紫苑に誓う (みーごれん)
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序幕

至らぬことが多いと思いますが、温かい目で見守ってください。


「ど~もぉ!二番隊第三席、浦原喜助っす!以後お見知り置きを~!」
「初めまして。僕ァ鬼道衆所属の百目鬼(どうめき)(かおる)です。」

浦原喜助という男に対して百目鬼薫が最初に感じたのは、軽薄さだった。大鬼道長の握菱鉄裁に連れられて初めて会ったのだが、正直あまり好感は持てなかった。
だが、喜助と話す内、彼を知っていく内、それが浅薄な感性だったことを薫は思い知った。思考の深さ、判断力、知識量など、どれもこれもが彼には刺激的だった。



二人が会話しているのを少し離れたところで握菱鉄裁と四楓院夜一が見ていた。

「百目鬼は、護廷隊でいうなら四席を下らぬ実力者なのです」
「ほう、大したもんじゃ。しかしまた、なんで喜助に会わせたかったんじゃ?それこそ、あ奴はとうに隊長クラスなんじゃぞ?ただ話をさせているだけということは、戦闘経験を積ませるためでは無いんじゃろ?」

そう夜一に聞かれた鉄斎は、一瞬迷ってから話すことに決めた。

「…実は、私には彼の実力を測りかねるのです。何事も本気でやっているような、常に手を抜いているような、まるで「喜助のようじゃと?」…はい。あの様子を見る限り、浦原殿には到底及んでいないようですが…」
「お主はいつまでも甘いのう。それなら喜助と模擬戦でもさせればよかろうに」
「彼は、何故だかは分かりませんが他人に、というよりは私に実力を知られたくないようなのです」
「ほう?」

にやり、といつもの悪戯顔を浮かべた夜一を見て、鉄裁がしまった、と思ったのは言うまでもない。








「おい喜助!其処の百目鬼と模擬戦をやらんか?」
「えぇ~⁉嫌っスよ~!というか無理っス!ボク任務明けなんスよ⁉」
「いいからやらんか!隊長命令じゃぞ?」
「ンな殺生な~!」

上官と部下の会話とは思えない、と薫はその会話を聞いていた。同時に、まずい流れになったと思った。このままじゃァこの人と模擬戦をする羽目になる。明らかに浦原の方が上手だ。この人が手を抜いてくれたとしても、こちらはそうはいかなくなる。

「僕の方からもお断りさせてください。浦原殿の方が圧勝するに決まってるじゃァないですか」
「何じゃ、お主、喜助に負けるのが怖いのか?ん?それにこれは上司の命令じゃぞ?」
「怖いですよ。誰だって負け戦は嫌です。それに、四楓院隊長は直属の上司じゃありませんから、従う理由がありません。というか、やってみないかという聞き方は質問であって命令じゃありません」

夜一の煽りを無視して正論を投げてみる。当人たちが嫌だと言ってるんだ。大鬼道長が止めてくれる…

「どうじゃ、鉄裁?」
「……やってくれますかな?」

…と思ってたんだが、甘かった。そうだ、これは“夜一の頼み”なのだ。鉄裁が断れるはずもない。彼は夜一に恩があるという話を聞いた覚えがある。









瀞霊廷から出て戦闘のできそうな平野に出た。非番の日に上位席官が廷内でこういう模擬戦をするには許可がいるらしい。

「寸止めすること、斬魄刀の開放を含め、あらゆる手段を用いて戦うこと。ルールなんてそんなもんでいいじゃろ。全力でやるんじゃぞ?」
「色んな意味でボクにゃ無理じゃないっスか⁉少なくともボクの斬魄刀は寸止めできるようなもンじゃないっス」
「僕もです。斬魄刀の開放は無しにしませんか?」

文句を言う喜助と薫に、夜一は貸す耳を持たなかった。

「いいからさっさとせんか!」
「「ハイッ」」





浦原喜助は、ニヤリと笑いながらこちらを見ている夜一を見て、こっそりため息を吐いた。

(いつもながら唐突っスねぇ、夜一さんは。これはつまり、百目鬼さんの実力を見たいっていうのが半分、暇つぶしが半分っスかね?何にせよ、百目鬼さんには気の毒なことだ。どうやら彼は自分の実力がさらされるのを嫌がってるみたいなんスけど…)

「起きろ、〈紅姫〉」
(ま、今の夜一さんに何を言っても無駄っス。やるしか無いっスね)

喜助が斬魄刀を開放して薫に向き直ると、彼は何かボソボソと呟いた。かと思えば彼の刀の形が変化した。呟いたのは解号と斬魄刀の名前だったようだ。

(こちらに聞こえない程小さな声で呟いたのは、機嫌が悪いからか聞かれると不利になるからか…多分後者っスね。彼は若いが、そこまで子供の思考をするようには見えなかった。---そこまで隠されちゃうと、気になるっスよねぇ?)

「啼け、〈紅姫〉」

高エネルギーの真っ赤な球体が紅姫から飛び出す。

「防いでくれ」

そう言いながら薫が剣を振るうと同時に爆発が起きて薫の姿を見失う。

(あれを一撃で止めるとは…しかし、何も見えなかったっス。ボクの目にも留まらぬ速さで動く何かか、そもそも見えない何かか。分かるまで遠距離を保ちつつ探りを入れていく方が安全っスね)

と思いながら、喜助が爆発で舞い上がった砂埃を避けるため風上に移動しようとすると、

「ッッ⁉」

何かが頬を翳める感覚がした。咄嗟に避けたため薄皮が切れるくらいで済んだが、切れ味はいいらしい。

「やってくれたっスね!」

彼は不敵に笑うと、次の攻撃に身構えた。







(…相手も煙で姿が見えてないはずなんスけどね)

あれから10分、喜助は動くに動けずにいた。煙が晴れそうになると爆発が起き、砂煙が舞い上がる。風上に移動して煙から抜けようとすれば、的確に頬を何かが翳めていく。爆発があった場所に行っても、既にそこに薫はいない。互いに霊圧は極限まで消している。少なくとも、戦闘しながら気づけるレベルではないほどに。
(一体何で攻撃してきてるんだか…頬が切れる瞬間風を感じたんで、何かが通ったのは確実なんスけど。…風を感じた?あの時、何か違和感があったような…)

ひゅ、という微かな音とともに彼に攻撃が及ぶ。

(成程、やはり。そういうことなら)

喜助は、霊圧を消したまま霊圧知覚を全開にした。十時の方向に慎重に細められた霊圧を発見する。一般隊士のみならず、下位席官なら気づけないほどだ。

(今度はこっちから仕掛けるっス!)

「‼」

薫の驚いた顔が砂煙の中でも見える程に接近して白打戦に持ち込む。さすが、よく鍛錬しているようだが、毎日のように夜一と鍛錬している喜助からしたらまだまだだ。足を払い、腕を掴んで組み伏せようとした、が…

「⁉」

喜助の手が薫の手をすり抜けた。掴み損ねたわけではなく、文字通り通り抜けた。喜助の腕が薫の腕に何の抵抗もなく入ってしまったのだ。バランスを崩したところに真横からの突きの気配がした。咄嗟のことだったため見ることもせず、反射だけでそれを払い、今度こそ薫を組み伏せた。

(ボクが反射に頼ることになるとは…いやはや、末恐ろしい)

思わずにじみ出た笑いを、彼は空いている片手で覆った。







「…お願いがあるんですが」

解放された薫は開口一番にそう言った。大量に巻き上げられた砂が少しずつではあるが晴れていく。

「条件があるっス」
「まだ何も言ってませんよ?」
「分かりきった事っスよ。夜一さんたちへの口止めでしょう?ただ、個人的にその斬魄刀に興味があるっス。最後のあれは、ボクには教えてもいいって思ってくれたから見せてくれたんスよね?だったら、遠慮なく教えてほしいっス。」

喜助がそう言うと、流石とでも言うように薫がほう、と息を吐いた。

「…僕の斬魄刀の名は〈―――〉というんです。」
「なぁるほど!道理で獲物も見えないし手がすり抜けるわけだ」
「理解が早すぎて怖いんですが」

そういう割に彼の表情は柔らかい。物の数十分で喜助の頭脳がどれほどのものかを察している。いや、正確に言うなら、彼は喜助の頭脳が道理の通じるものでない事を理解している。

「まぁまぁ、そう言わず!ところで、ボクの位置はどうやって特定したんスか?まさか、霊圧知覚だなんて言わないっスよね?」
「僕の斬魄刀の能力は、操作というよりは掌握なんです」
「納得っス」

要点を抑えて簡潔に話す薫もまた聡明だ。彼の斬魄刀の能力も相まって、喜助は彼に興味を持った。









煙が晴れると、相当ご立腹の夜一が仁王立ちで待っていた。

「久しぶりじゃのう、喜助?」
「お久しぶりです、夜一さん!ボクがいない間に何かあったっスか?」

彼の飄々とした返しに夜一はがっくりと肩を落とすと、わなわなと震え始めた。

「何っっっにも無かったわ!煙ばかりたてよって!こちらからではなぁんにも見えんかったわ!これでつまらん報告なぞしたら、過労で倒れるまで任務付けにしてやる!」
「煙で見えなかったのはお相子っスよ~!」

喜助の方は相変わらず軽く受け流しているが、夜一はそれが更にお気に召さなかったらしい。薫からでも彼女の額に青筋が浮かんでいるのが見えた。

「何じゃお主、負けたのか?ん?言うてみい!」
「勝ったっスよ⁉キッチリカッチリ勝ちました」
「当り前じゃ!どう勝ったのか聞いとるんじゃ!」

夜一が腹立たし気に片足だけ地団太を踏んだ。
めっこり凹んだ地面を見て、薫は胃が縮む思いだった。





喜助の話を聞き終わると、夜一が顔を薫に向けて、“この通りか?”というふうに目配せしてきた。薫は大体合っていると頷いて喜助を見ると、喜助の方は夜一に見えないように薫に頷いていた。後は任せろ、ということだろう。

「して、結局その見えない刃の正体は何じゃったんじゃ?」
「風っスよ」
「風?」
「えぇ。物質というのは、一定以上の速度を超えるとどんなものでも刃になるんス。それは空気も同じ。非常に狭い範囲で強い風が吹いたら、それは刃に等しい力を持つっス。彼の斬魄刀は風を操る能力だったんスよ。こういう類の攻撃は、相手が近ければ近いほど自身にも危険が及ぶ。だから白打戦に持ち込んだんス」

顎に手を当てながら聞いていた夜一は、僅かに首を傾げた。

「しかし、それではおかしくはないか?風を操れるというなら、お主が風上に行こうが関係あるまい?姿を隠し続けたいなら、風を使って煙で相手を取り囲んでしまえばよかろう?」
「普通はそうっス。攻撃を与え続ける方がタネがばれるリスクが高い。でも夜一さん、せっかく風上に出たのに急に煙が自分の方に動き出したら、風上が風下になったら、そしてそれが2、3度起きたら、誰だって彼の斬魄刀の能力に気付くんじゃないっスか?そうじゃなかったからこそ、アタシはギリギリまで気づけなかったわけで」

腕組みしていた夜一は、煮え切らないような表情のままだった。

「そういうもんかの。して、お主はどうして気づいたんじゃ?」
「煙っスよ。何か速さのあるものが通ったら、煙はそれに巻き込まれて動くっス。でも攻撃を受けたとき、必要最小限の範囲でしか煙は動いていなかった。遠距離攻撃していたなら、煙の乱れはあんなもんじゃ済まない。能力を隠すための状況が、逆に能力を暴くヒントになっちゃってたんスよ」
「成程のう。天晴(アッパレ)じゃ、薫!」
「そこは『喜助』じゃないんスか⁉」

喜助の叫びは、夜一の豪快な笑いにスルーされてしまった。






夜一からの疑問はそれ以上出なかった。当たり前だ。喜助がそれを意図して説明を省略した。風を操ることができる、それは紛れもない事実だ。だが…

(本当に面白い子だ。)

こういう子らが後進として育っているなら、楽しみも増える―――







それ以降、喜助のもとに薫が月に数度通うようになったのは、その場にいた四人と、後から参加するようになった(たちばな)(すばる)だけが知っていた。












―――初めての模擬戦から十数年の後、浦原喜助に尸魂界追放の判決が下った―――





読んでくださってありがとうございました!
今後も読んでいただけるよう、精進します!


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第一幕 斯くて刃は振り上げられた 就任

昨晩投稿したにもかかわらず、早速読んでくださった方がいて感激です!
今後も読んでいただけるよう書いていきたいと思います。

浮かれついでに投稿させていただきました。
本文長い…長さが調節できるようなスキルは作者にありません。すみません。



暫くは平穏な日常が続く……予定です。



(馬鹿じゃないのか?)

百目鬼(どうめき)(かおる)は、その端正な顔に出さないように心の中で毒づいていた。


――鬼道衆第三特殊機動班班長、百目鬼薫ヲ副鬼道長二任ズ――


彼のために弁解しておくなら、彼はけして短気な人間ではない。寧ろ、大概のことは受け入れられる温厚な性格であり、それもあって部下から慕われているのである。大抵のことでは動じないし、今のようにイライラしたりすることはない。では、なぜこんなにも彼が苛ついているのかというと…

「これ、百目鬼! このような場でそのような態度をとるでない!」

…総隊長殿の一括が室内に響く。しまった、顔には出してなかったはずなんだが。

「お主の考えておることなどすぐにわかるわ。どうせ自分の実力に見合わぬ席を押し付けられたとふてくされとるんじゃろう?じゃが、鬼道衆に属するものは、新たな大鬼道長も含め皆、お主が適任じゃと思うておる。」
「…はい。」
「…こんな時だからこそじゃ。皆が任せたいと思うような者はそう居るまいて。しゃきっとせい!」
「………」


実にそうだ。こんな時に…こんっっっっっな大変な時に!
鬼道衆の人間がこう言っては何だが、僕ァ鬼道が苦手だ。まァこれは僕ァそうだってだけのようで、他の隊員達に言ったら「そんなわけあるか‼」って総突っ込みされてしまったわけなんだが、それにしたって鬼道に苦手意識があるなんてどう考えても鬼道衆のトップの器じゃァない。…副鬼道長だから、本当にトップってわけじゃないが。
しかし、ただでさえそういう考えばかりしているのに、今はまたタイミングが悪い。最悪だ。


元大鬼道長の裏切りと同副鬼道長の(ホロウ)化による両二名の除籍―――


つい一週間前、隊長格8人が護廷隊士に虚化されるという事件が起きた。一人は被害者、もう一人は加害者として、鬼道衆はトップ二人を一夜にして失い、二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなってしまっていた。組織の立て直しとはまた一段と大変な割に報われない仕事だ…

これが、今イライラしている理由1と2である。
それに加えて今のこの状況そのものが彼の苛立ちを増長させていた。

ここは中央四十六室ではない。護廷十三隊一番隊の隊舎内にある、隊首会を執り行う場だ。確かに昴は鬼道衆と護廷隊は共に歩み寄るべきだと言っていた。だが、いつから鬼道衆は護廷隊の一部になった?我々は独立した組織だ。そこを忘れてもらっては困る。

()()()これは四十六室の命で、断ることは許されないのでしょう?」
「…然り」

そんな彼の考えを知ってか知らずか、総隊長は少し眉を上げ、
「もう異論は無いかの?それではこれにて隊首会の終わりとする」
と、会を閉めた。









鬼道衆隊舎への帰り道。未だに彼が不機嫌なのが最後の理由。これが、他ならぬ四十六室の命であるということだ。

(なぜあんな無能どもの命に従わなければいかないのか!)

眉間に皺を寄せずにはいられない。

(握菱鉄裁が、四楓院夜一が、そして何よりあの浦原喜助が、あんなことをするわけがない)


彼は、良くも悪くも人のことを冷静に観察することに長けていた。彼が持つ斬魄刀がその一助になっているのはそうなのだろうが、ほとんどの人間と近しくなりすぎないという彼の癖がそうさせていた。

だから、彼が感情的に人を擁護するということはほとんどない。現に、浦原喜助が死神の虚化に関する人体実験をして捕まったというのを聞いたとき、(とうとうやったか)と思ったほどだ。ではなぜ彼はこう思ったのか。それは、虚化云々(ウンヌン)(くだり)ではなく、その後の顛末を聞いたからだ。




あの事件の日、浦原喜助と握菱鉄裁は十二番隊に居たところを刑軍に拿捕された。

そのまま二人は連行。
十二番隊舎には虚化した被害者八名と虚化に関する研究の痕跡が多数発見された。
また、虚化した八名には握菱鉄裁により時間停止と空間転移の禁術が為された痕跡があった。

中央四十六室において、二人は事件の主犯であるという判断を否認。
主犯は藍染惣右介五番隊副隊長であると証言した。
しかし同時刻の彼には多数の目撃者が居り、二人の証言は却下された。

裁決が下された直後、その場に四楓院夜一が乱入。
彼女が連れ去った二人と被害者八名は未だに見つかっていない。





(浦原喜助は誰の目に見ても天才的な策略家だ。あれほど大きなことをしでかしておいて、自分が犯人だと馬鹿でもわかるようなあんな嘘を吐くはずがない。四楓院夜一もそうだ。普段はぐうたらを装ってはいるが、あれでも隠密機動総司令官だ。行動力は尋常ではない。現に裁定中に彼女は虚化した面々をどこかへと連れ去っている。あの時間中によくもと思える速さだ。しかし、行動に移ったタイミングからみて、行き当たりばったりだ。―――行き当たりばったり?大鬼道長まで加わっているというのに、なんともお粗末な逃走劇だ。予定外に現場が発見された?そんなことでこんな茶番を演じる羽目になるほど、浦原喜助(あの男)は生易しくない)



「それでわっっっぶ!!?」

――門?
目の前には、もう何百何千回も見てきた鬼道衆の門が広がっていた。

「っっっ…くっ…プフッ…」

目を白黒させながら後ろを振り返ると、目に涙を浮かべながらこちらを見て笑いを堪えている(たちばな)(すばる)が立っていた。

「おまっ、お前っ!珍しく、し、しかめっ面しながら…っくふっ、歩いてっから、黙って見、てたらっ…」

ちょー真面目な顔したまんま門に突っ込んだ挙句、突っ込んだことに気付かず何が起きたのかと門を見上げた時、薫はそれはそれは愉快な顔をしていた――らしい。

「はぁ――、ふう。おっす、薫!お前、隊首会行ってきたんだろ?どうだったよ!」

やっと落ち着いた昴は第一声を放った。
彼女は薫の幼馴染二人のうちの一人である。真央霊術院を一緒に飛び級して二年で卒業した同期だ。所属は…別れてしまったが。

(って、え?それだけのためにここまで来たのか?昴が所属している護廷十三隊十三番隊の隊舎はここからかなり離れているから、いちいち来るのは面倒くさいと自分で言っていたくせに…)

彼女の行動に驚きながらも、薫は不敵に笑った。

「中々面白い雰囲気だったよ。鬼道衆は被害者と加害者を両方出してしまったからな。あれから一週間じゃァ幾ら隊長の面々とはいえ反応に困るんだろう」
「そっか」

昴の少し安心したような不安を含んだような顔を見てやっとわかった。薫を励ましにきてくれたのだ。

「驚いたな。しおらしい顔もできるん「はぁ!?」いや、悪い。わざわざ…ありがとう」

黙ってれば美女のくせに、なんでこうも男勝りなんだ。彼女に呆れているうちに腹立たしかった気分が晴れていく。
昴本人はというと、やれやれとでも言いたげに腕組みをして口を尖らせていた。

「何に感謝してんだか!ま、いいや。ところでうちの隊長と話がしたいって言ってたやつ、通しといたよ」
「本当か!助かった。僕の隊長格の知り合いはあの人たちだけだったからな」

あの人たち、と聞いて昴が少し反応した。先の事件の主犯とされている3人のことだ。下位席官の昴と違い、薫は以前から鬼道衆内でそこそこの実力者だったため、握菱鉄裁との関りが長かった。自然、あとの二人とも会話する機会があったわけだ。途中から昴も薫についてきて三人と接していたが、薫とは違い裏切られたというショックで三人を嫌悪しているらしい。しまった、と思いながらも話を進める。

「で、先方の都合はいつ空くって?」
「今」
「今ァ!?」

迎えに来てくれたのはうれしいが、今?普通三日後とかじゃないのか?頼んだ日にすぐって、気が早すぎるだろ…

「浮竹隊長の体調の悪さ嘗めんな!いつも通りなら隊首会にだって出られないんだぞ!」
「何でちょっと自慢気味の口調なんだ?あとそれは駄洒落のつもりか?寒っ!」
「じゃあもう無理なんだな?わかった、そう伝えて…」
「悪かった!悪かったよ‼今すぐ行く、行くから!連れて行ってくれ」

(励ましに来てくれたわけじゃァなかったのか。別にいいけど。)

事務仕事は他に任せよう。今日はこれが終わったらもう直帰しよう。何故か疲れた薫だった。












(―――浮竹十四郎
品行方正を絵に描いたような優等生十三番隊隊長だ。部下に分け隔てなく接し、総隊長からの信頼も厚い。容疑者の一人の親友…か)

薫は、浮竹十四郎と対談するため十三番隊に向っていた。こんな言い方をすれば堅苦しそうに聞こえるが、昴に言わせれば「沢山しゃべって仲良くなる」ためのものだ。今後も瀞霊廷を護っていくためには、護廷十三隊と鬼道衆の間に摩擦が少ないほうがいい。前任二人はそもそも関りが薄かったため摩擦も何も無かったが、今回は事態が事態だ。隊長格と良好な関係を築いておくに越したことはない。


(…というのはまァ建前ってやつだ。もちろんそっちのほうが後々のためにも大事だから手を抜くつもりはない。だが、本当にやりたいのは―――事件の真犯人の発見だ。というか、もうほとんどアタリはついてる。必要なのはその選別と協力者の炙り出し)



あの夜、なぜ浦原一派は十二番隊舎に戻ったのか?四十六室から逃れた後、護廷隊の捜査網を抜けられるような隠れ家があったのに。隠れ家がある、というのは彼らの逃走の仕方でわかる。三人だけならそんな場所がなくとも逃げ回れただろうが、後の八人を抱えてそれはできない。とすれば、彼らは真実を四十六室に告げるために隊舎に戻り、連行され、拒まれた…何かを隠し、庇うために証言をする者もいるが、逃避行でその可能性もない。信頼を得ようとするなら、そのまま捕まっていたほうが効果的だからだ。…四十六室の場合はどうかわからないが…


浦原喜助の証言が正しいと仮定すると、怪しい人物は三人。藍染惣右介、京楽春水、東仙要だ。

藍染惣右介は言わずもがもな。浦原喜助が名指しで主犯としている。だが、真っ先に容疑者から外された。アリバイがあったからだ。一般隊士200名以上と隊長格一人。だが、こんなものは意味がないことを薫は知っていた。そういう斬魄刀に心当たりがあった。副隊長がそのつもりでそういう斬魄刀を振るえば、一般隊士には気づけない者が殆どだろう。そう、一般隊士ならば。


ここで京楽春水の名が挙がってくる。隊長格が副隊長の術に嵌るとは考えにくい。藍染の姿は遠目に視認しただけだと本人が証言しているため、どれほどの精度で見えていたかは不明だが。いずれにせよ、これがアリバイの決定打になったのは事実。そもそも、あんな時間に他隊に出向いてそのまま帰るなんて、不自然だ。藍染の協力者としてアリバイ作りに加担していたとも見られる行動だ。彼自身が何らかの術なり斬魄刀なりを振るった可能性もある。


そして最後の東仙要。唯一人あの場から生還できた死神だ。気を失っていたため現場を覚えていないそうだが、隊長格が悉く被害にあい、同僚も皆殺しにされた中で一人だけ助かったという事実そのもので怪しい。見逃された?上位席官が?彼もまた虚化に巻き込まれたが何らかの理由で失敗し、死神として在り続けているという可能性もある。しかしそれでは彼の前後の席次の人間が刺殺されていることが不可解だ。何らかの選定基準があったならわかるが。しかし、実験を行った主犯がそんなイレギュラーを放置するなんてことはあるのか…?

…というのが、四日前に開示された情報と自分で拾っていた情報から自分なりに立てていた仮説だ。兎にも角にも当人たちに会ってみない事には始まらない。

「⁉ おい、薫!」

(そういえば、浮竹十四郎に会ってから何を話すか考えてなかったな…先のことだと思ってたし。昴の行動力は良くも悪くも脱帽ものだ)

――――ゴッ!















事の顛末を話すと、この部屋の主、浮竹十四郎は人当たりの良い笑顔で薫と対峙した。

「ハハハハッ!何を話すか考えてたら門にぶつかっちゃったのかい?面白い子だね~、薫君は!ぶつけたところは大丈夫かい?腫れてないかい?」
「えェ、まァ、はい。そうです。大丈夫です。…っていっ」
「ぐっ」

横で震え(ながら笑いを堪え)ている昴の腹に手刀を叩き込みながら薫は答えた。

(話題云々以前の問題だった!今日二回目だと知られたら絶対ドジだとおも---)
「こいつここに来る前も鬼道衆の門にぶつっっ…つぅぅ~!」

薫の拳が昴の頭に炸裂した。拳骨をしまいながら、さっきの手刀で沈めておけばよかったと心中で毒づく。後悔先に立たずとは正にこのこと。

「ハッハッハッ!それくらいにしておいてやってくれ。薫君」
「そうだそうだ!凹んだらどうしてくれる!」

にこやかに言う浮竹隊長とそれに乗っかる昴。「凹んだらそれまでだろ?」と冷たく言い放ち、昴を放置して隊長のほうへ向き直る。あ、昴の奴、隊長からも注意されてる。

「こうしてお時間をいただいたのは、先日の事件以降緊迫した我ら鬼道衆と護廷隊の関係のしゅ「薫君は固いな~!」…はァ……?」
「君たちの立場は理解しているつもりだよ。俺は全力で応援させてもらうつもりだ。ともかく、それも分かった上で、こんな時期に、各隊長と対話していこうとするなんて並みの者ができることじゃない。肩に力が入るのはわかる。でも、適度に力を抜かないと疲れてしまうよ。心も身体もね。気ばかり急いてこの二つを壊しちゃあ元も子もないだろう?」

どうだい?と彼は首を横に傾けて薫に訊いた。

「…心はともかく、身体のほうは浮竹隊長に指摘されると中々言葉の重みが違いますね」

ゴッ!
昴め…思いっきり殴りやがった。痛む頭頂部を薫は(さす)った。
にこやかにそれを見ていた浮竹は、薫の言を特に意に介した様子もない。

「其処を突かれちゃうとは参ったな~!っゴホッゴホッ…」
「「隊長!」」

大きく体を揺らしながら咳をした彼は、すぐに片手を上げて二人を制した。

「っ大丈夫だ。ありがとう、二人とも。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。」

そろそろ潮時だろう。薫が頭を下げる。

「もう帰るのかい?」
「ええ。ご厚意に甘えすぎると罰が当たりそうで」

薫がそう言うと、隊長は残念そうに笑顔を作った。

「そうか…あぁ、後、他の隊長たちにもこの話は伝えておくから、薫君は薫君のペースで会っていくといい」
「!何から何までありがとうございます」
「良いんだよ。またいつでも遊びに来てくれ!橘も喜ぶしな!」

昴に同意を求めるように、彼は笑いかけた。

「ちょ、隊長⁉」
「はァ、了解です」

気の抜けた返事をしたら昴に蹴られた。何故だ…










十三番隊からの帰り道、昴は見送りだと付いてきてくれた。
浮竹の言う通り気を張っていた薫は、力を抜いていつもよりゆっくりと歩いた。

(浮竹隊長…僕が何に期待していたのかまで見越して今日会ってくれたのか。知り合い皆無の中、やっと見つかったツテだ。繋げなくちゃな。知り合いといえば、)

「なァ、昴。そういえば花の霊術院卒業ってもうすぐじゃなかったか?」
「そうだったな~!お祝い何がいいかな?」

花、というのは幼馴染の山田花太郎のことだ。ある意味今では聞かない名前を足して二で割らなかったような絶妙な名前を持つ彼は、非常に気の弱い、けれど芯の通った優しい奴だ。薫と昴に比べて彼は二十程年下なのだが、尸魂界の者は寿命が長いため、年が十や二十が離れていても同年代と同じ扱いということはザラだ。下級貴族仲間での集まりで初めて会ったときはもう少しシャキッとしていたのだが、年下の花太郎を薫と昴がグイグイ連れまわし、いじり過ぎたせいか現在の仕上がりに至る。

下級貴族には霊力の強いものが生まれにくい。それに上流貴族のような固い掟みたいなものは殆どないため、家によっては子作りに力を入れている。…良く言えば。そういう家では、出来が良かろうが悪かろうが末っ子は真央霊術院に入れられる。兄姉は家を守るために、弟妹は家を支える為に駆り出されるわけだ。薫たちのように。

花太郎なら、霊圧から考えて鍛錬次第で席官は軽く貰えるだろう。どこに配属されるか、今から楽しみだ。

ちなみに花太郎には護廷十三隊に所属している親族がいる。兄の清之介だ。彼は四番隊の副隊長を務めており優秀な死神なのだが、薫たちとはそりが合わない。薫に隊長格の知り合いがいないというのは本当のことで、必要最低限のことしか話したことがない彼を知り合いとは言えない。

(四番隊に行くのは最後の方にしよう)
と薫は心の中で思った。







最後まで読んでくださってありがとうございました!


今回の主人公は素が出っぱなしですが、段々そうでもなくなっていくはずです。
これが大人になるって事…なのか?

何でもないです。すみません。

今後も頑張ります!



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対話

お気に入りが二桁に乗った嬉しさににやけてます。

ありがとうございます!



この土日は忙しくて更新出来なさそうなので、今のうちに…



ディィィン――ディィィン――――

(今日は何だ…?)

そっと目を開くと、青い色が飛び込んでくる。ここは薫の精神世界だ。空と、海なのか湖なのか、ともかく凪いだ水面がどこまでも広がっている。ここには地面というものがないため動くたびに波紋ができるのだが、体が沈んでしまうということはない。深い深い水面の下を覗くと、わずかな恐怖心と多大な好奇心と、一種のあきらめが湧き上がってくる。それほどまでに、ここは殺風景だった。

『ようおいでなさいました。今日もお疲れのようですね』

青い着物で身を包んだ女性が薫の目の前に座っている。淡い色合いが、〈彼女〉の白い肌を一層引き立てている。纏められないまま腰の下あたりまで伸びている〈彼女〉の髪は緑色で、毛先の方には葉を象った小さな飾りがいくつもついている。どこからともなく風が吹くたび、その髪はさらさらと音を立てた。

ディィィン―――

薫の斬魄刀である〈彼女〉は、彼が話し出すのを待ちながら手に持った楽器を弄っていた。

「…今日は琵琶かい?」

『えぇ。良い音でしょう?』

「あぁ。君は何を弾いても良い音を出す」

『面白味が無いと言われているようですわ』

「そういうわけじゃァないよ。まァ、君が弾けずにあたふたするのを見てみたいという気持ちはないこともない」

『まぁ!ふふっ』

〈彼女〉がこちらを見た。髪の色と同じ、緑色の瞳が薫を映す。若草色から深緑色にグラデーションがかかっていて美しい。
一呼吸おいて薫が口を開いた。

「どうだった?」

何が、とも誰を、とも聞かない。

『皆様、嘘は吐いておられませんでした』

「そうか…ありがとう」

ここ二日で、あの事件の真犯人を見つけるために薫は四つの隊を回った。十三、十二、十一、そして十番隊だ。今回、本命は京楽の親友浮竹が率いる十三番隊と喜助が隊長を務めていた十二番隊だったわけだが、協力者がどこにいるか分からないため常に気を張っていた。たった二日でここまでとは、先が思いやられる。ともかく、〈彼女〉にも協力してもらって薫が接触した相手に不審な点がないかどうか見てもらっていた。あの事件の話題に触れた折、彼らがどう反応していたか…〈彼女〉が言うのなら間違いはあるまい。


『浮竹様は心根の真っ直ぐなお方なのですね。薫様が門にぶつかったとお聞きになった時、本当に心配していらっしゃいましたよ。どの言葉にも嘘やお世辞が一切ありませんでした。涅様も、ある意味そういうお方ですね。ただ、浦原様の後任というお話も少しわかりました。あの方のお心を理解して差し上げられるのは、浦原様のような方だけなのかもしれません』

「辛辣だね。涅マユリにも僕にも。これからは彼とも友好的でないといけないんだけどね」

『ふふっ!ひねくれ者同士、気が合うのではありませんか?』

「言ってくれるじゃないか。彼はともかく、僕のどこがひねくれ者なんだい?」

『だって薫様、貴方全然わたくしの名を呼んで下さらないんですもの。こうして頼って下さるのは大変嬉しいことですけれど、貴方が堂々とわたくしの名を呼んで振るってくださることに勝る幸福など、わたくしに有りはしないのですよ?本当の実力を隠し続けているなんて、相当な変わり者です』

そっと懐に入れてあるものに触れてみる。これは喜助が唯一形を持って薫に残したものだ。

「情報は知るものが少ないほどに価値がある。時としてその価値は本来の情報そのものを超えることだってある」

『わかっております。言ってみただけです』

「…まァ、いつまでも隠せるものじゃァないがね。現に今は副鬼道長になってしまった。もしもの時は、僕を助けてくれるかい?」

『勿論です!わたくしは薫様のためにいるのですから。ですが、無理はしないと誓ってくださいまし』

「ありがとう。無理も程々にしておくよ」

『約束ですよ?…また、いらしてくださいね』

「勿論。寧ろ、これからが本番だ。そうだろう?」

『はい。薫様の道に幸多からんことを』

目が覚める。自室で〈彼女〉と対話するのはやはり、邪魔が入らなくて良い。
〈彼女〉が何も言わなかったということは、後の二隊で会った者は僕の印象そのままなんだろう。


十一番隊の新隊長、更木剣八はこれまた嘘とか駆け引きとかとは縁のない人物のようだった。強い者と戦うためだけに全ての力を注いでいるような男だ。まさか会って数秒の者に切りかかってくるような事態があるとは…これからは被害にあった隊も訪ねるんだ。後ろから刺されるくらいの事態は想定しておかなくては。
副隊長の草鹿やちるは小柄ながら相当機敏で、身体能力も高い。あの様子なら、護廷隊一の戦闘部隊と言われているあそこでも十分やっていけるだろう。


十番隊は、事件前から隊長、副隊長が空席だったようだ。そのため、三席だった志波一心という死神に会ってきた。成程、上二席分の仕事を担ってきただけあって相当優秀なようだ。志波家の出身者とは…次の隊長は彼かもしれないな。何となく、人となりが昴に似ている気がした。




(明日は…九番隊からか…)

ふと見上げた窓の外は、夕日が見える時間だというのに雲に隠れて陰ってしまっていた。












鬼道衆からの距離でいえば、十三番隊よりも九番隊の方が近い。だが、昴と十三番隊に行った日よりも九番隊の門の前まで来るのに時間がかかったような気がする。きっとこれが他の隊ならまだましだっただろう。あの事件で被害を受けた隊の中でも、ここは別格と言っていい。

隊長、副隊長のみならず、三、四、六席を失った。他隊に支えられてやっと機能している状態だ。

「鬼道衆副鬼道長、百目鬼薫と申します。東仙要殿にお目通り願いたい」
「お引き取りください」

門前払い、か。まァ予想はしていたが。しかし、この声…

「東仙殿ですね。わざわざ申し訳ありません」
「!お話しすることは有りません。謝罪の言葉など幾ら言われたところで、彼らが返って来るわけではない」
「僕がここへ来たのは謝罪のためではありません。これからの話をするためです。中に入れてはいただけませんか」
「………」

ズズ…という重苦しい音を立てて門が開いた。噂とは違い今日はマスクを着けていないようだ。サングラスを掛けているが、その閉じた瞼もその下の隈も、薫から見えた。

「ありがとうございます」









「それで、これからの話、というのは何でしょうか」

誰もいない道場の中に入ると、東仙要が口を開いた。ここに来るまでほとんど隊士を見なかった。隊士たちへの彼なりの気遣いなのだろう。

「あの事件で、あなた方護廷隊と我々鬼道衆の間に流れる空気は悪くなる一方です。特に鬼道衆は被害者と加害者両方を出し、恨み恨まれる状況になっています。これは護廷隊と鬼道衆だけの問題ではなく、瀞霊廷、延いては世のためにならないことだと僕は考えているのです」
「…」

理解()できる、という風に東仙は俯いた。

「世のために身を捧げるという目的が同じであるにも関わらず、これほど大きな蟠りがあっては、協力すべき時にそれができない。これは世の大きな損失だとは思いませんか?正義というものは、悪のために揺るがされることがあってはならないのです」

最後の台詞に、彼の瞼がピクリと反応した。

「…誰もが貴方のように理性的になれるわけではないのです。慕っていた上司を、部下を、喪う哀しみは貴方も知っているはずだ」
「えぇ。勿論です。すぐに理解していただかなくて良いのです。ですが、まず聴いていただくことが大事だと僕は思っています。お忙しい中、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。正義を志すは我らも同じ。私も微力ながら、協力させて頂きます」
「…助かります」







九番隊の門を出て、ほぅと胸を撫で下ろした。東仙要は聡明な死神のようだ。理性と感情を切り離して冷静に分析できる者はそういない。

『…そうでしょうか?』

〈彼女〉が囁く。そうか…あの違和感は、やはり…













その足で薫は八番隊に向かった。門の前に立って名乗ろうとしたら門が開いた。

「お待ちしておりました。百目鬼副鬼道長、中へお入りください」

小さな子供の死神が出迎えてくれた。隊舎内だからか、帯刀していない。身長は十一番隊の副隊長より少し大きいくらいだが、彼女のしている眼鏡も相まって大人びて聡明そうな印象を受ける。伊勢七緒という名らしい。薫を隊首室まで案内すると、彼女は帰って行ってしまった。扉を叩くと、中から間延びした声が聞こえてきた。

「どォ~ぞぉ~!入って入って~!」

薫一人しか入ってこないのを見て八番隊隊長、京楽春水は首を傾げた。

「あれ?七緒ちゃんは?」
「ここまで僕を連れてきてくださった後、帰って行かれました。お待ちいただいたようですみません。こんなことなら、連絡しておくべきでした」
「そうなんだ…あぁ、気にしないでいいよ~!浮竹が好きに回れって言ったっていうのは聞いてるからさ。でも、番号順に回ってるのは、そういう意味なんでしょ?」

その通りだ。いくら浮竹隊長からの紹介だとは言え、いきなり副鬼道長が来たら困るだろう。かと言って連絡を取ると、彼の好意を無駄にしてしまう。というわけで、一日に三隊ずつ、番号を遡りながら訪ねていくことにした。順番がわかってしまえば、いつ薫が来るかを気にせずにすむだろう。気を回し過ぎだったろうか…

「えぇ。お気遣いありがとうございます。改めまして、副鬼道長の百目鬼薫です」
「八番隊隊長、京楽春水です。ご丁寧にど~も!」

今後の協力関係の話を始めると、彼はすでに浮竹隊長から聞いていたようで快く了承してくれた。話が事件の方へと流れた。

「ウチはリサちゃん…あ、彼女はウチの元副隊長なんだけどね、その子が欠けちゃって、仕事が滞る一方なんだよ~…薫クンのところなんてもっと大変だったんじゃない?」
「そうでもありませんよ。うちの現大鬼道長は事務仕事の天才ですから。こうやって僕が外に出ていても向こうは通常運転でしょう。そういえばあの夜、副隊長が出立なさった後に京楽隊長は五番隊に顔を出していらっしゃったんですよね?何をなさってたんですか?三席の方に仕事を押し付けちゃァ駄目じゃないですか」

薫は、ちらりと春水の顔を見た。

「あぁ…実はちょっと気になることがあったんだよね~。気のせいだったみたいだけどさ」
「気になること?」
「うん。僕のカンってやつだよ。だから気にしないで」
「はァ…」





「ところで薫クンさ、読書は好きかい?」
「え?えぇ、まァ嗜む位には」

いきなり話がそれたため、変な声が出てしまった。京楽の方は相変わらずニコニコしている。

「じゃあ、お願いがあるんだけどさ、さっき君をここに連れてきた七緒ちゃんに月一回、本を読んであげてくれないかい?」
「伊勢殿にですか?何でまた僕なんです?」
「薫君は彼女が帯刀してなかったの見たでしょ?彼女は鬼道が抜群に上手いんだけど、それ以外が苦手らしくてねぇ。それなら鬼道を極めようと頑張ってるらしいんだよ。今まではリサちゃんが本を使いながら教えてあげてたみたいなんだけど、それもできなくなってしまった。副鬼道長の君なら、専門的なことも含めて彼女に指導してあげられるんじゃないかな~と思ったんだよ~!どうかな?八番隊と親睦を深める一環だと思って!」

確かにこれは願ってもない機会だ。具体的にどう各隊との繋がりを持っていこうかと模索中だった薫にとって、良いヒントを得られるはずだ。

「僕の方は鬼道に苦手意識があるんですが…まァ、彼女の習得状況にもよりますが、お引き受けしますよ」
「どぉもありがとう!副鬼道長なのに鬼道が苦手なんて、薫クンは変わってるねぇ」


以前、喜助に聞かれたことがある。何故鬼道を苦手に思っているのに、昴と同じ護廷隊に入らず鬼道衆に入ったのか、と。答えは簡単だ。護廷隊に入らなかったんじゃない。入れなかった。薫と昴が霊術院を卒業する年、鬼道衆への入隊希望者が十名を下回った。毎年、護廷隊への希望が大半だが、通常二十は下らない人数が鬼道衆を希望する。それでも人手不足なのだから、その年彼らは泣く泣く護廷十三隊希望者から何人かを引き抜いて入隊させた。引き抜かれ組のうち、一人がこうして副鬼道長を務めているのだから彼らの目は正しかったのだろうが、こちらとしては複雑だ。

「人生色々ですよ」

薫の言をどう受け取ったのかは分からないが、京楽は薫に対してニンマリと笑いかけた。








七番隊では、小椿刃右衛門副隊長が待っていた。隊員の気持ちを考慮して中に入ることは断られたが、個人的にではあるが協力を約束してくれた。

門内に入れてもらえないのはこれが初めてだったが、薫にしてみればもっと色々なところでこうなると思っていたので、大して残念ではなかった。






(明日も中々大変そうだ)

自室に戻りながら一人、薫はため息を吐いた。





今回も読んでいただき、ありがとうございます!

矢胴丸リサ元副隊長と七緒の本読みの件は本編とは違う設定だと思います。
二人が読んでいたのは、実践的なのではなくもっと可愛い本だった様な気が…



次回、対ラスボスです。
主人公大丈夫かな…







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笑顔

今度は短いです。
キリが悪かったがために…すみません。

何はともあれ、読んでくださってありがとうございます!

この調子でストックを放出し続けられるかは分かりません。あ、平日は流石に無理ですね。
こんなに書きたいのに…悩ましいところです。

長くなってすみません。本編始まります!



ゴクリ、と息を呑む。ここからは感情を、思考を、顔に出さないようにしなければ。

五番隊の隊舎前に来た薫は、緊張した体が解れるようにゆっくりと深呼吸しながら目を閉じた。

(六番隊はシロらしい。四大貴族の一角、朽木家の現当主と次期当主に朝から会うなんて、心臓に悪いことだ…しかし、ここが一番よりは良かったかもしれない)

五番隊―――藍染惣右介が副隊長を務めている隊だ。
ヘタに動揺すると彼がクロだろうがシロだろうが不審がられる。落ち着いてから入らないと…

「そこで何しとるん?」

いきなり耳元で声がした。

「うわあああぁぁぁぁぁぁァッッ!!?」

閉じていた目が反射的に開く。さっきあれ程動揺するなと教えた体は突然の出来事に全然対応できずに声の主から距離をとった。
そこにいたのは伊勢七緒よりもう少し大きい銀髪細目の少年死神だった。
(最近は小さい死神を育てるのが流行りなんだろうか?)と薫が呆然としていると、少年死神が笑いながら言った。

「あははっ!そない驚かんでも、取って食うたりしいひんよ。五番隊に(なン)か用?もしかして、そちらさん百目鬼副鬼道長?」

ニコニコしているのに、彼の笑顔は京楽のような柔らかさが微塵も感じられなかった。

「あァ、取り乱してすまない。君の言う通り、僕ァ百目鬼薫。副鬼道長をやっている。君は?」
「ボク?ボクはギン、市丸ギンや。ここの三席を任されてる。初めまして」
「あ、あァ、はじめまして。藍染副隊長に用があるんだが、中に入れてはもらえないだろうか」

それを聞くと、彼は一層笑みを深めた。

「残念やけど、副隊長は今居らへんよ。“言伝有ったら聞くように”て言われて待っててん」
「そうか。でも、直接会って話がしてみたいんだ。…特に彼には。今じゃなくてもいい、彼がいつ空いているか知らないだろうか」

ギンは、一呼吸おいてから怪訝そうな顔をした。

「…何で直接やないとあかんのん?」
「…彼が今回の事件の一番の被害者だからだよ。隊長を失い、罪を着せられかけた。そんな彼のことを心配するのはおかしいことかな?」

一瞬の間の後、彼はまた笑みを浮かべた。

「……次の予定はボクから聞いとくわ。後日遣いを送る」
「ありがとう。助かるよ」

薫もまた笑顔を向けると、ではまた、と立ち去った。








薫の姿が見えなくなった後、ギンは五番隊の壁に寄りかかった。
壁の反対側には、同じように寄りかかる人物の気配がある。

「君はあの男をどう思った?ギン」
「どうもこうも、あら完全に副隊長が黒幕やて確信してますわ」
「……」
「どうしはります?きっとあの人はほっといてもまた会いに来ますよ」
「浦原喜助…()()()()()()()()()()()()()()



壁の向こうで人が遠ざかっていくのを聞きながら、ギンは笑みを消し、壁の向こうを透かし見る様にその瞳を薄く開いた。

「いくら副鬼道長みたいにエライ人でも、あのヒトには勝てへんよ。そのやり方では相手にならん」

やっと聞こえるような声で彼はそう言うと、隊舎に引き返した。









「久しぶりだね、薫くん」
「お久しぶりです、山田副隊長。初めまして、卯の花隊長」
「ええ、初めまして。あなたと清之介がお知り合いだったとは、知りませんでした」

薫の現在地は総合救護詰め所、四番隊隊舎である。

「知り合いといえるほどではありませんが…家同士の付き合いです。副隊長の弟さんとは長い付き合いなのですが」
「そうなのですか。清之介の弟とはどんな子なのでしょうね?確か、清之介と入れ替わりで護廷隊に入隊するんでしたね」

意外な発言に薫は思わず訊き返した。

「入れ替わり?山田副隊長は護廷隊から除隊でもされるのですか」
「ああ。父上に家に帰るように言われてしまってね」

そうだったのか、知らなかった。副隊長にまでなったのに家に呼び戻すなんて…花太郎の父さんは変わった人だ。

それはともかく、例のごとく話を進めると卯の花隊長も協力してくれることになった。ただ、

「無理に事を進めようとして怪我人を出したりしても治しませんよ?」

とニコニコしながら言われてしまった。確かに、焦って皆を誘導すれば余計な喧嘩や騒動を起こしかねない。気をつけねば。









五番隊に行きそびれたため、まだ明るい時間帯だ。久しぶりに隊舎に戻ると、客が来ていると客間に通された。

(昴か?いや、今は仕事中のはずだ。伊勢殿の本読み…も、すぐにという話ではなかったし)

客間に入ると、一人の男性死神が椅子に腰かけていた。優し気な目が眼鏡の奥に見える。焦げ茶色の髪は少し長めでウェーブがかかっている。
会った記憶がない、と焦っていると、向こうもこちらに気付いて立ち上がった。

「どうも、初めまして、百目鬼副隊長。僕は五番隊副隊長、藍染惣右介です」
「あ、藍染副隊長⁉今日は予定があったと伺ったんですが」
「えぇ、すみませんでした。実は、予定が大幅にズレて、この時間から今日は空いてしまったんですよ。市丸三席は何か粗相をしなかったでしょうか?」

そうやって部下を心配する様子は、いかにも好青年という感じだ。

「そうだったんですか。いえ、市丸殿にそんなものはありませんでしたよ」
「そうですか。それは良かった。ところで市丸三席に仰っていたお話というのは、鬼道衆と護廷隊の結束を強めたいというお話ですね?」
「えェ。もう御存知だったんですね。その通りです。貴方には少し受け入れがたいでしょうが」
「そんなことはありませんよ。今後の尸魂界の為にも大切なことでしょう。協力しますよ」

お互いにニコニコと笑いかけたが、薫はそのまま薄く目を開いた。

「…ありがとうございます。…ところで、藍染副隊長―――」



声が震えないよう一呼吸置く。





「―――今回の事件、本当の犯人は貴方なのでしょう?」










(⁉この男は何を言っている?)

