瀬をはやみ (EIMZ)
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新学期 1

ニーハオ EIMZです。
今回は曜ちゃんのどちらかをヒロインに書いていきます。
 時系列は堕天物語の一年前にあたります。
気ままに読んでいただければ幸いです。



物心ついた時には、いつも彼女は隣にいた。幼稚園、小学校といつも当たり前のようにともに時間を過ごしてきた。ここ沼津で彼女とずっと一緒に過ごしてきた。そしてそれはこれからもずっと変わらないと思っていた。ただ、別れる日は突然のように訪れた。いや訪れるの方が正しいだろう。その時はまだ未来の話だ。今はそれよりも以前の話をしよう。

 

 

新学期、桜が舞い散る中学校の廊下に新学期、廊下に新学期からのクラス分けが張り出されていた。その中から自分の名前と幼馴染二人の名前を探していた。

 

「あっ!あった!綾斗君、曜ちゃんあったよ!」

 

2組のクラス表を見ていたみかん色の髪にアホ毛をはやした一人の幼馴染、高波千歌が僕ともう一人の幼馴染を呼んだ。1組のクラス表を見ていた僕は、他の生徒をかき分け、千歌のもとに向かった。

表に目をやると、真ん中の方に自分の名前が書かれていた。

  2年2組20番 水崎綾斗

 

「・・・ほんとだ。」

 

少し左には千歌の名前も書かれていた。そういえば彼女とは小学校からも合わせると約4年ぶりだ。やっぱり顔見知りがいると少し気が楽だな。

 少し遅れてもう一人の幼馴染の僕たちのもとにたどり着いた。

 

「千歌ちゃん!私の名前もあるの?」

 

肩まで伸ばした髪をなびかせながら、渡辺曜が僕の隣にきた。曜が付いたと同時に千歌が表の右端を指さした。

 

「ここ!2組の一番後ろに曜ちゃんの名前あるよ!」

 

そうなのか、気づかなかった。自分の名前が書かれていた場所から右に目をやると、曜の名前があった。彼女とも小学校以来同じクラスになったことはなかった。

 

「あ!綾斗君も一緒だ!」

「そうだね。」

 

いつものように彼女は僕に笑顔を向けてきた。小さいころから見てきた彼女は今日も変わらない笑顔をしている。やっぱりかわいい。ずっとこの表情を見ていると、顔が赤くなってしまいそうだ。

 

「と、とりあえず。一年間よろしく」

「うん!」

「ヨーソロー!」

 

いつものように曜は船乗り特融の掛け声をした。ずっと昔から曜はお父さんの真似をしてこの『ヨーソロー』という掛け声を使っている。小さいころからこのヨーソローを使っていた。いつごろから使っていただろうか。僕の知る限り幼稚園ぐらいからは使っていたような気がする。一度自分もヨーソローと言ったことがあるが、みんなの前でこれを言うのはなかなか勇気がいる。あの時は結構恥ずかしかったな。

そんな昔、と言っても三か月ほど前の思い出に浸っていると、チャイムが鳴った。

 

「そろそろ、新しい、教室に向かわないと。」

「そうだね!2組の教室はどこだっけ?」

「・・・千歌ちゃん。朝、先生の説明聞いてた?2年生のホームルーム教室は3階だよ。」

「あれ?そうだっけ?」

「まあ、千歌がこういうことを覚えてるわけないから、階段に向かおう。」

「ちょっと!綾斗君!さりげなく千歌のことバカにしてるでしょ!」

「気のせいじゃないか?行こう、進級そうそう遅刻は避けたいし。」

「なんだか、話をそらさせた気がするんだけど。」

「まあまあ、千歌ちゃん。綾斗君は昔からこうだし。私たちも行こう。」

 

曜と千歌は僕の後に続いて階段を上ってきた。3階に上がるとすでに新2年生がぞろぞろとそろいつつあった。1年生の時や小学校の時に見知った奴から、まだ顔を合わしたくらいの奴まで、計200人程集まっていた。この200人は6クラスに分けられている。さっき下の階に貼ってあった表で確認した顔見知りの2組になった生徒たちを探した。しかし後ろからついてきている幼馴染二人以外は誰も見つからなかった。おかしいな、もしかしてすでにみんな教室に集まっているのだろうか。

2組の教室に入るとすでに大半の生徒がそろっていた。どうやら僕の予感は的中したようだ。進級早々クラスの女子と一緒に入るのは思春期の男子にはつらい始まり方だな。しかも曜も千歌も美少女の部類に入る、かたや僕はというと飛び向けて美形という訳でもなく、中の中か中の上くらいだったらいいな。要するに僕は、スタンダートで、一般的で、標準で、普通な顔をしているの。そんな奴が美少女二人と教室に入るのはきついのだが。ハードルが高すぎるよ。新学期早々不安しかあふれ出てこない。

最初のホームルームで席順を決めることになった。くじ引きで。こういう時は妙に運があるんだよな。そして結果は、僕の席が奇跡のように曜と千歌に挟まる形になった。なんでだよ。なんでこんな新学期始まってからこんなハーレムみたいな展開になってるんだよ。もうやだ。帰りたい。左隣に目をやると千歌はすでに周りのクラスメイトと会話をしていた。千歌は昔から、こういうコミュ力は高いんだよな。羨ましい。

きっとこの時の僕は憂鬱そうな顔をしていたのだろう。右隣の曜が訪ねてきた。

 

「綾斗君、大丈夫?」

「えっ?う、うん。大丈夫。」

 

何が大丈夫なのかはよくわからないがとりあえず返事はしておこう。曜はこういうとき結構勘が鋭いからあまり心配はかけないようにしよう。

 

「ちょっと、休みの感覚が抜けなくて。まだ眠いんだ。」

「そっか。じゃあ、私が朝、起こしに行ってあげようか?」

 

曜から放たれた驚きの言葉に数秒思考回路がストップした。周りの声が頭に入らず、耳から耳へと抜けていった。多分、間抜けな顔をしていただろう。口をあんぐりと開け、言葉を失っていただろう。それくらい衝撃的な一言だった。

 

「・・・よ、曜が朝、起こしに?」

「うん。・・・ダメかな?」

 

僕よりも少し背が低い曜が上目づかいで聞いてきた。

 

「・・・いや、全然大丈夫だけど・・・」

「そっか、よかった。明日朝楽しみにしててね!」

 

曜が明日の朝僕を起こしに来るのか。なんというか凄く恥ずかしいな。

 




 今作品でEIMZ作品4作品目となります。どの作品もラブライブ作品です。他の作品もよければどうぞ。

読んでいただいた皆様に神々の祝福があらんことを


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新学期 2

 今日、僕たちは中学2年生に進級した。2年生にになると千歌や曜と同じクラスになった。そして現在は始業式の真っ最中だ。こういう時の話はどうしても長く聞こえてしまう。これは人間の心理的な何かなのだろうか。数人前の千歌は立ったまま寝るという高度な技を披露している。あっ、先生に叩かれた。どうやら起きたようだがまだ寝ぼけているようで、きょろきょろと周りを見渡していた。千歌、口によだれが付いてるぞ。まったく、多分この光景を曜が見えていたら同じような表情をしているだろうな。こんな風に今学期も同じように始まった。

 

始業式の後、僕たちはそれぞれのホームルーム教室に戻っていった。今日はこの後帰りのショートホームルームを終えたら解散となる。SHLを終えると、みんなそれぞれに帰っていった。僕たち3人は去年は校門で待ち合わせをして3人で帰るという流れだったが今日からは3人とも同じクラスなのでその必要はなさそうだな。

 

「綾斗君、かえろー!」

 

隣りの席で帰りの用意を終えた曜が僕に話しかけてきた。

 

「そうだな。そろそろ帰ろうか。」

「うん!千歌ちゃんかえろー!」

 

曜は僕に声をかけた後、千歌にも声をかけた。千歌は他の友達と会話していたが、曜に声をかけられると、友達との会話を切り上げて自分の席に戻って自分のカバンを手に取った。千歌はカバンを取ると後ろの友達に向かって手を振った。

