機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU (後藤陸将)
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大日本帝国 設定

大日本帝国 設定

 

 国号     大日本帝国

 

 領土     日本列島及び周辺の島嶼、樺太、台湾

 領有コロニー L4コロニー郡

 首都     東京

 人口     2億1000万人

 

 概要

 

 ユーラシア大陸の東の果てに浮かぶ島国である。

 国家元首はやんごとなきお方。元首として国家を代表して統治権を総攬・行使すると憲法には規定されている。

 統帥権も総覧するが、これと統治権も含めた所謂『大権』は内閣による輔弼を受ける旨が憲法に規定されている。

 また、防衛大臣には基本的には軍務経験者がつくが、内閣総理大臣の判断で軍務経験者以外のものを任命することも可能となっている。

 

 歴史

 

 20世紀半ばに大東亜戦争にて当時のアメリカと戦い、マリアナ沖で米侵攻部隊を撃滅。ソ連のヨーロッパでの台頭もあってアメリカとの講和に成功する。

 ちなみに陸軍は中国大陸に戦線を抱えてはいなかった。

 冷戦期は西側陣営のNo2としてアメリカと協調。国際連合の安全保障理事国に米・露・仏・英と並んで就任する。冷戦崩壊後も宇宙開発を進めて世界第二位の経済大国となった。

 因みに朝鮮半島は第二次世界大戦後まもなく手放している。植民地経営による利益が台湾と比べて全く無く、赤字であったためである。ただ、当時のソ連の侵攻ルートとなりかねなかったために一定の影響力は保有し続けていたが。

 

 第三次世界大戦には本格的に参戦していなかったため、後の世界再編には巻き込まれなかった。

 C.E.71のGDPは世界第三位。

 

 外交

 

 オーブ連合首長国はかつての委任統治領であったが、後に日本は独立させた。現地のインフラや教育、産業などには日本から来た多くの

移民が関わっていたこともあって第三次世界大戦後には日系人が中心となった連合国家が樹立された。

 同じ大和民族を中心とした国家であることから基本的な関係は良好。オーブの五大氏族は皇室とも関わりを持っている。軍事的にも関わりがあり、オーブの主力戦闘機は日本が開発した清風を採用している。

 また、スカンジナビア王国とも西暦のころから親密な関係にある。国王はやんごとなきお方と個人的に友誼を結んでおり、両国の間の交換留学生も多い。恐らくは最恵国待遇である。

 こちらも国営企業サーグ社が日本と共同開発したロードドラケンを主力戦闘機に採用し、主力戦車も日本のものをライセンス生産するなど深い関わりがある。

 大西洋連邦とユーラシア連邦は貿易相手国ではあるが、最恵国待遇というわけでもない。まぁ、普通の関係。

 赤道連合も過去にインフラ整備をしたこともあり、基本的には関係は良好。

 

 反面、東アジア共和国とは犬猿の仲。目下のところ仮想敵国の筆頭にある。

 東アジア共和国の中心となった中国は第二次世界大戦後に共産党と国民党の内戦に突入。一度はアメリカの支援を受けた国民党が優勢に立つものの、飢餓により各地で反乱が勃発し、共産党もこれに乗じてソ連の援助を受けた大攻勢を実施。決着がつかないまま内戦は10年余り続くことになった。結局は共産党が勝利するも、残ったのは農耕放棄された大地、各地に溢れる難民、戦乱で広まった武器を手に暴れる匪賊たち、各地に無造作にばら撒かれた地雷だけだった。しかし、そこは中華4000年の歴史。三国志の時代をはじめとして何度も繰り返された景色だけあって共産党は手馴れたように国内を掌握することに成功する。誰が言ったか惨獄史。多くの国民の命を犠牲にして中華は再び大国への道を歩き始めたのである。

 彼らは地盤を固めると歴代王朝と同じことを始める。そう、侵略である。しかし、そこに日本の横槍が入った。

 元々彼らの侵略の選択肢は南しかなかった。北と西は当時アメリカと世界の二強を占めていたソ連のテリトリーで流石に手が出せない。東の半島は歴代王朝の滅亡の切欠になるというジンクスがあり、海を隔てた向こう側には逆立ちしても勝てない海軍力を保有した大日本帝国がある。そして残った南を人海戦術で攻撃する。動員数はなんと80万人。

 しかし、彼らの侵攻計画は頓挫する。日本が国連を使って彼らを非難し、中国の侵攻対象とされた国々を守るべく国連軍の派遣を実行したためである。同じ共産主義国家であっても問題児である彼らを助けようともソ連は思わず、結果、最初の国連軍派遣となり、質に圧倒的に劣る中国軍は大損害を被った。21世紀に入っても日本列島によって外海への出入りを制限されたこともあり、中国にとって日本は不倶戴天の敵、民族の敵扱いになっていたのである。

 

 

 軍事力

 

 陸軍     25万人

 海軍     8万人

 空軍     8万人

 宇宙軍    13万人

 

 総兵力約54万人。そのほとんどが常備軍である。

 他国から変態扱いされる技量を持つ変態軍団である。日々の訓練もおかしいが、使っている兵器もおかしい。

 

 

 

 政府閣僚

 

 内閣総理大臣 澤井総一郎

 外務省出身の政治家で、基本的には穏健な人格者。武力の行使は否定しないが、それは臣民を守る最後の手段であると閣内に徹底している。ロボットとスーパー戦艦にロマンを求める漢。

 

 元ネタ『ウルトラマンティガ』より地球平和連合(TPC)総監サワイ・ソウイチロウ

 

 官房長官 奈原正幸

 澤井の与党幹事長時代からの右腕で、対話を重視する温厚な人物。部下からの信頼も篤い。

 

 元ネタ『ウルトラマンティガ』よりTPC参謀ナハラ・マサユキ

 

 防衛大臣 吉岡哲司

 元海軍の潜水艦乗りという経歴のある人物。現実主義者であり、澤井とは防衛政策を巡って10年以上議論をしている間柄。

 

 元ネタ『ウルトラマンティガ』よりTPC警務局長官ヨシオカ・テツジ

 

 

 外務大臣 千葉辰巳

 外務省時代の澤井の後輩で、国連大使も歴任した国際感覚に秀でた人物。趣味は天体観測。 

 

 元ネタ『ウルトラマンガイア』よりG.U.A.R.D.常任参謀千葉辰巳

 

 文部科学大臣 五十嵐隼人

 旧科学技術省の職員で、その国内の科学技術の進歩にかける熱意を澤井に見出されて入閣した元官僚。厳つい顔をしているために現場視察にいった小学校で児童に泣かれたことがある。

 

 元ネタ『ゴジラ×メカゴジラ』より内閣総理大臣五十嵐隼人

 

 大蔵大臣  榊是親

 元々は大蔵省の官僚だったが、政治家に転身した経歴を持つ。国を守るためには最善の手を冷酷に選べる人物。最近娘を秘書見習いとして連れまわして教育しているらしい。

 

 元ネタ『Muv―Luv Alternative』より内閣総理大臣榊是親

 

 情報局長 辰村剣人

 情報局のエリート。マスコミの報道にいちいち惑わされる大衆に対して嫌悪感を抱いている。情報の統制による臣民の統制が帝国の繁栄に繋がるという考えを持つ。

 

 元ネタ『ウルトラマンティガ』よりタツムラ情報参謀



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大日本帝国宇宙軍艦船設定

第二部に出す予定の仮称第一号艦について色々と考えているうちに、少し整理したくなってこれまで登場した艦船の設定をまとめてみました。



……しかし、現段階での構想では、現在執筆中の外伝――SEED ZIPANGU Byroadsが終わってもしばらくは仮称第一号艦の出番はなさそうです。


戦艦

 

 

『金剛』型戦艦

竣工:C.E.60 8月16日

同型艦:『比叡』『榛名』『霧島』

 

全長 333.3m

全幅 50.0m

 

核融合炉搭載

 

兵装

200cmエネルギー収束火線連装砲4基8門(1基は艦底部)

45口径36cm電磁単装砲6基6門(2基は艦底部)

55mm機関砲16門(CIWS)(4門は艦底部)

VLS(32セル)

SSM発射筒6連装2基(艦底部)

 

大日本帝国が竣工した宇宙巡洋戦艦。

C.E.60 の竣工時では世界最強の砲を持つ。

主に通商破壊を目的としているため、仮想的は主に輸送船団とそれを護衛する巡洋艦を想定し、それらを効率的に沈めるための装備が充実している。

艦対艦ミサイルを多数装備し、世界屈指の機動力を有する高速艦である。

また、その速度性能を生かして空母の護衛艦として使うことも想定し、開戦後には艦対空装備を増設する改装を行った。

艦の下部はかなり厚い装甲に覆われている。

 

 

 

 

『扶桑』型戦艦

竣工:C.E.64 11月8日

同型艦:『山城』

 

全長 318.5m

全幅 52.6m

 

核融合炉搭載

 

兵装

200cmエネルギー収束火線連装砲4基8門(1基は艦底部)

45口径36cm電磁単装砲16基16門(4基は艦底部)

55mm機関砲8門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)×2

SSM発射筒4連装1基(艦底部)

 

大日本帝国が竣工した宇宙戦艦。

金剛型のコンセプトが通商破壊と戦闘時の敵巡洋艦の撃破であるのに対して、扶桑型のコンセプトは敵主力艦の撃破である。

計画が持ち上がった当時金剛型巡洋戦艦に対抗可能なネルソン級戦艦が次々と竣工し始めており、速力を重視して装甲を薄くした金剛型巡洋戦艦では敵主力艦との砲撃戦において不利であったため、竣工された。

故にCIWSやVLSが少なく、対艦打撃力が強い主砲副砲が充実している。ただし、将来的な航空機の火力の増大を見込んで、単装砲を対空火器に換装できるように設計段階で余裕を造ってある。

本艦以前の主力戦艦である『河内』型戦艦に比べると、防御力、速力ともに大幅に向上している。

金剛型以上に艦底の装甲は厚い。

 

 

 

 

『伊勢』型戦艦

竣工:C.E.65 12月15日

同型艦:『日向』

艦前部は扶桑型同様だが、第三、第四砲塔は無く、後部はフライトデッキ(イメージはアガメムノン級前部がくっついた)になっている。

 

全長 340.7m

全幅 53.6m

 

核融合炉搭載

 

兵装

200cmエネルギー収束火線連装砲2基4門

45口径36cm電磁単装砲4基4門

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」12門(CIWS)(4門は艦底部)

VLS(32セル)

戦闘機最大8機運用可能

 

大日本帝国が竣工した宇宙航空戦艦。

前線で戦闘機の補給をする中継基地として使う目的で作られた。ベースは扶桑型戦艦で、本艦はその準同型艦ともいえる。

設計のベースは高い防御力をほこり、艦内にもスペースが取りやすい『扶桑』型である。

敵機を寄せ付けない防御が補給点には必要なので、艦底にCIWSを設置する等、艦対空の意識が強い。

CIWSにはモルゲンレーテ社の傑作機関砲「イーゲルシュテルン」が採用された。(皇国製鋼所がライセンス生産)

 

 

 

 

『長門』型戦艦

竣工:C.E.71 5月25日

同型艦:『陸奥』

 

全長 367.8m

全幅 61.2m

 

マキシマオーバードライブ搭載

 

兵装

245cmエネルギー収束火線連装砲6基12門(2基は艦底部)

45口径41cm電磁単装砲8基8門(2基は艦底部)

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」20門(CIWS)(8門は艦底部)

VLS(32セル)

SSM発射筒4連装2基(艦底部)

 

大日本帝国が建造した宇宙戦艦。

ヨコハマの原子物理学主任研究員、八尾南晩博士が40年に及ぶ研究により生み出したマキシマオーバードライブという機関を搭載している。この機関の採用により、本艦は推進剤を使わず、マキシマオーバードライブの生み出す光を推進力にして進むことができる。やろうと思えば単艦での大気圏離脱が可能なほどの推力を得ることも可能。

装甲には超耐熱合金TA32を使用しているため異常なほどの防御力を持ち、「自艦の持つ火力を決戦距離で浴びても耐えられる」という戦艦の設計要件を満たしている。C.E.71年現在では長門型戦艦以上の火力を保有する戦艦はアークエンジェル級とイズモ級だけである(陽電子砲を決戦距離で放つぐらいでなければまともに損傷を与えることはできないということ)

大西洋連邦のアークエンジェル級に次ぐ強大さをほこり、対艦戦闘も対空戦闘も共に申し分ない戦闘力を保有している。

船底の武装は格納が可能。

悪化し続けるL5をめぐる緊張関係を受け、帝国領コロニーの安全を確保するために竣工後すぐに宣伝された。

 

 

 

 

仮称第一号艦

竣工:未定

同型艦:仮称第二号艦

 

全長 軍機指定のため不明

全幅 軍機指定のため不明

 

マキシマオーバードライブ又はその発展型を主機関として搭載予定と思われるが、軍機指定のため不明

 

兵装

軍機指定のため不明

 

現在、大日本帝国宇宙軍艦政本部第四部(造船担当)滝川正人造船少将を設計責任者に据えて設計段階にあるとのこと。防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女こと香月夕呼博士も技術顧問として携わり、日々滝川少将と喧々諤々の議論をしているらしい。

コンセプトは『大日本帝国の最新鋭科学技術の粋を集めた最大、最強、天下無双の戦艦』らしい。

 

 

 

 

航空母艦

 

 

『蒼龍』型空母

竣工:C.E.68

同型艦:『飛龍』『雲龍』『白龍』『紅龍』『黒龍』『雷龍』『火龍』『風龍』

 

全長 433.2m

全幅 98.5m

 

核融合炉搭載

 

兵装

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」14門(CIWS)(4門は艦底部)

VLS(61セル)×2

 

MSを最大24機運用可能

 

世界最大の正規宇宙航空母艦。(C.E.71時点)

いかなる事態においても迅速に戦力を展開し友軍を援護するために、金剛型戦艦と同等の速力を発揮できる。

ただしあくまでも空母なので、艦対艦戦闘を想定した装備は搭載機しかない。その代わり対空戦闘能力は高い。

一度に二機のMS又はMAの同時発進が可能。

 

 

 

 

 

巡洋艦

 

 

『妙高』型巡洋艦

竣工:C.E.65

同型艦:『那智』『足柄』『羽黒』その他多数

 

全長 200.24m

全幅 36.6m

 

核融合炉搭載

 

兵装

127cmエネルギー収束火線連装砲2基4門

120mm連装砲4基8門(2基は艦底部)

55mm機関砲8門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)

SSM発射筒連装1機

多用途機『瑞雲』2機

 

大日本帝国の重巡洋艦で歴代最強の防御力を誇る。

最新のレーダーを搭載しており、『瑞雲』との情報リンク機能も合わせた高い情報収集能力を持つ。

見た目は1stのマゼラン級戦艦に近いが、宇宙戦艦ヤマトのアンドロメダのように直線部分も多い。艦底にCIWSを搭載したり、哨戒機の運用が可能等、防御力や汎用性を重視する傾向がある。

 

 

 

 

 

『白根』型巡洋艦

竣工:C.E.67

同型艦:『鞍馬』『畝傍』『三原』その他多数

 

全長 149m

全幅 25.5m

 

核融合炉搭載

 

兵装

127cmエネルギー収束火線連装砲2基4門

120mm連装砲2基4門

55mm機関砲8門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)

SSM発射筒連装1基

多用途機『瑞雲』1機

 

『妙高』型巡洋艦同様に艦底にCIWSを設置するなど、重火力よりも個艦防空性能に重点を置いた巡洋艦。

1stのサラミス級巡洋艦に近いが、やはり直線的な部分が多い。

『妙高』型巡洋艦は現場の幅広い任務に対応できる汎用巡洋艦とするために、様々な機能を要求され単価が高くなってしまった。それゆえに建造された廉価版が『白根』型である。

主に空母の護衛や船団護衛等に従事している。

 

 

 

 

『水無瀬』型巡洋艦

竣工:C.E.50~C.E.58

同型艦:『赤間』『鵜戸』『橿原』『香椎』『鹿島』『香取』『白峯』『豊受』

 

全長 150m

全幅 26m

 

核融合炉搭載

 

兵装

127cmエネルギー収束火線連装砲1基2門

55mm機関砲6門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)

SSM発射筒連装2基

多用途機『瑞雲』1機

 

宇宙情勢の悪化が表面化していたC.E.50に竣工した巡洋艦。

後の『白根』、『妙高』型に受け継がれる武装を先駆けて採用した。この艦がこの後の日本の巡洋艦の基礎を作ったといわれる。

エイプリルフール・クライシス以後全艦核融合炉に機関を換装した。

C.E.71の時点で『香椎』、『鹿島』は練習艦に指定されて若者達を育て上げている。

 

 

 

 

駆逐艦

 

 

『吹雪』型駆逐艦

竣工:C.E.64~67

同型艦:『白雪』『初雪』『深雪』『叢雲』『東雲』『薄雲』『白雲』『磯波』『浦波』『綾波』『敷波』他多数

 

全長 130m

全幅 14m

 

核融合炉搭載

 

兵装

20cmエネルギー収束火線連装砲2基4門

40mm機関砲6門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)

 

昨今のL5事情が不安定になりつつあることを受けて、船団護衛や哨戒任務への登用を想定して大量建造された。

主目的が小型艦船やMAの迎撃なので、防空性能、特に部隊防空性能は高い。

CIWSを艦底にも配備している為に部隊連携によってはより高い成果を得ることができる。

 

 

 

『沢霧』型駆逐艦

竣工:C.E.56~62

同型艦:『山霧』『朝霧』『夕霧』他多数

 

全長 128.5m

全幅 13.8m

 

核融合炉搭載

 

20cmエネルギー収束火線連装砲1基2門

40mm機関砲4門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)

 

後の『吹雪』型の原型となった駆逐艦。

エイプリルフール・クライシス以後全艦核融合炉に機関を換装した。

C.E.71の時点で『山霧』『朝霧』は練習艦に指定されて若者達を育て上げている。

 

 

 

 

その他

 

 

『アークエンジェル』級強襲機動特装艦

竣工:C.E.71 1月25日

同型艦:『ドミニオン』

 

全長 422.5m

 

マキシマオーバードライブ搭載

 

兵装

71式速射光線砲「プラズマメーサーキャノン」2門

245cmエネルギー収束火線連装砲2基4門

45口径41cm電磁単装砲8基8門

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」16門(CIWS)

両弦VLS(16セル)

艦尾大型ミサイル発射2連装6基

 

 日本にクルーが亡命したことを受け、日本軍仕様に科学者変態達に魔改造された哀れな大天使。全体の装甲は当初ダイヤモンドコーティングされる予定であったが、全面に処理を施すことは流石に予算が許さなかった。そのためラミネート装甲の欠損部を補修後、装甲全体に新開発のレーザー蒸散塗装を全体に施した。これにより以前よりもやや灰色がかった色調となった。

まず、その機関をこれまでのレーザー核融合炉からマキシマオーバードライブに換装し、長門、陸奥に次ぐ快速性能を得た。当初からマキシマを搭載する前提として設計されていたわけでもないために機関部そのものに大規模な改造を実施。その結果、以前よりも機関部が巨大化している。これはただでさえ巨大化した機関部に新たに装甲を装備したためである。

艦首ローエングリン砲は環境への影響や、周囲の艦に及ぼす影響、軌道上での戦闘では放射性物質をばら撒く可能性があるとして撤廃された。その代わりとして採用されたのが71式速射光線砲、通称「プラズマメーサーキャノン」である。この砲はマキシマオーバードライブが生み出す莫大なエネルギーを用いた大出力砲で、その破壊力そのものはローエングリンに劣るものの、その速射性能はかつてアークエンジェルに副砲として搭載されていたバリアントをも上回るほどである。反面、構造上収納部の艦首は脆い構造になるが、その部分のみはダイヤモンドコーティングを施しているために対ビーム防御は問題ない。

主砲の225cm2連装高エネルギー収束火線砲「ゴットフリートMk.71」は長門型戦艦にも採用されている245cmエネルギー収束火線連装砲に換装されたが、これまでのような兵装格納能力は失った。しかし、宇宙軍に配属された以上主戦場は宇宙であると考えられたため、あまりデメリットはない。寧ろ、格納式からより簡略的な固定式に変えたために整備は楽になっている。

副砲のバリアントは射角が艦の側面に取れないつくりをしているために撤去され、代わりに長門型戦艦への搭載で実績を挙げている45口径41cm電磁単装砲を砲廓式に搭載し、副砲としている。砲廓は上下左右に射角が取れるように設置されている。

主砲、副砲に長門型戦艦の装備を流用したのは予算の壁があったためと言われている。当初は艦主砲もローエングリンを残す予定であったが、どうしても艦首にプラズマメーサーキャノンが積みたかった技術陣がこれに反発。他の武装で節約をすることで設置を承諾させたという裏話がある。

因みに、この時没にされた案は主砲に開発中の次世代砲、仮称『メガバスター』を設置、副砲に同じく開発中の試作超電磁砲『デキサス砲』、CIWSに省電力メーサーバルカン砲等、夢とロマンあふれるものだったらしい。

艦橋後方ミサイル発射機は撤去され、艦の両弦のこれまでCIWSが設置されていた部分に移された。これは艦橋付近への被弾で搭載しているミサイルが誘爆し、指揮系統を乱すことが考えられたためである。これまで艦橋後方ミサイル発射機があったところには入れ替わりにイーゲルシュテルンが装備されている。

両弦VLS(16セル)と艦尾大型ミサイル発射2連装6基は共に日本軍規格のミサイルを運用できるように改造がなされている。

 

 因みに、この艦を見せられた元クルーは顔を引きつらせていたらしい。特に元艦長の女性士官は立ちくらみを起こし、その場に座り込んでしまうほどのショックを受けたそうだ。




因みに仮称第一号艦のスペックは既にほぼ決定しています。詳しくは仮称第一号艦が拙作の第二部に登場したときに解説する予定です。

…………自分で考えといてなんですが、正直言って仮称第一号艦は沈める方法が思いつかないレベルのチート戦艦です。
流石夕呼先生&特撮オールスターズ……自重したほうがいいかもしれませんね


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メカニック設定

大日本帝国国産MS

 

T(Tactical)S(Space)F(Fighter)

――――戦術空間戦闘機シリーズ

 

形式番号 TSF-Type1

正式名称 一式戦術空間戦闘機『撃震』

配備年数 C.E.70

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

機体全高 17.1m

使用武装 70式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

 

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する77式戦術歩行戦闘機『撃震』そのもの。

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵しているほか、甲型は跳躍ユニットの形が異なっている。(飛行機を思わせる形状ではなく、扁平な形状)

   近接戦闘用短刀を収納していたナイフシースにはビームサーベルが格納されている。

 

ザフトのMSの脅威を目の当たりにした防衛省が特殊技術研究開発局に製作を命令した初の純国産MS。

設計は香月博士率いるプロジェクトチームの手によって行われ、博士自身の手もフレームや操縦システム等多岐に及んだ。

電磁伸縮炭素帯や独自のインターフェイスを介した関節思考制御を根幹とする操縦方法、背部兵装担架ユニット、網膜投影システムなども彼女のアイデアである。

機体の機動制御は腰の噴射ユニットと脚部内臓スラスター、四肢のAMBAC制御で行うことで、シグー並の機動力を得た。

また、背部の可動兵装担架ユニットは多彩な兵装の搭載を可能にしただけではなく、その広い可動域を活かして背部兵装の自立機動を可能とした。

C.E.71 1月時点で宇宙軍への正式配備が始まった。

ザフトのシグーと互角以上に戦える性能を誇る。

宇宙軍使用の甲型、陸軍使用の乙型が存在する。

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type1E

正式名称 試製一式戦術空間戦闘機改『瑞鶴』

配備年数 C.E.71

設計   大日本帝国宇宙軍技術廠 陸軍技術廠

機体全高 17.9m

使用武装 70式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式電磁投射砲

     71式複合砲

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する82式戦術歩行戦闘機『瑞鶴』そのもの。

   ただし、『撃震』同様に脹脛の部分にスラスターを内蔵しているほか、跳躍ユニットの形が異なっている。(飛行機を思わせる形状ではなく、扁平な形状)

 

 

大西洋連邦が開発に着手した新型MSへの脅威をうけて製作が決定した『撃震』の能力向上改修型MS。

大西洋連邦が建造を開始した新型MSの性能は軍上層部に衝撃を与えた。例え製作中の機体が試作機であったとしても、それに対抗しうるMSが存在しない現状に危機感を覚えた防衛省は配備が開始されたばかりの『撃震』を凌駕する攻撃力、防御力を持った機体を求めた。

しかし、いくら地球上2位のGDPを誇る大日本帝国であっても独力で『撃震』の配備と同時に別機種のMSの生産を続けることは予算が許さなかった。

そのため技術廠は『撃震』をベースにした改修機の開発を決定したのだ。

ヘリオポリスで製造された本機は、OSの技術供与の対価としてもたらされたPS装甲とビーム兵器を採用している。

噴射ユニットの改良、各種電子装備の強化、装甲の形状の改良なども行われたことでG兵器に相当する高性能化は成功したが、電力を消費するビーム兵器やPS装甲の採用で稼働時間は低下している。

加えて『撃震』との部品の互換性は計画していたほどではなく、整備性もお世辞にもいいとはいえない。

ヘリオポリスで製造された機体も含めて計4機が製造された。

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type1E

正式名称 一式戦術空間戦闘機改『瑞鶴』

配備年数 C.E.71

設計   大日本帝国宇宙軍技術廠 陸軍技術廠

機体全高 17.9m

使用武装 70式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式電磁投射砲

     71式複合砲

 

備考:X1Eとの外見上の差異はない。ただし、乙型の噴射ユニットの形は甲型と異なる。

 

 

TSF-X1Eの量産仕様機。

X1Eで問題視されたエネルギー問題のためにPS装甲がオミットされている。

噴射ユニットの改良、各種電子装備の強化、装甲の形状の改良などが行われたことで高性能化は成功したが、『撃震』との部品の互換性は計画していたほどではなく、生産性はお世辞にもいいとはいえない。

本機はゲイツをも凌駕する性能を誇り、近接戦ではソードカラミティと戦えるほどであったとされる。

『撃震』同様に甲型、乙型が存在する。

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type1S

正式名称 一式戦術空間戦闘機『撃震』S型

配備年数 C.E.71

設計   三友重工業 サーグ社

機体全高 17.7m

使用武装 70式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

 

備考:外見は頭部とナイフシースのみMuv-Luvシリーズに登場するMig-21 バラライカで、その他は撃震と同じ

   

 

スカンジナビア王国が採用する撃震の改修機。撃震と異なり寒冷地での戦闘を前提としているため、駆動系統の部品がオリジナルとは大幅に異なっている。

オリジナルの撃震と違い間接思考制御システムは組み込まれていない分ソフト面の性能は劣るが、コクピットブロックや駆動部には特殊セラミック製耐熱タイルを装備し、対ビーム防御はオリジナルを凌ぐ性能を持つ。これは連合、ザフトの主力MSの搭載兵器は今後ビーム兵器が中心になると睨んだためである。しかし、その反面、若干高価になり、装甲の増加で機動力も低下している。

また、頭部センサーユニットはサーグ社の技術提供によって小型化に成功している。ただし小型化している分、センサーの増設等を含む頭部の改修の余地も小さくなってしまっている。

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type2

正式名称 試製二式戦術空間戦闘機『白鷺』

配備年数 C.E.71

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

機体全高 19.5m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

 

備考:外見はMuv-Luvシリーズに登場するSu-27『ジュラーブリク』

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵しているほか、甲型は跳躍ユニットの形が異なっている。(飛行機を思わせる形状ではなく、扁平な形状)

   撃震とは異なり、ナイフシースは存在しない。

 

 

防衛省が特殊技術研究開発局に製作を命令した純国産MSの第二世代機の試作機。

設計は撃震と同じく香月博士率いるプロジェクトチームの手によって行われた。

各国のMSにビーム兵器が次々と採用されている現状やザフトと交戦したパイロット達の意見を踏まえ、撃震にあった防御重視のコンセプトを撤廃しているために装甲は撃震のものと比べて軽くなっている。

ビーム兵器が相手では撃震並に分厚い装甲を纏っていても焼け石に水といった状況であったため、「防御力よりも回避性能を優先する方がパイロットの生存率の向上につながる」というコンセプトの元、機動性と運動性を突き詰めた設計となっている。

また、敵のエースパイロットや高性能機との交戦では接近戦の機会が非常に多かったことを受けて撃震に比べて近接戦闘能力を大幅に向上させた。

装甲を削った分装甲の質を高めるために全面にフェイズシフト装甲を採用している。

これらの近接戦闘を主眼に入れた設計や各種武装について助言したのはブルーフラッグにも参加した白銀武少尉だと言われている。

両前腕部には71式高周波振動短刀を内蔵(71式ビームサーベルに換装することも可能)し、膝部前面、肩部装甲ブロック、爪先には特徴的なブレードエッジが搭載されている。

ただ、格闘性能を高めるべく多くの武装や継戦能力を高めるべく特殊な機構、そして大型バッテリーを搭載した本機は多少大型化してしまったことが欠点といえる。

C.E.71 9月時点で宇宙軍への正式配備が始まった。

エースパイロットが搭乗すれば核エンジン搭載型MSとも互角に戦える基本性能を誇る。

 

 

 形式番号 XFJ―Type4

 正式名称 試製四式戦術空間戦闘機『???』

 配備年数 C.E.71

 設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

 機体全高 不明

 使用武装 不明

 

 安土攻防戦にて白鷺を凌駕する性能を見せつけたザフトの新型MS、ジャスティスとフリーダムの存在は日本の軍部にとって大きな脅威として移った。

 来るべき反攻作戦においてこの2機に対抗できる機体が無ければ甚大な損害が発生することを危惧した軍部は、この2機の性能を上回る機体の開発を行うこととなった。(この開発の提言にはフリーダム、ジャスティスの両機を核エネルギー搭載型MSであると見破った香月博士が深く関わっているという噂もある)

 特殊技術研究開発本部が総力をあげて開発を進めていたが、反攻作戦の予定が3カ国会談で決まったこともあり、開発が中盤に差し掛かった頃にロールアウトまでの期限が設けられてしまった。

 後付で期限を設定されたため、現状の開発計画では作戦開始までに要求された中隊規模の戦力を揃えることは困難であることは明白だった。この時開発主任も兼任していた香月博士はこのことに一時は激怒し、防衛省に駆け込みかねない勢いであったが、とあるエースパイロットの助言を得て、発想を転換することでこの問題を解決した。

 曰く、『小隊規模の核エネルギー搭載型MSを単機で撃墜できるMSを作ればいいんじゃない』とのことである。元々無理を言っていることは防衛省側も理解していたので、無理を通して戦力が揃わないよりは彼女の提言を受け入れるべきと考え、これを了承した。

 つまりは、予算度外視で『がかんがえたさいきょうのきたい』を開発する許可が与えられたということと同義である。もちろん、特殊技術研究開発本部(よこはま)科学者(へんたい)たちが身震いしないわけが無い。彼らは自重と睡眠時間と理性をなくしたまま開発に没頭したという。一部の科学者はこの夢のような開発プランを実現させた香月博士を女神として慕っていたそうな。

 詳細は現在不明。

 

 

形式番号 TSA-Type6A

正式名称 六式戦術空間攻撃機『海神』

配備年数 C.E.71

設計   三友重工業

機体全長 25.0m(可変)

使用武装 AIDS発射ユニット

     魚雷発射ユニット

     71式高周波振動短刀

     フォノンメーザー砲

     36mmチェーンガン

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する81式戦術歩行攻撃機『海神』そのもの。

 

大日本帝国海軍が運用する水陸両用MS。ザフトの水中用MSの存在を受けて海軍はこれらに対抗するためのMSの開発を開始した。しかし、開発開始時は日本の対潜哨戒網への自信から、上層部は「水中用MSなど開発せずとも対潜ミサイルでことが足りる」「ザフトの水中用MSの行動半径など知れている。その行動半径に我が国の領海が入る前に母艦を沈めることこそが最優先である」などと言った意見が多々あり、当時宇宙用、地上用のMSの開発にも多額の予算がかけられていたこともあり、この計画は歓迎されなかった。

そこで海軍は揚陸作戦において上陸地点を強襲し、橋頭堡を確保するという役割を兼ねた水陸両用MSの開発というコンセプトの元で再度開発計画を練り直した。

海中からの強襲揚陸を可能とするこのコンセプトは上層部の関心を引き、渋る大蔵省に対して海軍の幹部が粘りづよい交渉を続ける原動力となった。

目標地点までは海中をテールユニットを接続して移動する。これにより長距離の移動が可能となった。尚、海中で対潜魚雷による攻撃を受けた際にはこのテールユニットをデコイとして切り離すことが可能。

 

 

 

 

 

形式番号 P-70A

正式名称 七○式偵察機『銀蜻蜓』

設計   富士山重工業

機体全長 16.0m

使用武装 30ミリ機関砲2門装備(70式ビーム機関砲『ニードル』に換装可能)

     胴体下部のウェポンベイには多彩な武装を格納できる。

 

外見は『ウルトラマンダイナ』の『コネリー07』

 

大日本帝国海軍、空軍、陸軍の3軍で採用されている汎用機。

投入される任務は偵察、捜索救難、対潜哨戒等と多岐に亘る。3軍ともに原型は同じで、陸軍のものは濃緑、海軍機はグレー、空軍機が白を基調としたペイントをしている以外には差異はない。

 

現場では何故か『銀蜻蜓』の名称は使われず、『07(ゼロセブン)』の愛称で親しまれている。

 

 

 

 

形式番号 A-67

正式名称 六七式対艦攻撃機『風巻』

設計   富士山重工業

機体全長 19.0m

使用武装 固定武装は20mm機関砲で、胴体に対艦ミサイルASM-7を最大2発搭載可能。

 

外見はウルトラマンティガに登場する月面基地ガロワの飛行艇

 

宇宙軍が採用している哨戒機であるPA-68『彩雲』の原型になった対艦攻撃機。装甲も厚く防御力、航続力、搭載能力は連合のメビウスを凌駕する。だが、その分メビウスと比べて機体は大型であり、運動性能も劣る。

派生機であるPA-68はその大型な機体を生かして多くの観測機器を搭載しているが、観測機器が嵩むために固定武装である機関砲が撤去されている。

 

 

形式番号 AF-68A

正式名称 六八式戦闘機『橘花』

設計   防衛省特殊技術研究開発本部

機体全長 14.0m

使用武装 30ミリ機関砲2門装備(70式ビーム機関砲『ニードル』に換装可能)

     胴体下部のウェポンベイにはAAM又はASMを最大2発搭載可能な他、ポッド式機関砲など様々な装備を搭載できる。

 

外見は『ウルトラマンティガ』の『ガッツウィング1号』

三友重工業の十二試艦上戦闘機のコンセプトをベースに、防衛省特殊技術研究開発本部の誇る航空工学のエキスパート集団、樫村班が様々な技術的な壁を乗り越えて完成させた可変機構付き傑作汎用機で各種バリエーションが存在する。

 

海空軍共通採用で可変機能、VSTOL機能を有する単座戦闘機として活躍している。

複座型のAF-68B『橘花』乙型が存在する。(他の派生機にも同様に複座型が存在する)

 

各種偵察、観測機材を搭載可能で偵察から戦闘、攻撃任務までそつなくこなす。

 

推力偏向ノズルと高出力エンジンを可変機構を備えた主翼内部に内蔵することによって攻撃ヘリのような機動が可能な垂直離着陸形態、燃費を抑えた巡航形態、高速戦闘に適した高速移動形態など様々な形態をとることが可能となっている。

 

また、その推力偏向ノズルと可変翼をコンピューターで精密に制御することで従来の戦闘機には不可能だった機動も可能になり、既存の航空機の運動性能大きく上回る性能を手にした。

だが、あくまで戦闘機のなかで突出した運動性能であり、小回りが利くディンを相手にすれば苦戦する。

 

 

形式番号 F-69BT

正式名称 六九式戦闘機『清風』

設計   富士山重工業 モルゲンレーテ

機体全長 14.4m

使用武装 20ミリ機関砲2門装備(71式ビームライフルに採用されているビーム砲に換装可能)

     胴体下部のウェポンベイにはAAM又はASMを最大2発搭載可能な他、ポッド式機関砲など様々な装備を搭載できる。

 

外見は『ウルトラマンティガ』の『ガッツウィング ブルートルネード』

 

大日本帝国が開発した傑作戦闘機であるAF-68Aをベースにオーブ国営軍需企業であるモルゲンレーテが富士山重工業と共同開発した戦闘機。オリジナルである『橘花』に比べてその速度性能は勝っており、高速飛行時の運動性能や加速性能も優れているが、反面で火力が貧弱なものとなっている。

また、空母を持たず、外国に部隊を展開することも想定していないため、開発予算削減と機体のエンジンの寿命を延命させるためにVTOL機能もオミットされている。

 

海から襲来する外敵を早期に撃墜するためにその行動半径の延長と一秒でも早く敵機を捕捉することが可能な超高速戦闘機という性能要求をされたモルゲンレーテ社は高騰する軍事費の影響から戦闘機を独自開発するだけの予算が与えられなかったために外国企業との共同開発という手段を提案した。

対艦攻撃能力では大西洋連邦のF-7Dに劣るが、その制空性能は開発当時並ぶものがなかったAF-68Aをベースに共同開発をすすめたという経緯がある。

本機は洋上迷彩を施されており、その速度性能からブルー・トルネードという愛称も付けられている。

 

 

 

 

形式番号 FA-70CD

正式名称 七○式戦闘攻撃機『ロードドラケン』

設計   三友重工業 サーグ

機体全長 15.2m

使用武装 3門の機首銃身の両端に30ミリ機関砲、中央に70式ビーム機関砲『ニードル』装備

     胴体下部のウェポンベイにはAAM又はASMを最大2発搭載可能な他、ポッド式機関砲など様々な装備を搭載できる。

     可変機能により両翼に装備した機関砲を正面に向けることも可能。

 

外見は『ウルトラマンティガ』の『ガッツウィング クリムゾンドラゴン』

 

大日本帝国が開発した傑作戦闘機であるAF-68Aをベースにスカンジナビア王国のサーグ社が三友重工業と共同開発した戦闘機。オリジナルである『橘花』に比べて高速戦闘時の運動性、最高速度、加速性能に劣るが、反面その豊富な火力は攻撃機としても転用可能なほど強力なものである。

原型機であるAF-68Aに比べて低速時の運動性能も勝っており、対地、対艦攻撃機としての活躍も期待される。

スカンジナビア王国の前進となった北欧諸国はは第三次世界大戦時が勃発する前から戦闘機は空軍基地などで一括に運用することは避けて各地に分散して運用してきた。

各地に作られたシェルターに戦闘機を配備し、敵からの攻撃を受ければ即座にシェルターから戦闘機を発進させて敵機を邀撃するというドクトリンをもつためである。

このドクトリンに従って、専用の滑走路のない各シェルターから迅速に戦闘機を発進させるためのVSTOL性能、そして小規模な整備設備しか持たないシェルターでも整備を可能にするために高い整備性を併せ持つ機体の開発を求められたサーグ社は独自開発を断念した。

当時連合で配備されていたF-7Dを超える性能で且つ軍からの要求仕様を満たす機体の開発にかかる費用を計算した結果、とても手が出せないものとなったためである。

結果、開発当時の最新鋭機である日本のAF-68Aをベースに機体の開発を進めることが決定し、当時モルゲンレーテとの共同開発で忙しかった富士山重工業と違って手が空いていた三友重工業をパートナーとした共同開発を決定する。

元々の機体の優秀な基本設計の賜物か、改造計画は順調で一年ほどで量産体制が構築されるほどの早さで開発が進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーラシア連合のMS

 

 

形式番号 CAT-MP1

正式名称 ハイペリオンMP(Mass Production)

配備年数 C.E.71

設計   アクタイオン・インダストリー社

機体全高 17.5m

使用武装 ビームナイフ「ロムテクニカRBWタイプ7001」

     ビームキャノン「フォルファントリー」

     RFW-99 ビームサブマシンガン「ザスタバ・スティグマト」

     GAU8M2 52mm機関砲ポッド

     モノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエール」

 

備考:外見と武装はほぼハイペリオンGだが、頭部のみゲルフィニートの意匠を汲んだデザイン

 

アクタイオン・インダストリー社が開発した量産型MS。試作機であったハイペリオンの量産仕様となっている。それに合わせて効果なアルミューレ・リュミエールの発振装置を削減し、空いたスペースに汎用の武装ラッチを取り付けた。これは自立起動させて攻撃に用いることが可能になっている。このシステムは日本のMSに影響を受けたためという話もある。これによってオリジナルのハイペリオンに比べて防御力は下がったが、電力消費は抑えられ活動時間は向上している。

OSは日本製のナチュラル対応OSを採用している。頭部がゲルフィニート風になっているのは以前試作したゲルフィニートのデータや部品をできる限り流用できるように設計されているため。



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SEED ZIPANGU 世界観設定

このままじゃぁ世界観説明する前に最終決戦終わりませんかい!?
てことで、世界観の設定です。
プラントは原作でかなり設定を書いているので、説明を省きます。
ようは、原作どおりの酷い国家(笑)ということで。


大西洋連邦

 

領有コロニー 無し。戦前はプラントに大部分を保有

宇宙基地   月面プトレマイオス・ダイダロス

首都     ワシントン・DC

人口     7億1000万人

 

 

概要

 

 旧アメリカ合衆国を中心にした共和制国家で、国家元首は大統領が務める。大統領官邸はホワイトハウス。地球連合加盟国の中心国で、その国力は地球上のどの国家の追随も許さない程に隔絶している。エイプリルフールクライシス以降の恐慌により失業率が高まり、余剰となった労働力人口の多くが軍に流れている状態。

 

 

歴史

 

 20世紀半ばに大東亜戦争にて当時の日本と交戦したが、マリアナ沖で侵攻部隊を撃滅され、更にソ連のヨーロッパでの台頭もあって日本との講和に踏み切った。

冷戦期は西側陣営のボスとして欧州の没落でNo2に繰り上がった日本と協調。国際連合の安全保障理事国となり、多国籍軍の中核を担っていった。

第二次世界大戦終結後に起きた西蔵戦争では日本と共に国連軍として参戦し、当時の中華の軍勢を圧倒した。後方支援を請け負った日本の活躍で補給を気にすることなく戦うことができた。

しかし、ベトナム戦争時には当時極東進出を狙う動きを活発化させていたソ連を警戒して日本は出兵を拒否した。そのためにほぼ単独で(何を考えたか高麗が派兵してきたが、戦力的にも大した活躍はせず、むしろ略奪等によって現地住民を完全に敵に回して後の戦後統治に禍根を残す結果となった)出兵を敢行し、ゲリラ戦を受けて大損害を被る。

21世紀に入ると冷戦も崩壊し、旧東陣営やアジア各国との関係も良くなったが、今度はシオニズムを露骨に支援し、当時の議員の一人ががイスラム教の預言者を侮辱する発言をしたために中東諸国との関係が悪化し、血みどろのテロとの戦いへと歩んでいった。

度重なる戦争の結果、軍事費は世界最高額になり、また、経済の一歯車となってしまった軍需産業を回転し続けさせるために各地に武器を売り、自国もどこかに紛争を求めるというかなり好戦的な国となった。

また、肥大化した軍需産業複合体、『ロゴス』が政官財に強い影響力を持っている。

 

 第三次世界大戦にも本格的に参戦し、多くの利権を手に入れるも、派兵した世界の各地に禍根を残しており、友好国は少なくなった。

 

 

 

 

 

ユーラシア連邦

 

領有コロニー 戦前にプラントに保有

宇宙基地   アルテミス

首都     ブリュッセル

人口     19億4000万人

 

 

概要

 

 旧ヨーロッパ連合を中心とした連邦国家で、主な領土は欧州諸国と旧ソ連領から構成されている。人口と領土は地球上で最大の国家ではあるが、冷戦期の混乱、ソ連崩壊後に各地で奮発した紛争を受けて技術面や経済面で日本、アメリカに遅れをとってしまった。だが、GDPは日本を上回る地球上第2位である。

 

 

歴史

 

 21世紀末にはこれまでのヨーロッパ連合にロシアが加盟し、チンギスハンのモンゴル帝国を超えた空前絶後の規模の国土を保有するユーラシア連邦が誕生した。この頃には各地の紛争も収まってきており、その豊富な人的資源と地下資源を背景に力を伸ばし始めた。だが、アメリカの背に手が伸ばせそうになったところで第三次世界大戦が勃発、ユーラシアは領土欲をむき出しにしてシベリアに侵攻しようとする中国軍と国境線上で睨みあうことになる。

その一方で中国はユーラシア内に未だに燻る紛争の火種と接触し、その暴発を煽っていた。そして火種が暴発するのにあわせて中国はシベリアに侵攻を開始、各地で少数民族(殆どが旧ソ連領の少数民族)が蜂起し、パリでは移民していた高麗、中国系市民が暴動を起こしていたために軍の活動は鈍化する。

そのまま多方面に戦線や火種を抱えたユーラシアは第三次世界大戦終結時に国力を大幅に減少させることになる。さらに関係が悪化した東アジア共和国に備えるために軍備を拡張せざるをえなくなり、戦災復興の妨げとなった。

 

 

 

 

 

 

 

東アジア共和国

 

領有コロニー L2に複数

宇宙基地   新星

首都     北京

人口     34億8000万人

 

 

概要

 

 南はセイロン島、北はスタノボイ山脈、西はタクラマカン砂漠、東は朝鮮半島にまでまたがる領土を持つ多民族国家で、GDPは世界第四位の大国である。抱える人口はC.E.71年現在で世界の全人口の5分の1程に当たる。

 

 

歴史

 

 東アジア共和国の中心となった中国は第二次世界大戦後に共産党と国民党の内戦に突入。一度はアメリカの支援を受けた国民党が優勢に立つものの、飢餓により各地で反乱が勃発し、共産党もこれに乗じてソ連の援助を受けた大攻勢を実施。決着がつかないまま内戦は10年余り続くことになった。結局は共産党が勝利するも、残ったのは農耕放棄された大地、各地に溢れる難民、戦乱で広まった武器を手に暴れる匪賊たち、各地に無造作にばら撒かれた地雷だけだった。しかし、そこは中華4000年の歴史。三国志の時代をはじめとして何度も繰り返された景色だけあって共産党は手馴れたように国内を掌握することに成功する。誰が言ったか惨獄史。多くの国民の命を犠牲にして中華は再び大国への道を歩き始めたのである。

彼らは地盤を固めると歴代王朝と同じことを始める。そう、侵略である。しかし、そこに日本の横槍が入った。

元々彼らの侵略の選択肢は南しかなかった。北と西は当時アメリカと世界の二強を占めていたソ連のテリトリーで流石に手が出せない。東の半島は歴代王朝の滅亡の切欠になるというジンクスがあり、海を隔てた向こう側には逆立ちしても勝てない海軍力を保有した大日本帝国がある。そして残った南を人海戦術で攻撃する。動員数はなんと80万人。

しかし、彼らの侵攻計画は頓挫する。日本が国連を使って彼らを非難し、中国の侵攻対象とされた国々を守るべく国連軍の派遣を実行したためである。同じ共産主義国家であっても問題児である彼らを助けようともソ連は思わず、結果、最初の国連軍派遣となり、質に圧倒的に劣る中国軍は大損害を被った。この西蔵戦争以後、21世紀に入っても日本列島によって外海への出入りを制限されたこともあり、中国にとって日本は不倶戴天の敵、民族の敵扱いになっていたのである。

 

 西蔵戦争の後に中国は各地の少数民族の同化政策を進め、西暦の末期にはかつて100以上存在したはずの民族はおよそ10にまで減少し、人口の99%が漢民族という状態になっていた。過剰となった人口を欧米への移民や強制労働に当てることで口減らしし、国内の一部の開発で国力を伸ばした結果、第3次世界大戦の直前ではGDPで日本を抜き世界第3位にまで成長している。

 

 西暦末期にはシベリアで新たに発見された鉱物資源を求めてシベリアに侵攻し、第3次世界大戦の引き金を引く。東アジア地域の信頼関係と協力体制を確立した共同体構想を掲げ、東アジアを支配する夷敵から東アジアを開放するという名目の元での侵攻だった。

この声明を発表した直後から朝鮮半島における唯一政府である高麗共和国が東アジア共和国に加盟し、シベリアに派兵を敢行。高麗からの援軍と共に人海戦術でユーラシア連邦軍に大打撃を与え、シベリアを奪い取った。

同時に東アジアは南方にも戦線を作る。過去に痛い目を見ている西蔵を迂回してインドに進撃し、そのおよそ西半分を征服することに成功する。そしてセイロン島もその支配下に置くことに成功する。しかし、その時点で危険を悟ったインドの東半分とその東方にある国家郡はこれを脅威とみなし、結束、赤道連合を成立させて自分達の国の防波堤としてインドに戦力をおくり、共和国の進撃を食い止めることに成功する。

因みにこの時、何をとち狂ったか、強襲揚陸艦を含む高麗共和国海軍の艦隊が日本の領海に侵入し、無人島に上陸。そしてこの島は自分達の島であるという声明を政府から公式に発表したが、2時間後に大日本帝国空軍の対艦攻撃によって艦隊は環礁と化し、陸軍の特殊部隊によって島に上陸した人員は全員確保された。

後に東アジアは「今回の事件は併合から時間が経っておらず、旧中華と高麗の軍の意思疎通がうまくできなかったために生じた暴走であり、自分たちには関係ない」という声明をしている。元々良い関係を築いているわけでもなかったが、この事件を理由に東アジア共和国と日本の関係は成立時からずっと冷え込んでいる。というか互いに最重要仮想敵国に認定している。朝鮮半島にはいまでも多数のミサイルが配備され、対岸に照準を合わせているが、対岸には多数の迎撃ミサイルが用意されているためにあまり大きな効果は期待されていない。高麗軍の無人島無断占領事件の後反日感情がいつものごとく噴出した高麗の民衆をなだめる目的の方が大きいのだとか。

 

 

 

 

大洋州連合

 

領有コロニー なし

宇宙基地   なし

首都     ウェリントン

人口     4億8000万人

 

 

概要

 

 オセアニア地域を支配している海洋国家

 

 

歴史

 大東亜戦争終結後、オーストラリアはあくまで英連邦に留まる意思を示した英総督派と独立派に分裂し、内戦が勃発する。当初はイギリスが支援する英総督派が優勢であったが、アメリカの援助を受けた独立派が内戦の中盤で盛り返す。結局は資本主義陣営内の同士討ちは共産主義陣営に利するだけであり、勝者が得る利益と共産主義の台頭で被る不利益を考えればこの内戦に深入りすることはよろしくないということで日本の仲介を受けて両国はオーストラリアから手を引いた。米英が手を引いたことで双方の勢力は相手に決定打を与えることができず、戦局は泥沼に陥ることになる。

 15年ほどにおよぶ壮絶な内戦の末、オーストラリアには白豪主義を唱える勢力が統一した。そして、有色人種を鉱山にて強制労働に従事させることで鉱物の生産量を急激に拡大することに成功する。その鉱物を輸出することで外貨を得たオーストラリアはようやく長年の内戦で荒れ果てた国土の復興を始めることができるようになったのである。

鉱物資源に目が眩んでいた各国はオーストラリアで行われている奴隷制度に強い批判はできなかった。足元を見られると厳しいためである。それでも国連を通じてある程度の干渉を受けたオーストラリアは奴隷制度を廃止する。しかし、有色人種がまともに社会生活ができる制度を整えてはいなかったので、結局有色人種は鉱山にて使い捨ての安価な労働力として扱われるだけであった。

 しかし、西暦の末にはオーストラリアの鉱物資源は底をつき、その国際的な地位も大幅に下落する。そんな折に第3次世界大戦が勃発する。オーストラリアは国内で高まりつつあった政府への不満を外部に転嫁することを選択し、周辺のオセアニア諸国を次々と攻め落とし、大洋州連邦を成立させる。

元々大東亜戦争後の内戦とその後の復興で宇宙開発で大幅に出遅れていたオーストラリアはプラント理事国にもなれなかった。また、自力でコロニーを開発する能力も有していなかった。しかし、食糧の生産能力に優れていたため、大戦勃発後は食糧の輸出を対価にプラントから工業品を輸入するという関係を創出することに成功する。

現在、プラントの協力で工業規格もプラントのものに合わされ、カーペンタリアの地上軍にも様々な工業品を売りつけている。彼らの工業力も戦前に比べて大幅に拡大している。

 

 

 

 

 

 

オーブ連合首長国

 

領有コロニー ヘリオポリス

宇宙基地   アメノミハシラ

首都     オロファト

人口     3500万人

 

 

概要

 

 ソロモン諸島周辺に存在する島々から構成される島嶼国家。5首長家の代表が国家元首となる。国家元首は国家の統帥権も総攬する。国家元首である代表首長はその口頭での命令で逮捕や拘束といった国民の自由を制約する命令を実行させることができる。ようは、独裁者である。

 

 

歴史

 第3次世界大戦末期に誕生した島嶼国家で、主に日系の移民が中心となった国家。その成立時の世界の状況から、他国の争いには介入しない(それだけの国力が無いだけなのだが)中立国であると建国直後に宣言した。

資源に恵まれないオーブに移住した人々は火山が多数あることを生かした地熱発電所を日本の援助を受けて設立するなど、国内発展事業に投資し、国内開発で発展した工業力を持って大戦で荒廃した諸国に対して大規模な輸出の拡大に成功する。

大戦景気が収まると、オーブは宇宙開発事業にも着手。マスドライバーやヘリオポリスの開発に成功する。当時からコーディネーターを積極的に受け入れることで発展を後押しした。

ヤキンドゥーエ戦役が勃発するとオーブ政府は武装中立を宣言。しかし、建国当初の理念を持ち出して独立・中立を宣言したために自国の防衛は独力で行う必要に迫られた。結果、国防費は予算比で30%という恐ろしいことになった。これは大日本帝国が明治にロシア帝国と戦争していた頃の予算比とほぼ同等の金額となる。

国家の歳入そのものはプラント製品の中継貿易や、プラントへの食糧の輸出で儲かっているために上昇しているが、国防費のこれほどの増額を補填しきることはできず、国債の発行に頼っている。しかし、正直世界から嫌われているために国債は国内でほぼ全て消費されている。

また、ナチュラルとコーディネーターの摩擦が表面化し、社会問題になっている。

建国当初の理念(世界大戦に巻き込まれないために言い出した詭弁)を根拠に中立・独立政策を叫んだために各国との関係が悪化。ただの孤立となってしまった。

ギガフロートのマスドライバーが連合に奪還された後は完全に見向きもされない存在と化した。最大の友好国であった日本との関係も日本によるマスドライバー使用要請を蹴り、ヘリオポリス襲撃の件でザフトに責任を追及しなかったことで冷え込むことになってしまい、庇護者を失う。

また、連合各国の経済制裁を受けて経済は困窮しつつある。現在は中立国であることを生かして赤道連合、大洋州連合との貿易でなんとか食いつないでいるところであるが、景気の悪化に歯止めがかかりそうに無い。



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SEED 原作キャラ設定

機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU
の原作キャラ紹介

そして番外編である
機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS
の最新話

更に更に昨日から投稿を始めたSEED ZIPANGUの続編

機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU

の第一話を今回同時投降しました!!疲れた……


第二部のネタバレもありますので注意してください


大日本帝国

 

 

 

キラ・ヤマト

 

原作主人公。元はオーブ国民であったが、アラスカ脱出後は日本に亡命する。

宇宙で武と出会い、彼との会話を通じて戦う覚悟と護るという決意を知ることで戦いの中でも心も磨耗させることなく戦い続けることができた。

彼とストライクの叩き出した戦果は軍上層部の目に留まり、家族の市民権と引き換えに日本軍に協力する道を選ぶことになる。撃墜数(スコア)は武に次ぐ国内2位の記録を持つ(劾は傭兵のためにノーカウント。因みに劾を含めれば劾が計算上トップになる)

現在でも元カレッジの学生仲間との仲はよく、たまに食事にいくこともあるらしい。

東アジアによるオーブ侵攻後は偶然保護した両親と共に暮らしているらしい。

尚、ラクス・クラインとは健全なお付き合いをしているらしく、両親公認の仲だとか。

 

 

 

ラクス・クライン

 

原作ヒロイン。プラント最高評議会議長であるシーゲル・クラインの娘だが、普通の娘として育てられたために政治的な手腕は皆無。デブリベルトにてキラと出会い、その後彼に恋をするようになる。

シーゲルの死亡後はデュランダルの手で幽閉されるも、マルキオの手のものに救助されて今度は神輿として担ぎ上げられそうになる。神輿になることを忌避したラクスはコペルニクスにてマルキオの元から脱走し、日本に保護される。

その後キラと再開し、キラの両親公認の健全なお付き合いをしているそうな。

 

 

 

ミリアリア・ハウ

 

ヘリオポリスの工業カレッジに通う学生だったが、ヘリオポリス脱出後は前線で戦うキラの助けになりたいという気持ちからアークエンジェルのCICの出撃管制に志願する。正直、最初は頼りなかったが、激戦を重ねることでアラスカ脱出戦ではベテランレベルの管制技術を身につけていた。

アラスカで管制を受けていた武も彼女のCPとしての能力を高く評価していたために軍に勧誘したが、彼女は日常に戻りたいという意思を示したために諦めた。しかし、オーブ陥落後、両親の日本国籍の取得を条件に提示した彼女は軍に入ることとなる。

その後、彼女の母親がオーブからの脱出に成功したが、父親は現在もオーブで行方不明。

 

 

 

トール・ケーニヒ

 

ヘリオポリスの工業カレッジに通う学生だったが、ヘリオポリス脱出後は前線で戦うキラの助けになりたいという気持ちからアークエンジェルの副操舵士に志願し、後にスカイグラスパーのパイロットにも志願する。体力も知識も足りなかったため、上官であるムウが出撃を許可するだけの実力を身につけることができたのはオーブ入港後だった。

パイロットとしての実力は大日本帝国空軍の正規兵ほどのものではなかったが、この齢で実戦を経験して生き延びるだけの気概があることやその訓練期間を考慮すれば優れた素質の持ち主であることは明白だったため、当然軍への勧誘が行われた。

ただ、彼の出撃後にはいつも恋人であるミリアリアが泣いていたことを知っていたため、彼女を泣かせることはできないと考えた彼は勧誘を断った。

しかし、東アジアにオーブが占領された後、両親が避難船に乗って来日。仕事を失った家族を養うために軍に志願した。

 

 

 

サイ・アーガイル

 

ヘリオポリスの工業カレッジに通う学生だったが、ヘリオポリス脱出後は前線で戦うキラの助けになりたいという気持ちからアークエンジェルのCIC担当に志願する。元々学生達のまとめ役であったこともあり、軍艦という閉鎖空間で様々な鬱憤が溜りがちだった学生達を最後まで上手く纏めることができた。

フレイがキラにモーションをかけていることには気がついていたが、戦いの日々で一杯一杯だったキラがそれを邪険にしていたことも知っていた。フレイの父が殺された時にどれだけフレイがキラを詰っていたかを知っていたサイはフレイのモーションに違和感を感じており、キラへの嫉妬よりもフレイへの不信感を募らせていたらしい。

その後、フレイから婚約を解消するという知らせが届き、それを自然に受け入れた。曰く、アークエンジェルでの彼女の暮らしを見ていたら、色々と幻想が壊れたそうな。

日本への亡命後は城南大学に編入し、そこで先輩にこき使われる日々を送っている。

 

 

 

マリュー・ラミアス

 

元大西洋連邦軍第二宙域第五特務師団所属の技術士官であったが、ヘリオポリス襲撃を受けてアークエンジェルの艦長に就任する。その後数に勝るザフト相手の激戦を潜り抜けた彼女は武が高く評価するほどの優秀な指揮官へと成長していた。

多少人情に甘いところは直っていないが、彼女の軍人らしからぬ人としての暖かさなければ学生等の非軍人が多いクルーをここまで纏め上げ、ザフトの精鋭を破るほどの戦力とすることができなかったと考えられる。

アラスカ脱出後は武の勧めもあり、日本軍に編入する。その後即席の士官としての教育を受けて魔改造されたアークエンジェルの艦長に復帰海皇(ポセイドン)作戦では大きな戦果をあげる。

終戦後はMS開発関係者という縁で知り合った顔の左半分に大きな傷がある強面の男性と親しい関係にあるらしい。

三十路前に結婚を焦っているとかいないとか。

 

 

 

アーノルド・ノイマン

 

アークエンジェルの正規クルーで、ヘリオポリス脱出から海皇(ポセイドン)作戦までの間ずっとアークエンジェルを操ってきた優秀な操舵士。その腕前は日本軍でも高く評価され、マリューにも劣らない好待遇で日本軍に参加した。

 

 

 

コジロー・マードック

 

アークエンジェルの整備士で、アラスカ脱出までストライクやスカイグラスパーの整備に携わった縁の下の力持ち。アラスカ脱出後は日本軍へ参加することになったが、技術体系の違い等を学習するために部下共々整備学校に編入されたため、海皇(ポセイドン)作戦には不参加。

 

 

 

 

 

 

大西洋連邦

 

 

 

フレイ・アルスター

 

父をザフトの攻撃によって失ったことでザフトだけではなく、全てのコーディネーターに憎しみを抱くようになった少女。元々民間人であったが、コーディネーターの憎悪から軍へと志願した。

アークエンジェルに乗っていたころは直接コーディネーターと戦うことのできる力が彼女にはなかったため、婚約者の友人であるキラを利用して復讐を果たそうと考えていた。キラと男女の関係になることで彼を戦いに縛りつけ、最後は戦いの中でキラが死んでいくように誘導しようと考えていたが、武との会話を通じて戦う決意を決めたキラはフレイの色仕掛けに反応せず、彼女の目論見は頓挫してしまう。

アラスカ到着後は直属の上司であったバジルール大尉に自身がMSの基礎訓練を受けられるように協力して欲しいと申し出て、MS訓練のためにネバダ州のグルームレイクに異動となり、『乱れ桜』の異名を持つレナ・イメリア中尉の指導を受けた。

自身の天性の才能もあり、MS戦における実力を短時間で急激に伸ばした彼女は海皇(ポセイドン)作戦に第31任務群、アークエンジェル級強襲機動特装艦2番艦『ドミニオン』MS部隊に配属された。

彼女の乗機であるGAT-01A2『105ダガーMk.Ⅱ』に搭載されたゆりかごとの相性は抜群で、大西洋連邦のMS撃墜数(スコア)ランキングでは上位に食い込む成績を残している。

しかし、副作用のためか、戦闘以外の場所ではちょっとしたことで精神が不安定になりがち。

サイが日本に亡命した後、彼には婚約破棄を叩きつけたという。

 

 

 

ナタル・バジルール

 

アークエンジェル受領のためにヘリオポリスを訪れた際にザフトの襲撃に遭遇し、成り行きからアークエンジェルの副長に就任する。士官候補生時代にも優秀な成績を残している軍規偏重の堅苦しい軍人で、アークエンジェルが宇宙にいた頃はは学生達とギクシャクしがちであったが、アラスカに着いたころにはある程度の絆を結ぶことができていた。

アラスカ脱出後は少佐に昇進し、アークエンジェル級二番艦ドミニオンの艦長に就任して海皇(ポセイドン)作戦にも参加した。

艦のMS隊はアークエンジェルにいたころからの同僚であるムウ・ラ・フラガが率いていることもあり、信頼は篤い。

一方、アークエンジェルにいた頃からの付き合いであるフレイの豹変も感じ取っており、戦争に少女を巻き込んだ責任を感じるようになった。

現在のところ親しい男性はいないらしい。

 

 

 

ムウ・ラ・フラガ

 

大西洋連邦軍第七機動艦隊所属のパイロット。ヘリオポリス脱出からアラスカ到着まで前線で学生達をサポートし続けた熟練のエースパイロット。アークエンジェルの数少ない戦力であり、また鬱憤が溜まりやすい艦での生活で上手くストレスを解消させることができるムードメーカーでもあった。

アラスカ脱出後は機種転換訓練を受けてGAT-105E、ストライクEに搭乗する。彼の機体は6基のガンバレルを有する特注のストライカーパックを搭載しており、海皇(ポセイドン)作戦でも大活躍した。

学生の手綱を上手く操った経験からか問題児に対する指揮能力は高く、ブーステッドマンの3人とフレイの手綱を上手く操り、標準レベルの連携を行えるように指導できるほど。彼がブーステッドマンの手綱を上手く握れていることを知ったブーステッドマンのラボは驚愕したらしい。

終戦後は英雄の名をもってプレイボーイ性活をしているそうな。

 

 

 

ムルタ・アズラエル

 

ブルーコスモスの元盟主にしてアズラエル財閥の総帥。プラント権益を取り戻すべく戦争を誘発するように仕向けた財界の重鎮の一人でもある。

コーディネーター排斥派ではあるが、緩やかにナチュラルに回帰することを画策する穏健な派閥の代表。曰く、今すぐコーディネーターを排斥することによるメリットよりもデメリットの方が大きいとのこと。彼は商人としての価値観を個人の価値観より優先するタイプである。

幼少期にコーディネーターに受けた屈辱から劣等感を覚えたこともあったが、青年期に極東で恐ろしい魔女と出会い、その劣等感を払拭して更には恋に落ちたらしい。因みに、本来の目的は魔女を口説いて財閥の研究部門に招致することにあったらしいが、それは無碍もなく断られた。魔女曰く、『精神的にガキ臭い金髪御曹司に興味はないし、既に私は日本から手付きにされている』ということ。

その後、失恋のショックからか、それとも招致失敗のショックからか、彼は短髪にしたらしい。

 

 

 

 

 

 

プラント

 

 

 

アスラン・ザラ

 

パトリック・ザラの息子であり、ザフト指折りのエースパイロット。しかし、任官後にしばらくして受けた任務で日本に喧嘩を売った咎で地上に島流しにされる。父の激励もあって島流しされた地上で頭角を現し、多くの活躍をした。オペレーション・スピットブレイクが失敗した後は人員不足から種子島襲撃任務を命じられ、そこでも戦果をあげる。

日本の参戦後は地上での功績とその高い操縦能力からZGMF-09Aジャスティスのパイロットに抜擢され、クルーゼの配下に復帰する。海皇(ポセイドン)作戦でも大活躍し、更には嫁さんをゲットする。

しかし、父は戦犯になり、母は死亡、更に周囲からの憎悪の対象とされ、前途はあまり明るいとは言えない。

 

 

 

イザーク・ジュール

 

エザリア・ジュールの息子であり、ザフトのパイロット。しかし、その功績はあまりパッとしない。というか、連合のG兵器奪取と種子島襲撃以外の任務は全て失敗している言ってもいい。何故こんな無能が高性能機に乗り続けているのか不思議といった評価を受けている。

何故か彼よりも有能な美人の副官が付けられており、更にその副官からも熱い視線を送られているそうな。終戦後、謎の覆面集団に襲われて強制的に整体と称した拷問を受けさせられたらしい。

 

 

 

ディアッカ・エルスマン

 

タッド・エルスマンの息子であり、ザフトのパイロット。しかし、その功績はパッとせず、イザークよりも多少マシといった程度でしかない。終戦後は異端審問会なる組織を立ち上げ、復員後に恋人といちゃいちゃしだした元ザフト兵を襲撃することに励んでいるそうな。

しかも治安維持兵が動かざるをえない本格的な傷害事件にならないレベルの制裁を異端者に与える等、かなり狡猾な一面を見せている。何故これほどの狡猾さを大戦中に発揮できなかったのかは謎である。

 

 

 

ラウ・ル・クルーゼ

 

アル・ダ・フラガのクローンとして生を受けた男で、ナチュラルでありながらコーディネーターが幅を利かせるザフト指折りのエースパイロットかつ、最も空間認識能力の高いパイロットでもある。オペレーション・スピットブレイクの漏洩等、表には出ていないが戦争を激化させる行為を数多く行っている。目的は人類の破滅ということらしい。

海皇(ポセイドン)作戦では最新鋭機であるZGMF-X13Aプロヴィデンスを駆り、武との激戦の末に戦死した。後に武は彼を己の知る中では最強の敵であったと述懐している。

どうやら海皇(ポセイドン)作戦前には旧友の手によって何かの処置が施されていたらしいが……

 

 

 

アンドリュー・バルトフェルド

 

砂漠の虎の異名を持つ知将で、スエズ運河を巡る攻防ではユーラシア連邦の誇る戦車隊を壊滅させるほどの男。しかし、アークエンジェルとの戦いで左腕と右脚、そして恋人を失い、プラントへと療養のために戻る。

プラントの戻ってからは作戦司令部のオブザーバーとしても参加し、種子島襲撃や安土襲撃を画策した。戦後はユーラシア連邦からタッシルでの市街地攻撃などを理由に(実際は戦車隊を壊滅させられた腹いせ)戦犯指定される。

 

 

 

パトリック・ザラ

 

開戦時にはプラント国防委員長だったが、戦争終盤には最高評議会議長を兼任して最後まで戦争を指導した巨人とも言うべき偉大な政治家。前任の戦争計画の甘さから悪化していく戦局を知って敗北を覚悟した彼は自身の身すらも犠牲にしてプラントの未来を救うべく奔走した。最後は自身で画策したクーデターによって失脚する。

終戦後は戦犯として国際軍事裁判の法廷に立つことになる。

 

 

 

シーゲル・クライン

 

開戦時の最高評議会議長。しかし彼の戦争計画はお世辞にも上手いものとはいえず、外交的解決を困難にするNJの投下や戦線の拡大など、後に戦局悪化に繋がる行動を多く指導している。これらの行動は当時急進派と思われていたパトリックの台頭を警戒していたシーゲルがほぼ独断で決めたことらしい。

娘に政治的な才覚も関心もないことを見抜いていたらしく、普通の少女として育てていた。

議長失脚後はNJCの漏洩を画策するが失敗し、拘留される。しかし、拘留中に刺殺されてしまった。

 

 

 

アイリーン・カナーバ

 

開戦時の外交担当をしていた最高評議会議員で、ジェネシス陥落後にクーデターを起こしてパトリックを政権から引き摺り下ろした。終戦後は開戦時の外交担当であったために国際軍事裁判の法廷に立つことになる。

 

 

 

ギルバート・デュランダル

 

クライン派のホープとして名が知られた最高評議会議員でシーゲルの後釜に座った男。元は遺伝子工学者でもあり、ポールナイザトミーニィ計画にも深く関与している。

大戦中からパトリックと共に終戦工作をしており、その過程で各国に顔を売ることにも成功していたためにプラントの降伏後は暫定的にプラントの代表を努める事となった。政治家としては非常に優れた素質を持ち、ポーカーフェイスや冷静さ、豪胆さなどを併せ持つ逸材。

クルーゼとも親しく、彼にとっての唯一の友といえる。

また、最後の戦いの前に彼に与えた処置はデュランダルの真の研究成果とのこと。詳細は不明。

 

 

 

 

 

 

 

オーブ

 

 

 

カガリ・ユラ・アスハ

 

オーブ連合首長国代表首長ウズミ・ナラ・アスハの娘であり、オーブ陥落後は亡命政権の代表に就任した。ウズミは彼女に礼儀作法や政治については殆ど指導をしてこなかったため、国家の代表としては素人同然。

趣味が格闘術ということもあり、彼女の戦闘能力は並外れている。自身より体格のいい男を吹っ飛ばすなど、正に脳筋である。

しかし、そのカリスマは政治の素人とは思えないほど抜きん出ており、ウナトが某ちょび髭伍長閣下を幻視するほどのものがある。現在は月月火水木金金でお勉強中であり、よく知恵熱から倒れるらしい。

 

 

 

ウズミ・ナラ・アスハ

 

オーブ連合首長国代表首長であるが、世界ではもはや政治家として評価される対象にはされていないほど愚鈍な政治家。日本の愛民党の代表とはとても親しい仲にあるそうだが、彼らの会話は謎に満ちており、地球人では理解できないらしい。

国の理念に固執し、国が滅ぶことよりも理念が滅ぶことを恐れて国土を焼いた、自国の領土が攻撃されても外交的な抗議もせず、更に同盟を打診されても理念を盾に断ったりとしたためにオーブが外交的にも孤立する原因をつくったなどといった最悪の所業を行った。

結果、娘に昏倒されて最後は人心が離れていったために完全に影響力を失う。そしてオーブの降伏宣言と同時に拳銃で胸部を撃ち抜いて自殺する。遺書もまたオーブ人には解読すると頭が痛くなる呪いがかけられていたそうな。

 

 

 

ユウナ・ロマ・セイラン

 

オーブの有力氏族であるセイラン家の長男で、ウナトの後継者として期待されている若者。既にその政務能力は一般的な官僚以上のものがあり、人員不足の亡命オーブ政権では重宝される存在である。

カガリの幼馴染で、オーブの中で数少ないカガリのカリスマの影響を受けない人物でもある。そのため、よくカガリを諫めたり進言したりするのだが、その際に一言余計なことを言ってしまいカガリから攻撃を喰らうこともある。

 

 

 

ウナト・エマ・セイラン

 

オーブの有力氏族であるセイラン家の頭首で、オーブでは外交の最高責任者でもあった。ウズミとは距離をおいていたが、その娘のカガリには協力している。現在はオーブ亡命政権の裏向きの代表として奔走している。最近、過労からか抜け毛が激しい。

苦労人気質が染み付きつつある我が子のためにお淑やかでロングヘアーの似合う美人の妻を探しているそうな。



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人物設定 日本編

今回は原作SEEDには登場しない日本側の登場人物をまとめてみました。

今あげないとそのうちに完結しそうなので。


大日本帝国政府

 

内閣総理大臣 澤井総一郎

 外務省出身の政治家で、基本的には穏健な人格者。武力の行使は否定しないが、それは臣民を守る最後の手段であると閣内に徹底している。ロボットとスーパー戦艦にロマンを求める漢。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』より地球平和連合(TPC)総監サワイ・ソウイチロウ

 

 

官房長官 奈原正幸

 澤井の与党幹事長時代からの右腕で、対話を重視する温厚な人物。部下からの信頼も篤い。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』よりTPC参謀ナハラ・マサユキ

 

 

防衛大臣 吉岡哲司

 元海軍の潜水艦乗りという経歴のある人物。現実主義者であり、澤井とは防衛政策を巡って10年以上議論をしている間柄。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』よりTPC警務局長官ヨシオカ・テツジ

 

 

外務大臣 千葉辰巳

 外務省時代の澤井の後輩で、国連大使も歴任した国際感覚に秀でた人物。趣味は天体観測。 

 

元ネタ『ウルトラマンガイア』よりG.U.A.R.D.常任参謀千葉辰巳

 

 

文部科学大臣 五十嵐隼人

 旧科学技術省の職員で、その国内の科学技術の進歩にかける熱意を澤井に見出されて入閣した元官僚。厳つい顔をしているために現場視察にいった小学校で児童に泣かれたことがある。

 

元ネタ『ゴジラ×メカゴジラ』より内閣総理大臣五十嵐隼人

 

 

大蔵大臣 榊是親

 元々は大蔵省の官僚だったが、政治家に転身した経歴を持つ。国を守るためには最善の手を冷酷に選べる人物。最近娘を秘書見習いとして連れまわして教育しているらしい。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より内閣総理大臣榊是親

 

 

国土交通大臣 土橋巌

 典型的な官僚タイプの男である。しかし、必要とされるものを最低限の予算で建造する彼の公共事業に対する手腕は評価が高い。下の名前はオリジナル。

 

元ネタ『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』より土橋官房長官

 

 

情報局長 辰村剣人

 情報局のエリート。マスコミの報道にいちいち惑わされる大衆に対して嫌悪感を抱いている。情報の統制による臣民の統制が帝国の繁栄に繋がるという考えを持つ。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』よりタツムラ情報参謀

 

 

情報局外務1課課長 鎧衣左近

 主に海外の情報収集に従事する外務1課の責任者であるが、本人が机におとなしく座ってお役所仕事をしていることは殆ど無く、いつもフィールドワークに出かけている。組織の中間管理職としてどうかと思うが、フィールドワークにて集められた情報は有益なものが多いために上層部からは黙認されている。しかし、そのしわ寄せを受ける副課長は72時間働き続けることを強いられているらしい。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より鎧衣左近情報省外務二課課長

 

 

外務省事務次官 深海康煕

 外務省で千葉の補佐をしている。外務省時代の澤井の部下だった経験がある。

 

元ネタ『ウルトラマンダイナ』より地球平和連合(TPC)総監フカミ・コウキ

 

 

元在プラント日本公使 珠瀬玄丞斎

 各国の大使や公使を歴任した敏腕外交官であり、その能力を評価されて一時は火薬庫のような状態と化したプラントに渡り、在プラント公使も勤め上げた経歴も持つ。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より珠瀬玄丞斎国連事務次官

 

 

 

防衛省

 

 

防衛大臣政務官 南雲尚樹

 吉岡の補佐を担当している人物で、実はタカ派。密かに吉岡の後釜を狙い、現在水面下で様々な工作中。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY 』よりナグモ警務局副長官

 

 

防衛省特殊戦略作戦室室長 黒木翔中佐

 防衛省で対MS戦を想定した特殊教育を受けた軍人で構成される防衛省直属の特別部署で、軍内部からは「ヤングエリート集団」とも称される特殊戦略作戦室の室長を務める若手のエリート軍人。防衛大学を首席で卒業した秀才で、卒業時には主上から恩賜の短剣を頂いたほど。冷静沈着ながらも、時には大胆な決断を下す判断力を併せ持つ防衛省期待の若手ホープである。

 

元ネタ『ゴジラVSビオランテ』より防衛庁特殊戦略作戦室室長黒木翔三等特佐

 

 

 

防衛省特殊技術研究開発本部

 

 

首席研究員 香月夕呼

 通称、ヨコハマの魔女。日本屈指の頭脳を集めた国家機関である防衛省特殊技術研究開発本部の中でも唯一天才を自称できる最高の頭脳を持つ科学者。別世界の記憶を持ち、それを用いて常人では成しえない発明を次々と世に送り出している。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より国連軍横浜基地副司令 香月夕呼

 

 

総合物理学主任 柾圭吾

 過去にノーベル賞候補にも名を挙げられたこともある優秀な物理学者で、横浜では夕呼に次ぐ頭脳を持つ人物として噂されている。だが、話し方等に子供っぽさもあり、それを上手くおちょくる夕呼には頭が上がらない。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』よりマサキ・ケイゴ

 

 

原子物理学主任 八尾南晩

 20年以上の研究の末、光を推進力として進むことができる次世代の機関、マキシマオーバードライブを発明した科学者で、未だ人類が見たことの無い景色を見るためにマキシマオーバードライブを発明する等、実はロマンチストな一面を持つ。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』よりヤオ・ナバン博士

 

 

低温物理学主任 菅野吾郎

 低音物理学のスペシャリストで、過去に絶対零度砲の試射にも携わったこともある。

 

元ネタ『ゴジラ×メカゴジラ』より菅野吾郎

 

 

生物学主任 丹後雄二

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』より生物学者 タンゴ博士

 

 

機械工学主任 樫村博美

 汎用性、量産性、対空性能に秀でた傑作機である橘花を開発した天才技術者。国際開発が成された青風、ロートドラケンの開発にも携わった。MS開発においても様々な部分に関与している。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』よりカシムラ博士

 

 

ロボット工学主任 赤松伸治

 電磁伸縮炭素帯を利用したロボットの設計、開発に携わった技術者の一人

元ネタ『ゴジラ×メカゴジラ』よりロボット工学者 赤松伸治

 

 

マイクロ波主任  山田薫

マイクロウェーブの権威で、マイクロウェーブによる送電システムを実用化した実績を持つ

 

元ネタ『ゴジラ×メカゴジラ』より山田薫

 

 

化学主任 根津正親

 サーモバリック爆弾に使用されるゼルダガスという物質を発明した科学者。しかし、ゼルダガスは大気に触れれば即大爆発を引き起こしてしまう危険極まりない物質であったため、大日本帝国では衛星軌道からの爆撃用の攻撃衛星に搭載されているもの以外は廃棄された。事実上、大気の存在する場所にはゼルダガスは今現在存在しないことになっている。現在彼はゼルダガスをより安全に使用するための研究を続けており、大量破壊兵器としての用途以外に、未来のエネルギーとしての活用を見出そうとしている。

 

元ネタ『ウルトラマンティガ』より根津博士

 

 

コンピュータサイエンス主任 春川英輔

 かつて津波観測、避難誘導プログラムを作成し、そのシステムが多くの人命を救った実績から紫綬褒章を受賞したこともある若き科学者で、錯刃大学から出向してMSのOSの開発に携わった。実は夕呼とは大学時代の先輩、後輩で、大学在籍時は彼女に惚れていたらしい。現在は家庭をもつ身であり、そのような感情は抱いてはいないとのこと。

 

元ネタ『魔人探偵脳噛ネウロ』より錯刃大学 春川英輔教授

 

 

 

 

防衛省特殊技術研究開発本部技術廠第一開発局

 

 

副局長 巌谷榮二中佐

 かつて宇宙で発生した武力衝突時に一会戦で5機のMAを撃墜し、エースパイロットとなった人物で、『橘花』の前進となる三友重工の十二試艦上戦闘機のテストパイロットを務めたという経歴を持つ。親友の忘れ形見である唯依を実の娘のように見守っている。

 

元ネタ『トータル・イクリプス』より帝国陸軍技術廠第一開発局副局長 巌谷榮二中佐

 

 

 

宇宙軍

 

 

総司令官   本山十三大将

GF司令長官 井上成光大将

GF参謀長  横井惣次郎大佐

防衛省防衛計画課課長 岡村渉中佐

 

 

MS隊教官 響剛輔少佐

 暑苦しい教官。でもやはり上官にすると頼もしいと思える存在。

 

元ネタ『ウルトラマンダイナ』よりSUPER GUTS隊長 ヒビキ・ゴウスケ

 

 

『安土』鎮守府司令長官 神田輝明中将

 

        副司令 国友満少将

その組織運営の手腕と柔軟な思考力で鎮守府司令官である神田をサポートする右腕的な人物。

 

元ネタ『ゴジラVSデストロイア』より国友満国連G対策センター2代目長官、Gサミット議長

 

 

安土航宙隊 第13航宙戦隊隷下

 

 

『銀の銃弾』中隊 九篠醇一大尉

 『銀の銃弾』中隊長で、指揮能力は武より上。華族の次男の生まれで、剣術が得意。学生時代にはインターハイで準優勝したらしい。練習艦隊護衛任務後に中隊は解散し、小隊規模に縮小された。そして小隊は白銀の手に委ねられることとなる。彼自身は現在、航空母艦飛龍のMS隊に転属している。

 

 

         白銀武少尉(後に昇進して中尉となり、縮小された『銀の銃弾』の指揮官となる)

 皆さんご存知のガキ臭い英雄さん。別世界の記憶があり、変態機動も健在。防衛省の調査によると、大日本帝国軍MS撃墜王ランキングで堂々の一位を記録しており、白銀の侍という二つ名を持つ。煌武院悠陽と婚約しており、軍内でも出世頭として期待されている。尚、恋愛原子核も健在であり、ToLoveるもよく起きるのだとか。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』よりA-01中隊所属、白銀武少尉

 

 

『白き牙』中隊  篁唯依中尉

 皆さんご存知の唯依姫。作者のマブラヴシリーズ1のお気に入り。故に他のヒロインに比べて出番が多いというわけではない。MSパイロットとしても日本屈指の精鋭で、山吹の姫武将という二つ名を持つ。

 

元ネタ『トータル・イクリプス』より斯衛軍中央評価試験部隊「白き牙」中隊長 篁唯依中尉

 

 

『ガーディアン』中隊 沙霧尚哉中尉

 中隊機の肩には『烈士』のペイントをすることで知られる『ガーディアン』中隊の指揮官。部隊にも厳しく接し、自身をそれ以上に厳しく律することで部下から篤い信頼を得ている男。中隊の練度は大日本帝国宇宙軍一と言われる。実際に中隊あたりの撃墜数(スコア)は日本一である。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊 沙霧尚哉大尉

 

 

『ドレイク』小隊   龍浪響少尉

 未だに未熟なMSパイロットであるが、生に貪欲なその姿勢は時に驚くべき粘りを見せる。恋愛原子核の素養あり。

 

元ネタ『マブラヴアンリミテッド ザ・デイアフター』より龍浪響中尉

 

 

           千堂柚香曹長

 響の幼馴染でもあるMSパイロット。今はまだ精強とは言えないが、素晴らしい素養を秘めていると認識されている女性。

 

元ネタ『マブラヴアンリミテッド ザ・デイアフター』より千堂柚香少尉

 

 

 

整備班

           中條義人軍曹

 安土の整備班に属する青年。メカフェチと周りから称されるほどに機体を愛している。ただ、その愛からかしばしば荒い操縦をするパイロットに苦言を呈し、問題となることもある。

 

元ネタ『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』より特生自衛隊機龍隊整備班中條義人一曹

 

 

 

練習艦隊

司令官 古雅祐之少将

 宇宙での紛争にも参加していた経験もある歴戦の将軍。数年前から練習艦隊の司令官に就任し、日本を守る若武者を厳しくもやさしく育て上げている。後に聯合艦隊第三艦隊司令官に栄転

 

『鹿島』副長 牧田敏明中佐

 

『山霧』艦長 山名順平中佐

 

『沢霧』艦長 佐古俊太郎中佐

 

 

 

第一宇宙艦隊

 

 

司令長官 遠藤信仁中将

 実直な人物であるが、たまに抜けたところもある、つかみ辛い人物。その様子からついたあだ名は「昼行灯」。だが、いざ現場に出ると意外のほか活躍することから、軍内部でも評価が分かれる人物でもある。

 

 

航宙参謀 乾智文中佐

 

 

『長門』艦長 羽立進大佐

 帝国の新鋭戦艦の艦長で、30代とかなり若い。数年前に起きた宇宙ステーション事故での献身的な働きが評価されて、異例の若さで出世した。ただ、本人の印象はいたって普通。本人の座右の銘は『普遍であること』だそうな。

 

 

『足柄』艦長 高梨健也大佐

 エリートコースを走っている優秀な男。大柄で顔は厳つく、見た目はとっつきにくそうであるが、実はユーモラスな人物で部下からの信頼は篤い。

 

 

アークエンジェル 副長 小室文彦少佐

 元々は戦艦の航海長や副長を歴任した人物で、大型艦での勤務の経験は豊富。アークエンジェルの副長を任された理由としては、これまで歴任した艦では様々な問題を解決しており、軍隊としては常識はずれな部分が多いアークエンジェルを纏める上で発生するであろう様々な問題を自身のSAN値を犠牲にして解決してくれるだろうと期待されたから。

 

元ネタ『GODZILLA FINAL WARS』より新・轟天号副長小室少佐(名前はオリジナル)

 

 

 

第二艦隊

 

 

司令長官 三雲勝将中将

 血気盛んな人物で、軍内部では猛将と呼ばれている。

 

元ネタ『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』よりゴジラ攻撃部隊指揮官 三雲勝将中将

 

 

 参謀長 立花泰三准将

冷静沈着を絵に描いたような優秀な軍人で、その優秀な判断能力、常に余裕を持った態度から慕うものは多い。陸軍の彩峰中将とは同じ年頃の娘を持つ飲み仲間である。実はかなりモテているが、本人は先に逝った女房一筋である。幼少期に体験した災害を今でも覚えており、その体験から軍を志願したのだとか。ディレクターとして働いている娘が一人いる。

 

元ネタ『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』より立花泰三准将

 

 

第3航宙戦隊 航宙母艦『蒼龍』所属 

 

機龍隊隊長 権藤吾郎大佐

 雰囲気はとても真面目な軍人には見えないが、その判断は常に的確で仲間からの信頼は篤い。

 

元ネタ『ゴジラVSビオランテ』より権藤吾郎一等陸佐

 

 

  副隊長 結城晃少佐

 権藤とは航宙兵学校時代からの親友で、彼の部下となってからも阿吽の呼吸で彼を支えている。

 

元ネタ『ゴジラVSスペースゴジラ』よりMOGERA正規パイロット 結城晃

 

 

      新城功二中尉

 普段は不真面目な上官を抱えて書類仕事に追われている苦労人だが、MSに乗ると真面目で優秀なパイロットに代わる忙しいお人。

 

元ネタ『ゴジラVSスペースゴジラ』よりMOGERA正規パイロット 新城功二

 

 

      佐藤清志中尉

 普段は新城と共に苦労している人物で、愛称は「キヨ」。

 

元ネタ『ゴジラVSスペースゴジラ』よりMOGERA正規パイロット 佐藤清志

 

 

 

整備班 山本陽平伍長

 ご存知超優遇モブキャラ。整備兵としての誇りと愛国心を持つ漢。フルネームが不明だったので適当につけました。

 

元ネタ『トータル・イクリプス』より山本伍長

 

 

 

 

空軍

 

 

第5航空団第204飛行隊

ファルコン隊 隊長  米田達彦少佐

           林幸市大尉

           塚守亨大尉

           蔵田真一中尉

 

ライトニング隊 隊長 梶尾克美中尉

           北田靖少尉

           大河原聡志少尉

           椎雄大少尉

 

クロウ隊 隊長    稲城美穂中尉

           三島樹莉少尉

           多田野慧少尉

           藤崎真央少尉

 

元ネタ『ウルトラマンガイア』よりXIGファイターチーム(ただし各小隊の最後のメンバーは4人で小隊とするために追加したオリジナル人物)

 

 

 

海軍

 

第七艦隊司令長官 神宮司八郎少将

 艦上勤務一筋で一つの艦隊を率いるまで出世した生粋の海の男。現場上がりであるために士官、兵卒問わず人気のある将校である。最近孫が生まれてご機嫌なおじいちゃんでもある。

 

元ネタ『海底軍艦』より轟天号艦長 神宮司八郎大佐

 

 

陸戦隊

揚陸強襲MS隊

スティングレイ隊 隊長 矢沢征二大尉

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』よりスティングレイ隊隊長矢沢征二大尉

 

 

 

陸軍

 

第二師団師団長 彩峰萩閣中将

 東北方面を管轄としている第二師団の師団長で、人望の厚い男。習志野陸軍病院に勤務する娘がいる。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より日本帝国陸軍 彩峰萩閣中将

 

 

陸軍医学校 医学生 彩峰慧

 習志野陸軍病院に勤務する研修医。武とは高校時代からの友人。劾に某携帯獣を勧めた。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』よりA-01中隊所属、彩峰慧少尉

 

 

 

富士教導隊 新井仁大尉

 富士教導隊一の腕を持つMSパイロット。しかし、キラにコテンパンにやられて一時期落ち込んでいたらしい。故郷に恋人がいるとかいないとか。

 

元ネタ『マブラヴオルタネイティヴ クロニクルズ~贖罪~』に搭乗する新井

 

 

 

 

 

その他

 

煌武院悠陽

 名門華族煌武院家の若き頭首であり、貴族院議員でもある。高校時代から武をターゲットとしてロックオンしており、武が軍隊生活で女性が恋しくなった時期を見計らって自宅の食事会に招待。実の妹の暗躍を阻止しつつ武に薬を盛り、結果的に男女の関係を構築することに成功。既成事実をつくることに成功した彼女は事前に隙無く行われた根回しの甲斐あって見事武を婚約者とすることに成功する。

現在は妊娠中らしい。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より日本帝国政威大将軍 煌武院悠陽

 

 

煌武院冥夜

 名門華族煌武院家の令嬢で、文武両道、才色兼備なスーパーお嬢様。しかし、恋愛には疎い部分があったために武を巡る闘争では恋愛への知識不足から悠陽のリードを許し、逆転する間もなく実の姉に既成事実をつくられてしまった。だが、今でも諦めていないらしく、夜這いの計画を練っているらしい。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』よりA-01御剣冥夜少尉

 

 

神宮司まりも

 私立白陵柊学園の英語教師。いつのまにか行かず後家となってしまったことをかなり気にしているらしく、酒を飲むとそのことで人に絡んでくる。合コンに積極的に参加するも、酒癖が原因でちっともいい出会いにめぐり会えない。誰かもらってやれよと教え子の同窓会で言われているが、そんなことを言ってる教え子の中で彼女をもらいたいと言い出す輩は一人もいないそうな。合掌。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より神宮司まりも軍曹



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PHASE-0 日出づる国

  時は西暦1945年、4年に渡った太平洋戦争は集結した。

 

 『日米講和』という幕引きであった。

 

 1941年のフィリピン沖での武力衝突をきっかけに勃発した太平洋戦争であったが、守勢にまわった日本海軍は来寇した米機動艦隊にかなりの打撃を与えていた。

 特に1944年初頭のマリアナ沖海戦で米海軍の主力艦隊に大損害を与えて撃退したこと、ヨーロッパ戦線においてドイツ軍の驚異的な進撃をみせたことでアメリカも切羽詰っていた。

 さらに、新聞社に日米開戦をあおり、多くの人命と兵器の損耗による特需を見込んでいた企業とホワイトハウスの癒着がすっぱ抜かれ、アメリカは戦える状況になかったのだ。

 

 後の歴史家はこの事を日本の事実上の勝利と呼ぶ。

 日米の国力からすれば当然だろう。

 

 そして世界は喉元に核を突き付けられた冷戦に突入した。

 日本はアメリカ、イギリス、フランス、ソ連と共に新たに組織された国際連合の安全保障理事会の常任理事国になり、朝鮮戦争では国連軍として参戦し、補給基地として大きな役割を果たした。

 

  この頃には日米は資本主義陣営の2強として強固な関係を結んでおり、世界経済も日米を中心に動くようになっていた。

 日本国内でも憲法改正によって軍の暴走を抑えれるように軍の編成などに内閣が天皇を輔弼する形で深く関われる制度が作られる一方で、日本の海外の植民地を独立させる等の変化が見られていた。

 

 そして20世紀末の冷戦崩壊後、各国は軍縮を始めたために世界は平穏を向かえていた。

 

 しかしながら、この平穏は22XX年に崩れさった。

 エネルギー、資源が枯渇し、各国が残った資源を求めたために第三次世界大戦―再構築戦争が始まったのである。

 

  この戦争で日本は第二次世界大戦後に敵対勢力となった中華人民共和国の海軍戦力を早期に駆逐し序盤から極東での制海権を確保し、国土の防衛にいち早く成功していた。

 終戦時にはアジアのほとんどの国が疲弊し東アジア共和国に編入されていく中で、ほとんどの国力を温存できたために独立国として戦後の列強国に名を連ねることができたのである。

 

 なお、第二次大戦後に移民が増加していたソロモン諸島近海では、この世界大戦のどさくさで各国が介入できないタイミングを狙いオーブ連合首長国が誕生していた。

 オーブは日系の移民が中心となった国家のため、日本との関係は良好だった。

 

 C.E.に入ると日本は世界初の本格的宇宙巡洋艦『咸臨丸』の建造や種子島のマスドライバー『息吹』を竣工させる等、宇宙開発を積極的に進めた。

 L4には日本の工業用コロニーと農業用コロニーが作られた。一方で宇宙でも新鮮な魚を求めて水産物生産のためにコロニーを一基建造するなど、日本人のどこかおかしい面も全開で発揮されていたのだが。

 

 地上においても再構築戦争終了後も続く化石燃料の枯渇によるエネルギー危機を海草を培養して得られたバイオエタノールを利用した火力発電の推進で国内の電力需要を賄うことで解決した。

 

 しかし、日本は後に『PLANT』と呼ばれるL5コロニー郡にはあまり投資していない。

 これは砂時計の底面の部分しか居住できないという非効率的なコロニーの構造を疑問視する声が多数だったからである。 

 限られた狭い国土に二億近い人口が住んでいるために、いくらあの『ジョージ・グレン』の開発したコロニーという宣伝文句がついても、やはりデッドスペースを作ることに忌避感を持つ体質が他の国よりも遥かに強かったのだ。

 普段ピーチクパーチクうるさい無責任なマスゴミもこれを煽った。

 

 故に日本の宇宙での拠点はL4コロニー郡のみとなった。

 これほどの発展を成し遂げられたのは偏に勤勉な国民性と技術者達の汗と涙のおかげである。

 

 ……まぁ、よく言われる変態性も無視できない。(イギリスの兵器に見られる使用時の事を考えない変態性ではなく、ロマンと技術の極みに猪突猛進し不可能を可能にする変態性であることを日夜戦う技術者の名誉のために追記しておく)

 

 ジョージ・グレンの告白の後、世界ではコーディネーターの誕生が相次いでいたが、日本国内でそのような風潮が出てこなかった。

 日本ではいつものように動きが鈍い行政の法整備に時間がかかり、遺伝子の改変という倫理に関わる問題に直ぐに結論を出せずに迷走する様は何世紀たっても変わらない日本人の特性だったのだろうか?

 

 結局は議会も決断を下せず、やんごとなきお方の御聖断を仰ぐ事態となった。そして、陛下のお言葉がこの後の日本を変えた。

 

「朕思うに、遺伝子の改変というものには少なからず危険性がついて回るものである。過去に遺伝子組み換え食品が世に誕生したときも安全性が完全に立証されるまでに数十年の歳月を要した。人の遺伝子の改変という技術が世に出てから10年もたたぬうちに安全性を認めることは時期尚早ではないか」

 

 コーディネーターの可能性と倫理的嫌悪感を叫び割れていた世論も熱が冷め、日本で遺伝子改変技術に対する関心も下火になっていった。

 

 C.E.50年代に入り、S2型インフルエンザの流行、ナチュラルとコーディネーターの間で生じる摩擦が切欠となり世界中にコーディネーター排斥運動が広まっていた。

 プラントの存在するL5でもプラント理事国とプラントの対立も深まり、大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国の合同軍が駐留するほど鮮明化していた。

 

 一方で、そもそも国内にコーディネーターのほとんどいない日本ではコーディネーターに対して無関心なものが大半であった。

 加えてL4コロニーで生産される食料の主要な取引相手ではあったがプラントにも積極的に出資していたわけでもないために、権益の維持に拘る理事国の反コーディネーター、反プラント運動に関しても世間一般の反応は薄かった。

 

 理事国とプラントの対立は深まるばかりで、C.E.69にはついに武力衝突が勃発した。この時の戦いでMSは駐留軍のMAを翻弄し鮮烈なデビューを飾った。

 戦争回避にむけた外交もなされていた。しかし翌年に国連事務総長の呼びかけで計画された調停の場はテロの標的となり、結果的には国連の崩壊を招き地球連合の成立とプラントとの戦争の戦端を作ることとなった。

 

 そして地球連合軍によって実に70年ぶりに核兵器が実戦に投入された。標的となったのはプラントの食糧生産コロニー郡、ユニウス市であった。地球連合軍はプラントの食糧庫を核の炎で焼き払うことで食糧事情を悪化させ、早期に降伏を強いることを考えていたのである。

 アガメムノン級宇宙母艦『ルーズベルト』から発進したTS―MA2『メビウス』1個中隊『ガーディアンズ』が放った核ミサイルは12発。内5発はザフトの奮戦で迎撃されるも、残りの7発は目標に命中した。食糧生産コロニーに改装されていたユニウス市の7から10区のうち9、10区は各3発のミサイルが命中し完全に崩壊、一発のミサイルが至近距離で炸裂した7区も半壊した。

 

 唯一無傷で残ったユニウス8だけでは到底プラントの食糧需要を満たすこと等不可能である。戦争継続の危機に瀕したプラントは中立国からの大規模な食糧輸入を決定する。

 この食糧の輸入は対戦勃発後しばらくの間プラントの財政を圧迫する原因となった。そして食糧不足の解消を狙ったザフトは3月には地球降下作戦を実施することを強いられたのであった。

 地球上の一大食糧生産地帯でもある大洋州連合の領土内に地上での拠点を得ることに成功したザフトは、食糧事情の改善に成功。憂いの無くなったザフトは快進撃を続けた。

 

 

 開戦から一年ほどが過ぎ、いまだに地球連合は防戦一方であった。宇宙では地球連合は『世界樹』を失い、東アジア共和国の資源衛星『新星』の放棄も強いられた。

 侵攻は地上にまで広がっている。ジブラルタルは奪われ、アフリカ北岸と地中海はザフトの勢力圏となった。カーペンタリアを橋頭堡に東アジア共和国にも侵攻し、同国の分晶宇宙港の目前まで迫られていた。

 

 これが現在の――C.E.70 12月の戦況だった。



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PHASE-1 戦火は遠く

 ザフトはカーペンタリアを橋頭堡に地中海方面に侵攻し、ジブラルタル海峡を奪取した。海上戦力に大打撃を受けた上に地中海への入り口の一つを塞がれたユーラシア連邦は大西洋側の制海権を喪失したのだ。これによって大西洋連邦からの物資供給ルートは塞がれ、ユーラシア連邦は早期にザフトへの大規模攻撃をかけることは不可能となった。

 更に5月31日には地中海のもう一つの玄関口、スエズへの侵攻を許してしまう事態となった。スエズまで奪われる事態になればこれまで日本から受けていた医薬品や食料等の援助物資までもが届かなくなることもあって現在ユーラシア連邦は総力をスエズ防衛線につぎ込んでいる。

 しかし、戦局は新型4脚MSを擁するザフトが有利に進んでいた。

 

 

 

 

 C.E.70 6月1日 防衛省第一会議室

 

「まさかZAFTがここまでやるとはな」

 吉岡防衛大臣が手元の資料を身ながら呟いた。

「MSの性能は目を見張るものがあります」

 

 防衛省防衛計画課課長岡村渉中佐が発言する。

「エイプリル・フール・クライシス以後、従来の誘導兵器はその戦略的価値を失いましたし、電力も枯渇していますから、連合も厳しい状況を強いられるでしょう。しかし、MSも大気圏では無重力下ほどその性能を発揮できませんからZAFTもしばらくは地球でこれまでのような大規模攻勢にはでられないものと分析しています」 

「L2や月の戦局はどうでしょう?」

 海軍総司令官の質問に岡村が答える。

「エンデュミオン攻防戦のあと、月面戦線は安定しています」

「連合の今後の見通しは?」

「NJのせいでエネルギー不足が深刻になり、寒冷な地域では多数の凍死者が予想されます。また、産業にもかなりの影響があるかと。しばらく連合の物量は正常に機能せず、補給がままならないために大規模な活動はないと予想されます」

 

 ひとまず質疑が終わり、吉岡が切り出した。

「MS……あれは脅威だ。我が国でも開発を急ぐ必要があるな。香月博士、開発にどれくらいかかる?」

 

 今回の会議ではこれまでの常識を覆す新兵器への対応ということであったため、技術面の意見も得るために国内屈指の天才科学者(へんたい)集団を擁する防衛省特殊技術研究開発本部からも出席者がいたのである。

 

「4ヶ月で試作機を完成させます」

 防衛省特殊技術研究開発本部の主席研究員香月夕呼博士がサラリと言った一言に会議室がどよめく。

 

「元々我が国は災害救助用にパワースーツを開発して実用化しています。そのノウハウとウチの人員がいればたやすいことです。パイロットもパワースーツの免許があれば機種転換が容易になるようにOSを作って対応させて見せます」

 横浜の魔女とも称される彼女の顔からは自信しか読み取れない。

 

 吉岡は即決した。

「ZAFTの戦闘映像と予算を回す。やってみたまえ。各省庁への根回しは私がしよう」

「解りました。4ヶ月後に見せ付けてあげましょう。帝国のMSの性能を」

 

 後に会議の出席者の一人はこう言ったという。

「魔女が笑ったということは絶対にこの計画は成功するだろうね。成功の暁には現場は嬉し涙をこぼし、霞ヶ関の官僚は仕事が増えて血の涙をこぼすのさ」

 

 

 防衛省の会議から二時間後 大日本帝国内閣府

 

 澤井内閣の面々が揃っていた。議題はザフトと地球連合軍の間の戦争である。

 

 「さて、各国の様子はどうか?外務大臣」

 まず澤井は千葉外務大臣に問いかけた。

 

「大西洋連邦を始めとした各国政府から核融合炉の技術提供の要請がありました。また、東アジア共和国からも対ザフト参戦の申し出が。『かつての侵略の過ちを今回の大戦で償え』と言ってきます」

 

 エイプリル・フール・クライシス以後深刻なエネルギー不足となった各国政府からは、核融合炉の技術提供の要請が後を絶たない。

 また、日本の強大な軍事力を目当てに地球連合軍への参加要請もしつこく来ている。

 

「我が国は中立宣言をしているが、各国の一般人への被害も深刻だ。人道的な支援として食料を送ろう。ただ、核融合炉の件はどうだろうか。国益を考えると容易に渡すべきではないだろう。五十嵐文部科学大臣の意見は?」

「核融合炉は現在我が国のみが運用実績を持ちます。他国で運用するとしたら、現場にも指導が必要になるでしょう。すぐに稼動できるものでもありません。ユーラシア連邦と大西洋連邦なら、比較的早くできそうですが、そのほかの国は一からやるようなものです。とても安全性が確保できるとは思えません。ここは提供しないか、する国を絞るべきだと思います。核融合炉の扱いを誤れば旧世紀のチェルノブイリ以上の事故につながりかねません」

 

「よろしいか」

 吉岡が発言する。

「構わない」

 澤井の許可を得て、吉岡が続ける。

 

「ヨコハマ(特殊技術研究開発本部の通称)の真崎博士からの報告ですが、NJを無効にするNJCなるものが理論上は作れるとのことです。現在ヨコハマではMSの開発と平行して研究しているらしいのですが、核分裂を可能にするだけでECM効果までは無効化できないそうです。しかし仮にこれが実用化されれば、核融合炉のアドバンテージは小さくなる可能性は否めません」

 

 閣僚は唖然とした。NJCなるものが実用化されれば、戦局は大きく動くことになる。地球軍は再び核兵器を利用できるようになるのだ。

 

 吉岡は更に続ける。

「鼻息を荒くして核による報復を主張している大西洋連邦にとってはNJCの方が小型核融合炉よりも優先度が高いものです。各国でNJ対策にやっきになっている以上、恐らく実用化は時間の問題ですし、その前に積極的に核融合炉でパテント料を取るべきではないでしょうか。ブラックボックス化すれば輸出も問題ないとも思いますし」

 

「今がチャンスか……」

 吉岡の発言に澤井がうなる。

 

「……よし、外務大臣。明日各国大使を集めてくれ」

「はい」

 

「そうだ、吉岡大臣、MS開発はどうなっている?」

 先程の防衛省内の会議の結果と魔女の宣言が吉岡から報告され、閣僚達は国防問題に関しては安心したのか、ほっと胸をなでおろした。

 しかし、財務官僚は香月博士の出した試算に眉をひそめる。

 

「既存の戦闘機ではMSに対抗できないのですか?正直開発予算が懸かりすぎです」

 榊大蔵大臣が吉岡に顔を向ける。

「橘花でも対抗は可能だと思います。しかし、ザフトのジンとのキルレシオは宇宙空間で1:0.6。これでは戦えません」

「しかし予算が」

 なおも言い募る榊大蔵大臣に吉岡は吼えた。

「今!予算を減らせばそれは前線の兵士の命にむかって返ってきます。国防の為我が身を犠牲にする有志を一人でも多く減らさねばなりません!……失礼、熱くなってしまった」

 

 吉岡の言葉に榊大蔵大臣は言葉を失う。

「大蔵大臣、予算を回してくれ。このようなものは黎明期に予算をかけなければいずれ大きな差を作りかねない。それに、核融合炉のパテントが入るだろう?」

 澤井も吉岡の意見に賛成する。

「……解りました」

「ではこれで閣議を終了する」

 

  閣議が終わった後、吉岡が澤井に話しかけた。

「さっきは助かった。やはりお前は説得が上手い」

「いや、この国のためさ。今MSが必要なんだ」

「そうだな…。しかし、人型ロボットに人間が乗り込んで戦争する時代になるとはな」

「SFのようだな。しかし……ロマンがあるとも思わないか?」

 吉岡は驚いた。彼と澤井はもう30年近い付き合いになる。

 彼が古きよきスーパー戦艦を愛する漢であることは知っていたが、彼がロボットにもロマンを持つ人間だとは。

 

「ロマンか……まぁ、安心しろ。あの横浜の魔女直接監修のMSだ。我々の度肝を抜くものだろう」

「そうだな……彼女ならばおもしろいことをやってのけそうだ」

 笑みを浮かべながら話す吉岡に澤井もつられて笑った。

 

 彼らは数ヵ月後この時の軽率な会話を後悔し、共に引きつった顔でMSのお披露目を目にすることになる。

 

 

 

 防衛省特殊技術研究開発本部―――通称『横浜の魔女の釜』

 

「ハックシュン」

 コンピューターの画面と向き合う魔女……ではなく美女が突然くしゃみをした。

「何かしら……だれかがこの天才の噂でもしているのかしら?」

 

 彼女こそ一部の人から魔女の釜とも呼ばれる防衛省特殊技術研究開発局の主席研究員、香月夕呼である。この地にいる科学者たちは変態と紙一重の優秀な科学者なのだが、彼女はこの研究所の中でも唯一〝天才?を自称できる最高の科学者だった。

 

「香月博士!電磁伸縮炭素帯を使用した関節の強度実験のデータが届きました!」

ロボット工学主任の赤松伸治博士が興奮した様子で香月に詰め寄る。

「そう、で、結果は?」

「はい!ザフトのジンの関節に比べて1.5倍以上の強度が出ています!これならばかなり急なAMBAC制御にも耐えられますし、マニピュレーターに重量のあるものも持たせられます!関節稼動域も広く、滑らか且つ迅速な運動が可能になります!」

 

 「そう、これで関節の問題は解決したわね。次はスラスターの選定ね」

「はい!それでは失礼します!」

 赤松は惚れ惚れするような笑みを浮かべながら去っていった。

 

 「……当たり前じゃない。人類を救った機体に採用されていた英知の一つにあたしが手を加えたのよ。少なくとも、自称新人類様のお人形に引けをとるわけにはいかないわ」

 香月博士が小さく呟いた一言を聞いていたものはいなかった。



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PHASE-2 始動

C.E.70 10月某日

 

 富士演習場に白と青の二機のMSが立っている。双方左手に盾を、右手に突撃砲を装備し、背部に設置した可動兵装担架には突撃砲と模擬長刀を装備している。

 XTSF―Type01『撃震』――日本初の本格的MSの試作機である。

 

「遂にこの日がきたわね。」

 香月博士が呟いた。

 彼女は数ヶ月前に防衛省高官の前で発表した公約を果たしていたのだ。

 

 この場には軍の高官、更には内閣の閣僚が揃い踏みしていた。

 胸部管制ユニットにパイロットスーツを着込んだ青年が乗り込む。

 

 二機の巨人は平野の開けた丘で向かい合った。そしてブザーと共に模擬戦が始まった。先に仕掛けたのは白のペイントがされた一号機だ。

 一号機の発砲に対して青の二号機は盾を構えて突進する。

 ペイント弾が盾を赤く染めた。しかし、二号機の勢いは衰えない。

 

 二号機の接近に応じ、一号機は模擬刀を構えた。

 模擬刀と盾が交錯して競り合いになる。

 二号機が下段から跳ね上げようとしたが、、一号機は腰部ブースターを全開にし、タックルを決めた。

 

 しかし、体勢を崩されながらも、二号機も腰部ブースターを使って跳躍、左腕の盾を上空から一号機に叩きつける。

 怯んだ一号機の隙を突いて超接近した二号機は跳躍時に捨てた突撃砲の代わりにナイフシースから取り出した模擬短刀を胸部に叩き込んだ。

 

 ブザーがなり模擬戦が終了する。

 

「香月博士、素晴らしい出来だ。これで我が国もMS戦ができる」

 澤井が笑みをこぼす。

 

「人材は大丈夫なのか?パイロットや整備士の育成だってあるだろう?」

 吉岡の疑問に香月が答えた。

「パイロットは問題ありません。二足歩行建設作業ユニットの免許持ちがシミュレーターでそれこそ月月火水木金金で3ヶ月の訓練です。整備士も東大の受験生ばりの猛勉強してます。今のパイロットだって実機に乗った戦闘は3度目です。」

 その言葉に澤井は驚いた。

「あれが3度目の実戦だと!?信じられないな。」

 

「DANBAIとの共同開発でシミュレーターを作りましたから。あそこは私が学生の頃から筐体の対戦ゲームで有名でしたし。そこから出向していただいたプログラマー達も大変優秀でした」

「報告によれば、コーディネーターでも1年は訓練しているようだが、大丈夫なのか?」

 吉岡の即席練成への疑念は晴れなかった。

「問題ありませんわ、大臣。このMSはZAFTのものとは根本的に操縦システムが異なりますから」

「どう違うんだ?」

「ZAFTのMSでは、基本動作を制御するOSによる操縦の支援は最低限で、後は個々人が全て動かしているといっても過言ではありません。しかし、日本製OSは違います。パイロットスーツを見ていただきましょう。白銀?!来なさい!」

 

 呼ばれてきたパイロットに澤井は視線を向けた。

「そのヘルメットよこしなさい」

 白銀といわれた青年からヘルメットを引っこ抜いた香月はヘルメットの内部を見せる。強引にヘルメットを脱がされた青年が首を痛そうにさすっている様子が少し気の毒に思えるが、香月は彼のことを気にするそぶりも見せない。

 

「彼らの着ているスーツとヘルメットには、パイロットの脳波や神経電流情報を読み取る機能があり、間接思考制御による操縦が可能になっています。そして蓄積されたパイロットの生体データを自己学習型機体制御プログラムがバイタルデータや操作ログ等と共に分析し、より瞬時に、状況に合った操作を行えるようになります」

「つまり、データさえ蓄積されれば、自分の思考パターンに基づいてMSが動くということか」

 澤井は感嘆の声をあげた。

「えぇ、その通りですわデータが蓄積されれば自分のイメージどおりの機動が可能になりますから。さらにこのヘルメットには網膜投影

システムが搭載されており、パイロットの眼球の動きに合わせて投影映像を切り替える機能等がついています」

 

「そんな複雑なOSを手がけるとは、特技研も優秀だな。他国ではいまだにナチュラル用OSの実用段階には程遠いというのに……」

 吉岡の賛辞を香月は否定する。

「あのOSの仕上げこそ特技研のプログラマーが行いましたが、基本プログラムはほとんど我々は関わっていませんわ。ある男が一人で組み上げたものです」

「何!?一体誰があのOSを?」

 吉岡が驚きの声をあげた。

 

 「錯刃大学から出向してきた春川教授が仕上げて下さいましたわ。教授の専門は脳科学とコンピュータ・サイエンスですから」

 出てきた答えに澤井達は感嘆の念を抱いた。春川教授といえばかつて津波観測、避難誘導プログラムを作成し、そのシステムが多くの人命を救った実績から紫綬褒章を受賞したこともある若き科学者である。

 

「しかし、ワークローダーに比べてずいぶんと滑らかに動くな。まるで人間のようだ」

「あぁ、それは人間の関節の動きを参考にしましたし、そのために電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)を使用しています」

「電磁伸縮炭素帯?何だ?それは」

 吉岡が聞き覚えの無い単語に首を傾げる。

 

「電圧によって伸縮幅が変化する素材で、これによって人間における筋肉の収縮と同じ働きをしているのです」

 香月はタブレットをバッグからとりだした。

「このように、素材の分子構造の変化によって体積を増減することで、伸縮を可能にしていますので、曲げたり、捻ったりすることもスムーズにできます。さらに炭素繊維でできているために軽量、柔軟、なおかつ強靭で、これまでのワークローダー以上の関節可動域と対衝撃耐久力を実現しています」

 

 吉岡は次から次へと出てくる新技術に半ば呆然としていた。間接思考制御プログラムに網膜投影システム、電磁炭素伸縮帯など画期的で実用的であることは分かるが、どうしてこうも他国よりぶっ飛んだ発明が組み込まれているのだろうか……養殖物の天才〝コーディネーター″より天然物の天才〝香月夕呼″のほうが彼には程遠い存在であると感じた。

 隣をみると澤井の顔も少し引きつっている。彼もまさかこんな技術的にぶっとんだ機体になるとは思っていなかったのだ。

 頼もしい技術者達の成果を見つめる目の焦点はどこかおかしかった。

 

「やっぱ強いな、白銀は。」

 格納庫に戻った一号機から降りた男が香月博士から解放された青年の肩を叩く。

「シミュレーションでのランキング一位は伊達じゃありませんよ」

 

 軽口を叩き合う二人の前に一人の男がやってきた。

 「白銀武少尉、葉山進少尉!御苦労だったな。」

 「「響教官!」」

 二人は敬礼する。

「どうだ?撃震は。」

「手足のように動かせますよ。『Uローダー』(二足歩行建設作業ユニット)とはえらい違いです。このスーツも、Gをかなり軽減していました」

「私も同意見です。後、網膜投影システムもとても便利でした。ウィンドウの切り替えがとてもやりやすく感じました」

 響は満足げに告げた。

 「よし、白銀少尉、葉山少尉の両名はこのレポートを明日までにまとめてくれ。」

 

 笑顔で渡された書類に二人の顔は引き攣った。彼らは優秀なパイロットだが、書類仕事は壊滅的にできないのだ。

 

 

 

 C.E.70 11月2日 内閣府

 

「さて、『撃震』の開発状況はどこまで進んだかね?」 

 澤井が切り出す。

 

「富士での演習後も各種試験を続行しましたが、特に問題は無かったため、現在先行量産機の生産を開始しています。これも問題が見られなければ、1月には本格的に配備が開始される予定です」

 吉岡が答える。

 

「香月博士の提出した計画書にあったエース用の撃震の能力向上改修機の開発は?」

「TSF―Type01改『瑞鶴』は現在試験生産機のテスト中だと聞いています」

 

 国防の備えが着々と進んでいることを確認し、閣僚達は安心する。

 

「国防関連の事項は後……そうだ、『長門』はどうなっている?」

「はい。L4の軍事工廠コロニー『天之御影(アメノミカゲ)』で順調に建造が進んでおります。防諜も情報省が全力で取り組んでいますから、問題ありません」

 澤井は頷きながら手元の書類に目を向け、話を続ける。

「先日情報局外務二課から連絡があった大西洋連邦の動きはどうだ?何か掴めたか?」

「その件は私から説明させていただきます」

 吉岡の隣に座るエリート風の男、情報局長辰村剣斗が席を立った。

 

「大西洋連邦はオーブとMSを共同開発中のようです。正確には大西洋連邦のハルバートン准将を主導とした派閥による開発らしいですが。既にモルゲンレーテの本社社員が多数現地入りしており、L3のコロニー『ヘリオポリス』にて新造艦の開発も平行しています。」

 澤井は疑問を投げ掛ける。

「それは我々の脅威となりうるものか?」

「連合製MS、『G計画』で建造中の機体は実弾攻撃を無効にする『P.S装甲』を採用しており、ビーム兵器を主兵装とするものということが判明しています」

 更に辰村は手元の資料を読み続ける。

 

「現在開発中の五機は、拡張性を意識したGATーX102『デュエル』、遠距離砲撃を主眼に置いたX103『バスター』、汎用性を追求したX105『ストライク』、ステルス機能を持つX207『ブリッツ』、可変機能を持つX303『イージス』ということが判明しております」

「我が国のMSで対抗できるのか?」

 澤井の質問に吉岡が答えた。

 

「情報局から送られたデータを基に性能を比較したところ、撃震でこの5機を相手にした場合不利であることが分かっている」

 会議室がどよめく。自国のMSを凌駕するものが作られているとなると落ち着けないのは当然だ。

「しかし、恐らくこれは技術的な試作機に過ぎないと判断できるのでは?これは量産機にするには一機あたりにかかるコストは相当なものになるという試算が出ているはずです。それに現在このMSのOSは未完成で完成のめどが立っていない状況です」

 辰村の反論に吉岡が再び口を開く。

 

「たしかに、これは量産機ではない。しかし、我が国にはないビームライフル、ビームサーベル、PS装甲の技術は欲しい。このまま地球連合のMSが量産化されたとき実弾兵器を主力とする兵装では対抗するのは厳しいのが現状だ」

 閣僚達が腕を組み考え込む中で、澤井が口を開いた。

 

 「ヘリオポリスでのMS建造計画に加入することはできないだろうか?」

 澤井の提案に辰村が危惧の念を述べる。

「ヘリオポリスの……特にモルゲンレーテ側は大西洋連邦の技術を盗用している可能性が大です。こちらの技術が不法に奪われる可能性もありますが」

 

「いや」

 吉岡が言った。

「確かに技術が奪われる可能性はある。だからといってここでいち早く技術を得ておくことのメリットと比較すれば、メリットの方が大きい」

「現在我が国が実施している地球連合への支援は物資の輸送だけですから、大西洋連邦より強い参戦の圧力が連日かけられていますし、むこうの世論も反日に傾きつつあるそうです。このまま外交的な孤立を深めることを避けるために、技術協力をするのも悪くないと考えます」

 外務大臣千葉辰巳も技術協力を推した。

 

 この後も各方面からの意見が出た。そして意見が出尽くした頃、これまで意見を黙って聞いていた澤井の口が開いた。

「辰村局長のいうように、我が国の技術的優位が損なわれる事態も考えられる・・・しかし、地球連合にたいして何らかの支援をすることも重要だ。吉岡大臣、技術陣の派遣の準備を急いでくれ。千葉大臣は大西洋連邦とオーブとの交渉に入ってくれ。我が国が既にMSの量産段階に入っていることを明かしてもかまわない。とにかく急いで結果をだしてくれ」

 

 閣議が終了すると同時に閣僚が席を立ち、会議室を急いで後にした。

 日本もついに本格的に動き始めた。



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PHASE-2.5 舞台裏の人たち

 C.E.70 11月3日 大西洋連邦首都 ワシントン 国防総省会議室

 

 会議の出席者はその映像に釘付けだった。

「何と・・・・・・これが日本のMSだというのか!?」

 陸軍参謀は驚きのあまり声を張り上げた。他の出席者も言葉の出ないものばかりだ。

 

 彼らが見ている映像は先日大日本帝国からMSの共同開発を持ちかけられた際に日本側から提示されたものだ。

 その映像に納められていた二機のMSはまるで人間のように滑らかな動きで戦っていた。

 そして日本側の交渉人はこれがナチュラルのパイロットが操縦するMSの映像だというのだ。

 

「しかし・・・・・・本当にこのパイロットはナチュラルなのか?」

 事務次官ジョージアルスターが疑問を投げかける。

「事務次官はこのパイロットがコーディネイターと考えておられるようですが、その可能性は低いと考えます」

 参謀本部のサザーランド大佐が発言する。

 

「彼らがこの映像を公表したのはMSの共同開発に参加するための交渉材料にするためでしょう。実際、現在ヘリオポリスで製作中の試作機はOSの製作が難航し、いまだ完成には程遠いのが現状です。一方、この映像を見る限り日本は自力でナチュラル用OSを作り上げたことは間違いありません。つまり」

「あっちがOSを提供する代わりにこちらが開発中の兵器の新技術を渡す・・・…という取引を向こう側が望んでいるということですね?もしこの仮説が正しければ交渉の前提となるナチュラル用OSは確実に日本側が持っていることになるということですか」

 金髪の若いビジネスマン風の男がサザーランドの言葉を遮った。

 

「そういうことですアズラエル理事」

 サザーランドは自分の言葉が遮られたことは気にすることなくアズラエルの仮説を肯定した。

 

 会議の出席者達は考え込んでいる。ナチュラルでも操縦できるMSの早期実用化が可能になる今回の取引は悪くは無いものだ。ただ、代償がP.S装甲や小型ビームの技術となると即決できるものではない。

 

 しばらく沈黙が続いた後、アズラエルが発言した。

「・・・・・・今回の取引、受けましょう」

 

 サザーランドもアズラエルに続いて口を開く。

「小官も賛成です。確かにP.S装甲などの技術は惜しいものですが、この取引が成立すれば2月中には確実にG兵器をロールアウトできます。戦局を巻き返すのは早いにこしたことはありません。ただ、現在G兵器開発は第八艦隊のハルバートン提督の強い影響下のもとで進んでいます。それに今から介入するというのは・・・・・・」

 

「我々(ブルーコスモス派)に介入されるとごねますか。でもまぁ、彼らも受け入れざるを得ないでしょう。巨額の開発費を使っていながらいまだに結果を出せていないんです。文句は結果を出してから言えということですね。我々も彼らのMS開発プロジェクト――『TSF―X計画』に協力し、技術交流をすることに、誰か異議はありますか?」

 この場の出席者も各々思うことはあったが、ザフトの排除が最優先目標であることは替わりが無い。

 

 アズラエルの提案への異議を申し立てる者は出席者からは一人としてでなかった。

 

 

 

 オーブ連合首長国 オノゴロ島 モルゲンレーテ社

 

 ロンド・ミナ・サハクの突然の訪問にエリカ・シモンズは恐縮していた。

「そう、恐縮することはない。私は何も君に無理な注文をしにきたわけではない」

 

 エリカは内心で舌打ちした。以前には専用機を造れだの無理な注文をしていたくせして、何を言うか。

 そんなエリカの内心を知ってか知らずか、ミナは挑発的な笑みを浮かべながら口を開いた。

「ヘリオポリスでのMS開発、難航しているようだな」

 

「ご心配には及びません。ロールアウトも目前まで迫っています」

 実際にはOSが未だに満足のいく使用にいたってはいないのだが。「隠すことは無い。ナチュラル用のOSの製作が難航しているのだろう?」

 

 モルゲンレーテをはじめとした軍需産業界や、軍全体にシンパを持つサハクにとってこの程度の調べごとは造作も無いことだったのだろう。

「……そこまで知っているのなら、いまさら何のようですか?」

 

 ミナが付き人に視線で促す。付き人が懐から取り出した書類をエリカに差し出した。

 エリカは書類の内容に目をとうし、目を見張らせた。

 

「……日本からの技術提供ですか!?」

 

 エリカのリアクションの満足したのか、ミナが話を再開した。

「先日、日本政府からの打診があってな、先方はヘリオポリスでのMSの共同開発を希望しているらしい。彼らは自己学習型機体制御プログラムを軸としたナチュラル用のOSを提供する見返りにこちらがヘリオポリスで建造中のMSに投入されている新技術を所望しているということだ」

 

「技術の漏洩というデメリットを考えると、そのようなものが必要だとは思えませんが?」

 エリカにも技術者としての意地がある。自分達の技術力ではMSを造れないと宣告されてはい、そうですかと受け入れるわけにはいかない。

 しかし、ミナはその意地を一笑に付した。

 

「そのような勇ましいことは結果をだしてから言いたまえ。君達は求められた結果を出すことは出来なかったのだから」

 エリカは言い返すことができない。自分達はナチュラル用のMSを造ることはできなかったのだ。

 

 「それとも、何か言い訳でもあるのならば聞くが?」

 ミナの言葉にエリカは苦虫を噛み潰したような表情をした。そして、これから命じられる仕事は自分達の矜持を否定するものであることを察した。

 

「では、改めて命じようか、シモンズ主任。君はヘリオポリスでのMSの共同開発において出来る限りの日本の技術を奪うように手を尽くしてくれたまえ」

 

 

 

 

 

 L3コロニー ヘリオポリス

 

「日本との共同開発でありますか?」

 ヘリオポリスにあるモルゲンレーテの兵器工廠でマリュー・ラミアス大尉は素っ頓狂な声を挙げた。

「そうだ。アラスカのやつらが取引をした」

 忌々しげにカイン・ポール中佐は吐き捨てた。彼は地球連邦軍第八艦隊司令官にしてG計画の推進者であるデュエイン・ハルバートン准将の代わりに秘密裏にヘリオポリスとプトレマイオス基地を往復し、連絡役として働いている。今回の技術協力の件も無線で知らせるわけにはいかないないようなので、彼に伝令役がまわってきたのである。

 

 「しかし、Gのロールアウトまでは後少しです。OSさえできれば完成なのにいまさら共同開発だなんて」

 納得できないマリューは眉をひそめて反論する。

「お偉方は一刻も早いMSの量産を望んでいるらしい。それにOSの完成のめどがたっていないということは否定できまい」

 カインの口調に棘が混じる。貴様ら技術者がぐずぐずとしているからこんな取引をされることになったんだ――と言外に非難しているようだ。

 

 なおも不満そうなマリューにカインは言った。

「フン、気に食わないがどうやら日本は既にMSをロールアウトしているらしいな。無論、ナチュラル用のMSをだ」

 マリューは絶句した。大西洋連邦の技術陣とモルゲンレーテの技術者が束になってもまともに進展しなかったナチュラル用OSをすでに日本は実用化し、それはもう量産段階に入るほどの完成度であるというのか。色々と技術者として思うことはあるが、その技術を学びたい――それに、あの科学技術大国とならよりすばらしいGが作れる。なら、受け入れるのも手か。

「明後日〇一〇〇に日本の技術者がヘリオポリスに来航する。それまでに資料の類を整理し、合同会議に備えたまえ」

 閉口したマリューに今後の予定を伝えると、カインはその不機嫌な様子を隠すそぶりもみせずに工廠を後にした。

 

 

 

 数日後、マリューは到着した日本の技術者を迎えていた。

「遠路はるばるお疲れ様です。大西洋連邦軍第二宙域第五特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉であります」

 敬礼して出迎えたマリューらの前に一人の女性が歩み出てきた。

 

「『TSF―X計画』開発主任として着任しました。大日本帝国宇宙軍安土航宙隊『白き牙(ホワイトファングス)』中隊所属、篁唯依中尉であります。これからよろしくおねがいします」



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PHASE-3 偽りの平和

 C.E.71 1月25日 L3 オーブ連合首長国領コロニー

 ヘリオポリス

 

「誘導に従い速やかに入港せよ」

 艦橋で練習艦隊司令官古雅祐之(こが すけゆき)少将は一部の気の緩みもなく静かに入港作業を見守っていた。

 船内のいたるところで初々しい士官が号令を飛ばしている。

 

 日本の宇宙軍士官候補生は士官学校卒業後に実務練習のために練習艦隊に配属され、そこで遠洋航行実習を行うという伝統がある。実習終了後に士官候補生は少尉として任官し、各地に配属されるのだ。

 そして練習遠洋航行では国際親善を高めると共に国際的な視野を養うために毎回外国領のコロニーや月面都市を訪問することになっている。

 大日本帝国宇宙軍の練習艦隊は練習遠洋航行の一環として今回はオーブ領ヘリオポリスを訪れていた。

 練習艦隊は旧式の巡洋艦『鹿島』、沢霧型駆逐艦『沢霧』『山霧』『朝霧』の4隻で編成されている。

 

「艦長!入港完了しました。艦の各部に異常ありません」

 艦内の管制を行っていた候補生が言った。

「よし、候補生は全員降りたまえ。これから入港歓迎式典がある」

『鹿島』艦長羽立進(はだて すすむ)大佐は席を立ち、制帽を被りなおした。

「はっ」

 見惚れるような敬礼を返した候補生はマイクを取り、艦内に放送を入れた。

 

 

 

 幹線道路を走るエレカに乗るナタル・バジルール少尉は平和にうつつをぬかしている国民にあきれ果てていた。そんな時、ふと反対側の車線を走る大型エレカに乗った白い軍服を着た若者達が目に入る。先程見たカレッジの学生達と同じ年頃だろうか?しかし、その顔つき、体つきは全く違っていた。

「日本軍か?」

 ナタルは怪訝な顔で隣に座るアーノルド・ノイマン曹長に尋ねる。

「練習航海で訪れた日本宇宙軍の仕官候補生でしょう。日本の練習艦隊が入港することは聞いていましたから。今じゃ数少ない宇宙での中立領ですし、練習航海で訪問することに別段不思議はないでしょう」

 ノイマンは特に気にすることは無く答えた。

 ナタルは秘密兵器を製造しているコロニーに堂々と他国の艦隊が入港していることが気になったが、練習艦隊ならそこまで気にすることではないと考え直した。

 

 

 

 少尉候補生や艦隊の司令官が歓迎式典に出席しているころ、練習艦隊に残った者は補給物資の積み込みをしていた。

「水、食料の積み込み終わりました」

「その他の物資も八割ほど搬入は完了」

 その搬入作業のさなか、練習艦隊の入港している区画に大型のトレーラーが入ってきた。

 作業中の乗組員達はそのトレーラーに乗っている巨大なコンテナに怪訝そうな顔をした。通常の補給ならこんな巨大なコンテナを搬入することはない。

 怪訝そうにトレーラーを見つめていると、トレーラーの助手席から一人の女性が降りてきた。モルゲンレーテの工員服を着た、黒髪が美しい大和撫子の鏡のような若い女性だ。

 タラップを誰かが降りてくる音を聞き、ふと振り返ると旗艦『鹿島』副長の牧田敏明中佐が艦より降りて女性に歩み寄っていた。

 

「宇宙軍練習艦隊『鹿島』副長の牧田敏明中佐だ」

 

「宇宙軍安土航宙隊『白き牙(ホワイトファングス)』中隊所属、『TSF―X計画』開発主任篁唯依中尉であります」

 篁中尉は敬礼する。

 

「あのコンテナが我々に任された荷物ですな?」

 牧田が念を押すように尋ねた。

「はい。その通りであります」

 牧田はにこやかな顔で頷くと、篁をねぎらった。

「任務ご苦労だった。中尉には空いている女性士官室を用意している。後は休んでいたまえ、金山曹長!篁中尉を案内してさしあげろ」

「はっ」

 牧田に呼び出された金山に連れられ、篁は艦内に入っていった。

 

 それを見送った牧田は搬入中の作業員に指示をとばす。

「コンテナを鹿島の格納庫に収納しろ!」

 疑問に思った作業員達だが、中身を牧田に問うことは無かった。彼らは軍人だ。知らなくてもいいことは一々検索しなくてもいいと割り切っている。

 

 

 

 

 ヘリオポリスの港湾近くの講堂にいた練習艦隊の士官候補生達をすさまじい揺れが襲った。

 間髪いれず歓迎式典に同行していた通信士が古雅に駆け寄った。

 

「司令官!『鹿島』からの通信です!港湾区画にジンを2機確認!ザフトの襲撃と思われます!」

 古雅は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの気の張った表情に戻り、声を張り上げた。

「敵襲!総員速やかに乗艦せよ!第一戦闘配備だ、いそげ!!」

 実戦経験のない候補生達だったが、士官学校や普段の艦内勤務の条件反射で上官の一声で一斉に席を立つと搭乗してきた大型エレカに駆け込んだ。

 

「副市長殿、折角の歓迎式典でしたが申し訳ありません。現在ヘリオポリスはザフトの襲撃を受けています。我々は艦隊に戻りますが、皆さんも早くシェルターに避難してください」

 古雅は歓迎式典に出席していたヘリオポリス副市長に謝罪すると、既に発進準備の整っていた大型エレカに駆け込んだ。

 

 

 

 

 物資の積み込みを完了させていた練習艦隊は戦闘配置についていた。

「レーダー感あり!数3!熱紋照合、ジンです!」

「対空戦闘準備!対空ミサイル発射準備!」

 命令が飛び交う『鹿島』の艦橋に篁が入ってきた。

 

「中佐!状況は!?」

「ザフトの襲撃だ!港外に巡洋艦2、MS1コロニー内にMS3が展開している。駐留していたオーブ軍MAと大西洋連邦船籍の貨物船から発進したMA3機が港外で応戦中だ。篁中尉!万が一のときに君の持ってきた〝あれ″は出せるか?」

 牧田は切迫した表情で問いかけた。

「無理です。現在〝あれ″は分解された状態です。組み上げるにも知識を持った整備員もいません」

 篁は悔しそうに答えた。

 

 その時、艦橋の扉が開き、古雅ら指揮官が入ってきた。

「司令官!艦長!」

 牧田の顔には喜びが浮かんでいた。

「ご苦労だった、牧田中佐。状況報告を頼む」

 古雅の眼光に牧田は浮かんでいた喜色を消し、再びその身を正した。

 

 

 

 

「なるほど…状況はかなり悪いな」

 状況報告が終わった時、古雅が言った。

「司令官。これより練習艦隊はヘリオポリスを脱出すべきでは?」

『山霧』艦長山名順平中佐が具申する。

「状況は予断を許さないものだ。最悪の場合、港外に展開しているザフトと戦闘することになる。正直この新米が多い練習艦隊でどこまで戦えるか」

 羽立が眉間にしわを寄せて口にした言葉に一同考え込んでしまう。

 

 そんな中、古雅が口を開いた。

「篁中尉」

「はっ…はい!」

 突然話しかけられた篁は動揺してしまった。しかし、そんな彼女には構わずに古雅が尋ねる。

「中尉はこの艦に搬入されたものを動かせるか?」

「できます。しかし、先程説明したように機体が用意できません」

 篁の返答に落胆するそぶりも見せず、古雅は再び問いかけた。

「中尉以外の我が国の技術者達はどうしている?」

 篁は古雅の言わんとしていることに気づき、表情が明るくなった。「彼らは物資の第一次搬入後にモルゲンレーテ内の日本人居住区に戻りました。襲撃後は持ち出せるだけの資料を持ってシェルターに避難した可能性が高いです。彼らなら、機体を出撃できる状態にできます!上手くいけば同時に第二次搬入作業で収容する予定だった補充部品や試作兵装も回収できるかもしれません」

 

「しかし、傍受した通信によると現在この宙域ではザフトと連合の戦力が衝突中です。大型エレカで彼らを回収するのは危険では?わざわざ安全なシェルターから移動させるとなれば、彼らの安全は保障できません」

「ザフトの主目標は通信にでてきたアークエンジェルという軍艦と連合側に残されたストライクというMSだろう。それに技術者には護衛をつける。白銀武少尉と九條醇一大尉に準備させろ」

『沢霧』艦長の佐古俊太郎中佐の懸念に対して古雅が返した言葉は会議の出席者を絶句させた。

 

「ですが、よろしいのですか?この艦がMSを搭載しているのは荷物を受け取った復路での万が一の事態のためです。我々がMSを擁することがザフトにも知られてしまう恐れがあるのでは?」

「どのみちこれから戦闘は避けられん。ならば戦力を充実させることが最優先目標だ」

 

 古雅の覚悟を秘めた瞳に見つめられた彼らも覚悟を決めた。

「『山霧』、『朝霧』に連絡!撃震出撃準備!装備は迎撃後衛だ!」

 

 ついに練習艦隊が牙をむいた。



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PHASE-4 砕かれた平和

 大日本帝国宇宙軍練習艦隊 『山霧』後部ハッチ

 

 白銀武少尉は撃震のコクピットの中で最終調整をしていた。

 装備は迎撃後衛。今回の目的は護衛だが、戦闘に入る可能性は否定できない。そして敵機の中には物理攻撃をうけつけない装甲を持つものが最大で4機いるというのだ。

 正直、120mm滑空砲が効かない相手と戦いたくは無い。しかし、勝ち目が無いとは思わない。この程度ではすまない死線をいくつも越えてきたのだから。そっと胸の御守りに触れ気持ちを落ち着かせると武は管制との通信を開く。

 

「こちらシルバーブレット01発進シークエンスに入る」

「了解。確認した。シルバーブレット01発進どうぞ」

 

 駆逐艦の後部に設置されていたハッチが開き、パールホワイトのMSが跳躍した。

 

 

 

 ミゲル・アイマンはM69バルヌス改 特火重粒子砲のみ装備したジンに乗り換えてストライクに雪辱を晴らそうと出撃した。

 下等なナチュラルにやられたまま黙っていられるか――彼のコーディネイターとしての矜持が例え相手が地球軍の新兵器といえども敗北を許さなかったのだ。

 

 僚機のマシュー、オロール、イージスと共に再度ヘリオポリスに出撃したミゲルは一目散に巨大な熱源反応―地球軍の戦艦にむけて飛翔した。

 その時、イージスから通信が入った。

「どうしたアスラン。強引についてきたくせに、今更怖気づいたか?」

 ミゲルが軽くからかったが、アスランは眉ひとつ動かさない。

「からかわないで下さい。それより、あれを見てください!」

 アスランから送られた座標をモニターに移す。大型エレカが2台、港湾区画に向かっている。それ自体はなんら変哲は無い。だが、それに随伴しているものが問題だった。

 

「トレーラー?それにMSか!?」

 2台のエレカにトレーラーが随伴している。先程襲撃した連合のMSを運んでいたトレーラーと同じ車種だろう。そしてそれを護衛するMSの姿。

「まだMSがあったのか!?」

 その機体は先程奪取したものとは全く異なっていた。明らかに重厚なフォルム、武骨なシルエットである。デザインは自分達のMSとも奪取した地球軍のMSとも全く異なった印象を受ける。

 

 情報では連合のMSは5機だったが、まだあったというのか。だとすれば、ここで見逃すわけにはいかない。ストライクとの雪辱戦もあるが、ここであれを見逃すわけにもいかない。しかし、マシューとオロールのジンは要塞攻撃用のD型装備だ。ここで彼らがあのMSを鹵獲して離脱すれば敵戦艦への攻撃の際火力が足りなくなる。そもそもD装備では火力が強すぎて鹵獲できずに相手を撃破してしまう可能性が高い。アスランを向かわしてもいいが、ストライクと戦うために強引についてきた後輩に今から帰らせるのもいかがなものか。しかたのないことだ。ミゲルは回線を開いた。

 

「しかたない、オロール!マシュー!お前らは予定どうりあの戦艦を沈めろ。アスラン!ストライクはお前に譲ってやる!今回だけだからな!」

「ありがとうございます!しかし、あの肩の国籍マークは、日本のものですが、いいんですか?」

「どうせ偽装だろう。馬鹿なナチュラルだ。国籍マークを付けて中立国のものだとアピールすれば安全に運べるとでも思ったんだろうよ」

「港には日本の軍艦が停泊していると報告が入っています。本物という可能性もあるのでは」

 アスランは訝しげだ。しかし、ミゲルはどうということはないと言い切った。

「本物だったとしても問題ない。ここでMSを作ってたということは連合やオーブと組んで開発してたってことだ。ならば日本はオーブといっしょだ。中立国じゃない。それにどうせ日本はナチュラルの国だ。過ぎたおもちゃを取り上げてやる」

 

 頭を下げたアスランに大げさだと苦笑しながらミゲルはトレーラーに向けて飛翔した。

 

 

「さて、まずは護衛をつぶすか」

 ミゲルのジンはM69バルヌス改を構えた。その時レーダーが警報を鳴らし、とっさに飛び上がったことが彼の命を救った。

 上空から銃弾が降り注ぐ。あと少し反応が遅かったら蜂の巣になっていただろう。

 ミゲルは銃弾が発射された場所から現れた存在に目を見開いた。

 

「MS!?もう一機いたのか!」

 どうやら先程まではシャフトの裏に隠れてレーダーをやり過ごしていたらしく、発見できなかったようだ。

 

 突撃銃を発砲しながら未知の新鋭機が突撃してくる。見かけによらず鈍重ではない。胸部を狙って発砲するが、敵機の盾に阻まれる。

 射撃の直撃にも動じずに接近した敵機はそのまま至近距離で発射した弾丸をミゲルのジンに叩きつけた。

 尋常じゃない衝撃がミゲルを襲う。右肩が付け根から吹き飛ぶ。たまらずブースターを噴かして後ろに下がるが、底を狙い済ましたかのごとく正確な射撃が命中し、脚部が火を噴いた。

 強い…ミゲルは黄昏の魔弾の異名を持つエースパイロットだが、その彼をもってしても容易に勝てる技量の敵ではないと確信した。

 しかし、ナチュラルに二度も負けることは彼のプライドが許さなかった。

 確かにナチュラルにしてはやるようだが、M69の射弾を叩き込めれば勝機はある。

「下等生物は下等生物らしく……地べたを這っていろ!」

 

 

 

「流石は夕呼先生……ジンなら撃震の敵じゃないぜ」

 武は撃震のコクピット内で勝利を確信していた。敵機がビームを放ってきたことには驚いたが、彼の知っているレーザーと比べれば脅威にもならない。

 ジンは背部スラスターを噴かして高速で動き回る。恐らくはこちらを機動力で翻弄し、隙を作り出してビームで始末しようという魂胆だろう。しかし、彼の本領はその驚異的、否、変態的な機動にある。機動力での勝負なら負ける気はしない。武も腰部スラスターを噴射してジンを追いかけた。

 

 

 

「くそ!なんだよこいつは!?」

 ミゲルは自分の後ろにしつこくまとわりつく敵機に悪態をつく。どんな機動をとってもその腰部のスラスターを自在に動かして追従してくる。既に数発背部スラスターは被弾している。このままではこちらがやられるだろう。

 意を決したミゲルは急旋回を機体にかけた。すさまじいGが彼の体を襲う。コーディネイターである彼でも意識をもっていかれそうな威力だ。これで殺った!――と確信した彼の視界には真っ赤な奔流が映っていた。

 

 

 

「撃墜1確実っと」

 ミゲルのジンが急旋回をかけたのと同時にその未来位置を予測した武は背部突撃砲の120mmをその未来位置に叩き込んだのである。急旋回をしたミゲルにはそれを回避することはできず、自分から射線に突っ込んでいくかたちとなって撃墜されてしまったのだ。

「白銀、まだ任務は終わってないぞ。気を抜くな」

少し浮かれていた武を僚機の九條が注意する。

「了解。しかし、さっきのジンの相手を手伝ってくれてもよかったのでは?」

「すまない。流石に護衛対象から2機とも離れるわけにいかなかったのだ。それにお前の技量であれば問題はなかったであろう?」

「そうですが…っと、そろそろ着きますね」

「ああ、これで任務完了だ」

 二人は軽口を飛ばしながら帰還しようとした時、轟音と共に大地が裂けた。

 

 

 

 練習艦隊旗艦『鹿島』艦橋は慌しくなっていた。

「シャフトが戦闘の余波で損傷した模様」

「シャフトが歪んで崩壊を始めてます!」

「遠心力で外壁に裂傷!コロニーが持ちません!」

 

「技術者の収容はどうなっている!?」

 牧田が声を張り上げる。

「収容完了しております!ただ、トレーラーに乗せたMSの補充部品の収容が間に合いません!」

 搬入作業を監督していた篁が答えた。

 

 古雅は決断した。コロニーの外壁が破損したのならもうこのコロニーは持たない。

「搬入作業中止!これより出港する!総員配置につけ!」

「総員配置につけ!」

 オペレーターが命令を艦内放送で復唱する。

 

 古雅に篁が慌てて詰め寄る。

「司令官!搬入できない物資は如何しますか?」

 古雅は諭すように答えた。

「君の言いたいことは分かる。ここに軍事機密となる物資を置いていくわけにもいかないし、補充部品は我々の生命線となりうる。故に、これらは『山霧』、『朝霧』に設けられた撃震の収容区画に一時的に保管する。港外に出て落ち着いたところで鹿島に移送しよう」

 その答えに篁は安堵した。

 

 その時、艦橋に警報が響く。

「レーダーに感あり!ブルー12、マーク30アルファ!ライブラリに該当なし、連合の新型戦艦と思われます!」

「SSM用意、回線開け!」

 

 

 

 ヘリオポリスから辛くも脱出したアークエンジェルは唯一奪取を免れたストライクとストライクが回収した脱出ポッドを収容し、これからの方針について話し合っていた。

「艦長、これからどうする?ヘリオポリスから脱出したはいいが、月まで戦闘なしでつけるとも思わないしな。俺のゼロもしばらくは使えんし、いっそ降伏でもするか?」

 ムウ・ラ・フラガ大尉は難しい顔をして艦長のマリュー・ラミアス大尉に問いかけた。

 

「この艦とストライクはなにがあっても地球まで持って帰らねばいけません。しかし、この状況では……フラガ大尉、今から訓練してストライクをどれだけ動かせますか?」

「時間が足りないな。あの坊主がろくに訓練もせず乗りこなせたのはカレッジで同じプログラムをいじくってた経験があったからだろ?確かにGはナチュラルでも十分に動かせるMSだとは思うぜ。でもな、それは練習あっての話だ。今の俺じゃあの坊主以下の動きしかできねぇよ」

 ムウの答えにマリューは頼みの綱を断たれた気分だった。元々技術畑の彼女にはそもそも艦長という仕事とは無縁だった。しかし、この緊急事態に急ごしらえの艦長にされたのだ。頼みとなるものが全くない中で経験も、知識も足りない彼女に決断を要求することは酷だった。

 

 その時、CICのジャッキー・トノムラ伍長が叫んだ。

「レーダーに反応!グリーン78、マーク60デルタに中型艦1!小型艦3!ライブラリ照合!日本軍の『ミナセ』タイプ1、『アサギリ』タイプ3です!」

 マリューは目を見開き、戦闘配備につくように命令した。しかし、その時再びトノムラが報告を入れる。

「『ミナセ』タイプから通信です!」

 メインモニターには50代後半の貫禄のある男が移っていた。その眼光の鋭さにマリューは思わず背筋を正した。

 

〈こちらは大日本帝国宇宙軍練習艦隊司令官の古雅祐之少将だ。貴艦の所属を問う〉

〈こちらは地球連合軍所属、アークエンジェルです。私が艦長のマリュー・ラミアス大尉です〉

 マリューが硬い声で返答する。

〈さて、単刀直入に訊こう。ヘリオポリスを崩壊させたのは君達かね〉

 古雅の眼光がさらに厳しいものになり、マリューは思わずすくんだ。

〈違います!我々はザフトの襲撃に応戦しただけで、コロニーを意図的に戦闘に巻き込み崩壊させたわけではありません〉

〈…詳しい事情を聞きたい。我々はそちらの代表者との会談を開きたい〉

〈わかりました。我々がそちらの艦に赴いてこれまでの経緯を説明いたします。〉

 

「艦長、いいのか?」

 ムウはマリューに訝しげに尋ねた。わざわざこちらから出向くことはないと考えていたのだ。

「構わないわ。どのみち本気で敵対するわけにもいかないしね」

 ナタルもマリューに同意する。

「私も艦長の意見に賛成します。いまだザフトが近くの宙域に存在する可能性は否めません。そうなると長時間の無線通信は傍受の危険性が高まります。それに非交戦国の艦隊を巻き込んだ以上、我々からむこうに出向いて経緯を説明する義務があります」

 ナタルの説明を受けてムウもしかたないとばかりに肩をすくめた。

 

「それじゃあ、ランチの用意をお願い。バジルール少尉も同行して。艦はその間ノイマン曹長に任せるわ」

 

 

 

 ランチで『鹿島』に搭乗したマリュー達は特別公室に案内された。

 練習遠洋航行の関係上、各国を訪問する練習艦である『鹿島』には来賓が乗艦することもあるため、他の『水無瀬』型巡洋艦とは異なり豪華な内装の特別公室が改装により設けられているのだ。

 

「ようこそおいでいただいた。私が練習艦隊司令官の古雅祐之少将だ」

「『鹿島』艦長の羽立進大佐です。『鹿島』にようこそラミアス艦長」

 公室に入った二人を古雅らは敬礼して出迎えた。

「アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス大尉です」

「アークエンジェル副長のナタル・バジルール少尉であります」

 答礼した二人は古雅に促されて席についた。

 

 挨拶もそこそこに古雅が切り出した。

「さて、ラミアス大尉、我々は今回の連合とザフトの中立国内の戦闘行為についての経緯についてお伺いしたい」

「わかりました。それでは説明いたします」

 ラミアス大尉に促されたバジルール少尉が立ち上がり、戦闘の経緯について説明した。

 

 

 

 ザフトは新型MSの奪取を目的としてヘリオポリスを襲撃し、奪取を免れた機体が抵抗したことを脅威と判断したために過剰なまでの戦力をもって襲撃、その際の戦闘の余波でヘリオポリスは崩壊したということか……進は頭を抱えたくなった。

 つまり自分達は完全に巻き添えを食らったことになる。これがもとでザフトとの戦端を開くなんてことしたらいったいどれだけの災いが日本に降り注ぐことになるか。

 

「……以上で説明を終わります」

 考えに耽っているうちにバジルール少尉の説明が終わっていたようだ。さて、一体これからどうしたものか。既にザフトは自分達を敵と判断している可能性が高い。国籍表示のあるトレーラーとMSを襲撃したことからもそれは明らかである。もしかするとすでに宣戦布告されているのかもしれない。

 しかし、本国との通信は電波干渉が激しいため不可能だ。これでは宣戦布告されているのかを確かめることはできない。

 L3に日本のコロニーもないために近くに退避できる拠点もない。

 

 その時、これまで黙ってバジルール少尉の説明を聞いていた古雅司令官が初めて口を開いた。

「事情は把握しました。では、これから貴艦はどうされるつもりですか?」

 

 いきなりの質問にも動じずラミアス大尉は答えた。

「友軍のいるアルテミスへと向かう予定です」

 なるほど、アルテミスの傘に入るつもりらしい。しかし、大西洋連邦所属の艦がユーラシア連邦の要塞にすんなりと保護してもらえるものだろうか。まぁ、そこは彼らにも何か腹案でもあるのだろう。

 

 「司令官はこの後どうなさるおつもりですか?」

 バジルール少尉が司令官に問いかける。

「……付近の哨戒を行いながらL4へ向かう。だが、その前にヘリオポリスの住民の保護を最優先で行う予定だ。一応友好国の国民を見捨てるわけにはいかん」

 

 その言葉にラミアス大尉の表情が曇る。間接的にとはいえ、この災害を引き起こした自分達が安全圏に逃げることに罪悪感を感じているのだろう。やさしい女性だと思う。

 反面、バジルール中尉の表情には変化がない。どうやら彼女は実直な軍人気質なようだ。

 その後も我々はいくつかのやりとりを交わした。

 

 会談が終わり、特別公室を退室した二人を見送りに古雅と羽立はランチの前まで見送りに来ていた。

「わかりました。それでは我々は失礼します。貴艦隊の航行に神の祝福があらんことを」

「こちらこそ。貴艦の航行の安全を祈ります」

 互いに敬礼を交わした後、ラミアス大尉達はアークエンジェルへ帰っていった。

 

 

 

 会談後、『鹿島』艦橋では誰もが渋い顔をしていた。回収したポッドの数が予想以上に多かったのだ。上層部に指示を乞おうにも、ザフトのニュートロンジャマーのせいでL4との連絡はとれない。

 

 「このままL4まで帰還する。今の戦力で下手に戦闘をさせるわけにもいかん。我々は避難民の安全も確保しなければならないのだからな」

 古雅の決断に幕僚は異議を唱えなかった。

 

 「了解しました。総員発進準備!これより本艦はL4に帰還する!」



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PHASE-5 抜刀した武士

 C.E.71 2月1日

 

「救助したヘリオポリス市民をオーブまで護送せよ」

「……どういうことでしょうか」

 

練習艦隊はザフトによる襲撃という予定外の事態に遭遇したものの、ヘリオポリス出港後は特に事件も無く無事にL4の軍港コロニー『安土』までたどり着いていたのだ。しかし、上陸して羽を伸ばす暇なく彼ら練習艦隊に新たな任務が下されたのである。

古雅は不愉快そうだ。

 

「何故練習艦隊に命令が下されるのでしょうか?ここには我が国の殆どの艦艇が存在しているというのに」

「先日の事故の影響で艦船ドッグが被害を受けたことは知ってるな?その影響で主力艦船の整備スケジュールが詰まっているんだ。ザフトが中立国だろうとお構いなく襲撃する可能性が高いならL4の防衛にはそれなりの戦力が必要になる」

先日の事故というのは貨物船千草丸がドッグ入り中に爆発炎上した事故である。原因は今もって不明である。

 

 因みに軍艦に限らず、艦艇は定期的にドッグに入る必要がある。

それは宇宙船でも例外ではない。いや、むしろ宇宙船の方が整備は重要であろう。

ちょっとした損傷が空気漏れ等、命に関わることに直結する可能性があるのだ。

海と違い宇宙では船の外はかなりの危険が伴う。故に例え損傷がなくとも宇宙船の検査や整備には数週間から数ヶ月かかることなどざらにある。

戦闘や事故による損傷があれば半年かかることだってあるのだ。当然その間ドッグはでっかい図体をした鉄の塊に占領されることになる。

 

 以前から決まっていた改修工事や船体整備と損傷艦艇の整備が被ることもあるが、その場合は船員の命も繋かっているので、無下に改修工事や船体整備を後回しにして船を出すこともできない。

また、軍艦は軍事機密の漏洩を防ぐために民間船のように他国や民間のドッグには入れない。そして港区画にはドッグ入り待ちで出港できない船が並ぶことになる。

軍艦の建造や整備はその抗堪性や機密性の為に民間船の建造とは比べものにならない程の時間と手間がかかるのだ。

 

 

「しかし、いくらなんでもドッグの回転率が低すぎます。『天之御影』のドッグには何が入っているのですか?」

古雅の問いにL4『安土』鎮守府司令長官の神田輝明中将は口を噤む。

現在『天之御影』に新設されたドッグでは最新鋭の超巨大戦艦が作られていることは最高クラスの機密になっている。その機密レベルは異常の一言に尽きた。

鎮守府司令長官の神田さえドッグへの立ち入りは禁止されているレベルなのだ。そんな事情を話すわけにいかない神田はただ沈黙を保った。

 

「……わかりました。練習艦隊は明朝『安土』を出港し、アメノミハシラへ向かいます」

 

 

 練習艦隊はヘリオポリスの避難民を乗せた輸送船『わかば』を護送するために再び漆黒の海原に出航した。

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.71 2月6日 デブリベルト周辺

 

 L4を出港した練習艦隊は一路地球への針路を取って航行していた。しかし、その近くには白亜の巨艦が随伴していた。数日前ヘリオポリスで遭遇した大西洋連邦の最新鋭強襲揚陸艦アークエンジェルであった。何故彼らが合流しているかというと、話は数時間前に遡る。

 

 

 

 

 武は愛機の前で休憩中の整備兵と共にレーションを食べていた。

これは要領のいい古参の整備兵が主計科の倉庫から銀蠅したものだ。

普段から整備兵とつるんでいる武は彼らと共に戦利品の味を噛みしめていた。

ふと、“あの頃”もおなじようなことをしていたことを思い出した。

ただ、“あの頃”の土みたいに糞まずいレーションに比べれば天と地の差があると武は思っていたが。

そもそもアラートが日常茶飯事だったあの頃とは様々な面で比べ物にならないほど今は優遇されている。

そんな時ふと脳裏に内地で待っているあの凛とした女性の顔が浮かんだ。今頃ヘリオポリス崩壊をニュースで知って心配でもしているのだろうか。L4に帰還後にメールを送ったが、やはり直接会って無事を知らせてやりたい。彼女の泣き顔はやはり嫌だ。

 

 そんな映画でよくある死亡フラグの典型的なパターンを立てている彼の耳に突然緊急事態を知らせる警報が飛び込んできた。

反射的にレトルトパックを投げ捨てた武はヘルメットを被り、床を蹴って愛機のコクピットめがけて飛んでいく。周りの整備兵も一斉に持ち場に付く。

コンソールに問題はない。いつでも出られる準備は万端である。

既に彼の目はいつものおちゃらけた青年のものではなく、一人の軍人の目に変わっていた。

 

 

 

 

 艦橋も騒ぎ始めていた。

「レーダーに感あり!距離3000グリーン37マーク22チャーリー!ライブラリ照合……アークエンジェル級です!」

何故アルテミスに入港したはずの船があれから10日ほどでこの宙域に現れるのだろうか。もしかすると、同型艦の可能性もある。進は騒がしくなる艦橋で一人黙考していた。

 

 そうこう考えているうちに古雅の指示でアークエンジェル級との間に回線が開かれた。モニターに映っていたのはヘリオポリスで会談したラミアス大尉の姿だった。

となるとあれはアークエンジェルで間違いないだろう。

 

「こちらは大日本帝国宇宙軍練習艦隊の古雅だ……。ラミアス大尉、息災で何よりだ」

「ありがとうございます。貴艦隊もご無事なようで」

 

 ラミアス大尉は数日前より少しやつれた印象をうける。いったい彼らに何があったのだろうか。

 

「ラミアス大尉、失礼ですが貴艦は確かアルテミス要塞に入港する予定だったはずでは?」

黙考を中断した進が問いかけた。それに対してマリューは渋い顔をする。

「……アルテミスはザフトの攻撃を受け、壊滅的な打撃を受けたため、我々は脱出しました」

彼女は嘘は言っていないだろうが、どこか隠しているところがあるように見受けられた。

 

「現在我々は収容した被災者を送り届けるためにアメノミハシラに針路を取っている。そちらはどのような針路を?」

いったい彼らは何処へ向かうつもりなのだろう。正直ザフトとの戦闘に巻き込まれたくはないから針路が被らないことを切に願う。

「我々は地球軍第八艦隊の先遣隊との合流ポイントに向かっております。ですから当分はそちらと同じ針路を取ることになります」

ラミアス大尉の発言に少し顔が引きつる。アルテミスを陥落させるほどの執念を持った敵に追われている彼らと同じ針路なんて心から遠慮したい。

しかし、このあたりでとれる迂回ルートはないために針路変更は厳しい。とりあえず第二戦闘配備を発令しておくべきだろう。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとのランデブーから5時間後、練習艦隊もレーダーで第八艦隊の先遣隊を捉えた。

「さっきも通信してましたし、彼らも保護者が迎えにきましたから、ここから月への最短ルートを取ってくれますね。正直ほっとしました。これで我々も安全に航行できるというものです」

牧田が息をなでおろす。進も彼と同じ気持ちだった。

 

 

 こうして迷子の大天使様は保護者に手を繋がれて月のおうちまで帰りましたとさ。めでたし、めでたし。

 

 

 

 …となればよかったのだが、どうやらこの世界の神はそのような単調な物語はお気に召さないらしい。

 

 

 

 

 

 突然練習艦隊各艦の艦内に警報が鳴り響いた。

「レーダーに感あり!距離1000、レッド143マーク67アルファにMS4!」

「距離1000?どうして気付かなかった!?貴様等は居眠りでもしてたのか!?」

進は索敵管制員を怒鳴りつける。距離をこれまで詰められるまでレーダーに反応が無いなんてありえないからだ。

「敵機はデブリ帯から出現しました!恐らくデブリに紛れて低速でここまで接近したものと思われます!」

進は頭を掻き毟った。想定が甘かった。アークエンジェルと合流した時点で哨戒機ぐらいだすべきだったのだ。

「糞!総員戦闘配置につけ!MSは!?」

「白銀機が緊急発進の準備を完了しています!」

「九條大尉と篁中尉も出れます!」

 

 MSを発進させるべきか……古雅司令に目配せをした。

「MSはまだ出すな。ここで発進させればザフトは我々を脅威とみなして攻撃してくることもありうるからな。我々は宙域を離脱する。面舵50下舵30、全速前進だ。ただし、観測は怠るな。対空監視を厳にしろ!」

やはり古雅司令は堅実な判断を下したか。後はザフトが我々を無視してくれればいいのだが。

数時間前、内地との定時通信で練習艦隊はプラントと日本はいまだ非交戦国であることは確認しているため、相手に良識があるならば襲撃されることは無いと確認しているが、油断は禁物だ。

 

 因みに彼らが内地との交信が可能だったのは近くに通信仲介衛星があったためである。エイプリルフール・クライシスがあってから通信がままならない状態が続き、世界情勢がめまぐるしく変わる中でL4との連絡が途絶えることは危険だと考えた日本政府はL4と地球の間のデブリベルトにいくつかの通信仲介拠点を設けることにしているのだ。今回利用したのもそのうちのひとつだ。

 

 

 

 

「隊長!足つきの後方にも艦隊が航行しています。国籍コードを確認、大日本帝国の艦隊です」

報告を受けたクルーゼはイレギュラーな存在に対してどう対処したものかと思案する。アスランの証言ではヘリオポリスでミゲルが最後に戦った相手のMSも日本の国籍マークが付いていたという。その後ミゲルは何者かに撃墜されている。レコーダーも機体が爆散してしまったうえにコロニーそのものが崩壊し、現場の宙域にはデブリが散乱しているために未だに回収されていない。

その時のMSと目の前の艦隊に関係がある可能性もある。つまり、日本艦隊は黄昏の魔弾の異名をとるミゲルを討ち取るだけの戦力を保有している可能性も否定できないのだ。

この場で迂闊に日本と交戦すればミリタリーバランスが崩れることもありうる。それはZAFTは望んではいない。

しかし、既にミゲルを撃墜している事実を鑑みると、むこうから攻撃してくることも考えねばならなかった。

この場のイレギュラーは可能な限り小さくできるように対処する必要があるという結論に彼は達した。

 

「アデス、私も出るぞ」

「隊長が出るのですか?」

アデスは訝しげな表情をする。

「日本が妙な動きに出たときのための保険は張っておくべきだろう。一応ヴェサリウスも前に出てくれ」

クルーゼの回答に納得したのかアデスは発進準備に取り掛かるように通達した。

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦橋でフレイ・アルスターは震えていた。

「ローにミサイル4命中!」

スクリーンに映し出された船が一瞬膨れ上がったように見えた。次の瞬間ローは強烈な閃光と共に姿を消した。

 

「ねぇ、キラは!?あの子は何をしているのよ!?」

サイは叫ぶフレイを艦橋の外に強引に連れ出す。

「キラは頑張ってるさ。ただ、むこうにも奪われた新兵器があるし」

「でも、あの子、言ったのよ『僕達も行くから大丈夫』って。なのに何してるの!?」

その時新たな火球がモントゴメリィに炸裂した。フレイの顔が青ざめる。

偶然、モニターの一つに映る退避していく艦隊の姿がフレイの目に留まった。

 

「ねぇ、どうして後ろの艦隊は逃げていくのよ!?どうしてパパを助けてくれないのよ!」

「あれは日本艦隊だ。日本は中立国だから参戦できない」

「何でよ!あれは軍艦でしょ!?何で戦えるのにあたし達を見捨てるのよ!日本ならナチュラルの国じゃない!」

フレイはなおもサイに食って掛かる。

サイも必死に宥めるがフレイは落ち着く気配を見せない。

しかし、急に暴れていたフレイが動きを止めた。サイは不審に思いフレイの様子を伺っていると、耳に流れ込んでくる歌声に気づいた。

フレイは抑え込む力を緩めたサイを強引に振りほどくと、音源の部屋にむけて駆け出した。

 

 

 

 

 ムウは奇妙な感覚に襲われた。この現象を起こす心当たりは一つしかない。

「クルーゼが出てきたか!?」

正直、まずい。自分は既にガンバレルを2基失っている状態である。頼みの綱のストライクはイージスを抑えることで手一杯だ。

味方のメビウスは全滅。ローはジンのミサイルが弾薬庫に命中し轟沈、バーナードも機関部が沈黙し、継戦能力は失われている。モントゴメリィも中破に近い状態だ。

対してザフトの損害はゴッドフリートで撃墜したジン一機と先程自分が相手をしていたジン一機が小破しているだけだ。

これでクルーゼまで出てこられた場合、敗北は必死だ。

万事休すか……と諦めかけていたとき、視界の端を紅い奔流が走った。恐らくはイージスのスキュラだろう。そしてその光の奔流は退避していた日本軍の巡洋艦の艦首に命中した。

 

 

 

 

 

「ザフトのMSの砲撃が艦首に命中!艦首センサー損傷!」

『鹿島』の艦橋で管制官が声を張り上げた。

進の心は燃え上がっていた。一発なら誤射かもしれないなんて甘ったれた理屈は通用しない。当たり所がよかったために人的被害は皆無だが、我々は敵から明確に攻撃を受けたのだ。そして我々は理不尽な攻撃に泣き寝入りするような臆病者ではない。

今回、先に喧嘩を売ってきたのはザフトだ。やつらに目にものみせてやる。

 

 古雅司令も獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべている。生粋の武人である司令も自分の乗艦を不当に攻撃されて腸が煮えくり返っているのだろう。

「全艦対空ミサイル発射準備!これは演習ではない。目標、ザフトMS部隊!ミサイル発射後、MS部隊発進しろ!」

古雅の命令は艦橋の空気を振るわせるほどの覇気を纏っていた。

幹部候補生達も司令の覇気にあてられたのか、その目つきは武士のものになっていた。

 

 

 

「武、お前はあの小破したジンをやれ。篁中尉は紅いやつを頼む。白いシグーは私がやる」

「「了解」」

各艦の後部ハッチからMSが発進し、それぞれの目標と交戦する。

 

 

 

 

 唯依は出撃すると愛機のフェイズシフト装甲を作動させた。灰色の機体が山吹色に染まる。

実は唯依の搭乗機である瑞鶴弐型(以下瑞鶴で統一)はヘリオポリスで製造された試作MSだ。かの魔女のもとで設計された撃震の改良機に連合のテクノロジーを導入した次期主力機のテスト機の役割を持っている。いわば、G兵器の親類に当たる。P.S装甲やビームライフルがその証である。

 

 瑞鶴から放たれたビームに気づいたイージスは交戦中のストライクから距離をとった。その隙にバッテリー残量の心もとないストライクも離脱する。

「日本軍か!?」

イージスを駆るアスラン・ザラは悪態をつく。何故今更日本軍が戦闘に介入してくるのだ。やつらも地球軍なのか?

