Fate/Circe (アイリス)
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第一話

 僕は昔から危機感が足りないと言われ続けてきた。

 車に轢かれかけたのも一度や二度じゃないし、心霊スポットとやらに行って不審者に襲われたこともある。危険なことに首を突っ込んでは痛い目を見た。

 

 それでも僕だって死ぬのは嫌だし、真の命の危険は見極めているつもりだった。

 

 それがまさか——

 

「サーヴァントキャスター、召喚に応じ参上した! もう君を寂しくさせはしないよ。この鷹の魔女を呼び出したのだからね!」

 

 目の前に、鷹の翼を生やした少女が現れた。桃色の長髪に、古代ギリシャのキトンのような服を着たその女性は、自らを「魔術師のサーヴァント」と名乗る。

 それを裏付けるように、彼女は長大な杖を握っていた。

 

 焦って早口になった呪文と、僕の呼びかけに応えて、彼女は来てくれたのだ。

 

 燃え盛る屋敷の外、庭の一角。拙い認識阻害の結界を張ったその場所で出会った彼女は、あまりにも美しかった。

 

「キャスター……」

「どうしたマスター? ってなんだあれ! 燃えてるじゃないか! 一体何が——」

 

 ようやく状況を認識し始めた彼女に、僕は願いを口にする。

 どうしようもなく追い詰められたこの状況を打破するために。

 ただ生き残り、危機から逃れるために。

 

「助けてくれ……!」

 

 挨拶すらもなく、突然求められたその助けに、キャスターは一瞬戸惑うものの、すぐに状況を理解したようだった。

 燃え盛る屋敷から出てくる小さな影、濃密な魔力をたぎらせるその存在。

 

 ——サーヴァント。人の身では決して叶わぬ、超常の存在。かつて偉業をなした英霊の影法師。第三魔法のかけら。

 

 幼い少女の形をしながらも、それが人ではないことを示すように二本の角を生やし、はだけた着物を身に纏うそれ。手に持つ骨の刀が禍々しい。

 煌々と燃え盛る炎を撒き散らしながら、それはゲラゲラと笑い続ける。

 

「サーヴァント……鬼種か……」

 

 一瞥しただけでその正体の片鱗を看破したキャスターは、再び僕の方を向き直る。

 真剣な表情をした彼女は、僕を安心させるように微笑んだ後、口を開いた。

 

「マスター。いいだろう。ここに契約は完了した! 君を助けようじゃないか!」

 

 その言葉に安心しきって、僕はほっと息をつく。

 

「おっと、ほっとするにはまだ早い。私たちはあれをなんとかしなければいけないのだからね!」

 

 そうだ。僕は気を引き締め直し、膝をつきかけていた自分に喝を入れる。

 

「ほぉう、吾をなんとかする、と? 舐められたものだなあ。大江の山の鬼どもを支配したこの吾を、なんとかすると?」

「鬼がどうした。私は大魔女だぞ? 行くぞマスター!」

 

 そう言って、キャスターは僕の右手を握った。

 それに思わずどきりとして、今は戦闘中だと思い直す。

 

「この国ではこう言うのだろう? ——三十六計逃げるに如かず!」

 

 キャスターがそう言った瞬間、空間がブレる。

 

「なっ! 貴様ら……!」

 

 敵のサーヴァントが慌ててこちらへと迫るが、もう遅い。

 ごっそりと魔力が持っていかれる感覚。時空が歪曲する独特の音と感触。視界がデタラメに揺れ、浮遊感を感じる。

 

 そして次の瞬間、僕たちは見覚えのない場所にいた。

 

 周囲を見回せば無数の木々。傾いた道からして、どこかの山の中だろうか。木々によって見通しは悪い。

 

「ここは?」

「近くの霊脈に転移したんだ。どうやら山の中のようだね。なんて言う山かは知らないけど」

 

 霊脈、ということは■■山だろうか。ここは魔力が濃すぎて、この地の魔術師の誰もが拠点とすることができなかった場所だ。

 

 敵の気配はもう感じられない。

 転移した、と言うのは事実なのだろう。これがサーヴァントの力……魔法一歩手前の力をいともたやすく行使するとは……。

 

「ふう。呼ばれてみればいきなり戦闘とは。とりあえず逃げさせてもらったけど、よかったよね?」

 

 問うてくるキャスターに、「ああ、ありがとう」と返事をしつつ、僕はその場に座り込む。

 安心したら、気が抜けてしまったのだ。

 

「さて、マスター。安心してるところを悪いけれど、状況を説明してもらうよ。一体私たちはどう言う状況に置かれているんだい?」

 

 キャスターの問いに、僕はこくりと頷いて説明を始める。

 

***

 

 全ての始まりは、六十年前。

 第二次世界大戦の直前、冬木で行われたと言われる聖杯戦争に、僕の祖父が参加した。

 

 聖杯戦争とは文字通り、聖杯を奪い合う魔術師たちの戦争だ。

 と言っても、奪い合う聖杯は立川のロン毛の血を受けた本物の聖杯『ではない』。

 莫大な魔力を持って、強引に『願い』を叶える、万能の願望機。

 魔術に触れ、慣れ親しむ僕にとっても空想の産物であると疑ってしまいそうなそれは、しかして真実、存在するらしい。

 

 僕自身、聖杯を生身で見たわけではない。しかし、僕が生まれた一族は、聖杯を万能の願望機であると信じていた。僕自身、それはあり得ると思っている。

 

 それがなぜ願いを叶えると信じるにあたうかといえば、聖杯の力によって、願いを叶える以前に小規模な奇跡が生じるからだ。

 

 その奇跡——英霊召喚。

 第三魔法のかけら。かつて世界に生き、偉業をなし、人理に刻まれた幻想——すなわち英霊を、サーヴァントに貶め召喚する規格外の大魔術。

 聖杯は、それを可能とする。

 

 僕の祖父も、聖杯戦争にて英霊を召喚し、共に戦ったらしい。

 

 七騎のサーヴァントがぶつかり合う頂上の戦争。

 結果から言うと、祖父はその戦争に勝利しなかった。

 しかしかと言って、敗北もまた——しなかった。

 

 祖父は聖杯戦争の勝利を掴み得ないと判断した時点で、目的を切り替えたらしい。

 

 すなわち、聖杯の奪取。

 

 聖杯は、アインツベルンと呼ばれる魔術師の一族によって作り上げられた。

 そして聖杯は一つではない。

 願いを叶えるべく、聖杯戦争の勝者の前に顕現する小聖杯とは別に、儀式の核となる大聖杯の二種類がある。

 このうち重要なのは、大聖杯。

 

 僕の祖父は聖杯戦争の混乱に紛れ、その大聖杯を奪い取り、そしてこの地に帰還した。

 

 北海道、■■市。

 僕の故郷たる、この地に。

 

 そして大聖杯をこの地に馴染ませた祖父は、この地で聖杯戦争を開催するべく行動を始めた。

 

 ちなみに、冬木の街は聖杯戦争によって一時的に地図から消えたらしい。なんでも、アインツベルンが召喚したとあるサーヴァントが暴走した結果だとか。

 正直眉唾だと思っていたが……。

 まあ、これは置いておこう。

 

 そうして、六十年が経つ。

 

 冬木は復興され、北海道の地に魔術師が集まった。

 

 僕の祖父は、僕の兄にマスター役を一任し、実際に令呪も兄に宿った。

 兄は優秀な魔術師だったし、僕は兄の勝利を疑っていなかった。

 あるいは、サーヴァントの脅威を、心のどこかで信じていなかった。

 

 実際に戦争に参加した祖父以外の一族の人間には、どこか緩みがあったのだと思う。

 

 だからこそ、あんなことが起こってしまった。

 

 サーヴァントを召喚する日。入念な準備をし、いざ召喚をする、その瞬間。

 

 屋敷は襲撃を受けた。

 

 結界三十二層、魔力炉十七器、異界化された敷地内、猟犬がわりの悪霊、魍魎数百体、魔術的キメラ数十体、無数のトラップ。

 

 完璧な工房だった。

 

 その全てを引き裂いて、『奴』は現れた。

 

 二本の角、はだけた黄色の着物、弧を描く口、撒き散らされる灼熱、少女の軀。

 ああそれこそは、人の世を壊す正真正銘の怪異。

 

『鬼』。

 

 それは屋敷を焼き尽くし、兄や両親、祖父を殺し尽くした。

 

 けれど僕だけは。

 僕だけは逃れたのだ。

 

 兄たちが殺されていく中、僕は危機感も恐怖も忘れ、ただ必要な行為だけをなした。

 

 鬼に遊ばれ、逃げ惑う祖父を尻目に。

 一族に伝わる魔術礼装や『切り札』を回収して、魔法陣を書くための染料を持ち、死体となった兄から令呪を奪い、屋敷の外に逃げた。

 

 そして、あなたを召喚したのだ。

 

「——キャスター。君は、僕を軽蔑するかい?」

 

 大人しく話を聞きながらも、何かの作業をしていたキャスターに問う。

 

 キャスターは一瞬寮目をつぶって、そして目を開いた。

 

「いいや。君のことを軽蔑したりなんかしないさ。それは必要なことだった。君はその状況において、最善を選んだと言ってもいい。そして何より、うん。いざという時にそう言う行動ができるのは、私と気が合いそうだ」

 

 そう言って、キャスターは微笑んだ。

 

「しかし、となると結構大変だな。少なくとも一陣営には完全に敵対されてしまっているし、その敵対的な陣営に手札も一つだけとは言え見せてしまった。……マスター、君は聖杯が欲しいかい?」

 

 その質問に、少しどきりとする。

 

 ——聖杯を勝ち取れ。

 

 ——我が一族の悲願を叶えよ。

 

 ——第■魔法を我らの元へ。

 

 呪いの言葉が、頭の中を駆け巡る。

 

 ああ、けれど、僕は——

 

「聖杯は、僕には必要ない。生き残ることが、僕の目標だ」

「ふーん、なるほど、なるほど」

 

 値踏みするように、僕をジロジロと見つめるキャスター。

 

 失言だったか、と自省する。

 キャスターも、聖杯に望みがあって僕に呼ばれたはずだ。

 そのマスターが、聖杯をいらないと言うなど——

 

「——よし、いいだろう。君が生き残るために、私も頑張ろうじゃないか!」

 

 僕の覚えた不安を吹き飛ばすように、キルケーは言う。

 

「い、いいのか?」

「構わないよ! どのみち、マスターが死んでしまえば私も消えてしまうしね。それに——いや、なんでもないさ」

 

 ところで。

 キャスターは言う。

 

「私をその右手の令呪で自害させて、教会に逃げ込もうとは思わなかったのかい?」

 

 僕は思い出したように、右手の甲を見る。

 そこには翼と剣が重なり合ったような独特の紋様が描かれている。

 

 これこそは令呪。

 サーヴァントを御すための、三度限りの絶対命令権。

 これを失えば、マスターはサーヴァントを制御するすべを失う。

 

 サーヴァントを失い、令呪を放棄したマスターは、監督役である教会に保護を求めることができる。

 

 しかし——

 

「それで生き残れるとは思えない」

 

 そう言い切った僕に、キルケーは目を細める。

 

「へー。馬鹿ではないようだね。一応聞くけど、どうしてそう思ったのかな?」

「サーヴァントの力を前に、教会の守りも、監督役の権力も無意味だ。やろうと思えばいくらでも中のマスターを殺しつくすことができる。その上、僕は理性の効かなそうな化け物に狙われてるわけだしね」

 

 実際に体験してわかった。

 サーヴァントは、化け物だ。

 地図から街が一つ消えたと言うのも、事実なのだろう。

 

「ふむ、まあ、合格点をやろう。よしよし、考える頭があることはいいことだ!」

 

 キャスターは満足そうに頷いた。

 

 さて。

 そう言って、先程から何かしらの作業をしていたキャスターが、作業を終わらせた。

 せっせと作業をしていたキャスターの使い魔達も作業を終え、止まっている。

 

「これで簡易的だが、工房の完成だ! 簡素だが、居住に耐えれる小屋も作った!」

 

 キャスターは満足げに胸を張る。

 その姿は一見して、子供が無い胸を張っているようにしか見えないが、事実彼女は人理に刻まれた英霊、魔術師のサーヴァント。ただの魔術師である僕から見ても凄まじい工房が出来上がっていた。

 

「何か失礼なことを考えなかったかい?」

「いや、なにも」

 

 さらりと嘘をつきながら、工房を観察する。この工房を見てしまえば、かつて完璧だと思っていた祖父の魔術工房など子供の秘密基地だ。

 

「すごい……」

 

 僕が感動からくるため息をつきながら言うと、キャスターは満足げに笑った。

 

「神殿クラス……とまではいかないものの、かなり強力な工房さ。私は大魔女だからね。当然の結果だよ」

 

 さあ、早速中に入ろう。

 

 そう言って、キャスターは小屋……と言うよりはログハウスの中へと僕を誘導する。

 

 中に入ると、空間が異界化されているようで、外見より広く感じた。

 

「まあ、内装は簡素だけど、これは仕方ない。私は大魔女であって、建築家では無いからね」

 

 逆に言えば、建築家でも無いサーヴァントである彼女が、こんなにきっちりとした住居を作ったことになる。

 やはりキャスターは凄まじい。

 

「さて、今後の方針を話し合おうじゃ無いか」

 

 木でできた椅子に座った僕たちは、向かい合って話を始めた。

 

***

 

「まず、情報の共有をしよう」

 

 僕はそう言って、『自分の内側から』とあるものを出現させた。

 

「これが、僕の切り札だ」

 

 それは巨大な弓だった。強靭な神秘を秘めたその大弓は、余人には到底引けぬであろう強弓だった。

 

 それは単なる礼装では無い。

 現代を生きる魔術師では決して創り得ぬ貴き幻想。

 

 それすなわち——宝具。

 

 英霊の切り札。その英霊が持つ逸話の真髄たる、その英霊の生きた証。強靭な力を持ち、薄れ、廃れた現代の神秘では決して再現できぬ、最強の印。ノーブルファンタズム。

 

「僕は、伝承保菌者だ」

 

 伝承保菌者(ゴッズホルダー)

 それは、神秘が薄れるに連れ、失われて言った過去の幻想、宝具と呼ばれるべき貴きそれを、脈々と受け継ぎ続けたもの。

 

 魔術刻印も、家の魔術の真髄も、その全てを受け継いだ兄が、唯一受け継げなかったそれ。

 僕が単なる補欠ではなく、一人の人間として見られるための要因。

 我が家が密かに秘し、誰にも知られぬよう受け継ぎ続けた秘中の秘。

 僕の切り札。

 それこそがこの弓だ。

 

「現存する宝具……! これは確かに、切り札たり得るね……!」

 

 キャスターが興奮した様子で弓を見る。

 

「で、これはなんと言う宝具なんだい?」

「ああ、これは『オデュッセウスの弓』だ」

 

 かつてオデュッセウスが無数の苦難を超え、自らの国に帰った時に、妻に言いよる男どもを黙らせるために十二の斧の飾り穴を通して見せたと言う逸話に出て来る弓だ。

 

「へー、オデュッセウスの……はぁああああああ!!??」

 

 キャスターが椅子から立ち上がり、絶叫する。

 

「オデュっ、オデュッセウス? あの、ラーエルテースとアンティクレイアの子の!? ちょっと待ってくれ。嘘だろう! いや、でも説明はつく……。でも、でもでも、こんなのおかしいだろう!! 君はオデュッセウスの子孫か何かなのか!?」

 

 やたら興奮した様子で詰め寄ってくるキャスター。

 もしや、キャスターは生前オデュッセウスと関係があったのだろうか?