 

「じゃあ、また明日ねー。」

 

千歌の声にクラスメイトの友達も返事をした。千歌はこういう時のコミュ力が高いな。曜も同じようにコミュ力は高い方だ。同じように育ったはずなのにどうしてここまで力に個人差が生まれるのだろう。人間は平等にできていないな。

 

教室を後にした僕たちは帰り道を歩いていた。両側に美少女に挟まれた形で帰っていた。昔は何も感じなかったのに、今はちょっと恥ずかしい。これも成長なのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、千歌が話しかけてきた。

 

「なんだか今日の綾斗君いつもより元気がなかった気がする。」

「そうかな?」

「綾斗君、まだ春休みの気分が抜けてなくて、まだ眠いんだって。」

 

反対側の隣を歩いていた曜が千歌に質問に答えた。

 

「そうなんだ。なんだ、綾斗君も同じか。千歌もなんだよ。さっきもまだ眠くて立ったまま寝ちゃって・・・」

「それはいつものことだろ。」

「そんなことないよ。千歌だって眠くなる日くらいたまにあるよ。」

「たまにじゃなくて、毎日の間違いじゃないのか?」

「もー!なんだか綾斗君ひどいよー!」

「まあまあ、千歌ちゃん。」

 

というようないつもの流れを繰り返しながら、しばらく歩くと分かれ道に着いた。

 

「それじゃあ、千歌はこっちだから。」

「うん、また明日ね、千歌ちゃん。」

「綾斗君もまた明日ね。」

「ああ、また明日。」

 

千歌は僕たちに手を振ると小走りに帰っていった。千歌が帰るのを見送ると曜がこちらを見てきた。

 

「私たちも帰ろうか。」

「そうだな。」

 

曜は僕の返事を聞くと笑顔でうなずいた。すると進行方向に目を向けた。僕にはさっきから気になっていったことがあった。それは、今日の始業式の前の出来事、曜が明日の朝の家に起こしに来るという内容だ。確かに僕たちは家が向かい同士だし、幼馴染だが朝起こしに来るなんいう王道なことをしようなんて、しかもまさか曜から言い出してくるなんてこれは期待していいのだろうか。

 

「なあ、曜。」

「? 何?」

「・・・いや、何でもない。」

「そう?」

 

そりゃあ聞けないよ。明日僕を起こしに来てくれるのかなんて聞けるわけないよ。そんな勇気が僕にあればもっと人生も楽なんだけどな。まあ人生そんなうまく出来てないってことだな。はあ、弱い人間だな僕は。

 

千歌と別れた後、僕たちの間に会話はなかった。僕たちが二人の時にここまで会話が少なかったのも珍しいな。沈黙のまま家の前についてしまった。曜の家の前で曜が振り返った。

 

「じゃあ、また明日ね、綾斗君。」

「あ、ああ、またな。曜。」

 

曜は別れの挨拶だけすると、家に帰っていった。僕は最後まで彼女の後姿を見ていることしかできなかった。僕も変な期待は捨てて今日はさっさと寝よう。もう新学期早々精神が疲れてしまった。

 

家に帰ってから、ベッドに横たわっていたが、まだ心が落ち着かなかった。もしも本当に明日の朝曜が僕を起こしに来るとしたら、僕はどんな反応をしたらいいのだろう。というかどうして僕はここまで必死に悩んでいるんだ。たかが曜だろう。ああ、もう!色々考えたら段々寝付けなくなってきたな。

 

考え事がさらなる考え事を読んでしまい、遂には深夜にまで到達してしまった。ここまでくると頭が回らなくなってきた。考えることをやめたくなってくる。それはまるでテスト前に勉強を詰め込んだ時のように。どうやら僕の体も睡魔には敵わないらしく、体がだるくなってきた。仕方ないもう寝よう。明日起こったら起こったらで考えよう。その場しのぎ、ケースパイケースだ。そのまま瞼を閉じると、体から力が抜けていくような気分になった。

 

 

ベッドに横になって寝ていたら、だんだんと意識がもうろうとし始めて身体中に感覚が戻っていった。しかし意識が戻っていくのと同時に腰のあたりに重いものが乗っているような感覚が生まれた。その重さはだんだんと確かなものになっていき、一分もたたない頃には確かに重量を感じた。そんな感覚の次に目覚めたのは聴力だった。耳の中に小さいが僕を呼ぶ声が聞こえる。その声は耳の中に響いていく。どこかで聞いたことがあるような、ずっと昔に聞いたような、いつも聞いているような、そんな声だった。僕の聴力はだんだんと覚醒していき、今では声の主が誰かもわかるようになった。間違えるはずがない、さっきから僕の名前を呼ぶこの声の持主は、曜のものだ。ではなぜベッドで寝ていたはずの僕の耳に曜の声が聞こえるのか。疑問に思い、まだ少し重い瞼をそっと開けた。そこに見えたのは僕の体にまたがりこちらを向いている曜の姿だった。曜は僕が起きたのを確認すると、またがったまま敬礼をしながら話しかけてきた。

 

「綾斗君、起きた?おはヨーソロー!」

「な・・なんで曜がここに?」

 

僕が質問すると曜はあたかも当然のことを言っているような顔で返答した。

 

「なんでって、昨日約束したじゃん。」

「いや、そうだけど、なんでここにいるの?」

 

もう一度僕が質問すると曜はくすりと笑った。

 

「そっか。綾斗君、まだ寝ぼけてるんだね。」

 

すると曜は僕の首のすぐ横に両手を突いた。曜の腕のせいで僕は顔が左右に動けなくなってしまった。逃げ道が無くなったような気分だ。すると曜は僕の右耳まで顔を近づけた。曜の髪が顔に当たってしまう。曜の髪からはシャンプーのいい匂いが漂ってきた。いやそれ以上にほとんど体が引っ付いてしまっているから、曜の胸があったてしまっている。まだ小さいが確かに発展した胸が。これもわざとなのだろうか。さらに曜は自分の口を僕の耳の部分まで近づけた。耳に彼女の息遣いが聞こえてくる。そしてそのまま曜は僕の耳元で囁いた。

 

「私が起こしてあげるね。」

 

いきなり曜の声が耳元で聞こえてきたことに体が動揺して全身がぞくっという感覚に包まれ、跳ね上がりそうになってしまった。曜は一度体起こすと改めて僕の正面に体を持ってきた。曜は僕の目を見ながらゆっくりと口を動かした。

 

「目覚めのキス、しよ?」

 

まてまてまて、何でだよ!どうしてこうなった。そもそも目覚めのキスは男からやるものじゃないのか。というか何だか今日の曜は様子がおかしいぞ。いやおかしいというより大胆というべきなのだろうか。それ以前に僕たちは付き合ってもいないんだからキスも早いって!そんな反論の言葉を述べたかったが動揺してしまって動かなかった。それをいいことに曜の顔はだんだんと近づいてくる。近づくほど曜の顔が、唇がはっきりと見えてくる。赤く柔らかそうな女の子の唇。それに多分曜もファーストキスのはず。初めてをこんな展開でいいのだろうか。付き合ってもいないのに相手にまたがって自分からしようとする展開なんてどんな痴女だよ。しかし赤い果実のような唇は進行を止めることはなく今も前進してくる。気が付けば曜の唇が後3センチほどの距離まで来ていた。あと2センチ・・・1センチ・・・。ここまできたら僕にも決心ができた。曜が僕のために、僕を起こすために、僕を思ってキスをしようとするなら受け入れようと。そして責任をとって僕たちは結ばれて彼女を幸せにしようと。あと5ミリにも満たないときお互いの思いは一つになった。そして遂に唇が触れあおうとした。

 

 

 

 

 

その瞬間、現実世界に引き戻された。あたりを見渡すとそこはいつもの自分の部屋で、曜もいない。時間を確認すると、6時30分。どうやら寝ているうちに見た夢だったようだ。なんだ夢落ちか。少し残念な気もするが曜とのキスはもっとムードとかを大事にしたい。こんな展開じゃなくてよかった。複雑な気持ちになりながらも制服に着替えると、自室を出て階段を下りてリビングに向かった。この時間帯ならお母さんが朝食作っているはずだ。そう思いながら階段を降りると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。

