カツン カツン カツン (モアニン)
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カツン カツン カツン

フォンフォンフォン カチッ バシュー ズガァ カツン カツン カツン カツン カツン カツン


まるで自分が私でないかのよう。

意識の戻った私はぬかるんだ足下を踏み締めて、周りを見る。

ここが荒れ果てどういった用途で使われていたかは知る由もないが、暗く、冷たく、無機質で、廃墟めいた様子だった。

いない筈の人の息遣いは私にハッチを開けさせ、退室を促した。

 

 

踊り場のない二階への足場が見える。

一階には見渡しても他に確認できる出口もなく、仕方なく登ろうとする。

およそ暖かみという要素が排除されたこの空間から、薄暗くとも少しでも光のある場所へと

 

ほんの少し前までいた部屋を思い出す。

そこでは殆どが何処へと消え去り、残った何れもが一度形を失い、原型を辛うじて残すのみ。溶かした飴玉を溶け果てる前に冷やしたらこうなるだろうか

 

山を登るように、けれど上へ急ぎ行く。

おそらくここは尋常じゃない

 

二階の床に手をつけて、目に付いた。

私の手はこんなだっただろうか

 

 

―――コレが今の私の手だ。随分と硬質な、生物らしくない。これでバイオ素材なのだから不思議なことだ

 

 

―――仲間はどこだ?仲間?そういえばどこだろう。辺りにはいない。探さなければ

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

暗く入り乱れたこの建物に、最早一つもいないのだと気付いてからは、怖気に背から抱き締められて圧迫された心臓がいよいよ私を急かし始めた

歩けば自分の足音が己の孤独を報せに帰って来る。

堪えきれず、走り出そうとした時に何かが聞こえた

 

壁の向こうにいる

待望の仲間との邂逅の為に障害は取り除いてしまえ。

考えるよりも前にアームキャノンを構え、破壊力の最も高い兵器を使用。

目前の爆発がおさまるや煙のカーテンを手で払い除けつつその先を見る。

煙に映るシルエット、瞼を精一杯に開けて正体の確認に努めると

 

 

バイザー越しに驚愕を露にする女性

 

 

目があった時には相手は地中へ消えつつあった。

疑問と相手への対応で頭が突沸した私はそのまま見送ってしまった。

後を追うべく痕跡を辿ろうとすると、彼女はエレベーターを作動して降りただけのようだった。

熱くなった顔を意識の外に追いやり、エレベーターを起動しようとする。だが作動しない。

先程の一発で機械がイカれたのかもしれない。

同様に故障したであろうハッチを吹き飛ばし、別の道から彼女を追いかけようとして、思う。恐らくこの高さなら直接下りても問題ない。

 

底の見えない暗闇を覗くと体の中で心音が暴れまわる。

制御が利かない。私を乱すコレは何だ

ここで直ぐに彼女と合流したらコレがとまるのだろうかと想像して、決めた。

 

 

 

ここから飛び降りよう

 



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におう

お気に入りされると嬉しいですね
よって続いた
今回はサムスがメインです
修正しました。


エレベーターが降りきると先程の破壊が原因か、構成する光帯が失われた。

 

その現象をぼんやりと見詰めながら、あの存在を定義した。

 

アレは私――――――――を模した化け物

 

虹彩も瞳孔もなく此方を見据えた台風の目は、此方の頭の中を滅茶苦茶に掻き乱して更地に変えて行った。

 

思考に割ける余裕の出来た私は指令を思い出し、セクター1――――SR388の疑似環境に続く道を確認すると、背肌の粟立ちに駆られて走り出した。

 

背後で金属のひしゃげる、冷たく臓腑に響く音がする。

 

背後を確認するまでもない。やはり脅威は去っていなかったのだ――――

 

ハッチを開けるや否やディスプレイを叩いて彼の名前を叫ぶ。

 

「アダム!」

 

「どうした、レディー」

 

「今すぐハッチを占めろ!とびきり固いヤツでだ!」

 

「承知した」

 

ハッチがナビゲーションルーム特有の分厚いソレに変わる。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の沈黙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音。

ナビゲーションルームが揺れる。

 

 

 

「サムス、キミは逃げろ。ここは私が手を打つ」

 

 

 

二度目の轟音。

ハッチに亀裂が走る。

 

 

 

「点滅するハッチを追え、安全な所へ誘導する」

 

 

 

3度目の轟音。

亀裂から悲鳴のように火が迸る。

 

 

 

「以上だ」

 

「了解した」

 

返事を皮切りに私は駆け出した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

アレがかつての私と同等の性能を誇るなら今の私に対抗する術はない。

もし私がメトロイドの体質を受け継いでいたなら、冷気に極端に弱い私はアイスビームで封殺されかねない。

ベビーが救ってくれたのだ、この命を無駄にはしたくない。

 

だがそれはそれとして疑念がある。

懸念と言っても良い。

私に投与されたベビーから作られたワクチン。

ソレによって私はx――――ゼリー状の鮮やかなオレンジ色の寄生生物――――から一命をとりとめた。

中枢神経、「脳の大部分」まで侵されていたのにもだ。

銀河連邦には感謝をしている。

彼らの研究の産物によって私は今生きていると言っても過言ではない。

だから私は現在彼らの指示に従うことを良しとしている。

 

だが、私は否応にも思い出す。

銀河連邦による生物の兵器運用を目的とした違法研究が行われていたボトルシップ。

メトロイドも例外ではなく、唯一の弱点たる冷気を克服させられ、無敵の怪物として産み出されていた。

だがアダムが己を犠牲にセクターゼロを切り離して自爆。

彼らの思い描く悪夢を体現した兵器は泡沫の夢となった。

彼らの残していたオリジナルのクイーンメトロイド、ソレとの死闘も私が制した。

違法な生物兵器運用計画を推し進めた旧銀河連邦軍司令官は失脚した。

 

――――だが、彼らは研究自体は止めていない。

ベビーのワクチンがその証左だ。

上の首はすげ替えられ、銀河連邦は一新された。

研究の成果、その恩恵によって私は救われた。

 

だがそれだけだ。

 

事実上、人的資材のオーバーホールなど無理に等しく、また享受した恩恵も一側面でしかない。

 

ここBiologic Space Laboratories は生物調査を目的に創られた、平和のためだと謳われている。

そしてここにはSR388の環境を再現したセクターが存在する。

更にメトロイドの研究は未だに続けられている。

 

ここに来る原因となり私の漠とした不安を煽ったのは、私に擬態したあの寄生生命体だろう。

だがこの不安は私の中で形を取りつつある。

この悍ましい予感が的外れだと良いのだが・・・



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すりこみ

あけましておめでたく存じます

SA-Xが喋ります。
それが受け付けないヒトはご注意をば。


スーパーミサイルを撃ち込むこと四回、漸く堅牢な扉が開く。

爆煙が晴れるとまたも同じ隔壁が行き先を塞いでいた。

私は彼女に会わなければならない。

会って胸中で暗く立ち込める靄と速まる心臓の鼓動の正体を確かめたい。

部屋の中央へ歩を進めると横に備え付けられているスクリーンが点灯する。

そこから紫色の単眼が私を見据えていた。

 

「・・・勝手な破壊行動は慎んでくれ、サムス」

 

「サムス・・・」

 

この音声には聞き覚えがある。

確かこれは――――

 

「サムス、サムス・アラン。ソレが君の名前だ。破壊衝動の次は記憶障害かね」

 

そう、サムス・アラン。

私の名前。

 

「キミが繊細でやや感情的な女性であることは弁えているが、キミは現在銀河連邦軍指揮下にいることを忘れないでくれ給え」

 

そうなのか。

ではもう少し抑えなければいけない。

彼らの顰蹙を買っては見放されるやもしれないのだから。

 

「そしてサムス、キミにはレディーとの共同任務が課せられている筈だ。彼女はどうしたのかね」

 

「これから捜索するところだ」

 

目を逸らしながら咄嗟に答える。

私は一体何をしていたのだろう。

自らの過去の行動を変えることは出来ないのに、繰り返し別のオプションを考えてしまう。

 

「ふむ・・・仕方ない。ではキミには新しく任務を与える」

 

忙しなく動く手足が落ち着く。

私は彼からの言葉を一つ一つ脳内で復唱しつつ耳を傾けた。

 

「ここセクター1で空調システムに取り付くクリーチャー、ゲロンを取り除いてくれ給え。

数は五基だ。

方法は任せる。

レディーと合流した場合は任務を続行。

異論はないな?」

 

 

 

 

「いや」

 