 

「一応、子孫——と言うことにはなるらしい。実際のところがどうなのかは知らないけど……」

「そんな……」

 

 僕は何かまずいことを言ってしまったのだろうか。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、君には関係のないことだ」

 

 三点リーダをたっぷりと使い、真剣に悩んでいたキャスターはそう発言した。

 

「うん、そう。君はなにも悪くない。君はね。ただそう、できるだけその弓は私が見ていないところで使ってくれ」

 

 いいね?

 そう言って、笑顔でこちらを見るキャスター。

 しかし目が笑っていない。

 妙な『凄味』があるその笑顔に、僕はこくこくと頷くことしかできなかった。

 

「さて、君がそうして切り札を明かしてくれたんだから、私も真名を明かすべき……だけど」

 

 キャスターはそこで一拍おいて、僕に向き直った。

 

「君にだけは、絶対教えない」

 

 キャスターはきっぱりと言い切った。

 

「なぜ、と聞いても?」

「それもダメだ。理由を説明する気は無い。とにかく、私の真名は絶対秘密だ」

 

 いいね?

 またしても『凄味』のある笑顔で言われ、僕は仕方なく頷くのだった。

 

***

 

「まず、あのバーサーカーを倒す」

 

 キャスターは言う。

 その意見については、僕も賛成だ。

 

 バーサーカーとは、あの時の鬼である。

 言語能力を失っていない、知能がある、など、バーサーカーとして異常な点が多いが、キャスター曰くあれはバーサーカーであるようだった。

 

「なにをするにしても、あいつは排除しておくに越したことはない。鬼種相手に工房がどこまで持つかはわからないし、あれは明確に君と敵対している。こちらから打って出たい……ところなんだが……」

 

 私はキャスターなんだよなあ……。そう言って、キャスターはため息をつく。

 

「基本的に、魔術師っていうのは打って出るのに向いていない。君も魔術師の端くれなんだから、わかるだろう?」

 

 それは重々理解してる。

 魔術師の闘争には、入念な準備と『場』が必要だ。

 

 いわゆる工房こそが魔術師のホームグラウンドであり、そこ以外では実力を十全に発揮できるとは言い難い。

 

 しかし——

 

「僕が打って出れば、どうだ?」

 

 僕がいる。

 僕は伝承保菌者であり、そして祖父曰く、『先祖返り』。

 かつて英雄と呼ばれる存在がいた頃の人間に近い、強靭な肉体を持っているらしい。

 

「君の力は、確かにすごい。けれど忘れてないかい? 君はあくまで人間だ。サーヴァントでは無い。そして君はそんな力を持っていながら、バーサーカーから無様に敗走したんだぞ?」

「キャスターこそ忘れている。今は君がいるじゃないか」

 

 僕は単体ではサーヴァントには勝てないだろう。

 しかし、人理に魔術師として刻まれた、英霊のサポートがあればどうだ?

 

「……やってやれなくは無いだろう。しかし、君の目的は生き残ることだったんじゃ無いのかい?」

「僕だって、むざむざ死ぬつもりはない。でも、ここでこもっている間に、相手が徒党を組んで僕たちを襲いに来たりすればひとたまりもない。相手がまだ一陣営であるうちに仕掛けるべきだ」

「相手がすでにどこかと組んでいる可能性は?」

「それはない……と思う」

 

 なぜなら。

 

「監督役との取り決めで、うちの家が一番最初に英霊を召喚する権利をもらっていたはずなんだ。それに従っていないということは、十中八九外来の魔術師だ。それも、ルールを守る気のないタイプのね。それがすでに徒党を組んでいるとは考えずらい」

 

 今回の参加者のうち、六陣営は僕も知っている。

 

 一つ目。すでに壊滅したが、本来なら三騎士を呼び出す手はずだった僕の兄の陣営。今は僕がマスターのキャスター陣営。

 

 二つ目。聖杯戦争開始までの協力者にして聖杯を奪い合うライバル、弄月家。僕たちに次いで、二番目に召喚する手はずになっていた陣営だ。

 

 三つ目。これも聖杯戦争開始までの協力者でありライバル。六十年前の聖杯戦争において、祖父の大聖杯奪取に協力し、ナチを裏切った魔術師——ライヒハート。小聖杯の建造もここがやっている。

 

 四つ目。僕の祖父が聖杯を奪った相手。つまり、アインツベルン。彼らにとって僕たちは不倶戴天の敵であり、最初の襲撃もアインツベルンのものかと思ったほどだった。

 しかしどうにも、教会から討伐令が出かねないルール違反を犯してまで僕たちを攻撃するかという点で疑問が浮かぶ。

 

 五つ目。ルバリオン・バンダーバック。フリーランスの魔術師らしい。一応魔術協会から依頼を受けてきているようだ。変わり者との噂だが……。

 

 六つ目。教会からの参加者。監督役と癒着はなく、あくまで別口での参加ということだったが、怪しいものだ。参加者はアウレリオ・アルタミラーノ。スペイン系の聖職者らしい。

 

 そして残りの一枠が、不明な外来の魔術師になる。

 

 候補としてはルバリオン、アウレリオも怪しいが、その二人だっていきなりルール違反を犯すだろうか?

 

「なるほど……」

 

 考え込むキャスター。

 

「そうだな。勝ち目はある、と言えるだろう。それでも、死ぬ可能性は大きい。はっきり言って、『たかが』先祖返りの伝承保菌者が生き残れるほど鬼種というのは甘くない。それでも——やるかい?」

 

 僕はっきりと、首を縦に振った。

 

***

 

 翌日夜。

 ビルの屋上から、世界を見つめる。

 

 キャスターによって尋常ならざる強化を施された僕の瞳は、今や英霊の目にも匹敵する。

 弓を構える。右手の中に、自然と矢が出現した。

 

『落ち着いて。この距離なら気付かれることもないはずさ』

 

 サーヴァントとのつながりを通して、キャスターから脳内に声が届く。

 

 狙いを定め、引きしぼる。

 

 人が引くことを考慮していないのではないかと思わせるほど強靭過ぎる弓を、いともたやすく引いてみせる。

 

 深呼吸をして、極限の集中を。

 

 狙う先にいるのは、港にてこちらを誘うように実体化している鬼の少女。

 

 穿つは鬼。狙いは必中。

 

 これこそは十二の斧の飾り穴を貫いた絶対の精密射撃。

 愛しき妻を守るための一矢。

 

「『十二穿つ一射(オデュッセウス・スナイプ)』——!!」

 

 風切り音すら、遅れて聞こえる。

 

 ミサイルのごとき矢は、空気の壁をたやすく突き破り、音すら置き去りにして突き進む。

 

 雷を鼻で笑う速度で突き進む矢は、過たず鬼の少女に命中——

 

 ——しなかった。

 

 鬼の少女は人に躱すことは不可能なその射撃を、超常の反射神経でもって察知し、回避してみせた。

 

 しかし、それすらも——

 

「——織り込み済みだ……!」

 

 矢は地面に突き立つ寸前、着弾地点に斧が出現する。

 その斧に開けられた飾り穴を、矢が通過する。

 

 そして、いつのまにか鬼の少女の背後に出現していた別の斧の飾り穴から、矢が出現する。

 

「なぁっ!?」

 

 鬼の少女の叫び声が聞こえてくるような気がした。

 

『やった!』

 

 キャスターが喜色を隠さず声を上げる。

 

 今度こそ矢は過たず鬼の少女の背中に突き立った。

 

 これこそが僕が保菌する宝具、『十二穿つ一射(オデュッセウス・スナイプ)』の真髄。

 

 この宝具は、矢を発射すると同時に、最大十二個の斧を出現させる。矢は十二個の斧についた飾り穴を必ず通過する。そしてその飾り穴は、飾り穴同士で空間がつながっており、飾り穴に入った矢は、別の斧の飾り穴から出現する。

 

 この宝具によって打ち出された矢は、そうして穴と穴をワープすることで異次元の軌道を描き、敵に着弾させる宝具なのだ。

 

 英雄にしか引けぬ強弓の一撃を受けた鬼の少女は、衝撃を殺すことができず吹き飛び、港にあるコンテナに叩きつけられる。

 

 僕は宝具を連射し、鬼の少女に畳み掛ける。

 

 鬼の少女は炎を撒き散らし、僕の矢を焼き尽くそうとするが、斧はどこにでも出現する。

 

 炎の防壁の内側に斧を出現させ、矢をバーサーカーに命中させる。

 

 四方八方から穿つ矢に、次第に鬼の少女は力を失っていく。

 

 そしてとどめの一撃を放とうとしたその瞬間——

 

「面白いことをしているなァ」

 

 耳元で、囁く声。

 

『マスター! 逃げろ!』

 

 遅れて、キルケーの声。

 

 とっさにその場を飛び去り、大きく距離を取る。

 

 しかし僕に声をかけた存在は攻撃をすることもなく、その場に佇んでいた。

 

 いや、本当にそこにいるのだろうか?

 

 そこに確かにいることがわかっているはずなのに、まるでそこにいないかのよう。

 

 気配が、消失している。

 

『大丈夫かいマスター!?』

「ああ、大丈夫。しかし、こいつは……」

 

 どこにいるかもわからないサーヴァントを警戒して、僕は矢を構える。

 

「失敬、私はアサシンのサーヴァント。主の命令でここにいる——と言いたいところだが実は主の命令とか全然関係なしにここにいる」

 

 そう言ったアサシンのサーヴァントは、芝居がかったポーズで気配を表した。ひょろりと長いシルエット。顔はなかなかの美青年だ。

 黒い外套に身を包んだその姿はなるほど、暗殺者にふさわしいだろう。

 

 おそらく、今のはアサシンのクラススキル、気配遮断だろう。

 サーヴァントとしての気配を消失させるそれは、マスター殺しに特化している。

 

 しかし、今僕を攻撃しなかった意味はなんなのだろうか?

 

「お前は何者だ?」

 

 僕は無意味と知りながら、それを聞いてみる。

 

「よくぞ聞いてくれたァ!!」

 

 しかし、それを待っていたかのように、アサシンは大声をあげた。

 

「私はジャック。ジャック・ザ・リッパー? NO、NO! アイアム——」

 

 その瞬間、外套を翻してジャックと名乗ったアサシンは自らの体を見せる。

 

 そこには——

 

「スプリングヒィィィィィイイイイイイイルドッッッ!!! ——バネ足ジャァック!!!」

 

 ——文字通り、バネの足。

 機械によって作られた、スプリングヒールド。

 

 異形の足を持つ怪人、バネ足ジャックは、高々と名乗りを上げた。



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第二話

「——バネ足ジャァック!!!」

 

 叫ぶように名乗ったその怪人。

 異形の足を持つバネ足ジャックは、何がおかしいのかゲラゲラと笑っている。

 

『まさか、自分から真名を名乗るとは……!』

 

 遠方から遠視によってこちらを見ているキャスターも驚きの声を上げる。

 

 僕はゲラゲラと笑い続けるバネ足ジャックに向けて、瞬時に矢をつがえ放つ。

 

「おおっとォ!!」

 

 しかしそれはいともたやすく避けられる。

 

 マスターの特権として、サーヴァントのパラメータなどを一部覗き見できるものがあるが、それによれば、バネ足ジャックの敏捷はA+。最高値であるAにさらに+が付いている。

 

 この程度を避けるのは造作もないということか。

 

 しかしこの宝具の本質は先ほども行ったように斧を利用した空間転移にある。

 

 墜ちろ——バネ足ジャック。

 

 バネ足ジャックの背後に出現した斧から、外れた矢が出現する。

 

 それはバネ足ジャックに直撃し——

 

「——『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒィィィィィィィィイイルド)』ッッッ!!!!!」

 

 寸前。

 バネ足ジャックの宝具が発動する。

 

 やたらと多い感嘆符とともに解放された宝具の真名はバネ足ジャックの異名たるスプリングヒールド。

 

 瞬間。

 

 バネ足ジャックが飛んだ。

 それは飛び跳ねたの(ジャンプ)でも、飛行したの(フライ)でもなく、空間跳躍(ワープ)

 

 バネ足ジャックの姿が搔き消える。

 

 それこそは、バネ足ジャックの真骨頂。

 かつてロンドンを騒がせた彼は、人を驚かせた現場から、数メートル以上ある壁を飛び越えて『消えた』と言う。

 

 その伝承の再現。それこそは、高ランクの縮地や鮭飛びを持つサーヴァントならば可能であると言われる空間跳躍なのだ。

 

 キャスターに一度転移させられたことで、転移の兆候を見抜けた僕は、とっさに背後を振り向いた。

 

『いや、上だ!!』

 

 キャスターの声が響く。しかしその忠告は一瞬遅かった。

 

「ヒャハハハハハァッ!!!」

 

 甲高い笑い声を響かせながら、上空からバネ足ジャックが降ってくる。

 

 勢いをつけた蹴りは僕の体に深々と突き刺さる。

 

「ガッアァッ!」

『マスター!!』

 

 無様な叫び声が口から漏れ出し、キャスターの悲痛な声を聞きながら僕はその場から吹き飛んだ。

 

「おやァ?」

 

 バネ足ジャックは訝しむように自分の足を見つめた。

 おそらく、思ったより手応えがないのだろう。

 

 僕は上空からの蹴りに対して、体を捻ることで衝撃を逃し、あえて吹き飛んだのだ。

 

『今治癒魔術をかける!』

 

 キャスターの声が聞こえ、次いで体の痛みが引いていく。

 そう、こちらには大魔女のサポートがあるのだ。

 霊脈を制圧し、膨大な魔力を手に入れたキャスターのサポートは、僕を英霊に匹敵させるほど。

 

『マスター。なんとか隙を作ってくれ。そうしたら私がマスターを転移させて、そのあと結界で閉じ込め大魔術で薙ぎ払う。アサシン、それも近代の都市伝説風情に、私の魔術が防がれるわけがない』

 

 僕はこくりと頷いて、弓に矢をつがえる。

 

 しかしバネ足ジャックは僕が矢を放つよりも前にA+を誇る敏捷によって僕に迫り、僕を蹴り飛ばす。

 

 上空に蹴り飛ばされた僕は空中で姿勢制御もままならず、そのままバネ足ジャックに弄ばれてしまう。

 

 空中に飛び上がったバネ足ジャックは体をひねり、機械仕掛けの脚をしならせ強力な蹴りを放つ。

 脇腹にそれをもろにくらい、続いて蹴りの反動で体を捻ったバネ足ジャックの拳を食らう。

 

 後頭部に拳をくらい、ビルの屋上に叩きつけられる僕。

 そこにバネ足ジャックが落ちる勢いを利用したストンピングを仕掛けようとする。

 

『マスター!』

 

 そこにキャスターの支援が入る。

 暴風が渦巻き、バネ足ジャックを吹き飛ばした。

 

 僕はその隙に立ち上がり、矢を放ち、斧を展開してバネ足ジャックを追い詰めていく。

 

 そしてバネ足ジャックが再び宝具を使った瞬間。

 

「『機械仕掛けの——(スプリング——)」

 

 いまだ!