 

「あ、綾斗君。おはヨーソロー!」

 

あれ?お母さんはヨーソローなんて言ったっけな。僕の周りにヨーソローなんて言うには曜くらいしか知らないぞ。キッチンを見ると、いつもの制服の上にエプロンを着ている曜の姿があった。キッチンに立ちながら料理をしている様子はまさに新妻、いや曜は幼馴染だし幼な妻だろうか、のようだった。

 

「なんで・・・曜がここに?」

「なんでって、昨日起こすって約束したじゃん。起こせなかったけど。」

 

そんな、僕の方がおかしいこと言ってるみたいな顔しないで。本当に混乱してくるから。

 

「だから、どうして僕の家のキッチンにいるの?」

「ああ・・それは。朝、綾斗君を迎えに行ったらおばさんが出てきてしばらく出張に出るからって鍵を渡してくれたの。」

 

何してんだよ!しかも何で曜に鍵渡してるんだよ。

 

「それでね。鍵を使って家に入ったら綾斗君の部屋に行ったら、綾斗君気持ちよさそうに寝てるから起こさないようにして部屋を出て、私は朝ご飯作ってあげようと思って、料理してたら綾斗君が起きてきて今に至るというわけ。」

「・・・・はあ、そうですか。」

 

朝のあの夢といい、今日は朝から疲れるな。心身ともに疲労中だよ。

 

「それとおばさんがこれからしばらくごはんを作ってあげてほしいって。」

「・・・ご飯くらい自分で作れるのに。」

「レンジでチンしたり、カップラーメンにお湯を入れるのは料理じゃないからね。」

「・・・」

 

何も言い返せないな。その通り、僕は料理ができない。できなくもないができない。おにぎりくらいは自分で作れる、はずだ。その分は曜が来てくれるのはありがたいかもしれないが、お母さんの出張くらい言ってくれればよかったのに。ふと、テーブルの上に目をやると、母からの置手紙が置かれていた。『ゴメンね☆』と書いてあった。それだけかよ。出張ということはもしかしてしばらくは帰ってこないのか。

 

「・・・もしかして曜、これからお母さんが帰ってくるまでずっと朝来るの?」

「うん!そのつもり!」

 

マジかよ。




夢落ち、そんなことがこの前あったんですよ。で、起きたら髪がマリーみたいになってたことがあったんですよ。鏡見たら驚きましたよ。


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新学期 3

「ご飯できたよー!」

 

曜はキッチンから声をかけてきた。その姿はまさに幼な妻。なんて考えている場合じゃないな。曜がよそった朝食をテーブルに運ぼう。キッチンの前の棚に置いてあった料理を運ぶためにお皿を持った。キッチンの前の棚には二人前の朝食が置いてあった。ん? 二人前?

 

「曜、もしかして朝食食べなかったのか?」

「うん、綾斗君の起こしに行くのが楽しみで朝ご飯を食べるのを忘れてて・・、えへへ。」

「曜らしいな。昔から結構単純というかなんというか・・・。」

 

曜は昔からそうと決めたら一直線で、よく言えば行動力がある、悪く言えば単純。そんな彼女と感情と思い付きで突っ走るタイプの千歌が加わるともう誰にも止められない。そしてそんな二人に小さいころから振り回されてきた僕。小学校の頃は本当に大変だったよ。彼女たちに振り回されて色々なことをしたな。遠くまで歩いて行って帰れなくなったり、高飛び込みして怪我したり、大変だったな。でも彼女たちといたら毎日に退屈はしないんだよな。そして小さいころはちんちくりんだった二人も今はこんなに成長して、成長して・・・・。ふと朝見た夢のことを思い出した。あの夢は何だったのだろう。というか内容もすごかったな。なぜ曜があんなに、何というか、積極的だったのだろう。ただあの夢のせいで曜のことを妙に見てしまう。特に唇と胸を。小さいころから見てきたが、確かに成長している。それは隣にいた僕が一番わかっている。今改めて見ると昔のあの小さい面影はなくなっている。なぜこんな美少女は僕なんかといまだに一緒にいるのだろうか疑問に思うほどだ。僕の視線に気が付いたのか曜がいつものように笑った。

 

「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

「・・・いや、なんでもないよ。」

「ほんとに?」

「ああ。」

 

あいまいな答えに曜はまだ何か言いたげだったが、これ以上は問い詰めてはこなかった。あきらめた様子の曜はテーブルに置かれた朝食の前の椅子に座った。

 

「さあ、早く食べよう。学校に遅れるよ。」

「そうだね。」

 

そういえば今日は学校がある日だった。学校がなければあの夢の続きを見ようと思ったのに。いや、興奮して眠れなかったかな。今は幼馴染が作ってくれた朝食をいただこう。曜と同じように椅子に座った。それを見計らって曜は手を合わせたので僕もその行動に合わせるようにして手を合わせた。

 

「「いただきます。」」

 

曜が作ってくれた朝食は、トーストに目玉焼き、ベーコン、サラダと洋風なメニューだった。短時間にここまでの料理をできたなんてよっぽど手際がいいのだろう。最初にベーコンを口に運んだ。

 

「おいしい。」

 

思わず感想がこぼれてしまった。このベーコン、焼き具合がちょうどよく、生焼けでも焼きすぎでもなくいちばんいい焼き加減だった。僕には真似できないことだな。僕のこぼれてしまった感想を曜は聞き逃すことなくしっかりと聞いていたようで、目を輝かせてこちらを見ていた。

 

「ホント?!」

「・・・うん。」

「ホントに美味しかった?!」

「うん。」

「ホントにホントに美味しかった?!後で焦げてたとか言わない?!」

「ああ。」

「ホントに?絶対に?ホントに後でまずいとか言わない?」

「・・ああ。」

「ホントにホントに・・・」

 

曜がこれ以上に何か聞いてきそうになったので、止めにかかろうと思って、テーブルに両手をつけて前に乗り出して曜の顔の前で心にしまっておこうと思っていた感情をあらわにした。

 

「ああ、もう!美味しかったよ!ものすごく!毎日でも食べたいくらいだよ!こんな恥ずかしいこと言わせるな!」

 

勢いで凄いことを言ったような気がするな。自分でも何を言ったかよくわからないが、座っていた椅子から勢いのまま立ってしまった。恥ずかしい。勢いで立ったのはいいが曜の顔がすぐそばのところまで来てしまった。ああ、唇に目が行ってしまう。少し離れて曜の顔を見ると目の前で僕が叫んだ時から表情を変えず、驚きと喜びの間のような表情をしていた。やがて曜の表情が崩れると、彼女に徐々に笑みが浮かんできた。

 

「えへへ・・・そっか・・・そうなんだ・・・えへへ。」

 

曜は自分の料理が褒められたことににやけが止まらないでいた。こんな彼女今まで見たことなかったな。

 

「・・・そんなに嬉しい?」

「うん。綾斗君ってさ、小さいころから自分の感想とか感情とかあんまり言わないで黙ってること多かったでしょ。」

「・・・そうかな?」

「そうだよ。隣で見てきた私だからよく知ってるよ。だからさっきみたいに綾斗君自身の感想が聞けたってことと、その感想で私の料理の感想で褒めてくれたことが嬉しくて・・えへへ。」

 

どうして曜はここまで嬉しくなっているのだろう。ただの幼馴染に自分の料理を褒められただけなのに。そんな疑問を心にしまって朝食の続きを口にした。この後も二人で雑談をしながら食べた。

 

「そういえば2人で一緒に朝ご飯を食べるのって久々な気がするね。」

 

曜がふとそんなことを言った。

 