藍染惣右介は一瞬、薫が言っていることが理解できなかった。もちろんそれは言葉通りの意味ではない。五番隊でのギンと薫の邂逅の後、彼もギンと同様に薫が自分を疑っていると感じた。だから彼は、きっと薫は遠回しに事件のことを聞いてくるのだろうと思っていた。そうだったなら、どう誘導されてもいなせる自信があった。だが現実には、ストレートにその問いを投げかけている。普通は幾ら怪しんでいたとしてもそんなことをしない。薫のやっていることは、殺人犯に向かって‘‘お前は殺人者だろう?‘‘と訊いているようなものだ。そんなこと、本当にやったら薫自身が刺されかねない。
それを分かってやっているなら、それは…

(揺動か―――)


「何を仰っているんですか!冗談にしては度が過ぎています‼」

一瞬の逡巡があったが、許容範囲だろう。激昂するというのも自然な流れだ。同様を誘うということは、私が犯人であるという証拠が無いということだ。これ以上の追及はできまい。

「ありゃァ、これはどうもすみません…お疲れが取れるようなジョークをと思ったのですが、その通りですね。申し訳ありません」

申し訳なさそうな顔の薫はしかし、藍染から一時(ひととき)も目を逸らさなかった。

「…っ。いいえ。今日はもう失礼します。」
「折角来ていただいたのに、本当にすみません。今日はありがとうございました」




廊下に出た藍染の目は、いつものような笑みを湛てはいなかった。






やっちゃった~……
はい。主人公はやっぱり大丈夫ではなかったです。

未熟な作者と主人公ですが、温かく見守ってください。



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出会(しゅっかい)

早速感想をありがとうございました!

これ以降の投稿は作者の都合でスローペースになります。
すみません…




(何も.…聞こえない?)

斬魄刀と対話するための形、刃禅(じんぜん)を組んで精神世界に入った薫は、その静けさに驚いていた。
いつも〈彼女〉に会いに行くと、その時々に〈彼女〉は楽器を弾き鳴らしていた。毎度毎度楽器が変わることは有っても、無音ということはなかった。

恐る恐る目を開けると、〈彼女〉が薫を抱きしめていた。

「え…?〈―――〉?」

思わず〈彼女〉の名を呼ぶ。一瞬その腕に力が籠ったが、ゆっくりとそれも解けていき、〈彼女〉は薫から手を離した。手を離したといっても、一歩も〈彼女〉は動いておらず、また俯いたままのため、〈彼女〉より背の高い薫にはその顔が見えない。

「―――泣いて……いるのか…?」

動かない二人が立つ水面には、絶えず小さな波紋ができては広がっていく。

『貴方があんな大胆なことをなさるとは思っていませんでした』

意外にもきっぱりした口調で〈彼女〉は言った。

『藍染は黒です。真っ黒です。きっとあの人は貴方に目を付けた』

「………」

こんな〈彼女〉は初めて見た。泣くほど動揺しているところも、誰かの名前を呼び捨てにしているところも、一度も薫の名を口にしないところも。

うなだれて乱れた〈彼女〉の前髪を耳にかけ、薫は跪いてその顔を仰ぎ見た。泣いたせいで目元が赤い。唇を噛み締めているため、口元も紅を差しているかのようだ。肌の白さとのコントラストが艶やかで、儚げだ。

『無理はしないでと言いました』

「あァ」

『藍染が敵であることもわかっていらした』

「あァ」

『他ならぬ彼が、()()浦原様を尸魂界から追放したという事実も』

「あァ」

『なら、なぜあんなことを言ったのですか⁉』

あんなこと、というのは、藍染に面と向かって犯人かどうかを聞いたことを言っているのだろう。

「…ああでも言わなければ、彼は動揺なぞしてくれなかった。彼に欺かれていたかもしれなかった」

『わたくしは欺かれたりしません』

「君が言ったんだ、あの男はあの浦原喜助をも陥れた。万が一にも君が欺かれたら、僕にそれを知る術はない。…それでも、すまなかった」

『……』

沈黙した〈彼女〉の目からは、絶えることなく涙が零れ続けた。最後の薫の一言で、その雫は更に大きなものに変わった。

「これァ僕の持論だが、女性を泣かせる奴はゴミだ。生ゴミだ。だから、君が泣き止んでくれるのなら僕にできることは何だってしよう」

彼女の顔が微かに持ち上がる。何度か言葉を言いかけて(つぐ)んだ口は、とうとう言葉を絞り出すように動いた。

『…それでは、敵とはもう接触しないと誓ってくださいますか?』

「立場上全く、ということはできないが、極力君に従おう。それでは駄目かな?」

『誓ってくださるなら』

「あァ、誓うよ。僕ァ彼らと極力関わらない」

『ッッ!薫様!』

跪いていた薫の上から〈彼女〉が被さってきた。あァ、余計に泣いてしまっているじゃァないか…

〈彼女〉が泣き止むまで、薫はその頭をそっと撫で続けた。









(やけに静かだ)

橘昴は薫の部屋の前で聞き耳を立てていた。

年頃の女が何をやっているのかと言われそうだが、彼女には良くあることだ。良く言えば大胆なその行動は、ある意味、彼女の魅力の一つだ。
ともかく、薫の部屋から何の音もしない。彼の霊圧はそこにあるのに全く動かないし、部屋に入るタイミングを完全に逃してしまっていた。

(ええい、面倒くさい。どうせ薫との仲なんだ、大概のことは大丈夫だろ)

「おっす、薫!聞いてく…れ…」

部屋に入って分かった。薫は刃禅を組んでいたのだ。そういえば、薫が斬魄刀を用いた修行をするのを見るのは初めてだ。見たからどうということはないのだが、食い入るように見つめてみる。

「こんな奴のどこがいいんだ…」

先日薫が十三番隊に来ていた時、昴と一緒に歩いていたのを都三席に見られていたらしい。彼は誰?かっこいいじゃない!紹介して!という話になったわけだ。都さんも人が悪い。横にいた志波副隊長の反応を見て面白がってただけじゃないのか…

ということを考えていると、薫が動く気配がした。薫と目が合う。

「え?昴?え、何?何でここに⁉」

薫の動揺っぷりにニヤニヤしながら、昴は「連絡事項がありまして」と口火を切る。

「この度、わたくし橘昴は十三番隊第十席を拝命することとなりました~!」
「えええぇぇぇェ⁉そんな席次、始解ができないと、え、まさか、昴」

一層笑みを深めた彼女は、幼い少女のように歯を見せながら笑った。

「そのとーり!やっと始解を修得できたんだ!」
「‼やったじゃないか!」
「えっへん!そこで、先輩の死神二人がお祝いをしてくれることになったんだ。薫も来てお祝いしたまえ!」




昴は相変わらず騒がしい奴だが、薫にはそれがいつも心地良い。

「何で上から目線なんだよ…しかし良い先輩だな、こんな後輩のためにお祝いしてくれるなんて」
「どーいう意味だ!全く…それで、来る?来ない?」

ニヤリ、と今度は挑戦的な視線だ。薫も同じ視線を返す。

「行くに決まってる。おめでとう、昴」
「へへ!ありがと!じゃ、行こう!」

(…今日の話だったのか…)

薫がこっそりため息を吐いたのは、彼だけの秘密だ。







「それでは、橘昴の十三番隊第十席拝命を祝しまして、乾杯(カンパ~イ)!」

耳に心地よく響く低めの声は志波海燕副隊長のものだ。その隣でにこやかに盃を掲げているのが志波都、彼の妻で十三番隊第三席を務めている。以前薫が十三番隊にお邪魔した時には二人の姿を見なかったが、上位席官であるのに初対面でも砕けた雰囲気を纏った彼らと一緒にいると、まるで以前からの知り合いだったかのような気さえしてくる。

「お二人の目から見て、こいつァ隊に溶け込めていますか?」

薫は昴を指してきいてみた。

「そうねえ、ある意味、溶け込めていないかもねえ」
「都さん⁉」

そんなぁ、と昴が落ち込んでいる。しかし、都はまだ続きがあるという顔だ。

「ある意味ってどういう意味なんですか?」
「ふふ、彼女は高嶺の花なのよ、薫クン?」
「「ええっ?」」

都の発言を、聞き間違いかと思ったのは昴もだったらしい。薫と揃って驚いている。

「実はね、昴さんは大胆で気品があって、しかも美人だから話しかけ辛いんですって!」
「本当ですか?大胆で美人だっていうのは分かりますけど、気品がある?昴に?それはちょっと話を盛りす…ぎ…」

しまった、言い過ぎたか?昴の顔が真っ赤になってる。まずい、殴られる―――
と青ざめていたら、横から見ていた海燕が吹きだした。

「ぶふっ!あはは、百目鬼お前、反応するとこそこなのかよ⁉」

(そこってどこだ?何か発言を間違えたか?)

薫が頭上に“?”マークを浮かべていると、都がにこやかに
「変なことなんて何もないわよね?昴さん、美人だものね?」
と聞いてきた。

「昴ほどの美人は中々いませんよ。都三席と同じくらい遭遇率が低いです」
「おおっ、百目鬼、分かってんじゃねーか!ほら、飲め飲め!」

急に海燕が上機嫌になった。もう何の話か分からない…



少しすると、昴はもう酔いが回ったのか机に突っ伏し、ほろ酔いで弁舌が達者になってきた海燕をしばらくしてから都が手刀で沈めた。部屋に運ぶため薫が海燕を担ぐと、「紳士ね」と都に頭を撫でられた。そういえば、人に頭を撫でてもらったのは初めてかもしれない。僕ァこんなに優しく〈彼女〉に接せていただろうか…?










翌日、三番隊、二番隊に話をつけに行き、最後に一番隊にやってきた。前二つの隊は、経緯は違えど隊長を失った。どちらの副官も他人ではなく、自分の実力不足を悔やんでいた。彼らなら、隊をキッチリ立て直すだろう。

「副鬼道長、百目鬼薫です。入室の許可をいただきたい」

答えが返ってくるまでに一瞬の間があった。緊張のせいか、その間が酷く長いように感じた。

「入室を許可する」
「失礼します」

壁の一面が取り払われた一番隊執務室は、その部屋の開放的な構図に反していつも身が縛られるような雰囲気を漂わせている。それは、この部屋の主、山本元柳斎重國のせいであることは明白だった。

「話はきいておる。じゃが、その是非を答える前に一ついいかの?」
「勿論です」
「何故、一番隊を最後に訪れた?」

なァんとなく、なんて答えられる雰囲気じゃない。まァ、そうではないから正直に答えればいいわけなのだが…

「何故、最後ではいけないのですか?」

総隊長の質問に質問で返す、なんて、鬼道衆の二番手でもなければ若造には口にすることさえ許されないことだろう。現に、佐々木部長次郎一番隊副隊長は薫に向けて霊圧を全開にしている。

「何故じゃと?そんなこと聞くまでもあるまい。一番隊は護廷十三隊全隊の模範であり指針。護廷隊と協力したいなら、ここに一番に来るのが筋じゃろう?」
「だからこそです」
「何じゃと?」

薫は深呼吸してから、はっきりと言った。

「だからこそだと申し上げたのです。一番隊が真っ先に我々に賛同すれば、各隊長格の面々はそれに従うでしょう。しかし私は、一番隊に、あなたに従って協力する護廷隊とは真に協力することはできないと思ったのです。各隊長、副隊長、隊員たちがどう鬼道衆への感情の折り合いをつけるのか、それを見極めてからあなたにお会いしたかった。それだけです」




山本重国は、思わず目を見開いた。

(―――――長次郎の霊圧をあれだけ浴びておきながら、眉一つ動かさずこれほどの啖呵を切るとはのう。これは成長が楽しみだわい)

「相分かった。お主の心、無駄にはせん。一番隊も、全面的に協力しよう。じゃが、これほどの規模ともなると、お主一人での立案は難しかろう?お主にその手腕が育つまでは、わしにこの件を預けてはもらえんか」
「はい。そこに関しましては、私はまだまだ若造です。総隊長殿にお任せ致します。自分で言い出しておいて、何とも不甲斐無い話ですが」

ニヤリと不敵に笑う薫は決して不遜さを感じさせず、寧ろ人を惹きつける魅力を感じさせた。

「ほっほっほ!なに、お主なら十年と掛かるまい。死神には一瞬のようなものじゃ」
「ありがとうございます」








薫が一番隊を出ると、昴が立っていた。

「よォ、昴。どうしたんだ?こんなところで」
「いや、あの、都さんたちが…昨日の二次会をやろうってことになって…」

なぜそんなに歯切れが悪そうなんだ?

「どっかいい場所、無いかな?」
「あァ、なんだ、今度は幹事を任されたのか。しかし一日開けてって、何でわざわざ…そうだなァ、だったら…」

薫が提案し終えると、昴の顔がパッと明るくなった。





「それで、ここ?」

都が呟く。驚きを隠せない、という感じだ。何故ならここが―――流魂街の外れにある平野だったからだ。

「えェ!昨日のは昴の昇進祝いですが、昴が始解したってことはそれと同等にめでたいことです。折角なので、お披露目会をと思いまして」

海燕と昴は何かもめているようだ。

「と、いうわけで副隊長、お披露目会の演出を手伝ってください」
「嫌だ!俺の斬魄刀とお前のは相性最悪なんだぞ⁉」
「だからこそですよ!それに、折角ですから副隊長の雄姿も薫に見せてあげてください」
「それが雄姿じゃなくなるから嫌だって言ってんだろうがぁぁっ!」



で。

「水天逆巻け、〈捩花〉!」

都の鶴の一声で斬魄刀を解放した海燕は、独特の構えで立っている。三又槍とはまた珍しい。
昴が息を整え、「いきます」と宣言した。

()つくせ、〈氷華(ひょうか)〉」

刀身が平たく、大きくなった。それ以外に大きな変化はなかったが、一つだけ明らかだったのは、このあたりの気温が一気に下がったということだ。

「一度しかやらねえからな?いくぞ、橘!」

そう言って海燕は飛び上がりながら槍を高々と掲げた。それを振り下ろすと同時に、大量の水が溢れ出る。飲み込まれれば一瞬で気を失う量と速さだ。

(昴っ!)

思わず動きそうになった薫を都は制した。

「昴さんなら大丈夫よ」

都が目で促した先にいた昴はしっかりと流水に向かって剣を構えている。その剣先が水に触れた瞬間、水はもう水ではなく、氷になったかとおもえば弾けて消えた。
一瞬の出来事に薫は呆気にとられたが、すぐにそれがどう引き起こされたかを理解した。

(そうか!あれだけの水量が一気に氷になったから、体積の変化に耐えられずに割れてしまったんだ)

弾けた氷がキラキラと月明かりを散らしながら舞っていく。美しい景色だ。

斬魄刀を封じた昴が駆けてきた。

「どうだったね、薫クン?」
「僕が見た中で一番容赦のない斬魄刀だったよ」

昴の拳骨が薫の頭に炸裂した。




「しかし、氷雪系とはねェ…」

昴の斬魄刀〈氷華〉は、切りつけたものの温度を自由に下げられる能力を持っているんだそうだ。

「昴の性格上、僕ァてっきりお前は炎熱系だと思ってたんだが…」
「失敬な!お前の目は節穴か!」

そうやってすぐ煽られる熱いところを言っているのだが、昴には伝わらなかったらしい。
ちょっと意地悪でもしてやろう、と、薫は海燕に顔を向けた。

「そんなことないですよね?海燕副隊長?」
「百目鬼お前、俺にふるなよ⁉まぁ、言いたいことは分かるけど」
「ヒドイ!わかるんですかッ」
「昴ちゃんの一生懸命さがきっとそう映ったのよ。怒らない、怒らない!」

都の目を見て薫は深追いするのをやめた。折角のお祝いなのだ。あまり苛めてはいけないだろうと海燕と頷きあった。








たった二週間前に知った、日常はあっけなく崩れ去るものだ、ということを本当の意味で理解できていなかったと思い知ることになるのは、このほんの三週間後のこと。
この場にいる誰もまだそれを知らない―――――――





投稿できたことに驚いてます。
今日は絶対帰宅後すぐ寝ると思っていたので…

今回は小話集合の様な形だったので、サブタイトルを付けるのに苦労しました。
出会(しゅっかい)なんて今まで使ったことない単語でした。(作者が勉強不足なだけでしょうか?)
偶然の出会いや、団結することを表すのだそうです。


今回は結構色々大事な回だったのですが、読み返すといまいちシリアスになれないというか、主人公って実は馬鹿なんじゃないかと思うような感じになりました。
深夜に原稿を手直ししたりするからですね。反省です。



今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました!



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動揺

沢山の方に自分の文章を読んでもらえることが、こんなに怖くてこんなに嬉しいことだとは知りませんでした!

未熟者ではありますが、読んでくださっている方が一人でも多く楽しめるものに出来たらいいなと思っています。



「失礼します」 「失礼しま~す!」

薫と昴は現在、八番隊舎内にある道場に来ている。
目の前には、笠をかぶり派手な桃色の羽織を隊長羽織の上から羽織った死神がニコニコしながら立っている。

「やぁ、いらっしゃ~い!ところで薫クン、そちらの美人さんはどちら様かな~?」
「十三番隊第十席、橘昴です!初めまして、京楽隊長!」
「元気がいいね~!初めまして、昴ちゃん」

今日は伊勢七緒への本読みの日なのだ。さすがにこれ以上仕事はサボれないということで薫はここに来るギリギリまで仕事をしていた。心なしかやつれて見える。
京楽が挨拶を終えると、その後ろからぴょこんと小さな死神が顔を出した。

「橘十席、はじめまして、百目鬼副鬼道長、おひさしぶりです。今日はよろしくおねがいします。私は伊勢七緒です」

そう言って七緒が頭を下げる。勢いで落ちそうになった眼鏡を慌てて抑える姿が何とも愛らしい。それを思ったのは薫だけではなかったようで、

「昴でいいよ、七緒ちゃん!うわぁ~~!かんわいいい~~~!」

と昴が七緒に飛びついた。七緒は不自然に驚いていたようだが、それもしばらくすると昴のさせるがままにさせていた。
「でしょぉ~?」と言いながら京楽隊長も便乗しようとしたため二人と隊長の間に割って入る。七緒が昴に反応したのは、京楽隊長がいつも七緒に飛びついているからだったのだろう。飛びかかるタイミングを失って残念そうな隊長を無視して続ける。

「僕のことも薫で構いませんよ、伊勢殿。一々肩書で呼んでいたら日が暮れてしまいます」
「え、あ、はい。昴さん、薫さん。私のことも七緒でいいです」
「分かりました、七緒殿」
「ところで薫クン、何で昴ちゃんを連れてきたの?彼女も先生候補なのかな?」

興味深そうに彼が昴を見ている。彼は浮竹隊長と仲が良かったはずだから、もしかしたら昴について何か聞いていたのかもしれない。

「いえ、別にそういうわけではなく…これは彼女の習性なんですよ。面白いことに対する嗅覚がすごくて、いつも僕についてくるんです。駄目ということでしたら帰らせます。勝手にすみません」
「良いよ~、全然!華やかになっていいじゃないか!こういうのを両手に華って言うんだねぇ~」

片方は氷の華だけど、と思いつつ始めることにした。

「昴、そろそろいいだろ。では七緒殿。詠唱ありと無しで、どこまでできるか見せていただいても宜しいですか?」
「はい。どう示せばいいでしょうか」
「僕に向かって縛道と破道を詠唱有り無しで放ってください。七緒殿ができる上限のみで構いません」

今まで人に向かって撃つ経験が無かったのだろう。七緒が怯んだのが分かった。

「え、でも」
「構いません」
「…はい」

道場内では危ないということで外に出る。七緒は向かい合って息を整えた。

「それでは、まずは破道からいきます。散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる――破道の六十三、雷吼炮!」
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ――破道の三十三、蒼火墜」







互いの鬼道がぶつかり合い、一瞬の閃光の後に大量の土煙を巻き上げた。

「「…!」」

昴と京楽は驚きを隠せずにいた。基本的に、鬼道は番号が上がるほどに威力を増していく。いくら蒼火墜がその番号に見合わぬ強力な鬼道であるとはいえ、三十も番号の離れている鬼道を相殺するなど普通はできない。

七緒も同じことを思ったようで、ここからでも青褪めているのがわかる。
それに気づくと、薫も青褪めて七緒に駆け寄った。

「七緒殿⁉どうしました⁉さっきの爆発でどこか怪我をなさいましたか⁉」

見当違いの方向へ思考が飛んでいる薫を見ながら、昴と京楽はどう話しかけるかを考えていた。すると、七緒が呆然としながら口を開いた。可哀相に、声が震えてしまっている。

「私の鬼道は、そんなに弱かったですか…?」

その一言で、薫も気が付いたらしい。

「そんなに圧倒的な霊圧の差が私と薫さんの間にあったのでしょうか…?」
「それは違いますよ、七緒殿」

薫は姿勢を正し、視線を七緒に揃えて話しだした。

「確かに込める霊力は少し上げました。でも、番号が三十離れた…ああ、でも蒼火墜だから、実質二十程しか威力は違わないが、ともかくその差を埋めたのは霊力でも才能でも、ましてや運なんかでもない。違ったのは、言霊の精度です」

予想外の言葉に、七緒がきょとん、という感じで目を瞬かせた。

「言霊の…精度…?」
「そうです。正直、七緒殿の霊圧や才能に関してはそこらの席官よりレベルが上です。いきなり六十番台が出てくるとは思いませんでした。ですが、七緒殿、鬼道を放つとき何を考えていましたか?」
「え…?えぇと、できる一番上の鬼道だから集中しなきゃ、ちゃんとやらなきゃと思っていました」

懸命に言葉にした七緒に、薫はゆっくりと頷いた。

「正直でよろしい。でも、他には?例えば、七緒殿が鬼道を放つ少し前、風はどちら向きに吹いていたか覚えていませんか?その眼鏡の螺子が緩んでいたから、落ちないように少し顔を上げてはいませんでしたか?」
「えぇと、風は私に対して追い風だったと思います。眼鏡は、その通りです」

これに驚いたのは見ていた二人だ。薫はどれだけ周りの状況を見ていたんだ?風向きなんて全然気にしていなかった。ましてや、七緒がそれに気を取られていたことも。七緒といる時間がずっと長い京楽でさえ、七緒の眼鏡の螺子に気づかなかった。

「それらは全て、言霊の精度を下げるのですよ。貴女の雷吼炮は言霊が定まっていなかった、簡単に言えば、放つ鬼道のみに貴女が集中できていなかったということです。後は、言霊をいかにイメージして載せられるかですね」
「イメージ…」
「えェ。僕ァ詠唱の僕なりの印象を、絵のように思い浮かべています。あまり言うと七緒殿なりのイメージができなくなってしまうので言いませんが、一例を挙げるならさっきの蒼火墜は僕の中では地獄の中のような想像をしているんです。地獄で人を裁くものと裁かれるものが蠢き合っていて、裁かれる者には神の雷が落ちているような、そういう絵を思い描いています。こういうものを持っているだけで、使える詠唱破棄の鬼道の数と威力は上がると思いますよ」




「面白い指導法だねぇ、薫クン。でもさぁ、周りの状況を一切切り捨てて鬼道に集中するって、実戦ではやっちゃぁ駄目なんじゃないのかな~?」

昴の隣に立っていたはずの京楽隊長がいつの間にか薫たちの方へ移動して‘‘ちょっと待った‘‘という風に片手を上げている。

「えェ。でも、普段からその集中力を出せるようにしておけば、いざというとき、出せる最大値は大きく変わります。知っておいていいことかと思いましたのでお伝えしました」
「まぁそうだねぇ。七緒ちゃん、そういう意図があるんだって、あれ、聞いてる~?七緒ちゃ~ん?」

顎に手を当てて考え込んでいた彼女は京楽の声に気付くと顔を上げた。

「あ、はい。聞いてました。ええと、薫さん、もう一回やらせていただいてもいいでしょうか?」
「あァ、勿論ですよ!」

少し離れて彼女が構える。彼女の集中が目に見えるようだ。

「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる――破道の六十三、雷吼炮」
「⁉―――破道の六十三、雷吼炮!」

ドオォォン…と腹に響くような音で、互いの鬼道が爆発した。傍目に見ていても、七緒の鬼道の威力が上がったのがわかる。

「ゲホッ、ゴホッゴホッ。す、凄いじゃないですか、七緒殿!呑み込みが早すぎて怖いくらいです。もう僕が教えられることなんて無いんじゃ…」
「そんなことありません!私には薫さんの指導が合っていたみたいです!こんなに威力が上がるなんて…それに、薫さんは詠唱破棄で止めちゃったじゃないですか!もっと色々教えていただきたいです!」




「彼、あれで鬼道が苦手だなんて、他はどれだけ凄いんだい?」

薫の方を向いたまま京楽が昴に話しかけた。呆然としていた昴はその声で我に返る。

「わか…り、ません。少なくとも霊術院では、あんな威力の鬼道は一回だって使ったことなかった。ただ、確かに薫の成績は鬼道が一番低かったですが、それでも上位一割には常に入っていたんです。鬼道衆に入ってからどれだけ伸びているかなんて…わかりません」
「……」

(こんなに遠くなってたんだ…十席に上がったくらいであんなにはしゃぐなんて、馬鹿みたいじゃないか)

俯いた昴に京楽は声を掛けず、ただ肩に手を置いていた。







次の指導が待ちきれない、というように興奮冷めやらぬ顔の七緒が薫と話している。いつでも質問に来ていいし、呼んでくれれば時間が空いた時に八番隊に行く、ということを薫が言うと、七緒は満面の笑みで頷いた。その拍子に、螺子の緩んだ七緒の眼鏡が床に落ち、昴の足元に転がった。

どうぞ、と昴がしゃがんで眼鏡を七緒に手渡すと、七緒は心配そうに昴を覗き込んだ。

「どこか、具合でも悪いのですか?昴さん」

そんなにひどい顔をしていただろうか?心配させまいと笑顔を作る。

「ぜぇんぜん!考え事をしてただけだよ!ありがとう、七緒ちゃん!」

七緒をギュッと抱きしめる。七緒の方は、よしよし、という風に昴の頭を撫でてくれた。こんなちびっ子に慰められるとは…情けない。







八番隊を出ると、薫が昴に向かって、「本当に顔色が悪いぞ?大丈夫なのか?」と聞いてきた。昴からすればその要因は全部薫なのだが、それは彼の知るところではない。

大丈夫(でーじょーぶ)ですぅ。お前が心配することじゃない。そうだな、強いてゆうなら心が痛い…かな?」

昴は冗談めかして言っていたのだが、薫にはそのままの意味で取られたらしい。

「はァ⁉心臓?それ全然大丈夫じゃないだろ!まだ四番隊は空いてるはずだ。行って診てもらおう」
「いやいや、冗談だって、ちょ、聞けって、おい!」

薫の片腕で担がれる。担ぐならおんぶ位しろよ…というか瞬歩もこんなに上手くなってたのか…
それはともかく、いつものことながら薫は妙なところで察しが悪い。いつもは誰も気にしないようなところまで気を回せる奴なんだが…にしても今日は一段と酷いな。疲れが出ているんだろうか。

薫が隊長巡りの後、書類攻めに合っていたのを昴は知っていたから、四番隊についたらまずはこいつのケアが先だな、なんて昴は思ったりした。







「すみません!どなたかいらっしゃいませんかァー?」

薫が声を張り上げると、卯ノ花隊長が姿を見せた。

「今晩は、百目鬼さん。そんなに声を張り上げなくても聞こえていますよ。今日は大丈夫ですが、この救護詰め所にはベッドで休んでいる方がいらっしゃる時もあるのです。入るときは静かにお願いしますね?」

卯ノ花隊長がにっこりしながら言った。薫は「あァ、すみません」と呑気に答えているが、昴には少し彼女の笑顔が怖かった。

「え、この声は…薫さん?あ、昴さんも!お久しぶりです!」

奥から出てきたのは花太郎だった。

「えェ、花⁉お久しぶり!あれ、霊術院の卒業はまだ先じゃなかったか?」
「そうなんですけど、清之介兄さんが瀞霊廷を案内してくれることになって。最後に兄さんの職場を見に来たんです」

声を出しこそしないが、昴も十分驚いていた。こんなところで花太郎と出会うことになるとは思っていなかったのと、彼も以前より力をつけていたからだ。まあ、昴には及ばないが。

(みんな成長している…)

昴が顔を伏せたのを見て薫が本題を思い出した。

「そうだ、卯ノ花隊長、こいつを見てやってもらえませんか?胸のあたりが痛むそうなんです」
「まあ、それは大変ですね。昴さん?こちらへお座りなさい」
「いえ、もう大丈夫(だいじょうぶ)なんです!お気になさらないでください!」
「いいからお座りなさい?」
「ハイ」

また笑顔だ…笑顔がこんなにも怖いものだったとは知らなかった。





「何か、悩んでいらっしゃるのですか」

診察している()()をしながら卯ノ花隊長が昴に聞いてきた。少し離れたところで喋っている薫や花には聞こえないくらいの声だ。静かに聞かれると、自然に言葉が漏れた。

「…薫が、あ、百目鬼のことなんですけど、あいつはもうとっくに自分が知らないところまで力をつけていたんだなと思い知りまして…自分の力の弱さを突き付けられて、戸惑っていたんです」
「………」
「あいつが強くなって、色んなことができるようになって、そういう色々なところを、――本当は喜んであげなきゃいけないのに、なんかちょっと、嫉妬だったり、裏切られたような、寂しい気持ちが出てきてそれを邪魔するんです。あいつは始解のこと、席官になったこと、あんなに喜んでくれたのに。こんな自分が出てくるぐらいなら、今日あいつに付いていくんじゃなかったッ…知らなければよかったッ……」

知らない間にカーテンが掛かっている。薫たちから昴が見られていなかったことは、昴には都合がよかった。彼女の目には、もう堪えきれないほどの涙がたまっていた。

「…昴さん、それでは、貴女(あなた)は百目鬼さんには弱いままでいてほしかったのですか?」

全力で首を横に振る。そうじゃない。互いに切磋琢磨してきたのだ。弱いままでいいはずはない。

そう、昴は、いつも薫と一緒だった。だから昴のことは薫が何でも知っているし、薫のことは何でも昴が知っていると思っていた。片方に自覚がないことでも、もう片方はそのことを知っていた。
             
(そっか、薫の鬼道を見た時、()は初めて薫について知らないことに気が付いて、薫との距離を感じてしまったんだ)

顔を上げると、卯ノ花隊長がにっこりと笑った。その笑顔は怖くなかった。

「橘十席」
「!はい!」

苗字と席次を呼ばれて初めて気が付いた。卯ノ花隊長は今初めて苗字で昴を呼んだ。当たり前だ。昴は彼女に名乗っていない。彼女が自分の名前を呼んでいたのは、花太郎が自分を見て昴さん、と呼んだからだろう。

「貴女の席次は、努力を怠ったものが持ちうるようなものではありません。浮竹隊長からも貴女のお話は伺っていますよ。大変努力家であると」
「そんなこと…」
「自信をお持ちなさい。貴女が歩みを止めない限り、可能性は無限にあるのです。我々が望むものは、大抵小さな努力の積み重ねで得られるものなのですから。ふふ、柄にもないアドバイスでしたね」
「―――いいえ!ありがとうございます」

(あいつが教えてくれないのなら、私も強くなって同じ高みを見るんだ!明日も頑張ろう)

部屋を出ようと昴が立ち上がると、卯ノ花隊長に止められた。

「今日はここに泊まっておいきなさい」
「え、なぜですか?」
「鍛錬のし過ぎで身体がボロボロですよ?体調管理もきちんとなさらないと、いつか痛い目にあいますよ」
「でも「いいですね?」…ハイ」

こ…怖い…今の笑顔は相当だった。

「百目鬼さんも、別室ではありますが泊まっていただいています。彼も相当ガタがきているようですね。まあ、彼の場合、ここ二週間が一番の山場だったので仕様のないことですが」
「あっ、そうだった。ありがとうございます」
「四番隊は救護専門。お礼を言われるようなことをしてはいませんよ」
「いいえ…ありがとうございました」

明日はゆっくり仕事に行こう。








昴が卯ノ花隊長に診てもらっている間、薫が花太郎とお互いの近況報告でもしようと思っていると、花太郎の兄の清之介さんが奥から出てきた。彼が卯ノ花隊長に目を向けると、隊長がにこりと笑った。彼は頷くと隊長と昴の位置をカーテンで覆った。昴は胸が痛むと言っていたんだ。触診でもするのだろう。部屋を出るなり何なりすればよかった、と薫は後悔した。

清之介さんに促されて二人は別室に移動した。

「薫君、今日はここに泊まっていきなさい」
「え、何故です?明日に備えて、今日はもう少し仕事を進めておきたいんですが…」
「卯ノ花隊長がそう仰っているからね。よく見たら君、少し隈が出ているじゃないか。休息は仕事の効率化のためにも重要だよ」

(えェ、卯ノ花隊長何か仰ってたか⁉あの目配せって、カーテン閉めろってだけじゃなかった、と…清之介さん、あなたは超能力者か何かか…?)

「清之介兄さん、僕は…」
「花太郎、お前は帰りなさい。ここは宿泊所ではないからね」
「…はい。すみません…」
「そ、そうしょんぼりするなよ、花。護廷隊に入ればいくらでも話はできるんだからさ!」

清之介さんも、そんな言い方しなくていいのに。花、ドンマイ。君はもっと強くなれ。


花太郎を見送ると、何かあったら呼んでくれと清之介さんに言われた。「何かあることがあるんですか?」と冗談半分で聞いたら、にやりと笑いながら無言で帰ってしまった。えェ…なんか怖い。休めといったくせに精神攻撃をしてくるとは…花の家は、兄さんも変な人らしい。

明日は早く起きて仕事に行こう。








――――翌朝、朝食前に出ていこうとした薫を捕まえて説教したのは昴だった。






隊長格を地の文でどう書くかを凄く迷います。
今回の京楽隊長も、最初は‘‘春水‘‘って書いていたんですが…
違和感があったのでやめました。


どうでも良い情報ですが、今回は作者が現実逃避しながら投稿しました。
こういう時に限って指が動くんですよね……
困る!



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演習

一週間前には、‘‘お気に入りがもうすぐ二桁行きそう!やった!‘‘とスクリーンショットしてました。
それが今では、本当にたくさんの方に支持していただけているという事実に頬がほころびます。

ありがとうございます!

ちなみに、今回、現実逃避シリーズ第二弾です。
早く冬季休暇になってほしいです……



(しまったああぁぁぁぁぁァッッ!まずいまずいまずいまずい)

薫と藍染は斬魄刀を抜き、向かい合っている。薫はその内心を晒すことなく、藍染の動きを注視していた。

(どう来る…ッ?)







…この状況を説明するには、三日前まで遡る必要がある。
事の始まりは浮竹隊長の好意だった。

「やぁ、薫君!元気にしてたかい?」
「お陰様で。浮竹隊長はいかがでしたか?」
「俺もまぁ、ぼちぼちかな!」

明らかに顔色の悪い浮竹を見て、薫が突っ込む前に昴が飛び出してきた。

「そんなことないでしょ隊長。卯ノ花隊長に‘‘ちゃんと薬飲まないと死にますよ、にこっ‘‘てされてたじゃないですか。いい加減子供みたいに薬飲み損ねるのやめて下さい」
「あちゃぁ、橘も来てたのかい?」

苦笑する浮竹に、ただでさえ切れやすい昴の堪忍袋の緒が切れた。

「何ですか?その反応は!隊長が全然反省してないって卯ノ花隊長に言いつけますよ?」
「まァまァ昴、その辺で。ところで浮竹隊長、お話というのは、三日後の合同演習の件ですか?」

昨日一番隊から、鬼道衆と十三番隊で行う合同演習の打診が来た。十二番隊の技術で疑似虚を作り、それを殲滅するという内容だ。もちろん受け、昨日のうちに参加する隊員を選出していた。

「あぁ、そうなんだ。実はその話題が今日副隊長会議に出た時、藍染副隊長が五番隊も参加したいと言ってくれてね!」
「…はァ」

(これはまさか…いや絶対…)

「それで、折角だから五番隊も一緒にやろうということになったんだ!」

(やっぱり~~~!)

「…演習場はギリギリの大きさではありませんでしたか?今から変更というのは難しいのでは?」
「大丈夫!元柳斎先生に伺ったら、その日は偶々一回り大きい場所が空いていてね。そこで行うことになったんだ」
「もう決定事項なんですね…」

薫の声のトーンが少し下がったのは浮竹にとって予想外だったようだ。

「あれ、もしかして駄目だったかい?」
「いえ、決定前に一言聞いておきたかっただけです」
「それは済まないことをしたね…」
「いえ、良いんです。なるべく多くの隊員同士が触れ合う機会にしたいですから」

へらッと薫は笑顔を作った。



昴はソレに少し眉をひそめた。薫の反応に違和感を覚えたからだ。

(また何か隠し事?この胸騒ぎは何?)


崩壊の予兆は始まっている――――










「……………」

『……………』

今、薫は自身の精神世界にいる。目の前では、〈彼女〉が手に持った横笛を吹くこともせず弄っていた。
(沈黙が辛い…何て話しかけたらいいんだ…)

浮竹に予定変更を告げられてから二日後、演習前日。薫は意を決して〈彼女〉に会いに行った。演習に行くなと言われれば、病欠でもなんでもするつもりだった。しかし―――――

『…薫様』

「ハイ」

『参加なさいませ』

「…良いのかい?僕ァ君が行くなと言えば行かない。誓約通りに」

『立場上、避けられないこともあると仰ったのは薫様ですよ?今下手に避ければ怪しまれます。ただし、くれぐれもお気を付けて』

「ありがとう。わかっているさ」

『もぅ、本当でしょうか?』

困ったように笑った〈彼女〉は笛を吹き始めた。この水面のように、どこまでもどこまでも澄んだ音色だった。









そして今日、演習は予定通り進んでいた。虚出現地点近隣に流魂街があり、逃げ遅れた者がいる設定だ。鬼道衆が結界を張りつつ住民を保護し、中で護廷隊士が疑似虚を殲滅するのだが、これが中々難しい。鬼道衆が結界を張るタイミングを誤ると、早ければ隊士が中に入りそこない、遅いと街に被害が出てしまう。隊士が虚を誘導しそこなうと、鬼道衆は結界を張れない。他にも様々な問題点が発覚し、皆が積極的に動いてくれた。



「百目鬼副隊長」

藍染の声だ。薫は、やっぱり来たかと思いながら振り返った。ただ、薫に近づいてくる足音が複数なことが引っ掛かった。

「どうも、藍染副隊長…あァ、浮竹隊長と海燕副隊長も!」

浮竹と海燕が各々片手を上げて薫に答えると、長身の二人の後ろから更に二人の影が動いた。

「私もいるぞ!」「僕もおるよ」
「昴…やっぱりな。「どういう意味だ⁉」…そっちの君は確か、市丸三席?あの日はどうも、迷惑をかけてすまなかったね」
「ええんですよ。待ってたのは副隊長の命令やったし」

昴が文句を言っているのを無視して薫は話を続けた。

「ありがとう。ところで藍染副隊長は何か僕に御用だったんですか?」
「ええ。急に五番隊も参加させていただいてありがとうございました。直接申し上げねばと思っているうちに今日を迎えたものですから」

藍染がにっこりと柔和な笑みを薫に向けてくる。一体彼の腹の中ではどう思っていることやら…

「良いんですよ。隊士同士の交流は多いほうが良い。寧ろ、今後の為にも五番隊が名乗りを上げてくださったことには感謝しているんです」
「そうですか。そう言っていただけると、こちらとしてもありがたいです。…交流、か。こういう遊びを入れてみませんか?」


――――各隊のトップが模擬戦を行う――――


(ん?何だかおかしな流れになってきたな)

「あはは、面白そうですが、急にそんなプログラムを入れられる時間はありませんよ?」
「そんなことはありません。皆良い動きをしてくれたおかげで予想以上に進行が速いんです。この調子だと、かなり時間ができるようなんです」

藍染の提案に食いついたのは、何と浮竹だった。

「そうなのかい?確かに面白そうだ!俺も参加しッ、ゴホッゴホッ!」
「浮竹隊長!……隊長は無理ッすよ。代わりに俺が出ます」

海燕は出る気満々のようだ。しまった、このために藍染は彼らを連れてきたのか。この流れで無理に反対したら不自然だ。してやられた。

「どうですか、百目鬼副鬼道長。やってみませんか?」
「…やりましょうか」

……表情が引き攣らなかった自分を褒めたい。






そして…


(しまったああぁぁぁぁぁァッッ!まずいまずいまずいまずい)

薫と藍染は斬魄刀を抜き、向かい合っている。薫はその内心を晒すことなく、藍染の動きを注視していた。

(どう来る…ッ?)


ここに至るのである。





薫は内心、気が気ではなかった。藍染の斬魄刀は、恐らく幻術系の何かだ。問題は、発動条件…少しも油断できない。

「水天逆巻け、〈捩花〉!」
「砕けろ、〈鏡花す―――〉」

『駄目ですッ、薫様ッ!』

精神世界でもないのに彼女の姿が藍染を隠して見える。これは一体?

『藍染の様子がおかしいのです!きっとこれは見てはいけない!』

「しかし―――」

『わたくしが駄目だと判断したのです。何か文句がおありですか?』

凛と言い放った〈彼女〉に、薫は薄く笑いかけた。

「いや、無いよ。君がいいと判断したら見せてくれ」








志波海燕は、高揚していた。それは別に、この模擬戦の雰囲気に当てられたからではない。実のところ彼は、百目鬼の――薫の斬魄刀が解放されるところを見たことが無かった。
今まで見せてほしいと言っても、のらりくらりと躱されてきたのだ。

(今日こそは、見せてもらうぜ!)