状況把握できず(キラのことで頭がいっぱいだったために自分の所業に気づいていないだけなのだが)混乱しているアスランにはお構いなしに瑞鶴は距離をつめ、ビームサーベルを展開し接近戦を仕掛けてきた。

瑞鶴のビームサーベルをシールドで受け止める。しかし、同時にすさまじい衝撃がアスランを襲った。

瑞鶴の背部に装備されたガンマウントが起動し、瑞鶴の脇に突撃砲を展開、自立射撃を行ったのだ。36mm高速撤甲弾を連射されたイージスはたまらず射線から離れた。

 

 すでにビーム兵器の連続使用でバッテリーを消費していたイージスのバッテリ―残量は危険域にある。このままではビーム兵器は使用できない。しかもイージスにはイーゲルシュテルン以外に実弾兵器はないのだ。それもPS装甲を持つ瑞鶴には通用しない。

何とか格闘戦に持ち込もうとするアスランだったが、それが間違いだった。

 

 至近距離にまで接近し両腕にビームサーベルを展開したアスランに対して唯依も背部の長刀で応戦する。

「はぁぁ!!」

唯依はイージスの二本のサーベルによる連続攻撃を巧みな太刀捌きでいなしていく。アスランは手数の多さを駆使するも、機動性に勝る瑞鶴には当たらない。

決定打を与えられないまま、時間だけが消費される。

激闘の中、先にイージスがフェイズシフトダウンを起こしてしまった。

「フェイズシフトが落ちた!?くそ、撤退する!」

高速巡航形態に変形したイージスは最大出力で戦場を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

「あの肩の撃墜マーク……ザフトの英雄ラウ・ル・クルーゼか。相手にとって不足はない」

醇一の撃震は挨拶代わりといわんばかりにシグーに36mmを浴びせる。その射線を軽く回避したシグーもお返しとばかりに76mm機銃を発射する。

しかし、撃震の傾斜の付いたシールドは76mm程度では貫通できない。そのまま接近した醇一は盾の裏に突撃砲をしまい、背部から長刀を取り出してシグーに切りかかった。

 

 

「ええい」

クルーゼは苦戦していた。相手の近接格闘能力が並ではないのだ。そもそも、ザフト内でも対MS近接戦闘を得意としている人間は多くない。開戦からこれまで一部の傭兵や海賊との戦闘以外でMSと戦闘をする機会は考えられなかったためだ。

そして彼自身その戦果の殆どを遠距離での射撃戦で積み上げてきた人間である。一応重斬刀は装備しているが、歴戦のクルーゼですらジンとの模擬戦闘に使用したことくらいしか経験はない。

 

 撃震の切り上げを防いだシグーだったが、大きく体制を崩される。その隙を見逃す九條ではない。スラスターの出力を上げて突進した。クルーゼも必死だ。盾に装備された28mm砲を至近距離で発射し牽制する。九條は長刀を振り上げ、その反動で機体を28mmの射線から逸らした。すかさずクルーゼは76mmで追撃をかけて撃震との距離をとった。

クルーゼは焦っていた。相手に比べて自分は銃弾をハイペースで消費している。あちらの残弾数はわからないが、このままではこちらの残弾が先に尽きる可能性が大きい。それまでに撃墜することも厳しいだろう。

更にアデスから通信が入る。アスランがバッテリー切れで帰艦し、ジン一機がすでに撃墜されたという。そうなると戦力比は3:2でこちらが不利だ。しかも日本軍の3機はどれもシグー以上の性能を有している可能性が濃厚だ。潮時だと判断した。

 

「アデス!日本軍は絶対に相手にするなと全部隊に通達しろ!ヴェサリウスは敵ネルソン級を砲撃して牽制だ!」

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦橋は沈黙していた。

突如戦闘に介入した日本軍は自分達を散々苦戦させたザフトを赤子の手を捻るように軽く一蹴してしまったのだ。しかもあの艦隊は正規の部隊ではなく、士官候補生らの航行実習に使われる練習艦隊である。到底その錬度も艦艇の性能も正規部隊に遥かに及ばない。

 

 その時、艦橋のドアが開いたことに気づいた者はいなかった。誰もが自分達を遥かに凌駕する戦力を前に呆然としている。その間に艦橋に入ったフレイは戦局の変化にも気づいていなかった。フレイに気づいたナタルが息をのむ。その反応に他のクルーも反応してフレイに気づいた。同時に正気ではない彼女の様子に言葉を失う。

フレイは強引につれてきたラクスの首に刃物を突きつけ叫んだ。

 

「この子を殺すわ……パパの船を撃ったら!この子を殺すわ!ザフトのお姫様を殺されたくなかったらさがってぇ!!」

フレイの狂気をおびた叫びが艦橋に響き渡ったが、既に手遅れだった。

 

 その瞬間、ヴェサリウスから放たれたミサイルがモントゴメリィの艦橋を貫き、爆炎を吹き上げた。

フレイはしばし、現実を認識できなかった。数秒あいて認識できた時、フレイは絶叫した

「イヤァァァァー!!」

叫びと共にフレイは気を失った。

 

 そんな叫び声が響くさなか、日本軍のMSからの標的から逃れたジンがアークエンジェルに接近する。ストライクもメビウスも間に合わない。

 

 艦橋の中で皆が一連のフレイの行動にあっけにとられている中、いち早く立ち直ったナタルが艦長に声をかけるが、マリューの思考はいまだに再起動できずにフリーズしたままだ。

それを悟ったナタルはフレイが握り閉めているインカムを引ったくり、繋がったままの回線を通じて語りかけた。

 

「ザフト軍に告ぐ!こちらは地球連合軍所属艦“アークエンジェル”!当艦はプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢である、ラクス・クラインを保護している。偶発的な経緯を経て人道的な立場から彼女の乗る救命艇を救助したものである。以降、当艦に攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄とみなし、当方は自由意志で、この件を処理する用意があることをお伝えする」

 

 つまりは、アークエンジェルに攻撃を行った場合人質の命は保障されないということだ。

 

 

 

 

 

 

 帰還し再出撃の準備をしていたアスランは先程の全周波通信に憤っていた。

「ナチュラルめ……救助した民間人を人質に取るなんて!」

アスランは拳をイージスのコンソールに叩きつけ、吐き捨てた。

「彼女は必ず救い出す…そのためにならお前だって俺の敵だ。キラ」

 

 不味いことになった。クルーゼは仮面の奥で顔をしかめた。このままではこちらは任務の遂行は不可能だ。この戦力でラクス・クラインの救出戦は不可能であるし、増援を呼んでもラクス嬢を人質に足つきが全速力で月に離脱しようものなら間に合わない。さて、どうしたものだろうか。ヴェサリウスとの回線を開く。

「アデス。全軍退却だ。この場で下手な対応するわけにもいかん」

この場は退こう。しかし、この借りはいずれ返す。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルに帰艦したキラはムウに詰め寄っていた。

「どういうことですか!地球軍はあんな民間人の女の子を人質にするんですか!」

しかし、ムウは不愉快そうに返す。

「そういう情け無いことを艦長たちがせざるを得なかったのは、俺達が弱いからだ。俺達の力じゃ友軍を守れなかったからだ。俺にも、お前にも艦長や副長を非難する資格はねぇよ」

 

 ムウは壁に頭を叩きつけて叫んだ。

「俺達にも日本軍のような強さがあったなら!あんな胸糞悪いことをする必要は無かったんだよ!」

その叫びにキラも返す言葉を失い、ただやり場のない怒りを籠めた拳を通路の壁に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 汗ばんだパイロットスーツを脱ぎ捨てて制服に着替えたキラはうつむきながら食堂に向かっていた。

その時通路にまで絶叫が響いた。音源は医務室である。医務室に足を踏み入れたキラは半狂乱になって泣き叫ぶフレイの姿を見て声をかけようとした。

しかし、キラは動けなかった。キラに気がついたフレイが凄まじい形相で彼を睨みつけたためである。

 

「嘘つき!!」

足がすくんで動けないキラにフレイの平手打ちが炸裂した。体制が崩れたキラにフレイは立て続けに拳を叩きつける。

「『大丈夫』って!『僕達も行くから大丈夫』って言ったじゃない!何でよ!?何でパパを守ってくれなかったの!あいつらをやっつけてくれなかったのよぉ!!」

キラは言い返すことができず、ただ、フレイに殴られるままになっている。

 

「フレイ!もうやめろ。キラだって懸命に」

流石に不味いと思ったサイ二人の間に割って入ってフレイを止める。

サイに抱かれてもフレイの怒りは収まらない。壁に叩きつけられたキラに更に罵声を浴びせる。

「あんた、自分もコーディネイターだからって、本気で戦っていないんでしょ!!」

 

 キラの心にフレイの叫びが突き刺さる。この場にいることに耐えられなくなったキラは医務室から飛び出した。

「嘘つき!パパを返して!返してよぉ!!」

フレイの呪詛のような声を背中に浴びながらキラは逃げるように医務室から遠ざかっていった。



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PHASE-6 戦と人倫

 古雅司令は不機嫌の極みのように見受けられた。

原因は少し前の戦闘だ。いきなりザフトから攻撃され、危うく避難民の命まで危険に曝すところだった。それだけではない。戦闘を終結させるためにアークエンジェルが敵国の民間人を人質に取ったことは司令の逆鱗に触れる行為だった。羽立もまたあの放送には怒りを覚えていた。

 

 戦というものにおいてルールというのは絶対のものだというのが彼の持論だ。それを守るのはいざというときそのルールが自分を救ってくれるからではない。ルールによっていざという時も一般の国民も守られるからである。

 

 先程のザフトの攻撃は非交戦国の艦艇になんの通告も無く実施された攻撃であるし、他国の民間人を人質に自分達の安全を要求するアークエンジェルの所業は軍隊の所業ではなく、海賊の所業だと考えていた。

先程アークエンジェルから持ちかけられた会談の席でも司令はこのことを痛烈に批判していた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は戦闘が終了した直後に遡る、古雅と羽立は武を護衛に伴いアークエンジェルに乗り込んでいた。アークエンジェルから先程一連の戦闘についての釈明がしたいという旨の要請があり、避難民を多数収容している輸送船を伴った練習艦隊には手ごろな部屋がないためにアークエンジェルで会談する運びになったのである。因みに、先の戦闘で艦橋に被弾したモントゴメリィは応急班の必死のダメージコントロールの甲斐あって撃沈は免れたものの、戦闘能力はほぼ喪失していた。

 

 艦内を移動していると、羽立はクルー達の好奇と畏怖の混じった視線をいたるところで感じた。先程の戦闘で色々と感じるところがあったのだろう。

 

 会議室に到着すると沈痛な表情をしたラミアス大尉と平静を保っているフラガ大尉とバジルール少尉が出迎えた。

 

「このようなことになって残念だ。ラミアス大尉」

古雅司令はラミアス大尉らを睨みつけた。その視線に怯みながらも彼女は古雅司令と正面から向き合った。

「…全ては私の指示でやりました。このような軍人にあるまじき行為は、全て私の至らなさゆえのものです」

 

 おそらくラミアス大尉は先の人質の件で良心の呵責を感じ、それを隠せないのだろう。ただ、それが自分の力不足を理由に正当化できる人物でもなかったらしい。会議に入るとラミアス大尉はその表情を崩さないままユニウス7でラクス・クラインを保護した経緯を語った。

ヘリオポリスの避難民を救助したために物資の余裕が無くなりユニウスセブンで墓荒らしをし、その際に彼女の乗った脱出ポッドを拾ったのだという。

先の戦闘ではこのままでは自分達の艦もヘリオポリスの避難民を道ずれに沈ませるわけにもいかず、彼女を盾にすることで乗り切ったのだという。

 

 なるほど、その経緯は理解できたが、それは今回民間人を盾にしたことの免罪符にはならない。非戦闘員を人質に取ることは国際法違反だろう。

 

 その時、艦内に警報音がけたたましく鳴り響いた。

「何事か!?」

バジルール少尉が部屋に設置された内線を手に取り声を張り上げた。フラガ大尉は部屋を飛び出した。おそらくMAで待機するつもりだろう。

受話器を手に持ったバジルール少尉の眉間に皺ができる。

「本艦のMSがラクス・クラインを乗せて無断発進しました。詳しいことは艦橋でお話します。艦長!急ぎましょう!!」

 

 我々は部屋を飛び出て艦橋に急いだ。

 

 

「こちら地球連合軍“アークエンジェル”所属のMS・ストライク。ラクス・クライン嬢を同行。引き渡す。ただし、ナスカ級は艦を停止。イージスのパイロットが単機で来ることが条件だ。この条件が破られた場合、彼女の命は保障しない」

 

 艦橋で事態を把握した羽立は無線から聞こえてくる少年の痛快な行動につい笑みを浮かべた。軍人としては許されない行為だが、このような思い切った行動をできる少年には好感を持てる。隣を見ると武も笑っている。

しかし、彼は思慮が足りなかった、否、純真すぎたと感じる。彼らが約束を守る保障などないのだから。

古雅司令はアークエンジェルのオペレーターの少女に依頼して『鹿島』との通信回線を開いてもらい、戦闘配置に付くように通達した。

さて、戦闘は避けたいが、どうなることか。

 

 

 

 やはりイージスがラクス・クラインを保護し離脱するのと同時にナスカ級が動きだし、シグーが発進した。予想していたとはいえ、いざこのような事態になると腹立たしいのは事実だ。

アークエンジェルのメビウス・ゼロが緊急発進した。しかし、こちらは白銀を欠くためMSは2機しかだせない。あちらもイージスがすぐには出せないため、共に戦力が減ってはいるが、MS隊最強のエースがすぐに出撃できないのはいささか拙い。

牧田副長の指示だろう。撃震と瑞鶴が発進し、砲塔が稼動する。臨戦態勢に入っている。大破したモントゴメリィは最大速力で宙域から離脱しようとする。

 

 しかし、砲口が火を噴くことは無かった。シグーは突如その身を翻すとナスカ級へと帰還する。ナスカ級もシグー収容後に宙域を離脱していった。

いったい何があったのだろう。気になったが戦闘を回避したことでひとまず安堵し、大きく息を吐いた。

 

 

 

 ナスカ級撤退が確認された後、会談は再開された。

 

「古雅司令、我々は現在共にザフトに狙われております。また襲撃された時に連携ができれば、被害を減らすことも可能です。我々と一時的に共闘していただけませんか?」

バジルール少尉は共闘を提案する。

「我々はザフトとの交戦したことは事実です。しかし、我が国は貴国と軍事同盟を結んでいるわけではない。下手な共闘はザフトに日本と大西洋連邦が同盟を組んでいると思わせかねない。我々はあくまで中立国の軍隊であることをお忘れなき用に」

しかし、進はキッパリとバジルールの提案をはねつける。

 

「しかし、このままでは次回の襲撃で被害を被る危険性があるのでは?」

「はっきりと言おうか。我々は君達と共闘するメリットがないのだよ」

なおも下がらないバジルール少尉に古雅司令が口を開いた。

 

「戦術的にメリットはないし、なにより民間人を人質に取るような人倫を持たぬ軍との同盟等こちらから願い下げだ。人倫を弁えぬ軍隊と民を苦しめる匪賊と何が違うというのだ。それとも、バジルール少尉、君は匪賊を信頼して自分の後ろを預けられるというのかね」

古雅司令の侮蔑にバジルール少尉は険しい顔つきをしている。

「我が軍を匪賊などと同等に扱うと仰るのですか!?あまりにも失礼ではありませんか!!」

 

「やめなさい!バジルール少尉!」

ヒートアップするバジルール少尉をラミアス大尉が一喝した。

悔しそうに唇を噛みしめるバジルール少尉を横目にラミアス大尉は正面から古雅司令を見据えた。

 

「……確かに我々がやったことは古雅司令の仰るように匪賊の行いと言われても仕方のないことです。全ての責任は私の非力にあります」

古雅司令は黙ってラミアス大尉を見つめている。

「私は中立国の民間人に武器を持たせて戦わせ、敵国の民間人を人質にしました。私はその責を否定しません。しかし、私はその責を負ってでもアラスカまでこの艦とストライクを届けねばならないのです。それによって犠牲になる友軍が減らせるのであれば、元技術士官の私にできることは全てやります」

 

「目的で手段は正当化できるものではないが…そのような論議が答えを出せるとは思えない。だが、まぁ、己の所業を理解しているのならこれ以上何か言うのは無粋か」

古雅司令が先程までの緊張感を幾分か緩めたように感じられた。

 

「我々が独自に行動する方針に変わりはないが、これからの貴艦の航行に幸あらんことを祈るよ」

 

 

 

 

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

会談終了後、随伴してきた武が急に発言した。

「なんでしょうか?」

マリューは訝しげに答える。これまで沈黙を守ってきた護衛がいまさら何のようかと勘ぐっているようだ。

 

「ストライクのパイロットと話せないでしょうか?」

人懐っこい笑みを浮かべながら言う武にバジルール少尉が噛み付いた。

「いったい何のご用件でしょうか?」

 

「いえ、キラ・ヤマト君のご両親からお手紙を預かっていましてね」

パイロットの名前が出たことでラミアス大尉たちは硬直した。進は何のことか分からず首を傾げる

 

「彼の両親はわかばに乗艦しておりましてね、先程の戦闘中傍受した通信にでてきた『キラ』、『ヤマト少尉』などの言葉から類推しておりましたが、やはりそうでしたか。彼らは息子が戦場にいることを心配されておりました」

その言葉にラミアス大尉たちは俯いている。しかし、武のやつは抜け目がない。先程自分がランチに乗る前に司令と話していたことはこのことか。

 

「…わかりました。現在彼は食堂で待機しておりますので、そちらに向かいましょう」

ラミアス大尉は申し訳なさそうな顔で答えた。

 

 

 

 

 

 突然食堂に入ってきた集団を前にヘリオポリスの学生達は目を丸くした。艦長や副長と共に入ってきたのは見知らぬ男三人。彼らの着る制服は地球軍のものでもザフトのものでもない。

何事かと目線で問いかけてくる学生達に古雅が名乗る。

 

「大日本帝国宇宙軍練習艦隊司令官の古雅祐之少将だ」

「同じく練習艦隊旗艦『鹿島』艦長の羽立大佐です」

「宇宙軍安土航宙隊『銀の銃弾シルバーブレッド』中隊所属、白銀武少尉です。パールホワイトのMSのパイロットをしています」

 

 武の自己紹介に学生達は二度目の驚愕を覚えた。

「白銀少尉は……コーディネイターなのでありますか?」

バジルール少尉が尋ねた。

「私はナチュラルですが?無論、他のパイロット2人も」

 

 ナタルは絶句していた。先程の戦闘では日本のMSは自分達の作ったMSを駆るコーディネイターを鎧袖一触で蹴散らしていた。日本がG兵器に乗ったコーディネイターでさえ圧倒する兵器をつくりあげていたのなら、ナチュラルでもコーディネイターの駆るジンを圧倒できる性能を求めてG兵器を作っていた大西洋連邦の努力はいったいなんだったのだろうか。

 

 開発スタッフとしてG兵器に関わっていたマリューも驚きを隠せない。

確かに日本側が供与した自己学習型機体制御プログラムを組み込まれたOSは画期的なものだった。よたよたと歩くことが精一杯だったGに全力疾走を可能にした性能に疑いの余地は無い。ただ、それでもあれほど滑らかに、芸術的な機動をしてみせたパイロットはこれまでのGのテストパイロットの中にもいなかったのだ。

 

 

 

 驚きの隠せない士官達をよそに武はキラに話しかけた。

 

「君が、キラ・ヤマト少尉だね?」

武にいきなり尋ねられたキラが上ずった声で答えた。

「はっ、ハイ」

驚いた様子のキラに苦笑しながら武は封筒を差し出した。

キラは急に差し出された封筒に首を傾げる。

「ヘリオポリスで保護した君の両親から手紙を預かっている。後で読むといい」

武からの言葉にキラの顔には明らかな喜色が浮かんだ。やはり両親の安否が不安だったのだろう。

 

「もし、両親に伝えたいことがあるなら、通信の許可を出してもいいが、どうする?」

しかし続く武の言葉に一転、キラは俯きながら答えた。

 

「いえ、やめておきます……」

怪訝な顔をした武をする。

 

「ご両親に会わなくていいのかい?」

「状況に流されるように“あれ”に乗って、地球軍として戦って…殺したくないのに殺すしか無くて…僕には戦う力があったのに、フレイのお父さんを守れなくて…」

武は黙ってキラの話を聞いている。

 

 「色々と心の整理がつかないんです。今、話すことなんて……」

キラの言葉の最後のほうは少しかすれて聞こえた。

 

 

 

 キラの話が終わると武は目を瞑った。

自分には彼の気持ちが痛いほど分かる。

かつての自分はこの少年と同じだったのだから。ただ、武の経験した地獄はキラの比ではないほど凄惨なものであったが。

 

 自分達は平和な世界をさも当然のように享受してきた。この平和が無条件に自分達に与えられるものだと思い込んでいたのだ。

自分達の国を飛び出せば世界中で戦争が起こっていることから目を逸らしていることにも気づいていない。

その平和な世界のためにどれだけの人間が戦っているのかも知らない。

その平和な世界の外でどれほどの人間が死と隣り合わせの日常を過ごしているかも知らない。

 

 そしてある日急にその目を逸らしていた“戦争”に巻き込まれた。好きでこんな狂った“戦争”に加わったわけでもない。しかし、戦う力が、運命に抗う力があるからと誰もが自分を戦わせようとする。己の因果に縛られ逃げることも許されない。逃げた時その罰は容赦なく自分から大切なものを奪い去っていく。

 

 今、武には自分の前で俯いている少年の姿がかつての自分に、現実から逃げようとみっともなくあがく自分に重なって見えた。

夕呼先生にもかつてこんなみっともない姿を曝したと思うと、なんだか恥ずかしい。

こんなみっともないガキだった自分を導いてくれたのだから、なんだかんだいって夕呼先生は自分にとっての最高の教師だったと思う。

 

 そんなことを考えているうちに、老婆心から少しばかり助言をしたくなった。

 

「俺も、君と同じような経験をしたことがある」

キラはその言葉に驚いたように顔を上げた。

「いきなり平和な居場所を奪われて、明日の命も知れない場所に放り出された。俺が何か悪いことをしたわけでもない。ただ、戦う力があったからそんな理由で戦わされる。正直、怖くてたまらなかったさ」

 

 いつの間にか、その場にいたヘリオポリスの学生も、アークエンジェルの士官たちも、古雅も進も武の言葉に惹きこまれていた。

 

「そして、俺は一度そこから逃げ出した」

キラは目を丸くする。

この狂った場所から逃げ出せる、平和な世界に逃げられる……そんな甘美な誘いがキラの脳裏をよぎる。

 

「でも、だめだった。俺が逃げたことは、結果として平和を感受している人に災いを振りまいただけだった」

自分が逃げれば、友達に災いが降りかかる――そのことを思い出したキラは甘美な誘いがよぎった自分に虫唾が走った。

 

「なら……どうすればいいんですか?」

キラは答えを懇願するように武に問いかける。

「僕は!どうすればいいんですか!?もう平和な場所には戻れないんですか!?戦い続けるしかないって、殺し続けるしかないって!そう言いたいんですか!?」

 

 キラの懇願に対して、武は教え諭すような口調で答えた。

「世界はさ……望むと望まざるとに関わらず、俺達に色んなものを勝手に投げつけたり、奪ったりしていくものなんだ。だけど、俺達には何かできることがあるんじゃないかと思う。ジョージ・グレンというたった一人の存在だって世界を変えられたんだ。前例があるなら、今を生きている俺達が、ちっぽけな俺達だって世界の因果とやらに反逆できないわけが無い」

 

 キラはいつの間にかまっすぐに武を見つめ、その一言一句を漏らさないように集中していた。

 

「もし、君が因果に反逆するなら、何が出来るのか、これからどうなるのか……それは、意思の強さと行動にかかってくる部分が多いはずだ。その責任の重さを、まずはしっかり自覚しろ。そしてあきらめるな。一つでも譲れないものひとつを突き通せ。……先輩からのアドバイスはこんなもんだ」

 

 

 武の言葉に考え込み始めたキラを一瞥すると、武はマリューに向き直った。

「時間をとらせて申し訳ありませんでした。ラミアス艦長」

「いえ、問題ありません。では、ランチまで見送りましょう」

表情を先程の会談のころよりも緩めながらラミアス大尉は武達を先導して食堂を出た。

 

 

 

 

 デッキに通じる道を通っていたときだった。目の前に赤い髪の少女が立ちふさがったのは。

「アルスターさん、何しているの?そこをどきなさい」

ラミアス大尉が訝しげに目の前の少女に尋ねた。

しかし、彼女は突然ラミアス大尉を跳ね除けると、古雅に向かって飛び掛った。

咄嗟に武が古雅の前に割って入り、少女を組み伏せる。

 

 組み伏せられた少女は尚ももがく。

 

「…して」

組み伏せられた少女はその目を涙に潤ませ、古雅をギッと睨みつけながら口を開いた。

「どうして!何でパパの船を見捨てたのよ!?何でザフトに襲われているパパを助けてくれなかったのよ!?」

 

「どういう意味だ?」

「あんたたちは見捨てたのよ!パパの船を目の前で!ザフトのMSに襲われている船を見捨てて逃げたじゃない!」

少女は尚も敵意を持った視線を浴びせ続ける。

 

「彼女の父親が先程大破した第八艦隊のモントゴメリィに乗艦していたのです。…それで」

ラミアス大尉の説明で古雅は理解した。そしてフレイに静かに語りかけた。

 

「なるほど、つまり君は我々が御父上を見殺しにしたことが許せないということか」

「そうよ!あんた達のMSはザフトのMSを楽に追っ払ったっていうじゃない!だったらパパの船だって守れたはずよ!」

「我々には君の御父上を……大西洋連邦の艦隊を助ける義務は無い。それに我々にはヘリオポリスの避難民の乗った輸送船を護衛する任務があった。我々が守らねばならないのは彼らだ」

「でも、ザフトと戦ってたって!だったら!」

「我々は攻撃を受けたために自衛権に基づいて応戦しただけだ。ザフトを倒すために戦ったわけではない。輸送船を守るために戦ったのだ」

「だからって……なんでよぉ」

 

 フレイは泣き崩れた。

「お嬢さん。最後に一言いっておく。俺達は軍人だ。故国を、国民を守る矛であり、盾なんだ。ピンチに颯爽と駆けつけて敵をやっつけてくれる正義の味方じゃぁない」

武は泣き崩れるフレイに声をかけると、ラミアス大尉らとともに通路を通り過ぎていった。

 

 

 その後、連絡を受けたサイがフレイを居住区まで送り届けた。

しかし、彼は気付かなかった。嗚咽をあげる彼女の瞳に狂気が生まれていたことを。

 

 

「ずいぶんと面白いアドバイスだったぞ、武」

ランチの中で進がにやけながら武に話しかけた。

「昔の自分を見ているようで、ほっとけなかったんですよ。まぁ、あのアドバイスの半分以上は恩師が自分にかけてくださった言葉なんですが」

「道理でお前の言葉にしては説得力があった」

「ひどいですなぁ」

 

 

 柄にもないことをした武は恥ずかしさで顔が赤くなっていた。やはり、自分には夕呼先生みたいに人を教え導くってことは向かないみたいだとひとりごちた。



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PHASE-7 騒乱

 C.E.71 2月10日 アメノミハシラ

 

 アークエンジェルと別れた練習艦隊は無事にアメノミハシラに到着し、避難民を受け渡していた。 

現在、任務を全うした艦隊司令部の面々と士官候補生達はロンド・ミナ・サハクの招待で迎賓館を訪れている。

 

 「今回の人命救助に対して、ウズミ・ナラ・アスハ代表からも感謝の言葉が届いております。そして、私も一人のオーブ国民として感謝の意を表します」

「身に余る光栄であります」

ミナの言葉に艦隊司令官の古雅は仰々しい態度で答えた。

 

 

 正直なところ、古雅はこのような政治的な場は苦手だった。サハク家の次期頭首は見た目麗しい女性ではあったが、あの蛇のような無機質な目と向き合うのもとても不快だった。

外地において軍人とは外交官でもあることを忘れてはいないが、やはり性に合わないものは会わないのだ。ヘリオポリスでの式典クラスならばまだしも、一国家の重鎮が出席するような場所は本当に辟易する。

 

 ……まぁ、このような経験が今回練習艦隊で預かった130人の士官候補生の将来に、ひいては皇国の将来のためになるのならば老い先短い我々が苦労するのも無駄にはならないか。

そう考えた古雅は終始士官候補生達に在るべき軍人の姿を見せ付け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 同日、大日本帝国

 

 会議室には内閣のメンバーが勢ぞろいしていた。それを確認した澤井が口火を切った。

 

 「先日、宇宙軍の練習艦隊がザフトと交戦したことは知っているだろう。今回はその対応について協議したい。吉岡防衛大臣」

促された吉岡が席を立った。

 

 「今月八日、日本時間1230にザフトのMSがヘリオポリスの民間人を輸送していた宇宙軍の練習艦隊に対して発砲、それに対し練習艦隊は搭載していたMSを発進させ応戦しました。同艦隊はザフトを撃退し、死者は0との報告が入っております」

同席していた本山十三宇宙軍長官が着席した吉岡の後を引き継いだ。

 

 「交戦の報告を受けた後、1300に宇宙軍にデフコン――防衛基準体制――1を発令、L4宙域に存在する全部隊が警戒にあたっておりますが、現在のところザフトに動きは見られません」

 

 「防衛大臣、質問してよろしいでしょうか?」

千葉辰巳外務大臣が懊悩とした表情を浮かべながら質問した。

 

 「現在、ザフトは地球連合軍と各地で干戈を交えている状態にあります。それもここ数ヶ月は無理な侵攻により兵站に負担がかかり、また、初期のニュートロンジャマーによる混乱から回復した連合軍が攻勢に出始めたことから戦線は膠着しているとの報告が入っていました。この状態で更に戦線を……よりにもよってこれまで強大な戦力を無傷で温存してきた我が国に対して開くと言う行為は他の戦線に負担をかけ、戦線を押し戻されることに繋がりかねないはずです。それにも関わらず戦端をザフトが開いた。防衛省は今回のザフトの攻撃の目的は那辺にあると考えているのでしょう?」

「……アメノミハシラから内地に出頭した練習艦隊旗艦『鹿島』艦長羽立大佐に聴取した情報と彼が持ち帰った艦隊の戦闘レコーダーからの推測ですが、交戦のきっかけとなったMSからの攻撃は誤射であった可能性が高いと防衛省では認識しております」

「戦端を開く気はあちらには無いということか?」

「はい、ザフトは八日以後も軍事的な行動を我が国にとることはありませんでしたし、間違いないかと」

 

 「あちらに戦端を開く気が無いなら、外交で対処できますな……総理、今回の武力衝突の決着はどのような条件でつけましょうか?」

ほっとしたように息を吐いた千葉は澤井に問いかけた。

 

 「……とりあえず事実の調査、関係者の処分、公式な謝罪、賠償金を要求しよう。外務大臣、現地の公使に至急連絡してくれ」

「わかりました」

 

 とりあえず外交努力によって対プラント開戦は避けられると認識した出席者達は一様に安堵した。

 

 

 

 

 「安心しているところに申し訳ないですが、もう一つ、防衛省からの報告があります」

一同の視線が席を立った吉岡に再び集まる。

「今回の武力衝突にて我が国がXFJ計画として極秘裏に製造したXFJ-Type1E試製『瑞鶴』がヘリオポリスより奪取された連合の新型MSの内の一機と交戦したとのことです」

「して、我が国のMSの性能の実戦評価の結果は?」

澤井の問いかけに吉岡は笑みを零しながら答えた。

 

 「圧倒的です。被弾0で相手をバッテリー切れまで追い込みました。やはり、制御システムの優位が大きかったようで、終始瑞鶴が機動で圧倒していました」

「先のヘリオポリスで撃震がジン相手に勝利したと聞いていたが……やはり素晴らしい性能だな」

「試製瑞鶴はPS装甲を搭載しております。この時点で実弾兵器以外の武装を持たない相手は手も足も出せません。さらにビーム兵器はこれまでの実弾兵器以上の威力を持ちますから、これまでのMSの装甲では防げません。しかし、PS装甲は高価ですし、燃費が悪いためにMSの稼働時間を狭めます。また、今回の実戦に参加したパイロットは我が国でも五指に入る実力を持つパイロットだと聞いています。量産型『瑞鶴』では高価なPS装甲をオミットしたタイプを採用する予定ですし、今回の実戦で得られたデータどおりの実力を発揮出来るとは言い切れませんが」

「量産型を半年でどれだけ用意できる?」

「一個連隊分が調達可能という試算がでています」

 

 

 その時、奈原正幸官房長官が徐に口を開いた。

「……防衛大臣、MSの輸出というのは可能でしょうか?無論、グレードダウンするという条件の上で」

突然の発言に閣僚達は訝しむが、奈原はかまわずすすめる。

 

 「赤道連合は恐らくそれほどの国力はないでしょうから対象から省いた上で話をします。ずばり、オーブかスカンジナビアに輸出できないでしょうか?両国とも連合から受ける圧力は日に日に大きくなっている状態です。無論、それぞれの国民もそれを感じているでしょう。そうなれば政府は防衛体制を整えているとアピールし、国民の不安を取り除かなければなりません」

「つまり君は、両国が軍拡するのに合わせてMSを売り込もうと言いたいのかね?」

「その通りです総理。現在MSを他国に売却している国はありませんし、技術提供する国もありません。MSの戦闘データ等、自力開発に欠かせない資料を揃えているのはザフト、連合……中でもユーラシア連邦と大西洋連邦、そして我が国だけですから」

 

 その時千葉が挙手し、質問した。

「官房長官。我が国は開戦以来一貫して大西洋連邦、ユーラシア連邦寄りの好意的中立を保っている立場にあります。この両国への輸出は無いのでしょうか?」

「その点ですが、情報局からの情報ではアズラエル財閥主導で量産型MSの開発がすでにすすんでいるとあります。連合は近いうちに自力でMSを配備するでしょうから、わざわざ我が国のMSを運用する気はないでしょう。それに、軍事産業複合体の反発も予想されます」

「確かにあの国の軍需産業の利権に食い込むとなると凄まじい反発は避けられませんな」

 

 「しかし、オーブに輸出するということも厳しいのではないでしょうか?」

五十嵐文部科学大臣が言った。

「オーブ領のヘリオポリスでMSが製造されていたのならば、当然MS製造計画に噛んでいたモルゲンレーテもそのノウハウを得たものと考えられますが……」

五十嵐は情報局の辰村局長に視線を向けた。

「情報局ではどの程度オーブのMS開発状況について把握しているのですか?」

「オーブで開発中のMS……MBF-M1『アストレイ』については、オノゴロ島にあるモルゲンレーテの本社で開発が行われているようですが、かなり厳しい防諜体制がしかれているためにいまだに詳しい情報を得るまでにいたってはおりません」

辰村が申し訳なさそうに答えた。

 

 「オーブに売り込めるかは不透明だな……では、仮にスカンジナビアに売り込みをかけるとした時になにか問題はあるだろうか?」

澤井に質問に吉岡が答えた。

「もしも我が国の撃震をそのまま輸出する場合、機密の漏洩が問題です。我が軍のMSの性能は操縦系統のシステム……間接制御システムによって得られるものだと言ってもいいでしょう。このシステムが漏洩したときに我が国のMSの持つアドバンテージは消滅します。ハード面で他国のMSと圧倒的な差があるわけでもない現状ではこのアドバンテージの消滅は我が国の防衛を揺るがしかねません。かといって、連合に供与した自己学習型機体制御プログラムだけでは恐らくZAFTのシグー程度の性能になってしまう可能性も否めません」

「ビーム兵器を搭載しても駄目だろうか?」

「ビーム兵器は連合のMSにも当然搭載されているでしょうし、連合の新MSを奪取したザフトのMSにもビーム兵器が搭載されることは確実でしょう。そうなると大きなセールスポイントにはなりえません。むしろ、これから大きなセールスポイントとなるのは対ビームの耐久性ではないかと。撃震の防御力は現行の他国のどのMSをも上回っています。防御面を中心に改修をほどこし、その堅牢さを前面にプッシュすべきかと」

 

 澤井は腕を組む。

「……スカンジナビアが最後まで中立を国是とするのであれば、我が国の兵器も売れるだろう。大西洋連邦にMSのライセンス生産を申し込めば中立という立場は維持させてはもらえんだろうしな。堅牢さと操縦性の良さを推して、早期に戦力化ができ、搭乗員の命も守りやすいことを売りにすべきか。吉岡大臣、撃震のスカンジナビア仕様を計画してくれ。千葉大臣はスカンジナビアとの交渉を秘密裏に始めてくれ。出来る限り大西洋連邦に気づかれないようにしてほしい」

 

 「わかりました」

「やってみます」

 

 「頼む。戦後を見据える上で、この交渉の意義は大きなものになると私は考えている。必ず成功させるんだ」

 

 

 

 

 

 

閣議後、澤井は夕日に染められた東京の街を見ながら車で移動していた。

 

紅に染まる高層ビルからふと目線を移すと、そこには闇が広がっている。

それはまるで、平和な街に着実に近づきつつある何かを暗示しているようだった。



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PHASE-7.5 贖罪の山羊

 C.E.71 2月11日

 

 ラクス・クラインを救助し、姫を魔王から救い出した勇者として帰還するはずだったアスランはプラント到着後にまず議会への出廷命令を受けた。

 

 いったい何事であろうかとアスランは思案する。

連合のG兵器の脅威についてはすでに報告済みだ。ラクス関連ではいろいろあったが、その報告程度で議会にまで呼び出されることなどありえない。

答えの出せないままアスランは議場の扉をくぐった。

 

 議長席ではシーゲル・クライン議長が深刻そうな顔をしている。自分の父の顔も険しい。議場は重苦しい雰囲気に包まれていた。

いったいどうしたのだろうか。自分は何かしただろうかと自問する。

 

 息が詰まりそうな空気の中でアイリーン・カナーバ議員が口を開いた。

「認識番号285002、ZAFTクルーゼ隊所属、アスラン・ザラ。あなたは2月8日に、非交戦国である日本の軍隊と交戦しましたね?」

「はっ。確かに自分は日本軍のMSと交戦しました。しかし、先に日本軍からの攻撃を受けたために、応戦しただけです。非交戦国に対して先に手を出したわけでは」

「違うだろうが!」

 

 アスランの肩は自らの父親、パトリック・ザラの突然の怒号で跳ね上がった。

「貴様はよくこの場でそんなふざけた事を口に出せるな!」

「父う……国防委員長閣下、私は嘘などついてはおりません。機体のレコーダーを調べていただければはっきりします」

アスランは身の潔白を主張する。しかし、パトリックは全く表情を緩めない。

 

「ならばこれはどういうことだ!?」

パトリックは入り口に待機している武官に何かを指示した。

 

 議場のスクリーンに映像が映される。機体の位置関係からして、日本側から撮影されたものであろう。画面奥ではアスランが駆るイージスがストライクと交戦している。

そしてイージスのスキュラが放たれた。それを避けるためにストライクは距離をとった。しかし、そのスキュラの射線が問題だった。先に撃破した護衛艦の破片を貫通し、イージスからは死角になっていた日本軍の艦艇にスキュラが命中していたのだ。

 

 「昨日、在プラント日本公使館を通じて日本政府から厳重な抗議が届いた。カナーバ議員が交渉の末、事実調査のための猶予時間を得たために開戦はひとまず回避されたところだ。今回の事件の原因究明のために貴官に出頭してもらったのだ」

シーゲル・クライン議長が重々しく口を開いた。

 

 

 

 

 ―――C.E.71 2月8日にデブリベルト周辺で発生した日本軍とザフトの軍事衝突についての詳細な報告を練習艦隊から受けた日本政府は震撼した。

地球連合とザフトが開戦した後、日本は一貫して地球連合への好意的中立の立場をとり続けていた。地球上の各地に日本は医療品や食料品を提供し、連合の兵站に大きく貢献していたのだ。

しかし、日本の本格的参戦を望む大西洋連邦は外交攻勢を強めていた。

各地の戦線が膠着状態にある今、精強な日本軍が本格的に参戦すれば戦況の悪化に繋がりかねないためにプラントも大西洋連邦に負けじと外交攻勢を強めていた。

 

 そんな状況で今回の武力衝突が発生したのである。下手をすれば日本との戦端を開くことにもなりかねない。今回の武力衝突で日本軍の驚異的な実力が判明した以上、日本軍の参戦だけはなんとしても避けなければならないという認識で最高評議会は一致していた。

 

 

 

 

 映像を確認したアスランの頭の中は真っ白になっていた。

自分の行為は日本との戦端を開き、プラントにとっての脅威を生み出してしまうことに他ならなかったのだ。

 

「我々としては事実関係を速やかに精査し、謝罪しなければならないのだ。さて、先程の発言から考えるに、君は射線上の日本艦隊に気づかずにビーム砲を放ったということで間違いないかね?」

シーゲルの問いかけにアスランは答えた。

「はっ……私はこの映像の通り、撃破した護衛艦の破片で見えない日本艦隊に気づかずにスキュラを放ちました」

「レーダーに反応はあったはずだ。貴様の機体に搭載されていたレーダーは地球軍の最新鋭のものだ。その中でも貴様の機体は奪取した4機の中で最高性能のものだろうが!貴様は何を見ていたのだ!?」

パトリックが声を荒げた。英雄にする予定だった息子が戦犯になるような真似をしでかしたとなると冷静ではいられなかったのだ。

 

「申し訳ありません……私の不注意であります……」

戦闘中アスランの頭の中は友人と殺しあうことや、生還が絶望視された婚約者のことでいっぱいだった。そのことが彼から集中力を奪っていたのだ。

しかし、そのような言い訳は通用しない。どのような事情があったとはいえ、彼は己の手で武力衝突の引き金を引いたのだから。

 

 「貴様にはおって処分を下す!拘置所でおとなしくしていろ!この愚か者が!!」

パトリックは息子を怒鳴りつけ、室外に待機していた兵士にアスランを連行させた。

アスランは返す言葉も無く、項垂れながら連行されていった。

 

 

 シーゲルは暫し天を仰いだ。

「……我々の方から攻撃があったことが事実なら、我々に非があることになるな」

「日本政府の要求はどのようなものなのでしょうか?」

エザリア・ジュールがカナーバに問いかける。

「日本政府からの要求は4つです。まず第一に今回の武力衝突における経緯の徹底究明ならびに早急な説明、第二に最高評議会から日本政府に対する公式な謝罪、第三に責任者に対する厳重な処罰、第四に賠償金の支払いとなっています」

 

 日本政府の要求にパトリックは苦虫を噛み潰した顔をした。

「ナチュラルのくせに調子にのりおって……!!やつらも討ち果たさねばならんか」

「しかし、我々から攻撃があったことは事実です。あちらが今回の戦闘のレコーダーを公表した場合、我々には彼らの主張を否定できる証拠はありません。最悪の場合、日本と戦端を開かれることも考えられます。クルーゼ隊から提供された戦闘記録を見ると、明らかに日本のMSの性能はジンを、いや、奪取した連合の新兵器をも凌駕しているのでは?」

「日本が我々に対して戦端を開いた場合、連合にあのMSを供与することもありえます。そうなるとミリタリーバランスは崩壊しかねません。血気にはやるようなことは慎んでいただきたい」

パトリックの物騒な発言にオーソン・ホワイトとアリー・カシムが苦言を呈する。

 

 

「今回の事件の影響が大きくなると今後の戦略にも影響が出かねん。早期に対処して終わらせるべきだ」

シーゲルの発言にパトリックが反論する。

「何を言いますか!ここで引く必要はないでしょう!奪取した地球軍の兵器を元に新兵器の開発も始まっております。7月までに新型機を実戦に投入できるでしょう。そうなれば野蛮なナチュラルどもなどもはや敵ではありません!!」

「日本は既に宇宙にMSを配備している可能性もある。ここで通商破壊を行われたならプラントは食糧不足になりかねん」

「あの悪食民族は今度は通商破壊で我々の食料事情を脅かしますか!ハッ、面白くない冗談だ。だが、やつらの通商破壊など哨戒用機体や高速艦も充実しているザフトの脅威ではない」

「パトリック、今別方面に戦線を作ったらザフトの活動限界を超える。これ以上軍事費を上げて国民の生活を圧迫することはできないんだ」

 

 

 マンデンブロー号事件の後、プラントはその食料輸入先を日本に切り替えた。プラント理事国は南米から食糧を輸入しようとしたことへのペナルティーとして食糧価格を大幅に吊り上げていたためである。

その点日本は『恵比寿』『豊受援神』『倉稲魂神』『大歳神』などの食料生産コロニーを有しており、その規模は宇宙の食糧庫を自称するほどであった。別にプラントとは特に深い関係もない日本は適正価格で食糧を輸出していたのだ。流石にプラント理事国も南米とは段違いの国力を持つ日本の船に手を出すことはできなかった。

しかし、この食糧輸入もコペルニクスの悲劇の後中止されている。日本はこの後に地球連合に対する好意的中立の立場を取ると表明し、プラントに対する経済制裁を実施したためである。

ちなみにプラントへの輸出が止まり余剰になった食糧はそのまま地球連合軍の食糧にまわされているために日本側は大きな取引先を失ったところで痛くもかゆくも無かった。

 

 なまじ理事国以外にも食糧供給先が確保できていただけあって、巨額の費用が必要とされる穀物生産コロニー建造はスローペースだった。

そのためプラントの食糧自給率は開戦時に60%に満ちていなかった。オーブや大洋州連合からの食糧輸入でかろうじて食いつないでいたのだ。開戦から2ヶ月もたたぬうちにザフトが地上侵攻を実施した背景には食糧の確保と言う切実な問題もあったのだ。日本のコロニーへの侵攻という案も考えられはしたが、自分達の大義名分を失うと説いたカナーバによって廃案にされている。

 

 

 

 議員の半数以上が今回の事件は穏便に解決したいと考えている以上、パトリックもこれ以上強攻策を唱えられなくなった。

不愉快そうなパトリックを横目にカナーバが口を開いた。

「議長、日本からの要求にはどのように答えましょうか?」

「第一、第二の要求は受け入れざるを得ないだろう。第四の要求に対しては交渉で緩和したいところだ。そして、第三の要求についてだが……」

シーゲルはパトリックに視線を向ける。

 

 パトリックはシーゲルに顔も合わせず、憮然としながら口を開いた。

「指揮官であるクルーゼを罰するわけにはいかん。ネビュラ勲章持ちの英雄がこのようなことで処分されたとなれば全軍の士気に関わる」

「しかしだな、パトリック、関係者の処分をしないわけには」

「蜥蜴の尻尾きりをすればいいでしょう」

「誰を切る気だ?」

議場の空気にはパトリックへの不満が満ち始めていた。議員たちはパトリックが息子かわいさに他の人間に罪を着せようとしていると思ったのである。しかし、そんな疑念は次のパトリックの言葉で打ち砕かれた。

 

「アスラン・ザラを緑服に降格処分とする。国防委員長の息子が一兵卒に降格処分されたのなら、日本側に対する我々の誠意のアピールにもなります。日本側も誤射であったことは映像の解析によって判明しているはずですから、極刑を求めてはいないでしょう。ただし、議長。ことを愚息の処分だけですませるために、謝罪の際にも全ての責任は愚息にあることを明確にして日本側に示していただく」

「いいのか?」

「ラクス嬢とは婚約破棄させます。気にしないでいただきたい」

「……分かった。パトリック、アスラン君の犠牲は無駄にはしない」

 

 

 

 

 

 アスランは拘置所にいた。ここに入れられてから2日になるが、彼は殆ど眠れず、憔悴していた。

ベッドに腰掛けていると、コツコツと靴の音が聞こえる。だんだんと近づいてくるようだ。やがてその音は自分のいる房の前で止まった。

 「認識番号285002、ZAFTクルーゼ隊所属、アスラン・ザラ、出なさい」

自分はどうやら出られるようだ。アスランはベッドから腰を上げた。

 

 

 

 拘置所から出たところには父がいた。自分を見つけた父は懐から取り出した封筒を差し出した。

「貴様への辞令だ。さっさと読め」

アスランは封筒から取り出した辞令を朗読する。

「認識番号285002、ZAFTクルーゼ隊所属、アスラン・ザラを緑服へ降格処分とし、カーペンタリア基地への配属を命ずる・・・・・・」

「ザフトでは愚かなナチュラルの軍隊と違い、愚か者は出世できないようになっている」

突然の状況の変化にアスランは呆然と立っていることしかできなかった。そして、理解した。自分は蜥蜴の尻尾きりにされたのだと。そして父は自分よりもクルーゼ隊長を守ろうとしたことを。しかし、パトリックの続く言葉でアスランは己の誤解を解かされた。

 

「実力で這い上がって来い、アスラン。貴様を私は弁護しない。己の能力だけで出世しろ」

そう声をかけると、パトリックはアスランに背をむけ拘置所前に停めてあった送迎車に乗り込みこの場を後にした。

 

 己の能力を示して出世しろ・・・・・・つまりは、親の背景は関係なく這い上がってこいということだ。アスランは父の真意に気づけなかった浅慮な自分を恥じた。 

 

 

翌日、彼は地球に降りるシャトルに搭乗した。その瞳には左遷させられる悲壮感は無く、激しい気炎が上がっていた。



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PHASE-8 針路

C.E.71 2月20日

 

 プラントと日本の突発的な武力衝突から2週間がたった。その間各国は事実関係を調査すると共に、日本に向けて対プラント参戦をより積極的に打診するようになっていた。

しかし、この武力衝突は各国が期待したようには終結しなかった。プラント最高評議会は日本側への誤射が武力衝突の原因になったことを明らかにし、最初に引き金を引いたザフトの非を全面的に認める声明を発表した。加えて事件を引き起こしたプラント国防委員長の子息は一兵卒に落とされた上に5年の昇給停止、10ヶ月の減俸処分にされるとし、賠償金の支払いにも応じる姿勢を見せた。

 

 

 各国も両国が穏便な解決策を受け入れようとしている様子をみて、これ以上手を出そうとしても収穫は無いと判断し、手を引いていった。

 

 

 

 大日本帝国内閣府

 

 

 プラントからの謝罪表明を受け、澤井内閣の面々が会議室に顔を揃えていた。

 

「どうやら、対プラント開戦は避けられそうだな」

澤井は手元にあるプラント最高評議会から在プラント公使館に送られてきた書状を見やる。

そこにはプラント側が提出した2月6日のデブリベルト周辺での武力衝突における戦闘詳報の写しが含まれていた。

 

「ザフトの戦闘詳報の記載は概ね練習艦隊が提出した戦闘詳報に書かれている事実と一致しております。また、謝罪と賠償に応じる姿勢も見せておりますので、対プラント関係の悪化は防げそうです」

吉岡の発言で閣僚達は胸を撫で下ろした。例え誤射であったとしてもそれを引き金に全面戦争に至る可能性をこれまで捨て切れなかったためである。

しかし、今回のプラント側の声明でほぼその疑念は払拭された。

 

「しかし、ビクトリアも陥落したとの情報も入っています。地上ではザフトの脅威が拡大しています。スエズにビクトリアまでザフトの勢力下になってしまってはこれまでのような大規模なユーラシアへの援助は不可能です。そうなればユーラシア連邦は……」

千葉外務大臣の発言に再び場の空気は重くなる。元々日本はユーラシア連邦とそれほど親しいわけではないが、貿易相手国の没落は交易国家である以上見過ごせない。

 

「宇宙で練習艦隊と関わったアークエンジェルがザフト勢力圏に降下したという情報も入っております。このままではかの船も奪取を免れた連合の新型MSと共に鹵獲される可能性も否定できません。連合の最新技術を全て奪取された場合、ザフトは更に強大化する可能性もあります」

吉岡が言った。

「さらに、現状地球連合はアークエンジェルを救出しようという姿勢をみせてはおりません。カサブランカ沖海戦以後戦力の消耗を恐れて大規模な攻勢に出るのを避けるようになった連合軍が孤立無援の戦艦1隻とMS一機を助けるために戦力を防衛線から抽出することは無いと言っていいでしょう」

 

「……辰村局長、連合のMSの開発状況に関して何か進展はないだろうか?MSの配備が進めば戦局も変わる可能性があると思うのだが」

澤井の問いかけに辰村は唸るように答えた。

「現在試作機がテスト中との情報です。ですが、圧倒的な物量差での運用を前提としているようで、恐らく本格的に運用が始まるのは5月以後になるという報告が来ています。」

「5月……か。それまでザフトの進撃は止まりそうに無いか。しかし、周辺国が本格的にMSの運用が可能になった場合、我が国の防衛も対MS戦を想定することが不可欠になる。吉岡防衛大臣、それらのことはどうなっている?」

「現在、宇宙軍については撃震の正式型の生産を予定を前倒しにして開始しております。前回の試算では8月までに一個連隊分が限界でしたが、状況はMS一個連隊ではとても対応できないものになると考えられます。つきましては、撃震の追加配備が必要になるかと」

「一体どれほどのMSが必要になるのでしょうか?」

大蔵大臣の榊が吉岡を睨みつける。大蔵の番人の視線を浴びながら吉岡が答える。

「宇宙軍航宙隊に撃震1個連隊、瑞鶴1個大隊、コロニー防衛隊に撃震2個大隊。そして陸軍に撃震1個連隊、瑞鶴1個大隊が必要になるとの試算が出ております。さらに、海軍にもザフトの水中MSとの戦闘を想定した水中用MSの開発と配備が必要になります」

 

 榊は眩暈を起こしそうになった。前回の閣議決定の後提出された撃震1個連隊の配備計画ですら相当な予算を必要としたが、もしこの配備計画が成立すれば撃震3個連隊分+瑞鶴2個大隊分の金がかかるのだ。

恐らくこれは防衛省の試算した防衛戦略上最低限必要な数である。もしも戦争なんてしたらこの倍のMSの生産も考えられる。

 

「榊大臣」

澤井がこめかみを抑えている榊に話しかけた。

「君達大蔵省には苦労をかける。だが、国民の安寧を守るためにはどうしても軍事力が必要となる。この世界情勢の中で、弱みを見せるわけにはいかない。侵略に屈するわけにもいかない」

榊も澤井のことは理解している。国連の日本大使などを歴任し、首相に当選してからも外交、財政でこの国の舵を巧みに操ってきた彼は国民のために必要なことには妥協しない人物だということも当然理解している。

 

「帝国の臣民と陛下を守るために必要な力であるのなら、我々が財布の紐を緩めることは吝かではありませんよ」

榊は澤井に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 防衛省特殊技術研究開発本部技術廠第一開発局

 

 

「久しぶりだなぁ、唯依ちゃん」

顔に大きな傷を持つ男が美しい黒髪をなびかせる女性を迎えていた。

「巌谷のおじ……巌谷中佐、職務中です。公私で呼び方は分けて下さい」

女性……篁唯依中尉は緩みかけた顔を引き締めるながら答えた。

「はっはっは、すまないな、しかし、唯依ちゃんが無事に戦地から帰ってきたんだ。親代わりとして、つい安心してしまってなぁ」

「ハァ……わかりました」

 

 

 

 挨拶もそこそこに唯依は技術廠の中の会議室に案内された。周りには巌谷や他の技官らも着席している。

全員の着席を確認した巌谷が切り出した。

「さて……全員事前に配布した戦闘詳報と機体のレコーダーの記録、戦闘後の各部部品の磨耗状況の報告に目をとおしたと思う。その上でだ、試製瑞鶴のテストパイロットをしていた篁中尉に対しての質問事項はあるかね?」

 

 初老の眼鏡をかけた男が挙手した。

「篁中尉、あなたは先の戦闘において、後部ガンマウントを用いて近距離射撃を行っていましたが、ガンマウントの起動速度に対してどのような心象をお持ちになりましたか?」 

「後部ガンマウントの起動は迅速でしたので、特に問題視するようなことはありませんでした。ただ、高速移動による慣性のためか照準が安定せず、銃弾の散布界が広がってしまっていると感じました」

 

「ガンマウントを起動しながらのAMBAC制御に関して意見はありませんか?」

「ガンマウントを起動した瞬間ですが、一瞬姿勢がぶれたように感じました。敵MSの死角からの攻撃を成功させるためには起動前のモーションで気づかれるわけには行きませんし、ガンマウント起動時に瞬時に起動を安定させるプログラムを組む必要があると感じました」

 

 

 

 その後も3、4の質問に答えた後、唯依は会議室を退室した。会議室では唯依の提唱した問題点についての議論が続いている。

 

 

「ふう……」

唯依は一息つく。MA隊にいた自分が突然のMSへの機種転換訓練を命じられたのが7ヶ月前。当初はMAとは全く扱いの異なるMSの操縦に苦労したものだが、データが蓄積されて間接制御システムが上手く機能するようになるとあっという間にMSが手足のように感じられるようになった。

 

 ふと、訓練を共に受けた男を思い出した。白銀武。彼は異常ともいえる存在だった。初めて乗るはずのMSをまるで知っていたかのように乗りこなし、さらにはアクロバットまで自由自在。撃震で連続バック転からの、1回宙返りを決めたときはどこの青いコアラかと突っ込みたくなった。その後彼は整備班からたっぷりと説教されたらしいが。

だが、一度戦闘に入るとその動きには無駄が無い。訓練の中で幾度か戦う機会があったが、結局彼に一太刀入れることは叶わなかった。恐らく現状では日本軍最強のパイロットであることは間違いない。

ちなみに、書類仕事が苦手な上に動きが特殊すぎるために試製瑞鶴のテストパイロットには抜擢されず、試作機の護衛を任されて練習艦隊に同行していたらしい。

 

 そんな彼だが、練習艦隊と分かれた後は地上で陸軍のMS教導を行っているそうだ。確かに彼はどんなシチュエーションにおいても最強の座は揺るがない。しかし、一瞬脳裏には地上でアクロバットを決める撃震軍団が浮かんでしまい、別の意味であの男に教導される陸軍部隊を心配してしまった。

 

 そんなことを考えながら唯依は技術廠を後にした。



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PHASE-9 波乱の足音

 C.E.71 3月6日

 

 

大日本帝国 内閣府

 

 

 

 

「ザフトが近々大規模な作戦を実施するという情報が様々な筋から入ってきています」

会議の冒頭で発言したのは辰村情報局長だった。

 

「確かなのでしょうか?」

千葉は疑い深げだ。

「ビクトリアを陥落させてからあまり日は経っていませんが、この時期にそんな大規模な作戦が可能とは思いません」

「しかし、ジブラルタルやカーペンタリアにここのところ頻繁に宇宙からの物資が届いていることも事実です」

 

「……プラントの国内事情によるものだとは考えられないでしょうか?」

そう発言したのは榊大蔵大臣だった。

「かの国は開戦以来、破竹の勢いで勝利を重ねてきました。しかし、未だに戦争は終わっていません。国家総力戦体制を続けることは国民に対して物品統制等、かなりの負担を強いることを意味します。勝利を続けているのにいまだに戦争は終わらず、市民の生活には不自由なままであることに対して市民の間では不満がたまっていることが考えられます。今回の大規模作戦はその不満の解消……つまり、戦争そのものに終止符を打つもの、または、国民にこれまでの不自由な生活を忘れさせるほどの熱狂を与えるほどの大戦果を求めているものと考えられないでしょうか?」

 

 

 国家総力戦は国民にかなりの負担を強いる。戦略物資は軍へと優先的にまわされるために市場での価格は高騰し、品不足を招く。更に有望な働き手である若者を多数軍に取られることで、労働市場にも影響が出るのだ。

 

「情報局でもプラントの市民の不満が無視できないほどにまで膨れ上がっていることは確認ずみです。しかし、今回の作戦の意図はそれだけではないようです」

「というと?」

「シーゲル・クライン議長の任期切れに伴い、プラントの最高評議会議長選挙が4月1日に行われます。現状では対連合強硬派のパトリック・ザラ国防委員長の新議長就任が確実視されています。恐らく、この大作戦を成功させることで議会内の和平派を抑えられるほどの支持を得るつもりかと。」

 

「箔付けのために大戦果を求めますか……新人類とやらもやってることは泥臭いものですな。だが、情報局はザフトの侵攻目標を何処だと睨んでいるのですか?」

吉岡の疑問に辰村が答える。

「現状ではパナマを狙う可能性が最も高いかと。ただ、各地の戦力の集結状況にいくつか不審な点が見うけられます」

 

「どういうことだ?」

澤井は怪訝そうな表情をしている。

「パナマを狙っているとすると、ジブラルタル基地からの強襲を考えるのが普通です。作戦目標に近い位置にある基地から出撃するほうが容易に戦力を展開できるからです。しかし、ザフトは地上にある戦力の多くをカーペンタリアに集結させているようなんです」

「太平洋側からの侵攻を考えているだけではないのか?」

「長距離を大規模に移動すると、侵攻途中に敵に発見される可能性も高まります。そうなれば奇襲はできません。手薬煉を引いている敵に挑むことになります」

 

 

「……情報が不足しているな。現状でこの件について話すには判断材料が少なすぎる。辰村局長、情報収集を強化してくれ」

 

 

 情報不足の現状では何も議論できないと判断した澤井によってこの議題は打ち切られた。しかし彼らの議題はこれだけではない。この国の課題は未だ山積みなのだ。閣議は終わらない。

 

 

 

 

 

 

大日本帝国 矢臼別演習場

 

 

「4号機左腕被弾!左腕使用不能!」

「2号機、胸部被弾!致命的損傷!戦死」

 

 「動きが鈍いぞ!死に物狂いで跳びまわれ!!」

演習場を所狭しと跳びまわる濃緑色の撃震が頭部モジュールと肩部装甲ブロックにオレンジの識別帯を施された訓練機の撃震を次々と屠っていく。

 

「こんのぉぉ!」

最後の一機が長刀を振り下ろすもタイミングが合わず、大地に長刀を叩きつけてしまった。その隙に背部に120mm弾が着弾する。

「3号機、背部被弾。致命的損傷!戦死」

 

 

「状況終了。JIVES停止します」

 

 

 

「全員集合!!」

管制ユニットから降りた訓練生達はハンガーの隅に集まる。

 

 武は集まってきた候補生の前で批評する。

「全員、足に頼りすぎだ。確かにMSは人間と同じ動きが可能な構造をしている。だが、人間と同じ動きに縛られるな。MSには各部のブースターもあるし関節の可動域も人間より広いんだ。相手の射線上からはどんな姿勢であってもまずブースター全開で避けろ!!」

「「「「はっ!!」」」」

「それでは解散!!」

 

 

 試製瑞鶴の護衛任務を終えた武は、矢臼別演習場で機種転換訓練中の2つの小隊の教官の任についていた。

新兵から鍛え上げた方が機体に慣れるのが早いために有益なのだが、それではMS部隊は訓練校上がりの新人ばかりになってしまう。そのためMS戦になれたベテランが増えるまでの間は戦車兵やヘリパイロットからも機種転換をさせる必要があったのである。

 

 ただ、MSの黎明期である今日では教官レベルの人材もそう多くはない。富士で武達の教導についていた響教官も実際には訓練生達とともに成長し、MSのことを学んでいたのである。そもそもMSパイロットも後方に下げておく余裕は無く、彼らは宇宙の主要基地にほぼ全員が配属されている。

 

 武がこの任についていたのは彼がちょうど新兵器のテストパイロットとして指名され、試作機のテストを行うために地上に降りてきていたためである。優秀なMSパイロットをテストパイロットの任務にのみ拘束しておくのはもったいないと考えた基地司令が宇宙軍に対して彼を教官として派遣してほしいと依頼したらしい。

 

 確かに彼はテストパイロットとして優秀であった。基地司令が見込んだとうり、教官としても優秀であった。しかし、基地司令は一つだけ見抜けなかった。彼はデスクワークのできる人間ではなかったのである。

 

 「うあ~~!!」

武は奇声をあげながら机に突っ伏していた。彼の机にはつもりにつもった書類の山。

元々テストパイロットというのはただ機体に乗るだけが仕事ではない。試運転の度に詳細な報告書や各種申請書を書き上げなければならないのだ。教官も同じだ。実機での教導だけが仕事ではないのである。

 

 毎晩大量の書類と格闘しているために、ここの所武の目の下から隈が消えたことは無い。因みに彼の幽鬼のようなオーラと寝不足で血走った目が教導相手の上官達にプレッシャーを与え、従順にさせていたことは彼は知らなかった。

 

 しかし、武も軍人である。忍耐力、精神力は学生時代の比ではない。世界滅亡の危機を救った経歴を持つスーパーエリートソルジャーは伊達ではない。

「冥夜~助けて~」

「助けてすみ……純夏には無理だな。あいつ、馬鹿だし」

 

 泣き言を零しながらも午前2時には書類を始末しきっていた。午前6時の起床ラッパまで爆睡しようとベッドにダイブし、武の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

ザフト軍 ジブラルタル基地 

 

 

「お願いします!!隊長!」

ブリーティングルームでイザーク・ジュールは声を荒げながらラウ・ル・クルーゼに詰め寄っていた。

「足つきを追わせてください!」

 

 しかし、クルーゼの口調は冷ややかだった。

「足つきが戦闘のデータと新型MSを持ってアラスカに入ることは断固阻止せねばならない。しかしな、イザーク。足つきは既に紅海に抜けている。足つきの追撃はカーペンタリア基地の管轄にするとの命令も本国から出ている」

 

「しかし!!」

尚も言い募ろうとしていたイザークだったが、突如ブリーティングルームの扉が開いたことで口を閉ざした。

 

「失礼します」

ニコル・アマルフィと共に入ってきたのはオレンジの髪が映える青年だった。訝しげにしているイザークを横目にクルーゼが口を開いた。

「紹介しよう。本日付で我がクルーゼ隊に配属になったハイネ・ヴェステンフルスだ。アスランに変わってイージスのパイロットを務めることになる」

「よろしくな。威勢がいいじゃないか、そういうのは嫌いじゃないぜ」

 

 イザークはハイネと挨拶を交わすが、その後再びクルーゼに言い募った。

「足つきの追撃は我々の仕事です。あいつには我々の手で引導を渡します!」

「私からもお願いします。隊長」

ディアッカもイザークに同調する。

 

「ディアッカ……」

ニコルはディアッカを見やる。イザークほどではないが、その目つきは険しい。

「フン、俺もね、あいつには散々屈辱を味合わされたんだよ。このまま放っておけるか!」

 

「無論私にもあの船とは因縁がある。だが、私は近々発動されるというオペレーション・スピットブレイクの準備でジブラルタルを離れるわけにはいかない……そうだな、そこまでいうのなら君達だけでやってみるかね?」

「はい!!必ずや足つきを墜として見せます!!」

イザークは威勢よく宣言した。

 

「指揮は……ハイネ、君に任せよう」

クルーゼの指名にハイネは訝しげだ。

「自分にでありますか?ここは先任のだれかが指揮をとるべきなのでは?」

「君の新星攻防戦での活躍は聞いているよ。それにイージスは通信機能を強化した指揮官機だ。君なら存分に活用できるだろう」

 

 クルーゼの指名理由に納得したハイネは襟を正して敬礼した。

「了解しました。これよりハイネ隊は足つき追撃任務につきます」

「よろしく頼む。カーペンタリア基地には君たちのためにボスゴロフ級を一隻まわしてもらうように私から掛け合っておこう。君達の勝利を期待する」

 

「「「「はっ!!」」」」

ここに、アークエンジェル追撃部隊、ハイネ隊が組織された。

 

 

 

翌3月7日 

 

大日本帝国 矢臼別演習場

 

 テスト機から降りた武は自室にて小説を読みながら休憩していた。彼にしては珍しく推理小説を読んでいる。

その時突然彼の机に備え付けられた電話から電子音が鳴り響いた。発信相手を確認した武はものすご~く嫌そうな顔をしていた。

 

『発信:香月夕呼』

 

 結局電話に出ないという選択肢も存在しないため、彼は受話器を取った。



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PHASE-10 裏話

 C.E.71 3月7日 

 

大日本帝国 矢臼別演習場

 

 

 

「久しぶりね、白銀。元気ぃ?」

「元気じゃないですよ、先生。テストパイロットと教官を同時にやれって無茶でしょう。正直、俺の書類処理能力の限界を超えてます」

「あら、そう。書類を処理できる優秀なおつむをお望みなら量子電導脳に換装してあげるけど?」

「勘弁してください……で、ホントは何のようですか?」

 

 香月夕呼は無駄なことに頭のリソースを割くことを嫌う。そもそも、白銀の体調を心配してくれるような女性ではない。だが、白銀をからかってその反応を楽しむためだけに連絡をとろうとする女性でもない。おそらく、それなりに重要なことがあるはずだ。

 

 

「あんたもつれないわねぇ……あたしの研究の一環にもなるし、あんたも人並みに賢くなれるし、一石二鳥じゃない。まぁ、いいわ。本題に入りましょ」

夕呼の目つきが変わる。武も襟をただし、軍人のスイッチが入った。

 

「あんた、前にビームサーベルの件で愚痴ってわね?」

「ええ、あれ、つばぜり合いが出来ないんですよね、だから、避けるか盾で受けるしかありませんし、盾もそう何回も受け止められるわけでもありません。もし鍔ぜり合いできたらもう少し余裕ができるんですが」

 

 そう、ビームサーベルはミラージュコロイド粒子の磁場形成理論の応用技術によってビームを刃状に固定したものである。粒子自体には互いに反発する性質が無いため、ビームサーベル同士が交差すると、つばぜり合いにはならずすり抜けてしまうのだ。ゲームではビームサーベルは切り結ぶもの!!という感覚がある武は違和感を捨て切れていなかった。

 

「それじゃ朗報ね。ミラージュコロイド粒子との間に斥力を生む磁場形成が可能になったわ。感謝しなさいよ。結構めんどくさかったんだから」

「ま、マジっすか!?」

「マジよ、マジ。あ、久しぶりね、白銀語。軍に入ってからは口調も硬くなっちゃってあんまり出さなくなったのに」

 

 夕呼もこれほど武が喜ぶものだとは思っていなかったのか、目を見開いている。

 

「スゴイっすよ、夕呼先生ェ!!」

「ま、“本当”の天才のあたしにかかればチョロイもんね。あんたもお空で天才気取ってるやつらにあたしの造った機体で負けんじゃないわよ」

「あたしの造った機体っていうか、F-4はマクダエル社の設計ですけどね」

「外面だけよ。あの機体が量産性や後の改良、改造のための拡張性も考慮した優秀な基本設計してんのをわざわざ解説してMSの原型にすることを推したのはあんたじゃない。だからあたしがわざわざ基本設計に採用してあげたのよ」

 

 

 そう、撃震は“あの”世界の傑作戦術機F-4ファントムを踏襲した、というか、外面はほぼ丸パクリのMSだった。

MSの開発前に“この世界”で武とのコンタクトを済ませていた夕呼は、MSの開発が決まるや否や武を呼び出し、戦術機の構造や設計思想について聞けるだけのことを全て聞き出した。

武も以前は生存率を上げるために自分の機体について知ろうと整備班と深い交流を持っていたことがあったため、“あの世界”の一般の衛士以上、恐らくはテストパイロット以上に機体についての知識を持っていた。

その上で武は帝国初のMSの基本設計に撃震を推した。理由は3つある。

 

 一つ目の理由は、撃震が第一世代戦術機の特徴である堅牢な装甲を装備していることにある。

腕の立つMSパイロットは貴重な存在であることはいうまでもない。堅牢な装甲は搭乗員の命を守ることに繋がるのだ。また、これによって多くの新兵をベテランになるまで生かすことの出来る確率も上がり、将来的には多くの戦力を確保できる。人的資源の保護は長期戦においては避けては通れない重要な問題なのである。

 

 二つ目の理由は、夕呼が述べた通りの改良、改造のための拡張性を考慮した基本設計にある。

基本的にMSというのは一機調達するだけでもそれなりのコストがかかる。最新鋭機の登場で旧式化した場合でも、おいそれと破棄できるものではない。改造や改良である程度の性能を持たせて機体の延命を試みることが一般的である。また、現場からの改修要求を反映できる基本設計の余裕があれば性能向上も容易だ。実際F-4はかつて“あの世界”でいくつもの派生機を生み出してきた。F-4E、瑞鶴、殲撃8型、MiG-21バラライカ等そのヴァリエーションは多岐に及ぶ。

これらの機体の一部は2000年代初頭においても第一線で運用されていることからもその優秀性がわかる。

 

 三つ目の理由は、夕呼の述べたとおりの量産性のよさである。

“あの世界”で30年以上の長き間に亘ってF-4とその派生機は世界中の戦場で戦い続けていた。その間に世界各地からの需要に答えるべく何度かの量産性を高めるためのヴァージョンアップがされており、2000年代初頭においても量産性はF-5に次ぐほどに優秀な機体であった。F-5はF-4よりも小型、軽量で運用と維持が容易、原型は機種転換機というだけあって操縦が楽という利点があったが、この世界では先の二つの理由、特に一つ目の人命重視を優先することを武が主張し、ヨコハマ内部でもパイロットの生存率を重視していたためにF-4がMSのベースとなったのだ。

また、F-4は全ての戦術機の始祖ともいえる存在である。その部品は後の第二世代戦術機にも多く受け継がれており、F-4の製造ラインの一部は後の新鋭機との間にも互換性があり、量産性を高めていたのだ。

 

 尤も、外見や機体のコンセプトはかつての撃震をほぼそのまま再現しているが、中身は2世紀以上進化している。魔女率いる天才達の手でフレームに使われた素材からカーボニックアクチュエーターの強度、各部センサーの感度をはじめとしたほぼ全てが別次元の性能を誇る部品に換装されているのである。

 

 

 

 

「まぁ、なんだかんだいっても撃震でザフトの量産機に負けることなんて無いですよ」

「あんたがそう断言するならあんた自身は問題ないんだろうけど、もちろんあんた以外の連中にも負けは許されないわよ」

「大丈夫ですよ。シグー相手だと相手パイロットによっては厳しいかもしれませんが。ジンには1対1ではまず負けませんから」

「瑞鶴ならどうなの?」

「連合のG以外ならまず負けなしといってもいいです」

 

 現在、日本では既に量産仕様瑞鶴がロールアウトし、配備も始まっている。各地の精鋭部隊が優先的に受領しているが、不備などの話も聞かない。傭兵を雇って威力偵察を試みる勢力も多数あったが、いずれも軽く追い返しているようだ。

 

「そうだ、あんたが前に話してた次期主力機案……あれの研究も近々認められそうよ」

「え!?もうですか?まだ参戦しているわけでもないからそんなに早く認められるとは思ってなかったんですけど」

 

 瑞鶴がロールアウトした直後にその後継機の研究、開発が行われることは武の意表を突いた。

戦争中であれば新型機を研究し続けることは必須だが、日本はいまだに何処の国とも交戦状態に入ってはいない。また、ロールアウトした純国産MSの実力も国防には十分なほどである。そんな中で大蔵省が財布の紐を緩めることは意外だった。

しかし、武も馬鹿ではない。そのことが意味する真意に気がついた。

 

「近々……戦端が?」

「ええ、その可能性があるらしいわね。上の方は焦ってるらしいわ」

 

「平和なことにこしたことはないんですが……もし、戦端が開かれたとしても、もう、俺は何も失うつもりはありません。守り抜いてみせます」

武の宣言を聞いた夕呼は気を許したものでさえ滅多に見れない慈母のような微笑を浮かべた。

 

「そういうことは恋人にでも言いなさい。まぁ、あたしを伴侶にご所望ならば尻に引いてあげないこともないわよ?」

 

 一瞬その表情に武はドキっとしたが、すぐに平静を装う。だが、夕呼にはそれが丸分かりのようで、今度はニヤニヤしながら口を開いた。

 

「武運長久を祈ってるわ。ガキ臭い英雄さん」



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PHASE-11 策謀の中で

 C.E.71 3月14日

 

 

 ザフト軍 カーペンタリア基地

 

 アスランは一人食堂で食事を取っていた。

 

「ねぇ、彼があのザラ議長閣下の……」

「あぁ、そうだ。中立国の軍艦に喧嘩吹っかけたっていうバカ息子」

「連合の新型機を奪って調子乗ってたって噂じゃんか。プラントの、いやコーディネーターの恥さらしだな」

「反省してんのかね、またここで同じようなことしでかすんじゃないのか。俺はごめんだね」

 

 カーペンタリア基地に赴任してから一月ほど経ったが、未だに陰口が絶えないことは彼自身感じていた。

正直、すごく鬱陶しく感じていた。だが、自分はここでは赴任したばかりの新顔の一兵卒。ここでまたトラブルを起こしても自分の心象が悪くなるだけで、何の解決にもならない。

信頼はこれからの任務によって得ていく他なかった。彼は這い上がる気力は全く失ってはいなかった。

 

 

「おい、アスラン!」

スキンヘッドの男が食器トレーを片手にアスランに話しかけた。彼はギロン・チャペック。カーペンタリア基地航空隊に属するチャペック隊の指揮官である。

アスランは降格後に彼の隊に配属され、早期警戒・空中指揮型ディン特殊電子戦仕様のパイロットをしていた。

 

 アスラン自身もなんとなく察してはいたが、彼が戦闘部隊ではなく、支援部隊に編入されたのにも理由がある。

一度中立国の軍艦への攻撃をし、軍事衝突を誘発したという前科がある彼の扱いを任されたカーペンタリア基地の最高責任者、イヴン・ウリョーヤ司令官は悩んだ。

彼のMS操縦技術は、アカデミー時代の成績を見る限りではあるがこの基地でも上位に入る腕前であることは明白だった。

しかし、戦闘部隊においておけば何をしでかすかはわからない。アフリカ方面で足つきによって砂漠の虎が討たれ、戦力の低下を心配した上層部がカーペンタリアからも戦力をアフリカ方面に抽出するよう命令を受けたため、現在カーペンタリア基地はパイロットが若干不足している。

できることならアスランを事務職にでも任命してMSから離れさせたかったが、そういうわけにもいかなかった。

結局、二人乗りの機体に乗せて哨戒任務でもさせることが一番安全であると判断したイヴンは彼をチャペック隊に配属したのである。

 

 

「アスラン。午後から哨戒に出るぞ。準備しとけ」

チャペック隊長の命令にアスランは違和感を感じた。

 

「隊長。定時哨戒なら自分は午前中に従事していましたが?」

そう。彼は午前中にすでに紹介任務についていた。本来なら次の任務は翌朝のはずである。

チャペックは新人いびりで任務をおしつけるような性格ではないことを知っているアスランは首を傾げる。

 

「詳しい話はブリーフィングルームで行う。飯食ったら早く来い」

「……了解です」

 

 どうやらなにかしら起きているようだ。

アスランは昼食のリゾットを腹に収めると、ブリーフィングルームへと足を向けた。

 

 

 

 

 

「遅くなりました。チャペック隊、アスラン・ザラ、入ります」

扉を開けてブリーフィングルームに足を踏み入れたアスランは硬直していた。そしてその口が自然に開く。

 

「イザーク、ディアッカ……ニコル」

 

 それは彼にとって一月ぶりとなる戦友との再会だった。しかし、その胸中は複雑だった。

彼らはザフトのエリートである赤服で、連合から奪取したGを運用することを許されている精鋭部隊。一方の自分は緑服に降格にうえカーペンタリアの哨戒MS隊の下っ端。

彼らへの嫉妬の感情と、彼らが五体満足であることへの安心が同時にアスランの胸中に満ちていた。

 

「彼ら、ハイネ隊はアフリカを突破した連合の最新鋭艦、足つきの追撃のために派遣されてきた。我々チャペック隊は足つきの行動ルートを探り、彼らの任務を支援することになった」

 

 足つき。この艦もアスランには浅からぬ因縁がある。この艦の追撃任務が、いや、この艦のMSに乗っていた親友との再会が彼の運命を捻じ曲げたといっても過言ではない。彼にとってこの白亜の優美な艦は疫病神であった。

この疫病神は地上に降りてもザフトに災悪をばら撒き続けたらしい。すでにかの“砂漠の虎”、アンドリュー・バルトフェルド隊長、紅海の鯱ことマルコ・モラシム隊長を討ち取っているという。

 

「ハイネ隊隊長のハイネ・ヴェステンフルスだ」

オレンジの髪をした青年が前に出る。

 

「我々の任務は足つきを早期に撃沈することに他なりません。チャペック隊の諸君にも、この任務に全力を傾けてもらいます。やつらにこれ以上同胞を討たれるわけにはいきません。やつらを発見しだい、我々が現場に急行し、交戦します。足つきの早期発見を期待しています」

 

 挨拶と決意表明を終えるとハイネはブリーフィングルームを後にする。それにニコル、ディアッカが続く。

しかし、イザークは動かない。その眼はアスランを捉えている。

 

「アスラン。面を貸せ」

イザークの表情から察するに、自分に喝のひとつでも入れたいのだろうとアスランは予測した。しかし、俺にも任務があるのだ。いちいち相手をしている暇はない。

 

「これから自分達は哨戒任務に入ります。それが終わってからでよろしいでしょうか?」

敬語を使ったことが気にくわなかったのだろう。イザークは凄まじい形相で睨みつけてきた。しかし、あくまで任務は任務。この場でイザークと話している余裕はないのだ。

 

「いいだろう……後で会おう」

アスランを一瞥するとイザークもブリーフィングルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 同刻  大日本帝国 内閣府

 

「スカンジナビア王国ですが、撃震のライセンス生産には前向きのようです」

千葉からの報告に閣議に出席している閣僚達は喜色を浮かべた。

 

「そうか。順調なら何よりだ。何か先方から条件はでているのか?」

澤井の問いかけに千葉が答えた。

「先方の要求は寒冷地でも完全に稼動すること、各部の部品生産の許可などです」

 

「ライセンス料を払ってくれるのなら構わないですな」

吉岡が言った。

「最初から輸出モデルはコクピットブロックをグレードダウンしたものに換装した仕様になっています。我が国のMSの技術の粋がそこにある以上は問題ありますまい」

 

 榊も口を開く。

「スカンジナビア王国も暫定的ではありますが1個連隊分を調達する予定だとか。これならかなりの収入を得られます」

 

 しかし、浮かれる閣僚達の前で千葉の表情は崩れない。そして再び口を開いた。

「もうひとつ、ご報告があります。昨日、ユーラシア連邦大使館よりある打診がされました。」

閣僚の視線が千葉に集まる。

 

「援助物資の追加か?」

澤井が言った。

「いえ、違います。彼らの要望は“撃震”のライセンス生産でした」

閣僚達に衝撃が走る。

 

「……何故そのようなことを我が国に?彼らは大西洋連邦の開発している新型MSの供与を受けるはずでは?」

五十嵐が疑問を口にする。

「情報局でもそのような動きに関する報告がいくつか入っています。情報局の分析ですが……実績を重視したものと考えます」

辰村が言った。

「実績?MSのあげた戦果ですか?」

「そうです。我が国の主力MS“撃震”はデブリベルト周辺でザフトと、しかもその中でも名の知れたクルーゼ隊と交戦し、優位に立っていたことは公開された戦闘映像から知れ渡っていますし、我々が大西洋連邦やモルゲンレーテと交渉するために両者に渡した富士でのMS演習のデータもユーラシアに多少は洩れていたでしょう。一方で、大西洋連邦の新型MSはそのような実績が皆無です」

「ヘリオポリスから唯一脱出したストライクのアフリカでの戦果はユーラシアの知るところとなっているはずだが?」

「ストライクは試作機です。それにかのMSのパイロットはコーディネーターということは既にユーラシア連邦も把握しているようです」

 

「……辰村長官、つまりユーラシア連邦は大西洋連邦の量産型MSに対して不安を抱いているということでしょうか?」

榊が言った。

「そのようです。彼らも独自にMSを開発しているようですが、それもナチュラルが使用できるレベルには至っていないようですし、この際早急に戦力を揃えるには我が国のMSを導入するべきだと考えたのでしょう」

「どうしてそれほどに急いでいるのだ?」

「どうやら、ユーラシア連邦の国力低下に伴い、第三次世界大戦後強引に領土編入された地域で独立の気運が高まっているようですし。厭戦の気運も各所に見られるようになっていることが戦争を主導した上層部を焦らせているようです。1週間前にパリで暴動が起きたことも彼らの危機感を煽っているのかと」

 

 

 

 

 実は辰村たち情報局の予想は殆ど当たっていた。

アルテミスのガルシア少将の報告からストライクのパイロットがコーディネーターであることを知ったユーラシア連邦は大西洋連邦の製造した新型MSの実力を疑問視していた。

その時世界中を駆け抜けたのが日本のMSによるザフト精鋭部隊の撃退の報道である。戦闘映像を見た上層部の意見は割れた。

 

「ナチュラルでもコーディネイターを圧倒することができるMSがすでにあるのだ。戦力を早期に立て直して反抗に出なければならない」

という意見が出る一方、

「大西洋連邦がもうすぐ新型MSをだす。それを同時に採用すべきだ。補給の面でその方が合理的だし、我々の持つ最大の武器である物量を生かせる」

という意見も出た。また、少数派だが国産MSを開発すべきだという声もあった。

「我が国でも試作MS、CATシリーズの試作機がロールアウトしている。国産にすれば国内産業にも活気を与えることができる」

という意見だ。

 

 ただ、一つ情報局は見誤っていた。彼らは危機感を煽られていたのは事実だが、それはザフトからのものでも、国民からのものでもなかったのだ。

上層部では喧々諤々の議論が続き、更にその最中に大西洋連邦からストライクダガーの採用を求める政治的圧力がかかったり、軍部、特に大西洋連邦に対抗しようとする主流派からも実績のある撃震を推す意見が出されたりし、収まりがつかなくなりつつあった。

下手に結論を出してそれを不服とする一派をだせばユーラシア連邦の内部は割れ兼ねない状態であった。それが彼らの危機感を煽っていたのである。

 

 もし、ストライクダガーを採用すればライセンス生産で取られるパテント料は高くつく。アズラエル財閥がどれほど吹っかけてくるかわからない。一部にはOSの著作権を持っている日本にも支払う義務が生じるだろう。おそらく性能は支払った費用のわりには合わない。自国開発の芽をつぶされたユーラシア連邦は恐らくこれからもMSの供与を受け続けることになるだろう。

 

 撃震を採用した場合も大西洋連邦との間に軋轢が生じる。恐らく共用しているMAや艦艇の部品の供与といった支援が縮小されるといった制裁が行われる可能性がある。スエズを奪われて日本から大規模な支援を受けられなくなった今、大西洋連邦からの支援も縮小されればいくつもの戦線が限界をむかえてしまう。反抗など夢のまた夢だ。

 

 ユーラシア連邦はあっちをとってはこっちがたたない状況に追い込まれていた。

 

 

 そして、ついに決断した。

その答えが、大西洋連邦のMSと日本のMSでコンペティションをするというものだ。ザフトへの反抗に必要なMSは優れた性能を持つMSであるということを前提とし、実際にコンペを実施してどちらが相応しいかを見極めるということである。

 

 どちらの選択肢でも反発は避けられない以上、反発する材料を少なく出来るようにしようという名目で計画されたコンペティションという色々と背景にやましいものを抱えた答えであった。

今回の打診はそのコンペティションの前振りであり、日本に自国のMSを輸出する意思があるかを見極めるものであった。

 

 

 

 

「ユーラシアも内部は色々と火種を抱えている。それゆえの焦りか」

澤井は腕を組む。ここでライセンス生産の許可で得られる利益は魅力的だ。ややあって澤井は決断した。

「スカンジナビアにも輸出することは決まっている。機密という点では問題は無い……前回の閣議でもユーラシアに供与する際に軍需産業複合体との軋轢が問題になるという話があったが、あちらからの申し出であるならその心配もないな。とりあえず交渉に入るという点について諸君の中で、何か反対意見があるものはいるかね?」

 

 閣僚の中で積極的に反対意見を出すものはいなかった。

「反対はなし……か。よろしい、千葉大臣、先方との本格的な交渉に入ってくれ。その条件しだいでは撃震のライセンス生産の許可も視野に入れていこう。次回の閣議で詳しく交渉の経過を聞く。その際に最終決定を下したい」



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PHASE-12 嵐の前の静寂

 C.E.71 3月24日

 

 オーブ連合首長国領海より東方400kmの公海上 ザフト軍ボズゴロフ級潜水母艦ボズゴロフ

 

 

 

「アークエンジェルは既に我が国を後にした!?そんな発表信じられるわけがないだろうが!!」

イザークがオーブ側からの文書を握り締めて吐き捨てた。

 

 彼らは昨日オーブ近海でアークエンジェルと交戦、そのエンジンを破壊し撃沈一歩手前まで追い詰めたものの、アークエンジェルがオーブ領海に着水したためにそれ以上の追撃が出来ずに撤退していたのである。そしてその事実をオーブ政府に問い合わせた結果、「アークエンジェルなる船は我が国から既に離脱した」という回答が送られてきたのであった。

 

「同感だね。あいつら本気で言ってんの?ああいうのを平和ボケっていうのかね?それとも、俺達はバカにされてんじゃね。隊長は悔しくないの?」

ディアッカも不満げだ。

そんな二人をハイネが諫める。

 

「悔しいさ。でもな、あれがオーブの正式回答だという以上、俺達がここでどれだけ騒いだところで現状は変わらないぜ」

「けどよ、はいそうですかとここで引き下がるわけにもいかないだろ?」

「とりあえず本国から圧力をかけてもらうが、おそらくはのらりくらりとはぐらかされてしまう可能性が高いな」

「突破していけばそこに足つきがいるさ。それでいいじゃない!ヘリオポリスの時だってそうだったぜ?」

 

 ハイネはため息を吐く。彼らは外交に疎すぎた。これなら以前隊員だったというザラ議長のご子息が日本軍に喧嘩を売ったわけも分かる気がした。

「ヘリオポリスは特殊な事例だ。今、下手にオーブの領海に侵入してみろ。敵陣を突破できるかも怪しいもんだ。オーブの技術力は侮れないしな。突破したとして、いったいどこに足つきがいるのか分からないだろ?そもそも、そんなことをしてみろ、本国を巻き込んだ外交問題になるぞ。この隊に以前いたヤツみたいに降格のうえで左遷されたいのか?」

 

 ハイネの主張にイザークはようやく閉口する。

しかし、どうやらイザーク、ディアッカ、ニコルの三人はいまだに不満がくすぶっているらしい。

ハイネは再びため息を吐く。こんなに面倒な部下をよくクルーゼ隊長はまとめられたものだと思った。

しかし、ハイネもオーブの発表に納得したわけではない。軍人である以上任務の途中放棄をする気など毛頭無かった。

 

「……もし、外交による圧力を受けても事態が進展しないのなら、その時は次善の策をうつ」

三人が顔を上げた。

「オーブ領海の外に網を張る。哨戒機を四六時中はりつかせる」

 

「それをいつまで続けるつもりですか?足つきが出てくるまではりつけ続けることは難しいのでは?」

ニコルが疑問を口にする。

「そこはカーペンタリアの司令官との交渉しだいだが……まぁ、ザフトにも面子があるだろうし、1ヶ月くらいなら融通してもらえるだろう。噂ではスピットブレイクは5月にはいってからだというし、それまでなら多少の余裕はある」

 

「でもよ、もしそれまでに足つきがでてこなかったらどうすんだ?」

ディアッカが言った。

「タイムリミットがそのスピットブレイクまでだとして、それまでに出てこないことだって考えられるだろ?」

「やつらはアラスカに一刻も早くたどり着かなくちゃならない。それに、五月以降に出港することはやつらの選択肢にはないんだよ」

「どうしてそう言いきれる!?」

イザークは再び癇癪を起こしている。どうやら消極的な策には乗り気でなかったらしい。

 

「この地域から北……北緯10度付近では5月以降に熱帯低気圧が多数発生する。そうなればあの艦はまともな航海は出来ないはずだ。着水していたら波でまともに操縦できないし、離水していても風が強すぎる。どのみちまともにすすめないのさ。だから、断言できる。5月までにやつらは動くと」

 

 ディアッカが口笛を吹く。ニコルも納得したようだ。イザークもハイネの整然とした理論に文句はつけられなかったのか、一応頷いていた。

 

「じゃあ、そういうことだ。俺は引き続きチャペック隊の支援をまわしてもらえるように話をつけてくる」

そういうとハイネはブリーフィングルームを後にした。

 

 そこに、つい先ほどまでオーブ近海に張り付いていたチャペック隊のパイロットが入ってきた。

彼らはヴェステンフルス隊のサポートができるようにボズゴロフに一時的に配属されていたのである。ヴェステンフルス隊が先ほど足つきに襲撃をかけられたのは彼らの索敵のおかげであった。

 

 坊主頭のチャペック隊長に続いてブリーフィングルームに入ってきたアスランを一瞥するとイザークもブリーフィングルームを後にし、自分の機体の元へと向かった。

それをニコルが追いかけた。

 

「イザーク、この間、アスランと何を話したんですか?あれからアスランと距離をとってますよね?」

ニコルの問いかけにイザークはカーペンタリアに来た日の夜のことを思い出していた。

 

 

 

 C.E.71 3月15日未明

 

 哨戒任務を終えたアスランが食堂でインスタントスープを飲んでいると、隣の席にイザークが座った。

「説明してもらうぞ。デブリベルトで何があった」

 

 前置きはいらない。イザークは本題から切り出した。

「……俺が日本軍の巡洋艦を誤射した、それだけだ」

アスランは淡々と答えた。

 

 その態度が気にくわなかったイザークは両手を振り上げてテーブルに叩きつけた。

「ふざけるな!!それぐらい“きしゃま”から聞かなくても知っている!!何故お前がレーダーを見落とすようなヘマをしたのか聞いているんだ!!」

イザークの追求にアスランは顔を背けた。

 

「何故黙っている!!」

イザークは怒り心頭に発していた。アスランの胸倉をつかんで無理やり立たせる。

だが、アスランは閉口したままだ。

 

「貴様は!!本当にただのミスであんなことをしでかしたのか!?弁解しないならいい。貴様は退役まで一兵卒として哨戒機にでも乗ってろ!どうせもう出世できん!!」

そう吐き捨ててアスランの襟を放し、背を向けて食堂から去ろうとする。

 

「…せる」

その時、アスランの口が微かに動いた。

「何!?」

イザークが振り返ると、アスランが言った。

 

「あれは俺のミスだ……理由がないとは言わない。だが、それも俺自身の抱える問題だ。だがな、俺はこのまま一兵卒では終わらない。俺は、……俺は、必ずお前達以上の立場まで這い上がってみせる!!」

イザークはアスランが発している覇気の前に一瞬怯んだ。アスランの目からはハイライトが消えていた。

 

「そんなことができるのか!?お前は哨戒機のパイロットだぞ!」

その言葉はイザークが自身に言い聞かせるために言ったのかもしれない。ともかく、彼はその時アスランの前で圧倒されていた。彼の言葉を否定することで彼から感じる得体の知れない覇気を否定したかったのだ。

 

「……俺は自分の力だけで這い上がる。俺の父上の力はもう俺には一切及ばない。自身の力で上に行く!!」

 

アスランはそう宣言するとイザークの前から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 あの夜から、イザークはアスランの中に何か得体の知れない力を感じていた。そしてそれを自分が恐れていることを。

その感情から彼はアスランを避けるようになっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、大日本帝国 内閣府

 

「アラスカでMS相互評価プログラムを開催?どういうことかね?」

澤井が千葉に問いかける。

「どうやら、ユーラシア連邦内部の主力MS選定をめぐるごたごたは想像以上に深刻なようです。どの選択肢をとっても反発が大きい以上、反発を抑える材料を欲したというところでしょう」

 

 

 1週間前、ユーラシア連邦大使館から大日本帝国にむけてある申請があった。曰く、

「我がユーラシア連邦は主力MS選定を開始したが、判断材料の不足から未だに決定に至ってはいない。そこで我が国は各主力MS候補対抗の対MS戦闘演習――ブルーフラッグをアラスカにて実施したい」

とのことだ。

この演習への参加を求められたのが大西洋連邦のストライクダガー、大日本帝国の撃震、アクタイオン社のハイペリオンMP(Mass Production――量産モデルの意)であった。

 

 

「わざわざ大西洋連邦のお膝元でやるところにきな臭さを感じますが……」

榊が懸念を示す。

「どうやら、他の地球連合構成国もユーラシア連邦の採用結果に合わせて主力MSを決めたいとのことです。それを口実に大西洋連邦は地球連合構成国全てに演習の情報を隠すことなく発信するためにユーラシア連邦と大西洋連邦の中間にある地球連合軍の最高司令部での演習を提案したとか」

辰村が言った。

「今回の演習できな臭いところは多々ありますが、これはチャンスでもあります。おそらく、機体の情報を奪うために凄まじい諜報戦になることが予想されますが、それはどの陣営とて同じことです。上手くいけば他国のMSの情報を得られるチャンスです」

「しかし、それでこちらのMSの重要機密が奪われた場合の損失も無視できないのでは?」

「我々は既にスカンジナビア王国が撃震を採用することを容認しています。輸出モデルの性能が知られるのはどのみち時間の問題でしょう。それならばある意味、我々は隠すべきものもそうありません」

 

「実際に他国の主力MSの性能を計れる機会が来たのです。各国に我が国の力をアピールできますし、国防の観点から見ても悪い話ではないかと」

吉岡も辰村を擁護する。

 

 あらかた意見が出尽くしたところで澤井に視線が集まる。

ややあって澤井は口を開いた。

「元々ユーラシアに売り込むことはあまり考えていなかったことだ。だが、機会がきたならばこれを見逃す手はない。それにこの演習で得られるものは無視できないものがある。だが、吉岡大臣。輸出モデルの撃震で勝てるのかね?演習に参加するのならば勝利が絶対条件だ。もし負ければ今後の我が国の兵器輸出産業にダメージを与えかねない」

 

 吉岡が言った。

「我が国で五本の指に入る凄腕を派遣します。彼は先月のヘリオポリスで非公式ですがザフトのエースパイロットを撃墜したという経歴の持ち主です」

澤井は先月の閣議で見た戦闘映像を思い出す。確かにあのパールホワイトの撃震は鮮やかな見越し射撃でオレンジのジンを撃墜して見せた。あの撃震のパイロットならば大丈夫だろう。

「名前をなんと言ったかな、そのパイロット」

ふと、彼の名前が気になったので聞いてみた。

 

 書類をめくって吉岡がその名前を見つけた。

 

 

「宇宙軍安土航宙隊『銀の銃弾(シルバーブレット)』中隊所属、白銀武少尉です」



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PHASE-13 南海の激突

 C.E.71 4月15日

 

 オノゴロ島より北東に70kmの公海上

 

 

 

「レーダーに反応!!数、4!熱紋照合……特定しました!ブリッツ、イージス、デュエル、バスターです!」

 

艦の修理を終え、オーブを後にしたアークエンジェルは最大船速でアラスカへの針路をとっていた。しかし、オーブの接続水域を出てすぐにザフトに捕捉されてしまった。彼らは哨戒機による網をはってずっと待っていたのである。

 

「対MS、対潜戦闘用意!!振り切ればこちらの勝ちよ!グウルを落とせばいいわ!」

マリューが声を張り上げる。

 

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」

ストライクが発進する。バックパックはエールだが、その手にはアグニを装備するという変則的な仕様だ。ストライクはそのまま艦の甲板に降り立つとアグニを構えた。

 

「スモークディスチャージャー投射!!ECM最大強度!両舷、煙幕放出!!」

アークエンジェルは煙に包まれてその姿が見えなくなる。そして白煙の中から2機のスカイグラスパーが発進した。

 

「いいか、坊主。お前はストライクの援護と弾着観測に専念しろ!MSの相手は俺がやる!」

ムウはトールのスカイグラスパーを追い抜いて急上昇する。トールはムウの命令に従い、観測データを発進した。

 

「アークエンジェル並びにストライク、敵の位置を送ります!」

「ストライク了解!」

 

 キラはスカイグラスパーから送られてきた敵の座標に照準をあわせ、アグニを発射した。

 

 

 

 

「煙幕だと!?小癪な真似を!」

ハイネは悪態をついた。これでは正確に照準を定めることは難しい。その時、煙の中から赤い奔流が噴出してきた。

とっさにグウルを下降させて回避する。しかし、今度はレーダーが頭上から接近してくるミサイルの警告を鳴らす。太陽を背にした戦闘機がミサイルを放ちながら急降下してきていたのだ。

僚機のニコルとディアッカが弾幕を張るも、戦闘機は上下左右に巧みに動き、弾幕を潜り抜けた。そしてすれ違いざまにバスターのグウルに一連射して下方へと離脱した。

1ヶ月前の戦いで分かっていたことだが、この戦闘機乗りはかなりの腕利きだ。一撃離脱に徹し、一瞬の交差で弾を命中させるなど並の腕ではない。

 

 グウルをやられたバスターは近くの島にむけて降下する。早くも戦力を一機失ってしまった。しかも対艦攻撃の要となるバスターを。だが、ハイネに諦める気は毛頭ない。

「イザーク!グウルのミサイルをありったけ煙幕に叩き込め!!爆風でこの煙を晴らす!」

「言われなくても分かってる!」

 

 デュエルの放ったミサイルが煙の中に突進する。敵の機関砲に撃ち落されたのだろう。発生した爆風が煙を吹き飛ばす。

しかし、煙が晴れて目に入った足つきの甲板にはストライクはいない。艦内に収容したのだろうか。

 

 その時、海面が爆ぜた。ちょうど真下に立った水柱からストライクが飛び出してくる。そしてデュエルと切り結んだ。

「デュエル……あれだけは落とす!!」

ストライクはエールパックによって得られた加速力を用いて高速でデュエルに突っ込み、ビームサーベルを突き立てる。しかし、イザークも簡単にやられはしない。シールドをストライクに叩きつけるように振り回し、致命的な一撃を避け続けている。

 

 キラはデュエルだけを見ていた。

忘れもしない低軌道での戦い。そこでデュエルは無防備なシャトルを一機撃ち落している。

そのシャトルに乗っていたのはそれまでアークエンジェルに収容されていた避難民だった。それまでは軍事機密である大西洋連邦の最新鋭艦に乗っていたということもあって、様々な手続きを踏まなければ下船できないでいた。第八艦隊との合流でようやく彼らは手続きを済ませ、アークエンジェルから下船してオーブへと帰還する予定だったのである。

だが、ザフトの襲撃によってそれは難しくなった。避難民を乗せたまま空母が沈むことを恐れたハルバートン准将は彼らをシャトルに乗せて地球に逃がそうとしていたのだ。

しかし、悲劇は起きた。シャトルは大気圏突入ギリギリでデュエルによる攻撃を受けて撃墜された。無論、生存者はゼロだった。

 

 キラは地球に降りたころはそのことに罪悪感を感じ、毎晩悪夢にうなされていた。しかし、キラの心に迷いも躊躇いも無かった。

幾たびの戦場を越えて彼は知った。自分の居場所が平和であったのはその理念――『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』――があったからではない。その裏で国民を守るべく奮闘した政治家が、軍人がいたからであると。

幾たびの戦場を越えて彼は変わった。最初から守りたいという意識があったならば、その意思を曲げずに進み続けられれば、自分の両手で守れるものはより大きくなることを。

今度こそ失わないために、自分に守るべきものの大切さを教えてくれた犠牲を忘れないために、彼は覚悟を決めたのだ。

守りたいものを守るために世界に、それを支配する因果に逆らおうと足掻き続ける覚悟を、。

故に彼の瞳には迷いはない。ストライクのコクピットには数ヶ月前にヘリオポリスにいた少年の姿は無かった。代わりにいたのは両の眼に気炎を沸き立たせる若き英雄であった。

 

ストライクとデュエルが再び交錯する。その瞬間、ストライクはエールストライカーパックをパージし、デュエルの真下をすり抜けた。そしてエールパックはデュエルに命中し爆発する。そして、デュエルが怯んだうちに真下に潜り込んだストライクはビームライフルでグウルを打ち抜いた。

 

「イザーク!くそ、二人目か!」

しかし、まだ終われない。イージスのスキュラを艦の機関や弾薬庫、ブリッジに当てられれば勝機はあるとハイネは考えていた。

 

 高度を下げていくデュエルを足場にストライクは跳躍し、アークエンジェルの甲板に着地する。同時にアークエンジェルが対空ミサイル・ヘルダートを発射した。その数16。

 

「なめんなよ!!」

ハイネはイーゲルシュテルンでヘルダートを撃墜する。爆風が収まり足つきに目を向けると、先ほどまで甲板にいたはずのストライクが再び跳躍していた。その後ろからは戦闘機が近づいている。その戦闘機はストライクの後方でバックパックをパージした。パージされたバックパックはストライクの背中に装着される。

 

「馬鹿な!?空中でバックパックを換装した!?」

ハイネは驚愕した。これまで過小評価してきたつもりは無かったが、あの戦闘機のパイロットの腕もストライクのパイロットの腕も自分達の予想を超えていた。

だが、ハイネは怯まない。このような曲芸まがいの技を見せつけられても彼は冷静さを失ってはいなかった。

 

 

 

 

 

「坊主!宅配だ。落とすんじゃねぇぞ!」

「ありがとうございます。フラガ少佐!」

 

 キラは甲板から跳躍する。後ろでムウのスカイグラスパーがエールストライカーパックをパージした。

各部のスラスターを操作し、慎重にジョイント位置を合わせる。そのままエールストライカーパックはストライクと接続された。背部に何か衝突したような軽い衝撃がコクピットまで届く。

 

「このままザフトを叩く!」

キラはフットバーを踏み込みエールパックの出力を上げ、そのままブリッツへと向かっていく。

迎撃しようとブリッツが発砲する寸前にキラは機体を左にスライドさせた。緑の閃光がストライクの脇を通過する。

 

 キラはそのままスピードを緩めず、ビームサーベルを展開しブリッツに肉薄した。ブリッツもビームサーベルを展開する。

キラはブリッツの右腕に集中的に攻撃を加えている。その攻撃を全てブリッツは右腕に装備されているトリケロスで防御するも、反撃にでることができない。

これは、ブリッツの武装に問題があった。右腕のトリケロスにはビームライフル、高速運動体貫通弾など豊富な武装が装備されているが、盾としての機能も兼ねている。そのためにトリケロスを盾として利用しているときは武装を使用できないのだ。そうなるとブリッツの残りの武装は左腕のグレイプニールのみとなる。これは近距離での仕様には向いていないのだ。

 

 防戦一方のブリッツを援護しようとビームライフルを構えるイージスにも不意に後方からビームが放たれた。

右に旋回することでビームを回避したハイネのイージスの脇をスカイグラスパーが通過する。しかし、フラガの攻撃は終わらない。離脱したフラガは上方に旋回し、そのまま急降下しながらビームをイージスに向けて放った。ハイネは再び回避を余儀なくされる。さらに回避した未来位置にはアークエンジェルのゴッドフリートが放たれる。

何度も一撃離脱を繰り返すスカイグラスパーに、回避する未来位置に砲撃を受けるハイネはニコルの支援に入れない。

 

戦況はアークエンジェル側が優位にある状態にあった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェル上空ではトールの駆るスカイグラスパー2号機が旋回していた。自分の技量では到底介入できないほどの戦闘が眼下で繰り広げられている。

状況はアークエンジェル側優位であるが、何もできない自分に対してトールは無力感を感じていた。

 

 いつも友達のためにと一人命を張って戦っているキラを見るたびに己の無力さを感じていた。

この艦を守るためにキラに手を汚させていることに罪悪感を感じていた。

今目の前で戦っている友をサポートできずにただ飛び続けている自分がもどかしかった。

 

 

 その時、トールの脳裏に宇宙であった日本軍のMSパイロットが言っていた言葉がよぎった。

 

『もし、君が因果に反逆するなら、何が出来るのか、これからどうなるのか……それは、意思の強さと行動にかかってくる部分が多いはずだ。その責任の重さを、まずはしっかり自覚しろ。そしてあきらめるな。一つでも譲れないものひとつを突き通せ』

 

 今、自分が譲れないことは友をひとり戦場で戦わせることだ。自分も命を奪うことの重さをキラとともに背負う。そのためにスカイグラスパーのパイロットに志願したのだ。

トールはフットバーを踏み込んで操縦桿を下げた。

スカイグラスパーが急降下する。眼下に見える敵MSの姿が大きくなる。

 

「ターゲット……ロックオン!発射!!」

スカイグラスパーのウェポンベイからミサイルが放たれる。同時にトールは無線をストライクにつなげて叫んだ。

 

「キラ!合わせろぉ!」

 

 

 

 スカイグラスパーから放たれたミサイルに気づいたキラはブリッツとの距離を取る。

ニコルは急に距離をとったストライクに一瞬気を取られていた。それがミスだった。コクピット内に響く警報音で上空から飛来するミサイルを察知するも、既に距離が近すぎた。ブリッツはミサイルを避けられず被弾する。

 

「うおぉぉ!!」

被弾によって体勢を崩したブリッツにキラは再び急接近する。そしてすれ違いざまにブリッツの右腕を斬り上げた。トリケロスが刎ね飛ばされる。

ビームサーベルを振りぬいたストライクはその勢いを殺さずに体を捻り、ブリッツの腹部に蹴りを叩き込んだ。ブリッツはグウルから蹴り落とされ、海に沈んでいく。

 

 

 

 

「ニコルまでやられたのか!?くそ!このままじゃ分が悪い……撤退する!!」

ムウのスカイグラスパーに足止めされていたハイネはここで撤退を選択した。すでにイージス一機となってしまった以上勝機はないと判断したのだ。

 

 因みに既に脱落した赤服3人組はアスランが駆るディンによって回収されていた。

 

 

 

 

「やつらが撤退していくわ!各機、深追いはしないで。ヤマト少尉とケーニヒ二等兵は帰還して。フラガ少佐はしばらく上空から哨戒を続けてください」

「了解」

 

 マリューの命令を受けたキラは着艦シークエンスに入る。

 

 アークエンジェルのハッチが開かれ、ストライクが着艦する。

「坊主!やったじゃねぇか!あのブリッツの腕を斬りおとすなんてよぉ!」

 

 マードックがキラの肩を叩く。周りの整備員達も集まってきてキラはもみくちゃにされた。

集中力を使い果たし、疲労困憊。さらに汗がパイロットスーツに張り付き不快感を感じており、一刻も早くシャワーを浴びたかったが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍 ボズゴロフ

 

 ロッカールームに集まったヴェステンフルス隊はまるでお通夜のように沈んだ雰囲気を醸していた。

それもそのはず。1ヶ月粘って狙った獲物に網を破られて逃げられてしまったのだから。

 

 艦長のゲルトをはじめとしたクルー達も白い目で彼らを見ていた。

1ヶ月以上彼らのために艦を動かしてきたというのにその結果はヴェステンフルス隊の惨敗。無駄足を踏まされたわけである。流石に表立って不満を口にするものはいなかったが、彼らに投げかけられる視線はそれを主張していた。

 

 戦果はほぼ0といってもいい。一方で損失は大きかった。グウルを3機喪失。それらはGの規格に合うように整備班によって改造されていた特別機だった。さらにブリッツの右腕を喪失。以後右腕をジンのものと換装しても戦闘能力の大幅な低下は避けられないだろう。

この作戦は大失敗に終わったといえよう。既にこの敗戦の報告はカーペンタリア基地にも届いているころだ。

 

 

 そこに、先ほどまでG3機の海中からの回収作業を行っていたチャペック隊の面々が入ってきた。彼らが向ける視線も険しい。この1ヶ月間ひたすら哨戒機を飛ばし続けた努力を台無しにされた彼らの怒りも尤もである。

 

 不意に、アスランとイザークの目があった。しかし、アスランは無表情のままイザークの前を通過する。

 

 

「言えばいいだろ……」

イザークが俯きながら口を開いた。アスランが振り返る。

 

「言えばいいだろうが!貴様のミスを糾弾しておいてなんてざまだと。お前も無能だと!」

イザークが叫ぶ。しかし、アスランの表情は変わらない。そのことが一層イザークの感情を逆なでする。

 

「なんだ、貴様は同情しているのか!?俺はそんなものをされる筋合いは無いぞ!!俺はお前とは違う!自分のミスの理由さえ言えないお前とは違うんだ!!」

そこでイザークは一呼吸した。そして叫んだ。

 

「俺たちは弱い!そうさ、ナチュラルが駆るMA2機と戦艦、そしてMSすら落とせない程度なんだよ!!」

「おい、イザーク!!」

ディアッカが口を挟もうとするが、激情しているイザークに彼の言葉は届かない。

 

「だまれディアッカ!!これは事実だ。俺たちはヘリオポリスで、アルテミスで、デブリベルトで、地球軌道で、そして今、ここで負けてるんだ。機体の性能差じゃない。俺たちは!コーディネーターなのにナチュラル以下の腕しかないんだよ!」

彼の叫びにヴェステンフルス隊の面々は異論を唱えることができなかった。既に幾度も辛酸を舐めさせられている以上は自分達の力量が敵よりも劣っていると考えざるをえなかった。

 

 そんな彼らの前でもアスランの表情は変わらない。

「いまさら泣き言か?そんなこと作戦前から薄々感じていなかったのか?分かりきっていたことだろうに」

「アスラン!!」

これまで黙っていたニコルも声を張り上げる。彼にも赤のプライドがある。それをアスランは軽視しているとなれば黙ってはいれなかった。

 

 

 

 

「お前らは何度も足つきと戦ってきたんだろう?なら、わかっていたはずだ。ザフトでも指折りの名将を次々と撃破していった彼らに宇宙で戦ったときと同じ戦力で挑んで勝てるわけが無いことぐらい」

一同に返す言葉も無い。自分たちは己の力を過信し、ナチュラルに対して過小評価をしていたのだから。

「ハイネ隊長、足つきを沈めたかったら今の2倍以上の戦力を用意すべきだったんだ。敗因はあんたの戦力分析にある」

 

 そういってアスランはロッカールームを後にする。

ハイネは終始無言のままだった。他のメンバーもアスランの言葉を否定できずに項垂れている。

 

 ロッカールームを再び静寂が支配する。

後日、ハイネ隊はカーペンタリア基地に帰投しそこで解散を命じられる。そしてそのメンバーはオペレーション・スピットブレイクに従事するクルーゼ隊に戻ることとなった。

 



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PHASE-14 帝国の守り

 C.E.71 4月21日

 

 

 大日本帝国 内閣府

 

「ザフトの大規模作戦の発動が間近になっているようです。各地で動きが慌ただしくなっているとの報告が入っています。恐らく早ければ5月はじめには作戦が実施されます」

会議の冒頭に発言したのは辰村だ。

 

「現在の戦況にどう影響しうるものだと情報局では分析していますか?」

奈原が尋ねる。

 

「諜報活動の結果、パナマを狙う可能性が高いと分析されています。パナマ基地が狙われた場合のシュミレーションを防衛省のほうでしているそうなので、そちらの報告を吉岡大臣、お願いできますか?」

吉岡が言った。

「現状、パナマには大西洋連邦の陸軍の主力部隊が配置されています。ザフトの攻略部隊の規模は現在各地で用意されている物資の量からの推測ですが、軌道降下部隊が二個大隊、ボズゴロフ級潜水母艦が擁する強襲揚陸部隊が二個連隊、上空支援部隊が二個大隊に及ぶという試算が出ています」

 

 吉岡が試算した戦力規模に閣僚達は絶句した。ザフトの一作戦あたりの投入兵力では過去最大の規模である。

「……それだけの規模とは……防衛大臣、この作戦に投入される戦力はザフトの地上戦力のどれだけに相当するのかね?」

「およそ4割は投入される計算になります。ザフトはこの作戦の成功にかなり力をいれています。彼らにとっての天王山といっても過言ではないでしょう」

「連合は守りきれるのか?」

「防衛省の予測では守りきることも可能という結論が出ております。その理由は大きく分けて二つあります。一つは、パナマに展開されている連合の戦力規模です。パナマにはリニアガンタンクをはじめとした陸戦兵器を多数配備しているほか、連合初のナチュラル用MS……GAT-01ストライクダガーを最優先で配備しているようなので、現在パナマは連合で最強の基地といっても過言ではありません。二つ目はMSの性能差です。このストライクダガーはビームライフルを採用しており、ザフトの主力MS、ジンがいまだに実弾兵装しかないことを考えるとMSに質では連合に分があると判断されたました。無論パイロットの技量の差はあると思いますが、我が国の提供したOSの性能を考えると、ザフトのパイロットの力量に遠く及ばないということはないといってもいいでしょうし」

吉岡ら防衛省の予想を聞いた澤井は腕を組み考え込む。

 

 その間に五十嵐が辰村に問いかける。

「辰村局長。確かあなたは以前の会議でザフトがパナマを襲撃するにしては不自然な点がいくつか見られると仰っていましたね。その点についてなにか新しい情報は入ってきていませんか?」

「残念ながら、何も情報は入ってきていないんです。すみません」

辰村は申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「いや、辰村局長。気にすることは無い。君達情報局の能力は認めている。反省することもない」

澤井が言った。

「そういえば、防衛大臣、例の新型戦艦がもうじき竣工するそうだが」

話を振られた吉岡が笑みを浮かべる。

「竣工は明後日です。報道陣もよんで大々的に報道します。それまでは艦名は秘密となっております」

「確か、新型の推進システムを採用したと聞いているが?」

「マキシマオーバードライブという新型機関を搭載しています。理論上は巡洋艦以上の速力を発揮可能です」

「……この戦艦の存在が明るみになることでL4を狙う勢力に対する抑止力になればいいんだがな」

澤井は天を仰いだ。

 

 元々澤井は武力による威圧を好む人間ではなかった。だが、彼は自分の好き嫌いを臣民の命を左右する政治の場に持ち込むような俗物でもない。

それが必要であるならば武力の使用も容認する政治家としての判断力を有した人物なのだ。

 

 

 

「外務省からも一つ報告があります」

閣僚の視線が千葉に集まる。

「アラスカでの国際MS演習についての情報が集まってきましたので報告します。実施日は5月5日です。大西洋連邦からはストライクダガー、アクタイオン社からはハイペリオンMPがそれぞれ参加するとの公式表明があったとのことです。また、この演習を地球連合加盟国に公表する用意が既に整っているとの報告もあります」

 

 吉岡が言った。

「既に先方は準備万端ということですか。我が国の方もパイロットに都合もつけましたし、整備体制も整えつつあります。明々後日にはアラスカに向かうと聞いています」

「勝てるといいですな。勝利すれば我が国のMSが連合内の市場に食い込むチャンスが生まれますし」

榊が笑みを零しながら言った。

 

 この演習は帝国の軍需産業にとってのビジネスチャンスとなりうる。榊はそう考えていた。元々は大西洋連邦の企業に対する軋轢を生む可能性があったMSの輸出などだれも実現するとは考えなかっただろう。

しかし、ユーラシア連邦が現場との意見対立を恐れて演習によるコンペを行いたいと打診してきたことから好機が生まれた。こちらから積極的に売り込んだわけでもないので軋轢もそれほど生まずに大きな取引先を得られる機会が到来したのだ。閣議のあとも榊の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 C.E.71 4月23日

 

 L4 大日本帝国領 宇宙軍工廠コロニー『天之御影』 F4ドッグ

 

ドッグから出てきた巨体を初めて目にした報道陣は息を呑んだ。その巨体はどこか扶桑型戦艦を彷彿とさせたが、扶桑型のものよりも一回り大きな砲身はまるで凶悪な牙のように見えた。その牙の数も12本、扶桑型の8本よりも多い。

艦のいたるところに設置されたイーゲルシュテルンも天を突いている。

 

 大日本帝国宇宙軍史上最大、最強の戦艦から感じる威風に羽立進大佐は身震いしていた。

大きさだけでいけば大西洋連邦のアークエンジェル級ほどではない。しかし、あの艦が優美な天使だとすればこの艦はまるで鎧を着た雄雄しい武士のようだった。

 

「なんとも頼もしい艦だな。宇宙軍の軍人としては一度は乗ってみたいものだ。君がうらやましいよ」

いつのまにか羽立の隣にいた古雅が話しかけてきた。いつものように顔の表情は厳ついが、口調の節々からは彼の高揚が感じられた。宇宙軍一筋で生きてきた彼にとってもこの艦はとても魅力的に見えたようだ。

「は……あの船に乗れることは自分の生涯の誇りになります」

羽立は練習艦隊での任務の成功を受けてこの新鋭戦艦の艦長を拝命したのである。といっても彼自身は古雅ら歴戦の将軍をさしおいて艦長に任命されてことで恐縮しているのだが。

 

「しかし、この艦が予定を前倒しして竣工するということは、状況が悪化しているということです。……もしかすると、実戦もそう遠くないかも知れません」

羽立はこの艦の早期戦力化の裏にある意図を察していた。

本来の予定であればこの艦が竣工するのはC.E.72になるはずであった。宇宙軍の上層部としてはMSを運用できる空母の大量運用がこれからの時代の主流戦術になると睨んでいたためである。優先されて建造されるのは空母のはずだった。

しかし、アークエンジェル級の竣工はそのドクトリンを揺るがした。MS運用能力と戦艦以上の火力、防御力を併せ持ったこの艦の活躍は戦艦のこれからのあり方にも影響を与えた。

ザフトのMSが数機がかりで攻撃を加えても耐え、その戦艦に匹敵する火力で後方の敵巡洋艦にまでダメージを与える装備を備えたこの艦への対抗策が軍事上必要になったのである。

そこで日本が考え出したドクトリンが艦隊決戦である。MSは後方の母艦で運用し、敵MS戦力を拘束する。その間に艦隊戦を行い敵艦を撃破するという寸法だ。元々新星や世界樹での攻防戦でも戦艦はそう簡単に沈むことは無かった。指揮系統の集中するブリッジを攻撃されて戦闘不能となる例は多数あったが。そこでこの艦は指揮系統を装甲の集中した区画に設置した。指揮系統さえ生きていればMSによる攻撃を強引に突破して敵艦との砲撃戦に持ち込めるというわけである。

 

「戦争が近いか……一臣民としては主上の御心を煩わせることは心苦しいが、軍人としては武者震いするところでもあるな。」

「やはり、平和に越したことはないのですがね。今回の公表によってこの艦の存在が戦争への抑止力になってくれればいいのですが」

 

 二人はそれからも暫くこの艦を見つめていた。

 

 

 

 この日、全世界に向けて大日本帝国宇宙軍の新鋭戦艦の存在が公表された。

 

 

豊葦原千五百秋瑞穂国を戦火から守る新鋭戦艦、『長門』の竣工だった。



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PHASE-15 アラスカの地で

 C.E.71 5月3日

 

 地球連合軍アラスカ基地――通称JOSHA

 

 武は既にパイロットスーツを着用して日本軍に与えられたハンガーの中にいた。そこでは愛機の撃震が装甲を装着していた。4日前までは情報局の職員がハンガーや周辺に仕掛けられた盗聴器や監視カメラの回収をしていたためにハンガーの中で本格的な整備ができなかったのである。

 

 アラスカに来て一週間ほどたつがやはり五月この寒さはつらい。ようやくユーコン川の氷も溶け始めたそうだからもう冬も終わりに近づいてるのだろうが、それでも寒い。

武はこのアラスカの地で搭乗することとなる愛機を見つめた。

 

 TSF-Type1S『寒冷地仕様撃震S型』は日本がスカンジナビア王国に輸出するために改良を加えた機体である。オリジナルの撃震と違い間接思考制御システムは組み込まれていない分ソフト面の性能は劣るが、コクピットブロックや駆動部には特殊セラミック製耐熱タイルを装備し、対ビーム防御はオリジナルを凌ぐ性能を持つ。これは連合、ザフトの主力MSの搭載兵器は今後ビーム兵器が中心になると睨んだためである。しかし、その反面、若干高価になり、装甲の増加で機動力も低下している。

 

 

「白銀少尉!」

整備班の山本伍長が白銀に声をかけた。

「もうじき整備が終了します。試運転の準備に入ってください」

「了解した」

 

 武はキャットウォークに登り、コックピットに乗り込んだ。

工場からの卸したての真新しいシートの臭いがするコックピットの中で武は着座調整をした。

 

「OK……全システムに異常は無い。山本伍長、これから予定どおり試運転を開始したい」

「了解です!総員!発進準備!」

 

『ボディアーム開放、続いてショルダーアーム開放します』

アナウンスが流れる中、撃震を支えているアームが開かれていく。続いてハンガーのゲートが開かれていく。そしてCPからの連絡が入る。

『ゲート・オープン。撃震、発進シークエンス承認。発進、どうぞ!』

 

「シルバーブレット01白銀武!撃震S型、いきます!!」

撃震はハンガーの外に向けて歩き始めた。その足取りはしっかりしている。ハンガーの外の演習場に出た武は管制に連絡を入れる。

 

「シルバーブレット01よりCP。これより高速機動を実施する」

『CP了解』

 

 CPのお墨付きを得た武は飛蝗のように跳躍した。反応は悪くは無い。装甲の増加により若干機動性が低下したと聞いていたが、この程度ならば問題は無いだろう。これでもジンを相手にするのならば十分だ。

空中で宙返りを決めた後、AMBAC制御で体勢を整える。これも、特に問題が無い。重量が増えた分強引なAMBAC制御は各部の関節に負担をかける可能性があったが、この手ごたえなら問題なさそうだ。だが、一応は後でモニターしている整備班に関節の磨耗度合を調べてもらうとしよう。

 

 一通りの機動を終えた後、背部ガンマウントを起動し、突撃砲を装備する。演習場に設置された的に狙いを定めてトリガーを引いた。的の中央にいくつもの穴があく。

どうやら射撃性能は撃震と遜色ないようだ。

 

 その後も長刀の使用、射撃を交えた機動などを行ったが、特に問題はなく、試験運転は無事終了した。

 

 

 

 

 武はハンガーに戻り、撃震をガントリーに固定していた。その作業に淀みはない。収容を終えると武はコックピットを開放し、キャットウォークに降り立つ。

「お疲れ様です」

山本がスポーツドリンクを差し出した。

「ああ、ありがとう。それじゃ、後はまかせるよ」

「はっ!」

 

 山本伍長からもらったスポーツドリンクを飲みながら武は更衣室に向かった。

そこで着替えを早々と終えた武は物思いに耽っていた。そのきっかけは、先の時間の試験運転の時に遡る。機動力を試すために高度を上げたときのことだ。

ふと、画面の端に白亜の点が映った。気になったので確認してみると、そこにいたのは宇宙で見た白亜の巨艦、アークエンジェルだった。彼らはどうやら無事にアラスカに辿りついたようだ。アークエンジェルがドッグにいる様子を見るに、相当な激戦を潜り抜けてきたようだ。

同時に、あの艦に乗っていた少年のことを思い出す。運命に翻弄されて戦場に引っ張り出された彼も生きているのだろうか。

 

 しかし、どんなに彼が気になってもドッグのある区画に他国の軍人である彼が合法的に入る方法はない。彼らと通信等でコンタクトを取るということも不可能だ。

武はどうしたものかと思案する。合法的に入れないからといって侵入するという手は悪手だ。夕呼先生に調べてもらう……こんなことで連絡したら絶対彼女は機嫌を損ねる。そうなれば後が怖い。どうしたものか。

 

 色々と思案するものの、結局武には調べる術もない。帰国してからゆっくりと情報を集めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェル艦内では殆どのクルーが暇を持て余していた。

昨日アラスカに到着したものの、統合作戦室からの指示で外出許可も得られず、艦内に閉じ込められた彼らには鬱憤が溜まっていた。そんな中、レーダーを監視していたミリアリアが声をあげた。

 

「上空に反応!これは……日本軍のMSです!」

「日本軍の?あの宇宙で遭遇したMSか?」

ナタルは首を傾げる。

「間違いありません。宇宙で遭遇した日本の新型MSです。最大望遠でモニターに出します」

確かにそこに映っていたのは宇宙で遭遇した驚異的な強さを持つ日本軍の新型MSだった。しかし、何故今ここにいるのだろうか。

「ハウ二等兵!司令部に問い合わせてくれ」

「了解です」

 

 ややあって司令部からの通信があった。

「あの日本軍のMSはブルーフラッグに参加するためにアラスカに来ている」

「ブルーフラッグとはどういったものなのでしょうか?」

「地球連合加盟国の導入する新型MSのコンペディションだ。既に大西洋連邦、ユーラシア連邦、大日本帝国からそれぞれ一機ずつエントリーしている。対MS演習が近いのもあって試験飛行を本日実施するという報告を日本側からも事前に受けていた。貴官が見たというMSは試験飛行中だったのだろうよ」

 

 その報告を聞いてマリューは唖然とした。自分達はこれまで地球連合の新型MS量産の先駆けとしてGAT-Xシリーズの製造に従事していた。自分達がアラスカまで持ち帰ったストライクとその運用データが連合のMS開発に繋がるものであると信じてきたのだ。

しかし、今このタイミングでコンペを行うということは、自分達のデータ抜きで地上ではMS開発が順調に進んでいたということだ。定期的に開発データがヘリオポリスから送られていた大西洋連邦の機体がコンペに通るならばまだしも、ユーラシア連邦か大日本帝国の機体がコンペに通ったならば、我々のアラスカまでの道のりはなんだったというのだ。

マリューの脳裏にはこれまでの道のりで失ってきたものが走馬灯のように映し出された。

 

 ザフトの襲撃から最後までGを守ろうとして銃弾に倒れた同僚達、アークエンジェルを逃がそうとして大損害を被った先遣艦隊、アラスカに降ろすために犠牲となった第八艦隊、そして艦隊と運命をともにしたハルバートン提督。マリューは彼らの犠牲に報いることは連合のMS開発を成功させる以外には無いと考えていた。

しかし、これでは彼らの犠牲にはいったいどんな意味があったのだろうか。

どうすれば報いることができるのだろうか。

 

 

 統合作戦室との通信が終わり、気が付けば、マリューは瞳を潤わせながら唇を噛みしめていた。

「ごめんなさい……少し離れるわ」

マリューはそう言い残すとブリッジから出て、艦長室に戻った。ナタルはマリューの表情から何かを察したのか、無言で了承する。

 

 

 艦長室に戻ったマリューは泣き崩れた。ブリッジでは見せられなかった涙が頬をつたう。

「私達がやってきたことってなんだったの!?ハルバートン提督は何のために犠牲になったのよ!?」

やり場の無い思いが溢れ出す。自分たちがもっと早くにアラスカについてさえいれば、いや、直接アラスカに降りることができてさえいればこれまでアークエンジェルとストライクを守って散っていった人たちの犠牲に報いることができたはずだったとマリューは信じていた。

だが、自分達と関わりの無いどの機体がコンペで選ばれたとしてもこれまで払ってきた犠牲に報いる方法は無いのだ。

行き場の無い怒りと悲しみにマリューは慟哭した。



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PHASE-16 力の差

 C.E.71 5月6日 地球連合軍 アラスカ基地

 

 武は撃震S型のコックピットで最終調整を行っていた。

「各部の反応も電磁収縮炭素帯の張度もOK!行けるぜ!!」

撃震を固定しているアームロックとボディアームが開放される。武はハンガーのゲートが開放されたことを確認し撃震を歩かせる。ハンガーの外をでたところで管制から連絡が入った。

「シルバーブレット01、健闘を祈る!!」

「了解!!シルバーブレット01、白銀武、いくぜぇ!!」

武の駆る撃震は大地を蹴り飛び立った。目的地は演習場だ。

 

 演習場では既に対戦相手のハイペリオンMPが待機していた。武が着地すると、ハイペリオンMPが起動した。どうやら、向こうも準備万端なのだろう。ハイペリオンMPから通信が入った。

「覚悟しろよ日本人、我等大陸の英知を前に跪かせてやるよ!!このアルテミスの荒鷲、バルサム・アーレンド様が直々になぁ!!」

肩にペイントされた撃墜マークは7つ、おそらくこれはMAで撃破したジンの数だろう。未だに連合のMSはストライクを除き実戦投入されてはいないはずだ。パイロットの口調からは自意識過剰で野蛮な印象を受けるが、恐らく自分の戦果に裏打ちされた自信なのだろうと武は推測した。

だが、武はアルテミスの荒鷲などという二つ名を持つパイロットのことなど聞いたことがない。ジンをMAで7機も撃墜したことがあるのなら当然プロパガンダに使われているはずなのだが。

 

 そんなことを考えているうちに演習の開始を告げるブザーが鳴った。

この演習場は見晴らしのいい地形を想定しているため、遮蔽物は一切存在しない。遮蔽物のある市街戦を想定した演習はまた後日の日程に組み込まれている。

武の感情は昂ぶっていた。今日は各主力MS候補対抗の対MS戦闘演習――ブルーフラッグの初戦、ユーラシア連邦のハイペリオンMPとの演習だ。ここで勝利して勢いを付けたいところである。というか、一度でも撃震に土がついたら魔女の大釜にくべられてしまうだろう。彼には勝利以外許されていないのだ。

 

 「いくぜぇ!!」

武はフットバーを踏み込み大空に跳躍した。それに対してハイペリオンMPは装備している2丁のビームマシンガンで弾幕を張り迎撃する。しかし、ビームマシンガンによる攻撃を腰部スラスターと脚部に追加されたスラスターを巧みに操ることで回避していく。光線級の支配する空を翔けた彼にはこの程度の弾幕を潜り抜けることはどうということもない。演習のため実際にビームは発射されているわけではなく、JIVESによって映し出されているだけなのだが。因みに今回の演習ではビームサーベルやビームライフルを含めたビーム兵器は各機のモニター上での再現に留まっているが、実弾はペイント弾に換装されているためにその衝撃は変わらない。

武は高度さを生かして加速し、ハイペリオンMPに突っ込んでいく。今回武が選んだ装備は突撃前衛ストーム・バンガード、彼の最も得意とする兵装である。このポジションは攻めて攻めて攻め続けることに意義があるのだ。攻撃こそが最大の防御とはこのポジションにおける真理である。今の武はただ前に突き進む暴風と化していた。

武はハイペリオンMPに長刀を振り下ろす。しかし、それは目の前に展開された光の壁によって防がれた。装甲した光アルミューレ・リュミエールをハイペリオンMPは使用したのだ。そして光の盾によって斬撃を阻まれたために後退する武に追い討ちをかけるようにビームマシンガンを光の盾の内側から連射する。

盾を構えて武は防ぐが、反撃することができない。盾の耐久値の判定も危ないところまできている。事前にこの兵器の存在は知らされていたが、厄介なものだと武は思った。盾の内側からは攻撃を通すくせして外からの攻撃はシャットアウト。まるでMSサイズの要塞である。

だが、どうやら機動力は撃震ほどではないらしい。あちらはあの光波防御帯の奥からの攻撃が基本パターンらしい。なるほど、堅牢な防御の奥から銃撃をすれば隙は生まれず圧倒的な優位を誇れると踏んだのだろう。だが、そのドクトリンには穴がある。それを証明してやろう。

 

 武は腰部スラスターを全開にし、匍匐飛行でハイペリオンMPに再び迫る。再びビームの雨を浴びるが、そこで武は盾をハイペリオンMPの頭部目掛けて投げつけた。ハイペリオンMPのメインカメラの視界が盾によって一瞬ではあるが遮られる。だが、その一瞬で十分だった。

武は操縦桿を左に思いっきり倒した。機体は加速を保ったまま左に急旋回する。そしてハイペリオンMPの真横を通過した瞬間、撃震のガンマウントが起動し、120mm弾の描く太い曳痕がハイペリオンMPの腹部に吸い込まれていった。機体の前面にしかアルミューレ・リュミエールを展開できないハイペリオンMPにそれを防ぐ術は無い。着弾を意味する黄色い塗料を左半身にかけて全面に被ったハイペリオンMPが着弾の衝撃で姿勢を崩したのと同時に演習終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 わずか3分で決着がついたことにアクタイオン社の技術陣は呆然としていた。ハイペリオンMPのコンセプトは無敵の防御で敵の攻撃を遮断し、その間に連射性能で他の武装を圧倒するビームマシンガンで攻撃するというものだった。だがそのコンセプトは高機動戦においては相性が悪いということを日本のMSによって明示されてしまったのだ。

ハイペリオンMPの原型となったハイペリオンならば全方位にアルミューレ・リュミエールを展開することで死角を失くすことができた。だが、量産仕様であるハイペリオンMPには全方位にアルミューレ・リュミエールを展開させることはできない。そうなれば機体一機あたりの単価が上がってしまうからだ。

 

「くそ!くそが!なんだよこれは!欠陥品じゃないのか!?」

ハイペリオンMPから降りたバルサム・アーレンドは技術陣に詰め寄った。

「前から言おうとは思っていたがな、なんであんなに反応が鈍いんだ!!回り込まれたらおしまいだろうが!そんなことも分からないで私をこのMSに乗せていたというのかね!?」

はっきり言ってクレームだ。彼はこれまでに幾度もこの機体に乗っており、シミュレーションも幾度と無くこなしていた。つまり彼は機体のことをよく知っていたはずなのだから。まぁ、実際にはいつもアルミューレ・リュミエールの防御力をあてにした遠距離戦闘ばかりしており、近接戦闘等ほとんどやってはいなかったのだが。それゆえ今回のように近距離戦闘が起こることなど全く予期していなかった。だが、彼にしてみれば自分が恥をかいたことが許せないのだろう。このまま延々と技術陣に怒鳴りたてていた。

 

 当り散らすバルサム・アーレンドを横目に整備班は機体にとりついてデータを整理し始めた。まだ、チャンスは残っているからだ。明後日に予定されている大西洋連邦のストライクダガーとの対戦に、6月に実施予定の小隊対抗戦で勝利すれば、ハイペリオンMPの評価を上方修正することができると考えているのである。

 

 因みに、バルサム・アーレンドは武の予想していたようなエースパイロットではない。肩にペイントされた撃墜マークは全てシミュレーター上での記録だ。さらに二つ名も自称でしかない。噂では「エンデュミオンの鷹と並ぶ存在になる」という決意表明だそうだ。しかも、パイロットとしての素質にはムウと雲泥の差があることを彼は理解できていなかった。

そんな三流パイロットがどうしてブルーフラッグに参加できたのかといえば、彼の古巣の上司が彼をパイロットにするようにごり押ししたたからだ。彼が所属していたのはユーラシア連邦の宇宙要塞、アルテミスだった。その司令官、ジェラード・ガルシア少将はCATシリーズに深く関わっており、自分の基地のパイロットに活躍させることで自身の評価を上げようと目論んでいたのだ。多少腕の悪いパイロットでもアルミューレ・リュミエールさえあれば負けることは無いだろうと高を括っていたが、彼の想定は甘すぎたのである。



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PHASE-17 エースVSエース

 C.E.71 5月8日

 

地球連合軍 アラスカ基地 JOSH-A 

 

「守備軍は出撃せよ!!」

早朝から基地は騒がしかった。いたるところで警報が鳴り響いている。

 

「畜生!あいつらパナマに来るんじゃなかったのかよ!?」

スピアヘッドのパイロットが悪態をつく。しかし、それでも現実は変わらない。アラスカの空はザフトのMSで埋め尽くされていた。

 

 

 

「アークエンジェルは直ちに前進し攻撃を開始せよ!」

「……了解しました。総員!第一戦闘配備!!ヤマト少尉を出す!」

 

「艦長!本艦とストライクだけで何とかできる数ではありませんよ!!」

トノムラ曹長が悲鳴をあげる。

 

 現在、アークエンジェルに残された戦力はキラのストライクとトールのスカイグラスパーのみであった。ムウとナタル、そしてフレイは転属命令を受けて昨日退艦している。今頃は潜水艦の中だろう。

一応弾薬の補給、船体の補修は既に終了しているが、戦力は十分とは言えない。

 

「それでも、やるしかないわ。アークエンジェル、発進します」

 

 アークエンジェルは絶望的な防衛戦にその身を投じた。

 

 

 

「なんだ!?」

急に鳴り響いた緊急警報に武の体は瞬時に反応していた。駆け足で撃震の収められたハンガーに向かう。

明日はついに待ちに待った大西洋連邦のMSとの異機種間戦闘訓練というのにいったいこの警報はどうしたことか。

ハンガーの扉を開けると、それを見つけた山本伍長が駆け寄ってきた。

 

「大変です、少尉!!ザフトが襲撃を!」

「落ち着け伍長。分かる限りのことを教えてくれ」

武に諭されて山本は早口で現状を説明した。

 

 山本伍長曰く、先ほどJOSH-Aのサザーランド大佐から直々に連絡があり、ザフト軍がこのJOSH-Aに奇襲を仕掛けてきたことを連絡してきたという。

そして万が一に備えてコンペに参加している各国は非難に取り掛かって欲しいとの要望も出ているとのことだ。

 

 武は冷静に状況を分析する。

連合はザフトの次の作戦目標はマスドライバーを擁するパナマだと踏んでいた。しかし、ザフトはその予想を逆手にとっていっきに連合軍総司令部を奇襲したのだ。物量が自慢の地球連合軍といえどもパナマに主力を展開しながらJOSH-A防衛に十分な戦力を回すことなどできないだろう。そうなれば最悪、JOSH-Aが陥落する可能性もある。

JOSH-A陥落まで後どれぐらいの余裕があるかは分からない。一刻も早くアラスカを離脱する必要があるだろう。しかし、そうなると撃震などの機密も当然回収する必要がある。それだけの時間が得られるだろうか。

 

「山本伍長、このハンガーと居住区にいる全員にアナウンスがしたい。放送室に端末をつなげてくれ!!」

「了解!」

 

 山本に連絡手段の確保を頼んでいる間に武はハンガーにいる整備士全員を集めた。

「現在、アラスカはザフトによる奇襲を受けている。この場所も安全とは言えまい。よってこれより、我々はアラスカを脱出する。激震S型は輸送機に乗せるが、時間的猶予もないため、補充部品の類はここで弾薬ともども爆破する。整備班は爆破の準備と輸送機の準備を急いでくれ!」

 

 武の命令で整備班は素早く四散する。そして武自身も山本伍長から放送の準備が整ったという報告を受けてマイクを手にした。

 

「全員に告ぐ。これより我々大日本帝国アラスカ派遣隊はアラスカより離脱する。現在整備班が脱出用輸送機の準備をしている。他の人員は持ち出せる機密書類やデータを全て持参して第二滑走路に集合しろ!!急げ!」

 

 JOSH-Aの日本ハンガーは慌しくなっていく。武もハンガー内で無線を手にして次々と報告を入れる部下に対応していた。

その時、山本伍長が武を呼んだ。

「白銀少尉!!大西洋連邦のサザーランド大佐より入電です!!」

「2番の内線につないでくれ!」

 

 こんな時にJOSH-Aの司令官が何のようだろうか。武は2番の内線に切り替える。

「白銀少尉。無事かね?緊急の報告がある」

武はアラスカの陥落が目前になったことを報告するのだろうと考えていた。そうなると脱出までに残された時間は無い。最悪、データと装備、補充部品を全て破壊して飛び立つしかないだろう。

しかし、内心焦る武を前にサザーランドは冷静に告げる。

「防衛線の維持は限界に近い。我々はこの基地を放棄することを決めた。基地内部の自爆装置を使い、この基地をザフトごと消滅させる。防衛線の各部隊にも離脱するように指示をしているところだ。タイムリミットは1300。ただ、ザフトの侵攻速度によっては前倒しもありうる。そちらも急いで脱出してくれ」

「……了解しました。しかし、ことは一刻を争います。安全圏に避難するには基地からどれくらい離れる必要があるのでしょうか?」

「半径20kmも離れれば問題ない。だが、時間もない。急いでくれ。貴官らの無事を祈る」

 

 サザーランド大佐との通信が切れた。武は冷や汗をかいている。自爆まであまり時間が残されてはいない。現在の時刻は1100である。後2時間防衛線が維持できなければ自爆は前倒しされる。そもそも、それまでにこちらのほうにザフトが襲撃に来る可能性もあるのだ。

先ほど受けた報告では既にデータ整理は終了し、不要なものは破壊する部品と共に弾薬庫に収められているとのことだ。後は脱出後に爆破すればいい。だが、人員輸送用の中型輸送機の準備は後1時間はかかるという報告を受けている。

 

 武が頭を抱えていると、不意に警報音がハンガーに響いた。ザフトの予想外に早い到着だと判断した武は自機に向かって走った。キャットウォークを駆けてコクピットに飛び乗った。

「出るぞ!ハンガー開けろ!!撃震の前から退避するんだ!!急げ!!」

ハンガーのゲートが開き、撃震を拘束する胸部アームが開放されるやいなや撃震はゲートまで走り抜けた。

 

 ハンガーをでるやいなや撃震のレーダーに反応があった。

「MSの反応……数は2!ライブラリに該当あり、一機はジン!もう一機は不明か」

武はレーダーに反応があった方角に機体を向け、頭部メインカメラでその機影をとらえた。

襲撃者はグウルを履いている。その一機はジンだ。蒼のカラーリングに頭部のバスターソードと特異ないでたちである。だが、もう一機は分からない。青と白を基調としたカラーリングで、その顔立ちはどこか連合のGを髣髴とさせるが武には見覚えが無かった。

 

 不意にGに似た機体がグウルから飛び降り、ビームサーベルを装備して武に斬りかかる。武は左腕に装備した盾で受け止めるふりをしたが、すぐにバックステップでGに似た機体から距離をとった。武のいた場所には上空のジンが放ったミサイルが降り注ぐ。

 

 距離をとって謎のMSと正面から向かい合ったところで武はそのMSの左肩に描かれている蛇の尾をモチーフにしたマークに気がついた。

そのマークは連合のものでも、ザフトのものでもない。

 

「くそ!よりにもよってサーペントテールかよ……」

武は忌々しげに呟いた。

 

 コズミック・イラ最強の傭兵が武に牙をむく。

 

 

 

 

 

「これで!」

キラは既に十数機のジンを落としていた。しかし、敵の数が減る気配はない。むしろ脅威と判定されたのか多くのMSが殺到している。

エール装備で戦っているが、既にバッテリー残量は危険域にある。

 

「キラ、戻って!バッテリーが持たないわ!」

ミリアリアがキラに帰艦を促す。

「駄目だ!今僕が抜けたらアークエンジェルは集中砲火を浴びる!この乱戦だとストライカーパックも空中で換装できない!」

 

 もし、今ストライクが帰艦すれば現在ストライクがひきつけている8機のジンがアークエンジェルに向かうだろう。現在アークエンジェルが相手をしているジンと同時に相手をすることはできないのだ。

マリューも苦しげな顔をする。フラガが抜けた穴はとても大きく、アークエンジェルはこれまでの旅路で発揮した力を発揮できない。

 

「自分が出撃します!」

トールが格納庫から通信をつないでマリューに具申する。

「駄目よ!敵の数が多すぎるわ!」

ミリアリアは反対する。もしもトールが出撃するとなれば現在ストライクが相手している8機のジンを相手取らなければならない。キラでさえギリギリのラインで持ちこたえているのだ。トールには荷が重過ぎる。

 

「でも!このままじゃキラがやられる!そうなったら結局助かりませんよ!」

トールの意見具申は確かに的を得ている。それにこのまま何も手を打たずにアークエンジェルが沈むのを待つこともできなかった。

 

 マリューは決断した。

「……ケーニヒ二等兵。スカイグラスパーで出撃を」

「了解」

トールは通信を切るとスカイグラスパーのコックピットに駆け込んだ。

 

「艦長!」

ミリアリアが非難するような目でマリューを睨みつける。

「他に選択肢が無いわ。1%でも可能性があるのなら、私はそれに賭けます」

マリューの決意を前にミリアリアも瞳を潤ませながら引き下がった。

 

 「いいか坊主!5分だ!300秒だけやつらを引きつけろ!」

マードックがトールに言った。

「分かりました!!請け負ったからにはこの300秒!絶対に守り抜いて見せますよ!」

 

 スカイグラスパーがカタパルトに接続される。

「スカイグラスパー2号機!発進どうぞ!」

ミリアリアが涙を堪えながら発進シークエンスに入ったことを告げる。

「トール・ケーニヒ!スカイグラスパー出ます!」

 

 

「キラ!トールが出るから戻れ!」

サイからの通信にキラは驚いた。

「今僕が戻ったらアークエンジェルが!!」

「でも、お前が落ちたらアークエンジェルは沈むんだ!トールを信じろ!あいつが5分もたせる!!」

キラもサイの言い分が正しいことは分かっていた。おそらく、ストライクは後10分も戦えないだろう。既に頭部イーゲルシュテルンまで弾切れ、推進剤は底を付きかけている。キラはトールを信じて機体を翻した。

 

 

 「うぉー!!」

トールはとにかく操縦桿を左に傾け続けた。スカイグラスパーのいた位置を赤い奔流が走る。すかさずトールは急降下する。今度は正面からの銃撃だ。敵機の真下を潜り抜けてなんとか避けた。

まだ200秒も経っていないが、トールの体力は限界に近づいていた。元々経験が浅く、技量も高くないトールが生き延びるにはスカイグラスパーの運動性能にものをいわせて縦横無尽に空を駆けることで敵から逃げることしかなかったのだ。だが、スカイグラスパーの性能にまかせた強引な操縦はパイロットの体力も消耗させていた。

そして、体力の消耗からか、トールはミスを犯した。ジンのミサイルを避けてその脇を猛スピードで抜けようとするが、その真上にはディンがいたのだ。ディンの6連装対空ロケット砲の砲口が開かれた。

 

 

「やらせるか!」

カタパルトから飛び出すやいなやキラの指はライフルの発射ボタンを押していた。ビームライフルから吐き出された緑の閃光がディンを貫く。ディンの胴体を突き破り紅蓮の炎が飛び出した。その間にスカイグラスパーは離脱に成功する。

 

「トール!大丈夫か!?」

「遅いぞキラ!100秒ぐらい遅刻してないか!?」

実際は4分ほどででてきたので遅刻というわけではないのだが、トールにはこの240秒が気の遠くなるほど長いものだったということをキラは察していた。

 

「もう大丈夫。僕がやるから。トールは休んでて」

「すまない……頼むぜ、キラ」

トールはキラにのどから搾り出すように一声かけると帰艦していく。

それを確認しつつもキラは多数のディンの攻撃を回避していた。

 

 

「もう、だれもやらせない。僕は守る。誰一人死なせるもんかぁ!!」

その瞬間、キラの脳裏で何かが弾けた。



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PHASE-17.5 夜明け前の舞台裏

 C.E.71 5月4日

 

 地球連合軍 アラスカ基地 JOSHA

 

 応接室で二人の男が向かい合っていた。一人はこの基地の司令官であるサザーランド大佐、そしてもう一人の男は業界最強と噂される超一流の傭兵、叢雲劾だった。

 

「君があのサーペントテールの叢雲劾か。噂は聞いている。大層な腕前だそうじゃないか」

「前置きは結構だ。本題に入りたい」

サザーランドの世辞を劾は軽く受け流す。元々、地球連合軍の本部などにあまり長いはしたくなかった。しかも、目の前の男はあのブルーコスモスの総帥、ムルタ・アズラエルの僕である。油断も隙もあったものではない。

 

「結構。では本題に入ろうか。君への依頼内容を説明しよう」

サザーランドは机の上の紅茶を一口飲んでから口を開いた。

 

「今回、君にやってもらう任務はMSの無力化だ」

「対象はなんだ?」

「日本軍とユーラシア連邦のMSだ」

劾は内心で首を傾げた。何故今大西洋連邦が他国のMSを奪取する必要があるのだろうか。

「何故他国のMSを狙う?」

「理由を知る必要があるのかね?」

サザーランドはしれっとした顔で言った。

 

 だが、劾としてはそんなことでは依頼を引き受ける気はしない。通常の依頼相手とは目の前にいる将軍は違った。彼はあのプラント核攻撃隊――ガーディアンズの母艦の艦長をしていた男であり、ブルーコスモスのシンパだ。胡散臭いことこの上ない相手である。

 

「理由が言えないのならこの依頼は無かったことにしてもらう」

席を立とうとした劾をサザーランドは手で制した。

「ふん……昨今の傭兵は依頼の背景まで知りたがるのかね?無粋なことだ」

「昨今の依頼者は依頼理由を偽ったり、報酬を渋ったりすることが多い。無粋なことだと感じている。そして、そんな依頼者は地球連合の軍人が多数を占めている」

 

 サザーランドは不愉快そうに鼻を鳴らした。

「ふん。いいだろう。依頼の背景を説明してやる。ただし、こちらが譲歩する以上、依頼を受けようとも受けなくとも依頼内容についての口外は許さん」

「もとより依頼について口外する気は無い。傭兵の信用問題だからな」

 

「今回の依頼の目的は日本とユーラシアが開発した新型MSの奪取にある。それぞれの陣営の機体に詰め込まれたテクノロジーを奪取し、我が国のMS開発に利用する計画だ」

「何故襲撃して奪取するなんて真似を企んだ?両国の機体を買えばいい話だろうに」

劾の疑問にサザーランドが答えた。

「売却を申し出てもダウングレード版が売られることは目に見えている。しかし、現在アラスカではユーラシア連邦を中心とした地球連合加盟国が採用するMSのコンペを計画している。目標の機体はそのためにここに運び込まれてきたものだ。カタログスペックでは計れないソフトの面でかなりの特別なチューニングを施されている可能性が高い。いや、もしかすると管制ユニット自体を輸出仕様のダウングレード版ではなく、国内用に換装している可能性もある。日本のMSが宇宙でザフトを圧倒できた理由の一つがMS自体の性能ではなくソフト面での独自技術にあると我々はふんでいる。だが、日本国内の機体は監視の目が厳しいためにとても手が出せない。だから今回は絶好の機会なのだよ」

 

 サザーランドは紅茶を再び口にする。

「もう一つの理由がある。はっきり言おう。我が大西洋連邦のMS、ストライクダガーでは他国の2機に勝つ見込みはまずない。当然、そうなるとストライクダガーが採用される見込みも低くなる。元々ストライクダガーは廉価さと整備の簡略さが最大の売りだ。だが、戦闘能力にケチをつけられれば売れ行きは伸び悩みかねん。故にコンペをつぶす必要がある」

「コンペが潰れたくらいでそのストライクダガーが有利になるとでも言うのか?」

劾は訝しげだ。だが、サザーランドの話はそこで終わりではない。

「無論、コンペを一度妨害したところで延期にされるだけのことだ。しかしな、延期されればそれでいいのだ。もし今コンペが延期されたのなら、次のコンペは早くとも2ヶ月以上先の話になるだろう。だが、その2ヶ月があればいい」

「たった2ヶ月で何ができる?」

「ザフトの大規模作戦の噂は聞いたことがあるだろう。そして、その目標はここ、アラスカだ」

サザーランドが靴で床を叩いた。

 

「アラスカ守備軍はユーラシア連邦軍が主体となっている。おそらくは持ちこたえられんだろうな。だが、ザフトにみすみすJOSH-Aをくれてやる気はない。基地の陥落直前に地下の自爆装置を発動させる」

「友軍を生贄にするというのか?」

劾が目つきを険しくする。

 

 睨み付けてくる劾をサザーランドは気にもかけない。

「我々大西洋連邦も世界樹攻防戦ではやつらに随分と足を引っ張られて犠牲を出しているのだよ。我々は世界樹での借りを返してもらうだけだ。既にユーラシア上層部を納得させている話でもある」

サザーランドはユーラシアを頼もしい戦友とは思ってはいなかった。世界樹では功を焦り、結果的に甚大な被害を地球連合軍全体に与えており、地上でもスエズを自力で守れない不甲斐なさを見せていたためである。

「本部の地下に設置されたサイクロプスによって半径10kmは溶鉱炉と化す。君もエンデュミオンの戦闘で雇われていたのだからその破壊力と被害半径は分かるはずだ。ああ、ユーラシアの部隊にはザフトを道連れに死んでもらう。ザフトの戦力の大部分を削ることが可能だろう。そして、やつらの傷が癒えぬうちに我々はジブラルタル奪還作戦に出る。そうなればユーラシアも早々に戦力を整えざるをえまい。2ヶ月先のコンペを待つ余裕は無い。現状最も短期間で数を揃えられるMSがストライクダガーしかないのなら、やつらの選択肢は一択だ。アラスカで将兵に犠牲を出した分、アズラエル氏もストライクダガーの値引きを考えていると聞けば即決するだろう」

 

「お前達の目的は分かった。だが、依頼を受ける前に敵戦力と作戦の概要について教えてもらいたい」

劾がサザーランドに言った。

 

「君達サーペントテールにはザフトの降下から一定の時間が過ぎた後にコンペに参加する各国のハンガーをザフトに雇われたという形で襲撃してもらう。MSは全て行動不能にし、大型輸送機も破壊してもらおう」

「何故大型輸送機を?」

「中型輸送機は人員輸送用だ。JOSH-Aが自爆することを伝えれば各国から派遣されてきた人員は中型輸送機で脱出できる。MSは推進機をつぶせば自力での脱出はできん。自爆装置もコンペ用の機体には積んでいまい。そうしてもぬけの殻となった各国のハンガーを我々が接収するという筋書きだ。自爆の影響はハンガーの位置まで及ばないようになっている。我々が接収する機体を壊したくはないのでな。ハンガーの近くで戦闘を行うことになる君達は自爆に巻き込まれる心配はしなくてもいい。ただ、万が一ザフトやジャンク屋を名乗るハイエナ達が群がってきたならば交戦した上で撃退してもらうがね」

 

 なるほど、狡猾な策だと劾は思った。だが、同時に疑問も沸く。

「何故俺たちを雇う?連合子飼いのMSパイロットをザフトのMSに乗せて襲撃すればいいだろうに」

「それでもいいと最初は考えていたのだよ。だがな、相手が悪い。日本のMSパイロットだ」

 

 そう言うとサザーランドは手元から一枚の書類を劾に差し出す。どうやらある軍人についてのレポートらしい。

――――白銀 武 少尉

生年月日 C.E.48 12月16日 

出身地  大日本帝国 神奈川県 横浜市

 

      略歴

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       ・

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 そう取り立てて珍しいものはないと思っていたが、書類の裏面を読み始めた劾は目を見開いた

『クルーゼ隊と交戦しこれを撃退する』

このパイロットはザフトの英雄ラウ・ル・クルーゼの部隊を追い詰めたというのだ。さらに、備考を見た劾は驚いた。

『未確認情報だが、ザフト軍エース“黄昏の魔弾”ことミゲル・アイマンを討ち取ったとの情報あり』

 

 そう、あの“黄昏の魔弾”を討ち取った可能性があるというのだ。確かにこれは普通のMSパイロットの手にはおえるものではない。軍としても有望な存在をみすみす失うようなことはしたくないのだろう。故に傭兵の中でも最強クラスである自分をよんだということか。

劾は柄にもなく気分が高揚していた。結局、黄昏の魔弾とは決着を付けられなかったが、彼を討ち取ったという男には興味がある。

 

「これで君に依頼した理由も分かっただろう。報酬は200万アースダラー用意しよう。まさか私にここまで話させておいて、この話は無かったことになどとは言わんだろうね?」

劾は彼にしては珍しくニヒルな笑みを浮かべた。

 

「了解した。この依頼を受けよう」

 

最強の傭兵がアラスカに現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.71 5月5日

 

