼らの申し出を断っている。

 

 良い勘してるな。

 

 と、思っていると何故か司波妹が首を傾げながら俺を見ていた。

 その表情は彼女の頭の上に疑問符が浮いているのを幻視してしまうような表情だった。

 

 何か俺に違和感でも感じたのだろうか? 特に不審なところはないと思うが。

 

「ディック!」

 

 そう言って呼び掛けてきた声の主に対して一人の敵兵が銃を発砲した。

 そしてワンテンポを置いて頭の中で酷い騒音が鳴り響く。

 未来予測では怪我をしたという予測はできてもその痛みは実感できない。

 まともに動けない目に遭う事は判っていたが、ここまでとは思わなかった。

 銃撃戦の合間に最初に発砲した敵兵と呼び掛けてきた軍人の人が何かを話していた。

 お互い必死なのは見れば分かるが、俺としてはどうでもいいので早くこの騒音を止めてほしい。

 

 軍人の人の説得によるものなのか騒音が弱まる。

 これで少しは楽になると思っていると、誰かが魔法を発動した。

 その結果、敵兵四人の内の一人が、まるで石にでもなったかのように動かなくなってしまった。

 

 この現象を起こした人物を、俺は知っていた。

 さっきまで俺は、これが起きることを止めようと思っていたのに。

 騒音があまりに酷過ぎてそれどころではなかったのだ。

 

 魔法を使ったのはもちろん司波妹。

 気づいた時には、敵兵の持つ銃の照準が司波妹とその母親、そして司波家のお手伝いさんを捉えていた。

 



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 俺が司波妹を見捨てようと思ったのは、そもそも俺個人の思想に基づいた結果である。

 その思想というのは、自分の不幸を何とかできない人間が人助けをするのは間違っているというものだ。

 

 実を言うと目の前で撃たれる司波妹達を助けることは簡単だったりする。

 問題なのはその後どうするか。

 

『未来予測』

 

『未来予知』

 

 二つの能力にはある共通した弱点のようなものがある。

 それは未来を実際に変えるまで、あるいは変わったと確定できるまで別の未来を知ることができないということ。

 

 司波妹達を助けた後どうなるか分からない。

 だが、司波妹達が助かった後、その銃口はどこを向くか? それは少し考えれば分かる。

 ならその後どうなる。

 俺は不死身ではない。

 頭や心臓がなくなれば、大量に血を流せば、俺は死ぬ。

 俺が撃たれて死ぬか。

 俺が撃たれる前に国防軍によって敵兵が鎮圧されるか。

 その未来を現時点で予測することはできない。

 そんなハイリスクを冒してまで人を助けるなんて馬鹿げている。

 今はただ、このまま傍観していたほうがいい。

 そうすれば少なくとも、敵兵の銃口が俺を向くことはない。

 

 ただそれでも俺は人間だ。

 怒りもすれば嘆きもする。

 故にこれは自暴自棄であり、八つ当たりである。

 

 俺は、ここまで足掻いたにも関わらず、それでも変わることのなかった未来に腹が立ったのだ。

 

 

***

 

 

 そもそも俺の能力の『千里眼』は()という情報に介入するための鍵のような能力だ。

 介入して得た情報に含まれている因果を読み取ることで、俺は未来や過去を予測することができる。

 

 では、()という情報に別の情報を書き加えたらどうなるか。

 それはあまり大きなことはできない。

 自分の体一つで出来る事。

 例えば()、テーブルの上にリンゴが置いてあるという情報に『リンゴを手に取って食べて再びテーブルの上に置く』という情報を加えたらどうなるか。

 その次の瞬間にはテーブルの上に齧られたリンゴが置いてあるという結果が残る。

 行動できる時間は約七秒分。

 俺はその能力の応用を『疑似時間停止』と名付けた。

 

 

***

 

 

 停止した時間の中で、俺は目を開く。

 まだ情報の加入はされていないので、正確にはその光景はまだ俺の頭の中の物だ。

 銃口から飛び出た弾丸はちょうど敵兵と司波妹達の間辺りで止まっている。

 

 これは後コンマ数秒能力の発動が遅れてたら手遅れだったな。

 

 とりあえず、司波妹達を銃撃から絶対当たらない位置まで移動させる必要があるわけなのだが、ただ持ち上げて運ぶというわけにはいかない。

 何故かというと、『疑似時間停止』を発動している間の物体は本来より少し脆くなっているのだ。

 小学校の頃、実験感覚で疑似時間停止中に、当時通っていた小学校敷地内にあったコンクリートの階段に拾った石を全力で叩きつけたら叩きつけた部分と拾った石が粉々になったことがある。

 幸い事件発覚が遅れたことと、その日の午後から次の日の朝まで雨が降ったことにより、コンクリートの階段の一部分が粉々になっていた怪奇事件は迷宮入りになった。

 

 閑話休題。

 

 本当に時間が止まっているわけではないのに何故物体が脆くなるのかは分からないが、とにかく無理に素手で移動させようとすれば骨折などの怪我を負わせてしまうかもしれない。

 ではどうするかというと、『疑似時間停止』を発動している間にのみ使える魔法を使う。

 

 魔法名は『空間置換』。

 

 指定した同じ大きさ、同じ形をした二つの領域の中身を入れ替えるという魔法である。

 名前は自分で考えた。

 

 『空間置換』の発動には幾つか制限がある。

 まず絶対条件として、空間置換開始から完了までの間は、『疑似時間停止』を発動していること。

 これは仮説だが、次の瞬間に結果を残す『疑似時間停止』の特徴と空間が入れ替わるという大規模な改変は、過去の状態に戻る力より事実としての定着したほうがこの「世界」にとって自然なのかもしれない。

 それから、指定した領域の境界に一定以上の分子間力を持つ物質がないこと。

 仮に領域の境界上に蜘蛛の糸一本あれば、それだけで発動に失敗する。

 ただし状態変化により物質が液体になっていれば境界上にあっても切り離せることがある。

 最後に、『疑似時間停止』を発動している間に空間置換を使えるのは一度だけであるということだ。

 

 この魔法を失敗せずに使用するには指定した二つの領域内の情報が正確に解る必要がある。

 そして領域の境界に物質があればそれを避けるように領域の形を変える必要がある。

 一見難しそうな条件だが、俺の『千里眼』はそれを可能にした。

 

 空間置換は発動から終了まで最低二秒はかかる

 さらに条件次第では置換が完了する前に『疑似時間停止』が終わってしまう。

 俺は演算補助術式機(?) とかいう魔法師が使うデバイスを持っていないし、そもそも疑似時間停止中は機械の類を使えない。

 今回の場合は置換対象がほぼ一ヶ所に固まっていたので比較的に楽にできた。

 問題はもう一つの領域の場所だ。

 最初は今通っている中学校の校庭にでも投げ落とそうかと考えたのだが、どういうわけかシェルター外の情報がうまく取得できなかった。

 何もわからないわけではない、ただ魔法の発動に必要な細かい領域の指定ができない位の妨害を感じた。

 しょうがないので、俺は自分の近くの開いているスペースに来るように領域を指定して魔法を発動させた。

 

「きゃ!」

 

 司波親子を守るために立っていたお手伝いさんと魔法を発動させるために立ち上がった司波妹はうまく着地したが、椅子に座っていた司波兄妹の母親は面白い声を出して尻餅をついていた。

 

 周りの人々は何が起きたのか判らず一瞬動きを止める。

 真っ先に動いたのは俺ではなく敵兵だった。

 俺は自分が魔法を発動させたことに気づかれたくなくて何も知らない振りをしていた。

 敵兵が真っ先に動けた理由は魔法師を相手にしているからという先入観を持っていたからだった。

 魔法師ならば自分たちの前から一瞬で消えて移動していても不思議ではない。

 それは敵兵自身が魔法師でなかった故の判断だった。

 再び銃口がこちらを向く。

 未来予測を発動させていた俺は、何も考えず司波妹に体当たりしていた。

 

 この後敵兵は軍の人から完全に目を離してしまった事が原因で直ぐに鎮圧される。

 だけどその前に、敵兵は三発の弾丸を放つ。

 その内の一発は誰も当たることはなかった。

 しかし、その他の二発は司波妹へ……

 

 疑似時間停止は一度使用するともう一度発動できるまで二、三秒程の時間(クールタイム)が必要になる。

 再発動までの時間が、司波妹に銃弾が届くまでにわずかに足りなかったのだ。

 

 銃弾の軌道は判っている。

 一発は避けられる、もう一発は当たってしまうが急所はギリギリ避けられる。

 

 そう思っていた。

 

 やはり俺も馬鹿だった。

 心臓には当たらないように避けられたが、当たることが判っていた弾丸は俺の肺を貫いた。

 俺はその場に崩れるように倒れる。

 

 無意識に行っていた呼吸がこんなに苦しく感じる日が来るとは思わなかった。 

 ただ、俺が死なないことは判っているので恐怖のようなものを感じてはいない。

 走馬灯と錯覚させる未来予知が俺には見えていたからだ。

 俺は胸を押さえて、さっさと意識を失えるように目を閉じた。

 

「月山さんッ! 月山さんッ!」

 

 司波妹の声が聞こえ、体が揺すられている感覚がした。

 

 怪我人を揺するな、傷口が広がるだろうが。

 

 意識を手放す前にそう言ってやろうと目を少し開き、煩わしく騒ぐ司波妹を見る。

 

 ……未来はままならない物だな。

 俺が体当たりしたせいで誰にも当たるはずのなかった弾丸が司波妹の腕に当たっていた。

 

 心の中でため息をついて、俺は意識を失った。



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 ――知らない天井だ。

 そんなお決まりの様な言葉が頭に浮かぶ。

 

 いつもの寝起きに比べて妙に頭がすっきりするがどれくらい寝ていたのだろう。

 そもそも俺は何をしていたのだろうか?

 

「月山さん! よかった……」

 

 記憶を整理していた俺の視覚に、何故か救われたような表情をした司波妹が飛び込んでくる。

 俺は面倒事だと反射的に判断して、再び眠るように目を閉じた。

 それからようやく俺の記憶が繋がり始める。

 

 そういえば、俺は司波妹を庇って撃たれたのだったか。

 という事は、ここは病院か?

 ベッドは固いし、掛布団もない。

 まるで床に寝転がされているようだった。

 

「なんでこの状況で狸寝入りしているんですか!」

 

 やれやれ、五月蠅いな。

 今は考え事をしているのだから少し黙っていてほしい。

 俺は仰向けの状態から横向けの状態に寝返りし腕を枕にした。

 

「もう半日寝かせてくれ」

「本気で寝ないでください! というかその睡眠時間長すぎませんか!?」

 

 俺は軽く息を吐き起き上がる。

 

「病院で騒ぐな、他の患者さんに迷惑だろ」

「……ここは病院じゃありませんよ、寝惚けているのですか?」

 

 呆れながらそう言われ、俺は周囲を見渡した。

 

 知らない天井とは何だったのだろうか。

 俺がいたのは、俺が銃で撃たれたシェルターの中だった。

 

 

***

 

 

 俺が意識を失ってから、おそらく五分と経っていないのだろう。

 捕らえられた敵兵が今いる部屋から別のどこかへと連れられて行かれるところだった。

 

 そのときに気が付いたことなのだが、壁の一部が消えていた。

 

 断面があまりにも綺麗なので、機械で切り取られたのではなく魔法を使ったのだと思う。

 床が砂まみれなところを考えると、壁がどのように破壊されたかを何となく想像することができた。

 

 俺と司波妹に怪我はない。

 周囲の状況を考えて見れば、俺と司波妹が銃で撃たれたのは夢などではなく確かな事実のはずだ。

 では、なぜ怪我がないのか。

 最初は治癒魔法のようなものかと思ったが少し違うようだった。

 

 俺の『千里眼』の応用は未来だけでなく、過去の記録をある程度探ることができる。

 一応『過去観測』と呼んでいるが、まともに使ったのは今日が初めてだ。

 

 自分自身の体を調べた結果、銃で撃たれたという記録を捉えることができなかった。

 

 ただ傷を治されたというだけなら、銃で撃たれたという記録が消えることはない。

 さらに言えば、治されていく過程すら記録の中に存在していない。

 まるで撃たれたという事実がなくなっているかのようだった。

 

 今度はシェルター内の空間に対して『過去観測』を使った。

 

 未来予測と同じく、過去観測も似たような負荷がかかる。

 ただ、二つの能力の負荷には、何に対して負荷の強弱が比例するかが変わってくる。

 未来予測の場合は演算速度によって強弱が変わるが、過去観測の場合使用した対象の物理的な大きさによって負荷の強弱が変わる。

 能力の観測対象物が小さければ負荷は軽くなり大きくなれば強くなる。

 部屋一つともなれば負荷が結構きつい。

 故にあまり使いたくない。

 まぁ今日のようなことでもない限り使い道もないのだけど。

 

 閑話休題。

 

 結果から話すと、俺と司波妹の怪我とシェルターの壁を消したのは司波兄だった。

 俺は魔法の分析もできなければ、そもそも魔法についてそれほど詳しくないので具体的に何をしたかは分からない。

 それでもしいて言えば、怪我をしている俺達に怪我をしていない俺達を上書きしている。そんな印象を受けた。

 

 床に落ちていた弾丸を拾う。

 その弾丸は、司波妹の腕に当たり、そのまま腕の中に埋まっていた弾丸だった。

 

 拾ったことに特に意味があった訳じゃない。

 ただ過去観測でそこに落ちていることが分かったので何となく拾っただけだ。

 それでもその行動に何か意味があるように思えたのか、司波兄妹の母親はずっと俺のことを観察していた。

 

 

***

 

 

 周囲の情報収集に飽きていたので、俺はとりあえず椅子に座って本を読みながら時間をつぶしていた。

 俺と司波家の関係者以外の人達は、どうやらどこぞの企業の重役とその家族だったらしく、今は別の部屋に保護されたらしい。

 

 国防軍の大尉という階級の人が司波兄を代表とした司波家の人たちと話をしていた。

 

「すまない、叛逆者を出してしまった事は、完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことがあれば何なりと言ってくれ」

 

 この内容ならば、叛逆者によって撃たれた俺も望みを言う権利もあるだろう。

 国防軍の大尉という人物も、そのことは俺も含めて言っていると思われる。

 というのも、シェルターに置いてある椅子は長めのソファなのだが、俺が座っている同じ椅子に司波兄妹の母親が座っている。

 司波兄より司波家代表のような人物がその会話から離れた位置にいるわけもなく。

 司波兄妹と司波家のお手伝いさんはその周りに立っている。

 立ち位置的にその集団に俺も混ざっている形なので、この会話には一応俺も参加しているのだ。

 

 司波兄はまず大尉さんに頭を上げることを要求し、正確な状況を聞き出した。

 

「敵を水際で食い止めているというのは、嘘ですね?」

 

 大尉さんはそれを肯定する。

 ちなみに俺はそもそも外国が攻めてきている以上の情報を知らないので、水際で云々という事自体、初耳だ。

 

「慶良間諸島近海も、敵に制海権を握られている。那覇から名護に掛けて、敵と内通したゲリラの活動で所々兵員移動が妨害を受けた」

 

 地名が分からない。

 俺は現状についての話を聞き流すことにした。

 

「では次に、母と妹と桜井さん、そして彼を、できるだけ安全な場所に避難させてください」

 

 司波兄の発言に対して、思わず俺は文字列から目を離して異を唱えた。

 

「その必要はないよ、俺はそろそろ空港に行かないと飛行機の搭乗時刻に間に合わないからな」

「あの、月山さん。 おそらく今日は空港がまともに機能していないと思いますよ」

 

 なん……だと……。

 

「……防空指令室に保護しよう。あそこの装甲は、シェルターの二倍の強度を持つ」

 

 なんやかんやで俺もそのシェルターに一緒に行くことになってしまった。

 さて、どうやって帰るか。

 もうめんどくさいし、自分の部屋に空間置換を使って直接帰ろうか。

 司波兄が戦場に向かう為に武装を貸してほしいと発言している最中、俺は本気でそんなことを考えていた。

 



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やすみって、すばらしいね


「お兄様!」

 

 航空機を利用せず帰ると、搭乗記録など色々なところに矛盾が生じる。

 なので、一度部屋に帰った後、この事件が落ち着いたらまた沖縄に戻ってちゃんとした手続きをしてからまた帰ろう。

 そんなことを深々と考えていた俺は、司波妹の大声で現実に呼び戻された。

 

 周りを確認すると、司波兄が軍の人に連行されているところだった。

 様子を見るに任意同行だろうか? 彼はいったい何をやらかしたのだろう。

 

 司波妹は少し駆け足で司波兄に近づいていく。

 その光景は、恋愛系(落ちは悲恋もの)の物語のようにみえて、どこか演劇を眺めている気分になった。

 

 二人の会話を、俺は盗み聞きする。

『千里眼』の影響かは分からないが、俺は対象に集中すると、例え音の届かない一㎞先の壁の向こう側の会話も聞き取れる。

 なので、本来ならば上手く聞き取れない距離の二人の会話を聞き取ることができた。

 

 察するに、司波妹は、義勇兵となって戦場に行くのを止めようとしていたらしい。

 司波兄が連行されていると思っていた俺はとんでもない勘違いをしていたわけだ。

 そして司波兄は、家族や自国を守るためではなく、司波妹を傷つけたことに対する復讐をしに行くのだと告げる。

 

 司波兄は語った。

 

「俺にとって本当に大切だと思えるものは深雪、お前だけだから。 我儘な兄貴でごめんな」

 

 その言葉を聞いた時、少し違和感があった。

 最初はそれが何か分からなかったが、その違和感の正体を、司波妹は言葉にした。

 

「大切だと……思える?」

 

 違和感の正体を知った俺は『千里眼』を使って司波兄を観察した。

 今という情報に介入するこの能力は密閉された箱の中身や人体の構造などを把握できる。

 応用で色々できるが本来の能力はこれだ。

 ちなみに、何でもわかるかというと、そうでもない。

 人体の構成が分かったところでそれが何を指すのか分からない。

 俺自身に人体に対する知識が足りないからだ。 

 故に、例えば司波兄の脳の大部分が欠けていればともかく、小さな失陥や悪性腫瘍などの判別はできない。

 それでもその言葉の意味に繋がる手掛かりのような物が見えないかを探るため、俺は『千里眼』を使った。

 

 肉体的には何一つ問題はない。

 年齢から考えると少し体が鍛えられすぎというぐらいしかわからなかった。

 問題はたぶん精神のような物だった。

 見えているモノの正体が正確に判っているわけではない。

 なので、これは感覚的な話だ。

 彼の精神には、何か無理やり広げられた空間のようなものがあった。

 たぶんそれは人工的に、後付けされたものだと思う。

 例えで言うなら偶然的に出来た洞窟ではなく、無理やり土を削りコンクリートなどで穴の周りを固めたトンネルのような空間だった。

 

 もし、削れている部分が感情だというなら。

 もし、残っている感情がそれだけだというのなら。

 彼のいう「大切だと思える」という言葉の意味も理解できる。

 

 それから司波兄は司波妹の頬に手を当て、詳しいことは母に聞くように教える。

 そして自分は無傷で帰ってくると妹の頭をなでながら宣言して、彼が会話を終えるのを待っていた軍の人のもとへとむかっていった。

 

 司波兄が妹の頬に手を当てているまでの間、二人は兄妹というよりは恋仲のように見えていたが。

 彼が妹の頭をなでる姿は兄妹というより父親とその娘のように見えた。

 

 

***

 

 

 司波妹が戻ってくるなり、一番最初にしたことは謝罪だった。

 その謝罪対象には俺も含まれているはずだが、俺はその謝罪の返答は彼女の保護者に任せた。

 

「謝る必要はありませんよ、深雪さん。勝手な真似をする達也を連れ戻そうとしてくれたのでしょう?」

 

 優しく語っているが、隣から伝わってくる感情は明らかに怒気だった。

 それから司波兄妹の母親はそのストレスをため息と共に吐き出して、呟くように、聞かせるように語った。

 

「あんな勝手な真似をするなんて……やはりあの子は不良品ね」

 

 そのなにかを見限ったような言葉で、俺は司波兄の精神に出来た空間を、誰が作ったのかを察した。

 精神を医療行為で弄ることはできない。

 薬を使ったのだとしても、彼の精神の空間は綺麗に切り取られ過ぎている。

 目的は判らないが、その行為に意味があるとしたら、それができるのが誰なのか。

 

 司波兄妹の母親だ。

 

 魔法か、あるいは異能か。

 その過程は判らない。

 おそらくそれを作ったのはかなり昔だ。

 過去観測は未来予測より早く演算処理できるが、たとえ一日かけて調べたとしても、その過程に辿りつけないだろう。

 きっとその行為には意味があったはずだ。

 だからこそ、彼女は自分の息子を見限ったのだろう。

 そこまでやって、その結果が、きっと満足のいく結果ではなかったのだろう。

 やはり親も人間なのだと改めて思った。

 

 そして司波兄妹の母親は、その一言で感情の整理を終えたのか、まぁいいかと息子への感情を放棄した。

 

「お待たせしました。ご案内くださいな」

 

 そう言って近くで待機していた軍の人に声をかけて立ち上がる。

 さて、俺はどうするか。

 できる事なら一度帰りたい。

 というか、この場から離れられるのであれば、別に帰らなくてもいい。

 トイレに行く振りをして空間転移で帰るか?

 しかし軍の基地内で行方不明者が出れば色々迷惑をかけるし、面倒なことになる。 

 

「月山さん?」

 

 司波妹は俺が座ったまま動かない所を見つけ話しかけてくる。

 そして司波妹が立ち止まったことで全員が立ち止まる。

 これは帰れる雰囲気ではないな。

 まぁ、ここまで関わってしまったのだから、この物語のような事件の成り行きを、俺は最後まで見守ることにしよう。

 

 それに、予知で見た司波兄が、誰の死を看取っているのかも何となく気になるしな。

 




誤字報告ありがとうございます。


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 案内された防空指令室は一見、先程までいた無機質なシェルターに比べると頑丈そうには見えない部屋だった。

 ただ、道中に在った分厚い装甲扉は五枚もあり。

 その指令室で必死に作業する三十人ほどのオペレーターを見ると、その部屋の重要性を感じ、その重要性がこの部屋の安全を保障している気がした。

 

 俺達一行は、そのオペレーター達が作業するところが見える、前面がガラス張りになった妙に豪華な部屋に案内された。

 

 何故こんな部屋が防空指令室にあるのかと疑問に思っていると、盗聴器や監視カメラがなどが無いか探っていた司波家のお手伝いさんが、この部屋は高級官僚や防衛相の幹部などの偉い人が視察に来た際に使われる部屋だと教えてくれた。

 

 俺も『千里眼』を使って部屋の中を調べる。

 しかし、機械があまりにもごちゃごちゃとしているので、何が何なのか判別することはほぼ出来なかった。

 それでも唯一分かったことがある。

 それはこの部屋にある前面のガラスはただのガラスではなくモニターの機能があるという事だ。

 

 そんな俺の苦労を知らないお手伝いさんは前面にあるガラスがモニターだとあっさり語った。

 何でも警視庁に似たようなものがあるらしい。

 魔法師であり警察関係の知識を持っているお手伝いさんは、家政婦から警備員などの護衛職に転職した方がいいのではないだろうか?

 いや、家政婦の仕事がしたくてやっているのなら口を出すことじゃない事なのだが。

 

 それからお手伝いさんは卓上に設置されているモニターを見ながらコンソールを操作し始める。

 司波妹は母親に対して自分の兄のことを訊ねた。

 

「そうね、そろそろ教えてあげても良い頃かしらね」

 

 司波兄妹の母親は、そう言って司波兄の事を語ろうとしていた。

 俺はというと、司波兄の事はあまり興味が無かったので、お手伝いさんの後ろからコンソールの操作を眺めていた。

 その操作をどうせ覚えていることはないが、ひょっとしたら多少覚えていて、どこかで役に立つかもしれない。

 司波兄の事情よりも、そのコンソールの操作の方が興味を惹かれたのだ。

 

「でも、その前にまずは貴方の事を教えていただけないかしら? 月山 読也さん」

 

 ピタリ、とコンソールの操作をしていたお手伝いさんは、何の前触れもなくその作業を止めた。

 俺は、何かあったのだろうかと何処からか聞こえる咳払いを無視して、その姿を考察した。

 操作中に何かミスを起こしてデータでも消してしまったのか、操作方法が機密情報の類で後ろに俺がいるのが気になるのか。

 そんなことを考えていると、恐る恐るといった感じにゆっくりと振り返り、お手伝いさんは俺の顔を見つめる。

 その表情からは何を伝えたいのかが理解できず、俺は首を傾げた。

 

「月山 読也さん?」

 

 娘と話をしていたはずの司波兄妹の母親に急に話しかけられたので、少し姿勢を正してからその視線を司波親子へと向けた。

 

 司波妹は、何故か額に手を当てて呆れていた。

 

 

***

 

 

「では、貴方のことを教えていただけるかしら? 月山 読也さん」

 

 俺のことを、と言われても大して話すことはない。

 自己紹介は先ほど済ませたので、今更話すことではない。

 誕生日は九月十五日なのだが、これに関してはあまり他人に話したくなかった。

 そもそもこういう場合、相手が何を聞きたいのかを考えるべきか。

 自分の娘のクラスメイトに聞きたいこと。

 年収か? 中学生に? そんなわけがないな。

 では、家柄か?

 

「貴方の家系に関しては、既に調べてあります。祖先に、魔法師との関りがあるということも、こちらはすでに把握しております」

「えっ!?」

 

 驚きの声を上げたのは司波妹だった。

 俺も内心驚いていた。

 心を読まれたのではないかというタイミングでそんなことを言われたからだ。

 

「同じクラスメイトというだけならともかく、ずっと深雪さんの隣の座席に座っている人間なのよ。

 怪しいと思わない方がおかしいでしょう?」

 

 八回目ぐらいの席替えで、そのことについては考えるのをやめていたが、その事は俺もおかしいと思っていた。

 

「とは言っても、監視していてもとくに不審なところはなかったようですし。

 虚弱なお子さんがいるというだけで、その他の事はごく普通の一般家庭だということしかわからなかったわね。

 魔法師との関りも、もはや縁がある、というだけの物みたいでした」

 

 そういえば、小学校二年生ぐらいの頃、一年ぐらいかけて誰かにストーカーされていたことがある。

 未来予測で見た結果、たいした害はなかったので無視していたらいつの間にかストーカーはいなくなっていた。

 ひょっとして、あのストーカーは司波家が雇っていた探偵だったのかもしれない。

 

「知っていたつもりでした。

 でも、貴方個人のことは何も分かっていなかったようですね」

 

 そういうと、司波兄妹の母親は一度目を閉じて、一拍置いてからまた眼を開く。

 何かを覚悟したその視線は、真直ぐに俺を捉えていた。

 

「まずは、私たちの家系についてお教えしましょう」

 

 その部屋の気温が、少し下がった気がした。

 司波妹の衝動を抑えているような表情から考えて、それは本来であれば誰にも知られたくはない事なのだろう。

 

「私達司波家は四葉家の分家。

 そして四葉家の現当主、四葉 真夜は私の双子の妹。

 つまり私達は、四葉家の血筋に連なる人間です」

 

 その言葉を聞いて、俺は腕を組み首を傾げる。

 

 四葉家……聞いたことはある気がする。

 

 そんな俺の様子を見た司波妹は、まさかといった表情で俺に問いかけた。

 

「月山さん、もしかして四葉家をご存じないのですか?」

「聞き覚えはあるな」

 

 その答えを聞いた司波妹は何とも言えない顔をしている。

 その表情がまるで俺を馬鹿にしているように感じたので、俺は自分のわかる範囲を補填することにした。

 

「魔法師の家系だという事はわかる。

 それから数字が付いているから百家に関わる家。

 いや、百家の苗字につく数字は十一以上の数字だったか?

 なら、四葉家は二十四家とかいう魔法師の中でもかなり高い地位の家柄なんだろ。

 それぐらいはわかる」

「二十八家です。何故そこまで知っていて四葉家を知らないのですか!?」

「自分と関りのない人の名前なんて、それこそ一から百まで覚えていられるか。

 俺は歴代総理大臣の名前は一人も覚えていないぞ」

「誇らないでください、全く自慢になっていないです」

 

 別に誇っていない。

 

 

***

 

 

 司波妹の説教は、俺が四葉家を知らないことに頭を抱えていた司波兄妹の母親によって止められた。

 

「お騒ぎして申し訳ございません、お母様」

「いいのよ深雪さん。

 私も、まさかこのような方がいらっしゃるとは思いませんでしたから」

 

 俺の事を変異種のような表現をするのはやめてほしい。

 

「貴方のご想像通り、私達四葉は二十八家。

 より正確に言わせていただきますと、その中から選ばれる十の家系、十師族の内の一つに数えられる家系です。

 表向きには政治的権力を放棄していますが、それでも多方に対して強い影響力を持っています。

 もし、貴方が今後もご自分の能力を隠していきたいのでしたら、私達は貴方の力になれますわ」

「……どうして俺が隠そうとしてると?」

「私達を救った魔法。

 あの魔法を使った後、貴方は何も知らない振りをしていたでしょう?

 後は勘、でしょうか」

 

 本当に良い勘している。

 

「もちろん、無償で、というわけにはいかないでしょう。

 私としては、貴方の正体を隠すことを前提として、貴方のお力を貸していただけないか、と考えています」 

 

 能力を隠す云々というのは、別に他の人の力を借りる必要はない。

 そもそも俺は司波兄妹の母親を信用してはいなかった。

 だから俺は、この誘いを考える間もなく断ろうとしていた。

 

 ただ一つ、俺は気になることがあったので、直ぐにそのことを告げず彼女に質問をした。

 

「俺のどこに、そこまでする価値を見出したのですか?」

 

『千里眼』『未来予知』『未来予測』『疑似時間停止』『空間置換』『過去観測』。

 彼女達の前で、俺はいくつもの能力を使った。

 しかし、俺の能力で第三者が認識できるのは『空間置換』、もしくは『疑似時間停止』だけだ。

 なぜならその他の能力はあくまで俺だけが認識する能力だからだ。

 今回は『疑似時間停止』を傍から見て理解できるような使い方をしていない。

 つまり司波兄妹の母親は、俺の『空間置換』だけを見て価値があると判断したのだと思った。

 

 俺は魔法に関しての知識がほとんどない。

『空間置換』が現代魔法に於いて、それがどれほどの価値があり、どのような扱いなのかを知らない。

 物を温め、冷し、離し、繋げ、移動し、留め、重くする。

 現代魔法は、少し知っただけでも色々できることが判る。

 

 手洗いで落ちにくい汚れも一瞬で落とすのだ。

 

 であるならば、俺の『空間置換』より制限の少ない瞬間移動があっても不思議ではない。

 そんな『空間置換』にもし、他とは違う例外的要素があるなら、俺は一応今後の為に知っておきたいと思ったのだ。

 

「……四葉家の身内にも疑似瞬間移動を扱える人間はいます。

 ですが、貴方の使った魔法はその瞬間移動とは……。

 いえ、普通の魔法とは違う点がいくつもありました」

 

 そう前置きすると、司波兄妹の母親は『空間置換』に対する考察を述べた。

 

「そもそも『疑似瞬間移動』という魔法は、その名の通り一瞬の内に現在地点から目標地点まで移動する魔法です。

 それだけを聞くと、疑似瞬間移動はテレポーテーションのように思えますでしょう。

 ですが、あくまで移動する魔法。

 空間を飛び越えるわけではないので、物理的に侵入不可能な場所へは移動できません。

 そして魔法は、どのような形であれ事象に付随する情報体、エイドスを改変するものです。

 エイドスの改変にはエイドス側からの不可避の反動が生じ、魔法師であればその波紋を感知できます。

 

 ……さて、貴方の魔法はどうだったのでしょうか。

 

 先程も言った通り、あくまで瞬間移動は移動させる魔法です。

 ですが貴方の魔法はその移動する過程を、私は全く認識することができませんでした。

 まるで最初からそんな過程は存在しないと思えるほどに。

 つまり、貴方が使ったのは、『空間を飛び越えるテレポーテーション』ですね?

 そして何よりも、貴方の魔法の恐ろしさは、事象の改変を認識させないこと(・・・・・・・・・・・・・・)です。

 

 あの瞬間、誰一人、私ですら魔法が使われたことを認識できませんでした。

 それがどれ程の事か、お分かりいただけますか?

 現代社会に於いて、今や至る所に想子の活性を感知するレーダーが設置されています。

 ですが、貴方の魔法は恐らく、そのレーダーで捉えることはできないでしょう」

 

 説明を聞く限り、俺の魔法はかなり恐ろしい魔法だったらしい。

 つまり、仮に地球の裏側の上空一〇〇メートルほど辺りに核ミサイルを空間転移しても誰にも防げず、誰が犯人かも知られることはないという事だ。

 

 ところでエイドスって何?

 

「はっきりと申してしまいますと、貴方のような特異な人間を見つけてしまった以上、四葉家の人間として、見過ごすことはできません。

 出来る事なら、私たちの管理できるところに置いておきたい、という事が本音です」

 

 彼女の事情は理解できた。

 俺も聞きたいことを聞くことができた。

 ならば、後は彼女に返答をするだけだ。

 もちろん、俺の答えは変わらない。

 

「月山 読也さん。

 悪いようにはいたしません。

 私達四葉家の傘下に入ってはいただけませんでしょうか?」

「お断りします」

 




読み直したらこの話の文章があまりにも汚かったので勝手ながら修正しました。(1/12)


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「……理由を、お聞かせ願えるかしら」

 

 一切考える時間もなく断ったことに対してか、戸惑うように司波兄妹の母親は、俺に理由を問いかけてくる。

 

 何となく、というのが実のところ本音だった。

 彼女の提案を安請け合いしてもいいとも思っていた。

 それは自分ならば、彼女が裏切るなどの不都合が起きても、どうにでもなるという自信があったのかもしれない。

 

 面倒だ、とも思っている。

 社会に出れば、そういった人付き合いが必要になるかもしれない。

 だけど俺は将来の就くことになる仕事で、肉体労働だけは絶対選ばないようにしようと思っている。

 話を聞く限り、彼女のいう『力を貸す』というのは、どう考えても肉体労働だ。

 交渉次第では受けてもいい、肉体労働は断固拒否。

 

 そんなことを正直に言えば、様々な条件を付けたし、俺の融通を聞かせ、最終的には引き込まれてしまうだろう。

 その結果で出来た契約は、きっと俺の今後の生活をよくわからないモノで雁字搦めにしてしまう。

 

 それは肉体労働よりも面倒くさい。

 

 断ると決めたのだ。

 司波兄妹の母親が、今後このような交渉を言い出せないような理由を語ろう。

 

「俺はこれでも、自分のことは比較的常識人だと思っています」

「え?」

「自分で産んだ息子を魔改造して、その上で不良品扱いするような方と。

 後押ししたのか黙認したのかは知りませんが、そういった行為を許している現当主とやらがいるようなところに、俺は関わりたくありませんよ」

 

 司波兄妹の母親と司波妹は、俺の答えに驚いたのか目を大きく開いた。

 司波妹の驚くタイミングが微妙にずれていた気がするが、そんなことは些細な事柄だ。

 司波兄妹の母親は俺に問いかける。

 

「何故、貴方がそのことを……!」

「見れば分かります」

 

 どうせ意味が解らないだろうが、詳しく教えるつもりはない。

 

「お母様、お兄様を改造したとはどういうことですか?」

 

 俺が知らないうちに終わっていると思っていた話し合いは、まだ終わっていなかったらしい。

 どう考えても、司波兄妹の母親の会話の優先順位がおかしいと思う。

 頭が悪いのだろうか。

 

 

***

 

 

 それから司波親子は、司波兄についての会話を始めた。

 

 司波兄について興味が無い俺は、いつの間にか前面のモニターに表示された現在行われている戦闘を眺める。

 コンソールの操作方法、見逃しちゃったな。

 

 戦闘が繰り広げられている中、一人だけ目立つ奴がいた。

 服装は統一されているが、そいつの体格は他の兵士に比べて妙に小さく感じた。

 

 たぶん司波兄だ。

 

 右手に持つ拳銃を敵に向ける。

 拳銃からは弾が出ず、代わりに銃を向けられた敵に魔法が発動する。

 その魔法によって敵は姿を消した。

 シェルターの壁を消したのは司波兄だ。

 彼はたぶん、対象を消失させる、もしくは分解させることができるのだろう。

 

 左手の拳銃を味方であるはずの倒れた兵士に向ける。

 倒れた兵士は、消滅することはなく再び起き上がる。

 俺と司波妹を治した魔法だ。

 過去を改変するか、起きた出来事をなかったことにする魔法だと思う。

 

 血は流れるが無かったことになり、ポンポン消えていく敵兵を見ると、モニター越しという事もあってかゲーム画面の様だった。

 まぁ、俺はあまりゲームをやらないが。

 

「月山さんは……」

 

 いつの間にか親子の会話を終えていた司波妹は、俺の隣に立ち話しかけてくる。

 その声は、何かに怯えてるように聞こえたが、何故そうなっているのかは、俺には理解できなかった。

 

 視線だけを司波妹に向けると、彼女は、モニターではなく床を見ていた。

 

「月山さんは、その、私の……。

 いえ、私達の事を、その……嫌悪しましたか」

「いや、別に」

 

 俯いていた司波妹は顔を上げて、俺の顔を見つめる。

 

「他人の家の事情なんて、知ったことじゃないよ。

 どうでもいい」

 

 例え司波妹の実家が人体実験と称して人を弄ぶマッドサイエンティストだとしても。

 自分の子供を使って人と獣のキメラを作っていたとしても。

 国家転覆を狙っていたとしても。

 俺の命を狙う暗殺者だとしても。

  

 きっと俺は、些細なことだと気にしないだろう。

 司波妹は、隣の席に座るクラスメイト。

 それ以上の認識を、俺が今後することはないだろう。

 

 何かに納得した司波妹は、モニターを見つめながら何かを確認するように、色々と問いかけてくる。

 俺は何も考えず、特に理由もなく、特に意味もなく。

 ただ律儀に答えを返した。

 

「月山さんは、どうして私たちの事を助けてくれたのですか?」

「特に意味はないよ」

「私達の家の事を知った後でも、助けてくれましたか?」

「さぁ、助けようとはするんじゃないか?

 物事は、なるようにしかならない。

 意味もなく助けようとしたんだ、お前らが蛇でも助けただろ」

「蛇ですか?」

「知らないのか、手足のない紐みたいな生き物で、干支の()(たつ)()の辰の事だ」

「それは竜ですね、蛇は巳です」

「知ってて聞いたのか? 相も変わらず無意味なことをする」

「あなたに言われたくありません。それに、別に蛇が何なのか聞きたかったわけではありません」

 

 その答えを最後に、安心したかのようなため息を吐いて、司波妹は目先の心配をし始める。

 自分の兄が、自分の為に命がけで戦場を駆けているのだ。

 心配し罪悪感を抱くのが普通だ。

 

 きっと彼女は異常な家で生まれた普通の人間なのだろう。

 




誤字報告ありがとうございます。


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10

 戦の流れに詳しくない俺から見ても、それは日本側優勢の一方的な戦いだった。

 きっと、そのまま司波兄が同行した部隊が勝利を収める。

 

 そう思っていたのだが、何故か司波兄と思われる人物が味方の兵隊に投げ飛ばされた。

 

 それからしばらくして、三人程の兵隊を残し、部隊は撤退し始める。

 話を聞く限り、どうやら沖から敵艦隊が向かってきていることが理由らしい。

 司波兄の魔法なら敵艦隊とかいうのも消し飛ばせるのではと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。

 おそらくそこが司波兄の魔法の限界なのだろう。

 ただ残っている三人の内の一人は、たぶん司波兄なので、まだ何かをするつもりではあるようだった。

 

 そんな考察をしていると、隣にいた司波妹が勢いよく後ろへ振り返る。

 何となくその行動が気になったので、俺は司波妹の視線を追った。

 

「それは今、あそこに迎えに行きたいということ?」

 

 その場の雰囲気から考えて、司波家のお手伝いさんは司波兄のいる戦場へと向かいたいと言い出したらしい。

 魔法が使えると言っても彼女は家政婦だ、あの場に向かって役に立てるのかと、少し疑問に思う。

 

「穂波、貴女は私の護衛なのだけど?」

 

 あぁ、この人、護衛だったんだ。

 護衛だというのなら、その存在は、きっとあの場で役に立つのだろう。

 

 何故なら護衛は守る人間だからだ。

 

 誰かを守る仕事をする魔法師だというのなら、彼女の使う魔法は、きっとそれに適した魔法なのだろう。

 

 司波家のお手伝いさん、もとい、司波家の護衛さんは、司波兄妹の母親から許可を得ると丁重に頭を下げて、戦場に向かっていった。

 

 なるほど、司波兄が看取っていた相手は彼女だったか。

 見えた予知では、怪我をしているようには見えなかったけれど。

 

 はて、何故彼女は命を落としたのだろうか?

 

 

*** 

 

 

 

 司波兄は大型の狙撃銃を手に持ち、どこまで飛ぶか試し打ちをするように銃口を斜め上に向ける。

 普通に考えれば、大型と言っても艦隊と比べれば、刀に爪楊枝で挑むようなものだろう。

 

 到底かなうものではない。

 

 しかしその行為には、きっと何か意味があるのだろう。

 

「あれは……」

 

 と思っていると、司波妹は司波兄の持つ銃について、何か知っているかのように小さく呟いた。

 司波妹を見ると、その視線に気が付いたのか、その銃について解説を始める。

 

「あの銃は、少し前に基地内の見学をさせていただいた際に見せていただいた物です。

 たしか、加速系と移動系の複合術式が組み込まれていて、最大十六キロ程の射程を持つのだとか……」

 

 加速系とか移動系とかは聞き覚えがある。

 それが組み込まれているという事は、司波兄の持つ銃はただの銃ではなく……。

 

「なるほど、つまり武装一体型のCTDか」

「CADです、月山さん」

 

 おっとこれは恥ずかしい、うろ覚えの言葉は使うものじゃないな。

 さてCTDは何のことだったか?

 心停止をした人間に使う医療機器の事だったか、あれはQEDだな。

 

 そんな無駄なことを考えていると、司波兄は試し撃ちを始める。

『千里眼』で見ていたが、その弾丸は艦隊に全く届いていなかった。

 

「……どうなのでしょう」

「とりあえず、艦隊との間ぐらいまでは越えたな」

「どうしてわかるのですか?」

「さぁ?」

「ご自分の事でしょう?」

 

 どうしてわからないのか、とまでは口に出さず、司波妹は問いかけてくる。

『千里眼』の事をわざわざ教えるつもりはない。

 そもそも『千里眼』がどういう原理の物なのか自分でもよくわかっていなかったりする。

 先ほどのはぐらかしはそういう意味のもので、ある意味では、はぐらかしている訳ではなかった。

 それらを踏まえた上で、俺は先ほどの銃の解説の礼に説明をした。

 

「『色覚異常』というものがある。

 特定の色を認識できないものだそうだ。

 後天的になる人もいれば、先天的になる人もいるらしい。

 昔、先天的の人間は就職のための健康診断で見るまで、自分が色覚異常だと気が付かなかった人が多かったそうだ。

 何故かって言うと、その人にとって、その色がない方が普通だったからだ。

 

 俺が何を言いたいかというと、俺にとっては見えることが普通で、俺とお前で何が違うか分からない。

 だから俺から見れば、なんでお前がわからないのかがわからない。

 つまりはそういう事だ」

 

 司波妹は俺の答えに納得したのか、別の質問を始める。

 

「銃弾が届いてすらいないという事は、多分目的の行動ができないと思うのですが、どうするつもりなのでしょう?」

 

 不安そうな声で質問する司波妹の気持ちは、俺には理解できない。

 

 知るか。

 

 と、会話を終わらせようかと思ったのだが、俺の耳には三人が射程圏内まで船が近づいてから作戦を実行しようといった内容の会話が聞こえていた。

 俺はそのことを特に意味があった訳ではないが、返答として、それを伝えることにした。

 

「射程圏内の二十キロぐらいに入るまで、その場で待つらしいぞ」

 

 司波妹は顔色を変えた。

 

 

***

 

 

 砲撃によって、沖合に水柱が立つ。

 その時点で、俺は『未来予測』を使った。

 見えた未来の中で、司波兄は、銃を斜め上に構えて魔法を発動しながら四発の銃弾を放つ。

 

 司波兄から少し離れた位置にいた他の二人は敵艦隊からの砲撃を防いでいた。

 しかし、二人の兵隊だけではその砲撃を全て防ぐのには限界があった。

 そこに、女性向きのデザインをした装備を着ている人物が到着する。

 

 それは未来予知で見た格好の人物で、司波兄がその死を看取っていた人物。

 間違いなく、司波家の護衛さんだった。

 

 司波家の護衛さんは俺の予想した通り守ることに適した魔法師だった。

 彼女の使う魔法によって、敵艦隊の砲撃がいくつも防がれる。

 

 その後、司波兄が放った銃弾は敵艦隊のすぐ上空に到達し。

 司波兄はその銃弾に魔法をかけた。

 

 その瞬間、銃弾はその大きさからは考えられないほど巨大な光の玉になり、六隻の敵艦隊を余裕で包み込む。

 ……その大きさならば敵艦隊の射程範囲に入る前に使っても届いたのではないだろうか?