「そういえばそうだな。最近は千歌も一緒に食べてるから3人で食べることが多かったな。まあ、あれはあれで楽しいけど。」

「そうだね。でもたまにはこうして2人で食べたいな・・・なんて。」

「いいんじゃないか、たまには。」

「ホント?」

「ああ。」

「やった、約束だよ。」

「ああ、その時はまた作ってくれよ。」

「うん、綾斗君料理できないしね。」

「最後のは余計だ。さあ、そろそろ学校にいこう。これ以上は遅刻だ。」

「そうだね。」

 

僕たちは朝食をよそっていたお皿を片付けると家を出た。僕の家から学校までは徒歩15分ほどかかる。その間はいつも曜と一緒に登校している。そして途中から千歌が合流するというのがいつもの流れになっている。まあ、だいたい千歌は寝坊で遅れるから僕たち二人は先に行くことが多い。今日もそのパターンのようだ。集合場所に千歌の姿はなかった。いつものように先に二人で学校に向かうことになった。千歌との集合場所からしばらく歩くと曜が口を開いた。

 

「ねーねー綾斗君。」

「何だ?」

「朝、綾斗君の寝顔が凄く気持ちよさそうだったから、どんな夢を見てたのかなって気になって、教えてほしいなー。」

「ええっ?!夢?!」

 

夢か、何といえばいいだろう。正直に話すべきだろうか。話すならば何といえばいいだろうか。夢に君が出てきて半ば強制的に僕とキスしようとした、というのか。いやいやいや、無理だろ。そんな度胸僕にはない。そもそもそんな度胸が僕にあったらとっくの昔に告白を・・・いやこの話はよそう。それよりも今はあの夢のことを曜に話すかだ。今も曜は僕にしつこく聞いてきている。

 

「ねーねー綾斗君、どんな夢か聞かせてよ。」

 

あーこうなった曜は誰にも止められないぞ。しかたないな、話してみるか。

 

「聞いたことを後で後悔しない?」

「えっ、どうして?ただの夢でしょ。」

「そうか、知らないぞ・・・」

 

曜に朝見た夢を話をすると、段々曜の顔が赤くなっていった。まさに曜7変化だな。曜の反応が面白いので少し話を盛ってみると、どんどん曜の顔が赤くなり最後には目も合わせてくれなくなった。

 

「最後には、綾斗君と曜ちゃんは結ばれていつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。」

「・・・・」

 

ずっと下を向いたまま学校に向かって歩き続ける曜の姿はまるでゾンビのようだ。前は見えているのだろうか。交通事故に巻き込まれないか心配した方がいいだろうか。

 

「で、ご感想は?」

「・・・・・」

 

無言。ノーコメントということだろうか。曜は耳まで真っ赤になっている。まるで寒い日の耳のようだ。このまま無言を保たれると僕もつらいのだが。数分の間、無言を保っていた曜がぼそぼそと言葉を口に出した。

 

「・・・・の?」

「えっ?」

「あ、綾斗君は・・・・してほしいの?」

「はい?」

「あ、綾斗君は、そういうことを私にしてほしいの?」

 

どうしてそういう解釈になるんだ。まあ、確かにしてほしくないと言えばウソになるが、さすがにそんなこと頼めない。動揺している間に隣を歩いていた曜が急に歩くのをやめて体をこちらに向けた。少し迷ったようなそぶりを見せた曜が何かを振り切るかのようにいつになく真剣で真っ赤な顔をしていた。

 

「あ、綾斗君のためなら、私何でもするよ?」

 

ずっと隣を歩いていた曜は顔を赤らめながらもどこか真剣なまなざしでこちらを見つめてきたことがわかった。その表情にはためらいのようなものも見えた。そんな曜の表情に見とれてしまいそうになる自分を隠すために何か話題をそらそうとしたが、頭の中で考えたことが全て目の前の幼馴染によってかき消されている。今の彼女はそれほどまでに魅力的なのだ。そんな彼女に引き寄せられるかのように二人の間は徐々に狭まっていった。もう少しでキスだって出来るのではないかというほどの距離まで近づいたとき二人の顔は初めて完全に向き合った。そこで一度動きは止まったが、お互いが相手と同じことを考えているかのように二人は同時に動き始めた。今以上に顔を近づけるべく、二人は動き始めたのだ。ゆっくりとだが確実に二人の距離は狭まっていく。あとほんの少し近づけば曜の唇を奪えるというところまで来た時、曜は瞼を閉じた。曜が瞼を閉じると同時に僕は曜の体に腕を回そうとした。あとほんの少し、ほんの少しで彼女とファーストキスをする。胸の鼓動が尋常ではない。こんなに接近しているのだ相手に自分の鼓動が聞こえていないか心配だった。あと5ミリも間隔はないというところまで来た時に僕も目を閉じた。そしてついにその時が・・・・・・・・来ようとした瞬間後ろから全速力で走りながらゼイゼイと荒い息をかいたもう一人の幼馴染がやってきたことに気が付いた。無意識のうちに僕たちは再び距離を取った。僕たちのもとにやってくると千歌は膝に手を当てながら必死に息を整えようとした。

 

「お、おは・・・よう・・」

 

まだ息も整っていないのに朝の挨拶はしっかりするのか。変なところでまじめだな。

 

「おはよう、千歌。」

「おはよう、千歌ちゃん。」

 

僕たちはさっきのことを千歌に見られたか心配だったか気になるが、今はばれないように平然と装った。すると千歌はいつもの太陽のような笑顔で僕たちを見上げた。

 

「えへへ、間に合った。」

「千歌・・・その発言はしっかりと約束した時間に着いていた時に言うべき言葉だと思うぞ。」

「えー、そんなぁ。」

「千歌ちゃん、また寝坊?」

「またとか言わないでよ。まただけど。」

 

千歌とはいつもの会話が進んだ。この後もさっきのことを問い詰められるようなことはなかった。どうやら見ていなかったようだ。そのことには曜も気づいたらしく、いつもの自分を装っていた。千歌にとってはいつもと何も変わらない朝なのかもしれないが、僕と曜にとってはなんとも惜しい経験をした朝になった。今思い返すと道でなんてことをしようとしていたんだ。運よく他の生徒が近くにいなくてよかった。もし見られていたら今頃大変な目にあっていただろう。何しろ曜は先輩後輩問わず人気がある。そんな学園のアイドル的存在のゴシップなんて一般市民の僕には身が重すぎるからね。というか見ていなくても後々思い返すと自分が恥ずかしくなってきてしまった。なんてことをしようとしたんだ僕は。




朝起きたらシリーズ2
今回は朝起きて鏡を見たら寝癖が全然立っていなかったが逆に立たなさ過ぎて片方に寄ってしまい東〇喰種のトーカちゃんみたいになってた。自分でも驚きました。こんなに前髪が伸びていたのか、と

読んでいただいた皆様に神々の祝福があらんことを


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新学期 4

いつの間にかUA1000越えありがとうございます!


新学期早々、いつものように曜と千歌とともに学校に登校した。そしてその登校中、人目は少なかったとはいえ、道の真ん中で、曜をキスをしそうになった。しかしあと数センチというところで千歌が合流し、僕たちがキスをすることは寸前で止められた。よくやったととも、なぜこのタイミングなんだという思いを千歌に言うつもりはなかったが、もしも曜とキスをしたら僕たちはどうしていたのだろうということを考えていたら、あの後の登校中の記憶はあまり鮮明ではなかった。というよりもホームルーム中の今もあまり頭が働かない。かろうじで変わるのは、今はこのクラスの委員を決めようとしているが、誰も立候補者がいなくて先生が困っているという状況だけだ。このあたりに来てやっと思考がまともに動くようになったようで、先生の声もしっかりの耳に届いた。

 

「本当に立候補だれもいないの?じゃあ、推薦で誰かある人?」

 

先生の声は聞こえるものの、まだ体に力が入らない。委員長の推薦の話などどうでもいい、僕には関係ないと思いながら、聞き逃そうとしていると、右隣の曜の席から手が挙げられた。しかし隣を向く気力も起きない。

 

「渡辺さん、推薦ですか?」

「はい。水崎君を委員長に推薦します。」

 

