今日も彼は、人を斬る。 (百日紅 菫)
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今日も彼は、人を斬る。

七星剣舞祭。日本中の学生騎士たちが目指す、最強を決める大会。全国の学生たちは、ここで優勝するために日々研鑽している。

 今年から破軍学園に通う、柳刀奈もそのうちの一人だ。

 彼が使用する固有礼装は『月夜見』という刀。見た目はどこにでもあるような刀で、日本人の礼装としては特別珍しいというわけではない。

 しかし、今年から始まった破軍学園の七星剣舞祭出場者を決めるトーナメントで、彼は一躍脚光を浴びることとなった。

 今年の一年生は『紅蓮の皇女』ステラ・ヴァーミリオンや『ローレライ』黒鉄雫といった粒ぞろい。加えて、『無冠の剣王』黒鉄一輝、上級生にも多くの強者がいる。彼ら彼女らは、その強大な異能と技量を以て、さまざまな強者を倒している。その中で、柳刀奈という少年が注目されているのは、決して派手な技や魔術を使うからではなく、たった一つの技だけでトーナメントを勝ち抜いているからだった。

 試合が始まり、次の瞬間には相手が倒れ伏している。柳の試合は例外なくそれだけだった。

 試合は実像形態を使うもので、相手を実際に傷つけられる、本物の決闘だ。

 それ故に、彼が一瞬で何をしているのかが、結果としてわかる。

 

 彼は、試合相手を一瞬で『斬る』。ただそれだけなのに、斬る瞬間どころか、動いた瞬間すら分からない。

 歴戦の騎士である黒鉄一輝や東堂刀華、ステラ・ヴァーミリオンにも見えず、彼が何をしているのか理解しているのは、今年配属された新理事長である新宮寺黒乃だけであった。それも、似たような能力故に分かったのであって、実際に見えている訳ではない。

 

 入学時に埋もれていた神速の伐刀者、柳刀奈。

 今日も彼は人を斬る。

 その目的は何なのか。これだけの実力を何故隠していたのか。

 誰もが考察を重ね、対戦相手は覚悟する。

 

 

 

 

 

『続きまして青ゲートから現れたのは、一年生にして数多の強敵を一瞬で切り捨てる新星!多くのルーキーが活躍する今年のトーナメントにおいて、最も驚かれた現代の侍!その一撃はかの『雷切』に匹敵する速度と噂されています!人を切り、空を切り、時すら忘却の彼方に置き捨てる神速の剣技!その刃は天にも届く!一年、『天元』柳刀奈!』

 

 アリーナに響く実況の声と、それに呼応する観客たち。

 その熱狂とはかけ離れたように、冷静な視線でゲートから出てくる小さな影を見つめる者たちがいた。黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオン、黒鉄雫、有栖院凪だ。

 

「にしても、本当に小っちゃいわね。雫と同じくらいじゃないの?」

 

「確か160cmくらいだったと思うよ。ただ、彼の実力はその体格差を補って余りある。僕の『完全掌握』でも、彼の動きは一切見えない。まるで、時間を切り取ったかのように、気づけば試合が終わっている」

 

「理事長先生は大変ね。彼が初戦で相手選手を切ってからずっと審判やってるものね」

 

 会話をしながらも、一輝の眼は刀奈を捉え続けている。その姿は自然体で、気合や闘気といった感情が一切ない。あの状態ですれ違いざまに斬られても、一輝には防ぐことはできないだろう。

 

「そうだね。でも今回の相手は兎丸先輩だ。前の試合のように一瞬で、とはいかないと思う」

 

「『速度中毒』。確か、動き続けている間、無限に加速し続ける伐刀絶技でしたよね、お兄様」

 

「そうだよ。そして、学園三位の実力者だ」

 

 青ゲートから客席に笑顔で手を振りながら登場する兎丸恋々。その姿は気負うことない自然体だが、刀奈と違って闘気が漲っている。

 そんな彼女を前にしても、刀奈の雰囲気は変化しない。まるで何も見えていないかのように、ふらふらと体を揺らしていた。その姿は体格が小さいこともあって、どこか子供のように見える。

 

「さぁ、始めよっか。すっごいルーキーだって聞いてるけど、七星剣舞祭への切符はアタシが貰うからね!」

 

 ナックルダスター型の霊装を展開し、準備運動のように軽く跳ねる。

 運動着という恰好で戦う彼女は、もはや騎士ではなくランナーにしか見えない。だがその実力は折り紙付きで、伐刀絶技である『マッハグリード』による最大加速時の打撃は、一撃で人を吹き飛ばす程の威力を誇る。さらに、魔力制御によるスピードも相まって、彼女を捉えることすら至難の業だ。

 

 されど、刀奈の力は未だ未知数。これまでの四試合を全て一瞬で切り捨ててきた彼の速さは推して知るべし、だ。

 だからこそこの試合には多くの観客が来ている。

 この試合、どちらが勝っても、見ているものが得るモノは大きい。兎丸が勝てば今までの情報に加え、さらに対策を練ることができるだろうし、刀奈が勝てば、今まで不明瞭だった彼の力を、一端でも知ることができる、かもしれない。何せ相手は破軍学園第三位の実力者。今までの無名の騎士たちとは違う。