 

 そして司波家の護衛さんは糸が切れたように崩れ落ち、津波から逃げる為に一人の兵隊に抱えられてバイクに乗りその場から離脱した。

 

 そこまで見て、俺は未来予測を止める。

 

 予知で見た風景から考えて、司波家の護衛さんはこの後死ぬのだろう。

 さて、では何故司波家の護衛さんは死んだのだろうか?

 

 残っていた敵兵に狙撃されたか?

 いや、予知で見た彼女にそんな傷はなかった。

 仮に傷を負っていたとしても、看取っているだけの時間があったのなら、司波兄ならば治せたはずだ。

 

 毒などの類だろうか?

 それもない、他の三人には毒を受けた様子はなかったし。

 軍で使うフルフェイスタイプのヘルメットに、ガスマスクのような機能が無いとは思えない。

 

 

 何故彼女が死ぬのか解れば、気まぐれに助けようと思っていたのだが、そうもいかないようだ。

 

 

***

 

 

 司波家の護衛さんの死因は、現実時間に於いて、彼女が魔法によって砲撃を防いだときにようやく察することができた。

 

 俺の『千里眼』は、魔法師が魔法を使った時、スポンジのように彼等彼女等の中で何かが萎んでいくのが見える。

 ただその何かは、例えに出したスポンジのように、直ぐに元の大きさに戻っていく。

 

 しかし、彼女は違った。

 彼女の中にあった何かは火のついた蝋燭の様だった。

 それも、酸素が充満した部屋の中で灯された蝋燭だ。

 俺はその時はじめて知ったのだ。

 魔法師は、魔法の使い過ぎで死ぬ。

 

 彼女の死因は、魔法の使い過ぎだろう。

 

 彼女の死を、もう防ぐことはできない。

 今から空間置換を使って、彼女をこの部屋に呼び戻せれば助かるかもしれないが、戦場にいる三人は死ぬ。

 ……いや、司波兄は何となく生きてそうな気もするが。

 まぁそれについては置いといて。

 

 俺は命に重さはないと思っている。

 天秤の二つの皿の片方に百人の命、もう片方に一人の命が乗っていたとしても、重さのない命がどちらかに傾くことはないと思っている。

 価値を決めるのは測り手だ。

 三人の命と一人の命。

 どちらを救うか。

 俺は選ぶことを放棄した。

 

 四人を救える方法はあるか。

 俺の能力では無理だ。

『空間置換』を使っても、敵艦隊の砲撃の量と広さはどうにかできるレベルではない。

 

 四人を部屋に持ってくることは出来るが、それでは今迫っているであろう脅威を対処する者が居なくなってしまう。

 

 では、どうするか。

 どうしようもない。

 俺はいつも通り、見ているだけだ。

 

 そのことについては何も思わない。

 ただ何かしようとは思っていた。

 

 そんなことを、爆ぜる弾丸を見ながら考えていた。

 

 

***

 

 

 一人はバイクを運転しようとしていた。 

 一人はバイクのタンデムシートに跨ろうとした。

 一人は力尽き倒れた一人を抱えようと走り出した。

 

 二人が飛び、一人が駆ける。

 

 空間置換で移動した室内で、飛び上がった二人はバランスを崩し倒れ、駆けた一人は壁にぶつかり倒れ、倒れていた一人は起き上がることはなく。

 助かったにも関わらず、誰一人立っていないその光景はちょっとした芸術に見えた。

 

「おかえり」

 

 その光景を横目に、俺は呟くように言った。

 

 

 

***

 

 司波兄妹とその母親に見守られ、軍の人たちが救護しようと慌てる中。

 

 司波家の護衛さんは、もう彼女を治すことが出来ないのだと悟り、項垂れる司波兄に語る。

 これは寿命だから仕方がないのだと。

 

 そんなわけがない。

 見ていたからわかる、彼女の死は魔法の使い過ぎだ。

 本人もわかっているのに何故嘘をつくのだろう。

 理解ができない。

 

 司波家の護衛さんは続けて語る。

 

 自分は誰かの盾になるために生まれたのだと。

 今日その役目を終えたのだからこれは寿命なのだと。

 その役目を命じられたからではなく自分の意志で果たしたので幸せだと語る。

 

 それは本当だろうか?

 意志もなく生まれ、理由もなく役目を決められ。

 それでも誰かの為に死ねて幸せだというのなら。

 彼女は護衛として死ぬよりも、家政婦として生きていた方が幸せではないのだろうか。

 分からないな。

 

 司波家の護衛さんこと、『桜井(さくらい) 穂波(ほなみ)』さんは最期に語る。

 選ぶ自由のなかった自分が、死んでもいい理由を選ぶことができ、その為に死ぬチャンスを自分は逃すつもりはないのだと。

 

 あぁ、そうか。

 俺は自分が、今、生きているのは、ただの趣味なのだと思っていたけど。

 ひょっとしたら、俺もそのチャンスがほしいと思っているから、今もこうして生きているのかもしれない。

 

 初めて俺は、実在する人物に共感した。

 

 




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11

たぶん、よむひつようはないです。


 さて、今が何時で何処何処で、というようなことは今回は語らない。

 というのも、この話は今更ながら俺の家庭の話だからだ。

 

 ごく普通の一般家庭で語ることがあるのか、と思われるかもしれない。

 しかし、考えても見てほしい。

 先祖返りに近いとはいえ、魔法が使えるような人間が理由もなく生まれてくるのかと。

 まぁ珍しいというほどの話ではないが、俺が魔法を扱える理由のようなものは存在する。

 普通の一般家庭という言葉に嘘はない。

 ただ、平均的な家庭かと言われると少し違うという答えにはなる。

 

 

***

 

 

 家族構成は父、母、俺、妹の四人家族。

 両親の仕事は、父親が事務員で、母親は専業主婦。

 魔法が使える血筋は母方の物らしい。

 なんでも母親の曾祖母か高祖母が、今でいう古式魔法の家に生まれたのだが、その人には魔法の才能がなく、女性だったからという理由もあり、一般男性の家に嫁入りしたのだそうだ。

 父親も一応素質は有るらしいのだが、その由来は判らず、本人にもその自覚はあまりないらしい。

 なんでも学生時代にやったちょっとした検査でわかったというぐらいの物なのだそうだ。

 

 そんな両親から生まれたのだから、俺も妹も素質を持って生まれて当たり前だと思われるかもしれない。

 

 しかし、妹にはその素質は無い。

 むしろ、妹は欠けた状態で生まれてきた。

 

 五体満足でなかった、というわけではなく。

 欠けたのは色素、もっといえばメラニンだ。

 つまりどういうことかというと、妹こと月山(つきやま) 文香(ふみか)は先天性白皮症、アルビノだ。

 アルビノは、紫外線に弱く、視覚に様々な障害が出る。

 視覚に関しては治療によってある程度回復しているが、紫外線はどうにもなっていない。

 また、骨がとても脆くなっており、転んだだけで骨折することもある。

 その関係で文香は学校には行かず、現在は昼夜逆転した生活を送っている。

 

 では妹はニートかというと、そういうわけでもなく。

 通信教育で中学卒業レベルまでの学習を終えた妹は、現在小説家として仕事をしている。

 まともな人間関係を築けることのなさそうな生活をしている人間に小説なんてかけるのだろうか、と俺は思っているのだが。

 本人曰く、色々な物語を読んでいるから問題なく小説を書けるらしい。

 その証明という訳ではないが、俺の住む家には彼女の買った紙の書籍が、一部屋には収まらないほどある。

 ちなみにその本の七割くらいは俺の部屋に収められている。

 買った本を俺も読ませてもらえるという条件で置かせていたら、いつの間にか部屋の立体的体積の八割が本によって埋まっていた。

 紙の書籍でなければ問題ないはずなのだが、参考書を見ながら執筆するときは紙の書籍の方が都合がいいらしい。

 

 母親も暇なときにはよく読書をしている。

 というか、そもそも読書の趣味は母親譲りだったりする。

 昔は電子書籍で読んでいたが、文香が紙の書籍を買うようになってからは紙の方が好みだと言って、今は端末などで本を読まなくなった。

 

 父親の趣味も読書かというとそういう訳ではなく、父親の趣味はゲームだったりする。

 ただその趣味の理由というものがなかなか悲しいものなのだ。

 親子の交流というのにも色々ある。

 夕食時に学校の話をしたり、休みの日には遊園地などに連れて行ったり。

 だが、我が家の場合、学校の話は俺は授業内容以外に話すことはなく、文香はそもそも学校に行っていない。

 外に遊びに行くのには妹がついていけないし、俺はインドア派なので乗り気にならない。

 そんなわけで、唯一親子の交流がまともにできるのが父親の趣味のゲームぐらいなのだ。

 ちなみに格闘ゲーム以外は俺が全勝している。

 

 

***

 

 

 さて、ご覧のとおり、妹がアルビノだという事以外は普通の家庭だろう。

 しかし、こんな家族にも秘密がある。

 いや、その秘密というのも、ある意味、普通の話なのだ。

 

 俺は自分の能力の事を、あまり家族に話したことはない。

『空間置換』だけは教えてあるけど、本来の能力である『千里眼』については話していない。

 世間体もあるので『空間置換』は家族内の秘密だ。

 秘密というのはそれではなく、秘密なのは『千里眼』を家族に打ち明けた結果だ。

 

 今はそれ程気にはしていないが、未来がわかることについて悩んでいたこともある。

 そのことを両親に打ち明けなかったのは、話してしまうと両親、主に母親が狂ってしまうからだ。

 

 表には出さないが、俺の母親は自分の娘を普通の女の子として産んであげることが出来なかったことに罪悪感を抱いている。

 文香からもそのことについては責められたこともあった。

 

 もし、母親に自分の能力の事を話せばどうなるか。

 もし、そのことを悩んでいたと母親が知ったらどうなるか。

 もし、娘だけでなく、息子も普通に産んで上げる事が出来なかった、出来ていなかったと知ったらどうなるか。

 

 語った結果を予知で俺は何度も見てきた。

 予知の中で何度も親に話し、壊れていく家庭を何度も見た。

 その場面は連続した映像ではないが、途切れ途切れに壊れる過程がわかった。

 

 だから俺は、自分の能力の事を親に話したことはない。

 

 中学生になってからその未来を見なくなったが、俺の記憶には予知した未来が残っている。

 

 簡単に壊れるかもしれない脆い家族。

 それがこの家の至って普通の秘密だ。

 



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12

 さて、時は流れに流れ、飛びに飛んで四月の春。

 その日は国立魔法大学付属第一高校の入学式だった。

 一気に時間が飛び過ぎかって?

 

 しかし、沖縄の事件の後にあった事なんて、司波兄妹が俺の受験勉強の手助けの為に俺の家に来たとか。

 

 勧誘の執拗いどこぞの家に直談判しに行って。

 その道中で司波達也をちょっと切り刻んだぐらいのことしか話すことが無い。

 そのうちに思い出話として語るかもしれないが。

 

 話を戻そう。

 

 俺は最初、魔法とは関係のない出来るだけ家に近い普通の高校に入学しようと思っていたのだが。

 司波達也と司波深雪に、魔法科高校の卒業資格は普通の高校の卒業資格より優良で、筆記も必要だがどちらかというと実技の方が重視されているから俺なら比較的に楽に入学できるはず。

 と、説得されたので、俺はこの学校に入学することにした。

 第一高校というだけあって、魔法科高校は一から九の学校があり、第一高校を選んだのは、家に一番近かったからである。

 

 魔法科高校の設備は、高校より大学の方が近いのではないかというぐらいの量がある。

 その関係で敷地の広さもすごい。

 

 これだけ広いと迷ってしまいそうだな。

 

 と、未知に対する好奇心を抱く。

 しかし考えて見れば中学の入学式もそんな感情を持っていたことを思い出し。

 きっと一週間もたたずに飽きてしまうのだろうと、俺は期待することを止めて校門をくぐった。

 

 

***

 

 

 今の時刻は入学式の開会まで、二時間以上前の時間。

 家から学校の間には何があるのだろうかと、俺は入学式に遅刻しないように早めに家を出て、キャビネットを使わずに歩いて来た。

『千里眼』で見ればいいと思われるかもしれないが、やはり生で見聞きすると色々違ってくるのだ。

 まぁ道中、ちょっと気になる洋菓子店などがあったが、歩くのが面倒なので、俺はきっとその道は二度と通らない。

 

 しかし思ったよりも早く学校についてしまった。

 迷わないように使い慣れない端末のナビを使用したのだが、たしか到着予定時刻は入学式の三十分前だったはずなのに。

 やはり住宅街を抜けるのに空間置換を使ったのがまずかったか。

 だがこれもきっと何かの運命だろう。

 早く来過ぎたことにも何か意味があるのだ。

 

 まぁ大概何もないのだけど。

 

「納得できません!」

 

 俺は普段、周りの会話などは聞き流している。

 しかし、そのとき聞こえた言葉の意図が何となく気になり、俺はその発言者を探した。

 

 国立魔法大学付属第一高校は魔法を教える、ある意味専門学校だ。

 毎年、他の魔法科高校に比べて国立魔法大学へと多くの生徒が進学するというエリート学校らしい。

 つまり、第一志望以外でこの学校に入学する生徒はまずいない。

 その学校に入学出来て、しかもその学校の入学式の日に一体何が納得できないのか気になったのだ。

 

 会話をしていたのは司波兄妹だった。

 よし、面倒なことになりそうだから離れよう。

 

 だがしかし、二人の会話もなんとなく気になる。

 このままここで盗み聞きでもしているか?

 いや、盗み聞きするなら別にここから聞かなくてもいいか。

 

 予知で司波兄妹に絡まれる未来が見えた俺は、二人に気づかれないようにこっそりと離れた。

 

 

***

 

 

「隣いいか?」

 

 俺は中庭にあった三人掛けのベンチで長編小説を読んでいた。

 最初は会場で時間を潰そうと思っていたのだが、流石に早く来過ぎていたらしく、入学式当日とはいえまだ会場の講堂に入ることが出来なかったのだ。

 

 今読んでいる本は、元はデンマークの童話作家が書いたものらしい。

 ドイツ語版も自宅にあるのだが流石に俺は読めないので、読んでいるのは日本語訳されたものだった。

 

「ツクヨミ」

 

 聞き覚えのある言葉が聞こえた。

 中々面白い所であったのだが、俺は文字列から目を離してゆっくりと顔を上げる。

 その言葉を口にしたのは司波兄妹の兄、司波達也だった。

 

 ツクヨミというのは俺の渾名だ。

 

 名前で呼んでもいいか。

 

 ある日、司波深雪にそう言われ、好きに呼べばいいと返した結果、何故かついたのがその渾名だった。

 そういえば俺は、その日を境に心の中で司波兄妹の事を下の名前で呼ぶようになった気がする。

 俺から話しかける事が無いため、未だに司波兄妹の名前を呼んだことはないが。

 

 閑話休題。

 

「満員だ」

 

 俺は制服のポケットからもう一冊本を出し、ベンチの上に置いた。

 司波達也はベンチの上に置かれた本を借りるぞと言って手に取り、俺の隣に座る。

 まぁ三人掛けのベンチだ、狭くなることもないので別にいいのだが。

 

「返す」

 

 司波達也は頭を抱えながら、俺がベンチに置いた本を渡し、それから小さく、「普通官能小説を持ってくるか?」と呟いて端末を開いた。

 

 何が気に入らなかったのだろうか?

 

 そんなことを考えながら横目で彼を見たとき、彼の制服には、俺の制服にはついている花のような模様が描かれていないことに気がつく。

 

 発注ミスではない。

 

 何故ならその模様が描かれていない制服も、この学校の制服だからだ。

 

 この学校の一学年の定員は二〇〇人。

 その内で魔法力が高い上位一〇〇人を一科生。

 そして残りの下位の方を二科生と呼ぶ。

 制服の模様の有無は、その一科生と二科生を違いを指している。

 

「お前、その制服」

 

 しかし、司波達也は多少魔法を扱うのに枷はあるが、それでもその技能は俺や司波深雪よりも上だったはずだ。

 それなのに彼の制服が二科生だということはつまり。

 

「妹の制服と間違えたか?」

「そんな訳があるか」

 

 まぁそうだよな。

 何せ男子と女子の制服のデザインは違い過ぎる。

 取り違えるはずもない。

 彼が二科生として入学したのはこの目で見て明らかだ。

 

 考えて見れば、彼が二科生だからどうしたという事もない。

 興味も無くなった俺は、再度文字列に目線を戻した。

 

 




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13

 入学式の会場である講堂は、その開場時間とほぼ同時に入ったにも関わらず、既に何人かによって少し席が埋まっていた。

 

 さて、彼等彼女等は一体何時講堂に来たのだろう。

 近くに座る友人と思われる人物達と彼等彼女等は会話などをしているが。

 俺には彼等彼女等が新入生の緊張を和らげる為に学校が用意した役者たちに見えてしまう。

 

 もちろんそんなはずはない。

 俺がそんな発想をしてしまった理由は、きっとこの前読んだSF小説のせいだろう。

 

 ところで、俺は達也を置いて一人で会場にきた。

 

 彼は今頃、自分はこの学校の生徒会長だと語る人物と会話をしているはずだ。

 俺は読書中に予知でその人物と出会う未来を知り。

 かなり話が長引きそうだったので、俺はその人物と出会わないうちにこっそりとベンチから離れて先に講堂に向かったのだ。

 

 俺は中央の通路沿いから少し後ろの方に座る。

 きっと本来ならば、奥から詰めていった方が良いのかもしれないが。

 とくに座席に指定はなく、先に来ていた生徒も前の方に行ったり後ろの方に行ったりと自由だった。

 なので、俺もそれに習って出入りのしやすい席に座ることにしたのだ。

 

 入学式の開演までは、まだかなり時間がある。

 俺はさっきまで読んでた長編小説とは別の、もう一冊の本を読みながら時間を潰すことにした。

 

 

***

 

 

「置いていくなんて酷いじゃないか、ツクヨミ」

 

 俺が読書をしていると、司波達也がどこか疲れた様子で話しかけてくる。

 どうかしたのかと聞くと、彼は生徒会長に絡まれたと答えた。

 予知で少ししか見ていなかったが、そこまで疲れるようなことだったのだろうか?

 だとしたら、逃げてきて正解だったな。

 

 達也は俺の前を通り、隣の椅子に座る。

 広々と設置された座席は、足を延ばさない限り、通行の邪魔にはならない。

 前の席との間隔はそれを計算した広さなのだろう。

 特に苦も無く通り抜けた達也を見て、俺はそう思った。

 

「いいのか?」

 

 主語のないその言葉の意味が解らず、俺は文字列から目を離して達也を見る。

 しかし、達也は「お前はそんなこと気にしないか」といって会話を切り上げた。

 そして達也は俺が読んでいた本のタイトルを見て、本を貸してもらえるかと俺に問いかけてくる。

 俺の持っている本は全て妹の物なのであまり又貸しはしたくないが、彼は借りた物を汚したりするような人物ではない。

 俺は制服のポケットから先ほどまで読んでいた長編小説を取り出し、達也に渡す。

 

 そういえば、彼は読書の時は端末を使っていなかっただろうか?

 

 俺は端末の機能はあまり知らないが、彼は端末内の書籍は既に読み飽きたりでもしたのだろうか。

 いや、たしかこういう場での端末の使用は控えた方が良いという話を聞いた気がする。

 電話の機能すらろくに使わない俺は、端末に関するマナーをあまり知らない。

 彼がマナー故に端末を使わないのか、読み飽きた故に端末を使わないのか。

 

 今を知り、過去と未来を測れる俺の能力は心が読めない。

 

 しかし、たとえ読めたとしても、よく考えれば彼が何を思って端末を使わなかったなんて、どうでもいい話だと俺は気が付く。

 

 視線を文字列に戻して、俺は読書を再開した。

 

 

***

 

 

「あの、お隣は空いていますか?」

 

 俺に話しかけられたような位置で聞こえた言葉は、おそらく隣の達也に語り掛けた言葉だった。

 というのも、俺の席の隣は通路で、もう片方には達也が座っているからだ。

 

 つまり俺の隣に空席は無い。

 

 いつもなら読書中に聞こえる会話は声をかけられている時でもない限り無視している。

 では、何故今聞こえた言葉に興味を示したのかというと、読んでいた本があまり面白くなかったからだ。

 

 文香曰く、官能小説はセリフに出来ない、もしくはセリフにしてしまうと面白みに欠ける感情表現や、人間の特徴の伝え方が小説を書く上でとても参考になるのだそうだ。

 

 読んでみて、なるほど、確かにその通りかもしれない。

 そう思った。

 

 しかし、それと内容が面白いかというと話は変わってくる。

 他の官能小説の中には面白い物語が書かれている物もあるのかもしれないが。

 少なくとも、今読んでいる本は、あまり面白い内容の物ではなかった。

 

 という訳で、入学式が終わるまで睡眠でも取ろうかと思っていた矢先にそんな言葉が聞こえ、俺は興味を示したのだ。

 まぁ、直接関わるのも面倒だったので、俺は文字列から目を離さないように彼等の会話を聞くことにしたのだが。

 

 達也から許可を得た少女は、その後ろからさらに三人ほど連れて、達也の隣に並んで座る。

 どうやら彼女達は四人で並んで座れる席を探していたらしい。

 俺と達也の座る席の周りは前後を含めてかなり空いていた。

 何故かは分からないが、達也のヤクザ的オーラのせいかもしれない。

 

 それから達也と四人の少女は自己紹介を始める。

 彼女達の名前に関してはちゃんと聞いていなかった。

 どうせこの場限りの付き合いで、三年間ろくに関わる事はないだろうと思ったからだ。

 それから眼鏡を掛けた少女は、俺に視線を向けた。

 

「えっと、そちらの方は?」

「あぁ、彼は月山 読也。俺と同じ中学を卒業した友人だ」

 

 自分で名乗ろうと思っていたが達也が代わりに紹介してくれたので、俺は彼女達と関わらずに済むことが出来た。

 そういえば俺、達也と友人だったんだ。

 

「見ての通り変わった奴だが、悪い奴じゃないよ。

 気にしないでくれ」

 

 ちょっとまて。

 自分で言うのも何だが、今の俺は、例えば教室の通路側の角の席に座る無口な学生ぐらい印象に残らない地味な人間だと思っている。

 そんな俺の、一体どこを見て変わった奴だと判断できる要素があるというのだ。

 

 まぁ関わるのが面倒なので口に出さないが。

 

 それから達也は、四人は同じ中学から来たのかと問う。

 会話の流れや状況からして、四人も俺達と似たような関係なのかと聞いたのだと思う。

 答えは否だった。

 

 なんでも、講堂の場所が分からず、案内板を見て場所を確認していたところで四人は出会ったのだそうだ。

 俺は『千里眼』で場所を把握していたが、全員がそういう知覚能力を持っているわけではない。

 これだけ広い学校だ、迷ってもしょうがないだろう。

 

 そんな会話をちらほら聞いていると、講堂内で入学式開始を告げるアラームが鳴る。

 いつの間にか前後の空いていた席も埋まっていた。

 

 俺は本をポケットにしまい、入学式が終わるまで睡魔に身をゆだねることにした。 

 




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14

 頭に軽い衝撃を感じ、俺は目を覚ます。

 寝惚け眼で講堂内を軽く見渡すと、先程までほぼ満員だった座席からは何人かいなくなっており。

 残った生徒の殆ども、既に座席から立ち上がっていて、詰まっている講堂から出る道が解消されるのを待っていた。

 その光景を見て、俺は入学式が終わったのだと気がついた。

 

「起きたか? ツクヨミ」

 

 呼びかけた達也を見ると、彼は俺が貸していた本を差し出していた。

 ……こいつ、背表紙で俺の頭を叩きやがったな。

 しかし、起こしてもらったことにも感謝している。

 感謝と怒りで差し引きゼロになったので、俺は無言で本を受け取った。

 

 それにしても首が痛い、寝違えたか?

 そういえば、叩けば治るというような話を古い小説で読んだことがあったな。

 ああいうのは、例えSF小説でも、現実感を出すために実際に起こりうる現象や、一見正しいように見える知識が書かれるものだ。

 何となく首を擦るよりも効果があると思えたので、俺は少し強めに首を叩く。

 

「何してるんだ?」

 

 傍から見ると、自分の首を叩く行動は奇行に見えるらしい。

 俺は言い訳をするように、その行為の意図を達也に伝えることにした。

 

「いや、寝違えたらしくてな。叩いたら治ると思って」

「お前は何世紀前の機械だ」

 

 首を叩くのは間違っていた民間医療法だったらしい。

 

 

***

 

 

 講堂を出た後、俺はこの学校の生徒だと証明する為に必要なIDカードをもらう為に窓口へ向かった。

 

 窓口には先に講堂から出ていた大勢の生徒が並んでいる。

 俺は最後尾に並んで順番が来るのを待つことにした。

 達也は俺の前に並んでおり、更にその前には何故か俺達と一緒に行動していた四人の女子生徒が並んでいる。

 

 旅は道連れという奴だろうか。

 

 それにしても、こうやって並んでいるのは非常に面倒だ。

 IDカードなんて、先に生徒の自宅に届けておけばいいのに。

 今の時代、輸送先を間違えるといったことはそうそう無いだろう。

 

 そんなことを考えていると順番が来たので、俺は個別認証を終わらせてIDカードを受け取った。

 

 ……失くしそうだな、このカード。

 とりあえず、俺は持ってきた本の中に栞のようにカードを挟んだ。

 

 後ろに並ぶ人の邪魔にならないように少し広い場所に移動すると、茶髪の少女が達也にどこのクラスに所属するのか問いかける。

 

「E組だ」

 

 その答えに対して、二人の少女が同じクラスだと喜び、残った二人は別のクラスだと少し残念そうに答えた。

 一通りの反応を見た後、達也は俺に問いかけてくる。

 

「お前は?」

「いや、まだ知らないけど」

「? IDカードに書いてあったろ」

 

 そう言われ、俺は右ポケットに手を突っ込む。

 ……ないな。

 

 左ポケットに手を突っ込む。

 ……ないな、早速失くしたか?

 

 いや、そういえば本に挟んだったか。

 

 IDカードに記入された内容を読むと、俺の所属クラスがA組だと表記されていた。

 

「A組。お前とは別のクラスみたいだな」

「だろうな」

 

 俺と達也は中学時代、一度もクラスが同じになったことがない。

 なので俺も、高校でも別のクラスで三年間過ごすのだろうと何となく思っていた。

 しかし、達也の話を聞くと、どうやら別のクラスなのは必然らしい。

 なんでも、一科生はクラスがA組からD組、二科生はE組からH組というふうにクラスが決まっているのだそうだ。

 俺が一科生で達也が二科生だから、俺達が同じクラスになるのはあり得ないということだった。

 

 さて、何故彼は別のクラスと分かっていたのに俺が所属するクラスがどこかを聞いたのだろうか。

 一見無意味な彼の質問には、何か意味があるように思えた。

 場の流れ故に、という訳ではないと思う。

 そういえば、校門で深雪を見かけたとき、彼女の制服には花の模様が描かれていた気がする。

 これが記憶違いでなければ、あいつも一科生ということになる。

 ひょっとして、俺と深雪が同じクラスかどうか聞こうとしたのだろうか。

 しかし、IDカードが配布されるまで同じクラスかどうか確認する方法はないはずだ。

 いや、帰ってから妹のクラスを聞けば同じかどうか確認できるか。

 

 ところで、今気が付いたのだが深雪が見当たらない。

 沖縄の事件の後、兄妹なのにどこか他人同士のように見えていた達也と深雪の仲は深まった。

 そのせいか、以前と違い別のクラスであるにもかかわらず、司波兄妹が別々に行動するという印象は殆どない。

 だというのに深雪が今、この場にいないことに今更ながら違和感を覚えた。

 

「悪い。妹と待ち合わせているんだ」

 

 声に出していないのに、まるで噂をすればといったタイミングで彼女の話題が上る。

 ここは話題に乗らせてもらおう。

 

「そういえば、あいつ見当たらないな」

「今更か? ていうか……あぁ、お前寝てたな」

 

 一人で納得しないでほしい。

 それから『妹はどうしたのか』という話題は、赤髪の少女の『どんな妹か』という質問によって流される。

 しかし、俺が聞きたかった答えは眼鏡の少女の質問によって得ることができた。

 

「もしかして……新入生総代の司波深雪さんですか?」

「総代?」

「代表者、という意味だ。

 深雪は新入生の代表者として入学式のときに全校生徒の前で答辞をしていたんだ」

 

 誇らしそうに達也は語った。

 

 総代ぐらい俺でもわかる、馬鹿にしないでもらいたい。

 

 ところで、答辞とは何をするのだろう。

 校長の話すらまともに聞かないからよくわからない。

 体育祭の時の選手宣誓みたいなものか?

 だとしたら則るのはスポーツマンシップではなく、きっと校則だな。

 

 くだらない事を考えてると、達也たちの会話は二人が似ているかという会話になっていた。

 

「似てる似てる。司波君、結構イケメンだしさ。

 それに顔立ちがどうこうとかじゃなくて、こう……雰囲気みたいなものが」

「イケメンって、いつの時代の死語だ。

 それに顔立ちが別なら結局似てないってことだろう?」

 

 赤髪の少女はフォローが下手だった。

 

 イケメンって死語だったんだ。

 よく見かける単語だから知らなかった。

 

 赤髪の少女が言葉に詰まっていると、眼鏡の少女が、「達也と深雪の二人のオーラは、面差しがとてもよく似ている」と、赤髪の少女の言いたいことを翻訳するように言った。

 

 なるほど、赤髪の少女はフォローが下手だったのではなく、語彙が足りなかったらしい。

 

 しかし達也は、俺が気づいた事とは別の事を気にし始める。

 

 彼が気にしたもの、それは眼鏡の少女の瞳だった。

 オーラが見えるというのは、どうやら普通のことではないらしい。

 

 俺の『千里眼』はたぶんオーラのような靄を見ることができる。

 たぶん、と付けた理由は、それがオーラなのかという見分けがあまりつかないからだ。

 

 彼女が二人が兄妹だと気が付いたのは、どのオーラだろう。

 二人の繋がりというのなら、中学二年ぐらいの頃から見えた二人を繋ぐ靄のことだろうか。

 

 

***

 

 

「お兄様、お待たせいたしました。

 お久しぶりです、ツクヨミさん」

 

 噂が終わったのに影が差す。

 深雪が来たとき、そんなくだらない言葉が思いついた。

 

 実は彼女と達也の二人に最後に出会ったのは中学の卒業式だった。

 故にこの再会は一月ぶりのものである。

 

 そんな彼女を見たとき、俺は「こっち来るな」と思った。

 それ程の人口密度が、彼女の後ろに出来ていたのだ。

 

 その人混み中から一人の女子生徒が、後ろに一人の男子生徒を連れて現れる。

 

「こんにちは、司波君。また会いましたね」

 

 男子生徒に見覚えはなかったが、女子生徒の方は見覚えがあった。

 まぁ、見覚えがあるだけで思い出せないが。

 

「生徒会長の七草 真由美さんです。

 入学式の時、挨拶をしていたでしょう?」

 

 俺が首を傾げていると、深雪がこっそりと教えてくれた。

 挨拶は知らないが、何処で見たのかは思い出せた。

 たしか予知で彼女を見たのだ。

 じゃあ知らないな、直接会ったことが無いのだから。

 

 それにしても、さえぐさ、ね。

 たしか漢字は漢数字の三に木の枝で三枝だったかな。

 

 実技重視の魔法科高校の生徒会長で、十以下の数字が入っている苗字ということは、二十八家の人だろうか。

 

「ところでツクヨミさん、そちらの方々は?」

「さぁ、あいつがナンパしたんじゃないか?」

「違う」

 

 小声で話をしていたのだが、どうやら達也には聞こえていたらしい。

 それから達也は、深雪(と俺)に二人の紹介をする。

 

 赤髪の少女の名前は千葉 エリカ、そして眼鏡の少女は柴田 美月というらしい。

 ……柴田?

 

「柴田って、お前達と同じ苗字か」

「……ツクヨミ、ちょっと俺の名前を言ってみろ」

「? 柴田達也」

 

 あれ、何か『た』が多い気がする。

 

「言ってて気づいた様だが訂正させてもらう、俺達の苗字は司波だ」

 

 俺は目をそらした。

 




誤字報告ありがとうございます。
私は赤髪と茶髪の見分けができないので助かります。


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15

 眼鏡の少女、柴田 美月と赤髪の少女、千葉エリカとの自己紹介の後。

 深雪がその場の気温を低下させる珍事を起こすなどの事があったがそれ以外に特に語ることはなく。

 俺はその後一人で帰宅した。

 司波兄妹と柴田と千葉は、あの後は美味しいケーキを食べに行ったらしい。

 ちなみに俺も誘われたのだが、その日はケーキを食べたい気分ではなかった。

 俺が甘いものが好きだと知っている司波兄妹は断ったことに対して驚いていたが、別に俺は常日頃から甘いものを欲している訳ではないのだ。

 

 そんなことはさて置いて、それは高校入学二日目の事。

 登校後、俺は教室に入ると自分の席について持ってきた本を広げた。

 

 その日持ってきた本は、とある地上絵がどのように出来たのかというものを一人の人物の視点から描かれた作品だった。

 本の表紙にはその地上絵が書かれているのだが、俺にはそれが絵というよりもただの白い線にしか見えなかった。

 年月によってただの線になったのか、あるいは星座の星の繋がりのように昔の人は想像力豊かだったのか。

 まぁ、物語を読む分には些細な事柄なのだが。

 

 

***

 

 

 教室内では、既に幾つかの小さな集団ができていた。

 入学してからまだ二日目だというのに、赤の他人に一体どの様な用事があるのだろうか。

 いや、全員が他人という訳ではないらしい。

 俺の斜め前の席に座る二人の少女はそれなりに長い付き合いをしているような雰囲気だった。

 今日が入学二日目で長い付き合いだとしたら、彼女たちはきっと同じ中学の出身者なのだろう。

 

「おはようございます。ツクヨミさん」

 

 そう言って、いつの間にか登校していた少女、司波深雪は俺の隣の席に座る。

 また隣か、本当に妙な縁だ。

 

 俺は手を軽く振り挨拶を返した。

 

「ツクヨミさん、挨拶はちゃんと人の目を見て声に出してするものでしょう?」

 

 俺の返事のやり方は、あまり彼女の美的感覚に沿うものではなかったようだ。

 俺は文字列から目を離し、深雪の瞳を見る。

 

「おはよう。……ところでお前の常識は正しいかもしれないが、頭を下げる日本人の挨拶で目を合わせるのは不可能じゃないのか?」

「揚げ足を取らないでください。それに物理的に目を見なくても心の……いえ、ツクヨミさんには無理ですね」

 

 どういう意味だ、コラ。

 良い笑顔で語る深雪に、俺は表情で抗議した。

 

 能力を使えば俺だって心の目で他人を見ながら挨拶することはできる。

 あれ、じゃあ最初の俺の挨拶は結構いい線いっていたのではないだろうか。

 

 それから深雪は、机に設置された端末にIDカードをセットして何かをやり始めた。

 その行為を見ていると、俺も何かやらなければいけない事があったように思えたので、俺は深雪の使っている端末の画面を眺めていた。

 その視線に気が付いた深雪は、俺に問いかける。

 

「ツクヨミさんは、既に受講登録は終えたのですか?」

「……あ」

 

 忘れていた。

 別に直ぐにやる必要はないのだが、俺の場合忘れたまま放置するだろうと、司波兄妹に言われて受講登録を手早く終わらせるために何を受けるかは先に決めていたのだ。

 

 俺はポケットの中からIDカードを探す。

 ない、家に置いてきた。

 

 俺は『千里眼』を発動させて、自宅に置いてきたIDカードの領域を指定し、周りの人達に気づかれないように『空間置換』で手元に移動させる。

 

 IDカードを端末にセットして受講登録の作業をしていると、目の端で髪を後ろに二つに分けて結んでいる少女が勢いよく転ぶのが見えた。

 顔からいったように見えたが、手がわずかに先に地面についたようなので、見た目より痛みはないだろう。

 受講登録を終えた俺は、再度本を開いた。

 

 俺よりも早く何かしらの作業が終わっていた深雪は椅子から立ち上がると、「大丈夫ですか?」と声をかけて転んだ少女を助け起こす。

 そして、それから何故か俺の説教が始まった。

 

「ツクヨミさん、こういう時は無視せず率先して助け起こすものだと思いますよ」

「いや、こういう時は見て見ぬふりするのが優しさだと昔文香が言ってたぞ」

「それはケース・バイ・ケースですよ」

「それに、助けると言ってもどう助けるんだ。

 見たところたいした怪我もしてない。

 俺の記憶が正しければ『大丈夫か?』と聞く相手はどう見ても大丈夫じゃない相手だけだ。

 今回の場合は、彼女がどう見ても一人で何とかできるレベルの事故だったろ」

「色々反論したいのですが、とりあえず貴方の記憶の件は間違っています」

 

 それから深雪は何故か俺の態度に対する謝罪を転んだ少女にする。

 転んだ少女は深雪に対して助けてもらったことにお礼を言って、自己紹介を始めた。

 その光景は、どことなく園児と先生に見えた。

 

「すいません、司波さん。

 この娘ちょっとおっちょこちょいなもので」

 

 保護者の登場により園児と先生の交流は三者面談になった。

 

 転んだ少女は保護者の少女に対して抗議を始めると、深雪は保護者の少女に何者なのかと問いかける。

 

「初めまして、北山 雫です。お名前はかねがね」

 

 そういうと保護者の少女は俺に視線を合わせる。

 

 深雪の事は知っています。

 けど、あなたの事は知りません。

 

 きっと彼女の視線の中にはそんな言葉が隠れているのだろう。

 

 さて、そうなると俺も自己紹介をするべきなのだろう。

 丁寧な挨拶をされたのだから、ちゃんとした挨拶を返すべきか。

 

 俺は席から立ち上がり、本を閉じた後机の上に置き、作り笑いを浮かべて頭を下げる。

 

「初めまして、月山 読也といいます。

 同じクラスメイトとして、以後、よろしくお願いします」

 

 まぁたぶん、明日には彼女たちの事は忘れ、今後はろくに関わることもないと思うけど。

 作り笑いを浮かべたまま顔を上げると、転んだ少女と保護者の少女は真顔で俺を見つめている。

 

 その光景に疑問を抱いていると、深雪は小さく笑いながら語った。

 

「見ての通り変わった方ですけど、悪い方ではありません」

 

 彼女はフォローしたつもりなのかもしれないが、兄妹揃って人を変人扱いするのは何故なのか。

 そのことは腑に落ちなかったが、俺は考えるのをやめて席に着き読書の再開をした。

 

 

***

 

 

 今の時代、教員が教壇に立って授業をするというのはあまりないそうだ。

 だけど現在、オリエンテーションの時間に俺のいるクラスでは教員が教壇に立っている。

 

 それは何故かというと、この学校が魔法を扱う学校だからだ。

 

 ただ知識を教えるにあたって今の時代、人を必要とはしていない。

 学校で教わらなくても、調べようと思えば端末などで調べることができる。

 科学の実験も、映像記録で十分だった。

 

 しかし魔法はかなり繊細な物で、そして危険な物だった。

 

 それは機械では管理できるものではない。

 それ故に、魔法科高校では教員が直接魔法の指導を行うのだ。

 ちなみに二科生には教員がつかないらしい。危険とは何だったのか。

 しかし魔法を教えられる人には限りもあるので人員をそろえられないというのも事実。

 

 まぁ、事故が起きても巻き込まれないように努力しよう。

 

 さて、オリエンテーションの後は授業の見学だった。

 魔法科高校の授業は普通の授業とは少し違うらしく。

 この見学は、その授業に慣れるためのものだった。

 

「ツクヨミさんは午後の実技演習の見学はどちらにむかわれますか?」

 

 午前の見学は二種類ある。

 魔法学の基礎と応用の見学か、もしくは他のところで行われている授業の見学。

 俺は魔法を学び始めたばかりの人間なので、見学する授業は魔法学の基礎と応用の見学だ。

 

 しかし、俺は深雪に自分の答えを伝えることができなかった。

 

 何故かというと、答えようと思った瞬間彼女の周りにクラスの男子が群がり始めたからだ。

 俺は人口密度の高い所にいるのは好きではなかったので、集まることを予知した瞬間に椅子を蹴って離れる。

 

 その群がる集団から深雪を助ける必要はない。

 時と場合による(ケース・バイ・ケース)

 彼女はこの後、転んだ少女と保護者の少女に助けられることは判っている。

 

 空間置換を使わない限り俺が深雪を助ける方法はない。

 そして俺は人前で大っぴらに空間置換を使う気はない。

 それは彼女を助けられないのと同じだ。

 

 どうせこの後助けなかったことに文句を言われるのだ。

 ならば楽な方に、俺は行こう。

 

 俺は誰よりも先に授業の集合場所に向かった。

 




誤字報告ありがとうございます。

些細な補填
達也:二科生の中に一科生が居ればそれは変な目で見られるだろう。

深雪:不愛想で視線以外は顔や体の向きを話し相手に合わせなかった人が、一変して微笑みながら丁寧に挨拶し始めれば驚かれるでしょう。


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16

みじかめです。
おりきゃらついかです。


 さて、日付は変わらず、時刻は昼。

 

「目を離すといつの間にかいなくなるのは今に始まったことではありませんが。

 会話中にいなくなるのはやめてくださいと以前も言ったじゃありませんか!」

 

 と、司波深雪に半年ほど前と同じことで叱られた後に見学した午前の授業は特に面白みもなく。

 見学を終えて、昼食の為にたどり着いた食堂は酷く混雑していた。

 

 人混みがあまり好きではない俺は、深雪と別れて購買に向かった。

 

 購買でメロンパンを買い、食事できそうな場所を探していると、俺は廊下の角で一人の少女と出会った。

 

 学園物の恋愛物語の如くぶつかってはいない。

 

 ただ、最終的な状況はそれに近いものになった。

 というのも、ぶつかりかけた少女は俺を見ると、腰を抜かして座り込んでしまったからだった。

 

 泣きそうな顔の少女は、恐怖で言葉が出ないのか、「あ……、き……」とだけ鳴き、今にも気絶しそうだった。

 関わりたくないが、声をかけるべきだろうか。

 

「……大丈夫か?」

「!」

 

 声をかけられた少女は、座った状態から向きを変えて。

 クラウチングスタートで脱兎のごとく逃げ出していった。

 

 ……俺が悪いのか?

 

 

***

 

 

 午後の専門課程見学は、俺は深雪とは別の授業の見学に行った。

 

 同じ授業を見に行かないかと俺は深雪に誘われた。

 しかし、深雪と会話をしたいクラスメイトによって、俺は教室の隅に追われるという未来が見えたので。

 そんな状況じゃ見学もできないだろうと想像し、俺は別の授業を見学することにした。

 

 俺が向かった場所は遠隔魔法用実習室だった。

 別にここで行われる授業に興味があった訳ではない。

 登校前、自宅の廊下に何故か落ちていた十一面ダイスを転がしてここに決めたのだ。

 

 早めに来たおかげで最前列にいたのだが、そこには見知った顔があった。

 司波兄妹の兄、司波達也だった。

 達也は、眼鏡の少女と赤髪の女子生徒、それから見覚えのない男子生徒の四人で来ていた。

 少女達の名前は思い出せない。

 ただ、司波兄妹の苗字の音が似ているということだけは覚えていた。

 

「やっほー、こんにちは、月山君」

 

 最初に話しかけてきたのは、赤髪の少女だった。

 それに続き眼鏡の少女も俺に挨拶をして。

 達也は声には出さなかったが、右手を上げて挨拶をした。

 

 まぁ、普通こんなもんでもいいよな。

 達也の挨拶に倣って、俺は手を振って挨拶を返した。

 

「達也、こいつは?」

 

 見慣れぬ男子生徒は、達也に俺が何者かと問いかける。

 

「あぁ、あいつは月山 読也。

 見ての通り一科生だが、()みたいな奴らのように差別するような奴じゃないよ」

 

『先』というのは、どうやら昼食の時に食堂で達也達と一科生の間で色々あったらしい。

 行かなくてよかった。

 

「ふーん、おっと。

 はじめまして、俺は西城 レオンハルトだ。

 レオって呼んでくれ、よろしくな」

 

 アパートみたいな名前だな。

 

「月山 読也だ、よろしく」

 

 自己紹介が終わると、ちょうど授業が始まった。

 

 実習室というだけあって、授業内容は実技だ。

 その授業で最も注目されたのはこの学校の生徒会長だった。

 魔法についてはまだ未熟な俺でも生徒会長の無駄のない魔法は他の生徒に比べて一つ頭が抜けているように見える。

 周りでは、小さな呟くように生徒会長の褒め称える声が聞こえた。

 

「流石に十師族、七草の人間は違うな」

「……十師族?」

「知らないのか?」

 

 偶々聞こえた言葉を復唱すると、達也が俺に問いかける。

 あまり知っているわけではないが、無知だと馬鹿にされるのも何なので、俺は自分のわかる範囲を答えた。

 

「いや、名前に三が入ってるから二十八家の人かとは思っていたぞ」

「三……? お前、七草会長の苗字を漢数字の三に枝で三枝だと思ってないか?」

 

 墓穴を掘ったらしい。

 

七草(さえぐさ)生徒会長の『さえぐさ』は漢数字の七に草花の草で『さえぐさ』と読むんだ」

 

 へぇー、しらなかった。

 というかそれで『さえぐさ』と読めるのだろうか?