水崎ねえ、・・・・あ、僕か。・・・ん?水崎?・・・って、僕じゃないか!僕を委員長に推薦って何を考えてるんだ。幼馴染なんだから僕がメンドクサイこと嫌いなのしってるだろ。でも僕なんかが委員長って誰も賛同しないだろう。・・・・・結果は誰も異論なしで、委員長が決まってしまった。この後、委員長が決まったので副委員長を決めることとなった。委員長が男子生徒なので副委員長は自動的に女子生徒となる。そして副委員長には曜が立候補し、こちらも異論なしで決まった。千歌は園芸委員会に立候補をした。なんでも冬に余ったみかんを食べることができるそうだ。

 

「それじゃあ、委員長と副委員長はこの後会議があるから、放課後は上の階の特別教室に行くように。」

 

ああ、めんどくさい。やだ帰りたい。なぜ曜は僕を推薦したのだろう。何を考えたのだろうか。とりあえず放課後に集まりがあるならその前くらいに聞いてみるか。

そして迎えた、放課後。千歌は先に帰り、僕と曜は特別教室に向かった。特別教室は講義室とも呼ばれていて、部屋の間取りは下の階の僕たちのホームルーム教室とほとんど変わらない。違う点をあげるならば、机の数が少ないくらいだろう。そしてこの部屋で今から委員会の会議が行われる。会議の内容は今学期の仕事をそれぞれの役割を決めるのだろう。委員会と一言でまとめても、さらにその中からいくつかの仕事に分けられる。例えば、委員会全体をまとめる男女二人を正副委員、この仕事は主に2年生がつく。会議の内容を決めたときにその会議の内容を記録する書記係、正副委員会のサポートをする庶務委員などがある。そして大体はこの委員会の中から生徒会も決められる、という仕組みになっている。そんな委員会に場違いなほど面倒事が嫌いな僕が参加している。今すぐにでも扉を開けて帰りたい気分だ。しかしそういうわけにもいかない。理由としては選ばれてしまったからということ。あの委員決めの時にぼっーとして反論意見を述べなかった僕に責任があるのだから。そしてもう一つは、さっきから隣の机に座っている曜が彼女の座っている机と僕が今座っている机の間隔でずっと僕の制服のブレザーをつかんでいて、離れるに離れられないからだ。まさか曜は、僕が逃げると思ってブレザーをつかんでいるのか。くそっ、これだから幼馴染は、お互いに気持ちが理解できてしまうから不便だ。どこかに逃げ出せるタイミングはないかと辺りを見渡していると、教室の前のドアが開き先生が入ってきてしまい、3年生の先輩が号令をかけて会議が始まってしまった。3年生の先輩は去年の正副委員の人だったらしく、この号令が最後の仕事となった。つまりこの後、新正副委員長が決まるのだ。前に立っていた先生は横に移動し、代わりに前に出た3年生の先輩のうち一人は後ろの黒板にそれぞれの委員会の名前を書き始め、もう一人は新2年生から正副委員への立候補者を募った。しかし誰も立候補をしない。その様子に困り果てた先輩は横に立っていた先生に目を向けた。すると先生は自分が持っていた手帳を開き、1ページ1ページめくりながら今まで閉じていた口を開いた。

 

「どうやら誰も立候補者がいないようなのでこの中で一番成績が高い人がいるクラスの委員長たちを正副委員にします。えーと、2年生で一番高いのは・・・・・・2組、水崎。」

 

またかよ、今日はどうしてこうも災難なことばかり起きるんだ。丁度教室の真ん中の列の窓側に座っていた僕は、先生と目が合ってしまった。

 

「お前が水崎か?」

「・・・・・はい。」

「そうか。それじゃあお前のクラスのもう一人の委員長は誰だ?」

 

先生の質問に、言葉は発さずに行動で示した。右隣に座っている曜を指さしたのだ。どうやら曜も僕が選ばれたことに驚いているようで、不思議そうな顔をしてどこか遠くな世界を見ているようだったが、僕に指させられると、やっとこちら側の世界に帰ってきたようで自分を指さしている指を見ていた。

 

「お前は、渡辺だな?」

「は、はいっ!」

 

名前の確認だけ取った先生は今度は前に立っている元正副委員の先輩たちに目を向けた。先生と目が合った先輩たちは同時にうなずくと、前の黒板の正副委員の欄に僕たち二人の名前を書きだした。黒板に書かれた二人の名前から目を離した先生は再び僕たちを見た。

 

「他のものも、これでいいな?」

 

反論を言う人は誰一人いなかった。本人たちの意見を無視してまたも決められた委員会。こんなことでよく今まで成り立ってきたな。と思い、横の幼馴染から同意見を貰うと思い右隣を見ると、そこには何やら真剣な顔で黒板に書かれた文字を見つめている曜の姿があった。曜のいつになく真剣な顔ぶりを見ていると、反対意見を述べることはやめておこうと思い始めた。結局、僕も曜もたクラスの委員も反対意見は述べず、正委員長は僕が、副委員長は曜がやることになった。

 

正副委員が決まってからも会議は続き、会議開始から半時間が経とうとしたころ、やっと先生が今回の会議のまとめに入った。この長ったらしいただただ先生がもう決まった内容を語るという、書記委員以外にはどうでもいい作業が終わったら、やっと解放される。帰ったら何しようかな。適当にネットサーフィンでもしようかな。などと真剣な顔で先生の話を聞いてるように見える綾斗であった。そして心の中ではどうでもいいことばかり考えている綾斗のことを真面目な奴だと感じている先生はやっと最後の話を始めた。

 

「・・・・で、正副委員は2年2組の水崎と渡辺になった。他の委員のみんなも二人のサポートを忘れないように。」

 

よし、これで帰れる、と考えている綾斗は先生の解散の一言を一言を聞き逃すまいとしていると、予想していなかった言葉が耳に届いた。

 

「それでは、引継ぎ式を始める。元正副と新正副は前に出ろ。」

 

なんだと?!まだ解散じゃないのか。もういいよ。早く返してくれよ。という気持ちを押し込みながら前に出た綾斗と、高飛び込みの前くらいに真剣なまなざしの曜に、元正副委員の先輩方は自分の腕につけていた腕章を僕らの前に差し出した。僕の前に来た先輩から腕章を受け取ると、腕章を渡してきた先輩が言葉を僕に送った。

 

「これから色々大変になるだろう。心が折れそうになるかもしれないが、君ならできると思うと。サポートにかわいい子もいるし。やる気は出るんじゃないかい?」

「・・・・善処します。」

 

この人、まさか曜を狙ってるのか。という疑問を感じたが、そそくさと自分が座っていた席に戻った。曜もほとんど同じタイミングで席に戻ってくると、再び先生が前に立った。

 

「これで今回の会議の全工程は終わった。」

 

よし!これで帰れる。というささやかな希望は次の先生の言葉で打ち砕かれた。

 

「2年生はこの後、修学旅行の説明会があるので残るように解散。」

 

そ、そんな。まだ帰れないのか。

この後2年生は30分ほど長々と2週間後に迫った修学旅行の話を聞かされた。僕たちは2週間後に京都に行くらしく、そのことの注意点を後日ホームルームで話すようにという内容だった。そんなもの先生が職員会議で言えばいいだろ!と言いたかったが、大人しく話を聞いていた。

 

会議が始まってから約1時間が経過し、やっと僕たちは解放された。すでに他の生徒は下校しているようで残された僕たちは、いつもの帰り道を今日は一人少ない状態で下校していた。校門を出たところで僕は曜に問いかけた。

 

「なあ、曜。」

「なあに?」

 

曜はいつもの笑顔で振り返ると、器用に後ろ歩きで歩きながら返事をした。そんな曜に僕はどうしても答えが見つからない疑問を聞いた。

 

「どうして僕を、委員長に推薦したんだ?」

「だってほかに誰もいなかったし。それに・・・・」

 

曜は続きを言う前に魔進行方向に向き直った。なぜか僕を目を会わせようとしてくれない。

 