 

『さぁ、会場の熱気も高まってきました!今日一番の大勝負!一年、『天元』柳刀奈選手VS二年、『速度中毒』兎丸恋々選手!________Let’s Go Ahead!!』

 

 瞬間、兎丸の姿が掻き消える。ステージ上を縦横無尽に駆け回り、必殺の一撃を放つためにぐんぐんと加速していく。その姿はまさしく台風のようだった。

 その台風の中心で、刀奈は静かに立っている。

 右手には霊装である『月夜見』を握り、目を瞑っていた。

 

「流石に学園第三位は速いわね」

 

「ああ。スピードだけなら一刀修羅と同じくらいだ。でも…」

 

「柳君は、見ていませんね」

 

「あれだけの速度なら目に頼らないほうが気配を察知できるんじゃないかしら」

 

「僕だったらそうするよ。だけど、柳君のあれは、少し違う気がする」

 

「違うって何が?」

 

「分からない。でも、それが彼の能力を紐解く鍵になると思う」

 

 ステージ上では、台風の目で佇む刀奈だけが目に映る。

 しかし、次の瞬間。

 

「え?」

 

 

 それは観客の誰かの声だったのか、一輝達の誰かだったのか、それとも兎丸の声だったのか。

 だがこの場合、誰の声だったのかは問題ではない。

 問題は、目に映らないほどの速度で加速していた兎丸の胴体が、上半身と下半身で真っ二つに斬られていたことだ。

 斬られたことに気づいていないかのように下半身は数十歩走ったところで倒れ、斬り離された上半身は宙を舞ってアリーナの中心に落ちた。下半身と上半身を繋ぐように噴き出た血しぶきが、その凄惨さを如実に表している。

 そして、その下手人である刀奈はと言うと、前回までの試合同様、いつの間にか兎丸が走っていたであろうアリーナの淵で、血に濡れた『月夜見』を持って、先ほどまでと同じように立っていた。

 

 

「『時間停止』!」

 

 

 静寂とどよめきが混在する中、二発の銃声と、審判の黒乃の声が響く。

 時間を操る彼女は、その能力故に刀奈の試合で審判をしていた。その本当の意図は、相手を絶命させる形で試合を終わらす刀奈のフォロー。時間を操り、刀奈が殺した対戦相手の時間を止め、時に巻き戻すことで対戦相手の命をギリギリで救っている。

 ならば先に厳重注意でもすればいいと思うが、既に実行済みだ。だがその程度で止まるようなら、彼は実力者足りえないだろう。それに加え、トーナメント出場者には実像形態での試合で怪我を負うことの許可を取っている。相手を絶命させるような攻撃をしている刀奈も例外ではない。その許可を取っているにも拘らず刀奈だけを出場禁止にするのは、平等ではない。

 

「急いでiPS再生槽に運べ!今ならまだ間に合うはずだ!」

 

 黒乃が遅れてやってきた職員に指示を出す中、一輝は確かに視た。

 

 

「此の一撃は空を斬る。『無空・必斬』」

 

 

彼の伐刀絶技を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ムクウ・ヒツザン』?それが柳君の伐刀絶技の名前なの?」

 

「恐らく。残身の最中、確かにそう言っていたよ」

 

「ふぅん。でも、それだけじゃあの超速移動の正体はわからないわよ」

 

「いいや、そうでもないさ」

 

 時間は進み、午後八時。一輝とステラは寮の部屋で刀奈の試合の動画を見ながら考察していた。ちなみに、この動画は自称新聞部の加々美が撮ってくれたものだ。

 

「彼はこうも言っていた。『この一撃は空を斬る』、ってね」

 

「確かに速いし、剣速で真空とか作れそうだけど」

 

「そういう見方もあるけど、彼の場合はそうじゃない。『空』っていうのは、日本最強の剣豪ともされる宮本武蔵が辿り着いたとされる、剣者の究極の境地だ。彼の一撃はそれすらも斬る」

 

「よく知ってるわね。でも、それでわかるのは、柳君の剣技が凄いってことじゃない?そんなの試合を見れば誰でもわかるわよ」

 

「そうだね。だけど考えてみてよ。彼の言った『無空・必斬』というのが伐刀絶技であるならば、柳君の能力は『斬る』ことに特化したものだと思う」

 

「どうして?」

 

「僕の伐刀絶技は僕自身に才能が無かったが故に、一日の魔力を一分間に集約して身体能力を強化するものだ。だけど、Fランクの騎士はそうそういるものじゃないし、柳君はCランク騎士だ。そういう僕のような例外を除いたとき、ほとんどの伐刀者の伐刀絶技に共通するのは、自身の能力を極限まで高めたものである、ということだ」

 

「…!アタシの『天壌焼き焦がす竜王の焔』も、『妃竜の罪剣』の能力である焔を昇華したもの。つまり、『斬る』こと自体が伐刀絶技なら、その能力も同じ『斬る』ことっていうわけね」

 

「その通り。そして、ここからは僕の予想になるんだけど、柳君の能力で『斬れる』ものは物理的なものだけじゃないと思う」

 

「どういうこと?まさか、概念干渉系とか言うんじゃないわよね」

 

