ただ、燕を斬るために (白黒パーカー)
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第1話 物語の始まり

初めまして、ツキナです。
初投稿ですが頑張ります。


 夢を見た。

 

 ある男の生涯を見た。

 

 その男は山に暮らしている、ごく普通の農民だった。

 

 だがある時から彼は剣の道を歩むことになる。その理由は山奥に隠居した剣聖の太刀筋、それに魅了されたから。

 

 それから男は毎日刀を振ることにした。剣聖は一切教えをしてくれない。それゆえに彼の剣技は我流。流れる川のように自由で定まった形がない無流の剣技。

 

 それから時は流れ、成長した彼は空に浮かぶ燕を見上げこう思った。

 

 

 ――そうだ、あの燕を斬ろう。

 

 

 それからの男はただ燕を斬るためだけに鍛錬を積んでいく。

 

 狂っているだろう。意味もなく、ただ他にすることもないという理由だけで鍛錬をしているのだから。晴れていても、雨が降ろうとも、たとえ雪で身体が凍えそうになろうとも彼は刀を振るう。

 

 振るうしかない。振るう以外にすることは何も無いのだから。

 

 俺はそんな男の生涯を、映画を眺めるように見続ける。

 

 よくそこまで出来るな、呆れると同時に彼の剣技に惹かれていく自分がいた。

 

 それはまるであの男が剣聖の太刀筋に魅せられるように。

 

 俺もできるのなら彼のように刀を振りたい。いつしかそんなことを考えるようになっていた。頭の中がそれで満たされていくのを静かに感じる。

 

そして、いつしか俺も夢として思い描くようになったのだ。

 

 

 ——あぁ、俺も燕を斬ろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「起きなさいよ、ジロウ!」

 

 俺の名前を呼ぶ声で目が覚める。瞼が石みたいに重い。十分な睡眠が取れていないせいで気分は最悪だ。まだぼーっとする頭で、安眠を妨害した奴を探し出す。

 

 たぶんあいつだろうなぁ、と思いながらも視野を広げるとすぐに見つかった。机を挟んで真正面。そこには予想通りの人物がいて、いつものようにこちらを睨んでいた。それはまるで親の仇を見るような、怒りにまみれた顔は見るものを心の底から震え上げさせるだろう。

 

 俺はそんな恐ろしい顔を毎日嫌になるほど見ているから、今更怖いとは思わないけど。

 

「……なんだよ、フィーベル。せっかく気持ちよく寝ていたのにさ」

「だからよ、ばかっ! 今は授業中なのよ!」

 

 俺のダルそうな声に対して、目の前の少女は声を荒げながら言い返してくる。そう、彼女が言う通り今は授業中。そして、授業ということはこの場は学校である。ここはアルザーノ帝国魔術学院。そこらにあるような平凡なものではない、魔道大国としてその名を轟かせる基盤を作った学校だ。常に時代の最先端の魔術を学べる最高峰でもあり、アルザーノ帝国に住んでいる者なら知らぬものはいないだろう。それぐらい有名な学校ということだ。

 

 そんな魔術師に憧れるものが日々魔術の研鑽に励んでいるような学校で、しかも授業中に睡眠をするというのは俺ぐらいなものだろう。全くもって褒められたものではない。

 

 だけど寝ちゃうのも仕方がないんだよ。色々とやることがあるし。そもそも俺は魔術に対して興味がない。いや、かっこいいとは思うんだよ、魔術とか。昔からそういった類が出てくる物語とか見てたわけだし。でも今はそれよりも目指したいものがあるんだよ。どうしても辿りたいあの道が。

 

「ちょっとあんた、聞いているの?」

 

 そんなことを考えていると、無視されたと思ったのか彼女は額に青筋を立てていた。この様子だと相当お怒り。マウンテンもバーニングな感じで怒りがふつふつしてるはずだろう。

 

そんな彼女の名前システィーナ=フィーベル。銀色のロングヘアにやや吊り気味な翠玉色の瞳が特徴の美少女である。だがまぁ残念なことに、教師泣かせと言わしめるほどの生真面目な性格のせいで男子からはそこまでいい評価はもらえていないようなのだ。おまけに胸も小さい。

 

「まぁまぁ、落ち着けよフィーベル。俺が今までにお前の話を聞いてなかったことがあったか?」

「そうね、もう数えられないくらいにはあるんじゃないかしら」

「そんなバカなぁ。そんなの紳士がすることじゃないさ」

 

心にもないことを言うと、フィーベルはジト目になった。

 

「ふーん。それじゃあ私がさっき言ったことを当ててみなさい」

「ふむ……。食べ過ぎで太ったんだっけか?」

「全然聞いてないじゃない! あと、太ってないわよ!!」

「あはは、聞き間違えたわ」

「聞き間違えたレベルじゃないわよ!」

 

 ギャンギャン吠えるフィーベル。

 やっぱりフィーベルをからかうのは楽しい。

 

 少し言っただけでこんなにも憤慨するのを見ると、中々やめられない中毒性がある。

 

 とは言っても、最初出会ったときとはこんなことはできなかった。その頃は互いに互いのことを嫌っていたし。今も仲がいいかと聞かれれば首を傾げるぐらいの間柄ではあるが。

 

「まぁまぁ、システィ。落ち着きなよ」

 

 そんなとき鶴の一声ならぬ、天使の一声。

 俺たちの会話をシスティの横で聞いていた少女は、友人であるシスティを落ち着かせるため、天使のような笑顔で微笑んだ。

 

 綿毛のように柔らかな金色の髪。青色の大きな瞳が特徴的なこれまた美少女。笑顔が素敵な彼女の名前はルミア=ティンジェル。フィーベルのキツイ性格とは反対に、柔和で優しい雰囲気を醸し出す清楚な女性である。そのおかげかクラスメイトからは天使と呼ばれ崇められている。補足をすれば彼女は胸もそれなりにあるのでシスティの完全敗北でもある。

 

「……ジロウ。今私のことバカにしなかった?」

「……気のせいじゃないか?」

 

 フィーベルは先程の怒りを納め、こちらにジト目を向けてくる。なぜバレた?

 

 表面上はなにもないだとばかりに返答するけど、内心は冷や汗ものだ。

 

 お互いが目を合わせること数秒。彼女は、まぁいいわ、と呟きながらため息をつく。

 

「ほんとルミアは甘いのよ。こんなテキトーな奴にそんな優しさはいらないわよ」

「テキトーとは失礼だな」

「授業中に寝ているんだから、当然じゃない」

「あ、あはは……。確かにジロウ君は授業中に良く寝ているよね」

「うぐ……」

 

 フィーベルは腕を組みながら普段の俺の授業態度について糾弾してくる。確かにその通りだから否定はできない。ティンジェルも同じことを思い出しているのか苦笑まじりにフォローになっていない言葉を掛けてくる。

 

 うん、ティンジェルの言葉の方が傷つくな。

 

 だけど、そこは俺にも譲れない大切な理由があるんだよ。

 

 普段俺は学校にいない間、あることにずっと費やしている。それは飯も食わず、眠ることさえ勿体ないと思うほど励んでいることである。それは俺にとって重要なこと。できることならずっとそれにだけ取り組みたいまである。

さすがに学校ではそれをすることはできないから、あくまで睡眠時間にあてている。

 

 そんなことを繰り返しているうちに学校では“魔術学園の恥”という不名誉な称号を付けられていた。他のクラスの生徒や先生たちからは軽蔑の目と嗤いの対象になっていた。

 困ったものだが、ラッキーなことにうちのクラスの生徒はそれなりに繋がりを持っていたから、そんなことはない。アイツいつも寝てるなー、ぐらい寛容に受け止めてくれているはすだ。

 

「まぁ、俺にも譲れないことがあるんだよ」

「……そう。あんたは昔から変わらないわね」

 

 そう言った彼女の顔は珍しく怒りも呆れもない表情だった。俺に悲しみの混じった視線を向けてきたのを俺は見逃さなかった。

 普段は怒ってばかりであれなフィーベルだが、決して悪い奴じゃない。とても真っ直ぐで、純粋で、そして脆い少女なのだ。

 

 ティンジェルも隣の少女の雰囲気に気づいたのか、心配そうにフィーベルの顔を覗く。

 

 まぁ、今はそれについて追及するときじゃあないな。俺にとってもそれは全く興味のないことだ。

 

「にしても、授業中だってのになんで先生がいないんだ?」

 

 少し暗くなりかけた雰囲気を壊すために話を変える。

 

 起きてからずっと気になっていたことだが、本来ならいるはずの先生は教室のどこを見回してもまったく姿が見えない。確か今日からこのクラスには前任に代わって非常勤の教師が来るという話を、寝ぼけながらも聞いていたのだが。

 

「そうよ! もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!?」

 

フィーベルが吠える。

 どうやら俺との会話でそのことを忘れていたらしい彼女は、さきほど鎮火したばかりの炎がまた激しく燃え上がったように怒りを爆発させた。

 

 どうにも彼女は感情の起伏が激しい。同じことを考えているであろうティンジェルもフィーベルのことを、子どもを見守る親のように暖かい視線を向けていた。

 

 それに気づいていないフィーベルは未だ来ない先生に対してさらに怒りを燃やす。

 

「まったく、この学校の講師として就任初日からこんな大遅刻だなんて言い度胸だわ。これは生徒を代表して一言言ってあげないといけないわね」

 

 はい先生、自業自得だけどご愁傷様です。

 

 心の中でこれから起こるであろう未来を想像していると不意にガラリとドアの開く音がした。

 

「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

 それと同時に聞いたことのない男のダルそうな声が耳に入る。

 

 修羅場に突入するようなこのタイミング。恐らく新任の先生が来たんだろうけど。そんな予測を立てて、先生の顔を見ようとそちらを向く。そして視界に入れた瞬間、口をぽかんと空けてしまう。

 

 教室に入ってきた男はどこでそうなったのか、全身をずぶ濡れにしたまま突っ立っていた。

 あんた、なんで濡れてるの?