 

 

 

 

「・・・なんだね」

 

 

 

 

「レディー、とは誰だ」

 

 

 

 

「・・・そうだな、彼女に見覚えがないか。画像を表示しよう」

 

先程の女性が映し出される。

彼女だったのか。

何かのアクションを取る暇もなく走り去ってしまったあのヒト。

 

「キミと似た容姿の、人間だ。

キミ達は似た者同士だな。

姉妹か、或いは双子のようなものだ。

合流に成功した暁には積極的に協力して事に当たれ。

理解出来たかね?」

 

色は青いが、確かに部分的な特徴を見れば私と彼女は似ている。

右手に着いたアームキャノン

頭部のバイザーギア

体格、更には身長まで。

だが――――

 

「なぜ彼女は急いていた」

 

 

 

 

 

「・・・それだけ事態は急を要するからだ。

把握したのであれば君も現場に急行せよ」

 

少し時間をかけすぎたようだ。

画面の彼に深く頭を下げ、私は作戦を実行に移した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

『苦肉の策とは言え、少々短絡的すぎたか。

ナビゲーションルームでのデータは銀河連邦軍へ転送され、その上BSL内の研究員総員とはハッキング合戦。

荷が勝ち過ぎる上に死んでも同じ職場で馬車馬の如く働かされるとはな』

 




少々短絡的過ぎたか(投稿期間的な意味で)

次回からもう少しよく練り練りします。


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メトロイダー

考えるのって楽しいですよね。
今回は書く上でそうでした。

(;´・ω・`)ところでモーフボールってどうやって跳ねてるんですかね?
流石チョウゾ製だぁ、一つのアビリティでも謎一杯だぜ。


「・・・ふっ!」

 

ゲロンというクリーチャーもこれで五体目。

脱力した所を一気に力を込めて引き剥がした。

湿り気を帯びた、繊維の千切れる音に手を離したくなる。

言葉で表すなら嫌悪、或いは拒否感だろうか。

胸の奥で湛える重量と質量のある霧。

己がしていることなのに私は何故こんなことを感じてしまうのだろう。

両の掌からまろびでそうな程に大きい粘液状の肉を巣にうごうごと蠢く肉虫達。

僅かな弾力性を保持しつつ、ひやりとねばついて張り付く感触は、一度手を離せば再度触りたくなるものではない。

 

「・・・ごめんなさい」

 

胸の中の重さに耐えかねて口から突いて出てしまった。

向こうからすれば意味なんて理解出来ないだろうに。

糸が絡まっていく。

頭が熱くなる。

 

ゲロンを地面にゆっくりと下ろすと元来た道を戻ろうと踵を返そうとして―――――

 

―――――レディを探さなくては

 

すっかり忘れていた使命を思いだし、先へと小走りで進んだ。

複雑なようで一本道のこのセクター、奥には彼女がきっといるはずだ。

忙しないながらも、足は弾んでいた。

今まで考えていたことなんて全て抜け落ちて、最早頭の中は『レディに会う』それだけだった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

行き止まり。

水が張っており、池のある場所まで来たものの、突き当たりは壁。

レディを連れ帰れないかもしれない。

ふとその可能性に行き着くと四肢はまたも落ち着きを無くす。

視線をさ迷わせていると、天井に貼り付いて大きなハサミを両手に横歩きするクリーチャーが目に止まる。

注視するとデータが表示される。

名称はシーザ。

水棲生物らしく生息地はマリーディア。

どうして態々天井にいたのだろう。

そこが安全だからか。

水面下に天敵がいるからか、まさか水が駄目という訳でもあるまい。

餌が獲りやすいからかか、天井に群生する苔やら微生物を独り占め出来るからか、下にいる私達が油断した所をそのハサミで奇襲出来るからか。

 

進化した理由を考えながら彼らの下を潜り抜ける。

水面に浮かぶ足場を渡り、行き止まりに手をつける。

壁は壁でしかない、当たり前だ。

当然の事実にまた何をしたら良いのか分からなくなる。

深く息を吐いたその時、気付く。

目の前の部分だけ壁が新しい。

いや、語弊がある。

植物が一本も生えていないのだ。

苔すらも。

偶然かもしれない。

でももしかしたら道が続いているかもしれない。

相反する考えを抱え、壁をアームキャノンと手で堀り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

視界が明滅する。

突然飛び掛かってきた土と襲い掛かる轟音にたまらず頭を後ろへ飛び退かせる。

現状を理解できずに空白が脳内を埋め尽くす。

尻餅をついてバイザーに降りかかった土もそのままに穴を見詰めていると、水色の玉が転がり落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

道を明け渡して通るよう手で促すと、その玉は足場を跳ね渡ってハッチへと向かって行った。

 

アレはなんだったのだろう。

 

土を払い落とし、気を取り直して穴を覗くとハッチが見える。

どうやら道は続いているらしい。

このような通路ではモーフボールが役に立つ筈だ。

さっきの玉には感謝でもしておけば良かったかもしれない。

早速変形すると玉の端と端から風景が見える。

自分がまるで別の生物になったような気分だ。

先へ進みたい、指向性を持った衝動が私をその指し示す方へと突き動かした。

 

 

 

 

 

 




あなたもこれでメトロイダー

視界は馬なんかの草食動物が近いと思います。


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うらぎり

あの水色の生物は逃げてきたのだろうか。

大きな部屋に出た私は、何もいないが他とは全く違う特徴を残す此処を見てそう予想した。

飼育施設の一部、セクター1において人工物だらけの空間。

おそらく研究員が用いるだろう連絡通路もなく、まるで隠されたかのような部屋だった。

スーツと一体化した私は鋭敏になった知覚で金属の溶けた、ショートを起こした機械の臭いを嗅ぐ。

熱の籠った臭い。

散在する斑模様から発生し、それらはまだ新しい。

サーモグラフィーと肌がこの大部屋が他の空間よりも格段に暑いことを示していた。

水玉が脳内に浮かぶ。

やはりこれらは戦闘の痕か。

視界をどこに動かしても必ず入るそれらは、想像も及ばない程の激しい戦闘があったことを私に伝えた。

そこで疑問が生まれる。

この戦いを繰り広げた両雄は何処に行ったのか。

死体どころか体液すらも見つからない。

こんな惨状に遭ったにも関わらず。

 

これが直感というものだろうか。

根拠を並べた訳ではないが、確信を伴って容疑者がまた浮かんだ。

 

あの水玉だ。

 

精彩を欠くことは危険だと知っている。

けれど私は失態を犯した後の叱責を、失態を彼が気付く前に埋めなければならない。

 

なるほどこれが恐怖か。

 

新鮮な感覚の筈なのに体が覚えている。

ちぐはぐな感じというのだろう。

胸から喉元の辺りで何かが滞留して吐き出したくなる。

 

道中足が何度ももつれた私は理由を特定するまで考えては転びかけるを幾度も繰り返した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

『何を落ち込んでいるのかね』

 

「落ち込んでいる・・・?」

 

『そうだ、俯いてどうしたのかね』

 

私は落ち込んでいるのか、そうか。

私が実感に浸る内に彼は言葉を紡ぐ。

 

『一先ずは感謝を述べよう、任務の完了御苦労だった』

 

「・・・?」

 

そうか、そうだ。

私は任務を終えたのだし特に怒られるような事はしてないのだ。

 

『気晴らしに新しい任務を与えよう。』

 

「?」

 

気晴らしになるのかそれは

 

『体を動かせば思考に耽ることもあるまい。君には……』

 

「・・・」

 

彼からの言葉が途切れる。

疑問を口にしようとすると彼が抑揚の無い声を更に押さえ付けた声で喋りだした。

 

『・・・セクター2、TROに直ちに急行してもらう。

熱帯環境を再現したセクターだが・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

『凡そ信じられない事だが、レディーがXの侵入を手引きした…可能性が、ある』

 

 

「可能性・・・?」

 

 

『そうだ、レディーと接触し事の真偽を確かめろ。理解出来たかね』

 

 

「彼女は味方ではなかったのか」

 

 

『私もそうではないことを願っている、移動に移れ』

 

今までとは全く印象の違う彼の声音は、問い掛けを重ねようとした私の口を封じ足を自然と動かした。

 

 



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デッドエンド

普段物事を考えないから短いのだろうか


また忘れていた。

初戦は必ずと言って良いほどに私はスキャニングを忘れる。

何時からか生まれた生物のデータに対する収集癖が、私に払拭しきれない残念を抱かせた。

 