 

「ひょっとして、あの『さえぐさ』から来てるのか?」

「あの『さえぐさ』ですか?」

 

 聞き耳を立てていたらしい眼鏡の少女が俺に問いかけた。

 俺は先の間違いを隠すように答える。

 

「春の七草ってわかるか? 七草粥にいれる植物なんだが。

 御形、繁縷、仏の座、芹、薺、菘、蘿蔔の事だ。

 七つあるから七草なんだが、七種類あるから春の七種って言い方もするらしい。

 で、この七種、漢数字の七に種類の種で七種を別の読み方で『さえぐさ』と読むそうだ。

 だから、七草(ななくさ)で『さえぐさ』と読むのはそこから来たのかと思ってな」

 

 問いかけていた少女と、同じく聞き耳を立てていた達也を除いた二人の男女も何か納得したような表情をした。

 では、達也はどんな顔をしていたかというと、それは疑問を持つ顔だった。

 

 達也は俺に問いかける。

 

「ツクヨミ、ちょっと今の十師族の家名を全部言ってみろ」

 

 俺はその謎の問いに、うろ覚えながらも答えた。

 

「えーっと、一条、ふたつぎ、三矢、四谷……、さえぐさ、つくも、じゅうもじ?」

「お前の記憶力はすごいな……」

 

 足りない気がするが合っていたようだ。

 




今更ながら、前書きが全部平仮名なのは気分です。
特に意味はありません。


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17

「いい加減に諦めたらどうですか!」

 

 日付はまだ変わらずその日の下校時間。

 場所は魔法科高校の校門。

 事態は面倒な事になっていそうだと一目で分かった。

 

 事の起こりは知らない。

 俺は帰宅前に学校でボトル飲料を買って帰るときにその事件に遭遇した。

 

 ちなみに何故わざわざ学校で買ったのかというと、学校で販売されていた飲料が他の店で買うより安かったからである。

 

 閑話休題。

 

 最初に遠目でその事件を目撃したとき、興味もなかったので無視して通り抜けようとしたのだが。

 その事件に絡まれているのが司波兄妹だとわかってしまい、通り抜けるのを躊躇しているのが現状である。

 いや、それすら無視して通り抜けてもいいのだが、たぶん司波兄妹に捕まってしまうだろう。

 それに司波兄妹の方も、俺が近くにいる事に気が付いたらしい。

 

 これは逃げたら後が面倒そうだ。

 

 何故こんな事態になっているのだろうか。

 せめて校門でなければまだマシなのだが。

 

 というか、司波兄妹は事件に巻き込まれ過ぎではないだろうか?

 旅先で外国からの攻撃に巻き込まれ、襲撃者達の目標(ターゲット)と同じシェルターに避難するとか、よく考えればどんな確率なのかという話だと思う。

 

 それはさておき、状況を考察しよう。

 

 言い争っているのは二つのグループ。

 二つのグループは、制服を見る限り一科生と二科生のようだ。

 二科生のグループの方に深雪が混ざっているが、グループの後ろにいるという立ち位置的におそらく例外なのだろう。

 

 二科生のグループには見覚えがある人物達で構成されていた。

 

 二科生グループの一番前で言い争っている少女は今時珍しい眼鏡を掛けている少女だったので覚えている。

 その他の人物達も、午後の授業見学で見かけた人物達だ。

 

 ……はて、一科生にもどことなく俺の所属するクラスで見かけた人物達で構成されている気がする。

 

「深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです!」

 

 ふむ、巻き込まれているのではないのか?

 

「一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです!

 何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!?」

 

 どうやら今回の事件の中心は、司波兄妹のようだ。

 

 

***

 

 

 事件をできるだけ簡単に整理すること以下になる。

 司波兄妹が一緒に下校しようとする。

 達也のクラスメイトが一緒に下校しようとする。

 深雪のクラスメイトが一緒に下校しようとする。

 二人のクラスメイトが喧嘩する。

 

 眼鏡の少女も言っていたが、お前ら全員一緒に帰れよ。

 

 まぁしかし、人間関係がそう簡単に上手くいくわけはない。

 反りが合わなければ、人間はどうあがいても仲良くなるのは難しい。

 友人の友人が、友人になれるとは限らないのだ。

 感情としては分からないが、それはそういうものだと知っているので、仲良くしろとは言えない。

 

 それでもいい加減何とかしないと、俺は帰れないし、深雪の何とかしてほしいという視線も鬱陶しい。

 

 今の時点で一体自分たちと何が違うのかという眼鏡の少女の問いを他所に、俺は『未来予測』を発動した。

 

 未来予測で一通り結果を見た後、俺は一度未来予測を発動しなおす。

 

 未来予測の処理速度を十秒後の時点で等倍にして、俺は立ち位置を調整した。

 

 一科生の一人が構えた特化型のCADが、赤髪の少女の持つ刻印型の術式が刻まれている警棒型のCADで弾かれる。

 調整した位置に飛んできたCADをキャッチし、俺は髪を二つに結んだ少女に近づく。

 飛んできたサイオンの塊を手で弾いた後、俺は拾ったCADのグリップの底で魔法を使おうとした少女の頭を小突いた。

 小突かれた少女は驚いて魔法を止め、小突いた俺を見る。

 

 ここまで行動すれば、とりあえず深雪からの文句もないはずだ。

 

 小突いた少女の視線を誘導するように、俺は近づいて来る生徒会長を見つめた。

 

 

***

 

 

 生徒会長と風紀委員の介入後。 

 達也の言い訳と深雪の誠意により、事態は終息した。

 ここまでが、俺が見た未来の結果である。

 例え俺が茶々を入れなくてもこうなることは知っていた。

 それでも手をだしたのは、ただ見ているだけだと、深雪に文句を言われることが能力を使わなくても分かったからだ。

 

 さて、これで特に障害もなく帰れるだろう。

 達也と言い争っていた一科生にCADを返し、俺は帰宅しようとした。

 

「ツクヨミさん。よろしければ、一緒に帰りませんか?」

 

 深雪に呼び止められ、俺は一考する。

 そういえば、俺は深雪とは長い付き合いだが、一緒に下校したことは一度もなかったな。

 しかしだからといって、今更一緒に帰る理由もない。

 達也のクラスメイト達に関わるのも面倒な気がしたので、俺は冗談を交えて拒否することにした。

 

「土にか?」

「還りません。

 心中したいように見えましたか?」

「いや、軽いジョークだ、気にするな。

 悪いけど、歩幅を合わせるのは苦手でね、俺は一人で帰らせてもらうよ」

「そんなことは言わず、折角駅までの道が同じなのです。

 一緒に下校しましょう?」

 

 それ以上の問答は無駄に思えた。

 どうやら彼女は俺を一人で帰らせる気はないらしい。

 俺は軽く息を吐いて、司波兄妹達と下校することに同意した。

 

「あの!」

 

 さっさと帰ろうと達也に目配せをすると、先程小突いた二つ結びの少女に呼び止められる。

 彼女が呼び止めたのは正確には俺達ではなく達也だった。

 

「光井 ほのかです。先は失礼なことを言ってすいませんでした」

 

 こいつ何か言ってただろうか?

 それはさておき、彼女の名前は何処かで聞き覚えがある。

 

 はて、何処で聞いたのだったか。

 

 そんな考え事をしているうちに話は進み。

 二つ結びの少女と、彼女のそばにいた無口そうな少女達は俺達一行と一緒に下校することになった。

 

 まぁ思い出せないのは仕方がないと、俺は思考やめる。

 

 すると、無口そうな少女は俺の前に立ち、何かを言いたそうにしていた。

 ……これはさっさと思い出さないと不味いか?

 そう思っていると、深雪は俺に問いかける。

 

「まさかとは思いますが、今朝二人と会っている事をお忘れですか」

 

 少し冷ややかな声だった。

 お忘れでしたが、『今朝』という単語で、俺は彼女たちの事を思い出す。

 

「あぁ、転んでた人達か」

「何か変な覚えられ方してる!?」

「……私は転んでないよ」

 

 聞き耳を立てていた二つ結びの少女改め、転んでいた少女は驚き。

 無口そうな少女改め保護者の少女は訂正した。

 

 そして保護者の少女は語る。

 

「月山さんも、ほのかを止めて頂いてありがとうございました」

「気にするな。何もしなくても、どうせ生徒会長に止められただろう」

「ううん、それでもほのかの為にしてくれたのは事実だから」

「物事はなるようにしかならない。気にするなとはそういう意味だ。

 それに、別にそいつの為にやった訳じゃないよ。

 何もしないと『あれ』が煩いからやっただけだ。

 故に自分のためにやったことだから、礼を言う必要はない」

 

「人を物みたいに言わないでください」

 

「……いや、否定するのもおかしいか。

 素直に受け取ろう、どういたしまして」

 

 保護者の少女の感謝の言葉を受け取ると、彼女は目を大きく開いて少し驚いた後、微笑んだ。

 

「月山さんって、変わってるね」

 

 どうしてそうなった。

 

 



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18

 さて、未だ未だ日付は変わらず。

 それは下校時にあった出来事だ。

 

 メンバーは、校門で合流した時と変わらず、俺を含めた八人。

 先頭に赤髪の少女と、活発そうな青少年。

 少し下がった位置に眼鏡の少女。

 その後ろに達也と転んでいた少女。

 達也から見て、転んでいた少女とは逆方向の、そこから一歩分ほど下がった位置に深雪。

 達也の後ろに俺と保護者の少女。

 並び方は以上である。

 

 すれ違う人々からすれば、かなり道の邪魔になりそうな構成だが、駅までの歩道は広いので、幸いその心配はない。

 

 深雪は最初、達也の真横にいたのだが。

 俺が小道を通ろうとしたり、気になった店を覗こうとして逸れそうになるので、監視できる位置に移動してきたようだった。

 

 別に放置してくれてもいいのだけど。

 

 いつもなら、本を読みながらこういった会話は聞き流している。

 しかし、今それをすると、「歩きながら本を読むな」と叱られるのが目に見えていたので。

 俺はしょうがなく、彼等彼女等の会話を聞きながら下校していた。

 いや、別に会話を聞き流しても良いのだが、それはそれで暇になるのだ。

 

 

***

 

 

「じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

 

 転んでいた少女の問いかけに、深雪は得意げに肯定する。

 

 CAD、アシスタンス、デバイス、法機。

 色々な呼ばれ方をしているが、全て術式補助演算機の事を指している。

 名前を統一してほしいと思うが、人によって呼びやすい名前があるのでこれは仕方がない事なのだろう。

 

 今の話題は、深雪のCADを達也が調整しているという話題だった。

 この話題で注目されているのは、達也がCADの調整をできるという事だ。

 CADの調整は、数種類ありその構造が異なるOSを理解できる知識と、共通しているシステムにアクセスできる技能が必要になる。

 親の仕事が魔法工学技師故に幼い頃から学んでいるならともかく。

 表向きは一般家庭からの入学という形でいる達也が、今の時点でそこまで出来るという事は、やはり凄い事なのだろう。

 

 まぁ、司波家の親の仕事はそれ関係な上に、実家は四谷とかいう二十八家に数えられる家柄なのだが。

 

 ちなみに俺が使っているCADの調整は、妹こと文香がやっている。

 俺の持っている幾つかのCADは、司波兄妹の会社で作った試作品らしいのだが、最初にそれを貰ったその日から、妹が興味本位でCADの調整方法を学び(達也にも少し教えてもらったらしい)、今は妹が遊び半分で作った魔法が幾つか入っている。

 

 閑話休題。

 

 達也がCADの調節ができると聞いて、赤髪の少女が自分のCADの調整をしてほしいと頼みこむ。

 彼の答えは、拒否だった。

 

 達也曰く、赤髪の少女の持つ刻印型術式が刻まれた警棒型CADは調整できる自信が無いのだそうだ。

 

 あれ? 俺は昔、達也から貰った刀には刻印型術式が施されていた気がするのだが、あれは彼がやったものではないのだろうか?

 

 そんな達也の答えを聞いた赤髪の少女は、何故か彼を賞賛し始める。

 達也がその理由を問うと、赤髪の少女は警棒型CADを取り出した。

 

「これが法機(ホウキ)だってわかっちゃうんだ」

 

 赤髪の少女はそう語ると、警棒型CADに付いているストラップを持って陽気に笑いながら回す。

 二人の会話を聞いていた眼鏡の少女は、赤髪の少女の持つ警棒がCADなのかと問いかける。

 赤髪の少女は、その問いの答えは語らず、その問いをした少女の反応が普通だと語った。

 

「ひょっとして、ツクヨミさんも気づいていたのではないですか?」

 

 そのやり取りを聞いていた深雪は、俺にそう問いかける。

 

 司波兄妹には『千里眼』の事を話していない。

 それでも二人は、俺が普通の人とは違うものが見えていることを知っている。

 深雪は、俺がどういうものを見ているのか知りたいのか、偶にこういったことを聞いてくるのだ。

 素直に答える義理はないが、教えない理由もない。

 

 とりあえず俺は、簡潔に答えることにした。

 

「刻印型術式が施されたCADだってぐらいなら俺もわかるが、あいつみたいに術式まではわからんぞ」

「そうなのですか?」

「起動式を見ただけで魔法を判別できるほど、俺は魔法のプログラミングはできないよ」

 

 データの塊である起動式を、その一つ一つを理解できるほど魔法には詳しくない。

 というか、多分この先、魔法を学んでいったとしてもそれを覚えられることはないだろう。

 ちなみに読み取りだけならできる。

 

「いえ、そちらではなく。

 エリカのCADが刻印型術式が施されているという方です」

「それは、別に少し考えて見れば分かるだろ?」

「見れば、ではなく考えれば、ですか?」

「違う。考えて、見れば、だ」

 

 そこで会話を終わらせようとすると、いつの間にか周囲の視線は俺の方を向いていた。

 どうやら話の続きを催促されているようだが、それは俺が語るほどの事ではない気がする。

 答えを知っているはずの赤髪の少女まで俺の話を聞きたがっている理由が分からない。

 

 ……まぁいいか。

 

「赤髪のそいつがCADを使ったとき、使われた魔法は警棒に対してだけで身体強化には使われていなかった。

 弾かれたCADの状態から考えて、使ったのは威力強化系ではなく、物体の強度を上げる硬化系の魔法だ。

 魔法の展開速度や瞬間的なサイオンの流れ、身体強化のような複雑な魔法ではないことから考えて。

 警棒には機械的なものが組み込まれているのではなく、予め殆ど決まった魔法を瞬間時に発動するのに適した刻印型術式が施されている。

 ……それぐらいは考えるだろ?」

 

 そこまで説明すると、納得の声が上がった。

 

「さすが一科生ね、大正解。

 ……ところで私のことは普通にエリカって呼んでくれていいよ」

「……気が向いたらな」

 

 こう言っておけば、きっと名前を呼ぶのが恥ずかしかったと思われるはずだ。

 

「ツクヨミさん、まさかエリカの名前が分からなかったという事はありませんよね?」

 

 そんなことはない。

 昔、親父が持っていた漫画にあった地下王国の通貨みたいな名前だとは憶えていた。

 口には出せない言葉を飲み込み、俺は遠くの空を見上げる。

 

「はぁ……。エリカの名前は先程からずっと出ていたのに何故憶えていないのですか?」

 

 そうは言われても、憶えていないのは仕方がない。

 

 語る言葉は数式だ。

 聞き手はその式から、意味という答えを出す。

 

 一度答えが出てしまえば、式を憶えている必要なんてないだろう。

 

 俺からすれば、式を覚えている方が不思議でしょうがない。

 

 



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19

 日付は変わるが翌日の事である。

 時刻は昼。

 

 現在俺は生徒会室にいた。

 

 何故俺がそんなところにいるのかというと、それは登校時間の事である。

 

 入学式と二日目に比べて、俺は少し遅めに家を出た。

 俺は出来るだけ朝はゆっくりしたい。

 なので、家にいられる時間を見極めるため、初日から数日間はこうやって時間を調整しながら登校している。

 

 その結果、駅に着いたときに司波兄妹と出会い。

 駅から学校までは一本道、わざわざ別れて登校するような通学路ではないので一緒に登校することになった。

 そしてその道中に達也のクラスメイトと遭遇する。

 この調子だと、深雪のクラスメイトの女子生徒二人とも合流するのかと思っていたら、次に出会ったのは生徒会長だった。

 

 生徒会長は、達也を呼びながら近づいて来て、司波兄妹を代表に全員に挨拶する。

 司波兄妹は丁重に挨拶を返したが、俺は会釈だけで済ました。

 

 最初は、俺に対してのものではないと思って無視しようとしたのだが、達也のクラスメイトが生徒会長に挨拶をしたので、俺は空気を読んだのだ。

 

 生徒会長を交えた俺達は、俺を先頭に登校することになった。

 何故俺が先頭なのかというと、生徒会長に気圧された達也のクラスメイト達には少し後ろに下がった位置で達也達について来たのだが、俺も関わりたくないので下がろうとしたら、俺が逃げられないように達也が先頭に押し出したのだ。

 

 さて、生徒会長は、偶々司波兄妹と遭遇したわけだが、全く用事がなかったわけではないらしい。

 

 用事というのは、生徒会の事のようだった。

 深雪が新入生総代を務めたという話から考えて、おそらく生徒会に入ってほしいという話だろう。

 生徒会長は、しっかりとした説明をするために、昼食の時間に生徒会室に来ないかと深雪を誘った。

 

「生徒会室なら、達也君が一緒でも問題ありませんし」

 

 と、生徒会長は、一科生と二科生という立場のせいで一緒にいられない深雪と達也が一緒に昼食を取れるというメリットを提示する。

 その話を聞いた司波兄妹は幾つか質問をした。

 そして検討した結果、二人は今日の昼食は生徒会室に行くことに決めたらしい。

 

 生徒会長は、達也のクラスメイト達にも一緒にどうかと誘う。

 しかし赤髪の少女を代表に、達也のクラスメイト達はその誘いを辞退した。

 

 俺も断ろうとしたのだが、俺も昼食の時、できれば一緒に来てほしいと頼まれてしまった。

 来てほしいと頼んだのは、深雪でも、達也でもなく、生徒会長だった。

 

 なんでも、生徒会長は生徒会とは別に、個人的に聞きたいことや、場合によっては頼みたいことがあるらしい。

 

 今から未来予測をしても昼の出来事まで演算するのは難しい。

 断ってもいいが、何故生徒会長が俺に目を付けたのかも気になる。

 

 迷った結果、俺も同伴することにした。

 

 

***

 

 

 そんな訳で生徒会。

 生徒会長は、話し合いの前に食事をしようと言って、何が食べたいかと問いかける。

 昼食を生徒会長が作るので、何が食べたいか。という話ではなく。

 彼女が聞いていたのは、生徒会室に設置された自動配膳機のメニューだ。

 

 種類は肉、魚、精進。

 司波兄妹は、精進を選んだ。

 生徒会長は俺を見つめて、何にするか問いかける。

 

「月山さんは、何にしますか?」

「パン」

 

 別にふざけたわけではない。

 生徒会室で昼食をとらないかと誘われたときに、自動配膳機があることは聞いていた。

 しかし、自動配膳機で食べられるものが俺の好きな物とは限らない。

 なので、俺は先にパンを購買で買ってきておいたのだ。

 買って来たものを見せると、姉御とか呼ばれてそうな気の強そうな先輩に話しかけられる。

 

「おいおい、若い男子がパン一つで足りるの……、何故カステラ?」

 

 美味しそうだったから。

 

 もちろんそれだけで腹が満たせるわけがない。

 彼女から死角の位置にはカステラがもう一つある。

 

 お茶を買い忘れたので貰っていいか?

 と、俺は生徒会長に聞こうとしたのだが、生徒会長を見たとき、彼女は何故か俺を見て苦笑していた。

 

 

***

 

 

 食事の準備が終わるまでに、とりあえず自己紹介をすることになった。

 入学式で既に紹介されているらしいのだが、もちろん俺は誰一人知らない。

 

 最初に紹介されたのは副会長。ではなく会計の人だった。

 これは通学中に聞いたことなのだが、副会長は昼食を別の所でとっているらしい。

 

 次に紹介されたのは、先程俺に話しかけてきた気の強そうな先輩。

 彼女は風紀委員長なのだそうだ。

 そういえば昨日。

 校門での事件のときに、こんな人を見た気がする。

 

 そして最後に、書記の人が紹介されたのだが。

 彼女のその容姿を見て、俺は思わず言ってしまった。

 

「下級生?」

「それだけはない」

 

 隣に座る達也に指摘されたが、俺もそれぐらいは判っている。

 俺達は一年だ、下はない。

 しかし書記の人は、少なくとも俺には年上に見えないような容姿だった。

 

 小さくつぶやいたつもりだったのだが、思いのほか俺の声は響いていたらしく、生徒会長は笑いながら訂正する。

 

「ふふ、あーちゃんは二年生よ、月山さん。

 ……あーちゃんは二年生よ、月山さん。」

「そうですよ。私はちゃんとした……どうして会長は今二回言ったんですか!?」

 

 そう語る書記の人の姿は、やはり年上には見えなかった。

 

 そんな茶番劇をしているうちに、自動配膳機から五人分の料理が出てくる。

 ちなみに今、この場に居るのは七人。

 俺の分を除いても、料理が一人分足りない。

 

 そんなことを考えていると、風紀委員長は弁当箱を取り出した。

 彼女が自分で作ったのだろうか?

 だとしたら、随分と家庭的な人である。

 

 食事が始まると、深雪は風紀委員長にその弁当は自分で作ったのかと問いかける。

 彼女の答えは肯定だった。

 それは意外かと彼女は深雪に問うと、深雪の代わりに達也が意外ではないと否定した。

 達也を見ると、彼は風紀委員長の指を見つめていた。

 

 さて、大体その辺のことである。

 

 俺は食事を終えた。

 

 空になった袋を折りたたみ、俺は本を広げる。

 どうせ俺より先に、深雪に生徒会の話をするだろう。

 

 話題が俺に向くまで、話を聞き流しながら俺は読書をすることにした。

 その日持ってきた本は、結構有名な人造人間の話である。

 

 読み始めようとしたとき隣で達也が語る声が聞こえた。

 

「血のつながりが無ければ恋人にしたい、と考えたことはありますが」

 

 あまり話を聞いていなかったが、俺はとりあえずドン引きした。

 



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20

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

 全員が食事を終えたところで、生徒会長はそう切り出した。

 俺は文字列から目を離さず耳だけを傾ける。

 本題というのはもちろん俺に関わるものではなく、深雪への話だ。

 

 しかし、本題に入ろうと言った生徒会長がまず語ったのは、この学校の運営方針だった。

 何でもこの学校は、教員による管理よりも生徒の自治を重視しており。

 生徒代表が集まる生徒会は、学内で強い権限を持っているのだそうだ。

 さらにその中でも生徒会の長である生徒会長は、生徒会役員の選任と解任する権利を持っており、一部を除いた各委員会の委員長の任命権があるらしい。

 

 ただ、それだけの権力を持つ生徒会長は、同時に幾つかの制限を持っている。

 

 まず、生徒会長にはなろうと思ってなれるものではない。

 就任するには選挙によって選ばれる必要がある。

 つまりは、生徒達に『この人なら生徒会長を任せられる』と思われる人物でなければ就任することはできない。

 

 そして、他の生徒会役員と違い任期があるのだそうだ。

 例えば生徒会会計に高校一年のときに就任した場合。

 極端かもしれないが、任期が無いので高校三年生になっても会計という役職を続けることができる。

 しかし生徒会長は、就任した翌年の九月の終わりまでが任期と決まっているのだそうだ。

 

 さて、ここまで説明されてようやく本題。

 毎年恒例らしいのだが、新入生総代を務めた一年生には、生徒会に入ってもらっているのだそうだ。

 ここ数年は新入生総代になった生徒が生徒会長に選ばれているらしく。

 生徒会に入ってもらうのはその後継者の育成らしい。

 

 この辺まで聞いて、まぁそうだろうなと思った。

 悪名は広がりやすいが、善行は知られにくい。

 唯の優秀な生徒の人柄は、関わる事のない周囲の生徒には分からない。

 

 しかし新入生総代ともなれば、話は変わる。

 生徒の代表として行動することが出来るという事を、入学初日からアピールできるのだからだ。

 そういう生徒の生活態度は基本模範的だ。

 新入生総代でなくても大体の生徒の生活態度は模範的だと思う。

 しかし、それが評価されるのに必要なのは、『行動』ではなく『立ち位置』だ。

 唯の優秀な生徒の模範的生活態度は誰の印象にも残らない。

 優秀でなくても模範的というのは普通だからだ。

 印象に残らなければ、それは評価されないに等しい。

 その模範的生活態度も新入生総代であれば、優秀な人物と評価されるようになる。

 

 評価されやすい生徒が生徒達に選ばれるのは、考えればあたり前と言えばあたり前の話だ。

 

 閑話休題。

 

 そういう訳で、生徒会長は今年新入生総代を務めた司波深雪に生徒会に入ってもらいたいらしい。

 深雪は生徒会長に引き受けて貰えるかと問われると、彼女は不安そうに達也を見つめた。

 その達也が頷くことで彼女の背中を押しても、その表情は殆ど変わらない。

 

 なるほど、これは不安だという表情じゃないな。

 たしかに深雪は模範的生活態度が出来る人間だ。

 しかし、それは模範的な思考の人間とは限らない。

 

 入学式の日に場の気温を低下させるという珍事を起こしたように。

 彼女もやらかす時はやらかすのだ。

 

 

***

 

 

 深雪は生徒会に入ることに不安があった訳ではなかった。

 しかし、ではどんな感情なのかと問われても、俺はそれが何なのか答えることが出来ない。

 俺の語彙が足りないのか、そもそもその感情に名前が無いのか。

 それでも該当しそうな名称があるとしたら、彼女が抱いていた感情は不安ではなく不満だと思う。

 

 深雪が不満だったのは自分より優秀だと考えている達也が評価されない事だった。

 故に彼女の取った行動は、多分達也を評価される『立ち位置』に移動させようとしたのだと思った。

 

 深雪はまず、達也の成績を知っているかと問いかけた。

 生徒会長は知っていると答え、達也の成績を賞賛した。

 それは俺が見抜けなかっただけかもしれないが、演技ではなく素直な賞賛だと思った。

 達也は制止ようとしたが、深雪は止まらずに語る。

 彼女がそこまで必死になるのは滅多にないことだ。

 きっと深雪の中では重要な事なのだろう。

 

「デスクワークならば、実技の成績は関係ないと思います!」

 

 生徒会長と副会長以外の仕事は基本デスクワーク。

 魔法は必要ない。

 たしかにそれならば、筆記試験で優秀だという達也に向いているだろう。

 

 深雪は自分は生徒会に入ってもいいが、達也も一緒に入ってはダメかと問いかける。

 

 生徒会の答えは否だった。

 生徒会、正確には会計の人曰く、生徒会役員は一科生から選ぶことが規則で決まっているのだそうだ。

 それは生徒会長の任命権に課せられている唯一の制限で、故に二科生の達也は役員にはなれない。

 

 意図はわからないが、それが規則なら何かしら理由があるのだろう。

 捻じ曲げることはできない。

 それが分かる深雪は、自分の発言を丁重に謝罪した。

 

 生徒会の詳しい説明は放課後という事になり、話題の矛先は別の人物に移った。

 

 俺、ではなく達也に。 

 

 

***

 

 

 提案者は風紀委員長だった。

 曰く、風紀委員の人選に生徒会選任枠というのがあるが、任命権に制限が課されているのは生徒会役員のみで、生徒会ではない風紀委員ならば二科生を選んでも規定違反にはならない。

 

 それを聞いた生徒会長は歓声を上げて語った。

 

「ナイスよ摩利!

 そうよ、風紀委員なら問題ないじゃない!

 摩利、生徒会は司波達也君を風紀委員に指名します」

 

 なるほど、そういった理由なら達也を風紀委員にすることはできる。

 

 で、こいつらは何を考えているのだろうか?

 

 新入生総代の兄で、新入生総代が信頼しているなら信用できるかもしれない。

 しかし、それは出会っておそらく二日と経たない人物にする期待ではないと思う。

 

「ちょっと待ってください! 俺の意志はどうなるんですか!?」

 

 たしかに、本人の意思は大切だ。

 達也は風紀委員の説明すらされていないのに受けられないと答える。

 ちなみに俺なら説明を聞く前に断る。

 風紀委員なんて聞くだけでも面倒だとわかるものに関わりたくない。

 

 さて、風紀委員の仕事は生徒会長曰く、「学校の風紀を維持する委員会」らしい。

 

 へー。

 

 ……で?

 

「……それだけですか?」

 

 同じことを思ったのか、達也は生徒会長に問いかけた。

 しかし生徒会長は風紀委員が大変だがやりがいがあるという答え以外を返さない。

 

 風紀委員の説明をしたのは、達也に睨まれた書記の人だった。

 

 風紀委員の仕事というのは、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為を取り締まる委員会で、警察と検察を兼ねたような委員会らしい。

 俺のイメージでは風紀委員は服装違反や不要物の取り締まり、遅刻のチェックなどが仕事だと思っていたが、それは自治委員会の仕事なのだそうだ。

 風紀委員と自治委員会は名前を交換するべきだと思う。

 

 達也は風紀委員長に魔法が使用されるされないにかかわらず喧嘩が起きれば力ずくで止めるのかと問う。

 風紀委員長の答えは肯定だった。

 ただし、出来る事なら魔法が使用される前に止められた方が良いらしい。

 達也は珍しく大声で抗議した。

 

「俺は、実技の成績が悪かったから二科生なんですが!」

 

 実技の成績は知らないが、お前は適任だろ。

 術式解体(グラム・デモリッション)とか術式解散(グラム・ディスパージョン)とかいう魔法で魔法は無効化出来るし、運動能力が中の中な俺が評価するのも何だが体術も優れている。

 風紀委員の仕事を聞く限り天職だと思うのだが。

 

 達也はさらに抗議しようとしたが、残念ながら高校の昼休みは有限で短い。

 話の続きは放課後という事になった。

 

 

***

 

 

 生徒会室を出て、俺と深雪と達也は別々の教室に分かれるまで同じ道をたどる。

 俺は一番後ろで二人を眺めた。

 

 深雪の足取りは軽く、達也は重そうだった。

 その光景はあらゆる部分が対比していて面白い。

 

 そういえば、一つ気がかりな事がある。

 それは生徒会室であった事なのだが、話題になったことではなく。

 話題にならなかった故に、気になった事だった。

 

 俺は何となく立ち止まり、辿った道を振り返って呟いた。

 

「俺の話は?」

 

 




誤字報告ありがとうございます。
(時刻1時過ぎて投稿したのに誤字報告来てすごいなと思いました。)


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21

あけましておめでとうございます。


 日付は変わらず、その日の放課後のことである。

 

「あら、ツクヨミさん、もうお帰りになられるのですか?」

 

 さっさと帰ろうと思って席を立つと、俺は司波深雪に一緒に生徒会室へ行かないのかと話しかけられた。

 

「行かない。別に放課後にまた来てほしいとは言われてないからな」

「……ツクヨミさん。実は端末に何か連絡が来ていたりしていませんか?」

 

 深雪にそう呼び止められ、俺は端末を開く。

 普段端末を使わない俺は、度々司波兄妹からの連絡に気がつかず、よくその事で叱られており。

 深雪は、俺が気づいていないだけで、実は連絡が来ているのではないかと問いかけてきたのだ。

 

 端末にはメール通知が一件だけ来ていた。

 

 差出人は不明で、通知のタイトルには『国立魔法大学付属第一高校 生徒会会長 七草 真由美です』と書かれている。

 本文にはまず、タイトルと同じ内容が書かれており。

 それから昼に用件を伝えなかったことにたいする謝罪と、放課後にもう一度来てほしいと言った内容が書かれていた。

 

 俺は『未来予測』でこの先の出来事を見る。

 

 そして未来を知った後、俺は一考して口を開いた。

 

「スパムしか来ていないな」

「今時スパムなんてこないと思うけど?」

 

 と、俺に言ったのは深雪ではなく。

 近くの席にいて、偶々話を聞いていた保護者の少女だった。

 

「いや、差出人不明で件名にそれっぽいタイトルが張られているよくわからんメールだ。

 これは多分、返信したらウィルスとかに感染する」

「それ多分、生徒会からのメールですよね!?

 普通そんなメールをスパム扱いしますか!?」

 

 生徒会長に選ばれる人間は、簡素で伝わりにくい表現だが『凄い人』だ。

 それは人格的な意味であり、人望も、勉学の成績も、魔法力も含めて。

 あの生徒会長は、あらゆる面で、きっと凄い人なのだろう。

 

 生徒会長に選ばれる生徒会役員もまた凄い人で。

 そういった凄い人達は尊敬されて、畏怖されて。

 

 そんな人達からのメールをスパム扱いするべきではないと、転んでいた少女は語った。

 

「ツクヨミさん。まさか『面倒だから』などとの理由で生徒会からのメールを無視するおつもりではないですよね?」

 

 いぐざくとりー、よく分かったな。

 俺は特に意味もなく、視線をそらして窓の外を眺めた。

 

 しかし正直に語ってしまえば、また叱られてしまう気がしたので。

 俺は適当にごまかすことにした。

 

「……いいか。未来っていうのは、どう足掻いても変えられないときは変えられないんだ。

 例え俺の端末に来たメールが生徒会だろうとその名を騙るスパムだろうと。

 俺が生徒会室に行かない未来は変わらないと思わないか?」

 

 そもそも彼女達はメールの内容を見ていない。

 つまり彼女達が観測していない以上、彼女達の世界に於いてはメールはスパムだったという可能性が箱の中に入れられた死にかけた猫の生死ぐらいはあるはず。

 

 観測しているのが俺だけなのだから、俺がスパムと判断すれば、これはスパムメールなのだ。

 

 俺の言い分を聞いた深雪は、納得したように頷く。

 そして彼女は笑顔で語った。

 

そうですね(言いたいことはそれだけですか?)、ではご一緒に生徒会室へ行きましょうか」

 

 ほら見ろ、どう足掻いても未来は変えられないときは変えられない。

 

 

***

 

 

 俺と深雪は、途中で合流した達也を先頭に生徒会室に向かって歩いていた。

 深雪が達也の隣ではなく俺の隣にいる理由は、俺を逃がさないためである。

 ちなみに俺は逃げるつもりはない。

 もう諦めた。

 

 それでも足取りが重いのは俺の心情か、それとも先頭者の心情か。

 

 俺はそんな男二人と共に歩く少女、司波深雪を見た。

 近頃。

 いや、それほど近くはないな。

 たしか中学時代、大体の進路が決まった頃ぐらいだったか。

 彼女は、俺によく干渉してくるようになった。

 軽い世間話だけだったのが、ああした方が良い、こうした方が良いと言うようになった。

 いや、そういった会話での干渉なら俺も少しするようになったので。

『言うようになった』というより言い合うようになった。

 達也もそれなりに干渉してくるが、彼のそれは暇つぶしに近く。

 彼はどちらかと言えば、俺に対しては『勝手にしろ』というような突き放したような感じがする。

 

 俺がそんな疑問を抱いていると、俺の視線に気が付いた深雪は俺にどうかしたのかと問いかけてきた。

 なんでもない。

 そう答えれば、会話はそれで終わるので一番楽だ。

 事実、本当にあった事柄ではないが、俺の見た未来ではそう答えた。

 

 しかし楽なのが一番いいとは限らない。

 どうせすぐに忘れてしまうだろうが、疑問をそのままにしてしまうのも何処か不快な気がする。

 故に俺は、深雪に自分の疑問に思った事を簡潔に聞くことにした。

 

「いや、放っといてもいいのにと思っただけだ」

「何の話でしょうか?」

 

 簡潔すぎたようだ。

 

「俺の事だ。別に俺が何をしてどうなろうと、お前達に迷惑をかけるようなことでもなければ放っておいてもいいだろ」

「……たしかにそうかもしれませんね。

 でも私は、自分の友人が、唯の不真面目な人間だと思われてほしくはないんですよ」

 

 そう語った彼女の表情は、妙に苦しそうだった。

 彼女が何を思ったのか、何を思っているのかは分からない。

 しかし、その表情に合う感情が、俺は単語として知っている気がした。

 俺は語彙の少ない知識、頭の中の辞書を開いた。

 

 彼女が抱いているのは責任感。

 いや、違う気がする。もう少し悲しそうだ。

 だからといって悲壮というわけでもない。

 

 ……後悔か?

 近い気がする。

 しかし何かを悔いているわけではない気もする。

 そもそも彼女との間で、彼女が悔いるような『出来事』に心当たりはない。

 

 出来事。

 そうか、誰かに何かを思うのは何かが起きたからだ。

 ならばそこから考えるべきか。

 

 彼女と俺の間であった出来事。

 

 沖縄の事件か?

 たしかにあれは色々な意味で記憶に残る出来事だ。

 しかし、俺は彼女を助けようとして、結果助けられなかった。

 仮に、その事件に関する切っ掛けがその感情だとしても、きっとそこから生じる感情は、感謝か恩義だ。

 それで苦しくなるとは思えない。

 そこまでして感謝をしようとしているのなら、俺は罪悪感を抱いてしまいそうだ。

 

 俺の疑問は晴れたようで曇り。

 何も分からぬまま、俺達は生徒会室へたどり着いた。

 

 

 



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22

 生徒会室の中には、昼食を共にしていた人達に生徒会の副会長を加えた五人の生徒がいた。

 

「いらっしゃい、深雪さん。

 達也くんもご苦労様。

 昼は呼び出したのにお話しできなくてごめんなさいね、月山さん」

 

 俺達三人を快く迎え入れたのは生徒会長だった。

 他の四人の生徒達は歓迎していない、という意味ではなく。

 風紀委員長は達也を、生徒会役員は深雪を、といった感じで自分の委員会に入る生徒を主に歓迎していて。

 生徒会長は全員を歓迎しての発言だった。

 

 挨拶を終えた後、仕事の内容を教える為。

 深雪は書記の人が付き、達也は風紀委員長に何処かへと連れられて行こうとしていた。

 

 俺の担当は生徒会長である。

 まぁ、俺に用があるのは生徒会長だけの様だしな。

 

 案内された椅子に座ると、生徒会長は俺の隣に座った。

 それはおそらく、これからする会話は、机が必要ないということだろう。

 上座下座は考えず、生徒会長としての会話ではないということだ。

 彼女の話そうとしていることは、きっと個人的な事なのだろう。

 

「あらためて昼間はごめんなさいね、月山さん。

 早速だけどそうね、昼のときよりずっと時間もあるし、ちょっとした質問から始めようかしら」

 

 さて、生徒会長には悪いが、俺は彼女の話を聞く気にはなれない。

 呼び出されたのに放置されたことで怒ったわけではない。

 昼に話題を出せなかったのは、多分予定外の問答があったせいだ。

 本来であれば、彼女の話は、深雪の生徒会への誘いをした後で十分だったのだろう。

 

 それが深雪の達也が生徒会に入れないか、という話と。

 達也がどうせ断り切れない風紀委員入りに駄々を捏ねたせいで時間が無くなったのだ。

 生徒会長の個人的な話と生徒会の話。

 どちらが優先かなんて考えれば、彼女の役職からして、多分後者だ。

 なので、昼に話が出来なかったのはしょうがない事なのだと思う。

 

 理解と心情が一致するわけではないが、必ずしも不一致というわけではないのだ。

 

 ならば、俺が質問の内容を知っているから、というわけでもない。

 実は、俺が教室で使った未来予測は、生徒会室に入る前で見るのをやめている。

 何故かと言えば、その後に起きる出来事が、何時か見た予知の出来事だと分かったからだ。

 具体的に何をしていたかはうろ覚えなので細部は判らない。

 しかし、多少面倒になりそうな出来事だったので、何が起きたかは覚えている。

 もしこの出来事に直面しそうになったら避けようと考えた程度に。

 

 では、何が起きるのか、と言えば。

 

「渡辺先輩、待ってください」

 

 また俺の話が中断されるという事だ。

 

 

***

 

 

 俺が見た予知では、副会長が発言をしたところで終わっている。

 なのでここから先は大体初見だ。

 

 今から未来予測を使って、後の出来事を見てしまおうか。

 しかし、今それを知るのは少し怖い。

 このまま話し合いが出来ず、また明日という事になると知った場合、この後の出来事はただの苦痛になるからだ。

 

「なんだ、服部刑部少丞範蔵副会長」

 

 副会長の名前長いな、寿限無みたいだ。

 

 それから服部刑部少丞範蔵副会長と風紀委員長は名前の呼び方について口論を始め、最終的には生徒会長が二人の口論を止める。

 その様子を見て、これは未来予測を使わずに見ていた方が面白いかもしれないと思った。

 飽きたら本でも読んで終わるのを待っていよう。

 

 口論を終えた服部刑部少丞範蔵副会長は、風紀委員長を呼び止めた理由を語った。

 

 彼の言い分をまとめると。

 魔法力の乏しい生徒に風紀委員は務まらないから、達也を風紀委員に入れるのはやめた方が良い。

 という事だった。

 

 服部刑部少丞範蔵副会長の説得には風紀委員長が反論していたが、最終的には深雪が反論をし始める。

 

 深雪は達也の実技の成績は良くないが、それは評価方法が悪く、実戦で達也に勝てる者はそうはいないと語った。

 

 

 

 ……さて。

 

 飽きたな。

 

 相互が理解できていないことが理解できていない喧嘩は終わらない。

 このままなら平行線のままなのは明らかだ。

 

 終わらないのは別にいい。

 しかし、大きな変化が無いのはつまらないから飽きるのだ。

 

 俺はポケットから本を取り出す。

 昼に読んでいた本は、途中までしか読んでいない。

 なので続きから読もうとしたのだが、俺は栞を持ってきてはいなかったので、どのページまで読んだか分からなかった。

 ページを探すか、最初から読み直すか。

 

 少し悩んでいると、服部刑部少丞範蔵副会長の説教が聞こえる。

 

「身内に対する贔屓は一般人ならばやむを得ないだろうが、魔法師を目指す者は身贔屓に目を曇らせる事のないように心掛けたほうがいい」

 

 魔法師は事象をあるがままに認識する必要がある、と彼は言ったが。

 贔屓しようとしまいと、意識した時点で認識は歪むものだ。

 人間である以上そこは変わらないはずで。

 そんな人間の魔法師は大勢いると思う。

 故に、魔法師を目指すのと身贔屓をして目を曇らせるのはおそらく関係ない。

 

 まぁ、今回の件は俺には何の関りもないので口を挟むつもりはないが。

 

 よし、読んだ記憶のあるページを読み飛ばしながら最初から読もう。

 

「お言葉ですが、私は目を曇らせてなどいません!

 ツクヨミさんも何か言ってください!」

 

 深雪の冷静さの欠片もない語り声が聞こえた。

 

 ……俺を巻き込みやがったな、こいつ。

 

 

***

 

 

 巻き込まれてしまった以上、何かをしなければならないだろう。

 何もしないという選択肢もあるが、最悪凍死しそうな気がするので、それを選ぶ気はない。

 

 取りあえず、俺は彼等彼女等の話を整理して考えてみる。

 

 深雪の考えは正しい。

 実技の評価方法で達也の強みが分からないのは確かだ。

 そして俺も、風紀委員の仕事は達也に適任だと思っている。

 しかし、深雪は服部刑部少丞範蔵副会長がそれを知らないことが前提として分かっていない。

 

 服部刑部少丞範蔵副会長の評価は正しい。

 達也は普通の魔法の発動が遅い。

 例えそれを知らなくても、それらの評価が悪い二科生が、一科生のいざこざを、少なくとも事前に止められるとは思えないだろう。

 しかし服部刑部少丞範蔵副会長は、いざこざを止める技量と普通の魔法の技量が同じ(イコール)だと考えている気がする。

 だから深雪の語る達也の実力が想像できていないのだと思えた。

 

 人間は誰かの味方にはなれない。

 自分の正しいと思った行動をする。

 その結果が誰かの味方に見えるだけだ。

 

 俺はどちらの味方もするつもりはない。

 どちらも知りえる情報に於いて間違いのない正しい答えを出しているからだ。

 

 故に、俺は自分の答えを語ることにした。

 

「どちらも冷静に考えて見ればいいと思う。

 

 ……例えばだけど。

 何かしらの罪を犯した罪人がいくら罪を償ったとしても、世間の人々はそれを許さないなんて珍しい話じゃない。

 

 何故そうなるかと言えば、世間の人々は罪人の思想も思考も知らない。

 世間の人々の知っている情報は罪状だ。

 罪人が反省していないのに、好き勝手して許されるなんて癪だろ?

