読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 (水代)
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【1】

 人の心とは常に他者に対して開かれているものではないとボクが知ったのはまだ小学生にもならないほど小さな子供の頃だった。

 超能力……と呼ばれているらしい、この力は、けれどボクの家系に代々持って生まれてくる力であり、他所の家から来た母さんはともかく、父さんも、そしてボクの兄さんも持っている。

 

 それは一人一人、個性のように違う能力を持つらしいが、ボクのそれは読心能力(リーディング)とでも言えばいいのか。

 簡単に言えば『他人の心の声を聴く』力だ。

 

 人の心の中は何とも摩訶不思議かつ複雑怪奇であり、並の人間は他者の心の声が常に聞こえる状況というのは想像もできないほどのことらしいが、ボクにとっては生まれた時から常に有るものであり、特に何ら特別な感情を抱かない、否、それが当たり前すぎて抱けないというべきか。

 

 けれど実際のところ、読心術ができたところで何に役立つか、と言われれば人間関係、コミュニケーションで役立つくらいで、創作や何かで出てくるような超能力バトルに巻き込まれるわけでも無ければ、異世界に飛ばされ未知の状況に遭遇するわけでも無い。

 超能力だって、持っている人間は非常に少ないが、それは全世界の人口割合で考えればの話であり、実際は四桁を超える人間が超能力と呼べる超常的な力を持ち、それらを秘匿するためのグループを組んでいる。つまり珍しくはあるが唯一と呼べるほどの特別さは無い。ぶっちゃけた話、アルビノで生まれてくる人間のほうが余程珍しいくらいだ。

 というか自分の周囲、知る限りだけでも四人はそんな力を持った人間がいるのだ、自分だけが特別だなんてそんなことは思わなかった、というより生まれた時から持っているものなんて本人からすればあって当然であって、それを特別視することなどできなかった。

 

 そんな特別なようでいて、普通なボクが彼女に会ったのは小学校に入ってからだ。

 

 中高生になってからならともかく、小学生なんて親の都合に振り回されてしまうもので、親の転勤について今の街に引っ越してきた。

 そして新居となる引っ越し先の家(以前いたアパートを引き払って父親が購入した一軒家)のお隣には大きなお屋敷があった。

 周囲を鉄柵で囲まれた大きな敷地に立った大きな西洋風の御屋敷は、子供心に大層好奇心を煽られた。

 

 そのお屋敷は当然ながら近所でもかなり有名で、住んでいたのは音楽家の一家だった。

 

 とは言っても住人の大半はいつも忙しく世界中を飛び回っているらしく、屋敷を管理する使用人の姿以外、屋敷の住人の姿を当時のボクは見たことが無かった。

 

 ……ああ、いや、一人だけ例外がいるのだけれど。

 

 彼女は不思議な子供だった。

 

 彼女は無表情な子供だった。

 

 彼女はお喋りな子供だった。

 

 音楽家の屋敷、と言われているだけあり、偶に住人が帰ってくると屋敷の中で楽曲を弾いているらしい。

 とは言え、だからこそ防音設備というのは万全であり、隣に住んでいるボクの家にまでその音が聞こえてくるようなことまず無かった。

 だから当時のボクはそこが音楽家の家であるということを認識していなかったし、見たことも無い壮大で壮麗なお屋敷に興味津々だった。

 

 いつか行ってみたい、中を探索してみたい。そんな風に思いながら、家から屋敷のほうを見ていた。

 

 その日も同じだった、その日もボクは屋敷を見ていた。

 

 だから真っ先に彼女に気づいた。

 

 お屋敷のテラスから出てきた彼女に気づいた。

 

 きょろきょろと庭を見渡し、さて彼女は何をしているのだろうと見ていれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 びっくりした、びっくりしたし、慌てた。

 だって見るからに小柄な彼女のその細腕でそんな真似できるようには見えなかった。

 白くて、細い、触れれば折れてしまいそうな華奢な腕。

 それは当然だろう、だって彼女はお屋敷のお嬢様だったのだから。

 力仕事なんてしたことも無ければ、文字通り、箸より重い物なんて持ったことも無いを地で行く箱入り娘だったのだから。

 

 そんな彼女が二階のテラスにカーテンを結び、軽く引いて強度を確かめ、そのまま二階から降りようとしていたのだ。庭に誰もいないことを確かめていた辺り、確信犯だった。

 そんな暴走お嬢様な彼女だったが、案の定というべきか、途中で力尽き、二階と一階の間にある屋根の上で動けなくなっていた。

 降りることもできない、上がることもできない。

 そんな状況で、けれど彼女の表情はぴくりとも変わっていない。

 まるでなんて事のない、全て計算通りだ、と言わんばかりの不敵な無表情で佇むその姿はいっそ堂々としていた。

 

 まあなんてこと言ったって、立ち尽くしていたのも事実であり。

 だからボクも家から出てお屋敷へと向かった。

 玄関のインターホンを押すと、使用人の人が出てきたので、屋根の上を指さして教えてあげると慌てて走っていったのが見えた。

 その時、ふと彼女がこちらを見ていた。

 まあ屋根の上からこちらの行動は丸見えだっただろうし、気になったのだろう。

 おずおずと、手を振ってみれば、向こうも一瞬固まり、ゆっくりと手を振り返してきた。

 

 なんだか嬉しくなって大きく振り返せば、戸惑うような気配が伝わってきながらも、それでもゆるゆると手を振ってきた。

 

 まあその後すぐに彼女は使用人の人たちにレスキューされ、家族に散々怒られたらしいことを後程知ることになる。

 

 それがボクと彼女の最初の出会いだった。

 

 

 * * *

 

 

 お隣さんと自分の両親が親友だったことを知るのはお嬢様レスキュー事件のその一週間後であった。

 危ないところを助けてもらったと彼女の両親が彼女と一緒にうちに感謝を述べにやってき、そこでうちの両親とも知り合い、というか友人関係だったと教えられた。

 

 戸辺(とべ)円花(まどか)。それが彼女の名前だと教えられた。

 

 お隣さん、戸辺一家の長女。両親と兄が一人いるらしい。

 だけどボクはその時それどころじゃなかったから、そんな情報も後から改めて教えられた。

 

 音が聞こえた。

 

 ボクの読心能力は常時発動している。意識的にオンオフを使い分けることは、この頃のボクにはまだできていなかった。

 だから、彼女の両親の心の声も聞こえた。娘を助けてくれた感謝の気持ちを心の中で何度も述べていた。

 けれどそんな言葉も右から左へと流れていくほど、彼女の心は不可思議だった。

 

 音が聞こえた。

 

 文字通りの意味。人の心はボクの耳には『声』として届く。

 そのはずなのに。

 

 彼女の心は『音楽』だった。

 

 心の中でゴ〇ラのテーマが流れていた。

 何故心の声が音楽なのか、とか何故ゴジ〇? とか次々と湧き上がる疑問に思考がいっぱいいっぱいになっていたボクに。

 

 ―――とべ、まどか……たすけて、くれて、ありが、とう。

 

 小さな声で彼女はボクにそう呟いた。

 

 それから彼女とは十年以上の付き合いとなることをこの頃のボクはまだ知らない。

 

 

 * * *

 

 

 朝目が覚めると目覚ましの代わりにオーケストラの音楽が鳴り響いていた。

 

 ヴィヴァルディの『春』か、なんて彼女と過ごすうちに自然と覚えた音楽の知識から聞こえてくる曲の名前が出てくる。

 多分名前でピンとこない人も、実際に聞けば分かる、という場合も多いだろう。学校の入学式や卒業式、後はまあ結婚式なんかの場でも使われる場合もあるらしい。某カップ麺のCMなどでもアレンジが使われていたり、日本人なら聞くことも多い曲だ。

 

 それにしてもオーケストラの音楽が目覚ましなんて、なんて優雅な生活だろうか。

 問題はボクは特にそんな目覚ましセットした覚えも無い上に、そもそもオーケストラのCDや音楽データなんてうちには無いことだが。

 

 目を開くと、視界の中にドアップで彼女が映っていた。

 

「……おはよう、まどか」

「おはよ……ゆーくん」

 

 鳴り響く心の音楽(オーケストラ)は最高潮に達しようとしていたが、別に鼓膜で聴いているわけでも無いので、彼女の小さな声でも普通に聞こえては来る。

 他愛のない挨拶。お隣同士の幼馴染。まあそう考えれば朝起きたら目の前に彼女がいることも不思議でも……でも?

 

「いや、何でいるのさ」

 

 しかも部屋にとかじゃなくて、今彼女がいるのボクのベッドの中だからな。

 つまり気づかないうちに一緒に寝ていたことになる、少なくとも昨日ボクが寝る前にはいなかったし。

 

「温かいから」

 

 何かおかしい? とでも言いたげな彼女の心の内側でも『威風堂々』が流れている。

 なんというか、BGMが無駄に壮大で何故だから全てを許容できる気分になってしまうから不思議だ。

 

「いや、もういいや」

 

 そもそもこれが初犯でも無い。

 ()()()()()()()()()()()()は二日に一回くらいは朝起きると布団の中に潜り込んでいるので、むしろもう慣れた。

 同衾という行為(別に性的な意味じゃないけど)に一切の感慨も無くなっているのが何か嫌だった。

 そして彼女が寝ている時、つまり何も考えていない時は音楽が流れない、つまり心の音が聞こえない、という無駄な事実も発見してしまったこともやるせない気分にさせた。

 

 時計を見ればもうそろそろ起きる時間だった。

 

「まどか、学校行く準備しよ」

「ん」

 

 そう声をかけながら振り返れば、パジャマを着替えようとボタンを外している彼女の姿があって。

 

「自分の部屋で着替えてきなよ、ここにキミの服無いでしょ」

「タンスの一番下の奥のほう」

「……なんであるのさ」

 

 自分の部屋のタンスにいつの間にか紛れ込んでいた彼女の衣類に思わず嘆息する。

 別に自分だって健全な男子だ。枯れているわけじゃないし、女子に興味が無いわけではない。

 

「……ただなあ」

「?」

 

 ちらり、と後ろを見やればパジャマを脱ぎ、下着になった彼女の姿。

 出会ったころから余り成長したようには見えないその姿、ぶっちゃけ高校生になった今でも小学生料金でバスに乗れるし、映画館にだって行ける、一緒に歩いてれば兄妹に間違われるし、酷い時はボクが風呂に入っている時に全裸で突撃してきた上でボクに髪や体を洗わせるし、止めにしょっちゅう布団に潜りこんできては朝抱き着いてきている。

 

 そんな彼女の姿に欲情しろ、というのは無理だ。

 なんかもう幼馴染という名の妹のような娘のような、そんな彼女と一緒にいることが嫌ではない自分に何よりもため息を吐きたい。

 

 パジャマは着ない派の自分は軽く癖になった髪を整えるだけで支度を済ます。

 振り返ればベッドの上に散乱したパジャマ、そしてもごもごと服にすっぽりと包まった彼女。

 

「あーもう、散らかして」

 

 裏返ったパジャマを表に戻し、一つ一つ畳んでいく。

 その間に首だけすぽん、と抜けたらしい彼女が困ったようにこちらを見てくる。

 因みに心の音はベートーベンの『悲愴』第三楽章だった。

 無駄に悲壮感漂う心の音に、こんなことで、と嘆息しながら。

 

「はいはい、分かったから」

 

 袖を通し、裾を整え、その後くしゃくしゃになった腰まで届く長い髪を整えてやる。

 

「いつものでいい?」

「ん」

 

 こくり、と短く頷いた彼女の髪を結っておさげにし、前に垂らすことにする。

 一度簡単だったのでポニーテールにしたら、髪が重い、という理由で両側をおさげに結って前から垂らすスタイルになった。

 因みに髪を切ればいいだろ、と言ったら彼女の母親がもったいないと言って切らせてくれないらしい。

 まああの人も娘を大層猫かわいがりしているからな、と何か納得してしまった。

 

 髪が引っかからないように丁寧に櫛を通し、おさげを結う。

 元よりそう癖のある髪でも無いので、すっと櫛が通るし、結うのもほぼ毎日やっていれば慣れた作業である、そう時間もかからず彼女の身支度を整えると部屋を出て一階へと降りていく。

 

 朝食はすでに母さんが作ってくれていたらしく、居間のテーブルの上にはトーストや目玉焼きにサラダなどが並んでいた。

 それと共に置かれていたメモに、先に出かけるから鍵だけ閉めておいてね、という言葉に両親共にすでに仕事に向かったことを知る。

 

「じゃ、ボクたちもパパっと済ませて学校行こうか」

「ん」

 

 隣同士席に座り、手を併せ、いただきます、と告げて朝食を取る。

 

「トマト、残しちゃダメだよ?」

「…………」

 

 彼女が苦手なトマトを食べようとして、手と口が震えている。

 

 心の音はベートーベンの『運命』だった。

 

 そこまで嫌なのか……。

 

 苦笑いしながら、バターとジャムを塗ったトーストを齧る。

 

 そんなボクたちのいつもの朝だった。

 

 

 

 



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【2】

 自分の隣を歩く彼女の姿を少しだけ覗き見る。

 特に気づいた様子も無く、彼女はいつもの何を考えているのか分からない無表情でぼんやりと前を見ている。

 

「……まどか、なんか機嫌がいい?」

「ん」

 