まただ…と。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

セクター2の最奥、カビの栄えたこの頗る毒々しい見目のエリアにそれはいた。

頭上からの奇襲、丸飲みをブーストを吹かしての回避行動。僅かの間、天地の入れ替わった視界に収まった敵性存在の視覚情報が脳の記憶野にトレースされる。

筒状、幾つか節目のある透けた外殻、硬質でありながら延性、靭性に優れたそれをもつ巨大な生物。

体格に合った大きさの単眼を達磨落とし状の体の頭部に持ち、さながら跳ね回る逆さウツボカズラなヤツは中々に厄介な敵だった。

攻撃するには捕食されるリスクを承知で足代わりの鋭い歯が生え揃った口下に潜り込む必要があったのだ。

速度を変え、天井も壁も足場に飛び掛かってくるヤツは、攻撃を逆手に口からビームやミサイルを食らわせても怯えの色を瞳に浮かべなかった。

それどころか身軽になったことを利用して勢いを増して襲い掛かって来た。

 

擬態を越えた生物の完全な再現、となれば勿論痛覚があり、思考が可能な程の脳味噌も再現出来るのであれば命の危機を感じてそれに付随する感情も沸き上がる筈だ。

しかし更新を重ねるプログラムの様に私の危険度に対する認識を都度改めて只々苛烈に私を排除しにかかる様子は「感情の無い死兵」という印象を私に与えた。

 

矛盾した心象が私に疑わせる。

 

xとは生物なのか――――――と

 

生物兵器よりも兵器然とした彼らが生物という再認識、だからこそここ一帯に既に蔓延り跋扈しているだろうという確信にも似た予想に辿り着いた時、私は胸に手を置いた。

胸の内の鼓動が胸板を強かに叩いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

戦いが最早生業の私はしかし、生存を賭けた闘争を謳歌出来る性格ではなかった。

ある時、自動航行を行うシップ内で暇を潰す為に雑然と蓄えた電子記録を閲覧していた。

楽しみに乏しかった私は生物に関するデータを娯楽と見出だしたのだろう。

読み始めて内容が軍事や機密資料と分かるものは即座に飛ばすものの、クリーチャーの生態に関しては全て目を通していたことに気付いた時は良い発見をしたと頬が持ち上がった。

しかし暇が出来ればと幾度も見返しては飽きは訪れる。

それからだろう、私が生物を見かけてはスキャナーを起動させるようになったのは。

今回のように忘れてしまうことも多々あるが、ああすればよかったと思うに到るのは、シップとスーツという二つの巨大なデータバンクを全損、或いは欠損してしまったことによる。

ここ暫くはこのシップを使っていたから失われたデータの量は総てと言わずとも大きい。

バックアップを別の記録媒体に移せば…そう考えるも後の祭り。

加えて今後もそのような事はきっとしない。

パワードスーツ任せで私はものぐさに育ってしまったのだから…

 

 

カビ地帯から熱帯多雨林バイオームに心身共に戻ってきた私は違和感を視界に覚え、同時に気付いた。

そこいら中に散在する芋虫だったキハンター星人が一斉に蛹になった、事にではなく、このセクター2という施設が何者かに破壊されつつあるという現状に。

極めて危険かつ凶暴な宇宙生物の活動にも耐え得る様設計された筈のここがだ。

破壊痕を見ればタイムラグもなく犯人像が浮かぶ。

急き立てられるも足音密かに元来た道を戻れば、崩落した内壁の奥に、土砂崩れの様相を呈する壁に半ば埋もれて光を灯さないハッチがあった。

 

壁の向こうに張り巡らされた電子回路は凡そ全滅、頑丈な筈のセキュリティハッチ自身も変型する程損傷しては電力を通せど使い物にならないだろう。

ここまで来るには以前は開通していたこの一本道を通る必要があった。

つまり

 

 

ここは袋小路だ。

 

 

ハッとするのと後方にあるハッチの開閉音がするのは同時だった。

そして『あの』馴染み深い音が私の肝を凍て付かせた。

 



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いのちがけ

震える指もそのままに礫と砂利を慎重に掻き分ける。

硬質、無機質で透徹に響き渡り、近付いてくるカウントダウンに私の指先と心の臓から全身に伝播するように血管中に霜が生えていく。

やがて深くひび割れた素肌を覗かせた床が顔を出した。

都合良く穏やかに、とは行かないらしい。

この窮地を脱け出す為の手段、その選択の先の数秒後、脳裏に掠める最悪の未来に機構を変形させたアームキャノンを構えたまま虚空を見詰める。

 

聳える断崖から突き落とされるならば着水する態勢を整え、少しでも生還率を上げる為に自ら飛び降りるしかない。

 

意識を引き戻した足音に、私は脳内の引き金にかけた指を滑らした。

今までが嘘のように滑らかに一連の動作を終えて暗がりに着地した私は直ぐ様走る。

 

その腹積もりだった。

経験とそれに裏打ちされた直感、野に生きる獣以上の鋭敏な感覚が私の足を固く地に縫い付けてしまった、せざるを得なかったのだ。

 

 

 

カツン

 

 

カツン

 

 

カツン

 

 

思考が逃げようと試みる前に体を弾いて忍び足で走らせる。

突破口となるようなものはないのか。

目を走らせる。

 

 

余りにも無情な間だった。

 

 

この一本路の終着を目の前にして無意識が足にストップをかける。

止まった理由は理解している、なんたって私は――――

 

 

 

自然と俯いて下がった視線の先

 

 

足下から貫通してクリアに届く音

 

 

ここは例えるなら屋根裏だ。

大量の荷物を置くには不安を覚える――――ソレに、私は躊躇う余裕もなく今出せる最高火力を叩き込む。

 

 

床が抜けて落下する。

下の空間は屋根裏と同じくここが行き止まりだった。

ソレを利用する。

空中で壁と垂直になる様体勢を整えた私は壁を蹴り、ブーストを最大出力で瞬間噴かして初速をつける。

痛いほどの静寂に満ちたこの空間に、爆破に加えて砕けた金属片の地に落ちた音は相手をさぞや刺激したことだろう。

当然のことながらこちらを向いてはいるが…この暗闇と距離では何であるかを認識できていない。

 

速度を殺さず前転するように受け身を取り、そのまま突っ走る。

 

暗闇に光輝が生まれる。

 

こちらを認めたのだろう、だがまだだ。

 

宇宙で輝く青色巨星を中点に、光芒が走る。

 

光芒一線。

 

瞬間、私は背中のブーストを再度噴かして海豚の様に跳び、天井と光線の合間を通り抜けた。

 

掠めるだけで端まで凍り付く。

見るのも飽く程に用いた私だからこそ範囲を見切って真正面からかわせたのだろう。

この時に覚えた緊張感はパラライザー、ハンドガン一丁を携えてスペースパイレーツのシップに単独潜入した時以上のものだった。

緊張の余り修羅場を潜る前に心臓が爆発して果ててしまいそうだ。

 

続いて回転しながら体を折り畳み、バネの様に縮めた私は両足を揃える。

引き絞られた大腿四頭筋と腓腹筋が擬音の実在を錯覚する程にハッキリと形を変えて隆起する。

天井にほぼ平行の放物線を描いて次弾を砲塔の口から耀かせた敵よりも速く、相手を足裏で撃ち抜いた。

 

鳥人族の生物としての特徴、遺伝子を組み込まれ、戦士としての訓練を甘受し、一切合切が取り払われ靭やかなゼロスーツと殆ど変わりない今だからこそ出来る蹴撃。

体に沿って強制的に発動したバリアに相手のソレが干渉し、生まれた反発、斥力を障子紙の如く穿つ弩弓。

相手の金属質なスーツが幾重も波が寄せる様に変形し重厚な悲鳴を上げて敵は吹き飛んだ。

反動で空中を漂う間にハッチを二度撃てば、空いた先の空間へと敵は投げ出された。

 

後を追えば道は続いておらず、相手はこの上下に貫かれた円筒状の空間を落ちていったと推測できた。

 

私のスーツを着ているのだと弁えていないのなら目を背けるだろう、小さくなっていく音が幾度かした。

 

切れた緊張の糸を撚り直すのは難しく、もう一つの脅威を思い出した私は足の、障る訴えを無視し、その場を一目散に離脱した。

 

 

―――――――――――――――

 

 

ナビゲーションルームに着いた私は漸くとばかりに腰を下ろした。

程無くして無愛想な司令が映る。

 

 

「行儀が悪いな、レディー?」

 

 

「ふん、冗句の下手なヤツめ。知人にウマいのがいるから今度紹介してやる」

 