 世間の人々から見れば、罪人がいくら口で反省していると言っても、それが本当かどうか判る情報が無い。

 だから世間の人々がそれを許さないなんて不思議な話じゃない」

 

 俺は服部刑部少丞範蔵副会長を見る。

 

「服部刑部少丞範蔵副会長の場合はどうですか?

 彼の何を知っていますか?

 自分の知っていることが全てだと思っているのですか?」

 

 俺は彼から視線を外して、今度は深雪を見た。

 

「お前はどうだ?

 服部刑部少丞範蔵副会長が分からないことが理解できているか?

 まぁ、あいつの事を伝えるのに言葉だけでは難しいだろうが」

 

 視線の遣り場に困った俺は、持っていた本の開いていたページの文字列を見た。

 

「魔法師は事象をそのまま認識するべきだというのなら。

 俺から見るとどちらも正しく認識できてるとは思えない」

 

 俺が語り終えると、達也が口を開く。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」

「……」

「彼が云う俺の情報を知るのはそれが早いかと。

 別に風紀委員になりたいわけじゃないんですが。

 妹の認識が間違っていないと証明する為なら、やむを得ません」

 

 服部刑部少丞範蔵副会長は一度目を閉じる。

 そして目を開くと、何故か俺を見た。

 

「月山、だったか。

 確かに彼の言う通りだ。俺はお前のことを知らない。

 

 いいだろう、証明してみろ」

 

 こうして、達也と服部刑部少丞範蔵副会長は模擬戦とやらをすることになった。

 達也が勝つ気がするが、俺も服部刑部少丞範蔵副会長の実力を知らない。

 

 もしかしたら、服部刑部少丞範蔵副会長は達也を圧倒できる実力者なのかもしれない。

 であれば、この後の戦いがどうなるかなんて分からない。

 

 ……だったら面白かったかもしれないが、予知で達也があっさり勝つことがわかってしまったので、俺としてはさっさと帰りたい気持ちでいっぱいである。

 

 

***

 

 

「月山」

 

 服部刑部少丞範蔵副会長に呼ばれ、俺は視線を彼と合わせた。

 

「その……なんだ」

 

 何度も語っているが、俺は人の心は読めない。

 彼が何を言いたいのかなんて当然わからない。

 別に放置しても良いのだが、後味が悪い気がしたので、俺は催促することにした。

 

「なんですか? 服部刑部少丞範蔵副会長」

 

 唯の催促のつもりだったが、服部刑部少丞範蔵副会長は、その言葉を待っていたように答えた。

 

「その呼び方はやめてくれ。

 それに呼びにくいだろう? 服部副会長か、服部刑部副会長。

 いや、副会長じゃなくて先輩とかでもいい。

 とにかくフルネームで呼ぶのはやめてくれ」

 

 なるほど、服部刑部少丞範蔵副会長は自分の名前があまり好きではないらしい。

 ……しかし、困った。

 

「そんな短い名前覚えられる気がしません」

「そんなこと言われたの初めてだぞ!?」

 

 何故か服部刑部少丞範蔵副会長は頭を抱えた。

 




誤字報告ありがとうございます。


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23

みじかいです。


 記録は忘れないためにある。

 

 野生動物の親から子へと伝えるのは知識だ。

 誰かが記した記録に価値を見出すのは人間だけ。

 しかし、人の記憶に残らなければ、関心が無ければ、記録を知ろうとする者はいなくなる。

 

 その結果を一つの文にまとめると、『忘れ去られた記録は無価値になる』という少し不思議な文が出来上がる。

 

 前回と今回の間のあらすじ。

 模擬戦、勝者・司波 達也。

 以上。

 

 

***

 

 

 さて、模擬戦を終えて生徒会室に戻った俺は、生徒会長の話を聞くことになった。

 

 漸くである。

 

 生徒会室に戻るとき、達也は一人別れて事務所にCADを預けに行った。

 それは校則で、校内での常時CADの携帯は許されてはいない故だった。

 模擬戦の対戦相手だった服部刑部少丞範蔵副会長もCADを持っていたが。

 生徒会や特定の委員会は常時携帯を許されているので、服部刑部少丞範蔵副会長は事務所に預ける必要がないらしい。

 一々事務所にCADを預けに行くのは面倒なのでその点は羨ましいが、よく考えたら俺はCADを学校に持ち込んではいないので預ける必要が無かった。

 

 というか、今は放課後なので、達也はCADをまた預けにいく必要はないのではないだろうか。

 

 閑話休題。

 

 俺と生徒会長は、服部刑部少丞範蔵副会長に会話を遮られる前と同じ椅子に座っていた。

 

 生徒会長は俺に問いかける。

 

「まず最初に聞きたいのだけど、月山さんは、部活動は既に決めていますか?」

 

 もちろん答えは否である。

 そもそも俺は部活に所属するつもりはない。

 

 と、俺が答えると傍で話を聞いていた会計の人が口を挟んだ。

 

「月山君。当校では必ずどこかの部活、及び委員会には所属してもらうことになっています。

 ですから、無所属という訳にはいきません」

 

 帰宅部の申請通るかな。

 

「まぁ、名前だけ置いてっていう生徒も何人かいるんだけどね」

 

 生徒会長は苦笑いしながら語り、本題に入った。

 

「実は私の個人的なお願いというのは、月山さんに、ある部活に所属してほしいということでね。

 部活の勧誘期間は明日からなんだけど。

 ちょっと事情があって、その部活は今、勧誘できる人がいないの」

「事情、ですか?」

「うん、実はね……」

 

 生徒会長は、目を閉じた。

 そして深刻そうに、衝撃の事情を語った。

 

「去年部員が全員卒業しちゃったから、部員数ゼロなのよ」

 

 廃部にしてしまえ。

 きっとそんな俺の思いを知らず、生徒会長は続けて語った。

 

「その部活、入部希望の一年生が一人いるの。

 その子、私の身内で、これまた事情があって放っておくのも可哀想なのよ。

 本当は一人の生徒の為に肩入れするのは良くないんだけどね。

 

 うちの高校は、部活動の申請のときは『部員が五人以上いなくてはいけない』って決まってるんだけど。

 去年の先輩たちは『五人以下になったら廃部』とは決まっていないっていう理由で二人で活動してたから、一人でも部員が居れば存続はできるの。

 

 ただその子、コミュニケーション能力にちょっと難があって、一人で部活動できないのよ。

 他の部活だと、運動と普通の魔法が苦手だからその系統の部活は難しいし。

 文化部は数が少なくて人が多いから、あの子たぶん死んでしまうわ。

 だから他の部活に所属するのは難しいのよね。

 

 それで、その子と一緒に部活をしてくれる人をそれとなく探してたの。

 たださっきも言った事情があってね。

 

 だから、あんまり他人と関わろうとせず最低限の会話で済まそうとして。

 それなりに自分の行動に責任感を持っていて。

 できれば男の子。

 

 ていう色々な条件で、良い感じの人いないかな~って思ってた時に見つけたのが月山さん」

 

 生徒会長の話を聞き。

 一体、何を見てその条件に俺が当てはまりそうと思ったのか、とか。

 兎とは別ベクトルなその子とやらは放っておいた方がいいのでは、とか。

 色々言いたいことがあるが、それよりも俺はそれを聞くべきだと思った。

 

 先ほどから彼女が俺に入ってほしいという部活が何なのか。

 話を聞く限り、それは文化部の系列だとわかる。

 そしてあまり人気が無く。

 コミュニケーション能力に難がある人物でも活動できる部活。

 

 正直、俺には異色な部活に思えた。

 

 しかし、俺の問いに対して生徒会長が即答した部活の名前は、何かと聞いたことのある部活名だった。

 

「文芸部よ」

 

 

***

 

 

 文芸部、という名前を聞くと、小説や詩などの執筆や読書等が部活に思われるかもしれない。

 他に何があるのかというと、魔法科高校に於いては魔法書と呼ばれる書物などの作成も含まれる。

 

 中々にメジャーな部活が何故廃部しかけているのかというと、それは校風故だった。

 

 第一高校は他の魔法科高校に比べればエリート高校だ。

 故にそこに集まる生徒の好みも運動系や芸術系よりも魔法に偏る。

 

 もちろん全員がそういうわけではない。

 魔法を使わない部活も中々の成績を出している。

 

 何が言いたいのかというと、第一高校は一芸に長けた、或いは伸ばそうとする生徒が多い。

 

 文芸部は最初、校内ではかなりの部員数だったらしい。

 しかし、部活内の活動の内、やりたいことが分かれていき。

 文芸部から幾つかの部に分かれたらしい。

 芸術部もその一つだったそうだ。

 

 最終的には魔法書と呼ばれる書物などの作成をする人たちと分かれ。

 その活動をしていた人たちが部員数が少なくなると文芸部と合併。

 目的が違うので、また分かれ。

 それを繰り返すうち、どちらの部員もいなくなってしまったのだそうだ。

 

 この話を生徒会長から聞き、俺は少し考えた。

 執筆はやったことが無いが読書は好きだ。

 故に名前を置くだけと言わず、部員として活動してもいい。

 

 ただしデメリットが大きい。

 

『その子』という人物には、コミュニケーション能力に難がある。

 生徒会長は責任感がある人物を探している。

 そして、仮に俺が入った場合、部員は俺と『その子』の二人になる。

 

 さて、この場合、誰が部長をやるのか。

 

 得難い経験かもしれないが、そこまで得たい経験ではない。

 いや、そこまで大変でもなさそうだし、どこかの部活に強制入部されるよりは楽か?

 

 考えに迷う。

 故に、俺は入部することにした。

 

 断ると決めたら断る。

 迷ったら楽そうな方へ。

 

 何があるか分からない各部活よりも、やることや先の出来事がわかる方が気が楽だ。

 

 ダメそうだったらまた考えよう。

 

 お願いできないかしら?

 と、何故か少し涙目で問いかける生徒会長の表情を無視して。

 

 俺は入部すると答えた。

 

 



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24

 さて、それは生徒会長による部活の勧誘があった翌日の放課後の事である。

 といきたいが、取りあえず先に勧誘後にあった事を軽く語ろう。

 

 部活に入ることを告げると、詳しい話や、もう一人の部員との顔合わせは明後日という事になった。

 なんでも、その部員への連絡や、部室の再確保など色々あるので、少し時間がいるらしい。

 

 まぁ、根回しは大事だよな。

 前もって準備しておけよと思わなくもないが、おそらく彼女自身は新入部員が見つかるとは思っていなかったのだろう。

 俺の返事を聞いた時の生徒会長の反応が、暗にそれを示していた。

 

 その後、生徒会長との会話の最中に戻って来ていた達也を連れて、風紀委員会本部に向かった風紀委員長達の様子を見てくると立ち上がり、すぐ戻ると言って委員会本部と繋がる扉を潜っていった。

 

 話し合いも終わったので、俺としてはもう用事が無い。

 故に、俺は生徒会長が居なくなった後、会計の人に先に帰る旨を伝え、一足先に帰宅した。

 

 そしてその翌日、つまりは本日の朝。

 教室で深雪と挨拶を交わした後、説教された。

 

 俺は堂々と生徒会室から出たつもりだったが、深雪の視点だといつの間にか帰っていたという状況になっていたらしい。

 なので、俺は「何故先に無言で帰ったのか」と叱られたのだ。

 

 いや、今朝のことは蛇足か。

 

 話を戻そう。

 

 今日から一週間程かけて、部活動の勧誘期間らしい。

 大会などで高い実績を持つ優秀な部は、部活の予算や、所属する生徒個人の評価など、色々と良くなるのだそうだ。

 そんな訳で、各部活は優秀な部員の確保に強い執念を燃やしている。

 

 勧誘のためのパフォーマンスもかなり派手で、スケートボードに乗った女子生徒が一年生を抱えてレースをするという部活もあった。

 

 コースはよくわからないが風紀委員長も参加しており、抱えられていたクラスメイトの転んでいた少女は悲鳴を上げていた。

 中々楽しそうだが、あんなに振り回されたら、俺の場合は身が持たない。

 

 全校生徒は五百人を余裕で超える。

 普段は室内で活動する部活も、勧誘をするため外にテントを建てていたりするので人混みも凄い。

 

「部活は決まってるけど、少し他の部活でも見て周るか」

 

 と、軽い気持ちで、特に意味もなく見学に行こうと考えた過去の自分を。

 

 俺は校舎の陰で恨んでいた。

 

 

***

 

 

 もう帰ろうかと考えながら休んでいると、達也が少し服を乱した赤髪の少女を連れて走ってきた。

 

 さて、こういうのを何と言ったか?

 俺は少ない語彙からその言葉を引っ張り出し。

 手を軽く上げて近づいてくる達也に問いかけた。

 

「粗挽か?」

「全てが違う」

 

 しまった、逢引きと言おうとしたのだ。

 彼の言う全てとは何処から何処までだろうか。

 今なら訂正は間に合うか?

 

「ツクヨミはこんなとこで何をしているんだ?」

 

 しかし達也はその程度の事を気にする人間ではなく。

 彼の問いかけで、俺の間違いは無かったことになった。

 

「見ての通り休んでいる」

「それは見れば分かる。

 状況とお前の性格から考えて、勧誘の為に出来た人混みから逃げて来たんだろ?

 俺が疑問に思ったのは、お前がまだ帰宅していなかったことだ。

 こういう出来事は面倒だからと、先に帰っていると思ってたぞ」

「そうだな。こんなに面倒だと分かってたら、とっくに家に帰ってただろう」

 

 誰にも追われないように空間置換で。

 

「意外だな。

 あぁ、いや、お前は妙に『勘が良い』からな。

 こういう日になることは分かってた(・・・・・)と思ったんだ」

 

 達也が、否、司波兄妹は、俺が『空間置換』と『疑似時間停止』の二つ以外の魔法を使えるのは知らないはずだ。

 直接教えた訳でもないので二つの魔法も詳しくないはず。

 予想できたとしても『空間置換』の応用で透視能力があるかもしれないとかぐらいだろう。

 

 つまり達也は、俺が未来を知る能力があるのは知らないはずだ。

 

 それなのに彼が、まるで俺には予知能力があると言っているような表現をしたのは、一体どのような経緯だろうか。

 俺の言動から予測して、その答えを導き出したか?

 だとしたら、流石お兄様だ。

 

 能力を聞かれたら多少答えるかもしれないが、多分肯定も否定もしない。

 なので俺は、会話を変えることにした。

 

「物事はなるようにしかならない。

 ……さて、ある程度休んだし、もう面倒だから俺は帰る」

「あ、月山くん。

 良かったら一緒に部活見て周らない?

 ルートを考えれば、多分人混みも気にならないだろうし、達也くん(風紀委員)もいるから強引な勧誘も来ないと思うよ」

 

 いつの間にか服装の乱れを正していた赤髪の少女は、俺にそう問いかけてきた。

 俺は帰ると言ったのだが、彼女は聞いていなかったのだろうか。

 もしくは俺の発言の解釈を間違って捉えられたか。

 

 赤髪の少女の誘いは断ろうとしたが、俺は少し考える。

 

 例えばの話だが、知らない作家の内容がよくわからない本を本屋で見かけても手に取りづらい。

 しかし、誰かに面白いと紹介され、そこで共感して知った作者が書いた本は何となく手に取ってしまう。

 

 何があるか分からない部活を探してみて周るより、誰かの目的に添って周った方が楽で面白いかもしれない。

 しかも彼女の言う通り、風紀委員が一緒に周るというのは唯の知人と周るより利点が高い。

 

 折角の機会だ、達也達と行動してみてもいいかもしれない。

 

「そうだな、面白そうだから一緒に行こう」

 

 それで、何処から見て周るんだ?

 と、俺は続きを言おうとしたが、予知でこの後に剣道部の演武を見に行くことが判ってしまった。

 確か、赤髪の少女は剣術を嗜んでいるみたいな話をしていたはずだ。

 それに関わる部活に興味を示しても不思議ではない。

 

 既に判っている答えを、わざわざ問いかける気はない。

 しかし、俺の口は少し開いており、何かを語ろうとしている雰囲気になっていた。

 

 ここでやめてしまったら、変に思われるかもしれない。

 なので俺は、適当な言葉を紡ぐことにした。

 

「それで、何処の剣道部を見に行くんだ?」

 

 俺は何を言っているのだろう。

 しかし俺の奇妙な発言は、幸いにして誰の気にも止まることはなかった。

 

「え? ここって剣道部があるの?」

「あぁ、たしかもう直ぐ第二小体育館、闘技場で演武を行うはずだ。

 いってみるか?」

 

『未来予知』は、俺が未来を知った前提で行動した未来が見えることがある。

 今回の場合、俺の発言によって剣道部の見学に行くことが決まってしまった。

 

 

***

 

 

 剣道部の演武は素直に感動した。

 俺の見た予知では、剣道部が他の部活と揉め事を起こし達也が止める未来まで見ている。

 つまり俺は、一度その演武を見ているのだ。

 赤髪の少女は詰まらないと思ったようだが、掛け声も、力加減も、振る舞いも、竹刀が放つ音の振動も。

 それは、俺が頭で理解しても到達できないものだった。

 

 気に入った本を読み返すように、もう一度見てみたいと思えた。

 

 しかしそんな感動は、演武を行っていた剣道部員の顔を見たときの衝撃で消えてしまった。

 その顔を見たのは剣道部の揉め事を赤髪の少女先導で見た時だった。

 

「ふーん、達也くんとツクヨミくんはああいうのが好み?」

 

 語り忘れていたが、体育館に向かう道中。

 名前で呼んでいいかと赤髪の少女に問われたので、ご自由にと答えたら「じゃあツクヨミくんで」とよくわからない流れで渾名で呼ばれることになった。

 いや、たしか深雪も、俺の下の名前が呼びにくいみたいな理由で渾名で呼ぶようになったのだから、不思議でもないか。

 

 閑話休題。

 

 赤髪の少女の問いを達也が気のない答えで返すのを無視して、俺はその様子を眺めた。

 

 最初に感じたのは違和感だった。

 俺の見た予知とは少し何処か違うように思えた。

 次に気が付いたのは、類似点だった。

 言い争っている剣道部員とその近くにいる剣道部員の顔が似たように見えた。

 

 それに気が付いたとき、少し鳥肌が立った。

 剣道部員達の顔つきが、見分けがつかないくらい同じに見えたのだ。

 予知で見たときと、争っていた部員たちの顔つきが違うのだ。

 

 その原因は直ぐに判った。

 何故同じに見えたのかではなく、何故見えるのかの原因だ。

 

 俺は一度目を閉じ、『千里眼』を完全に使えないよう塞いで再度目を開く。

 その光景は予知で見た光景だった。

 

 千里眼で、俺は何かを捉えたのだろう。

 

 俺は達也に耳を貸せと指で合図した。

 

「なんだ?」

「俺は帰る、後は頑張ってくれ。じゃあな」

「……は?」

 

 まぁ、それはそれとして、この後の騒動に巻き込まれるのは面倒なので。

 俺は達也と別れて帰ることにした。

 

 

***

 

 

 人混みを避けながら、俺は人気のない所に来ていた。

 空間置換で帰るためである。

 隠しているわけではないが、人目の多い所で使えば騒がれるのでそれは避けたいのだ。

 

 千里眼で周囲を確認する。

 少し進んだ先には部活動をしている生徒もいるが、俺のいる位置は死角なのでそれは問題はない。

 唯、もの凄いスピードで近づいてくる人物たちがいるので、空間置換をするのはその後にした。

 

 近づいて来たのは、スケートボードに乗った女子生徒達だった。

 確かレースのパフォーマンスをしている部活だったか。

 抱えられている生徒は、何故か最初に見かけたときと変わらず、転んでいた少女と保護者の少女だった。

 

 相も変わらず転んでいた少女は叫んでいるが、喉が痛くなったりしないのだろうか。

 そんな「もう無理ー!」とか「降ろしてー!」とか「たすけてー!」とか叫んでいる少女を見て、一つ気が付いたことがあった。

 

 あれは攫われている所なのか。

 

 風紀委員長もいるし、関わりたくないし、多分大事にはならないだろう。

 魔法科高校の部活勧誘は本当に過激だと思いながら、俺は帰宅した。

 




ささやかな補足

・俺は堂々と生徒会室から出たつもり→全員の視線が外れた隙に空間置換。

・前回の後書きに書き忘れたのですが、部活動強制は原作の改変です。
 主人公を部活に入れる理由が思いつきませんでした。


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25

 昔、読んだ小説の話だ。

 その小説は、孤島に集められた十人が童謡になぞらえて殺されていくという長編推理小説だった。

 その本のタイトルは、別の本で見たことがあるという経緯で知った物で。

 大体のあらすじを知っていた俺は、落ちを先に読んでから物語を読み始めた。

 

 その日から俺は、推理小説を読むときは先に落ちを読むという癖がついた。

 

 それは推理小説を楽しむ為には、本来は禁忌(タブー)なのだろう。

 しかし、読者を騙そうとする小説が、先を推理しながら読むことを推奨する物語が。

 俺には何とも言えない感じがして、あまり好きにはなれないのだ。

 

 読み飛ばすという行為は、電子書籍ではきっと出来ない事だ。

 俺が紙の書籍を好むのも、自分が気が付いていないだけで、そういった理由があるのかもしれない。

 

 さて、だとしたら、それは今も変わらないのだろうか。

 

 

***

 

 

 勧誘期間二日目。

 今は放課後だが、毎度の如く、先にそこに至る経緯を語ろう。

 

 休み時間、放課後に生徒会室に来てほしいという通知が俺の端末に来ているはずだ、という話を深雪から聞き。

 指定された通り生徒会室に行くと、ちょっと待っててと言われて、生徒会室内で時間にして一時間程待たされた。

 待つことに関しては、俺は別に苦ではない。

 なので読書をしながら気長に待っていると、生徒会長が早足で駆け寄ってきた。

 生徒会長曰く、前日の逮捕者達の調書の整理や、暫く席を外すための準備をしていたらしい。

 

 十分と掛からないつもりだったらしいのだが、今年は例年より妙に忙しいらしく。

 その結果、予想以上に時間がたってしまったのだそうだ。

 

「お待たせして、ごめんなさいね。

 それじゃあ、部室に行きましょうか」

 

 と、言われ。

 生徒会長と文芸部の部室に向かう事になったのである。

 

 そんな訳で、今はとある校舎の階段を上り始めるところだ。

 

 その校舎の名前は知らない。

 まだ入学してからそれほど日が経たっていない。

 故に、まだ俺は全ての教室や学校の設備を覚えていないのだ。

 

 一つ言えることは、その校舎はこの学校の中では一番古い校舎だった。

 誰かに聞いたという訳ではないし、その校舎がボロボロという訳でもない。

 ただ、その校舎の壁は、他の校舎より風情がある気がした。

 

 さて、俺は気になった事があり、生徒会長を見つめ問いかける。

 

 どうかしたのか、と。

 

 俺が気になったのは、先程から生徒会長がチラチラと俺を見てくる事だった。

 観察されているのは慣れているので無視してもいいのだが、彼女は俺に何かを語ろうとしていて、俺はそれが気になってしまったのだ。

 

 生徒会長は、笑いながら目を逸らし、そして自分の名前を憶えているかと問いかけてくる。

 服部刑部少丞範蔵副会長の名前は普通に呼ぶのに、自分の事は生徒会長としか呼ばないことに疑問を持ったらしい。

 

 今度は俺が目を逸らした。

 

 いやいや、憶えてるわけないだろう。

 学校の先輩なんて、小学校から通して今までろくに関わったことが無い。

 

 これからもそれは変わらないと思っていた。

 

 関わる事のない人物なんて、道ですれ違う赤の他人と変わらない。

 そんな人物の名前なんて一々憶えているわけが……。

 

 待てよ?

 最近、ちょっと記憶に残る会話で彼女の名前が出た気がするな。

 確か、今の十師族の一つで。

 

「ななくさ……」

 

 いや、七草(ななくさ)と書いて別の読み方をするのだったか。

 

七草(さえぐさ)会長ですよね?」

「……」

 

 生徒会長は、無言で、そして笑顔で俺を睨む。

 

 答えは藪の中。突いたら蛇が出そうなので、この話題はこれで終了だ。

 

 

***

 

 

 着いた教室の入り口に掛けられた札には、何も書かれていなかった。

 所謂、空き教室というやつだ。

 

 生徒会長は教室の扉をノックして、自分の役職と名前を語った。

 彼女が名前を語るときに妙に自分の苗字を強調していたが、それは中にいる人物に分かりやすく伝えるためと俺は解釈した。

 

 時間にして五秒程。

 

 それは、中には誰もいないのではないかと勘違いしてしまうような時間だった。

 俺は『千里眼』で中に人がいるのは判っていたが、生徒会長は何で人がいるかを判断しているのだろうか。

 

 中にいる人物の返事は「どうぞ……、どうぞ」と二回聞こえた。

 全く同じ言葉と口調で、違うのは声の大きさだ。

 この時点で、俺は何となく中にいる人物の性格を察した。

 

「失礼します。

 お待たせ、いとねちゃん。期待の新入部員連れて来たわよ!」

 

 生徒会長は俺の手を掴み、早足で教室へ入る。

 想像すれば分かると思うが、俺は引っ張られて教室に入れられている状態だ。

 

 教室の中にいた人物は、長机の上に今時珍しい紙の本を置き、椅子から立ち上がっていた。

 その視線は、俺達を捉えていなかった。

 何かを探すように、その人物は教室を見回していた。

 

 生徒会長は、俺をその人物の正面、机越しに立たせて紹介する。

 

「彼は一年A組、月山 読也さん!

 ほら、月山さんも挨拶して!」

 

 そう促され、俺は正面に立つ人物に視線を合わせる。

 

 何と言うか、内外変わった少女だった。

 

 黒髪は真直ぐ癖無く下ろしているのに、前髪の長さが一定ではなく、片方の目が前髪の一房で一部隠れている。

 眼鏡を掛けているが、特別な加工のされていない唯の伊達眼鏡。

 中々奇抜なのだが、自然に見えるという意味で似合っている。

 

 そして、中身も凄い。

 コミュニケーション能力に難があるとは聞いていたが。

 まさか俺が自己紹介する前に気絶するとは思わなかった。

 

 

***

 

 

 気絶した少女の紹介をしたのは生徒会長だった。

 

 一年F組、秦野(はたの) 絃音(いとね)

 彼女は幼少期、家庭の事情であまり人と関わらない生活をしていたそうだ。

 ある日、経緯は不明だが、同い年ぐらいの男の子にかなり強烈な頭突きをされたらしい。……どんな状況だ?

 まぁ、とにかく、それ以来彼女はコミュ障だったのに加えて(・・・)、男性恐怖症になったのだそうだ。

 結果、男性を前にすると逃げ出し、逃げ場がなければ気絶するようになったのだとか。

 

 この話を聞いて思う事は一つ。

 その疑問を、俺はそのまま口に出した。

 

「俺は彼女の中ではアウトの部類だと思うのですが?」

 

 生徒会長は、「まぁね……」と、苦笑する。

 もちろん、苦手な部類のはずである俺を選んだのには訳があるはずだ。

 何故なら彼女の探していた人には『できれば男性』という条件があったからだった。

 

 生徒会長の考えている事は想像できるし、これから彼女が語ることは予知した。

 故に、俺は事の説明をしようとした生徒会長の説明を止めさせる。

 代わりに俺が要約して語った。

 

「つまりは彼女の対人、及び男性恐怖症を治す為に部活に入ってくれって事ですね」

「まぁ、そういう事ね」

 

 生徒会長は柏手を打って、俺に願いかける。

 

「……お願い! 他の部活に入りたいならそっちを優先して、空いた時に顔を出すだけでもいいの!

 文芸部の活動内容は基本的に執筆とかだけど、最悪、読書会だけになってもいいから!」

「いいですよ」

「え、いいの? 本当に!!」

 

 ただ部室に来て、ただ居るだけで、ただ本を読む。

 大得意である、下手に活動を強制されるよりは明らかに楽だ。

 まぁ、少し前途多難な気もするが、そこまで気にすることもないだろう。

 

 俺は気絶した少女を見る。

 

 ……まぁ、前途多難な気もするが、そこまで気にすることもないだろう。

 

 

***

 

  

「あ、そうだ」

 

 今日はもう帰っていいし、いとねちゃんが起きたらそう伝えて。

 と、難題を残し、気絶した少女を俺に任せて部室を去ろうとした生徒会長は足を止めた。

 

「月山さん、学校内で空間置換を使うのはやめた方がいいわよ。

 センサーには引っかかってないみたいだけど、カメラには映ってるから。

 大丈夫、証拠は隠しておくから。

 じゃあ、いとねちゃんをよろしくね!」

 

 そう語り終えると、生徒会長は早足で去っていった。

 

 廊下は走ってはいけない。

 それとは別に、魔法科高校であっても、無断で魔法を使うのは罰則になる。

 つまり今のは脅迫だろうか。

 

 とりあえず、その日から俺は登下校に於いては空間置換を使う事はなくなった。

 




 何となくサイトの日間ランキング見たら、更新してないのに何故か上がっていたので申し訳なく思い、書き上げました。

 重ねて申し訳ございません。
 私的な話なのですが、明日からちょっとモンハンやります。
 なのでちょっとの間、更新できないかもしれないです。


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26

おまたせしました。

おりきゃらついかします。


「なぁ、ちょっといいか?」

 

 勧誘期間3日目。

 ただし、今は昼休みの時間。

 それは、俺が自動販売機で昼食時に飲むための飲み物を選んでいるときの話だ。

 

 コップを薬指と親指だけで摘まむように持っている。

 青年、というよりは少年に見える、やたらとフレンドリーな男子生徒に話しかけられた。

 

「あ、僕は一年D組の時村(ときむら) 一重(ひとえ)だ。

 よろしくな」

「一年A組、月山 読也」

 

 お互いに軽く自己紹介を済ませると、彼は俺に問いかける。

 

「お前、何処の部活に入るとか決めたか?」

「……文芸部」

 

 何故初対面の人間にいきなりそんなことを聞かれるのか、俺は疑問に思いながらも答える。

 すると、フレンドリーな少年は俺の考えていることを察したのか、自らの事情を語り始めた。

 

 どうやら彼は、何処の部活に入るかを決めかねているらしい。

 フレンドリーな少年の趣味で一番近いのは美術部らしいのだが、創作のカテゴリーが合わないのだそうだ。

 

 趣味と違うものを作ってもストレスにしかならない。

 しかし、そうなると自分の入りたい部活が存在しない。

 

 そこで、「運動部でなければどこでもいいや」と。

 サイコロの目で進む先を選ぶように、文系の部活を選びそうな俺に話しかけたのだそうだ。

 

 昼食を食べる為に近くのベンチまで移動すると、彼は俺に並ぶようについてきて話を続ける。

 俺は彼の問いに対して、淡々と律儀に答えた。

 

「文芸部かぁ、そういえば結構ポピュラーな部活ってイメージだけど、あんまり活動内容は知らないな……。

 どんな活動をするんだ?」

「とりあえず、暫くは読書会らしい」

 

 そういえば、生徒会長からは具体的な部活内容をまだ聞いていない。

 気絶した少女の男性恐怖症を治すのを手伝ってほしいとは頼まれたが、それは部活動ではないはずだ。

 もう少し細かい話を聞くべきだっただろうか。

 

「『らしい』って詳しい部活動の説明とかはなかったのかよ?」

「一応、執筆が主な活動だそうだ」

「へぇ、執筆か。……執筆した作品とかはどうするんだ?」

「知らない」

 

 この学校には文化祭のような物はないらしい。

 なので、創作系の課外活動で作った作品や、研究等の成果の発表の場は、たぶんコンクールとかになるのだろう。

 

 では執筆等の場合、その成果を発表する場所はどこになるのだろうか?

 

 まぁ、どうでもいい話なのだが。

 

「は? その辺の説明は無かったのか?」

「無い」

「……ずいぶんと大雑把な部活なんだな。

 部員は何人ぐらい居るんだ?」

「二人」

 

 隣に座るフレンドリーな少年は首を傾げる。

 

「……えーっと、お前を含めて三人?」

「いや、含めて二人」

「つまり、先輩とお前の二人だけの部活か」

「いや、もう一人も一年だったはず」

「……新設された部活?」

「いや、昔からある部活らしい」

 

 隣に座るフレンドリーな少年の思考が、目に見えて止まった。

 

 

***

 

 

 フレンドリーな少年は、俺の説明では部活動の内容が理解できないらしく。

 放課後、文芸部の部室に来る事になった。

 

 まぁ、俺の説明で理解できないのは仕方がない事だろう。

 なにせ、説明してる本人が判っていないのだから。

 

 さて、時間は飛んで放課後の事だ。

 

 俺は部室に行く前に、屋外にある自動販売機でボトル飲料を買っていた。

 別に部活の後に買いに来ても良いのだが、簡単に説明すると『思い立ったが吉日』、『善は急げ』というのが理由である。

 

 校舎の中には複数の自動販売機はあるのだが、屋内の自動販売機に向かうどのルートにも先輩と思われる生徒が居り。

 予知は見えず、予測ではそのルートを通らなかったので未来は判らないが、部活の勧誘にと絡まれても面倒なので。

 そのため先輩方と顔合わせをせずに済む、屋外にある自動販売機で飲料を買うことにしたのだ。

 

『千里眼』を使って、フレンドリーな少年を探す。

 彼は昼休みの宣言通り、どうやら部室に向かっているようだった。

 

 彼は今、部室のある階の一つ下の階にいるが、俺は別に急ぐ必要はないだろう。

 部室には既にもう一人の部員がいる。

 故に、彼を待たせることはないはずだ。

 

 ……はて、そういえば彼は、一応男性のはずだから、彼女は気絶することになるのではないだろうか。

 

 急いだ方が良いか? いや、やはり必要はないな。

『未来予知』で、俺が部室の扉を潜ると気絶した少女とそれを見て戸惑う少年が見えた。

 

 経験則からして、こういう場合の『未来予知』で見た未来は変えられない。

 どう足掻いても結果が変わらないのであれば、諦めて少しでも自分の都合がいいように動くことにしよう。

 

 取りあえず、走ると疲れるので、俺は歩いて部室に向かうことにした。

 

 

***

 

 

 何故、俺がそうしたのかは分からない。

 ただ、何となく、俺はとある校舎の屋上に目を移す。

 その校舎の屋上には、三人の女子生徒が、双眼鏡で何かを探すように屋外を見回していた。

 

 その内の一人である、赤いルビーのような髪の少女は多分知らない人物だったが。

 他二人は見覚えのある女子生徒だった。

 

 クラスメイトの保護者の少女と、転んでいた少女である。

 

 確か、北島(きたじま)宮下(みやした)という名前だっただろうか?

 いや、違う気がするな。

 

 名前の事は置いておき、俺は三人の女子生徒が何をしているのかを考察することにした。

 

 三人の恰好は、制服ではなく、どこか部活のユニフォームを着ている。

 一見、部活動の勧誘の為に屋上から一年生を探す生徒にも見えた。

 しかし、ルビー髪の少女は違うかもしれないが、他の二人は一年生で、勧誘する側ではなく勧誘される側のはずだ。

 

 同じ一年を探すのを手伝っている可能性もあるが、ルビー髪の少女とクラスメイトの二人のユニフォームが違う。

 部活の勧誘は、部員の取り合いのような物だったはずだ。

 別々の部活が協力して一年を探しているとは考えにくい。

 

 三人の女子生徒が何かを探している事を繋げて考えると、おそらく彼女達の恰好は、探し物をする際に邪魔されないための隠れ蓑だろう。

 

 では、何を探しているのか?

 

 それはたぶん、落とし物の類ではない。

 彼女達の恰好は事前に準備しないと出来ない物のはず。

 

 三人の探し方はかなり広範囲を調べるやり方だ。

 探している物は決まった場所には存在しないという事だろう。

 

 おそらく探している物は、物は物でも人物だ。

 

 その人物を見つけて終わりとは思えない。 

 故にその目的は、探すことではなく、観察することだろう。

 

 

 そこまで考察していると、俺は保護者の少女と目が合ってしまった。

 彼女達の距離と俺のいる場所の距離は、何をしているのかと問いても問われても答えが通じ合えない距離だ。

 

 それでも目が合ってしまったので、何かサインを送るべきだろうかと考えていると、転んでいた少女が探し人を見つけたらしく何処かに向けて指をさす。

 

 俺は彼女の指の先を追った。

 

 彼女の指先の直線状に探し人がいるとは限らない。

 故に探し人の候補は何人かいるのだが、

 

『決まった場所には存在しない』

 

 つまりは『広範囲を移動する人物』という条件に当てはまりそうな人物が、一人だけいた。

 

 校則違反を行っている生徒が居ないかと、校内を巡回をする役割の生徒。

 風紀委員だ。

 

 というか、達也だ。

 

 彼女達は達也を観察しようとしていたのだろうか?

 そう考えた直後、達也は何者かに魔法による襲撃を受ける。

 

 しかし達也は、その魔法をあっさりと無効化した。

 その後、達也は襲撃者を追おうとしていたが、他の生徒のもめ事に巻き込まれ逃がしてしまう。

 

 襲撃者の顔にはどこか見覚えがあった。

 その顔は強く記憶に残っていた顔。

 

 千里眼越しに幾つも見た、剣道部員達の顔だった。

 

 

 なるほど、大体把握できた気がする。

 

 一昨日だったか、達也は剣道部がどこかの部活と起こした事件を止めたはずだ。

 おそらくその事件の結末に納得できない剣道部員が、その事件に関与した達也に復讐をしているのだろう。

 そして、その現場を見かけた三人の女子生徒は、犯人を特定するために達也を観察しようとしていたのだ。

 

 ルビー髪の少女は分からないが、クラスメイトの二人は校門での事件で達也に何かしらの恩を感じているようだったので、動機としてはその辺りだろうか。

 

 そこまで考えていると、特に切っ掛けがあった訳ではないが、ふと、俺はあることを思い出す。

 ……そろそろ急いで部室に向かわないと、面倒事が増える気がするな。

 

 俺は少し駆け足で校舎に入っていった。

 

 

 俺が並木道の、幾つもの木々の先にいる達也を見ていたのだと気が付いた、保護者の少女に気が付かずに。

 




大変お待たせして、申し訳ございません。

ここまでの話を読み直すと、文章汚くて設定の粗も目立って泣きそうですね。
それからこの話とは全く関係ない話なのですが、ペルソナ5面白かったです。

誤字報告ありがとうございます。


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27 歪んだ記憶

おはようございます。
おやすみなさい。


 それは、僕が小学校二年生の頃の話だ。

 

 母親とショッピングモールを歩いているとき、とある大道芸を見た。

 

 人形劇である。

 

 あまり大々的なものではなく。

 大学生が、サークルでやっていたものらしい。

 演目は『白雪姫』。

 大学生の四人はそれぞれマリオネットを操り、多いときは八体の人形を操っていた。

 

 四人で八体、つまり片手で一つずつ。

 その場面の人形は、向きを調整する以上の操作が必要ではなかったらしく、殆ど吊るされているだけだった。

 糸で繋がれた人形を見て、僕は少し気持ち悪いと思った。

 

 僕が人形に興味を持ったのは、多分それが最初だ。

 

 

***

 

 

 それは、僕が小学校四年生の頃の話だ。

 

 月の綺麗な夜だった。

 

 運命を感じたのか、僕の魔法を扱える故の感覚がそれを捉えたのかは分からない。

 その日、僕は一人、星を見に公園へと出かけた。

 

 公園までの道を通るのは、初めてではない。

 そのはずなのにその道中、僕は奇妙な家を見つけた。

 と言っても、扉が開いていただけなのだが。

 

 しかしその扉は、まるで僕を迎え入れているかのように開いていたので。

 好奇心に駆られた僕は、思わずその扉を潜ってしまった。

 

 

 おかしな……いや、在ってはならないのかもしれない話なのだが。

 

 僕はその光景を見惚れてしまった。

 

 

 扉を潜り抜けたその先の部屋の中には。

 

 幾つかの死体があった。

 

 鳥ではなく、猫ではなく、人間の死体だ。

 

 昔、何故か見てしまったスプラッター映画の死体は、見ていて気分が悪くなった。

 

 でも……。

 その死体は美しかった。

 

 人の形を大きく崩さず、一閃にて斬られ、断たれた死体。

 赤いはずの血液と、生気を失った青白い肌が、月明かりに照らされて輝いて見えた。

 

 幻想的だった。

 

 だから、僕はただ。

 

 唯々、美しいと感じていた。

 

 

***

 

 

 ある日、僕は父親に連れていかれ、とあるアンティークショップに来ていた。

 父は、自分のコレクションを飾る棚を探しに来たらしい。

 

 過去話でおかしな表現だが今の時代、ほしいサイズや大体のデザインを要望すれば、ネットで簡単に発注できる。

 しかし、僕の父は職人が既に作ったものを、自分の目で直接見て、これだと思うものを選んで決めたかったらしい。

 僕が一緒に行ったのは、まぁちょっとした社会勉強みたいなものだった。

 父は自分の目的の棚を探していたが、僕はそれを含めて、様々な家具を見ることにした。

 

 椅子を、机を、時計を。

 

 もし自分の部屋に置くとしたら、どれがいいかと想像しながら、実のところ本心としては何となく眺めていた。

 

 そして店の奥へと歩いていくと、僕はガラスケースの中に居る一人の少女を見つけた。

 

 その少女は、細かな装飾をされた見事なドレスを纏い、椅子に座って静かに眠っていた。

 もちろんガラスケースの中に、人間が入っているわけがない。

 少女の正体は、ビスク・ドールだった。

 

 その少女を見たとき、不思議な感覚に囚われた。

 パズルのピースが嵌ったような。

 ガラス玉の濁りが取れて、透き通るような。

 何十キロも走った後に飲む水のような。

 どうとでも言い表せて、でも一つの事を指しているその感覚は、今となっても上手くは言えない。

 

 とにかく僕は、その人形を傍に置きたいと思った。

 ずっと、ずっと、見ていたいと思った。

 

 でも、それは出来なかった。

 その人形のお値段、なんと二四〇万円。

 親におねだりして買ってもらえるような代物ではなかった。

 

 それでも代わりの人形ではダメな気がした。

 ぬいぐるみでは、小さなフィギュアではダメな気がした。

 この人形でないと、ダメな気がした。

 

 僕はどうしようもない気持ちでいると、その姿を見た父親にこう言われた。

 

 自分で作って見たらどうか、と。 

 

 父が何故そう言ったのかは分からない。

 でも、その言葉は僕にとっては天啓だった。

 

 

***

 

 

 小学校六年の頃だった。

 

 その感情は、多分不思議な事ではないのだ。

 だって、そうあってほしいと思って作ったのだから。

 

 でも、その感情は、人として、きっとおかしな事なのだ。

 

 ある日、僕こと時村(ときむら) 一重(ひとえ)は、自分の作った人形に恋をした。

 

 

 



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28

 扉を開く。

 部室の中には、居眠りをするように机に突っ伏して気絶している少女。

 そして、俺が入ってきたことに驚いて振り向くフレンドリーな少年がいた。

 

 その光景は一見すると、眠っている女子生徒に悪戯しそうな男子生徒という所。

 

 しかし俺としては、何故少女が気絶しているのかは知っているし、フレンドリーな少年が何故そこまで焦っているのかも大体想像がつく。

 

 故に、掌を俺に向けて制止を促す少年が、この後に何と言い訳しても、それは無意味な発言なのだ。

 

「誤解だ」

「ここは四階だ」

「そうじゃねぇ」

 

 

***

 

 

 

「なるほど、つまりこの部活はそいつ(気絶している少女)が更生するための部活っていう訳ね。

……先に言えよ」

 

 机越しの椅子に座るフレンドリーな少年は納得するように頷き、そして小声で文句を垂れ流す。

 俺としては聞かれたことに答えただけなので、事情が理解できなかったのは彼の言葉運びが悪かったのだろう。

 

 フレンドリーな少年は顎に手を当て考え込む。

 その視線は、俺を捉えて離さない。

 まぁ、俺はその様子に興味が無くその場で読書をしていたので、動いてはいなかったのだが。

 

「……なぁ、この部活の主な目的は、読書や執筆とかじゃなくて、そいつの更生ってことでいいんだよな」

 

 フレンドリーな少年は考えがまとまったのか、俺にそう問いかけ、俺の返事を待たずに続きを語る。

 

「じゃあさ、ここで人形を作っていいか?」

 

 彼はまるで悪巧みでもしているかのように、ニコリと笑った。

 

 

 さて、少し前にもフレンドリーな少年こと、時村(ときむら) 一重(ひとえ)がこの部活に入ろうと考える経緯について語っていたが、今回はもう少し詳しく説明されたので、その内容を一部簡略化して語ることによう。

 

 彼曰く、最初は美術部に入部して人形を作ろうと思っていたのだそうだ。

 しかし、美術部員の中には彼の同志になれるような趣味趣向を持っている人は居らず。

 いくら部員を募集しているとはいっても、彼一人の為に部費を割く余裕はもちろんない。

 

 美術部の活動範囲で彼の趣味に一番近いものは彫刻らしい。

 だが彼がやりたいのは人形の制作であって、それの代わりになるようなものがやりたいわけではなく。

 自分の作りたいものが作れないならと、美術部の入部はやめたのだそうだ。

 

 それ以外の部活で人形が作れそうなのは手芸部らしいのだが、『作りたい人形』と『作れる人形』のカテゴリーが違うので、手芸部の入部もやめてしまう。

 

 この様に趣味に近かそうな部活を探すも、あれがダメ、これがダメと決められず。

 もう運動部でなければどこでもいいかとふらふらして、偶々出会ったのが俺らしい。

 

 そして、俺から文芸部について聞いたのだが、その内容を聞いても活動風景がイメージできず。

 少し興味が湧いたので、直接活動を見学しようとして部室に入り、目の前で少女がパニックを起こして気絶するという現場に遭遇したのだそうだ。

 

 どうしたものかとあたふたしてるところで、遅れてきた俺と再会し、詳しい説明を再度受けることになる。

 

 部活動の内容についてようやく理解した彼は、こう考えたのだそうだ。

 ここで人形を作れないだろうか、と。

 

 彼としては、最悪昼休み等の空いた時間に少し人形の作成に勤しんだり、作った人形を一時的にでも保管できるところがあればどこでもよかったのだそうだ。

 そして最良は、部費で人形の材料を買える事。

 

 彼の作りたい人形にはちょっとした機材がいるらしいのだが、その機材は魔法で代用できるようにしたいらしく。

 その魔法自体はある程度既に出来ていて、彼の魔法科高校の入学目的の一つがその魔法の改良、最適化らしい。

 

 彼の入学目的は置いておくとして、以上の条件と、文芸部の環境を照らし合わせてみる。

 

 この部室は空き教室で、使用目的は今のところなく、授業の為に使われることは今のところない。

 部員は俺と気絶している少女の二人だけなので、スペースは有り余っている。

 なので彼が人形を作成して、作った人形を保存できる場所はいくらでもある。

 つまりこの時点で、彼の最低条件は満たしている。

 

 文芸部としては彼の活動内容は明らかに畑違いであるが、この部活の主な目的は、気絶している少女こと秦野 絃音の対人、及び男性恐怖症を治すことなので、部室に来るだけで活動自体は問題ない。

 むしろ一人黙々と人形を作るだけでいいというのは彼にとって都合がいい。

 

 と、彼の説明は一度このあたりで止まったのだが、

 話を聞く限り、おそらく余った部費で人形の材料を買えないかと画策しているのだろう。

 

「いや、ほら、僕は絶対に眠っている女子に悪戯しようとかしないよ、マジで。

 僕は生きている人の事なんて興味ないし。

 人形にしか興味ないし。

 むしろ人形にしか性欲なんて湧かないよ、いや、本当に」

 

 一瞬止まったことを隠すように彼はそう語ったが、その内容は部費を趣味に使いたいと暴露するより悪手な気がする。

 そのことに気が付いたのか、もしくは一通り話し終えたので本題に入るためなのか。

 フレンドリーな少年は咳ばらいをしてこう言った。

 

「で、どうかな。

 ちょっと邪魔する形になるかもしれないけど、

 

 ここで人形を……じゃなかった。

 

 ここに入部しちゃダメか?」

 

 

 

***

 

 

 というわけで、フレンドリーな少年に入部させてくれないかと頼まれたのだが、残念ながら(いや、残念でもないのだが)、俺にその権限が無い。

 

「まぁ、取りあえず生徒会長に確認してみるか」

 

 是非とも聞いてみてくれと、語る入部希望者を横目に端末を開く。

 

 さて、

 

 えーっと、電話って受話器のマークを押せばよかったんだよな。

 電話番号は……知らん。

 というか電話番号なんて数字を覚える奴いるのか?