「水天逆巻け、〈捩花〉!」
「砕けろ、〈鏡花水月〉」
「――――」

百目鬼が解放しない。というか、何かぶつぶつ喋っている?こんな場所で放心状態とは、良い度胸じゃねぇか。

「ボーッとしてんなよ、百目鬼ぃッ!」

斬魄刀を薙ぐように払うと、突然現れた大量の水がうねりながら百目鬼へ向かっていく。
少しきつすぎたか…?
百目鬼は、彼が飲み込まれる一瞬前に迫ってくる水に気付いたが、すぐに全身が飲み込まれた。


水から彼の姿が現れる。死覇装は全く濡れていなかった。
百目鬼を中心として、半球状に風で結界のようなものが張られている。

「海燕副隊長、ちょっと水量多すぎですよ」
「なんだその、‘‘海燕副隊長は困った人だな~!‘‘みたいな顔は!お前がボーっとしてたのが悪いんだろうが!」

全く、心配して損したぜ。しかもあれが直撃して一滴も濡れてないとか……手加減して撃ったことは確かだが、ちょっとへこむ。余裕かましてにこにこしやがって…

「あァ、バレてましたか。参りましたね~、‘‘海燕副隊長の恥は十三番隊の中だけに留めておきたい‘‘って都三席が仰ってたのに」
「そっちかよ!俺が困った奴だって言いてえのかお前は!というか、都がそんなこと言ってたってのは本当か⁉」
「嘘に決まってるじゃないですかァ~」
「本当だな⁉信じて良いんだな⁉おいッ!」

あははははー、と百目鬼が笑う。くそう、適当ばっか…だよな?百目鬼は後で()める。

「僕もそろそろ、参加してもいいかな?」

藍染副隊長のことすっかり忘れてた。すみません、と一言謝り、海燕は〈捩花〉を握りなおした。










(彼の斬魄刀は風を操る能力を有しているようだ)

藍染は、薫の戦闘を見て感じた。普通の隊士なら、目に見えない何か長い刃が鞭のようにあちこちを切り裂いているように見えるだろう。だが、切り裂く程度やタイミングが、ほんの少しだけ不自然だ。そして、期せずして志波海燕が放った流水。あれを防いでいたのは、間違いなく風圧だ。鬼道ではあんな芸当はできない。

(鬼道に加えてリーチを無視した攻撃は確かに強力だが、脅威と言えるほどではない。〈鏡花水月〉の開放直前、不自然な動きをしていたのが気になったが、()()()()()()()()()()()()()何の問題もない。僕の手の上で踊ってもらうよ、百目鬼薫)

〈鏡花水月〉を使い、()()()()()()()()()藍染は模擬戦を終えた。






「いやぁ、皆お疲れ様!隊長格があんなに派手な立ち回りを見せたんだ。他の隊士の士気も上がっているよ!藍染副隊長の提案は大成功だったね」

浮竹隊長も一緒になって興奮していたのだろう。いつもは白い肌が、ほんの少しだけ赤みを帯びていた。

「十二分に効果があったようで良かったです。こういう企画は、鬼道衆とだけでなく護廷十三隊内同士でやっても良いかもしれませんね」
「そうだね。元柳斎先生に進言してみるよ!薫君も、合同演習のいいスタートを切れて良かったね」
「えェ。ご協力ありがとうございました」




他の隊長格から離れてから、薫はどっと冷や汗を噴き出した。彼の斬魄刀が、心配そうに彼の背中に手を置く。

『薫様、大丈夫ですか?』

「あァ、大丈夫。初めてしたことが多かったから疲れただけだよ。ところで、君ァ何でこっちに出てきているんだ…?」

『緊急事態でしたから、抜け出して来てしまいました。…というのは冗談です。薫様、具象化(ぐしょうか)、という修行の過程をご存知ですか?』

「君も冗談何て言うんだねェ。具象化を知っているか、だったね。勿論知っているさ。斬魄刀の最終奥義―――卍解(ばんかい)に至るためのものだろう?成程、今の君の状態がそうだということか。具象化した本体は他の死神の目には見えないものなのかい?」

『場合によります。今は、わたくしだけが具象化するという意思を持っていたために人目に付きませんでした。しかし、わたくしと薫様が同時に具象化の意思を持てば、わたくしの姿が他の方々の目にも映るようになります』

「それなら、僕ァ具象化したいなんて思えなくなるじゃァないか」

『まあ、どうしてですか?』

「だって君の美しさは、女性をも釘付けにしてしまうだろうからねェ」

お上手ですこと、と〈彼女〉は笑った。
薫からすればそれは正直な気持ちをただ述べただけに過ぎなかったから、何がどう上手なのか分からずきょとんとしていると、

『まあ!……困った方!』

そう言って〈彼女〉は困ったようにまた笑った。





合同演習が恙無(つつがな)く終わった後、海燕が薫を呼び出し、‘‘百目鬼後で(しご)く‘‘という彼の誓い通り夜中まで鍛錬に付き合わせていたのは、当人たち以外には都と昴だけが知るところである。








今回も最後までお読みいただきありがとうございます!

具象化のくだりは独自設定です。
本編を見てみても、他の人に本体が見えていたり見えていなかったり……
これが後の話に生きてくるかは謎です。


話を進めたくてどんどん投稿していますが、分量的にみて、今のペースは如何程なのでしょうか…
作者はガンガン読みたい派なのですが、一気に沢山読むのは嫌だという方もいらっしゃるはず。
そういった調整も、余裕が出来ればしていきたいなと思います。
まあ、それ以前にストックが無くなるという可能性もありますが…


何かありましたら、メッセージや活動報告にお願いします!
……といっても、作者が使い方を分かっていないという…勉強します。



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十一

最近覚えた、‘‘各話UA数を確認する‘‘という技(?)によると、3、4話を差し置いて5話が多いらしいです。少し。
何故……?

何はともあれ、今回もよろしくお願いします!



ドドドドドドドドド…

薫の後ろで、音が遠のいていくのがわかる。

(やっと撒けた…これで暫くは大丈夫だろう。やれやれ、勘弁してくれ)

薫が安心したのも束の間、さっき知り合った霊圧を近くに感じた。

(先回りのつもりか?今日はまだ業務が残ってるッて言ってるのに、何で彼らは人の話を黙って聞けないんだッ!)

現在彼は、十一番隊隊長、副隊長、及び三、五席に勝負を吹っ掛けられて追われているのである。
十一番隊隊長更木剣八及び、副隊長草鹿八千流には、霊圧知覚の能力が乏しいらしい。二人は薫の後ろを全速力で駆け抜けて行った。
そういうわけで、目下最大の問題は、霊圧知覚の真面(まとも)な班目一角三席と綾瀬川弓親五席をどう躱すかだった。


――――以前の隊長巡りで薫は十一番隊に軽いトラウマを覚えていた。鬼道衆との協力関係の提案をしに行くと、何でもいいと一蹴された挙句、「お前は強いのか?」と剣八が聞いてきたのだ。何でもいいとは、適当なことを言ってくれるものだと思いつつ、「程々には」と答えると、「なら、暇つぶしに戦おうぜ」…ということになった。

(えェ⁉何でそうなる?)

と薫が思うや否や、答えてもいない薫に剣八はいきなり切りかかってきたのだ。スレスレで躱せたのはいいが、その動きを見て余計剣八が熱くなったのは想像に難くないことだろう。
その時は一角と弓親がいなかったからあっという間に逃げ切った。
こういう経緯があったから、薫は十一番隊に行かないようにしていた。十一番隊の席官以上に用事があるときも、代わりの鬼道衆の者に頼んで行ってもらっていた程だ。だが、今はそうもいかない。

(はァ、柄にもなく親切をするからこんなことになる。いや、でも、あれはやっぱり僕が行くべきだったしなァ)






――三十分前――

「薫さんはいらっしゃいますか?」

七緒が届け物だと書類を持ってきてくれた。十三番隊と五番隊との合同演習が思いのほか好評だったようで、その噂を聞いて京楽隊長が‘‘僕ンとこでもやりたい!‘‘と言ってくれたそうだ。結果、次は八番隊と演習を行うことになった。その関係書類だろう。なんでも、噂を聞いた隊長は、「そんなの聞いてないよ⁉何で僕も混ぜてくれなかったのさ~?」とちょっと怒ったらしい。兎も角、そういう機会が広がっていくのは良いことだ。

書類に不備がないことを確認し終えると、七緒は鬼道について二、三質問をしてきた。彼女は今でも霊術院の図書を読み漁っているようで、その解説を頼まれた。こんなに熱心に勉強している者は、鬼道衆にも少なかろう。





解説を終えると、七緒が深くため息をついた。解説が解りにくかったかと聞くと、どうやら違うらしい。

「実は、これから十一番隊に書類を届けなければいけないんです」

おおゥ、こんな小さな子供に十一番隊は刺激が強すぎるだろう。書類を届けるだけとはいえ、京楽隊長ももう少し配慮してあげればいいものを…
というようなことを呟くと、違うんです、と七緒が首を横に振った。

「実は、間違って持ってきちゃったのは私なんです。昼までには届けるように書いてあるので、もうここから直接届けないといけなくて…」

十一番隊に時間厳守なんてものは有るのだろうか?正直、隊舎内に未処理の書類が溜まりに溜まっているのを薫は知っていたからそんな必要はないと思ったのだが…真面目な彼女のことだ。きっと届けなかった方が引きずるだろう。

「なら、僕が届けに行きましょう。丁度この後、あそこに用がありますから」
「本当ですか!…でも、やっぱり自分のミスなのに…」
「良いんですよ。こういう時は大人に頼るものです。それに、元々はここだけに届ける予定だったのでしょう?それなら、回り道などさせると僕が京楽隊長に怒られてしまいますよ。彼を心配させちゃァいけない」
「……ありがとうございます」

申し訳なさそうに頭を下げる七緒に、真面目も程々にと注意しておく。例え死神でも、彼女はまだ子供だ。どうしても嫌な時は大人に甘えられるようにならなくては、いつかどうしようもないことに直面した時にうまく割り切れなくなる。そういう意味では、彼女はしっかりしすぎていて心配だ。


と、呑気に薫が考えていられたのも、十一番隊に足を踏み入れる前までなのだった。







十一番隊に入ってすぐに目に入ったのは、スキンヘッドで目つきの悪いのと、おかっぱ頭でまつ毛に装飾をした二人の死神だった。

「そこの方、どなたか席官の方はいらっしゃいますか」
「あぁん?何だお前、席官に用があるのにその顔も調べずに来たのかよ。嘗めてんのか?どこの所属だ?」
「どうもすみません。僕ァ鬼道衆の「鬼道衆だと?」…えェ。書類を届けに参りました。これなんですが」

と書類を差し出すと、おかっぱ頭の方が受け取ってくれた。

「わざわざどうも。僕は五席の綾瀬川弓親だ。隊長の部屋に置いておくよ」
「よろしくお願いします。では、失礼しました」

剣八に見つかる前に逃げようとすると、スキンヘッドの方に肩を掴まれた。

「ちょっと待てよ。お前、鬼道衆っつったな。副鬼道長が今どこにいるか知んねーか?」

よりにもよってソレを薫に訊くとは。
ついさっき自分で言った言葉を思い出してほしいものだ。

「…知りません。言伝があれば伺っておきますよ。お名前を先に伺っても?」
「ああ。俺は十一番隊第三席、班目一角だ!お前んとこの副鬼道長に、‘‘ちょろちょろ逃げねぇで、堂々と勝負しに来い‘‘っつっといてくれ。今あいつは隊長の獲物だが、俺も一戦交えてみたいんでな」

そう言うセリフは正式に勝負を受けた者に対して言ってほしい。薫は一言だってそんな事を受諾した覚えはない。

「はァ、分かりました。百目鬼副鬼道長に必ずお伝えしておきます。それでは」
「ねぇ、百目鬼さん」
「はい?…あ」

早く逃げようと会話の終息を急いだのが運の尽き。弓親のカマかけにうっかり返事をしてしまった。弓親は‘‘やっぱり‘‘という風に肩をすくめ、一角は‘‘馬鹿にしやがって‘‘と言わんばかりに俯いて肩を震わせ始めた。

「縛道の六十三、六杖光牢(りくじょうこうろう)
「あっ、てめえっ!離せこらッ!」

一角に縛道をかけ、薫が全速力で脱出しようとすると、目の端で、剣八が動いたのが見えた。

ドゴゴゴッ!と剣八の剣が薫の立っていた地面に連続でめり込む。三連続で回避行動をすることになるとは。剣八の反応速度は速すぎる。

「チッ、ちょろちょろすんじゃねえ!」
「馬鹿言わないでください!帰るところなんですから!僕ァこの後も仕事があるんですから、余計な体力を使わせないでください!」
「怪我の心配をしないたぁ余裕有んじゃねえか!楽しめそうだぜ!」
「そう来たか!勘弁してくださいよォ!」

結局、薫は世界で一番物騒な鬼ごっこに巻き込まれてしまったのである。







「伸びろ、〈鬼灯丸〉!」
「ッ!」

薫は後ろからの突きをしゃがみながら躱し、低く回し蹴りを入れて一角の足を払いに行った。一角はそれを高く飛んで躱した。空中に逃げるとは、安易な考えだ。

「縛道の三十七、吊星(ツリボシ)

霊圧をハンモックのように出現させるこの鬼道は、本来使用者が落下時に空中から放つことで、周りにある物へ使用者を支える為の腕を伸ばして使用者を受け止める。それを、空中に飛び上がっている者に使うとどうなるか?実は――

「うおっ⁉何じゃこりゃあぁ!」

――支えを見つけられない吊星の腕は、地面に衝突しても使用された者に衝撃が加わらないように、巻き付いてクッションのようになる。試してみると、かなりのエネルギーを吸収できることが分かったが、一角のように初見で使われたらきっと怖いだろう。何せ、巻き付いた腕はガッチリと一角を捉えていて、彼の腕も足も動かせないのが表情でわかる。顔が見えているなら、頭の衝撃は吸収できないな。やはり、この方法は術の掛かり方にムラがある。
自由落下してくる一角が落ちてくる地点で刀をバットのように構える。勿論鞘に入ったままだ。

「さらばだ、班目三席。どこに飛んでも、顔以外は打ち身一つしないことをお約束しよう」
「てめぇ、まさか…おいッ、やめろぉ~!」

ブンッ!
思い切り斬魄刀を振ったが空を斬った。
…空振り?

「流石にこれは手を出させてもらうよ、一角。大方、彼に追いついてテンション上がって何も考えずにちょっかい掛けたんでしょ」

声のした方を見ると、弓親が一角を脇に抱えて立っていた。緑色のクッションから頭を出したみたいになっている一角を。

「チッ、その通りだけどよ」
「綾瀬川五席…早かったですね。他の隊の五席ではこうはいかない。十一番隊は喧嘩っ早い人が多いが、隊の能力も高いというのは本当のようだ」
「それはどうも。ところでこの一角を縛ってるもの、取ってくれませんか?一角が飛び出さないように見張ってますんで」
「…うーん」

俯き気味に顎に手を当てて何かを考えていた薫は、顔を上げるとにこりと微笑んだ。

「では、綾瀬川五席が班目三席を覆っているそれの正体が解ったら解いて差し上げます」
「あっ、てめえっ!」

一角が何か言おうとしたのを無視して弓親は思案した。この色、この感触…どこかで…

「えっ、まさかこれって、吊星?」
「御明察!一回で当ててしまうなんて凄いですね」

一瞬固まった後、弓親は笑い転げた。

「あははは!一角、君ったら、最初の縛道よりも番号の低いのを食らって戦闘不能になっちゃったの⁉一角の方が不意打ち仕掛けたのに⁉」
「うるっせぇぞ、弓親あぁ!百目鬼、お前も可哀相なものを見る目すんな!お前が誘導したんだろうが!そういうとこ、本当に浦原喜助にそっくりか⁉」

刹那、薫は動きを止めた。何故そこで喜助の名が出てくる?
薫の気配の変化に気付いたのだろう。一角と弓親も、もう表情はなく、真剣そのものだ。

「…はァ、昴が教えちゃったのか。班目三席が僕と戦いたい理由はそれですか?」
「ああ。あの人に師事してた奴なんて他にいないが、あの人の戦闘能力は凄まじかった。そんな人に――浦原喜助に仕込んでもらってた奴がどれほどのモンなのか、知りたくなっちまう気持ち、分かってくれるよなぁ?」
「わかりませんね。というか、貴方はあの人を分かっていない。あの人の凄いところは―――恐れるべきところは、戦闘能力じゃァない。千手先をも見通す、その頭脳なんですよ。貴方が今そんな状態になっている時点で、貴方の負けなんですよ。――色々とね」

はんッ、と小馬鹿にした風に薫が息を吐くと、一角は顔を真っ赤にして怒った。

「屁理屈ばっか並べてんじゃねえ!取り合えず、これを外せよっ」
「これは失礼、約束でしたね。綾瀬川五席も、約束守ってくださいね」
「ええ。でも百目鬼副鬼道長、どうか一角と一戦交えてやってくれませんか?一角が言葉で諦めるタイプじゃないのは、見ててわかるでしょ」

それはまあ。弓親のしてみればいつものことなのだろう。諦め顔で薫に言ってくる。そこまで言われたら、受けざるを得ないじゃないか。

「…やるにしても、今すぐには駄目です。仕事がありますから。今日の午後七時に鬼道衆の道場でどうです」
「「!」…ありがとうございます」
「綾瀬川五席、いつも大変そうですね」
「そうでもありませんよ。自分で選んでつるんでますから」

どういう意味だ⁉と薫に掴みかかろうとした一角を、弓親は約束通り止めてくれた。








(鬼道は無し、斬魄刀の開放もなし、使えるのは白打と剣術のみ、か。剣術って言っても木刀だから、純粋に身体能力の競い合いだな)

()()()()と模擬戦をやった時とは大違いだ、と思いながら、薫は木刀を構えた。正面の一角も、さっきと同一人物とは思えないほど静かに集中している。

(来るッ)

「しゃおらぁッ!」

一角が大きく一歩を踏み込んでくる。荒いが隙の少ない型だ。見たことのない流派だが、我流だろうか。これでもう少し静かに戦えたら言うことはないのだが…

カンッ!カッカッカッカンッ!

木と木が弾き合う音が道場に木霊する。上段の構えから一角が振り下ろした刀を薫が横薙ぎに払うと、今度は剣を真横に持ち、短い突きで距離を詰めてくる。鋭い突きだが、まだ一角は本気ではないのだろう。様子見はお互い様だ。


(そろそろテンポを変えてみるか)

カァン!

突きを弾く力を強めると、切っ先が大きく横に流れた。薫は一角の木刀の流れた方に低姿勢で踏み込むと、一角の木刀を持っている方の腕に自分の木刀を下から上に振り上げた。







(気に食わねぇ)

一角はさっきから突きの速度を少しずつ上げているのに、平然と薫はそれを捌いていく。

(いつまでも涼しい顔をしてんな!)

一瞬乱れた剣筋を力を込めて弾かれた。と同時に薫が木刀を持っている方に踏み込んでくる。

(まずいッ、このままじゃ腕が――)

咄嗟に薫の木刀が振り上がるのと同じ方へ飛び上がり、薫の一斬を回避する。すると薫が鬼道を放つポーズをとった。

(また吊星か!)

吊星に備えて両腕を顎のあたりで交差させて一角が身構えると同時に薫の姿が視界から掻き消えた。かと思うが早いか、鳩尾(みぞおち)に鈍い痛みが奔る。
薫が真下から一角の鳩尾に白打で突きを入れたのだ。鬼道はルール上禁止していたのを今更ながら思い出す。

「ど…めき…てめ、フェ、と…タねぇ…」
「フェイントが汚い?馬鹿言っちゃァいけない。これは立派な戦術だよ。というか、君は咄嗟に高く飛びすぎる。直したほうが良い」

そこまでは聞こえたが、それ以上は意識が遠のいて一角には聞こえなくなった。




完全に伸びてしまった一角を見て、やっちまったと薫は思った。

(どうしよう、これァ僕が十一番隊に運ぶのが礼儀なんだろうが、更木隊長にだけは捕まりたくない。いっそここの客人用の寝室でも貸しておくか?)

「終わったみたいですね。なら僕が連れて帰りますよ」

慣れた口調でいう弓親に、薫が掛けた言葉以上の感謝が入っていたことを、弓親は何となく察していたらしかった。

「では、また(どうせ一角が負けたことを聞いたら隊長も来るのでその時はよろしくお願いします)」

弓親が去り際に残していった笑みの意味に数秒後気付いた薫は、

(もォ二度とお節介しない!)

と、項垂れながら出来もしない誓いを立てた。





最後まで読んでくださってありがとうございます!

今回は本気で‘‘閑話‘‘って書こうか迷いました。
分量的にも内容的にも完全にそうとは言えないのですが…

更木隊長に追われたら逃げますよね。
正面切って戦うとか…
やるとしても、主人公は原作主人公、一護みたいに派手には出来なさそうです。

ちなみに、吊星の設定も独自のものです。
普通は…上に打ちませんよね。
描写が分かりにくかったらすみません…
寝袋に入ってるみたいになってるイメージです。


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実戦

今回も読んでくださってありがとうございます!

投稿する度に、‘‘今回の話は受け入れて貰えるだろうか‘‘とビビりながら寝てます。
このメンタル、何とかならないものか……

そしていつも思うのは、各話の題名決めるのって大変だという事です。
今回は作者の謎のこだわりで決めました。
変える可能性もあるかもです。



「何か、弁明は有るかな?橘昴十三番隊第十席殿?」
「いやあ、だって教えてあげたくなっちゃったんだから仕方ないだろ⁉」

薫の昴に対する質問は、勿論――‘‘誰に、何故、薫が喜助に戦術の手解きを受けていたことを教えたのか‘‘だ。無表情で誰に教えたかを問い詰めたら、やちる・七緒・ギンの三名だったことが発覚した。明らかに相手が子供だったから口を滑らせたことがわかる面子だ。

「というより、何であの人に教えてもらってたこと隠すんだよ⁉ケチケチすんなよな。一々怒っちゃってさ」
「この前そのせいで班目三席に勝負を吹っ掛けられたんだぞ?七緒殿と市丸三席はともかく、草鹿副隊長に教えるのは止めてほしかった…」
「わ…悪かったって!あ~、それなら薫、この任務が終わったら奢る!何がいいかな。やっぱ酒かな」
「完全におっさんの償い方だな」

あ、これはおっさん方に失礼か、と言うと昴の突きが脇腹に刺さった。

「グフッ…まァ、取り合えず今は任務に集中だな」

現在、薫率いる鬼道衆計五名と昴率いる十三番隊隊士六名は南流魂街に向かっていた。どうやらそこで、三体の(ホロウ)が発見されたそうなのだ。それだけでも普通より多いのだが、今回薫たち鬼道衆まで派遣されたのには理由があった。―――町の非常に近くで虚が発見されたのだ。合同演習の成果を示す意味で、十三番隊と組んで行動することになった。






目的地に着いた昴は目を疑った。虚の数が報告と違う。5、いや6体か。鬼道衆は基本、結界用の要員で、戦力にならないだろう。虚の数の倍戦力を連れてきたはずが、同じ数になるとは。状況次第で薫の力を借りることになるかもしれない。

「結界配置を急げ!一匹たりとも町の土を踏ませるな!」

薫の号令が聞こえる。

「鬼道衆に続け!演習通り、結界が張れるように虚を誘導するぞ!」

鬼道衆が配置を終えた合図が出た。

「全員、結界内での戦闘配置!」

昴の指示で昴の他の五人も体制を整える。と同時に結界が張られた。これで虚が町を襲う心配は無いわけだ。

「掛かれ!」

戦闘が始まった。







(昴…押されているな)

元々、虚に対して倍の人数で対応するつもりだったのだ。当然と言えば当然の結果だが、加勢に行くべきか薫は考えあぐねていた。

(これは元々この布陣を前提とした戦い方だ。副鬼道長なんてイレギュラーな勢力はそうそう現れない。見たところ死者が出るような状況でもないし、待っていたほうがいいか…?)

などと考えていると、彼の斬魄刀が耳打ちした。

『薫様、決して振り向かないで聞いてくださいまし。後方にある針葉樹の後ろに三人おります。姿も霊圧も隠しておりますが、わたくしは誤魔化せません』

「⁉」

薫には全く気付けなかった。そこまでして隠れているのだ、偶々ここに居合わせたなんてわけはない。

「ここは一旦任せて、僕は周りを警戒してくる。結界を切らさぬように。何かあったら連絡してくれ」

結界の四隅のうち一角を担っている者に言伝(ことづて)て、何気なく辺りを見回しているふりをする。例の針葉樹まで、あと一歩―――

「グアアァァァァ!」

凄まじい叫び声がした方を向くと、そこから結界が解け始めている。

(あそこの担当は、水上⁉今の悲鳴は一体……)

気が付くと、もう一角も解けていく。

「まずいッ―――四獣塞門(しじゅうさいもん)‼」

元々張っていた結界を取り囲むように、一回り大きな結界が出現する。

軍相八寸(ぐんそうはっすん)退()くに能わず・青き閂 白き閂 黒き閂 赤き閂・相贖(あいあがな)いて大海に沈む 竜尾の城門 虎咬の城門 亀鎧(きがい)の城門 鳳翼の城門―――ッ!」

後述詠唱で何とか形にはしたが、これではそう長くは持たない。早く現場に戻らねば。昴たちを中心にして張ったため、ここはギリギリ結界内というぐらいだが、何かが動く気配はしなかった。恐らく、先ほどの何者からは中に入っているだろう。

ザンッ…

振り向きざまに木ごとその辺りを斬ると、血が垂れるのが見えた。二人分、ということは、一人は結界外に出てしまったようだ。斬られたせいで集中が切れたのか、一切感じられなかった霊圧が漏れてきた。


―――――――藍染と東仙のものだった。







(こちらに気付いたのか…?)

藍染達は、浦原喜助が残していった霊圧を遮断するコートを纏い、曲光をベースにした鬼道をかけて完全に自分達の姿を隠していた。もし薫が()()()()()()()()()()()()()()()()凄まじい精度だ。

(動くと気取られる)

咄嗟にそう判断した藍染は、後の二人に動かないよう指示を出し、元々の予定を前倒した―――結界係の鬼道衆を、外に置いていた虚に襲わせたのだ。
結界が破れていく様を見て薫が四獣塞門を放ったのを見て、藍染は心の中で舌打ちした。

(腹立たしいほどに冷静な男だ。しかも、後述詠唱とはいえ四獣塞門をこうもあっさり使うとは…ギンも外に出されてしまった。さて、これからどう動こうか)

「こちら鬼道衆・十三番隊合同部隊、百目鬼薫。至急南流魂街に応援要請。虚の数が報告より多く、苦戦中。結界も破られた。これから被害状況の確認に向かう」

薫はそう通信機に告げると、通信を切り、いきなり藍染と東仙に向かって斬撃を放った。霊圧で防ごうとしたが、着ていたコートの端が切れたのを目の端で捉えると藍染は霊圧を逆に抑えた。

(霊圧が漏れるのは不味い。個人が特定される可能性が高い。ならば、多少血を流してもここは受け流すべきだ。どうやったかは知らないが、ここに誰かがいるのはもう分かっているのだろう。どうせ血液の物証さえ渡らなければ私には辿り着けない。全く、大した実験をするつもりでも無かったのにここまで私が追い詰められることになるとは…)

藍染の誤算は、思った以上にコートが切られてしまったということだ。
薫は一瞬動きを止めたが、部下の霊圧が消えたのを感じたのかすぐに引き返していった。

「要、計画を変更しよう。彼には今日、ここで死んでもらう」

藍染が指示を出すと、東仙は静かに頷いた。








「水上…田辺…沢渡…米沢……………皆、やられてしまったのか…?」

元有った結界の四隅には、薫の部下だった者たちが、既に息の根を枯らして倒れていた。

(皆、すまない…!僕があの時離れなければッ!)

薫は興奮してしまった自分を律し、息を整えた。

「この代価、支払ってもらうぞ。藍染、そして、藍染に従う者たちよ。






―――――――さざめけ、〈波枝垂(ナミシダレ)〉――――――」






刀の形が変化していく。長さの違う音叉の様な、刀とは言い難い形だ。

「二ノ型――――陽炎(カゲロウ)

薫は今、藍染を斬ることしか考えていなかった。
これが、どんな悲劇を生むかも知らずに―――










「薫ッ!バカ、何やってんだっ!」



「さらばだ、百目鬼薫」



「昴ッ!こっちに来るな!来ないでくれッ!」




ザンッ…

森の地面がいくら血を吸っても、その流れが止まることは無かった。








薫からの応援要請が届いてから派遣されたのは、清之介率いる四番隊五名と都率いる十三番隊六名だった。

薫から‘‘これから状況の確認に入る‘‘という一報が入ってから、結局何の情報も回ってこなかった。どうしても連絡できない状況にあるのか、確認中に薫に何かあったのか…
昴からの連絡もないということを踏まえると、相当事態は逼迫していると見るべきだろう。

(どうか無事でいて―――)

都は、逸る気持ちを抑えて現場へ走った。

「都三席!あれは…!」

現場まではまだあるが、大きな結界が目に入った。あれは四獣塞門!あんなものを使えるのは、あのメンバーでは一人しかいない。

「薫君!良かった…無事だったのね」






近くまで来ると、その大きさがより分かる。薫の姿が外にないということは、彼もまた中で戦っているのだ。

(これの形を留めつつ戦っているなんて…)

相当消耗しているはずだ。どうやって中に入ろうか、などと都が考えていると、唐突に四獣塞門が消えた。

「総員、戦闘に備えて!まだ、中の状況がわからないわ!」






中は、既に虚の姿こそ無かったが、惨憺たる有様だった。かなりの隊士が合い討っている。

(誰か…誰か生存者はいないの?)

先ほどから目の端に映りこむ違和感を否定してほしくて都が周りを見渡した時、よく見知った後姿を見つけた。

「昴ちゃん!無事だったのね…!良かった。―――昴ちゃん?」

昴から反応がない。見ると、昴は倒れた誰かを横向きに抱えるように座り込んでいた。

「昴ちゃん、しっかりして!その隊士は怪我人?だったらこちらに」
「…しました」
「え?何て言ったの?」

昴が抱えている隊士の顔が見える。それは―――








「わたしが、ころしました」









―――薫の息絶えた姿だった。












結局、先に出発した計十一名のうち、生存した状態で発見されたのは昴ともう一人の隊士だけだった。昴は薫を自分が殺したと供述する以外のことには沈黙し続けていた。重傷を負っていたもう一人の隊士が意識を取り戻すと、結界内での出来事を次のように語った。

「虚が手に負えなくなってきたころ、百目鬼副鬼道長が加勢に来てくれたんです。それから虚を一気に殲滅できたんですが…その、実は、百目鬼副鬼道長が急に錯乱したんです。味方を斬り捨て始めて…どうしようもなくなって、最後は、橘十席と斬り合いになりました。どれだけ十席が呼び掛けても反応が無くてっ…!本当に、どうしてあんなことに…」


薫の斬魄刀には被害にあった四名の血液が付着し、昴の斬魄刀には薫の血が付着していた。また、都が感じていた違和感―――隊士の致命傷となった刀傷―――も、薫の斬魄刀で斬られた時の傷に一致した。加えて、薫は相当霊圧を消費しており、心身共に消耗していたと考えられた。

これらから、隊士四名を殺害したのは百目鬼薫であると四十六室は裁定を下した。彼の衰弱に際して彼の霊力及び魂魄自体が暴走し、周りの者を全て斬り捨てようとした、と。本人が死亡しているため、この件がこれ以上取り扱われることは無かった。自衛のためやむなく薫を斬った昴は、謹慎五日を申し付けられただけだった。







謹慎中、昴は誰の訪問も受け付けなかった。それがたとえ、直属の上司である浮竹だろうと、幼馴染である花太郎だろうと、その姿さえ見せなかった。







昴の謹慎が明けた日、浮竹十四郎は彼女に何と話しかけようか、体調が良いわけでもないのに部屋を歩き回りながら悩んでいた。

(本人たちがどう思っていたかは知らないが、彼らは幼馴染以上に、自分の家族のように過ごして来ていたのだろう。そんな家族を自らの手で殺めてしまった者に掛ける言葉…)

「浮竹隊長、橘です。失礼します」
「あ、ああ!入ってくれ」

部屋に入るなり、昴は土下座して頭を床につけた。

「この度はすみませんでしたああああああぁぁッ!」
「うおっ⁉何だい、いきなり!橘が謝ることなんて何もないだろう?」
「何も?いやいやいやいや、折角お見舞いに来て下さったのに追い返したり、謹慎食らって五日も業務をすっぽかしたり…本当にすみません!」
「そんなことかい?良いんだよ。傷心中のところに押しかけてしまって、僕の方こそ済まなかった。仕事だって、みんなで分担して何とかなっていたし…兎も角、橘。本当に、大丈夫か?」
「大丈夫です!今日からはバリバリ働きます!」

「誰だ!今隊長室に居やがんのは‼隊長は今調子(ワリ)ぃんだ、静かにしねえと放り出すぞ!」

海燕が襖を怒鳴りながら開けた。明らかに彼の方が声が大きい。
下げていた頭を上げて海燕を見上げると、彼は目を見開いた。

「橘…!そうか、今日謹慎明けだったな……大丈夫か?」
「隊長と同じことを聞くんですねェ。大丈夫ですって!五日も休んだんですから」

一瞬海燕の眉が引き攣った。その直後、彼はグッと厳しい顔になった。

「…‘‘五日も休んだ奴‘‘は、そんなクマ作んねえんだよ。馬鹿。今日はもう帰って休め」
「まだ朝ですよ⁉嫌です帰りません」
「丸一日寝とけ!そんな顔した奴は仕事なんか出来っこねえよ」
「えェ~⁉嫌ですよォ!だって――寝てると思い出しちゃうんです。あいつを斬った時の感触を」
「「…………」」

これは相当重症だ、と海燕と浮竹の二人は思った。目のクマや顔色だけじゃない。悪夢のこともそうだが、口調の端々に薫の癖が出ている。以前の昴は、口調こそ雄々しかったが、薫の様な独特な癖というものは無かった。だからこそ、謹慎五日を開けた昴は、どこか別人のようだった。

(正直、見てらんねえよ……)

海燕を含む以前の昴を知る者からすれば、その変化は見るに堪えないものだった。

豪胆な笑い方は影を帯び、以前ほど大胆に発言したり、行動したりしなくなった。口数は減ったし、ぼうっとしていることが多くなった。
何より、薫を真似(マネ)たように彼女の口に上る独特のクセ…



‘‘亡霊が取り付いているかのようですね‘‘と誰かが言った。





そんな昴に、事件から数か月後、来客があった。

「花…!」
「お久しぶりです、昴さん」
「久しぶり…あれ、花、その死覇装、もしかして」

久しぶりに会った花太郎は、以前会った時の霊術院生用の制服ではなく死覇装を着ていた。

「そうなんです!二人からは大分遅れちゃいましたが、やっと護廷十三隊に入隊できたんです!」
「そりゃァ良かった!しまった、すっかり忘れてた。何かお祝いしなくちゃな」

えへへ、と花太郎が照れる。

『お前、やっぱり忘れてたのか。花、可哀相に』

懐かしい声が聞こえた気がして振り返る。違う。あいつはもうここにはいない、と昴は首を振った。

「昴さん?」
「あァ、何でもないよ。何か欲しい物とかあれば買ってやるぞ!席次持ちってのは給料が良いんだ!っと、そういえば、花は何番隊に入隊したんだ?」
「四番隊です」
「そうか、兄さんと同じとこに行ったのか。しかし、副隊長の弟なんて風当たりきつかったりしないのか?」
「そんなことないですよ!皆さん良くして下さいますから。それに…」

花太郎が呼吸を正し、昴を正面から見据えて言った。

「僕はもう、誰も喪いたくないんです。薫さんに言いたかったこと、やってほしかったこと、色々有りました。だから―――」

そこまで聞いて、昴はギュッと目を閉じた。花太郎の正面からの言葉は、昴の胸を抉っていた。あいつを殺してしまったのは紛れもなく自分だ。どんな言葉でも、受け止めなければならない。

「―――昴さんとは、沢山話します!やりたいことに沢山付き合ってもらいますし、逆に昴さんの言いたいこと、やりたいこと、何でも教えてください!それに僕、誰がどんな怪我を負っても治せるようになります。もう、昴さん一人に背負わせたりしませんから!」

…そうだ。花太郎は昔から、変なところでしっかりしてる奴だった。顔を上げて、花太郎を見る。

「何でも、は無理じゃん?」
「た…例えですよ、例え!それくらい、気兼ねなくってことです!」

ワタワタしている花太郎を見て、昴は久しぶりに「あははは!」と声を出して笑った。

(そんなの無理だよ、花)

胸がチクリと痛んだのは、昴だけの秘密だ。


入隊祝いには、白足袋が欲しい、と花太郎に言われた。先輩から、四番隊は足袋で隊舎内の移動が多いためすぐに悪くなるから、良いものを買った方がいいと言われたのだそうだ。
いまいちパッとしないセレクトだが、花太郎らしいと言えばらしい、か。



後日、三足組で渡したら、文字通り飛び上がって花太郎は喜んでいた。早速、入隊から履いてきていたものを潰したらしい。仕事熱心も程々に、と注意しておいた。












彼は目を覚ますと、起き上がって目を閉じた。

「誓うよ。もう、ただ一人を除いて誰も殺さない。お前の元へ必ず辿り着く。それに…藍染を――殺す。だから、待っていてくれ―――――」


彼はそっと、その双眸を開いた。


「―――――――――――――――――昴」









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囚われて

土日だからか、昨晩の投稿の反応が沢山あって嬉しい限りです!
ここからまた、暫くは日常パートです。

今回と次回は短めです。
くっつけるには内容的に微妙でした…

烏山緋色様、訂正のご指摘、ありがとうございました!

他にも何かありましたら教えて下さい。



「あ」
「おお!」
「やあ」

上から、昴、浮竹、藍染である。浮竹と藍染が立ち話をしていたところに昴が通りかかった構図である。

「こんにちは浮竹隊長。お久しぶりです、藍染副隊長。お二人が一緒なんて、ちょっと珍しいですね」
「お久しぶり、橘君。まあ、僕たちに限った話ではないけどね。隊長格は自隊にいずっぱりのことが多いから」
「そうそう。俺と京楽みたいに、頻繁に交流してる方が珍しッ…!ゴホッゴホッ…」

浮竹の咳に、普通なら心配するところで昴はスンと目を細めた。
勿論そこに笑みなど無い。

「…浮竹隊長、本日のお薬は?」
「実は、飲み忘れちゃってね」
「はァ、飲み忘れるのいい加減にしてくださいっていつも言ってるじゃァないですか!」

昴と浮竹が会話―――殆ど説教だが―――しているのをにこやかに聞いていた藍染が、最後の昴の発言を聞いて、ふと真面目な顔に戻った。

「橘君…その話し方は…?」
「話し方?何か私変なこと言いましたか?」
「自覚がないのかい?…君の話し方が百目鬼君にそっくりになっているんだよ」
「え…」

唇に手を当てた昴の顔の血の気が引いていくのが、浮竹からでもわかった。

「藍染副隊長、その話は今はよさないかい」
「浮竹隊長、しかし、彼女はいつまでも止まっているべきじゃないと思いませんか?()()あの事件から半年です。囚われ過ぎると、これから彼女は生きていけなくなる」
()()、半年だ。家族のように育った者を喪った悲しみは、そうそう消えるものじゃない」
「しかし―――」
「浮竹隊長は気付いていらしたんですね」

二人が振り返ると、吹けば飛んでしまいそうなほど弱弱しく昴が立っていた。浮竹は、藍染の方が正しいかもしれない、と思った。今の彼女は、事件から五日経ってから会った時よりも衰弱して見えた。

「分かっているんです。忘れなきゃ、進まなきゃって。でも、ふとした瞬間にあいつの声が聞こえてくるんです。思い出すんです。あんなことを話した、あんなことをした、あんなことを考えた、って…」
「橘……」

浮竹が掛ける言葉に迷っていると、隣の藍染が先に口を開いた。

「橘君、今、五番隊は十二席に空きが一つあるんだ。今の君の席次と実力には劣ってしまうが、どうかな、ウチの隊に来る気はないかい?」
「⁉」 「藍染副隊長⁉何を言っているんだ」

藍染の言葉に驚いたのは浮竹だけではなかったようだ。昴もまた目を見開いている。

「浮竹隊長、彼女には…橘君には、気分を入れかえて考えられる、新しい環境が必要だと僕は思うんです。この十三番隊は、橘君にとって良くも悪くも百目鬼君との思い出で溢れている。今の彼女には、ここは気持ちを追い立てられるだけなのではないでしょうか」
「それも一理あるかもしれないが、しかし…」

浮竹が言葉に詰まると、藍染が昴に向き直った。

「橘君、どうかな?また戻りたくなったら、十三番隊に戻っても構わない。でも今、君が十三番隊にいるのが辛いとほんの少しでも思っているなら、僕の隊に来てみないかい?」
「……そんなこと、考えてみたこともなかったです。でも、確かに、そういう気持ちが無いとは言えません。短い期間になってしまうかもしれないですが、お世話になってもいいですか?」
「ああ。当然だよ!君が早く立ち直れるなら、それに越したことは無いからね。勿論、五番隊の居心地がいいから、と長居してくれても構わない。君が自由に決めることだよ」
「ありがとうございます!」

藍染と昴の会話を横で聞いていた浮竹は、昴がいなくなって寂しい気持ちと、彼女にトラウマから立ち直ってほしいという親心で呆然としていた。

「浮竹隊長!」
「え、あ、ああ、何だ、橘?」
「勝手に決めてすみません!きちんと今やらなきゃいけない仕事はやっていきます!ですから、私が五番隊に移動するのを許してください!」

その時浮竹は、久しぶりに昴に会ったような錯覚を覚えた。

「ああ…いいとも!橘が行ってしまうのは悲しいが、そういうことならしかたない。惣右介君の言う通り、それは君が決めることだよ。でも、戻りたくなったらいつでも言うんだぞ!」
「はい!ありがとうございます」

勢いよく頭を下げた昴を見て、浮竹は目頭が熱くなるのを禁じ得なかった。
力んで変な顔になっていたのだろう。藍染が浮竹の顔を見て困ったように笑ったのを恥じながら、浮竹は羽織の裾で目を擦った。









「浮竹から聞いたよぉ、昴ちゃん!五番隊に移動するんだって?」
「ええ。そうなんです。今までよりここに近くなりますね」
「そうだねぇ。良かったね、七緒ちゃん!」
「はい!」

五番隊に移動することを決めてから数日後、昴は八番隊の七緒の本読みに来ていた。といっても、薫の代わりというほどの物ではなく、一緒に鍛錬し、一緒に勉強する時間になっていた。昴も、一応薫と同時に入学し、二年で一緒に霊術院を卒業していたから、優秀なことは優秀なのだ。ただ、そうは見えないだけで。得意と苦手が両極端、ということが原因なのだが、鬼道以外は七緒に教えるのに足りていた。

あの事件の後、流石に一か月は無理だったが、その後から昴は七緒に癒されにこうして来ている。七緒の方も最初はどう接すればいいのか戸惑っていたようだが、昴の方がいつも通り話してくるのを見て今では普通に接してくれている。

八番隊と言えば、以前計画していた鬼道衆との合同演習はあの事件のせいで流れてしまった。京楽と浮竹は最後までそれに反対してくれたらしいが、事件の犯人が犯人なだけに総隊長に両断されてしまったらしい。

加えて、立て続けに起きてしまった鬼道衆の不祥事を重く見た四十六室は鬼道衆を百年の間護廷十三隊の傘下の部隊として位置付けることを決定した。期間を限定したのは元が独立した組織だったことへの配慮だろうが、百年後はなあなあで傘下であることが継続されるだろうことは目に見えていた。

「今日は鬼道の鍛錬をしましょう!昴さん」
「了解だよ~、七緒ちゃん!じゃあ、今日は私が教えて貰う番だね」
「恐れ入ります!といっても、いつも感覚的にしか伝えられなくてすみません…薫さんだったら、もっと的確に教えてくださったと思います…」
「あいつが~?ないない。あいつ、私に教えるとすぐに叩いてくんだよ?‘‘何でこうできないんだー‘‘ってさ。七緒ちゃんに教えてあげてた時、そんなに優しくできるなら私にもやれ~、って思ったくらいだよ。七緒ちゃんが教えてくれる方がずっと分かりやすいし!」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ふふ、ここに薫さんがいたら、それこそ昴さんのことを叩いちゃいそうですね」

‘‘ここにいたら‘‘…七緒にとっては何気ない一言だろうが、昴の胸はズキリと痛んだ。いかんいかん、ネガティブいかん!七緒にまた心配されてしまう。

「それはどうかな~?あいつのへなちょこ突きなんて、私なら華麗に躱して拳骨を叩き込む!」

昴が仮想薫の突きを躱して殴る真似をすると、七緒は声を挙げて笑った。

(明後日から五番隊…切り替えるぞ!)










翌日、全ての業務を終えると、浮竹、海燕、都に呼び出された。

「橘は明日から五番隊か…しっかりな!」
「そうだぞ!向こうに迷惑ばっかかけて返品されても、受け取ってやんねーからな!」
「もう、隊長のはそういう意味じゃないでしょう?昴ちゃん、何か他の人に相談し辛いことが合ったら、いつでも相談に乗るからね」

ちょっと心配そうな浮竹、海燕に、穏やかな笑みの都。これから会えなくなるわけではないが、少し遠くなってしまうのは、ちょっと悲しい。

「ありがとうございます、浮竹隊長、都さん。これからも励みます!」
「おい、俺にも何かねえのか⁉」
「私が返品されたときは慰めてくださいね」
「根に持ちやがった!悪かったよ!お前に喧嘩売るのはこりごりだ」

やいやい騒ぐ海燕を見て、都がにっこりと笑った。ああ、海燕副隊長、後でこってり絞られるな…ま、自業自得か。




明日は移動だからと帰ろうとすると、少し宴をしようと言われた。思えば、暫く酒を口にしていない。明日への不安を少し和らげたい気持ちもあって、参加させてもらった。いつの間にか京楽も参加していたが、仕事は終えていたらしかったので放っておいた。




翌朝、昴が遅刻ギリギリになったのは、昴を飲みに飲ませた海燕と京楽のせいだった。勿論、海燕には都から、京楽には浮竹から、それぞれ制裁が下されたのは言うまでもない。





第一幕閉幕です。
やっとここまで来たというべきか、まだここだというべきか………

作者の拙い文章にお付き合いいただきありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!


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第二幕 見えぬ刃は其の喉元に 日常に

時間が飛びます。
今回もですが、これから少しずつ時間を飛ばしながら本編に入って行きます!
‘‘本編沿いの予定‘‘と書きながら本編にすら中々入れていなかったので、少し肩の荷が下りた様に感じます。


昴が五番隊に移ってから、早六十年。
もう昴は古参と呼べるほど五番隊に馴染んでいた。
海燕から、‘‘まだ戻らないのか?‘‘みたいなことを何度も言われたが、ここではもう昴は四席という責任ある立場になっていたし、可愛い後輩も沢山できた。十三番隊での日々は、今では六十年前と全く同じとはいかないだろう。今更帰ったところで、変に周りに気を遣わせたくないということもあり、結局五番隊で日々を送っていた。


「おはよう、橘君」
「おはようございます、藍染()()。今日もイケメンですね」
「ははは!そんな事を面と向かって言ってくれるのは君くらいだよ。ところで、あの件、考えてくれたかい?」
「ああ、三席昇格の件ですか?言ったじゃないですか、お断りしますって。古参の人間は大人しく後輩に席を譲っときます」

二十年程前、藍染副隊長は卍解を修得し藍染隊長になった。それに伴い三席だった市丸ギンは五番隊副隊長の座に就いた。その時から既に昴は四席であり、当時も昇進を断ったため五席だった者が三席に繰り上がった。
そして今回、今日から一か月後に現副隊長が三番隊隊長として移動することになったのだった。

「勿体無いね。僕は君になら副隊長だって任せられると思っているんだが」
「御冗談を。市丸副隊長の後釜なんて、私はごめんです」

昴が心底嫌そうに頭と手を横に振ると、藍染は肩をすくめた。

「それなら仕方ないね。なら、誰がいいと思う?」
「副隊長には現三席の門脇でしょう。新三席は、そうですね、森田とかどうですか?」
「六席のかい?実力的には、五席の日下(くさか)君じゃないかな」
「森田は人当たりが良くて後輩の面倒見がいいです。実力も、鬼道と歩法なら日下の上ですよ。副隊長が抜けた今、後進育成が得意な人間がその位置にいた方が何かと都合がいいと思いまして」
「成程、一理ある。参考にさせてもらうよ」

藍染が時計を確認する。今日は霊術院の視察の日らしい。

「市丸副隊長とは最後の視察ですか。目を光らせて、良い人材に唾つけといてくださいね」
「何だか橘君が言うと、僕らが悪事を働きに行ってるみたいじゃないか」
「そうでしょうとも。貴方の笑顔見たさに入隊した女性死神が何人いることか。皆良い子たちですけど。ま、市丸副隊長が一緒に行くならそういう類の希望者は減るか…」
「何や君、直属の上司に対してえらい口のききかたやねぇ」

いきなり後ろから市丸ギンの声がした。え、いつ部屋に入ってきたのこの人。扉閉まってたよね?