 

「……先の会敵か」

 

 

「…そうだ、足がイった」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「レディー」

 

 

「…」

 

 

「痛むか」

 

 

「当然だ………?」

 

 

 

 

「……撤退は許可できない」

 

 

「…!………そうか」

 

 

「何故なら今こちらは襲撃を受けているのだ。電子上で、だがな」

 

 

「……!!」

 

 

「しかし敵がいれば援軍もいた、存命のスタッフがいるのだ。

君には彼らのいる場所、メインデッキの動物保護区に急行し、治療を受けた然る後、彼らをシップへ護送しろ。」

 

 

「だが……」

 

 

「昇降機は私と彼らで復旧に当たっている。勿論治療の為の施設もある。保護する動物、彼らと関わる職員の為にだ。危険な生物を管理することもある都合上、設備は整っているそうだ」

 

 

「そうか…」

 

 

「そして現場へ向かう君の護衛だが……」

 

 

「?……まさか!」

 

 

「そうだ。彼女を使う、入れ」



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Another M

バリバリ Other M の要素が入っています。
分からんという人は質問していただければお答えします。

あんまりサムスに説明させると独白感薄れちゃうかなぁって


「…失礼する」

 

「正気か」

 

アダム。その言葉を飲み下して立ち上がる。足を切り刻むような閃光の逃げ先となる口、歯を食い縛り、唇を固く結ぶも、洩れる苦悶に息が乱される。

こんな事に手間取っている暇はない。相手が何時私を殺すか分からない。生殺与奪の権を握られているのにそれを行使しない。その行為から推測できる意味は一つに絞られないのだ。殺す迄もないか、又は用済みとなれば…少なくとも何時銃口を向けられるか知れたものではない。

両方の選択肢に共通する事だが、道程で死を懇望する憂き目に遭わされても何らおかしくない。

草や微生物を含めた、おおよそ総ての生物は無数の屍の上に立ち、生存する術も嗜好も千差万別だ。共生を選ぶ種族は殆どおらず、故にその例外を除けば共通点は一つ。

生存に伴う犠牲は必ず生まれる。

 

「っはぁ…ッ″…」

 

「……」

 

「レディー、彼女は『人』だ。『敵』ではない」

 

「……っ…」

 

「加えて彼女は未だ幼子(おさなご)のようなモノだ。君は『助けを求め泣き叫ぶ赤ん坊』を見捨てる様な薄情な女性だったのかね」

 

襲われた立場ではないからそう言えるのだ。そう怒号を上げる程割ける気力が無かった私は憤りを余所に、直感を刺激した彼の言葉に記憶を探す。

Baby'S Cry(赤子の叫泣)、誰かを呼ぶことを最優先にしたその救難信号から始まった私とアダムの…彼の最期の任務。

この無愛想なオペレーターが何故知っているのか、どうしてこんな機械らしくない言い回しを選んだのか、そしてアダムを思い出す彼との応酬。

疑問は直ぐに氷解した。

彼は優秀な司令官であり、知恵と判断力、人を統べる力に長けた典型だった。

銀河連邦の事だ。肉を持ち、結果的にだが心さえも持つに至った人工知能(MB)を産み出したのだ、彼の人格をトレースしたなどAIなど朝飯前なのかもしれない。

コピーとは言えアダムはアダムだ。

彼と、個々の生命を尊ぶという彼の信念を信じるならば、彼女は私が相対してきた生きた機械とは違う、人間のような存在なのだろうか。

そう、それはMB、メリッサ・バーグマンのような…

 

「……」

 

胸中を複雑な思いが占める中、アダムが言った。

 

「サムス、レディーを支えてくれ」

 

「…了解した」

 

彼女が動こうとした所、待てと彼が告げた。

 

「これは警告にして忠告だ。敵の特徴は知っているだろう、レディー」

 

知っているとも。

生物に寄生した後は宿主の体内に蔓延して…

 

「先程述べた『敵』は増殖、分裂した可能性が極めて高い」

 

「……!!」

 

「…どういう、ことですか」

 

肩を貸してくれている彼女に躊躇った私は、彼女と彼女に芽生えたモノを信じ、尊重することにした。

 

「Xという生物を知っているか」

 

「…いえ」

 

アダムは彼女に教えていないらしい。不信感を抱かせない為にもここで言ってしまうか。

「ゼリー状の浮遊体だ。侵入した生き物の中で数を増やし、後に殺した宿主に変貌するのが彼らだ」

 

「…酷いですね」

 

空いたハッチを通過して光で編まれた昇降機に乗せてもらい、続いて飛び乗った彼女と上がる。

 

「けれどそれが彼らの生き方だ。そしてそうするしか出来なかった彼らは、終いには恨みを買った相手に滅ぼされてしまったんだ」

 

「そんな……」

 

「非道いと思うか?最初に殺された側の人々もきっとそう、感じただろう」

 

それきり黙ったままの私達は復旧されて間もないメインデッキへと繋がる光のリフトで昇る。

表情の窺えない彼女は呟く。

 

「…生きるのって、難しい、です」

 

「あぁ…誰も死なずに済んだら良いのに…」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

壁面に張り巡らされた網のような梯子を伝わずとも出っ張った足場を飛び移っては進む彼女、と抱き抱えられた私。

少しの気恥ずかしさと疼痛を紛らわす為に話を切り出した。

 

「私には大切な人がいた」

 

「…」

 

「でもその人の命を脅かす誰かがいた」

 

「…はい」

 

「けれどその誰かはそのまた誰かの大切な人だったんだ」

 

「……はい」

 

「私が何も出来ず惑う所為で、二人は死んでしまった」

 

「……」

 

「二人が死んで私も、その誰かを想っていた人も悲しんだ」

 

 

「……」

 

 

「……サムス」

 

 

「……」

 

 

 

「私は…どうすれば、良かったんだろう」

 

 

「……守れば良かったのでは」

 

「…」

 

簡単に言ってくれる。

だが私がもっと強かったら、そう思わずにいられなかったのも事実だ。

まずは一刻も早くスタート地点に立たなければならない。

私を含めた多くの人々の、大切な人命を損なわせた任務。

それを強く想起させるこの状況に私は焦りを募らせる。生き急いでは自分の命を危難に晒す。例えそう分かっていたとしても、望みが一縷でもあれば掴みに往くのが私という人間なのだから…

 

 

 

 



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ばけのかわ

これからも恥ずかしい文章を書くんだろうけど見直すとクソ恥ずかしいですね


「・・・申し訳ないけど、確約は出来ないわ。でも、用意はある」

 

「・・・お願いします」

 

まるで重いものかの様に唇をゆっくりと上げて彼女は言葉を発した。

レディーを床に寝かせた後は集中のために人を遠ざけて作業を行うとの事で、それは私も例外ではなかった。

遠巻きに最小限だろう多くない道具を詰め込んだリュックサックを傍らに置き、黙考して石のように固まる彼女の前、レディーのスーツに鱗の様な幾何学模様が浮かんだかと思うと一枚一枚が光の粒子になって剥げていった。肩幅が狭まり一回り体躯の小さくなったレディーを見て彼女は驚く。

よし。そう呟いた後、彼女は白く滑らかな肌には浮いて見える青く膨らむ脚を注視して素肌を晒したレディーと会話を始めた。

ぼんやりとレディーの素顔を眺めていると、認識と記()の間に回路が出来上がり、直結した(直感した)

私の顔にそっくりだ・・・

この初めて覚えた感情を持て余していると、こつこつと太股を叩かれた。見下ろすと小さな男の子が此方を見上げていた。

 

「・・・ねぇ、此処にいるとママが怒るよ。こっちに来て」

 

「・・・あ、あぁ」

彼が聞こえないと判断したのか、生物の様子が伺える飼育槽の透けた壁の端の辺りで立ち止まった。

背後にいた私を逐一視界に収めていた彼は私と向き合うと、視線を行き来させ、何度か唇を薄く上げると話し掛けてきた。

 

「・・・おばさん、こわい」

 

「・・・こわい、のか?」

「うん」

 

「・・・」

そうか、恐いのか。生命に極めて危険なxの巣窟と化したこのコロニーを内を誘導するのなら、此方の文言に一々懐疑を持たれては作戦に支障が出る。どうしたら良いのだろう。私の何が恐いのだろう。

答えのでない問題に私が黙っていると男の子が私の遠く背後にいる彼等を指差した。

 

「おばさんも、僕達と同じニンゲンなの?」

 

「・・・そう、だが」

 

「でもニンゲンじゃないみたいだよ?恐いよ」

 