「それに?」

「そ、それに・・・・綾斗君って、いざって時に頼りになるし。」

「僕が?」

「うん。小さいころとか、私が怪我した時とか、傷を洗って絆創膏張ってくれて、そのまま家まで送ってくれたり。」

 

いや、僕ら家が向かい合ってるんだから送るというよりは帰り道が一緒だっただけでは、という考えが頭によぎったが今は言わないほうがよさそうな雰囲気だったのであえて口にしなかった。

 

「なんだか、その言い方だと僕がヒーローみたいだな。」

「確かにそうだね。」

 

曜は再び振り返り笑いながら僕の感想に返答した。しかし今度はすぐに前に向き、綾斗のは聞こえない程度の小さな声でぼそりと呟いた。

 

「綾斗君はヒーローじゃなくて、王子様だよ。私が困ったときにいつも駆けつけてくれる大好きなかっこいい王子様だよ。」

「? 何か言った?」

「ううん、何でもないよ。さ、帰ろ。」

「そうだな。」

 

曜のつぶやきが気になったが、あまりこういうことは気にしないようにしている。人のフライベートは大事にしないといけないからね。

 

帰り道が残り半分ほどの距離になった時、あることを思い出した。

 

「そういえば、家の親出張中だった。」

「そういえばそうだったね。」

 

朝からいろんなことがあったせいですっかり忘れてしまった。今日起こったことを振り返ると、また恥ずかしくたってきてしまい、再び曜を意識せざる負えない状況になってしまった。今朝キスしようとした相手が今は隣を歩いているのだ。この状況をそう乗り越えたらいいのだろう。すると横から曜の声が聞こえた。

 

「綾斗君、私の家に来たらいいじゃん。」

「えっ?!」

 

い、家ですか。それは、なんですか。キス以上のことしようというお誘いか。いやいや、僕たちはまだ未成年だし、そんなことしたら僕が叔父さんに殺されそうになる。相手の本心を伺うために曜の顔を見ると、曜は真面目な顔をしていた。まさか、本気なのか。だとしたら曜はいつのまにこんなに積極的になったのだ。これは欲求不満という状況なのだろうか。曜も高飛び込みとかでストレスが溜まっているだろうし。もしかして僕をその悶々とした感情のはけ口にしようとしているのか。そんなの絶対にお断りだ・・・いやでもありかな・・・・いやだめだろ、未成年だぞ。などと悩んでいると曜はさらに言葉を添えた。

 

「そんなに考えたって綾斗君、料理できないじゃん。」

「へっ?!料理?」

「うん、夕食をどうするかって話でしょ違うの?」

「いえ、違いません。」

 

なんだ、夕食の話だったのか。びっくりした。でもどこか惜しいような・・・いや、これでいいんだ。これが正しい曜の姿だ。幼馴染の心配をして夕食に招待する、その優しさが曜の持つべきものだ。妙に積極的な曜なんて僕の知るようじゃない。・・・・でもちょっと違う曜もそれはそれで面白そうだな。

 

「でも悪くないか、急にお邪魔したら。」

「大丈夫だよ。お母さん料理好きだし。それにお父さんいないし。」

「な、なるほど。」

 

ダメだ、叔父さんがいないということが妙に説得力がある。曜の父は定期船の船長をしている。元からなのか、休日が少なく家に帰る時間が少ないからこそなのか、曜に近づく男子には容赦がない。かくいう僕も過去に何度かその餌食になったことがあった。その様子はまさに蛇に睨まれたカエルのようで曜と曜のお母さんはその様子を遠目で見守っていた。あの時のおじさんの威圧が怖くていまでもたまに悪夢に出てくる。それくらいの恐怖を植え付けられたのだ。しかし今は新学期も始まってすぐで叔父さんもいない。だったらまだ生き残る可能性は高い。

 

「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しようかな。」

 




今回で委員会について触れましたが、書いてる本人はとくに委員会はやっていません。これを読んでいただいている皆さんは学生時代、委員会とかやっていたでしょうか。学生の方は今に当てはめて、学生を卒業した方は学生時代の記憶に触れながら読んでいただければ幸いです。

読んでいただいた皆様に神々の祝福があらんことを


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新学期 5

綾斗は曜に誘われて、夕食を共にするために自分の家の向かいにある幼馴染の家にお邪魔していた。子の幼馴染の家には今まで何度も来たことがあるが、中学生になってから彼女の家にお邪魔するのはこれが初めてだった。この2年間、何かと理由をつけて入ることを避けてきていた。しかし今回は親の急な出張によってやもなく入ることになった。綾斗は久々のことに心臓の鼓動が早くなり、体が震えてきてしまい、今までにないほど緊張していた。そんなガチガチになっている綾斗を見ながら曜は

 

「綾斗君、大丈夫?」

 

と言ったが、綾斗はろれつが回らないことを必死にこらえて返事をした。

 

「だ、大丈夫、だよ。」

「ホントに? 体震えてるよ?」

「大丈夫、久々でちょっと緊張してるだけ。」

「そうなの? 前に来た時みたいにもっとラフになればいいのに。」

 

曜の発した一言は綾斗の心に突き刺さった。それと同時に綾斗の脳内には一つの思い出が浮かんできた。その思い出とは、自分が最後に渡辺家を訪れたときの記憶だった。当時は、今とは違い何も考えずに入っていった。もっと小さいころも難なく入っていけていた。しかしあの時以来入ることを避けるようになった。今脳内に流れている記憶はその時の記憶だ。あれはたしか2年ほど前の小学生最後の夏休み、その時もまた当時ではいつものようにお邪魔していた。その時は確かお昼ご飯を一緒に食べる為だったか。その当時のお昼には何の問題もなかった。むしろ、っても楽しかった。しかし問題はこの後に起こった。お昼を食べた二人は曜の部屋で一緒に遊んでいた。そのうち二人は食後ということもあったのか、急な眠気に襲われた。そこで瞼が重くなり、意識が途切れ始めて、横にあったベッドに倒れてしまった。そして目が覚めたら、自分の目の前には曜の寝顔がすーすーと可愛い寝息と立てながら転がっていた。当時の曜は、そのまま綾斗を抱き枕であるかのように抱き着いてきて、綾斗は曜に包まれていた。あの時の間隔はよく覚えている。自分の顔が曜の胸に押し付けられていたのだ。窒息するのではないかと思うほど息苦しく、自分の周り全てから曜の香りがして、どうしたらいいのか全く分からず大人しく曜に抱かれていた。今まで曜と一緒にいると妙に心がざわついて、鼓動が早くなっていった。しかしその現象が何なのかはわからなかったが、この時確信した。自分は曜のことが好きだったのだと。しばらくして曜から解放されたが、曜はその後も眠り続けていた。そんな曜の姿を見ているだけでも自分の鼓動はどんどん早くなっていく。あれ以来いつかこの気持ちを曜に言おう言おうと考えていたが、まだまだ自分の心が弱いせいでまだ何の進展もなく現在を迎えている。だから決めたのだ。次に来る時までには告白していようと。しかしその強い意志も今日で終わりを迎えようとしていた。もう諦めるしかないのだろうか。

 

~*~

 

気持ちに区切りをつけた綾斗は曜の後に続いて家に入っていった。約2年ぶりとなる幼馴染の家の玄関はどこも変わっていなかった。ほとんどすべてがあの時のままだった。変化した点を挙げるとしたら、曜の靴のサイズが大きくなったことくらいだろう。しかしそれ以外は本当に何も変わっていない。そして変わりがないのは奥から歩いてく叔母の姿もった。

 

「綾斗君、久しぶりに家に来てくれたわね。」

 

そういった叔母は自分の娘同様の明るい笑顔を向けてきた。この人とは学校の行事や地域活動で顔を合わせることが多かったが、2年前からは顔を合わせる頻度は下がっていき、今では今年の正月の初もうでの時に出くわしたくらいだろう。

 

「最近来てくれないから、元気にしてたか心配だったわ。」

「はあ、すいません。」

「いいのよ。君くらいの年頃の子は色々難しい時期だし。さ、あがって。もうすぐ夕食ができるわ。」

「はい。」

 