プラント フェブラリウス2 フェブラリウス中央病院

 

 プラント最高評議会議長、パトリック・ザラは見舞い花を持って病院に足を運んでいた。

「君達はそこで待っていてくれ」

護衛にそう一声かけて病室の外に待機させ、病室の扉を開いた。

 

「レノア、久しぶりだな。忙しくて暫く足を運ぶことができなかった。すまんな」

ベッドで眠り続ける妻に一声かけると、持ち寄ったトルコ桔梗の花を花瓶に飾る。トルコ桔梗の花言葉は『希望』。眠り続ける妻が回復することを願って選んだ花だった。

 

 

 レノア・ザラはC.E.70 2月14日に食糧生産コロニー・ユニウス7にいた。そして襲撃してきた地球連合軍の核ミサイルが至近距離で炸裂したことによりユニウス7は半壊、空気の流出と大量の放射線による多数の死傷者が出た、

パトリックの妻、レノアもその中の一人だった。彼女は酸欠状態が長時間続き、脳に損傷を負ってしまったのだ。そして血のバレンタインから一年以上の間彼女は眠り続けていた。不幸中の幸い、放射線による被曝だけはなかったが、プラントの医療技術の最高峰であるフェブラリウス中央病院の医療技術をもってしても未だに彼女の回復には至っていなかった。

 

「レノア、私はアスランを守ることもできなかったよ」

パトリックは椅子に座ると語り始めた。

「あやつは誤射とはいえ中立国の軍艦を攻撃してしまってな。これ以上戦線を広げないためにあやつに処分を下した。あやつを地球の前線基地に送り込んだんだ」

彼は普段とはうってかわって穏やかな表情をしている。おそらく、ここ1年の間は息子の前でさえもこのような表情をしている時はなかったのではないだろうか。

「ザフトという組織を守るために自分達の息子すら私は犠牲にしている。私はつくづく思うよ。私はあやつに父親として一体何かしてきたのだろうかと。君が入院している間も父親らしいことなど何一つとしてした覚えが無い。ふっ、最低の父親だな……君ならば怒るのではないか?」

 

 いくら話しかけようとレノアは夫に言葉を返すことはなかった。ただパトリックの目の前で彼女は静かに眠り続けている。

「もう、私の七光りもあやつには無い。簡単に出世し続けることはもうできん。だがな、あやつならいつかきっと出世して本国に戻ってくると私は信じているのだよ。あいつの目はまだ死んではおらなんだ。私達の息子は強いぞ。だから安心しろ、レノア」 

その後もパトリックはつらつらと妻に向かって語りかけ続けた。

 

 

「ザラ議長閣下、もうすぐお時間です」

ドアの外から護衛が声をかける。気が付けば予定していた面会時間は終わりかけていた。

「今行こう」

そう一声かけるとパトリックは席から立ち上がり、ドアにむけて歩き始めた。

 

 ドアノブに手をかけたところでパトリックは不意に立ち止まり、妻に向かって振り返った。

「レノア、もうすぐ戦争は終わる。そうすればまたすぐに見舞いに来ることができるだろう。アスランもそのうち来れるだろう。楽しみにしていてくれ」

 

 そう一声かけるとパトリックは病室を後にした。そして病院を出た彼がその足で向かったのはザフト軍総司令部である。

司令室に入った彼は各部隊からの準備が完了したという報告を確認した。

 

――――レノア、これで戦争は終わる。いや、終わらせよう。そしてプラントは完全に独立し、コーディネイターの生存圏を勝ち取るのだ。

 

 パトリックは胸中で最愛の妻に誓った。そして、彼はついに命令を下した。

 

 

 

「オペレーション・スピットブレイクを発動する!!」

 

 

 ザフトの一大奇襲作戦が始まった。



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PHASE-18 アラスカの決闘

PHASE-18 一つの決着

 

 C.E.71 5月8日

地球連合軍 アラスカ基地 JOSH-A

 

 アラスカの大地で二機のMSが切り結ぶ。一機は大日本帝国のMS、撃震S型、そしてもう一機はかつて崩壊したヘリオポリスの地で産声をあげた「王道ではない」という名を付けられた二機目の機体、アストレイブルーフレームだ。

ブルーフレームが機体を左に滑らせる。その機動を辿るかのように赤い奔流が地を這っていく。まるで赤い蛇が追いかけているようだ。

不意にブルーフレームが機体に制動をかけ、大きくのけ反るような体勢でジャンプした。ブルーフレームはその体勢でライフルを構えると、即座に照準を合わせて発砲する。目標とされた撃震は咄嗟に盾を構える。盾に76mm弾が吸い込まれるように命中し、その表面に多数の窪みをつくっていく。

 

 

「イライジャ。お前はユーラシアの基地の方のMSと輸送機を叩きにいけ。後、日本の大型輸送機も任せた。こいつは手練れだ。俺がやろう」

ブルーフレームを駆る男、叢雲劾は専用機のジンを駆る相棒、イライジャに言った。

「大丈夫なのか?劾。今回はタイムリミットがあるぞ」

「問題ない」

いつもの劾の口調だ。見たところあの日本のMSのパイロットも相当な腕の持ち主だ。ミッションを遂行する時間が限られている以上、2対1でさっさと片付けるべきだと思うが、劾がああいうのなら問題はないだろう。そう考えたイライジャはユーラシアのハンガーがある方向に離脱していった。

 

 

「一機離脱していく!?なんだか知らないが、これなら!」

撃震S型のパイロット、白銀武はジンが離脱したことで内心安堵していた。この二機のMSのパイロットの力量はかなりのものだ。しかも連携も上手い。もしも二機がかりで攻められたのならば、まず勝ち目は無かっただろう。特攻しても一機撃墜、一機撃破が限界だ。

しかし、状況は良くなっていても武の冷や汗は止まってはいない。これまでの攻防でこの傭兵の力量を察していたためである。

これほどのレベルのパイロットに見えたことは“あの世界”でも数えるほどだ。

『憂国の烈士』沙霧尚哉大尉、『人類最強の衛士』紅蓮醍三郎大将、『黒き狼王シュバルツァーケーニッヒスヴォルフ』ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐などの限られた衛士の持ち合わせる実力者の気配を前に武は奥歯を噛みしめる。

 

「あんたは強い……でもな!俺も、負けられないんだよぉ!!」

武は吼えながらフットバーを蹴り、盾を前面に構えながらブルーフレームに突進した。

 

 

「これほどの機動力……本当にナチュラルか?」

事前に敵パイロットのプロフィールを見てナチュラルであることは確認しているが、劾は目の前で撃震が繰り広げる巧みな三次元機動を見てその情報を信じられなくなっていた。

まるで飛蝗のように飛び跳ね、敵の意表をつく機動で一瞬の内に移動する技量も並大抵のものではないが、その激しい機動で生じるであろうGに耐えているパイロットも並大抵ではない。おそらく、戦闘用コーディネイターとして生まれた自分ならば耐えられるだろうが、普通のコーディネイターには不可能だろうと劾は考えていた。

だが、敵が何者であろうと依頼は遂行しなくてはいけない。劾は敵パイロットの素性についての考察をやめ、意識を目の前の敵機に集中させる。

敵機の武装は分かっている。左腕に保持した盾、右腕と背部に突撃銃が計2丁。そして背部の長刀とナイフシースに格納されたビームサーベルが両腕合わせて2本だ。しかし、これまでの攻防で右腕の突撃銃の36mm弾はほぼ使い果たしているはず。

一方、こちらの武装は限られている。背部にビームサーベルが2本、現在左腕に保持している28mmバルカンシステム内装防盾と、右腕の76mm重突撃機銃だ。こちらも既に左腕の28mm弾は数発を残すのみとなっている。

だが、あの機動力相手に射撃戦をしかけても弾をばら撒くだけになる。こちらのタイムリミットも限られている以上、長期戦は不可能となると、選択肢も限られてくるだろう。そして、劾は決断した。

 

 劾は操縦桿を大きく倒し、一気に前に出る。そして突撃銃のトリガーを引いた。銃口から放たれた真っ赤な火箭が正面の撃震に迫るが、撃震は盾を構えながら左に跳躍して回避した。だが、それが劾の狙いだ。劾は操縦桿を左に一気に傾け、速度を維持したまま左に旋回し、撃震に接近した。そして76mm弾を至近距離から盾に浴びせる。そして身動きが取れなくなっている間に撃震の腰部の右跳躍ユニットに28mm弾を叩き込んだ。

その時、突如ブルーフレームを激しい衝撃が襲った。劾は一瞬の判断で機体を下がらせるが、間に合わず28mmバルカンシステム内装防盾ごと左腕がもぎ取られていた。

 

 

 武は苦戦していた。相手の技量が桁外れなのもあるが、その機体もまた厄介な相手だったのだ。

撃震は現在の各国のMSの中でも空中での機動力では群を抜いている機体だ。当然、その基本的な戦法も機動力を生かしたものである。しかし、この相手には高機動戦で優位に立つことができないでいた。

理由は3つある。1つ目はあのMSを駆っている傭兵の戦闘能力の高さ、2つ目は撃震S型のオリジナルより若干衰えた機動力、そして3つ目はその機体の機動力である。特に3つ目は武にとって予想しえなかったことであった。腰部に大出力のユニットを二つ持つ撃震相手にストライクのような高機動ユニットもなしで追従することができるMSなど考えもしなかったのである。

だが、その機動力に驚嘆すると同時に武はその弱点にも見当をつけていた。おそらく、あの数のスラスターで十分な推力を得られるほどにあの機体は軽いのだ。そうなるとその装甲はあまり強固ではない。36mm弾でも当たれば大きなダメージを与えられるはずと確信していた。

 

 敵が一気に前に出てくる。武はそれを跳躍して回避し、敵の左後方に着地してそのまま攻撃をしかけようとしていた。だが、それは読まれていた。敵は武の機動に追従し、そのまま距離を詰め、76mm弾を浴びせてきた。武は咄嗟に盾を構えて防御するも、その隙に28mm弾が跳躍ユニットに命中してしまった。

しかし、武もただ一時しのぎのために盾を構えたわけでもない。盾で自分の姿を相手から隠すと、その盾を膝蹴りで敵機もろとも吹き飛ばした。そして敵が怯んでいるうちに36mm弾を連射する。敵が瞬時に下がったために致命的な損傷を与えることはできなかったものの、36mm弾は敵機の左腕を肘からもぎ取っていた。

一方、こちらも28mm弾が命中した跳躍ユニットの出力が不安定になっていた。

 

 刻々と自爆装置のタイムリミットは迫っている。ここでいつまでも戦っている暇はない。武は背部から長刀を展開し、突撃砲を背部に収納する。一方の敵機も背部からビームサーベルを引き抜いた。武は長刀を正眼に構える。相手は右腕に展開したビームサーベルを突き出す姿勢で構えている。

 

 ブルーフレームがスラスターを全開にし、前傾姿勢で突進する。武もそれに呼応して長刀を振りかぶる。

そして、両者は交錯した。

 

 一瞬の交錯の後、両者はそのまま距離を取った。ブルーフレームは右腕を失っていたが、健在であった。だが、撃震も撃墜されてはいない。よく見ると、撃震の右跳躍ユニットは半ばから切り取られている。

そう、あの一瞬の交錯で劾は撃震の跳躍ユニットを奪うことを優先し、スライディングしながら健在な右腕のビームサーベルで切り裂いたのである。その狙いを読み取れなかった武は対応できずにその攻撃を許してしまう。だが、武もただで跳躍ユニットをくれてやるほど気前がよくはなかった。

敵がスライディングをした瞬間、長刀では間に合わないと直感した武は背部ガンマウントを起動し、スライディングしながら離脱するブルーフレームに120mm弾と36mm弾のシャワーをお見舞いしたのである。この銃撃を右腕を犠牲にすることで最低限の損傷に抑えた劾の能力は凄まじいものだったが、引き換えにブルーフレームは攻撃オプションを全て失っていた。

そして武が武装を失ったブルーフレームに投降を促すために回線を開こうとする。しかし、その時撃震のレーダーがミサイルの警報を知らせた。武は瞬時に跳躍し、ミサイルを回避する。

 

 ブルーフレームにミサイルが直撃し、爆発炎上する。武はそれを横目でみながらミサイルを放った敵を探す。レーダーを使用してもミサイルを発射したと思われる場所には何も見受けられない。その時、背中に悪寒が走った。自分に銃口が突き付けられた時の感覚だ。咄嗟に左に跳躍する。つぎの瞬間、武がいた空間を緑色の閃光が貫いた。

 

 間違いない。ここには見えない“何か”がいる。武はそう確信していた。透明な敵についての心当たりはある。以前夕呼先生に聞いた話だが、ミラージュコロイドという特殊な粒子を纏った存在は一時的にではあるがレーダーにも映らない完全なステルス性能を得ることができるらしい。おそらく敵はミラージュコロイドを纏ったMSだろう。

武は考える。撃震のセンサーにはミラージュコロイドによるステルスを見破る性能はない。青いMSは介入してきた何者かによって撃破されてしまったが、それはもう諦めよう。できれば依頼主を特定するために拿捕したかったが、後で鎧衣課長にでも骨を折ってもらうことにする。それよりも今は目の前の厄介な敵を何とかしなければならない。

 

 その時、滑走路付近で爆炎が上がる。同時に山本伍長から通信が入った。

「少尉!輸送機がMSに襲われて爆発しました!」

「輸送機が襲われているのか!?状況を報告しろ!!」

「MS輸送用の大型輸送機が破壊されました!敵機はバスターソードを被ったジンです……あっ!!」

「どうした!?報告しろ!!」

「ジンが撃墜されました!!何もないところから突然ビームが……」

やられたと武は思った。おそらくは今自分が相手にしているMSの同型機による襲撃だろう。目的は口封じ。これで襲撃者を聞き出すには目の前のMSを拿捕するしかなくなった。思えばあの青いMSは狙いに来た一撃ではすべて四肢やジャンプユニットなどに集中させていた。そして輸送機の破壊。そこから考えるに、敵MSの目的は撃震をここで破棄させることにあった。撃震を放置させることにどのような意図があったかは可能性が多いために断言はできないが、どこかの勢力の陰謀であることには間違いない。

目の前の透明MSも同じ勢力の差し金だろう。あのMSの攻撃も不自然だ。完全な奇襲だった初撃も先ほどの第二撃もコックピットブロックを避けるようにしている。おそらくは目的も先ほどの青いMSのパイロットと同じ。

 

 このままでは埒があかない。こちらには時間も無いのだ。武は賭けにでることにした。

 

 

 ソキウス8は目の前の敵機の様子に疑問を感じていた。あのMSはこちらが攻撃をしようとした瞬間に反応をする。ミラージュコロイドでこちらの姿は見えてはいないにも関わらずだ。だが、それでも自分のやることには変わりがない。隙を伺ってあのMSを撃破するだけだ。

 

 彼は自分に与えられた任務を思い出していた。

 

「我々は傭兵に日本のMSを戦闘不能にするように依頼している。もしも傭兵どもが依頼を達成して離脱しようとしたら撃墜しろ。日本のMSパイロットの腕は相当なものらしいので無傷で離脱することはかなわんだろう。用済みの貴様らでも手負いの傭兵2匹片づけることぐらいはできるはずだ。だが、もしも傭兵どもが日本軍に敗れて拿捕されそうになった時は介入して即座に傭兵どもを抹殺しろ。傭兵どもは拿捕されればすぐに口を割るだろう。この件に我々大西洋連邦が絡んでいると思わせるわけにはいかんからな。口封じに成功した後は貴様らが傭兵の任務を引き継いで敵機の無力化をしろ。言わなくてもわかると思うが、貴様らも失敗したときは自決するのだ。分かっているな?」

そう、ナチュラル用のMSがロールアウトしてもソキウスには存在意義が、任務がまだ与えられている。ソキウスの存在意義はナチュラルの為に戦って死ぬこと。そのためならばソキウスたちは死を厭わない。サザーランド大佐の命令に従ってソキウスたちは武に牙をむく。

 

 

 武はアンチビーム粒子ディスチャージャーを起動させた。噴射範囲を広範囲に設定し、とにかくばら撒く。そして長刀を収納し、突撃砲を再び構えた。この手が使えるのは一度だけ、そしてチャンスは一度きり。武は瞳を閉じて集中力を高め、己を境地まで引き上げる。そして括目した武は地面に無傷の右ジャンプユニットの噴出口を向けると、最大出力で噴射した。猛烈な風が吹き起こり、アンチビーム粒子が薄れていく。

だが、その一瞬、武は見抜いた。一部だけ妙な気流が発生している地点を。障害物があるかのようにその部分だけ風に撒かれた粒子が逸れていく。正面やや左だ。その地点に見えない敵がいるのだ。

撃震の右手に保持した突撃砲の120mm弾の火箭がその点に吸い込まれていく。同時に何もない空間で突如爆炎が上がった。到底ただのMSでは起こりえないほどの大爆発だ。武は知りえないことだが、彼らの機体には自決用の爆薬が大量に積まれていたのである。

 

そしてその爆炎から発せられる光で武は気が付いた。影が不自然な場所で発生している点があったことを。敵MSの二体目と判断した武はその地点にも即座に120mm弾を浴びせる。正確な座標を狙ったわけではないが、火花が散り、敵MSが姿を現した。あのMSは夕呼先生が見せてくれたデータで見た。奪われたGの一機、ブリッツだ。それを判断するやいなや武は突撃砲を捨ててナイフシースからビームサーベルを取り出して斬りつけた。一瞬で四肢を袈裟斬りにして身動きをできなくする。

 

「そこのパイロット。投降すれば命まではとらない。コックピットを開けろ!」

通信で呼びかけるが返事はない。次の瞬間、ブリッツは先ほど撃破された機体のように爆炎を噴出した。

 

 その様子を武は歯噛みしながら見ていた。

結局どこの勢力が襲ってきたのか手がかりを得ることもできなかったのだから。だが、そのことを気にしている暇もなかった。自爆まで時間が無く、一刻も早く脱出する必要があったのだ。

 

 その前に武は撃震の指で大破した傭兵の青いMSのコックピットをこじ開けた。自爆した謎のMSの方はもはや原型を保っていなかったために何も得られないと判断して捜索しなかったが、こちらのMSはまだ原型を保っていた。あの爆発ではパイロットは助からないとは思うが、なにか手がかりが得られるかもしれないと考えたのだ。

撃震から降りて青いMSのコックピットを覗き込む。中にいたのは若い男だ。よく見ると胸が動いていた。どうやら奇跡的に息があるようだ。だが、見た限りは重傷だ。

武は彼を輸送機で待機していた医療班に任せるともう一機のジンの方へ向かう。だが、こちらはダメだった。コックピットがビームライフルで貫かれていたのだ。生還の見込みはなかった。

 

 

「脱出の準備はできたか!?」

ジンに生存者が乗っていないことを確認し、ハンガーの前に降り立った武は駆け寄ってきた山本伍長に尋ねた。

「はい!既に人員はほぼ輸送機に収容しました。補充部品の類も弾薬といっしょにまとめてあります。後は無線で信号を送ればいつでも爆破可能です。しかし、先ほどのMSの襲撃でMS輸送機が破壊されています!」

武は頭を抱えた。これでは撃震を脱出させる手段がない。かといって、ここにある弾薬の量では撃震の堅牢な装甲を木っ端微塵にすることは厳しい。

その時、武の脳裏に一筋の可能性が浮かんだ。だが、それはあまりにも博打じみた策。成功するとはとても思えない。だが、それしか方法はない。武は決断した。

 

「総員、輸送機でアラスカを脱出する。今すぐだ」

武の命令に山本は目を見開いた。

「しかし、少尉!!それでは撃震が!!」

最後まで山本が言い切る前に武が再び口を開いた。

「心配はいらない。撃震もアラスカから脱出させる」

「いったいどうするおつもりですか!?」

「無線を傍受したところ、自爆するギリギリまで防衛線に張り付いてる部隊がいるようだ。そこの脱出艇に便乗する」

山本は唖然とした。目の前の上官は他国の脱出艇に駆け込み乗船してアラスカの地を離れるつもりなのだ。

「しかし、そう簡単に許可してくれるでしょうか?」

「アラスカ守備軍はユーラシア連邦主体だ。おそらくコンペのことも聞いているはず。ここで日本との関係を拗らせたくもないだろうよ。それに、脱出を支援すれば表立って文句も言わんし、機体にちょっかいをかけたりもしてこないだろうよ。ザフトの方にも国際法上許される緊急避難だといえる」

 

 武は簡単に言うが、それをやり遂げることは極めて困難だ。殿を務めているユーラシアの脱出艇は当然、敵の注意を引きつける為にギリギリまで戦い続けなければならない。その援護をするということは当然、最後まで殿を彼らとやり遂げることだ。その生還率は決して高いとは言えないだろう。

それを理解している山本はただ、敬礼した。

「少尉のお考えは分かりました。ですが、10分、時間を下さい。跳躍ユニットの換装と、補給だけは整備班総がかりでやらせてもらいます」

彼の覚悟は分かっていたが、傷ついた機体をそのまま死地に送り出すことは整備兵の誇りにかけてできなかった。

 

「……頼んだ」

武も自分達の脱出の時間を割いてまで整備と補給をしてくれる彼らの想いを受け止めていた。

 

 

 整備班総がかりの整備と補給が終わった。確かに10分以内に終わっている。武は内心でその技量とスピードに舌を巻いていた。劾は跳躍ユニットを失い大型輸送機も無い状態であればまずMSを脱出させることは不可能と考えていたのだが、彼の想像以上に撃震は整備性がよく、(ただ予備の跳躍ユニットに強引に換装しただけなので不具合の出る可能性も否定できないが)武はしぶとい人間であった。

補給を終えハンガーから出た撃震の前で整備班が整列している。

一歩前に出た整備班の神埼班長が直立不動の姿勢をとりながら敬礼した。それに習い整備班の全員が敬礼する。

 

 武は撃震を操作して答礼をした。そして機体を反転させた。

「さて……いっちょやりますか!!白銀武!撃震S型、いくぜぇ!」

撃震は跳躍ユニットを全開にして飛び去った。



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PHASE-19 エクソダス

 C.E.71 5月8日 地球連合軍 アラスカ基地

 

 戦況は連合にとって絶望的な状態だった。すでに防衛線は各地で破られ、司令部との通信が途絶えたことで統制を失った連合軍は各地で各個撃破されている。既にアラスカの全戦力の4割は失われていた。

そんな絶望的な状況下でいまだにアークエンジェルは戦い続けている。頑強な抵抗を続けるこの艦にザフトは2個中隊を割いて攻撃していたが、獅子奮迅の活躍をするストライクと的確な支援によって返り討ちにされていた。

 

「まだメインゲートは落とせんのか!足つきをとっとと墜とさんか!!」

ザフト軍旗艦、ボズゴロフでクロム・ワイダ司令官は地団太を踏んだ。まさか単艦でここまでの戦闘能力を持っているとは思ってはおらず、多くの犠牲を出したことに憤っていたのだ。

「司令、クルーゼ隊に応援を頼んでは?」

副官の進言に司令官は考え込む。確かにあの艦は並大抵の部隊では手に余る。ただ、クルーゼ隊もあの艦を幾度も仕留め損ねているのだ。正直、任せていいものか不安だった。しかし、アフリカで砂漠の虎、紅海で紅海の鯱の部隊は壊滅させられているのに関わらず、クルーゼ隊は壊滅までは至っていない。ならば、精々あの艦を引きつけてもらおうとワイダは考えた。

「いいだろう。クルーゼ隊に出動要請だ」

 

「ふむ、足つきへの攻撃要請か……この機会だ。彼らへの雪辱も果たしておこう。ハイネ!君達はすぐに出撃し、足つきの相手をしろ。どうやらやつらは友軍相手に派手に暴れているようだ。やつらがいてはメインゲートは簡単には突破できん」

足つきへの雪辱戦の機会を得たハイネは不敵に笑い敬礼した。

「分かりました。こんどこそあの艦を墜としてきます。ザフトのために!!」

ハイネは駆け足でハンガーへと向かった。

 

 

 ストライクの持つライフルの銃口から放たれた緑の閃光がディンを貫く。ディンが火球となると同時にストライクはその爆炎に突っ込み、その後方にいたシグーのグゥルにイーゲルシュテルンを浴びせた。

これでもう何機落としたかは数え切れない。だが、キラの体力も既に限界であった。背後からの攻撃に反応できなかったストライクはエールパックに被弾し、アークエンジェルの甲板に墜落した。そこに追い討ちをかけるようにミサイルが放たれた。

「キラ!」

ミリアリアが叫ぶ。だが、墜落の衝撃でキラは体を上手く動かせない。ストライクにミサイルが迫る。

 

 キラは目の前のミサイルがとてもゆっくり飛んでくるように感じていた。思えば、初めてMSに乗ってからおよそ3ヶ月になる。多くの敵を殺してきたものだ。だが、そのことに後悔はしていない。自分は守りたいもののために戦うと決めたのだから。だが、ここでストライクが撃破されればアークエンジェルは恐らく沈むだろう。

自分自身、死ぬ気はなかった。だが、もう間に合わないだろう。それでも、自分の命が散ることよりも守りたいものを守れないことがキラにとって辛かった。

 

 しかし、キラが覚悟した瞬間は訪れなかった。ストライクに向かっていたミサイルは空中で次々と撃ち落される。そして、爆炎がはれた甲板に一機のMSが降り立った。

そのMSにキラは見覚えがあった。そう、宇宙で見てその圧倒的な強さに密かな憧れを持ったMS――大日本帝国の純国産MS、撃震だった。

そして、その機体からアークエンジェルに向けて向けて通信が入る。

 

「ラミアス艦長、無事でなによりです」

「白銀少尉!?」

マリューは通信してきた相手の顔を見て驚いた。目の前のMSが自分達を助けてくれたことにも驚いたが、まさかそのパイロットが宇宙であったあの青年だとは思いもしなかった。

「単刀直入に言いましょう。自分はこれより貴艦のアラスカ脱出を支援します。その代わりに自分を日本の勢力圏まで運んでいただきたい」

その提案を聞いてマリューは混乱した。

「な……何を仰っているのです!?本艦の任務は防衛線の維持です!撤退命令など聞いておりません!!」

その言葉に武は怪訝な顔をした。

「ちょっと待ってください、ラミアス艦長。貴方は基地の放棄を聞いていないのですか!?」

「そんな話は聞いておりません!!」

 

 武は青ざめていた。サザーランド大佐らが描いているこの戦闘のシナリオを理解したのだ。

「よく聞いてください。ラミアス艦長。自分達はサザーランド大佐にアラスカから避難するように通達を受けました。防衛線の維持が限界になりつつあり、地球連合軍はアラスカ基地の放棄を決定。そしてアラスカ基地はザフトの侵攻部隊を巻き込んで自爆する、と。防衛線の部隊は既に退避命令が出ているとのことでしたが……」

「そんな命令……受けていません」

「ここに残っている部隊はユーラシアの部隊かそちらのように訳ありの部隊だけでしょう。言いにくいのですが、貴艦らは恐らく、ザフトをギリギリまで引きつける為の囮にされたのです。我々が伝えられた自爆のタイムリミットは1300。それまでに基地の半径20km圏外に脱出しなければなりません!信じてください!!」

 

 マリューは迷った。自分達は本当に捨て駒にされたのだろうか。目の前の青年の話を鵜呑みにしていいものか。艦とそのクルーの命を背負っている以上、短絡的に答えを出すことはできない。

しかし、白銀少尉の話の辻褄は合っている。司令部との通信を試みても防衛線の維持をせよという指令しか帰ってこない、一向にくる見込みの無い援軍、そしてザフトが上手く誘い込まれている状況は彼の言った上層部のシナリオに一致していることは事実だ。

彼の人柄についても信用はできる。マリューは武とは宇宙で一度会っただけだが、その時彼がキラに両親からの手紙を届けた配慮、そしてキラに語りかけた口調やその内容から彼に対して良い心象を抱いている。

故にマリューは武の話を信じることにした。

 

「白銀少尉。……私は貴方の話を信じましょう。総員に通達!!ザフト軍を誘い込むという戦闘目的は既に果たされたものと判断します。本艦はこれより現戦闘海域を放棄!離脱します!!最大速度で前に出ます!!尚、この判断は本官、マリュー・ラミアスの独断であり、全責任は本官にあるものとします。白銀少尉は遊撃に出て下さい!その間にこちらはストライクを収容し、補給に入ります」

「了解!ヤマト少尉!!急いでアークエンジェルに戻れ!!その間は俺が何とかする!!」

突然呼びかけられたキラは安心感からか、上ずった声で返事をした。

「はっ、はい!よろしくお願いします!!」

 

 アークエンジェルに収容されるストライクを横目に撃震は甲板から跳躍する。そして高機動で敵を翻弄しながら36mm段を連射する。グウルに被弾したジンはみるみる高度を下げていき、ブースターに被弾したディンは爆散する。

撃震の弾薬も手持ちのものしかなく、バッテリーと推進剤も同様な状態ではあまり時間をかけてはいられなかった。故に武は敵の飛行能力を奪うことで無力化していくことを優先したのであった。

 

 あっというまにアークエンジェルの周囲に展開していた部隊を掃討した撃震の雄姿に艦橋が沸いた。これまで絶望的な状況下にいた彼らにとって武の駆る撃震の活躍はこの戦いの中で始めて見つけた希望の光だったのである。

 

 ハンガーにいたキラも目の前に映し出された外の映像を食い入るように見つめていた。効率的に敵の戦力を削りつつ、発砲は最小限に控えるその機能美に惹かれていたのである。

「坊主!!補給は終わったぞ!いつまでもあのにーちゃんだけに頼ってるわけにもいかねーからな!暴れてこい!!」

マードックに発破をかけられたキラは再びストライクのコックピットに入る。そしてストライクはカタパルトへと歩く。

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!!」

 

 

 ストライクと撃震に守られているアークエンジェルも度重なる攻撃により満身創痍となっていた。既にゴットフリート1番が沈黙し、後部ミサイルも弾切れである。イーゲルシュテルンも半数が既に沈黙していた。そんなアークエンジェルの艦橋でミリアリアが悲鳴のような報告をしていた。

「右舷前方よりMS4!……これは、バスター、デュエル、ブリッツ、イージスです!!」

「ここにきてまた彼らなの!?」

マリューは唇を噛みしめる。彼ら、クルーゼ隊とは幾度も交戦しているが、これまで撃退できたのはムウやナタルもいたためである。今回はその2人を欠いている状態で、さらにアークエンジェル自身も満身創痍だ。だが、諦めてはいない。もうすぐアラスカ基地から10km圏外に出ることができる。そして彼らの頼みの綱、撃震を駆る白銀少尉がいた。

「白銀少尉!!あの4機は手ごわいです!気をつけて下さい」

キラが武に通信をつなぐ。

「ヘリオポリスの新型MSか!?アークエンジェル、聞こえるか?砲撃タイプのMSはそちらの艦砲で牽制していただきたい。こちらはそれ以外を叩く!ヤマト少尉はあの黒いやつをやってくれ!」

武がアークエンジェルにも通信をつなぎ、指示を出す。本当ならば所属が違い、階級的にも指示を出す権限の無い武だが、彼の醸しだす頼もしさがアークエンジェルのクルーを動かしていた。

そして通信を終えるやいなや武は甲板を蹴って飛翔した。推進剤の残量が限られている以上は可能な限り高機動戦を避けたかったが、キラの言葉から察するにどうやら相手はそんな余裕を見せられる相手ではないと武は判断したのである。

 

 最初に武が狙ったのはイージスだ。この機体は宇宙で既に篁中尉が交戦しているため、その性能や武装が分かっていたためである。

急加速した撃震はデュエルに突撃砲を使って牽制射撃を行いながらイージスに迫る。イージスがビームライフルを放つも、武は発射直前に機体を射線上から微妙にずらして回避する。この程度は武にとっては“あの世界”での空中戦で慣れたもの。楽々と火箭を回避してイージスに接近し、弾切れとなった突撃砲を右腕のビームライフルに向けて投げつけた。

イージスは不意に投げつけられた突撃砲に対応できずにビームライフルを落としてしまう。その隙にナイフシースからビームサーベルを抜いた撃震が接近する。イージスも迎え撃つように量腕にビームサーベルを展開し、撃震に突き出した。

だが、ここで予想外の事態が起きた。撃震の展開したビームサーベルがイージスのビームサーベルと打ち合ったのだ。そしてビームサーベルが打ち合っている間に撃震はこれまでの加速の勢いを保ったままイージスに足を掛け、グゥルから蹴り落した。その勢いのままイージスは海面に激突し、大きな水柱を立てた。

次に武はデュエルを狙う。武は操作者のいなくなったグゥルを足蹴に方向転換し、デュエルめがけて跳んだ。

 

「なめるなよぉ」

イージスを一瞬で蹴落として向かってきた撃震にイザークは吼えた。グゥルからミサイルを発射して迎え撃つ。だが、当たらない。目の前のMSは腰部のスラスターを巧みに操り弾幕をすり抜けて行く。その絶技にイザークは目を見開く。あの至近距離で放たれたミサイルを無傷で突破されるなどとは思わなかったのである。

そして、目の前のMSは両手のビームサーベルでデュエルに斬りかかる。イザークは先のイージスとの戦いを見ていたために迷わずビームサーベルで切り結んだ。やはり、先ほどの光景は目の錯覚ではない。イザークの目の前でビームサーベルが交差していた。本来は互いにすり抜けてしまうビームサーベルで交差しているのである。

鍔迫り合いは長くは続かず、デュエルが強引に押し返したことで両者に距離ができた。そして敵はビームサーベルを一本格納した。おそらく空いた腕に突撃砲を装備するのだろう。

そしてイザークは信じられない体験をした。相手のMSが距離をつめようと突撃したところでイザークが迎え撃つようにビームサーベルを突き出すと、そのビームサーベルが明後日の方向に吹っ飛ばされていたのである。そしてそのままデュエルは左足と左腕を一撃の下に切り裂かれて海面へと墜ちていく。

「一体何が!?」

イザークは驚きを隠せなかった。あの一瞬で何が起こったのか全く理解できてはいなかった。

 

「うっし……ぶっつけ本番だったけど、なんとかなったな」

武はコックピットで一息つく。

 

 ここで先ほどの技の種明かしをしよう。コックピットを直撃するはずだった最後の一撃を咄嗟にバーニアを噴射することで回避したイザークの技量も素晴らしいものだったが、武の技量はその数歩先をいったものだったのだ。

ビームサーベルが交差した一瞬の間に武はデュエルのビームサーベルを巻き込むように螺旋状の軌道を描き、自分のビームサーベルの剣先を相手の鍔元に潜りこませた。そして相手の鍔の下に剣先が入りこんだら、一気に跳ね上げたのだ。所謂、剣道の巻き技である。

イザークからしてみれば催眠術なんてチャチなもんじゃなく、もっと恐ろしいものに感じられただろう。

己の相手を始末した武がキラの様子を伺うと、彼は既にブリッツと撃ち合っていた。

 

 武はブリッツの相手はキラで十分と判断してバスターに切りかかった。近接武器を持たないバスターはミサイルの弾幕を張る。デュエルよりもミサイルの数は多いが、武は動じない。急降下して海面すれすれで水平飛行に移ることでミサイルを全弾海面に落とすことに成功する。その間にアークエンジェルのゴットフリートがバスターのグゥルを貫いた。

バスターはグゥルを放棄し、友軍のディンに救助された。

 

 同じタイミングで左前方で黒煙が上がった。ブリッツが半壊して海面に落下していく様子が見えた。どうやらキラも上手くやったらしい。アークエンジェルから通信が入る。

「白銀少尉!!時間がありません!!」

既に時刻は1305だった。もういつ自爆しても不思議ではない。現在アークエンジェルはアラスカ基地よりギリギリ10km離れているかいないかだ。このままでは巻き込まれる。

「アークエンジェル、全速前進!!」

マリューの号令でアークエンジェルのエンジンが出力を上げていく。

 

 

 そして、その時が訪れた。

「アラスカ基地に、巨大なエネルギー反応!!これは!?」

サイが画面に表示される熱量に唖然とする。アラスカ基地より発せられた熱は次第に周りを飲み込んでいく。その光景にマリューは心当たりがあった。

「まさかあれは……サイクロプス!?」

 

 かつてエンデュミオンクレーターで使用され、ザフトに甚大な損害を与えたという兵器が再びザフトに牙をむいた。一つ目の巨人は基地に残った守備隊も侵攻してきたザフトも関係なくその巨大な腕で蹂躙していく。これが、JOSH-A防衛線の結末であった。



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PHASE-20 亡命

 C.E.71 5月10日 千島列島近海

 

 アラスカから命からがら脱出したアークエンジェルは針路を南西にとっていた。大日本帝国に向かうためである。アラスカを脱出した後に艦のクルーを集めてこれからのことを議論した結果の答えだった。

時はアラスカを脱出し、アリューシャン列島に差し掛かったころまで遡る。

 

 

C.E.71 5月8日 ベーリング海

 

 アークエンジェルのMSデッキに撃震が収まり、胸部を開放した武が乗降用ケーブルを使って降下する。

下には先に収容されたストライクのパイロット、キラ・ヤマトがいた。キラは降下した武に近寄って声をかけた。

「白銀少尉!」

その声に武は振り返る。

「キラ君か。お互い無事でよかったなぁ」

「はい。しかし、白銀少尉に助けてもらえなければ死んでいました。本当にありがとうございます」

「礼はいいさ。それよりも、艦長と話がしたい。ちょっと掛け合ってくれないか?」

「はい」

 

 キラがハンガーに設置された艦内電話を通じてブリッジと交信をし、艦長と話をつけたらしい。そのまま武はアークエンジェルのブリーフィングルームに案内される。そこではマリュー・ラミアス艦長が待っていた。

武が入室すると、マリューは立ち上がり腰を折った。

「少尉のおかげで本艦はアラスカの自爆から逃れることができました。クルーを代表して感謝します」

「そう気にしないで下さい。自分も、あそこで艦長に自分の話を信じてアラスカを離脱してもらえなければ塵になっていたのですから。自分こそあの場で友軍でもない自分の言葉を信じてくださったことに感謝しているんです」

武は謙遜する。実際、あの場で友軍でもない人間の言葉を信じて軍の命令に反抗するということはかなりの覚悟がいる。クルーを守るためにその決断を下すことができたマリューを武は内心で賞賛していた。

 

 「しかし、ラミアス艦長、これから貴艦はどうなさるおつもりですか?」

挨拶もそこそこに武は本題を切り出した。そう、ここからが重要なのだ。

「敵前逃亡は重罪です。決断を下した私が処分されることに対しては抵抗はありません。ですが、アラスカの真実を知るクルー達もは大西洋連邦に戻ったところでいい扱いはされません。また同じように捨て駒として駆り出される可能性が高いでしょう。ですから、我々は大西洋連邦には戻れません。そこで、少尉に提案があります」

 

 現在、アークエンジェルの立場はかなり危うい。捨て駒にされたとはいえ、彼らは上層部の命令を無視して戦線を離脱しているのだ。戦闘能力が残っているのにも関わらず戦線を離脱したということは敵前逃亡にあたる。敵前逃亡は重罪だ。普通ならこのまま大西洋連邦の基地に戻ったところで懲役刑か左遷である。

だが、彼らはその普通には該当しない。彼らは全滅したはずのアラスカ守備軍の唯一といっていい生き残りである。彼らの証言から軍が守備軍を囮にザフトを基地深くまで侵攻させて基地を自爆させたことが公になれば負け続きの地球連合軍にとってかなりの痛手となりうる。そうなれば彼らは口封じのために銃殺刑に処されるか、再び捨て駒として最前線に送り込まれる可能性が高い。

艦長としてクルーの命を預かっているマリューには再び乗員の命を危険にさらす決断をとることはできなかった。

 

「なんでしょう?」

武もマリューの提案になんとなく予想はついていた。だが、決して自分から提案の中身を切り出すわけにはいかない。自分が説得したという形ではなく、あくまでアークエンジェル側が自発的に提案したという形をとるべきだと考えていたためである。

マリューが重々しく口を開く。

「我々は、大日本帝国に亡命したいと考えています」

「我が国に亡命を?しかし、よろしいのですか?」

「元々選択肢は多くありません。その中で最もクルーの命を保障できる可能性が高かったのが貴国への亡命だと考えました。ただ、希望者は大西洋連邦やオーブに送還されるように手配していただきたい」

マリューに残された選択肢は4つあった。一つ目は大西洋連邦への帰還、二つ目はユーラシア連邦への亡命、三つ目はオーブへの亡命、そして4つ目が大日本帝国への亡命である。その他の国は敵国か、物理的な距離からたどり着けない国々であったため、亡命の対象にはならない。

大西洋連邦への帰還は前述したように死にに行くようなものだ。ユーラシア連邦への亡命も厳しい。彼らはアラスカの真実を知っている自分達を大西洋連邦との交渉のカードとして使うこともありうる。また、ユーラシアはニュートロンジャマーの影響や相次ぐ敗北で政情不安定である。自分達の安全を保障できるかという点では不安だった。また、キラの存在も反コーディネイター色が強いユーラシアでは不安材料の一つだ。

オーブ連合首長国という選択肢もあった。オーブならば中立国であるし、一度世話になっていることもある。だが、現状では損傷が激しいアークエンジェルが無事にたどり着ける保証は無い。エンジンこそ守りきったものの兵装の多くは使用不能な状態で南下を試み、もしもザフトに遭遇したならば切り抜けられる可能性は極めて低い。

ウズミ氏が脱走兵となった自分たちを匿ってくれるようなお人よしというわけでもない。下手をすれば両国の関係を悪化させかねないからだ。しかも強硬な措置を取られた場合、オーブはそれに対処できるほどの力があるわけでもない。

その点、大日本帝国への亡命は危険要素は少ない。距離も現在地からさほど遠くないうえに、中立国だ。しかもその国力は大西洋連邦に次ぐ規模であり、大西洋連邦であろうとこの国に強く干渉することはできない。亡命を受け入れてもらえれば自分達の身の安全は保障される可能性は高い。

かの国はナチュラルの国であるが、ブルーコスモス思想が浸透している国でもないため、キラの安全も保障される。

さらにこちらには白銀少尉が乗船している。彼のアラスカ脱出を支援したという事実もあるため、彼に亡命の仲介を依頼することもできるだろう。

艦長として、クルーの命を第一に考えた決断をマリューは下したのだ。

 

「わかりました。我が国の防空識別圏まで近づけば通信も可能になるでしょうから、その時に自分が本国と連絡を取り、貴艦が亡命の意思を示していることを伝えます」

武がマリューの提案を了承すると、マリューは安心したのか、深く息を吐いた。

 

 

 

 武との会談を終えた後、マリューは艦のクルーを集めて大日本帝国に亡命するという決断をしたことを説明した。その時にクルー達からも異論は出なかったので、アークエンジェルは南西に舵を取った。そして数日かけてアークエンジェルは千島列島に近づきつつあったのだ。

 

 日本の防空識別圏まで近づいたため、武がブリッジに顔を出していた。

「もう日本の防空識別圏は目の前だし、そろそろ通信が可能だな。ハウ二等兵、とりあえず通信を繋いでみてくれないか?」

「はい。やってみます」

ミリアリアは日本の基地とのコンタクトを試みる。ややあって、無線に応答があった。

 

 『……こちらは大日本帝国空軍、千歳基地。貴艦の所属を問う』

空軍の基地からの通信にマリューが答えた。

「我、元大西洋連邦アラスカ守備隊所属、アークエンジェル。貴国への亡命を希望している」

『了解した。これより防衛省に指示を乞う。その場で機関を停止して待機されたし』

「その前に一つ、よろしいか」

武がマイクを握った。

「我、大日本帝国宇宙軍安土航宙隊『銀の銃弾シルバーブレット』中隊所属、白銀武少尉。現在搭乗機と共にアークエンジェルに乗艦している。詳しい事情を話したいので宇宙軍にも連絡をとって頂きたい」

「了解した。貴官が搭乗している旨も連絡する」

 

 

 その後アークエンジェルは迎えに来た海軍の駆逐艦の指示に従って一路大湊を目指した。



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PHASE-21 後始末

 C.E.71 5月15日 大日本帝国 内閣府

 

 ザフトのアラスカ奇襲作戦――ザフト呼称:オペレーション・スピットブレイクから一週間が経過した。その間、澤井内閣の閣僚は休む暇もなかった。

錯綜する情報、アラスカ派遣団の安否確認で大忙しだったのだ。しかも先日アラスカ守備軍の軍艦の亡命騒ぎまで発生した。各省庁が情報を収集、精査し、対応を協議し続けて一週間。事態が詳しく把握できたことを受けて閣僚会議がようやく開かれた。

 

 「ザフトのアラスカ奇襲から一週間が経つ。今回に件の詳しいことも分かってきただろう。吉岡大臣、今まで分かったことを報告してくれ」

澤井に従って吉岡が口を開いた。

「はっ…まず、アラスカでの戦闘の経緯について報告します。8日の早朝、カーペンタリアやジブラルタルといったザフトの主要基地から発進したと思われる大規模な輸送機の編隊がアラスカに現れ、同時に宇宙からの軌道降下部隊がアラスカの上空に出現しました。それを援護するように浮上した潜水艦が対地火力支援攻撃を実施、そして陸戦用MSが揚陸を開始しました。大西洋連邦の公式発表では守備軍は奮戦し、己の死すら反撃の糸口とするために自分達の手で基地に保管されていた爆薬を使って自爆したとされていますが、それは事実ではないことも判明しております。実際にはアラスカの守備隊が迎撃するもザフトがこの作戦のために用意した戦力には力及ばず、防衛線は瓦解していきました。結果、JOSH-Aはザフトの兵力の八割を道ずれに自爆したということです」

「いくらパナマに戦力を集中していたとはいえ、アラスカは地球連合軍の総司令部でしょう。アラスカの守備隊の戦力がそれほど小さかったとは思いませんが」

五十嵐が疑問を口にする。

「そのことですが、どうやら、アラスカの戦力はリニアガンタンクやスピアヘッドの初期型など、バージョンアップのなされていない武装が殆どだったということです。このことは守備隊の生き残りから証言が取れています。また、自爆の経緯に関してもいくつか不自然な点が見受けられました。集められた情報や先ほどの守備軍の生き残りの証言から推測するに、JOSH-Aにはサイクロプスが仕掛けられていた可能性が高いことがわかりました。自軍の最高司令部にサイクロプスを設置するなど普通はありえません。可能性があるとするならば……」

「地球連合軍はアラスカ攻撃のかなり前から今回の作戦についての情報を入手しており、攻撃に備えてサイクロプスを建造した……というわけですか。失礼、口を挟んで申し訳ありません」

辰村の発言を吉岡は肯定する。

「そうです。おそらく連合はザフトのアラスカ強襲計画を何らかのルートを使って入手し、最低の犠牲で最大の戦果を得るために自爆作戦を計画したのでしょう」

 

 澤井が不愉快そうに口を開く。

「国を守るために兵に犠牲を出してしまうことについては批判する気はない。彼らも防人だからな、戦死する覚悟はあるだろう。だが、最初から犠牲にする前提で作戦を組み立てていたというのか?犠牲になる側にはなに一つ教えずに戦場で死なせていったというのか?不愉快極まりないな」

閣僚も相槌をうつ。

 

「アラスカには我が国からコンペに参加する人員を送り出していましたが、彼らの安否はどうなっているのでしょうか?」

今度は榊が口を開いた。

「撃震のパイロット以外の人員はアラスカ自爆の前に輸送機にて離脱し、ユーラシア連邦のペトロパブロフスク・カムチャッキー基地に脱出しました。同基地で燃料補給を受けた輸送機は10日に新千歳に到着しております。コンペのために持ち込んだ補充部品等は全て爆破処分して脱出したそうなので、機密漏えいの可能性は低いという報告も受けています。」

「では、撃震のパイロットは?」

「撃震のパイロット、白銀武少尉は先日元アラスカ守備隊のアークエンジェルに搭乗し帰還しております。彼の報告によると、アラスカで脱出直前に傭兵らによる襲撃を受けたためにMS輸送用の大型輸送機は大破したので自力でアラスカ脱出を試みたそうです。その際にアークエンジェルと共闘して戦場を離脱したとのことです。詳細は彼の提出したレポートを参照していただきたい」

吉岡は目配せして付き人に報告書を配らせた。

 

 配られた報告書を読み終わると千葉が眉を顰めた。死者は出なかったといえども、今回の武の一連の行動は外務省としては対応が面倒なことのオンパレードであった。既に報告を受けたアークエンジェルのことは知っていたが、まさかザフトとも交戦していたとは知らなかった。

 

 千葉の顔色が変わったのを察して澤井が声をかける。

「千葉大臣、今回のザフトへの武力行使は緊急避難が適応されると思うかね?」

「白銀少尉が撃震を誰にも渡さずに生還するには他に方法が無かったでしょう。報告書によれば補充部品の爆破に使用した弾薬の量では到底撃震S型の堅牢な装甲を破壊して内部まで破壊することは不可能だったとありますし、輸送機も無い状態でした。国際法上で定義されている緊急避難の適応が可能だと考えます。ただ、白銀少尉が脱出のために撃破しなければならなかったMS以外にも自分から危害を加えていなければの話ですが」

「ザフトが抗議してきても緊急避難で押し通そう。別に我が国のMSがザフトのアラスカ侵攻を頓挫させたわけでもない。ましてザフトの本質的な利益に対する重大な侵害をしたわけでもない」

澤井の意見に千葉が頷く。

 

 そして澤井は吉岡に問いかけた。

「吉岡大臣、アラスカでアラスカ派遣隊を襲撃した傭兵、そして彼らの雇い主について何か分かったことはないか?」

「傭兵2名の内1名は乱入者によって射殺されています。しかし、1名は確保に成功、意識不明の重体で現在札幌陸軍病院に入院中です。彼の意識が戻ればはっきりとした証言が得られるかと」

「それまでに何とかして依頼主を特定できないのか?」

「例の傭兵の所属する組織……サーペントテールと接触を試みています。彼らと接触すれば早期に依頼主の正体が分かりそうなのですが、ここ数日、彼らと連絡が取れなくなっているようです。おそらくですが、依頼をした勢力に狙われて何処かに潜伏しているものと思われます」

澤井は深く息を吐く。サーペントテールとやらにコンタクトが取れない以上、依頼主を聞き出すことは傭兵本人の意識が戻るまでは困難だろう。ここからは情報局に一任するべきか。

 

 澤井が一息ついたところに続いて奈原が口を開いた。

「しかし、アークエンジェルとそのクルーはどうなさるおつもりですか、外務大臣」

「アークエンジェルのクルーの亡命を認めようと思っています。彼らはアフリカ北部、紅海でザフトの部隊を突破している優秀な軍人ですから、亡命受け入れの条件を満たしているかと。一部のクルーのオーブへの帰国希望も受け入れるつもりです」

その回答に奈原は目を丸くした。

大日本帝国は古くから単一民族が暮らす島国である。島国と言う気質、単一民族である国民の構成などから難民や亡命者の受け入れには長年消極的だった。難民の大規模受け入れがあったのは20世紀、隣国で共産主義国家が成立した時に亡命ロシア人が流入したぐらいしか前例は無い。理由は簡単だ。中華思想を持った西の大陸国や大陸から盲腸のように突き出た半島の住民が大規模になだれ込んでくることを危惧したからである。かの国々からの密入国者は以前から治安を悪化させる原因にもなっていたのだ。

「正気かね!?我が国は長年亡命者の受け入れをやっていない。なのに何故今更?」

奈原の疑問に千葉が答える。

「かつて、第二次世界大戦のころになりますが、我が国は欧州各国で亡命者が出ていることを好機と捉えました。欧州の優秀な科学者を我が国に招致する切欠になると考えた当時の政府は『特殊技能保持者受け入れに対する特別措置法』なるものを成立させ、国外の技術者を幅広く集めようとしたことがあります。この法律では特殊技能――物理学や化学などに対する特別な知識を持つ、又はその他の分野において極めて有能な能力を有するものが我が国への亡命を希望したならば特別に亡命認可の審査の対象とすることを明記してあります。この法律が成立したのは数世紀前のことになりますが、この法律はその間一度も改定されてはおらず、未だに効力を持っております。ですから今回はそれを利用します」

「彼らはその特殊技能保持者に該当するのかね?」

「彼らは既にザフトで名を馳せた名将を2名討ち取っているそうです。MS1機とMA2機、そして戦艦1隻でこれほどの戦果をほこっているのです。十分特殊技能者といえるでしょう」

そこで再び吉岡が発言する。

「外務省としては強襲揚陸艦、アークエンジェルはどのように扱うおつもりですか?」

「大西洋連邦大使館より先日、艦の返還要求がありました。国際的な慣例からいっても、人員は引き渡せません。しかし、あまり大西洋連邦との間にしこりを作りたくもありませんし、アークエンジェルは引き渡す必要があるかもしれません」

「だが、すぐにというわけでもないでしょう。我々の懐に強大な艦が入ってきたのです。できれば手放したくはありません。最低でもあの艦を技術解析したいのです。艦の引渡しを決めるまでせめて交渉で時間を稼いでいただけないか」

その問いに少し間をおいて千葉は考え、発言した。

「……およそ2ヶ月といったところでしょうな、稼げるのは。それでよろしいでしょうか?」

「それだけ確保していただければ技術解析に問題はありません。できれば艦も手に入……」

 

 その時突然会議室のドアがノックされた。入室の許可をだすと一人の若い男が入室した。服装からすると、防衛省の人間だ。彼は吉岡に一枚の紙を渡す。それを見た吉岡がにんまりと笑いながら口を開いた。

「件の傭兵が意識を取り戻したようです。依頼人が分かれば外交カードとして上手く使えそうですな」



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PHASE-22 新しい道

 C.E.71 5月20日  大日本帝国 横須賀鎮守府

 

 亡命していたアークエンジェルのクルー達は10日ほど海軍の鎮守府内に抑留されていた。彼らに対する事情聴取と、これからの生活に対する希望を聞き出していたからである。

彼らのこれからについてはおおよそ決定していた。

マリュー・ラミアスをはじめとした元正規軍人達は大日本帝国宇宙軍への参加を希望しているため、彼らの素性に対する調査が終わり、問題が無ければL4の宇宙軍士官学校にて日本軍として適応できるように最低限の教育を受けることになっていた。

一方、元ヘリオポリスの学生達の針路は分かれた。カズィ・バスカークはオーブへの帰国を申請し、受理された。彼は数日の調査の後オーブに送還される予定である。

キラ・ヤマトはその多大なる戦果があったため、オーブに即時送還ということは日本側も許可できなかった。彼自身も軍という組織の中で幾多の戦いを経て意識変化があったらしく、日本側からのMSのアグレッサーとして訓練に参加して欲しいという依頼を快諾している。それを受けて彼は富士に向かうことが決定していた。

ミリアリア・ハウとトール・ケーニヒ、そしてサイ・アーガイルも日本帝国への残留を希望している。ただし、彼らは日本で学生として暮らしたいらしい。彼らの研究していた強化外骨格の本場である日本で学ぶことに意欲を見せている。

 

 一方、白銀武少尉は査問委員会にて事態を報告し、防衛省も彼の判断に不適切な点は無かったと判断し、お咎めなしで開放されていた。同時に、しばらく取れていなかった休暇の申請が受理され、武は久々に故郷に戻ってきていたのであった。

 

「う~、腹減った。メシだメシだ」

武は柊町駅で電車から降りると近くの商店街沿い踏切の手前の角を曲がった。そこには年季を感じさせる小さな食堂が立っていた。暖簾には「京塚食堂」とある。

「おばちゃ~ん、席空いてるか~?」

武は暖簾をくぐりながら言った。そして中に入って目を見開いた。机に座っている一団には見覚えがあったのだ。

 

「武ちゃん!来てくれたんだね!?」

「白銀!?どうしてここに!?」

「……久しぶり」

「武、久しぶりだね~!」

「たっ武さん!?」

「白銀君?奇遇ね」

 

 そこにいたのは白陵柊学園元3年B組のメンバーだった。

「おう、お前ら。久しぶりだな。でも、なんだってここに集まってんだ?というか、純夏、来てくれたってどういうことだ?」

そう、元3年B組の彼らもいまや立派な社会人であり、様々な場所で活躍している筈だった。

 

 「今日は合格祝いでみんなが集まったんだよ。武のところにもメールを送ったはずだけど?もしかして見てないの……?」

尊人の言葉に武は心当たりがなかった。まぁ、アラスカでドタバタ脱出劇を繰り広げて、帰国しても状況説明に追われてまともにメールチェックもできなかったから仕方のないことなのだが。

よく見ると純夏が涙目で俯いている。そして若干震えている。まずい、萎れていたアホ毛がプルプル振動している。これはあれの前兆だ。フラッシュバックする青春時代。幾度も自分をギャグキャラよろしく制裁した鉄拳、そう、かの拳の名は――

 

「変態穿つどりるみるきぃ――乙女の一撃ぱんち!!」

神速の速さで振るわれた拳が武の腹部に突き刺さる。

――確かに昔はこの対人宝具になすすべもなかった、だが、今の俺はあのころとは違うんだ―――驚け純夏!!

武は歯を食いしばってその拳を正面から受けた。しかし、彼は倒れなかった。

武はどうだといわんばかりに唇を吊り上げた。だが、彼は気づいていなかった。すでに彼女の左腕が後ろにひかれ、彼女の重心も後ろに下がっていたことを。

武は悪寒を感じて純夏の次の手に気が付く。だが、もう遅い。既に彼女は二撃目を撃っていたのだから。

「To LOVEる裁くどりるみるきぃ――乙女の聖拳ふぁんとむ!!」

油断していた武の腹部に純夏の幻の左が炸裂した。分厚いゴムに重量のある物が衝突したような音が響く。

そして武はその場に倒れ、意識を失った。そういえば、前に誰かが言っていた気がする――「恋も勝負も乙女の宝具は二段構え」と。

 

 数分後、武は目を覚ました。まりもちゃんが介抱していたようだ。起き上がった武にまりもが柔和な笑みを浮かべながら話しかけた。

「そのようすじゃあメールも見てないようね。ほら、鑑さん。言いなさいよ」

まりもに促された純夏がおどおどしながら口を開く。おそらく先ほどの一撃で少々気まずいらしい。

 

「あっ、あのね、武ちゃん。私ね、春から保育士になったんだよ」

「えっ!?お前が保育士!?」

武は驚いた。そういえば、去年会った時にも保育士試験のことを言っていた気がする。

「むっ……その反応はなんなのさ!あたしはちゃんと国家試験に受かった正規の保育士になったんだから!!今日はそれをみんなで祝おうって集まってくれたんだよ!!」

「す……すまん。しかし、まぁ、お前が保育士か。結構性に合ってるかもしれないな。けどな、子供たちにどりるみるきぃは教えんなよ……」

武のコメントに純夏は苦笑する。

 

 そこでまりもが懐かしそうに口を開く。

「でも……本当にみんな立派になったわねぇ。昔はあんなにはしゃいでいたのに」

「……そんなセリフは年寄」

彩峰が口を開きかけたところでまりもの冷たい笑顔が彩峰を捉えた。狂犬に睨まれた彩峰は前言を撤回する。

「……みんな、立派になった」

 

 彩峰の言葉にまりもが感慨深げに返す。

「そうね。彩峰さんはも医師免許を取得したんでしょ?」

「……うん。でも陸軍医学校で学んでいたから10年は陸軍に入ってなきゃいけないけど」

そう、彩峰は高校卒業後に陸軍医大に入り、医者となる勉強をしていた。陸軍の幹部である父親の勧めらしい。卒業する時に聞いたんだが、陸軍医大で学び、軍人として10年間医療現場に携わった人材の救急医療での貢献率は一般の医大出身者に比べると遥かに高いという。多くの命を救う術を学ぶためにこの道を選んだということだ。

 

次にまりもは尊人に目を向けた

「鎧衣君は外務省に入ったっていってたわね?どう、外務省は?」

「そうですね~昔から父親にいろんなところに置き去りにされていましたから、コミュニケーションの取り方は実際に学んできました。その時の経験が生きていて、いろんな国の人と仲良くやれてますよ。結構いい職場ですよ」

……確かに彼の天職かも知れないと武は思った。あいつならジャングルで現地部族と外交ができるだろう。

 

「そういえば、たまは弓道の先生だっけ?どうだ、上手くやってるか?」

武が珠瀬に話を振る。

「わ……私はなんとかやってるよ!子供たちに師範扱いしてもらったことはないけど……」

珠瀬壬姫は通っていた道場の師範の紹介で冬に先代師範がなくなった道場で弓道の指導ををやっている。だが、その童顔……っていうか幼い容姿でからかわれているらしい。

 

「榊さんは今、お父様の秘書をやってるって聞いてるけど、どう?政治の世界は?」

まりもは千鶴に話を振った。

「政治の世界は厳しいって実感しています。大学でそれなりに学んで、優秀な成績をとってましたから自信はあったんですけどね。毎日、勉強の日々です。まだまだ秘書見習いから抜け出せません」

千鶴が苦笑する。

彼女は大学卒業後、父親の秘書見習いになった。将来は国政の場で活躍したいと考え、最も学ぶのに適した職を選んだそうな。

 

 武はみんな立派になったものだと思った。あのドジな純夏でさえいまや国家資格を持つ保育士だ。高校を卒業してから武には元3Bメンバーと会う機会はほとんどなかったため、みんながとても大人びたように感じていた。

「みんなすげーよなぁ。あのころ、まさかこんな立派な社会人になってるなんて思わなかった」

武の言葉にまりもが微笑みながら続く。

「ほんとねぇ……あの生徒たちがこんなにも立派になるなんて、教師冥利に尽きるわ。でもね、白銀君。あなたも今は立派な軍人さんじゃない。おまけにMSのパイロット。すごいじゃない。正直なところ、あなたの意外な成長に一番びっくりしてるのよ?」

他のメンバーもまりもの言葉に相槌をうつ。

「そうだよ。あのおちゃらけた武が今じゃ質実剛健な軍人やってるのには驚いちゃったよ」

「武さん、ほんとに逞しくなったし、なんだろう、凛々しくなったよね?」

「……ほんとに変わった」

「そうよねぇ。あれだけふざけてた昔の態度が嘘みたい」

「うん。武ちゃんはかっこよくなったね。でも、高校3年の10月だっけ?驚いちゃったよ。武ちゃん、急に俺はこの国を守るんだ!って言いだしたんだから」

 

 そう、あれは高校3年の10月だったか。毎晩毎晩夢を見た。自分の視界には異形の化け物の群れ。そして俺は異形の群れを掻き分けてただ前に進んでいた。ただ失われていく命を見続けた。そしていつしか気が付いた。これは夢ではない。俺ではない俺の、白銀武という存在が内包していた記録だということに。

その記憶を手にしてからの俺は自分で言うのもなんだが、変わったのだろう。

 

 この世界はとりあえずは平和だった。おそらく、記憶にあった世界よりも格段に。だが、それは大東亜戦争で犠牲になった多くの人たちの命によって支えられたものだ。その命がこの世界の平和を強固にしていったのだろう。

「人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである」あの世界で彩峰中将が残した言葉。

この言葉に沿って生きてみようと決めた俺は、自分にできることを成すために軍隊に入ることを決意したのだった。

 

 

 その日は結局京塚食堂閉店時間後も武たちは屋台で昔話に興じていた。うっかりお酒を飲ましてしまったまりもちゃんを軍隊格闘術で抑え込もうとしたら豊満なバストで窒息させられて逆にダウンしてしまったために途中からは覚えていないのだが。



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PHASE-22.5 ……休暇?

 C.E.71 5月21日

 

 武が目を覚ますとそこは巨大なベッドの上だった。なんとなくだが、何が起こっているのかが分かった。確認のために横を向くとやはり彼女がいた。まぁ、彼女以外であることはありえないのだが。

「お目覚めですか?武様」

彼女の名前は煌武院悠陽――現在の武の婚約者だ。

 

 武は情報を整理した。おそらくは昨日の集まりで自分は眠るか気を失っていたのだろう。そこに煌武院家から回収部隊が現れ俺を拉致、そして悠陽が自分の寝室に連行したと判断される。

 

 「ああ。おはよう悠陽。けど、こんな時間まで寝てて良かったのか?もう八時過ぎてるぜ」

名門華族の煌武院家の令嬢である彼女は本来であればとても忙しいはずである。一体どういうことか。

「武様の為に一日空けました。私も半年も婚約者と会えなかったのです。一日くらい休暇を頂く権利があります」

自分の為に一日空けてくれたことに素直に喜びを感じる。自分にも休暇が出ていることだし、今日は外にデートでも行こうと考えていると、突然寝室のドアが切り裂かれ、だれかが突入してきた。

 

 「姉上~!!一体どういうことですか!?」

ドアを切り裂いて侵入してきた女傑は彼女の妹――煌武院冥夜である。よく見ると埃だらけだ。

 

「おや冥夜、一体どうしたのでしょう?」

涼しげに問いかける悠陽に冥夜がすさまじい剣幕で詰め寄る。

「よくもそのような戯言を言えますね!昨夜私を呼び出して地下のワインセラーに閉じ込めたのはあなたでしょう!?」

「おやおや……昨夜そなたの姿を見ないと思っていましたらそんなところにいらっしゃったのですか?それよりも、埃まみれですよ、冥夜。私の武様もそなたのそのような姿は見たくはないでしょう。ゆっくりと着替えてきなさい」 

 

 その時、俺は何かがプツンと切れた音を聞いた気がした。

 

「フ……フフフ。アハハハハ。この泥棒猫。私の武と勝手に婚姻届を作成し、既成事実を先に作って婚約者としただけでは飽き足らず、私が武と過ごす時間も奪うとおっしゃる。そうですか、そうですか」

 

 怖い。なんかすごく怖い。第六天魔王とかよりも恐ろしいのではないのだろうか。幾たびの戦場を生き延びた経験はあるが、あれほど恐ろしい敵と交戦した覚えはない。

「おい、悠陽、何したか知らないけど、謝った方がいいぞ。ていうか、何とかしてくれ。俺の精神安定の為に」

一瞬可愛らしく首を捻った悠陽は満面の笑みで頷いた。

「わかりました、武様。私に癒されたいのでしたら、婉曲的におっしゃらなくても今すぐに癒してさしあげますわ。まだ夜には早いですが……」

そういうことではない。というか、扉の前で刀を構えておられるお方のオーラがやばすぎる。

 

「いいかげんに……」

やばい。納刀しているということは次に来るのは抜刀術だ。おそらく頭に血が上った冥夜の脳内に手加減の文字は無い。それを察した俺はベッドを蹴り上げて目隠しとし、窓から悠陽を抱えて飛び降りた。

 

「せよ!!」

ベッドは真っ二つ。そして俺は下の花壇に着地する。さすがに令嬢である冥夜が飛び降りをするはずがないと思って一息つくが、それは甘かった。

 

「飛天御○流――龍槌○・惨!!」

空からの一撃をバックステップで避ける。というか、今彼女は殺す気だった。あれは明らかに不殺の技ではないはず。

 

 殺意を持って実の姉をロックオンしている冥夜をどうすればいいのだろう。だが、その時、天への祈りが届いたのだろう。月詠真那さんがやってきてくれた。

 

「月詠!止めてくれるな。私はここであの泥棒猫に人誅を与えねば……」

いまだに暴走状態の冥夜を前に真那さんはため息をつく。そして口を開いた。

「冥夜様……そのようなお姿を殿方にさらしていては愛想を尽かされますよ。まるで獣のようではありませんか」

その言葉に冥夜はハッとする。言われてみれば昨夜はワインセラーに閉じ込められていたために埃だらけ、しかも暴れたために服ははだけている。さらに飛び降りた際に土を巻き上げて前進土まみれだ。

「血走った眼で刀を握るお姿は流石に目に余ります」

「うむ……」

「分かっていただけたのでしたらこちらへどうぞ」

「分かった……」

 

 多少げんなりしていた冥夜をつれて真那さんが屋敷に戻っていく。俺も悠陽に連れられて屋敷に戻る。そして、これからデートをするから支度をするといって悠陽は部屋へと戻っていった。

どうやら今日は婚約者へのサービスに費やされることになりそうだ……下手すれば日を跨いで



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PHASE-23 波紋

 C.E.71 5月26日 大日本帝国 内閣府

 

「……まさかパナマが落とされるとはな」

澤井が頭を抱える。他の閣僚の顔も険しい。それはそうだろう。だれもがアラスカで地上戦力を消耗したザフトが余力を残したパナマ基地を陥落させることができるとは考えなかったのだから。

 

「そもそも、どうやってザフトはパナマを陥落させたのでしょう?」

千葉の問いかけに辰村が答えた。

「現段階で入っている情報を精査したところ、ザフトの投入戦力の規模も小さく、守備側の連合もストライクダガーを配備していたために序盤の中盤までの戦闘は連合側が有利であったことが分かっています。しかし、戦闘の中盤、ストライクダガーの投入により劣勢になっていたザフトが軌道上より何かを降下させました。そして戦闘の後半、すさまじい出力のEMPが使用され、マスドライバーは崩壊、ストライクダガーはEMPにより無力化されたために数に勝るザフト軍部隊に殲滅された模様です」

「ストライクダガーはEMPに耐えきれなかったのですか?」

「そのようです。どうやら核以上の電子パルスが発生したらしく、MSをはじめとした全ての兵器が行動不能に陥ったとの報告があります。現在我が国でもMSや艦船の対EMP対策を強化するように通達をしたところです。1ヶ月程で全軍に十分なEMP対策が施せるかと」

 

 ザフトが使用したというEMPに対する対策は何とかなりそうであるが、澤井の懸念はそれだけではなかった。

「もうひとつ確認したいことがある。ザフトが投降した連合軍兵を虐殺したというのは本当か?」

その問いかけに閣僚の面々は渋い顔をする。そして幾ばくかの間を置いて辰村が口を開いた。

「現在情報を確認しておりますが、恐らくは事実かと……」

「投降した将兵を捕虜とせず虐殺するとなれば戦時国際法に違反する行為だ。まぁ、現在の連合軍がそれを履行しているかと聞かれれば肯定できないが、それでも組織的に大規模な虐殺に及んだ例はないはずだ。あのユニウス市への核攻撃でさえ攻撃目標は食糧生産コロニーにのみ限られており、実際にその他のコロニーに死傷者が出る事態にはなってはいない。ザフトは戦時国際法を知っているのか?」

「……元々ザフトの占領地域では戦時国際法に反した行為が行われているとの情報がありました。そして今回の作戦の司令官も軍法会議にかけられたという話も聞きません。おそらくは、戦時国際法に対する意識も相当に低いものであると考えます」

 

 辰村の予想は当たっていた。元々ザフトという組織は義勇軍だ。設立時のメンバーの中でも指揮官級の人材は元々理事国の軍人という経歴を持つものが多かった。故に、所謂古参の人間は戦時国際法に対する意識もあった。

だが、戦争が始まってから軍に徴兵されたものたちに関してはその限りではなかった。開戦前、理事国と戦争をするにはザフトの動員兵力は不足していた。秘密兵器のMSがあろうともそれを操るパイロットが最低限確保できなければ意味がない。

そこでプラント最高評議会はコーディネーターの優秀な能力にものをいわせてひとまず短期間でMSの扱い等の戦闘技術を引き上げ、最低限の軍属としての知識を教授した後はすぐに前線に送り出していたのだ。

因みにこのような戦闘能力の向上に偏重した教育はザフトの士官学校にあたるアカデミーにも受け継がれた。わずか13歳の少年少女を2年間で軍で使える人材にしなければならないため、座学の中でも法制、経済、倫理学などといった文系科目は授業科目に含まず、理数系と軍事学に関する科目で時間割が構成されていたのである。

 

 そして更に悪いことに、戦時国際法の知識があるザフト設立時のメンバー達は基本的に軍政を取り仕切るものに集中していた。組織の規模を短期間の内に拡大させたために事務的な作業は増加し、豊富な軍事知識を持つ初期メンバーを軍政方面に割かざるをえなかった為である。

結果、戦時国際法も知らない軍人が前線で指揮官に就任することとなり、その部下達も教養が無いために今回のような暴走が起きてしまったのである。

 

「ザフトがこのような組織だとは……万が一交戦することになれば注意が必要か。そういえば吉岡大臣、例のアラスカ派遣隊襲撃事件についても新事実が分かったということだが?」

話を振られた吉岡が笑みを浮かべながら口を開く。

「ええ、先日襲撃犯の傭兵の意識が戻り、聴取することができました。彼によればこの一連の事態は全て大西洋連邦による陰謀だそうです。JOSH-Aが自爆することを伝えれば各国から派遣されてきた人員は中型輸送機で脱出しようとします。ですがこの時MS輸送用の大型輸送機とMSの推進機をつぶせばMSを持ち出すことはできません。彼らはもぬけの殻となった各国のハンガーとそこに残された機体を接収するという筋書きを立てていたそうです。自爆の影響はハンガーの位置まで及ばないようにわざわざサイクロプスの破壊範囲を調整して」

 

 吉岡の口から告げられた新事実に一同は唖然とする。あのコンペの裏にこのような陰謀があったことに対して驚きが隠せないようだ。そんな閣僚達を横目に吉岡は続けた。

「どうでしょう?この事実を外交カードとして使ってアークエンジェルを我が国のものとしたいのですが?」

その言葉に榊が噛み付く。

「待っていただきたい。このカードは外交におけるジョーカーに等しい。使い道はよく考えなくてはいけますまい」

そう、このカードは大西洋連邦との交渉におけるロイヤルストレートフラッシュ。相手をどのようにも処理できる最強のカードだ。軽率に切れるカードではない。

 

「とりあえずは宇宙における資源衛星の譲渡を……」

「いや、ここは戦後の市場の開放を約束させるべきだろう」

「まず、ユーラシアへのMS輸出の件であちらに譲歩させるのが先だ。国内では需要が低迷しているのだから」

 

 こうして大西洋連邦から何を差し押さえるかを議論する腹黒い閣議の第二幕が幕を開けた。因みに、後日この閣議の決定を受けて製作された日本側の交渉文書を読んだ在日大西洋連邦大使は卒倒したという。合掌。

 

 

 

 

 

 プラント 国防司令部 

 

 パトリック・ザラはザフト国防司令部にいた。その眉間には皺がよっている。

「パナマを落とし、これで連合は自前のマスドライバーを全て失った。だが、まだ地球上にはマスドライバーが2基残されている。連合が中立国のマスドライバーを利用した場合、連合が宇宙戦力を整えるまでどれくらいかかりそうなのだ?」

パトリックの質問に国防委員の一人、マイス・ウェステラが答えた。

「現在、地球上に残されているマスドライバーはオーブの『カグヤ』と日本の『イブキ』だけとなっております。このうち、オーブは厳正中立を宣言しているため、連合によるマスドライバーの使用を許すことは無いといっていいでしょう。しかし、日本は異なります。かの国は開戦当初から連合を支持すると表明し、多くの支援を請け負ってきました。今回も連合の要請に応じてマスドライバーの利用を許可するものと思われます。連合が宇宙への補給路を手にした場合、4個……いえ、5個機動艦隊を持って侵攻する可能性が高いでしょう。現在月に駐屯している兵力を鑑みると、それだけの兵力を揃えるのには最低で3ヶ月はかかるものと思われます」

それを聞いたパトリックはユーリ・アマルフィ議員に話を振った。

「そうか……アマルフィ議員、例の兵器を実戦に投入できるのはいつごろになる?」

「防諜の関係もありまして、建造が良いペースで進んでいるとは言えません。完成は早くて10月半ばになる見通しです」

 

 パトリックは腕を組んで唸った。

「やつらがこのまま最短のペースで戦力を整えた場合、切り札が間に合わない可能性が高いか……バルトフェルド君、君の見立てではボアズで連合を迎え撃った場合の勝算はどれくらいになる?」

意見を求められた隻眼の男に会議の出席者の視線が集中した。

彼の名前はアンドリュー・バルトフェルド。アフリカ戦線で活躍し、『砂漠の虎』という二つ名で恐れられたザフト屈指の名将である。彼は数ヶ月前連合のアークエンジェルに敗れ、重症を負った。連合のMS――ストライクとの闘いで逝った恋人の加護があったのか、彼は左目、左腕、右脚を失いながらも一命を取り留めていたのだ。怪我の治療のために本国に帰還していた彼は現在、国防司令部のオブザーバーとして会議に参加しているのであった。

周囲の視線など気にした様子も見せずに飄々として態度を崩すことなく彼は口を開いた。

「自分の意見を言わせていただきますと、現在のボアズの戦力では間違いなく抜かれます。連合のMSは数、そして武装でもジンを圧倒しているとの報告が入っていますので、いまだにジンやシグーが主力のボアズでは勝機は無いと言ってもいいでしょう。仮にあちらが先ほどの予測である5個機動艦隊を凌駕する数を揃えてきたならば、ザフトはボアズに全戦力を投入して迎え撃つほか無いと考えますがね。それでも痛みわけが関の山でしょうが」

 

 パトリックとしては無理に連合の宇宙戦力を今叩く気は無かった。別に地球からの補給路を断てば連合の宇宙における最大の拠点である月もさほど脅威ではない。連合の現状の宇宙戦力を全てかき集めてプラントへの侵攻を試みたとしてもそれを許すほどザフトの戦力は弱くないからだ。

しかし、連合を地球に封じ込むことができなくなればやつらはやがて宇宙にもMSを次々と上げてくるだろう。そうなった時にプラントの守りが絶対だとパトリックは過信してはいなかった。アラスカでの敗北によって彼はナチュラルが侮れない存在であることを認めていたのである。無論、感情ではそれは容認しがたいことであったが。

 

「我々に必要なものは時間なのだ。アラスカを叩いてやつらに講和を強いることができなかった以上、“あれ”が完成するまでの時間をなにがなんでも稼がねばいかんのだ!!」

パトリックは机に拳を叩きつける。そして何も言えない官僚たちにため息をつくと、忌々しそうに口を開いた。

 

「まぁいい……貴様等はナチュラルを地球に閉じ込める策を考えろ。必要とあれば特務隊を動かすことも許可する。それとだ、オペレーション・スピットブレイクの情報漏えい元は特定できたのか?」

パトリックにとってはこれも重要事項だった。ザフトの中でも限られたものしか知りえなかったアラスカへの奇襲作戦が連合側に漏れていたのだから。これを放置すれば自分達の切り札の情報が連合に渡ってしまうことになりかねないこともあって、パトリックは子飼いの部下や地下活動時代の人脈を使って情報漏えい元を血眼になって探していた。

「残念ながら、未だに容疑者の特定にはいたってはおりません。しかし……」

「しかし、なんだというのだ。報告は正確にしろ」

言いよどむユウキをパトリックは睨みつける。その視線に促されてユウキが再び口を開いた。

「はっ……アラスカ攻撃の前に地球連合からの特使としてマルキオ氏がプラントを訪ねておりました。氏はこの情勢下でプラントと連合を行き来できる数少ない人物であります。更に、あのシーゲル・クライン前議長……をはじめとした我が国の要人とも懇意な間柄であると聞きます」

「つまり、君はマルキオ氏が怪しいと言いたいのかね。証拠はあるのだろうな?」

「例のドレッドノート喪失事件にも関与している可能性が浮上しました。ドレッドノートのハンガーの防犯カメラの映像に移っていた不審人物と氏がホワイトシンフォニーで密会していたという事実があります」

ドレッドノート喪失事件とは、ザフトの試作MS、YMF-X000Aドレッドノートが何者かに強奪されかけた事件である。オペレーション・スピットブレイク失敗後にザフト全軍が混乱している隙をついた何者かがNJCを搭載した試作機を強奪するも、ヤキンの守備隊の対処が間に合ったためにNJCを搭載している頭部の奪還には成功したという経緯を持つ。

容疑者は頭部を失った後に逃走に成功し、未だに足取りは終えていない。

 

 パトリックは天を仰いだ。確かにマルキオは状況的にはほぼ黒だ。だが、そうなると盟友、シーゲルも黒である可能性が出てくる。マルキオ氏が宿泊していたのはクライン邸であるし、氏が密会に使用したホワイトシンフォニーはシーゲルの娘が活躍していた舞台だ。しかも最近その娘は反戦活動家としても活動している。

ユウキの口調が妙に歯切れが悪かったのはこのためだろう。マルキオ氏に嫌疑がかけられるということは、当然シーゲルにも嫌疑がかかってくるからだ。

シーゲルが白と断定することは難しい。故に彼は決断を下した。

 

「シーゲル・クライン前議長を国家反逆罪の容疑で拘束せよ。娘共々だ」

彼は為政者として盟友を切り捨てなければならなかった。



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PHASE-24 黒衣の歌姫

 C.E.71 5月30日 プラント アプリリウス

 

 ラクス・クラインは墓石の前に佇んでいた。目の前の墓石は二つ。ケラス・クラインと彫られた墓石の隣には最近建てられた新しい墓石が並んでいる。そこにはシーゲル・クライン――彼女の父親の名前が彫られていた。

 

「お父様……」

ラクスの胸中には喪失感、そして孤独しかなかった。彼女はプラントの歌姫だ。望むと望まざるとに関わらず、彼女は歌姫という偶像を重ねて見られる宿命にあったといえる。そんな中で彼女をただのラクスとして見てくれたのは今は亡き両親ぐらいだろう。アスランもそうと言えなくは無かったが、彼はいつも一歩引いたところから接してくるという感覚を抱いていた。

自分自身を見てくれる理解者を失ったことで生まれた孤独は彼女の心を蝕む。気づけば彼女は泪を堪えきれずに顔を手で覆っていた。

 

 

 

 彼女を悲しみの淵においやった悲劇は3日前に遡る。

 

 

 C.E.71 5月27日 プラント アプリリウス 司法局

 

 シーゲル・クラインは国家反逆罪の容疑で司法局に拘束されて取り調べを受けていた。

「前議長閣下、マルキオ導師がNJC強奪を企てていたことは明確な事実です。懇意な間柄であった貴方が彼に情報を渡したのではないかと我々は考えております。そして先日行われたアラスカ攻略作戦――オペレーション・スピットブレイクの目的地の漏洩もあなたとマルキオ導師によるものであると」

尋問する局員の前でシーゲルは一貫して無実を主張する。

「私は確かにマルキオ導師とは懇意の間柄にある。だが、私はプラントの政治家だ。プラントの平和と独立を妨害するようなことをどうしてしようか」

「動機ならあるでしょう。ザラ議長が失策を続けれて退陣すれば、貴方が再び議長に選出される可能性もでてきますので」

「私が地位欲しさにプラントの情報を連合に流したと言いたいのかね!?」

シーゲルは取調室の机に拳を叩きつけた。

 

 実際には彼はNJC強奪未遂事件には絡んでいた。しかし、それは議長の地位欲しさにしたことでも、金欲しさにしたことでもない。彼はただ、自らの行為によって貧困の底に追い詰められた地球の市民達の生活を豊かにするためにNJCを使いたかったのだ。

そもそも、彼はNJCの技術をいつまでもプラントが独占できるとは考えてはいなかった。既にヘリオポリスではプラントの技術を凌駕するMSが製造されていたという前例もある以上、彼はプラントの技術優位が絶対という考えを捨てていた。連合によるNJC開発も時間の問題であると考えていたのである。

しかし、NJCが完成したとしても、それがエネルギー不足で困窮する人々のためにそれが使用されるとシーゲルは考えてはいない。開戦当初に日本から核融合炉技術を提供してもらったのにも関わらず、連合は専らそれを軍の艦艇や基地、軍需産業に携わる工場のエネルギー源として使用し、エネルギー不足で苦しむ民衆にはほとんど恩恵が与えられなかったという事実があったためである。日本が技術供与しなかった東アジア共和国や南アフリカ統一機構では甚大な被害もでている。

もしもNJCが民衆のために使われなかった場合でも、マルキオであればNJCをエネルギー不足で困窮している人々に供給するだろう。

彼ならばジャンク屋にNJCを大量に製造させ、独自のネットワークでそれを世界中に供給することが可能で、その人柄も信用でき、決して平和を乱すためにNJCを使わないとシーゲルは信じていたのだ。

また、彼はオペレーション・スピットブレイクの情報漏洩には関与していない。パトリックの徹底した情報統制によって直前までパナマが作戦目標だと信じ込まされていたため、彼がそれをマルキオ導師に伝えることも不可能だったのだ。

 

 「では、マルキオ導師は如何してわが国の秘密兵器の奪取などということを計画できたのです?戦時下ということもあり、プラントに入国できる人物は非常に限られています。工作員が接触していたという情報も入っておりませんがね。そして何より」

局員は鞄から数枚の写真を取り出して机の上に並べた。それを目にしたシーゲルは目を見開いた。

「御息女、ラクス・クライン嬢とNJC強奪犯がホワイト・シンフォニーにて接触している様子です。ここまで状況証拠が揃っていてもまだ、お認めになりませんか?」

その写真を見てシーゲルは唇を噛む。実際には娘は今回の計画に全く関わっていはいない。この写真はおそらく、楽屋脇の防犯カメラの映像だ。マルキオ導師に面会を求められて接触したのだろう。その時につれていた付き人が例の金髪の少年だったということか。

だが、ここで真実を明るみに出すわけにはいかない。もしもそうなれば現在の評議会における穏健派の力は弱体化が避けられない。パトリック率いるタカ派を抑えるだけの勢力を維持できなければ講和のテーブルに早期につくことは難しくなるだろう。プラントの未来を憂う彼にはここで穏健派の勢力を削ぐような行動をすることができなかった。

 

 不意に、取調室の扉がノックされる。

局員室内に監視員を残して取調室から退室する。扉の前にいたのは局員は見覚えの無い妙齢の女性だった。

「取調監督官にお渡しするように言われています」

そういって女性が差し出した封筒に手を伸ばしたとき、彼は突然突き飛ばされた。封筒を持った局員に突き飛ばされたのだ。そのまま彼女は取調室に突入する。

 

「シーゲル・クライン!!息子の仇!!」

女性は懐から取り出したナイフを振りかぶり、室内にいたシーゲルの胸に振り下ろした。

 

 

 その直後に取調室内に残っていた局員が女性を拘束し、ナイフで刺されたシーゲルは病院に緊急搬送される。だが、出血性ショックによってシーゲルは搬送された病院で息を引き取ることになった。

シーゲルを刺した女性――インナ・オルジカ容疑者は法務局に務める職員だった。彼女は法務局の取調で復讐のためにシーゲルを刺したと供述している。

法務局の中堅であった彼女はシーゲルがオペレーション・スピットブレイクにおける戦略目標の漏洩の疑惑で拘束されたことを聞きつけた。そして彼女の一人息子はオペレーション・スピットブレイクに参加しており、アラスカ基地の自爆によってMIAとなっている。シーゲルがアラスカでのザフトの大敗を、ひいては自分の息子の死を招く裏切り行為をしていたと知った彼女は怒りが抑えられなくなり、息子の敵討ちを試みたのであった。

 

 葬儀はシーゲルの死から2日後に執り行われた。彼に関する諸問題や世論の高まりを抑えたかった評議会が早期の葬儀を計画したらしい。

ラクス・クラインも一時は法務局に身柄を拘束されたが、彼女はほとんど情報を持っていないと判断されたために葬儀までに釈放されていた。

 

 

 

 

 ラクスしかいない空間で何者かが大地を踏みしめる音がした。その音を耳にしたラクスが振り返ると、そこには黒衣に身を包んだ一人の男が立っていた。

彼の顔には見覚えがある。シーゲルが纏めていたクライン派の議員で、若い世代のリーダー的な役割を担っているギルバート・デュランダル氏だ。

 

「ラクスさん。久しぶりです。今日は、お父君に花を供えに来ました」

「……ありがとうございます」

デュランダルは携えていた花を墓前に供え、黙祷している。

 

 しばし黙祷していたデュランダルは顔をラクスに向けて言った。

「ラクス嬢。今日は貴方にも提案があります」

「なんでしょうか?」

ラクスは訝しげな表情をする。

「私たちは貴方に協力をお願いしたい」

私たち……クライン派の意思であろうか。シーゲルが国家反逆罪で逮捕されたこととその証拠となる映像が報道されたことを受けて、旧クライン派は半ば分裂の危機にあった。彼はそれを自分という神輿を使って立て直そうとでも考えているのだろうかとラクスは考察する。

 

「私のような小娘に大層なことはできません」

「貴方はシーゲル・クライン前議長の御息女です。貴方ならば今は亡きシーゲル氏のご遺志を継ぐことができると考えているのですが」

「私は政治というものに関する経験がありません。未来のビジョンさえ描けない今の私に政治に携わる権利は無いと思います」

ラクスは今の自分では力不足だと考えて固辞する。彼女は歌手であり、政治家ではない。父は自分に政治家になるための教育などしてはいないし、そもそも父と政治がらみの話をしたこともさほど多くはない。なにが父の遺志なのかも分からない。そんな自分にできることなどあるのだろうか。

だが、デュランダルはまだ諦めない。表情を険しくしながらデュランダルが口を開いた。

「正直にお話しましょう。我々、旧クライン派は現在、分裂寸前の状態なのです。このままクライン派が分裂するようなことになれば最高評議会はザラ派の牙城となります。そうなれば連合との講和が遠のくことは確実でしょう。シーゲル様は連合との講和論を唱えてザラ派を牽制し、戦争の早期終結を目指してきましたが、彼はもういません。今、我々には貴方という旗印が必要なのです」

デュランダルが頭を下げる。だが、ラクスには彼を信じて政治に身を投じる覚悟はできなかった。彼を信頼することができなかったためである。

 

 ラクス・クラインという少女は10歳という若さで歌手としてデビューしている。彼女はそのころからずっと多くの人々に見られる立場にあった。彼女はその中で自分がどのように見られているかを察する洞察力を養った。その洞察力がデュランダルという男に対して彼女に疑念を抱かせる。

政治家ならば腹にはいろいろとあるものだということは分かっていたが、それでもこの男に対する疑念はその範疇に無い。おそらくは、もっと恐ろしいものを内面に隠し持っていると感じていたのだ。

 

「父は私に政治家になることを望んではいなかったと思います。望んでいたのでしたら、普段から政治の話題を振ることもあったでしょうから。ですが、私にはそのような記憶はありません」

「ですが、そうだからといって貴方は御父上が蒔いた平和の種を蔑ろにできるのでしょうか?」

「自分の理想も、それを実現する手腕も持たないまま政治に足を踏み入れでもしたらそれこそ父の名を汚すことになりましょう。父が平和の種を蒔いたというなら、私は土を……プラントの人々の平和を願う心を耕しましょう。私の歌で。それが、父への弔いになると思いますから」

そういうとラクスはデュランダルに一礼して墓地を後にした。

 

 一人残されたデュランダルは忌々しげにラクスの後姿を見ていたが、やがて一息つき、携帯端末を取り出した。

「ああ、私だ。交渉は失敗した……そうだ、彼女に連絡をとってくれ。第二案でいく。何、上手くいくさ。彼女ならきっと役割を果たしてくれる」

通信を切ったデュランダルは来た道を引き返す。その後ろ姿から伸びる影はシーゲルの墓石を覆っていた。



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PHASE-25 狼煙

 C.E.71 6月20日 大日本帝国 内閣府

 

「大西洋連邦との協議の結果を報告します」

口火を切ったのは千葉であった。その顔には満面の笑みを浮かべている。

「我々は大西洋連邦との取引で以下の合意を得ました。まず、『大西洋連邦は日本のマスドライバー優先使用権を得る。ただし、特別料金を一回の打ち上げごとに帝国政府に支払うものとする。次に、大西洋連邦は帝国に亡命したアークエンジェルの返還、及びそのクルーの送還を請求しないものとする。第三に大西洋連邦は他国のMS採用に関してその国に圧力をかけることを禁止する。第四に大西洋連邦は特定分野における関税を引き下げる。最後に、以上の合意が守られる限り、帝国政府はアラスカ事件の真相を秘匿することとする』以上です」

千葉の言葉を聞いた閣僚達も笑みを浮かべる。今回の交渉で大西洋連邦を脅して手に入れた実利は日本にとって本当に大きなものだった。経済的な損失を試算して大西洋連邦の高官たちが眩暈を起こしたほど厳しい要求でだったのである。

 

 アラスカとパナマでザフト地上部隊は甚大な損害を被った。そしてMSの生産などで戦局を巻き返しつつある連合は、ザフトの本拠地であるL5への侵攻も計画していた。だが、連合が宇宙に攻め入るにはマスドライバーの存在が不可欠になる。

だが、連合の勢力圏に残された最後のマスドライバーである『パナマ・ポルタ』は先のザフトの襲撃において破壊され、連合は自前のマスドライバーを全て失っている状況にある。

地球上に残された連合がマスドライバーは現在、ザフトに占領されたビクトリアの『ハビリス』、中立国であるオーブ連合首長国の保有する『カグヤ』、一応は連合への好意的中立の立場にある大日本帝国が種子島に保有する『息吹』しか存在しないのだ。

連合がマスドライバーを使用したくても、ザフト勢力圏にあるものの使用など論外であるし、中立を国是とするオーブは再三の要請にも関わらず使用を許可しないでいる。唯一交渉が通じる日本の『息吹』しか選択肢が存在しなかったのである。

しかし、先日のアラスカの陰謀を知った日本はその要請に対して多大なる対価を求めた。アラスカでの一件を秘匿する代償として課されたマスドライバー使用の特別料金を目にした大西洋連邦の財務官僚は卒倒しかけたというほどに法外な値段だったという。

 

「アークエンジェルも手に入れることができたのは喜ばしいことですな」

吉岡が相槌をうちながら言った。

現在、技術解析が終了したアークエンジェルは横須賀で修理を受けている。同時に武装を日本製のものに換装するなどの改造もすすんでいるらしい。

 

「今回の取引は実にいいものになったと思う。だが、まだまだ我々が解決しなければいけない問題は山積みだ。まだ浮かれるわけにはいかない」

澤井の一言で閣僚の顔には平静が戻る。そして辰村が口を開いた。

「一つ、プラントに関して気になる情報が手に入っています。4日前、シーゲル・クライン前議長が殺害されたことはご存知でしょう。その影響でクライン派が二つに割れるかと我々は推測しておりましたが、どうやらそうはならないようです」

「どういうことでしょうか?」

奈原が辰村に尋ねる。

「シーゲル氏の一人娘、ラクス・クラインが父の遺志を継ぐことを表明しました。彼女を旗頭にクライン派がまとまっていくことは確実かと」

「たかだか16の小娘を担ぎ出すということは御神輿でしょうな。それで、その神輿を担ぎだしたのは誰なのですか?」

榊はこの戦略を意図した人物に興味を抱き、質問した。

「我々の調べでは、彼女の後見人と言うべき立場にあるギルバート・デュランダル氏が怪しいと睨んでおります。同氏はプラントの若手政治家のリーダー的存在でもありますから。プラント有数の敏腕政治家と言ってもいいでしょう」

「ラクス・クラインは彼の傀儡ですか。ですが、その小娘に一体どれほどの力が?」

奈原の口調はたかだか16の小娘にそれほどの利用価値があるだろうかと言いたげなものだ。

「彼女は反戦的な運動も行っていたようです。実際、彼女のファンを巻き込んだ反戦運動もこれまで数回行われていました」

「ですが、現政権を脅かすほどの脅威でしょうか?自分には……」

 

 その時、閣議室の扉が勢いよく開かれた。何事かと閣僚達が会議室に飛び込んできた武官に視線を向ける。

「南雲!ここは会議中だぞ!」

吉岡が怒鳴りつけた。だが、南雲の耳にはそんな言葉は届かないらしい。彼は息を切らしたまま敬礼をし、口を開いた。

「緊急事態です!!種子島にザフトのMSが出現!そして、先ほど在プラント公使が最後通牒を手交しました!!」

その知らせを受けた閣議室の面々は絶句した。

 

 

 

 

 

 同刻、鹿児島県 種子島『息吹』宇宙港

 

「そうだったんですか。でも、その場合、ストライカーパックの運用は……」

「ええ、そうなります。元は艦内で換装を済ませることで……」

若い軍人二人が楽しげに談笑している近くで、ノイマンは缶コーヒーを飲んでいた。そこにトノムラが近寄ってきた。

 

「なんだよ白銀少尉とラミアス大尉のあの雰囲気は」

「俺に言うな。だがな、話している内容はMSの運用についてばかりだ。色気の欠片もないぞ」

そう、我らが恋愛原子核は巨乳の元艦長殿と楽しげに談笑していた。彼らが宇宙港にいるのには勿論理由がある。元アークエンジェルクルー達は調査の結果身元が保証されたので、宇宙軍士官学校に向かうために、そして武は本来の所属である宇宙軍安土航宙隊に戻るために宇宙に出ようとしていたのだ。

だが、醸しだす雰囲気は独身にとっては毒のようなものである。ノイマンらはなんとも言いようの無い不快感を我慢しているのである。

因みに、元アークエンジェルクルーの階級は皆一階級ずつ降格している。訓練学校に送られる際に階級が高いままだと面倒なことになると判断されたためである。

「この状況を打破してくれるんならザフトが来たっていいと思った俺は悪くないだろ?」

ノイマンが溜息交じりに言ったときだった。

 

『緊急事態発生!!緊急事態発生!!宇宙港職員はマニュアルCに従って行動してください!繰り返します。宇宙港職員はマニュアルCに従って行動してください!』

その放送を聞くやいなや随伴する予定だった宇宙港職員は武に駆け寄った。

マニュアルCが適応される事態を察した彼の顔には焦りが浮かんでいる。

「事態は一刻を争います。とにかく、隣接する軍の詰所に行ってください!!」

職員の切羽詰った様子から尋常ならざる事態であることを察した武はすぐに立ち上がった。

「アークエンジェルクルーは全員集合!!これより隣接する軍の詰所に向かう!急ぐぞ」

 

その命令に従ってクルー達は全力で先に走り出した武の背中を追いかける。

 

 

 

 トノムラが走りながらノイマンを睨みつける。

「お前が縁起でもないことを言うから……」

「俺のせいじゃないだろうよ……」

同僚からの非難がましい視線にノイマンは今日何度目か分からない溜息をついた。



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PHASE-26 第二の矛先

 C.E.71 6月20日 L4宙域 大日本帝国領 軍港コロニー『安土』

 

 その姿を最初に発見したのは安土に帰還する帰路にあった宇宙哨戒機、PAー68『彩雲』だった。

「こちら第17航宙戦隊所属、PAー68『彩雲』!安土管制本部に緊急連絡!!二の丸付近にザフト艦隊を視認!!繰り返す、二の丸付近にザフト艦隊を視認!!」

 

 哨戒機からの緊急連絡をうけて司令室も慌しくなっていた。

「哨戒中のPAー68の熱源探知機が複数の巨大な高速移動体を感知、L4を目指して進行中とのことです!!」

「二の丸より距離10000オレンジ42マーク71デルタに敵艦隊が出現光学迷彩を解除した模様」

「艦影照合の結果、ザフトのナスカ級高速戦闘艦を主軸とする部隊と判明しました、また、敵艦隊にはこちらの識別表に無い未知の新鋭艦アンノウンが3隻存在するとのことです」

「安土より、撃震1個連隊が緊急発進スクランブル続いて瑞鶴1個大隊が出撃を開始しました」

 

 敵味方不明艦の襲来の知らせを受けて司令室に詰めていたL4『安土』鎮守府司令長官の神田輝明中将は眉間に皴を寄せている。

「レーダーを誤魔化してこの距離まで詰めてきたということはミラージュコロイドでも使ったというところか。しかし、何だってこのタイミングでL4に侵攻する?あちらさんがやる気なのは分かったが、いまいち動機が掴めん……」

神田の疑念に副司令の国友満少将も同意する。

「あちらもこちらの戦力については十分承知でしょう。狙いはおそらくこちらの軍事拠点の無力化ないしこちらの戦力の消耗といったところが考えられます。しかし、仮に目的を果たしたとしても我が国の国力であれば戦力の回復も時間を置けば可能です。そうなればザフトを待っているのは長期にわたる消耗戦となります。ザフトはこの戦闘でL4の戦力を全て無力化する意気でいるとも考えられますな」

国友がそう返した時、通信士官の一人が声をあげた。

「第二宇宙艦隊旗艦『扶桑』より入電です。回線をまわします!」

神田は司令席のモニターには第二艦隊司令長官、三雲勝将中将が映し出された。

「司令官、第二宇宙艦隊はこれより安土より出撃し、敵艦隊を撃滅します!!」

息巻く三雲に神田は釘を刺す。

「敵の撃滅も重要だが、敵戦力は未知数だ。このタイミングでの奇襲ということは、地上で使われたEMP兵器のような秘密兵器を擁している可能性が高い。注意してくれ」

「はっ……了解しました」

 

 安土に敵襲を知らせる警報が鳴り響いていた。警報を耳にした航宙隊の隊員は我先にとハンガーに飛び込み、己の機体に駆け込んでいく。

慌しく出撃の準備が進められる中、撃震のコックピットの中で各隊は手短にブリーフィングを済ませる。緊急発進スクランブルとあっては長々と話をする余裕も無い。

準備の終了した隊から発射カタパルトにつく。腰部スラスターに火を灯した撃震が一機、また一機と光の軌跡を描きながら宇宙空間へと吸い込まれていく。整備員や誘導員、発艦士官が敬礼してそれを見送った。

安土航宙隊に所属するMS部隊、第13航宙戦隊隷下のMSが続々と発進する。撃震1個連隊と瑞鶴1個大隊が漆黒の宇宙を翔けていく。

 

「白き牙ホワイトファングスマムより白き牙ホワイトファングス各機、領宙に接近中の部隊はザフト機動部隊と判明、数はナスカ級24!そしてこちらの識別表に無い未知の新鋭艦アンノウンが3!現在、敵艦隊の位置は二の丸より距離10000オレンジ42マーク71デルタです」

安土の司令室にいるCPオフィサーが状況を報告する。

尚、二の丸とは、L4宙域に複数存在する日本の宇宙要塞である。本丸であるL4コロニー郡を囲むように配置されたため、中世の時代の曲輪に準えて命名された。

 

「またザフトが相手か……」

第13航宙戦隊隷下、白き牙ホワイトファングス中隊を指揮する篁唯依中尉は愛機である橙の瑞鶴のコックピットでCPから送られた敵の情報を反芻した後に呟いた。

彼女は4ヶ月程前にもザフトMS部隊と交戦した経験を持っている。その時の相手はMS4機であったが、今回の敵はおそらく1個連隊以上だ。こちらにはコロニー防衛隊とあわせれば2個連隊分のMSが存在するため、数の上では優位に立っていると言えるだろう。

だが、唯依は不安が拭えなかった。ザフトもデブリベルトでの戦いで日本の戦力を痛感したはず。それにも関わらず今ここで戦端を開いたからにはそれなりの理由があるはずだ。死中に活を見出すためであろうか、それとも日本軍を相手にしてなお優位を取れる秘策があるのか。

唯依は意識の片隅にそれらの疑念を抱いたままザフト艦隊へと向かっていった。

 

 

 

「レーダーに感あり!距離6000グリーン37マーク28ブラボー。熱源照合……敵機特定!ゲキシンです!」

観測員の報告を聞いたバルトフェルドはその余裕のある態度を崩さずに命令を下す。

「ニイタカヤマノボレ一二〇八ってところかね?MS隊、発進しろ!!最初から手を抜くなよ!エターナル級各艦はミーティアを準備しろ!!」

バルトフェルドの命令に従ってナスカ級各艦からMSが発艦する。そしてエターナル級からは他のMSとは異なった意匠のMSが発艦していた。そしてそのMSはエターナル級の艦首から分離した巨大なユニット――ミーティアに接続する。エターナル一隻にミーティアが2基搭載されているために、この場では6機のミーティアが存在するのである。6機のミーティアによる編隊は敵対する勢力になんとも言いようが無い威圧感を与えている。

 

「ミーティア、装備完了!!」

「MS隊、発艦完了しました!!」

「安土より戦艦が発進します。艦影よりフソウタイプと確認。後1000でフソウタイプの射程距離に入ります」

次々に入ってくる報告を受け、バルトフェルドは不敵に笑う。その目つきはまるで獲物を狙う虎のそれであった。

「MS部隊、編隊を崩すなよ。距離5500で射撃を開始しろ。さぁて諸君、戦争をしに行くぞ!!」

四肢が欠けようともその強き心は欠けず。虎が天の海原に咆哮した。

 

 

「三雲司令、砲撃準備、完了しました」

砲雷長から報告を受けた三雲は未だに鼻息が荒かった。

「3分で灰にしてやる!!」

彼は日本の誇る戦艦の力を信じていた。扶桑の主砲が当たればザフトの巡洋艦はまず耐えられないのは確定しているのだ。そして彼は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

「主砲照準、敵の新鋭艦α1!!いいか、母艦からやれ!カトンボなど気にするな!やつらの火気ではこの距離で当ててくることはまず無いからな。それにこの扶桑の装甲はそう簡単に破られはせん!」

「了解。主砲照準、敵の新鋭艦α1!!いつでも撃てます!!」

三雲は砲撃準備完了を砲雷長が告げた後、唾を飲み込んで一呼吸おいた。そして肺に目いっぱい空気を取り込み、声を張り上げる。

「撃てーー!!」

扶桑は第二宇宙艦隊第3戦隊の僚艦、山城と共に第一斉射を放った。4基8門の砲口から吐き出された8本の奔流が敵艦隊にむけて一直線に延びていく。

しかし、その奔流は敵艦隊に近づくにつれて細くなっていった。結果、細い奔流が1本ナスカ級1隻に命中するも、それはナスカ級の船体を大きく揺さぶっただけだった。

 

「どういうことだ!?何故ビームが弱体化したのだ!?」

三雲は大きく目を見開いてCICのメインモニターを見つめた。目前で起こった現象に驚きを隠せない。

参謀たちも驚きの叫びをあげる。

「アンチビーム爆雷が散布されたのですか!?いつの間に!?」

「ナスカ級にはそのような動きはなかったぞ!!」

「だが、実際にアンチビーム爆雷によるビームの減退が起こっているんだ!」

 

CICが混乱する中、第二艦隊参謀長の立花泰三准将が声をあげた。

「司令!!ザフトのMS部隊の航跡に添う形で磁界を持った粒子が放出されています!!」

「何だと!?どういうことだ!?」

参謀らと三雲の視線が立花に集まる。

「彼らはMSに粒子噴出装置をとりつけたんです!先行したMS隊の後方にいる敵艦隊はアンチビーム爆雷の幕の裏にいることになります。これではビーム兵器は役に立ちません!!」

三雲は苦虫を噛み潰したような表情をする。このままでは戦艦の最大の売りである長距離砲撃ができない。しかも、鈍足の扶桑型戦艦ではアンチビーム爆雷が散布された宙域を迂回しようとしても時間がかかる。その間にこちらよりも速度に勝るザフト艦隊は悠々と移動できるだろう。

 

「敵MS部隊、接近!!我が方のMS部隊と交戦を開始しました!!」

参謀達が頭を抱えている中、オペレーターの報告が飛び込んでくる。

 

ザフトの第二の矛先が日本の防人と干戈を交えた。

 

 

 

『扶桑』型戦艦

竣工:C.E.64 11月8日

同型艦:『山城』

 

全長 318.5m

全幅 52.6m

 

核融合炉搭載

 

兵装

200cmエネルギー収束火線連装砲4基8門(1基は艦底部)

45口径36cm電磁単装砲16基16門(4基は艦底部)

55mm機関砲8門(CIWS)(2門は艦底部)

VLS(16セル)×2

SSM発射筒4連装1基(艦底部)

 

大日本帝国が竣工した宇宙戦艦。

金剛型のコンセプトが通商破壊と戦闘時の敵巡洋艦の撃破であるのに対して、扶桑型のコンセプトは敵主力艦の撃破である。

計画が持ち上がった当時金剛型巡洋戦艦に対抗可能なネルソン級戦艦が次々と竣工し始めており、速力を重視して装甲を薄くした金剛型巡洋戦艦では敵主力艦との砲撃戦において不利であったため、竣工された。

故にCIWSやVLSが少なく、対艦打撃力が強い主砲副砲が充実している。ただし、将来的な航空機の火力の増大を見込んで、単装砲を対空火器に換装できるように設計段階で余裕を造ってある。

本艦以前の主力戦艦である『河内』型戦艦に比べると、防御力、速力ともに大幅に向上している。

金剛型以上に艦底の装甲は厚い。

 

PAー68『彩雲』

全長19メートル

外見はウルトラマンティガに登場する月面基地ガロワの飛行艇

 

宇宙軍が採用している哨戒機。

元となった機体はA-67対艦攻撃機。多数の観測機器を搭載し、日本のコロニー周辺を常に巡回している。

今回安土のレーダーでは感知できなかったザフト艦隊を捕捉できたのはこの機体に搭載されている各種高性能センサーと、それらの情報を整理する優秀な情報処理プログラムのおかげであった。

自衛用にASM最大4発装備可能。



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PHASE-27 トラ・トラ・トラ

 C.E.71 6月12日 L4宙域

 

 ミーティアを任された6人のエースパイロットの内の1人、ヒルダ・ハーケンはコックピットの中で舌なめずりしていた。

操縦性能は良好、この大きなユニットを使っていても動きが鈍いなんてことはない。若干、制動に難はあるが、一撃離脱に徹する以上はそれほど気になるものでもないとヒルダはミーティアを評していた。僚機の2機の様子を見る限り、彼らもミーティアの使用に不自由している様子は無い。

「いくよ、野郎共!あたしらが先鋒だ!サブカル狂いの変態民族にあたしらの力を思い知らせてやるよ!!」

「りょ~かい」

「行くのかよ?」

ヒルダの威勢のいい声に対して、僚機である2機から返ってくる声はどこか飄々としたものであった。

だが、それでいいと彼女は感じていた。彼らの持ち味はザフトでも屈指の3人連携にある。変に気張られて調子を崩されでもしたら連携に穴が生まれかれない。それよりも彼らが普段と変わらない様子であることに安心する。

そして彼らの機体は一直線上に並んだ。正面から見れば1機に見えないほど正確に後続機が先発機の軌跡を正確に辿る。先頭のヒルダ機がビームサーベルを展開し各砲門を前方に向け、後方の二機がそれぞれミサイル発射管を展開した。

 

「「「ジェットストリーム・アタック」」」

 

 先頭のヒルダが全面にむけて全兵装を開放し、進行方向にKILLゾーンを作り出す。突然目前に放たれた火箭の網に絡め取られ撃震が次々と被弾する。運よく致命傷には至らなかった機体や直前に射線上から退避した機体もあったが、それらはヒルダ機の後続であるヘルベルト機、それに次ぐマーズ機が放った二重の火箭の網からは逃げられず、爆発四散していった。

 

「あはは、いいねぇ。大戦果だ!!」

ヒルダは満足感を感じていた。作戦開始前は日本軍はネビュラ勲章持ちのクルーゼを手玉に取る狂戦士バーサーカーの集団だ、銃弾を長刀で切り裂く化け物だと噂され、ヒルダ自身も噂を鵜呑みにはしなくとも、日本軍はナチュラルでも異常な戦闘力を持つ連中だという意識があった。

だが、無様に自分達の連携攻撃の前に爆発四散するあの武骨なMSを見ていると、どうやら噂の半分の力もないらしい。だが、日本はこれまで連合に利するために食糧でプラントを苦しめ、各地の戦線に物資を送り連合を支えることでザフトに負担をかけてきた相手だ。怨敵とまでは言わなくとも、恨みは積もりに積もっている。

本来の作戦であれば自分達はこのまま日本軍の軍港コロニーを攻撃する予定だったが、日本人はここで恨みを少しだけ清算しておくべきだろう。少なくとも、自分達はまだまだ恨みを晴らせた気ではないのだから。

「ヘルベルト、マーズ。もう一回、ジェットストリーム・アタックをやるよ。まだまだアタシは暴れ足りないんだ」

好戦的になっているヒルダをヘルベルトが諫める。

「俺たちの任務はミーティアの持つ火力によって突破口を切り開き、そのまま敵さんの本拠地への討ち入りだろう?いいのかよ」

「大丈夫だよ。もう一回アタックするぐらいの余裕はあるさ」

いつになく暴走気味のヒルダを見かねてか、マーズも彼女を諫めた。

「冷静になれよ、ヒルダ。この作戦を立案したのはザフト屈指の名将、砂漠の虎さんだ。あの人の指揮に従うことが日本軍に最大の打撃を与えることだろうが。それに目標を潰して離脱するときにもできるだろう。第一目標はあくまでもアヅチだ」

二人に諫められたことでヒルダは不満げではあるものの、再攻撃を断念し、目標へと向かっていった。

 

 

「ハーケン隊、敵MS郡を突破!アヅチに取り付きます」

「後続のMS隊も敵MS隊と交戦中です」

 

各隊からの報告が次々と旗艦エターナルに集まってくる。それを聞いていたアンドリュー・バルトフェルドはほくそ笑んだ。

「よ~し、いい感じだ。それで、ダコスタ君、現在の味方の損耗率はどうだい?」

「……現在、損耗率が5%、シュミレーションよりも損害が大きく出ています」

その報告を聞いたバルトフェルドは苦笑する。

「僕の……いや、議長閣下のごり押しでできる限りのいい機体とパイロットを集めたはずなんだけどねぇ。まさしくザフト最強の部隊と言ってもいいほどの質と量を以ってしても尚、結構速いペースで損害が出てるんじゃ、こりゃ左遷されるかな?」

「隊長、縁起でもないことを言わないで下さい。それに、作戦を成功させた時は隊長はネビュラ勲章だってもらえますよ。そうすればお好きな豆を議長閣下に強請ることができます」

飄々としたバルトフェルドを茶化す副官のダコスタの表情も自然体だ。

「おっ!いいねぇ。最近は天然のいい豆が手に入んなくてねぇ。久しぶりに美味いコーヒーにありつけるんなら真面目に戦争するのも悪くないな」

 

 どうでもいい話だが、アフリカでアークエンジェルに敗れて以来、バルトフェルドはまともなコーヒーを飲む機会には恵まれていなかったのだ。地球にいた頃は地元の商社や行商に来る商人から地球産のコーヒー豆を買い、自室で楽しむことができた。

しかし、重傷を負って送還された母国、プラントでは既に嗜好品の類は統制品となっており、彼の愛するコーヒー豆は手に入らず、かといって泥のように不味い温かさだけが取り柄の軍御用達インスタントコーヒーなんて死んでも御免であった。

戦前までは地球から豆を輸入でき、開戦後も暫くは中立国を挟んだ貿易や大西洋連邦からの輸入によって嗜好品の類は手に入れることができたのだが、戦局が長引くにつれて宇宙でも海賊行為をする輩が増えたために業者もしり込みして輸入量は激減している。

プラントの自前の食糧生産コロニーも穀物を生産するので手一杯の状態でとても嗜好品の栽培などに手をつけてはいられない。そんな贅沢をする余裕が独立を目指して国家総力戦を戦っている組織に存在するはずがない。

尚、この食糧不足の余波はザフトの兵站部門にも暗い影を落としている。現在、プラントは主要穀物以外のほぼ全ての食糧生産を麦から生産する合成加工食品によって賄っており、不味い食品しか市場では流通していない。最大の収穫効率を得られる食品を早期に生産することが開戦初期の食糧危機を解決する唯一無二の方法だったためである。

この合成食品でも工夫しだいではそこそこに食べられる料理をつくることができるのだが、軍は効率を重視するためにそうはいかない。地上の基地では地元で入手した食材を使用するために美味しい天然ものの食材を手に入れることができるし、宇宙でも大規模な基地の厨房ではそれなりの工夫がなされた料理を堪能することができるのだが、こと宇宙艦艇ではそのようなことはない。組織としても若く、人員数が限られているザフトでは烹炊員を大量に養成して前線の各艦に配置する余裕なんてあるわけがなかったためである。

結果、宇宙艦艇に配属されたものたちはプラントで作られた半加工食品ないし加工済み食品を簡易厨房で簡単な調理をして喫食する他なかった。そしてこれが非常に不味い。生産効率第一で生産されたこれらの温めるだけの温食配給食糧においては味覚はあまり考慮されてはいないのだ。

合成半加工食品や合成加工済み食品を胃袋に収めるためにザフト宇宙艦に勤務する士官らはマヨネーズやケチャップ等といった調味料を使っているらしい。これらはまだそこそこの量を輸入できたために、各艦の食堂にまで行き届いているのである。

結果、ザフト宇宙艦の乗員らは現在進行形で味覚が崩壊している。食べる人の好みに応じて調味料で味付けされる料理に慣れてしまった彼らの味覚はどうやらイギリス人化しつつあるようだ。

このことを報告されたパトリック・ザラ国防委員長兼プラント最高評議会議長はコーディネーターの食文化と味覚を守るために直々に日本に頭を下げて食糧を輸入することや、L4の食糧生産コロニーを奪取することを割りと真剣に考えてしまったという。

この問題はシーゲルが議長であったころから国防委員会から報告があったことなのだが、シーゲルは別に気にすることはなかったらしい。曰く、

「娘の料理よりはまし。調味料で食べられるならば問題ない」と言ったとか。

参考にならないが、日本の食糧生産コロニーは蛸に鰻に烏賊といったものまで生産することに成功している。また、日本のL4コロニー郡では最近『もやし』と命名された食糧加工コロニーが新しく建設された。なんでも、このコロニーには多種多様な菌を利用して食材を醸しているらしい。日本酒、くさや、納豆、味噌、醤油、味醂etc……といった日本人の文化のための食品を製造しているとのこと。

東京の某農大のキャンパスもこのコロニー内に置かれており、コロニーにおける食糧生産テクノロジーについて共同研究を進めていくことが決まったらしい。将来的にはテラフォーミングに応用できる技術を研究することが目的だそうだ。

このコロニーのことを知ったプラントの農林水産局の職員は地獄の底まで届くような怨嗟の声をあげたそうな。同情する。

そして、宇宙での食糧自給体制が確立されている大日本帝国宇宙軍の艦艇の食事も勿論美味である。出港から暫くはL4で栽培していた野菜や魚といった新鮮な食材を堪能でき、それが尽きた頃でも旧世紀より培った高い技術を誇る保存食を使ってメニューに変化を加えることで乗員らを飽きさせない。

無論、日本の艦艇には連合の艦艇のように各艦に料理を訓練校で学んでいる食事専任の乗員が乗り込んでいるために料理はカロリーや栄養のバランスまで考慮されている。

 

 

 バルトフェルドが天然食材に思いを馳せている一方、日本側はミーティアの投入によって衝撃を受けていた。

「なんだ!?巡洋艦以上の火力ではないか!?」

「我が方のMSが40機撃墜されました!!」

「敵大型MA、我が方のMSの迎撃網を突破しました!!」

「安土より出撃した対艦MA隊、敵大型MAの迎撃を受けています!損害甚大!!」

CICに飛び込んでくる未知もMAの戦果に第二宇宙艦隊首脳陣は一様に驚きを隠せなかった。

だが、いつまでも呆然としてはいられない。三雲はすぐに思考を立て直すと、声を張り上げた。

「あのMAを叩くぞ!!本艦の防御力ならば易々と沈まん!!」

だが、それに立花が異議を唱えた。

「司令!!第2艦隊は安土の前に張り付き、敵MAを安土に取り付かせないようにすべきです!!」

「ヤツを撃墜すれば安土も守れる!問題は無い!!」

頑なに敵MAの撃墜を主張する三雲だが、立花も意見を曲げない。

「あのMAの機動力は異常です!それにコロニーの傍まで追撃にでれば我々はコロニーに危害が及ばない程度にまで火力を制限する必要が出てきます!それならばコロニーの前で防空陣形をとった方がより効率的です!!」

三雲はしばし考えた。

確かに、これから追撃するにせよ安土の傍に張り付いて防空戦闘をするにせよ第二艦隊の使用できる火力はそれほど大きくは無い。それならばより防空に適した陣形のほうが敵MAを撃墜できる確立も上がるだろう。

また、仮に安土が陥落すれば宇宙軍にとっては大きな痛手になる。いつかプラントにこの襲撃の借りを返すのであれば安土を絶対に守り抜く必要があるだろう。

「……よし、第二艦隊の各艦はこれより安土の前に出て防空陣形を取る。だが、第3・第4航宙戦隊だけは別行動だ。彼らには敵艦隊を叩いてもらう。攻撃機を出すように通達しろ」

「第3航宙戦隊の『蒼龍』に搭載されている試作機を護衛にしますか。豪胆ですな。撃墜されたらヨコハマから苦情が来ますが?」

「同胞の命が最優先だ。それにやつらはそう簡単には墜ちはせん。そもそも安土のMS隊は敵の化け物MAに痛手を受けているために護衛は期待できん。それにやつらの防空もあの化け物MAがやっているのだ」

そう、アンチビーム爆雷による妨害のために第2艦隊の各艦の主砲であるビーム砲は効果がない。扶桑の攻撃オプションとしては副砲の電磁砲と対艦ミサイルがあるが、敵のジャミングは激しく、現在位置ほど遠くからでは対艦ミサイルの命中を望むことはできない。副砲の命中率もこの距離ではあまり期待できるものではない。

そもそも、C.E.の半ばからは各国軍の宇宙艦の主兵装はビーム兵器になっていた。ビーム兵器の威力も次弾装填速度も同口径の実弾砲以上のものであったためである。アンチビーム爆雷が発明されてからはビーム主兵装論に疑念が生じた時期もあったが、アンチビーム爆雷の効果維持時間を考えれば同口径の実弾を使用するよりもビーム兵器の方が採用するメリットが大きいと判断された。

無論、各国もアンチビーム爆雷の影響下での戦闘を考慮しなかったわけでもない。そのため各国は副砲に電磁砲や通常火薬砲を装備しているし、長距離対艦ミサイルも装備させていた。

だが、今回のようにアンチビーム爆雷をしようされれば一時的にビーム兵器は使用できなくなる。NJの発明により長距離対艦ミサイルも封じられているために威力も乏しい副砲に頼るしかないのだ。

そして火薬砲にせよ電磁砲にせよ発射時には反動が存在し、その反動が命中率を下げるために副砲による長距離攻撃はできない。故に三雲は戦艦による敵艦隊攻撃を断念し、航空攻撃に切り替えたのである。

 

 三雲はすぐに第3・第4各航宙戦隊に出撃命令を下した。それを受けて各航宙戦隊から次々とMAが発進する。そんな中、第3航宙戦隊の『蒼龍』のカタパルトデッキが展開された。僚艦のカタパルトデッキに比べてそれは大きなものであった。そしてカタパルトデッキに人型のシルエットをした機体が搬入される。

そのシルエットは撃震とも瑞鶴とも異なったものだ。重装甲を売りにしていたそれらの機体に比べて細く、より人間らしいシルエットに近づいたように見える。膝部前面、肩部装甲ブロック、爪先には特徴的なブレードエッジが搭載されており、明らかに近接格闘戦を意識していることが分かる。

 

 その機体のコックピットでは一人の男が発進準備を済ませていた。

「アニメじゃあるまいし、戦争に勝つために人型ロボットを使うなんてことを考えるなんて、新人類様の考えることはよく分かりませんなぁ。」

ナイスミドルとでも言うべき風貌だが、その気楽な調子からは軍人らしさをあまり感じない。

「大佐、出撃前です。彼らへの愚痴は彼らにぶつけてください」

「はいはい……全システムオールグリーン……いつでもいけるぞ」

「発進シークエンスを開始、射出タイミングをパイロットに譲渡します」

男は操縦桿を握り、フットバーに足をかけた。

機龍(きりゅう)1――白鷺、出るぞ!!」

 

 輝く白色に彩られた大日本帝国宇宙軍の次世代MS試験機、白鷺が戦場に向けて飛び立った。



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PHASE-28 安土攻防

 第二宇宙艦隊は安土の前で防空陣形を取っていた。

「敵MA接近します!!」

観測員からの報告で第二艦隊旗艦扶桑のCICの空気が変わった。

 

「全艦、対空ミサイル発射用意!!敵の編隊を崩す!!」

三雲の命令を受けて全艦のミサイル発射管が起動する。

「全艦、発射準備完了しました!!」

「よし!撃ち方始め!!」

三雲は腹の底から声を張り上げた。

 

 

「あいつら、戦艦をコロニーに貼り付けて盾にするつもりかい?なら、アヅチ諸共にボッコボコにしてやるよ……マーズ!ヘルベルト!フォーメーションDで行くよ!」

「おいおい、先刻言ったばかりだろ?俺たちの目標はアヅチだ。戦艦を相手にする必要はねぇ」

血気盛んなヒルダに対してマーズは慎重だ。彼も戦艦の火力を相手にしたくはないのだ。だが、ヒルダも反論する。

「どのみち目の前の艦隊を突破しないと目標に取り付けないよ!それに、アタシだって本気で沈めようとまでは考えてはいないさ。最大火力で敵陣を強行突破して、湾口部に一撃喰らわしたらそのまま離脱して艦隊を迂回して帰るんだよ。わかったかい?」

そのプランを聞いたマーズは一瞬思考を巡らせる。確かに、ここであの防空陣を回避して最大推力でアヅチを攻撃すれば自分達は傷一つ無く帰還できるだろう。だが、今回は司令官である砂漠の虎からはできるだけ早く目標を攻撃するように命令されている。

今自分達が軽口をたたきながら移動するだけの余裕があるのは味方機が日本のMSを引き付け、MAを艦隊が吸引しているためだ。味方の損耗率を下げるためにはここでできる限り早く戦略目標を達成する必要がある。ならば、ヒルダの策にのることが最良であるのかもしれない。

「……わかった。やってやろうじゃねぇか」

 

 ヒルダ、マーズ、ヘルベルトのミーティア各機は一定の間隔を空けつつ三角形の陣形を整える。

その時、モニターに映る戦艦のいたるところから真っ赤な火焔が迸った。放たれたミサイルは途中で子弾を放出し、その子弾は群れを成した狼のように三機に襲い掛かった。

「糞!対空ミサイルだ!!野郎共、全砲門開け!そのまま最大加速だ!ミサイルの中を突っ切るよ!!」

ヒルダの命令に従って三機は全砲門を開き、前方から迫り来るミサイル郡に一斉射撃を開始した。迎撃されたミサイルが強烈な先行を放つ。三機のミーティアは速度を落すことなく光の中を突破する。だが、光を抜けた先に待っていた光景は常に勝気なヒルダにすら弱音を吐かせるものだった。

「なんて火力だい!?まるで炎の壁だ!!行けるか!?」

そう、防空陣形を取っていた第二宇宙艦隊の各艦は装備している火器を持って効率的な対空砲火の網を作り出していたのだ。その熾烈な迎撃によりマーズ機が被弾した。幸いにも被弾したのは機体の左舷アーム部分であり、マーズは咄嗟に被弾部分を切り離すことで命拾いする。

「ヒルダ、すまねぇ!被弾した!」

「詫びてる暇があったら進みな!!このKILLゾーンを抜けるんだよ!」

だが、次いでヘルベルト機も被弾する。こちらはアーム部分を両方失ってしまった。

それでも彼らは止まらない。最大加速でただ前に突き進んでいく。加速によるGも凄まじく、対G能力に秀でているはずのコーディネーターの三人でさえ気を抜けば意識を手放しかねないほどだ。そして彼らはそのGに耐えきって火箭の豪雨を突破し、アヅチの前に出た。ヒルダが腹に力をこめながら僚機に呼びかける。

「マーズ!ヘルベルト!ミーティアを外壁にぶつけろ!穴からアタシが内部に一撃くれてやる!!」

「「おう!!」」

その掛け声と合わせて2機はミーティアをパージする。切り離された2機のミーティアは加速を続けながら安土の外壁に突っ込んだ。その膨大な運動エネルギーを叩きつけられ、さらにミーティア本体が爆発した衝撃が加わったために軍用のコロニーとして頑丈に造られたはずの外壁も耐えることはできず、衝突部分に大きな破孔ができた。

ヒルダ機はその破孔からコロニー内部に侵入し、コロニーの軸である中央のシャフトも兼ねた光源柱に向かって全火器を開放する。多数の火箭に貫かれた光源柱は光を失い、安土内部は暗闇に満たされた。同時に戦略目標を達成したヒルダは即座に離脱を開始した。

「マーズ!ヘルベルト!こっちのミーティアに掴まりな!!」

既にミーティアを失っている2機は安土内部から脱出してきたヒルダのミーティアに掴る。それを確認したヒルダは再び最大出力で安土を後にしようとした。第二宇宙艦隊を迂回するコースを選んで1機の流星が加速する。

 

 

 その頃、バルトフェルド率いる艦隊には第3・第4航宙戦隊のMA攻撃隊が接近していた。

「距離3000イエロー31マーク64アルファに敵MA隊!数、140!!」

「防空担当のミーティアをまわせ!!3機ともだ」

敵の襲撃を受けていながらバルトフェルドの表情に焦りの色は全く見えない。これは司令官が部下に器の底を見せてしまっては士気に関わることを知っているということも理由ではあるが、自分に与えられた戦力に対して、自分自身の指揮官としての手腕に対して自信を持っていたためであった。

バルトフェルドが防空隊に通信を繋ぐ。

「いいか、諸君。作戦の目標は敵の壊滅にはない。故に君達は別に撃墜数スコアを稼ぐ必要はない。敵機の攻撃の妨害に全力を尽くしてくれたまえ」

「「「了解!!」」」

ミーティアを駆る三人は威勢のいい返事を返す。彼らはブースターを噴射させて一直線に日本のMA隊を目指して飛行した。

 

 

「あのデカブツか!」

コールサイン機龍1――権藤吾郎大佐は白鷺の頭部メインカメラが最大望遠で捉えた敵MAの映像を見て叫んだ。

まるで巨大なコンテナが中央のMSを挟んでいるようだと権藤は感じた。先に交戦した安土守備部隊からの情報であのMAは多数の対空ミサイルと大出力ビーム砲、さらに巨大なビームサーベルを装備していることが分かっている。

「機龍1より機龍隊各機!中央のデカブツは第一小隊でやる!第二小隊は左の、第三小隊は右のデカブツをやれ!MA隊に手出しさせんじゃねぇぞ!!」

権藤は無線で自身が率いる次世代MS試験中隊――機龍隊の面々に命令を下した。彼の指揮下にあるのはMAとMSの混成大隊であったが、MA2個中隊の方は対艦攻撃を命じているために彼がミーティアの相手に割くことができたのは次世代MSを試験的に導入していた1個中隊だけであった。

命令に従い、中隊は3つに分かれ、敵MAとそれぞれ相対する。権藤は敵上方から仕掛けることにした。既にMA隊はミーティアの武装が少ない下方を抜ける進路を取っている。できることならば火器の少ない下方から攻めたかったが、ここで敵機に武装をMA隊に向ける余裕を作らせてはならないと判断したためだ。

白鷺とミーティアの距離が急激に縮まっていく。だが、先に発砲したのはミーティアだった。ミーティアが持てる火器を全て開放する。迸る何条もの火箭が権藤ら第一小隊を襲った。

4機の白鷺は火箭の夕立の中を掻き分けて進んでいく。機体のガンマウントと右腕に搭載している71式複合砲計3門が同時に火を噴く。

 

 71式複合砲は撃震を始めとした我が国のMSの殆どが装備していた70式突撃砲の改良型である。70式突撃砲は120mm弾と36mm弾を運用できる突撃砲で、36mmマガジンを銃身と水平に装着する突撃砲である。ジンやシグーの76mm重突撃機銃と比べて弾倉の突起が少ない分だけ取り回しに優れていた。

71式複合砲は36mm弾の代わりにビームを発射できるように改良された機銃で、白鷺以降のMSでは標準装備になる予定になっている。

 4機合計で12門の砲口から放たれた火箭がミーティアを襲う。だがミーティアは急加速で箭痕から抜け出す。急加速の上での急旋回で4機の白鷺の攻撃は回避されたのだ。

「化け物が!!」

権藤はそう呟いた。そもそも、あれだけの火器を搭載していれば一発の被弾で弾薬の誘爆を引き起こしかねないだろう。そんな飛ぶ火薬庫で飛び回るだけでもイカれた考えであるのに、その機体で凄まじいGのかかる機動をやってのけるコーディネーターの頑丈さに内心驚嘆する。

旋回を終えたミーティアが再び突撃する。再び多数の火箭が権藤達を襲う。凄まじい火箭の雨はまるでスコールであった。白鷺の頭部を足を、腕をビームが掠め、後方に抜けていく。再び敵機の姿が正面モニター上の照準環の中央に収まった。それを確認するやいなや白鷺の全火器が火を噴いた。

今度の火箭は敵MAの左推進機を貫いた。左推進機が一度火を噴出したかと思うと、一瞬、敵MAが光に包まれながら巨大化したように見えた。そして敵MAは巨大な火球に変貌していた。煌々と漆黒の宇宙を照らすその巨大な火球はまるで太陽が突如出現したかのようであった。

「……第一小隊各機、残弾数を報告しろ」

敵MAの凄絶な末路にしばし呆然としていた権藤だが、気をとりなおすと小隊の各機に通信を繋いだ。

「こちら結城……だめだな。120mmは品切れだ。ビームしか使えんぞ」

「こちら佐藤。先ほどの攻撃で噴射ユニットに被弾しました。左の噴射ユニットが咳き込んでいます。戦闘継続は厳しいです」

「こちら新城。120mmの残弾が0になっています」

 

 援護に行くことは厳しい以上、残り2機の敵MAは他の小隊に任せることになると権藤が思案していたことが一瞬の油断であった。

突如白鷺のコックピット内に警報が鳴り響く。直後に爆炎の中から砲火が放たれ、権藤の機体の左足をもぎ取った。

「権藤!!」

突然の攻撃に結城は自身の駆る白鷺に盾を構えさせて権藤の機体のカバーに入る。

「問題ない!左足をもぎ取られただけだ」

権藤は無線でそう返すと自分を襲った機体を見定めるべくモニターに映る敵機の姿を凝視した。

敵機は先の巨大MAにくっついていたMSだ。その背後には特徴的な蒼い翼がある。

「MSに天使の格好でもさせて何がしたいんだよ。コーディネーターってやつは信仰心てやつがあんのか?」

権藤は毒を吐くが、胸中では焦っていた。あの爆発でも無傷でいるところを見ると、あの装甲は十中八九フェイズシフト装甲である。そして何よりあれほどの火器を制御する腕前を持ったパイロットが相手である。こちらの状態は万全とは言いがたい。数の利があるが、それがどこまで通用するかは不透明だ。

「やるしかないか……新城、佐藤!お前らは距離を取って援護しろ!!結城!お前と俺でやつに近接戦を仕掛けるぞ!!」

権藤は自身を奮い立てるように叫び、フットバーを蹴って白鷺の噴射ユニットを全開で噴かした。だが、敵は遠距離戦闘で迎え撃つつもりなのか、腰部の砲門と背部ウイングから展開された砲門を正面に向けた。権藤と結城の白鷺は左右に散開し、側面から敵機に向かって加速した。

 

 敵MA1機を屠るために最新鋭機1個小隊がかりで攻撃してこれほどの消耗を招いたことに権藤は危機感を感じていた。おそらく、あれほどの火器を制御できる人物などザフトでも一握りであろうが、彼らが下手するとこちらの最新鋭機を駆る精鋭1個小隊に匹敵する戦力であるということは由々しき事態だ。

対抗できる武装やFCSの更新を早期に用意する必要があると彼は痛感していた。

 

 

 

 アンドリュー・バルトフェルド率いる艦隊は日本軍MA隊の攻撃を受けていた。多数のミサイルを搭載したエターナル級が一斉に砲門を開き、敵MA隊にミサイルのスコールをお見舞いする。そのカメレオンの舌のように伸びた火箭に舐められて一機、また一機とMAは爆発四散していく。

艦隊の防空を担当するジン・ハイマニューバもその高い運動性能を活かしていくつもの敵機を撃墜することに成功しているが、全てを阻止することはできない。

隣の味方機が撃墜されても日本軍機はうろたえることは無かった。日本のMA――『風巻』はスピードを緩めることなく火箭の網を食い破らんと突き進んでいく。そして射点へとたどり着いた機体は一斉に胴体に括りつけたASM-7を発射した。その後、風巻は回頭して全速力で離脱する。2発のASM-7を打ち尽くせばもう対艦攻撃オプションは無いのである。

そして宙を翔けるミサイルがその船体に吸い込まれているようにわき目も振らずにナスカ級に接近する。防空火器や直轄機が迎撃を試みるも、多数のミサイルが迎撃を潜り抜け、その青みがかった船体に炸裂した。

 

 旗艦、エターナル艦橋に詰めていたバルトフェルドは指揮下にある部隊が次々と敵MAが放ったミサイルに貫かれていく様子を見て顔を歪めていた。

艦橋には日本軍による襲撃の被害状況が引っ切り無しに飛び込んでくる。

指揮下にあるナスカ級24隻の内の2隻、グーテンベルク、カルティエの両艦は敵ミサイルに装甲を貫通され弾薬庫に被弾し、総員退艦を指示する間もなくそのまま轟沈したとの報告が入っている。だが、被害はそれだけに止まらない。

コルネイユ、ラシーヌ、ヘーゲルの3隻も行き足が止まり、戦闘不能になったという旨が報告された。コルネイユは胴体機関部に敵ミサイルが命中し、格納庫まで破壊されたことでMS運用母艦としての戦力を完全に喪失し、艦内に発生した火災も消化不能な規模になっているという。同時に両舷の推進機も使用不能に陥ったという。

ラシーヌは艦橋に敵ミサイルが直撃し、艦橋は壊滅した。指揮官が全滅し、残ったクルーで懸命に操鑑とダメージコントロールを進めているが、もはや戦闘をする余裕は無くなっている。この2隻には既に総員退艦の命令が下されたという。

ヘーゲルには2発のミサイルがそれぞれ艦首と左舷に命中し、艦首が敵ミサイルに食いちぎられ、左舷に穿たれた巨大な破孔が格納庫の内部を丸見えにしている。艦内に発生した火災の規模も深刻だ。ダメージコントロールで回復できる損害ではなく、もはやヘーゲルはMS運用母艦としての機能を完全に喪失し、MSの発着艦が不可能な状態にある。

シラー、デューラー、ツーゼ、ケプラーの4隻も航行不能とまではいかないまでもそれぞれ被弾し、現在ダメージコントロール班が必死の応急処置をしている。とりあえず操艦には支障がないが、戦闘継続は困難であるという報告がされていた。

 

 旗艦エターナルにも多数のミサイルが接近する。搭載する防空火器はザフト艦中随一で、C.E.71年現在最高クラスの防御力を誇るエターナル級MS専用運用母艦でも迫り来るミサイルの発射を防ぐことはできなかった。

「左舷にミサイル接近!!数4!!」

の報告が艦橋に響く。

「下げ舵20!急ぐんだ!!」

バルトフェルドの指示に従ってエターナルの船体が大きく向きを変える。同時にエターナルのCIWSが1発でも多くのミサイルを撃墜しようと火を噴く。そしてエターナルの左舷に火球が2つ現れた。

「敵ミサイル2、撃墜に成功!!」

だが、まだ敵ミサイルは2発残っている。艦橋にいるだれもがいまだに険しい表情を崩してはいなかった。

そしてオペレーターの一人が悲鳴じみた叫びをあげた。

「駄目です!!敵ミサイル2!避けられません!!」

「総員、衝撃に備えろ!!」

バルトフェルドが声を張り上げたのと同時に凄まじい衝撃がエターナルの艦体を揺さぶった。まるでボクサーのパンチを喰らったかのような衝撃にバルトフェルドも艦橋のクルー達ものけ反る。シートベルトをしていなければ艦橋の壁に叩きつけられていただろう。

だが、これは1発目だ。すぐさま2発目のミサイルがエターナルの艦体を穿つ。

「艦首!被弾しました!!カタパルト使用不能!!」

「左舷スラスターに被弾!スラスター停止しました!」

次々と被害の報告がオペレーターから報告される。

「ダメージコントロール急げ!!」

バルトフェルドは大声で怒鳴る。

「まだ戦闘は終わっていないんだ!応急修理で艦を保全しろ!!」

 

 万事休すか――そうバルトフェルドが覚悟した時、艦橋に彼が待ち続けた知らせが飛び込んだ。

「ヒルダ隊より入電!!『我、奇襲ニ成功セリ。目標達成度70%』」

その知らせを聞いたバルトフェルドは喜色を浮かべながら叫んだ。

「信号弾撃て!!撤退するぞ!!」

目標達成度70%ということはアヅチの内部にもそこそこの損傷を与えたことを意味する。目標が達成された以上は長居は無用だと判断したバルトフェルドはすぐさま撤退を決断したのである。

 

 

 信号弾があがったのを見て、権藤達の白鷺と交戦中であったフリーダムは一斉射撃を行って牽制し距離を取った。そして踵を返して艦隊へと帰還する。しかし、権藤らはそれを追うことができなかった。4機ともバッテリーは危険域に達しており、佐藤機にいたってはフェイズシフトダウンを起こしていた為である。

「くそったれ……撤退だと!?」

権藤が吐き捨てるが、もはや彼らにはどうすることもできない。彼らも後ろ髪を引かれる思いではあったが、しぶしぶ母艦へと帰還する。

「あの化け物MS……次は絶対に首置いてってもらうぞ」

 

「逃すか!!」

一方、これまで敵MS部隊と交戦していた白き牙ホワイトファングス中隊は逃してなるものかと追撃をかけようとする。だが、そこにナスカ級から発射された多数のミサイルが飛来する。中隊の各機は迎撃しようと突撃砲を構えるが、その砲口が火を噴く前にミサイルは自爆した。

「スモーク!?それにこれはアンチビーム爆雷か!!」

ミサイルはスモークとアンチビーム爆雷の混成であった。戦闘の序盤でばら撒かれたアンチビーム爆雷の効果は切れていたが、これで再びビーム攻撃が封じられ、さらに有視界もスモークで塞がれたために追撃はできなくなった。

唇を噛みしめる唯依の元にCPから通信が入る。

「白き牙ホワイトファングスマムより白き牙ホワイトファングス各機。司令部からの命令です。『追撃は中止、生存者の救助にあたれ』以上です」

「しかし、ここでザフトを逃すわけには!」

「追撃はL4に帰還中の第一宇宙艦隊が行うとのことです。ですから今は生存者の救出を」

その言葉に唯依も閉口する。第一宇宙艦隊――かの新鋭戦艦『長門』を擁する艦隊で追撃するのであれば仕方がない。

「……了解した。これより白き牙ホワイトファングス各機は生存者の救助にあたる」

彼女自身この戦いで部下を失っており、その仇を討ちたいと思っている。しかし、軍人である以上は命令は絶対だ。彼女は機体の向きを変え、交戦していた宙域に戻っていった。

 

 

 地上にもザフトの魔の手が及んでいたことを彼らはまだ知らない。

C.E.71 6月12日――混迷する世界の中で蚊帳の外の平和を謳歌していた日本に冷や水が浴びせられた日であった。

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type2

正式名称 試製二式戦術空間戦闘機『白鷺』

配備年数 C.E.71

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発局

機体全高 19.5m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

 

備考:外見はMuv-Luvシリーズに登場するSu-27『ジュラーブリク』

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵しているほか、甲型は跳躍ユニットの形が異なっている。(飛行機を思わせる形状ではなく、扁平な形状)

   撃震とは異なり、ナイフシースは存在しない。

 

 

防衛省が特殊技術研究開発局に製作を命令した純国産MSの第二世代機の試作機。

設計は撃震と同じく香月博士率いるプロジェクトチームの手によって行われた。

各国のMSにビーム兵器が次々と採用されている現状やザフトと交戦したパイロット達の意見を踏まえ、撃震にあった防御重視のコンセプトを撤廃しているために装甲は撃震のものと比べて軽くなっている。

ビーム兵器が相手では撃震並に分厚い装甲を纏っていても焼け石に水といった状況であったため、「防御力よりも回避性能を優先する方がパイロットの生存率の向上につながる」というコンセプトの元、機動性と運動性を突き詰めた設計となっている。

また、敵のエースパイロットや高性能機との交戦では接近戦の機会が非常に多かったことを受けて撃震に比べて近接戦闘能力を大幅に向上させた。

装甲を削った分装甲の質を高めるために全面的にフェイズシフト装甲を採用している。色は白を基調としている。

これらの近接戦闘を主眼に入れた設計や各種武装について助言したのはブルーフラッグにも参加した白銀武少尉だと言われている。

両前腕部には71式高周波振動短刀を内蔵(71式ビームサーベルに換装することも可能)し、膝部前面、肩部装甲ブロック、爪先には特徴的なブレードエッジが搭載されている。

ただ、格闘性能を高めるべく多くの武装や継戦能力を高めるべく特殊な機構、そして大型バッテリーを搭載した本機は多少大型化してしまったことが欠点といえる。

C.E.71 9月時点で宇宙軍への正式配備が始まった。

エースパイロットが搭乗すれば核エンジン搭載型MSとも互角に戦える基本性能を誇る。

 

 

 

 

Aー67『風巻』

 

全長19メートル

外見はウルトラマンティガに登場する月面基地ガロワの飛行艇

 

宇宙軍が採用している哨戒機。

 

PA-67『彩雲』の原型になった対艦攻撃機。装甲も厚く防御力、航続力、搭載能力は連合のメビウスを凌駕する。だが、その分メビウスと比べて機体は大型であり、運動性能も劣る。

固定武装は20mm機関砲で、胴体に対艦ミサイルASM-7を最大2発搭載可能。



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PHASEー29 バルトフェルドの退き口

「敵艦隊発見!!距離19000グリーン81マーク62ブラボー!!」

敵艦発見の報告を受けて第一宇宙艦隊旗艦『長門』の艦橋に緊張感が増した。

「艦影照合……情報にあった敵新鋭戦艦3!ナスカ級が20!!」

艦橋のメインモニターには敵部隊の配置が映し出され、自動的に一番艦、二番艦といったようにナンバリングされていく。

「……安土からの報告では27隻中ナスカ級2隻撃沈、3隻鹵獲、6隻撃破だったな。報告通りだ」

オペレーターの報告を聞いた第一宇宙艦隊司令長官、遠藤信仁中将は呟いた。

 

 安土を奇襲したザフト機動部隊は未知の新型MAを使い防衛線を突破し、安土の内部に深刻な損傷を与えたという報告は既に第一宇宙艦隊に入っていた。しかし、その時第一艦隊はL4への帰還途中であった。そのために迎撃戦には参加できなかったのである。

このままL4に急いだところで戦闘には間に合わないと判断した安土の聯合艦隊総司令部は第一宇宙艦隊にL4を離脱する残敵掃討を命令していたのである。

 

「合戦用意だ。本艦の主砲でアウトレンジ攻撃で叩く。第一戦隊の優先目標は敵の最新鋭艦だ。損傷している3番艦から狙え。第二戦隊は射程に入り次第これを援護せよ。第1航宙戦隊には艦隊の直衛隊を出させる」

遠藤は静かに命じる。

「砲戦用意!!目標!!敵3番艦!!」

『長門』艦長である羽立大佐が復唱する。

『長門』の艦前部に設置された主砲塔2基と艦底部の1基が旋回する。砲撃準備を終えた長門に同じく第一戦隊に所属する『金剛』、『比叡』が続く。しかし、未だに射程に達していないためにその砲門が火を噴くことはない。第五戦隊の『榛名』、『比叡』も第一戦隊に続いた。そして第1航宙艦隊の『飛龍』からはMS部隊が発進する。

「砲撃開始!!」

これまで静かだった遠藤が吼え、6門の主砲が始めて実戦で火を噴いた。

 

 

「距離18000ブルー19マーク30チャーリーに反応あり!!これは……日本艦隊です!!」

その報告に旗艦、エターナルのブリッジの空気は凍りつく。先ほど必死の退却を成功させたばかりでクルーはその役職に関わらず皆憔悴していた。戦闘の疲労が抜ける前に追っ手との戦闘……彼らは既に半ば敗北感に苛まれていた。更に、彼らにとっての凶報は続く。

「艦影照合……な……ナガト・タイプです!!さらにその後ろにコンゴウ・タイプ4!!」

オペレーターは絶叫した。先ほどまで相手にしていた艦隊もMSも凄まじい脅威だったが、自分達に今迫っている戦艦は先ほどまでの相手とは一線を画するであろうことは明白だ。

ナガト・タイプ――技術立国の日本が数ヶ月前に満を持して送り出した最新鋭戦艦。公表されている情報からすると、世界最強の戦艦と断言してもいいだろう。その主砲245cmエネルギー収束火線連装砲はあのアークエンジェルの225cmエネルギー収束火線連装砲『ゴットフリートMk71』以上の破壊力を誇るだろう。

さらにアークエンジェルの主砲は連装2基4門であったが、長門は連装6基12門だ。砲門数でもアークエンジェルの3倍、砲の威力はアークエンジェルを上回るのである。そして戦艦の装甲は「自艦の持つ火力を決戦距離で浴びても耐えられる」という設計思想の元で造られているはず。つまり、この艦を撃沈したければゴットフリートMk71以上の攻撃力を持って決戦距離まで接近する必要があるのである。アークエンジェル1隻撃沈することでさえ多数のエースパイロットをもってしても不可能であったというのに、カタログスペックではそれを凌駕する化け物と対峙することを強いられた彼らの絶望は推し量るべし。

 

「うろたえるな!!別にヤツを沈める必要は無いんだ!!ボアズまで逃げ切ればいい!!」

冷静さを失いかけているクルーとは違い、歴戦の将であるバルトフェルドは既に精神を立て直していた。確かに相手は世界一恐ろしい戦艦かもしれない。しかも味方の士気は低く、装備も万全とは言いがたい。だが、ボアズまで逃げ切ればボアズ守備隊が守りきってくれるはずだ。

恐らくナガト・タイプの速力は純粋に巡洋戦艦として設計されたコンゴウ・タイプ程のものではないはず。ならば足の速さを活かして振り切ることも可能だろう。そうなると脅威となるのはむしろその俊足で知られるコンゴウ・タイプのほうであろう。だが、コンゴウ・タイプは巡洋戦艦。その速力は戦艦以上であるが、防御力は戦艦を下回る巡洋艦キラーである。

コンゴウ・タイプを如何に足止めするかにこの撤退戦の行方がかかっている。だが、そのバルトフェルドの思案は一瞬で破棄されることになった。

 

「敵艦!!発砲!!」

オペレーターの報告と同時にエターナルの左舷を光芒が通り過ぎる。至近弾だ。

「この距離で初弾から至近弾だと!?クソ!このままじゃ当たる!!スモーク弾とアンチビーム爆雷の残数は!?」

「駄目です!!安土撤退時にほぼ使い果たしています。残数は全艦合わせても数発です!!」

バルトフェルドは顔を歪めた。この残弾数では焼け石に水である。そこにさらにオペレーターの叫びが飛び込む。

「ナ・・・ナガト・タイプが我が艦隊との距離を詰めていきます!!ナガト・タイプの速力は本艦の最高速力を超えています!?」

「馬鹿な!?エターナル級よりも速いというのか!?」

バルトフェルドが焦慮を顕にする。如何に歴戦の将といえどもここまで予想外の事態が連発すると焦りを隠せなかった。このままでは艦隊はナガト・タイプに追いつかれて蹂躙される可能性が高い。バルトフェルドは決断する。

「MS隊発進!!敵艦の観測装置を破壊しろ!!」

それに副官のマーチン・ダコスタが異議を唱える。

「しかし隊長!!MS隊は消耗しています!!満足に戦える機体の数は多くありませんし、あの艦隊がMSを艦隊の直衛に当てる姿勢を見せている以上は攻撃は非常に困難です!!」

「少なくとも、こちらは速力では劣るんだ。追いつかれるのは時間の問題だ……それに、元々今回は対艦装備なんてミーティアしかもってきていないのさ。それも残ったのが一機、しかもそれも中破しているとなれば取れる手は限られてくる!!」

最後は怒鳴るように言ったバルトフェルドの反論にダコスタも口を噤む。

 

 母艦機能を喪失していないナスカ級からMSが発艦していく。だが、その数は極僅かであった。

「どういうことだ!?まさか実動機が今出てったMSだけではないだろう!?」

バルトフェルドが怒鳴った。今出撃したMSだけで敵MSを突破するなんてことは到底不可能だ。戦闘終了後に受けた報告で未帰還機、修理不能機が多数に及び、実動機は搭載していたMSの内の2割程になるという報告は受けている。しかし、今出撃していったMSの数はそれを明らかに下回っていた。

「それが……実働に耐えうる部隊の内、傭兵部隊が『この戦闘に出ることは契約に含まれていない』と言って出撃拒否をしているとの報告が各艦から届いています」

オペレーターの報告にバルトフェルドは怒りを顕にする。

「追加報酬は先の戦闘と同額支給すると伝えろ!!」

 

 実はこの艦隊に所属するMS隊の半分ほどは傭兵であった。この作戦に実施にあたり、パトリック・ザラ議長は成功にせよ、失敗にせよ多数の人的損害を被ることを恐れ、MS隊の半数を傭兵で補うことを考えていたのである。

ナスカ級24隻でMSは約6機搭載できるので、作戦参加兵力はMS約144機にエターナル級に搭載された核動力MS6機となる。エターナル級は本来であればMSを6機まで搭載できるだけの容量があるのだが、核エンジン搭載MSの整備の都合上様々な特殊設備を搭載したためにMS許容量が削減されている。

国防委員会はこの作戦によるMS部隊の損耗を成功時で5割、失敗時で8割と見積もっていた。MS70機程の損耗となれば今のプラントにはそれを埋めるだけの人的資源の余裕は無い。如何に地上ではジブラルタル・ビクトリア等から撤退して戦力の余裕を作り出せつつあるといっても、後4ヶ月程は何が何でもプラントを如何なる攻撃からも守る必要があったため、彼らはMS隊の損耗をできる限り減らす策を考えざるをえなかったのである。

 

 苦虫を噛み潰した表情をしているバルトフェルドが発進していくMS隊の中にフリーダムとジャスティスが存在しないことに気づく。今回バルトフェルド隊が運用した核動力搭載MSはフリーダム、ジャスティス各1機、そしてテスタメント4機だ。そのためにフリーダム、ジャスティスを運用するエターナル級2番艦トゥモローのミーティア以外には改造が施されていた。まぁ、既に搭載していたミーティアは全て撃墜されたか大破しているために使用不可能なのだが。

テスタメントは安土襲撃に使用された3機を含めて胴体に被弾しており、原子炉の安全のために使用が見合わされたとの報告が入っている。だが、フリーダムとジャスティスは出撃可能なはずである。

「おい!!フリーダムとジャスティスはどうして出ない!?」

「わ……わかりません。トゥモローのタカオ・シュライバー艦長に繋げてみます」

ややあってエターナルのメインモニターに中年の男が映し出された。

「バルトフェルド隊長、我々の艦のフリーダム及びジャスティスはパイロットの体調不良のために出撃できません」

「……安土撤退時は敵の新型相手に大立ち回りしていたほどのパイロットが戦闘後には体調不良ですか。報告では被弾0だったはずですが、コーディネーターってのはそんなにやわな存在でしたかな?」

バルトフェルドはシュライバーを皮肉る。元々彼はこのタカオ・シュライバーという男が好きではなかった。バルトフェルドがフリーダム、ジャスティスのパイロットの選定をしている時に政治的圧力をかけて両機を名も知らぬパイロットに与えた何者かの息がかかっているからだ。

実際トゥモローのクルーはほぼ自分が知らないところから配属されたクルーで占められている。そして司令官である自分に対してもフリーダム・ジャスティスのパイロットの情報が秘匿されていることが彼の不信感を増していた。

「いやはや、そこを突かれると痛い。ですが、パイロットも人間です。損傷が無いからと機械のように再度出撃に耐えられるわけでもありません」

この飄々とした感じがまたバルトフェルドの額に青筋を浮かべさせる。

「自分はそのパイロットとやらを見たことが無いんですがね」

「まぁまぁ、バルトフェルド隊長。ともかく、我々トゥモローのクルーは試験小隊の随伴です。試験小隊に関しては指揮権はあなたにではなく、私にある。その上で小隊の上官である自分が、『彼女ら』に再度の出撃は不可能だと結論を出したということを覚えておいてください。それでは、失礼」

通信が切れる。そしてバルトフェルドは苦虫をダース単位で噛み潰した顔をしていた。

だが、次の瞬間エターナルが震えた。

「左舷、CIWS被弾しました!!」

バルトフェルドはトゥモローのことは頭から捨て、再び戦場に目を配った。

 

 

 

 長門の第3斉射はエターナル級の左舷装甲を掠め、設置されていた対空火器を沈黙させていた。それを見た長門の艦橋では閣僚達が喝采をあげていた。

「逃げる敵を一方的に叩くというのは少しつまらんな」

遠藤が呟いた。

艦隊の周囲では既に撃震が敵MSを駆逐し終えている。こちらのMSの損害は軽微だ。安土からの情報にあった連合のGタイプに似たMSも出てこない。最新鋭試作機の1個小隊を相手にしたというMSが出てきた場合はMS隊の壊滅を覚悟していただけにいささか拍子抜けだ。

敵最新鋭艦はその速力を活かして上下左右と上手く操舵して砲撃を回避しているが、距離を詰めればそれも無駄な努力になる。もうすぐ金剛も射点に辿りついて砲撃を開始するはずだ。

その時、艦橋に新たな報告が飛び込んだ。

「ザフト艦4!!転舵!!こちらに向かってきます!!」

「敵艦隊、スモーク、アンチビーム爆雷を放出!!」

「敵艦隊、陣形を変えました。単縦陣です!!」

変針した艦は皆大なり小なり損傷している様子だ。それを見て遠藤は敵の狙いを察した。単縦陣をとり、その末端にはアンチビーム爆雷とスモーク弾をばら撒くことで長門の射線を封じ

た。恐らくは残り少ないスモークやアンチビーム爆雷の残量で最大限こちらの射線を封じるために単縦陣を取ったのだろう。そしてこちらが射線を別の角度から取ろうと変針することを防ぐために損傷したナスカ級が殿として残ったというところか。

「捨て奸でもやるつもりでしょうか」

同じくザフトの狙いを読み取った羽立が忌々しそうに呟いた。

アンチビーム爆雷とスモークによってアウトレンジ攻撃が封じられている以上はあちらの射程に飛び込んで相手をせざるをえない。殿は確実に仕留められるが、その間に敵艦隊はボアズに離脱し終えるに違いない。自分たちの手で安土を破壊した不届きものの首をとってやろうと意気込んでいただけあってもどかしいものが彼にもあるようだ。

「……MA隊に対艦攻撃をさせられるか?」

遠藤は航宙参謀乾智文中佐に意見を求めた。

「……敵艦隊にあとどれほどの実働機があるかが不透明です。もしも実動機……特に情報にありました青い翼のMSや赤いバックパックのMSがあちらに残っているのであれば、このままMA隊を送り出したところで敵MS隊に邀撃されては壊滅します」

「敵艦隊はそれらを温存することで対艦攻撃に備えているのか、ハッタリなのかが分からん以上は手も出せんな……よろしい。本艦の目標は敵3番艦、金剛と榛名は目標敵1番艦、比叡は目標敵2番艦、霧島は目標敵4番艦だ。ビームが使えん以上はミサイルでさっさとしとめる。SSM-6D発射用意!!」

遠藤の命令を羽立が復唱する。

「SSM-6D発射用意!目標敵3番艦」

長門の艦底部からミサイルランチャーがせり出した。

「撃てー!!」

遠藤が命令するとミサイルランチャーから2発のミサイルが連続して発射された。

 

 SSM-6Dは元はコロニーへの被害が予想されるほどの隕石を効率良く砕くためにつくられた推進式削岩弾D-03を転用して完成させた対艦ミサイルである。先端のドリルで敵艦の装甲に穴を開け、ブースターを噴射して装甲区画を突破、内部で爆発する。その能力から一部の軍人が『偽・螺旋剣カラドボルグⅡ』と呼んでいるとかとかいないとか。

因みにASM-7はSSM-6Dとは異なりその驚異的な速力で敵艦の装甲を突き破るミサイルである。これもその能力から一部の軍人から『突き穿つ死翔の槍ゲイ・ボルグ』と呼ばれているらしい。

 

 敵3番艦は迎撃ミサイルとCIWSで撃ち落そうとするが、ミサイルは迎撃網を潜り抜けてその装甲に吸い込まれる。装甲に取り付いた弾頭は高速回転しながらその装甲を食い破り、内部で炸裂した。艦の内部を爆炎が走り、ダメージコントロール班を焼き尽くす。

右舷と艦橋前に命中した2発のSSM-6Dが装甲を食い破りその奥で炸裂したことで弾薬庫に引火し、敵3番艦は被弾部分から炎を吹き上げそこから破孔が広がるにつれて原型を保てずに崩れていった。

 

 遠藤が索敵モニターを覗き込むと、そこにはもう敵艦の表示は無かった。金剛型4隻も既に獲物を仕留めた後のようだ。

「司令官、敵艦隊の追撃を続けますか?」

羽立が遠藤に具申するが、遠藤は首を振った。

「敵艦隊の現在位置はボアズの防空圏に近い。今から追いかけたとして、最悪ボアズの防衛隊も相手にすると考えると大きな損害を出す可能性も高いだろう。故に、これ以上の追撃は不要と判断する。全艦、安土に帰るぞ」

 

 第一宇宙艦隊の各艦が次々と変針し、安土へと向かっていく。

敵艦隊を取り逃がしたのは痛手だが、あそこで我武者羅に突撃しても戦果以上の損害を強いられた可能性も否定できなかっただろう。安土攻撃の報復の機会はいつか訪れる。その時には『長門』で引導を渡してやろう。羽立はそう考えていた。

 

 

 

 

 

『長門』型戦艦

竣工:C.E.71 5月25日

同型艦:『陸奥』

 

全長 367.8m

全幅 61.2m

 

マキシマオーバードライブ搭載

 

兵装

245cmエネルギー収束火線連装砲6基12門(2基は艦底部)

45口径41cm電磁単装砲8基8門(2基は艦底部)

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」20門(CIWS)(8門は艦底部)

VLS(32セル)

SSM発射筒4連装2基(艦底部)

 

大日本帝国が建造した宇宙戦艦。

ヨコハマの原子物理学主任研究員、八尾南晩博士が40年に及ぶ研究により生み出したマキシマオーバードライブという機関を搭載している。この機関の採用により、本艦は推進剤を使わず、マキシマオーバードライブの生み出す光を推進力にして進むことができる。やろうと思えば単艦での大気圏離脱が可能なほどの推力を得ることも可能。

装甲には超耐熱合金TA32を使用しているため異常なほどの防御力を持ち、「自艦の持つ火力を決戦距離で浴びても耐えられる」という戦艦の設計要件を満たしている。C.E.71年現在では長門型戦艦以上の火力を保有する戦艦はアークエンジェル級とイズモ級だけである(陽電子砲を決戦距離で放つぐらいでなければまともに損傷を与えることはできないということ)

大西洋連邦のアークエンジェル級に次ぐ強大さをほこり、対艦戦闘も対空戦闘も共に申し分ない戦闘力を保有している。

船底の武装は格納が可能。

悪化し続けるL5をめぐる緊張関係を受け、帝国領コロニーの安全を確保するために竣工後すぐに宣伝された。

 

 

 

『蒼龍』型空母

竣工:C.E.68

同型艦:『飛龍』『雲龍』『白龍』『紅龍』『黒龍』『雷龍』『火龍』『風龍』

 

全長 433.2m

全幅 98.5m

 

核融合炉搭載

 

兵装

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」14門(CIWS)(4門は艦底部)

VLS(61セル)×2

 

MSを最大24機運用可能

 

世界最大の正規宇宙航空母艦。(C.E.71時点)

いかなる事態においても迅速に戦力を展開し友軍を援護するために、金剛型戦艦と同等の速力を発揮できる。

ただしあくまでも空母なので、艦対艦戦闘を想定した装備は搭載機しかない。その代わり対空戦闘能力は高い。

一度に二機のMS又はMAの同時発進が可能。

 

 

 

『金剛』型戦艦

竣工:C.E.60 8月16日

同型艦:『比叡』『榛名』『霧島』

 