彼の言いたいことが分かってきた。つまり、私もレディーの様にこれ(スーツ)を脱げば良いのだな。

その結論に行き着くと、知識通りにスーツを解除する。

それを見た彼は眼球の形が分かりそうな程に瞼を広げ、血色の良い頬を真っ赤に染めた。

私の手を温かく湿った掌で取った彼は、飼育ケースの出入り口である扉に接近して開けると私をぐんと引っ張った。彼の突然の変化に脳内が忙しなかった私はそれに為されるがままであった。

熱帯を再現した深い緑の中、レディー達の様子が伺えない程に草葉の囲まれた場所に来ると、彼は体を翻して大声を潜めて上げた。

 

「何で裸なの!?」

 

「・・・可笑しな事なのか?」

 

「可笑しいでしょ!?服着てよ!」

そうか、可笑しいのか。そう言えば、殆どの生物は全身の皮膚を外気に晒すが、人間は服を着るものだったか。とは言えど、服なんて物は無いが、スーツの様に着れるのだろうか。でなければ彼の言うことに筋が通らない。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

次第に、おもむろに顔を俯けては再び頬を紅潮させた彼が私から背を向けた。

その様を静観しつつも、周りの深い緑から一番に想起されたものが(スーツ)として纏われた。

スーツが現れる際の光に目を細めていた彼は、その落ち着いた後に私を見て疑問を放つ。

 

「お姉さん、軍人なの?」

 

「・・・これも変か?」

 

「・・・ううん。でも意外だなって、髪も短くなってるし」

 

「これはおかしいのか?」

 

「う、ううん。全然可笑しくない・・・」

 

「そうか」

 

「・・・す・・・」

彼の忙しない瞳の動きにやはり何か言いたいことがあるのかと待つも、彼は口を益々固く結んでいくだけで一向に口を開かない。

と思えば、堰を切るかの様に彼は一息に言い切った。

 

「凄く似合ってる!・・・よ・・・」

 

そうか、なら良かった。そう返そうとして思い止まる。違う、私の言いたいことはこれではない。これよりも良い返答をしたい。しかし、それが見つからない。妙だ、今までとは違う。未知を既知に当て嵌める事がすんなりと出来たこれ迄と比べ、知識と感情が自然と結び付くことがない。

私が回答に窮している一方、彼は段々と縮こまっていく。その有り様が私の頭の車輪を噛み合うのを待たずしてからからと勢いを増し、空転させていく。

 

「・・・すまない」

「・・・」

 

「こう言う時はどう返すのが正しいか分からない」

「・・・?」

呆気に取られて数瞬前の感情がすっぽりと抜け落ちた彼は私に問い質してきた。

 

「分からないの?」

 

「・・・すまない」

 

「・・・そう言う時はね―――」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

女性は医者ではなく研究者だ。相手をしてきたのは複雑な人間ではなく単純な動物である。彼女がこれからどんな治療を施すか、患者の不安を和らげる義務を負わされる事も負うこともなく、よって彼女は短い問診を終えると治療に即座に取り掛かった。

一つ取ってのついたモニタ付きの拳大の機器を取りだし、レディーの患部の僅か上をバーコードを読み取るようにしてそれを上下乱れなく滑らせ、結果を液晶画面から読み取ると女性は間を置かずに再びリュックを漁って茶色の遮光ビンから二ツのカプセルを取りだし、彼女の口に放り込むことはせず、それをあけると中の粉末を患部にかけてガーゼで塗り込む様に押し当てた。

 

「はいお仕舞い」

 

脂汗を滲ませてレディーが質問した。

 

「・・・何をしたのですか、ドクター」

 

「平たく言うと細胞のライフサイクルと早める薬を使ったの。消化とか悠長なこと言ってられないから患部に出来るだけ近い所から摂取させることにしたわ。細胞膜を通過、そして損壊部にしっかり届いてから作用を及ぼす作りだから心配はないはず」

 

一歩間違えればDNAが損壊して(エラー)細胞大発生なんて事になるから免疫力のある若いうちにしか使えないし、テロメアを尋常じゃない速度で縮めるから、子を残す為のか試薬目的の動物相手にしか使われないんだけどね。でも、今は非常事態だから。

そう、女性は締め括ると辺りを見回した。

 

「何処の異星人かと思えばまさか私達と同じ地球人類とはねぇ・・・あの子何処いったの」

 

女性はサムスの正体(怪物)は知らない。だがレディは彼等が狡猾であることも知っている。

とは言え杞憂が杞憂に終わり、サムスが何ら害を及ぼしていないのであれば、これからの勧告は間接的にサムスに自身の正体を悟らせ、無用な混乱と危険を招くことになる。この親子は怪物の脅威を身に染みて分かっているはずなのだ。だからこそ、今は身動きの取れない私を置いてこの女性を行かせる訳にはいかない。レディは逸りながらもソレを押し殺して女性を引き止める。

「ちょっと行ってくるわ」

 

「同行しましょう」

 

どうして戦場に身を置く人間は強靭な肉体を超える程に精神がタフであるのか。しかし、肉体が訴える痛覚を無視するというのは分水嶺を容易に越えうる危険性がある。ここは大人しくして欲しい。呆れた女性は疲れに気遣う様も見せなかった。

 

「…貴女は私達の蜘蛛の糸。命綱に事切られたら困るのよ」

 

「ですがxの隠密性と侵入経路を選ばない踏破性能は貴女も御存知の筈だ。私なら事が起こったとしても貴女達の盾になれる」

 

「それって使い捨てが注釈につくんじゃ…」

 

「違う!」

 

「…どういうこと」

 

苛立ちを覚えた女性はしかし、この施設内をさ迷い、此処へ辿り着いた彼等の生き抜く術が気になった。たかが片手に付いた砲のみで魔窟を跋扈する魑魅魍魎に対処できるわけがない、生物である以上は誰も生存を許されないここを。だが、女性の目の前で上半身を起こした、怜悧でありながら感情の沸騰する様な熱を宿した目の青いスーツの女性はどうしてか、生きている。真っ直ぐで、法螺を吹けない、嘘の下手糞な奴の目。運動する人間らしく嫉妬する程に綺麗な肌をしているが、見た目から推測される齢にして未だこんな目をする人間は初めてかもしれない。女性は珍生物を目にした心地がした。

 

「私のスーツにはxの天敵であるとある生物の遺伝子が組み込まれています。擬態を解いた彼等をこの体に取り込み養分として捕食が可能なのです」

 

「…その生物の名前は?」

 

「…」

 

恐らくは機密だと彼女は察した。この救護者は幸いなことに意思は強いが固くはなく、強靭である筈だ。官僚制に染まった連中特有の硬度しかない冷えきった金属の様な精神性でないのなら、口八丁手八丁で情報を引き出せる可能性はある。積み重ねた経験から直感した女性はレディに説得を試みる。

 

「ここはね、xとその天敵を除けば地獄と相違ないわ。宇宙を航行出来る肉体か手段を手に入れでもしたらあらゆる文明社会と生物が汚染される。地獄があまねく星々に展開されるの。貴女の事については知らないけど私はこの恐慌と脅威の恐ろしさを味わった当事者の一人。だからこそ思う。こんなのは絶対に広めちゃならないの」

 

「…」

 

渋る。レディは渋っていた(・・・・・)。頑として否と一方的に宣言する対応でないのなら、その防壁を崩せる方法は、余地はある。此処は相手の感情と思考を刺激する方向から攻める為に相手の職から推察され、最も統計的に効果的であろう話題を女性は選び出した。

 

「貴女、大事な人を亡くした事はある?」

 

「…」

 

「殺されるわよ、皆。大袈裟じゃなく私はその可能性は十分に有り得ると考えてる」

 

「だがアレは人間の手に負えるほど御しやすく…安全でもない」

 

女性の職場にはそういった生物は幾らでもいる。確かに、機密と称されるのだから並大抵の危険性ではないのだろう。それ故に彼女は反駁する。

 

「だから、だからこそとことん知る必要があるの。火や核分裂反応については知ってる?」

 

「…あ、ああ」

 

「遥か昔から火は多くの人間を死に至らしめ、核分裂反応は大地を焦土に出来る程のエネルギーを有していたの。でもそれ以上に多くの人々の生活を何世紀もの間支えていた」

 

レディーは自身のパワードスーツにスキャンをかける。発信器の類いは当然あるが、盗聴機の類いは見つからないことを確認すると、抵抗はあるものの彼女は自身の考えを主張した(対話に応じた)

 

