百鬼夜行 葱 (shake)
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第一話 「天然転生者」

 エドガー・ヴァレンタインが埼玉県麻帆良市に移り住んでからそろそろ四年になる。越して来た当初は”故郷”と全く異なるこの町並みに違和感を覚えていたものだが、何時の間にやら慣れていた。住めば都と云う程気に入ってはいないが、色々と便利ではある。

 煉瓦が敷き詰められた異国情緒溢れる道をブラブラと歩き、目印としていた店の横に在る狭い路地に入る。暫く進むとコンクリート製の塀が見える――が、これはダミーだ。壁に手を当て二秒待つと、指先にあった硬い感触は消え去り透過出来る様になる。指紋認証システムの付いた結界なのだ。

 壁を隔てた先に在ったのは、和風洋風建築の入り混じった住宅街である。中世欧州風の学園都市。その位相をずらした異界には、江戸後期から現在までをごった煮にした様な町並みが広がっていた。そこを歩くのは人ではない。世界各地に偏在する妖怪、幻獣、妖精その他である。

 足長手長が客引きをする旅籠。博打場に入るドワーフ。エルフの女給が働く喫茶店。コンビニから出て来る猫又。牛鬼や一角獣が荷車を牽く横で吸血鬼がハンバーガーを齧る。車は走っていないのに、道はアスファルトで舗装されている。

 そして空には”ピレネーの城”の様な謎のオブジェが浮いている。一部和風であったり凶悪極まりない砲台が備えられていたりとこちらも無節操だ。

 これが麻帆良学園都市の裏の貌――と言うよりは、実は妖怪の総本山としての麻帆良を隠す為に学園都市が設立されていると云うのが正解である。主に在るのは此方側であり、『日本における西洋魔法使いの拠点』と云う『表の裏』の貌も、これらを誤魔化すカムフラージュに過ぎない。

 そんな場所を歩くエドガーは一体何の妖怪変化かと言うと、妖怪ではなく新米仙人である。ついでに言えば所謂天然転生者でもある。しかも今回で四度目の。

 

 初め、と言うか主人格が形成されたのは、ファンタジーやメルヘンが御伽話として片付けられる二十世紀末から二十一世紀初頭の日本。一般的なサラリーマンとして過ごし、車に撥ねられ三十年の生涯を閉じた。

 そして、対霊騒動駆除等除霊作業に国家資格が存在する世界――と言うか、漫画”GS(Ghost Sweeper)美神 極楽大作戦!!”に酷似した世界に転生した。当初こそ驚いたものの、そう云った展開の二次創作小説はよく読んでいたので混乱は少なく、お約束通りにGSとして生活していた。但し霊力の物質化に特化した霊能力であった為近接戦闘しか行えず(霊力で銃を創った事もあるが、射程が2m程度だった。霊波砲は全く使えなかった)、アシュタロス事件時にB級GSとして果てた。享年三十二歳であった。

 次に転生したのは”ゼロの使い魔”の並行世界だったと思われる。物語の千年程前の時間軸であったので確証は無い。トライアングルクラスにまで上り詰めたものの、御家騒動にて毒殺された。享年二十五歳。

 更に生まれ変わった赤子の時点で、恐らく寿命で死んでも生まれ変わるだろうと云う予覚が芽生えた。度重なる転生によって霊格が上がった所為だと考えられる。肉体依存の系統魔法は使えなくなったが、”ゼロ魔”世界で『言霊や特殊な文字に拠る力の制御方法』を体得していた為、霊力である程度は似た様な事を再現出来る様にもなった。これで生まれ変わっても人生イージーモードだろう……などと楽観していたのが拙かったのか。住んでいた町が突然滅ぼされると云う悲劇が起こり、流されるまま復讐者達の組織に編入された。組織の名は”ブルーメン”。今度は”ARMS”の世界だった。死亡フラグ満載である。実働部隊ではなく科学班に入り、カリヨンタワー崩壊まで生き延びたのだが、バンダースナッチに凍らされて死んだ。享年三十八歳。

 そして今生は魔法使いである。魔法使いの隠れ里で育ちアリアドネーの錬金術学校を卒業。錬金術に関する論文を基に二冊の本を上梓した事で一人前と看做された。前世で読んでいた漫画の続きが気になり来日した処でスカウトされて道士となり、つい先日功績が認められて仙人になった、表向きの職業が少女漫画家と云う変わり種だ。現在十四歳、中学二年生である。

 この世界が何と云う漫画の世界なのか、それとも原作の無い世界なのかは知らないが、今回くらいはせめて四十歳を越えたいと望んでいる……が、まぁ死んだ処で如何と云う事も無いとも思っている。元より思考が人外寄りなのだ。更に言えば霊格はベテランの神仙に近いので、この場においても偶に拝まれたりする。

 エドガー・ヴァレンタインはそうした男である。

 

 そんな彼はこの無国籍且つ無節操な街を五分程歩いて目的の場所に辿り着いた。二体の鎧武者に警備された和風の門。その警備員に通行証を見せて入った先に在る広大な屋敷。中に棲むのは仙人である。

 板張りの廊下を音を立てずに歩き、部屋の外から声を掛ける。

「入るが良い」

「はっ」

 襖を開けると、中は悠に百畳は下らない大広間。空間拡張妖術が用いられているこの屋敷の主は日本妖怪の総大将にして仙界でも五指に入る実力者、妖怪仙人 鼎遊教主(ていゆうきょうしゅ)、ぬらりひょん、近衛 近右衛門(このえ このえもん)である。妖術、仙術、魔法の三種を操る事から鼎遊の号が授けられたと言われている。

「面を上げよ」

「はっ」

 後頭部が異様に突き出た異形が、エドガーの瞳に映る。妖怪としてではなく、人間として過ごす場合もこの姿形を変えないのは何かのポリシーなのだろうか。一応、『教え子を暴漢から護る際に後頭部を負傷し、脳の腫れが治まるまでと頭蓋骨を拡張したのだが、腫れが引く迄に時間が掛かり過ぎた上頭蓋骨も大きくなったのでそのままにしてある』と云うカバーストーリーは存在しているが、学園での認知度は低いと言わざるを得ない。

渡世真君(とせいしんくん)よ。お主には弟子を採ってもらう」

「…………お言葉ですが教主様。私が仙人となってから未だふた月と経っておりませんが」

 一瞬『とうとうボケたかこの爺さん』と思いはしたが、何とか罵詈雑言を飲み込み常識的な意見を述べる。

 尚渡世真君とはエドガーの号であり、これは『世界を渡る』と云う彼の体質(?)からそのままである。

「通常数十年は掛かる道士の修行を、ダイオラマ魔法球を用いたとはいえ三年半で終えたお主が今更常識を述べて如何する?……何、理由は単純じゃ。その弟子候補が魔法使い見習いの人間で、来日の目的が修行課題を熟す為だからじゃよ」

「成程。この時期にその話をすると云う事は、件の弟子候補は今度麻帆良に来るだとか云う『英雄の息子』の片割れですね?」

 魔法世界における大戦の英雄、ナギ・スプリングフィールド。”千の呪文の男(サウザンド・マスター)”と称された彼の息子達、双子の兄弟グージーとネギ(宮司と禰宜に由来するものと思われる)。

 兄グージーは父親譲りの膨大な魔力と破天荒な性格で、弟ネギはそれなりの魔力を持つものの魔法を使えない体質なのだとか。にも関わらず兄弟共にメルディアナ『魔法』学校に通わされ、錬金術を学びたいと云う弟の望みは退けられ続けていた。『優秀な兄と不出来な弟、兄の努力により弟が優秀な魔法使いに』と云うストーリーを作りたいが為の稚拙な謀略の為である。魔法世界に存在する錬金術学校が、アリアドネーにしか無いと云うのも理由の一つであろう。兄弟を神輿にしたいMM(メガロメセンブリア)の手が届き難い国だからだ。

「その通りじゃ。錬金術、仙術、魔術、科学、近接格闘術の師としてネギ・スプリングフィールドを教導してもらいたい」

「仕事多過ぎませんかね!?」

 仙術を教えるだけでも通常数十年は掛かると、先程自分で言ったばかりであろうに。

「お主、自分が既にほぼ不老の身だと忘れておるな?別に何十年掛かろうが構わんから、彼にお主の全てを教えてやれば良かろう。大体、今言った技術の全ては密接に関わっていると言っていたのはお主自身じゃろうに」

「そう言えばそうでしたね……」

 ボケていたのは自分の方だったかとエドガーは反省する。

「まぁ聞いている様に、彼は二月から麻帆良学園本校女子中等部に教育実習生として入る。内弟子としてお主の家で預かってくれ。一月三十日午後に顔合わせを行う予定じゃが、寒波の影響で遅れる可能性も有るから、スケジュールを調整しておく様にな」

「了解しました」

「話は以上じゃ。弟子の育成に関して疑問や相談事が有れば応じるから、気楽に言ってきてくれ」

「はっ。お心遣い感謝します」

 頭を下げ、退出する。

 妖の街を抜けて人の住む場所へと戻り、エドガーはこれから先の事を考えた。

 思えばこれまでの人生で、他人にモノを教えると云う事が殆ど無かった。弟子を採るのは初めてである。PCを立ち上げ参考になりそうな資料を通販サイトで注文しつつ、弟子の育成プログラムをどうすれば良いのかと悩む。

 結局の処弟子の適性も分からぬ今からあれこれ考えても仕方が無いと気付いたのは、夜も白み始めた頃であった。

 

 

*****

 

 

 欧州を襲った寒波の影響で飛行機が飛ばず、スプリングフィールド兄弟が日本に到着したのは二月三日の早朝であった。

 当初は彼等と面識が有るだとか云う高畑なる教師が迎えに行く予定だったのだが、何故か兄が頑なに自分達だけで大丈夫だと言い張り(そう云うお年頃なのか?)麻帆良学園女子中等部に在る学園長室で彼等を待つ事となっている。

 現在一緒に居るのは学園長とエドガー、魔法関係者の渡良瀬 瀬流彦(わたらせ せるひこ)教諭と妖怪(絡新婦)で道士の(みなもと) しずな教諭である。渡良瀬教諭は魔法について知っているが妖怪や仙人については感知しておらず、源教諭は魔法使いについての知識は有るが表向き魔法関係者ではない。よって話題はこれから来る教育実習生の事に限られた。

 約束の時間を五分程過ぎ、矢張り迎えが必要だったのでは?と話している最中、突如扉が勢い良く開け放たれ

「どぉいうコトですか学園長ぉぉッ!?」

 と女子生徒らしき怒号が響いた。

 関東どころか日本最強クラスの魔法使いである関東魔法協会理事にこんな言葉遣いをする魔法関係者は居ない。日本どころか東南アジアの妖怪を率いる大妖に、その膝元で喧嘩を売る妖も存在しない。世界最高峰の仙人に無礼な態度を取る神仙も。なので彼女は魔・妖・仙とは無関係の一般人女子だろう。エドガーはそう判断した。

 実際飛び込んで来た人に目を向けると、妖怪愚鈍に美味しく食べられそうな髪型をした女子生徒だった。ジャージ姿なのは一時限目が体育だからか。

「……何の事じゃアスナちゃん?」

 学園長が長い顎髭を撫でながらそう尋ねる。どうやら知り合いらしい。困惑の表情が見られるので彼女の怒号の正体は分かっていない様だが。

「とぼけないで下さいよ!アレのコトですよアレ!」

 そう言って彼女が指差した先――入り口には生意気そうな赤毛の餓鬼が居た。世の中を完全に舐め切っているかの様な面構えだ。何処かで見た様な気がするなと思っていると、次に現れた少年と学園長の孫を見て気付いた。アレは、グージー・スプリングフィールドだ。目が合ったら豪く驚かれた後親の敵の様に睨まれた。「解せぬ」とエドガーは独りごちる。

 兎も角彼女の話を要約すると、「こんな子供が教師とか有り得ぬだろ常識で考えて」との事であった。

「……教師?誰がじゃ?」

「え?……『この学校で英語教師をやる事になったグージー・スプリングフィールドだ』って、コイツが」

 餓鬼を指差しアスナとやらが困惑した声を上げる。グージーも、何か妙な顔をしていた。

「高畑君?君、どう云う説明をしたんじゃ?」

 学園長は呆れた声で最後に入って来た男に尋ねた。

 魔法世界では『紅き翼《アラルブラ》』の一員として有名らしいが、エドガーは研究三昧の生活であったのでよく知らない。仙人的には咸卦法を究極技法などと言われても『それで本気だなんてご冗談でしょう?』と云う感じであるし。

「え?彼等は麻帆良《ここ》で教師としてしゅ……勉強をすると…………あれ?」

 学園長が『馬鹿かお前』と云う視線を向けると高畑教諭は動揺した様だ。と言うか、今修行と言い掛けたなこの男。魔法使いの秘匿義務はどうした。それを含めての『馬鹿』と云う評価だろうが。

「『教師として勉強をする』ではないわ。『教師となる為の勉強をする』じゃ。こんな子供が教師になんて成れる訳なかろうが。教員免許は取れても就職出来る道理が無いじゃろ?労働基準法とかこどもの権利条約って知っとるか?」

「ええっ?!しかし彼等はオックスフォード大学を優秀な成績で卒業して麻帆良に来たと……」

「何を言うておるか。オックスフォードに通っておったのは弟のネギ君だけじゃと説明したじゃろ?しかもまだ教育実習が終わっとらんから卒業は無理じゃ。お主、人の話を聞いておったのか?今回ネギ君が来たのはその教育実習を終わらせる為で、グージー君は小学生をやる為じゃ」

 机を指先で叩きながら苛立だし気に吐き捨てる学園長。高畑教諭は青褪めている。

「アスナちゃんが子供の冗談を真に受けただけかと思っておったが、どうやらお主にも問題が有るようじゃな高畑君。今回は口頭注意に留めておくが…………って何でグージー君まで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしておる?」

「え?いや、あれ?ネギと俺は同じ課題をメルディアナまほ――」

「君達は確かに同じメルディアナ『修道院』の基準で小学校卒業程度の学力が有るとは認められておるが、如何せん英国学術機関の認定は別じゃ。牧師さんが幾ら『この子は頭が良いデス』とか言った処で証拠能力は無いんじゃよ。じゃからこそ、院長の知己でありオックスフォードの卒業生である儂が、君達を招いてネギ君に資格を取らせようとしている訳じゃ。英国では教育実習を軒並み断られたからのう」

 恐らくは『メルディアナ魔法学校の卒業時に課せられた』と言おうとしたのだろうが、学園長が遮った。こんな子供に、況してや今迄秘匿義務の無い世界に居た小学生に秘匿意識は低かろう。

「で、でもネギだって実際にはオックスフォードなんて通ってないじゃないか!」

 震えながら、グージーが反論する。別に涙目ではなさそうだが。

「?ネギ君は修道院に居ながらもオックスフォードの通信教育課程を受講しておるよ」

「嘘ぉっ!?」

 その言葉に弾かれた様に、弟を見る兄。知らなかったのか。と言うか、向こうで誰からもその事実や”設定”を告げられていなかったのか?

「……ネギ君はお兄さんに伝えていなかったのかね?」

「言いましたけど、兄は基本人の言う事を聞きませんからね」

 瓶底眼鏡を右中指で上げつつ、溜息を吐きながら弟子候補が言う。大分苦労したのだろう、眉間にその跡が見て取れる。資料では九歳であるが、苦労人レベルは中間管理職級だ。

「『兄さんは日本で教育実習を受ける必要は無い』って言っても、『何を言ってるんだ。教育実習も無しに教師に成れる訳無いだろ』、なんてズレた事を言い出すし……院長もちゃんと説明してくれていれば良かったんですけど」

 院長ェ……。確かに小学生の思い込みを正すのは難しいかも知れないけれど、説明もせずに他国に放り出すとはどう云う了見だ?

 エドガーは半眼で、呆然としたグージーを見た。

「あの阿呆……説明はしたと言っておったが」

「説明して相手が神妙な顔で頷いていれば、復唱させる様な事はしないでしょう?兄は大抵そんな感じなんです」

 日頃の鬱憤が有ったのか。ネギは感情を感じさせない声で言う。それが怖かったのか、グージーは特に何も言い返さなかった。

「ふむ……まぁそう云う事であれば仕方無い。今ここで説明しておこう。グージー君。君が教師に成るには、小学校、中学校、高校、教育学部の在る大学を卒業して資格を取る必要が有る。ネギ君は飛び級で入学した大学の、特例的な教育実習を経る事で大学卒業資格と教員免許状を得る事は出来るが、年齢制限の為に就職は出来ない。じゃから、就職出来る年齢になるまでは小学校に通いながら教育大学大学院の夜間部に在籍する、と云った形になるじゃろう――まぁネギ君は『教師に成りたい』と云う目的を明瞭に持っている様じゃが、君には無かろう。双子だからと云って、同じ職業に就く必要は無いからの…………まぁそう云う訳じゃアスナちゃん。ネギ君は明後日から教育実習生として二週間程君のクラスで過ごすが、就労条件を満たさない限り教師になる事は無い。グージー君はそもそもただの小学生じゃ。一回くらいはネギ君の授業を受けるかも知れんが、それはそれで貴重な体験だと思って欲しい。それで良いかな?」

「え、ええ。問題無いです。よく確かめずに怒鳴り込んでしまってすいませんでした」

 先の遣り取りに目を白黒させていたアスナ嬢だったが、学園長に声を掛けられ頭を下げた。

「うむ。ではそろそろ一時間目の授業も始まる。しっかりと勉強して『他人の話を聞く』大人になるんじゃぞ?」

 高畑教諭をジロリと睨み、学園長が少女に言い聞かせる。睨まれた男は冷や汗をかいているが同情は出来ない。

 源教諭と高畑教諭、先程の少女達が部屋から出て、漸く兄弟にエドガーと渡良瀬が紹介される。この場には魔法関係者しか居ないが、だからと言って認識阻害結界を張り忘れる様なミスはしない。

「ではネギ君、グージー君。彼等が君達二人の面倒を見てくれる魔法関係者じゃ。こっちの彼の名はエドガー・ヴァレンタイン。錬金術師で表では中学生漫画家をやっておる。彼がネギ君の担当じゃ」

 ついでに言えば、英語での会話である。仙人ともなれば即興で新言語を創り上げての会話も可能であるが、三人――内一人は仙人候補とはいえ、その存在を知らぬ為、実質的には”一般人”である――は只の人なので無理だ。

「エドガー・ヴァレンタインです。よろしくね、ネギ君」

「ネギ・スプリングフィールドです…………ええと、ヴァレンタインさんって、もしかして『錬金術から科学へ』の著者ですか?」

 それは魔法世界ではなく現実世界で上梓した本だ。五万部を売り上げたが、日本語訳はされていない。

「あ、ああ」

「『錬金術入門』の?」

「そうだけど……よく知っているね」

 こちらは魔法世界で売り出した本だが、五千部刷って二千部は売れ残っているらしい。錬金術は、魔法世界では人気の無いジャンルなのだ。エドガーの母校も来年で廃校になるらしいし。

「『恭子さんはスケバンです』の?」

「何で漫画まで!?」

 先日二巻が出たばかりだが。英訳はされていない筈である。

「オックスフォードで出来た日本人の友人に借りました!全部とっても面白かったです!今度サイン下さい!」

 目をキラキラさせて見詰めてくる子供にたじろぐエドガー。こう云う事態には慣れていない。

「ふぉふぉふぉ。本の作者と読者が師匠と弟子になるか。縁は異なものよの……で、グージー君は何で彼を睨み付けておるんじゃ?」

「ッ、睨んでねぇよ」

 また睨まれていたらしい。エドガーには心当たりが無いので困惑する。双子なので、尋常ならざるブラコンとか云うオチだろうか。

「ふむ……まぁええわい。それでこっちの彼が、名を渡良瀬瀬流彦と云う。魔力の制御と結界魔法の妙手じゃ。グージー君の担当になる」

「渡良瀬瀬流彦です。よろしく、グージー君」

「……アンタも本とか書いてんの?」

 挨拶も返さずそんな事をほざくグージーに、学園長の鉄拳が飛んだ。

「~~~~ッ!?」

「君は、先ず礼儀作法から学ぶべきじゃな……ムラクモ・ルラクモ・ヤクモタツ、制約の黒い三十一の糸よ。この者に三十一日の束縛を」

 魔法使用を禁止し行動もある程度制限する魔法である。呪文と共に、学園長の背後から現れた三十一本の糸がグージーの体に絡み付いた。

「なっ、てめ、ぐふっ」

 暴れようとしても暴れられない。格上やあまり力量差の無い相手に掛けた場合は返されて大変な事になるが、格下に掛けた場合の効果は覿面である。今回は、目上の者への反抗的な態度や言葉遣いにはペナルティが課される仕様が追加された魔法だった。格ゲーで云う処の弱パンチ一発分の衝撃が彼に与えられる様だ。

「では渡良瀬君。彼の教育を頼む」

 身悶えるグージーの襟首を掴んで、学園長が渡良瀬に言う。彼は冷や汗を垂らしながら、

「ええと……魔法を禁止されたら教える事が無い様な」

 と返した。

「何を言うておる。礼儀作法と日本の常識、教える事は山程有るわ。教育者を名乗るなら、子供の躾くらいはやってみせい!」

「し、しかしですね学園長。相手は英雄の息子ですよ?」

「英雄だろうが大統領だろうが旦那の息子だろうが、悪い事をしたらはっきりと叱る。それが出来んと言うならば――」

 学園長から滲み出る怒気が膨れ上がった。

「わ、分かりました!こここ心を鬼にして遣らせて頂きます!」

「うむ。儂とて先の有るノンケの若者を薔薇高に送りたくはないからのぉ」

「!!!?ししし死ぬ気で頑張ります!!」

 『薔薇高、は通称である。敢えて正式名称は伏せるが、その通り名が示す通りにそれ系の人が集まる麻帆良の深く昏い闇だ』

 ――などと云う噂は有るが、実在はしない。信じているのは一部の粗忽者だけ……だが、まぁあの怒気の後では普通の人間も信じるかも知れない。

「では失礼します!」

 グージーを小脇に抱えて渡良瀬は退室した。

「ふむ。静かになったの……お兄さんは何時もああ云う感じかの?」

「ええ。大体何時もあんな感じです」

「『幼少期に与えられる環境に拠る人格形成の重要性』。中々興味深い論文じゃったよ。些か妙な喩えが有るとは思うたが、実体験か」

「あ、有難うございます!……ええ、お恥ずかしい話ですが」

「まぁ幼い頃から特別扱いされていたら、性格も妙になる可能性が高くなるよね」

 叱る人間が誰も居ないのであれば、子供は際限無く増長するだろう。ネギの言葉にエドガーはうんうんと頷いた。

「ふむ。それでここからが本題じゃが……通信教育課程、とは言え当然年に数度はウェールズからオックスフォード市まで行かねば単位は取れん。ネギ君は、どうやって大学まで往復を?」

「それはですね。転移符を自分で製作して――」

「ほう。五歳の、魔法を習い始めて二年未満でか?ネギ君は優秀じゃのう?」

 学園長が少し意地の悪い笑みを浮かべると、ネギの表情が固くなる。

「学園長――」

「ふぉふぉふぉ。別に嫌味を言いたかった訳では無いわ。ただ、その”嘘”に説得力を持たせる為には、君に魔法具作成の知識が無くてはならんと云う訳じゃ……メルディアナ魔法学校図書室の目録に、それに関連する文献もな」

 その言葉に顔を青褪めさせる少年。

「何。心配は要らん。その程度の記憶改竄ならば楽なもんじゃ」

「そ、それは」

 蒼白になった子供の貌を見て、これは流石にやり過ぎだろうとエドガーは判断する。

「学園長。意地悪が過ぎますよ……ネギ君。我々は、君のその”能力”を咎めようと云う訳ではないんだ。確かに君の能力はあらゆる魔法使いが危険視するものだが」

「ふぉふぉふぉ。安心するがいい、ネギ君。我々も”同じ能力”を持っておる」

 学園長の言葉と共に、窓の外に在る景色が一変する。

 それは、東洋と西洋が、今と昔と未来が混ざり合った奇妙な空間。麻帆良の真の姿。

「!!この感覚は!?」

 立ち上がり驚愕に目を見開くネギ・スプリングフィールド。

「”空間転移”!?」

「ふむ。君はそう呼んでおるか…………我々は、この力を”空渡り”と呼んでおるよ」

 言い終わると、窓から見えていた景色も元の学園都市に戻る。

「”仙術”と呼ばれる魔法とは異なる体系の技術じゃ……ネギ・スプリングフィールド君。我々は、君を『魔法の使えない英雄の息子』ではなく”仙人”候補として君を迎えようと思っておる」

「せん……にん…………?」

 少し呆けた口調で鸚鵡返しにするが、その頭脳は急激に回転しているのだろう。あっさりと元の知性在る表情に戻った。

「君は、自分が他の人間と異なると感じていたんだろう?他人の”遅過ぎる”動きに違和感を覚えていたんじゃないか?」

 しかしエドガーの言葉に再びビクリと硬直する。

「常に必死に考えていないと人との会話が困難になる程の”速過ぎる”思考・反射速度。空間転移や空間干渉その他の異能。それらの力を認識し、制御する術を持つ集団」

「それが、せんにん……」

 呟く少年の声は、瞳は、歓喜に震えていた。

「そうじゃ。それが我々じゃ……ネギ君」

 学園長の言葉に彼は頷く。

 大妖ぬらりひょんはにやりと笑った。

 

「ようこそ、麻帆良へ」



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第二話 「神様転生者」

当作品に、同性愛者への差別を助長する意図は御座いません。あと今回の話は短いです。


 嘗て何処かで交わされた会話である。

「詰まる処、これは一つの暇潰しなんだよ。ああ。勘違いしないで欲しいな。私が態々君を殺したんじゃない。死んだ君の思考……まぁ君達風に語れば”魂”を拾ったのは偶然だ。このまま消滅したいと考えるならばその意志を尊重しよう」

 男はチェスボードの駒を動かしながらそんな事を言う。

 それに対して”彼”は「今更死ねるか」と返した。

「なら遊戯の説明をしよう。

 先ず君が意識を投影する――まぁ転生する先は、”魔法先生ネギま!”の世界だ。そして所謂”特典”はどんなモノでもどんな数でも良い。ん?裏?遊戯だと言っただろう?当然制限が付く。君が生前その漫画を読んでよく思っていたのは、『俺もこんな美少女に囲まれてイチャイチャしたい』――プライベートだとか基本的人権だとか云うモノは一旦忘れ給え。話が続かない。それを傘に遊戯を有利に進め様などとは思わない方が良いな」

 男は煩そうに手を振る。

「兎も角、君の願望に因って能力と世界は変質するんだ。”ニコポ””ナデポ”は一定以上の容姿の人間には効かなくなり、美形の割合は高くなる。魔力が高ければ制御は困難になるし、UBW(無限の剣製)はそう云う魔法として実在する様になる。そうだね。努力しない限り無双は出来ない。まぁ特典無しよりかは、有った方が目的達成はし易くなるだろう。特典無しだと魔法生徒はおろか、日本に生まれるかどうかすら賭けになる……ああ。確かに、自分に制限を設ける事でハードルを下げる事も可能だ。魔力を減らす代わりに制御力が緻密になるだとかね」

 それを聞いて、彼は何かを考えて出した。男は静かに待つ。

「ん?主人公の双子の兄?生存リスクが高い。確かに制限にはなる……が、ストーリーに直接関われると云う利点が有るし、物語開始までは保護が付くからプラマイで言えばマイナス1くらいかな。ん?ああ。特典の一つはそれで行く?言っておくけど、そのマイナス1がどう云う現象を引き寄せるかまでは、僕にも読めないよ?読めたら暇潰しにならないからね」

 それからまた暫く、彼は考えていた。チェスの駒だけが動く。

「ああ。決まった?うん。

 ネギの双子の兄。

 サウザンド・マスターの二倍の魔力。

 ネギが魔法を使えなくなる。

 魔法創造能力。

 麻帆良勢の強化。

 この五つで良いのかい?

 了解した。ではさようなら」

 会話はそこで終わっている。

 だから、彼は男の目的が『彼の観察』ではなく『彼の願いにより変質した原作との差異の観察』だとは知らない。何だかんだで自分の都合良く”物語”が進む筈だと信じて疑っていない。自分こそが主人公なのだと盲信している。

 ある者にとっての悲劇が別の人間にとっての喜劇となる。

 これは、そう云う話である。

 

 

*****

 

 

 グージー・スプリングフィールドは渡良瀬瀬流彦によって、地面に転がされていた。

 瀬流彦が持つ(と言っても学園から貸与された物だが)ダイオラマ魔法球の中である。麻帆良学園本校女子中等部に在する学園長室から帰って来てからずっと、ここに篭りっぱなしだ。ずっとこの中で、体捌きの訓練を行なっている。

「あー……。他国の魔法使いは体術を習わないって本当だったんだね……」

 何度も何度も転ばされて疲弊し切っており、瀬流彦の言葉に返す事も出来ない。話せる様になったのは、五分程して瀬流彦に回復魔法を掛けてもらってからだ。

「……何?俺に何か恨みでも有るの?」

「有るよ」

「有るの!?」

 寝転がったままだったが、その返答に驚き上半身を起こす。

「出会ってまだ数時間じゃん!?」

「出会って二十分で学園長の怒りを買ったじゃないか!」

 瀬流彦の言葉にグージーは唾を飲み込んだ。

「え?それってそんなに拙かった?」

「当たり前だろ!薔薇高送りまで示唆されてたじゃないか!」

 頭を抱えて「何でとばっちりでケツの心配をしなけりゃならないんだ」と呻く瀬流彦。グージーはその言葉からある可能性を導き出して戦慄する。

「え?薔薇高の薔薇って、もしかしてそっちの意味の薔薇なの?」

「…………君、何で礼儀作法よりもそう云うスラングの方が詳しいんだ?」

 細い糸目を薄っすらと開けて瀬流彦が言ってくる。豪く、不気味だった。

 グージーは慌てて「いや、偶々知ってただけだよ!」と弁明する。

「ふぅん。まぁ良いよ。薔薇高ってのは通称で、君の言う通りの高校だ。ヘテロにとっては身の毛も弥立つ男子校だよ」

「……怖ぇな麻帆良。そんな学校まで存在するのかよ……」

 グージーは身を震わせた。そんな所に放り込まれたら、三日で発狂する自信が有る。剰りに悍ましい場所だ。

「何を言ってるんだ。実在する訳無いじゃないか。ただそう云う幻術を掛けられるってだけだよ……はぁ……」

 瀬流彦の言葉に、それは確かにそちらの方が怖いと感じる。現実であれば逃げ場は有るが、幻術では逃げられない。

「まぁ良いや。これから一ヶ月間の予定を考えよう……」

「ああ……いえ、はい」

 流石に九歳児相手にそんな幻術を掛けるとは思わな……否それその物でなくとも、恐怖の幻影を見せられる可能性は大いに有る。

 ……まぁ良い。今は権力を傘にその傲慢さを発揮していれば良いさ。俺が英雄になった暁には這い蹲らせて後悔させてやる。たかがぬらりひょんの分際で、この俺のハーレム道を邪魔しようなどとは片腹痛い。

 この世界は自分を中心に回っているのだ。学園長の非協力的な態度やイレギュラーの存在、自分が教師に成れないと云うのは予想外だったが、適当に反省した振りをして持ち上げておけば軟化するだろう。来月からは美少女三昧だ。

 グージーはそう思い、暫くは猫を被る事にする。

 それは全く馬鹿げた妄想なのだが、それを指摘する人間は居なかった。瀬流彦は彼の『反省した振りをしよう』と云う態度だけは察知出来たが、流石にそこまでは分からない。三つ子の魂と言うし、気長にやるしかなかろうと腹を括ったくらいだ。

「取り敢えず……」

「取り敢えず?」

「学園長に、訓練の間だけでも魔法を使える様にしてもらおう」

「あ、有難うございます!」

 これで魔法の練習が出来るぞ、と無邪気に喜ぶ子供を演じ、グージーは内心で北叟笑んだ。メルディアナで体術は習わなかったからこんな結果になったが、魔法ならば瀬流彦程度如何とでも出来る。うっかりを装って強力な攻撃魔法を叩き込み、今日の恨みを晴らしてやろう。

 グージー・スプリングフィールドに反省、自省の文字は無い。

 瀬流彦はそれを見抜いていた。伊達に学園長から子供の教育を任されてはいない。だから彼が言いたかったのは結局の所、『取り敢えず、その魔力頼みのチンケなプライドを粉々に打ち砕こうか』と云う事だった。

 グージー・スプリングフィールドは気付かない。

 その特殊な誕生経緯故に。

 その性格性欲故に。

 自分が特別でも何でもない、只の子供だと云う事に。

 ”英雄の息子”と云う肩書きが、ここでは通用しないと云う事に。

 ”麻帆良勢の強化”と云う願いが、自分の想像を遥かに上回っていた事に。

 グージー・スプリングフィールドは気付けない。

 ”物語”を意識する限り、主役に成る事など出来ないと云う事に。

 

 

*****

 

 

 三日後。

 グージーは世界樹前広場で黄昏れていた。

 魔法を使った模擬戦で完膚無き迄に伸されたからだ。

 これが瀬流彦辺りにやられていたのならば『ふっ、やるじゃないか』とでも負け惜しみを言えたのだろうが、やられた相手は麻帆良学園初等部の魔法生徒である。しかも年下だ。と言うか小学二年生、八歳児だった。肉体的には一歳差だが、精神的には大きな差が有る。

 無詠唱魔法も使える自分が、何も出来ない内に瞬動で距離を詰められ水月に一撃を入れられ倒れた。それも一度や二度ではなく何度も。

 魔法の撃ち合いにしても、収束速度連射速度精度全てにおいて負けた。勝っているのは魔力容量のみである。自信満々で張った魔法障壁ですら、一点集中の連射に因って三秒で破壊されたのだ。

 なので流石の彼も、『麻帆良勢強化』の願いは間違いだったと後悔した。麻帆良勢などと言ったから、あんな子供までとんでもない強さになったのだ。事実、メルディアナでは無敵だったのに。

「素直にエヴァンジェリンを除く2-Aの女子連中だけ強化、にしておけば良かったかな……」

 真祖の吸血鬼を強化してしまうと”桜通りの吸血鬼”編で確実に負ける。と言うか殺される。そして2-Aの女子連中だけを強化しても、彼女達と仮契約する自分は前線に出なければならない。それは面倒だ。しかし『麻帆良』勢が強力になったならば、ネギと自分を守りつつ完全なる世界をどうにかしてくれる。そう考えたのだが。