「おはようございます、ギンくん副隊長。毎度毎度気配消して入ってこないでもらえますか?そういうことばっかやってるから、いつも折り目正しい私もそういう言い方になっちゃうんです」
「何やもう、突っ込みどころ満載やな。キミ、ボクがここのナンバーツーやってこと忘れてへん?」
「日頃の行いですよ、副隊長殿。それよりお二人とも、良いんですか?そろそろ行かないと遅刻しますよ?」
「それはいけない。ギン、行こうか」
「はい、藍染隊長。ほなな、昴ちゃん」
「行ってらっしゃい」

今では、七十年近く死神をやっている古参の昴のことをちゃん付けで呼ぶのは京楽隊長くらいだ。ギンも、普段は橘四席と呼んでいるのにさっきは仕返しのつもりかそう呼んできた。あの子、こっちの方が年上って分かってる?





兎も角今日も仕事が多い。五番隊の上位席官のメンバーが入れ替わるのだから当然といえば当然なのだが、こう椅子に座りどおしだと肩ばかり凝って面白くもなんともない。何か面白いこと無いかなーと手だけ動かして仕事をしていると、廊下から扉を叩く音がした。どうぞ~、と促すと、眼鏡を掛け後ろに結い上げた髪をびしっと決めた女性死神が入ってきた。

「失礼します。日下五席はいらっしゃいますか」
「七緒ちゃん!おっひさ~!日下は今いないよ。どうしたの?」

七緒は昴しかいないのに少し驚いたようだったが、すぐにちょっと困ったような微笑みを浮かべながら書類を指した。

「お久しぶりです、昴さん。実は、先日日下五席から八番隊に回ってきた書類に不備が目立ちまして…再提出していただきたいのです」
「あぁ、またやっちゃったか…それって緊急?」

余談だが、薫が三席に日下という死神を推さなかった理由はこれもあった。事務が苦手なのだ。字は汚いしすぐに間違えてしまう。今までも、昴は何度となくその尻拭いをしてきていた。三席ともなるとそれなりに重要な書類も回ってくるだろう。それを一々訂正していたら、こちらの身が持たない。というか、訂正できる内容ではないとき、ただでさえ多い上二人の仕事を増やしたくないというのもある。

「えぇ。今日中に必要なのですが、彼はいつお戻りになりますか?」
「実は彼、今日非番なんだよね。私が今直すよ。貸してくれる?」
「すみません。うちの隊長がもうちょっと仕事が早かったら、昨日の内にお願いできたんですが…」

申し訳なさそうな七緒を見て昴は噴き出した。

「あはははっ!悪いのはうちの日下の方だって!しかし、その口ぶりだと、あのヒゲはまた仕事をサボって七緒ちゃんに手間かけさせてるみたいだねェ。三席ともなると大変だ!今度遊びに行ったときはどうしてくれよう?」
「ふふふっ!楽しみにしてます」

七緒は去年、三席に昇格した。剣術を碌にやってないくせにと陰口を叩く者もいたが、七緒の努力を見てから言ってほしいものだ。彼女の力は、十分その席次に相応しいものだ。特に鬼道は、六十年前の比ではない。
昴がさっさと書類を訂正し終えると、七緒は目を通してから胸を撫で下ろした。

「助かりました。それにしても、この量の修正箇所をよくこれだけ早く直せますね」
「席官ってのは基本事務仕事だからね~!慣れだよ、慣れ」
「それでも早いですよ。戦闘技術も高いし、やっぱり次の副隊長は昴さんですか?」
「違うよ~。あんな激務、私には無理無理。よくもまあ今の隊長格はあんな量の書類を毎日捌けるもんだ」

昴が眉を寄せると、七緒が首を横に捻った。

「でもそれって、新しい副隊長に大変な仕事を押し付けてるってことなんじゃないですか…?」
「…そうとも言う」



二人でひとしきり笑い終わると、また扉が開いた。

「失礼しま~す!日下います?昨日の十番隊の書類なんですけどぉ~」

十番隊副隊長の松本乱菊だ。鮮やかなオレンジ色の髪に灰色の瞳をしており、首に巻いたバンダナが彼女の細い首を一層引き立たせている。体のラインも綺麗で、大人の女性、という感じだ。七緒は彼女とよく飲みに行っているらしいが、昴は顔を知っているくらいで話したことは無い。…いや、今それは大した問題ではない。
昴と七緒は目を合わせると、二人揃って眉を寄せてため息を吐いた。


日下、今度もう一回、仕事の確認をしようか。







「お疲れ様です!藍染隊長。お怪我は…無いようですね」

元気そうな藍染の様子を見て、昴は胸を撫で下ろした。
昨夜、現世へ実習に行っていた霊術院生一行が巨大虚(ヒュージホロウ)の軍勢に襲われるという事件が起こった。上回生も付いていたが、それらの虚は霊圧を隠す能力を有していたらしく発見が遅れたらしい。何とも信じがたい話だが、そのせいで見張りを含む七名の学生が命を落とした。
兎も角、救援要請を受けて一早く駆け付けたのが藍染隊長と市丸副隊長だった。異形の虚ということだったが、全く問題なかったようだ。

「ああ。霊圧を消すなんて能力は今まで聞いたことが無かったけど、虚の実力自体は大したことは無い、普通の巨大虚だったよ」
「隊長にとっては大したことなくても、学生にはきつかったでしょうに。それにしても、よく犠牲者が七名で済みましたね」

見張り六名は全滅していたと聞いた。後の一名も一回生を引率していた上回生だったそうだ。これはつまり、実習に来ていた一回生数十人はほぼ無傷だったということだ。見張りを全滅させるような虚を相手に、ほぼ無力な数十人を護り切った二人の上回生は、相当腕が立つらしい。

「ふふ、実はそうなんだ。面白い子たちを見つけてね。一回生でありながら巨大虚に立ち向かったんだよ。僅かな時間とはいえ、彼らの足止めが無ければ死傷者はもっと増えていただろうね」
「え⁉時間を稼いだのは上回生じゃないんですか?」
「彼らも戦おうとしたところに僕らが応援で辿り着いてね。引率していたリーダーは檜佐木修兵君というそうだよ。彼もかなり優秀らしいけれど、僕はさっき言っていた、阿散井恋次君、吉良イヅル君、雛森桃君にうちの隊に来てほしいね」
「隊長にそこまで言わせる子たちなら、他の隊とも取り合いになるでしょうね。そういう勇敢な子たちが、今後の護廷十三隊を支えていくんでしょう」

藍染隊長はにこりと笑った。眼鏡が反射して、目までは見えなかった。













寝床で彼はいつも深く深く思考する。
もう藍染の後手に回ったりしない。恐らく奴は、今のこの状況を把握していない。これは好機だ。いずれ奴は行動を起こす。


―――――――――――その兆候を見逃すな


―――――――――――何を兆候とすればいい


―――――――――――奴の目的は、手段は何だ


彼の思考は、止まることなく巡り続ける――――――――――






この章のクライマックスを思い浮かべてこの話を書き始めました。
そのため、恐らくこの章が一番長くなるだろうなと思ってます。

前書きにも書いた通り、ここから原作メンバーが増えていくことになります。
楽しんでいただけますように!

最後になりましたが、今回も読んでくださってありがとうございました!


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出会い

以前も書きましたが、題名付けって難しいです。
毎回、作者は自分の語彙力の無さに絶望してます。

他の皆さんはどうやって題名を付けていらっしゃるのか…
爪の垢を煎じて飲みたいです。


廊下を歩いていると、昴は後ろから声を掛けられた。

「おっす!橘、久しぶり!元気でやってっか~?」
「お久しぶりです、海燕副隊長。何か御用ですか?」
「ったく、用がなきゃ話しかけちゃいけねーのかよ?ま、いいや。お前、最近ウチに来てないだろ。浮竹隊長や都が寂しがってるぞ。そろそろ隊の業務も落ち着いたんだろ?」

市丸副隊長が三番隊隊長になってから早半年が経っていた。一時期は人事の入れ替わりで慌しかった五番隊も、今では海燕の言った通り落ち着いている。ちなみに、副隊長と三席は昴の言ったとおりになっていた。

「えェ、まあ。相変わらず日下(くさか)の書類直しは忙しいままですけど」
「あいつ、まだ真面(マトモ)に書類作れねえのかよ…戦闘センスだけで五席とか、十一番隊の方が性に合ってたんじゃねえか?」

やれやれ、と海燕が肩を竦める。日下の仕事に訂正箇所が多いのは結構有名な話だ。ここまで有名になっておきながら当の本人は全く気にする様子が無いのはある意味日下の長所だ。

「さあ、どうでしょうね。日下は何だかんだで五番隊に馴染んでますし、本人も気に入ってるみたいです…戦闘が嫌いというわけではないですけどね」
「そんなもんか?」
「そんなもんですよ。ああ、十三番隊に遊びに行く件、了解しました。近日中に伺いますよ」

昴の答えに海燕はニカッと歯を見せながら笑った。

「ああ、ありがとな。ただ、ウチに寄ってほしいってのはそれだけじゃねえんだ」
「?何です?」

そう聞くと、海燕は可笑しそうに顎のあたりに手を当てた。

「ウチの新隊員の朽木が始解に成功したんだがな、そいつの斬魄刀が――氷雪系なんだよ!お前も氷雪系だろ?扱い方とか戦い方とか、色々教えてやってほしいんだ」


朽木、と聞いて、昴はすぐにそれが朽木ルキアという人物だったことに思い当たった。
普通は他隊の新入隊員の名前などを一々覚えたりはしない。だがそれは、()()()隊員ならの話だ。

朽木ルキア―――流魂街の出身ながら真央霊術院に入学し、在学中に正一位の貴族、朽木家に引き取られた少女。霊術院を卒業することなく護廷隊に迎えられた彼女は、良くも悪くも格好の噂の種になっていた。しかし、海燕に彼女の入隊の話を聞いたのが半年程前だったはず。剣術などは並みだと噂で聞いていたが、もう始解ができるとは、中々非凡な人物なのだろうか?

「いいですよ。何なら今日会いに行きましょう」
「今日⁉え、でもさっきは近日中にって…」
「鍛錬したいのなら話は別!できるときにやっておかないと後悔しそうですから」
「あ、ああ。お前が良いなら良いんだけどよ。じゃあ、終業時間に隊舎で待ってる」
「ええ。了解しました」










昴はいつも通り、パタパタと廊下を走った末に勢いよく襖を開けた。

「たのも~~~~!」
「おお、橘!随分久しぶりだな。元気にしてたか?」

十三番隊に常設されている浮竹隊長用の病室に入りながら昴が声を掛けると、カラカラと笑う隊長といきなりの大きな音にビクッと体を浮かせた見知らぬ死神が座っていた。

「お久しぶりです、浮竹隊長!隊長に比べたら、風邪ひいてたって健康優良児ですよ!隊長こそ、会うたびに顔が青くなってますけどお薬ちゃんと飲んでんですか?」
「なっ、き、貴様っ!隊長に失礼であろう!」

昴や浮竹にはいつも通りの軽口だったのだが、彼女にはそうでなかったらしい。本来は肩の下あたりまであるだろう真っ黒な髪は肩の上で外向きに跳ねている。大きく黒い瞳は、真っ直ぐに昴を見据えていた。もしかして、彼女が―――

「ははは!良いんだ、朽木。彼女はいつもこの調子だから。薬を飲み忘れたのは本当だったしな」
「いつも?一体そこの無礼者は何者なのですか?私がここに来てから半年ほど経ちますが、まだ会ったことがありません」
「しまったな~!稽古をつける前から嫌われちゃったかな?」

昴がそう言うと、ルキアは動きを止めてもう一度こちらを見た。ギギギ…と音がしそうな動きだ。

「稽古…?ということはまさか、貴女は五番隊の橘四席…?」
「はっはっは~!その通りだよ、朽木ルキア君!」

サーッと青褪めたルキアは、床に頭を擦りつけそうなほどに平伏した。

「申し訳ありませんでした!いえ、その、私以外の死神は皆様先輩ですのでこういう態度は元々駄目なのですが、席官の様な高位の方にまであのような態度をとってしまって…本当にすみませんでした!」
「いやいやいやいや、私にとってあれは挨拶みたいなもんだけど、君にとっては違ったんでしょ?上司を侮辱されたと思ったら先輩だろうが何だろうが関係なく怒れるというのは真面目な証拠だよ。君はきっといい死神になる。そのままで良いんだよ」
「そんな事…」
「ああ、でも、カッとなってすぐに思ったことを言っちゃうのは改めた方がいいかもね」

諭すように昴が言うと、浮竹が吹きだした。

「橘、君がそれを言うのかい?」
「どういう意味ですか?浮竹隊長!」

次の瞬間、不服そうにしていた昴の後頭部が思いっきり叩かれた。

「いっっ()~~~~⁉」

痛がっているのは叩いた海燕の方だ。昴を叩いたらしい手を痛そうに擦っている。

「海燕副隊長、利き手で叩くなんて、貴方実は馬鹿なんですか?明日の業務に差し支えたらどうするんですか?というか何で人の頭を叩くんですか?」
「お前が騒いでるからだろうがっ~~~~!こンの毒舌石頭がっ!」
「はいはい、石頭で悪かったですね~。伊達にあいつと頭のど突き合いしてませんでしたから。海燕副隊長の入り込む余地なんて無いんですよ」
「こいつっ!」

「…くッ!」

く?声を出したルキアの方を向くと、彼女は必死に笑いを堪えていた。

「ふっ、普段はしっかり者の海燕殿も、そんな風になることがあるんですね!」
「おい朽木、何か変な勘違いをしてないか?」
「海燕副隊長、彼女は普段どんな貴方を見ているんですか?ちょっと後輩に格好つけすぎなのでは?」
「橘!お前は黙ってろ!」

海燕の怒声は結局、浮竹の病室で今日一番響いた声となった。









「ところで昴殿、先ほど仰っていた‘‘頭をど突き合っていたあいつ‘‘、とはどなたなのですか?」

笑いが収まったルキアは、開口一番こう言った。
途端に浮竹と海燕の顔色が変わったのにルキアは気付いたが、それに気づいていないかのように昴はざっくりと話してくれた。

名は百目鬼薫ということ、以前は副鬼道長だったこと、そして、ある事件がきっかけで亡くなってしまったこと。

「故人だったのですか…思い出させてしまい、申し訳ありません」
「良いんだよ~!(たま)には思い出してあげないと、あいつが可哀相だからね」

昴はそう軽く言っているが、この三人はきっとその百目鬼なる人物と親睦が深かったのだろう。もうこれ以上触れないほうが良い、とルキアは思った。人が本当は何を思っているかなど、分かる者はいない。そう思ってまず思い浮かんだのは、自分を引き取ると言って朽木家に連れてきた義兄の後ろ姿だった。

(兄と呼ぶようにと言っておきながら、私のことを見てはくださらない。私には分からない…白哉兄さま(あのヒト)とどう接していけばいいかなんて…)

ルキアは顔を伏せると、口を堅く結んだ。



「と、ところで橘!今日は朽木の斬魄刀の扱いについて、助言をしに来たんだろ?」

沈黙に耐えかねたように海燕が言った。

「えェ。ここではなんですし、外で見せてもらっても?」
「勿論です。よろしくお願いします」









外に出たルキアは、斬魄刀を引き抜くと横向きに構え、それを回転させながら呟いた。

「―――舞え、〈袖白雪(そでのしらゆき)〉」

途端にルキアの斬魄刀が白く染まり、柄頭(つかがしら)からは細く白い薄布が刀の回転に合わせて弧を描きながら現れた。

「おお~~‼何て美しい斬魄刀だ…」

昴が息を呑んでいるのが聞こえる。ルキアは深呼吸すると、最近海燕との修行中に完成した技を昴に放って見せた。

(そめ)の舞――月白(ツキシロ)
「え?ちょ」

昴は氷結領域が上に伸びるのを見て取ると、瞬歩で横に退散した。流石は四席、判断速度と反応速度が一般隊士の比ではない。誰もいなくなった地面から空へ貫くように氷柱が伸びたかと思うと、砕けて消えた。

「これが私の技、月白で「馬鹿かっ⁉」!」

ゴチンッ、という自分の頭が殴られる音と共に、ルキアの目に火花が散った。訳が分からず顔を上げると、昴がちょっと困ったような顔で立っていた。

「いきなりあんなえげつない技使うなよ!普通の隊士は構えてもいない状態であれを躱すのは無理だぞ⁉何考えてる⁉」
「す…すみません…昴殿が全く動かれないので、もういいのかと…」
「はァ、ルキアよ…刀を抜いていない相手に斬りかかっちゃ駄目でしょ」
「すみません…」

すると今度は海燕が食いついてきた。

「おーおー橘。後輩を容赦なく殴るとは流石だな?てかお前、斬魄刀解放するならさっさとしろよ。あんま朽木を苛めんな」
「それはどうもありがとうございますぅ。解放は…したくなくなりました。別に苛めてないですし」
「何故ですか⁉私が無礼をまた働いてしまったからでしょうか」

ルキアが焦って詰め寄ると、バツが悪そうに昴がぽつりと言った。

「だって、ルキアの斬魄刀、すっごい綺麗だった」
「え…あ、ありがとうございます」
「だからヤダ」
「ガキかオメーは!いいから解放しろって!」


海燕に説得され、昴が渋々解放する。

()つくせ、〈氷華〉」

それを見て、ルキアは何故昴がああ言ったのかを理解した。昴の斬魄刀は、始解してもほとんど姿の変わらないものだったのだ。刃が少し大きくなった以外には変化を認められない。

「行くぞ、ルキア」
「はいっ」

昴がルキアに接近し、互いに刀を打ち合う。が、元々剣術が得意ではないルキアはすぐに押されだした。恐らく、昴はかなり加減してうっているのに――だ。








結局、ルキアに斬魄刀の能力を使う余裕はなく、昴は剣術だけでルキアの体力を奪い切った。――と、思っていた。

「ルキア、君、私が斬魄刀の能力をずっと使っていたの、分かってたかい?」
「え?いいえ…そんな風には見えませんでしたけど…」

眉を八の字にしてふうっと一息吐くと、昴はルキアの斬魄刀を指さした。

「ルキア、これ、触ってごらん?」
「刀身をですか?はい…ッ⁉冷たい⁉」
「私の斬魄刀の能力は、斬ったモノの温度を自由に下げるというものなんだよ。さっきの斬り合いで、その刀身から刀を握った手、腕を伝って君の体自体を冷やし、体力を一気に奪っていた」
「全然、気づきませんでした…」
「今回の君の問題点は大きく分けて二つだ。何かわかる?」
「…斬撃がまだまだで、全然余裕がなかったことと、斬魄刀の能力を活用できなかったこと、でしょうか?」

ルキアが尋ねると、昴はゆっくりと首を振った。

「それは、大きなひとくくり。君が今持っている技の‘‘月白‘‘は、自分が凍結領域から離脱し、かつ相手をそこに留めなければならない。それなりに剣術ができるようになるのは必須だろうし、もっと汎用性のある技を考えていかねばね。つまりこれらは、君の技術的な問題だ。そして、もう一つは――思考力」
「思考力ですか?」
「ああ。まあこれは、私がもうちょっと加減すべきだったんだけど、相手の意図と能力は何かを見極めることが必要だ」

斬魄刀には、大きく分けて二種類ある。直接攻撃系と鬼道系だ。直接攻撃系は、その名の通り攻撃に特化した斬魄刀だ。形状の変化が大きく、それ自体の殺傷能力が高い。対して鬼道系は、見た目の変化が乏しいが、特殊な能力が付与される。ルキアと昴の斬魄刀は勿論後者で、特に氷雪系と呼ばれている。

「相手の攻め口が分かれば、その崩し方も分かるってこと。今、ルキアは何も考えずに私の剣を受けていたけど、鬼道系っぽい私が突っ込んできた時点で、疑問を持っておくべきだったね」
「それは、私にはまだ早いのではありませんか」
「ここまで高度なものはね。でも、死神が戦う相手は基本虚だ。相手の攻撃を無策に受けていると、いずれ君の仲間か、君自身が死ぬことになることもある。思考と観察を止めない、これは今後絶対必要だよ」

その通りだ。虚はこちらに構うことなく命を狙ってくる。今までルキアが大した怪我も追わずにやってこられたのは(ひとえ)に運が良かったからに過ぎない。先日も無策に突っ込んで先輩に助けられたのを思い出し、今更ながら落ち込んだ。

「はい」
「今そう深刻に考えることは無いよ!これを心得ているだけで自ずと生存率は上がる。君ならやっていけるさ」
「……はい」






深刻そうに黙り込んでしまったルキアを見て、昴は焦った。

(こんなに脅すつもりじゃなかったのに…どうしよう――そうだ!)

「ルキア、折角だから、良いものを見せてあげよう!」
「良いもの…ですか?」
「ああ!―――蛍華(けいか)

そう言うと昴は斬魄刀を横薙ぎに振るった。空を刀がなぞった端から、大粒の雪がフワフワと生まれては舞ってゆく。

雪月華(せつげっか)

今度は斬魄刀を逆さに持ち、地面に突き刺した。刺さった部分から徐々に冷気が立ち上る面積が増えていく。
これらはそれぞれ、空気と地面を凍らせることで発動する技だ。

僅かな風に雪が幾度となく舞い上がる。
草に、木に、石に、霜が降りてゆく。
傾いてきた日の光を浴びて、それらが宝石のようにキラキラと輝いた。

「綺麗……」
「ふふん!そうだろう!これは本来、この雪に触れた者をそこからどんどん凍らせて動きを封じたり、地面に降り立った者を凍った地面に張り付けてじわじわ凍らせていくって技なんだけど、こういう使い方もできるって最近知ってね。ルキアも、こういうのを遊びでやってみても面白いと思うぞ!」
「ありがとうございます…ええい!落ち込んでばかりもいられません!もっと精進します!」
「おお!適度に息抜きを入れながらな。この景色も、遊び中に見つけたし」

ガハハ、と豪快に昴が笑っていると、見ていた海燕が呆れ顔でため息を吐いた。

「確かに綺麗だが、内容えげつねえよ…完全に拷問使用じゃねえか」
「あ、海燕副隊長。まだいたんですか」
「橘お前、後で隊舎裏に来い!」

海燕の怒鳴り声で、雪の動きが僅かに乱れた。
しかしそれらは重力など感じていないかのように、昴が斬魄刀を封じるまで踊り続けていた。








後で本当に隊舎裏に連れてこられた昴は海燕から、ルキアは彼女の義兄(朽木隊長)の頼みで席官から遠ざけていることを聞いた。危険からルキアを遠ざけたいのだそうだ。五番隊に引き抜く話が合ったら止めてほしいということと、席官関係の話をあまりルキアにしないようにということも。





(兄弟の仲が悪いと聞いていたのは、デマだったのかな。ルキア本人も良い子だったし、噂はあまり当てにならない)

帰り道、昴はそう思いながら、後輩の今後の成長に胸を躍らせていた。





話の流れの関係で、ルキアの始解が凄い早いことになりました。
しまった…物語全体の流れに問題は無い筈です!

そして今、作者は非常に焦っています。
うかうかしていると、あの事件が今年最後又は来年最初の投稿になってしまうかもしれないのです……
それは重い…重すぎます。

巻いていくか、足踏みするかはもう少し考えます。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!



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UAが12,000を超えた…⁉
こんなにも読んでいただけて、感謝しかありません!
あまりのことにビクビクしてます。


話ですが、巻いていくことにしました!
何とかなりそうです。

そのせいと言っては何ですが、今回前半と後半で何年か飛びます。すみません…
分かるようには書いてあるはずです。


今日は、新入隊員入隊の日だ。それ自体は毎年恒例のことなのだが、今年のを、昴は少し楽しみにしていた―――別に例年がそうでないということもないが。
今年は、いつだったか藍染隊長が褒めていた阿散井恋次、吉良イヅル、雛森桃が揃って五番隊に入隊してくるのだ。特に、吉良イヅルは今年の首席卒業者だったらしい。どんな手を使って全員手に入れたのか…隊長の手際の良さというか他隊に対する容赦の無さは脱帽ものである。

兎も角、今日は彼らと話がしてみたくて入隊に際する担当官の役を買って出た。いつもは副隊長の門脇と三席の森田がやっているのだが、今年とうとう門脇が父親の跡を継ぐとかで除隊することになり、バタバタしていたところを代わったのだ。必要以上に感謝されたが、こちらにも打算があったことは黙っておいた。彼から他の隊員に‘‘四席はあの三人に期待している‘‘みたいなことを漏らされても困るし。三人が。

「――――――とまあ、基本的なことはこれぐらいかな。大切なことは先ほど配ったしおりに書いてある。ここで生活していく内に、少しずつ覚えていってほしい」
「「「「「はい!」」」」」

隣で森田が一通り話を終えたらしい。基本事項過ぎて呆っとしてしまったが、問題はないだろう。

「何か、質問のある人はいるかな?…では、そこの君。名前を名乗ってから発言してくれるかな」
「はい!阿散井恋次です!俺はいつか、目標の人を超える…隊長になりたいのですが、鍛錬はどのようにしていけばいいでしょうか!お二人はどうやってその強さを手に入れたんですか」

へェ、彼が阿散井恋次…見たところ相当鍛えているようだ。ここからではよく見えないが、あの居住まいは、ただ学生生活を送ってきた者のものではない。言うだけのことはやる奴だろう、と昴が感心していると、周りの新入隊員の殆どがいきなり笑い始めた。森田までも、意味深に、というより少し呆れたように微笑んでいた。

「隊長に?お前が?なれるわけねえだろ!」
「どんだけ頑張っても上位席官になれるのだってほんの一握りなんだぜ?」

そういう意味のことを皆が口々に言っていた。
恋次は、顔を赤らめ、手を小刻みに震わせていた。顔が赤いのはきっと、羞恥心ではなく怒りからだろう。それが、周りからの侮辱へ向けられているのか、今は何もできない自分の無力に対して向けられているのか、もしかすると両方か…


「いつ阿散井恋次以外に発言を許した?人の夢を笑うことしかできない()れ者共が」



(スッキリした)

正直、昴はこう思った。人をビビらせるのは趣味じゃないが、こういうのは別だ。胸を張って強くなりたいと叫ぶ彼を罵る権利など誰も持ってはいない。

お通夜みたいに静かになった部屋に、自分の声が通るのが分かる。

「私は四席だ。だから、阿散井君、君の知りたい隊長になるために必要な鍛錬なるものを私は君に提示することができない。だが、一つだけ言えるのは、君がそれを諦めた瞬間から、それが君の手に届くことは無い、ということだ。挑み続ける、というのは口で言うのは簡単だが、実践できるものはそうはいない。サボりたくなるだろう。理不尽なことも言われるだろう。だが、私は今の実力をそうやって手に入れた。そして私は、こういうのは少し勝手だが、君はその努力を出来る者だと思っているよ。何か細かい鍛錬法が聞きたいなら、いつでも私のところに来るといい。私で良ければ相談に乗ろう。あァ、勿論、他の席官も君を無下にしたりしないだろうから、聞きやすい者に聞けばいいんだが…これで君の質問の答えにさせてもらってもいいかな?」

そう聞くと、恋次はその派手な赤髪をこちらに勢いよく倒しながら、

「はい‼ありがとうございますっ」

と、大きな声で言った。後で聞いた話によると、その声は三つ先の部屋にまで届いていたそうだ。



ついでに言うと、これ以降、阿散井たちの同期は‘‘橘四席には絶対服従‘‘という暗黙のルールが敷かれ、そのせいで来年からの新入隊員指導も押し付…任されることになった。





食堂で一人座って食事を摂っていると、前の席に誰かが座った。彼女はさっき、恋次の隣にいたうちの一人だ。あの時、彼を笑わなかった二人の内の一人。ということは、彼女はもしかして…

「先程は、阿散井君のためにあそこまで言っていただいてありがとうございました、橘四席!私、新入隊員の雛森桃っていいます」
「あァ、別に大したことじゃないよ。ああいう空気が私は嫌いでね。まあ、私が作ったお通夜みたいな空気も好きじゃないんだけどさ」

そういうことを言っていると、後の二人が合流した。
さっきはありがとうございました!と恋次が大声で言おうとしたのを制して、席に座らせる。吉良イヅルも、雛森桃と同様に昴に感謝した。

「良い仲間を持ったね、阿散井。こんなに君の意思を尊重してくれる友はそうそうできるものじゃない。大事にしろよ!」
「勿論です!橘四席!」
「あ~、昴でいいよ。堅苦しいのは性に合わないんだ。後の二人もそれでいい」

ひらひらと片手を振りながら昴が言うと、阿散井たちはかなり戸惑っていた。

「いい…んですか?新入隊員がそんな…」
「いーのいーの。風紀が乱れるとかなんとか森田が言い出したら止めてもらわないといけなくなるけど、呼び方なんて互いに了承済みなら第三者に口を出される謂れは無いよ」
「じゃ、昴さんで。俺のことも恋次でいいっス」
「応。それじゃあ遠慮なく」

桃とイヅルも、お互い下の名前で呼ぶことになった。
しかし、あの後すぐに昴に話しかけてきた辺り、三人とも中々肝が据わっているようだ。彼らはきっと、良い死神になる。

「ところで恋次、さっき言ってた目標って誰だ?隊長になりたいって言うからにはそいつも隊長なんだろ?」
「ええ、まあ…笑いません?」
「笑うと思うか?」

昴が片眉を上げて恋次に訊くと、恋次は思い直したように姿勢を正した。

「いえ。―――――六番隊隊長、朽木白哉です」
「ほお、それはまた大きく出たもんだ!あの堅物を、ねェ。いいじゃないか!やれやれ!朽木隊長の吠え(ヅラ)は私も見たい!」
「良いんですか?昴さん。そんな言い方して」
「私がこういう奴だっていうのはそこそこ有名な話だし、彼はこんな言葉を一々気にするような男じゃァない。大して問題じゃないよ」

昴が笑いながら言ったのを聞いても、恋次はまだ不安だったようだ。

「そうなんスか…?」
「そ。しかしまた、何でだ?因縁でもあるのか?」
「想い人を取られちゃったんですよ」

イヅルが横から入ってきた。

「バッ!お前、吉良!アイツはそういうんじゃねえよ!」
「ほほう!想い人とな?」

にやけながら続きを促す。イヅルもまた、恋次の目を気にすることもなく言葉を継いだ。

「ええ。阿散井君は彼女と――ルキア女史と幼馴染なんですよ」
「成程。それで想い人を取られた、か。自分の持つ力の何もかもが敵わなかった、と」
「……俺は、ルキアと対等に話せるだけの力が欲しい。強くなりたいんです!」
「良いじゃないか!益々気に入った!だが、並大抵の努力じゃそこまでは昇れない。やれるね?」
「当然!」

本当に良い目をしている。どれだけかかってもやり抜いて見せろよ、恋次。


「イヅルや桃にも目標はいるのか?」
「僕は、三番隊の市丸隊長です」
「私はここの藍染隊長です!」

藍染隊長を目標にする桃の気持ちは分かる。でも本音を言えば、イヅルのようにギンを目標にしている者がいるというのは驚きだった。彼もまた強い死神だが、人望があるようには見えなかったからだ。だが、彼らは一度その二人に命を救われているのだ。当然と言えば当然かもしれない。

「今はまだまだ遠いな~。だが、私も全力でサポートしよう!」
「「「ハイっ!」」」














ゴフッ…!

手に、着物に、赤い液体が跳ねていく。

(落ち着け、どうせ今度もすぐに治まる…ッ…!)

ゴホッゴホッ…



まだ、大丈夫だ―――――


彼の時間は人間のソレとは違う。


まだ、間に合う―――――


彼にとってそれは、幸福なのか不幸なのか。それは、他でもない彼ですらも知らない―――
















「うおおりゃああっ!」
「甘い」

カァン!

恋次の渾身の一撃が、昴に軽く払われた。その一瞬の隙を突き、桃とイヅルが背後から飛び上がり、上から木刀を振り下ろした。

(((…取った!)))

と三人が思った瞬間、

「え?」

昴は恋次の胸倉を掴むと

「ええぇっ⁉」

力任せに後ろに―――木刀を振り下ろしている最中の桃とイヅルの方に

「何だとおおおぉ⁉」

…投げた。

恋次は投げ飛ばされた勢いで体が横向きになっている。桃とイヅルが木刀を止めようとするも空しく、恋次は(あばら)太腿(ふともも)を強打した―――木刀で。





「痛ってぇ~!てか、あんなん有りっスか、昴さん⁉」

よほど痛かったのだろう。ちょっと涙目になりながら恋次が言った。思いっきり恋次を叩いてしまった二人は申し訳なさそうにしている。

「当たり前だろ?投げ技ってのは白打なんだから」
「そういう意味じゃねえっスよ…あ~あ、折角今度こそ一本取れるって思ったんすけどね」
「そうですよ!絶対避けられないって思ったら、まさかあんな…」
「ね~?絶対取ったと思ったのに」

愚痴を言う三人に、甘いな~、と首を振る。

「その気の緩みで、折角消してた気配が駄々洩れ。恋次も、無意識のうちに後ろから来てた二人を見てただろ?そういうことがこっちに伝わってる時点で、三人だろうが四人だろうが、万に一つも勝ちはない」
「……そんなバレバレでした?」
「ああ」




「まあ、明日から隊は離れるわけだが、向こうで師の様な存在を見つけるといい。私より、あっちの空気の方が君の相に合ってるだろう」
「どっスかね」

入隊から丁度六年経った今日で恋次は五番隊ではなく十一番隊になる。彼は剣術のセンスとパワーに恵まれているから、あそこでさらに自分らしい強さを見つけていくだろう。

そんな恋次を見ながら、イヅルはため息を吐いた。

「阿散井君はいいよね、護廷隊中最強と言われる十一番隊に所属できて…僕なんて、期限付きとはいえ後方支援の四番隊に移動なんだよ?」
「イヅル、確かに四番隊は後方支援だが、戦いがある以上はあそこが最も大切な隊であることを忘れるなよ?あそこがあるからこそ、我々はギリギリまで戦える。そこでしか学べないことは多大にあるはずだ。ふてくされてその機会を(ドブ)に捨てるようなもったいないことはしないことだ」
「…!はい!」

嫌だと思っていたことでも、他人に諭されれば素直に受け入れられる――それはイヅルの長所だが、短所でもある。素直過ぎるのだ。昴からすると、それが彼の不安の種だった。

(もうちょっと我を出しても良いのになァ…)

自己主張が激しすぎるのも困りものだが。

「阿散井君も吉良君もいなくなっちゃうなんて、寂しくなるよ…」
「とっ、隣の隊舎なんだし、僕は顔を出すから!」

あ、今我が出た。意外と心配は無いのかもしれない。
恋次と目が合ったので、お互いにクスリと笑ってイヅルにエールを送った。





恋次とイヅルを送り出した後、残った桃から紹介したい人がいると言われ、昴と桃は十番隊までやってきた。

「失礼します!五番隊の雛森です。冬獅郎君いますか?」
「おお!モモちゃん、いらっしゃ~い!冬獅郎なら、今書類整理で書庫だ。まあ、後ちょっとで帰ってくると思うぞ」

出迎えてくれたのは十番隊隊長、志波一心だった。普段昴は副隊長の松本乱菊としか面識が無かったので、今回初めて彼の顔を見た。短く切りそろえた髪とはっきりした目鼻立ちが、好青年という印象を与えている。

「そうなんですか。わかりました。待ってみます」
「この部屋で待ってていいぞ!ところでモモちゃん、後ろにいる美女はどちらさん?」
「私は五番隊第四席、橘昴です。初めまして、志波隊長」

昴が礼をすると、彼は片手を軽く上げて応えた。

「おお!初めまして!いつも日下の尻拭いやってる子か!」
「どんな認識ですか。別にいいですけど。ところで、さっき隊長が仰ってた冬獅郎って、もしかして日番谷冬獅郎ですか?」
「そうだぞ!十番隊のホープだ!」

日番谷冬獅郎―――彼もまた、朽木ルキアと同様に入隊時から騒がれていた人物だ。幼いながらも霊術院を一年で卒業し、入隊と同時に十番隊第三席へ据えられた。相当な実力と才能に恵まれているのだろう。
ある意味、ルキアとは対極に注目を集めていた。

「桃、君、‘‘冬獅郎君‘‘って呼んでたが、彼とは一体どういう関係なんだ?」
「おさ――――」

そこまで桃が言ったところで、急に扉が開いた。

「雛森っ!お前なぁ、そう何度も遊びに来るんじゃねぇ‼」
「あっ、冬獅郎君!」
「日番谷三席だっ!」

銀色の髪に緑色の瞳、幼い顔立ち、これは―――

「かわいいっ!」

昴は飛びついていた。

「なあっ⁉誰だよアンタ!は な れ ろォ~~‼」
「桃っ、これが冬獅郎か?」
「ふふっ!そうです。私、冬獅郎君とは幼馴染なんです。おばあちゃんのところで一緒に育ったんですよ」
「そうなのか!かわいいな~!人形みたいだ!」
「おいっ、雛森っ!見てないでコイツ剥がすの手伝ってくれ!てかマジで誰なんだよ⁉」






ふう、と一息ついた冬獅郎は、やっと離れた昴をギロリと睨んで言った。

「それで、こいつが今の雛森の上司の橘って言うんだな?」
「そうだよ!冬獅郎君と昴さんなら馬が合うかもって思ってたら、案の定だったね!」
「どこがだ⁉そいつの第一印象最悪だぞ⁉」
「声が大きいぞ、冬獅郎。静かに振舞えないのか?」

茶菓子で出された冬獅郎の甘納豆を食べながら昴が言うと、冬獅郎は青筋を浮かべながら更に大きな声を出した。

「余計なお世話だ!後、俺は日番谷()()!アンタ()()なんだろ?上司には敬語を使えよ!」
「私は五番隊だぞ?君は別に上司じゃない。隊長格になったら敬語も使うが。それに、私は君より年長者だぞ?そこのところを踏まえず発言するなんて、君は考え無しで小さい奴だねェ」

昴の最後の発言にビクリと冬獅郎が反応した。

「小さい言うな!お前マジでいつかボコボコにしてやるから、覚悟しとけよ⁉」
「はっはっはァ!楽しみにしてるよ」
「本当に仲良くなって良かったね!」
「だから、どこがだあぁぁ!!!!」



彼の声が誰かの胸に響くことは無かったという。




戦闘シーンを見るのは好きですが、想像するのは苦手です。
文章力以前の問題です。
そんな作者が、よりにもよってBLEACHの二次創作をしているというのは凄いことだなあ…

こんなポンコツ作者ですが、今回もお付き合いいただきありがとうございました!


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別れは

昨晩も投稿するつもりだったのですが、作者に突然予定が入り出せませんでした。
でも、結果オーライですね。
出だしから重い…

言い訳ですね。
夜中にチェックしてくださった方、ありがとうございます&すみません。

P.S.
羽柴光秀様、誤字報告ありがとうございました!


「遅くなってすみません。あのォ、どうしたんですか」

声の主を見て海燕は、今自分が夢を見ているのだという事を知った。
心配そうに声をかけていたのは、今は亡き薫だった。

「実は、今日隊員が一名亡くなったの」

応えた都が辛そうだ。
そうか、これはいつだったか、海燕が目を掛けていた隊員が亡くなった時の記憶だ。


昴の昇進祝い以降、薫、昴、海燕、都の四人はちょくちょく飲みに行くようになった。毎度、無礼講・割り勘・二次会無しという、何ともさっぱりした集まりではあったが、激務をこなした後のささやかな憩いの時間として各々楽しんでいた。

「そうだったんですか…なら、今日はやめておきますか?」
「いや、飲もう!あいつだって、こんなしんみりされっ放しは嫌だろ!」

海燕はそう言うと、既に頼んであった酒を煽った。
さっきから一言も話さない昴の顔は、蒼白だった。薫が驚いて思わず声をかけている。

「昴?お前、そんな真っ青で…」
「薫………わ、私のせいで「違ぇよ」…副隊長」
「あれは誰のせいでもねえ。ただあいつの運が悪かっただけだ。気にすんなっつってんだろ」

俯いた昴は唇を噛み締めている。昴が気にするのも無理はないが、どうやったってあの状況でアイツは助からなかった。

「どんな最後だったんですか」

席に着きながら薫が訊いてきた。
真っ直ぐに海燕を見つめてくる薫に、同じように視線を返す。

「堂々としたもんだったぜ。自分が致命傷を負ったのを悟って、最後まで部下の心配ばっかしてやがった。泣き喚く奴だって多いってのに…俺も誇りを守ってあんな風に最後を迎えてえな」

薫が目を丸くした。そんなに驚くような発言だっただろうか?

「そう?私は貴方に静かに看取られて逝きたいわ。最後に誇りがどうこう言える自信が無いもの」

都がポソリと言った。海燕には少し意外だったから、場違いにも照れた。もっとも、都が死神としての誇りを失って最後を迎えるようには思えなかったが。

「僕も最後は眠るように死にたいですね。苦しいのとかはあまり経験したくないです」
「お前、この流れでよくそんな事言えるな…まあお前らしいっちゃらしいけどよ」

呆れ顔で薫に返す。護廷隊士ならこんなことを言ったら平手を食らいそうだが、鬼道衆はそこまで厳しくはないと聞いたことがある。薫のような考え方のものも多いのだろう。

「私は――」

やっと昴が口を開いた。タイミングがタイミングなだけに、覚悟を宿した瞳は海燕の背筋をゾクリと震わせるような凄味があった。

「私は、大事な誰かを―――出来ることなら自分が一番愛した人を護って死にたいです」

三人は沈黙した。まさか昴からこんな爆弾発言が飛び出すとは思っていなかった。
沈黙した薫に、昴は不思議そうに問いかけた。

「なんだよ、薫?そんな珍しいモノでも見るような顔して」
「いや、お前って結構ロマンチストだったんだなと思って」
「なんだそれ?馬鹿にしてる?」
「まさか。お前に庇われる奴は幸せ者だな」





そこで彼は目を覚ました。

(皮肉なもんだよな)

海燕はその短い髪を片手でぐしゃりと握った。

橘が一番大事に思ってる奴なんて、百目鬼しかいないに決まってる。…本人が気付いてたかどうかは知らねえけど。
それを、庇うどころか自分で斬ることになるなんて、カミサマってやつがいるならあんまり惨すぎやしねえか?

百目鬼にしたってそうだ。刀で斬られて死ぬってのは口で言うほど簡単じゃない。
痛かったろう、苦しかったろう、辛かったろう。

長生きなんてするもんじゃねえな。後輩を見送るのは、いつだって俺みたいなやつだ。


ふと愛する妻を思い出して彼は思い直した。
自分が死んだら、都は誰に看取られて死ぬっていうんだ?