 

「あ、あ、あああーー貴方はーーッ!」

 

 そんなことを考えていると同時に、フィーベルはありえないものをみたとばかりに震える声でずぶ濡れの男を指さした。そいつも彼女を見た瞬間、うげっと言いたそうに顔を歪ませた。どうやらこの二人は俺の知らないどこかで知り合ったらしい。

 

 なんかめんどくさそうだから寝たいなー、まだ寝不足だし。うん、寝よう。

 

そんな二人の荒れた会話を子守歌代わりに聞きながら、俺は目を閉じる。

 

 願わくば俺を問題ごとに巻き込むな、と。

 

 

 

 

 



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第2話 彼女たちとの昼食

無事に次の話も書けました。
まだ慣れてないのですごい時間がかかって大変です。






「へぇ、俺が寝ている間にそんなことがあったんだ」

 

 昼休みの食堂。

 授業中に睡眠をたっぷりととった俺は二人の少女と食事をしていた。

 

「あんた、また寝てたのね……」

 

 テーブルを挟んで向かい側。椅子に腰かけた少女、フィーベルは呆れながらこちらを見てくる。彼女の目の前にはレッドベリージャムを薄く塗ったスコーンが二つだけ置かれていた。

 

「仕方ないさ、まだ眠かったんだし」

 

 俺は彼女にそう言うと、頼んでいた肉料理を口にする。うん、やっぱりうまい。ここの料理は美味しい上に値段も安いから学生の味方だよね。フィーベルももっと食べればいいのに。

 

「あ、はは……、ジロウ君はいつも通りマイペースだね」

 

 そんな俺を見てもうひとりの少女、ティンジェルは困ったように笑って、声を掛けてくる。最近の彼女はずっとこんな表情しか見ていいない気がする。俺のせいですね、これは。

 

 ちなみに彼女が食べている料理はフィーベルと比べて量もそれなりにあり、バランスがいい。おそらくこれが胸囲という格差を作る原因じゃあないだろうか。

 

「ジロウ、アンタ今、失礼なこと考えてなかったでしょうね?」

「いや、別に何も考えてないぞ。たださ……目の前にある絶望的な格差問題について考えていただけだよ」

 

 そう言ってフィーベルのことを、特に胸の部分を静かに眺める。だがどれだけ見ても変わらない。本当に小さいころから何も変わっていない。ドンマイ、フィーベル。だが女の魅力はそこだけじゃない。人によっちゃ、脚だったり、お尻だったり、もしくは手首に魅力を感じる人だっているのだから。

 ちなみに俺はすらりとした脚の方が好きだ。脚フェチ派である。

 俺の慈悲に満ちた視線を訝しんだフィーベルは、それがどこを指しているのかを知ると、顔を赤くして両腕で胸を隠した。

 

「なっ! あんたどこ見て言ってんのよっ!」

「胸だな」

「あんたもアイツと同じでぶっ飛ばされたいわけ?」

 

 今朝のときよりも鋭い目つきで睨んでくるフィーベル。その隣では言葉には出さないもののティンジェルも顔を赤く染めて、胸を隠していた。だがしかしティンジェル、その行為は自分の巨大なものをさらに強調する悪手でしかない。

 

 だがこれ以上弄るのはダメだな。やり過ぎは身を滅ぼすって言うし。今更な気もするが、2人をなだめようと言葉を紡ぐ。

 

「いや、冗談だから。……おい、フィーベル。その手に持っているフォークを下ろせ」

「嫌よ。これを使って私はあんたを串刺しにしなくちゃいけないの」

 

 どんな使命だよそれは。

 胸を隠していた片方の手でフォークを掴んんだフィーベルを制しながら、先程聞いた話を思い出す。

 話を聞いた限りだとグレン先生は最初の授業でまさかの自主学習をした。その理由はただ眠いから。それからフィーベルのお叱りを受けたらしいが、その後も授業はテキトーに済まされた。さらにダメ押しとばかりに着替え中の女子がいる更衣室に入るという失態。これはまだ学校の構造を知らなかったからこそのトラブルではあるが、そんなこと覗かれた女子にとっては関係のないこと。即刻ギルティ。報いとして女子たちからは制裁を受けて授業は休みになったんだとか。ちなみにその間、俺は寝ていたけど。

 

 そして今、俺はグレン先生の二の舞を踏もうとしていた。ここはなんとかして、制裁を阻止しなくは。

 

「まぁ、落ち着けよフィーベル。確かに俺はお前の胸を見ていたが、そこまで興味はないんだよ」

「…………へー。あんたにとって私は、眼中にないほど女としての魅力がないと? そっかぁ、ジロウ。そんなこと思ってたのね……」

 

 あれ、落ち着かせようとしたのにむしろ逆効果? 

 フィーベルの雰囲気が変わったというか、凍える空気がフィーベルから流れてくる。目もなんか死んだように静かに笑ってるし。隣にいるティンジェルも珍しく、怯えてるのか声も出さない。俺の方を見てどうにかしろ、と目が訴えている。

 これは確実にやばい。もっと違うこと言わないと命にかかわるとオレの心眼(マジ)がささやいている。

 

「い、いや勘違いだぜ。俺は胸よりも……そう、スラリとした脚が好きなんだよ。そう。だから、フィーベルは細い脚で魅力的というか、触ってみたいというか、顔をスリスリしたいというか」

 

 いや、何言ってんだろ、俺。これじゃあただの変態じゃないか。

 やらかしたと感じながらも、表情を変えないようにフィーベルを見ると、顔を俯けてボソボソと何かつぶやいていた。

 

「…………ど、どうしよう。ジロウが私のこと魅力的って言ってた。昔に言われたきり1回も言ってくれなかったのに。というか、私に触れたいなんてそんな破廉恥なこと。……でも、私もジロウのこと触りたいし、なんなら私の身体の隅々までもうめちゃくちゃに……」

「シ、システィ……? 大丈夫?」

「ひゃっ!? ルミア、な、なにっ!」

 

 返事がないからどうしようかと悩んでいると、意を決したのかティンジェルが声を震わせて声をかけると、正気に戻ったらしいフィーベルが可愛い声をあげて飛び跳ねた。

 何があったのか理解していないのか、フィーベルはぼーっとしてたが、しばらくすると顔を赤くしてわちゃわちゃと慌てていた。

 

「ジロウ、もしかして私が言ってたこと、……聞こえた?」

 

 どこか不安そうな顔で俺の顔を覗いてくる。

 

「いや、何も聞こえてないさ。それと悪かったな、変なこと言っちまって」

「別にいいわよ。でも、次言ったらただじゃおかないから」

「ははー、ありがとうございます」

 

 女王様に忠実な臣下のように首を垂れる。その態度に少しは気を許してくれたのか鼻を鳴らしながら、腕を組む。残念ながら胸は全く強調されていなかった。もう言わないけど。とにもかくにももとのフィーベルに戻ってくれたみたいだ。これでティンジェルも一安心。

 

「アンタは普段からそうやって素直にしていれば、少しはマシなのに」

「……お前も人のこと言えないじゃないか、いつもツンツンしてさ」

「なんですってっ!」

「言葉通りの意味だよ」

 

 そしてまたも挑発してしまう。他の奴ならさっきの下りで終わるけど、コイツだと結局喧嘩というか、言い争いになってしまう。いつも通りの日常だ。

 

「ふふっ」

 

 俺とフィーベルで喧嘩が始まるかどうかの直後、突然の笑い声で俺たちは停止する。鷲静かに笑い始めたのはティンジェルである。彼女は赤くしていた顔はすでに落ち着いて、口に手をあてて上品に笑っていた。その行為は単純なのに彼女がやれば気品あるお嬢様のように様になっていた。

 お怒りだったフィーベルもそんな親友の反応に気分ががそがれたのか不思議がっている。先程までの怒りもどこかに消えていた。

 そんなフィーベルと顔を見合わせて頭を傾げると同時にティンジェルに目を向ける。

 視線に気がついた少女は母が子に向けるような優しい微笑みで口を開いた。

 

「二人は仲良しだなぁ、と思っちゃって」

「「それはない(わ)」」

「ほんと仲良しだね。息ぴったり」

 

 彼女は先ほどの暖かい視線に加えて、今度はニヤリとしたような笑みを含ませる。

どこか子どもらしいそのしぐさは彼女にしては珍しく、俺は珍しいと思った。フィーベルもきっと同じことを考えているだろう。ほんと、今日は不思議な日だ。変な教師が来たと思えば、二人の知らない顔も見れた気がする。なんだかもう疲れた。

 そして、落ち着いたと思われたこのスペースに、新たな来客が訪れた。

 

 

「邪魔するぜー」

 

 そんな気だるそうなだが少しばかり喜びがまじった声が聞こえた。横を向けば変人グレン先生がそこにいた。そしてまだ返事をしていないのにもかかわらず、俺の隣に山盛りにのせた料理を置いて椅子に腰かける。

 

 にしてもその料理を全部食べる気でいるのか? フィーベルとは真逆にたくさんの料理があった。

 

「――っ!? あ……あ、貴方は――!」

「違います、人違いです」

 

 フィーベルの言葉に華麗にスルーを決め込むグレン先生。よくもまぁ下着を見てしまった生徒の前に平然と出ることができるのか。そのメンタル、少し見習いたいかも。

 

 これまでの態度を考えると最低な人にしか見えないはずだ。実際その通りでしかない行動ばかり。ただそこまで悪い人には見えないんだよな、この人。まぁ、これは俺の勘なんだけど。

 

 三人の会話をBGM替わりに頭の中で思考していると、今度はこちらに矛先が向けられたのか視線が俺に集中した。

 

「おい、確かお前ジロウだったよな? さっきも見てたんがこいつと仲いいんだなぁ」

 

 フィーベルを指さしてそう言ってくるグレン先生。その顔はニヤニヤしていてムカつく。

 

「別に仲がいいわけじゃないですよ。ただぶつかることが多いだけだし」

 

 向こうでは、なんですって! と息を荒げるフィーベルとそれをなだめるティンジェル。だがそんなことよりも俺は目の前で、俺はわかってるよ、と言いたげな顔でこちらを見てくるコイツがムカつく。よし言い返してやる。

 

「そんなことよりグレン先生。女子更衣室を覗いたうえボコボコにされてましたけど、もう体は大丈夫なんですか?」

「おい! それはもう言うなよ!」

 

 それはもう俺の最高に綺麗な笑顔で毒を吐いていく。

 

 

「なるほど、自分よりも歳が低い女の子に、痛めつけられるのが大好きな変態マゾ大先生なんですね?」

「もう勘弁してください、ごめんなさい」

 

 グレン先生はそんな俺の言葉に耐えられなかったのか、見事に綺麗な土下座をしてくれた。にしても大の大人の先生が生徒に向けて土下座をしているのは端から見たらとてもシュールな光景なんだろうな。しかも片方が学園唯一の問題児、もう片方がロクでなし教師。やばいわ、また変な噂がたっちまう。

 

「なにやってんのよアンタたち……」

 

「えっと。な、仲がいいですね……」

 

