完全でドジなメイド、十六夜咲夜 (水羊羹)
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完全でドジなメイド、十六夜咲夜

ふと思いついたので、即興で書きました。


 紅魔館の住人である十六夜咲夜は、完全で瀟洒なメイドとして有名だ。

 容姿端麗、家事万能、天然可憐と様々な美辞麗句を冠する彼女。

 しかし、咲夜には誰にも知られていない本性があった──

 

 

 ♦♦♦

 

 

「ふぅ……」

 

 咲夜が淹れた紅茶を口に運んだレミリアは、思わず感嘆の息を漏らす。

 既に慣れきった味であったが、やはりいつ飲んでも非常に美味だ。

 瀟洒なメイドに恥じない、結構なお手前である。

 

「本日のお茶請けはこちらになります」

「ありがとう」

 

 すっと音もなく出されたクッキーに、レミリアは笑みを浮かべて手に取る。

 焼き加減は完璧で、仄かな香りが嗅覚を刺激して止まない。

 それも当然だ。咲夜の手にかかれば、どのような料理も魔法のように美味しくしてしまう。

 レミリアを始めとした紅魔館の住人はもちろん、霊夢や魔理沙等も咲夜に胃袋を掴まれている。

 

「どうなされましたか、お嬢様?」

「なんでもないわ」

 

 小首を傾げた咲夜にそう返しながら、自慢の従者に鼻高々になるレミリア。

 やはり、彼女は我が満月を支えるのに相応しい、十六夜だ。

 あの時の対応は英断だったと自画自賛し、それも当然だと己の慧眼を讃える。

 

 と、思考が脱線しすぎた。

 せっかくのお菓子が冷めてしまうので、この辺で咲夜のクッキーを食べようか。

 そう判断したレミリアは、手に持ったクッキーを口に運ぶ。

 

「……あら?」

 

 レミリアの吸血鬼として機敏な味覚が、違和感を訴えかけてきた。

 舌を通じて感じるのは砂糖特有の甘さではなく、しょっぱい──

 

 

 ♦♦♦

 

 

 瞬間、レミリアは硬直した……いや、レミリアだけではない。

 彼女の側で飛んでいたメイド妖精も、テーブルの上に置かれていた蝋燭の炎も、盗み食いしようと気配を殺していた美鈴も。

 全ての存在が──咲夜を除く全てが、石像のように停止していた。

 

「……」

 

 もろちん、これは咲夜の仕業で、自身の能力を使って時を止めたのである。

 無表情のまま、咲夜はキョロキョロと辺りを見回していく。

 当然誰も動いてなく、改めて咲夜しか存在感がない。

 そして、十二分に注意を払い、安全を確認し終わった咲夜は──

 

「味見忘れてたわ!」

 

 ──目を回しながら頭を抱えた。

 

 普段の瀟洒な仮面はどこにもなく、そこにいるのはかりちゅまガードをしている少女。

 そう、ここにいる十六夜咲夜は──非常にポンコツなメイドだったのだ。

 

 彼女はレミリア達が浮かべているであろう完璧とは程遠い存在で、メイド妖精とどっこいどっこいのミスを連発しているのである。

 料理で定番の砂糖と塩の間違いは当然、他にも掃除や洗濯でも失敗をしてしまう。

 

 本来ならば、直ぐにレミリアにバレてもおかしくはなかった。

 しかし、咲夜には時間停止能力があり、結果として時を止めて失敗をフォローし、解除した後で何食わぬ顔で佇むメイドができあがり。

 残念な部分について有能なのは、悲しい事であったが。

 

「あわわわどうしましょう」

 

 一頻り取り乱した後、立ち上がった咲夜。

 とりあえず、このクッキーは処分……はもったいないので、自分で食べて新しい物を用意しなければ。

 

「うぅ……しょっぱい」

 

 涙目になりながらクッキーを食べ、レミリアが持っているのもうんしょうんしょと四苦八苦して取り、それも口に含む。

 間接キスになって頬を赤らめたのは置いておき、さて代わりのクッキーを作るぞと気合い注入。

 

「へぶっ!」

 

 意気込んだのはいいのだが、一歩進むと足を踏み外して転んでしまう。

 戦闘では冷徹な思考ができるのに、家事関連だとドジっ子になる咲夜であった。

 赤くなった鼻を擦りながら、急いで扉へ向かう。

 

「ぐすっ……いたい!」

 

 扉にも頭をぶつけ、赤いおでこのまま咲夜は厨房に行くのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 ──塩味かと思ったが、いつも通り美味しいクッキーだ。

 若干の腑に落ちなさに首を傾げながら、何気なく咲夜の方に目を向ける。

 いつも通りの瀟洒なメイドのままで、どうしてかレミリアは不満に思ってしまう。

 

「咲夜」

「はい」

「お前は、なんだ?」

「私は、お嬢様の忠実な下僕でございます」

 

 やはり、気のせいであったか。

 咲夜の返答はいつも通り、時間を置かない即答だ。

 まるで、時を止めて一頻り悩んだ後、満足のいく答えを言っているかのよう。

 

「ならいいわ」

 

 どこにも不満がないのだから、考えるだけ意味のない事だ。

 頷いて気持ちを切り替えたレミリアは、咲夜の頬に小さな冷や汗が垂れるのを見つける。

 

 はて、どうしたのだろうか。

 咲夜が緊張するような問答はしていないつもりだが……いや、これは怯えているのか?

 何故、と問うまでもなく、察しがついた。つまり、咲夜はレミリアに捨てられないか、と戦々恐々していたのだろう。

 突然自分の存在意義を尋ねられれば、そうなっても無理はない。

 

「安心しなさい。貴女は永遠に私のモノよ」

 

 微笑みかけたレミリアを見て、珍しく言葉に詰まる咲夜。

 だが、直ぐに恭しく頭を垂れると、無言でレミリアを敬う。

 やはり、自分の考えは正しかった。これで、咲夜もわかってくれただろう。

 

「ふふっ」

 

 可愛いところもあるのね、とレミリアは咲夜の新たな側面に上機嫌になりつつ、盗み食いをしようとした美鈴をお仕置きするのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 主従の気持ちは、決して交わらない。

 有能なメイドにご満悦なレミリアと、ドジっ子だとバレるのが怖い咲夜。

 二人のすれ違いは、それこそ永遠に続くのだろう。

 

 これは、ポンコツメイド咲夜による、レミリアに失望されぬよう頑張る奮闘記である。

 

 

 

 

 



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