「そのまさかだよ。『空を斬る』という言葉には、誰よりも強いということと、その言葉通り、空を斬っているんだと思う」

 

「つまりイッキはこう言いたのね。彼は空間を切り拓いて、あの超速移動を可能にしている、って」

 

「うん。あれは超速移動というより、テレポートに近いと思う。まあ、仮説にすぎないけどね」

 

 そう言って水を飲む一輝だが、内心では冷や汗を掻いていた。

 たとえ今の仮説があっていたとしても、刀奈の剣速が目に見えないことの証明にはならないからだ。空間を斬り裂いて、移動先との距離をゼロにしようと、切り裂く瞬間が絶対に見えるはずなのだ。それとも、彼は動かずとも斬ることが可能なのか。それはそれで脅威だが、最も恐ろしいのは、彼の剣速が速すぎて、一輝達の眼には映らなかったということ。それが魔力による身体強化であろうとなかろうと、最早関係ない。一刀修羅でようやく目にも止まらない速さを実現できる一輝にとって、刀奈は自分の上位互換であることを認めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 柳刀奈についてよく知る者は、学園内にはほとんどいない。それは彼がスパイだからとか、人里離れた山奥で修業をしていたから、とかではなく、一般家庭に生まれた普通の子供だったからだ。地方で生まれ育ち、普通の生活を送っていた彼に転機が訪れたのは、中学の入学式での出来事だった。

 友人関係も変わらない義務教育での進学にあたり彼は、否、彼が進学した公立中学の入学式は、テロにあった。

 伐刀者を筆頭としたテロリストたちが、警察や魔導騎士から逃げる途中で刀奈たちの中学校を人質にしたのだ。

 そのテロリストが一体何をしたのかは刀奈の知るところではないが、その時刀奈の頭にあったのは、このテロリストたちから自分の身を守らなければならないという使命感だけだった。

 他の誰でもない、自分の身を守らなければならない。その感情が、刀奈の魂を呼び起こした。

 

 生徒と教員、保護者達全員を体育館に集めたテロリストたちは、三人の見張りを残して、警察たちに交渉しに行った。見張りのうち一人は伐刀者で、他二人もライフルを持っていた。普通なら恐怖で足がすくみ、武器を持っていようと反抗する気にはならないだろう。

 だが、この時の刀奈はある種の興奮状態であった。

 

 母子家庭ということもあり、自分が死ぬことは許されないと、死ぬ確率を少しでも下げようと、刀奈は動いた。

 

 刀奈との生活を守るために、刀奈の母親は仕事で入学式に来ていない。それによって気負うことなく、生徒たちの間を風のように駆け抜け、右手に持った実像形態の『月夜見』で、誰に気づかれることもなくライフルを持ったテロリストの一人を惨殺した。

 どさ、と倒れる音を聞いたもう一人のテロリストが振り向いた瞬間、首が飛ぶ。足りない身長差を跳躍によって稼ぎ、片手で『月夜見』を振りぬいただけで首を切り落とした。

 ごとん、と頭が落ちる音に、ようやく気付いたテロリスト側の伐刀者が、血に濡れた刀を持つ刀奈に向けて氷の礫を発射した。壁際に立つ刀奈に向けたことで、人質側に被害は無いが、恐怖を与えるには十分だった。

 

「はっ!雑魚が粋がるんじゃねぇよ!さて、見せしめに二、三人殺しとくか」

 

 壁が壊れたことによる砂埃で見えないが、刀奈が死んだと思い、人質側に氷の礫を向ける。右手を突き出し、今にも発射しそうな伐刀者だが、結局氷の礫が発射されることは無かった。

 

「がっ!?お、まえ、なんで、生き、て、やがる…!?」

 

 簡単な話だ。飛来する氷の礫を、全て破壊し、躱しただけ。何故、普通の暮らししかしてこなかった刀奈が、それだけ早く動けるのか。大量に飛来する氷の礫が見えたのか。それは本人にも分からない。いや、考える必要もなかった。

 自身に危害を加える可能性があるものを排除する。そのためならば、あるものは何でも使う。

 飛躍的に上昇した身体能力と動体視力、そして先ほど初めて手にした固有霊装『月夜見』を以て、伐刀者の右腕を斬り飛ばし、流れるような動きで右わき腹から左肩へと斬り上げ、次いで左わき腹から右肩へ、血に濡れたバツ印を刻み込む。

 

「ぐぁっ!」

 

 トドメにバツ印の中心、心臓を突き刺し、ようやく刀奈は止まった。あれだけの動きをしたにも拘わらず、息は乱れず、されど彼はその力を代償に、一般人として生きる上で最も重要なものを失った。

 それは今後得るはずだった信頼。

 いくらテロリストから自分たちを守ってくれた存在であろうと、自分たちとはかけ離れた強さを持つ者に対しては、畏怖し、恐怖を覚える。ましてやそれが、自分たちを恐怖のどん底まで叩き落した人間を一方的に惨殺する者であれば、その恐怖は想像に難くない。

 そして、それを理解しているのか、刀奈は振り返りざまに『月夜見』を振るった。

 

「記憶を『斬り落とす』」

 