 ボクの言葉に、まどかが視線をこちらへ向け、僅かに頷く。

 基本的に家族でもまどかの表情の変化というのは分からない。ただ血の繋がりかそれとも愛かは知らないが、雰囲気で何となく表層的な感情くらいは分かるらしい。

 でも血の繋がりでも無ければ、夫婦でも無いボクは表情や雰囲気なんて物分かりやしない。

 じゃあ何故機嫌が良いか、なんてこと分かるのかと言えば。

 

 ~~~♪

 

 心の中で流れている音楽を聴いて、だいたいの感情の機微を理解する術をこの十年で覚えたからだ。

 因みに流れているのは『天国と地獄』だった。

 これは割と機嫌が良い時の曲で、悪い時は『パリのアメリカ人』、別に良くも悪くも無い普通、と言うときは『ワルキューレの騎行』が多い。

 別にこの時はこれ、とか決まっているわけではなく、それこそ彼女の機嫌次第でころころと曲も変わる。

 同じ曲が必ずしも同じ感情を表しているとは限らないのが難しい話。

 

 とは言ったって、人の心なんて最初から複雑怪奇なものだ。

 

 ボクの超能力はそれを見ることができる。見たからと言って理解できるわけじゃない。

 見たものは情報となり、ボクはそれを推測して理解しなければならない。

 超能力なんて言ったって、なんでもできる便利な力ではないのだ。

 ボクにとってこれは、他の人には無い六番目の感覚器官と言ったところだろうか。通常の第六感とは意味合いが違うが。

 

「何かあったの?」

 

 家を出る直前まではトマト嫌いの余りに心の中で『運命』を鳴き散らしていたが、そんな鬱とした気分を払拭できることがあったらしい。

 虚ろ気だった視線が色を取り戻す、と同時にまどかが何か言いたげにボクを見つめる。

 

「え、何?」

「……ん」

 

 少しだけ不満そうに返答を貯めた、彼女にしては珍しい間のある返事に、目を瞬かせ。

 くい、と袖を引っ張られる。

 それが何の合図か分からず戸惑うボクに、ぷく、と頬を膨らませたまどかが口を開こうとして。

 

「まーどーかーちゃあああああああああああん!」

「むぎゅぅ」

 

 十字路に差し掛かっていたボクたちから見て右の道から飛び出してきた人物にまどかが抱き留められる。

 抱き留められるというか、抱き潰す勢いのハグにまどかが圧迫されている。

 

「ちょ、マナ、まどかが死ぬから止めろって」

「えへへ~、まどかちゃん今日も可愛いです~」

「む~! むう~~~!」

 

 息苦しさにまどかがその人物……マナの腕をタップしている、というか本当に窒息してないかな、あれ。

 仕方ないのでまどかに張り付いた茶髪(ブラウンヘアー)の少女、マナを後ろから羽交い絞めにして引きはがす。

 

「あ~! ゆーくん、酷い、酷いです~!」

「スキンシップはいいけど、まどかが窒息するから加減しろって言ってるじゃん」

「ん~~!」

 

 マナから解放された瞬間、即座にボクの後ろに隠れたまどかを見ながらマナが名残惜しそうに呟くが、さすがに嫌がっている相手にこれ以上する気はないのか、一瞬視線を送って、それからこちらを見て笑む。

 

「それはそれとして~、おはよーございます、ゆーくん、まどかちゃん」

「はあ……おはよ、マナ」

「ん、おはよ」

 

 (あいだ)(まなみ)。あだ名はマナ。

 こちらの街に引っ越してきた時、近くの小学校に転校したのだが、その小学校でクラスメートだった少女だ。因みに彼女も同じ学校だった……当時余り登校していなかったらしいが。

 色々あって、友達になって、ボクを通じて彼女とも友達になり、それ以来ずっとだ。

 何だかんだ彼女と同じくらい長い付き合いの少女。

 何かと活発的で、そのせいか彼女と違って髪を伸ばすことを好んでいないらしい。基本的に伸ばしてもセミショートと言ったところで、それを両側で結んだ短めのツインテールを好んでセットしているし、私服もティーシャツやらハーフパンツやら、動きやすいものばかり着ている。

 身長もさすがに男のボクよりは小さいが、彼女と並ぶと凸凹になるくらいには高い。

 ボーイッシュ、というほどではないのだが、自分に女の子らしさが足りないのは分かっているらしく、ただそれを直そうとも思ってはいないみたいだった。

 ただそんなマナだからこそ、可愛らしい物が好きらしく、ぬいぐるみ集めが趣味など少女趣味な部分もある。

 

 まあすでに分かっているだろうが、小さくて可愛らしい(?)まどかのことが大好きで、好きで好きで堪らないのだ。

 

 どのくらい好きかって?

 

 じゃあ教えてあげよう。

 

 

 まどか! まどか! まどか! まどかぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!

 あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!! まどかまどかまどかぅううぁわぁああああ!!!

 あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! まどかタンいい匂いだなぁ…くんくん

 んはぁっ! まどかたんの長くて綺麗な黒髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!!

 間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!

 今日もまどかタンかわうぃよぅ!! あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!!

 ふわっふわの抱き心地だよまどかタン! あぁあああああ! かわいい! まどかタン! かわいい! あっああぁああ!

 今日もまどかタンは天使で嬉し…いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!!

 ぐあああああああああああ!!! 天使なんて現実じゃない!!!!

 そんなまさか、ま ど か タ ン は 現 実 じ ゃ な い? にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!

 そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! ゆーくんうぁああああ!!

 この! ちきしょー! 死んでやる!! まどかタンがいない現実なんか死んで…て…え!? 見…てる? 私の腕の中のまどかタンが私を見てる?

 うわあぁぁぁぁ、良かった、良かったよお、まどかタンは現実だったんだ、現実に舞い降りた天使だったんだ、やったああああああああああああ!

 うおおおおおおおお! うわあああ! うわあああああああああああ!

 ううっうぅうう!! 私の想いよまどかタンへ届け!! 私の腕の中のまどかタンへ届け、ていうか届ける!

 

 

 ――――以上、マナの現在進行形の心の声(抜粋された一部)である。

 

 付け加えるなら、この幼馴染、両性愛者(バイセクシュアル)である。

 同性愛者(レズビアン)だと思った? 違うんだよ、確かに同性愛者でもあるんだが()()()()()()()()()()

 

 ――――あ~、まどかタンとゆータンと3Pしたいな~。

 

 なんてことを頭の中で現在進行形で考えてるヤツは、異性愛者(ノーマル)でもあるのだ。

 というかさり気に自分も対象に入っているのだが、それは恋愛感情とかそう難しいものでも無く、基本的には幼馴染二人(ボクとまどか)が好き過ぎるだけで(だけというのもおかしな話ではあるが)、こちらの嫌がるようなことは(基本的には)しない。愛と呼ぶのも誤解がある、言うなればマナなりに拗らせ過ぎた友情の結果のようなものだ、とボクは思っている。

 だからこそ、今も友達を、幼馴染という関係を続けていられる。

 

「ほら、二人とも、そろそろ学校行こ?」

「ん」

「あ~、まどかちゃん待ってください、私も一緒に行きますから~」

 

 声をかければまどかがボクのすぐ後ろをついてきて、それを追ってマナが小走りにやってくる。

 少し歪さもありはするが、それでもボクたちは友達で、親友で、幼馴染だった。

 そんな関係は十年前から変わっちゃいないのだ。

 

 

 * * *

 

 

 物心がついた時、すでにお父さんは居なかった。

 良家の一人息子だった父は、学生時代に母と出会い、結婚し、私が生まれた。

 それは父方の家族の反対を押し切り、勘当同然の結果の結婚だったらしい。

 

 私が生まれてすぐ、お母さんが病気になった。

 

 元より体の強い人ではなかったらしく、幼少の私の記憶の中の母は、いつも病室のベッドで寝ている姿だった。

 若くして重い病に侵された母を助けるために、父は実家を頼り。

 母の治療と引き換えに二人は離縁した。

 それから母の病気が治るまでの数年、私は母方の祖父母の元で育った。

 

 田舎町であり、素朴と銘打てるそこは、けれど幼い私からすれば退屈な場所だった。

 テレビすらない、唯一の娯楽と言えばラジオくらいだった今となっては考えられない田舎町。

 だから自然と外に出かけるようになった。

 四方を山に囲まれ、山と山の間には川が流れる、未だに河童の伝説が残るほどの大自然。

 そんな自然の中を近所の子供たちと共に駆け回り、泥だらけになるまではしゃいだ。

 家に帰ればそんな私を見て、祖父も祖母も笑って迎えてくれた。

 

 数年後、母の病気が治った。

 

 さすがは良家ということか、父の実家は約束通り、母を完治させた。

 ただ、もう二度と父を父と呼ぶことはできなくなったが。

 まあそれでもまだマシなのだろう。

 世の中には夫婦で喧嘩別れする人もいれば浮気をして別れる人もいる。

 そんな中、私の父も母も愛し合い、愛していたが故に別れた。

 きっとそれは……マシな話なのだろう。

 

 ――――いや、そんなわけないじゃん。

 

 あっけからん、と。

 彼は私にそう言った。

 

 ――――そんな親の話、ボクたち子供に何の関係があるのさ。

 

 呆れたようにそう告げて、それから。

 

 ――――子供なんだし、我が儘でいいじゃん。

 

 それから。

 

 ――――キミは本当はどうしたいのさ?

 

 それから。

 

 ――――私、は。

 

 

 * * *

 

 

「あ、そうだ」

 もうすぐ学校へと到着すると言った頃に、ふとまどかと雑談していたマナがこちらへと口を開く。

 

「ゆーくん、今日そっちに泊っていいですか?」

「ん? え、どうしたの?」

「お母さんの定期健診だよ」

「ああ、もうそんな時期か」

 

 マナのお母さんは余り体が強い人ではないらしい。

 何でも昔は大病にかかったこともあるらしく、そのために大変だったとも聞いている。 

 まあ今ではその病気も完治したのだが、それでも体質的に病弱だったのは間違いなく、今でも遠くの病院に定期健診へ行っている。

 お母さんだけならともかく、それに付き添いでマナのお父さんも行ってしまうため、一日から二日くらいの間、マナが家に一人になることが昔から良くあった。

 だからマナの両親に頼まれて、昔から健診の間はうちに泊めていた。

 うちは基本的に夜には両親共にいるし、数年前からはまどかも一緒にいるし、マナと幼馴染のボクたちなら、両親も安心して頼めると割と以前からそんな風になっている。

 

「やった~。今日は一緒に寝ましょうね、まどかちゃん!」

「ん」

 

 ジト目で視線を逸らすまどかに、抱き着いて頬擦りするマナ。

 まどかも嫌がっているように見えるが、その実心の中では軽快な音楽(アイネクライネナハトムジーク)が流れているので、じゃれ合いの一種で良いのだろう。マナもまどかが本気で嫌なことはしないだろうし。

 

 なんて、そんなことをしている間に学校が見えてくる。

 

 えーおー! えーおー!

 

 校門を過ぎると、遠くから聞こえてくる掛け声に視線を向ければ朝のグラウンドでは野球部と陸上部が朝練をしていた。

 

「朝から元気だねー」

「ゆーくん、野球部行かなくて良いの?」

「ん」

 

 マナの言葉に同意するように、まどかが頷く。

 まあ言う通り、ボクも野球部の一員であるからして、本来はあそこで練習しているはずなんだが。

 

「ボクはまあ、仮入部みたいなもんだからね」

 

 本来、入るつもりも無かった野球部に、親友の頼みでどうしても、という時だけ助っ人で参戦するだけなので練習は強制ではないのだ。

 そんなボクの言葉に、ふーん、とマナが生返事を返し。

 くいくい、とまどかがボクの袖を引く。

 

「どうしたの? まどか」

「次、いつ?」

「……あ、試合?」

「ん」

 

 夏も近づく季節故に、もうすぐ大きな大会もある。

 だから、野球部一同練習にも一層身が入っているのだろう、グラウンドを全力で駆ける姿が見える。

 頑張っているなって素直に思う。

 そしてだからこそ、視線を外し、歩き出す。

 

 強いて言うならそれは。

 

「次の試合は来週の日曜だよ」

 

 罪悪感、と言うのかもしれない。

 

「ま、ボクが出るかは分からないけどね」

 

 だから、笑顔を取り繕って、嘘を吐いた。

 



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【3】

 午前八時十五分。朝のホームルーム前の教室ではすでにクラスメートたちが席に着き、教師が来るまで近くの席の友人たちを会話を楽しんでいる。

 それはボクたちも例外でなく、ボクの後ろの席では机に突っ伏したまどかとそれにちょっかいをかけているマナがいて、そんな二人に苦笑しながら隣の席の男子に声をかける。

 

「おはよう、トラさん」

「む……お前か、おはよう」

 

 スポーツ刈りの頭を撫でながら機嫌の悪そうな鋭い目つきの男子、トラがぶっきらぼうにボクへと返事を返した。

 と言っても、別に機嫌が悪いわけではなく、ただ人見知りで他人と会話する時、緊張して目つきが怖くなって声も強張ってしまうだけだ、ということをボクは知っているのでそんなトラの態度も気にしない。

 

「今日も朝から精が出るね」

「大会も近い……精進あるのみ、だ」

 

 トラとの話題、となると真っ先に出るのは野球部の話だ。

 

「お前は……今日は?」

「あー、ごめん、今日はマナが家に来るから色々準備必要なんだ」

「……そうか」

 

 と言うのも、トラが今の野球部のキャプテンであるのが一つ。

 

「好きな時と言ったのは俺だ……謝る必要は、無い」

「それでも、ね。みんな頑張ってるのに、悪いなとは思うんだよ」

 

 そして、部活に入るつもりの無かったボクを、好きな時にだけ練習に出る、なんてふざけた条件で野球部に誘ったのも目の前の彼だったのが一つ、だ。

 正直な話、ボクは部活というものにそれほど興味が無い。全く無い、というわけではないのだが、とある事情から、登下校の際は、なるべくまどかの傍にいるように気を付けているので、そのまどかが部活に入っていない以上、ボクもそれ以上に優先するほどのことでも無かった。

 そんなボクに、練習に来なくても良い、試合だけでも助っ人に来てくれ、などと言ったのは目の前の友人であり、友人の頼みということでそれを引き受けたのだが。

 

「空気悪くしてない? 大丈夫なの?」

 

 正直失敗だったんじゃないだろうか、と思ったりすることもある。

 何せ普段から必死になって練習している部員から見れば自分など、練習にも参加せずに試合で出場枠を食ってるほぼ部外者、と言った立ち位置なのだ。

 それはもう反発もあるだろうし、けれどそれを抑えているのは目の前の友人である。

 

「……問題無い。うちは代々、実力主義、だ」

 

 それもまた事実ではある。

 別に野球に力を入れた高校、というわけではないのだが、過去に何度も『甲子園』に出場している。

 と言っても優勝したことはさすがに無いようだが、それでも『甲子園』の常連校として地区の強豪と認識されている。

 そのためいつからか、野球部もお遊びのようなクラブ活動が本格的になってきており、今では部員数は百名を超える校内でも最大規模のクラブとなっている。

 通常のクラブにあるような年功序列も無く、完全な実力のみでスタメンも決定されており、例えその一枠にボクが入っていたとして、それは『ボクより実力が無いのが悪い』という話になるのだ。

 

 正直、体育会系とか通り越してガチ過ぎる思考についていけない時もある。

 

 そして二年目にしてその百名のトップたる部長の座についているのが目の前の友人、トラなわけだが。

 

「トラさんが言うと説得力あり過ぎじゃないかなあ?」

 

 苦笑しながらの答えに、トラが首を傾げるが。

 

 ―――この男、はっきり言って怪物である。

 

 トラが運動しているとこを見たまどかの心の中で『ターミ〇ーター』のBGMが流れ出す程度には()()()

 

「高校野球で背番号1番(エース)で四番バッターって要素盛り過ぎじゃないかな? どこの創作世界から抜け出してきたんだってレベルだよ」

「……一番上手く投げ、一番上手く守り、一番良く打てる、それが俺だっただけの話だろう」

「それ普通できないから」

 

 投げれば三振、打てばホームラン、走ればランニングホームラン、守ればピッチャー返しも余裕で処理、時にはホームランすらフェンスまで走って跳んでアウトにするとかいう意味の分からないことをしている、もう完全にお前一人でいいじゃん的なチート生物である。

 もう何か全盛期伝説ネタにすらなりそうな気配すらあるが、それでも甲子園優勝を決められなかった去年、同じ高校生にそれ以上がいるのかと世界の奥深さに恐怖したものである。

 

「それはそうと来週の日曜……覚えてるか?」

「うん、朝八時にここのグラウンド集合でしょ? 日曜なら父さんも母さんも家にいるから大丈夫だよ」

「……そうか」

 

 なんて話をしている内に、時間は進み。

 午前八時三十分。時間と同時に教室の扉が開き、担任の先生が入ってくる。

 

「おら、ホームルーム始めるぞー」

 

 なんて、先生の声に教室内が静まっていき。

 

「それじゃ、出席を取るぞー」

 

 とんとん、と先生が教卓の上で二度、出席簿を叩いた。

 

 

 * * *

 

 

 授業中に、教師が黒板に問題を書く。

 そして生徒を一人指名し、問題を解かせる、なんてこと全国どこの高校でもあるだろうありふれた光景である。

 ただ問題は。

 

「はい、じゃあこの問題を……戸辺さん」

 

 数学教師の視線がボクの後ろの席のまどかへと向けられ。

 向けられた視線がまどかの視線とぶつかる。

「……戸辺さん?」

 じー、と感情の無い瞳が教師を見つめる。

 見つめる。

「と、戸辺さん……?」

 

 じー、と。

 

 見つめる。

 

 見つめる。

 

 見つめる。

 

「と、戸辺さん……の隣の間さん、お願いします」

「えっ、あ、はい!」

 

 またどうせ授業中にまどかの横顔を見てにやにやしていたのだろうマナが突然指名されて慌てて前に出ていく。

 その後ろ姿を見ながら、振り返り。

 

「まどか」

「……ん」

 

 つう、と視線を反らすまどかに嘆息する。

 

「ダメだよ?」

「ん……」

 

 ジト目になりながら呟いた一言に、観念したかのようにまどかが返事を返す。

「はいそれじゃあこの問題は……こ、今度こそ、戸辺さん、お願いします」

「…………」

「…………」

「……はい」

 

 瞬間、僅かなどよめき。

 普段何気なく話しているが、まどかは割と人見知りの気があり、ボクやマナ以外とは滅多に会話しない。

 クラスメートの中には声すら聞いたことが無いという人すらいるのではないだろうか、というレベルで学校で口を開くことは少ない。教師に当てられても先ほどのように無言かつ無感情に見つめ返すという荒業で乗り切っていることが多いので、多少溜めはあったものの、素直に返事をしたことに驚かれている。

 

「……いや、そんなことで驚かれても」

 