「…あなたが言う通り、知識や技術は正しく使えば人々の生活を豊かに出来るだろう。しかし、私は膿を出し切ったとしても未だ銀河連邦が信用ならない」

 

「貴女の懸念は最も。知識や技術は用いる人間次第で凶器になるわ。それに完全に善良な人なんて存在しない。聖人だって時代と価値観の変遷に伴って差別主義者呼ばわりされる。でも貴女や私の考えなんて露知らず、誰かは研究を続けるでしょうね」

 

歯痒いものを感じながらも確かにそうだとレディーは奥底で同意した。その理由は銀河連邦に対する負の信頼だけではない。どんな人間にも善悪両方の心があり、どちらの側につき、どう振る舞うか、それがある人間を善良と呼ぶか悪辣と呼ぶかの境目になる。そうである以上善が悪に、悪が善に転向する事はあるだろう。そしてどちらにせよ、彼等が皆一人一人レディーの意見を聞き入れてくれただろうか。自問すると記憶が瞬時に甦る。そんな都合の良いことは今まで起こり得なかった事を改めて彼女は理解した(答えを得た)。今まで理想(・・)までしかを考えてこなかったレディーは、女性の一歩現実へと進んだ考えを内心の感嘆と共に受け入れる。

 

「…」

 

「だからこそカウンターとなる手段が、策が、そして実験が必要なの。火を消すために有効なものとして二酸化炭素があるでしょ?水や土砂はまだしも、それは数多くの検証無くしては判明し得なかった手段の一つであり、そもそもが膨大な積み重ねの上にある知識よ」

 

「…」

 

「だから、教えて。私は知らなくちゃならないの、私と残った大事な人の命を守るために」

 

彼女が子供の頃に故郷は滅ぼされた。その時に両親は、良くしてくれた鳥人族は余さず殺された。その彼女を親と慕った存在は彼女の命を文字通り救い、置き土産を残してその命を散らした。彼女の同僚は彼一人を例外に今や生存の確認出来る者はおらず、彼女が絶対の親愛を寄せていたアダムも彼女の命を繋ぐためにその命を犠牲にした。

長い空白の時間を費やし、震えと涙腺を昇る熱を努めて体の内側に閉じ込め、その震えが口腔を通って空気中に漏れ出さない事を確認、確信した彼女は告げた。

 

「――メトロイドだ」

 

「…アダム・マルコビッチ著のレポートにあった生物のこと?」

 

「あ、ああ。そうだが」

 

意を決した告白をあっさりと既知のものとして受け入れた女性にレディーは驚いた。女性はその分野のエキスパートであり、それを生業としている。電子ライブラリから僅かな設置期間の後に焚書されようと、常に網を能動的に張って論文やらの情報を漁る女性にしてみれば引っ掛かるのは何ら不思議ではなかった。ましてやそれはデータである。複製出来れば銀河連邦から独立した彼女のデータバンクに保存が出来た。

 

「…最近吹き飛んだボトルシップは関係してる?」

 

レディはー戦場に身を置いてきた。分野の全く異なる人間の生態を知らず、想像の欠片もしてこなかった彼女は戦慄する。まさかたった一片の情報から此処まで、と。彼女は内心の焦りと共に又も自問した。情報を渡しすぎたのではないか、と。

「…その通りだが、どうして」

 

「前の職場の同僚が私の異動先と一緒に綺麗さっぱりいなくなったの。研究対象が生物である以上、意思の介在による事故は付いて回る。それに物事を疑い、考える脳味噌が無かったら私は一端の学者にもなれなかった。疑わない、考えないというのは無理なハナシ。呼吸と同じなんだから」

 

女性は幸運であった。銀河連邦上層の首が幾つもすげ変わる未曾有の事態への対処があり、余りにも偏った情報統制と思想操作は宗教の如く発展の弊害を招くと訴えた一派の行動によって彼女個人の特定や追及が免れ得たのだから。更に彼女の身の回りで起きたことが同時期に重なれば関連付けて想像するのは自然だった。

 

「そうか、道理だな…」

 

「これでも論理的思考力には自信があるの。感情(偏見)だけで私を判断してきた男共を席に着かせる為に大分苦労してきたからね」

 

「ふふ…それで、お子さんは良いのか?」

 

女性からのこれ以上の追究を逸らし、事態の確認を急がんと、表面上はそれをやはり隠してレディーは問うた。

 

「そうだった。ラハット、どこー?」

 

「ここだよママ」

衣擦れだけでなく葉の擦れあう音と共に少年とサムスが現れた。未熟の絶頂を他者に晒していた頃の自身の姿、生気を伴う表情を見せる彼女にレディーは驚きの余り言葉を失い、目を剥いた。

 

「・・・綺麗なお姉さんを茂みに連れて何してたの?」

 

何も知らない(・・・・・・)お姉さんに色々教えてたの」

 

意地悪を企む風な口調で質問した女性は隠すべき疚しいことは何もないと胸を張って答えた少年に対し、その場で屈み込んでは彼を抱き止めるように両手を広げて待ち構えた。顔を輝かせて駆け込んできた我が子を彼女は掬い上げた。

 

「偉いわね!流石私の坊や」

 

―――――――――――――――

 

 

我が子の突進の衝撃を逃がすためにくるりと女性が回る。

私は安堵していた。

この様子だと私の姿に化けた妖怪が本性を曝したのでもないらしい、と。

そうして親子愛を鑑賞していた所に、若かりし私に勢いのまま背を向ける女性と私の目が合う。

喜色一杯の声とは裏腹に女性の目に感情は一切宿っていなかった。

その落差と、何を映しているのか理解し得ない瞳に思考の纏まらなかった私の意識は急速に覚醒していった。

同時に、乾きつつある汗に肌寒さを感じていた体は心筋が縮こまる様な冷たさを訴えていた。



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天に向かって唾を吐け

サムスを先頭に護衛対象の二人を挟んでレディを殿におく。情報共有の上、堅牢にして立ち塞がるものは尽く粉砕できる移動人型要塞であるサムスが露払いとして相応しいと全会一致した故の配置であるが、これは真意を理解できた者にとっては当然ながら建前であることは察していた。レディー、サムス、白衣の女性が立ち上がろうとすると少年ラハットが声をあげた。

 

「ママ、エテコーンとダチョラは?」

 

「あら、見てないの」

 

「さっきまで一緒にいたと思うんだけど・・・」

 

どうして姿を見せないのだろうか。不安がる我が子の様子に女性はこれ程なく自然に、肉親として少年を宥めにかかる。膝を下ろす彼女にレディーが待ったをかける。

 

「待ってくれ、エテコーンとダチョラがいるのか」

 

狼狽する様子に疑問符を浮かべた女性を他所に、少年が間髪いれずに答えた。

 

「そうだよ?お姉さんも知ってるの」

 

「・・・非常に理知的で心優しい動物だったと記憶している。彼等も、ここに?」

 

少年に言葉の全ての意味はわからずとも、レディーの険のとれた語調から偶然に同好の士を見つけた事を感じ、嘗て無いほどに興奮した彼は彼等に関する事柄を矢継ぎ早に喋り始めた。何時話に割って入り止めるべきか閉口していたレディーをみかねた女性が少年の名前を呼ばんとした時――

 

「――でね、あいつ等は危険が分かるんだ。さっきだってそうだった」

 

「待ってくれ、さっきというのは」

 

「ふわふわしたゼリーに可笑しくなっちゃった職員さんに動物さんも他の皆も慌てて何処か行っちゃったんだ。恐かったから、遊んでたエテコーンとダチョラに付いて行ったんだ」

 

「この子を探すときに当たりを付けて此処まで来たけど、酷いもんね。正にパニックホラーだった」

 

息子に続いた女性とレディは何故彼等が姿を見せないか改めて思考する。二人の視線がサムスに向かい、両者の視線がその現象を捉えた。二人の視線が噛み合うとサムスが疑問調に言葉を発した。

 

「彼等は動物の本能としての危機察知力が高いのか?」

 

「恐らく。推測が交じるけど彼等はsr-388の原生生物。何故今まで猛威を振るわなかったか不思議なxもsr-388の原生生物である可能性が多からずはある。エテコーンとダチョラは頑強でも殺傷力の高い武器をその体に備えている訳ではないから、遺伝的要因から凡そあらゆる生物にとって天敵足り得た脅威を知覚するに必要な器官が発達してるんじゃないかしら」

 

レディーが「私が思うに正しい」彼女の論に賛同し、強い語調に軽く驚く女性のソレを補強するために言葉を続けた。

 