 途端、体育館にいた人間。そして、町にいた人間全てが気を失った。

 

 彼らが次に目を覚ました時、事件は全て終わっていた。どころか、誰一人として覚えていなかった。

 さらに言えば、この町の住人全ての記憶から、柳刀奈という存在が失われた。それは、刀奈の母親も含めて、だ。

 それから三年間、刀奈は上京し、身寄りを失った子供として孤児院で中学生活を送ることになった。母親の記憶から刀奈の存在が失われたということは、彼の戸籍も無かったことになる。幸い、名前をしていたことから戸籍は早々に作られた。

 それから、刀奈は普通の中学生として、孤児院で暮らしているとは思えないほど普通に暮らしていた。その身に宿る、最強の刃をひた隠しにしながら。

 そして、力を隠すことに疲れた刀奈が行きついた先が、この破軍学園だったのだ。

 

 

「やぁ、柳君。隣、いいかな?」

 

 食堂で一人夕食を摂っている刀奈の横から、試合を観戦していた一輝達四人組が訪れる。どうやら四人で夕食を食べに来たところ、一人でいる刀奈を見つけ、折角だからと話しかけてきたらしい。

 

「いいですよー?どうぞ、どうぞ」

 

 生来なのか、眠そうな垂れ目と間延びした、聞いているだけで眠くなるような喋り方で了承し、席を空ける。ちなみに食べていたのは大盛のかつ丼とラーメンだ。

 

「失礼します」

 

「ありがとう。始めましてだよね?僕は…」

 

「黒鉄一輝さん、ですよね?友達がいない僕でも噂話が耳に入るくらい有名ですよー。『無冠の剣王』とかって呼ばれてるんですよねー?黒鉄さんの隣から、ステラ・ヴァーミリオンさんに、黒鉄雫さん、有栖院凪さん。皆さんお強いらしいですねー」

 

「…よく知ってるわね。でも、柳君も相当強いと思うけど?」

 

「ありがとうございますー。けど、それは当然だと思います」

 

「当然?どういうこと?」

 

 刀奈は食べていたかつ丼を飲み込むと、変わらぬ眠そうな瞳のまま、常識を語るかのように話す。

 

「僕は強くならなくてはならない。そうでなければ、平等ではないからです」

 

「平等?それってどういう…?」

 

「あ、それはこちらの事情なので、あまり気にしないでくださいー。それで、僕に話しかけてきた理由はなんですか?」

 

「!気付いていたのかい?」

 

「そりゃ、まぁ。今まで話したこともない皆さんが、そろって話しかけてきたんですから、何かはあるだろうな、と」

 

 それは当然の帰結だった。普段話したこともない人間が、試合を終えた当日に話しかけてくれば、何かしらの話があると誰もが思うだろう。

 

「マナー違反だとは思うけれど、君の能力に興味があってね」

 

「私達、というか一輝君とステラちゃんの推察だと、柳君の能力は『斬る』こと。その答え合わせだけでもしてくれないかしら」

 

「マナー違反ですし、答えたくないのであれば構いません」

 

 普通なら応えることなどしないだろう。相手に自身の能力が知られていないことは、それだけで大きなアドバンテージだ。試合がトーナメント形式で、数試合をこなしているにも関わらず、能力が知られていないのであれば、正体不明の強敵と戦うことを相手に強いることになる。それは途轍もない優位性を生み出す。

 だが、刀奈においてその常識は通用しない。相手がどれだけ刀奈の事を知ろうと、刀奈にとっては些事にもならないからだ。

 

「当たってますよ。僕の霊装『月夜見』は、どんなものであれ斬ることができます。伐刀絶技だと、空間を斬り拓いて擬似的な瞬間移動することなんかもできますねー。あ、僕の眼は『天眼』といって、斬るという目的を、因果関係を無視して達成させます。説明が難しいんですけどー、因果関係を無視、というか、逆にするんですよねー。結果があるから、過程がある、みたいな」

 

「そ、そんな簡単に…」

 

「別に隠すほどのことでもないですしねー。聞きたいことがあるなら何でも答えますよー?」

 

「そう?なら…」

 

 と、ステラが聞きかけた瞬間、この場にいた全員が眩暈に襲われる。がくん、と重力に負けたように首が折れ、次の瞬間には、大きな違和感がありながらも元に戻っていた。

 

「今の、何?」

 

「急に体が重くなったような…」

 

 今の現象を不思議に思っていると、スピーカーから黒乃の声が聞こえる。

 

『生徒は至急アリーナに集まるように!繰り返す!生徒は全員、アリーナに集まるように!加えて、トーナメントで現在勝ち残っている生徒は校門前に集まれ!大至急だ!』

 

 ガガッ、とノイズを走らせて放送が途絶える。乱雑な切り方と、怒鳴り声にも似た焦った口調から、相当焦っていることがうかがえる。

 これが普通の高校であれば、何があったのだろうと疑問に思う程度で終わるだろうが、ここは騎士を育成する破軍学園。しかも焦っている当人は元KOK世界リーグ第三位の神宮寺黒乃だ。何があったのだろう、ではなく、何かがあった。それも、この学園で誰よりも強い黒乃が焦るほどの事が。そこにたどり着くまで、数秒と掛からなかった。