全長 333.3m

全幅 50.0m

 

核融合炉搭載

 

兵装

200cmエネルギー収束火線連装砲4基8門(1基は艦底部)

45口径36cm電磁単装砲6基6門(2基は艦底部)

55mm機関砲16門(CIWS)(4門は艦底部)

VLS(32セル)

SSM発射筒6連装2基(艦底部)

 

大日本帝国が竣工した宇宙巡洋戦艦。

C.E.60 の竣工時では世界最強の砲を持つ。

主に通商破壊を目的としているため、仮想的は主に輸送船団とそれを護衛する巡洋艦を想定し、それらを効率的に沈めるための装備が充実している。

艦対艦ミサイルを多数装備し、世界屈指の機動力を有する高速艦である。

また、その速度性能を生かして空母の護衛艦として使うことも想定し、開戦後には艦対空装備を増設する改装を行った。

艦の下部はかなり厚い装甲に覆われている。



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PHASE-30 種子島奇襲

 C.E.71 6月12日 大日本帝国 鹿児島県 種子島沖合い

 

 ボズゴロフ級潜水艦ラッセンとレーニアから次々とMSが発進していく。イージス、バスター、デュエル、ブリッツ、そしてジンアサルトが8機だ。彼らはグゥルに乗って一路種子島のマスドライバー『息吹』を目指していく。

 

「アスラン!!いいな、お前は戦闘部隊に復帰したとはいえ、緑だ。お前は命令に従ってもらうぞ!!」

イザークの言葉を聞いたアスランは一言で返す。

「ああ」

「ああ、とはなんだ貴様!!」

感情の起伏も見せないアスランに腹がたったのかイザークが更に突っかかる。だが、それをハイネが諫めた。

「はいはい、もうそのへんでいいだろ?イザーク。いざとなればアラスカの時みたいにアスランに拾ってもらうことになるかもしれないんだからな。あんまり険悪にしてると拾ってもらえないぞ」

 

 オペレーション・スピットブレイクの際、ハイネたちはアークエンジェルの追撃任務についていた。しかし、結果は惨敗。何故かアークエンジェルを援護した日本のMSとストライクに撃墜され、彼らは全員海中に送りにされた。

救難信号を受信した哨戒部隊のアスラン達チャペック隊が迅速に救助し母艦まで搬送してくれなければ彼らはアラスカの地でホカホカに加熱されて死んでいたであろう。尤も、イザークはこれをアスランに助けられたとは断じて認めず、早期警戒仕様ディンにアンカーを設置するように立案した者に命を救われたのだと言い張っていた。

因みにこのアンカー、銛のような先端に特殊鋼でできたワイヤーがついた代物で、水中で行動不能となったMSの回収を迅速に行う手段としてスピットブレイクから試験導入されていた。そして、このアイデアを出したのがオーブ沖で水中に落下したG兵器の回収で手をやいた経験を持つアスランの上官、チャペックが提案したものだということをイザークは知らない。

自分達の失態から生まれたアイデアが自分達の失態をカバーしたことを知ったら気が短い彼は憤死してしまいそうだが。

 

「元隊員が戻ってきて嬉しいのは分かるが、おしゃべりはそのへんにしておきたまえよ、諸君」

仮面を被っていつも素顔を、その感情をかくしている男、ラウ・ル・クルーゼが隊員達を戒める。

「我々が強襲するのは日本の宇宙への玄関口だ。当然、先方もそれなりの対策を施しているはずだろう。そして、我々の任務は派手に暴れることにある」

「……となれば当然、相手にするMSの数も増えますね」

ハイネがニヤつきながら言った。

「今度こそ、やつらに雪辱をはらしますよ」

表情と裏腹に操縦桿を握る拳には強い力がかかっている。彼らはこれまで幾度も日本のせいで痛い目にあってきたこともあって士気は高い。

アスランは日本軍の軍艦を誤射したことで緑服に降格のうえでカーペンタリアに異動させられた。イザークとハイネはアラスカで日本のMSによってあっという間に無力化されて海に落された。その妨害のせいで足つきの撃沈にも失敗している。

彼らからすればこの闘いは雪辱戦。負けることはザフトのエリートの名をさらに汚すことになりかねない。

「君達は伊達に赤服を着てはいないはずだ。健闘を期待しよう……さて、来たぞ!!」

クルーゼの声で各MSは散開する。レーダーに反応がある。機影をライブラリで検索するまでもなく、彼らはそのMSの正体を知っている。大日本帝国の主力MS、撃震。その性能はシグーを凌駕するものと推測されている。それが4機、一個小隊の反応がある。

こちらの戦力は連合のGシリーズ4機、クルーゼとアスランの駆るYFX-600R火器運用試験型ゲイツ改2機、そしてクルーゼの部下の緑服が駆るYFX-200シグーディープアームズ2機だ。本来であればボスゴロフ級3隻で任務にあたる予定であったのだが、作戦期日までに日本の領海に侵入できたのはラッセンとレーニアの二隻だけであった。

だが、この作戦の成否は戦局を大きく変えるということを通知されていた彼らに撤退の2文字は無い。彼らはブースターを噴かして目の前の島に接近していく。撃震との距離が狭まると、バスターが散弾を発射した。これが戦闘を告げるゴングだった。

 

 

「いったいどういうことですか!?」

管制センターに急行した武達は『息吹』管制塔で係員に詰め寄っていた。

「ザフトによる強襲です!!MSがこちらに向かっているんですよ!!」

その事実に武達は驚きを隠せない。

「そんな!?日本とプラントは交戦状態にはない筈では!?」

マリューも驚愕する。

「しかし、来ているのです!!恐らく目標はこの『息吹』です!」

「……こちらの防衛戦力は!?」

武は頭を即座に切り替え、こちらの戦力についての情報を求めた。

「種子島に配備されているのはレーダーサイトとそれに連動した固定砲台、テロに備えた陸軍の歩兵、最終防衛線として配備している撃震1個小隊だけです。ですが、すでに空軍が新田原より戦闘機1個中隊をスクランブル発進させています」

足りない。武はそう直感していた。敵MS部隊についてのデータを見ると、連合から奪取されたG兵器もある。これだけの戦力に撃震1個小隊と空軍の邀撃戦闘機だけでは対処しきれないだろう。こちらにも敵に対抗しうるだけの性能を持ったMSが必要だ。

出撃した撃震1個小隊も交戦を開始したようだが、既に1機がシグナルロストしている。それに撃震では長時間の空中戦は不可能だ。このままではこの島はザフトにやられる。崩れ落ちるマスドライバーが脳裏に浮かぶ。その時、ラミアス大尉が声をあげた。

「白銀少尉!!MSならばあります!!」

「何処に!?この島に配備されているMSなんて無い……あっ」

その時、武は思い出した。この島から宇宙に届けられる物資の一つを。ラミアス大尉が宇宙に行く理由の一つもこいつにあった。

「『あれ』は今何処に!?」

「貨物の中にあるはずです!急ぎましょう!」

ラミアス大尉がそういい残して管制塔から駆け出した。武もそれに続いて管制塔を後にした。

 

 

 武は息を切らしながら軍用貨物倉庫に辿りつき、お目当ての荷物の入ったコンテナに駆け寄った。近くにいた作業員にコンテナを開けさせたころにマリュー達が到着する。

武はそれを横目に目の前に佇む灰色の巨人を見上げた。

「頼むぜ……ストライク……」

目の前に佇む灰色の巨人の名はGAT-X105ストライク。ザフトによるヘリオポリス襲撃時に唯一奪取を免れた試作MSである。この機体はラウ・ル・クルーゼ、アンドリュー・バルトフェルド、マルコ・モラシムというザフトの名将を退け続けた。

安土に運び込みストライカーパックの運用を含めた性能比較試験が行うためにこの種子島に送られていたのだ。

武はストライクのパイロットに潜り込み、OSを起動させる。どうやらバッテリーも十分残っているようだ。その時、マリューがコックピットに入ってきた。

「ラミアス大尉!?」

武は素っ頓狂な声をあげるが、マリューは気にもせずにコックピットに備え付けられたコンピューターを操作する。何かのデータを引っ張り出したようだが、その表情は強張っていた。

「白銀少尉……このMSのOSはヤマト少尉が使っていた時と同じ仕様のままです……」

マリューが告げた事実に武の表情も強張る。

このOSはキラが使い続けたOS……つまりはコーディネーター用のOS、しかもキラという特殊なレベルのコーディネーターの癖が入ったものである。メカニックとしてそのOSを検分したころもあるマリューはそのOSの扱いづらさを知っている。だが、ここで日本軍謹製OSをインストールする時間も(そもそも現物がないのだが)キラのようOSを再構築する化け物じみたスペックもマリューには無い。

一方で考えている暇もないのも事実だ。マリューは遠慮がちに続ける。

「白銀少尉は……コーディネーター用のOSの使用経験は……」

「……一度だけ、シミュレーターで、お遊びレベルで触れたことがあるぐらいです」

武ほどの腕前を持つパイロットであればコーディネーター用のOSに触れる機会もあったかもしれない……その時に操作方法を習得している可能性もある。マリューは一縷の希望を求めて武に尋ねたが、答えは絶望的なもの。

彼女は焦った。このままではストライクを出すことはできない。だが、武は諦めかけているマリューの肩に手を置き、彼女に顔を向けながら口を開いた。

「やってみますよ……やれるだけ。これでもMS撃墜スコアは日本一のパイロットなんです。自分にも、その矜持があります」

今まで戦場で見せていた凛々しい軍人の表情でも、キラにアドバイスした時のような穏やかな私人としての表情でもない。自分の意思を貫こうとする雄雄しい漢の眼に至近距離で見つめられたマリューは顔を赤らめた。

「大尉。最低限の調整だけ付き合って下さい。終わり次第出ます」

「了解しました!!」

 

 狭いコックピットで密着しながら作業していることを意識してしまい、マリューの顔は茹蛸のように赤くなっていたが、その手は休まない。数分でセッティングを終え、彼女はコックピットを後にする。そして武はコックピットを閉鎖し、OSを起動させる。

「うし……OS起動!……ってなんだこのふざけた仕様は!?」

文句を言っても仕方が無い。武は四苦八苦しながらストライクを操作する。そこにマリューからの通信が入る。

「少尉!!エールストライカーが隣のコンテナにあります!それを使用して下さい。機動戦に最適の装備です!!」

「了解……っと!?」

やはりOSに難があるために動きはぎこちない。だが、武はなんとか装備を付け、倉庫から抜け出す。

「やってやるよ……白銀武!ストライク、いくぜぇ!」

アークエンジェルクルーが見守る中、ザフトの仇敵となった機体を駆って最強のパイロットが戦場へと飛翔していった。



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PHASE-31 『息吹』の危機

 眼前に現れた撃震1個小隊に対して彼らは一斉射撃を開始した。咄嗟に4機の撃震は散開するが、アスラン達は最初の打ち合わせ通りに最も近い位置にいる1機に目標を集中させる。綿密な火箭に絡み取られて1機の撃震が火球となった。

残った3機の撃震のパイロットはこの短時間で1機が撃墜されたことに動揺したのか、距離をとって射撃を開始した。だが、それは下策だった。撃震よりも長射程を誇るバスターが対装甲散弾砲を発射し、直撃を受けた2機が爆散する。残った1機は恐怖に駆られたのだろうか、ビームサーベルを展開して急加速してアスランの試作ゲイツに斬りかかった。

アスランはそれに合わせてクスィフィアス・レール砲を放ち、撃震のコックピットユニットに大穴を穿った。

撃震4機を打破するのにかかった時間は1分。ザフトMS部隊は速度を落すことなく種子島へと飛行していく。

 

 目の前に見える島はとても平坦であるとアスランは感じていた。見たところその島には山は存在しないらしく、まるでギガフロートのようだ。

その時、機体の警報装置が鳴り響いた。同時にライブラリーが該当機体を示す。

「ストライク!?」

アスランは目を見開いた。目の前の機体は自分達がヘリオポリスで奪取しそこね、ザフトの同胞を多数葬り、幾度も自分達に土をつけてきた機体――ストライクだった。

何故ストライクが日本軍の領土に存在するのか、パイロットはキラであろうか。様々な疑問が彼の中に生起する。しかし、彼は頭を振って自分の意識を切り替えた。例え敵のMSがなんであろうとも、そのパイロットが誰であろうとも自分の役割は変わらない。

 

「出てきたなぁ、ストライク!!今日こそ貴様を討つ!!」

「待て!あいつの相手は俺がする」

威勢よく飛び掛ろうとしたイザークをアスランが止める。

「邪魔をするな!!一般兵は引っ込んでいろ!!」

「作戦を忘れたのか?敵防衛部隊の相手をするのは俺達だと決まっているはずだ」

 

 イザークは怨敵の姿を前にして冷静さを保てていない。そう判断したアスランは今作戦の指揮官であるクルーゼに通信を繋いだ。

「クルーゼ隊長。イザーク・ジュールはまともな判断ができない精神状態にあります。このまま彼の暴走が作戦目的の遂行に支障をきたす事も考えられます。故に、彼を母艦に下がらせることを提案します」

アスランの提案を聞いたイザークは憤った。

「ふざけるなよアスラン!!俺はあいつを切り捨てた上で作戦を遂行」

「そこまでにしたまえ」

イザークが最後まで言い切る前にクルーゼが口を開いた。

「イザーク、今回の君に与えられた役目は敵施設の破壊だ。敵の防衛戦力の相手はアスラン達がすると話は済んでいる。これ以上君が作戦を乱す行動を取るのであれば、君を下がらせる必要が出てくる。頭を冷やしたまえ」

流石にクルーゼに言われてはイザークも反論できない。その顔面は紅潮していたが、彼は喉元までこみ上げた言葉を飲み込み、機首を変えた。

「アスラン、君も、あまりチームの和を乱すような口調をすることは控えたまえ。それも、作戦に支障をきたす要因となりうるからな」

「……了解しました」

アスランは通信を切り、僚機と共にストライクのほうに機体を向けた。

 

 アスランは試験型ゲイツ改にP.S装甲を展開させる。この機体はバッテリー駆動の上、P.S装甲実装機のテスト機であったために元々P.S装甲の燃費が非常に悪い機体だ。故に、P.S装甲を展開していられる時間は5分。バックパックに内蔵している予備バッテリーを合わせても10分という駄作機だ。

今回はグウルにも予備バッテリーを搭載することで戦闘時間は5分延長することが可能となってはいるが、レール砲やビーム砲を多用すればあっというまにバッテリーが尽きることも事実である。実働時間は10分を切る可能性が高い。

その限界活動時間のために今回のアスランの任務はマスドライバー防衛部隊の無力化となっていた。

アスランはフットバーを蹴ってストライクに突進した。

 

 

 

 一方、武は焦っていた。敵機の技量は高いうえにこちらの手勢は自分ひとりだ。管制からの報告によれば新田原の空軍部隊が到着するまでには後5分はかかかるとのことだ。

自分の役割はこの300秒の間マスドライバーを死守すること、つまりこのMS部隊を足止めすることだが、流石に1対8となると厳しいものがある。

だが、ここでやつらを素通りさせるということは基地にいる人々の命を危険にさらすことと同意義だ。しかも、マスドライバーの陥落を許せば2億を超える皇国の臣民の命を脅かしかねない。

武は覚悟を決め、前方の敵機と対峙した。敵機をできるだけ多く足止めしなくてはいけないことは理解しているが、それが可能な状況だと判断できなかったためだ。敵機は大型のバックパックを背負ったシグーの面影を残す未知の新鋭機アンノウン。腰部とバックパックに設置された砲身を見る限り、遠距離型のMSだろう。エレメントを組んでいる青い機体も武装からして遠距離型だろう。

敵機が火力に重きを置く機体であれば、こちらにも打つ手がある。常に敵機から離れない超近接戦闘を強いればいい。あれほどの火力を有する機体だ。1機と超近接戦闘になれば僚機は援護射撃を戸惑うはずだ。フレンドリーファイアで敵機と調子近距離にいる味方に損傷を与えかねないためである。

 

 ストライクがビームサーベルを構えたとき、敵機の色が変化した。灰色の装甲は鮮やかな山吹色に変化していく。

灰色の装甲から武も敵機はP.S装甲を採用したMSであると予想していたため、驚かない。だが、この後、敵機の行動に武は驚愕した。敵機の内の一機がは凄まじいスピードでストライクに接近してきたのである。ビームサーベルを展開した敵機に合わせて武もビームサーベルを振りかぶってこれを迎えうった。

「接近戦だと!?わざわざ有利になる距離を捨てたのか!?」

しかも敵の接近戦における技量はかなり高い。その連撃は正確且つ滑らかである。武は苦戦を余儀なくされていた。

 

 

 

 

「サイクル65、セット477」

「了解。発射準備、完了しました」

 

 種子島の沿岸部に68式高射機関砲が展開される。管制塔からの操作で各機関砲はその砲身を接近しつつある敵MS部隊に向ける。

「撃てー!!」

多数の砲口が一斉に火を噴き、まるでスコールのような激しい銃撃がザフトMS部隊を襲う。だが、クルーゼ隊の猛者はその砲火に怯むことなく突っ込んでいく。そして管制室にいた指揮官は目を見開いた。バックパックを背負ったMSは銃弾のスコールを潜り抜けながら機関砲を狙撃してみせたのである。そして腰部の砲身から放たれた弾丸が機関砲を狙い撃ったのだ。

機関砲は次々と沈黙していく。そしてそれを尻目に後続機がマスドライバーに近づいていく光景を見て指揮官はマスドライバーが破壊されることを覚悟した。

その時管制室にいたレーダー管制官が歓喜の声をあげた。

「レーダーに感あり!北西より、味方機!!新田原の空軍機です!!」

 

 

 

「なんだ、随分と穴だらけの防衛線じゃないの」

ディアッカは嘲笑うかのように言った。実際、日本の抵抗は想定していたよりもあっけないものであった。だが、彼の余裕は突然機体が発した警報音によってどこかに吹き飛ばされた。

「敵機!?上か!!」

ディアッカはバスターのメインカメラを上方に向ける。モニターにうつる太陽には4つの黒点があった。

「MS……じゃない!?MAか!!」

ディアッカが敵機がMSでないと気づいたのとほぼ同時だった。太陽を背にして接近した戦闘機の機首から火箭が延び、バスターのグゥルを掠める。4機の戦闘機は速度を落さずにバスターの前を通り過ぎていく。

「くそったれ!!」

バスターがお返しとばかりにミサイルを発射するも、敵機は軽快な動きでミサイルを回避し、再び攻撃をしかける。バスターの危機に気がついた僚機のGが、牽制のためにビームライフルを放ち援護するが、4機の戦闘機は楽々と回避する。

尋常な敵では無い。クルーゼはそれを確信し、回線を開いた。

「ニコル、ハイネ、シホ。君たちと私であのMAを落す。イザーク、ディアッカはマスドライバーだ。時間が惜しい。急ぐぞ」

彼らは二手に分かれ、それぞれの目標に向かっていく。

 

 

 

 

「ファルコン1よりファルコンズ。敵さんは二手に分かれたようだ。まず、こっちに向かってくるほうを叩く。だが、撃墜を焦るな。マスドライバーに向かったやつらは後続のライトニング小隊が相手をする。我々の任務はやつらをここに釘付けにすることだ」

大日本帝国空軍第5航空団第204飛行隊ファルコン小隊隊長、米田達彦少佐は部下達に作戦目標を告げる。彼らは皆ベテランのパイロットだ。作戦の目標を理解すると即時行動に移す。エレメント単位で分かれ、決して各個で敵機と相対しないように上手く立ち回る。

米田もエレメントを組む林幸市中尉と共にバックパックを背負った機体に機首を向けた。ここの機体が最も脅威であると判断した米田はフリーハンドを与えることはできなかった。

「林、ポイント106に誘い込む。合わせろ」

「了解!!」

「さて……新人類さん、俺達戦闘機乗りのロートルに付き合ってもらおうか!!」

米田はほくそ笑んだ。



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PHASE-32 雷と隼

 クルーゼは敵の連携攻撃によって足止めされていた。自分のサポートにはニコルがついているが、正直彼では力不足だ。いてもいなくても変わらない。いや、むしろ邪魔だ。敵機はこちらの技量を正確に把握しているらしく、こちらがニコルをかばわざるを得ないように巧みに攻撃を仕掛けてくる。

敵はその運動性と機動力でこちらを上回る戦闘機だ。

急降下からの急上昇でこちらの下方から襲撃を仕掛けてくるから厄介だ。グゥルの下部には有効な武装が搭載されておらず、下方にいる敵に対して有効な攻撃オプションが存在しないために死角となっているのだ。

これまで相手にしていた連合のF-7Dスピアヘッド多目的制空戦闘機は速度性能に秀でた機体であり、運動性で雲泥の差があるMS相手には一撃離脱戦法を多用していた。そのため、戦闘機と戦うときは敵機の未来位置に銃弾をばら撒けばよかった。

加速性能や速度性能が高い戦闘機はどうしても高速機動化の旋回半径が大きくなってしまうために基本は超高速で肉薄し、その勢いを殺さずに超高速で離脱する機動をとる。その直線的な機動故にその未来位置の予測が容易だったのだ。

だが、この日本の戦闘機AF-68A橘花は違った。どういう理屈かしらないが、その小回りの効いた動きはMSほどではないが、スピアヘッドとは比べ物にならない。これまで経験したことのない戦闘機との格闘戦では以前の戦訓は役に立たないと言っていいだろう。

死角を作り出すグゥルを装備しながら戦闘機との格闘戦はこちらにとって不利な要素が多すぎる。

戦闘機の速度性能ではあっという間に下方に回られてしまう。自分たちの機体がディンであれば楽に叩き落とすこともできたかもしれないが、今回は相性が悪すぎた。

こうなるのであればハイネを自分のサポートにつけるべきだったかと一瞬考えてハイネたちに視線を向ける。ハイネとシホのペアも苦戦していた。やはりこちらも技量の劣るシホを集中的に狙っているようだ。よく見るとシホのグゥルにはいくらかの弾痕が見える。すでに彼女は被弾しているらしく、ハイネが必死でフォローしている。

 

 このままではまずい。そうクルーゼは考える。マスドライバーを物理的に破壊することが今作戦における最優先目標であり、自分達の任務は種子島のマスドライバーに取り付くことである。だが、現在自分たちはそのギリギリで敵機の妨害を受けているために進めない。

作戦の成功レベルを上げるためにもう少し進みたかったが、時間も押してきている。これ以上時間を割いてもこちらが不利になるだけだろう。クルーゼは決断を余儀なくされた。

 

「総員に通達する。作戦をプランBに移行させる。繰り返す、作戦をプランBに移行する」

その合図を受けた各機の動きには変化は見られない。だが、クルーゼの顔に焦燥が浮かんではいない。そう、指令などなかったように振舞うことがプランBを成功させる鍵なのだから。

 

 クルーゼからの指令を受けたイザークは眉を顰めた。彼は現在2機の敵機と交戦中であった。僚機たるバスターも同様だ。だが、彼らは敵の機動力を活かした連携攻撃を前に停滞を余儀なくされており、到底マスドライバーを攻撃することはかなわない状態にあった。

プランBが発動されたことによって自分達はマスドライバー攻撃のメインから外されたことになる。彼らの役割は敵の注目をひきつけることに変わったのだ。だが、できるだけこちらの目的が変わったことを悟られないまま敵機を引き付け続けることは容易ではなかった。

たかがMA程度、MSの脅威では無い。エンデュミオンの鷹が例外なだけで、普通のナチュラルが駆るMAなんぞ七面鳥と変わらないと嘲笑していた彼にとってその七面鳥に追い込まれていることは屈辱でしかなかった。

「下等人種ごときが……次の時代をつくる新人類たる俺達と……同じ次元に立つという気かぁ!!」

彼の口から罵声が洩れる。

 

 イザーク・ジュールの父親、ヘルマン・ジュールは大西洋連邦のある財閥の頭首の息子であった。彼は当初財閥の次代頭首として期待されていたが、彼が成人する頃には世界情勢も変化していた。資産家の子息として生まれたコーディネーターが生まれながらに与えられた能力で苦労もせずに出世していくという図式に対して世間からのバッシングが強くなったのだ。

当時活躍しだしたコーディネーターはジョージ・グレンの告白の後に資産家が生み出したコーディネーターであり、彼らが成長するにつれて学校、企業と様々なところでナチュラルとの摩擦が表面化していたことが時代背景として存在する。

結果、彼は財閥のイメージ戦略のために実家を追われ、当時建造中だったL5コロニー郡の開発事業に参加することになる。

ナチュラルの社会の中で自分の能力で苦労なく過ごしてきたためか、はたまた優秀で次代の財閥を担うに相応しい存在であった自分を大多数をナチュラルによって構成される世論を配慮するという理由だけで追放された恨みか、彼はこの時期からある種の選民思想を持つようになる。コーディネーターという新人類が愚かな旧人類を駆逐し、この世界を統べることが自分達が生まれた意義であるという考え方だ。

彼はプラントの建設の中でシーゲル・クライン、パトリック・ザラとも出会い、共に自治運動にも参加した。その頃の支持者であった航空宇宙工学の学者のエザリア・トゥエインと結婚し、イザークが誕生する。彼自身はその後、プラントで起こったテロによって帰らぬ人となっている。

夫をナチュラルのテロで亡くしたエザリアはその後自由黄道同盟に参加し、最終的には最高評議会議員にまで上り詰めた。その執念の根底には夫を奪ったナチュラルに対する復讐の念、夫と共有していた選民主義思想があった。

幼少期に父親を亡くしたイザークは母親から夫を亡くしたことでより過激になった選民思想を繰り返し教えられ、自身もそのコーディネーター至上主義者となった。

元々裕福な実家の金で多数の調整を受けて誕生した両親の間から生まれたこともあって、イザークの能力は同世代のコーディネーターの中でも突出したものであった。当然彼はその優れた能力をもってコーディネーターが統べる世界を作り上げるべく、そして愚かなナチュラルに鉄槌を下すべくザフトへの入隊を希望した。

そしてアカデミーではアスランに主席こそ奪われたものの、彼はアカデミーを次席にて卒業し、赤服のエリートパイロットとしてザフトの英雄、ラウ・ル・クルーゼの下に配属されるという輝かしい経歴を彼は持っている。

コーディネーターの中でも過激派ともいえる凝り固まった選民思想と自身の輝かしい経歴から来る彼の自尊心は人一倍大きなものでもある。「自分は劣等人種たるナチュラルに無様にやられ続けるのか」と思うと屈辱で彼は腸が煮えくり返るほどの怒りを感じていた。

 

 怒りで冷静な思考が欠如した彼は機体を強引に空中で前転させる。そして眼下で急上昇に転じつつあった敵機にむかって銃撃する。突然の奇行に動揺した敵機は回避運動を取る暇もなくビームライフルの銃口から放たれた緑の閃光に左翼を打ち抜かれた。左翼の噴出孔から紅の炎が噴出し戦闘続行不可能と判断したのか、パイロットは緊急脱出装置を起動させ、座席ごと機体から排出された。

その時、デュエルのコックピットに僚機であるディアッカの声が響いた。

「イザーク、後ろだ!!」

怒りに身を任せた突然の行動で敵機を動揺させることはできたものの、今の彼はその代償として注意力が散漫であった。その隙を見逃さなかったもう一機が後方から銃撃する。イザークは咄嗟にフットバーを蹴って回避を試みる。――間に合わない、そう感じた次の瞬間、彼は体全体を揺さぶる衝撃を受けた。

 

 

「大河原!!やりやがったなクソ野郎!!」

大日本帝国空軍第5航空団第204飛行隊ライトニング小隊隊長、梶尾克美大尉は敵MSの曲技で撃墜された僚機に一瞬目をやると、機体に急旋回をかけた。推力偏向ノズルを設置した高出力エンジンとそれを内蔵する可変翼が実現する橘花の驚異的な運動性能は現有の戦闘機の中では他の追随を許さない驚異的な水準にあると言ってもいい。

その運動性能を活かして素早く敵MSの後方に潜り込んだ梶尾はすかさずトリガーを引き、機首から放たれたビームがデュエルの無防備な背部に吸い込まれていく。ビームが命中したスラスターは爆炎を吹き上げる。

その様子を確認しつつ、梶尾は先ほど脱出した大河原聡志少尉に無線で呼びかける。

「大河原!大丈夫か!?」

「大丈夫です……脱出には成功しました。仇はとってください」

元気そうな声を聞いた梶尾の頬が少し緩む。

「安心しろ。御国の空を汚す化け物には痛い目にあわ……っ!?」

咄嗟に操縦桿を引き、梶尾は下方から放たれた緑の閃光を回避した。先ほどの爆発によって生じた黒煙が晴れた先には先ほど攻撃した敵機の姿がある。だが、その姿は先ほどに比べてスマートな印象に変化していた。

「なるほどな……やつは全身に増加装甲を仕込んでたって訳か」

梶尾は敵機が先ほどの銃撃を受けて尚戦闘を続行できた理由にあたりを付ける。恐らくは着弾の直前に増加装甲をパージし、スラスターから推進剤に爆炎が引火することを防いだのであろう。だが、その追加装甲を排除してもその下はP.S装甲であるために追加装甲内部には深刻な損傷は見られない。

 

「鎧を脱いで、そのまま勝てると思うなよ!」

梶尾は再びアタックをかけるべくフットバーを蹴りつけ、デュエルに機首を向けようとする。その時、目の前のディスプレイから光が消えた。突然の事態に梶尾は目を見開いて各計器に目を凝らすが、どの計器も完全に沈黙している。サブシステムも全く応答しない。制御不能に陥った機体はみるみる高度を下げていく。

ヤバイと直感した梶尾は迷わず脱出レバーを引き抜く。幸いにも脱出装置は生きており、彼は無事脱出に成功した。戦場に目を凝らすと二つの落下傘が見える。恐らくは砲撃方のMSと交戦していた北田靖少尉と、椎雄大少尉も脱出に成功したらしい。

だが、一体何が起きたのだろうか。そのときマスドライバーから噴出する煙と崩壊したその先端部分を見て、彼の顔は青ざめた。

 

 

 

 

Fー68A 『橘花』

全長14メートル

外見は『ウルトラマンティガ』の『ガッツウィング1号』

三友重工業の十二試艦上戦闘機のコンセプトをベースに、防衛省特殊技術研究開発本部の誇る航空工学のエキスパート集団、樫村班が様々な技術的な壁を乗り越えて完成させた可変機構付き傑作汎用機で各種バリエーションが存在する。

 

AFー68A

 

全長14メートル

最高速度マッハ2.5

 

武装

30ミリ機関砲2門装備(70式ビーム機関砲『ニードル』に換装可能)

胴体下部のウェポンベイにはAAM又はASMを最大2発搭載可能な他、ポッド式機関砲など様々な装備を搭載できる。

 

海空軍共通採用で可変機能、VSTOL機能を有する単座戦闘機。

複座型のAF-68B『橘花』乙型が存在する。(他の派生機にも同様に複座型が存在する)

 

各種偵察、観測機材を搭載可能で偵察から戦闘、攻撃任務までそつなくこなす。

 

推力偏向ノズルと高出力エンジンを可変機構を備えた主翼内部に内蔵することによって攻撃ヘリのような機動が可能な垂直離着陸形態、燃費を抑えた巡航形態、高速戦闘に適した高速移動形態など様々な形態をとることが可能となっている。

 

また、その推力偏向ノズルと可変翼をコンピューターで精密に制御することで従来の戦闘機には不可能だった機動も可能になり、既存の航空機の運動性能大きく上回る性能を手にした。

だが、あくまで戦闘機のなかで突出した運動性能であり、小回りが利くディンを相手にすれば苦戦する。



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PHASE-33 『息吹』崩壊

 マスドライバーが崩壊する少し前に時は遡る。

 

 クルーゼ率いるMS隊が沿岸の迎撃設備を破壊したのとほぼ同時刻、フローティング・ブイ・アンテナで沿岸防御施設を無力したという通信を受信したボズゴロフ級潜水艦ラッセンとレーニアからグーンが4機とゾノが2機発進した。

元々ボズゴロフ級潜水艦は最大で8機のMSを搭載できる搭載能力があり、今回は半数を戦闘部隊に、それ以外を潜水部隊に割り切っていたのである。

発艦したグーンとゾノは最高速度で陸地へと迫る。ゾノが先行し、その後をコンテナを抱えたグーンが続く。そしてマスドライバーの先端部にまで辿りついたゾノは水中でつけた加速を活かして水面から跳ね上がり、マスドライバーの上に着地した。

上体を起こしたゾノはマスドライバーの上から海に向かってそのクローをかざす。その左腕の爪があった部分には通常のグーンとは異なる装備が付けられている。それは一本の鍵爪。

まるでどこぞの漫画にでも出てきそうなベタな鍵爪である。

鍵爪が突然取り外されて海面へと落ちていく。だが、左腕の間には太いワイヤーが設置されているために鍵爪は海面にその身を隠したところで停止する。長大なマスドライバーの上でMSが一機ワイヤーを海面に垂らしている様子はまるで人間が防波堤で釣りをしているようにも見える。

だが、彼らも態々日本に襲撃してまで防波堤釣りを楽しみに来たわけではない。鍵爪が海中に姿を没したのと同時に海中に待機していたグーンがその鍵爪に近づき、抱えていたコンテナの上部にある通し穴に鍵爪を引っ掛ける。作業を終えたグーンは発光信号で海上にいるゾノに合図を送った。

合図を見たゾノはワイヤーを巻き上げてコンテナを引き上げる。この作業を繰り返し、ちょうど3つ目のコンテナの水揚げを終了させたときだった。同時に各機はクルーゼが発した命令を受信する。

「総員に通達する。作戦をプランBに移行させる。繰り返す、作戦をプランBに移行する」

 

 その知らせを聞いたこの部隊の指揮官、ハルゲ・モラシムは搭乗機であるグーンのコックピットで舌打ちした。

「あの変態仮面が……やるべきことはてめぇでやれよ」

本来のプランであれば、先に発進したMS隊が陸地側のマスドライバー施設に直接損傷を与え、自分達水中部隊の力で海上に建設された部分を倒壊させる手はずになっていたはずだ。最大の効果を望めるポイントにコンテナを設置することよりも確実に短時間で離脱が可能な場所にコンテナを設置し、任務遂行後は速やかに離脱することを前提にした作戦である。

しかし、プランBの意味することは、陸上施設破壊を見送り、空中のMS部隊は敵防衛部隊を引き付け、レーダー等の索敵施設の破壊を優先。そして水中部隊はコンテナを当初の予定よりも間隔を開いて設置し、修理作業に手間がかかると推定されるマスドライバーの支柱が立て付けられた水深が深いところを重点的に破壊できるポイントにコンテナを設置するという作戦である。

無論、本来の作戦に比べて各部隊、特に水中部隊の抱えるリスクは空中部隊の抱えるそれと比べて遥かに大きなものとなる。このプランBでは本来のプランに比べて離脱には時間がかかり、その間に敵の対潜部隊が駆けつければ生還は絶望的なものとなるためである。

ざっくり言えば、空中部隊が作戦を予定通りに遂行できそうにないから水中部隊にはリスクを犯してまでもっと働いてもらうということである。

言いたいことは山ほどあるが、自分は軍人だ。命令に背いてザフトに、プラントに仇をなすことになればザフト軍人として勇敢に戦って紅海に散った亡き兄に顔向けできない。そんな思いを抱きつつ、ハルゲは黙々と作戦を遂行する。

 

 水揚げされたコンテナが展開され、グーンがレーザーイグナイターをその五本指のマニピュレーターを器用に使って設置していく。その時、ゾノのレーダーが上空から高速で接近する存在を感知した。九分九厘敵機だろう。

「各機に通達、作業を続行せよ!!いいか、それしか生還する方法は無い!!」

ハルゲは各員にそう通達すると、近くのコンテナの前に立ちはだかった。そこに敵機からの銃撃が炸裂する。凄まじい衝撃がゾノのコックピットを揺らすが、撃破までには至らなかったようだ。

ハルゲが内心ほっとする。ゾノは元々水中用MSなので、耐圧殻が設けられ、普通のMS以上の防御力を誇るため、そう簡単に撃墜されることは無いとわかっていても、やはり銃撃を受け止めることは心臓に悪い。

ただ、ハルゲは敵がミサイルのようなゾノの防御力でも耐えられない攻撃を仕掛けてくる可能性は低いと判断していた。

自分達が敵側の重要施設であるマスドライバーの上にいる限り、敵機はマスドライバーにも損傷が及ぶほどの威力があるミサイルやビーム等といった兵器の使用に踏み切ることはできないと推測したのである。その推測は当たり、現に敵は機関砲での攻撃しかしてこない。

 

 そして遂に待ち望んでた瞬間がやってきた。

「隊長!!全機、キャニスター装填完了しました!!」

「よし、急いで起爆させる!!起動は20秒後だ!残り5秒で全機海中に飛び込め!!」

ハルゲは銃撃による振動が襲うコックピットの中で微笑した。これで任務は完了だ。そして、祖国を苦しめ続けた日本人への復讐が成る。

タイマーは残り5秒を示す。敵機はちょうど銃撃を終えて離脱したところだ。

「今だ!!全機、跳び込めぇ!!」

その合図を受けて彼の配下は一斉に海面に落下し、大きな水しぶきを上げた。

 

 

 そして、神の雷グングニールが放たれた。

 

 

 オーディンの槍は宇宙への架け橋を穿つ。狙いを定めたものに必ず命中するという逸話通り、海上に突き出ているマスドライバーの先端部分は崩壊していく。その力は周囲にも及び、クルーゼ隊と戦闘中だったファルコン小隊とライトニング小隊は全機が行動不能に陥り、脱出を余儀なくされた。

ここに、大日本帝国が保有するマスドライバー『息吹』は陥落したのである。

 

 

 

 凄まじい爆音と通信障害に気がついた武は陸地の方を見やる。

「マスドライバーが……クソ!パナマで使ったやつか!!」

マスドライバーはまるで自重で潰れたかのように倒壊していた。だが、彼には長々と余所見をしている余裕は無かった。目の前の敵機が腰部から放ったレール砲を急降下で回避する。先ほどからこちらは敵に反撃する余裕が全く無い。予想以上に癖が強いこのOSでは彼が得意とする機動戦ができない。下手にやろうとすればコントロールを失って海面にドボンだろう。

無茶な起動で関節を壊して大転倒したことはあるが、操縦ミスで2度も墜ちるなんて不名誉は御免だ。それに、慣れない機体やOSで勝てるような相手ではないことは百も承知である。最初の方はまだ反撃と牽制にビームライフルを使うぐらいの余裕はあった。だが、こちらが破れかぶれに放ったビームが偶然敵機のセンサーアレイを吹き飛ばした時から目に見えて動きが変わった。正に豹変したといってもいい。

それからというものの正確な射撃、そして無駄の無い動き方でこちらの反撃は完全に押さえ込まれていたのである。正直なところ、アラスカで戦ったあの傭兵並に手ごわい相手だ。墜とせる気がしない。

その時、レーダーがこちらに接近する機影を捉えた。先ほど先行した敵機が戻ってきたのだろう。これではこちらに打つ手立ては無い。

「畜生が……多勢に無勢……しかも目の前の敵機は離脱なんて許してくれる相手じゃねぇ……年貢の納め時かもなぁ」

接近してきたバスターの放ったガンランチャーが脚部を掠め、イージスの放ったビームがシールドによって阻まれる。

8対1。しかもエールパックで燃料消費を考えない空中戦を長時間続けたために推進剤の残量も心許ない。この状況を一言で表現せよと出題されたなら、絶体絶命と答えるのが正解だろう。

そして先ほどからビームを我武者羅に放っているトリガーハッピー野郎、デュエルがまた厄介だ。狙いもせずに撃ってくるので弾道の予測がし辛い。そして、デュエルのビームを必死に回避している中で、強烈な振動に襲われた。どうやら左足を付け根からごっそり持っていかれたようだ。

これ以上の戦闘継続はもうできないだろう。この感覚はかつて幾度と無く経験した、死が目前に迫る感覚だ。そんな状況だからであろうか、知らず知らずの内に視線は自分の胸に向かっていた。パイロットスーツを着ているために見えないが、スーツの下には彼女から贈られたペンダントがある。

「そういえば、まだ俺からキチンと話をつけたことはなかったなぁ……」

そう、自分にはまた会いに行かなくてはいけない人がいる。

「なら、尚更ここじゃ死ねないな……考えてみれば、ここでやつらを撃墜する必要も無いわけだし」

増援部隊も先行したデュエルが無事で現在影も形も無いということは墜とされたのだろう。そして今の自分の戦力では一機を道連れにすることですら困難極まりない。ならば、ここで敵から逃れる手立てをうち、戦場かた離脱する以外に生き残る方法は無い。

「なら……いくぜぇぇ!!」

武はフットバーを踏みしめると、海面に向かって急降下した。その軌跡を緑の閃光が追いかける。そして海面に近づいた武はビームサーベルを展開し、思いっきり海面にたたき付けた。ストライクは減速することなく海面に激突し、ビームサーベルの熱で発生した水蒸気とストライクが起こした水しぶきが海面に立ち込めた。

 

 

 

 

「海中に逃げ込んだ!?」

アスランは敵機の行動に目を見張った。

8機がかりであれば確実にストライクを葬り去ることができると確信したが、敵機は逃げの一手をうったのである。イザークはビームライフルを海面に撃っているが、無意味だろう。敵が数メートル沈むだけでビームライフルの出力では届かなくなるのだから。だが、この後に及んでストライクを討たないわけにはいかないという考えは同じだ。すぐさまクルーゼ隊長に通信を繋ぐ。

「クルーゼ隊長、モラシム隊にストライクの追撃を要請して下さい。今こそ、ストライクに決着をつける時です!」

だが、クルーゼの反応は芳しくない。

「アスラン。君の言いたいことは分かる。だが、スケジュールが押している。今すぐ離脱しなければ我々は生きてカーペンタリアに辿りつくことは不可能だ。ストライクを撃破する機会は魅力的だがね、今回は見送るとしよう」

ここで離脱し損ねた場合、彼が生存できる確率はほぼ0となるとクルーゼは考えていた。仮に自分が生き残れたとして、評議会議員の子息で構成されたこの部隊に大きな損害を出すことになれば自分は左遷され、捨石にでもされかねない。それは御免だった。

クルーゼの返答にイザークも噛み付いた。

「隊長!!このチャンスを棄てる気ですか!?」

「イザーク、君と問答している時間は無い。我々は引き返し、モラシム隊と共に即座に離脱する。これは隊長としての命令だ」

その言葉にイザークは唇を噛むが、しぶしぶと機体を母艦の方角に向けた。

「待っていろストライク……次こそ、次こそは貴様に引導を渡してやる」

イザークは海面を睨みつけながら帰っていった。



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PHASE-34 宙の楼閣で

  C.E.71 6月21日 プラント最高評議会

 

 円卓に座っている誰もが言葉を発しない。評議会議員がここに集ったのは今回の作戦の推移を見届けるためである。この作戦の成否がプラントの、いや、コーディネーターという種の存続に関わることであることを知っている出席者達は一同に口を噤み、成果の報告を待っていた。

そして、評議場の扉が開け放たれ、赤服の武官が入場した。その手に持っている一枚の紙に出席者達の目は釘付けとなっている。武官はパトリックにその紙を手渡すと敬礼して議場から退場する。今回の作戦の成否が書かれているであろう紙をパトリックは凝視している。何分が経っただろうか、いや、本当は1分も過ぎていないのかもしれない。だが、ここにいる誰にとってもこの時間は長いものであった。そして遂にパトリックは立ち上がり、その口を開く。

「……発、ボアズ要塞、宛ZAFT国防委員会。去る6月20日にバルトフェルド隊はオペレーション・ギャラルホルンを実施、以下にその戦果と損失を記す。成果――日本軍巡洋艦1隻、駆逐艦1隻撃沈。戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃破。MSは40機程撃破。作戦目標たる安土宇宙港に対してMS支援用アームド・モジュールによる攻撃を敢行し、その湾港施設に甚大なる被害を与えたものと認む」

そこでパトリックは一息つける。その報告を受けて議員も一同に胸を撫で下ろす。だが、その先の項目に目を通していたパトリックの眉間には皺がよっている。強く握り締めているせいか、紙にも皺がついている。そしてパトリックは再び口を開いた。

 

「損害――MS104機喪失、ナスカ級9隻喪失、2隻大破、4隻中破。MS支援用アームド・モジュール5機喪失、1機大破」

パトリックが抑揚の無い声で発した言葉に議場は凍りついた。予測では作戦成功時で5割、失敗時で8割の損失が出るとされていた。実際には艦艇の損失は3割と低く抑えられたが、MSの損耗率が7割を超えている点は看過できない。

「……艦艇の損耗率を抑えたということは、かなりの人員を生かすことができたということでしょうから、バルトフェルド隊長を責めるわけにもいきますまい」

誰もが意気消沈している中で、シーゲルの後釜として最高評議会入りした男、ギルバート・デュランダルが口を開いた。

「それに、今回の作戦に参加したMSパイロットの半数は傭兵で構成されています。そういう意味では、バルトフェルド隊長はプラントの未来のために人員の損失を最低限まで抑えてこの作戦を成功させた類まれなる名将と言っていいのではないでしょうか?」

ギルバート・デュランダルの余裕さえ見え隠れする意見を聞きながら、パトリックはこの作戦を説明されたときのことを回想していた。

 

 

 

 

「マスドライバーとL4の軍港を奇襲するだと!?」

目の前の歴戦の将が立案した作戦を聞いたパトリックは目を見開いた。

「君は外交の『が』の字も戦時法の『せ』の字も知らん新兵とは違うだろう。君は自分のすることがどういう結果を招くと知っていて、それでも尚この作戦を立案した……当然、それに見合うだけの意図があるはずだ。それは何か、説明してもらおうか」

「流石は議長閣下、聡明でいらっしゃる。自分がこれを副官に見せたときは正気を疑われたものですがね。『いいコーヒーが飲めなくなって頭が腐ったんじゃないですか』なんて言われましたよ」

目の前にいる男はアフリカ戦線で活躍し、『砂漠の虎』という二つ名で恐れられたザフト屈指の名将アンドリュー・バルトフェルドである。連合のアークエンジェルに敗れて以来、療養のためにプラントに帰還していた。そして国防司令部のオブザーバーを経て現在は作戦課に務めている。

「前置きはいい。説明をさっさとしろ」

「ははは、すみませんね。では、はじめましょうか」

バルトフェルドの目つきが変わった。

「今回自分が立案したオペレーション・ギャラルホルンの目的は日本の二箇所の拠点を奇襲し、これに損害を与えることにあります。前回の国防委員会本会議において、議長閣下は『“あれ”が完成するまでの連合を地球に縛り付ける策を考えろ』と仰せになりました。この課題に対する私なりの答えがこの作戦です」

パトリックは無言で続きを促す。北欧神話においてラグナロクの到来を告げる角笛に肖ったこの作戦の意味するところは『失敗の時はギャラルホルンが響きラグナロクが始まり、自分達は悪魔の軍勢に敗れ去る』というところか。正直言って全く笑えないと彼は考えていた。

「ザフトの地上戦力がオペレーション・スピットブレイクにおける大敗で大きく削がれている現状では、連合が宇宙に侵攻してくる可能性は否定できません。先の会議において国防委員会が発表した予測に基づけば、連合の国力であれば9月には4個乃至5個艦隊を編成して攻勢に出ることが可能とされています。仮にこの予測通りにことが進んだ場合、自分が以前述べたように、間違いなくボアズは陥落します。ボアズに全稼動戦力を投入しても、痛みわけが関の山です。ですが、あちらは1年以内に同規模の艦隊を形だけは再建し、再び攻勢にでることが可能なのに対し、こちらには同じことは不可能です。また、そもそもボアズを迂回されたらその時点でプラントそのものが戦闘に巻き込まれることが確定でしょうな。ヤキンドゥーエに防衛ラインを引いても結果は同じでしょう。ヤキンを抜けた一部の部隊によってプラントが攻撃される可能性が高いとみます」

バルトフェルドの考察を聞いたパトリックは頭を抑える。本来ならばスピットブレイクで全てに決着をつけていたはずだ。それが想定を遥かに超える損害を出したことで全ての歯車が狂ってしまったようにも思える。

 

「議長閣下、お疲れですか?」

いつまでも米神を押さえている自分を心配したのだろうか、バルトフェルドが話しを中断する。

「問題ない……続けてくれたまえ」

バルトフェルドは一瞬パトリックを訝しげに見つめたが、すぐに態度を切り替えて説明を再開した。

「しかし、宇宙に進出する際に不可欠となるマスドライバーを連合は現在保有しておりません。連合の勢力圏に残された最後のマスドライバーである『パナマ・ポルタ』はグングニールによって破壊されたため、現在連合は自前のマスドライバーを全て失っている状況にあります。地球上に残されたマスドライバーは我々が占領しているビクトリアの『ハビリス』、中立国であるオーブ連合首長国の保有する『カグヤ』、一応は連合への好意的中立の立場にある日本が種子島に保有する『息吹』の3つだけとなっております」

「連合がマスドライバーを使用するとなると、選択肢は日本の『息吹』しか残されていないというわけか。あの国は連合国よりだからな。対価さえ受け取ればマスドライバーを使わせることを躊躇うことはないだろうからな。ザフト勢力圏にあるものの使用など論外であるし、中立を国是とするオーブは連合の再三の要請にも関わらず首を縦に振らんと聞く。ウズミ・ナラ・アスハは非常に頑固で、連合による関税の引き上げやオーブ製品のバッシング運動を受けて経済的に無視できないダメージを受けているにも関わらず、マスドライバーの使用を未だに承諾していない。全く、政治家が背負うものは国民の幸福であろうが。国民がナチュラルだろうがコーディネーターであろうがそれは変わらん。口先で理想を述べるのは構わんが、それで国民の幸福を損なうようなことはあってはならんことだろうよ。同じ一国を背負うものであるが、世襲で一国の主導者の座を得、理想に胡坐をかいているあの男には共感できん。むしろ不愉快だ……すまんな、私の愚痴で話を中断させてしまった。続けてくれないか」

パトリックは謝罪するが、バルトフェルドは気にした様子は見せない。

「いえ、聡明な閣下のオーブに対する評価が聞けたのです。別に気にしていませんよ……さて、本題に戻りますが、議長の仰ったように地球上に存在する3機のマスドライバーのうち、連合が使用するものは九分九厘『息吹』でしょうな。ということは、我々が連合を地球に縛り付けるためには、これをどうにかして使えなくする必要があります。そこで自分が提案するのが種子島奇襲作戦です」

「打ち上げられた直後の貨物を破壊したり、月までの通商路を攻撃することで時間を稼ぐということはできないのか?」

ここで戦線を広げることはできる限り避けたいとパトリックは考えていた。しかし、バルトフェルドは首を振った。

「確かにそれも初めの内は通用するでしょう。しかし、連合は大量の物資を日本から打ち上げます。そうなると日本籍の貨物シャトルも使用しなければ到底物資を運びきれません。通商破壊活動中に誤って日本のシャトルに手を出してしまった時点で下手をすればどの道開戦です。開戦が避けられたとしてもその後は日本軍がシャトルの護衛につきます。当然、ちょっかいなんてかけられません。そうなるとザフトは物資が月に運び込まれるいくのを指をくわえて睨みつけることしかできなくなります」

 

「……結局、日本に手を出さない限り、連合が戦力を宇宙に集めることを阻む手立ては無いのか」

苦虫を噛み潰した顔でパトリックは呟く。

「外交ルートや、特殊工作であの国に干渉できれば、話は別なのですが」

バルトフェルドの言葉をパトリックは俯きながら否定する。

「それは無理な話だ……我々の外交努力不足、外交ベタを曝すことになるが、我々が国交を正式に開いている国は大洋州連合、アフリカ共同体、汎ムスリム会議、オーブ連合首長国だけだ。これらの国の力では日本に何の圧力を加えることもできない。日本は我々を独立準備会議として扱っていたに過ぎなかった。まぁ、公使を互いに置いてはいたがな。おそらくあれもただ我が国の内情についての情報収集ができるという利点に目をつけただけだろう。確かに我々のもとにも特殊工作機関は存在するが、設立から10年も経っていない若すぎる組織だ。後5年あれば可能だったかもしれんが、今のザフトの特殊機関では各国に情報収集員を飛ばすだけで精一杯なのだよ。なるほど、確かに我々に残された道は日本を正面から敵に回す道しかないな。だが、バルトフェルド。そもそもどうやって種子島に奇襲攻撃をかけるというのだ?」

その言葉を待っていましたと言わんばかりにバルトフェルドが口の端を上げて笑っている。

「潜水艦で近づきます」

一瞬パトリックは呆気に取られた。そして眉間の皺を解した後、再び問いかけた。

「潜水艦を使う?海底ソナー網を張り巡らせている大日本帝国海軍相手にか?一体何隻の潜水艦を沈めるつもりだね?」

パトリックの目つきは険しいものとなっているが、バルトフェルドは飄々とした態度を崩さない。

「無論、勝算があるから提案しているのですよ、議長閣下。少なくとも何隻も捨石にすることはしませんよ」

パトリックは無言で説明の続きを促す。

「作戦の要となる潜水母艦にはボズゴロフ級のラッセンとレーニアを使用します。この2隻はカーペンタリアで改造中の鹵獲した連合の潜水艦を参考にした特殊吸音タイルを艦の外壁に採用した試作艦ですが、通常のボズゴロフ級とは比べ物にならない静粛性を備えた艦ですので、日本の目を欺ける可能性は高いかと」

「連合の潜水艦と同程度の静粛性ではどの道見つかるのではないのか?」

「いえ、技術部からの報告では、タイルはこちらで独自の改良を加えることで値は張る代わりにオリジナルの数段上の性能を得たとのことですし、連合の量産型潜水艦以上の隠密性を備えたこの艦であれば、勝機はあります。そして、航行も普通の方法ではありません。極力黒潮などの潮流に乗って移動します」

「だが、それだけで領海にまで侵入できるものでもないだろう。日本は対潜哨戒機を100機以上保有しているのだから。君にしては運の要素が強すぎる計画だな。これでは採用はできん」

冷ややかな目で見られたバルトフェルドだったが、突然懐に手を伸ばし、服の中からメモリースティックを取り出して机の上に置いた。

「話はまだ終わっていませんよ、閣下。時間が惜しいことは分かりますが、急いてはことを仕損じるともいいますし、ここは一つ、そいつを見てください」

バルトフェルドに促されたパトリックはスクリーンを下ろし、デスクに備え付けられたコンピュータにメモリーを挿入した。メモリーの中のファイルを選択し、これを開くと、スクリーンには日本列島とその周辺の地図が投影された。よく見ると、九州から南にかけて赤い点が海上にいくつか示されている。

「こいつは、日本近海の地図です。赤い点は、現在活動中の海底火山を示しています。昨年のキュウシュウの地震の後にこれらの海底火山が活発化し、熱水を噴出しているとの情報も入ってきております。この地帯を突っ切って種子島を目指します」

 

 パトリックは思わず立ち上がりかけたが、気を沈め、再び椅子に腰を下ろした。バルドフェルドは気にしたそぶりも見せずに説明を続ける。

「海底火山周辺の海域では熱水噴出の影響で海中で温度が周りと異なる変温層が形成されているため、これを利用してソナーの探知から逃れて進むことが可能です」

「だが、海底火山の、それも熱水噴出口周辺の海域を航行するとなると、潜水艦内部の温度はどうなる?全員蒸されて死にかねんぞ」

「シミュレーションでは、最悪の場合は艦内の冷房を使っても35度から下がることは無いと出ています。コーディネーターであれば耐えられないこともないとフェブラリウス中央病院の医師は推察していましたね。また、常に海底火山の中を進むわけでもありません。それ以外の時も潮流に任せて通常の海中を進みますのでね。ただ、このプランだと日本の排他的経済水域から種子島に到着するまでにおよそ20日はかかることになりますな。しかも、熱湯の中を泳ぎますから帰り道では吸音タイルも機関もボロボロになり、無事に帰還できる見込みは低いでしょう。そこで帰りは輸送機を使って領海外で人員だけ収容し、艦と装備を捨てて離脱することになりますな。ですからこの作戦に使用するMSですが、役目を終えた試作機を使用したいと考えているのですよ」

 

 次から次へと出てくる奇抜なアイデアを聞いてもうパトリックは何も驚かなくなっていた。いや、むしろ彼の意図を瞬時に理解できるまでに学習していた。

「なるほどな。敵の重要拠点を少数で奇襲するとなれば通常の量産機の性能では心細い。かといって高性能機や新型機を惜しみなく破棄するわけにもいかん。そこで他機種との互換性が低く維持費がかかる試作機を使い捨てにするということか」

「ええ。そういうことになりますな」

「なるほど。種子島奇襲作戦については納得した。では、同時に実行する手筈になっている安土奇襲作戦についての説明を引き続き頼みたい」

「わかりました。この作戦の根幹は、戦略目標である安土を攻撃後は速やかに離脱する点にあります。そのためにはとにかく足の速い艦をそろえなければなりません。そこでこの作戦にはナスカ級を24隻、そして例の新型戦艦、エターナルを母艦として使用します」

エターナルの名を出したとき、パトリックの雰囲気が変化する。その氷河を思わせる眼差しに一瞬バルトフェルドは呑まれていた。

「貴様……エターナルを運用するということは、核搭載型MSを運用するということを分かっているのか?」

「現在、プラントが保有するNJCは僅かに7機……ですが、閣下、切り札というものには使い時があるんですよ。自分は、今がその時であると思うんですがね?何より、それが無ければミーティアが使えない。閣下、安土を攻撃するとなればミーティアの俊足を活かして敵防衛戦を強行突破し、その強大な火力を持って安土に無視できない損傷を一回の攻撃で与えて一撃離脱する。それしか方法が無いんですよ。敵と本格的な戦闘になれば確実にこちらの戦力は壊滅しますのでね。そもそも、種子島奇襲作戦が成功した場合でも、傷一つ無い日本軍を宇宙で放置して置く事はできませんよ。彼らの誇る艦隊がL5周辺を遊弋することになれば我々の通商路は常に脅かされ続けることになりますからねぇ。ジャンク屋から資源を入手することも難しくなりますし、資源衛星との往復便に一々護衛船団を組ませるなんてことになったら更に市民の生活を圧迫しますよ?」

確かにそうだ。パトリックは内心唸っていた。実際に市民の生活水準は開戦前に比べて大幅に悪化していることは否めない。不満から反政府運動が起きているとの報告を聞く。シーゲルの娘を旗印にした市民団体が連日アプリリウスで集会を開き、市民に厭戦感情を植え付けるような演説を続けているという報告も聞いている。

もしも、日本軍が通商破壊に乗り出したらプラントの保有する資源衛星から資源を運ぶ貨物船も、ベースマテリアル等の貴重な資源を売りに来てくれるジャンク屋も狙われる可能性がある。日本はジャンク屋連合を承認してはいないため、彼らの貨物船の船籍は無国籍として扱われることは以前にL4で起きた宇宙警備行動の発令によってはっきりしている。

また、資源の調達が滞れば我らが切り札の建造にも支障が出ることも考えられる。10月まで連合を地球に縛り付けることに成功したとしても、肝心の切り札が完成していなければ意味も無い。故に、彼は決断した。

 

「……いいだろう、オペレーション・ギャラルホルンを承諾する。だが、安土攻撃部隊の指揮はバルトフェルド、お前が取れ。そして、参加するMSのうち、ザフト正規部隊は半分しか用意しない」

バルトフェルドは不服そうに尋ねる。

「指揮官は、元から自分がやるつもりでしたから、不服はありません。ですが、何故作戦参加戦力の半分しかザフト正規部隊を用意してくださらないのでしょうかね?」

「この作戦が成功するにせよ、失敗するにせよ、大きな損失は仕方が無い。だが、ここでザフト正規部隊を消耗させた場合、作戦後に各地の防備の回す戦力に不足が出る恐れがある。安土を壊滅させた場合でも、日本が本格的な通商破壊を実施する可能性も否定できん。やつらは我々と違ってマスドライバーさえ復活すれば1ヶ月程度で戦力を回復できるほどの余裕があるからな。半数は傭兵を雇えばいい。傭兵と深いつながりを持っているジャンク屋連合に仲介を私から頼んでおく。対価としてこちらもMS部品などを融通しなければならないだろうが、背に腹は変えられん。その代わりと言ってはなんだが、正規部隊から選抜する人員は貴様が指名して構わん。……核動力MSは別だが、作戦に使用するMSは好きに選べ。私の権限でそれを認めよう。分かったな」

これがパトリックのできる最善であると判断したバルトフェルドは見事な敬礼をして議長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 パトリックは頭に浮かんでいたあのときの光景を振り払い、眉間の皺を解した。

「……作戦は成功した。国防委員会として評定をつけるとすれば80点といったところだろうな。上出来と言ってもいいところではある」

そこまで言った後、パトリックは一息入れる。

「詳しい情報が入ってきていない現段階では今後のことを検討しようにも判断材料が不足している。会議はバルトフェルド隊が帰還した後に再度開こう」

そう言ってパトリックは席を立ち、他の議員もそれに続いて議場を後にする。

 

 最後に席を立った長髪の男は廊下で話している周りの議員の前を素通りし、そのまま議会の前に回してあった送迎車の後部座席に乗り込んだ。彼の乗った車はそのままシャトルタワーへと向かう。

「……彼女達を投入してもあの損耗率か。どういうことだい?」

彼は隣に座る妙齢の女性、サラ・ラムウォータに問いかけた。

「シュライバー艦長からの報告では、非検体はこちらの認識データには無い4機の未知の新鋭機アンノウンと交戦、これに足止めされていたということです」

それを聞いたデュランダルの眉が微かに動いた。

「核動力MSを駆る彼女達と4機で互角に戦うとはね。彼女達の不調ということは無いのかい?」

「いいえ。シュライバー艦長も同じことを考えたらしく念のために安土撤退後にタンクにてAレベルのメディカルチェックを行い、機体レコーダーをチェックしたということですが、異常は認められなかったという報告が入っております」

その報告を聞いたデュランダルは彼にしては珍しく声を出して笑った。

「ふふふ……ふ……くくく」

「どうなされたのでしょうか?」

突如笑い出したデュランダルにサラは尋ねた。

「いや……何。私の師は彼女達をジョージ・グレンを越えた存在であると、調整されたものではない、真なる調整者……コーディネーターと言っていた。だが、その存在を否定しうる存在が現れた。少なくとも彼女達はスーパーコーディネーターをスペック上は上回る存在だ。生物学的に言えば、勝ち目はないはずだ。だが、機体の性能か、個人の能力か、集団の能力かは分からないが彼女達に対抗する力を披露した存在がいる。これに笑わずにはいられなかったのだよ。ああ、師は届かない存在ではない。無欠の存在を作り出したわけではないとわかったのだからね」

 

 サラは隣の席に座っている男を見つめる。男の眼に灯る野心の火が見たことが無いほどに怪しく揺らめいているように彼女は感じていた。その男の魅せる狂気に女として反応している自分に、彼女は未だ気づいてはいない。



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PHASE-34.5 発熱仮面39度

 

 C.E.71 6月11日 フィリピン海 深度700m ボズゴロフ級潜水母艦ラッセン

 

 汗で全身に張り付いたシャツの不快感でアスランは目を覚ます。体を起こすと、彼は同年代よりも広い額に張り付いた前髪を剥がした。髪に触れた手のひらに水気を感じる。タンクトップ姿のまま外に出るのはまずいだろうと考えて上着を袖を通さずに羽織る。喉も渇いていたので、彼は水分を補給するために食堂へと足を運んだ。

 

 ……食堂はいつからゾンビが迫り来るゲームの舞台に改装されたのだろうとアスランは自問する。食卓には上着を脱いで、その趣味があるお姉さま方ならば目を輝かせるであろうタンクトップ一枚の姿を見せつけているゾンビが1、2、3……計4体。長いすにもたれかかるようにしているツナギのゾンビが6体。そして、彼らは食堂への来訪者に目玉だけを向けてきた。正直怖い。

「ニコル……まさか、シフト外れてからずっとこの様子なのか……?」

そう、彼らは現在休憩中のはず。自分と同じように寝室で寝ているはずだったのだ。その時、腹這ゾンビ……もとい、イザークが口を開いた。

「貴様の寝室は恵まれているからそのようなことが言えるのだ……」

いつもと違って覇気がない。何か色々と諦めている様子だ。こんなに大人びて……いや、こんなに静かなイザークなんてアカデミー時代から見たことが無かった。目を丸くしているアスランにニコルが説明する。

「僕達に割り当てられた士官室っていうのが、機関室と壁一枚隔てたところにあるんですよ……室内温度が40度から下がらないんです。冷房も一昨日に力及ばずにお亡くなりになりました」

なるほど。自室で休むほうが辛いためにここで死んでいたということか。まぁ、実際はゾンビになっただけで死んでないんだが。

 

 彼らは現在、大日本帝国が所有する種子島のマスドライバーを破壊する任務についていた。そして種子島までの道のりに設置されている海底ソナーと100機を越す対潜哨戒機、対潜装備が充実した駆逐艦によって構成されている大日本帝国海軍ご自慢の対潜哨戒網を潜り抜けるために海底火山帯のど真ん中を進んでいたのである。

当然、熱せられた海水の中を進む彼らの潜水艦の内部は凄まじいことになっていた。機関室では気温が50度を超え、熱中症で倒れるクルーも出ていた。いくらナチュラルよりかは丈夫なコーディネーターといえども、限界がある。

作戦の説明時では、『通常のコーディネーターであれば海底火山帯を航行中の潜水艦の内部の環境に耐えうる』というフェブラリウス中央病院の医師のお墨付きがあるため、理論上は問題は無いとクルーゼから聞いていたが、絶対嘘だとアスランは断定していた。

艦内の最低温度は35度。しかもこれは冷房の出力を最大にしたという前提でだ。さらに乗員の発汗によって湿度は常時70%以上をキープという地獄の環境だ。もしも、この作戦から生還できたならばこの作戦の立案者を1週間男の汗が充満したサウナに閉じ込めてやるとアスランは決めていた。これは艦のクルーの総意でもある。

因みに、クルーは常に生理食塩水を携帯することが船医によって義務付けられている。しかも2リットルサイズの水筒に満タンに入れてだ。なんの冗談かと思うかもしれないが、当事者たちからすれば当然のことである。

船内の勤務は3交代制で、一人当たり一日8時間勤務に当たることになっている。室内温度35度、湿度70%の環境で長時間勤務するとなれば水分補給は必須である。因みにラッパ飲みが普通だ。

そして、艦内の臭いも凄まじい。周囲の海水から真水を取り出せるために一応炊事洗濯用の水には困らないが、汗が止まらない環境下ではいくらシャワーで汗を流そうと、汗まみれのなった服を洗おうと常に誰かの汗が気化しているために臭いは消えない。食事も基本的に温められたもののみだ。

 

 某ホラーアクションアドベンチャーゲームの舞台となっている食堂にまた誰かがやってきた。その特徴的な仮面を目にした瞬間、ゾンビ共も一瞬にして飛び起き、上着を羽織って敬礼した。

「ザフトの範たるエリートの君たちが情け無い姿を曝しているな……ふん、君たち、知ってるかね?我々が戦いを挑む日本では昔から、『心頭滅却すれば火もまた涼し』という言葉があるらしい。この言葉の意味は、人間多少の暑さぐらいどおってこと無いと……」

ザフトの英雄、ラウ・ル・クルーゼ隊長。今作戦の指揮をとる人物はこの地獄のような環境の中、その白服を普段通りに着こなしている。そしてあの仮面、蒸れないのか気になる。正直言って見てるだけで暑苦しい。そしてこの蒸し暑さの中での訓示というものほど疲れるものはない。しかも、今回のクルーゼ隊長の話は長い。普段であればあまり時間を取らずに切り上げる隊長にしては非常に長い。

「……プラントという気温、湿度、日照量まで調節された環境で育った若者はまるでモヤシのようではないか。だいたい……」

アスランは何かを超越した感覚の中にいた。自分の髪から滴る汗の一滴まで鮮明に見える。そしてそのハイライトが消えた目でクルーゼを見据える。

おそらく、この暑さで隊長もどこかおかしくなっているのだろう。隊長として暑さでへばっているところを見せられずにいるため、自分達以上の苦行を強いられていることは察していた。しかし、だからといってこのような形で不幸と苦痛の再分配をしなくてもいいものを。そうアスランは切実に感じていた。

「作戦部に私が所属していたならば、このような作戦を提案するならば、自分たちも共に乗り込むぐらいの覚悟を……を……」

そこまで言った時点で突如クルーゼは腹を抱えて前のめりになって膝を折り、そのまま食堂の床に崩れ落ちた。

 

「た……隊長!?クルーゼ隊長!?しっかりしてください!!」

ハイネが駆け寄り、クルーゼを揺さぶる。しかし、クルーゼの意識は無い。

「おい、アスラン!!医務室に隊長を運ぶぞ!肩を貸せ!」

そのままクルーゼは医務室に担ぎ込まれた。

 

「体温が39度……そして、発汗作用に異常。うん、なるほど……熱中症だな」

そんなことは今更聞かなくてもでもわかる。灼熱地獄であんな暑苦しい格好を続けていて耐えられるわけがない。せめて仮面ぐらいはずせばいいのにとアスランは内心溜息をつく。指揮官であるクルーゼには意地を張らないで健康を保っていて欲しかった。作戦の実行時に備えて。

「全く、こないだは集団食中毒、今度は熱中症か。もう少しみんなには健康に気をつかってもらいたいもんだ。医務室が戦闘前に盛況なんて状況はどうにもなれやせん」

船医の言葉にも一理あるとは思うが、この環境ではそれも仕方が無い。一昨昨日に起こった集団食中毒もある意味仕方が無いことだ。熱水の中を進んでいるうちに冷蔵庫内部の温度が上昇し、生鮮食品がいたんでいたのだから。より厚い外壁に覆われた冷凍庫はなんとかその機能を維持している。幸いにも元々容量が大きな冷凍庫であり、多くの水を入れることができた。現在、ここで造られている氷が全クルーの命を支えているといっても過言ではない。

因みにアスランもその際に犠牲者になっている。お湯が流れるトイレで用を男達が代わる代わる済ますあのおぞましい光景はもう思い出したくはない。コーディネーターは病気への抵抗力が強いはずだったが、限度を超えていたのだろう。

そんなことを考えながら医務室にディアッカを残してアスラン達は通常勤務に戻っていった。ディアッカも軽い脱水症状の恐れがあると船医に診断されたためだ。

 

「隊長!?気がつきましたか?」

「ここは……そうか、私は食堂で倒れて……なるほどな。熱中症か」

アスラン達が通常勤務のために退室した10分ほど経過し、クルーゼは意識を取り戻した。、ディアッカに声をかけられた後に一瞬で自分の身に何が起こったかを把握するクルーゼの状況判断能力は感嘆するものだった。しかし、そんな能力があるのならば意地を張らずに冷静に判断しておけばよかっただろうに。ハイネは呆れ半分、尊敬半分といったところで素直にこの上官を敬うことはできなかった。

 

「隊長、わかっているとは思いますが……」

ディアッカがそこから先を言う前にクルーゼが口を開いた。

「ふっ、分かってるさ。私もこのような環境下で鯱張ってはいられない。私自身がもたないし、他のクルーの体調にも関わりかねん。ここは一つ、対策をうつとしようか」

 

 

 艦内はクルーゼが倒れたという噂でもちきりだった。あまりこの噂が拡散することはいいことではないとアスラン自身は思っていたが、これは仕方が無い。目撃者も多く出ているし、この狭い艦内で情報を遮断することは難しすぎた。

MSハンガーで清掃作業にアスランが汗を流している中、艦内の連絡用モニターに突如クルーゼが映し出された。ベッドに座っていることや、後ろに移っているものから推測するに、医務室から回線を繋いでいるのだろう。何故かズボンの裾が膝まで捲くられていることが気になる。

「艦内の全クルーに通達する。私が熱中症で倒れたことは諸君も既に知っているだろう。この暑さの中では私の次の犠牲者が出る可能性も否定はできないだろう。そこで……」

その時、画面の端にバケツを持ったディアッカが映りこむ。何事かと思って目を凝らす。

「隊長、失礼します」

「うむ」

ディアッカが屈み、その手に持っていたバケツが画面の外に消える。クルーゼが足を片方ずつ上げるのに合わせてディアッカがクルーゼの足元に何かを運んでいるようだ。そして、ディアッカは先ほどとは異なるバケツを持って退室した。クルーゼは仮面で表情は良くわからないが、どこか気持ちよさそうだ。

 ……おそらくだが、クルーゼは足を水の入ったバケツに入れていたのだろう。そしてディアッカは足元のバケツをより冷たい水に交換したというところか。そんな光景を見せられたクルーはなんとも言いがたい表情でモニターを見つめる。ネビュラ勲章を授与された英雄の締まらない姿に何を感じたかは言うまでもないことだろう。

画面の先の相手のことなど全く気にしていないのか、クルーゼは話を続ける。

「ああ、話を戻そう。艦内の異常な高温多湿の状況を考慮し、艦内の居住区温度が30度以上となった場合に限り、服装規定を撤廃することとする。流石に良俗に反しない程度という制限はあるが、それさえ守られるならば、各自、涼しい服装でいることを私が許可しよう。それでは諸君、健康管理を怠らずに任務に励んでくれたまえ」

そう締めくくって艦内のモニターからクルーゼは姿を消した。

 

 翌日から、ラッセンの艦内は上半身がタンクトップ、首や頭にタオルという姿がデフォルトとなった。いつからザフトは肉体労働系アルバイターの職場になったのだろうかとアスランは自問する。そういう彼もランシャツにランパンとさわやか運動部系のファッションであるのだが。因みにクルーゼもタンクトップ姿であったということだ。ただ、彼はその仮面をはずすことは一度としてなかった。その脅威の精神力だけはクルーにも評価されていた。

そしてこうした軍艦にあるまじき光景は種子島攻撃の3日前まで続いた。

 

 余談だが、この作戦に参加していたもう一隻の潜水母艦レーニアには女性士官が乗り込んでいたこともありここまでの薄着は許されず、男は上着を脱いで上はシャツ一枚、女性はフィットネスウェアで勤務していたということだ。



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PHASE-35 開戦の日

 C.E.71 6月21日 大日本帝国 皇城 松の間

 

 澤井総一郎内閣総理大臣は内閣の閣僚と陸海空宙の4軍の総司令官と共にその生涯で幾度目かとなる参内をしていた。新年の祝賀参内や親任式で主上と顔を合わせる機会もそれ相応にあった。だが、今回の参内はこれまでとは全く事情が異なるものである。今回の参内の目的はプラントとの開戦の詔勅を主上から戴くためであるのだから。

 

 主上がいらっしゃる前に閣僚らは松の間に入室して背筋を伸ばす。これまでに幾度と無く外国の統治者と会談を行った経験がある澤井も、主上との謁見だけはどうしても緊張してしまう。他のメンバーの顔を少し強張っている。そして主上が松の間に入られた。豊葦原千五百秋瑞穂国を統べる国家元首たる主上はその徳の高さで臣民に心の底から尊敬されているお方でもある。

澤井が腰を折り、それに合わせて出席者全員が腰を折った。主上が座るように仰せられ、出席者は着席する。

 

 御前会議が開かれるということは平常時にはまずない。平時に閣僚が参内し、主上に国策や日本を取り巻く情勢について報告することはよくあるが、御前会議は国の行く末を決める重要事項を巡って、又は主上に大権を発動して戴く場合にのみ開かれることが常であるからだ。

コズミックイラに入ってからこの御前会議が開かれたことは2回しかなかった。1回目はコーディネーターの製造の是非を巡って、2回目の御前会議はこの大戦における日本の立場について基本方針について決定するために開かれた。そして前回の御前会議は澤井内閣の第一期に開かれたものであり、澤井内閣は数世紀ぶりにその任期期間中に二度の御前会議を開いたことになる。

 

「此度の御前会議における議題について、説明せよ」

主上はいつもと変わらない穏やかな口調で澤井に声をおかけになる。

澤井は主上に一礼し、口を開いた。

「去る6月20日、L5宙域にて独立運動を展開していた独立運動組織はL4に存在する我が帝国宇宙軍の軍港、『安土』を奇襲しました。そして同時に我が国が種子島に保有しているマスドライバー『息吹』を攻撃し、これに甚大な被害を与えました。同時刻に在日プラント公使より、最後通牒が手交されております。我々、大日本帝国はプラントを名乗る独立運動組織からの宣戦布告を受けたのです。そのため、大日本帝国がプラントと開戦する了承を戴きたく、御前会議を開くこととなりました」

「まず、この奇襲における経緯が聞きたい。そしてプラントなる組織の狙いは奈辺にあったのだ?」

「それについての説明は吉岡防衛大臣がお答えいたします」

そう言うと澤井は吉岡大臣に話をするように促した。

 

「防衛省では、今回の侵攻の目的は連合の地球への封じ込めにあると分析しております。パナマのマスドライバー『ポルタ・パナマ』陥落後、地球連合が使用可能なマスドライバーはなくなりました。しかし、アラスカ侵攻の折にザフト地上軍はその戦力の半数以上を喪失しており、連合を地上に足止めできる戦力を喪失しています。これまでの地上戦で多くの戦力を失ってきた連合ですが、地上のザフトの脅威が無くなったことで宇宙に戦力を回す余裕ができている状況です。そこで連合は宇宙に戦力を集中させ、プラントに侵攻する準備を整えるために我が国にマスドライバーの使用を求めてきました。我が国もそれを了承し、7月から打ち上げが始まる手筈となっておりました。ザフトの狙いは連合が宇宙に戦力を集めることを妨害することにあったと見て間違いないと防衛省は結論を出しています」

「だが、種子島への攻撃と同時に安土も攻撃を受けたと聞く。何故ザフトは安土も攻撃する必要があったのか」

「種子島に攻撃をするということは、我が国と戦端を開くことと同意義です。戦端を開いた際に、敵の戦力を奇襲によって削り、後の戦闘を優位に進める狙いがあったものと思われます」

「だが、ザフトが連合を地球に縛り付けようとした理由が分からぬ。我が国のマスドライバーの使用を封じたとて、連合が再び宇宙にあがってくることは時間の問題であろう。大局が変わることは無かろう」

主上の問いに吉岡は険しい顔をする。

「これは現段階では確定的な証拠の無い推論ですが、ザフトは連合が宇宙に上がってくるまでの時間を稼ごうとしている可能性が高いです。そして、稼いだ時間で再びこの戦局をひっくり返すことができる『何か』を準備しているものと思われます。その『何か』が作戦なのか、それともNJのような戦略的兵器であるのかは、目下調査中であります」

 

 主上はしばし目を閉じられ、そして澤井に声をおかけになった。

「ザフトの狙いは分かった。罪の無い我が赤子がそのものたちの戦略に巻き込まれたとなれば朕も黙ってはおれぬ。しかし、澤井よ。戦は始めることは容易い。しかし、終わらせることは難しきものよ。そなたらは如何にしてこの戦を終わらせることを考えているのか、朕に聞かせよ」

澤井は主上を正面から見据え、口を開いた。

「アプリリウスに日章旗を立てることは考えてはおりませぬ。我々はプラントを守る絶対防衛戦ともいえるザフトの要塞、ヤキンドゥーエへの確定的破壊能力の誇示によってプラントとの講和を誘導することを考えております。講和条件としては、日本製品に対する関税の撤廃、そして賠償金の支払いを考えております」

「されど、プラントと交戦状態にある連合とはどのように接するつもりか。彼らもまたプラントと戦争状態にある。仮に我が国とプラントとの単独講和がなったとて、彼らが矛を収めるとも考えられぬ」

「無論、連合――大西洋連邦とユーラシア連邦とも連携していくつもりであります。各国とプラントとの講和条件は今後の交渉で細部まで詰めていきますが、基本方針としては我が国と同じく賠償金支払い、そして理事国軍のコロニーへの駐屯、プラントの軍備制限、地上の占領地の返還、理事国による総督府の設置を考えております」

「連合国には反コーディネーターの思想を掲げ、プラントの破壊を主張する世論が根強いと聞くが問題はないのか。聞くところによれば彼らの賛同者は今回の戦争で被害を被った各国ではこの思想を持つ団体による示威行動(デモ活動)が激しくなっているが」

「プラントに出資していない我が国の経済界とは異なり、各国の経済界にはプラントへの出資分を回収できていないことへの不満の声が未だ根強くあります。また、各国政府がこの戦で受けた傷は非常に深いものであります。ここでプラントを滅ぼしたところで戦災復興がより厳しいものになることは各国政府とて百も承知です。国とそこに住まう民の安寧と発展を願う為政者がこの判断を間違うことはありませぬ。故に、この条件で交渉を進めることができると存じます」

 

 主上は暫し、御前会議の出席者の顔を一人ひとり御覧になられていた。一通り見渡された主上は静かに頷き仰せになった。

「ここに至れば他に道もなし。朕、茲にプラントに対して戦を宣す」

主上は席を御立ちになり、松の間を後にされた。

残された澤井達はただ、深々と礼をしていた。

 

 そして、今度は澤井が閣僚達を見渡す。今日の彼は普段の温厚な内閣の長ではなかった。瞳の奥に宿る意思は鷹のように鋭く、その眼差しからは揺ぎ無き覚悟を感じる。

「大元帥陛下はここに至り、臣民を守るべくプラントとの開戦をお認めになった。ならば陛下の臣たる我らの為すべき事は決まっている」

ここにいるだれもがまっすぐに澤井を見つめている。文官も、武官も、瞳に宿る覚悟は変わらない。彼らは等しくこの国の民であり、陛下から国政を、国防を任せられた烈士であった。

「勝つぞ」

澤井の宣誓が静かに松の間に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「繰り返しお伝えします。当今の帝におかせられましては、本日正午におん自ら御放送遊ばされます。国民の皆様は正午には国営放送を視聴するようにして下さい」

国民は既に種子島のマスドライバー『息吹』とL4の軍港コロニー『安土』がザフトの奇襲を受けて深刻な損傷を受けたことも、プラントが最後通牒を手交したことも政府の発表により認知していた。そして、その翌日の主上の玉音放送である。その内容にも察しがついていた。

 

 時計の針は午前11時59分を刻む。樺太から台湾まで大日本帝国の殆どの国民が国営放送を視聴していた。

そして時計の針は正午を指し示した。国営放送の画面には皇城の春秋の間が映し出された。画面奥から主上がお出ましになる。そして、カメラの前に御立ちになった。

「去る6月20日、L5宙域にて独立運動を展開していたプラントを名乗る独立運動組織はL4に存在する我が帝国宇宙軍の軍港、『安土』を奇襲したことも、そして我が国が種子島に保有するマスドライバー『息吹』を攻撃し、臣民の財産に甚大な被害を与えたことは周知の通りである。同時刻にプラント最高評議会は在日プラント公使をして後通牒を手交させた。我々、大日本帝国はプラントを名乗る独立運動組織からの宣戦布告を受けたのである。ここに、朕は大日本帝国国王として、プラントに戦を宣す」

この時、日本中から人の言葉が無くなっていた。そして、世界中の為政者もこの放送に無言で見入っていた。彼らの耳に届いているのは当今の帝の御声のみであった。

 

「朕はこれまでこの国の臣民が戦によって不当に命が奪われることがなきように努力せよと臣たる澤井に命じていた。朕が臣は朕の意を汲み、臣民の将来の安寧を脅かすことが無きように全力を尽くしてきた。しかし、プラントは独立と核攻撃の報復という大義名分の下、勝利のために我が国に対してその矛を向けた。先の襲撃ではこの国、臣民をを守るべく多くの防人が海に、宇宙に散っていったことも朕は知っている。今、国益と臣民の安寧を脅かされていることも知っている。真に残念なことであるが、ここに至って皇国はその手に武器を取り、臣民の安寧と国益を脅かす戦力を武力を持って排除するほかない。朕は、誠実にして勇敢なる日本国民が再び安寧の日々を取り戻すことを期待する」

 

 

 日本中の臣民が、そして世界の為政者達も理解した。日本が戦争を始めるということを。

 

 

遂に、世界を揺るがす力を持った皇軍が進撃を開始する。



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PHASE-36 歌姫は傀儡にあらず

 C.E.71 6月29日 コペルニクス

 

 ラクス・クラインは自分にあてがわれた安宿の一室で溜息をつく。数日で拠点を転々とさせられる生活は年頃の少女にとってとても窮屈で、退屈な暮らしであった。マルキオ導師の手のものの助けを借りて幽閉されていたクライン邸から脱出してもう3週間程経つが、やはり自分に安住の地というのは得られそうにもない。

 

 だが、こうして自分の周りから人がいなくなって思うこともある。自分には心から信頼できる友人というべき存在がいなかったということを最近彼女は実感していた。

一番それに近い存在であった元婚約者であったアスランでさえ一定の距離間隔を保って接していたのだと思う。自分が唯一わけ隔てなく接することができたのは今は亡き父だけだったのだろう。

プラントというのは実はかなり閉鎖された環境ではある。市民がコーディネーターで占められて外部の価値観がシャットアウトされた空間では、内部の価値観が絶対のものとなる。人は自分のことをプラントの歌姫という前提をもって接してくることが当然であった。

そんなフィルターを通さずに自分を見てくれる人を知らず知らずの内に自分は求めていたのかもしれない。だから、今、また彼と話したくなった自分がいるのだろうか。

思い出すのは4ヶ月程前のこと。白亜の軍艦で過ごした数日のことと、そこで出会った人々のこと、そしてあのアメジストのような瞳を持つ少年のことであった。

 

 自分をフィルターを通してみることの無い同年代の男性は彼が初めてだった。初めて出会ったとき、彼の瞳には自分がただの女の子として写っていたことに興味を覚えた。だからあの時も最初に声をかけたくなったのだろう。彼と話すことはとても楽しかった。彼は私を一人の女の子として見て、その上で自分の悩みを打ち明けてくれた。彼のことを、もっと知りたいと思った。

だが、彼と共にいることができた時間はほんの僅かな間だけであった。彼は私の身を案じ、独断でザフトに私を引き渡した。軍のことには余り詳しくはないが、彼のしたことが重大な違反行為であることぐらいは分かる。

ただ、これだけは分かる。最後まで彼の瞳に写る私は、一人の少女であったということだ。つまり、彼は「プラントの歌姫」の身を案じてではなく、最後まで「ラクス・クライン」という一人の少女の身を案じて私をザフトに引き渡した。

彼はその後どうなったのだろう。自分を逃がしたことで辛い目にあってはいないだろうか。元々コーディネーターでもある彼が、連合の中でどのような扱いを受けているのか不安になる。できることならば、もう一度彼に会って話したい。もっと互いのことを分かり合いたい。

 

 そんなことを思っていると、部屋の扉がノックされた。このノックの拍子は、マルキオ導師の関係者が使う合図だ。私はドアに駆け寄ってロックを解除し、室内に招き入れた。室内に金髪の映える少年が入ってきた。

「ラクス様、この拠点もそろそろ引き払います。夕方に移動を開始いたしますので、それまでにどうかご準備を」

「分かりました。ご苦労様です。お茶でも飲んでいきませんか?」

「申し訳ございません。これから仲間と移動の際の打ち合わせがありまして、時間が取れません。また、機会があれば」

そう言うと彼はこの部屋を後にした。

 

 これで何度目の引越しだろう。荷物をまとめていたラクスは起動状態にあったパソコンに映し出されている映像を見て眉を顰めた。

 

 そこには今この場で軟禁されているはずの“ラクス・クライン”がデモ隊を率いている姿を映した動画が掲載されていた。“ラクス・クライン”を騙る何者かがテレビの画面から市民に呼びかける姿が映し出されている。

 

『私達は何処へ行きたかったのでしょうか。何がしたかったのでしょうか。戦場で今日も愛する人たちが死んでいきます。私達はいったい何時までこんな悲しみの中で過ごさなければいけないのでしょうか』

あの誰かは自分と同じ容貌、自分と同じ声で人々を煽動する。自分に扮して画面から平和を主張する誰かをラクスは心の底から軽蔑していた。あれは平和を愛し、そのためにその身を捧げた者の目ではない。あれは、役者の目だ。

別にラクスは公共の場で清廉な政治家を演じたりして本性を隠すことは悪だとは考えていない。演じている姿は民衆には安心を与えることができるだろうし、外交の場でも相手に対してポーズを取ることもできる。寧ろ本性が清廉潔白でも、自分の器の底を常にさらけ出している阿呆が政治家をすることの方が害悪だ。

だが、アレは違う。平和を愛する歌姫を演じているわけでも、この国の未来を憂う活動家を演じているわけではない。あの偽者が演じているのは“ラクス・クライン”という大衆の抱く偶像そのものだ。

あの偽者には中身が無い。あれは大衆の描く“ラクス・クライン”ならばどのように振舞うかを研究して、その殻を借りているだけだ。あの偽者の演技は“ラクス・クライン”らしさを損なわない演技でしかないのだから。

 

 そして、自分の殻を被った偽者を見破ることができないであろうこの国の民にも憤りを感じる。事実、ここ数日国内のサイトを閲覧して情報収集していたが、偽者に賛同する意見がいたるところで見られた。

パトリック政権はこの偽者の言葉を小娘の戯言と言って相手にしてはいないが、そこそこに大きな世論を形成しつつあるこの偽者が未だに活動を続けているところからすると、情報操作をしてはいない、又はパトリック政権がこの偽者の黒幕である可能性が高いだろう。自分の見立てでは後者の確立が高い。事実、自分はザフトの手のものによって幽閉されていたし、この偽者が公の場に姿を現した時期は自分が軟禁された日に重なっている。

あの偽者が如何なる手段を用いてその容貌と声を手に入れたかは分からないが、その出来は見事なものだ。おそらく、見た目や声からでは自分と見分けがつかないことだろう。しかし、そのスタンスは私の思想とは全く異なる。

一体彼らは“ラクス・クライン”を何だと思っているのか。これまで自分がメディアの前で政治的な発言をしたことがあっただろうか。確かに血のバレンタインの犠牲者を追悼する慰霊式典には参加していたが、あの時も犠牲者を追悼する以外の意図を持ったコメントはしていない。

クライン前議長の娘であるからといって、その思想をも無条件で受け継いでいるとでも思っているのか。閉鎖された空間、そこで養われた歪な価値観が蔓延したこの国ではそれに疑問を呈する声が上がることは無いのだろうか。

そもそも、スタイルが違うことに気づかないこんな盲目な輩が新人類などと。

 

『戦いを終わらせなければなりません。地球の人々と私達は同胞です。コーディネーターは決して進化した違うものではないのです。婚姻統制を行っても尚生まれてこない子供達。既に未来を作ることができない私達のどこが進化した種だというのでしょう。戦いを止め、道を探しましょう。求めたものは何だったのでしょう。幸福とは何でしょうか。愛する人を失っても尚、戦い続けるその未来に間違いなく待つものなのでしょうか?』

画面に映る偽者はその主張を続ける。正直言えば、その主張も理解できない。プラントの求めたものは理事国からの独立であり、これまで戦場で散ってきたものたちは祖国のために死んできた。今、戦争を終わらせることができたとして、それはプラントの失った血の対価として相応しいものを得られるのであろうか。

理事国に要求を通すためにプラントは剣をとった。連合に戦争で痛打を与える以外に彼らに独立を認めさせる策が無かったからだ。話し合いなんてものに連合が応じる可能性なんて皆無なことは明白なのである。

そもそも、この期に及んで地球の人口の1割を間接的にとはいえ死亡させた自分達を相手に条件も無く連合が話し合いに応じることは無いだろうに。

戦いを止める。それは間違ったことではない。ただ、その場合、プラントは如何にして独立を勝ち取るというのか。この傀儡はそのビジョンも示さずに国民を煽動している。そして、ビジョンが見えない主張をする傀儡を信じ、支持する国民もいる。

 

 だが、自分もこれからは人のことをとやかく言える立場にはいられないことはラクスにも分かっていた。自分を救出したマルキオ導師の考えは既に聞かされている。

『あなたはSEEDを持つものだ。SEEDはこれまでもずっと受け継がれ続けてきました。人の世が麻の布のように荒れていく時代が訪れている今、SEEDを持つ者の力は再び世界に求められています。ナチュラルも、コーディネーターも関係ありません。有史以来の最大の戦争を迎えている世界をSEEDを持つ者が変革して治めていくのです』

簡単に言えば、貴方は人の上に立つべく生まれてきた。今こそその力を示してこの世界を指導者として導けということだろう。正直、自分はそのような与太話を信じるほどに純粋無垢でも理想論者でもない。彼の掲げる宗教論はコズミックイラに入り衰退した既存宗教と決別した新しいものとされている。世が乱れたときに必ず現れるという救世主メシアに頼ったりしている時点で既存宗教とあまり変わらないだろう。神の代わりにSEEDという曖昧な概念を崇拝しているだけだ。

そして、今の自分には救世主(メシア)になることを拒否する権利が無い。今自分が生きながらえていることが出来ているのはマルキオ導師の加護があってのことであるのだから。もしも彼の助けが無ければ自分は死んでいたことは確実だ。自分が生かされていたのは恐らく偽者の正体がばれたり、予測不可能な事態に陥ったときへの対処のためだろう。あの偽者と活動が軌道に乗ればその心配も無くなり、自分は遠慮なく殺されていたことも確実だろうが。

自分はマルキオ導師の用意した戦力を率いる旗頭となることになるのだろう。

実際に彼は既に連合、オーブ、ザフト、ジャンク屋に多数の支持者を得ており、一個艦隊にあたる戦力もあるというのだから。連絡役の青年によると、この艦隊を持って連合、ザフトの戦争を終わらせるべく武力介入するという計画を立てているそうだ。何処の国にも属さず、ただラクス・クラインという救世主(メシア)のもとで戦争を停めるべく戦う私設武装組織など、結局は新しい争いの火種にしかなりえない。それに気づかないのだろうか。

そんなことを考えながらラクスは荷物を纏め、夜に迎えが来るのを持った。

 

 

 

 夜になり、光量が制限された月面都市を一大のエレカが走る。ラクスはその中からぼんやりと外の景色を眺めていた。車はコペルニクスの中心部を走る。今回は都市部に潜伏するそうだ。このあたりの宿はコペルニクスに短期的に滞在する人々がよく利用するらしく、その人ごみの中に暫く潜伏するということだ。

車が信号待ちで停車したとき、ラクスはガラス越しに隣の車線に停車している車を見て、目を見開いた。後部座席に座っているあの栗色の髪をしたスタイルのいい女性には見覚えがある。確か、あのアークエンジェルの艦長をしていた女性だ。何故か以前であった時の連合軍の軍服ではなく、日本軍の軍服を着ている。運転席と助手席の男性もアークエンジェルのブリッジで見たことがある。

そして艦長の隣にいる男性は確か、キラがストライクからアークエンジェルのブリッジに通信をしていたときにも映っていた日本軍の士官だ。あの時はキラがアークエンジェルからの帰還命令を無視し、すぐにチャンネルを切ってしまったために彼の声を聞くことはできなかったが、外見からするとおそらく本人で間違いないだろう。

そして、日本軍の士官と共に同じ軍服を着て活動しているということは、彼らが日本の陣営に属している可能性が高い。かつてキラの消息が気になり、マルキオ導師に是非とも仲間にしたい人がいるといって調べてもらったことがあるが、彼の乗るアークエンジェルはザフトのオペレーション・スピットブレイクが失敗した数日後に日本の軍港に入港し、クルーの消息はそれからは掴めていないということらしい。キラ・ヤマトという少年に関する情報も、アークエンジェルが日本に入港した後、その消息に関する情報は入っていないということだ。

確証は無いが、彼女達が日本側にいるということは、キラ・ヤマトも日本にいる可能性も高い。

 

 ラクスは思考を巡らせる。隣の車に乗っている一行は十中八九日本の関係者だろう。もしもここで自分を彼らに保護してもらえれば、自分は彼に会えるかもしれない。マルキオ導師の元にいた方が彼に関する情報は集まりやすいかもしれないが、彼と再会し、その後も共にいられるかと問われれば、それは否だろう。

短い会話しかしたことは無いが、彼は争いごとを好まない温和な少年だということは分かる。彼がナチュラルの学友とも友好関係を上手く築くことが出来ていることからも、これは立証されている。

そんな彼が平和のためにといいながら武力で全てを解決しようとするやり方を容認するわけが無い。もしも私がこのままマルキオ導師のもとで組織を率いていれば、彼はきっと私を軽蔑し、否定するだろう。それは嫌だ。自分を自分としてみてくれる人間に拒絶されることはとても怖い。しかし、日本の元にいれば再会できたときに拒絶される心配は無いだろう。

プラントを支配するための御神輿として扱われるかもしれないが、少なくともプラントに自分が率いる政権ができればそこで戦闘は終わるし、理解できない英雄思想の元戦いを強いられることも無いだろう。

彼が日本にいない可能性もあるが、それでもこのまま救世主(メシア)として未来のビジョンが描けない宗教的な武装組織で救世の英雄(ジャンヌ・ダルク)を演じるよりは日本に保護された方がましだ。

 

 ラクスはちらりと隣に座る男性を見る。たまにこちらに目を配らせているが、基本的に直視しているわけでも無い。そしてこの車はコペルニクスでもよく見られるセダンタイプのエレカだ。怪しまれないように一般に普及しているタイプの車を用意したためである。

特別な点が無いこの車からならばドアを開けて外にでることは難しくない。また、緊急時に迅速に対処できるように後部座席に乗る私と目付けの人がシートベルトも着用してはいない。また、この時間は既に交通量も少なく、この通りには現在殆ど車が走っていない。これならば勝機はあるとラクスは判断する。

信号がもうすぐ変わることに気がついたラクスは静かにその手を後部座席のドアにかけた。そして目付けの者の視線が前方の信号に注がれている一瞬の隙をつき、彼女はドアを開け放ち、ペットロボのハロを抱えて道路に飛び出した。

 

 

 

 

「すみませんね。色々と外交ごとに巻き込んでしまって」

武は隣に座るマリューに謝罪するが、マリューは気にした様子も無い。

「いえ、これも任務のうちですから。それに、自分が日本軍の一員として働いていることが実感できましたし、大使との面会もいい経験になりました。お気になさらずに」

 

 先のザフトの奇襲攻撃により安土を損傷し、その防衛戦力にも無視できない損失を被った大日本帝国宇宙軍は本国に対し、防衛戦力の迅速な強化を提案した。L4コロニー郡の防衛戦力の弱体化は他国の軍や海賊の脅威を増大しかねない事態だと判断したのである。事実、あれからというものの日本の領宙に度々ジャンク屋が資源回収と称して侵入を繰り返しており、それらの海賊行為の取り締まりも含めて宇宙軍は課題が山積していたのである。

そこで防衛省は元々宇宙でもかなりの戦果を上げ、紅海の鯱、砂漠の虎を討ち取り、かのクルーゼをも退けたという異名を持つアークエンジェルを宇宙に回航することを決定する。ザフトに対して凄まじい戦果をあげているアークエンジェルの雷名を持ってL4宙域の迅速な沈静化を目論んだのである。

そこで元アークエンジェルクルーを中心に人員再編成を行い、アークエンジェルを硫黄島にある第二宇宙港からブースターをつけて宇宙へと打ち上げたのである。ブースターによる宇宙船の打ち上げ、それもアークエンジェル級の巨艦を打ち上げることは非常にコストがかかるため、少しでも費用対効果を上げるため、アークエンジェルには様々な物資や人員が詰め込まれた。コペルニクスへの寄港もコペルニクスの日本大使館に通信では伝えられない事項を伝えるためであった。

その際にマリューは艦長として、武は名門華族である煌武院家の入り婿(正式な結納は戦争終結後の予定だが)として大使館に足を運ぶ必要はあったのである。因みに武は種子島の戦闘の後で休暇を申請したらしいが、却下されて素直に宇宙逝きの切符を手に外交使節としての仕事まで追加されて宙に上がったのであった。最近、本気で労災の申請を考えているそうな。

 

 突然隣の車の後部座席から少女が飛び出してきたことに気づいたマリューは目を見開いた。その行動に驚いたのも事実だが、それ以上に少女の要望に驚愕していた。彼女は少女と以前に会って話しをしたこともある。彼女の名はラクス・クライン。プラント最高評議会前議長シーゲル・クラインの一人娘であった。

飛び出してきた彼女は車の後部座席から出てきた男性に手首をつかまれて車内に連れ戻されようとしていた。しかし、突如顔面に桃色の球体が飛びかかり、その衝撃で彼女を掴んだ手を緩めてしまう。その隙にマリューは即座に後部座席から飛び降り、ラクスを庇うように自身の後ろにまわし、男に向けて叫んだ。

「自分達は大日本帝国宇宙軍のものです。事情を説明していただきます」

事態に気がついた武も車から降り、隣の車に駆け寄った。

「大日本帝国宇宙軍のものだ。少し話しが聞きたい」

後部座席の男がその左手を懐に入れる。武も咄嗟に拳銃を構え、男に突きつけた。男の構えた銃の銃口はマリューに向いている。

「妙なまねをするなよ……」

武の視線に男は怯む。

「私……この人達に無理やり連れ去られていたんです」

マリューの後ろでラクスは涙目になりながら訴えかける。その言葉に男は目を見開いている。その時、突如車が走り出した。男はそれに合わせて後部座席に飛び乗り、そのまま車はコペルニクスの市街地の闇の中へ消えていった。

 

「ありがとうございました。艦長様」

走り去る車が見えなくなると、ラクスはマリューに頭を下げた。

「お礼なんていいわ。でも、色々と説明をして欲しいことがあるのよ」

「構いませんわ。私の身の安全が保障されるのでしたら」

武はいまだ周囲に警戒しながら彼女達に声をかけた。

「二人とも、ここにあまり長くいることはできないからさっさと離れようか……って、えーと、俺の顔に何か付いてますか?」

武に声をかけられて振り向いたラクスは武の顔を見て困惑しているように見えた。

「いえ……知人の声とそっくりでしたので」

ラクスは気持ちの切り替えを素早く行えるらしく、すぐさまその表情を平静に戻していた。

「ああ……そう。そんで、え~と、貴女は俺の認識が間違っていなければ……」

 

 彼女はにこやかに武に向かって名乗りをあげた。

 

「はい。私はラクス・クラインと申します。プラント最高評議会前議長シーゲル・クラインの娘です」



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PHASE-36.5 大国の手腕

 C.E.71 6月22日 大西洋連邦首都 ワシントン

 

「国家元首の一言で国民の士気は最高潮……本当に、あの国のインペリアルは羨ましい限りだ。同じ状況で私が戦争を宣言したとて、政敵はマスコミを使ってネガティブキャンペーン、国民を煽って毎日ホワイトハウスの前でデモ行進でもさせていただろうに」

大西洋連邦大統領ジェルソ・アーヴィングはホワイトハウスの特別会議室に集結した面々を前に苦笑した。

「同意しますね。しかし、大統領。我が国で同じことはまず不可能ですよ。何しろ国家元首の持っている徳が違いますから」

大国の大統領に向かって軽々しく皮肉ることができるこの男の名はムルタ・アズラエル国防産業理事。世界の軍需産業を束ねる組織の代表者でもある。旧世紀から政財界にそのパイプを広げてきたかの組織の代表は議会も政府も無視できない程の権力を持つ。アズラエルは組織の力と自身の肩書きがあってこの大統領直々に開く会議に召喚されていたのである。

「君がいうかね。君の作った組織も最近は盟主の命令なんて聞いている素振りも無い。各地でテロを起こされて治安を悪化させられては戦後の復興にも影響がでかねない。なるべく早めに盟主の賛同者を纏め上げて欲しいものなのだがねぇ。君の徳とやらで」

アズラエルの皮肉にアーヴィングも皮肉で返した。

 

 ここで、ブルーコスモスという組織について説明しておこう。ブルーコスモスというのは元々旧世紀に環境保護を掲げる市民が立ち上げた市民団体であった。この市民団体は遺伝子操作を激しく非難し、世間で反コーディネーター思想が広まるにつれてその規模もしだいに大きくなっていった。

ただ、ブルーコスモスという言葉はブルーコスモスという組織に所属している加盟者のことを指す言葉ではなく、広義には反コーディネーター思想主義者を指す代名詞として使われている。これはC.E.40年代より頻発した反コーディネーター抗議集会やコーディネーターを狙ったテロに加わった人々が自分たちを『ブルーコスモス』であると自称していたためである。

ブルーコスモスというネームバリューがあれば地域の名手や富豪などからのバックアップを受けやすかったために、反コーディネーターの活動家はその活動内容が過激か穏健かに関わらずブルーコスモスと自称したことがブルーコスモス=反コーディネーター思想主義者という考え方につながった原因であると言われている。

そしてC.E.60年代からは最大の出資者たるアズラエル財閥をはじめとした財界のバックアップを受け、ロビー活動だけではなく、団体の代表を国政に送り込むなど、その活動の場を直接政治の世界にまで広げた。政府関係者への援助も積極的に行っており、その加盟者には政治家や軍の高官、財界の指導者も多く、政治的にも強い発言力を保有している。現在では大西洋連邦内では最も有力な政治組織であるとも言われている。

一説にはジョージ・グレン暗殺やコロニーメンデル襲撃にも関与したとされているが、これはブルーコスモスを騙る反コーディネーター思想主義者による行為で、正規団体としてのブルーコスモスは関与してはいない。ただ、これらの事件がブルーコスモスの名を世界に轟かせ、世界に自称を含めた多くのブルーコスモスを生み出すことに貢献していたことも事実ではある。

 

 アズラエルは気にした様子もなく、アーヴィングの皮肉に苦笑いした。

「僕は防衛産業理事ですからね。防衛産業って言えば聞こえはいいですが、結局はただの武器商人ですよ。死の商人に徳があったのなら、この国が参戦した戦争の数は半数以下になっていると思いますけどね……さて、前置きはこの程度でいいでしょうか、大統領閣下」

アズラエルが浮かべていた笑みが消え、アーヴィングも真剣な顔をする。

「そうだな。本題に入ろうか」

そういうと彼は手元のコンソールを操作し、会議室の奥にスクリーンを下ろした。そこに映し出されたのは半壊した日本のマスドライバー『息吹』の姿である。

「諸君も既に承知していると思うが、去る6月20日、日本がザフトから奇襲攻撃を受けた。国防長官、詳細を報告してくれ」

指名を受けた国防長官が起立し、口を開いた。

「6月20日、ザフト潜水母艦より発艦したMS部隊は現地時間1120に種子島に襲来しました。また。同時刻にはL4の日本の軍港『安土』が高速艦艇からなる艦隊に襲撃されております。日本軍は基地の防衛戦力が壊滅する被害を受けながらも空軍の戦闘機の援護まで時間を稼ぐことに成功し、増援の戦闘機部隊の攻撃が間に合ったこともあり戦闘の中盤までは優位な立場にありました。しかし、ここでザフトはパナマで使用したものと同種と思われるEMP兵器を使用。日本側の戦闘機部隊は悉く戦闘不能に追い込まれ、マスドライバーはEMP兵器の影響を受けた区画が崩壊しました。その隙をついてザフトは撤退した模様です。次に『安土』での戦闘の経緯について説明いたします。種子島奇襲とほぼ同時にL4に接近していたザフト艦隊がMSの発艦を開始したという報告が入っております。相当な距離まで艦隊の接近を許したことから、ザフトは自軍の艦隊に何かしらのステルス機能を展開していた可能性が高いと国防省は推測しております。戦闘の結果、大型のMAによる攻撃で『安土』は大破、敵艦隊は『安土』攻撃後にスモークとアンチビーム爆雷を展開しL4を離脱しました。その途中で日本の艦隊と交戦し、ザフトは更なる被害を被ったとの情報も入っておりますが、その詳細まではつかめておりません。安土の修復の見込みなども残念ながら掴むことができませんでした。以上が、国家安全保障局から提出されたレポートと現地武官の報告になります」

 

 アーヴィングは予想以上の日本の被害に渋い顔をする。これで日本がプラント相手に戦端を開いたことは喜ばしいが、これほどの被害を出されると戦争の早期終結には支障をきたすと彼は考えていたのである。

「……日本の被害は分かった。外務長官、日本からなんらかの連絡はあったのか?あの“約定”のこともある」

アーヴィングは次に外務長官に問いかけた。

「在日大西洋連邦大使のもとを深海外務次官が直々に訪問し、今回の襲撃に関しての説明があったとの連絡を受けております。それによりますと、『息吹』は水上部分のうち、先端から1キロにわたり崩壊したとのことです。崩壊部分の再建と、EMPの影響が他の基部にも影響を与えている可能性を鑑みた全長部分の早急な点検と整備があるためにマスドライバーとしての機能が復旧するまでには最低でも1ヶ月はかかると日本政府は試算しているようです。EMP兵器によるダメージが深刻な場合、最悪半年はマスドライバーが使用できないという可能性もあるとの報告です。……“約定”につきましては、そちらの今後の対応次第で秘匿条件の変更に応じる用意をしているとのことです」

アズラエルは困ったとでも言いそうな表情でその手に持ったボールペンで頭を掻いた。

「困りましたねぇ……あそこのマスドライバーが使えないとなると、戦力を宇宙に展開するにも非常に時間がかかります。我々(ロゴス)としてはなるべく早く戦争を終わらせて欲しいのですが。これ以上戦時経済が続けば民生部門の消費に響く恐れもありますし」

アーヴィングは横目でアズラエルを睨みつけているが、当の本人は全く気にしてはいない。

 

 彼らの言う“約定”とは、日本が大西洋連邦と結んだ極秘の約定のことを指す。これは日本側が大西洋連邦の違法行為を秘匿する代わりに、大西洋連邦は対価を支払うという内容であった。

その秘匿される違法行為とはブルーコスモスの加盟者で盟主とも親しい軍の将校が企てたMS強奪計画である。しかし、計画は失敗し、さらに計画に利用した傭兵が日本側に回収されたためにこの計画が日本側に露呈、日本側はこの事実を外交カードとして大西洋連邦を強請っていた。

当初はブルーコスモス上層部の関与も疑われたが、盟主であるアズラエルはこれを否定。計画を企てたサザーランド大佐も自身の独断であるという態度を終始崩さず、軍もことを荒げてアズラエル財閥の機嫌を損ねることは避けたかったため、サザーランド一人の処分で決着が既についていた。

 

「これでは予定していた2ヶ月以内のプラント侵攻は不可能だが……外務長官、昨日日本が地球連合入りを打診してきたという報告を受けているが、そちらの交渉については進展は無かったのか?」

「日本から連合加盟の条件は既に聞いています。彼らは対プラント講和条件の基本方針として賠償金支払い、そして理事国軍のL5コロニー郡への駐屯、プラントの軍備制限、地上の占領地の返還、理事国による総督府の設置を掲げています。これらの目標を共有できるのであれば、連合国の一員として対プラント作戦に協力するとのことです」

それを聞いたアズラエルは意外そうに言った。

「国土を攻撃された割に随分と甘っちょろい要求ですね。無条件降伏ぐらいは要求すべきでしょうに」

「日本としては占領統治は面倒なのだろうよ。それは我々に押し付け、利権だけは掻っ攫うと。なかなかに強かなことだ」

対照的にアーヴィングはさして気にした様子も無い。彼は寧ろ他の連合諸国を気にしていた。

「だが、我が国がこの条件を飲んだところで他の加盟国が同意するかと言われれば疑問だがな。ユーラシアは国内事情を安定させるために早期の終戦を望んでいるから承知するだろう。しかし、東アジアのやつらは決して飲まんぞ」

「別に飲まないならば連合から追い出せばいいでしょう。あの国は資源衛星も失ってどうせ自力では宇宙戦艦も宇宙空母も造れませんよ。精々ドレイク級をつくることが精一杯。報告によると、兵としてもかなり問題もあると。国防長官ならご存知なのでは?」

アズラエルは視線を国防長官に向けた。

「……確かに、彼らは味方にしてもあまりメリットがありません。自分達が劣勢に陥ると忽ち指揮系統に混乱が生じ、隊は乱れ、我先にと敵前逃亡が普通だったという報告や、我が国が供与したメビウスも戦闘後の損傷機を指揮官が勝手にジャンク屋に売却、素知らぬ顔で再供与を要請したという報告も入っております。尤も、整備能力やそのMAの練度自体怪しいものですが」

「だそうです。戦力と成りえない頼りないやつらを味方から追放するデメリットと、精強な日本の軍隊が加入するメリットなんて比べるまでも無いのでは?」

アズラエルは国防長官の証言を聞き、我が意を得たりと言いたげな表情で周りを見渡した。

「あちらがこの条件を飲めばよし、飲まなければ連合から追放。簡単なことじゃないですか」

にこやかに東アジアの排除を口にするアズラエルをアーヴィングは覚めた目で見ていた。だが、脳内では東アジアを排除するメリットとデメリットをシミュレートを続けていた。そして、アーヴィングは再び口を開いた。

「……確かに、東アジアの重要度は低い。最悪、連合から除籍しても構わないだろう。だが、アズラエル。マスドライバーはどうするのだ?それがどうにかできん限り我々は結局動くことが出来ない。財界が戦争の早期終結を望んでいても、マスドライバー抜きでは話が進まん」

「大統領閣下、お忘れですか?ザフトの勢力圏に無いマスドライバーがあるではありませんか」

「オーブのことを言っているのか?あのコミュニケーション障害の獅子殿は我々と交渉する気は無いのだがな」

アーヴィングはお願いするだけ無駄と言いたげに首を振った。だが、アズラエルは未だ笑みを浮かべたままアーヴィングに答えた。

「だれもオーブのマスドライバーを狙うなんて言っていませんよ。そもそも。今から侵攻軍を編成してオーブに侵攻したところでマスドライバーが使えるようになるのは7月ってところでしょうが。あのあたりは7月から9月にかけては台風の坩堝の中ですよ。計画的に物資を打ち上げるのに支障をきたします。場合によっては予定量の3分の2も打ち上げられない可能性も否定できません」

 

 だれもがアズラエルを見つめていた。会議の序盤ではブルーコスモスの盟主であり、ロゴスの指導者であるアズラエルがとんでもない要求を突きつけてくるのではないかとハラハラしていた政府首脳陣も、理知的な計画をすらすらと口にするアズラエルに今では一目置いていたのだ。

「なら、どこのマスドライバーを狙うかって言いたげですね。ですが、皆さんお忘れですか?この国が保有するマスドライバーで無傷なものが1基だけ“浮かんでいる”じゃあありませんか」

会議の出席者たちは目を見開いた。確かにそこにはマスドライバーがある。だが、それが今まで使えなかった理由も皆承知だ。商務長官が彼らを代表してアズラエルに問いかける。

「アズラエル理事、ギガフロートのことを仰っているのでしょうか?確かにあのギガフロートは我が国が発注し、我が国の資金で建設された我が国の資産です。しかし、あれは存在そのものが秘匿されていた代物なのです。大規模な戦力を動員する奪回戦などということになれば確実にその存在が世界に知られてしまいます。衛星写真が使えない状況下を利用して公海上を自由に移動できる軍用ギガフロートを極秘裏に建造していたことは国際社会に反発を生みます」

「ですがね、ギガフロート以外のマスドライバーはビクトリアとオーブにしかありません。ザフトなら最悪連中が占領しているビクトリアのマスドライバー『ハビリス』を自爆させてでも我々が奪還することを阻止してくるでしょう。日本を敵に回してまでマスドライバーを封じることを選んだ連中ですからね、十分ありえます。オーブの『カグヤ』は手に入れたところでどうせ使えないとくれば、残る手はそれしかないでしょうに。諸外国の反発も予想されますが、そこはギガフロートを無償で使わせることで黙っていただきましょう。等価交換です。それに皆さん、あのリサイクル業者を気取る盗賊どもにもそろそろ鉄槌を食らわしたくはありませんか?」

 

 アズラエルの提案に一同は様々な様々な表情を見せる。だが、彼らは真剣にメリットとデメリットを計算し、結果、デメリットをメリットが上回るという結論に達した。

「大統領。アズラエル理事の提案は一考の余地があるかと。ギガフロートの探索にはかなりの労力がかかるでしょうが、なりふり構ってはいられません」

国防長官の提案を聞いたアーヴィングは腕を組み、しばし黙考する。

確かにアズラエルの提案には惹かれる部分が多い。戦後に使用できるマスドライバーが一基増えるのも悪くは無い。他国の追求を避けるために今後は民間の利用を中心にしていく必要があるが、その経済効果は戦後の復興に大きく利することになるだろう。忌々しいジャンク屋ギルドに一泡吹かせるのも悪くは無い。

「ふん……いいだろう。アズラエル、お前の本音は自分達も出資した施設が奪われたことへの恨みもあるのだろうが、今はお前の口車に乗ってやろう。外務長官は各国に連絡を取ってくれ。『盗賊狩り』をしたいと伝えてくれたまえ。他のメンバーもギガフロート奪還に関する事項を明後日までに纏めてくれ。それでは、本日は解散だ」

 

 アーヴィングは薄く笑みを浮かべながら立ち上がり、会議室を後にした。



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PHASE-37 真の歌姫

 C.E.71 7月1日 L4 『伏見』

 

 L4コロニーの中で『安土』は最も外延部に位置するコロニーで、そこは大日本帝国宇宙軍連合艦隊が利用する軍港コロニーだった。それ故にL4に迫り来る敵の迎撃にはうってつけの場所であった。ここに設置された『安土』鎮守府はL2方面に展開している宇宙軍を統括している軍政機関でもある。そしてその鎮守府の指揮下には同じくL4に存在する工廠コロニーや教育機関、研究機関コロニーがある。

 しかし、先月のザフト軍の奇襲により『安土』は深刻なダメージを被り、軍港としての機能を果たせなくなった。現在、宇宙軍工作隊は大破した『安土』の修復に全力を傾けているが、全面復旧には最短で2ヶ月かかる状態であるという報告を受けて宇宙軍の艦隊は現在その母港を建設途中だった新造軍港コロニーであった『大坂』に移動させていた。

 また、『大坂』の後方にて建造中だった工廠コロニーは7月から稼動をはじめ、先の戦闘で傷ついた軍艦の修繕作業を開始している。『安土』内に設置されていた聯合艦隊総司令部も艦隊の移動を受けて『大坂』への移転作業にかかっていた。

 その一方、日本の宇宙実働部隊の統括機関であった『安土』鎮守府は軍の教育施設と病院が設置されているコロニー『伏見』にその機能を移設させていた。これは鎮守府の軍政機能を維持できる程のスペースがあり、通信設備もそこそこに充実していたためである。

 

 密閉式シリンダー型のコロニー『伏見』両端部にある湾口に到着したコロニー間連絡船から軍服姿の若い男女が降りてきた。女性と連れ添っている青年の軍服姿は板についたものであったが、彼に付き添われている女性の軍服姿には違和感を覚えるものであった。

 昇降口から降りた彼らの前に黒髪の麗しい女性が歩み寄り、敬礼した。

「お久しぶりです篁中尉」

「こちらこそ。白銀中尉、ここからは自分が鎮守府にまでご案内します」

 唯依の案内を受けて彼らは港の外に駐車してあった車に乗り込み、港を後にした。目的地は、仮の鎮守府が置かれている宇宙軍兵学校である。

 

「白銀中尉、種子島での戦いは聞いています。随分と奮闘なされたとか」

 車内で唯依は武に話しかける。

「いや、結局『息吹』を守ることはできませんでしたよ」

 武は謙遜する。実際、目に見える形で戦果をあげたわけではないのだ。武自身、あの防衛戦で活躍したのは新田原の空軍部隊だと思っている。

「謙遜することはないでしょう。防衛省が功績を評価して、実際に昇進しているのですから」

 そう、武は先の種子島防衛戦での活躍やアラスカ攻防戦での活躍が防衛省に評価され、一階級昇進して中尉となっていたのである。アラスカの一件は未だに大部分が秘匿されているために、表向きは種子島攻防戦での獅子奮迅の働きを評価しての昇進ということになっている。

 

 そんなことを話している間に車は宇宙軍兵学校の校門に到着する。

武は同乗していた女性の手を取って車から降りた。

「白銀中尉、帰りは別のものが来ることになっておりますので、私はこれで失礼します」

「ご苦労様でした」

 短く挨拶を済ませると、唯依は車を出して兵学校を後にした。それを見送った武たちは兵学校の警備兵に入校許可証を提示し、門をくぐった。

 

 

「失礼します」

 武はまっすぐに鎮守府司令官室に赴き、扉の前にいた警護兵に取り次いでもらい入室する。扉の内には3人の男がいた。軍服を着た男はL4『安土』鎮守府司令長官の神田輝明中将と副司令の国友満少将だ。そして最後の背広を着た男を見たとき、武は内心驚愕していた。だが、その表情は軍人生活で身についた鉄面皮で隠し、敬礼する。

 

「帝国宇宙軍安土航宙隊『銀の銃弾(シルバーブレット)』中隊所属、白銀武中尉であります。護送対象を連れてまいりました」

「白銀中尉、護送任務ご苦労だった。後は我々の仕事だ。君は外で……」

 神田がそう言いかけた時、武の連れていた女性が口を開いた。

「待っていただけませんか?」

 その声を聞いた神田は目を見開く。隣の二人も同様だ。そして女性はその髪に手をかけ、茶髪のかつらを取り去った。その下から現れた髪は鮮やかな桃色だ。

「まさか……本当にラクス・クラインか?」

 神田が呆然としながら問いかける。

「はい。私がプラント最高評議会前議長シーゲル・クラインの娘、ラクス・クラインです。目立つのは避けたかったので今回は日本の軍服で移動しておりました」

「コペルニクスから報告を受けたときは正直なところ、半信半疑でした。しかし、間違いなく貴女は本人のようですな……失礼、申し送れました。私は元在プラント日本公使の珠瀬玄丞斎と申します。本日は外務省の代表としてこの場に臨席しております。そして、こちらがL4『安土』鎮守府司令長官の神田輝明中将と副司令の国友満少将です。本日は私どもとラクス嬢の4人で会談を行う予定になっているのですが、何故白銀中尉の同席を望まれるのでしょうか?」

 背広を着た男――珠瀬玄丞斎が会釈をし、先ほどの言葉の趣旨をラクスに問いかけた。

「それは、私に味方がいないからに他なりません。会談する相手にこのようなことを申し上げることは下策なのでしょうが、何れは……いえ、この会談中にも知られることでしょうからお話します。私は前代表の娘でありながら外交の経験も、政治家としての勉強をした経験もございません。頼りない小娘とお笑いになるやも知れませんが、私は自分の味方と成る経験も付き人もいないままこの会談に臨むことは不安なのです。武様は、私をコペルニクスで保護していただいたときから傍についていただいておりましたし、この場に同席していただければ心強いのです」

 

 ラクスの心の内を聞かされた神田は珠瀬に目配せをする。珠瀬もそれに気づき、小さく頷いて口を開いた。

「わかりました、ラクス嬢。彼の同席も認めましょう。そして……ふ、君が白銀中尉か。現在我が国最高の撃墜数(スコア)を誇る撃墜王がこんな見どころのありそうな青年だとはな。こんな人物がたまの元クラスメートとは、世間は狭いものだ」

「は……同感であります」

 武は短い言葉で当たり障りのない返答をする。だが、実はこのとき冷や汗をかいていた。〝かつて〞の記憶の中のことだが、たまパパにはいいように弄られて痛い目にあったこともあったのだから。

「……では、ラクス嬢。会談を始めましょう。白銀中尉も座ってくれて構わない」

 珠瀬に促されたラクスと武はソファーに腰を下ろす。神田らも武から向かって正面のソファーに腰掛けた。目の前のグラスには冷茶が注いである。おそらくこれはL4で収穫した摘みたての茶葉を使っているのだろう。武は緊張で渇いた喉を冷茶で潤す。

 幸いにもこれ以上武を弄ることも無く珠瀬はラクス・クラインとの会談を開始したいらしい。武は内心ホッとしていた。

「では、私がコペルニクスにいた経緯を説明いたします」

 そしてラクスが語った事実に一同は驚愕することになる。 

 

 

 全てはラクスの父、シーゲル・クラインが司法局で取調べ中に殺害されたことにはじまる。彼女の父が殺害された後、彼女はクライン邸に軟禁された。彼女を監視していたのはザフトの手の者であったということだ。そして、2週間程経過したある日、彼女が就寝中にことは起こった。突然部屋の天井を破って出てきた男に連れられて部屋から脱走。途中で見張り番らを素早く無力化した彼らはクライン邸の書斎に隠された秘密の抜け穴を使って彼女を同志の下へと脱出させた。

 彼女が後に聞いた話らしいが、もともとクライン邸には何本か隠し通路が存在したらしい。彼女の寝室の天井裏に存在するダクトに偽装した通路もその一つらしい。これは独立運動中、親友であったパトリックが理事国の手のものと思われる武装集団から襲撃されるという事件があったために施されたものだそうだ。

 そして彼女はマルキオ導師の支援を受けてコペルニクスに軽い変装をして入国することに成功する。入国手続き等は手を事前にまわしていたためにスムーズに終わり、彼女はこの都市で潜伏生活を始めることになった。

 そして彼女はそこでマルキオ導師の企てていた計画を知る。混迷の闇から抜け出せず、戦禍からも抜け出せない世界を救済して導くためにSEEDを持つラクス・クラインを旗印に蜂起し、戦争に加担する勢力をただ撃破し続けることで戦闘を停止させ、平和を保つために彼女が世界を統べるという全く意味が分からない計画だ。さらにその作戦、彼女が脱走するころには蜂起に参加させる予定の戦力の7割近くが既に集まっていたという。

 自分が世界を更なる混迷の闇へと向かわせる集団の旗印になることを忌避した彼女は、偶然見つけた元アークエンジェルの艦長を頼って脱出することを決意したのだという。艦長が日本軍の制服を着ていること、隣に以前見かけた武がいたことから、日本軍の関係者であるとあたりをつけた彼女は武たちに縋ってみることにしたらしい。

 日本でいい思いができるとは確信してはいなかったが、それでもテロリストの旗印となることよりはマシだと判断したのである。

 

 

 ラクスの話が終わると、国友が申し訳なさそうに尋ねた。

「なるほど……しかし、一つだけよろしいでしょうか。現在、プラントには貴女の他にもう一人、ラクス・クラインを名乗るものがいます。本当に、貴女が本物ということでよろしいのですか?」

 ラクスは少々ムッとした表情をしているが、淡々と答えた。

「私は確かにシーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインです。私は以前アークエンジェルの艦長様と話したことがございますので、そちらに確認を取っていただければすぐに私が本物であると納得していただけるでしょう」 

「よろしいでしょうか?」

 武が神田に発言の許可を求める。彼はあくまでラクス・クラインが指名した付添い人というだけであり、本来ならこの会談における発言権は無いのである。

 神田が頷いたことを確認し、武は再び口を開いた。

「彼女は間違いなくシーゲル・クラインの娘であると考えます。自分はラクス嬢を保護したその日に同じ質問を彼女にしました。その際に彼女はアークエンジェル内でクルーと話した内容についても話してくれました。当時アークエンジェルの艦長であったラミアス大尉からの質問にも澱みなく返答していたので、彼女が偽者ではないと考えるのが妥当でしょう」

 武の証言を聞いた国友は息をつくと、ラクスに顔を向けた。

「申し訳ない、ラクス嬢。私としてはまず、これをはっきりさせておく必要がありました。プラントにいるラクス・クラインが偽者か否かというのはプラントの情勢を考察する上で無視できない要素ですので。そして、ラクス嬢。貴女は現在プラントにいる偽者にお心当たりはありますか?」

 ラクスは静かに首を横に振る。

「私に心当たりはありません。私に妹か姉がいたなんていう話も聞いたことはありませんから」

 

 その後もいくつかの質疑応答をし、会談は気づけば数時間に及んでいた。既に5人のグラスの冷茶も空となっている。

「なるほど……実に参考になりました。今日はありがとうございました」

 そう言って珠瀬はソファーから立ち上がった。しかし、それをラクスが呼び止めた。

「待ってください!!最後に一つ、見てもらいたいものがあります。本当でしたら最初にお伝えすべきことだったのですが、こちらの話を信用していただいた後に見せるべきだと思いまして……」

 そういうと彼女は桃色の髪に美しく映える月をモチーフにした髪飾りを手に取った。そしてそれを分解し、内部からデータチップを取り出した。

「父が司法局に身柄を拘束される前日に私に託したものです。これを貴方方に見ていただきたいのです」

 

 彼女の手のひらにある小さなデータチップがもたらすものを、この時点では誰も知りえなかった。



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PHASE-38 戦慄の告白

 C.E.71 7月7日 大日本帝国 内閣府

 

 会議室は重苦しい雰囲気に包まれている。そんな中澤井は吉岡に視線を向け、問いかけた。

「……この話は確かなのかね」

吉岡は険しい表情を崩さずに答えた。

「残念ですが、この情報はかなりの精度です。彼女の情報を手がかりに、宇宙軍が偵察活動を行ったところ、実際にそれらしきものが見つかったとの報告も受けております」

澤井は手元のコンソールを操作して会議室の巨大スクリーンに件の建造物の映像を映し出した。

「これがそうか……しかし、これが本当に大量破壊兵器である確証はあるのか?」

「そのことなのですが、今回はこの物体に関して科学的な説明が必要になると考え、アドバイザーを招いています。この場に迎えてもかまいませんか?」

「私たちは門外漢だ。このような事態においては専門家の意見も重要だ。入室を許可しよう」

許可が出ると吉岡は澤井に一礼して立ち上がり、会議室の扉を開いた。そして閣僚達の前に現れたのは麗しい女性だった。

「防衛省特殊技術研究開発本部首席研究員の香月夕呼です。本日はよろしくお願いいたします」

 

「まず、この巨大な建造物についての博士の見解をお聞かせ願いたい」

澤井が夕呼に問いかけると、夕呼は持参したPCをセットアップして向き合った。夕呼も雇い主の前であるので普段と違った知的でクールな女性を演じていた。彼女の本性を知るものがこの場にいたら違和感に寒気すら覚えたかもしれない。

「まず、こちらの偵察機から得られた写真から分析をしました。このパラボラアンテナに見える部分と、そこに接続された巨大チェンバーから、用途は二通り推測できます。まず、一通り目は電波、又はエネルギーの送信施設であるという考えです。電力をこのチェンバーからマイクロ波等に変換して発進し、L5から離れた場所にエネルギーを送信する施設であるか、NJ影響下でも長距離の通信を可能とする特殊な通信機材……量子通信施設である可能性があります。そして、2通り目は……渡されたデータチップの内容通りのレーザー発進施設である可能性です」

彼女の目つきが変わったことに閣僚達は緊張を高める。

「パラボラアンテナのような円盤と接続されているいくつかのチェンバーから推測するに、その基部で核爆発を起こし、その際に発生するガンマ線をレーザー光に変換して打ち出すことは理論上は可能でしょう。ですが、このままではガンマ線のレーザーの射程は非常に短く、脅威たりえません。推測ですが、この本体の全面に反射ミラーを設置しガンマ線を本体に向けて反射、更にパラボラアンテナ状の本体の表面の反射ミラーで再度反射したガンマ線を照射することでその射程と威力を増幅する予定ではないかと。この場合、射程距離は150万kmを超えます。理論上ですが、L5から地球に直接攻撃することも可能です。その威力をシミュレートしたところ、地球にこのガンマ線レーザーが放たれた場合、地球上の生物の80%以上が死滅します。その目標が地球上の何処であろうとも、この数値に大きな誤差は生まれないものと考えます」

夕呼のシミュレーションに閣僚達は呆然とする。仮に夕呼の推測が真実であれば、彼らが持とうとしている兵器は自分達をいつでも殺せる兵器であるのだから。

「……香月博士。あなたの言う2番目の可能性についてなのだが、核兵器をNJの影響で使用できないはずだ。ザフトは如何にして核エネルギーを発生させるつもりなのだろうか?」

いち早く現状を把握した澤井が夕呼に問いかけた。

「核兵器を起爆させる手段としては2通りが考えられます。まず、この兵器の周囲にNJが存在しない可能性です。NJの影響が出る範囲内にこの兵器がなければ、核の起爆に問題はないでしょう。そして、2通り目はザフトがNJを無効化する兵器を製造した可能性です」

NJを無効化する兵器の可能性を言及した夕呼の言葉に会議室は静まりかえった。

「……NJを無効化する兵器をザフト側が保持しているという根拠は何かね?君ほどの才女が根拠もなしにこのような可能性を閣議の場で述べるとは考えられない」

奈原の質問に夕呼はその態度を崩すことなく平然としながら答えた。

「勿論根拠はあります。この映像を見ていただきましょう」

そう言って彼女が映し出したのは先の安土防衛戦のものと思われる映像だった。視点からすると、この映像はMSのメインカメラの映像だろう。そして画面の中央に青い翼を持つMSが現れた。それを包囲するように展開しているのは日本の国籍マークを持つMS3機、視点となっているMSを含めると4機のMSで包囲しているのだろう。

「これは防衛省から解析を依頼された先の安土防衛戦での戦闘のデータです。ザフトのMSを包囲しているMSは我が国の次世代型MSの量産試作機XFJ-Type2『白鷺』です。撃震との撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は13:1とされている本機ですが、この敵MSと4対1で戦い、全機が小破、又は中破の損害を受けました。他方、相手側は翼を損傷しただけで小破にすぎませんでした」

「……つまり、その機体は単純計算でいえば撃震相手に52:1以上の撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)を誇る機体というわけか」

「それだけではありません。この機体は両翼に1基ずつ搭載されたプラズマ収束ビーム砲、腰部に搭載されたレール砲、そしてビームライフルを合わせた計5門の砲を戦闘中に幾度も使用しました。エネルギーを消費するPS装甲を展開しながらもこれほどエネルギー消費が激しい武器を幾度も放つことは、バッテリー式のMSには不可能です。断言しましょう。このMS……コードネーム『蒼火竜(リオレウス)』は核エネルギーを使っています。ザフトは既にNJを無効化する手段を、それもMSに搭載できるほど小型のそれを開発してるのです」

 

 閣僚はしばし言葉を失っていた。そんな中、元々ある程度の報告を受け取っていた吉岡が夕呼に問いかけた。

「『蒼火竜(リオレウス)』か……防衛省(ウチ)の作戦部は狩りに出すぎだな。紅玉や逆鱗が出ないのは分かるが……失礼、香月博士。ザフトがNJを無効化する手段を開発し、それを利用したガンマ線レーザーを作成していることは分かりました。下がってくれて結構で」

「少々お待ちいただけませんか、大臣」

その時、夕呼に見つめられ……いや、睨みつけられた吉岡は背筋に寒気を覚えた。

「このような場に呼ばれることは滅多にありませんので、こちらからも直訴したいことがあります」

夕呼は視線を澤井に移す。澤井は彼女の視線を受けても平然としていた。そして親しい友人の頼みを聞くような気軽さで発言を許した。

「構わない。言ってみたまえ。君ほどの才女がこの場を使って主張したいことだ。それほどの意義があることなのだろう」

「ありがとうございます、総理。では、私から提案させていただきます」

夕呼は再び手元のPCを操作し、先ほどの戦闘シーンをスクリーンに映し出した。

「このコードネーム『蒼火竜(リオレウス)』と呼ばれる機体は脅威です。そして、ザフトにはこの遠距離砲撃型の『蒼火竜(リオレウス)』と対照的な近接戦闘特化型MSが存在することが先の安土防衛戦で確認されております」

そこに映し出されたのは桃色に近い赤色の機体、それが先ほどのフリーダムと同様に『白鷺』を翻弄している。

「この機体――コードネーム『桜火竜(リオレイア) 』は先ほどの『蒼火竜(リオレウス)』とは対照的に、格闘戦で猛威を振るうMSです。確認されている機体はそれぞれ1機ずつですが、これらの機体少数であれ量産されるような事態になれば、これらの機体が戦場で暴れまわることで我が軍が甚大な損害を被る可能性は否定できません」

空から降りてこない空の王者(笑)とその伴侶の陸の女王(不倫の疑いあり)となんとも気が抜けるコードネームを防衛省作戦部がつけたものだが、実際あの2機はかなりの脅威である。現在あの2機に対抗できる機体は正式量産型が生産ラインに乗り始めた『白鷺』だけである。それも1小隊で相手をするという条件がつく。

「古来から軍事の一般常識として、敵が保有する兵器と同種の兵器を保持しなければ相手に対抗できないというものがあります。その常識に沿った戦略を早期に打ちたてられた我が国と時間をかけてしまった連合との間に生まれた差を見ればこのことが如何に重要化はお分かりでしょう。ですからここで私は提案します――1対1、多対1の戦闘においてザフトの如何なるMSを凌駕するMSの生産を」

榊財務大臣が頭を抱えながら口を開く。

「香月博士……貴女の主張は分かります。しかし、それに一体どれだけの予算がかかるか……昨年度の『撃震』、『瑞鶴』そして今年度の『白鷺』と毎年MS開発費にはかなりの額がかかりました。正直、これ以上の出費は厳しいのです」

「では、予算が足りない分は英霊を増やして賄うと仰るのですか?陛下の赤子を無碍に死なせると仰る?」

夕呼は平然としながら榊に反問する。口を開くことが出来ない榊に澤井が言った。

「……榊財務大臣。君の言いたいことも分かるが、ことは重大だ。少なくともかの香月博士が直訴をするぐらいには。確かにこれ以上予算をかけると他の国内事業にまわす分を削る必要も出てくるだろうが、臣民の人命が第一だ。議会やマスコミからの批判は私達で受け止めようじゃないか」

その臣民を思う姿勢に夕呼も頭を下げて礼を言う。“かつて”も同じように権力者に要求を突きつけて飲ませたことはあった。だがそれは殆どの場合、表に出せない情報をチラつかせて飲ませたものである。澤井にはそのような手は通じない。彼は臣民のためになることであればなんでも惜しまない人物だ。自分の立場は“かつて”の世界よりもはるかに弱い立場だ。だが、彼のような為政者の元で戦える今の自分はあの頃よりも満たされていると夕呼は感じていた。

 

「ありがとうございます、総理。私はここに誓いましょう。必ずや、ザフトのMSを凌駕するMSを開発することを。……時間をとらせて申し訳ありませんでした。これで失礼します」

夕呼は澤井に一礼すると微笑みながら会議室を後にした。

 

「……魔女が笑ったということは失敗することもないな。榊大臣、結果について不安を抱くことはないぞ」

夕呼が会議室を後にした直後に澤井が言った。

「そうですな……しかし総理、あの巨大ガンマ線レーザーについては如何なさるおつもりで?」

疲れた顔を引き締めると榊は澤井に問いかけた。澤井はその問いに暫し考え、そして口を開く。

「……宇宙軍の偵察機が捉えた映像とその映像に対する香月博士の分析、そして故シーゲル・クラインプラント最高評議会前議長の娘、ラクス・クラインがこの亡命の際にこの情報を提供したことを考えると、ザフトがこの巨大ガンマ線レーザーを建造していることは十中八九間違いない。だが、そうなると我々大日本帝国としてはこの兵器の存在を認めるわけにはいかない。我々の手にプラントを直接攻撃することが可能な兵器が無い以上、相互確証破壊の概念も通用しない。ここに至れば我々のとるべき道は決まっている。我々に陛下と皇国、そして臣民を守る義務がある以上はあの兵器による恫喝に屈するわけにも、あの兵器に国を焼かれるわけにもいかない。同種の大量破壊兵器を持ってプラントと対峙するか、あの兵器をこの世から消し去るか」

「あの兵器がいつ完成するのかは分かりませんが、我々が同種の兵器を作り出す前に完成することは明らかでしょう。そうなれば我々は屈服を余儀なくされる」

千葉が言った。

「臣民の命を脅かす兵器が国際法も守らない無法者の手に存在するという事態を見過ごすことはできません。それを阻止するためであれば皇軍は命を賭して戦います」

吉岡が続けて言った。

「我々は、皇国と臣民の安寧を脅かす大量破壊兵器がならず者の手にあるという事態を看過することは出来ない。我々が同種の兵器を保持していない以上、取るべき手段は決まっている」

閣僚を見渡した澤井が言った。

「地球連合と……いや、ユーラシア連邦と大西洋連邦と共にあの兵器を破壊する。千葉大臣は両国との協議の準備を進めてくれ。3日以内に3カ国会談の予定を入れて欲しい。多少強引であろうと構わない。責任は私が取る。吉岡大臣は宇宙軍に情報収集をさせてくれ。辰村局長はなんとしてでもあの兵器の情報を集めてくれ。皇国を守るためにやれることは全てやってほしい。本日はこれで解散とする」

 

 澤井の言葉を合図に次々と閣僚が退席する。彼らは自分達にできることを、皇国を守るためにできることを探しに自身の職場へと戻っていった。



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PHASE-39 モントリオール会談

C.E.71 7月11日 大西洋連邦領モントリオール

 

 澤井が入室したときの会談の会場の雰囲気はお世辞にもいいものとは言えなかった。両国はアラスカの確執が未だに根強く残っているのであろう。

「おや、ミスター澤井。待っていましたよ」

「お待たせして申し訳ない。これでも会議予定時刻からすれば早くついたと思ったのですが、まさか貴方がたがこんなに早く来るとは思わなかったもので」

大西洋連邦大統領のアーヴィングと澤井は握手を交わす。幾ばくか先ほどまでの険しい表情は緩んでいた。

「久しぶりですな、ミスター澤井。前にあったのは私が訪日したときですから……2年ぶりですか」

「お久しぶりです。ミスターイーデル。元気そうでなりよりです」

澤井に話しかけた男の名はルルフ・イーデル。ユーラシア連邦の大統領である。澤井はイーデルと握手する。

 

「しかし、一体どういう風の吹き回しでしょうか?急に首脳会談がしたいとは。かなり強引な手を使ってまで我々との会談を望んだのにはそれなりの理由がありはず。」

アーヴィングは訝しげに澤井に視線を向けた。イーデルも直接口には出さないものの、かなり気になっている様子だ。

「ミスターアーヴィング、ミスターイーデル。事情はこれから説明いたします。まずはこれをご覧下さい」

そう言うと澤井は同席していた補佐官に目配せをした。それを受けた補佐官は会議室のプロジェクターを操作し、正面のスクリーンに映像を映し出した。

未だに訝しげな両国首脳を前に補佐官がザフトの大量破壊兵器について淡々と説明を続ける。そのうちに両名とも顔色を青くする。

 

「俄かには……信じがたいことではありますな」

アーヴィングは訝しげだ。だが、イーデルは真剣な顔をしている。

「ミスター澤井。これが真実だとすれば、我々の取るべき道は一つ……あれの破壊だけですな」

イーデルが澤井とアーヴィングを見る。わかっているなと言いたいのだろう。アーヴィングもその視線に気づき、口を開いた。

「それは分かっています。ですが、この情報の信頼性はいかほどのものなのでしょうか。ことがことだけに情報源を明らかにしていただけなければ困ります」

「この情報を裏付ける証拠は我が軍の偵察機が捉えた映像だけではありません」

澤井が言った。

「故シーゲル・クラインプラント最高評議会前議長の娘、ラクス・クラインが我が国に亡命した際にこの情報を提供したのです」

アーヴィングとイーデルは唖然とする。先に正気に戻ったのはアーヴィングだった。

「……ミスター澤井。それはいったいどういうことですか?ラクス・クラインといえば現在プラントで反戦運動を展開しているはず。それがどうして貴国に?」

澤井は一息つくと説明を始めた。

「まず断っておきますと、我が国に亡命した少女と現在プラントで反戦活動をしている少女は別人であります。おそらく何者かが用意した替え玉が現在プラントで活動しているのでしょう。そして、我々が保護しているのは本物のラクス・クラインなのです」

イーデルが言った。

「その根拠は?貴国に亡命した少女の方が替え玉という可能性もあるのでは?」

「我が国には以前ラクス・クラインと接触したことのある人間がいます。彼らとの会話でも不自然なところは見受けられませんでした。また、共通の幼馴染についての話題も淀みなく出来たとの報告もありますから、彼女が本人で間違いないかと」

 

 澤井は両者の質問に対してこと細かく答えていく。最初の内は疑いの色が強く顔に出ていたイーデルとアーヴィングだったが、現状を正しく認識したのかしだいにその表情は険しいものとなっていった。

「・・・・・・ミスター澤井。現状がかなり不味いことがよくわかりました。全く、この情報の片鱗でも掴んでこれない諜報部のやつらの首をいくつかとばすべきでしょうかね?ミスター・イーデルもそう思いませんかね?」

「ミスターアーヴィング、冗談を言ってる場合ではありませんよ。まぁ、私も諜報部に言いたいことはありますが……我々はあの兵器の存在を認めることは断じてできないのですから。しかし……なるほど、これほどの事態となればミスター澤井が貴方らしからぬ恫喝的手段でこの3カ国会談を強行したことにも頷けます」

 

 日本側の調べではこの建設中の巨大要塞は巨大なガンマ線レーザーの可能性でほぼ間違いないとされている。そしてその射程は優に150万kmを超える。つまりL5から地球に対して直接砲撃が可能なのである。しかも一度放たれたら大陸間弾道ミサイル等とは違い、絶対に防ぐことは不可能だ。……時間さえあれば日本がガンマ線を防ぐ技術を開発しそうだと思ってしまうが、まず今回は不可能だ。

この兵器の攻撃を受ければ地球上の生きとし生ける全ての生命に影響が出かねない。そもそも、目標地点は塵しか残らないだろう。1000年の歴史を刻んだ雅な都も、摩天楼が聳え立つ新大陸の中心都市も、世界に誇る芸術の都も、一瞬で劫火に焼かれ塵と化してしまうのである。

それを彼らは容認することはできない。彼らは一国を守る義務を持つのだから。

 

「して、ミスター澤井。あの衛星はL5宙域・・・・・・それもあのヤキンドゥーエの防衛線の内側にある以上は力押しというわけにもいきますまい。貴国では如何にこの兵器を攻略するつもりなのでしょうか?」

イーデルの問いかけに澤井が答える。

「我々が考えている計画では、まずL3からL5に侵攻、ザフト軍をL3方面に引き付け、その間に目標に戦艦を含む艦隊で襲撃、艦砲射撃にて目標を破壊するという計画になっております」

アーヴィングが眉間に皺をよせる。

「ミスター澤井。確かに目標が敵の警戒網と強固な防衛線の内側にある以上は多少のリスクを負うことは仕方がない。だが、この作戦で大量破壊兵器攻撃班は壊滅は免れないのではないか?」

「具体的な戦術的な協議は後で各国の軍部に任せればいいでしょう。あくまでこの案は我が国の防衛省防衛計画課によるプランの一つにすぎませんから。それに軍が半壊する被害を受けてでも、我々はあれを破壊する必要があるのです。こういうことを言いたくはないのですが、それ相応の代償も覚悟しなければならないでしょう」

澤井の返答にアーヴィングは押し黙る。そして入れ替わりにイーデルが問いかける。

「現状で地球連合が保有する宇宙戦力では防衛が精一杯という報告を受けています。貴国も後方拠点である『安土』を失っている以上、攻撃作戦が可能なだけの戦力を用意することは難しいのでは?」

「・・・・・・確かにその通りです。我が国のマスドライバー『息吹』の修復には目下全力を注いでいますが、修復が完了するまでにはどうしても7月末までかかるとの報告も受けていますし、戦力を揃えることはかなり難しいでしょう。ですから、我々に残された手は迅速にマスドライバーを確保することが前提となります」

「この会議の目的の一つはそれでしたか。ですが、一体何処のマスドライバーを狙うおつもりで?選択肢はオーブかビクトリアか・・・・・・」

そこでイーデルはちらりと横目でアーヴィングを見た。

「それとも宗教法人が不法占拠しているものですか」

その言葉にアーヴィングは不愉快そうな顔をする。まぁ、それは当たり前だ。大西洋連邦が発注し、大西洋連邦が資金を出したギガフロートがいつの間にか胡散臭い坊主率いる犯罪者集団に奪われていたのだから。そして彼らはマスドライバーを戦争の道具にしないためだと言い張る。そもそもそれが自分たちがマスドライバーを独占して利用する理由にはならないだろうに。

彼らが連合、ザフト、テロ組織、海賊問わず武器を渡していながら何と言う言い草か。アーヴィングはプラントを潰したら絶対にジャンク屋ギルドを殲滅すると心に決めていたのである。

 

「我々としては、ジャンク屋に強奪されたギガフロートの奪還作戦を提案したい。無論、奪還後は戦争終結まで均等にマスドライバーの使用機会を両国に与えることを約束しよう」

アーヴィングが澤井に視線を向ける。内心ではアラスカの件で日本とは確執があるが、この場にそれを日本側が持ち出していないことに彼は安堵していた。

「我々としても、その選択肢が一番ありがたい。あのギガフロートを放置しておけば、宇宙におけるジャンク屋の戦力が高まり、治安の維持にも影響が出かねないことを我が国では危惧していますからな。昨日も安土周辺で不審船がL4に接近しているのを宇宙軍が確認しています」

 

 イーデルは不服そうな顔だ。彼としてはユーラシア連邦が保有するビクトリアのマスドライバーを優先して奪取したい考えがあったからである。しかし、両国がジャンク屋が不法占領しているマスドライバーの奪取で合意している以上はハビリス奪還を無理に主張することはできない。ギガフロート奪還後にビクトリアにも戦力を割くことはありえない。こちらは無駄にできる戦力がないのだ。それだけ宇宙の情勢は切羽詰っている。それに日本のマスドライバーも時間をかければ復活するとなれば戦力を削ってまで2機目のマスドライバー確保をする必要もないだろう。

そんなイーデルの内心を察した澤井が口を開いた。

「ミスターイーデル、貴方としてはビクトリアの攻略を優先したい気持ちは分かります。しかし、ことは一刻を争うのです。我が国の情報局の調べと、特殊技術研究開発本部の分析では、あの兵器は10月にも実射可能状態になるということです。10月になれば全てが手遅れになってしまう。我々には・・・・・・時間が無いのです」

澤井が真摯の訴えかける姿を見たイーデルは一息つき、何か吹っ切れた様子だった。

「お気になさらないで下さい、ミスター澤井。我々の共通目標がこの地球を大量破壊兵器から守ることである以上、私達は協力を惜しんではならないのですから。私が貴方の昔と変わらない真摯な態度にそのことを教えられました」

 

 そして、3カ国はギガフロート奪還を共同で進め、その後速やかに戦力を宇宙に集めることで合意した。

地球を守るために新たな盟約が結ばれたのである。



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PHASE-40 ギガフロート奪還作戦

 C.E.71 7月23日 太平洋

 

 

 11日にジャンク屋連合に送ったギガフロートの明け渡し勧告の期限は今日までとなっていた。しかしジャンク屋連合はこの施設は自分達のもので、戦争に明け暮れる連合に使わせる気は一切ないとして勧告を突っぱねた。

 これを受けて大西洋連邦と大日本帝国はマスドライバーの奪還作戦を発動した。事前に送った勧告には拒否する場合は3個艦隊を持って鎮圧する旨を書いていたため、絶望的な戦力差を知っている傭兵たちはジャンク屋連合の依頼にしり込みした。だが、懇意にしていることも事実であるために少数の傭兵が派遣されていた。

 

 

 

「大西洋連邦MS揚陸隊、所定の配置につきました」

「大日本帝国海軍第4航空群第403飛行隊所属P―70が目標地点の光学映像を入手、各艦にリンクします」

「第一次攻撃開始まで後200秒」

 今作戦における旗艦、タラワ級MS強襲揚陸艦パウエルのCICに次々と侵攻の準備が完了したとの知らせが届いていた。

「本当ならばミサイルを雨霰と撃って敵戦力を殲滅してから強襲するのが我が軍のやり方なのだがなぁ……」

 パウエル艦長であるダーレスのボヤキに今作戦の指揮をとるジョン・ポート少将が苦笑する。

「まぁ、そう言うな艦長。今回の任務は無傷で匪賊どもの手からマスドライバーを奪還することにある。いつもの我が軍のやり方では揚陸地点を確保する前に揚陸地点が沈んでしまうぞ」

「それは、まぁ、そうですが……正直、それで揚陸時に犠牲が増えることが気になってしまいます」

「大丈夫だ。なんせ、今回の作戦には日本軍の新型揚陸用MSが投入されると聞いている。我々の仕事は彼らが確保した橋頭堡にMS隊を送り出してマスドライバーを制圧することだけだ。大した犠牲は出ないだろうよ。安心したまえ」

 ポートのあっけらかんとした様子にダーレスは苦笑した。

 

 

 

「急げ!!見つかったぞ!!敵は海中から接近している!!」

「グーンかゾノを準備しろ!時間が無いぞ!!」

「非戦闘員は救命艇に急げ!!宇宙に上げる!!」

 

「畜生、連合め……この施設は戦争のために作ったわけじゃねぇんだぞ!!」

 ジャンク屋連合が実効支配しているギガフロートに緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響いている。これは先ほど大日本帝国の偵察機にギガフロートを発見され、その位置が露見してしまったためである。こうなれば大日本帝国の部隊が侵攻してくるのは時間の問題だ。いや、大西洋連邦やユーラシア連邦の部隊もすぐに駆けつけるだろう。

 だが、このままギガフロートを明け渡す気はさらさらない。戦争に勝つために強引に自分達のものを奪おうとする大国に対してロウは嫌悪感を顕にする。マスドライバーを戦争の道具としか見ない大国の思想と自分の考え方は絶対に合わないとロウは考えていたのである。

 そして彼は愛機であるMBF―P02アストレイレッドフレームに乗り込んだ。

 

『ロウ、敵MSが海中から接近中だぞ』

「分かってる!!スーパーキャビテーティング魚雷を装備してやつらを追い返してやる!!こいつを奪われてたまるかよ!!」

 8からの警告を受けたロウは魚雷を海面に投射する。周囲のワークスジンも次々と魚雷を投射し、海面にいくつもの水飛沫があがった。数秒後、海面に一際大きな水柱が立て続けにあがった。

「どんなもんだ!!」

 ロウはコックピットの中でガッツポーズをした。通信機からも喝采の声が聞こえてくる。だが、その喝采はまだ早かった。

『敵機接近中』

 擬似人格コンピュータの8がアラームを鳴らしてロウに警告する。その直後、ジャンク屋のMS隊には海面から銃弾のシャワーが浴びせられた。被弾したワークスジンは次々と行動不能に陥る。作業用のMSであるワークスジンはフレームこそオリジナルのジンと同一であるが、戦闘用ではなく作業用MSという前提だったために装甲はより廉価なものに換装されていた。オリジナルの装甲であれば如何に36mm弾といえど一斉射で大破するということはないのだが、軽量化とコストダウンが裏目に出たかたちとなる。

 そしてロウの駆るレッドフレームもこの攻撃で各部を損傷した。レッドフレームの装甲に使われている発砲金属はワークスジンの装甲ほどの脆さではないが、大した防御力を持つ素材ではない。結果、脚部の関節が動かない状態となってしまっていた。

 

 

「スティングレイ1よりHQ――上陸地点を確保。繰り返す、上陸地点を確保」

「HQ了解――スティングレイ隊はその場に留まり、機甲師団の上陸を援護せよ」

「スティングレイ1了解――スティングレイ隊各機、聞いたな。この場を守り抜くぞ」

 スティングレイ1――矢沢征二大尉はコックピットで淡々とHQと交信していた。正直、彼としては拍子抜けする戦いであった。最初から死肉を漁る禿鷹のような連中にそれほどの戦力を期待していたわけではなかったが、ここまで抵抗が緩いとは考えていなかったのである。

 本来ならば、自分達強襲部隊は味方の航空攻撃で消耗させられた敵戦力に切り込んで橋頭堡を確保することがセオリーのはずだ。だが、マスドライバーとそれを支える人工島(ギガフロート)は通常の島に比べれば遥かに脆いため、派手な攻撃をすれば崩壊の恐れがある。そのために強襲部隊が援護無しで敵戦力を排除する任務を課せられたのである。

 味方の支援無しで強襲する任務にこの機体以上に適任の機体は無いと断言できるが、正直なところこの機体まで引っ張ってくる必要などなかったのではないかと彼は考える。

 この機体――六式戦術空間攻撃機『海神』の誇る六連装36mmチェーンガンによる制圧射撃を受けた上陸地点の敵戦力は既に壊滅状態にある。考えてみれば元々が作業用MSに戦闘用装備を持たせただけである以上、強襲時の36mm弾の雨に耐えられるはずもない。内陸部からもジンを改造したと思われるモビルスーツがゾロゾロと出てくるが、それも36mm砲で一掃できる相手であった。

 その時、配下の海神の一機がビームを右脚に被弾して各坐した。それを見た矢沢はすぐさまレーダーでビームの射手を探す。敵はすぐに見つかった。ビームライフルを装備し、各部の形状が微妙にオリジナルとは異なった意匠を持つジンだ。おそらくはジャンク屋の手で改造された機体だろう。陣形を組んでビームの網を張るジンに鈍重な海神では近づけない。

 その時、レーダーがこちらに接近しつつある味方機のシグナルを捉えた。だが、モニターに表示された機体の名前は見慣れないものだった。

「XFJ―Type2……白鷺だと!?」

「こちらセイヴァー01、援護します!!」

 白鷺のパイロットの姿がモニターに映る。その姿はかなり若い。見たところ学生ぐらいだろうか。

 

 そんなことを考えているうちに白鷺は神業的な動きでジンの放つ緑の閃光を回避して肉薄する。そして両腕にビームサーベルを展開してジンを次々と屠っていく。その技術は凄まじいものであった。敵部隊の掃討をあっという間に完了させた白鷺はそのまま内陸部へと侵攻した。

 矢沢はしばし呆然としていたが、頭を振ると未だに呆然としている僚機に通信を繋いだ。

「野郎共!!まだ仕事は残ってるんだぞ!!呆然とすんな!!」

 その言葉で海神のパイロット達は我に帰り、索敵を続けた。

 海からもグーンやゾノが押し寄せるが、海中に待機していた海神が応戦して次々と敵MSを血祭りにあげていく。まさに蹂躙だ。そして矢沢は自機のレーダーサイトに映る機影を見てほくそ笑んだ。

「大西洋連邦御自慢の海兵隊のご登場か……生憎だがあんたらの獲物は殆ど残ってないぜ。障害は取り除いたんだ。あんたらは無傷でマスドライバーを確保してくれよ」

 

 

『脚部ダメージレベル大。関節がやられた』

 8から告げられた損傷レベルにロウは表情を険しくする。

「クソ!!ヤバイな……でも」

『ロウ!!逃げて!!』

 再度敵MSに攻撃を敢行しようとしたとき、樹里からの通信が届いた。

『レーダーが連合の艦隊から発艦したMSの大部隊を捉えたの!!後10分でこっちに来るんだよ!!早くマスドライバーまで来て!!』

 モニターに目を移すと、メインカメラが最大望遠で捉えた敵編隊の映像が映し出された。

『敵はGAT―01 STRIKEDAGGER 数は72』

「レッドフレームは足をやられて戦えねぇ……悔しいが、ここは引くしかねぇな」

 ロウはフットバーを蹴り、フライトユニットの最大速力でマスドライバーへと飛び立つ。それを察知したのか海神は36mm砲でレッドフレームを執拗に狙う。しかしロウはフライトユニットの燃料タンクをパージし、それを起爆させることで一時的に海神の視界を封じた。その間にレッドフレームは低空飛行で上手く建造物の合間を縫って戦場を離脱した。

 

 

「ナイヴズ1よりヘッドクォーター、マスドライバーの管制施設を占拠した。繰り返す、マスドライバーの管制施設を制御した」

 この知らせが旗艦パウエルに飛び込んできた時にはスティングレイ隊の上陸から未だに50分も経ってはいなかった。

「勝ちましたな。まぁ、元々消化試合のようなものでしたが」

 ダーレスは別に感慨も湧かないらしい。実際、CICの中でも歓喜が爆発したというような雰囲気はなかった。しいて例えるなら、業務終わりに互いの苦労を労っているような空気だ。これまでの間に死者が一人も出ていないし、大破したMSの報告も両手で数えられるほどであるため、楽勝であったと感じているのだろう。

「気を抜くんじゃない!!」

 そんな様子のCICでポートが一喝した。

「貴様ら、これまで我々連合軍がどれほどの出血をザフト相手に強いられてきたのか分かっているのか!?いいか、成功したときこそ謙虚になって今回のことについて検討しろ!いずれ足をすくわれかねんぞ!!」

 その言葉にCICには緊張感が戻った。ダーレスはポートの隣にいたために耳を押さえている。ポートは周りを見渡し、溜息をつくと司令席に着席した。

 

 こうして大西洋連邦と大日本帝国の合同作戦によりギガフロートはジャンク屋の手から取り戻された。早期に敵戦力を無力化することに成功したために危惧していたマスドライバーの損傷は無く、数日後にはマスドライバーを使用して連合は宇宙へと戦力を矢継ぎ早に送ることが可能になったのである。

 

 

 

「畜生……ギガフロートを奪われてしまったぜ……」

 マスドライバーを利用して宇宙へと逃げたロウはシャトルの窓から地球を見て唇を噛みしめていた。

「そうね……これで連合は宇宙に戦力を集めることが可能になったわ。そして今回の一件で連合から狙われたギルドは暫く地球での行動を停止するそうよ」

 プロフェッサーは腕を組みながら言った。

「ロウ、とりあえずはリーアムに任せておいた新しい母船を引き取りに行きましょう。まだ宇宙では私達が活動できる場が残されているしね」

「そうだな……でも、平和のために俺達が汗水垂らして作り上げたマスドライバーが戦争のために使われるってのはどうしても俺は納得できねぇし、いつかはまた地球ではたらきてぇなぁ」

 彼らを乗せたシャトルは一路デブリベルトへと舵を取る。だが、彼らはジャンク屋に押し寄せる時代の波の存在に未だ気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

形式番号 TSA-Type6A

正式名称 六式戦術空間攻撃機『海神』

配備年数 C.E.71

設計   三友重工業

機体全高 25.0m(可変)

使用武装 AIDS発射ユニット

     魚雷発射ユニット

     71式高周波振動短刀

     フォノンメーザー砲

     36mmチェーンガン

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する81式戦術歩行攻撃機『海神』そのもの。

 

大日本帝国海軍が運用する水陸両用MS。ザフトの水中用MSの存在を受けて海軍はこれらに対抗するためのMSの開発を開始した。しかし、開発開始時は日本の対潜哨戒網への自信から、上層部は「水中用MSなど開発せずとも対潜ミサイルでことが足りる」「ザフトの水中用MSの行動半径など知れている。その行動半径に我が国の領海が入る前に母艦を沈めることこそが最優先である」などと言った意見が多々あり、当時宇宙用、地上用のMSの開発にも多額の予算がかけられていたこともあり、この計画は歓迎されなかった。

そこで海軍は揚陸作戦において上陸地点を強襲し、橋頭堡を確保するという役割を兼ねた水陸両用MSの開発というコンセプトの元で再度開発計画を練り直した。

海中からの強襲揚陸を可能とするこのコンセプトは上層部の関心を引き、渋る大蔵省に対して海軍の幹部が粘りづよい交渉を続ける原動力となった。

目標地点までは海中をテールユニットを接続して移動する。これにより長距離の移動が可能となった。尚、海中で対潜魚雷による攻撃を受けた際にはこのテールユニットをデコイとして切り離すことが可能。

 



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PHASE-40.5 忘れられないもの

 C.E.71 7月23日 太平洋 大日本帝国海軍第2艦隊 MS母艦『大隅』

 

「大和少尉、司令部より発艦命令が出ました」

「了解です。これより上陸地点に向かい、スティングレイ隊を援護します」

 

 キラは計器に異常がないことを確認し、腰部スラスターに火を灯すと甲板上で機体の膝を曲げて跳躍する。同時にスラスターの出力を上げてそのまま大空へと飛び去った。

今回キラが母艦として乗り込んでいた『大隅』は元々は大型輸送艦で、MSを本格運用するには不安があった。しかし、乗員達はMS運用のシミュレーションを繰り返していたために特に問題を起こさずに運用することが出来た。

 