 

 僕は自分の周囲に斧を展開し、矢を放つ。

 

「『十二穿つ一射(オデュッセウス・スナイプ)』!」

 

 これは奥の手中の奥の手。

 

 一つ目の斧の穴を通った矢が、それ以外十一の全ての斧の穴から出現する。

 全方位に放たれる矢は、僕の斜め後ろに出現した怪人をも捉えた。

 

 これこそがこの宝具の奥の手。

 空間を捻じ曲げ、繋げることで、一矢を十一矢に増やす、反則技——!

 

「バネの脚(ヒィィィィィィイイルド)』ッってぐぁっ!」

 

 矢に直撃したバネ足ジャックが吹き飛ぶ。奴の耐久はC。平均的な数値だ。

 時に守りに秀でているわけでもない奴にとって、この一撃はひとたまりもないはず——!

 

『よくやったマスター! 逃げるぞ!』

 

 キャスターの声が響き、再び空間が歪む。

 

 そして次の瞬間、僕は山の中の小屋に戻ってきていた。

 

「——ッ!」

 

 僕はその場で膝をつき、大きく息を吐いた。

 いくら祖父に戦闘訓練を受けていたとはいえ、初陣が対サーヴァントというのはきつかった。

 

「大丈夫かいマスター?」

 

 心配そうに覗き込んでくるキャスター。

 

「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ。それより、アサシン——バネ足ジャックは?」

 

 僕の質問に、キャスターは苦虫を噛み潰したような顔を作る。

 

「逃げられた……相手の宝具が思ったより強力だったようで結界を通過されてしまった……。でも、手痛い傷は与えたはずだ。私の雷にかすっていたからね」

 

 どうやら、サーヴァントは一人も仕留められなかったらしい。

 こちらはだいぶ手札を切って、戦果はアサシンとバーサーカーをあと一歩まで追い詰めた。

 

 これを勝ちと見ることもできるが、僕個人としては負けである気がしてならない。

 

「事実、負けかもしれない。相手に癒えない傷を与えたわけではないからね……」

 

 回復されて仕舞えばそれまでだ。

 

 そう言って、しょんぼりとするキャスター。

 釣られて僕も気を落としてしまう。

 

「ご、ごめんよ、せっかく君が頑張ってくれたのに——」

 

 落ち込みかけたキャスターに、僕は声をかぶせる。

 

「逆に言えば、回復するまでは動けないはずだし、そうそうここに攻めてくるということもないと思う。……そもそも、キャスターがいなければ僕は死んでいた。ありがとう、キャスター」

 

 キャスターは一瞬固まると、微笑んで礼を言った。

 

「……ありがとう、マスター」

 

***

 

 夢を見る。

 これは僕の夢ではない。

 彼女の夢だ。

 

 その島は孤独の島。

 鳥を囲う鳥かご。

 

 居心地がいいから。必要がないから。言い訳をしながら、私はこの島に留まり続ける。

 

 それでも時折寂しくなって、寂しさを埋めてくれる何かを探す。

 でも寂しさを埋めるそれを見つけて、ひととき夢を見たとしても、やがて飽きてしまう。

 

 だから豚にした。

 見捨てるのはかわいそうだから。飽きられるのは辛いことだから。一人はきっと、とても辛いから。言い訳に言い訳を重ねて、私は彼らを愛しいペットに変えた。

 

 でも、ペットじゃ寂しさは埋まらない。

 だから再び探す。寂しさを埋めてくれるものを。

 

 見つけて、飽きて、豚にして。

 いつまで繰り返せばいいのだろうか。

 私の寂しさは、誰が埋めてくれるのだろうか。

 

 ねえ、お願い王子様。この鳥かごから連れ出して。

 

 そして私は、ついに見つけた。

 

 彼ならきっと、私を連れて行ってくれる。

 

 そして、私は——

 

***

 

 むくり、と起き上がる。

 簡易的なベッドから降りた僕は、寝室のある二階から、一階へと向かう。

 

 何かの料理のものらしき、いい香りが漂ってくる。

 彼女が作ってくれたのだろうか?

 

「あっ、起きたかい。お腹が空いているだろう? ほら、キュケオーンをお食べ」

 

 食卓に着くと、麦粥のような、それを差し出される。

 

「ありがとう。いただきます」

 

 食前の言葉を口にして、キュケオーンを食べる。

 蜂蜜のような甘い味のするそれは、僕の臓腑に染み渡るような美味しさだった。

 

「他にもいろいろ用意したんだ。どうだい?」

 

 肉や果実が盛られた皿が置かれ、朝から随分と豪勢だな、と思う。

 

「いっぱいお食べ」

 

 そう行って優しく微笑むキャスター。

 彼女は少女のような見た目であるのに、まるで母のような顔をしていた。

 

***

 

 朝食を終えて、僕たちは今後について話し合う。

 

「まず報告なんだが、君が寝た後少しして、セイバーとランサーが激突した。セイバーのマスターは、おそらく特徴から言ってアインツベルンの人間だろう」

 

 そして。

 

「結論から言えば、アインツベルンは敗退した」

 

 ——!?

 

 僕は驚きに固まる。

 かつて聖杯を奪われたアインツベルンの聖杯に対する熱意は並々ならぬものがあった。ゆえにこそ、今回の聖杯戦争にも全霊を尽くしてくると思っていたのだが……。

 

「いや、アインツベルンは十全を尽くしたのだろう。事実、ホムンクルスも非常に強力だったし、使役する英霊も高位の英霊だった。シャルルマーニュ伝説のローランを召喚したようだった」

 

 ローラン。僕でも知っている大英雄の一人だ。

 

 傷つかぬ肉体を持ち、魔法の角笛と聖遺物で祝福された聖剣、デュランダルを持つ伝説のパラディン。

 

 それが簡単に敗北するなど——

 

「相手が悪すぎたんだ……。ランサーはおそらく、この聖杯戦争でも最強の、いや、最悪のサーヴァントだろう」

 

 キャスターはそう言って、目を伏せた。

 

「ランサーの真名は、アドルフ・ヒトラー。ナチスドイツの独裁者にして、最も名高き虐殺者だ」

 

 アドルフ・ヒトラー。現代を生きる人間で、この人物の名を知らない人間はいないだろう。

 

 悪名高き虐殺者。

 国家社会主義ドイツ労働者党の指導者であり、ドイツを支配した独裁者。

 人種主義、優生学、ファシズムなどに基づく選民思想を掲げ、無数の人間を死体に変えた。

 第二次世界大戦期にナチスドイツを率い、そして結果的に敗北し、自殺した人物。

 

 そして、彼は魔術的にも重要な人物だ。

 

 彼は神秘の収集家であり、歴史学的には単なるオカルティスト扱いではあるが、魔術的にはまがい物の神秘を集め本物に至りかけた人物である。

 

 僕とも、間接的にではあるが縁深い人物だ。

 彼から聖杯の奪取を命じられたライヒハートを諭し、裏切らせたのは僕の祖父である。

 聖杯の奪取がもし成功していれば、世界の支配者はヒトラーになっていたかもしれない。

 そういう意味では、間接的に彼を滅ぼしたのが僕の祖父ともいえよう。

 

 しかし、彼はあくまで近代のサーヴァント。古い神秘に勝るような力——まして、ローランを死に至らしめるほどの力を持っているだろうか?

 

「そう疑問に思うのもわかる。しかし、奴の手には『ロンギヌスの槍』があった」

「なっ!」

 

 ロンギヌスの槍。

 

 これも、知らない人間は少ないだろう。かつて神の子を貫いた槍だ。

 

 歴史的に考えれば、偉大な宗教家を刺し貫いたというそれだけの槍だが、魔術的には違う。

 

 神の子の血を受け、無数の信仰を集め、手にしたものは世界を手に入れるとも言われるその槍は、もし存在するなら最強の宝具の一つに数えられるだろう。

 

「それは……本物なのか?」

「もちろん、まがい物だろう。ただ、本物よりも厄介かもしれない」

 

 キャスターは語る。

 

「あれはロンギヌスの槍に向けられた信仰が形になったものが、『歪んだ』ものだ」

「歪んだ?」

「そう。史上最大の虐殺者であり、悪なる支配者として信仰を集めるヒトラーが持つことで、かの聖槍はその本質を歪められた。単純に聖なる槍ではなく、正真正銘持ち主に世界を支配させるにたる『何か』を与えている」

「何かって言うのは?」

「わからない。幸運、運命、未来。様々な言い方ができるけど、どれも本質とは遠い」

 

 魔術師として人理に刻まれる彼女が曖昧な言い方しかできない『世界を支配させるにたる何か』。

 そんなものを、史上最大の虐殺者が手に入れてしまえばどうなるのか。

 

「……ローランとの戦いはどう言うものだったんだ?」

「あっけないものだったよ」

 

 まず、遭遇してすぐにローランがデュランダルの真名を解放し、聖なる極光を解き放った。

 極大の光線、光の断層たるそれは、まさに聖剣の名にふさわしく、敵対するサーヴァントは間違いなく蒸発するだろう。そのはずだった。

 

 しかしヒトラーは虚空から黄金に輝く槍を取り出すと、ひとりでに光線が『逸れた』という。

 周囲一帯を破壊し尽くす聖剣の輝きは、まるでヒトラーを傷つけるのを嫌がるように左右に分かれたのだ。

 光の渦に飲み込まれ消滅するはずだったヒトラーは無傷であり、お返しとばかりに放たれた聖槍の投擲はローランの体に吸い込まれるように直撃し、そしていかなる武器によっても傷つかなかったローランの体をいともたやすく貫いて、ローランを消滅させたという。

 

「……はっきり言って、あれは勝ち目が見えない。異常だ。どこか他の陣営が倒してくれるのを待つべきだと思う」

 

 キャスターの言葉に、僕も頷く。

 

「ランサーのマスターは?」

「それはわからなかった。近くには潜んでいないようだったよ」

 

 ランサーのマスターは不明。マスター殺しも今の所無理か。

 

「アインツベルンのマスターはどうなった?」

「死んだ。ローランが死んだところに、ヒトラーの銃で撃たれてね」

 

 敗退したマスターを殺すことも厭わない。本格的に危険なサーヴァントだ。

 

「今後の方針としては、とりあえずバーサーカーが見つかるまで待機。バーサーカーを見つけたら、行けそうなら討伐」

「アサシンは?」

「あっちは正直よくわからない。言っていることが本当ならマスターの命令できていたわけでもなさそうだし」

 

 あいつは本当なんだったんだ。精神汚染でも持ってるんじゃないか。

 ブツブツと呟きながら、キャスターは眉を寄せる。

 

「まあ、アサシンは放置でいいだろう。あの感じなら勝手に死んでくれると思うし」

 

 しばらくは待機になりそうかな。

 

 そう思って安心したところに、警報が響く。

 

 キャスターの結界に、サーヴァントが触れた証だった。

 

***

 

「まずはじめに聞いて欲しいのは、こちらとしては敵対の意思はないっていうことなんだ」

 

 魔力でできた光の縄によって縛られた緑髪の男がそう言う。

 

 サーヴァントの侵入を感知した僕たちは、この男——本人曰くアーチャーのサーヴァントを、いともたやすく捕らえた。

 

 ……捕らえてしまった。

 

「ほらほら。君たちが僕を捕まえようとするのにも抵抗しなかったろう?」

 

 そう、このアーチャー、我々に無抵抗で捕らえられてしまったのである。

 

「ここをどうやって見つけたんだい?」

「いや、霊脈を巡っていたら偶然」

「そんな言葉を信じるとでも?」

「信じてもらわないと困るんだよね〜」

 

 のんきにそう言うアーチャー。

 

 抵抗もせず拘束されたままのアーチャーを見る。

 どうしていいかわからず、僕たちは悩んでいた。

 

「いやいや、悩まないでくれよ。僕今の所何も悪いことしてないんだしさ。話くらい聞いてくれてもいいんじゃないか?」

 

 確かにその通りである。アーチャーがしたことといえば、勝手にキャスターの工房に入りこんだだけだ。それ以外何もしていない。

 

「キャスター。話だけでも聞いてみよう」

「うーん。マスターが言うならそうしようか」

「いやー、ありがとうアビシャグ!」

「それは私のことかい?」

「そうだよアビシャグ。美しい人よ、僕と暖め合わないかい? ほら、服を脱いで——」

「焼き豚にするぞ」

 

 アーチャーの頬に雷電がかすり、アーチャーは口をつぐむ。

 

「そう怒らないでくれよアビシャグ。まあいいや。マスターからの指令を無視するわけにもいかないしね」

 

 よっこいしょ。と、腕と足を縛られたままで器用に体制を変え、転がされていた状態からなんとか座ると、アーチャーは話し始めた。

 

「こちらの要件は同盟のお誘いだ」

 

 同盟。

 聖杯戦争において、同盟というのも一つの手段だ。

 勝者が一人である以上、最後には争わざるを得ないが、途中までなら手を組むのは大きなアドバンテージを得ることにつながる。

 

「期間と目的は?」

 

 キャスターが問う。

 

「ランサーの討伐まで。目的は言わずもがな、ランサーの討伐だよ」

 

 どうやら、アーチャー陣営もランサーについての情報を得ているらしい。

 

「ランサーは危険すぎる。単純に戦力として強いっていうのもあるけど、それ以上に彼が聖杯を手にした時が怖い。マスターはそれを強く危惧しているんだ。僕たちとしては、ランサー陣営が聖杯を得る手段を失うことに強力してくれて、かつ君たちの願いが『危険なもの』でないなら聖杯を譲ってもいいと思っている。マスターは、自己(セルフ)強制(ギアス)証明(スクロール)を書いてもいいと言っていたよ」

 

 聖杯を譲ってもいい……ときたか。

 はっきり言って、話がうますぎる。

 

「都合が良すぎるな。何が目的なんだい?」

 

 キャスターもそう思ったようで、目を細めて問う。

 

「僕のマスターは、この聖杯戦争を、犠牲者を一人でも少なく終結させることを目標にしてるんだ」

 

 犠牲者を一人でも少なく。

 尊い理想だが、果たしてそんなことを願う魔術師がいるだろうか?