 食堂にいた生徒を含め、阿鼻叫喚の中アリーナを目指す生徒たちとは裏腹に、落ち着いている五人は正門へと向かう。

 

「何があったのかしら」

 

「少なくとも、実力者を集めなければならない程の脅威であることは確実ですねー」

 

 魔力による身体強化で高速移動しつつ、推測を重ねる。Cランク騎士故に鍛え上げた魔力制御は、ただ魔力量が多いというだけのAランク騎士よりも効率よく、段違いに速く動ける。先頭に刀奈、その後ろにステラ達がほぼ一直線に並んでいる。

 そうして、一分と経たずに正門前に集まった面々は、怪訝そうな顔をしていた。

 

「あの二人、ですか?」

 

「ああ。両方とも厄介な奴らだ。特に右側の男。現在、学園は奴の手中に収められていると言ってもいい」

 

「そんな、何が…」

 

 敵とされる二人の男を見据えながら、黒乃から状況説明を受ける一輝。

 そんな破軍側を見て、黒いコートとハットを被った男が大げさな手振りを交えて腰を折った。

 

「初めまして、破軍学園の皆々様。私は宵抗棺。『新世界創造連合(クリエイター)』の幹部を務めております。どうぞ良しなに」

 

「クリエイター?そんな組織は聞いた事もないぞ」

 

「そりゃそうだぜくーちゃん。こいつら、つい最近活動し始めたばっかの新参だ。だけど、実力だけは本物だ。こないだも、KOK出場者が一人やられてる」

 

「そんなっ!?」

 

「ご存じでしたか。さすがは『夜叉姫』、西京寧々殿」

 

「うるせーよ。こんな大がかりな魔術結界張りやがって。何が目的だ」

 

「はは、怖い怖い。目的、ですか。そうですね。魔導騎士を一人残らず、殺戮すること、でしょうか」

 

 宵抗が話すには、『クリエイター』と名乗る彼らの最終目的は、騎士のいない世界を作ること。所属している人間の多くが、過去に騎士として落ちぶれ、または優秀な騎士に恨みがあるもの達らしい。逆恨みもいいところだが、真に悪辣なのは、どれだけ弱かった者でも、あらゆる手段を講じて強者に変えてしまうことだ。 

 そしてそれは、宵抗の隣に立つ喪服姿の男も例外ではなかった。

 

「ふざけるな。そんなことはさせんぞ」

 

「はは、申し訳ない。此度はそれ以上に、この男の復讐を優先しています。ではどうぞ、無棺」

 

 無棺と呼ばれた男が霊装を展開する。真黒な両刃の直剣の切っ先を迷うことなく刀奈に向ける。

 向けられた刀奈と言えば、その瞬間に『月夜見』を展開し、戦闘態勢に入っていた。

 

「待て柳!無理に戦う必要は…」

 

「嫌ですよー、理事長先生。相手が戦闘を望んでいる。なら僕に断る理由はありません。それに、あの人、どっかで見たことあるんですよねー。もう一人の方はよろしくお願いします、よっ」

 

 二人が駆け出し、刃がぶつかり合う。たったそれだけ、たった一合に、破軍学園の生徒たちは驚きを隠せなかった。

 なぜなら、普通に駆けだした刀奈を見たのが初めてだったからだ。校門に来る途中でも見たが、戦闘中に動く刀奈を見たのは、全員初めてだった。

 

「なんでいつもみたいに戦わないのかしら」

 

「…今、宵抗という男によって、学園は結界に囲まれている。その結界の効果は恐らく、魔術を使えなくすることだ」

 

「そんなバカな!『妃竜の罪剣』!」

 

 黄金の大剣の名を呼び、いつも通り展開できることに首を傾げるが、すぐに異常を理解した。

 

「焔が出ない…」

 

「僭越ながら説明させていただきますと、私の結界は魔力だけを使用する魔術の使用を否定します。固有霊装は魂を魔力によって昇華したもの。さすがに魂までは否定できません」

 

「ありがたい説明だけれど、本当に信じていいのかしら?」

 

「それは皆さまの自由ですとも。ですが、今はそれよりも心配しなければならないことがあるのでは?」

 

 そう言って視線で示した先には、実像形態で斬り合う刀奈と無棺の姿。

 上段から振り下ろされた黒の直剣を半身になるだけで避ける。刀奈の鼻先を通り過ぎる刃は、その鋭い一閃とは裏腹に、落雷のような音を立てて地面に半径二メートルほどのクレーターを作った。眼前を通った瞬間にその危険を感じ取った刀奈は、辛うじてバックステップで回避したものの、軽くバランスを崩す。

 たった一撃でわかるほどの強者たる無棺がその瞬間を見逃すはずもなく、超威力の攻撃を放った後とは思えないほどの速度で追撃する。大ぶりの横なぎを、屈みつつ『月夜見』の腹で受け流し、次いで放たれた下段の薙ぎ払いをバク宙で回避。

 

「…速いですねー。ですが、それが貴方のフェアだと言うのなら、文句は言いません。こちらも全身全霊を以て、貴方を斬殺しましょう」

 