 キラは発艦の直前、少しだけ思いをめぐらせていた。思えば遠くに来たものである。ヘリオポリスで親友と再会し、地球軍の新型MSに乗って親友と殺し合った。白銀さんに言葉をかけられて『何のために戦う』のかを考えた。

『仲間を守るために、もう誰も失わなくてすむように』力を求め、アフリカで、紅海で、オーブ沖で戦った。だが、満身創痍で辿りついたアラスカで自分達は捨てられた。自分や友人達は元々連合軍のために、いや連合国のために戦ってきたわけではないので切り捨てられたときにも正規軍人だった艦長ほどの絶望と失望を感じたわけではなかったが、自分たちを駒としてしか扱わない連合軍に元々それほど抱いてなかった愛想は完全に尽きた。

そして白銀さんに助けられて日本へ来た。――そう、僕が軍人としての道を選んでから2ヶ月が過ぎていた。

 

 

 

 

 C.E.71 5月27日 大日本帝国 富士演習場

 

「操縦系統がストライクとぜんぜん違う……それにこのOS……なんて効率のいいんだ。このOSを組み上げた人は天才だ!」

キラは富士演習場にて自分に与えられた機体の調整をしていた。彼は日本に亡命後にその豊富な戦闘経験を買われ、3年間軍に協力してくれれば国籍も用意してもらえるという条件を提示されたのである。日本国籍の獲得は留保したが、彼は日本軍に協力することを了承したために現在仮想敵役として富士に赴任しているのである。

現在世界で最も安全で豊かな国である日本で暮らせることに彼自身も魅力を感じなかったわけではないのだが、オーブに残してきた両親のことを考えると即決はできなかった。両親の住む母国と決別して他国に骨を埋める覚悟をすることは16歳の少年には厳しいものである。

因みに彼の両親には息子が日本にいることはオーブ政府により通達されている。キラ自身も検閲が入るが両親に手紙を出すことができる。ただし面会は未だに不可能であるが。

 

 キラの乗り込んだ撃震はザフトのジンを想定した装備をしている。今回彼は軌道降下してきたザフトのMSを想定した仮想敵を担当することになっているのだ。また機体は撃震であるが、各部の反応速度、各部スラスターの出力は可能な限りジンの動きに近づけられるように特別な調整が施されている。

キラは撃震を演習場の所定の位置に待機させる。もうすぐ演習が開始されるだろう。網膜投影スクリーンにはカウントダウンが表示されている。

 

 

5――4――3――2――1――0

 

 

 コックピット内に演習の開始を知らせるアラーム音が響いた。同時にキラはスラスターを全開にして敵機へと接近する。振り下ろした重斬刀は敵機が構えた盾に防がれるが、キラはまだ止まらない。そのまま敵機に体当たりをくらわして相手の体勢を崩そうとする。

しかし、相手はそれを読んでいた。跳躍ユニットを噴射して跳躍、そのまま宙返りを決めてキラの後ろを取ろうとした。それに反応したキラは前進する勢いを殺さずにそのまま距離を取った。撃震の装備であれば背部ガンマウントを起動させて宙にいる敵を狙い打つことなど造作もないことであったが、今回キラの駆る撃震は仮想敵(アグレッサー)を演じているためにザフトのジンに合わせてガンマウントの自律射撃機能が排除されているのだ。また、キラが使える装備は突撃砲1門とアークエンジェルがデブリベルトで鹵獲した重斬刀一振りとなっている。

キラは敵機から距離を取ると突撃砲をマウントし、再び重斬刀を構える。しかし、予測していた着地地点には敵機の姿はない。レーダーが上方に敵機を感知し、コックピットに警報が鳴り響く。上方にカメラを向けたキラの撃震のモニターには陽光を隠れ蓑にして長刀を構えながら急降下する敵機の姿が映っていた。

しかし、モニターの光度調整のためにキラがその機影を目で確認するのに一瞬タイムラグが生じた。その間にも敵機は加速をかけて急降下してくる。反応が遅れたキラは回避に一瞬手間取り、左腕を長刀で切断されてしまう。だが、キラも左腕を相手に献上したわけではない。左腕を手首から切断された衝撃で体勢を崩しながらも右腕に突撃砲を装備し、左腕ごと敵機に36mm弾を叩き込む。

撃震の右脚と右跳躍ユニットに黄色い塗料が咲き誇る。今回の模擬戦闘では互いに黄色い染料を含んだペイント弾が使用されることになっているのである。因みに一応刀も刃を潰してはある。ただ、先ほどのように急加速をかけて叩きつければ切断することも不可能ではないようだ。管制ユニットが挿入されている胸部コックピット周りは堅牢に作られているために安全性には問題は無い……とキラは聞かされていたが、正直不安になった。

 

 まだ戦いは終わらない。敵機はガンマウントから突撃砲を正面に構えて掃射、キラから距離をとる。一方のキラも焦り始めていた。ザフトの標準兵装であるMMI-8A3 76mm重突撃機銃の装弾数を想定しているために撃震の突撃砲に比べてキラが使用している突撃砲は元々の装弾数が少ないのだ。このままではキラの方が先に銃弾が尽き、不利になってしまう。

瞬時に自身が形勢不利であると判断したキラは突撃砲を連射しながら突撃を敢行する。敵機は先ほど長刀を構えるときに捨てた盾を拾って銃撃から身を守るが、キラは止まらない。そしてそのままの勢いで盾に向かって突進し、タックルを決めた。その勢いで敵機は僅かによろめく。タックルを仕掛けたキラの機体もその勢いで跳ね飛ばされる。

しかし、キラはそこまで想定していた。タックルの直前に両脚を屈して跳ね上がるようにタックルをしたキラの機体は丸みを帯びた盾にぶつかったことで上方に跳ね飛ばされる形となった。そして体勢を崩した相手に向かって突撃砲の残弾を残さず叩き込んだ。もはや照準など定めていない乱射に近かったが、これだけの至近距離であればまず外すことはないとキラはふんでいたのだ。敵機のパイロットも予想以上の衝撃で咄嗟に盾を上方に向けることはできなかったのである。

敵機の装甲に黄色の弾痕が咲き誇ると同時に演習の終了を告げるブザーが演習場に鳴り響いた。

 

「強いな、坊主」

演習終了後、ハンガーに機体を収容したキラを先ほどまで戦っていた機体から降りてきた新井仁大尉が労う。

「いえ、僕にもいろいろと反省すべき点があると感じました。まだまだですよ」

「坊主、お前にそれを言われちゃあ俺達の立場が無いぜ。それに俺が知る限りではお前は2番目に強い。少しは誇ってもいいだろうに」

苦笑する新井にキラが問いかける。

「因みに大尉の知る最強のパイロットってもしかして白銀少尉ですか?」

「おお、そうだ。よく知ってるなぁ……ってそうか、坊主はあのアークエンジェルに乗ってたって言ってたな。なら低軌道会戦で白銀少尉の戦いを直接見てるのか」

「白銀少尉は凄いです。あの動きには全く無駄がありませんし、常に予測できない機動をしていますから翻弄されてしまいます。」

実際、キラには同じことをやれと言われてもできない。日本のMSが世に出てから僅か1年だというのに、彼の練度は大ベテランのようだとキラは感じていた。

 

「あいつは別格だろ。横浜の魔女がコーディネーターを抹殺するべく造りだしたアンドロイドっていう噂もあるぐらいだ」

「……映画の見すぎじゃないですか?」

キラは胡散臭げに新井を見つめる。

「まぁ、都市伝説の類だ。……実際あの魔女はこのMSを数ヶ月で完成させてるしな、微妙に信憑性が出てくるわけだ」

 

 そんな他愛のないことを話しながら二人はロッカールームへと向かう。その途中、先ほどの話に武の話題が出てから少し顔に陰りを見せていたキラが新井に尋ねた。

「新井さんは、戦争ってどう思いますか?」

「なんだ?藪から棒に……」

訝しげな視線を受けたキラは俯きながら口を開いた。

 

「僕は戦場が嫌いでした。いきなり平和だった場所から放り出されて命をやり取りを強いられる。僕は殺したくはなかったですし、仲間も死なせたくありませんでした。そんな場所にいたいなんてあの時は思ってもいませんでしたよ。でも……戦場から離れてもまだ、心に燻っているものがあるんです。自分の居場所はここではないように感じるんですよ」

キラはふと歩みを止めて空を見上げる。

「夕陽で血の色で染められた砂漠の戦場も、銃弾飛び交うアラスカの空も、今僕の上に広がる雲ひとつない空も全部繋がっているのに、今自分がいる場所は戦争なんて無縁の場所です。あれほど戻りたいところに戻れたというのに、なんて言うんでしょう……あの場所の空気が吸いたくなっている自分がいるんです」

 

 新井はキラの話から一つの結論を導き出していた。恐らくキラは戦場帰還兵に稀に見られる『戦場依存症』とでも言うべき状態にあるのだろう。つまり彼は今ギリギリの命をやり取りを日常的に行っている戦場の空気に慣れてしまい、いざ戦場から開放されても戦場での生死をかけた戦いの緊張感と生き残ったことに対する充実感と開放感が快感となってしまい、戦場が恋しくなる状態にあるのだ。

戦場帰還兵の中には戦場に魅入られ退役後も各地の紛争地帯で傭兵として身を投じているものも珍しくないのだ。新井自身は本格的な戦争に参加した経験が無いが、このような戦場帰還兵の話は士官学校で教官から聞いたことがあった。その時に話をしてくれた老齢の教官自身も若いころに同じような経験をしたことがあったのだという。

聞けばキラは偶然に戦争に関わることとなり、戦場で戦った相手もザフトで名を知られた部隊ばかりだったという。大の大人ですらこれほどの試練を課されれば色々と影響を受けることは免れないだろう。ましてや人生経験の少ない少年に与えた影響は如何ほどか。

元教官曰く、平和の中で自分の居場所を見つけられない人ほどに戦場に魅入られやすいという。本来ならば両親のもとに帰って戦場でのことを忘れて日常に回帰すべきなのだろうが、彼自身の能力や亡命の経緯などの諸事情によりそれはできない相談だ。

 

 長い沈黙の後、新井は口を開いた。

「坊主……お前さんは何のために戦ってきたんだ?」

その問いにキラは答えた。

「仲間を……友達を死なせないためです」

「お前さんが戦うことで友達は救えたのなら、彼らと会ってみろ。自分が守ったものを、救ったものをもう一度見てこい。俺の権限で今週末にお前の外出許可をとってやる」

突然の提案にキラは首を傾げるが、新井はそれに構わずに話を続ける。

「お前さんの友達は今横浜の城南大学にいるって言ってたな。そいつらにもあってこい。気晴らしにもなるだろうからな」

そういうと新井はロッカールームの扉を開けてその中に入っていく。

 

 

 

 危険だ。パイロットスーツを脱いだ後、シャワーで汗を流しながら新井はキラの状態をそう判断していた。だが、彼は自身の力でキラの抱える問題を解決できるとは思えなかった。10代後半の色々と難しい時期にある少年の、それも普通でない経験をした少年のカウンセリングなんてものは管轄外だ。自身がキラと同じ年だったころを考えてみても、友人とエロ本を回し読みしたりと馬鹿なことをしていた以外の記憶はなく、全く参考にならないためである。

そんな中でふと、新井は高校時代の友人のことを思い出した。今でもよく合コンのセッティングを手伝ってもらうこともある関係上、そこそこに彼女とは親しい。確か彼女は今横浜で高校教師をしていたはずだ。彼女にカウンセリングを頼んでみるのがいいかもしれない。

思い立ったが吉日。新井はシャワー室から出ると携帯を取り出して電話をかけた。既に日も沈んでいるこの時間帯であればあちらも電話に出る余裕があると彼は踏んでいた。予想通りに数回のコールの後で彼女が電話に出た。

 

「一体何よ、また合コンのセッティング?貴方が連れてきた男と上手くいったことなんて私一度もないんだけど。そろそろきちんとした男を」

「すまんが今日は合コンの話じゃない。それにお前が男と上手くやれないのはお前の酒癖の悪さが原因だ。俺の人選ミスではないぞ……」

そう。彼女は酒癖が非常に悪い。それさえなければ男の一人や二人簡単に捕まえられるだろうに。いや、そんなことよりも今彼女に聞くべきことは他にある。

「今日は真面目な話だ……お前、明日空いてるか?」

「何よ突然に……ええと、明日ね、一応空いてるわ。それで、合コンのセッティングじゃなければ一体何のよう?」

 

 新井は彼女の予定が空いていたことに安心していた。こんなことを頼める適任者は自分の知る限り彼女しかいないのだから。もし彼女の都合が合わなければキラのカウンセリングなど不可能だったろう。基地のカウンセラーにも一度問い合わせたが、色々と複雑な年頃の少年のケアは経験がないと言われていたために相談するのを躊躇していたのだ。

新井は一息つくと口を開いた。

 

「戦場帰りの少年のカウンセリングを頼めないか?」



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PHASE-41 作戦会議

 C.E.71 8月6日 月面プトレマイオス基地

 

 プトレマイオス基地の会議室には各国の宇宙軍の司令官が集っていた。その会議室の席が埋まっていることを確認した第一宇宙艦隊司令長官、遠藤信仁中将は傍らに立つ黒木翔中佐に目配せする。遠藤に促された黒木は会議室の前に出る。

「防衛省特殊戦略作戦室室長の黒木翔中佐です。今回の大量破壊兵器破壊作戦――海皇(ポセイドン)作戦の立案を任されております」

大西洋連邦とユーラシア連合からの出席者は訝しげな顔をする。今回のような重要な作戦をおよそ30程度の若造が立案すると言われれば困惑するのも当然だ。だが、その中でも一人だけ、大西洋連邦第七艦隊司令長官ブレダ・スプルーアンスだけは感心したような表情を見せる。

「ほう……貴官が噂のヤングエリート集団のヘッドか……」

その言葉に大西洋連邦側で何人かが反応する。彼らも日本が抱えるヤングエリート集団の存在については耳にしたことがあるようだ。

 

 黒木は各国の軍人の視線などは気にせずに準備を終え、出席者の前に向き直った。

「本作戦における最優先目標はL5宙域に建造された巨大ガンマ線レーザー砲の破壊です。以後、この破壊目標を『大黒柱(メインブレドウィナ )』と呼称します。そして作戦参加兵力はユーラシア連邦の第二、第九艦隊。大西洋連邦の第一、第七艦隊。そして我が軍の第一艦隊、第三艦隊です」

遠藤の手元にも各艦隊の戦力を記した書類が回されてくる。

ユーラシアの第二艦隊はアガメムノン級航宙母艦3、ネルソン級戦艦6、そしてドレイク級護衛艦26という編成だ。第九艦隊はアガメムノン級航宙母艦2、ネルソン級戦艦6、そしてドレイク級護衛艦18という編成になっており、各艦隊には1個中隊のハイペリオンMPが配備されている。残りのMSは日本からライセンス生産した撃震である。

大西洋連邦の第一艦隊はアークエンジェル級強襲機動特装艦1、アガメムノン級航宙母艦2、ネルソン級戦艦8、そしてドレイク級護衛艦32という編成だ。第七艦隊はアガメムノン級航宙母艦3、ネルソン級戦艦6、そしてドレイク級護衛艦22という編成で、艦に配備されているMSはアークエンジェル級強襲機動特装艦の2番艦ドミニオンのみ別の編成となっている。

ドミニオンに搭載される予定のMSは全てが大西洋連邦の誇るGATシリーズの最新の機体とあるが、詳細は分からない。そして古雅は日本の第一艦隊の編成表に目をやった。

虎の子ともいえる長門型戦艦を2隻、そして金剛型巡洋戦艦が4隻。それらを護衛する妙高型巡洋艦2、白根型巡洋艦4、秋月型駆逐艦18という編成だ。

第三艦隊は先のデブリベルト会戦(ザフトのラクス・クライン救出部隊と日本の練習艦隊がデブリベルトで激突した会戦の日本側呼称)で練習艦隊を率いてクルーゼ隊を撃退した功績で昇進した古雅祐之中将率いる航空部隊で、今回は蒼龍型航宙母艦6隻とMS運用ができる航宙戦艦に改装された伊勢型航宙戦艦2隻、そして妙高型巡洋艦4、白根型巡洋艦4、秋月型駆逐艦20を率いる航宙部隊となっている。

恐らくこれは各国が今回持ち出しえる最大規模の艦隊であろう。ギガフロート奪還作戦後、地球の大国に本格的に目を付けられたジャンク屋は地球上での活動が厳しくなったことを受けて宇宙に活動の拠点を移し始めていたこともあって各国の宇宙軍は宇宙での治安維持に宇宙戦力を多く回さざるを得ない状況にあったのである。

 

「これが今作戦に投入される全戦力ですか……」

ユーラシアの第二艦隊司令長官、バラム・ドグルズ中将は満足そうに頷いた。

ドグルスの言葉を否定するものはいない。これほどの艦隊を一度の作戦に投入するなど人類初だろう。かの世界樹攻防戦で投入された戦力でさえ大西洋連邦の第一、第三艦隊、ユーラシア連邦の第二艦隊の三個艦隊であったのだから。

 

 特に大西洋連邦が二個艦隊を出したことはユーラシアや日本側からしても驚きだった。現在では大西洋連邦が率いる地球連合の第一、第三、第七、第八、第十艦隊の内で実戦に投入可能な艦隊は第一、第七艦隊のみだ。第三艦隊は今回の大戦における有数の激戦地となったエンデュミオンクレーターの攻防戦で圧倒的な質的有利に立つザフト月攻略部隊との死闘の末に壊滅している。

エンデュミオンクレーターも彼らの奮戦むなしく結果的には放棄することになったが、彼らの奮戦で月戦線は維持でき、結果としてはザフトにも大きな打撃を与えたことは事実である。現在は月の裏側に建設されたダイダロス基地で艦隊の再編が行われているが、未だ部隊の体をなしていない有様である。

実はこの第三艦隊の喪失以上に大西洋連邦の上層部を悩ませたのが今年2月に勃発した低軌道会戦で壊滅した第八艦隊である。何をとちくるったか知らないがアークエンジェル級強襲機動特装艦と試作MS一機をアラスカに降ろすためだけに玉砕したためである。

既にヘリオポリスで試作中だったMS5機の内4機が強奪された時点で残りの一機が持つ技術的な価値も激減しているのにも関わらず、そのMS一機の価値を信じ続けた愚か者の手によって月の守りの中核であった第八艦隊を喪失したことは連合内部を震撼させた。

確かに当時の大西洋連邦上層部としてはストライクの戦闘データは大きな価値があっただろうが、別にそのデータを直接アークエンジェルが持ち込まなくてもいいと考えていたのである。それに低軌道会戦が勃発した頃、各国はクルーゼ隊を撃退した日本の撃震の方により注目していたことも事実だ。敵に奪われてその価値は激減している新技術を搭載した試作MSとコーディネーターが運用した試作機の戦闘データよりも、クルーゼ隊の精鋭を退けた日本のナチュラルにも運用できる画期的なMS、どちらの方が有益であるかを問うまでもないだろう。

さらに、結果論であるが、結局アークエンジェルがアラスカに入るまでには3ヶ月ほどかかっている。戦闘データを届けるのに3ヶ月かけるぐらいであれば月基地に機体を収容し、アラスカから月に人員を送って機体の状況や戦闘データを整理した方が合理的であっただろう。月で採取したデータは月基地のレーザー通信設備で地上に送信すればいい。

また当時、月は大西洋連邦の第一、第八艦隊によって守られており、その防衛力の喪失を理由にザフトが月に侵攻することを連合上層部は危惧していたのである。幸いにも同時期にザフトはオペレーション・スピットブレイクの準備にかかりきりで月に侵攻することはなかったが。

アークエンジェルがアラスカで全く歓迎されなかったのは第八艦隊を喪失させた原因でもあったためである。

 

 ユーラシアは地球連合の第二、第五、第九、第十一艦隊を率いていたが、第五艦隊は東アジア共和国の第六艦隊と合同で出撃したヤキンドゥーエ攻防戦で壊滅している。損害を重ねた第六艦隊が無断で遁走を計ったために戦場で孤立した第五艦隊は壊滅の憂き目にあっていた。第二艦隊も東アジア共和国の保有する新星の攻防戦で半壊する被害を受けていた。

どうでもいい話だが、東アジア共和国も地球連合の第四、第六、第十二艦隊を率いていたが、敵前逃亡したヤキンドゥーエ攻防戦以降は艦隊保全主義(フリート・イン・ビーイング)に走り、L2の自国のコロニーに引篭もり状態にある。そもそも運用可能状態にあるのかどうか怪しいところであるが。

この引篭もりは連合内部でも批判の的となったが、自国艦隊が引篭もるようになってからはザフトがL2方面を攻撃することはなくなっており、我々の戦力配置がザフトに一定のプレッシャーを与えることに貢献しているという持論を展開。偶然か、L2に戦略価値無しとザフトが判断したのか知らないが、確かに事実であるために他国は彼らを否定できなかった。

 

 両国がそれぞれの国の防衛に一個艦隊を残して現在投入できる戦力を本作戦に投入したのにも当然訳があった。両国は日本がこの戦争に参戦すると知ったとき、年内には戦争が終わると確信していたのだ。これまでの戦争によってその国力を削られてはおらず、ほぼ無傷の状態だった日本が参戦することでミリタリーバランスは大きく連合側に傾くと踏んだのである。

東アジア共和国も日本参戦が決定してからは我が国も艦隊を出動させる用意があるとユーラシア連邦と大西洋連邦に通達していたが、明らかに勝ち馬に乗る気満々であるために無視されていた。これまでただでさえ劣勢であったというのに地球連合の足を引っ張り続け、戦力を出し渋る。ところが地球連合が優位になったと判断したとたんに手のひらを返したように戦力の提供を提案したところで門前払いだ。これで戦勝国だと主張されるなんて勘弁願いたいというのが他の地球連合加盟各国に共通意識だった。

先の安土防衛線で初めてその実力を全世界に見せつけた長門型戦艦の存在も大きい。長門型戦艦はその主砲に世界最大の245cmエネルギー収束火線連装砲を搭載し、当然ながらその装甲は己の持つ主砲の斉射に決戦距離で耐えうるだけの防御力を持つ。更に安土攻防戦で見せつけたマキシマオーバードライブの持つ巡航性能は各国の軍部の度肝を抜いていた。

因みに各国の軍部は既に戦後の国防戦略を練り始めていたが、諜報活動などで入手した長門型のスペックを前にお手上げ状態だったらしい。大西洋連邦のアーヴィング大統領が

「戦後、日本を叩くことは可能か」と国防長官に尋ねると、

「無理です。日本には長門がいます」

と返されたそうな。

 

 黒木は彼らの心中などに気を向けることはなく、淡々と説明を続けた。

「本作戦においてはユーラシア連邦の第二、第九艦隊にはボアズ要塞に陽動を仕掛けていただきます」

黒木は正面のスクリーンに映し出された宙域図に指示棒の先を向ける。そこにユーラシア連邦に部隊を意味する表示が加わった。

「敵の注目をボアズにひきつけていただきます。恐らく、ヤキンドゥーエかプラント本国から増援も出されるでしょう。それをひきつけることで『大黒柱(メインブレドウィナ )』を守るヤキンドゥーエの防衛線から注意を逸らすことができます」

続いて黒木はヤキンドゥーエを指差す。スクリーンには大西洋連邦の部隊が新たに表示される。

「敵がボアズに戦力を回したとき、大西洋連邦の第一、第七艦隊はヤキンドゥーエに仕掛けていただきます。増援を出すことで戦力が減っていることが予想されますので、ここに配備されているMSの掃討をしてもらいます」

黒木は更にスクリーンに日本の艦隊を映し出す

「我が国の第一艦隊はユーラシア連邦と大西洋連邦の艦隊が敵要塞の戦力を引き付けている間に一気に『大黒柱(メインブレドウィナ )』に侵攻し、艦砲射撃を持って目標を破壊します。第三艦隊は同時刻、プラント本国に陽動に向かいますが、第三艦隊はプラントから防衛部隊が発進したところで針路を変更、そのまま推力最大で『大黒柱(メインブレドウィナ )』に加勢に向かいます。蒼龍型の足に追いつけない伊勢型は第一艦隊に随伴する予定になっております。目標を相手に最後まで絞らせず、戦力を分散させることがこの作戦の根幹であります。故に陽動部隊は今回なるべく各要塞から距離をとって対峙していただき、敵に遠距離攻撃を強いることを念頭においていただきます」

 

 黒木が説明を終えると、大西洋連邦第一艦隊司令長官ヴァルター・エノク中将が口を開いた。

「黒木中佐、作戦目的は理解できる。だが、戦力を分散することはリスクが大きいのではないか?それに、戦艦戦力でいえば我が軍も十分な火力を有している。特に我が軍が所有するアークエンジェル級の陽電子砲二門は強力だ。どうして『大黒柱(メインブレドウィナ )』の攻撃は日本軍の担当になったのだ?」

黒木はエノクに正面から向き合う。

「第一の戦力分散に関する件から説明いたします。今回戦力の分散を支持した理由としては、まず各艦の足の速さの差が大きいことが挙げられます。我が軍の艦に比べ、両国の艦艇は足が遅く、また合同訓練の経験も薄いために全艦隊を統合した運用には支障をきたす恐れが大きいです。乱戦になれば連携の取れない我々は結局各個撃破されることに変わりません。二点目に、戦力を集中させて運用すれば目立ちますし、それだけ早く敵の発見を許す可能性が高まります。分散して運用することにより、敵戦力の分散をも強いるというのが大きいです。同時刻に全艦隊が発見されたとしても、各個撃破を選べば戦力を回さなかったいづれかの防衛線を抜かれ、本国への攻撃を許す可能性がある以上は全方面に戦力を振り分けざるを得ません」

黒木の説明にエノクも頷く。

「続いて二つ目の艦砲射撃の担当艦隊について説明します。実は我が軍の調査の結果、『大黒柱(メインブレドウィナ )』の外壁にフェイズシフト装甲が使われている可能性が浮上しました。そして、フェイズシフト装甲はその装甲版の面積に比例してビームに対する耐久力も向上することが分かっています。これは我が国の特殊技術研究開発本部による予測なのですが……このような要塞レベルの大きさの装甲版であれば理論上、陽電子砲ですら無効となるそうです」

黒木の言葉にエノクは目を見開いた。陽電子砲ですら無効化されるとなれば自分達には『大黒柱(メインブレドウィナ )』に対する攻撃オプションが無いことは驚愕だったのである。

「だが……そうなると、貴国の艦隊も目標に対して有効な攻撃オプションが無いのでは?ナガト・タイプの主砲もエネルギー収束火線砲である以上、目標の装甲を破ることは不可能だ」

唖然とするエノクの隣に座るスプルーアンスが発言した。だが、その言葉も黒木は予想済みだったのだろう。スクリーンが切り替えられ、巨大な砲身が映りこんだ。

「我が国が開発中の巨大特殊砲――通称、デラック砲です。これは本来要塞砲として開発されてきましたが、今回は長門、陸奥の両艦の第二砲塔にこれを換装して使用します。このデラック砲に我が国が開発したマキシマオーバードライブのエネルギーをカスケードして発射します。我が国の特殊技術研究開発本部による予測では、命中すれば確実に『大黒柱(メインブレドウィナ )』を破壊できるとされています。しかし、マキシマの生み出すエネルギーは強大です。このデラック砲もマキシマエネルギーを放つことを前提に鋳造されてはいないので、4発の発射で砲身が限界となります。一度発砲すれば第二射には砲身の冷却やエネルギーのチャージにも五分かかるため、失敗は許されません」

 

 黒木の説明を聞いたスプルーアンスは重々しく頷いた。

「なるほど……そんな仕掛けがあの馬鹿でかいアンテナにされているとなれば貴国の艦隊に任せるしかないですな。わかりました。我々に異存はありません」

「我々も異存はない」

スプルーアンスに続いてドグルスが薄く笑いながら口を開く。

「確かに危険が大きい任務ではある。しかし、我々が失敗すればそれは地球の危機に直結する以上は危険がどうのなどとは言ってはいられない。だが、何よりも新星攻防戦の汚名を返上するする機会を逃すわけにはいきませんな……黒木中佐、我が国も貴国の要請を受け入れましょう。作戦は必ず成功させて見せます」



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PHASE-41.5 自分の正しいと思ったことを

  C.E.71 5月28日 大日本帝国 横須賀鎮守府

 

「こちらが富士演習場で得られた対ザフトMS戦闘を想定した演習の戦闘詳報になります」

富士演習場からゼロセブンで横須賀の鎮守府に飛んだキラは鎮守府の司令官の補佐に新井から託されていた書類を手渡す。彼は今回司令官に会うこともあって背広を着ていた。補佐官が一瞬新卒の会社員かと思ったことは当然であろう。

「確かに受け取りました。任務ご苦労様です」

「それでは失礼いたします」

無事任務を完了させたキラはそのまま司令官室を後にした。彼が司令官室の扉を閉めたあと、司令官は補佐官に声をかけた。

「あれがアークエンジェルの白い鬼神か……私にはスーツに着られてる初々しい大学生にしか見えんかったが、人は見かけによらないものだ」

「自分も同じ感想を抱いてました。しかし、彼の年齢であればあれが普通でしょう」

「16歳だったな……この国ではそんな年で戦場を知るものなどおらんだろうに」

司令官は複雑な表情をしていた。

 

 

 一方、キラはおつかいを無事に済ませた安堵感で肩を撫で下ろしながら鎮守府の門を後にしていた。その時、後ろから不意に声がかけられた。

「いたいた。え~と、貴方がキラ・大和君ね?」

キラは声のした方に振り返る。面識の無い女性の姿にキラは訝しげな視線を送る。

「はい、僕がキラ・大和です。ということは、貴女が新井さんが言っていた……」

女性は柔和な笑みを浮かべながながらキラに向き合った。

「ええ、私が神宮司まりも。新井に今日の貴方の案内役を頼まれているわ」

新井からは横浜に行く際に知り合いに案内役を頼んだと聞いていたが、いったいどんな知り合いなのだろうか。キラがまりも=新井の恋人という関係を邪推してしまったのは無理も無い話しだ。

 

「確か、城南大学に行きたいって言ってたのよね?」

まりもの車に乗り込んで二人は国道を進む。

「はい。そこに友達がいるんです。昼休みになれば時間も取れるって言ってましたし、久しぶりに話せるのは楽しみですね」

現在、トール、サイ、ミリアリアの三人は城南大学でパワードスーツ作成について学んでいる。元々飛び級でヘリオポリスのカレッジに入った秀才だけあって、毎日の勉強が楽しいそうだ。

友達について色々と話している間に車は大学の校門につき、キラは車を降りる。

「じゃあ、時間になったら校門にいらっしゃい。そこで拾ってあげるから」

「すみません、神宮司さんの折角の休日を僕のために捨てさせてしまって……」

申し訳なさそうにキラがまりもに頭を下げる。

「いいのよ、気にしないで。新井にその分は請求するんだから」

そう、彼女は報酬として次回の合コンで新井に陸軍の空挺レンジャー資格持ちのたくましい男性を誘ってもらうという条件を飲ませていたため、特に気にしてはいなかった。また、悩みを抱える少年に手を差し伸べることも教師である彼女の職務の一つでもあるのだから。

 

 まりもに見送られてキラは城南大学の門をくぐる。手元の端末に映し出された地図を片手に彼は一路トールらの待つ食堂へと向かった。

 

「お~い、キラ!」

食堂で待っていると入り口から息を切らしながらサイが走ってきた。

「サイ!元気にしてた?」

「元気って聞かれると答え辛いな。カトーゼミにいた頃みたいに自分達でトライ&エラーを繰り返すようなことはまだやらせてもらえないから、毎日ずっと先輩や教授の雑用しながら色々と教えてもらってるだ。毎日あんまり眠れなくてね」

サイが苦笑しながら答えるが、その顔はアークエンジェルにいたころよりは生き生きとしているようにキラには感じられた。

「いたいた、も~サイったら、先に片付けたんなら手伝ってくれてもよかったじゃない」

「まぁまぁ、ミリィの分も俺が手伝ってやったじゃんよ。それよりもキラ、元気にしていたか?」

続いてミリアリアとトールが食堂に足を踏み入れて笑顔でキラに声をかけてきた。

「今は富士にある陸軍の演習場で日本軍のMSの訓練相手をやってるよ。いろいろと機密があるから詳しいことは話せないけど、普段の生活には不自由してないよ」

キラの話を聞き、ミリアリアが複雑そうな表情を浮かべる。

「ねぇ、キラ……貴方がまた戦場にいくなんてことは、無いわよね?」

ミリアリアに不安げに問いかけられたキラは一瞬であるが狼狽する。だが、すぐに平静を装う。

「ミリィ……突然どうしたんだよ。もう俺達はアークエンジェルの乗員でも、大西洋連邦の軍人でもないんだぜ?日本はオーブの父祖の国である大国だ。ザフトも簡単には攻めてこないさ。それに日本軍の実力はデブリベルトでも、アラスカでも見てるだろ?あの人たちどう見ても俺達よりも強いんだし、人手不足のアークエンジェルみたいに俺達を戦力として扱ったりはしないって」

トールはミリアリアの懸念を笑いながら一蹴する。

「確かにそうかもしれないけど……でもね、トール。実際に今キラは軍に一番近いところにいるのよ。それに日本軍の人たちも強いけど、キラだってあのフラガ少佐が艦の守りを託すぐらいには強いのよ。軍っていうのは力があればそれを活用することが求められる組織だと私達は知っているわ。いくら訓練相手っていっても軍は軍よ。必要とあればキラを戦場に送り出しても不思議じゃないと思うのよ」

ミリアリアの指摘を完全に否定できるものはいなかった。実際に彼らはその片鱗を体験しているのだから。

「実際、今日のキラを見てても思ったわ。貴方は平和な場所にいるのに、いつも遠くを、あのアークエンジェルの生活を見ている気がするのよ」

キラは否定できなかった。元々ミリアリアの人物観察眼はたいしたもので、カレッジのころから彼女に人間関係の相談事を依頼する人間も少なからずいたほどであった。しかし、ここまで正確に自分が今抱えている悩みを看破されたことはキラにとって驚きでもあった。

「考え過ぎだって。生きて戦場から帰れたんだ。普通あんな体験したら二度と行きたいとは思わないって。そんなことよりさ、こないだの休みにサイといっしょに日本の文化の聖地(メッカ)にいったんだけどさ……」

トールが話題を変えようといつものおちゃらけた感じで自身の聖地巡りについて語りだしたが、キラはミリアリアの言葉を意識してほとんど聞き流している状態であった。

 

 

 

 2時間後にはキラは城南大学を後にしていた。ミリアリアに自分のことを指摘されてからというものの、最後まで結局彼女の言葉が脳裏をちらついて離れなかった。

「あっキラ君。どうだった?久しぶりに友達と色々と話してみて?」

まりもが大学の正面に回してくれた車を見つけて乗り込むと、まりもが話しかけてきた。

「みんな変わってなかったです。充実したキャンパスライフを過ごしているって言ってました」

キラはいい時間を過ごしていたように振舞うが、長年高校教師をしていたまりもの目は誤魔化されなかった。キラが何を隠しているのかまでは分からなかったが、それぐらい察することができなくて何が教師か。

「そのわりには浮かない顔をしているわね。悩み事でもあるんでしょ?」

まりもに断言されたキラは驚いて運転席に顔を向けた。

「やっぱり。図星だった?」

驚いた顔を既に見せている以上は誤魔化しは効かないとキラも悟ったのだろう。いや、それよりもまりもの雰囲気に影響されたというべきか、キラはその重い口を開いた。

「友達に言われたんです……僕は、平和な場所にいても、戦場での暮らしばかりを見ているって。自分自身……自分の居場所はここではないように感じてるんです」

自分は戦場でしか生きられなくなってしまったという事実を自覚してしまったことが彼にとって最大の苦痛だった。

戦いたくない。でも死にたくないし、友達を死なせたくない。そんな思いで戦場にたった自分がいつの間にか戦闘に愉悦を覚える戦闘狂になっていることを認めなくたかった。

 

 まりもは車を海岸線で停めた。そして彼女はキラに向き直った。

「ねぇ……キラ君は、人を殺すことが好きなの?」

「違います!!僕は……僕は!」

キラは否定する。これは認められないからだ。自分が戦闘狂であったとしても人殺しに肯定を覚えることはできなかった。キラが声を荒げて自分が快楽殺人者であることを否定すると、まりもはやさしく微笑んだ。

「貴方は人を殺すことを快楽だとは思っていないし、戦場に戻りたいと思ってしまう自分を嫌っていられる。ならば、貴方は今のままでいいと、私は思うわ」

キラはまりもの発言の真意が掴めずにキョトンとしているが、まりもはそれに構わずに続ける。

「キラ君、貴方が今辛い思いをしているのは戦場に快楽を求めている自分が間違ってると分かっているから、快楽のために戦場を求める自分が間違っていると分かっているからよ。本当の戦闘狂だったらそういうことを分かってはいないわ……いいえ、分かっていてそれを肯定しているのでしょうね。でも、貴方はそれを否定できる優しさを持っている。その優しさがあれば貴方はいつかきっと戦闘を欲する自分を乗り越えることができるわ。だから、今は迷ってもいい。格好悪くても、どんなに情けなくてもいいから前を向いて生きなさい。自分を省みることができる人はいつかきっと自分自身の力で理想の自分になれるから」

キラは知らず知らずの内に涙を流していた。

「僕は……僕はこんな自分から変われるんですか?」

日本に来てからずっと溜め込んでいた感情が決壊したのだろう。流れる涙は止まらない。

「貴方がなりたい自分があるのなら、変えたい自分があるのなら、人は意思で変われるわ……」

そんなキラをまりもはやさしく撫でる。キラはまりもに抱きつきその胸で泣き続けた。

「ふふ……そうやって泣くのも青春だ……」

 

 

「お見苦しいところをお見せしました」

キラは真っ赤になってまりもに頭を下げていた。年頃の少年が年上の女性の胸に抱きついて号泣していたのだ。流石に恥ずかしい。

「気にしてないわ。教え子には下心丸出しの子もいたし、あのエロガキ達に比べれば貴方は純粋よ。それで、どうだったかしら?」

その言葉でますますキラの顔は赤くなる。

彼にとって比較対象となりうるのはアフリカでフレイの胸に泣きついたときぐらいだ。正直な話、フレイの方が張りがあった……かもしれないが、言えない。幾度も死線を越えた賜物であろう、言った瞬間何かが終わるという確信が彼にはあった。

因みにフレイとはそれ以上の深い関係……AとかBとかCとかは無い。Cにすら逝ってないのだ。フレイに泣きついた後キラはシャトルの難民を守れなかった罪悪感からそれこそ昼夜問わずMSの整備、OSの改修、シミュレーターを使った訓練に明け暮れた。デブリベルトで見た日本軍ほどの力が、アスランを軽くあしらうほどの力が自分達に最初からあったならと思わずにはいられなかったためだ。

自分には安らぎを求める資格は無い。フレイに慰めてもらう資格も無い。自分はフレイの父親を守れなかったのだから。彼はそう考えて自分を追い込み、強くなることが守れなかった者達への贖罪であると当時のキラは考えていたのだ。

その考え方が変わったのはオーブに入った頃からか。モルゲンレーテと関わることで国を守ることの意味を知り、そして宇宙で白銀少尉が教えてくれた言葉の真の意味を実感した。戦う覚悟を、守り抜く覚悟を決めた時に少年は一人前の男に変わったのだろう。

 

 キラが顔を赤くして俯いている間に車は再び横須賀鎮守府の前まで来ていた。

「さて、着いたわね。もう悩み事は無いかしら?」

「今日は一日、ありがとうございました。でも、大丈夫です。僕は目指したい自分に向けてがんばります」

「そう……じゃあ最後に一つ。どうしても自分自身で解決できない問題があったなら、一人で抱え込まないで誰かに相談してみて。その相手は私でも、新井でもだれでもいいから」

「はい」

キラは車の助手席のドアを開けて降りると、深くお辞儀した。

「お世話になりました」

まりもは軽く手を振り、車を出した。

その後ろ姿を見送ったキラは鎮守府の門をくぐっていった。

 

 

 オーブを巡る情勢も変わりつつあることを知ったキラが両親の日本国籍を条件に軍に入ることを打診されるのはこの3日後のことになる。



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PHASE-42 現場で

 C.E.71 8月22日 L4

 

 

 L4宙域に肩に日の丸の国籍表示をつけた撃震が5機飛び回っている。肩に赤いラインが入った機体1機に対して4機がかりで立ち向かっているにも関わらず、赤いラインが入った機体が他の4機を圧倒していた。赤いラインの入った機体以外は動きに制限がかかっているのはシミュレーションで被弾を再現しているためだ。つまり、赤いラインの機体は単機で他の4機に無視できない損傷を与えているということになる。

「畜生……ぜんぜん捕らえられない!!」

ドレイク1のコールサインを持つパイロット、龍浪響少尉は悪態をつくが、それで現状が変わることは無い。彼は放った36mm弾は標的の航跡を辿るだけであった。

『射撃の時に一々動きを止めてちゃ的だぞ!!動きながら撃て!!そんでもって当てろ!!』

赤いラインの入った機体――白銀武中尉の機体は他の4機に檄を飛ばしながらもその動きを緩めない。長刀を振りかぶった反動で機体を動かし、その移動方向にあわせて腰部ブースターを噴射することで敵機――コールサインドレイク2、千堂柚香曹長の機体にあっというまに迫った。

そのまま訓練用の模擬長刀を撃震のコックピットユニットに向けて振り下ろす。

『きゃあぁ!?』

ドレイク2は咄嗟に突撃砲を盾にしようとするが、勢いのついた長刀を止めることはできなかった。盾に使った突撃砲は弾き飛ばされ、機体もバランスを大きく崩す。そこに武は長刀を斬り上げ、胸部に模擬長刀を叩きつけた。

『ドレイク2、胸部切断!致命的損傷!戦死』

武の機体はさらに屠った敵機を足蹴に方向転換する。足蹴にした敵機が別の機体の針路をふさぐ形で割り込んで敵機を妨害している間に、武の機体は標的に接近。長刀を下方から斬り上げて腰部を狙う。

標的となった龍浪は切り上げをバックステップで回避するが、間違いなく武はそこまで織り込み済みだったのだろう。斬り上げた慣性をそのままに機体を宙返りさせ、背部ガンマウントに装備された突撃砲を起動した。

『やばい!!』

龍浪は武の狙いに気づいたが、腰部ブースターを噴射して強引に射線から離脱しようとする操作をするよりも突撃砲の銃身が火を吹くほうが早かった。哀れ標的となった龍浪の撃震は36mm弾のシャワーを浴びることとなった。模擬戦のために機体は穴だらけになることはなかったが、撃震の厳つい装甲はあまりにも似合わないオレンジに染め上げられた。

『ドレイク1、被弾多数!致命的損傷!戦死』

そのまま武の機体は長刀をマウントすると、突撃銃装備に切り替える。そのまま高速で敵機に迫り、すれ違いざまに残りの2機にペイント弾を浴びせた。残った2機も武の目的が分かっていたが、回避動作を読まれていたためにあっさりと見越し射撃で撃墜されることとなったのである。

「畜生……あれがエースの力かよ……」

撃墜判定を受けて戦域から離脱していた龍浪は圧倒的な高みにあるエースパイロットの力を前に歯軋りしていた。

 

 先の安土攻防戦の後、安土鎮守府はMS部隊の錬度を向上させることを航宙隊に命じていた。それを受けてこうしてエースクラスのパイロットが一般パイロットを扱く光景が見られるようになったのである。

演習の相手として選ばれたパイロットも豪華な顔ぶれとなっている。

安土攻防戦で敵のジンを4機、シグーを2機撃墜し、その機体の山吹の機体色から『山吹の姫武将』の異名を取る篁唯依中尉。

ザフト内にその雷名を轟かす殊勲艦アークエンジェルの誇る機動兵器ストライクを駆っていた『白の鬼神』、大和キラ曹長。

そして現在日本人最多となる撃墜数(スコア)を誇り、1対1の模擬戦では上記の二人のエースパイロットを下した『銀の侍』白銀武中尉だ。

彼らは表向きは安土の防衛力増強とMSパイロットの育成を名目に派遣されていたが、実際には発動が迫った海皇(ポセイドン)作戦の準備のために派遣されていたのである。彼らは表向きの任務をこなしながら空いた時間には搭乗予定艦に足を運んだり、作戦に投入予定の新型機の調整をしたり、同僚となるパイロットと交流を深めたりと大忙しであった。

 

 『大坂』に帰還後、情けない敗北を曝したパイロットをブリーフィングルームでこってり絞った武は2時間の戦闘で自己主張を始めた胃袋を宥め、怒鳴りすぎてからからになった喉を潤すために食堂に来ていた。

周りの視線が自分に集中していることを感じた武はげんなりとする。現在の防衛省公式の記録では武のMS撃墜数(スコア)は日本一とされており、ただでさえ武は日本一のエースパイロットとして注目されている。それに加えてあの罵声を浴びせる教導が管制官や相手パイロットから口伝に鎮守府内に広まりつつあるために周りから浴びせられる視線は増え続けているのだ。

そんな人気者の武の昼飯は白米に味噌汁、鮭の切り身、漬物だ。鰻や烏賊さえも水産コロニーで生産できる日本のコロニーならではの一品である。パリッとした鮭の皮に舌鼓を打つ武の前に特徴的なサングラスをかけた男が腰掛ける。その手に抱えているトレーには武のそれと同じメニューが揃っていた。

「教導は大変そうだな」

「ああ……あいつらの動きはワンパターンすぎる。あんなんじゃあ生き残るのは難しいぞ。いくら機体側がサポートしてくれるといっても、動かすのは人間なんだからな」

武の目の前に座った男の名は叢雲劾という。その道では知らないものはいない凄腕の傭兵である。

「だが、あそこまで怒鳴って詰って人の傷口を切開するとはな……実はサディストだったのか?」

劾の指摘に武は苦笑して否定する。

「勝手に人の性癖を判断するなよ。確かにどちらかと聞かれればサディストだけど、俺は一応ノーマルだ。それにな……憎まれるぐらい扱かなきゃぁ意味がないと思わないか?」

「確かにそれは否定できないな」

劾は目の前で鮭の切り身をつついている男を見る。かなりの早食いであり、余り品のある食べ方とは言えない。日本の名門家族に婿入りする男が公衆の面前でこれでいいのかとも思う。だが、軍人としては間違ってはいないだろう。以前にこのことについて直接聞いてみたが、いつでもすぐに戦闘に入れるようにしていたら普段からの習慣になってしまったためだと言っていたのだから。

「そういえば劾、お前の機体の調子はどうなんだ?汎用機だって聞いているけど」

「悪くはない。白鷺のような近接密集戦重視というわけでもなく、如何なるシチュエーションでも対応できるポテンシャルがあるいい機体だ。ブルーフレームに比べると多少近接戦に難があるが、チューンアップで何とかなるだろう。他の面では圧倒しているしな」

「まぁ、お前の腕ならばあの仮面のクルーゼだろうが大丈夫だと思うけど……うっし、ごっそさん」

こんな世間話をしている間に武は既に昼食を完食していた。空になった器を乗せたトレーを持って武は立ち上がる。

「じゃあ、劾。確か明日1000から模擬戦の予定だったな。それまでにしっかり機体の調整しとけよ!」

「問題ない。お前こそ首を洗って待っていろ」

その挑発に武は不敵な笑みを返し、食堂から出て行った。

 

 武を見送った後、劾は昼食を味わいながら食べた。仕事中であれば先ほどの武もかくやというほどのスピードで食べるのだが、彼はオフの時は食事をじっくり味わうタイプだった。その理由には彼らの家計の事情があった。

台所事情のサーペントテールでまともなものが食べられるわけがない。地上の拠点にいるときであれば地元の市場で安い食品を買い込んでロレッタが美味しい家庭料理を振舞ってくれるが、宇宙ではそうはいかなかった。

結果、彼らの宇宙での食事は特価セールで買い込んだ賞味期限が近づきつつある保存食やインスタント食品が中心になることは避けられない。流石に6歳児にひもじい思いをさせることは心苦しかったが、貧乏かつ食糧価格高騰となれば仕方がない。

だが、劾は日本に救出されてからというものの食に関しては非常に充実していた。任務に失敗し、依頼者に口封じをされかけて敵に捕縛された末に人生で最も充実した食生活を贈っていたというのはどういう皮肉であろうか。

 

 余談になるが、開戦によって宇宙の食糧事情は非常に厳しいものとなっている。宇宙で食材を得られる場所といえば各国のコロニーや行商もしているジャンク屋ギルドの船舶ぐらいだ。ただ、これらの場所で普通の食材を買おうとしても高くてとても買えたものではない。ユーラシア連合や大西洋連邦などのコロニーではレーションなどの保存食が一時期主食となっていたほどである。

元々これらのコロニーは戦争等の理由で外部との交易が滞るようになった場合に備え、一年間は外部からの補給が無くても耐えられるように食糧を備蓄している。それゆえに暴動が発生するほどの食糧危機になることは避けられたという経緯がある。

プラントは自給自足で精一杯で食糧を売る余裕は存在しない。治安の悪化で各国に輸送費は高騰し、各国のコロニーに運び込まれる物資の量もそれ以来激減している。物資統制とまではいかないが、物資不足や食糧価格高騰なんて話題は宇宙じゃよくあるものだ。

……しかし、やはりあの大日本帝国領は例外だった。自国の食糧生産コロニーを持つ彼らはそのような問題とは無縁だったことは言うまでもない。一部の食糧は他のコロニーに輸出していたぐらいである。食糧価格の高騰を知っていた海賊達も日本の船団には手出しするものはほとんどいなかった。日本は輸送船団を組み、船団には護衛の巡洋艦を貼り付けていたためである。生半可な戦力で襲撃すれば間違いなく返り討ちにあうことぐらいは分かっていた。

因みにこの日本製食品、その新鮮さと美味しさからコロニーでは高値で取引されており、富裕層ぐらいしか口にすることができなかった。また、その一部は闇ルートを通じてプラントにも流れており、プラント内部では高値で取引されていたらしい。噂ではプラント最高評議会の議員の半数がこの食品を求めているとか。

ただ、そのメンバーの中にパトリック・ザラ議長は含まれてはいない。彼は市民と同じように毎日穀物から合成された合成食品を口にしていた。妻がユニウス市の農林水産局で合成食糧の研究をしていた手前、いくら不味くても食べないわけにはいかなかった。合成食糧の否定は妻の研究に対する否定になる。妻への愛ゆえに彼は文句一つ言わずに合成食品を食べていたのである。このこともあり、議長府では合成食糧の不味さに関する話題は禁句となっているらしい。

流石にザフト軍人の味覚がイギリス人化していく際は色々と悩んだらしい。新人類の味覚をナチュラルの最底辺まで堕としてしまうことはこの後の世代に対する返しきれない負債になるかもしれないとパトリックは考えていたのであった。彼は対策を色々と考えてはいたが、結局は定期的に本国や地上に異動させるということが限界だったようだが。

 

 劾は美味な食事がとれることに感謝して手を合わせ、席を立った。これから機体の調整作業が待っている。一度は白銀に負けたとはいえ、同じ相手に2度負けるつもりは毛頭ない。彼もあの有名な横浜から送られてきた新型MSのテストをするというから腕が鳴るというものだ。

模擬戦までは後1日。既に劾は機体の整備や調整といった殆どの作業は終えているので、これからは実際に宇宙に出て動きを確かめる予定になっていた。昼飯を食べたばかりであるが、戦闘用コーディネーターとして造られた彼にとってはそれほどの苦ではない。

劾は自身日本から支給された特注のパイロットスーツと新型MSの待つハンガーに足を向けた。



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PHASE-42.5 決戦のために

 C.E.71 8月9日 大日本帝国 習志野陸軍病院

 

 一人の男が病室のベッドの上で腹筋運動をしている。見た目には彼は入院を強いられているほどに病状が深刻とは感じられない。しかし、彼がこの陸軍病院にて入院しているのには当然ながら訳がある。

まず第一に、彼は一時は生死の境を彷徨ったほどの重症であったという事実だ。内臓の損傷や全身の骨折など、普通の人間であれば死んでいてもおかしくない状態でありながらもその生を維持することができたのは戦闘用コーディネーターとして製造された彼の強靭な肉体のおかげであろう。

そして第二に、彼は陸軍病院という隔離された環境での拘留が必要であったという点が挙げられる。男の名は叢雲劾、今年5月に地球連合軍アラスカ基地で発生したスカンジナビア王国向けの撃震輸出モデルの奪取未遂に実行犯の一人として関わっていた。

彼以外の実行犯は皆アラスカの地で死亡していたため、日本は彼を本件に関する最重要参考人と見做していたのである。結果、容態が安定した頃を見計らって彼は最初に収容されていた札幌陸軍病院から習志野陸軍病院に搬送され、現在は病室を機械化歩兵の一個中隊によって封鎖されている状態だ。

これはアラスカの事件の首謀者による口封じを防ぐことと患者の脱走を警戒したためである。彼の供述で大西洋連邦の軍部に黒幕がいると分かった以上、重要な証言者である彼をむざむざ殺されるわけにもいかず、彼がその優れた身体能力を駆使して脱走することも容易に想定できた。

それ故の機械化歩兵の一個中隊の配備だったが、これは彼の収容されている隔離病棟の特殊個室前の警備である。当然隔離病棟全体にも多くの精鋭が配備されていた。空挺部隊、対テロ特殊部隊、etc……と、凄まじい精鋭が病院の各部にいたのである。あるものは患者として、看護婦として裏からもさりげなく配備されていた。

大西洋連邦側も一度はこの傭兵の口封じを検討したらしいが、この警備状況を知ったとたんに計画を白紙に戻した。ある陸軍の高官曰く、

「どうせグリーンベレーが半壊するのであればパトリック・ザラを襲撃して半壊させた方が有意義」

だそうだ。

 

 大西洋連邦陸軍の誇る最精鋭特殊部隊がさじをなげる警備状況の中、警備対象である劾は一人レトロなゲームをしていた。元々この入院生活中は娯楽もなく、人との会話も無い空間では流石の劾も飽き飽きしてくる。偶に検診に来る彩峰という看護婦も愛想が全くと言っていいほど無く、体の各部を検診して包帯を取り替えるとさっさと帰ってしまう。

こんな毎日は流石に暇であり、何か暇つぶしを用意して欲しいと彼女を通して警備部隊に伝えた結果、渡されたのがこのゲーム機であった。何でもこのゲーム機の初代の型は爆撃されても動き続けるゲーム機だそうだ。そしてこのゲーム機はその復刻版で、当時と違い液晶画面がカラーと白黒に切り替えられる仕様になっており、内部にバッテリーとメモリーを搭載しているらしい。

爆撃されながらゲームをする阿呆がいるのかどうかは疑問であったが、そんな些細な疑問はどうでもいいほどに娯楽に飢えていた劾はゲームを起動した。

 

 劾は焦っていた。手持ちの戦力はもはや半壊……いや、壊滅状態にあったのだから。

 桃色の牛を模した生物が転がりながら迫り、頭に赤い羽根が生える鳥を轢き潰した。緑のHPバーが見る見るうちに減り、バーは消滅した。同時に鳥は倒れる。劾は引きつった顔をしていた。既に劾の戦力は壊滅状態にあるのだ。

関西弁の少女の戦力の内、妖精は火鼠の火炎車で難なく倒すことができた。しかし、少女の切り札は協会認定のジムリーダーの名に恥じぬ強さを誇っていた。火鼠は敵の体力を3分の1ほどにまで追い込んだものの、牛の回転攻撃を受け、そこで力尽きる。次いで投入した槍蜂、電気羊も瞬殺された。そこで素早さに秀で、先手を取れるだろう鳥を投入して砂かけで敵の命中率を落とした。なんとか敵の猛回転攻撃を回避することに成功する。

しかし、敵は再度の砂かけを実施したこちらに対してモーションをかけ、鳥はメロメロ状態に陥ってしまう。その間に牛は自身から搾り出した牛乳を用いて体力を回復、そのまま回転攻撃をしかけた。技が3連続で発動しないという不運な状態にあった鳥は撃墜、劾の手持ち戦力は残り2体となっていた。劾は次いでウーパールーパーと似たフォルムを持つ水魚を繰り出す。雌であったためにモーションはかけられなかったが、水鉄砲を2発命中させた後に轢き潰された。

前作の赤箱に登場する岩蛇使いにも最初に大木戸博士から火蜥蜴を貰ったためにタイプ相性で苦労したが、ここまで戦力を揃えた上で苦戦したことは前作の赤箱では無かった。既に赤箱をクリアした劾はそのまま彩峰に続編をねだり、金版を手に入れていたのだ。

前作から懲りずに火鼠を空木博士から貰い、鳥使いと蟲使いは軽く蹴散らした。しかし、3人目のジムリーダーの関西弁ピンク娘の桃色牛を相手にして劾の戦力は残り一体。しかもその一体はいまだ育成中でまともな戦力とは言えない。しかし、ここでリセットボタンを押すことは彼の流儀に合わなかった。故に彼は一か八か空木博士から預かった卵から孵化した針玉を繰り出した。

問題は敵の牛の回転攻撃を回避できるかどうかだ。既に2度砂かけを命中させて敵の命中率は低下している。育成には手を抜いていないのでレベルだけを見れば対抗できないほどの差が敵との間にあるわけではない。それに、水魚の奮闘によって数発命中させれば敵を沈められるところまで追い詰めている。

劾は「たたかう」のコマンドを選択し、技を選んだ。そして戦闘場面に入った。

「ミルタンク の ころがる!」

劾は祈る。これが避けられなければ勝利は無い。

「しかし ミルタンク の こうげきは はずれた」

劾はグッと拳を握る。これで勝利に必要な第一条件はクリアした。彼の流儀には反することであるが、後は運を天に任せるしかない。劾は眉間に皺を寄せながらAボタンを押した。

「トゲピー の ゆびをふる!」

劾は手に汗を握りながら祈る。最低でも麻痺を与えなければ次のターンは無い。そして、技は発動された。

「トゲピー の はかいこうせん!」

劾は目を見開いた。おそらく、ランダムに発生しうる技の中で最強の技である。固定威力はノーマルタイプのとくしゅ技のうちで最強クラス、更にタイプ一致で威力は1.5倍ときた。これで心躍らぬ者はいないだろう。

そして、はかいこうせんは命中した。元々およそ半分ほどまで削られていた敵のHPバーは赤に変わり、そのまま消滅した。桃色の牛は画面外に沈む。劾は勝利時に流れるBGMを聞いて思わずガッツポーズを取った。その時、同時に病室の扉が開いた。勝利のBGMが軽快に鳴り響く中、背広を着た男と目が合う。ゲーム機片手にガッツポーズを取っている傭兵と帝国の官僚らしき男というなんとも言えない構図がそこにあった。この気まずい雰囲気に誰も口を開くことができなかった。

 

 官僚は咳払いをして場の空気を換えようとする。劾もレポートを書き、ゲーム機の電源を落とした。

「さて、かの傭兵集団サーペントテールのリーダー叢雲劾。今日は君に提案をしにきた。ああ、これは入院している君への見舞い品だ。この人形はとある街に住む物真似娘とやらも愛用しているという逸話がある妖精の人形でね。野生の動物に出会ったときにはこれを囮に逃げることができるという評判が……」

劾は男を観察する。パナマ帽を被った中年の男だ。その雰囲気ははっきり言ってかなり胡散臭い。経験からすると諜報畑の人間である可能性が高い。男の両脇に待機している二人の男も只者ではない。こちらは陸軍の特殊部隊といったところだろう。

劾が観察していることなど気にも留めずに男は話を続ける。

「ああ、自己紹介がまだだったね。私は国際警察のハンサムと」

「偽名を名乗るのであれば、もう少し考えた方がいい。その顔でハンサムは無いだろうに」

あまりにも堂々とセンスの無い名前を名乗る男に劾はうんざりした様子だ。だが、男は少しも気にした様子を見せずに飄々としている。

「まぁ、コードネームというものはそういうものさ。それに、私はこの偽名を中々に気にっている。かつて同じコードネームを持つ男が北海道にて銀河団を名乗るカルト宗教組織を追い詰めたとか追い詰めなかったとか、結局は少年から手柄を奪ったとか……」

「用件はなんだ」

本題以外の話に触れれば暫くは話の筋が脱線したままになることを理解した劾は男に本題を話すように迫った。

「せっかちだな、劾君。まぁいい……本題に入ろうか。劾君。帝国政府は君を傭兵稼業に戻す用意がある」

この場に帝国政府の人間が来たということはなんらかの取り引きを持ちかけるためであると踏んでいたために劾に驚きはなかった。そして、自分を釈放するということはそれ相応の見返りが必要なはずであることも察していた劾は黙って男に続きを促す。

「分かっているだろ無条件で君を解放するわけではない。当然、いくつかの条件を呑んでもらう必要がある」

「条件はなんだ」

「フム、第一に、君には帝国政府からの依頼を最優先で処理してもらう。拒否権はあるが、その場合は違約金を帝国側に支払ってもらうことになる。任務一回の拒否の違約金は日本円で400万円とする。帝国の利害が絡む依頼を受ける際には帝国側からの許諾を必要とする。当然お目付け役も付けさせてもらうぞ。そちらが条件を呑むのであればこちらは君を釈放する。君のMSの整備や補給等は我が国の所有する工廠で格安に行えるように手配しよう。どうだね?」

劾は躊躇わずに答えた。

「これは俺に対する取引ではない。サーペントテールに対する取引だ。いくらリーダーが俺とは言え、これは俺が独断で判断できる範囲を超えている。メンバーが同意するならば俺も同意する用意がある。まずはメンバーの同意を得てからここにこい」

事実上保留の判断をしたのにも関わらず、男はまるで悪戯が成功した子供のような表情をしていた。これには劾も訝しげだ。

「まぁ。そう言うと思っていましたよ。ですから、ここに連れて来させて頂きました」

男は劾に背を向けて病室の扉を軽く2度ノックする。それを合図に病室のドアが開いた。

「劾!!劾!!」ドアが開くと同時に小さな女の子が駆け出し、劾に跳びついた。

「風花……心配かけたな。元気だったか?」

「うん……でも、イライジャは?ねぇ、劾。イライジャもここにいるんだよね?本当は生きてるんだよね!?」

風花の目から流れる涙が止まらない。劾にイライジャの生存を必死に問いかける声も最後は涙声になっていた。風花も帝国政府から既にイライジャの最後は聞いているのだろうが、それを納得できない感情が強いのだろう。しかし、ここで嘘をつくことはできない。それは彼女のためにもならないし、仲間であるならば真実を知る義務があるからだ。

劾は風花の両肩をつかんで自分の正面を向かせた。そして言い聞かせるような口調で風花に語りかける。

「イライジャは死んだ。任務中にミラージュコロイドで擬装した敵MSから不意打ちをされたんだ。イライジャのジンは一撃でコックピットを打ち抜かれて爆散した。骨も残らなかった」

真剣な目で語りかける劾の言葉に偽りはないと分かってしまったのだろう。風花はその場で泣き崩れた。母親であるロレッタが娘に駆け寄って抱きしめる。

それを横目で見ながらリードが劾に話しかける。

「イライジャが死んだのは聞いた。残念だったな。また後で詳しい経緯を教えてくれ」

「ああ、勿論だ。ところでリード。お前達は帝国に拘束されていたのか?」

「いや、俺達の判断で自分達を売り込んだってところだ」

リードはこの場では詳しいことは話さなかった。別にいつでも話せることであると判断していたのである。

後に劾が聞いた話によれば、アラスカでの任務が失敗した直後からサーペントテールのメンバーは大西洋連邦の息がかかった特殊部隊に命を狙われたらしい。幾度も命の危機に曝された結果、彼らはこのまま逃げ切ることは不可能だと判断した。大西洋連邦の狙いは恐らくサーペントテールが大西洋連邦と結んだ契約を証明する契約書類であろう。これが日本の手に渡れば大西洋連邦は日本に対して申し開きができなくなるのだ。

そのことが分かっていたサーペントテールはいち早く日本の勢力圏に逃亡し、大使館に身柄の保護を求めた。彼らは懇意にしている情報屋から劾が日本に救出されていることをすでに掴んでいた。そして契約書の提供と引き換えに身の安全を手に入れていたのである。当然彼らにも劾に申し入れた件については通達してあるが、彼らもこの件はリーダーである劾の同意なくしては決められないと決断を留保していた。

 

「さあ、劾君。君の決断に必要な仲間を集めた。その上で君の考えを聞かせて欲しいな」

日本側に監視されながらの話し合いは正直不愉快であるが、仲間と話し合う機会を与えてもらっただけでありがたいと考えることにしよう。それに、日本側が提示した条件は破格のものであった。監視されていようがいまいが結論が変わることは無いだろう。

「……俺自身はその提案を受ける価値があると思っている。お前達はどう思う?」

劾は視線を仲間達に送る。

「悪くないと思うぜ。どうせこの提案を蹴ったらあのおっそろしいインペリアルに目をつけられることになる。そんなことしてみろ。まともな仕事にありつくことは不可能になるだろうよ。アンダーグラウンドなところでひっそりと汚らしく生きていくのは御免だしな」

リードに続いてロレッタも口を開く。

「私もリードに賛成よ。ある程度は自由にやらしてくれるっていうんだし、補給面でバックアップを受けられるのならば多少不愉快なことがあっても目を瞑るべきよ。そして何よりね、劾」

その時、ロレッタの眼に暗い何かが写りこんだ。

「貴方がものすごい額を投資したブルーフレームを喪失したし、依頼に失敗して報酬を受け取れずに大西洋連邦から逃亡を続けたせいで私達は大赤字なのよ。そう……そもそもブルーフレーム1機のためにどれだけお金を借りたのかしらねぇ。ここで日本の提案断ってジャンク屋経由で装備をそろえた時、一体いくらかかるのかしら。貴方の専用機はジンに乗ってたときも維持費だけで年間いくらかかったか。いい部品使ってたわねぇ、特注でいろいろと装備を造ってたし。ねぇ、いくらかかったか覚えてる?」

凄まじい気迫を発しているロレッタに圧されて劾は冷や汗をかく。

 

 傭兵というのは儲かる!と言い切れない部分がある。MSを駆る傭兵は基本自分の保有している機体で依頼を遂行する。依頼人が機体を用意してくれることもあるが、そのような場合その機体はあまりいいものではないし、レンタル料という形で料金を割り引くことを余儀なくされることも多い。

自分の命がかかっている以上は傭兵は自分の武器には妥協はしない。昨今はびこるジャンク屋から少しでもいい機体、少しでもいいパーツを融通してもらうことで彼らは自分にあったMSを揃えているのである。

ただ、その整備費用は自前であり、傭兵の機体の整備を積極的に引き受けてくれる施設はジャンク屋関連の施設しかない。ジャンク屋が保有しているMSのハンガーは各地にあるが、彼らが保有するMS部品の大半が回収品か自前の工廠で製造したものである。闇ルートから正規品を入手してもいるが、闇ルート故にその数はあまり多くはない。

安定供給可能な部品が少ない以上、どうしてもジャンク屋の手を借りることになれば整備にかかる費用も高くつく。一国の軍や大企業に継続して雇用されている傭兵であればこの問題は深刻にならないが、劾のようなフリーの傭兵となれば深刻だ。フリーの傭兵というのは業界の中でも底辺の素人か、仕事人の流儀を持つ超一流の(プロフェッショナル)のどちらかが属するものであるからだ。ある程度の腕があり、名を知られて安定志向のある傭兵は大概どこかの組織に長期間の契約で雇われるためである。

サーペントテールもフリーの傭兵である以上は台所事情は厳しかった。一番深刻だったのは報酬を出し渋ったり自分達を裏切る依頼人の依頼を受けて結局骨折り損のくたびれもうけとなるパターンが増えたためであった。また、劾が愛機をブルーフレームに切り替えたのも大きな出費となっていた。

それまで使用していたジンであればプラントから流出した正規品の部品や、ワークスジンを運用している関係でジン系列の一部部品を自作しているジャンク屋の工廠で生産された部品、各地の戦場から回収した部品を使って整備や修繕ができた。元々戦前から生産が始まっていたジンの部品はどこにでも溢れていたのである。

しかし、モルゲンレーテの試作MS、ブルーフレームの部品となれば簡単には手に入らない。ジンなどザフト系列の部品との互換性はないため、ジャンク屋ではまともな整備もできない。連合のダガー系列の機体の部品とであれば一部互換性があったが、連合内部でも生産が始まったばかりであったためになかなか部品を手に入れることはできなかった。例外としてジンなどの部品を改造して一個一個部品を用意しているジャンク屋もいるが、彼のような技術と根気をもつジャンク屋などそうはいない。

結局、劾はブルーフレームの部品を生産しているモルゲンレーテから直接部品を買い付けるほかなかった。足元を見られてオーブからの依頼を格安で優先的に受けさせられることとなったサーペントテールの台所事情は悪化した。ロレッタが劾にブルーフレームをジャンク屋に売ってしまえと提案したのは一度や二度ではないのだ。

そのたびにパイロット組から激しい抵抗を受けていたロレッタは凄まじいストレスを抱え込んでいたのである。

 

「劾、結論はわかっているわよね?」

未だ泣きじゃくる娘を抱きながら冷たい視線で劾に促す。その視線に屈したわけではないが、劾は冷や汗をかきながら日本の代表者たる男に顔を向ける。

「……もう一つだけ、条件を足したい。俺は専用機をアラスカで喪失しているからな。代替機を用意してもらいたい。当然、前の機体の性能と同等以上の性能を持つ機体をだ」

劾の提案にハンサム(仮)は頷く。

「いいだろう。それは補給と整備に関する契約に盛り込む。では、契約書にサインをしてくれたまえ」

そういうとハンサム(仮)は懐に手を入れ、契約書を取り出した。劾はその内容に目を通し、その後リードに書類を渡した。リードも目を通すとロレッタに書類を渡す、ロレッタも一通り目を通し、劾に書類を戻し、頷いた。

仲間達の承諾がでたことを確認し、劾は書類にサインした。それを見たハンサム(仮)は笑みを浮かべる。

「交渉成立だ。劾君。君は明日には退院できるように手配しておこう。それでは、また会おう」

そう言い残すとハンサム(仮)は護衛を引き連れて病室を後にした。

 

 

 

 

 習志野陸軍病院を後にしたハンサム(仮)はその足で霞ヶ関にある情報局に赴いていた。

「局長、失礼しますよ」

突然情報局長室に入室した鎧衣に辰村は顔をしかめる。

「鎧衣か。何度も言うが、その台詞は扉を開ける前に言って欲しい。それで、成功したらしいな」

ハンサム(仮)改め鎧衣左近情報局外務1課課長は飄々とした様子で答えた。

「ええ。まぁ、あの条件を断ることは普通であれば考えられないことですからな」

海皇(ポセイドン)作戦には彼らの力が必要不可欠だ。ここでやつらを引き入れられなかったらお前の首を飛ばせたのにな。そうだ、彼らに用意する機体の手配も済んだぞ」

「ほう、かの最強の傭兵に任せる機体とは?」

辰村がほくそ笑みながら答えた。

「XFJ-Type5だ。三友重工の最新作で、マスドライバーの手配ができ次第、宇宙に挙げる予定になっている」



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PHASE-43 決戦前夜

 C.E.71 9月15日 L4 大日本帝国領 安土

 

 

 

 

「駆動ミッションチェック完了……大和曹長、最終機動チェック完了しました」

 

「ありがとうございます。中條軍曹」

キラは愛機の整備班の中條に礼を言う。

 

「いえ、気にしないで下さい。これが仕事ですから。それにこいつの整備を担当させてもらえるだけで、自分は幸せですよ」

 

キラは相変わらずのメカフェチ振りを見せる中條に苦笑しながら愛機を見上げる。XFJ-Type3――雷轟。それがこの機体の名前である。機体のコンセプトはキラ自身が搭乗して大戦果をあげた大西洋連邦の試作MS、GAT-X105ストライクを踏襲したもので、ストライクのそれと酷似したストライカーパックを運用することができる。

 

 

 海皇(ポセイドン)作戦は日本の総力を挙げる必要があると判断した宇宙軍は三友重工業、富士山重工業の両社に対し、敵のエース専用機と目される超高性能MS『蒼火龍(リオレウス)』、『桜火竜(リオレイア) 』に対抗できる機体はないかと打診した。

そこで富士山重工業は瑞鶴の後継機として試作したMS『雷轟』を、同じように三友重工業も瑞鶴の後継機として試作したXFJ-Type5『陽炎』を軍に提供した。

機体の提供期限が差し迫っていたこともあり、両社は急遽開発中の新型MSの試作機を改造して期限までに間に合わせるという決断を下したのである。そして『雷轟』は同じコンセプトで開発されたMS、ストライクを運用して大戦果を挙げた経歴を持つキラに、そして『陽炎』は日本が本作戦で雇った傭兵、叢雲劾に与えられた。

白鷺の試験生産で得られたノウハウや特殊技術を組み込んで製作されたこれらの機体は白鷺と近接戦闘能力以外は同等の性能を誇る。

そして安土に運び込まれたこの2機はパイロットの意見を元に徹底的なチューンアップが施されており、その性能は白鷺をも上回る。

また、白鷺は熟練のパイロットが搭乗しなければその豊富な近接戦闘用兵装を使いこなすことができないという致命的な弱点があった。熟練のパイロットが登場することが前提となった機体はいかがなものかという意見も防衛省内で出ていたのである。

だが、白鷺の運用から得られたデータを期待の各部やOSに応用しているこれらの新型機にその心配は無い。

まぁ、搭乗するパイロットが世界最高峰である以上初心者向けとかはあまり関係ないのだが。

 

 

 

「キラ、今日はもう上がっていいぞ」

 

 

一通り作業を終えたところで下から声がかけられる。声の主はキラの直属の上官である白銀武中尉だ。

 

「いいんですか?僕はまだ……」

 

「今日はもう休むぞ。ある程度休むのが人生では肝心だ。戦局しだいではそんな余裕なんて無くなっちまうしな」

 

武の言葉を受けて少し考えた末、キラは武の言葉に従うことにした。そして彼は武の勧めを受けてそのまま武が泊まっているL4の居住用コロニー名古屋に存在する煌武院邸に宿泊することになったのである。

 

 

 

 キラは純和風の大きな屋敷を見て目を丸くしていたが、武はそんなことなど気にしたそぶりも見せずに正門から入る。暫し呆然としていたキラも慌ててそれに続いた。

「お帰りなさいませ、武様」

通された和室で二人を出迎えたのは美しい女性であった。この女性の名は煌武院悠陽、武の婚約者である。

 

「久しぶり、悠陽。悪いな、中々時間が取れなくて」

 

少し申し訳なさそうに武は言ったが、悠陽は首を振る。

 

「いえ、それが武様のお仕事ですから。この国を守るために忙しく働いておられることは承知しております。……それで、こちらの方が大和様ですか?」

 

悠陽に視線を向けられたキラは思わずドキっとしてしまう。

 

「はっ、はい。僕がキラ・大和です」

 

「そうでしたか。貴方のことは少し聞いていますよ」

 

「僕のことを……ですか?」

 

「ええ。貴方と縁がある人をこちらで預かっておりまして」

 

そう言うと悠陽は付き人に目配せをした。それを受けた付き人は静かに襖を開け、部屋を後にする。

一体誰のことであろうかと考えるが、キラは答えを出すことができない。色々と考えているうちに外から声がかけられる。

 

 

「失礼します」

 

先ほど退室した眼鏡をかけた女中さんが襖を開ける。そして和服に身を包んだ少女が入室する。黒髪の映える美しい少女だが、キラにはなんとなく見覚えがある気がした。そして、彼女の声を聞いて完全にそれを思い出すことになる。

 

「お久しぶりでございます、キラ」

 

「もしかして……ラクス!?でも、どうして日本に!?それにその髪は!?」

 

目を丸くしているキラにラクスが悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべながらこれまでの経緯を軽く説明する。

プラントで監禁されたこと、そこからカルト教団に救出されたこと、コペルニクスでマリューを見かけ、彼女を頼りにカルト教団の元から逃げ出したこと、そして、ことがことなのでL4にある煌武院邸で匿われていたこと、正体を隠すために髪の色を変えていたことを説明すると、キラは険しい表情をしていた。

 

「……大変だったんだね。でも、プラントで偽者か……」

 

「ええ、皆様そのことに気がついてはおりません」

 

二人の間で会話が進むと、武が不意に立ち上がった。

 

「まあ、積もる話もあるだろうから、二人でゆっくりと話してな。俺達は席を外すよ」

 

「そうですわね。私も武様と一緒に話したいことが沢山ありますから」

 

そう言うと悠陽は武の右腕に跳びついた。その豊満な胸の感触に武は少し顔を赤くする。

 

 

「それじゃあ、ごゆっくり」

 

 

 武達が退出すると、二人きりになったという事実を認識してキラは戸惑った。同年代の女の子と部屋に二人っきりというシチュエーションは初めてではない。初めてではないが……アフリカでフレイと二人っきりで士官用個室にいたときとは違う。

あの時のキラは自身の弱さに対する無力感と多くの人を守れなかった罪悪感に苛まれ、自分がギャルゲーのイベントと同じ状況下にあることを認識できていなかったのだ。

そのため、フレイという可愛らしい少女と二人っきりというイベントをスルーしてしまった。

だが、今回はあの時とは異なり、キラは正常な状態だった。つまりは、色々な意味で健全な少年であった。それに、ラクスに宇宙服に着替えてもらったときに彼女の下着を見てしまったこともあり、つい意識してしまう。

 

余談だが、一時期フレイはキラを自分に縛り付けようと色々とモーションをかけていたが、自分の弱さに対する強迫観念に負われていたキラはそのモーションに興味を示さなかった。というより彼女の父親を守れなった自分が彼女に思慕を抱くこと自体を罪と当時のキラは見なしていた。

 

 

 

「キラ様は、あれからどうなさいました?」

 

ラクスに尋ねられたキラは自分の旅路を語った。アフリカ、紅海、オーブ沖とザフトと戦い続け、アラスカに辿りついたこと。そこで連合に裏切られて人柱にされかけたこと、なんとかアラスカを脱出して、そのまま日本に亡命したこと。

全てを語ると、ラクスは神妙な顔をしていた。

 

「キラ様は……ご自身の故郷を捨てて、後悔していますか?」

 

キラは首を振って否定する。

 

「僕の決めたことだから後悔はしていないよ。それに、僕は故郷を……オーブを出て知ったんだ。平和っていうのは外交と防衛力によって守られているんだって。決して崇高なる理念とやらで守られているわけじゃない。最後は結局力が無ければいけないってことになるけど、その前に頭をつかった外交をしていれば戦争に巻き込まれる可能性を摘むことも不可能じゃない」

 

キラは続ける。

 

「オーブの外交では、いづれ平和が壊されるときが来る。それは遠い未来のことではないと思う。オーブでは連合にもザフトにも属さない中立という立場のせいで世界から孤立していることを栄誉ある孤立としているし、国民の多くもそれを誇りにしている。いや……違うか。そういう風に何年も昔から国民を教育して、マスコミも操作しているんだ。国内の報道各社はオーブは平和を愛する国家という耳障りのいい国家観を吹き込むだけ。それに、直接襲撃を受けることなんてヘリオポリスの事件まで実際に無かったから国民の大部分をそれが事実だと信じていた。僕も、日本で即席の士官教育を受けるまではそんな耳障りのいい言葉に惑わされていたんだけどね」

 

苦笑するキラにラクスは問いかける。

 

「すると、キラは……いつか戦乱に巻き込まれるオーブに留まることは危険だと考えて日本国籍を取られたのですか?」

 

「そういうことになるね。もしも戦乱に巻き込まれなかったとしても、戦後のオーブが平和な国でいられるとも余り思えない。世界各国から難民を受け入れているけれど、彼ら全てに職があるわけでもないから困窮した難民はスラムに住み着いて犯罪を犯し、治安を悪化させてる」

 

オーブは平和を謳歌しているイメージがあるが、実情は厳しいものだ。コーディネーターとナチュラルの格差も未だに根本的に解決されたわけでもない。更に、世界各地から押し寄せる難民はオーブ国内のナチュラルとコーディネーターの比率を狂わせた。

だが、問題は国内の問題だけに留まらない。

 

 

 

「それだけじゃないよ。どの陣営の要請に答えないで参戦せず、その上でプラントとの交易で甘い汁を吸い、世界中にオーブ製の武器を連合・ザフト問わず売りさばいた以上は戦後に戦勝国から制裁を受けてもおかしくないよ。そして国際的に孤立しているということは安全保障の分野でも他国と提携することはできない。どこの国もオーブに軍需物資を適正価格で売ってくれないだろうから、オーブ軍はその装備の殆どを自国で研究、開発して生産しなければならないね、そうなると国防費だってうなぎのぼりだ。負担を共有してくれる同盟国がいない以上、オーブ軍が単独で敵の侵攻部隊を退けるだけの軍備を備えなければならないし。しかも外交的に完全に孤立している以上、連合のどの構成国も、ザフトも――ついでに言えばこの日本も一応仮想敵になるんだよ」

 

「オーブにとって日本は父祖の国ではないのですか?」

 

ラクスは驚きながら問いかけた。

「国民感情的には父祖の国っていっても、最近はそんな感じじゃないんだよ。特に、ウズミ代表になったころからそれが顕著になったかな。外交的に孤立しちゃってるし」

 

開戦後はプラント製品を中継貿易して暴利を貪っていたこともあって現在の日本の対オーブ感情はお世辞にも良いとも言えなかった。

 

 

 

 キラは続ける。

 

「今挙げたのはまず確実に起こりうる事態の一部に過ぎないけど、これだけでも、オーブがこれまでの繁栄を維持できるとは思わないんだ。オーブの指導者――首長家がそう簡単に自国の理念を捨てるとも考えられない以上はこの事態が回避される可能性は低い。特に今でも実質的な最高指導者であるウズミ・ナラ・アスハはこう言っちゃあ失礼かもしれないけれど、まるで思想家や宗教家みたいな頑固さだ。理念があるから国がある、理念なくして国は無しって考え方をしている人間がその主張を変えるところなんて考えられないね」

 

「オーブに……いいえ、オーブの施政者に愛想を尽かしたのですね……」

 

ラクスはどこか悲しげに言った。そして彼女の言葉に対してキラは首を縦に振って肯定する。

 

「否定はしない。後……僕はアークエンジェルが一度オーブに寄港したときも色々とあって両親と顔を合わせずじまいだった。日本に亡命という形で来ている以上は数年は簡単に出国できないし、両親と会うにはこちらから呼び寄せるしかないんだよ。数年も出国まで待ってたら、その間にオーブが戦乱や経済的混乱で混乱して両親に危害が及ぶ可能性だってあるからね」

 

 

 ここで一息つくと、キラは鋭利な刃物を思わせる鋭い眼差しをラクスに向けた。その眼差しは彼の覚悟をラクスにみせつける。

 

「僕に両親を呼び寄せる権利があるのなら、僕は迷わずそれを行使するよ。最初から決意して行動しなければ守れないものもあるってことはアークエンジェルに乗っているときに嫌っていうほど学んでいたからね」

 

「生まれ育った国への愛着もあるでしょう。しかし、それよりも両親の安全が優先されるのですか?」

「うん。国が国民のために成すべきことを蔑ろにして、お国の理念を優先させる姿勢をとっている以上、国民が国のためになすべきことをする必要は無いと僕は思うよ」

 

 

 

 キラの言葉にラクスは俯く。何か思うところがあるのかと思い、その顔をよく見ると、彼女の澄んだ大空を思わせる空色の瞳から涙が零れていた。

 

「父は……死にました。売国奴と罵られて殺されました。私は、父がアラスカ侵攻計画を外部に漏らしたとは考えておりません。作戦が開始されたときにカナーバ議員からアラスカ奇襲の件を始めて父は知らされたのですから。裏でマルキオ導師を通じて何かなさっていたことは事実かもしれませんが、父はそのために自国を蔑ろにするような人ではありませんでした。それなのにプラントのメディアはまるで父を売国奴のように扱います」

 

ラクスは沈痛な表情をしているが、その口を閉ざすことは無い。涙交じりにその思いを口にするラクスをキラは真剣な眼差しで見つめる。

 

「そして、その直後から私の名を騙り、私と同じ姿、同じ声を持つ何者かがプラントで戦争反対を訴える活動を始めています。戦いを止めることは間違ったことではないでしょう。しかし、プラントは理事国から独立するという大儀を掲げて挙兵したのです。戦い以外の方法で如何にして独立を勝ち取るというのでしょう。一方、ビジョンが見えない主張をする彼女を信じ、支持する国民もいるのです」

 

キラは無言でラクスの言葉に耳を傾け続ける。どれほどの間自身の疑問を、憤りを自身のうちに溜め込んでいたのだろうか。

 

「この戦争でザフトに志願し、犠牲になった将兵の命はなんだったというのでしょう?最後まで国を憂いた父を売国奴として扱い、その娘が煽動する反戦活動に賛同して戦争そのものを否定する……彼らが国のために――父が愛した国のために成すべきことを成している民と言えるのでしょうか?あんな――あんな国民に父が売国奴と罵られるのは理不尽ではありませんか!?」

 

最後の方は糾弾しているようだった。泣き崩れるラクスにキラは狼狽する。彼はこんな時に迅速に行動ができるような紳士ではなかった。女性とまともにつきあった経験も無いヘタレである彼を責めるのは酷かもしれないが。

 

「私は……父のようにあの国を、あの国民を愛することができません……」

 

 

 彼女は祖国に失望しているのだろう。だが、その一方で父の愛し、父が尽くした国を捨てる決断ができないでいる。そんな機微まで察する能力を持たないキラだが、ここでようやく泣いている女性に対する接し方を思い出して彼女をやさしく胸に抱いた。

 

ちなみに彼に女性との接し方について講習したのは我らが恋愛原子核、歩くフラグメーカー、ギャルゲー主人公の3つのタイトルを併せ持つ『銀の侍』白銀武中尉である。彼につれられて飲み会に行く機会も多かったためにキラは色々と吹き込まれていたのだ。

その中には泣き崩れる女性についてのエピソードもあり、かつキラがそれを覚えていたということが……キラにとっての生涯の不幸であったのだろう。

 

 ラクスが泣き止んだことに気づいたキラはやさしく彼女を抱く腕を緩め、懐からハンカチを取り出して彼女に差し出した。――因みにここまでが武の教えである。

 

 ラクスはそれを受け取り、目元を拭う。しかし、ハンカチを返した彼女はその際にキラの顔を正面から見てしまい、顔を紅潮させる。

なんせあまり関わりの無い男性の胸元で泣き腫らし、その泣き顔を至近距離でみせつけていことに気がつけば年頃の少女が羞恥心を感じるのも無理は無い。

更に、幾度の戦を生き残ったキラの顔つきはどこか同年代の少年に比べて精悍さを感じさせるものに変わっていた。体つきも正式に大日本帝国宇宙軍に配属されてからのトレーニングで逞しい身体に変わりつつあった。しかも彼は元々女性受けする顔つきだ。

端的に言えば、キラは一般的な感性を持つ女性からすればかなり魅力的な男性なのだ。

そんな男性と密着状態にあり、その顔を至近距離から見てしまったラクスがキラを異性として強く意識してしまうのも無理は無い。

それに、デブリベルトで漂流していた時に救命艇を拾ってくれたのも、地球連合のもとにつれられそうになった時にも自らの危険を顧みずに彼女を救ってくれたのはキラであった。自分をプラントの歌姫としてではなく一人の女の子として考えてその身を憂い、危険を冒してくれた少年に対してその時から淡い感情を抱いていたこともあり、彼女はこの瞬間自覚した。――自分がキラ・ヤマトという少年に対して恋愛感情を抱いているということを。

 

 

「す……スミマセン。お恥ずかしいところをお見せしました」

 

色々な意味で顔を赤くしているラクスに対してキラは気にした様子も見せずに対応する。

 

「気にしなくていいよ。大切な人を失って、いつもと違う環境に置かれて不安になったりする気持ちは僕にも理解できるしね」

 

最も彼の場合は誰かにすがってその思いを発散したのではなく、自分を責め、自分を鍛えることで逃避していたのであるが。

「とりあえずさ。答えを出すのに焦らない方がいいと思うよ。ラクスにとってのプラント、そしてラクスのお父さんにとってのプラント……抱える思いが違うからってどちらかを否定する必要も無いだろうから、納得できるまで悩めばいいと思う。戦争中だってそういうことができるんだから」

 

キラにやさしくアドバイスを受けたラクスはいまだほんのりと赤みが残る顔で静かに頷いた。

キラは知らない。恋愛原子核の教えがどのような結果を抱くのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.71 9月15日 大日本帝国 内閣府

 

 

 

 澤井内閣の面々は防衛省防衛計画課から派遣されてきた岡村渉中佐と共に海皇(ポセイドン)作戦の最終確認を行っていた。

 

 

「ユーラシア連邦の第二、第九艦隊はアルテミスで待機中です。作戦開始時刻になればすぐに出られる状況にあります。大西洋連邦の第一、第七艦隊もプトレマイオスを出港しました。しばらくは月軌道のパトロールを装う予定となっております。我が軍の第一艦隊も安土から、第三艦隊も大坂より7日後に発進する予定となっております」

 

会議室と前面に設置されたスクリーンに宙域図と各艦隊の位置が映し出される。

 

「作戦開始時刻までに各艦隊は作戦通りの定置につくことができそうです」

 

「大国が手を取り合って地球を守る……か。旧世紀に流行ったアメリカ映画のようだ」

 

「中華の主とやらは参加し取らんところまで似ている」

 

千葉と吉岡が茶化すが、あまり空気は軽くならない。

 

 

「一つ……その中華の主絡みのことでご報告したい点が」

 

そこで、辰村が手を挙げた。会議の出席者達は一様にこれを訝しむ。地球が危機に陥っている中でいったいどのような用件なのか。

 

「東アジア共和国が海南島に海上戦力を集めています。これまでの情報を分析した結果では、地球―プラント間の大戦が講和に入る前に大戦果を挙げてこの交渉に活躍した戦勝国として参入するためにカーペンタリアを襲撃するという可能性が高いと分析していたのですが、些か妙なのです」

 

「妙……とは?」

 

澤井が尋ねる。

 

「はっ……どうやら釜山にも彼らの潜水艦艦隊が集結しており、爆撃機も福建に集まりつつあるとのことです。また彼らの宇宙艦隊の配置もカーペンタリアを狙うのであれば無駄が多すぎる気がするのです。」

 

そこまで言えば殆どの人間が邪推するだろう。

 

「狙いは我が国である……と?」

 

奈原は表情を険しくしながら問いかける。

 

「その可能性も否定できません。彼らの宇宙艦隊の位置を計測した結果、その可能性を否定できないという結論が出されておりますので。我が国が主力を敵要塞攻略に当ててる間に我が国に侵攻するということもありえます」

 

 

「……仮に、我々が海皇(ポセイドン)作戦に失敗するとすれば彼らの行動も頷ける。我々は現存する戦力の大半を喪失し、コロニー防衛で手一杯となって制宙権はザフトのものとなる以上は地球へのザフトの逆侵攻を防ぐ手立ては無いからな。もしこの仮定が正しいとすると、彼らはプラントに勝機があると判断する何かを知っているということになるが」

 

奈原が首を傾げる。

 

「彼らがこの時期に地球上で軍事攻撃を計画しているということは看過できません。警戒が必要でしょう。情報局の分析では、仮に我が国が海皇(ポセイドン)作戦に失敗した場合に我が国を、成功した場合はカーペンタリアを襲撃するという状況に応じた作戦を取る可能性が大との分析結果も出ております」

 

閣僚達は重苦しい表情を一様に浮かべた。

千葉が言った。

 

「外務省の調べでは、最近東アジア共和国では対政府デモが各地で起こっているそうですから、内政の失敗を取り戻す手段として侵攻を選ぶ可能性は捨てきれないでしょう……現在集結させている戦力を見る限り、カーペンタリアを狙う場合はそのままザフトの施設も接収し、大洋州連邦を攻め落とすことが可能でしょうし」

 

 

 吉岡が捕捉する。

 

「どういうルートを使ったのか知りませんが、やつらがMS隊を一個大隊分も揃えて陸軍に配備している以上はカーペンタリアは落せなくもないでしょう。アラスカ戦やパナマ戦で戦力をかなり損失している今ならば尚更かと」

 

澤井は険しい顔をする。

 

「……当分、彼らの動きには警戒を怠らないで欲しい。そして、防衛大臣、万が一に備えておいて欲しい。我々は制宙権を持たない以上軌道降下を許す可能性もある」

 

「了解しました」

 

 

 

 この日以降、日本ではその万が一に備えて部隊の移動が始まった。戦力は秘密裏に日本海側に集結しやすいように配置されたのである。日本の選択の結末はまだ、分からない。



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PHASE-43.5 煌武院家の人々

皆様には今回の作品削除で多大なるご迷惑をおかけしたことを謝罪します。本当にもうしわけございませんでした。
罪滅ぼしというつもりはありませんが、最新話を楽しんでいただければ幸いです。


 C.E.71 9月15日 L4 大日本帝国領 名古屋 煌武院邸

 

 

 武は悠陽の書斎にて硬直していた。その眼前にあるのは一冊のノートだ。見た目は至って普通。昔自分も使っていたものと似ていると感じた。しかし、これは何かが違う。名前を書くだけで人を殺せるという死神のノートのような禍々しさがそこにはあった。

 

 そのノートを見つけたのは偶然であった。以前に同僚である篁唯依中尉からとある歴史小説を勧められ、武はそれにはまってしまった。以来、暇を見つけては歴史小説を読んでいたのだが、如何せん紙の本というのは珍しい時代だ。中々手に入らない。紙の本に愛着のある武は煌武院邸の書斎であれば歴史小説の類のものもあるかと思い、ここに足を踏み入れていたのである。

そして武はお目当ての小説を見つけた。明治の初期を舞台に3人の男の視点から日本を描く歴史群像小説の大作だ。それを手に取り、武は書斎を後にしようとする。その時、書斎の壁にかけられた額入りの絵が傾いているのに気がついた。この部屋に来たついでと思い、それを直そうと手をかけると絵の裏から一冊のノートが落ちた。それがあのノートだったのである。

 

 まず、表紙が何かおかしい。首を吊っている赤毛の男が表紙を飾っている時点でおかしい。そして、そのタイトルが危険すぎる。

 

 

 よいこのめっさつしりーず いちにちさんさつ ジャプニカ暗殺帳 ふくしゅう こうぶいんゆうひ

 

 これがかの名前を書かれると心臓麻痺で死んでしまうという有名な死神のノートなのだろうか。ものすごく嫌な予感がするが、これが怖いものみたさというやつか、ついページを捲ってしまった。日記は昨年の12月から始まっている。この頃は確か撃震の宇宙での運用試験のために宇宙にあがっていたことを思い出す。

 

『12月10日 東京 晴れ ☆

 

今日の出来事

武様は宇宙にて任務についておられるらしく、中々逢瀬の機会がございません。寂しいものです』

 

 出だしは普通の日記だ。普通であれば他人のプライベートを除くことに抵抗を覚えるが、この出だしが嵐の前の静けさのように感じられてならない。武は更にページを捲る。

 

『12月16日 京都 晴れ ☆

 

今日の出来事

今日は私と武様の、ついでに冥夜の誕生日。武様からは簪が届く。武様は私が送った懐中時計を気に入ってくれたでしょうか?しかし、やはり直接お逢いしたかったです』

 

『12月17日 東京 晴れ ☆

 

今日の出来事

武様から電話がかかってきましたが、ちょうど議会にいたためにでることができませんでした』

 

 

 

 至って普通といっても過言ではない。自分に中々逢えないことを悲しんでいることがよくわかる。しかし、まるで平安時代のラブストーリーを思わせる。悠陽が大和撫子の鏡であり、このような達筆で日記が書かれているためにそのように感じるのであろうか。本当にできた婚約者であると満足していたが、まだ日記には続きがあることに気づく。

 

 

 

『12月24日 東京 曇り ☆☆

 

今日の出来事

武様のいらっしゃる安土に視察する予定でしたが、予算委員会の審議が長引いたために延期となりました。愛民党は野党たる自覚はあるのでしょうか?彼らの活動というのは国会の動きを遅延させることと如何なる違いがありましょうや』

 

『1月1日 京都 晴れ ☆☆

 

今日の出来事

誉れある帝国宇宙軍は年中無休である以上、武様も都合が取れないのは分かります。しかし、仮にも婚約者なのですから、逢いにいけずにすまないという言葉くらいは頂きたいものです』

 

『1月16日 京都 晴れ ☆☆☆

 

今日の出来事

冥夜が煌武院家の人間として前線視察の名目で安土に向かう計画を立てているとのこと。姉を差し置いて義理の兄となる人物を誘惑するつもりなのでしょう。させません』

 

『1月25日 東京 雨 ☆☆☆

 

今日の出来事

武様が護衛として随伴した練習艦隊がヘリオポリスに寄港中、ザフト部隊に襲撃を受けたとのこと。詳細は未だに把握できておりません。武様に傷一つでもつけたらザフト潰す』

 

『2月1日 東京 曇り ☆☆☆

 

今日の出来事

武様が無事に安土に帰港なされたとのこと。とても喜ばしいことです。しかし、このような事態を招いたザフト許すまじ』

 

 

 

「……」

武は無言で日記を見つめた。よく読むと、途中から口調が荒くなりかけている。心配してもらえるのは冥利に尽きるところだが、いささか恐怖を覚える。だが、日記を捲る手は止まらない。まるでそういう魔術をかけられているようだ。

 

 

 

『2月6日 東京 晴れ ☆☆☆☆

 

今日の出来事

国会で先のザフトと我が国の練習艦隊が交戦した件が取り上げられた。愛民党の代表が練習艦隊による反撃を過剰防衛だなんだ言って批判する。私の武様が無抵抗に撃たれればよかったといいたいのか。あの男の脳みそはどうかしている』

 

『2月20日 東京 曇り ☆☆☆☆

 

今日の出来事

我が国の練習艦隊も巻き込まれたヘリオポリス襲撃事件でオーブ側がザフトに対してそれ相応の対応をとっていないことが判明。巻き込まれた我が国もオーブにはこの件に対して納得のいく対応をしてもらってはいない。今日の党の会合で、私を含めた議員団がオーブ政府に対してこの件に関して釈明を求めるためにオーブを訪問することが決定する。武様が帰ってきて久しぶりに会える機会だったというのに。オーブ憎し』

 

『3月7日 オーブ ヤラファス島 晴れ ☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

オーブ行政府を尋ね、ヘリオポリスの件について釈明を求める。しかし、外務省の担当者は「これはオーブの問題であり、貴国からプラントへの謝罪を強制される筋合いは無い」とほざく。この下っ端に説明させるのは無駄だと判断。翌日のオーブのアスハ代表と会談で何とか進展させるしかなさそうだ。あの理想バカがこちらの主張を素直に受け入れてくれるとはとても思えない』

 

『3月8日 オーブ ヤラファト島 晴れ ☆☆☆☆☆

今日の出来事

オーブの獅子とやらはコミュニケーション障害か。何を言おうとも、我が国には我が国の理念がある。それを他国の意思で曲げることなどできないの一点張り。あの無駄に豊かな髭を愚かな理念ともども引っこ抜いてやりたい。こちらにも大国の面子がある以上、ここで抗議をさせなければいけないのだが、この老害には何を言っても無駄か。流石はかの愛民党の現代表と大学時代親友だったこともある。あまりの話の通じなさによるストレスで肌があれているようだ。こいつの元でこの国は滅びるだろう。ここまで愚かな支配者を抱え、さらにそれを担ぎ上げた国民を抱えた国に未来は無いのだから』

 

 

 

 ……どうやら婚約者は貴族院議員として活動する中でかなりのストレスを溜め込んでいるようだ。オーブの酷さも愛民党の酷さも知ってはいたが、実際にそれを相手にしていればかなりのストレスになることだろう。最近悠陽のスキンシップが過激になっていた気がするが、それはこのストレスを解消する意味もあったのだろうか。今度からはもう少し彼女に配慮すべきかもしれないと武は思った。

だが、まだ日記は続いている。

 

 

 

『5月8日 東京 曇り ☆

 

今日の出来事

武様が訪れているアラスカにザフトが侵攻したとのこと。武様ならば大丈夫だとは思いますが、不安が消えません』

 

『5月20日 京都 晴れ ☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

武様がご帰還し、査問委員会や技師との打ち合わせも終了して前々から申請していた休みがようやく取れたとのこと。こんな時に私は京都にて茶会でお逢いすることができない。夜に専用ヘリで横浜に舞い戻ると、高校時代のご友人を侍らせて眠っていた。高校時代の恩師という女性の膝で寝ている武様。許せない』

 

『5月21日 横浜 晴れ ☆

 

今日の出来事

夜這いを仕掛けようとしていた冥夜をワインセラーに閉じ込めることに成功する。私の武様に色目を使う女は実の妹でも許せない。計画通り武様との添い寝に成功する。朝食後にもデートのお誘いを受ける。武様から誘ってくださって私は天にも昇る心地。今夜も武様といっしょです』

 

『6月12日 東京 晴れ ☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

武様が種子島にてザフトのMSの迎撃のために出撃、撃墜され病院に搬送されたとの報が入る。ザフト許すまじ』

 

 

 

 自分の負傷や危機がどれほど婚約者を苦しめていたのかを思い知らされ、武は今度は自己嫌悪モードに入りつつあった。そういえば、何かあっても回復したとか、無事だったというあっけらかんとした報告しか彼女にはしていなかったということを思い出した武は自身の浅慮さを恥じる。

先ほどから日記のページを捲るたびに怯えたり考えさせられたり自己嫌悪したりと忙しい男である。いつの間にか人の日記を盗み見る罪悪感を捨てているあたり、調子のいい男でもあるが。そして、いつの間にか扉に迫り来る影にも気づいていない。戦闘時の察しの良さは一体何処にいったのだろう。

 

 

 

『7月2日 L4 名古屋 晴れ ☆

 

今日の出来事

宇宙軍の本拠地である安土勤務に戻った武様に会いにL4に向かいました。そこでラクスさんを武様から託されました。まるでもう一人妹が増えたようでとても楽しい毎日が過ごせそうです。久しぶりに一夜を共に過ごすことができました』

 

『7月3日 L4 名古屋 晴れ ☆☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

ラクスさんから武様に救出されたときのことを聞く。武様はその時巨乳の美人士官と一緒であったという。しかも中々に親しい雰囲気だとか。要調査。鎧衣に調査を依頼する』

 

 

 

 鎧衣課長による調査の文字を見た武の顔は文字通り引きつった。冷や汗がその頬を伝う。ページを捲る手もまるで老人のように震えだす。

 

 

 

『7月10日 東京 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

鎧衣より報告あり。武様は私という婚約者がありながら巨乳の美人艦長とバーに行き、酔いつぶれた彼女を家まで送ったとのこと。許せない』

 

 ……確かに送ったが、やましいことはしていないと神に誓おう。

 

『7月15日 大坂 曇リ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

鎧衣より報告あり。武様は私という婚約者がありながら山吹の姫武将なる二つ名を持つ美人パイロットの胸を揉んだ。許せない』

 

 ……廊下の角で出会いがしらにぶつかって、手をついたところが彼女の胸だったというだけだ。事故だ。情状酌量の余地があると本官は主張します。

 

『7月20日 京都 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

鎧衣より報告あり。武様は私という婚約者がありながら新米のオペレーターの女性にモーションをかけられ、一緒に食事に行ったとのこと。許せない』

 

 ……普通に食事に誘われただけだ。本当に。信じて欲しい。自分はそんなフラグを乱立させた覚えは無い。

 

 なんだろうか、鎧衣課長は俺に恨みでもあるのだろうか。明らかに悪意を混ぜた報告だ。いや、もしかするとあの人は軽い悪戯心から少しバイアスをかけた報告をしただけなのかもしれない。しかし、鎧衣課長。自分にとっては悪戯ではすまされないのであります。本官は被害者として課長に迅速な再調査と裏づけを求めるものであります。

 

 

 

 だが、まだ日記には続きがある。

 

 

 

『7月30日 神戸 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

鎧衣より報告あり。武様は私という婚約者がありながら、押しかけてきた冥夜と一夜を共にした。許せない』

 

 

 

 ……これは事実だった。いや、弁解をするが冥夜は完璧な変装の上に明け方に寝室に突入してきたのだ。しかも、スケスケのすごい刺激的な格好で。たしかに一晩中いっしょにいましたが、本番5秒前で気がついてその後に冥夜とずっと屋敷中を使って逃走中をやっていたんですよ?鎧衣課長、誤解を招くような表記を積極的にしないでください。というか、さりげなく真実をありのままに書かないで下さい。他の話の信憑性が増してしまいます。そして、この☆の数は何でしょうか。しかも10個。天空竜とか巨神兵とか翼神竜とかと同格ですか?

 

 

 

『8月5日 博多 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

今日の出来事

鎧衣より報告あり。武様の女性を見る眼差しが何処と無くいやらしいと思うとのこと。とにかく許せない』

 

 

 

 鎧衣課長、勘弁してください。本官のライフはもうゼロです。

武はそっと日記を閉じ、それを手に立ち上がった。とりあえず最初にやることはこの日記を読んだことを悠陽に悟られないように擬装することだ。そして、後はともかく悠陽のお相手を一晩中するだけだ。前後不覚になるまで相手をして彼女が抱く色々なものを忘れさせる他ない。

そうと決まれば話は早い。まずは、日記を戻し、その後は色々と活性化させてくれることで有名なお薬、オルガナイザーG11を飲めば……

そこまで考えを及ばせていたとき、鈍い音を出しながら書斎の扉が開いた。

 

「おや、武様、書斎に長いこといらっしゃいましたね。一体何の本をお読みに?」

書斎に足を踏み入れたのは自身の婚約者、煌武院悠陽だ。その笑顔の裏には何か恐ろしいものが見え隠れしている。

「いや……その、あのさ」

「おや……そちらは私の日記ですわね。……武様、お読みになりましたか?」

笑っているが、その眼光は婚約者に向ける目では無い。

「まぁ、それはさ」

「お読みになりましたね?」

断定が入った。ゆっくりと首を縦に振ってしまうのも仕方が無いだろう。

 

 もはや生まれたての小鹿のように膝を震わせ、立つことも厳しい武に対して悠陽は諭すような口調で声をかける。そこに見え隠れする何か恐ろしいものをしまってほしいものだ。

「婚約者といえど、女性の日記を勝手に読むとは、悲しいことです。ですが、武様、安心してください。何も、罪を償って欲しいとは私は思っておりません」

武は一縷の希望を見つけたと思った。しかし、それは幻であった。悠陽は普通の男であれば間違いなく魅了されるであろう笑みを浮かべながら武に言った。

「私は、更生してほしいだけなんですよ」

ああ、悠陽の後ろに何かが見える。そうか、これがこのノートを手にしたものだけが目にすることができるという死神だったのか……

悠陽の言葉を聞いたとき、背後から衝撃を感じ、俺の意識は闇に墜ちた。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、俺は一糸纏わぬ姿でベッドの中にいた。となりにぬくもりを感じて顔を向けると、悠陽が微笑んだ。

「お目覚めですか?武様」

「……あっ、ああ。でも、あれは」

ベッドに入るまでの記憶がはっきりしない。昨晩に色々といたした記憶も無い。

「どうかなさいましたか?」

そう言いながらこちらの瞳を見据える悠陽の眼差しに武は何故か寒気を覚えた。

「なっ、何でもないヨ、僕ノ勘違イ」

悠陽に見つめられた武は思い出すことをやめた。そうだ。何かあったかもしれないが、きっとそれは夢だろう、夢だ、うん、そうだ。そうしよう。

 

 現実から逃避している武の隣にいる女性の瞳に映りこむ暗い何かの存在から目を逸らし続ける武であった。

また、余談ではあるが、7月31日夜、煌武院家本邸で食事中の煌武院家の次女が食事に毒をもられる事件が発生する。次女は1週間腹痛に苦しめられたということだそうだ。




ネタはFateホロウアタラクシアより間桐家の人々より

冥夜さんは武さんのことをいまだにあきらめていません……流石恋愛原子核


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PHASE-44 出港

一度はお気に入り数1700までいって、UAも200000超えていたのに……今度からは寝ぼけ眼の操作だけはやらないようにします。



 C.E.71 9月17日 L4 大日本帝国領 名古屋

 

 名古屋の湾港部に向けて歩く一組の男女の姿があった。男は大日本帝国宇宙軍の第一種礼装を着込み、女は美しい着物を着込んでいた。その容姿もあって二人の男女は多くの視線に曝されているが、彼らは気にした様子も見せない。

男の名は『銀の侍』の二つ名を持つ日本人最多の撃墜数(スコア)を誇る撃墜王、白銀武中尉。女の名は名門華族煌武院家の長女で大日本帝国貴族院議員、煌武院悠陽。

やがて二人は湾港の出港ゲートの前にたどり着く。ここから武が向かうのは軍港コロニーである安土だ。観艦式等の特別なイベントが無い限りは一般人の立ち入りは許されない。貴族院議員である悠陽であっても例外ではない。故に、見送りはここまでとなる。

 

 互いに見つめあうが、二人の間には言葉は無い。1分ほど時が進んだであろうか、武が口を開いた。

「じゃあ、行ってきます」

武はこれから皇国の未来をかけた激戦になるであろう戦場に向かう悲壮を全く感じさせない穏やかな口調で婚約者に出発を告げる。

「いってらっしゃいませ」

悠陽もまるで太陽のような暖かな微笑を浮かべて婚約者を送り出そうとする。彼女も武の向かう戦場が如何なるものか知っているが、武の真意を知ればこそ笑顔で送り出そうと決めたのである。

武が悠陽に背を向け、出港ゲートをくぐろうとする。

その背中を唇を噛みしめながら見送ろうとする悠陽であったが、我慢できずに駆け出し、武の背中に抱きついた。

「ゆっ悠陽!?」

困惑する武。自分の知る彼女はこの期に及んで婚約者を引きとめようとする女性ではないことを知っている武は困惑した。そして混乱している武の耳に背中から悠陽の声が届く。

「絶対に帰ってきてください……私を一人にすることも、我が子をその腕に抱くことも無く九段に行くことなど許しませんよ。『お父さん』」

その言葉に武は耳を疑い、後ろに振り返る。

「お……お父さん?ってことは」

驚いて目を丸くする武に対し、悠陽は悪戯が成功した少女のように笑い、自身の手を腹部にあてた。

「昨日検査薬を使いまして、陽性が出ました。病院でも診断を受けておりますわ」

「昨日言ってくれればよかったのに」

「……サプライズにしたかったのです。その方がおもしろいでしょう」

武は頭をかく。悠陽にこのような形で妊娠の告白をされたのも驚きだが、自身が父親になるという事実に困惑していた部分も大きかった。

 

「死ねないな。何が何でも」

「ええ、私を未婚の母にすることは許しません。お帰りになりましたらすぐに挙式です」

名門華族の長女が結婚前に出産というのも世間体が悪い。妊娠自体はお腹が大きくなるまで『気付かなかった』で隠せなくもないため、早急な挙式が必要だった。因みに現在、煌武院家の総力を挙げて挙式の準備と作戦終了後の武の休暇の獲得が行われていることを武は知らない。

そして武は悠陽のお腹に手を当てた。

「……行ってくる。元気に育てよ」

そして武は悠陽に向き直り、口を開いた。

「お腹の子供もだけど、悠陽も健康に気をつけて」

そして今度こそ振り返らずに出港ゲートを武は潜るのであった。

 

 

「おめでとうございます」 

安土に向かうコロニー間シャトルの中でキラが武に声をかけた。

「あぁ。でも何か自覚がわかないものなんだよなぁ……」

武は普段の彼と比べて少し上の空である。

「父親になった実感が湧かないってことですか?」

「まぁ、そんな感じだな」

武は恥ずかしそうに頬をかく。

「でも、元気に生まれれば実感できると思いますけど」

「……まぁ、そうだな」

結局、シャトルが安土に到着しても武は少し上の空であった。

 

 

 安土に到着した武はシャトルから降り、これから配属となる白亜の巨艦が停泊している場所へと向かう。彼が配属されたのは海皇(ポセイドン)作戦の中核となる第一艦隊、その中でも最重要任務にあたる長門・陸奥を擁する第一戦隊を護衛する第二航宙艦隊のアークエンジェル級強襲機動特装艦一番艦アークエンジェルである。

敵核動力MSの駆逐を任務とするアークエンジェルに配属される人員は大日本帝国宇宙軍の誇る撃墜王や最強の傭兵など、どこのプロ野球球団かといいたいぐらいのドリームチームとなっている。

その構成は、『最強の傭兵』叢雲劾特務少尉、『白の鬼神』大和キラ曹長、『山吹の姫武将』篁唯依中尉を擁し、そして『銀の侍』白銀武中尉が率いる『銀の銃弾(シルバーブレット)』小隊、そして、安土防衛線において小隊合計の最多撃墜数(スコア)を記録した『烈士』沙霧尚哉中尉(安土攻防戦時は少尉。後にこの時の戦績で昇進した)が率いる『ガーディアン』小隊となっていた。アークエンジェルのMS隊の最高指揮権は沙霧中尉に与えられている。これは、武の指揮能力が彼に比べて圧倒的に劣るもので、彼では小隊単位の指揮能力しかなかったためである。

そして、劾には三友重工の新型MSであるXFJ-Type5が、キラには富士山重工の新型MSであるXFJ-Type3が、武と唯依には香月夕呼首席研究員監修の元、大日本帝国特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)が送り出した自信作、XFJ-Type4が与えられている。

 

 武は小隊のメンバーと格納庫で合流し、その足で艦橋に向かい配属の挨拶に向かった。アークエンジェルの艦内は以前アラスカで乗ったときに比べ、いたるところで日本の軍艦らしい改装が施されていた。壁面などの様々な部分に書かれている表記が日本語に変わっていたりする。

そんなことを感じながら艦橋へと続くラッタルを駆け上がる。別にエレベーターを使ってもいいのだが、別段急ぐことではないし、パイロットとして普段から体を鍛える癖がついているために疲れも感じない。

 

「失礼します。白銀武中尉以下4名、『銀の銃弾(シルバーブレット)』小隊本艦に着任の挨拶に参りました」

そう一声かけ、了承を得ると、4人は艦橋へと入り、艦長席から起立した女性に向けて敬礼した。女性もきびきびとした動作で答礼する。

「本官がアークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス中佐です」

「副長の小室文彦少佐です」

本来、大日本帝国宇宙軍では伝統的に大佐以上の階級でなければ空母や戦艦といった大型艦の艦長に就任できなかったが、ラミアス中佐のこれまでの戦績とアークエンジェルの特殊性を鑑みれば、このままラミアス中佐に艦を任せる方が効率的であると判断した軍令部はラミアス中佐(当時宇宙軍大学で特別教育を受けており、少佐待遇であった)を艦長に任命、その他の元アークエンジェル乗組員の大半をそのままアークエンジェルに留任させた。

アークエンジェルが改装を終えてドッグから出てきたのが7月のはじめであり、9月に実施予定の海皇(ポセイドン)作戦まで慣熟訓練を終了させて戦力化することが不可能だと判断した軍令部だったが、これまでの戦績を見るに、アークエンジェルを皇国の運命を左右する激戦になるであろう海皇(ポセイドン)作戦に参加させないのは惜しいと考えたのである。

結果、アークエンジェルのもと乗員の大半が留任し、副長などの補充要員を早急に手配するも僅か2ヶ月の慣熟訓練となったため、その錬度には不安が残る状態となった。

 

「お久しぶりです、艦長」

武が敬礼をやめ、砕けた口調で話しかける。

「ええ、久しぶりね。今回の作戦では頼りにしているわ」

「帝国最強の機動戦力です。心配は御無用」

マリューもその自身に満ちた肯定を聞き、笑みを浮かべる。

「出港は4時間後と聞いているわ。それまでに各自艦内を見て回ってください。大和曹長であれば案内できるでしょう。艦内の構造はあまり変わっていませんから」

「わかりました。それでは、失礼します」

武たちは再び惚れ惚れするような敬礼をしてこの場を後にした。

 

 

 

 そしておよそ4時間後、第一艦隊の各艦が就航していく中でついにアークエンジェルが出港する順番が来た。

「全火器異常なし。レーダー、熱源センサーも正常に稼動。艦内隔壁、問題無し」

「システムオールグリーン」

「マキシマオーバードライブを始動します」

「アームロックを解除」

船体を固定していたアームが解除され、艦尾に設置されたマキシマオーバードライブが耳障りな駆動開始音をあげる。

「マキシマオーバードライブの出力95%で安定」

「総員に告ぐ、本艦は間もなく発進する。各員は定位置につけ」

艦橋ではせわしなく出港の準備が続く。

「艦長、出港の準備が完了しました。いつでも行けます」

副長の小室少佐が言った。マリューが頷く。

「アークエンジェル、発進します」

大天使はその所属を日出づる国に変え、再び戦乱の中にある漆黒の大宇宙に飛び立った。

 

 

 

 

 

 同刻 プラント マイウス7 大型船舶用ドッグ

 

 その艦隊を非常に目立つ桃色で染め上げた奇抜なデザインの高速戦艦が今ドッグから出ようとしていた。この艦の名前はエターナル。核エネルギー搭載型MS専用高速航宙母艦のネームシップである。

先の安土攻防戦の折、エターナルは長門型戦艦の主砲と思われる一発を左舷に被弾し、後に大破と判定されるほどの損傷を負い、なんとかプラントに帰還した。エターナルはマイウス市のドッグで数ヶ月の修理を終えてようやくドッグから出たところであったが、即現場に復帰するように通達されていた。

そのエターナルの艦橋にて一人の男が不機嫌そうな顔をしていた。

「…………」

不機嫌なオーラを隠そうともしない男に対し、この空気を何とかしてくれという懇願の目を周りから向けられた副官はその視線と至近距離から浴びせられる不機嫌オーラに耐えかねて男に声をかける。

「ハガス隊長、機嫌直して下さいよ。もう決まったことなんですから」

この艦を任されているハガス隊隊長、ヘンリー・ハガスは眉間の皺を解すことなく副官に顔を向けた。

「ふん、戦力を分散する策なんぞとって敵以外の誰が得をするというんだ。わしらが戦力を集めるべき場所など一つだろうに」

「そうは言っても、他をがら空きにするなんてことはできないでしょう」

「本当に守るべきものは一つに決まっている。それなのに上層部の連中は……アンディも立場上強く言えない事があることはわかるが、あそこでもう少し粘るべきだろうに。民心の安心のためにザフトも尽力しなければならないということも理解できるが、本来なら最高評議会が解決すべき問題で、その尻拭いをザフトに押し付けるべきではないぞ」

 

 彼が愚痴っているのは先日行われた作戦会議での一幕が原因であった。

ザフトは中立国の大使館経由の情報や、月周辺の偵察で連合が近いうちに大規模な作戦を行うことは察知していた。既に連合のプトレマイオス基地から艦隊が出撃したことという情報も掴んでいる。

そこで問題となったのが彼らの目的が奈辺にあるかである。

国防委員会はこれがプラントを狙った直接侵攻である可能性が高いと判断し、第一次防衛線をボアズ、第二次防衛線をヤキンドゥーエに敷くという作戦を立てる。敵が複数の基地から時間をずらして出港していることも分かっており、いくつかの航路から分散して襲撃を企てている確立が高い以上、複数個所に防衛線を設置して敵戦力が出現した場所に迅速に応援を派遣できるような体制を整えるべきであるという考えだ。

だが、ハガスやバルトフェルド等のザフトの一部の将軍の意見は異なった。この期に彼らが狙うものはジェネシス一つ。ジェネシスを守り抜くことこそが最重要であるとしたのだ。

しかし、国防委員会は彼らの申し出を却下する。ジェネシスに戦力を回した場合、連合軍がザフトの要塞を迂回して本国を侵攻するコースを取ればジェネシス防衛戦力は増援として派遣するには本国と距離がありすぎ、遊兵となる可能性が高いと判断したのだ。

また、本国をがら空きにすれば市民の間に不安を生じさせかねない。過去に一度とはいえプラント防空圏の突破を許し、ユニウス市の半数以上のコロニーを守れずに崩壊させてしまった先例がある以上、民心の安定のために常に一定の規模の部隊をプラントに目に見える形で貼り付けることを半ば義務づけられているザフトにはジェネシス防衛に回す十分な戦力は無かったのである。

 

「しかし、万が一に備えてジェネシスに最短の時間で増援に向かうことができるヤキンドゥーエの部隊に精鋭を集めることには成功したではありませんか。フリーダム、ジャスティス、テスタメントが配備された仮面のクルーゼの部隊に、アヅチで敵の新型相手に大立ち回りを演じたあのシュライバー隊が派遣されたとか」

「ふん。あの変態仮面か。俺は自分の素顔を隠して前線で指揮をする輩など信じることはできん性格でな。あの胡散臭いやつの配下になると考えるだけで寒気がする。シュライバーも信用できん。あいつの部隊はフリーダムとジャスティスを運用している以外のことは何もわかっていないだろうに。元々が軍人ではなく生物学や遺伝子工学系の科学者だということも聞く。そんなやつが精鋭?フン。一体どんな手を使ったのやら。知っただけで胸糞が悪くなりそうだ」

クルーゼ隊には核エネルギー搭載型MSが集中的に配備されており、その母艦もこれまでのヴェサリウスではなく、核動力MSを運用できるエターナル級3番艦フューチャーが与えられることになっている。ヤキンドゥーエに高速艦を集中配備することで穴が空く可能性が高い防衛線にいち早く部隊を展開させることを狙っているのである。

バルトフェルドも親友であるハガスと同じく、核動力MSやその専用運用艦たる高速艦を信頼のおけるヒルダ隊やミハエル隊に配備することを声高に主張したが、今回も前回の安土攻略戦と同様に最高評議会の圧力でクルーゼとシュライバーにもっていかれる形となったのである。

 

「……だが、愚痴を言っていてもしょうがないか。我々軍人は与えられた戦力でベストを尽くす……いや、任務を成功させる義務がある。国民に食わせてもらっている以上はな」

そう言うと、彼は懐から愛用しているピルケースを取り出し、中から取り出した白い錠剤を乱暴に口に放り込んでガリガリという音を響かせながら噛み砕いて飲み込んだ。ピルケースの中身はザフト七不思議のひとつに数えられているが、そのことを尋ねたものは誰一人の例外なくハガスの異常な迫力がこもった眼光を浴びせられて沈黙を余儀なくされるのだとか。因みに残りの七不思議の中にはクルーゼの仮面の下の素顔やザラ議長の使用している育毛剤など、ハガスのピルケースの中身と似たり寄ったりの非常にどうでもいいものが並んでいる。

 

 錠剤を飲み込んで多少は機嫌を良くしたハガスは命令する。

「後15分で出港だ。総員、配置につけ」

副長がそれを復唱する。

「総員、配置につけ!!」

その声を合図に艦橋が慌しくなる。

「執行プランCをロード」

「出港サブルーチン1920オンライン」

「セキュリティー解除確認、オールシステムズ、GO!!」

「アームロック解除、ドッグメインゲート開放。いつでもいけます」

 

 全ての準備が整ったことを確認した副官がハガスに向けて顔を向けて頷くと、ハガスは命令した。

「エターナル、発進する!!」

 

 最終決戦の部隊に役者が集いつつあった。




日本の科学者(へんたい)に犯されたアークエンジェルの姿は戦闘が始まってからお披露目する予定です。
ハガスはオリジナルキャラです。詳しい設定もその内にその必要が出てくれば書くかもしれません


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PHASE-45 秒読み

今回は台詞ネタが多いです。


 C.E.71 9月20日 L5宙域

 

「今日も異常なし……フレッドよう、もうこの辺にはいねーぜ、帰ろうや」

ジン長距離強行偵察複座型にの索敵要員として搭乗しているジョン・ハウジィは操縦要員であるフレッド・ラクムアに欠伸交じりに声をかけた。

「真面目にやってるのか?欠伸交じりでの報告を信用してやることはできんぞ」

「そうは言ってもよう、もう3日連続だぜ?こう何日も連合の『れ』の字も見ないんだ。いくらなんでも退屈だ。そもそも、本当に連合はこのルートで来るのか?」

「お偉方がそう言ってる以上、俺達はそれを信じて網を張るしかないだろう。俺達は網を張って飯を食わしてもらってんだ。文句言うな」

「へいへい」

ジョンは相変わらずだらけた態度である。しかし、フレッドもジョンの言うことには一理あるとも感じていた。連合の艦隊となればザフトを圧倒する数で襲来するはずだ。それが連合の常套手段なのだからそれならば自分達が、いや、このジン長距離強行偵察複座型に備え付けられた高性能レーダーが見逃すはずはない。それならば、やはりここの網は空振りだったか。

そうジョンが考えていたその時であった。レーダー画面を見つめていたジョンが声をあげた。

「おいフレッド!!距離980グリーン42マーク90ベータに反応だ!!これは……」

ジョンの言葉を最後まで聞くこともなく、フレッドはフットバーを蹴とばし乗機を強引に全身させた。その直後、緑の閃光が真上から降り注いだ。緑の閃光はジンの特徴的な鶏冠のようなアンテナを撃ち抜く。

「敵襲だ!!ジョン、艦に知らせろ!!」

「分かっ」

だが、彼がその危機を味方に伝えることは叶わなかった。直後、彼らの駆るジン長距離強行偵察複座型は漆黒の宇宙から突如放たれた3本の杭にコックピットを貫かれて沈黙したためである。

 

 

「フン、チョロイな」

大西洋連邦第一艦隊第41任務群 アガメムノン級空母マシュー・ペリー航宙隊所属、ダナ・スニップ曹長は目の前で沈黙するジンを目の前にそう吐き捨てた。

彼が駆るMSはGAT-207Aブリッツである。彼は母艦が捉えた偵察用レーダーの電波を頼りにミラージュコロイドで姿を隠しながら接近し、牽制射撃で動きを誘導し、そのコックピットユニットに寸分違わぬ正確さでランサーダートを叩き込んだのである。

ジンのパイロット2名は即死。しかし、ジンが爆散してザフトに敵の存在を教えることを嫌ったダナがパイロットと情報発信機を同時に始末したため、その最後をザフトが知ることは叶わなかった。

「さて、戻るか。予定までに間に合わんと置いていかれちまう」

そう言うと彼は機体を母艦が待っているであろう方向に向けるとブースターを一瞬灯した。ブリッツは慣性に従ってまっすぐ進む。そしてブリッツはミラージュコロイドを展開して再び闇へと溶け込んでいった。

 

 

 

「スニップ曹長が帰還しました。敵偵察機を沈黙させることに成功したとの報告です」

大西洋連邦第一艦隊旗艦アガメムノン級空母の『ケネディ』にマシュー・ペリーからレーザー通信が届いたことを通信士が第一艦隊司令官ヴァルター・エノク中将に通達する。

「よし……参謀長、そろそろかな?」

エノクは参謀長ジェル・マース中佐に問いかける。

「はっ。これ以上の欺瞞が成功する確率は低いでしょう。既に偵察機からの連絡が長時間途絶えているでしょうから、敵も怪しんでいる可能性が高いかと」

エノクは参謀長の言葉を聴いて深く頷いた。

「うむ……では、そろそろかくれんぼもおしまいでいいだろうな」

そう言うと、エノクは艦長席から立ち上がり命令を下した。

「第一艦隊の全艦と第七艦隊の全艦に通達しろ!!かくれんぼはおしまいだ!全艦発艦準備に入れ!!10分後に艦隊は最大加速で前に出る!!無線封鎖も解除する!!」

 

 大西洋連邦第一艦隊―コールサイン白鳥星(キグナス)は同国の第七艦隊――コールサイン龍星(ドラゴン)と共にザフトの誇る宇宙要塞ヤキンドゥーエの攻略を任されていた。彼らはヤキンドゥーエにギリギリまで接近するためにブリッツを艦隊の周囲に展開し、隠密に、そして徹底的な偵察機狩りを実施することでヤキンドゥーエの近くまでザフトに気づかれることなく接近していた。

作戦開始時刻が近づき、尚も他国の艦隊が戦闘に入ったことを示す通信も入っていないことから他国の艦隊も同じ方法でそれぞれの標的に順調に接近することができているのだろう。作戦開始時刻まで後10分、10分後には全艦隊がその剣を抜き、油断している敵に襲い掛かるのである。

「待っていろよ、ザフト。貴様等の息の根を止めてやる」

エノクは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「フレイ、もうすぐ出撃だ。準備はいいな」

第一艦隊の先鋒を務める第31任務群、アークエンジェル級強襲機動特装艦2番艦『ドミニオン』のハンガーでムウ・ラ・フラガ少佐が赤毛の少女、フレイ・アルスター少尉に声をかける。彼女はこれが2度目の実戦で、初陣というわけではないが、まだ経験が浅いということもあってムウが気にかけていたのである。

「問題ありません、少佐。コーディネーターを蹂躙する機会を前に準備を怠ることはありませんから」

ムウに顔を向けずにそっけなく答えた彼女はそのままハンガーの床を蹴って愛機のコックピットに向かう。

彼女の駆る機体はGAT-01A2『105ダガーMk.Ⅱ』だ。しかし、空間認識能力の素養があった彼女の機体には試作のビーム兵器搭載型有線ガンバレルM16M―D4を搭載したガンバレルストライカーが装備されている。

因みにムウの機体はGAT-105E、ストライクEだ。バックパックにはガンバレルストライカーを採用しているが、彼のガンバレルストライカーは特注品で、全部で6基のガンバレルを搭載している。そのうちの2基はフレイの機体にも搭載されているM16M―D4が使われているが、残りはこれまで使ってきた通常のレールガン搭載型である。

ムウはそっけないフレイのことも気にかかったが、彼女以上の問題児がまだいることを思い出し、格納庫の隅でそれぞれの娯楽に興じる少年達の元へと向かった。

「オルガ!シャニ!クロト!」

ムウの呼びかけに反応して三人は顔をこちらにむける。しかし、正直オルガ以外はまともに話を聞く気が皆無なことが見れば分かる。これで何度目か分からない態度にフラガは溜息をつく。しかし、いくら彼らに改善が見られないとしてもフラガは彼らの上官にあたるため、教育する義務があるのだ。

「お前らも出撃の準備をしろ!いいな、任務は敵MS部隊の掃討だ。深追いはするな。オルガ、シャニ、クロトの順番で10分の間隔を空けて発進だ。時間切れの10分前には戦闘を切り上げて母艦に戻れ。これが守られなかった場合、お前らの飯はザフトから鹵獲したたんぱく質合成食材になる」

ザフトから鹵獲したたんぱく質合成食材と聞いた3人の顔色が青ざめる。フラガが彼らの上官になってからおよそ3ヶ月、何か失敗するたびに飯がこれに変えられてきた。しかもフラガは意図的に不味いものから選んでいくという酷さだ。これを繰り返されれば犬でも従順になるだろう。

案の定、聞く気がなかった二人も姿勢を正し、ムウの説明を真剣に受け始めた。

 

 

「もうすぐ……もうすぐよ、パパ……」

ハッチが閉められ、様々な淡い色の光が投影されるコックピットでフレイは一人獰猛な笑みを浮かべる。

「いっぱい、いっぱいね、殺すの。一人ひとり苦しませて……うん、分かってる。ごめんなさい。そうだよね、即死させないと反撃されちゃうかも知れないわね。一撃で殺さなくちゃ……」

 その時、彼女の目の前のモニターにブリッジからの通信が入る。モニターにはヘリオポリスを脱出した頃からの縁であるナタル・バジルール艦長が映っていた。発進場所は艦長の私室だ。おそらく、ブリッジという周りの耳がある場所からは言えないことを言いたいのだろう。

「アルスター少尉、問題は無いか?」

フレイは表情を先ほどまでの陽気さを崩すことなく答えた。

「大丈夫ですよ。心配しなくても化け物どもは駆逐しますから」

その陽気さにナタルは不気味さを覚えた。まるで狂気。彼女にはそう感じられたのである。そして彼女はその狂気を見過ごすことはできなかった。彼女をMSパイロットにした責任の一端は自身にあると彼女は考えていたからだ。

「アルスター少尉……君はずっと復讐のために戦い続けるのか?この戦いが終わったら、もっと別の……」

しかし、ナタルは最後まで自身の考えを口にし続けることはできなかった。モニターに映るフレイの狂気に歪んだ表情を見て口を思わずつぐんでしまったのだ。

「……貴方も、自分の帰る場所をコーディネーターに焼き尽くされて、肉親を骨も残さず焼かれてみなさいよ」

そう言うと、フレイは一方的に回線を切断した。そして、先ほどまでの狂気とは一転し、コックピットの中で感情を映さない虚ろな表情を浮かべる。その表情は能面を想起させる不気味さを秘めていた。彼女はその表情のまま口を開いた。

 

「私は宙の化物(コーディネーター)を許さない」

 

 

 フレイの父はザフトに殺された。モントゴメリィの艦橋に撃ち込まれたミサイルが彼女の父を劫火に包んだ光景を彼女は鮮明に覚えている。そして失意の内から抜け出すために彼女は復讐に縋った。だが、自分にはコーディネーターと戦えるだけの力は無い。そこで婚約者の友人であるキラを利用して復讐を果たそうと考えた。

キラはコーディネーターだ。それも、直接の因果関係は無いとはいえ、彼女が父を失う原因の一端を担った男だ。キラも、彼女にとっては復讐の対象であった。キラにコーディネーターを沢山殺させ、そしてキラ自身も戦いの中で死んでいく。それが彼女が望んだ結末だった。

しかし、キラは彼女の思惑は半分失敗する。キラは確かにコーディネーターを次々と殺していったが、キラは自身をギリギリまで追い込んで研鑽を続けた。結果、並の部隊ではキラに対抗できないほどの実力の差がザフトのコーディネーターとキラの間に生まれていた。このままではキラに対する復讐を完遂できないことにフレイは内心で焦りを募らす。そして何らかの対処を考えている間にアークエンジェルはアラスカに入港してしまう。

そこで軍人に志願していたフレイは異動命令を受けてしまう。ここでアークエンジェルを離れれば自身が復讐を遂行することは難しくなることは分かっていたが、ここで除籍を申請してしまえば芋蔓式に他のヘリオポリスの学友達も除籍申請してしまう可能性がある。そうなればキラも軍を離れる可能性が高い。

キラがザフトを殺して戦いの中で死ぬためにはキラが軍人であることが不可欠だったため、フレイは異動命令を受け取る以外の選択肢が無かった。そして、内心で心残りを募らせながら、彼女の乗った潜水艦はカリフォルニアのサンディエゴ基地に向けて出港してしまう。

サンディエゴ基地に上陸したフレイはそこでアークエンジェルがアラスカで奮戦の末にザフトの大軍を巻き込んだ大爆発に巻き込まれたことを知る。彼女は歓喜した。沢山の化け物共とキラは戦い続け、その末に戦場で死んだのだ。彼女の復讐はここで実った。

しかし、サンディエゴで彼女は再度復讐の炎をその心中に沸き立たせる報告を聞いた。彼女と今は亡き父、幼少期に亡くなった母の思い出がつまったボストンの家が開戦後に大西洋連邦が実施した対コーディネーター政策に不満を持ったコーディネーターを中心とする暴徒による焼き討ちを受けたのである。そして畳み掛けるようにアークエンジェルがアラスカを脱出し、父を見殺しにした日本に亡命したことを知る。

復讐は成らず、父を守れなかったキラが父を見捨てた国でのうのうと暮らすことを彼女は許せなかった。そして父も、思い出も、帰る場所も全てを失った彼女は自身の全てを復讐に費やすことを決意する。そして直属の上司であったバジルール大尉に自身がMSの基礎訓練を受けられるように協力して欲しいと申し出る。彼女の実家は軍人家系で、高官に伝もあった。

最初は私的なコネを積極的に活用することを渋っていたナタルであったが、せめて高官と話す機会だけでも用意して欲しいという彼女の懇願に渋々承諾する。そしてフレイは高官に自身を売り込んだ。大西洋連邦前事務次官の娘が父親の仇を討つべく戦うという宣伝文句や、自身の美貌はいいプロパガンダになると説得する。

実はフレイは既に根回しを終えていた。サンディエゴに来て数日後に行われた父の葬儀に出席した生前の父と関わりの深かったブルーコスモスの幹部達と顔を合わせ、彼らを通じて便宜を図ってもらっていたのである。それもあり、フレイの要求は受け入れられ、彼女はMS訓練のためにネバダ州のグルームレイクに異動となり、『乱れ桜』の異名を持つレナ・イメリア中尉の指導を受けることになった。

そして彼女は自身の天性の才能もあり、MS戦における実力を短時間で急激に伸ばした。そしてナタルが艦長をつとめるドミニオンの機動戦力の一人として戻ってきたのである。

現在ドミニオンに配属されているパイロットは『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガ少佐、ブーステッドマンの3人、そしてフレイである。

 

 フレイは再び虹色の光を投影し始めたコックピットの中で発進直前に愛機のモニターをそっと撫でた。そして、安らかな笑顔で静かに呟いた。

 

「お願い。宙の化物(コーディネーター)を殺して」

 

 

 

 同時刻 大日本帝国 内閣府

 

 作戦開始時刻まで残り数分。閣議の出席者たちは皆真剣な顔つきでその報告を待っている。その時、会議室のドアがノックされた。入室を許可すると、室内に武官らしき男が入室し、吉岡に書類を一枚手渡した。それを吉岡が受け取ると、敬礼して会議室を後にする。

閣僚の視線が自然に吉岡に集まるのを感じ、吉岡は口を開いた。

「ただいま、全軍が攻撃を開始したとの報告が入りました」

会議室の面々は息を呑んだ。この作戦にはこの地球の命運がかかっているといっても過言ではない。それ故に、各々が抱える不安も大きいのだろう。沈黙が支配する会議室で千葉が口を開く。

「……彼らは勝てるのでしょうか」

その言葉に閣僚は息を呑む。常に最悪の事態を考慮する職業である政治家についているだけあって、彼らは皆同じ問いを胸に抱えていたために辰村の問いかけに答えることができなかった。たった一人の男、大日本帝国内閣総理大臣澤井総一郎を除いて。

「勝つさ」

閣僚の視線が澤井に集まる。澤井も閣僚一人ひとりに目を配る。

澤井の表情には一片の不安も見えない。そして澤井はいつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「勝つさ。私はいつだって、そう……信じてきた」




フレイさんはGAMERA3における比良坂綾奈さんのようなキャラにしました。思えばこれをやるためだけにジョージ・アルスターさんにはお亡くなりになってもらったのですから、ここまで長かったですね……ようやくできました。
初期案ではマユ・アスカさんに比良坂綾奈のような復讐キャラをやってもらうプロットでしたが、『シン君お亡くなりにしてまでもやるべきネタではなかろう』という判断のもと没にしたんです。

そして久しぶりのナタルさんとムウさん。ちょい役でしたけどねww


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PHASE-46 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ

フレイに対する同情論がよくでてますね。
確かに二次でも救われないパターン多数ですし。


 C.E.71 9月20日 L5 ジェネシス周辺

 

 キラはアークエンジェルのハンガーに眠る愛機のコックピットで出撃を前に緊張していた。その時、網膜にエレメントの顔が映し出される。

「大和曹長、緊張するな」

網膜投影されたのは男の姿。彼は今回キラとエレメントを組む凄腕の傭兵、叢雲劾だ。劾は続ける。

「お前は強い。少なくとも、この日本軍の中でもこと個人戦に限ればその実力は十指の中に入る」

正確に言えば、2、3を争う腕前であることを劾は伏せておいた。そのようなことを言えば恐縮して更に緊張してしまうであろうことを劾は短い付き合いで理解していたのである。そして、劾はキラにはその年に似つかわしくないほどの覚悟があることも理解していた。戦場がそれを育んだのか、守るべきものの存在が彼に覚悟を強いたのか、善い理解者や上司の存在があったのかは分からないが、それは戦場において兵士を1分1秒でも生き永らえさせるものであることを劾は知っている。

「前を向け。俺達は下がることは許されない。お前の後ろには地球がある。家族がいる。友人がいる。今、ここで戦わねば、次はお前の後ろが戦場になる」

キラは息を呑んだ。20分前に行われたブリーフィングで彼は今回の作戦目標であるコードネーム『大黒柱(メインブレドウィナ )』の存在について説明を受けていた。その射程距離は150万kmを超え、理論上はL5から地球に直接攻撃することも可能な超巨大なガンマ線レーザー砲。シミュレーションでは地球にこのガンマ線レーザーが放たれた場合には1射で地球上の生物の80%以上が死滅すると推定されている、有史以来霊長の種が持ち得なかった史上最強最悪の大量破壊兵器だ。

地球をこの大量破壊兵器から守るためにこの前代未聞の大作戦が立案されたのだ。

キラの脳裏に一瞬アスランの顔がよぎった。しかし、キラはそれを振り捨てる。幼馴染が地球を破滅させるというのなら、自分がそれを斬り捨てる。アスランにはアスランの、プラントを守りたいという思いがあるのだろうが、キラにもキラの守りたいものがる。互いに引けない理由がある以上は戦って捻じ伏せるしかない。例え相討ちになったとしても、アスランに自分達の邪魔はさせない。そうキラは決意を新たにする。

「バイタルデータは落ち着いてきたな……だが、体が震えているぞ。どうした?」

劾からの問いかけにキラは彼らしからぬ好戦的な笑みを浮かべながら答えた。

 

「武者震いってやつですよ」

 

 

 同刻、アークエンジェルの艦橋では第二航宙戦隊の指揮を任された黒木翔中佐が最終確認を行っていた。

「最後の確認です。我々、第二航宙戦隊は今作戦の要である第一戦隊の左舷と下方に付き、これを全力で援護します。そして、アークエンジェルの艦載機は全て第一戦隊の直掩に回します。第二航宙戦隊の直掩は僚艦の『飛龍』の航宙隊を回してもらって対抗します。しかし、第二航宙戦隊の直掩に残すのは各艦に付き二個小隊。後は全て第一戦隊の直掩に回します。第一艦隊の残りはおそらく、ヤキンから駆けつけることが予測される敵の増援を食い止め、可能な限りの『大黒柱(メインブレドウィナ )』護衛戦力を釣りだす任務につきます」

第二航宙戦隊は蒼龍型航宙母艦、『飛龍』『雲龍』とアークエンジェルから構成される艦隊だ。蒼龍型航宙母艦のMS搭載能力が1隻あたり二個中隊24機であることを考えると、前戦力四個中隊+二個小隊の56機の内、一個中隊12機を残し、残り44機を全て第一戦隊の護衛に回すということになる。

「黒木中佐!それでは第二航宙戦隊の護衛戦力が不十分です。仮に敵艦隊に攻撃されて母艦を落とされてはこちらの機動戦力の継戦能力が足りなくなります!!それに、第一艦隊の航宙戦力を第一戦隊とその護衛艦の直掩に専念させればヤキンの増援を相手にする残りの各艦の損害が増えることが予想されます。ここは輪形陣による護衛をすべきでは!?」

マリューが黒木に反論する。アークエンジェル以外の艦はアークエンジェルほどに対艦兵装が充実しているわけでもない。また、今回日本が用意した母艦の艦上機は殆どを対MS装備をしたMSが占めている。対艦装備ができるのは第三航宙戦隊と第四航宙戦隊に二個中隊ずつ配備された風巻のみだ。

もしも第二航宙戦隊が敵艦の突撃を受けた場合、満足な攻撃ができるのはアークエンジェルだけとなる。これでは危険であると考えたのだ。

それに対して黒木は反論する。

「ザフトの艦は対艦兵装があまり充実してはいません。彼らは対艦攻撃にも重武装のMSを利用しますから。そして、彼らの艦ではエターナル級以外の艦では長門型戦艦に追いつくことは不可能です。そのエターナル級も対艦攻撃はMSに完全に依存する艦です。今回の作戦では快速艦である長門、陸奥を護衛するため、アークエンジェルと蒼龍型航宙母艦、金剛型巡洋戦艦以外は第一戦隊の直掩任務に当てられません……そして、ラミアス艦長、最後に一つ、伝えておかねばならないことがあります」

そう言うと黒木はその剃刀を思わせる鋭利な視線をマリューに向ける。マリューはその視線に呑まれて動くことができない。まるで蛇に睨まれた蛙である。

 

「今回の作戦では、定石どおりに輪形陣をとって進めば確かに損害は最小限に留めることが可能になるでしょう。しかし、敵のガンマ線レーザー砲が既に完成している……又は一発でも放てる状態にあった場合、艦隊ごと焼き払われる可能性も否定できません。しかし、あれだけの巨大レーザー砲です。発射までには準備を含め、照準あわせも含めてそれなりの時間がかかることは確実ですが、輪形陣で進み、周囲の艦隊の速度にあわせて進軍すれば敵にレーザー発射までの時間を与えてしまう可能性もあります。そうなれば我々に……いえ、皇国、連合に勝ちはありません。しかし、最低限長門・陸奥擁する第一戦隊さえ守り抜けるこの布陣であれば勝つ算段はできます」

「……それでは第一戦隊以外はどうなさるのですか!?」

気丈に黒木の瞳を見返して口を開くマリューだったが、黒木は揺るがぬ意思を見せつける。

 

「私の仕事は勝つか負けるかです……できる限り早期に第一戦隊がジェネシスに取り付いてくれるということを信じています。目標を破壊した後には艦隊は輪形陣を敷き、最低限の損害で撤退します。それまでは……各艦の奮闘を見届けるだけです」

 

 

 

 大日本帝国宇宙軍第一艦隊旗艦『足柄』にて第一艦隊司令官である遠藤はアークエンジェルでとある若武者もそうしてるとは知らずに武者震いしていた。

「この年になって武者震いとはな。新兵ではないのだが」

苦笑する遠藤に足柄の艦長、高梨健也大佐は軽い調子で答える。

「不謹慎かもしれませんが、自分も司令と同じようなものです。日本男児たるもの……このような状況で心沸き立たずにはいられますまい」

「フン……そうか、そうかもしれんな。かの東郷閣下も、小沢閣下も同じことを感じていたのやもしれん」

 

 大日本帝国は明治の御世以来、2度亡国の危機を迎えた歴史がある。

一度目は不凍港獲得を目指して南下政策を採り、日本の安全保障を脅かす露西亜帝国との間に勃発した日露戦争である。この戦争において日本は国家予算を遥かに超える借財をし、満蒙の荒野や喉元に突きつけられた刃である旅順港に侵攻する。

陸軍は数万人の死者を出しながらも旅順を攻略、そして満蒙の平野で露西亜軍を打ち破る。この後の海軍の奮戦もあり露西亜を退けることに成功し、講和に持ち込んだ。

 

 二度目は太平洋やアジアの利権を求め、商売敵となる日本を屈服させるべく日本を孤立させ、国家存亡のために戦争をさせようと目論んだアメリカとの間に勃発した大東亜戦争である。この戦いで日本は宣戦布告直後にフィリピンの米アジア艦隊を空襲で戦闘不能にし、続く艦砲射撃で敵飛行場を復興不可能な状況に追い込んだ後フィリピンを完全に機雷で封鎖した。

その後はフィリピン救出に米部隊を誘い出して撃滅。フィリピン封鎖後は南方海域までおびき寄せて戦う戦略をとったために終始受身に回ったものの、機動戦力を駆使してアメリカ海軍に対して中盤までは漸減邀撃を成功させる。

しかし、アメリカ海軍艦隊の防空力、対潜能力は序盤で艦隊に大きな被害を受けたことを受けて大幅に強化される。一度は痛い目を見ないと学習できないのがアメリカ軍の伝統なのだが、一度学習すれば彼らは強かった。次第に漸減邀撃という初期の戦略の遂行は厳しくなったのである。

南洋の島嶼に米軍の上陸を許すも、陸軍はこれらの島々で強固な陣地を構築し、持久戦を展開。その間に海軍は敵艦隊に大損害を与え、制海権を取り戻した。そしてアメリカの陸上戦力を徹底的に叩くことで進軍を食い止めた。最終的には欧州で台頭する共産主義の脅威を受けて英国の仲介により日米は講和。今日の繁栄を得ることになった。

 

 そして二度の戦争で日本を講和へと導いたのは共に両国の主力艦隊による大海戦での勝利であった。

日露戦争では日本の補給線を破壊し、極東地域で優勢にたつ日本陸軍を干上がらせるために来寇したバルチック艦隊を完全に撃滅することで敵海上戦力を殲滅、露西亜国内で不満が高まりつつあったことも追い風となり、講和へと誘導することに成功した。

そのバルチック艦隊を日本海で迎え討った日本海海戦――他国では対馬沖海戦と呼ばれる――に勝利した大日本帝国聯合艦隊の最高司令官が東郷平八郎である。近代以降の海戦の歴史では他に類を見ない圧倒的な勝利に聯合艦隊を導いた東郷提督は大日本帝国では神武以来の最高の名将として讃えられている。

大東亜戦争では聯合艦隊による執拗な補給線や島嶼に上陸した陸上戦力に対する攻撃に幾度も煮え湯を飲まされたアメリカ海軍は、聯合艦隊の撃滅が成されなければ日本本土攻撃の足場となる飛行場の確保も敵資源地帯への攻撃も困難と判断。聯合艦隊を撃滅すべく建国以来の大艦隊を率いてマリアナに来寇する。この後にマリアナ沖海戦と呼ばれる海戦において大日本帝国海軍聯合艦隊は大損害を被るものの、聯合艦隊撃滅を目論んで送り込まれた大艦隊を半壊させ、大半を漁礁にすることに成功した。

この時に采配を振るった人物こそが小沢冶三郎提督である。彼もまた、東郷提督と同様に現在は共に軍神として祀られている。

 

 

 

 

「では……かの帝国軍の誇る名将に肖りますか?」

高梨が悪戯っ子のような笑みを浮かべ、遠藤に耳打ちした。それを聞いた遠藤は一瞬キョトンとしていたが、次の瞬間には大声で笑い始めた。

「ハッハッハ……いいな、実に面白い……ククク。高梨大佐、貴官はいいセンスをしているよ」

突然笑い出した司令官に事情の分からない他のクルーはうろたえている。そして混乱しているクルーを見渡した遠藤が笑みを浮かべながら通信士に顔を向けた。

「通信長……作戦開始時刻になったら無線封鎖解除の通知と共に、全艦に通信を繋いでほしい。頼むよ」

未だに笑いから抜け出せない遠藤の命令に通信長は戸惑いながらも了承する。

「ついでです。どうせならばできる限り再現してやりましょう。ただし潮香る蒼き海ではなく星の海ですから、多少は流儀が異なりますが」

「そうだな。国際信号旗なんてものは積んでいないからな。国際周波数で流してやろうか」

そこまで言えば帝国軍人でこれから彼らがやろうとしていることの察しがつかない者はいないだろう。。先ほどまで訝しげだった通信長も、艦橋のクルーも皆が笑いを抑えきれず、ニヤニヤしながら仕事をするという、傍目からは結構不気味な光景が広がる。彼らがさわやかな青年であればまだいい絵面だったのだが、生憎彼らは旗艦のクルーに抜擢されるだけの技量を持ったベテランが多数だった。正直、若さが足りなかった。

 

「全艦載機、発艦準備完了いたしました!!」

「全艦、全砲門発射準備よし。後は砲撃開始命令を待つばかりであります!!」

作戦の準備は全て整った。作戦開始時刻まで後10分。後は遠藤の命令を待つばかりとなっていた。

沈黙が第一艦隊を支配する。誰もが、その緊張感に、使命感に息を呑み、その額には汗の珠が浮かんでいた。

 

 そして、時計の針は進む。作戦開始時刻を時計の針が指し示した。

遂に遠藤が立ち上がった。艦橋の視線が遠藤に集まる。

「これより、海皇(ポセイドン)作戦を実施する。全艦載機は至急発進せよ!!全艦、こそこそと動くのはここまでだ!!推力最大!!」

遠藤の命令を受けた各艦のエンジンに光が灯る。そして、長門を筆頭に最大加速で前に進む。そしてその中の数隻の巨大な軍艦からいくつもの光芒が飛び立つ。そして光芒は長門・陸奥からなる第一戦隊を囲むように布陣した。

 

 敵の領域内でここまで派手な行動を起こせば当然敵側もそれを察知し、対応してくる。ジェネシスの周りを遊弋していたナスカ級巡洋艦の艦首が大きく振れ、その艦首を第一艦隊に向けた。そしてナスカ級からもMSが発進する。

「敵の迎撃機を確認、ジン4、シグー2、新型機(アンノウン)が6です!!こちらの射程に入るまで後180秒!!」

「敵ナスカ級2隻、こちらに向かってきます!!」

その報告を聞いても遠藤は眉一つ動かさない。これも全て想定済みだ。

 

「通信長、全艦に通信を繋げてくれ」

「はっ!!」

遠藤の指示で全艦、全ての艦載機に向けて足柄の艦橋の映像が発進される。突然目の前に映し出された旗艦の艦橋に立つ司令官の姿に各艦の乗員、艦載機の搭乗員が何事かと注視する中で遠藤が口を開いた。

 

「第一艦隊司令官遠藤信仁中将から総員に告げる。この戦いで我々は皇国臣民二億一千万人の命を背負うことになる。これはかの日本海海戦やマリアナ沖海戦と並ぶ皇国の存亡を賭けた一戦として歴史に刻まれるであろう。故に私から軍神に肖り、諸君にこの言葉を贈ろう。『皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ』!!」

 

 

 通信を受信していた各艦の艦橋で、ハンガーで、MSのコックピットで。侍の末裔達が雄叫びをあげた。その眼には気炎が沸き立ち、覚悟の光が灯る。

 

 同時に、旗艦足柄の信号灯と無線から国際信号が発進される。当然ザフトもその国際信号を受信していたが、自分達が受信した信号を目にし、その意味が理解できず一様に首を傾げた。

 

 その信号が意味するのはたった一文字のアルファベット――『Z』だった。日本海海戦、マリアナ沖海戦に続き、日本史上3度目のZを大日本帝国聯合艦隊が掲げた。

 

 

 今、皇国の興廃をかけた戦いが幕を開ける。




ここまで長かった……次回からついに最終決戦です。


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PHASE-47 終末の序章

 大西洋連邦艦隊はヤキンドゥーエに最大加速で近づきつつあった。勿論それをザフトが探知していないはずがない。ヤキンドゥーエからは巣をつつかれた蜂のようにMSが矢継ぎ早に発進する。ヤキンドゥーエの防備に回されているエターナル級2隻からもMSが緊急発進(スクランブル)する。

「クソ!ナチュラルどもめ!!宇宙のデブリにしてやる!!」

そう息巻きながらハイネは自身に与えられたMS、ZGMF-X999Aザクに乗り込む。現在プラントが保有する核エネルギー搭載型MSは48機だ。そのうちの半数が計4隻のエターナル級に配備されている。このエターナル級一番艦エターナルには量産試作機のザクが計3機、正式量産仕様のフリーダム、ジャスティスが1機ずつ、そしてクルーゼが駆る新型試作機――ZGMF-X13Aプロヴィデンスが1機搭載されていた。

偶然に緊急発進(スクランブル)担当要員(アラート)についていたハイネはいの一番に発進準備を終える。僚機のアスランもジャスティスに乗り込んで発艦準備を終えているらしく、ハイネの次に発艦できるように既に機体のガントリーロックは解除されていた。

ハイネの機体はカタパルトに固定され、発艦体制に入る。

「ZGMF-X999Aザク、発進どうぞ!!」

「ハイネ・ヴェステンフルス、ザク、出るぞ!!」

ハイネの駆るオレンジのザクがエターナルから飛び出し、敵艦隊へと機首を向ける。

 

 

 

「我々の任務はやつらを釘付けにすることだ。……が、まぁ、脅威だと思ってくれなければこちらに喰いついてもくれんしなぁ。よろしい。全艦全砲門開け。目標、ヤキンドゥーエ要塞。初弾から斉射でいく。3分間全艦斉射を続行し、その後対空ミサイルを発射、目標は敵MS。こちらのMS隊はミサイルを潜り抜けてきた敵MS隊にぶつけろ」

大西洋連邦第一艦隊司令長官ヴァルター・エノク中将が命令する。

「了解。全砲門、目標、ヤキンドゥーエ!!砲撃開始(オープン・ファイアリング)!!!」

漆黒の海を幾百もの閃光が切り裂き、ヤキンドゥーエを揺さぶった。艦隊とヤキンドゥーエを結ぶ直線状にいたMSの中にも被弾したものが出る。そして、そこに追い討ちをかけるように対空ミサイルが放たれてザフトのMSを襲った。

普段ならばAMBAC制御ができるMSに乗りこむコーディネーターにとって対空ミサイルの迎撃も回避もお手の物であっただろう。だが、今回はそのミサイルの数が桁違いであった。

この大量のミサイルの種明かしをしよう。

海皇(ポセイドン)作戦で大戦果を挙げることで戦後の自国の国際的な地位を高める必要に迫られていた大西洋連邦は第一、第七艦隊の両艦隊の全艦に対してこの特殊な増槽を取り付けたのである。

本来の目的はガスの噴射による運動でザフトの哨戒エリアギリギリを機関を動かさずに哨戒ラインを抜けるために設置されたものだが、この増槽のいたるところには多連装ミサイル発射管が備え付けられていたのである。先ほどのミサイルの雨はこれによって生み出されたものである。そして、艦隊から切り離された増槽自体もミサイルの雨を潜り抜けて隊列を崩したMS隊へと叩きつけられ、至近距離での自爆で多くのMSに損傷を強いていた。

 

 

「何だ!?この数は!?クソ、連合め……」

ジャスティスのコックピットでアスランは悪態をつく。連合の艦隊から放たれたミサイルはまるで網を張るかのように面を形成し、ザフトMS部隊に襲い掛かった。これほどの数のミサイルを避けようとするのは厳しいものがある。僅かなミスが被弾につながり、そこから大破、撃墜につながることを理解していてもとても避けきれない。斉射から3分の時間で多数のMSが発艦し、連合の艦隊と距離を詰めていたことも災いした。迎撃に費やす時間もあまり与えられなかったためだ。

おそらく、これが今回連合が用意した作戦なのだろう。単純なものだが、それゆえに効果は大きい。対艦装備をしているために動きの鈍い機体が次々とミサイルの雨に絡み取られて爆散していく光景にアスランは歯噛みする。

対艦兵装を装備して鈍重となった対艦攻撃部隊を守るために護衛部隊を先行させて発進させていたのだが、先行した部隊の大半はこのミサイルの投網を必死になって回避するのに精一杯で、とてもミサイルの迎撃なんてやってられなかったのである。

『アスラン!対艦攻撃部隊が大損害を受けている!!俺達で連中の指揮系統を潰して対艦攻撃部隊の再出撃までの時間を稼ぐぞ!!』

「了解した!援護射撃を頼む!!」

僚機のハイネと共にミサイルの雨を抜けた先にいる整然と隊列を整えた大艦隊へと突貫しようとしたその時だ。アスランはコックピットのモニターに映る小さな影を見逃さなかった。あれはかつてアークエンジェルの追撃戦で見たことがある。そう、あれは……

「ハイネ!!避けろ!連合のガンバレルだ!!」

ハイネの機体の周りに小さな砲台が囲むように布陣し、一斉に閃光を放った。何とかギリギリでハイネのザクが火箭の網を潜り抜けた。

「ハイネ!!っ!?」

ハイネに気を向けたその一瞬の隙を突いて放たれた鉄球をアスランのジャスティスは自身の持つ盾で受け止める。

目の前の機体に該当する機体はジャスティスのデータバンクにはないらしい。しかし、その容貌はどこかヘリオポリスで奪取した連合の試作MSを思わせる。機体が再度アラートを響かせ、アスランは再度機体を翻して背後からの砲撃を回避した。背後にいたのはこれまた前方の黒いMSと似通った鎌を構えたMSだ。アスランは2方向から挟まれる形となった。

「……前門の虎、後門の狼というやつか」

一騎当千の働きをすることで戦局を動かすことが核エネルギー搭載型MSに与えられたコンセプトである。故にアスランはここで僅か2機のMSに拘束されるわけにはいかなかった。母をいつ覚めるかも分からない長き夢に拘束する原因となった核に縋った以上、例え敵のMSが高性能であろうとも、パイロットが凄腕であろうともここで役目を果たさなければならないとアスランは心に決めていた。

「あまり長く相手にするわけにもいかないんだ……手加減は無しだ!!」

そういうとアスランは盾を投げ捨て、両手にビームサーベルを握って前方の黒い羽を持つMSへと突撃した。

 

 

 

「くそ!!ちょこまかと……」

ハイネは初めて相手をする連合のガンバレルに苦戦していた。連合のエースパイロットが使用する有線式ガンバレルの存在は知っていたが、彼にはそれとの交戦経験は無く、元から苦手な類の兵器だったのだろうか。上下左右、あらゆる方向から自身に向けられる閃光を回避するのでハイネは手一杯であった。

僚機のアスランが敵の新型MS2機を相手に大立ち回りしているというのに、彼の駆るザクはこれまでろくに攻勢に転じることができていない。話に聞いていた連合のガンバレルであればレール砲を搭載しているはずなので、フェイズシフト装甲を採用しているザクであればそこまでの苦戦をするはずはなかった。しかし、このガンバレルはビーム砲を搭載しているのだ。フェイズシフト装甲といえども耐えられない。

「畜生が……らぁ!!」

ハイネは背中のMMI-M15クスィフィアスレール砲を展開してそのまま機体を半回転させた。レールガンの連射で周りを薙ぐことでガンバレルの狙撃を試みたのだが、ガンバレルは容易くこれを回避する。ハイネの空間認識能力では振り向きざまにガンバレルを打ち抜くといった技を使うのは不可能だ。結局彼は逃げ回るほか無かった。

 

 

 

「しぶとい……さっさと墜ちろ、宙の化け物(コーディネーター)!!」

フレイは終始有利に立っていた。しかし、敵はともかく避ける。反撃は無いものの必死に避ける。その姿に哀れに逃げる小動物を幻視して悦に浸っていたが、流石にこれほど長いと飽きがくる。

フレイはガンバレルを操作し、常に射線の結界で彼の行動を制限しているが、これでは埒が明かない。フレイは勝負に出る。ガンバレルを呼び戻し、バックパックに戻した。

それを好機とみた敵機はビームサーベルを構え、急加速でダガーに迫る。フレイはその瞬間、引くわけでなく前に出ることを選んだ。

ダガーの両腕にビームサーベルを展開したフレイは2刀流でオレンジのザクに斬りかかった。フレイは師匠であるレナ・イメリア中尉から接近戦を、そして宇宙に上がった後はムウ・ラ・フラガ大尉から遠距離戦をそれぞれ学んでいるために死角はない。

ガンバレルのブースターを巧みに操ることで敵のザク以上の機動力を発揮し、フレイは敵機の下方のポジションをとった。そしてガンバレルによる一斉放火を浴びせようとした。しかし、ガンバレルのトリガーにかけられていたフレイの指は突然にコックピットから発せられたアラートによって剥がされた。咄嗟にフレイはフットバーを蹴り飛ばして自身を狙う火箭を回避する。

フレイがモニターを切り替えると、そこに映るのはさきほどまで戦っていたオレンジのMSの同型機が2機、そして蒼い羽を持つMSだ。羽つきのほうはデータバンクに該当がある。安土攻防戦で現れた核動力搭載の疑いが強い砲撃型MS、コードネーム『蒼火竜(リオレウス)』だ。

フレイは新たなる乱入者にも心を乱すことなく整然と相対した。

 

 

『危なかったじゃないの、ハイネ!!』

ディアッカがハイネを茶化すが、ハイネは苦笑するしかない。

「すまなかったな、ガンバレルとかいうやつに翻弄された」

初めて目にする兵器についていけなかったなどという言い訳をすることはハイネのコーディネーターとしてのプライドが許さないのである。それを察したのであろう、ニコルが本題を切りだす。