 

「あっ、勘違いしてもらっては困るんだけど、僕のマスターは魔術師じゃないよ」

「どういうことだい?」

「僕のマスターはアウレリオ・アルタミラーノ。教会の聖職者さ」

「聖職者だから……。そんな理由で信じろと?」

「うーん。君たち、ちょっと物事を複雑に考えすぎじゃないかな。悪人だっているけれど、世の中には善人だっているんだよ」

 

 つまり、アーチャーの主張するところによれば、アーチャーのマスターは完璧な善意で行動しているということらしい。

 

「マスター、どうする?」

 

 小声でキャスターが問うてきた。

 

「僕としては、受けてもいいと思う」

 

 ランサーの討伐はなんとかしなければいけない問題だ。

 もともと同盟はランサーの討伐までであるし、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)を書いてもいいと言ってるわけだし、信用してもいいと思う。

 

「自己強制証明(セルフギアス・スクロール)にだって抜け道がないわけじゃないんだけど……まあその辺は私が気をつければいいか。——わかった。受けようじゃないか」

「本当かい? ありがとう。マスターも喜ぶよ」

 

 そう言って、緑髪のアーチャーは微笑んだ。

 

***

 

「俺がアウレリオ・アルタミラーノだ」

 

 緑髪のアーチャーが案内した先、町外れにある教会に入ると、筋骨隆々とした巨漢が現れる。

 

 凶悪な肉食獣のような風貌のその男は、しかしアーチャーの言葉が正しければ犠牲者を減らすことを目的とする心優しい男であるはずだ。

 

 イメージとかけ離れた風貌に面食らいながらも、自己紹介を済ますと、奥の応接室に通され、席に着いた。

 

「さて、具体的な話を詰めていこう。お前たちは俺との同盟の話を受けてくれ打ってことでいいんだな?」

「ああ、そのつもりで来た」

 

 僕はそう答える。

 

「OK、まず先に俺の方針から話そう。俺の目的は、聖杯戦争での犠牲者を減らすこと。そして、『危険じゃない』願いを持つ陣営に聖杯をとらせることだ。聖杯に願いはない。アーチャーもそうだ」

 

 お前たちの願いは?

 

 そう聞いてくるアルタミラーノ。

 

「僕には願いはない。この戦争を生き残ることだけだ」

「私にもまあ、願いはないよ」

 

 わずかに含みのある言い方をしたキャスターに、アルタミラーノは一瞬目線を向けるが、すぐにそらした。

 

「なるほど、それは自己(セルフ)強制(ギアス)証明(スクロール)にも書けるか?」

「僕は書ける」

「私も必要なら書こう」

 

 ふーむ。そう言ってアルタミラーノは太い指で顎を掻いた。

 

「よし。それならこの戦争中、こちらとしては全面的に協力する用意がある。俺たちとしては、危険な願いを持たない陣営に聖杯をとってもらえればいいんだ。自分で取ってもいいが、俺とアーチャーだけで勝ち抜けると思うほど慢心もできねえ。俺たちと組まないか? 願いはないなら必要ないかもしれないが、必要なら聖杯は譲る」

 

 自己(セルフ)強制(ギアス)証明(スクロール)も書くぞ。

 

 そう言って、アルタミラーノは僕を見た。

 

「僕は受けていい……と思う。キャスターはどう?」

「私も構わないよ。ここまでいうなら信頼しよう」

「よし! ありがとよ!」

 

 アルタミラーノは笑顔を見せた。

 ただしその笑顔は肉食獣が牙を剥いているようにしか見えなかったが。

 

「お礼と言っちゃあなんだが、まあ、情報共有だな。こちらのアーチャーの真名を教えておこう」

「いいのかい?」

「構わん。戦力の把握はこれから共に戦う上で重要だからな」

 

 アーチャーもそれでいいな?

 アルタミラーノの声に、同席しているアーチャーがうなづく。

 

「アーチャーの真名は『ダビデ』。旧約聖書に名高きイスラエルの王だ」

 

 ダビデ。

 また随分なビッグネームが来たものだ。

 

 巨人ゴリアテを倒し、全イスラエルの王となった人物だ。

 

「ステータスとスキル、宝具も開示しておく」

 

 開示された宝具やステータスに、僕たちは顔をひきつらせる。

 

 まず対魔力Aの時点でキャスターと相性が悪いというのに、宝具も強力だ。

 

 そして最後、『契約の箱(アーク)』。

 

 触れた生物、サーヴァントを即死させる、おそろしき宝具。

 

「敵対しなくてよかった……」

 

 思わず漏らした声に、アルタミラーノが笑った。

 

***

 

「マスター、細かい契約についてのことが終わったよ。あとは君のサインが必要だ」

 

 キャスターがアルタミラーノと話し始めて数十分、ぼうっとしていた僕に、キャスターの声がかかった。

 

「わかった。ここに書けばいいのかな?」

「一応確認してから書いてね」

 

 僕は頷いて、内容を確認する。

 聖杯への願いについては、『直接的、間接的かかわらず、人に危害を加える、世界を揺るがすような願いを聖杯に願わない』ということで落ち着いたようだ。

 

 それ以外のことについても、僕が不利になりそうなものはなかったため、僕はサインした。

 

「よし、それじゃあ早速だが、ランサー陣営についてだ。俺たちとしては、デュランダルを持つサーヴァント、おそらくローランと思われるそいつを、いともたやすく殺す力を持っていること。力を失ったマスターをぶち殺すことにためらいがないこと。見た目、持ってた槍をロンギヌスの槍と呼んだこと、などから真名をちょび髭伍長だとあたりをつけていることくらいがわかっていることだ」

「あとどう考えても『やばい』力を持っていることもね」

 

 ダビデが補足し、情報の開示が終わった。

 

「こちらとしては、あいつがアドルフ・ヒトラーであることを確定であると考えている。持っている宝具はロンギヌスの偽物。ただし、秘められた力は本物以上。運命干渉に近い強力な能力を持っている。おそらく、ロンギヌスの槍に集まる信仰が形となり、それがヒトラーへの信仰で歪められてしまったものだと思っている」

「なるほど、重要な情報だ」

 

 感心したように、アルタミラーノが言う。

 

「となると、僕の聖槍に対する耐性は当てにしないほうが良さそうだね」

 

 ダビデは、その身に秘める神性によって、キリスト教系の宝具に対してある程度の耐性があるのだ。

 

「ああ、聖槍への耐性をあてにして仕掛けていれば痛い目を見ていただろう」

 

 アルタミラーノは言う。

 しかしなんというか、この獣じみた男が痛い目を見ている状況、というのが想像できない。

 

「他の陣営についての情報はないのかい? こちらとしては、バーサーカーとアサシンの情報を持っている」

「おお、それはありがたいな。こっちとしてはライダー陣営とバーサーカー陣営の情報を持ってるぜ」

 

 これで、全ての陣営の情報を一応とはいえ得たことになる。

 

「そちらも知っているかもしれないが、一応言うね。バーサーカーは鬼種。炎を操る力を持っているようだった。容姿は少女のようだが、ひたいにきっちり二本の角がある。バーサーカーのくせに理性があった。スキル、宝具は不明」

 

 アルタミラーノとダビデは真剣に聞いている。

 

「アサシンは真名が分かっている。真名は『バネ足ジャック』。イギリスの都市伝説だ。しかし、その能力は意外と強力。最高ランクにプラスがついた敏捷。精神汚染を持っているのではと疑うレベルの狂気。そして何よりも宝具。『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒールド)』と呼ばれるその宝具は、空間転移を可能とする。私の結界を抜けたことから、『障害を飛び越える』概念を持っていると思われる」

「なるほど。ありがたい。宝具までわかってりゃあ対策の立てようもあるわな」

 

 そう言ってアルタミラーノとアーチャーは満足げに頷いた。

 

「それと、私たちの陣営についてだが——」

 

 私の真名を教えるつもりはない。

 

 キャスターがそう言うと、アルタミラーノは頷く。

 

「ああ、それで構わん。もともと、そう言う条件で同盟を結んだわけだしな」

 

 先ほどの自己(セルフ)強制(ギアス)証明(スクロール)にも、そう言った旨が書かれていた。

 

「その代わりと言ってはなんだが、マスターの情報を開示する」

 

 いいよね、マスター?

 

 そう言うキャスターに、僕は「構わない」と言った。

 

「マスターは伝承保菌者だ。その上、先祖返りでもあり、その肉体は神代の人間に近い。いざという時は、自分で自分の身を守ることができる」

「ん?」

「え?」

 

 ん? は僕の声。僕としてはてっきり、僕も戦力に数えられるものだと思っていたが。

 

 え? と声を出したキルケーは、僕を諌めるような目でこちらを見る。

 

「君、まさか自分も戦うつもりじゃないだろうね?」

「いや、僕はそのつもりでいたけど……」

「馬鹿か君は。同盟のおかげで前衛を任せられるサーヴァントが手に入ったんだぞ? それも対魔力Aの! わざわざ君が死にに行くような真似はしなくていいんだ!」

 

 君の目的は生き残ることなんだろ!?

 

 そう言われて、ハッとなる。

 また悪いくせが出かけていたようだった。危機感が足りないと言われ続けて十九年。いい加減僕もそれを気をつけるべきだ。

 

「ごめん、キャスター」

「全く、自分の身は大切にしなよ!」

「あー、結局、そっちのにいちゃんはサーヴァントとの戦闘には参加しないってことでいいんだな?」

「もちろんだよ! その分私が働くから」

 

 キャスターはそう言う。

 

 なんというか、稼ぎを全て彼女に任せるヒモ男のような気分になってしまった。

 

「OK。まあ、マスター戦でほぼ無敵っていうのは重要だ。サーヴァントに匹敵する戦力がいりゃあ俺も安心できる」

 

 アルタミラーノとしては、戦力としての僕はサーヴァント戦に投入したいほど重要ではないようだった。

 

「さて、こちらの情報を開示しよう。まず、バーサーカーのマスターだが」

 

 ——弄月宴。弄月家の当主だ。




アサシン

真名/バネ足ジャック
性別/男
身長/197cm(機械足込み)
体重/79kg(機械足込み)
属性/混沌・悪

ステータス

筋力:C+
耐久:C
敏捷:A+
魔力:D
幸運:A+
宝具:C++

クラススキル

気配遮断:A

スキル

精神汚染:C

自己改造:D+

無辜の怪物:B+

跳躍:A+

宝具

『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒールド)』
ランク:C++
種別:対人宝具
レンジ:1〜99
最大補足:1人


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第三話

 

 開示されたその情報は、僕を動揺させるに足る情報だった。

 

 弄月家がなぜ? それに、監督役は何をやっている?

 

「監督役は、どうやら弄月家と組んでいるらしいぜ」

 

 嘆かわしいことだ。公正であるべき教会がな。

 アルタミラーノはそう言う。

 

「教会側である君たちが弄月家に協力しなかった理由は?」

 

 キャスターが問う。

 

「ああ、それなんだがな。弄月家の当主。ありゃあ『人喰い』だ」

 

 それもまた、僕を動揺させた。

 あまり親しくはないが、弄月家の当主とは何度かあったことがある。温厚そうな老人だったが、彼が人喰い?

 

「間違いない。信頼できる筋からの情報だ。あいつは死徒もどき。人を喰っては生きながらえる妖怪だよ」

 

 教会側には根元への到達が目的だと言っているようだが、それも怪しいもんだ。

 アルタミラーノは言う。

 

「君、知らなかったのかい?」

 

 キャスターが聞いてくる。

 僕は全く知らなかった。いや、教えられていなかったのだろう。

 

 僕は魔術師ではなかったから。

 魔術師にはなれなかったから。

 

 ——殺せ。

 

 祖父の声が脳内に響く。

 

 目の前には、僕の大切な■。

 

 手に握った鋭いナイフと、床に描かれた魔法陣。

 

 ——ためらうな。殺せ。

 

 そして、僕は——

 

「——ター? マスター? 大丈夫かい?」

 

 ふと気がつけば、僕の顔をキャスターが覗き込んでいた。

 僕は首を振って、「大丈夫」と答える。

 

「顔が青くなっていたけど、本当に大丈夫かい?」

「心配かけてごめん。大丈夫だから」

 

 そう、僕は大丈夫なのだ。

 

 なんの問題もない。

 

「……ともかく、あのじじいは信用できん。だから他に組める相手を探してたんだよ」

 

 アルタミラーノは言った。

 

「次はライダー陣営についてだ。ライダーのマスターはルバリオン・バンダーバック。フリーランスの魔術師だが、一応、魔術協会側のマスターだ。そして肝心のライダーは……宇宙飛行士のサーヴァントだ」

「宇宙飛行士?」

 

 となると、相当近代のサーヴァントだ。

 

「そいつは本人の言ってることが正しければ、ニール・アームストロング。人類史上初めて月に立った男だ」

 

 ニール・アームストロング。人類史上初めて月に立った男。アポロ11号の船長だ。

 

 ……というか、彼は。

 

「まだ存命じゃないか!?」

「未来の英霊ってことなんだろ」

 

 そんなことがあり得るのだろうか?