 着地と同時に地面を蹴り、およそ身体能力だけとは思えない速度で上段、中断、下段、突き、薙ぎ払い、袈裟斬りと仕掛けていく。その全てを見切り、黒い直剣をぶつけ、相殺する無棺。

 

「…あいつ、速すぎない?」

 

「当然ですとも。彼は身体強化を問題なく行使できます。我々は生ぬるい『革命軍』とは違います。有利になるなら何でもする。あなた達伐刀者を殺す為には手段を選びません。まぁ、無棺のように、個人への復讐をしたいのであれば、その意思を尊重いたしますが」

 

「貴様がこの場で捕まる可能性を考えていないのか?」

 

「それはあり得ません。魔術が使えるのならともかく、現在のあなた方は取るに足らない羽虫のようなものだ。魔術無しでも実力のある者もいますから、殺すのは無棺が来てからになりますけど」

 

「残念だがそれは無理だな。何故なら」

 

 黒乃が言い切る直前。ギィンという、金属同士が擦れる音が鳴る。音源の方を見てみれば、攻守が逆転した刀奈と無棺が駆け回りながら斬撃の応酬をしていた。が、よくよく見てみれば、無棺が魔力によって身体強化し、相応の地力を持っているにも拘らず、刀奈には傷一つつけられていない。どころか、攻めているはずの無棺の肌が、少しずつ、だが確実に裂けていく。

 

「うおおぁああっ!」

 

 攻撃が当たらないことにストレスを溜めたのか、大ぶりの一撃を放つために、直剣を上段に構えた。その隙を刀奈が見逃すはずもなく、空いた腹部を横一文字に斬りつける。

 

「む。魔力を纏っているだけあって、硬いですねー」

 

「ぐっ、はぁ、はぁ…」

 

「そういえば、貴方が僕に復讐しようとする理由を聞いていませんでしたねー。差し支えなければ、お聞かせ願いますか?」

 

 殺し合いをしている最中とは思えないほど気楽に尋ねる。

 刀奈にとって、敵対する者であれば殺すことに理由などいらない。相手が敵である、ただそれだけが相手を殺す理由。だからこそ、この質問には意味があった。

 

「…貴様は、俺を知っているか?」

 

「知りません、と言いたいところですが、どうにも見覚えがあるんですよー」

 

 顔そのものに見覚えがあるわけじゃない。刀奈の記憶が反応したのは、固有霊装の黒い直剣。

 

「その黒い直剣。前にも見たことがある気がするんですよねー」

 

「そうだろうな。俺は、3年前に貴様の学校を占拠したテロリストのリーダーだ」

 

「……」

 

 ここにきて、否、入学して以来初めて、刀奈の表情が険しくなった。眠そうだった眼は細く、鋭い眼光を放っている。

 

「それだけならば俺がお前に復讐する理由などない。だが、お前が殺した伐刀者、氷川篭刺は俺の弟だった。だが、貴様があの時、あの町にいた人間の記憶を切り落としたがために、俺は奴が死んでいることにすら気づかなかった」

 

「…ではなぜ、今そのことを覚えているんです?お…僕はあの時、確かに全員の記憶を『斬り落とした』筈ですが」

 

「貴様が斬り落としたのは生者の記憶だけだ。既に死んでいる者の記憶は残っていた」

 

「…!お前、食ったな…?」

 

 目を見開き、『月夜見』を握りなおす。

 宵抗を警戒しながらもことの成り行きを見守っていた一輝達は、その話に首をかしげていた。それもそのはず、あの事件を覚えているのは二人だけで、他の人間は凄惨な事件があったことすら知らない。それでも、察しの良い人間は何があったのかを凡そ理解した。

 

 無棺が弟の、人肉を食したのだと。

 

「ああ。おかげで、弟の記憶も引き継いだ。貴様に殺された瞬間の恐怖もな!」

 

 強化した身体能力で、地面が捲れ上がるほどの踏み込みで刀奈に迫る。最初の一撃よりも強烈な上段からの振り下ろし。身体強化のような基礎の魔術すら使用できない刀奈では、食らえばひとたまりもないだろう。

 しかし刀奈は避ける素振りすら見せず、瞬間、地面が爆砕した。

 

「破軍学園の期待のルーキーである『天元』柳刀奈君。安心してください。すぐに他の生徒と教師もそちらへ送りますとも」

 

 被っていた帽子を胸元に当てお辞儀をする宵抗。破軍側の人間は、眼を逸らし、見開き、強大な敵として立ち塞がるはずだった刀奈の死を、認めようとはしなかった。しなかったが、土煙が晴れた後の現場を見ることはできない。

 この声が聞こえなかったのなら。

 

「…無棺さん」

 

「なっ!?」

 

「あなたの弟さんは、僕が最初に殺した三人の内の一人です。彼らは、僕に二つの道を指し示しました。一つは人を殺した罪悪感に押しつぶされながら、平々凡々とする日常。もう一つは…」

 

 『月夜見』を振り、土煙を切り裂く。

 

「戦闘を、斬殺を、僕の日常とすることです。あなたの弟と僕は戦い、貴方の弟を殺すことで僕が勝った。であるならば、僕の日常とする戦闘での勝敗は死ぬか、殺すかのみで決定する。僕は、貴方の弟だけを殺したのではありません。僕の日常に踏み込んだ貴方の弟『も』、殺したんです」