叔母に案内され、リビングで待っているように言われた。もうすぐ曜が下りてくるそうだ。それまではテレビでも見させてもらおう。

 30分ほどすると、扉の向こうから階段を誰かが下りてくる音が聞こえた。きっと曜のものだろう。リビングのドアが開かれると、制服から私服に着替えた曜が立っていた。

 

「お待たせ、綾斗君。どうこの服?」

「・・・どうって、休日によく着てるじゃないか、その服。」

「そうだけどさ・・・」

「・・・・まあ、似合ってるんじゃないのか。」

「ほんと? えへへ、ありがと。」

 

お互いに言ったはいいが照れてきてしまい、目が合わせれなくなっているとmキッチンから叔母の声が聞こえてきた。

 

「あらあら、仲がいいわね。夕食の準備ができたわよ。」

 

~*~

 

叔母が用意した夕食は3人分とは思えないほど量だった。大皿に盛った品が次々とキッチンから運ばれてきた。

 

「久々のお客さんで張り切りすぎちゃった。綾斗君これ全部食べられる?」

 

職辰の端から端まで見渡したが、全部で10品は軽く超えているだろうし、自分の胃袋が持つ自信もない。微笑しながら叔母に向かって首を横に振った。

 

「厳しいです。」

「そうよねえ。じゃあ、残ったらたっぱか何かに入れるから持って帰って食べて。」

「ありがとうございます。

 

あくまでも僕に食べさせたいのか。しかし持って帰って食べることに不満があるわけではない。それに叔母の料理はお世辞なしで美味しい。料理の腕はそこらの飲食店にも負けていないと思う。ただ、昔から量が多いのだ。過去にも食事をして持って帰ることが幾度となくあった。そしてそのたびに自分の家の冷蔵庫はいっぱいになってしまう。今もうちの冷蔵庫の中には叔母が趣味で作ったジャムやら肉じゃがやらが残っている。これ以上何かを貰うと、一日に今まで以上の食事をしなければならなくなってしまう。今のうちにできるだけ減らしておいた方がよさそうだなと考えた綾斗は、いつも以上に食べても胃に優しそうなサラダに手を伸ばした。しかしここでサラダばかり食べていると、叔母から強制的に魚やら肉やらが自分の皿の上に乗せられてしまう。ここはより戦略的に取っていかなければ。なんだろう、ゲームみたいになってきたな。

 夕食は進み、やっと食卓の半分くらいが無くなったという頃、叔母がふと口を開いた。

 

「そういえば、綾斗君。ギターはまだ続けてるの?」

 

黙々と進んでいた綾斗の手がピクリと反応し、急に動きを止めた。そして今までは楽しそうな雰囲気を漂わせていた表情からは余裕が消え、暗く、闇の中をさまよっていると出言うような表情になった。しばらく、俯いたままだったが、一度持っていた箸をおくと、全力の作り笑顔で返答した。

 

「いやあ、最近はめっきりやめてしまって。多分これからもやらないと思います。」

「そうなの? それは残念ね。私結構好きだったわよ、あのギター。」

 

叔母は笑いながらも言うが、綾斗の目は笑っていなかった。それは絶望に落ちてしまった暗い目をしていた。彼がこうなってしまった原因は、不幸の連続にあった。最初に不幸が起こったのは1年前、ギターのオーディションの時だった。会場に行く前に交通事故に巻き込まれ、盛大は遅刻をし、引き始めたらギターの言が切れて、次の日は綾斗と同じくギターを弾いていた、父親が死んだ。ここまで不幸が続いた綾斗はこれは神様が僕にギターを弾くなと言いたいがための現象なんだと解釈をして、二度とギターに振れなくなってしまった。そのことを曜は知っているから、自分の親がこの質問をしたときには心配そうにこちらを見つめてきた。彼女も、叔母とは同じ意見を昔、綾斗に言った。私は君のギターの音色が好きだ、これからも続けてほしい、と。しかし綾斗がその意見に答えることはなかった。代わりに彼は自分のギターの家の倉庫のずっと奥にしまった。二度と、自分の目に入らないように、死んでしまった父とのつながりを一つ捨てたのだ。曜は自分の親の耳元で2年前のこと、今までのことを話した。それを聞いた叔母は今までの明るい表情がだんだんと曇り始めた。

 

「知らなかったわ。ごめんなさい。」

「いえ、いいんです。時間が過ぎればいつかは忘れることですから。」

 

しばし沈黙の空間が続いたが、ほどなくしてその空間が破られると、再び夕食が再開された。今度は先ほどまでとは違い、全体的に口数が少なかったが、それでも3割ほど残ってしまい、結局持って帰ることになった。

 

~*~

 

夕食を終え、しばらくリビングでぼっーとしていると、時刻は午後9時を回っていて、窓から外を見るとすでに太陽は沈んでいて、辺りは闇色に染まっていた。

 

「そろそろ、帰るよ。」

「えっ? もう?」

「もうって、9時過ぎてるけど・・。」

「ホントだ、楽しい時間が過ぎるのはあっという間だね。」

「・・・・そうだな。」

 

テレビの前に置いている、学校指定のカバンを手に持つと、玄関に向かって歩き出した。そして曜も玄関に向かて歩いていく綾斗の後ろについていった。リビングを出て靴を履いていると、もう一人の人物がやってきた。

 

「あら? かえるの?」

「はい、外も暗くなってきたので。」

「そう、気を付けて帰ってね。」

「大丈夫ですよ。向かいですので。」

 

靴を履き終わると、二人に向き直り、一礼してからドアノブに手をかけた。外の空気は冬の寒さほどではないが、涼しいとはいいがたく、部屋の中でぬくぬくを過ごしていた体には、突き刺さるような寒さだった。ポケットから家の鍵を探していると、後ろからドアが開く音がした。振り返ると、そこには曜が立っていた。

 

「曜、どうした?」

「お見送りだよ。」

「見送りって、向かいに住んでるんだから必要ないだろ。」

「いいのいいの。」

 

曜はにこにこと笑っているが、彼女の服はさっきまでの私服一枚だけなので、とても寒そうだ。そこまでして僕を見送ろうとしているのか。

 

「曜、寒いんだったら中に入りなよ。」

「じゃ、遠慮なく。」

 

そういった曜は綾斗の懐に飛び込んでくると、体を摺り寄せてきた。

 

「ひゃー、あったかい。」

「よ、曜何してるんだよ。」

「だって綾斗君が中に入れって言ったから、こうして綾斗君に包まれに来たんだよ。」

「そういう意味じゃない。寒いなら家に入れって意味だ。」

「なら、大丈夫だよ。私今すっごくあったかいから。」

 

そういうと曜はより体をくっつけてきた。綾斗の方も、寒さは感じていたため、曜とくっていているとまるでカイロのようなぬくもりを感じた。それに曜が密着してくるせいで彼女の胸が当たってしまう。なぜ今年はこんなことが多いのだろう。

 

「曜、家の前だから離れよう。それにもう回りも暗くなってる。」

「・・・・もう少しだけ。」

「ダメだ、君の少しはものすごく長いだろ。」

「うーわかった。」

 

そういった曜はゆっくりと離れた。しかしこういったはいいものも言った本人である綾斗自身も少し残念と思っていた。だけど、これ誰にも譲れない決心ができた。いつかしっかりとした形で曜には告白をする、しかし今の自分にそんな勇気は存在しない。だからその一歩が踏み出せるまで、それまで彼女には待っていてもほしい。それが綾斗に新しく生まれた思いだった。

 




最近ポケモンのウルトラムーンにのめりこんでいます。冬休みみたいな長い休みじゃないとなかなかできないですからね。取りためしていたアニメとドラマを消化しないと。
 ポケモンのアニメも40話くらいから見れていなんですよね。今日中にレベル100は何体できるだろうか。現在95レべのルガルガンと97レべのネッコアラと99レべのジジーロンを育てています。忙しい忙しい。

読んでいただいた皆様に神々の祝福があらんことを


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修学旅行 0

いつの間にかUAが2000越えしていました。皆さんありがとうございます!