 疑問に思う僕に、キャスターが語りかける。

 

「ありえないことはないだろう。英霊の座は、時間軸とは完全に切り離されている。存命の人物や、未来に生まれる人間が英霊として登録されていてもおかしくない」

 

 なるほど……。キャスターが言うのならばそうなのだろう。

 

「そのライダー陣営だが、協力を取り付けられそうだ」

「ふむ、それは、どう言う条件でだい?」

「あいつらも、聖杯を望んでいるわけではないようでな。なんでも、ライダー自身に願いはなく、ルバリオンの願いは『英霊と会ってみること』だそうだ。もう叶ったから、聖杯はいらねえんだと。後は生きて帰るだけ、なんて言ってたぜ」

 

 それが本当だとすれば、随分な変わり者だ。

 英霊に会うために聖杯戦争に参加するなんて。

 たしかに英霊と会いまみえることなんて滅多にないし、その目的なら聖杯戦争に参加するのが手っ取り早いのだろうが……。

 

「ライダー陣営とは明日会うことになっている。その時は同行して欲しい」

「わかった」

「構わないよ」

 

 僕たちはそう答え、情報のすり合わせを終えた。

 

「この後はどうする? できれば、拠点は分けたくねえ。どっちかの拠点に纏まっときてえんだが……」

「なら私たちの拠点がいいだろうね。ここを工房にすることもできるけど、それだと目立つ」

「OKだ」

 

 僕たち四人は、山の拠点に戻ることに決めた。

 

***

 

 時刻は夕方。赤い日差しと、それ以上に赤い炎。

 ごうごうと燃え盛るログハウスと、その周囲の木々。

 この距離でも熱を感じるほどの灼熱が、僕たちの拠点を燃やしていた。

 

「燃えてるーーーー!! 私の工房が! せっかく作ったのにーー!!」

 

 車で移動している途中に、キャスターが拠点に襲撃を受けたと言い出した。

 僕たちはその場で相談し、襲っているサーヴァントがバーサーカーであることがわかると、仕留めるために全速力で向かって来た。

 

 全速力で向かっては来たが、所詮それは人の尺度。

 サーヴァントが工房を破壊し尽くすには十分な時間だった。

 

「うわーー!! 私の工房をなんだと思ってるんだ!!」

「落ち着け! 工房なんざまた作りゃいいじゃねえか!」

「君、満足いく工房を作るのにどれだけ手間がかかると思って……!」

「いいから戦闘だ! アーチャー!」

「キャスターも落ち着いて! バーサーカーが来る!」

 

 キャスターを後ろに下がらせ、支援できる体制を作らせながら、僕はオデュッセウスの弓を取り出した。

 

 燃え盛るログハウスから、小柄な鬼が現れる。

 その後ろには、白い髭を生やした長駆の老人が立っていた。

 

「きゃっははははは!! 貴様ら、かつて吾から逃げおおせた妖術師どもか! 今度は逃げぬのか?」

「逃げる先を壊したのは君だろうがーー!!」

「バーサーカー、おしゃべりはそこまでにしておけ。相手は敵だ」

 

 長駆の老人——バーサーカーのマスター、弄月宴が言う。

 

 僕はその老人を睨みつけ、口を開いた。

 

「……なぜ僕の家を襲った?」

「ふん、貴様は生き残ったか……。なぜも何も、邪魔だったからだ。聖杯さえあれば、我が二百年の悲願が叶う……! その障害は排除する。当然だろう? 貴様の家とて、戦いとなれば我が弄月家を滅ぼすつもりだったのだろう。お互い様というやつだ」

 

 しかし——

 

「貴様が伝承保菌者(ゴッズホルダー)だったとはな。この戦いが終われば貴様の死体と宝具も有効に使ってやろう」

「おうおう、弄月さんよ。自分でサーヴァントには敵と喋るな、なんつっといて自分は随分とおしゃべりじゃねえか。そっちはサーヴァント一人、こっちは二人だ。そんなに余裕ぶってていいもんかね?」

「余裕にもなろうというものだ。私の勝ちは確定しているのだから。——バーサーカー、全力でやれ!」

「了解した。お前は小虫なれど、我らの端くれ。ならば鬼の棟梁として力を貸してやらんこともない!」

 

 声を張り上げ、バーサーカーが迫る。

 炎を撒き散らし、顔を喜悦に歪め、おそろしき鬼がやって来る。

 

 まさに怪異。まさに怪物。荒ぶる悪性。

 

 しかし、怪物を倒すのはいつだって英雄だと決まっている——!

 

「おおっと!」

 

 骨の刀による一撃を杖によって華麗にさばくダビデ。

 神の加護厚きその肉体は、神代の獅子と組み合う事すら可能とする。そんな身体能力に裏打ちされた杖術によってダビデとバーサーカーの戦闘は拮抗していた。

 

「なかなかやるではないか人よ!」

「お嬢さんもね。君もなかなかにアビシャグだから、できれば戦いたくないんだけどな〜」

 

 戦闘中でも一切調子を崩さないダビデ。

 

 そこへ、キャスターの支援が飛ぶ。

 紫電が渦を巻いてダビデとバーサーカーを飲み込んだ。地上に顕現した大破壊は、周囲一帯の地形を変えながら二人を襲う。

 キャスターの大規模魔術は対魔力Aを持つダビデに被害を及ぼす事なく、バーサーカーだけを確実に焼いた。

 

「ぬうううう! これは雷か! 嫌なものを思い出させてくれる!」

 

 その雷を受けてなお、バーサーカーは倒れない。

 

「ええい! 『大江山大炎起』!!」

 

 バーサーカーの宝具が発動し、灼熱が放たれる。

 炎がほとばしり、ダビデを焼こうとする。

 

 ダビデはそれを避けていくものの、避けきれず多少焼かれてしまう。

 

「あちち! 全く、乱暴だな」

 

 余裕を崩さずそういうダビデ。

 事実余裕なのだろう。キャスターの支援によって、傷はすぐ治っていく。

 

 そして僕は機を見て密かに矢をつがえる。

 

 全員がバーサーカーたちとの戦いに集中しているこの隙に、弄月宴を狙う。

 

「『十二穿つ——(オデュッセウス——)』」

「おっと、そうはいかないのだなァ!!!」

 

 背後から声。

 次いで、衝撃。

 

「ガァッ!」

「——ッ! マスター!」

 

 密かに一団から外れ、後方に下がっていた僕へ向けて、キャスターが振り向く。

 

「お前は、アサシン!」

「そう、私こそはアサシン!! スプリングヒィィイイイルドッ!! バネ足ジャァック! 元マスターが囚われの身ゆえにテンション控えめで再登場!」

 

 前回より多少感嘆符少なめに自己紹介をするバネ足ジャック。

 察するに、元々のマスターを弄月家に捕らえられ、鞍替えさせられたと言ったところか。

 

 だが僕はそれを気にする余裕もなかった。

 大ぶりのナイフが僕の背中から腹にかけてを貫通しており、尋常ならざる痛みが体を襲っていた。

 バネ足ジャックは僕を拘束しつつ、もう一本ナイフを取り出して僕の首元に当てる。

 

 その上、単純にナイフで刺された痛み以上に、異様な寒気を感じる。

 

「あっ、そのナイフ、魔術的な毒が塗ってあるぞ。今のマスターが言っていたのだ」

 

 聞かれてもいないのにバネ足ジャックがペラペラと喋ってくれる。

 

 実を言うならば、その毒をなんとかする方法はあった。魔術的なものならば、特に。

 しかし、それはある意味で切り札であり、この場面で切るべきかどうかはわからない。

 拘束から逃れられれば、キャスターの魔術で解毒可能だろう。

 

 そう悩む間にも毒が体を蝕み、寒気が増していく。

 

「さて、アサシンよ。そのまま小僧を捉えておけ」

「了解したぞマスタァァァ!」

 

 バネ足ジャックは声を張り上げる。

 

 その直後、僕の耳元に小さな声が聞こえた。

 僕は一瞬目を見開き、そしてましていく寒気に耐えるために歯を食いしばった。

 

「そこの小僧の命が惜しいだろう? 私に令呪を渡せ。そうすれば、小僧の命は助けてやる」

「さっき死体を有効活用だのなんだの言って奴の言葉は説得力が違うな」

「なんとでも言うがいい。貴様らは従うしかないのだから」

 

 クッソ!

 アウレリオは悪態を吐く。自己(セルフ)強制(ギアス)証明(スクロール)の文面が仇となった。

 お互いの命を最優先にすると言う契約が、彼の行動を縛っているのだ。

 

「バーサーカー。神父を拘束しろ」

 

 つまらなさそうな顔になったバーサーカーがアウレリオを拘束した。

 

「さあ、令呪を——」

「——令呪をもって命ずる!」

「なっ!」

 

 僕は声を張り上げる。

 

「アサシン、小僧を殺せ!」

 

 当然弄月宴がバネ足ジャックに指示を出すが——

 

「『断る』!!!!!」

 

 アサシンが叫び、僕の首を刺し貫こうとしたナイフを寸前で止める。

 これはのちに知ったことだが、バネ足ジャックの最初のマスターは弄月は令呪を奪われ、そしてバネ足ジャックはその令呪のうち二画によって弄月への服従を要求されていたらしい。

 

 しかし、令呪の効果は曖昧で長期間にわたるほど効果を落とす。

 低級の都市伝説であるバネ足ジャックにとって、令呪による強制力は強く働く。が、それでも瞬間的な命令に比べればその強制力は弱く、さらに精神汚染によって正気を失っている彼は、命令に逆らいやすかったらしい。

 だが、元のマスターを囚われている状況で逆らうのは得策でないため、元のマスターを気に入っていた彼は機を待ち続けていたという。

 そしてその機会がきた今、僕に密かに『命令に逆らう。令呪を使え』と囁いたのだ。

 

「——僕たちを助けろ!」

 

 僕はバネ足ジャックを信じ、令呪を使った。

 僕の直感が、命の危機はないと判断したからだ。

 直感なんてものを信じるなんて、いよいよ僕もどうかしはじめたなと思いつつ、令呪の効果が発動し、キャスターの転移魔術が一瞬にして発動。

 バネ足ジャックとバーサーカーの手の内から、マスター二人がキャスターのそばに転移した。

 

「キャスター!」

「わかった!」

 

 名前を呼ぶだけで意図を伝えることに成功し、キャスターはこちらに迫ろうとしたアサシンに捕縛魔術をかけ、その場に止める。

 

「アーチャー! 宝具だ!」

「君には改心する権利がある——」

 

 ダビデが宝具を使用し、スリングを回転させ始める。

 

「へー、ダレット、ギメル、ベート」

 

 寛容と警告を示す四発の投石が外れ、その間にもバーサーカーが迫ってくる。

 

「アレフ」

 

 そして最後の一つ。五発目の石が放たれる。

 寛容を示す先の四発とは違い、敵を倒すための必中の一撃。

 音速を超えて放たれたその石は、過たずバーサーカーの急所、頭に直撃した。

 

 改心の権利を示し、それを行使しなかった敵をまつろわす一撃は、バーサーカーの意識を一時的に奪う——!

 

「お前は死ね。『十二穿つ一射(オデュッセウス・スナイプ)』!!」

 

 サーヴァントたちがそれぞれ動きを止め、その隙に僕は矢を放つ。

 

 前方に一つ目の斧を設置し、残り十一の斧を弄月宴の周囲に展開する。

 一つ目の斧の飾り穴を通った矢は、空間歪曲により十一に分裂。その全てが弄月宴の体に突き刺さり、弄月はその場に倒れこんだ。

 

「終わったか……」

 

 僕は気を抜き、場にも一瞬弛緩した空気が流れる。

 

「いや、まだだ!」

 

 油断しかけた僕たちを引き締めるために、キャスターが叫んだ。

 見れば、バーサーカーはまだ消滅していない。

 単独行動を持っている可能性もあるが、それ以上にマスターが生きている可能性の方が高い。

 

「そういやこいつは人食いのバケモンだったな! アーチャー!」

「オーケー!」

 

 ダビデが宝具を発動させるべく魔力をたぎらせるが、それよりも先に宴が動いた。

 

「令呪をもって命じる! バーサーカー! 暴れろ!」

 

 その声に反応して、バーサーカーが意識を取り戻し、爆炎を撒き散らした。

 瞬間的に視界が遮られ、その隙に宴が手足を異様に伸ばし、体を蜘蛛のようにして這い、逃げようとする。

 

「キャスター、頼む!」

「任せてくれ!」

 

 キャスターが魔術を使用し、バーサーカーを強制的に押さえつける。雷の縛鎖に囚われたバーサーカーは、なおも戒めから逃れようと暴れ、事実抜け出しそうになっているが、完全に抜け出すよりも早く動くものがいる。

 

 炎を気にする必要のなくなったダビデが、宝具を発動させる。

 

 幻の香炉が現れ、紫色の煙が立ち込める。

 それが異形となって逃げようとした弄月宴を取り囲んだかと思えば、シナイの山を思わせる雷雲が立ち込める。

 

「神の意にて焼き尽くされるといい。——『燔祭の火焔(サクリファイス)』」

 

 それは神の怒りを示す灼熱。神の意にそぐわぬものを焼き滅ぼす火焔。敵対者への唯一の贈り物。

 

 祭壇が形成され、火が灯る——その瞬間。

 

「『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒィィィィィィィィイイイイイイイイイルド)』ッッッッッ!!!!!!!」

 

 バネ足ジャックが宝具を発動させ、弄月宴のすぐそばまで転移する。

 そして令呪のある右手を切り落とし、再度宝具を使用する。

 

「ありがとう諸君! ではまた会おう!」

 

 そんなことを叫びながら、この場を引っ掻き回したバネ足ジャックは消えていった。

 

 あいつ、僕たちをいいように使いやがって……。

 

 それに遅れて、神の怒りが燃え上がり、弄月宴を灰に変える。

 血の一滴すら残さず弄月宴はこの世から消え去り、そしてそれに遅れて、バーサーカーも消え始めた。

 