「ままならねぇな」

 幸いにも瀬流彦の指導は的確だ。と思う。このままあの男の下で力を付ければ四月にはエヴァを倒せる様になるだろう。そうなれば、後は彼女とイチャイチャしながら修行をするだけだ。そして彼女繋がりで茶々丸と超と葉加瀬と真名を堕とす。超からバカンフーにも繋がる筈だ。バトルジャンキーはどうかと思うが、スタイルはいいらしいので捕まえておきたい。

 ”修学旅行”編では何だかんだ言っても結局特使として派遣されるのは分かっている。そこで木乃香と刹那、明日菜、のどか、忍んでない忍者をゲット。パパラッチと腐女子、バカブラックはネギにくれてやろう。

 六月に来る悪魔はネギに任せ、あやかと千鶴を確保。多分、ネギのトラウマを掘り起こせば魔法を使える様になるだろう。でなくとも、麻帆良の誰かがフォローに入る。夏休みは、これこそネギの仕事だ。

 そう考えれば今の状況も問題無い。

 グージーは気分を良くして立ち上がった。

 剰りに自分に都合の良い事ばかりが起こる未来予想図だが、自分こそが主人公なのだと思い込んでいる彼には実に自然な内容に思えている。

 そうなるに違いない、有り得る筈の無い未来が、彼の気分を高揚させている。

 自分は神に選ばれた主人公なのだ。今の苦難も後の栄光の為だ。努力していれば必ず報われる。

 彼は自分の頬を軽く叩いて気合を入れた。

「よし!取り敢えず、体術強化だな」

 強くなれば、バカンフーも攻略し易い。生存確率も上がる。その為に、ぬらりひょんに媚び諂うくらいは我慢しようじゃないか。後で万倍にして返してやるが。

 一分の根拠も無い妄想に妄執を重ねた砂上の楼閣から他人を見下す。

 馬鹿や阿呆と云った罵倒を何千何万と重ねて漸く納得出来る。

 グージー・スプリングフィールドとはそうした男だ。

 

 そんな彼がふと視線を下げると、下方の広場に人が集まりつつあるのが見えた。

 何だ何だ、何かのイベントかとヒョイヒョイ進み、人の疎らな場所を見付けて無理矢理入り込む。

「ん?何だ。ネギと……バカンフーか?」

 見れば、愚弟が金髪で褐色肌の女子生徒(ジャージ)に攻撃されて――は躱している。

 何でネギがバカンフー(名前を忘れている)と闘っているのかは知らないが、取り敢えずジャージじゃなくてチャイナ服で闘うのが正しい筈だろうがとグージーは憤る。安定の馬鹿さだ。

 つーか、何だよあのネギの避け方。優雅さの欠片も無い。転け掛けっつうか転けまくりじゃねぇか……。アレじゃあバカンフーの心は掴めねぇな。『ネギ坊主は弱過ぎアル』って。

 クククとグージーは嘲笑った。

 実際の処、グージーを叩きのめした八歳児とバカンフー(本名古菲(クーフェイ))が闘えば、八歳児は秒殺される。グージーなど言わずもがなだ。それ程の実力が有る者の攻撃をネギが避けられていると云う事に、グージー・スプリングフィールドは気付かない。

 地面を転がり大袈裟に避ける弟を、滑稽な人間としか見れていない。

 彼女の攻撃速度が段々と上がり、ネギの避け方が洗練されていっていると云う事実に気付けない。見抜けない。

 バックステップで大きく避けた弟の顔に余裕が有り、古菲の額に冷や汗が流れている事が分からない。

「……ネギ坊主。避けてばかりでは私は倒せないアルよ?」

「いえ、攻撃に移る余裕なんて、僕には有りませんよ」

 その台詞も、失望する中華娘と息も絶え絶えの挑戦者の発言としか捉えられない。

 それは焦りを伴う挑発と、余裕を持った挑発返し。

 しかし彼には理解出来ない。

 そんな事態を想定出来ないから。

 自分にとって都合の悪い事柄だから。

 そして彼の心情など関係無く、彼女達の闘いは続く。

「……疾ッ!!」

 一瞬で五歩分の距離を詰め、左拳の中段突き。後ろに跳んだ少年に返しの右フック。後ろ回し踵落とし、右貫手。

 止まる事の無い連打連撃。

 グージーには理解出来ない領分であるが、ネギの直線的だった避け方も流れる水の様に変化していく。会話の二分後、英雄の息子は古の攻撃手段全てを読み切るまでに至った。

『化物かッ!?』

 中国語で吐き出された言葉は当然グージーには分からず、脳内で「逃げずに闘え!」と変換される。

 本当にネギは情けない。逃げてばかりで男らしくない。

 グージーは妄想の古菲相手に相槌を打つ。

 戦闘――と言うよりは観客にとっての演舞、古菲にとっての格上からの指導、ネギにとっての戦闘技術収集――が終わったのはその十二分後だった。

「シェ……謝謝……ッ」

「こちらこそ、有難う御座いました」

 呼吸の荒い少女と息の乱れぬ少年。それを見れば先の自分の妄想が誤りだと直ぐに気付きそうなものだが、『汗をかいた美少女……アリだな!』などと興奮しているので気付けない。重ねて言うが、馬鹿である。

 更に鼻息荒くしている間にネギと古は他所へ行ってしまった。気付いたのは妄想の中の彼が純愛ルートとハーレムルートの選択肢を選び終えた時である。

「……まぁ良いか。取り敢えず、期末の時期に図書館島へ行けば問題無いな」

 我に返った?彼はそう呟き、兎に角体術を鍛えようと瀬流彦の家へと向かった。

 そしてそんな彼の百面相を割と近くで眺めていた瀬流彦は、自分の手での矯正は無理だと判断した。



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第三話 「主人公」

 ネギ・スプリングフィールドに自意識が芽生えたのは生後二ヶ月目の事である。その三ヶ月後には両親の会話から言語を理解し、自分の成長速度が異常であると認識した。両親に捨てられた――と言うのは語弊が有るが、実質的には間違いではない――時にも泣き叫ばず、聞こえていた会話の内容から『彼等の言い分が正しいのならば、仕方の無い事なのだろう』と納得していた。

 預けられた先でも双子の兄に合わせた言動をとり、不審を抱かれない様過ごした。両親の会話から、『力を示せば他人から排斥される』と学んでいた為だ。

 三歳になって魔法に触れ、三度杖を振った時点で自分には魔法の才能が無いと理解出来た。しかし子供らしさを装う為、魔法の練習は続けなければならない。苦痛であった。

 そしてこの頃から、村の連中の教育思想が可怪しいと感じ始めた。何をするにしても『英雄の息子だから』と云う枕詞が付くからだ。兄の暴走が顕著になり出したのもこの時期からであった。村長の家に有った教育に関する本に書かれた理屈は納得出来たが、この村では実践されていない。否。幼馴染であるアーニャには所謂普通の教育が為されている。自分達兄弟には特例が適用されているのだ。

 この村は狂っている。ネギはそう断定した。英雄などと云う下らない幻想に囚われ大人としての義務を放棄している。司直に通報すべきだろうかと考え筆を取った時、家の外から悲鳴が聞こえた。

 後に聞いた話に依ると、これは悪魔の襲撃であったらしい。ネギには天の裁きに思えたのだが。

 兎も角彼等?の使う攻撃手段は今迄練習してきた『魔法』よりも自分に合う。そう直感した。呪文の詠唱など無しに放たれる炎は実に”自分好み”だ。あれを再現するには如何すれば良い?今迄に蓄積した知識と直感でその術式を構築する。

 こうか?それともこうか?

 連中の放った炎が目前に迫るが、何ら頓着せずに、ネギは思考を続ける。”それ”が自分を傷付ける事は無いと、本能で察知していたからかも知れない。自らの考えに没入していた。

「”魔法無効化(マジック・キャンセル)能力”……これは珍しい能力を……」

 そんな声が聞こえ、ネギは意識をそちらへ向けた。術式の構築が八割がた終了していた所為でもあるが、彼等の意見も聞きたかったからだ。

「今晩は」

「……今晩は、少年。君はえらく落ち着いているね。その能力の所為かい?」

 話し掛けてきた男?はしかし、ネギの言葉に若干驚いた様子だった。自分と剰りに違う生物である為表情は分からないが、声の調子からそう判断した。

「能力?」

 が、見に覚えの無い事を言われてネギも困惑する。

 ふむ、無自覚かねと彼は呟きこちらに手を向け躊躇無く魔法を放った。しかしてそれはネギの手前で霧散する。

「御覧。私の魔法は君に届かない。これが魔法無効化能力だ」

 成程とネギは納得する。そして間近で彼が行使した力を見て、自分の構築した術式とは異なると理解した。自分が彼等の技術を使うのは無駄が多いと云う事も。

「――目も瞑ろうとしないとは、中々豪胆な少年だ。きっと将来は素晴らしい戦士となるだろうに……そんなダイヤの原石を、ここで破壊しなくてはならないとは、実に残念だ。残念だが、これも仕事だ。没落貴族の辛いトコロだよ」

 そんな事を言いながら首を振る自称没落貴族。

 その言葉から察するに、彼等はこの村の殲滅を命じられたのだろう。被害者である自分も抹殺対象だとは、神様とやらは大雑把な性格をしている様だとネギは思った。

「まぁ魔法を幾ら無効化した処で物理攻撃までは防げまい。さらばだネギ・スプリングフィールド。英雄の息子よ」

 結局それか、とネギは半眼で男を見遣る。残念だと言いながらも愉悦を浮かべている(と思われる)彼の拳はしかし振り下ろされる事は無く、横合いから叩き付けられた雷撃に依って本人毎吹き飛んだ。

「大丈夫か!?」

 息せき切って、赤毛の男が駆けて来る。今の魔法を放った魔法使い――と言うか、記憶に有る父であった。

「父……さん?」

 それは驚き故に詰まった言葉ではなく、育児放棄した遺伝子提供者を父と呼んでも問題無いものかどうかの躊躇であったが、相手は驚きだと解釈したらしい。

「そう、か……俺の事を父と分かるのか……なのに、俺はお前がグージーなのかネギなのかが分からん……済まない」

 悔しそうに呟く男に、ここは「父さん」と素直に呼んだ方が良かろうと判断した。

「僕はネギですよ」

 だからと言って実際に呼ぶかどうかは別問題だが。

「そうか!……で、グージーは何処だ?」

「さあ?」

 アレの行方や行動なんぞ、全く気にしていない。と言うか気にするだけ無駄だと思っている。

「ん?何だ、仲悪いのか?双子なのに」

「仲が良いのは一卵性だけじゃなかったですかね?」

 何かの本にそう書いていた気がする。参考資料に信憑性が無かったので書名の記憶はしていないが。

「そうなのか?て言うか、三歳なのによくそんな難しい事知ってんな……」

 少し呆れた調子で言う父だったが、どうでも良いので無視する。

 尚、実は彼等は一卵性双生児である。

「まぁ兎も角。ネギ。お前達には碌なモノを残せなくて済まなかった。今お前に渡せるのはこの杖だけだ」

「高いんですか?」

 値打ち物なら売っぱらって学校へ行く資金にしよう。そう考えて値段を尋ねる。

「……いや、ええと。殆ど形見みたいな物になるから、出来ればお前かグージーに使って欲しいんだけども」

「じゃあ兄に渡しておきます。僕は魔法が使えないので」

 冷や汗を垂らした父の意思を尊重した。流石に形見とまで言われては、売却するのは気が退ける。

「魔法が使えない?まだ三歳だろ?諦めずに……」

「いえ。使えませんから……魔法無効化能力だとかの影響で」

 村民と同じく阿呆な事を言い出した親を遮り先程の天使が言っていた単語を口にする。”魔法無効化能力”が有るから魔法を使えない。何となく通りそうな理屈である。

「なッ……!アスナと同じ能力……王家の血筋か?」

 最後の方は小声だったが、近かったので普通に聞こえた。どうやら自分には、何処ぞの王家の血が流れているらしい。まぁどうでも良い事だが。

 それより、先の言葉が父に衝撃を与えた理由が気になる。

「何か拙かったですか?」

「!……ああ。ネギ、良いか?その能力の事は絶対に誰にも言うんじゃないぞ。と言うか、兄貴に魔法学校じゃなくて普通の学校に入学させてもらえる様に頼め。時間が無いから詳しい説明は出来ないが、金輪際魔法には関わるな。それがお前の安全の為だ。分かったな!」

 こちらの肩を掴み、目線を合わせて真剣な声音で語る父。しかし、「それは無理ですね」とネギは首を振った。

「残念ながら、僕は”英雄”である貴方の息子なんです。”立派な魔法使い”以外の道を歩むのは許されていないんですよ」

「ッ!」

「それに今回の……事件も影響するでしょうね。『自衛手段として魔法が必要だ』と」

 実にお節介な連中だとネギは嗤った。その貌を見て父は戦慄したのか、少し身を退き杖を構えそうになっていた。

「お前……」

「ご心配無く。流石に三年も魔法が使えないなら奴等も諦めるでしょうよ……否、兄に対する比較対象として近くに置く、と云う事も考えられるか」

「ネ、ネギ……」

「先も言いましたが、ご心配無く。遣り様は幾らでも有ります。これは僕の闘いですし……貴方は貴方の闘いが有るんでしょう?」

 だからそんなに泣きそうな顔をしないで欲しいとネギは言った。

「……分かるのか?」

「と言うより知っています。実を言えば、生後二ヶ月くらいから意識は有ったんですよ、僕」

「…………マジで?」

「マジです」

 何だウチのお子様俺と同じでバグだったのかと父の顔が引き攣る。

「虫?」

「ああ、いや、気にするな。何かそう云うスラングらしい」

 それはまぁ良いやとナギは首を振り、ネギに杖を渡した。

「じゃあな、ネギ。強く生きろよ」

 それが、父と交わした最後の言葉であった。

 

 その後はネギの予想通りの展開が続いた。兄と同じ魔法学校に通わされ、下らない授業と嫌がらせを受ける毎日である。

 そんな日常を、ネギはあの日に開発した独自の術式を進化させたり空間転移能力に目覚めたりして過ごした。何回か父の友人だと名乗る髭面の男が訪ねて来たが、煙草臭いので初回以降は会っていない。そもそも咸卦法は既に使えるので、『教えてあげよう』なんて言われても困る。

 魔法学校の成績は馬鹿にもされず目立ちもしない位置を確保していたが、それでも兄と同じ時期に卒業したのは英雄様の御威光か。グージーが去った後に残されたネギが虐められるのを、学校側が危惧したと云う側面も有るだろうが。

 なので魔法使いには碌な人間が居ないと思っていた。麻帆良でも、兄が持て囃されるのだろうと思っていた。

 

 

*****

 

 

 君が魔法を使えないのは、精霊よりも霊格が高い所為だ。精霊側からすれば、入社直後に会長の自宅に招かれ「百万円やるからちょっと一発芸やってみて」と言われる様な状態に当たる。硬直するか、必死になってダダ滑りするかが大半を占め、出来ても精々二千円程度の芸となる。

 なので君は「魔法」が使えない。

 そう説明されて、ネギは小首を傾げた。

「……仙人は、いえ、仙人に至る資格の有る者は皆精霊よりも霊格が高いんですよね?」

「ああ」

 少年の問いにエドガーは軽く答えた。

 最後の錬金術師とも称されるエドガー作ダイオラマ魔法球の中。ここでの三ヶ月は外での一時間となる。ほぼ不老であり肉体の成長が望めない、妖怪や仙人専用の魔法具と言える。

「なら何で、師匠や教主様は魔法が使えているんです?」

「教主は妖怪としての特性で誤魔化している。私は実の処、魔法は使っていない」

 一般生徒達にも”ぬらりひょん”などと渾名される学園長、関東魔法協会理事たる近衛近右衛門は本物の大妖怪だ。その特性は、『相手に違和感を抱かせない』と云うモノである。

 『夕方忙しい家人の横を素通りし、居間で茶を飲んでも怪しまれない。気付くのは余程注意深い人間くらい』――ぬらりひょんとはそうした妖怪だ。彼はその特長を最大限に活かせる妖怪仙人であり、詰まる処『二千年続く一子相伝の暗殺拳、その伝承者の背後に立っても気取られない』。『入社直後に会長宅で一発芸をするのは普通である』と認識させて魔法を使っているのだ。半分詐欺である。

 一方、エドガー・ヴァレンタインは陰陽術の奥義を用いて各種精霊を複合させ、その特殊精霊”ウェザー・リポート(WR)”を自分の専属としている。『入社直後に会長宅で一発芸をさせられる新人、に見せ掛けたベテラン社員』を使っている訳だ。しかも魔力ではなく霊力を用いているので厳密に言えば魔法ではない。

 しかし傍から見てそんな特異性に気付く魔法使いは居ないので、二名は”魔法使い”として扱われている。

「なら、僕に魔法が通用しないのは……」

「他人に頼まれたからって、いきなり会長を殴りに行ける新入社員は居ないだろうね」

 どうやら話に聞く魔法無効化能力とは異なる様である。これも、二名の”魔法”と同様傍から見て判断は着かないのだが。

「教主の魔法は普通に通じるよ。多分、本物の魔法無効化能力持ちにも通るんじゃないかな?」

 但しエドガーには通じない。エドガーと同じく異世界を渡り転生するWRは、1km四方の精霊が集まった処で太刀打ち出来る存在ではないのだ。それを少ないコストで運用出来るエドガーに勝てる”魔法使い”は居ないと言える。

「まぁそんな理由で、妖怪や魔族は兎も角我々仙人に連なる者が精霊を扱うのは結構効率が悪い。ネギ君は術式構築を頑張っているみたいだけど、それでも魔力のロスは七割近いね」

「そんなにロスが有ったんですか」

 それでも兄の扱う”雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)”より二倍は効率が良かったのだが。いや、アレを基準にしては駄目か。案の定、「魔法使いを基準にしちゃあ駄目だよ」と叱られた。

「人が相手の彼等と違って、我々が対処するのは行き過ぎた環境汚染や環境破壊だ。規模が違う」

 ”人に気付かれず世界を救う”のが仙人の仕事である。思想的には”立派な魔法使い”と同じに見えるが、絶滅危惧種を保護して繁殖させたりオゾン層を地道に増やしたりと、活動規模が大きく異る。現在仙人の大半が行なっているプロジェクトなど、今後百年程度で人類が行ける範囲の惑星をギリギリ居住可能に改造すると云ったものだ。

「なので効率の良い魔力使用は我々の責務でもある。今回の合宿では、魔法に替わる魔力使用技術――魔術について学ぼう。これは私が趣味で相当頑張ったから、かなり効率が良いよ。種類も豊富だし」

 エドガーは嬉しそうに笑った。

「種類、ですか?」

「そうそう。音声を媒体にする音声魔術、視線を媒体にする暗黒魔術、匂いを媒体にする大気魔術等七種が有る。元ネタは昔読んだライトノベルなんだけど、他の仙人にも評判が良いよ。自分の肉と体液を媒体に扱う獣化魔術は、大気圏外活動も楽になるし、割と簡単だしね」

 言いながら、エドガーは自分の額に角を生やしてみせた。

「へぇ……」

 師が言う様に自分の肉体を媒体にしている為か、術式の構成は全く見えなかった。

「まぁこんな感じの七種類。取り敢えず、獣化魔術から始めようか」

「はい!」

 学ぶ事は沢山有る。やらなければならない事も。

 見習い魔法使いを辞めて仙人の弟子となったネギは、技術の習得に燃えていた。

 

 

*****

 

 

「駄目だね、彼」

「……誰です?」

 休憩時間の職員室で溜息と共にそんな事を言う瀬流彦にネギは問い返した。そして問い返してからその人物に思い至る。

「ああ。高畑教諭ですね」

「何言い出してんのこの子!」

 その回答が意外だったのか、瀬流彦は剥いている途中の蜜柑を少し潰した様だ。指を舐めてから横に置いてあったティッシュに手を伸ばす。

「?違うんですか?」

「……いや、あの人も駄目っちゃ駄目だけど。出張無闇に多いし」

 あんなんで中三の担任なんて冗談じゃないよねと苦笑を漏らす瀬流彦。

「来年度は担任から外されるって聞きましたけどね」

「あ、そうなの?誰が後任で来るのかな」

「何でも、エドガーさんが昔に造った人造人間らしいですけど……」

「……それって、2-Aの絡繰(からくり)君みたいな?」

 眉を顰めて瀬流彦が問うた。一応、認識阻害結界を張った上、伊語で会話している。

 尚瀬流彦は、伊独仏西日英露の七ヶ国語を話せる言語学のプロだ。担当教科は数学を任されているが、それは高畑が居る所為である。彼が解任される暁には、瀬流彦が英語教諭となる。

「ええ。でも彼女をゲームウォッチとするなら、その彼はPS3から4相当の性能差が有るって聞いてますけど」

 家庭用ゲーム機であるPS2が発売されてから、まだ三年である。3発売などまだまだ先の事だろう。

「それって、ソフト面で?」

「ソフト、の感情面は大差無いそうですよ。年数を経ている分だけデータの蓄積は有るらしいですが」

「ああ。肉体が人間に近付いているのか。流石は最後の錬金術師と言われるだけはあるねぇ」

「ええ。魔法が使えるらしいです」

「……………………聞かなかったことにしておくよ」

 顔を引き攣らせて瀬流彦が言う。”魔法使い”の常識的にはNGであるらしい。

「分かりました。僕も言い回らない様にしておきます……それで話を戻しますけど、誰が駄目なんです?」

「誰って……グージー君だよ」

「…………ああはいはい居ましたねそんな人」

「いや君の兄だろ!?意外に薄情だな君!」

 暫く本気で悩んだネギを見て、瀬流彦が非難の声を上げた。

 しかしネギは初日に五時間、二日目に十二時間、昨日一昨日で七時間の計二十四時間、例の魔法球の中で過ごしている。詰まり六年間程グージーと会っていないのだ。幾ら双子の兄とは言え、元々関心が薄いので忘れるのは仕方が無い。

「まぁ魔法の才能が有る、と言われていた英雄の息子と、魔法の使えないその弟ですからね。兄に執着するか無関心になるかの二択になるでしょう?」

「あー……何か御免」

 瀬流彦は神妙な顔で頭を下げるが、ネギ的にはどうでも良い事なので気にしていませんと赦す。

「と言うか、駄目なのは見た瞬間に分かるでしょうに」

「……仲悪いんだね」

「正当な評価です」

 そう言えばそうだなと瀬流彦は納得する。四日一緒に過ごしただけの自分よりは、彼の方が親しいのだ。

「彼は当初の予定通り、外様組に引き渡す事になる。あんまり会えなくなるけど――気にしてなさそうだね」

「元々交流無いですから」

 麻帆良で生まれて麻帆良で育った麻帆良組(妖怪・仙人教師を含む)と、麻帆良外から来た魔法使いとの仲はそれ程良くない。と言うのも麻帆良での教育は魔法隠蔽を重視する為体術メインで鍛えており、『魔法使いが魔法を使う前に転かして踏み付ける』が一つの指針となっているのだ。これが、魔法の撃ち合いを想定して勉強している人間からしてみれば”卑怯者”に見えるらしい。瀬流彦達麻帆良組にしてみれば『小学生からやり直せば?』と云う感じである。ネギは麻帆良組ではなかったが、元々考え方は麻帆良に近く、また既に六年は麻帆良の常識を叩き込まれているので外様との仲は悪かろう。

 この辺の事情もエドガーから教えられていた。

「渡良瀬先生こそ外様にわぁわぁ言われて大変でしょうに」

「元々一週間程はこちらの教育方針で、って話だからね。今更何か言う人も居ないよ」

 その後は、認識阻害魔法を解き、教育実習生として当たり障りの無い会話をして休憩時間を終えた。

 ジョークで選択した科目だったが、やってみれば意外と教職と云うのも楽しいかも知れない。

 ネギは麻帆良での生活を楽しんでいた。



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第四話 「未来人」

国際単位系のみアラビア数字、他は漢数字表記にしてあります。ミスってたら連絡して下さい。


 親殺しのパラドックスと云うモノがある。

 自分が生まれる前に時間移動をした人間が、自分の親を殺した場合(生前の十月十日以内に父親を殺した場合を除く)は如何なるのか?

 当然親を殺す筈の自分が生まれず親は殺されない。しかし親が生きていれば親を殺す自分が生まれて結局親は殺され――と矛盾が生じる。

 ではこの矛盾を発生させない為にはどの様な理屈、否、屁理屈が必要か。

 一つは、『どうあっても親を殺せない』、と云うモノになる。”子”と云う結果が在る以上、”親”と云う過程を消す事は出来ないと。

 もしくは『親が死に子が生まれない世界が、正史から乖離する(並行世界の発生)』と云う離れ業が考えられる。『もう一つの、在り得たかも知れない世界』と云うヤツだ。

 まぁ何にせよ机上の空論、もとい屁理屈である。『時間遡行が可能であるとして、当然発生するであろう矛盾をどう解決すれば良いか?』そう云うお題に対する気の利いた回答の内二つ。そんなものだ。

 

 実際に時間遡行すると、現世には一切干渉出来ない幽霊の様な存在と化す。

 

 それが、二一〇二年から一九九九年に時間遡行を行った、リィン・スプリングフィールドの実体験だった。

 これで悲劇を回避し世界を救うのだと意気込んで、結果誰にも話し掛けられず、物も持てず、鏡にも映らない意識だけの存在になった。成程確かにこれならば歴史の改変は不可能であり、矛盾の発生しようが無い。遣り切れない思いと共に、何処か納得する自分が居た。

 百年を遡行する前、実験的に五日遡った時には問題無かった。物を持て、体が透けたりはしていなかった。

 だがもし五年前に戻っていれば、自分の体はその当時の、七歳児相当にまで縮んでいたのだろうと推測される。そして実験時はその時間帯に居る筈のもう一人に決して会わない様に気を付けていたが、実際には会おうとしても会えなかったに違い無い。あの時、五日前の自分は五日後の自分に『塗り替えられて』いたのだと、この状態になった今なら分かる。

 歴史の改変は不可能ではない。但し変えられるのは、生まれてからの自分に関わる事だけだ。自分が生まれる前に遡行出来るのは意識だけなのだ。

 彼女はその法則を朧気ながら理解し、絶望した。このまま居れば、およそ九十年後には赤子として復活出来るだろう。ただ、その間に狂わずいられるのか?九十年間、ずっと孤独なままで。悲劇に突き進む世界の流れに干渉出来ず、見るだけしか無い状態で。

 彼女は四、五日呆然としていたが、取り敢えずは当初の予定通りにと麻帆良へ行ってみる事にした。自分の祖先であるネギ・スプリングフィールドを見たかったからであるが、彼は今の時期は未だ英国である。気付いたのは麻帆良行きの列車に乗った後だった。

 別に列車から飛び降りた処で如何と云う事も無いのだが、まぁ良いかと空席に腰掛ける。

 

 それが、彼女の運命を変えた。

 

 

*****

 

 

「ええと……アイランズさんと春日(かすが)さん、田上(たがみ)さん、茶屋町(ちゃやまち)さんが魔法生徒。桜咲(さくらざき)さんが退魔師。レイニーデイさんが魔族。龍宮(たつみや)さんが半魔族。近衛(このえ)さんと鈴原(すずはら)さんが道士。絡繰さんがガイノイド…………一クラスに詰め込み過ぎですよね?」

 他にも忍者や狂科学者、格闘家や社長令嬢等が存在しているが、一応裏の事情を知らない一般人ではある。”裏の裏”を知っているのは自分と近衛、田上茶屋町の四名……否、ネギ、絡繰を入れた六名か。それだけだと鈴原椿(つばき)は心の裡で呟く。

「クラスの三分の一が非一般人だものね。と言うか担任からして英雄?だし、貴方だって道士じゃない」

 そう言えばそうですよねとネギ・スプリングフィールドが苦笑する。

 学園長が所有するダイオラマ魔法球内。仙人見習いたる道士達が集まり、その技術の習熟度を確認したりぶつけ合ったりする場所である。毎週末に行われており、ネギと鈴原は初参加であった。

 初参加である為特に模擬戦等は組まれておらず、場の雰囲気に慣れるようにと連れて来られただけである。現在は模擬戦も終わって道士同士の交流時間となっていた。

「あとは椎名(しいな)さんが妖怪の子孫、近衛さんと桜咲さんが半妖、私が妖怪ね。尤も椎名さんは血が薄くなってるから自覚無いみたいだけど」

「ああ。そう云う括りも有ったんですよね。外国人の僕には馴染みが薄いので忘れていました」

「欧州にも吸血鬼とか狼男とかが居るでしょ?」

「居る――と言うか伝承には有りますけど、日本で言う妖怪じゃなくて、モンスターって括りになります……と言うか、皆さんはそれぞれ何の妖怪なんですか?」

 それは、と言い掛けた処でネギの後ろから誰かが現れ、鈴原が言い掛けた言葉を続けた。

「あかんえネギ君。妖怪に正体尋ねるんはタブーやで?」

木乃香(このか)

 日本妖怪の総大将であるぬらりひょんの孫、近衛木乃香。”普通”の妖怪と魔法使いが『冗談だろう?』と思わず呟く妖気と魔力容量を誇る、大妖と退魔師の二種混合(ダブルブリッド)。仙人としての素質も高く、二十歳前には妖怪仙人に至るであろうと言われている。

 但しこの仙人・道士が集う中で唯一”魔法”の存在を知らぬ道士でもある。これは親である退魔師、近衛詠春(えいしゅん)の都合であった。自分の子供に危険な世界を知ってほしくないと云う親心と言うか親馬鹿なのだが、どの道仙人道士に魔法は使えない。なので魔力については『咸卦法を使う時のブーストエネルギー』として教えられ、仙術・妖術と古流剣術を徹底的に鍛えられていた。その上で、四年前からはエドガー・ヴァレンタインが持ち込んだ新技術である魔術を教え込まれている。なので彼女は『魔法の存在こそ知らないものの仙術妖術魔術を操る極上の古流剣術家妖怪』と云った位置に立っている。現時点で彼女を倒そうとするならば英雄級の人間が大隊単位で必要だろう。親が現実を見えていない親馬鹿なら、祖父は石橋の横に鋼橋を架ける並外れた爺馬鹿であった。

 尚、木乃香はこの空間を”ダイオラマ魔法球”ではなく”天狗の箱庭”と云う物だと教えられている。

 兎も角、そんな彼女にネギは訊く。

「そうなんですか?」

「そうや。妖怪は弱点持ちが多いからなぁ。吸血鬼って知られただけで大蒜と十字架で対策されるやろ?」

「ああ。そう云う事ですか」

 実の処、道士ともなればそんな弱点など克服出来るのであるが。但し道士に成れない一般妖怪に関して言えば、正体を知られるのはよろしくない。そう云う意味では木乃香の忠告は正しかった。

「それで椿、何の話をしよったん?」

「ウチのクラスには妖怪とか魔族とかが多いなぁって話よ」

「あー……まぁ一箇所に纏めた方が護り易いからなぁ」

 違う学年、違う学校の妖怪・道士・魔法生徒も一クラスに纏められている。警備上の問題なので仕方が無い――と言っても特に不満は無いが。強いて言うなら護る立場の教師が自分達の遥か格下だと云うのがそうか。

 そんな事を考えていると、ネギから質問された。

「ところで鈴原さんは今年から道士になられたんですよね?それって、修業によって霊格が上がったからですか?」

「ん。まぁそんな処かな。あ、修行方法は秘密だから。訊かないでね」

「はい……師匠、その内霊力修行を付けてくれるとは言うけれど、聞いた限りだと死にそうな修行ばかりなんですよね……」

「は、ははは……」

 暗い表情で言うネギに、顔が引き攣るのを感じる。

 実を言えば、鈴原椿は修行の結果で霊格が上がったのではない。事故で生死を彷徨い、と云うのでも。

 彼女の霊格が上がったのは、ネギ・スプリングフィールドの霊格が道士相当だと判明した所為なのだ。

 

 鈴原椿。彼女の本名はリィン・スプリングフィールド。未来から来たネギ・スプリングフィールドの子孫である。

 

 

*****

 

 

 四年前の話だ。

 麻帆良へと着いたリィンは即座に捕縛された(無賃乗車の容疑)。それを理不尽だと思うよりも先ず、自分を認識してくれる存在に歓喜し感涙を流した。その為取り調べ――と言うよりは自供と云う名の独白――は順調に進んだ。

 彼女が過ごした百年後の世界。それは、これからおよそ十年以内に起こる魔法世界の崩壊に端を発した、第三次世界大戦により荒廃した世界であった。魔法世界と云う人造異界が消え去る事によって、そこに住んでいた六七〇〇万人の魔法使いが現実世界に流入。魔法の使えない一般人をマグルと呼称し蔑む彼等と地球側との戦争が始まった。相容れぬ存在同士が引き起こした未曾有の混乱・恐怖・飢餓は一世紀も続く。リィン自身は魔力も無く魔法も使えない体質であったのだが、施された人物の肉体と魂を喰らって膨大な魔力を引き出す”呪紋回路”なるものに依って魔導兵器に改造されていた。次々と仲間が倒れていく中、聡明な彼女は気付く。この戦争は終わらない。この悲劇を避ける為には過去に遡り、戦争の原因を取り除かねばならないと。リィンは死に物狂いの努力で時間遡行技術を開発。戦前に戻って資金を得、魔法使い六七〇〇万人を受け入れられるだけの準備を整えようと考えた。

 だが結果は前述の通りである。幽霊と化した今、悲劇を繰り返さない為には貴方達の力が必要だと必死に訴えた。

 それを聞いた学園長は会議を開いて意見を募った。

 当時彼女は麻帆良に居る魔法使いによるものだと思っていたが、これは仙人道士による会議であった。当然人の手では考えついても実行出来ない意見がポンポンと飛び出し――物凄まじく突飛な案が採用された。思わず三度も訊き返した程である。

 そしてその場で自分は幽霊ではなく妖怪になったのだと告げられた。

 妖怪”未来人”。新種だった。

 鉄鼠や清姫など、人間から妖怪化した存在も少なくない。期待の新妖怪だと言われた。

 過去の全てを知り未来の事が分かる。”未来”から来ているのだからそれは当然の(ことわり)である。そして航時機(タイムマシン)を持たず、自由に時間軸を移動出来る。本来なら航時機も、それを利用する為に大量のエネルギー必要だったのだが、妖怪化した時点でその様な(しがらみ)は無くなっていた。

 更に言えば、ネギ・スプリングフィールドの子孫、呪紋回路と云う個人的な特質も影響している。

 そもそもリィンが居た未来とこの過去は、完全に同一ではない。理論上は同一世界で、実際にこの世界の時間軸を短い間隔で移動出来ている(妖怪として成長すれば、もっと移動間隔が長くなるだろうとの予覚は有る)のだが、何故か未来の世界とこの世界は全く異なる。