 

 それは、ひどく歪な在り方だ。

 柳刀奈という普通の少年は、3年前のあの日。自身を守るという目的の為だけに剣を取った。ただそれだけの切っ掛けが、彼をここまで歪に変化させた。

 つまるところ彼は、人を殺したという罪悪感に耐え兼ね、人殺しを日常にしてしまうという強硬策をとったのだ。

 中学生になったばかりの少年にとっては、重く苦しい業を、刀奈はその身に取り込んでしまった。

 争いの中に日常があり、人を殺すことが日常である。

 その日常において、刀奈自身が弱いということは、相手に対する非礼であり、自分が早々に死ぬことは今まで殺した人間たちに対する無礼である。だから彼は、中学に当たる三年間、死ぬ思いで努力した。実際、何度か死んだ。死ぬたびに蘇り、蘇っては死んだ。

 それほどの努力を積んで、刀奈は戦闘と人殺しの日常に身を置いている。そのために、戦闘を心置きなく行える、学生騎士が集う破軍学園に来たのだ。

 そして、その修羅道に一歩でも踏み込んだのなら、それは死を意味する。それがどれほどの強者であろうと、刀奈は誰かに殺されるまで止まらない。自身の命が他者の手によって尽きるその時まで、彼は人を殺し続ける。敬意を以て、彼の日常に足を踏み入れたもの斬殺する。

 

「彼は戦士でした。そして、貴方も僕の日常に足を踏み入れた剣士です。今まで戦ってきた者達と同じであり、違う者。そんな貴方に敬意を払い、全力ではなく、文字通り死力を以て貴方を殺しましょう」

 

「…いいだろう。この一撃で、我が復讐を完遂させよう」

 

 轟、と無棺の体から魔力が漏れ出す。対して刀奈は静かに吐息を吐く。

 未だ宵抗の結界の効力は働いており、刀奈も霊装以外の魔力を使用できない。しかし、宵抗は言った。魂までは否定できないと。ならば、魔力ではなく、魂をさらに昇華させればいい。

 刀を前に突き出し、左手を刀身に添える。

 

「目覚めろ。『無天・月夜見』」

 

 鈍い鋼色だった刀身が、鍔元から白銀に変わっていく。 ただの刀だったものが、その輝きとは裏腹に禍々しい威圧感を持つ。

 

「…なに、あれ」

 

 並みの魔導騎士の30倍もの魔力量をもつステラが一歩後退し、新旧世界第三位の黒乃と寧々でさえ、冷や汗を垂らす。

 それほどまでに、刀奈の持つ刀はこの場を一瞬で支配した。結界を張っている宵抗すら、この場の優位性が刀奈にあるのだと理解する。

 

「我が一撃は全てを粉砕する!気付いたか知らないが、我が霊装『轟麟丸』の能力は『砕く』、ただそれのみ。貴様の『斬』と、我が『砕』。最強の一撃で決着をつけよう!」

 

 ただ一人、無棺だけが、刀奈に気圧されていなかった。興奮しているからか、自分に絶対の自信を持っているからか。どんな理由であれ、刀奈にとっては嬉しいことだった。

 自分と対等に立つ者が目の前にいる。殺し合いができる。ただそれだけで胸が躍り、力がこもる。

 

「破城・轟天衝!」

 

 黒い直剣は魔力によってその大きさを変え、名前の通り城をも破壊できるほどの大きさへとなる。その刀身は淡く輝き、触れたもの全てを粉微塵に砕く。もはやそれは分解すると言ってもいい。

 それほどの厄災を前にしても、刀奈の表情は一切変わらなかった。

 

「この一太刀に一切の貴賤無し。天を衝き、空を裂き、月を斬り、人を殺す。故に至るは屍山血河の地獄也」

 

 詠唱にも似た呟き。それは、刀奈の覚悟と人生そのものを表す一節。

 

「いざ逝かん。『月下無双・斬殺一閃』」

 

 無棺が剣を振り下ろし、視界がぶれるほどの速度で刀奈が飛び出す。

 決着は一瞬だった。

 無棺の剣が破軍学園にある林のような無人地帯を粉塵に変え、刀奈は『無天・月夜見』を振り切った姿勢で残身を取っている。

 風に煽られ、周囲の粉塵が晴れていく。被害だけを見れば、破軍学園の土地の三分の一程が塵に変えられてしまった。それだけの一撃を放つ無棺は、もはや人災だ。

 だが、それすらも斬り拓くのが、柳刀奈という男。

 ブシュッ、と音が鳴ったと思えば、無棺が袈裟懸けに斬られた切り傷から、多量の血を噴き出しながら仰向けに倒れていく。

 

「…みご、と…!鮮やかなり…月天の華…がはっ…。その剣、天をも、斬らん…」

 

 その一撃は、ただひたすらに美しかった。魔力が使えないからこそ、刀奈の本気の一撃を見れた一輝達は、一人の例外も無く、そう思った。敵である宵抗も含めて、だ。

 白銀に輝く刀。眼に映ることすら許されない速度の斬撃は、白銀の尾を空に残す。その残光は、まさしく月のようだった。

 