 クラスメートのノリが良いのか、それとも普段のまどかの行動が酷過ぎるのか、さてボクはどっちに取ればいいのだろうか、なんて思いながら。

 

 視線を上げれば黒板の前で直立不動のままのまどかの姿を見る。

 

「……あ、あの、戸辺さん? 分からないなら分からないで言ってくれていいのよ?」

 

 微動だにしないまどかの姿に教師のほうが慌てだす。まあ数学の先生は今年入ったばかりの新任なので恐らく聞いてはいてもまだ知らなかったのだろうが。

 

「考えてるなあ、あれは」

 

 心の中で『ピンク〇ンサーのテーマ』が流れているのはだいたい考えごとをしている時だ。

 数十秒の思考の間、やがてBGMが鳴り終わり。

 

「ん」

 

 カッカッカ、とチョークで答えを書いていく……のだが。

 

「…………」

「あ、あー、ご……ごめんなさい、この椅子使って?」

 

 身長150cmにも満たないまどかでは黒板の上のほうに手が届かず、無感情な瞳で教師を見つめる。

 すぐ様慌てた様子で教師が椅子を差し出すと、まどかが靴を脱いでそれに乗り、続きを書いていく。

 そうして書き終え、椅子を降りると席へと戻っていく。

 

「は、はい正解ですね……それでは、ここの解説を」

 

 微妙な空気を払拭するように数学教師が授業を進めていく。

 

 まあ分かっていた話ではあるが、この日以降、数学教師がまどかを指名することは無かった。

 

 

 * * *

 

 

 昼休憩というのは、学生にとって憩いの時間だろう。

 最近では中学校でも給食制というのが増えているらしいが、さすがに高校にまでくればそんなものはない。

 代わりに高校でも一部の学校には『学食』というものが存在する。

 大抵は早い安い多いの質より量を重視する傾向にある。

 味は不味い、という話が多いが、どちらかというと大雑把というだけらしい。

 まあそれも主な客層が高校生である以上仕方の無い面もあるのだろう。

 大事なのは量、それから栄養価、そして値段。昼休憩という限られた時間でなるべく多くの学生が食べれるように配慮するなら調理時間だって減らさなければならない。

 そんな理由からか、ファーストフード、というのか麺類やカレーライスなど作り置きできたり、作業時間の速いメニューが多い。

 後は食券機を使って食券を購入する形式が多く採用されている。まあ学生一人一人の注文を聞いていたらいつまで経っても終わらないだろうからそれも当然の配慮なのだろうが。

 ところによっては『日替わりメニュー』なるものもあるらしく、揚げ物などカロリーの高いメニューは男子学生から見れば人気のメニューと言えるのだろう。

 

 と、散々語っておいてなんだが。

 

「そんな学食がうちにもあれば良かったのにね」

 

 うちの学校に学食なんてものはない。

 

「何の話ですかー?」

「なんでもないよ、こっちの話」

 

 机の上に広げたお弁当箱の蓋を開けばミニハンバーグに卵焼き、プチトマトにポテトサラダとカラフルな内容の具が入っている。

「わー、相変わらずゆーくんのお家のお弁当美味しそうですねー」

「こら、何さらっと取ろうとしてんのさ」

 呟きと共に伸びてくる箸を阻止しながら、マナと軽い攻防を繰り広げる。

 そんな行儀の悪いことをしながら、ふと視線をずらせば。

 

「……ん」

 

 ぱくり、と。

 小さく切り分けた卵焼きを口に運び、もぐもぐと咀嚼する。

 ふんわりとした触感と甘い味付けのソレに得も言えぬ至福を感じ。

「……ん」

 ぱくり、と。

 もう一口、もう一口、と箸が止まらない。

 

「幸せそうですねー、まどかちゃん」

「見てるこっちが幸せになれるね」

 

 ちびりちびりと小さく切り分けながら少しずつ食べていく小動物チックな幼馴染に、癒しを感じる。

 心の中では『ジムノペディ』がゆったりとしたメロディーを奏でている。

 聞いているこっちまで癒されていくような音楽に耳を澄ませながら。

 

 ふと気づく。

 

「って、まどか、またトマト残してる」

 

 お弁当箱の端に追いやられたプチトマトを見つけ、告げればまどかがぷいっ、と顔を背ける。

「食べなきゃダメだよ?」

「……や」

 ん、ではなく、や、な辺りはっきりとした拒絶が見える。

 嘆息しつつ、手元の箸を伸ばしプチトマトを掴み。

 

「はい……あーん」

「…………」

「あーん」

「…………」

「あーん」

「……あー」

 

 凄まじく長い葛藤の末、まどかが口を開く。

 プチトマトをその口の中へと押し込めていくと、まどかがもぐもぐと咀嚼する。

 

「……うぇ」

 

 短く吐き出すような声だが、ぴくりとも表情は変わっていないのだから不思議でもある。

 

「あー、いいないいなー、ゆーくん。私もまどかちゃんにあーんしたい!」

 

 そんなボクたちを見てマナが声をあげ、手元のお弁当箱に残ったソレを掴む。

 

「はい、まどかちゃん。あーん、です」

「……ん」

「あー! 私のは食べてくれないんですかー?」

 

 ふい、と顔を逸らすまどかに、マナがショックを受けたように呟くが。

 

「いや、エビフライの尻尾だけ差し出されても普通に嫌だと思うよ?」

 

 人によって食べたり、食べなかったりするけど、まどかもマナも普通に残す派だ。

 ボクはまあ食べる派だが、そもそも人の食べ残しとか普通に嫌だ。

 だからまどかの反応は当然であり。

 

「ゆーくんとの間接キスはオッケーなのに、私はダメなんですかー?」

「……間接、キス?」

 

 呟くマナの言葉に、ふと箸を見つめる。

 先ほどまでボクが使っていた箸だ。それで今、まどかに物を食べさせた。

 なるほど、確かに間接キスと呼べるかもしれない。

 

「ふむ……確かにそれは衛生的じゃないね」

「そういう問題ですか?!」

「今度はちゃんと綺麗なのでやることにするよ」

「今度があるの確定なんですか!」

 

 叫ぶマナの声が耳に響く。

 因みにまどかは何食わぬ顔でお弁当を食べ終えていた。

 

 

 




恋愛タグつけといてなんだが…………この二人ちゃんと恋愛するの…………?


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【4】

ゼノディア終わったああああ!


 ボクの家には現在四人の人間が住んでいる。

 一人はボク、一人はまどか、一人はボクの母、一人はボクの父。

 両親は共働きで、特に夜は割と遅くなることが多く、早くても七時、遅い時は九時を回っても帰ってこないこともある。

 反面、朝は遅く出るので、この家では朝食と昼食は母さんが作ってくれる。

 だが夕食まで母さんを待つとなると、どうしても時間が遅くなるので、夕飯の支度はボクとまどかがやっていたりする。

 

「まどか、取って」

「ん」

 

 手渡された醤油をお玉に少しだけ注ぎ、鍋の中に少しずつ落としていく。

 湯立つ鍋の中で菜箸でジャガイモやニンジン、玉ねぎに牛肉を焦げ付かないように混ぜていく。

 

「まどか」

「ん」

 

 まどかが渡してくれるコップに入った水と料理酒のボトルを受け取る。

 煮汁が若干少ないかな、と思いながら水と、後は料理酒などを足していく。

 そろそろいいかな、と菜箸の先にちょっとだけつけた煮汁をまどかのほうへと差し出して。

 

「まどか」

「ん……」

 

 滴る雫をまどかが舌先で僅かに舐め取る。一瞬考えこむように首を傾げ。

 

「ん」

 

 ぐーと上に向かって親指を立てる。不評の時は下に向かって親指を立てるのでどうやらお気に召したらしい。

 火を中火から弱火にして、蓋を閉めるとぐつぐつと蓋が揺れ動く。

 

「まどか」

「ん」

 

 じーと鍋を見つめるまどかに苦笑しながら声をかければ、一つ頷いて次へと動き出す。

 物欲しそうに鍋を見つめている時はだいたいお腹が空いた時だ。うっかり鍋番をさせると知らぬ間につまみ食いで中身が減っているので目を離せない。

 

 ……まあ一日の中で彼女から目を離している時間のほうが少ない気もするが。

 

「まどかー」

「ん」

 

 冷蔵庫から取り出したもやしのパックを受け取りながら、袋を開いて水で軽く洗っていく。

 それから水をたっぷり張った鍋をコンロの火にかけながらもやしを全て入れていく。

「ゆーくん」

「ん? あ、ありがとう」

 まどかが渡してくれた顆粒だしを鍋の中へと流し込んでいく。

「まどかーしばらく大丈夫だし、テレビ見ててもいいよ?」

「ん」

 後は煮えるまで待って豆腐とわかめと味噌を入れるだけの簡単な作業なのでそう声をかけるが、一旦居間に行って椅子を持ってくるとそこに座り込んでしまう。

 何が楽しいのか分からないが、まあいつものことだし、心の中では……。

 

「あー……なんだっけなあ」

「ん?」

「いや、何でもないよ」

 

 この曲なんだったかなあ、なんて考えながら。

 無意識の内に鼻歌でそのメロディーを口ずさむ。

 聞いたような覚えのあるだけのうろ覚えの曲だが、現在進行形で聞こえているのだから間違えるはずも無い。

 

「~♪」

「…………」

 

 そんなボクの姿を後ろでまどかがじっと見ていることに気づく。

「どうかした?」

「ん……」

 別に、と言わんばかりに素っ気無い返答にはてさて、と首を傾げる。

 沸騰する鍋の中身をかき混ぜながら、手のひらの上で豆腐を賽の目状に切っていき、鍋の中へと入れて火を小さくする。

 

「まどかー、そろそろ」

「ん」

 

 声をかけるといつの間にかすぐ傍まで来ていたまどかが冷蔵庫から出したらしい味噌を渡してくる。

 いつの間に、とかそろそろだけで良く分かったな、とか今更な気もして、言葉を飲み込む。

 

「ありがと、あとお茶碗用意しといてね」

「ん」

 

 お玉で軽く掬った味噌を菜箸で溶かしていきながら声をかけると、すぐに返事が返ってくる。

 ことん、とすぐ傍に置かれたお椀を受け取り、お玉で軽く鍋の中をかき混ぜて中身を掬う。

 三つ分のお椀に作ったばかりの味噌汁を注ぐと、最後に仕上げとばかりにまどかがいつの間にか刻んでいたらしいネギを散らす。

 

「じゃ、これお願い」

「ん」

 

 こくり、とまどかが頷いてお盆に乗せた味噌汁のお椀を運んでいくのを見ながら先ほどから煮立たせていたもう一つの鍋の蓋を取る。

「んー……」

 ほくほくに煮えた野菜と肉が鼻腔をくすぐり、少しだけ頬が緩む。

 スタンドタイプの箸入れに入れていた調理用の木串を一本取り出しジャガイモに突き刺してみる。

 

「うん、良い感じ」

「……ん」

 

 直後に視線を感じふとそちらへと顔を向ければ、そこにじーと鍋を見つめるまどかの姿。

「食べたい?」

「ん!」

 すごく、とでも言わんばかりにいつもより心なしか強調された、ん、の一言。

 

「じゃあ、あーん」

「あー」

 

 開かれたまどかの口の中へとジャガイモを突き刺した串を差し出すと、まどかがぱくり、とそれを一飲みに口に含み。

 

「あ、でも」

「ん……んっ?!」

「熱いの苦手じゃなかったっけ?」

「ん~~~~!!!」

 

 普段ならまず聞くことの無いような声量でまどかが口を押えて悶える。

「あーあー……ほら、お水」

 先ほどまどかが注いでくれたコップの水がまだあったので差し出すと、常時ならば考えられないほどの素早さでコップを受け取り、中身を(あお)る。

「ひー……」

「あーもう、急いで食べるから。ほら、舌大丈夫?」

「ゆーふん……ひたひたい」

 べー、と舌を出したままこちらを見つめる瞳に何となく哀愁を感じるのはボクだけだろうか。

「よしよし、ほら……もう一杯水。これで舌冷ましてなよ?」

 コップを片手に台所を出ていくまどかに嘆息しながら、大皿に三人分ほどの鍋の中身を盛りつけていく。

「んー、マナけっこう食べるけどまどかは全然食べないし、多分これくらいかな?」

 片隅に置かれた炊飯器のご飯が炊かれていることを確認し、最後に時計を見る。

 

 午後七時。

 

 そろそろマナの来る時間かな?

 

 そんなことを考えると同時に、ぴんぽーん、と玄関でインターホンが鳴った。

 

 

 * * *

 

 

「お邪魔しまーす!」

「あー、いらっしゃーい」

「ん……」

 

 もう夜だと言うのにテンションの高いマナを家へと招き入れると、居間でまどかがコップを片手に黄昏ていた。

 

「まどかちゃんどうしたんですか?」

「つまみ食いで舌を火傷して傷心中」

「へー!」

 

 多分文句を言いたいのだろうが、舌をコップにつけているせいで言葉になっていない。

 そんなまどかにマナが苦笑を零す。

「ありゃりゃ……まどかちゃん、大変でしたね」

 なんて口では言ってるが。

 

 ―――涙目まどかちゃん可愛い! 可愛すぎる、ぺろぺろしたい!

 

 とか心の中では考えてるのが分かるから、おいおい、と内心で思いつつ苦笑いするしかない。

「マナ、取り合えず部屋に荷物置いてきたら? その間に夕飯の支度しとくから」

「あ、了解です。それじゃあ、まどかちゃんのお部屋にお邪魔しますねー?」

 

 ―――ついでにまどかちゃんのベッドにダイブしましょう、そうしましょう!

 

「一応言っとくけど、荷物置いたらさっさと戻って来いよ? 折角作ったのが冷めるし」

「え、えーっと、あはは、モチロンデスヨー」

 ぎくり、と言う擬音語が聞こえてきそうなほどあからさまに動揺を見せるマナを見送りながら。

 

「それで、まどか、舌大丈夫? 夕飯食べれそう?」

「ん」

 尋ねてみればこくり、と頷くまどかになら大丈夫か、と安堵する。

 どうやらすぐに飲み込んでいたらしい、そのせいで余計にお腹の中で熱が溜まって悶えていたようだが。吐き出せば済むだけの話なのに、さすがの食い意地と称賛すべきか、呆れるべきか迷うものである。

 

「じゃあマナも来たし、夕飯にしよっか」

「ん!」

 

 まあくだらない思考はさておいて、時間も良い頃合いだし、そろそろ準備をする。

 とは言ってもすでにほとんど支度は済んでいるので、後は炊飯器からご飯をよそうだけである。

 

「まどかー」

「ん」

 

 あれして、これして、と言わずとも毎日のように一緒に夕飯を作っていればもうだいたい何が必要かというのが分かってくるもので、まどかに声をかけたその時には、すでに三人分の茶碗を持ってきていた。

 

「ボクはまあちょっと多めに、まどかは少なめだよね、食いしん坊の割に。マナは……」

「ん……山盛り」

「だよねー」

 

 ぺたぺた、とまるで漫画か何かかと思うほどに高く積み上げられていくご飯の山に、自分でもうーん、と首を傾げるが。

 

「まあマナならいけるか」

 

 なんて、あっさり納得してさらにぺたぺたとご飯の山を塗り固めていく。

 そんなことをしていると、トタトタと階段を降りる音が聞こえてきて。

 

「戻りました!」

「はーい、じゃあご飯にしようか」

「ん」

 

 居間のテーブルの上にはメインの肉じゃが、それから付け合わせにお味噌汁、冷蔵庫から出してきた漬物、あとはご飯。

 

「納豆いる?」

「あ、ください」

「ん」

 

 もう少し栄養になりそうなものが欲しいと思ったので尋ねるが、マナが頷き、まどかはフルフルと首を振った。

「まどかー、食べないと大きくならないよ?」

 ただでさえ、小学生と同レベルの体系なのに小食で好き嫌いも割と多いので中々育たない。

 まどかのお母さんもそこまで大きいとは言わないが、それでも普通よりも小柄、というレベルだし、戸辺家の中で明らかにまどかだけ小さいのは好き嫌いのせいだと思う。

 

 とは言え、嫌がっているものを無理矢理食べさせるのは嫌な印象を与えて嫌悪感を悪化させるだけなので、仕方ない。

 

「じゃあ代わりにこれ」

 

 と言ってまどかに渡しのはパックの野菜ジュース。

 

「食べる前と食べた後に一杯ずつね」

「ん……」

 

 少し悩む素振りを見せるまどかだが、まあ納豆よりはマシか、とでも思ったのかこくりと頷く。

 そんなボクたちを見て、マナが目を丸くしながら。

 

「はー……ゆーくん、まどかちゃんのお母さんみたいですね」

 

 なんてことを言ってくる。

 ちびちびと野菜ジュースの入ったコップに口をつけては、余り美味しくなさそうに止める、と繰り返すまどかを一瞬だけ見やり。

 

「こんな大きな娘は勘弁してくれ」

 

 呟きながら嘆息した。

 

 

 * * *

 

 

 ―――歌は好きかい?

 

 震える体を抑える自分を嘲笑うかのように、男が尋ねてくる。

 答えに戸惑いながらもこくり、と頷いた自分に男がニィと口元を吊り上げ。

 

 ―――そうかいそうかい、ならそうだね。

 

 そう呟きながら自分の首へと手を伸ばし。

 

 そうして。

 

 ―――キミの××××を××××。

 

 

 * * *

 

 

 夜中、ふと目を覚ます。

「…………」

 頬を伝う汗を拭うことも忘れ、視線を彷徨わせ。

 そうしていつもの自分の部屋であることを確認して息を吐く。

 嫌な夢を見た、とばかりに嘆息し、ベッドから抜け出そうとした直後、ぐっと何かに腕を掴まれて動けないことに気づく。

 一体何が、と視線をやれば。

 

「…………」

「えへへ……まどかちゃぁん」

 

 腕に抱き着いたまま眠る幼馴染の姿に、一瞬思考を巡らせ。

 

 くい、と無理矢理に引っ張ってそのままベッドから落とした。

 

「ぐぇ」

 顔から床に落ちたマナが潰されかけたカエルのようなうめき声をあげるのも無視して、とてとてと歩き部屋から出る。

 

「ん~……まどかちゃーん? どこ行くんですかぁ?」

 

 さすがに衝撃で目を覚ましたマナが部屋を出ていく自分の姿に気づき、眠そうに目をこすりながら自分の後を追ってくる。

 けれどそんなマナの言葉に返事を返すことも無く、廊下を歩き、突き当りの部屋の手前で立ち止まり。

 

「ん」

 

 ドアノブを捻るが、鍵がかかっている……まあいつものことだ。

 

「鍵かかってますよー?」

 

 まだ眠いのか、語尾が伸びているマナに答えず。

「ん……」

 ポケットから銀色の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込む。

 回し込めばガチャリ、と音がして鍵が開き。

 

「……あの、なんでまどかちゃんがゆーくんの部屋の鍵を持っているんでしょうか?」

「もらった」

 

 音を立てないようにゆっくりと、ドアノブを開くと暗い部屋の中に静かな寝息を聞こえる。

 

「ちょちょ、ま、マジですか?」

「マナ……うるさい」

いやいやいやいや、え、マジで忍び込んじゃう感じですか?

「ん」

なんでそんな手慣れてるんですか? もしかして毎回こんなことやってたり?

 

 後ろで騒ぐマナを無視して、とてとてと部屋の奥のベッドまで歩き。

 

ちょちょ、まどかちゃん、そこゆーくんのベッド、ていうかゆーくん寝てるんですけど

 

 すやすやと眠る幼馴染の姿を見ながら、こそり、とそのベッドの中へと潜り込み。

 

「ん……」

「すぅ……ん……すぅ……」

ね、寝た? え、マジですか?

 

 幼馴染の少年の体温で暖められた布団に潜りながら、目を閉じる。

 

 とくん、とくん、と少年の鼓動が聞こえてくる。

 

 その規則正しいリズムに段々と瞼が落ちていき。

 

こ、これ……私も行っちゃうべきですか? ま、まどかちゃーん? ゆーくーん?

「……おやすみ……ゆーくん……マナ」

 

 こそりと呟いた声は、けれど彼の寝息にかき消され。

 

 段々と、意識が落ちていった。

 

 

 * * *

 

 

い、行くべきか……行かざるべきか。究極の選択が今、ここに!? いや、行っちゃうべきでしょうか? でもでも、そんなの恥ずかしい、っていうかやっぱ表情一つ変えずにやっちゃうまどかちゃん半端なさすぎですよ? うーん、でも三人で……そ、そうですよね、三人でならセーフですよね、幼馴染相手ですし、恥ずかしくない、恥ずかしくない……すーはーすーはー。よし、行けます! ってやっぱこれ凄い恥ずかしい、あ、でもゆーくんのお布団良い匂いがして……あー、なんだか、気持ちが……落ちつ……い……て……

 

 