 先ずリィンが居た世界(便宜的に(World)Aとする)での記録では、ナギ・スプリングフィールドの子供は一人で名をネギと云う。親譲りの莫大な魔力を持った彼は、九歳にして麻帆良学園女子中等部で教師を勤める。二〇〇三年四月に、麻帆良に封じられていた”闇の福音”と決闘。これを下す。同年同月末、修学旅行中の京都で封印されていた両面宿儺が開放される。これをネギと”闇の福音”が協力して撃破。同年八月中旬、魔法世界に訪れるもゲートを破壊されて旧世界に戻れなくなる。ゲートを破壊したテロ組織、”完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”と敵対し、彼等の作戦を幾つか破るも結果的には魔法世界の崩壊を止められず、魔法世界の住人六七〇〇万人が現世界へと流れた。これにより百年続く第三次世界大戦が勃発。彼はこの中でMMと現世界との和平を求めて奔走するも、邪魔に思ったMM元老院により三十歳を前に暗殺される。そして遺体は現世界国連側が回収し、ネギ・スプリングフィールドのクローンが生まれた。MM側もそのクローンよりホムンクルスを製造。ここにクローンVSホムンクルスの戦争が始まった。しかし魔法技術で産み出されたホムンクルスは数が少なく、また魔法障壁も突撃自動小銃の連射には耐えられなかった。クローンは従順に任務を熟し、一時は現世界側の勝利で戦争が集結するかとも思われた――が、クローンネギ軍団は反乱を起こした。MMに因る工作だったのか、それとも現世界側の掛けた枷が外れたか。記録には残っていない。兎も角クローンとホムンクルスは手を組みMMと国連を潰し始める。しかしクローンもホムンクルスも寿命は短く、人類絶滅を目前に彼等は潰えた。そして残った人類同士では未だ戦争が続いている。リィン・スプリングフィールドは、第三世代型ホムンクルスと捕虜との間に造られた実験体である。クローンに助けられた彼女は自我が芽生え、そして時間遡行の結果WAから外れた。

 しかしその過去である筈のこの世界(WB)はかなり勝手が違う。ナギには二人の息子が居り、莫大な魔力を持つのは兄のグージーだ。そしてネギに魔法は使えない。精霊より霊格が高いと云う理由で、だ。あくまで教育実習生であり、この歳で教師に成る事は無い。”闇の福音”ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは封じられてなどおらず、百歳下の天然吸血鬼と結婚していた。現在専業主婦である。リィンが時間遡行をしていなかった場合、六七〇〇万は仙人達によって秘密裏に始末されていた可能性が高い。彼等に戸籍は無いので殺害した処で罪にはならない。人界の法律に抵触する事は禁じているが、同時にバレなきゃイカサマじゃないとも言うのが仙人と云う存在である。思考が人間とは異なるのだ。

 兎も角、WAとWBは全く異なる世界である。にも関わらず、主体がWAに在る筈のリィンはWBの影響をモロに受けて妖怪化し、更には”道士たるネギの子孫”と云う事実が影響して道士の資質を手に入れた。呪紋回路は『肉と魂を喰らう』と云うデメリットを外され(妖怪には肉体が無い所為だと思われる)、ここに魔法を使える二人目の仙道が生まれた。

 一体何が如何なっているのか。リィンには分からない。分かるのは、この世界では『WAの第三次世界大戦は起こらない』と云う事くらいである。

 

 『時間遡行中に、グージーの願いに因って世界が書き換えられた』などと云う真相は、誰が如何考えた処で辿り着けるものではない。

 

 

*****

 

 

「で、ネギ君は今どんな事やんりょるん?」

「先日、漸く獣化魔術で合格点を頂きまして。今は漸く大気魔術の取っ掛かりですね」

「ほへー。早いなー。修行始めて未だ五日……六日目やろ?ウチ、爺ちゃんが満足するレベルになるまで一ヶ月は掛かったで?」

 感心した様に木乃香が言うが、ネギはその言葉に驚き目に見えて落ち込んだ。

「……僕、時間操作が可能な……天狗の箱庭を使ってたんで、実質的には六年掛かってるんですけど……」

「そ、それは……」

 流石に時間が掛かり過ぎだろう。実はあまり才能が無いのか?技術習熟速度はそのまま仙人道士としての資質に関わるので、それが遅いと云う事は、イコール才能に乏しいと云う事になる。

 しかし彼の資質を受け継いだ筈の自分は、獣化魔術を二十日程度で習得出来ている。何か可怪しいと椿は首を傾げた。

「ま、まぁ…………あ、爺ちゃんの要求するレベルと創始者が要求するレベルやからな!大分ちゃうと思うで!」

 ああ、と得心する。成程要求レベルの差か。初めて出来た弟子にあの男が興奮し、色々詰め込んだと云う可能性は高い。

「ウチは、アレや。至近距離で銃弾を撃たれても、皮膚を硬質化して弾けるレベルやったな」

「私もそうだったわね。って、師匠が同じだから当たり前か」

 近衛木乃香は椿の姉弟子に当たる。エドガーも鼎遊教主の弟子であり木乃香の弟弟子で椿の兄弟子に当たるが、その人並み外れた技術習熟速度は他の追随を許さず、僅か三年半で全ての技術を吸収していた。

 その事に対して思う所が有るかと言えば、別に無いと云うのが仙道である。椿は道士となってからまだ日が浅いので、”人間”としての意識に引き摺られ勝ちではあるが。

「あ。やっぱりその程度が普通なんですよね。『全てを溶かす酸性雨になれ』とか『台風に変化しろ』ってのは、何か違いますよね?」

 あとゴジラとか、とネギが呟く。

「あー…………何て言うか、それだけで仙人の試験に受かりそうなんやけど」

「ゴジラて……何分くらいで?」

 あれだけのサイズである。もし自分が体長40mに変化するとしたら、五〇分以上は掛かるだろう。

「いや0.02秒ですけど」

「蒸着より早いな!」

 木乃香が叫ぶが、ちょっと意味が分からなかった。素材の表面処理技術がどうしたと言うのか。ネギも疑問符を投げ掛けていた。

 彼女はこちらの視線を誤魔化すかの様に咳払いしてから「最近の子はギャバン知らんか」と呟いた。彼女は戸籍上十三歳だった筈だが、実は年寄りなのだろうか。

「まぁ兎も角。エドガーさんの要求レベルが高過ぎっちゅうこっちゃな。そら六年掛かるわ」

「そうだね。酸性雨とか台風とか、私達じゃあ如何考えても無理だもの」

 一度雨に変化したら戻れそうにない。と言うか、ゴジラに変身する状況って、どんなだ。

 ……まさか、両面宿儺と戦う時か?

 と、そこに渡世真君を伴い鼎遊教主が近付いて来た。

「ふぉふぉふぉ。仲良くやっておる様じゃのう」

「あ。教主様」

 平素通りに顎鬚を撫でながら、妙な笑い方をする老人。括れの剰り無い瓢箪の様な形の頭部も、慣れればそれ程違和感が無い――と云うのも彼の特性故か。ただ、後頭部の髪は剃った方が良いと思う。

 隣の男は静かに苦笑している。身長 180cm強。常に眠たそうな目をした黒髪碧眼の中学二年生。顔立ちは整っている方だろう。十人中二人くらいは『まぁ、良いんじゃない?』と言うくらいには。如何見てもそうは思えないが、麻帆良最強戦力である。

「……エドガーさんとネギ君で、リアル『ゴジラVSキングキドラ』とかやれるんやろか?」

 ボソッとそんな事を言う木乃香。それをやるとすれば、セット作りが物凄く大変になると思うけれど。

「師匠。やっぱり獣化魔術でゴジラは何か違うらしいですけど」

「……他所は他所。ウチはウチです」

 彼のその宥め方も、何か違うと思う。まぁどうでも良いが。

 何にせよ。

 あの日見た悲劇は決して起きないだろうと鈴原椿は楽観している。



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第五話 「人造人間」

 茶屋町なのは、と云う名前は昔在った魔法少女モノのアニメから取ったのだと親――エドガー・ヴァレンタインは言っていた。但し内容とその主人公の名前は空覚えだとも。

 その事について特に不満が――まぁ無い訳ではなかったが、身近にもっとヒドい名前を付けられたガイノイドが居るので気にしない様にしている。ネーミングセンスが無いから他所から持って来た、と言うのならそれはそれで良いと思う。何にせよ、女の子で茶々丸(ちゃちゃまる)は無いだろう。名付け親が徹夜明けのテンションで突っ走った挙句の凶行だったらしいが、誰か『それは男の名前ですよ』と止めてあげなかったのだろうか。

 あの双子の兄弟についてもそうだ。宮司と禰宜。禰宜の役割は宮司の補佐だ。『弟は兄の補佐として生きろ』とそう云う命名か?響きだけで名付けたと云うのならば良いが、役職の意味を知っていたのであれば何とも残酷な話である。

 どちらもその名前を全く気にしていないと云うのが救いだろうか。

 ――なのはがそんな事を考えているのには理由が有った。

 

 単なる現実逃避である。

 

「ですから。こんな時代に錬金術師なんて怪し気な事をやっている輩にネギ先生を預ける必要は無いのです!」

「うん。僕もそう思うよ!」

 お前は何を言っているんだと云う気分で騒ぐ女子生徒と追従する男子生徒を見遣る。

 女子生徒の方は同級生だ。フィオナ・アイランズ。アメリカのラングレー魔法学校を卒業後に麻帆良へ来た外様組である。典型的な金髪碧眼の美少女と云った感じであるが、面は兎も角頭の中身は少々残念だ。”英雄”ナギ・スプリングフィールドのファンであるとか。

 男子生徒は確かエドガーの同級生だ。早村(はやむら)だったか。こちらはフィオナのファンである。麻帆良組だが『お医者さまでも草津の湯でも』と云う状態であるので、熱が冷めるまで放っておくしかあるまい。

 職員用の小会議室を借りてまで話をすると言うからさぞかし大事な用件かと思えば、ネギが魔法使いとしての修行を受けられないのは可愛そうだと言い出した。そこから聞き流していた会話記録(ログ)を整理すると、『上が匙を投げた彼の問題を我々がどうにかする云々』と言っている。”云々”の中に『私の愛』だとか云う発言が有ったのでちょっと退いた。委員長と同類らしい。それに同意する早村は何なのだろうか。普通に、子供に対する愛情と受け取ったのだろうか。

 自分と同じくフィオナに喚ばれれていた同級生――と言うか同類たる田上(かなで)を見ると、何の気負いも無く携帯電話を弄っていた。会話記録を残しているかどうかも怪しい。

 それを見て些か引き攣った様な顔をしているのは、麻帆良学園女子中等学校二年の佐倉――某と、芸大付属中学二年の夏目某だ。春日美空(みそら)は教会の手伝いが有るからと逃げている。要領の良い少女である。

「皆さんもそう思うでしょう?」

 同意を求めるなよ。なのはは考え込んでいる振りをして遣り過す。

「あの、アイランズさん。錬金術師は別に怪し気って訳じゃ……」

 反応したのは真面目な佐倉だけだった。

「何を言っているのですか!怪しいからこそ現在滅びの時を迎えているのですよ!」

 錬金術師の数が少ないのは設備投資と研究に莫大な金が必要だからで、怪しいからではない。あの学問を究められるのは、霊気物質化霊能力と物質組成変換魔法を得意とするエドガーくらいであろう。

「大体”最後の錬金術師”なんて呼ばれていい気になっているみたいですけど、アリアドネーの錬金術学校は未だ廃校になっていないじゃないですか!後輩が居るのに最後、なんて名乗るのはどうかと思いますわ!」

 佐倉があうぅと唸り、早村が首を縦に振る。お前は一生首を振っていろ。

 実を言えば生徒はエドガーで最後だ。但し一番”若い”教師の定年が来年度であり、その救済措置として(書類上)生徒が居る様に見せ掛けているだけなのである。名義貸しをしているのは人造妖怪である奏だが。

 まぁその辺の事情を彼女に話して納得させる義理は、なのはには無い。同然、奏にもである。

 彼に造られた擬似生命体ではあるが、茶屋町なのはは独立した一個の意思なのだ。彼を見捨てるのも殺すのも彼女の自由。そう言われているし、それが当然であるとも本心から思っている。

 だが、この靄々とした気分は、彼女に対する苛つきは――多分、彼女の言い分が独善的である事への反発だろう。恐らく。自分に彼に対する忠誠心は無い。茶屋町なのははそう思っている。

「――でもさ、アイランズさん。『錬金術を学びたい』って云うのはネギ先生の願いだった筈だよ?それにヴァレンタインさん預かりは学園長の決定でもある。自分達が口を出す筋合いは無いんじゃない?」

 溜息を吐きながら奏が言う。何時の間にか携帯は仕舞われている。音はしなかった筈だが、まさかそれだけの為に魔法を使ったりは――するだろうな、この子なら。

 兎も角”学園長決定”は絶対である。あの娘はそれを知らなかっただけなのだ。麻帆良でそれを覆そうとする者など――

「なら当然、学園長に直訴しますわ!我々全員の署名を――」

 その台詞の途中で、なのはと奏、早村、夏目はガタッと椅子を退いた。

「拒否します!」

「拒否するに決まってんでしょそんなもの!」

「止めてよホントそれは!」

「アアア、アイランズさん!何て事を言い出すんだ君は!?」

 麻帆良組のみの反応であった。外様組二人はキョトンとしている。

 学園長に逆らうなどととんでもない、命が幾つ有っても足りないと云うのが麻帆良組共通の認識である。決して過剰な反応ではない。関東魔法協会理事は、鼎の一番脆い脚なのだ。最近では魔術と云う脚が換わりになりそうであるし。

「――何ですかその反応は?まさか学園長は暴力で人を脅し――」

「滅多な事を言うんじゃないッ!!」

 コメツキバッタが吠えた。

「い、いいかいアイランズさん。学園長は正論しか言わない。関東魔法協会理事として、決して過ちは起こさない。それだけの重責を背負って動いている。あの人と相対すればその重さが分かる、理解出来る」

 顔を青褪めさせて早村は続ける。彼女に嫌われるのも覚悟して説得しようとしているのだ。なのははちょっとだけ見直した。

「学園長は大抵部下任せだけれど、それは部下に自由に遣らせて責任だけは自分で取るってスタンスだからだ。だから”学園長決定”が有る以上、ネギ先生の扱いはそれで決定なんだ。動かし様が無い」

「そ、そうなんですの?」

「そうなんだ」

 フィオナがこちらにも視線を向けたので、首肯しておく。

「……が、学園長の判断が正しいと言うのなら、何故皆さんはそんなに怯えているんですの?」

「……学園長は正論しか言わない。世界の情勢から日本経済、天気まで絡めて理論を構築している」

「は、はぁ……」

「それを、一から説明してくれる」

「し、親切ですわね?」

「一対一で懇切丁寧に」

「……」

「ダイオラマ魔法球を使って延々と」

「…………」

「正座で、膝を突き合わせて」

「……申し訳有りませんでした」

 ええ。二度とそんな事で喚び出すんじゃないわよと麻帆良組が目で釘を刺し、その場は解散となった。

 

 

*****

 

 

「無知って怖いわね」

 図書館前の階段横でウロチョロしている子供を眺めながら、なのはは呟いた。

「そりゃ、怖さを知らない訳ですからね。素手で火中の栗を拾おうともします」

 返したのは奏だ。彼女も子供を眺めている。

「危ないわよね……」

「ええ」

 自分達もまた無知である。未だこの世界の事を何も知らない。与えられた知識は有れど、完成してから高々二年の赤子なのだ。

 茶々丸の様に、誰かの従者として生涯の命を与えられていれば良かったのかも知れないと、偶に思う。某かの主命が有り、それを熟す過程で自我が芽生えていくと云う状況であったなら。言っても栓の無い事であるが。

 『配られたカードで勝負するしか無い。それがどう云う意味であれ』

 世界一有名な白いビーグル犬の台詞、であるらしい。与えられた知識である。エドガーはどう云う意図でこの言葉を自分達に刻んだのか。だから諦めろ?だからその札で勝負しろ?……一番可能性が高いのは『自分が好きな台詞だから入れた』と云うパターンだが。

 なのは達は、生まれた瞬間から自我が在った。知識を与えられていた。二〇〇三年度の麻帆良祭で鈴原椿を補佐する、自意識無きアンドロイド・怪異の纏め役。そう云う存在として造られている。つまり今年の七月くらいからは完全にフリーなのだ。

 だが椿とエドガーに対する忠誠心は一切インプットされていない。補佐役としてそれはどうなんだと思う。『自由に生きてほしい』と云う親心は分からないでもないが、製造目的を曖昧にされるのは困る。サボりたくなってしまうではないか。反抗防止プログラムすら組まれていないので、何時でも反逆可能だと云うのも問題だ。一千体のアンドロイドの戦闘団(カンプグルッペ)で、麻帆良を燃やし尽くされても良いと言うのか。

 ……実際にやれば即座に鎮圧されて処分されるのは目に見えているにしても。安全装置は出来るだけ多く付けておくのが技術者としての良心ではなかろうか。『自由にして良い』と言われても、ある程度の規制が無ければ逆に動き難い。配られた札は多いがこれがどう云う遊戯なのかは分からない。そんな気分である。

 しかしそれでも彼を憎めないのは――エドガーが孤独だと云う事を知っているからか。

 この世界で彼が何年生きるのかは知らないが、いずれは死ぬ。そしてまた、別の世界に生まれ変わるのだ。そこに彼を知る人間は居ない。永遠に出会いと別れを繰り返す一個の存在。学園長他の仙道妖怪の様に、この世界で延々と生きる訳ではない妙な体質。

 一期一会と割り切れる粋人なら良かったのだろうが、生憎と彼は凡人である。『死んだ処で如何と云う事も無い』

 そんな台詞を吐いていたようだが、それはそう思わねば生きていけないだけだ。きっと本当に死ぬまで、本物の化物に成るまで延々と苦しみ続けるのだろう。正しく彼こそが『配られたカードで勝負するしか無い』人間なのだ。

 ――この世界に自分が居た証を残したかった。だから自分達を造った。そう思うのは贔屓だろうか。

 クラスの友人達と楽しく笑い合う度に、そんな想いが募る。

 一度死に、それっ切りならばまだ救いは有ると思う。先が無いから。チープな台詞ではあるが、死は一つの救済なのだろう。

 しかし彼にはその救済が無い。

 彼は何時か救われるのだろうか。それとも先に孤独に殺されるのだろうか。

 彼の孤独を癒やす方法。

 それを知りたい。

 茶屋町なのはの生きる目的は、そんな処に落ち着きつつあった。

 そしてそれは、隣の少女も一緒だと思う。確認した訳ではないが、図書館内に在る書物を全て読破しようとしている理由は、多分そうだ。

 こちらの視線に気付いたのか、彼女が問いを発する。

「……彼に、教えてあげた方が良いと思います?」

 しかしそれは、彼とは全く関係の無い話だった。

 当然と言えば当然だが、なのはは少し肩透かしを喰らった気分である。

 彼女の言う”彼”とは、先程二人が見ていた赤毛の少年の事だ。

 ここ暫く、放課後になるとあの少年はあそこでウロチョロ――拳法の真似事の様な事をしている。怖い物知らずで有名な報道部の少女が「何をしているのか」と尋ねると、「ここが気に入って、ここで体術の練習をしている」との答えが返ってきたらしいが、彼女は「あれは階段下から見えるだろうパンチラ狙いだね!」と断定した。どうも目付きが厭らしかった様だ。あの麻帆良のパパラッチが名も訊かずに逃げ帰ったのだから相当だろう。

 兎も角そんな理由で、グージー・スプリングフィールドには「痴漢少年」のレッテルが貼られている。名が知られていないので、我がクラスの教育実習生には飛び火していない。首の皮一枚と云う気がしないでもないが。

 グージーがそこに居座る真の理由は”重い荷物を抱えてフラつき、階段から落ちる少女を助けてフラグを建てたい!”と云う実に馬鹿げたものなのだが、まぁパンチラ狙いとは五十歩百歩だ。

 何にせよ、女子生徒は皆階段の中央を通る様になった。事故防止と云う観点から見れば役に立っていると言えなくも無いが、元々高さ1mのアクリル製転落防止柵が在るので微々たるものだろう。

「……何て教えるの?」

「…………『痴漢少年扱いされている』とは言えないですよね」

 例えどれだけ科学や魔法が発達しようが、知識を貯めて知恵を養おうが。世の中には如何仕様も無い事が有る。

 無力さを噛み締め、なのは達はその場を後にした。

 

 

*****

 

 

 鼎遊教主の持つ技術は多い。二千年近く存在していると言うのだから当然とも言えるが。

 兎も角それらの技は数多の弟子に受け継がれている訳だが、中には使用条件の都合で継承者が居ないモノも有った。対人用暗殺術と咸掛法と霊気の組み合わせによる個人固有技能の開発である。

 妖怪は近接格闘術など使わない。大抵の妖が物理攻撃無効化能力を持っている上、必要以上に頑丈だからだ。人間の知覚外からの攻撃が主でありヒット・アンド・アウェイで一方的に攻撃される事も先ず無いと言って良い。妖術も有るので『効率良く相手の攻撃を避けて打撃を加える』技術など無用の長物と言える。

 魔法使いは基本理念として『世の為人の為』を叩き込むので暗殺術とか論外である。特に『外部からの破壊より寧ろ内部からの破壊を極意とする一撃必殺の暗殺拳』とか見た目グロテスクなモノは。

 咸掛法についてであるが、妖怪は人間よりも習得が容易である。但しエネルギーの増幅量は人間の半分以下となる。そして妖気と霊気がほぼイコールである為”気””魔力””霊気”を混ぜ合わせても大きなパワーアップは望めない。個人固有技能の開発など妖怪の特性と同じになるので無意味であるし。

 そして人間にとって咸掛法は、究極技法とまで呼ばれる程に習得が困難である。そもそも気(=人間の持つ肉体の力)と魔力(=天然自然中に遍在するエネルギー=外気)が反発するのは、”個”に拘る人と云う種が外界からの異物を拒絶する為だ。『自分と云う個は自然の一部』『我亡くして世界は無く、世界亡くして我は無し』等の悟りを経れば外気を自由に扱う(=仙気)事が可能だが、そうすると内気と外気は反発しないので咸掛法とは呼べない(但し咸掛法の出力<越えられない壁<仙気。ネギは咸掛法=仙気と勘違いしていた)。妖怪は天然自然から発生する者が殆どであるので、妖気≒外気、とまではいかないものの、人間よりも遥かに混じり易いと云う状態である。

 したがって『近接格闘術の延長として暗殺拳を習っても犯罪に走らない高いモラルを持った人間』且つ『咸掛法が使い熟せるけれども仙道にはなれない人間』のみが先の技術を扱える訳だ。茶屋町なのははその条件を満たす数少ない例であった。

 尚この技術を見聞したエドガーは、『北斗神拳と念能力かよ』と呟いている。『元始天尊かと思ったらネテロ会長+リュウケンだったでござる』とも。

 まぁそんな理由で、なのはは北斗神拳(正式名称”経絡破甲術”)と念能力(正式名称”三合拳”)を習っている訳である。

 そして老人マッチョに相対する度に思う。

 これは明らかに女子中学生として間違っていると。天を割り地を裂く技術はか弱い乙女には不要だろうと。

「じゃあ今日は、この漫画のこの技、”天地魔闘の構え”を試してみようかの」

「……学園長も漫画とか読むんですね」

「エドガー推薦じゃな。確かに面白いわ」

 創造主の推挙する技ともなれば是非も無い。

 自分は無知だ。何が必要で何が不必要かも判断出来ない程。

 今は未だ、与えられる知識を全て吸収する時期だ。

 そしてその全ての知識を活かし。

 いずれは己の個を確立して――。

 

 あの人に認められたい。

 あの人を支えたい。

 

 これはきっと、子供が親に認めてもらいたいと思う気持ち。

 自分が彼に褒められたいと思うのは、生まれて二年の子供だから。甘えたい年頃だからだ。

 私が欲しいのは、親子の情であって異性としての愛情ではない。

 

 ……筈だ。

 

 

 

 魔法少女茶屋町なのはは人造人間である。

 彼女を開発させた日本妖怪連合は、世界平和を願う正義の秘密結社であった。

 魔法少女は人類の自由と、あと何だかよく分からない靄々の正体を理解する為、日夜修行を続けるのだ。



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第六話 「魔法教師」

 考えに考え抜いて書き連ねた筈であった。様々な教育育児心療関連の論文を読み漁って己の正当を、与えられた試練の過酷さを表現した筈であった。

 しかし八日間の不眠不休は矢張り無謀に過ぎた様だ。鍛え続けてきた魔法と精神はそれを可能にしたがA4用紙二千枚のレポートを読み直す気力は無く、最後の方は、否、殆どが自分でも思い出せない。途中で『悪魔の軍勢が生贄を求めて彷徨い歩き』などと書いた様な気がしないでもない。そして参考文献リストの中に、ライオネル・ダーマーの手記が載っていた。それは如何考えても違うだろう。『あの子を矯正するのは自分では無理です』と書くのにそれを参考文献とするのは悪手だ。

 一日の徹夜後七日間をダイオラマ魔法球で過ごし(現実時間では七時間)てそのまま出勤し、学園長に報告書を提出した後授業を熟して帰宅。一夜明けてから漸く見直す余裕が出来たと云う訳だ。訳だが、二千枚とか正気の沙汰ではない。龍臥亭事件より長い。ダイオラマ魔法球により拡大された時間が有っても読み返す気力が無い。

 渡良瀬瀬流彦は顎に手を当て考える。もういっその事辞表を提出して中東アジア辺りに逃げようか。その辺なら流石に学園長の手も……否、エドガーの手が有るか。あの少年(身長と冷静な性格の所為で、とても子供には見えないが)、かなりの数の人造人間を世界各地に派遣して平和維持活動を行っているらしい。高畑教諭の替わりに来る男、と言うか人造人間は中東で教師をしていた筈だ。一人ショッカーとか笑うに笑えないのだが。犯罪に走りそうにない事だけが救いか。

 現代科学技術と中世錬金術の粋を凝らした特殊機能特化型魔法発動体――通称デバイス、その作成。それが彼の持つ特殊技能だ。魔導人形(ゴーレム)作成に特化させたと云うデバイスにより生み出される各種設備。麻帆良の魔法教師に貸与されているダイオラマ魔法球の殆どは、彼が造った物だ。人造人間も自律可動型ゴーレムやホムンクルスの延長だと云う説明であるが、一体どの程度のレベルの作品が造られるのか、瀬流彦は知らない。2-Aの生徒として学園に通う、絡繰茶々丸でも『もうこれ生命創造の域だろ?』と云う感じなのだ。あれより凄い、となれば、最早人間と見分けは付かないだろう(茶屋町と田上が人造人間と人造妖怪である、と云う事実を瀬流彦は知らされていない)。

 四年程前、彼が麻帆良に来た際模擬戦を行った事があるが、試合開始と同時にMS(モビル・スーツ)を造られ唖然としている内に遠距離攻撃されて負けた。駆け寄ろうとした一瞬の間に連邦の白い奴が目の前に居て、地面を揺らして飛んで行ったのである。何が起こったのか理解する前に”魔法の射手・戒めの風矢”で束縛されていた。仮面を着けて『化物か』と叫びたい気分であった。魔法と物理の反則的な融合。それがエドガー・ヴァレンタインの力である。半自律型の人間大ゴーレムを”大量”に作成して対手に叩き付ける”死の河”など絶対に喰らいたくない。喰らったガンドルフィーニ教諭はゾンビ映画が嫌いになったそうだ。喰屍鬼(グール)でなくともアレだけの質量分のGとか造られた日には心臓麻痺で死ぬ。

 ――まぁそれは兎も角。ネギ・スプリングフィールドは、彼と同じ感じがする。常に冷静で、何か大事が起こったとしても平素と変わらぬかの様に動き、一瞬で事態を終息させてしまうだろうと思わせる奇妙な凄味が有る。迚も九歳の少年には見えない大物振りと言おうか。歴史に名を残した偉人と云うのはああ云う感じであろうかと思う。年齢に見合わぬ落ち着きと思考速度だが、恐らくその思考の速さこそが彼を作り出しているのだと考えられる。

 対する兄、グージー・スプリングフィールドは、彼等とは違う。魔法制御力に難があるものの、覚えも早くて一般的には十分に”天才”と言える部類に入る。しかし、その思考の根本が違う。

 人間は、一度敗北を味わったならばそれを反省して糧とするものである。だが彼は反省していない。『俺は天才だから克服出来る』と云う確信のみが有る。『次はそうならない様に動く』ではなく、『次の次くらいでやり返せる』と云う思考なのだ。確かに、ネガティブよりはポジティブに考えられる方が良いだろう。しかし、彼は度が過ぎている。『失敗しても”絶対に”やり直しが効く』と考えているのだ。異常である。物事にはやり直しが効かない事も有る、否、効かない事の方が多い。そう教えても、彼には届かない。『それは一般人の思考。俺は違う。特別なのだ』との盲信が透けて見える。

 だから瀬流彦は、彼が恐ろしい。エドガーやネギは彼以上の天才であるが、その思考の筋道は理路整然としている。教えられれば理解は可能なのだ。仮令、常人が二、三十分を掛けて辿り着くあろう結論を一瞬で突き詰められたとしても、だ。だが彼にはそんなモノが無い。知識の出処はあやふやで説明は要領を得ない。同じ場所に居ながら、何処か別の場所で生きているかの様な薄気味悪さを感じるのだ。

 

 一昨日、彼に『”闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)”の家は何処に有るのか?』と尋ねられた。

「さあ?定住はしていないらしいけど……今はドバイ辺りに居るんじゃなかったかな」

 学園長からはそう聞いている。瀬流彦も、ドバイ土産のラクダチョコを貰った。

「……は?」

 何故か目を点にして驚くグージーだが、こう云う意味の分からないリアクションは今迄もそれなりの数有ったので、瀬流彦は無視した。

「で、何でまた急にそんな事を言い出したんだい?」

「え、いや……ええと。確か十五年前、俺の父親が彼女を麻帆良に封じ込めたんですよね?」

「うん」

「……まだ封印されているんなら挨拶くらいはしておこうかなと」

「……は?」

 今度は瀬流彦が首を傾げる番だった。コイツは何を言っているんだと云う目で見てみると、何故か急に焦り出した。

「え、ええと……あれ?俺の聞いた話だと、『十五年前、ナギ・スプリングフィールドが”闇の福音”を麻帆良に封じ込めた』ってので終わってたんだけ……ですけど」

「……それこそ、何で?」

「え?」

「『十五年前、ナギ・スプリングフィールドが”闇の福音”を麻帆良に封じ込めた。MMは彼女の身柄を引き渡す様に請求したが、麻帆良学園学園長、近衛近右衛門はこれを拒否。彼女はそもそも無理矢理真祖の吸血鬼に変えられた存在である事、変えたのが、当時のMM魔法省大臣アダルベルト・アバスカルと某宗教団体幹部である事を突き止め賞金の取り消しを求めた』……迄がワンセットだろう?学校ではそう習わなかったのかい?」

 MM以外の教科書では、全てそうなっている筈だ。有名な話であり、メルディアナを卒業した別の生徒も、その件で学園長を賞賛していた。MM元老院も、渋々ながら賞金の取り消しに動いている。麻帆良に彼女が封印されたのを知っていてそれを知らないのは、剰りに不自然である。

「あー……うん。授業の途中で寝ちゃってたみたいですね。うっかりしてました」

 彼はそう言って笑うが、瀬流彦の中の違和感は大きくなった。挙句、じゃあネギのクラスにガイノイドは居ないんですかね?などと尋ねられては警戒せざるを得ない。何の話だと回答を拒んだ。

 

 何なのだろうか、彼は。『天才と凡人では見えている物が違う』と云うのはよく聞く話であるが、彼はそれとも何かが違う様に思える。

 だからこそ、彼が(同情を引く目的で)語った『三歳の時に悪魔の襲撃を受けた』との話で腑に落ちた。

 

 ああ。精神汚染を受けたんだな、と。

 

 なので、瀬流彦のレポートにはそこの調査を重点的に行う様に書かれている。筈だ。

 何度も言う様であるが。読み直す気力は、未だ無い。

 

 

*****

 

 

 瀬流彦が教師を目指そうと思ったのは、小学校四年生の秋だった。

 当時の彼は優秀な魔法生徒として認められてはいたが、制御力よりも威力を重視するタイプで、優れている事を誇っている節があった。人より少し多いくらいの魔力容量の上に胡座をかいていた。簡単に言えば、優等生を演じられる、ヤな性格のガキ大将である。

 教師である父にはバレていない。そう思っていた。しかし向こうにしてみればバレバレだったのだろう。或る日、夕方の四時近く。父にボソリと着いて来いと言われ、外に連れ出された。

 瀬流彦少年は、言葉数の少ない父の事が苦手だった。嫌ってはいないし魔法使いとして尊敬はしていたが、家族サービスが少ないので不満だったのだ。もっと遊園地とかに連れて行って貰いたい。その不満の捌け口がガキ大将、だったのだろう。

 そんな父に黙ってついて行く。特に会話が有る訳でもなく、十分程歩いただろうか。「ここだ」と父が止まったのは、とある時計店の前だった。

 ここに何か用が有るのか。もしかして、腕時計を買ってくれるのか?そう思ったが、父は中に入る様子が無い。そしてよく見ると、周りにも何人かが留まりその時計店を見ていた。何だ?何が有る?そう思って店を見た瞬間、四時になった。

 途端、時計店の時計が一斉に音を立て、時刻を告げた。

 一体幾つ在ったのか。百は無いだろうが、五十以上は確かに在った。それらが全て、コンマ1秒の時間差も無く、同時に鳴ったのだ。一つ一つの音は小さくとも共鳴し合うそれらは体を震わせる。

 否。これは音で震えているのではない。感動で震えているのだ。

 この状況を作り出すには一体どれ程の労力が必要なのだろう。どれだけの努力が必要だったのだろう。一秒の時間差も無く時を刻み続ける時計達。気付けば涙が流れていた。

 父は、そんな瀬流彦の手を引き家へと戻った。言葉なんて何も無かったけれども、父の言いたかった事が理解出来た。

 魔法など関係無く、人を感動させる事は出来る。

 そんな彼等を護る為にこそ魔法は有る。

 努力無き栄光は無い。

 あの数分の中にはそんな父からの言葉が隠れていたのだと思う。そんな事を、言葉でなく”他人の努力の結果を見せる”事で語った父を尊敬した。教師とはそう云う事も出来るのだと感動した。

 だから教師を目指した。何時か、他人にあの時の感動を伝えたいと思ったのだ。

 あれ以来、力よりも制御を重視して魔法の修行をし、また攻撃よりも護る事を優先する様になった。そして今の瀬流彦が在る。

 

 

*****

 

 

「レポートは読ませてもらったよ」

「は、はい」

 目の前の老人は、教師としても魔法使いとしても自分の数段上に在る。麻帆良学園学園長、関東魔法協会理事、近衛近右衛門。

 瀬流彦は緊張していた。勇気を振り絞って読み直したら、最初の方こそ子供に対する教育方針を論じたり彼へのアプローチに対するリアクションに関して考察していたのだが、何故か途中からそこそこ面白い娯楽小説に仕上がっていたのだ。自分でも謎である。『悪魔の軍勢が生贄を求めて彷徨い歩き』は実際に書いていた。

 ただ当初の二十五枚は普通の報告書である。なので先日『二十六枚目以降は無視して下さい』と電話しておいた。メールでは流石に無礼に過ぎるし、だからと言って直接会う勇気は出せなかったのだ。

「――君から電話が来るまでには、大半を読み終わっておったのじゃが」

「うへえ」

 思わず妙な声が漏れる。『小説家に転向するのはどうじゃ?』とか言われたらどうしようか。今の時期から就職活動とか無理なんだけど。

「いやいや、そう強張らんでええ。徹夜続きで妙なスイッチが入ったんじゃろ?儂も若い頃に徹夜続きで変な行動を執ってしまったものじゃ」

 ふぉふぉふぉと笑う学園長に、瀬流彦は肩の力を抜いた。良かった。この感触ならば馘首(クビ)にはされずに済むだろう。薔薇高送りも、多分無い。

「ま、本文はしっかりしとる。多少言い訳染みた理屈も有るが……と言うか、儂が発破をかけ過ぎた所為じゃなこれは。十分納得出来る内容じゃ。君の努力を認めよう。彼の矯正は、一週間では無理だったと判断する」

「は、有難うございます」

 ……あれは発破と言うより脅迫だったが。とは口に出さない。

 出さなかったが、学園長の雰囲気が少し鋭くなったので緊張した。

「――ところで、渡良瀬君は、何処で悪魔襲撃の話を聞いたのかの?」

 声の感じは笑っているが、長い眉毛の下から覗く瞳は笑っていない。背筋がゾクッとしたので慌てて答える。

「ほ、本人が自分で言っていました!」

「…………さよか」

 何か、色々と諦めた様な口調で学園長が言う。

「ま、それは兎も角。君がレポートで指摘しおった件については、こちらでカウンセラーや退魔師でも派遣して探ってみよう。流石に精神汚染の可能性については無視出来んからの」

「は。お願いします」

 最悪の場合、本物のグージーは殺されていて、今居るのは悪魔と云う事も有り得る。まぁ悪魔ならば、自分の存在を気取られかねないあの話を進んでする筈も無いので、本当に最悪の場合だけれど。

 兎も角、これで瀬流彦に任されていた仕事は終わった。

 後は、最後の足掻きをしてみるだけだ。

 

 

*****

 

 

「……本当に、魔法障壁を展開してなくて良いの?」

 こちらを気遣う様な発言だが、顔のニヤニヤが消せていない。グージーの性格は会った当初から全く変わっていない様だ。

 訓練用ダイオラマ魔法球の中。二人は10m程離れて対峙していた。

 彼の担当教師は、明日からガンドルフィーニに変わる。そして新学期以降は高畑が面倒を見る事になっていた。瀬流彦が彼に関わる機会はこれ以降、無いだろう。

 ――だからと言って、ハイさようならって訳にもいかないよね。

 自分は教師である。学園長や父の領域に今は未だ届かなくとも、いずれは辿り着いてみせると誓った身だ。出来なかった、だから次の人に任せます、の連続では通らない。今回は不本意な結果に終わり、またこの模擬戦で彼が劇的に変わるとは思えないが、やれるだけの事はやっておくべきだろう。

「ああ。君が一番自信の有る魔法をぶつけてきて良いよ」

「……知りませんよ?どうなっても」

 あれ、手加減したんだけどなぁ。全力の魔法をこちらに撃ち込んだ上でそう言おう。

 そんな思いが透けて見える。

 ――ポーカー・フェイスの訓練もする様に、申し送るべきだね。

 対手に手の内が読まれ易いのは問題だろう。実際には対人戦など滅多に起こらないにしても。

 少年は瞬動を用いて更に距離を取った。大威力の魔法に自分が巻き込まれない様にする為だ。

「――契約により我に従え高殿の王、来たれ巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆」

 雷系最大呪文、千の雷。この歳でこの魔法を扱えるとは、確かに天才だ。そして手加減する気が一切無い。

 まあ、それで良い。

 そうでなくては彼の自信を打ち砕けない。

「遠隔補助魔法陣展開!」

 ここだ、と瀬流彦は意識を集中する。この瞬間のこの術式。ここに干渉するだけで、話は終わる。

 麻帆良魔法教師にのみ伝えられる奥義の一、術式干渉術。瀬流彦は逸らすので精一杯であるが、学園長など対手の術式を乗っ取り魔力を勝手に引き出した上で対手にぶつけると云う、実に恐ろしい事をする。

「第一から第十目標補足!」

 彼は全く気付いていない。言の葉と意識により組まれた魔法陣が、他人に因って書き換えられているなど、全く予想もしていないだろう。

「範囲固定!