 彼女たちは俺とグレン先生の一連のやり取りを眺めていたようで、少しいやかなり引きながら声を掛けてきた。フィーベルはいつも通りだが、まさかティンジェルすらも引かせるとは。

 

「…………あんたがそんな表情をするなんて知らなかったわ」

 

 何故かフィーベルは少し機嫌がわるくなったのか、口をリスのように膨らまして俺に視線を向けてくる。なにそれ、フィーベルのくせにかわいい。

 

「ねぇねぇシスティ」

 

「――っ!? な、な、なにをっ!」

 

 ティンジェルがフィーベルに耳打ちをする。すると衝撃的だったのかフィーベルは両手を慌ただしくわちゃわちゃさせて目を彷徨わせていた。フィーベルのやつ何言われたんだろう。

 そんな珍しい反応をした彼女を面白いと放置しながら、影が薄くなっていたグレン先生によろしくの意味を込めて声を掛ける。

 

「いろいろあったけど、これからよろしくお願いしますね。グレン先生」

「お、おうっ、よろしくな」

 

 その時のグレン先生の顔は軽く顔を引きつらせ、はははと笑っていたのだった。

 本当、今日は不思議な日だ。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 あれから昼食を終え、午後の授業も消化していった。途中でまたフィーベルがグレン先生の授業態度に文句を言い、それをテキトーにあしらう光景を何度か見たきもするが俺はほとんどを睡眠にあてていたので時間が進むのは早かった。

 

 今は町の端にある家に帰ってきた。

 

「ただいま……ってまだ爺さんは帰ってきていないのか」

 

 木造で作られたこじんまりとした建物。この家には俺と捨て子だった俺を拾ってくれた爺さんの二人で暮らしている。町の端にあるだけに周りには家がなく森が生い茂っていた。町の住人も中々訪れない場所だ。

 

「さてと。……やるか」

 

 荷物を片付けて、動きやすい格好に着替えてから家を出る。周りを一度見回し人がいないかを一応確認する。これからすることはあまり見られたくないことだから。

 

「……よし」

 

 誰もいないみたいだから、立ったまま目を閉じる。深呼吸をしながら心を落ち着かせていく。至るのは無心。初めは中々出来なかったが、今では少し時間を使えばなれるものだ。これも記憶の影響のおかげか。弟が兄の姿を見て、成長するかのような感じだ。記憶から俺は無心に至る方法を学んだ。

 

 無心になれたら次は自分の中にある物を引っ張り出すというイメージをする。夢で何度も見たそれは自然と俺の右手に現れた。そっと目を開けて、視線を向けると手の中には一つの長刀が静かに現れる。

 

 これはこの世界に来るときに無理やり渡されたもの。

 

 それにしてもこれを渡した神はひどいことをする。俺が目指しているものを知っていながら、これを渡してくるなんて。ゼロから努力して手に入れるという楽しみがあるはずなのに。まぁ、これはこれで効率がいい。あの男は、一生涯を掛けて身につけたが、俺はさらにその先に行けるはずだから。さらに向こうへ行けるようになったのだから。

 心が揺れる。

 

「いけないいけない、無心無心っと」

 

 心が乱れてしまったのでもう一度さっきの工程を繰り返す。そうすることでまた落ち着きを取り戻すことができる。

 

 そして今度こそは切らさないように注意しながら、その刀をそっと両手でつかみあげ、上から下へと振り下ろす。ただこれだけの動作。振り終えたならまた刀を持ち上げ同じ動作を繰り返す。ただ何度も何度も同じことを反復させる。これはもう昔からずっと継続してきた習慣である。

 

 あの男と同じで教えを乞う人はいなかった。だが幸福なことに夢として、記憶として見本があったのでその光景を思い出し見よう見まねでやっている。まさに模倣。まさに物真似。我流もくそもないことだ。

 だがしかし、この想いだけは負けていない。むしろそれ以上あると自負している。

 

 これは俺のとてもバカげた夢である。

 これは俺の変えることのできない人生である。

 起源という名の形に刻まれたように、俺の進む道は決まっている。

 これは俺の止めることができない、漆黒よりもどす黒く、しかしただまっすぐに純粋な執念であるのだから。

 

 数えきれない程振り下ろした後、今度は斜めになるように振り下ろす。新たな構えを1つずつ確かめていく。

 俺の目指す男に型などある一つを除いて他はない。ゆえに無数とも言えるほどの振り方が、本人すらも辿り着けなかった領域があるはずだから。

 だから俺はその先を目指す。この身で限りなく魔法に近づいた秘剣に辿り着こう。

 

 

 

 たとえその道に幸せな未来がなかろうと。

 たとえその選択が身近にいる親しい者を傷つけるのだとしても。

 大切な人が涙を流そうと、俺は絶対にこの(願い)をあきらめない。

 

 

 

 



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第3話 それぞれの想い

今日は少しだけ長くなっちったです。
それと見てくれている方、お気に入りしてくれた方、ありがとうございます。
これからも頑張って書いていきます。


 

 グレン先生の授業はとにかくやる気がなかった。

 

二年次生二組の必修授業すべてを前任から受けもった先生はそれらすべてをいい加減に行っていた。常に授業を寝ている俺だが、偶には起きているときもあるのでその内容は知っていた。その時の授業はちぎった教科書を黒板に張り付けていた。

 

これはもう授業と呼べるのか?

 

そんな疑問を抱きながらも五限目の授業も珍しく俺は起きていた。そんな俺を見たクラスメイト達はそれはもうありえない、という表情で俺を見ていた。なんと失礼なやつらなんだろうか。

 

特に目を擦って現実を認めようとしていないお前だよ、フィーベル。

 

 だがそんなやり取りもすぐに終わりを告げた。

 

 「いい加減にしてくださいっ!」

 

 俺に向けていた視線をすぐに黒板に教科書を釘打ちするグレン先生に向けられる。その声は今までの怒りをさらに込めたかのようなトゲトゲとしたものだった。

 

「む? だから、お望み通りいい加減にやっているだろ?」

 

 そんな彼女の言葉をいつものごとくめんどくさそうにあしらう。この様子だとシスティではグレン先生には口では勝てないだろうな。もちろん彼女が劣っているというわけでなく、先生が一枚上手なんだろうな。

 

フィーベルがめったに使わない家の権力を使い先生を脅すも、むしろこれ幸いと喜んでお願いしていた。

 

二人の言い争いを自分には全くの関係がない、他人のように上から静かに眺め続ける。

 

しばらくすると彼女はもう我慢ならない、と愚痴をこぼし左手の手袋を外しグレン先生に向かって投げつける。それを見ていたクラスメイト達はそんな無謀な行為を見て慌てだす。

 

さすがに俺もするかもしれないとは思っていたが、まさかほんとにするとは。

 

 「お前……まじか?」

 

 グレン先生もその行為の意味を知っているためか、呆れを感じさせるように彼女に視線を向ける。

 

 魔術師の決闘。それは古来より、連続と続く魔術儀礼の一つ。

 

そもそも魔術師とは世界の法則を極めた強大な力を持つ者たちだ。呪文と共に放つ火球は山を吹き飛ばし、落とす稲妻は大地を割る。彼らが野放図に争いあえば国が一つ滅ぶだろう。

そんな魔術師たちが互いの軋轢を解決するために作り出した規則のようなものが決闘である。そして勝者が敗者に一つなんでも言うことを聞かせることができるのだ。

 

ただ今のご時世、これはほぼ形骸化していてどこかの名門の家ぐらいでしかこれは使用されていないのだ。フィーベル家とか、な。

 

 やり方としては心臓により近い左手につけた手袋を相手に投げつけそれを相手がそれを拾いあげることでだれでも決闘を成立させることができる。だがーー

 

 「よく見たら、お前、かなりの上玉だな。よーし、俺が勝ったらお前、俺の女になれ」

 

 「――っ!」

 

 ルールとして申し込まれた側が決闘内容を決めることができるので基本的に先生が有利だ。おまけに生徒と教師。どちらが勝つかなんて誰もが想像できるだろう。そしてどんな命令だろうと文句は言えないだろう。例え自分の体を目当てされようと決闘を申し込んだのはフィーベルなんだから。

 

まぁ普段はロクでもない態度をとっている先生だが、おそらく大丈夫なんだろう。

 

「なーんてな、冗談だよ冗談! 要求は俺に対する説教禁止だ」

 

 

 ガキにゃ興味ねーよ、と笑いながら彼女は告げる。そんな返しにからかわれていた、と気づけたのか、顔を真っ赤に染め、目元には涙を浮かばせて先生を睨みつける。

 

 それを苦笑しながら、見ていると突然横から肩をたたかれた。

 

 何事かとそちらに顔を向けるとそこにはクラスの男子の中で一番に仲のいいカッシュが声を掛けてきた。

 

 「ジロウ、良かったな。あんな先生に奥さんがとれなくて」

 

 「はぁ? 奥さん?」

 

 何のことだ? と聞き返すとカッシュは呆れたような顔をする。周りをよく見ると他の奴らも俺に視線を向けて同じような表情を向けていた。

 

なんだよこいつら。え、俺何かおかしなこと言ったか?