『クルーゼ隊長からの命令です。アスランとハイネはフューチャーに戻って補給を受けてください。その後はアスランのジャスティスとドッキングしたミーティアに掴まってクルーゼ隊長といっしょにL5の閉鎖宙域に向かってください!!』

ハイネは一瞬眉を顰める。L5の閉鎖宙域といえば、何も無い宙域にも関わらず新型兵器の実験場という理由で立ち入りが制限されている宙域だったはずだ。何故にそこに向かわなければならないのだろうか。疑問はあるが、これが命令であるならば仕方がない。

「了解した。じゃあ、このガンバレルの相手は任せたぞ!!」

ハイネはフューチャーに機首を向けた。

 

 

『ニコル!!お前はこのガンバレル野郎を足止めしろ!!その間に俺達はアスランを梃子摺らせているやつらをアスランから引き剥がして殲滅する!!』

そういい残すとイザークの駆るフリーダムは最大加速でアスランの元に向かった。

『ニコル、無理すんなよ。俺達が戻ってくるまで足止めしとけば後は俺達がやってやる』

ディアッカもイザークに続く。しかし、ニコルはイザークたちの言い方に少々苛立っていた。確かに自分はクルーゼ隊のほかのメンバーに比べれば凡人なのかもしれない。腕だけで言えばタネガシマの戦いの時に増援に来た新任の赤服のシホとほぼ同等だったのだから。しかし、彼にも赤服を着るものとしての誇りがある。

いつもいつもイザークに格下に見られるのはもう沢山だ。こうなったらハイネを梃子摺らせたというガンバレル付きを自分の手で撃墜する。ニコルは覚悟を決めていた。

「エンデュミオンの鷹さんとやりあったことだってあるんです。ハイネのように上手く翻弄できると思わないで下さいよ!!」

ニコルの駆るザクは両手にトマホークを構え、フレイのダガーに突進した。

 

 

 

 先ほどまでの相手を逃がされたことにフレイは不愉快さを隠せなかった。あと少しで敵を撃墜できたところを妨害されれば気を悪くするのも無理は無いだろう。しかし、フレイは焦ってはいなかった。

「さっきのやつよりは弱いわね。これならさっさと片付けてさっきのオレンジのを追いかけることもできるわ」

そう呟くとフレイはガンバレルを展開、オールレンジ攻撃を仕掛けた。

先ほどのオレンジと違い、オールレンジ攻撃を受けた経験があるのだろう。四方八方からのビームは余裕をもって回避している。メビウスゼロ相手ならばこの相手でも有利に戦えたかもしれないが、生憎こちらはガンバレルダガーだ。メビウスゼロとは異なり、近接戦もできることを失念している。

フレイは両腕のビームサーベルを持って敵機に斬りかかる。同時に各方面から一斉に放火を浴びせる。ガンバレルの制御そのものの技量はフレイはベテランであるムウに遥かに及ばないが、ガンバレルの制御と近接戦を同時に行うその技量については既にムウをも凌駕するレベルだった。

彼女の戦い方はオールレンジ攻撃が可能なガンバレルを囮に行う接近戦が本領なのだ。

敵機はこの戦い方についていくことができないようだ。フレイの接近戦の技量は低くはない。彼女と近接戦をしながら周囲のガンバレルに気を配るという高度な技量を持ち合わせてはいない敵機は慌てて距離を取ろうとするが、その行動もフレイは予測済みだ。敵機の取るであろう未来位置に照準をあわせて見越し射撃を行う。

 

 

「ぐう!?」

ニコルのザクは逃げ道を塞ぐように浴びせられるビームの雨を小刻みなAMBAC制御で回避しようと試みるが、回避しきれずに左足と背部のMMI-M15クスィフィアスレール砲に被弾して動きが鈍る。

「不味い!!これでは」

そこを敵機は見逃さない。急加速で敵機を掠めるような軌道を取り突進する。その腕にはビームサーベルが展開されている。避けられないことを理解したニコルは絶叫する。

「うっっ!?……うわぁぁぁぁ!!!!かっ母さ」

ニコルは桃色の光が自身に迫る中、本国で中睦まじく過ごしている家族の姿を幻視した。

そしてすれ違いざまに敵のダガーはその腕を振りぬき、ニコルの駆るザクを上下に両断した。数秒後、漆黒の宇宙に大輪の花火が上がった。

 

 

「随分とあっけなかったわね。でも……あちゃ~これは酷いわ」

敵機の大爆発の衝撃で吹き飛ばされることを恐れ、すれ違いざまに切り捨てた後も意識を捨てるほどの急加速で敵機と距離を取ったフレイはあっけらかんと呟いた。距離を取りきれなかったらしくかなりの衝撃を受け、ガンバレルを2機喪失していた。

また、セルフチェックだけでも機体のいくつかの場所に不具合が出ていることも確認済みだ。さきほどの急加速で推進剤の余裕も無い。先ほどのようなガンバレルを併用した近接戦闘でフレイ自身の体力も限界に近い。いくら得意な戦法とはいえ、人間である以上集中力の限界がある。フレイの場合、5分以上あのような戦いをするだけの体力は無いためにあの戦法の使用後はある程度の休息を必要とする。

「仕方ないわね。こちらフレイ、これより帰艦します。補給と整備の準備を」

フレイは傷ついた愛機をドミニオンの待つ方角に向けた。

 

 

形式番号 GAT-Y01A2

正式名称 ダガーMk.Ⅱ

配備年数 C.E.71

設計   PMP社

機体全高 18.0m

使用武装 40mm口径近接自動防御機関砲「イーゲルシュテルンII」

     M703 57mmビームライフル

     GAU8M2 52mm機関砲ポッド

     M703k ビームカービン

     ES01 ビームサーベル

     対ビームシールド

     ガンバレルストライカーVer2

 

 

 フレイが搭乗するダガー系列の機体で、105ダガーを基にした次世代機の量産試作機。105ダガーと異なり、全面にトランスフェイズシフト装甲を採用している。外見はダガー系列だが、中身はGAT-Xシリーズにも使用されている高級部品が数多く使用されており、スペック上は第二期GAT-Xシリーズと同等の能力を持つ。フレイのガンバレルはM16M―D4に換装されており、レールガンは試作の中口径ビーム砲に換装されている。また、4機のガンバレルの内の2機には試験的にビーム刃発生装置が組み込まれている。

ガンバレルとバックパックを繋ぐ有線部分もメビウスゼロのそれに比べて格段に強化された特別製である。

 

 また、フレイの機体のコックピットには精神操作システム――仮称『ゆりかご』が組み込まれている。精神操作システムというが、ようは催眠装置である。過去の統計データから、戦闘機に乗っているときの人間はそのGや集中力、四方に向ける注意力の関係上、判断能力が通常時の6割程度に低下するということを問題視した大西洋連邦が如何なるときも判断能力を低下させないために開発した。

パイロットに最大の判断力を発揮する精神状態を常に維持させることができるほか、出撃前にもモチベーションがあがる精神状態に調整することで士気を挙げることも可能。ただし、催眠によって特定の感情――特に負の感情を呼び起こしたり維持させる機会が多くなるために、元から抱える負の感情が肥大化する問題があると指摘されている。

 




ハイネVSフレイ
中の人的にはどちらも死亡確定のバトルでした。どちらが先に死亡するのか。微妙な争いですな。

ニコルVSフレイ
ニコルって雑魚でしょう。種リマスターでは自分からうっかり斬られちゃう阿呆ですし。

ゆりかご
エクステンデッドに使われたような記憶処理などの機能はついていません。あくまでパイロットの精神状態を操作するだけのユニットとして搭載されています。
フレイのテンションがPHASE-45で少しおかしかったのはこれの副作用で精神が負の方向に傾きがちになっていたためです。
戦闘中は冷静な判断力を発揮できる精神状態を維持しているために比較的冷静に描写しています。それでも根底には復讐という動機があるぶん、多少は感情的な台詞を口にしますが。
しかし、これも彼女の士気を上げるために『ゆりかご』が彼女の感情を誘導して口にさせていることなのです。
つまり、戦闘中は完全に催眠の影響下にあり、戦闘以外でも負の感情に引っ張られ続けるということですな。


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PHASE-48 エース集結

最終決戦が始まります。しかし、今日から少し用事でホームを離れます。
移動先のネット環境次第では最悪2週間ほど本編の更新が途絶える可能性があります。


「うぉぉぉぉ!」

両手に太刀を構えたキラの雷轟がゲイツ2機の間をすり抜けながら斬りつける。的確に動力部を切り裂かれたゲイツは爆散し、物言わぬデブリへとその姿を変えた。そしてそのキラの雷轟の背後を狙おうとしているゲイツの小隊の上方から緑の閃光が放たれ、メインカメラを潰していく。彼らがメインカメラを潰された隙をついてコックピットを打ち抜かれたゲイツは沈黙する。

「キラ、焦るな。周りをよく見ておけ」

「はい!!」

エレメント兼指導者の劾に注意され、キラはそれを頭に刻み付ける。

 

 『大黒柱(メインブレドウィナ )』の護衛戦力であったナスカ級2隻は瞬殺したが、ヤキンドゥーエから回されたのであろう増援の数は異常だった。あらかじめこうなることを見越していたのかと勘繰りたくなるぐらいの用意のよさだ。

しかも敵機はザフトの最新鋭機であるゲイツで固められている。キラたち銀の銃弾(シルバーブレット)小隊も既に幾多のゲイツを撃墜してるが、ゲイツは次から次へと現れて第一戦隊に取り付こうとする。

補給に戻る暇を惜しんでなるべく無駄のないエネルギー配分で戦っているものの、やはりそろそろバッテリーが危険域だ。劾はキラの雷轟のバッテリーも確認し、ここらが潮時であると判断した。

「キラ、アークエンジェルに帰艦しろ。このままじゃバッテリーが持たない」

「でも、劾さんだって!!」

「お前と入れ替わりに補給する!!急げ!!お前はストライカーパックを変えるだけだ。すぐ終わる!!」

劾の有無を言わさぬ言い方にキラは押し黙り、機首をアークエンジェルに向けた。キラは劾の力を信じていた。自分が抜けても彼ならば生き残れると。

 

 

「大和機、帰艦します。補給の要請あり」

「ハンガーに連絡、緊急着艦用意!!大和機を回収後に迅速にストライカーパックを換装、推進剤の補給を!!」

マリューは艦橋で矢継ぎ早に命令を下す。その姿に黒木は感嘆の思いを抱いていた。聞けば、彼女は元々一技術士官でしかなかったが、ザフトの精鋭による追撃戦を受けながら成長し、ついにはザフトの名だたる部隊を打ち破るほどに至ったのだという。

その戦略眼はまだ少々不安な面があるが、窮地に陥ったときの迅速な決断と適切な対応は高評価である。そしてその人格もクルーをよく纏める好ましい人柄だ。多少規律に甘かったりするが、個人の趣向で済まされる範囲内であろう。

黒木が教え子を評価する教官のような眼差しで自身を見ていることに気づかずにマリューは次々と指示を飛ばす。しかし、そんな中アークエンジェルの艦橋に凶報が飛び込んできた。

「艦長!!距離9000レッド34マーク99デルタに新たな部隊です。熱紋、艦影照合……該当あり!!安土を強襲したMSコンテナです!!そして3機のMSを確認しました。コンテナの中央に桜火龍(リオレイア)、残りの両舷にデータにない機体が1機ずつです!!さらにその後方からエターナル級1!!」

マリューは即断した。

「艦首プラズマメーサーキャノン起動、目標、敵エターナル級!!」

安土を破壊したあのコンテナの破壊力は既に全艦のクルーが承知している。それが現れた場合、最優先で対処するように通達も受けている。マリューはパワーアップしたアークエンジェルの火力を見せつけることでコンテナをアークエンジェルに引き付け、第一戦隊から遠ざけようと考えたのである。

「ってーー!!」

艦首のカバーを展開して現れた巨大なパラボラメーサー砲が輝き、2条の閃光が漆黒の宇宙を切り裂いた。敵エターナル級はこれを何とか回避するが、まだ攻撃は終わらない。

「連続発射!!」

プラズマメーサーキャノンの最大の特徴はその驚異的な速射能力にあると言ってもいい。これまでに搭載していた陽電子砲のように直撃すれば一発轟沈を引き起こすほどの威力はないが、命中すれば無視できないだけの威力を誇る砲が立て続けに浴びせられるとなればかなりのプレッシャーを相手に与えることになる。事実、敵エターナル級は必死の操艦を余儀なくされている。

「続いて斉射!!エターナル級を遠ざけて!!」

全砲門がその砲口をエターナル級に向け、一斉に火を噴いた。

 

 

 

「敵艦発砲!!」

アスランの駆るミーティアに続いて戦場にその姿を見せたのはヤキンドゥーエから駆けつけたエターナル級2番艦トゥモローだった。その艦橋で艦長のシュライバーは冷や汗を浮かべている。敵艦はアークエンジェル級だったが、これまでのデータには無い武装を使ってくる。特に艦首砲は脅威の一言だ。

これまでアークエンジェル級が搭載していた陽電子砲も防ぎようが無い厄介な兵器であったが、この大口径レーザー砲も負けず劣らず、いや、陽電子砲以上に厄介な兵器である。威力そのものは陽電子砲には劣るようだが、直撃すればただではすまないことには変わりない。しかもその速射砲は陽電子砲を遥かに上回るものである。

 

 艦橋に凄まじい衝撃が走り、シュライバーは艦長席から投げ出されそうになる。

「損害を報告しろ!!」

「左舷に被弾!!左舷ミサイル格納部分が誘爆!!」

「左舷機関停止しました!!」

「左舷より火災発生!!第9ブロック並びに第11ブロックの隔壁を下ろします」

「数撃ちゃ当たる」というのはこの世の真理である。トゥモローは艦首ミーティアを掠めて左舷に直撃を受けてダメージコントロールに躍起になっていた。しかも左舷ミーティアを失っているためにその攻撃力は半減していると言ってもいい。

 

「クルーゼに繋げ!!」

このままでは発艦も危険だと判断したシュライバーはクルーゼに回線を繋ぐ。

「シュライバー、酷くやられたようだな」

ややあって艦橋のモニターに珍しくパイロットスーツを着込んだクルーゼの姿が映し出される。

「場の空気を和らげる強がりの一つでも言ってやりたいが、そんな余裕も無い。これ以上攻撃を喰らい続けるとこちらも不味いから足つきの相手を任したい。君自身、あの船には因縁があるのだろう?」

シュライバーの言葉にクルーゼは笑みを浮かべる。

「ふむ、君からの要請とあれば無碍に断るのは難しいな。だが、我々はナガトタイプへの攻撃命令を受けている。足つきには因縁もあるが、優先するのは難しいぞ」

「ナガトタイプの相手にはこちらの艦載機を当てる。ミーティアは一機だが、それでもこちらにはフリーダムとジャスティスが6機ある。パイロットは君の知る彼女達だ。彼女達の総掛かりでいけばナガトタイプの牙を抜くぐらいならば不可能ではない」

クルーゼは一瞬思案した。確かに彼の戦術は理に適っている。ここに現れたということは、日本軍の目的はジェネシスの破壊で間違いないだろう。それを妨害するためには敵の主戦力であるナガトタイプを戦闘不能にする必要がある。

元々対艦攻撃であればクルーゼの駆るプロヴィデンスよりもフリーダムの方が向いていることもある。

「……分かった。私達は足つきを叩く。ナガトタイプの相手は任せた」

そう言い残すとクルーゼは回線を切断し、足つきへと機首を変えた。それを察知したのか、足つきは艦首砲を格納し、対空ミサイルで迎え撃つ。

 

「クルーゼは行ったか……こちらも出すぞ!!発艦準備急げ!!」

「全艦載機、発進準備!!」

「フリーダム、カタパルト接続」

「フリーダム、発進します!!」

カタパルトから蒼い翼を翻してフリーダムが宙にあがる。その光景を艦橋で見ながらシュライバーは獰猛な笑みを浮かべた。

「ビャーチェノワの初陣だ……見てろよ日本人。チィトゥィリと同じだと思ったら大間違いだ」

その声はダメージコントロールに追われる艦橋の喧騒に掻き消され、クルーの耳に入ることは無かった。

 

 

 アークエンジェルからキラが再出撃したタイミングと敵ミーティア部隊が変針したのは同じタイミングだった。アークエンジェルが狙われていることに気がついた劾は真っ先にコンテナを狙ってビームを放つが、アスランの駆るミーティアは急加速でそれを回避する。小回りが利かないことは彼も百も承知だった。

「推進剤の残量が心もとないが……やるしかないな」

劾が乗機であるXFJ-Type5陽炎の両手に突撃砲を展開する。その時、劾は背中に走る寒気に反応して咄嗟に機体を後ろに下がらせた。機体があった場所を緑の閃光が幾条も走りぬける。

「これは……ガンバレルか!?ザフトもあれを……いや、違う!!」

劾がその視界の端に捉えたのはガンバレルよりも小さな三角錐型のユニットだった。おそらく、これが先ほどの攻撃を放ったのだろう。だが、それにはガンバレルについている有線がついてはいなかった。つまり、あれは無線で動いているということになる。無線で動く小型砲台ということは、ガンバレル以上に自由に動き回ることができるだろう。

小型砲台に包囲されながら敵の巨大コンテナを相手にすることなど不可能であるが、ここで引くことができない。

「分の悪い戦いは好きではないが……これも契約の内か」

劾は周囲の小型砲台の張り巡らす砲火の網を潜り抜けながらコンテナに接近する。数発が陽炎の装甲を掠めるが、致命的な損傷には至ってはいないことを理解している劾はスピードを緩めない。

そして、ついにコンテナをその射程に収める。突撃砲を構え、動力部を狙う。しかし、標的のコンテナの装甲部分が開放されて一斉に対空ミサイルを放ち、劾の攻撃を妨害する。掃射でミサイルを薙ぎ払うも、その爆炎に隠れて接近してきた敵のオレンジのMSへの対応に劾は遅れてしまった。

そこで劾は悟った。先ほどの小型砲台の砲火で自分をミサイル発射管の前まで誘導し、そこで討ち取るという作戦だったのであろうことを。

敵MSが突き出すビームサーベルを目にした劾は腕一本を犠牲にする覚悟をする。しかし、後方からビームが飛来して敵MSを退かせた。劾が援護してくれた機体を探すと、すぐにそれを見つけることができた。救援に駆けつけたのは特徴的なパールホワイトのMS――XFJ-Type4不知火。それを駆るのは大日本帝国の誇るエースパイロット、白銀武中尉だ。

 

『苦戦してるじゃないか、劾』

武の機体から通信が繋がれる。その得意そうな顔を見て劾はムッとした表情を見せる。

「3対1だ。苦戦して当たり前だろうに。それに――気をつけろ、あの小型砲台は危険だ。後、こちらの弾薬は限界に近い。早急な補給が必要だ。」

劾の口調からその脅威度を推し量った武も得意そうな表情を収め、真剣な表情をする。

『お前がそこまで言うってことは相当ヤバイな……でも、お前がやれたことを隊長の俺がやれないってわけにもいかねぇよ。あいつらの相手は俺がする。劾は補』

武がそこまで言いかけたとき、機体のレーダーがこちらに接近する機影を捉えた。そして、接近する機体から通信が届く。

『劾さん!!』

『隊長!!』

駆けつけたのはキラの駆る雷轟と唯依の駆る不知火だ。どちらも補給を終えた後すぐに駆けつけてくれたらしい。

『キラと唯依も来たか!!よし……、劾は一端下がれ。唯依はあのオレンジのやつを、キラはコンテナ付きをやるんだ。俺はあの大仏っぽい何かを背負ってるのを相手する』

『『了解』』

そう告げると彼らはそれぞれの相手と対峙した。そして劾は一路母艦へと機首を向ける。

「……あの相手を譲ることは少し惜しかったかもしれないな」

今、この戦場はまさに世界最高峰のパイロットが最高峰のMSに登場して互いに血を流す頂上決戦の舞台と化している。勝者も敗者も一つの時代にピリオドを打つことになるだろう。これほどの戦いで好敵手と戦える機会を逃したことを劾は気にせずにはいられなかった。

 

 

 

 

『アークエンジェル』級強襲機動特装艦

竣工:C.E.71 1月25日

同型艦:『ドミニオン』

 

全長 422.5m

 

マキシマオーバードライブ搭載

 

兵装

71式速射光線砲「プラズマメーサーキャノン」2門

245cmエネルギー収束火線連装砲2基4門

45口径41cm電磁単装砲8基8門

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」16門(CIWS)

両弦VLS(16セル)

艦尾大型ミサイル発射2連装6基

 

 日本にクルーが亡命したことを受け、日本軍仕様に科学者(変態)達に魔改造された哀れな大天使。全体の装甲は当初ダイヤモンドコーティングされる予定であったが、全面に処理を施すことは流石に予算が許さなかった。そのためラミネート装甲の欠損部を補修後、装甲全体に新開発のレーザー蒸散塗装を全体に施した。これにより以前よりもやや灰色がかった色調となった。

まず、その機関をこれまでのレーザー核融合炉からマキシマオーバードライブに換装し、長門、陸奥に次ぐ快速性能を得た。当初からマキシマを搭載する前提として設計されていたわけでもないために機関部そのものに大規模な改造を実施。その結果、以前よりも機関部が巨大化している。これはただでさえ巨大化した機関部に新たに装甲を装備したためである。

艦首ローエングリン砲は環境への影響や、周囲の艦に及ぼす影響、軌道上での戦闘では放射性物質をばら撒く可能性があるとして撤廃された。その代わりとして採用されたのが71式速射光線砲、通称「プラズマメーサーキャノン」である。この砲はマキシマオーバードライブが生み出す莫大なエネルギーを用いた大出力砲で、その破壊力そのものはローエングリンに劣るものの、その速射性能はかつてアークエンジェルに副砲として搭載されていたバリアントをも上回るほどである。反面、構造上収納部の艦首は脆い構造になるが、その部分のみはダイヤモンドコーティングを施しているために対ビーム防御は問題ない。

主砲の225cm2連装高エネルギー収束火線砲「ゴットフリートMk.71」は長門型戦艦にも採用されている245cmエネルギー収束火線連装砲に換装されたが、これまでのような兵装格納能力は失った。しかし、宇宙軍に配属された以上主戦場は宇宙であると考えられたため、あまりデメリットはない。寧ろ、格納式からより簡略的な固定式に変えたために整備は楽になっている。

副砲のバリアントは射角が艦の側面に取れないつくりをしているために撤去され、代わりに長門型戦艦への搭載で実績を挙げている45口径41cm電磁単装砲を砲廓式に搭載し、副砲としている。砲廓は上下左右に射角が取れるように設置されている。

主砲、副砲に長門型戦艦の装備を流用したのは予算の壁があったためと言われている。当初は艦主砲もローエングリンを残す予定であったが、どうしても艦首にプラズマメーサーキャノンが積みたかった技術陣がこれに反発。他の武装で節約をすることで設置を承諾させたという裏話がある。

因みに、この時没にされた案は主砲に開発中の次世代砲、仮称『メガバスター』を設置、副砲に同じく開発中の試作超電磁砲『デキサス砲』、CIWSに省電力メーサーバルカン砲等、夢とロマンあふれるものだったらしい。

艦橋後方ミサイル発射機は撤去され、艦の両弦のこれまでCIWSが設置されていた部分に移された。これは艦橋付近への被弾で搭載しているミサイルが誘爆し、指揮系統を乱すことが考えられたためである。これまで艦橋後方ミサイル発射機があったところには入れ替わりにイーゲルシュテルンが装備されている。

両弦VLS(16セル)と艦尾大型ミサイル発射2連装6基は共に日本軍規格のミサイルを運用できるように改造がなされている。

 

 因みに、この艦を見せられた元クルーは顔を引きつらせていたらしい。特に元艦長の女性士官は立ちくらみを起こし、その場に座り込んでしまうほどのショックを受けたそうだ。




次回から本格的なガンダム的な一騎打ち……が書けたらいいなぁと思います。


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PHASE-49 雷轟VS正義

……26日に収容所のような僻地についてから始めて半日以上の休み時間が取れました。およそ10日ぶりの休みです。かといって、僻地であるためにコンビニくらいしか娯楽は無いですから執筆に時間を当てました。本文の量はこれまでで最長となりました。何とか無線LANが使える場所も発見できましたし。

後書きにも目を通していただければ幸いです。


 ストライクを彷彿とさせるMSに狙われたアスランはミーティアの大出力で強引な加速、急カーブを繰り返すことで追撃をかわそうとしていたが、やはり小回りが利かないために振り切れない。敵MSが放つビームを紙一重で回避する中で対空ミサイルを放って牽制して距離を保とうとする。

放たれたミサイルを敵機は曲芸を思わせる動きでトリッキーに回避する。そして体勢を整えると肩部からミサイルを発射した。敵の放ったミサイルをビームサーベルでアスランは薙ぎ払ったが、これが失策だった。振りぬかれたビームサーベルを掠める軌道で敵MSが接近し、ミサイル弾薬庫目掛けてビームライフルを連射した。

ミサイル弾薬庫の被弾を確信したアスランは迷わずミーティアをパージして脱出した。一瞬ミサイル弾薬庫が肥大し、炸裂と共にミーティアは巨大な火球へと変貌した。

「ミーティアが……これでは対艦攻撃ができない!!」

アスランはミーティアを失ったことを惜しむが、すぐに頭を切り替えた。ミーティアを失ったアスランはジャスティスの右手にビームサーベルを握り、それを正面に突き出した。敵MSはそれをビームサーベルで受ける。

「はぁぁぁぁ!!」

ジャスティスは猛攻を仕掛ける。突き、斬りあげ、息もつかぬ勢いの連続攻撃を敵MSに浴びせる。しかし、敵もさるもの。全ての攻撃を絶妙な反応で回避する。さらに回避だけではない。こちらの斬撃を受け止めそこから猛然と斬り返す。

既に幾度も剣は交差し、そのたびに漆黒の宇宙に光の花が咲く。だが、その中でアスランは相手の戦い方にデジャヴを感じていた。そう、この動きは幾度も見たことがある。デブリベルトで、オーブ沖で、アラスカで。

そして、このストライクを彷彿とさせるMS。アスランは自身の中に生じた疑念を解消するためにオープンチャンネルを開いた。

「キラ・ヤマト……だな?」

アスランの機体のコックピットのモニターによく知った顔が映る。

「アスラン・ザラ……だね?」

二人はしばしモニター越しに視線を交錯させる。

「……何故お前が日本軍にいるのかは聞かない。だが、一つだけ確認させてくれ。キラは俺の敵なのか?」

一切の躊躇を見せずにキラは即答した。

「アスラン……君が立ちはだかるなら、君は僕の敵だよ。……僕は雷轟で君を討つ」

キラの答えを聞いたアスランは挑戦的な笑みを浮かべた。

「残念だな。だが、俺も手加減はしない。父上に任されたこのジャスティスでお前を討つ!!」

両者は再びビームサーベルを構える。そして、同時にフットバーを蹴り飛ばして斬りかかった。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「へぁぁぁぁ!!」

ジャスティスの薙ぎを雷轟はバックステップで回避し、そのまま背部から展開した突撃砲で応戦する。

着弾した36mm弾はフェイズシフト装甲の表面で火花を散らして跳ね返されてしまう。しかし、それでよかった。いくらフェイズシフト装甲で機体が覆われていようと、着弾の衝撃まで無効化することはできず、アスランはジャスティスのコックピットで激しく揺さぶられる。

その隙にキラはビームサーベルを格納し、ライフルを雷轟に握らせる。幾度かの交錯で、ジャスティスのパワーが雷轟以上のものであると確信したキラは近接戦闘を避け、ひとまず距離をとって戦うことを選んだのである。

勿論アスランもそれぐらいは察している。アスランは急加速で雷轟のライフルの射線上から抜け出し、こちらも盾とライフルを構えた。確かにジャスティスは近接戦に秀でたMSだが、近接戦しかできないわけではない。中、遠距離戦闘から近接戦闘に持ち込むだけの性能を秘めているのだ。

アスランは背部ファトゥムを起動し、ファトゥムの二門のビーム砲をあわせて三門のビーム砲を連射する。核エネルギーを使用するジャスティスであればエネルギーの心配はいらない。後はともかく撃ちつづけるだけだ。

 

「お前は何故戦う!?」

アスランがモニター越しに叫ぶ。

「何故ナチュラルと……連合と組して戦うんだ!?」

たまたま近くにいたゲイツを瞬殺したキラはゲイツからシールドを奪い取り、ジャスティスの攻撃を防ぎながら叫んだ。

「守りたいものがあるから戦うんだ!!」

その答えを聞いたアスランは額に青筋を浮かべる。

「奪うものに与して何が守るだぁ!!」

アスランは背部のファトゥムを切り離し、雷轟の上部からビーム攻撃を加える。たまらずキラはゲイツのシールドは破棄し、機動力を生かした回避を試みた。そしてファトゥムが外れて機動力を低下させているであろうジャスティスに向かって急加速で突っ込んだ。

ジャスティスを掠めるような軌道でその脇を通り過ぎながら雷轟はビームを連射する。すさまじい移動速度で移動する射点から放たれるビームを全て回避することはできず、ジャスティスはビームライフルを失ってしまった。

 

「ザフトに入っている君がそれを言うのか!?エイプリルフールクライシスで10億の命を奪い、世界から豊かさを奪い、ヘリオポリスで暮らしていた一般人の平和を奪った君たちが!!どちらが奪うものだ!!ザフトの方がよっぱど略奪者らしいじゃないか!!」

キラも感情を顕にしてアスランを罵倒し、両者の感情は昂ぶるばかりだ。ジャスティスは再びビームサーベルを構え、雷轟に突撃する。

「先に奪ったのはどちらだ!!コーディネーターを迫害し、ユニウスセブンを奪い、俺達から食糧を奪い、母の意識を奪ったのは連合だ!!」

理事国(大家)からコロニー(借家)奪って国家(自宅)とか抜かしていたら制裁されて当たり前だろう!?」

ジャスティスの剣戟を雷轟は正面から受けることは無く、上手く捌いて押し込まれないようにする。

「……プラントを建設したのはシーゲル様や父上のような地球に居場所がないコーディネーター達だ!!」

次第にアスランの声は大きくなるが、キラもそれに負けてはいない。

「建物は大工のものじゃない!!出資者のものだろうに!!」

「それなら!!……それなら……」

キラに論破され、雷轟のコックピットのモニターに映るアスランは唇を噛みしめている。だが、その剣戟は衰えはしない。寧ろ、次第にキラに捌かれないように上手い角度からの薙ぎ、突きを織り交ぜたものに進化していく。

そして、その唇に血を滲ませながらアスランは叫んだ。

「なら俺達は何処へ行けばよかったというんだ!?」

同時に、アスランの中で何かがはじけた。全ての感覚がクリアになり、指の一本一本の神経の感覚さえもわかりそうなほどアスランの知覚は研ぎ澄まされている。そのハイライトが消えた瞳でアスランはキラを睨みつけた。

アスランは両手にビームサーベルを展開し、さらに激しい剣戟の雨をキラの雷轟に浴びせる。

 

「ナチュラルに俺達は迫害された!!」

ジャスティスの右手のビームサーベルが雷轟のビームサーベルを強引に押し戻す。

「俺達を生み出したナチュラルの勝手で!!俺達は社会で区別された!!」

左手のビームサーベルを振るうジャスティスに対し、雷轟も2本目のビームサーベルを展開、胴を狙うジャスティスの斬撃を防ぐ。

「より高い能力を持つ人間を生み出したやつらがその能力故に俺達(コーディネーター)を恐れた!!」

ジャスティスと雷轟が鍔迫り合いをする。

「忌避した!!」

ジャスティスはその隙を突き、雷轟の胴に思いっきり膝蹴りを喰らわせた。

「そして!!自分達の縄張りから追放した!!」

 

 雷轟はジャスティスの膝蹴りを受けて後方に吹き飛ばされる。吹き飛ばされた雷轟は付近を漂っていたナスカ級巡洋艦のものと思われる外壁の残骸に激突した。だが、アスランはすかさず追撃をかけにくる。

「妬み、嫌い、迫害する存在を生み出したのは何故だ!?そして、生み出したやつらはのうのうと生き、生み出された側が虐げられるんだ!?」

アスラン自身、かつてコペルニクスに身分を隠して過ごしていた時期がある。身分を偽りナチュラルとしてヘリオポリスを訪れた彼はそこでナチュラルがどのように考え、どのように生きているのかを知った。ナチュラルのコーディネーターに対する嫉妬、嫌悪感を当時のアスランはその年齢ゆえに肌で感じてしまったのだろう。

そしてその頃から彼の頭の中にはナチュラルに対する根本的な不信感が芽吹いていた。ヘリオポリスを離れ、プラントにわたるとそれは所々で顕著なものになっていく。当時のプラントは理事国との関係が悪化しはじめ、市民の中にも反理事国、反ナチュラルの感情が強く現れていた。

そして、そのナチュラルへの不審が爆発したのが血のバレンタインである。アスラン自身、この事件で母親が植物人間となってしまった。病室で息をしながらもモノを言わぬ母の姿を見てアスランが抱いたのは喪失感とナチュラルへの憎悪だった。

生み出した側が偉いのか、故にこのようなことも許されるのか。プラントという隔離された環境で育った彼の価値観は、連合を、ナチュラルを悪としたのである。

 

「迫害される立場にあった俺達が反抗して何が悪い!!迫害したやつらに!生み出したやつらに!俺達は復讐する権利がある!!」

アスランはこれで決めようとビームサーベルを雷轟に向けて振り下ろした。しかし、その剣戟は雷轟が振り上げたビームサーベルに弾かれる。

「……ふざけるな!!」

キラは吼えた。それをモニター越しに見たアスランは目を見開く。コペルニクスにいた頃にも温厚なキラが怒鳴る姿を見たことは無かったため、アスランは驚いたのだ。

「コーディネーターは確かに差別される!区別される!虐げられていたこともある!でも!!」

雷轟はビームサーベルをかまえ、連続で突きをジャスティスに打ち込んだ。遠距離戦に徹しようにもジャスティスの推力の方が上では相対距離はアスランに選択権があるようなものである。態々ジャスティスで決め手にかける射撃戦をアスランが仕掛けてくるとは思えないと考えたキラは、とことんジャスティスが得意としている近接戦に挑み、自身の技量をもってジャスティスを捻じ伏せることを選択したのである。アスランには激昂しているように見えたキラだが、その内心は未だ冷静なままであった。

「交渉のテーブルにもつかないでいきなり矛をその手に取った君たちに大義なんてない!!」

ジャスティスは両手に持ったサーベルを薙ぐことで雷轟の刺突を逸らす。だがそこから反撃に転じたり距離を取る余裕は無く、すぐさま両方向からの横薙ぎに転じた雷轟の剣閃で右脚を斬り飛ばされる。目を見開いたアスランは即座に雷轟と距離を取らせる。

 

 機体の反応速度、動作速度に差があったとは考えにくい。しかし、今こうして自身の乗機であるジャスティスは右脚を失うという損傷を負わされている。そして今の攻撃も、目では理解していたが、機体がついてこなかった。同じ動作速度、反応速度でありながら上をいかれたということは、こと接近戦に関してキラの技能は自身のそれを上回っている。そうアスランは直感した。

アスランは知らないことであるが、キラは日本の富士教導隊と伏見宇宙軍大学校で効率的な戦闘について体に叩き込まれていた。元々白兵戦での精強さは世界最強クラスである大日本帝国陸軍の教官から教えを受けることで、キラの接近戦技能は飛躍的に上昇した。そしてキラはこれまでのケンカ拳法のような戦い方を改め、生身の近接戦闘での動き方をMSでの戦闘に応用することで飛躍的にMS戦闘技能も向上させていたのである。

少なくとも、アカデミーにて教導の経験の少ない元傭兵から、とにかく短期間で前線に送れる兵を育てるための即席教育を受けたアスランと、世界最強レベルの白兵戦能力を誇りとする軍隊で教練を取り続けてきた教官から骨の髄まで扱かれたキラの軍人としての差は共に短時間の教練といえども歴然であった。

 

「軍事力は外交上の最後の手段だ!!外交を前提に行使するものだ!!君たちはコーディネーターとしての地力にものを言わせて暴力での問題の解決に踏み切っただけだろう!!」

キラは追撃をかけようとブースターを噴射して距離を詰めていく。

「ぐ……!?だが、そこまで俺達(コーディネーター)を追い詰めたのは連合だ!!」

アスランはファトゥム00の推力でキラを引き離しにかかった。

「コーディネーターが宇宙に排斥される原因はコーディネーターになかったというのか!?」

コーディネーターが排斥される世論が形成される要因としてはやはり、コーディネーターによる犯罪が大きい。彼らによる犯罪の取り締まりは能力で劣るナチュラルにとって困難なものであった。更に、彼らの犯罪を弁護するのは同族意識の高く優秀なコーディネーターであり、彼らに有利なように判決を導く力を持っていた。

また、彼らは旧世紀から幾度も掲げられた人権、自由、平等という旗を掲げる彼らを政府も表立って冷遇することは難しかった。そこで各国は当時建造が進みつつあったL5の建設中コロニー郡に目をつけた。臭いものに蓋という理論からだろう。優秀なコーディネーターの技術者がコロニー建設には不可欠だと政府は声高に唱え、多くのコーディネーターを隔離させることに成功した。

しかし、ナチュラルと隔離された彼らは次第にコーディネーターとしての自尊心を肥大化させ、彼らが大多数がナチュラルが占める理事国が自分達の上の立場にあることに対して反感を持つようになった。そして自分達の待遇がその能力に比して低すぎると主張しだしたのだ。当然ながら作業に従事する工員の賃金についてはそれぞれの国の法律敵には問題の無い額を支給している理事国側が取り合うわけが無い。

このような傲慢な要求がコーディネーターの有能さから元々嫉妬感情を持っていたナチュラルたちの感情に油を注ぐ結果となったことは言うまでも無い。また、そんな時に発生したS2インフルエンザとそのワクチンの開発はナチュラルの大多数にコーディネーターに対する悪感情を持たせるのに十分だったと言えよう。

S2インフルエンザがコーディネーターによる生物兵器だったのか否か、その真相は歴史の闇の中であるが、それを抜きにしてもコーディネーターの増長はナチュラルにとって不愉快なものであった。しかし、ナチュラルから隔離されたプラントのコーディネーター達にその不快感が伝わるわけが無い。彼らの増長、そして突然の武力行使。

彼ら、プラントのコーディネーターの行いはコーディネーターという人種の行いとして大多数のナチュラルの目に映るものであったため、在地球のコーディネーターが地球に住む環境も苛烈となり、コーディネーターはますますプラントに移民するようになったという。

 

「そもそも最初に手を出したのはプラントだろう!!」

キラの口調も苛烈なものになっていく。彼自身もコーディネーターであったが、地球で多くの人と触れ合う仲でプラントのコーディネーターに対するイメージがコーディネーターに対する一般的なイメージとなっていることを肌で感じていた。幸いキラの周りで露骨に嫌悪の視線を送ってくる人物は少なかったが、プラントのコーディネーターに対する先入観で自分を見られることは彼にとってとても不快なものであった。

「連合の砲艦外交を打ち破るためだ!!」

アスランはスティックを捻り、ジャスティスを雷轟に相対する姿勢にすると一気に加速し、体当たりを仕掛けようとした。

「それじゃあただのテロじゃないか!!」

体勢を変えたジャスティスに対し、キラはビームサーベルを構えて迎え撃った。

衝撃で跳ね飛ばされた両機はすぐさま反転し、ブースターを噴射して体勢を整えた。二機のコックピットには二人の少年の荒い息遣いの音しか聞こえない。そして、無線を通して聞こえてくる互いの荒い息遣いから彼らは覚悟を決めた。

ここで勝負をかける――計らずともこれまで正面からぶつかり合ってきた二人の意思はここにきて初めて一致したのである。

 

 アスランがモニターに映るキラを見て、声をかける。

「もういい……どうやら俺達の間にある思想の隔たりは埋まるものじゃないことが分かった」

キラもモニターの中で肩を上下させているアスランを目にし、答える。

「そうだね。僕達は分かり合えないみたいだ」

 

 共にコーディネーターであり、同年代で、かつては親友であった間柄の二人――キラとアスランの間にはもはや埋めようの無い亀裂があることを彼らはそれぞれ理解していた。

「……父が導き、そして母が目指したであろうプラントの未来を果たすのは俺の悲願だ。たとえ幼馴染であろうと関係ない。悲願達成の邪魔をするのならば斬り捨てるだけだ」

アスランはハイライトは消えた瞳で雷轟を見つめ、その両手にビームサーベルを展開して構える。

「アスラン、君と僕の考えは相容れないみたいだ。こうして君と決裂したことは残念に思うよ。――でも」

キラは雷轟のビームサーベルを逆手に構え、独特の構えを取る。

「でも?」

アスランに問いかけられたキラは唇を吊り上げて好戦的な表情を見せながら口を開いた。

「ヘリオポリスからの決着を付けられるってのは悪くないと思わない?」

無邪気な笑みを浮かべながら告げられた言葉をモニター越しに聞いたアスランも好戦的な笑みを浮かべた。

「ああ……そうだな。ここらで決着をつけて再会とその後の戦いを清算しようか」

 

 互いのMSは構えを崩さず微動だにしない。コックピット内は静寂が支配し、微かに戦士達の息遣いが聞こえてくる。

その時、キラの駆る雷轟の肩部にデブリがぶつかった。恐らくはいづれかの陣営のMSのライフルの部品であろうか。だが、その衝撃で雷轟の姿勢が崩れる。そしてそれを見逃さずにアスランはフットバーを蹴り、ジャスティスの両手に展開されるビームサーベルを左右に広げた。

「サヨナラだ!キラ!!」

そのままジャスティスのビームサーベルはクワガタの顎が獲物を挟むような起動を描き、雷轟の胴に迫る。その光景は雷轟のコックピットにいるキラもモニター越しに捉えている。

負ける気は毛頭なかった。しかし、最後の最後でデブリに直撃されて致命的な隙を曝すとは。勝負は時の運とはよくいったものであるとキラは思う。思えばヘリオポリスを脱出してから戦い続けてきた。ヘリオポリスで幼馴染と再会することから始まった戦いが、幼馴染の手によってその幕を下ろされるとは人生というのはよくできているものだ。

これまでの出来事が一瞬の内に脳裏にフラッシュバックする。

 

 

 

――フレイの父親を守れなかったこと、自身を詰るフレイの泣き顔。

 

――地球降下中に撃墜されたシャトル、劫火の中に消えてゆく幼子の顔。

 

――砂漠で戦った砂漠の虎、最後まで戦いに正面から向き合った戦士の顔。

 

――アラスカで共に戦った銀のMS、絶望など感じさせない絶対的な技量を持つ侍の顔。

 

 全てが一瞬の内に脳裏に浮かび、消えてゆく。キラはこれが走馬灯かとおぼろげに察する。だが、走馬灯はまだ終わっていなかった。

 

 

――オノゴロ島のドッグの管制塔から自分を心配そうな表情で見送る夫婦、子を案ずる親の顔。

 

『帰ってきてくださいね……私のもとへ』

 

――今にも涙を零しそうな不安げな表情を隠そうと気丈に振る舞い、笑顔で自分を送り出そうとした乙女の僅かに紅潮した顔。

まだ待たせている人がいる。逢わなければ、言葉を伝えなければいけない人がいる。なら、ここで諦めるわけにはいかない。既にジャスティスの剣閃は目前に迫りつつあるが、それでも彼は諦めるという選択をしなかった。

 

 

 

「僕は……帰るんだぁぁ!!」

その時、彼の脳裏にはアメジスト色の種子が弾けるイメージが映った。そして彼自身は自覚していないが、その瞳からはハイライトが消えていた。

全てがスロー再生されたかのように感じられる。体感時間が圧縮された世界の中で、キラは操縦桿を握り、自身の目の前のコンソールのボタンを迷わず押した。

キラの指示通りに雷轟はバックパックユニットを自爆させ、その衝撃で雷轟はジャスティスの剣閃が描く死の軌跡を避けた。だが、同時にキラは雷轟の稼動する全てのブースターを噴射することでその場からさほど離れることなく踏みとどまった。そして雷轟は体勢を立て直すことなく機体に回転をかけ、そのままビームサーベルを振るった。

突然目の前で自爆したバックパックの爆炎で視界を一時的に失っていたアスランは反応が遅れてしまう。咄嗟にブースターを噴射して離脱しようとするも、間に合わない。ジャスティスの左肩から左足がビームサーベルにより斬り飛ばされる。

だが、雷轟の振るうビームサーベルはもう一本ある。二本目のビームサーベルはコックピットをなぞる軌跡を辿るはずだったが、咄嗟の反応でブースターを噴射したジャスティスの機体は半回転し、ビームサーベルはファトゥム00を切り裂くにとどまった。

同時にファトゥム00に搭載されていた推進剤と機関砲の弾薬に引火し、大爆発を起こす。

 

 先ほどのバックパックの自爆に続き、2度の爆発を至近距離で受けた雷轟はフェイズシフトダウンを起こし、その機体色をメタリックグレーに変える。だが、爆発で吹き飛ばされた雷轟を駆るキラはそのことなど気にも留めずにビームサーベルを構えた。

だが、そこにジャスティスの姿は無い。先ほどの爆発で機体が爆発四散したとはキラは思えなかったために警戒を怠ってはいないのである。だが、その時雷轟は戦域から離脱しようとしている半壊状態のジャスティスの姿をメインカメラで捉えていた。

 

「バッテリー残量も推進剤残量も限界か……アスラン、この決着は次につけるよ」

自機の状態を確認したキラは追撃を断念し、補給と整備のために母艦であるアークエンジェルへと針路をとった。アスランを無効化したとはいえ戦いは終わったわけではない。まだ彼が戦うべき相手は山ほどいるのである。

まだ、彼の戦いは終わってはいなかった。

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type3

正式名称 試製三式戦術空間戦闘機『雷轟』

配備年数 C.E.71

設計   富士山重工業

機体全高 18.1m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

     71式大口径電磁ライフル

 

備考:ほぼFRAME ASTRAYSに登場するライゴウガンダム。

 

富士山重工業が次期主力MSのプロトタイプとして製作していた新型MS。ストライクの技術解析によって得られた技術を余すところ無く投入した機体で、つまりは日本製ストライク。大西洋連邦への逆輸出も考えていたらしく、ストライカーパックも運用できる規格を採用している他、肩部にもウェポンラックを取り付けている。

運用するストライカーパックとして高速戦用のストライカーと射撃専用のストライカーパック、汎用のストライカーパックの三種が用意されている。

高速戦用はほぼストライクのエールと同じだが、パック自体に75mm機関砲を搭載している。高速戦に対応するため肩部ウェポンラックは空いている。

射撃戦用は背部に71式複合砲二門と特別に試作された大口径リニアライフルを背部に背負い、肩部にミサイルランチャーを装着する。肩部ランチャーパックそのものにも推進機が備え付けられているため、弾切れになればユニットそのものを大型弾等として分離、発射可能。

汎用は背部にウェポンラックを増やしたエールストライカーのようなものを背部に装着する。これは推進力はエールに劣るものの、エールと違い突撃砲などもパックにマウントできる機構を備えており、ある程度任務を選ばない性能を誇る。肩部ユニットもバッテリー増槽ユニットや推進補助ユニット、ミサイルランチャーユニットなど多彩なものを選択可能。

近接戦闘用も企画はされたのだが、近接戦闘専用となると不便ということでオミットされた。

背部ストライカーパックの換装と両肩部のウェポンラックの換装で様々な戦況に対応できるマルチロールMSの試作という側面が大きい機体でもある。




活動報告に相談事をあげました。『活動報告欄』か『メッセージ』で意見をいただければ幸いです。


感想欄でこのことについて触れることはご遠慮ください。


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PHASE-50 相対

毎日が辛い……そしてその反動からか、執筆の暇が取れると指が動く動く。



 クルーゼは敵MSには目もくれずに第一戦隊に機体を向けていた。

「ナガト・タイプをジェネシスに取り付かせるわけにはいかないのでね」

クルーゼの脳波に連動し、プロヴィデンスの背部からドラグーンが放たれる。プロヴィデンスの針路を塞ぐ形で割り込んできた霧島の対空砲火をドラグーンで破壊した彼は悠々と陸奥に接近する。だが、その時彼の直感が操縦桿を動かし、プロヴィデンスは横滑りする形で移動する。同時に緑色の閃光がプロヴィデンスがいた場所を貫いた。

クルーゼは閃光が放たれた方向にメインカメラを向け、襲撃者の姿をメインモニターに映し出した。

白銀色のMSの眼光がプロヴィデンスを射抜いていた。

 

「俺を無視して第一戦隊を攻められると思うなよ!!」

武は不知火のコックピットの中で吼える。そして両手に支援突撃砲を構える。敵は思考制御されている13機の小型砲台を自在に操る凄腕のエースパイロットだ。そうなれば戦い方は決まってくる。敵の手足である小型砲台も無力化することが勝利への道だろう。必要なのはライフルだ。

すかさず敵機のオールレンジ攻撃が火箭の網を張り巡らす。しかし、武は焦ることはない、慣れた手つきで操縦し、火箭の網を潜り抜ける。そして回避の間に1機のドラグーンに照準を合わせ、それを両腕に展開された2丁の突撃砲から放たれるビームで打ち抜いた。

「こんぐらいの射撃でやられてたら世界は救えねぇよ!!」

武がかつての世界で体験した砲火はこの程度ではすまない。数十キロ先の目標を寸分違わず打ち抜く光線級(スナイパー)が千や万単位で存在する戦場の中を己の腕一つで潜り抜けてきた経験を得ていた武にとって、この程度の砲火はどうってことないものであった。

実は、不知火の装甲をもってすればこの程度の攻撃は屁でもないのだが、彼はある思惑からあえて攻撃を回避し続けていた。彼が狙っているのは必殺の瞬間なのだ。切り札はここぞというときに使うと決めているのである。

「俺を地面に這い蹲らせたかったら1000倍はもってこい!!」

続けて姿勢制御のブースターの噴射と同時に左足を振り上げ、その慣性で機体の姿勢を変えた不知火は下方に36mm弾を掃射し、さらに一機のドラグーンを撃墜した。

「こんな砲火で俺から……人類から自由(そら)を奪えると思うんじゃねぇぞ!!」

 

 ――目の前のMSは本当に人が乗っているのだろうか。もしかしたら日本軍は無人MSを戦場に送り込んできたのではなかろうか。

クルーゼがそう錯覚するほどに目の前の敵機の機動は常軌を逸したものであった。まるで飛蝗が見えない足場を使って縦横無尽に飛び回っているようだ。それでいてこちらのドラグーンによる全周囲攻撃に掠りもしないとなれば無人機であると疑っても無理は無い。

この全身銀色の塗装、肩部にペイントされた枯れ木とそれに寄り添う鉄骨のマーク――敵は十中八九日本帝国随一のエースパイロット、『銀の侍』であろう。

同じペイントを施したMSとはデブリベルトで一度交戦したことがあるため、そのマークを見間違えることはないだろう。

だが、問題は銀の侍が初見でありながら自身のオールレンジ攻撃に見事に対応しているという事実だ。連合のガンバレルを遥かに超える機動力と数を持って敵を攻撃するこのドラグーンに初見でここまでついてくるということなど普通は考えられない。

自身のオールレンジ攻撃に初見でついてこれるものなどありえない。ならば敵の邀撃機の相手をしながらドラグーンでナガト・タイプを攻撃する隙ぐらいはあるだろう。なんせドラグーンほど小さな的となれば対空砲火で撃ち落せるものではないのだから。そう考えたからこそ彼は敵の精鋭と思しき増援が現れても交戦するという選択肢をとらなかったのである。自分達の目標はあくまでナガト・タイプ。指揮官である彼はその任務の達成を第一に考えたのだ。

しかし、彼の目論見は目の前の銀色の侍の手で破られた。連合随一のガンバレル使いである自身の宿命の敵――エンデュミオンの鷹の二つ名を持つムウ・ラ・フラガのオールレンジ攻撃ですら凌ぐこの火箭の網を手馴れた様子で潜り抜けていく白銀色のMSの姿にクルーゼは感嘆たる思いと恐怖を抱いていた。

少なくとも、今の彼には眼前の白銀のMSの相手をしながらナガト・タイプにちょっかいをかける余裕は存在しなかった。彼は今、持ちうる全てのドラグーンを持ってしてようやく白銀のMSと渡り合っているのである。

 

 白銀のMSとメタリックグレーのMSが緑の閃光が縦横無尽に漆黒の舞台を駆け巡る。周囲に展開しているMSは陣営を問わず、3次元を存分に活かして飛び回る2機の舞踏に加わることができずにいる。

眼前で繰り広げられているスーパー超人バトルをアークエンジェルのブリッジから眺めていたマリューは感嘆を通り越して唖然としていた。

「距離9000イエロー44マーク12ブラボーに対艦攻撃装備のジン4!!第一戦隊を目指している模様!!」

だが、艦橋に入った報告ですぐに彼女は我を取り戻す。

「本艦を前に出して!!全速前進!!対空砲火で爆撃コースからジンを追い払って!!絶対にミサイルを撃たせないで!!」

アークエンジェルの売りはその堅牢な装甲とバカみたいな火力、そしてMS母艦としても使用できるオールマイティなところにある。アークエンジェルはマキシマオーバードライブの恩恵である快速を活かしてザフトの対艦攻撃を妨害するべく第一戦隊の側面に進撃する。

 

 そして彼女の傍らでは黒木が周囲に展開する金剛型戦艦4隻の指揮を執っていた。

「敵MS4、第一航空戦隊の防空網を突破!!第一戦隊より距離5000レッド51マーク33アルファです!!」

「敵の新型MSの攻撃により、霧島の右舷CIWS沈黙!!」

次々と艦橋に届く情報を元に黒木は間髪いれずに指示を飛ばす。

「金剛は対空散弾ミサイルを用意。敵MSを金剛と榛名の間に誘い込んで対空砲火で挟みこめ!!霧島の援護に回せるMSはあるか!?」

オペレーターは即答する。

「駄目です!!近隣のMS隊はオレンジのパーソナルカラーを持つMSに封殺されています!!」

「大和曹長の雷轟はまだ出せないのか?」

黒木は表面上は何事にも動じずに冷静に指示を出しているように見えるが、内心では次第に焦り始めていた。アークエンジェルに配属された精鋭たちが期待していたほどの活躍を見せることができず、第一航空戦隊の敷いた防空網が突破される事態を招いている。

だが、黒木はアークエンジェルのエースパイロットが力不足だとは思っていない。こちらの想定以上にあちらの戦力が精強だったのだ。大和曹長は専用の武装コンテナとドッキングした敵の核動力搭載型MS桜火竜(リオレイア)と一対一で戦闘することを強いられたのだ。

かのMSの性能は安土攻防戦後に防衛省でも分析にかけられていたが、その分析によると蒼火竜(リオレウス)桜火竜(リオレイア)は整備性、量産性を犠牲にした一部のトップエース戦用の超高性能機であることが判明している。

また、武装コンテナの凶悪さも解析済みだ。まるで飛ぶ弾薬庫であるが、その攻撃力は凄まじく、コンテナの張る弾幕を突破することは極めて困難であるとされていた。

 

「……大和曹長に繋いでくれ」

黒木の命令で雷轟のコックピットで待機中のキラのもとに艦内通信が繋がった。

黒木の正面のモニターに汗を浮かべている少年の顔が映し出される。

『黒木司令、どうしたんですか?』

キラは訝しげに尋ねた。

「大和曹長、バックパック無しで、雷轟は戦闘可能か」

投げかけられた問いにキラは目を見開く。雷轟の最大の武器を持たずして戦闘は可能かと黒木は問うたのである。だが、キラはすぐに表情を元に戻す。

「エネルギー消費が多い射撃戦さえ避けられれば……なんとか、やってみます」

「頼む……そこに、マードック曹長はいるか、代わって欲しい」

キラは一度コックピットの外に出て、マードックを呼びつけた。ややあって、モニターに油で汚れたツナギを着た男が割り込む。

「なんですか中佐!?雷轟はまだ出せませんよ!バックパックのジョイントが逝かれてるんです!!」

中佐に対しては乱暴な言葉遣いではあるが、黒木はそのようなことを気にしなかった。彼の職人気質なところは黒木も理解している。

「マードック曹長。バックパック以外の修理にはどれくらいかかる?」

「バックパック以外でしたら、大した損害もありやせんから、後10分もあれば……ってまさか、中佐!?」

狼狽するマードックに対し、黒木はその冷静な態度を崩すことなく命令した。

「そうだ。雷轟にはバックパック無しで出撃してもらう。今すぐ準備に取り掛かってくれ」

「いや、しかし……」

マードックが最後まで言い切る前に、それを聞いたマリューが血相を変えて黒木に振り向いた。

「黒木中佐!!最大の武器無しで雷轟を出撃させるというのですか!?」

「霧島の穴を埋めるには――第一戦隊を守るにはそれしかない」

黒木の揺ぎ無き意思を見せつけられたマリューとマードックは共に口を噤んだ。

 

 黒木は再び現在の状況を脳内で整理し、次の手を考える。

最強の傭兵である劾も敵の蒼火竜(リオレウス)桜火竜(リオレイア)の2機を相手に奮戦しているが、どうにも決定打が得られずに攻めきれず、動きを拘束されている形だ。篁中尉も敵の桜火竜(リオレイア)2機に動きを封じられている。

敵エターナル級の艦首に備え付けられている武装コンテナは先ほどまでのプラズマメーサーキャノンの連射で左舷の一機を破壊することに成功したが、一機は破壊し損ねてしまった。だが、それも劾が一瞬の隙をついてコンテナを装備した蒼火竜(リオレウス)の機関部にミサイルを撃ち込んで沈黙させることに成功したために無力化している。しかし、対艦兵装を失った蒼火竜(リオレウス)は護衛として配備されていたであろうもう一機の桜火竜(リオレイア)と共に劾に襲い掛かったのである。

そして残りの蒼火竜(リオレウス)2機が『烈士』沙霧直哉中尉率いるガーディアン小隊の動きを拘束しているのだ。

そしてこの核動力搭載型MSのパイロットの動きは異常の一言に過ぎた。そのコンビネーションは正しく阿吽の呼吸、まるで世界最高峰のテニスのダブルスを見ているかのような同調ぶりである。この異常ともいえるコンビネーションを前に大日本帝国の切り札たる最精鋭たちが押さえ込まれていることは黒木の計算を狂わせていた。

そして最大の誤算は目の前で繰り広げられているアニメ顔負けの決戦である。ザフトが無線誘導式小型砲台を実用化していることも、10を超える砲台を自在に操るだけの超人がいることも誤算だった。もしもあれが第一戦隊に取り付いていたらと思うとぞっとする。

あれほど小さな砲台があれほど機敏に動き回るとなればいくら長門型戦艦の対空火器とはいえ撃墜するのは不可能に近い。また、護衛にMSを回したところであれほどのパイロットと機体を相手にすれば撃墜数(スコア)を献上するようなものだ。

ただ、これほどの脅威を抑えられる戦力がこちら側にいたという嬉しい誤算もあった。大日本帝国最強のエースパイロット、白銀中尉がこの尋常では無い敵を相手に互角以上に立ち回っているのである。白銀中尉の実力はアークエンジェル隊メンバーによる模擬戦でも見ていたが、まさかこれほどの能力だとは思わなかった。

 

 黒木は正面のモニターを見つめる。宙域図を見る限り、第一戦隊は順調に目標である『大黒柱(メインブレドウィナ )』と順調に距離を詰めていた。そこに新たな報告が入る。

「第一戦隊、目標との距離を30000に詰めました!!砲撃地点到着まで、後20分!!」

「大和曹長、再出撃の準備が整いました!!」

黒木はその報告を待っていましたとばかりに反応する。

「大和曹長に繋いでくれ!!」

モニターに再びキラが映し出される。

「大和曹長。20分――1200秒だ。霧島の援護につき、その間は何が有っても敵機を近づけさせるな。それだけでいい」

「了解しました。けど、黒木中佐。バックパックが無くたって僕は負けませんよ。心配は不要です」

得意げに笑う少年を見た黒木の表情も緩む。

「それほど自信があるならば大丈夫だ」

通信が切断され、雷轟は発進シークエンスに入る。アークエンジェルの艦首カタパルトが展開され、雷轟が発艦姿勢をとった。

『XFJ-Type3雷轟、発進どうぞ』

キラはモニターをチェックし、ブースターに火を灯す。

「大和キラ、雷轟、いきます!!」

火花散る漆黒の大海に雷轟が飛び立った。

 

 

 

 クルーゼは依然苦戦を強いられていた。まるで後ろに目があるかのように反応し、敵機はビームを避けていく。そしてその回避機動は到底その先の動作が予測できない無茶苦茶なものだ。これではこちらから攻撃を当てること等不可能に近い。

しかも敵機はスコールのようなビームの雨を潜り抜けながらこちらに接近し、すれ違いざまに斬りつけてくるほどの腕前であるが、かといって勝負を捨てるわけにはいかない。彼の悲願のためにも。

陣形から察するに、彼らは何が何でもナガト・タイプを守り抜きたいようだ。だが、あの熾烈な対空砲火から形成される迎撃体勢を突破することは厳しい。自分が動ければ状況を変えられる自信があるが、それを目の前の敵機が許してくれるとも思えない。

そんな中、ふと、クルーゼは思った。

この胸の高鳴りはなんだ。いつ己が刃で切り裂かれるやもしれない緊張感の中でなお、抑えられない笑みは何だ、と。

一方が生きるためにはもう一方を殺さねば生きられぬ。そんな死闘の中で芽吹いたこの感情は何か。

ムウを相手にしたときにもこのような感情を感じたことは無い。彼との戦闘の際、常に心の中に燻っているのは嫌悪感だ。よく似た存在に対して本能的に警戒しているのであろうか。

ふと、正面のモニターに自身の姿が薄く映ったことに気づいて目をやった。その時、初めて彼は自身が犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべていることに気がついた。同時に彼は答えを得た。これは喜びであると。本能的な欲求が満たされたことによる満足感であると。

そう、彼は初めて闘争本能が満たされる敵と出会ったのである。

 

 答えを得たクルーゼはそんな感情を自身に抱かせた敵のパイロットにも興味を覚えた。もはや自分達の戦いを止めることなどできない。この剣林弾雨が支配する戦場の中に手出しができるパイロットなどいない。この戦いは1対1の死闘の末にしか決着しないのだ。ただ、自分が死ぬにせよ、このような感情を自分に抱かせた程の相手について何も知らないままに死ぬことは許容できない。そして自分が敵を殺すにせよ自分の生涯で二度と味わえないような歓喜をもたらした相手を残り僅かな命の灯火が消えるまで覚えておきたい。

そんな思いからクルーゼはオープンチャンネルで目の前の敵機との交信を計った。敵機もそれに応じたのだろう。目の前のモニターに敵機のパイロットの顔は映し出される。

若い男だ。鋭い目つきや顔つきから彼が生粋の戦闘者であろうと考える。

彼は仮面に隠されていない唇を吊り上げて笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「始めましてだな、白銀の侍君」

 

 モニター越しに男が答えた。

「戦場で挨拶とは余裕だな、変態仮面」

 

 デブリベルト、アラスカ、種子島、そしてL5――これまで4度同じ戦場に居合わせた二人のパイロットが始めて自身の敵と顔を合わせた。




不知火の設定についてはまた後日となります。


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PHASE-51 十人十色の戦場

ようやく収容所から脱出できました。いや~16日間は長かった。



 閃光飛び交う宇宙で二人のエースパイロットは交信していた。無論、操縦に手を抜くことは無い。お互いに命のやり取りをしながら言葉のやり取りをしているのだ。

「実に面白いよ、君は!!」

クルーゼが仮面の奥で笑う。

「男に興味もたれても嬉しくねぇぞ!!」

反面、武は心底嫌そうな顔だ。妻子持ちの身でありながら男に興味をもたれるなんぞ彼は御免であった。

「それで、何の用だよ変態仮面!!殺し合いながら話すことでもあるのか!?」

「そうつれないことを言わないでくれ。私達が話し合える機会は二度と来ないんだ。どちらかが死ぬ前に一度くらいは話しておくべきだと思ったのだよ」

「告白じゃねぇだろうな!?」

武は嫌悪感を隠さずにモニターに映る仮面の男を睨みつけた。同時に機体は両手のライフルから薙ぐような軌道でドラグーンを掃射する。しかし、クルーゼもおしゃべりでドラグーンの操作をおろそかにすることはしない。軽やかな動きで回避させる。

 

「君は何故戦う?」

クルーゼは問いかける。

「何のために戦うというのだ!?」

いきなりの問いかけに武は眉を顰める。

「地球の命運がかかってるからだよ!!わかったらそこをどけ変態仮面!!」

「……初対面の人に変態仮面と連呼するのは如何なものかと思うのだが」

変態仮面と連呼されたのは流石に不愉快だったらしい。ここで初めてそのことについてクルーゼは苦言を呈した。しかし、武はそのことを気遣うこともなかった。

「それがいやならミステリアスな仮面かぶって紫の趣味悪いパイロットスーツ着てんじゃねぇよ!!鏡みてから来い!!」

武の口調も荒くなる。守るべきもののために、この勝負に早くケリがつけたいのだ。その心情を察したクルーゼはその心情を煽ることを考えた。おそらく、彼は未だ余力を残しているだろう。もしも、彼を必死にさせることができたなら、どれほど自分を楽しませてくれるのか、その興味がクルーゼを突き動かす。

「私のセンスを否定されるのは心外だが……まぁいい。そうだな、次は私の戦う理由を教えてあげようか」

「誰も聞いてねぇから!!さっさと失せろよ変態仮面!!」

一方通行の会話に武はストレスを溜めていく。だが、クルーゼは話を止めようとしない。そのストレスからか、武は一気にプロヴィデンスの懐に飛び込んだ。

「私はね、人類の滅亡のために闘っているのだよ!!」

その言葉に武の意識は引き付けられる。

「地球に向けて放たれたガンマ線は地球上の7割以上の生命を死滅させる!そうなれば地球圏に生ける人類は滅びに直面するだろう!」

「てめぇ!プラントを勝たせるためにそこまでやるのかよ!!」

無差別大量破壊行為を宣言したクルーゼを武は睨みつける。だが、クルーゼはその愉悦を思わせる笑みを浮かべたままだ。

「違うな!地球が滅びれば当然君たち連合軍は憎悪に囚われてプラントを襲うだろう!そしてプラントも崩壊し、人類は滅びを迎える!!」

「それを聞いて俺達がお前の思惑に乗るわけがないだろうが!!」

武の駆る不知火は彼の怒りが乗り移ったかのような熾烈な斬撃を叩きつけるが、プロヴィデンスはシールドでそれを防御する。そしてコックピットの中でクルーゼは蔑むような表情でモニターを見つめた。

「どうかな!!自身の守りたいものを奪われたとき、人が常に理性的に考えられるとは思えんよ!!それほど人類は知性的な生物ではないからな!!」

その返しに武も詰まる。

実際、あの世界では人類は滅亡の淵にあってなお国同士の利権争い、思想の違いなどから対立から力を合わせることができなかったのだから。

実際に地球が滅ぼされたら復讐に走らないものがどれだけいるだろうか、愛するものを殺されても尚人類の滅亡を防ぐために復讐の刃を捨てることができるものがどれだけいるだろうか。

 

「人類を滅ぼすなんて神をきどったつもりか!?」

武の不知火はブースターを噴射することで機体を縦軸に半回転させ、機体の爪先をプロヴィデンスの肩部に叩き込んだ。その衝撃でプロヴィデンスは後方に吹き飛ばされる。

「私は神などという上等なものではないさ……そもそも、人が神を気取るなど、おこがましいことだとは思わないのかね?」

後方に吹き飛ばされたプロヴィデンスは後退しながら不知火に牽制射撃を放つ。

「そうさ、私が裁くのではない……神への道を一歩、歩みだしたときから繰り返してきた過ちの末に!人類は!自らの業によって自滅するのだよ!!」

「滅びることが運命だというのか!?」

武の言葉にクルーゼはさらに声高に叫んだ。

「そうさ……人類が数多持つ予言の日だ!!」

武はドラグーンから放たれる牽制射撃を受けて後退する。

「だが、人類には運命に素直に従えん愚か者が多すぎる!故に私が引導を渡してやるのだよ!」

ドラグーンは隊列を組んで不知火を包囲し、四方八方から攻撃を加える。武の不知火はまるでレーザービームを掻い潜るダンサーのような動きでこれを回避する。そして上下左右に不規則に揺れ、常人であれば感覚を保っていられないほどの負荷が掛かっているコックピットのなかで武が憤怒の形相を浮かべている。

「……ねぇぞ」

クルーゼはモニターに映りこむ敵機のコックピットに座る青年の形相に一瞬怯む。そして、武は叫んだ。

「人類を見くびってんじゃねぇぞぉ!!」

誰よりも人類の滅びを、絶望を知る男が戦場の中心で吼えた。

 

 

 

 エターナル級2番艦トゥモローの艦橋ではシュライバーが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「ビャーチェノワはまだ敵を撃墜できんのか!?」

そう、彼らが切り札として投入したビャーチェノワは未だに敵機の迎撃を掻い潜ることができずにいたのである。怒りの形相で報告を求められたオペレーターは顔を曇らせながらも口を開く。

「現在のところ、本艦の艦載機がナガト・タイプに取りついたという報告は入っておりません。全機が敵MS部隊の足止めを受けています」

「ビャーチェノワが攻め切れんとは……一体ジャップはどれだけのMSをナガト・タイプの護衛に当てているのだ!?」

シュライバーが拳を艦長席に叩きつける。その反動で体が浮こうとするが、腰のベルトが浮かべあがろうとする彼の体を押さえつけ、そのふくよかな腹に食い込んだ。腹に食い込んだベルトのせいでシュライバーは一瞬苦痛の表情を浮かべる。その表情をやり場の無い怒りの表れと勘違いし、萎縮しながらもオペレーターが職務を全うしようと報告した。

「艦長……その……本艦の艦載機の迎撃に当たっている敵戦力は、6機です」

艦橋の中で時が止まった。

「貴様、今……何と言った?」

シュライバーがオペレーターに鋭い視線を向ける。嘘偽りは許さないという意思がその眼光にはっきり現れているが、オペレーターは発言を撤回しようとはしない。

「01、04と、02、03の一個分隊(エレメント)はそれぞれ敵の新型MS1機と交戦中!05、06はフランクの一個小隊と交戦中です!!」

その報告を聞いたシュライバーは唖然とする。自分達の作り上げた傑作は並のコーディネーターが束になっても太刀打ちできるようなパイロットではない。特にそのコンビネーションは凄まじく、ジャスティス、フリーダムを駆った連携では、ザフトが本土決戦に備えて決戦機として開発していたプロヴィデンスを駆る仮面のクルーゼ相手に互角の戦いをするほどである。

今回の作戦に投入したのは完成したばかりのビャーチェノワ6体だが、そのどれもが期待された役割を果たせず、自身と同数の敵機に進撃を阻まれている。これは最強の兵士を作るべく進められてきた計画の意義を否定するものであった。故に、シュライバーは動揺する。

「な……何かの間違いではないのか!?今訂正するのであれば……」

シュライバーは報告の訂正を求めるが、副長がそれを圧しとどめる。

「艦長……信じられないことですが、これは事実です。アヅチの戦いでもフランクは一個小隊でチィトゥィリの駆るフリーダムを押さえ込んでいました。フランクの改良型であれば、性能面でフリーダム、ジャスティスを凌駕している可能性は否めません」

副長に諭されたシュライバーは冷静さを取り戻す。

フランク――アヅチ攻防戦に現れた近接戦闘重視の新型MSのコードネーム――の一個小隊を相手にチィトゥィリの駆るフリーダムは押さえ込まれた。単機でビャーチェノワ2体を押さえ込んでいる機体はフランクとは違う新型だ。フランクを上回る性能を持つ最新鋭機だとしても不思議ではない。

あの異常な速力と火力を有するナガト・タイプを竣工させたジャップのテクノロジーであれば、こちらのMSを凌駕するMSを製作しても不思議ではない。目の前でビャーチェノワが押さえ込まれている光景が映っているのはパイロット(ソフト)の問題ではなく、機体性能(ハード)の圧倒的な技術格差によるものである可能性が高いだろう。

彼はそう結論づけ、目の前の戦場を見据える。自分の推測が当たっていようが当たっていまいが、このまま彼女達が拘束され続けることはまずい。そうなれば、『アレ』を使わざるを得ない可能性もある。『アレ』が使えるのは01と02だけであり、作動の前後は無防備に近くなる。

また、『アレ』を使ってしまえば正確なデータの採取に支障をきたす恐れが大だ。それに現在ロールアウトしているビャーチェノワは6体のみ。『アレ』を使えばその後01と02が使い物にならなくなる可能性も高いとなると、迂闊には使えない。責任は自分が追及されるのだから。

 

 後にシュライバーはこの時の葛藤を後悔することになった。彼らは忘れていたのだ。先ほどまで戦場で激闘を繰り広げていた連合の悪魔、ストライクを髣髴とさせるトリコロールが特徴的なMS――アスラン・ザラの駆るジャスティスを打ち破ったMSの姿を。

 

 

 

「死ねよオラァ!!」

カラミティの背部ビーム砲が火を噴き、2条の閃光が敵機を襲う。相手のフリーダムはそれを旋回して回避するが、その回避ルートにはもう一機の歪な鳥型MSが待ち構えていた。

「滅殺!!」

頭部から放たれたツォーンがザクの左肩のシールドを吹き飛ばした。

カラミティのパイロット、オルガ・ザブナックはコックピットで舌打ちをする。目の前の敵機のパイロットは中々の腕の持ち主だ。砲戦型のカラミティの砲火を掻い潜りつつ、時折通り魔的な攻撃を仕掛けてくるクロトのレイダーの奇襲にも対応することは並のパイロットに可能な技ではない。

TP装甲の採用で従来のMSよりも燃費のいいカラミティであるが、それでも砲戦型MSである以上はビーム攻撃によるエネルギーの消費は避けられるものではない。既にバッテリーの残量は半分ほどになっていた。クロトのレイダーは自分に比べればマシであろうが、あれだけ飛び回っていれば推進剤の残量が気がかりである。

 

「オルガ、聞こえるか」

不意に通信が届き、モニターにムウの姿が映った。

「聞こえてるぜ」

ぶっきらぼうに答える彼に対し、ムウは気にすることなく言葉を続ける。この程度のことで目くじらを立てていたら彼らは更に反抗的になるだろうが、多少は多めに見なければ彼らの手綱を握ることは難しいとムウは理解していた。

「もうすぐフレイがそっちの応援にいくからな、こちらが指定する座標まで敵機を上手く誘導しろ。遠巻きに攻撃して誘い込め」

「了解」

そう言うと通信が切れた。ムウももう一機の黒い敵機をシャニと共に相手しているはずだ。こちらに指示をしながら戦う余裕は流石にないらしい。こちらも決定打に欠ける中で薬の効果切れ(タイムリミット)が近づいているのでフレイの援護は心強い。

「おい、クロト!少しペース抑えていくぞ!」

僚機のクロトに通信を入れると、モニターに映し出されたクロトは心底嫌そうな表情をオルガに向けた。

「嫌だね。僕はあいつの左肩をぶっとばしたんだ。次は反対側をぶっとばすんだ」

小馬鹿にしたような口調に腹が立つが、ここで彼は激情しなかった。以前の彼ならば敵のことなど関係なしに罵っていたのかもしれないが、今の彼は自分の感情を押さえ込むことができるようになっていた。オルガはブーステッドマンの3人の中でも最も強化の具合が少ない。ブーステッドマンが強化の度合によって凶暴性を増したり社会性を消失する等の精神的な障害を抱えるため、言い換えればオルガは3人の中で最もまともな理性を持っているということだ。

故に彼はムウからいざというときに他のブーステッドマン2人のストッパーになれるようにある程度の教育と指導をされている。そしてオルガはムウ直伝の聞き分けの悪い部下(ブーステッドマン)への対処法を使用した。

「……ムウに言いつけて明日からの飯をIMレーションにしてやる」

その言葉を聞いたクロトの表情が青ざめる。

「わ……分かった。分かったよ。分かったからさぁ。だから、僕は……」

彼らブーステッドマンはムウからの懲罰として事あるごとに鹵獲されたプラント製軍用食品を食べさせられていた。幾度も鉄拳制裁の方がマシだと思えるような味覚的懲罰を受けさせられた彼らは、プラント製食品と聞くだけで鳥肌を立ててしまうほどのトラウマを植えつけられていたのである。

その中でも、オルガが口にしたIMレーションは彼らにとって禁句(タブー)となった恐ろしき破壊兵器であった。実はIMレーションと口にしただけのオルガですら背筋に薄ら寒いものを感じていたのである。

 

 ザフト地上軍の基地での食事は基本的に地元の市場などから調達した地球産食材を調理したものを食べることになっている。L5から地球までの兵站を支えるにはザフトの規模は小さく、工業部品以外のものを前線まで送り届けるだけの余裕が無かったためである。

また、そもそも本国ですら小麦から造りだしたタンパク質合成食材に頼っているプラントに前線に送れるだけの食糧が無かったのだ。寧ろ、地球からプラントに向けた輸送船に食糧が大量に積まれる始末であった。

尚、陸上戦艦や潜水艦の食事も基本的には基地で積み込んだ地元の食材を調理したものとなる。ただ、長期航海のノウハウが無いザフトでは、食糧の効率的な配分、調理計画等を立案することもできなかったため、航海の末期になると毎日缶詰の食事が続いて乗員の士気を落すこともあったのだという。

補給係や調理係もただ規定の量を積み込むことしか考えていないからこのような目にあうのだ。開戦から一年以上経ったが、航海計画に基づいた食糧の積み込みと最も効率的な献立立案とができる補給係と調理係が揃った艦は未だに少ない。

生鮮食品の割合やその消費期限、保存食のレパートリーを考えた補給を行うことができない未熟な補給係や、考え無しに材料を使ってしまって航海の終盤には乗員に毎日同じ具のスープを出すことしかできなくなった考え無しの調理係は航海の末期には艦内で白い目で見られ、時にはイジメじみたことが行われたりするらしい。

 

 余談ではあるが、クルーゼ隊が種子島襲撃任務の際に宛がわれたボズゴロフ級潜水母艦ラッセンの補給係はぺーぺーの新米であった。異常な艦内温度で積み込まれていた生鮮食品が早々に食べられなくなってしまい、保存食はレパートリーに乏しかったために(何故か殆どが豆!!)毎日チリコンカンっぽい豆料理となった。

一応その新米補給係の言い分はある。オペレーション・スピットブレイクの際に多くの潜水艦隊が基地にあった保存食を積んででていってしまい、その過半が帰らぬ艦となった。パナマ攻撃という任務にあたった艦の補給係は乗員の士気をあげるために人気のある保存食を我先にと倉庫から持ち出したのである。

結果、倉庫には人気の無い保存食が大量に余るという状態にあった。そしてそこにオペレーション・スピットブレイクの失敗、ついで発動したオペレーション・ウロボロス。ただでさえ人気の保存食を切らしている中で倉庫への補充が入る前に入った大規模作戦は倉庫の僅かな在庫をも払底させた。

その後に持ち込まれたのが種子島奇襲作戦である。新米補給係は保存食の積み込みのために保存食倉庫の中に入るも、そこに在ったのは豆の保存食ばかりであった。倉庫が払底寸前になるまで多くの保存食が持ち出されていたとなれば、残っているものは不人気なものしかないというのは当然のことである。

この豆、地上に降りた直後にザフト補給部がとにかく基地に多くの食糧を備蓄しようと安価だった豆の保存食を大量に買い込んだことで元々大量に倉庫内にあったが、やはり味付けも同じで飽きやすいということもあって中々消費されなかったのだとか。

 

 さて、一方のザフト宇宙軍であるが、基本的に基地での食事はプラント本国と同じく合成食糧を調理したものが主となる。天然物に比べれば遥かに味も食感も悪い合成食品であるが、ある程度手間をかけて料理すればまぁそこそこの料理になる。宇宙軍の基地の調理係が民間から徴用された料理人や料理人としての経験がある軍人であるため、彼らの料理はまずまずのものであった。

問題は艦船勤務である。艦船勤務で出されるプラント製の半加工食品ないし加工済み食品は非常に不味い。生産性以外取り柄がないのである。合成半加工食品や合成加工済み食品を胃袋に収めるためにザフト宇宙艦に勤務する士官らは調味料を使っているらしい。

そしてその半加工食品や加工食品にもレパートリーがある。熱湯を注いだり加熱したりする半加工食品がCレーションシリーズだ。CA~CZまで26種類、加工済み食品のIレーションがIA~IZまでの26種類だ。

これらのレーションは一つのセットを指しており、主食、副食、スープ、飲料が纏められて一つのパックとして梱包されている。専属の烹炊員を配属していないザフト艦艇では当然献立を考えられる人員はいないために全てをセットにして主食、副食、スープ、飲料の組み合わせを固定したのである。

 

 ここで問題のIMレーションだ頭文字のIが示すように、これは合成加工済み食品である。簡単な温食配給食であるのだが、これがIレーションシリーズでも群を抜いて不味いものであった。

トースト、スクランブルエッグ、ソーセージ、オニオンスープ、コーヒーという組み合わせを見ただけでは地雷臭はしない。しかし、それが曲者。普通そうに見えるこれが一番の危険だったのである。

まず、トースト。喫食したオルガ曰く「焦げたスナック菓子」だそうだ。噛んだときのザクザクという食感、口の中に広がる焦げの苦さ、喉を通った後に腹から感じる何ともいえない熱がヤバイらしい。

スクランブルエッグはクロト曰く「水かけて固まったインスタントの粉末コーンスープの食感」、ソーセージは彼らの同僚のアルスター曹長曰く「噛むと中から不味い汁が出てくる焼いた蒲鉾」、オニオンスープはシャニ曰く「塩スープ」、コーヒーはフラガ少佐曰く「臭いは香ばしい胃薬」だそうだ。

こんなものをセットで食べさせられても喉を通るわけがない。そんな食事でも食べなければ人は死ぬ。彼らはフラガによって3食IMレーションを食べさせられたことが3度あるのだ。あの時は地獄だったと後にブーステッドマンの3人は述懐している。

 

 

 流石にそんなものを食べさせられたくないクロトは懇願するような眼差しでオルガを見つめる。オルガはクロトに向けて再度口を開く。

「……ペース抑えるよな?」

クロトはすごい勢いで首を縦に振る。それを見たオルガは続けた。

「いいか、やつに対して遠巻きに攻撃を仕掛けて艦隊の左方に誘導するぞ」

「りょ~かい!!」

クロトは返事をすると同時にザクの上方のポジションをとるために加速する。オルガもそれを援護すべくフリーダムに牽制射撃を放った。敵機は上方でライフルを構えるクロトのレイダーに気づき、その射線上から離脱しようと機体を右方に振ろうとするが、そこにクロトが76mm弾を撃ち込んで進行方向を制限させて針路を変更させる。

その方向に追い込むようにオルガのカラミティが火箭を浴びせる。エネルギーの残量は心もとないが、ここで全火器の砲門をもってしなければとても敵機を追い込むことはできないと判断したのである。

 

 オルガたちは何とかムウが指定したポイントに近づいていた。だが、オルガに余裕は無い。彼らの薬の効果切れ(タイムリミット)が近いのだ。既にレイダーも推進剤がギリギリの状態だ。オルガのカラミティのエネルギーも危険域にある。レーダーに目を通すが、フレイのダガーMkⅡの反応は未だない。

「既に誘い込もうってのはバレてるんだよ!畜生あの売女!!早く来やがれ!!」

そう、イザークもバカではない。ブーステッドマンたちのかなり強引な誘いこみを早期に看破し、何とか離脱しようとしていたが、カラミティの全力の砲火と時折通り魔的に接近してミョルニルを叩き込んでくるレイダーのせいでなかなか離脱できないでいたのである。

そしてついに恐れていたことが起きてしまう。

「ぐぁぁ!?」

「が!?……ぎぃぎぎぎ」

オルガの視界が回転する。体が揺られる感覚、激しい嘔吐。強化薬の効果が切れて副作用が彼らを襲ったのである。動きを止めたカラミティに対し、イザークのフリーダムは一瞬で距離を詰め、構えたビームサーベルを突き出そうとする。

オルガは敵機のビームサーベルの光に気づいて機体を動かそうとするも、体は動かず、ただ光が自身に近づくのを見ているほかなかった。ただ、薬の作用ゆえか恐怖を感じることは無かった。

 

「油断大敵よ!!」

オルガが目の前に近づく光を呆然と見つめていた時、下方から放たれた緑の閃光がカラミティの前方の空間を貫いた。イザークのザクもそれに反応して攻撃を中断し距離を取った。

「遅くなって悪かったわね。オルガ、クロト、聞こえてる?」

謝意などかけらも見せずに赤毛の女性はモニター越しに顔色が悪い二人に問いかけた。

「遅刻だ売女……うぉぇ」

オルガは口にこみ上げてくる吐瀉物を我慢しながら言った。

「だから、悪かったってぇ。お詫びにこの化け物はチョチョイって首刈ってあげるからさ、先に帰ってなさいな」

オルガはまだまだ言いたいことがあったが、体調的にそれを言うことは不可能だった。そして彼は朦朧とする意識の中で機体の自動着艦プログラムを起動させてシートに崩れ落ちた。

 

「クロトとオルガは自動着艦プログラムを作動させたか……なら、後は私の役目よね」

ダガーMkⅡは両手にビームサーベルを構え、背部バックパックからガンバレルを展開する。相対するフリーダムもライフルを構える。そして彼女は虹色の淡い光が彩るコックピットの中で叫び、フットバーを蹴っ飛ばして機体を突撃させる。

 

「失せろ!!宙の化け物(コーディネーター)!!」




武ちゃんVSクルーゼはまだまだ続きます。
しかし、自分はミリ飯ネタが好きなんだなぁ・・・・・・今回もミリ飯ネタでかなり文字数増えてますし。


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PHASE-52 真実の姿

最終決戦が終わらない……はやく頼りになるおっさんパートに入りたいんですけどね。


 漆黒の宇宙をメタリックグレーのMSと白銀のMSが飛び回る。その周囲には10を超える小型砲台が展開されており、幾条もの閃光はまるでデスマッチのリングであるかのように2機を取り囲んでいた。

「人間は、愚かな存在なんかじゃない!!」

しかし、武の主張をクルーゼは一蹴する。

「人間の本質は石器時代から一歩も進歩してはいないさ!理解できぬものを恐れ、他者を蹴落とし、我欲から闘争する!!救いの無い存在なんだよ!人間は!」

クルーゼの言葉から並々ならぬ憎悪を感じた武がクルーゼに問いかけた。

「お前は人間の何を知っているというんだ!?何故そこまで人間を卑下するんだ!?」

「醜く、弱く、愚かな人間の性を私は知っている……私は人類の膿から生まれた存在だ!!」

人類の膿――その言葉に武は訝しむ。そして、ついでクルーゼの口から放たれた言葉に無意識の元に引き込まれていた。

 

「『僕は、僕の秘密を今明かそう――』」

この言葉を全人類に発信した人物について知らないものなどこの戦場のどこにもいないだろう。極論ではあるが、この戦争の火種となったのは彼であるのだから。

「『僕は、人の自然そのままに、この世界に生まれたものではない』」

ジョージ・グレン――公表されている情報では世界初のコーディネーターとされている人物の言葉をクルーゼは紡ぐ。

「……てめぇはジョージ・グレンだとでも言うのか?」

武の詰問にクルーゼは答えた。

「違うな。そもそも私はコーディネーターですらないのだから」

クルーゼの告白に武は衝撃を受ける。プラントと言えばコーディネーターの国家組織であり、その常備軍であるZAFTもまたコーディネーターで構成されている組織である。無論、プラント内にも第一世代コーディネーターを子にもつ親や、ナチュラルとコーディネーターとの間に生まれたハーフ・コーディネーターなどもいる。

しかし、ザフトのラウ・ル・クルーゼといえばザフトの中でも上から数えたほうが早いほどの強さを持つエースパイロットである。コーディネーターが生まれながらに備えたナチュラルを凌駕する優秀な能力を持ってナチュラルを駆逐する。それがザフト軍人の矜持でもあるというのに、それを否定する存在が身内にいるとなれば普通は混乱が生じるだろう。そもそも、コーディネーター至上主義に凝り固まった上層部から疎まれて後方に更迭されていても不思議ではない。

そのような武の疑問を察したのか、クルーゼが話を続けた。

「私には国家遺伝子管理局に縁のある友人がいてね、彼のおかげで私はコーディネーターとしてプラントを闊歩することができるのさ。そして、私はコーディネーターではないが『人の自然そのままに、この世界に生まれたもの』でないのも事実だ」

「はん!お前は遺伝子操作によって作り出された奇形種(キメラ)だとでもいうのか!?」

「違うな……私は複製人間(クローン)だ!!」

衝撃の告白に目を丸くする武に対し、クルーゼは嘲笑うかのような笑みを浮かべた。それが目を丸くしている武に向けた嘲笑か、自身の出自の対する嘲笑かはクルーゼのみぞ知るところである。

 

 

 

「ボアズ要塞のMSの稼働率が60%を割り込んだという報告です!!同要塞砲の損耗率は40%を越えています!!」

「ヤキンドゥーエ守備艦隊がアークエンジェル級機動特装艦を中心とした艦隊に押し込まれています!!ヤキンドゥーエ守備隊からは支援砲撃要請!!」

「ナガト・タイプがジェネシスとの距離を17000まで詰めてきました!!同方面守備隊は日本のMSの妨害を受けて苦戦中!!」

 

 プラント本国、アプリリウス1に存在するZAFT総司令部では前線からの悲痛な報告が引っ切り無しに飛び込んでくる。居並ぶ将官らはそれらの要請に基づいて各方面の戦線を整理しようと試みるが、命令を通達された前線の各部隊の動きは予想以上に鈍く、また司令部からの判断もその場を一時的に凌ぐことしかできない到底優秀なものと言えない判断が殆どであったために戦線はザフト不利に傾いていた。

「戦況はどうなっているか!?」

プラント本国のヤキンドゥーエ要塞との中間地点に漂う衛星――ヴァルハラに置かれたZAFT軍最高司令部に議長府専用シャトルで乗りつけ、一目散に司令室に飛び込んできたパトリックが声を荒げた。

 

 ザフト特務隊FAITH隊長、レイ・ユウキはドアから飛び込んできたパトリックに敬礼すると、司令官席の正面に設けられたモニターに宙域図を投影してパトリックの問いかけに答えた。

「現在、ボアズ方面、ヤキンドゥーエ方面、ジェネシス方面の3方から連合の侵攻を受けております。ボアズ戦線は現在拮抗しているとの報告を受けておりますが、ヤキンドゥーエ戦線ではすでに要塞の手前まで敵に押し込まれているとのことです」

「ジェネシス防衛線はどうなっているか!?」

その詰問にユウキは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに平静を取り戻した彼は再度口を開いた。

「……現在、ナガト・タイプ2隻を中心とした艦隊が接近中です。ミーティアによる対艦攻撃もフランクや新型MS(アンノウン)に妨害され、敵艦隊の行き足が止まる気配はありません。ヤキンドゥーエから対艦攻撃部隊をまわしましたが、護衛のMSに攻撃は阻まれ、成果はだせておりません」

ユウキの報告を受けたパトリックの額に青筋が浮かび上がる。

「ジェネシスを発射して糞ジャップを一掃することはできんのか!?」

「ヤキンドゥーエの管制室からの報告では、一次反射ミラーの設置完了まで後15分かかるとのことです」

「そんなには待てん!!ヤキンドゥーエの司令室に繋げ!!」

 

 パトリックの命令を受けてオペレーターがジェネシスの管制機能を備え付けているヤキンドゥーエ要塞司令室に回線をまわす。正面のモニターに映し出されていた宙域図は消え、代わりに額に汗を浮かべながら必死に指示を飛ばすヤキンドゥーエ要塞司令官レイモンド・グラスの顔が映し出された。

「議長!!ナチュラル共は要塞の手前まで攻め込んできました!ナチュラル共のMSの数はこちらのMSの2倍以上です!今すぐ増援を回してください!!」

「グラス、ジェネシスを10分以内に撃てるか?」

グラスの懇願を意にも介さず、パトリックはグラスに問いかけた。自身の想定していなかった答えを返されたグラスは一瞬パトリックの言葉の意図を測りきれずに呆然とする。すぐに答えを返さなかったグラスにパトリックは怒鳴りつける。

「10分以内にジェネシスを撃てるかと聞いているのだ!!」

パトリックの余りの剣幕にグラスは背筋を正しながら即答する。

「はっ!?……え、ええ。10分で撃てます。しかしそれでは照準が」

「とりあえずジャップの艦隊のほうに向けて撃てればいい!!細かな調整などはいらん!!」

凄まじい剣幕で捲くし立てるパトリックにユウキが慌てて声をかける。

「ま……待ってください!照準を定めずにジェネシスを放てば、ジェネシスの防衛線に展開している友軍も巻き込まれます。お願いです議長、攻撃は」

そこまで言ったとき、パトリックはユウキの髪の毛を鷲掴みにし、その頭を強引に正面の巨大モニターに投影された巨大宙域図に向けさせた。

「ユウキ!!これを見ろ!!もはやザフトには3方面の防衛線を維持するだけの予備兵力などないのだ!!」

ユウキは目の前の表示されている各戦線の損耗状況を目にして口を噤む。3方向からの侵攻を受けたザフト軍は予備兵力の殆どを既に各戦線に投入しきっている。本国に残っている部隊はそれこそアカデミーの訓練生と本国の教導隊ぐらいである。訓練生はとても前線に出せるような腕前ではないし、教導隊まで前線にだせば万一防衛線を抜かれた場合には本国への直接攻撃を許してしまうことになりかねない。

ユニウス7~10が攻撃を受けた血のバレンタインの光景がユウキの脳裏をよぎる。現在各戦線では軒並み損耗率が30%を越えている以上、防衛線が突破される事態も十分に想定できた。

「……せめて友軍に可能な限りの退却を呼びかけるべきです。無碍な犠牲は」

ユウキにモニターを見せつけたパトリックは彼の言葉に最後まで耳を傾けることなく、頭を掴んだまま腕を後ろに振り払ってユウキを司令部の壁に投げつけた。背中から司令部の壁に投げつけられたユウキはその衝撃で肺の中の空気を吐き出す。

「もはや手段を選んでいられる状態ではない!!ここでジェネシスを失えば我々は再びナチュラル共の軍靴に踏み潰されるだけなのだぞ!!貴様はここで多くの兵を死なせて置きながらプラントへの直接攻撃を許すというのか!?それでどうしてプラントの独立のために命を散らしていった同胞達に堂々と顔向けできる!?」

 

 パトリックの詰問にユウキは閉口する。確かに、既にザフトは限界に近いのは事実だ。今回連合は3方面にそれぞれ二個艦隊を投入した。そして報告によれば、その全軍がMAを搭載しておらず、MSを搭載しているという。

おそらく、連合はその艦上機の殆どに対MS戦闘に秀でた対MS装備のMSとしている可能性が高い。目的はこちらのMS隊の無力化だろう。ザフトがこれまで連合相手に優位に立つことができたのはNJによる核兵器の制限と、誘導兵器、電子兵装の無力化があったからだ。

NJの影響下ではAMBAC制御もできるために小回りが効くMSが対艦、対MAで猛威を振るうことができた。ただ、その一方でザフト全軍にMS至上主義とも言える風潮が蔓延してしまった。現状では対艦攻撃、偵察、哨戒、その全ての役割をMSが担っているのである。

故に、連合内で対MS戦闘の戦法が考えられるとザフトの優位は次第に小さくなっていった。連合はナチュラルでも操縦でき、生産性や整備性にも優れたMSを次々と戦場に送り出し、その圧倒的な数の差と集団戦法でザフトを苦しめていたのである。

 

 MSの性能面でも連合とザフトの間には差が生まれている。大西洋連邦が配備しているストライクダガーの性能はジンの性能を上回るほどのもので、ユーラシアの過半の部隊と日本の部隊が運用している撃震の性能はシグーの性能に迫るものだ。しかもどちらの機体もビームライフルやビームサーベルを標準装備としており、旧型のジンではそれらに対抗する手段は無く、回避するしかない。

また、日本の撃震の装甲はジンのそれを上回る堅牢なつくりで、特に防御力が高いつくりになっているコックピットブロックはジンの76mm機関砲でも数発の命中では破壊することは困難なほどの強度で造られている。

敵側の新型装備も脅威ではあるが、問題は敵側の新型機配備に対応しきれないザフト側の方が大きいだろう。

単純に技術力を比べるとザフトは連合にひけをとらず、凌いでいる部分も多々ある。実際ジャスティス・フリーダムといった核動力搭載型MSは連合の新型GATシリーズの性能を凌駕している。

ビームサーベルやビームライフルといった連合の技術を取り入れた量産機として設計された次期主力MS――ゲイツもカタログスペックを見れば連合のストライクダガーや撃震の上をいくものである。

しかし、プラントにはゲイツやジャスティス・フリーダムといった高性能機を短期間で量産できるような工業力は無い。軍で使用している既存の機体の保守整備のために継続して部品を製造し続ける必要があるために新規製造ラインを一度に増やすことができないのである。

そして、現在ザフトで運用されているMSの過半以上を占めているジンとその派生機のために多くの製造ラインが当てられている。そもそもプラントにある3つの設計局で作られるMSの部品の相互互換性はお世辞にも高いとは言えないが、ジン系列の機体同士であれば互換性は高く、整備性も量産性も高かったたので、優先して配備が進められ、それにあわせて部品の製造も優先されていた。

これらの事情があって新型MSの製造ラインを簡単に増やせないプラントでは、結果的に開戦から2年近くたっても開戦当初の主力MSであるジンを未だに主力MSとせざるを得なかった。

数の不利を解消すべく造られた核動力MSはそもそもプラントでもマイウス工廠などの最高レベルの技術力を持つ限られた工廠でしか製造できないものであったためにその調達機数は月に7機が限界であり、次期主力MSであるゲイツも月の生産数が20機ほどでしかない。これでは全軍の機体をジンからゲイツに更新することが到底間に合うはずがない。

ヤキンドゥーエ、ボアズ、ジェネシスにそれぞれ配備されていたMSも半数以上がジンやシグー、それらの派生機といった旧型機で、ゲイツは全体の30%にも満たない数しか配備されてはいなかったのである。

現在は宇宙で多数の実戦経験があるベテランパイロット達の奮戦でギリギリザフトは優位になっているが、このまま殴りあいを続けて先に息が上がるのは間違いなくザフトの方であろう。

 

 現在判明している各戦線の劣勢、こちらの予備兵力、連合側の予備兵力、戦力回復能力を考えれば通常兵器による応戦で敵艦隊を撃退することは不可能と言っていいだろう。こちらはジリ貧で向こうはまだまだ余裕があるとなれば精神的に崩れて全軍が弱体化することも有り得る。

こちらが通常兵器での勝算を見つけられない以上はジェネシスを撃つ以外にザフトの敗北というこの先に待ち受けていることが確実な未来を回避する方法は無いだろう。だが、敵艦隊の目標の一つに間違いなくジェネシスが入っている。そうでなければナガト・タイプが2隻がかりで一直線にジェネシスを目指して侵攻する理由が説明できない。

ジェネシスが破壊されればザフトにはもはや打つ手は無い。ジェネシスが破壊される前になんとしてでもジェネシスを発射し、敵の戦力を削る必要があるのである。だが、ここで友軍にジェネシスの射線から退避するように通達し、それを友軍が実行に移せばジェネシスの存在について既に知っているであろう日本の艦隊は射線からの離脱を計る公算が大だ。

ジェネシスを一度外してしまえば再度の発射までの時間で確実に日本艦隊の再接近を許してしまう。ナガト・タイプの艦砲射撃を受ければジェネシスが耐えられるとは思えない。日本艦隊も確実にジェネシスを破壊するために虎の子のナガト・タイプを前面に出して突進しているのだろうから。

 

 ユウキが現状を再認識して打ちのめされている間にユウキを壁に叩きつけた張本人であるはパトリック矢継ぎ早に指示を飛ばし、ジェネシスの発射準備を急がせていた。そして、ジェネシスの発射準備を始めたという報告が上げられると、視線を司令室に備え付けられた巨大モニターに移し、そこに映し出された宙域図を睨みつけて押し黙る。

しばしの沈黙の後、パトリックは壁に打ち付けられて腰を摩っているユウキに再度視線を移した。

「ユウキ……現在αはどこにある?」

突然の問いかけであるが、その意図を今度は瞬時に理解したユウキは瞬時に立ち上がり姿勢を整えて淀みなく答える。

「αは現在、デブリベルトにて動作点検中のはずです」

「撃てるのか」

「はい。しかし」

「どこまでなら届く」

ユウキは床を蹴ると、司令室に備え付けられているコンソールの元に行き、それを操作する。

「……現在の位置からでは、ヤキンドゥーエまでしか届きません。それも、本来の出力に比べて威力は60%ほどに低下する計算となります」

「かまわん。……ヤキンドゥーエはどのみち長くは持たないだろう」

パトリックは己の爪が手のひらに食い込むぐらい拳を強く握り、震わせている。いくら劣勢といえども同胞を切り捨てることに罪悪感を感じないほど彼は狂ってはいないのだ。パトリックの様子からそれを今更ながらに察したユウキは自身の至らなさに気づき、項垂れる。

 

「恨んでくれても構わん……だが、諸君らの墓石はプラントの独立とコーディネーターの自主自立の礎としてみせよう。私も何れ同じ道を辿る。恨み言はその時にいくらでも聞いてやるさ」

パトリックはだれにも聞かれないようにボソリと自身の思いを吐露する。

 

 パトリックはこれまでプラントの軍事を統括する国防委員長として多くの兵士を戦場に送り込んできた。血のバレンタインでも、オペレーション・スピットブレイクでも、自身の決断やこれまでの行いによって多数の犠牲者を出してきたことを彼は自身の責任として認識し、犠牲となった命を背負ってここまで戦ってきたのである。

自身も一人息子をいつ死ぬか分からない前線に送り出し、妻を血のバレンタインにて植物人間にしてしまっている。結局、パトリック・ザラが個人として守りたかったものは全て守ることができなかった。妻の身も、若く可能性に満ちた一人息子の未来も閉ざしてしまったことを彼は悔いていた。

だが、失ったものを嘆いて歩みを止めることは彼には許されなかった。親友と決別してでも全てはコーディネーターという種の未来のため、妻と共に語り合った理想の国(プラント)のために彼は日夜戦っている。

どれほどの屍を積み上げれば理想の国にたどり着けるのかは彼自身にも分からない。ただ、プラントの礎となった兵士に報いるためには、彼らの守りたかった家族、友人、大切な人に理想の国(プラント)で幸せを教授してもらう以外の方法はないと彼は理解している。

上に立つものとして、時に大を生かすために少数を切り捨てるということもあるだろう。無慈悲に死んで来いと命令することも、救える命を見捨てることもあるだろう。それらの業も全て彼は背負う覚悟でいる。

だが、組織の上に立つものとして表面上は守るべき命を数で区別して切り捨てる葛藤を見せてはならない。その決断に後悔してはならない。民に安心感を与える指導者である彼は揺ぎ無い姿を民衆に見せつけなければならない。全てがパトリックの判断で動き、プラントのとった行動の責任は全てパトリック自身に帰属するものであると民衆にも、連合側にも見せつけなければならないのだ。

そうして彼は独裁者を演じきり、戦争が終わった暁にはこの戦争で生じた全ての影の部分を背負い、遺族の批判や連合からの追及を甘んじて受け止める覚悟でいる。万が一プラントが敗北したとしてもその時は戦争犯罪者として戦勝国の法廷に立って全ての責任を被るつもりだ。

 

 彼の真意を知る者は今では一人もいない。独立運動を共に立ち上げた親友であるシーゲル・クラインか、パトリックの歩みを支え続けた愛妻レノア・ザラならば分かったかもしれないが、シーゲルは既に故人で、レノアは現在意識不明だ。

独裁者を演じる孤独な男は国家の存亡をかけた一戦にあってなおその態度を崩さず、己の持ちうる全てを勝利に捧げていた。




なんか、外伝でも書かないと補足しきれないぐらい放置しているワードがたくさんありますなぁ・・・・・・
ヤキンドゥーエ戦役終わったら続編より先に補完要素が詰まった外伝を書くべきか、続編を優先すべきか悩むところです。


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PHASE-53 俺がいるから

過去最長の長さとなりました。
このままですと、最終決戦編の分量が全体の3分の1とかになりそうで怖いです。


大黒柱(メインブレドウィナ )に変化あり!!」

第一戦隊を護衛しているアークエンジェルの艦橋でチャンドラ伍長が声をあげた。

「正面のモニターに映せ!!」

黒木の指示で正面のモニターに望遠カメラで捉えた大黒柱(メインブレドウィナ )の映像が映し出される。大黒柱(メインブレドウィナ )が回頭し、そのアンテナのような面を第一戦隊の正面に向けようとしている。そして近くの衛星の影からは円錐のような形をして物体が出現し、大黒柱(メインブレドウィナ )の正面にその底面を向ける形を取ろうとしている。

黒木はザフトの思惑を瞬時に見抜いて素早く命令を飛ばす。

「トノムラ曹長!全部隊に通達してくれ!『目標は攻撃態勢に入りつつあり』だ!!」

「り、了解!!」

黒木は正面のモニターに映る大黒柱(メインブレドウィナ )を睨みつけた。

 

 ――事前に香月女史から聞いていたが、まさかここまで推測が当たるとは……

黒木は内心ここまで予測していた香月夕呼女史に感心していた。彼は作戦の立案中に軍がかの兵器について入手した全ての情報を携えて香月女史の元を訪ね、ガンマ線レーザー砲についての意見を伺っていたのだ。そして実際に彼女が存在を予見したような円錐型の1次反射ミラーが目標の前面に展開しつつある。女史の見解が正しければあの1次反射ミラーがパラボラアンテナ状の2次反射ミラーの正面に来ればいつでも発射が可能だという。

それまでに間に合うのだろうか。現在第一戦隊と目標との距離は15000。しかし防衛省特殊技術研究開発本部の試算では、デラック砲が確実に大黒柱(メインブレドウィナ )を撃ち抜くためには12000まで接近しなければならない。

敵に一次反射ミラーの設置を許せばその時点で作戦は失敗となる。だが、妨害に回せる戦力はこちらには既に無い。黒木は自身の席に備え付けられているモニターで戦場の様子を確認する。

蒼火竜(リオレウス)桜火竜(リオレイア)の2機に劾は梃子摺っており、同じ艦の艦載機と思われる蒼火竜(リオレウス)2機も『烈士』沙霧直哉中尉率いるガーディアン小隊の動きを拘束しているのだ。

先ほど補給と整備を終えて再出撃した大和曹長は第二航宙戦隊の艦載機を次々と撃破していたオレンジ色のパーソナルカラーを持つMSと交戦を始めている。頼みの綱の白銀中尉も前方の宙域で未だに天地無用の大舞踏会の最中だ。その時、篁中尉が交戦中だった桜火竜(リオレイア)2機を示す光点の一つが不意にモニターから姿を消した。同時にチャンドラ伍長が歓喜の声をあげる。

「篁中尉が桜火竜(リオレイア)を一機撃墜しました!!」

艦橋が一時歓声に沸く。これまで桜火竜(リオレイア)の撃墜記録は先ほど再出撃した大和曹長があげたものしかなかったが、遂に日本軍は2機目の撃墜に成功したのである。そして、吉報はこれだけに留まらない。未だ艦橋の熱気が収まらぬ中で更に嬉しい知らせが届く。

「……篁中尉が桜火竜(リオレイア)をもう一機撃墜しました!!」

その報告を受けた黒木は戦闘を開始してから初めてその顔に喜色を浮かべた。

 

 

 キラがアークエンジェルから再発艦したころ、唯依は2機の桜火竜(リオレイア)相手に互角の近接戦をしている真っ最中であった。

「何なんだこの連携は……」

唯依は敵の異常とも言える連携を前に攻めあぐねていた。正に阿吽の呼吸というべき連携で、片方は陽動、もう片方が本命となる一撃を叩き込んでくる。しかもその役割は一瞬で入れ替わり、見破ることは不可能だ。

「2人で1人の敵と戦っているようなものだ!」

攻撃に転じる隙も無く続く2機の連続攻撃で唯依の体力も削られていた。未だ限界ではないが、このままの攻撃が続けば先に息切れして動きが鈍くなるのは唯依の方である。そう彼女は確信していた。

ビーム砲による攻撃を専ら陽動や牽制に使ってくるために唯依はそれらを機体を僅かながらに動かすことで回避していた。別に攻撃が当たったところで損傷はないだろうが、ここで敵機が接近戦による連携攻撃を選べば現在の状況よりも確実に状況は悪化すると唯依は判断していたのである。

既に彼女は一度接近戦での連携攻撃は経験しており、その恐怖は肌で感じていた。その時は背部の則宗を引き抜き大立ち回りを演じ、敵機の内の片方の機体の左足の切断に成功していた。フェイズシフト装甲に覆われていない関節部であれば実体剣でも切り払えるとはいえ、あれは常に生死の境にいるような極限状況下での偶然による一撃であり、少しでも運命が変わっていれば今以上に体力を消費して苦戦を強いられていた可能性も高い。

機体自体の性能差をその時に敵機側も見抜いたのか、同じような徹を踏まない策にしてくれたのは彼女にとって嬉しい誤算ではあったが、これでは埒があかない。第一戦隊の護衛をしているMS隊からの応援要請や黒木中佐からの支援要請をメインモニターで確認した唯依は状況の悪化を感じていたのである。

自身の役割は日本という国を守る防人であること。皇国の興廃がかかった一戦で出し惜しみをしていられる状況ではない。――機体受領時に防衛省特殊技術研究開発本部で香月博士から、作戦開始前のブリーフィングで黒木中佐から軽率な使用は控えるように警告されていたが、状況は切迫している。唯依は奥の手を使うことを決意した。

 

「こちら白い牙(ホワイトファング)01、霧島応答願います」

唯依は最も近辺にあった味方艦の霧島に回線を繋ぐ。間をおかず相手口には若い男がでた。

「こちら霧島、どうぞ」

「貴艦に支援砲撃要請をする!ポイントを今からそちらに送るので、50秒後に指定のポイントに主砲を向けて欲しい!」

その支援砲撃要請に霧島の艦橋要員は目を丸くする。

「無茶を言うな!!こちらも敵MSの牽制のために主砲使っているんだ!!そちらの支援砲撃に答えるだけの余裕はないぞ!!」

砲術長が必死な形相で言った。現在彼らは第一戦隊に取り付こうとするMS隊を阻止すべく、持ちうる全ての火器を迎撃に当てている。既に対空機銃の3分の1が沈黙しており、対空迎撃ミサイルの残弾数も底が見えている状態で主砲まで支援に回す余裕などない。むしろこちらがMSの支援を必要としているほどである。

「……こちら霧島艦長の小金井大佐だ。支援砲撃の要請仕った。砲術長、第3砲塔左旋回、指定ポイントに照準あわせ」

「艦長!!」

艦長の決断に砲術長が異議を唱える。しかし、小金井は自身の決断を覆そうとはしない。

「砲術長、何も彼女は我が身可愛さでこのような要請をするようなパイロットではない。支援砲撃要請をするからには必ずなにかそれなりの事情がある」

小金井の言葉に砲術長は閉口する。

「それにな、かの麗しい山吹の姫武将からのお誘いを我が身の忙しさで棒に振ったなんて話が外に洩れてみろ。他の艦からの嫉妬の嵐でこの艦が沈むぞ」

小金井がニヒルに笑いながら冗談を飛ばす。心なしか艦橋のモニターに映る唯依の顔も赤い。砲術長はやれやれと言いたそうな表情でインカムを手にする。

「第3砲塔左60°旋回、射角上方23°。目標ポイントに照準あわせ50秒後に斉射に移る」

霧島の後部甲板に鎮座する第3砲塔が旋回し、そこに生えた鋼鉄の双牙を火線飛び交う戦場に向けた。

 

 未知の新型MS(アンノウン)に入れ替わり立ち替わり攻撃を加える2機のジャスティスの内、損傷の無い機体を操縦しているパイロット――コードネーム02、デジク・ビャーチェノワはこちらに砲門を向ける戦艦の姿に気がついていた。だが、同時に脅威となる可能性は低いと判断した。

艦砲射撃でこちらの機体を撃破するほどの精度はまず期待できないと考えたのである。思考波で同時にそれを僚機のパイロット――コードネーム03、ツィガン・ビャーチェノワに通達し、艦砲射撃を避ける際に敵機に牽制射撃を行い僚機をカバーできるように備えた。

その時、敵機が動く。両腕部のユニットからビームサーベルを展開し、2刀流でツィガン機に斬りかかった。ツィガンのジャスティスもラケルタビームサーベルを両手に持ってこれを迎え撃つ。おそらく、敵機は左足を損傷して機動に難を抱えるツィガン機に接近戦を仕掛けることでその動きを拘束し、艦砲射撃で狙い撃たせる算段であるとデジクは判断する。

砲身が動き、その砲口に光が灯る。それを目にしたデジクは砲身の向いている方向からツィガン機が標的であることを確認し、救援すべくビームライフルによる牽制射撃を無防備な敵機の背面にお見舞いする。

その対処のために噴射ユニットの推力の差を持って強引に前に出てビームを回避しようとする動きを瞬時に僚機からの思考波で把握し、鍔迫り合いをしていたツィガン機は背部のファトゥム00を切り離し、小旋回させて敵機の下部から突撃させた。

同時にビームサーベルを消滅させたジャスティスは両腕部を敵機のビームサーベルによって斬りつけられ、装甲を破損すし、突然の襲撃と目の前の敵のビームサーベルの消滅に敵機は怯む。

そして戦艦の砲口から光芒が放たれ、先ほどまでツィガン機がいたはずの宙域に押し込まれた形となった敵機はその光芒の直撃を受ける。戦艦の主砲の直撃を受けた敵機を凄まじい閃光が覆った。

目標の無力化を確信したデジクはそのまま機体を先ほどの砲撃を行った戦艦の方角に向ける。次の目標はナガト・タイプの無力化だが、そうなるとナガト・タイプを守っているあの戦艦群は邪魔である。まず、この一角からその迎撃網を突破する。そのように判断したときであった。ツィガンからの思考波で体が勝手に臨戦態勢に入る。

周囲を警戒しようとメインカメラを動かしたとき、彼女の機体は不可避の距離から発せられた金色の光芒をその眼に捉えた。一瞬の内に彼女の機体は光芒に飲み込まれ、彼女の体も不思議な感覚に包まれる。最後まで何が起こったのかを理解できずに、彼女は銀河の大海に散った。

 

 その瞬間を僚機のツィガンははっきりと目撃していた。艦砲射撃の直撃を受けた敵機はその光芒が止んだとき確かにそこにいた。装甲には傷一つ見当たらない。同時に思考波でデジクに危険を知らせようとする。しかし、思考波を受信したデジクの対処は間に合わなかった。

思考波による通達は通信を介すよりも早く情報を通達することができるが、情報の受信側に送られてくる情報について意識を持っていなければ正確な情報を通達することができない。今回、デジクはあの艦砲射撃を受けてなお反撃に出てくる敵機の姿のイメージが彼女の頭の中には一片も存在していなかったために受け取ったイメージに対する対処が遅れ、警戒のイメージは受け取ったものの、“何を”警戒するかを瞬時に判断できなかったのである。

そして、デジクのジャスティスを葬った敵機は再度両手にビームサーベルを展開し、ジャスティスに斬りかかった。ツィガンもラケルタを振るって応戦するも、純粋な近接戦闘の技量で敵パイロットに劣っているツィガンは当然のことながら苦戦を強いられる。

そして、幾合と打ち合っている中でツィガンの機体に破局が訪れた。突如左腕がコントロール不能となり、左腕に握られていたラケルタは振るった時に生じた慣性の力で明後日の方向に吹っ飛んでいく。

ツィガンがモニターを確認すると、そこには左腕駆動系統の損傷を報告する赤色の警告ウィンドウが出ている。おそらく、先ほどビームサーベルで斬りつけられて装甲を損傷した際に内部の駆動系の部品にも浅く傷が付けられていたのであろう。激しく両腕のビームサーベルを打ち合っている中で駆動系統に負荷がかかり、浅く傷が付けられていたところから損傷したというところだろう。

 

 ツィガンが全く動じることなく冷静に機体の分析をしている間にも不知火の刃はジャスティスに迫っていた。そして、ビームサーベルの刺突が正確にジャスティスの胸部を穿った。

自身に高熱の刃が接近する中でも最後の一瞬まで全く動揺や恐怖といった感情を見せずにツィガンは蒸発した。

 

 

 

 山吹の不知火のコックピットの中で、唯依は肩で息をしながらも安堵の笑みを浮かべていた。おそらく、乗機がこの不知火でなかったならばもっと梃子摺ったであろうことと彼女は判断していた。

唯依の取った戦略は単純なものだ。彼女は敢えて戦艦の艦砲射撃に不知火を曝すことでエネルギー収束火線砲からエネルギーを吸収し、プラズマ・グレネイドを発射したのだ。彼女の乗機である不知火にはダイヤモンドコーティングが全面の装甲に施されており、ビーム攻撃を受けるとそのエネルギーを吸収しプラズマエネルギーに変換することができる。

そしてそのプラズマエネルギーを収束して撃ちだすプラズマ・グレネイドと呼ばれる最強の兵器が不知火の背部に備え付けられているのだ。しかし、プラズマ・グレネイドは一発撃つたびに砲門が高熱になるため、廃熱が完了するまでは第2射が撃てないという欠点がある。

唯依は霧島の艦砲射撃を不知火のダイヤモンドコーティングで受け止めてプラズマ・グレネイドの発射エネルギーを溜め、油断している敵機にプラズマ・グレネイドを叩き込んだのだ。彼女がそれまでビーム攻撃を敢えて避け続けてきたのはこの攻撃のための布石と、敵機にこちらの装甲の性能を秘匿するという二つの意味合いがあったのである。元々プラズマ・グレネイドを一射撃つにはかなりのエネルギーを溜め込む必要があり、そのエネルギーが溜まるまで効かないと分かってビーム攻撃を敵機が続けてくれるとも思えなかった。

その時唯依は霧島から通信が入っていることに気づき、慌てて応答する。安堵感から緊張が解け、見落としていたらしい。

「篁中尉、大金星おめでとう。だが、祝福をしようにもこちらは手一杯なんだ。敵MSの掃討に力を貸して欲しい」

「……了解、これより霧島周辺の敵機を掃討します」

 

 山吹の姫武将の戦いは未だ終わっていない。

 

 

 

 

複製人間(クローン)……だと!?」

武は眉を顰める。彼の脳裏を掠めたのは人工授精で大量に出産(生産)されたESP発現体の存在だった。目の前の人物はなんらかの目的で大量に生み出された存在なのかと考える。しかし、彼の思考はクルーゼの独白で否定される。

「私は別に昔のSF作品にあるような人間兵器として大量生産された複製人間(クローン)だとか、大昔の英雄を復活させるべく彼らの遺伝子から生み出された複製人間(クローン)ではない。至って平凡――というまでではない、まぁ、莫大な財を生み出すほどには優秀な人物の複製人間(クローン)さ」

「てめぇのようなイカレタ人間のオリジナル(本物)ださぞかしイカレタやつだったんだろうなぁ!!」

武の皮肉にクルーゼは気にした様子も無く寧ろ愉快だと言わんばかりに高笑いする。

「ははははは!!なるほど、それは正解だよ。私は狂っている自覚があるが、確かに私のオリジナル(本物)も傍目から狂った存在だった」

「そんな狂ったやつがこの世に二人もいるとはなぁ!!末恐ろしいなおい!!」

武は若干冷や汗をかいている。

「安心したまえ、私のオリジナル(本物)は既に私が殺害している」

「……よくあるアイデンティティーがってやつか?オリジナル(本物)殺せば自分がオリジナル(本物)だって証明できるって」

武の推測をクルーゼは一笑に付す。

「ふん、私のアイデンティティー?私は人類の業そのものだ!!私は自身の財閥の後継者として自分自身を複製(クローニング)した愚か者!!それが私のオリジナル(本物)さ!!」

 

 クルーゼはプロヴィデンスのシールドを構え、不知火のビームサーベルによる刺突を受け流す。同時にシールド内のビームサーベルを展開すると、返す刀で不知火に斬りかえした。しかし、不知火もバックステップを思わせるような小刻みな軌道でプロヴィデンスの薙ぎを回避し、後方に回り込んでいたドラグーンによる攻撃を回避する。

「人の欲望が私をつくった!禁忌を恐れぬ愚かな科学が私を生み出した!故に私は私を生んだこの世界を憎む!そしてこの世界は正しく破滅の道にむかうのだ!!」

「お前をここで倒してあの馬鹿でかいアンテナさえぶっ壊せばいいんだろ!?やってやるさ!!人類を滅ぼさせてやる筋合いはねぇよからな!!」

武の不知火は両腕部からのビームでドラグーンに回避行動を取らせ、その隙にライフルを構えなおした。

「ふん、私を倒しても第二、第三の私が何れ人類を棺桶に引きずり込むだろう!人類の欲望と業の根は地球上の如何なる雑草の根よりも深い!!」

「お前はどこのRPGの大魔王だよ!!」

あんなイカレタ変態仮面が何人もいたらそれこそ災害である。

「ふん、誰がオリジナル(本物)が造りだした複製人間(クローン)が“私だけ”だと言った!?」

その言葉に武は驚愕するが、それ以上に納得する。確かに複製人間(クローン)が彼だけだと断定する根拠なんてない。

「人類が人類であるかぎり私のような存在が消え去ることは無い!!人類の滅びは確定された未来なのさ!!」

クルーゼは高らかに宣言する。彼の感情の高鳴りに影響されたかのようにドラグーンもより鋭角的に、キレのある動きで飛翔する。

「人類は滅ぶ!!滅ぶべくしてな!!」

 

 錐揉みするような軌道を描きながら不知火はプロヴィデンスに迫る。より動きにキレがでてきたドラグーンから放たれる幾条もの光の雨を潜り抜ける不知火のコックピットの中で武はただ前だけを見据えていた。倒すべき敵は目の前にいる。二度と敵から、現実から、戦場から目を逸らさないと彼は誓っていた。

「……守るんだ!!地球に住む人々を!思い出を!愛しい(女性)を!」

武は脳裏に蒼き故郷(ふるさと)を浮かべる。母なる星を、そこに住む命を守る力、地球を救える力が今の自分にはある。

「人類は負けない!!絶対に負けない!!」

突進する不知火を迎え撃つべくドラグーンを前方に展開し、ライフルも併せて前面からの集中砲火を浴びせようとするプロヴィデンスをその眼に捉えるが、武は不知火の軌道を変えようとはしない。

「何故人類は負けないと言える!?これほどの業を重ね、自滅しつつある人類を何故信じる!?何故滅亡に打ち勝てると言えるのだ!?」

クルーゼはドラグーンとライフルから一斉にビームを発射する。計14門の砲口から放たれたビームは不知火に吸い込まれていく。

「……がいるから」

武は避けられるはずの攻撃を避けるそぶりも見せず、不知火をただまっすぐに進ませた。当然のごとくビームは全て不知火に突き刺さった。

その瞬間、クルーゼは自身の勝利を確信した。しかし、不知火の装甲は畳み掛けるように浴びせられた幾条もの光条を全てその銀色に輝く装甲で受け止めた。驚愕の表情を浮かべるクルーゼ。そして遮るものがいなくなった不知火はそのまま腕部からビームサーベルを展開し、プロヴィデンスに擦れ違いざまに斬りつけた。そして武はプロヴィデンスの右腕を肩口から切り飛ばす。

プロヴィデンスの脇を抜けた武はすばやく残心をとり、プロヴィデンスに再度正面から相対する。先ほどの攻撃はプロヴィデンスに傷をつけさえしたが、撃墜するまでには至っていないと武は判断していた。

未だ驚愕の表情をしているクルーゼを前に武は得意げな笑みをしながら言い放った。

 

「人類は負けないさ……俺がいるからな!!」

 

 

 

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type4

正式名称 試製四式戦術空間戦闘機『不知火』

配備年数 C.E.71

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

機体全高 19.7m

使用武装 71式支援突撃砲

     特71式近接戦闘長刀『則宗』

     71式攻盾ユニット

     背部格納型プラズマビーム砲『プラズマ・グレネイド』

     肩部搭載型ミサイルユニット

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する94式戦術歩行戦闘機『不知火』そのもの。

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵している。

   原作では短刀を収納していたナイフシースに代わり、三式機龍の4式レールガンユニットのレールガンをビームに換装、レールガンユニットのメーサーブレードをビームサーベルに換装した『71式攻盾ユニット』が装着されている。

 

 

安土攻防戦にて白鷺を凌駕する性能を見せつけたザフトの新型MS、ジャスティスとフリーダムの存在は日本の軍部にとって大きな脅威として移った。

来るべき反攻作戦においてこの2機に対抗できる機体が無ければ甚大な損害が発生することを危惧した防衛省は、この2機の性能を上回る機体の開発を行うこととなった。(この開発の提言にはフリーダム、ジャスティスの両機を核エネルギー搭載型MSであると見破った香月博士が深く関わっているという噂もある)

反攻作戦の実行が閣議で決定された直後から特殊技術研究開発本部が総力をあげて開発を進めていたが、反攻作戦の予定が3カ国会談で決まったこともあり、開発が中盤に差し掛かった頃にロールアウトまでの期限が設けられてしまった。

後付で期限を設定されたため、現状の開発計画では作戦開始までに要求された中隊規模の戦力を揃えることは困難であることは明白だった。この時開発主任も兼任していた香月博士はこのことに一時は激怒して防衛省に駆け込みかねない勢いであったが、縁が深いとあるエースパイロットの助言を得て、発想を転換することでこの問題を解決した。

曰く、『小隊規模の核エネルギー搭載型MSを単機で撃墜できるMSを3機作ればいいんじゃない』とのことである。元々無理を言っていることは防衛省側も理解しており、少々後ろめたいものもあったために無理を通して戦力が揃わないよりは彼女の提言を受け入れるべきと考え、これを了承した。その時にちゃっかり香月博士は莫大な研究開発費を榊大蔵大臣から分捕ることに成功している。

つまりは、予算度外視で『科学者(へんたい)がかんがえたさいきょうのきたい』を開発する許可が与えられたということと同義である。もちろん、特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)科学者(へんたい)たちが身震いしないわけが無い。彼らは自重と睡眠時間と理性をなくしたまま開発に没頭したという。一部の科学者はこの夢のような開発プランを実現させた香月博士を女神として慕っていたそうな。本人も開発に並々ならぬ熱意を持って臨んでおり、一号機ロールアウトの後に行われた性能試験で白鷺を圧倒し、出席した軍の高官が唖然とする中で『私は聖母になったのよ!!』とハイなテンションで叫んでいたそうな。

しかし、やはり時間に限りがあったため、結局ロールアウトが間に合ったのは2機だけであった。

 

装甲は日本の最新鋭戦艦である長門型戦艦の装甲にも使用された超耐熱合金TA32を惜しみなく使用した。これは特殊チタン合金と耐熱セラミックタイルを複合して使用していた従来の戦艦の装甲の2倍以上の物理的な強度、数倍の対ビーム防御力を誇る。更に表面に開発されたばかりのダイヤモンド・コーティング技術を施したため、全身がパールホワイトという非常にめだつ容姿となった。

全身のダイヤモンド・コーティングはビーム攻撃をプラズマエネルギーに変換する作用を持ち、エネルギー収縮火線砲の直撃やプラズマ収束ビーム砲の直撃にも焦げ一つなく耐えることができる。実弾防御に関しても化け物くさい防御力を誇っており、88mm電磁砲の直撃を受けても耐え切るほど。しかし、直撃の衝撃までは緩和できるわけではないため、幾度も連続して直撃を受ければ内部機構を損傷する可能性はある。

装甲のダイヤモンド・コーティングで吸収したエネルギーは収束・増幅して肩部から展開される超兵器『プラズマ・グレネイド』から発射される。一度使用すれば10分は冷却のために再発射は不能になるが、その威力は絶大で、ラミネート装甲でもフェイズシフト装甲でも貫通可能である。性能比較試験では長門型戦艦の主砲である245cmエネルギー収束火線連装砲と同等の破壊力を見せつけた。

背部に搭載している専用武装、『則宗』は宇宙軍技術廠第一開発局の巌谷中佐が鍛造したという特別製の長刀である。その鍛造には巌谷中佐がグレイブヤードから招聘した蘊・奥という老人が関わったらしい。その刀身には特殊技術研究開発本部がMS武装用に開発した特殊合金を用いていたためにその切れ味は凄まじいの一言。これも表面にダイヤモンドコーティングを施しているためにビーム攻撃は通用しない。

しかし、最大の特徴はその機動力にある。これまでに培ったエンジン技術の粋を凝らした製造された不知火専用噴射ユニット『松風』の出力は最大で白鷺の2倍という凄まじいものとなった。また、その凄まじい推力を制御するために機体を制御するOSを搭載するCPUも特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女謹製の一品である。

量子コンピューターへのハッキングシステムを持つ機体の存在が情報局の諜報活動によって明らかになったこともあり、不知火には最先端のハッキング対策も取り入れられている。ハッキングの媒介となるミラージュコロイド粒子による干渉を防ぐべく、電子部品らに関しては香月夕呼博士が開発した思考波通信素子のスピンオフ技術によって作り出された特殊素子を電子部品に装備することで外部からのハッキングを阻止する機能を搭載している。

頭部に搭載された各種センサーもこれまでのものとは一線を画すものが使用されている。

当初は無尽蔵のエネルギーを得るためレーザー核融合炉の搭載が考えられていたが、香月博士にその計画は一蹴された。元々大規模火力は外からのビーム攻撃のカウンターとなるプラズマ・グレネイドしか備えておらず、フェイズシフト装甲も採用していないためにそれほど電力を消費することは無いと想定されていたことと、レーザー核融合炉の安全性に疑問符がついていたことがその理由である。

 

各部のスラスター配置もこれまでの機体で得られた運用データを参考にしているため、AMBAC制御と同時に攻撃オプションを選択できるように最大限の工夫が凝らされている。

整備班をその整備性の悪さで泣かせ、榊大蔵大臣をその調達費用で泣かせ、特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)科学者(へんたい)をそのロマンで泣かせた機体である。

尚、製作された2機の内、二号機はパイロットの希望でダイヤモンドコーティングの際に山吹色に近い黄色の塗装がなされた。




唯依姫大活躍!!
そしてようやく出せたプラズマ・グレネイド。
連射できるとパワーバランス的にやばいんで枷は付けましたが、十分チートですなぁ……
後、ビャーチェノワ姉妹の名前はソ連の宇宙犬からとりました。


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PHASE-54 人類を無礼るな

昨日は横須賀行って護衛艦見て、三笠を見に行って、靖国神社に参拝してと疲れました……しかし、いろいろと感慨深いものがあり、帰宅後に執筆が進む原動力となりました。


 クルーゼは赤い警告ウィンドウと警告ブザーが響き渡るコックピットの中で自身の無様さに自重していた。人類の可能性を信じて足掻こうとする敵の姿と、人類の救済の志を乗せた刃と自身の人類滅亡の志を乗せた刃との切り結びにらしくない愉悦を感じ、それに興じた結果がこの様である。

「フム、放射能漏れか……しかし、このままではまずいな」

先ほどのすれ違い様の一撃でプロヴィデンスは左腕を失っている。更に左腕を斬り飛ばした刃は胴体部分を掠める軌道を取り、胴体にも僅かばかりの傷を残していた。その傷が原因で現在、原子炉からの放射能が漏れ出しており、コックピットに備え付けられたガイガーカウンターが危険数値を示している。そしてコンピューターはこのまま戦闘を続行すれば原子炉の制御に支障をきたすおそれがあるという警告ウィンドウをモニターに表示していた。

別に今更被爆して寿命を縮めようが、この機体が原子炉の制御ができずに自爆して自身が跡形も無く焼き尽くされようがどうでもいい。どの道この命は長くないのだ。だが、まだ機体が動く以上、諦めたくないという気持ちもどこかにある。あの男の諦めの悪さに感化されたのだろうか。

まぁ、なんだろうとこのまま何もしないでいるつもりは毛頭ない。だが、自身の体は眩暈と吐き気を感じている。放射線障害か、薬の効果切れかは分からないが、万全の状態とは言いがたいのは確かだ。

彼は知らないことであるが、この時プロヴィデンスのコックピットでは常人ならば数日で死に至るレベルの放射線が検出されていた。それでもクルーゼの容態が深刻なものとなっていなかったのは彼の親友が与えてくれた力が彼の命を繋いでいたためである。

クルーゼはコックピットに備え付けられたボタンに目を移す。ガラスのカバーに覆われた“それ”は彼の親友が選別としてこの機体に積んでくれたシステムだ。これの力を借りれば今再び自分は万全の状態を、いや、それ以上の力を得ることができるだろう。

 

『――体調が芳しくないようだね』

一週間前、既に末期の状態にあり、薬でも自身の体を万全の状態に戻すことができないほどの状態にあった自分は親友から救いの手を差し伸べられた。

『“これ”が噂のジョージ・グレンの遺産か』

訝しげに件の物体を見つめるクルーゼに彼の親友はこう言った。

『“これ”を使えば君は戦える体を取り戻せるだろう。これまでの動物実験から得られたデータから、“これ”は生物の能力を飛躍的に上昇させることが判明している。人間に使用したことは無いのだが……もしかすると、君は真の意味で進化した最初の人類になれるのかもしれないな』

実際、彼が私に与えてくれた力は私を全盛期の肉体に近づけてくれた。ジョージ・グレンの遺産が新人類を生む――ある意味彼が定義したとおり、彼は新人類と旧人類を繋ぐ調整者(コーディネーター)であったのかもしれないとクルーゼは思う。

 

「出来損ないの人間(ホモ・サピエンス)であった私が末期に人間を超えた存在として人類を滅亡に追い込むか……皮肉だな、ジョージ・グレン。君は新人類との友愛を謳い、その出会いを仲介した調整者(コーディネーター)ではなく、人類を滅ぼす災悪(カルマ)を持ち込んだただのキャリアーにすぎなかったようだ」

クルーゼは朦朧としだした意識で左腕を振りかぶり、その腕を振り下ろす。特殊なプラスチックのカバーを破壊して彼の拳はその下にあったボタンを押した。同時に、彼の体を凄まじいショックが駆け巡り、体中の筋肉が脳の制御を失って痙攣をはじめた。

 

 

 

 武は警戒を怠らずにプロヴィデンスに向けて長刀を構える。擦れ違い様に斬りつけた後にプロヴィデンスは動きを止めていたが、武はクルーゼを殺した、又は機体が動かなくなったとは思っていなかった。根拠は無いが、歴戦で養われた勘がまだこの戦いが終わっていないことを武に警告していたのである。

そして武の予期していた通り、プロヴィデンスは再度武に向き直る。一瞬の睨みあいの中、クルーゼが先に動いた。ビームサーベルを展開し、不知火に斬りかかる。武も長刀を上手く動かして立ち回るが、武にとって予想外のことが起きる。

プロヴィデンスの反応が異常なほどに速いのである。これまでとはまるで別格だ。機体を動かすパイロットの反応速度がここまで速くなる理由が分からず、武は困惑する。そんな中で、再びプロヴィデンスから通信が入る。

「ははははは!!そうか、これが新人類の力か!!」

「てめぇ、何しやがった!?ドーピングか!?」

武はクルーゼのこれまでとは比べ物にならないほどに洗練された連撃を受け流すが、鋭い一撃一撃が武の神経をガリガリ削る。

「違うな!私はこの不完全な体を脱ぎ捨てて更なる高みを目指して翔んだだけ!!私は最初で最後の新人類として人類の滅亡を見届けるのさ!!」

「ラリってんじゃぁねぇのか!?」

武は黒木がこの作戦の開始前に話していた大西洋連邦の強化人間(ブーステッドマン)について思い出していた。彼らは通常の場合に使用される許容量を超えた量の薬物を摂取することで一般のナチュラルを、コーディネーターをも超えるほどの能力を得ることができる。

反応速度、痛覚の麻痺等、各種感覚の鋭敏化などの作用で彼らの戦闘能力は飛躍的に上昇するらしい。ただ、薬物による強化のレベルが高ければ高いほどに判断力や思考力も低下するらしい。見たところ現在のクルーゼもその状態に近い。

だが、思考力や判断力が低下したとは考えにくい。寧ろ上がっているようだ。そうでなければ先ほどの熾烈な連撃を説明することができない。あの攻撃では一撃一撃が必殺のそれであったにもかかわらず、防がれて次に放たれる手も狡猾で、武は常に死を感じながら戦っていたのだから。

クルーゼの豹変振りはまるでどこぞの成功を呼ぶ料理で有名なレストランのコンソメスープでも飲んだかのようなものであった。

「いったどんな薬を使いやがったんだよ」

武は冷や汗を流しながら毒づいた。

 

 

 

「無茶だ!!この状態で再出撃なんて!!」

「これでもまだジャスティスは戦えるんだ。今戦場に必要なのは1機でも多くのMSだ。攻撃隊の護衛として敵MSをひきつけなければいけない」

「けどな!!駆動系統に不具合がいくつか見つかっているんだ。反応が鈍ることもあるんだぞ!!」

エターナル級2番艦トゥモローの格納庫で中年の男性と将来が心配される額をしている少年が言い争っている。将来が色々と心配な少年の名前はアスラン・ザラ。現プラント最高評議会議長兼国防委員長、パトリック・ザラの一人息子である。

彼はかつての親友が駆る雷轟に破れ、機体を中破させた状態で撤退中に、同じ核動力MS運用艦であればジャスティスの整備と補給も可能であろうとトゥモローに着艦したのである。当初は艦長であるシュライバーが機密保持のために適当な理由をつけて着艦を拒否しようと考えたのであるが、中破している本艦に迫る敵MSの脅威を副官に進言されたことを受けて渋々これを受け入れた。

彼にとって優先すべきなのは実験体達が採取した実戦のデータの採取であったが、実戦経験もそこそこにある副官がこれ以上戦局が悪化すれば損傷しているこの艦の自衛すら困難になり、データを持ち帰ってきた実験体を改修する前にこの艦が沈みかねないと判断したのであれば従わざるを得ない。

あくまで、優先すべきなのはデータであるが、自分達の艦が沈んでしまえば本末転倒である。そんなやり取りの結果受け入れられたアスランのジャスティスは、着艦後すぐに応急修理をすべく駆けつけた技術士官達に取り付かれた。

アスランのジャスティスは両足を失い、左腕も肩から斬り飛ばされている。背部のファトゥムも喪失し、満身創痍の状態ということもあって、簡単には修繕できなかった。整備班の奮闘の結果、とりあえず予備のファトゥム00を装着し、四肢もそろった。しかしその腕はフリーダムのものである。機体の各部にもここでは直しきれないフレームの歪み、駆動系統の損傷などが多数発見されている。

この状態で出撃したとしてもまた何時不具合が起きるかは分からず、各部ブースターの出力にもバラつきが出始めているために姿勢制御にも難があるという事態にもなりかねない。そんな機体状態でも出撃を希望しているアスランと自分達は棺桶を修理したわけではないと主張するトゥモロー整備班の班長をしている男が言い争っていたのである。

 

 その時、ハンガーに艦橋から通信が入り、整備班長はハンガーの壁に設置された受話器を手にする。

「こちらハンガー。整備班長のエッグです」

「エッグ班長、今すぐアスラン・ザラの機体を出撃させろ!!」

受話器から聞こえてくるこの声の主はトゥモローの艦長、タカオ・シュライバーに違いない。

「艦長、しかし彼の機体はその実力を発揮できる状態では」

シュライバーはエッグの言葉を最後まで聞くことなく大声でエッグの主張を遮った。

「そんなことを言っている余裕はないんだ!!01と04が追い詰められているのだぞ!!つべこべ言わずに発艦準備を五分以内の終わらせろ!!これは命令だ!!」

「……了解しました」

受話器から聞こえてくる凄まじい大声に顔を顰めたエッグは発艦を了承すると渋々受話器を戻し、声を張り上げる。

「艦長からの命令だ!!五分以内にジャスティスを発艦させるぞ!!」

そう言うと彼も床を蹴ってコックピットに向かい、発艦に向けた調整をはじめる。

 

「ありがとうございます。これで自分はまた戦えます」

コックピットの上で栄養ドリンクを片手にアスランがお礼を言う。

「礼はいらん。俺は納得していないが、それが艦長の命令だ。そうだ、兄ちゃん礼がしたんなら、一つ頼みを聞いて欲しい」

そのエッグの言葉にアスランは一瞬訝しげな表情を浮かべるが、すぐにそれを振り払った。

「なんなりと。俺にできる範囲のことであれば」

コンソールを操作する手は全く休ませることなく、エッグは口を開いた。

「うちの艦のジャスティスとフリーダムを見つけたら、できる限りでいい。助けてやってくれ。死なせたくねぇんだよ」

黙々と手は作業をしているが、エッグは若干顔を赤らめていた。それを目にしたアスランは若干苦笑しながら答える。

「できる限りのことはやりますよ。ザフトの同胞を見捨てたりはしたくないですから」

「そうか。それで、十分だ」

そう言うと彼はコックピットを後にする。

「それでは……御武運を」

ザフト式の敬礼を浮かべながらジャスティスを後にするエッグにアスランも答礼し、ジャスティスのコックピットに乗り込んだ。

 

 そして、確かに5分以内にジャスティスの発艦準備は完了する。ハンガーの整備班は全て退避し、ジャスティスはカタパルトへと移送された。

「ZGMF-X09Aジャスティス、発進どうぞ!!」

発艦シークエンスが完了したことをオペレーターが通達する。アスランは操縦桿を握り締め、フットバーに足を置いた。

「アスラン・ザラ。ジャスティス出る!!」

トゥモローのカタパルトからジャスティスが飛び出した。

 

 

 

 

「第一戦隊と大黒柱(メインブレドウィナ )の距離、13000!!第一戦隊はデラック砲のエネルギー充填を開始しました!!」

アークエンジェルの艦橋にその一報が入ってきても黒木は全く喜色を浮かべていなかった。それほどに事態は緊迫に度を増していたのである。

大黒柱(メインブレドウィナ )の第一次ミラーの位置は!?」

黒木の問いかけにチャンドラが答える。

「現在、大黒柱(メインブレドウィナ )の中心点に向けて移動中!!現在制動をかけ始めていますから、計算では……後5分で中心点の正面に到達する予定です!!」

「第一戦隊がデラック砲の射点につくのは!?」

「およそ4分後です!!」

ギリギリの条件に黒木は顔を顰める。ミラーの展開を遅らせる策を考えるも、そもそもミラーにデラック砲を使うわけにもいかず、打つ手は無い。その時、チャンドラが上ずった声を上げた。

「白銀中尉の不知火が敵新型MSに押されています!!」

その報告を受けた黒木はすぐに自身の席のコンソールを操作し、望遠カメラが捉えた映像をモニターに映し出す。片腕でありながら敵機は先ほどまでとは打って変わった野生的な剣術で不知火に斬りかかっている。不知火の方は防戦一方に見える。

これまで誘導兵器を主体にしていた敵機がこれまでとは一転して超近接戦闘に切り替えて猛攻を繰り出していることが気になるが、それを気にしていられる余裕はこちらにも無い。懲りずに第一戦隊を標的とした攻撃部隊が右舷より接近していることをレーダーが捉えたのだ。

マリューの指示で右舷に弾幕が形成され、弾幕を避ける軌道を取った敵機は情報から雷轟のビームライフルで撃ちぬかれて爆散する。しかし、バックパックなしではバッテリーの消耗も早いということがあり、キラの雷轟はすぐに着艦を求めてきた。この分では他の戦線の核動力MSを抑えてももらうことも難しいだろうと黒木は考えた。

 

 

 

 

 

 武は防戦一方であった。プロヴィデンスの鋭い剣閃が幾度も不知火の装甲を掠め、彼は緊張からその体力をガリガリと削られていた。そんな中で、武はこのプロヴィデンスの異常なまでの強化について既にある程度把握しきっていた。

まず、これまでの動きに比べ、遥かに洗練されているその戦闘技能からクルーゼの思考や反射といった能力の向上が上げられる。脳がなんらかのドラッグの作用で活性化している可能性が高いと判断できる。

次に、プロヴィデンスのパイロットの身体にかかる負荷()を無視した無茶苦茶な機動から、彼の身体能力が向上しているか、Gを感じないほどに痛覚が麻痺していることが考えられる。

これらのことを踏まえて武のとった選択は敵に強引な機動を取らせることであった。敵が近接戦でくる以上は、そのビームサーベルの間合いに標的を捉えなければいけない。武は普段よりも激しい機動を取ることで、それを追ってくる敵機に負荷をかけようと考えたのである。

元々、変態機動には一日の長がある武だ。追いかけてくる敵機に自機を上回る負荷をかける機動だって知り尽くしている。武の機動の上をいこうとすればその際にかかる負荷は常人に耐えられるものではないということぐらい承知だ。

だが、この敵はどれほど負荷がかかる機動をしても全く動きが衰えない。対Gなど、ことMSパイロットに必要な能力であれば史上最高のスーパーコーディネーターと同等に近い能力を因果律から与えられた武であってもあれほどの動きを強いられれば動けなくなっていただろう。

 

 武は想像以上の厄介さに舌打ちをする。正直、これほどの相手だとは考えていなかった。その時、再度クルーゼから通信が入る。

「どうした!?人類を救うために私を討つのではなかったのか!?」

「言われなくてもお前は倒すさ!!このドーピング野郎!!」

武の苦し紛れの言葉もクルーゼは意にも介さない。

「違うな!!これはドーピングではない!!私は進化したのだよ!!」

「ならもう少し……オツムも進化させろ!!」

「はっ!!正義と信じ!判らぬと逃げ、知らず!聞かず!破滅へと歩むその足を止めることの無かった人類のオツムの方が笑いものだ!!」

 

 クルーゼは笑う。まるで全てが滑稽だといわんばかりに。

(戦い)の果てに求めていた安息の地があると信じて人類はいつから戦い続けてきた!?人類は戦いの中で何を得た!?」

クルーゼは嘲る。どれだけの犠牲を出そうとも戦を求め続ける人類を愚かだといわんばかりに。

「戦いの先に安息などないさ!!他者より優れた存在を目指し!競い、妬み、憎んでその身を喰いあう!それが人類の本能!!人類は安息の地という偶像を作り出してその本能からの行動(戦闘)を自己正当化させているにすぎん!!」

クルーゼは哀れむ。他者を傷つける爪と牙を持って生まれ、他者を傷つけなければ生きられない愚か過ぎる(人類)を。

「その果ての終局だ!!もはや止める術など存在しない!!血は焼かれ!涙と悲鳴が新たなる戦いを呼ぶ人類の歴史(愚行)はここに終焉の時を迎える!!」

 

 歪な笑みを浮かべるクルーゼに相対している武はふつふつとこみ上げてくる怒りを堪えきれずにいた。彼はだれよりも人類の滅びを知り、誰よりも最後まで滅びと逃げずに向き合った高潔な人類を知っている。故に、滅びを許容して招き入れる男を許すことができなかったのである。

「この世界で生まれて、この世界に育てられた人類が!!世界の滅亡を前に指を咥えて傍観するほど愚かだと決め付けてんじゃねぇぞ!!」

例え満身創痍であろうとも、全身全霊を捧げて絶望に立ち向かう人類の勇気を知っている武は滅亡を受け入れない。だが、クルーゼは武の主張を否定するかのごとく高らかに叫ぶ。

「ふん、自らの業と過ちを認め、正す勇気を持たぬ人類が滅亡の淵に立って何ができる!?何もできやしないさ!!」

「人類の業しか知らないお前が断言するな!!滅亡を知らないお前が!!」

クルーゼの振るうビームサーベルが不知火のセンサーマストを掠める。武は間一髪のところで機体の頭部を上げてこれを回避した。だが、クルーゼの猛攻は止まらない。背部に格納していたドラグーンをミサイルのように撃ちだし、不知火の右肩に突撃させる。その衝撃で不知火は体勢を崩した不知火に対してクルーゼは追撃のビームサーベルを突き出した。

「私は人類の業の結末だ!!故に知る!!人類の行き着く先が滅亡であると!!」

武は突き出されるビームサーベルを右腕から展開したビームサーベルで裁き、プロヴィデンスのビームサーベルを軸に機体を半回転させ、左足でプロヴィデンスの頭部に後ろ蹴りをお見舞いした。衝撃でプロヴィデンスは体勢を崩しながら吹き飛んでゆく。

 

「私にしてみれば君が何故そこまで人間に入れ込むのかが理解できないな!!自らが生み出した闇に喰われる愚かな姿を見ていながら何故そこまで人類を信じる!?誇る!?」

吹き飛ばされながらもクルーゼはドラグーンを展開する。そしてドラグーンを不知火の噴射ユニット目掛けて特攻させた。追撃の絶好の機会を得ながらも武は噴射ユニットを守ることを優先し、ドラグーンの迎撃を敢行する。

特攻は阻止したもののその間にプロヴィデンスは体勢を立て直し、残ったドラグーンもエネルギーの充填が終わったのか再展開する。武はライフルをマウントし、不知火に長刀を握らせる。両者の間には一瞬で詰められる距離しかない。しかし、どちらもここから距離を置こうとしなかった。

 

 互いに全く意見が異なる二人。確固たる人類への誇りを胸に、人類を守ろうと、救おうとする武。そして人類に対する極大の憎悪と禍々しい悪意を発現させるほどの失望を抱き、人類という種を冥府に引き摺り下ろそうとするクルーゼ。彼らの死闘(戦い)はすなわち人類への希望と絶望の戦い、彼らの魂に刻まれた思いのぶつけ合いであった。

故に彼らは引くことをしない。目の前の相手を打ち破ることは譲れない思いを貫くこと。ここで引いてしまえば自分は敵の抱える人類への希望/絶望の思いを認め、自身の抱く絶望/希望を否定することに他ならないのだから。

 

「俺はあんたを認めない。人類は、どんな困難の中でも前を見据えて歩み続ける力を持っているんだ!!」

「私は君を認めない。人類は己の生み出した業を省みず、自身の過ちに足を取られて自滅する救いようの無い愚かな生き物にすぎん!!」

二機の鋼の巨人が僅かに体勢を変える。そして、二機の巨人はほぼ同時にスラスターから爆発を彷彿とさせる勢いで光を噴出し、急加速した。

 

 

 第一戦隊はジェネシスから12200まで距離を詰めていた。

大黒柱(メインブレドウィナ )との距離、12200!!」

観測員からの報告を受けた羽立は正面のモニターに映る忌まわしき兵器を見つめた。

「……来月、姪っ子が生まれるんですよ」

羽立の隣の席に座る長門砲術長、仁万崎陽一中佐が言った。

「あの子にも、これからこの国に生まれる子供たちにも、四季の豊かな自然を見て健やかに育って欲しいものです」

「そうだな。豊かな緑に包まれた山々と、海の豊かな恵みがある美しい国だ。だが……それを守るには、目の前のあれは邪魔だ」

羽立はそう返すとモニターを見据える。

「母なる星を守るために敵の巨大兵器に秘密兵器抱えて突撃するなんて話は20世紀に使い古されたアメリカ映画の定番だがな。現実には一回やれば十分だ」

 

 更に第一戦隊は大黒柱(メインブレドウィナ )との距離を詰める。そして、羽立は仁万崎に命令した。

「後1分で射程に入る。デラック砲、照準あわせ」

「了解。左10°旋回、射角上方23°。目標、大黒柱(メインブレドウィナ )

長門艦長羽立の命令で長門前部甲板に備え付けられた超巨大要塞砲、デラック砲が旋回する。今回の任務にあわせ、第二砲塔を撤去して強引に搭載された一門の巨砲が前方のアンテナ状の巨大な建造物に照準を合わせる。

敵の攻撃の及ばない距離で敵を迎撃するというコンセプトの元で開発されたこの特殊砲は要塞などの固定陣地以外では運用は不可能なほどの巨砲である。マキシマオーバードライブの強大な力を撃ちだすことができる耐久力を持たせることは難しく、必要とされる耐久力を実現するためにこれほどの巨砲になったという経緯があるらしい。

 

「マキシマエネルギー充填完了。いつでも撃てます」

仁万崎が羽立に視線を送る。羽立はその視線を受けて頷いた。目の前に存在するものはこの世にあってはならないもの。皇国の臣民を、豊かな自然を、雅な文化を、全てを無慈悲の焼き払う悪魔の炎を宿した兵器だ。

自分達をここまで送り届けるために多くの戦友が散っていった。自分達を守るために犠牲になっていく戦友達を見ていながら自分達はただ前に進むしかなかった。前に進むことしか戦友たちに報いる方法は無いのだから。

血が出るほどに唇を噛みしめ、彼らは待った。必中の一撃を放てるこの時のために只管耐え抜いてきたのだ。もう我慢する必要はない。

皇国を守るため、戦友の挺身に報いるために、この兵器は我々の手で葬らなければならないのだ。羽立は意を決し、そして腹の底から空気を吐き出して命令した。

「撃ち方始め!!」

仁万崎が命令を復唱し、砲術員がそのトリガーを引く。

デラック砲の砲門にマキシマオーバードライブからカスケードされたエネルギーの光が灯り、そして光の奔流が矢のように砲門から放たれ、一直線に奔る。姉妹艦の陸奥からもほぼ同時に光芒が放たれ、2条の光芒が宇宙に光の軌跡を描く。

戦場を翔ける光の矢に一瞬、この宙域のほとんどの兵士の視線が吸い込まれていた。一瞬で目標に迫った輝ける矢は違うことなく円錐上のミラーを貫通し、その針路を揺らがせることなくパラボラ状の巨大建造物の中心を射抜いた。

だが、まだ矢は止まらない。矢はシリンダー状の基部をも貫通し、数多の星が彩る漆黒の大宇宙へと吸い込まれてその姿を消した。

 

 一瞬、大黒柱(メインブレドウィナ )が肥大したかのように羽立には見えた。そして膨張に耐えかねた服が裂けるように大黒柱(メインブレドウィナ )の表面に光が漏れ出す亀裂が奔る。だが、それも刹那のことだった。亀裂が一度に開かれ、そこから鮮やかなピンク色の光が奔騰した。

光は大黒柱(メインブレドウィナ )の各部から奔騰し、まるで破裂した風船のように大黒柱(メインブレドウィナ )は引き裂かれ、ばらばらになってその破片を四方八方に撒き散らしながら崩壊していった。

 

 ジェネシスが内部から破裂したかのような大爆発を起こした瞬間、プロヴィデンスはジェネシスを背にしていた。すなわち、ジェネシスと相対していた不知火のメインカメラは爆発によって生じた凄まじい光によって一時的にプロヴィデンスの姿を見失っていた。

武も網膜投影される画像が白濁し、全く状況がつかめずにいた。だが、彼は脳内に映し出された予測(ビジョン)の通りに長刀を突き出した。そして、同時に背部のプラズマ・グレネイドを起動させ、照準もセットせずにトリガーを引く。

白銀武という因果導体が気が狂うほどに繰り返した戦闘の中で培い、幾度と無く繰り広げた死闘の中で自身を救ってきた直感を武は信じた。全く照準も定めておらず、そもそも視界さえは白濁して敵機の姿さえも捉えていないのにも関わらず、彼は迷わずにプラズマ・グレネイドのトリガーを引いた。

先ほど、ドラグーンから放たれたビームの雨を強行突破した際にプラズマ・グレネイドを最小の出力で発射できるだけの最低限のエネルギーは既に充填していたのである。

機体は突如制御を失い、体勢を崩す。予期せぬ急な動きに彼の体には凄まじいGがかかっていた。だが、彼は何も見えないままで正面を見据え続ける。

「さらばだ!!人類の擁護者よ!!」

人類を滅ぼさんとする闇(クルーゼ)の勝ち誇った声がコックピットに響く。だが、まだ負けていない。

人類最高の英知(香月夕呼の加護)に守られていながら、たった一人の敵に、人類自身が生み出した闇に負けるなんてありえない。ここで自分が負けたりしたら、自分よりももっと過酷な戦場で自分のやれることを精一杯やり遂げた彼女達に九段でどうして顔を見せられようか。

機体の制御を奪われようが、自身の体を陵辱されようが、万の軍勢に四方を囲まれ、退路を立たれようが、人類の勝利のために最後の最後まで何者にも、そして自分自身に恥じない生き方を貫いた彼女達の姿を、思いを知る武がここで負けることは許されない。あんな男に人類の誇りを汚させることはできない。

そして人類という種の“尊厳”を武は叫んだ。

 

 

「人類を無礼るなぁぁ!!!」

 

 

 

 

 クルーゼは勝利を確信していた。左腕が斬り飛ばされた際に同時に吹き飛んだMA-M221ユーディキウム・ビームライフル。これはドラグーンのような自力での推進は不可能だが、自身の手元から離れてもビームを遠隔操作で発射することが可能なのだ。この時、MA-M221ユーディキウム・ビームライフルは彼らの対峙していた地点の中心にその銃口を向けていた。

クルーゼは突撃と同時にこのビームライフルを起動し、不知火のエンジンユニットを狙い打ったのだ。同時にドラグーンを全機不知火の長刀目掛けて特攻させる。長刀が吹き飛ばされ、最大出力を出していた噴射ユニットの片方を噴射口から打ち抜かれた不知火は急な衝撃で制御を失う。

背後からの凄まじい爆発はジェネシスの崩壊によるものである可能性が高い。だが、まだこちらにはαがある。むしろこのタイミングで崩壊し、凄まじい爆発から生じた光で不知火の視界を塞いでくれたことに感謝した。そしてこの死闘に終止符を打つべくクルーゼがビームサーベルを振り下ろした。

「さらばだ!!人類の擁護者よ!!」

獲った!!そうクルーゼが確信したその時、彼は不知火の背部から展開された二門の砲身の砲口から溢れ出す光に包まれた。

 

「人類を無礼るなぁぁ!!!」

コックピットに仇敵の声が届く。同時に、クルーゼは理解した。目の前の男は人類の滅亡を知っている――いや、体験しているのだと。根拠なんて全くない。そもそも、体験しているということ自体が理屈に合わない。

だが、根拠が無くとも、理屈に合わなくとも、それが事実だということは何の迷いもなく断言できる。彼は人類の滅亡を体験し、絶望的な状況にあっても屈することなく滅亡と戦い続けた人類の誇り高き姿をその目に、魂に焼き付けた。彼の見た誇り高き姿こそが人類の可能性――意地というやつなのだろう。

 

 残念だ――クルーゼはそう思った。

人類の滅亡を、この世界の終焉をこの目で見届けられないことではない。人類の闇から生まれ、憎悪を持って人類と向き合ってきた自分には想像できないほど絶望的な状況下にあってなお、滅亡と戦おうとした人類の誇り高き姿を見ることができなかったことをクルーゼは後悔していた。

もしも、彼が魂に焼き付けた人類の高潔な姿を自分も見れていれば、自分の考え方もまた変わっていたのだろうか――そんなことを考えているうちにクルーゼの意識は途切れる。

彼の思考も、人類から抜け出した肉体も押し寄せる金色の光の中に包まれて消滅していった。

 

 核動力炉が損壊し、プロヴィデンスは大爆発を引き起こして消滅する。先に現出したジェネシスのそれには及ばないが、戦場を照らす巨大な火球がまた一つ、凄惨な戦場となった銀河を彩った。




過去最長を更新……ほんとに最終決戦の分量がおそろしくなりそうです。

クルーゼの身に起きたことはまたその内に種明かしを考えております。


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PHASE-55 震撼するL5

これで宇宙方面の戦いは何とか集結しました。



 凄まじい光を放ちながら崩壊していくジェネシスの姿はザフト軍最高司令部があるヴァルハラからも観測されていた。自分達の切り札が敵の手によって完全に破壊されたという現実を目の当たりにし、司令部の人員は誰もが唖然としている。

だが、パトリック・ザラは違った。ここで思考を停止することだけならば誰でもできる。彼はプラント最高評議会議長にして国防委員会委員長である。ザフト全軍の最高指揮権を握るこの役職の椅子は不測の事態で思考を放棄する俗物が座っていられるほど緩いものではない。

パトリックは自分達の切り札が破壊されたことで恐慌一歩手前の状態で浮き足立っている司令部の軍人達を一喝する。

 

「うろたえるな!!」

 

 パトリックの一喝で彼らは落ち着きを取り戻す。オペレーターたち平静を取り戻して彼らの任務を続行した。

「ジェネシスの内部シリンダーを貫通して機関部の誘導システムに敵艦の砲撃が命中し爆発した模様!!」

「シュライバー隊の核動力MS2機がシグナルロスト!!」

「ヴェサリウスより緊急伝!!ラウ・ル・クルーゼ隊長、敵新鋭機と交戦し戦死されました!!」

「何だと!?」

次々と報告が入る中でパトリックは思わず反応した。報告を読み上げていたオペレーターらが硬直する。

「クルーゼが戦死したというのは確かなのか!?」

パトリックに訪ねられたオペレーターは上ずった声で答えた。

「た……確かなようです!!クルーゼ隊長の専用機、プロヴィデンスのシグナルは消失しています!!クルーゼ隊長が敵新鋭MS(アンノウン)との一騎討ちの末に破れ、プロヴィデンスが爆発四散する一部始終を目撃していたという報告がヴェサリウスのアデス艦長から入っております!!」

 

 パトリックはクルーゼ戦死の報を聞いて頭を抱える。クルーゼの乗機であったZGMF-X13Aプロヴィデンスは安土攻防戦で核動力MSであるフリーダムとジャスティスが日本軍の新型MS相手に封殺されたという事実を受けてプラントの誇る3つの兵器開発局が総力を挙げて完成させた対日決戦機である。

超人的な空間把握能力保持者にパイロットは限定され、ザフト内ではラウ・ル・クルーゼを超える適合者が出なかったが、この機体の切り札である無線式全周囲攻防システムは単機で中隊以上の活躍をすることを可能にするはずだった。

しかし、ザフト史上最高の機体に乗ったザフト指折りのエースパイロットが一騎討ちで敗れた。これが意味するところは、敵にはプロヴィデンスを駆るクルーゼを超える機体とパイロットがいるということになる。

事前のシミュレーションでは核動力MSを駆る精鋭二個小隊を全滅させたプロヴィデンスが敗北したとなると、ザフトはクルーゼを討った相手を倒す術が無いに等しい。可能性があるとすればα――ジェネシスの試作型による攻撃だろう。

 

「ジェネシスを失ったとはいえ、未だαが健在だ。防衛ラインをこのヴァルハラまで下げろ。そうすれば敵部隊はαの射程圏内に入るはずだ」

「お……お待ちください」

ユウキがパトリックの命令に異を唱える。

「αは所詮試作型です。こちらに存在するα用の一次反射ミラーは2枚しかありません!!」

「日本艦隊を狙えばいい!!やつらを倒せば他の勢力からの侵攻はザフトの全戦力を持ってすれば耐え切れる!!このヴァルハラが絶対国防圏(ファイナル・ディフェンス・ゾーン)となる!!」

これはパトリックの希望的観測も入った考えである。実際にはヤキンドゥーエ方面ではGATシリーズの新型機と思しき機体が跳梁跋扈しており、ザフトは既に要塞自体への侵攻を許してしまっている。一方のボアズ方面では練度の差からか若干有利に立っているが、敵部隊を容易に撃退することは不可能だろう。

「軍を指揮するものが思考を止めてどうする!!貴様はプラントに住む国民の手前『お手上げ』なんて言葉を口にできるのか!!常に考え続けろ!!ユウキ!!」

 