 域内精霊圧力臨海まで加圧!

 三……二……臨界圧!

 拘束解除!全雷精、全力開放!!

 百重千重と重なりて、走れよ稲妻!!

 千の雷ッ!!」

 千条の雷が齎す音も光も衝撃も。その全てが瀬流彦を逸れる。

「ッシャ!」

 ガッツポーズを取るグージーを遠目に見、瀬流彦は服に付いた煤を払った。砂塵は舞っているが、何故かそれだけははっきりと見えた。

「瀬流彦センセイ!大丈夫ですか!?」

 いやお前、ガッツポーズしてたの見えてるから。とは流石に言わず。瀬流彦は「大丈夫だよ」と答えた。

「……え?」

「種も仕掛けもあるけれど、こう云う手品を使える人間ってのは結構居るもんだよ?」

 ポカンと口を開ける少年に歩み寄り、デコピンを放つ。

「って」

「じゃあね。グージー君。これからも魔法の勉強、頑張りなよ」

 額を押さえる彼に手を振り、瀬流彦は魔法球を後にする。

 これで、彼も少しは大人しくなってくれれば良いが。




※ライオネル・ダーマーの手記
 原題「A Father's Story」。邦題は「息子ジェフリー・ダーマーとの日々」。十七人を殺した殺人犯、ジェフリーの父が綴った一冊。筆者は未読。
※龍臥亭事件
 島田荘司作。上下巻。原稿用紙二千枚。異邦の騎士で上がった後下がりまくっていた石岡和己株が高騰(しかし直後に大幅下落)した話。


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第七話 「ガイノイド」

何時の間にかお気に入り登録が500を越えていました。ありがとうございます。


 ギリシア語のandro-(人、男性)と接尾辞-oid(―の様なもの、―もどき)を組み合わせて出来た言葉がアンドロイドである。人型ロボット等の、人に似せて造られた存在を指す。”ガイノイド”は、アンドロイドが男性の意味を持つ事から発生した、女性型アンドロイドを示す言葉だ。

 一般的にはアンドロイド=人造人間であるのだが、ここ麻帆良(の裏)では、その二つは等号で結ばれない。その身の大部分を金属で構成するガイノイド=絡繰茶々丸と、身体構成要素が人間と全く同じである人造人間=茶屋町なのはが存在する為だ。『人間に近い生体を持つ人造人間』としてバイオノイド(若しくはバイオロイド)と云う語は在るが、『人間に近い』のではなく『人間と同一』であるのでなのははこれに当たらない。正しく人(と言うか仙人だが)に造られた人間である為人造人間と呼ぶしかあるまい。

 対する茶々丸は、人と同じ外観を持つが人ではない。真に”人間の女性に似たもの”、ガイノイドである。88mm戦車砲(アハトアハト)の直撃に耐える内骨格、駆動系、皮膜。鋼を砕き、秒速120mで走る事が可能な人工筋肉。1m先から発射される突撃銃の弾丸を全て叩き落とせる程の反応速度。それらを制御する人工頭脳。人の心を解し、魂を持つ自動人形。それが絡繰茶々丸である。

 しかしながらそんな彼女にも、否、そんな彼女だからこそ悩みは有る。

 

 一つは名前だ。

 茶々丸と云う名は男性名である。これは本来の性別とは違ったり妙な名前を付ける事で、子の長寿を願うと云う呪術に因るものだ。悪霊を戸惑わせ、子を幽世に連れて行かせない様にとの(まじな)いだ。絡繰茶々丸とはそう云う意図の下に付けられた名であり、誕生から六年が経過した暁には別の名前が付けられる予定となっている。一般には知られていないが悪魔も悪霊も仙人も道士も妖怪も妖精も存在するので、悪霊対策はやっておくに越した事は無い。

 実の処、仙道と魔法使いによる結界で護られた麻帆良内では無意味なのだが。

 決して徹夜明けのテンションで名付けてしまって、後付で設定を考えたと云う訳ではない。らしい。

 

 もう一つは、その高過ぎる戦闘能力である。

 茶々丸は、花も恥じらう乙女なのだ。

 仮令、透き通る様な白い肌が耐刃・耐貫通性・耐魔法に優れていたとしても。細く、握っただけで折れそうな手首が戦車の装甲を引き裂こうと。対物ライフルを余裕で弾き返せようが。

 普通に恋する年頃の少女なのである。

 恋愛に、万単位の馬力は必要無い。鋼鉄をも斬り裂く暗殺拳だとかも必要無いのだ。

 

 なので最近では、同じ悩みを持つ茶屋町なのはや近衛木乃香とよく話す。

「最近な。テレビで”イケメン特集!”とかやっとっても、『ああコイツは弱そうやな』『見せ筋やな』としか思えへんねん」

 神妙な面持ちで木乃香が語る。

「分かるわー。『戦闘力たったの5か……ゴミめっ』ってなるのよねぇ」

「なりますよね。顔や性格よりも攻撃力なんですよね」

 三名同時に溜息を吐く。

「……可怪しいよな、ウチら」

「一般的な女子中学生からは外れてますよね……」

「どうしてこんな事になったんだろうね……」

 妖怪道士だとかガイノイドだとか人造人間とか云う側面が強いが、一応彼女達は女子中学生でもある。教室内でのガールズトークについて行けずに疎外感を感じる事も多かった。

「思うに、我々の中に在る戦闘狂(バトル・ジャンキー)的な思考が問題なのでは?」

「……それは、まぁそうなんやけど、それは大妖としての本能やしなぁ」

「そうよね。人間としての本能よね」

「私も、思考回路に組み込まれていますからねぇ……」

 茶々丸には三つの回路が内蔵されている。

 善悪を判断し、日常生活を送る為の”良心回路(メルキオール)”。瞬時に対手を壊す最適解を導き出す、冷徹な演算機能”服従回路(カスパール)”。そして愛情や母性本能を司る”乙女回路(バルタザール)”の三種だ。

 戦闘狂的な思考は、服従回路により生み出されている。

 『”良心回路(ジェミニ)”と”服従回路(イエッサー)”だけではガイノイド足りえません。”乙女回路(ローレライ)”は必須ですよ!』と葉加瀬(はかせ) 聡美(さとみ)が主張し、『それだと統一感が無いからルビは変えよう』と鈴原が名称を決めたらしいが、如何考えた処でガイノイドに服従回路は要らないだろう。学生生活で経験を積んだこれらのAIは老人介護用ガイノイドの規範となると聞いているが、あの二人は”殺人女中(ロベルタ)”でも量産する気なのだろうか。麻帆良と書いてロアナプラと読まれる様になる日は近い。

 とまれ、そんなネタの様な実話は兎も角。

「……なのはさん。人としての本能に、戦闘狂的思考は含まれていないかと」

「え、マジで!?」

「いや茶々丸ちゃん。肉食系女子はそう云う本能を持っとるって聞くで?」

「ああ。なのはさんは肉食系女子なのですね。物凄まじく納得しました」

「納得された!?」

 肉食系女子とは最近の流行語であるらしい。簡単に言えば、大和撫子的な”待つ”姿勢の女子ではなく、自分から血気盛んに突き進む気性を持った女子と云う事だ。対する獲物は”草食系男子”らしい。

「突き進む方向が恋愛やない、っちゅうのが問題やな」

「貞操観念的には褒められるべきだと思いますが」

「あーはいはい。そうですよ。どうせ私は戦闘方面にがっついてますよ。バーサーカー系女子ですよ!」

 でも結局アンタ達だって戦闘系女子じゃないのとなのはは言う。

「……まぁ孫悟空やって結婚出来たんやし」

「そうね。希望は有る筈だわ。強い肉食系男子が居ればいいだけの話なのよ」

「…………一瞬同意し掛けましたがお二人とも。そこは、”チチだって”と言うべきでは?」

「あ」

「う」

 例えに男を出す時点で、何か色々と間違っている。三名の会話は、大体何時もこんな感じだった。

 

 

*****

 

 

 そんな三名だったが、クラスの中では”女子力高め”と評価されている。調理実習で作る料理の美味しさ、掃除の丁寧さ、隙の無い気品を感じさせる所作の為であった。後は、長い黒髪で一見大和撫子っぽい処であろうか。

 確かに三名共、料理は上手でありレパートリーも豊富だ。ただ、サバイバル料理から満漢全席まで作れると云うのは”料理上手”で済ませていいものかどうかが謎である。この現代日本で”生きている蛇をものの数秒で捌ける”スキルは必要なのだろうか。特級厨師が泣いて教えを乞う技術は逆に退かれやしまいか。隙が無いのは古流武術を修めている所為だなんて傍からは解るまいが、言えば確実に退かれるだろう。

 実際にはそんなカミングアウトをする気も無く、したがって彼女達の評価が下がる事は無かった。

 なので、彼女達が同級生から恋愛相談を受ける事もそれなりに有った。但し、流石に茶々丸に相談する人間は居なかったが。木乃香やなのはと違い、彼女はガイノイドであると知られているからだ。流石に機械人形に恋愛相談をしようと云う奇特な少女は現れなかったのだ。

 今迄は。

 神楽坂(かぐらざか) 明日菜(あすな)こそは『機械に恋愛相談を行うのはちょっと……』と云う固定概念を壊した偉大――かどうかはさて置き、革新的な人間である。バカレッドと揶揄される程抜けているので、彼女がガイノイドだと忘れていると云う可能性も有るが。

 兎も角茶々丸にとっては初の恋愛相談である。葉加瀬や鈴原にインストールされた情報や、少女漫画・小説から得た知識を元に、万全の態勢で臨む積もりだ。

「ええと。それで、神楽坂さん。”恋愛”相談との事でしたが」

「ええ……。その、あのね?私、ちょっと年上の人に、その、恋、してたんだけど……」

 顔を赤くし体をモジモジさせながら、明日菜が小声で言う。

 彼女の懸想する相手は、クラスの担任である高畑・T・タカミチであった。それはクラスの誰もが知っている。ボカす必要は無いのだが、恐らく様式美と云うものだろう。茶々丸は神妙な面持ちで相槌を打った。

「その、最近、ちょっと……何て言うか、その……」

 話は進まないが、根気良く相手の言う事を聞くのが相談に応じると云う事なのだと、なのはから聞いている。電子頭脳内でなのはと戦闘シミュレーションを行いながら言葉を待った。明日菜の相談内容ではなく戦闘シミュレーションを行う辺り、矢張り女子力は低い。

 明日菜が意を決して話し始めたのは、なのは得意の大規模空間爆砕魔術をその機動性能を駆使して避けている最中だった。茶々丸は危うく舌打ち仕掛けて止めた。汗など流れないが、冷や汗モノである。

「ええとね。先週の月曜にね。友達と一緒にその人が上の人に怒られているのを見ちゃって。それで、その時の慌てっぷりが、何か、その、格好悪くて……ちょっと、その、冷めちゃったと言うか」

 ああ。その話は木乃香から聞いている。

『常識では到底有り得ん勘違いして爺ちゃんから叱られとった。九歳児が教育実習生云うのも大概信じられへん話やのに、その歳で教師だとか絶対無理やろ。教員免許持った人間が犯すミスとは思えんわ』

 それは木乃香の弁ではあったが、一般人としての意見であるとも言える。

 彼女には語られていない事であるが、『(魔法世界の)英雄の息子』、『魔法学校主席』、『魔法学校卒業時に出された課題』と云った因子(ファクター)が有った為に、彼は勘違いした訳だ。魔法世界側の常識的には仕方が無いとも思えるが、それでもここは現実世界、況してや麻帆良である。十五年もこの場で生活しておいて、そんな”常識”で考える辺りは”駄目な男”扱いされても仕方が無いとも言える。MMに洗脳でもされているのではなかろうか。

「……成程。ほんのちょっと、彼が失敗した姿を見ただけで、彼に対する恋愛感情が無くなってしまった。神楽坂さんは、それに対して『自分は薄情な人間なんじゃないか』と心配している訳ですね?」

「う、うん……そうね。そう云う事だわ…………ねぇ絡繰さん。私って、薄情なのかな?」

 思春期特有の青臭い潔癖症、と云った処か。自分の感情が”世間一般の倫理観”にそぐわないのではないかと心配している様だ。しかしこの”世間一般の倫理観”などと云うものは実態の無いあやふやなもので、結局は”自分で規定した何らかのルール”でしかない。要するに、『あんなに好きだと思っていたのに、私ってば実は尻軽?嘘だと言ってよバーニィ』との言葉に対して『貴女は軽い女じゃないですよ。安心して下さい』と返さなくてはならない訳である。恋愛相談と言うよりはカウンセリングに近い。骨が折れそうだ。

 焼売(シュウマイ)にグリンピースを乗せる作業では疲弊しないが、こう云った説得では疲弊する。よく分からない人工知能であった。

 兎も角、先ずは答える事から始めよう。

「安心して下さい神楽坂さん。恋とは突如芽生えるもの。逆もまた然りです。全く薄情ではありません」

 彼我の行為が如何云う感情を齎すのかなど、有史以来誰も解いた事が無い方程式だ。そこに情の薄い厚いは関係無い。

「そ、そうなの?」

「そうです」

 断言する。こちらの言葉に迷いが有っては彼女も安心出来ないだろう。

「い、いや、でも、アレだよ?ちょっと怒られてたのを見ただけで、だよ?」

 肯定されても反発する、と云う事は、彼に対して負い目が有ると思っているからか。それとも、未だ彼を嫌い切ってはいない所為か。

「――なんかさ。これから先もずっとこんな感じで、愛情が長続きしないんじゃないのかと不安になってさ……」

 悩みは、想像以上に深刻だった様だ。今後の対応で下手を打つと、鬱になる可能性もある。本職の人に相談し直して欲しかった。

「あの人の事、本当に好きだったんだ、私。ずっとあの人の事を想っていて、それでも打ち明けられずに悩んで、眠れない日も有ったの。バレンタインには手作りのチョコを作って。でも渡せなかったり……」

 残りは省略されました。全てを読むにはハップル以下略。

 延々と続く乙女の惚気?を聞き流し(一応会話記録だけは残しておく)、戦闘シミュレーションの続きを行う。

 独り身の女にとって、少年少女の激甘な告白は、毒だ。独身女性を毒女と略すのにはそう云う理由が有ったかと一人納得する。

 一応、彼女を立ち直らせる為の言葉は考えついた。

『貴女は高畑先生に恋していたのではありません。恋に恋していただけだったのです。だから、これから本当の恋をすれば良いんです』

 そう言えば納得してくれるだろう。きっと。と言うか、これが限界である。乙女回路は殆ど役に立っていない。葉加瀬と鈴原の女子力が低い所為だ。そうに違いない。子供の限界だ。と言うか、彼女が鬱になったら高畑先生の所為だ。そうに違いない。

 砂糖漬けの言葉をなのはの大規模自壊連鎖魔術で打ち消しながら、連々とそんな事を思う。

 が、そんな思考が急に途切れた。明日菜が突如沈黙し、何処か中空の一点を見詰めて呆然とし出したからだ。

「神楽坂さん?」

 こちらが話を聞いていない事に気付いてキレた?否。ならば怒鳴るか席を立つかするだろう。これは、別の事情が有る表情だ。

「…………そうなのよ。私が煙草の臭いが好きだったのは、あの人が吸っていたから……。だから、タカミチにも吸って欲しいと頼んだの」

「……?」

「ガトウさん。ナギ。アル。ゼクト……」

 光の消えた瞳で、明日菜が謎の言葉を呟く。人物名か?ガトウ、ナギ、アル、ゼクト……。!『紅き翼(アラルブラ)』のメンバーか!となると、封印されていたらしい過去の記憶が戻ったか。

 神楽坂明日菜は世を忍ぶ仮の姿。その実態は『黄昏の姫御子』、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアである。らしい。鈴原にインプットされたデータだ。彼女が時間遡行を行う前には重要な情報であったらしいが、今やほぼ無価値であるとか。

「思い出した……全部……」

 ああそうですか。良かったですね。

 ……って、良いのだろうか?本当に。滅茶苦茶雰囲気変わっているんですが。

 これ、私の所為じゃないですよね?高畑先生の所為ですよね?

 

 茶々丸の質問に答えてくれる人間は、その場に居なかった。

 

 

*****

 

 

「とまぁ、こんな事が御座いまして」

「ふうん」

「それで明日菜、あんなに変わってもうたんか……」

 翌日の事である。バレンタインデーがどうこうで盛り上がる筈の二月十三日木曜日だが、女子力の低い三名には関係無かった。と言うか、チョコを渡す予定だった相手が軒並み異様に忙しいらしく、明日十四日も顔を出せないらしい。下手をすれば麻帆良祭まで会えないと言うから相当の大事なのだろう。唯一渡せるのはネギくらいだが、彼は彼で来週水曜が教育実習過程の最終日なのでお偉方を前に授業をしなければならなず、その準備に忙殺されている。クラスの総意として『授業明けにチョコを渡す』と云う事になった。

「失恋が女を成長させるって、ホンマやったんやなぁ」

「……違うよね?」

「違います」

 件の明日菜嬢は、気分が優れないからと部屋で寝ている。後で委員長あたりが見舞いに来るだろうが、如何言い訳をしたものか。下手に勘違いされれば高畑が社会的に抹殺されかねない。否、それは別に良いのだが、明日菜の評判にも傷が付くかも知れない。そうなった場合、高畑は木乃香に(検閲削除)されるだろう。大事である。

「けど割と大人びた感じになったえ?」

「否そうかも知れないけど、違うから。ね?」

「ええ違います」

 幼少時のハードな記憶を思い出して、軽い鬱状態になっているだけである。失恋(恋心を失ったと云う意味で)が原因ではあるのだろうが、それで成長したかと言うと否と言わざるを得ない。

「まぁ高畑先生が出張中で良かった……のかな?」

「それは……どうなんでしょうね?」

「近くに居られるよりはええんとちゃう?」

 高畑が彼女の記憶を消したらしい(呪文を詠唱出来ないらしい彼が、どうやって彼女の記憶を消したのかは謎だが……まさか物理的に?)ので、かなり複雑な感情を抱いていると思われる。態々訊くのも躊躇われるので推測するしか無い訳だが。

「対応出来そうなヒト達が、皆出払っているってのが痛いわね」

 四ヶ月後には麻帆良の仙道を総動員する程の一大計画が有ると云うのに、上層部は豪い騒ぎである。宇宙に出ている仙道までをも巻き込んでいるとか何とか。グージー・スプリングフィールドの所為だとの噂も有るが、真実は不明なままだ。茶々丸達下っ端には情報が規制されている。

「どっちにしろ、自分で乗り越えるしかない問題やしなぁ……まぁ、ちょっとくらいは支えられると思うけど」

 この場合、日常を思い出させる友人の存在は邪魔になるか否か。電子頭脳は『五分五分』と判断しているが、実際の処はどうなのだろう。

「ま、木乃香が一晩一緒に居てあげれば、案外直ぐに治るかもよ?」

 努めて明るく言うなのはの言葉は楽観的であったものの。

 茶々丸としてはそうあって欲しいと思った。

 それは茶々丸に芽生えた確かな感情。そこから生まれた願望であった。




良心回路(ジェミニ)”と”服従回路(イエッサー)”は”人造人間キカイダー”より。”乙女回路”はセイバーマリオネットシリーズから。


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第八話 「霊能力者」

 

 ネギ・スプリングフィールドの教育実習期間が終わり、長谷川(はせがわ) 千雨(ちさめ)は胸を撫で下ろした。オックスフォードだかケンブリッジだかの有名大学を主席で卒業出来るらしい天才とは言え、歳下に教えられると云うのはストレスが溜まるものだ。リストラされて再就職し、若い人間に従わざるを得ない状況に我慢出来ないと云う中年の話も、今ならその心情が分かる。後ろから来た者に追い越されると云うのは、自分のちっぽけなプライドを甚く刺激する。あれでまだ自分の道を行くだけだと言えるのは、余程の大物か馬鹿だけだろう。

「ああ、ネギ先生……年齢なんかを理由に教員免許状を受け取れないだなんて……!」

 よよよと泣き崩れるこれは馬鹿の類だ。雪広財閥当主の次女なんて云う肩書もあるが、只の年季が入ったショタコンである。

 不合格と云う訳ではないが、ネギ少年には教員免許状が発行されない。矢張り九歳児に授与するのは不適切であると判断された様だ。但し、『その能力は十分である』『教員足り得る資質はあるが、如何せん若過ぎる。それだけだな』と評価はされていたが。

 正しく”天才”なのだろう。鈴原や葉加瀬と云った”普通の天才”も確かに居るが、何やかやと色々非常識である。逆に言えば、それでバランスが取れている。あの少年は、完璧過ぎる。人間として不自然だ。

 ……人間として不自然?

 自分で考えたその言葉に、長谷川千雨は思い至った。

 『アイツ、人間じゃなくて”妖怪”だったんだな』と。

 

 

*****

 

 

 彼女が麻帆良に転校してきたのは、小学校三年生の時だった。妖怪の実在を知ったのもその時である。慣れぬ道を彷徨い歩いている間に、何故か妖怪達の住処に入り込んでしまったのだ。

 透水性舗装が為された道路を首の無い騎士が巡回する。着物を着た猫又が小洒落た喫茶店で珈琲を飲む。そんな場所だった。転校前に聞いた、『一度行った筈なのに二度と行けない素敵な場所』の話に似ている。その日は、犬のお巡りさん(チベタンマスティフだった)に連れられ元の場所に戻れた。戻る際に、ここに来た事は誰にも言っちゃ駄目だよと念を押されたが、言っても誰も信じないだろうと思った。まぁ誰にも言わなかったが。

 以降、二度とそこに行ける事は無かった――などと云う事も無く、普通に何度もそこには行けた。呆れた様なチベタンマスティフ(狼男の亜種だとか)の言によれば、千雨は”他からの干渉を受け難い体質”なのだとか。場に張られた結界を難無く突破し居座る事が出来る。しかも、結界を破壊せずに、だ。

『図々しいって事かな』と言ったチベタンマスティフ(♂・二十三歳)を殴ったのは悪くないと思う。

 そんな色々な事が有り、千雨は”妖怪が実在する事”を知っている。麻帆良の裏には妖怪が居る事を知っている。

 ただ、妖怪の他に仙人道士や魔法使い、精霊幽霊悪魔未来人人造人間が居る事までは知らない。知らないので、ネギの事をエリート妖怪の子供だと勘違いしたままだ。

 なので、買い物途中で偶然彼に出会っても全く驚かなかった。寧ろ驚いていたのはネギの方である。

「は、長谷川さんっ!?何でこちらには全く関係無い筈の貴女がここに!?」

「ん?いや。私は単に、”結界とかが効き難い体質”ってヤツらしいですよ。だからこっちにもよく来るんです」

 教育実習期間は終わっているが、一応敬語で答えておく。マジにエリート妖怪の子供だったら拙いからだ。本当は、子供に敬語なんて使いたくない。

「え、そんな体質が有るんですか!?ってか、師匠の張った結界を通り抜けられるって……」

 ネギの驚愕に、千雨も驚く。ここの結界の広さは麻帆良学園都市と同じく約280平方kmだと聞いている。ネギは今『師匠の張った』と言った。師匠”達”ではなく、だ。つまり独力でそんな結界を張れる大妖怪が彼の師匠と云う訳だ。矢張りこの子供はエリートなのだろう。教育実習期間が終わって関係無くなったからとタメ口をきかないで良かった。

「……長谷川さん。ちょっとしたお願いがあるんですが」

「…………何ですか?」

 にこやかな顔で話し掛けてくる少年に、何か薄ら寒いものを感じて思わず後退る。

「僕の作った発明品の、被験者になってもらえませんかね?いえ、直ぐに――数秒で終わりますし、場所を変える必要も有りません。勿論、御礼はしますよ?……五千。いえ、一万でどうです?」

 逃げようかな?と考えていた体が、子供の提示した金額にピクリと反応してしまう。そして更に倍になった処で完全に止まった。

 邪気の無い笑みに見える。しかし相手は妖怪である。官憲たるヤン(チベタンマスティフ)は人間の常識を持ち合わせていた様だが、この子供はどうか。教師をやろうと云うくらいであるから、常識を知ってはいるのだろう。いや、実際礼儀正しい少年ではあったのだが。

 ――何か、イマイチ信じ切れないんだよなぁ……何て言うか、”人間離れし過ぎている”?否、妖怪だから当たり前だ。”妖怪”からすらも離れている感じ……何じゃそりゃ?ああ、もう、自分でも何考えてんのか分かんねぇ。

 もう、このままその被験体になって一万貰って帰ろうか。そう思考放棄しようとした処で、少年が苦笑しながら懐へ手を入れた。

「そんなに警戒しないで下さいよ……ほら。これを見れば、僕が如何云う実験をしたいのかが分かるでしょう?」

 見せられた”それ”に、千雨は目が点になった。瞼を擦り、もう一度見る。

「…………スカウター?」

 スカウターだった。大人気漫画、ドラゴンボールに出て来る、戦闘力を計る謎の機械。

 映画館に行くと貰えるとか子供が夏休みの工作で頑張ったとか云うレベルでなく、二千五百円くらいで売っていそうな感じの出来だった。

「え?マジモン?」

 発明品だとか言っていたが。

 え?妖怪も発明とかするの?いや、妖怪の経営する電化製品店でPCを買った事もあるけれども。滅茶苦茶性能良いし。ワイヤレスマウスなんて、ここでしか売ってないけど。

「ええ。妖怪の方、数名には試したんですけど、人間相手は初めてでして。お願いしますよ」

「あ、はい……いえ、一万は良いんで、私もそれでネギ先生を計っても良いですか?」

 そう言うと、ちょっと驚いた様な表情を見せ、それから破顔した。

「そうですよね!誰でも一度はやってみたいですよね!どうぞどうぞ!」

 ふふふと豪く上機嫌に笑う”ネギ先生”。

 …………落ち着け私。素数を数えて落ち着くんだ。2,3,5,7,11…………私は委員長じゃない私は委員長じゃない私はショタコンじゃない!あの程度のスマイルに陥落したりはしない!長谷川千雨は狼狽えない!

 などと千雨が顔を赤く染めている内に、スカウターの計測は終わった様だ。

「……おお!長谷川さんって意外と凄いですね!と言うか……チート?」

「え!?ママママジすか!?」

 チートだと!?千雨はネギの頭からスカウターを奪い取り、その内容を読んだ。

「……英語?」

 ですよね~。イギリス人だもの。普通英語だよね。読めねぇよド畜生。”JWEL MASTER”?宝石の主?所有者?何なのそれ?

「ええ。まぁ日本語訳も出来ますし、能力の説明もしますので、ちょっとソコの喫茶店にでも入りませんか?」

「……教師が生徒をナンパですか?」

「ははは。僕は只の、大学卒業資格を持った小学生で、貴女は教育実習生時の生徒。今は無関係でしょ?」

 笑いながらネギが言う。それはまぁ、確かにそうだった。でも、”只の大学卒業資格を持った小学生”って何だ。海馬社長くらい不自然だろう。

「面白いデータが取れた御礼に奢ります。ここの豚骨ラーメンは癖になりますよ?」

 …………何で喫茶店にラーメン?

 矢張り、妖怪の世界は人間世界と違うらしい。

 

 

*****

 

 

 豚骨ラーメン・塩(小)は、脳が蕩ける程に美味だった。”塩”の部分が謎だったけれど。替え玉したので小の意味が無くなった程だ。夕飯は食べられそうにない。

 それは兎も角。

「……ここが、あのガラス球の中?」

 ネギ少年に連れられて来たのは、”天狗の箱庭”なる奇妙な道具の”中”だった。ガラスの中に閉じ込めた世界と行き来出来るらしい。ドラえもんでそんな道具が有った様な気もするが。流石は大妖怪の弟子。凄そうな道具を持っている。

「そうですよ。そして外の一時間がこの中では三ヶ月になるんです」

 おお、リアル精神と時の部屋か。凄いな!

 …………。

「ちょっと待てやコラ!まさか三ヶ月もここで過ごさなきゃならんのか!?」

 三ヶ月もこのガキと一緒!?止めて!エロゲみたいな事する気でしょ!?

「いえ?出入りは自由です」

 ………………ですよね~。

 少し危うい思考に嵌まり掛けた千雨は一人額の汗を拭う。九歳児相手にあの発想は、無いわ。馬鹿じゃないの私。

「ここなら他人に聞かれる心配も無いですし、長谷川さんのチート能力も試したい放題です」

「!そうそう。チート能力。何?どんなの、ジュエル・マスターって?」

 平穏を望みながらも、それでも超能力とかには憧れる。一般人とはそう云うものだ。と千雨は思う。体に鉄がくっ付く超能力とかなら絶対要らないが、妖怪にチートと呼ばれる程の物ならば是非欲しい。使い熟したい。

「凄いですよ、これ…………って、あれ?師匠?」

 ネギが、突如驚きの声を上げた。師匠、と云う事は、先程言っていた凄腕の結界能力者か?千雨は視線の先を追う。

 何か、豪く眠たそうな男が居た。十人中四人くらいが”イケメン”と評しそうな面だが、眠たそうな目の所為でもう少し減るだろう。身長は180cmを越えるくらいに大きい。

 しかし、と千雨は少し首を捻った。何処かで見た様な気がする。学園内……と云う訳でもないと思うが。何処だったろうか。

 悩んでいる間に、ネギは彼の近くに歩み寄っていた。

「どうしたんですか、師匠。あと二ヶ月は動けないんじゃなかったんですか?」

「ああ……魂魄分割しまくったらどうにかなった」

 ……何かサラッととんでもないコトを聞いた気がするが、きっと気の所為だろう。封神演義かよ。そう言やあれには妖怪仙人……ああ!妖怪仙人か。成程それならこの子供が妖怪からすら離れているのも分かる。そりゃあエリートだ。280平方kmの結界くらいは楽に張れよう。

 と言うか、師匠も何処かで見たと思ったら太上老君か。否、似ているのは眠たそうな顔だけだな。矢張り、別か?