 

 「何言ってんだよジロウ。お前とシスティーナは仲良し夫婦って呼ばれてるの知らないのか?」

 

 カッシュは平然としかし重大な爆弾発言を落としてきた。

 

ってちょっと待てよ。俺そんな話聞いたことないぞ。

 

 「は、おま、なんだよそれっ!?」

 

 俺にしては珍しく慌てたような声を出してしまったがそれどとろではない。システィーナと仲良し夫婦だって? そんなこと冗談にもならねえぞ。ただ他の奴らよりもよく話しているだけなのにそう言われるのは心外だ。それにクラスではないが、俺はほかの生徒や先生からは『魔術学院の恥』として蔑まれているんだ。そんな噂が他の奴らにも流されたらアイツにも迷惑をかけてしまう。それは知り合いとしては全く良くないことだ。

 

 「カッシュ、いいか? そのことは絶対に他のクラスの前では言うんじゃねぇぞ?」

 

 「お、おうっ。わかったから、落ち着けよ」

 

 俺の清々しいほどの綺麗な笑顔とは裏腹に、少しだけ乱暴になった言葉使いでカッシュに言い放つと、顔を青ざめ音がなるんじゃないかというほど首を縦に振っていた。

 

 そのときグレン先生も含め、他のクラスメイトたちもカッシュも同じように顔を青ざめていたのとフィーベルが複雑そうな顔でこちらを見ていたことに俺は気づけなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 結論から言うと決闘はフィーベルの完全勝利で終わりを告げた。

 

 勝負内容は【ショックボルト】のみの呪文で、それ以外は使用禁止というものだった。

 

 お前みたいなガキに怪我をさせるのは気が引けるんでね、とグレン先生はニヤケながらそれをフィーベルに告げる。

 

 当然、バカにされたとあってイラつきながらも、内心は冷や汗をかいて決闘に挑んだ。

 

 しかし、予想の斜め上に行くように瞬殺された。

 

 その時のみんなの顔は誰もがぽかんと口を開けていて面白かった。さすがに俺も驚きはしたが顔にまではださなかった。

 

 どうやらグレン先生は呪文を一説詠唱することができないようなのだ。

 

 【ショックボルト】は《雷精よ・紫電の衝撃以て・打ち倒せ》という三小節で放つことができるものである。そしてそれをより短く、速く発動させることができるのが一小節というものである。正直グレン先生ができないとは思っていなかったので驚いてしまった。

 

 まぁ、俺はそもそも【ショックボルト】すら発動することができるかどうかのレベルなんだけどな。まったく人のことが言えないものだな。

 

 だがなぜあそこまで自信ありげに彼女に先行を譲ることができたのだろうか? あっさりと【ショックボルト】を喰らって負けたときは笑いそうにもなったほどだ。 まことに謎である。

 

 そのあとも「五回勝負だ!」「あ、あそこに女王陛下がっ!」などと屁理屈をこねては何度も挑んで惨敗。

 

 そして最終的には、自分は魔術師ではないからと言って約束を反故にしたのだった。

 

 

 当然、そんな一連を見ていた生徒たちは落胆。フィーベルも見損なったといわんばかりに冷めた表情をしていた。唯一そんな顔をしていなかったのは俺とティンジェルだけだった。彼女はもともと誰にでも等しく優しい性格だからだろうが、俺は違う。おそらしく先生は本気をだしていないのだろう。普段の雑な授業と態度を見ていれば、そんなバカなこと、と思いそんな考えを切り伏せるだろう。

 

 だが俺にはそれなりの観察眼と、特典の力にいつも触れているからわかる。

 

 あれはただの有象無象ではない、と。

 

 服越しで分かりにくいが彼の体はかなり鍛えられている。それにダルそうに歩いてはいるが重心のブレはなく足運びも無駄がなかった。何よりも隠してはいるんだろうが雰囲気が似ていた。まるで夢に出てきた、ただひたすらに刀を振り続けたあの男にどこか重ねてしまったのだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 「なんだかなぁ……」

 

 自然と口からため息がこぼれてしまったのは仕方ないだろう。

 

 あの決闘から三日も経ったが特にグレン先生の調子は変わらなかった。これはある意味グレン先生はすごいんじゃないか、と感じてしまうものである。

 

 なぜならクラスメイト達は騒動以来、時間は無駄だったなと言わんばかりに自習を受け容れていた。確かに実りはまったくなかったので当然と言えば当然なのだが、なんだか納得できない自分がいる。そう思うといつもと違う自分に内心笑ってしまう。今まではただの睡眠時間だったのに、おかげで最近は寝不足が進行中だ。

 

 「あ、あの……先生。今の説明に対して質問があるんですけど……」

 

 

 そんなことを考えていると視界の端にいた健気な少女、リンがグレン先生に質問をしていた。

 

 あの娘もよくやるなぁ、と眺めているとやはり、先生はルーン語辞書の説明をしていた。

 

 そんな先生の態度が気になったのか、最近は何も言わなくなっていたフィーベルがリンに声を掛けた。

 

 「その男は魔術の崇高さを何一つ理解してないわ。むしろバカにしてる。そんな男に教えてもらえることなんてない」

 

 

 リンの肩に手を置き、一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう? と諭す。

 

 すると今までダルそうにしていたグレン先生の雰囲気が変わったのを見逃さなかった。

 

 そしてそんなことを言ったフィーベルに口を出す。

 

 「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 その言葉の中には普段とは違う先生の想いが込められていた。

 

 「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう?」

 

 彼女は先生の様子が変わっていることに気づいていないのか、貴方には理解できないでしょうけど、と言外にバカにしていた。いつもならここで先生はテキトーな相づちをして終わっていたのだが、今日は違うみたいだ。

 

 「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

 

 想定外だったのか、すぐにはそれに答えることができず彼女は悔しそうにしていた。

 

 それからフィーベルは魔術の素晴らしさを今まで手に入れてきた情報とともに披露していたが、そのことごとくをグレン先生は打ち負かしていく。

 

 次第にグレン先生の独壇場になっていき、魔術は全く人の役になっていないと宣言した。そんな様子をクラスのみんなも気になり、手に持ったペンや教科書を置いて聞いていた。

 

そして俺はその話を聞いて確かにと納得した。

 

 『術』と名付けられるものは基本、人の役に立つものだ。病から人を救う医術に、貧困にならないようにするための農耕技術、そして人が快適に暮らす為の建築術。どれも人の役に立つものばかりであったが、魔術は特にできるからと言って便利になるわけではない。それに使える人が限られているわけだし役に立っているわけではないだろう。

 

 いや、一つだけ役に立っているものが見つかった。そしてそれと同時にグレン先生の口から出てきたのだった。

 

――人殺しの役にたっている、と。

 

 

 その瞬間クラスは静かになった。いや声を出すことができなかったのだろう。

 

 当然だ。死とまったく関りのない日常を送っていたのに、そんなことを言われたんだから。しかも自分たちが現在学んでいる魔術について。

 

 「ふざけないでっ!」

 

 少ししてなんとか立ち直ったフィーベルは、自分の大切にしていたものを侮辱され怒りに燃えて声を張り上げる。

 

 しかし、そんな必死になっていた彼女に極論ではあれど現実を突きつけていく先生。

 

 そして最後にとうとう言ってはいけないことを彼女に告げた。

 

 「まったく俺はお前らの気がしれねーよ。こんな下らんことに人生費やすなら他にもっとマシなーー」

 

 その言葉の続きは聞こえなかった。変わりにぱぁん、と乾いた音が鳴り響く音が響いた。彼女が先生の頬を掌で叩いたのだ。

 

 「いっ……てめぇっ!?」

 

 突然のことにグレン先生は驚くものの何が起こったのかすぐに理解しフィーベルを睨みつけ、文句を言おうとするが、彼女を見て言葉を失う。

 

 他のみんなも言葉には出さないが、なにが起こったのか理解する。俺もただ静かに感情を表さないような表情で目の前の二人を見続ける。

 

 「なんで……そんなに……ひどいことばっかり言うの……?」

 

 システィーナはいつの間にか目元に涙を浮かべ、泣いていた。普段あれだけ強気なな、先生であろうと間違いをただそうとする彼女が。今目の前にいる存在はそのなりを潜めていた。そして静かに、大嫌い、と一言零し教室から出行くのをクラスメイトのみんなはただ見ることしかできていなかった。

 

 「あー、なんかやる気でねーから、本日の授業は自習にするわ」

 

 頭を掻きながら、グレン先生はそれだけ告げて教室をでていった。

 

 そんな中俺は興味がなくなったとばかりにあくびをする。

 

 「ねぇ、ジロウ君。システィのところに一緒に行こう?」

 

 そんな俺を見ていたのか、ティンジェルは少し眉をよせ、ためらいながらも声を掛けてくる。大方、普段から良く話している男子は俺だけだからだろか。だから俺を呼んだのだろう。ゆえに俺はーー

 

 「断る」

 

 ただ一言。それだけでクラスはまた静寂に戻る。

 

 「なんで! システィのことが心配じゃないの!?」

 

 「別に心配なんかしてねぇよ。それどころかする必要もないだろ?」

 

 「……っ!?」

 

 そう言うと彼女はこちらを睨んできた。彼女が起こるなんて珍しいな。彼女は基本呆れたり引いたりすることはあっても怒りを誰かに向けることはなかった。だがまぁ、当然だな。自分にとって大切な家族であり親友のことなのに、特に何も思っていないように扱われれば怒ることは仕方がないだろう。

 

 「なんでそんな酷いこと言うの?」

 

 酷いことか。だがな、俺はフィーベルのことをーー

 

 「当然だ。アイツは、俺が知るシスティーナ=フィーベルという女はあんなことを言われたぐらいで魔術を夢を諦めたりするようなやつじゃねーよ」

 

 「えっ……?」

 

 ティンジェルはそれはもう間抜けたような表情になり怒りの感情は何処かに飛んでいた。

 

 周りの奴も大体同じような反応なり、顔をしていてかなり滑稽だった。

 

 「なんだ? そんな間抜けそうな顔して」

 

 「え、え? いや、だってシスティのことなんか心配じゃないって……」

 

 バカにされたのに気づかないほどに、俺をことを不思議そうに見てくる。他の奴らも彼女と同じ意見なのか、こちらの様子を伺っている。

 

 「当然だ。俺はフィーベルのことを誰よりも信用して信頼してるんだからな。心配する必要なんて皆無だ」

 

 そうだ。アイツは俺がこの世界に来て初めて信用して信頼することができる人物だ。自分と似たような、夢を持っていた。形も道もまったく違う別物ではあるが。

 

 それを純粋に見続けることができる心を。

 

 叶うかどうかもわからないものをただひたすらに求め続けるあの想いを。

 

 俺はそれを知っているからこそ彼女を信じ続けることができるのだ。

 

「ふふふ……」

 

 そんな想いを思い出しているとティンジェルが笑い出した。怒ったり、笑ったりと表情が豊かだなぁ、と場違いなことを考えていると彼女が俺に一言口に出す。

 

「システィのこと大好きなんだね」

 

そうただの爆弾発言だった。って、

 

「はぁっ! ちげーよ!」

 

 顔が熱くなるのがわかる。いつぞやのようにまた言葉が荒くなってしまうが仕方ない。それだけは絶対ない。ただ俺は彼女のひたむきな想いに共感しただけだ。決して好きとか嫌いとか、そういう類いでははいのだ。

 

 だがしかし、機嫌がよくなったティンジェルは俺の訂正にも取り合ってくれず、駄々をこねる子どもに仕方なく対応している母親のようにあしらっていた。周りの奴らも生暖かい視線を向けて居心地が悪く俺は逃げるように顔を伏せた。

 

 それからフィーベルもグレン先生も授業には帰っては来なかったが、教室の空気は最初ほど軽く暖かいようであった。

 



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第4話 日常は終わりを告げる

三日坊主になりかけて焦りました。
たぶん、まだセーフ? です。







 今、俺は目の前でありえないものを見ている。

 

 なんとグレン先生がフィーベルにわずかに頭を下げて謝っているのだ。

 

 あのロクでなしの先生が。昨日の授業ではフィーベルと口喧嘩をしてそのまま帰ってこなかったあの先生が、だ。

 

 ただそれで謝っているのか?