 ユウキを叱咤したパトリックはこれからの展望を脳裏に描く。

最優先目標は敵軍の撃退である。多少プラントへの被害が出ても敵軍の撃退を優先する。現状の戦力配置では各個撃破されることは明白だ。今から要塞を放棄してこのヴァルハラに教導部隊を含めた全部隊による最終防衛線を引いたとして、日本艦隊抜きで大西洋連邦とユーラシア連邦のみを相手取るならば練度と連携に優れるザフトが有利に立てるかもしれない。

だが、日本艦隊抜きでという条件付きだ。尋常では無い戦力を率いている日本艦隊を撃滅するには現在ヤキンドゥーエ方面に展開している軍勢では力不足であることは明白だ。αを撃ったとて、それでどれだけ敵を減らせるかは分からない。

パトリックはザフトの限界を認めていた。そして、司令室に備え付けられた受話器を手にし、アプリリウスの評議会との回線を繋いだ。

 

 

 

「私だ。エザリアはそこにいるか」

「はい」

評議会議員が戦況を見つめていたプラントアプリリウス1、最高評議会議場に集まっていた議員の中から銀髪の顔が整った女性が席を立ち、パトリックの姿が映し出された正面の巨大モニターに顔を向ける。

「エザリア。非常事態想定マニュアルDに従って市民の避難誘導を開始せよ。戦況は緊迫している。すまんな……代案(・・)は存在しない」

パトリックが告げた現状に評議会議員たちは険しい顔をする。パトリックがこうまで言うということは、プラントそのものが戦場になるということに他ならないことを付き合いの長い議員達は理解していた。しかし、パトリックの言葉の一節にデュランダルは目を細めていたことに気づくものはいなかった。

「……分かりました。非常事態想定マニュアルDに従って市民の避難誘導を開始します。議長、我々は全力でプラントを守りますので、安心してナチュラル共のみを見据えてください」

「……プラントを、市民を頼む」

そう言うとパトリックは回線を切断する。意気消沈している議員達にエザリアは厳しい目を向けた。

 

「貴方方は何をしておられるか!!議長は我々に市民の安全を託されたのですぞ!!我々が今なすべきことは何か!!考えなさい!!」

エザリアの一喝を受けて議員達は次々と席を立ち、自身の使命を果たすべく議場を飛び出していく。その中でデュランダルは廊下を駆けて自身の持ち場に向かおうとするカナーバと一瞬アイコンタクトを交わした。

だが、彼らは立ち止まることなく議場を駆け足で後にする。彼ら(・・)にとってはここからが勝負になるのである

そしてデュランダルは議場の外に待機していた車に乗り込むとすぐに車載通信機を手にした。

「議長が決断した。……そうだ、今すぐ手筈どおりに向かってくれ。……だめだ。10分以内に届けなければならんのだ。急げ」

そしてその傍らでは秘書であるサラが通信機で何処かと連絡を取っていた。

「議長が符丁を口にしました。計画の実行に取り掛かってください。……問題ありません。防衛出動ということになっています。クイーンは10分後につく予定です」

 

 

 

「撤退しろ!!部隊はヴァルハラまで後退するんだ!!」

最終防衛ラインへの後退を命じられたジェネシス防衛部隊は日本艦隊による熾烈な追撃を受けながら必死に後退していた。

損傷を受けて行き足が衰えている艦や元々足の遅いローラシア級戦闘艦を殿に残し、残存部隊は全速力で戦域を離脱しようとする。その中には核動力搭載型MSであるフリーダムの姿もあった。

 

 コードネーム04―アナスタシア・ビャーチェノワはフリーダムを駆り、僚機のジャスティスを駆るコードネーム01――オリガ・ビャーチェノワと共に日本軍の新型MSと交戦していた。だが、敵パイロットの力量は自分達を超えたものであり、こちらの連携攻撃をもってしても敵機に致命的な損傷を与えることができなかった。

機体そのものの性能もこちらの核動力MSをも凌駕するものと推定され、撃破は困難を極めることが予想された。一方で、2機で対処すればこちらも致命的な損傷を負うことが無かったことも事実であった。

しかし、その均衡は新たなる敵機の襲来で崩れ去った。並大抵のパイロットと機体では自分達の戦いに加勢したとしても足手まといにしかならないはずだったのだが、その敵機の力量は並ではなかったである。

バックパックを装備していないストライクを彷彿とさせるその機体の加勢によってこの戦いの均衡は崩れた。ストライクに似た機体に乗ったパイロットがジャスティスと切り結んでいる隙を突き、もう一方の敵機がジャスティスを狙撃したのである。

そのビームによる狙撃を避けるだけであれば簡単であった。しかし、その狙撃の狙いはジャスティスの撃破ではなく。退路を塞ぐことにあった。退路をふさがれ、剣術でも上をいく相手の剣戟でジャスティスは追い詰められていった。

無論、僚機のフリーダムを駆るアナスタシアが何もしなかったわけではない。ジャスティスを狙撃しようとする敵機を妨害すべく砲撃をしていた。だが、敵機はそれを軽々と回避し、回避運動中にフリーダムを狙撃するという力量の差を思い知らせる絶技を披露していた。

マルフーシャも僚機の援護を試みたが、こちらが敵のストライクに似た機体を砲撃しようとすれば接近戦をしかけようとする敵機に妨害される一方だった。

 

 当然のごとく、オリガのジャスティスが撃墜された。ストライクに似た機体は狙撃を回避するために後退したジャスティスの一瞬の隙を突いてビームサーベルを投げつけたのである。そのビームサーベルを弾いた時であった。投擲されたビームサーベルと同じ軌跡を辿っていたナイフがジャスティス右肩の関節部分に突き刺さった。

ジャスティスが体勢を崩したところに敵機が熾烈な連撃を浴びせる。その熾烈な連撃は右肩の動きが悪くなったジャスティスで凌ぎきれるものではない。ジャスティスの右腕の動作が僅かに遅れた瞬間だった。防御をすり抜けてビームサーベルがジャスティスの右肩から機体に飲み込まれ、そのままコックピットがある胸部ブロックを半ばまで斬り裂いたところで止まった。

ビームサーベルが胸部を斬り裂けなかったわけではない。核動力炉が爆発する前に敵機が離脱したために刃が胴体に半ばまで飲み込まれたかたちとなっただけであろう。そして、オリガのジャスティスは巨大な火球となって消滅した。

 

 次は自分であるとアナスタシアは理解していた。これまでは敵と同数であったために生き延びることができたが、敵の数が上回り、その敵の力量が自分を超えているとなれば生還の可能性は限りなく低いが、命令に逆らうわけにはいかない。自分は帰還しなければならなかった。

即座にアナスタシアは敵機に背を向けてスラスターを全力で噴射して機体を加速させる。凄まじいGがかかるが、これ以外に逃げ切る方法が無いと判断した彼女は躊躇うことなく加速を続けた。

しかし、凄まじいGがかかっていながら普段どおりの判断力を維持することは不可能に近い。後方から放たれる銃撃を全て回避することはできず、彼女のフリーダムは右脚を被弾。その際に機体のバランスを崩してしまう。

その絶好の機会を逃す敵機ではないと思われたが、その時彼女を天運が救った。一方の機体に向けて味方の援護射撃が向けられたのだ。銃撃を受けた敵機はしばし足止めを余儀なくされるも、ストライクに似た機体を止めるものはない。ストライクに似た機体はライフルを構え、バランスを崩したフリーダムに追撃をかける。

アナスタシアは何とか回避しようと機体を必死に操作するが、ついにスラスターを被弾し、推進剤が誘爆。その衝撃で機体は行動不能に陥った。帰還は不可能であると冷静に判断し、鹵獲だけは避けるように命令されていた彼女は自爆しようとコンソールを操作し始めた。だが、再度乱入者に彼女は救われた。

 

「キラァァァ!!!」

無線に聞き覚えの無い男の声が響く。アナスタシアが後方にカメラを切り替えてモニターを見やると、ジャスティスが敵機にビームライフルで牽制射撃をしていた。ストライクに似た敵機はこちらと距離をとり乱入者と相対する。

「貴様にこれ以上同胞を殺させはしない!!」

「僕にだって守りたいものがあるんだ!!ここで引くわけにはいかない!!」

どうやらストライクに似た敵機のパイロットとジャスティスのパイロットは互いに見知った間柄のようだ。

 

 2機は互いにビームサーベルを展開して斬り結ぶ。両腕に展開されたジャスティスのビームサーベルをストライクに似た機体は一本のビームサーベルで捌き続ける。一見ジャスティスが有利のように見えるが、所々でジャスティスは紙一重で敵のビームサーベルを回避するところがあることをアナスタシアは見抜いていた。そしてその原因が反応速度が極端に遅い右腕にあることを。

あのジャスティスは実質それほど優位に立ってはいない。だが、敵のストライクもどこか攻めるのを急いている様子に見える。そのせいか、若干剣戟も先ほどまでに比べれば荒々しいように思えた。2機は幾度も切り結ぶが、中々決定打を出すことができないでいた。

 

 

 両機が距離を取って幾度目かの突撃を図ろうとしたその時である。突如ジャスティスの左腕が垂れ下がり、慣性にまかせて後ろに流れた。残った右腕は反応が鈍っており、迫る雷轟のビームサーベルを受け止めることは不可能に近かいとアスランは悟った。

だが、アスランは諦めなかった。迫りくるビームサーベルを受けてジャスティスは頭を前にする形で更に前進した。頭突きを喰らった形となった敵機は衝撃で後方に吹き飛ばされるが、直前に突き出されたビームサーベルはしっかりとジャスティスの右腕をもぎ取っていた。

しかし、センサーなどといった精密な機械が詰まった頭部を敵機にたたきつけた代償は大きく、メインカメラ破損、ブレードアンテナ破損など、戦闘続行するにはあまりにも不利な状況にアスランは立たされていた。

アスランは覚悟を決める。このままでは自分は戦死する。だが、せめてあのフリーダムだけは逃さなければならないと。先ほどから離脱する様子が一切見られないフリーダムの様子からすると、パイロットが怪我をしているか、機体が行動不能になっている可能性が高く、このままでは危険であると判断した。

次にキラが接近してきたときに自爆するしかない――アスランは決断し、コンソールを操作し始めた。だが、どうもキラの様子がおかしい。機体の姿勢を立て直すと、戦場からの離脱を始めた。訝しげに見つめていると、雷轟のトリコロールのカラーが消え、機体はメタリックグレーに変色する。

アスランは悟った。あの雷轟にはバックパックがついていなかった。そんな中で戦闘を続ければ当然バッテリーの持続時間は短くなる。そこにダメ押しの先ほどの頭突き。フェイズシフト装甲は被弾のたびにエネルギーを消耗するようになっている。恐らく雷轟は先ほどの攻撃でバッテリー切れとなったのであろう。

 

 そうとわかれば後は全力で離脱するだけである。

アスランは機体を浮遊するフリーダムの元に向け、肩が上がらないものの一応操作が可能な左腕でフリーダムの手を握り、そのまま曳航していく。

「こちらクルーゼ隊所属、アスラン・ザラだ。フリーダムのパイロット、応答求む」

アスランが接触回線で呼びかけるとフリーダムからも反応があった。

「……シュライバー隊所属、アナスタシア・ビャーチェノワ。トゥモローまで連れて行って欲しい」

アスランはモニターに映りこんだ少女の姿に一瞬目を丸くする。年のころは自分よりも1,2歳ほど若い。アカデミーの学生ほどの年齢ではないだろうか。そんな年頃の少女が何故ザフトの高性能機であるフリーダムに乗っているのか。

疑問はあるが、今はあのエッグ班長との約束を確実に果たすことを優先すべきだろうとアスランは考える。無駄話をする暇があったら周囲を警戒すべきであろうと考えたのである。そして2機は手をつなぎながら満身創痍の状態でトゥモローに着艦した。

 

 

 

 

 その存在を確認したのはボアズ攻略中のユーラシア連邦の第二艦隊――コールサイン『アンドロメダ』はプラント周辺に接近しつつある艦隊を偵察機からの映像で掴んでいた。

「ザフトの増援か!?」

第二艦隊司令長官のバラム・ドグルズ中将が怒鳴る。

「し……司令!!敵味方不明艦より入電です!!『我、東アジア共和国第四、並びに第五艦隊。地球を救う大義のためにこの戦いに馳せ参ず。これより人類の生存を脅かす悪魔を滅す』以上です!!」

「……どういう意味だ?」

あまりにも理解不明な内容にドグルズも首を傾げる。大黒柱(メインブレドウィナ )の情報はそもそも東アジアには通知していないし、その大黒柱(メインブレドウィナ )は先ほど日本艦隊が破壊に成功したという報告を既に受けている。そして彼らはただL5に近いデブリベルトへと一直線に向かっていた。

「……あやつらは何のために来て何と戦うつもりだ?まぁいい……いや、待て。何か面倒なことをやらかしそうだ。偵察機を1機張り付かせておけ。後、一応日本と大西洋連邦にも通知して置きたまえ」

勘ぐるどころか呆れる方向に思考が走ってしまった彼を責めるのは酷だろう。何しろ傍目には呼んでもいない人が「助けに来た!!」と言いながら明後日の方向に突撃しているように見える状況だ。お目付け役をつけようと考えた点彼はまともな指揮官であることは明白なのだから。

 

 だが、彼が送り出した偵察機は思いもよらぬ情報を持ち帰ってきた。

「偵察機からの緊急電です!!東アジア艦隊が進行中のデブリベルトよりザフト軍MSの発進を確認!!現在MA隊と交戦中!!」

「何?」

見当違いの方向に突撃した東アジア艦隊が何かを守るかのように出撃してきたザフト軍MSと交戦を開始したという事実はドグルズに警戒感を持たせるのに十分だった。

「……通信長、東アジアの動向については逐一報告しろ。同時に同盟国にも通達するんだ。どうにも奴等はクサイ」

「了解!!」

 

 東アジアの艦隊はMA隊に多大な犠牲を出しているが、それでも止まることは無い。まるで損害など最初から気にしていないこのような侵攻ペースだ。そして、偵察機は決定的なものを捉えた。

「こ……これは!?」

偵察機が捉えたメビウスが装備しているミサイルに描かれたマークを見たドグルズは絶句する。そのマークは絶大なる破滅の力。人類が生み出した地球をも滅ぼせる力のマーク。そのハザードシンボルが意味するものは放射能――核兵器のマークであった。

もしあのマークが真実のものであれば、あのメビウスは核ミサイルを装備しているということだ。それはつまり、現状ではプラントしか持ち得ないとされているNJを無効化する装置を東アジアが保有しているということに他ならない。

地球上の如何なる国家も――あの大日本帝国ですら未だ完成させていないNJを無効化する装置を独力で東アジア共和国が開発したなどという話をドグルズは信じられなかった。だが、もしもあのミサイルが核の光を放ったならば――そうドグルズが考えたときであった。

メビウスは隊列を整え、機体を攻撃態勢に移行させる。そして彼らは一斉に悪魔の兵器を解き放った。デブリベルトは核の光に包まれ、そこにいたMSもおそらくはデブリに紛れていた基地も全てが包まれた。

そして、光が収まっていく。デブリが消滅した先に何かがあることを偵察員が気づき、偵察機の機首をデブリの先に向ける。そして速力を上げて接近を試みた。偵察機が送信する映像越しに見える光が完全に収まったとき、そこにあったものを見てドグルズは再び絶句した。

「……大黒柱(メインブレドウィナ )!?」

そこにあったのはもう1機の大黒柱(メインブレドウィナ )であった。

「ミラージュ・コロイドで擬装し、デブリベルトに隠れていたのでしょう。先ほどからザフトが防衛線を下げていたのは我々はあの大黒柱(メインブレドウィナ )の射程範囲におびき寄せるための策だった可能性も高いです」

副官の推測にドグルズは歯軋りする。自分達はあれの存在に全く気づいていなかった。あのふてぶてしい強盗どもが攻撃してくれなければ今頃自分達は死んでいただろう。そんな自分達の不甲斐なさに腹が立つ。

ドグルズの機嫌など全く考えてはいない東アジア共和国のMA隊は次いで第二次攻撃隊を繰り出す。もはや、遮るものは存在しない。守備隊のMSも、デブリベルトに設置されていた機雷や自動迎撃装置も全て先ほどの核攻撃で既に消滅しているのだ。大黒柱(メインブレドウィナ )本体に施されていたであろうミラージュコロイドによる擬装も核の衝撃で吹き飛ばされている。先ほどの第一次攻撃で既に大黒柱(メインブレドウィナ )は小破に近い状態にあるとドグルズは考えていた。

 

 東アジア共和国の艦隊から発進した第二次攻撃隊が放った核の矢も寸分違わず大黒柱(メインブレドウィナ )に吸い込まれていく。漆黒の宇宙に再び咲いた核の花はプラントの最後の戦力を完膚なきまでに破壊し尽くした。

「我ら東アジア共和国第四艦隊及び第五艦隊は地球を守る大義の元、史上最悪の大量破壊兵器を破壊した!!東アジア万歳!!」

全周波に発信されたこの声明を聞いた如何なる勢力も状況が掴めていなかった。一体彼らは何をやっているのか、何で核が使えるのか、2つ目の大黒柱(メインブレドウィナ )はなんだったのか、そもそもパッと出てきて何してるんだあの傲慢な民族は――などなど、疑問が尽きなかった。

そんな周囲の様子は相変わらず全く気にした様子の無い東アジア共和国艦隊は艦隊の針路をプラントに向けていく。

 

 

 

 ジェネシスαが突然戦場に乱入した迷惑集団の核ミサイルによって木っ端微塵にされる景色を見ていたヴァルハラの司令部職員達は先ほどのパトリックの叱責も忘れて再び呆然としていた。状況についていけない彼らは思考を進めることができなかったのである。

そんな中で、真っ先に思考を再起動させたのはユウキだった。一瞬言葉を失ったが、すぐに精神を立て直すと司令部のオペレーターを叱咤する。

「情報を集めるんだ!!やつらは何を使ったんだ!?αは!?」

「……は……ええと、ジェネシスαは……敵の攻撃によって崩壊しました」

未だに冷静な判断力を取り戻していないオペレーターにユウキが怒鳴る。

「一体何が起きたのかと聞いているんだ!!」

「……す、すみません……えええ、その、ほ、放射線を確認。東アジアは核ミサイルを使ったものと思われます」

「東アジア共和国艦隊が転舵!!プラントに向けて進行中!!」

その答えにユウキは目を見開く。核を使ったということはあちらの手にはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)があるということに他ならない。そしてその艦隊はプラントに向かっている。そこから導き出される答えは一つしかない。

血のバレンタイン――あの悪夢のような景色が目の前で繰り返されることを想像して背筋に冷たい何かが走るのを感じた。

その時、オペレーターの一人が上ずった声をあげる。

「本国の教導隊が防衛線に加勢すべく出撃!!こちらに向かっております」

明るいニュースにオペレーターたちは喜色を浮かべるが、今更教導隊の加勢で情勢が変わるとも思えないユウキは渋い顔をする。ふと、ユウキは一言も発していないパトリックが気になってユウキはパトリックに視線を向けた。

 

「教導隊が引率する輸送艇が着艦許可を求めております。試作段階の武装を詰め込んできたそうです」

「許可しろ。我々は最後まで戦わねばならんのだ。試作段階だろうと教導隊だろうと使えるものは使う」

パトリックはあくまでも継戦姿勢でいるようだ。額に青筋を浮かべているのはおそらく妻を奪った核の光に並々ならぬ憎悪を抱いているためであろう。だが、ユウキはこの戦いに勝ち目を見つけることができなかった。既に切り札たるジェネシス、そして奥の手であるジェネシスαを喪失し、さらに各方面の守備隊は劣勢。

このヴァルハラで最終防衛ラインを敷いたところで一体どれだけ奮闘できるのかはわからない。デブリベルト方面から侵攻してくる東アジア共和国の艦隊も加勢すれば絶対国防圏(ファイナル・ディフェンス・ゾーン)が抜かれるのは時間の問題だ。

そして東アジア共和国は核兵器を所有している。絶対国防圏(ファイナル・ディフェンス・ゾーン)を突破したMAが放つ核ミサイルは一発でプラントの基部を破壊し、市民を地獄の炎で焼き尽くしてしまうだろう。もはや、ザフトは国を守れない。そうユウキは確信していた。そしてユウキは意を決してパトリックに進言する。

「議長閣下」

「なんだ、ユウキ」

パトリックは訝しげにユウキに目を向けた。その視線を正面から受け止めたユウキは決意を籠めて口を開く。

「ザフトは既に継戦能力を喪失しつつあります。これ以上の戦ってもプラントを守り抜くことは不可能です」

「だからどうしたというのだ」

パトリックの視線が厳しくなる。

「誠に遺憾ながら……プラントの市民を守るには、降伏するしか、無いと」

そこまで言った時、発砲音と同時にユウキの右の脹脛に焼けるような激痛が奔った。

「貴様は敗北主義者か!!我々は最後の最後まで戦う!!我々を苦しめ続けてきたやつらに降るだと!?貴様よくもそんなことを堂々と言えたな!!」

ユウキは激痛に耐え、気丈にパトリックを睨みつける。

「貴方は!!プラントの市民を!!奥方を殺すおつもりか!!」

「我々は最後まで屈しない!!ゲリラ戦だろうがなんだろうが我々は如何なる手段を持ってしてもナチュラル共に鉄槌を食らわすのみ!!降るなどということは断じて許さん!!」

ユウキがその言葉に反論しようとするとき、ヴァルハラの内部にけたたましい警報音が響いた。

 

「何事か!?」

パトリックが怒鳴る。

「警備部より緊急連絡!!基地内部に相当数の侵入者を検知!!重武装をしており、現在警備部隊と交戦中との報告です!!」

その報告を受けたユウキは目を見開く。この要塞内に侵入者が一体どのようにして侵入したのか、連合の特殊部隊か、などの考えが次々と脳裏を過ぎる。そして、彼は気がついた。先ほど試作段階の武装を積んで着艦した輸送艇。あの中に武装集団がいたとすれば……だが、そうなると輸送艇を引率していた教導部隊は。

遂にユウキは自身の右脚の激痛も忘れ、導き出した恐ろしい結論に背筋を振るわせる。

「クーデター……だと?」

その結論を口にした直後に司令室のドアが開放され、司令室に武装した集団が侵入した。

「動くな!!」

「総員手を上げろ!!」

瞬く間に司令室は謎の武装集団に占拠される。だが、武装集団の服装はザフト正規部隊のもので、その武装もザフトの正規装備突撃銃である。そしてパトリックだけは身柄を拘束されている状態にある。

「なんだ貴様等は!?」

パトリックは武装集団に罵声を浴びせるが、彼らは全く動揺しない。そして、完全に占拠された司令室に一人の女性が入室する。

「お久しぶりです。パトリック・ザラ議長閣下」

その顔を見た司令部要員のだれもが唖然とする。そんな中でユウキは半ば無意識的に口を開いた。

「……ラクス・クライン」

その呟きを聞いたのだろう。桃色の髪を揺らしながらユウキに振り向いた麗しい少女はにっこりと微笑む。

 

「ええ。私はプラント最高評議会前議長、シーゲル・クラインの娘――ラクス・クラインです」

彼女が挨拶を終えると同時に二人の男女が司令室に駆け込んできた。その顔を目にしたパトリックは険しい目つきで睨みつける。

「デュランダル!!……そしてカナーバか!!」

「ええ。そうです。議長閣下」

カナーバは冷淡な口調でパトリックに声をかける。

「我々はプラント市民の命を守るために降伏します。……我々はコーディネーターとしての誇りや自由条約黄道同盟の理念と心中する道を選びません」

カナーバの答えにパトリックは何も言い返さなかった。

 

「カナーバ様、デュランダル様。よろしいですか?」

ラクス・クラインが放送設備の前に立ち、二人の議員に何事かを尋ねる。二人の議員は少女の問いかけに対して首を縦に振る。そして、少女がマイクを持って口を開いた。

 

 

「ザフト軍全軍と、東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、大日本帝国軍に通達します。私、ラクス・クラインを中心とする勇士たちはこのたび、プラントを戦火から守るべく決起いたしました」

全周波で発信されたその放送に戦場にいる全てのものが耳を傾けていた。

「そして、ザフト軍最高司令部にてプラントでの焦土戦を強行しようとする現プラント最高評議会議長、パトリック・ザラ氏を拘束いたしました。私達はプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史との連名を持って東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、並びに大日本帝国軍に対して一時停戦を申し入れます。ザフト軍は直ちに戦闘行為を中止してください」

敵味方が揃って状況を把握しきれずにいる中で少女は更に言葉を紡ぐ。

「繰り返します。私達はプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史との連名を持って東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、並びに大日本帝国軍に対して一時停戦を申し入れます。ザフト軍は直ちに戦闘行為を中止してください。私とカナーバ女史、そしてデュランダル氏が使者となって連合軍の指揮艦に出向き……降伏交渉に当たりましょう」

半ば呆然となりながら少女のスピーチを聞いていたユウキは、決起部隊に拘束されているパトリックが一瞬満足げな笑みを浮かべていることに偶然気づいていた。

 

 

 

 後の第二次ヤキンドゥーエ会戦と呼ばれる戦いに終止符が打たれ、様々な思惑が入り乱れる中、このプラントを名乗る独立運動勢力とプラント理事国との間の一年半の間に及ぶ戦争――後の歴史では人類が始めて宇宙を主戦場にほぼ全世界が戦争をしたという事実から第一次宇宙大戦と呼ばれる戦争が遂に終戦に向けた最終局面に入った。

 

 

 

 だが、宇宙で驚天動地の展開が起きている最中、地上でもこれに匹敵する動乱が発生し、各国が宇宙で戦闘中であろう自国の艦隊に対して緊急電を送信していた。その動乱の舞台は、南洋に浮かび唯我独尊を貫く最後の厳正中立国、オーブ連合首長国であった。




あ~長かった。3話連続して1話ごとの最多文字数を更新し続けてました……
そして、あれ!?フレイは!?フラガさんの活躍は!?と皆さん思うでしょうが、ここで彼らの戦闘は集結します。
外伝書くような気分になればムウさんのバトルやフレイVSイザークとかも書くつもりです。

KY!?な東アジア、決起したラクス(?)さん。そして状況のつかめない諸国の皆さんで終戦交渉に入りますよ。その辺の補完もまた裏側SIDEできちんと行っていく所存です。


最後に皆さんお待ちかねのおバカ国家オーブが登場!!ようやくオーブについて本格的に書けそうです。


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PHASE-55.5 人身御供

ぞろ目だなぁとどうでもいいことを思いました。


C.E.71 8月1日 プラント アプリリウス 料理店 グラトニー

 

 一台の黒塗りのエレカが停車し、使用人が開いたドアから一人の男が降車する。男の名はパトリック・ザラ――プラント最高評議会議長にして、国防委員会の委員長である。パトリックは料理店に入店し、店長直々の応対を受けて予約していた個室へと入室する。

 

 昨今の食糧事情の悪化で天然食品は超高級品となっており、ジャンク屋を通じた闇ルートかオーブを通じた正規ルートの二つしか入手の方法は無い。プラント国籍の輸送船は連合――の通商破壊で徹底的に狙われているためである。

正規ルートを通った数少ない食品は市場では凄まじい高値で取引されている。闇ルートを通った品もかなりの高額な値段で取引されていると噂されている。

そんな状態で料理店なんて職業がやっていけるのかと考えた市民も多かった。誰だって金を払って不味い合成食品を使った料理を食べたいとは思わないだろう。その予想通り、食糧難になってからは多くの料理店では客足が鈍り店を閉めた。

しかし、一部の料理店は生き残っていた。彼らは不味い合成食材を工夫で食べられるものにしていたのである。現在、プラントの食文化はこれらの一部の料理店の奮戦で一応生き残っていると言ってもいい状態であった。

因みにこのグラトニーという店はかつてから自由黄道同盟の秘密の集会所としても使用されていた店で、料理人も一流に近い人材が集まっており、店主を含めた従業員も自由黄道同盟の支持者であった。

 

 個室の中には既にアイリーン・カナーバが着席していた。

「早いな、カナーバ」

「ええ。クライン前議長が失脚してから政務の中心から切り離されて以前に比べて時間が取れるようになりましたので」

カナーバを政務の中心から切り離した男の前で彼女はいけしゃあしゃあと皮肉を口にする。その豪胆さにパトリックは苦笑する。

「私からもいくつか言いたいことがあるが、未だに席は埋まってはおらん。今日の議題にそのことは関わっているからな、この席が埋まってからそれについてはいくつか弁明させてもらおう」

パトリックは着席するとテーブルに置かれた水筒を手にし、手元のコップに水を注いだ。そして水に口をつける。

その時、個室の扉が再び開かれた。

「遅くなりました。彼女(・・)のタイムスケジュールに狂いが生じたもので」

そう言いながら入室してきたのは黒い長髪の男。名はギルバート・デュランダル。シーゲル亡き後アプリリウスの代表として最高評議会入りしたクライン派の新鋭若手議員である。そして、カナーバは彼に次いで入室した女性の姿に目を見開く。

「申し訳ありません。私の都合で皆さんをお待たせしてしまって……」

「ラ……ラクス・クライン!?」

いや、違う。カナーバはそう確信した。故シーゲル・クラインとも親しかったカナーバはクライン邸に出向く機会も多く、シーゲルの生前はよくシーゲルの愛娘であるラクスと私的な場で顔を合わせる機会も多かった。それ故に彼女はこのオドオドとしているラクス・クラインの姿に拭いえぬ違和感を感じたのである。

 

「紹介しよう。彼女の名前はミーア・キャンベル。今は反戦活動をプラント中で行っている反戦活動家だ」

「は……始めまして」

ミーアと紹介されたラクス・クラインに瓜二つな少女は緊張した面持ちで会釈する。

「……こちらこそ」

カナーバも表面上はにこやかに応対する。そして彼女は訝しげな表情を浮かべながらパトリックに視線を向ける。『説明してくださいますか』という視線をパトリックは感じていた。目は口ほどにものを言うということわざの意味を彼はその身をもって理解した。

 

「ミーア嬢には、現在ラクス・クラインとしてプラント内で反戦活動をしてもらっている。国内に反戦ムードが高まらなければ連合と講和したとしても世論がそれを望まないということになりかねないだろうからな」

パトリックはカナーバに説明を始めた。

 

 

 

 ことの元凶――と言うべきか、始まりはC.E.60年代初頭にまで遡る。評議会の議員に選ばれたシーゲルやパトリックといった自由黄道同盟の指導者達は独立戦争をするのであれば市民に戦争遂行に対する意欲を高めることが必要となると判断し、啓蒙活動の実施を決定した。

パトリック・ザラはまずプラントで生まれた子供達の学校教育に力を注いだ。当時の自由黄道同盟では連合国からの独立戦争はおよそ15年後を見込んでいた。彼らの世代が世論の中核を成すころに理事国相手に開戦することが妥当であると考えていたのであった。

そしてまず、歴史教育からパトリックは取り組んだ。あたかもナチュラルによる圧制の結果コーディネーターが宇宙へと追いやられたかのように記述し、プラントという空間においても尚ナチュラルが構成している理事国はプラントのコーディネーター達にノルマという形を持って弾圧しているのだとしたのである。

理事国――引いてはナチュラルの弾圧や圧制が行われ、コーディネーターは常に苦しめられている。そのような論調の教科書を初等教育から積極的に取り入れることで若い世代への啓蒙活動はスタートした。

一方で、現在労働者の中核を成している世代への啓蒙も必要となってくる。いくら学校で歪んだ歴史観を植えつけようと、それが自宅で否定されていれば歴史観が矯正されるおそれがあるためだ。

そのために国家啓蒙・宣伝の役職を任されたエザリア・ジュールは様々なプロパガンダを実施した。ザフト報道部を立ち上げ、民間の協力者にもTV局を造らせる(ただし国策を重視する報道しかしない。あくまで情報規制をしていると思わせないためのカモフラージュでしかない)など、エザリアは奮闘した。

折しも地上でテロ活動を活発化させていたブルー・コスモスは彼女達にとっては格好の宣伝材料であり、そのテロやブルーコスモスのデモを頻繁に放送することでプラント市民の感情を煽ることに成功する。

 

 自由黄道同盟は映画館、劇場や美術館といった建造物の建築も推し進めた。しかし、そこで上映される作品や展示された作品は全てコーディネーターが世に送り出した作品で統一されていた。パトリックらは民族的に優秀なコーディネーターによる芸術というものを積極的に推したててコーディネーターを賛美し、民族としての優秀さと素晴らしい民族的な芸術性を国民のイデオロギーとして浸透させようと試みたのである。

ラクス・クラインによる歌手活動もこのコーディネーター民族芸術とも言うべきものジャンルの興隆の一翼となっていた。美しい容貌、聞きほれる美声を持つ彼女はコーディネーターの優秀性、文化性をアピールするには絶好の宣伝材料であった。

 

 十年間も宣伝・啓蒙を進めた結果、自由黄道同盟の目論見どおりに国民の大多数には反理事国、反ナチュラルの風潮やコーディネーターという民族概念と民族的な自尊心が高まった。だが、ここで彼らの想定外の事件が起こる。血のバレンタインの悲劇である。

国民の大多数が忌み嫌う理事国が野蛮な核を持って優秀な民族たる我ら同胞の命を奪い、技術の結晶たるコロニーを破壊したという事実は市民感情に火を付け、大炎上を誘発したのである。更に、MSが圧倒的な能力をしめし、理事国の艦隊に大打撃を与えてしまったのもまずかった。愚かで野蛮な理事国に対して鉄槌をという声が高まってしまったのである。

民族感情に内政問題によって大局的な政治が振り回されるなど愚の骨頂である。よほど民度が低く野蛮で粗野、民族的に低能でなければ普通はこのようなことは起きない。だが、完成度は高く行き過ぎていたプロパガンダは民族感情を刺激し、暴走状態に陥れるということをプロパガンダの経験やノウハウが無かった自由黄道同盟は失念していたのであった。

煽るだけならばそう難しくは無い。問題は、どの程度まで煽るかということだ。民族感情を上手い具合にコントロールすることがプロパガンダであるのに、彼らは煽ることがプロパガンダだと錯覚していたのである。プロパガンダに加減が足りなかったことをプラント最高評議会は後悔した。

 

 だが、ここで何も対処せずに民族感情で凝り固まった政治を続けて意味不明な感情論を内外に吐き出し続けようとするほど彼らは無能ではなかった。プラント最高評議会は後悔し、そこから現状を打破すべく対応策を考えた。

まずは、戦場での美談を積極的に流したのである。理事国――ナチュラルにも人道精神を持った兵がいることなどを発信し、国民の感情を緩和しようと考えたのである。初等教育でもこれまでのものに比べて理事国の政府や経済界を批判する内容を中心とした改訂版の教科書の導入に踏み切った。

ここまではカナーバ自身も裏表関わらず協力していたことであるため承知している。だが、ここからは彼女も知らない領域となる。

 

 シーゲル・クラインが失脚し、政治活動を拒否したラクス・クラインは当初クライン邸にて幽閉されていた。そしてそれを隠蔽するために表向きはラクス・クラインは父の死でショックを受けて芸能活動を一時的に中止して静養しているということになっていた。

パトリックらは議長引退後に反戦活動を始めたシーゲルら穏健派の残党を率いたラクスがプラントの好戦的な雰囲気を沈めようと活動することを期待していたのである。当初はパトリックらもラクスの心変わりを期待していたがそれも無く、結局パトリックらはラクス・クラインの替え玉を用意した。それが、ミーア・キャンベルという少女である。

彼女の声色はラクスの声色と同じであったため、ラクス・クラインの代役として見初められたのであった。顔はフェブラリウスで整形、髪は染めることでミーア・キャンベルという雀斑と細目の何処にでもいそうな少女はラクス・クラインと瓜二つの姿へと変貌を遂げたのであった。

しかし、表向きタカ派であるパトリックらが反戦活動を支援していることを支援者に悟られては不味い。そこでパトリックはクライン派の若手筆頭であったデュランダルを非公式ながら引き込んだ。

ミーアをいかに活動させるかの裁量もデュランダルに任せ、あたかもデュランダルとクライン派の支援の下で反戦活動が行われているかのような図式にすることを模索したのである。

 

 しかし、彼女が整形を終え、最低限のプロパガンダのための教育も終えていよいよデビューとなった矢先、幽閉されていたはずのラクス・クラインが何者かの手引きでクライン邸から姿を眩ます事件が発生した。

必死に行方を追うもその行方は全く知れず。何処かの陣営が外交的なカードとしている可能性が高いと判断したパトリックらは焦る。しかし。デュランダルは替え玉作戦の続行を進言した。

名乗り出たならば開き直ればいいと。劣勢になったプラントを捨てた前議長の娘である。シーゲル自体も悪行を重ねていたし、その点も強調してラクス・クラインを攻めればいい。こちらも最悪の場合はミーアを使えなくなるが、ラクスという外交カードを無力化することは容易いとデュランダルは考えたのである。

その進言を受け入れたパトリックらはミーアを反戦活動に投入することを許可し、デュランダルのサポートをもって反戦活動の旗頭的存在にミーアを仕立て上げることに成功した。

それがここまでの経緯であるとパトリックはカナーバに説明した。

 

「なるほど……この少女とそれにまつわる事情じゃ理解しました。しかし、デュランダル氏はどうしてこのような役目を引き受けたのですか?」

パトリックからの説明を静かに聞き終えたカナーバは疑問点を質問する。そしてデュランダルは普段と変わらない穏やかな口調でそれに答えた。

「世論的が望む、連合に大幅な譲渡を強いるような終戦交渉はもはや難しいでしょう。しかし、現実は我々はある程度の譲歩を強いられる条件でなければ戦争を終結させることはできません。ザラ議長はプラントの未来のために譲歩を強いられながらも講和条約に調印するおつもりですが、そうなれば交戦派を支持基盤としているザラ議長は確実に失脚します。ザラ派も勢力が衰えることは確実でしょうし、その時に反戦派を支持基盤とするクライン派がプラントの政治のトップに立つのは確実です。その時にむけての支持基盤作りがザラ派(・・・)の支援を受けて堂々と行えるのですから、協力することは当然でしょう。何より、我々はパトリック・ザラという巨人と渡り合える旗頭が手に入るんですから」

「このような喰えない策を考えるほどに優れ、敵対勢力を率いる本人の前で披露するほどに図々しい男だ。派閥は違うが、私はこの男をかっているのだよ」

パトリックは堂々と自身が失脚すると言い放った男に苦笑いする。そして、ちょうど運ばれてきた料理を口にする。カナーバも料理が冷めるのはごめんなので、食事を始めた。

 

「さて、ここからが本日の議題だ」

料理を完食したところでパトリックが切り出した。

「連合はギガフロートを奪還し、これから宇宙に次々と戦力を集結させるだろう。だが、はっきり言ってプラントが連合を撃退できる可能性は五分五分といったところだ」

その分析にカナーバは眉を顰める。だが、パトリックは構わず話を続けた。

「撃退できればそれでよし。譲歩を強いられようとも私は講和のために協議を連合と進め、この戦争を終結させる予定だ。その後は世論の不満を全て引き受けて職を辞す。その際にはプラントが何故負けたか、偽り無く国民に示して自分達の誤りを明らかにしよう……しかし」

パトリックが目を細める。

「もしもザフトが連合軍に敗北した場合、我々は降伏を余儀なくされるだろう。そして理事国の管理下にあった時代よりも冷たい時代が来る。その時は未来に可能性を残すために私は人柱になる覚悟だ」

そして、パトリックは自分達の計画を打ち明けた。

 

 連合の艦隊が来寇した際には、基本的に防戦に努め、敵艦隊をなるべく密集させる。そして、密集したところを深宇宙探査用加速器を改造したガンマ線レーザー砲であるジェネシスで焼き払い、連合に大打撃を与えて撃退するというのが国防委員会が描いている対連合の基本戦略である。

このジェネシスはL5から地球を焼き払うほどの射程を誇るため、終戦協定ではプラントが交渉を優位に運ぶカードにもなりうる。パトリックは連合を撃退できた暁にはこのジェネシスの解体を条件に連合から譲歩を引き出す心算であった。

ジェネシスは奪取した連合のMSから得た技術の一つであるミラージュコロイドを用いて普段は擬装しており、その装甲は巨大な一枚板のフェイズシフト装甲でできているために理論上は陽電子砲を持ってしても破壊できないつくりとなっている。且つヤキンドゥーエやボアズ、L5コロニー群から離れた位置にあるために戦場で攻撃されて射撃が妨害される可能性は低いと国防委員会も判断していた。

 

 だが、パトリックには不安要素があった。日本の存在である。日本人は自分達の想像を妙な方向から超えていく異様な民族であるとしてパトリックは警戒していた。彼らならば陽電子砲を上回る兵器を持ってジェネシスを無効化するのではないか。または、ジェネシスの情報を入手し、対ジェネシス攻撃を成功させるのではないかという疑念があったのである。

もしも、ジェネシスが破壊された場合、プラントが連合を撃退できる可能性は限りなく低い。しかも、撃退できたとしてザフトという組織が半身不随になり機能しなくなることは確実である。二の矢、三の矢をすぐさま撃てる連合と違い、ザフトは短期間で再度の迎撃戦ができる戦力回復能力を備えてはいない。

そうなればザフトを――プラントを待つ未来は確実に無条件降伏か、それに近いものとなる。戦時賠償や戦犯を裁く裁判が行われ、プラントは連合の占領下に入り国家主権を失うだろう。そして二度と理事国に逆らえないような無力化工作が行われることは間違いない。プラントは数十年かけて積み上げてきた全てを失うだろう。

それをパトリックは善しとすることはできない。そこで彼はジェネシスが破壊されたときのシナリオを考えたのである。全てはプラントのために。

 

 

 この計画の肝は降伏後、如何に再起への力を蓄えるかにある。古代中国の諺にならうなら、『臥薪嘗胆』を如何にして成し遂げるかだ。

そのためにパトリックは東アジア共和国をこちら側に引き込むことを考えた。引き込むといっても、轡を並べて連合と戦うというわけではない。終戦工作に加担してもらうということである。

東アジアは日本の連合加盟の際に連合の協調を乱したために連合から離脱を余儀なくされ、国際的地位の低迷は避けられない状態にあるためにこの取引を断る可能性は限りなく低いとパトリックは睨んでいた。

 

 シナリオはこうだ。東アジア共和国には艦隊をデブリベルトに出してもらう。そして、戦局が連合有利に傾き、その勝利が確定したとき――具体的にはジェネシスが何かしらの手段で破壊されたときに戦場に参戦してもらい、デブリベルトに隠匿されていたジェネシスαを破壊してもらう。

ジェネシスαはジェネシスと違ってデブリベルトに隠されている。周囲のデブリを掻き分けてミラージュコロイドで隠匿されている施設を攻撃するということは並大抵の捜索網では不可能である。ジェネシスとジェネシスαの両方の破壊に十分な量の軍勢を割く事はいかに物量にまさる連合とはいえかなりの負担になることは間違いない。αの捜索に割いた部隊を強襲すれば連合に大打撃を与えることも不可能ではないと見た。

プラント降伏後、ジェネシスαを破壊して連合軍を救った東アジア共和国は戦後処理でそれなりの裁量を得ることになることは間違いない。その裁量権を持ってして、プラントの戦後処理をできる限り骨抜きにしてもらうことがプラント降伏時に東アジアに求める条件だ。見返りとして、プラント再興時には技術面で最大の援助をし、同盟国として東アジアを後押しすることになっている。

別に戦局がプラント有利に進んだときは放置してくれればいい。ジェネシスαを破壊するためにNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)を前金として渡しているし、終戦後はプラントから技術者を東アジアに派遣してMSの製作を含めた軍事的な技術指導を行うという契約になっている。

今回カナーバをこの会合に呼んだのは外交工作に秀でた彼女に東アジア共和国との折衝をしてもらうためであった。

 

 

「全ては戦後のプラントのためだ。正直、東アジアを信用してはいない。おそらく、盟約を破りプラントから技術を次々と接収していくだろう。表向きは傀儡国家に近い扱いになるやもしれん。だがな、彼らは疲弊した国内の安定のために必ず外征しなければならん。我が国から様々なものを接収したとしても元々の内政の劣悪さから疲弊し、エイプリールフール・クライシス、マスドライバー攻防戦等で被害が嵩んだ国内の状況を改善することは不可能だ。既に各地で反乱じみたことが起こっているという報告も受けているからな。そしてその外征が次の大戦につながるであろう。その時こそ我らの再興の時が来る」

パトリックは力説する。そして、デュランダルも自身の意見を述べた。

「東アジア共和国が信用できないのも事実ですが、私はプラントが謙る必要性は無いと考えています。降伏時の議長のプランどおりに進んだ場合、連合は東アジアの一連の行動に少なからず疑うことは間違いありません。ですが、我々が真実を他の連合国に漏らすことを危惧している彼らは最低限の道義は果たすでしょう。彼らとて疑惑を追求されて利権を失うことは避けたいでしょうからな。それに疑惑が証明されてしまえば、おそらく他の連合加盟国からの武力制裁を受けることもありえますからね」

 

 しかし、カナーバは未だ納得しきれてはいないようだ。

「しかし、議長。いくら東アジア共和国の協力があったとしても、一度敗戦国となったプラントに課せられるものは大きいでしょう。市民の間では我々への不信も募ります」

「分かっている。だが、ここで国内を早期に纏め、臥薪嘗胆のスローガンを市民に浸透させなければ再起の可能性は潰える。そのための方策も一応は考えた」

そしてパトリックは東アジア参戦の次、第二段階の計画をカナーバに告げた。

 

 東アジアが参戦したタイミングでカナーバやデュランダルと言った反戦派――クライン派がクーデターを起こす。大義名分はプラントを破滅へと追い込もうとする現政権の排除だ。その大義名分を揺るぎ無いものとするためにパトリックは例え勝ち目がなくなろうとも最後まで継戦運動を続ける。

特攻、自爆、作業機や訓練兵の実戦投入という手段を使ってでも戦い続ける姿勢を明白にする愚か者を最後の最後まで演じ続けるという役目がパトリックには与えられるのである。そして密かにクライン派のシンパで固めた教導隊と治安維持隊を率いて武力蜂起し、パトリックが詰めているザフト軍最高司令部を占拠するという筋書きだ。

戦況が末期状態になればパトリックは教導隊も前線に出すように指示を出す予定でいるために教導隊が出撃することは不自然でないようにカモフラージュされている。作戦開始を告げる『代案』という言葉がパトリックの口から出れば、如何なる文脈であろうとも作戦を遂行するという手筈になっている。

「そしてその時、貴様らがクーデターの旗印としてこの“ラクス・クライン”を掲げる。反戦活動のリーダーがプラントに住む市民の命を憂いて決起し、プラントを破滅に追いやろうとする強硬派の首魁を拘束して降伏を宣言してプラントを救うというわけだ」

パトリックは自身の立場を自嘲する。

「“ラクス・クライン”をは理事国占領下の新政権の首魁となります。理事国側もここでラクス・クラインが偽者だとは言うことは無いでしょう。それを明らかにして平和を愛する講和の功労者を排除してしまえば余計に戦後の統治はやりづらくなるだけです」

デュランダルがパトリックの後を引き継いで話す。

「そして、ザラ議長は全ての戦争責任を被ります。シーゲル政権下でも故シーゲル・クライン議長の意向に背いて戦線を拡大させ、後に議長の席も奪い、完全にシビリアンコントロールを逸脱していた行動を取っていたという事実を公表するのです。実際にザラ議長は敗戦時に自身が責任を負うことができるようにかなり問題となる行為を意図して重ねておりますので、証拠は事足りません」

カナーバは憂鬱な表情を浮かべる。

「なるほど……思い上がったコーディネーター至上主義者である軍人が政権の中枢を握ったことによって今回の大戦が引き起こされ、その軍人が戦争主導者としての責任を負っていたという形に持っていくということですか……ザラ議長、貴方は可能な限りの責任を背負って絞首台に登るおつもりですか?」

カナーバの問いかけにパトリックは首を縦に振った。

「そうだ。私が人身御供となる。私の仕事はそこで終わるだろうが、君たちにはこの後のことを頼みたい。……プラントを正しき道に復興させてくれ」

そう言うとパトリックは頭を下げた。

 

 カナーバは全てを背負う覚悟を見せつけられて心が揺れ動いていた。自分達のやろうとしていることはプラントのために戦い続けた一人の巨人を自らの手で処刑することに等しい。そして、その巨人の器を見せつけられて自分が戦後のプラントを彼の望むように導けるのかということに疑問を抱く。自分の器はパトリックの器に遠く及ばないと考えてしまうのだ。

だが、彼女もプラントのために生きる政治家だ。市民のために、このプラントのために自分を投げ打つ覚悟はできている。そして何より、プラントの未来のために命を散らしていったものたちの思いを見て見ぬ振りができるほど彼女は冷淡ではなかった。

 

「……分かりました、ザラ議長。私は貴方の献身も無駄にはしません」

カナーバの決意を秘めた瞳を見たパトリックは安心したような表情を見せる。

「すまんな。あまり気分のいい役割ではないだろうに」

「いえ。私はプラントの政治家です。お気になさらずに」

そして話を終えたパトリックは左腕にはめた時計を見て、帰り支度を始めた。プラント最高評議会議長兼国防委員長は忙しいのだろう。

「私はスケジュールの都合でここで退席しなければならないが……今日集まってくれたことには礼を言おう。最後にデザートが来る。いまどき味わえない天然物の食材だから味わっていきたまえ。それでは私は失礼させてもらおう」

 

 

 後に今大戦最大の戦犯とされて絞首台を登る運命にある男は、悲壮さを全く感じさせずに退席した。




皆さんお待ちかねの腐れ国家オーブとそこに住む短気な子供とその家族、次いでにコミュニケーション障害の老害獅子とよく言えばお転婆なその娘については次話を予定しています。

今回の話はヨーゼフ・ゲッベルス氏のプロパガンダを参考にしました。
あくまで個人的な趣向ですが、自分は彼の宣伝手腕と民族の自尊心の高揚の方法には深い感銘を受けました。自分が20世紀の偉人を欧州から選べといわれればスツーカの魔王の次にあげるでしょう。


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PHASE-56 オーブ動乱

遂にオーブのまともな描写が来た……長かったですねぇ。ここまでオーブほったらかしたSEEDのSS見たことないです。これも全て小生の構成力の未熟さ故……


大日本帝国 内閣府

 

 誰もが沈黙している。

ここは大日本帝国の中枢たる内閣府で、今この席に座る人物は皆、この帝国の舵取りを担っている優秀な閣僚であった。普段ならば活発な意見交換が行われているこの場所が静寂に包まれているのは、彼らが待っているからであった。そう、宇宙で皇国の興廃をかけて戦っている皇軍からの吉報を。

皇国を、地球を焼き尽くすプラントのガンマ線レーザーを破壊すべく星の海にZを掲げて出撃した第一艦隊を信じ、彼らは山のように堂々と席に座っていた。

 

 その時、会議室の扉がノックされ、防衛省の幹部と思わしき男性が入室する。そして何やら封筒を吉岡防衛大臣に手渡した。そして彼はこの部屋を足早に後にする。吉岡は封筒を開封し、中から一枚の紙を取り出した。閣僚達の視線がその一枚の紙に集中する。吉岡は小さく咳払いをすると、その紙に書かれている内容を朗読した。

「発、大日本帝国宇宙軍聯合艦隊第一艦隊旗艦足柄。宛、大日本帝国防衛省。本日、我々3カ国連合艦隊は事前の協定に則りL5に存在する各目標を襲撃し、目標を撃破せり。我ら第一戦隊は敵守備隊と交戦し、大いにこれを破り敵高速戦闘艦少なくとも3隻を撃沈し、MS運用母艦2隻を撃破。敵MS隊にも多大なる損害を与えたり。我が艦隊は損害少なし。ジェネシスを崩壊せしめたるところにて敵軍総司令部よりプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史の連名での一時停戦要請を受諾。戦闘行為を中止す」

会議室にほっとした空気が流れる。そう彼らは勝ったのである。これからは停戦を要請した二人の議員らを中心としたプラント側の担当者と外務省の担当者が戦後処理を巡って交渉を始める段階に入るだろう。

とはいっても、既にザフト軍は壊滅状態、一方プラントを消滅させられるほどの艦隊を目の前で展開している連合。これほどの力関係がある中でもはや条件付降伏という状態とは言えない。プラントは無条件降伏を承諾したようなものである。降伏文書の調印も近い。

 

「これで戦争も終わりますな。この国を守るための戦争だったとは言え、犠牲も大きかった」

吉岡がしみじみと呟く。

「大蔵省としても泣きたいところです。戦争をふっかけられていかほどの経済的な損失を被ったか。それも今のプラントから搾り取って補填できる額ではありません」

榊は怒り心頭に発するといった様子だ。この戦争が勃発したことで国防費が上がり、国家の資産であるマスドライバーが半壊。更に戦争そのものの影響で経済活動も鈍った。帝国の受けた被害の補填や予算割り当ての変更などなど最近の彼は激務に追われていたのである。

同情の視線が榊に集まっているとき、再度会議室扉がノックされ、先ほどの防衛省の幹部と思わしき男が息を切らしながら再入室し、今度は裸の用紙を一枚吉岡に手渡した。それを目にした吉岡は目を見開く。

「発、大日本帝国宇宙軍聯合艦隊第三艦隊旗艦愛宕。宛、大日本帝国防衛省。L5宙域に東アジア共和国艦隊現る。同艦隊はデブリベルト内に隠匿されていた今回第一艦隊が破壊した戦略敵目標である大量破壊兵器の予備と思われる建造物を核ミサイルと思しき兵器を用いて破壊し、停戦交渉に連合国の一国として関与すると発表せり!?」

吉岡の朗読した内容に閣僚達は唖然とする。これまで蚊帳の外だったはずの東アジア共和国がここにきて無視できない活躍をしたとなれば当然である。また、東アジア共和国は連合内でもめてはいたが一応名目上は地球連合の加盟国であり、この終戦協定に参加する権利も持っている。

東アジア共和国は連合の中で爪弾き者にされ、かつこれまでの大戦で全くと言っていいほどに手柄をあげておらず、味方の足を引っ張ったり自滅したりという良いとこなしのために別に連合から追放しなくても終戦協定で大きな顔ができるわけがないという理由で放置プレイ状態であった。

しかし、地球を滅亡させる大量破壊兵器を破壊したとなればこれまでの悪行と相殺、いや、それ以上の成果をあげたことになる。そうなれば論功行賞に従って終戦協定では東アジア共和国にかなり配慮する必要が出てくるのである。

終戦協定のビジョンが思わぬところから湧いて出た強盗共のせいで完全に破壊された千葉外務大臣が頭を抱えている。

 

「私の描いていた戦後処理構想が……既にユーラシア連邦のレザノフ外相と大西洋連邦のアムール外務次官と調整をしていたのだが……」

先ほどまで榊大蔵大臣に集まっていた同情の視線が今度は自然と千葉外務大臣に集まる。だが、彼の苦悩はこれだけでは終わらないようだった。

またまた会議室のドアが開かれ、今度は女性の防衛省幹部職員が入室する。息を切らしたまま彼女は吉岡に駆け寄り、一枚の紙を手渡すとそのまま足早に会議室を後にした。渡された紙に目を通した吉岡は先ほどの報告を上回る驚きを顕にする。その紙を掴んでいる腕は小刻みに震えている。

「……南方海域を哨戒飛行中の帝国海軍第5航空群第502飛行隊に所属するP-70から緊急の報告が入りました」

プラントとの開戦までは連合、プラント両陣営の傭兵崩れや脱走兵による、対プラント開戦後はザフトにシーレーンを脅かされ続けていた日本は赤道連合などの中立国と海上護衛で連携するために哨戒機や艦隊を南方の海域に派遣し、シーレーンの防御に努めていた。今回報告を寄越したP-70もその海域で海上警備をしていた哨戒機である。

南方海域に海軍を派遣していることは当然閣僚達も承知していた。故に彼らはまず海賊による船舶の占拠やザフトによる攻撃ではないかと吉岡の態度から想像した。だが、事態は彼らの予想の斜め上をいくことになる。奇しくも先ほど同じような予想の斜め上の事態を造りだした国と同じ国によって。

 

「カーペンタリア攻撃を名目に海南島から出港した東アジア共和国艦隊がオーブ領オノゴロ島東の排他的経済水域を航行中、駆逐艦一隻が轟沈!!これをオーブ軍潜水艦による攻撃と断定した同艦隊がオーブ領海に展開していたオーブ艦隊と戦闘状態に入りました!!情報局からは既にセイロン島に展開中のカーペンタリア攻撃の別働隊も出港し、オーブ領海に進行中との情報届けられています!!」

閣僚らは再度絶句した。宇宙での戦いに決着がついても、今度は地上で新たな戦いの狼煙が上がっていたのである。その舞台はこの大戦の間一度も本土に戦火が及んでいなかった表向きは平和な南国の楽園、オーブ連合首長国であった。

 

 

 

オーブ連合首長国 ヤラファス島 内閣府官邸

 

 会議室の扉が開き、首長の正装服を着た男がドカドカと乱暴な足取りで入室する。

「一体どうなっておるのだ!?」

この髭爺こそがこのオーブ連合首長国前代表首長――つまりは前最高権力者であるウズミ・ナラ・アスハである。だが、前代表というのは肩書きのみの話で、代表の座を退いた今でもオーブの実質的な最高権力者である。

彼は本日赤道連合で開かれたマルキオ導師仲介によるジャンク屋連合との会談に出席していたが、オーブで武力衝突が発生したという緊急事態を受けて会談を中止し、オーブに帰国していた。

そして彼の弟であり、肩書き上はオーブ連合首長国代表首長――つまりは現最高権力者であるホムラが険しい表情を浮かべながら口を開く。

 

「……本日17時48分、ヤラファト島から西に50kmの我が国の排他的経済水域を航行中の東アジア共和国艦隊の駆逐艦『寧波』が突如爆発炎上。『寧波』は2分後に沈没。東アジア共和国海軍はこの攻撃を我が軍の潜水艦による魚雷攻撃であると断定、警戒のために領海に展開していた我が軍の第二護衛艦軍に攻撃を開始しました」

「……まさかとは思うが、海軍の潜水艦は本当に手を出していないだろうな」

ウズミは偽証を許さない鋭い目つきでホムラを睨む。基本的に小心者のホムラはその眼光に怯えて慌てて首を横に振った。

「そっ……そんなはずはありません。我が国は他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しないという理念を持っています。その理念を理解している国防軍がそんな蛮行にでるはずは」

ウズミは未だ額に皺を寄せているが、今すべきことは真実の追求ではないと姿勢を正す。

「分かった。私も国防海軍を信じよう……だが、現在の戦況はどうなっている?」

ウズミの問いかけを受けてこの場に立ち合わせている武官がモニターの前に立つ。モニターにはオーブ西側の海域の地図が映し出され、双方の艦隊の位置を示すマーキングがされている。そしてスクリーンを背に武官は現状説明を始めた。

「17時50分、東アジア共和国艦隊は沈没した駆逐艦『寧波』の溺者救助をする数隻の駆逐艦を残してオーブ領海に向けて前進。同時に艦対艦ミサイルを発射しました。我が艦隊はこれを迎撃するも、そもそもの艦艇の数、艦艇一隻あたりの搭載ミサイル数で勝る敵艦隊のミサイルを全て迎撃することはできず、撃ち漏らしが当方の艦隊に着弾しました。第二護衛艦群の護衛艦タケフツが弾薬庫の誘爆で轟沈、トヨフツが喫水線を破られ1時間後に沈没。その他3隻が被弾して小破しております。また、イージス艦ソコツツノヲが前部甲板に被弾し、速射砲を損傷し中破しました」

自軍の損害を聞いたウズミは渋い顔をする。

「……敵艦対艦ミサイルを凌いだ第二護衛艦群は反撃に転じ、艦対艦ミサイルにて敵駆逐艦3隻と巡洋艦1隻を撃沈、駆逐艦2隻と巡洋艦1隻を撃破しました。しかし、その後敵艦隊の航空母艦『幽州』から発艦した攻撃機が攻撃を開始し、この空襲で更に護衛艦2隻が大破しております。国防空軍の戦闘機、清風が現場海域に緊急発進し敵艦上機部隊を撃滅することには成功しましたが、清風も2機が撃墜される被害が報告されております」

そこまで言うと、武官はコンソールを操作する。すると、海域図に映っていた東アジア共和国艦隊を示すマークが遠方に移動した。

「そして敵艦隊は上空を戦闘機で護衛しながら西方に転舵して離脱しました。現在はヤラファト島から西に150km先の海上を西進中です」

徹底的な専守防衛を謳うオーブは本土や領海が狭いことを理由にあまり航続距離の長い攻撃機を得てはいなかった。爆撃機も侵攻はオーブの理念に反するというウズミの考えによりオーブ国防軍は採用していない。幾度も国防軍は防備のために必要であるとウズミを説得しようと試みたのだが、ウズミは頑として首を縦に振らなかった。そしてそのツケは今払われているのである。

当然のことであるが、このような馬鹿げた理由で国防軍に口出しを事あるごとにしてくるウズミの軍内での評判はすこぶる悪い。

 

 事態の説明を聞いたウズミは重苦しい表情を浮かべる。宇宙では2極化した世界で他方を――自身の認められない存在を滅ぼすべく凄惨な戦いが繰り広げられている。どちらが勝ってもその後に残るのはコーディネーター優良人種論を唱えるパトリック・ザラかコーディネーター絶滅を唱えるムルタ・アズラエルのイデオロギーにそまった世界だ。

そのような世界は彼にとって許容できるものではなかった。世界を一つの色で染め上げようとする行為は彼にとっては到底許しがたいものであった。それゆえに彼は首長時代にオーブの厳正中立化という立場を明確にしたのである。

だが、今この国が、自由の国が攻められている。この国の理念を心無い輩に冒涜されるわけにはいかない。理念を守るためであれば我々は躊躇せず敵を斬り払うために剣を抜く。とは言えど、最後まで外交努力は続けなければならない。

東アジア共和国大使を召喚すべきではないかとウズミが思案していたその時だった会議室に備え付けられていた緊急用回線に通信が入った。ホムラが受話器を取ってそれに応対するが、応対している彼の顔は次第に青ざめていった。

ややあって受話器を置いたホムラは消沈した声で報告した。

「つい先ほど、大日本帝国からの緊急連絡が入りました。インド洋を南下中の東アジア共和国主力艦隊が転進し、東進をはじめたとのことです。そして、在オーブ東アジア共和国大使館の華大使が先ほど外務省を訪れ、今回の武力衝突におけるオーブ側の非を認めて謝罪と賠償をするように要求したという報告が入りました」

 

 ホムラの報告を聞き、会議室に揃ったメンバーは皆悲痛な表情を浮かべている。東アジア共和国は現在地球上で四番目の国力を誇る大国だ。オーブの30倍以上の人口を抱え、GDPは世界第四位という国力に支えられた軍隊はともかく異常なほど数が多いことで知られている。

東アジア共和国軍といえば今回の大戦では新星攻防戦でぼろ糞に負け、地上でもザフト侵攻部隊に蹴散らされと全くといっていいほど戦果がなく、雑魚との印象をもたれてはいる。だが、圧倒的な国力差がある理事国をその技術力とナチュラルを凌駕する身体能力を持って退け続けてきたザフトを相手にしたためにここまでボロボロにやられたのであって、それほどに弱い軍隊であるというわけではない。

そもそも、建国以来実戦経験が無い戦闘処女を多く抱えるオーブよりは内乱鎮圧や侵略や海賊行為で実戦経験が豊富だ。そして、大戦開戦以後は同盟国となった大西洋連邦やユーラシア連邦から多くの兵器(まず例外なくダウングレード版である。各国がこの国を信頼しているはずがない)を購入しているために兵器の質も向上している。

問題はまだある。東アジア共和国の兵は昔からそのモラルの低さで多くの国を恐怖させてきたという事実がある。第三次世界大戦での捕虜虐待、占領地での過酷な搾取、宗教施設の破壊、婦女暴行、民間人の無差別虐殺、人攫いetc……と列挙すればことたりない蛮行はアジア各国の記憶に新しいことである。

つまり、彼らはそこそこに統率された賊なのである。そしてその強欲さは時に本家の賊をも凌駕する。国の誇る技術を、工業力を、財を略奪されるだけではすまない。国民を陵辱され、殺戮され、彼らの価値観にそぐわない文化財も繁栄する都市も全てを破壊されるのである。この国の為政者として、いや、一人の国民としてこのような蛮行は断じて認めることができないことであった。

 

そして最大の武器である数。先ほどの西方での武力衝突で東アジア共和国が海南島から派遣した艦隊ですら駆逐艦15隻、巡洋艦5隻、正規空母1隻を揃えた侮れない艦隊であった。だが、これにセイロン島から合流する主力艦隊が合流すれば、正規空母3隻、巡洋艦25隻、駆逐艦80隻、強襲揚陸艦3隻からなる大艦隊となる。

おそらくはこれに軌道降下部隊や空軍の爆撃機が加わる可能性が高い。これほどの数の暴力を前にどれほど奮闘できるかは怪しいものがある。武装中立を建国以来の国是としているこの国は何処の国とも軍事的な同盟もしくは協力関係になってはならない。それゆえに他国から侵攻されても敵侵攻部隊を独力で跳ね除けるしかないのだ。

 

 ウズミは真剣な表情でホムラに言った。

「……私から、東アジア共和国大使館に連絡しよう。事実関係を精査するので、明日朝9時に内閣府官邸を訪ねてほしいと」

「お願いします」

頭を下げたホムラを横目にウズミは足早に会議室を後にし、内閣府官邸の前に止めてあったエレカに乗り込んだ。

 

 それを窓から見送ったホムラは苦々しい顔をする。本来であればホムラが命ずる側であるのだが、実際はウズミが最高権力者であることに代わりが無い。だからついホムラは下手にでてしまう。そもそも、本当ならばホムラが代表首長になることなどはありえないはずであった。

それがヘリオポリスの件で突然代表を辞任したウズミの後任としての役がまわってきたのである。ホムラが人の上に立つような性格も適正もないことはウズミもわかっていたはずだ。だが、ウズミは慣例となりつつあるアスハ家の代表首長の世襲を守るべくホムラに役割を担わせたのである。おそらく、ゆくゆくは一人娘たるカガリに代表首長の座を手に入れさせるために。

しかし、ホムラは国政を自身の考えで食い物にするウズミに対する反発心は抱くものの、ウズミに逆らう気概は全く無い小心者であった。

アスハ家による事実上の最高権力の世襲とその独裁政治、ウズミの理念最優先の姿勢がもたらす害をオーブ国民はそう遠くないうちにその身を持って思い知ることになる。




ようやく登場ウズミさん。
やはり阿呆です。大事なことですから2回書きます。彼奴は阿呆です。

他の国の指導者はまともなのにこいつだけ救いようの無いバカということで自分ウズミの考え方を書いてて戸惑うことが幾度もありましたねぇ。


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PHASE-57 守るべきものは

休日なので執筆が進みました。


C.E.71 9月21日 大日本帝国 内閣府

 

 既に時刻は夜8時を回ったところだ。ここにいる閣僚は昨日から情報収集に奔走しており、疲労の色が顔に色濃く出ているものも少なくない。そして、会議室の扉が開かれて内閣総理大臣である澤井が入室する。それを見た閣僚達は背筋を伸ばし、会議に備えた。

目を配って出席者が皆そろっていることを確認した澤井は前置きをせずに早速本題に入ることにした。

「昨日、オーブ近海で発生した東アジアとオーブの武力衝突について我が国の対応を協議したい。早速だが辰村局長、これまでに得られた情報について報告してくれ」

「はい」

澤井からの指名を受けた情報局局長、辰村が起立し、手元のコンソールを操作して会議室の巨大スクリーンにオーブ周辺の地図を投影し、説明を開始した。

「オーブ軍に対する諜報活動の結果を報告します。……昨日、9月20日の現地時間17時48分、オーブ領ヤラファト島から西に50kmの排他的経済水域を航行中の東アジア共和国艦隊の駆逐艦『寧波』が突如爆発炎上しました。『寧波』は爆発から2分後に沈没。東アジア共和国海軍は『寧波』はオーブの潜水艦により撃沈されたと判断し、近海を通行する東アジア艦隊の警戒のためにオーブ領海に展開していたオーブ国防海軍第二護衛艦群に対して攻撃を開始しました」

閣僚らは神妙な面持ちだ。折角戦乱が終わったというのにまた新しい紛争が起ころうとしているとなれば、心中は穏やかではないだろう。そして辰村が一息ついたところで澤井が口を開いた。

「東アジア共和国の駆逐艦を撃沈したことをオーブ側は認めているのか?」

即座に辰村の左隣に着席していた外務大臣の千葉が答える。

「オーブでは昨日、ホムラ代表首長が攻撃を否定する声明を出しています。『侵略の否定を国是とする我が国は宣戦布告なき先制攻撃をするなど野蛮なことはしない。東アジア共和国による根拠の無い先制攻撃を我々は遺憾に思う』とのことです」

「よろしいでしょうか?」

千葉が意見を述べ終わったところで今度は吉岡が挙手した。澤井は手で吉岡に発言を促す。

「防衛省の調べでは、東アジアの駆逐艦の沈没にはオーブ製の魚雷が関与している可能性が高いとの調査結果が出ております」

その言葉に会議室は僅かにどよめいた。これまで戦火に関わらぬように独立独歩を貫いた彼の国が今になって東アジアに喧嘩を売ったということが信じられないようだ。だが、吉岡は冷静に話しを続けた。

「皆さんが疑念を持つことは分かります。しかし、オーブ製の魚雷が爆発したという事実が証明されているのです」

そう言うと吉岡は手元の資料を読み始めた。

「我が国が創設に深く関わった環太平洋地震、津波警戒ネットワークの一端として多数設置された地震計、音波計、検潮計といった各種計器のデータ――オーブ近海の公海上のものからオーブ領海のもののデータを分析した結果、『寧波』の沈没と同時に観測された爆発による衝撃や地震波、音波のパターンから分析された炸薬と爆薬の種類とその量を解析できました。そしてその爆薬量、炸薬量に相当する兵器を分析したところ、オーブ製の魚雷――59式長魚雷『梶木』しか該当するものはありませんでした」

「しかし、何故オーブが東アジアを攻撃する必要があるのでしょう?」

榊が疑念を口にする。他の閣僚も同じ意見を持っているようである。だが、吉岡はその考えに待ったをかける。

「榊大臣。オーブ製の魚雷が使用されていたからといってオーブによる攻撃を疑うのは早計です。確かにこのオーブ製の魚雷『梶木』はオーブ軍の潜水艦の武装としても採用されておりますが、この魚雷は世界各地に売り出されており、赤道連合や汎ムスリム会議でも採用されています。また、大戦勃発後は海賊や紛争中の武装勢力にも流通しており、一概にオーブが関与していると断定する証拠とはなりえません」

吉岡の分析に榊らも納得する。そしてその様子を見た辰村は再び説明をはじめた。

 

「現地時間17時50分、東アジア共和国艦隊は沈没した駆逐艦『寧波』の溺者救助をする数隻の駆逐艦を残してオーブ領海に向けて前進。同時に艦対艦ミサイルを発射しました。艦艇の数、艦艇一隻あたりの搭載ミサイル数で勝る東アジア艦隊のミサイルはオーブ国防海軍第二護衛艦群のミサイル迎撃網を突破し、同艦隊に少なくない損害を与えました。第二護衛艦群の護衛艦タケフツが弾薬庫の誘爆で轟沈、トヨフツが喫水線を破られその1時間後に沈没。その他3隻が被弾して小破とのことです。また、イージス艦ソコツツノヲが前部甲板に被弾し、速射砲を損傷し中破しているようです」

「そこそこに被害が出ているようだな……東アジア共和国艦隊の損害は?」

澤井の問いかけに辰村が手元の書類を見て答える。

「……東アジア艦隊の艦対艦ミサイル攻撃を凌いだオーブ第二護衛艦群は反撃に転じ、艦対艦ミサイルにて東アジア艦隊の駆逐艦3隻と巡洋艦1隻を撃沈、駆逐艦2隻と巡洋艦1隻を撃破しました。しかし、その後東アジア艦隊の航空母艦『幽州』から発艦した攻撃機が攻撃を開始し、この空襲で更に護衛艦2隻が大破しております。国防空軍の戦闘機、清風が現場海域に緊急発進し敵艦上機部隊を撃滅することには成功しましたが、空対空ミサイルによって清風も2機が撃墜されたようです」

そこで辰村は手元の書類を捲る。

「戦闘開始から1時間後、東アジア艦隊は上空を戦闘機で護衛しながら西方に転舵して離脱しました。現在はヤラファト島から西に150km先の海上を西進中です。少なからざる損害を受けている上、艦載機が消耗してオーブ空軍の対艦攻撃を許すことを警戒してオーブ近海から離脱した可能性が高いと東アジア艦隊と東アジア海軍司令部の交信から分析しております。また、現地の諜報員からの連絡でカーペンタリア侵攻の後詰めと分析されていたセイロン島に停泊中の主力艦隊が出港し、オーブ方面に向かっているとの報告もあがっております」

 

 澤井はここまでの報告を聞くと、辰村に着席を促した。

「この短時間でよくここまでの情報を集めてくれた。辰村局長、ご苦労だった。……それで、吉岡大臣。率直に聞こう。もしもオーブと東アジアが開戦した場合、オーブは守る切れるのか?」

澤井に訪ねられた吉岡は答えた。

「はっきり言いまして、オーブに勝算はありません。防戦に徹すれば負けはないかもしれませんが、東アジアはそれを許さないでしょう。我が国と同様に自国内で資源を調達できない島国であるオーブは通商破壊に弱い国です。防衛省の分析では、そもそもの資源の備蓄にも少ないということも分かっていますし、通商破壊を続けられればオーブは1ヶ月持たずに干上がります」

吉岡はスクリーンに東アジア共和国の予想されるオーブ侵攻部隊の戦力とオーブ全軍の戦力の比較図を投影する。

「通商破壊を阻止するためにオーブ海軍は東アジア共和国海軍の潜水艦や巡洋艦を撃退すべく出撃するしかないでしょう。ですが、数に圧倒的に劣るオーブ海軍が勝利する可能性は窮めて低いです。オーブ海軍は戦闘開始から数日以内で無力化されます。そうなれば東アジアは揚陸作戦を決行する可能性は高いです。空軍と陸軍、本土防衛軍が必死に抵抗するとは考えられますが、物量を前に空軍も一日で滑走路やハンガー等を破壊されて無力化されると思われます。陸軍も津波のようにおそいかかるあの軍勢を前にどこまで戦えるか……それに、最悪東アジアには核という奥の手があります」

「ですが、吉岡大臣。確かオーブはMSを実用化して既に配備を始めているはず。それがあればある程度は奮戦できるのでは?」

奈原官房長官が問いかけるが、吉岡は首を横に振った。

「配備が始まってからまだ日が浅く、運用側は十分な性能を発揮できるとは考えにくいです。また、MSそのものの性能も大西洋連邦のストライクダガーより上といった程度という報告を受けています」

 

 オーブは負ける。その現実を会議の出席者たちは理解する。だが、そこで話は終わらない。それを受けて日本は如何に振舞うか、それを協議するために彼らはここにいるのである。

「……千葉大臣、東アジアはまだ正式に最後通牒をオーブに突きつけていないと聞いているが」

澤井は千葉に視線を向ける。そして視線を向けられた千葉が澤井に答える。

「はい。未だに正式な宣戦布告は成されてはおりません。今朝オーブの前代表首長のウズミ氏が在オーブ東アジア大使の華大使と会談を行ったという情報が入っておりますが、その会談の中身についてはまだ情報が入っておりません」

澤井は腕を組み、険しい表情を浮かべながら呟いた。

「……開戦は避けられないだろう。仮に最初の雷撃の犯人が東アジアかオーブのどちらかであれば開戦を避ける理由が無い。それに両国の指導者は開戦を避けるだけの大幅な譲歩を相手にすることは絶対に許さないからな。雷撃の犯人が両者とは関係の無い第三者であったとしても、それを捕まえなければ証明は不可能だ。現場海域から既に離脱してる可能性も高い」

 

 険しい表情を浮かべる澤井に奈原が進言する。

「総理、開戦となればオーブの全土が戦火に焼かれる公算が大きいです。オーブにいる邦人は少なくありませんから、彼らを収容する船団を至急組むべきです。開戦までどれだけの時間があるか分かりません」

その意見に千葉も賛意を示す。

「自分も同じ考えです。開戦となれば在留邦人が東アジアの兵の犠牲になる可能性が高いです。オーブの人口の過半が日系人ですから、東アジアの兵はオーブ人と邦人の区別を付けられるとは思えません」

その意見を聞いた澤井は表情を崩さないまま口を開く。

「……外務大臣と官房長官の懸念も最もだと思う。だが、開戦がいつになるかも分からない、いつ戦地になるやもしれないところに客船や貨物船を向かわせることは危険だと考える」

そこまで言うと、澤井は今度は吉岡に向き直った。

「……そこでなんだが、吉岡大臣。海軍の艦隊を至急派遣できないか。民間船を向かわせるには危険な場所であるし、もしも東アジアの駆逐艦を雷撃したのが第三者であったならば、我が国の船団が攻撃される可能性も否めない」

唐突に質問された吉岡はしばし黙考し、千葉に視線をやった。

「現在オーブにいる在留邦人は如何ほどですかな?その数如何によっては船団の規模も変わりますので護衛の数も考え直す必要があります」

「およそ、2万4千人です」

吉岡は腕を組んで暫し考えると口を開いた。

「……民間から船を徴用してもかなりの大船団となりますな。護衛には海軍の第七艦隊を当てます。時間がありませんから、今回2万4千人を収容する船団に必要な物資は全て軍の方から提供します」

戦力配置を考えた場合に邦人救出のために派遣可能な限界の戦力であることを察していた澤井は彼の判断に口を挟むことはない。

「いつ戦端が開かれるか分からない以上はグズグズとしてはいられん。土橋大臣、船の手配を早急に行って欲しい」

「了解しました」

澤井は土橋国土交通大臣に客船の手配を命令する。土橋もそれを淡々と了解した。

 

「ですが、総理。仮にオーブが陥落しますとオーブの技術が東アジアに渡り、彼の国の軍事力を強化させられる可能性も高く、それは防衛省としての懸念材料となっております。オーブからの邦人脱出の時間をオーブ軍が稼げるかも疑問です。また、我が国はオーブと彼の国の建国時から深い関わりがありますから、国民感情もオーブへの救援に傾くものと思われますが――」

戦力派遣を承認した矢先、吉岡が澤井に進言する。澤井も吉岡の考えが読めていたため、前置きで用件を察した。

「義勇軍を出す、と言いたいのか?国民感情はそれを是とするだろうが、一体どれだけの戦力を出す?それに、どこから志願兵を集める予定か?こう言ってはなんだが、皇軍の大半はこの国を守るために軍に入ったものだろう。オーブのために命をかけられる者を部隊で運用ができる規模で集められるのか?」

澤井の疑問に吉岡は堂々と答えた。

「実は、既にその準備だけは進めておりました。昨日までL5に派遣されていたアークエンジェルを現在地球軌道に急行できるように手配しております。彼の船の船員は過半が大西洋連邦に所属していたころからの古参の乗組員でして、彼らは航海の途中でオーブに匿われて補給を受けたことがあります。彼らが戦場に向かっても元乗組員達が義憤にかられたという言い分が通るでしょう」

その理論でいくならば半数は正規兵ではないかということになるが、まぁ、名目上義勇軍として正規軍を他国間の紛争に援軍として送るということは第三次世界大戦前から既に慣例化していたということもある。東アジアも同じようなことを幾度もしている以上は強く抗議できないことは吉岡も承知していた。

因みにそのアークエンジェルだが、現在安土にいる。マキシマオーバードライブの恩恵でこれまでの宇宙船とは比べ物にならない快速を得たアークエンジェルは防衛省にオーブ侵攻の一方が入った直後に吉岡の命令で安土に急行させられており、小破した艦艇を突貫作業で修理していた。

艦載機も整備員が入れ替わり立ち代り整備をしている。他の艦隊の損傷が酷い船も機体後回しにして現在安土の技術者はアークエンジェルの修理に全力を注いでいた。

 

「敵軍の数を考えれば、義勇軍として許される規模の戦力を現地に送ったとしてもかなりの損害が出ることは明白です。だったらいっそのこと人外……ではなく、精鋭を送ったほうが戦力になると考えたのですが、いかがでしょうか?」

澤井は考え込む。確かに、安全に邦人が脱出できる時間がオーブ軍に稼げるのかは分からない。邦人の安全に多少の戦力を割く意義は大きいと澤井は判断した。

「よし……分かった。吉岡大臣は義勇軍の編成にも取り掛かってくれ。オーブのウズミ氏が他国からの介入を認めてくれればいいのだが……千葉大臣、早速折衝に入ってほしい。我が国の邦人脱出の安全にも関わる。できる限り粘って欲しい。辰村局長は引き続き東アジアの動向と雷撃の犯人の追及に力を入れてくれ。時間が無いが、全力で臨んで欲しい。それでは会議を修了とする」

会議が終わると閣僚は足早に会議室を後にする。プラント戦が終局してまたもう一局困難な局面を彼らは迎えたが、彼らは妥協せず、全力で国難に挑み続ける。全ては国民と陛下のために。

 

 

 

C.E.71 9月22日

 

オーブ連合首長国 ヤラファス島 内閣府官邸

 

 

 会議の出席者は皆どんよりとした空気を纏っていた。昨日の在オーブ東アジア共和国大使との話し合いは平行線に終わった。東アジア共和国側はオーブの先制攻撃が今回の武力衝突の結果であるという意見を曲げず、それを否定するオーブ側と意見が真っ向から食い違う結果となった。

だが、かといって交渉を投げ出すわけにはいかない。開戦すればオーブには亡国の道しか残っていないことが分かっているオーブ側は粘りに粘った。そして、事態を解決する特使を派遣することを華大使に納得させたのである。

オーブ側の本音を言えば、何とか時間稼ぎに成功したというところだ。外交交渉が長引けばそれだけ侵攻に向けた準備を整えることができるのだから。だが、所詮は時間稼ぎでしかない。滅びの運命をほんの少しだけ先送りしたにすぎないのである。

そんなどんよりとした会議室でウズミが口を開いた。

 

「避けられるものでしたら避けたいものでしたが、こうなった以上は矛を手にする以外に道はないでしょう」

出席者達は沈黙をもって賛意を表す。そしてこのどんよりとした空気の中で会議が締めくくられようとしたその時だった。会議室に息を切らした中年の男が駆け込んできた。

「ウナト!!今は会議中である!!」

駆け込んできた生え際が逃避している男――ウナト・ロマ・セイランにウズミは叱責する。しかし、ウナトはそんなことを意にも介さずにホムラの隣に向かい、一枚の紙を手渡した。その内容にホムラは喜色を浮かべる。何事かと目を向けてくる会議の出席者に向けてホムラは口を開く。

「先ほど、在オーブ大日本帝国大使館の有村大使が外務省を訪問し、その際に東アジア共和国との開戦時に義勇兵を送る用意があると仰ったそうです」

その知らせを聞いた出席者達は喜色を浮かべる。武力衝突後初めての嬉しい知らせであった。だが、浮かれる閣僚に対しウズミが静かに言い放った。

「我が国は大日本帝国の義勇軍の受け入れを拒否する」

その一言で場は静まりかえった。そして、この場に最後に入ってきたウナトが驚きを隠せない様子でウズミに問いかけた。

「な……何故ですか!?我が国に味方してくれると言っているのですよ!?無論、それなりの対価は必要になるでしょう、しかし」

だが、ウズミはウナトの主張を最後まで聞かずに一喝した。

「何を言っておるか!!他国の介入を許すというのか!!独立、中立を理念とする!!これが国是だ!!」

「しかし、代表。日本は義勇軍を出して我々を助ける姿勢をとっています。オーブの理念とは関係ないのでは」

「違う!!日本が今回軍を出したのがただの親切心だと思えるのか!?答えは否……日本は東アジアにオーブを、その技術力を奪われることを恐れておるのだ!!」

そしてウズミは言葉を失った閣僚に再度獅子を思わせる圧倒的な覇気を籠めた視線を配る。その覇気に抗えるような人物は残念なことにこの中にはいなかった。そもそもそんな傑物がいたならば名目上は権力を持たない男が権力者として振舞うことを善しとはしなかっただろう。

「日本が手出しするのは犬猿の仲である東アジアとの争いで東アジアを優位に立たせぬためのものにすぎぬ。日本の手を借りれば我々はその技術で、又は兵の血でその恩に報いねばならぬだろう。だが、我々オーブは『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』という理念の下、日本と東アジアの争いに介入することを避けるべく義勇軍の介入を拒否する。異存のあるものはおりませぬな」

 

 理念をごり押しした理屈だ。これは完全に間違っている。そんなことはこの場にいる誰もが――いや、ウズミ以外の誰もが理解していた。だが、それを表立って口にできるものがいない。それができるものはその揺ぎ無い政治姿勢と覇気で国民の厚い支持を受けていたウズミとかつて敵対し、国民の圧倒的な支持を得ていたウズミに政治的に敗れてこの場を去っていたのだから。

結局、オーブを破滅に導く元凶となったのは理念でもそれを狂信するコミュニケーション障害の老害でもなく、耳障りのいい理想を口にするカリスマある人間を支持し続けた国民だったのかもしれない。

絶望を感じながらウナトはそう思った。




狂人の考え方を書くのってすっごい疲れます。理屈に合っていないから説明しづらいことこの上ない。
独島は韓国の領土です~って説明やらされているようなものですよ。正直ウズミ書くのは苦痛です。


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PHASE-58 閃光妖術

C.E.71 9月29日 オーブ連合首長国 内閣府官邸

 

「……やはり、東アジアは侵攻の方針を撤回することはないようです。粘ったのですが、僅か7日しか稼げませんでした。面目ありません」

項垂れながらウナトが会議室で自らの至らなさと無念さを吐露する。しかし、彼を責めるものはいなかった。そしてウナトは自らが――オーブが敗北したその外交交渉のことを思い出す。

 

 

 

 昨日までウナトは東アジア共和国の首都である北京にいた。オーブと東アジアの武力衝突の件について外交的な決着を試みるべくホムラから全権を委任された特使として派遣されていたのである。

ウナトは最初の雷撃についてオーブによる攻撃ではないことを終始主張し、真相解明のために現場海域に沈む駆逐艦を引き上げて協力することを訴えた。ウナトはホムラから許可をもらい、本来ならば軍事機密として外国に明かされることは禁じられているはずの事件当時のオーブ軍の潜水艦の配置についてのデータを開示してまでオーブの無実を訴えたが、それが東アジアに聞き入れられることはなかった。

この交渉中、会談に臨んだ東アジア共和国の李静麗国務総理の反応は一貫して冷ややかだった。数年前に東アジア共和国の国務総理の座を射止めた美しく若き女傑はウナトの主張を聞き入れることはなかったのである。

「貴国の潜水艦の事件当時の配置を知らされたところでそれは無意味なことです」

自国の主張を一蹴されたウナトだが、ここで諦めるわけにはいかない。彼は食い下がる。

「何故でしょうか?」

だが、李国務総理はあくまで冷ややかだった。

「その潜水艦の配置データが真実であるという証拠はどこにもありません。貴方がこれを真実だと信じていたとしても、このデータを製作した国防省側がが捏造している可能性だったあります」

「我が国の軍部がこの情報を捏造したと?」

ウナトは内心でこの女性の言い方に怒りを覚えていたが、それを表に出すことはなく冷静に対応する。

「ええ。このデータを提出した軍部が自分達に都合がよくなるようにデータを偽造し、事実を捻じ曲げた可能性はありませんか?例えば、最初の一発が誤射だったとしましょう。ヒューマンミスか整備不良か、色々と可能性が考えられますが、それは軍部の恥ともいえるもの。それを隠蔽しようとしていることだってありえるでしょう」

あたかもオーブ軍がポカしてそのもみ消しに必死という言い方をされてウナトもだまってはいられない。

「しかし、そもそも我が国の潜水艦が貴国の駆逐艦を雷撃したという物的な証拠もないのでは?」

「オーブ領海付近を航行中の我が国の艦隊が何者かに雷撃された。そして戦闘詳報には魚雷はヤラファト島方面から発射されたとあります。これで我が国が貴国への疑念を持たない方がおかしいでしょう」

なおも何か言おうとするウナトの様子を察したのか、ウナトが口を開く前に李は言葉を続けた。

「無論、先ほど貴方に私が言ったように我が国の軍部がその報告を捏造した可能性も全く無いとは言えません。物事に絶対はありませんから。しかし、どちらにしても一つだけ、確かなことがあります」

李は鷹とまで称された鋭い視線をウナトに向ける。

「我が国の証言も、貴国の証言も、それを証明できる第三者――我が国と貴国の両国に利害関係を持たない第三国の関係者による証明がなされない限りはただの水掛け論にすぎないのです」

「……そして、その条件を満たす第三者は存在し得ないということですか」

ウナトは眉間に皺をよせながら唸る。

「ええ、そうです。我々が互いに自らの主張を証明するものを持ちえず、かつ自らの主張を引っ込めない以上は交渉による現状の打開は不可能と言わざるをえませんね」

そう言うと李は席を立つ。

「交渉で事態を打開できなかったことは非常に残念です。恐らくは貴国と戦争になるでしょうが、貴方はオーブからはるばる来られた特使です。国賓として丁重にオーブまでお送りいたします」

ウナトはただ自らの無念さに打ちひしがれ、席から立てないでいた。

 

 

 

 その会談から一日が明けた。特使として派遣されたウナトが帰国するまで東アジアはオーブ領海外に待機させた戦力を動かすことはしなかった。だが、これはウナトという外交官の意見をオーブ政府が拝聴し、意見を変えるための時間として東アジアが与えたものに過ぎなかった。

「謝罪と賠償……特に賠償要求など到底呑めるものではありません。東アジアはオーブを技術と金をくれるATMに仕立て上げるつもりですよ!!」

首長の一人が声を荒げる。それにもう一人の主張も追従する。

「謝罪もそうです。『オーブが非道な侵略行為に手を染めかけたことを謝罪し、アジアの安定のために寄与する』などと発表しろと!?」

だが、一方で渋い顔を浮かべる者もいた。

「だが、我が国の力では東アジアに太刀打ちすることは不可能です。国土が焦土となり、国民は陵辱される……そんなことを許したくはありません」

「無条件降伏を強いられるよりは今の内に多少屈辱的な条件でも呑んだ方がいいのでは」

最終決定権があるはずのホムラは未だにどちらとも判断がつかず迷いを隠せてはいない。その様子に業を煮やしたウナトが唸るような声色で言った。

「東アジア共和国が示したタイムリミットまで後2時間です。要求を呑むか呑まないか、決断せねばなりません」

会議の出席者達は一様に項垂れる。どちらの道を選んでもこれからオーブを待つのは決して平坦な道ではないことを彼らは理解していた。

 

「……是非なし。ここにいたれば戦うしか道はありますまい。オーブの理念を守るために」

沈黙が支配する会議室で覇気溢れる声が響く。その声の主はオーブ連合首長国前代表首長、ウズミ・ナラ・アスハである。彼の有無を言わせぬ覇気の前に会議の出席者達は不承不承ながらに首を縦に振る。

「皆の意見も決まっておるようですな、ホムラ代表」

ウズミの迫力の前にホムラもただ従うだけだった。

「……我らオーブ連合首長国は東アジアからの謂れの無い言いがかりに応じることは無い。我らは東アジア共和国と開戦する」

 

 

 オーブが東アジア共和国の要求を拒否する声明を内外に発表してから30分後、東アジア共和国からも声明が発表され、同時に在オーブ東アジア共和国大使館の華大使がオーブ内閣府を訪れ、最後通牒を手交した。

両国は戦争状態に入ったのである。

 

 

 

 オロファトの北東にあるルク港には多くの船が入港していた。どの船もとにかく人を乗せ、満員になったら桟橋を離れ、次の船が入れ替わる形で桟橋に船を着けて人を乗せる。そんなサイクルを繰り返していた。

港の前は人で埋め尽くされている。日本人の収容のために帝国政府は50隻を超える船を手当たり次第に徴用して収容作業に備えていたが、一度に桟橋に船を付けられる数は限られている。また、身分証明作業もあって中々収容がスムーズに進んでいなかった。

 

「艦長!!東アジアがオーブに宣戦を布告しました!!」

「レーダーが公海からオーブに高速で接近する飛翔体を多数感知!!艦対地ミサイルと思われます!!」

はじまった。大日本帝国海軍第七艦隊司令官神宮司八郎少将はそう思った。第七艦隊の護衛を受けた日本人収容船団は昨日にオーブの首都オロファトの北東にあるルク港に停泊して半日以上立ったが、港の規模もあって収容作業は思うように進んでいない。

当初はオーブの首都に面するオロファト港での収容作業を考えたが、戦火が及ぶ危険性が高いと判断した海軍は収容場所をオロファトの北東にあるルク港とした。戦火が及ぶまでの時間は稼げるが、反面この港は桟橋の数が少なく、収容作業に時間がかかる。

輸送艦に搭載しているLCACを使って桟橋につけられない船に避難民を収容していたが、収容しなければならない避難民の数が多すぎた。はたして、収容作業が終わるまでここに戦火が及ばずにすむのかは疑問である。

「……全艦に通達、第三戦闘配備だ。流れ弾が飛んでこないとも限らん」

「はっ!!」

乗船待ちをしている民衆にもどこか焦りが見られてきた。高速で飛翔するミサイルが発する音やその着弾音が彼らを不安にさせているのだろう。そしておそらく、客船のクルーも同じ不安を感じている。彼らが不安になり収容を途中で出港させる事態は避けるべきだと神宮司は判断した。

「……通信長、収容作業中の全ての船に通信をつなげ。同時にその通信内容をスピーカーで外に聞こえるように手配してくれ」

神宮司の命令を受けて通信長はすばやく準備を整え、神宮司に報告する。

「準備、完了しました。いつでもいけます」

「うむ。始めてくれ」

耳が痛くなるようなハウリングが全ての船のスピーカーから発せられ、一瞬誰もが耳を塞ぐ。そしてそれが収まると、神宮司がマイクを握った。

「まだ乗船されていない帝国臣民の皆様、作業中の客船の乗り組み員の皆様。自分は今回、この船団の護衛を任されました大日本帝国海軍第七艦隊司令長官の神宮司八郎少将であります」

神宮司は続ける。

「現在、未だオーブに在留していた臣民の皆様の乗船は終わってはおりません。そして先ほど、東アジア共和国はオーブに宣戦を布告し、両国は交戦状態に入りました。しかし、ご安心ください。我々第七艦隊は皆様をオーブから一人残らず脱出させるまで御守りいたします。東アジアが手を出してきたら一戦して我らを盾にしてでも守ります。指一本振れさせません」

神宮司の演説で収容作業中の乗員にも、我先にと人が詰め掛けて混雑している桟橋にも落ち着きが取り戻されていく。

「ですから、皆さんは列を乱さず、焦らずに乗船してください。混乱は速やかな乗船の妨げになりますので、皆様は落ち着いて、係員の指示に従ってください」

いまだ港で船を待つ人々の間に秩序が戻り、乗船作業は粛々と進められていく。だが、まだまだ収容しなければならない人間は多かった。

 

 

 

 

 宣戦布告から4時間が経過した。宣戦布告と同時に行われたミサイルの雨による攻撃、そして追撃として行われた空襲でオーブ国防海軍は組織として行動不能なほどの損害を追い、既に有名無実と化していた。

そして空軍も凄まじい数で襲い掛かる東アジア共和国の艦上戦闘機の群れを相手に着実に損害を重ねていた。しかも彼らが補給に使うはずの基地はセイロン島から襲来した東アジアの爆撃機による空襲で大きな被害を受けている。何機か撃墜には成功したが、それらの残骸が市街地に墜落する等して本土に被害をもたらしていた。

オーブ国防空軍の主力戦闘機清風は東アジア共和国の主力艦上戦闘機を凌駕する性能を発揮してはいるものの、絶対的に数が足りずに爆撃機の迎撃にまで機体を多く割くことはできなかったのである。

本来の配備計画では更に多くの機体を調達できていたはずだったが、政治の横槍を受けてMSの生産を優先した結果、清風の配備計画に遅れがでていたこともこの事態を招いた一因と言えよう。

その様子を司令室で見ていたオーブ本土防衛司令官付きの副官、カガリ・ユラ・アスハは険しい表情を浮かべている。

「東アジアの強襲揚陸艦が南西からヤラファト島に上陸を始めました!!」

「第七機工大隊を回して食い止めろ!!上陸を阻止しろ!!」

カガリの隣ではオーブ本土防衛司令官の任についたケイイチ・ナツカワ陸将が矢継ぎ早に命令を飛ばしていた。カガリは自身の無力さに怒りが募る。

彼女が年齢相応でない一佐の階級についているのはその生まれが背景にあるからに他ならない。オーブの氏族は一族から軍人を常に2、3人は出しておく慣例がある。これは五大氏族の一つとして数えられるアスハ家とて例外ではない。そのために彼女は軍人としてここにいる。

だが、五大氏族ほど格が高い氏族となると、まず前線勤務になることはない。これは首長に欠員が出た場合に氏族軍人から後継の首長が出る場合もあるために命の危険にさらすことが憚られたためだ。

そんなわけでカガリは最も安全に近いだろう後方の司令部にほぼ権限の無いお飾りの副官という形で配属されたのである。

 

「カ……カガリ、不味いよ……」

そんなカガリの隣でオドオドしている参謀の名前はユウナ・ロマ・セイラン。彼も経歴の箔付けのために昨年から軍属となっていた。オーブ国内での地位向上を狙うウナトは軍部にもセイランのシンパを増やすべくユウナを送り込んでいたのである。

「不味いのは分かっている。だが、上陸戦となればM1アストレイが使える。司令もMS部隊を敵軍の上陸地点に送られた。これで敵の上陸を先送りにできるかもしれない」 

戦域図を見てカガリが冷静に分析する。ゲリラ時代に行き当たりばったりな戦いで多くの仲間を失った経験から、彼女は帰国後に軍略について引退した元軍人を教師にキチンと学び始めていた。そのために基礎的な分析は既にできるようになっていた。

「うう……ウズミ様が日本からの援軍を受け入れてさえいれば……」

その一言を聞いたカガリは耳を疑った。そしてユウナの胸倉を掴み揺さぶる。

「おい!ユウナ!!どういうことだ!?日本からの援軍!?そんな話は聞いていないぞ」

武力衝突が起きてから常に司令室に詰めていたカガリにとってその話は寝耳に水だった。そして、カガリの大きな声を聞いた司令室の軍人も驚いてユウナの方に振り向いた。

多くの人の視線が集まっていることに気がつかないでいるユウナはカガリから感じる圧迫感から逃れようと必死になって答えた。

「ま、前にパパがトイレでぼやいていたのを聞いたんだ!!ウズミ様は理念を守るために日本からの義勇軍派遣の申し入れを拒否したって!!既に軌道上でいつでも援軍として戦闘に参加できるようにアークエンジェルが待機しているって聞こえたんだ!!」

カガリはユウナの胸倉を離して彼を解放すると、司令室の壁に拳を打ち付けた。

「なんてことだ!我々は国民を守るために戦っているのだぞ!!」

ナツカワ陸将も怒りを顕にしている。だが、彼の熱は次から次へと入ってくる凶報で冷まされた。

「清風部隊、稼働率が40%を切りました!!」

「敵揚陸部隊の第二派がオロファトに進行中!!沿岸の防御施設は攻撃ヘリによって沈黙させられています!!阻止できません!!」

「慌てるな!!第二戦車大隊、第四高射砲中隊をオロファトに回せ!!敵攻撃ヘリを無力化し、その上でLCACを砲撃するんだ!!」

ナツカワは呻き声を漏らしながらも必死でモニターを見据えて戦場の火消しを試みていた。だが、彼も理解している。自分の出す指示は所詮は一時しのぎに過ぎないことを。彼はかつて大日本帝国陸軍との交換留学プログラムで訪日し、そこで未来の士官を育成する防衛大学のエリートと共に学び、オーブ本土防衛軍に配属された後も防衛戦闘の作戦立案に携わってきた秀才である。だから、自軍の限界を誰よりも早く見据えることができた。

 

「司令!!よろしいでしょうか!!」

絶望に抗おうと必死になるナツカワにカガリが声をかける。しかし、ナツカワはうっとうしげに応対した。

「何だ!!お嬢様の意見など聞いている暇はない!!」

「行政府に殴りこみます!!一個歩兵中隊をお貸しいただきたい!!日本帝国に救援を要請します!!」

お嬢様とみなしていた少女の口から飛び出した言葉にハルマは絶句する。この少女はこの期に及んでクーデターを起こそうとしているのだ。しかし、如何に戦局が不利で、それが政治によってもたらされたものだとはいえども国に忠誠を誓った軍人である以上、ナツカワは政府に反逆することを是とはできなかった。

「駄目だ……軍が武力を持って政府を転覆させることは許可できない」

だが、カガリも引かない。

「ならばせめて、私とユウナだけでも行政府に行かせて下さい!!父を……ウズミ前代表を説得したいのです!!説得がならない場合は……!!」

カガリは腰につけた銃のホルスターに手を添える。その仕草が意味することを察したナツカワは目を細める。彼女は自身の父親を物理的に黙らせることでその権力を奪うつもりなのだ。クーデターとしてではなく、アスハ家の内乱という形で父を葬ろうとしているのである。ついでに何故か巻き添えにされたユウナは絶望して壁に手をつけて項垂れていた。

「……分かっているのか。たとえ氏族であろうと、首長を手にかければ極刑は免れないのだぞ」

「このままでは極刑を宣告するはずのこの国が無くなります!!理想は受け継ぐものがおれば取り返せますが、人の命は二度と取り返せないのです!!もう……時間がありません!!決断を!!」

カガリの目に灯る覚悟を見たナツカワは決断した。

「……私は、君がアスハ家の姫だと聞いて、理念を念仏のようにとなえる宗教家だと思っていた。だが、それは私の思い違いだったようだな。……カガリ・ユラ・アスハ一佐、司令付きの副官の任を解く、ユウナ・ロマ・セイラン一佐もだ」

「……ありがとうございます」

「行きたまえ。戦線は我々が守りきる」

「御武運を……いくぞユウナ!!」

いまだに項垂れているユウナの腰に蹴りをいれ、痛みにもだえるユウナを引きずりながらカガリは司令室を後にした。涙を流しながら引きずられるユウナにナツカワは少し同情した。彼自身も家庭に帰ればあんな扱いを受けていたため、彼の胸中を察することができたのである。

そして司令室の扉をくぐったカガリを見送ったナツカワはひとりごちる。

「彼らがもう少し早く生まれておれば……オーブは焼かれずにすんだのかもしれんな。いや」

そこまで思ったところでその考えを撤回する。

「半人前のガキ共を頼りにするほど腑抜けてどうする。我らがこんなだからオーブは焼かれるのだ。責任は大人が果たさんとな」

ナツカワは再び司令室の戦域図に目をやり、次々に飛び込んでくる報告を元に戦場の整理を再開した。

 

 

 

 

内閣府官邸

 

 次々と入る味方の損害の情報を受けたウズミは覚悟を決めた。もはやオーブという国が失われることは時間の問題となる。だが、オーブが失われようとも失われてはならないものがある。この国にある小さくとも強い灯火を途絶えさせるわけにはいかない。

「残存の部隊はカグヤに集結させよ!!オノゴロは放棄する!!」

この世界はプラントに勝利した連合の色――正確に言えば大西洋連邦と日本の色に染まるだろう。だが、その時に連合以外の色がない世界では何れ、どちらかの色に世界を染めようと戦争が起こる。一色の思想で染められた世界などあるべきものではないとウズミは信じていた。

理念無きオーブがどちらかの色にそまり、自身と違う色のものを討つことは彼にとって到底認められるものではなかったのである。

「マスドライバーの準備は後2時間ほどかかるとの報告が来ておりますが」

「急がせろ!!それほどは待てん!!」

宇宙に脱出すればマルキオ導師の手引きでひとまず居場所を手に入れることができるようになっている。後は揺るがぬ信念を心に宿す若者達を宇宙に送り届けるだけ。今は小さな種であるが、いつか彼らはオーブの理念の種から大輪の華を咲かせるであろうことをウズミは信じていた。

いつかオーブの地に再び理念を柱とする国が再興させてくれることを信じて自分達老人は後の責めを負う。そう彼は覚悟していた。

 

「ウズミ前代表!!」

内閣府官邸の会議室の扉が乱暴に開け放たれ、中に金髪の映える少女が入ってきた。その怒気溢れる様子……いや、彼女に首根っこを掴まれて涙を流しながら引きずられているユウナの姿に周りの首長たちも一歩後ずさる。

「カガリ!!貴様は司令部にいろという命令を」

「お父……ウズミ前代表に伺いたいことがございます!!」

カガリは引きずってきたユウナを乱暴に放り投げると凄まじい剣幕でウズミに食って掛かった。

「お父様は日本からの義勇軍派遣の提案を断ったと聞きました!!何故援軍を拒否するのですか!!」

周りの首長たちがユウナの惨状やカガリの発する怒気で怯んでいるのに対し、ウズミだけは堂々と正面から娘と相対する。

「オーブの理念を守るためだ。例え一度オーブが滅びようとも、理念があればこの国を幾度でも復興することができる。だが、理念を失えば二度とこの国を再興することはできん」

「しかし!!今この国は!!」

「カガリ。そなたはこれからカグヤに向かえ。そして宇宙に出るのだ。後の責めは我らが負う。そなた達は理念を胸にこの国を脱出しろ。そしていつかこの国を理念の下に再興するのだ」

 

 カガリは自身の父親に失望していた。この男はこの期に及んで国民よりも理念を守ると言っているのである。かつての自分であればここで父の言うことに従ってカグヤから脱出することを容認していたのかもしれない。その理念が何によって保たれているのかも知らずに。

しかし、かつての彼女と今の彼女は違う。今の彼女は理念よりも、父親の考えよりも、国民の命を第一に考えるようになっていた。きっかけはアークエンジェルでの暮らし――正確にはキラとの交流だったのだろう。

元々戦いに向かないおとなしい性格をしていたキラは悩んでいた。自分が何故戦うのか、何のために引き金をひくのかが分からないでいた。だが、オーブを出港する頃には彼は覚悟を決めていた。守りたいものを守る。そのために引き金を引く決意を持っていたのである。

そしてカガリはオーブを守っているのも理念ではなく、政治家の、軍人の大事な人を守りたいという意思ではないかという彼の言葉を聞かされて動揺した。だが、その後に自分の力で軍略を学び、様々な人と触れ合う中でカガリはいつしかキラと同じ認識を抱くようになっていたのである。

 

 今のカガリは守りたいもの――国民のために戦う。その覚悟で父の下に乗り込んだ。彼女はやるべきことを既に見据えている。

「ウズミ前代表。今すぐ日本の義勇軍を受け入れてください。」

「カガリ!!何を言い出すか!!」

ウズミは娘に向けて厳しい視線を向ける。

「分からぬか!?今ここで理念を失えばこの国は永遠に失われるのだぞ!!そしてそれは何れ在るべき世界を歪める!!」

だが、カガリも一歩も引かない。

「では理念を守るためにここで国土を焼き、国民を焼くと仰るか!?理念を一度失ったとしてもそれがなんですか!何度でも再興すればよいでしょう!!」

「愚か者が!!理念は一度失われれば取り戻すことはできんのだ!!」

「国民の命も!!一度失われれば2度と取り戻せないのです!!理念があろうともそれを誇りに思う民がおらねば何の意味もありませぬ!!民を蔑ろにし、理想の傀儡となった今のオーブならばいっそ滅べばいい!!」

その言葉にウズミは額に青筋を浮かべる。

「そなたは先人達がこのオーブを理想郷とすべく打ち立てた理想を何だと心得ておるのだ!?」

「先人達はオーブを理想郷にすべく理念を打ち立てられた!!だがそれは民の幸せを願って打ち立てた理念!!理念が国を……国民の命を害すのであればそのようなもの、いりませぬ!!」

 

 ウズミは聞き分けの無い娘との話を切り上げることにした。本来であれば娘を理念の後継者として宇宙に送り届けたかったが、この様子では納得しそうもない。だが、それでもカガリはウズミにとって愛しいわが子であることには変わりはない。ここで東アジア共和国の傀儡にする気はなかった。多少乱暴ではあるが、そうでもしなければカガリは連れ出せないとウズミは考えた。

「もうよい……カガリよ、しばし眠るがよい」

そう言うとウズミはカガリの腹にフックを浴びせる。カガリは体をくの字に折り曲げ膝をつく。

「貴様にはカグヤから脱出してもらう。キサカ、つれてゆけ」

「はっ……」

キサカが膝をつくカガリに駆け寄っていく。だが、カガリは未だ父に屈したわけではなかった。呼吸が辛い。だがなんだ。今民は火に焼かれ、爆風で身を傷つけられている。民の痛みに比べればこれしきのことは痛くは無い。

「父様の……分からず屋ァァ!!」

カガリは叫びながらウズミに向かって突進する。娘の捨て身タックルを腹に受けたウズミは苦悶の表情を浮かべる。だがウズミは密着状態からボディブローを浴びせてカガリを引き離した。実はウズミ、学生時代は格闘術を嗜んでいた。この親にしてこの子ありか。養子であるカガリも幼少期から体を鍛えることが好きで、空手の有段者であった。

 

 カガリを引き剥がすことに成功したウズミだが、予想以上に強力だったタックルを受けて膝をつく。だが、カガリはその隙を見逃さなかった。2度も拳が食い込んだ腹には激痛が走り、吐き気がするし呼吸も苦しい。だが、ここで父に屈することはできなかった。ここで屈したら国民を救えなくなる。その強迫観念が彼女を突き動かしたのである。

「はぁぁぁぁ!!!」

カガリは床を蹴りウズミとの距離を一気に詰めた。

 

 

――ウズミが立てている左膝に左足を乗せて踏み台とし、カガリは一瞬宙を舞う。

 

――そしてカガリは腰を左に捻りながら右脚を薙ぎ払うように振りぬく。

 

――鞭のようにしなやかな動きで振りぬかれたカガリの右脚はウズミの顔面を

 

――全く躊躇無く

 

――鈍い打撃音を伴いながら蹴り飛ばした。

 

 

 誰もが国家の最高実力者が吹き飛ばされる姿をただ呆然と見つめていた。ユウナはアスハ家の御令嬢が使うべきではないだろう凄まじい技に恐怖を抱いていた。そしてカガリは顔面から血を流して倒れているウズミを尻目にホムラに駆け寄った。

「ホムラ代表!!貴方ならもう分かっているはずです!!至急日本に要請を!!」

その鬼気迫る表情と兄譲りの覇気に圧されたのか、はたまた実兄の血で赤く染まった彼女の右脚に恐怖を感じたのか分からないが、ホムラはその首を縦に振った。

それを見たカガリは会議室の通信管制官に命令する。

 

「今すぐ日本とのホットラインを開け!!急ぐんだ!!一刻の猶予も無い!!」




カガリ の 閃光妖術 !!
ウズミ は 倒れた
というわけでウズミさん退場です。
迷いに迷った結果、カガリさんはバカガリではなくKガリでいくことにしました。まぁ、かなり凶暴化してますけどね。

……72話かけてようやくカガリさん初登場、しかも登場早々に強烈なプロレス技っていう……
ある意味バカガリ以上のインパクトとなりました。


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PHASE-59 救援者

Kガリさん反響いいですね……でも、基本は体力バカなんですよね。
物事の本質を見極める能力と讒言を聞き流し、諫言を受け入れる態度など、君主の器はないわけではないですけど


 ホムラの指示を受けたウナトが日本の外務省にコンタクトを取り、澤井首相に直接つなげてもらえるように取り次いでもらっている。その姿を横目にカガリはボロボロになったユウナに視線を移す。先ほどの凶悪な閃光妖術を目の前で見ているユウナは萎縮する。まぁ、彼が小心者であることは確かだが、ウズミの血で染まった彼女の膝を目にしてしまえばそれもしょうがないことだろう。

「ユウナ……正直に聞く。アメノミハシラにはどれだけの価値がある?」

だが、そんな萎縮した彼に問いかけられたのは自国の資産の価値。一瞬何を聞かれたのかと唖然とするが、カガリの瞳孔の開いた瞳を見せつけられて咄嗟に意識を切り替えて簡単に計算した。

「……大体マスドライバー1基の7、8割くらいの価値はあるんじゃないかな、今衛星軌道に残って稼動しているまともな宇宙ステーションはアメノミハシラだけだからね。でもあれはサハク家が管理しているけど?……ってまさか!?」

ウナトの後継者としてそれなりの教育を受けさせられており、カガリと付き合いも長いユウナは気がついた。カガリが何を企んでいるのかを。ユウナの予想を裏付けるようにカガリは静かに首を縦に振る。

「そうだ……アメノミハシラを手土産に日本帝国に我が国の国民の亡命を認めてもらえないだろうかと考えた」

会議室の空気が凍りつく。だが、カガリは空気を敢えて読まない。視線をホムラに向けて訴えかける。

「代表。もはや我が国を待つ運命は亡国以外にありません。ここまで義勇軍を拒み続けてきたこちらが今更義勇軍の派遣を要請したところで日本側もいい顔はしませんし、ここまで戦局が悪化していれば義勇軍など焼け石に水です」

ホムラもそれは承知しているのだろう。渋々頷く。そして心なしか首長たちは未だに床で伸びている獅子と呼ばれた愚か者に軽蔑の目を向けている。そんな彼らをカガリは内心で嫌悪していた。

あたかもウズミがこれほど状況を悪くしていたかのように振舞っているが、ウズミの独裁を諫めることが無かった自分も彼らも等しく同罪だというのに何故あんなことができるのか。無論、カガリはこれまでウズミを止められなかった、ただ理念を妄信していたかつての自身も嫌悪している。あれは彼女にとって人生最大の汚点であった。

「たとえこの国が失われようと、我々為政者は一人でも多くの国民を戦火から救わなければなりません。しかし、我が国の難民を受け入れて庇護を与えてくれる国など、もはや存在しないでしょう」

カガリの言葉を聞いたユウナもホムラも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。実際、オーブはプラントとの戦争が勃発してから国際的に孤立していた。連合に最後まで加盟せず、自国は戦火からもエネルギー危機からも逃れていたために連合加盟国からは蛇蝎の如く嫌われているし、その他の中立国とも連携をとろうとする姿勢をとっていないために友好的とは言いがたい。少なくとも大量の難民を受け入れてくれることは無いだろう。

「……しかし、日本は我らの父祖とも言える国です。前代表首長が愚かなことをしてくれましたが、未だ国民感情では親愛の情が両国にはあります。然るべき対価を示せば受け入れてくれる可能性があるでしょう」

「……日本に難民を受け入れてもらう対価としてアメノミハシラを献上するというのか。だが、カガリ。それではアメノミハシラを管理しているサハクの反対は必死だ」

ホムラが険しい顔をカガリに向ける。

「はい。確かに現在サハク家がアメノミハシラの管理人ですが、元々アメノミハシラは国営事業として建設されたもの。故にあれはオーブ連合首長国の資産であり、サハクの資産ではありません。所詮サハク家は管理を委託されたにすぎません。彼らにとやかく言われる筋合いはないのです」

その時、ウナトが上ずった声をあげた。

「日本の首相官邸との通信回線が繋がりました!澤井首相との会談の準備も整っております!後、5分で澤井首相が出られるとのことです!!」

「代表。この交渉にはオーブ国民の未来がかかっているのです。我々が第一に考えなければならないのは国の資産のことではなく、民の命です。民さえいればこの国は資産をまた築くことができましょう!しかし、資産があってもこの国を心から愛する国民は戻ってこないのです!」

ホムラはカガリの真剣な眼差しを正面から受け止め、表情を引き締めた。

 

 

 

 澤井は突然オーブが申し出た通信による会談の要請の意図を測りかねていた。かの国の実質的な支配者であるウズミ前代表は理念を守るために誰の手を借りないし、誰にも手を貸さないことを公言していた。そんな彼が今更一体何の用だろうか?

そんなことを考えているうちに彼の乗る首相専用ヘリは首相官邸に到着する。オーブ情勢に何かしらの動きがあったときにすぐに対応できるよう、今日の公務は全て東京都内の仕事にしていたためにすぐさま予定をキャンセルして首相官邸に駆けつけることができたのである。

そして澤井はすぐさま会議室に入り、カメラの前に座る。しばし待つと、会議室の大モニターにオーブ連合首長国代表首長のホムラ氏の顔が映し出された。

「こんにちは、澤井総理。本日はこちらの急な会談要請に応えていただき、ありがとうございます」

「いえ。現在予断を許さない状況下にあるオーブから火急の用であるとの連絡がくれば応対しないわけにはいきますまい。まだ在留邦人の脱出も完了しておりませんし」

モニターに映し出されたホムラ氏はいつもと違う緊張感を漂わせていた。その緊張感がこの会談の重要性を物語っているのだと澤井は直感する。

「早速ですが、本題に入らせていただきます。そちらも間もなく知るところとなるでしょうが、既に東アジアの侵攻部隊は我が軍の敷いた最終防衛ラインに到達しています。こちらの残存戦力を全て投入しておりますが、長くは持たないでしょう。そこで、我が国から貴国に要請があるのです」

ここまで話せば察しはつく。亡国の間際に友好国に対して要請することなど為政者であれば決まっている。

「……衛星軌道に待機している義勇軍の加勢を頼みたいのです。そして今後発生する我が国の難民を可能な限り受け入れて欲しい」

やはり、澤井の予想は当たった。これから国土を征服する侵略者の手から一人でも多くの国民を救う。そのために彼は我が国を頼ったのだ。だが、その申し入れは既に遅すぎたと思う。

「……ホムラ代表。残念だが、その申し入れは遅すぎた。今から少数の義勇軍を派遣しても、オーブ軍は既に戦える状態にないようなもの。敵の大軍勢の中に援護無しで送り込むようなものだ。優秀な皇国の兵に血を流させることは私にはできない。」

 

 難民の受け入れには優秀な技術者や特殊技能者の受け入れというメリットがある。また、この度着工が決定した我が国の反陽子浮遊式空中母艦の建造や火星への進出計画、L4コロニーの新規建造計画など、難民という安い労働力を必要としている職場は多い。

だが、そのために我が国最強のMS部隊を敵中に孤立させて危険に曝すのは割りに合わないのだ。確かに今からでも多少の難民の脱出の時間は取れる。だが、その数も大した数ではない。邦人の脱出までの時間稼ぎの必要も、収容が8割近く終わっている現段階ではあまりない。

つまるところ、東アジアが侵攻する前に申し入れていてくれればこちらも要請に応じる用意があったのだ。確かにオーブとは親しい間柄にある。だが、澤井は大日本帝国の宰相として国民の幸福を追求し、国土を守る役目を陛下から承った身である。国益にならず、一方的な損を被る行為を善意から行うことは絶対にしない。

 

 表情を変えぬまま、ホムラが口を開く。

「……こちらは既にモルゲンレーテの研究資料と技術者を纏めて脱出の用意をさせている。モルゲンレーテの技術は貴国にとっても魅力的なものではないのでしょうか?」

――なるほど、ホムラ代表はモルゲンレーテの技術を対価に難民を受け入れてもらおうと考えているのだろう。だが、はっきり言って数万におよぶ難民の受け入れの対価としては安すぎる。

「ですが、我々としても簡単に難民を貴国から脱出させる手立てを構築することは不可能です。現在ルク港に停泊中の我が国の邦人脱出船団であれば6千人は脱出は可能ですが、それ以上は無理です」

6千というのは邦人を全員収容して且つ残りの船に収容可能な人数だ。船の座礁や潜水艦による襲撃など、万が一に備えて帝国政府は3万人が脱出できるだけの貨客船や貨物船を徴用して船団を組んでいたのである。だが、6千という数字にホムラは険しい顔をする。

「こちらとしては、3万人を今すぐ受け入れて欲しいのです。その後も難民の斡旋をしてほしい」

「ですが、現実問題としてこれから3万に及ぶ難民の受け入れ態勢を整えることは難しいのです」

ホムラ氏が引けないのは分かる。だが、私も陛下からこの国の政を任された宰相である以上は引けないのだ。

 

「……我々は、アメノミハシラを貴国に提供する用意があります」

澤井はホムラが突然告げた条件に目を丸くする。アメノミハシラ――現在オーブが保有する資産の中ではマスドライバーに告ぐ価値を持つ資産である。これを失うということは、いつかオーブが主権を回復したときに復興の柱となる資産を失うことに他ならない。マスドライバーとアメノミハシラのセットは東アジアの軍靴から開放されたオーブを救うものであったはずだ。

「……アメノミハシラを我が国に譲渡する……貴方はその意味を理解しておられないのでしょうか?」

確認の意味を籠めてホムラに問いを投げかける。

「澤井総理、恥ずかしいことですが私は今までずっと傀儡に近かったんですよ」

ホムラが独白する。

「理念を謳うカリスマである兄にただただ従うだけ。名目上のこの国の最高権力者は自分でしたが、兄の言いなりにならないと国政が回らないんです。オーブというのは理念を崇める宗教国家で兄はその教祖といったところでしょうか。疑念を持ちつつも、兄のやり方が最善だと思っていたんですよ。私も結局は古参の信者のようなものでした」

澤井はただ黙って彼の独白を聞いていた。モニターに映るホムラは苦笑いしている。

「しかし、先ほど目を覚まさせられましたよ。まだまだ青い少女が……権謀術策が渦巻く世界で戦う政治家としての経験もない少女があの兄を真っ向から否定したんです。兄の覇気に張り合って、その主張を打ち砕いたんですよ」

ホムラは笑う。

「知ったんです。若者は我々老人を乗り越えていく、打倒していく力を持っているのだと。老成し、国内に敵う者無しと呼ばれた獅子であっても若き純粋な熱意を籠めた牙を持って打ち倒していく力が若い者達にはあるのだと。ならば我々老人のやるべきことは一つ。その若き命を繋ぐことではないでしょうか」

「若者達ならば、命さえあればオーブを再興できると?」

「ええ。確かにアメノミハシラがあればオーブの復興は早められるかもしれません。ですが、アメノミハシラと引き換えに救えなかった命は戻ってこない。私はアメノミハシラと引き換えに救える命の可能性に賭けたいのです。彼らの造り出す未来はアメノミハシラ以上の価値があるやもしれませんから」

 

 澤井は考える。ホムラの思いは澤井総一郎という一人の人間としては尊重したいものであるが、内閣総理大臣としてはどうか。アメノミハシラは衛星軌道上に残る最後の宇宙ステーションだ。そこを宇宙軍の拠点にできれば国防は更に磐石のものとなる。これまでは艦隊をローテーションで軌道上に派遣していたが、その負担は小さくなるだろう。だが、3万の人間を脱出させる方策が無い。

そこまで読んでいたのか、ホムラが話しを続ける。

「現在、オノゴロに停泊していた車両貨物船をありったけ徴用して国外脱出者を集めております。進水したばかりの護衛艦カスガ、2番艦のアツタも使」

「ならんぞ!!」

その時、モニターに額から血を流しながらも必死の形相でウズミが割り込んできた。

「澤井総理!!我々は最後まで」

「前代表!!弁えてください!!」

画面に割り込んできたのはウズミ・ナラ・アスハ前代表だった。憤怒の表情を浮かべて理念を守ろうと試みる。

「我らは!!理念を!!」

「黙ってください!!」

押さえ込もうと巨漢がウズミの背中に回る。しかし、尚もウズミは頑強に抵抗する。その時、スピーカーから若い女性の声が響き渡った。その声がどこか荒々しいと感じてしまったのは何故だろうか。

「そのまま抑えてろ!!キサカ!!」

一瞬の出来事だった。画面の端から飛び出してきた足がウズミの顔面にめり込み、ウズミを抑えていた男ごと画面の外に吹っ飛ばした。そしてウズミの顔面を蹴り飛ばした金髪の女性は見事な着地を決める。澤井はその美しい跳び蹴りのフォームに在りし日に見たヒーローの姿を幻視した。

「……ライダーキック」

澤井の意識は一瞬、少年期に憧れたヒーローを髣髴とさせる見事な技に奪われた。だが、澤井はすぐに冷静さを取り戻す。

おそらく、何らかの手段――ウズミ氏の顔面からの流血からすると実力行使か――によって先ほどまでウズミ氏の意識を奪い、その間に我々に交渉を持ちかけたということか。考えてみれば、ウズミ氏が健在であればこのような交渉は断固拒否するのは明白だった。

そして先ほど美しすぎるライダーキックをウズミ氏にきめた金髪の少女には見覚えがある。確か彼女はウズミ氏の娘であるカガリ・ユラ・アスハ嬢だったはずだ。美しい技をきめた彼女はすぐにカメラの存在を思い出してフェードアウトしていたが。

 

「申し訳ありません……前代表が独断でオーブ玉砕を決断しようとしておりましたので、我々は先ほど彼を実力で排除したのです。ですが、まさかあれ(・・)をくらって短期間で意識を取り戻すとは思ってはいなかったのです……」

澤井はホムラが目を泳がせながら言ったあれ(・・)とやらがとても気になったが今はスルーすることにした。

「話を戻しますが、進水したばかりの軽空母クラスの護衛艦2隻を含めた6隻を使って3万人を乗り込めるだけ乗り込ませます。使用する貨物船も我が国が保有する最大クラスの貨物船ですから、乗せるだけでしたら各船に5000人は収容できるはずです」

日本までの航路は数日かかるはずだ。おそらく、物資のない船に強引に積み込まれるその3万人はかなりの苦行を強いられることだろう。日本が用意した邦人救出船は日本までの数日の航路で最低限の快適さは保障できるように手配したが、オーブ側の船にそのような手配をする余裕はない。だが、全ては命あってのことだ。

「……了解しました、我々はオーブからの渡航者を受け入れましょう。3万人が収容可能な仮設住宅の建設を早急に手配しますし、渡航者の我が国への渡航後の生活もできる限り配慮します」

「忝いです。アメノミハシラの譲り渡し書、オーブの――モルゲンレーテの持つ各種特許の譲渡証明書類もこれからすぐにルク港の貴国の艦隊に届けます」

「了解しました……これからすぐに義勇軍を派遣します。しかし、彼らには防衛線が突破されたときは撤退する権限を与えますので……よろしいですな」

「ええ。貴国の好意に国民を代表して感謝します」

 

 回線が切断される。澤井は秘書官に今すぐ閣僚を収集するように命令し、防衛省にいる吉岡防衛大臣に電話を入れる。

「吉岡防衛大臣。オーブから連絡があった。今すぐに義勇軍を出して欲しい……そうだ、撤退タイミングはそのとおりでいい……ああ。分かった」

澤井は受話器を置き、しばし脱力する。

「……ウズミ代表、貴方は確かにこの時代の傑物かもしれません。しかし、貴方の理念は救えたであろう人に――およそ3500万人に苦行を強いることになるのですよ?」

仮にオーブが日本の庇護下に入っていれば日本はオーブに同盟国として援軍を送り、東アジアの侵攻軍を打破できたであろう。だが、あちらが独立独歩の道を行く限りはこちらが介入することはできなかった。

明確な大義無き戦はしないというのが、我が国の基本方針であり、陛下の御心である。これは世界の警察を気取って20世紀に各地に出兵して反米勢力を増やし続けた旧米国を反面教師とした我が国の基本方針である。

だが、ひょっとすると、我が国の基本方針もオーブが抱える理念と同じように国家を狂わせ、亡国に追い込むものになってしまうのかもしれない――澤井はふと、そんなことを考えてしまった。




閃光妖術にライダーキックにと、体育会系っぷりが半端じゃないカガリさん。
そして閃光妖術食らっても復活したウズミさんとまぁオーブには体力バカが多いという状況でした。


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PHASE-60 うたかたの……

皆様お待たせいたしました。ついにあの人の登場です!


 地上ではオーブが亡国までの時間を認識し、一人でも多くの国民を救うべく奔走しているころ、宇宙でも動きがあった。

衛星軌道上でオーブへの降下命令に備えていたアークエンジェルに通信が入り、マリューが応対する。モニターに映し出された黒木中佐は普段と変わらない態度でマリューらに語った。

「ラミアス中佐。オーブ政府から義勇軍受け入れの通達があった。既に戦況は決し、オーブの消滅も時間の問題だが、稼げるだけ時間を稼いでくれ。とにかく君たちがこれ以上は無理だと考えたら独断で撤退してくれても構わない」

「……了解しました。これより本艦はオーブに降下します」

マリューは黒木の命令に従って降下シークエンスPhase-1に入るように指示する。敵中に降下して孤立無援の状態で戦った経験は以前にもある。だが、何度目であろうと不安はそうそう拭えるものではない。ただ、マリューも以前のように弱気な姿や迷っている姿をクルーの前で見せることは無い。彼女も歴戦を経て成長しているのだから。

 

「陽炎を砲戦装備で発進させて甲板に着地させて!降下中はMSを出せないから、その間の護衛をさせるのよ!それと艦内に通達大気圏突入準備!!」

マリューの命令に従ってクルー達は整然に、かつ迅速に己の仕事を果たしていく。ハンガーでも陽炎の装備の換装が迅速に行われ、機体はカタパルトへと移動されて開始シークエンスPhase-2に移行した。

「叢雲劾、XFJ-Type05陽炎、発進する!!」

宇宙に放たれた陽炎は軽業を思わせるスピーディー且つ無駄の無い動きでアークエンジェルの甲板に着地して膝を突いた。これで姿勢は安定する。そして陽炎の準備が整ったことを確認したマリューはアークエンジェルも降下シークエンスに移行するように指示をする。

「Phase-3到達!!大気圏突入に備えて融除剤ジェルを展開!!」

「突入角を調整、降下座標を確認しました」

アークエンジェルは大気との摩擦を受けて船体が悶えるように震えながら降下していく。マリューとアークエンジェルにとっては二度目の大気圏突入だが、前回と異なって追っての存在もない。彼らは順調に降下し、一筋の赤い光となって蒼い星に吸い込まれていった。

 

 

 

 キラはハンガーに収められた雷轟の中で待機していたが、どうにも落ち着かなかった。これから降りるのは故郷であるオーブである。だが今、その故郷は侵略者によって攻撃されている。母は無事か、父は無事か、どうしても気になって集中できない。そんな時、雷轟に通信が入る。隣に収められた不知火のコックピットにいる武からであった。

「バイタルデータを見る限り冷静だとは言いがたい状態になっているが……やはり親御さんが心配か?」

通信用モニターに映る武の表情からは彼の内心を伺うことはできない。普段、食堂などでは自分の感情をストレートに表現する明るい人物だとは思っていたが、こと戦闘の場に立つと武は変わる。戦士としての彼は常に表情を変えず、冷静沈着に振舞っていた。彼はかつて最も尊敬した上官――国のために自身の命を躊躇無く捧げた戦乙女のまとめ役に習った態度を作戦中に取ることを心がけていた。

「はい……すみません。」

キラはポツリポツリと本音を漏らす。

「父さんも、母さんもまだオーブにいるんです。だから、もしも……って考えてしまうんですよ。それに僕は両親ともう半年以上会っていないんですけど、その間にMSに乗って人を殺して、日本軍に入ってアスランと一騎討ちして、今、僕は日本の義勇軍としてここにいます」

武は黙ってキラの独白を聞いている。

「自分で覚悟は決めたつもりでした。守りたいものを守るために僕は引き金を引くし、刃も振るいます。でも、この場合、僕は何を守ればいいんでしょうか?東アジア共和国の部隊に損害を与えて防衛線を維持すれば、およそ3万と6千人のオーブ国民の脱出の時間を稼ぐことができ、日本の輸送船団も守れます。邦人とオーブ人合わせて6万人の命を守ることができます。でも、オーブから脱出できる3万6千人の中に両親がいる可能性より、オーブに取り残された3496万人の中に両親がいる可能性が高いと思うんです……その場合、僕は……」

「両親を守りたいのに守れない……いや、自分が本当に守りたいものを知らず知らずの内に見捨ててしまうのが怖いといったところか?」

武の推測にキラは首を小さく縦に振る。

 

 確かにキラの両親が無事にオーブを脱出できている保障は無い。そうなれば彼が不安になるのは無理も無い話だろう。生きていればキラの両親はオーブのどこかにいるに違いない。彼の両親が避難シェルターにいるのか、脱出船が並ぶ港にいるのか、それは分からない。しかし、単独飛翔が可能な雷轟であれば降下地点からオーブの何処にでも駆けつけることは不可能ではない。

彼はその気になればそれができる。だが、彼は両親の居場所を知る術が無い。両親の居場所を知っていたら救えたはずだったが、キラが別の戦場にかかりきりになったために結果的に見殺しにしてしまうという可能性もあるのだ。

滅亡がすぐ目の前に見える世界で軍人として絶望と立ち向かい続けた武ならばそのような状況を割り切れるだけの経験を積んでいる。しかし、キラはまだ戦歴の浅い思春期の少年だ。目の前で戦友が、恩師が死んでいく姿を見たことがあるわけでもない少年に武と同じように割り切ることを強いるのは酷だろう。

しかし、武も同じような経験をして大切な人を失って自分を責めたことがあるため、この問題を放置することはできなかった。

 

「自分が上手くやれていれば、自分がそこにいればあの人を死なせずにすんだ、多くの命を救えた、大切な人を守れた……そんなことは俺も何度も経験したよ」

武はかつて――自分(白銀武)――が経験してきた戦闘の日々を思い返す。

覚悟を決めていないガキだった自分が殺した恩師、感情に流されて戦いフォローを忘れて死なせた後輩、目の前の敵ばかりに気をとられて援護の判断が取れなかったために死なせた同僚達。救援の優先順位をつけたために見捨てられ、絶望に散った戦友。全て白銀武が救えたはずの命であった。だが、同時に白銀武が死なせた命ではなかった。

自分がいれば助けられた――駆け出しのエースパイロットがよく陥る考えだ。自身を過大評価し、自分がそこにいれば彼らは救えていた、死なせずにすんだと考え込んで多くの人の死の責任を過分に背負ってしまう。

だが、同じことはその戦場にいた全ての人間が多かれ少なかれ考えることだ。責任を引きずるものがいれば、他の仲間だって自分も本当はあの時に救えたのではないかと思ってしまう。だから、彼らは割り切るのだ。

同じ過ちは繰り返さない。彼らが命を落として教えてくれたことを無駄にはしない。教訓からより多くの人を救う。それしか失われた命に報いる方法は無いと信じて。

 

 だが、それは多くの命を目の前で奪われ続けた彼が滅亡に抗う人類から得た答えだ。自分の答えをキラに教えたところで、この世界では想像もできないほどに壮絶な状況下で得られた答えをキラが受け入れられるかは分からない。

かといって、ここで何らかの対処をしなければ彼は迷いを抱えたまま戦場に降り立つことになる。そうなれば彼の命だけではなく、これから守らねばならない邦人、オーブからの脱出者計6万の命が危険に曝されてしまうだろう。それは避けなければならない。

 

「キラ。戦場では目の前の命を全力で救え。少なくとも、これから俺達が降りる戦場は他ごとを考えながら生きながらえることができるほど甘いものじゃない」

武の言葉にキラは項垂れる。

「だからな、お前はとにかく戦って戦って、生き延びろ。お前が死んだら愛しの彼女だって泣くぞ。あの娘は正しく天涯孤独に近くなっちまう」

ラクスとの関係を仄めかされて初心な少年は顔を赤くする。

「ラ……ラクスとはそういう関係では」

「お前がどう思ってようが、むこうにとっちゃあそういうものなんだよ。それにな、そんなに慌てふためいて顔を赤くしてれば説得力はないぞ。……いいか、キラ。お前が大切な人の命の心配をするように、お前の命を心配している人がいるんだ。だからな、今は生きるために戦え。お前が死んだら俺はラクスさんにお前の持っている巨乳もののお宝映像集について密告して供養してもらわねばならなくなる」

武が最後に漏らした爆弾発言にキラは慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってください!!僕は」

「ああ、分かってる。そんなことがバレたらラクス嬢は君を軽蔑して残りの人生を過ごすだろうなぁ」

「武さぁぁん!!」

キラは半泣きだ。だが、武は飄々としている。

「そんなわけだ。敵のど真ん中に降り立つんだから生き残るためにお前はただ戦い続けろよ、じゃあな!」

そう言うと武は一方的に回線を切断してしまった。

「ちょ、ちょっと!!……」

キラは焦るが、切られてしまったものはしょうがないので諦める。しかし、彼の心は先ほどに比べれば幾分か楽になっていた。

 

「そっか……僕が父さんや母さんを心配しているように、僕のことを心配している人もいるんだ……」

上官である武がわざわざ出撃の直前に通信を繋いできたのも自分のことを心配してくれているから、死なせたくないからだろう。自分が軍に入って戦っていることを知った両親や友人も、同じように何処で戦って命の危険に曝されているのかも分からないキラのことを心配していたに違いない。今度は両親や友達と同じ立場に自分が立っただけのことなのだ。

「こんな思いをさせていたんだなぁ……僕は、親不孝者だ」

キラはコックピットの中でひとりごちる。

これまで自分のことを大切に思ってくれている人たちが抱いていた思いを今度は自分が抱く側になった。彼らは不安を抱きつつも自分が生き残ることを祈り、信じたのだろう。彼らと同じ立場に立ったとたんにこんな体たらくになってしまった自分が情けないとキラは思う。

キラは自身の頬を叩き、気つけをする。その顔に先ほどまで浮かべていた迷いは無かった。

 

 

 

 大人2人に続いて兄妹が林の中を走っていた。彼らはルク港から日本への脱出船が出ていることを知り、生き延びるためにそこに向かおうとしていた。兄妹も、兄妹を先導する両親もコーディネーターで、しかも日系だ。東アジア共和国による占領後にいい扱いをされないことは明白であったために日本に脱出しようと試みたのである。

だが、彼らの頭上に黒い影が映る。危険を察した父親は子供達と妻をつれて道の脇にある岩の陰に飛び込んだ。

「伏せろ!!」

父親の声を聞いた妻と子供達も父親に倣い頭を両手で抱えて体勢を低くする。同時にすさまじい衝撃が大地を揺るがした。近くに爆弾が投下され、その熱風と吹き飛ばされた瓦礫が彼らを襲うも、父親が盾に選んだ岩のおかげで彼らは無傷で済んだ。

爆撃の衝撃が収まったことを確認した父親が岩から身を乗り出して周囲を見渡す。彼らが進んでいた道の先には小さなクレーターが連なっていた。その時彼らの後方から複数の足音が聞こえた。父親が振り返ると若いカップルを先頭に30人弱の集団がこの道に駆け込んできた。

おそらく彼らの目的もルク港の脱出船だろう。集団を見た父親は脱出船に残された席が心配になり、すぐに集団の後を追おうと家族を岩陰から引っ張って走り出す。しかし、その時前を走る集団の先頭付近で爆発が起き赤いものが周囲に飛び散った。

その光景を目にした父親は家族と共にその場に急停止する。そして父親は何が起こったのか検討をつける。

「……不発弾だと!?」

恐らく、さきほどの爆撃に使用された爆弾の中に不発弾があったのだろう。しかも目の前の道に不発弾がまだある可能性もある。父親は決断した。

「戻るぞ!この先の道には不発弾もある!こうなったらルク港にはいけない!」

だが、その父親の話に息子が反発する。

「でも父さん!!ここで戻ったら日本に出られないじゃないか!!」

「このままルク港にみんなが生きてたどり着ける保障はないんだ!ともかく生き延びることを最優先に最寄のシェルターに非難する!シン、地図を貸してくれ!」

シンは悔しげな様子で父親に地図を手渡す。父親はそれを開いて最寄のシェルターの位置を確認する。

「……ここから4km先のシェルターに行こう。この市街地を突っ切る。まだこのあたりまでは東アジアも攻め込んでいないようだし、時間をかければその分危なくなる」

彼の家族は父親の意見を了承し、首を縦に振る。それを見た父親はこれまでの道とは反対方向に駆け出した。

「急ぐぞ!!もうここは危険だ!!」

 

 

 

同時刻 東アジア共和国遣南洋艦隊 旗艦 幽州

 

「フム、大分梃子摺ったが、もうここまでかな」

東アジア共和国遣南洋艦隊司令長官の劉春剣中将は次々と飛び込んでくる上陸成功の知らせを受けて勝利を確信していた。いくつかの戦場でMSによる被害が出ていたが、オーブのMSの装甲はザフトや地球連合のそれに比べて非常に脆く、歩兵用の対戦車ロケットランチャーで足を狙えば撃破は難しくなかった。

「現在、オーブ陸軍はオノゴロに防衛線を引いて頑強に抵抗しております。残存の航空部隊もしぶとく、未だに突破できていませんが、さきほど戦車師団も上陸しましたから突破は時間の問題ですね」

副官も余裕の表情を浮かべている。だが、勝利を確信したその笑みはわずか数分後に凍りつくことになる。

 

「上空に降下する熱源を探知!!」

幽州のCICでレーダー観測員が叫んだ。

「目標をライブラリにかけます……熱紋に該当あり!!大西洋連邦のアークエンジェル級と確認!!」

「アークエンジェル級だと!?」

春剣は目を見開く。

「正面モニターに映像出します!!」

モニターに映し出された巨艦はその白亜の美しい装甲を大気圏との摩擦熱で真っ赤に染めながらイザナギ海岸に着水する。そして同時に船体に降りかかった海水が一瞬で蒸発して水蒸気を発生させた。そのダイナミックな来寇に春剣は顔を引き攣らせる。

「アークエンジェル級より全周波回線を通じて宣告です!『我らアークエンジェル義勇軍はこれより自らの正義に従って東アジアに侵攻されたオーブを守るべく助成する』以上です!」

その言い方に春剣は怒りを覚えた。

「フン!倭人同士で庇いあいか!気に喰わんな……航空隊に伝えろ!あの白い倭人の船を沈めろとな!」

「了解!航空隊を出撃させます」

春剣の命令によって幽州に待機してた攻撃隊はすばやく発進準備に入った。

 

 

 

「へ!数だけは多い……けどなぁ!」

アークエンジェルから出撃した武は目の前の戦車隊と攻撃ヘリ編隊を見て舌なめずりする。そして彼は操縦桿を操作し、背部の突撃砲をあわせて4門の砲火を前方に叩きつけた。

「俺を倒したければ万単位の戦車を持って来い!」

戦車隊は上から掃射されたビームになす術無く壊滅していく。だが、それを攻撃ヘリ隊が呆然と見ているはずが無い。彼らは有線ミサイルを次々と発射し、戦車隊の側面に展開していた高射砲部隊も武の不知火を撃墜しようとする。

「その程度の砲火で俺から自由(そら)を奪えると思うなよ!!」

武の駆る不知火は高射砲から放たれる火箭を僅かな動きで回避する。そして自身を追うミサイルを砲火の雨に誘い込んで全て撃墜させてしまった。そして武はその回避運動の最中にも突撃砲を展開し、眼下の敵部隊に猛烈な攻撃をお見舞いしていた。

 

 

 

 キラは機動戦重視の装備で出撃し、オノゴロ上空に迫り来る敵爆撃機部隊とその護衛の戦闘機部隊を翻弄していた。敵戦闘機部隊は大半がスピアヘッドであり、キラと雷轟にとってはさしたる脅威ではなかった。

両手に展開した突撃砲で次々とキラは敵機を撃ち落していく。その光景はまるで鴨撃ちを想像させるほど一方的なワンサイドゲームであった。だが、雷轟の頭上を通過していく超高高度爆撃機にはキラは手を出せないでいた。

今の雷轟の装備はいうなれば掃討用、多数の敵機を相手取るべく突撃砲や支援砲火ユニットを積めるだけ積んだユニットだ。だが、120mm弾はそもそも届かないし、ビームは大気によって減退してしまう。レールガンは搭載していない。

だが、手をこまねいているキラの上空を悠々と飛ぶ爆撃機が突如ミサイルによって撃墜された。そのミサイルの発射された方向にキラが振り向くと、そこには白亜の巨艦がいた。

 

「大和少尉はそのまま敵戦闘機を相手にして!!爆撃機はこちらで相手をするわ!!」

「頼りにしてますよ!!艦長!!」

そう、そこにいたのはアークエンジェルであった。確かにアークエンジェルの積んでいるミサイルならば爆撃機を攻撃するのに十分な射程がある。だが、マリューはふと考える。脱出時にはおそらく最も厳しい状況に置かれることは明白だ。その時にミサイルが乏しいとこちらの損害が増えかねないのではないかと。

「ノイマン曹長、上げ舵20、敵爆撃機に艦首を向けるわ。総員、対ショック体制!!」

マリューのいきなりの無茶な命令に小室副長も慌てる。

「か、艦長、そんなに船を傾けたら……」

「まだ戦闘は始まったばかりよ。おそらくこちらが一番辛くなるのは脱出時でしょうから、その時までミサイルはできるだけ温存しておきたいのよ」

マリューの意見を聞いた副長は異議を引っ込めた。確かに、爆撃機相手にミサイルを大量に消費すべきではないだろうと考えたのだ。

「上げ舵20!!」

ノイマンが復唱し、アークエンジェルは後ろに大きく傾く。ハンガーではマードックが近くの工具を抱えながら壁際へと落下し、劾の私室ではリュックの中からゲーム機が零れ落ちて床に落下。ゲーム機の液晶画面には見事に皹が入っていた。

同時にアークエンジェルの艦首カバーが展開され、内部からパラボラアンテナ状のメーサー砲が現れた。

 

「左2度旋回、目標敵爆撃機!照準合わせ!」

「プラズマメーサーキャノン、エネルギー充填完了!」

発射準備が整ったことを受けたマリューは力強い声で命令する。

「プラズマメーサーキャノン、発射!!」

マリューの命令でノイマンがトリガーを引く。艦首から飛び出した2条の光は違うことなく遥か上空の爆撃機を打ち抜いた。だが、まだ攻撃は終わらない。

「下げ舵2、右4度旋回」

「連続発射!!そのまま下げ舵10!!薙ぎ払え!!」

アークエンジェルは僅かにその艦の姿勢を変えると第2射を発射する。そしてそのまま艦首を次第に下げていく。虹色の光はまるでカメレオンの舌が舐めるように爆撃機群を蹂躙し、爆砕していった。




シンの描写少ないと思われたでしょうか?すみませんね。



タイトルはまぁ、分かる人がクスリとしてくれたら嬉しいです。そして、これがあるということは続編も……ってことですな。


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PHASE-61 救出

お気に入りが1000を超えました。一度削除してしまったりとご迷惑をおかけしましたが、定期的に見てくださる方々がこんなに沢山いらっしゃるとは……ありがたいことだとおもいます。


 凄まじい轟音と共にシェルターが震える。シンはその振動に怯えている妹を庇うように抱きしめていた。

不発弾が埋没している可能性が高い道を通行することは危険であるとシンの父は判断した。そして、死の危険を冒して日本への脱出船団を目指すことよりもまず家族の命を守ることを優先し、最寄のシェルターに駆け込むことにしたのである。

だが、そのシェルターの内部は既に人で溢れかえっており、彼らはその一角、座るのがやっとのスペースしか得られなかった。しかも彼らがそこに駆け込んでからというものの、次第に爆発音と衝撃が大きくなっているように感じていた。

東アジア共和国の軍隊が近くまで迫っているのかもしれない――そう考えたシンは背筋を凍らせる。だが、不安をできるかぎり顔に出さないように彼は必死で耐えていた。

「お兄ちゃん、怖いよぉ……私達も死んじゃうのかなぁ?」

「大丈夫だって。オーブは東アジアの軍隊と違ってMSも実用化しているんだぜ?」

自身の腕の中で泣いている妹を少しでも安心させるためにシンは明るく振舞っている。だが、確実に戦火はこのシェルターに迫っていることはシンも理解している。今自分が妹に語りかけているのもただの慰めのようなものだ。

 

 シンの父親――ユウマ・アスカもこれまで家族の前で見せたことの無い苦悩の表情を浮かべていた。このままではいづれこのシェルターも持たなくなるやもしれない。そうなれば自分達は一体どうなるのだろうか。

日系人でコーディネーターとなれば自分と息子は一方的な言いがかりを付けられて殺されるか強制労働か――妻と娘は辱められる可能性がある。どちらにせよ、到底容認できるものではない。

故に、ふと考えてしまう。ルク港に向かっていたとき、あのまま危険を冒してでもあの道を進むべきではなかったのかと。確かに不発弾の爆発に巻き込まれる可能性はある。だが、逆に言えば巻き込まれない可能性だってあったはずだ。

家族の中から一人二人欠けたとしても、残りはルク港にたどり着いて日本に脱出できたかもしれないのだ。家族がバラバラに無残な死を遂げるか辱められるかという結末になるのであれば、その方がよかったのかもしれない。

横を見ると、妻も不安そうな顔を浮かべている。息子は妹を励まそうと必死で不安を押し殺しているのだろう。その様子を見てユウマは気持ちを切り替える。自分は一家の長として家族を守る責任があるのだ。過ちを悔いることは生きていればいつだってできる。今すべきことは後悔ではなく、これからどうすべきかだ。

 

 このシェルターが占領されたのち、子供達を守るにはどう振舞えばいいのだろうか、ユウマがそんなことを考え始めたときだった。突如シェルターにこれまでとは比べ物にならない巨大な衝撃と爆音が響いた。ユウマの娘――マユが叫び声をあげる。

どうやら、このシェルターにごく近いところに対して砲撃や爆撃がなされた可能性が高い。爆撃や砲撃の衝撃そのものであればこのシェルターならば耐えられるだけの強度があるだろう。しかしいくらシェルターとはいえ、直撃となればそう何度も攻撃に耐えられるだけの強度は備えていないはずだ。

最悪このシェルターも崩落する危険がある。万が一の場合は自分が子供達を守る盾になろうと子供達に近づいたとき、更なる衝撃がシェルターを揺さぶった。凄まじい轟音と共にシェルターが大きく揺れる。自身の子供達に歩み寄ろうとしていたユウマは立っていられず、体勢を崩して息子に向かって倒れこみ、偶然覆いかぶさる形となった。

「と、父さん!?」

突然自身に覆いかぶさった父の行動にシンは驚く。だが、ユウマはその場から動こうとはしなかった。

「シン、じっとしてろ!マユを守るんだ!」

幾度の攻撃でシェルターの内部に被害が及ぶのか分からない以上、いつ天井の崩落などが起きてもいいように子供達を守れる体勢を取ることが最上の手だとユウマは考えたのだ。

 

 不規則な間隔をあけてシェルターが轟音と共に揺さぶられる。天井から軋むような音も聞こえている。そして、シェルター内部の明かりが突然切れ、シェルター内は暗闇に包まれた。人々の恐怖と絶望の入り混じった叫びがシェルター内に満ちていく。

ユウマは持っている携帯端末を開いて灯を確保する。万が一の時にはその危機をいち早く察知するためにも、子供達の不安を軽減するためにも灯が必要だと考えたのである。

そんな状況下で、一方のシンはマユを一生懸命励まそうとしている。周りでは幼子のすすり泣く声も聞こえてくるが、未だにマユが泣き出していないのは偏に励まし続けている兄がいるおかげに違いない。

「お父さん……喉渇いたよぉ」

だが、恐怖は我慢できても、マユの体力は既に限界に近かった。ルク港手前から引き返してずっと何も彼らは口にしていなかった。10歳の体には無補給で走り続けたことは無視できない負担となっていたのだろう。

だが、持ち合わせだけを持って家をでた彼らにはクッキー一欠けらも無ければ、水一滴もない。このシェルター内部にも非常食の蓄えはあるかもしれないが、この状況下でそれを取りに行こうとすることは許されるはずがない。

苦しいだろうが、マユには我慢してもらうしかないのである。

 

「マユ、もう少しだけ我慢を」

「あの……よかったらこのお水を飲みませんか?」

マユを諫めようとしたその時、隣に座っていた妙齢の女性が水の入ったペットボトルを差し出した。マユは目の前に差し出された水に目を白黒させ、飲んでもいいかと確認するように父親の顔を見つめた。

「よろしいのですか?これからどれだけの間ここに閉じ込められるのかわからないのですよ?」

ユウマに訪ねられた女性は柔らかな微笑みを浮かべながらユウマに応える。

「大丈夫です。自分達はもう1本持っていますから。それに、子供達が苦しむ様子は見たくないんです。私も、そこの男の子と同じくらいの子供がいますから」

「……ありがとうございます。ほら、シン、マユも」

ユウマに促され、子供達も感謝の言葉を口にする。

「ありがとうございます!!」

「あの……その、ありがとうございました」

女性は気にすることはないと告げる。

 

「ご婦人……あ、ええと」

「私はカリダ・ヤマトと申します。こちらは夫のハルマです」

「これはご丁寧に。自分はユウマ・アスカと申します。こちらが妻のケイコで、息子のシン、娘のマユです」

マユとシンが父親に促されて会釈する。その様子をハルマは目を細めて見つめ、ユウマに声をかけた。

「いい、息子さんですね」

「はい。妹を必死に守ろうと体を張れる自慢の息子です」

父親にほめられたシンは顔を赤くする。ハルマはその様子を見ながらポツリと口を開く。

「自分の息子も同じ年頃なんですがね、色々とあって、今は日本にいるんです」

「日本ですか……それでしたら安心ですね」

その言葉のどこかにひっかかるところがあったのか、ハルマが複雑な表情を一瞬浮かべたことをユウマは見逃していなかった。だが、子供達を助けてくれた恩人に対してこの場で詳しく尋ねることは失礼にあたると考えたユウマは深くは追求しないことにした。

 

 そしてユウマが他愛のない話題を振ろうとしたその時であった。これまでとは比べ物にならないほどの凄まじい衝撃がシェルターを襲った。耳が一時的に聞こえなくなるほどの轟音がシェルター内に響き渡り、体勢を保てなくなった人々は耳を押さえながらその場で地に伏せる。

だが、その衝撃が収まる前に再度の衝撃がシェルターを揺るがす。同時に爆風と熱がシェルター内に流れ込み、ヤマト夫妻とアスカ一家は壁際まで吹き飛ばされる。そこでユウマの意識は途切れた。

 

 凄まじい衝撃を受けたが、コーディネーターであり、若いシンは再起までにさほど時間を有しなかった。すぐに体を起こして周りを見渡し、家族の安否を確かめようとした。しかし、起き上がろうと地についた右腕にシンは激痛を感じた。

血はでていないようだが、瓦礫か何かで強く打ち付けたらしい。骨折している可能性も考えてしまう。そしてその時違和感に彼は気づく。先ほどまでとは異なり、この真っ暗だったシェルターに光が差し込んでいる。

そして何が起こったのかに察しをつけた。先ほどの攻撃でシェルターの外壁が破壊され、シェルターの一部がその衝撃で崩落したのだ。自分達は運よくシェルターの外壁が破壊されたときの衝撃でシェルターの崩壊した区画の外まで飛ばされたらしい。

光が差し込んでくる方向に目を向けたシンは目を見開く。そこにはシェルターの外壁は無く、爆撃の焦げ目を地面に残した外の世界があった。その奥には鋼の巨人の姿が見える。そしてその更に奥に見えるのは戦車の群れであった。

MSは戦車隊に立ち向かっているように見える。シェルターを背に戦っているということは、このMSは味方だろう。そして、それに相対している相手はおそらく東アジア共和国軍だ。

 

「シン!!早く来て!!お父さんが!!」

シェルターの方から母の泣きそうな叫びを聞いてシンは慌てて母の声がした方向に走り出した。幸いにも家族は皆離れたところに飛ばされてはいなかったらしい。マユのそばには世話になったヤマト夫妻もいる。彼らも無事だったようだ。

「東アジアの戦車が近くにまで来てるんだ!このままじゃ……!?」

シンは自らの目で見てきた現状を簡潔に伝えようとして、目の前の惨状に目を見張る。

大きな瓦礫が父とマユの上に落下していた。そして、その瓦礫の下からは血が染み出し、大きな血だまりをつくっていた。これが父の血か、マユの血かは分からない。だが、このままでは二人とも命が危ないということに気がつく。

「シン君!こっちに来てくれ!これで瓦礫をどかす!」

振り返ると、ハルマさんが手に鉄パイプらしきものを2本持っていた。そしてその一本をシンに渡し、自身が持つもう一本のパイプを瓦礫の下に差し込んだ。そしてパイプの下に支点となる瓦礫を置く。

梃子の原理を使って瓦礫を取り除くということに気がついたシンもハルマに習い、パイプを瓦礫の下に差し込んだ。

「いいか!?いくぞ!!せーの!!」

シンは全力で鉄パイプを下ろそうとするが、瓦礫はびくともしない。だが、諦めるわけにはいかない。母やカリダさんもパイプを手にもった。

「もう一回だ!!せーの!!」

再度瓦礫の撤去を試みるが、瓦礫はびくともしなかった。

ハルマは周りを振り返り、助けを呼ぼうとする。

「すみません!!誰か力を」

だが、救援を求める言葉を最後まで口にする前に、半壊したシェルター内に絶叫が響き、彼の声を掻き消してしまった。

 

「東アジアが来るぞ!!」

「逃げろ!!逃げるんだ!!」

「急ぐんだ!!このままだと殺される!!」

人々はまるで蜘蛛の子を散らすように半壊のシェルターから逃げ出してゆく。半壊したシェルターには未だに瓦礫の下敷きになっている人や爆風で怪我をして動けない人など、自力ではここから脱出できない人が多数いるのに関わらず、五体満足な人間が我先にとこの場を後にしていくのだ。

「助けてくれ!!父さんが瓦礫の下敷きになってるんだ!!」

シンは逃げようとする人を呼び止めようとするが、彼らの答えは非情だった。

「うるせぇ!!俺は逃げるんだ!!人のこと助ける暇なんてあるか!!」

シンたちは必死に助けを求めるが、誰も聞こうとはしない。だれもが我が身可愛さに人を見捨てて逃げていく。その身勝手さにシンは怒りを覚え、殴りかかろうかとまで考えてしまうが、父親とマユの容態は一分一秒を争うものだ。喧嘩をしている場合ではないと考えたシンは何とか自分達だけでマユと父を助け出そうとパイプに力をこめる。

だが、やはり瓦礫はびくともしない。父親を見ると、既に意識もないようだ。その時、目の前で奮戦していたMSの胴体が爆ぜた。同時に戦車隊がシェルターに向けて距離を詰めてくる。随伴している車両には多数の歩兵が乗っていることも確認できる。

もはや一刻の猶予もないシンたちは焦りながらも必死にパイプに力を籠める。いくら力を籠めてもびくともしない鉄パイプに必死になってくらいついていたシンだが、勢いあまって体勢を崩して転んでしまう。

そして彼は起き上がるときに外を見て絶望した。戦車に随伴していた歩兵が車両から降りてこちらに向けてバズーカのようなものを構える様子が見えてしまったのだ。ヤマト夫妻も母さんも気づいてしまったらしい。パイプに籠める力を緩めて呆然としている。

ここで死ぬのかという思いがシンの胸中に溢れる。妹も両親もここで死ぬ。親切なヤマト夫妻もここで死んでしまう。何故、どうしてこんなことになったのかは分からない。だが、避けることのできない運命というものを目の当たりにした彼は脱力して膝をついてしまう。

 

 その時だった。天から火箭が降り注ぎ、戦車隊は火の雨に貫かれて次々と爆発炎上していく。何事かと空を仰ぎ見たシンの目に映ったのは、肩に日本の国籍を示す日の丸のペイントが入ったトリコロールのMSだった。そして目の前のMSの外部スピーカーから若い男の声が発せられた。

『父さん!!母さん!!』

その声を耳にしたヤマト夫妻は目を丸くしていた。

 

 

 

 

 目の前の光景にキラは驚きを隠せなかった。戦闘機隊を追い回しているうちに発見した崩落した山中のシェルターの中に、彼のよく知る人の姿が映っていたのである。

血だまりの上の瓦礫に取り付いている中年の夫婦は彼の両親だった。一先ず彼は両親のいるシェルターに近づきつつあった東アジアの地上部隊を36mm弾で掃討する。次いで上空で援護をしていた戦闘ヘリコプター部隊を次々と狙い撃ち、撃墜した。

周囲の敵を掃討したことを確認したキラはスピーカーで両親に呼びかける。

「父さん!!母さん!!」

両親はキラの声に反応してくれた。だが、その表情は必死だった。

「キラ!?キラなの!?」

「キラ!!そのMSに乗っているなら、この瓦礫をどかしてくれ!!女の子が下敷きになっているんだ!!」

両親の必死さから事態は切迫していることを察したキラは急いで近寄り、瓦礫を雷轟の右腕で掴みあげた。同時に瓦礫の下に少年が潜り込み、横たわっていた少女を抱きかかえる。少女の両足は血で真っ赤に染まっていた。その隣で横たわっている男性は胴から下が血に染まっている。こちらは一刻を争うほど危険な容態に見えた。

 

 敵兵の排除を確認したキラは雷轟をシェルターに向けようとして迷った。

ここで彼らを救助すれば、自分は一度アークエンジェルに帰還しなくてはならない。だが、私情を挟んで身内を救助したとなれば、それは軍令違反となる。ここには先ほど助けた少女たち以外にも負傷者が多数いるのだ。その中で身内だけ助けたとなれば身内を贔屓して助けたととられても仕方が無い。

軍人でなければ迷わず目の前の少女を助けられたが、今のキラは軍人だ。自身の行動の責任を自覚している。

その時、機体が警戒を知らせるアラートを発する。同時に目の前の林から歩兵用ミサイルと思わしきミサイルが雷轟を目掛けて飛んでくる。一瞬避けようとしたキラだが、後ろに両親がいることを思い出して迎撃に切り替える。

彼の放った36mm弾は違わずミサイルを撃墜する。だが、キラが報復にでる前にミサイルの第2射が彼を襲った。キラは背後を気にして迎撃しかできず、防戦一方だ。目の前の林から攻撃しているらしく、こちらからは目標を視認できないために反撃ができないのである。

キラが唇を噛みながら耐え忍んでいるとき、上空から発せられた光の束がミサイルを放った歩兵が潜んでいると思われる林ごと焼き払った。

 

「キラ君!!何をしてるの!!」

「マリューさん!!」

上空に現れたのはアークエンジェルであった。マリューは苦戦しているキラを見て、主砲の大火力を使用して目の前の林を焼き払うように命じたのである。

「後ろに両親がいるんです!!それに怪我人も!!それで!!」

キラの必死な表情を見たマリューは険しい表情を浮かべる。確かに、自身の後ろに身内がいるとなれば決して無視はできない。キラが躊躇しているのはここでキラが両親が助けた場合、軍令違反になることを理解しているからであろう。

「なるほどね……分かったわ。アークエンジェル降下準備!あのシェルターに取り残された民間人(・・・・・・・・・)を救助する!!キラ君は周囲の敵兵を掃討して!!戦車一台、歩兵一人たりとも通さないこと!!いいわね!?」

キラは満面の笑みを浮かべて命令を受け入れる。

「艦長!!ありがとうございます!!蟻一匹たりとも通しません!!」

通信を切ると、キラの駆る雷轟は大地を蹴って走り出す。目標はアークエンジェルの砲撃を逃れた敵歩兵だ。

「守るって強い意思があれば……そうだ、僕は今度こそ、守るんだぁ!!」

キラの脳裏でアメジスト色の種子が弾けた。

 

「艦長!!」

チャンドラがストッパーに入ろうとする。だが、そこに小室が口を挟む。

「了解しました。本艦はこれより、戦火に巻き込まれて負傷した民間人を救出します!!」

「副長まで!!これは軍令に」

チャンドラは異議を唱えるが、小室は気にした様子を見せない。

「チャンドラ君、私達は表向きとはいえオーブで失われる民間人の命を減らすという大義名分を掲げた義勇軍だ。その大義名分とやらも本省(防衛省)側が考えたものだからね、我々がその大義名分に従ったとしても、よっぽどの被害をそれによって出さない限りは強く追求されはしないさ」