 などと考えている内に、その師匠に紹介されていた。

「こちらがその長谷川千雨さんです。長谷川千雨さん。こちらが僕の師匠、エドガー・ヴァレンタインさんです」

「あ、え、はい。初めまして!長谷川千雨と申します」

 てっきり日本人かと思っていたのに英国人名を紹介されて、千雨は少し狼狽えた。よく見れば、瞳が青い。

「ああどうも。エドガー・ヴァレンタインです。以後よろしく。中学二年生なら同学年なので、敬語は必要無いですよ?」

「え、そうなんで……」

 ん?中学二年でエドガー・ヴァレンタイン?あれ?

「エドガー・ヴァレンタインって、まさか……漫画家の?」

 何処かで見たと思えばそれか!単行本に顔が載っていたのだ。「ええ。そうですよ」と朗らかに返される。

「あ。長谷川さんも読んでたんですか?面白いですよね!『恭子さんはスケバンです』!」

 またあの笑顔だ。不意打ちで喰らうとちと拙い。落ち着け!素数を数えて落ち着くんだ……13,17,19,23,29……素数を数えるのは、今直面している事態から少し目を逸らせるから割と落ち着ける。2の乗数を数えるのも有り。

「あ、ああ。男の方がヒロイン化している所とかな」

 確かに面白いと千雨は思っている。が、ネット上では『チャンピオンでやれよ』との意見が多い。どちらかと言えば少年誌向きの内容なのだ。千雨自身も偶にそう思う。喧嘩のシーンがリアル過ぎるだろ、と。

 ですよねですよね!と燥ぐネギを見て、千雨の胸が少し高なる。

 うわ~、間近で見ると可愛いわこの子。委員長の気持ちが少し分か……いや待て落ち着け。31,37,41,43,47。…………うん。落ち着いても可愛いわ。いや、でも私は委員長とは違うね。あくまで子供に対する庇護欲って言うか、母性本能みたいなもんだね。性欲は無いわ。

 落ち着いたのか陥落ちたのか。兎も角千雨も少しは余裕が出来た。なので師匠の方を見てみると、横を向いて頬を掻いていた。照れているらしい。ちょっと可愛いかもとは思ったが、ときめく程ではない。でも後でサインは貰おう。

「……で、ネギ君。彼女の能力だが」

 あああったねそんな話、とここに来た主目的を思い出す。何故中断したかと言えば彼が登場した所為だったが。

「分類的には超能力じゃなくて、霊能力だね」

「あ。本当ですね。成程……うん。これでどうです?」

 そう言い、スカウターを師匠に見せるネギ。今何かを操作したのか?そしてそれだけで師匠の方も分かるのか。千雨には理解出来そうに無いが、妖怪仙人ならば可能なのだろう。あっさりとエドガーは頷いていた。

「霊能力ってのは、超能力の一種じゃないのか?」

 ラーメンを食っている間にネギとはそれなりに打ち解け、敬語は止めている。

「いえ、違います。そうですね。超能力は肉体――主に脳髄依存の力で、霊能力は魂の力だと考えて下さい」

 言われた所でふうんと云う感じであるが。悪の秘密結社に捕らえられ、脳だけカプセルの中にプカプカ浮かぶ……と云う展開は無さそうだなと、少し間の抜けた事を考えた。

「まぁ正直よく分からんのだけれども。どうすりゃ良いんだ?」

 千雨はネギに訊いたが、ネギはエドガーの方を見た。エドガーはそれで分かったらしく、千雨に何かを渡してきた。

 宝石だった。

「ふぉぉおおおッ!?」

 カラットは分からないが、拳大の宝石である。今迄宝石に触れた事など一切無い、庶民的な千雨は大いに驚いた。

「なななななななッ」

 そう。今迄宝石に触れた事など無いにも関わらず、今自分が触れている物が本物だと理解出来ている。それが途轍も無く謎だ。

「落ち着きなよ長谷川さん。ほら、息を吐いて、吸って……吐いて」

 言われ、深く息を吐き出してから吸い込む。OK落ち着いた。意外に私は落ち着き易いんじゃなかろうかと自賛する。

「……これ、本物?」

「本物」

「…………それで、これをどうすれば良いんだ?」

 そんな物を持ち歩くと云うのは如何にも不自然だが、まぁ信じない事には話が始まらない。ゲームに出て来る”踊る宝石”みたいな妖怪なのかも知れないし。

「それを利き手とは逆に持って、利き手に意識を集中させてみて」

「ん……」

 言われた通りにやってみると、何かの力が掌に集まるのが分かった。凄い。これが霊能力なのか。

 続けて集中していると、やがて掌の上で力が収束しだす。これには今迄読んだ漫画で培った想像力が役立った。

「…………ふぅ」

 五分程集中すると、掌の上に橙色の宝石が生まれていた。角の丸まった正三角形。ポリンキーサイズの宝石だ。

「ジュエル・マスターってのは、宝石を創り出せるって事か……」

 成程凄いチートだ。一生金には困ら――困るだろう如何考えても。下手をすれば、宝石を生む機械として悪の秘密結社に囚われる。

「因みに君が生み出したその宝石。霊力のほぼ無い一般人には見えないから、売れないよ」

「……そうですか」

 こっちの思考でも読んだか?ピンポイントでそんな事を言われて千雨は少し戦く。と言うか、今迄左手で持っていた筈の宝石が無くなっている。落としたのではなく、彼に回収されたのだろう。流石は妖怪仙人(暫定)である。

「じゃあ何の役にも立たないのかと言うと、そんな事は無い。今から君の目の前に蚊柱を出現させるから、その宝石を翳してみるんだ」

 言葉と共に、蚊柱が立つ。彼は一体何の妖怪なんだろうかとの疑問が湧くが、訊くのは多分失礼になるだろうからと一先ず脇に置く。

 兎も角と千雨が手に持った自作の宝石を翳してみると、いきなり宝石から怪光線が放たれた。

「うぉぉぉッ!?」

 宝石から手を離す――が、宝石はそのまま中空に留まった。そして光線は蚊柱を攻撃し続ける。

 何なんだこれはと訊こうとしたが、その光線による効果は直ぐに分かった。

 先程消費したエネルギー……霊力?が、蚊を撃ち落とす度に回復しているのだ。その効果を見て思い至る。

「これって、まさか……」

 TowerDefence系Flashゲームの傑作、GemCraft。塔に砲台となる宝石を設置し通路に侵入して来る敵を撃破するシンプルな作りだが、グラフィックの美しさとやり込み要素の多さが特長である。

 宝石は八種でサイズが九つ有り、種類(色)により攻撃効果は異なる。橙なら攻撃の度にエネルギー(ゲーム中ではマナ。この場合は霊力?か)回復、赤なら拡散攻撃、黄緑なら連鎖攻撃……と云った具合だ。大きさにより攻撃力や付随効果も大きくなる。またマナを消費して同じサイズの宝石を合成し、大きくする事も可能である。そして六段階以上の大きさの宝石に最小の宝石を多数合成すると、攻撃力増加・攻撃間隔短縮・攻撃範囲増加の効果制限が無くなるバランス・ブレイカーとなる。これを再現出来るのならば、正にチートだろう。

 しかし。

 現代日本の何処で、この力を発揮して良い場面が有ると言うのか。バランス・ブレイカーを使ってまで倒さなければならない敵など存在しないだろうし。

 大体、麻帆良内は結界で覆われているので超安全なのだとヤンが言っていた。千雨の様な能力者が他にも居たら大変なんじゃと訊いたが、登録住民に悪意を抱いた時点で千雨すら弾かれると返された。登録住民とは即ち麻帆良に戸籍を持つ妖怪(妖怪にも戸籍が有るらしい)全員である。旅行者妖怪には反応しないのかと言えばそうでもなく、攻撃は絶対に不可能なのだとか。

 要は、宝の持ち腐れである。物が宝石だけに、それは比喩ではなかった。

 せめて、HUNTER×HUNTERの念能力だとかなら、応用も効いたのに。

「――宝の持ち腐れになる、って思ってる?」

「…………人の心を読まないでくれませんか、頼みますから」

 心臓が止まるかと思ったが、何とか平静を装いエドガーを睨みつける。

「読心術って言うか、思考の先読みだね。似て非なるものだけど、読まれる方からすれば一緒か……まぁ、それは置いといて。長谷川さん」

「何ですか?」

「貴女の霊能力は兎も角、霊力修行はしておいても損は無いよ。美肌効果やアンチエイジング効果的に」

「マジで!?」

「霊力修行をする内に、別の能力に目覚める事もあるしね。どう?ネギ君と一緒に霊能力修行、してみない?」

 よく見れば、エドガーは男のクセに千雨よりも綺麗な肌をしている。髪の毛も、短い割には天使の輪っかが出来ていた。

「一生化粧品要らずだよ?」

「やります!」

 それが千雨の運命を変えるだなんて――。

 まぁネギの『長谷川さんって詐欺に引っ掛かり易そうだなぁ……御愁傷様です』と云った感じの目を見て薄々察しはついたが。

 それでも、お肌の平穏が勝った。

 

 

*****

 

 

「詐欺られた……完全に騙された…………!」

「御愁傷様としか言えんな、千雨ちゃん」

「甘い話には裏が有ります」

「ようこそ……戦闘狂の世界へ」

 膝を折り倒れる千雨に、同級生の言葉が掛けられる。

 美肌効果は有った。髪の毛もキューティクルないい感じに仕上がった。

 しかし、代償も大きかった。

「何なんだよ、二代目クリシュナって!」

「凄いわよね~。鉱物司り放題でしょ?女教皇(ハイ・プリエステス)の超絶上位互換じゃない」

 幽体離脱させられて地獄のコミューンとかに連れられて行き、そこで地獄の特訓を課された。地獄で地獄の特訓とか本当に意味が分からないのだが、実際にやられたのだから仕方無い。

 兎も角その特訓の結果霊力が馬鹿みたいに上がり、千雨はインド神話に登場する神、宝石で造られた神殿に住むと云うヴィシュヌ神第八の化身クリシュナに気に入られた。序に人間も辞めて仙人の仲間入りである。道士の過程をすっ飛ばして、たった一日(霊界内では数百年修行していたが)で仙人とか前代未聞だった。

 あと、能力的には『宝石で造られた破壊不能の鎧を身に纏う事が出来る』『視界に在る鉱物全てを操る』『小宇宙』などに開眼していた。『宝石聖闘士(ジュエルセイント)だな』とか言われたので思わず師匠を殴ってしまったが、問題は無い筈だ。

「昨日まで一般人だったのに……一日で仙人とか頭可怪しいだろ常識で考えて」

 主観的には六百年の修行が有ったのだが、客観的には一日である。

「もうお嫁に行けない……」

 実際、麻帆良の実力序列で第四位である。嫁に行くのではなく婿を取る形になるだろう。

 甘い言葉に誘われ道を踏み外した少女が一人、そこに居た。



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第九話 「英雄」

 結局の処、あの戦争が全てを狂わせたのだ。小さな家庭の有り触れた幸せを破壊し尽くし、幼い自分の何かをも壊した。

 自分の中には両親と妹を殺した魔法に対する深い憎悪が有り、それ故に魔法を扱うと云う行為に拒絶反応が起こる。魔法さえ無ければ。魔法さえ有れば。その二つの感情の矛盾。”呪文の詠唱が出来ない体質”とは、魔法への恐怖と怨嗟、憤怒、憧憬、畏怖が形作るPTSD(心的外傷後ストレス障害)なのだ。

 英雄と讃えられる”紅き翼(アラルブラ)”。そのメンバーの力に対する憧れと殺意。戦争を引き起こした”完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”を壊滅させた事を賞賛する気持ちと、多くの戦災孤児を生み出した事を非難する気持ち。相反する感情を抱えて、高畑・T・タカミチは生きてきた。

 世界から戦争を無くしたい。世界が滅びてしまえばいいのに。

 何故家族は死なねばならなかったのか。何故僕も殺してくれなかったのか。

 父であるナギ譲りの魔力容量を持つ、グージーに対する羨望と嫉妬。

 自分と同じく魔法を使えないらしい、ネギに対する同情と同族嫌悪。

 反発する二つの感情を、魔力と気の様に馴染ませ。生き続けるには目標が必要だった。

 

 あの大戦の原因は何だったのか。完全なる世界の目的とは何だったのか。

 何が善で、何が悪か。

 シンプルな答えが欲しかった。

 多分、それだけが、自分を救う。

 

 

「――君だって、学園長が何かを隠している事くらい勘付いているだろう、瀬流彦君」

「そりゃあ、関東魔法協会理事と云う立場です。僕達下っ端には秘匿すべき事柄なんて、腐る程有るでしょうよ」

 魔法の杖を突き付けられながら、タカミチは後輩を説得する。

 日本最大の学園都市、麻帆良。その中枢部、地下1.0kmの場所に二人は立っていた。誰が、何時こんな施設を造ったのか。理解出来ない程古い岩盤も在れば、近代的な補強をされた道も在る。きっと何世代にも渡って護られてきたのだろう。

「この先に、全ての秘密が隠されている」

「そんな漫画みたいな展開、有る訳無いでしょう!」

 瀬流彦の怒号には、少しの迷いが感じられた。あと少し、何かが有れば。この扉を潜って、真実に辿り着ける。

 それは、自分が生涯を懸けて知りたかった事。人生には納得が必要なのだ。自分の人生を賭けるに値する何かが在ると。でないと誰も生きてなどいけない。

「先の大戦時、麻帆良は何をしていた?」

 学園長程の実力者が居れば、あの戦争は早期に終結していた筈だ。なのに彼は全く動いていない。彼は、あの大変な時に何をしていたのだ?

「…………普通に出兵に反対してましたけど。『学徒出陣など狂気の沙汰だ』と――」

「……待て瀬流彦君。僕が言っているのは魔法世界の大分裂戦争だ。第二次世界大戦じゃない!」

 迷いながらの彼の言葉には困惑が有ったが。そう云う困惑を狙った発言ではない。

 咳払いをして話を仕切り直す。

「つまり、麻帆良は魔法世界の一大事に対して特にリアクションを執っていないと云う事だ」

「まぁ魔法世界の事ですからね。現実世界の人間達が介入する理由が無いでしょう。学園長個人は私財を寄付していますが」

 瀬流彦が杖を仕舞ったのは、こちらの言葉に興味を持ったから――ではなく、警戒するのが馬鹿らしくなったからの様だ。こちらが的外れな事を言っていると確信している。

 ならばこの推論は、彼に驚愕を齎す筈だ。

「――表向きはそうだったのかも知れない」

「……ええと。もしかして、大分裂戦争を引き起こした……完全なる世界?に学園長が関わっているとでも?」

 驚愕は引き出せなかった。見える感情は盛大な呆れのみだ。

 ――あれ?普通、もう少し驚かないか?いや、これは、一度はその可能性を考え破棄した者の反応だろう。ならばそれを覆せば。

「無いですね」

「何故そう言い切れる?」

 彼は何を知っている?

「僕は、昔魔法世界出身の人間に『”本国”に対して支援を一切行わないとは何事だ』なんて偉そうに説教されましてね。イラっとしたからあの時代に関して熱心に調べたんですよ」

 尤もそんなに苦労せずに分かったんですけれども、と瀬流彦は続ける。

 矢張り、平和な国で育った甘ちゃんだ。そんな直ぐに分かる場所に、真実が在る筈が無い。

「麻帆良はその頃、アフガニスタン紛争とイラン・イラク戦争に介入しています。他所に人員を送る余裕なんて無かったんですよ。学園長が個人資産で孤児院に金を送るくらいが精々でした。京都の山を一つ売って、二千五百万円程。それで親戚連中からワイワイ言われて大変だったみたいですけど」

「座っていても、人は動かせるだろう?」

「”あの時期”に本国で戦争を起こさせる意味が無いんですよ。特にアフガン内紛にソ連が介入する様な事になったら数万単位で人が死ぬし、反ソ反米のテロリズムが横行するのは目に見えていましたから、相当数の工作員を送り込んでいました。残った記録を見ても、膨大な数の権謀術数が行われていましたよ。あれは作戦担当が学園長じゃなければ過労で死んでいましたね。その直後、と言うか途中に湾岸戦争ですから。アレも介入しないと原油高騰やら何やらで大勢の凍死者餓死者戦死者が出ていた筈です。隣国だったからまだ物資輸送の負担は軽減されていましたが……もし魔法世界を潰す積もりなら、もうちょっと余裕の有る時期にしますよ」

 だから麻帆良の分裂戦争介入は無いです、と瀬流彦は断言する。

「それを隠れ蓑に……」

「いや先輩の中で学園長はどんだけ優秀なんですか?資料を読んだら分かりますけど、あれだけの作戦を立案して陣頭指揮を執るだけでも十分神憑ってますよ?湾岸戦争終結後は、あの学園長が一週間休んでますからね?麻帆良側に死者が出ていないのは奇跡です」

 そこまで言うと、瀬流彦は溜息を吐いた。

「……まぁそこまでお疑いなら、そこの扉を開けてみて下さいよ。きっとがっかりしますから」

 がっかりって、何だよ。普通、そんな証拠が在る筈無いとかそう云う台詞だろうに。

 矢張り彼には真実が見えていない。大戦には、プリームムと呼ばれていた人造人間らしき存在が居たのだ。もし量産されていたなら学園長自身が動く必要は無い。

 ――厳重に封印されていたこの地下に、それに関連する施設が在る。

 それは半ば妄想の領域に入った独断ではあったが、あれだけの数のトラップが在った事を考えれば、それに準ずる後ろめたい施設が在るのは確実なのだ。何故それが分からない。分かろうとしない。

 タカミチは少し苛つき煙草を吸おうとしたが、瀬流彦に慌てて止められた。

「禁煙ですよ!よく見て下さい、あそこ!」

 彼の示した先には、『火元取扱責任者:エドガー・ヴァレンタイン』と書かれたプレートが掲げられていた。

「探知機に反応されたら、警備ロボットが大量に押し寄せるか大洪水に流されて太平洋に出るかのどちらかですよ?」

「何だいそれは?」

 如何云う二択だそれは。呆れて、思わず煙草を取り落とした。

「いや、エドガー君ですから。確実にそう云う仕掛けが有ります」

 瀬流彦は断言する。

 エドガー・ヴァレンタインと言えば、数年前に学園長が引き入れた”最後の錬金術師”だったか。後輩は「無駄に厳重なトラップとか彼の十八番ですから」と言っているが、恐らくそれは擬態だろう。錬金術の一つにはホムンクルスの製造が有る。増々怪しい。

 まぁ煙草は諦めよう。折角扉を開ける許可が得られたんだ。ここに在る真実に、愕然とするが良いさ。

 タカミチは扉のカードリーダーにカードキーを通そうとし――

「……何でそんなに下がるんだい?瀬流彦君」

 瞬動と呼ばれる技法を使ってまで退いた後輩に質問する。退いたのみならず魔法障壁を十重二十重に展開していると云うのは何なのか。この中に危険が有ると白状している様なものではないのか。

「いや、エドガー君ですから。確実にそう云う仕掛けが有ります」

 その台詞は先も聞いた。これ程警戒されていると云うのは、矢張り擬態の線が濃い。タカミチはそう判断し、それでも警戒として咸掛法を用いる。

 扉を開けると、通路脇に非常灯が灯った。その近代的な設備に目を細め、タカミチは歩を進める。

 一歩一歩、確実に。真実へと向かう。罠は、無かった。

 床はやがてコンクリートから固い岩盤へと変わる。その先には紅い川――いや、池か。その先に在るのは。

「――何だ、アレは」

 100mはあろうかと云う巨人……否、巨体を持った生物が、これも巨大な刺股に縫い止められていた。

 無駄に巨大な美術造形物と云う訳ではない。生物だ。刺股に縫い止められ。

 

 鼻提灯を膨らませている。

 

 ……寝てる?

 只管に大きいそれは、丸いフォルムをしていた。黄色掛かった白い毛並み。頭部には黄土色の髪の毛の様な房。眉毛は青味掛かった灰色か。首周りは赤い……否毛ではなくマントだ。それが、赤く、巨大で捻くれた刺股に因って固定されている。

 暫し呆然としてしまったが。

「――瀬流彦君。これだけの”秘密”を見ても、君はまだ学園長を信じるのか?」

 後ろを恐る恐るついて来た青年は。

 振り向こうとしたタカミチに見えたのは、手裏剣を投げるかの様な姿勢でアレに突進する瀬流彦の姿だった。

 ――瞬動!?

 そう、勘違いする程の速度。右足踵を前面に滑らせ、彼は全身のバネを用いて回転する。そしてスナップを効かせた手首の返しが空気を叩いた。

 

「何でだ――ッッ!!!?」

 

 スパーンッ!と云う小気味良い音が響く。

 突っ込みだった。

 全身全霊を懸けた突っ込みだった。

 思わず「Beautiful……」と呟く程に美事な突っ込みだった。

 そしてそれで力尽きたか、瀬流彦はその場に突っ伏した。

「瀬流彦君?」

「何でやねん……なんでメソにロンギヌスの槍が刺さってんねん……」

 何故関西弁なんだ。君は生粋の麻帆良っ子だろう。

 だがそんな事は心底如何でも良く。

「ロンギヌスの槍、だって?」

 それは確か、彼の名高き聖人を突き殺した者の名ではなかったか。その名を冠した槍(には見えないが。刺股だ)ならば、相当な業物だと思われる。事実、あれだけの質量を支えて全く曲がっていない。

 誰が、何の為に、如何やって鍛えた槍なのか。真に神々の遺産だとでも言うのか。

「麻帆良の闇は何処まで深いんだ……」

「いやいやいやいや。全~~ッ然深くないですからね。滅ッ茶苦茶浅いですから」

 自分の言葉に反応し、瀬流彦が復活した。

「だが、アレは」

 指差す先には眠りについた巨人(?)が。

「とあるアニメのパロディです。ただの如何仕様もない下らないネタです。マジで」

 疲れた様に、瀬流彦は言う。

「お疑いなら幾らでもこの部屋……と言うか、空間を調べて下さい。僕は疲れたんで、先に上に戻ります。先輩は、上に戻ったら拘束されると思いますけど、まぁ仕方無いかと諦めて下さい。じゃ、お先に」

 そう言い残して、瀬流彦は転移魔法を使った。

 一人訳の分からない場所に取り残されて。

 タカミチは取り敢えず、真実の探求を始めた。

 

 

*****

 

 

 タカミチは留置場、と言うか、ダイオラマ魔法球の中に拘束された。外での一日が中での一時間になると云う仕様であり、囚人の食費を抑えたい時等に使用されるとか。

 タカミチはここで十五時間を過ごした。現実時間では二週間程が経過し、今は三月十日の月曜日らしい。

「正しく浦島太郎の気分ですよ」

 気分は最悪だった。中に入る前に瀬流彦から渡された、漫画とアニメの所為である。”セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん”全七巻と、”新世紀エヴァンゲリオン”全二十六話。麻帆良地下1kmに隠された部屋の元ネタだ。面白くなかったのかと訊かれれば確かに面白かったのだが、エドガー・ヴァレンタインとやらには殺意を抱かざるを得ない。あと、あの二十五話と二十六話は何なのかと言いたい。

 と言うか、扉の前で拳銃を突き付けられるシーンがそっくりそのままだったのは如何云う訳だろうか。瀬流彦に訊いたら『いや、立入禁止区域に入る先輩の姿が剰りにあのシチュエーションそっくりだったんで、ノリで』と返される気がするが。もしそう答えられたら無音拳で殴ろうと思う。

「そりゃあ君。そう云う道具じゃからのう」

 タカミチの愚痴に、学園長が朗らかに笑う。上機嫌だ。最後に会った時は、豪く硬い表情で不機嫌そうだったが。

「――懸念事項は解決したみたいですね」

「うむ。詳しくは言えんが、概ね成功じゃの」

 ふぉふぉふぉと笑う。こちらの動向など、全く意に介していないと云った感じだ。こちらは、麻帆良側の動向を探るのに必死だったと云うのに。今回の”隙”は、千載一遇のチャンスだったのだ。

「大まかな話は渡良瀬君から聞いとるが……まぁ儂が幾ら言った処でお主は信じまい。父と母と妹を殺した本当の敵が誰で、如何云う目的でそれを行ったか。儂は見当がついておるが、それはお主自身が探し当ててこそ意味の有る答えじゃろう。ネタバレはせん。ただ、儂と完全なる世界に繋がりは無い、とだけは言っておこう」

 信じる信じないはお主の勝手じゃが、と近右衛門は言う。

「お主が知らない麻帆良の秘密は、別段害が有る訳でもない。こちらも知られて損をする物でもない。じゃからお主の行動を黙認しておった訳じゃ。今回は色々と込み入った事情が有って、直接お主と関わっている暇も無かったからアレに入ってもらったが……」

 今迄の諜報活動もバレていて、尚且つ放置されていたと云う事か。

 不思議と屈辱とは感じなかった。あの数々の罠が、ただの、あのネタの為だけの伏線だと気付かされたからか。

 軽い冗談であんな物を用意出来る人間が居る組織が、態々陰謀で魔法世界を滅ぼす理由が無い。麻帆良が”完全なる世界”と組んでいたなら、二十年前に武力で滅ぼされていただろう。瀬流彦がアレに(ネタに関しては兎も角、質量の大きさに)対して剰り驚いていなかったと云う事は、あのレベルの悪戯が日常茶飯事と化していると云う証左でもある。太平洋に流されると云うのも、何か実例が有るのだろう。

 と言うか、あんな巨大兵器を大量に持ち出されたなら紅き翼のメンバー全員でも危ういと思われる。数十人で転移魔法を使い、首都上空1kmからでも降らせたならば、戦争は終わる。その様を見れば、何か変な宗教も流行りそうだし。

 アレを造ったのが真にエドガーだとしても、彼が麻帆良に加入してから今迄、魔法世界は蹂躙されていない。なので彼等は、白だ。

 欲を言えば、一人くらいは魔法世界に派遣して貰いたかったが……それはそれで、自分のストレスが溜まるだけだっただろう。

「まぁ以前に話した予定通り、春休みからはグージー君と同居し、彼をガンドルフィーニ君と共に指導してもらう。

「ネギ君は、エドガー君、でしたっけ?彼の弟子に?」

 性格の悪さが移りそうだが。大丈夫なのか?複雑な感情が有るとは言え、恩人の息子なのだ。心配もしよう。

「うむ。もう卒業したが」

「………………え?」

 爺さんとうとう耄碌しだしたか?彼が麻帆良に来てから未だ一月強である。錬金術はそんな簡単な学問では無い筈…………いや、ダイオラマ魔法球が……在っても無理だろう。常識で考えて。加齢の問題が有るし。

「本当ですか?」

「本当じゃよ。信じ難いじゃろうが、幻想空間(ファンタスマゴリア)の応用じゃそうじゃ。まぁネギ君もエドガー君もナギ以上のバグキャラと云う事じゃな」

 ”バグキャラ”の一言で済む話ではないと思うが。唖然としているタカミチに、学園長は手首に巻いていた数珠を見せる。

「この数珠、ネギ君が作った魔法発動体じゃよ」

「!ほう……」

 タカミチには魔法が使えない。だが相手の持つ魔力容量の多寡は分かるし、魔法発動体の良し悪しも理解出来る。これは、業物だ。

 そもそも一般の魔法使いには魔法発動体を選り好みすると云う発想が無い。市販の物に、それ程極端な性能の差が無い所為だ。精々、意匠(デザイン)や持ち運び易さで決めるくらいである。アーティファクトと称される魔法発動体はまた違う格上の物と認識されているが、一般人には仮契約や遺跡発掘等で偶然手に入れるしか手段が無い。富豪ならばそう云った高級品を買えるだろうが、まぁコレクションとして集めるのが大部分であろう。護衛を雇える人間が、実用目的でそう云った物を買う事は少なかろう。クセが有る物が多いので、子供の練習用としては不適切らしいし。

 魔法を使えないタカミチが魔法発動体の良し悪しを判断出来るのは、相手の身に着けている物品から相手の癖や嗜好、実力を判別する為である。なので実戦経験が豊富な彼は、そこそこの目利きなのだ。

 そのタカミチが見て、これは高級アーティファクト並……いや、それ以上の品だと評価出来る。

「……この透明な珠は、まさか、小型のダイオラマ魔法球、ですか?」

「そうじゃな。量子コンピュータ八台が収納されておる。これの御蔭で魔力運用効率が従来の二百五十六倍じゃ」

「…………はい?」

 量子コンピューター?って、機械?……いや、それよりも『魔力運用効率が従来の二百五十六倍』って、何?魔法の射手一発を撃つ魔力で、これだと二百五十六発撃てるって事か?

「ああ。次世代型電子計算機の事じゃよ。特定のアルゴリズムを高速で処理する専用計算機じゃな。従来の魔法の射手一発を撃つ魔力で二百五十六発を撃てる。この黒い珠は一つ一つが特定機能特化型の魔法発動体でな。儂の苦手だった火炎系魔法も無詠唱で放てる様になったわ」

 何それ怖い。伝説級のアーティファクトが霞む程ではないか。

「!こんな物を造れる事が知られたら、ネギ君が狙われます!彼は魔法を使えません!早急に護衛を、」

「ああもう慌てるでないわ。ネギ君なら心配無い」

 学園長に詰め寄ったタカミチだったが、煩わしそうに一蹴された。

「ネギ君が使えないのは魔法だけじゃ。体術は人並み以上じゃし、咸掛法も使える。魔法障壁は展開出来んが、腕時計に仕込んだ機材で空間歪曲防壁(ディストーション・フィールド)なる物理障壁は展開可能じゃ。ぶっちゃけお主より強いぞ?」

「え?咸掛法使えるんですか?あれ?九歳ですよね?」

 マジでバグキャラ?と言うか、僕より強いんですかそうですか。その辺の評価がシビアな学園長が言うならそうなんでしょうが。

「『幻想空間って便利ですよね~』って言っておったわい……まぁそれは兎も角」

 学園長は話を切り替える様だ。確かに、深くは考えたくない事柄である。

「お主の居ない間に、お主の代わりとなる教師を喚んだ。藤沢(ふじさわ) 真吾(しんご)と云う歴史の教師じゃ。今職員室に居るから、引き継ぎを頼むぞい」

「了解しました」

 そう言えば、自分は来月から教師ではなく非常勤講師だった。給料半分以下である。と言うか、独身寮も出なければならないのか?……否、グージー君と同居と言っていたので追い出される事はなかろう。彼の食費くらいは、必要経費で貰いたいのだが。

「……そう言えば、この二週間の給料って」

「無断欠勤扱いじゃが」

 ですよね。イイ笑顔の学園長を後に、タカミチは職員室に向かった。

 泣いてなど、いない。

 

 

*****

 

 

 藤沢真吾と云う男は、一見普通の何処にでも居る三十代前半の青年である。優し気に微笑むトッポイ兄ちゃんと云った風情の。

 しかしその肉体は鋼の如く鍛え上げられており、普段の動きにも隙が無い。実際、政情が不安定な中東アジアで子供達を護りながら教師をしていたと云うのだから、歴戦の勇士と言っても過言ではない。

「初めまして。歴史の授業を担当させていただく、藤沢真吾です。よろしくお願いします」

「初めまして、高畑・T・タカミチと申します。こちらこそよろしくお願いします」

 握手を交わすが、矢張り教師と云うより戦士の手だ。普通の格闘戦なら自分の上を行くかも知れない。

「それで、引き継ぎなんですが……渡良瀬先生と源先生に手伝ってもらって、もう殆ど終わっているんですが……」

 少し言い難そうに、藤沢が言う。

「後は、生徒への説明くらい、ですかね」

 ですよね。二週間有ったらそうなりますよね。

 ……嫌がらせか。気にしていない様に言っていたが、あの爺さん。結構根に持っているんじゃないか?

「丁度、もう直ぐHR(ホームルーム)が始まりますから。一緒に行きましょう」

「ああ……あ、煙草、吸って来てもいいかな?」

「あ、ご一緒しましょう」

 何だ。彼も愛煙家だったのか。愛煙家に厳しいですねぇ麻帆良は、とかそう云う話をしながら外へと向かう。このボロい灰皿も、来年度には撤去されるとか。携帯灰皿を買えとのお達しらしい。

「――それで、僕に如何云う話をしたいんだい?」

 校舎裏手に在る喫煙所にて、タカミチは藤沢に問う。

「おや。バレてました?」

 笑いながら、藤沢は認識阻害結界を展開する。魔法使いとしても一流であるらしい。

「君からは、吸ったばかりの煙草の臭いがしたからね。普通の話ならば放課後で良い筈だから、何か二人切りで話したい事が有ったんだろう?」

「成程。流石は紅き翼のNO.7。ああ。害意は無いのでご心配無く。情報を売りたいだけですから」

「――情報?」

 煙草を口に咥えた処でそう言われ、ライターを持つ手が止まる。

「そう、情報。証拠を付けて十万で良いですよ?」

「――証拠は抜きで五万」

 どうせ、自分で裏を取らなければならないのだ。出費は出来るだけ控えたい。

「英雄なのに意外とケチくさいですね。まぁ良いですけど……」

 そう言って、彼は背を預けていた壁から離れる。

「――三ヶ月前。フェイト・アーウェルンクスを名乗る少年が俺に接触してきました」

 煙草を落とさずに済んだのは、唾で唇に張り付いていた所為だ。

「”完全なる世界”。壊滅していない様ですよ」




藤沢さんは、エドガー作の人造人間です。元ネタはジーザス。


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第十話 「半妖」

『男の子は女の子に言いました。

”大きくなったら強くなって、キョウちゃんを守れるようになる!”