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【5】

 ウィィィーン、と駆動音を鳴らしながら車体を傾ければ、コーナーを火花を散らしながら四駆が曲がっていく。

 綺麗に曲がれた、ここで手間取ればその分後方との距離も詰まる。そのため一つ一つのカーブをどれだけ上手く曲がれるかは重要なポイントだ。

 一瞬で猛烈な加速ができるなら砂地を直線に突っ切ることも可能かもしれないが……。

 直後、背後で聞こえるブゥーン、という風と切る音に振り返り、後ろからついてくる『亀』と『恐竜』と『茸』を確認しながら舌打ちする。

 思ったよりも差が無い。何か一つミスがあれば追い抜かれてもおかしくはない。

 

 そうして視線を後方から前方へと戻し。

 

「っしま」

 

 狂暴な犬を彷彿とさせる牙の生えた鉄球が前方から迫ってきていて。

 咄嗟にトリガーを引く、と同時に。

 

 テッテッテー♪

 

 音楽が鳴り響く。

 

 直後。

 

 ピカッ……ズシャアアアア

 

 ()()()()()()()

 

「あっぶな?!」

 一瞬早く光に包まれた車体は降り注ぐ雷を物ともせずに加速していくが、後方の二台は雷に打たれ、車体をスピンさせたところをさらに後続に踏みつぶされていた。

 後続との差が開く……あれはもう復帰は絶望的ではないだろうか。

 

「……っち」

「…………」

 

 無言の圧力を背後から感じる。

 というか舌打ちしたの誰だ。

 いや、それよりも二台はすでに大きく差はつけているが、代わりに一台、こちらへと猛スピードで接近してくる。

 どうやら()()()()()()らしい……この土壇場で運が良いことだ。

 甲羅も相手にぶつければ強いのは強いが、光で守られた自身にはそれは通用しない。

 さらに無敵と化すこの状態は通常より少しだけ速度も上がるため光が途切れる頃にはその甲羅の射程からはとっくに逃げているだろうことは明白だった。

 

 だが()()が引いたのは加速装置。

 確かに光に包まれたこの状態は速度も上がるが、加速装置はそれを優に超える猛スピードを実現する。

 その結果がすぐ背後にまで迫ったこの状況。

 

 どうする?

 

 一瞬の思考。

 無敵状態ということは、このまま()()()()()()()()相手だけを跳ね飛ばすことができる。加速は長くは続かないので立て直している間に圧倒的な差をつけることが可能だろう。

 だが相手のほうが速度が出ているのも事実。相手が無理矢理に押し出してこないのは今こちらと衝突すれば押し負けることを知っているからだ。

 こちらからぶつかりに行く、ということはつまり()()()()()車体を下げるということ。

 万一避けられれば相手の加速からして一気に抜き去られ距離を離される。

 それは今後の展開次第では逆転不可能なレベルではないだろうが……だが折角の有利をむざむざ捨てに行くのは果たして正しいのだろうか。

 

 どうする?

 

 二度目の問いかけ。

 車体を包む光はもう長くは持たない。

 どちらにするにしても決断は急ぐべきだ。

 

 簡単に言えば、リスクを承知で攻めるか、それともリスクを冒さず守るか、その二択。

 

 一瞬の迷い。

 答えは。

 

「あっ」

 

 答えを出そうとした直前、進路上にアイテムボックスが浮かび上がる。

 咄嗟の判断。

 ()()の進路を塞ぐように車体を移動させる。

 彼女もまたそれを躱そうと車体を横に動かし、さらにそれを塞ぐようにこちらも、とイタチごっこになる。

 とは言え、こちらの光が消えていく、それは彼女の遠慮を失くすことである……が。

 

「っ……」

 

 進路を塞ごうとするこちらの動きのせいで上手く前に出れない彼女が僅かに焦り。

 直後にその加速が終了する。

 加速装置は爆発的な速度を生み出す反面、その効果は長続きしないのが特徴なのだ。

 これでこちらとの位置関係は変わらない、自身が先行し、すぐその後を彼女が追う形。

 問題は次のアイテムボックスだ。

 そこで互いが何を獲得できるかでこの小さな有利もあっさりと覆る。

 

「「っ!」」

 

 アイテムボックスを通過する。

 ランダムで生成されるアイテムが右下に表示され。

 そこに浮かんだのは……。

 

 ―――加速装置。

 

 一瞬だけ背後の彼女を見やる。

 そこにあったのは。

 

 ―――棘のついた青甲羅。

 

 ゾッとした。

 それは先頭を走る車体だけを的確に狙う恐るべきスナイパーだ。

 一瞬の逡巡も無く、加速装置を動かす。

 直後、彼女もまた必殺の弾丸(青甲羅)を解き放つ。

 この甲羅は弾丸だ。つまり車体の速度を軽々と超えてくる。

 緑は直線にしか飛ばない故にまだ避けられる。赤は距離を離せば当たらない。

 だが青は……青は先頭の一台しか狙わない代わりにその追尾性能は極めて高い。

 つまり、放たれればほぼ必中の魔弾となる。

 これを回避する方法は二つ。

 

 一つは先ほどの光を纏って無敵と化すこと。

 もう一つはこちらも弾丸(甲羅)で弾くこと。

 

 だが今の自分にはどちらも無い。

 じゃあどうするか、簡単だ。

 

 ―――逃げる、それしかないのだ。

 

 ぐんぐんと加速する車体。それに伴って大きな揺れが視界をがくがくと震わせる。

 先ほども言ったが、青甲羅(魔弾)の追尾性能、そして速度はこちらを大きく上回っている。

 故に、普通にやったのではどうやったって逃げ切れるものではない。

 

 加速装置が無ければ、だが。

 

 これも先ほど言ったが、この加速装置は短時間しか効果が無い代わりに驚異的な速度で走行することが可能になる。

 その速度は甲羅とほぼ同速。

 つまり、加速状態の間だけはあの青甲羅(魔弾)から逃れることは可能。

 

 とは言え、加速状態が切れた時が逆転の時。

 

 だが。

 

「見えた」

 

 震動の余りにブレる視界の先に大きな(ゲート)が見えた。

 目的地、ゴール、つまりあれを潜れば自身の勝利。

 加速時間はまだある、追い迫る青甲羅(魔弾)はすぐ後ろを追ってくる。

 だが最早この直線で追いつかれることはない。

 最後の直線、つまりこれで自身の勝ちである。

 

「……っ」

 

 追いつけない、それを察したのか彼女も息を飲み。

 

 そうして。

 

 門のすぐ目の前まで走りぬき。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 そうして。

 

 ピカッ……ズシャアアアア

 

 ()()()()()()()

 

「はっ?」

 

 雷に打たれスピンする車体。

 不味いと思って立て直しを計った、直後。

 

 ズドオォォォン

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああああああああああああああああああああ!!?」

 横転した車体を持ち直そうとがむしゃらに操作をするが、簡単には戻らず。

 

 ピューン

 

 という音が聞こえた。

 視線の先で、()()()()()()()()が門を潜っていた。

 

「な……に……?」

 

 一瞬、理解ができずに止まる思考。

 その直後。

 

 どぉん、と音がして。

 

 光に包まれた後続の車体に自身の車体が跳ね飛ばされた。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!??」

 

 後続が次々と門を潜りぬける電子音と共に絶叫し、コントローラーを投げ捨てた。

 

 

 * * *

 

 

「……ぶい」

 

 無表情ながらもどこか自慢げにピースサインを決めるまどかに、その横で楽し気にそれを見つめるマナ。

 そしてソファで力無く項垂れたボクである。

 

 土曜日の朝。

 学校も休みだし、前日からマナが泊っているため、朝からマナも一緒になってまどかと三人でレースゲームでもやるか、と遊んでいたわけだが。

 

「酷い……あれは酷い……」

「ぶい」

「ふっ……勝てば良かろうなのだ、ですよ」

 

 まさかあと一息のところで雷で返されるなど予想外も良いところだ。

 いや、あの雷は予測がつかないからこそ、強いのだが。

 青甲羅から逃げ切れると踏んだ時、まどか以外の相手のことを忘れていたのが完全なる誤算だった。

 

 ―――さすがにNPCの心など読めるはずも無い。

 

 いや、アイテム欄自体は画面に四分割で表示されているのだから注意していれば分かったはずなのに、まどかのほうしか見ていなかった自分の不注意か。

 というか一つ疑問がある。

 

「なんでまどか、星なんて持ってたの?」

 

 自身の後ろにいたはずの彼女である。

 青甲羅を撃っていた、ということは彼女の獲得アイテムはそれだったはずなのだ。

 だと言うのに、最後に見た彼女は光に包まれていた。

 あの雷を唯一無効化できるアイテム星、つまり無敵化アイテムである。

 アイテムは一つしか持てないし、アイテムボックスは一つにつき一個のアイテムしか獲得できないはずなのに、どうして彼女は二つ目を持っていたのか。

 

「……戻った」

「……はぁ?」

 

 つまり、それが答えだった。

 

「雷、出てたから」

「あー」

 

 つまり自分が見逃したものを、彼女はしっかり見ていた、ということだ。

 しかしまあ、それで一発で目当ての物を引き当てるのだから、豪運にも程がある。

 まあでも、そういうことなら。

 

「完敗だあ」

 

 多少の運はあれど、完敗だった。

 いや、まあ負けたと言っても所詮ゲームなのだが。

 そうやってソファでぐでーと伸びていると。

 

「ん……」

「ん? まどか、疲れた?」

 

 まどかが横になってボクの膝の上に頭を乗せてくる。

 と言っても小柄……というか小柄過ぎるというか、未だに小学生の時とほとんど体型の変わっていないまどかが頭の乗せたくらいではほとんど重さも感じないので、気にせず好きなようにさせておく。

 

「あー! ゆーくんいいな、まどかちゃん、私のほうにも、かもーん、です」

「……ん」

 

 ぽんぽん、と膝を叩いてアピールするマナをまどかが一瞬だけ見やり、すぐに体を丸めて目を瞑る。

 

「まどかちゃーん」

「……マナ、うるさい」

「……はーい」

 

 一瞬だけ向いたまどかの視線に、マナが項垂れる。

 そんな幼馴染たちのやり取りに苦笑しながらまどかの頭にぽん、と手を置いて。

 

「眠いの?」

「……ん」

「そっか、おやすみ」

 

 どうも昨日は眠りが浅かったのか、朝から少し眠そうにしているし、このまま寝かせておくかとまどかの頭を撫でるように髪を梳く。

 すぐに寝息を立て始めるまどかに苦笑しながら、ちらちらとこちらを見やるマナを見て。

 

「マナも来る?」

「え……い、いや、それは、その」

 

 ―――行きたい、でもさすがに恥ずかしすぎです。ていうかまどかちゃんやっぱパナすぎですよ?!

 

 湯だったように頬を赤く染めながらぶんぶんと首を振るマナに笑みが零れる。

 何だかんだと小心者というか純情というか……想像力だけは逞しいのだが、それを実行する勇気も無いのがこの幼馴染の可愛いところだと思う。

 

「……ほわ……なんかまどか見てたらボクも眠くなってきた」

 

 すやすやと気持ちよさそうに眠るまどかの頭を撫でてやればくすぐったそうにまどかが身じろぎする。

 一つ欠伸を噛み殺しながら、そのままソファに身を預けると、段々と眠気が襲ってきて。

 

 

 * * *

 

 

「寝ちゃった……」

 

 目の前で仲良く眠る幼馴染たちの姿に、呆然と呟く。

 

「……えっと……えーっと」

 

 少年の膝を枕にすやすやと気持ちよさそうに眠る幼馴染の少女の姿を見て、少しだけ羨ましく思う。

 

 ―――いいなあ、まどかちゃん。

 

 なんて、口にはしないけど。

 何だかんだとお似合いなのだ、この二人は。

 正直、自分がここにいて良いのか、迷うくらいには。

 

「邪魔、なんて……二人が絶対に言うはずないですけど」

 

 分かってはいる、のだが。どうしても考えてしまうこともある。

 いや、そもそも同じ家に住む半ば家族同然の二人なのだから、仲が良いのは当然のはずで。

 

「同じ幼馴染……なのに、なあ」

 

 それはどっちに向けて言った言葉なのか。

 どっちに向けての思いなのか。

 自分でも良く分からない。

 

 間愛は二人のことが大好きだから。

 大々々々々……。

 大をいくつつけても足りないくらいに心の底から好きだから。

 だから、二人には知られたくないのだ、こんな思い。

 

「寂しい……なあ」

 

 時々、疎外感を感じる。

 でもきっとそれは的外れな思いだって、分かっている。

 だって先ほどだってゆーくんは自分を誘ってくれた。

 輪に入ろうと、いつも彼は誘ってくれるのだから。

 輪から外れた自分を、気づけば彼女は手を引いてくれるのだから。

 だから、この思いは自分が勝手に感じている、見当違いな感情だと分かってはいるのだ。

 

「……はぁ」

 

 嘆息する。

 どうしようもなくやるせない思いを感じて。

 

「……ん……マナ……」

 

 すやすやと眠る彼女の口から自分の名前が聞こえたことにどきり、とする。

 

「うーん……マナは……ご飯山盛りで……良い……よね」

 

 直後に彼の口から呟かれた寝言に。

 

「……ぷっ」

 

 笑いが込み上げてきて。

 

「私も一緒させてもらいますねー」

 

 二人を起こさないように小声で囁き、彼の隣に座る。

 

「おやすみなさい、ゆーくん、まどかちゃん」

 

 呟き、そっと目を閉じた。

 

 

 




面倒くさいやり取りはほぼ無いよ。だって面倒くさいしね、書いてても、読んでても。
日常、ほのぼの、ちょっぴり恋愛、くらいで構成されているのがこの小説だから。


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【6】

 

 

「ほ……あ……ふぁ……」

 

 欠伸を噛み殺しながら、椅子にかけていた料理用のエプロンを手繰り寄せ、首に通す。

 めくれ上がったエプロンの裾を戻しながら、後ろのソファで肩をより合わせている少女たちに向けて口を開く。

 

「まどか、マナ、何食べたい?」

「……ん?」

「何でも良いですよ?」

 

 エプロンの紐を後ろで結びながら尋ねてみれば二人して返ってくる適当な返事に嘆息する。

 作る側としては明確にこれ、と言われたほうが楽なのだが……まあそれならありあわせで本当に適当に作ってしまえばいいだろう。

 昨日の残りの肉じゃがを温め直し、煮汁の煮詰まった鍋に軽量カップに一杯分ほど水を注ぎ足す。

 冷凍庫から冷凍のグリーンピースを出して、(いろどり)程度に適量、鍋の中へと投入する。

 そうして鍋に蓋をしたら冷蔵庫からタマゴをいくつか取り出しボウルに割っていく。

 

「ゆーくん、そう言えばおばさんたちは?」

「父さんと母さん? 昨日から出たままだよ……確か明日まで出張って言ってた」

「りゅーじくんもいないし……てことは私が帰ったら明日までまどかちゃんと二人きり?!」

「……ん?」

「何言ってるのさ……そんな今更」

 

 もう一度嘆息する。

 うちの両親はどちらも割合忙しい。お隣さんほどではないが、それなりに出張も多く、家を空けることが多い。

 兄も数年前、進学を期に家を出て滅多に帰ってくることも無いし、まどかと二人だけになることなど割としょっちゅうと言える。

 

「というか、まどかー」

「ん?」

「今日確かアキラさん帰ってんじゃなかったっけ?」

「あれ? アキラさん帰ってくるんですか?」

「……ん?」

「いや、ん? じゃなくてさ」

「……ん?」

「……あの、まどかちゃん?」

「……んん??」

「……まどか?」

「……誰?」

 

 

「「お前の(まどかちゃんの)兄だろ(お兄さんでしょ)!?」」

「……冗談」

 

 

 全くの無表情でそんな冗談言わないで欲しい。一瞬本気にしかけてしまった。

 思わず叫んでしまったが、アキラさんがいなくて良かったと本気で思う。

 あの人妹溺愛してるから……冗談でもまどかに誰? とか言われたら吐血して倒れるに決まっている。

 マナも同じ想像をしてしまったのか、安堵したように胸を撫でおろしていた。

 

 ことことこと

 

 そんなことをしている間に、鍋が煮え、蓋が揺れ動く。

 ちゃっちゃっちゃ、と菜箸でボウルの中の卵を適度にかき混ぜながら鍋の蓋を開け流し込んでいく。

 すぐにコンロの火を止めて蓋を閉めておく。

 その間に茶碗の用意をしていく。

 

「まどか、マナ、もうすぐできるよ」

「ん」

「はーい」

 

 自分もだが、マナも割と大雑把というか取り合えず食卓に出せばなんでも食べるみたいなタイプなので大皿にご飯を盛っていき、後で端に先ほどの肉じゃがの卵とじをよそえば肉じゃが丼の完成だ。

 まどかは別に繊細というわけではないのだが、ご飯とおかずは別々に食べたい派というか、ご飯の上に何かかけたりすると、食べにくい(口小さいので)という理由で茶碗に小盛にしたご飯と深皿に卵とじを入れてやる。

 それをお盆に載せて居間のテーブルまで運ぶ。

 

「ほら、各自持って行って」

「ん」

「はーい」

 

 茶碗と深皿をまどかが、ボクの分より随分と大きくご飯を盛ってある巨大な丼をマナが持っていく。

 この辺りはいつものやり取りなので、言わずとも自然と自分の分を持っていく。

 台所から薬缶を持ってきて、お盆に載せた三人分のコップにお茶を注いでいく。

 

「ほら、まどかは忘れないようにこれね」

「えぇ……」

 

 忘れないように冷蔵庫から持ってきた野菜ジュースを渡すと、表情には出さないが、げんなりと言った様子の声でまどかが嘆息した。

 ん、ではなく、えぇ、の辺りが本気で嫌がっている感じがある。

 とは言え、ここで甘やかしてもまどかのためにならない、と心を鬼にする。

 

 ……まあ、まどかの分の肉じゃがは人参とグリンピース少な目だが。

 

 これも甘やかし……なのかな?

 とは言え、嫌なものを無理矢理食べさせるのも気が引けるし。

 カレーライスのような味付けが濃いものなら人参も気にならないのか普通に食べるので、調理法次第なのだろうけれど。

 まあ難しい問題である、食事の好み、というのは。

 

 ふと視線をあげれば、ぱくぱくと美味しいそうに丼飯をかきこんでいくマナの姿に苦笑する。

「マナ、そんな焦って食べてると喉詰まらせるよ」

「だっふぇ、おいひいですふぃ」

 その隣ではまどかが表情こそ変わらないが心の中で盛大に運命を響かせながら、震える手で箸に掴んだグリーンピースを口へと運んでいく。

「そんなに嫌い? グリーンピース」

「……ん」

 こくり、と頷き、目をぎゅっと閉じてグリーンピースを飲み込むその姿にため息が漏れる。

 

「世話が焼けるなあ」

 

 なんて呟きながら、それを別に苦とも思っていない自分がいて。

 なんだかなあ、なんて思ってしまうのだ。

 

 

 * * *

 

 

 入った瞬間、溢れ出すそれはまさしく音の洪水だった。

 反響する音と音が交差し、何度となく耳を打つ。

「まどかー大丈夫?」

「……ぐわんぐわん」

「やっぱ来ないほうが良かったんじゃないですか? まどかちゃん」

 

 まどかは耳が良い。音楽一家に生まれた影響なのか、いくつもの旋律の重なりの一つ一つを聞き分けられるほどに耳が良く、だからこそこういう雑音に満ちた場……ゲームセンターはやばいんじゃないかな、という予想があったのだが、案の定だったらしい。