「鬼は倒されるが定め……か……」

 

 呟きとともにバーサーカは完全に消滅し、ここにバーサーカー陣営は敗北した。

 

***

 

「さて、この先どうする?」

 

 山から引き返す車の中で、ダビデが切り出す。

 

 戦いにより地形が少し変わり、撒き散らされた炎によって山火事になりかけた山を、鎮火だけして放置し、僕たちは街へと逃げ帰っていた。

 

 理由としては、あれだけ派手な戦いをしてしまった故に、敵を呼び寄せる可能性が高いこと。工房がめちゃくちゃにされてしまい、作り直すより新しく別の拠点を作ったほうがいいことが挙げられる。

 

「私の工房……」

 

 工房が修復不可能になり、すっかり落ち込んでしまったキャスターが俯く。

 

「バーサーカーを倒せただけ良かったと思おう」

 

 そう言って、僕はキャスターの頭を撫でる。

 

「うん……。……じゃなくて! 頭を撫でるのをやめろ! 私は大魔女だぞ!」

 

 一瞬普通に慰められかけたキャスターは、慌てたような怒り出す。

 その様子は小動物が威嚇しているような微笑ましさを感じさせた。

 

「いちゃつくのは後にしとけ」

「い、いちゃ……」

「おう、顔真っ赤にしてんじゃねえよ。こっちが恥ずかしくなるわ」

「赤くなんかなってない!」

 

 キャスターが張り上げた声に、アウレリオはわざとらしく耳を塞ぎ、「はいはい」と受け流す。

 

「……拠点をどうするか、だな。教会に戻るのもありだが……」

 

 監督役が手を回してきている可能性もある。

 そう言って、アウレリオは顎を掻く。

 

「監督役の協力者をぶっ殺しちまったわけだからな。何かされるかも知れん」

「それに、あそこは霊脈でもなんでもない。できれば潤沢に魔力が欲しいから、霊脈か霊地か、それに近い場所がいいんだけど……」

「うーん、僕の家は燃えてなくなってるしなあ……」

 

 僕たちが頭をひねる中、ダビデが口を開く。

 

「弄月家を襲撃しちゃって、拠点を奪っちゃうってのはどうなんだい?」

 

 ダビデがとんでもない案を出してきた。

 

「お前それは……いや、いけるか?」

 

 反射的にアウレリオが否定しようとして、そして思い直す。

 

 そう、これはなかなかに悪くない案なのだ。

 

 あの怪人バネ足ジャックは弄月家を裏切っているし、あそこにサーヴァントはいない。

 サーヴァント二人と僕がいるこのメンバーで攻め込めば、勝てるだろう。

 

 あそこはこの街の中心、■■山、僕の家に次いで四番目にいい霊地であるし、キャスターの御眼鏡にも適うだろう。

 

「いいんじゃないか? 現代の魔術師が私に敵うはずもなし。アーチャーは対魔力A。万が一の時はマスターもいるしね」

 

 キャスターからの賛同もあり、僕たちは町外れにある弄月家の屋敷に向かうことにした。

 

***

 

 弄月家屋敷の制圧は一瞬だった。

 弄月家に残っていたのはわずかな戦闘員だけであり、一族の人間は別の場所に避難していたようだ。

 

 僕たちはその戦闘員を叩きのめし、工房を乗っ取ってキャスターが大改造を施した。

 

 山の拠点に勝るとも劣らない立派な工房が出来上がると、キャスターは満足げに頷いた。

 

「よしよし。なかなかにいい工房ができた!」

「これで拠点問題は解決したね」

 

 僕は言って、近くの椅子に座る。

 時刻は夜。僕たちは全員屋敷のリビングに集まっており、大きな卓を囲んでいた。

 

「さて、またまた相談だ」

 

 アウレリオが切り出す。

 

「まず、教会からのアプローチが来た。どうやら、大事にするつもりはないようで、夜にならないうちに大規模に戦ったことに対する警告だけが来ていた」

 

 教会側については、あまり心配する必要はないかも知れない。

 

「そしてランサーについてだが、消去法でマスターがわかったわけだ」

「ライヒハート、だね」

 

 キャスターが言う。

 アサシンのマスターはおそらく不明枠。

 キャスターのマスターが僕で、アーチャーのマスターがアウレリオ。

 セイバーはアインツベルンだが敗退しており、バーサーカーは弄月宴で同じく敗退。

 ライダーはルバリオンだから、残るマスターはライヒハートのみとなる。

 

「ちょび髭伍長を裏切ったとこがなんで裏切った相手を呼び出してんのかは知らんが、今のところは動きなし……なんだよな?」

 

 目線をキャスターに向けるアウレリオ。

 

「そうだね。使い魔に遠くから観察させてるけど、ライヒハートの屋敷では動きなしだ」

 

 キャスターは答える。工房の作成と並行して、使い魔も飛ばしてもらっていたのだ。

 

「確か小聖杯もあそこが握ってるんだよね?」

 

 ダビデが聞く。僕は頷き、思う。

 

 どうにも、あそこは不気味だ。

 

 裏切った相手をわざわざ召喚し、そして特に不仲というわけでもない。聖杯への願いも不明であるし、いまいち目的がつかめない。

 

「まあ、あそこへの対処はライダーとの協力がどうにかなってからだな」

 

 ランサー陣営の話は終わり、次の話題に移る。

 

「アサシンは、どうする?」

 

 問題のアサシンである。

 放置するには問題で、積極的に討伐に行くには面倒。

 

 絶妙に鬱陶しいのがアサシンである。

 

「放置でいいんじゃないかい?」

 

 ダビデが言う。

 そう言いたくなる気持ちはわかるが、放置した結果が今日の戦いなのだ。

 

「次遭遇したら、確実に殺そう」

 

 キャスターの言葉に全員が頷き、相談は終わった。

 

 そして、翌日。

 

「一日ぶりだなァ!!! 早速だが、私を仲間に入れて欲しい!!!」

「あ、あたしもお願いするっす!」

「帰れ」

 

 僕たちの拠点に、アサシン陣営(馬鹿ども)がやって来た。

 

***

 

「そう邪険にするな。昨日あのヒゲオヤジを倒せたのは私の頑張りがあってこそみたいなところがあったりなかったりするだろう?」

「それ以上にお前に追い詰められたんだが」

「そう褒めるな。照れるだろう」

「褒めてねぇよ」

 

 アウレリオがため息をつく。

 僕たちも頭がいたい。

 

 昨日の敵は今日の友を文字通りに実行しようとするとは。

 

「それで、そっちのチビは?」

「あ、俺、大円寺清子っす! アサシンのマスターやってるっす! 二十歳(はたち)! フリーターっす!」

 

 中学生といっても通用するだろう彼女は、意外なことに僕よりも年上らしい。

 

 そしてこの女性こそが、この戦争最後の参加者のようだ。

 

「あたし皆さんにお礼が言いたくて……」

「礼?」

「そうっす! 皆さんがあのヒゲオヤジを倒してくれなかったら、あたしもアサシンも死んでたと思うっす!」

 

 本当にありがとうございました!

 そう言って、大円寺は頭を下げる。

 

「それでその……あたしたちだけだと確実に生き残れないし……できれば同盟を組んで欲しいな〜……みたいな……」

 

 ダメっすかね?

 大円寺が上目遣いでこちらを見てくる。

 

「あー、まあ、場合によっちゃダメじゃねえけどよ。お前ら、聖杯への願いは?」

「ないっす! いや、本当は一生遊んで暮らせる金とか欲しいっすけど! でも正直生き残ることの方が大事っす!」

 

 あたし死にたくないんで!

 正直にそう言う大円寺。

 

 弄月家に捕まったと言う話だ。何か恐ろしい目にあったのだろう。

 

「……聖杯はいらないのか?」

「めちゃくちゃ欲しいっすけど、命失うくらいならいらないっす!」

「私も特にいらないのだ」

 

 大円寺に追従して、アサシンが言う。

 

「……どうする?」

 

 アウレリオがこちらに聞いて来た。

 

 ……戦力は大いに越したことはない。

 理論で言うなら彼らを迎え入れるべきだろう。

 

 しかしなんというか、心情的に受け入れずらいところがある。

 

 それでも——

 

「まあ、いいんじゃないか?」

 

 やはり、彼らという戦力は大きい。ノータイムで発動し、キャスターの結界すら飛び越える転移宝具は魅力的だ。

 

「キャスターはどう?」

「……マスターが言うなら、いいよ」

「一応聞くが、アーチャーは?」

「僕はいいと思うよ」

 

 サーヴァント二人も賛同し、アウレリオは再び大円寺の方を向く。

 

「よし。じゃあ同盟の話、受けるぜ」

「本当っすか!?」

 

 大円寺が目を輝かせる。

 

「やったー! これで死ななくて済むっす!」

「言っとくけど、ランサーに勝てなかったら全員死ぬと思えよ」

「まじっすか……。アサシン、頑張ってランサー倒してくれっす!」

「任されよ!」

 

 胸を張るアサシン。どうやら、主従関係はかなり良好らしい。

 

「よし、それじゃあ二人増えたが、ライダー陣営と話しに行くぞ」

 

 人数が増えたのでサーヴァントに霊体化してもらい、僕たちは車に乗り込んで出発した。

 

***

 

「五百万よこせ」

 

 ルバリオンの第一声はそれだった。

 

「ランサーと戦うのは正直嫌だ。でもお前たちと戦うのも嫌だ。だから五百万で妥協してやる」

 

 おそらく三十代くらいだろうか。銀髪をオールバックにしたその男は、自らの要求をストレートに告げる。

 

「あーそれは円でか……?」

「何を言っている。ドルに決まっているだろう」

「ジンバブエドルか?」

「アメリカ合衆国ドルだ」

 

 五百万ドル。日本円にして五億六千万円だ。

 

 法外な値段、とも一概には言えない。

 彼は自分の命の危険に、五億六千万円の値段をつけたのだ。

 それを高いと見るか安いと見るか……。

 

「そこの小僧はわかっているようだがな。これは命の値段なのだ。俺の目的は英霊と会うことだが、会ったからと言って死んでもいいわけではない。あのランサーと戦うのは危険だ」

「それにしたってもうちょっと金額を負けられないか?」

「鐚一文負けるつもりはない。俺は今すぐにライダーを自害させて教会に逃げ込むことだってできるんだぞ」

「えっ」

 

 自害させられると聞いてライダーが思わず声を出す。

 

「それで俺たちがお前を殺そうとしたらどうするつもりなんだ?」

「お前の目的は聖杯戦争の犠牲者を減らすことだろう。サーヴァントを失ったマスターを殺すことはお前の主義に反さないのか?」

 

 アウレリオはがしがしと頭を掻いて、ため息をつく。

 

「……分割払いは可能か?」

「分割払いも受け付けよう。ただし手数料は取るぞ」

 

 五百万ドルか……。

 遠い目をし始めたアウレリオ。僕はそれを気の毒だなと思いつつ、話を進める。

 

「それで、同盟は受けてもらえるのか?」

「ああ。聖杯の使用権は放棄する。貴様らにも危害は加えない。自己(セルフ)強制(ギアス)証明(スクロール)も書いてやろう」

 

 それでいいな?

 そう言うルバリオンに、僕たちは頷く。

 

「話はまとまったようだな。これから共に戦う仲間として、よろしく頼む。私はライダー、ニール・オールデン・アームストロング。ルバリオン・バンダーバックのサーヴァントだ」

「ああ、よろしく頼むぜ」

 

 そう言って、アウレリオに右手を差し出すアームストロング。

 五百万ドルショックから復帰したアウレリオは握手に応じた。

 

「さて、メンバーは揃った。相手方が何をしているかわからん以上、早めに叩いたほうがいい。明日、仕掛けるぞ」

 

 アウレリオの言葉に、全員が頷く。

 

 決戦は、明日。

 



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最終話

 決戦の朝。僕はアームストロングと話していた。

 

「時に君は、なんのために戦うのだ?」

 

 向かいの席に座るアームストロングの問いに、とっさに答えが思いつかない。

 僕は、なんのために戦うのだろうか。

 

 突如としてバーサーカーに襲われ、家族は死に絶え、キャスターにすがって生き延びた。

 生き残るために戦いを仕掛けて、そして敗北に近い撤退を経験した。

 同盟を組み、家族を殺した因縁の敵を倒した。

 

 そして僕は今、ランサーと戦おうとしている。

 

 それは確固たる己の意思があってのことではなく、流れに流されてのことだった。

 

「戦う理由は重要だ。私も海軍の端くれとして実戦を経験したこともある。私は祖国と名誉のために戦った。そして今は、これからの時代を生きるだろう私自身と、私の家族のために戦う。君はなんのために戦う?」

 

 僕の、戦う理由……。

 

「なんでもいいんだ。名誉のため、金のため、愛する女のため。どんな理由であっても、確固たる理由があれば辛い時、苦しい時、立ち上がることができる」

 

 愛する女と言われて、一人の女性が思い浮かぶ。

 しかし彼女のために戦っているのか、と言われれば、それは違うだろう。

 

「もし、ただ流されるだけで戦うつもりなら、やめておいたほうがいい。きっと後悔することになる」

 

 月に足跡を刻みつけた英雄の言葉が、僕の心に強く突き刺さる。

 

 僕は。

 僕は——

 

***

 

 結局、答えは出ないままに夜になる。

 

 出発まではもう少し。僕はキャスターと話をしていた。

 

「おや、どうしたんだいマスター」

「うん。色々言いたいことがあって」

 

 僕はキャスターから色々なものを受け取っていた。

 

「あの時作ってくれたキュケオーン。美味しかったよ。また食べたいな」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。また作ってあげよう」

「うん。お願い」

 

 しばらく、静寂が降りた。

 

 僕はまた口を開く。

 

「……あの時、僕の呼びかけに応えてくれてありがとう」

 

 どうしようもなく死にそうだった僕に、手を差し伸べてくれた。

 その姿に、僕は恋をしたのだ。

 

「な、なんだい改まって……」

「キャスターがいなかったら、僕は死んでいた」

 

 僕は窓の外を見た。星空が綺麗だ。

 星の輝きはずっと過去のものであり、中にはすでに死んだ星の残光が輝いているものもあると言う。

 

「今日も、生き残ろう。キャスター」

「……うん。勿論だ」

 

 僕たちは顔を見合わせて、少し笑った。

 

***

 

「よく来たな、劣等ども」

 

 ライヒハート邸を訪れた僕たちを歓迎したのは、ランサーのサーヴァント、アドルフ・ヒトラーだった。

 

 異常な気配を立ち上らせる聖槍を手に、彼はただ一人で佇む。

 

 対する僕たちは七人の大所帯。

 バネ足ジャックのマスターだけは、自衛の手段が全くないためおいてくることになった。

 

「作戦通り、お前たちはマスターをやってこい」

 

 アウレリオがヒトラーを無視して指示を出す。

 しかしそれに、ヒトラーが口を挟む。

 

「マスターならもうおらんよ」

「なに?」

 

 マスターがいないとはどう言うことか。

 サーヴァントは、魔力の供給なしには存在できない。

 魔力の供給役であるマスターがいなければ、早々に消滅するはずだ。

 

「ライヒハートのクズどもは我が宝具に取り込んでやった。何やら甘言を弄し私を操ろうとしたようだったが、裏切り者を許すはずもない。早々にただの魔力タンクに変えてやったよ」

 

 何を企んでいたが知らんが、愚かなことだ。

 

 ヒトラーはそう言って、槍を構える。

 それは戦うための構えではなく、言うなれば支配者の構えに見えた。

 

 マスターがいないとなると、まずい。

 僕たちはヒトラーに対してはあくまで足止めをして、マスターの方を殺すつもりだった。

 

 しかしそれができないとなると、真っ向勝負をするしかない。

 

「もはや我が理想。ナチス・ドイツによる世界支配はすぐそこだ。お前たちはアーリア人によるアーリア人のための完全なる世界の礎となれ」

「はっ、お断りだね! やれ、アーチャー!」

「オーケー! 君には改心する権利がある。ヘー、ダレット、ギメル、ベート」

 

 アレフ!