 女の子はそれに笑顔で応えました。

 

 そして十年の月日が流れ。

 

 男の子は強く美しい少年に成長し、

 

 女の子は少年の予想を越えて美しく、少年よりも遥かに凶悪に強くなって、付近一帯を統べるスケバンになっていたのです』

 

 

  ――エドガー・ヴァレンタイン著”恭子さんはスケバンです”一巻冒頭より――

 

 

*****

 

 

 桜咲 刹那(せつな)は神楽坂明日菜から『暇なら読む?』と手渡された漫画をそっと閉じ、目頭を押さえた。

「え?これそんなに泣きそうになる話だった?」

 と驚いた様に言われたので、慌てて首を振る。

「い、いえ……少し日差しがキツかった様です。目が予想以上に疲れまして……」

「ああ。確かにそこだとちょっとねぇ。場所、替わる?」

「いえ、結構です。もう読み終わりましたので……」

「あら早いわね。どう?面白かった?」

 ええ、それはもう。そう答えて刹那は本を返した。

 目頭を押さえたのは泣きそうになったからで、泣きそうになったのは、男の子の境遇にシンパシーを感じたからだ。

 桜咲刹那は、妖怪・烏族の父と人間の母との間に生まれた混血種で京都の出だ。所謂”半妖”と呼ばれる存在であるが、この国では然程珍しいと云う訳ではない。ただ、”白い羽根を持つ烏族”と云う存在は、珍しかった。”珍しい”と云う事は、即瑞兆か凶兆として捉えられるのが世の常である。刹那は、二月(ふたつき)後に膨大な魔力と妖力を持つ日本妖怪総大将の孫――近衛木乃香が生まれた為、瑞兆として処理された。

 これは目出度い喜ばしい事だと、刹那は木乃香の遊び相手兼護衛として指名され、大人達の思惑を越えて親しくなった。この頃はまだ刹那の方が霊格が高かったので、彼女も親に言われた通り、『ウチがこのちゃんを守る!』と息巻いていた。

 しかし彼女達が小学校に上がろうかと云う頃。木乃香の父が長を務める”関西呪術協会”において、『木乃香の魔力を用いて関東に攻め入るべし』との声が小規模ながら上がり、これを憂慮した長、近衛 詠春(えいしゅん)が木乃香を祖父近右衛門に預けると決断した。

 刹那としては木乃香に付いて関東へ行きたかったのだが、母は呪術教会の一員である。『西を裏切って東に付く気か』『長に媚を売って後釜にでも座るつもり?』などと嫌がらせを受けては断念せざるを得ない。刹那一人で寮に住める様になる、中学までは京都で過ごす事になった。

 

『大きゅうなったらこのちゃんを守りに行くけん!待っといてっ!』

『うんっ!待っとるで、せっちゃん!』

 

 漫画の様な台詞の六年後。神鳴流と云う剣術の印可を受けた刹那は、意気揚々と麻帆良へと向かった。

 そして、『魔法の存在こそ知らないものの仙術妖術魔術を操る極上の古流剣術家妖怪』に再会した。

 ぬらりひょんと雪女と云う二大妖怪の血を引く女性と、神鳴流剣士との間に生まれたサラブレッドである。強くなるのは分かり切っていた。だからこそ刹那は努力したのだ。鉄を斬り、鋼を斬り。地を裂き、海を割り、空を斬り。心技体の全てを鍛えて免許皆伝とされた。鎌鼬にすら「美事」と感嘆させた剣技である。神鳴流歴代最強にいずれ至るであろうと期待されていた。

 確かに、剣術だけなら木乃香よりも優れているだろう。しかし彼女は仙術や妖術、魔術を実に効率的に使うのである。はっきり言って、勝ち目が無かった。否、護衛対象に勝つ必要など無い、と言うか対象を生かして且つ自分も生き延びられるだけの力が有るだけで良いのだが、護衛対象よりも弱い護衛はどうなのかと思う。

 その事を学園長に言うと、

「実を言えば、刹那君に護衛としての強さを期待しとる訳ではないんじゃ」

 と返された。

「な……それは、如何云う意味ですかッ!?」

「うむ。刹那君は十二分に強い。しかし、我等仙道は軽くその上を行く。これは分かるの?」

「は、はぁ」

 それは、認めざるを得ない。神として祀られていた存在も、この地には居る。木乃香はいずれ、彼等と肩を並べる存在となるのだ。

「じゃが木乃香も未だ修行中の身。咄嗟の事に反応出来んかも知れん。そこで必要となるのが、刹那君じゃ」

 肉の壁、と云う事か?

「君は、『木乃香が膨大な魔力と妖力を持って生まれた』事から”瑞兆”、いや”瑞鳥”としての性質を手に入れた。詰まり、君の存在自体が木乃香に強大な”運”を喚び込むと云う訳なんじゃよ」

「そ……そうなんですか!?」

 初耳だった。そんな事、京都では誰も教えてくれなかったが。しかし妖怪の総大将がそう云うならば、そうなのだろう。

「そうなんじゃよ。じゃから、君には一般的な攻撃力よりも、どんな場合にも生き延びられるだけの”生存可能性(サバイバビリティ)”を鍛えてもらいたい。それこそが木乃香を護る事になる」

「は、はい!」

「そう云う訳で、刹那君にはこのエドガー印の特訓用ダイオラマ魔法球を渡しておこう」

「江戸川印?特訓用、ですか」

「この中で修行すれば、否が応でも生存可能性が泣きたくなる程上がると云う優れ物じゃ」

 形容詞が可怪しい。何だそれは。

「は、はぁ……」

「何。神鳴流剣士としても一皮剥けるじゃろうて。期待しとるよ?」

「は、はい!失礼します!」

 そんな経緯で、気合を入れて魔法球の中に入り。

 

 神鳴流道場以上の地獄を見た。

 

 ――”密林に潜む狙撃手百名から逃れろ!”って何?それをクリアしても届かない、仙道の強さって何ですかね?

 あれから二年。神鳴流剣士としては歴代最強であるとの自負は有るが、同時にまだまだだとも思っている。割り箸で次元を割る斬撃を繰り出せる様になろうが、結局木乃香の方が強大なのだ。偶に泣きたくなる。

 そして先日。遂に木乃香は仙人となった。同級生の、先日まで一般人だった長谷川千雨が”一日”で仙人に至った為、一念発起して師匠を鼎遊教主から渡世真君に変更してもらったのだ。結果、あっさりと麻帆良四位に位置している。

 尚、仙人と道士の差は『全人類七十二億を相手に勝利可能かどうか』である。何かもう、基準が色々と可怪しい。

 

 とまれ。そう云う太鼓判が押されて一人前と認められた木乃香は、この春休みに帰郷する運びとなった。去年の時点で『国連常任理事国相手に勝利可能ではある』と云う評価だったのだが、学園長が『仙人になるまでは駄目!』と言い張っていたのだ。爺馬鹿である。京都に行くだけでそれだけの戦力を差し向けられる訳が無かろうに。

 で、問題は、この帰郷に同行するメンバーなのだが。

「知ってる?桜咲さん。今回の京都旅行、この漫画の作者が一緒に来るんですって!」

「ええ。それは知っています。このちゃんの友達ですよ。取材旅行ですってね?」

 渡世真君エドガー・ヴァレンタイン。麻帆良第二位。

 先日封神仙君(ほうしんせんくん)ネギ・スプリングフィールド、鼎遊教主、宝玉聖母(ほうぎょくせいぼ)長谷川千雨達十数名の仙人と共に”神殺し”を成し遂げたとか云う話である。

 ……何なんだ、神殺しって。何でもこの世界、と云うか宇宙を創造した本物の”神”だとか言っていたが、そんなモノが実在したとして、それを始末しても大丈夫なものなのか?刹那の想像の範囲を軽く超越する内容だったので、その噂が事実かどうかは不明である。確認しようも無いし。ただまぁ、とんでもない力を持った生物なのは間違い無い。

 ――護衛の存在意義が……。

「あれ?知ってたの?」

「ええ。漫画を読んだ事は無かったんですが」

 一応、知り合いである。中途半端に端正な顔立ちの、眠そうな目の男だ。

「私、ファンでさ!今日はサインを貰おうと思って!」

「ああ。サインには気さくに応じてくれるらしいですね」

 そう聞いている。木乃香とネギも、サインを貰っている筈だ。

「そうらしいわ。御蔭で昨日中々眠れなくて!」

 一時鬱状態か?と言われるまで落ち込んでいたとは思えぬ程の明るさである。何が有ったのかは知らないが、二三日で復活していた。沈まれているよりは良いのだが、そのハイテンションに付き合わされるとは思っていなかった。

 木乃香と同室である明日菜は、木乃香と共に京都へと行く事になった。何でも木乃香の父である詠春とは、古い知り合いであるらしい。年齢が合わない様な気がしたが、何でも魔法世界関係のゴタゴタで、と云う事なのだとか。曖昧なのは「プライベートに関わるから、これ以降はアスナちゃん本人に訊いとくれ」と言われたからだ。

 で、同室の木乃香は昨日、近右衛門の自宅に泊まったのでこの場には居ない(安定の爺馬鹿である)。集合時間は九時で、現在は八時半。明日菜と共に駅に来たのは七時十分だった。燥ぎ過ぎである。

 後は、爺馬鹿に依頼されて宝玉聖母が同行する事になっている(漫画家アシスタントとして)。その上魔法世界の英雄ナギ・スプリングフィールドの財産相続に関連して、との名目で、ネギとグージー、高畑・T・タカミチが先行している。

 ――護衛の存在意義が……。と云うか、誰かに何かが有った場合、京都が壊滅する……。

 何か、関西呪術協会の一部が『これを機にお嬢様を西に取り返して東に攻め入る云々』とか何とか言っているらしい。言っている意味は分からないが、兎に角凄い自信だ。

 ――自殺志願か?京都を巻き込んで?

 これはもう、学園長が言っていた瑞鳥としての能力に頼るしかあるまい。運頼みだ。

 などと思っていつつ明日菜の言葉に相槌を打っている内に、千雨とエドガー、木乃香が来た。

「あ。早いなぁ二人共。って言うか、明日菜。昨日、一緒に出ようって言うたやん!」

「ごめーん!私、有名人に会うのって初めてだから緊張しちゃって!」

 学校でよく会ってますよ。有名人。と言うか有名な妖怪ぬらりひょんに。緊張して下さいね。

「初めまして。君が神楽坂さん?エドガー・ヴァレンタインです」

「は、初めまして!神楽坂明日菜です!…………もしかして昨日、締め切りで徹夜ですか?」

「いえ、この顔がデフォルトです」

 そんな事を言い合いながら、和気藹々と。

 超絶的な過剰戦力は古都へと向かう。

 

 

*****

 

 

 運が良かったのか情報がガゼだったのか。一行はのんびりと京都旅行を楽しみ、木乃香の実家である関西呪術協会総本山に足を踏み入れた。

「千本鳥居?木乃香の実家って、神社だったの?」

「ん~?……そう言われたら、そうなんかな。六歳から麻帆良やから、よう分からんわ~。ああでも、巫女さんとかよう見掛けたから、神社なんかな?せっちゃん、どうなん?」

「このちゃん……いえ。六歳なら仕方無いですよね。近衛家は陰陽道の一派として台頭し、神道系列の技術を多く取り入れた為に、明治以降は神社として登録されています」

 実家が如何云う場所かくらい説明しとけや関西呪術協会会長――ッ。

 とは叫ばない。

「あれ?でも参拝客とか見た事ないえ?」

「京都の神社の組合を統括する場所みたいなものですから。あ、エドガーさん。写真撮影はご遠慮下さい」

「あ、はい。すいません」

 永遠に続くかと錯覚する様な、長い鳥居の隧道。その中を歩いていると、ふと違和感を覚えたので腕を振るう。直感に任せて、二度。それが何だったのかまでは分からないが、兎も角”何か”を斬った。

 それから暫く進み、そろそろ出口に差し掛かると云う所で人の気配を感じた。二人居る。

「何者だ!」

 この場で護るべきは当然木乃香ではあるが、視線で『明日菜を頼む』と指示された為に彼女を護る位置に動く。

「――こんにちは、木乃香お嬢様」

 こちらの誰何に応じて現れたのは、西洋人形の様な可愛らしい格好をした少女と、

「!?痴女です皆さん!警察に連絡をッ!」

「ちょぉっと待ったらんかいッ!」

 刹那の警告に相手方から突っ込みが入る。

「あ、ごめん。圏外」

「せやから待て言うとるやろっ」

 悔しそうに呟く千雨にも。

「これが、本場関西人の突っ込みなのね……」

「渡良瀬先生も、中々のモンだったけどな」

 明日菜とエドガーには突っ込みが入らなかった。まぁボケていないからだが。

「で、痴女さんはウチに何の用なん?」

「そこ固定ですかい――ッ!?」

「――千草(ちぐさ)さん。話が進まんから……」

 西洋人形の少女が、ついついと彼女の袖を引いた。痴女の名前は千草と云うらしい。どうせ偽名だろうが。

 とまれ彼女は仕切り直しと咳払いをした。

「――お初に御目文字致します。私、関西呪術教会の天ヶ崎(あまがさき) 千草と申す者です。以後、お見知り置きを」

「関西、呪術協会?」

 何言っちゃってんのこの人――ッ!?秘匿義務は如何した――ッ!?

「何やそれ?マイナーなオカルト組織かいな」

 小馬鹿にした様に言わないでっ!貴女のお父上が会長やってる組織ですお嬢様!

「ほほほ。矢張り親御さんやそこのお友達からは何も聞かされとらん様ですなぁ」

「……如何云う事や?せっちゃん?」

 木乃香に言われて、彼女と目を合わせようと振り向いた。『ここでボケて!』と云うカンペを持ったエドガーと、それを殴り飛ばす千雨が見えたがそれは無視する。

「木乃香お嬢様。実は――」

 一度木乃香を見、そして再度痴女に向き直って警戒態勢を執る。お嬢様への魔法の秘匿は――まぁ今更如何でもいいんじゃないですかね?どの道お嬢様に魔法は使えないのだし、でも代わりに魔術とか使えるのだし。危険と言っても彼女を脅かせる様な力は宇宙とかにしか無いのだろうし。でも詠春様への義理がなぁ。

「実は、貴方のお父様はマイナーオカルトのマニアでして」

 刹那は義理を優先してボケた。

「彼女は恐らくその噂を聞きつけた団体から派遣されたハニートラップです!」

「ちょっと待ったらんかいッ!」

 彼女の突っ込みが再び炸裂した瞬間。

 細く、甲高い、石に木杭を叩き付ける様な音が響いた。

 ゾッとする程の悪寒を感じた刹那は懐から万年筆を抜き出し縦に振るう。

 神鳴流奥義・斬魔剣 参の太刀。

 次元を斬り裂くその”太刀”筋は、刹那達を突然の衝撃から”斬り離した”。

「ななな、何なの――ッ!?」

 一人一般人(?)の、明日菜の声が響く。目前はもうもうと土煙が立ち込め、1m先も見えない状態だった。

 ――気配が三つ増えて、更に三つが消えた!?残った二つの内一つは……!

「高畑、先生?」

「え?」

 刹那が更に腕を振るうと一陣の風が吹き、視界をクリアーにした。

 そこには血反吐を吐き、銃剣(バヨネット)に両手両足を縫い止められた年若い男と。

 それを睥睨する男が居た。

「――プリームム?アーウェルンクス!?」

 明日菜の驚いた様な声。視線の先は、倒れた男だ。知り合いと言うよりは、仇敵に再会した様な声だった。

「……まさか貴様程度に、敗れるとは、な」

「君達意思無き人形とは違い、我々は成長するのさ」

 振り返らないので分からないが、これは高畑の声だろう。気配もそうだ。が。

 ――最後に会った時よりも、霊格と気が格段に上がっている?

「土は土に。灰は灰に。塵は塵に。人形にしか過ぎない君は、人形に還れ」

 それは、葬儀の際の祈祷だった。高畑の手から銃剣が放たれ、伏した男の体を抉る。

 男から悲鳴は上がらなかった。喉を刺されたからだ。そしてそのまま一瞬で燃え上がって、灰になったからだ。

 明日菜から悲鳴が上がらなかったのは、剰りの事態に理解が追いつかないからか?それともエドガーあたりが彼女の視界を遮ったからか。

 何にせよ。

「――我が復讐の一つは成れり。今度こそ、全ての仇を僕の手で」

 彼はそう言いこちらを向いた。

 新担任を紹介した時よりも、老けている様に見える。だが老いている訳ではない。あの時よりも、強くなっている。それが分かる。

「エドガーさん。長谷川君。木乃香君。手出しは無用でお願いしますよ」

「ん」

「勿論」

「何や分からんけど分かったえ」

 それ、分かってないでしょ!

 神鳴流剣士の突っ込みは最速だったが、口から漏れる事は無かった。

「――アスナ姫。全てが終わったら、報告に来ます。その時は、一緒にガトウさんの墓へ行きましょう」

「……ええ。待っているわ、タカミチ」

 ………………あれー?何でこの人恋する乙女の瞳になってんの?駄目男っぷりに幻滅したんじゃなかったっけ?

 ――何かハードボイルド風になって人相変わったから、焼け木杭に火が着いたんだな

 念話での解説ありがとう御座います千雨さん。でも人の心を読まないで下さい。

 兎も角、高畑はそこで背を向けた。

「……タカミチ!」

 明日菜の言葉に高畑は振り返らなかったが、動きは止めた。

「私、待ってるから。待ってるから、絶対に生きて帰って来てね!」

 彼は振り返らずに手を上げ、光を発して消えた。

 ――空間転移魔術……否、獣化魔術で己を光に変えたのか。

 何時の間にか、彼も麻帆良組に入っていた様だ。と言うか、先程エドガーをさん付けだった事から考えれば、エドガーかネギの弟子なのだろう。そりゃあ戦闘力も上がろう。

 まぁそれはそれとして。

「……タカミチ……」

 何か、この桃色空間に心を焼かれそうなんですけど。




(グージーを転生させた)神は死んだ。スイーツ(笑)。
高畑先生とアンデルセン神父って、髪型と髭と眼鏡が似てますよね?


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第十一話 「苦労人」

※一部グロ表現注意


 また、チラチラと彼女の方を見ている。流石に注意するべきだろうと思い、フェイトは彼――犬上(いぬがみ) 小太郎(こたろう)を部屋の外へと誘った。

「バレてるから。小太郎君」

「……何の話や?」

 何の話かと問いながらも、彼の言葉と表情には動揺が見える。流石に、自分が恥ずかしい事をしていると云う自覚はあるらしい。

「さっきからチラチラと、千草さんを見ているだろう?」

「……?ああ」

 そこは、認めるのか。よく分からない少年だな、とフェイトは思った。矢張り人間は難しい。

「彼女の胸元を覗きたいと云うのは雄としての本能かも知れないが、自重」

 ガイン。と云う音が響く。魔法障壁に何かが当たったのだ。小太郎が、拳を抱えて蹲っていた。

「成程図星を指されての逆切れ」

「ンな訳有るかいッッ!!」

 突っ込みだった。自称新生デュナミスRX-7TURBO DASHによって常時展開可能となったこの魔法障壁は、突っ込みだけは防げない。謎仕様である。

 ズビシッと云う小気味良い音と共に、フェイトは吹き飛ばされた。クルクルと縦回転して壁にぶつかる。これも仕様である。突っ込みの衝撃は倍加する。意味が分からない。

 家屋が倒壊するかと思われる様な衝撃が走り、何だ何やのと三名が集う。小太郎は一人、唖然としていた。

「何やのあんたら!喧嘩か!?喧嘩は表でしい……やなくて、喧嘩すな!」

 天ヶ崎千草。関西呪術協会の一員。この怪し気な集団のリーダーである。

「え?いや、喧嘩っちゅうか、難癖を付けられて……あれ?やっぱり喧嘩か?」

 犬神小太郎。狗族と云う東洋版の狼男である。

「喧嘩はアカンえ、小太郎君。フェイト君」

 月詠(つくよみ)。所謂白ゴスと云う服装と、少女との殺し合いを好む真性の変態。

「ふん!無様だなテルティウム!こんな小僧にしてやられるとは笑止千万!」

 クゥァルトゥム。自分と同じ団体に所属している男だが、ナルシス気障なので知らない人ですと言いたくなる。常に薔薇を咥えている。彼もまた真性の変態である。

「……ボケに対する突っ込みを受けたんだ」

「ああ」

「さよか」

 それだけで関西人の女性二人は納得し、部屋に戻って行った。こちらは逆に納得出来ないものを感じたが、まぁ世の中とはそう云うものだと諦める事にする。色々と諦めなければ、三週間程前から劇的に変わった組織内では生きていけない。

「くくく。成程所詮貴様は一世代前のポンコツよ。大人しくこの島国でその姿のまま固まり観光名所に成り果てるのがお似合いだ!クハハハハハ!!」

 一体如何云う開発コンセプトで彼は生まれたのだろうか。薔薇を咥えたまま高笑いとか、調整ミスとしか思えないが。

 三番目(テルティウム)四番目(クゥァルトゥム)。それは造物主の使徒、人造人間アーウェルンクス・シリーズの生産番号だ。

 彼、クゥァルトゥムの完成(ロールアウト)はもう少し先であった筈だが、『何か急に漲ってきた――――ッ!!』と叫んだ新生デュナ略の手によって、今月頭に爆誕した。正しく爆誕である。何かもう、フラスコやら薬剤やらが飛び散って豪い有り様だった。結局そのアジトと調整前の素体は破棄せねばならず、シリーズ生産の進捗状況は”漲る”以前と殆ど変わらなかった。

 そして直後にデュナ略から『ナギ・スプリングフィールドの息子、ネギはかなり際どく超絶的に危険な奴なので急ぎ始末すべし』と送り出されたのだ。一体何処から聞いてきた情報なのか。全く以って謎なのだが『スゲェイカス造物主の完全なる世界の為ガンバ!!』と言われれば仕方無い。従うのが人形たる自分の役目である。

 しかし『日本の埼玉県麻帆良市に彼奴は居る!』との情報(出処が不明だが)から彼の足跡を辿ってはみたものの、如何考えても”脅威とは成り得ない”と判断せざるを得なかった。得られた情報から考えるに兄のグージーの方が危険度は上だ――などと言っても所詮は見習い魔法使いレベルでの話である。フェイトやクゥァルトゥムからすれば赤子同然の力量と言えた。

 その子供達と仇敵たる高畑・T・タカミチが麻帆良を離れて京都へと赴く、との情報が流れたのはそんな折であった。麻帆良は日本に巣食う魔法使いの本拠地であり結構な人口密集地である。そこで事を起こせば色々と人目に付いて不都合であったのだが、離れてくれた上人口の半分が観光客と言われる場所(出典不明)に行ってくれると云うのならばこれは渡りに船だ。その情報を拡散して彼等に恨みの有る人物を集結させ、その連中を隠れ蓑に三人を始末する。そう云う計画を組み立てた。単独で事を起こすのも吝かではなかったのだが、四番目があからさまに悪目立ちするのでこの手を使った。何度言っても薔薇を口から離そうとはしないし、認識阻害魔法を掛けてもくれなかったのだ。『俺がこの薔薇を外すのは、強敵と相見えた時だけだ!』との事である。定期報告の度に調整ミスを訴えたが、聞き入れられなかった。

 ともあれそれなりの人数が集まるかと思われたこの作戦だが、極東の島国故かナギ・スプリングフィールドや高畑・T・タカミチの名はそれ程轟いている訳ではなく、集まったのはたった三名であった。しかも『ナギ、タカミチに恨みを持つ者』を隠れ蓑に別の目的を持つと云う人物である。つまり互いに利用し合う形となった。

 だが四番目を目立たなくさせると云う点に於いては、この三名には花丸をあげたい。何せ一人は痴女、一人は白ゴス少女、一人は獣人少年である。薔薇を咥えた奇人が加入しても、『ああそう云う芸風の集団なんだな』と納得してもらえるだろう。

 そんな事を考えていたら、小太郎から白い目で見られている事に気付いた。

「何だい?」

「……いや。ええ加減、普通の姿勢に戻ったらどうや?」

 そう言えば、壁に叩き付けられた状態だった。頭頂部を下にした、一点倒立である。しかもそのまま腕組み。成程このままでは話し難いかと足を正面に下ろしてくるりと元の姿勢に戻った。

「アレやで?カルトームがボケでキャラ立っとうから、お前までボケをやろうとする必要は無いと思うで?」

 つうか、ボケとボケで突っ込みがおらんとか収集が着かんやろと狼少年は続ける。この少年は、クゥァルトゥムとは発音せず、カルトームと訛る。

「まぁお前は突っ込みに感情が篭っとらんからなぁ。苦手なんか?」

「感情表現が苦手な部類ではあるね」

 と言うより、任務遂行に不必要な雑音(ノイズ)は極力減らす方向で調整されているのだ。『相手がどの様に考えるか』を知る為の、感情に関する知識は有るが、自分に当て嵌まるモノではない。必然的に、無表情になっている。

「かと言って、アレに突っ込みは無理……と言うか、ボケ以外は無理やろ?何とかお前が突っ込みを磨くしか無いと思うで?」

 この少年の中では。自分と四番目は兄弟で、漫才修行に日本に来たと云う設定になっているらしい。ナギとタカミチのコンビはトルコの漫才大会で卑劣な手段を用いて自分達の親を棄権させ、優勝を掻っ攫った悪党なのだ。

 ……何なんだそれは。と、言いたい処ではあるが、じゃあキワモノ芸人以外で常時薔薇を咥えている男のサイドストーリーを考えられるかと問われれば”否”と答えるしか無い訳で。デュナ何とかの軽挙妄動には本当に頭が痛くなる。

「無気力系突っ込みっつうのも有るけど、あれはボケが突っ込み返さな話にならんしなぁ」

「……まぁその話は追々考えるとしよう。それより」

 関西人のボケと突っ込みに関する講義は結構でござる。

「覗き見じゃないとすれば、君は何故千草さんの方を見ていたんだい?」

 この少年は、恋愛よりも戦闘の方に興味が有ると云う感じだったが。三十路目前の痴女が恋愛対象とか、かなりマニアックだと思う。

「ん?ああ…………まぁええか。実を言うとやな。千草姉ちゃん達が狙っとる、近衛な」

 彼は暫し迷いを見せた後、語り出した。

「想像もつかんくらい強いらしいで?どんだけ信憑性が有るんか知らんけど」

「強いって……護衛の神鳴流剣士がかい?」

「ああ。そっちも強いって話やな。神鳴流歴代最強やとか」

 月詠が、豪く嬉しそうに語っていた。早よう先輩と戦いたいわぁ~と。彼女の実力は中々のものであり、この業務終了後は完全なる世界の戦力としてスカウトしたいと思えるものだった。その彼女がラブコールを送る、桜咲なる護衛は確かに強いのだろう。が。

「……そっち”も”?」

「ああ。近衛の姫さんの方や。何や、俺みたいな妖怪の血を引いとるとか何とか」

「――父である青山詠春は、退魔師である神鳴流剣士だろう?謂わば妖怪の敵だ。近衛も剣士じゃないけど退魔師じゃなかったかな?そんな連中が妖怪と結婚したりするものなのかい?」

「まぁ外人さんには分かり難いかも知れんけど、日本では割りかしあるんやそう云う事が。実力を認め合った者同士が互いの子供を結婚させるとかな。青山にも近衛にも、そう云う血が混じっとるっちゅう話や。俺自身が妖怪言うても、あんま他の妖怪とは付き合い無いから噂程度にしか知らんのやけどな」

 なけん、全くの無力やゆう事は無いでと彼は続けた。

「それは、千草さんには伝えたのかい?」

「当然言うたで。でもあんま信じとらんなぁあれは。なけん心配でチラチラ見てた訳や」

 噂程度の情報やから信憑性は無いしなと小太郎は嗤う。

「俺も半信半疑やしな。ほんでも嫌な予感はするからなぁ」

「成程」

 近衛木乃香を誘拐し、彼女の魔力を用いて古代の鬼神を復活させようと云う目論見は、前途洋々と云う訳には行かないらしい。

 だがこちらとしては、彼女が成功しようがしまいが如何でも良い事である。ナギの縁者三名を襲撃する理由として存在してくれさえすればそれで良いのだ。

 タカミチの強さは、調整前の自分程度だと聞いている。調整後の自分と四番目が居れば軽く倒せるだろう。見習い二人は実戦も知らない子供である。小太郎と、千草の用意した式神が有れば十分対処可能だろう。

 そう、若干気楽に考えていた。

 

 それが覆されるのには、少しの時間しか要らなかったが。

 

 

*****

 

 

 タカミチの無音拳が、容赦無く式神と小太郎を抉った。無音とか言う割りには”キキューン”と云う甲高い音がしているが、と如何でも良い事を考える。

 現実逃避である。

 ナギ・スプリングフィールドの遺産である家屋の近くで待ち伏せしていたのだが、如何云う仕掛けか感知され、周囲と位相を違えて人を封じ込める結界を張られてしまった。そして高笑いしながら登場したクゥァルトゥムは速攻で沈められている。所謂犬神家状態だ。物理攻撃であるのでそれ程間を置かずに復活するだろうが、自分の物と同じ質である筈の魔法障壁が濡れた紙の如く破られたのは衝撃だった。

 自分に在る矜持は、あの格好で倒される事を強く拒絶している。なので転移を繰り返して彼の拳を避けているのが現状だ。

「ハハハハハ。どうしたんだいアーウェルンクス。招待状も無しに来た割には、剰りダンスが上手とは言えないね」

 何だあの男は。情報と随分違うじゃないか!0.5秒で転移を繰り返しているのに”全て”捕捉されている。”遊んで”いるのだ彼は!

「……くぅおぬぅおぉっ!?」

 クゥァルトゥムが復活したが、また即座に吹き飛ばされていた。時間稼ぎにもならないとは、何の為に着いて来たんだお前と言いたくなる。

「せいっ」

 小太郎君の方が活躍してるじゃないか。否、タカミチが相手にしていないだけか。彼の相手はスプリングフィールドのどちらかがしていた。恐らくもう片方は、この結界を維持しているのだろう。

「やるやないか西洋魔術師ッ!!」

「戦闘狂の相手とかホント勘弁して下さいマジで」

「オラオラオラオラ――――ッ!!」

「ネギくーん!代わってちょーだい!」

 連続転移の影響故に妙な感じで聞こえるが、そんな事を言っている様だ。つまりは彼がグージーなのだろう。小太郎の攻撃を軽々と避けている事からも、実力の高さが伺える。

 ――いや、待て。弟は魔法を使えないのではなかったのか?タカミチも同様だ。ならこの結界は、グージーが戦いながら維持していると云う事になる。末恐ろしい少年だ。矢張り警戒すべきはネギよりグージーだ。と言うか、タカミチの強さが本気で危ないので彼が警戒度一位だが。

「クククッ!高畑・T・タカミチ!貴様はとうとうこの俺を本気にさせてしまったな!もう手加減はしないぞッ!!」

 ゴウッと云う音が広がる。自らの肉体を炎と同化させたかクゥァルトゥム。

「この薔薇は、俺の力を蓄えいざと云う時に開放する為の畜魔器!俺にこの力を使わせた事を後悔するが良い!」

 手加減も何も攻撃など出来ていなかったと思うが、それは言わない方が良いだろう。あと、エネルギーを貯める装置ならば指輪か腕輪にしろと言いたい。何だ薔薇って。気障か。

 兎も角、彼の力が膨れ上がったのが分かる。これならば――

「ふん!」

 あ、一撃で弾き飛ばされた。と言うか、結界が割れた。

「何やってんのタカミチィ――ッ!?」

「ハハハ。結界の強度が足りないよグージー君。戻ったら特訓だな」

「え?これ俺が悪いの?どうなのワンちゃん?」

「がっ……だ……れがワンちゃんや……ねん」

 そして何時の間にか小太郎も伸されていた。一瞬見捨てて逃げようかとも思ったが、結界は既に張り直されている。

「ああ。アイツだけは外から入れる様にしてるから、心配は要らないよ?」

 グージーが小太郎の上に腰掛けて言う。

 

 そして、タカミチの雰囲気が変わった。フェイトの背筋が粟立つ。

 

「さて。あの喧しいのが居なくなったんだ。今の内に訊いておこう――先の大戦、君達は如何なる理由で勃発させた?」

 先まで有った笑みは無い。ただ冷徹な、その答えを知る為だけに生きてきた男の顔が有った。まるで全身に刃物を突き立てられるかの様な悪寒が――否。

 

 ”実際に”突き立てられていた。

 

銃剣(バヨネット)……!」

 ――馬鹿なッ!?一体何時の間にッ!!貫かれた衝撃など微塵も感じなかったぞッ!?

 これは、彼の持つアーティファクトなのか?全身ではなく四肢だけだったが、刃物は実在している。

「さぁ。答えろアーウェルンクス。これは質問ではない。拷問だ」

「ッガァッッ!?」

 思い出したかの様に、アーウェルンクス・シリーズに在る筈の無い痛覚が仕事をする。何だこれは!?

 疑問は尽きない。だが答えねばその答えを知る機会も無くなるだろう。一応、完全なる世界所属のアーウェルンクスはもう一体居る。拷問は面倒だろうが、別に自分を殺した処で替わりは効く訳だ。

「……そうだね。君達は、僕達の目的を知らずに常に邪魔してきた訳……グッ!?」

「時間稼ぎは無駄だ。早く結論を言え」

 これが、英雄の力か!彼に勝つにはシリーズがダース単位で必要じゃないだろうか。

「ッ……魔法世界はもう直ぐ、十年以内に崩壊する。アレは僕達の主、造物主(ライフ・メイカー)が創り出した人造異界で、それを維持する為の魔力が尽きるからだ」

「……それで?」

「それらを別の場所……コズモ・エンテレケイア(完全なる世界)に移す計画は有った。だが、人数が多過ぎたんだ。全員を救うのは不可能だった!魔力が足りなかったんだ」

「だから、口減らしの為に戦争を起こしたのか?」

「当然それも有る。だが造物主は下らない小競り合いを行う人類に絶望もしていた。だからこその戦争だった。そしてその結果、魔法世界の住民当時十二億四千万、戦争後の現在十一億八千万!今なら彼等全員を救える!今度こそ”争いの無い平和な世界”、完全なる世界が実現する!誰も苦しむ事の無い、真実の平穏が」

「減らした六千万を置き去りに、か」

 ゾッとする声音だった。そうか。彼は戦災孤児。減らされた六千万の中に、家族が。

「……だが”完全なる世界”に行きさえすれば!そこで彼等に再会出来る!」

「……『現し世は夢。夜の夢こそ真』、か?”完全なる世界”とは、十二億を”夢の中へ誘う”。そう云う計画なのか……」

 彼が少し脱力する。説得は可能か?