 

 周りにいるやつらも俺と同じ考えているのか口をぽかんと開けて先生の様子を伺っていた。

 

 「…………はぁ?」

 

 何より一番驚いていたのはフィーベル自身であった。最初は突然の白猫呼びで机を叩きながら立ち上がるほど憤慨していたものだが、昨日のことで謝罪された瞬間魔の抜けた声を出してしまうほどだった。

 

そしてしどろもどろになりながらなんとか謝罪の形を保った言葉を紡いでいた。

 

俺はそんな先生を見て、恥ずかしいんだなぁ、と的外れな考えを頭に浮かべる。

 

 視界を先生から外して先程から黙っているフィーベルの親友切り替えてみると、二人を交互に見て、天使の微笑みのような優しい表情を見せていた。

 

昨日の一件でも彼女はフィーベルのことをしっかりと考えていたのだ。無事に仲直りできそうで安心しているのだろう。

 

「なんだよ……? 何が起きてるんだよ……」

 

誰かの疑問の声が聞こえたかと思うとクラス中が先程よりも大きな声で、なんだなんだと騒ぎ出した。

 

何事かと視界を広げると、なんとグレン先生が教壇の方に向かっていった。

 

今の時刻はまだ授業開始の前だ。それなのにグレン先生がいるのは異常なのだ。最初はフィーベルに謝りたくて来たんだと思っていたんだがそれだけではなかったようだ。

 

そして予冷が鳴り響く。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 グレン先生のその一言により、一旦静まり返り、しばらく経つと三度目のざわめきが教室中を震わせた。

 なんと言うことだろうか。あの先生が授業をすると言い出したのか? これは明日の天気は【ショック・ボルト】が降ってくるか?

 これは言い過ぎか。

 

 そんな生徒たちを無視してこの時間に使う教科書をペラペラと捲っているり、やめる。

 そのまま窓の方へ歩き出してそれを開けてそのままーー

 

 「そぉい!」

 

 投げ捨てた。

 

 「ん?」

 

 ダメだ。天才と呼ばれた俺でもグレン先生の行動が予測できなくなってきた。

 いや、別に天才とか呼ばれるどころか、バカにされているのだが。

 クラスの連中も、やっぱりいつものグレン先生と言いたげにため息をついていた。

 

 「さて、授業を始める前にお前らに一言言っておくことがある」

 

 そんな俺たちの様子を見ていた先生は口をニヤつかせながらこう告げてきた。

 

――お前らってバカだよな。

 

 ここでまさかの暴言だった。

 

俺はもともとたくさんのやつからバカにされてきたし、自分でも魔術についてはわかっていなかったので特に思うことはないが、他の奴は別だった。

 

 クラスメイトの連中は久しぶりの先生からの暴言で大なり小なりイラつきを見せていた。

 

 どうしてこうもあっけらかんと宣言できるのだろうか? 俺はとにかく気になって仕方がなかった。先生のメンタルは半端ない。

 

 「【ショック・ボルト】程度の一説詠唱もできない三流魔術師に言われたくない」

 

 誰かがそう言った。しん、と静まり返る教室。

 

 「ま、正直、それを言われると耳が痛い」

 

 だがグレン先生は特に気にした様子もなく、むしろ【ショック・ボルト】『程度』とバカにしたことをバカだと言い返し先生の教師としての本領を発揮していくのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 「グレン先生の授業すごかったね」

 

 「そうだな、今まで聞いた授業の中で一番すごかったな」

 

 「あんたがグレン先生以外の授業で起きてるの、一度も見たことないじゃない」

 

 グレン先生が珍しくやる気を見せた授業がいくつか終わり、現在は食堂にいる。メンバーはまたもや珍しくフィーベルとティンジェルという美少女二人とである。そのせいで周りの男子の視線は今日もすごかった。天子様と一緒に食事をするからだろうなぁ。

 そして先ほどの授業は一言で言うと、面白かった。

 

初歩魔術である【ショック・ボルト】を極めたといわんばかりに披露していった。四節詠唱にすれば宣言通り右に曲がり、呪文の一部を消せば出力を低下させるなどなど。

 極めきったクラスメイトもこれらを目の当たりにすれば最初は不満たらたらであったが、後半は興味が勝っていたのか真面目に授業を聞き出していた。

 

 途中に先生は、興味のない奴は寝てな、と注意を喚起していたがそのころにはすでに誰も自習を行おうとはしていなかった。

 

 俺も先生の授業は今までに何度か起きていたが自習だとわかるとすぐに寝ていたのだが、今回は面白すぎて一度も眠れなかった。おかげで現在寝不足が進行中だ。

 

「なんでお前がそんなことまで知ってんだよ」

 

 「なっ! べ、別に、毎回起きているか確認していたわけじゃないんだからっ!」

 

 「毎回確認してたのかよ……」

 

 「システィはもう少し、素直になればいいんだけどなぁ」

 

 「……っ!?」

 

 フィーベルは整っているきれいな顔をトマトのように真っ赤に染めた。

 なんで自分で言ったことで赤くなってるんだよ。ティンジェルも、仕方ないなぁ、って顔で見てるぞ。

 

 「……ジロウのバカ」

 

 「なんで俺が罵倒されてるんだよ……」

 

 理不尽すぎる。何も

 

彼女がそう一言呟き、顔を下に向けてしまった。

 

 頭を掻いて、どうすればいいか考えているが良い案が思い浮かばない。

 

 そう言った意味を込めて、ティンジェルに視線を向ける。

 

 すると、その視線に気づいたようで、隣の彼女を復活させようと奮起し始めた。

 

 俺はその二人を見ながら、これからもこんな平穏な毎日を過ごしたいなと考えた。

 

 年より臭いなと苦笑しながら、自分の頼んだ料理に手を付けるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 「……遅い!」

 

 私は懐中時計を握りしめる手を震わせながらそう言った。

 

 本日の授業の開始時刻は十時三十分。そして現在の時刻は十時五十五分。すでに三十分も過ぎているのだ。

 

 最近は真面目に授業をしていたのに、また遅刻をするとか、アイツは……

 

 「アイツったら、最近は凄く良い授業をしてくれるから、少しは見直してやったのに、これなんだから、もう!」

 

 「でも珍しいよね? 最近のグレン先生、ずっと遅刻しないで頑張っていたのに」

 

 私の独り言に反応を示したのは、私の家族であり親友であるルミアだ。彼女も先生が来ていないことを不思議に思っているようだ。

 

 そこで私は一つの可能性に気づいてしまった。

 

 「アイツ、まさか今日が休校日だと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

 「そんな……流石にグレン先生でもそんなこと……ない、よね?」

 

 なんだかこの考えがあたっていそうな気がしてきたわ。

 

 どんな人にでも甘いルミアでも今回に限ってはフォローできなさそうね。最後に関しては揺らいじゃってるし。

 

 「ジロウでさえ忘れずに来たのに……。アイツには今日こそ一言言ってやるんだから」

 

 「ふふ、システィはほんとジロウ君が好きなんだから」

 

 「はぁ!? 今はコイツのことなんて関係ないじゃない!」

 

 私が一人愚痴をこぼしていると、ルミアは何を的外れなことを言っているのか、笑いながらに爆弾を落としてきた。

 

 私は突然のことに慌てながらも、その意見を否定するため私の後ろでいつも通り寝ているバカを指さしながら、言い返す。

 

 「あれ? 好きなことは否定しないんだ」

 

 「なっ!? そ、それも違うのっ!」

 

 

 私の顔が急激に熱くなるのを感じる。

 

 ルミアは微笑みながら、今度は私が言ったことの揚げ足をとってきた。

 

 最近の彼女はどこかあの憎たらしい教師に似てきて将来は心配になってきた。

 

 「でもジロウ君。授業は寝てるのにいつも一番最初に席に座っているよね」

 

 私の心配をよそに今度は後ろのバカについて話し出した。確かにコイツは授業中に眠るなんてことをしでかすバカだ。それのせいで他のクラスの生徒や先生からは悪口を言われている。

 

 まぁ、コイツのことだから特に気にもしてないんだろうけど。

 

 でも、何故かコイツはこのクラスで誰よりも早く来ていつも私が座る席の後ろで寝ているのだ。この学院では特に席は決められていない。ゆえに早い者勝ちなのだ。特に真ん中の前側なんて席はすぐにとられてしまう。それこそ授業開始の何十分も前に来ていないとだ。

 

 もしかしたら、あの時に言ったこと。まだ忘れてないのかな?

 

 「……そうね。」

 

 「システィ、何か知ってそうな顔してるね」

 

 「別に何も知らないわよ! そんなことよりもアイツはまだこないのかしら!」

 

 「そうだね。この話はまた今度ね」

 

 ルミアの疑うような視線から逃れるため、別の話題を出す。

 

 仕方なくといった感じで納得した彼女に安心しながらため息をつく。

 

 なんで私がこんな思いをしなくちゃいけないのよ! これも遅刻しているあのロクでなしと後ろで寝ているバカたちのせいね。後で文句言ってやるんだから!