 達也ぐらいだろ。

 

 確か着信履歴とか発信履歴から電話できたはずだ。

 あ、ダメだ、生徒会長と電話で話したことが無い。

 

 まて、たしか連絡先をまとめた物が最初の画面から行けたはず。

 これか? メモ帳だった。

 

 ……! そうだ、確認をとるだけなら別に電話でなくてもいいじゃないか。

 たしか、メールのやりとりは生徒会長としていたので、先日のメールを利用して返信できるはず。

 

 メールボックスはどこだ?

 これか? アドレス帳だった。

 

 えーっと、メールボックスは……。

 まてまて、今のアドレス帳から生徒会長に電話すればいいだろ。

 

「何やってんだ?」

「普段使ってないから手間取ってるだけだ、気にするな」

 

 フレンドリーな少年の茶々入れを無視して、俺は五十音順から生徒会長の連絡先を探す。

 

 さ、

 し、

 す、

 せ……。

 

 おい、生徒会長(せいとかいちょう)の連絡先が無いぞ。

 

 いや、落ち着け、生徒会長は名前ではないからそれで探しても意味がない。

 確か生徒会長の名前は……。

 

 な、

 

 なな、

 

 おい、名前で探しても連絡先が無いぞ。

 

「……生徒会長の苗字って七草(ななくさ)だよな?」

「は? 七草(さえぐさ)だろ?」

 

 さえぐさ……、あった。

 さ行枠の一番上に、しかも漢字で。

 

「なんていうか、お前ってバ……変な奴だな」

 

 いつの間にか端末の画面を覗いていたフレンドリーな少年に、お前が言うなと心の中で返して電話をかける。

 そういえば、部活動の勧誘期間中ということでかなり忙しそうだったが、電話なんてしても大丈夫なのだろうか。

 五コール目で電話に出なければメールで確認しようと思っていると、三コール目で電話が繋がる。

 

「はい、七草(さえぐさ)です。

 何かありましたか? 月山さん」

 

 妙に苗字を強調して聞こえたが、それはよく使うことになる名前だからいい加減憶えろという啓示と受け取ることにした。

 

「入部希望者がいるのですが、どうすればいいですか?」

「え? 入部って、文芸部に?」

 

 他にどの部活があるというのか。

 

「あー……その人って、月山さんのお友達?」

「いえ、違います」

 

 暫し無言になった生徒会長は、とても言い辛いように俺に問いかける。

 

「なんていうか、その人って……。

 その、大丈夫、なのかなぁ……なんて」

 

 生徒会長は何を心配しているのか、それは理解できない事だ。

 だけど、想像は付く。

 

 男性が苦手で、場合によっては気絶してしまう少女。

 

 幾通りか予測できる生徒会長の心配事。

 おそらく、俺が何を言ってもその心配事は解消されることは無いだろう。

 なのでこれから語る俺の言葉は、決して何の役にも立たない事だと判っている。

 

 それでも、それはきっと重要な情報だから。

 ろくに知らず、本当か嘘かも判らない彼から聞いた言葉。

 役に立たないかもしれない直感が、信じていいと思えたので、俺はそれを語ることにした。

 

 

「人形にしか性欲なんて湧かないらしいですから大丈夫じゃないですか?」

「その人、大丈夫?」

 

 



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29 曖昧な友人

たつやしてん。


 それは勧誘期間三日目の放課後。

 俺と深雪、そして七草会長は、とある空き教室に向かっていた。

 その教室は文芸部の部室らしい。

 

 何故その教室に向かっているのか。

 俺達三人は実のところ、別々の理由でその教室に向かっている。

 

 七草会長は、文芸部の新入部員に対して簡単な個人面談をするために。

 

 深雪は、剣道部が起こした事件について少し聞きたいことがある。

 と、言う名目で、ツクヨミを家に招くついでに一緒に下校しようと考えている様だった。

 

 そして、俺は深雪と同じ名目で、ただし内心では妹の付き添いのような感覚で同行していた。

 

 剣道部については俺も幾つか聞きたいことがあり。

 さらに言えば、光井ほのかと北山雫がどういう人物なのかについても聞きたいことがあった。

 

 だが、それらの話をツクヨミから聞くのは、おそらく無駄だろう。

 そう考えていた。

 

 あいつに対しては何を想定しても無駄なのだ。

 

 俺の知る限り、ツクヨミこと月山(つきやま) 読也(よみなり)という人物はそういう特異な人種だからだ。

 

 深雪には話したことはないが、俺はあいつに詰問しようとした事が何度かあった。

 周囲を調べ、本人を観察することで、ある程度、幾つかの仮説を立てることが出来る。

 そして俺は、それを証明する為にツクヨミと二人で対話をしようと何度も試みた。

 

 その場に深雪を呼ばないようにした理由は、仮説の幾つかが想定通りだった場合、深雪を傷つける結果になると思ったからだ。

 もし仮にその仮説が正しければ、例え深雪が拒んでも、俺はツクヨミを消すつもりでいた。

 

 しかし、結局のところツクヨミとの対話は一度も成功した事がない。

 

 呼び出そうと思えば連絡がつかない。

 話しかけようと思えばそもそも出会えない。

 会話を切り出そうと思えばいつの間にか消える。

 

 用事があるときは全く会うことが出来ず、対話以前の問題なのだ。

 

 だが、用のないときには予想外な出会いをすることもある。

 

 一度、フォア・リーブス・テクノロジーの開発センターに向かう道中で偶然出会ったツクヨミに、

 

「(用があるときは居ないのに)何故こんなところに居るんだ?」

 

 と、俺が呟くと、首を傾げるツクヨミが、

 

「互いに存在はしているんだから地球の裏で偶々出くわしても不思議ではないだろ」

 

 と、旅行先の沖縄でばったり遭遇してしまった実例から、反論の余地を失ってしまったのは記憶に新しい。

 

 

 これらの経験から、

 一緒に帰ろうという内容の通知が彼の端末に送られているであろうにも拘わらず。

 ツクヨミは、既に帰宅済みなのだろうと、俺は予想していた。

 

 ……だからだろうか。

 文芸部の部室の中で、ツクヨミが優雅に読書をしていたのは。

 

 

***

 

 

 下校時刻。

 俺と深雪に挟まれているツクヨミは、俺達の出自を知っているのにも関わらず。

 魔法師の世界をそれなりに学んだ今となっても恐ろしいほど変わらない。

 

 月山(つきやま) 読也(よみなり)という人物を一言で表現するなら『曖昧』だ。

 

 身長は俺よりは低く、深雪より僅かに高い。

 本人はだいたい一六五センチと言っているが、記録を見ても、俺が観ても一六二センチ。

 ただ、細い体格と、姿勢が良いせいか、無意識に背丈が俺と同じぐらいなのではないかと錯覚してしまう。

 

 顔立ちは整っていてかなり中性的。

 少し化粧をすれば女性に見えるかもしれないが、不思議と男性と認識してしまう。

 ただ、それは”よく言えば”という話であって、悪く言ってしまうと特徴がない。

 ツクヨミを認知していなければ、俺は人通りの少ない道ですれ違っても学友だと気が付かないだろう。

 

 髪型は癖も膨らみも少ないショートカット。

 色は黒く日焼けで変色した所が見つからない。

 

 基本的に無口だが、受け答えに淀みが少なく、すらすらと出る言葉からは会話になれていないと思わせる要素がない。

 

 よく言えば儚げで、悪く言えば影が薄い。

 そこに居ようが居まいが関係なく忘れられることが多々あり。

 癖なのか、よく見せる首を傾げるその姿は幽霊を連想させる。

 

 しかし彼を知るようになると、そんな姿が周囲から浮いて見えて違和感を覚えてしまい。

 その佇まいには妙な存在感があった。

 

 普段の生活態度は模範的だが、時折奇行が目立つ。

 矛盾的に聞こえるかもしれないが、前後の境界線は月山(つきやま) 読也(よみなり)を認知するかしないかだ。

 

 

 口にしたことはないが、俺はそんなツクヨミのことを、『表社会に潜む妖怪』だと思っている。

 

 だからこそ、俺達はきっとツクヨミの全容を知ることが出来ない。

 

 表と裏の境界は確かに存在する。

 表の住人が裏の住人の領域を乱せば、表の住人はいともたやすく消されるだろう。

 

 しかしそれは逆も然り。

 

 表に潜む彼を幾ら裏から探りを入れたところで、彼の素性に辿りつけるわけもない。

 裏の顔を持たないツクヨミが、裏側に痕跡を残すようなことなどないからだ。

 

 そして無理に彼の領域を乱そうとすれば、裏側が痛い目を見る。

 その結果を知っているからこそ、四葉はツクヨミに対して監視以上の手出しはしない。

 

 謎の多い彼だが、それでも近くに居るからこそ、分かることもある。

 

 空間置換、時間停止、透視、未来予知。

 今まで見たことがある幾つかの異能を持つツクヨミだが、その能力の本質はおそらく一つなのだろう。

 

 俺の『分解』が、分解の範疇であれば、機械を部品ごとに分けたり、分子レベルでバラバラに出来るように。

 異能の副産物で『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を使えるように。

 

 ツクヨミの幾つかの能力は、本質の能力の副産物だと推測できる。

 それはBS魔法師でありながら平均以上の魔法技能を有していることからも考えられることだ。

 

 そしてその本質は、特定の系統魔法に偏る能力ではなく。

 羨ましい事に現代魔法と相性が良いのだと考えられる。

 

 問題はその本質だが、これが全く予想できない。

 

 例えば仮に、ツクヨミの能力の本質が『空間置換』であれば、彼が応用で『透視』を使える理由も納得ができる。

 しかしそれだと、予知能力と時間停止が使える理由の説明ができなくなってしまう。

 

 『透視』が本質であれば、『未来予知』の説明がつくが、『空間置換』と『時間停止』の説明ができない。

 

 時間や空間、もしくは何らかの概念に干渉する能力だとしても、特定の系統魔法に偏らない概念が思いつかない。

 

 例をあげると限がないが、要約すると彼の能力に共通点が見つからないのだ。

 

 不確定要素は、不安要素になる。

 

 ツクヨミに直接能力を聞いても答えは返ってこない。

 あいつは口調に淀みが無くても返答を濁すことはよくある。

 

 だからこそ、俺はツクヨミを観察して、警戒する。

 たとえ、本人が自分の能力を把握していない可能性が頭を過ってもだ。

 

 そんな表現をすれば、俺はツクヨミに対して悪感情を抱いていると思われるかもしれないだろう。

 しかし俺にはそんな思いを抱くような感情はそもそも無く。

 むしろツクヨミには感謝しているぐらいだった。

 

 沖縄の事件で、身を挺して深雪の命を救ってくれたことも。

 

 ツクヨミが日本刀を持って四葉に襲撃するという前代未聞の事態を起こした中で、

 拘束か、最悪処分しろと命令が出ていた俺に文句を一言も言わずその行為を肯定してくれたことも。

 

 世間話をするように俺に感情が何なのかを教えてくれて、その結果、俺が疑似的に人並みの感情を知ることが出来たことも。

 

 多くの衝動的感情を失い、『兄弟愛』しか残っていないはずの俺だが、それでも深くツクヨミに感謝している。

 

 ……いや、空間置換の影響で『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で観測していた深雪が突如消え、再会時には腕から血を流す光景を見て心臓が止まる思いをしたり。

 気絶させるためにという理由で切り刻まれたり。

 高校受験で散々苦労させられた挙句、最終的にはほぼ無駄に終わったなどの事を踏まえると、やはり五分五分(イーブン)かもしれない。

 

「お兄様」

 

 様々な思いが一通り過り、思わずため息をつくと、隣にいる(・・・・)深雪から話しかけられる。

 

 深雪が隣にいる時点で、その内容は大体想像つく。

 それはよくある事なので、実は一つの恒例行事としてひっそりと楽しんでいたりしていた。

 

「どうかしたか? 深雪」

 

 だからだろうか、俺が微笑みながら深雪に問い返すのは。

 

「ツクヨミさんがいません」

 

 だからだろうか、隣にいる深雪が同じよう微笑んでいるのは。

 




既存キャラの視点難しい。


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30

たいくつなおはなしです。


 俺の部屋は、部屋というよりは道なのではないかと思える様な部屋で、その原因は妹が俺の部屋に置いている大量の本のせいだ。

 

 部屋の出入り口から延びるその道は、途中でクローゼットとベッドに向かう道へと分かれており。

 置かれているはずの本棚や、壁すら覆い隠して本の壁が出来ている。

 

 正直、床が抜けないか心配になる。

 過去に達也と深雪が俺の部屋を覗いた感想は、要約すると「地震が起きればお前は死ぬぞ」というものだった。

 

 窓から差す日の光が余りに鬱陶しく感じ、毛布から顔を出す。

 何となくベッドの横に積まれている本を眺めて、俺は毎朝いつの間にか眠っていたのだと気が付く。

 

 よくある退屈な一日はそんな部屋から始まるのだ。

 

 寝惚け眼でベッドから出て、俺は本の山で出来た壁を縫ってクローゼットに向かう。

 俺の家は洗面所がそれなりに広めで、部屋の中には大きな箪笥がある。

 箪笥の中は段ごとに家族の所有場所が決まっていて、部屋着や下着、靴下などが入っている。

 しかしスーツや制服など皴のつくと困る物等は箪笥に入れられないので、自室のクローゼットに保管することになっているのだ。

 

 部屋からブレザー以外の制服を持ちだして、まず最初に向かうのは洗面所。

 寝巻を脱いでシャワーを浴びて目を覚ます。

 その度に、朝のシャワーは体に悪いだとかなんとかという話が頭に過り。

 後で誰かに聞いてみようと思いながら体を拭くが、ドライヤーの温風でその意志は何処かに飛んでいく。

 

 朝食は特に希望があるわけでもないのでゼリー飲料でもいいのだが、母がちゃんとしたものを食べろとご飯と味噌汁を用意しているので、俺はそれを有難くいただく。

 

 ちなみにおかずは作り置きの漬物だ。

 

 俺は漬物があまり好きではない。

 ほしければ自分で取って行けとばかりにテーブルの上に置かれているので、俺はそれに手を付けず食事を終える。

 

 家を出る前に自室に戻り、俺はその日に持っていく本を選ぶ。

 

 空間置換を使えば、何処にいても部屋の本を取り出すことはできる。

 摩擦や上に乗っている本の重みで通常なら取り出すのが難しくなった本でも簡単に取り出せるし、無理に引っ張り出して本を傷めるようなことにもならない。

 

 だが、取り出した本が無事だからと言って、他の本が無事とは限らず。

 滅多に起こりえないが、抜き取った場所によっては本の壁が崩れる可能性があるのだ。

 

 本棚に並べられた本なら壁が崩れる心配は無いのだろう。

 しかし、俺の部屋の本棚はほとんど物置になっており本が二、三冊しかない。

 置かれているのは幾つかのCADや、所持登録をしていない日本刀など身内に見られると困る物だ。

 

 まぁ本棚の内容は置いといて。

 上記のような理由で、本の壁が崩れないように、本を取り出すときは近くで軽く壁を支える必要がある。

 

 勘違いされるので先に言っておくが、俺は別に本が好きなのではなく、読書が趣味というわけでもない。

 それらはただの暇つぶしだ。

 

 能力を使えば、例え授業中であろうと窓の外を眺めるように世界中を見渡すことが出来る。

 だが、見渡したからと言って、面白いものが観れるとも限らない。

 そもそも何を見るというのだ。

 他人の恋路か、無関係な人物によるの浮気現場か、それとも突発的な殺人事件か。

 大自然や野生動物でも観察してみようか。

 それはきっと面黒いのだろう。

 最初から見るならともかく途中からで、しかも最後まで見れるとも限らない長編物語。

 そのうえ、見直すことにかなりの疲労を伴う物の何が面白いというのだ。

 

 まだ漢字辞典の文字列を流し読みしている方がましである。

 

 取り出す本は無作為だ。

 読んだことがあろうとなかろうと、暇つぶしに使えれば何でもいい。

 強いて言えば、気にするのは本の厚みぐらいである。

 

 さて、二十年程前の分冊版六法全書三巻か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まぁ、読むだけ読むか。

 

 

***

 

 

 その日は部活動勧誘期間の最終日だった。

 

 大体の通学時間を把握した俺は、今では学校のチャイムが鳴る数分前に教室に入れるようになっている。

 今は通学路の途中で、時間的には少し焦らないといけないような時間だったが、今のペースではそこまで焦る必要は無い。

 なので後ろから走って来る男子生徒がどれだけ慌てていようとも、俺はそれに合わせる必要は無いのだ。

 

 そんな男子生徒は俺を少し追い抜くと二度ほど振り返って立ち止まる。

 

「ん? おっす、月山じゃねぇか。

 急がねぇと遅刻しちまうぞ」

 

 そんな風に話しかけてきたのは、達也のクラスメイトの活発そうな青少年だった。

 彼とはそれ程話をしたことがあるわけではないが、無視するほど嫌悪には思っていない。

 

「おはよう。今の時間なら多少ギリギリだけど遅刻にはならないよ」

「まじか? いや~、寝坊したもんで遅刻するかと思って焦ってたわ」

 

 俺の返事を聞いた活発そうな青少年は、何かに納得して、何故か俺の横に並んで歩き始める。

 彼の名前については、相も変わらず覚えていない。

 記憶の片隅にアパートみたいな名前だとか、トラみたいな名前で呼んでくれと言われた事などのヒントは出てくるのだが、関連性の見つからないヒントからでは当然の如く思い出せない。

 

 だがしかし、名前なんて必要以上に覚えておく必要などない。

 会話の中で相手の名前を使うことなんて、そうそうないのだから。

 

「深夜徘徊でもしてたのか?」

「はは、まぁそんなところだ」

 

 冗談を交えた俺の問いかけに対する彼の答えは、意外にも肯定だった。

 

 深夜徘徊は、俺も偶に妹の付き添いでしている。

 基本的に夜遅くまで起きていることが無いので、真夜中で他にすることが思いつかず適当に言ったのだが、まさか正解だとは思わなかった。

 

 校門に着くと、ちらほらと片付けを始めたりする生徒や、未だに勧誘をしている生徒がいる。

 勧誘期間中、少なくとも昨日の放課後までは、各クラブ活動が出すの勧誘の熱が冷えることは無かった。

 

 魔法科高校には体育祭や文化祭のような行事はないらしい。

 なのでもしかしたら、部活動勧誘期間というのはこの高校なりの文化祭だったのかもしれない。

 

 だとしたら、もう少し楽しんでもよかったのだろうか。

 いや、知りもしない人間と会話という行為が好きではないので、結局は俺がこの行事を楽しむことはなかったのだろう。

 

 未だ勧誘している生徒達から逃れるため、俺は自身と、ついでに横にいる青少年に『少しだけ対象の極小範囲をぼやけさせる』という魔法を発動する。

 この魔法は、妹が発案した達也監修済みの魔法だ。

 

 なんでも、

 人間は物を探す状況で、視覚情報に於いて上手くピントが合わなければ無意識に見逃してしまうのでは?

 という発想の下で生まれた魔法らしい。

 

「すげぇな、CADが無くても魔法が使えるのか」

 

 隣を歩く活発そうな少年がそんなことを問いかける。

 

「まぁ、条件付きだけどな」

 

 CADを使わずに魔法を発動できるのは、俺の能力の応用だ。

 現代魔法を学んでいるうちに出来るようになったのだが、どうも俺は過去に幾度かCADから読み取ったことのある起動式を『過去観測』の応用で再現しているらしい。

 

 ただやはりというべきか、判っているだけでも幾つかの欠点や条件などがあった。

 まず欠点として、発動するまでの速度がCADを使った時に比べてかなり劣る。

 ただし、何度も同じ魔法を使ってるうちに慣れるのか、魔法の発動速度が速くなりCADを使った時に近づくことは出来る。

 今のところその速度で使える魔法は『跳躍』だけだ。

 

 その他では、余り広域に作用する大規模な魔法が使えない、起動式の読み取った内容を再現する故かCADに大きく依存する魔法が使えないなどがある。

 

 ループ・キャストに近い事は出来なくはないのだが、安定性が欠けるのだ。

 今使っている魔法も、断続的ではなく持続時間をある程度決めてから発動しているので、実は細部に粗が目立っていたりする。

 

 俺は皆までそれを伝えるようなことはしない。

 だが、別に知られたところで困る物ではないので、俺は幾らでも解釈できる返答をする。

 

 彼に伝えるのはシンプルな答えだ。

 

「簡単な魔法だけだよ」

「いや、それでも十分すげぇよ。お前」 

 

 さて、はたして凄いのは『俺』なのだろうか?

 

 

***

 

 

 放課後、俺は部室で本を開く。

 少し前の話だが、フレンドリーな少年こと時村 一重は文芸部に所属することが決定し。

 文芸部の部長は、様々な理由から俺になった。

 ちなみに副部長は気絶する少女こと秦野 絃音だ。

 

 昨日や一昨日の間で、ある程度の活動内容を決めたり必要な申請を終えた俺達は、勧誘する側になったにも関わらず、部室で静かに本を読んでいた。

 

 時村は部室で人形を作成することに許可を得たにもかかわらず、今は端末で読書をしている。

 なんでもまだ道具や材料を持ち込んでいないらしい。

 

 秦野は少し慣れたのか、俺達を視界に入れないようにしながら読書をしていた。

 実は昨日、部活の申請手続きを出した際、彼女について生徒会長から少しだけ話を聞いていた。

 

 彼女の対人恐怖症兼男性恐怖症は心的外傷後ストレス障害に近いものがあるらしい。

 家庭環境が悪かったのもあったが、とくに男子に頭突きされたことが相当なトラウマになったらしく。

 例え同性でも正面に立たれると、その時のことがフラッシュバックするのだそうだ。

 

 そんな人物がよく学校に通えるものだと思ったが、生徒会長曰く五年ほどかけて治療し、ようやく学校に通えるようになったのだとか。

 

 さて、読んでいた本があまり面白くは無かったので、俺は『千里眼』で風紀委員の活動をしている達也を観測した。

 

 魔法について学んだ際、知覚系魔法は観測した対象にサイオン波が届くということを知ったのだが、どういう訳か俺の『千里眼』はそう言ったものを感じ取れないらしい。

 直接聞いたわけではないが、達也にそれを教えてもらった際に何となく疑問に思ったのが伝わったのか、それとなく推論を立てられた。

 

 曰く、かなり隠密性の高い能力か、あるいは常時イデアにアクセスしているために気づかれない場合はあるかもしれない、のだそうだ。

 ただ後者の場合は一つ一つのあらゆる情報を常に脳に受信している事になるので普通の人間にはまず不可能だろうと言われたので、多分俺の能力はかなり隠密性が高いのだろう。

 

 閑話休題。

 

 風紀委員は決して人数が多い訳ではなく、最終日という事もあってか、校外はかなり混沌と化している。

 その中でも特に過激化しているのは達也の周辺だった。

 

 大体の事件を起こしているのは達也に対して何かしらの悪感情がある一科生に見えるが、その中には見覚えのある顔つきの生徒達がちらほらといる。

 

 彼等彼女等の正体、というか事情については既に判明している。

 それは司波兄妹の家で剣道部と剣術部が起こした騒動の顛末を聞いたときに想像できたことなのだが、どうやら彼等彼女等は洗脳を受けているらしい。

 

 目的を持つという事は表情や顔に出るものだ。

 その目的意識が誰かの洗脳によって植え付けられたとする。

 

 結果。

 全員が同じ目的を持つ。

 その意志が表情に表れ。

 全員が同じ顔つきになる。

 

 言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、その状態を俺の千里眼が目に見える形で捉えたようだ。

 どうしてそういった状態で視えるのかという説明は出来ないが、脳が勝手に判りやすく解釈しているのではないかと思う。

 

 彼等彼女等が洗脳されているという事。

 ついでに言えば、それは誰がやっているか、どのような魔法を使っているかは大体知っているが、そのことを司波兄妹には伝えていない。

 

 何故かと言えば、その洗脳された生徒達が起こす事件で少し気になることがあり、その事件を事前に止められると困るからだ。

 

 その事件は洗脳された生徒がテロリストを学校に招き入れるという色々とかなり危険な事件なので、本来ならば事前に止められるのなら止めるべき事件なのだろう。

 それを黙認することはきっと咎められることなのだろうが、そこは上手くいくように立ち回ろう。

 ダメだったらそのときはそのときだ。

 

 まぁ、いつ起きるかわからないがこの学校に入学してからまだ二週間と経っていないし、そんな大規模な事件が起こるのは一、二ヵ月先か、場合によっては一年以上先の可能性もある。

 

 というか、入学早々テロに巻き込まれるなどたまった物ではないだろう。

 主に現在進行形で事件に巻き込まれている達也が。

 

 

***

 

 

 俺の部屋は、部屋というよりは道なのではないかと思える様な部屋で、その原因は妹が俺の部屋に置いている大量の本のせいだ。

 

 部屋の出入り口から延びるその道は、途中でクローゼットとベッドに向かう道へと分かれており。

 置かれているはずの本棚や、壁すら包み込んで本の壁が出来ていた。

 

 正直、床が抜けないか心配になる。

 過去に達也と深雪が俺の部屋を覗いた感想は、要約すると「地震が起きればお前は死ぬぞ」というものだった。

 

 窓から差す日の光が余りに鬱陶しく感じ、毛布から顔を出す。

 何となくベッドの横に積まれている本を眺めて、一番上に置いたはずの二十年程前の分冊版六法全書三巻がないことに気が付く。

 

 たまにある退屈な一日はそんな部屋から始まるのだ。

 

 




誤字報告ありがとうございます。


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31

 とある日の下校時。

 その日は部活が無く、最近よく飲んでいる飲料を購買で買った帰りの事だ。

 

 文芸部の活動は毎日行う訳ではない。

 

 週に三日ぐらいで、それ以外の日と用事などで参加できない部員が過半数を超える場合は休みという事になっている。

 部室を使用するための解除キーは部員全員が所持しており、休日でも使いたければ使っていいという事になった。

 それを聞いた時村がとても喜んでいたので、もしかしたら次に部室に入ったときにはよく解らない機械や人形の部品が転がっているかもしれない。 

 

 さて、特に決まったという訳ではないが、俺は部活がある日は出来るだけ一緒に帰れないかと司波兄妹に誘われていた。

 

 しかし、俺はあまり人と歩幅を合わせるのが得意ではなく。

 何時だったかの下校時も、帰りに偶々通りがかったケーキ屋に立ち寄っていたら両隣りにいた二人がいなくなっていたことがあり。

 その時は、「まぁ後であいつらの家に行くから問題ないな」なんてことを考えて放置をしたら、司波兄妹の自宅で説教されることになった。

 

 そんな訳で、俺は「一緒に帰れないか?」というその誘いを「気が向いたらな」と、遠回しに断った訳なのだが……。

 

「あら、ツクヨミさんは今お帰りですか?」

 

 俺はそう話しかけてくる深雪に、昇降口にて遭遇してしまったのである。

 

 はて、今日は生徒会で仕事があると何処かで聞いた記憶があるのだが、何故彼女はここにいるのだろうか?

 そのことをそのまま聞こうとしたが、少し考えれば分かる事だったので、俺は一瞬躊躇してしまう。

 

 聞く必要が無い事を聞くなんて、するだけ無駄な行為だ。

 昔はそう思っていた。

 

 しかし、今は違う。

 

 たとえわかりきったことでも、それを聞くことによって会話が円滑に進むのだと俺は知っている。

 知識をただ蓄えるだけのことを成長というのかは知らないが、これはきっといい機会なのだ。

 

 見せてやる、俺の成長を。

 

「お前はサボりか?」

「違います」

 

 違った。

 

 

***

 

 

 深雪の説明は要約すると、生徒会の中条先輩という人物が何らかの発注ミスをしてしまい、その穴埋めの為に買い出しに行く途中なのだそうだ。

 生徒会の活動が具体的にどういったものなのかは知らないが、発注作業がある事には何となく疑問に思ってしまう。

 まぁ、魔法科高校の生徒会は普通の学校よりも仕事が多そうなので、普通とは違う業務があるのかもしれない。

 きっと中には、それは生徒会の仕事ではないだろうと言えるような仕事もあるのだろう。

 

 そんな訳で、俺は何故か件の店に着くまで深雪と一緒に行動することになった。

 隣に誰が居ようと目の前を黒猫が横切ろうとどうでもいいのだが、それでも経緯に他人の思考や情が混ざると何故そうなってしまうのかと、俺はどうしても疑問に思ってしまう。

 

 まぁ、きっとこれは俺の性分なのだろう。

 

 ちなみに最寄りの駅とは完全に別方向だったので、深雪と別れた後、俺はおそらく空間置換を使って帰ると思われる。

 

 さて、話は変わるが、人通りの多い場所で目立つ人間とはどういう人物だろうか?

 

 例えば、服装や容姿が特異であれば目立つかもしれない。

 

 例えば、集団が似たような行動する中で奇行、もしくは変則的な行動をすれば目立つかもしれない。

 

 では、もしその二つの特徴を持つ人間が居れば、それはいったいどれほど目立つだろうか。

 

 そんな疑問を抱くにももちろん経緯があり、二つの例に該当する人物達が、俺の目の届く範囲にいたからである。

 ちなみに補足するが目が届くというのは『千里眼』の話ではない。

 

 その人物達というのは三人いる。

 

 容姿の何が目立つか?

 その点については該当するのは一人だけで、他二人は実際そうでもないのだろう。

 

 しかし、価値観には人それぞれ差というのがあり、その二人に見覚えがあれば、俺にとってそれなりに目立つ容姿ということになる。

 容姿が目立つ残る一人は、髪の色がルビーのように真赤な髪色で、落ち着いた街並みの中ではかなり異色に見えた。

 

 目立つ行為というのは、その三人が見覚えのある顔つきをした生徒を尾行をしているという行為だ。

 

 尾行が目立ってはきっとダメなのだろう。

 きっと本人達にもそんなつもりはないはずだ。

 彼女達はからしてみれば、尾行は他人に目立たなければいい訳で、対象の視覚に入らなければ、きっと気づかれることはないと思っているのだろう。

 

 しかし、そんな彼女達の隠れながら尾行するという行為は傍から見ればかなり目立つのだ。

 

 今は下校時刻なので、せめて偶々同じ道を下校してると装っていればまだましだったのだと思う。

 しかも、その尾行は対象にバレているらしく、俺には彼女達がフルフェイスのヘルメットをかぶった人物達に取り押さえられる未来が見えていた。

 

 さて、この未来が見えたというのは『未来予測』の話ではなく『未来予知』だったわけで、俺がその現場に遭遇するのはほぼ決まっている。

 その経緯は今は不明だが、それでも想像することは何となく出来た。

 

 容姿が目立つという理由の中には二人が知人だったというものがあるので、これについては俺にしか該当しないように思えるが、その二人の知人であるという人物がもう一人、俺の隣にいる。

 

 いや、彼女からしてみれば知人ではなく友人なのだろう。

 であれば、きっと俺よりも『目立つ人達がいる』と認識するはずだ。

 

「ほのか達ですね? ……どうしたのかしら、こんなところで」

 

 深雪は独り言のようにそうつぶやくと何やら考え始める。

 その思考を邪魔したいわけでもなく、特別疑問に思ったわけではないが、それでも少しだけ気になることがあるので、俺はそれを聞くことにした。

 

「知り合いか?」

「ほのかと雫はクラスメイトじゃないですか……」

 

 俺は真赤な髪の少女について聞いたつもりだったのだが、主語を抜いたのは失敗だったらしい。

 冷やかな視線を送っていた深雪だったが、何かを閃いたのか、少し思案をしてから口を開く。

 

「ツクヨミさん、少々手を貸してはいただけませんか?」

「……『再成』は対象の苦痛も読み取るみたいな事を聞いたがいいのか?」

 

 貸すのは別に構わないが。

 

「いえ、物理的にではなく。

 少しの間でいいので、ほのか達を見守っていただけませんか」

 

 まぁ、何となく彼女の頼み事は判っていた。

 だからこそであり、その先も大体わかっているので、俺はそれを思わずにはいられず、その思いを口からこぼしてしまう。

 

「面倒だな……」

「ツクヨミさん、人という字は人と人が支えあって出来ているという話をご存知ですか?」

「人という字は一人の人間が立っている姿からできているそうだ。よって俺は人ではない」

「人でないことを否定してください。それに支えあう事も自立できない事も人でなしとは言いませんよ」

 

 何と言うかわかるでしょう?

 と、口には出さず微笑む深雪に、俺は答えた。

 

「ろくでなしか? ……否定はしない、地に足がついてないから」

「そういう意味ではありませんね。そもそも高校生であるという時点で地に足がついている方はそういないと思いますよ」

 

 つまり、ろくな高校生がいないと言いたいのだろうか?

 

「まぁ、なんでも構わないか」

「よくはないと思いますが?」

「だけど構わないよ。

 さて、俺は見ているだけでいいのか?」

 

 そう俺は最終確認をしただけなのだが、深雪は少し呆れたように、しかし何処か嬉しそうに答えた。

 

「見て、守っていただけませんか?」

 

 それは何処かで聞いた覚えのある言い回しだった。

 だからだろうか、彼女の頼みを理解することができた。

 

「委細承知」

 

 俺は軽く手を振って歩みを早める。

 そして一歩分先に進んだあたりで、深雪は俺に声をかけた。

 

「私も直ぐに合流しますね」

「はいはい」

「返事は一回でお願いします」

「あいよ」

 

「……真面目にお願いしますよ?」

 

「おーきーどーきー」

 




誤字報告ありがとうございます。


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32

 ヒーローは遅れてやってくる。

 闘争が含まれる物語にはよく使われる手法だ。

 

 パターンにも色々あるが、よくあるものの一つで危機に陥った仲間が敵の止めの一撃を受ける瞬間に、主人公が助けに入るというものがある。

 

 それは物語の中だけの話だろう、と思われるかもしれない。

 

 だけど俺だって男の子だ。

 

 幾つもの物語に触れ、好奇心に溢れ。

 いつかは自分も、奇妙な出来事に巻き込まれることを願う。

 

 随分と昔の話だが、そんな子供だったことだって俺にはあるのだ。

 

 という訳で、今回俺が路地に入る前に踏みとどまっているのは、『俺が男の子故に助けに入るタイミングを見計らっている』という人間らしい理由だと言い訳しよう。

 

 少女達、及び少女達を囲ってる襲撃者達よ。

 

 どうかもう少しだけ待ってもらえないだろうか。

 

 まだ道中で買ったクレープを食べ終わっていないのだ。

 

 

***

 

 

 頭の悪い冗談はさて置いて、そこに至る経緯を少しだけ語ろう。

 

 深雪と別れた後、俺は街の中にある人目や防犯カメラが無い僅かな死角に移動した。

 理由はもちろん『空間置換』を行うためである。

 それは深雪の頼みを無視して帰るためではなく、もっと個人的な理由での処置だ。

 

 俺の周囲は、ある日を境に様々な監視が付いている。

 それは司波兄妹の実家である四谷家であったり、国防軍だったり、公安だったり、忍者だったり。

 それこそ冗談に聞こえるかもしれないが、それだけの監視が俺の周りにはある。

 

 しかもこれでも減っている方なのだ。

 

 これから起きる出来事は、そういった監視を行っている人たちにはあまり見られたくはない。

 まぁ、これは未来が見えたとか経験があるからとかではなくただの勘なので、上手く言えないが見られた場合に嫌な予感がするのだ。

 

 そういった訳で、俺は一度その監視をまく必要がある。

 

 少女達からは、距離的に見れば一度離れるわけだが、それはそれで都合がいい。

 俺はこれでも常識人だと自負している。

 女子生徒達を男性が後からつけるというのがどういう目で見られるかは判っているつもりだ。

 

 それに『千里眼』を使えば、例え少女達が地球の裏側まで尾行を続けていようと、俺は自室の中で快適に観測し続けることが出来る。

 まぁ、それでは守りに入る際にかなりの労力がいるので、俺は彼女達が襲撃されると思われる路地裏に向かう必要があるのだけど。

 

 さて、それは俺が『空間置換』を行った後、目的地に向かう最中である。

 俺は、見つけてしまったのだ。

 

 

 クレープの移動販売車。

 

 混む時間が過ぎたのか、あるいは開店したばかりなのか比較的に少ない客。

 

 そして近くに立つ旗に書かれた文字。

 

『期間限定! 大粒イチゴが丸々入った極上クレープ!!』

 

 

 ……いや。

 

 いやいや、今は買っている場合でない。

 確かに引かれるものはあるが、別に今買う必要は無いものだ。

 やることをやった後で、また買いにくればいいではないか。

 

 そして俺は歩を進めた。

 

 それにしても、だ。

 やれやれ、このクレープ屋は何を考えているのやら。

 文章の時点で気づいていたが、クレープのメインが完全にイチゴだ。

 しかもクリームで滑って肝心のイチゴがとても食べ難いではないか。

 これならイチゴ大福の方が良い。

 いや、まぁ……。

 イチゴの酸味とクリームの甘みがとても合っていて美味しいのだが。

 

 

***

 

 

 さて、そんな訳で、俺は今クレープと格闘中である。

 俺は悪くない。

 クレープが美味しくて、食べ難くて、やめられないのが悪い。

 

 つまり俺が悪いな。

 

 しかし、今のところ問題はない。

 確かに少女達は囲まれているが、本当に危険な状態になるのにはまだ時間がある。

 俺はそれまでにクレープを食べ終わればいいのだ。

 

 それに俺は何も考えずに買ったわけではない。

 俺が見た予知の中でクレープを食べているという場面は無かった。

 僅かな未来の改変だが、これが決定打になるかもしれない。

 

 例えば食べきるのが間に合わず、少女達が殺されてしまうとか……。

 いや、それではダメだな。

 

 それでも俺は食べるのを止められない。

 背徳感というやつだろうか、きっとそれがクレープのスパイスになっている。

 

 しかし、今のところ問題ない。

 襲撃者達がキャスト・ジャミングを使い、その結果、頭の中で酷い騒音が鳴り響く。

 だが、その効果は過去にも俺は受けたことがあるし、来ると判っていれば耐えられる。

 まぁ、多少驚いて指に力が入り、クレープから僅かに残っていたイチゴの欠片とクリームが音を立てて落ちたが被害はそれぐらいだ。

 

 現代魔法は難しいが、能力の方は問題なく使うことが出来る。

 

 俺は最後の一切れを口に放り込み、気合を入れて裏路地に向かうことにした。

 

 

 さて、殺るか。

 

 

***

 

 

 人間が一代の内に何段階も進化することはない。

 それでも、人は学んで、思考して、試行して、変化する。

 

 俺はもちろん人間だ。

 だから、その例から、俺が例外として漏れることはない。

 

 体感の話なのだが、能力の応用である『空間置換』は、その工程がかなり長い。

 

 まず疑似時間停止を行い。

 その後、入れ替える二つの座標を決め。

 座標が決まったら二つの領域内の構成を解析する。

 解析した情報を元に改変後の状態をイメージして。

 疑似時間停止後の情報に加入させる。

 

 以上が『空間置換』の工程だ。

 

 現代魔法の多くが一秒以内で発動できる。

 疑似時間停止は短時間だけ発動することもできるが、最大で七秒ほど止められる。

 現実時間では那由他の彼方ほどの秒数もかかっていないが、七秒かけて魔法を発動するというのがどれほど長いかは一目瞭然だろう。

 

 そんな訳で、せめて体感だけでも早くできないかと、俺は試行錯誤してみた。

 

 それは現代魔法を学んだから出来たことだ。

 現代魔法に於いて、使い慣れた魔法は口頭での呪文による自己暗示で魔法を発動することが出来る。

 

 俺は、口頭による呪文を一定の動作による自己暗示で魔法が発動できないかと考えた。

 

 本来であれば、領域を決めてから疑似時間停止を行う事は出来ない。

 空間の切り取りはかなり精密である必要があるからだ。

 例え目に見えなくても空気中にチリなどのゴミなどがあれば領域の指定は完成しない。

 全てが止まっていなければ出来ないのだ。

 

 だけど、対象物と移動先を大雑把に指定して、疑似時間停止後に細かい領域の修正を経験や直感で無意識に行えれば、それが解決できないかと考えた。

 

 工程は三つ。

 

 対象物を決める。

 移動先を決める。

 最後に、指を鳴らす。

 

 俺は出来た魔法に簡易版空間置換、略して『簡易置換』と名付けることにした。

 

 

***

 

 

 保護者の少女を地面に押し付ける襲撃者はナイフを手に叫ぶ。

 

「この世界に魔法使いは必要ない!!」

「そうかもね」

 

 普段なら返答しないのだが、『簡易置換』を使おうとしていた俺はほぼ無意識に返答してしまう。

 第三者がいると思わなかったからか、あるいは肯定されると思わなかったからか、襲撃者達の動きが一瞬止まった。

 

 その隙を縫うように、俺は襲撃者達が持つ武器やアンティナイトが埋め込まれた指輪を指定し。

 移動先を俺の周囲に落ちるように指定して指を鳴らす。

 

 高く軽い金属音を立てて落ちる対象物を見て、俺は一息ついた。

 

 咄嗟にも使えるこの能力。

 使えるようにしているが、実はまともに使うのは初めてなのだ。

 というのも『簡易置換』は、長距離の移動には使えず、目視できる範囲でしか使えない。

 しかも自分を対象にしては使えないと、少し不便な部分があるのだ。

 

 多少物を取るときなどで使うようにしているが、それでも確実性は不明な魔法。

 

 では何故使ったのかというと、単純に俺のミスである。

 

 簡易置換の良い所の一つで、負担が少ないというのがある。

 似たような手段が二つあり、楽で簡単な方があれば思わず使ってしまっても誰が咎めるというのだ。

 

 まぁ、成功しているので失敗していた場合を考えるのはやめよう。

 それよりも、今は目の前の事に集中するべきだ。

 

 If(もし)の結果を忘れるように、俺は言葉を紡ぐ。

 

「確かに魔法なんてなくても、物事はなるようになるんだろう」

 

 いや、なるようにしかならない。

 過ぎたIfなんて考えるだけ無駄なのだ。

 俺は膝を曲げて落ちたナイフを拾う。

 

「でも、在れば便利だ」

 

 そうして俺は、見せつけるようにナイフの柄尻を指先で持ち、刃先を空に向けた。

 




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33

 さて、当たり前かもしれないが、未だ日付も時間も変わらない。

 

 目の前にいる襲撃者は四人。

 見たところ移動手段は普通二輪らしく、その為か全員バイクスーツを着て、フルフェイスタイプのヘルメットを被っている。

 

 それだけでも怪しさ満点なのに、デザインが統一されてるので怪しさK点越えである。

 彼等はどのようにしてここまで来たのだろうか。

 正気じゃない所からして、おそらく洗脳済みである。

 

「何者だ!?」

「見ての通り学生だけど?」

 

 今いる場所は学外だが、それでも魔法科高校はそれなりに有名なはずなので、制服を着ている時点で身分証をぶら下げているような物である。

 

 彼等には俺が学生に見えなかったのだろうか。

 ある意味では、中学校を卒業したばかりと言えなくもないのでそう見えたならしょうがないかもしれない。

 それともその逆か?