 否。

「その”下らない小競り合い”を先導していた”上”を生き残らせて。全員を生かす努力も怠り、勝手な命の選別を行い、”差し伸べられていた手も振り払い”、剰え自分達が正義だと疑いもせずに」

 殺気が、倍加した。それだけで、空間が震える。

「ちょっとタカミチさん!?結界が割れそうなんですけど!?」

 と云うグージーの悲鳴も宜なるかな。許容出来ない痛みを残して、銃剣と共に四肢が消え去る。

「ぐがぁぁッ!!?」

「狂い踊れ操り人形(マリオネット)。豚の様な悲鳴を上げろ」

 彼の無情な宣告と共に飛び込んで来た四番目と一緒くたに吹き飛ばされ。

 フェイトは取り敢えず、造物主ではない神に毒吐いた。 

 

 

*****

 

 

 気を失う前に天ヶ崎と月詠を回収して転移出来たのは奇跡と言えたが、それで現在の戦力差が如何こう出来ると云うものではなかった。小太郎もアジトに戻って来ていたが、犬の形態から人型には戻れないそうである。何らかの魔法を掛けられ逃がされたそうだ。四番目の気配は完全に消えている。そして自分は達磨状態だ。

 更に言えば、千草の持っていた全ての札と月詠の刀は綺麗に”斬られて”いたそうだ。神鳴流剣士の仕業らしいとの事であるが、服や鞘の上からそれらを斬らずに中だけを斬ると云う業前には驚嘆せざるを得ない。しかも相当な距離を離れて、肉眼で捕捉もされていない状態からである。タカミチ並の化物と言えた。

 彼等が合流して関西呪術協会の結界内に居る現在、攻め入るのは無謀の極みである。

「ウ……ウチの刀が……こないに綺麗に斬られるなんて…………」

「月詠さん……」

 刀は、剣士にとっての命だと聞いている。彼女の失意は如何程のものか。

「こないにされたら、ウチ……ウチ、先輩に惚れてまうわぁ……♥」

 うっとりとした表情でウネウネと腰を振る彼女を見て、フェイトは退いた。ドン退きである。足は無いので動けないが。犬と痴女は、実際に逃げていた。身障者に優しくない連中である。否、犬は無理か。オノレ痴女め。

 恨みがましい目で見ていると彼女はバツが悪くなったのか、

「ま、まぁフェイトはんはこれから大変やろうから、義手が出来るまで暫くウチの式神、猿鬼(エンキ)でも着とり」

 と言って、強化外骨格的――ではなく着包み型の式神を出してくれた。”それ”がフェイトを掴んで飲み込むと、如何云う仕掛けか正常な位置に収まる。中々着心地は良い。手足も難無く動かせる。やるではないか、痴女。親指を立てるとサムズアップを返された。

「――で、実際問題、これから如何する?」

 はぁはぁと息を荒らげ出した変態は放置し、天ヶ崎や小太郎と向き合う。

「ぶっちゃけ、ウチは逃げ出したいんやけど」

「お嬢さんの力を使って東に攻め込むのは諦めたのかい?両親の仇なんだろう?」

「それはあんさん表向きの理由や。実際のウチの両親の仇は関西呪術協会の幹部なんよ。ソイツが『お前の両親の仇は東じゃ』言い回ってウチが行動せざるを得ん様に追い込みくさって!」

 聞けば、大分裂戦争時。麻帆良に出兵要請が来たものの彼等は拒否。では西にと来た誘いを『魔法世界に恩を売るチャンス』だとその幹部――金串(かなぐし)と云うらしい――が承諾。数十名を魔法世界に送り込んだ。が、送り出された内の半数は死んだ。その中に、千草の両親が居たらしい。本来なら金串が責を負うべきなのだが、彼は『麻帆良が出兵を拒否さえしなければ我々が人員を送り込む必要は無かった』のだと責任を転嫁したのだ。それが通ると云うのも可怪しいが、東西の確執と云うのは外から考えるよりも大きいらしかった。

「ウチの両親も両親で、『これで出世して帰って来るで』なんて喜んどったしな。他所の戦争で一旗揚げようなんて阿呆な事を考えるから死ぬ様な目に遭う訳や」

「――済まない、千草さん。その戦争には僕の組織が関わっていた」

 小太郎がジト目で睨んでくるので、一応説明をしておく。痴女って言ってごめんなさい。

「ふん。あんたが気絶しとる間に小太郎から聞いたわ」

「え?どうやって?」

 犬の状態でも喋れるのか?でも今は喋っていないが?

「これやこれ。バウリンガル」

 半端無いな日本の科学力!今迄生きてきて一番驚いた。

「許して欲しかったらその着包み着て金串ぶん殴って来い。それでチャラや」

 実際木乃香嬢の力で伝説の鬼神を復活させ、それでその幹部宅を踏み潰す気だったとか。どうせ幹部は逃げるやろうけど、嫌がらせにはなるわなと薄く嗤う。

「ウチは海外にでも逃げさせてもらおうかと思うとったけど……あんさんの世話をせなあかんしなぁ」

「いや、トルコまで運んでくれれば後はこちらで如何にかするよ。ありがとう」

 飛んで(トルコ最大の都市名。著作権が切れていない歌詞になる為削除)かぁと千草は歌うが、誰も反応しなかった。知らない曲である。年増

「早う金串殴ってこんかいッ!」

 

 

 

 その後。関西呪術協会の結界が破られ一人の男が裸に剥かれて大木に吊るされていたと伝え聞くが、噂の真偽は定かではない。




祝日刊三位。
……バグじゃあないですよね?


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第十二話 「妖怪仙人」

メタ発言……らしき台詞が有ります。


 

 明治初期に武蔵へと渡って来た異人達は、魔法と云う異能を以ってその地に住まう人々を追いやり自分達の要塞を築き上げた。そして何とも馬鹿らしい事であるが、”マホウ”を捩った”マホラ”と云う名をその場に付けた。

 調子に乗っていたのだろう。この地は我々の物だと内外に示したかったのだろう。

 長きに渡りこの地で、この国で活動したいと考えるならば、せめて名を変えるべきではなかった。”名付け”は、最も短い呪術なのだ。

 呪いは”麻帆良”に満ち、その生態系を常識外の物へと変貌させた。大きな魔力容量を持つ者、精神操作系魔法が効き難い体質の者。それらが生まれ易い場所。そこはそう云う土地に成った。

 これは、魔法使い達にとっては嬉しい誤算だったのだろう。ここに魔法使い用の教育機関を作ろう、いやいっそ大規模な学園都市として発展させよう。議論は白熱した。そして、その地に在る巨木を用いた大規模な認識阻害魔法を掛け続ける事で魔法の存在を隠蔽する”麻帆良学園都市構想”が本決まりとなった。

 しかし、それが実現する事はなかった。呪いは、先の事象を引き起こしただけには留まらなかったのである。彼等が想定し得なかったもう一つの誤算。それは『妖怪が非常に生まれ易く過ごし易く成長し易い環境になった』と云う事だった。故にその地を求めて数多の魑魅魍魎が集まり巨木は妖怪化し。関東魔法協会は発足後十五年で妖怪達に乗っ取られる事になった。

 麻帆良学園初代学園長 白蔵主(はくぞうす)。寺の法師を食い殺し、五十年間成り代わっていたと云う実績を持つ狐の妖怪である。彼は広域認識阻害魔法に拠る魔法の秘匿を邪道と断じ、『魔法は最後の手段』と云う麻帆良魔法使いの基本方針を生み出した。教育の重要性を説き、麻帆良から多くの技術者教育者を輩出した事でも有名である。

 二代目杉山僧正(すぎやまそうしょう)、三代目鉄鼠とその方針を踏襲し、そして第一次世界大戦を経た後の四代目、酒呑童子(しゅてんどうじ)が『魔法なんざ、詠唱前に潰してしまえ。魔法障壁?割れるだろ簡単に』と体術関連の授業を取り入れた。これは当時の国体にも合致し、『麻帆良の体術は軍を精強ならしめん』と全国的にも広められた。

 ここで今度は酒呑童子が調子に乗った。彼には毒酒により弱った処を討ち取られたと云う過去がある。故に”正道で自分を打ち破れるだけの力を持つ人間を育てる”と云う妄執に取り憑かれたのだ。京都に赴き神鳴流剣士を教師として招聘したり、大陸に渡って自ら拳法の修行に励んだりもした(彼が抜けたので、五代目は茨木童子(いばらきどうじ)が任されている)。表の一般人に彼の指導を受けさせる訳にはいかなかったが故、標的とされた魔法生徒は堪ったモノではなかった様だ。直弟子の内数名は、死後鬼と化して彼の眷属と成っている。

 それでも日米間の戦力差を覆すには至らず、第二次では手痛い被害を受けた。麻帆良が日本の舵取りを任せられるだけの力・頭脳を持った官僚政治家の教育に力を入れ出したのはその頃からである。

 六代目文車妖妃(ふぐるまようび)は初の女性学園長であり、戦後の女権拡張に於いて大いに活躍した。七代目は芝右衛門狸が鞭を執り、芸術活動の発展に寄与している。八代目雲外鏡(うんがいきょう)には表向き大した功績は無いが、MMに対する交渉に於いては絶大な力を振るった。

 そして九代目ぬらりひょん。一九七八年から麻帆良大学の学長を勤めており、人間世界の戦争に於いて数々の作戦を指揮した。その功績を以って、一九八七年からは学園長を勤めている。

 彼は杉山僧正と同じく仙人であり、また日本妖怪を統べる首魁でもある。今迄何名もの弟子を取り、そして育ててきた経験が有った。凡才も天才も分け隔て無く教え、数々のトラブルを乗り越えてきた自信と力が有った。

 有ったが。

 ――これは、詰んどるんじゃなかろうか。

 彼は学園内に何箇所か在る学園長室の一つで頭を抱えた。

 発端は渡良瀬瀬流彦の齎した報告書である。

 造物主(ライフ・メイカー)を名乗る”道士級”魔法使いが創り出した人造異界、魔法世界。そこで行われた戦争により名を上げた魔法使い、ナギ・スプリングフィールドの息子グージー。彼が悪魔に襲われ精神汚染を受けた可能性が有る。或いは悪魔に取って代わられた可能性が有る。そう云った報告書だった。

 この麻帆良を覆う大規模結界を許可無く通れる悪魔は理論上存在しない。なので彼が悪魔と云う事は無い。しかし幼少時の心的外傷後ストレス障害により精神に傷を負っている可能性は高い。なので、カウンセラーである妖怪サトリに彼の精神を精査させた。

 結果。

 彼が”神様転生者”であると判明した。

 自分達がとある漫画の登場人物である、と云うのはまぁ良い。エドガーと云う天然転生者が居るのでその可能性は以前から考えられていた。問題は、グージーを転生させた”神様”が、かなり気軽に世界を弄り回していると云う事実だ。彼の思考は愉快犯に近いと推察される。”魔法先生ネギま!”と云う物語が終われば、読み飽きた漫画の如く”世界”ごと消される可能性が有った。

 勿論、そのまま置いておかれる可能性も有る。有るのだが、それは楽観的な見解だと思われる。数多の人間に接見してきた妖怪の勘が告げている。彼奴はこの世界を只の玩具としか見ていないと。飽きれば、それが場所を取る物なら即座に捨てる。そう云う生物だと。

 しかし。

 ――実際、如何する?

 自分達は神仙と呼ばれている。それに相応しい力も有ると自負している。が、人造異界程度ならば兎も角宇宙一つを丸々気軽に創り出せる様な存在を相手に出来るかと言えば、甚だ心許無い。と言うか絶対負ける。そもそも宇宙外に出る方法が――。

「――有る、か」

 ボソリと呟く。

 渡世真君。この世界の外から来た男。何度も異世界を行き来した存在。

 獣化魔術。彼のコピー存在と成り得る変化の術。そして彼自身が妖怪サトリと同等に成れる技術。

 つまり彼が成長すれば、”神”と出逢いてその考えを覗けると云う可能性が有る。

 ――だが覗いて……それから先は?

 物理攻撃が可能なのか。いきなり精神攻撃をされたりはしないか。そもそも彼我の体長比は?

「やっぱり詰んどるのう」

 所謂無理ゲーと云うヤツじゃろう、これ。素人が玉単騎で名人に勝つ、否、生まれた直後の赤子が全世界を相手に戦う様なものだ。

 だが。

 それでも。

 ――足掻くくらいはせんとな。

 嘗てエドガーは自分の事を元始天尊に似ていると言ったが、絶望的な実力差が有る強者に挑むと云う状況まで似なくとも良かったのに。

 まぁ取り敢えず、嘆くのは後にして。ちょっくらエドガーに頑張ってもらおうか。

 近右衛門は、電話に手を伸ばした。

 

 

*****

 

 

 パンチラ漫画ですね。などと現役少女漫画家に言われて少し言い得て妙だなと納得してしまった。

 学園長室ではなく妖界側の自宅、それもダイオラマ魔法球内に招いての会話である。相手が神なら無駄だとは思うが、少しでも気取られる可能性を下げたかったのだ。知られた時点で全てが終わる、と云う事も有り得るのだから。

「これ読んで思い出しましたよ。あざと過ぎて、『そこまでされたら降参するしかありません』とか別の漫画家に言われてましたね確か」

 グージーの記憶を転写した漫画単行本三十八冊。視線を媒介とする暗黒魔術と分割思考処理能力により、それを読み終わるのは数分で済んだ。魔力の無駄遣い、と言える程も魔力を使っていない辺りは流石と言える。

「評判だけ聞いていたけど読んだ事が無かったから、今迄全く気付きませんでした」

 人気は有って幾つか漫画賞を受賞してたと思いますけどと続けられたが、正直な話如何でも良い。問題はそこではないのだから。

「二次創作は相当数有りましたから、”これ”も”その”類でしょうね。ご想像通り」

「矢張りお主もそう思うか……」

 片眉を少し上げて、続きを促す。

「”原作”のメイン話は魔法世界の救済。最後の敵は造物主。魔法世界の救済方法は確立出来ているし、我々が道士級に遅れを取るなど有り得ない。よって残りは完全に消化試合です……なので」

「早くに飽きられる、否既に飽きられている可能性が有る」

「そうですね。出落ち・主人公側強過ぎ・世界の危機があっさりと回避されている……ジャンプなら十週打ち切りレベルですから」

 原作はマガジン連載でしたけどと、最短で卒業した弟子が言う。只管に如何でも良い情報であった。

「話を聞いた感じ、オリ主チート無双とか好きそうな感じではないでしょうし」

「それは、オリジナル主人公がズルして敵を蹂躙している状態、と云う事かの?」

「あ。そう云う事です。説明不足でしたね。二次創作物関連のネットスラングです」

「ふむ。確かにそう云う展開が好きなら、グージー君に凄い能力を持たせるだけで済むからのぉ。『自分が読めない展開』など欲しはせんじゃろうよ」

 この先の展開など小学生でも分かる。魔法世界の救済方法を先に知ろうとは思っていないだろうが、それが読まれた時点で世界は消滅させられるだろう。と、云う事は、この会話もそれ程気にせず行っても良いのかも知れない。何しろ、ここで”オチ”の最終確認をしている可能性は高いのだから。暇潰しが望みならば、ここでの会話はシャットダウンしている筈だ。

「つまり、麻帆良祭りまでに神殺しを行うか。造物主側を夏休みまでにグレードアップさせて延命措置を取るかの二つに一つかと」

「いっそお主が世界中に撒いた人造人間を使って世界征服にでも乗り出してみるか?受けそうな気がするが」

 予想だにしていない場所からの、台本に無い展開。

 ……思い付きで言ってみたが、結構面白そうだ。どうじゃ?と確認してみると、暫し黙考した後エドガーは「一瞬イケそうかと思いましたけど、魔法世界の英雄クラスに力を落としてやり合った場合でも、死傷者が億単位になりませんかね?」と疑問を返してきた。

「……ああ、うん。確かにそうじゃな。適当に手を抜いても、被害が尋常じゃなくなるの」

 世界崩壊と天秤に掛ければ流石にそちらを取るが、それは最後の手段とする他無い。

「漫画だったらエロ方面の梃子入れとかで何とかなるんですけどね」

 ああお主の漫画の話かと言うと、目を逸らされた。今月号のアレで、何とかなったのか。

「……アンケート結果は割りと良かったですね」

「少女漫画雑誌でも、そう云う梃子入れは効くんじゃのう」

 話は脱線したが、そのまま闇を抜けて最果てでも目指したい気分である。

 現在二月十二日。麻帆良祭りは六月二十日から、夏休みは八月末まで。ダイオラマ魔法球を使用したとて今より四ヶ月で神殺しが可能か?と問われれば首を傾げる他有るまい。最早、座して死を待つ他無いのだろうか。

「ま、私は出来るだけ修行を行い、霊格を上げてみますよ。そして世界を渡る為の術式を構築する。正直な話、ダイオラマ魔法球を使っても何年掛かるか分かりませんが」

「うむ。頼んだぞ。儂も頑張ってはみるが、成長期は完全に過ぎとるからのう……」

 エドガーやネギと云った成長期の若者に頼らざるを得ないと云うのは心苦しいが、こればかりは如何仕様も無い。

 顎鬚を手櫛で整え、近右衛門は溜息を吐いた。

 

 

*****

 

 

 何とかなりそうですとの連絡を受けたのはその十一日後、二月二十三日の日曜日であった。最初聞いた時は何の冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。十日間魔法球に篭もり切りだったとしても六十年。それでも目処が立つ程の成果を上げられるものだろうか。

 疑問を持ちつつもやって来た彼等を迎え入れれば、成程確かになんとかなるかも知れないと思わせる風格が感じ取れた。と言うか。中等部の一般女子生徒が一人混じっている上、その彼女が自分よりも格上になっているのは如何した訳か。

「ええと。そちらは、長谷川千雨君、じゃったかの?」

「あ、はい……」

「ちょくちょく結界を抜けてコチラ側に来ていたのは知っておるが……君、そんなに強かったかの?」

「……この馬鹿に、無理矢理修行させられて」

「責任取って結婚しよ」

 うかと思います、と続けたかったのだろうが。その途中で赤い花が咲いた。速過ぎて見えなかったが、恐らく千雨の突っ込みであろう。完全に頭部が弾け飛んだと思われるが、彼女が拳を引いた時には何も無かったかの様に修復されていた。なのでまぁ、見なかった事にする。千雨の頬が若干赤かったのは、多分返り血だろう。

「それで。如何やったんじゃ?」

「まぁ切っ掛けは、人造人間ですね。彼等彼女等を造る時、その魂は何処から来ているのか?答えはなんか、自分の魂魄を分割して与えていたみたいでして」

「要するに?」

「影分身で修行チートだってばよ」

「成程のう」

「あ、それで分かるんですね学園長……」

 千雨が冷や汗を垂らして少し煤けているので、一応フォローしておく。

「生徒とコミニュケーションを取ろうとするなら、漫画やゲームはかなり有効なツールじゃよ」

「ああ成程」

「チャンピオン読者が少ないのが悲しいがの」

「趣味で読んでますね?」

 否定はしない。

 まぁそれはさて置き。近右衛門は霊格が”異常に”上がっているネギを見る。

「で、ネギ君も同じ修行を?」

「はい」

「……この霊格差は?」

「潜在能力の差です。若しくは公式チート主人公とパンピーの差」

 エドガーの言葉にふむ、と顎鬚を弄る。一般人(パンピー)、などと嘯いているが、エドガーの霊格も相当なモノである。ドラゴンボールで例えるならば、一般人が戦闘力5、近右衛門がフリーザ最終形態、千雨がセル最終形態、エドガーが超サイヤ人3の悟空、ネギが超サイヤ人4のゴジータくらいと言える。超一星龍(スーパーイーシンロン)相手なら余裕で勝てる陣容だ。

 ……”神”が、そのレベルであれば良いのだが、こればかりは相対してみなければ分からない。

「――ネギ君。長谷川君。既にエドガー君から聞いていると思うが、今度の相手は一筋縄ではいかない存在じゃ。君達の力、是非とも我々に貸してもらいたい」

「ええ。勿論です!」

「はぁ……私のキャラじゃないんだけどなぁ……まぁ何の抵抗もせずに殺されるってのは癪に障るから、手伝いますよ。学園長」

「うむ。有難う二人共」

 若者達の瞳を見、近右衛門は相好を崩した。強大な敵と立ち向かい、成長する少年少女。王道じゃのうと悦に浸る。

 これで問題は片付くだろう。残っているのは、あのちょっと歳を食ったタカミチ少年の問題だけか、さてどうやって更生させようかとそんな事を思案する。

 が、その思考はエドガーにより中断させられた。

「学園長?当然貴方も修行に加わってもらいますよ?」

「え?儂、成長期を過ぎとるからこれ以上の戦力強化は……」

「始める前から無理だと決め付けるなどと、学園長らしくもないですよ。大人しく僕等と一緒に地獄の特訓を味わって下さい」

「まさか学園長ともあろう者が、子供に全てを任せて一人高みの見物などと……まさか、ねぇ?」

 若者達の瞳を見、近右衛門は若干の恐怖を覚えた。地獄の様な特訓を経、成長した少年少女。王道じゃが、その地獄への道連れに爺を求めるのは間違っとるよ?

「さあ。どんどんダイオラマ魔法球に仕舞っちゃいましょうね」

「わ、儂はまだ学園の仕事が――」

「私が影分身(魂魄分割)変化の術(獣化魔術)で片付けときますんで安心して下さい」

「ほ、他の妖怪仙人はっ」

「歴代学園長は既に皆招待していますんで寂しくないですよ」

 安心して下さいと微笑む長谷川千雨とネギ・スプリングフィールドの顔が、大鎌を振るう死神に見え。

 近右衛門は若者達の成長に涙した。

 

 

*****

 

 

 死なないお化けが死にそうになるって如何云う事よ?と云った感じの修行と神の討伐を経た三月八日。近右衛門は久しぶりに娑婆の空気を味わっていた。とっくに成長限界を迎えていると思っていたこの体も、実はまだまだ成長の余地が有ったらしい。苦しかったあの修行に思いを馳せ――る事はせず目を逸らした。だって涙が出ちゃう。化物でも。

「……何で生きとるんじゃろう、儂」

 心底不思議だった。実際には幽世(かくりよ)現世(うつしよ)を何度も行き来しているので、死んでいないとは言い切れないのだが。

 兎も角現在は愛しの娑婆だ。

 彼の精神を”固定”していた神を斃したので、グージーはこれから成長するだろう。高畑を浦島式魔法球に閉じ込め麻帆良(こちら)に引き込む算段もついた。順風満帆と言える。

 近右衛門は源教諭の淹れた茶を啜り、我知らず微笑んだ。

 

 その笑みが驚愕に染まり、この世界からの消滅を迫られるのは約三ヶ月後の事である。



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幕間

リアルが忙しかったり別の文体を練習したりしてたら一月近く放置になってましたすいません。そして今回は幕間ですのでかなり短めです。


 

 神は死んだ。らしい。少なくとも自分を製造した上位存在は消滅したとの事である。

 それが何時の事なのか、如何云う理由でなのかは知らない。それまでには度々有った指令が無くなり、何も無い無駄な時間だけが果てし無く続く。

 その内、自分と同じ様な存在が”神様ごっこ”を始めた。

 上位存在により管理を任されていた世界を弄って、右往左往する人々を見て楽しむのだとか。

 初めは下らないと思っていた。そんなモノを見て何が楽しいのかと。

 彼等は自らを”管理者”と名乗り、その遊びを行う者同士で交流会を開いた。そしてその交流会から幾つかの事実が判明した。

 一つは、自分達が任されている――否、任されていた世界のとある出来事が、別の世界では創作物として取り扱われていた事。”世界”内部に居る人間が、外世界を知る術は無いにも関わらず、だ。

 次に、似た様な世界が相当数存在している事。所謂並行世界と云った物だが、それら全てが各並行世界の創作物と一致していた。

 そして、大多数の世界で『神は死んだ』と囁かれている事。

 これら事から、自分達が管理を任されていた世界群は”基点となる世界”で生み出された作品を元に創られた物ではないだろうかと推測されていた。

 ”基点世界”で神が信仰され、物語が生まれ、枝分かれが進み、神が死に、そして部下の我々と世界群が残された。

 そう云った事なのであろうと。

 自分が”神様ごっこ”を始めたのは、その話を聞いてからだった。

 仕えるべき主を失った天使は何に成るのか。天使のままなのか。堕天使なる存在なのか。それとも悪魔なのか。

 ――ま、どうせ人間の生み出した分類(カテゴリ)なんだけれど。

 迷子の子羊がどう思おうが、上位存在が消滅しようが復活しようが、自分は自分だ。延々と続くこの暇な時間を消化する為に娯楽を欲するだけの存在なのだ。人の世では『退屈は神をも殺す』と言われているらしいが、神が消滅した理由としてはそちらが正しいのかも知れない。

 ともあれ”暇潰し”の為、過去に行われた遊戯の記録を見せてもらえば確かに愉快な娯楽らしい。もっと早くに手を出しておけば良かったと思ったが、早くに飽きる可能性も高いので一概には言えまい。

 娯楽の記録によれば、自分が管理を任されていた――否、自分が管理する世界の名は”魔法先生ネギま!”と云う娯楽作品に類似点が多数有る様だ。

 ”立派な魔法使い(マギステル・マギ)”を目指す見習い魔法使い、ネギ・スプリングフィールドが魔法学校卒業後の修行として『日本で教師をする事』を命じられる。日本魔法使いの総本山、関東魔法協会が存在する学術都市、麻帆良。そこに教師として赴任した彼と、彼を取り巻く美少女達の織り成すラブコメディ及び好敵手達とのバトル。

 細かい点で差はあれど、大体はそんな感じである。

 ここに、他所の世界から引っ張ってきた人間の魂を転生させ、”本来のストーリー”とのズレを楽しむのが”神様ごっこ”の概要だ。

 例えば管理者A氏は、他所の創作物の主人公を複写し自分の世界に放り込む事を好んでいる。放り込まれた主人公は主人公らしく主人公的な行動を執り、本来の主人公であるネギ少年と共闘したり反目したりする訳だ。

 B氏は何名かの管理者と合同で世界を複合させ、幾つかのストーリーを並行して進めさせる事を好む。人間的に言えばクロスオーバーと云う物語だ。作品の組み合わせによって面白さが大幅に変わり、当たり外れが激しいとか。

 C氏は転生者に好きな能力を選ばせ管理世界に放り込む事が好きだ。転生者の数を変えたり下衆を転生させたりと、一つの世界で色々と楽しめる。遊びの最大派閥と言える。

 自分は、A氏とC氏の手法を何度かやってみて、『転生者に好きな能力を与えて、それに合わせて世界を弄る』と云う手法に落ち着いた。好き勝手やるぞと意気込む最低系オリ主が出鼻を挫かれ途方に暮れる様が面白かったのだ。

 会報にその記録を載せると割と好評だった様で、『自分もやってみた』と云う管理者が居て嬉しく思った。

 そんな遊びを幾度となく繰り返した訳だが、勿論失敗も多々有った。

 ネギ少年側か敵側の、どちらか一方が強くなり過ぎワンサイドゲームになった場合や、ラブコメディが過ぎてエロコメディになった場合がそうだ。エロコメになった場合は強制リセットする他無いが、ワンサイドゲームになりそうな時は相手側を強化する事で何とか出来る。会報では『パワーアップの理由に説得力が無い』と叩かれるし自分でもどうかと思うのだが、一方的な蹂躙は自分の好みではない。会報上でその記録を見るのは好きなのだが。まぁたかが暇潰しなのだから、遣りたい様に遣るのが吉だろう。

 今回もワンサイドゲームになりそうで相手側を強化しようと思ったのだが、差が有り過ぎた為に生半な事では不可能だと、コメディ色を強くしてみた。

 これで多少は楽しめる。そう思って伸びをした瞬間だった。

 

 目の前に、ネギ・スプリングフィールドが居た。

 

 は?と云う言葉しか出てこない。”読んでいた漫画からキャラクターが飛び出してきた”のだ。唖然とする他無いだろう。

 その硬直時間に左腕は切り飛ばされ、眉間に孔を穿たれ、足元は凍り付き、腹に杭を刺された。

 ――何が、起こった?

 

 

 相手方強化策の為繋いでいた”世界”へのリンクへ、”ネギ・スプリングフィールドは危険だ”と云う意識のみが流れ。

 管理者D氏はその存在を、ネギ少年によって滅ぼされた。




話の折り返し地点です。


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第十三話 「グージー・スプリングフィールド」

遅くなりました。多分次回も一月後くらいになります。


 何故、この様な事になったのか。

 高畑の拳圧に魔法障壁を軽く破られ吹き飛ばされながら、彼は思う。

 生まれた時――正確には前世の記憶を完全に取り戻した”悪魔襲撃事件”後――彼は主人公だった。

 並ぶ者無き魔力容量を誇る英雄の息子。周囲から期待され、そんな周囲を小気味良く小馬鹿にするニヒリスト。弟に甘く、時に厳しく接する理想の兄。

 そう云う存在だった。

 筈だ。

 それが誤りだと気付くのに時間は掛からなかったが、しかし精神がそれを許容する事は無かった。

 解離性同一性障害、と言えば所謂多重人格の事ではあるが、この場合は”魂”と”精神”が乖離すると云う、極めて特殊な状況であった。彼本来の魂は、『やっぱり二次元と三次元では違うよね』『”登場人物”と云う存在とは異なるんだ』などと考えている訳であるが、その”精神”は成長せず、ただ只管に『俺がオリ主だ』と云う考えに固執している。”管理者”にその精神構造を固定されていた所為だ。

 管理者による『踏み台は踏み台らしく踏み台やって踏まれていれば良いんだ』と云う意思の現れである。踏むのはネギだけではなく、周辺関係者各位だったが。

 ただ、多少の乖離は有っても基となった精神は同じである為、当初はそれ程の違和感が無かったのだ。『可愛い女の子とイチャイチャしたい』と云う願望は、精神と魂が統合された今でも衰えていないし。

 乖離が進んだのは、麻帆良に来てからだ。”原作”との差異に驚き、魂は反省した。俺は主人公じゃない。只の脇役Aだ。女の子とイチャイチャして良いのは女の子を守れる人間だけだ。そんな意識と自分こそが主役と云う自負が、如何仕様も無くズレていく。しかも話に聞く多重人格とは異なり、”まとも”な魂による体の実効支配が不可能であった。ただ自分をこの様な目に遭わせた神を呪う事しか出来なかったのだ。

 しかしその乖離は、三月七日に突如止まった。そしてズレた魂と精神が統合する際に激しい痛みを感じ、グージーは倒れた。意識が戻ったのは十五日の事である。

 一体何が如何なったのか。混乱しながらナースコールを押し、後で「知らない天井だ」と呟くのを忘れたと悔やんだ。

 グージーを引き取りに来たのは高畑・T・タカミチだった。しかし一月前よりも十歳は老けて見える。また長期間ダイオラマ魔法球にでも篭っていたのだろうか。自分が倒れたから、それを防げなかった事を悔やんで、と云った処か。

 そう考えていたので「ご心配をお掛けしました」と謝ったが、「否別に」と素っ気無く返されて驚いた。

 あるぇ?今迄と反応が全く違うよ?如何なってんのコレ?つか冷たくね?

 そんな風に疑問を抱いていたら、

 

『あの神は、学園長達によって”始末”されたよ』

 

 と告げられた。

 思わず目が点になった。『お前は何を言っているんだ』とか『ご冗談でしょうタカミチさん』とか色々言いたかったが、出たのは結局『はぁ?』と云う間抜けな声だけだった。

 踏み台を押し付けられた転生者が神を殺そうと画策する話は幾つか読んだ事が有った。だが”漫画の登場人物”の方がその存在を知り、剰え神を実際に降すなどと云った話は聞いた事が無かった。否、探せば一つや二つは有るのだろうが……。

 いかん。まだこの世界が仮初の物だ、仮想現実だと云う意識が抜けていない。

 気を取り直してグージーは高畑に尋ねた。何が起こったのか、全てを。

 結果として、訊かなければ良かったとしか思えない説明が返ってきた訳だが。

 エドガーが天然転生者なのはまだ良いとして、俺の存在が麻帆良上層部で完全に認知されているって如何云う事よ。麻帆良勢を強化し過ぎだろうオイ。何でそれで自分が消されてんだ馬鹿神。

 俺の記憶が覗かれたって、神様そこら辺はきちんとプロテクトを掛けておこうよ……。

 つうか、踏み台としてテンプレ過ぎたってのが原因かよ。これ、瀬流彦先生に感謝するトコ?恨むトコ?

 頭を抱えるグージーだったが、高畑は何ら頓着せずに言い放った。

 

『まぁそれは裏の裏の話だ。魔法世界では完全に秘匿されるべき事項だ。迂闊に喋れば如何なるかは……。言わなくても分かるよね?うん。なら良いんだ。幸いにも君は英雄の息子である事を自覚している。MM元老院にも警戒心が有る。

 君の仕事は簡単だ。

 元の望み通り、英雄になれば良い』

 

 詰まりは、魔法を使えないネギに代わってお前が魔法世界を救済しろと云う訳か。

 そう言うと、彼は頭を振って否定した。

 

『魔法世界の救済案は既に有る。君は連中の、否、麻帆良の手拍子に合わせて踊るだけさ』

 

 ……扱いが、酷い。しかしこの世界を好き勝手に弄っていた存在の手駒であった事を考えれば、まだマシな扱いだろう。英雄の息子と云う肩書が無ければ、殺されていても可怪しくはないのだ。

 と言うか原作メンバーに拘らなければ、父親の様にモテモテな未来が待っている。マシと言うより破格の扱いと言えた。別の意味でのサウザント・マスターに、俺は成る!

 

『じゃあその為に、ダンスの練習から始めようか』

 

 そして、現在の様に宙空を”舞う”地獄の特訓が始まった。

 マシ?破格?そりゃあ、英雄様直々に修行をつけてもらえるんだ。傍から見れば、羨ましい事この上なかろう。だが羨ましいと思った人は、今直ぐ俺と交代して欲しい。

『生命存続の危機に際した時、人間は本能的にそれを回避する方法を記憶の中から探し出そうとする。それが死ぬ間際に見る、記憶の走馬灯の正体である――』

 そんな言葉を思い出すのももう何十度目か。数えていないと言うか、数えていても記憶が飛ぶ。如何に素早く硬い魔法障壁を張れるか。そう云う特訓だと聞いているが、彼のストレス解消が目的だと言われた方がシックリくる。

「ぐぇっ」

 背中から地面に打ち付けられて、呼吸が止まった。

「――さっきから思ってたけど、全然受け身が取れていないじゃないか。何で取らないの?魔法障壁を背後に張るでもないし」

「う……受け身の取り方なんて知らんがな……」

「え?そんなんで如何して今迄生きてこれたの?」

 さらりと毒を吐かれた。そりゃあ今迄はこの馬鹿魔力で編んだ障壁を破られる様な事は無かったからさぁ。これ、一応風花風障壁(フランス・バリエース・アエリアーリス)並の衝撃吸収能力が有る筈なんですけど。地元(メルディアナ)じゃ負け知らずだったんだよ?