マリューも困ったように笑いながら口を開く。

「もし、問題にされたとしても、その責任は私が背負うわ。私達がこうしなかったら、あの子は結局ご両親を助けようと軍令違反をしたでしょうから。……私はね、かつて自分たちのエゴであの子を戦争に巻き込んで、ご両親と離れ離れにした張本人なのよ。少年を戦場に引っ張り込んで連れまわして行動を縛って……でも、あの子は私についてきてくれたわ。だから、今度は私があの子にできることをしてあげたくなったって思いもあるのよ。フフ、私こそ私情を優先して軍令違反をしているのかもしれないわね。余計にキラ君を責められないわ」

 

 白亜の大天使はその羽を下ろし、胴体にある貨物搬入口を開放する。そしてそこから下ろされたタラップから作業用ワークローダーが次々と降りていき、瓦礫をどかして下敷きになった怪我人を救い出し、自力では動けない怪我人を搬送を始めた。

「急げ!!出血がヤバイやつと意識がないやつから優先して医務室に運び込め!!時間がねぇぞ!!」

普段はMSの整備に活躍していたワークローダーであるが、開発時には災害時に重機の代用として使えるようにも考慮されていたためにこのような現場では大活躍するのである。

 

 シンは血まみれの妹を抱きかかえて治療室に先導する士官の後を必死でついていく。彼の父はハルマが背負ってそれに続く。そして彼らは応急治療室の前にたどり着く。壮年の男性と若い男性がその部屋の中から出てくる。壮年の男性は若い男性に彼らが抱える怪我人を寝台に移すように指示した。

「武山軍曹、彼女をそこの寝台に、男性はそこの寝台に寝かせてくれ。坊主、ここからは私が引き受けよう。よく頑張った」

「マユを……妹を、父さんを死なせないでくれ!お願いします!!」

シンは頭を思いっきり下げる。隣に立つ母も深々と頭を下げていた。

「全力を尽くそう」

そう言うと船医は彼らに背を向ける。

「ここまでです!」

シンたちは看護科の女性に肩を押され、手術室の前から強制的に追い出される。そして、彼らが見守っている目の前で手術中を示す赤いランプが灯った。




やはり不幸フラグから逃れられないアスカ一家でした。


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PHASE-62 救援の大天使

「洋上からの対艦ミサイルの発射を感知!!目標は右舷後方より接近中!!数は30!!」

「対空ミサイルで迎撃!!」

 

 負傷者収容のために着陸していたアークエンジェルは敵部隊から熾烈な攻撃を受けていた。航空攻撃は文字通り鬼神と化したキラの手によって排除されていたが、大量のミサイルにまでは手が回っていなかったのだ。

「対空ミサイルの残弾が40%を切りました!!」

報告したチャンドラも焦燥した様子を見せている。マリューも弾薬の残りが半数を切ったことをうけて険しい表情を浮かべる。

「負傷者の収容はまだ終わらないの!?」

マリューが艦長席に備え付けられた受話器を手に取り、負傷者収容作業中のマードック軍曹を呼び出す。負傷者の収容のために着陸しているアークエンジェルは敵の執拗なミサイル攻撃に対して迎撃というオプションしかとれず、弾薬を急速に消耗していたため、これ以上時間をかけるわけにはいかなかったのである。

「艦長!!収容作業は後5分……いや、3分で終わらせます!!あと少しだけ時間を下さい」

「分かったわ。3分よ!!1秒でも過ぎたら本艦は収容作業を中断して離陸します!!」

マリューは受話器を乱暴に戻すと、メインモニターに視線を移した。自分の責任で負傷者の収容を命令したのはいいが、動けなくなったアークエンジェルに対する攻撃の熾烈さは彼女の予想を遥かに上回っており、受身に回るにも既に限界に近かった。

その時、トノムラが歓喜の声をあげる

「遊撃にでていた篁中尉が帰還しました!!」

「篁中尉に繋いで!!」

マリューは喜色を浮かべながらトノムラに命令する。彼は命令に従って瞬時に篁中尉の駆る不知火に回線を繋いだ。

「ラミアス艦長!!何をしているのですか!?」

開口一番、唯依は着陸しているアークエンジェルの現状についてキツイ口調で問い詰める。だが、事態を理解しているマリューは冷静にそれに答えた。

「篁中尉、本艦は現在、義勇軍として掲げた大義に基づいて人命救助中です!!後3分で収容作業も終了しますから、それまで本艦を守ってください!!」

「!?……了解しました!!」

何か言いたいこともあるのだろうが、篁中尉は口を噤み、命令通りに迫りくる敵ミサイルの迎撃の任に専念した。

 

 

 

「艦長!!負傷者の収容、完了しました!!」

「邦人救出の任についていた海軍第七艦隊から入電!!『収容作業終了、我これより出港す』以上です!!」

収容作業完了の報告と邦人の救助が終了したとの報告を受けたマリューは即座に決断した。

「これ以上この戦場に留まる必要は無くなったわ!!全艦載機に帰艦命令を!!」

マリューの命令でアークエンジェルから信号弾が打ち上げられる。遊撃に出ていたガーディアン小隊や劾、武も打ち上げられた信号弾を見て戦場から離脱する。オーブの防衛線の崩壊を遅らせ、邦人脱出までの時間を稼ぐという戦略目標を達成した以上、彼らはこの場に長居をする気は毛頭無かった。

 

「おい!?何でお前らが離脱するんだよ!?俺達を助けてくれるんじゃなかったのか!?」

先ほどまで共に防衛線で戦っていたM1アストレイのパイロットが全周波回線で必死に武に呼びかけてくる。だが、武はそれに答えない。

「何とか言えよ!?何で俺達を見捨てるんだ!?命欲しさに逃げるのかよ!?オーブを守ってくれるんじゃないのか!?」

武はオーブを守るためにこの戦いに参加したわけではない。軍の命令に従い、邦人脱出の時間を稼ぐためにオーブ軍の防衛線の決壊を防ぐ任務についていたのだ。だから、本当ならば彼らに責められる理由はない。ここに至るまで東アジア共和国の軍勢に無視できない損害を与え続けてきた以上、少なくとも義勇軍派遣を了承したオーブ政府への義理も果たしている。

それでも武は彼らの叫びを受け流すことはできなかった。武は彼らの立場で似たような事態を経験したことがあの世界(・・・)で何度かある。最低限の義理を果たしてすぐに離脱していく大国と見捨てられて滅び行く小国。かつての武は小国(見捨てられる)側だったが、今の武は大国(見捨てる)側だ。

かつての世界でも見捨てる側の立場も理解しているはずだった。しかし、それでも見捨てる側には少なからず憎悪を抱かずにはいられなかった。きっと彼らも同じ思いを……いや、見捨てることも当たり前となっていたほど過酷だったあの世界とこの世界は違う。彼らは感情でも、理屈でも自分達の撤退に理解はできず、憎悪を抱いている可能性が高い。

しかし、防衛線に留まったところで捕虜になるか戦死する以外の選択肢はないだろう。武も自国民を守る軍人であり祖国に我が子を身篭っている婚約者がいる以上、彼らと心中するわけにはいかないのだ。

武はオーブ軍の怨嗟の声が聞こえてくる回線を遮断し、不知火をアークエンジェルに向けた。

 

 

 

 

同時刻 オーブ連合首長国 内閣府官邸

 

「オノゴロの脱出船団は脱出する国民で満載になりました。まだ港には船団に乗り切れなかった多くの国民が残っているとの報告が入っておりますが、既に彼らを収容する船もなく、船団は出航したとのことです」

ウナトが渋い顔をして報告する。3000万を超えるオーブ国民の中で助けられたのはおよそ3万6000人だけ。それもオノゴロには脱出船団に乗り損ねた10万を超える国民がまだいるのだという。自分達政治家の不始末が招いた結果がこれだ。その後悔の念が彼らの心を締め付ける。

「ホムラ代表。ユウナ・ロマとウナト・エマらの一部の氏族を脱出させましょう」

後悔の念に氏族たちが打ちひしがれている中でカガリが凜とした声を発する。

「我々、アスハは氏族の長の暴走を止められなかった責任がありますし、我々が国外に亡命政権を作っていつかこの国を取り戻したとしても、一度国を滅ぼしたアスハにもう一度国の舵取りを任せようと考えるような酔狂な国民はいないでしょう。しかし、上級氏族の中でもアスハとは距離を保っていたセイラン家を中心とした一派であればまだ国民の信頼を勝ち得る可能性があります」

「確かにそれが最善かもしれない。しかしだな、カガリ……きみは?」

ホムラは煮え切らない態度を示すが、カガリの決意は固かった。

「再興に必要なのはアスハですか?アスハ代表」

ホムラはカガリに言い返すことができない。口を噤むホムラからいまだに鬱なオーラを出しているウナトにカガリは視線を移す。

「ウナト・エマ。貴方には荷が重いですか?」

カガリにまっすぐ見つめられたウナトは目をそらすことができなかった。

「日本がどこまで手を貸してくれるか……それ次第です。我らが国土を取り戻したときに、国土と国民が如何ほどに窮乏しているかはわかりませんから」

「……そうですか」

ウナトから本音を引き出したカガリはホムラに再び向き直る。

「代表、ご決断をお願いします。もはや一刻の猶予もありません」

ホムラは目を瞑り暫し項垂れた後、ゆっくりと顔をあげた。

 

「……閣僚の内、セイラン家、マシマ家のものはこれより脱出せよ。そしていつの日か、この地を再興してくれ」

ホムラが喉から絞るように言った言葉を聞き、ウナトは深々と頭を下げた。

「全力を尽くします」

「……行ってくれ。オノゴロのドッグにアスハ家私用のシャトルがある。それを使って宇宙に上がることができる」

セイラン、マシマ両家のものが退出ホムラに一礼して次々と会議室を後にする。そして会議室はアスハに縁が深いものばかりが残った。

 

「カガリ、お前も彼らに続いて行きなさい。彼らには君が必要だ」

「何故ですか!?私もここで!!」

カガリは梃子でも動かないと言いたそうな態度をしているが、ホムラも全く折れる気は無かった。彼女に生き延びてもらうことがオーブ奪還には必要不可欠だったからである。ホムラはデスクのそばに置かれたアタッシュケースを手に取り、カガリに手渡す。

「……これは?」

カガリに訪ねられたホムラは淡々と答える。

「これは兄上がそなたをオーブから脱出させる際に持たせようと準備させていたものだ」

父が自分の国外脱出を前提に用意した代物であると聞いたカガリは露骨に嫌そうな顔をする。だが、ホムラからしてみればこれは兄が残した唯一の功績といっても等しいもの。これをカガリにもたせて国外に出させることに意味を彼はよく理解していた。

 

「カガリ、これはアスハ家の個人資産の権利書など、権利相続に必要となる品々を全て収めている。兄上は宇宙に脱出したカガリが活動する資金を得られるようにと考えてこれを用意したらしい。アスハ家の総資産となればかなりの額となることは間違いない。その資産を元手にすることでオーブ奪還のための工作でできることもあるだろう」

カガリは自身に託されたアタッシュケースをまじまじと見つめる。

「そして、その権利相続の対象はそなたである。そなたが東アジアの手に落ちたらその資産もやつらに接収されてしまう。……アスハの資産は、そなたが脱出して国を取り戻すために使うべき資産ではないのか?」

ホムラに諭されたカガリは険しい表情を浮かべて唇を噛みしめる。気丈に振舞ってきた彼女の瞳からは涙が零れていた。

「……私は無力です。父の暴走も結局拳で黙らせることでしか解決できなかった。そして今もオーブ再興のための人材としてではなく、再興に必要な資金の通帳としてしか働くことができない、無力な小娘に過ぎない!!」

国のために働くことさえできない自分に対する悔しさにカガリはしばし震えていた。

「……ずるいですよ、叔父上。私の能力じゃオーブ再興のやくにはたたない、アスハの名は国民の恨みの対象にしかなりえない。だから私はこの地に残って戦犯になるつもりだったのです。……なのに私の死に場所を奪って、アスハの遺産の継承者として生きろなどと……それもオーブ再興の資金として使うとまで言われたら断れないではありませんか」

涙を流すカガリを見て、ホムラも血が滴るほどに強く拳を握り締めながら自らの無力さ、愚かさを呪っていた。

 

 

 

 

 アークエンジェルはシェルター跡を離陸し、北上を始めていた。第七艦隊がオーブを無事離れることに成功した以上、彼らがここに居座る理由は無いのである。だが、未だに東アジア共和国軍による攻撃は続いていた。

離脱する船など本来であれば捨て置けばいい。東アジアの戦略目標はオーブの占領にあるのだから。だが、今回の作戦の総司令官を任された遣南洋艦隊司令長官の劉春剣中将はアークエンジェルをこのまま逃がすわけにもいかない事情があったのだ。

アークエンジェルという一隻の強襲機動特装艦に与えられた損害は凄まじかった。なんせ今回の作戦で出た損失の内の3割がアークエンジェル隊によるものであったからだ。このまま自軍に甚大な損害を与えた艦に大した損害を与えられずにオーブから離脱するのを見逃してしまえば、彼は今回の作戦の大損害の責任を取らされかねない。

責任を取らされれば良くて予備役、悪ければ軍法会議の末に銃殺だ。責任を押し付けるために部下達も自分を見捨てることは確実である。予備役編入で済むようにするにはあの艦を撃沈する以外の方法が無いのだ。

その保身のための執念が篭った出撃命令に従ってアークエンジェルを襲撃した哀れな航空部隊だが、彼らは艦の直掩に専念した大日本帝国の誇る撃墜王(エース)オールスターズにとっては七面鳥でしかなかった。

 

「王!?」

東アジア共和国海軍航空隊のベテランパイロット、何志玲少佐は目の前で白銀のMSの放つ火箭に絡み取られて爆発四散した僚機のパイロット王玉寧中尉の名を叫ぶ。既に何が率いていた中隊は彼を含めて2機にまで数を減らされていた。

「畜生!!倭人が何人も俺の部下をやってくれたなぁ!!」

何は怒りで腸が煮えくり返っていた。悪鬼のような形相を浮かべた彼はせめて一矢報いるために敵艦に乗機のスピアヘッドの機首を向ける。敵の放った弾幕を10年以上培ったパイロットとしての腕を駆使してギリギリのタイミングで潜り抜けていく。

そして彼の正面に敵艦の白亜の船体が見えた。何の機体はアフターバーナーも全開にして凄まじいスピードでアークエンジェルに迫っていく。

「くたばれ!!日本鬼子が!!」

スピアヘッドから携行していた4発の対艦ミサイルが全弾発射される。4発のミサイルがまるで吸い込まれていくかのようにアークエンジェルの白亜の船体に向かっていく景色を見た何は命中を確信した。だが、そのミサイルに向けて4条の閃光が上方から放たれ、閃光に打ち抜かれたミサイルは白亜の船体の手前で爆発してしまった。

 

「またお前か……銀の鬼め!!だが、俺もここでひけねぇんだよ!!」

ミサイルを撃ちつくしたのに何は離脱コースを取ろうとはしない。ここまで来たのだ。特攻してでも日本鬼子の艦に一矢報いなければ、死んでも死に切れない。

「道連れだぁぁぁ!!!」

狙うはブリッジ。ここを落せばしばらく倭人たちも混乱するはずだと何は踏んだのである。しかし、機体が最高速度に達した正にその時だった。突如凄まじい衝撃と熱が何を襲った。白金の敵機は何の行動を予測し、難なく最高速度に達したスピアヘッドを撃ち落したというのか。何が乗機に何が起こったのか把握しきる前にスピアヘッドは燃料に引火して爆発四散し、何の意識は永久の闇に墜ちていった。

 

 

「敵機は撃墜した」

劾が淡々と報告する。先ほどの特攻機を迎え撃ったのは甲板上に陣取った劾の陽炎だった。傭兵としての長いキャリアを持つ劾であれば、高速で移動する敵機を見越し射撃の要領で撃墜することもさほど難しいことでは無かったのである。

既にアークエンジェルはオーブ領海の接続水域にまで彼らは到達しているが、未だに激しい航空攻撃は止む気配を見せず、武、キラのペアで邀撃、後の6人で艦の直掩という組み合わせでこれを凌いでいた。

アークエンジェルは多数の傷病者を収容しており、更に現在戦時医務室では重体の患者の手術も行っているために船体を大きく傾けたりする回避行動はとれず、専ら敵ミサイルや敵機のの迎撃で対処していた。被弾も戦時医務室で手元が狂ってしまう原因となる振動を発生させてしまうため、MS隊は文字通り身体を張ってアークエンジェルを守っていたのである。

「……まだこちらに追っ手を差し向けるとは、指揮官は目を曇らせているな」

劾は呟く。既にアークエンジェルは3回の波状攻撃を凌ぎきっている。普通の指揮官でれば損害が尋常でないことに気づいて攻撃を中止するはずだ。ここに至っても攻撃を継続する理由としては、指揮官が目を曇らせているか、上層部からの命令かの2通りしか考えられない。まぁ、どちらでもしばらく攻撃が続く可能性は否めないのだが。

だが、あちらの事情が何であろうと、自分はプロの傭兵として与えられた任務をこなすだけである。劾はただ黙々と敵機を狙撃した。

 

 

 

「敵航空部隊を殲滅しました。こちらの損害は左舷副砲2基に留まっております」

「大和曹長と白銀中尉が補給のために着艦を申請しています」

「レーダーに敵航空機並びに艦船の反応はありません」

「白銀中尉と大和曹長に許可していいわ。敵の反応もないし、おそらく次の攻撃までには時間が空くでしょうから」

次々と入る報告に対してマリューは的確な指示を飛ばしていく。この光景をかつての副長が見たら目を見張ることは間違いないだろう。そしてマリューは激しい戦闘が続いたこともあって大きく深呼吸をした。

 

「かれこれみんな5時間近く戦いっぱなしだわ……もうパイロットの消耗も無視できないし」

マリューは腕を組んでしばし考える。まだ敵の脅威が去ったわけではないが、これ以上の長期戦になると考えればここでパイロットを休息させることは戦術上必要不可欠である。

かといって直掩の部隊を空にするわけにはいかない。だれを残すかをしばし考える。しかし、その時チャンドラが艦橋で素っ頓狂な声をあげた。

「オーブが全周波回線で降伏の声明を出しました!!同時に東アジア共和国艦隊からも攻撃中止の命令電が発せられています!!」

その報告を聞いたマリューは安堵から椅子にずり落ちた。これでひとまず追撃は緩くなる可能性が高い。だが、安堵して緊張を緩めたマリューに小室は釘を刺す。

「艦長、これで彼らが完全に手を引いたと判断するには早いでしょう」

「そうよね……まだ安心しきるには早かったわ。劾特務少尉、篁中尉は哨戒を続けて。ガーディアン小隊も一度着艦して補給を受けてもらいましょう」

 

 

 

 

 シンはアークエンジェルの食堂にいた。戦闘中ということもあり、収容されたオーブ脱出者の内、負傷が軽度のものや無傷のものはここで待機するように命じられたためである。最初は手術室の前から動こうとしなかったシンだが、母親に諭されて渋々ではあるが、この食堂にくることを了承したのである。

シンは先ほどまでのような機銃の発射を思わせる小刻みな振動や、爆音が消えたことで戦闘が一先ず終了したことを察した。そして彼は母親に顔を向け、今ならば妹と父のところにいけるのではないかと問うような視線を向ける。

しかし、母親は首を横に振り、無言の内に否定する。シンは手を震わせながら祈りを続ける母親の前で意地を張る気も起きず、ただ静かに手術の結果を待つしかなかった。

 

 戦闘のそれと思われる爆発音や機関銃の振動が無くなってから3時間ほど経過したころであろうか、既にオーブ時間では日が沈んでいる時間だ。そのために食堂では収容者のための炊き出しが始まっていた。

シンは母親の分まで食事を受け取って母親のところに戻る。メニューは肉じゃが、味噌汁、ご飯、漬物だ。一日中走って逃げ回ったために育ち盛りのシンは空腹だった。妹や父親のことが心配で、夕飯なんて食べていられる心情ではなかったはずなのに、身体はカロリーを欲し、シンはあっという間に夕食をたいらげてしまった。母もなんだかんだで疲れていたのだろう。シンほどのペースではなかったが、夕食を静かに完食した。

 

 夕食を完食した後、食堂には毛布などが持ち込まれ、収容者達の就寝のための準備が始められた。収容者一人ひとりにトイレ等の制限された居住区画を移動するためのIDカードが配布され、日本到着までの間は自分達が不自由しないように日本軍は配慮してくれたのであった。

食堂が消灯され、赤い常備灯が点灯する。赤い光に照らされた食堂の中で、シンは妹と父への心配で眠れない夜を過ごしたのであった。




Kガリさんは東アジアの傀儡ルートではなく、亡命政権ルートとなりました。

そしてようやくアークエンジェルは戦場を離脱しました。
そろそろ拙作にも終わりが見えてきましたね。


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PHASE-63 展望

お久しぶりです。リアルがただでさえ忙しいのに余暇をポケットモンスター最新作にあてていたので執筆が遅れてしまいました。
これから1ヶ月くらい更新ペースは鈍る予定です。


C.E.71 9月30日 オーブ宇宙軍旗艦クサナギ

 

「私が代表を……?」

呆然としながら呟いた少女はオーブ連合首長国前代表であるウズミ・ナラ・アスハの一人娘にして現代表であるホムラの姪であるカガリ・ユラ・アスハであった。

「そうです」

素っ頓狂な声を漏らした少女に相対する頭の輝ける男の名はウナト・エマ・セイラン。この亡命政権の中で最も政務能力が高く、優秀な政治家であった。

「待ってほしい、ウナト・エマ。私はあの愚かなウズミ前代表の娘です。オーブ最大の戦犯の娘である私に亡命政権の代表たる資格などありません。私が亡命政権と共に脱出したのはアスハ家の資産を相続し、オーブの独立を取り戻す資金を守るためです。私には預金通帳以上の価値はありません」

「それは少し違います。カガリ様、貴方は確かにウズミ様の娘、ある意味最も近い立場だったといえるでしょう。しかし、公的な職を見れば、先ほどまでの貴方は一介の司令付きの副官にすぎませんでした。公的な責任は貴方に発生しえません。そしてなにより貴方はウズミ様に正面から対抗したという実績がある。ウズミ様と同じ穴のムジナではありません。亡国を招いた愚か者の娘であったという事実は変わりませんが、貴女は今回の事態に対して責任を負う立場ではありますまい」

「しかし、私は娘でありながら父を……」

未だに代表就任を拒絶するカガリだが、ウナトは一歩も引かない。

「それでしたら、内閣府の会議に出席していた我らにこそ責があります。内心がどうであれ、ウズミ様の指針に私達は抗議もしなかった。ただただ己の保身のため、国民からの人気が下がることを防ぐために。貴女に責があったとしても、我らの責は貴女の責より遥かに大きなものです。何より、我々は誰一人、最後までウズミ前代表に反発することができなかった……そんな我々がウズミ様を否定する亡命政権の代表になるなど、おこがましいにも程があると思いませんか?」

 

 ウナトの説得でカガリの心は揺れていた。だが、彼女は自分が代表になることがはたして本当に国のためになるのかどうかわからないでいた。

「……私はお世辞にも、頭がいいとは言えません。単純な性格だから交渉ごとにもむきませんし、自慢できるのは本当に腕っ節ぐらいしかないのです。そんな私に代表なんて大役が務まるとは思えません」

ウナトの脳裏にはウズミに閃光妖術をきめたカガリの姿が浮かんでいた。確かに恐ろしいほどの腕っ節だった。正直、顔から血を流して倒れているウズミを見たときは火曜日夜のサスペンスドラマの舞台に自分がいるのではないかと錯覚したほどだ。

 

「確かに貴女は嫁の貰い手も想像できない脳筋です」

突如口を開いたのはウナトの息子、ユウナ・ロマ・セイランである。

「腕っ節だけは本当に強い。しかも事務処理能力も低い、政治に関する知識も一般のハイスクール生徒レベル、代表就任が後ろめたく思うのも当然でしょう。しかしね」

そこで言葉を切り、ユウナはカガリをまっすぐ見つめる。そして彼は堂々と言い放った。

「貴女には人を惹きつける力がある。あの時、ウズミ様を昏倒させた後、貴女は実質あの会議室の中で主導権を握っていたといってもいい。この国難に立ち向かう為政者としての資質は十分あるでしょう」

「ユウナ、だが、私は……」

「知識が足りぬというのであれば、私が支えます。外交が分からぬというのであれば、父が教えます。事務処理ができぬというのなら秘書官をつけます。貴女は資質はあるとはいえ、指導者となるには欠けているものが数多くある。しかし、我々がそれを支えてみせましょう。今、オーブに必要なのは貴女なのです」

 

 ユウナはこの場ではカガリのモチベーションを下げることになりかねないために敢えて告げなかったが、じつはオーブ亡命政府の正当性を主張する上で、カガリが代表であることは大きな意味を持つ。

カガリは前代表の娘であり、現代表の姪である。オーブは代表首長制を謳っており、首長家からの選出という形で代表首長を選んでいたが、実際にはアスハ家による権力の世襲制となっていた。

侵略を受けてオーブ国外に脱出し、国土の奪還を目指すオーブ連合首長国亡命政府としては、これまでの歴代オーブ代表首長の選出の慣例に基づいた後継者、つまりはカガリによる統治を掲げることが彼らの正当性を高めることに繋がり、各国の承認を採りやすいとウナトと共に結論付けていたのである。

 

 カガリは暫し俯いて黙考していたが、ややあって顔を上げた。その瞳にはさきほどまでのような目に見える不安の色は浮かんでいない。

「……私しかやれないことなのだな」

「はい」

カガリの問いかけにユウナは間髪いれずに答える。

「私が代表になることがオーブ国民を辛苦から一日でも早く開放する手助けになるというのなら私は…………私は……」

カガリは一息つくとその目つきを険しいものに変え、万人に響くような力の篭った声で言い放った。

「私はオーブ連合首長国亡命政権の代表の任につこう」

 

 その場にいた亡命政権の主要メンバーは新たなる代表に頭を下げる。彼らも、カガリを自分達の指導者として盛りたてていく決意を示したのである。

「それと、ユウナ……頭を上げて欲しい」

カガリは少し表情を緩めるとユウナの下に歩み寄った。ユウナは内心で何のことかと訝しげだったが、素直に頭を上げる。

「ありがとう。お前のおかげで決心がついた」

「いや、カガリだったら僕があそこまで言わなくても、結局は引き受けていたと思うよ。僕は少し背中を押しただけさ」

カガリの感謝の言葉に、ユウナは亡命政権のブレーンとしてではなく、カガリの幼馴染として返事をする。その態度にカガリの態度は若干やわらかいものとなる。

「それでも、感謝はしているんだ、お前には。礼は受け取ってくれ……ああ、それと」

その時、ユウナは背筋に寒気を感じた。まるで臓器が、血液が、脳が何か得体の知れないものに握られているような恐ろしい感覚だった。そして全身で感知した危機はすぐに現実のものとなった。微笑みを浮かべたカガリの右拳はまっすぐにユウナの腹部に吸い込まれるように叩き込まれたのである。

ユウナは溜まらず肺の中の空気を全て吐き出してその場に膝をつく。そして膝を突いたユウナを見下ろし、カガリは恐ろしい表情を浮かべながら一瞥した。

「嫁の貰い手も無い脳筋という言葉はむかついた」

股間を狙わなかったのは彼女なりの善意であった。とはいえ、腹部への一撃でも十分な威力を発揮しているのだが。そして彼女は跪いたユウナを尻目に会議が行われていた講堂を後にした。

 

 

 

 

 

C.E.71 10月2日 大日本帝国 内閣府官邸

 

 ここ一年で恒例となった閣僚を集めて行われる内閣府の会議の場には一つの空席を除いて全員が揃っていた。空席の本来の主は吉岡防衛大臣だが、彼はタイムスケジュールに狂いが生じたために遅刻することが既にこの場の閣僚には通達されている。勿論、この場で吉岡が報告することもあったが、彼の報告の順番は最後に回されているために支障はでない。

 

「吉岡は10分程遅れるという報告が入っている。辰村局長、まずは君から、今回のオーブ上陸戦の顛末を説明してくれ。防衛省と緊密に情報交換をしているらしいから、吉岡大臣は既に承知のことだろう。それならば彼がこの場にいなくても問題はあるまい」

澤井に促された辰村が口を開く。

「先月29日、現地時間11時25分にオーブへの侵攻を開始した東アジア共和国は圧倒的な数の優位を活かしてオーブ海軍護衛艦群を壊滅させ、空軍を消耗戦に引きずり込み、3時間後には橋頭堡を確保して上陸作戦を開始しました。オーブ側も開発したばかりのMSをもって応戦しましたが、装甲の薄さが仇となり、次々と各坐されていったとのことです。そして両日19時40分、オーブの行政府が東アジア共和国の機甲部隊によって制圧され、アスハ代表によってオーブ全土に無条件降伏の受諾宣言が発せられ、戦闘は終了したとのことです」

「・・・・・・MSがそう簡単にやられたのか?オーブ製であれば、最低限ジンほどの性能が保障されているはずだと思うのだが」

訝しげな澤井の問いかけに辰村は手元の資料を捲りながら答えた。

「え~、防衛省の見解では、オーブが配備を進めていたMS……MBF-M1、通称M1アストレイは装甲に発砲金属という軽量な金属が使われており、ジンや我が国の撃震で採用されている装甲に比べて強度は著しく劣るものだということがわかっています。オーブではMSを機動力に秀でた兵器として捉えていたので、機動力を高めるために軽量化という手段を採ったのだと考えられます。一方、そのMSを相手とした東アジア共和国軍ですが、彼らはMS対策として新型兵器を多数用意していたことが判明しました」

「新兵器だと!?」

千葉外務大臣が目を見開く。

「ええ。入手した情報によると、彼らは対戦車砲を改良したものと見られる携帯式火砲でMSを撃破したとのことです」

辰村は手元のコンソールを操作し、会議室のスクリーンに映像を映し出した。

「東アジア共和国では突火槍と呼ばれているこの歩兵用対MS砲ですが、その大きさから簡単に運べるものではないことは明らかです。オーブ軍から提供されたデータや諜報活動の結果得られた情報、アークエンジェルからもたらされた戦闘詳報を参考に考察したところ、突火槍は分解して3、4人の小隊で運送、組み立てを行っていた可能性が高いことがわかりました。そして彼らは重火器を背負っても機動力が衰えないように自動二輪を乗り回して移動していたと思われます」

 

 辰村が一息ついたところで澤井が口を開く。

「辰村局長、その突火槍とやらには本当にMSを各坐させる能力があるのだろうか?如何に強力とはいえ、サイズ的には既存の対戦車砲の改良にすぎない歩兵用兵器がそれほどの猛威を振るったとは考えにくいのだが」

しかし、澤井の問いかけに辰村は淀みなく答えた。

「はい。確かにこの突火槍は一門でMSを各坐させることはまず不可能です。運よく機動部に損傷を与えるかセンサーを狙わない限りは歩兵用兵器でMSをしとめる事はできません。しかし、東アジアは一門では足りない火力を集中運用によって補ったのです」

辰村の回答に澤井は納得したのか、首を小さく上下に振った。

「自動二輪に搭乗した小隊は上陸後に散開し、密林や市街地といった各地の障害物の多い地帯に隠れながら展開しました。おそらくは一つの地域に突火槍を装備した3、ないし4小隊からなる部隊を配備して、その地域に陣を敷いたのでしょう。そしてその陣にMSが侵入した場合、MSに集中砲火を浴びせて撃破したのです」

「かつて第二次世界大戦中に独逸第三帝国海軍の潜水艦部隊が連合国側の輸送船団に仕掛け、3000隻近い輸送船を沈めたことで有名な群狼戦術(ウルフ・パック)を彷彿とさせる戦術ですな……しかし、辰村局長。MSのセンサーで待ち伏せを探知することはできなかったのでしょうか?」

五十嵐文部科学大臣が疑問を呈する。そして辰村は再度手元の書類を捲り、五十嵐に答えた。

「戦場となっていたのはオーブ本土です。政府側の避難指示の遅れなどから戦闘開始時から市民の間では情報が錯綜し、パニックに近い状態になっていたという報告があります。避難が遅れていたために東アジア共和国軍の上陸が始まったころでも国内のいたるところに逃げ遅れた民間人が残っていたという報告も入っています。戦場となった国内にまだ逃げ遅れている民間人が多数いる以上、障害物に身を隠しているために直接目視ができない人影をセンサーが発見したところで民間人か敵兵かの区別をすることは不可能だったと思われます。敵味方の確認ができない以上、迷わずに敵として排除することはオーブ兵にはできなかったでしょう。そしてその間に彼らは撃破されていったのです。これで、情報局からの東アジア共和国軍に関する報告を終わらせていただきます」

辰村は一礼して着席した。

 

「遅れてしまいました。申し訳ない」

ちょうど辰村の報告が終了したころに吉岡も会議室に辿りついた。吉岡も既に報告を受けている東アジア共和国軍に関する事項は終了していたので、吉岡にこれまでの報告内容を説明しなおす必要はなく、会議の議題はそのまま外交関係に移った。

「今回の東アジア共和国のオーブに対する侵攻について非難し、東アジア共和国軍の早期の撤退を促すために私は一昨日、政府専用機でワシントンへ向かい、大西洋連邦のアムール外務次官との会談に臨みました」

千葉外務大臣が席を立ち、国際社会から東アジアに圧力をかけるべく折衝していたことを報告する。元々外交によって事態を改善することを考えていた澤井は千葉の報告に期待を向ける。

「しかし、芳しい成果は得られませんでした。東アジア共和国艦隊の駆逐艦を雷撃した犯人がわからない以上は、部外者である我々がこの問題に深く関与することはできない、これはオーブと東アジアの二ヵ国間の問題であるというのがアムール氏の……ひいては大西洋連邦の姿勢のようです」

「……オーブの技術力が東アジアの手に渡ることはあまりいい話ではないと思うのですが。それにオーブは、いえ、モルゲンレーテはヘリオポリスのGATシリーズ試作機製造に関与していました。MSの共同開発に携わり、モルゲンレーテの技術力をよく知っているはずの大西洋連邦がこの事態を黙って見ているとは考えにくいのではないでしょうか?彼らは何を企んでいるのでしょう?」

奈原官房長官が手を組みながら訝しげな表情を浮かべた。

「情報局からもたらされた情報や、現地の大使館が収集した情報から今回の大西洋連邦によるオーブへの不干渉の決定の意図を推測しました。まずですが、干渉する前提条件となる民意がオーブへの干渉を望んでいないようです」

 

 辰村は続ける。

「大西洋連邦内では、今回の大戦で日和見して両陣営にいい顔をして平和を謳歌していたオーブに対する国民感情はよくありません。あの忌々しいオーブを支援する暇があるならば国内の復興を支援すべきで、自分達が苦難に喘いでいるときに手を差し伸べようともしなかったオーブを今更支援する義理は無い、オーブの苦難は自業自得というのが大西洋連邦の世論の考えのようです。また、ようやく戦争が終結したところで新しい戦争に介入することについての忌避感が見られ、オーブを救うために軍事介入して大西洋連邦の人間の命をオーブ人のために危険に曝すことにも賛意が得られそうに無いことは明白となっています」

「しかし、アーヴィング大統領は民意に縛られて国益を蔑ろにする人物ではなかったはずです。表向きは民意を理由にオーブを見捨てたとはいえ、政府にもなんらかの思惑があるのでは?」

榊が首を傾げる。そして千葉は榊の意見を肯定する。

「ええ。そうです。当然アーヴィング氏ら大西洋連邦政府にも思惑がありました。大西洋連邦は我々、日本に負担をかけたがっているのです」

閣僚達から浴びせられる視線が更に険しさを増すのを千葉は感じていた。

「東アジア共和国がオーブの技術力によって強化されたならば、真っ先にその脅威に曝されるのは地政学や、国際関係、歴史に基づけば我が国となることは明白です。我が国は今大戦では世界にその軍の類稀なる精強さ、驚異的な技術力を見せつけました。当然大西洋連邦もそれを目の当たりにしています。そして大西洋連邦は我が国に恐れを抱いたのでしょう。万が一戦争となれば、数の優位があったとしても、大損害は免れないということは明白ですから」

「東アジアを我が国の喉下に突きつけた剣とすることで、我が国が東よりも西に戦力を割くことを狙っているということか」

澤井が眉間に皺を寄せながら呟いた。

「我が国が太平洋側に割く戦力を小さくすることも当然目的に入っているでしょう。そして大西洋連邦にとって、東アジア共和国は直接的な脅威ではありません。東アジア共和国軍が我が国を無視して直接大西洋連邦を攻撃しようにも、補給線が延びすぎて戦争継続は困難を極めます。さらに東アジア共和国海軍が外洋に出る際は、我が国の領域を避けていくしかありません。日本列島はかの国の海の出入り口を塞ぐ位置にありますから。ただでさえ長い補給線が我が国の領海を迂回するコースを通ることで更に倍近い長さとなりますから、侵攻は現実的なものとは考えられませんし」

「直接的な脅威にならない対象を支援することで、自分達に向けられる軍事的抑止力(プレッシャー)を軽減することを狙っているということか。思惑に乗っからざるを得ない側からすれば面倒なことこの上ないな」

 

 千葉は外交でオーブ開放の圧力をかけるという話をここで切り上げ、次にオーブ亡命政権について報告した。

「アメノミハシラを対価に我が国はオーブの亡命政権を受け入れました。しかし、我が国の力だけでオーブを開放するというのはリスクとリターンが釣り合いません」

「帝国政府としてはオーブ亡命政府を承認する。私は彼らの要請を一度受け入れた以上、その決定を覆すつもりはないし、オーブ本土への工作などへの支援も惜しまないつもりだ。しかし、直接的に軍事介入することは現段階では考えていない。彼らの工作でレジスタンス活動が高まり、占領軍への不満が爆発するころ……最低でも10年後に奪還への軍事的支援をとることになると考えている」

澤井はオーブ政権を放り出すつもりはないことをこの場で宣言する。確かにここで亡命政権を承認するということはデメリットもあることは理解しているが、それでも一度約定を交わした以上は、それを遵守する責務がある。約定を遵守できない国家は外交上も、内政上でも信用を失うからだ。

日本が約定を守れない嘘つき国家という汚名を被ることとなると、それは大日本帝国の、その国民の恥辱となるばかりではなく、いとやんごとなきお方の大御稜威をも汚すこととなるのだ。それは陛下から政を託された身である澤井には絶対に許すことのできないことであった。

 

 ここでオーブ亡命政権を承認するということは多大なデメリットを孕んでいるということは澤井も承知のことである。まず、亡命政権を承認するということは、現在オーブを占領している東アジア共和国の正当性を認めないと主張していることと同意義であるため、東アジア共和国との関係悪化は避けられないということだ。

次に、大量の難民を抱え込むという点がある。数万の難民が押し寄せてきたところで彼らが全て国内で安定した生活を送ることができる保障は無い。窮乏した難民が治安悪化の原因となる例は世界中で事欠かない。そんな難民への最低限の支援も財政的に無視できる負担ではないのである。

 

 しかし、何も澤井は自身の良心に従って国にとってデメリットの大きな決定を下したわけではない。この決定によって得られるメリットも十分に計算し、メリットとデメリットの価値比較をした際にメリットの方が大きいと判断したからこその決定であった。

まず、アメノミハシラの提供だ。軌道上ステーションを手に入れることができればその経済効果は大きなものとなるし、これを拡張すれば安価に軌道上の宇宙基地が出来上がる。これまで大日本帝国宇宙軍では軌道上に基地を持っていなかったために、通商路の安全確保や日本上空の警備のために二個戦隊を常に遊弋させていた、だが、基地ができれば艦隊を代わる代わる遊弋させる負担が軽減されることになる。

難民も安価な労働力としての需要はある。これから宇宙開発(ネオ・フロンティア)計画が本格的に始動するのにあわせて、国内から多数の移民が計画の前線基地となる火星に移住することになる。良質な労働者の流出で国内に空いた雇用の穴を安価な労働者である難民で埋めることで国内でも余裕ができる。オーブの宇宙戦力はL4の古いコロニーの一部を基地として使用させ、航路の治安維持にでも当たってもらうのがいいだろう。

また、モルゲンレーテからも多数の技術者が亡命している。彼らの技術力は無視できるものではない。彼らの技術を活かすことができれば我が国にとって大きな利益となることは確実だ。

 

「オーブ亡命政権はシャトルで宇宙にあがり、宇宙で待機していたかの国の戦艦クサナギに収容されて一度L4に向かいました。彼らは我が国の特別機で明後日に硫黄島の第二宇宙港に到着する予定となっております。その後東京に渡り、そこで正式に亡命政府立ち上げの宣言をする予定となっております。その後で私が亡命政府のカガリ・ユラ・アスハ代表との会談に臨みます」

「彼らが国を取り戻すまでどれだけかかることかわからない。だが、我々としては約定は果たす心積もりに変わりはない。千葉外務大臣、誠意を持って望んでくれ」

「はい」

澤井の期待の篭った言葉に千葉は力強く頷いた。




カガリは代表ルートになりました。Kガリとはいえ基本脳筋なので、サポートするユウナさんは胃に穴が空きそうですね。


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PHASE-64 獅子の娘

忙しい……やるべきことが多すぎる……



C.E.71 10月4日 大日本帝国 宮城 竹の間

 

 

 まだ幼さが残る少女が緊張した面持ちで竹の間に入る。カガリは今回首長家の正装として、薄く緑がかったアフタヌーンドレスを一応は着ている。これは着の身着のままに脱出したカガリが在日本オーブ大使館の職員に依頼し、超特急で用意してもらった一着である。とにかく上等なものをという注文だったので経費はかなり高くついた。

流石のカガリでも大日本帝国の国家元首には最大限の敬意を払わなければならないことは理解していたので、ここで経費が高くついても気に留めることはなかった。カガリは空港でこの正装に着替え、そのまま宮城に向かったのである。

因みにカガリの正装を見て「馬子にも衣装だ」と口にしたユウナはカガリに投げつけられたダンベルを頭部に喰らって昏倒している。このダンベルはカガリの私物で、暇つぶしがてら筋トレをしようと持ち込んでいたものだった。カガリがこれを凶器に選んだのはアフタヌーンドレスに返り血をつけることを避けたかったためである。アフタヌーンドレスを着ていればいつものような恐ろしい格闘技は発揮できないと考えていたユウナの考えは甘すぎたのだ。

 

 カガリの正装を付き添い人であるウナトは内心冷や汗だらだらであった。ウズミ政権、ホムラ政権の2期にわたって外務官僚のトップを務めていたウナトだが、王族との謁見の経験は殆どなかった。そのような場は上級氏族の出番であったためである。セイラン家もそこそこの家柄だが、王族の催しに出席できるほどの家柄ではないのだ。

初めての他国の王族との謁見があの大日本帝国の元首、しかも自分が補佐するのは外交には素人もいいところであるあのカガリだ。どんな粗相をするか、どんな行動をしでかすか分からない。流石に拳で語り合うことはないように、それだけは絶対にしないようにと1時間おきに忠告しているからその心配はないと信じたい。信じているのではない、信じたいのだ。

長年外交官として培ったポーカーフェイスは彼の焦燥も見事に隠していたが、ウナトの胃は謁見の前からキリキリと締め付けられていた。今回の会談の相手となるのは、系譜を遡ればあのキリストが誕生する前にいきつく世界最古の王朝の継承者だ。

伝統的権威だけでも世界最高峰、大日本帝国の国力や勢力圏もあってその権威は法王に負けるとも劣らない。更に陛下個人に対する敬意も非常に大きなものだ。その高潔さ、それでいて国民全てに慈愛を向ける姿勢には各国の国家元首や王族もその伝統的権威とは別に、陛下個人に対しても格別の敬意を払うのだから。

 

 ウナトが神経性胃炎を発症しかけている一方で、カガリも不安を隠しきれずにいた。カガリは首長家の一員であり、王族外交の経験は無いわけではない。だが、彼女はあまりにも若すぎたのだ。各国の皇太子や王女とも当たり障りのない教科書どおりの会話をした経験しかない。

あくまで社交辞令の域をでないやりとりしか経験したことがなかった彼女がいきなり祖国の未来を大きく左右する会談に臨むこととなったのだ。しかも相手はウナトですら怯むほどの権威を持つときた。

 

 足が震える。心臓が早鐘を打つ。口の中が乾いていく。そして自身が椅子に座っているいう感覚も次第に希薄となっている気がする。カガリは自分自身のことが分からない状態になっていた。

 

 その時、竹の間が開かれた。カガリは半分反射的に起立した。ウナトもそれにあわせて起立する。モーニングを着こなしている壮年の男性、この男性こそが二千数百年におよぶ系譜を持つこの国の王朝の後継者、今代の大日本帝国の国家元首である。竹の間にゆっくりと入室された陛下はカガリらに声をおかけになられた。

 

「本日はよくぞおこし下さいました。皆様、オーブから着の身着のままで脱出なさったと聞きます。長旅はさぞ大変なことだったでしょう。まず、今回の戦で、極めて多くの無辜の貴国民の命が失われたに対して心からの哀悼の意を表します。そして、今も戦火に見舞われて荒廃したオーブに残る人々や、我が国に渡航するも異邦の地での生活で苦難を強いられるであろう人々に対し、謹んで、お見舞いを申し上げます」

 

 カガリは陛下の口から告げられたお見舞いの言葉を聞き、深々と頭を下げた。

「苦難にあえぐ我が国の民へおかけ下さったお言葉に、オーブ亡命政権の代表として感謝いたします」

ここに来るまでの道中、殆どウナトが付きっ切りで作法や口調を矯正したために今のところはボロはでていない。ウナトは内心ホッとする。その後も彼の懸念は当たらず、カガリは最後まで亡命政府の代表としてはミスのない対応を続けた。

 

 当たり障りのない会話を15分ほど陛下とカガリは続けていた。その中、カガリは内心で目の前の人物と自身の格というものの差を見せつけられ、自己嫌悪に近い感情を抱いていた。彼女は同じ一国の国家元首でありながら、高潔で一個人として尊敬できる日本の国家元首に対して無力で何も誇るものがない自分、国家元首の風上にも置けなかった父の姿を比較したらなんとなさけないことだろうかと思わずにはいられなかったのである。

 

 そして会談は陛下のお見舞いの言葉で幕を引くこととなった。

「オーブから脱出された方々の中には、これからの暮らしに対する不安も大きいでしょう。我々は人道的視点から彼らに支援を行いたいと思っています。そして今回オーブを脱出された方々がいつの日か、もう一度故郷の土を踏みしめることができるように、亡命政府にも手助けをしたいと考えております」

カガリはその純粋な気持ちが籠められたお言葉を聞き、胸の中の思いが抑えられなくなった。瞳に涙を浮かべ、震える唇で感謝の言葉をつむぐ。

「御厚意に重ね重ね、感謝を申し上げます。私達、オーブ国民はこの恩を忘れません」

 

 

 

 来日初日だが、陛下との会談後もカガリの予定は詰まっている。皇居を後にしたカガリは次に大日本帝国放送協会の放送センターに足を運んでいた。オーブ連合首長国亡命政権の旗揚げを公式に宣言するためである。さきの陛下との会談の後で間も空けずに直接向かったのだが、カガリは疲れを見せることはなかった。

ウナトは彼女と原稿の最終打ち合わせを行おうとしたが、カガリはそれを拒否した。カガリは自らの言葉で国を失った国民に、そして世界に語り掛けることを主張したのである。ウナトは反対したが、結局はカガリに押し切られる形となった。

 

「私の言葉以上に聴衆に伝えやすいものはないと思う。この宣言は国民に向けたものであり、そこに演技下手の私の生半可な演技が入ったところで誰にも見向きはされないから」

このカガリの言葉をウナトは否定できなかった。カガリは良くも悪くもとても真っ直ぐな少女だ。“彼女らしさ”を出す方が彼女の力を高めることに繋がるかもしれない。ウナト自身も彼女の生来の真っ直ぐさが滲む彼女自身の言葉によって心動かされた一人だ。それゆえにウナトは台本なしの演説を了承したのである。

 

 …………本当は原稿をカガリが暗記しているか、漢字を読み間違えていたりしていないか不安だったという理由もウナトには少なからずあったのだが。

 

 

 30分ほどで化粧を整えたカガリは凛とした雰囲気を纏いながらテレビカメラの前に立った。アナウンサーが予定されていた番組である『趣味のガーデニング』の放送予定変更を通達し、世界に映像が発信される生中継が始まる。そしてカメラを真っ直ぐ見据え、カガリは口を開いた。

「親愛なるオーブ国民の皆様、私はオーブ連合首長国亡命政権代表のカガリ・ユラ・アスハです」

普段の彼女らしからぬ神妙な雰囲気で彼女は自己紹介を始めた。

「私は東アジアの軍靴に踏みにじられた祖国の現状に納得することができないと考えている同志と共に、現在大日本帝国の首都、東京におります。無論、私自身も彼らと同じく、東アジア共和国の今回の侵略に立ち向かう所存であります。しかし現在、オーブの現政権は我らの祖国に対する侵略者に白旗を上げ、国土は占領軍によって陵辱されている状態です」

カガリはここで一息つく。

「オーブは何故負けたのか。何故、オーブは蹂躙されてしまったのか。その責任は偏に政府の意思決定にあったと言っても過言ではありません。厳正中立を謳いどの国に対してもいい顔をしようとした結果、オーブは外交上で孤立しました。オーブの前代表首長であり、私の父であったウズミ・ナラ・アスハはこれを栄誉ある孤立だと、世界が一つの色で染まり暴走したときに歯止めをかけることができる第三勢力となれる、正義ある孤立だと主張していましたが、その結末が外交上の孤立、そして孤軍奮闘した末の占領です」

カガリは演説を続ける。昨日高雄港に入港したオーブからの脱出船の船内では艦内放送を通じてこの演説が流されていた。そして今は占領されているオーブ本土でもラジオがあればこれを聞くことができた。彼らオーブ国民達はカガリの演説に真剣に耳を傾けていたのである。

 

「『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』これがオーブの理念でした。しかし、この理念に固執したオーブの前政権は敵がすぐ目の前に迫ってもただ意気地になって他国の介入を阻み続けたのです。他国の介入を、救援を受け入れることができていればオーブは今でも主権を持った独立国家として残っていたはずでした。オーブの前政権は何よりも理念を優先して、国民の命を、国土を見捨てたといっても過言ではないのです」

聴衆は、いや、オーブ国民はカガリの告発でどよめいた。自分達の祖国が裏切ったのか、これは嘘ではないか……そんな考えが浮かび、近くの同胞と囁きあう。だが、彼らの囁きはカガリの演説の続きが始まると中断された。

「私はオーブの理念そのものを全面的に否定するつもりはありません。ただ国際社会の体勢に迎合するのではなく独自の路線を敷くことで世界を平和の道に導くこともできます。中立国の果たす役割というのは非常に大きなものであり、その役割を背負ったオーブという国は内外に誇れる国でありました。国民はそんなオーブを愛し、私達も同様に愛していました」

 

 アークエンジェルに収容された紅目の少年もまた、憔悴した母親の手を握り締めながらカガリの声に耳を傾けていた。

「オーブを育んできた先人が説いた理念は尊いものだと今でも私は思っています。しかし、それは国民の命を礎としてまでこの世に残さねばならないのでしょうか?ウズミ前代表もホムラ代表も理念を守るべく孤立無援での東アジアとの戦争に踏み切りました。その結果がどんなものになるか、どれほどの国民の命が奪われるか理解していなかったはずはありません。彼らはそれを承知で戦争の決断を下したのです。民あっての政府でありながら、政府は民を蔑ろにしたのです」

 

「まさか……これほどとは……」

カガリの演説が行われているスタジオの裏で待機していたウナトはカガリの演説を聴き、無意識の内に震えていた。

カガリはこれまで政治的な場に姿を現して聴衆に演説したり、議会や公聴会といった場で発言したことは一度もないはずだ。正真正銘、初めての演説である。しかし、カガリは無意識にうちに聴衆を確実に惹きつけていた。それが彼女の生来の気質によるものであるのか、養父から受け継がれたものなのかは分からないが、確かに彼女の言葉は人の心を掴んでいたのである。

既にウズミに閃光妖術を決めた後に見せた行動でカガリの上に立つものとしての才能の片鱗は感じていた。だが、カガリが秘めていた才能はウナトの予想していたそれを遥かに上回るものであった。

 

「今回の戦乱の真実を全て話した上で、私は国民の皆様にお願いしたいことがあります。オーブから日本に渡った国民の皆様、オーブを東アジア共和国から開放するために立ち上がってください。そしてどうか私について来て下さい」

欧米の指導者などが好む大げさな身振りや手振りといったアクションは全く見られない。その表情は冒頭から変わらずに神妙なままだ。だが、それでもカガリの主張はストンと心の内に入ってくる感覚を覚えるものであった。だが、ここで演説を続けていたカガリの表情が初めて変わった。その表情は沈痛なものに変わっていたのである。

「一度国民を裏切った政府側の人間がこのようなことを国民の皆様にお願いするということはおこがましいことだと思います。ですが、オーブを取り戻すためには皆様の協力が必要不可欠なのです」

息つぎのタイミング、目線、姿勢、そして抑揚。演説を左右する要素をカガリは完璧におさえていたといってもいい。しかし彼女はそれを誰かに教えてもらったわけではなく、自分の言葉を口にする中で自然に行っていたのである。

 

「私はオーブという国家が好きです。建国からおよそ1世紀も立っていない小国ですが、豊かな自然が溢れ、世界に冠する技術力を誇り、そんな国を愛する民がいるオーブという国家を愛しています。どうか、国民の皆様。愛するオーブをもう一度取り戻すためにお力をお貸しください。子に、孫にあの素晴らしい国を残すために、何卒お力をお貸しください」

そしてカガリは国民への助力を乞う言葉で演説を締めくくると、静かに頭を下げた。

 

 カガリの演説が終わり、画面が切り替わる。テレビの前にいたオーブの元国民らは画面が切り替わってもまだ静寂に支配されていた。だが、静寂の中から次第に声が洩れ始めた。そしてその声は次第に大きな雄叫びへと変わった。

 

「うぉぉぉー!!」

「オーブを取り戻せ!!」

「オーブ連合首長国万歳!!」

 

 カガリの演説は成功し、国民の心に抵抗の火を灯すことに成功したのである。

 

 

 

 

 生放送終了後、カガリは大日本帝国放送協会の放送センターを後にし、極東一という誉もある皇国ホテルへと向かっていた。事務所の準備などはまだ完了していないため、2週間ほどはここに滞在する予定となっているのだ。

 

「カガリ様、演説はどうやら成功したようですな」

ホテルに向かう車中でウナトがカガリに話しかける。

「私を信じてくれる人がいてくれたか……ありがたいことだな」

だが、演説が成功して国民の支持を集めることができたというのにそれを喜ぶ様子をカガリは一切見せない。ここではしゃぐような三流の指導者もよろしくないが、成功の報を聞いても喜色をカガリは一切浮かべない。それがウナトには気になった。

 

「少しは喜ばれたらいかがでしょうか。これを見てください」

そう言ってウナトが差し出した端末にはこの国の報道番組が映されていた。街角やオーブ国民へのインタビューでは概ね好意的な受け止められ方がされているのが分かる。

「私は政府に裏切られて殺されかけた国民にもう一度命を預けて欲しいといったんだ。普通ならふざけたことをぬかすなって言われてもおかしくないのに、私の言葉を信じてくれる民がいる。私としては申し訳ない気分の方が大きくて、とても喜んでいられない」

映像が変わり、今度は広場や船内でオーブ万歳、カガリ様万歳と叫ぶ群衆が次々と映し出される。その様子を見ながら苦笑する様子は普通の活発そうな少女にしか見えない。だが、ウナトはカガリの中に末恐ろしいものも感じていた。

もちろんその身体能力は脅威の一言だ。正直、彼女なら灰色熊(グリズリー)とでも素手で戦えそうな気がする。……そちらも十分脅威だが、それは今更のことだ。ウナトが恐れたものの正体は他にある。

 

 ウナトは再びその視線を興奮した群集が映し出される端末へと映した。彼は興奮する群集と演説するカガリの姿を思い浮かべ、ある男を幻視した。

ウナト自身はその男と会ったことはない。彼の生まれ、そして生きた時代は数世紀も前のことだ。ウナト自身は歴史的資料でしか彼を知らないと言ってもいい。だが、大学時代に映像資料や音声資料で見た聴衆の信頼を掴み取るあの演説は、表現方法は180°違うものの、カガリの演説と似たようなものを感じてならない。

 

 ウナトの知るその男は世界規模の大戦争に敗れて経済が破綻し、国土は荒廃し、政治は無力と化した祖国を掌握し、一時はユーラシア大陸の西部地域を支配するほどの大国へと興隆させた世界史上の偉人であった。

男が権力を得るために利用したのは財力でも、名声でも、親の権力でもない。彼に権力を与える力となったのは国民の熱狂的な支持だったのである。男は聴衆の心に訴えかけ、そしてその信頼を掴み取る演説を各地で行った天才であった。彼自身の持つ類稀なる英雄的資質(カリスマ)、そして人々を魅了する演説だけであの男は政権を奪取したのである。

 

 ウナトが恐ろしいと感じたのはカガリのもつ天賦の英雄的資質(カリスマ)である。彼女の父のウズミにも少なからず英雄的資質(カリスマ)はあった。だが、カガリのそれとは次元が違うと彼は感じていた。

今はいい。カガリは自身の持つ力に気づいてもおらず、彼女の力はオーブの国難を排するために働くことになるだろう。だが、もしもカガリがあの男と同じ道を辿ってしまったのならばどうなるのだろうか。

ウズミが独裁を敷いて国を滅ぼしたように、彼女も同じことを繰り返してしまうのではないだろうか。今度は亡命政権の樹立もできぬままにオーブは完全に滅びてしまうのではないか、そうウナトは考えてしまう。

遅きに失したとはいえ、ウズミの暴走を止めることはウズミ以上の英雄的資質(カリスマ)を持つカガリ以外の人物には不可能な芸当であった。ならば、もしもカガリが暴走したら一体だれがそれを止められるというのだろうか。そんな思いがウナトの胸中にはあったのである。

 

 そんなことを考えているとふと、先にホテルの一室に入って各国と折衝を行っている息子の姿が脳裏に浮かんだ。結果的には殴られたり蹴られたり投げられたり絞められたり捻られたり捻られたりと色々と悲惨な目にあうことも多いが、カガリは息子ユウナの諫言には耳を傾け、真摯にそれを受け止めている。

幼馴染として育ったこともあり、ユウナはカガリの英雄的資質(カリスマ)に感化されにくいということもあるのだろう。ユウナはカガリに対しても容赦なく駄目だしすることができる稀有な人材である。一言多かったりして悲惨な目にあうことも多いのだが。ただ、ユウナはカガリのあしらい方も理解しているようで、彼女をぐうの音がでないほどに論破し、彼女に翻意を促すこともできる。

 

 ……息子には人柱としてカガリ様のおそばについてもらい、暴走を抑えるほかない。ウナトは結局息子を生贄にすることでカガリを抑えるということを決めた。過酷な職場に送り出される息子には同情していたが、オーブの危機と息子の健康など天秤にかけるまでもないことだ。

ただ、流石に少し我が子が不憫だと思う。せめて可愛らしくお淑やかでロングヘアーの似合う嫁を探してあげて家庭には安らぎを与えてあげようとウナトは決めたのであった。

 

 

 

 

 ホテルに帰ったカガリはその後、記者との対談などの予定を終え、床につこうとしていた。後10分程で日が変わるころだろう。思いっきり飛び跳ねてベッドにダイブしたカガリは皇国ホテルの高級枕に顔を埋める。

もしもここに人がいたのなら、次に彼女がとった行動に仰天したことだろう。カガリは枕に顔を埋めながら、声を殺しながら泣きはじめたのである。

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは昼間の会談である。一時間にも満たぬ宮城での会話は彼女にとって辛い時間だった。

別に彼女はこの国の国家元首が嫌いというわけではない。あの方にたいして個人的な感情といったものや民族的な感情を抱いていたわけでもない。彼女はただ、己の至らなさを思い知らされただけであった。

 

 挨拶の、陛下はまず今回の戦乱で命を落とした民や、命からがら脱出した民を見舞うお言葉をくださったのだ。そしてその後も今尚苦難に喘いでいる民を慈しみ、できる限り配慮していきたいと仰った。

他国の民であろうとも苦しんでいる民を真っ先に慈しんだこの国の国家元首に対して、オーブの指導者は如何なるものであったか。理念に取り付かれてそれを守ることに固執した父とその言いなりだった叔父、そして国を飛び出すまでそんなオーブを変える努力もしなかった自分のどれほど浅ましきことか。

 

 器の差、いや、国家指導者としての格の差を思い知らされたカガリは自身の浅ましさに対して怒りを通り越して悲しみを覚えた。いっそ陛下が国民を省みず今回の事態を招いたカガリを叱責してくれた方がまだ清清しかったのかもと思うほどだ。だが、陛下はそのようなことはなさらず、今なお苦境にあるオーブ国民を慈しみ、深く悼みなさっただけであった。

繁栄して栄華を極める技術大国の指導者がこれほどまでに素晴らしいお方であるのに対し、亡国となった祖国を復興させるという日本の比ではない国難に立ち向かう指導者の立場にある自分は陛下に比べて非力で愚かしいことこの上ない。

 

 カガリは声を押し殺しながら泣き、圧倒的な劣等感と自身に課せられた使命の重さから来る不安に押しつぶされかけていた。




陛下の口調はあえて変えました。
流石に宮中で家臣に接するときの口調と外国の要人と会談するときの口調は分けるでしょうから。


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PHASE-65 歩み

急に寒くなりましたねぇ。朝は布団という全て遠き理想郷からでられない……


C.E.71 10月15日 元オーブ領アメノミハシラ

 

 「では、オーブ連合首長国はこの割譲の条件に異存はありませんな」

千葉外務大臣に確認のために訪ねられたカガリは静かに肯いた。

「我ら、オーブ連合首長国もこの条件に異存はありません」

双方が納得していることを確認した千葉は秘書官に命じて筆を持ってこさせる。カガリもユウナからペンを受け取り、自分の目の前にある書類にサインする。そして互いに契約を定めた書類を交換する。これをもって契約は成立した。

 

 今日、アメノミハシラで成立した契約はアメノミハシラの譲り渡しについてのものである。オーブはその資産であるアメノミハシラを大日本帝国に譲渡する。大日本帝国はアメノミハシラに駐留していた艦隊が停泊地を失うので代替となるコロニー一基をオーブ連合首長国に提供するということになっている。

そして代替としてオーブに与えられるコロニーだが、それはヘリオポリスに決定していた。ヘリオポリスは既にザフトの襲撃で崩壊していたが、オーブはこのコロニーを再建可能と判断してオーブが陥落するまでに宇宙軍の工作部隊を送り、再建工事を行っていた。

本来ならばほぼ無償で譲渡されるはずであったのだが、それにはオーブ側が強く反発した。確かにオーブ側はオーブ陥落直前に口約束とはいえどほぼ無償でアメノミハシラを譲渡すると宣言していたが、譲り渡す以上はより多くの支援を引き出そうと考えていたのだ。

かといってあまりにも強欲さを出せば庇護者である日本の機嫌を損ねることにもなりかねない。それゆえ、妥協点がヘリオポリス再建の支援となったのだ。

ヘリオポリスはれっきとしたオーブ領だ。そこに留まって抵抗運動を続けるということには大きな意義がある。オーブ亡命政権は外国で口だけの抵抗活動をしているのではなく、祖国で抵抗活動を続けているというパフォーマンスにもなるのだ。

日本側としても、最低限の支援はしないとオーブを開放する際に面倒だと考え、ここは譲歩した。

 

 余談だが、千葉の署名は毛筆で書かれており、達筆であった。カガリの字は……察して欲しい。二人の署名を並べると、どこかの連立政権発足時の三党合意書を思い出すほどであったとだけ言っておこう。

カガリの右腕的な存在であるウナトは、カガリには書道の指導も必要になると知って頭を抱えることとなる。礼儀作法、各種教養、語学、交渉術など、カガリが修めなければならないものは多数あったのだから。そしてウナトはせめて普通の女性らしい習い事の一つもカガリにさせなかった愚かなウズミを恨んだ。

 

 

 

 カガリは交渉後の食事会を終えると、東京に戻るシャトルに搭乗した。シャトルの窓からはアメノミハシラから出港し、L4を目指すイズモ級戦艦一番艦のイズモが見える。オーブの宇宙戦力はアメノミハシラが完成するまでの間、L4の軍港コロニーの一部区画を借り受けることとなっていたからである。

 

「……契約は成立したらしいな」

カガリは不意に後ろから声をかけられる。

「ああ。だが、宇宙軍の兵士がほぼ全員我々亡命政権側についてくれたのは幸いだった。感謝するよ、ロンド・ミナ」

カガリに声をかけた長髪の女性はロンド・ミナ・サハク。このアメノミハシラを管理していたサハク家の生き残りである。自信に満ちたその態度はオーブの上級氏族の間でも密かに注目されていた。

 

「私の庭の兵たちは元から私の忠実な僕だ。説得の必要はない。コペルニクスに宿を借りていたやつらを懐柔するのは少し骨が折れたがな。だがカガリ、分かっているな?」

険しい視線を向けられたカガリは首を縦に振る。

「ああ……戦後、我が国はジャンク屋という組織は認めない。海賊として取り締まり、各国にこのジャンク屋を“壊滅”させるように働きかける。約束は果たそう」

カガリの宣誓を聞いたミナは満足そうに笑みを浮かべた。

「ならばいい……楽しみだな。あの賊どもがどのような結末を迎えるのか」

狂気とまではいかない。あれは理性あるもの、それゆえに理性無き狂気よりも恐ろしいものであるとカガリは感じた。

 

 

 ロンド・ミナ・サハクが半身を失ったのは一ヶ月ほど前のことだ。

大日本帝国が連合への参加を表明し、ザフトの敗色が色濃くなったことが世界中に明らかになったころ、サハク姉弟は戦後にオーブの国際社会における地位が大きく低下し、オーブは凋落することを予感していた。

彼ら姉弟の野望は優れた指導者=自分達による地球圏統一であったが、世界が混迷から抜け出しつつある中でこれを達成することは極めて厳しいことは当然理解していた。

彼らが最初に立てた計画では、プラントと連合の対立によって混沌とした世界で中立の立場を利用して力を蓄え、世界中の国が国力を大きく落す中で世界の列強の頂点に躍り出ることになっていた。

しかし、世界が安定を取り戻せばこの計画を成し遂げるのは困難だ。オーブが自力で世界の頂点に登り詰めることが不可能である以上、世界の頂点に君臨するためには世界中の国々が凋落することが不可欠だからだ。

そして予想を裏切り、混迷から抜け出しつつある世界を見た彼女達は計画の修正を試みた。今回の大戦でまた新たな戦いの火種が連合の中で生まれることは確実だ。冷戦となるか世界大戦となるかは分からないが、確実に深刻な対立が生まれる。

その争いの火種はもう一度世界大戦という大火になるだろう。その時に漁夫の利で疲弊した勝者を打ち倒して世界の頂点に君臨する。そのための準備をすることを彼女達は決めたのだ。

火種が大火となるのに何年かかるかは分からない。数年かもしれないし、もしかしたら半世紀かかるかもしれない。だが、いつ大火となったとしても即応できる準備は必要だろうと考えた彼女たちはまずプラントからの技術収奪を試みることとしたのである。

 

 双子の弟であるロンド・ギナ・サハクはまず、ザフトの新型MS、ゲイツの収奪を計画し、実行した。無論、オーブがこれに関与した証拠を残すわけにはいかないために。生存者は捕虜としたパイロット以外は殲滅したが、そこに目撃者がいたのだ。

ヘリオポリスが試作のMSを盗んだジャンク屋の男で、この際に試作機も奪還しようとギナは試みたが、これは失敗に終わった。撃破されたザフトの救難信号を受信して駆けつけたザフトの未知の新鋭機によって撃破されたのである。

それだけならばまだいい。ギナは敵対したザフトに返り討ちにあったということだ。ミナにとっての仇はザフトとプラントということになる。しかし、情報によればその場に居合わせたジャンク屋を拿捕することも無く見逃してその新鋭機は撤退したということだ。一方でヘリオポリスから盗んだMSを駆る男は今でものうのうと生き延びているらしい。

これが意味することは単純だ。ジャンク屋という組織はザフトとつながりを持っている。少なくとも、躊躇いなく見逃せるほどのつながりがあるということだ。ミナの諜報網を持ってしてもその決定的な証拠を掴むことはできなかったが、件のジャンク屋の一味は基本的にジャンク屋とは出島以外での接触を避けていたプラントから手形(パスポート)を発行されるほどには親密な関係であったという。ひょっとすると、現場の一個人レベルでの親交だったのかもしれないが、それでも状況証拠ではその可能性が一番高い。

 

 ミナが物的な証拠を抑えることができなかったのも無理はない。実際には件のジャンク屋――ロウ・ギュール一味とプラントには親交など存在しないのだから。ザフトのMSがギナを撃破した後に撤退したのは単純に運がよかっただけのことである。宇宙一の悪運と自称するだけあって、確かにロウの悪運は凄まじいものであった。

 

 

 

 ミナは掴めなかったが、今回の一件のあらましは実は単純な話だった。一人の快楽殺人鬼のきまぐれと情報屋のおせっかいが重なった結果に過ぎなかったのである。

あらましはこうだ。哨戒任務に就いていたザフトの巡洋艦からの緊急信号をキャッチしたザフト司令部は現場にザフト特殊防衛隊を投入した。その哨戒部隊は運用試験を兼ねてゲイツを先行配備された精鋭部隊であり、且つ詳細を電信する間もなく消息を絶ったこと。そのことから事態を重く見た司令部はちょうど実戦投入の準備をしていた機体を現場宙域に偵察のために向かわせたのであった。

その機体こそがZGMF-X11Aリジェネレイト。高出力レーザーの照射を受けることで爆発的な加速を実現し、類を見ない高速性能を実現した機体である。この機体よりも早く現場に駆けつけることができるMSは無く、偵察任務だけならば問題は無いために上層部も派遣を即決したのだという。

そして現場に駆けつけたリジェネレイトのパイロットが見たのはギナの駆るゴールドフレーム天がレッドフレームを嬲る光景だった。

ロウの第一の悪運がギナがロウを瞬殺することなく嬲り殺しを選んだことであるなら、第二の悪運は駆けつけたリジェネレイトのパイロットの興味がレッドフレームではなくゴールドフレーム天に向けられたこと、そしてリジェネレイトの性能はゴールドフレーム天を上回っていたことだといえる。

リジェネレイトのパイロットであるアッシュ・グレイは半壊しているレッドフレームよりも禍々しい空気を纏うゴールドフレーム天との戦いを所望し、狂気をむき出しにして襲い掛かったのだ。

 

 ギナの駆るゴールドフレーム天は驚異的な速度で接近する敵機に反応してすぐさまミラージュコロイドを展開、機体の姿を隠して迎撃体勢を取った。しかし、アッシュ・グレイは冷静に相手のステルス迷彩に対して手をうった。既にヘリオポリスで奪取されたブリッツによってミラージュコロイドの技術はザフトに流出しており、当然アッシュもミラージュコロイドについての知識を持っていたのである。

そしてアッシュは母艦から射出されていたミサイルコンテナを宙域にありったけ集めると、一斉にミサイルを射出させて自爆させた。そしてリジェネレイトは爆発の影響が無い宙域に向けて無差別にライフルを乱射した。

リジェネレイトはフェイズシフト装甲を搭載しているために至近距離で爆発を受けてもほぼ無傷に近いが、フェイズシフト装甲を搭載していなかったアストレイ2機は回避するしかない。しかし、天はミラージュコロイドによる迷彩を装甲に施しているので、熱紋を発しないAMBAC制御か、ミラージュコロイドで隠蔽できるレベルの熱しか発しないスラスターの微噴射による機動しかとれない。僅かな移動で爆発の影響から抜け出すとなれば当然パイロットが取る機動は限られてくる。そしてアッシュはそれを見抜く力を持った一流のパイロットであった。

天は乱射されたビームを右腕のトリケロスで防御するが、それで場所がアッシュに完全に割れた。アッシュはリジェネレイトの四肢にビームサーベルを展開し、そこに急加速で突っ込む。

 

 だが、それはギナが待っていた瞬間でもあった。ゴールドフレームの切り札はミラージュコロイドでは無く、標的とした機体の予備電力を一撃で放電させて稼動停止に追い込む一撃必殺の死の大顎(マガノイクタチ)だ。リジェネレイトがその切り札の間合いに入ってきたとき、ギナは切り札を絶妙なタイミングで展開し、その大顎でリジェネレイトを挟み込んだ。

この瞬間、勝利をギナは確信した。しかし、リジェネレイトは彼の目の前で予想外の行動を取った。なんと目の前の機体は前部と後部で分離したのである。そしてマガノイクタチで挟み込んでいた前部は切り離しと同時に自爆してゴールドフレーム天に大きな損害を与え、分離された後部は後方から射出されてきた予備パーツと合体して復活したのである。

至近距離での爆発の衝撃でゴールドフレーム天は大破し、コックピットにいたギナもその衝撃で爆ぜたコンソールから放たれた破片で重傷を負った。コンソールが爆ぜた衝撃とその痛みに一瞬身体が固まったのが運のつきであった。パーツの自爆で吹き飛んだゴールドフレーム天にリジェネレイトが間髪いれずに斬りかかったのである。爆発の衝撃で一瞬反応が遅れたゴールドフレーム天の機体をビームサーベルがコックピットごと一刀両断した。

ギナの身体は瞬時に蒸発し、骨も残らなかった。

 

 しかし、まだアッシュの狂気は止まらない。むしろ強敵を屠ってご機嫌となったアッシュはメインディッシュを堪能した後にデザートを欲した。

そのデザートは中破したレッドフレームと彼らの母艦、リ・ホームであった。ゴールドフレーム天を破った敵を相手に当然ロウたちはなす術などない。必死に抵抗するも、次々と武装は沈黙し、装甲は破られ、機体も船体もダメージが蓄積していく。

ロウたちが死を覚悟したその時だった。殺戮に興じるリジェネレイトのコックピットに司令部から緊急通信が入ったことを知らせるアラームがけたたましく鳴り響いた。アッシュは興を削がれたと言わんばかりの不快そうな表情で司令部からの通信に応える。

だが、『司令部が現在敵襲を受けている。即座に帰還してこれに対処せよ』と命じられた以上は命令に従わなければならない。アッシュは本心ではザフトが壊滅しようが核でプラントが焼かれようが別に気にはしていない。

ただ、ザフトが自身の望む殺戮の道具(MS)場所(戦場)相手()を与えてくれる最高の環境であることは事実なので、命令を聞くぐらいの義理は果たすべきだとも考えていた。そのためアッシュはこれ以上ロウたちを痛めつけることなく、素直に戦場から撤退したのである。

 

 アッシュは知らないことだが、実はこの帰還命令はザフト司令部が出したものではない。ロウ達の一味に興味を抱いている情報屋、ケナフ・ルキーニがロウ達を庇うためにリジェネレイトに出した虚偽の帰還命令だったのである。ルキーニは自分の知らない機体に恐怖を抱くと共に、興味を抱いているロウたちがここで果てるのは惜しいと考えてロウ達を救ったのだ。

これが、ギナの死の真相の一部始終である。

ルキーニはその後独自の調査でリジェネレイトが駐屯しているジェネシスのことまで突き止めるが、彼にとって邪魔となるジェネシスを破壊する手配は簡単には取れないと判断し、プラントへの外征を考えているという連合――大西洋連邦、ユーラシア連邦、大日本帝国の諜報機関に秘密裏にリークした。

ちょうど各国はモントリオール会談後で、日本の提供したジェネシスの情報の裏づけをしていたころであり、彼のリークは各国のジェネシスの情報の裏づけ作業を早めることに寄与していた。

 

 

 

 

 ミナは弟を討ったザフトのパイロットに対する恨みはそれほど湧いてこなかった。弟は敵の新鋭機とそれを刈るパイロットと万全の状態での一騎打ちの末に敗北したのだ。能力あるものが上に立つべきと信じていた弟もその決着には納得し、敵に敬意を表したであろう。

だが、ジャンク屋は違う。弟はオーブの資産を奪い、ザフトに媚びるジャンク屋を追い詰めたが、ジャンク屋は強いものを呼び寄せて生き延びたのだ。能力ある気高き男が盗人の呼んだ強者に殺されたのだ。だが、その怒りは到底試作機を奪った一味を殺すだけでは収まるものではない。ジャンク屋という組織そのものを一人残らず皆殺しにする。そうでなければ怒りが収まらない。

 

 ミナはジャンク屋という組織の徹底的な排除を望んだ。しかし、自身の力でそれを成し遂げることは不可能に近い。正確に言えば、自身が生きているうちにジャンク屋が哀れにも潰されていく光景を見ることは不可能に近いということだが。

そこでミナはカガリに取引を持ちかけた。我が城――アメノミハシラは抵抗せずにくれてやるからこちらの復讐に手を貸せという交換条件を突きつけたのである。カガリは迷った末にいずれジャンク屋は潰す必要はあると考え、彼女の交換条件を了承した。

結果、アメノミハシラは無血開城されてカガリの手に渡り、今日大日本帝国の手に渡ったのである。

 

 

 

 

 

 同刻 大日本帝国 佐世保中央病院

 

 

 黒髪で紅目の少年が病室をノックし、許可を受けて中に入る。病室の白いベッドに横たわっていたのは栗色の髪の少女だ。彼女は入室してきた少年に弱弱しく微笑んだ

「おはよう、おにいちゃん」

少女――マユ・アスカの兄、シン・アスカは妹の微笑みを見て一目で無理をしていることを察した。オーブにいたころの明るい笑みではなく、周囲に心配をかけまいと気丈に振舞う笑みだったからだ。だが、それを隠しきれていないほどに妹は精神的に追い詰められていたのであろう。

妹と少し他愛も無い話に興じる。日本で放映されているバラエティーや、日本で最速発売される漫画や小説という身近な話だ。その話のネタも尽きてきて部屋の空気が重苦しいものとなる一歩手前で病室のドアをノックする音が聞こえた。妹が入室を促すと、病室に女性が入室した。

 

「お母さん!!」

マユが嬉しそうな声をあげる。そしてその声にこたえるように母はマユに近づき、その身体を抱きしめた。

「おはよう、マユ。元気にしてた?」

「うん!!」

母は日本に来てからは職探しに忙しく、中々マユの見舞いにも来ることができなかった。幸いにも元スポーツトレーナーの経歴があったために先日長崎でインストラクターとして採用されたのであった。

「そうそう、マユ。あなたの退院の日も決まったから、今日はあなたの服も持ってきたのよ。試着してみる?」

母は先ほどまで佐世保市の商店街でマユのための衣服を買っていた。日本政府から支給された一時金はあったが、それも多くはなく無駄使いはできないためにセール品や古着を中心に買うしかなかったのだが。

 

 母が買ってきた服をベッドに並べようとしたとき、マユはその中に靴下が無いことに気がついてしまった。そして彼女はその瞳に涙を浮かべながら自身の足元へと視線を移す。

彼女の肌は白磁にように綺麗でなめらかだった。それはオーブにいたころと変わっていない。しかし、オーブにいたころは健在だった、膝から下にはついているべき足が無かった。

 

瞳から涙を流す妹の姿を見たシンは不意にあの日のことを思い出していた。

 

 

 

C.E.71 9月30日 アークエンジェル

 

「アスカさんですね?」

父と妹が大怪我を負ったために与えられた大部屋で意気消沈していたアスカ母子を凜とした女性が訪ねた。軍服からして女性はこの艦の乗員だとシンはあたりをつけた。母がそうですと答えると、女性は敬礼をした。

「大日本帝国宇宙軍のMSパイロット、篁唯依中尉です。船医から報告があるとのことで、医務室にご案内します」

今、この船の船医が自分達を呼ぶ心当たりなど一つしかない。九分九厘用件は大怪我をした妹と父の容態に関することだろう。親子は篁中尉に先導されて医務室に向かった。

 

「篁中尉です。アスカさんをお呼びしました」

医務室の自動ドアが開くと、篁中尉は中にいた壮年の男性に声をかけて敬礼した。シンもあの男を覚えている。父と妹の手術を担当した船医だ。アークエンジェルの軍医長――大崎閨秀軍医少佐はアスカ親子を先導してきた篁中尉に気がつくと、席を立って答礼した。

「篁中尉、ご苦労でした。本官はアスカさんと話がありますので、ドアの外で待っていてください。アスカさんはそちらの椅子におかけください」

「はっ!!失礼します!!」

篁中尉は敬礼をやめると、軽く一礼して医務室を去った。そしてアスカ母子は大崎に促されて椅子に腰掛けたが、同時に大崎の顔が沈痛な面持ちに変化した。

 

「アスカさん。手術の結果をご報告させていただきます」

その表情から彼の言う手術の結果は容易に想像できたはずだった。だが、それでもシンは船医の口からそのことが直接告げられるまで淡い期待を捨て去ることができないでいた。

「ご主人ですが、全力を尽くしましたが、力が及びませんでした。主要な動脈が傷ついていたために出血が酷く、手の施しようがありませんでした」

その言葉を聞いたシンの母――ケイコは膝から崩れ落ちた。そして慟哭した。その隣にいたシンもただ呆然とするしかなかった。

 

 時間の感覚は分からない。たった数秒だったようにも、数分だったようにも感じる。ただ、シンが母を慰めることを考えられるほど冷静になるにはそれほどの時間を費やした。その間目の前の船医は何も言わず、彼らが冷静になるまで待ち続けていた。

更に数分かけて母を慰め、大崎に謝罪する。

「申し訳ございません。取り乱してしまいました」

「いえ、気にしないでください。ご家族を失った以上は当然のことですから」

そこでシンが口を開いた。

「それで、マユは……妹は無事なんですか!?」

先ほど大崎は父の死については告げたが、妹についてはまだ触れていない。それならまだ妹が無事という可能性も残っている。そう考えたシンは一縷の希望に縋る気持ちで大崎に尋ねた。

「妹さんは無事です。一命は取り留めました」

ケイコとシンの顔に一瞬喜色が浮かぶ。だが、話はこれで終わりではなかった。

「……しかし、妹さんは瓦礫に脚を挟まれ、損傷が酷かったために両脚の膝から下を失われました」

その言葉を聞いて目の前が真っ白になった気がした。父が死んで妹が脚を失ったという事実は14歳の少年が受け止めるには大きすぎるものだったのだろう。

 

「あの子は……マユはもう、一生歩けないんでしょうか?日本の医療技術でも、あの子を救えないのでしょうか?」

今度はシンよりケイコの方が冷静に受け止め、脚を失った娘の身を案じて大崎に問いかけた。

「いえ、我が帝国の再生医療技術をもってすれば失った脚を再び取り戻すことも不可能ではありません。ただ……」

「ただ……?」

不安げに見つめるケイコの前で大崎は渋い顔を浮かべた。

「四肢の再生医療は数年前から認可が下りましたが、国内でも有数の設備の病院でなければ行えません。失った人体の再生にも年単位の時間を必要としますし、何よりもその手術費用は膨大なものとなります」

「マユの場合、どれぐらいかかるのでしょう?」

大崎は空で算盤を弾くような動きを見せ、軽く手術費を計算する。

「……脚一本の再生で日本円でざっと700万といったところでしょう。2本で1400万、それぐらいが最低でも必要となります。手術費用を合わせれば、1500万は下らないでしょう。また、再生医療は手術後も長いリハビリが必要となります。それも欠損から時間がたってから手術すればするほどリハビリには時間がかかりますから、手術は早急に実施する必要があります」

 

 日本円で1500万円など、オーブの一般市民から難民となった身に払える額ではない。しかも難民である自分には金を借りる当てだってないのだ。ケイコは絶望から顔を青くする。これからの暮らしだって目処が立っていないのに、どうすればいいというのか。狼狽するケイコだが、彼女を落ち着かせようと大崎は話を続けた。

「再生医療をすれば、娘さんは以前と全く同じ状態に限りなく近づくことができます。しかし、他にも生体義肢という選択肢もあります」

 

 

 生体義肢とは、人工的に作った限りなく人体のそれと同じ重さに近づけた義肢で、人工筋肉によって本物の身体と同じような動きは可能な特徴がある。その秘密の一つには神経に生体部品をつかっていることがあげられる。患者から採取した細胞から培養した神経を生体部品として組み込むことで、本来の腕や脚と同じようなタイミングで、同じ速さで反応することが可能なのだ。

欠点として、生体部品である神経部は定期的な交換が必要で、義肢そのものも定期的にメンテナンスが必要なために維持費がかかる事がある。また、生体義肢の装着のためには欠損部の付け根に手術を施す必要がある。その手術の苦痛は想像を絶するものだとも言われるのだ。

 

 

「生体義肢であれば、ひとまず500万ほどで手術が可能です。年間の維持費が40万円ほどかかりますが、再生治療よりは安くつくでしょう。……ですが、深く考えるのは今でなくともよろしいかと。息子さんも、奥さんもまだショックが大きいでしょうから、ひとまず食堂であったかいココアでも飲んで落ち着いたらじっくりと腰をすえて考えてください」

「そうですね……今はまだ、決められません。まだ、マユの意思も聞いていませんし、自分達のこれからの暮らしのこともまだ分からないのです。それらが落ち着いたら、一度マユと、シンと一緒に話してみたいと思います」

そう言うと、ケイコはゆっくりと立ち上がり、弱弱しく大崎に向けて頭を下げた。

「船医さん。夫と、娘をありがとうございました」

それに続いてシンが涙声を出しながら頭を下げる。

「……本当に、ありがとうございました」

 

 悲しみを押し殺した感謝の言葉を大崎は真摯に受け止めた。

「救えなかった命もあります。それが残念でなりませんでした」

「それでも、娘の命の恩人です。本当に、ありがとうございました」

 

 アスカ母子はもう一度頭を深々と頭を下げ、医務室を後にし、篁中尉の先導で収容者の大部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 ケイコはベッドの上で泣きそうな表情を浮かべる娘の姿とその視線の動きで娘が何を考えたのかを素早く察知した。

「マユ、残念だけど貴女の脚は……」

マユは何も言わず涙を流す。その様子を見てられなくなったシンは思わず目を背けてしまう。だが、ケイコはマユの涙から目を逸らそうとはしない。そしてそのことに気がついたマユが涙でぐしゃぐしゃになった顔をケイコに向ける。しゃくりあげながらでも、その目は母から逸らさなかった。

 

 涙で潤んだ娘の瞳を真っ直ぐ見据え、ケイコは意を決して口を開いた。

「マユ。今日はあなたの脚を取り戻す提案しにきたのよ」




アストレイ勢が久々に出演しましたね。自分はロウたちをあまり好きになれませんが。

生体義肢とは簡単に言えば神経だけは生体部品を使っている『鋼の錬金術師』のオートメイルです。ただし、限りなく人体を似せて造っていますので、表面は特殊樹脂で多い、フレームは軽くて丈夫なカーボン、各部の動作には人工筋肉を使用しています。


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PHASE-65.5 愛国者か戦犯か

C.E.71 10月22日 プラント ディセンベル ザラ邸

 

 この日はディセンベルの天候が快晴に設定されていた日であった。その日の昼、日照量が最大となったころにパトリック・ザラの私邸の前に黒いバン型のエレカが停車した。だが、パトリック・ザラの私邸の前では私邸に押し入ろうとするプラント国民とザラ邸を警護する連合の警備部隊の間でにらみ合いとなっていた。

 

 彼ら、ザラ邸前に集まった民衆はこの国を敗北させた指導者であるパトリック・ザラを憎んでいるのだろう。民衆は

 

「ザラの無能!!」

「戦犯の首を吊るせ!!」

「大量殺人者!!」

 

等といった野次を盛んにとばしており、私邸の周りにはごみが投げつけられた形跡も見られる。民衆が暴徒と化してザラ邸に押し入る事態も考えられたために、数日前から警備部隊も増員されていたらしい。

 

 停車した黒いエレカから降り立ったのは憲兵の腕章をした女性であった。女性の腕章と階級章を見た警備兵達は踵をそろえて敬礼する。

「ザラ邸警備部隊責任者の灘逸平少尉であります!」

女性も灘少尉の敬礼に答礼した。

「宇宙軍安土憲兵隊の永井博美大尉です。パトリック・ザラの護送を命じられ、身柄を預かりに来ました」

「はっ!!ご案内します」

灘少尉に付き添われ、永井は屋敷の門をくぐった。

 

 

 

 永井は灘少尉の案内で屋敷に入り、居間に向かう。自動ドアを抜けて開放的な居間に入ると、そこではパトリック・ザラがゆったりとしたソファーに座りながら読書をしていた。彼の手にしている本のタイトルには見覚えがある。

『君主論』、マキャヴェリの有名な著作の一つだ。ふと視線を彼の隣の小さな机に積まれている本に向けてみると、そこには『戦術論』や『リウィルス論』といった本が積み上げられていた。

その隣にいる男性は彼の息子だろうか。頭皮の後退具合からしてそんな気がする。

「始めましてだな、お嬢さん。何の用件で来たのかは見当がつくが、一先ずお茶でも飲んでいかないか?」

パトリックも居間に入ってきた見知らぬ女性に気づき持っていた本にしおりを挟んで閉じると、朗らかな表情で迎えた。

 

 

 プラント最高評議会議長兼国防委員長であったパトリック・ザラは第二次ヤキンドゥーエ会戦の終盤、クーデターを起こした旧クライン派にその身柄を抑えられていた。ラクス・クラインの降伏宣言後に連合がプラントを占領すると、彼は私邸で軟禁生活を強いられることになった。

東アジアの突然の戦闘行為や連合が掴んでいなかった第二の戦略兵器の存在、更にオーブでの紛争勃発などで連合加盟国はてんてこ舞いだった。プラントの処理を決めるまでにも時間を要したために、彼の身柄の整理まで少し時間が空いたので仮に軟禁することになっていたのである。

 

 

「ザラ議長。任務の最中ですので、申し訳ございませんが、お茶をご一緒することは」

「硬いことを言わないでくれ。私にとってはこの生涯で最後の客となるのだから、精一杯もてなすぐらいはさせて欲しいのだよ。ああ、そうだ。もしも断ると、私はごねて屋敷から出るまでに時間をかけさせてしまうかもしれないから気をつけてくれたまえ。連合との外交で鍛えたゴネっぷりは並大抵ではないからな」

どうあっても譲る気はないことを悟った永井は溜息をついた。

「わかりました。しかし、私も暇ではありません。一杯だけです」

だが、渋々といった雰囲気を駄々漏れにしている永井の態度をパトリックは気にも留めなかった。

「ありがとう……アスラン、とっておきの茶葉を持ってきてくれ。最後のお客さんなのだから、精一杯もてなしたい」

「わかりました、父上」

そう言うとアスランと呼ばれた少年が席を立った。

 

 しばらくすると、アスランが居間に戻ってきた。彼が抱えているお盆からは湯気が立ち昇っている。

「お待たせしました」

アスランは永井とパトリックの前にカップを静かに置くと、自分の分のカップを持って先ほどまで座っていたソファに戻って腰掛けた。

「ハーブティ……ですか?ザラ議長のご趣味で?」

永井は目の前のカップから漂うさわやかな香りに興味を惹かれた。同時に、目の前の男の印象とはギャップがあると感じていた。案の定パトリックは苦笑しながらそれを否定した。

「私の趣味ではない。生前、妻がハーブティを嗜んでいた。妻が亡くなってから自宅に残った茶葉を使ってみようとは思ったんだが、経験が乏しい私では上手く淹れることができない。だが、息子は妻から淹れ方を教わっていてな。自宅に帰ってからは毎日飲ませてもらってる」

そう言うと、彼はカップに口をつけた。永井もそれに習って口をつける。香りもいいが、味もいい。とてもやわらかな味わいだ。

 

「とても美味しいお茶ですね」

「今日で飲み収めかもしれんから、今日は妻が私に黙って購入していたらしい、イタリア産の最高級のハーブを使わせてもらった。喜んでもらえてなによりだ」

パトリックも表情を緩める。

しかし、永井は戦時中はプラントの巨人とまで呼ばれた男と目の前でハーブティーを嗜む男のギャップに不可思議な気持ちを感じずにはいられなかった。そこで彼女は意を決して彼に声をかけた。

「ひとつだけ、よろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「不躾な質問だとは思いますが……ザラ議長はどうして法廷に立つことを恐れていないのですか?」

自分を留置所に移送するために来た使いの前でこれほどの余裕を見せるパトリック。永井にはパトリックが留置所に移送されることを、ひいては法廷に立つことを恐れているようには見えなかったのである。

 

「私とシーゲルが開戦を主導したのだから、責任を取るのは当然のことだろう。負けたときの責任を恐れていたのならば最初から戦争などやらんよ」

パトリックはそう皮肉げに笑いながら答える。しかし、永井はどうも納得しきれない部分があった。

「……歴史を紐解けば、国際法の概念が生まれた近代以降の戦争において、敗戦国の元首の中には戦勝国による復讐裁判なんぞ死んでも御免という考え方を持つ人も少なくありませんでした。第一次世界大戦における帝政ドイツのヴィルヘルム二世、第二次世界大戦におけるドイツ第三帝国のアドルフ・ヒトラー、第三次世界大戦におけるインドのゴードゼー、そして先の戦争に敗れたオーブのウズミ・ナラ・アスハはそうでした。議長はそのようなことをお考えにならなかったのですか?」

彼女の問いかけをパトリックは鼻で笑った。

「ふん、馬鹿馬鹿しい。言っただろう。負けたときに責任を取るのは当然だとな」

パトリックは再びハーブティを口にすると、口調を僅かに険しいものに変えた。

「戦争とは勝利でも敗北でも国家に負担を強いるものだが、特に敗者というのは惨めなものだ。そして最も苦しむのは他ならぬ国民だ。敗北という形で国民に苦難を強いた責任を取るのは為政者として当然のことであり、そもそも責任を放棄することがおかしいのだよ。例え戦勝者による裁判の名を騙る復讐行為であっても、戦争指導者はそれを受け入れて処罰されねばならんのだ。それ以外の責任の取り方は戦勝国が許さんからな」

 

 なんということだろうか。自身が魔女裁判さながらの法廷に立たされることを理解していながらもなお、目の前の男はそれを平然と受け入れている。初めて見たときはこの落ち着いた中年の男性が本当にあのプラントの巨人とまで謳われた独裁者なのか疑問に思わずにはいられなかったが、今は全く違う。

彼はまさしく為政者というに相応しかった。巨人とまで謳われたのも理解できる。彼は常に為政者として民のために全てを受け入れるのだ。彼はぶれないし、動じない。国の全てを背負い、民を先導していくこの大きすぎる存在感と指導力こそ、彼が巨人と謳われた理由だったのだろう。

 

「不躾な質問をして申し訳ありませんでした」

永井は頭を下げる。しかしそれは形式だけの謝罪ではなく、一人の偉大な為政者に対する無礼を本気で詫びる謝罪だった。

「気にすることは無い。確かに私を独裁者と揶揄して報道する者も少なからずいるからな。私を過去の独裁者と重ねて考えてしまうのも不思議なことではない」

そこでパトリックは机の上においてあったクッキーを口にする。永井も冷めぬうちにとハーブティーを再び口にした。

 

 そういえば、とパトリックは続ける。

「先ほど、オーブのウズミ・ナラ・アスハのことを口にしていたが、彼奴はいったいどうなったのだ?私は軟禁状態にあり、外部から情報を仕入れる手段も全て取り上げられていたために近頃の話に疎いのだ。もしも君が先ほどの質問をしたことに負い目を感じているのなら、私の問いに答えてはくれないだろうか?」

そのように言われるとこちらとしても断りづらい。また、自分がオーブのアスハについて知っていることは全て新聞で知ったことであり、軍機に関わることはないだろう。

「……私の知っていることは世間で報道されている内容だけですが、それでもよろしければ」

「勿論だ」

 

 オーブの元代表、ウズミ・ナラ・アスハの最後はオーブを占領した東アジア共和国による公式発表によると、自決だったらしい。ホムラら他の官僚は占領軍に捕らえられ、数日前に人民裁判と題された吊るし上げを経て銃殺刑に処されたという。その裁判の様子とオーブ内閣府の前で行われた公開処刑の様子は全世界に発信された。銃殺の場には既に自決していたウズミの遺体も運ばれ、他の戦犯の遺体と共に曝されていたという。

東アジアからすればオーブの実質的指導者であったウズミは第一に公開処刑すべき人間だ。処刑を民衆の前で行わない理由がないことからもウズミは身柄を拘束される前に自決したと推測するのが自然だろう。

東アジア共和国は彼の遺書を発表しており、民間の調査機関による筆跡調査の結果からもそれがウズミ・ナラ・アスハ本人のものであると認知された。何より亡国の瀬戸際に書いたとは思えないほど理念に固執したその内容であったためにウズミの書であることを疑うものは少なかったのだが。

 

 

 

 彼女は知らないことだが、ウズミの死の一部始終については既に日本政府も把握していた。情報提供者は元オーブ国防陸軍レドニル・キサカ一等陸佐だ。彼は敗戦後にオーブ本土から日本の工作員の手引きで脱出し、オーブの亡命政府に合流したのである。

彼の証言によると、娘のライダーキックで昏倒したウズミが目を覚ましたころにはカガリら亡命政権を率いるメンバーは既に脱出していたという。娘の脱出と日本の救援部隊が難民を保護して離脱したことを聞いたウズミは憤怒する。

既に戦線は崩壊しており、内閣府の目と鼻の先でも戦闘中であった。復活したウズミは大会議室に怒鳴りこみ、降伏を宣言しようとしていたホムラに高圧的に詰め寄った。そして降伏の前に軍に命令してモルゲンレーテとマスドライバーを爆破するように命じた。

だが、ホムラはそれを拒否。ウズミはホムラの胸倉を掴んで怒鳴りつけるが、尚もホムラは屈しない。ホムラは現代表は自分であり、貴方ではないと言ってウズミの命令を拒否したのだ。

ウズミは憤死するのではないかという凄まじい剣幕を見せるが、ホムラはウズミを連れ出すようにキサカに命令し、ウズミを追い出した。追い出されたウズミは青筋を浮かべながら内閣府内の執務室にむかった。現場に直接命令するのではないかと邪推したキサカがついていくが、ウズミは彼が執務室に入ることを許そうとはしなかった。そのためキサカは執務室のドアに耳をあて、ウズミが妙な動きをしないようにはりつくことにしていたらしい。

それから数分後、内閣府から降伏宣言が発せられた。それは内閣府の館内放送でも聞こえていた。だが、その降伏宣言がなされた直後にウズミの部屋から銃声が響いたのである。扉に鍵がかかっていることに気がついたキサカは体当たりして強引に突破する。鍵を壊して執務室に押し入った彼が見たのは心臓を正確に拳銃で撃ちぬいたウズミの姿だった。

キサカが駆け寄ったときにはまだ息はあったが、弾丸はウズミの心臓を正確に撃ち抜いていたために手の施しようがなかった。ウズミは震える手で机の上に置かれた封筒を指差し、すぐに息絶えたという。

彼の机の前には遺書と書かれた封筒が置かれており、その中身を検めたキサカは念のためにと執務室にあったコピー機でコピーを取っていた。その後日本にもたらされたそのコピーは東アジアが発表した遺書と相違なかったらしい。

 

 

 

 一部始終を教えられたパトリックは開いた口が塞がらないという表情を浮かべる。

「……ウズミ・ナラ・アスハは本当に一国の指導者なのか?小学校の生徒会の会長の方がまだ指導者らしいぞ」

「……否定できませんね」

「自国民に苦難の道を歩くことを強いたものがその責任を放棄して楽な道に逃げてどうする。国民の苦しみの一部でもその身で感じるべきだろう」

「彼が死んだ分、他の政治家の生き残りは彼の分の罪まで被せられたそうです。彼が生きていれば彼らの罪を被ることで犠牲者を減らせたかもしれません」

「そうかもしれないな……」

パトリックはカップにもう一度手を伸ばす。だが、そこにはもうハーブティーは残っていなかった。永井のカップに目をやると、既に彼女のカップも空になっている。パトリックは気づいた。彼女はカップが空になっているにも関わらず、彼の話に付き合って最後のティータイムを僅かばかり延ばしてくれていたのだ。

 

「……ありがとう。最後のティータイムは中々に楽しかった。外の人たちも待たせてしまったから、もう出るとしようか」

そう言うとパトリックはゆっくりとソファから立ち上がった。永井もそれに続いて席を立つ。永井はパトリックに付き添い、居間を後にして玄関に向かった。

 

「お義父さん!!」

澄んだ女性の声がしてパトリックの永井は玄関で振り返った。彼の息子の隣に立っていたのはまるで雪女を彷彿とさせるような儚げな銀髪の少女だった。少女はパトリックにコートを手渡す。

「寒いかも……しれないと思ったんです」

パトリックは手渡されたコートを羽織ると、表情を綻ばせる。

「ありがとう、アナスタシア。……息子を頼んだ。妻として支えてやって欲しい」

アナスタシアと呼ばれた少女は瞳に涙を浮かべながら頷いた。そして泣きはじめた彼女を隣にいた彼の息子が抱き寄せて胸に抱く。

「……父上」

パトリックの息子は父親にかけることばが見つからないようだ。その目じりには光るものが見える。

 

「アスラン」

「はい!」

パトリックは正面から息子を見つめ、その手で息子の頭を撫でた。

「立派になったな、レノアに見せてやれなかったのが残念だ。……これからは幸せな家庭をつくれ……碌に家庭を顧みなかった私の言えることではないが」

「いえ……父上は自分の仕事を一生懸命なさっただけです。父上の息子で……母上の息子で…………俺は……俺は、幸せでした」

アスランの頬を涙が流れ落ちるが、アスランはそれを拭うことはしない。唇を噛みしめて悲しみを堪えながら彼は正面から父と向き合う。

 

「……私はお前のような息子をもてたことを、何よりも誇りに思うぞ、アスラン」

そう言い残すとパトリックは息子に背を向けた。そして彼は玄関をくぐり、道中で市民の罵声を浴びながらアプリリウスの臨時拘置所に移送された。

 

 これがアスランが見た偉大な父の最期の姿だった。

 

 

 

 

 この一週間後、パトリック・ザラは旧アプリリウス市議会で行われたL5国際軍事裁判――通称アプリリウス裁判で戦犯として起訴されることとなった。スエズでユーラシア連邦の機甲化部隊をコテンパンにしたアンドリュー・バルトフェルドや、反連合運動に深く関わっていたジェレミー・マクスウェルなど、その他にも数人も起訴された。

クーデターにも加担していたアイリーン・カナーバもクライン政権時に外交担当として開戦に大きく関与していたために起訴されることとなった。

その中で唯一、平和に対する罪や通例の戦争犯罪、人道に対する罪の全てで起訴されたパトリックだが、彼は一貫して裁判所では自己弁護はせずに国家の弁護を続けたという。連合から派遣された判事と検事を前にしても彼は一歩も引かずに自身の主張を続け、時には検察側を論破することもあった。

 

 

 他の被告は半年以内にほぼ刑が確定したのに対し、パトリックの審理には他の戦犯に比べて長い時間が取られたために裁判の判決が下されるたのはこれからおよそ一年後のことになる。




どうも、陸将です。
これでもう82話目ですか。我ながらよくここまで書き上げたものです。

さて、拙作ですが、とうとう終わりが目の前に見えてきました。自分の予定では拙作は後2話、長くでも4話で最終回を迎えることになっています。

続編のことも真剣に考え出していますが、やりたいことがいくつかあって、あっちを立てればこっちが立たずといった状況で色々と迷っています。
できれば最終話あげるまでに骨子を固められればいいのですが。


また、今日から感想受付設定を変更し、ログインユーザー以外からも感想を受け入れることにしました。次回作にむけて参考になるものがより多く得られるかもしれないと思いましたので。


追伸:レノアさん死亡とアスラン結婚事情についてはそのうち補完をする予定です

修正でアプリリウスをディセンベルに変えました。
パトリックのホームはディセンベルですし


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FINAL-PHASE 終戦

あはは……リアルでいろいろあって現実逃避してたら書き終わってました~


C.E.71 10月25日 大日本帝国 内閣府

 

 

 

「これで、本当に終わったのですな」

いつもの会議室で奈原が肩の荷が下りたかのような安堵の表情を浮かべている。

「ええ、プラントとの戦争が終わり、暫定的ではありますが戦後の統治体制も決まった。これで一区切りついたと言ってもいいでしょうね」

先日まで各国とプラント利権や戦後統治について議論していた千葉も満足げだ。各国との交渉はかなり骨が折れたらしいが、満足げな様子から察するに、骨を折った甲斐はあったらしい。

 

 

 

 プラントは現在連合の加盟国が分割して占領している状態にある。各国の統治下にある市は以下の通りである。

 

 大西洋連邦が首都アプリリウス市、マティウス市、クィンティリス市、オクトーベル市、ヤヌアリウス市を統治。

ユーラシア連邦がマイウス市、セクスティルス市、ノウェンベル市、セプテンベル市を統治。

東アジア共和国がフェブラリウス市とユニウス市を統治。

日本がディゼンベル市を統治。

 

 もちろんこの割り当てには各国の思惑が複雑に絡み合っている。

大西洋連邦は開戦からユーラシア連邦と共に連合軍の主力を形成していたこともあり、この大戦では各国の内で最多の死傷者を出しており、経済的損失も最も大きかった。エネルギー危機もあったために大西洋連邦の世論の世論はザフトに対して徹底的な懲罰を望んでいた。大西洋連邦がこの連合国の中で最大の利益を得られなければ甚大な被害を被った国民が納得しないことが容易に予想される状況だったのだ。

そのため、大西洋連邦はプラントの首都、アプリリウスの占領に凝った。ラクス・クラインの降伏宣言の直後、他のものには脇目も振らずにアプリリウスを最優先で占拠しようとした。しかし、大西洋連邦と同じく多くの死傷者を出して経済的な大打撃を受け、一時は国土の一部を占領されたユーラシア連邦も首都の占拠を目論んでいたために両軍はアプリリウス内で鉢合わせることとなってしまった。

とりあえずその場は友軍同士で衝突するのは不味いということで、アプリリウス市のコロニーを折半して占領することなった。このこともあってか、先日まで行われていた戦後処理会議ではユーラシア連邦と大西洋連邦がアプリリウスの統治を巡って激しく口論するという一幕があった。

あまり連合国内の大国同士が敵対的になることは望ましくないので、日本側も仲介にはいり、ひとまずアプリリウスは大西洋連邦の統治下になることが決定された。ただし、この場でアプリリウスの占拠を勝ち取った分だけ大西洋連邦は後に各国に他のコロニーの統治に関しては譲歩せざるを得なくなった。

 

 政治的に見て最も価値のあるコロニーはアプリリウスだが、軍事的に見て最も価値があるコロニーはマイウス市である。マイウス市にはプラントのMS設計局が集中しており、ここを占拠すればプラントの軍事技術――特にMS関連技術――を得ることができるのだ。

大西洋連邦もマイウス市の占領を狙ってはいたが、アプリリウスを譲られた以上はユーラシア連邦が統治することに異議申し立てはできなかった。このほかにもユーラシア連邦はNJ(ニュートロン・ジャマー)NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)などといった技術を世に送り出したセクスティルス市の統治権を勝ち取っている。

流石に各国もユーラシアがマイウス市に続いて核関連の技術が眠るセクスティルス市の統治権は握ることには抵抗があったが、残りのコロニーの統治権交渉で有利に立つために仕方なくこれを黙認した。因みにここで大いにごねた結果、大西洋連邦は次に兵器メーカーであるマティウス社があるマティウス市を獲得することに成功する。

 

 さて、ここまでアプリリウス、マイウス、セクスティルス、マティウスといった美味しいところは大西洋連邦とユーラシア連邦に持っていかれてしまった。プラントをすきやきに例えると、肉を徹底的に持っていかれた鍋に残っているのは豆腐やしらたきといったザク(MS-06ではない。具のことである)といったところか。因みにあの魯山人ははじめに肉、そのあとはザクと肉を交互に食すことを推奨していたとか。

だが、日本は特に気にした様子も見せない。実は日本は最初から狙いを一点に絞っており、マイウスやアプリリウスには見向きもせずに始めからディセンベルの獲得を主張して了承されていたのである。

ディゼンベル市はザフト関連の施設が集中しているコロニーで、ザフトの各種資料が揃っているため、その価値は軍需コロニーに匹敵する。実験中の最先端技術資料といったものまで置いているわけではないために科学技術的な価値はマイウス市には劣るが、ここを占拠できればザフトの技術力についてはほぼ完全に把握することはできる。

つまり、ディセンベルを得た国は他国が得た軍事技術を凡そ把握できるのである。

確かに各国にとって日本に渡すのは惜しいコロニーであるが、日本はジェネシスを破壊した功労者でもある。その日本が一位指名したコロニーを自分達が掻っ攫おうとすれば反発は免れない。戦時中も物資を融通してもらっていたこともあり、大西洋連邦とユーラシア連邦は不満はありながらも反対することはできなかった。

唯一東アジア共和国が頑固に統治権の獲得を主張し続けたが、援護してくれる国もなかったために彼らの主張は通らず、東アジア共和国の反対を無視して日本がディセンベルを獲得することとなった。

元々日本は戦後統治などという面倒なことに首を突っ込むつもりはなかったために、人口が少なく統治しやすい一つの市の統治権を得られたことで満足していた。

他国がプラントの技術的遺産を腐肉を喰らう鷲のように強欲に狙っていることは分かっていた。しかし、プラントの技術を得るメリットと占領統治の面倒くささ、統治権を巡って起こる他国との軋轢を天秤にかけた日本は必要最小限度のコロニー獲得が最良であるという結論に達したのであった。

 

 最後に東アジア共和国だが、何故か軍事技術には脇目も振らずに医学、生物学系の技術を研究していたフェブラリウス市と、食糧系の技術を集めたユニウス市の統治権を所望した。プラント式の採算の悪い食糧生産技術など大した価値もないとして各国は二つ返事でユニウス市の統治については了承した。(ぶっちゃけ全く利がない貧乏くじそのものであった)

一方、フェブラリウスの獲得については揉めた。かつてS2型インフルエンザのワクチンを製造したフェブラリウスにはS2型インフルエンザウィルスを細菌兵器としてつくったという疑惑があった。そのために各国はフェブラリウスの獲得は細菌兵器製造が狙いだと考えたためである。

しかし、東アジア共和国は自国の医療技術の向上のためだと一貫して主張し続けた。直前のオーブ侵攻のこともあったために東アジア共和国に対して各国は不信感を拭い去ることは到底できなかった。

フェブラリウスの処遇に関して会議が平行線を辿る中、東アジア共和国が提案したS2型インフルエンザワクチンを開発したピアス感染症研究所については連合全体での管理下におくという案が妥協点ということで各国は合意し、フェブラリウスの統治権は東アジア共和国に委託された。

なんであれ予備のジェネシスを破壊した功績のある国の要求を全く通さなかったということは不味いと考えたために各国は内心で疑いながらも了承したのである。

 

 尚、地上の占領地については全てが元の国に返還されることで合意され、プラントに加担した大洋州連合には賠償金を請求することで各国は合意した。ただ、コロニーの統治権では他国に比べて大幅に少ない権益で満足した日本だったが、資源衛星の獲得には貪欲だった。日本はプラントに保有する資源コロニーの実に4割を獲得した。戦犯の裁判については国際軍事裁判所を設け、そこで裁くことが設定されたということだ。

 

 

 

 

 

「プラントの統治は10年ほどでいいだろう。我々にはプラントにかまっている余裕等ない。我々は新しい時代へと進むために忙しいんだ」

会議室の主、澤井は普段と同じ表情だ。そして彼は会議室を見渡し、最後に山場を終えて気が抜けている奈原たちに目をやった。澤井の視線を感じた奈原たちはすぐに気を引き締め、背筋を伸ばす。会議室の空気が張り詰めたものに戻ったことを確認した澤井は辰村に声をかける。

「辰村局長、東アジアによる今回のオーブ侵攻に関する報告が纏まったと聞く。報告してくれ」

「わかりました」

 

 手元の書類の束を持って辰村は起立する。

「今回の東アジア共和国によるオーブ侵攻――情報局並びに防衛省ではオーブ戦争と呼称しているこの戦争について、様々な角度から分析した結果について報告します。まず、開戦のきっかけについてですが、未だに東アジア共和国艦隊の駆逐艦『寧波』を撃沈した犯人の特定にはいたっておりません。現場は水深が深く、残骸の調査も難しいようです」

「オーブによる攻撃か、東アジア共和国による自作自演かの判断はいまだにできないということか?」

澤井が問いかける。

「物的証拠は全くありません。ですが、情報局では東アジア共和国が怪しいと踏んでいます」

澤井の眉が僅かに動く。

「……詳しく聞かせてくれ」

 

 辰村がコンソールを操作してメインスクリーンにある映像を映し出した。そこには政府や軍の施設に押し寄せる民衆の様子が映し出されている。

「大戦勃発以降、東アジア共和国軍は宇宙でも地球でも連戦連敗を重ねてきました。戦死者の数も50万人に及ぶとのことですが、これは人口の0.01%ほどにすぎませんから彼の国にとっては深刻な打撃というわけではありません。ですが、敗北続きで戦死者の数は鰻登り、しかも戦果は0ということになれば、当然不満は噴出します。無能な軍に、そしてそれを指揮する政府に対して民衆は不満を訴えていたのです」

ここで辰村は間を空けて出席者を見渡した。

「……しかし、そんな中で宇宙軍だけは対プラント戦で唯一活躍しました。ザフトの保有していた予備の大量破壊兵器を破壊した東アジア共和国宇宙軍はこの戦争で有数の武勲を挙げたといっても過言ではありません。独自の情報網でその大量破壊兵器の情報を掴んだのか、それともプラント側のリークがあったのかは判明していませんが。そしてこのことが今回のオーブ戦争の原因だと考えられます」

「……どういうことでしょうか?自国の戦果でしょうに」

奈原が疑問を口にする。

「東アジア共和国の陸・海・空・宇宙の4軍のうち、宇宙軍のみが華々しい活躍をしたとなると、活躍のない他の3軍は比較されます。地球の3軍は敵相手に死傷者を重ねて連戦連敗で戦果は0、それに対して宇宙軍は地球を救った英雄となりました。そして東アジア共和国の軍部は、民衆が宇宙軍を贔屓し、地上の3軍を無能の巣窟であると認識することを危惧したようです。もしもそうなれば、地上の3軍と宇宙軍の間で深刻な軋轢を生じる可能性は否めませんから」

 

 そこまで話すことで察しがついたのだろう。ここまで黙っていた千葉が自身の考えを述べた。

「……つまり、東アジア共和国の地上の3軍は、国民に活躍をアピールできる戦果を欲したということでしょうか?」

「はい。自分達の能力と戦果を示すことで彼らは国民の間にある地上3軍への不信感を払拭できます」

「しかし、何故オーブへと侵攻したのです?それならば補給もままならないカーペンタリアを攻略したほうがよかったのでは?」

辰村が手元の資料を捲って質問に答えようとするが、それを隣の席にいた吉岡が制する。

「軍事関連のこととなりますので、その質問には私がお答えしましょう。確かにカーペンタリアは弱体化し、攻略は容易のように見えます、しかし、カーペンタリアには水中用MSがあります。大西洋連邦はザフトの水中用MSに対抗できる機体を既にロールアウトさせ、ジブラルタル奪還に使用していますが、東アジア共和国にはそのような装備はありません。艦船が水中用MSに多数沈められた第一次カサブランカ沖海戦のころの大西洋連邦海軍にも劣る東アジア共和国の海軍力では確実にカーペンタリアを陥落できるとは思えません」

しかし、と吉岡は続ける。

「オーブはその点、確実に倒せる相手だと判断したのでしょう。確かに技術力は高く、東アジア共和国の兵器を質の面で上回る兵器を保有しています。しかし、その絶対数は多くありません。数倍の数で圧せば制圧は可能です。装備も戦前からあまり変わってはいません。MSは脅威ですが、陸戦用ですから戦い方次第ではどうにでも料理できます。これ以上恥の上塗りをすることはなんとしてでも避けたかったためにオーブを侵攻目標に選んだと防衛省は分析しました。」

「なるほど……オーブの方が勝率が高いと踏んだのにはそのような理由が。しかし、それだけではないかもしれませんな」

「……心当たりが他にあるのかね?千葉大臣」

澤井が訝しげに千葉に言った。

「ええ。民族感情も配慮してオーブ侵攻をしたということも考えられます」

千葉が続ける。

「過去の戦争での敗戦や外洋進出への妨害から、東アジア共和国は我が国を快く思っていません。そして内政で不満が高まるたびに歴代の東アジア共和国の指導者はナショナリズムモドキを掲げて我が国に対して不満を転嫁してきました。教育も基本は反日です。そのために東アジア共和国では我が国に対する印象はよくありません。そしてオーブの人口は8割が日系人です。無謀にも先に手をあげた憎き日本人の末裔をコテンパンにやっつけるという絵図は国民にとって非常に魅力的だったでしょう」

 

 澤井が不快そうな表情をする。自分達の怠慢から生じた軍と政府に対する国民の不満を外征で解消するというやり方は為政者である彼にとって到底許せないことなのだろう。

「……オーブについてはわかった。辰村局長、他に報告することはあるだろうか?」

「いえ……本日の報告はこれだけです。現在調査中の事項も多々ありますが、未だ調査中のことも多いですから」

辰村はそう言うと着席した。彼が着席するのを確認した澤井は席を立つ。突然席を立った澤井に会議室の視線が集中する。

 

「これで戦争は終わった。しかし、マスドライバーや軍港コロニーの復興、ネオフロンティア計画など、これからやるべきことは多岐に及ぶだろう。つまり、国益のために日夜戦う我々政治家にとっては終戦ではないということだ。我々はただ前のみを見据え、見えないゴール目指して走り続ける終わり無きリレーを続けなければならない。バトンを受け取る次のランナーが育つまでは、我々老人が頑張らなければならないな。これからもよろしく頼む」

 

そう言い残すと澤井は会議室をゆっくりと後にした。

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71 10月27日 大日本帝国 宮城(ミヤギではない。キュウジョウ)

 

 

 

 戦争が終結してから一月以上が過ぎた。その間にも戦後のプラント処理の問題やオーブ戦争などがあり、世界は揺れ動き続けた。そしてそれがひと段落つき、世界が落ち着きを取り戻しつつあった。

それを見計らい、いとやんごとなきお方が国民にむけたおことばを述べられた。その様子は宮城から国営放送で全国に生放送された。

 

 

「朕はまず、此度の戦において喪われた数多くの臣民の命に対して哀悼の意を表し、一分間の黙祷を捧げたい」

正装を御召しになり、テレビカメラの前に凛々しいお姿でおいでになった主上は、最初に先の戦で喪われた臣民に黙祷を捧げられた。テレビを見ている人々も目を閉じ、静かに黙祷を捧げる。

 

 そして一分間の黙祷を終えた陛下は続けてこのようにおっしゃった。

「朕は臣民を守るべく臣と共に日夜努力してきた。残念ながらそれは実を結ぶことができず、我が国を突然襲撃したプラントなる組織と戦端を開くに至ったが、これは臣民の命をこれ以上喪わぬための決断であった。そして皇軍は地球を脅かす非人道的な兵器を撃ち滅ぼし、その手に勝利を掴み取った。これは偏に勤勉で職務に忠実な文官や軍人、そして大勢の民衆が一丸となって貢献したからにほかならぬ。だが、朕と臣たる澤井は常に平和な統治を求めて日夜努力しており、けっして武力を行使して人々が長く戦乱に苦しむような事態を望んではいるわけではなかった」

 

 主上は先ほどまでと異なり、臣民に語りかけられるかのような口調でおっしゃった。

「此度の戦に勝利して油断し、己の行動を省みず、驕り高ぶり怠ける考えが生じることが決してあってはならない。プラントを侮り、友好国の信用を失うようなこともあってはならない。すなわち、講和条約が発効した暁には友交関係を旧に復し、以前にもましてさらに厚く善い友好関係を結ぶことを決意せねばならない。朕は、臣民が朕の意志を実現してくれると信じている。朕は、国民の忠勇精誠に深く寄り頼み、国民の弛まぬ協力によって戦の無き平和な世が実現することを切に願うものである」

 

 

 主上が国民に語り掛ける形でおはなしを締め括られて玉音放送は幕を閉じた。そして臣民はまたいつもの日常に戻ることになる。彼らは皆、陛下のおことばを胸に刻んで日々を過ごすだろう。

 

 

 今ここに、大日本帝国の戦争が終わった。




日本の戦争は陛下のお言葉に始まって陛下のお言葉で終わりました。
本当はこの話は陛下の素晴らしき臣下達の会議で終わる予定だったのですが、何か物足りないと思い陛下のお言葉をいれました。
お言葉を入れて、なんかカチっとパズルが埋まった感じでしたね。


これで自分の中ではああ、この戦争が終わったんだなって実感が湧いてきました。

たぶん次回で最終回?なのかな?分量が予想より多かったり、ネタ増やしたくなったらもう1話ぐらい増えそうですが。
楽しみにしていただければ幸いです


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AFTER-PHASE そして次の時代へ

皆様、ご愛読ありがとうございました。この話で最終話となります。最後まで楽しんでいただけたならば光栄です。


C.E.71 10月30日 プラント マティウス1

 

 

 マティウス市の造船所を二人の男女が視察していた。その中の一人、金髪の男が隣を歩く妙齢の女性に話しかける。

「ふ~ん……じゃあ、造船施設の接収も終わったわけか。使えそうなの?」

「はい。我が社の工作機械をマイウス市では開戦後も使用していたらしく、この設備に多少の改修をすればすぐに連合軍規格で再生産も可能かと」

「……でも、ここで大西洋連邦の船を整備するのは危ないでしょ。政府の方も長々とここで植民地経営する気は無いって聞きますから、月面……再建中のエンデュミオンクレーター基地に施設を移しますか。できます?」

 

 男に尋ねられた女性は手元にあるデバイスを操作し、様々な情報を照らし合わせる。その間にも金髪の男は歩みを止めずに造船所の施設を見渡しながら徘徊する。気づけば置いていかされそうになった女性は慌てて男に駆け寄り、先ほどの計算結果について報告する。

「そっくりそのまま月まで移設するとなると、新規に造船所を造る費用の半額ほどかかります」

「なら、元は取れそうです。視察が終わったら移設のための手配をしておいてください。軍と政府の方は僕が手を回しておきますから」

「わかりました、理事」

男の名前はムルタ・アズラエル。世界にその名を轟かせる大西洋連邦のアズラエル財閥のトップだ。そして国防産業連合理事でもあり、今日では反コーディネーターの急先鋒であるブルーコスモスの盟主でもある。そんな彼が今日マティウスにまで来たのは戦後のビジネスチャンスを得るためであった。

 

「戦争が終わったからって争いが終わったわけではありませんからね。平和(Pax)って言葉は次の戦争のための準備期間って意味なんですよ。大西洋連邦も今回の大戦で第三艦隊と第八艦隊を喪ってその再建に必死です。多少無茶してでも軍を戦前の規模まで回復させなければ世界に睨みを効かせられませんからねぇ……ってどうしました?コフィンさん?」

アズラエルは彼の演説を聞いて訝しげな表情を浮かべた女性――インヴィ・コフィンに尋ねた。

「いえ……アズラエル様のお考えが正しければ、これから我が社と軍との取引が活発になるはずです。それならば、何故アズラエル様はブルーコスモスから手をお引きなったのか、気になってしまいまして」

インヴィは続ける。

「軍との伝をブルーコスモスのシンパを通じて戦前よりも広げることでアズラエル様は多くの利益を得たはずです。それをわざわざ手放すようなことをしたのは何故でしょう?」

アズラエルはインヴィの質問に納得したのか、しきりに首を縦に振る。

「なるほど。確かにそういう風に考えることもできます。でもね、コフィンさん。現在の風潮とこれからのことを考えると、もうブルーコスモスは邪魔なんですよ」

そしてアズラエルはインヴィに今回の件についての説明を始めた。

 

 

 

 アズラエルの主張では、そもそもブルーコスモスは戦後統治にとっては邪魔以外の何者でもないとのことだ。

ブルーコスモスの会員とその支持者の大半は過激なコーディネーター排斥主義を信奉している。政・官・財・軍にも多数いた彼らが戦時中にはプラントの完全破壊を主張し続けたため、世論の厭戦気分は抑えられ、継戦論が世論の過半の意見となった。負け続きの中で戦争をし続けることができたのはブルーコスモスのおかげと言っても過言ではないのだ。

しかし、ザフトとの戦争は終結した。次は戦後統治とこれまで連合として共闘してきた各国のどれかが敵となるのだ。来るべき戦いに備えるためにはプラントの、コーディネーターの力も使うことも吝かでもないというのが政府や軍中枢の意見らしい。特に日本の力を見た後ではコーディネーターの力を借りることを躊躇してはいられなかったということも大きい。

プラントの遺産は物でも人でもできる限り接収してこの大戦で消耗した国力の回復に使うというのが大西洋連邦の基本方針であり、増強した国力で地球圏に睨みを効かすことが最優先事項であった。

プラントの統治のために貴重な戦力を常に一定数割き続けること自体を否定する考えも政府高官の間で議論されているのだ。プラントに戦力を割くことは無駄が大きいし、統治には金がかかる。そのためプラントは物と人を回収して空き箱となったら他の国に売りつければいいという意見も真剣に議論されていたのだが、ブルーコスモスのシンパはそれにも抵抗を示した。彼らは宙の化け物(コーディネーター)は忌々しい砂時計(プラント)ごと核で焼いて絶滅させるべきだと唱えているのだ。

しかし、大西洋連邦としてはそんな感情論をいつまでも唱えさせるわけにはいかない。国民が溜飲を下げることも重要だが、国民を守り、国益を守ることの方が遥かに重要なのだから。

アズラエルたち財界としてもプラントを破壊されるのは望むことではない。あれは自分達財界が投資したものなのだから、中身の物と人を抜き取って外側のコロニーを売り飛ばすのならばまだしも、元を取らずに破壊することは許されないというのが財界の主張だ。

 

 アズラエルは元々コーディネータ―にいい感情を抱いていないということは事実であったが、何もプラントの破壊までは望んでいなかった。そのため彼は戦時中もブルーコスモスの会員の間を走り回り、金や理による説得によってなるべく会員の間でプラント破壊論が噴出しないようにしていた。会員が過激な意見に感化されてテロなどの暴走行為の支援に走ることをアズラエルは危惧していたのである。

そのためにブルーコスモスの本丸が過激な意見に傾くのを押さえていたという点で、アズラエルは政府の高官からの受けはそれほど悪くなかった。ただ、彼の努力をもってしてもロード・ジブリールをはじめとする過激派の台頭を抑えることは至難の技であった。ジブリールは非会員からもブルーコスモスの顔としての認知度が高まっており、文字通り反コーディネーター過激派の首領といえる存在となっていた。

終戦後はプラントに対する仕置きの甘さからジブリール率いる過激派に同調するものも増えており、ブルーコスモスの総会で自分が罷免されて次期盟主としてロード・ジブリールが選出されることも時間の問題だとアズラエルは考えていた。

 

 ブルーコスモスは大西洋連邦有数のロビー団体でもある。もしこのままジブリールが盟主になれば、ブルーコスモスはプラントを破壊するように政府にロビー活動を積極的にするだろう。ブルーコスモスの会員として自分がロビー活動に協力させられることは御免である。

自称ブルーコスモスによるテロ活動も終戦後も治まる気配を見せていないため、ブルーコスモスはシンパ以外からも戦中以上に忌避されつつある。ブルーコスモスに参加しつづければアズラエルの心象もブルーコスモスの会員ということで悪くなりかねない。

そのため、アズラエルはブルーコスモスから脱退することを決断したのである。

 

 彼が軍や政府に持っていた伝は、主に非プラント破壊の主張に同調したものだったため、今更ブルーコスモスを辞めたからといって失われる様なものでもない。損失は盟主としての権力とネームバリュー、ブルーコスモスの組織力を使えなくなったことであるが、この程度であれば許容範囲内だとアズラエルは判断していた。

 

 

 

 説明をアズラエルから受けたインヴィは納得した表情を浮かべる。

「……なるほど、アズラエル様の慧眼、恐れ入りました」

「君は国防産業関係の秘書だから、ブルーコスモスとしての活動についてはノータッチでしたよね?疑問に思ってしまったのも無理もないことだと思いますよ?……さて、もう用事は済んだことですし、地球に帰るとしましょうか。このあたりもまだ治安があまりよくないと聞きますしね」

歩きながら説明を続けていたため、説明が終わるころには工場の出口まで来ていた。工場の出口には軍でも採用されている装甲車が3台駐車している。そしてアズラエルはそのうちの一両に足早に駆け寄り、後部座席に乗り込んだ。

 

 占領から一月ほどが経過したが、マティウス市の治安はあまりいいとは言えない。そのため、市内を巡るときは未だに軍の護衛が必要不可欠な状況にあったのだ。

 

 

 

 

 

 

C.E.71 11月20日 東京 元在日本オーブ連合首長国大使館

 

 

「スカンジナビアのアウグスト国王との会談のセッティングはどうなった!?」

「ヘリオポリスへの移住希望者が中々集まりません!」

「カガリ様が知恵熱を!!衛生兵(メディック)!!」

 

 この元オーブ大使館はある意味戦場だった。皇国ホテルを引き払った亡命オーブ政権の一行は拠点をここに移し、諸外国への協力要請や今後の計画の立案、ヘリオポリスの整備やカガリの教育を行っていた。

亡命政権のナンバー2であるウナトは激務で憔悴し、各国との折衝を任されたユウナは二日連続の徹夜で真紅眼を開眼し、カガリの教育係は激しい頭痛を抑えるために錠剤をぽりぽりと噛み砕いていた。

 

「……過労死するぞ、本当に」 

ウナトが書類を決裁しながら唸るように呟く。

「父上、僕最近思うんですけど?」

その息子、ユウナも亡命政権への協力を表明するオーブの在外公館絡みの書類に眼を通しながら答えた。

「……なんだ?」

「多分僕達はあのままオーブに残っていても投降すれば命までは取られなかったと思うんだ。僕達はアスハ家とは距離を置いていた氏族だし」

「……」

ウナトは黙って新たな書類の山の処理にはいる。

「でもさ、国外に脱出してみたらこの有様だよ。多分過労死するよね、これ。大多数の国民は生き延びるために出国したのに、僕らは出国したために過労死するのか……カガリが労災認定してくれるかな?」

「安心しろ、ユウナ。あの娘はお前が先に極楽に逃げようとしたら必ず現世(地獄)に連れ戻しに来る」

 

 オーブ亡命政権、一番の課題は人材不足だった。この1ヵ月後にオーブ亡命政権は日本側の身分照合でシロとされた民間からの人材を登用することに成功するが、その人材の教育やこれまで少人数に圧し掛かっていた負担の分配配分などで彼らが休みを取るには結局更に1ヶ月ほどかかった。

因みに、亡命政権のトップは月月火水木金金で礼儀作法、書道、一般教養、帝王学に政治のお勉強だった。休み時間は書類に判子を押す時間だったらしい。そして亡命政権が人材的にも安定し、首脳陣が休みを取れるようになるまでに栄養ドリンクが毎日10ダース消費されたらしい。

 

 

 

 

 

 

C.E.71 12月16日 大日本帝国 東京 日比谷大神宮

 

 

 日本の神前結婚式の中でも最も格調が高いとされているのが日比谷大神宮であろう。明治のころに皇子の結婚式が宮中以外では初めて行われた場所としてこの神社は有名で、以来昭和まではここで式を挙げることが上級階級のある意味ステータスとなっていた。

大東亜戦争終結後は欧米の文化が入ってきたことによって庶民や一部華族の間では教会での結婚式が一般的となっていたが、華族の中でも旧五摂家の一つである煌武院家では神前婚を行った例が多かった。

煌武院悠陽もその例に洩れず自分達の結婚式には神前婚、その中でも由緒ある日比谷大神宮での神前婚を選んだ。

 

 悠陽の婚約者である武はオーブでの戦闘後にアークエンジェルで帰国したその日に悠陽から結婚式までの予定表を目の前に突き出された。神社はあの日比谷大神宮を手配し、さらには衣装合わせの日取り、結納の日取りまで全て決まっていた。

引き出物や演出の準備も悠陽が既に手配していた。招待客のリストアップまで終了していたため、武がやらなければならないことは指輪と自分の衣装の準備、そして結婚式の招待状を贈ることぐらいであった。

 

 

 

 

 そして武は結婚式の当日を迎えた。この日は悠陽と武、そして親族として参列している悠陽の双子の妹、冥夜の誕生日でもある。

だが、結婚式の当日の武は緊張で硬直していたといっても過言ではない。傍目からは緊張を感じさせない精悍で凛々しい顔をしているようにも見えるが、それはあの世界での高官との交渉の経験から得たポーカーフェイスの賜物である。

だが、式が始まっても武は終始思考が止まった状態に近く、一言も発せずにただ淡々と巫女に先導されて本殿に入場した。因みに彼の前を歩く媒酌人は武の元上司である九篠醇一大尉だ。

 

 武が緊張から半ば呆然としている中、粛々と結婚式は進む。斎主がおはらいをする修祓の儀、斎主が神前で祝辞を読み上る祝詞奏上を終え、次は三三九度の儀式である三献の儀だ。

武は小の盃に口をつけ、新婦に手渡そうとする。だが、隣に座る綸子の色打掛に身を包んだ悠陽を見るたびに武は再び平静さを失ってしまった。

鮮やかな朱を基調とし、金糸や銀糸による刺繍が施された打掛を身に纏った悠陽は、普段見慣れている女性であるにも関わらずとても美しく見えた。その装いと柔らかな雰囲気はまるで中世のお姫様のようだ。正にこれが日本の美、大和撫子かと武は感嘆する。

次いで中の盃、大の盃を交わすが、動揺している武はその度に盃を一口で飲み干してしまいそうになった。

 

 次は誓詞奏上だ。武と悠陽は神主に促されて前に出る。武は緊張で喉がからからになりながら巻紙を開いて口述する。

「今日のよき日に、この日比谷大神宮の大御前において、私達は結婚式を挙げます。今後はご神徳のもとで相和し、相敬い、幸せな生活を営み、終生変わらぬことをお誓いいたします。なにとぞ、幾久しくご守護下さいますようお願い申し上げます……白銀武」

「煌武院悠陽」

続いて新婦である悠陽が神前に告げた。武は誓詞を元通りに巻きなおし、神前に奉納する。

 

 ここでいよいよ指輪の交換だ。本来の神事では指輪の交換は存在しないために昔は神前結婚で指輪を交換することは無かったらしいが、戦後に欧米の既婚者が指輪をする風習が定着した今日では神前結婚の儀式の一つに組み込まれている。これも時代の流れというやつだろう。

巫女が指輪を持ってくる。その指輪はS字をイメージした曲線を主調としたシンプルな白銀(プラチナ)の指輪だ。普段から身に着けていたいので華美な装飾がされた指輪は不要というのが武と悠陽の共通認識だった。

巫女が持ってきた指輪を手に取った武はぎこちない手つきで悠陽の左手をやさしく持つ。ここまで儀式を進めていながら武はまともに悠陽の顔を見ることができないでいたが、ここでついに武は指輪を手に、悠陽の顔を見た。

 

 悠陽は頬を少し赤く染めながら笑っていた。輝いているようにも思える、心から嬉しそうな笑みだ。そしてそのラピスラズリを思わせる群青色の瞳からは涙が零れていた。宝石のような雫の輝きに悠陽の麗しい貌が彩られる。

 

 ――――ああ、そうだったのか。単純なことだった。人の感情の機微に疎い恋愛原子核の武にしては珍しく気がついた。彼女はこの瞬間がただ嬉しくて、少し気恥ずかしくて、そしてこの上なく幸せなだけなのだ。緊張もしていないわけではないが、今この一瞬に彼女は満ち足りている。

何をそこまで緊張する要素があろうか。気恥ずかしさが無いとは言わないが、今の自分はそれ以上に満ち足りているはず。この瞬間の幸せを悠陽と分かち合える喜びに比べればこの程度の気恥ずかしさなどなんてことはない。

武はまるで壊れ物を扱うような手つきで慎重に悠陽の左薬指に指輪をはめる。指輪をはめられた左手を胸に抱く彼女の仕草すらも武にとっては愛おしい。そして今度は武が悠陽に左手を差し出した。悠陽もゆっくりとまるでその行為の意味を噛みしめるように武の左薬指に指輪をはめた。

 

 その後も玉串奉奠や御親族御固めの儀などがあったのだが、先ほどとは違い、幸せで半ば意識をとばしている状態にあり、ほとんど何も武は覚えていなかった。武は夢心地で生涯で最高の結婚式を終えたのだ。

 

 

 

 

 それから5時間後、結婚式も披露宴も終えて舞台は二次会へと移っていた。出席者は主に武や悠陽の学友である白陵柊学園の卒業生である。だが、結婚式、披露宴と比べて二次会は砕けた雰囲気で開かれる。二次会とは実際には結婚に託けた宴会である……と武は認識していた。

当然二次会では酒がジャンジャン振舞われ、酔いつぶれる中で地を出すものも少なからずいる。そしてここには酒癖が悪いものが少なからずいたことを幸せ一杯の武は失念していたのである。

 

 宴会場では出席者達が久しぶりにあった旧友と思い出話に花を咲かせていた。しかし、宴席上に突如悲鳴が響き渡った。出席者達は悲鳴の聞こえた方向に一斉に振り返る。そして彼らは戦慄した。

 

 敏腕外交官となった武の親友がもの言わぬ躯となってそこに倒れていた。そして犯行現場の隣では犯人らしき人物の手によって、次の犠牲者が生まれようとしていた。

「何で……なんで私よりも先に教え子が家庭を持つのよぉ……おかしいれしょうが!!ほら!!あんたもあらしの酒につきあいなひゃい!!」

「じ……神宮司先生、私、お酒は」

「何よ~あらしの酒がのめらいって!?だからいつまれたっても胸がへいらんらろよ!!」

「ひゃ……キャ~!?」

30過ぎて焦りを見せ始めた女性教諭が弓道師範をしてる教え子を捕食した。宴席には珠瀬の断末魔の声が残った。

――――彼らは忘れていた。ここには白陵大学に今でも残っているという狂犬伝説を持つ女性がいたことを。

 

「……ま……拙いぞ武!!神宮司先生がご乱心だ!!」

「分かってるさ、冥夜。でも……」

武は自身の寄り添う悠陽に目をやる。彼女は今日の結婚式で疲れが溜まっていたらしく、既に可愛らしい寝顔を曝しながら武に寄りかかっていた。冥夜は武の肩に寄りかかる姉の姿に嫉妬と怒りを覚えるが、今日は姉を祝う日であることを思い出して怒りをひとまず鎮める。

冥夜がまりもに視線を移すと、既に第三の犠牲者――彩峰慧がそこに沈んでいた。まりもは彩峰を撃沈すると、次なるターゲットに狙い定めるべく周囲を見渡した。そして獲物を狙う狩人と冥夜は目があってしまった。――ああ、次の犠牲者は私か。冥夜は悲痛な表情を浮かべながらもう一度武と相対する。

 

「たけ……いえ、義兄様。今日は幸せそうでなによりでした。姉上ともども末永く……爆発してください」

捨て台詞を残して冥夜は一人で狂犬の待つ断頭台へと踏み出した。

 

 

 

「あはは、白銀、まだ無事かしら?」

冥夜が倒れ、榊が狂犬に襲われている光景を見ていた武に恩師である夕呼が話しかけてきた。

「まだ標的からは外れているようです。もしかしたらまりもちゃんも俺には流石に遠慮してるのかもしれませんよ」

「ないない。今のまりもにそんなものがあったらそもそも二次会の空気を壊したりはしないわよ」

武の希望的観測を夕呼は笑いながら一瞬で切り捨てた。これには武も苦笑いするしかない。

 

 夕呼は武の隣に腰を下ろし、グラスに注がれているワインをあおった。そして僅かに赤みを帯びた顔を武に向けた。

「ねぇ……白銀。この世界はあんたにとって、望ましい世界だったかしら?」

突然の問いかけに武は訝しげな表情をする。夕呼は更にもう一杯ワインをあおって続ける。

「あの世界とは違ってここには霊長の種にとっての根源的な敵対種族もいないし、人類は滅亡の淵にいるわけでもないわ。でも、この世界では人類同士で総人口の数割を削る戦いをしている。ある意味ではあっちの世界よりも人は愚かしいことをやってるわけじゃない?……あの世界は間違ってる、狂ってるって散々喚いてた白銀にとってこの世界はどうだったか?って聞いてるのよ」

 

 武はしばし目を瞑り、考えた末に口を開いた。

「よく……分かりません。幸、不幸で考えればBETAがいない世界ほど幸せな世界は無いでしょう。この世界の日本では敵に命を脅かされることなく生きることができる。冥夜も、委員長も、彩峰も、タマも、純夏も尊人もまりもちゃんも夕呼先生も……そして悠陽も、みんな生きてます。あの世界と違って俺の大切な人たちはみんなが普遍の穏やかな日々を過ごせるし、だれも滅亡の淵にある国を、国民を、人類を背負う必要はありません。先生に喚き散らしてたころの俺なら、大して頭を回すこともなくこの世界が正しい世界だって言い切ったと思いますけど」

「BETAもいないし、みんな生きてるんだからハッピーエンドじゃない」

「俺の周りはそうです。でも、日本の外ではたくさんの人が死にました。結局のところ、相克や利害関係を克服できずに自滅するあの世界の人類も、人種の差で殲滅戦をしていたこの世界の人類も本質はいっしょなんだと思います。人類は常に誰かに剣を向けずにはいられない我慢のできない子供みたいなものじゃないですか。人類がその次元から抜け出せないかぎり、どの世界でも根本的に一緒で、狂ってるし間違っているんだと思います」

「ガキ臭いことを散々あたしに言ってた英雄様が人類をガキだって?面白いこと言うわねぇ」

夕呼の辛辣な言葉に武は苦笑する。

「でも、この国ではみんなが自分らしい生き方を選べますし、理不尽な力に命を奪われることもない。俺が守りたい人を守るだけの力を発揮させてくれるこの場所は間違ってないと思いますし、俺はそれに結構満足しているんです」

「かつて地球と全人類を救ってみせた英雄様にしてはちっちゃな望みねぇ。この世界を平和にしてみせる!!とかって青臭い考えは捨てたのかしら?」

「そりゃ、世界が平和なことにこしたことはないと思いますよ。でも……」

武は視線を自身の肩に寄りかかって静かな寝息を立てている妻に向けた。そして武は妻の髪を愛おしそうに撫でる。

「俺の足元のちっちゃな世界……夕呼先生がいて、冥夜がいて、みんながいて、そして悠陽がいるこの足元の小さな範囲の世界を守れなきゃ、この地球を救えたって俺にとっては意味が無いんですよ。あっちの世界みたく俺の足元の世界を救うか全世界を救うかって最悪の二者択一(オルタネイティヴ)でも突きつけられない限りは俺にとって何よりも一番大切な、守りたいものはすぐ足元の世界です」

 

 武の回答を聞いた夕呼は面白いものを見つけたときに見せる表情を浮かべる。それに危機感を覚えた武は咄嗟に質問を返す。

「夕呼先生にとってこの世界は望ましいものですか?」

「幸い、上のやつらもあの世界に比べれば物分かりがいいから下らない政治とかにあたしの天才的脳の貴重なリソースを割かなくて済むわ。……ああ、榊の父親は例外ね。あの世界でもこっちの世界でも色々と折衝するのが面倒くさいったらありゃしないわ」

……委員長の親父さんはこっちでも夕呼先生の扱いに苦労しているようだ。でもがんばって欲しい。あの天才の取り扱うにはストッパーの存在が必要不可欠なのだから。胃が痛くなりそうだが、がんばって欲しい。後は頭皮も後退しないことを祈る。

「この世界はあの世界では解明できなかったことを解明できるほど基礎科学が進んでいるし、あたしのやりたかったこともやらしてくれるわ。軍関係の仕事を片手間にやってさえいればね。……そうそう、思い出したわ。白銀、近いうちにアンタにあたしが設計した機体のテストをしてもらうから、その時はよろしくね」

付け加えられた一言に顔が青ざめる二次会の主賓であった。

 

 

 

 

 例の狂犬だが、結局出席者の8割を撃沈したところで動きは鈍り、そのまま四肢を投げ出すようにしてダウンした。かくして、狂犬の宴は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71 12月20日 L5 フェブラリウス4 セル研究所

 

 

 東アジア共和国の軍服を着込んだ男がフェブラリウス市有数の再生治療研究施設であるセル研究所を訪れていた。彼は守衛に手帳を見せてゲートをくぐり、研究所に足を踏み入れた。

 

玄関を抜けると彼は階段の裏手にある男子トイレに向かい、左から3番目の個室に入る。彼は用をたすこともなくトイレの排水レバーを小小大大小大の順番で一気に回した。すると壁面から鍵が外れたような音が聞こえた。

彼がトイレの壁面を押すと壁が扉のように開き、その奥に細いエレベーターがあらわれた。彼はエレベーターに乗るとBと書かれたボタンを押し、下の階へと降りていく。そして数秒ほどでエレベーターは目的の場所に到着したことを告げるベル音を鳴らした。

 

 エレベーターから降りた男を白衣を着た初老の男が出迎えた。その容姿はまるで蟷螂を思わせるほど痩せている。その大きなサングラスと相まって本当に蟷螂そっくりだ。狙っているのではないのかと男が邪推するほどだった。

「ポールナイザトミーニィ研究所にようこそ。私はこの研究所の責任者、ロフト・ブラスキーです」

男もブラスキーに挨拶する。

「私は東アジア共和国陸軍のリ・テルミル少将だ。例の実験体を視察しに来た」

「話は既に上から聞いております。どうぞ、中へ……」

 

 ロフトの案内でテルミルは薄暗い実験室の中に足を踏み入れた。周囲を見るといくつもの水槽が並んでいる。どの水槽にも液体が満たされており、年端もいかない少女達が液体の中で一糸纏わぬ姿で眠っていた。

「ふむ……これが君たちの作品か。出来の方はどうなのだ?」

テルミルの問いかけにロフトは昆虫のような顔を綻ばせながら答えた。

「それはもう!!最高傑作と言っても過言ではありませんよ、シェスチナは!!」

ロフトは更に手元の端末を操作し、テルミルに画面を見せつける。なんらかの実験のデータなのだろうが、専門ではないテルミルにとっては理解不能な単語と数字の羅列でしかない。

「……すまないが、説明してくれないだろうか」

「ああ、そうですね。簡単に言えば、シェスチナはビャーチェノワの最高個体を凌駕するレベルのリーディング能力がほぼ全個体に備わっているのです。さらに自身のイメージを送り込むプロジェクション能力も個体差はありますが格段に延びています。ビャーチェノワのプロジェクションがサブリミナル効果レベルであったのに対し、シェスチナでは相手に数式や映像といった具体的なイメージを送り込むことまでも可能になっているのですよ!!そして!!」

説明しながら明らかなハイテンションになったロフトは研究所の奥にある大型の水槽に眠る少女を指さした。

「あの300番(トリースタ)はこれまでの実験においてずば抜けた成績を見せています!!あれが量産できれば、最強の超能力者軍団が誕生するでしょう!!」

 

 テルミルは300番(トリースタ)と呼ばれる少女に視線を移す。見た目は可憐な少女だが、その戦闘力はおそらく一国で十指に入る凶悪な兵士だ。テルミルの脳裏には彼女達が獅子奮迅の活躍をする光景が浮かんでいた。

プロジェクションで敵兵の意識を掻き乱し、リーディングで敵兵の動きを完全に読む超能力者が駆るMS軍団が小賢しい日帝のMSを粉砕し、やつらの戦艦を宇宙の藻屑に変えていく。その光景を想像しただけでテルミルの唇が吊りあがる。

「ロフト……面白いものを見させてもらった。予算については私からも上に掛け合うから心配しなくてもいい。更に研究に励み、超能力者を増産してくれ」

テルミルから援助を受けられると知ったロフトは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます少将!!必ずや、貴方のご期待に添うような最強の超能力者を送り出してみせましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 テルミルも、ロフトも知らない。彼らが最強の超能力者軍団という妄想を語っている最中に後ろで眠っている300番(トリースタ)の口が微かに動いていたことを。

 

 

 

「たける…………さん……」

 

 

 

少女の言葉にならない呟きは泡となって水槽の中で掻き消えた。



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あとがき

 皆さん、こんにちは。後藤陸将です。

 

 これにて拙作『機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU』はひとまず完結となりました。しかし、この物語は未だ第一部完となっただけで、まだまだ続く予定です。第二部は年齢的に第一部に出せなかったキャラやパワーバランス的に自重した兵器も多数出演させた戦記物に近い作品にしようと思っています。

 

 タイトルは『機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU』(仮)です。

ただし、SEED DESTINYと銘打っておきながら原作通りの展開は殆ど望めそうにありません。この作品でプラントは分割統治され、オーブは東アジアに占領され、ラクスは政治に全く意欲を示さない普通の女性に格下げされていますし、3隻同盟なんて影も形もありません。

細かいところで言えばアスランはカガリと面識もありませんし、アズラエルやフレイ、そしてアデス艦長は存命です。キラはフリーダムに乗ってませんし、ディアッカも捕虜になっていません。ムウさんも不可能を可能にしていません。

……SEED DESTINY第一話のアーモリーワンからまず不可能です。

 

 あくまでSEED、SEED DESTINYの世界観や設定をお借りしたオリジナルストーリーとして第二部も楽しんでいただければと思っています。

 

 

 

 自分はこれまで専ら読者側の人間でした。そんな自分がどうして作者側に回ろうと思ったのか。それはある友人N氏との何気ない会話からでした。

友人N氏(以下N氏と呼称)はネット上のSS等の趣味があう人物で、彼と自分はある日、自宅近くのファミリーレストランで最近のおすすめのSSについて駄弁っていました。その中で機動戦士ガンダムSEEDについての話題が出たのです。

 

「ウズミってバカなの?何で戦犯にならずに自決するの?」

「何でアズラエルさんが最終章から急に狂っちゃうの?」

「つーか、ラクシズってテロリスト……」

「何で連合が公式で悪扱いなんだ?明らかにザフトのが最悪だろ」

 

 

 ……一度話し始めたら不満が出るわ出るわ。話はそこそこ長くなりました。しかしファミレスに長居するのもあれですし、ちょうどSEEDの話題をした後ということでファミレスを出た後で自宅にN氏と戻ってHDDに録画されていたリマスター版SEEDを観賞することにしました。

 

 

「……そういえば、SEEDに日本って出ないな」

「オーブが日本っぽいキャラだからなぁ。二次では日本出てくるやつをいくつか知ってるけど」

「日本が登場するやつはそこそこあるな。でも、日本が主役になってる作品は1、2本くらいしか心当たりはないけど」

「マブラヴみたく日本中心のやつがあればおもしろいかもしれないな」

 

 

 こんな会話から私は日本を主役としたSEEDの二次創作を書いてみようかなぁ、なんて思ってしまいました。しかし、ここからが難産でした。

 

 まず、日本をどの陣営にするか迷いました。

ザフト?いやいや、日本人があんな居直り強盗に与するか?

連合?いや、まぁ、ありだけど日本が弱かったら主導権が大西洋連邦にあるから原作と変化ないだろう。日本が強かったら別だが。

中立?国益が最も損なわれるパターンだなぁ。トップがまともならどっちかに加担して大戦景気で稼ぐだろうし。

悩みましたが、結局、連合寄りの中立姿勢をとるべきだろうと考えました。

 

 しかし、日本にある程度の力が無ければ中立の立場なんて取れないだろうと次に考えました。力なき中立なんて誰も相手にしてくれませんからね。少なくとも東アジア共和国、ユーラシア連邦、大西洋連邦に対して参戦要求を突っぱねられるだけの力が無ければいけません。

……そんなことができる日本って相当チートですね。そしてそんなチートNIPPONにするにはどうすればいいか?ただのHENTAI技術だけでは到底外圧撥ね退けられるほどの国力にするのは無理です。

 

 しょうがない。困ったときのスターシステム。日本の技術力を強化するために夕呼先生に登場していただくことにしました。ですが、技術だけチートでも外交、内政が上手くいかないと絶対開戦しちゃいます。なんせザフトのやってることってひどすぎますからね、世論が加熱してもおかしくないです。

この人類未曾有の大局を乗り切るだけの指導力のあるチート政治家が必要となりました。そこで自分が白羽の矢を立てたのが澤井総監でした。

 

 ただ、流石にこんな大戦という難局に対し政治チートが澤井総監一人では荷が重い。科学者にしても夕呼先生一人で日本軍チートにするには無理がある。というわけでバンバン人材を多作品からもってきてしまえと開き直りました。

人材チョイスは自分の趣味です。まぁ、人類を背負い迫り来る強大な敵と戦った作品の人物というところでほぼ特撮やマブラヴから引っ張ってきましたが。

 

 

 ここまで設定を造ると、ZIPANGUの日本像がおぼろげに見えてきました。……すごく…………チートです。

こんな日本なら大東亜戦争も負けなかっただろうに……というわけで国号も大日本帝国にしました。

 

 

 

 さて、ここまで設定を造ったら次は本編を書こうということで、構想を練りました。

初期のプランでは、日本は原作のオーブ侵攻までほぼ大戦にノータッチということになっていました。東アジアによるオーブ侵攻を受けて日本がオーブ側にたって参戦し、東アジアをフルボッコ。その後アークエンジェルなどの戦力を日本がゲット。

更にパトリック独裁政権下でクーデターを企むカナーバと極秘に接触。大戦講和の仲介依頼を受けて、日本軍によるジェネシスの破壊の援助とカナーバによる政権奪取を条件にそれを承諾。結果大戦は講和で終結。そして種死へ……という流れだでした。

 

 しかし、物足りない。折角チート人材そろえたのにほとんど出番ない。裏方の内閣のストーリーじゃないの?ってくらい現場の出番が無い。原作キャラもカナーバさんとかパトリックさんとか、政治系の人ばっか。正直、書いていて華がなさそう。

というわけでヘリオポリスのG兵器開発にも協力させるということで最初から練り直し。ただし、ゴールは初期構想と同じくカナーバクーデター政権と連合の講和と決めていました。

そんな感じで構想を練っていくと、自分の中に沸々とこみ上げて来るものがありました。

 

「……戦わせたい」

 

 チート軍人とチート兵器の大盤振る舞いを考えたのに出番がジェネシス破壊と東アジアフルボッコにしかないってのはちょっと……と思いまして、のっけからザフトとの戦闘を入れてみることにしました。

そこから派生するストーリーを考えていくうちにヅラが島流し、大天使日本亡命、バルトフェルドの電撃奇襲作戦、温泉突っ切って熱中症の変態仮面……といった展開が次々と思い浮かびました。そしてそのままこの後の展開を自分の想像に任せていると、チート政治家と東アジアが一人歩きして最後にプラント分割統治という結末まで辿りつきました。

 

 ……あれ?講和はどうするの?プラント占領されたらSEED DESTINYどうなるの?駄目だ、構想練り直し!

と思ったのですが、日本をザフトと幾度も戦闘させる時点でプラント敗北⇒占領統治って結末以外は思い浮かびませんでした。理屈に合わない謎の講和とか3隻同盟まがいのこととかは論外でしたので結局はその結末にすることを決めたのです。

SEED DESTINYはもう完全に原作剥離でいいや!!って開き直りました。その方が縛りが無くて大艦巨砲な火葬戦記が書けておもしろいかもしれませんしね。

 

 因みに武ちゃんを主人公にしたのはCVがキラと同じで面白いかなぁっていうただの思いつきでした。アークエンジェル組がそこそこ優遇されているのは、アークエンジェルにプラズマメーサーキャノンを積ませる流れを造っていたら自然とそこそこの待遇にいる様子が脳裏に浮かんだからです。

 

 

 

 

 執筆の経緯についての説明も済みましたので、ここからは主要キャラの改変について少し語りたいです。

 

 

 

 ヅラ

序盤の待遇は少し虐めたくなっただけです。個人的嗜虐心で島流しにされたある意味一番可哀想な子。しかし、島流しと父からの激励をつけた結果、後半には優柔不断キャラではなくなっていました。偉大な父の背を見つめ続けた彼には今後もまだまだ活躍してもらう予定です。

 

 

 ヅラのパパ

拙作での彼のイメージはほぼ東条英機ですね。ただしカリスマにかなりの補正が入っていますが。あくまで為政者として国民の幸せを最後まで念頭において戦った人物であります。改変された人物ということで、後述の獅子(笑)の対極にいる人物でもあります。偉大な父の姿を見て育った原作よりも優れたアスランを第一部完結後に使いたかったこともあり、父としても立派な姿を描いたつもりです。

……実は最初はとある理由から彼をものすごく偉大な人物にする必要がありました。続編で使うネタですので詳しくは語りませんが。

 

 

 デュランダル

とりあえず彼になんかやらせておけば物凄く胡散臭くて伏線臭いかんじになりますから、重宝しました(笑)。マブラヴでいうオルタネイティブ3の遺産――試験管生まれのESP能力者を出すことも決めていましたから、遺伝子工学関係である彼は絡ませやすかったです。

 

 

 銀髪のESP美少女

日本をチートにしすぎたせいでザフトはスーパーエースクラス+核動力搭載MSでないとまともに太刀打ちできなくなってしまいました。日本側のワンサイドゲームになってもつまらないですから、それを防ぐためにザフト戦力の補強として投入したんです。

 

 

 綺麗な歌姫様

単に、歌がうまい恋する普通の女の子になりました。原作のようにわけのわからない理屈で暴走させるとカオスになって収拾がつきませんし。キラとくっつけたのは、絵になるからですね。キラにとって守りたいものというポジションに置くことで、キラの戦う理由の補強にもなりました。

 

 

 いいところないキシャマーの人

元々プライドしかないヘッポコですから。アスランの成長の対比ということで扱いが酷くなりました。

 

 

 変態仮面

武ちゃんが絶望の中でも心に希望を灯し続けた光を体現した人物としたので、それを強調するために彼には絶望の中で闇に染まった人間として描写したつもりです。絶望の中でもがき続ける武ちゃんが最後に勝利掴み、絶望に身を任せたクルーゼが最後にそれをまぶしそうに見つめるという戦いの結末の様子が最初に浮かんだんです。

 

 

 砂漠の虎

単にザフトの名将を造るの面倒くさかったから各種作戦で使っただけです。

 

 

 シュライバーさん

原作種死の国防委員長。デュランダルの懐刀なイメージがあったのでESP部隊を率いてもらってました。

 

 

 フレイがOOのルイスに……

彼女には憎悪を背負ったキャラになってもらいました。憎悪を剥きだしにし彼女に戦ってほしい相手がいますので。

 

 

 アズラエルさんマジ商人

ブルーコスモスとしての印象を敢えて薄めました。……正直、日本見てればコーディネーターに対する僻みとかも薄れると思います。この世界の彼からみれば日本人の方がよっぽどナチュラルから遠い存在に見えそうですし。

 

 

 3馬鹿が……躾けられているだと!?

ザフト飯マズネタの派生で彼らもネタになっただけ。特に考えがあったわけではありませんでした。

 

 

 不幸なシン

原作よりはマシでしょう。それに彼は続編でがんばってもらいたいですから日本に行く流れを作るためにあの境遇にすることが必要だと思いました。

 

 

 ウズミ?……ああ、あのルーピーのおともだちか

原作では

・自国のコロニー壊されてもザフトに抗議したとは思えない。(していたらアスラン達はオーブ沖で戦うときにもう少し気をつかっていたはず)

・自国民がザフトに殺されても処罰を頼んだと思われる描写皆無。(同上の理由+オーブ領海付近でザフトが戦闘していてもオーブのメディアからは危機感が感じられない=自国民が殺されたことをザフトや国民に強くアピールした形跡がないのでは?自国のコロニーを襲撃した集団が領海付近に現れれば普通は不安に思うはず)

・アークエンジェル匿っておいてそれを連合相手に政治的カードとして使った形跡がない。

・戦えば国土が焼かれることを分かっていて徹底抗戦指示+勝手に自決。終戦時に昭和天皇は自身を処罰してくれてもいいから国土が焼かれ食べるものにも困っている民衆に食糧を与えてくれとマッカーサーに頼んだそうです。それに比べて無責任すぎ。

・国の資産でありモルゲンレーテとマスドライバーを破壊。マスドライバーもモルゲンレーテもオーブの施設だから、その迅速な運用にはオーブの現地民の協力が必要不可欠。上手く使えば占領下でも占領軍からお金を地元に落としてもらえたかもしれない。その可能性すらも彼は断った。

 

どの陣営にも与しないという彼の意地を最後まで貫いた姿勢は一個人の姿勢としては立派だったと思いますが、為政者としては最悪なものでしかないと私は思います。オーブの動きは大体原作通りにしましたから(拙作ではオーブはあくまで中立国としました。しかし。中立であるかぎり原作以上にでしゃばる要素がないので……)ウズミも原作どおり。結果、書いててこちらが不愉快になるぐらい救いようの無い阿呆になりました。カガリの対比という役割もそれに拍車をかけましたね。

 

 

 Kガリ・ユラ・アスハ亡命政権代表

愛すべきバカ。その一言に尽きます。最初は頑迷なウズミを己の信念の篭った拳でぶっとばして民を第一に考える為政者として目覚めるという構想でした。しかし、偶然某探偵漫画に出てくる空手都大会優勝者の閃光妖術を見て、こっちの方がいいなと思って閃光妖術でウズミをぶっとばすことにしました。

……想像すると、ものすごいインパクトのある光景ですね。為政者の姿じゃなくて格闘家の姿ですよ、これ。もう、この娘は体育会系で決定。

某ドイツの独裁者と被る描写をつけたのは、閃光妖術を決めた彼女の姿がものすごく光り輝いているように見えて、自分の中のお気に入りになってしまったからです。

「さすがカガリ様!おれたちにできない事を平然とやってのける。そこにシビれる!あこがれるゥ!」

ってやつですね。理屈バカを書いててウズミに不愉快さを感じていた自分はそんな心境でした。もうこれはカリスマ補正かけてあげるっきゃない!!と思いました。

政治家としてはまぁ……バカなんでまだ未熟です。しかし、民のためには頑張れる健気な娘です。いつかきっと立派な為政者になれると思います。応援してあげてください。

 

 

 可哀想な飛雄馬……じゃなかった、ユウナ

体育会系カガリのキャラ付けの犠牲者にされました。ヘタレです。カガリがアグレッシブになったのでそれのストッパーということで肉体的に被害を受けることになりました。ただし優秀です。オーブ亡命政権に優秀な人いれないとおバカなカガリだけじゃどうにもならないんで。

 

 

 眠らない官僚ウナト

政権トップがあれなので苦労人です。激務で胃が荒み、頭皮にもダメージが蓄積しています。種死で分かるとおり、優秀な人材ですからカガリについていかせました。休み?なにそれ美味しいの?って状態ですね。

 

 

 スーパーコーディネーター

武との交流で戦いというものに関する意識が変わり、守るために戦う決意をする。当然不殺なんてしない。守るために躊躇無く殺します。まともな主人公らしくなったというべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、ここまで読み続けてくださった読者の皆様へ。

およそ50万字、ちょっとした読み物ほどの長丁場をお付き合い下さいました読者の皆様に厚く御礼申し上げます。

第二部は現在構想中の段階ですが、目算でも第一部の2倍近い文章量は最低限必要になりそうです。外伝共々読み続けていただければ幸いです。

 

この作品を書くきっかけとなったN氏へ。

N氏には何度か貴重な意見をもらいました。きっかけとなったという点も含めて感謝です。

 

 皆様、これまで本当にありがとうございました。



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