バチィンッ


海燕は自らの頬を両手で叩いた。
きっと派手に紅葉が咲いているだろう。





何故かざわつく胸を押さえながら身支度を済ませると、遠くから派手な足音が聞こえてきた。これは――――

「海燕副隊長おおおお!おはようございま―――「朝っぱらからうるせえんだよ!」ぽげえっ!」

四席の小椿仙太郎を蹴り飛ばしながら海燕は廊下に出た。すぐ隣には、彼といつも一緒に行動している同席の虎徹清音が、仙太郎の姿を見て爆笑していた。

「んで、こんな時間から何の用だ?」
「はっ!十三番隊に、偵察任務が与えられました!」
「テメエ、清音!全部言うんじゃねえぞ!至急偵察隊を編成せよとのお達しであります!」
「こンのっ!アタシが先に副隊長に訊かれたでしょうが!」
「だったら俺は―――」
「あーもー、どっちでもいいからサッサと言えよ」

げんなりして海燕が言うと、二人は声を揃えて言った。

「「先日から問題になっていた、巣を作って活動していながらその姿を見た者のいない(ホロウ)を偵察せよとのことです!」」
「真似してんじゃねえ!」 「真似てんのはそっちでしょうが!」

ドクン

心臓が大きく跳ねた。

(何なんだよ…確かに気味の悪い話だが、厄介な虚なら今までだって飽きるくらい斬って来たじゃねえか)


その胸騒ぎの意味を知るのは、すぐ後――――――












昴が十三番隊に書類を届けに来ると、よく見知った二人を見つけて思わず駆け寄った。

「海燕副隊長、都三席、お久しぶりです」
「おう!」
「ええ。お久しぶり、昴ちゃん!朽木さんのこと、いつもありがとうね」
「いいえ。私も彼女が日に日に成長しているのは見てて楽しいんですよ」

先程から気になっていたのだが、何だか今日は隊が騒がしい。

「…?何だか騒がしいですね。何かあったんですか?」
「ああ。これから巣を作って活動しているタイプの虚の偵察隊が出発するんだ」
「!それって、前々から別の隊の隊士が何名も犠牲になってる虚ですか?」
「ええ。だから今度は、私が小隊を連れて偵察に行ってくるの」
「都さんが…?ならまァ、心配ないですね!今回も真っ二つにしてやってください!」

そう昴が言うと、都は笑顔を作った。

「そんなに心配しないでも大丈夫よ!今回は偵察だけなんだから。もう、朽木さんといい貴女といい、信用無いのかしら、私?」

そんなに心配そうな顔だっただろうか?不安なのは都も海燕も同じはずなのに、情けない。

「そんなことないですよ!ルキアも私も、大切な人間がいなくなるかもしれないのが怖いだけです。ルキアはその痛みを知らないから怖いし、私はそれを知っているから怖い。だから、‘‘杞憂だっただろ、馬鹿やろー!‘‘ってきっと無事に帰ってきてくださいね」
「ふふふ!分かったわ。そのセリフを言うのは私ではないけれどね」

都はそう言うと、海燕に目配せをした。

「おう!ついでに、今度こそお前の頭の方が痛みを感じるように殴ってやるよ」
「そのおまけはいりません」


この約束が果たされることは、(つい)ぞ叶わなかった―――――










十三番隊への書類を届け終わると、今日の業務が終わった昴は八番隊に向かった。今日は七緒と鍛錬をする約束、所謂本読みの日なのだ。何だかさっきから落ち着かなかった昴には、丁度いい気晴らしだった。

「失礼しま――」
「隊長!サボらないでちゃんと仕事やってください!今日は昴さんと鍛錬の日なんです!早く切り上げたいのにっ!」

いきなり七緒の怒号が響いてきた。

「あぁ、昴ちゃん!やっほー!」

七緒に怒られているのに全く反省していない京楽は、昴の顔を見ると呑気にそう言った。

「…失礼します。まだ仕事は終わってないみたいだね」
「すみません、昴さん…お待ちいただいてもいいですか?」

申し訳なさそうに七緒が眼鏡を掛けなおした。気にするな、と昴は手を振った。

「勿論!今日はもう後に予定も無いし。私に手伝えることなら手伝うよ」
「わぁ~い!ありがとう、昴ちゃん!君はやっぱり良い子だね~!」
「貴方はちょっと黙っててください、アゴヒゲ隊長!私なんかよりずっといい子の七緒ちゃんに迷惑かけないで‼」
「ひどいっ!何だかいつも以上に昴ちゃんの言葉に棘がない?」

ただでさえ余裕がない昴は、いつも以上に辛辣な物言いになってしまった。

「…昴さん、何かあったんですか?」

心配そうに七緒が尋ねる。京楽も、おどけた態度とは裏腹に真剣そうな表情だ。

「…いつもよくしてもらってる十三番隊の先輩が危険な任務に出たんだけど、ちょっと胸騒ぎがしちゃって。心配かけてごめんね、七緒ちゃん」
「いいえ!その気持ちはよく分かりますから…」

七緒もまた、敬愛していた先輩―――確か、矢胴丸リサという名の副隊長を失っていたのを思い出した。最初に彼女と本読みを行っていたのは彼女だと聞いたことがある。

「昴ちゃんくらい古参と呼ばれる様な面子でもそういうこともあるさ。ただ、久しぶりだったからビックリしちゃっただけだよ、きっと。大丈夫(だぁいじょうぶ)!さっき言ってた先輩って、都ちゃんでしょ?あの子ならすぐに帰ってくるさ。仕事はいいから、ちょっと休みなよ」

京楽隊長に言われて、昴は腰を下ろした。そのまま気が緩んだのか、浅い眠りについた。







「――――――ん!す――るさ――!すばるさん!起きてください、昴さん!」

ふと意識が戻り、辺りを見回す。ここ、どこだっけ?

「七緒ちゃん…?あれ、私寝ちゃってたのか。ごめん、今何時…?」
「昴さんっ!十三番隊の偵察隊がっ…ぜ、全滅したとのことです…」

顔を真っ青にした七緒など久しぶりだ――などといっている余裕は昴にはもうない。目を見開くと、伝えてくれた七緒に礼も言わずに八番隊を飛び出し、十三番隊へと向かった。





偵察隊全滅の情報が護廷隊の他の十二隊に伝える準備がやっと整った時点で、十三番隊ではすでに次の行動――その虚の討伐――を行うため、浮竹、海燕、そしてルキアが動いていた。

つまり、昴が十三番隊にたどり着いた時点で―――

「海燕……副隊長………‼」

―――全ては(ことごと)く終わってしまっていた。










魂の抜けてしまったようなルキアと、魂の本当に抜けかけている海燕を見て、昴は何が起こったのかを理解した。いや、本当に全てを知ったわけではないが、そのルキアの姿は、まさしく過去の自分の姿と重なった。

(ルキアが彼を斬った――――?)

止まりそうな頭を必死で動かそうと首を振る。
その時、ルキアが昴どころか隊舎まで通り過ぎて進んでいることに気が付いた。

「ルキア?おい、ルキアっ!そっちは隊舎じゃない!どこに行くつもりだっ」
「かいえん、どの、を…かえさ…なきゃ…」

ルキアは海燕を、生きているうちに家に帰そうとしていた。彼には妹と弟が一人ずついたはず。家の場所が最近変わったと言っていた。

「橘っ…ごほっ!」
「浮竹隊長!何があったんですか⁉」
「詳しいことは後日話す。それより朽木は…?」
「海燕副隊長を家に帰すそうです」
「…そうか」

浮竹隊長は意味深な顔で俯いた。

「私も行きます」

昴がそう言うと、弾かれたように彼は顔を上げた。

「⁉」
「このままじゃ、海燕副隊長は家に着く前に亡くなってしまいます。ですから、私も連れていきます」
「――――分かった。なら、後日説明に伺うと先方に伝えておいてくれっ…!ッごほっ!」
「了解です。ですから隊長は休んでください」

駆けつけてきた四席の小椿仙太郎と虎徹清音に浮竹隊長を任せて、昴はルキアに駆け寄った。ルキアは海燕を落とさないようにしっかりと抱えている。昴の声に反応しなかったため、仕方なくルキアごと抱えて彼の家へ瞬歩で向かった。






海燕の家の前でルキアたちを離すと、その物音で誰かが飛び出してきた。あの面差しは、彼の弟だろうか?

「え……?にぃ、ちゃん…?」

妹を呼ばねばと門まで瞬歩で行った瞬間、門が開いた。

「あ?何だアンタら?……え…?兄貴ッ!」

彼女が妹だったようだ。海燕に駆け寄っていく。

「すま…ない、くちき。…あ…りが…とう」

遠くて、この一言しか聞こえなかったが、確かに海燕はそう言っていた。海燕が息を引き取ると、弟は泣き伏していたが妹は昴の方へ向かって歩いてきた。

「これはどういうことか、キッチリ説明してもらえるんだろうなぁ?」

至極当然の要求だ。だが、それに答えうる情報を昴は持っていなかった。

「後日、ご説明に上がらせていただきます。この度は、お悔や――」
「どういう意味だ、そりゃぁ⁉」
「…状況の説明ができる者が今いないのです。私とて、理由が知りたいっ…!」

そう伝えると、彼女は静かに言った。

「なら、兄貴を置いてもう帰ってくれ。おれらで葬式に出す」
「わかりました」



やっとのことでルキアを海燕から離すと、ルキアを抱えて隊舎へ戻った。

「もうしわけありません、かいえんどのっ…」

ルキアは、昴に抱えられながら何度も何度もそう言っていた。それは、海燕からあんなに心のこもった声で感謝されていた者の発言ではなかった。











後日、浮竹隊長から全ての話を聞いた。

都を含む偵察隊を喰った虚を、浮竹、海燕、ルキアで討伐に行ったこと。
戦闘により、海燕がその虚と霊体同士で融合してしまったこと。
結局海燕と虚を分離できず、襲われかけたルキアが逆に(とど)めをさしたこと。

未だに信じられない。あんなにちゃんと、動いて、話して、笑って、慰めて…
しかし、心の奥底では分かっていたはずだ。そういうものの方が脆いのだということを。
身に染みていたからか、涙は出なかった。




隊長の部屋を出てしばらくすると、ルキアが酷い顔で歩いていた。

「ルキア、おォ~い」
「すばるどの…?お久しぶりです。あれ、今日は、鍛錬って終業後ですよね?」
「うん。でも、今日は無しにしよう。その代わり、ちょっとこれから付き合ってくれる?」
「え、でも仕事が」
「良いから良いから」








五番隊の道場を貸し切って、二人で真ん中に座った。他の隊士に見られたり聞かれたりしたくない時はこうすると良い。声の届く範囲に人がいないのが一目でわかるからだ。

「ルキア、私ね、死神を殺したことがあるんだよ」
「えっ…」
「あいつとは一緒に霊術院に入って、一緒に出たんだ。所属は分かれちゃったけど、それでもそこそこよく一緒にいた。よくある幼馴染だった」
「それって、もしかして、以前仰っていた…?」

ルキアがそう言うと、昴は力なく笑った。

「あいつは、私が殺したんだよ」
「……」

それから昴は、資料の通りに話した。あの事件で薫は錯乱して、自分が斬った、と。

「浮竹隊長から聞いたよ。ルキアが海燕副隊長を斬った理由。君一人のせいじゃない。君が抱え込むことじゃない。今はまだ、何も考えられないだろうが、それでいいんだ。それが普通だ。今はゆっくり、その心の傷を癒すんだ。いいね?」

ルキアは俯いたまま、肯定も否定もしなかった。失礼します、と一言言って道場を去っていった。

彼女の顔は見えなかったが、彼女がいた場所には、水滴が二つ落ちていた。





今朝、大好きな他の方の投稿作品を読み返していたら、「あれ?なんか描写似てる」となって真っ青になりました。
故意ではないです!
でもすみません!

他にもあったらどうしよう…
ただ、わざとではないという事だけは言わせてください。
きっと、印象深くて無意識のうちにそう表現しちゃってるだけなんです!



バタバタしてしまいましたが、今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!



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理由を

ガンガン時間が進んでおります。
早く原作主人公一行出てこないかな~。


「森田三席、おはようございます!」
「雛森副隊長!おはようございます」

‘‘副隊長‘‘という言葉の響きに胸が高まる。今日から、私は憧れのあの人の力になれるんだ!
腕に付けた副官章の重みを確かめながら、雛森桃は五番隊の執務室へ向かっていた。

「失礼します!」

言いながら入ると、憧れの藍染隊長と、先輩である橘昴が目に入った。

「ああ、おはよう、雛森君」
「おはよう、桃!今日も元気いっぱいだな。おっ、そうか、今日から副隊長になるんだったな」

おはようございます、と返しながら、桃は驚いていた。こんな朝早くに、隊長はともかく昴まで隊長室にいるとは思わなかったのだ。

「このお話はここまでです、藍染隊長。浮竹隊長には私の方からお断りしておきます」
「…わかったよ。宜しく頼む。だけど、浮竹隊長の気持ちを考えてみてからにしてはくれないかい?」
「ここまでと申し上げたはずです。それでは、失礼します」



さっさと帰ってしまった昴に何も聞けなかった桃は、気まずそうに藍染に尋ねてみた。

「あの、昴さんに何かあったんですか?」
「実は橘君に、十三番隊副隊長のお誘いが来ているんだよ」
「そうだったんですか…」

あの剣幕なら、昴が断るのだろうことは容易に想像できた。
それはそうだ。十数年前、彼女は入隊以来の付き合いだった先輩二人を失ってしまっていた。しかも、そのうちの一人は自身が教えている後輩が止めをさしたらしい。今でも教えに行っているらしいが、桃には彼女の心境を推し量ることなどできなかった。

「志波副隊長を失ってからの浮竹隊長の傷心ぶりは、僕はとても見ていられないほどだったんだ。それ以来ずっと決めていなかった副隊長を橘君にしたいと言われたとき、嬉しかったんだよ。彼も進もうとしているんだとね。彼女の気持ちも分からなくはないんだけど…」
「昴さんがそのお話を受けないのは、その事件のせいだけじゃ無いと思いますよ」
「雛森君は何か知っているのかい?」

少しためらってから、桃は口を開いた。

「はい…これは、本当は隊長には内緒にするように言われてたんですけど、昴さんは隊長への恩を返したいんだそうです」
「恩?何のだろう」
「‘‘以前、自分が立ち直れないほど心を疲弊していた時に、手を差し伸べて自分を救ってくれた‘‘と仰ってました。詳しくは教えて貰えませんでしたけど…それなら副隊長になればいいのにって私は思うんです。そしたら、‘‘老害は大人しく程々の位置にいるさ‘‘って…私より昴さんの方が実力あるのに!」

両手を握りしめて肘から先をブンブンと振りながら言う桃の言葉に、隊長は意外そうに右手を顎に当てた。

「そうか、彼女がそんなことを…」
「あのっ、絶対私が言ったこと秘密にしてくださいね⁉」
「ははは!分かったよ。ところで雛森君、初めての副隊長会議、行かなくて良いのかい?」
「あっ!もうこんな時間⁉すみません、行ってきます!」







パタパタと桃が会議室へ走っていると、後ろから声がした。

「こらっ!廊下は走らない!」

振り返ると、八番隊副隊長の伊勢七緒が立っていた。眼鏡を上げながら指摘する様は、学級委員長のようだ。

「す、すみません…初めての副隊長会議で浮かれてしまって…」
「あら、貴女、五番隊の新しい副隊長?ということは、雛森桃さん?」
「はい!これからよろしくお願いします!伊勢副隊長!」
「ええ。宜しく。貴女のことは昴さん、いえ、橘四席から伺ってますよ。とても努力家で一生懸命だと」

時間が時間なので、会議室に向かって歩きながら話す。意外な名前が出てきて驚いた。

「昴さんがですか⁉そんなことないのに…ところで、伊勢副隊長はすば――じゃなくて、橘四席とお知り合いだったんですね」
「ええ。かなり前からの鍛錬仲間なんです。彼女、実力は既に副隊長クラスなのに何故四席に留まっているのかしら…」

その言葉に桃は顔を伏せた。

「そうですよね…本来なら私じゃなくて昴さんが副隊長になるべきなのに」
「そういう意味で捉えてしまったならごめんなさい。違うの、彼女はずっと前からそういうお誘いを断ってきたのよ」

申し訳なさそうに七緒が言った。
気にしないで、とも。

「そうなんですか?知りませんでした」

ここで会議室に着いた。会議では、新しい副隊長については桃と、半年先に就任するイヅルの話だけしか取り扱われなかった。











昴は、十三番隊にある浮竹の病室までの廊下を、今までで一番長く感じながら歩いていた。

(参ったなァ…)

これから、副隊長任命のお断りをしに行くのだ。気が重くないわけはない。

「五番隊所属、橘四席、入ります」
「どうぞ」

襖を開けると、懐かしい人物が目に入った。

「おはようございます、浮竹隊長…に花⁉うわァ、久しぶり!」

そこにいたのは花太郎だった。浮竹隊長の経過観察に派遣されてきたらしい。
元々健康優良児で任務でも怪我をほとんどせず帰還する昴は、人一倍四番隊との関りが薄かった。そのため、わざわざ花に会いに行く、ということを面倒だと思ってしまうことも相まって、あまり花と会う機会が無かった。花の方は積極的に話しに来ようとしてくれるのだが、昼間に仕事がある昴に対して夜のシフトが多い花太郎は中々会う予定がないままだった。それにお互い、隊内での地位が上がって自由度は下がっていた。

「わあ、奇遇ですね、昴さん!も~、昴さんってば、会いに行っても全然隊舎にいないんですから~!」
「いや、それはホントにいつもいつも悪いと思ってるんだ。普段はそんなことも無いんだが、何か花が来る時に限って書類届けたり伝言預かったり…不可効力なんだって!」
「いいですよ。わかってますって。今日もこうして元気な顔を見られたわけですし」

いつも通りの人当たりの良い笑顔だ。花太郎のお蔭で少し気分が上向いた。

「ありがとう。浮竹隊長の方はどんな具合?」
「俺の調子は良いぞ!」

そう言いながらも、浮竹隊長はちょっと顔色が悪そうに見える。花太郎も、困ったように笑っていた。

「花、君の意見を聞いていいかな」
「え?えぇっと、悪くはないんですけど、良くもない…ですね。今日は安静にしててください」
「ああ。分かったよ。ありがとう」

安静に、か。これから浮竹に精神的にダメージを与えるかもしれない昴は、罪悪感を感じつつも切り出した。

「隊長、副隊長の件ですけど―――お断りさせていただきます」

一瞬寂しそうな顔をした後、わかった、と彼は言った。

「そうだろうなとは思っていたんだ。もう橘が離れて大分面子も変わってしまったし、五番隊でやっていこうとしていることは分かっていた。ただ、やっぱり海燕の後を任せられる人材となるとそう居なくてね。また暫く空席になってしまうが、仕方ない」
「そこまで言っていただけて、本当に嬉しいです。副隊長は出来ませんが、話し相手にならいくらでもなりますから!」
「ああ。これに懲りず、また遊びに来てくれ!」
「はい!」





気まずそうにしていた花太郎と共に、昴は病室を後にした。

「何故、副隊長にならないんですか?昴さんなら、十二分にこなせると思うんですけど…」
「……私には、()()()()やるべきことがあるから」

そう言った昴の目を見た花太郎は、その決意の固さに何かただならぬものを感じた。











扉を開く音がして昴が振りかえると、桃が副隊長会議から帰ってきたところだった。

「お帰り、桃。初めての会議はどうだった?」
「た…大変なことになりました…」

ニヤニヤと訊いてみた昴は、桃の思わぬ反応に驚いた。

昴がそう訊いてみたのには理由がある。
イヅルが半年先に副隊長になるという事を聞いていたからだ。
誰から?―――勿論、三番隊の隊長殿からである。

『機密事項やから、他には漏らさんといてな~!』

そういうことをさらっと他隊の四席に教えてしまうあたり、三番隊の情報管理がどうなっているのか心配になる。ギンに限ってへまをやらかすという事は無いのだろうが………

兎も角、イヅルも副隊長になるという事にきっと桃は興奮してやってくると思っていたのだが、それにしては様子がおかしい。

「何だ?何かあったのか」
「十番隊の志波一心隊長が、失踪したそうです」


――――――失踪?

正直に言えば、最初に昴が思ったのは‘‘いい加減にしてほしい‘‘、ということだった。

()()か…なァ、桃。隊長にもなって仕事をサボってフラフラどっか行く輩には、厳重注意とか仕事増やすとかじゃなく、減俸とかもういっそ食事抜きとかにした方が部下の負担が減るとは思わないか?」

七緒からの紹介で十番隊副隊長、松本乱菊と話をするようになってから、毎度聞くのはその隊長の脱走話だった。七緒と乱菊の性格からして意外な取り合わせだと最初は思っていたが、放浪癖のある上司を持つ者同士、水が合ったのかもしれない。

余りにも大変そうだったので昴が斬魄刀を解放してまで彼の脱走を阻止したのは、一度や二度の話ではない。
上位席官の廷内での解放は厳罰処分が下るが、一瞬だったからバレてない筈だ。
……きっとそうだ。

そして先日、現世にて任務中の隊員が何名も亡くなる事件があった。原因は一体の虚だったそうだ。
被害状況を聞いた志波隊長は無許可に出撃。これを撃退するも負傷し、治療を受けていた…筈だった。現世にまで逃げる様になったら乱菊も大変だなァ、などと昴が思っていると、桃が首を横に振った。

「違うんです!志波隊長の霊圧が、現世で消失したとの報告が入ったそうです…」
「消失⁉理由―――が分かってたら、‘‘失踪‘‘なんて言わないな。そうか……あの人に限って死んだってことは無いだろうが…」

誰に言うでもなく呟いてみる。

死神は死と隣り合わせの仕事だ。死傷者は珍しくない。だがそれは一般隊員に限っての話だ。
席官や隊長格は、そうでないからこそその地位にいる。よっぽどのことが無い限り、怪我は兎も角死ぬなどという事は無い。いや、許されない。
戦場で上司は部下の命を預かっている。それを担う席官以上が、指揮官として真っ先に死ぬなどあってはならないという事もあるが、何よりその死の意味が違う。

勿論、命自体に価値の優劣が有るなどという話ではない。
もし隊長の死などが戦闘中に発覚でもしようものなら、そこに隊長自身が居ようが居まいが関係なくその隊は動揺し内部から自滅するだろう。
それ程、上官は隊士たちの心の拠り所となっている。

その事実を自覚し、背負うと覚悟を決めた者のみが席次を名乗り、或いはその背に自身の冠する文字を背負って白い羽織に手を通すことを許されるのだ。

志波隊長は普段はよくセクハラするし行動が子供だが、そういう事が分からないような人物ではなかった。自隊を残して死ぬはずなど無い。

「桃、ちょっと十番隊に行ってくる。この書類の束、森田に渡しておいてくれないか」
「わ、わかりました…」

今日分の仕事を森田に押し付けて昴は十番隊舎に向かった。








隊舎に着くと、案の定隊は混沌に満ちていた。情報が錯綜し、何をすべきか分からない隊員がそれでも何かしようと走り回っている。


こういう状況を、昴はもう何度も見てきた。
隊長格虚化の時も、海燕副隊長が亡くなった時も、新副鬼道長が突然死んでしまった時も…


見知った姿を捉えて、昴はそれを呼び止めた。

「乱菊ッ!」
「昴…!」
「話は聞いてる。捜索隊の指揮は誰が執ってる?」
「今、田沼に行かせてるわ」

相当動揺している乱菊に、昴は優しく微笑みながら言った。

「四席か。うん、良い判断だ。今は乱菊と冬獅郎の二人一緒に十番隊舎に残って(ここで)隊を回した方が良い」

わしゃわしゃっと乱菊の髪を撫でると、強張っていた彼女の体が少し弛緩した。ずっと気を張っていたのだろう。

「馬鹿ね、アタシの方がここでは上官よ?」
「そんだけ取り乱しといてよく言うよ。ったく、あのツンツン頭は何処(ドコ)をほっつき歩いてるのか」

二人でクスリと笑うと、何処からか‘‘副隊長は何処(いづこ)~⁉‘‘という絶叫が聞こえてきた。

「私は邪魔になりそうだな。帰るとしよう。乱菊、いつもみたいに仕事を他に割り振って無茶しないようにしないと体を壊すぞ」
「‘‘いつもみたいに‘‘ってのは余計よ。でもありがと、昴」

互いに笑い合うと、それぞれの向かう方へ走り出した。
どちらも振り返らなかった。












結局、志波隊長は生死不明なまま、志波の分家からも護廷十三隊からも追放された。
数年後、十番隊隊長の任を授かったのは、その頃卍解を修得した冬獅郎だった。



(隊長、何で…………?)

その問いに答えてくれるものはいない。





何をどう間違えたのか、結構書き進んでいた先の一話あたりの文字数が今の半分くらいです。
もう、いっそのことこのままでいこうかな、なんて思っています。
下手に繋げるとややこしいことになりそうですし…

原作の流れがあるとあまり好き勝手出来ないので進み辛いところがありますが、展開をあまり考えないでいいというのはちょっと楽で嬉しいです。


……という、二次創作とはいえ作者の発言として微妙な事を言ってしまう今日この頃です。
いや、これ、読者の皆様が反応に困るヤツだ。すみません、読み流してください!


何はともあれ、今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!


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流れて

冬期休暇は最高です。
いつ起きても良いなんて、ダメ人間になってしまいそうです。

ま、作者にそこまで劇的に生活習慣を変える勇気は無いわけなのですが。
休み明けが怖いので……


少し前、恋次が十一番隊の六席になった。
桃とイヅルが既に副隊長になっていることを考えるとやや遅い出世ではあるが、確実に成長する後輩を昴は微笑ましく思っていた。

そして現在、昴は十一番隊舎前に来ていた。
勿論暇だからではない。
十一番隊は隊の方針というか雰囲気というかが荒々しい。すぐ喧嘩を吹っ掛けてくるだとか、態度が悪いだとか、顔が怖いだとか、挙げればきりのないほどそういう輩が多いのが現状だ。

そしてそういう所へわざわざ書類を届けに行きたがる隊員はいない。

五番隊もその例外ではなく、先程確認したら十一番隊に届けなければならない未処理の書類が何十枚も出てきた。
仕方がないから昴が全て終わらせ、持ってきたというわけだ。
元々担当の係がいることにはいるのだが…

「五番隊第四席、橘昴です。書類をお届けに上がりましたァ!」

……待てど暮らせど返事が無い。不審に思って門扉を押すと、簡単に開いた。

昴は十一番隊の副隊長、草鹿やちると仲が良かったが、隊舎で会った事は無かった。元々一つ所に留まっていない彼女とその隊長の更木剣八を捕まえるのは至難の業だからだ。わざわざ会いに行くより、余程普通に生活していたほうが遭遇率が高かった。
だから昴は、初めて来た十一番隊舎の状態に戸惑った。

(おいおい……幾ら自分たちの腕に自信があるからって、不用心にも程が有るだろう…)

中に入っても誰もいない。普通は門番の一人でも置いておくところなのだが、そういう常識が通じない所らしい。
一々動じていても仕方がないので、隊舎へ向かって歩き出した。





ここは、隊舎よりも道場の方が門に近いらしい。昴が少し歩いたところで先程まで一切無かった気配がそこで膨れ上がった。野次や罵倒が多いのは今更だ。
通り過ぎようとして、後ろから声をかけられた。懐かしい後輩の声だ。

「昴さん!どうしたんスか、こんなところで」

僅かに息を上げて顔を上気させた恋次が、道場の扉から半身を出した。

「お使いだよ。書類が溜まっててね。今から執務室に届けに行くんだ」
「そうなんスか。昴さんが来たのって初めてな感じがします」
「初めてだよ。そもそも十一番隊向けの書類自体殆ど無いからな。あの隊長が書類仕事を真面目にやるとは思えないし」
「はは…あ、じゃあ案内しますよ!ここの間取り、五番隊とはちょっと違うんで」

昴が返事をする間もなく、恋次はもっていた木刀を仕舞いに行き、手ぬぐいを首に巻いて戻って来た。彼に促されて歩き始めた。

「悪いな。良かったのか?修練中だったんだろ?」
「良いんスよ。丁度区切りがついたところでしたし」

汗をぬぐいながら彼は言った。その時に見えた腕や首周りを見て、昴は素直に感心した。

「相当鍛錬しているようだな。二十年前とは体躯が全然違う。身長も大分伸びたし。あァ、言うのが遅れたな。恋次、六席就任おめでとう!」

矢継ぎ早なその言葉に彼ははにかんで目を逸らしながら、もごもごと‘‘どもっス‘‘みたいなことを言った。

「ええっと、昴さん!俺、書類持ちますよ!結構重さありますよね、ソレ」
「いいって。忘れたのか?昔、私が君を片手で投げ飛ばしたって事」

それを聞いて渋い顔になった恋次は、不満そうに言った。

「いつの話ですか…今はそう簡単に投げられたりしませんよ」
「違いない!筋肉は重いからなァ。そろそろ身体能力も追いつかれているころだし、二重の意味で無理そうだな」

昴が言い終わった直後、歩いていた廊下の扉が荒々しく開いて、ヒトが飛んできた。
幅の広い廊下ではあったが、真横からの飛来物に恋次は硬直している。
こんな時でも昴は存外冷静だった。

前後どちらかに躱す――――――却下、恋次にぶつかる。
受け止める――――――――――却下、今は手の中に書類がある。
蹴って反対方向に押し戻す―――却下、流石に可哀相。

(じゃァ折衷案で)

隣にいた恋次の膝の裏を蹴って体勢を崩す。仰け反った恋次は其の軌道上に居なくなった。
軸足はそのままに、恋次を再び軽く蹴って反対廻りに回転しながら、飛んでくる隊士に足の速度を合わせて近づける。そのまま彼の襟を昴は足袋の切れ目、足の親指と人差し指で器用に掴む。軸足で踏ん張りながら、回転方向に隊士が直進していたエネルギーを逃がし、二回転ほどしてから止まった。
足の力を抜くと、襟でぶら下げられていた隊士が地面に落ちた。といっても、昴が片足を上げているくらいの高さだから大した距離ではない。

「い痛痛(つつ)……昴さん、いきなり何を……?え?ナニコレ、どういう状況っスか?」
「私が訊きたいよ。十一番隊では日常的にヒトが吹っ飛んでくるもんなのか?」

恋次が訊きたかったのはそこではないのだが、昴はそれに気付かずにさっきの隊士が飛んできた部屋の中を覗こうと上げていた足を降ろした。




辛うじて目の端で捉えていた状況を繋いで、恋次は自身の身体能力が昴に全然及んでいないことを悟った。昴さん(このヒト)なら、まだまだ余裕で自分を投げ飛ばすだろう、とも。










「オイコラァ!まだ話は終わってねえぞ⁉」

部屋の中から怒声が響く。ズカズカと廊下に出てきたのは、所謂ハゲと呼ばれるやつだった。
昴はため息を吐きながら、目を怒らせた彼に声をかけた。

「さっき吹っ飛んできた彼はそこで伸びてますよ」
「ああん?この程度で伸びるたあ情けねえ!それでも十一番隊かよ?」
「一角さん!」

恋次が驚いて声を上げた。

「……何が有ったんスか?」
「ソイツが俺のことをハゲとか言いやがったんだぞ⁉違えっつってんだろうが!俺は剃ってんだよ!」
「別に毛根が死んでようが死んでまいがツルツルなことに変わりはないでしょうに。ムキになればなるほど言われるのが分からないんですかね?」
「あははは!だよね~!すーちん分かってるぅ~!」

思わず昴が言った言葉に空気が凍りつくよりも早く、十一番隊(ココ)の副隊長、草鹿やちるがいつの間にかさっき吹き飛ばされた隊員の上にいた。

「やちるちゃん!お久しぶり!」
「うん!久しぶり!すーちんって全然こっち来てくんないよね~?」
「悪いね。担当が違うものだから」
「いーよ!でも、いつでも遊びに来ていいからね!」

昴とやちるが呑気に会話していると、踏まれていた隊員がいきなり起き上がった。

「文字通りヒトの上で会話すんじゃねぇ!」
「きゃははは!マキマキが怒った~!」
「マキマキ?このちょび髭が?」

可愛らしい愛称に反して、彼は目付きも悪いしちょび髭だ。
明らかにやちるしか呼んでいないだろう渾名だ。

荒巻真木造(あらまきまきぞう)だって言ってるじゃないですか!その呼び方、何とかしてくださいよ、副隊長!」
「あァ、それで‘‘マキマキ‘‘か。納得」
「納得すんな!てかさらっと混じってるアンタはナニモンだ?十一番隊じゃねえな?」

本人は凄んでいるつもりなのだろうが、‘‘マキマキ‘‘なんて可愛い名前とやっていることのギャップが昴には笑えてきた。

「ブフッ……いや、五番隊所属橘昴四席だ。――ッくっ、よろしく」
「よ…四席⁉」

マキマキは真っ青になっているが、一角は興味深そうに昴の方を向いた。

「ほお、あの百目鬼のツレでちょくちょく副隊長が話してた奴か。恋次を(しご)いてたって話も聞いてるぜ」

その言葉に、周りには気付かれないほど微かに昴は肩を揺らした。

「――――――お会いした事ありましたっけ?」
「いや、ねえよ。オレが話に聞いてただけだ」
「そう、ですよね!良かった」
「良くねえよ!さっきはよくも俺をコケにしてくれたなあ?」

一角が指をゴキゴキ言わせ始めたのを見て、恋次は慌てたように言った。

「昴さん!今日の用事は書類を渡す事っスよね?サッサと行って終わらせてしまいましょう」
「そうだな。―――一角、といいましたか?()()になどしたつもりはないのです。気分を悪くしたのならすみません」

軽く頭を下げた昴は、恋次と一緒に小走りになって執務室へ向かった。






「………なァ、恋次」
「何スか?」
一角()より(コケ)の方がふさふさだと思わないか」
「いや、どういう思い付きかよく分かりませんけど、それ絶対一角さんに言わないでくださいね」
「うん」









結局執務室に隊長は居らず、形ばかりの机の上に書類を置いて戻って来た。
その中に一枚だけ六番隊用のものが混じっていたため、ついでに昴は六番隊に向かった。

「五番隊の橘です。書類をお届けに上がりました」
「入れ」

失礼します、と執務室に入ると副隊長の席に書類一枚置いていない。そういえば六番隊は今副隊長が空席だったと昴は思い出した。

「朽木隊長殿、この書類のハンコをお願いします。本来は副隊長にお願いするモノなんですけどね」

少し調子が軽いのは、昴が朽木隊長―――もとい朽木白哉とそこそこ古い付き合いだからだ。かつて四楓院夜一とも関わり合いが有ったから、自然な流れで紹介された。

「構わぬ。しかしこの字、まさか日下が全て手掛けたわけではあるまいな」
「勿論彼が全部やってますよ?一通り確認はしたので記入漏れは無い筈です」
「全く…このような字は見るに堪えぬ。そなたも分かっていてやっているな?」
「どうでしょうね?まァ、日下の成長の為ですよ。彼、一番隊と六番隊の書類を作るときは特に血眼になって作業をしてくれるので訂正が少ないんです」

やれやれ、とため息を吐いた彼を見て、昴は白哉も落ち着いたものだと思った。
夜一に連れられて朽木家に遊びに行かせてもらった時は、白哉がすぐに煽られるのを他人事のように見物して面白がったものだが、今はすっかり落ち着いて能面みたいな表情になった。だが、流石に副隊長の分の仕事も行っているのは大変なようだ。終わった仕事よりも残っている仕事の方が多い。

「お疲れのようですね。副隊長はいつお決めになるんです?」
「副隊長になれる器などそうそう居らぬ。私一人でも問題ない」

ハンコを押しながらさらりと言放った白哉の台詞の直後、よく知った声が聞こえた気がした。

『俺はいつか、目標の人を超える…隊長になりたいのですが、鍛錬はどのようにしていけばいいでしょうか!』

真っ赤な髪に目つきの悪い後輩を思い出して昴はクスリと笑った。
…これくらいのお節介は許されるだろう。

「十一番隊第六席、阿散井恋次はどうです」
「……十一番隊に知り合いは居らぬゆえどのような人物か分からぬが、その男は副隊長の器か?」
「いいえ」

昴の答えに、十一番隊と聞いて不審そうな顔をしていた白哉は少しだけ目を見開いた。

「今はまだ、ですけどね。彼は不器用で気が短いから失敗も多いが、生真面目で努力家です。人を惹きつける魅力もある。それに戦闘の実力もありますよ」
「そこまで言うのなら調べよう。時に橘昴、そなた、ルキアの修行に手を貸しているそうだな」

突然話題が変わったが、彼の方からしたらこちらの方が振りたい話題だったのだろう。書類の手が止まっている。

「えェ。始解も修得していますし、呑み込みが早いので実力もかなりついています。私としてはもっと実戦経験を積んでほしいんですが、()()()仕事が中々回ってこないそうですよ」
「………………あの程度で‘‘かなりの実力‘‘か」

殆ど表情筋を動かさないが、彼の心境が複雑に変化していることは察せた。伊達に何十年も知り合いをやっていない。

「貴方を基準にしたら隊長の面々以外誰も紹介できなくなるでしょう…義妹(ルキア)が可愛いのも分かりますけど、いずれ貴方の庇護下から彼女を放たないと彼女のためになりませんよ」
「……分かっている。だからこそ浮竹の提案を聞いたのだ」

浮竹の提案なるものが何かは知らなかったが、何か彼女に実践的な辞令が下ることを白哉が認めたのだという事は分かった。

「なら良いんです。では、失礼します。あァ、それと―――――」

返してもらった書類を抱えて扉を半分開いたところで、昴は白哉に振り返った。

「‘‘彼女を庇護下から放つ‘‘っていうのは戦闘だけでなく、恋愛に関してもですよ?」

その瞬間の白哉の表情を、爆笑ネタとして昴は墓まで持っていこうと決めた。










そして、時は巡っていく――――――







「これをもって、十一番隊第六席、阿散井恋次を、六番隊副隊長に任ずるものとする―――おめでとう!阿散井君!」
「おう!ああ、いや、(つつし)んでお受けいたします。雛森副隊長!」






「現世への駐在任務、ですか?」
「そう!一か月の短期間だけど、‘‘空座町‘‘から半径一零里の土地にいる魂魄の管理が今回の朽木さんの任務」
「お前の実力なら、そう難しい任務じゃない。気をつけてな」
「浮竹隊長!はい!」















あァ、お前なら、血を吸ったこの手を躊躇なく握るのだろう

今はそんな上等なものを受ける資格は無い

でも、きっと、やり遂げてみせる

お前にこの手を差し出せるよう、枷を外してみせるよ









斯くて、刃は振り下ろされる―――――――――――





次話から本編&3000字前後が増えます。
キリが良いので、これを今年最後の話にさせていただきます。

来年の投稿はいつからにしようか…
年始は忙しいので、少し遅れそうです。すみません。

冬期休暇が終わると、投稿ペースが落ちそうです。

バタバタと話が進みましたが、次からも相変わらずだと思います…
言うだけ言ってという感じになってしまいましたが、今後ともよろしくお願いいたします!

皆様、良いお年をお迎えください!


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動き

明けましておめでとうございます。

今年も頑張っていきます!


「えっ?ルキア、まだ帰ってないんですか?現世駐在の任期って一か月じゃなかったですっけ?」

駐在任務以降、連絡が無かったルキアを訪ねて昴が十三番隊の浮竹のところに顔を出すと、彼女はまだ帰還していないと聞かされた。

おかしい……
もう送り出してから何か月たった?

「まさか、ルキアまで……?」

虚に襲われて息を引き取るルキアの姿が昴の脳裏に(よぎ)る。血の気が引いていくのを自覚しながら恐る恐る浮竹に問いかけると、彼は首を横に振った。

「いや、朽木は無事だよ。本日付で現世から帰還することになった」
「そうなんですか!良かったァ!てっきり、もう会えないのかと思っちゃいました」

それを聞くと、浮竹の顔が曇ってしまった。

ここで何も察せないほど昴の思考は緩くない。本来の帰還予定から大幅にズレた日程、浮竹のどこか心配そうな口調、心ここに在らずというような瞳―――

まず思ったのは、ルキアが大怪我を負ったのではないか、ということだ。だが、浮竹は‘‘本日付で‘‘と言った。怪我を負ったら寧ろ任期は早く終わるし、帰還日を設定する意味はない。
なら――――


「ルキアは何をしたんですか」

弾かれたように浮竹が昴を見た。まさか、これだけで察せられるとは思っていなかったとでも言いたげな顔だ。

「……ついさっき、朽木隊長と阿散井副隊長が現世に向かったんだ。彼らの任務は、‘‘重罪人――朽木ルキアの捕縛及び尸魂界(ソウル・ソサエティ)への連行‘‘」
「重罪人⁉ルキアは一体何をしたんですか!」
「…人間に、死神の力を譲渡したんだ」
「何でそんなこと………」

人間に死神の力を渡すことは、尸魂界においては何百年も投獄されることになる重罪だ。そんなこと、霊術院生でも知っている。
それを知りながら行ったというなら、そしてそれがルキアなのなら、きっと()むに()まれぬ事情があったのだろうことは分かる。だが、その裁定は茶渋がこびりついたような頭の中央四十六室が行うとなると、一切情状酌量などが行われないのは分かりきったことだ。

「理由は、本人に聞いてみない事には分からない。ただ、何だか嫌な予感がするんだ。実力はともかく、席次の無い朽木に隊長格二名を送り込んだり、‘‘抵抗すれば斬り捨ててよい‘‘と命が出されていたり…重罪を犯しているとはいえ、あくまで禁固刑の者に対する扱いじゃない」

浮竹の顔がいつもより白く青く見えたのは、昴の勘違いではない。







そして案の定、浮竹の憂いは的中する。
ルキアが捕らえられた翌朝、判決が伝令された。

――第一級重科罪・朽木ルキアを極囚とし、これより25日の後、真央刑廷において極刑に処す――

ルキアは席次こそ持っていないが、とうにその実力は席官クラスだ。そんな人材を何百年も牢に入れておくなど、馬鹿のやることだ。ただで昴はさえそう思っていたのに、極刑?冗談だろ?





居ても立っても居られなかった昴はすぐに五番隊の隊舎牢に向かった。牢の扉を開こうとした瞬間、そこから白哉が出てきた。

「朽木隊長!これから四十六室への減刑を願い出に行くんですよね?私もおと「行かぬ」…は?」
「そう何度も言わせるな。四十六室の決定は絶対。覆すことはせぬ」
貴方の義妹(ルキア)が殺されることを受け入れると?」
「受け入れる受け入れないの問題ではない。これは事実だ」

いつものスカした顔を崩さないが、白哉は握っていた拳を更に強く握りしめていた。

「…嘘吐き」

ポツリと昴がこぼした言葉を、白哉が聞いたかは分からない。
白哉とすれ違い、六番隊舎牢の門の中に入った。








牢の中では、廊下に恋次が立ち、牢内にルキアが座ってお互い気まずそうにしていた。余命宣告を受けたはずのルキアよりも、その場にいただけの恋次の方が明らかに動揺していた。
そして、入ってきた昴の方を見ずに顔を伏せているルキアの目を見て昴は気が付いた。
彼女は―――

「昴さん…?ルキアの話…聞いたんスか」
「ああ。ルキア、向こうで何があった?」
「……」

口を閉ざしたルキアを見て ふう、と息を吐くと、昴は恋次の方に向き直った。

「恋次、悪いが外してくれないか?」
「…っ!はい…」
「すまないな」
「いえ、良いんス」

恋次は一瞬ためらって、それから隊舎牢を出た。ルキアはそれでも、口を開かなかった。

―――彼女は、受け入れている。刑も、死も。だが…

「帰還時の話は聞いているよ。ギリギリまで抵抗していたそうだね。なァルキア、君が力を渡した少年の安否を、確認してから逝きたくはないか」

ルキアの体が揺れた。
畳みかけるように昴が続ける。

「君は気丈だ。こんなことになっても、後悔など殆ど無いのだろう。目を見ればわかる。私が何を言ったとしても、君は揺るがない。……私は君を肯定しない。だが、否定もしないよ。私には理解できないが、それが君の選択だというのなら、君の無抵抗に何も言わない。だから、これは説得とかそんなんじゃない。私のお節介だ。どうだ、知りたくはないか」

ルキアは、苦しそうに目を昴に向けると、

「………っ!知りたい、ですッ!」

そう言って、力を譲った人間が黒崎一護という名であること、十五歳であること、空座町にある高校に通っていることなどを、ぽつりぽつりと話した。

「分かった。それだけ情報があれば辿れるだろう。ただ、穿界門の使用に許可が下りるまで今少し時間が必要だ。直ぐにとはいかないが、必ず処刑までに知らせよう。それでいいか」
「はい…ありがとうございます。昴殿」
「まだ私は何もしてないよ。……ルキア、私は、君と関われたことを誇りに思うよ」

ルキアは俯き気味だった顔を上げると、怪訝そうに昴を見た。

「どういう意味ですか…?」
「君のような者にこそ、尸魂界は担われていくべきだった、ということだ。じゃあな」

不甲斐無い顔を彼女に見られないよう、昴はサッサと牢を出た。






昴が隊舎牢を出て六番隊の廊下を歩いていると、花太郎と会った。
書類を届けに来た風でもない四番隊隊士がこんなところでフラフラしているなんて、珍しいこともあるものだ。

「花!どうしたんだ?こんなところで」
「昴さん!いえ、この度朽木ルキアさんのお世話を申し付けられたんですが、迷ってしまって…昴さんこそ、どうしてこんなところに?」
「ちょっと野暮用でね。しかし、花が世話係だったのか…どうか、彼女のことを気にかけてやってくれ。いくら気丈でも、処刑宣告を受ければ誰だって精神を摩耗する」
「わかってます!でも、朽木家の方のお世話なんて、緊張します…」

そう言われて初めて昴は気が付いた。
四番隊は後方支援部隊という隊の特性上、雑務を押し付けられることが多い。それもどうかと思うが、兎も角、そういう仕事で他隊に四番隊員が呼び出されるということは珍しいことではない。まあ、六番隊などいくつかの隊では隊長の性格からかそういうことを殆どしない隊もあるわけだが。
しかし、重罪人で一般隊士のルキアに七席の花太郎(上位席官)があてがわれたのはどういうわけかと思っていたが、これはきっと大貴族の一員たるルキアへの()()()()()配慮なのだろう。
どこに気を遣っているのか…上は気の回し方が変じゃないか?

「気にせず、シャキッと接すれば良い。ルキアはそういう気の遣われ方があまり好きではないようだから」
「そう言われても…」

とほほ、という感じで昴が教えた牢の方に向かう花太郎は、全然ルキアの先輩に見えない。もう少しシャキッとしてほしいものだが、あれが花太郎らしさでもあるから、昴からしたら変わってほしいような、変わってほしくないような複雑な気持ちだった。






五番隊舎に戻った昴は休暇を翌日に捻じ込んだ。




投稿していないのにUAが1000を超えていて、感謝しかありません…

矛盾点を一つ発見してしまって、どう修正していこうか、今からドキドキです。
ま、それは作者の都合ですね。

そして自分で小説というものを書いてみて切に思うのが、会話文で話が進む場面の難しさを何とかしたい、という事です。
作者には今誰が話しているのか分かっても、読者には分からないかしもれない。突然の地の文の主語が分かりにくいかもしれない。
そう思って主語を増やすと今度は(くど)い。
スッキリ分かりやすく書くにはどうすればいいのか…
切に何とかしたいです。
改善点は山ほどありますが、特にそれを何とかしたいです。


長々と失礼しました…

今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!


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現世へ

今回は視点がいつもより多めに変わります。
段落の前半でメインになっているキャラクターが、その段落の主な主語です。
分かりにくくてすみません…

正月早々これ程沢山の方に読んでいただける幸せを噛み締めつつ、これからも書いていこうと思います。
宜しくお願いします!