 土曜日午後、昼食も取ったし、後どうしようかなと思案し、久々にゲーセンに行こうかと思ったところまでは良かったのだが、何故かそれにマナがついてくると言い出し、さらにマナが付いていくなら自分もとまどかが言い出し、結果的に三人で来ることに。

 

「まどか、これ貸してあげる」

 

 ここまで着てきたパーカーをまどかに着せてあげる。

 意味が分からず首を傾げるまどかだったが、パーカーについたフードを被せてやると。

「……ん」

 少しマシになったのか顔を上げる。

 普通なら本当に少しマシ、と言った程度だがまどかの耳の良さだとこれでも大分違うらしい。

 まだ少し煩いようだが、少し、で済んでいるなら十分遊べる。

 

「何やる?」

「ゆーくんは何しに来たんですか?」

「ん?」

 

 この町のゲーセンは数は少ないが、どこもけっこう大規模なものが多いので、どこに行ってもそれなりに遊べる……無論金が必要になるが。

 

 この店の場合だと。

 

「ユーフォ―キャッチャーとかどう?」

「あ、私やってみたいです!」

「ん、ん!」

 

 私も、とアピールするまどかに苦笑しながら、賛成多数によりユーフォ―キャッチャーのコーナーへと足を向ける。

 少しだけこれで良かったのかな、と思わなくもない。

 自分から提案してしまっただけにそれを断れなかっただけなんじゃないか、と思ったりもする。

 

 何せゲーセンに入る時はボクの読心能力は切っている。

 

 ボクの能力は人の感情の表層を読み取る。

 それはつまり、喜怒哀楽の感情が剥きだしに聞こえるということであり、ゲームセンターは感情の坩堝と言っていいほどに色々な感情に溢れている。

 簡単に言うと酔うのだ。小さなゲームセンターコーナーくらいならいいのだが、一つの店舗として成立するくらい大規模なものとなるとやってくる人も多く、さらに面倒なことに隣はパチンコ屋だ。

 自分の能力の射程、とでも呼ぶべきものを真面目に計ったことは無いが、集中するとかなり遠くのほうの声まで聞こえるため、隣の建物くらいなら、しかもパチンコ、ギャンブルなどゲーセン以上に感情に溢れている。嫌が応にも聞こえてしまうため、以前やってきた時は眩暈すらした。

 だからこういう場所に来る時は能力を使わないようにスイッチを落としている。

 とは言え、普段から使い慣れた能力を使わない、分かりやすく言えば五感を一つ使わなくなったようなものだ、普段知覚しているものが知覚できないという感覚に慣れず、どうにも惑ってしまう。

 

「慣れないなあ」

「ふえ? 何がですか?」

「……ん?」

 

 一人ごちた呟きをけれどこの騒音の中でまどかとマナの二人は聞き分けたらしく、首を傾げる二人になんでもないよ、と苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 昔の人は言った。

 

 UFOキャッチャーは貯金箱である、と。

 

「…………」

「う……うあ……」

 

 崩れ落ちるマナへとまどかが冷めた視線を送る。

 すでに英世三枚がこの筐体へと消えていったが、未だ中のパンダのぬいぐるみは落ちる気配を見せない。

 最初の千円くらいまではまどかも一緒に横で応援していたが、二千円を超えたあたりで、これダメだ、と悟ったらしく、三千円を費やした今となっては冷めた視線を送るばかりである。

「今月の……お小遣い……パァ……」

 死んだ目でぶつぶつと呟くマナに嘆息し、ちゃりん、とお金を入れる。

 

 とは言っても小さなぬいぐるみ……いや、ストラップ程度ならばともかく、本格的にサイズのあるぬいぐるみというのは基本的にある程度以上の金額を費やさないと取れないようにできている。

 当然ながら少額で簡単に取られるならお店としても商売あがったりなわけで、小銭を溶かしながら少しずつ少しずつ位置をずらしていき、取れるような位置にまで持っていけるのが、まあ通算して。

 

 中型のぬいぐるみなら三千円程度と言ったところか。

 

 こてん、と取り出し口に落ちたぬいぐるみを拾い。

 

「ほら、マナ」

「……え」

「……ん」

 

 マナが視線を上げ、ボクの持つぬいぐるみを見て。

 

「いいの?」

「ほぼほぼマナがあそこまで動かしたんだから、マナのだよ」

 

 手を出したマナにぬいぐるみを渡し。

 

「…………」

 

 マナがじっとぬいぐるみを見つめる。

 やがて。

 

「えへへ……」

 

 はにかむ。

 それからぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ。

 宝物を抱きしめるかのように頬擦りし。

 

「ありがとう、ゆーくん!」

 

 満面の笑みでそう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 ゲーセンで一番楽しいゲームは?

 と聞かれればその答えは人それぞれだろう。

 ガンシューティング、アクション、レーシングゲームに先ほどのUFOキャッチャー、リズムゲームだってあればスロット紛いのものだってある。

 

 じゃあボクにとって一番は何か、と言われると。

 

「よし立直(リーチ)だ……こい、こい、こい。来た! 自摸(ツモ)!」

「ゆーくん、趣味渋すぎじゃないですか?」

「……ん」

 

 電子麻雀である。

 残念ながら点数の計算ができないので実卓を囲むことはできないのだが、これが意外と楽しい。

 というか実卓を囲むと思考が読める時点でこういうゲームは楽しめなくなるので、オンラインのほうが楽しく遊べる。

 まあこの麻雀好きという特徴が今後の人生にどれだけ意味があるのかと言われればきっと無いのだろうが。

 というか麻雀が好きというよりは、相手の裏をかき合うようなゲームが好きなのだ。

 ポーカー、大富豪などのトランプ系のゲームも好きだし、某ポケットサイズのモンスターなども割と好きだ。後はオセロや囲碁などのボードゲームも時々やる。

 ただ実際に面を会わせてやると思考が漏れてくるので実際にやる時は能力を切ってやるのだが。

 とは言え普段から人の思考を読んでいるのだ、何を考えているのか、何をしたいのか、などだいたい考えるだけで分かる。

 なので例えオンラインゲームだろうとけっこう良い戦績を残せるのだが、麻雀の場合そこにさらに運が強く絡む。

 某女子高生麻雀漫画のように麻雀に特化した超能力というのはさすがに聞いたことが無いが、世界は広いし、案外あるのかもしれない。

 

「父さんがけっこう好きなんだよね、こういうの」

「あー……オジサン、まどかちゃんのお父さんとかうちのお父さんとかと時々遊んでますしね」

「ボクも時々混ざって四人でやってるけど……まあ基本的に父さんたち家に居ないからねえ」

「……ん」

「まどかちゃんのお父さんも多忙な人ですしね、うちのお父さんも決して暇というわけでも無いですし」

「まあ親は親同士遊んでるけど、子供は子供同士で遊んでるし、良いんじゃないかな?」

「ですです」

「……ん」

「ん? どうしたのまどか」

 

 ぐいぐい、と袖を引くまどかに首を傾げ。

 

「……ん」

「ん? もしかしてやりたいの?」

「ん」

「え、まどかちゃん麻雀なんてできるんですか?」

「……教えて、もらった……お父さんに」

「へー」

 

 珍しく長文を喋った幼馴染に、席を代わり。

 

 そうして。

 

 半荘(はんちゃん)の残り四局で二人飛ばしてまどかが一位だった。

 

 幼馴染は麻雀が鬼のように強かったと知った一日だった。

 

 

 

 




まどかちゃん何気に超能力者じゃないけど、超人だから(
そして心を読まない場合のマナちゃんのヒロイン力は意外と高いのだ。

作者自分で設定してて忘れてたけどゆーくんは兄がいる。
長男なのにりゅーじくん……適当に名前設定するもんじゃないね(


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【IF】

エープリルフール特別企画ぅ。
嘘つきシリーズ。
本編の中に一つだけ嘘を混ぜたらどうなるか。

Q.つまり?

A.もしもシリーズだよ。


 

 

 夢を見た。

 

 ずっとずっと昔の夢。

 

 ―――好き。

 

 そう言われた。

 

 ―――僕も。

 

 そう返した。

 夢だ。ずっとずっと昔の夢だった。

 遠い昔の夢、まだ幼い子供の頃の夢。

 

 約束した。

 

 ずっと一緒にいようね、って。

 

 約束した。

 

 ずっとずっと一緒だよ、って。

 

 誓った。遠い日の誓いは。

 

 ―――今もまだ、続いている。

 

 

 * * *

 

 

 朝目が覚めると目覚ましの代わりにオーケストラの音楽が鳴り響いていた。

 

 ヴィヴァルディの『春』か、なんて彼女と過ごすうちに自然と覚えた音楽の知識から聞こえてくる曲の名前が出てくる。

 多分名前でピンとこない人も、実際に聞けば分かる、という場合も多いだろう。学校の入学式や卒業式、後はまあ結婚式なんかの場でも使われる場合もあるらしい。某カップ麺のCMなどでもアレンジが使われていたり、日本人なら聞くことも多い曲だ。

 

 それにしてもオーケストラの音楽が目覚ましなんて、なんて優雅な生活だろうか。

 

 問題はボクは特にそんな目覚ましセットした覚えも無い上に、そもそもオーケストラのCDや音楽データなんてうちには無いことだが。

 

 目を開くと、視界の中にドアップで彼女が映っていた。

 

「……おはよう、まどか」

「おはよ……ゆーくん」

 

 鳴り響く心の音楽オーケストラは最高潮に達しようとしていたが、別に鼓膜で聴いているわけでも無いので、彼女の小さな声でも普通に聞こえては来る。

 他愛のない挨拶。お隣同士の幼馴染。まあそう考えれば朝起きたら目の前に彼女がいることも不思議でも……でも?

 

「いや、無いか」

「ん?」

 

 一人呟いた言葉に首を傾げる彼女に何でもないよ、そう告げて苦笑する。

 そう、別に不思議でも無い話だ。

 お隣同士の幼馴染。でも何年か前からはずっと一緒の家に住んでいて。

 

 ―――ずっと昔から恋人同士なんだから。

 

「まどか」

「ん?」

 

 朝一番に見る彼女の表情に、笑みを浮かべ。

 

「好きだよ」

「……ん、私も」

 

 短く呟き、彼女もまた()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 彼に髪を梳かれる時間はとても好きだった。

 

 優しく優しく……まるで宝物でも扱うかのような繊細な手つきで、ゆっくりと櫛を通してくれる。

 

 少女……戸辺円花だけの特権で、朝一番の至福の時間だ。

 

「いつものでいい?」

「ん」

 

 梳かし終われば次は髪を結び始める。頭が重いのを嫌う円花のために両側でおさげを作って前に垂らす。

 彼が好きだと言ってくれたいつもの自分の髪に触れる。

 長い髪はやや面倒ではあるが、まどかの母親が絶対に短く切らしてはくれないし、何よりこうして彼に梳いてもらえる時間が少しでも長くなるのならば手入れの面倒も受け入れる意味は十分にあった。

 少しだけ力を抜き、まどかの背後で髪を編んでいる彼にもたれかかる。

 

「どうしたの?」

 

 なんて、耳元で聞こえる優しい声になんだか無性にドキドキしてしまって。

 

「んーん」

 

 何でも無いよ、と頭を揺らしながら完全に彼に体を預ける。

 少しだけ困ったような表情をした彼だったが、やがて微笑し手早く髪を編み終えると。

 

「まどかはあったかいね」

 

 呟きながら背中から伸びてきた手に抱きとめられる。

 

「ゆーくんのほうがあったかいよ」

 

 回された腕に手を添えながら、目を閉じる。

 とくん、とくん、と聞こえる心臓の音は、自分の物か、それとも彼の物か。

 

 いつまでもいつまでもこうしていたいな、なんて思った。

 直後。

 

 PiPiPiPiPiPi

 

 電子音。二人して視線を向ければアラーム鳴り響く目覚まし時計。

 時刻を見て、二人して口を開き。

 

「「あ、学校」」

 

 すでに家を出ていなければならない時刻に、慌て始める。

 

「やばい、今日も遅刻寸前だ」

「毎日のこと」

 

 まあ毎日同じことやっているから仕方ない。

 昔はアラームかけていなかったので、そのまま遅刻したこともある。

 さすがに不味いのでこうしてアラームもかけるようにしたのだが。

 

「……無粋」

「て言っても、父さんか母さん、おじさんおばさんにも迷惑かけちゃうからね」

「……むう」

 

 それでもやっぱり、もう少しだけ、なんてそんなまどかの心中を察したかのように。

 仕方ないなあ、なんて呟きながら彼の顔がすぐ傍に迫ってきて―――。

 

 ちゅ、と唇に柔らかい感触。

 

「学校終わるまで、これで頑張って」

 

 なんて言われたら、もう諦めて動き出すしかなくて。

 

「……はぁ」

 

 思わず嘆息。

 

「なんか……」

 

 何と言うか。

 

「ゆーくんが好き過ぎて辛い」

 

 それ以外に言いようが無かった。

 

 

 

 ==================================

 

 

 ―――じゃあ、その時は。

 

 頬を染める朱は、夕暮れの物なのか、それとも。

 

 ―――私を……お嫁さんにしてくれますか?

 

 俯きがちに、おずおずと、それでもはっきりと。

 そう告げる彼女に、少しだけ考えて。

 

 ―――うん。

 

 そう告げ、頷く。

 瞬間、彼女の顔がぱぁ、と明るくなって。

 

 ―――えへへ……ゆーくん。

 

 両手を広げ、跳びつきながら。

 

 ―――だーいすき!

 

 

 * * *

 

 

 学校の通学路で待ち合わせ、と言うのは恋人としては定番なんじゃないだろうか。

 なんてことを考えながら。

 

「遅いね」

「ん」

 

 まあ横に幼馴染の少女がいるので、ロマンもへったくれも無いわけだが、それはそれとしていつもならもう来ているはずの時間なのだが、未だに待ち人はやって来ない。

 

「どうしよっか……まどか、先に行く?」

「……ん」

 

 逡巡したが、けれどこくり、と頷き幼馴染が先に歩き出す。

 一緒に生活して数年になるが、最近ようやく自立という言葉を覚えてくれたのか一人で寝起きするようになったし、お風呂も一人で入るようになったし、服を着替えるのも髪を結ぶのも自分でやるようになってきた。

 ……単純に恋人であるもう一人の幼馴染に遠慮してのことだとするなら、有難いことだとは思う。

 理解のあり過ぎる恋人ではあるが、同じ幼馴染とは言え他の少女と一緒に住んでいる上に世話まで焼いているというのは不義理だと言われても仕方ないことだと思っているから。

 

 とことこと小さな歩幅で歩いく幼馴染の背を見送りながら、まだかな、と視線を移し。

 

「ゆーくん!」

 

 彼女……マナがやってきたのはそれからさらに五分ほど経ってからだった。

 少し焦ったように小走りでやってきたマナと共に学校へと向かいつつ、マナの持っていた小さな紙袋に視線を移す。

 

「どしたの、それ」

「え……ああ、これですか。ほら」

 

 紙袋から出したそこには、一組の手袋……のようなものがあった。

 いや、決して不細工だとかそういうことではなく。

 

「少し大きい?」

「ミトンですから」

 

 ああ、なるほど。と一つ頷きながら、どうしたの? と尋ねれば。

 

「まどかちゃんにプレゼントです」

「まどかに? ああ、そう言えば最近になって一人で夕食作るようになったし」

「ですです……それに、色々気を使ってもらってますし」

 

 そんなマナの言葉に思わず首を傾げ。

 そしてそんな自分の反応にマナがくすり、と笑う。

 

「ダメですよ、ゆーくん。まどかちゃん、私たちのためにたくさん遠慮してくれてるんですから」

「まあ最近色々してくれるようにはなったけど……」

「それだけじゃなくて」

 

 ちらり、とマナが前をへと……まるで遠く、先に向かったまどかを見つめているかのように……視線を向け。

 

「今日だって、二人にしてくましたし」

「そりゃマナが遅れてくるからじゃ?」

「もう……違いますよ、ゆーくんのにぶちん」

 

 そう言われても、と思わず頭を掻く。

 人の心を読めるため、にぶちん、なんてほとんど言われたことない、というかマナ以外に言われたことなんて無いのだが。

 まどかの心は非常に読み辛い。というか聞こえてくる声が全部音楽で表現されているため機嫌などは凡そに分かっても具体的に何を考えているのかなどというのがさっぱり分からない。

 人の心を読むことに慣れ切ったせいで、逆にまどかのことだけはさっぱり分からないのだ。

 人の心を読むことは自身にとって常態であり、故に何年経ってもまどかの思考だけはさっぱりだった。

 

 逆にマナはまどかの思考にとても詳しい。詳しいというか鋭い。

 それは女の子同士の物なのか、同じ幼馴染なのにまどかという少女に対する理解がまるで違っていた。

 そしてそんなまどかをマナはとても好いていて、だからこそまどかに関することにだけはしょっちゅう鈍感だのにぶちん、だの言われ続けていた。

 

「正直何考えてるかとか良く分かんないんだよ」

「もっとちゃんと感じてあげてくださいよ……まどかちゃん無口でも、無表情でも、それでも無感情じゃないんですから」

「……うーん、まあ確かに、同じ家に住んでるんだしもっと気を付けるべき何だろうなあ」

 

 ずっと昔のお喋りな頃の彼女ならともかく、今のまどかでは正直難易度の高い話ではあるが。

 

「うんうん……そんな素直なゆーくんに彼女さんからのプレゼントですよ」

 

 肩を落としながら歩く自身に向かって、そう告げながらマナが白い包みを差し出し。

 

「……なにこれ?」

 

 開けてみていい? と尋ねれば、良いですよ、と頷いたマナに包みを剥がしていき。

 

「…………」

 

 中に包まれていたのは白い手袋だった。

 雪のように真っ白で、けれど毛糸で編まれたそれはとても暖かくて。

 

「まだちょっと早いですけど……良かったら、もらってください」

 

 えへへ、と照れたようにはにかむマナに、何とも言えない気持ちが溢れてきて。

 

「うん。ありがとう、大切にするね」

 

 そっと手袋を撫でて、笑顔を返す。

 そうしたらまたマナも照れたように笑ってくれて。

 

「ねえ、マナ」

「あ、はい、何ですか、ゆーくん」

 

 一歩、マナへと近づく。

 元からそう距離があったわけでも無い、一歩で互いの肩が触れ合い。

 

「大好きだよ」

 

 耳元でそっと呟く。

 

「……あ」

 

 囁かれたほうの耳をばっと、手で押さえながら顔を赤くしたマナがこちらを見つめ。

 

「えっと……うん」

 

 少しだけ言葉を選ぶように溜めながら。

 

「私も……ゆーくんが大好きだよ」

 

 いつもとは違う、砕けた口調で告げて、微笑んだ。

 

 

 

 




前半の嘘:まどかがゆーくんと恋人だったら。
後半の嘘:マナちゃんがゆーくんと恋人だったら。

マナちゃんのことをクレイジーサイコレズっぽいバイセクシャルの変態だと思っている読者はこれを見て浄化されなさい。

というわけで恋人らしいイチャラブは見たな? 見たよな? 満足したか?

なら本編はしばらく恋人にならなくていいな(外道感


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【7】

 日曜日。

 

 学生は土曜日から続く連休を満喫しているだろう日。

 普段のボクならば家でまどかと遊んでいるか、外に出かけるかしているだろうが。

 

「ストラーイク! バッターアウト!」

 

 ……本日のボクは部活(ヤキュウ)の真っ最中であった。

 

 審判の上げた声に、バッターボックスの打者が悔しそうにバットを地面にこんこんと突きながらバッターボックスを出ていく。

 そうして次のバッターがやってきて。

 