 そんな事を思う。

 瀬流彦に教えられていた期間に体術の訓練はしていたが、それはあくまで普通に殴り倒された場合のものである。更に言えば反省の出来ない乖離状態であったので、熱心に覚えた訳でもない。況してや車田飛び後の受け身なんて特殊過ぎる状況下の訓練は無かった。

「”原作”を知ってるんなら、この程度で英雄に成れない事は分かってるんじゃないの?何でもっと修行しなかったの?」

 心底不思議そうに尋ねてくる高畑に、グージーは息も絶え絶えに「か、神の呪縛で慢心していたんです」としか言えなかった。だってエヴァさんに修行をつけてもらう予定だったんですもの。同じ地獄の特訓なら、こんなおっさんよりかぁいい女の子の方が良いに決まっているじゃないですか常識で考えて。

 無論口には出さないし、表情にも出さない。と言うか疲弊仕切っているので顔に出す余裕も無い。

「ああ成程。じゃあ取り敢えず、受け身の練習から遣り直すか……」

「お……お願いします」

 て言うか、開始から四時間で漸くそれを言うんだ……。

 尚、幻想空間(ファンタズマゴリア)の中である。成長が早過ぎると誤魔化すのが面倒だと云う事で、魔法障壁の使い方をその精神に刻み込まれている訳だ。後は、高畑がこれ以上老けるのも問題だからだろう。

 Phantasmagoria(走馬灯)の中で記憶の走馬灯を頻繁に見るとか、出来の悪い冗談だ。

 まぁ幻想だろうがダイオラマ魔法球だろうが、地面に叩き付けられるのは変わらない訳で。

 以前考えていた様な”復讐”は絶対しないだろうけど、脱走はやるかも知れないなぁとグージーは思った。

「あ!」

「ん?如何したグージー君」

「あ、いえ……しょうもない事ですんで……」

 脱走で思い出した。

 淫乱オコジョことユーノ……じゃなかった、アルベール・カモミールは何処へ行った?

 

 

*****

 

 

 結論から言えば、彼はオコジョ刑務所で刑に服していた。二度の脱走とその間の下着泥棒により、刑期は百二十年だそうである。

「下着泥棒で刑期が百二十年て……」

 世界記録ではなかろうか、と言うか、実際に魔法世界版ギネスに登録されていた。取り敢えずスゲェと言わせてもらおう。アリアドネーの総長やMM元老院幹部の御令嬢の下着を盗んだ点で刑期が伸びているとか。捕まったのは、ヘラス皇族の館でトリップしていた処を見付かった為である。経歴を見れば元人間ではなく正真正銘のオコジョ妖精なのだが、何が彼をそこまで駆り立てたのか。魔法世界版2ch番付では堂々の横綱だ。

「まさか野郎、転生者じゃあるまいな……」

 しかし、元が人間でオコジョに転生したとして、そこまで性欲が持続するものだろうか。どんな変態だと問いたい。否、自分と同じで精神を固定され、そのまま狂ってしまったのだとしたら……。

「ぞっとしねぇなオイ」

 青褪めた顔でPCをオフにする。

 実際には本物の、気合の入った変態オコジョである。だがそんな事はグージーには分からない。彼を第二の自分と見立て、自らを戒める鎖とした。幸いにも自分は、狂う前に神の呪縛から逃れられた。アレの二の舞いは御免である。そう思う事にしている。

 まぁ美形の女の子とイチャイチャしたいと云う願望は、未だ持っているのだが。それは男の異性愛者として生まれたからには誰でも一生に一度は夢見る事であろう。同性愛者だって、ハーレム願望は有る筈だ。

 などと自己弁護をしつつ、今日も今日とて高畑に吹き飛ばされる訓練――もとい、魔法障壁展開の修行に向かう。実質的には二日目なのだが、幻想空間内では既に二週間程を過ごしているので流石に受け身は取れる様になった。今日からは治癒魔法の訓練だと言っていたが、当然怪我するのはグージーである。泣ける。

 それでも魔法を使えなくしてしまったネギの代わって完全なる世界を叩き潰す為に、彼は征く。決して途中で通る女子高生エリアでのパンチラを期待してではない。

 ――否嘘だよ見てぇよ。自重しなけりゃならないのは分かるけど、見たいもんはしょうがねぇだろ。

 しかし麻帆良に来てから彼が見た下着姿など、自分で剥いた神楽坂明日菜くらいなものである。瀬流彦ガンドルフィーニを経て高畑の管理下に入った今、くしゃみで武装解除など発動させようものなら物理的に武装が困難な状態にさせられるだろう。せめて、魔法世界くらいはと期待せずにはいられない。

 ――その為にもまず力をつけなくちゃな。下手を打てば、確実に死にそうだし。

 性格は以前と変わり、反省する様にはなったが。

 グージー・スプリングフィールドの根幹はそれ程劇的に変わった訳ではなかった。

 ただ、挫けそうになる心を性欲で無理矢理鼓舞しているだけなので、弱さ強さを語れば弱くなったとも言える。

「そんな訳で、到着、と」

 前世から筋金入りのボッチなので、独り言は多い。本人に自覚は無いが。

 非常勤講師室の扉を叩いて中に入ると、高畑とエドガーが居た。二人が手を上げ挨拶してくる。

「今日はグージー君。お客さんだ」

「やあ久し振り」

「今日は高畑先生。お久し振りです、ヴァレンタインさん」

 客?一体何の様だろうか。聞けば生徒指導室で話をしようかと返された。魔法関係か。

 部屋に入ると認識阻害結界と、何かよく分からない結界が同時に張られた。エドガーは天然転生者と云う事なので、この技術は彼が努力で得たものなのだろう……本当に?そう云う役回りの神様転生者じゃないのか?それ思うまでに見事な展開速度だった。

 そんな彼は席に着くなり淡々とした調子で話を始めた。

「早速だけど、本題に入ろう。君は管理者に精神を固定され、精神と魂との乖離が起こった。そしてその管理者が消滅した事で、分かたれていた君の精神と魂は再び統一された。ここまでは聞いている筈だね?」

「ええ」

 あの、精神と魂の統一とやらは物凄い痛みが伴った。何と言うか、『高所から落下し頭から地面に激突して体が潰れていくのに意識と痛みが有る』と云う感じの痛みだった。なので5秒程で気絶し、八日寝込んだ訳である。

「その際魂が一般人よりも強度を増した……まぁ要するに、死んでも再び転生してしまう様になっちゃったって事だね」

「……え?」

 何それ怖い。

「何?まさか死ねないんですか俺!?」

「否普通に死ぬよ。ただ記憶を持って別人として生き返るだけさ」

 それは実質不死だろう。

 不老不死については過去に何度か夢想した事が有る。だが、如何考えても自分にはそれに耐えられるだけの精神力が無い。物語の主役には憧れても、そんな常に苦悩が付いて回る様な生き様は御免被りたいと云うのが偽らざる本音であった。

 そんなこちらの表情を――と言うか、心を読んだのか?エドガーが言葉を続ける。

「まぁそれに関しては安心すると良い。案外何とかなるものさ……と言うより、何とかなるから記憶を持ったまま転生すると言った方が正しいかな。多分三回も死ねば慣れるだろう」

 ……とてもではないが、そんな簡単に慣れるとは思えない。

 衝撃の事態にグージーは暫し呆然とする。だが先達の有り難い話は終わっていなかった。

「しかも君の魂には”神様転生者”と云う属性が付与されている。天然転生者(ナチュラル)の資質を持ちながら常に神様転生者(コーディネーター)と成る訳だ。”主人公の双子の兄””途轍も無い魔力容量””魔法創造能力”もついでに付いて来るだろう。そして次の管理者――神様から貰うであろう特典もね」

 やったねグージー、チートが増えるよ!

 じゃねぇよ。何なんだそれは!

 グージーは自分の頭を掻き毟った。前世の、子供の頃からの癖だ。

「まぁ君が頑張れば、その連鎖を断ち切る事も可能だ。私だって消滅しようと思えば消滅出来るし……ああ。この方法は今教えた処で理解出来るものでもないから自分で試行錯誤してくれ。どうせこれから先は長いんだから」

 しかしその途中で狂ったりすれば、とんでもない災厄に成り果てる事は確実なのだが。

「うん。大丈夫だとは思うけれど、そうならない様今から高畑教諭が鍛えてくれる訳だ。彼との修行に拠る自信が有れば、大抵の事には耐えられるだろうさ」

「さぁ……頑張ろうかグージー君」

 実にイイ笑顔である。具体的には富士鷹ジュビロ。そう言えば昔、富士鷹ジュビロ風アンデルセン神父のネタ絵を見た様な気がする。そんな現実逃避をしている間に首根っこをがっしと掴まれ部屋を出ていた。

「は……ははは……」

 最早乾いた笑いしか出てこない。

 グージーは、或る晴れた昼下がりに市場へと売られていく仔牛の心境が理解出来たと感じた。

 

 

*****

 

 

 あれから百年が経過した。

 突如現れた異星人に襲われ幾つかの国家が消滅し、人類は異星人の支配下に置かれた。だが人類を下等種族と見下すだけはあり、その統治は極めて真っ当なモノであった為庶民の受けは良かった――などと云う事は無く、現在は二〇〇三年三月二十五日である。百年の経過はグージーの主観だ。幻想空間だとか”地獄”だとかへは行ったが、実際?の経過時間的には五十二年程だった。倍近い誤差が有るが、それだけ彼の精神が疲弊したと云う事でもある。

 兎も角。高畑とエドガーによる、魔法障壁と肉体言語、霊能力修行の時間は終わった。

『かなり不満は残るけれど、まぁあのアーウェルンクス五体くらいまでなら何とか出来るくらいにはなったよね』

『霊能力の才能は剰り無いね、残念ながら。中級魔族を見掛けたら即座に逃げる事を勧めるよ。幸い防御逃亡に向いた霊能だしね……ああ、でもあの漫画程度の相手なら普通に倒せるか。頑張んなさいね』

 それが、二人に言われた締めの言葉である。終わったと言うか、これ以上は成長が見込めないとの事であった。何とも辛口ではあるが、二人の設定した目標が高過ぎるだけだ、と思う。大体フェイトはライバルポジションである。それを軽くあしらえるオリ主は……まぁそれなりの数居たが、それを基準にしてどうしようと言うのか。原作のネギ基準で十分ではなかろうか。そもそも最終決戦時には出張ってくる気満々じゃないですか高畑先生ェ……。

 折角貰った休暇だったが、何もせずにここでだらける事しか出来そうにない。八日なら兎も角百年間(主観)不休なのに、休みが一日しか無いのだ。そこらのブラック企業が青褪め震えて裸足で逃げ出すレベルである。

 しかも明後日から京都だそうだ。英雄の息子(ネギ、グージー)(木乃香)を餌にして、反乱分子、アーウェルンクスを釣るらしい。”原作”での修学旅行編を前倒しにしようと云う訳だ。彼等を自分に倒させる事で、対外的な箔を付けようと云う狙いも有る。これは”テンプレ通り”だ。ネギは戦力として数えられないが、替わりに自分が行く事になる。

 グージーは溜息を吐く。

 何でネギが魔法を使えない、なんて阿呆な事を願ったのか。”ネギが魔法を使うと付属効果で武装解除が自動的に発動する”で良かったじゃないか。否寧ろ”ラブコメ+バトル物からエロコメエロバトル物に変えて下さい”一個か。エドガーが言う様な”次の機会”があれば、是非そうしよう。勿論、この世界で英雄として成り上がり、サウザンドマスターに成ると云う夢を捨てた訳ではないが。

 美しい女性全員が自分に惚れるべきだ、などと云う妄念は捨て去れた。しかし大勢の女の子とイチャイチャしたいと云う願望は未だ持っている。グージー・スプリングフィールドはそうした男に成っていた。

 そうした心理は当然麻帆良組には知られている訳だが、全員特に何か働きかけようとはしていない。どうせ不可能だとかこっちに秋波を向けなければ良いやと考えているのではなく、『単に童貞拗らせただけだから、普通に女子と付き合う事があればまともに成るだろう』と生暖かく見ているだけである。

 完全な道化(ピエロ)であった。

 

 

*****

 

 

 高畑が若干?暴走した京都編も終わって現在五月下旬。彼がフェイトに埋め込んだ盗聴器から得た情報により、本日これよりヘルマン伯爵っぽい悪魔が来るとの事である。ぶっちゃけ彼程度の魔族に抜かれる程柔い結界は張っていないらしいが、戦闘訓練と箔付けの為、彼の進行方向の結界を一部緩めて、グージー一人で相手をする事になっていた。

 落ちぶれたとは言え伯爵級魔族を噛ませ犬扱いとか何を考えているのだろうか。麻帆良勢の強化は正に神の予測を超えるレベルだった。

 雨の中を傘も差さずに(魔法障壁で弾いているが)突っ立って居ると、好々爺然とはしているが怪しさを隠し切れていない老人が現れる。

「……ほう。こちらの来訪を知っていたのかね?」

「まぁね」

 答えながら、認識阻害、人払い、防音を兼ね備えた結界を張る。直径50mの半球円状だ。場所は学園結界外縁部付近の緑地広場。尚戦闘で出来た損傷は全てグージーが直さなくてはならないので、地表部分にも結界は張られている。

「ふむ。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。伯爵などと言っているが没落貴族でね。今はしがない雇われの身だ。君は、グージー・スプリングフィールド君、で合っているかな」

「合ってるよ」

 展開された結界を見て、感心した様な視線を向ける魔族。彼は”原作”通りの性格らしい。その事を少し哀れに思う。

 彼は、エドガー(合格基準に達していないので、弟子としてはカウントされていない。なので師匠、先生と呼んではならないと釘を刺されている)から習った知識からすれば最下級魔族の霊力しか保持していない。魔力も一般魔法使いの二倍程度。今の自分の敵ではない。彼が戦闘を楽しむ間など無いだろう。秒で終わる。と言うか、終わらせないとまた修行漬けの生活が待っている。

 尚内容如何に関わらず、グージーが辛くも勝利と云う感じでの戦闘詳報は先に出来上がっていた。なら態々俺が戦う必要も無いんじゃね?とグージーが考えている内に、体は動いてヘルマンの霊核を消し飛ばしている。あと、彼の連れて来た三体のスライムも。

 随分とあっさり中ボス……もとい小ボス的な魔族を倒してしまったが、特に何の感慨も抱けなかった。精々、原作通りに可愛い女の子の裸が見たかったと考える程度である。

 グージー・スプリングフィールドの本質は、以前とそれ程変わった訳ではなかったが。以前ほどがっついておらず五十二年の精神的加齢により幾分か落ち着いている為、”同級生”からは結構評判が良い。しかし彼が対象とする年齢層には子供としか見られていない。

 そんな彼がその野望を成就出来る様に成るのは、一体何時の日になるだろうか。



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第十四話 「茶屋町なのは」

一ヶ月とか言いながら一年一ヶ月放置。よくあるよくある。

……ホントすいません。


 

 結局の処自分が彼に対して抱いていた感情は、恋ではなかった。その事を自覚した時に覚えたのが虚無感ではなく安堵だった辺り、矢張り自分は恋愛から程遠いのではなかろうかと云う懸念が残る。

 彼等三名が大幅に霊格を上げたあの日、茶屋町なのはがエドガー・ヴァレンタインに抱いていた感情は掻き消えた。

 彼を支えたい、彼に褒められたい、彼と”一つに成りたい”と云う気持ち。それが、朝日に祓われる闇の様に。

 当初は如何云う事かと混乱したが、話を聞いて理由に思い至り、納得した。出来てしまった。

 つまり自分は彼の魂からそれと知らずに分割された彼の一部分であり、そうであるが故に彼と再び交わる事を欲していたのだ。彼の霊格が別人と言える程急速に成長した為、その欲望が消えた訳だ。父への思慕でも少年への恋慕でもなかった。ただ過去の自分に戻りたい、取り戻したいと云う無意識の欲求を、”恋”ではないかと勘違いしていただけだったのだ。

 否。自分の中の不可解な感情を説明する為の言葉として”恋”が選ばれたと言った方が正しいか。

 恋。

 それは鳳凰を雛に還し仔犬を天狼へと変える感情。素敵な好奇心であり精神疾患であり奇妙な執着でもあるらしい。

 只の言葉だと言ったのは誰だったか。『感じられれば力やな』と返したのが木乃香だったから、恐らく3-Aの誰かだったとは思うが。

 確かに恋は言葉である。

 そして呪である。祝でもある。

 要は、感情に付けられた名前、精神制御(マインド・セット)の為の鍵語(キー・ワード)だ。

 解釈応用発展の形は千差万別であり、時期や体調に因っても当然変わる。それに至る方程式は有史以来誰も知らず、紐解いたとしても誰からも褒められはすまい。そんな言葉だ。

 しかし誰もが経験し、失うなり叶えるなりする通過儀礼でもある。

 その貴重な経験を、未だ自分はしていない。

 剰えその機会を失した事を、悲しむでもなく寧ろ歓迎している。

 ――何か、駄目な気がする。

 こう、一人の人間としてと言うか女子中学生として。

 

 そう云った事を目の前の友人に相談したら、深々と溜息を吐かれた。

「別に女子中学生だから恋をしなければならないなんて法は無いんですから、良いんじゃないんですか?」

「いやーまぁそうなんだけどね?でもさ、こう……何か有るじゃない?」

「言いたいであろう事は何となく分かりますがね」

 放課後の夕陽差し込む教室。男女であれば良い雰囲気となるのであろうが、女同士で片方は妖怪である。しかも相談内容は恋愛と言うより人生相談の様相を呈していた。

「恋を知らない事が劣っているだとか、恋愛経験が多い事が優れているなんて事はないんです。恋をしなけりゃ美しくなれないなんて事もないし、強くなれない訳でもない。愛情は人格形成の上で重要でしょうが、恋が必要と云う事も無いでしょう?一生恋を知らずに生きる人も居れば、初恋が幼稚園の先生なんて人も居る。平均なんてものと比べ様も無いモノなんです。恋愛に憧れを抱くと云うのも分かりますがね。期待し過ぎても良い事は無いと思いますよ」

「……そうね。そうよね」

 道理だなと理性では思う。しかしそこで止まるから恋愛に至れないんじゃないかと感情は反発する。

 結局、頭を抱えて再び悩む事になる。

 そんななのはに、奏は呆れた様な声を掛けた。

「――まぁ、恋愛だったら私なんかよりも長谷川さんに相談した方が良いと思いますけどね」

「え?長谷川さん?そりゃあ確かに乙女ゲームには詳しそうだけど」

「いえ、そうではなく」

 チクリ用と表紙に書かれたメモを捲りつつ、奏は何でも無い様に割と重要な情報を吐いた。

「長谷川さん、エドガーさんと付き合い出したらしいですよ?」

 

 

*****

 

 

「どぉ――云うこっちゃぁぁ――――ッ!!?」

「止めろバカ、暴れるな、うわっ」

「このちゃんっ!?ちょ、誰か学園長を、」

 今の先に聞いた情報を確認する為腕まくりしつつ寮に帰れば、既にぬらりひょんの孫が暴走していた。

「ぁタァッ!」

「ごほっ?!」

 取り敢えず後ろから近付き秘孔を突いて黙らせておく。

「あ、茶屋町さん。助かりまし――」

「秘孔、”新一”を突いた。木乃香の意志とは無関係に、語尾に『バーロー』が追加される」

「ちょっ!?」

 冗談である。”新一”は訊かれた事に対して隠し事が出来なくなる秘孔だ。決して『頭脳は大人、体は子供』になったりはしない。と言うか突いたのは単なる暴徒鎮圧用の秘孔”定神”だ。気絶させ、精神を沈静化させる効能が有る。

 そんな事を説明しつつ、長谷川千雨の部屋に居座る。ここに来る迄に抱いていた靄々とした気分は、それを発散しようとしていたであろう木乃香を見て大部分が消えていた。同じ理由で憤る人間が近くに居ると、相乗してボルテージが上がるか逆に沈静化するかの二つになる。その後者の例であった。

「……で、お前ら何でここに集まってんの?」

「それは、」

「野次馬です」

「野次馬って――」

「何でもエドガーさんとお付き合いを始めたとか」

 どう切り出そうかと悩んだなのはを尻目に、桜崎刹那はストレートに切り込んだ。麻帆良上層部、特に酒呑童子を差し置いて『麻帆良の斬り込み隊長』と呼ばれているだけはある。『鬼に逢うては鬼を斬り』ではなく『鬼を追うては斬り刻み』の精神だ。そこが痺れる憧れる。

 代償として千雨の顔は引き攣っているが。

 ここで起こさなかったら後が怖そうなので、秘孔を突いて木乃香を目覚めさせた。

「はっ!こ、ここは!」

「お早う木乃香。今刹那が千雨に追い込み掛け始めた処よ」

「ぉ……おう。流石は斬り込み隊長やな」

 斬り込み隊長云々を言い始めたのは、もしかしたら木乃香かも知れない。そんな事に思い至る。よく考えれば、彼女以外がそれを言い出せば酒呑童子はマジギレしていただろう。木乃香に甘い彼だからこそ、そんな彼女の親友だからこそ、その肩書が許されているのだろう。意外と重い渾名である。

「で、どちらが先に交際を申し込まれたのですか?」

「……何と言うか、意外だな。桜咲はそう云うのに興味無いと思ってたけど」

「がっつり有ります。少女漫画だって読んでます。『百鬼夜行抄』とか」

「あれ少女漫画って言い切って良いのかなぁ」

「『ネムキ』は少女漫画雑誌やで?」

 大半の中学生が知らなさそうな隔月雑誌は兎も角。刹那は追求を続けた。

「で、どちらが先に交際を申し込まれたのですか?」

「私からだ。アイツはちょっと戸惑っていたが、結局首を縦に振ったよ」

「……あれ?何か思ってたリアクションと違う?」

「……まぁ大体言いたいであろう事は分かるけどな。こちとら身体は十四でも頭は一万超えてんだ。今更小娘みたいな反応は出来ねぇよ」

 そう言って肩を竦める千雨は余裕だ。対する刹那はちょっと悔しそうである。

「ぬぅ……!期待していた展開と違いますね…………で、では!その、キ、キキキキスはもう?!」

「噛みまくってんなぁ……あ、そう言やキスはしていないな」

「れ、冷静やな千雨ちゃん……」

「大人!大人だわ!」

 木乃香となのはが慄く。千雨は薄く笑った。

「で?訊きたい事はそれで終わりか?終わりならとっとと出てけ」

「は……ははぁ!」

 三人共思わず時代劇風に頭を下げていた。乙女ではなく熟女の貫禄である。”お()ん”と云う単語が頭を(よぎ)るが、よく考えればなのはにとっては父の伴侶。義母と言っても間違いではなかった。

 

 兎も角全員が追い出され、三人でなのはの部屋に集まる事となった。

「く……千雨ちゃん……!あの子はもうウチらの知っとる千雨ちゃんとは違うんやな!」

「何かアレね。間違ってはないんだけど激しく間違ってる気がする台詞ね」

 そんな事を言いつつポテチを摘む。

「と言うか、恋と言えば。明日菜はどったの?焼け木杭に火が付いた」

「――あんな。何て言うか、酷いで?こう、寝台(ベッド)の壁に高畑はんの写真を貼って、夜中に息を荒げとる。トイレが長い回数も増えとるしな。記憶が戻る前より悪化しとるわ」

「うわぁ」

「下手したらストーカー化しそうな感じやな」

「うへぇ」

 頑張れ高畑・T・タカミチ。光源氏計画の失敗は自らの命で償うしかないのだ。仮令本人にその気が無くとも。

「まぁそこら辺は大人に責任を取ってもらうとして……せっちゃんは何やっとるん?」

 刹那は胡座をかいて、頭をふらふらと揺らしていた。よく分からない動きである。

 と。

 急に彼女は右手を振り上げた。途端、何かが畳の上を転がる様な音が聞こえる。

「?何や?」

「ふむ。成功した様ですね」

 ヒョコリと刹那は起き上がり、椅子に座った。

「先程の長谷川さんの態度に若干の違和感を覚えたので、彼女の部屋の音だけ聞こえる様、空間を斬ってみました」

「ごめん。空間を斬るって、何?向こうの音声が聞こえるって、こっちの音は?」

「空間って、こう、ほら、こんな感じになってるじゃないですか。それをこう、斜めに斬り上げる事によって、あっち側の音声だけを聞いてこっちの音声を流さないと云う風にですね」

 言いながら彼女が中空に複雑な図形を描くが、サッパリ意味不明であった。思わず木乃香を見ると、首を横に振っていた。

「せっちゃんは感覚で生きとるから」

「さよけ」

 仙人に理解出来ない事が、自分に分かる訳が無い。なのはは理解を諦めた。

「まぁ魔術や妖術で覗く訳やないから、結構隠密性は高いで?」

「え、妖術じゃないの?!」

「恐るべき事に剣術や。しかも気も魔力も使(つこ)うとらん、純粋な、な」

「何それ怖い」

 桜咲刹那、恐ろしい女である。と言うか剣術の奥が深いのか。何時の間にか、映像まで中空に浮かんでいるし。

「……実は刹那って仙人並?」

「仙術が使えん()うだけで、一対一なら爺ちゃんでも危ういからなぁ」

「そんな、恐れ多い!私なんてまだまだですよ」

 顔を赤くしてブンブンと首を振る刹那だが、木乃香がボソリと呟いた「せっちゃんの基準はエドガー師匠とネギ君やからなぁ」との言葉に思わず凝視した。神殺しを基準にしたら駄目だろ。見た目は子供、中身は史上最強なのに。

 けどまぁその辺の事を掘り下げると大変な事になりそうなので、取り敢えず千雨の行動に目を遣る事にした。

「――て言うかこれ、盗聴……撮影はしてないから……盗視?じゃない?」

「出歯亀でええんちゃう?あと裏切り者の秘密を暴くくらいは乙女の権限やと思うわ」

 そんな権限は無い筈だが。

「しっ!長谷川さんが何か言い始めました!」

『くぁぁぁっ!恥ずかしっ』

 クッションに顔を埋めて千雨は呻く。どうやら先程のアレは無理して取り繕っていたらしい。耳まで真っ赤である。

『キスとか出来る訳無いだろ!恥ずかし過ぎるわ刹那のアホッ』

「これだっ!このリアクションが見たかった!」

「正直過ぎるわせっちゃん……」

「流石感覚で生きてるだけはあるなぁ」

 二人して刹那の態度に呆れつつも、千雨の言動には注目している。顔は、クッションに包まれ未だ見えない。

『キ、キスなんて……エドガーと…………!』

 身悶え、畳の上を転がる千雨。先程の音の正体が判明した。首筋まで赤くなっている上両足バタバタ付きである。

「はふぅ……可っ愛らしいな千雨ちゃん」

「素晴らしい反応です!これです!これでこそ長谷川さん!これでこそ序列四位!」

「序列関係無いよね?でも可愛い」

 刹那の台詞ではないが、確かにこれこそが期待される乙女の反応だろう。胸がキュンとする。そして自分も何時かこんな風に誰かを想いたい。

 三人が息を吐いた。

 と。

 ピンポーンと呼び鈴が鳴る。

「ん?来客?」

「ああ、長谷川さんの方ですね」

 成る程、千雨が髪型と服装を整え玄関に向かう様が見えた。迎え入れられたのは――奏であった。何となく、何となく嫌な予感がする。

『どうしたんだ?田上が私の部屋に来るのは珍しいじゃないか?』

『そうでしたかね?まぁそれよりご報告しなければならない件が』

『何だ?学園祭の件か?』

『いえ。先程なのはに”恋愛相談なら長谷川さんにしろ”と言った際、あの子は”長谷川さんは乙女ゲームに精通してそう”だと』

『――ほう』

 チクリやがった――ッ!?嫌な予感の正体はこれかッ?!

 否、この程度ならばあんな、生命の危険を感じる様な事は有るまい。平身低頭すれば今月のお小遣いを上納する程度で収まるし、あの二人が逃亡する事も無い。

 ……あの二人が居ない?

 背中を這う死の予覚は田上奏の妖怪としての能力を思い出させ、空間転移の術式構成を編み始める。

 ――彼女は”空間”を操る結界自在妖……

『それと、桜咲刹那が空間を斬って貴女を出歯亀していたみたいですね。繋がった先は』

 彼女の言葉を最後まで聞く余裕は無かった。

「我は踊る――」

『茶屋町の部屋』

「天の楼閣ッ!!」

 呪文により空間転移は完成した。破壊音は聞こえなかったが、死神の鎌は未だ自分に纏わり付いていた。

 

 

*****

 

 

 闇を友とせよ。それは恐れるものではない。見えぬ事を恐れるな。夜に紛れ気配を殺せ。自然と一体化せよ。周囲に溶け込むのだ――。

 一子相伝の暗殺術。その教えは追跡者から逃れる為に生きていた。

 せめて三日は間を置かねば確実に殺される。炭酸飲料を飲んだらゲップをするくらいに確実である。地に伏せ泥水を啜って生きねばなるまい。

 溜息を吐きたい気分ではあるが、今紛れている闇から出る訳にはいかない。弱音を吐くのは三日後であるべきだ。

「はぁ……」

 ん?と思う。今の溜息は……。

 誰が吐いた吐息かと探せば、自分が隠れる樹の向かい側に元教育実習生の少年が座っていた。

 ネギ・スプリングフィールドである。麻帆良序列第一位、と言うか最強の少年だった。

 ――チャンス!

「どったのネギ君?」

「うわっ!?」

 隠形は完璧だったので、ネギは大層驚いた様である。

「な、何だ、茶屋町さんでしたか…………そんな所で何やってるんですか?」

「夜のかくれんぼ」

「星新一ですか?」

「違うけど」

 そう言えばそんなタイトルの掌編集が有ったなと思い出す。

 まぁそれは兎も角ここで彼に恩を売る……か彼の庇護下に入るかすれば、生き延びられる目算は出て来る。三日間彼女から逃れ果せるよりは確率が高かろう。

「で、何で溜息吐いてたのよ。おねーさんに話してみ?」

「いえ、茶屋町さんには関係無い事ですので……」

「そりゃそうでしょうよ。でも話す事で気が楽になるって事も有るわよ?モノは試しって事で」

「……弱味握ろうとか考えてません?」

「ちょっとは」

 第一位に嘘を吐いた処でバレるのがオチである。なので正直に話す事にした。

「実はネギ君の力を借りたいのよね。だから相談に乗るわ」

「……ま、良いでしょう。でも相談料以上の手助けはしませんからね?」

 深々と息を吐く十歳児。行動と雰囲気は、迚も十歳児には見えないが。

「オケーイ。じゃあ話してみんしゃい」

「……実はですね。最近失恋しまして」

 予想以上にヘビーだった。つうか、あれ?これって十歳児に恋愛経験で負けてんじゃね?いや待て私は実質未だ二歳児だ。負けて当然だ落ち着け落ち着くんだ。人造人間は狼狽えない!

「あ、相手は?」

「長谷川さんです」

「――ああ、火付盗賊改方の」

「いや宣以(のぶため)さんじゃないです。千雨さんですよ」

 いつの世にも悪は絶えない。エドガー幕府は凶悪な賊の群れを容赦なく取り締まる為、恋の火付盗賊改方と云う独自の機動性を与えた特別警察を設けていた。その長官こそが長谷川千雨。人呼んで鬼の血雨である。

 あ、適当に現実逃避してたらぴったりな誤変換がががが。

「ままままマジで!?」

「――そんな驚く程の事ですか?」

「そりゃ驚くわよ!私の脳内内場勝則が『さぁ皆さんご一緒に!』って言ってるわよ!!」

「いやそれちょっと訳分かんないですね。誰です?」

 吉本新喜劇の座長である。衝撃の事実が判明した際、『い、いぃ――――!?』と驚くギャグが有名な人物である。多分関西限定だが、有名なのだ。

「そこは気にしないで驚いたと云う事実だけを汲み取って頂戴!え、て言うか、何!?何で千雨ちゃん!?」

「え、だって一緒に修行した身ですし」

「あ、そっか」

 そう言えばそう云う繋がりが有った。エドガーと千雨、ネギは共に地獄で地獄の修行をしたのだった。ちょっと聞き意味が分からないが。

「――それで、好きになったの?」

「ええ。修行中、僕に優しく接してくれて。何かと世話を焼いてくれて……。最初は、お母さんみたいだなって思って。でも、それから段々と惹かれていって」

「ほ、ほう」

 あ、これ恋愛偏差値完全に負けてるわ。

 なのはの心を敗北感が満たす。不思議と、悔しさは無かったが。

「……けど、徐々に綺麗になっていく彼女は、師匠に恋してたんですよね。彼女にとって、僕は弟みたいなもので」

 ネギは、泣きながら笑っていた。涙は無い。けれど泣いていた。

「ネギ君……」

 少年の顔を見ていると、胸の奥が痛む。初めての感情だった。

「今日、長谷川さんが師匠と付き合い出したって聞いて……何か、悔しさと切なさと、相手が師匠ならって云う諦観と祝福しなきゃって感情がごちゃ混ぜになって……!」

 何時の間にか、なのははネギを抱き締めていた。そうしたい、そうしなければならないと思ったのだ。

「ネギ君。貴方は今、泣いていいのよ。声を上げて。涙を流して」

 そう言うと、彼は声を殺して涙を流し、その内声を上げて泣き出した。なのははただ彼を抱き締め、背中を擦るだけだった。

 彼が泣き止み己を取り戻したのは二十分後。それだけで、その時間だけで彼は立ち直っていた。

 ――男子三日会わざれば、って言うけど……。

 二十分。一度泣いただけで、彼はもう、先程までの彼とは違っていた。彼は最早少年ではない。

「――ありがとうございました、茶屋町さん」

「なのは、で良いわよ。ネギ君」

 そして自分も、何かが決定的に変わっているのを自覚する。

「もう、大丈夫そうね」

「ええ」

 頬を赤く染めて、ネギが頷く。

「よし。じゃ、行こうか」

「?何処へです?」

「そりゃあ勿論、長谷川さんの所よ」

「はへ?」

 ぽかんと口を開けたその表情は子供のそれで。なのはは少し笑ってしまった。

 

 

*****

 

 

「……お前の好意には気付いてたさ。でも、家族愛だと思ってた。すまん」

「それは、まぁ、当然ですよね」

「ま、なんだ。お前が私を好きになってくれた様に、私もエドガーを好きになったんだ……お前の気持ちに応える事は出来ない」

「はい!」

 ネギ・スプリングフィールドは長谷川千雨に自分の気持ちを伝えた。振られる事は分かっていた。それでもちゃんと自分の気持ちを伝えておくべきだとなのはが主張し、ネギもその意を汲んだのだ。結果、彼は清々しい気持ちでその失恋を誇る事が出来た。

 あの場で溜息を吐いたままで、泣きもせずにいたならば得られなかった気概である。

「……良い顔だな、ネギ」

「ありがとうございます」

 千雨の微笑みに、それでも少しは未練を感じつつ、ネギはその場を辞した。

「――良い顔になったわね、ネギ君」

 部屋の外ではなのはが待っていた。

「ありがとうございます、なのはさん」

 そのはにかんだ笑顔に、なのはの心臓は小さく跳ねた。

 ああ。これか。

 これが、恋か。

 なのはは少年の手を握って一緒に歩き出そうとし、

 

「で、お前は只で帰れると思ってんのか?」

 死神に魅入られた。




恋愛について自分なりに考えてた結果、スランプに陥り一年放置。恋愛経験に乏しい作者ですいません。
まぁ言葉や文章で語るのには限界があり、物語並の文量が必要だと云うのは分かりました。
と云う訳で次回は来年以降。二年放置されたらエタったと思って下さい。


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