「今日は、宜しくお願いします」

昴は、ぺこりと目の前にいる人物―――山田清之介に頭を下げた。
ここは、花太郎の実家だ。

貴族の中には、趣味の範疇で自宅に小規模な穿界門(せんかいもん)を持っているところがある。そして、山田家はその中の1つだった。

「構わないよ。僕はこの後仕事があるから、好きに使ってくれていい。しかし、君が現世に行ってみたいと言い出すなんて珍しいね」

そうなのだ。昴は以前、現世での任務中に盛大にミスをやらかして先輩に大迷惑をかけたことがあり、以来現世に行くのを敬遠していた節がある。が、今回はそうも言っていられない。

「少し気分を変えてみようと思いまして。それでは遠慮なく使わせていただきます」

瀞霊廷にある穿界門―――現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)を行き来するための公式な門―――を使うには、正式に書類を出す必要がある上に一か月も待たされる。それに、四席が現世に行くとなるとそれなりの理由が必要な上、昴は今回の事件の囚人、ルキアの関係者だ。どんなに理由をこじつけても、許可が下りるとは思えなかった。
それで今回は、休暇だけ取ってここに厄介になったのである。

「それではいくよ。〈開錠〉」

門が開く。きびきびとした足取りで、昴は現世へと向かった。









「ここが空座町…平和そうな町だな」

昴が降り立ってすぐ出てきた感想だ。人々の戯れる河原や森、商業施設が充実し、ほとんどの人が身の危険など想像すらせずとも生きていける町――
良いところだ。ここなら、また遊びに来てみたいと多くの者が思うだろう。

「さてと、【高校】はどっちだ?」

ルキアの話だと、黒崎一護は空座第一高等学校一年三組、長身で目つきの悪く、オレンジの髪をしている――らしい。
オレンジか…恋次以来の派手な色だ。それだけで十分見つけられるだろう。

―――そう思っていたが、甘かった。現世には、派手な頭の人間がわんさかいた。目つきが悪くて長身、というのも結構いて、結局【高校】を地道に探すことにした。本人がいなくとも、その関係者から零れる話を聞けば安否くらいわかるだろう。

…そう、本人がいなくとも。








「一年三組、一年三組……ここか!」

やっと見つけたその表示に辿り着くまでには、昴に涙ぐましい苦労があったのだが、ここでは伏せておく。兎も角、早朝にこの街に着いていたはずなのに、もう昼を少し回った後になっていた。

ところで、現世でも、人に教育を施す機関が存在するそうだ。【学校】、という名のソレは子供の成長に合わせて名前が変わる。他まで一々調べていないが、この時間にここにいる【学生】なる者たちは座って勉学に励む決まりらしい。

「どうせ殆どの者には見えないんだ。入ってみるか」

【教室】の中に四つほど他よりも大きな霊圧を感じるが、見えたら見えたで直接黒崎一護について聞けばいい。楽観的に考えながら、昴は偶々空いていた扉から中に入った。







石田雨竜は内心焦っていた。
今教室の外にあるのは間違いなく死神の霊圧だ。一瞬立ち止まって、中に入ってくるのが分かる。

(何が目的だ…?)

もし、尸魂界に先日の二人が(とど)めを刺しそこなったことがバレていて、自分と黒崎の止めを刺しに来ていたとしたらここでは対応できない。幸い黒崎は今日はまだ学校に来てはいないようだが…

「なんだ、オレンジ色の髪の奴なんていないじゃないか」

教室の前の方に座っている石田にしか聞こえないような声で、入ってきた死神は言った。

(狙いは黒崎だけのようだが、下手なことはしない方が…っ⁉)

死神は真っ直ぐ黒崎の座席の前に行くと。何かを探るような動作をしている。
今の黒崎は霊圧で辿れないはず―――本当に?なら、あの死神は何をやっている?

石田が思わず振り返ると、死神と目が合った。にこりとこちらへ笑みを浮かべると、

(後で聞きたいことがある)

と口だけを動かして彼に伝えてきた。







昴が教室に入ると、ほとんどの人間が黒髪、ぽつぽつと茶髪はいるが、そこまで派手な人間はいなかった。

「なんだ、オレンジ色の髪の奴なんていないじゃないか」

さっき感じた大きめな霊圧は…目の前にいる色白眼鏡君、肌黒のっぽ君、黒髪短髪スポーツっ子ちゃん、茶髪居眠り君の四人だ。居眠り君、爆睡してるな…勉強しろ!
兎も角、彼は来ていないらしい。彼の机はどれだ?三つほど空きがあるな。
残存霊圧を探ってみると、二つは知らない霊圧だが、一つはつい最近会った――ルキアのものだ。残りのどっちが黒崎一護のものなのかはすぐにわかる。霊圧の量が半端じゃない。残存霊圧でこうなのだ、白哉に魄睡(はくすい)――霊圧の発生源――を破壊される前はどれ程だったのか…

机の前に行ってみる。霊圧で辿ろうにも、生きていたとしても彼にはもう死神の力どころか霊圧も無い。

(やはり、誰かに話を聞いた方が早いか)

そう思って部屋を見回すと、色白眼鏡君と目が合った。

(後で聞きたいことがある)

そう口で伝えると、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら小さく頷いた。









「黒崎一護はどこにいる?」

部屋を出て、人目に付かないところで向かい合うと、昴から口を開いた。生死の確認はあえてしない。恐らく彼は生きている。でなければ、【教室】内の空気がこれ程軽いはずがないからだ。決して多くはないが死傷者の有る死神ですら、仲間が死ねば辛いなんてもんじゃない。平和に暮らす彼らなら、その感情にはもっと不慣れなはずだ。

「……黒崎は死んだよ。君ら死神が殺したじゃないか」
「へェ、死神の存在を知っているのか!珍しいね。見えるだけでも相当なのに。ま、君の話は今は良い。これは一つ、君に助言だが、嘘を吐く時は視線と声音に注意することだ。その程度の嘘で私を(あざむ)くのは無理だ」

不愉快そうに彼は眉を寄せたが、すぐにすました顔で返してきた。

「なら、僕からも一つ、助言をしておこう。人にものを頼むときは、相応に礼を尽くすべきじゃないか?」
「礼を尽くせば教えてくれるのか?」
「さあ、どうかな」
「ふむ、なら、そちらで隠れている彼に訊いてみようかな」

振り返って後ろにある木を見る。話を始めた時からそこにいるのは分かっていた。さっきの肌黒のっぽ君だ。

「茶渡君!」

色白眼鏡君が、彼の名を呼んでから‘‘しまった‘‘と口を塞いだ。彼、うっかりしたところがあるようだな。目が合った時といい、嘘を吐いたときといい、彼の素直さがにじみ出ている。

()()()、黒崎一護の場所を知らないか?」
「……」

彼の沈黙は、意外な人物によって唐突に終わった。

「よお、チャド!何してんだ?こんなところで」

茶渡君の後ろから現れたのは、長身で目つきの悪く、オレンジの髪をした―――黒崎一護だった。

「馬鹿!黒崎!全力で引き返せ!」

色白眼鏡君が叫び終わるより早く、昴が黒崎一護の喉元に刃を当てる。
昴には一瞬の躊躇があったが、その場の誰も対応できなかった。

「あ?石田てめえ、いくら何でも出合頭にそれはねえだろ!」

(成程……ルキア、やはり君はまだ囚われているんだな)

昴が向ける切っ先には、海燕副隊長の面差しを宿したかのような少年が(あや)しく映り込んだ。

死神の力を失ってでも、刑罰が重くなってでも、ルキアは彼を救おうとした…
大なり小なり、海燕の一件が影響していたことは確かだろう。
そこまで考えて、昴は自嘲した。

(ヒトのこと、言えるかねェ?)

吊り上がりかけた唇に力を込めて、昴は目の前の人物に集中した。
にしてもこの反応…やはり、力は全て失ってしまっているようだ。昴のことが見えているなら、この状況で非武装の人間はこんな悠長にできない。余程の阿呆(アホウ)なら話は別だが。

五体満足、心肺機能も正常、何の異常も見られない健康体だ。しかし……

「本当に、失ってしまったんだな…霊圧も―――ルキアが託した力も」

昴が思わずこぼしたその言葉に、‘‘石田‘‘が僅かに反応した。
昴は刀を鞘に納めると黒崎一護の胸に片手を置き、

「生きろよ」

ルキアの分まで、という言葉を飲み込んで呟いた。


瞬歩でその場を離れると穿界門を開いて山田邸に戻った。
そして清之介に礼を言って隊舎にある自室に戻った。

その間のことを昴はあまり覚えていない。








「おい、石田!聞いてんのかよ⁉」

去っていった死神を呆然と見ていたチャドと石田は、一護の声で我に返った。

「あ、ああ。そろそろ教室に戻ろう、茶渡君」
「てめぇ、完全に俺のこと無視しやがったな…?」
「一護、落ち着け。戻らないと、次の授業に間に合わない」
「…くそっ」
「ところで一護、しばらく休んでいたが、何かあったのか?」
「ああ、何でもねえよ。ただ…明日から十日ほど出かけるかもしれねえ」




三人で走りながら、石田は一人考えていた。

(変な死神だった。ああいうのもいるのか)

あの死神は、‘‘ルキアが託した‘‘力を失った黒崎に落胆していた。
朽木さんを連れ戻しに来た二人の死神の口調から察するに、死神の力は‘‘奪われる‘‘ものであり、それは尸魂界では重罪にあたる許されない行為。‘‘奪う‘‘でも‘‘与える‘‘でも、‘‘貸す‘‘でもなく、‘‘託す‘‘という言葉を使った彼女は、一体何者だったのか。

(名前くらい、聞いておいて良かったのかもしれない。あの様子だと、力になって貰えたかもしれなかった)

一護が浦原商店で何かやろうとしていることに感づいていた石田は、彼女が消えた空をもう一度振り返った。そこにはもう、人影の名残すらも残ってはいなかった。





ややこしかったので、原作主人公のクラスメート、本匠千鶴の頭が派手な色であることはカットしました。
一応書かせていただきました。

正月ボケをする暇さえ与えてくれない現実を前に、袖が濡れるのを禁じ得ません。
というわけで現実逃避シリーズ第三弾です。
原作主人公が出てくるのが待ちきれませんでした!
日程がちょっとズレてますかね…?ま、まあ、思ったより一護の怪我が酷くて寝込んでいたという事でお願いします!


今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!


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伝える

新年早々忙しいのは、嬉しいことなのか悲しいことなのか…
物議を醸すところであります。

今回も視点の移動多めです。

次回更新は二、三日空く可能性大です。
というより、更新速度が戻るので週に二、三話のペースになる可能性大です。
よろしくお願いします。


昨日の報告をしようと昴がルキアの牢に向かっていると、桃から呼び止められた。

「あっ、昴さん!藍染隊長が呼んでいらっしゃいましたよ」
「隊長が?分かった。この用事が終わったら行くよ。知らせてくれてありがと」
「いいえ!でも、時間がかかる用事なら先に行った方が良いかもしれませんよ?急ぎのようでしたから」
「すぐに済むさ。じゃあ、行ってくる」

隊長が用事?何かミスでもやらかしただろうか。なら、早く帰って訂正しないとな。





急いで六番隊舎前に来ると、牢の前で恋次に止められた。

「昴さん、おはようございます!実は、ルキアは面会謝絶になったんスよ」
「面会謝絶?何だそれは」
「そのまんまの意味です。俺も、こんな指示初めてで驚いてんスから」
「恋次も会えないのか?」
「いえ、俺と隊長、牢を管理してる三席の理吉、後は世話係の山田七席は会えますけど」

ふうん、と昴は怪訝そうに鼻を鳴らしたが、すぐに真剣な表情に戻った。

「なら、ルキアに‘‘どうか心安らかに‘‘と伝えておいてくれないか。私からだと必ず添えてほしい」

昴がそう言うと、恋次は僅かに顔を伏せた。

「……了解っス。すんません、折角来てもらったのに」
「いいや。君も損な役回りだな。幼馴染が、いや、大切な者が死にゆくというのに、指示に従うしかないなんて」

恋次は苦しそうに顔を歪めると、絞り出すように呟いた。

「……―――昴さんも、隊長も、何でそんな冷静でいられるんですか」
「君だって、(ハタ)から見れば冷静だ。――朽木隊長がどうかは知らないが、私は彼女が全てを受け入れていることを尊重したい、それだけだよ。冷静に見えているなら儲けもんだな」
「そういう…もんなんすかね」

俯いた彼の顔は既に副隊長のソレではなかった。全く、手のかかる後輩だ。

「周りを気にするなんて、恋次らしくもない。最後の最後は己に従え。じゃなきゃ一生後悔するぞ」
「何が言いたいんですか……?」
「何も?年寄りの助言というものだよ」

年寄りって年じゃないでしょ、と恋次は力なく笑った。まだ迷っているのだろう。だが、こればかりは他人が干渉することじゃない。
兎も角、恋次ならルキアにキッチリ伝えてくれるだろう。

恋次と別れた昴は、藍染隊長の待つ五番隊に引き返した。








昴が引き返していくのを、恋次はただ見ていた。昴の用は済んでいるのだから、ただ見ていた、という表現はしっくりこないかもしれない。
正確に言うなら恋次は、自分ではルキアを助けるどころか昴をルキアに引き合わせることさえ(かな)わないということを痛感していた。

「‘‘どうか心安らかに‘‘……」

口に含める様に言ってみたその言葉は、言いようのない苦みとなって恋次の顔を顰めさせた。

やはり分からない。納得できない。
そう願う昴も、義妹の刑に関心も示さない朽木隊長も、ただ死を受け入れるルキアも、皆揃って恋次の理解の外だった。

(俺らしくもない、か)

恋次は迷いを誰にも悟られぬよう、深呼吸してから隊舎牢の扉を開いた。







そろそろか、とルキアが顔を上げると、その予想通りに隊舎牢入り口が音もなく開いた。

「よう、ルキア」
「よ、よう、恋次。まったく、貴様は毎日毎日飽きもせずここに顔を出して…副隊長というのはそんなに暇なものなのか?」

ルキアは、今日もやって来た幼馴染の顔を見てわざとらしくため息を吐いた。いつもの恋次ならすぐに乗ってくるこの挑発に珍しく今日は乗らず、要件を簡潔に述べた。

「昴さんからの伝言だ。‘‘どうか心安らかに‘‘だとよ。キッチリ伝えたぜ」

その瞬間、ルキアの目の前で火花が散った。恋次に動揺を悟られぬよう、固く瞼を閉じる。
昴のその言葉は、何も知らない者が聞けばただの別れの言葉だろう。先輩から死にゆく後輩への(はなむけ)の言葉。しかし、昴とルキアの間で交わされたソレは、そういう意味ではないことを彼女は知っていた。

(良かった―――一護‼生きていてくれて本当に良かった!)

ルキアの最後の憂いは取り除かれた(黒崎一護は生きていた)―――それがあの言葉の本当の意味。
ただ一言で、こうも救われる者もいるのだ。

(ありがとうございます、昴殿)

ルキアは目を閉じたまま、恋次が牢を出ていく音を聞いていた。









「橘です。失礼します」

五番隊に戻った昴は、その足で隊長の執務室までやって来た。戸を開くと桃は居らず、藍染のみがその椅子に座っていた。

「おはよう、橘君。少し遅かったね。何をしていたんだい?」
「おはようございます、藍染隊長。それほど急ぎだったとは思いませんで、ちょっと井戸端会議に興じてきたんですよ」
「六番隊でかい?」

これは驚いた。昴が六番隊に行っていたのはそれほど長い時間ではない。桃にもどこに行くかなど告げずにフラフラ行動していた昴の行動を知っていたとは。
偶々…な訳はないな。

「……ええ。というか隊長、単刀直入に言っていただけますか?私がこういう駆け引きを嫌っているのは御存知でしょう?」
「そうだね、では簡潔に言おう。君は休暇中に現世に行って何をしていたんだい?」
「何でそんなことまで知ってるんですか⁉現世にはプライベートって言葉があるんですよ?」

そこまでバレていたのか。どこまで伝わっているのかは知らないが、罰則でもあるのだろうか…嫌だな…

「小耳にはさんでね。それで、どうなんだい?」
「ささやかな息抜きですよ。暫く現世に行ってませんでしたから」
「それで通ると思うかい?」
「通していただきます」

下手に喋って罰が増えるよりは黙っていたほうが良い。試すような藍染の視線を真っすぐと見つめ返すこと数秒、二人の間には耐えがたい沈黙が流れた。

「―――ふう、まったく、君って子は…橘君、君は今自分が置かれている状況を分かっているかい」
「ええ。理解しているつもりです」

五番隊第四席であり、極囚・朽木ルキアの関係者――

「なら、あまり僕らを心配させるような行動は控えてくれないか。万が一君が罰則などを受けて抜けてしまったら、取り返しのつかない大穴が五番隊に空いてしまう」

昴は姿勢を正すと、大きな声で答えた。

「ありがとうございます。そう言っていただけると、正直嬉しいです。しかし、私は自分が正しいと思ったことをこれからも貫きますよ。それこそ、隊長はよくご存じのはずでは?」
「…それもそうか。実に君らしい。でも、無理はしないでほしい。君はもう、君だけのものではないんだ」
「善処しますよ」


ニヤリと笑って昴は部屋を出た。

(罰則とかなくて良かった!)

胸を撫で下ろした昴に反省の色はない。















「へェ!こりゃァ、絶景だなァ!」

彼が今いるのは中央四十六室――が、あった場所だ。
あった、という表現には勿論理由がある。彼の目の前にいる元中央四十六室は――全滅していた。

『それは死者に対して失礼なのではありませんか?死者は(いた)むべきものであって、辱めるものではありません』

「君は優しいねェ。良いんだよ。彼らには当然の報いだろうから。彼らのせいで一体何人が不当に裁かれてきたんだろうね?」

彼の言に、〈彼女〉は悲し気に目を閉じた。

『……我が主よ、わたくしの前では強がらなくても良いのですよ』

「強がっている?僕がかい?」

『はい。これは決して、貴方の無力が招いたことではございません』

凛とした声に一瞬目を大きく開いた彼は、諦めたように息を吐いた。
少しそれが震えていたのを、〈彼女〉は指摘しなかった。

血が乾ききっている。一日二日の殺害現場ではないのだろう。
それでもなおこの部屋に満ちている死の匂いに、未だに彼の心臓が強く脈打っている。
彼は静かに息を整えると、そっと目の前の円卓に触れた。

「この事態に誰も気づいていないということは、やはりこれら一連の犯行は…藍染一派に()るものか」

『ええ、そのようです。この事を、誰にもお伝えにならないおつもりですか?』

「あァ。彼らにはまだ泳いでもらう。それに、僕ァ死んだことになっているんだよ?話に行ったところで、ややこしいことになるに決まっている」

『それもそうですね』

互いに笑みを交わすと、彼は歩き出した。



「とうとう動き出した―――逃がしはしないよ、藍染」







ルビに漢字の入った言葉を使うと、読みにくいことこの上ないですね。
なるべく控えながら書いていきたいと思います。

今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!



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侵入者は

元々二話に分けるつもりでしたが、繋げたため変に長いです。
すみません…


西方郛外区(せいほうふがいく)歪面(わいめん)反応! 三号から八号域に警戒令! 繰り返す! 西方―――》



けたたましい警戒音が瀞霊廷中に鳴り響いた。
旅禍の侵入とはまた、珍しいこともあるものだな、と昴は(ボウ)っとしながら思っていた。

昴が仕事に身を入れられないのは、今日がルキアが懺罪宮(せんざいきゅう)――極囚がその執行直前まで収容される牢――へと移送される日だからだ。ルキアの刑罰について完全に納得しているわけではない上にその護送を仰せつかったのが恋次だったというのは、昴が思考を空へ飛ばしてしまうには十分な理由だった。

(旅禍だからといって、すぐに敵だと決めてかかるのはいかがなものなのかねェ?)

欠伸(アクビ)をしながら昴がそう思っていると、瀞霊廷を囲うための門扉と壁が空から落ちてきた。どうやら、瀞霊廷に何者かが無許可で入ろうとしたらしい。恐らく先程侵入してきた旅禍だろう。偶々なのか故意なのかはともかく、仕事を増やしてくれた輩には一発拳骨をかましてやりたい気分だ。

「昴さん!何を呆っとしているんですか!早く守護配置について下さい!」

桃が部屋に駆け込んできた。入隊時より彼女も大分落ち着いてきてはいるが、まだまだそそっかしい。

「なに、防護壁がきちんと作動しているんだ。旅禍はこの外なんだろ?ならまだここいらへ来るには時間がかかるよ。そう急ぐことは無いって」
「駄目です!万全の状態で備えておかないと」

もうっ!、と頬を膨らませながら桃が怒っている。上司なんだけど、上司って感じがしないんだよな~。本人が頑張っているから口には出せないけど。

「分かったよ、雛森副隊長」

渋々動き出したら、森田にまで注意されてしまった。

(真面目だねえ…)

声に出さなかったはずなのに、昴の顔を一目見た森田から説教を食らってしまった。四席としての自覚を、とか言われても、こんな落ち込んだ気分の日に仕事をするっていうのがまず間違ってる。…というようなことを呟いたら、説教が追加されてしまった。地獄耳め…


勿論、五番隊で一番配置に着くのが遅れたのは森田と昴である。







(やっぱり来なかったし)

市丸ギンによって旅禍が防護壁の外に押し出された、ということで一時的にではあるが厳戒態勢は解かれた。隊長格がそんなところに何故いたのかは分からないが、昴たちが無駄足を踏んだことはまず間違いない。

しかしまた、旅禍もギンと出くわすとは運の無い。今回の件のせいで、もう門からの侵入はほぼ不可能になった。ここに入ってくるつもりだったのなら、次はどういう手で来るだろうか?
…諦めることもありうるか。どちらにせよ、暫くこの騒ぎは起きないだろう。

「なあ、お前聞いたか?旅禍の情報!」

遠くで隊員たちが喋っている。

「数名いたらしいが、死神らしき装束の者が混ざってたらしいぞ。なんでも、身の丈ほどの大刀にオレンジ色の髪をしていたんだと」

その瞬間、昴は殴られたかのような衝撃を覚えた。
ルキアの処刑が日々刻々と迫っているこの時期とオレンジ色の髪の死神を結びつける思考は軽挙だろうか?

「オレンジぃ?そんな変わった頭の奴、見たことも聞いたこともねえな。しかもそんなバカでかい斬魄刀…瀞霊廷で見たことない死神って、よっぽど高位な人たちくらいだし…何者なんだろうな?」
「さあ?服装が似てただけって事もあるし、何とも言えねえよ」
「なあっ、君たち!」

思わず昴はその二人に声を掛けた。

「へぁっ、橘四席⁉何ですか⁉」
「その話、詳しく聞かせてくれないか?その死神の話だ」
「え?いえ。俺も、いえ、自分も伝え聞いただけでして、詳しくはわからないです」
「そうか…ありがとう」

礼を言うと、すぐさま白道(はくとう)門――旅禍の侵入をギンが止めた場所――へ向かった。


そこには、門番である兕丹坊(じだんぼう)が門を開けた形跡だけが残されており、彼自身の姿は見えなかった。のみならず警備強化のために派遣されてきた死神たちがわらわらいて、こっそり外に出ようにも出られなさそうだ。今は厳戒態勢ではないとはいえ、依然警戒と緊張は続いている。下手なことはしないほうが良いと判断し、昴は五番隊へと引き返した。

(せめて、兕丹坊から話を聞けたら、()かどうかはっきりしたのに…)

柄にもなく眉間に皺を寄せながら昴は思った。

もし、彼が――黒崎一護が来ているのなら、引き返させなければ。ルキアは彼が、いや、彼らが彼女のために傷つくのを恐れるに決まっている。今更どうにもならない状況で、彼女に気をもませないでくれ―――

そう思ってから、はたと気が付いた。
黒崎一護は死神の力も霊圧も失っていたのではなかったか?そんな状態でここに来られるはずはないではないか。
ならなぜ、こんな思考になったのだろうか?

眉間に親指と人差し指を当て、軽く摘まんで指を上下に動かした。ずっと緊張していたそこの筋肉を無理やりほぐす。

(やはり、今日は調子が良くないようだ)

それでも昴には、黒崎一護がここに来ている気がしてならなかったのだった。







「……一つ、未確認情報を教えてやる。尸魂界に旅禍が侵入した。数は五。内一人は、オレンジの髪に、身の丈程の大刀を背負っていたらしい」

護送を終えた恋次はルキアにそう伝えた。市丸隊長が対応したことは伏せておく。あのヒトが対応したなら、もう死んでしまった可能性が高いからだ。

恋次が伝え終わると、ルキアはこちらへ勢いよく振り返った。
こんな生きた目をした彼女はいつぶりに見ただろうか?


(やっぱ、伝えなくて良かったな。それに、仮に生きていてまたここに来るとしても、隊長格に黒崎一護(あいつ)が敵うはずもない。その時は、今度こそ俺が…)

まだ迷っている心に蓋をして、恋次は隊舎へと戻っていった。









翌々日、朝

「おはようございます、橘四席」
「うん、おはよう、森田」

昴が自分の仕事机に座ると、向かいの森田が声を掛けてきた。彼は連日緊張して働いてきているようで、流石に眠そうだった。

「一応僕の方が席次は上なんですよ?実力は僕の方が下なのは分かってますけど、他の者に示しがつかないのでもうちょっと呼び方などを考えていただけませんか」
「いやあ、実力云々じゃなく、これは私の気性なんだよねェ。前から言ってるだろ?どうしてもな時はそうするからさ。というか、もう何年この会話をしてんだか」

森田は疲れも相まって普段の三割増しでため息を吐いた。真面目もここまで来ると大変だ。

「そういえば、今朝は桃だけでなく隊長もいないなんて、珍しいこともあるんだな」

桃は普段から副隊長会議などで朝からいないことは間々あるのだが、一緒に隊長もいないということはあまりない。あの人は誰よりも早く執務室に来て仕事をはじめ、一区切りつくまでは用がないと抜け出さない。どこかの鬚に羽織の隊長とは大違いだ。

「今日はなんでも、緊急の隊首会があるそうです。副隊長も副官章を着用の上、待機せよとのお達しで」
「副官章?そんなお飾り、なくしてる奴もいるんじゃないか?」

副官章とは、副隊長が正式な場で着用する印だ。腕に巻き付ける使用のため、普段は邪魔だとつけていない副隊長もいる。

「それは流石に無いと思いますけど…でも、こんな指示珍しいですよね。僕は聞いたことがありません」
「私は過去に一度だけあるが、ここ百年はめっきり聞いていないな」

一度、というのは、百一年前の隊長格が虚化された事件の時だ。あの時は結局あっという間に事件が解決して出撃には至らなかった。

「百年!一体何を隊首会で取り扱っているのでしょうか?――やっぱり先日の旅禍の件ですかね」
「それ以外ないだろうな。何の問題が発生してるんだか。まァ、情報が降りてこない事には何とも言えない」

その時、再び警報が鳴り響いた。

《緊急警報、緊急警報。瀞霊廷(せいれいてい)内に侵入者在り。各隊守護配置に就いて下さい。繰り返します―――――》

「またですか⁉一体何が起きているのか…」
「森田!外を確認するぞ。窓を開けてくれ」

ただの侵入にしては、隊舎の外から聞こえてくる隊士のざわめきが大き過ぎる。
机を回りながら森田と窓の外を見ると、上空を何かが飛んでくるのが分かった。

「あんなところに落ちてきたら、遮魂膜(しゃこんまく)に当たって消滅するんじゃ――」

森田がそこまで言ったところで飛行体が遮魂膜にぶつかった。

瀞霊廷を囲む壁、瀞霊壁は殺気石(せっきせき)という、霊圧を遮断する尸魂界でも貴重な鉱石で作られている。それは霊力のみならず霊体の透過をも許さない結界のようなもの、遮魂膜をその断面からも生成している。そのため、瀞霊壁が下りて居る今はいかなるものも霊体であれば瀞霊廷に侵入することは出来ないはずだった。が――


「消滅…しない……?」

その物体は、遮魂膜を通過したように見えた瞬間、四方に弾けていった。
森田は信じられない、というように呆然としていたが、昴は冷静だった。

(全て、知っている霊圧だった)

二つは、最近黒崎一護の安否を確認しに行った時に直接会って感じた、茶渡君と石田君のものだ。もう二つは、その時の机の残存霊圧で知った、黒崎一護ともう一人の欠席者。そして最後の二人はどこか懐かしい、だが、どこで感じたか忘れてしまったものだった。

普通の隊員では感知できないほど微かにしか分からなかったが、多分それで全員だろう。
ソレを確認した昴は、眉間に皺を寄せた。

(たった六人か。この距離で分かるほど皆の霊圧が高いのは認めるが、隊長格にはまだまだ及ばないな)

ここまで派手に侵入してきたのだ。遅かれ早かれルキアにも伝わるし、総隊長も彼らを許しはしないだろう。困ったことになった。知ってしまった以上、彼らが死んでしまうのは気分の良いものじゃない。どう動いたものか……

「今隊長たちは会議中か。指揮は森田を中心に回そう。私が補佐に回る。私たちが担当の一班、二班は待機にして、三から三十九までの奇数の班を展開でどうかな、森田三席?」
「は、はい!それでいきます。橘四席は一、二班に連絡をお願いします」
「応!他の待機班にもそう伝えよう」
「お願いします!」

「いや、森田君たちも出てくれないか」

後ろを振り返ると藍染隊長が桃を連れて戻ってきていた。
隊長の方は息切れ一つしていないが、桃の方はやっとのことで抑えている感じだ。隊長は桃に合わせたうえで最速でここに戻ってくれたのだろう。

「今は状況を確認できる人材が動いてほしい。むやみに動いてもいざという時に戦力が分散しすぎるのも避けたいしね」
「「はい」」

どうやら警報が出た時点で隊首会は中止になったらしい。いずれにせよ、この状況は昴には都合が良かった。

(出来ることなら、この混乱に乗じて瀞霊廷から彼らを出さねば。彼らではここで生きていけない。とすれば、一番生き残れなさそうな者を探さなくては。流石に戦力がどうばらけたかまでは分からなかったから、いち早く状況を纏めるのが先か……難しいだろうが、出来れば隊長たちよりも早く)





情報収集を命じられた昴は、単独行動で駆けまわっていた。機動力がその方が良いというのが主な理由だが、この方が彼らを――侵入者一行を発見した時に都合がいいということもあった。

(さて、一番生き残れなさそうなパーティーメンバーは誰かな?)

生き残れない者の条件は、必ずしもその人の戦闘力に直結しない。うまく敵を避け続けさえすれば、その生存率は大幅に上がる。逆も然り。どんなに強くともすぐに敵に見つかって派手に暴れれば、雪だるま式に敵は増えるし其の質も上がっていく。物量はあちらが圧倒的に不利だから、生存率がどうしても低くなってしまうのだ。

そう思っていると、派手な霊圧のぶつかり合いが出現した。

(これは、班目三席と…黒崎一護か!遠すぎるな。間に合うか?)

思いっきり反対方向に走っていた昴は方向転換して再び走り出した。







(なんじゃこりゃ!)

死屍累々、というのは将にこの事なのだろう。
続いていた霊圧のぶつかり合いのあった付近へ辿り着いた昴の目の前には既に()された大量の十一番隊員たちがそこら中に倒れていた。

「こっ、こちら五番隊所属、橘昴四席!廷内十一号にて十一番隊員が相当数気絶してます。殆どが無傷に近いですが、四番隊の要請を」

通信機にそれだけ言うと、辺りを見回した。霊圧の痕跡は跡形もなく消えてしまっていた。
ここに着く前に花火みたいなものの爆発も見た。どうやらもう一戦行われていたらしい。昴は走るのに必死で、誰が戦っているのかまでは分からなかったが…




気絶しているだけの十一番隊軍団から昴が少し離れると、目の端に人影を捉えた。

「班目三席…」

倒れていたのは一角だった。出血こそしていないが、かなり深手を負っている。

「伊江村三席!こっちを優先してもらえませんか!」

先程到着した四番隊上級救護班の、班長である伊江村八十千和に声を掛ける。彼は神経質そうに眼鏡を上げ、愚痴を言いながらもこちらへ駆け寄ってきてくれた。

「全く、こんな人数が気絶するなんて、猫の手も借りたいくらいだ…これを機に十一番隊員は四番隊に対する見識を改め――って、うわぁ!何です、この傷!全く、こんな忙しい時に山田七席はドコでナニをしているんだか!」

何だかんだで手際よく業務をこなす彼に、昴は思わず聞いた。

「花が、ああ、いや、山田七席がどうかしたんですか?」
「招集が掛かっていたのに来なかったんですよ。一体どこで油を売っているんだか…そういえば橘四席は山田七席とお知り合いでしたよね?何か知りませんか?全く、彼はあれでも七席なんて信じられん!」
「……すみません、私には分かりかねますね」
「そうですか。使えな、いえ、仕方ありません。後は我々の仕事です。貴女はご自分の仕事へ戻ってもらって構いませんよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

(今、彼絶対‘‘使えない奴だな‘‘って思ってたよね。隠せてるつもりなんだろうか?正直というか何というか…実力は有るのに軽視されてしまいそうなタイプだな)

実を言うと、昴には何となく花太郎の居場所が分かっていた。さっきまで介抱していた隊員たちによると、‘‘旅禍二名に一人の四番隊員が人質(笑)にされていた‘‘らしい。勿論四番隊を馬鹿にした風だった奴らはもう一度キッチリ沈めてやったのだが、その人質の特徴はどう考えても花太郎なのだった。

旅禍だって、あんな隊員たちの反応を見たら花太郎に人質としての価値がないと思うだろう。他の隊に対してどうかをわざわざ検証する利点は彼らにはない。それでもなお花太郎がいないのなら、彼は自分の意志で付いて行っている、いや、協力している可能性が高い。その場合、使う可能性があるのは、あそこしかない。しかし、それが昴以外の隊士に分かると、花太郎が見つかった時に旅禍に協力した言い逃れができなくなってしまう。それは困る。

(あそこ、無駄に広いんだよなァ…探すのに骨が折れそうだ)





昴がそう思っていた頃、一護と恋次は因縁の再会を果たし、新たな戦いの火蓋が切って落とされていた。






UAが30,000を超え、お気に入りが700を超えていて驚きました。
作者のネガティブ思考が止まりません。
こんなに今評価が高いと、後は落ちるだけなんじゃ…みたいになってます。

人の欲とは恐ろしいものです。
これに惑わされずに書いていきたいです。

今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!


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警告を

慌しく隊士たちが行き交う廊下に、二人の死神が立ち止まって話している。状況が状況なだけに、勿論ただの世間話などではない。

「吉良君、これ…」
「阿散井君の副官章⁉雛森君、このことを隊長たちには?」
「ううん、言ってない」

恋次の副官章を見つけた桃は、イヅルにだけこのこと―――恋次が副官章を置いて行動していること―――を相談していた。副隊長の副官章着用が義務付けられている今外しているということは、恋次が個人的に行動していることの宣言に等しい。そして、現在の状況下で隊長の指示もなく副隊長が単独行動を取ったとなると、厳罰が下る可能性が高かった。

「それが賢明だろうね。万が一のことがあるから、探しに行ってみよう」
「この事、昴さんには言っておいた方が良いかな…?」

あの人なら、きっと恋次を守るためにはどうすべきかを分かってくれるし、力を尽くしてくれるだろう。それは吉良にも伝わったようで、お互いが頷き合った。

「雛森君は昴さんに連絡を!僕は阿散井君を探してみるよ」
「うん、分かった!」

(何でこんなことに…誰にも傷ついてなんかほしくないのに)

桃の思いは、(ことごと)く打ち砕かれていくことになる。








「昴さん!」

偶々隊舎に戻っていた昴に、前のめりに桃が飛び込んできた。

「どうした?桃、一旦落ち着け」
「阿散井君がっ!」




事の次第を聞いた昴は、桃と六番隊舎に向かった。イヅルがそこに向かうよう地獄蝶という通信手段で伝えてくれたのだ。

目に飛び込んできたのは、かなり深い刀傷を負った恋次の姿だった。その怪我から漏れ出る霊圧に昴は眉を顰めると、イヅルの方に顔を向けた。

「ひどい傷だな。何で四番隊に移送しないんだ?」
「朽木隊長が隊舎牢に放り込んでおけ、と仰って…」
「じゃあ私、救護班の要請を出してくるね」
「その必要あらへんよ。ボクが声かけといたる」

桃が駆けだそうとした瞬間、気配が無かったはずのところから声がした。

「ひゃあっ!市丸隊長⁉」
「市丸隊長!」

イヅルは慣れているのか余裕がある。気配を消して入ってこられたら、桃の様な反応になるのが普通だ。
慣れている側の昴はギンの方を向くと、呆れ顔になった。

「貴方って人は、気配消すのが趣味なんですか?そうでもしないと存在感出せないんですか?気配を消してるくせに」
「相変わらず昴ちゃんは辛辣やなあ。気ぃ抜いてる方が悪いんよ。さ、行くで。ついておいで、イヅル」
「はい!」
「宜しくお願いします!」

ギンはその身を翻すと、こちらに振り返らずにサッサと歩き始めた。桃の感謝に律儀にこちらに礼をしてイヅルはそれに付いて出て行った。するとまた、急に後ろから声がした。

「うわあ、こりゃ派手にやられやがったな、阿散井のヤロー」
「ひ、日番谷君⁉」
「おいおい、俺も隊長だぜ?良いのかよ、その呼び方で」

桃が、隊長たちは足音を消して入って来ないでほしいとぼやいている。全くその通りだ。一々寿命が縮んでしまうじゃないか。
精一杯の桃の抗議が終わった後、冬獅郎はひどく真剣な、低めの声で囁いた。どこか陰のある言い方だ。

「忠告に来たんだ…三番隊には気をつけな。特に、市丸のヤローにはな。吉良もどうだか…」
「何か知ってるのか?それとも勘か?」

昴の発言に彼は眉を引き攣らせた。

「橘、お前一回口の利き方から霊術院で学びなおして来い。隊長に対してそれはねえだろ!」
「へえ、隊長としての忠告なら根拠があるのか。というか、桃との対応の違いありすぎだろ。ま、いいけど。三番隊、ねェ…」

昴が考えを巡らそうとすると、冬獅郎の声が響いた。

「俺は口の利き方の話をっ…くそっ、これは俺の個人的な忠告だ。気を付けておいて損は()え」
「なァんだ、勘か。まあでも、その要因くらいは有るんだろ?」
「…この前の隊首会中に旅禍の侵入が起きたんだが、その時丁度市丸の処罰を審議してたんだ」

昴の口調を改めることを諦めた冬獅郎は渋々話し始めた。

「処罰?何の」
「旅禍を処分し損ねたことについてだ。仮にも隊長が旅禍一人を殺し切れずに帰すなんざ、護廷十三隊の威信に関わる話だからな。ともかく、そんなタイミングで鳴った警報に、藍染も不信感を覚えていたようだ。解散後に市丸に食って掛かっていた」

これに反応したのは桃だ。今までは黙って聞いていたが、藍染も関わってくるとなると黙っていられなかったらしい。

「藍染隊長が⁉もし本当に市丸隊長が何かを企んでいたりしたら、危ないんじゃ…」
「一旦落ち着くんだ。これは不確定な情報だし、君が敬愛する藍染隊長は市丸隊長にやられる様な死神じゃない。違うか?」
「それはそうですけど…」

勢い込んだ彼女を昴は宥めた。固く握りしめられた桃の拳をそっと降ろさせる。
冬獅郎は、話の持って行き方を間違えたらしい。しまった、というように額に手を当てた。

「橘はともかく、雛森、お前はこの件に深く関わるな。嫌な予感がする」
「でも日番谷君…」
「桃、察してやれよ。冬獅郎は君を危険な目に合わせたくないんだ」
「何でですか?私は副隊長です!」

必死の形相で訴える桃に、昴は呆れ顔になってしまった。

「…あまり鈍いと冬獅郎が可哀相だぞ?」
「橘、お前はもう黙っててくれ」

青筋再び。恋次の移送班がやって来たので、後を二人に任せた。冬獅郎に睨まれたが気にしない。しかし、あの若さであの眼光にあの眉間の皺ってどうよ?彼の将来が色々と不安だ。










一番隊に各隊の隊長が集められた。全員がいるのを確認し、一番隊隊長及び護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國は重々しく口を開いた。

「事態は火急である。遂に、護廷十三隊の副官を一人欠く事態となった。最早、下位の隊員達に任せておけるレベルの話ではない。よってこの事態を受け、先の市丸の単独行動については不問とする」

「……おおきに」

「尚、副隊長を含む上位席官の廷内での斬魄刀の常時携帯、及び戦時全面解放を許可する」


――――――――――――諸君、全面戦争といこうじゃないか――――――――――――












(戦時特例、か。恋次には悪いが、タイミングは悪くない)

自分の斬魄刀を下げて花太郎を探しに行こうとする昴に、隊舎を出る前藍染が話しかけてきた。

「やあ、橘君。こんな時間に見回りかい?」
「えェ、まァそんなところです。藍染隊長はどうなんです?」
「僕はこれから自室に帰るところだよ。……君は結局、その話し方を変えなかったんだね」

薫の話し方のことを言っているのだろう。悲し気に昴を見つめる彼に、昴は笑顔で返した。

「ああ、これはまあ、あいつを忘れないようにです。でも今は、藍染隊長に拾っていただいた時みたいな後ろ向きな感情じゃない。これを糧にしていこうっていう前向きな気持ち、マジナイみたいなモンなんですよ。心配なさらず!」

すると彼は、いつものように困ったように首をかしげながら、

「しょうがない子だ」

と笑った。いつものことなのに、何故かそれは儚げに見えた。

「藍染隊長?何かありました?」

怪訝そうに昴がそう聞くと、藍染は何かを言いかけて、止めた風だった。

「何でも無いよ。――少し引っかかることがあっただけなんだ。橘君、これからも五番隊を頼んだよ」
「何、死にに行く戦士みたいな台詞(セリフ)言ってるんですか。それに、そういうのは桃に言ってやってください。きっと顔を真っ赤にして喜びますよ」
「君なら、そんな彼女を支えてくれるだろうからね」

にこやかに言っているが、それって…

「私に可愛げが無いって言われてる気がするんですが違いますか」

納得いかない、という風に昴が不服そうに言ったのを見て、藍染は一瞬目を丸くした後すぐに笑顔になった。

「そんなことは無いよ。でも、君もそんなことを気にするんだね!意外だよ」
「セクハラで訴えますよ?」
「ははは!」

もう休む、と言って引き返していった藍染()()の後姿を、昴が再び見ることは無かった。







世の大学受験生たちに幸あれ。
切に願います。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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(恋次の傷跡…あれに残っていたのは相当濃い霊圧だった。まるで、霊圧で傷ができたのかと思うほどに)

目的の場所に向かいながら昴は考えていた。
副隊長が倒されたということで、戦時特例が発令され本格的に隊長格が戦場に駆り出される。その前に彼らを見つけなければ。それに、花太郎をその場から離さなければ。いつ巻き添えを食うか分かったモノじゃない。ルキアの刑が予想以上に重かったように、花太郎にも何らかの影響が出てくるかもしれない。

(あれ程の力がある相手のようだな、黒崎一護という男は。さてさて、彼は生き残っていける奴かどうか…)

今昴がいるのは地下だ。
瀞霊廷の地下には、水路を伴った地下通路が張り巡らされている。今は補給経路に使ったり、掃除したりしている四番隊だけがここの地理と、もっと言うなら存在を把握しているため、身を顰めるにはうってつけの場所だ。
以前、ここだと色々とショートカット出来て楽だと花太郎が言っていたのを思い出す。案の定彼の霊圧を感じた。

(一、二、三人だな。見張りも無しとは不用心なことだ)

昴はそっと斬魄刀を抜いた。









「チャド達はルキアの居場所を知らねえ。俺が行かねえと――」
「一護さん、駄目ですってば。ほら、まだ治ってないんです。そんな体で出て行ったら、今度こそ本当に死んでしまいますよ?一護さん!」

ゴッ!

一護は、花太郎の説得を無視して無理に動こうとして殴られた。どうやら、岩鷲にやられたようだ。

「ふんっ!この程度でぶっ倒れる奴のどこが大丈夫なんだよ。治るまで大人しく寝てろ、ボケっ」

(岩鷲、てめぇ…)

意識を手放しかけた刹那、妙な悪寒がして意識が手元に戻ってくる。
一護は踏ん張ると、体勢を立て直した。

「何だよ?この寒気……」
「一護さん、どうしたんですか?ここは地下ですから年中一定の気温になってるんで、寒いなんて…え?」

花太郎の顔色が変わる。岩鷲もそれに気付いたようだ。

「何だよ、花。心当たりでもあんのか?スゲー寒くなってきてんだが」
「一護さん、岩鷲さん!すぐにここからはな「もう遅いよ、花」―――…昴さんっ!」

一護と岩鷲もつられて声の方を見る。人がいたなんて全く気が付かなかった。
パキン、と何かがひび割れるような音が隣の川から聞こえてきたが、そちらに目を向ける余裕は無い。

「てめぇ、何者(ナニモン)だ?」

一護がその場を動こうとすると、花太郎が今までに無く鋭い声で言った。

「一護さん、動かないで‼」
「花太郎?どうしたんだよ、急に!」
「もう僕らは彼女の術中なんです。一歩でも動けば氷漬けにされてしまう…いえ、動かなくても、彼女の意思次第でそうなります」

花太郎の尋常ではない冷や汗を見て、これはただ事ではないと一護は理解した。

「これは、彼女の斬魄刀、〈氷華〉の技の一つ、‘‘雪月華(せつげっか)‘‘――凍結した地面に対象が足を踏み入れたが最後、そこから対象をも氷漬けにしてしまうんです。もう、僕らが立っている場所以外は彼女の凍結領域です」
「そんなん有りかよ……ってか、その彼女って誰なんだよ⁉」

暗闇の方から手が伸びてくる。顔はまだこちらからは見えないが、確かに女性だというのは分かる。
動揺しながらも花太郎の説明で合点がいった。先程の音は凍った川面がひび割れる音だったのだ。

「花、戻るぞ。伊江村三席が探していたよ。今ならまだ、迷っていたと言えば誰も疑わない」
「昴さん、何で斬魄刀を解放してるんですか?上位席官の廷内での解放は厳罰が下りますよ」
「恋次が()()()()に斬られたせいで戦時特例が発令されたんだよ。花の斬魄刀みたいな例外じゃなくても、今は解放できるんだ」

くっ、と苦し気に息を吐いた花太郎が、視線を‘‘彼女‘‘からそらさずに僅かに一護の方に顔を向けた。

「彼女は、橘昴。五番隊の第四席です」
「四席?ってことは恋次より弱いのか?」
「面白い質問だね」

会話に入ってきた女性死神の顔がとうとう見えた。それを見て一番驚いたのは、なんと岩鷲だった。

「アンタは、兄貴を殺した死神の片割れ…!」

殺した、という言葉に引っかかったのだろう。その死神は、岩鷲の方を向いた。

「兄貴?君の兄の名は何と言うんだ?」
「…志波海燕!俺が知る最強で最高な唯一の死神だった男だ!今でもはっきりと思い出せるぜ。兄貴を担いできた二人の死神の顔をなぁ。アンタだろ?そのうちの一人は!」

それを聞いて彼女は零れそうなほど目を見開くと、そうか…と呟いた。

「君がこんなところに来るなんて、運命の悪戯(イタズラ)ってやつなのか?でも、そんな物にはご退場していただかないとな。大丈夫、殺しはしないよ。そんなことをしたら、海燕副隊長とルキアが悲しむもんな?」

それを聞いて、今度は一護が反応した。
歯を食いしばり、思い切り彼女を睨みつける。

「アンタ、ルキアの知り合いか?」
「そう殺気を出すなよ。そんなボロボロの体ではでは本気は出せまい?」
「本気なんて出さなくても、四席のアンタなら倒せるぜ?なにせ恋次は」

威圧も含めて自慢げに一護が言おうとすると、彼女が不敵に笑いながらそれを遮った。

「君が倒したんだろう?知っているさ。凄まじい霊圧が彼の傷跡に残っていたからな。でも、恋次を倒すのにそれだけ満身創痍になるなら、私を倒すのなんて土台無理な話だよ、黒崎一護」
「何で俺の名前知ってんだ…⁉てか、どういう意味だよ⁉」

もったいぶるように彼女がゆっくりと近づいてくる。あと一歩で一護の斬魄刀――〈斬月〉が届く、というところで彼女は止まった。

「私は現世で君を見たことがあるんだよ。私はあんなに近くにいたのに、君は気付かなかった。君は霊圧を失っていたからね。どうやって力を取り戻したかには興味があるが、今はそんなことを聞いている時間は無い。最後の君の質問に簡潔に答えるなら、私は恋次よりも強い、それだけだ」
「なん…だと……?」
()()彼と手合わせしているが、彼は私に勝ったことがないってことだよ。この三十年程で一度も、ね」

あの恋次が一回も勝ったことのない相手、だと?状況は最悪だ。だったら、イチかバチか――
足に力を籠め、一気に加速する。花太郎の話が正しいなら、地面に足が凍りつくより早く動いて勝負をつける!