 たしかに一高の三年生には『学生服を着た事務のおじさんのような人』はいるが、しかし俺はそこまで老けていないと自負しているつもりだ。

 

「月山さん!」

 

 襲撃者によって捕らえられている仮称『転んでいた少女』の声で、俺の思考は現在に引き戻される。

 そういえば、今はこの状況をどうにかしなければいけないのであった。

 

 しかし、この後俺は何をすればいいのだろう。

 襲撃者達の武装は既に解かれている。

 キャストジャミングの波も消えたので彼女達は魔法が使えるはずだ。

 

 深雪は見て、守れと言っていた。

 

 おそらく深雪は襲撃等が起こらない可能性を考慮していたはず。

 でなければ、『見て』という言葉を使う必要は無い。

 何もなければそれでいいと思っていたはずなのだ。

 何かあっても、彼女達を守れれば、俺の依頼は達成済みなはずである。

 

 襲撃者達を捕らえろとは言われていない。

 倒せとも言われていない。

 俺にも襲い掛かってくるのであればともかく、武装を解かれた襲撃者達は次の一手を企てているのか一歩も動かない。

 捕らえられている少女達は、今の隙に逃げようと思えば逃げられるはずだ。

 

 その状況下で、俺は他に何をしろというのだ。

 

 ……そういえば、深雪は後で合流するとか言っていたな。

 であれば、襲撃者達の足止めとか時間稼ぎをするべきだろうか?

 

 俺は『未来予測』を使ってみる。

 どうやら深雪は、それほど時間を置かずここに合流するらしい。

 しかし、彼女が来るまでが少し問題だった。

 襲撃者達は、まるで示し合わせたかのように一斉にバイクに跨ると、俺や少女達を轢き殺そうと試みるようだ。

 もちろんそれは失敗に終わるわけだが、避けたり防いだりするのが面倒だ。

 

 予め全てのバイクを別の場所に移動するという手はあるが、これ以上少女達に『空間置換』を見られるのもまずい気がする。

 

 俺は然程問題ないと思っていたが、司波兄妹曰く空間転移に類似する魔法はあまり世間に知られていいものではないらしい。

 

 便利かもしれないが、他者が再現できない魔法。

 場合によっては、過去やこれから起きる未解決事件の容疑者にされるかもしれない。

 

 他にも色々言われたが、俺の中で一番知られて面倒な可能性はそれだ。

 

 さて、そうなると別の方法をとる必要がある。

 まぁ、一つ思いついた手はあるのだが、それはそれで、ちょっと面倒なのだ。

 

 ――襲撃者達は示し合わせたようにバイクに跨る。

 

 その発想に至り行動に移すまでには、それなりに時間がかかる。

 つまりはそこに至らないよう妨害をすればいいわけだ。

 

 人の思考を邪魔するには、別の思考にリソースを割くようにすればいい。

 別の思考。例えば、『問いかけに対して考えさせる』とか。 

 

 

***

 

 

淑女及び紳士諸君(Ladies and gentlemen)

 

 俺は芝居がかった口調で語り掛ける。

 会話はそれ程得意ではない。

 なので俺が語るには、思いついた単語等から適当に言葉を紡ぐしかないのだ。

 

「いや、紳士も淑女もいないかな? 後続含めて」

「なんだとコラー!!」

 

 どうやら、いきなり失敗してしまったらしい。

 真赤な髪の少女を敵に回したようだ。

 いや、残り二人の少女の視線からして全員が敵に回ってしまった可能性すらある。

 

「おや失礼、では改めて皆様こんにちは。

 呼ばれてはいないけど、同じ学校の生徒が襲われているようなので飛び出させていただきました」

 

 俺は作り笑いをして頭を下げる。

 

「名乗ることに関しましてはこの度はお断りさせていただきます。

 あぁそうそう、その乗り物に乗るのはやめた方が良いと思いますよ?」

 

 襲撃者達はその一言で動きを止める。

 自分達がやろうとしたことが読まれた上に忠告されたのだ、思考も停止するだろう。

 

 そして襲撃者達の内、転んでいた少女を押さえていた一人が動き出した。

 

 その襲撃者は倒れている少女を無理やり起こすと首に腕を回す。

 それが意味することはただ一つ、人質だ。

 

「動くな! こいつを殺すぞ!!」

 

 他の襲撃者達は、彼の行動を見て体勢を僅かに変える。

 自分達も同じように人質として命を握れるようにするためだ。

 

 しかし、こういう場面はよく物語で見かけるが、正直言ってそれが人質になる状況というのが俺には理解できない。

 

「殺したければ殺せばいい」

「!!」

 

 全員が驚愕を露にする。

 襲撃者達も少女達も、俺以外の漏れなく全員がだ。

 

「それでどうします?

 本当に殺せば、人質としての価値は無くなりますよ」

 

 そう、人質というのは生きていて初めて価値があると言える。

 生きていることで、対応する相手に枷をすることが出来る。

 人質を殺すというのは、その枷を外してしまうという事だ。

 

「もし本当に殺せば、私はそれ相応の対応をするだけの話です。

 少しわかりやすくシンプルに説明しましょうか?

 今の状況下に於いて、彼女達には人質としての価値は無いですよ」

 

 襲撃者達は思考を巡らせる。

 しかし、それは無駄な行為だ。

 何故なら彼等は既に詰んでいる。

 俺がいてもいなくてもきっとそれは変わらなかった。

 少女の首に回していた腕の力が僅かに緩む。

 今の状況なら隙をついて少女達は逃げ出すことが出来るだろう。

 

 しかし、

 

「時間切れだな」

 

 それすらもう必要ない。

 後ろから流れてくる冷気を感じながら、俺は一息つく。

 

「当校の生徒から離れなさい」

 

 

***

 

 

「ありがとう深雪、本当に助かった!」

 

 転んでいた少女は深雪の両手を握り涙を浮かべて感謝をした。

 

 襲撃者達は深雪の魔法により全員気絶している。

 氷漬けではなく、振動系魔法による脳震盪だ。

 判ってはいたのだが、漂っていた冷気から考えて氷漬けにされるのだろうと勝手に決めつけていた。

 

「私からも言わせて、ありがとう深雪。

 それに月山さんも」

 

 保護者の少女の感謝に対して、俺は軽く手を振って返す。

 感謝されてことが気恥ずかしく感じたからではなく感謝される謂れがないからだ。

 少女達は一頻り喜びで騒いだ後、冷静になって襲撃者達の事をどうするか問いかける。

 何もしなくても監視システムが気絶した彼等を発見する。

 しかし、バイクに乗った男達が女子高校生を襲撃するという事件、本来ならば警察に通報するべき事件だ。

 

 それに対して、難色を示したのは深雪だった。

 

 理由は至極単純、『大事(おおごと)にしたくない』だ。

 

 そしてその理由には全員が賛同した。

 

 確かにこの事件は大事で、被害者である少女達は訴えてもいい事件だろう。

 しかし、この事件には魔法が関わっている。

 そして使ったのは、正式な魔法師ではない学生だ。

 現代の社会的な評価に於いて、魔法師の扱いはあまりよろしくない。

 そういった関係で、この事件が公になるのは、火事を鎮火するために可燃性ガスを吹き付けるようなものなのだ。

 

 この場には、どうやら面倒事が大好きなもの好きは居なく、先の事を想像できる人間ばかりだったらしい。

 という訳で、今回起きた事件は『そんなこともあった』という思い出にして、襲撃者達はこのまま放置という事になり、今日は解散しようという事になった。

 

「ツクヨミさん」

 

 解散というならさっさと帰ろう。

 そう思って路地を出ようとしたとき、俺は深雪に呼び止められる。

 

「なに?」

「ほのか達を送って行っていただけませんか?」

 

 彼女の問いかけに対して、俺は一考する。

 

 少女達が最初に追っていたのは洗脳された一高生だった。

 その少女達が、尾行に気づかれ襲われた。

 つまり襲撃者達は、一高の生徒を洗脳している教団の関係者だ。

 深雪がどこまで知っているかは判らないが、襲撃者達を本当に放置するとは思えない。

 襲撃者達がこのまま警察に捕まったとして、そうなれば多少ニュースになるだろう。

 だが、深雪が襲撃者達を実家か知り合いの伝手で回収した場合、ニュースにはならない。

 そうなれば、少女達は襲撃者達がどうなったか気にするはずだ。 

 

 それらから考えて意味するところはつまり。

 

「あの世に?」

「そんな訳がありますか!!」

 

 過去最大の声量によるツッコミだった。

 深雪は息を整えてから更に続きを語る。

 

「駅まででいいのでほのか達を送ってはいただけませんかと私は言いたいのです」

 

 だろうな。

 そんな気はしていたが、それでも俺は一応聞いておきたかっただけなのだ。

 そういう仕事(・・・・・・)は、利害の一致でもない限り絶対に受けるつもりがないのだから。

 

「まぁ、それぐらいなら構わないよ」

 

 俺は軽く息を吐いて、了承の意を伝える。

 ……安請け合いしてしまったが、三人寄れば姦しいというし、これはこれで面倒事ではないだろうか。

 

「あと、道に落ちていたイチゴの欠片とツクヨミさんの口元の白い跡についてはまた後日聞かせてくださいね?」

 

 深雪の小声に対しこめかみを掻いていた指が止まる。

 何故彼女が小声だったのかと言えば、近くで待機している少女達への配慮だろう。

 魔法を使えば別かもしれないが、街から聞こえる雑音と少女達の距離からして、おそらくこの会話は聞こえていない。

 

「真面目にお願いしますよと言ったじゃありませんか」

 

 そういえば、そんなことを言われた気がする。

 しかし、その頼みに対しては不真面目に返したし、今回に関しては俺も一言いいたい部分はある。

 

「お前も隠れて待機してただろ」

 

 俺の小声に対し、深雪は言葉を詰まらせる。

 そして何故バレたのかという一瞬の顔を隠して、深雪は微笑みながら小声で語った。

 

「ほのか達を人質に取られていたのですよ。簡単に動ける訳ないじゃないですか」

 




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34 逃げ水

しずくしてん。


 四月。

 

 春だというのに、まだ何となく肌寒い日のことだった。

 

 そういう気温の日だったせいか。

 

 私には、先頭を歩く彼の後ろ姿が、どこか寒々しくみえていた。

 

 

***

 

 

 深雪と別れた駅まで向かう帰り道。

 私とほのか、エイミィの三人は、前を歩く月山さんに置いてかれないように歩いていた。

 

 決して、彼の歩く速度が速いわけではない。

 ただ、彼と歩調を合わせようとするのが難しいのだ。

 

 最初、私達三人は先程の事件の話をしていた。

 そんな話の輪から外れるように、月山さんは私達の後ろを歩いていたはずだった(・・・・・)

 

 その会話の最中、ほのかが月山さんに話しかけようとして振り向いたときに気が付く。

 

 月山さんが居ないのだ。

 

 私達は慌てて立ち止まり周囲を探す。

 エイミィとほのかは後方を必死に探していた。

 だから、何となく前方を見直した私が一番最初に気が付いた。

 

 月山さんは、私達の前を歩いていたのだ。

 

 私達は誰か月山さんが追い抜いたことに気が付いたかと顔を見合わせる。

 全員が疑問に思う。

 それはつまり誰も月山さんが追い抜くのを(・・・・・・・・・・・・・)見ていないという事だ。

 

 そうやって立ち止まっていると、前を歩いていた月山さんも立ち止まり、どうかしたのかと言わんばかりに振り替える。

 

 私達三人はまたちらりと互いの顔を見合わせて、小走りで月山さんに近づく。

 帰途を再開した私達は、先程と違って会話がない。

 そうやって無言で歩いていると、月山さんが段々と近づいてくる。

 月山さんが歩く速度を落としたわけではない。

 

 単純に、月山さんの歩く速度が遅いのだ。

 

 そうやって段々と近づいて来る月山さんは、濾過フィルターに落とされた水のように自然と私達を通り抜け、後方へと下がって行く。

 その一連の流れからは、不自然なほど違和感を感じなかった。

 

「ねぇ、二人って月山さんの知り合いなんだよね?」

 

 そう話しかけてきたエイミィの目は、達也さんに嫌がらせをしている生徒の証拠を探そうと言い出した時のような、何処か好奇心を含んだ目をしている気がした。

 

 エイミィの質問に対して、私とほのかは答えに詰まってしまう。

 

 お互いを知っている。

 そういえるほど、私とほのかは月山さんの事を知らない。

 

 ただ、不思議と彼について知ろうと考えたことが無かった。

 深雪と会話をしているときはとても目立つのに、二人が会話しないときは、深雪の傍にいても目立たないのだ。

 

 深雪と達也さん、そして月山さんが、何となく付き合いが長い関係だというのは分かる。

 しかし、それがどういう関係なのかと色々と勘繰りたくなる題目だというのに、私達はあまり考えたことが無いのだ。

 

 一度その話題が上がれば、その会話はどんどんと膨らんでいくのだろう。

 何せ、誰もが認める美少女。

 そして、そんな美少女と仲が良く、兄妹とはまた違う関係である男子生徒。

 何故今まで話題に上がらなかったのかと不思議に思えるほどの話の種。

 

 しかし、その話題が花を咲かせることは無かった。

 

 ふと前を見て、「あっ」と、私は声を上げる。

 月山さんが、私達から少し離れた前を歩いていたのだ。

 

 つまり、今起きている現象を解析すると以下のようになる。

 

 仮に、私達が自分のペースで歩こうと思えば、私達は月山さんを置いて行ってしまう。

 しかし、月山さんから意識を離して会話を始めると、いつの間にか月山さんは、私達から距離を大きく空けて前を歩いているという奇妙な事が起きる。

 

 私達は何故このような事が起きるのかと、小声で話ながら歩いていた。

 なので気が付くと、月山さんは私達からどんどんと離れていくのだ。

 

 

***

 

 

 そんな出来事に好奇心を押さえられなかったのか、エイミィは不思議な人物(月山さん)に近づいて話しかける。

 

 

「えっと、初めまして……だよね? 私、明智(あけち) 英美(えいみ)

 日英のクォーターで、正式にはアメリア=英美=明智=ゴールディっていうんだ。

 だから呼ぶときは気軽に『エイミィ』って呼んで」

 

 そういえば、まだ月山さんとエイミィは自己紹介をしていなかった。

 そういうことは最初にやるべきだろうと思うべきなのだけど、私は仕方のないことだと思えた。

 

 私とほのかは、月山さんと個人的に会話をしたことがあまりない。

 

 精々彼が登校してきたときに挨拶をするぐらいだ。

 その挨拶の後、月山さんはまるで話しかけるなと言わんばかりに本を開く。

 少し前にどう考えても読書向きではない本を持ってきたことがあり、それを熟読するように開いたページを眺めていたので、たぶん彼の態度に対する解釈は間違っていないはずだ。

 

 そんな人物に話しかける人は、A組に於いて深雪以外に他にはいない。

 

 深雪と仲が良さそうだという理由で、彼の名前を知らない人物はクラスには居ないが、彼と個人で自己紹介を交わした人は、私とほのか以外にはいないだろう。

 

 そんな無口で不愛想な彼の対応は、

 

月山(つきやま) 読也(よみなり)。……蔑称でなければすきに呼んでいいよ」

 

 近づき難い、とは言えない至って普通の対応だった。

 

 高揚のような物は感じないトーンで語り、無表情なのは終始変わらない。

 しかし、それは悪い意味ではなく。

 

 迷惑だと怒るような無表情ではなく。

 会話が苦手だと感じさせて、こちら側が遠慮してしまうような口調でもなく。

 良い意味でもないが、不快だとは一切感じさせず。

 プラスではないが、マイナスを感じないせいか、優しさを感じるような対応だった。

 

 それに安心したのか、エイミィはいつものペースで会話を続けた。

 

「おーけー。

 司波さんが呼んでたみたいにツクヨミって呼んでもいい?」

「別に構わないよ」

 

「んー。……じゃあ『ツッキー』で」

 

「……まぁ、いいけど」

 

 何故その流れで新たな渾名が付くのだろう。

 そのことには月山さんも疑問に思っていたようだったけど、彼がそれを追及することはなかった。

 

「あ、じゃあ私は読也さんって呼んでいい?」

「えっ!」

 

 そろそろ私も会話に参加するとしよう。

 ただ私は、本人がそう呼んでと言ったならともかく、自分から渾名で呼ぶというのが少し恥ずかしかった。

 なのでシンプルに下の名前で呼んだだけなのだけど、ほのかからは何故か驚かれてしまった。

 

「え? えっと、じゃあ私は! ……あー……えーっと。

 ううーん……」

 

 その場の雰囲気に合わせようと、ほのかは慌てて月山さんの渾名を考え始める。

 

「呼び方なんて何でもいいよ。識別できれば。

 意味なんて、そこに必要はないだろ」

 

 そんなほのかに助け船を出したのは、意外にも月山さんだった。

 

 無理に考える必要は無い。

 

 そう言われたほのかは、落ち着きを取り戻して困ったように微笑みながら言った。

 

「えっと、じゃあ私は今まで通り月山さんで」

 

 他の人とは別の呼び方を探した結果。

 ほのかによる月山さんの呼び方は、そこに落ち着くことになったらしい。

 

 

***

 

 

「ツッキーってさ、司波さんとどういう関係なの?」

 

 エイミィにそう問いかけられた読也さんは、左手を顎に当て、人差し指と中指で口を隠すようにして頭を傾ける。

 一目見て考えていると分かるポーズだけど、その表情は全く変わらない。

 

「……さぁ?」

 

 誰もが気になるであろう質問の答えは、まさかの疑問だった。

 無表情だからわからないけど、決してはぐらかして答えているわけではなような気がした。

 

「あまり気にしたことがないからな。

 強いて言えば『知り合い』かな?」

 

 深雪と読也さんの会話は何度か見たことがあるけど、どう考えても気が置けない仲なのは明らかだ。

 なので最低でも『友達』ぐらいには踏み込んでもいい気がする。

 

「じゃあ、二人って昔から仲が良かったりするの?」

「……いや?」

 

 私の質問に読也さんは、また少し考えてから否定する。

 先程と同じように首を傾げたので、また曖昧に答えるかと思っていたけど。

 少なくとも彼は、私達の質問に対し、誤魔化して答えるつもりは無いようだ。

 

「中学一年の夏休み明けくらいまでは殆ど会話しなかったから、良くは無かったと思うぞ?」

 

 続けて語られる答えからは、それなりに長い付き合いだと伝わる。

 もしかして幼馴染とかではないのだろうか?

 

「初めて会ったのっていつ頃なんですか?」

「小一」

 

 幼馴染だった。

 ほのかの質問の答えを聞いたエイミィは、読也さんのように首を傾げて問いかける。

 

「それって幼馴染って言わない?」 

「さぁ? その辺りのさじ加減はあまり判らないな」

 

 嘘か本当かはわからないけど、何となく、本当に判らないのだと思えた。

 彼と会話を交わしたことはあまりない。

 深雪との会話を、何度か聞いたことがある。

 その会話にそれとなく混ざったことが何度かある。

 

 だから何となく思っていたことだけど、彼は周りに無関心すぎる。

 周りの人にどう思われようと、興味を持たない。

 きっと自分も含めて。

 

 そういう人だと思っていた。

 

「じゃあさ」

 

 エイミィはそんな周りに無関心で、無表情な読也さんの顔を覗き込むようにし、悪い笑顔で問いかける。

 

 

「司波さんのこと好き?」

「好きだな」

 

 

 悪戯心が含まれていた笑顔から悪戯心が抜けて、固まった笑顔が残った。

 

 あまりに予想外だったのか、エイミィはその表情のまま立ち止まり、読也さんの視界から抜けていく。

 エイミィだけでなく、ほのかも目を白黒させて固まっている。

 

 私はというと、何となく彼の意図していることが判っていたので、二人にかけられた硬化魔法を解くために読也さんに問いかけた。

 

 

「それってLoveとして? それともLike?」

「……どっちだろうな」

 

 私も固まった。

 

「少なくとも人なりは好ましいと思ってる。

 俺は恋とかはしたことが無いし、共感もしたことが無い。

 だから恋愛感情なんて物もよくわからない。

 ……ただ、出会った人の中では一番好きだな」

 

 無表情で淡々と言い切って先行する彼の後ろを、私達は何とも言えない雰囲気のままついて行く。

 

 ……これは、なんと表現すればいいのだろう。

 私は、二種類の好きという感情を知っているつもりでいた。

 

 しかし、彼の好きという感情はどう区分すればいいのだろう。

 

 前を歩く彼の後姿は、さっきまでと変わらない。

 だからきっと、彼の歩く速度は変わっていないはずだ。

 

 だというのに、今度は彼に追いつけない。

 

 エイミィは、そんな私とほのか前に立ち、前を歩く読也さんに聞こえないよう振り返って語った。

 

「何ていうか……うん、変わった人だね」

 

 変わった人。

 きっと私の語彙が少ないのだろう。

 それ以外の表現が出来なかった。

 

 エイミィの意見に内心同意していると、視界の端に見覚えのある制服が見えた。

 そんな表現をすれば他校の生徒に思われるかもしれないが、見えた制服はもちろん一高の制服だ。

 

 今いる場所は一高の最寄り駅とは学校から見て別方向にある。

 しかし、生徒全員が最寄り駅を利用しているとは限らない。

 

 駅よりも徒歩で通う方が近い生徒もいるはずなので、きっとその生徒はそういった生徒なのだろう。

 ただ気になったのは、その生徒が周りの目を気にせず、ケーキ屋に置かれているケースの中の商品を覗いていたことだ。

 

 魔法科高校には普通の人はいない。

 

 つい最近、そう語ったのは誰であろう私だ。

 学校帰りに周りの目を気にせず物欲しそうにケーキ屋を覗く生徒だっているのだ。

 様々な価値観を持った生徒がいる。

 読也さんのような人がいる事は別に不思議でも何でもない。

 ただ私の想像力が足りなかっただけの事なのだ。

 

 そう考えて一歩踏み出した私の足は、一歩だけ進み、そのまま止まってしまう。

 

「雫! 月山さんがいない!!」

 

 ケーキ屋を覗いていたのは読也さんだった。

 

 




北山 雫視点です。

次回は変態が出せるといいなと思ってます。


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35

 少女としての肉体に於いて、一番魅力的な部分は何処だろうか?

 ちなみに顔は良いのは前提としての話だ。

 胸、或いは尻か?

 

 否。

 

 確かにそれは魅力的なのかもしれないが、それは果たして『少女の肉体として』と言えるだろうか。

 

 これはそういう女性の魅力の話ではなく、少女が少女らしく、それこそが少女だと認識できる魅力とは何かという話らしい。

 

 世間の共通認識としては、肢体、もしくは造形とは別にその無邪気な表情だという答えになるのだろう。

 過去の著名人には二の腕だと答えた人物もいるらしい。

 

 では、彼の意見はどうであろうか?

 

 彼曰く、最も魅力的に見えるのは『背中』であり、その中でも肩甲骨のある周辺なのだそうだ。

 幼さ故か肉付きが少なく、だからこそ浮き出て見える骨はまさしく少女の象徴と言える。

 

 そして、その象徴をより魅力的に見せるのは骨と皮が生み出す黄金比だ。

 

 背中を丸めるようにすれば、背骨が浮き出て見え、両間隔が広がる肩甲骨。

 その造形は、歪で、怪しく、弱々しく見え、見る者の庇護欲を掻き立てる。

 

 背筋を伸ばせば背骨は肉へと埋まり、中央に一本の彫を生む。

 そして胸を張ることで狭まる二つ肩甲骨の間隔からは凛とした高潔さを感じさせ、無垢であろうにも関わらず強い意志を魅せる神秘的な雰囲気を作り出す。

 

 

「さて」

 

 そんな自分の性癖を隠そうともせず、多くの生徒が行きかう放課後のカフェで、時村(ときむら) 一重(ひとえ)は真剣な瞳で俺に問いかける。

 

「月山、お前はどう思う?」

「すげぇどうでもいい」

 

 

***

 

 

 とある日の放課後。

 その日は文芸部が休みの日だった。

 

 何もせず帰るか。

 

 売店で最近よく飲んでいる飲料を買って帰るか。

 

 入学してから一月も経っていないが、部活が無い日の放課後の行動は、大体がこの二つのパターンで決まる。

 ただやはり例外というのはある物で、その日俺が校内の設備の一つであるカフェを利用しようと思ったのは、一種の気まぐれだった。

 趣味の開拓という訳ではないが、場合によっては、放課後にカフェで何かしらを食べてから帰るという選択肢が増えるかもしれない。

 

 そう思う程度に、最近買っていた飲料にも飽きてきたのだ。

 

 その日、俺がカフェで買ったのは、カフェオレとミルクレープだった。

 ミルクレープには新商品というレッテルが貼られており、それが目に入ったので購入してみたのだ。

 何枚ものクレープとクリームを交互に重ねるミルクレープは想像するだけでも作るのが大変そうである。

 店がどのようにそれを作っているのかは判らないが、人気次第では取り扱われることがなくなってしまうだろう。

 今のところそういう予知は見えないが、無くなる可能性があるのならば一度は試食してみようと、俺は考えたのだ。

 

 ケーキとカフェオレが乗ったトレーを持って、俺はカフェの内部を見渡す。

 何となく席が空いているように見えた店内は、よくよく見れば満席のような状態だった。

 

 四人用の席には二人の生徒が、二人用の席には一人の生徒が。

 カウンター席は四席あるのだが、その両端にはそれぞれ生徒が座っており、その間のどちらかに座るというのが、心理的に憚れるような状態だった。

 

 しかし、このままトレーを持って立ち尽くしているというわけにもいかない。

 仕方がなくカウンター席を利用しようとしたとき、不意に視線を感じる。

 

 視線を辿ってみると、その相手は二人用の席に座っている達也だった。

 

 俺は達也に近づいて話しかける。

 視線が合ってしまったので無視という訳にもいくまいし、場合によっては相席できるかもしれないと思ったからだ。

 

「待ち合わせか?」

「別件だがその通りだ」

「そうか」

 

 どうやら達也は深雪を待っているのではなく、別の人と会う予定があるらしい。

 そういう事ならば、相席は無理だろう。

 

 そう思って、俺は別の席を探す。

 達也が誰とどのような話をするのかは知らないが、目の届く範囲で個人的な会話をされれば食事に集中できない。

 肴になるような話題なら良いのだが、そうならない可能性もある。

 

 一長一短。

 

 だったら最初から関わらなければ、得ではないが損ではないはずだ。

 そうなってくると、カウンター席はお互いの目が届く範囲になってしまう。

 

 だから俺は、別の席を利用することにした。

 

 知り合いが利用している席なら相席できる。

 そう考えたとき、カフェの店内には、他にも知り合いがいるのに気が付いたのだ。

 店内にはある程度のプライベートを守るためか、二人用の席の間には仕切りや壁がある。

 達也からは物理的な死角の位置に、その知り合いは居た。

 

 俺は道中にいた生徒会の役員に軽い会釈をしてから、その人物に近づき話しかける。

 

「相席いいか?」

「構わないよ」

 

 とくに拒絶的な意志や表情を出さずにそう答えたのは、只々店内を眺めていた時村 一重だった。

 

 俺はテーブルにトレーを置いて、何となく時村の前に置かれた紙コップを見る。

 飲み口から指一つ分ほど空けて注がれた水は、一口でも飲んでいるようには見えない。

 

「ん? あぁ、僕あんまり人前で食事するのが好きじゃないんだ」

 

 その視線に気が付いたのか、彼は言い訳をするようにそう言った。

 

「何ていうか、恥ずかしいんだよね。

 食べ方とか、口に入れる瞬間を見られてるかもしれないって想像したり。

 もしかしたら咀嚼したときの音が聞こえたかもしれないって考えちゃうと、食事が進まないんだ」

 

 彼の趣味趣向が変わっているのは知っているが、それはそれとして何故彼はカフェ(ここ)にいるのだろう?

 

 まぁ、特別気にすることでもないので、俺は無言でミルクレープ特有の段階的にクレープの生地が切れる感触を感じながらフォークを入れる。

 

 一口サイズに切ったミルクレープを口に入れ、上顎と舌の面を使ってトランプでスプレッドするように形を崩し、生地の間に挟まったクリームの甘みを楽しむ。

 

 噛むときの感触は、べた付かない餅菓子のようですっきりとしており、タルトのクッキーやスポンジケーキとはまた違う触感だった。

 

 こだわりを感じるようなクリームの風味はなく、カットされた果物の類が入っているわけでもない。

 至って普通のミルクレープ。

 だからこそ、シンプルで美味しい。

 

「こんな感動もなく無表情でケーキ食ってるやつ初めて見た」

 

 そんな俺の食事姿を見ていた時村は呟く。

 別に俺は食べている姿を見られても恥ずかしいとは思わないが、そんなことを言われては普通に食事を続ける気になれない。

 無視しても構わないが、その後は相手が怒るのが目に見えている。

 話しかけなかったIfは見えないが、それぐらいは経験則でわかるのだ。

 

 俺はカフェオレを一口飲んで、時村にここで何をしていたかを問いかける。

 

「ヘアスタイルを見てた」

 

 何やってんだこいつ。

 

「いや、次回作の髪型が中々決まらなくてね。

 十才位の少女をイメージしているんだ。

 出来るだけ奇抜な髪型が良いんだけど、新しく考えようと思うと中々難しいんだ」

 

 さて、俺はこの会話を続けるべきなのだろうか?

 正直もう切り上げていい気もするのだが、上手い会話の流れが思いつかない。

 言い訳をして席を立つという手は考えられるのだが、まだケーキが残っているのでその手は使えない。

 

「そうか」

 

 俺は相槌を打ち、考えるのが面倒になったので『未来予測』を発動して、自分の台詞を先取りしてそのまま語ることにした。

 

 

***

 

 

「待って……待って!」

 

 真面目に考えなかったことを後悔している時、店内で女性の声が響いた。

 会話に夢中になっていたわけではないが、気が付くと周囲には生徒がほとんどいなくなっており。

 店内には俺と時村、生徒会の役員。

 そして達也と、いつの間にか来ていた達也の待ち合わせ相手だけだった。

 

「……痴情のもつれ的なやつか?」

「絶対にないとは言わないけど、時期とか考えると違うんじゃないか?」

 

 会話の流れが変わったのをこれ幸いに、俺はそれっぽく同調した。

 達也の事情(・・)を考えればおそらくそれは無いだろうが、それはあくまでも俺の知る範囲での話だ。

 可能性がゼロでない限り、否定していい事柄ではないだろう。……たぶん。

 

「司波君は一体、何を支えにしているの?」

 

 店内には雰囲気を和らげるためのBGMが流れていた。

 しかし他の生徒の会話がなくなっていたこの場には、女子生徒の必死な問いかけも、達也の宣言も、しっかりと俺のいる場所まで届いていた。

 

「俺は重力制御型熱核融合炉を実現したいと思っています。

 魔法学を学んでいるのは、その為の手段にすぎません」

 

 達也と女子生徒がどんな会話をしていたのかはわからない。

『過去観測』を使えば見えるかもしれないが、そこまでするほど興味もない。

 ただ、それでも俺には一つ言えることがあった。

 

「痴情のもつれではなさそうだな」

 

 最後に残った乾いたケーキの一切れを口に入れ、冷めきったカフェオレを一気飲みする。

 丁度いい頃合いだ、俺も席を立つとしよう。

 そんな準備を始める俺に、時村は呟くように問いかける。

 

「重力型核融合ってなんだ?」

 

 受験時の筆記問題にも名前だけ出るくらいには有名な話だった気がするのだが、どうやら彼は知らないらしい。

 しかも略称されて微妙に間違ってる。

 

「重力制御型熱核融合炉。

 加重系魔法の技術的三大難関の一つだ」

「……あぁ、そんなのあったな」

 

 知らないわけではないようだ。

 

「たしかあれだろ? 飛行魔法の実現と慣性を無限大化した疑似永久機関」

汎用的(・・・)飛行魔法の実現だな」

「細かいな」

「飛行魔法自体は存在する。ただ誰でも使えるような魔法がないから難題なんだろ」

「ふーん。

 ……何が難しいんだ?

 要は移動するか空中で維持するかだけだろ?」

「加重系魔法で再現するのが難しいんじゃないか?

 それに難しい理由は、発動中の魔法を終了する前に発動するから干渉力のインフレーションを起こすからだったはずだ」

「……終了してから魔法を発動すればいいじゃん」

「現代魔法は大体CADを使った魔法だ。

 どんな簡単な魔法でも人間の脳の機能上起動式の読み取り、魔法式の構築、魔法の発動で二〇〇ミリ秒以上かかる。

 それに加えて変数の代入を行うから、さらに時間がかかるだろうな。

 それらを誰もが落下中にできるなら問題ないんじゃないか?」

「ループ・キャストだっけ? 同じ魔法を発動するやつ。

 あれじゃダメなの?」

「さぁ? プログラミングに関しては詳しくないからな。

 どうやって魔法を作ってるかは俺も知らない。

 だから魔法を終了した後に発動する部分を機械の方で出来ない理由は判らない」

「出来ないのか?」

「世界には頭のいい人は大勢いる。

 なのにその発想をした人間が一人もいなかったと思うか?」

「……出来ないのかぁ」

 

 

「随分と面白いお話をしていますね」

 

 長々と会話をしている最中、そう言って割って入ったのは、近くの席でお茶を飲んでいた生徒会の役員さんだった。

 

「知り合いか?」

 

 時村の問いに対して、俺は一考した。

 知っている相手ではある。

 相手も知っているであろう。

 ただ、それだけで知り合いと言えるのだろうか?

 

 いや、今はそれを考える必要は無いな。

 俺は適当に知っている事だけを語ればいいのだ。

 

「生徒会の書記(・・)の人だ」

「初めまして、会計(・・)市原(いちはら) 鈴音(すずね)と申します」

 

 あれ、会計だっけ?

 

「……あ、初めまして、時村 一重です」

 

 一瞬俺を睨んだ後、時村は会計の人に自己紹介をした。

 まぁ、会計だろうと書記だろうと生徒会役員であることに変わらないので然したる問題ではない。

 俺は話題を戻すために会計の人に問いかける。

 

「それで、どうかされましたか?」

「いやいや、俺達の会話を聞いて話しかけたんだから話題は一つだろ?」

 

 もちろんそれぐらいわかっている。

 ただ、会話を戻すための運び方が他に思いつかなかったのだ。

 

「どういう造形が美しいかという話ですよね?」

 

 戻し過ぎである。

 というかその話はもうやめたい。

 

「確かに面白そうな会話でしたがそちらではなく、汎用的な飛行魔法の実現方法の話です」

 

 そう言うと会計の人は、別の席から椅子をとり、俺と時村が使っている机に着く。

 そして手を膝の上に置き、まるで面接でもするかのように俺に問いかける。

 

「月山君、でしたよね? 加重系魔法の技術的三大難関について中々に詳しいのですね」

「……受け売りみたいな物ですよ」

「受け売りというと、もしかして司波君からですか?」

「もともと俺は中三ぐらいまで魔法とはあまり縁がなかったので、入学するにあたって、彼等に受験勉強を手伝ってもらったんです」

「中学三年生まで、ですか……」

「えぇ、ですから、彼の事を聞かれてもあまり答えられませんよ」

「!」

 

 少し考えればわかることだ。

 他の生徒が居なくなる中、何故この場に残っていたのか。

 

 俺は相手がいたからこそ、無駄に食事の時間が伸びた。

 では何故、彼女は一杯のお茶だけでずっとこの場に残っていたのか。

 

 達也が話していた相手は宗教団体により洗脳されている生徒だった。

 十師族と呼ばれる家系の一つ。

 その家系の人間が上に立つ生徒会が、この学校で起きていることを、果たして何も知らないのだろうか。

 

 達也からは死角であり、達也の近くに座っていた彼女なら、おそらく最初から最後まで二人の会話を聞いている。

 

 もし、それが目的だったとしたら。

 

 

 きっと、彼女は達也を知ろうとしているのだろう。

 

 

「貴方はもしかして精神感応(テレパシー)能力者ですか?」

「いいえ、そういったことは判りません」

 

 感情や思っている事は、残念ながら俺の『千里眼』では見えない。

 いや、残念とも思っていないけど。

 

「……そうですか。

 では、一つだけ、お聞きしてもよろしいですか」

「答えれるとは限りませんが」

 

「『重力制御型熱核融合炉を実現する』という司波君の目標。

 あの言葉が口先だけでの物ではないのは判ります。

 そして、その動機も何となく想像できます。

 ……貴方は、司波君の目標について、何か知っていますか?」

 

「さぁ? 知りません」

 

 達也がそういったものを作りたいという話は聞いたことがある。

 だけど、聞いただけだ。

 それ程興味のない話題だった。

 

「ただ、動機は何となく想像できます」

 

 それも、少し考えればわかることだ。

 

 達也は妹しか大事に出来ない。

 だからこそ、周辺が平穏であることを望んでいる。

 しかし、あの兄妹の未来は魔法師だ。

 魔法師の仕事の内容は殆ど決まっている。

 そんな人間が掲げる目標。

 

 感情を交えなくても、合理的に見れば簡単に結びつく理由だ。

 

「……そうですか」

 

 酷く曖昧であろう答えを聞いた会計の人は、何故か嬉しそうに笑っていた気がした。

 

 

 




 誤字報告ありがとうございます。

 性癖の表現って難しいですね。
 文章が考えていたよりマイルドになってしまって、オリキャラの変態感が薄くなってしまいました。


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36

いちねんはやい


 とある日。

 一日の授業が全て終ったときのことだ。

 

 体を伸ばすという動作があるが、俺の動作は他の人とはおそらく違う。

 というのも、人前で体を伸ばすために腕を広げたりすることが、俺はあまり好きではなく。

 最低限の動作で必要部分を伸ばす為に考えた物が、俺の体を伸ばすやり方だったからだ。

 

 まず、腕を組むような状態にして、その腕を机の上に置く。

 それから胸と背中を膨らませるように大きく息を吸う。

 膨らんだ背中を利用して、腕や腰を伸ばす。

 

 これが俺の体の伸ばし方だった。

 欠伸をしたとき、隣人がまるで猫のようだと言ったことがあったが、参考にしたのが猫なので決して間違いではない。

 

「全校生徒の皆さん!!」

 

 ハウリング寸前の、むしろハウリング特有の高い音が聞こえないのが不思議に思えるほどの大音声がスピーカーから飛び出す。

 放課後の始まりとほぼ同時だったためか、或いは授業中ではなかったためか。

 教室内では生徒達が、なんだなんだと慌てだした。

 

 しかし来ることが判っていた身としては、それほど驚くことではないので、俺はさっさと教室を出て部室に向かう。

 そして、廊下に設置されたスピーカーから流れる音声を聞きながら、今後の事を考えはじめた。

 

 特定の人間を喜ばせるためのサプライズ。

 不特定多数を恐怖に陥れるテロ事件。

 相反する二つの事柄に共通する重要な要素はタイミングだ。

 

 スピーカーから聞こえてくる内容を聞く限り、どうやら彼等は一部の生徒達を集めて討論会を開きたいらしい。

 唯の直感ではあったけど、何時か起きるテロリストの襲撃と、そのテロリスト達に洗脳されている生徒たちによる討論会は、無関係だとは思えなかった。

 

 この学校には様々な委員会がある。

 その中でも、生徒会、風紀委員会、課外活動連合会の三つは校内で様々な権限を持っているらしい。

 それぞれの委員長、及び会長達は三巨頭等と呼ばれているらしいが、はっきりと言って、俺は具体的にそれがどういうものかよく解っていない。

 取りあえず三権分立の縮図みたいなものなのだろうとは思っている。

 今、放送室を乗っ取っている生徒達が討論の相手に指名しているのは課外活動連合会、略して部活連と生徒会だ。

 放送室を乗っ取るという過激な活動を行う生徒達との討論会で、風紀委員会がその場に居合わせないとは思えない。

 

 もし、その三つ委員会が同じ場所にいるとき、テロ事件が起きたとしたら。

 おそらく、テロ行為自体はそれ程被害が少なく終わるだろう。

 

 三つの委員会が固まっているときより、それぞれ分かれた場所にいる状態の方が互いの状況把握が出来ない分、テロリスト達が有利になるからだ。

 その有利性を捨てた状態で行われるテロ行為は、きっと失敗に終わる。

 

 目的が単純なテロ行為であれば、だ。

 

『未来予知』で見えた光景は、図書館の特別閲覧室の前にてテロリスト達と、そのテロリスト達を招き入れた女子生徒と遭遇するという物だった。

 

 討論会が行われる場所は判らないが、少なくとも図書館で行われるとは思えない。

 記憶違いでなければ、達也の魔法科高校の入学理由に、図書館で閲覧できる貴重な資料が目的の一つだという話を聞いた気がする。

 

 もし、テロリスト達の目的がその情報だとして、テロ行為が陽動だとしたら。

 三つの委員会が集まる討論会時の襲撃は、周囲の目を図書館から逸らすことに関して言えばとんでもなく適しているといえる。

 

 仮に討論会が決定したとして、その討論会が行われるのはたぶん長くても今日から一週間以内の何処かであろう。

 

 俺も予想外ではあったが。

 残念達也、お前に休息はなさそうだ。

 

 

***

 

 

「おっすー、お前ら放送室の前見た?」

 

 部室に入るのと同時に、時村はそう問いかけた。

 何となく秦野に目を向けると、彼女は本で顔の半分を隠し、ついでに体も隠そうとしているかのように背中を丸めていた。

 特に見ようと思わなかったので目は見えなかったが、向こうからは目が合ったらしく、一瞬体がピクリと反応していた。

 

「いや、見てないな。

 というか放送室の場所も知らない」

「いやいや、この校舎の下の階層にあるから」

 

 マジで?