 掛け声とともに、必中の投石が放たれる。

 サーヴァントの急所に確実に当たるはずのそれは、しかしヒトラーにあたる直前で不自然に逸れた。

 

「ならこれはどうだ?」

 

 キャスターが雷を放つ。紫色の光がほとばしり、ヒトラーを飲み込むが、しかし——

 

 無傷。

 

 ヒトラーは傷一つ負っていなかった。

 

「全ては無意味だ。私にこの槍がある限り、お前たちに勝ち目はない」

 

 僕たちは考えうる限りの攻撃を放っていく。

 雷撃が、炎が、弓矢が、ナイフが、蹴りが、ヒトラーを襲う。

 しかしその全てが、ヒトラーに当たらない。

 まるで斥力が働いているように、そのことごとくがヒトラーを避けるのだ。

 

 まるでヒトラーを世界が讃えるように、僕たちのすべての行動が無意味に終わる。

 

「いい加減鬱陶しいな」

 

 ヒトラーはそう言って、槍を一振りする。

 

 不可視の衝撃波がほとばしり、僕たちは吹き飛ばされた。

 

「ガッハァ!」

 

 地面に叩きつけられ、肺の中の空気が全て吐き出される。

 立ち上がろうとするものの、地面に縫い付けられたように動けない。

 

「実を言うと、私はマスター以外のものもこの身に取り込んでいてね。大聖杯、と言うのだったか。小聖杯共々我が身に取り込ませてもらった」

 

 まあ、完全なる支配はできず、せいぜい魔力を引き出すくらいしかできないんだがね。

 ヒトラーは言う。

 

 大聖杯はこの街の中心の地下にある。動きがないと思っていたが、密かに地下で聖杯を奪っていたのか。

 

 それが本当だとすれば、もはやヒトラーを倒すすべはないのではないだろうか。

 聖杯からの魔力バックアップを受け、支配の槍を十全に使う。そんな化け物に、勝てるはずが——

 

「ん? 何を絶望している? まだ戦ってもいないと言うのに」

 

 奴にとって先ほどまでの戦いは遊びだったらしい。それも当然だ。奴がやったのは槍を一振りしただけ。それだけで僕たちはいま地伏している。

 

「さて、真の闘争を始めるとしようじゃないか」

 

 そしてヒトラーは、何事かの詠唱を始めた。

 

「『Das ist unser Konflikt.』」

 

 空間がたわみ始める。常識がきしみをあげ、テクスチャが置き換えられる。

 

「『Endloser kriegsgefährdender Krieg.』」

 

 電光が辺りを駆け巡り、世界が書き換えられて行く。空間が異常認識によって歪み、狂気が満ちる。

 

「『Die letzte Schlacht kommt unter das Hakenkreuz.』」

 

 燃え上がる都市。逃げ惑う市民。空には無数の銀色に輝く円盤。

 

「『Ein Flugzeug mit einer Scheibe.』」

 

 宇宙の輝きが満ちる。この世ならざる輝きが、空間を埋め尽くす。

 

「『Licht des Universums.』」

 

 聖遺物を持つ超人の兵士たちが円盤から舞い降りる。白すぎる肌に、異様なほど恵まれた体格。そして均一の見た目。一切の差異がない無敵の軍団が顕現する。

 

「『Das Leuchten von Reliquien.』」

 

 これこそは、ヒトラーの心象風景。

 

「『Berlin wird fallen.』」

 

 燃え落ちるベルリン。

 

「『Aber mein Ruhm für immer.』」

 

 かの独裁者が切望した、最後の大隊。

 

「『最後の大隊(Letzte Batallion)』」

 

 今、最悪の固有結界が具現化した。

 

***

 

「固有結界だと……!」

 

 アウレリオが叫ぶ。

 

 固有結界。自らの心象風景で世界を塗りつぶす、悪魔の異常認識に由来する魔法に最も近い大禁呪。

 世界そのものを改変する究極の魔術であるがゆえに、絶大な力を発揮する。

 

「貴様らにこれを見せる必要は少なかっただろう。しかしこれこそが私と言う人間を理解させるのに最も手っ取り早い」

 

 我が闘争。我が積年の悲願。

 

 狂人は自らの理想を語る。

 

 この世界は狂っている。

 ああとも、彼を理解するならこれが一番だ。

 これほどまでに狂った世界を見せられれば、もはや話し合いの余地などないのだと理解できる。

 

 燃え盛るベルリン。

 逃げ惑う市民。

 天を埋め尽くす銀色の円盤。

 そこから絶えず舞い降りる人を超えたナニカ。

 その手に持たれるのは偽にして真なる聖遺物。

 

 それがこの世界。ヒトラーの心象風景。

 

「私を狂っている、と皆が言う。しかし狂っているのはどちらかな? 人に優劣があるのは自明の理であり、それが遺伝による部分が大きいのは当然のことだ。遺伝子は正直だ。劣等の子は劣等として、優等の子は優等として生まれる。優等が劣等を支配するのは当然のこと。私は自然の摂理に従っただけだ」

 

 超人の兵団が迫り来る。天の円盤は絶えず回転し、兵士を下ろしていく。

 

「その結果が敗北だ。私は無様に負けた。敗者が罵られ、否定されるのはまた当然のことだ。ならば次は勝たなくてはいけない。私が負け、狂ってしまった世界を正さなければいけない。あるべきものをあるべき姿へ。真の優等によって、世界は支配されるべきなのだ」

 

 妄言を垂れ流すヒトラー。

 その目には狂気のみが満ちていた。

 あるいは逆に、世界でただ一人彼だけが正気なのかもしれない。

 しかしそれのどこが狂気と違うのか。

 

「こいつはまずいな……」

 

 僕たちは迫り来る兵団を必死で蹴散らして行く。

 けれども、減らせど減らせど兵の数は減らない。

 

 僕たちが兵を減らす速度よりも、円盤が兵を増やす速度の方が上回っているのだ。

 

「くっ……」

 

 僕も必死に矢で応戦するが、兵の数は減らない。

 

「それだけじゃない、見ろ、マスター!」

 

 気がつけば、ベルリンの街は見覚えのあるものに変わりつつあった。

 僕の生まれ故郷。北海道の■■市の光景によく似ている。

 

 いや、似ているのではない。そのものなのだ。

 

 固有結界が解けたのか? 否。空には未だ無数の円盤が浮いており、超人の兵士が無限に降り立っている。

 

 ならばこれはどういうことなのか。

 

「私の固有結界は、正確には固有結界ではない。現実を侵食し、テクスチャを張り替える宝具だ。我が理想の実現のため、我が超人たちの兵団は、この都市を発端としていずれ世界の全てを飲み込むだろう」

 

 ——!

 

 そんなことが可能だというのか?

 固有結界は限定的に世界を塗り替えるだけでも大禁呪であり、世界からの多大な修正を受ける。

 世界のテクスチャを張り替えるとなれば、ヒトラーにかかる負荷はいかほどのものか。

 

 そうしているうちにも、兵士たちは増えていく。

 兵士たち時間の経過とともに質が上がるようで、最初の頃とは比べ物にならない強さを得てこちらを追い詰め始めていた。

 

 空の円盤からも光線がほとばしり、街を破壊していく。

 超人の兵士が住民を追い立て、殺戮を始める。

 

 街のあちこちで火の手が上がり、建物が崩れて行く。

 

 V2ロケットの発射台がビルの代わりに地面から生え、ミサイルが発射される。それは街の何処かに着弾しては、大破壊を招いた。

 

 絶えず破壊音と人の悲鳴が響いており、まるで世界の終わりのような光景が広がる。

 

 もはや街は滅んでいる。

 狂気と破壊に飲み込まれ、この都市は終わっていた。

 

 そして僕たちもまた、もはや万事休す。

 

 四メートルを超える巨人と化し、聖遺物と一体化した人外の兵士たちは、僕たちを取り囲み攻撃を加え続ける。

 

「終わりだ」

 

 遠くからヒトラーの声が響く。

 

 僕たちは必死に迎撃するが、もはやそれも焼け石に水。

 

「キャスター! 転移を!」

「無理だ! ここはこんな状態でも固有結界の中と定義されている! 閉じられた世界なんだ!」

「そんな……!」

「いいや、まだだァ!!」

 

 最後の希望が潰えかけたその時、バネ足ジャックが声を上げる。

 

「私の宝具なら閉じた世界からも壁を飛び越えて移動できる!」

「そいつはいい! さっさとやってくれ!」

「うむ、それなのだが、令呪を使っても少し時間がかかる」

「少し、ってどんなもんだ?」

「私と一緒に転移する奴が完全にフリーになった状態で、一分はいる!」

 

 一分。六十秒。

 この状況ではあまりにも長い時間だ。

 

「オーケー。一分だね。僕はその時間を稼ぐ。みんなは転移の準備を」

 

 いつも通りの軽い調子で、ダビデは言う。

 

「お前はどうする」

 

 アウレリオが問う。その声は、わずかに悲しみがこもっているように聞こえた。

 

「なに、気にすることはないよ。たとえ僕がいなくなっても、ダビデという男の影法師があるべき場所に戻っただけのことさ」

 

 そう言っているうちにも、僕たちはどんどんと追い詰められていく。

 

「……そうか。今まで、こんなマスターのわがままに付き合ってくれてありがとよ」

「なに、お安い御用だよ」

 

 ダビデは笑っていた。

 

「転移の準備に入るぞ!!」

 

 バネ足ジャックが声を張り上げた。

 その瞬間から、僕たちは迎撃をやめる。

 

 ダビデ一人が僕たち全員で担っていた兵士たちの相手を担い、戦い始める。

 

 瞬く間にダビデは傷だらけになっていくが、しかしこちらに攻撃が飛んでくることはない。

 

 宝具を連発し、身を貼って僕たちを守るダビデ。獅子奮迅の活躍を見せる彼の背中は、偉大な英雄のものだった。

 

「よし、転移するぞ!!」

 

 バネ足ジャックの声が響き、僕たちの視界がブレる。

 

「……マスターを頼んだよ」

 

 最後に、ダビデの声が聞こえたような気がした。

 

***

 

 僕たちが転移した先は町外れの弄月邸だった。

 どうやら、ここまではまだ侵食されていないらしい。

 

 しかしここもいずれ侵食される。

 一人留守番をしていた大円寺清子を回収し、僕たちは車で■■山へと移動した。

 

 山の上から、街を見る。

 

 街は地獄と化していた。

 十メートルを超える巨人が街を闊歩し、V2ロケットがそこかしこを破壊する。空は円盤に埋め尽くされ、ひとかけらの隙間もない。

 

「これは……」

 

 僕たちは絶句して街の様子を見る。

 

「……一人のサーヴァントがここまでの力を持つものか?」

 

 僕は疑問を口にした。

 その疑問に、キャスターが答える。

 

「多分聖杯と——ロンギヌスの槍だ。あれが、もはやヒトラーという英霊さえも捻じ曲げているんだ」

 

 ロンギヌスの槍。無数の信仰を集める聖なる槍こそが、この地獄の元凶。

 なんという皮肉なのだろうか。

 

「こ、これどうなるんすか? 逃げてなんとかなるっすか?」

 

 大円寺が震えた声を出す。

 

「どうにもならんだろうな……」

 

 今なお広がり続ける『最後の大隊(Letzte Batallion)』。

 その被害を見ながら、ルバリオンが言う。

 

 絶望的な空気が漂い、諦観にも似た重たい沈黙が降りる。

 

「だけど、なんとかしなければ世界は滅ぶ」

 

 僕は言う。もはや、ヒトラーを放置することはできない。

 

「その通りだ。だがどうする? さっきの最大戦力でもダメだった。一人欠けた状態で、また戦いを挑むか?」

「馬鹿正直に戦う必要はない。さっきは仕方なく戦闘に突入してしまったけれど、何か策はあるはず」

 

 僕たちが話し始めると、突然キャスターが怒り始めた。

 

「君たち正気か!? 黙って聞いてれば戦うだの策はあるはずだの、なんで自ら死にに行くような真似をする!? 逃げるべきだ! どうやってもあんなもどうにもならない!!」

 

 キャスターは叫ぶ。

 

「でもキャスター。あれを放置していればいずれ僕たちも死ぬ」

「死なないかもしれないだろ! 現代の魔術師や抑止力、軍隊がなんとかしてくれるよ! 逃げよう!」

 

 ここまで言われても、なぜだか僕は逃げる気になれなかった。

 

「……」

 

 アウレリオは考え込む。

 

「空気を読まず発言して申し訳ないのであるが、この生命体絶対殺す箱こと『契約の箱(アーク)』なんで消えていないのだ?」

 