「貴様が、血に濡れた修羅道に、墜ちたのであれば…俺は、弟とともに地獄で待とう…。我らの恨み、受け取るがいい…」

 

「確かに受け取りました、貴方の魂。いずれ私も、あなた達の元に至りましょう」

 

 その言葉を聞いて、満足気に目を閉じる無棺。今ここに、復讐を達せずに、されどそれ以上に満足した復讐鬼がこの世を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、貴方はどうするんです?宵抗さん」

 

 白銀の刀身を鋼色の刀に戻した刀奈が切っ先を向ける。頬に一筋の汗を垂らしながら。

 魂の昇華。言ってしまえばそれは、自分の未来を削ることだ。未来を生きていく自分の命を、今の為だけに使う。それは緩やかな自殺と同義だ。まさしく死力を尽くす、ということを実戦してしまっている。その苦しみは推して知るべしだろう。

 

「そうですねぇ。このままでは、一人二人を殺すのが精一杯ですし、今日は引きますかねぇ」

 

「させると思うか?」

 

「思う思わない、ではなく、あなた方にはできませんよ」

 

 そういって、破軍学園の最強戦力ともいえる人間たちに囲まれながら、宵抗は指を鳴らした。

 

「ぐっ!?皆、大丈夫!?」

 

「え、ええ。だけど、これは…」

 

「魔力が…!」

 

 誰もかれもが膝をつき、刀奈も剣を地面に突き立てて寄りかからないと立っていられない。その中で、唯一立っている宵抗は、まるで臣下に頭を垂れさせる王のようであった。

 

「魔術を制限できるのであれば、魔力を枯渇させることもできる。まぁ、荒業ですのでそう簡単にできるものでもないのですが」

 

「ま、待て…!」

 

「では、またいずれお会いしましょう。その時は、皆殺しにして差し上げましょう」

 

 優雅にお辞儀をして、足元から徐々に消えていく。宵抗自身か、クリエイターという組織の人間かは分からないが、空間移動系の能力者がいるのだろう。

 不敵に笑う宵抗に、抗う術を持たない破軍学園側のメンツは歯を食いしばり、消えていく様を見るしかない。

 だが、そんな中でもただ一人、刀奈だけは違った。

 

「その時は、僕のところに一番に来てくださいねー。殺し合いとは、一方的な虐殺になってはいけない。真に人を殺すということを教えてあげますからー」

 

 刀を杖にし、冷や汗を流す姿を見れば、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかっただろう。

 しかし宵抗は見た。

 その瞳映る、確固たる意志を。真の人斬りという存在を。

 

 

 

 宵抗が消え、魔力が失われた倦怠感はあるものの、通常通り動ける面々は起き上がった。多少のふらつきはあるものの、普通に動くくらいは問題ない。

 だがしかし、あの場を宵抗同様、支配していた刀奈だけが動かない。刀に寄りかかったまま、ピクリとも動かない刀奈に、一輝が話しかける。

 

「だ、大丈夫かい?」

 

「あ、ああ、疲れただけですー。大丈夫ですよー……ぐぅ」

 

「うわっ、柳君!?」

 

 振り向き、一輝の言葉に返答した直後に倒れる刀奈を受け止める。

 彼は、眠っていた。すぅすぅと寝息を立て、一向に起きる気配が無い。

 最終的に、寧々が重力を操作し、軽くなった刀奈を黒乃が担いで、奇跡的に無事だった寮へと帰ることとなった。

 

 僅か一時間。

 『クリエイター』と呼ばれるテロリストが侵入し、学園の一部を粉微塵にした。そして、唯一それと戦闘し、魔術を使わずに、魔術を使う人間を圧倒的な力を以て迎撃した、『天元』柳刀奈。

 一輝やステラだけでなく、学園の序列一位である東堂刀華にすら畏怖を覚えさせたこの一時間は、彼らに容赦なく、とある事実を突きつけた。

 それは、柳刀奈という人斬りには、勝てないという、圧倒的な実力の差。

 ただでさえ未知数の強さを持っていた刀奈であったが、ここにきて『無天・月夜見』という新たな強さを見せつけた。誰もかれもが見惚れる、鮮やかな一閃。

 

 されど彼らは勝たなければならない。己の武を信じ、自らの夢を叶えるために。

 そう、刀奈には勝てない。

 だがそれは、『今』の話だ。明日強くなり、明後日にはさらに強くなる。彼らは夢を叶えるために、何かを犠牲にし、誰かと助け合いながら強くなる。いずれ刀奈を超えるため。

 

 これは一人の人斬りの物語。

 

 彼の血に濡れた日常の物語。

 

 救いは無く、ハッピーエンドもない。

 

 だからこそ彼は逝く。

 

 己の信条と覚悟を刃に乗せて、今日も彼は人を斬る。




続きません。


リメイク書いてる途中の息抜き作品です。すみません。
原作一巻しか読んでません。アニメ知識だけで書きました。時系列的には、一輝が合宿所?に行く前くらいです。続きを書いてくれる方いたら、嬉しく思います。

はい、さっさとISのリメイク版書いてあげられるように頑張ります。


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