「sr-388にいたメトロイドはいわば外来種。星の開拓者達にとって妨げであり十二分に命の脅威足り得たxを駆除するために彼等はメトロイドをその星に放ったんだ」

 

「はぁぁ。xを見なかったのはそういうこと」驚嘆と納得に心地よい溜め息を付いた彼女はふ、と湧いて出た感想ついでに疑問をこぼした。

 

「xの生態は餌に出来る生物の幅を考えると類を見ない程に捕食者として優れているわ。良くもまぁ都合よくメトロイドなんてドンピシャな生物が見つかったわね。それにその開拓者らしい存在も知識にないし・・・」

 

「・・・」

 

気まずげに黙りを決め込むレディーに内心首を傾げた女性は水色に透けたバイザーから覗くことの出来るレディーの視線から理解した。サムスに向いているソレからこれ以上の情報は擬態元(・・・)の経験や記憶に深く根付いている可能性を直感したのだ。

そんな二人の話を傍聴していたサムスとラハットは話題に入って行く気概があろうとなかろうと、完全なるおいてけぼりにあった。サムスが2周も3周も遅れて理解に努めていた所に、彼女の手をラハットが引いた。母親の心情や如何に。彼女の体内に汗腺があれば冷や汗で浸水していただろう。

 

「何言ってるかわかる?」

 

「・・・いや」

 

それを聞くや否や彼は退屈を逃れる為の口実半分、早く脱出する空気を醸していた筈の大人に対する不満半分を理由に喜びを顔一杯に表現してサムスに提案した。

 

「じゃあ僕ら二人(・・)であいつらを探しにいこう?」

 

「・・・エテコーンとダチョラか?」

 

「うん」

 

話に追い付く努力を試みていた彼女は拒む理由はなく、寧ろ展開を進めることの優先度を再認識して了承すると、追い打ちをかけられたラハットの母親が変調の表に出ないことを祈りながら引き留めた。

 

「まって。ママもいく」

 

「もう。急いでよね」

 

自覚はあるからこそのバツの悪い笑みを浮かべて謝罪を口にする母親と息子の気安げでいて、しかし浅くは思えぬ関係性。サムスは具体的にそれを言語化することも、漠と対象が何であるかも理解はしていなかったが、胸に鋭く訪れるじんとした痛み(飢え) を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

サムスが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラハット、早く探しに行こう」

 

少年の掌越しから伝わる、仄かで冷ややかでさえあった体温がぎゅっと暖かみを帯びる。あわや心臓が肋骨に頭をぶつけんといったところの少年は、手を強く握ってきた女性への直視が避けられて首を動かすと、彼の母親が到底信じられざる事実に見開いた目をそぼめているのが視界一杯に広がった。彼は羞恥の余り、今や赤く主張する頬を俯いて隠すしかなかった。

一方でサムスとレディーはこの場が妙な空気に包まれている事に気付く。それは親子二人の不可解な反応が出所となっていた。レディーとサムスは互いの表情から現状について不理解なままであることを見て取る。

 

「・・・どういうことだ」

 

「・・・どういうことでしょう」

 

「どういうこともへちまもないわ。とっととエテコーンとダチョラを探しに行く!」

 

白衣の女性が一喝すると、彼女の剣幕におされて一同は疑似熱帯湿潤気候下の森林に足を踏み入れた。

 

「あとアンタらは手を放す!」

 

「は、はいっ」

 

「ぁあぉっ」




恋話は良い、のろけ話も馴れ初めを話すのも一向に構わん。しかし目の前でいちゃつくのだけは止めろ。

https://img.syosetu.org/img/user/197649/55402.jpg


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一線を越える

今回不調です。


意気込んで疑似熱帯林に突入するもエテコーンとダチョラの影も形も拝めない。銀河連邦所属という立場、xの蔓延る極めて危険な状況からレディーが不安げな子供への説得を、その未来を予想し、憂う母親に恐れ多くも託さんとしたところだった。

 

――――――――――――――

 

″Emergency in sector 3″

 

視界一杯の深緑が赤い光に染め上がる。思考と予想の埒外にあったけたたましい音が心臓を跳ねる。今までは平穏だったと錯覚させる音。耳を塞いでも腹の底まで届く、不安を否応なく煽り立ててくる大音。そして部屋中の赤く変色、点滅する灯り。何かまずいことが現在進行形で起こっている。そのまずいことを把握していない現状こそまずいのではないだろうか。そこに思考が行き着くと正常な判断力を蝕み忘却させていくような焦りがじわじわと生まれてくる。

 

「・・・何が起こっている」

 

''Emergency in sector 3″

 

セクター3にて緊急事態。其処まではわかる。しかしその緊急事態の詳細は?募る焦りから目をそらし、サイレンに負けじと親子に声を張り上げた。

 

「私達の置かれる現状は不明ながら危急そのものだ。生きたいなら付いてきてくれ」

 

Sa-xの能力に全幅の信頼を置いていない私は彼女にも命令を下した。

 

「ビームからプラズマ機能を切るんだ。敵を凍らせる事のみに注力し、彼等が姿を現さない内は壁の向こうにビームをばら蒔け。撃ち漏らしは私が対処する。サムス、先程の如く君が先頭になって先ずはナビゲーションルームへ急ぐぞ」

 

他人に指示するのはむず痒い。それが自身の似姿ともなると調子が狂いそうになる。

私は緩んだ意識を締め直すと砲を構えて三人の後に続いた。

 

―――――――――――――――

親子にとっては決して足を止めることは許されない、死に物狂いの行軍だったことだろう。途中まで息子の手を引いて走っていた女性はハイヒールを走りざまに脱ぎ捨て、彼を背負って走り出した。

激しい移動に相応してぶれる、サムスの狙い。xを撃つ行為に躊躇う暇すら無かった彼女の脳内は隙間もない程に焦燥感がぎちぎちと詰まり、二人の命が双肩にかかっている責任感がそんな彼女をパニックに陥る一歩手前に押し留めていた。

忙しない思考に振り回され、狙いの右往左往する、新兵さながらの砲撃から逃れた擬態生物達をレディーが狂いなく仕留めていく。

さして最寄のナビゲーションルームから遠く離れていない為、間も無くして目的地に着いた。ハッチが締め切ると、普段より頼りない足取りのサムスをレディーが追い越し、直ぐ様小型スクリーン兼キーボードの所へ移動し、ナビゲーションルームからシップに乗船するCPUへと回線を繋いだ。瞬時に彼女の目前にある巨大スクリーンに光が満ちると、逸るかのような口調のcpuが現れた。彼はラボ内の構造を簡略化した絵図をスクリーン上に示しつつ、命令への理解を促進しようとしていた。

 

『やられた。レディー、サムス、我々は嵌められたのだ。救護の為と一時レベル2のセキリュティハッチを解除した所、セクター3「PYR」へxが大量に侵入した。彼等はそのセクターにあるメインボイラーの過熱を防ぐための冷却装置の機能をハッキングによって停止させ、室温を急上昇させつつある。

このままではステーション全体に影響が及び、大爆発を起こしかねない。

このステーションは惑星一つを消し去るほどの自爆装置が搭載されている。

このままでは約6分が限界だろう。とにかくセクター3へ向かーえ。そして、ボイラー室の隣にある「制御システム室」へ向かい、冷却装置の機能回復に全力をつくせ。

君達はこの知能ある者による故意のアクシデントを止める必要がある。しかし…』

 

何故ラボ施設に惑星一つを消し飛ばす、過剰火力の自爆装置があるのか、疑問は取り敢えず傍に置いとき、伝達される内容を頭に叩き込む事のみに集中していたレディーは気付く。この任務を第三者から見て、より完遂する確率が高いと思われるのは私ではない、と。

そこで言葉を切り、一拍置いたCPUは此処からが肝要であるとレディーとサムスに伝えるため、音量を上げて指令伝達を再開した。

 

『しかし、先程も述べたようにセクター3では室温が上昇を続け、更には超高温帯が同セクターにはある。レディーのスーツは未だそういった環境下に対する耐性が備わっていない。つまり、この任務はサムス、君に課される』

 

 

『理解できたかね?』

 

 

―――――――――――――――

 

 

後6分で、妨害のあるだろう、巨大な施設の一角を成す、複雑に入り組んだセクター3を横断し、出来るかもわからぬハッキング行為を止めるというミッション。

 

無理だ、私には、出来ない。不可能だ。

 

そう返答したかったが、ここにいる皆が私の返答を静かに待っている。錯覚かもしれない。俯く私に皆が視線を浴びせ、早くしろ、何をしているんだ、と心中罵倒しているように思えた。