 そこで、アサシンが発言した。

 契約の箱(アーク)はライダーが宝具を使ってなんとか運び、車に積んで持ってきた。

 

「ん? ああ、それはその宝具の特性でな……性格にはダビデの宝具じゃないから独立していて——」

 

 そこでアウレリオはハッとする。

 

「……いや、しかし、アサシンがいれば……」

 

 アウレリオはブツブツと呟き、そして口を開いた。

 

「……いけるかもしれん」

 

***

 

「本当に戦うつもりなのかい?」

 

 みんなとは離れた場所で、キャスターが僕を鋭く問い詰める。

 

「ああ、戦う。戦わなくちゃいけない」

「いけないことなんてない。君は逃げたっていい。いや、逃げるべきだ。私と一緒に逃げよう。お願いだ!」

 

 悲痛な顔で、キャスターが言う。

 その声は切実なものであり、不安に満ちていた。

 

「……ごめん」

 

 僕は謝ることしかできない。

 彼女の言うことは、とても魅力的だ。

 きっと僕が頷けば、世界の果てにすら連れて行ってくれるだろう。

 けれど、それじゃダメなんだ。

 

「なぜ! なんで! 戦う理由だってわかってない君が!!」

「理由なら、あるよ」

 

 僕は言う。

 そう、僕はやっと気づいたんだ。

 僕が戦う理由。逃げられない、逃げてはいけない理由を。

 

「嘘だ!」

「嘘じゃない」

「理由があったって、私は認めな——」

「君が好きだ」

 

 僕は言った。

 そう、僕は彼女に恋をした。

 きっと初めから。出会った時から、そうだったのだ。

 僕に手を差し伸べてくれた彼女が、あまりにも眩しかったから。

 

「な、な、す、好きって……!」

「好きだ。愛している」

 

 僕は臆面なく愛を口にする。

 

 キャスターは顔を真っ赤にしてうろたえていた。

 はくはくと口を動かすキャスター。

 

「い、いや、それが君が戦う理由にはならない!!」

 

 キャスターが叫ぶ。

 

 たしかに、そうなのかもしれない。彼女を愛するのなら、彼女のためにも逃げるべきなのだろう。

 けれど——

 

「——好きな女の子の前で、かっこ悪いところは見せられないだろう?」

 

 僕は言った。

 これはくだらない意地だ。馬鹿な男のちょっとしたプライド。

 きっと、僕の血に一滴くらい流れている英雄の血が、僕を熱病にかけている。

 

「な、な、な」

 

 キャスターは信じられないものを見る目で僕をみる。

 

「たったそれだけのために、行くのか?」

「ああ」

「私がそんなことを喜ばないと知って?」

「ああ」

「君が一緒にいてくれればそれでいいのに?」

「知っている」

「とんでもない馬鹿なことを言っているとわかっているか?」

「わかっている」

「私を愛しているのに?」

「そうだ」

「そんなことのために、私を置いて行くのか!!!!」

 

 キャスターは叫び声をあげた。それは怒声にも似て、しかしあまりにも悲痛な、少女の叫びだった。

 

「男はいつもそうだ。くだらない意地とプライドと、勝手な都合で、私を置いて行くんだ」

 

 キャスターは、涙を流しながら杖を構えた。

 

「……君を豚にする」

 

 キャスターは言って、魔力をほとばしらせる。

 宝具の発動が迫っている証拠だ。

 

 けれど、ああ。

 

「可愛いピグレットに変えて、私のペットにする。そして遠くまで逃げるんだ。大丈夫、一人にはしない。一生面倒を見るよ」

 

 それは、それだけは——

 

「待たせたね。私の可愛いピグレットたち。さあ、出番だ」

 

 召喚の固有結界。

 空間が歪み、僕はこの世ならざる場所に招待される。

 

「宴を張ろう。饗宴を開き、客人をもてなそう」

 

 豪華な酒宴が開かれる。

 芳醇な酒の香りがみち、見たこともないご馳走が並ぶ。

 

「さあ、暴れ呑み、貪食せよ——『禁断なる狂宴(メタボ・ピグレッツ)』!!」

 

 豚の群れが僕に突進し、僕はそれに飲み込まれ、豚に変わる呪いを受ける。

 

 けれど、それだけは——

 

「ごめん。()()()()

 

 僕は口にする。彼女の真名を。

 ずっと前。彼女の夢を見たその時から、僕は知っていたのだ。

 彼女は僕に流れるオデュッセウスの血と弓を触媒として呼ばれたのだろう。

 

「僕は、豚にはなれない」

 

 僕は、己の内から一つの()()を取り出す。

 

 僕は伝承保菌者(ゴッズホルダー)だ。

 そして、僕の持つ宝具は二つある。

 

 一つはオデュッセウスの弓。

 

 そしてもう一つが——

 

「ヘルメースより賜りし、魔を払う薬草をここに——」

 

 オデュッセウスは、魔女キルケーの魔法に対抗するために、ヘルメースから薬草を賜ったという。

 その薬草の力によって、オデュッセウスはキルケーの魔法を防ぎ、豚になることはなかった。

 

 この宝具こそは、それの再現。

 魔法を打ち消す、神秘の薬草。

 

「——『呪い祓う神秘の薬草(モーリュ)』」

 

 キルケーの魔法だけは、僕には効かないのだ。

 

「そんな……」

 

 キルケーは絶望した表情でその場に崩れ落ちる。

 

「そんなに行きたいのか……? 私を一人にするのか……?」

「……キルケー」

「話しかけるな! 何処へでも行けばいいだろう!? 私を置いて!!」

「キルケー」

 

 僕はしゃがみこんで、俯くキルケーにこちらを向かせ、瞳を見つめた。

 

「一人にしない」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

 

 僕は言う。

 

「必ず、帰ってくる」

 

 心を込めて。

 

「……馬鹿」

「うん」

「君は馬鹿だ」

「うん」

「大馬鹿ものだ。世紀の馬鹿だ」

「うん」

「サイテーでサイアクの馬鹿だ」

「うん」

「……必ず」

 

 キルケーは言う。

 

「……必ず帰ってきて」

 

 万感の思いを込めたその一言。

 

「うん。必ず」

 

 僕はそう言って、彼女に優しい口づけをした。

 

***

 

「行こう」

 

 そして僕たちは、もう一度最後の戦いに挑む。

 

***

 

 固有結界によって侵食された街。

 強固な概念の壁によって守られたそこへ、流星が翔ける。

 

 いや、それは流星ではない。

 

 ならばなんだ? 鳥か? 飛行機か?

 

 否、否、否。

 

 それは——

 

「——アポロ11号だッッッ!!!」

 

 アームストロングは叫びをあげ、ロケットを必死に操縦する。

 

 宇宙(そら)を目指して飛ぶのではなく、結界を通り抜けるために水平に飛ぶロケット。

 

 星のくびき、重力の縛鎖すら引きちぎり、果てなき宇宙へと翔けた宝具、『星の開拓船(アポロ・イレブン)』は、結界をたやすくぶち破り、ヒトラーの元へと突っ込んで行く。

 

「はっはー! あの神父もなかなかにぶっ飛んだ作戦を考えるものだ! 実にアメリカンでいいじゃないか!」

 

 叫びながら、なおも加速する。

 円盤から放たれる光の迎撃をぶっちぎり、アポロ11号は突き進む。

 

「お前たちはここで降りろ! アサシン、宝具だ!」

 

 アポロ11号に乗るのは彼一人ではかった。

 残りの二人に声をかけると、アームストロングは再び前を向いた。

 

 もう船内には彼一人しかいない。

 

「さあ、真名解放、最終宝具展開。——『大いなる(ワン・スモール・ステップ)飛躍(・フォア・ア・マン)』」

 

 今ここに、ニール・アームストロング最強にして最大の宝具が発動する。

 

 それは二つの力を持つ宝具。

 

 かつてアームストロングは、その足で月の大地を踏みしめることで、月を既征服地とした。

 その逸話が昇華され、宝具となったのが『大いなる(ワン・スモール・ステップ)飛躍(・フォア・ア・マン)』。

 

 一つ目の力は、人類がすでに成功していることに対し、何らかの判定を行うとき、自動的に成功させると言うもの。

 すなわち、歴史上成功した全ての事柄を、サーヴァント、ニール・アームストロングは成功可能とする。

 

 そして二つ目の力は、ニール・アームストロングが成功した事柄を、全人類が成功可能とする力。

 

 人類の成功は彼の成功であり、彼の成功は人類の成功である。

 

 この宝具の力があれば——

 

「さよならだ。マスター」

 

 小さく呟いて、ニール・アームストロングはロケットごとヒトラーに突貫する。

 

 着弾と同時に尋常ならざる爆発が起き、周囲一帯を破壊し尽くした。

 

 ここに、ライダー陣営の敗北が確定した。

 

***

 

 煙の中から、一人の男が現れる。

 

 傷だらけのヒトラーは、憤怒の形相でゆっくりと歩む。

 

 アームストロングの宝具と、不可能なことを不可能なまま可能にするスキル『星の開拓者EX』の効果により、生前傷つけられたことも、死んだこともあるヒトラーへの攻撃判定は、聖槍の加護を抜けて自動的に成功した。

 

 そして、アームストロングがヒトラーを傷つけることに成功したことにより、理論上全人類がヒトラーを殺し得る存在になったのだ。

 

 聖槍の加護は、もはや意味がない。

 

「私に傷をつけるとは、認めよう。確かにお前は私の敵たり得た」

 

 ブツブツと呟きながら、ヒトラーは歩く。

 周囲には新しく生成された兵士たち。

 もはやビル並みの巨体となったそれらは、ヒトラーを保護していた。

 

 そこに、僕たちは現れる。

 

「ヒトラー。お前の理想も終わりだ」

 

 僕はアームストロングから託された宝具、外部と内部を概念的に遮断する『星々を歩む衣(スペーススーツ)』を着込み、ヒトラーと相対する。

 

「ふん、劣等が囀るな。私の勝利は揺らがない。今度こそ私は理想の世界を作り上げる」

 

 ヒトラーはそう言って、槍を掲げた。

 

「死ね!」

 

 ヒトラーは槍を振り下ろす。

 瞬間衝撃波がほとばしり、僕たちを襲う。

 

 しかし、それよりも僕の背後に立つ男の方が早い——!

 

「『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒィィィィィィィィイイイイルド)』ッッッ!!!!!』」

 

 バネ足ジャックが僕を掴み、空間を跳躍する。

 

 跳躍した先はヒトラーの背後。

 

 しかし、ヒトラーも只者ではない。

 瞬時に振り向き、槍を振るう。

 運命の加護厚き聖槍は、過たず僕を貫く——

 

「ヒャッハァァァァァアア!!」

 

 寸前、バネ足ジャックが僕をかばうように前に飛び出す。

 

 バネ足ジャックは聖槍に貫かれ、しかし絶命することはない。

 

「オオオオオオオッッ!!!」

 

 気力によって聖槍を掴み、バネ足ジャックはヒトラーの動きを封じる。

 

 僕はその瞬間に駆け出し、ヒトラーへと手に持つものを押し付けようとする。

 

 しかしヒトラーは一瞬早く槍を手放し、懐から拳銃を抜いた。

 

 避けられない。着込む宝具に防御力は皆無。

 

 僕は、その銃弾を受け——

 

『世話がやけるな、全く……』

 

 声とともに、雷が迸った。

 

 アームストロングの宝具によって結界に穿たれた穴の彼方から、雷が来る。

 それは過たずヒトラーの拳銃を持つ手にあたり、ヒトラーは拳銃を取り落とした。

 

「ありがとう、キルケー」

 

 呟いて、僕は手に持つ箱をヒトラーに押し付けた。

 

「『契約の箱(アーク)』。神の怒りを体験するといい」

 

 そして、聖杯戦争は終結する。

 

***

 

 あれから一年が経って、僕は二十歳になった。

 

 アウレリオとルバリオンは自国に帰り、アウレリオはルバリオンへの借金で首が回らなくなっているらしい。

 大円寺清子はバネ足ジャックの死を悲しみ、そしてバネ足ジャックの故郷が見たいと言い出してイギリスに飛んだ。今でも時々手紙が来る。

 

 僕はといえば、聖杯戦争の生き残りとして色々な後始末をして、更地になった元家を売り、引っ越した。

 表向きは資産家となっていた家の所有していた財産も、売れるものは全て売り、まとまった金を得て適当に過ごしている。

 

 働かないのは気がひけるので、魔術的なアルバイトを適度にしつつ、毎日を過ごしている。

 

 引っ越した先の街を歩く。

 

 街は平和そのもので、今なお復興中の■■市とは違い、活気に満ちている。

 

 曲がり角を曲がって、僕は家の前についた。

 

 鍵を開け、ドアを開ける。

 

「ただいま」

 

 僕がそういうと、奥からパタパタとかけて来る音が聞こえる。

 

 桃色の髪と、鷹の翼が見える。

 

「おかえり」

 

 何よりも愛しい人の微笑みが、僕を出迎えてくれた。

 




受肉エンド。

マテリアル

ライダー

真名/ニール・アームストロング
性別/男
身長/180cm
体重/77kg
属性/中立・善

ステータス

筋力:E
耐久:D
敏捷:E
魔力:E
幸運:A+
宝具:A

クラススキル

対魔力:E

騎乗:C+

スキル

宇宙飛行士:EX

星の開拓者:EX

宝具

『星々を歩む衣(スペーススーツ)』
ランク:D+
種別:対人(自身)宝具
レンジ:0
最大補足:1人

『星の開拓船(アポロ・イレブン)』
ランク:A
種別:対星宝具
レンジ:999
最大補足:3人

『大いなる飛躍(ワン・スモール・ステップ・フォア・ア・マン)』
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:0
最大補足:1人

ランサー

真名/アドルフ・ヒトラー
性別/男
身長/175cm
体重/67kg
属性/混沌・悪

ステータス

筋力:E
耐久:E
敏捷:E
魔力:A
幸運:EX
宝具:EX

クラススキル

対魔力:EX(E)

スキル

狂化:EX

扇動:EX

カリスマ:A-

独裁者:EX

宝具

『悪性・祝福の聖槍(フェルシュング・ロンギヌスランゼ)』
ランク:EX
種別:対人(自身)宝具
レンジ:0
最大補足:1人

『最後の大隊(ラストバタリオン)』
ランク:EX
種別:対界宝具
レンジ:∞
最大補足:∞


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