 

 突然、ドアの開けられる音がする。

 

「遅い! やっときた、わね……え?」

 

入ってきたのは憎たらしい顔で私たちをバカにするグレン先生ではない。そこには二人の見知らぬ男たちが立っていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 私は今、とてつもなく戸惑っている。

 

 突然教室に現れた謎の男二組。どちらの男も学院関係者ではなかった。

 私はとっさに嫌な気持ちになり、魔術を行使してまで捕まえようとしたが叶わなかった。

 

私の顔の横を通り過ぎるように飛んでいった光。軍用の攻性魔術(アサルト・スペル)である【ライトニング・ピアス】。

それを一人の男が指をこちらに向けて発動したのだ。

その瞬間確信してしまった。

 

ーー私では勝てない、と。

 

 それが頭に浮かんだ瞬間、立っていることが不思議な程体が震えてしまった。

 

 クラスのみんなも今起こったことが何かを理解すると教室を震わせるほど悲鳴をあげた。

 

 そんな私たちを見て満足したのか、顔を醜悪なまでにニヤつけていた。そして再度魔術を放ち、教室を静寂に変えてしまった。

 

 彼らの目的はどうやらルミアを手に入れることだった。

 

 なぜルミアを? 彼女と彼らにどんな関係があるのか? たくさんの疑問が頭に浮かんでは消えていった。でも、一つだけわかることがあった。彼らについて行ってはダメだということを。

 

 でも、声がでない。体を動かすことさえできない。大切な家族が今どこかへ連れていかれそうなのに。

 

 そしてルミアは一人の男に連れていかれた。

 

 「おら、てめぇら! 余計なことするんじゃねーぞ? 腕を後ろで組んで座ってな」

 

 そしてルミアを連れていかれてすぐ、教室に残っているのはルミア以外の生徒とさっき私に魔術を撃ってきた男のみ。

 

 でも、私たちは何もできず男の言う通りにしていた。

 

 男は生徒一人ずつに【マジックロープ】と呼ばれる特殊なロープで縛りあげていく。

 

 抵抗することができなくて悔しい。でも、次逆らったら、今度こそ殺されるのがわかる。死ぬのは怖い。だから私たちはこの男に従う。

 

 ふと、気になって顔を上げ辺りを見回す。アイツがいない。

 どこを見ても目に入るのはおびえるクラスメイトたち。でも、私が探している男は見つからない。私がルミアと同じくらいに心から信頼している男。

 

 だがどれだけその動作を繰り返しても一向に姿を現さない。

 

もしかしてーー

 

 「……にげ、た?」

 

 小さな声がか細くでてしまった。

 

でもこの状況なら仕方ないのかもしれない。なんせ目の前で起こったのは明らかにテロ。逃げられるのなら逃げるものだ。しかも命がかかっているのならなおさらだろう。

 

でも、でもそんなこと信じることができない。いつも私の後ろで眠たげなそれでもどんなことがあろうと絶対にいてくれたアイツがいなくなるなんて。

 

あの時約束したのに。絶対に私からは逃げないって言ったのに……。

 

 私の心にぽっかりと大きな穴が開いたような喪失感を感じる。

 

 いや、いやよ。いかないでよ。

 

 テロリストに連れていかれた親友(ルミア)。ようやくやる気になってくれたロクデナシ(グレン先生)

 

 そして私が今一番信用していたアイツ(ジロウ)

 

 まだ二人だけならなんとか耐えられた。でも、アイツまでもいなくなってしまうのはダメだ。これ以上は限界だ。開いた穴からどす黒い何かが溢れそうになる。

 

 心が軋むように痛みだす。心が今にも壊れそうになる。

 

 息が苦しい。自分の胸を抑えていないと何かが零れ落ちてしまいそうになる。

 

いやだ、いやだいやだ。こんなのイヤダ。

 

助けてよ。守ってよ。

 

どこかへ消えてしまったアイツに心の中で声をかけるが、それに反応する声はない。

 そして今日の私はどこまでもとことんツイていなかったのだろう。

 

 「おいお前、聞いてんのかぁ?」

 

 「へ?」

 

 私を呼ぶ声で意識が戻る。顔を上げると目の前にはあの男がいて、その後ろには縛り上げられて呪文の起動を封じる【スペル・シール】を掛けられている。

 

 「お前にはちょーっとお話があるから来てもらうぜ?」

 

 そう言ってへたり込んでいた私を無理やり起き上がらせた。その顔は先ほどより顔を歪め、粘つくような嫌な視線を向けてきた。

 

 「…………あ。い、いや」

 

 その視線が意味することを理解してしまった。コイツは私の体を……。

 

壊れかけの心をなんとか形に止め、抵抗にすらならない小さな声で否定する。でも、この男はむしろそんな私の反応に喜びを感じているように口の端を上げている。

 

 「いやぁ、お前みたいなやつがこの後どうなるか。……楽しみだぜぇ」

 

 「いやぁぁぁ!」

 

 あの男は無理やり私を引っ張っていく。それに対して私は最後のほんとの残り香のようななけなしの力を込めて悲鳴を張り上げた。

 

 いやだ! 助けてよ、ジロウ!!

 

 「もう大丈夫だ」

 

 「へ?」

 

 先ほどまで私を強引に引っ張っていた男の腕の力が緩まった。そして目の前の男の首から上がなくなっていた。それは明らかに滑らかで血すら噴き出すことを忘れていたように一時停止をしていた。

 

 それはいつなくなったのか気づかないほどの速さだったのだろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

 私のことを気遣うように優しい声の方に顔を向ける。するとそこには私がずっと心の中で呼んでいた、消えてしまった男が立っていた。

 

 私は視界に収めた瞬間、彼の正面から抱き着くように飛び込んだ。

 

 彼は突然のことに驚いたが、すぐに私を落ち着かせるように片手で抱きしめてくれた。

 

 彼の手の中には赤色の液体をぽたりと垂らし続ける、細長い剣のようなものを持っていた。

 

 おそらく彼があの男を殺したんだろう。本当は恐れるべきなのかもしれない。人殺しについて糾弾するべきなのかもしれない。

 

 だけど今の私にはそんなことを考えるほどの余裕はないのかもしれない。

 

 今は空いていた穴がふさがる、彼の体に包まれていると先程の喪失感が嘘のように暖かい、幸せな何かに包まれたような安心感を感じる。

 

 そして頭に浮かんだことはただ一つ。

 

――彼がいてくれてよかった、と。

 

 このときの私はもう、すでにどこかが壊れていたのかもしれない。

 

 

 

 



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第5話 もう一つの視点

投稿が遅くなりました。
まだ大丈夫です。







 どうしてこうなったんだろうな。

 

 いつも使っている教室。だがそこにはいつも見れるものとは違う別の景色が映っていた。

 

俺の後ろで怯える友達(クラスメイト)に、顔を俺の胸元にぎゅうっと押し付け、静かだが絶対にもう離さないとばかりに力強く抱きしめてくる彼女(フィーベル)。そして俺の目の前で首から上をなくして赤い液体をドクドクと流す、横たわっている肉塊(テロリスト)

 

 そこにあるはずの日常は、本来なら存在しないはずの非日常へと豹変したのだ。

 

 そもそもの原因は、そこで物言わぬ塊になった男と今はいない男がここに来たことから始まったのである。

 

 俺はいつも通りの特等席で寝不足の体を癒していた。

今日は本来休日なのだがうちのクラスは特別に受けさせられたという最悪極まりない事案である。

 

 そしてそれは何の前ぶりもなく唐突に起きた。

 突如、自分の心臓が誰かに鷲掴みにされたような、そんな痛みに似た何かが起こった。だが俺はこれがナニカを知っている。

 これは俺の特典の一部である【心眼(偽)】と呼ばれるものである。またの名を第六感とも呼ばれるものだ。これは俺の意思に関係なく発動するものである。これが起動したということはこれから何かが起こるのだろう。それも良くないことがーー

 

 「……っ!?」

 

 俺は体を一瞬で起こし、同時に俺の中の特典を意識的に発動させる。これにより俺は周りから視認することはできなくなった。これはスキル【気配遮断】というものである。これはランクが低いものの人間程度では気づくことさえできないだろう。声を出したり、攻撃をすれば別だが。

 そしてドアから謎の男二人組が入ってきたのだった。

 

 そこからは怒涛の展開の連続だった。

 

 突然の訪問にフィーベルがキレていたら、男が軍用の攻性魔術を彼女の体ギリギリに放っていたことか。それを見て一瞬で心が黒く染まり飛び出しそうになるのを抑えたり、ルミアが指名されて片割れの男に連れていかれたとか、グレン先生はすでに始末した宣言されるとか。正直言って頭がパンクしそうなほどだ。

 

 「……さて、どうするか」

 

 周りに聞こえないように言葉をこぼす。

 いまだ姿が認識されていない俺は、これからどうするべきかを目の前で次々と拘束されていくクラスメイトたちを見ながら考えを巡らす。

 

 現状わかっていることは、やつらは三人以上の規模でテロを行い、目的がティンジェルだということ。生徒たちに関しては今すぐに始末するわけではないから大丈夫だろう。そしてグレン先生はやられてしまって今回の件を対処できるのが俺しかいないということだ。

 

 テロリストに関しては俺でも倒せるから問題ない。

 なんせ俺の身に宿る力は、ある世界で一騎当千と言わしめるほどに強力で強大な力を持った存在であるのだから。

 

 英霊――聖杯戦争に際して召喚される特殊な使い魔なる存在。神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって人間例である彼らを精霊の領域にまで押し上げたもの。その者たちは人間ではかなわないほどで、対抗できるのは同じ存在だけだ。

 

 対峙する相手からしたら絶対に相手をしたくないだろう

 

 だが俺の中にあるものは本来の英霊とは違うもので、亡霊のようなものをある世界で無理矢理アサシンというクラスに収められた存在だ。ほんと魔女(メディア)さんはすごい。

 

何よりも俺はこの男(亡霊)を尊敬しているのだ。そして自分もそこに至りたいと憧れているのだ。剣技だけでサーヴァントたちを苦しめたというあの存在をーー

 

 思考するのを一度やめる。いま考えるべきことではない。

 そう思いながら様子を見ることに意思を向ける。

 

 「なっ!?」

 

 俺はありえないことが目の前で起こり、つい声をだしてしまった。大声を出さなかっただけマシなほうだろう。それに今ので反応する者たちはいなかったみたいだし。

 

――どういうことだ?

 

 なんと、フィーベルと目があったのだ。しかもスキルを使用しているのにも関わらず。

 

 【気配遮断】のランクが低いのはわかっていた。そもそもこの男(英霊)の本領はアサシン特有の隠密ではないのだから。だがそれでも魔術が少し使えるだけの人間、それも子どもである彼女に俺が見えるはずがないのだ。

 

 「ふぅ……」

 

 心を落ち着かせるために気息を整える。そして再度、彼女が本当に俺に気づいていたのか、様子を見てみるがやはりそんなことはなかったと結論つける。

 

――彼女には俺が見えていない。

 

 彼女は見るというよりも、何かを探すように周りを見渡していた。その顔は少し、いやかなり青ざめていてぼそぼそと何かをつぶやいていた。こんな弱々しい彼女を見るのは初めてだ。

 俺は今すぐにでも飛び出したかった。だがーー

 

 「今は耐えなくちゃ」

 

 今いけば男を無力化する機会がなくなってしまう。なら男の方に向かいたいが、すぐ近くには拘束されていくクラスメイトたちが。どっちにしろ男が離れてからではないと手がだせないのだ。

 

 はやく教室からでてけよ、と思いながら俺は謎の焦燥感に駆られる。

 

そんな俺を見てあざ笑うかのように、その願いを打ち砕いて行った。

 

 男は俺以外の全員を拘束し終えると、今度はなぜかフィーベルの方に近づいた。

 なぜ近づくのか疑問に思ったが、そいつの顔を見た瞬間に理解してしまった。

 

 その顔は下衆という表現が相応しいほどに、イヤらしくにやけた顔を彼女に向け声を掛けた。

 それに対して彼女は数秒をかけてゆっくりと顔を上げた。その顔を見た瞬間、俺は呼吸ができなくなるほどに驚いた。彼女の顔は先ほどよりも青白く、綺麗だった翠玉色の瞳もドロドロと濁らせていた。

 彼女はすでに限界だった。

 

 そしてこれを見た瞬間、俺はもう限界だった!