 

はい。顔を上げて、誰かと視線を交え、そう答えるだけのことがこれだけ恐いなんて知らなかった。

 

何秒たった?十秒?二十秒?最初から返事をしていれば一秒も浪費していなかった筈だ。

こんな下らない事を考えている場合じゃない。分かっている。分かっているのに 言葉が、喉元から、出て来ない。

無理だ。私には無理だって早く周りに気付いて欲しい。

 

「私が行こう」

 

 

私の声に顔を上げた。けれど、これは、私が発した声じゃない。

 

 

『・・・極めて高い率で君は焼死する』

 

「何れこのままでは皆死ぬ。なら行くべき者が行き、残るべき者が残る。それが道理だ」

 

『・・・愚かな考えだ』

 

「・・・!。それを証明するのは私やお前(死に行く者)じゃない!彼女達(未来を生きる者)だ!」

 

耳を傾けていると、ふと理解した。この人は死ぬ気なんだ。

 

''5 minutes to main-boiler explosion''

 

「そんな事より一秒も惜しい。そして、『今の』彼女と私、どちらが作戦遂行の率が高いか、分かるだろう?」

 

『・・・許可しよう、行け』

 

行かせるな。行かせてはいけない。

ハッチの方へ走り去ろうとするレディーの腕を掴む。振り向いた彼女と目線を合わせる。すぼんでいた声を弱気を振り払うように張り上げ、確りと彼女に告げた。

 

「・・・落ち着きました。大丈夫です。いけます」

 

彼女の目が私のそれを捉えた。一拍を置いて了解の意と共に踵を返す彼女の傍から、私は駆け出した。

 

――――――――――――――

 

''4 minutes to main-boiler explosion''

 

其々の実験棟に移動するための昇降機に続く、光で編まれたもう一つの昇降機。酷く焦れったい速度で降りていく足元のソレをミサイルで照準する。

後の事を考えても今どうにかしなければ皆死ぬ。

一瞬の迷いの後に足元の光をミサイルで爆砕すると、続く第三セクターのそれも吹き飛ばして私は降りて行く。

ナビゲーションルーム、リカバリールーム兼記録室。連なる三部屋を駆け抜けると、十分な距離に点火したブースターの後押しを受け、スーツの出せるトップスピードへあっと言う間に到達する。

私には複雑なルートを瞬時に記憶も、構築もできない。極端に解釈すると、その道程はコの字型に描ける。縦一本の長い昇降路へ行き着くまでがややこしい道程になっている。だから、このスーツの質量と硬さを信じ、施設内の壁へ突進した。一つ壊すと迷いは晴れた。リミッターを外し、勢いを落とさず、壁の顕れる度に左の肩を突き出して自身と言う砲弾を撃ち出す。

幾度もそれを繰り返すと、やがて床の無い、底も見え無いほどに縦へ長い通路に出る。

 

''3 minutes to main-boiler explosion''

 

溶岩の様な色合いの壁に向かい、中空で仰向けになると、背部から全出力でバーニアを噴かす。衝撃を和らげ、着陸した壁面蹴り、後は重力に従う。落下の最中に辿っている道程が間違いでないか、不安に駆られ、記憶の中のそれと目の前のそれを照合する。二度、三度とその行為を繰り返すとセクター3、その最下層の施設へ続くハッチとフロアが闇からその顔を覗かせた。フロアを浸食する様に、新しいマグマが冷えたその上を流れているのが伺える。

着地すると、目前の、ハッチの面した壁からゆっくりと溶岩がしみだしている。明らかな異常(サイン)

ハッチを抜けると溶岩に照らし出され、紅く吹く火混じりの熱風と発燃しては跡形もなく燃え尽きる()が私を出迎えた。悪路極まる溶岩の池が点在する洞を進み、不吉な音をたてて作動し続ける巨大な機械が陳列する部屋に出る。

 

(ボイラー室・・・)

 

''2 minutes to main-boiler explosion''

 

僅かな安堵も束の間。ボイラーに大規模な雨漏りのごとく落ちてくる溶岩。想像を絶する室温により熱せられた飴細工の様に溶け落ちていく金属製の梯子、足場板、手摺。耐熱性が高いのだろう、機械を保護する外装は未だ無事に見えるものの、爆弾が作動するよりも早くここが炸裂しても何ら不思議でないように思われた。超高の室温にボイラーが歪み始めているのか、大気の激しい熱運動に光が歪曲しているのか、正直な所判別し難い。

頭上の足場の行き着く先のハッチ。恐らくその先がシステム制御コンソールの鎮座する場所。一足で足場に飛び乗り、ハッチを潜る。モニターがビルの窓の如く並ぶ室内の奥、唯一の操作卓を弄くる白衣の男がいた。彼の顔のつくりに、思わず下ろしかけていたアームキャノンを構え直す。

 

「何をしているのですか、ミスター」

 

「・・・おや、遅い到着だね」

 

''1 minute to main-boiler explosion''

 

徐に此方に向き直り、彼は私に面食らっていると納得した様子を見せた。

 

()は私では無いのだね」

 

時間がない。言葉の意味を考える事もせず、一歩前に出て此方の意に従わせる為にアームキャノンを突き付け直した。

 

「今すぐその破壊工作を止めてください。ミスター!」

 

「それは出来ない相談だ。後は一度スクリーンをタップすれば私の目的は完遂されるのだし」

 

「撃ちますよ」

 

「撃てないのに?」

 

心臓が鷲掴みにされる感覚。見透かした一言は私を酷く動揺させた。自身でもうっすらとしか自覚して無かったものを私ではない誰かにつまびらか

どうしたら良いのだろう。相手を命令に従わせる方法が思い付かない。考えに没頭しようとすると、残り時間が気になって集中は散り散りになって消えていく。熱の籠っていく頭に思考は千々に乱れていく。しっちゃかめっちゃかになった()の内から絞り出された言葉は当然支離滅裂だった。

 

「・・・私を()殺しにしないでください」

 

彼のぱっちりとした目が僅かに、更に見開かれた、気がした。柔和な微笑みを浮かべた彼は酷薄なことを口にする。

 

''30 seconds to main-boiler explosion''

 

「・・・害虫も殺せない君の優しさはその実甘さだ」

 

「甘さ・・・?」

 

「違うかい?このまま待ち惚けてごらんよ。君の我儘が君を待つ皆を殺すぞ」

微笑みながら彼は私に告げたのだ。|救えぬ命を摘み取らねば、救える命をもお前「が」殺すのだ《一人を殺さねば四人を殺すのだ》、と。

納得してしまう。彼の命を奪う必要性に。

 

''20 seconds to destruction''

 

「さぁ、もう猶予はないよ」

 

「・・・」

 

嫌悪感が沸き上がってくる。今まではソレ(本能)従って来た。逆らう必要性のある場面に今まで遭遇してこなかったから。しかし、今は違う。

狙いは既にぴったりとついている。後は引き金を引くだけ。

だから、撃て()撃て()

 

「撃て・・・」

 

彼がここに来て初めて眉間に皺を寄せて怒りの気炎を吐いた。彼は無手で私には武器と装甲があるにも関わらず、バツの悪くなる、思わず萎縮してしまう怒りの発露。

それでも私は撃てない(撃たねばならない)

 

「・・・」

 

Ten. Nine. Eight. Seven. Six.

 

「撃てッ!! 」

 

彼を撃ってはならない。無意識に体を押さえ付けていた錠と鎖がはっきりと認識される。 壊してはならない。その先へ行ってはならない。

それを振りほどくように、誤魔化すように絶叫を上げた。縫い付けられる様に止まっていた、脳内のトリガーにかけられた人指し指。彼が素早くスクリーンをタップしようと腕を伸ばした時、反射的に私はそれを引いた、引いてしまった。

 

その感触は余りにも酷く、酷く軽かった。

 

引き伸ばされた一瞬の光景。青色巨星の放つような光が彼の体に着弾し、弾けた。脆い(あぁ)。着弾点部分の彼の肉体は吹き飛び、大きな三つの風穴が縦に連なる。仰向けに倒れていく彼は凍り付いていき、徐々に空間に固定されていく最中、私と彼の目が合った。彼のそれは慈しむように弓なりを描いていた。

どうしてそんな表情をするのだろう。

時の流れが元に戻ると同時に、奪われていた心を引き戻す。急いでコンソールの前に立ち、スクリーン上の文字列を見た。

 

Operation completed. Cooling system is activated(操作完了。冷却システム作動。)

 



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