「はあ、メンドクサイ。・・・えーと来週から修学旅行で京都に向かいます。2日以内に班員を決めるように。なんやかんや君たちで適当に決めたら、僕たち二人に報告してください。バスの席は班ごとに決まるから反論は許さない。質問は? ないな、HL終了。」

 

綾斗がメンドクサイをさっさと終わらせたい様子がみんなに伝わったのかそれとも今質問したら本気で睨まれて身の危険を感じたのか、誰も質問はしてこなかった。隣では曜が和やかな目でいつものことでも言いたげにしていたが、こういうイベントには非参加的な綾斗は速く終わってほしいとしか考えていなかった。しばらくすると6時間目のLHLは、終了のチャイムとともに終わりを告げた。帰る前に先生からの連絡がいくつかあったが、その連絡も終わるとクラスメイトの面々はそれぞれ教室を出ていった。そのまま部活に行くもの、委員会に行くもの、図書室で自習するもの、そのまま下校するため校門に向かうもの、友達と変えるべく他の教室に向かうもの、さまざまだが、その中で僕は委員会の仕事があるので会議室へと足を運んだ。しかも今日は運悪く曜は部活の練習で仕事に来れないらしい。代わりに誰かに頼むということもできたが、いちから仕事を説明するとなるとそれはそれでメンドクサイ。ならばいっそのこと自分一人でやったほうが早いだろうと判断し、一人で会議室へと足を運ぶ綾斗であった。その足取りは決して明るいものとはなく、心の底から嫌だという気持ちが表れていた。階段を下りきったころ、綾斗は自分のカバンの中にしまってある委員長の腕章と取り出した。この腕章は普段からつけていなくてはならないのだが、これをつけている時は必然的に気を張らなくてはならないので正直あまりつけていたくはないものだ。曜はこの腕章は何ら嫌悪感は抱いていない様で、普段からつけている。たまにだが、曜が口うるさい女子じゃなくてよかったと感じる時がある。まあ、それはそれで面白いかもしれないが、僕は今の曜が好きだな。などと考えながら会議室に向かっている途中で他クラスの委員長にあった。

 

「こんにちは、水崎会長。」

 

いたずらそうに声をかけてきたのは隣の3組の委員長で庶務に所属している男子生徒が声をかけてきた。

 

「・・・僕はまだ生徒会長になった覚えも、生徒会に入った覚えもないぞ。」

「冗談が通じない人ですね。生徒会長は基本その年の正副委員長がなってるじゃないですか。もう水崎君が生徒会長に決まったようなものですよ。」

「勝手に妙な法則を作るな。」

「すいませーん。反省しまーす。」

「はあ、まったく・・」

 

彼に背を向けて再び会議室に向かって歩き出した。綾斗の後ろでキョロキョロと辺りを見渡していた庶務は自分の前を歩いている綾斗に問いかけた。

 

「今日は渡辺さんいないんですね。」

「今日は部活の練習優先の日だそうだ。」

「へー。そういや渡辺さんここいらでは有名ななんかの選手だったな。」

「高飛び込みだ。」

「そうそう、それです。すごいですよね、渡辺さん。」

「・・・そうだな。」

 

昔はただの幼馴染だった曜のことが今では少し遠くの存在に思えた瞬間だった。それはまるで世界からいつもあるものが消えたかのような感覚だった。その気持ちは心の中から姿を消すことはなく会議室に向かっている間にも綾斗の心の中にとどまり続けていた。

 

~*~

 

今回の会議の内容は、来週に控えられた二年生の修学旅行のことだった。最初は先生のありがたくもなんともない長い話を聞き、長ったらしい先生の話が終わると、しおりを作る作業に取り掛かった。今回の修学旅行は2泊3日ということもあって、一人分のしまりの分量は中々なものになっていた。しおりになるページを全てホッチキスで止めいくという流れ作業をしていた。最初はまだやる気が合ったが、その気持ちも段々と薄れていき、クラスの半数を過ぎた頃には、何もかもを放り出してなって逃げだしたくなって。クラスの半数が終わったということはもしもこの場に曜がいたらここで終わっていた可能性があったということだ。さっきまでは練習を頑張っている曜を応援しているような気持だったが、今はここにいない彼女を少し恨んでいる気持ちがあった。しかし曜が練習を抜け出してこの仕事を手伝ってくれるわけはない。それは当然のことだ。当然のことがだどうしても納得がいかない。人を推薦しておいて、こういうことは僕にやらせるのか。あのちゃっかりめ。いつまでも続くように思えるどこまでも同じ作業。一枚目から最後のページまでホッチキスで止める。挟んで止めて、挟んで止めて、挟んで止めて、また挟んで止めて、さらにまた挟んで止めて、またまた・・・・。

 この迷宮が終わりを迎えたのは作業開始から1時間後のことだった。そのころには他の委員たちは既に帰ってしまっていた。窓から外を見るとすっかり日は暮れてしまっていて、部活をしていた生徒も帰宅している。どうやらもうすぐ完全下校時間ようだ。このしおりたちを職員室にもっていったら僕も帰らなきゃな。窓側に置いていたカバンを持ち、プールの方に目を向けてから完成したしおりを先生に届けるべく職員室に向かった。

 

~*~

 

 放課後に居残り作業をしていた日から3日後、2組では続々を修学旅行の班が決まっていった。班が決まることに問題はないがどこのクラスにも班決めの渦からはみ出された生徒は多々存在する。その例が今回の綾斗だったわけだ。学校の都合上、委員会の中から一人自由行動中に本部で仕事をしないといけない人が出てしまった。そしてその役人に抜擢されたのが綾斗だったのだ。理由としては、正委員長だからということと、仕事の正確さということだったが、どうせ決めるのが面倒だからリーダーに任せたのだろう。和気あいあいと京都でどこを回ろうか、何を食べようかと話し合っているクラスメイトの姿を見て、恨めしく思う綾斗であった。教卓に肘をつき、大きなあくびをしながらHLが終わる鐘の音を今か今かと待ち続けている委員長の姿はほとんどの生徒の目には入らなかった。ほとんどの生徒には。曜と千歌だけは申し訳なさそうにこちらを見ていた。しかしそれもつかの間、他の班員が盛り上がるとそちらに顔を向け他の生徒と同じように楽しそうに笑っている。それはこのクラス中に満ちている明るい空気が及ぼした影響なのか、心の底から一人退屈そうにする正面のことを忘れてしまったのか、あまり知りたくはない謎だった。輝いて見えるクラスメイト達を見ていると、本気で呪ってやろうかと思い始めた綾斗は自分の症状が末期になりかけてるのではないかと思い、光を放つ空間から目をそらすように手元にあるしおりに手を伸ばした。このしおりも自分一人で作ったというのに、感謝もしないと薄情な奴らだ。

 3日前に作ったしおりの1ページ目には美術部が書いた表紙絵が乗っていた。どの絵も修学旅行が楽しみだという気持ちがこもっているように見えた。思わず絵に穴をあけてしまいそうになるも次のページに目を移した。2ページ目、表紙の裏には3日間と通しての主な予定が記されていた。1日目にバスに乗り奈良経由で京都に向かい、2日目に京都で班別自由行動、3日目は沼津に帰るという流れになっている。つまり、水崎綾斗の修学旅行の2日目は本部が置かれてる旅館で一日を過ごすことになる。つまらない一日になりそうだ、台風でも直撃したらいいのに。




 修学旅行、皆さんはどこに行ったでしょうか。学生時代にみんなと過ごす時間って過ぎていくと本当につかの間に感じてしまいますね。みんなでバスに乗って、新幹線に乗って、怖い話をして、夜更かしして先生に怒られて、一緒にお風呂に入って、一緒にご飯を食べて、中学校生活も終わりを迎えようとしています。楽しい時間は本当にあっという間なんですね。でも、受験前だけはもう少しゆっくり時間が流れてほしいな。

読んでいただいた皆様に神々の祝福があらんことを


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