 

 俺は動きやすいように机の上に飛び乗る。いまだあの男は気づいていないようで彼女を引っ張り教室から出ようとしていた。

 

 「いやぁぁぁ!」

 

 そんな彼女の心からの叫びを聞きながら手元に意識を向ける。もちろん俺の体の中にある武器を取り出すためにだ。

数舜で右手に長刀、物干し竿を鞘から抜き出した状態で無理矢理に手繰り寄せる。そしてそれと同時に意識的に抑えていた体のリミッターを外した。

 

フィーベルを傷つけないように細心の注意を払い、体を弾丸のように高速で飛ばした。

 

 「もう大丈夫だ」

 

 

 刹那。あの男の首を落とすために振るった刀は、狙い通りの軌道を描き、切り落としたのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 とまぁこんな感じで冒頭に至るというわけだ。

 にしてもほんとにこれからどうしようか?

 

 こんなショッキングなものを見せてしまったせいでクラスメイトたちからは完全に怯えられていた。これじゃあ今まで通りに話すことはできないだろうな。

 

 少しだけそれを寂しく思った俺は、そういえばフィーベルもどうにかしないとな、と思いながら片手で抱き着いて動かない彼女の頭を優しく撫でる。

 サラサラとした銀色の髪を触りながら、コイツも女の子なんだな、と場違いなことを考えてしまった。

 

 教室は混沌と化していた。

 

――誰かこの状況を変えてくれる人、来てくれないかなぁ。

 

 その考えがフラグとして機能したのか、ドアを開ける音が聞こえる。

フィーベルを除いた俺たちはさっきの男が戻ってきたのかもしれないとそちらに視線を向け警戒をする。

 

 「大丈夫かお前ら! って、なんだよ。この状況は……」

 

 このタイミングでお前かよ。つーか死んだんじゃなかったのか?

 

 「なんで生きてんだよ……」

 

 「てめぇっ! 勝手に俺を殺してんじゃねぇよ!」

 

 「そうですよね。グレン先生はゴキブリ並みの生命力ですもんね」

 

 「なんだ喧嘩売ってんのかぁ? 売り切れるまで買ってやんぞ!」

 

 どうやらグレン先生は無事に生きていたみたいだ。ということは先生の方に向かったやつらは倒してきたんだろうか? 倒したんだろうなぁ。

そんな茶番に付き合ってくれた先生は憤慨しながらも、視覚から現状を理解しようとしていたのがわかる。

それを終えると茶番は終わりだと言わんばかりに表情を変え、鋭い目つきで俺を見てくる。

 

 「……言いたいことはわかりますよ。でも、話は後にしてください」

 

 当然俺のことを警戒しているんだろう。俺の右手には血がべっとりと付いた長刀を持ち、前には首から上がなくなったテロリスト。どう見ても俺がやったとしか見えないし、その通りだ。

 だが今は時間がないのだ。話なら後で言えることだけ話そう。

 

 「……はぁ、わかったよ。終わったらきっちり話してもらうぞ?」

 

 先生は警戒を解き、ため息を吐きながらそう言ってきた。

 俺はその答えに苦笑しながら頷き、先生が来るまでにあったことを伝えたのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 とりあえず、とグレン先生はまず死体に魔術を掛けて生徒たちが認知できないようにした。さすがにそのままにしておくのは精神衛生上よろしくない。そのあとお互いに知った情報を共有してこれからどうするかを相談した。

 

 俺は見た感じだといつも通りだが、内心は焦っている。

 

 当然だ。

 

 ティンジェルがさらわれているのだ。たとえすぐに殺されないのだとしても、それが確証されたわけではないのだ。

 

 そして結果としては俺とグレン先生の二人で助けに行くことに決まった。

最初は渋っていたグレン先生も、俺の梃子でも動かい重い意思を伝えたら、またもやため息を吐きながら了承してくれた。

 

 その表情には生徒を危険なところに連れて行くからか苦い表情をしていた。やはり根はいい人なんだろうな、と思ってしまったのは仕方がないだろう。

 

 これからの手順も決まった。

 流石に他のクラスメイトたちはここに残らせることにした俺たちはティンジェルを救うべく敵を追いかけようとしたのだが、今度は別の問題が発生したのだ。

 

 フィーベルが離れてくれないのだ。

 

 確かに怖い思いをしたのだからこうなるのも仕方ない。それでもこれは困る。

 グレン先生は仕返しとばかりにからかってくるので倍返しにした。満足だ。

 

 「……なぁ、フィーベル。落ち着いたのならもう離れてもらってもいいか?」

 

 慎重に言葉を紡いでいく。彼女は先ほどまで壊れそうになるほど怯えていたのだ。細心の注意を払うのが妥当であろう。

 

 「っ!? ……わかった」

 

 彼女は一度びくっ、と体を反応させると少しずつ見えなかった顔を俺に向けた。その表情は幾分か落ち着きを取り戻したようでいつも通りとまではいかないがだいぶマシになっていた。それと何故か顔が少し赤くなっていた。まるで恥ずかしさに悶えているかのようにーー

 

 「なっ!?」

 

 気づいてしまった。彼女が無事なことに安心したせいか今の姿勢がどんなものか忘れていた。

俺と彼女では身長差があるので必然的に上目使いになってしまう。そして互いに抱き寄せている姿は、いままさに口づけをするカップルのようだ。

 

 それを意識したとたん顔が沸騰するかのように熱くなる。フィーベルも同じことを考えているようで抱き合う姿勢をやめた。

 

 少しあのぬくもりが消えたことに残念に思いながらも、それを気にせずに目的を果たすために扉に向かって歩き出す。

 

 そして後ろから引っ張られてつんのめる。

今度はなんだと後ろを見ると彼女がこちらを真っ直ぐに見ていた。そして一言。

 

 「……私も、一緒に行く」

 

 まだ本調子ではないようで声がか細かったが、それははっきりと俺の耳に届いた。

 

 「……は?」

 

 俺はその言葉に驚き疑問の声を上げてしまった。

 さっきまであんなに怯えていたのに、どんな心境の変化があったのだろうか?

 

 顔をいまだに種に染めている彼女は、さきほどのことを少し恥ずかしながらもだがしっかりと俺の目を見てそう告げた。

 彼女の瞳はいつも通りの翠玉色のように綺麗な瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのせいだろうか。

 

 

 

 彼女のその瞳に、一瞬、()()()()()が混じっていることに気づくことができなかったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 彼女の決意

もうすぐ学校のテストがあるので更新が不安定になると思います。









 俺、グレン先生、フィーベルはティンジェルを助けに行くために教室をでた。

 

 途中、セリカ=アルフォネアからの通話がかかってきて、先生が生徒のことを心配して激怒したり。それをフィーベルが見て意外そうな顔をしたときはおもしろかったし、調子も戻ってきたみたいで安心した。

 

 そしていま現在、目の前にはたくさんの骨がいる。うん、骨だね。

 

 「おいジロウ! なんか納得したような顔してるけど、少しは

手伝え!」

 

 「いやぁ、そいつら斬ったら刀折れそうだし」

 

先生曰く、これは竜の牙を素材に錬金術で作られた、ボーン・ゴーレムとよばれるものらしい。驚異的な膂力、運動能力、頑丈さと三属耐性をもっているので中々にやっかいな代物だ。

なにより俺の武器は宝具なんて神秘の塊でもない、ただの刀だ。まぁ、ドラゴンでも斬れてるんだからたぶん折れはしないだろうが、今持っている刀がこれしかないからやりたくない。

 

「ジロウ、何やってるのよ……」

 

フィーベルが呆れた表情で俺を見てくる。

 

グレン先生が数体のゴーレムと対峙している間、俺たちはその後ろで様子を見ていた。彼女は俺と違い、魔術を使ってときたま先生を支援していた。先程までの怯えが嘘のように、いつも通りのフィーベルだった。

 

「仕方ねぇよ。俺はどっちかって言うと対人向けだからな」

 

「……そうね。ジロウ、魔術はそこまでだしキツそうね」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

「……難しいわね」

 

「ちょ、お二人さん!? お話のところ悪いんですけど、敵さんがどんどん増えているんですけど! 」

 

「……仕方ないな。刀が折れない程度にやるしかないか」

 

 さすがに先生だけでは対処できなくなってきたので俺も逝く。

 手に持っていた物干し竿を再び握りしめ、力を開放しながら足を踏み込む。

 

 刹那、一瞬で敵の目の前にまで瞬間移動したかのように移動し、その時の力を利用して首を狙い刀を振う。

 

 「……ふむ、この斬り方なら刀は折れないっぽいな」

 

ゴーレムの首は胴体と泣き別れし宙を舞う。俺がやったことは簡単だ。

骨を直接斬れば刀は折れるかもしれない。なら、骨と骨とのわずかな隙間を狙ったのならば話は違う。そこは確実に脆いのだから。

 

そして予想通り、刃に無理をさせず切り落とすことができた。

 

「にしてもグレン先生はすげぇな……」

 

次の敵の首を切り落としながら、先生の方にちらりと視線を向ける。

先生はフィーベルの魔術支援を受けてはいるが、武器も使わず拳だけで敵を粉砕していった。多少戦えるとは思っていたがここまでとは予想外だ。

だがーー

 

「くそ、ジリ貧だな……」

 

 先生はどんどん増えていく敵を見ながら愚痴をこぼす。

俺と先生がいればこの程度の敵は倒せるだろう。しかし、今は時間がないのだ。

一刻も早くここを通り過ぎなければいけないのだ。

 

「……よし。おい、白猫!」

 

先生は何かを思い付いたのか、後ろで魔術的支援を送っていたフィーベルに声を掛ける。その内容は、俺たちが時間を稼ぐから、即興で魔術を改変して欲しいというものだった。

 