 ―――打つ!

 

 その強い意思を感じると味方のピッチャー……トラに一球外すようにサインを出し。

 ぶん、とバットが空を切って振られ……ボールがその下をすり抜けていくのをキャッチする。

 トラの思考を読み取っておけばだいたいどこに来るのか、その正確なコントロールでほぼ検討はつくのでトラが投げた瞬間にミットを動かし、ぼすん、とボールがミットの中に飛び込んでくる。

 そうしてミットの中のボールをトラに投げ返し、一瞬ちらりと横目でバッターを見やり。

 

 ―――様子を見るか。

 

 消極的意思を読み取って、今度はストライクゾーンに入れるようにサインをする。

 こくり、とトラが一つ頷き。

 

 投げる。

 

 その思考を読み。

 

 ―――っ、来た!

 

 そのボールが入ってくることに気づいた打者が慌てて振ろうとして。

 

 ぶんっ、と振られたバットはけれどとっくに過ぎ去ったボールの軌跡をなぞった。

 

「ストライクツー!」

 

 悔しそうにバットを握る手に力が入る打者の姿を見やりながら、ボールをトラへと戻し。

 

 ―――カウント0-2……外す、か?

 

 という思考が読み取れるのでもう一球入れてこいとサインを出し。

 

「ストライク、バッターアウト!」

「ぐっ……」

 

 審判の宣告に打者がバッターボックスを出ていく。

 これでアウト二つ。

 どうする? とトラに視線を向かわせる。

 これは大会でなくあくまで練習試合なので、打たせて取るというのも守備練習の実践という意味では重要になる。

 正直今日の相手チームならばこのままボクとトラだけで止めることもできなくはないが、それではただの投球練習にしかならない。

 

 トラの目標はあくまで夏の大会で結果を出すこと。

 

 となれば……。

 

 

 * * *

 

 

 4-1と書かれたスコアボードを見て、相手チームが肩を落としながら撤収していく。

 一方こちらは自校の校庭なので、片づけもそこそこに各自休憩を始める。

 時間的にはもう昼過ぎになろうという頃。

 

「それじゃ、トラ。ボクは帰るよ?」

「ああ、今日はご苦労だった。次回からは守備主体に行くからしばらくは大丈夫だが本番前にはまた頼むかもしれん」

「うん、分かった。出来るだけ早めにお願いね。こっちも家のこととかあるし」

 

 ボクの出番は終わったので帰り支度を終えて最後にトラに挨拶する。

 うむ、と頷くトラにそれじゃあ、と手を振りながら背を向ける。

 そうしてユニフォームやら何やらで重くなったスポーツバッグを肩に背負い直しながら校門を抜ける。

 

「それにしても今日は水泳部いて良かったあ……」

 

 お陰でシャワー室借りれたから汗を流して帰れる。

 前に試合に出た時は休みだったため、汗だくで家まで帰って汗臭さにまどかが逃げ出したとかいう笑えないエピソードもあるのだが、まあそれは余談として。

 校門を抜けて、学校の目の前のコンビニの駐車場に見覚えのある二人がいることに気づいた。

 

「おつかれ……ゆーくん」

「お疲れ様ですよ、ゆーくん」

 

 向こうもこちらを見つけたらしく、まどかとマナが声をかけながら駆け寄ってくる。

 

「あれ、まどかとマナ。見に来てたの?」

「ん」

「ですです!」

 

 朝出かける時には特にそう言った素振りも無かったので少しだけ驚きながら二人と並んで歩いて帰る。

 

「相変わらずうちの学校の野球部凄いですよね」

「ん」

「ゆーくんと若竹君で相手のみんなをいっぱい三振にしてましたし」

「トラさんの球凄いからね……今度分裂する魔球の練習するって言ってた」

 

 相変わらず一人だけ出身がギャグ系野球漫画みたいなやつである。

 因みに若竹君とはトラの苗字である。

 

「というか、途中で打たれた球捕るのに二メートルくらいジャンプしてませんでしたか……?」

「トラさん最大三メートルくらいはジャンプできるよ」

「あの……本当に人間ですか?」

「……たーみねーたー」

「いや、トラさんあれでも人間だから」

 

 ちょっと普通の人間とは言えないけど、それでも一応分類的には人類のはずである。

 まあちょっと……というか大分外れてはいるけれど、超能力者なんてのもいるのだ、ちょっと人間辞めてるくらい運動ができる人間だってきっといるのだろう……ということにしておきたい。

 

「そう言えば二人とも、お昼は?」

 

 携帯(スマホ)で時計を確認すれば午後十二時半。

 お昼にはちょうど良い時間である。

 

「ゆーくんと三人で食べようってまどかちゃんと話してましたから、まだですよ」

「ん」

「え、なにこれ?」

 

 マナの言葉に、まどかがすっと手を差し出し……握られていたのは五千円札が一枚。

 いきなり何だと思わず首を傾げたボクにマナが苦笑しながら補足説明する。

 

「ゆーくんのお母さんが外で食べるなら、ってくれたんですよ」

「母さん……相変わらずまどかとマナに甘いなあ」

「……ん?」

 

 息子のことは割と放置している癖に、まどかとマナにはやったら構いたがる困った母親である。

 まあ別に嫌われているとかそういうわけではないし、困った時にはちゃんと相談に乗ってくれるし手助けもしてくれる良い母親なのだが、息子より娘が欲しかったのとね、と口癖のようにボクに言うのは止めて欲しい。

 ついでにまどかとマナに「本当に娘にならない?」とか聞くのも止めて欲しい、割と本気で。

 二人とも本気にしていないというか言葉の裏に隠された意味が分かっていないので首を傾げるだけだが、何を言いたいのか思考を読めるボクとしては顔が引きつって仕方ないのだ。

 

「ま、まあそれはさておき……お小遣いもらったならどっか食べていく?」

「……どっちでも」

「私もどっちでも良いですよ? ゆーくんがご飯作ってくれるならそれはそれで全然ありですし」

「んー……今から帰って作るとなるとちょっと時間遅くなるしなあ」

 

 別に帰っても良いのだがその場合、一時過ぎることになる。そこからさらに調理していて、となると。

 

「母さん今日は仕事だっけ?」

「ですです……昼前に出かけていきましたよ」

「何か作ってた?」

「何も……ゆーくんに、お願いする、って」

 

 投げっぱなしかよ、と思わず呟きそうになるが、そのための五千円札か、とすぐに思い直す。

 こうなるとやはりどこかで食べて帰るのが良さそうかな、と考えて。

 

「どこで食べていこうか……予算五千円で三人ならけっこう高いのも行けるけど」

 

 別に全部使う必要も無いが、どうせ残ったら返すのなら使いたくなるのが心情というものだ。

 幸い学校からの帰り道に駅前を通るし、その辺で適当な店を見繕うのも良いだろう。

 まあまどかはそんなに食べないので良いとして、問題はマナだ。

 

「マナが満足できる量となると……定食屋? お替り自由な感じの」

「あ、私帰ったらまた食べるんで別に軽くでも良いですよ?」

「お昼食べて……帰ってまだ食べるの?」

「でないと夜までもたないんですよ」

 

 凄い食欲である、我が幼馴染ながら。

 

「それで良く太らないね?」

「んー……あんまりお肉つかないんですよね私。運動してるのもありますけど……って、え? まどかちゃん、どうかしました?」

「……んー」

「え、あの、そんな風に見つめられても」

 

 無表情ながら、珍しく拗ねているとはっきりと分かる雰囲気を醸し出しながらまどかがマナを見つめる。

 本当に珍しいこともあるものだ、と思う。基本的に無表情なのもあるが、感情本当にある? って思うくらい表に出ないし。

 まあ心を見れば……というかまどかの場合聴けば見た目よりもずっと多感であるのは分かるのだが。

 

「まどか、体重とか気にしてたんだ?」

「……ん」

「え、まどかちゃんが?!」

「マナ、さすがにその言い方は失礼だと思うよ」

 

 気持ちは分かるが。

 

「ん-……」

「あ、ご、ごめんなさい、まどかちゃん。謝ります、謝りますからそんな顔しないでください」

 

 そんな顔と言っても別に顔は本当に無表情なのだが。

 何故こんなにも感情が伝わってくるのだろう。本当に雰囲気としか言いようが無い。

 因みにさっきから心の中でダース〇イダーのテーマが流れているのが無駄に壮大過ぎて本気で笑いそうになるので止めて欲しい。

 

「まどかはむしろもっと食べて大きくならないと」

 

 さすがに十六にもなって小学生の時と身長誤差レベルでしか変わっていないのは成長しなさすぎである。

 そんなことを告げたボクに、まどかがこちらをじっと見つめ。

 

「……ぶふっ」

 

 途端に心の中でやる気の無いほうのテーマに変化して思わず噴き出したボクをまどかとマナが目を丸くして見つめる。

「な、何でも無い、何でも無いヨ?」

「語尾がおかしくなってますよ?」

「……ゆーくん?」

 

 何やってんだこいつ、みたいな目で二人が見てくるが、まどかのそれは反則だと声高に主張したい、まあ言わないのだが。

 そんな風に戯れながら歩いているとやがて駅にたどり着き。

 人の密集した駅の中をまどかとマナとはぐれないように纏まって抜けていき。

 

「それで、結局どうしよう?」

 

 いざ着てみたはいいものの、未だにどこに行くかは決まらず駅前で立ち往生する。

 ぐるりと見渡せばそれなりに飲食店もちらほらと目に付くのだが。

 

「ん」

「ん? どうしたの、まどか」

「あれ」

 

 ふとその時、くいくいとまどかに袖を引かれ、振り返ればどこかの店を指さすまどかの姿。

 指さす方向を見やり。

 

「ファミレスかあ」

「あ、セットメニューでドリンクバー無料って書いてありますよ」

「ランチ……安い」

「ですです、さっすがまどかちゃんです」

「んじゃ、あそこでいいかな?」

 

 もう決まったようなものだったが、一応二人の了承を取り、駅の真向かいにあるファミレスへと入る。

 すぐに店員がやってきて四人掛けの席へと案内され。

 

「旦那さん、旦那さん。はい、あーん」

「奥さん、それはさすがにちょっと恥ずかしいかな?」

「良いじゃないですか、私こういうのちょっと憧れですよ?」

「う、うーん……じゃあ、あ、あー……あ……」

 

 反対側の席で、凄まじいバカップルっぷりを発揮するすごく見覚えのある()()がいた。

 

「何やってるんですか、()()()()

 

 思わず呟いたボクは悪く無いと思う。

 

 

 * * *

 

 

 東雲八雲先輩と東雲梓先輩。

 うちの学校の三年生だ。

 恐らくうちの学校で最も有名な二人であろう。

 

 去年の文化祭で行われたジョークイベント『校内ベストカップル総選挙』で問答無用の一位に選ばれた二人であり。

 

 ()()()()()()正真正銘の()()である。

 

 よくまあ両親許したなとか思ったり、高校卒業してからのほうが、とか思うのが常識なのかもしれないが、この二人の場合学校に結婚の報告をしたら担任の先生に「え、まだ結婚してなかったの?」と言われたという伝説を持ち、クラスメートからも「ああ、ようやくか」「今更だよね?」「何か変わった?」「ようやく?」「まあおめでとう……?」と生ぬるい祝福を受けたという結婚する前から事実上夫婦だったため学校での認識はほぼ「うんまあ、知ってた」で統一されている。

 両親側も積極的に賛同して、二人が独り立ちするまで経済的にも援助する方向で話がまとまっているらしい。

 

 というか結婚する前から互いの呼び名が「旦那さん」と「奥さん」だったのでボクも一年の頃はてっきりすでに結婚しているのだと思っていた。

 二年になって結婚しました、と言われて「あれ? 重婚ですか?」と思わず言ってしまったのはボクのせいではないと思いたい。

 

「そうですか、三人ともお昼ご飯を取りに来たのですね」

 何だかんだと同席することになったのだが、ここに来た経緯を話すと梓先輩がくったく無く笑う。

「先輩たちも珍しくここで食べてるんですね」

「ん」

 マナが目を丸くしながら呟いた一言にまどかが同調するように頷く。

「珍しい……かな?」

 八雲先輩が首を傾げながら呟く。

「イメージですけど、ほら、梓先輩の手料理でも食べてるイメージが」

 

 因みに学校のお昼はいつも二人で梓先輩の手作り弁当……否、愛妻弁同である。

 昼休みに教室で余りにも甘ったるい光景を生み出すので先輩たちのクラスではブラックコーヒーが常設されているという噂である……というか前に見た時、教室の片隅に置かれたクーラーボックスに普通にぎっしりと缶珈琲が詰まっていた。あれ誰が買っているのだろう?

 良く教師が許したなと思うが、その教師がちょくちょく愛飲しているらしい。

 

「まだ同棲はしていないんでしたっけ?」

「まあ学生の内はね……大事な奥さんだし、責任取れるようになるまではそういうのはしないって決めてる」

「まあ、旦那さんったら……大事な、なんて……」

 ぽっ、という音が聞こえてきそうなくらいに頬を染めて目を潤ませながら八雲先輩を見つめる梓先輩。まあこの夫婦空間はいつものことなので放置しておくとして。

「そういやマナは?」

「……どりんくばー」

 心の中で何故か三分〇ッキングのBGMを流しているまどかの端的な言葉にいつの間にか消えたマナを視線を探し。

 

「……何やってんのあれ」

「……みっくす?」

 

 コップに色々なジュースを少しずつ混ぜながら怪しい笑みを浮かべる幼馴染の少女に、思わず嘆息した。

 




* レンの解説コーナー *


「レンの解説コーナーでやがります、ありがたく聞きやがれってんですよ愚図ども。あ? レンが誰か? そんなことはどうでもいいんですよ。なんでそんなことレンがお前らに教えてやらねえといけねえんですか。知りたきゃ更新待ちやがってんです。とにかく、このコーナーでは本編で語られないような、語るまでも無いようなものをつらつらとレンがお前ら愚図のために解説してやるコーナーでやがりますから、心して聞いていきやがれってんです」


>>地域

「都会と呼べるほど開発は進んでおらず、かと言って田舎と言うほど人は少なくはない、人口十万弱の街でやがります。駅が通っていて、二つ隣の駅まで行けば新幹線も乗れるってんですよ。その駅を中心に街が広がっていやがりますから、必然的に駅に近いほど店なんかも増えていきやがります。とは言え、最近は駅から遠くにショッピングモールもできやがりましたしそっちで買い物する人も増えてやがります」

>>学校

「生徒数五、六百程度の公立高校でやがりますよ。学食も購買も無いとかしけてやがりますね、ぺっ。まあすぐ目の前にコンビニがありやがりますから、昼休憩に食いっぱぐれることはねえみてえですが……あん? 金が無い? 飢えて死ね。周辺では一番の進学校でやがりますね、まあ他がスポーツ重視だったり、文化部重視だったりで勉強に力を入れてる学校なんて大してねえただのお山の大将でやがりますが。全国的に見ればまあ普通の学校、としか言いようがねえでやがります……没個性がっ」

>>部活

「本編でも語られやがってみてえに野球部が一番盛んでやがります。大会で結果も出してやがりますし、人員も一番多いみてえでやがりますから、部費なんかも高いらしいですね……ま、どうでもいいんですけど。他の部活はあんまりぱっとしねえみてえです。まあ言って公立高校なんてそんなもんじゃねえですか? 因みに野球部のマジ練習についていけねー雑魚どもが群がって野球同好会作ってるみてえですが……ま、負け犬どもなんざどうでもいいでやがりますね」




「ま、今回はこの程度にしといてやがりましょう。もっと聞きたい? うるせえ死ね。レンは忙しいでやがりますよ、てめえら愚図どものためにこれ以上の時間を裂いてやるなんざまっぴらごめんでやがります、それじゃあ、さようなら、でやがりますよ」




…………。


……………………。


………………………………。




因みにレンちゃん二章で出てくるよ。
なんで今出てくるのかって?
俺が書きたかった(
多分、俺が今まで書いてきた中で一番個性強いぞ(色々な意味で


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【若竹虎直①】

他人視点で見たゆーくんを書きたかった……はずなのに、どうしてか「他人視点のゆーくん」を書くための「前日談」みたいな話になってしまったな。


 幼い子供にとって、実家とは世界の全てだ。

 どれほど()()()()()()()()()それ以外を知らないのならばそれが正常だと思い込む。

 周りと乖離していればしているほどにそのズレは致命的で。

 

 小学校時代、自分、若竹虎直は孤独だった。

 

 若竹会というのは地元で周辺では名の知れた存在であり、若竹虎直はその若竹会の会長の一人息子として生まれた。

 稼業は……簡単に言えば極道だ。

 自称は侠客であろうと、周りから見ればヤクザも極道も侠客も違いなんて分かるはずも無い。

 生まれた場所からして虎直ははみ出し者だった。

 

 けれど、残念ながら小学生に上がるまではみ出し者は自分が異端であることに気づけなかった。

 

 当然ながらヤクザ者の息子など同級生からは煙たがられた。

 謂れの無い誹謗中傷や明確な敬遠など、ともすれば虐めとも取れる言動の数々。

 直接的な暴力こそ無かったがそれとて結局虎直の保護者たるヤクザ者たちを恐れてのことだろう。

 普通の小学生ならば傷つき、怒るだろう。

 けれど虎直は聡明だった。聡明だったからこそ、諦めた。

 

 自分の生まれが他とは違うことにすぐに気付き。

 そしてそれが決して好意的でないことも気付き。

 自分の背後にいるだろう親たちの存在に周りが恐れを抱いていることも理解した。

 

 だからわざと離れた。

 怒るでもなく、傷つくでも無く。

 

 若竹虎直は同級生と親交を深めることを諦めた。

 

 孤独を好んだ/好きでも無いのに。

 

 他人と交わることを良しとしなかった/本当はそれを何よりも羨ましがっていたのに。

 

 それが皆のためだと思った/皆の中に自分は入っちゃいなかったが。

 

 親を、そしてその仲間たちを恨むことはしなかった。

 何よりも格好良くて、強い家族たちは虎直にとって自慢だったから。

 決して他人に言えるようなことばかりでなくても。

 それでも、何よりも一本筋が通ったその生き方をどうしようも無く格好良いと思ったから。

 

 だから、我慢すれば良い。

 

 我慢して。

 

 諦めて。

 

 孤独を享受すれば、それで良かった。

 

 受け入れて。

 

 諦めて。

 

 諦めて。

 

 いつからか、表情というものを忘れた。

 いつからか、感情というものを忘れた。

 

 何にも動じず、何にも心動かされない。

 

 世界に色を感じず、ただ無機質に、無為な時間だけが虎直の中で過ぎ去っていき。

 

 小学校を卒業し、中学校になってもそれは変わらなかった。

 当然ながら同じ地区の中学校に通っているのならば、小学校からのクラスメートも多い。

 そして一人が虎直のことを話せば噂話が好きな年代だ、あっという間に噂は広まり入学三日目にして虎直は孤立した。

 むしろ歳を取りそれなりに現実というものが見えてきた分だけ、余計に恐れられた。

 教師すら腫れ物のように扱い、触れようともしない虎直の存在は教室の中にあって一人だけ別の世界にいるかのような感覚すら覚えた。

 

 

 * * *

 

 

 中学校になるとクラブ活動というものが始まる。

 と言っても、虎直はどこにも入るつもりは無かった。どうせ何をやろうと空気を悪くするだけだったし、そもそもスポーツに対して興味も無かったから。

 

 希望を抱かない、興味を持たない、関わらない、徹底的に他人を避け続ける。

 

 それがそれまでに培った経験から導き出した虎直なりの生き方だった。

 中学一年、小学校を卒業したばかりの子供がそんな生き方をしていることに、虎直の両親も心を痛めたが、元を正せば自分たちの稼業が原因である、何と言えばいいのか分からず、次第に両親との距離も開いていく日々。

 