『千里眼』を通して下の階を覗くと、放送室と思われる設備が整った教室に立て籠もる生徒達。

 そして、その放送室の前で屯っている生徒達がいた。

 その屯っている生徒達の中には見覚えのある生徒達が何人かいる。

 司波兄妹を始め、風紀委員長、服部刑部少丞範蔵副会長含めた生徒会メンバー、さらに十文字先輩だ。

 

 十文字先輩というのは、部活連の会頭を務めている人だ。

 俺は部活の運営に携わったことが無かったので、十文字先輩は本人が運動部の人間だったにも関わらず、書類の作成等で色々と世話をしてくれた人だった。

 

 そういった理由で、彼への『学生服を着た事務のおじさんのような人』という第一印象は今も大して変わっていない。

 生徒会長が見当たらないが、きっと彼女は彼女で、色々と手を回しているのだろう。

 

「しかし、差別の撤廃ねー。

 学校の運営方法を変えるだけでそんなことできるもんかね?」

 

 時村はそう言いながら、干してあった人形のパーツと思われる部品を手に取る。

 彼自身、きっとそういう事柄には興味ないのだろう。

 それでも話題を作ったのは、それがこの部活の一応の目的の為だったからだ。

 

「まぁそれぞれの価値観の問題だから難しいだろうな」

 

 もちろん、俺自身もあまり興味がある話題ではない。

 これは実のない会話だ。

 それでも、彼女にはきっと必要な事なのだろう。

 

「……何の、話ですか?」

 

 これはそんな彼女の返答である。

 

「何って、放送だよ。

 聞いてなかったの?」

「聞いて、ませんでした。

 興味なかったので。……はい」

 

 お前、あの音量で流れはじめた放送を聞いてなかったのか。

 俺がそう思いながら流し目で彼女を見ると、時村は小さな声で呟いた。

 

「お前ら浮世離れし過ぎだろ」

 

 時村といい秦野といい。

 全く持って確かにその通りだと、俺は心の中で同意する。

 

 ……ん?

 お前、『()』?

 

 

***

 

 

 部活が終わり、俺は部室の戸締りを確認する。

 これは俺の仕事と決まっているわけではなく当番制だ。

 今日は偶々俺が最後に戸締りを確認する日だった。

 

 部室内に既に部員は居ない。

 時村たちは既に帰宅している。

 

 俺達部活メンバーが帰りに何処かに寄って帰るという交流は、今のところない。

 互いに深く交流しようという考えが、部員全員に無いのだ。

 なので、俺以外の部員が戸締りの当番のときは、その当番を残して先に帰っている。

 

 俺はそれに対して何も思わない。

 薄情だとか、寂しいとか。

 そういう風に繋がる価値観を、俺は持ち合わせていない。

 

 ただ、時々面倒だなと、思うときはある。

 戸締りとはまた別の話で、こういう時、あの二人はよく俺を迎えに来る。

 

「よかった。ツクヨミさん。

 ちゃんと待っていてくれたんですね」

 

 そう語る深雪の意図を、俺は全く察していない。

 実は今日、司波兄妹はそれぞれの活動が特になく。

 それでも、俺と一緒に帰るために。

 部活が終わった後、迎えに行くから部室で待っててくれというメールを送っていたのだそうだ。

 

 もちろん俺はそのメールに気がついていなかったのだが。

 後が面倒なので、俺がそれを彼女に語ることはなかった。

 




誤字報告ありがとうございます。

深雪「放送に気を取られていたら隣人が消えていた」


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37 歪な木の木陰 前編

みゆきしてん


 ツクヨミさんの事をどう思っているか。

 

 そう質問したのは、ツクヨミさんの妹の文香ちゃんだった。

 彼女の年齢から考えて、色恋沙汰に興味を持った故の質問だったのだろう。

 しかし、彼女は周りにそういった話をする相手が居なかったためか、恥ずかしがって一つの条件を付け足した。

 それは、出来るだけ詩的な表現で、という物だった。

 

 私はツクヨミさんの事を好意的に思っている。

 だけど、私は彼と違って、それを素直に語れるような人間ではなかった。

 その上で、詩的な表現で彼のイメージを伝えるという事が中々に難しく。

 

 悩んだ末の答えは『歪な木の木陰のような人』というものだった。

 

 それを聞いた文香ちゃんとお兄様は苦笑いをしていて。

 その表情を見た私は咄嗟に訂正しようとしたけど、時すでに遅しという状態だった。

 ツクヨミさんが居ない間に問いかけられた質問だったので、彼が聞いていなかったことは、不幸中の幸いだったのだろう。

 

 私は後になって思い返す。

 あの時の私が答えた彼のイメージは、かなり的を射た表現だったのではないだろうかと。

 

 木陰(かれ)が歪に見えたのは、

 

 きっと、木が原因だったのだと。

 

 

***

 

 

 壬生先輩を始めとした生徒達が放送室を占拠した、二日後の放課後の始まり。

 この日、生徒会と学内の差別撤廃を掲げえる有志同盟者達による討論会が行われる。

 

 一日の授業が終わり、生徒会の一員として講堂に向かう前に、私は隣の席に座るツクヨミさんに問いかけた。

 

「ツクヨミさん。本日は確か部活動の日でしたよね?」

 

 私がそれを確認したのは、私達が高校に入学してからの、一種の日課のような物だった。

 近づきたいわけではないけど、離れたいわけではない。

 そんな複雑な感情から、私は殆ど毎日のように、ツクヨミさんの予定を確認していた。

 殆ど(・・)と付けた理由は、……いや、これは語るほどの事ではないだろう。

 

 さて、今日ツクヨミさんにそのことを聞いたのは、実はもう一つ別の理由があった。

 

 討論会に於いて、同盟者達の背景には、反魔法活動を行っている政治結社『ブランシュ』の存在がある。

『ブランシュ』は魔法の社会的差別の撤廃を掲げており。

 内容としては、魔法師たちの所得水準が高い事を非難している。

 市民運動と自称はしているけど、その実態は過激活動を厭わないテロリストだ。

 

 そんな団体が背後で操っている同盟者達との討論会。

 何事もなければいいと思う事は本心だけど、何も起きないとは思えなかった。

 

 だからこそ、私はツクヨミさんに問いかける。

 もし仮に、この後の討論会で何かしらの事件が起きるとするのなら、きっと彼はそれを知っている。

 それをツクヨミさんが面倒だと思ったのなら、きっと今日は部活動に参加せずそのまま帰宅するのだろう。

 何も無いのであれば、きっと彼の一日は変わらない。

 

 そんな花占いにも似た思惑を込めた問いに対する彼の答えは。

 

「そうだけど、今日は図書館に用がある」

 

 というものだった。

 

「図書館、ですか?」

「あぁ、調べ物みたいなものだよ」

 

 そう語る彼の目はいつもと少し違っていた。

 いつものツクヨミさんは、目と目が合い、焦点も定まっているのに、何処か別の物を見ているような目をしている。

 それはまるで、彼が別の次元で、或いは別の世界で生きているような錯覚をさせていた。

 しかし、今のツクヨミさんの目は、私達と同じ場所に立っていて、それこそ『今』を見ているような目をしていた。

 

 そして、その姿は二年前の沖縄の事件。

 シェルターの中で、ツクヨミさんが醸し出した違和感を彷彿とさせた。

 

「どうかしたか?」

 

 嫌な予感がした。

 一瞬思考が停止するほど。

 

「いえ、何でもないですよ」

 

 それでも私はそう答えた。

 何事もなかったかのように。

 察してしまった事を覚られないように。

 

 私達は一緒に教室を出る。

 お互い向かう場所は違うけど、すべての道中が別々という訳ではない。

 

 そして案の定、ツクヨミさんは私が気がつかないうちに消えていた。

 

 いつもの事に呆れていたけど、何となく、私は安心していた。

 彼の日常に関すること以外の行動は、意味不明な物が多いが、きっと無意味な事はない。

 

 ツクヨミさんは、私に何も言わなかった。

 それはきっと、言う必要が無かったから。

 

 だからきっと大丈夫。

 

 そう思えるぐらいには、私は彼の事を信用していた。

 

 

***

 

 

 私は認識を改めるべきかもしれない。

 

 討論会は、七草会長の演説により満場の拍手で閉められようとしたそのとき。

 突如の轟音、それを合図に講堂の窓が破りながら榴弾が飛び込み。

 同時に防毒マスクを被った闖入者達が、その一つ一つの奇襲全てが無為に収束したあと。私はそんなことを考えていた。

 

 何かは起こるのだろうとは思っていたけど、何とかなるとわかっていたためか、私にはこの内容が予想以上に過激に思えた。

 

「大丈夫か? 深雪」

 

 憂いていた表情をお兄様に見つかったことを恥じた私は、気を持ち直す。

 

「問題ありません、お兄様」

 

 私の安否を確認したお兄様は、何かを察したのか、慰めるように私の軽く頭をなでる。

 そして、渡辺先輩に実技棟の確認しに行くと語り。

 私は当然、お兄様について行くことにした。

 

 

***

 

 

 実技棟に向かう道中。

 私とお兄様は、彼女に出会った。

 

「止まって。

 

 ……貴方達は、どちら側?」

 

 そう語った彼女は制止を促すように掌を私達に向け、周囲には白く輝く謎の球体を浮かべていた。

 彼女から数メートル離れた場所には、電気工事の作業員のような恰好をした襲撃者たちが倒れている。

 彼女は、ツクヨミさんの部活の同輩であり、会長の身内だという生徒。

 

『秦野 絃音』さんだった。

 

 彼女と会うのは初めてではない。

 私とお兄様が、初めてツクヨミさんの部室に足を踏み入れた時に、既に会話を交わしていた。

 対人恐怖症であり、特に男性が苦手だと予め聞いていた私達は、そのときは簡単な自己紹介で済ませている。

 

 だけど、初めて会った時の彼女と今の彼女は、纏っている雰囲気をガラリと変えている。

 その姿は、『私』に関わる理由が出来たときのお兄様と、何処か重なって見えた。

 

 それこそ、人を殺めることに戸惑わず、殺めた後に罪悪感を見せないような。

 

 お兄様もそれを感じ取ったのか、私を庇うように前に立ち、彼女に語り掛ける。

 

「風紀委員の司波達也だ。テロリストの襲撃による状況把握の為、今は実技棟に向かっているところだ」

 

「……そう。

 

 いえ、そうね。そうだったわ……」

 

 それで彼女は私達の事を思い出したのか、警戒を解き伸ばしていた手を下ろす。

 同時に、彼女の周りに浮いていた謎の球体も消滅した。

 

「ごめんなさい。

 その……今さっき、他の生徒に襲われたところだったから。

 あっ、いや、大丈夫。ちゃんと生きてる」

 

 そういうと彼女は、対人恐怖症であることは変わらないためか、怯えるように右手を胸に当て、左手でスカートを握りしめる。

 

「実技棟は、よく見てない。

 ごめんなさい。

 

 その、……真由美さんは今、何処にいるの?」

 

「……会長なら、まだ講堂にいるはずだ」

 

「そう。……ありがとう」

 

 会長の所在地を聞いた秦野さんは、小さく頷くと、チラチラと私達を見ながら感謝を述べた。

 それはきっと目を合わせようとした誠意を表す、精一杯の行為だったのだろう。

 

 それから一度大きく頭を下げて、私達の横をすり抜けて走り出す。

 

「ちょっと! 秦野さーん、ストーップ!!」

 

 遠くで彼女に制止を促す声が聞こえたにも関わらず、まるで風になったかのような速度で、彼女は講堂に向かっていった。

 

 そして、彼女に制止を促し、後を追ってきた男子生徒『時村 一重』君は私達の前で立ち止まる。

 

「はぁ、はぁ……えっとこんにちは。ってそんな場合じゃないか。

 彼女、秦野が何処に向かったかわかる?」

 

 私とお兄様は互いに顔を見合わせたあと、彼女が講堂に向かった事を伝える。

 

「講堂? ……そういえば『なんちゃら会』があるみたいな話があったな。

 ていうか何が起きてるの?

 実技棟の方で爆発音がしたと思ったら、外に変な格好した奴らはいるし。

 それ見た秦野は部室の窓から飛び出すし」

 

 どうやら彼は、何が起きているか理解もしないまま、飛び出した秦野さんを追ってきたらしい。

 ところで、秦野さんは部室の窓から飛び出したと言っていたが、文芸部の部室は四階ではなかっただろうか?

 

「テロリストが学校に侵入した。

 今俺達は実技棟の様子を見に行くところだ」

「はぁ? テロ? 物騒過ぎるだろ。

 ……っと、悪い、急ぎだよな。

 僕は秦野を追わねぇと。

 んじゃ! 気ぃ付けてな」

 

 そう叫びながら、時村君は秦野さんを追って走り出した。

 ツクヨミさんを迎えに部室に入ったとき、時村君が人形のパーツを作っている姿を何度か見たことがあった。

 文芸部の中で人形制作に没頭する彼の姿は、部員の中でもかなり異質ではあったけど。

 

 もしかしたら、文芸部の中で一番まともなのは彼なのかもしれない。

 

 

***

 

 

 実技棟の下でエリカたちと合流した私達は、互いに情報を交換し合う。

 轟音の正体はテロリストが放った小型化された炸裂焼夷弾の爆発音だったらしい。

 校舎の壁面は今も僅かに燃えているが、消火までは時間の問題だろう。

 事務室の方にも襲撃はあったらしいが、そちらも既に鎮圧済みだそうだ。

 

 それらの情報を聞いたお兄様は、何か疑問を感じたらしく考え始めた。

 

「お兄様?」

「……何故実技棟が狙われたんだ? 事務室はともかく、実技棟にはそこまでの価値は無い。

 破壊されれば授業に支障が出るだろうがそれだけだ。戦力を分散させる程の価値は無いはずだ」

 

 独り言のような呟きを聞きながら私も考える。

 というより、実はお兄様の推察で、私は大体の事情は予想出来てしまっていた。

 

 ――そうだけど、今日は図書館に用がある。

 

「……陽動か! だとしたら目的は、破壊されれば再調達の難しい重要な装置が置かれている実験棟。

 もしくはこの学校で貴重な資料を閲覧できる図書館!」

 

 お兄様の推理を聞いた私は、思わずため息を吐いてしまう。

 気が抜けるようなその姿を見られることは恥じるべきなのでしょうけど、それでも私はそうせずにはいられなかった。

 

「……深雪?」

「お兄様…ツクヨミさんは今日は用事があるとかで図書館に向かうと言っていました。 」

 

 一瞬、お兄様の思考が止まったのが目に見えた。

 そして、顔に手を当て、私と同じように、しかし私よりも大きくため息を吐く。

 

「えっ、なに? もしかしてツクヨミくん、テロリストが来ることをわかってて図書館に向かったってこと!?」

 

 エリカ、あなた何時からその渾名で呼ぶように……。

 

「まぁ、そうだろうな。

 しかし、それはそれとして、問題はこれからどうするかだ」

「そうだな。月山がいるとは言っても、流石に集団から防衛するのはきついだろうし。

 かといって、実験棟の方を無視していくわけにもいかないからな」

「……いや、レオ。

 ツクヨミが防衛をしているなら、図書館は放置で問題ない」

「ん? どういうことだ?」

 

 お兄様はそういうと、真剣な顔つきで説明した。

 

「ツクヨミは、『はい』と『いいえ』の二択を迫られて、誰もが『はい』を選択するだろうと予測したら『NO』か『それ以外』を選ぶ奴だ。

 図書館で防衛をしていると思っているならその可能性は捨てた方が良いだろう」

 

 誰もが怪訝な顔をし、図書館に対する不安感を積もらせる。

 そして、さらにそれを後押しする情報がもたらされた。

 

「……彼等の狙いは図書館よ」

 

 魔法科高校に在籍しているカウンセラー『小野(おの) (はるか)』先生によって。

 

 

***

 

 

 二階にある特別閲覧室の前に続く通路で、私とお兄様は立ち止まった。

 図書館の前で西城君が、図書館一階でエリカが。

 テロリストと、テロリストと共に行動していた当校の生徒達と戦っている。

 

 お兄様曰く、特別閲覧室の扉を防ぐように、ツクヨミさんは椅子(生徒会室の)に座っているらしく。

 そして向かい合うように、一人の女子生徒が同じく椅子(生徒会室の)に座っているらしい。

 

 その女子生徒は、同盟の中核に近い位置にいて、放送室の占拠の際にもメンバーの一人として参加しており。

 そして、お兄様に何らかの思惑を持って接触を行い。

 一科生に対し、かなりの憎悪を抱いた女子生徒『壬生 沙耶香』先輩だった。

 

 ツクヨミさん達の周り、及び特別閲覧室の中には、テロリストの姿は無いらしい。

 これだけの人員を動かしながらたった一人の生徒に貴重な文献を盗りに行かせるとは思えない。

 おそらく、ツクヨミさんが空間置換で他のテロリストを何処か別の場所に移動させたのだろう。

 

 私達が直ぐに踏み込まなかったのは、ツクヨミさんの目的を探るためだった。

 

 ここまでの流れからして、ツクヨミさんが壬生先輩と偶然遭遇したとは考えられない。

 これは明らかに何らかの目的を持ったうえでの行動だ。

 

 ツクヨミさんが壬生先輩と交流を持ったという話は聞いたことが無い。

 

 お兄様は、壬生先輩とカフェで話し合いをしたとき、近くにツクヨミさんが居たらしく。

 もしかしたらそのとき、壬生先輩に何らかの興味を持ったのかもしれないと言っていた。

 しかし、お兄様がそのときの会話を思い返してみてもそれ以上の心当たりはないそうだ

 

 だから私達は通路の影に隠れて、二人の会話に聞き耳をたてる。

 あまり大きな声で会話をしていたわけではなかったけど、何となく壬生先輩の声を聞き取ることが出来た。

 

 

 ツクヨミさん、あなたは一体、何を考えているのですか?

 

 

 

 

「マシュマロを、焼くの?」

 

「ええ、焼き方にもよりますけど、クリームブリュレみたいになって中身がドロッとするのですが。

 結構美味しいですよ」

 

 力が抜けて私は座り込んでしまう。

 その時に発生した音が原因で、ツクヨミさんが何の話をしていたのか聞くことが出来なくなってしまった。

 




誤字報告ありがとうございます。

司波 深雪視点でした。
前後編ですが、たぶん三話ぐらい深雪視点です。

主人公の渾名ですが投降後読み直してる時に気がついたので修正してます。

感想は読んでます。

ただ、私の語彙が少ないので。
「頑張ってください」
に対して、
「ありがとうございます。頑張ります」
位しか書けないのに気がついて。

その後、主人公等の推察とかに対して、返答するのは控えた方が私が面白いなと思えたので。

申し訳ありませんが、返答は勝手ながらやめさせていただきました。



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38 歪な木の木陰 中編

あけましておめでとうございます。


 私と彼はいつだって隣人だった。

 

 私は女性で、彼は男性だった。

 

 私の家庭は普通ではなく、私自身も普通の人間ではなく。

 彼の家庭は普通の家庭で、彼自身も普通の人間だった。

 

 私は魔法師として育ち。

 彼は一般人として育った

 

 運命としか思えないほどの正反対の境遇。

 

 だからきっと、私は真直ぐ平穏に育ったのだろう。

 だからきっと、彼は静かに狂っていたのだろう。

 

 

***

 

 

「誰!?」

 

 壬生先輩の声に反応して、私はその場に立ち上がる。

 一連の動作に細心の注意を払った私の姿は、多分力が抜けて倒れたという事実を隠していたはずだ。

 

「司波君……」

 

 壬生先輩は驚愕の顔を浮かべた後、神妙な表情で僅かに振り返り、ツクヨミさんと特別閲覧室へと繋がる扉を一瞥する。

 その姿を見たお兄様は何かを察したのか、ため息を吐きながら口を開いた。

 

「扉の向こうには誰もいませんよ。……そうだろ? ツクヨミ」

「……え」

 

 またも壬生先輩は驚愕の顔を浮かべ、今度はどういうことかと言わんばかりの視線をツクヨミさんに向ける。

 

 この状況に至って、私も壬生先輩に何が起きたのかが解った気がした。

 

 おそらく、テロリストと行動していた壬生先輩は、特別閲覧室の前でツクヨミさんの妨害に合ったのだ。

 そして何らかの理由から、壬生先輩をこの場に残す事を条件にテロリストを扉の向こうへ通した。

 しかしツクヨミさんは、扉を閉じた後、空間置換でテロリストを別の場所に移動させたのだ。

 

 特別閲覧室の扉は一つだけ。

 ツクヨミさんの能力は、他の人に察知されにくい能力。

 

 きっと壬生先輩は、扉の向こうでテロリスト達が作業していると思ったからこそ。

 何とか時間を稼ぐか、或いは、どうにか誤魔化すなどしてやり過ごそうと考えていたのだ。

 だからこそ、扉の向こうに誰もいないという事実を突きつけられた故の驚愕なのだ。

 

 そんな壬生先輩の視線に答えるように、ツクヨミさんは口を開く。

 

「私は通っても構わないと言っただけで、その後何もしないとは言ってませんよ」

 

 そう語るツクヨミさんは笑顔を浮かべている。

 その表情を見た壬生先輩は顔色を失い、通路の壁に凭れ掛かる。

 当然だ、状況だけ見れば、壬生先輩は敵に囲まれているに等しいのだから。

 

 そして、そんな壬生先輩に救いの手を伸ばしたのは。

 

「選ぶのは貴女ですよ、先輩」

 

 ツクヨミさんだった。

 相も変わらず、笑顔を浮かべている。

 

 その言葉の意味は分からなかった。

 きっと私達がここに来る前に何らかの会話があったのだ。

 

「……っ!!」

 

 そして壬生先輩は、何かを覚悟して動き出す。

 右腕を向け振り下ろすと、その手から投げ落とされた物が床に当たり、周囲を煙で包みこんだ。

 光と音で動きを封じるスタングレネードではなく、唯の煙幕。

 魔法師にとっても、それは唯の煙幕だが。

 そこにとある物が加わると、スタングレネードを遥に超えるものになる。

 

 アンティナイトによるキャストジャミングだ。

 

 しかし、今の私の実力なら、その中でも魔法を行使するのは難しい事ではない。

 誰かが走る音が聞こえる。

 僅かに感覚が狂わされているのでピンポイントでの照準は出来ないが、広範囲の魔法を使えば問題ない。

 

 廊下に展開される術式。

 そしてその術式は、発動前に大量のサイオン波によって消し飛ばされる。

 

 私とお兄様の横を、誰かが通り抜けた。

 軽いため息を吐いて、私は煙幕を収束させて空気中に作ったドライアイスの中に閉じ込めた後、彼に語り掛ける。

 

「どうして止めたのですか? ツクヨミさん」

「私も射程範囲内だったからですよ」

 

 術式解体(グラム・デモリッション)

 圧縮されたサイオンをイデアを経由せずに対象物に直接ぶつけ、そこに付け加えられた起動式や魔法式等のサイオン情報体を吹き飛ばす超高等対抗魔法。

 

 それはお兄様の得意とする魔法であり、ツクヨミさんも使える手段(・・)

 

 並みの魔法師が一日かけても絞り出せない程の大量のサイオンを必要とするその技を、彼も使うことが出来る。

 

 ただお兄様と違って、彼は短時間に何回も使うことが出来ない。

 

 しかも一度使えば、少しの間だけ他の魔法の使用に支障がでてしまい、逆に他の魔法を一定時間使用した後では術式解体(グラム・デモリッション)を使うことが出来なくなるらしく。

 

 彼にとって、それは切り札にすらなりえない物のはずだった。

 

 相も変わらず、ツクヨミさんは笑っている。

 

 彼がどういう人間なのか理解したのは、長い付き合いからしてみればつい最近の事なのだろう。

 それでも、私は彼の事を知っている。

 

 今だからこそ判る。

 

 彼は嘲笑ってはいない。

 微笑んではいない。

 

 面白いからと彼は笑わない

 彼の笑顔は作り笑いだ。

 

 きっと誰も彼の笑顔を見たことが無い(・・・・・・・)

 だけど私は知っている(・・・・・・・)

 

 人は嬉しいときに笑うのだと体現するかのように。

 彼は嬉しいときにしか笑わない。

 

 今の彼もそうだ。

 一人称が『私』なのも、敬語を使うのも、賢者か道化のような口調も。

 

 それは彼なりの目上の人に対する態度ではない。

 彼の妹、文香ちゃんの真似をしているだけだ。

 

 彼が使った魔法は、怪我を負わせるようなものではなかった。

 もっと言えば、彼がその気になれば、あの程度の魔法なら自分だけ影響を受けることなく無効化出来たはずなのだ。

 

 そして、ツクヨミさんは語りだす。

 

「良かったのかい、彼女を取り逃してしまって」

「逃がしたのはお前だろ」

「あの『ルーチン』は必要な行為だったんだよ、彼女にとって」

 

『ルーチン』

 決まった一連の動作という意味として使われる言葉。

 しかし、今の状況下で出てくる言葉としては、違和感を拭えない言葉。

 

 間違いなく、彼が今回の事件の真相を把握しているからこそ選んだ言葉なのだ。

 

「ツクヨミ、教えてくれないか?

 今回の事件について」

 

「聞く必要があるのかい? 大体は君も分かってるんじゃないかな」

 

「……ブランシュ、か」

 

 お兄様の答えに対し、ツクヨミさんは肯定するように見つめ返す。

 

 そしてツクヨミさんは左手を顎に当て、人差し指と中指で口を隠すようにして頭を傾ける。

 その顔は先程までの作り笑いではなく、いつもの無表情に戻っていた。

 

 彼がどういう人間なのか理解したのは、長い付き合いからしてみればつい最近の事なのだろう。

 それでも、私は彼の事を知っている。

 

 だからこそ、彼が何を考えているのか、私は察してしまった。

 

「……毛布(ブランケット)ではありませんよ?」

「違うのか?」

「違います」

 




 誤字報告ありがとうございます。

 遅れてしまい申し訳ありません。

 前編と後編に分けると前回書きましたが、あれは嘘ではありません。
 予告に反してしまっただけです。


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   メリーバッドエンドへの序章

みぶ さやか してん です。


 特別閲覧室へと続く通路で。

 

 複数の銃口を向けられながら。

 

 彼は静かに椅子に座って、本を読んでいた。

 

 ここは図書館の中。

 ならば本を読んでいる人物がいる事に疑問を持つことはおかしく感じるかもしれない。

 しかし今の時代、書籍はほぼ電子化されていて、紙を媒体にした本は趣味で所有する以外の用途で見かけることは少ない。

 今いる図書館も例にもれず、利用者は端末に保存された資料等を各個室内で閲覧するというシステムになっている。

 

 改めて、彼を見る。

 彼が持っている本は、明らかに紙を媒体にした本。

 そして座っている場所は個室ではなく通路の真中。

 

 明らかに、彼は図書館の利用者ではなく。

 私達の目的の邪魔をするために待ち構えている敵だとしか考えられない。

 

 癖のない真直ぐな黒い髪。

 

 体格は細く、一瞬女性かもしれないと錯覚してしまうほどの中性的な顔立ち。

 

 一高の男子用の制服を着ているが、年齢は不詳。

 年下にも見えるが同い年にも見え、既に成人を迎えているような雰囲気もある。

 

 足を組みながら背筋を伸ばし、読書をしている姿は完成された芸術品にも見えた。

 しかし、その完成された姿はとても自然的で、異質な状況の中でも存在感があまりにも薄く感じてしまう。

 

 それだけならば、唯警戒しなければならない対象という感情しか湧かない。

 だけど彼の制服にある一科生の証が、『一科生が私達の邪魔をする』という状況に思えてしまい、私の憎悪に火をつけていた。

 

 目の前に居る生徒は敵だ。

 

 敵なのだ。

 

 敵のはずなのだ。

 

 …………なのだけれども。

 

 私達と同じく魔法に関わる差別の撤廃を目指す同士であり、今回の任務を共に行動している『ブランシュ』のメンバー達に銃口を向けられている彼は、私達を一瞥をすることもなく読書を続けている。

 

 既に三回ほど声を掛けた後なのだ。

 読書をしている振りをして、此方の動きを観察している可能性も絶対ないとは言い切れない。

 しかし、文字を追う目の動きと静かに捲れていく本のページが、彼が私達を認識してないという方向へと向かわせる。

 

 一体、目の前に居る生徒は何者なのだろう。

 

 痺れを切らしたメンバーの一人が、ゆっくりと近づいて行き、離れてはいるが眉間に確実に当たるであろう距離に銃口を突きつける。

 

 流石にそこまでの状況になれば私達を無視できないらしい。

 彼は視線を上げて、真黒な瞳で私達を見つめる。

 

「……しまった、忘れてた」

 

 そして彼が本を閉じながら小さく呟いた言葉は、より彼を謎めいた存在へと変えていった。

 

 

 

***

 

 

 謎の男子生徒は、懐に持っていた本をしまいながら椅子から立ち上がると、妖艶な笑みを浮かべながら語りだす。

 

「ようこそ、皆々様。お待ちしておりました」

 

 首を僅かに傾げ、私達を迎え入れるように左手を横に伸ばす。

 

 その仕草は、客人を迎える執事の紳士的な対応にも。

 まだ幼い少女が、遊びで良家の娘のように演じている姿にも見えた。

 

「とは言っても、私が用があるのはそちらの方なのですけれどもね」

 

 掌を上に向けながら、という少し変わった指の差し方をする男子生徒が指定したのは。

 視線も、その指さす先が示しているのも、間違いなく私だった。

 

「貴様! ここで何をしている! 何者だ!!」

 

 誰もが疑問に思う事。

 それをメンバーの一人が、先程まで無視されていたことに対してか、今なお蚊帳の外に置いていく態度に対してか、多少の怒気を込めて彼に問いかける。

 

「さっきまでは読書をしていましたね。

 ここは図書館なので、別におかしなことではないでしょう?」

 

 おかしい。

 

「私は貴方達からしてみれば何者でもありませんよ。

 強いて言えば、『当校の生徒』と言ったところでしょうか」

 

 見れば分かる。……一応。

 

「私はここでそちらの方と少々話をしたいだけ。

 他の方々がここを通りたいというのならば、通っても構いませんよ」

 

 そういうと彼は、椅子の背凭れを掴んで、自らと共に通路の端によった。

 

 

『怪しい』。

 

 これほどまでに彼を表現するのに適した言葉は無いだろう。

 まるで人間味を感じさせない態度。

 感情を抑えることで出来る物ではない。

 本心から起こす行動だから見せる自然差。

 

 だからこそ。

 

「みなさん、先に行ってください」

 

 私には、これが最善なのだと思えた。

 

 私は確かに二科生だけど、魔法については良く知っている。

 だからこそ、魔法を侮ってはいない。

 

 一科生とは言っても、実力が備わっているとは限らない。

 しかし、陽動を使った秘密裏に実行されている作戦を知った上で、一人待ち伏せしている彼が実力者で無いはずがない。

 

 その彼を私が残る事でこの場に留め、見張ることが出来るのなら、これ以上の策は無いだろう。

 

 今回の作戦に対して、ほんの少しだけあった疑念がこの場にとどまらせる。

 そういう感情もあったかもしれないけれど、それが一番の理由だった。

 

 それに私だって魔法を扱う側の人間だ。

 万が一、彼が魔法を使おうとしても、それを多少なら察知することが出来る。

 しかも私の付けている指輪は『アンティナイト』。

 この指輪から生じる『キャスト・ジャミング』は、彼がどのような魔法を使っても、荒れ狂うサイオン波によって乱し、封じる事だってできるはず。

 

 メンバーたちが私に視線を向ける。

 大丈夫なのか? と問いかけてくる視線に、私は任せてくださいと頷く。

 

 覚悟を決めた私の答えを知ったメンバーは、最大限に男子生徒を警戒しながらその横を通り抜け、私達が持ち出した鍵を使って特別閲覧室に入っていく。

 

 扉が閉まるのを確認した後、男子生徒は椅子を先程と同じ位置に戻して座る。

 

「さて、お話をしましょうか。

 どうぞ、座ってください(・・・・・・・)

 

 彼はそう言いながら、手を差し出す。

 

 床に座れ、とでも言うのか。

 そう言おうとした私の後ろで、コップをゆっくりとテーブルに置いたような音が聞こえる。

 

 振り返ると、先程まで何もなかった場所に、彼が座っている椅子と同じデザインの椅子が置かれていた。

 

 

***

 

 

 得体の知れないモノへの恐怖。

 そんな感情を知る日が来るなんて夢にも思わなかった。

 

「……そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」

 

 左手を顎に当て、人差し指と中指で口を隠すようにして頭を傾けていた目の前の男子生徒は、今更ながら唐突に語りだす。

 

「私は一年の月山 読也と言います」

「……二年の壬生 紗耶香よ」

 

 互いに挨拶を終えた後、目の前にいる月山 読也と名乗った男子生徒は、ほんの少しため息を吐く。

 

 少し前かがみになり。

 膝の前に肘を置き。

 顔の前で掌を合わせて。

 指と指を少しだけ交差させ。

 真っ黒な瞳で私を見つめていた。

 

 私の全てを見透かしているようなその真直ぐな瞳を見ていると。

 冷たい水を頭にかけるような。

 寝起きに早朝の空気を思いっきり吸い込んで、眠気が全て吹き飛んだような。

 頭の中の靄が晴れていくような。

 試合の時のような。

 そんな、何処か心地の良い緊張感があった。

 

「さて、何の話をしましょうか?」

 

 だからこそ、彼の問いかけに対して、私は素直に嫌悪を表情で示す。

 

「あたしに用があるから、止めたんじゃないの?」

 

 私の問いかけに対して、彼は僅かに首を傾げた。

 

「あぁ、そうでしたね。

 ……そうですね。では、貴女の事をお聞かせください」

「……どういう、意味かしら?」

 

 彼の答えに対して、私は眉を寄せて再び重ねて問いかけた。

 

「貴女が何故ここにいるのか。

 ここを起点にして、起源に遡って。

 或いは終点として、起源から辿っていって。

 その程度でいいので、聞かせてはいただけませんか?」

 

 そう言われた私は、少しだけ、目を閉じて考える。

 彼の質問に、素直に答えていいのだろうか?

 仮に答えるならば、それをどう伝えるべきなのか。

 伝えていい事、伝えてはいけない事の取捨選択。

 この学校に対する想い、ブランシュとの関り。

 

 嘘を交えるべきか否か。

 

 私はゆっくり目を開いて、彼を見つめる。

 あぁ、嘘はダメだ、きっと彼には嘘が通じない。

 

 私は息を静かに吸って、口を開いた。

 

「あたしは、…………私は、魔法より剣道が好きだった。

 中学時代に剣道の大会で2位の成績を取ったときは凄く嬉しかったし。

 それに、魔法の才能があったから父や周囲に将来を嘱望されて。

 全国一の名門の第一高校に入学が決まって。

 ……自信があったの」

 

 私はゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 言葉を違えないように、失言しないように。

 

「だけど、入学してからそれは一変したわ。

 ……あたしね、『剣道小町』なんて呼ばれてた。

 それが、二科生になって。

 一科生の補欠になって、『ウィード』って蔑まれる立場になって

 それに剣道も……」

 

 いつの間にか下がっていた視線を、私はもう一度上げてしっかりと彼の瞳を見つめる。

 

「渡辺先輩、知ってるでしょう? 渡辺 摩利先輩」

「知りません」

「そう、まぁいいわ。

 私は、渡辺先輩に……」

 

 ……え、知らないの?

 

「風紀委員長の……」

「あぁ、あの人ですか。何というか歌劇団で男役が似合いそうな」

「そう、その人よ」

 

 どうやら、顔と名前が一致していなかっただけらしい。

 ただ、あの人を擁護したいわけではないが、その認識はどうかと思う。

 

「渡辺先輩は、剣術に於いてこの学校でもトップに立つ人でね。

 十師族の家系でもある七草会長と十文字会頭の二人と並んで三巨頭なんて呼ばれるような人なの。

 ……あたしはあの人に試合を申し込んだ。

 だけど断られた。どうしてだと思う?」

 

 私はまたいつの間にか下がっていた目線を上げることなく、拳を握り締めて、彼に問いかけた。

 

「さて、話の流れからして、貴女が二科生であることが理由。

 とかその辺りでしょうかね?」

 

 彼は静かに答えた。

 嘲笑うかのようではなく。

 純粋に類推して、思いついたことをそのままに。

 

 私は皮肉気に笑う。

 彼の態度のせいか、ほんの少し毒気を抜かれた気がした。

 

「そう、その通りよ。

 あたしが二科生だから。

 戦うまでもない、結果がわかりきった事はしない。

 そんな、そんな理由で、ただそれだけの理由であたしの剣道は否定されたの」

 

 言葉にする。

 形にする。

 抜かれていた毒気が、憎悪が、私の中でまた形を作られてゆく。 

 

「こんな差別は間違ってる……。

 だから、あたしはここにいる!

 間違いを正すために!!」

 

 私の中の憎悪が密度を濃くしながらも面積を広げ、通路を埋め尽くす。

 そんな錯覚を覚える。

 そして私は視線を上げた。

 

 目に映る彼は。

 

 少し前かがみになり。

 膝の前に肘を置き。

 顔の前で掌を合わせて。

 指と指を少しだけ交差させ。

 ただ先程と違って目を閉じていた。

 

「……そうですか」

 

 彼は静かに呟いた。

 その表情は終始笑っている。

 きっと何も変わってない表情は、まるで私を嘲笑っているようにも、取るに足らないという態度にも見えた。

 

「何が可笑しいの!?」

「ん? あぁ、いえ、面白い所はありませんよ。

 ただそうですね。

 ……貴女は間違った事を少なくともしてしまったんだなと」

 

 真っ直ぐに、彼は私を視線で射抜く。

 その視線に負けないようにと、私は彼に牙を剥く。

 

「間違い? 一体何が間違いだっていうの!?」

 

 私の問いかけに、彼は答える。

 さっきまでは私が語り部で。

 そして今、彼が語り部になった。

 

「まず差別は存在するでしょうね。

 割と最近、私の知り合いのブラコンとその兄のシスコンがその辺りの理由が原因でちょっとした騒動も起こしましたし。

 だから、貴女が差別されたことに憤ることも、間違いではないでしょう。

 ただ、やり方が間違っていましたね」

 

 身が縮まる思いがした。

 私達が機密文献を盗むことと、差別をなくすことに対する違和感を、真直ぐに指摘された気がしたからだ。

 

 魔法を使えない人々に魔法理論を公開する。

 魔法を使えない人に魔法学を教えたところで意味がなく、魔法が使えるようになるわけではない。

 つまりは魔法が使える、使えないの差が埋まることは無いのだ。

 

「きっと……、きっと魔法が使えない人にも役に立つ研究成果があるはず。

 それを公開すれば、魔法による格差が埋まって、差別だって……っ!」

 

 だから私は、思わず自分を納得させるために考えた理屈を答えた。

 まるで言い訳をするように。

 

「そうかもしれませんね」

 

 本当は、自分でも何処か違和感がある言い訳だった。

 だけど彼は、それを否定しなかった。

 

「私は、割と最近魔法を覚え始めた人間です。

 私が知らないだけで、マジックアイテムのように持つだけで効力がある道具の作り方とか、そこにはあるのかもしれません」

 

 彼は首を僅かに傾げる。

 私が本当に目を背けていることが何故判らないのかと問いかけるように。

 

「そちらではなく、貴女が間違えたやり方とはつまり。

 ルール違反。法を犯したことです」

 

 私は息をのむ。

 その指摘は正しく。

 間違いなく。

 私の間違いなのだから。

 

「学外から銃器を持った人を招き入れ、機密文献をハッキングをして盗む。

 これは立派な犯罪、貴女の思想に関係なく、確実に間違ったルール違反です」

 

 ……そうだ。

 

 そうだ、その通りだ。

 何故そこに思考が回らなかったのだろう。

 私だって、法に触れるようなことをするつもりはなかったはずだ。

 これはどう考えても犯罪で、私達の目的と少しでも違和感があれば、即座に彼等とは離別するべき事柄ではないか。

 

 そこに気がついた途端に、崩壊したダムのように感情があふれる。

 そこには罪悪感もあって、自分の犯した過ちに押しつぶされそうにもなった。

 

 だけど。

 

 あふれる感情はそれだけではないのだ。

 私にはこの日の為に積み上げた物があるのだ。

 費やした時間があるのだ。

 今、それが無駄になろうとしている。

 抑えていた。

 ずっとだ。 

 

「だったら……っ!」

 

 ずっと私は我慢していたのだ。

 

「だったらどうすれば良かったのよ!!」

 

 拳を強く握りしめ立ち上がる。

 そして私は、前を向いて言えない思いを口にした。

 

「差別をなくそうとするのが間違いじゃない?

 平等を目指すのが間違いじゃない!?

 だったらどうすれば良いの!

 

 蔑まれて、嘲笑われて、馬鹿にされて!!

 それが嫌だった。

 これが間違いで!

 だったら!!

 

 だったら……、一体どうすれば良かったのよ……」

 

 色々なものが流れ出ていく。

 そして最後は、そのまま崩れて無くなりそうになった。

 

 

 

「…………さて」

 

 静かに。

 

 静かに彼は答える。

 

 目を開き、私は彼を見る。

 

 涙で視界が歪んでいたけど、少なくとも彼が笑っていない事だけは確かだった。

 

「どうすればいいんでしょうね。

 ……もしかしたら。

 最初から方法なんてなかったのかもしれないな」

 

 あぁ、判る。

 判ってしまう。

 これは同情じゃない。

 

『共感』だ。

 

「こんなの……、理不尽よ」

 

 力が抜け、私はまた椅子に座り凭れ掛かる。

 もう、何もかもが出尽くした気がした。

 

「過ぎたことは、もうどうにもなりませんよ」

 

 もはや思考することも放棄したくなる思いを何とか押しとどめて、私はゆっくりと顔を上げる。

 いつの間にか彼の表情は何度も見た妖艶な笑顔に戻っていた。

 

「さて、どうしますか?」

「……どうする?」

「選ぶのは貴女ですよ、先輩」

 

 そういうと、彼は私に選択肢を指し示す。

 

「さっきはルール違反だと言いましたが、それはあくまで私の価値観。

 それでも貴女が自分が正しいと思うのなら、そのまま続ければいい。

 自分が間違っていたと思ったなら自首でもしてみるとかもありますね」

 

 そして彼は首を傾げる。

 

「受験に落ちたときのような、もう何もかもが終わったような表情していますが、貴女が死を選ばない限り、まだまだ先はありますよ」

 

 酷い例えだ。

 だけどその通りかもしれない。

 もう私は先が無いような間違いを犯しているのだから。

 

「このまま突き通すか、自首するか、自決するか、か……」

 

 妙に最後の選択肢が私の頭の中にこびり付く。

 その選択はしたくはない。

 

 だけど。

 

 だけど、私は、どうすれば良いのだろう……。

 

 

「迷ったときは、選択肢から模索するといいですよ」

「……え?」

 

 彼が出した選択肢。

 それ以外の物が他にあるのだろうか。

 

「可能性だけなら選択肢なんて幾らでもあります。

 常識的な概念で無意識に除外していようと、選べないわけではないんです」 

 

 彼はそういうと私にまた別の希望を指し示す。

 

「例えばそうですね……。

 花嫁修業とかどうでしょう?」

 

「………………はぁ?」

 

 希望が斜め上すぎた。

 

「そうですね、例えば料理から始めるとかどうですか?