「実に最悪な一手だよ、黒崎一護」

咄嗟に〈斬月〉で体を庇うと、鋭い金属音がして思いっきり後ろに吹っ飛ばされた。
思わず視線が足元に向かう。マズイ、足が地面に着い――

「余所見とは余裕があって結構なことだ」

一護の体が‘く‘の字どころか‘つ‘の字に曲がる。着地前に腹を殴り飛ばされた。この細腕でよくもと思えるほど怪力だ。激痛が走るが、意識は飛ばない。

「ッ」
「一護!」 「一護さん!」

岩鷲と花太郎の声が聞こえるが、返すこともできない。空中にいる間に、張り手二発と拳骨が入ったが、加減して打たれたがために鈍い痛みだけが後を引いている。

「全く、いくら怪我人でも、こんな戦闘の素人に恋次は負けたのか。(しご)きなおさないといけないな?」

地面に着いた地点から、一護の体が冷えていく。

(このままじゃ、まずい)

もがこうにも、既に凍り付いてしまった体を引き剥がす余力はもう一護には残っていない。

「花、もう一度言う。帰るぞ。今ならまだ間に合う。この二人は私が責任を持って流魂街に出そう。嫌だとごねるなら、この二人は護廷隊に突き出す。生きては帰れないだろうな」
「昴さん…何でそんなことを⁉昴さんはルキアさんの処刑について何とも思わないんですか⁉」

花太郎の訴えに、彼女は表情を変えないまま首を横に振った。

「理不尽だと思うさ。だが、ルキアはもう腹を括った。これ以上我々が騒ぐのは、彼女の心労を増やすだけの無駄な行為なんだよ」
「そんなの分からないじゃないですか!」
「分かるさ。ルキアは最後の憂いを取り除くために私に黒崎一護が生きているかを確認してきてほしいと頼んだんだから」

「そうやって兄貴も見殺しにしたのか」

押し黙っていた岩鷲は口を開いた。

「いいや。でも、あの時海燕副隊長が望んで亡くなったことは事実だよ」
「ふざけんな!兄貴はそんな自殺志願者じゃねえ!〈志波式射花戦段・旋遍ば――〉」

岩鷲が大量の花火を投げようとしたところで、昴が斬魄刀で岩鷲の両手を少しずつ斬った。途端、岩鷲の腕が凍って動かなくなった。〈氷華〉の能力は斬りつけたものの温度を自由に下げる能力。斬られるだけで一巻の終わりだという事を伝え忘れていたことを花太郎は思い出した。低い悲鳴を上げて岩鷲が崩れ落ちる。

「岩鷲さん!―――やめて、やめてください!」
「帰る気になったか?花」

岩鷲、一護をそれぞれ見た花太郎は、首を横に振って、自身の斬魄刀を引き抜いた。
それを見ていた一護と岩鷲は、ただただ驚いた。今まで見てきた、花太郎の意志の弱そうな迷いを孕んだ瞳は消え、そこには覚悟を決めた強い光が宿っていた。死ぬ覚悟ではない。昴を倒す、という覚悟だ。

「満たせ、〈瓢丸(ひさごまる)〉」

その目を見て驚いたのは二人だけではなかった。昴もまた、長い付き合いである幼馴染がこんな目を出来るなど露ほども知らなかった。どんな時も甘くて、優しいのが花太郎だった。

「その斬魄刀で二人を治して、また戦わせるのか?逆立ちしたって彼らじゃ私には勝てないよ?花自身が戦おうにも、その斬魄刀で攻撃ができないのも知っている」

花太郎の斬魄刀は、刀を当てた対象の傷を吸い取り治すという能力を有している。治すたびに刀身にあるゲージが赤く染まっていき、溜まりきるとそれを一気に放出することができるが、それ以降は暫く攻撃力がゼロ状態になってしまう。怪我人を治すという特性上、花太郎は上位席官ながら常時斬魄刀の携帯と解放が許可されていた。もしもの時の回復用だ。

「違いますよ。―――一護さん、岩鷲さん、僕がお二人を治しても、手を出さないでくださいね」

そう花太郎が言うと、一護の方に一歩、二歩と花太郎が進みだした。足が凍結する度、〈瓢丸〉で回復している。その様子を、昴はただ黙って見ていた。

「花太郎、お前…」
「一護さん!良かった、まだ意識があったんですね。僕じゃ抱えられませんでしたから」

そう言って一護を治すと、今度は岩鷲の方を治した。
そして、一歩、また一歩と昴の方へ向かっていく。まだゲージは溜まりきっていない。




昴の前に花太郎が辿り着くと、その刀を昴の胸に当てた。途端、ゲージが一気に上がっていく。

(―――――心の傷を治しているのか⁉)

昴は自身の胸がこころなしか軽くなったように感じた。花太郎はやはり、どこまでも甘く、優しい。目には見えない、回道では治せない傷を負った昴のことをずっと考えてきてくれていたのだろう。だが、昴はこれを望んでいなかった。

(この痛みは、自分で生涯背負っていくと決めたものだ!いくら花でも、土足で踏み込んでくるなど許さない‼)

「いい加減にしろ、花!そんな事、ぼ――」
「動かないでください」

昴は、〈瓢丸〉のゲージが満タンになっていることに気が付いた。それを花太郎は昴の喉元に当てている。ゼロ距離から解放されれば、いくら昴でも無傷では済まない。

「‘‘雪月華‘‘を解いてください。そして、僕たちをもう追わないで」
「花、本当に分かっているのか?今ルキアを助けようとするのは、例え死神だろうが最悪その場で斬り捨てられても文句が言えない事なんだぞ⁉そしてこの戦力差だ。勝ち目なんてない。私を一人にしないでくれ!」
「ずるい言い方ですね、昴さん。すみません、これはもう僕が決めたことなんです」

にこりと昴に笑いかけたその目は、ルキアのものと同じだった。いや、正確には、花太郎のものは何が何でも助けるという覚悟を決めた目だった。ルキアの覚悟を受け入れた昴は、この覚悟もまた受け入れざるをえなかった。

「このッ…大馬鹿野郎が……そんなことそんな目で言われたら、何も言えなくなるじゃないか」










昴が斬魄刀を封じると、花太郎は安心したように一息ついて、彼も刀を納めた。

「分かったよ、花。私はもう君たちを追わない。勝手に行って、勝手に死んじまっても、なァんとも思ってやらんぞ」
「ありがとうございます、昴さん。絶対死んだりしませんから。一人にしたりしませんから」



それに昴は答えず、奥の方へと引き返していった。暗くて三人からは表情が見えなかった。

((スゲェ…))

花太郎の評価が一護と岩鷲の中で相当上がったのは間違いなかった。
気が緩んだ途端、一護は精神的な疲労が一気に体に流れ込み、意識を失った。





・独自設定(設定したからと言って再度使用するとは限りませんので、悪しからず)

1、花太郎の斬魄刀は怪我人が居るときはいつでも解放許可が出ている。

折角の能力なんだから、本編でもっと出てきても良かったのにと思います。
一応帯刀はせず、四番隊がいつも背負ってる救護カバンみたいなものに斬魄刀を入れているイメージです。
この設定が無いと、今回あまりにも花太郎たちが不利だったので…

2、花太郎の斬魄刀が治せるのは、彼が‘‘傷‘‘と認識したモノ

アニメオリジナルストーリーに、虚化しかかった魂魄の胸の傷を花太郎が斬魄刀で無理やり治していたのを見て考えました。独自解釈の気が強い設定です。


・ちなみに、昴が恋次と時々手合わせをしているだのなんだのというのはハッタリです。
恋次が十一番隊に行ってからは彼と昴が会うこと自体珍しい状態だったので…
移籍前に手合わせしてから昴の勝ち逃げが続いているので、殆ど嘘は言ってないんですが。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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殺害と

物数寄のほね様、誤字報告ありがとうございました!


「藍染隊長おおぉぉ―――ッ!」

瀞霊廷中に響き渡りそうな桃の声が響いてきた。昨晩すっぽかした業務を進めるため隊舎へ歩いていた昴は、思わず何事かと立ち止まった。
桃は感情表現が豊かな方だが、それは正の感情に大きく振れていた。しかし今の悲鳴は明らかに負の感情――絶望と哀しみが全面に表れていた。

(何があった⁉)

声のした方に走っていくと、斬魄刀まで解放してイヅルと桃が斬り合おうとしているところだった。

「桃!イヅル!馬鹿っ、やめろっ!」

昴の声は届かない。
刀同士が交わる直前、人影が二人の間に割り込むのが見えた。

「動くなよ、どっちも」
「日番谷君……」
「捕らえろ、二人ともだ」

「何があった⁉桃」

辿り着いた昴を冬獅郎が見た。
その目には、深い後悔の念が浮かんでいる。

「総隊長への報告は俺がする。そいつらは拘置だ。連れていけ。橘、お前は四番隊に連絡に行ってくれ」
「連絡?何の」

彼の視線が背後の建物に移る。昴もそれに続いた。
冬獅郎の翡翠色の瞳が映したのは、信じがたい景色だった。

「藍染……隊長……?」

昴の遥か頭上には、斬魄刀によって(ハリツケ)にされた血まみれの藍染惣右介の果てた姿があった。

「そ…うか…これを見て桃は取り乱したんだな。だが、何故イヅルに斬って掛かったんだ?」
「本当は市丸に刀を抜いたんだ。あの時、野郎‘‘大変なことになったな‘‘とかぬかしやがった。それに雛森が逆上したんだ。‘‘お前がやったのか‘‘、ってな。市丸を守るために吉良が雛森に食って掛かった。昨晩、俺があんな話をしたせいだ」

それで後悔していたのか。確かに、昨日の今日でこの有様なら桃が不安定になるのも頷ける。
ギンは少し離れた位置から冬獅郎に話しかけてきた。

「あんな話って何?日番谷隊長は雛森副隊長に何を吹き込んだん?」
「市丸…お前、雛森を殺そうとしたな?」
「はて、何のことやら?」
「今のうちに言っとくぞ。雛森に血ぃ流させたら――――俺がお前を殺す」
「そら怖い。悪い奴が近づかんよう、よう見張っとかなあきませんな」

隊長同士のにらみ合いだ。凄まじい殺気を間近で感じている昴の身にもなってほしいものだ。
このタイミングで巡回中の死神がわらわらやって来た。各々が藍染隊長の姿を見て呆然としている。

「君たち、藍染隊長を降ろして差し上げてくれ。日番谷隊長、もういいだろう?総隊長への報告を頼む」
「……分かった。後は任せていいか、橘」
「ええ」

もう一度冬獅郎はギンを睨むと、さっさと歩いて行った。
冬獅郎が見えなくなると、ギンはわざとらしくおどけて言った。

「えらい嫌われようやねえ。ボク、偶々通り掛かっただけやゆうのに」
「本当に貴方が殺したんですか?」

真っ直ぐ目を見て昴は問うてみた。ギンは普段開かない目を少しだけ開いたかと思うと、すぐ閉じて胡散臭い笑みを顔に貼り付けた。

「違うよ。というか、‘‘そうや‘‘、なんて言う奴居る思う?ホンマにそうやったらどうするん」
「違うんですね。良かったァ!人を疑うのは疲れるからなァ」
「…キミ、人の話聞いとった?」
「勿論。違うんでしょう?なら良いんだ。私は君を信じるよ」

それを聞くと、ギンは珍しく笑みを消した。だがまたすぐに、口角が吊り上がる。

「キミは――面白い子やね。調子狂うわ」

やれやれ、というように笑うギンは、いつもの笑顔より少し柔らかかったような気がした。








昴が地獄蝶を四番隊に送ると、四番隊副隊長の虎徹勇音が駆け付けた。

「橘四席、藍染隊長の御遺体、確かにお受け取りいたしました。卯の花隊長が只今受け入れ準備を進めて下さっています。我々が総力を挙げて検死させていただきます」
「宜しくお願いします」
「この度は、お悔やみ申し上げます」

彼女の目は同情に満ち満ちていた。藍染隊長は死去、副隊長である桃は一時ではあるが錯乱し拘置所。残された隊がどうなるのかは目に見えていた。

「お気遣い感謝します、虎徹副隊長。我々のことはお構いなく。隊長の死因究明及び犯人解明への研究、宜しくお願いします」
「勿論です」


騒ぎが一旦引いたため、後は総隊長に派遣された一番隊員たちに任せて昴は五番隊舎に戻った。








「昴さんっ!一体どういうことなんですかっ⁉」

昴は部屋に入るなり森田を筆頭に他の隊員達に質問攻めにされた。
余計な混乱を避けるため、藍染隊長の遺体を降ろした後に来た死神は許可なくあの場に入ることが禁じられていた。従って状況が分からず取り乱すのは仕方のないことだ。

「席官及び各班班長・副班長全員、集会所に集まってくれ。説明は纏めてそこでする」





昴はそこで、藍染隊長の遺体発見時の状況、雛森副隊長の捕縛時の状況、隊長の遺体は四番隊にあること、犯人及びその意図は不明であることを順に話した。

「以上がこれまでの概要だ。何か質問は?」

昴が話し終えると、森田が率先して質問してきた。

「これからの五番隊の対応はどうしていけばいいんでしょうか」
「良い質問だ。現在は旅禍騒ぎもあって混乱が広がり続けている。隊を纏めるためにも雛森副隊長は今日明日で釈放されるはずだ。だが、それまでは森田に隊長代理として五番隊の全権を握ってもらう。私と日下が副隊長代理だ。よって、我々三人が班長を務める一班から三班までは、副班長を中心に隊舎周辺の警護、他の担当を他班で行う。他には?」
「ちょっと待ってください!僕ではなく橘四席が全権を握るべきだと僕は思います!」

全員の視線が森田に集まる。
半ば予想していた状況に、昴は少し眉を寄せた。

「今一番状況を把握できているのは橘四席です。それに、緊急時の対応は僕より貴方の方が適格だ。先日の旅禍の侵入騒ぎで思い知ったんです」
「それは出来ないんだよ、森田三席。今回旅禍に私の顔見知りがいるようなんだ。それに、近日処刑予定の極囚朽木ルキアが私の友人であることは周知の事実だろう。私では公私混同しかねない。だから、本来は副隊長代理もすべきではないと思ったんだが、これは総隊長からのお達しでね。やってくれるか?」
「っ、わかりました!謹んでお受けいたします」

生真面目に一礼した彼を見て、一瞬張り詰めた空気も和らいだ。昴は視線を彼から外すと、他の隊員に向き直った。

「他には?」
「藍染隊長を殺害したのは、旅禍…なのでしょうか」
「言っただろう、‘‘犯人は分からない‘‘と。ただし、その可能性は否定できない。命の危険を感じたら無理をせず引くんだ。いいな?」
「はい!」

質問した彼は、言葉を続けようとして止めた。何を言おうとしたのかは容易に想像がつく。
それは、死神が―――護廷隊士が隊長を殺害した可能性。
今、隊士同士で探り合いをするべき時ではないとここにいる者は分かっている。だから誰もそれを追及したりはしない。流石は班や隊を纏める立場にある者達――皆優秀なのだ。

「他に質問はないな?なら、このことは君たちから自分の班員たちに伝えてほしい。だが、これほどの情報だ。万一の行き違いに備えて、説明は三班ずつ纏めて行ってくれ。必ず今私が述べたことを欠かさず伝えるように」
「「「「「はい!」」」」」




一班から三班までに説明を終えた昴、森田、日下は、ひとまず人のいなくなった集会所から出て隊首室に入った。隊長、副隊長の仕事に取り掛かるためだ。

「アホみたいな書類の量じゃないっすか…隊長方はいつもこんな仕事してんですか」
「そうだぞ、日下。君がいつもやってる量だって、実は桃がちょっと請け負ってくれてたんだぞ?」
「マジすか⁉今までで俺十分無理なんすけど⁉」
「ああ、でも、五席のミスの直しは殆ど四席がやってくださってますよね」

にこやかに森田が日下に圧力をかけている。かけられた本人は全くそれに気付いていないようだが…

「マジすか⁉サーセン!」
「森田、余計なこと言わんでいい。日下、書類は私と森田二人でやるから、君は各班の指示を任せる」
「戦力外通告みたいっすね」

昴が思わず、書類に関しては‘‘みたい‘‘じゃないと言おうとしたところで戸がノックされた音が聞こえた。こんな時にここに来る人物…誰だ?
どうぞ、と答えると、意外な人物が姿を見せた。

「冬獅郎!」
「日番谷隊長だ。結局一度しか呼んでねえし。まあいい。お前らの追加分の仕事、こっちに寄越せ」

ぶっきら棒な口調だが、昨晩の発言と桃を捕らえる指示を出したことに責任を感じているんだろう。そんなに気を回さなくても良いのに。

「まだ気にしてたのか?別にウチは大丈夫だ。今の状況じゃ、君のところだって他隊に気を遣ってる余裕は無いだろ?」
「そんなんじゃねえよ。俺はこう見えてお前らより優秀だからな。仕事は早く終われば誰がやろうが一緒だ」
「――橘四席、今日だけは甘えさせていただきましょう。下手に明日に残すと、出仕した雛森副隊長の負担が増えます。ですが、流石に全てをお願いするわけにはいきませんので、半分をお願いしてもよろしいですか?日番谷隊長」
「森田がそう決めたのなら私に異論は無い」 「ああ、任せておけ。また何かあったら連絡しろ」

こういう扱いは、やはり森田が一番だ。誰にも不快な思いをさせずに話を纏めることに長けている。彼もまたトップの器なのだ。
冬獅郎の願い出も、正直なところ大助かりだった。まだまだ混乱している隊を纏めながら通常業務に加えて現在の戦時体制の指示をこなすなど、三席以下には殆どといっていいほど無い経験だ。既に三人はいっぱいいっぱいだった。

「さて、取り掛かるか」

こうして五番隊の長い長い一日が始まったのだった。





尸魂界の死神って、毎日毎日一体何の書類を処理してるんでしょうか?
謎です。謎過ぎます。

次話は書類仕事終わってからのスタートです。
…普通はそうですね。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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再び

早く進めたいのに進まなくてもどかしいです。
クライマックスまで進んだ時、多くの読者さんに受け入れてもらえると良いなあ…


「本日の業務しゅ~~りょ~~っと!」

日下が伸びをしながら喚いた。その気持ちは昴と森田も切実に理解できた。
(やっと終わった……)というのが三人に限らず、五番隊員たちの総意と言っても過言ではない本音だった。

殆ど班の構成が変わらないとはいえ、上三人は普段行動をする側の立場だったから中々指示を出す機微が分からず苦戦した。幸い旅禍に遭遇したり戦闘に巻き込まれたりする隊士がいなかったのは助かったが、全ての旅禍が捕まっていない以上まだ安心するには早かった。

ただし、これまでに二人の旅禍が捕らえられたという話を耳にした。一人は京楽隊長に、もう一人は朽木隊長に、それぞれ斬られたが四番隊に担ぎ込まれたらしい。朽木隊長の方は(とど)めを刺そうとしたそうだが、間一髪で浮竹隊長が彼を()めに入ったそうだ。その旅禍がルキアを救おうとしていたからだろう。実に彼らしい。その場にいた後の二人の旅禍は取り逃がしたとかなんとか。詳しい話は分からなかった。

こちら側の損害といえば、捉えた旅禍が二名であることを加味すれば散々な結果だった。隊で言えば最も被害を受けたのは八番隊だ。ここは今日、三席以下の隊士多数が負傷する程の損害が出たそうだ。七緒に何もなかったのは唯一救いではある。しかし最も痛手だったのは十一番隊の更木剣八隊長が倒されたということだろう。倒すと言うだけなら簡単なように聞こえるが、十一番隊隊長というのは代々〈剣八〉を継いでいる。これは‘‘何度斬られても倒れない‘‘最強の戦士としての称号であり、今代の彼もまた最強と名高かった。そんな者が倒されたのだ。大きすぎる損害だった。
―――戦力的にも、精神的にも。

色んな意味で痛い頭を押さえながら昴は筆を置いた。

「ふう、それじゃあ上がらせてもらうとするか」
「お疲れ様です、橘四席。もう自室に戻られますか?」
「いいや。桃の様子を見てから帰ろうと思ってる」
「それなら僕も一緒に行きます!丁度行こうと思っていたので」

気ぜわしく準備をする森田に、ゆっくりでいいと声をかけた。









何となく落ち着かなくて、森田は隣を盗み見た。
さっきと変わらず昴が隣を歩いている事実は変わらないのに、何故か彼女といるといつも何か不安な気持ちになる。
彼女が、ここにいないような――――

以前、本人の前でそれをうっかり漏らしたことがある。

「橘四席って、時々ここにいるのか分からなくなる時があります」

言ってから自分は何を言っているんだと口を押えたが、昴は笑うどころかどこか真剣な表情で‘‘そうか…‘‘とこぼした。

(あなが)ち、間違いでも無いんじゃないか?私は、生きながらに死んでいる。亡霊みたいなものだからな』

その言葉に返せなかったことを、彼は今でも後悔している。
いつもの快活さを飲み込んだ彼女の表情の暗さに、胸が軋んだ。



それから森田は、よく昴を見るようになった。
自分のことを亡霊と呼ぶ彼女が、いつかどこかにふらりと消えてしまう気がして…

そして気が付いたのは、いつも彼女は一人で行動しているという事だった。
業務も、食事も、休み時間も、必要があるとき以外は単独行動だ。
近しい者と言えば四番隊の山田七席と八番隊の伊勢副隊長くらいで、阿散井副隊長達や十三番隊の朽木殿にはあくまで先輩として親身になっているという感じだった。
松本副隊長など親し気に接している様に見えるヒトは多かったが、その瞳の奥は冷めている、そんな感じが森田にはしていた。

『そうか…森田君はよく橘のことを見てくれているんだね』

彼女の元上司、浮竹隊長にそのことを相談した時に言われた。

「そっ、そんなことはありません!」
『あはは!変な意味じゃないよ。確かに君の言った通り、橘はあの事件以降、深く人と関わらなくなった。海燕の一件の後は、それがもっと酷くなったよ。元々面倒見のいい(タチ)だから、気付いてない者が殆どだろうけれどね。もしかしたら、本人も無自覚なのかもしれない』
「あの事件、ですか?」
『ああ。もう、知らない死神の方が多いだろうね。彼女は過去に、自身の幼馴染を斬り捨てているんだ』

‘‘きっと、橘は深く繋がって再び失ってしまうのが怖いんだよ‘‘、と彼は言った。

だとしたら――――

再び森田は昴を見た。

(再び関係者を―――朽木ルキアをこんな形で失うことを、本当に彼女は受け入れられるのだろうか?幾ら指導しているだけとは言っても、朽木殿は確か志波副隊長の紹介で引き合っていたはず。阿散井副隊長らよりその情は強いのではないだろうか)

しかし彼に、それを昴に言う勢いはなかった。
元来彼は真面目な性根であったがために、掟や命令を守るという行為に対して頑固なところがある。
そして今の命令は――――‘‘朽木ルキアを極刑に処せ‘‘だ。
余程事態が急転しない限り、彼の口がソレを告げることは無い。


「さっきから何だ、森田?チラチラこっちを見て」

不思議そうな昴の声で森田は我に返った。思わず声が上ずる。

「いえっ、考え事をしていたものですから」
「ふうん?程々にな。顔赤いぞ、知恵熱か?」
「そんなことないですよ」
「……本当か?真面目なヤツの‘‘大丈夫‘‘は信用できない。今君に倒れられたら五番隊は終わりだ。無理せず休んでくれよ?」

苦笑する昴を見て、森田は言いようのない胸の痛みを感じた。
同時にそれは、大きな不安となって彼の胸を占有した。

「どうした?」

昴が森田に振り返る。彼女の手を、彼が掴んで引き留めたのだ。

「―――貴女は、ここに居て下さいますよね?突然消えたりしませんよね?」

我ながら子供のようだと思いながら、それでも彼女に問うた。
ルキアの処刑宣告、そして藍染隊長の死から一層薄くなっていく彼女の気配は、彼の心をざわつかせ続けている。
それを加速させるような儚い笑みを昴は浮かべた。

「居るときは居るし、消えるときは消える。死神なんて、そんなもんだろ?」

自然な流れで振りほどかれた森田の手が、再び彼女を捉えることは無かった。

これ以上踏み込んではいけない、と彼の直感が告げた。
これ以上彼女に踏み込んだら、酷く彼が傷つく何かが起こる気がした。
それでも彼は、昴をその視界から外すことができなかった。








森田と隊舎牢まで行き、扉を開いた昴は風が通るのを感じて一瞬立ち止まった。

(風……?牢の窓ってこんなに風通しが良かったか?)

桃の牢の前に行って、昴はあの風の意味を理解した。
牢の壁には大穴が空き、看守は気絶し、―――そこに桃の姿は無かった。

「まさか、雛森副隊長が………?」
「森田、すぐに一番隊に連絡を。今の彼女は何をするか分からない。急いで呼び掛けて捜索してもらうんだ」
「はい!」

森田が行ってしまってから、昴は天挺空羅で冬獅郎に繋いだ。

「冬獅郎、こんな時間にすまないが、悪い知らせだ。桃が脱獄した」








現場検証は冬獅郎たちと森田に任せて、昴は情報収集に四番隊に来た。するとそこで再び思いがけない人物に出会った。

「花⁉……何でここにいるんだ?」
「昴さん……僕ら、捕まってしまったんです。結局僕は、隊長格の霊圧に当てられて動けなくて……」
「何のお話ですか?」

振り返ると、満面の笑みで卯の花隊長が立っていた。

「何でもありません。卯の花隊長、実は、お願いが有ってこちらに伺いました。五番隊は本日ごたごたしていて情報が回ってこなかったんです。ですので」
「旅禍に直接話が聞きたいと?」
「――そうです。できれば、花も一緒に」
「許可が下りるとお思いで?」
「下ろしていただきたい。卯の花隊長にご迷惑はお掛けしません」

暫くお互い視線を動かさなかったが、卯の花隊長の方が折れてため息を吐いた。

「…良いでしょう。ただし、尋問と言う体にしてください。何か有力な情報を得られたときは報告してくださいね?」
「勿論です」




廊下を花太郎と歩きながら、昴は独り言のように彼に言った。

「戦えなかろうが何だろうが、生きてるもの勝ちだ。私は、花が生きていてくれて本当に嬉しかったよ」

花太郎は俯いて、すみません、と呟いた。そこはあやまるところじゃないと思いつつ、昴は結局何も言わなかった。





コンコン

「失礼するよ」

返事がないが気にせず扉を開くと、そこには包帯まみれでガタイの良い男二人が、片方は椅子に座り、もう片方はまだ寝台で横になっていた。二人とも意識はあるようで、昴と花太郎の方を向いた。

「おお!花じゃねえか!無事だったみたいでよかった!んで、もう一人は―――ああああ!お前確か、橘昴⁉何しに来やがった!」
「その声、志波岩鷲か!それにその傷…朽木隊長に斬られたのは君だったのか。解放状態の彼の斬魄刀を受けて生きているとは大した生命力だな。兎も角、生きていてくれて良かった。なに、ちょっと話を聞きに来ただけだよ」
「知り合い、だったのか」

低い声がする方を向くと、椅子に座っているもう一人だった。あの顔は……

「ああ、茶渡君か。やはり君も来ていたんだね」
「ちょっと待て、どういう繋がりだ⁉」

岩鷲の頭に‘‘?‘‘が浮かんでいる。
なんだ、お互い知らなかったのか。

「志波岩鷲、地下で話しただろう?‘‘私は黒崎一護の安否を確認しに行ったことがある‘‘って。その時、彼にも会っているんだよ。名前は聞いただけだがね。茶渡君の方にも一応言っておくと、志波岩鷲とは別に昔からの知り合いってわけじゃない。互いに認知したのはつい先日だよ」

花太郎たちの話によると、彼らはあの後懺罪宮(せんざいきゅう)に向かう途中で剣八に出くわしたらしい。一護が足止めをして、花太郎と岩鷲がルキアを助け出そうとした。そこに白哉が現れて岩鷲が斬られ、(とど)めを刺されそうになったとしたところで浮竹隊長に助けられた。その間に、剣八との斬り合いを制した一護が割り込んだらしい。だが、白哉に勝負を挑もうとしたところで乱入者があった―――四楓院夜一、かつて瞬神とまでいわれた元二番隊隊長兼隠密機動総司令だ。彼女が六人目の旅禍。どうりで懐かしいわりに思い出せなかったわけだ。

最後は、花太郎が不安そうにこう言って話を閉めに掛かった。

「去り際にその四楓院さんって死神が言ってました。‘‘三日で一護さんを朽木隊長よりも強くする‘‘って。一護さんをどうするつもりなんでしょうか…」

(あのヒトが絡んでいるなら、この襲撃には何か裏があるな。三日後…何があるっていうんだ)

ルキアの処刑はまだ先のはず。なぜそんなに事を急いでいるんだ?

「さあなァ…私にはさっぱりだ。ところで志波岩鷲、君がそこまでルキアのために体を張るとは思わなかったよ」
「全くだ。会って初めて分かったよ、アンタが言ってた‘‘運命の悪戯‘‘って意味が。朽木ルキア――兄貴を殺したもう一人の死神だ。でもな、あそこで動かなきゃ、(オトコ)(すた)るってもんだろ?」

それを聞いて、昴は心が温かくなるような錯覚を覚えた。

「……そうだな。はは、君はやはり海燕副隊長の弟なんだな」
「どういう意味だよ?」
「そういう察しの悪いところとかそっくりだ」

何だと⁉と叫びかけて岩鷲が体の痛みに悶えている。そういうすぐカッとなるところも似ている。

「一つ、教えてくれないか」

茶渡君が口を開いた。彼の方は一人で京楽隊長に挑み、敗れた。彼が元々無口なのはあるだろうが、それ以上の情報は不要だと彼が判断したのだろう。多くを昴に語らなかった。

「私の権限で答えられることならば」
「何故俺たちは生かされてる?」

まだ十五、六年しか生きていない者の台詞(セリフ)とは思えない。それほどの覚悟をして彼はここに立っていたのだ。

「…隊長が一人殺されたんだ。まだ犯人は不明。つまり、君たちはその最重要参考人ってことだ」
「俺たちじゃない」
「分かってる。少なくとも私はね。藍染隊長はああ見えて相当強い。めちゃ強い。そんな人が、たとえ黒崎一護を含む旅禍全員に相対したとしても無抵抗で殺されるどころか致命傷を負わされるなんてことはあり得ない。だが、君たちだってむやみに殺されないならそれに越したことはないだろ?」

茶渡君はその長い前髪の奥で複雑そうな顔をした後、ゆっくりと頷いた。

「……そうだな」
「私からも一ついいか?」

来たか、という風に彼は身構えた。

「そう固くならなくて良い。黒崎一護と四楓院夜一を見つけるのはほぼ不可能に近いだろう。で、だ。後の二人、石田ともう一人の君たちの仲間は何処にいる?」
「⁉何でそれを」
「それってのはどれか分からないが、人数のカウントは合ってたみたいだな。なに、君たちが遮魂膜を通過した時に一瞬漏れた霊圧を感知したんだよ。種も仕掛けも無い。で、どこにいるか知らないか?実は私はルキアの知人でねェ。出来ることなら彼女を助けに来てくれた者たちに危害が及ぶ前に保護したい」

こっそり瀞霊廷から彼らを出そうとしていることは伏せておく。最悪ここで何もわからなくても、殆どの隊長格は今後旅禍を斬り捨てることはないだろう。問題は一部―――例えば涅マユリとか…から彼らが逃れられるかどうかだ。一旦保護なり四番隊に収容されるなりすれば、彼らを逃がすことは容易い。

彼が昴を探るように見ている。それはそうだ。もし彼が何か知っていたとして、まだ敵かどうか怪しい相手に軽々しく口など開けない。

「…知らない。石田たちとはあの爆発でバラバラになったままだ」
「そうか、信じよう。怪我をしていたところをすまなかったな。ゆっくり休んでくれ」

昴が部屋を出ると、花太郎もそれに続いた。


卯の花隊長と花太郎に礼を言い、その日は隊舎に戻った。
その頃には桃が見つかったと冬獅郎から連絡があり、皆が自室に戻っていた。









瀞霊廷のどこか―――

彼は目を閉じ、思索に耽っていた。

(藍染が死んだ?馬鹿を言っちゃァいけない。きっとあそこに身を潜めているんだろう。これでこちらもまた動きやすくなった――とは手放しで喜べないな)

しかし、夜一まで来ているとは思わなかった。つまりこれには喜助が絡んでいる、ということだ。ややこしいことになった。できることなら夜一に直接問いたいところだが、もう隠れきってしまっているだろう。致命的な情報不足だ。

だが、彼とて無為にこれまでの時間を過ごしてきたわけではない。
沈思黙考して、ふと、ある答えを弾き出した。

(まさか、そんなことが…いや、彼なら―――浦原喜助ならやるかもしれない)



復讐の時は、刻一刻と迫っていた。





勘のいい方はそろそろ展開が読めてきたかとは思いますが、どうか今暫く胸中にお納めください!
頑張って早めに更新していきますので!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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明日は

短いです。凄く短いです。
すみません…


翌日の朝、四つの話題で護廷十三隊は持ちきりだった。一つ目は、三番隊隊長市丸ギンと十番隊隊長日番谷冬獅郎が斬魄刀を開放してまで斬り合ったこと。二つ目は十二番隊隊長涅マユリが倒されたこと。三つ目は、旅禍がもう一人、九番隊隊長東仙要に捕らえられたこと。そして最後に、隊舎牢に囚われていた三、五、六番隊副隊長が脱獄し、六番隊副隊長が未だに姿を現していない事。

しかし、最終的に廷内を最も大きく揺るがしたのは、中央四十六室から飛んできた地獄蝶が伝えた、朽木ルキアの処刑日程の最終通知だった―――――

―――隊長、並び副隊長各位にご報告申し上げます。極囚、朽木ルキアの処刑の日程について変更がありました。刑の執行は現在より二十九時間後です。これは、最終決定です。これ以後変更はありません。以上―――






伝令が伝わってきたとき、森田のほかには既に昴と日下も揃っていた。

「明日の、正午だと⁉何の冗談だ」

昴が驚愕の余り呟いた。いや、昴だけではない。殆どの者が驚愕し、動揺し、理解できなかった。

―――何が起ころうとしているんだ?

勿論、朽木ルキアの処刑なわけだが、それにしても今回は異例過ぎる。既に五日も短くなっている刑期を更に七日も縮めるというのだ。旅禍の侵入で刑期を縮めたにしては、些か急ぎ過ぎている。確かに隊長格三名の敗北は誰も予想しなかったが、旅禍だって人間だ。既に三人捕まっているところをとっても、全員が縄につくのは時間の問題であることは火を見るより明らかなはず。上の真意を測りかねるのは仕方のないことだった。

こうなると、真面な感性のある者なら誰だってルキアに同情する。
自分の命の残高がいきなり抉り取られたのだ。処刑は明日に変更になった、など、自分がその状況になって平静を保っていられるものなど皆無に等しい。
それは日下と森田も同じだった。

「中央四十六室は俺らを何だと思ってんすかね?意のままに動く人形だとでも?俺らにだって感情ってもんがあるってのに!」
「そうですね。いくら何でもこれはひどい。命を軽んじています。四十六室はいい加減刷新されるべきでは?」
「二人とも落ち着け。特に森田、言葉が過ぎるぞ。誰がどこで聞いてるか分からないんだ。ルキアを案じてくれているのは嬉しいけどな」

ぐらり

森田の耳は確かにその音を聞いた。
これは…傾く音だ。
森田の天秤が、理性から感情へ―――命令から昴の心情へ傾いた音だ。

昴の言に、森田は少しためらってから口を開いた。

「すみません、橘四席……本当は貴方が一番お辛いはずなのに」
「良いんだ。事態はとっくに私がどうこうできる範疇を超えている。森田が気を遣う必要などないよ」

そんなこと無いんじゃないのか?本当は、貴女は―――

「………本当に良いんですか?何もしなくて」

言ってしまった。

「良いも何も、さっき言っただろ?もう私じゃ止められない。どうしようもないことだってある」
「旅禍を手伝いに行ったらいいじゃないですか」

思わず、と言った風に昴が書類仕事の手を止めて森田の顔を見た。
そんなことを言われる日が来ようとは夢にも思わなかったとでも言いたげだ。

「皆知ってるんです。旅禍は朽木ルキアを助けに来たんだって。手段こそ良くないと最初は思いましたけど、こうでもしないと止められないのがわかりました。でも、彼らじゃ足りないんです。違いますか?瀞霊廷から、尸魂界から、彼女を逃がして上の人間が頭を冷やす時間が必要だと僕は思うんです。そのために、僕は彼らに協力したい。でも、僕じゃ無理なのも分かってるんです。だから……僕はここにいるしかない。でも、貴女は違う」

分かっている。森田自身だって驚いている。
彼は‘‘超‘‘が付くほど真面目で規則に厳格な男だ。
融通が利かないともよく言われる。

「貴女には彼らを助ける力も理由もあるじゃないですか!それなのにこのままここで明日も過ごすおつもりですか⁉」

あることないこと全部言ってしまった。

昴は森田をしばらく見つめた後、目を閉じ、開いた。ゆっくりとした(まばた)きの後には、昴に強気な笑みが浮かんでいた。

「ありがとう、森田。私は行くよ。ただし、明日の朝にあちらへ向かう。今日は書類地獄を抜け出さないとな。明日からはサボることになるから」
「マジすか~~⁉」

折角の空気は、日下の悲鳴で台無しになった。だが、森田も昴もそれを咎めたりはしなかった。焚きつけた側と焚きつけられた側だったというのもあるが、彼のいつも通りさが和ませてくれた雰囲気が二人には心地よかった。










「結局、奴らが動き出すまでどうとも出来なかったなァ…」

『落ち込んでいらっしゃるようには見えませんね』

「いいや。正直ここまで上手くいかないとは思わなかったよ」

『あら、その場合も想定していらっしゃったはずでは?』

「まァね。でも、ツライものはツライ。処刑は明日、周りは敵だらけ、本丸はいつ逃げるか分からない、か。想定しうる最悪の状況だよ」

『ええ。流石は藍染、といったところでしょう。何があっても想定済み―――わたくしたち以外については。そうでしょう?』

「あァ。僕の考えが正しいなら、出来る限り藍染の手から朽木ルキアを守らなければならない。そのためには、使えるものは何でも使わなければね」

『旅禍の皆様のことですか?それとも――』

「何でも、といったら何でもだよ。選り好みしている余裕は無い。勿論、君もだよ」

『構いません。貴方にならいくらでも力添えいたします』

「ありがとう。感謝の語彙が少ない自分に腹が立つよ」

『ふふふっ!心からのお言葉に、数も種類も関係ありません。どうか、御武運を』

「あァ」


刑の執行まで後十四時間。
彼は双極の丘を見上げると、祈りを捧げるかのように目を閉じた。






早く話を進めたいのですが、そうは問屋が卸さない。
次回も一悶着あります。(無かったことはあるのかという突っ込みは無しの方向でお願いします)


なにはともあれ今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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向かう

久々に起きてるうちに連続で投稿しました。
じれったかったので…
そのせいでやるべきことに手が付きません。


「あれ、昴さんまだいたんすか」

入ってくるなり日下が間抜けな声で言った。
それもそのはず、執務室に昴の姿を見たからだ。

「君ってやつは…出合頭にそれは無いだろ?私だって動きたいのは山々なんだが、こんな早くから動くほど彼らは馬鹿じゃないってことだよ」

よくよく考えれば分かることだ。ルキアの処刑まで後二時間半。今は動くには早すぎる。

「まあ、何かあったときにすぐに対応できるようにはしてるさ。だから日下、こんなタイミングで無いとは思うが、私への来客があっても通すなよ?」

え、と日下の顔が強張った。

「いや、だってまさかまだいるとは思ってなくて」

もごもご言っている日下を押しのけて、一人の死神が―――伊勢七緒が入ってきた。

「今のは一体どういうお話でしょうか、昴さん」
「今日の隊の配置の話だよ、七緒ちゃん。それより、こんな忙しい時期にここに一体何の用かな?」
「昴さんの様子を見に来たんです。朽木さんの処刑は、貴女にとって最大の関心事でしょうから。心配して来てみれば、悪い方の予想が当たりましたね。今の嘘には、少し無理がありますよ」

刹那、七緒が手のひらを昴に向けた。何をするのか分からず、一瞬反応が遅れてしまった。

(この距離で⁉だが食らったら最悪処刑に間に合わなくなる!)