 普通の子供ならば当に限界を迎えていただろうが、虎直は強かった。

 単なる腕っぷしだけでなく、心までも強かった。

 怪我を負おうが痛みに歯を食いしばり己が生き様を貫く漢たちの背中を見て育ってきた虎直だっただけに、孤独に、寂寥に、痛みに、耐えた、耐えてしまった。

 一日毎に凍てついていく心が軋みをあげる。

 もう限界だ、もううんざりだ、と叫びをあげる心を、けれど耐えた。やせ我慢染みてはいたが、それでも耐えた。耐えて、耐えて、耐えて。

 

 そこに終わりが無いことに、いつか気づいてしまった時、それが虎直という人間の終わりだった。

 

 

 ―――まあ尤も。

 

 

 そんな終わりは来なかったのだが。

 

 

 * * *

 

 

 一年が終わり、二年生になる。

 そうするとクラス替えというものがあるわけで。

 

 ―――や、おはよ。

 

 虎直と同じクラスになったクラスメートたちの引き攣ったような表情に、うんざりしながらも、無言で教師の到着を待つ虎直に()()()は声をかけてきた。

 瞬間、教室内の空気が凍ったような錯覚すら覚えた。誰もがしん、と静まり返り、一言すら発せずただこちらを見ていた。

 

 ―――ボクの名前は……。

 

 そしてそんな教室の異変にも気に留めた様子も無く、そいつは自らの名を名乗り、そして虎直自身にも名を問うてきた。何となし、素っ気無く答えを返し。

 

 ―――へえ、虎直……じゃあ、トラさんだね。

 

 次いで返ってきた言葉に、絶句した。

 おかしなやつだった。誰もが近づこうとしない虎直に平然と近づいてきて、声をかけ、会話をして、笑っていた。

 学校で誰かと会話をしたのなんて、いつ以来だろうと思う。

 誰もかれもが虎直を避け、虎直もまたいつからか彼らを避けるようになり。

 一言も発さず、口を閉ざし、毎日行って帰るだけの日々が、一体どれだけ続いたのだろう。

 

 その後、教師がやってきてそいつは席に戻ったが、休憩時間になるとまたやってくる。

 そいつの友人らしいクラスメートたちがそいつを引き留め、何やら吹き込んでいる様子だったが、それも気にした様子も無くそいつはまた虎直の元にやってきて、適当に駄弁ってはまた席に戻っていく。

 一体何がしたいのか分からず、無意識の内に苛立っていた虎直だったが、自分では気づいていなかった。

 

 他人の言動に対して心を動かされているという事実に。

 

 次の日も、また次の日も、そいつは虎直の元にやってきては取り留めのない話をしては戻って行った。

 何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、その度に虎直は少しずつ、少しずつ、心が乱されていく。

 そうしてある時、そいつが言った。

 

 ―――一緒に帰ろうよ。

 

 と。

 

 

 * * *

 

 

 いい加減にして欲しかった。

 

 どうして虎直に話かけてくるのか、苛立たしさが止まらない。

 よく考えれば何故話しかけてはいけないのか、そんな理由すら考えず、虎直は静かな怒りを漂わせる。

 それでもそいつは飄々としていた。まるで虎直の怒りなど考慮に値しないとでも言うかのように、歯牙にもかけなかった。

 

 初めて誰かと共に学校の帰り道を歩き、虎直は終始無言だった。

 

 けれど虎直の様子を気にした風も無く、そいつは楽しそうに中身の無いお喋りを繰り返す。

 それが余計に虎直を苛立たせた。

 そうして二人の帰路の分かれ道まで来て。

 

 ―――それじゃ、また明日ね?

 

 そう告げるそいつに、愕然とする。

 また明日? また明日もこんな苛々を抱えて帰らなければならないのか。

 そう考えれば、ぷつん、と今までずっと堪えてた何かがいともたやすく切れ落ち。

 

 いい加減にしろ、と気づけば声をあげていた。

 

 お前は何がしたいんだ、何で俺に近づいてくる。放っておいてくれ、迷惑なんだ。

 

 恐らくその時、虎直はそんなことを言ったんだと思う。

 感情が昂って、いまいち明瞭に思い出せないが、その時の思いを考えれば多分間違ってはいないだろう。

 それに対して、そいつの答えは簡潔だった。

 

 ―――え? 分かんない? 簡単だよ。

 

 何故分からないのか、心底疑問であると言いたげなそいつの表情に苛立ちが増し。

 

 ―――ボクはトラさんと友達になりたいんだ。

 

 一瞬、告げられた言葉の意味が理解できなかった。

 理解した瞬間、謀られているのだと思った。

 

 ―――嘘じゃないよ? 本当の本当に、友達になりたいんだ。

 

 ()()()()()()()()()かのように次いで出てきた言葉が虎直の思考を否定した。

 馬鹿にしてるのか、なんて言ってはみたが、声が震えていたのは自覚していた。

 

 ―――何で?

 

 言っていることがまるで理解できない、どうして自分何かと。

 

 ―――()()()()()()()()()()()かな?

 

 告げられたその言葉は虎直の急所を的確に突いた。

 

 ―――優しいよね、トラさん。自分より他人を思うなんて普通できないよ?

 

 まるで自分のことなどお見通しだ、なんて言われている気がして。

 

 ―――そんなトラさんだから友達になりたいって思ったんだ。

 

 我慢の限界は当に来ていることに、その時になってようやく気付き……泣き崩れた。

 

 

 * * *

 

 

 信じたかった。

 

 初めて自分に友達になりたいと言ってくれたクラスメートを。

 自分を理解し、許容し、そして接してくれた少年を。

 

 それでも、やはり心のどこかで引っかかりがある。

 

 本当に? どこかそう疑ってしまう。

 今まで誰も彼も、虎直の家のことで虎直を避けてきた。

 本当に、初めてだったのだ。

 

 若竹という家で無く、虎直という個人を見てくれたのは。

 

 だから信じたい。それでも信じ切れない。

 どこか複雑な心境の虎直に、彼があっけからんと言った。

 

 ―――今度トラさんの家に遊びに行っても良い?

 

 正気か? と言ってしまったのは、その当時の状況では当然の反応だったと思う。

 だからこそ、屈託なく笑って。

 

 ―――トラさんが育った場所でしょ? 大丈夫じゃない?

 

 気負った様子も無くそう言い切った彼の言葉に、最早もろ手を上げて降参するしかなかった。

 結果だけ言えば、その週の終わりの休日に本当に彼は虎直の家に遊びにやってきた。

 と言っても、場所が場所だけにそう大した遊び道具があるわけでも無い、同じ世代の子供たちがやるようなゲームの類だって無いのだが。

 広い屋敷の一室でお茶を飲んで、出されたお菓子を食べて、学校のことや自分たちのことを話したりして。そんな普通の友達同士がやるようなことをして。

 

 その日の晩に久々に両親と三人だけで話をした。

 

 ただでさえ稼業のことで苦しめているだろう息子のクラスメートが初めて遊びに来たのだ、それは両親だって気になっただろう。

 どんな子なのか、とか、仲良くなれそうか、とか、そんな普通の親がするような心配をされて。

 いつからか疎遠になっていたそんな会話が懐かしくて、どうしてか暖かくて。

 

 灰色の世界にいつからか色が付いた。

 

 凍り付いた心に熱が宿った。

 

 そうして若竹虎直の人生が()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 人というのは現金なもので。

 

 理解できないものを遠ざけ、畏れるが、それが自分たちに理解できる範囲の物だと気づけば途端に好奇心に押され近づこうとしてくる。

 初めての友人と毎日とりとめの無い話をしている内に、クラスメートたちも危険物だと思っていた存在は普通に接する分には無害なのだと気づき始める。

 そうすると少しずつ少しずつだが自分たちとは違う世界を知る存在に興味を持ち始め、手探りで少しずつ少しずつ接し始め。

 虎直という未知が何ら自分たちと変わらないただの十代の子供なのだと気づいた時にはもうそこに畏れも未知も存在しなかった。

 

 元より我慢強く、周りを気遣う性質の虎直だ、人付き合いも良く、気安く接しやすい。

 偏見さえ剥がれてしまえばちらほらと友人だって増え始める。

 学校において、学力や身体能力が高いというのはそれ自体が一種のステータスに成り得る。

 クラスで上位の成績、だとかスポーツをすれば大活躍できる、だとか。

 人付き合いを避けてきた虎直だったからこそそれまで知られては来なかったが、いざ一瞬でも耳目が集まればその能力の高さが広まるのは一瞬で。

 これまでそれは畏れへと変換されてきたが、偏見の無い今となってはただただ尊敬へと変わるばかりで。

 

 二年生の夏休み、友人の一人に誘われ野球部に顔を出した。

 

 それが若竹虎直の野球との出会い、そして野球人生の始まりだった。

 

 

 * * *

 

 

 汗を拭うタオルは、けれどとっくに水分を吸って湿っていた。

 すでに何度となく同じことをしているのだから、仕方ないのかもしれない。

 それに濡れて少しだけ冷えたタオルは日射のきつい今の状況で僅かながらも熱を奪い去って心地よい。

 

 練習の合間の十分間の休憩。

 

 本当はその僅かな時間も練習に費やしたいほど時間が惜しいのだが、この猛暑の中で休憩も無く練習していてはトラはともかく他が持たないだろうことは自明の理だったので仕方がない。

 

「ふむ……」

 

 とは言えキャプテンとして無為な時間は過ごしていられない、と今日の試合のスコアブックを借りて眺める。

 前半は親友とピッチングの調整をしていたため奪われた得点は0だったが、後半からは打たせて取るの守備練習形式に切り替えての試合だったため後半から取られた得点ばかりだった。

 言うほどエラーが多いわけではないのだが、要所要所でミスをしているのは緊張で体が縮こまっているからだろうか?

 とは言え練習試合でそれほど緊張していては、夏の本番では普段の実力の半分も発揮できなくなる。

 

「もっと試合数を増やすか」

 

 夏の本番に向けて、強豪校は怪我や手札を晒すことを嫌うため同じ実力同士で、とはいかないだろうが、それでもトラの学校のような甲子園出場の常連校ならば練習試合の相手にはこと欠かない。

 甲子園にただ出るだけでは意味など無い。トラはそこで優勝したいのだ。

 日本の高校野球界の頂点に立つ、それこそがトラの今の目標なのだから。

 

 可能か、と聞かれれば可能だ、と即答するだろう。

 

 トラ一人では無理だろうと。

 

 親友たる少年とならば、そしてトラと共に同じ夢を持った野球部の仲間たちと共になら。

 

「今年こそは……」

 

 ぴーぴーとホイッスルが鳴る。

 休憩終了の合図が出て、トラたちが再びグラウンドに戻っていく。

 

 そんな野球部の面々を真夏日がごとき太陽が照らす。

 肌に感じる熱に、夏の到来を予感した。

 

 夏が近づく。

 

 トラにとって、戦いの夏が。

 

 

 




そら心が読めるなら危ないやつかどうかなんて一発で分かるよな。
ある意味ずるしてたゆーくんだが、そんなずるでも無ければヤクザの息子なんて怖くて近づけないというのも確かに理解はできる。

因みにここまで見るとゆーくんが一方的に助けたようにも見えるが、今のゆーくんにとってもトラさんは恩人である。まあどういうことか、というのはまた今後だが。

あと二、三話でだいたいのレギュラーキャラは出そろうし、そろそろ一章始めるかな。






過日無料10連で3%のSSR3枚抜き。
翌日アーカルムとシュバマグ相手にシュバ剣合計2本泥。
さらに翌日グリム君相手にグリム琴一発泥。

俺の運がそろそろ尽きそう。揺り戻しで今月死ぬんじゃないだろうか……。


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【8】

 

 

 

「あの夫婦はいつ見ても仲いいねえ」

「ですねー、ちょっと羨ましい気もします」

「……ん」

 

 会計を済ませ、ファミレスから出る。

 先輩方との昼食はそれなりに楽しく、途中マナがミックスし過ぎのゲテモノドリンクを飲んで吐き出しそうになったワンシーンもあったが、それもまた笑い話の一つである。

 

「というかなんで全員でドリンクバー頼んでゲテモノドリンク作り出すの?」

「先輩方が乗って来たのが意外でしたね」

「……流れ?」

 

 カフェインと炭酸とトマトジュースは組み合わせてはならない。

 そんな人生できっと一度たりとも役に立つことは無いだろうことを学んだのだった。

 飲み切った先輩は心底尊敬する……同時に馬鹿だとも思うが。

 そして内心で内から込み上げる吐き気を抑えるのに必死だったことは見て見ぬ振りをする。

 あれだけ恰好つけたのだ……せめてもの情けである。

 まあとにもかくにも、ファミレスを出れば後は一直線に帰宅するだけだ。

 

「ところでマナも来るの?」

「はい? そうですけど?」

 

 何を当然のことを、と言った顔だが。

「夕飯どうする? 二人とも今日出てるんでしょ? うちで食べてく?」

 結婚から十数年以上経つ今尚熱々夫婦の間夫妻はだいたい二週間に一回くらい夫婦揃ってデートに出かけている。

 昔はマナも小さかったため連れて行かれていたのだが、両親が娘ほったらかしでバカップルしてるのを間近で見続けるという羞恥心をくすぐり続ける拷問にマナが耐えかねて一人家に残るようになったのが中学生の頃。

 とは言え残るなら残るで昼食と夕飯どうするんだ、という話であり、そんな折マナの両親と仲の良いうちの両親がじゃあ我が家で食べてしまえばいいじゃない、となった。

 それは良いのだが、平日休日関係無く仕事に出ている多忙な両親が食事の用意なんて殊勝なことするはずも無く。

 

 じゃあゆーくん、お願いね?

 

 という一言でボクが作らされている。まあ一人増えたくらいなら問題無いし、マナのためならば構わないのだが。

 

「来るなら来るで作る量変わるけど、どうする?」

「んー是非! と言いたいところなんですけど、今日は遠慮しますね」

「そうなの?」

「ん?」

「はい、夜からちょっと用事があるので」

「そっか……じゃあ冷蔵庫に昨日作ったゼリーあるから持って帰ると良いよ」

 

 珍しくまどかがいなかったので父さんと母さんの家族三人だったのだが、まどかがいることを前提に考えすぎていてうっかり作り過ぎたのだ。

 帰ってまどかにあげようと思っていたのだが、どうせ今日からまたまどかはうちにいるのだし、また今度作るとして今日はマナにあげても良いだろう。

 

「わあ! ありがとうございます、ゆーくん。帰ってから食べさせてもらいますね」

「ん……」

 

 ぱぁ、と笑みを浮かべるマナとボクの袖を引くまどか。

 

「どしたの?」

「……ん」

「まどかも食べたいの?」

「ん」

 

 こくり、と頷くまどかにそっか、と呟きながら。

 

「帰ったら作るから、夕飯の後でね」

「……ん」

 

 相変わらず表情は変わらないが、けれど少しだけ機嫌が良さそうに。

 

 そして相変わらず心の中で軽快に『ウィリアム・テル序曲』を鳴らしている。

 

 訂正。

 

 すっごく機嫌が良いようだった。

 

 

  * * *

 

 

 帰宅して荷物を片付ける。

 特に朝から野球で着たユニフォーム等は早々に洗濯機に洗剤と共に放り込んで回しておく。

 土などの汚れが酷い上に汗を大量に吸っているので他のと一緒に回せないのだ。

 まどかも女の子なのだからそういう身だしなみには気を付けるようにしている……ボクが。

 汗臭いのは嫌らしく、近づくと逃げ出すのだが、洗濯物とか平然と一緒に洗うのはどうなのだろう。

 一応母さんに教わりながらまどかの分は別で洗ってはいるのだが、もう今更まどかの下着見たくらいで何か思うようなことも無い。ボクの情緒大丈夫? と思ったりもするが、そもそも布団の中まで潜り込まれているような相手になんだその程度か、とも言える……言っちゃダメな気もするが。

 

 というか何故本人はあれほど無頓着なのだろうかと言いたい。

 まあその分マナが色々と世話を焼いているようだが。

 さすがにそういう部分でボクは力にはなれないのでそのまま年頃の女の子としての意識を教えてやって欲しいものである。

 見た目相応、という言葉がふと浮かび上がってくるがきっと気のせいだ、そうに違いない。

 

 一旦自室に戻り制服を脱いで片づけると私服に着替える。

 今更ながら制服でファミレス行ったのはまずかったかな、と思うが……まあ本当に今更過ぎる。

 私服に着換えて階段を降りる。

 そのまま一旦台所へ向かい、適当な紙袋に冷蔵庫の中に入れた昨日作ったばかりのゼリーを取り出す。

 百均で売ってそうな半透明のカップにラップをかけて輪ゴムで止めただけの手作り感溢れるやつだがまあ汁気は無いのでこれで零れることは無いだろうとそのまま保冷剤と一緒に紙袋に入れる。

 

「マナ、お待たせ」

 

 そのまま居間のソファにまどかと並んで寛いでいるマナに紙袋を渡すとマナが受け取ったと同時にその中身を見て感嘆の声を漏らす。

 

「うわ、なにこれ……すっごい豪華」

 

 シンプルな寒天をベースに、中に煮崩したリンゴ、桃、メロン、桜桃などいくつかのフルーツを詰め込んだ、ゼリーというかフルーツの塊と言った様相のそれを見てマナが目を丸くする。

 

「マナの両親の分もあるし、まどかのはこれから作るから全部持って帰ってもいいよ」

「わあ……ありがとう、ゆーくん!」

 

 甘味を前に嬉しそうに微笑みマナに、女の子だなあ、なんて馬鹿なことを考える。

 まあ実のところつい先日母親が仕事先でもらったとか言って持って帰ってきた大量の果物を消費するためだけに作った物なので遠慮せずにもらって行って欲しい。

 正直余り過ぎててこのままでは腐る。

 

「それじゃあゆーくん。ゼリーもらっていきますね」

「うん、気を付けてね」

「はい、ありがとうございます。それに、まどかちゃんもさようならです」

「ん……また明日」

「はい!」

 

 笑みを浮かべながら手を振って玄関を出ていくマナを見送る。

 その姿が玄関の扉の向こうに消えていくと、隣に立つまどかを見やる。

 

「じゃ、ボクたちも作ろっか」

「ん」

 

 冷蔵庫を開ければまだまだ余った果物は大量にある。

 昨日ゼリーで使ったにもかかわらずまだまだあるリンゴ、桃、メロン、桜桃。

 それにバナナにイチゴ、キウイ、パイナップルにライチに変わったものではピタヤにマンゴーまで。

 季節感というものが無くなりそうなラインナップだが、まあ食べれるのならば問題無い。

 その中から日持ちしなさそうなものを適当に選んでいき、台所に並べると下処理の難しい物と簡単な物に分ける。

 

「まどか、こっちよろしく」

「ん」

 

 バナナやイチゴに桜桃など比較的手軽に下処理できるものはまどかに任せる。

 代わりに下処理に手間取るだろうパイナップルや桃はこちらでやることにする。

 桃の皮は非常に薄い上に桃自体が柔らかいので普通にやると手間取るのだが、熱湯にほんの少し晒すと皮が浮き上がって剥きやすかったりする。

 というわけでコンロで水を入れた鍋を火にかけながら、桃を後回しにしてパイナップルのほうを処理する。

 パイナップルは一見すると皮を剥くのが大変そうに見えるが、実のところ割と簡単だ。

 上から1センチ、下からも1センチほどずつ切り落とし、あとはまな板に縦にして形にそって皮を切り落としていけば良い。

 ただ棘のあった部分が穴のようなものが開いているので、これを切り落とす必要がある。

 とは言え縦一列に並んでいるので両サイドから斜めに包丁を入れⅤの字に切り落とせばそれで終わりだ。

 パイナップルは中心に種など無いのでゼリー用に一口大にカットしていけば終了だ。

 そうこうしている内に鍋が沸騰し始めたので、桃をさっと茹でて水で冷やす。

 急激な温度差で皮が浮き上がるので後は手で剥がしていく。