 切る……のはいきなり難易度が高いですね。

 とりあえず焼いてみることから始めるのはどうでしょう。

 魚は難しいですし、野菜炒めも味付けが意外と難しいので、最初は肉とか卵とかマシュマロあたりですかね」

 

 どうしよう、言いたいことが多すぎる。

 なんなんだこの人。

 

 何で私が料理ができない前提で話が進んでいるんだ。

 いやいやそうじゃない。

 

 とりあえず私は、少しでも思考を戻す時間稼ぎの為に、疑問に思った事を口にした。

 

 

「マシュマロを、焼くの?」

 

 私は一体何を聞いているんだ。

 

「ええ、焼き方にもよりますけど、クリームブリュレみたいになって中身がドロッとするのですが。

 結構美味しいですよ」

 

 何故彼は真面目に答えているんだ。 

 




誤字報告ありがとうございます。

お久しぶりです。
後編書いてたら書いた方が良いなと思いました。


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39 歪な木の木陰 後編

しば みゆき してん


 時間は少しだけ進み。

 私達は今、エリカによって逃走を阻まれ、右腕を負傷した壬生先輩と共に保健室にいた。

 

 お兄様が治療の為に校医に壬生先輩を任せようと簡単に壬生先輩の容態を伝えている間。

 私は何故か先に保健室に来ていた服部副会長と、現状について情報交換をしていた。

 

 既にテロリストによる襲撃は鎮圧されているらしく。

 彼等を手引し、そしてこっそりと逃亡仕様としていた剣道部の主将。

 政治結社『ブランシュ』のリーダーの義弟でもある(つかさ) (きのえ)先輩の身柄も確保してるらしい。

 

 そして今は、被害状況の確認等の事後処理の最中なのだそうだ。

 

「ちょっといいですか?」

「どうかしたか? 月山」

 

 一通り会話を終えたのを見計らっていたツクヨミさんは、服部副会長に話しかけると、保健室に並べられたベッドの一つに指をさす。

 

「彼女、どうしたんです?」

 

 私は保健室に行くことがあまり無いので、普段の状況は詳しくない。

 それに今は状況が状況なので、最初私はベッドに生徒が居る事について、何の疑問もわかなかった。

 

 だけど、そこに寝ていたのが文芸部員の秦野さんだと気がついて、私は心臓が凍るような感覚に襲われる。

 

 想像したのだ、秦野さんが私達と別れた後、テロリスト達に襲われたのではないかと。

 そして考えてしまう。

 その可能性を考慮しなかったことに対する責任。

 彼女がベッドに倒れているのは、自分たちのせいなのではないかと……。

 

 

「あぁ、彼女か……

 確か月山は彼女と同じ部活に所属していたな。

 なら何となく想像できると思うが、俺が不用意に近づいて気絶させてしまって。

 それで俺が責任をもってここまで運んで来たんだ」

 

 そう語ると、服部副会長は、遠い目をしながら自傷気味に笑った。

 

「今回で四回目なんだ」

 

 しかも会長の目の前で、という彼の思いが、何処かからか聞こえた気がした。

 

 

***

 

 

 それからしばらくして。

 

 保健室にて、壬生先輩の事情聴取が行われることになった。

 本来であれば、右腕を骨折しているので治療の為に後日、保健室ではなく別の部屋で。

 少なくとも、そういった聴取は日をまたいでから行われる筈だった。

 

 だけど壬生先輩が、今直ぐに全てを話したいと強く希望したため、急遽この場で事情聴取が行われることになったのだ。

 

 集まったのは生徒首脳陣である生徒会会長、風紀委員長、部活連会頭。

 つまりは、七草会長と渡辺先輩。

 

 そして十師族の一つであり十の数字を苗字に持つ家。

 部活連会頭である、十文字(じゅうもんじ) 克人(かつと)先輩の三人だ。

 

 より正確には、この場にはあとお兄様とツクヨミさん。

 それからエリカと西城君の二人も同席している。

 

 服部副会長は他にやることがあるらしく、七草会長達が来る前に保健室から退出していた。

 

 そしてこれは後に聞いた話だけれど。

 秦野さんを追っていた時村君は、体育館で七草会長達と出会った後に。

 

「なんか、もう、色々疲れたんで、帰ります」

 

 と言ってすで帰宅していたそうだ。

 また、秦野さんが倒したと思われるテロリスト達は、ハッキング用の端末や記録媒体を持ち込んでいたらしい。

 彼等が倒された周辺にはそれが必要になる物、或いは重要視されるような物が設置された施設はなかった。

 なのでもしかしたら、図書館にて、ツクヨミさんがどこかに飛ばしたテロリスト達は、彼等だったのかもしれない。

 

 閑話休題。

 

 壬生先輩の話は、彼女が入学してすぐ、剣道部の司先輩に声を掛けられたことから始まった。

 そして、彼女は語る。

 

 壬生先輩が、渡辺先輩に練習試合を申し込んだが、酷い断られ方をされたこと。

 司先輩の同調者はその頃から剣道部には数多くいたこと。

 さらに、それは部という枠を超え、魔法の自主訓練サークルを装った思想教育が行われたこと。

 

 有志同盟者が全て、という訳ではない。

 しかし、それでも今回の事件に関わる多くの生徒達。

 彼等彼女等が、かなりの時間をかけ、それらが水面下にて周到に行われていた。

 その事実は、『ブランシュ』の存在を既に知っていた七草会長達にも驚愕を与えた。

 

 その中でも、名前があがった渡辺先輩は最も驚いたと同時に、ひどく困惑していた。

 何故なら渡辺先輩には、『練習試合を申し込んだが、酷い断られ方をされた』という出来事に、心当たりがなかったからだ。

 

 否。

 

 正確には練習試合を申し込まれたことについては、渡辺先輩にも思い当たる出来事はあった。

 その時、断った事も事実だった。

 心当たりがなかったのは、断り方であり。

 文字通り、その時の心境だった。

 

 壬生先輩の視点では、渡辺先輩は、『お前では私の相手にならないから無駄だ』と言われている。

 しかし、渡辺先輩の視点では、『私の力量ではお前の相手にはなれないから無駄だ』と答えたのだそうだ。

 

 剣術と剣道の主な違いは、魔法を使うか、使わないか。

 一科生でも上位にいる渡辺先輩は、剣術であれば、壬生先輩に勝つことが出来る。

 ただし、負ける可能性はある。

 純粋な剣術、剣道であれば、壬生先輩に渡辺先輩は勝つことが出来ないからだそうだ。

 

 そして、その時の記憶は、渡辺先輩の方が正しかった。

 

 渡辺先輩の言い分は、ほんの少し言い方を変えてしまえば(・・・・・・・・・・・・・・・・)、誤った伝わり方をする内容だった。

 だけど、その時の話を聞いた壬生先輩は、たしかに聞いた、確かに言われたのだと。

 何故今までわからなかったのかと、顔を青白くさせながら、その事実を認める。

 

「じゃあ……、あたしの誤解……だったんですか……?」

 

 壬生先輩は、顔を伏せ、涙を落とす。

 始まりは彼女の誤解だった。

 それは事実で、彼女もそれを認めた。

 だけど私達は、彼女に何も言えなかった。

 

 私達は彼女の話を聞いている。

 だからこそ知っている。

 壬生先輩が、その誤解から始まった思いを胸に、どれ程の時間を費やしたのか。

 

「逆恨みで、一年も無駄にして……」

 

 その言葉を聞かずとも、その思いを容易に想像できてしまったからだ。

 だけど、ただ一人。

 

「無駄ではないと、思います」

 

 お兄様だけは、それを否定した。

 そして、お兄様は語る。

 エリカが、壬生先輩の剣技を見て、中学時代に大会で準優勝したときの剣技とは別人のように強くなっていたと話していたことを。

 確かに、切っ掛けは哀しいものだったかもしれない。

 だけど、その思いを胸に留まることなく、自分の力を磨き上げた一年は無駄になっていない。

 もし、それが無駄になるのだとしたら、それは磨き上げた一年を否定した時なのだと。

 

 その言葉を聞いた壬生先輩は、救われたように、ほんの少し笑みを浮かべる。

 そして、お兄様に近くに来るように頼むと、許可を得て、胸に縋り付いて、大声で泣き始めた。

 

 私は、自分の兄を見て。

 その行動を見て。

 この人が私の兄だと知ってもらえて。

 私は、お兄様を誇らしく思った。

 

 そして同時に。例え今、救われたのだとしても、こんな目に遭わされた壬生先輩を見て義憤を抱く。

 

 だからこそ、壬生先輩がある程度落ち着きを取り戻してから、私は問いかける。

 

「ツクヨミさん」

「……なに?」

 

 きっと、事のあらましを知っているであろう隣人に。

 

「壬生先輩は、何をされたんですか?」

 

 その場にいる皆が私とツクヨミさんに目を向け、問いかけられたツクヨミさんはほんの少し私を見つめる。

 今の話の中では、壬生先輩の誤解から始まったようにしか、きっと聞こえなかっただろう。

 

『ルーチン』

 あの時、ツクヨミさんが図書館の廊下で放った言葉。

 あの時の壬生先輩の行動は、殆ど諦めていた状態だったにも関わらず。

 まるで、何度も練習した行動が無意識に、癖のように出てきてしまったように見えた。

 もし、あの一連の動きが植え付けられた(・・・・・・・)ものだとしたら。

 そんなことが出来たとしたら、彼女にされたことが、それだけだとは思えなかった。

 

「今聞いても無駄だと思うけどねぇ……」

 

 決して小さくない言葉。

 独り言より少し大きな声。

 きっと私に言った言葉は、静かになった保健室の中ではその場の皆に聞こえていた。

 

「そうだな……。じゃあまず『シャンデリア』って十回言ってみてくれ」

 

 何の前触れもなく、彼は私にそう言った。

 

「……何故ですか?」

「まぁいいから」

 

 そう言われ、私は嫌だという感情を隠さず仕方なく『シャンデリア』と十回唱える。

 静かな保健室で響く私の声は先程の空気を隠すように、塗り潰すように響いた。

 そして、十回唱えた後、彼は私に問いかける。

 

「童話で毒リンゴを食べた姫の名前は何でしょう?」

「……シンデレラ?」

「残念、白雪姫だ」

 

 保健室の気温が下がり、窓には霜が付き始める。

 

「落ち着け、深雪」

「大丈夫ですよ、お兄様」

 

 その状況下で、ツクヨミさんは語り始めた。

 

「これは所謂『10回クイズ』の一つだ。

 同じ言葉を十回言ってもらった後にクイズを出す。

 正解の言葉は全く違う、或いは一文字違いだけど、最初に言った言葉のせいで思考が誘導されて誤答してしまうっていうものだ」

 

「……それで?」

 

「まぁ、落ち着け。

 一年前の話……だったか?

 風紀委員長が先輩に言った言葉は、ほんの少し言い方を変えてしまえば(・・・・・・・・・・・・・・・・)、大きく意味を変えていただろ?

 いや、実際に、変わっていた」

 

 窓の霜が溶け、露に変わる。

 彼の言わんとすることが何となく理解できた。

 そして少しずつ、恐怖のような物が、悪寒が走った。

 

「たった十回、同じ言葉を言わせただけで、思考回路や記憶を変えたんだ。

 魔法も使わずに。

 なら、魔法を使えば、どこまで人の思考や記憶を変えられると思う?」

 

 その場で、彼の言葉を聞いた誰もが、顔を強張らせる。

 誰もが理解した。

 壬生先輩が、思い出を歪められ、積もる事のなかった恨みを抱いて。

 

 行動させられていた、ということを。

 

 当然、私も理解する。

 否、本当は、心のどこかでは既に判っていた事だった。

 だからこそ、今の私は冷静だった。

 

「ツクヨミ、俺からも一ついいか?」

「本当に一つか?」

「まぁ、取りあえず、だ」

 

 お兄様は。

 お兄様とツクヨミさんは、まるで何を語るのか決めていたかのように、問いかけて、そして答える。

 

「どうしてそれが、『今聞いても無駄』なんだ?」

 

 ツクヨミさんは、掌を上に向け、人差し指をお兄様に向けた。

 

「どうせ後で聞きに行くんだろう?」

 

 

***

 

 

 保健室でその後にあった出来事は、少し割愛する。

 と言っても起きた出来事は、お兄様がテロリスト達の潜伏場所をツクヨミさんに聞いたら。

 

「あっち」

 

 と言って壁を指さし、周囲を困惑させたくらいだろう。

 ちなみに潜伏場所は、最終的にお兄様が、気配を消して扉越しに隠れていた小野先生を引っ張り出して教えてもらった。

 

 さて、現在、私達はテロリストの潜伏場所、もといブランシュの潜伏場所へと、十文字先輩が用意した大型車に乗って向かっている。

 その場所は、環境テロリストが隠れ蓑にしていることが発覚し、そのテロリスト達からも放棄された廃工場だった。

 

 車の乗客は六人。

 車を用意した十文字先輩。

 私とお兄様。

 エリカと西城君。

 

 そしてツクヨミさん。ではなく、そこには別の人。

 保健室の事情聴取に参加していた人でもなく。

 道案内の為に、或いは教員として、小野先生が来ていたわけでもなく。

 

 そこに座っていたのは、部活動勧誘期間のおり。

 剣道部である壬生先輩と騒動を起こした剣術部の生徒。

 そして、お兄様が風紀委員となって、大きく注目を集める切っ掛けとなった事件を起こした人物。

 

 桐原(きりはら) 武明(たけあき)先輩だった。

 

 具体的に何故彼がここにいるのかは知らない。

 十文字先輩が車を用意する間に説得してついてくる事になったのだろう。

 

 ただ、件の事件で、彼の口述書の内容は、『壬生先輩が変えられていた事を察し、それに対する個人的な怒り』というものだった。

 もし彼が口述書の通りの想いを抱いて、この事件の事を知ったのだとしたら。

 

 なるほど、彼が付いてくることも納得できる。

 という物だった。

 

 ちなみにツクヨミさんは、先に家に帰っている訳ではなく。先に潜伏場所へと向かっている。

 本人曰く。

 

「あぁ、じゃあ先に行って門を開けとくよ」

 

 だそうだ。

 その時は私とお兄様は、まぁツクヨミさんなら一人でも大丈夫だから問題ないだろうと思っていたけれど。

 よく考えたら、彼が潜伏場所の門が今なお閉まっている事を知っていることに何か一言いった方が良かったかもしれない。

 

 ちなみに、生徒会長達には了承を得らずに先行したため、後で説教を貰う事が確定している。

 

 公道は当然整備されていたが、廃工場へと続く道は利用する人が表向きでないせいか、酷い悪路へと変わっていた。

 そして廃工場が見えて、いざ門を通るという所で、車は一度停止する。

 急停止ではないので、この時点でテロリスト達が防衛のため襲撃に来た、という訳ではないらしい。

 お兄様は、運転席に向けて頭を出し、運転手である十文字先輩に問いかけた。

 

「どうしたんですか?」

「……門が閉まっている」

 

 普通に考えれば、門が閉まっていることは当たり前かもしれないが。

 しかし、今はツクヨミさんが先行して門を開けておいてあるという話だった。

 

 にも拘らず、未だ門が閉まっている。

 なので、何かあったのかもしれないと、十文字先輩は警戒して一度車を止めたのだ。

 

 私もシートの隙間から進行方向を覗き込む。

 廃工場の門は確かに、十文字先輩の言う通り閉まっていた。

 

 ツクヨミさんは何処に行ったのだろう?

 まさか場所を間違えたのではないだろうか。

 

「……あぁ、いました」

 

 目を凝らし、私は何とか彼を見つけ出す。

 不思議だ、門の横の銘板の前に堂々と立っているのにも関わらず、一瞬気がつかなかった。

 よく見れば、お兄様がツクヨミさんに差し上げた合成樹脂で刀身が造られた刀型のCADを抱えている。

 そして彼はこちらに気がついた様子はなく、視線は空に向かっていた。

 

「えっ、どこどこ?

 ……あっ、いた! すごいわね、背景と同化してる。

 迷彩でも着てるのかしら?」

 

 私と同じように覗いていたエリカも見つけたらしい。

 ちなみにツクヨミさんが今着ているのは一高の制服だ。

 

「さて、ツクヨミがこちらに気がついてないようだが……。

 どうするか……」

 

 お兄様呟くように言った。

 しかし語り終わるとほぼ同時に、ツクヨミさんがこちらに気がつく。

 そして軽く手を振ったのち、門を蹴り飛ばした。

 

 廃工場の門は、横に引いて開くタイプの鉄格子だ。

 本来であれば、彼のやり方では門が開くことは無い。

 しかし彼は、どうやら私達が来る前に、門が想定外の動きをしないよう設計された部分を切断していたらしく。

 

 蹴られた門は、重力加速度に沿って、大きな音を立てて倒された。

 

 

***

 

 

 私とお兄様、そしてツクヨミさんの三人で正面から廃工場に踏み込む。

 全員で、ではなく三人である理由は、そもそも潜伏場所に乗り込むことを言い出したお兄様が考えた作戦であり。

 私達が正面から乗り込む理由は、ツクヨミさんの報告を聞いたからだった。

 

「工場の中では逃げようとしてる人もいるみたいだけど、まだ誰も外には出てないよ。

 待ち人がいるようだね」

 

 そう言うツクヨミさんの視線は、お兄様をとらえて離さない。

 それだけで『待ち人』が誰なのかが判ってしまった。

 

 十文字先輩と桐原先輩は裏から周って、テロリストを挟み撃ちに。

 逃げようとする人がいるという事で、その人物達の始末、そして退路を確保するためにエリカと西城君は車の近くで待機することになった。

 

 今回の事件の黒幕との遭遇は、侵入してから数分と経たない中での出来事だった。

 

 その場所が何の為の場所なのかは分からないけれど、私はホール状のフロアにて整列する彼等を見て。

 待ち人であるお兄様が正面から入ってくると知って、数分でこの舞台にわざわざ整列したのだと考えると。

 彼等の姿が、なんとも滑稽に思えた。

 

「ようこそ! 初めまして、司波 達也君。

 そちらのお二人は、妹の司波 深雪君と。

 ……ふむ、そのお友達と言ったところかな?」

 

 芝居がかった歓迎をするよくある伊達眼鏡を掛けた男に対して、お前がリーダーなのかとお兄様は問いかける。

 その質問に対し、その大物ぶった男性、ブランシュ日本支部のリーダー(つかさ)(はじめ)は肯定した。

 

 お兄様は、ホルスターからCADを抜き出すと、その場にいる全員に投降するように促す。

 もちろんそれは形式上の物だ。

 

 投降するとは思っていない。

 何故なら状況だけ見れば、俄然、テロリスト側ほうが有利だったからだ。

 

 現代魔法は技術の進歩によって、発動できる速度は五〇〇ミリ秒を切ることもできるようになった。

 しかしそれでも、銃器を持った人を目の前に勝てるような人はそれほど多くは無い。

 一対一での場合でも勝てるかどうかわからない状況なのに、今私達の前には二十人以上の銃器を持った敵がいたからだ。

 

 そして、司 一は、お兄様を勧誘する。

 仲間になれ、と。

 

 彼等がお兄様を待っていた理由。

 彼等がお兄様に目を付けた理由。

 それらは全て、お兄様が持つ技能。

 アンティナイトを使わないでキャスト・ジャミングを発動する、という技術が目的だったのだ。

 部活動勧誘期間中に、やけにお兄様の周りで騒動が起きたのも、彼等が学生を使ってその技術を探るためだったのだ。

 

 お兄様はもちろん、その勧誘を断る。

 当然だった。

 

 それは勧誘した側である司 一にも想定内の事だった。

 どんなに勝ち目が無くても、きっとお前は断るのだろう、と。

 

 そしてお兄様は問いかける。

 

「だったら、どうする?」

 

 司 一は、こらえるように笑いながら答えた。

 

「では、こうしよう」

 

 そう語ると、彼は自分の眼鏡を外して放り投げる。

 そして自らの顔に手を当てて、その動きを止めた。

 

 落下し、床に落ちた眼鏡の音が、ホールの中に広がった。

 

 何をする気なのか、何をしても無駄なのに。

 そう思っていても、用心の為に身構えた私の視界の端で、ツクヨミさんがタブレットタイプのCADを持っているのが見えた。

 

 身構える為にCADを持つことは、別におかしなことではない。

 だけどツクヨミさんがCADを使う事には、違和感を拭えなかった。

 

 何故なら彼はCAD、術式補助演算機による補助を必要としない。

 

 新しい魔法を覚える際には、確かに必要になる。

 しかし、一度その魔法を極めてしまうと、CADの存在はどちらかと言えば彼にとって、補助ではなく足枷になってしまうのだ。

 本来の魔法力では、私とツクヨミさんの能力はほんの少しだけ私が上だというぐらい。

 だけど、魔法を学び始めたばかりのツクヨミさんにとって、CADの扱いはあまり容易ではなく。

 受験での成績では、私とツクヨミさんは二十位近くの成績の差が出来てしまっていたのだ。

 

 そんなツクヨミさんが今、何故かCADを持っている。

 そして未だに何もしない司 一。

 

 あ、これは何かやったんだなと。

 

 お兄様の死角にいたこともあって、私が真っ先に、その事実を理解した。

 そして、ツクヨミさんは静かに、淡々と語り始める。

 

「サブリミナル効果、だったかな?

 意識と潜在意識の境界領域に特定の刺激を与えて、思考等に影響を与える物だ。

 貴方のそれは魔法で作り上げた光の信号によって催眠状態にしたり、或いは直接記憶を歪めたりできるようですね。

 ……ところでCADはあくまでも補助で、無くても訓練次第で魔法は使えるそうですけど。

 貴方はCAD(これ)がないと、たかが光も発せられないんですか?」

 

 彼の持つCADを、そして彼の黒い瞳を見て、司 一は先程までの余裕を少しずつ失っていく。

 確認していたはずなのだ。

 忘れるわけにはいかない物だと。

 ここに来る前に、使う直前まで。

 自分がしっかりとCADを持っていたのだと。

 

 きっと、気がついたのだろう。

 

 私達について来たどこにでも居そうな一人の男子生徒が、実はこの場で一番の『ブラックボックス』だという事に。

 

 そして司 一は部下たちに射殺の指示を出す。

 

「なるほど、その魔法で、壬生先輩の記憶を書き換えたというわけか」

 

 もちろん、彼等が引き金を引くことは適わない。

 お兄様が、彼等の持つ銃器をバラバラに『分解』したのだから。

 淡々と語りながら息をするように。

 

 魔法をろくに使えないとしたら、魔法について余り知識がないとしたら。

 二人の魔法は、普通の魔法に見えただろう。

 しかし魔法を知っている者からすれば、苦も無く使われた魔法の異常性に気づいたはずだ。

 

 だからこそ、司 一は逃げ出したのだろう。

 たった一人で、部下たちを置いて行って。

 

「お兄様、ツクヨミさん。

 追ってください、ここは私が引き受けます」

 

 私がそう言ったのは、それが一番合理的だと思ったからだ。

 だけど、お兄様はそれに対して、ほんの少し異をとなえる。

 

「いや、俺一人でいい。

 もう少しすれば十文字会頭達とも合流するはずだ」

 

 そう言って、お兄様はツクヨミさんを一瞥する。

 

「お前はここで深雪といてくれ。

 まぁ、念の為だ。……頼む」

 

 私はお兄様を知っている。

 お兄様が何をされたかを知っている。

 そうだ、本来であれば、きっとお兄様が私を一人にすることは本意ではないのだろう。

 もっと言えば、お兄様がテロリスト達がいる場所に私を置いてはなれることが、不本意のはずだ。

 

「まぁ、俺はどちらでもいいけどね」

 

 そう言って彼が指を鳴らすと、周囲に幾つかのナイフが散らばり落ちた。

 お兄様は少しだけ笑って、司 一の後を追う。

 歩いて、既に詰んでいる獲物に対して、無駄な労力を使わないよう堂々と。

 

 

***

 

 

「後悔すると判ってるなら、やらなければ良いのに……」

 

 ツクヨミさんは、呆れるようにそう言った。

 残されたテロリストの部下たちは、一人残らず、細胞の芯まで凍り付いている。

 

 それをやったのは、誰であろう私だ。

 

 彼のいうように後悔しているわけではない。

 ただ、私は未だに人を殺すことに慣れていない、それだけの事だった。

 慣れない事なら、自分の心を痛めるのなら、やはりやるべきではなかったのかもしれない。

 

 だけど、壬生先輩の事を思うと。

 彼女が不意にしたかもしれない時間と、一年の間に過ごした青春を思うと。

 それでも私は、やらずにはいられなかった。

 

 それでも、やはり、殺す必要は無かったのではないだろうか?

 訂正しよう、彼の言う通り、私は後悔をしている。

 

 胸がほんの少し苦しくなったので、私は手を胸に沿えて目を閉じる。

 そんな私に、ツクヨミさんは語った。

 

「人を殺すことは、悪い事ではないよ」

 

 慰めるように、非倫理的な事を。

 

「人を殺すことが悪い事で、それが絶対の罪だとしたら。正当防衛なんて許されない。

 だけど、正当防衛として、その他にも別の理由で許されている殺人がある。

 だとしたら人を殺すことが悪い事ではなく。

 本当に悪い事は、『ルールを犯す事』だ」

 

 彼はそう語る。

 いつの間にか、私は目を開いて、ツクヨミさんを見つめていた。

 そして私は、彼に問いかける。

 判りきった答えを予想して。

 

「ツクヨミさんは、人を殺したことがあるんですか?」

 

 ない、と答えると思っていた。

 だって彼は一般人だったから。

 

「あるよ」

 

 だからそう言われて素直に驚いたけど、すぐに冷静になった。

 上手くは言えないけど、きっと私は異常だったから、不思議だとも思えなかった。

 

 何でもなく、彼は人を殺したことを肯定した。

 彼は言いたくないことは言わないが、少なくとも嘘は言わない。

 もしかしたら、ただの比喩表現だったのかもしれないけど。

 

 ただ彼の語った人殺しに対する感性は、本来は私が持っているべきなのだと思った。

 合理的な思考も、法に対する姿勢も、私が持つべき感性なのだと思った。

 だって、私は『四葉家の人間』なのだから。

 

 そう、慣れないといけないのだ。

 成れないといけないのだ。

 だけど……。

 

「だけど」

 

 彼は不意にまた口を開く。

 

「話の続きだけど、思う事に、きっと間違いはないんだ。

 何を想ってもいいんだ。

 どうせ他人の評価なんて、行動でしか測られないんだから。

 お前が人を殺すことに罪悪感を抱いたのなら、それは間違いじゃない。

 ……いや、きっと、その方が正しいんだ。人として」

 

 そう言って、彼は肯定する。

 私の行動も、私の思いも、そういうものだと受け入れる。

 

 あぁ、そうだ。

 偶に私は、何故彼の傍を離れがたいと思うのか。

 それを疑問に思う事もあるけれど。

 

「だから、お前は何も間違ってないんじゃないか? たぶん」

 

 だからきっと、私は彼の傍に居たいと思えるのだ。

 

 罪悪感が消えたわけではないけれど。

 過去が変わった訳ではないけれど。

 少しだけ、私を肯定されて。

 また私は、彼に救われたのだ。

 

 ただもし、

 

 

 彼の言い分にもし、一つだけ、

 

 

 私が一つだけ、文句を言うとしたら。

 

 

「それに上手く冷凍されてるようだし、まだ蘇生できる範疇だろ?

 人を殺すことに罪悪感を覚えるのはまだ早いんじゃないか?」 

 

 それはもう少し、早く言ってくれても良かったのではないだろうか。

 




誤字報告ありがとうございます。


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40 群情劇

みゆき してん


 さて、今回の一幕を終える前に、テロ事件の結末を先に語ることにしよう。

 

 あの後に逃亡した司 一は、お兄様と、裏から周りこんでいた十文字先輩達によって捕縛された。

 具体的に何があったのかという詳細は判らないけど、捕らえられ、救急車で搬送された司 一は右腕の肘から先がなくなっていた。

 

 切断という現象はお兄様なら簡単に再現できるだろうけど、搬送されていく彼を見つめていた桐原先輩の視線からして、恐らくそれを行ったのは彼なのだろう。

 

 私が凍結させたテロリスト達は、ツクヨミさんが言っていたようにまだ生きていたらしい。

 幸い、と、彼等に対して言っていいのかはわからないけど、五体満足で回復したようだ。

 

 今回の事件については、様々な点で隠蔽されることになった。

 一見テロリスト達に対する正当防衛に見えなくもないが、テロリスト達の捕らえ方、手続きをしていない自己判断での乗り込みなどはあきらかに過剰防衛であり。

 仮にそれらが正当防衛だと認められても、私たち自身は正規の魔法師ではないので、『魔法の無免許使用』という罪を犯している。

 

 ただ、今回の事件の関係者には『十師族』が関わっていた。

 私とお兄様の事ではなく。

 

『テロリストの襲撃』

『潜伏場所への乗り込み、テロリスト達の捕縛』

 

 双方に大きく関与していた、十文字先輩の事だ。

 十師族は確かに表向きには権力を放棄している。

 

 ただし、兵力として、あるいは治安維持のための存在として。

 

 表からでは手を出せない程度の権力を、言うなれば『裏の権力』を持っていた。

 それがどういう事かと言えば、ある程度の正当性があれば、今回起きた事件の犯罪行為は不問という事になるのだ。

 

 また学校側も。都合としては生徒の為ではなく、学校の都合だったわけだけれど。

 テロ行為、及びスパイ行為に一高の生徒が関与していた事実は無かった事になり。

 結果的に壬生先輩、そしてその他の生徒達が犯罪者として捕まることも無かった。

 

 そして生徒達もお咎めなしで、めでたしめでたし。で、話が終われば良かったかもしれないけれど。

 壬生先輩達は少しの間、入院することになった。

 

 司 一が使った洗脳魔法。

 正式な名称は、光波振動系魔法『邪眼(イビル・アイ)』という魔法らしく。

 その洗脳による潜在的影響が残っていないかを見る為に、彼女達は入院することになったのだ。

 

 そして時が流れて、お兄様の誕生日が過ぎ、ゴールデンウィークも明けた五月。

 その日、私達は壬生先輩の退院祝いの為に病院へと訪れようとしていた。

 

 

***

 

 

 時刻は午前。

 本来は平日なので授業があるのだけれど、その日は退院祝いの為に私達は午前中だけ自主休講にしていた。

 

 私は退院祝いの為の花束を持っている。

 最初、お兄様がお祝いはデリバリーにしようとしてたけど。

 実際最近の風習はそういう物も多いが、ちゃんと心から祝いたいと思うなら直接手で持っていくべきだと、私が反対したのだ。

 

 隣を歩くのはツクヨミさん。ではなくお兄様。

 ツクヨミさんは、私達の後ろからついて来ていて。

 その理由は、ツクヨミさんが病院の場所を知らないからだった。

 

 ツクヨミさんは、最初は来ないのだろうと思っていたが、一応一緒に退院祝いに行かないかと声を掛けたところ。

 予想に反して、ある意味では予想できる範囲ではあったけど、彼も退院祝いに顔を出すと答えてきた。

 

 やはりツクヨミさんも、彼なりに、壬生先輩に対して思う所があるのかもしない

 

 今回の事件について、私達はツクヨミさんが何を考えていたのかをまだ知らない。

 図書館の事を聞いても、知りたいことがあったというだけで、それ以上の話を彼が詳しく語ることは無かった。

 彼は嘘はあまり言わないが、何でも喋るという訳でもない。

 四葉家について知っている事を公言しないという点では安心できるかもしれないけれど。

 それ故に、私達は彼が何を考えているかを時々(?)理解することができない。

 

 壬生先輩が入院中に、一度だけお兄様と一緒に彼女のお見舞いに行ったとき。

 図書館で彼と、どのような話をしたかをそれとなく聞いてみた。

 

 だけどその内容は、私達が保健室で聞いていた話とそれ程変わってはおらず。

 

 ただ、壬生先輩の話を聞いて、その考えをツクヨミさんは否定せず。

 ただ事実を淡々と語り。

 ほんの少し、考え方のアドバイスをしただけだった。

 

 ただ、その話を聞いても、私にはそこからお菓子を焼く話に至った経緯が判らず。

 壬生先輩にそのことについても聞いてみたが。

 

「それだけは本当にわからないわ……」

 

 と、遠い目をして答えていた。

 

 なので、これはちょっとした想像だ。

 もしかしたら、壬生先輩が認識できない所で、何かを調べていたのかもしれない。

 もしくは壬生先輩が来る前に調べものを終わらせていて、そのついでに壬生先輩のスパイ行為を止めようとしていたのかもしれない。

 

 まぁ、これ以上考えても判らないので、このことについては、またいずれ考えることにしよう。

 しかしそうやって、考えを先送りにしようとして、今日だけでも六回は同じことを考えている自分がいる。

 

 それは、病院が近づき、壬生先輩を思い浮かべるたびに、その間隔が短くなっていた。

 

 そうなってくると、私はこの件について黙っていることがもどかしくなってきてしまう。

 

 そして病院に付き、入り口から入る前に、我慢が出来なくなった私はツクヨミさんに問いかけた。

 

「ところでツクヨミさん。あの日、どうして図書館に行ったんですか?」

「あぁ、ちょっと調べ物の為、かな」

 

 彼の答えは案の定、想像通りの物だった。

 

 だから私は、その先の質問を用意していた。

 

 エントランスホールに入り、お兄様を先頭に、家族や看護婦に囲まれている壬生先輩に近づく最中、隣に来たツクヨミさんに私は再び小さく問いかけた。

 

「知りたいことは、わかりましたか?」

 

 チラリ、とツクヨミさんは私を見て、そして視線を壬生先輩に向ける。

 

「さて、……どうかな?」

 

 そう答えた彼の視線の意味を、そのときの私は理解する事ができなかった。

 

 

***

 

 

「やっほー達也君、深雪。

 っと、ツクヨミくんも……久しぶり?」

 

 何故か後ろから現れたエリカが、声を掛けてくる。

 

 私がお兄様と一緒に帰るとき、エリカも一緒にいる事が多いけど、必ずしも一緒に下校しているわけではない。

 さらに言うと、生徒会の用事で私が、風紀委員の用事でお兄様が時間をとられ、どちらかが先に帰ることがあるので、必ずしも私とお兄様が一緒に下校しているというわけでもない。

 

 その中でもツクヨミさんと一緒に下校出来る頻度はかなり少なく。

 考えて見れば、エリカとツクヨミさんは、意外と交流が少ない気がする。

 

「……ゴールデンウィークで一回会ってるから、そこまで久しぶりって訳ではないんじゃないか?」

「え? あ~……うん、そうね。あれ以来か……」

 

 ツクヨミさんの答えを聞いたエリカは、少し苦笑いをする。

 

『ゴールデンウィーク』と聞いて、一つ思い当たることがあった。

 

 中学三年の幾度かの長期休みの間。

 私とお兄様は、ツクヨミさんの受験勉強の手伝いと自分の受験勉強をしに、彼の家に通っていた事がある。

 ただ、ゴールデンウィークの一日だけ、彼が行方不明になっていた事があった。

 文香ちゃん曰く、何年か前から彼はその日になると、毎年行き先を告げず、何処かに行くらしい。

 連絡も取れず、夕方ごろには帰ってきて私達を見るなり。

 

「あ、忘れてた」

 

 と言っていたのが妙に記憶に残っている。

 ついでに文香ちゃんが「異世界に行ってるかもしれませんね」と冗談を言っていたのも、何となく思い出す。

 

 そしてそのことを考えながら、私はエリカに問いかけた。

 

「あら? エリカ、ツクヨミさんとゴールデンウィークに会っていたの?」

「え? あ、うん。ちょっとゴールデンウィークの半ばぐらいにね」

 

『ゴールデンウィークの半ば』というと、ツクヨミさんが行方不明になる時期と一致だいたい一致したはずだ。

 

「へぇ、ツクヨミさんが外出なんて珍しいですね。

 一体、何をなさっていたんですか?」

 

 そう言いながら、私は流し目で彼を見る。

 

「まぁちょっと不思議体験を」

 

 ……まさか本当に異世界に行ってないですよね?

 

「……浮気疑惑を責める彼女みたい」

 

 そうつぶやいたエリカを、私は静かに見つめる。

 一瞬動きを止めたエリカは、回れ右で振り返り、早歩きで壬生先輩に声を掛けながら近づいていった。

 

「おーい、さーやー!」

 

 もしかしなくても、『さーや』とは壬生先輩の事だろうか?

 たしかエリカは、壬生先輩のお見舞いに何度か行ったという話を聞いた気がする。

 だとしても、短い間にそこまで親しくなる辺り、エリカの人柄には舌を巻く。

 

「あ、エリちゃん。それに司波君も! 来てくれたの?」

 

 壬生先輩は、お兄様を見ると驚きと共に嬉しさを隠さない満面の笑みで迎えた。

 その隣にいる桐原先輩は、壬生先輩の反応を見て、一瞬、顔をしかめた。

 

 嫉妬でしょうか? 嫉妬ですね。

 素直に微笑ましいと思える。

 

 思わずニヤついてしまいそうになる頬を隠すように私は笑顔を浮かべて、両手に持った花束を差し出した。

 

「退院おめでとうございます」

 

 差し出された花束を、壬生先輩は感謝を込めて、お礼を言いながら嬉しそうに受け取った。

 

 あぁ、やっぱり。直接渡せてよかった。

 

「君が司波君かね」

 

 ほんの少し遠くで、名前を呼ばれた気がした。

 だけど、それはきっと、呼ばれたのは私ではなくお兄様だ。

 

 だからと言って、ここで聞こえないふりをするのは良くない事なので、私は振り返り、お兄様の後ろに立つ。

 

 話しかけてきたのは壬生先輩の父親だった。

 ただ立っているだけ。

 それでもブレのない姿勢からは、何かしらの武術、或いは何かしらの訓練を受けている事が窺える。

 

 そんな人が、お兄様に話しかけてくるという事は。

 

 おそらく、この人は軍の関係者だ。

 だとしたら、彼は唯の一軍人ではないだろう。

 お兄様が軍属だということを知っているのは、軍の中でも一部だけのはずだからだ。

 

 互いに挨拶を終えると、お兄様は静かに振り返り、私にこの場から離れるように遠回しに伝えられる。

 私はお兄様の指示に従って、壬生先輩の父親に一礼して、私はその場を離れることにした。

 

 ……少し壬生先輩の父親が動揺していたけれど、小父様と呼んだのは失礼だったのだろうか?

 

 元の場所に戻ると、エリカが桐原先輩をトークで追い詰めて、壬生先輩は微笑ましそうにそれを眺め、そしてツクヨミさんが空気になっていた。

 

 そんなツクヨミさんがいたたまれなくなった訳ではないけれど、それとなく、私はツクヨミさんに問いかける。

 

「ツクヨミさんは、壬生先輩にお祝いの言葉はかけましたか?」

「……え、なんで?」

 

 貴方は何をしに来たんですか?

 

「ツクヨミさん、私達はお祝いに来たのですから、ちゃんとそれを言葉や形にするべきですよ。

 何を想っていても、他人の評価なんて、行動でしか測れないんですからね?」

 

 いつかの言葉を返して、私はツクヨミさんの背中を押す。

 壬生先輩の前に立つと、ツクヨミさんは、真直ぐに、彼女と視線を合わせる。

 そんな彼を見つめる壬生先輩も、笑みを隠し、真剣な眼差しで彼と向き合った。

 エリカと桐原先輩は、二人の雰囲気を察して、静かに見守る。

 

 彼は笑わない。

 

 だからこそ、それはきっと彼の心からの言葉だった。

 

「ご結婚、おめでとうございます」

「まだしてねぇよ!!」

 

 流石ツクヨミさん、私達の思考の斜め上を行く。

 私は良く言ったと内心面白がって、その顔を見られるのが恥ずかしくて顔を隠し。

 エリカは『まだ』と付けた桐原先輩を問い詰めていた。

 

 壬生先輩とツクヨミさんは、そんな二人を見ながら小さな声で語り合う。

 

「何をするかは、決めましたか?」

「……そうね。……料理の勉強も、してみようかしら」

 

 そうですか、とツクヨミさんが静かに納得し、再び問いかける。

 いや、問いかける、ではなく、それはきっと。

 

「赦されても、無辜にはなれませんよ」

 

 きっと、それは戒めだった。

 

「わかってる。司波君にも教えてもらったから。

 だから、あたしは忘れない。絶対に」

 

 

***

 

 

 あの日桜井さんと出会って、何を思ったのか。

 あの日私と話をして、何を思ったのか。

 そしてこの日、壬生先輩を見て何を思ったのか。

 

 それを知るのはずっと先、或いは少し後の話。

 

 だから、私は後になって、彼を考える。

 仮に神がいたとして、神が作家であり観客で、誰もが役者などしたら、これはどのような演目なのだろうか?

 

 喜劇か。

 

 悲劇か。

 

 リアリズムか。

 

 不条理か。

 

 

 彼の人生はどうだろうか。

 

 短い間に起きた一幕。

 様々な鉱石を砕いて混ぜ合わせた群青のように。

 それは様々な彼の感情が、砕けて混ざった物語。

 

 様々な人の目線によって変わる物語。

 様々な人の行動によって引き起こされた物語を『群像劇』という。

 

 過去に起きた事件、今よりもずっと後に起きる事件。

 しかしその二つの事件は、元をたどれば、彼が引き起こした救われない物語だった。

 

 名前のないそれにもし、名前を付けるとしたら。

 

『群情劇』

 

 とでも名付けてみようか。

 

 




誤字報告ありがとうございます。


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41

まくあい


 俺は一度だけ、母親から褒められた記憶がある。

 それはちょっとした荷物を運ぶとき、『空間置換』を使って見せた時だ。

 ただ、その頃から魔法を扱えることがあまり世間体として良くは無かったので。

 あまり外では使わないように、とも諭されたけど。

 

 俺は一度だけ、父親から褒められた記憶がある。

 それは俺が自分の部屋に、妹の本を置くことを許した時だ。

 何も言わず、ただ頭の上に、手を置かれただけだけど。

 

 

***

 

 

 両親は白い肌に日があたらないようにと、常に妹に気を使っていた。

 妹は一度出血するような怪我をしたら血が止まらなくなるので、一人にならないように、俺を含めた家族の誰かが、常に傍にいた。

 今住んでいる家を買う切っ掛けも、妹が生まれたからだった。

 

 あまり外に出れない妹の為に。

 普通の学校に通えない妹の為に。

 出来得る限り妹が欲しがるものを。

 家の中に籠っていても退屈しないように。

 必要なものは買い与えていた。

 

 何時も、何時だって、両親は妹を優先していた。

 

 そんな妹の事を俺はどう思っているか。

 

 両親から、常に見て貰えている妹をずるいと思わないのか。

 両親から、常に見て貰えている妹を羨ましいと思わないのか。

 

 思う。

 思うに決まっている。

 何故なら俺も、両親の子供なのだから。

 

 妹から、俺の部屋に本を置かせて欲しいと言われたとき、本当は断りたかった。

 だけど出来なかった。

 

 自分の居場所が、妹に侵食されて、失っていく気がする。

 ただ、それだけが理由だったから。

 

 自分の部屋に何か別の物を置けていれば、もう少し言い訳も出来たのだろう。

 だけど出来なかった。

 

 だから俺は条件を付けた。

 そして部屋を満たしていく本の山を見ても、俺は虚しさしか感じなかった。

 

 本当は、我儘を言いたかった。

 

 ああしてほしい、こうしてほしい、あれがほしい、あれはいやだ。

 

 そう言えたら良かったのかもしれないけど、出来なかった。

 

 叱られると判った行動が出来なかった。

 欲しい感情を、どうやったら貰えるか判らなかった。

 そして俺は、それ以外に欲しいものが思いつかなかった。

 だから出来なかった。

 

 嘘は言えなかった。

 理由のない子供の我儘は、見破られることが判っていたから。

 

 

 妹が外出するとき、基本的には俺も傍について行く。

 母親は家事であまり手を離せず。

 父親は偶に車を出して一緒に外出することもあるが、基本的には仕事で疲れているので、頻度は月に一度あるかないか。

 なのでそういう役目は、大体俺に周ってくる。

 

 だけど俺は、ほぼ毎回、道中で妹と別行動をしている。

 必ず妹と別行動をすれば、もし何かあったとき、それは未来を見ることで察知することが出来るから。

 その何かあった日にだけ、妹から離れないようにしていたのだ。

 

 そんな妹を突き放すような態度をとっていたにも関わらず、妹は俺に懐いていた。

 妹も、一人になりたかったからだ。

 一人になって、自由になりたがったからだ。

 

 妹の頼みを聞いて、心中を察して願いを叶えてくれていると思っているからか、妹は俺に懐いていた。

 

 そんな妹を、俺は好きにはなれなかった。

 

 

***

 

 

 両親が俺に小言を言うようになったのは、小学校五年生になって半年がたったぐらいの頃だ。

 

 その頃の俺は、妹の付き添い以外で、あまり私情で外出することが無くなっていた。

 妹は妹で反抗期が終わり、精神も安定して自分のやりたいことが見つかって、その為か両親にも余裕ができていて。

 表向き(・・・)には問題を起こすようなことをしていなかったけど。

 外に出ることを望まなくなっていた俺を見て、両親は初めて、俺の将来を危惧したのだ。

 

 もしかしたら、その頃の俺は反抗期だったのかもしれない。

 両親は外に出ることを望んだけど、俺は理由もなしに外に出たいとは思えなかった。

 

 妹と別行動しているときは、星や月を見ながら未来を予測したり本を読んだりと暇を潰す事は出来たけど、それをプライベートでやりたいとは思えなかった。

 

 自分の能力で何ができるのかという実験も、その頃には試したいものが思いつかなくなっていた。

 

 お小遣いは月に千円ほど。

 誕生日や年始には五千円ほど貰っていた。

 だけど昔から欲しいものが無かったので、ただ俺の口座の残高が増えていくだけだった。

 

 教材で必要な端末機器や、生活で必要な衣類などは両親や妹が勝手に買っていたので、特にそこで消費することもなかった。

 

 一度だけ父親に。

 

「何か欲しいものでもあるのか?」

 

 と聞かれたことがあったけど。

 

「特に何も無いよ?」

 

 と答えて以来、貯金をしている事に疑問を持たれることはなかった。

 

 

 そして俺は、本を読み続けた。

 暇つぶしに妹の読み古した本を読み続けた。

 

 そのことについては、言葉に出来ないような複雑な思いを抱いていたけど。

 少なくとも、虚しいとは思わなかった。

 




以降のお話は、しばらくオリジナルが続くと思います。
このままだと主人公が九校戦に出れないのと。
二次創作ですが、一応はオリキャラのお話なので、ご了承して頂けると助かります。


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