いきなりの難題に彼女は慌てふためいた。

当然だろう。こんな土壇場でやったこともないことを今完成してくれと言われたのだから。

俺も何故彼女にそんなことを頼んだのかはわからない。

 

だがそれでも俺はーー

 

「フィーベルならできる」

 

後ろにいるフィーベルに振り向かずにそうつぶやく。

数秒、彼女は決意を露わにしたのか、やります! といつものように大胆不敵に返事をした。

俺はそんな彼女の声を聴いた瞬間、場違いにも笑ってしまった。いまこの瞬間、生死のやりとりをしているというのにだ。

 

「さてと、頑張りますか」

 

そうして俺は新たに敵を狙い定め、刀を流れるように振ったのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

――すごい。

 

 これがあの二人の戦いを見た、私の素直な感想だった。

 

 グレン先生拳だけを使った近接格闘でボーン・ゴーレムを圧倒していた。私の支援魔術を受けているからといってあそこまでの戦いができるわけではないだろう。ただ魔術を習っただけの私では絶対に敵わないだろう。

 

 そしてもう一人の男。いつも授業で寝てばかりいたアイツ。他のクラスや先生からは悪意ある視線を向けられバカにされてきた友達。そして私との約束をずっと守ってくれる大切な人。

 彼は私が今までに見たことのない細長い“刀”と呼ばれるものを振るって対峙していた。

 その動きには無駄がなく、綺麗だった。たまに見惚れてしまうのを我慢しながら支援を続ける。

 

 だがこのままではまずいだろう。

 

 数が多すぎるのだ。一対一での戦力ではこちらが上回っているのだが、こちらが三人に比べてあちらは軽く二桁は超えている。しかも私は支援をしているだけなので実質二人。

 

 二人に任せっぱなしなのだ。

 

 「……っ!」

 

 自分が無力すぎて悔しい。ただの子どもである私がそんなことを言ったところで仕方のないことなのかもしれない。

 それでも、目の前にいるアイツだって私と同じ子どもなのだ。

 

 一歩間違えれば死んでしまうかもしれないそんな危険な淵にいるのに。

 

――追いつきたい。

 

 その気持ちが漠然と心の中に染み渡る。

 

(ジロウ)の隣に並び支えてあげたい。

 

私の夢を知り、応援してくれた彼の力になりたい。

 

「……よし。おい、白猫!」

 

そんなときだ。私に先生が声を掛けたのは。

 

 先生は言った。時間稼ぎをするから、即興で魔術を改変しろと。

 改変する魔術は私の得意な魔術【ゲイル・ブロウ】。威力を落として、広範囲に、そして持続時間を長くなるように。しかも節構成はなるべく三節以内にと。

 

 

――無理だ。……私にはできない!

 

 先ほどまでの燃え上がるように熱くなっていた想いが弱くなっていく。

 

 そんな高度なこと私はやったことがないし、一回で成功させるのなんてできるかどうかなんてわからない。

 

 「フィーベルならできる」

 

 唐突に声が聞こえた。決して大きくない、でも私の心の奥に深く響くように。

 

 アイツの声だ。こちらを振り向かずに言ったようだ。

 

 私はそれを聞いた瞬間、心の中が再度、熱く熱く、激しく燃えだしたことを理解する。

 

 アイツが一言、言ってくれただけでやる気がでるなんて私はたいそう単純なんだろうな。

 

 「わかりました、私……やります!」

 

 私は声を張り上げ堂々と宣言する。

 アイツが信じてくれている。ならば私はそれに答えるまでだ。

 

 そこから私は先生のオーダー通りの魔術を発動するために全神経を注いで作り上げる。ルーンが引き起こす深層意識の変革結果を、グレン先生に教わった魔術文法と魔術公式を使って頭の中で演算しながら、望む呪文へ最速で近づける。

 

 私は強くない。心が簡単に壊れてしまうことだって知っている。

 

 ルミアが連れていかれるとき私は手を伸ばすことができなかった。

 

 怖かったんだ、自分が殺されてしまうかもしれないと、恐怖を感じてしまった。

 

 だから、私は、今度こそ大切なもののために手を伸ばす。

 

 

――大切な私の親友(ルミア)の為に。

 

 

――私たち生徒たちを守ろうとする先生(グレン)の為に。

 

 

 そして。

 

 

――私の側にいつもいてくれる、私を信じてくれる好きな人(ジロウ)の為に!

 

 

 

 

 

 「先生、できた!」

 

 私の声に二人は反応する。グレン先生はこちらを少し驚いたような表情で見ていたが、すぐに表情を戻し声を掛けてくる。

 

 「何節詠唱だ!?」

 

 「三節です!」

 

「よし!俺の合図に合わせて唱え始めろ! ジロウ、後退するぞ!」

 

 「了解!」

 

 時間稼ぎをしていた二人がこちらに向かって走ってくる。それによりまだ

残っているたくさんのボーン・ゴーレムたちが追いかけてくる。

 

 「今だ、やれ!」

 

 「《拒み阻めよ・――」

 

 

 死に対する恐れはない。

 

 

 「《――嵐の壁よ・――」

 

 

 なぜなら、

 

 

 「《――その下肢に安らぎを》――っ!」

 

 

 

 私のこの熱い想いが宿ったこの呪文が、()()()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間、呪文が完成した。私の両手からは爆発的な風が生まれた。

 そしてその荒れ狂う風の壁は迫りくるゴーレムたちの進行を()()()()()()

 

――できた!

 

 「さすがフィーベル、出来ると思ってたぜ」

 

 ジロウはあたりまえのことだと言うように、私にそう声を掛けてくれた。

 

 その言葉だけで私はもう幸せだ。それの返答に思わず笑顔を向けた。

 ジロウは私の顔を見たい瞬間、顔を赤らめそそくさと私の後ろに行ってしまった。

 

 そんなジロウを可愛いなと思っていると、次はグレン先生が来た。

 

 「よくやった! 完璧だぜ、白猫!」

 

 グレン先生はそう言って、私の横まできた。

 

 その手には小さな結晶のようなものを持っていた。

 それを握りこんで両手をばん、と合わせた。

 

 「俺が今からやる魔術は何かの片手間に唱えるのは無理なんでね……しばらくそのまま耐えてろ」

 

 そして先生はその口からできるだけ速く、だがはっきりと呪文を唱えていく。

 

 「《我は神を斬獲せし者・――……」

 

 ゴーレムたちはいまだ一歩とも動けていない。

 

 「《我は始原の祖と終を知る者・――……」

 

 それは先生の左掌を中心に、リング状の円法陣が三つ、縦、横、水平に噛み合うように形成され、徐々に速度を上げながら回転を始めた。

 

 「そ、その呪文は……」

 

 私は気づいてしまった。先生が唱えようとしている呪文の正体を。

 

 「《其は節理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・――」

 

 そして最後の節を口にする。

 

 「《――遥かな虚無の果てに》――っ!」

 

 七節にも渡って紡がれた、魔術の名はーー

 

 「ええい! ぶっ飛べ、有象無象! 黒魔改【イクスティンクション・レイ】――っ!」

 

 次の瞬間、三つに並んだリング状の円法陣が前方に拡大拡散しながら展開していくのが見える。そしてそこから放たれる光の波動は狙った先を抉り取るように全てを飲み込み消滅した。

 

 私は声がでないほど驚いてしまった。視界にいるジロウも驚いているのか、口がポカンと開いていて間抜けだが少し可愛いらしいなと場違いにも思ってしまった。

 

 そんな考えを隅に置き先ほど見たものを改めて思い出す。

 

 「す、凄い……こんな、高等呪文を……」

 

 「ほんとすげぇな……って先生? 顔、青白くなってない?」 

 

 「い、いささかオーバーキルだが、俺にゃこれしかねーんだよな……ご、ほ……っ!」

 

 そのとき、グレン先生は血を吐いた。

 それに気づいた私たちは急いで先生に近づき様子を見る。

 

 「先生! これは……マナ欠乏症!?」

 

 マナ欠乏症とは極端に魔力を消耗したときに起こるショック症状。これを放置しておけば命の危険がある。

 

 「《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》」

 

 私は怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文で癒そうとする。ただ私はこの系統の魔術は得意ではない。使えても回復するまでに時間がかかってしまう。でもこれは私がするしかない。

 もう一人いるジロウは魔術がほとんど使えないから仕方がない。

 それに早く回復させてルミアを助けにいかないと。

 

 「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

 

 そんな時だった。廊下の向こう側から声が聞こえ、そちらに顔を向けるとダークコートを着た男――レイクと呼ばれていた男が立っていた。レイクの背後には五つの剣が浮いている。

 

 これは最悪のタイミングだ。先生はすでに満身創痍。生徒である私たちでは絶体に敵わない。

 

 「あー、もう、浮いてる剣ってだけで嫌な予感がするよなぁ……あれって絶対、術者の意思で自由に動かせるとか、手練れの剣士の技を記憶していて自動で動くとか、そんなんだぜ? ちくしょう」

 

 先生も軽口でそんなことを言ってるが、顔は真剣な顔つきで警戒をしていた。

 

 絶対絶命の大ピンチ、私たちは負けてしまうのかと顔を下げようとした瞬間。

 

 「へぇ、手練れの剣士の技を記憶ねぇ?」

 

 ジロウの声が聞こえたのは。そしてアイツはそのまま話すのを続けた。

 

 「いやー、さっきまで俺の出番がなかったからなぁ。仕方ないから俺がでないといけないなぁ……」

 

 内容のわりに声は笑うように弾んでいて、そのときの表情はどこか嬉しそうにしていた。

 

 そんなアイツの顔を見て、中々見られない表情を見れたことによる喜びと、私以外でそんな表情をされたことによるドロドロとした嫉妬と不満で、内心複雑な気持ちだ。

 

 そして私は呆れてため息を吐き、戦おうとしているあのバカに声を掛けた。

 

 「ジロウ!」

 

 「……どうしたフィーベル、まさか止めるのか?」

 

 ジロウは私の声に反応すると顔だけこちらに向け疑問の念を口にした。

 そんなアイツの言葉に私は首を横に振る。

 

 「違うわ。さっさとそんな敵、倒しちゃいなさいよ」

 

 私の言葉に一瞬驚いた彼は、先程よりも楽しそうに、より嬉しそうに笑いながら私の言葉に頷いたのだ。

 

 私はこの瞬間、彼を笑顔にすることができたことに喜びを感じながら、その戦いを見届けようと心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 




今回はあんまりジロウ君を活躍させることはできませんでした。
それとシスティが少し強化されました。原作だと完璧には止められていなかったですし。

次回をまたお楽しみにしてください。







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