 桃は中心に種があるので、包丁で切って種を刳り貫いて同じく一口大にカット。

 

「まどかー?」

「ん……できてる」

 

 隣で作業していたまどかに声をかければすでに終わっていたらしい、ヘタを取ったイチゴや皮を剥いたバナナ、ヘタと種を抜いた桜桃を受け取り、それをさらに一口大にカットしていく。

 

「ゆーくん」

「んー?」

「これ、使うの?」

 

 珍しく二つ以上の単語を喋ったと思ったら、どうやらバナナとゼリーという組み合わせが今一想像できなかったらしい。

 まあ自分で言ってて余りマッチする組み合わせとも思わないから仕方ないが。

 

「牛乳寒天にするんだよ」

「……ん?」

 

 ぴん、と来ない模様。

 不思議そうに首を傾げられた。

 さてどうやって説明したものかと考えて。

 

「……まあ、作れば分かるよ」

「……ん」

 

 実際に作ればいいや、という結論に至った。

 

 

 * * *

 

 

「……ん!」

「……あ、あはは」

 

 無表情ながら、どことなくドヤ、と言っているような気がする、心なしか自慢げに胸を張っているんだけどぶっちゃけ平た過ぎて良く分からないまどかの一言、というか一文字に、思わず苦笑する。 

 平たい皿の上でぷるん、と弾むゼリーにご満悦(無表情)なまどかだが、いくらなんでも、と言ったのが正直な感想。

 

「桃まるごと一個はさすがにどうかと……」

「ん……問題、ない」

 

 半透明なゼリーの中に桃が丸々一個詰まっている光景は圧巻だった。

 まあスプーンの先でゼリーを突いて震わせながらその姿を見ているまどかが楽しんでいるようなので別に構わないのだが。

 

「まあ楽しそうで何よりだよ」

 

 思わず呟きながら台所のほうへと視線を移す。

 流し場には底の深い丼茶碗が置いてあって、そこに桃丸ごと一個入れて作ったのだ。

 まあプリンなどと違ってゼリーは溶かした寒天を冷やすだけなので、別に容器はなんでも良いのだが。

 一番大変だったのは桃の形を崩さずに中の種だけ取り除く作業だった。

 まあ上からどうにかこうにか刳り貫いたのだが、まどかにやらせたら絶対に崩れるのが分かっているので気を遣う作業だった。

 

「ん……」

 

 でもまあ、うきうきとした気分で楽しそうにしているまどかを見れば、その甲斐はあったな、と思う。

 聞こえてくる『交響曲第九番(ベートーヴェン)(ただし歌抜き)』が本当にご機嫌なんだなあという事実を教えてくれる。

 

「あー……美味しい」

 

 すでに夕飯を食べ終え、テレビを見ながら多少こなれてきたお腹だが、それでもボクからすれば小さなゼリー1個で十分だった。まどかはボクより小食なはずなのだが……まあ甘いものは別腹、ということなのだろう、多分。

 因みに寒天と牛乳とバナナでバナナ牛乳寒天を作ったのだが、まどかには不評だった。

 どうせなら単品で食べたい、ということらしい。

 でも普通に果物の入ったゼリーは良いらしい。良く分からない判断基準である。

 ゼリーで遊ぶのに飽きたのかぱくぱくと食べ始めたまどかを横目に見ながら、夕飯の間流していたテレビのチャンネルを変える。

 

「何か良いのやってるかなあ」

 

 正直テレビなんてニュースくらいしか見ないので、今時何をやっているのかなんてのも知らないのだが、そこはまあ暇を潰せれば何でも良いかと妥協する。

 

「まどかー何か見たいのある?」

「……ん」

 

 ふるふる、と首を横に振るまどかもまたテレビ見るより、音楽でも聴いていたい人間なので、うちのテレビはもっぱら朝ニュースをかけるか夕飯時に音を流すだけの産物だ。

 時折父親がDVDをレンタルしてきて見ていることもあるが、本当にそれくらいのものであり、わざわざ何で買ったの? と時々思う。

 

「……うーん、バラエティとか特になあ」

 

 やっぱニュースでも見ようかな、とチャンネルを変えていると。

 

『はーい、ではお次のゲストは今話題沸騰中! 双子の美少女アイドルRENです!』

 

 聞こえた声に、思わずチャンネルを変える手を止めた。

 

「レン?」

「……ん?」

 

 思わず呟いた声にまどかが手を止めて、視線を向けてくる。

 そうこうしている内にテレビの中に真っ白な髪をサイドで結んだ赤い衣装の少女が現れて。

 

『あ……えっと、RENです。よ、よろしくお願いします、ね?』

 

 おどおどとした様子でマイクに話しかけている。

 

「……おやまあ」

「……ん」

 

 ボクも、まどかも視線はテレビに釘付けである。

 その後テレビの中で少女が歌を歌い、また司会の女性といくらか会話して去って行く。

 ほんの十分ほどの出来事ではあったが、その間ずっとテレビから目が離せなかった。

 

「頑張ってたね」

「……うん」

 

 頷くまどかにボクもまた笑みを浮かべる。

 

「ごちそさま」

 

 食べ終えて空っぽになった皿を片手に台所へと向かう。

 

 先ほどの少女が歌っていたメロディーを無意識に口ずさみながら。

 

 




REN……どこかで聞いたことあるような(すっ呆け


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【9】

 

 

 熱されたホットプレートの上でじゅうじゅうと焼ける生地の上からささっと手早くキャベツを乗せていく。

 二本のヘラでキャベツを抑えながら平たくしていくと、さらにモヤシ、ネギ。

 その横で豚肉に焼き色を付けながら何度と無くヘラで焦げないようにひっくり返しながら全体的に焼き色がついてくると生地の上へと乗せる。

 

「…………」

 

 じーと見つめるまどかの視線に、苦笑しながらマナがさらにビニールで包装されたソバを出して肉の油の残る鉄板で軽く炒めてさらに乗せる。

 

「もうちょっとですからねー、まどかちゃん」

「ん……」

 

 こくり、と頷くまどかに笑みを浮かべながら、今度は生卵を割って鉄板に落とす。

 じゅわ、と熱が通り一気に白くなる卵へさらにヘラを加えて黄身を潰し底をこそげば潰れて歪な目玉焼きが出来上がり。

 

「よいしょっと」

 

 両のヘラを生地の下に差し込んでくるんとひっくり返して卵の上に落とす。

 因みにまどかが前にやって全部崩れたように意外とこの作業難しい。

 さらにもう一つ、隣で作っていた全く同じ物を重ね。

 

「最後にソースを塗ってー」

 

 わざわざカップに取り置きされたソースにハケまで用意されている辺り中々手が込んでいる。

 ささっと表面にソースを塗って鰹節と青のりを振れば。

 

「できました!」

「ん!」

 

 マナの完成の声にまどかががたりと椅子を揺らす。

 待ってましたとばかりに大皿を差し出せばマナがヘラを使って器用に持ち上げたそれを皿に乗せる。

 見事に真ん丸な生地に暴力的なまでに空腹を刺激するソースの香り、そして生地の上で熱に煽られ踊る鰹節と黒に染まる表面を彩った鮮やかな青のりの緑。

 

 お好み焼きである。

 

 お好み焼きである。

 

 大事なことなので二度言いました。

 

 

 * * *

 

 

「今日ゆーくん家にお邪魔しても良いですか?」

 

 朝からマナがそんなこと言ってきた。

 楽しい休日も過ぎて翌日月曜。

 学校に行かなければならない学生の悲哀を感じながらも一緒に登校してきた幼馴染の少女の心境は『春の海』だった。

 今もう六月も終わりなんだけど、と言った感じだが多分単純に眠かっただけだろうと思う。

 

 ボクの家とマナの家は結構近い。

 まあ小学校の時同じ学校に通っている時点で同じ地区にあるのは察せられるのだろうが。

 小学生の足では少し遠出、になるレベルでも高校生となった今ではご近所と言ってしまえるレベルである。

 なので登校中、偶に時間が合ったりするとマナと会うことも時々ある。

 今日もそんな感じで、偶然マナと出会い、挨拶を交わし。

 そして二言目に飛び出たのがそんな言葉だった。

 

「……今日? 遊びに来るの? まあ良いけど」

 

 首を傾げながらも頷くが、マナが違う違うと首を振って。

 

「今日ちょっとお父さんもお母さんも居ないから、ゆーくんのお家に泊めて欲しいんです」

「病院……は先週行ったよね?」

「お父さん今日と明日はお休みらしいんですけど、お母さん連れておじーちゃん家に行くらしいんです」

「……おじいちゃん。ああ、お父さんのほうの」

 

 何でも結構良いとこの家系らしい。そのせいで昔はごたごたしていたが。

 

「マナは行かないの? 今もう仲直りしたんだよね?」

「泊まりがけらしいので……私は明日も学校ですし」

「あーそっか……じゃあ仕方ないね。こっちは大丈夫だよ。まどかも良いよね?」

「……ん」

 

 こくり、と頷くまどかにマナがぱぁ、と笑みを浮かべて抱き着く。

 

「ありがとうゆーくん、まどかちゃん」

「んー……んー!」

 

 サイズ的な問題でマナの胸元に押さえつけられたまどかが逃れようと暴れるのだが、全く気にした様子を見せず頬擦りするマナの表情は幸せそうだった。

 

 ―――ああ、まどかちゃん、可愛い、尊い、良いにほい……。

 

 ダメだこいつ、と聞こえてくる内心の声に呆れながらその頭をぽんと叩く。

 

「ほら、学校行こう?」

「あ。そうですね……えへへ」

「んー」

 

 解放された瞬間、さっとボクの後ろにまどかが隠れる。

 そんなまどかの態度に、ああ……と残念そうに手を伸ばすマナだった。

 

 

 * * *

 

 

「食材買って行きたいので、ちょっとスーパーに寄ってもいいですか?」

 

 学校からの帰り道、マナがそんなことを言い出す。

「マナ一人分増えても大丈夫だけど?」

 マナはけっこう……いや、かなりの大食いではあるが、それでも元から家族四人分の夕飯を作っているのだ、そこに一人二人増えたからと言っていきなり買い置き全てが無くなるわけでも無い。

 

「それでも突然のことでしたし、泊めてもらうだけでも悪いですから私も一品作らせてもらいますよ」

 別に良いのに、と言うボクにけれどマナはふるふると首を振って。

 

「気持ちの問題ですよ、ゆーくん」

 

 そう言って笑ったのでこちらとしても何も言えず。

 まどかも特に何も言わなかったので促されるままに付いて行く。

 鼻歌混じりに歩くマナを姿を見て……まあいいか、と息を吐いた。

 

 そうして家から徒歩十分くらいのところにあるスーパーに寄ってみればちょうど夕飯に買い出しに近所の主婦たちが大勢押しかけているところだった。

 ぎっちり、という形容がピッタリなほどひしめきあう客の数にまどかが無表情ながらげんなりとして、逆にマナはきっと目を細めた。

 

「これは……急がないと」

 

 ちょっと待っててくださいね、とだけ告げて主婦の皆様の中に突撃していく幼馴染の背を追いながら、うわあと思わず呟く。

 

「マナ……凄い」

「そ、そうだね……パワフルだね」

 

 買い物カゴ片手に売り場をひしめく主婦の群れを掻き分けながら進んでいくマナの姿に、ボクの横でぼそりとまどかが呟いた一言に同意する。

 やがてその姿が店の奥へと消えていくのを見送りながらさてどうしたものか、と考える。

 

「まどか、今日何食べたい?」

「……なんでも」

「そっか」

「ん」

 

 マナが一品作ってくれるらしいが、何を作ってくれるかに寄ってこちらも献立も多少変わったりもするわけだが。

 

「ちょっとだけ……」

「うん?」

「……楽しみ」

「……うん、そうだね」

 

 マナの普段を見ていると食べてばっかりのようでもあるが、あれで料理の腕は良い。

 別にプロ並み、とかそんな創作みたいな話は無いが、家庭料理なら大体なんでも作れるし、特に極一部の品に関しては創作じゃないが本当にプロ並みである。

 ボクだって昔から料理はやっているのでだいたい同じくらいのものは作れる自信はあるが、本当に一部の品に関しては絶対に敵わないと思わされるほどだ。

 

「もしかしたら、久々に作ってくれるかもね」

「……ん!」

 

 別に隠しているわけでも無いし、勿体ぶっているわけでも無いのだが、案外機会が無いのでマナが料理の腕を揮うことは少ないのだが、以前作ってもらったそれは本当に美味しかったのでまた食べれたら良いなと思う。

 そうこうしている内にスーパーの中からマナが出てきて。

 

「……どんだけ買ったの?」

「え? 一食分ですけど?」

 

 両手に抱えられたビニール袋を見て、これが一食……? と思わず首を傾げる。

 まどかはいつものように無表情でそれを見ているが、心中で『マイムマイム』が鳴っている……どういう意味? と思ったが一昔前のテレビ番組の影響かな、と察する。と言っても正直古すぎて分かる人少ないだろうなあ。

 

「中身は……キャベツにもやし、それにネギってもしかして」

「っ!」

 

 先ほどその話をしていたばかりなので、まどかが思わずと言った様子で反応し。

 

「はい、久々に作りましょうか!」

 

 笑みを浮かべて、マナがそう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 と言うわけで出来上がったのは厚さ10cm、直径にして40cmを超える巨大なお好み焼きである。

 

「……でかすぎじゃない?」

「三人で食べるならちょうどいいくらいじゃないですか?」

「これ三人で食べるの?!」

「……これだけ、もらう」

 

 マナの素っ頓狂な台詞に思わずツッコミを入れていると、まどかが端のほうの生地を少し切って、小皿に全体の十分の一ほど確保していた。

 

「え、じゃあボクこんだけで……」

 

 まどかより一回りか二回り大きい中皿に四分の一ほど取ってそう告げる。

 

「もう良いんですか? じゃあ後は私が食べますね?」

「……マナさん? え、マナさん? 本気で?」

 

 良くあるコンビニのお好み焼き三枚くらいの重量があるわけだが、何ら気負う様子すら見せず食べきると宣言するマナに思わず目を剥く。

 

「あの、マナ? こっちで用意した分もあるんだよ?」

 

 出来立てで熱々の鳥じゃがに蛸と胡瓜の酢の物、それと味噌汁。

 正直全部食べるの? キミそんなに突き抜けて大食いだったっけ? というボクたちの疑問に喜色満面に頷いてマナが箸を掴み。

 

「みんなで食べましょう」

 

 告げる言葉に躊躇うものはあるものの、まあ否定するほどのことでも無いかと納得し、頷く。

 まどかはどうでも良いと目の前の小皿に視線が釘付けである。

 キミも何気に食いしん坊だよね、と内心で思いつつも全員で手を合わせ。

 

「「「いただきます」」」

 

 箸を取り、早速湯気立つお好み焼きに手を伸ばす。

 一口サイズに切り分け、掴み、頬張る。

「あ、あつ……あつひ」

 舌が火傷しそうなほどに熱い、だが口の中に広がる暴力的なまでの味がその全て忘れさせる。

「あつ……」

 こっそりと視線を向ければ隣でまどかもまたふうふうと息を吹きかけながらちびちびと食べている。

 そして正面では箸程度じゃ足りないとヘラを使って食べていた……それで良いのか女の子、って感じではあるが、美味しそうに笑みを浮かべて食べるそんなマナの姿は酷く()()()

 

「それにしても、珍しいよね、二段重ねのお好み焼きって」

 

 単純に一段だけなら普通のお好み焼きなのだが、マナが作るそれは同じ物を2枚焼いて重ねて作る。

 単純に2枚食べてるのと違うの? と言われるとそうなのだが、食べた時の厚みが意外と癖になるのだ。

 

「おばーちゃんの家だと、これが普通なんですけどね」

 

 マナの母方の祖母は遠い県の田舎街に住んでいるのだが、そこでお好み焼き屋を経営しているらしい。

 この通常サイズの3,4倍はありそうなお好み焼きは普通ってどういう事なんだろう。

 まあとは言え。

 

「美味しい……ホント、これだけは絶対にマナに敵わないや」

 

 いつも自分たちで利用するスーパーで買った材料で作ったとは思えない、まさにプロの味わいと言った感じ。ホットプレートで何故ここまで美味しく仕上げることができるのか不思議でならない。

 

「美味しいですか? まどかちゃん」

「ん」

 

 楽しそうに尋ねるマナに、まどかが心なし強く頷く。

 以前食べた時から大分気に入ったようで、久々に食べれた嬉しさに心なしテンションも上がっているらしい。

 

「じゃあ、じゃあ、今日一緒に寝てくれますか?」

「ん……ん?」

 

 テンポ良く頷き、あれ? と言わんばかりに首を傾げるまどか。

 だが正面で目を輝かせるマナを見つめ。

 

「……あっ」

 

 気づいた時にはすでに遅かった。

 

 

 * * *

 

 

「じゃーまどかちゃん、一緒に寝ましょうねー?」

「……ん」

 

 諦めたような、楽しんでいるような、良く分からない雰囲気を醸し出しながらまどかがマナに連れられて部屋を出ていく。

 二人のそんな様子に苦笑しながらボクもまた自室に戻り、ベッドの上に横になる。

 

「あー……疲れた」

 

 マナがいるといつも以上に家の中が騒がしい。まどかがあの通りなので余計にだ。

 それは決して嫌いでは無いが、少し疲れもする。

 

「……ま、それを楽しいと思ってる自分がいるのも事実、か」

 

 ()()()()()()だ。

 

 正確に言えば、本音を隠したがる。

 他人を気遣って、気遣い過ぎて自分を押し殺す。

 だからまどかを相手にはしゃいでいる姿を見ると、その内心を見ると、少しだけほっとする。

 

 ―――初めて出会った時、酷く子供らしくない子供だと思った。

 

 当時のマナの事情を考えれば当然だったのかもしれないが、まだ十にもならない子供が内心を押し殺すことに慣れ切ってしまっているというのは今考えても異常としか言いようが無い。

 

 人の心とは常に他者に対して開かれているものではないとボクが知ったのはまだ小学生にもならないほど小さな子供の頃だった。

 薄々気づいてたそれをはっきりとした形でボクに教えてくれたのはマナだった。

 

 今は……どうだろう?

 

 昔よりは随分とマシになった、マナの両親は再びマナと共に暮らし始めたし、仲の悪かった実家との復縁もできた。

 環境は改善されている……それでも一度作り上げられた根本は最早変わらない。

 

 三つ子の魂百までと言うが、間愛という少女はきっとこの先百まで生きたって嘘つきなのだろう。

 

 だからせめて、気づいてあげなければいけない……心を読めるボクだからこそ、嘘つきな彼女の本心を拾ってあげないといけない。

 

 それはきっと。

 

「ボクがマナにしてあげれる数少ないことだろうしね」

 

 呟き。

 

「……私がどうしました?」

 

 後ろから聞こえた声に思わずベッドから起き上がる。

 慌てて振り返ればそこに何故かマナ……とまどかがいて。

 

「……何しに来たの?」

「まどかちゃんが三人で寝ようと」

「……ゆーくんも、みちづれ」

 

 何気に酷いことを言う幼馴染である。

 

「……いや、そこはほら。もう良い歳なんだし」

「……ん」

「まあ良いじゃないですか……それ!」

 

 呟きながらマナとまどかがベッドの上に転がり。

 

「ちょ、狭い、狭いって」

 

 基本一人用のベッドなので三人も転がれば定員オーバーである。

 

「大丈夫ですよ、まどかちゃんをこうしてー」

 

 ベッドに横たわったまどかをマナが胸の内に抱き留め。

 

「そしてゆーくんが私を抱きしめてくれればオールオッケーです!」

「全然良くない!?」

 

 かも~ん、と腕を広げるマナとこちらを見つめるまどかの視線から目を逸らしつつ。

 

「……何だかなあ」

 

 やっぱりそんなに心配する必要も無いかな、なんて。

 

 そんなことを思った。

 

 

 




最近夕飯に作ったお好み焼きが美味しくて……つい……ね?


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