「―――、――」

その声は、発した本人にしか聞こえることはなかった。

昴が回避行動に移ろうとした直後、無情にもそれは放たれた。

「遅い!」

―――――白伏
一時的に相手を昏倒させるための鬼道だ。普通は超至近距離で発せられるために、昴は油断してしまっていた。少し離れた位置から放たれたため、霊力が分散して通常以上に効果の継続時間が短くなるはずだが、そのまま昴の霊力を封じて牢に放り込まれでもしたら、ルキアを助けに行く余裕がなくなってしまう。

「後はボクらに任せて、ちょぉっと寝ててね」

七緒の奥に、もう一人の影が動いた。







ズダァン‼と派手な音を立てて倒れた昴を見ても、森田と日下は動けなかった。普通なら助け起こしに行くべき場面だったのだが、七緒の後ろに新たな人物―――京楽春水が立っているのを見て、立ち尽くしてしまっていた。

「流石に、昴ちゃんに動かれちゃうとこちらも動くに動けなくなっちゃうからねえ。恨んでも良いよ。でも、この処刑を止めるのは僕らだ。七緒ちゃん、宜しくね」
「はい」

そう言うと、七緒は穿点――強力な麻酔薬――を昴に嗅がせた。一時的だった白伏での昏睡も、これでかなりの間継続するだろう。
我に戻った日下が、思わず叫んだ。

「どういう事すか…え、京楽隊長が、処刑を止める…?」
「悪いね、日下クン。詳しいことは言えないな~。でも、勿論山爺には内緒で頼むよ?じゃあ、昴ちゃんの介抱宜しくねぇ~」




五番隊の執務室を出た七緒は、やや不安そうに口を開いた。

「昴さんも処刑を妨害するおつもりだったのなら、協力していただけば宜しかったのでは?」
「昴ちゃんが副隊長だったらそれも考えたけど、処刑の場に立ち会う身分じゃない者がいるのを山爺は嫌うし、警戒されちゃうからね~。用心に越したことは無いってことだよ。抵抗されたら僕も出るつもりだったけど、昴ちゃんは逃げる道を選んだ。やっぱりあの子は優しいね」

京楽の目が細められる。その甘さへのある種の軽蔑と慈しみを浮かべた京楽の表情に、七緒は顔を伏せた。

「……確かに、白打戦に持ち込まれれば私が負けていました。昴さんの方は、攻撃するなど思いもよらない、という感じでしたが。本当は昴さんが自身の手で朽木さんを助けたかったでしょうに」
「そうだねえ。でも、これも確実に処刑を止めるためだよ。ここまでやったからには、絶対に成功させなきゃね。後は浮竹がどれだけの速さでアレを仕上げられるか……」

今までにないほど張り詰めた空気を纏った春水を見て、七緒も気を引き締めた。本番はこれからなのだから。

ルキアの処刑まで、後二時間―――――






「昴さん、昴さんっ!起きてください!昴さん!」

部屋に残された森田と日下は、必死に昴を起こそうとしていた。

「駄目みたいっす。何か…何か解毒薬みたいなもんは無いんすか⁉」
「少なくともここには無いです。有るとしたら四番隊か…しかし、この状況を僕たちは彼らに説明できない。つまり、協力を仰げません」
「四番隊になら一人いるじゃないっすか!昴さんに協力してくれそうなヒト!確か、名前は……山口花朗さん?」

一瞬、森田は知らない人物だと思ったが、四番隊で昴の関係者と言ったら一人しかいなかった。

「―――山田花太郎七席ですか!確かに彼なら、何とかできるかもしれません」

花太郎は、森田や日下と顔見知りだ。というのも、花太郎が昴に会いに来る時、大抵昴は外出している。そのため、花太郎に時間があるときはちょっと待っていようと粘っている間に二人と雑談をすることが間々あった。喋っている時間は日下の方が長いはずなのだが、名前をまだ憶えられていなかったようだ。

その時、部屋の扉が開き、巡回中だった隊員が動揺しながら入ってきた。

「森田三席!大変です!旅禍が脱走しました‼」
「何だと⁉いつ、どうやって?」

その隊員の話によると、つい先ほど救護詰め所に更木十一番隊隊長他五名が乱入し、囚われていた旅禍三名を強奪し逃走したとのことだった。

(何てことだ!もう彼らは動き出した。救護詰め所は今大混乱に陥っていることだろう。山田七席が無事ならいいが…まさか、更木隊長が出てくるとは思わなかった)

「それでは――――っ⁉」

森田が言いかけた瞬間、巨大な霊圧が消失した。つい先ほどまで、とんでもない大きさの霊圧が二つ、衝突していた。恐らく一つは朽木六番隊隊長、もう一つは…阿散井同隊副隊長か?彼がこんな大きな霊圧が発せられる人物だったとは。
だが、この瞬間、阿散井副隊長と思われる霊圧が突然消失した。この消え方は――――

「死ん、じゃったんすか?恋次は……」

森田はぎりぎりまで霊圧知覚を全開にすると、そこに微かな反応があった。

「いえ、辛うじてまだ生きているようです。しかし、このままでは…」
「何とかならないんすか⁉」

恋次が五番隊に入っていた時、最も多く彼を指導したのは勿論昴なのだが、その次に彼と接していたのは日下だった。日下は書類仕事に疎い分、後輩の鍛錬に付き合うことが多かったのだ。攻撃的に相手を攻める戦い方恋次とが似ていたこともある。ともかく、日下は恋次を特に可愛がっており、このまま森田が止めても日下が恋次のことで頭が一杯になるのは目に見えていた。

「日下五席、彼のところに行ってください」
「良いんすか」
「ええ。行ってどうなるということでもありませんが、行かずに後悔しているあなたを見るのは嫌ですから。幸いまだ処刑まで一時間半あります。何とかそれまでに四番隊まで行って山田七席を呼んできてください。僕はここで指揮を執らねばなりませんから」

こくり、と頷くと、日下は瞬歩で部屋から恋次の霊圧が消えた地点へと向かった。半分会話に付いて行けないさっきの隊員は、昴が横たわっているのを見ると悲鳴を上げた。

「た、橘四席⁉どうなさったんですか!」
「あ…ああ、今仮眠を取っている最中なんだよ。ここの所激務続きだったからね。君も、報告ありがとう。持ち場に戻ってくれ」
「はい!森田三席も休んでくださいね」

ありがとう、と返しながら、そうも言っていられないと森田はため息を吐いた。








――――――――――――――――――――


「日下五席…まだなんですか⁉」

森田は苛立たし気に呟いた。処刑まで後50分を切っている。極囚が磔になるのが執行10分前。そこまで行ってしまうと、最早磔架ごと壊さねば朽木ルキアを奪還できない。ここから双極までの距離を考えると、後5分以内に昴の目を覚まさせねば間に合わない所まで来ていた。

(僕が直接救護詰め所に行っていたほうが…いや、今日は寧ろいつも以上に混乱が大きく、結局動くに動けなかっただろう)

旅禍の脱走を幇助した更木剣八他四名は、七番隊及び九番隊の隊長、副隊長に捕捉された。そこで、更木剣八、班目一角、綾瀬川弓親の三名が足止めをし旅禍を他二名、草鹿やちる、荒巻真木造が逃走を援助し、今もまだ捕捉されていない。彼らの拘束も混乱の元凶の一つだが、一番の原因は更木剣八、東仙要、狛村左陣という、三人の隊長格の戦闘だ。東仙隊長は卍解まで行っている。先ほどそれも解けたようだが、霊圧の感触から考えて勝ったのは更木隊長の方のようだ。

(あの厳格な東仙隊長が廷内で卍解とは…更木隊長はそれほど強いということなのか)

そう森田が思った瞬間、今度は狛村隊長の霊圧が跳ね上がった。

(まさか、卍解⁉日下五席が遅いのは、これに巻き込まれたせいだったりするのか⁉)

そこまで森田が思ったところで勢いよく扉が開いた。そこには、花太郎を連れてきた日下の姿があった。

「遅いじゃないですか!」
「サーセン‼まさか花太郎さんが瞬歩出来ないと思ってなくて…戻ってくるのに倍以上時間喰いました!」
「そんなことより、昴さんはどこですか⁉」

花太郎が割り込んできた。早速彼女を任せて、森田は日下にこれまでの経緯を聞いた。すると、案外早い段階で花太郎と出くわしていたらしい。

「恋次が倒されたのを見たあいつの部下の理吉とかって奴が花太郎さんに助けを求めたんだそうっす。俺が向こうに着いた時に丁度花太郎さんが着いて、恋次の治療をしてくれたんすけど、途中で卯の花隊長が来てくれて、恋次を預けてこっちに花太郎さんに来てもらったってわけっす」

日下が話し終わると、今度は花太郎が複雑そうな面持ちになっていることに二人は気付いた。

「どうしました、山田七席?…やはり間に合いませんか」
「いえ、多分昴さんはもう目を覚まします」

そう花太郎が言った直後、昴が重そうな瞼を持ち上げた。
刹那、彼女は周りを見回し、自分の状況を思い出した風だった。

「花、今はいつだ⁉」
「処刑まで後45分を切ったところです!昴さん、急いでください」

それを聞くと、昴は跳ね起きて窓枠につかまり、振り返って一言呟いた後瞬歩でその姿が見えなくなった。


「皆、すまない。世話を掛けた」









答える間もなく消えた昴の影に立ち尽くしながら、三人はもう何も自分にできることは無いのだと悟った。

「そこは‘‘ありがとう‘‘で良いんすよ」

日下が一言呟いた声が、部屋を通り抜けていった。






そんな中、花太郎は一人不安を拭い切れずにいた。

(日下さんのお話が本当なら、伊勢副隊長がこんなギリギリに昴さんを目覚めさせるような量の穿点を盛っていたということだ。でも、話を聞く限り彼らは昴さんを巻き込まないように眠らせていたはず。そんな中途半端な調整をするだろうか…?必要な服用量は霊圧に比例する。とするなら、伊勢副隊長は昴さんの霊圧を読み違えていた…?)

そんなはずはない、と花太郎は一人首を振った。花太郎は昴から、七緒とは稽古をしてきていることを聞かされていた。それも、ここ十年や二十年の話ではない。もう百年になるのではなかっただろうか。そんな人が、昴の霊圧を読み違えるなんてことがあるのだろうか?

(伊勢副隊長と昴さんに余程の実力差が無ければそんなことは起こりえない。でももし、そうだったとしたら?)

「昴さん、貴女は一体――――」

花太郎の呟きが、後の二人に聞こえることは無かった。





今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

思ったより森田の心情が沢山出てきて作者には驚きです。
チョイ役のつもりだったのですが、書きやすくて…
今後の出演予定は殆どありませんが…

いよいよ次回は処刑場へ!
お待たせしました!


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化けの皮

今回も読んでくださる皆さま、ありがとうございます。

今作者は、こういうのどうですか?
という気持ちです。
そんな気持ちで読んでくださると、作者の胃が助かります。
割と切実にそんな感じです。


地中から三つの立方体が出現し、一つは足元に、後の二つは左右に分かれ、彼女の脚と腕を固定した。拘束された体は一気に磔架に上昇した。

彼女の―――ルキアの心中は、他の者からすれば意外なほどに静かだった。

(私はもう、十分に生かされた。先ほど乱れた心も、もう落ち着いている。これ以上、私のために誰かが傷つくことがあってはならない。そうまでして私を救う価値は、ありはしない)

双極の封印が解かれていく。そして、その本体が姿を現した。燬鷇王(きこうおう)――不死鳥を思わせる神々しいその姿は、自分の命を摘む処刑人だ。
ルキアはそっと目を閉じようとして、信じられないような光景を見た。

「昴殿⁉」

昴が処刑台の上に降り立った。切れ切れの息のままにこちらに駆け寄ってくる。

「いけません、昴殿!もうすぐ双極が私を貫く。ここにいては、貴女まで巻き添えを」
「ちょっとルキアは黙ってろ!くそっ、間に合うか…?」

そう昴は言うと、ルキアの拘束具に手を添えて何やら口上を述べ始めた。

「断罪の聖女 裁決の愚王 (コトワリ)に背きて秤を揺らす道化 ―――」

それを聞いて、呆然としていた処刑台下の鬼道衆の何人かが声を上げた。

「何故、それを護廷隊士が知っている…?」

それは、鬼道衆の中でも各班班長以上しか知らないはずの高等な詠唱のはずだった。

「―――法を護る偽善 天に沈み地に浮かぶ 空に這いて地に飛ぶものよ その身を裂きて如何に屈せん」

そう昴が言い終えると、ルキアの拘束具の一つが弾け飛んだ。その場にいた全員が呆然とそれを見ていた。

「ちっ、流石は祭具だ。全く違う霊圧で詠唱しなくてはならない、と。三人がかりでやっと外せるというのはこういう意味か。しかし、無理にルキアを外すわけにはいかないし」
「昴殿、もういいのです!おやめください!このままでは――」

ルキアがそう言ったところで、燬鷇王がルキアを裁こうとこちらに向かってきた。

(昴殿だけでも逃げて―――!)

彼女は固く目を閉じた。しかし、いつまで経っても自分が貫かれる感覚が無い。そっと目を開くと、新たな人物がルキアの目の前に立っていた。

「一護――――?」
「よう、ルキア。今度こそ、助けに来たぜ」
「馬鹿者!何故来たのだ!」

やいやい一護とルキアが言い合っていると、一護に行く手を阻まれた燬鷇王がもう一度距離を取った。今度こそ皆纏めて消し飛ばすつもりだろう。一護がそれに備えて構えたその時、燬鷇王に何かが巻き付いた。

「よう、この色男。随分と待たせてくれるじゃないの」
「すまない、解放に手間取った」

紐らしきものを辿っていくと、盾のようなものにそれぞれ繋がっていた。片方を浮竹隊長、もう片方を京楽隊長が持っている。それに二人が自分の斬魄刀を突き立てると、双極は真っ二つに折れ、破壊された。

一護が登場してから黙り込んでいた昴がようやく口を開いた。

「髭の隊長殿、後は任せておけとか言ってませんでしたか?全然間に合ってないじゃないですか‼」
「ごめんねぇ~、昴ちゃん!浮竹の不甲斐なさは勘弁してあげてよ~」
「俺のせい…だな。すまん、橘」
「浮竹隊長じゃなくて、私はそこの鬚に怒ってるんですよ!」

そんな昴の隣に一護は降り立った。

「アンタ確か、橘昴だったか?それ外すのに時間かかりそうか?」

一護がルキアの拘束具を視線で示す。

「ああ。口上が後二回必要だ」
「そうか、じゃあアンタはちょっと下がっててくれ」

昴が下がると、一護が斬魄刀の柄から続いている布を持ち、〈斬月〉を回転させ始めた。
それを見たルキアが動揺した。
これ以上騒ぎが大きくなっては、流れる血が多くなるだけだ。

「何をする気だ一護!」
「決まってんだろ、壊すんだよ。この処刑台を」
「よせ、それは無茶だ!」

そこまで聞いて、一護は刀の柄を握り治すと、霊圧を込めて磔架に突き立て、拘束具ごと破壊した。ちゃっかりルキアを俵巻きにして抱えている。

「助けるなとか帰れとか、ゴチャゴチャうるせえんだよ、テメェは。言ったろ、テメェの意見は全部却下だってよ。今度こそだ。助けに来たぜ、ルキア」

一護がそう言ったのを聞くと、ルキアは顔を僅かに伏せて声を震わせた。

「礼など言わぬぞ、馬鹿者」

「良い雰囲気のとこ悪いけど、さっさとずらかるぞ。いくら何でもここで捕まるのは間抜けすぎる」

昴の声でハタとルキアは気付いた。

「一護、昴殿。これからどうするおつもりです?これほどの目の前で上手く姿を眩ませる方法など――」
「「逃げる」」
「なっ!相手は隊長です!逃げ切れるわけが」
「じゃあ、全部倒して逃げるさ」

一護が自信ありげに答えたその時、恋次が駆け込んでくるのが見えた。

「恋次!生きておったのだな」
「来ると思ってたぜ」

安心したような一護とルキアとは対極に、昴と恋次は驚いた。

「恋次⁉どうしたんだその傷は!」
「え、昴さん!何でここに⁉」
「アンタら知り合いかよ。なら、ルキアを任せた」

二人がお互いに状況を理解できていない中、一護はルキアを昴に渡した。
ルキアから伝わる生きたぬくもりを感じて昴は刹那表情を柔らめる。すぐに気を引き締め直すと、真剣な声音で一護に問うた。

「黒崎一護、君一人で大丈夫か」
「ああ。振り返らずに逃げてくれ」

それを聞いた昴は瞬歩で恋次の隣に立つと、揃って走り出した。後ろに副隊長三名の霊圧を感じたが、振り返らなかった。








暫く走ってから、昴は恋次に今までの経緯を聞いた。

「そうか、朽木隊長に負けたか。まあ死にさえしなけりゃいくらでも再戦の機会はあるさ。のんびりやれよ」
「卍解まで使って負けたんですよ?正直落ち込むっス」
「じゃァ、諦めるのか?」

そう言われた恋次は顔を昴の方に向け、真っ直ぐに見つめ返した。

「諦めるくらいなら、腹割って死んだ方がマシっすよ」
「ははは!だろうな。そういう真っ直ぐなところが変わってなくて何よりだ。時に恋次、ルキアを預けても良いか」
「良いですけど、何でですか?」
「他の旅禍のメンバーと合流してくる。恐らく彼らはまだあそこに向かってるだろうから」

納得した恋次はルキアを受け取った。一瞬顔をしかめたところを見ると、まだ傷がふさがりきっていないのがよく分かった。だが、‘‘大丈夫か‘‘なんて聞くのは野暮だ。

「頼んだぞ」
「ええ」
「昴殿、ありがとうございます。それと…すみません」

ルキアが絞り出すように言った。
気にすることは無い、と昴は笑った。

「私は自分の声に従ったまでだよ。だから、結局は自分のためだ。ルキアが感謝したり謝ったりすることじゃァない。ルキア()は黙って恋次()()に連れ去られてればいいんだ。じゃあな」

そんなんじゃねえよ!という恋次の声を無視して双極の丘の方へ昴は体を向けた。










「黒崎君…」

井上織姫は、眼前に広がる雑木林の奥で闘っている一護を想って思わず声を漏らした。
恐らく相手は隊長格なのだろう。凄まじい霊圧のぶつかり合いは、織姫の体中に悲鳴を上げさせていた。本能が言っているのだ、ここは危険だと。それでも震える体を理性で何とかこの場に縛り付けていた。

(見届けなきゃダメ!黒崎君が帰ってくるまで、ここで待っていなくちゃ。例え今私にできることが無いとしても…)

「大丈夫?井上さん、もう少し下がったら」

石田が織姫を気遣ってくれた。彼は何だかんだで優しいのだ。

「ありがとう、石田君。でも、ここに居たいの」

それ以上彼は何も言ってこなかった。聡い彼のことだ、織姫の気持ちを汲んでくれたのだろう。
ふと、知らない霊圧を近くに感じて振り返った。そこには、一人の女性死神が立っていた。

「やはりここにいたか、旅禍の諸君」

その声に、その場にいた全員が振り返った。

「「橘昴!」」 「橘四席!」 「あっ、すーちん!」

茶渡、岩鷲、マキマキこと荒巻真木造、そしてやちるちゃんもとい草鹿やちるがそれぞれ声を上げた。

「なんだ、皆知り合いだったのか?茶渡君まで…一体彼女は何者なんだ?」
「橘昴、というらしい。俺も、捕まってた時に会って驚いた。味方かどうかは…まだ分からない」

意味深に会話する石田と茶渡を置いておいて、やちるが彼女に話すために一歩前に出た。

「すーちん、こんなところに何しに来たの?」
「あなた方をお迎えに。急いでここを離脱してください。既にルキアは我々の手の中にあります。さあ!」
「でも、黒崎君がまだあそこにいるんです!置いてけない」

昴と名乗る死神が織姫に答えようとしたその時、やちるが口を挟んできた。

「ねえ、あなた、ホントにすーちん?」

一瞬で皆の動きが止まる。織姫もまたどうすることもできず、何も言えなかった。

「どういう、意味ですか?草鹿副隊長」
「すーちんはアタシのこと副隊長、なんて呼ばないよ」
「時と場合によりますよ」
「でもねぇ、なんか変な感じがするんだよね。ねえ、本物のすーちんは何処にいるの?」

やちるの目は、最早警戒しか孕んでいなかった。目の前の人物が昴ではないと確信していた。
すると、‘‘昴‘‘はクスリと微笑んだ。

「ふふッ!これだから勘のいい子は苦手なんだよねェ。そんなに僕ァ焦ってたのかな?まァいいさ、兎も角ここから全員離れてもらおう。力ずくってのは性に合わないんだが仕方ない。草鹿副隊長、昴がどこにいるか、だったね。僕に勝てたら教えてあげるよ」

そう言って彼女は斬魄刀も抜かずに構えた。やちるも身構えた、と思った刹那、‘‘昴‘‘の姿が視界から掻き消えた。
織姫たちの少し前に立っていたやちるの前に彼女は移動しており、その掌をやちるの顔に当てていた。
かと思うと、やちるは力なく崩れ落ちた。何か、睡眠を誘う術だったようだ。

「やちるちゃん⁉」
「静かに。大丈夫、一時的に気を失わせただけだよ。でも、これで分かっただろう?今の君たちじゃァ僕に勝てない。大人しく引いてくれないかな?」
「そんなことを言われて、僕らが引くと思うかい?」

石田が食って掛かった直後、後ろの霊圧のぶつかり合いが止んだ。
織姫はいてもたってもいられずに一護の方へ駆け出した。彼女は追ってこなかった。








「どういうつもりだ?」

石田は思わず叫んだ。‘‘昴‘‘の目に促されるまま、話を繋ぐ。

「僕らをここから離したいなら、何故井上さんを行かせたんだ」
「黒崎一護もここから遠ざけておきたいんだ。彼女が連れてきてくれるなら任せるさ」
「何故、そうまでして僕らを遠ざけようとする」
「君たちが弱いからだよ。これから起こることの中で、君たちを護りながら戦える自信は無い」

石田は反論を飲み込んだ。今の彼には、そうする権利が無かったからだ。今の彼に戦うための力は――滅却師(クインシー)の力は残っていなかった。
そして、一番気がかりだったこと―もしかすると相手の手札を増やしてしまうかもしれない事―を聞いてみることにした。

「さっき貴女は、‘‘ルキアは我々の手の中にある‘‘と言ったが、朽木さんは無事なのか」
「…信用できない相手にそんなことを聞くなんて、よっぽど気になっていたんだねェ!大丈夫。今は阿散井恋次が彼女を抱えて逃走中だよ。僕も彼女を逃がす目的は君たちと一致してる。そこは安心して良い」

にこやかにそう言う彼女から目を離さぬよう、石田は警戒しながら黒崎たちの帰りを待った。







「俺の勝ちだ‼」

黒崎の雄叫びが聞こえた。無事だったことに安心しながらも、石田はこれからのことに思いを巡らせる。

(目的は達成した。一刻も早くここを去るべきだろう、普通なら。しかし、状況を正確に把握できていない今、それは最善か?さっき彼女は‘‘これから起こること‘‘から僕らを遠ざけたいと言った。一体これから何が起こる?)


石田がそう考えていると、フラフラになった黒崎を井上が支えてやって来た。すかさず茶渡が黒崎を受け持った。

「お前らも来てくれてたのか!…皆、ボロボロだな」
「まあね。でも、黒崎の怪我に比べれば無傷みたいなもんさ」

石田は呆れ顔で言った。それもそうだ。黒崎は最早立っているだけで精いっぱいだと顔に書いてある。そんな石田の対応に、今の彼は素直に返した。

「そうだな…って、え⁉アンタは橘昴!何でここに?ルキアはどうしたんだ!」

慌てる一護に彼女は悠然と答える。

「案ずるな。ルキアは恋次が抱えて走ってくれている。他の隊長格も、他のことで手一杯だ。今のうちに逃げろ」
「アンタはどうすんだよ⁉護廷十三隊の人間なんだろ」
「ははは!人間じゃないけど、まァそうだな。でも私にはまだやることが残っているんだ。ここに残ってそれを片付けて、後のことはその時考えるさ。君たちはさっさと行け。そうそう逃げる機会など有りはしないぞ?」
「そうか、分かった。生きてまた会えるよな?」

その一言に、一瞬彼女は固まって、すぐに笑顔を作った。
そう石田には見えた。

「キミみたいな脳筋はこれきりで十分だよ」

それを聞いた黒崎は、どこか不安そうな面持ちのまま、‘‘きっとだぞ‘‘と告げて双極の丘を降りる階段へと向かっていった。それが肯定ではないことは明らかだったが、彼らに残された道はそう多くは無かった。

今が逃げる好機だというのは石田にも理解できたから、特に異議を唱えたりはしなかった。状況の確認は逃げながらでもできる、と甘く考えていたところがあったこともある。









一護たちが階段の半ばに差し掛かったころ、どこからか声がした。知らない女の声だ。

《護廷十三隊各隊長及び副隊長・副隊長代理各位、そして旅禍の皆さん。こちらは四番隊副隊長、虎徹勇音です。

緊急です。これは四番隊隊長卯ノ花烈と私虎徹勇音よりの緊急伝信です……

――――これからお伝えすることは、全て真実です》

そこで語られたのは、三名の隊長の一連の謀反についてだった。刑の裁量を司る部署を惨殺、掌握し、ルキアの刑を早め、元同僚を斬り捨てた。彼らの行き先は―――ここ双極。

それを聞いた石田は、‘‘昴‘‘の言葉を思い出した。
‘‘君らは弱い‘‘ ‘‘これから起こることの中で、君たちを護りながら戦える自信は無い‘‘

(今からあそこで謀反人の粛清が行われるということか⁉)

反射的に、石田は引き返そうとした一護を引き留める。

「黒崎、一旦落ち着け!僕らがここに協力する義理はないだろう?それよりも、巻き込まれないようにするのが先決だ」
「落ち着くのはオメーだよ、石田!今の話聞こえてたんだろ?その何とかってヤロー共はわざわざルキアの刑期を縮めてたんだぞ?ルキアが危ねえだろうが⁉」
「……っ!これは、朽木の霊圧……」

石田と一護は茶渡の方へ振り向いた。今回は一護の方が正しかったようだ。ルキアの霊圧が突然双極の丘に出現した。
一護が飛び出すのを、石田は最早止めなかった。








石田たちがやっと引き返してきたとき、そこにはたったの()()しかいなかった。

三人は悠然と立ち、二人は地に伏し、一人はしゃがみ込んでいた。
無論、三人とは藍染、市丸、東仙であり、二人とは一護と恋次、そして最後の一人はルキアだ。

(彼女が、いない……?)

石田が動揺している間に、ルキアを狙っていた一派の一人が石田たちの前に立って霊圧を解放した。その強大さに身動きが取れない。

そして事態は進んでいく。
三人のうちのリーダー格と思しき人物がルキアにゆっくりと歩み寄っていく。
何かの機械でルキアの中に手を突っ込み、球のようなものを取り出した。
その男はルキアを自分の前に掲げると、部下の一人に何かを命じた。霊圧で押さえつけられよく聞き取れなくても何を言っているかなど容易に想像がつく。

―――――‘‘もう、用済みだ‘‘―――――

命令を受けた死神の刀が伸びていく。あれは確か、尸魂界に侵入してきたときに黒崎を門の外に出した死神だ。非武装のルキアが受けきれる威力ではない。

「朽木さん!―――――」

石田が叫んだ時、二つの影がそこに割り込むのが見えた。










ルキアにギンの神槍の切っ先が伸びていく。

(動けない…)

死を覚悟したルキアがギュッと目を閉じる。

(何も…起こらない…?)

ルキアがそっと目を開くと、目の前にはよく見知った顔が二つあった。彼女を護るように抱いて神槍を受けた義兄と、ルキアを掴んでいた藍染の手を掴み、斬魄刀の刃をその首元に突き付けている彼女の先輩死神だ。

「白哉兄さま…昴殿…」

「朽木隊長、さっさと離れないか。ルキアが危ないだろう?」
「……」

朽木白哉が距離をとるのを見届けると、昴は手に力を込めた。
市丸ギンや東仙要も、後にたどり着いた隊長格に取り押さえられている。

「僕ァ、この時が来るのをずゥッと待っていたよ。藍染惣右介」
「過去の亡霊の真似事か?滑稽なことだ。橘昴、君がこの状況を待つ理由など有りはしない。君程度の力では、私を止めることなどできない。その亡霊ならあるいは傷くらいつけられたかもしれないが」

余裕のある藍染に‘‘昴‘‘は思わず笑みを零した。

「ふふふッ!過去の亡霊の真似事?今さっき止めたところじゃァないか」
「憐れなものだな。愛していたものを(うしな)って、とうとう壊れてしまったか」
「あァ、僕ァ本当に愛していたんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」
「貴様、一体何を言っている?」
「悲しいなァ…僕のことをのけ者にするだなんて、あんまり酷いじゃァないか」

その台詞(セリフ)は、先ほどまで聞いていた元部下の女の声から徐々に百年前に()()()()()()()()()()()()()()()男のものに変わった。藍染が目だけで声の主を辿ると、そこには――――

「百目鬼…薫…!?」

――――薫が立っていた。









総隊長との対峙を終えてここにたどり着いた浮竹十四郎は、目の前で起きていることが信じられなかった。否、信じたくなかった。

『過去の亡霊の真似事?今さっき止めたところじゃァないか』

昴だった人物が放った言葉が頭の中で何度も繰り返される。
そんな…まさか…

「そのまさかですよ、浮竹隊長」

あぁ、何と懐かしい声だろうか。何度昴に聞かせてやりたいと思ったか知れないその声は、容赦なく浮竹の耳に入ってくる。

「昴は…橘昴()()は、百年前のあの日に殺されたんです」

薫と浮竹の目が合う。
彼の声は話の内容に反して軽やかだった。

「僕らにね」








「皆!奴らから離れるのじゃ!」

夜一の声が聞こえる。薫はそれを無視した。

(離れる?まさか。これをずッと待っていた)

藍染と共に光に包まれる。反膜(ネガシオン)―――大虚(メノスグランデ)が仲間を護るために放つ、外界と内界を分ける絶対的な壁。その内側に二人はいた。

「やっとお前のトコロへ()ける。――昴」
「百目鬼薫ッ!貴様っ⁉」






―――――卍解、演舞・波枝垂尽帰塵(ナミシダレジンキジン)――――







狭い空間を埋め尽くすように波枝垂の刀身が現れ、それら一つ一つが固有の波長で振動する。細胞という細胞が共鳴し、震え、限界を超えて弾けていく。

骨が軋む。肉が爆ぜる。血が舞う。
そんな状況で、薫は微笑んだ。




この光の中ならば、傷ついて死ぬのは僕らだけ

藍染、悪いが僕ァ一緒に地獄には逝ってやれない

昴はきっとそこにはいないから




「このっ!こんなっ…ところでっ!」

藍染が切りかかってくる。崩れた足場が薫の傷を心なしか浅くした。だがすでにそんな怪我が些細なモノであるほどに、薫の卍解は二人に猛威を振るっていた。

(まだ腕の筋肉が使えるのか。まァ、もうじきそれもできなくなるさ)

(ぼう)ッとしていたら、降り注ぐ光が揺らぐのが見えた。

(幻覚じゃない。あァ、反膜を放っていた大虚の方が先に消えてしまったか。マズイな、卍解(これ)を外の面子に浴びせるのは非常にマズイ。だからなるべく周りに何もないようにしようとしていたっていうのに)

光が消えたと同時に卍解を解くと、藍染と薫は揃って倒れた。だが、空に空いた穴中を埋め尽くす大虚は再び藍染の身体を反膜で包んだ。

そこには勝者も敗者もなく、皆が皆己の無力に歯を食いしばっていた。

(すまない、昴。仇を、討ち、そ こね、た)

彼の意識はそこで途切れた。










「薫さん!薫さんっ!くそう、僕の力じゃ間に合わない!誰か!誰でもいいから薫さんを助けてください!」

回道ではどうしようもないほどに薫の体は傷ついていた。花太郎の斬魄刀、〈瓢丸〉を使っても一向に怪我が消えない。彼の必至な叫びを聞いて、黒崎一護の治療を終えた井上織姫が駆け寄った。

「今助けます!動かさないで!〈双天帰盾(ソウテンキシュン)〉、私は拒絶するッ」

彼女の言霊、〈舜俊六花(シュンシュンリッカ)〉の一翼である〈舜桜(シュンオウ)〉は、薫の余りの怪我の酷さに顔をしかめた。

『織姫さん、これは結構時間がかかるよ?』

「〈舜桜〉…間に合うよね?」

『五分五分ってところかな。この人の生命力次第だよ』

二人の会話を聞いていた花太郎は、為す術もなくそれを見ているしかなかった。





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決意

あるヒトが言っていた。

死ぬとき、心は仲間に預けていくものなのだ、と。

もし本当にそうだったなら、あいつの心は何処にいってしまったんだろう。

こんなに空っぽな自分の中を探しても、見つからないんだ。

僕の手からすり抜けたソレは、何処に消えてしまったんだろうか。



眩しい
ああ、もう僕ァ昴じゃァなくなったんだっけ
ここはどこなんだろう
こんなに気分が良いのだから、きっと天国というやつだ



昴に会えるだろうか




「――おる―ん?薫さんっ!」

目を開けると花太郎の顔が目の前にあった。
此処ァ天国のはずだろう?
僕ァ生きていられるような怪我じゃなかった。

「は、な…?――あァ、可哀相に……花まで死んでしまったのか?」
「薫さん!貴方は死んでなんかない!ちゃんと今生きているんです!生きているんですよ‼」

花太郎が泣いている。生きていて良かったと泣いている。


――――――良かった――――――???


〈波枝垂〉が手元にない。ゆっくりと起き上がると、花太郎の斬魄刀が目に入った。するりとそれを抜き取ると、喉元に当て―――

「ッッ!何してんだアンタ⁉」

血。痛くない。目の前にある刃は、誰かが素手で掴んでいた。その手から血が(したた)っている。
腕を辿っていくと、見覚えのある顔だった。

「あァ、君は黒崎一護だったか?手、血が出ているぞ。痛くないのか?」
「痛ぇに決まってんだろうが!くそっ、なんつー力だっ!おいアンタ、何やってんだ!力緩めないと喉に刀が刺さって死んじまうぞっ!」
「ふふッ!そんなの当たり前だろう?一々確認するなんて、君ァ真面目なんだねェ。なに、手を放して直ぐ瞬歩を使えば返り血を浴びずに済む」
「そんな話をしてんじゃねえよ!おい、花太郎、こいつから刀を奪うの手伝え!早く!」

花太郎は震えてしまっている。可哀相に。

「そんなに怒鳴ったら、花がおびえてしまうよ。もう少し柔らかく言ってあげなくちゃァ」

刀を持つ手にもう少し力を籠め、今度は首を前に出す。

「ッ!」

頭に衝撃を感じ、手の力が緩む。その隙に黒崎一護が刀を薫の手の届かないところへ放り投げた。

「これはどういう状況だい、黒崎」

前髪を真ん中でぱっくりと割った色白の眼鏡の少年が部屋に入ってきていた。さっきの突きは彼か?確か名前は、石田――何だったかな…兎も角、見事だった。

「どーもこーもねぇよ!花太郎が何か叫んでんなーって思って部屋を覗いてみたら、そいつが自分で刀を喉元に突き付けようとしてて…」
「そういうことか…貴方が百目鬼薫さんですよね?目を覚まされたなら、隊長方を呼んできますよ」
「何故?」
「”何故”?…彼らは貴方に聞きたいことが「無いよ」…え?」
「僕から話すことはなァんにも無いよ。だから来ても意味ァない」

石田が固まっていると、一護が激昂した。

「アンタ、さっきから一体何なんだよ⁉いい加減にしろっ!折角助かったのに死のうとしたり、何か大事なこと知ってるくせに隠そうとしたり…一体何がしたいんだ⁉」
「昴に会いたい」

ひゅ、と一護が短く息を吸い込んだ。

「……アンタが殺したって言ってたヒトか?」
「あァ」
「…何で殺したんだ?」
「僕の不注意で僕を庇って斬られた」
「それは殺しっていわ「僕があんなミスを犯さなければ彼女は死ななかった。僕の傲りがあいつを殺した」…俺も、俺の幼稚な正義感でお袋を殺した」
「そうなのか。お揃いだな」

薫が笑顔を向けると、一護は眉間の皺を更に深くした。

「いつも家族の中心で、太陽みたいな人だった。それを俺は奪っちまった。でもな、最近親父に言われたんだ。‘‘お袋が命懸けでお前を護ったんだ。だからお前はその分出来るだけ長く年を食って俺より後に死ね‘‘ってな。その通りだと思ったよ。アンタがどういう状況でそのヒトを喪ったかは知んねーけどよ、アンタが大切に思ってたそのヒトは、アンタがそのヒトを追って死んで喜ぶような奴なのかよ⁉」

薫は硬直する。

『そんなはずはありません』

透き通った声がした。声のした入り口を薫以外が見ると、そこには青を基調として波紋のように円がちりばめられた着物を纏い、緑色の髪をした色白の女性が―――薫の斬魄刀が立っていた。

『貴方の知る昴様は、そんな方ではありません。もう分かっていらっしゃるのでしょう?薫様』

やめろ、と薫が呟いた。

『貴方を庇って昴様は亡くなった』

「やめてくれ」

『昴様も、貴方のことを――――』

「やめろッて言っているだろうがッ!」

バチンッ!

派手な音が響いた。
薫の頬が腫れている。
唇を切ったのか、口から血が出ていた。

『藍染惣右介は逃げました。追わないのですか』

薫を叩いた手を下におろしながら〈彼女〉は言った。

「追う?僕があれだけやって殺せなかったんだぞ?僕にはもうこれ以上進めない」

『そうまでして(あや)めたかったのなら、何故あの時、卍解を解いたのですか』

「………」

『あの場にいた他の誰も殺めたくなかったからではないのですか』

一護が何かを言いかけて石田に制される。

「だったら何だというんだ」

『貴方はもう誰も死なせないという信念を貫いた。ならなぜ、あの方の仇を討つという誓いを貫かないのです』

「言っただろ!もう僕にァ……――ッ!まだッ、頑張れっていうのか⁉」

『それをお決めになるのは薫様です。貴方がお決めになった事なら、わたくしは従います。後悔の残らない方をお選びくださいませ』

薫はこの時、目を覚ましてから初めて〈彼女〉の顔を見た。きっと〈彼女〉は薫を不甲斐無い主だと怒っているのだろうと思っていたが、意外にも〈彼女〉は微笑んでいた。そんな顔を昴はしたことがなかったはずなのに、何故か昴に重なった。

(昴なら何と言うだろうか…)

きっと〈彼女〉のようにはいかないだろうな。出会い頭に一発殴って、僕が腑抜けているのを見てもう一発殴って、最後には蹴っ飛ばして‘‘勝手にしろっ!‘‘とか言う。絶対。でもきっと、昴は僕を否定しない。否定されないからこそ、あいつに、昴に誇れるように在りたい。

拳を握り、再び〈彼女〉を正面から見据えた。

「戦うよ。――――藍染を、今度こそ―――殺す」

『…はい。薫様』


「……覚悟は、決まったようじゃの」

扉の外の廊下から声が聞こえる。夜一だった。

『器をお貸しいただき、ありがとうございました』

〈彼女〉――〈波枝垂〉が夜一に頭を下げる。薫は具象化する意思がなかったのに出てきた〈波枝垂〉を薫以外が認識できていたのは、夜一が持っていた転神体―――斬魄刀を突き立てることで強制的に具象化する道具―――を使っていたせいだった。刀の姿に戻った〈彼女〉を、花太郎が手渡してくれた。

「ありがとう、花。見苦しいところを見せてしまったね」
「そうですよっ!薫さんまでいなくなったら、僕はッ…!うわあぁぁん!」

緊張の糸が解けたのだろう。花太郎はものすごい勢いで泣き崩れた。そうだ、彼の昔馴染みは自分だけになっていたのだった。そんなことにも気が回せなくなっていたのか。
壁際で居心地悪そうにしている一護と石田に向き直る。

「君たちにも、手間を取らせたね。すまなかった。黒崎一護殿、手の怪我を治そう。こちらへ来てくれないか」

花太郎のせいで動けない薫は、「本当はそちらに行くのが礼儀なのだが」と苦笑しながら付け加えた。







「なぁ、二つ聞いていいか?」

薫が回道の光を一護の怪我に当てていると、一護が口を開いた。
‘‘勿論‘‘と返す。

「まず、アンタの本当の名前を教えてくれるか?橘昴じゃなかったんだろ」
「あァ、これはすまない。僕ァ百目鬼、百目鬼薫だ。薫で構わない」
「分かった。俺のことも一護でいい。じゃあ二つ目なんだが、さっき薫さんの斬魄刀が言ってた、‘‘他の誰も殺さないために卍解を解いた‘‘って、どういう意味なんだ?」
「…?そのままの意味だよ。僕の卍解は範囲を絞ることが難しいんだ。一護達の位置なら、ゼロ距離と変わらない場所だったしね。あの場にいたメンバーでも、全員、無傷では済まなかっただろうさ。あれは霊圧の量に関係なく、皆等しく破壊する技だからね」

死神の戦闘は、基本的に霊圧量でその勝負の優劣が決まる。破壊力然り、防御力然り、ぶつかり合った霊力量の差分がそのままダメージの量となる。
霊力によって生じさせた波ならば霊力がより高い者には通じないが、薫の卍解は、あくまで刀身を震わせることで波を生じさせているだけ。
いかに霊圧が高かろうと、一旦共鳴現象を起こせば待つのはその先の崩壊だけだ。

「使用者ごと破壊すんのかよ⁉どんな卍解だ!」
「まさか!本来はそんなことはない。ただ、自身を護ったら攻略されそうだったからね」

ここからは企業機密だよ、と笑顔を作る。一護は渋々追及を諦めた。

「もう、あんな事すんなよ。井上が悲しむ」

井上、というのは、薫を治療してくれた少女の名前だそうだ。こんなにきれいに治してもらったんだ。大きな借りを作ってしまったな。

(借りを返すまで、死ねなくなったな。昴、どえらく待たせることになりそうだ)

そうやって笑った薫の瞳には、昴の後姿が映った気がした。
















今日の兄さんは、いつもよりも元気がなかった。

「それでは、行って参ります」

家の門扉を出掛かった彼の着物の裾を掴んで引き留める。

「兄さま、今日もおしごとですか?せっかくおうちに帰っていらっしゃったのに…」
「すまないね。今日は明日に備えて必要なものを取りに来ただけだから、すぐに出仕しなくてはいけないんだ」
「明日、何かあるのですか?」

兄さんの顔に影が差した。

「隊葬…と言ってもまだ花太郎には分からないかな。私の上司が戦死なさってね。隊の皆で葬式をするんだよ」
「戦死…」
「そうだよ。立派な方だった。惜しい方を喪った」

そう言った清之介兄さんは暫く呆っとしていたが、思っていたよりも過ぎてしまった時間に気付いて足早に仕事に向かって行った。




「タイソウ?花の兄さまって体操するのか?」
「多分お前の言ってる“たいそう”じゃないと思うぞ。多分こういう字だ。“隊葬”」

結局兄姉に遊んでもらえず集まった昴と薫に、花太郎は今日の清之介のことを話した。

「兄さま、隊の皆でお葬式をするって仰ってました」
「やっぱり。護廷十三隊は、上位席官が戦死した時隊葬を行うってこの前本で読んだよ。でも、清之介さんって四番隊だよな?珍しい」
「珍しい?そうなのか」
「あァ。四番隊は救護専門部隊だから、戦死者は珍しい筈だぞ」

確かに、清之介がそんな用事で帰ってきたのはこれが初めてかもしれない。
―――元々隊葬をされる様な死神が亡くなること自体珍しいのは、まだまだ彼らの知るところではない。

「でもなァ、戦死って言われても実感湧かないよなァ…」

薫が呟いた。
それもそのはず、花太郎たちは下級とはいえ貴族の一端。住まいは瀞霊廷内だ。
ここで暮らしていれば、流魂街の外れのように虚や人殺しが出たりすることは全くと言っていいほど無い。
加えて瀞霊廷どころか屋敷の近辺くらいでしか生活するのを許されていない程、彼らは幼く、未熟で、故に無知だった。

「なあなあ、ちょこっと屋敷を抜け出してさ、花の兄さんの職場を見に行ってみようよ!どうせ将来死神になるんだから、見ておいて損はないだろ?」
「確かに!花も来るだろ?」
「え、え~~⁉」

不敵な笑みを浮かべた二人に押し通されたのは今回が初めてではない。
結局花太郎も親の言いつけを破る羽目になった。




「あァ、昴違うよ、そこ左」
「はあ?本当に合ってんのか?ここら辺は似たような景色ばっかしで迷いそうだ」
「合ってるはずだ。一応家にあった地図を写してきたから」

ガサガサ紙を広げながら薫が昴に指示を出す。
花太郎ははぐれまいと必死になって彼らに付いて行った。

そして着いたのは、大きくて真っ白で、“四”と書かれた門だった。普通なら閉まっていたであろう其の門扉は開け放たれており、三人は案外あっさりその中に足を踏み入れた。
一応無許可で色々やっている自覚はあったから、生け垣に隠れながらコソコソ移動した。

暫く進んでいくと、後ろの方から大人数でやってくる気配がして三人は縮こまった。

「おい、しっかりしろ!」
「聞こえるか?返事しろ!もうすぐだからな‼」
「皆さん落ち着いて!揺らさないように持ってください!」
「――――ゴホッ…」

担架で運ばれていた隊士らしき人物が咳をした―――と思った次の瞬間、ビチャッと液体が跳ねる嫌な音がして、花太郎の頬に生暖かい感触がした。
恐る恐る手で触れ、目の前にかざすと…



「――――っ‼」
(静かに!)

声を上げそうになった花太郎の口を薫が塞いだ。彼の手も僅かに震えている。

「これ以上の出血はマズイ…私が回道で治療しながら運びます!貴方はこっちを持ってください!」
「はい!どうかコイツを助けてやってください!」
「最善を尽くします!」

淡い緑色の光を放ちながら去っていった集団を、三人は彫刻のように固まって見た。
花太郎の眼前には、生け垣越しに生々しい血反吐が、尚も波立っていた。




「後何名ほど収容予定ですか」
「三名です。幸い後の方々は怪我が軽いので、人員は何とかなりそうです」
「分かりました。先程清之介が戻ったのが大きいですね。…………あら?」

白い羽織を羽織り黒髪を前で三つ編みにしている女性と、短髪で眼鏡を掛けた男性死神が門の方から早足で歩いてきた。
女性死神の方が地面の血の方を見て立ち止まる。

「卯の花隊長、どうかなさいましたか?…ああ、後で清掃しておきます」
「…ええ、ありがとう。ところで裕士郎、先程の三名が収監されれば門は閉まるんでしたね?」

ス、と彼女の視線が花太郎たちに流れた。生け垣で見えていないはず、と三人は身を一層縮こまらせながら思った。
一瞬の後、彼女は視線を逸らした。

「はい。その通りですけど…どうして今更そのようなことを?」
「何でもありません。ただ、もう少し門に関して考えねばなりませんね。緊急時に門を開け放ったままでは、いつ()()が入り込んで来るともしれませんから」
「はあ…?」

彼女の言に、薫がピクリと反応した。
二人が過ぎ去った後、薫は二人に今すぐここから離れるよう言った。

「何でだよ?まだここ入り口もいいとこだぞ?」
「馬鹿、さっきの話聞いてなかったのか?後三人門から運び込まれたら門が締まって僕らは出られなくなる。離れよう」
「でも「それに」―――何だよ?」
「あの女の人は僕らに気付いてた。さっきのはきっと“次は見逃してやらないぞ”って意味だ。見学にはあまりタイミングが良くなかったみたいだな。来る機会は今後幾らでも有るから、今日はここまでにしよう?」
「……分かった」

ムスッと昴がそう言ったのを聞いて安心したらしい薫は、花太郎の方に向いた。

「花も、それでいいな?」
「え、あ、はい!」
(声が大きい!)

花太郎は再び薫に口を塞がれた。




屋敷への道中、花太郎は薫の顔色を見て自分もきっと同じような顔をしているのだろうと思った。
思いがけず瀕死の重傷を負った者を見てしまったことで、二人は将来死神になるのだという事実が怖くなってしまっていたのだ。
そんな中、一人昴だけが元気だった。

「昴、お前なんでそんなに元気なんだ?あんなことを目の前で見た後だっていうのに…」

昴は僅かに上気させた顔を薫の方に向けた。
後ろからそれを覗いた花太郎は、昴の表情に驚かされた。
彼女が湛えていたのは―――怒りだった。

「お前は、悔しくないのか?」
「悔しい?隊舎の奥まで入れなかったことか?だからそれは悪かっ「違う」…じゃあ何だよ?」

昴は立ち止まると、固く拳を握りしめた。その瞳がギラギラと輝いた。

「こうやって毎日過ごしているうちに、あんなになって傷ついているヒトがいることを知らなかったんだぞ⁉彼らだけが戦うなんて嫌だ!誰か他の者が犠牲になるのも嫌だ!犠牲の上の平穏でのうのうと今まで生きてきた自分に腹が立つ‼」

濁流のように容赦なく押し寄せた彼女の感情に薫と花太郎は息を呑んだ。
その小さな体に押さえきれない熱量にこちらの方が当てられそうだ。
彼女の強さが煌々と輝いた。

「………敵わないな」

普段から冷静な薫が珍しく興奮した面持ちで彼女の方を見ていたのが、花太郎には印象的だった。






「……はっ!」

花太郎は目を覚ました。変な体勢だったせいか、背骨が痛い。

「むにゃ…」

目を擦って周りを見ると、救護詰め所の個室に居た。目の前には清潔な寝台があり、そこに突っ伏してしまっていたらしい。そしてそこには―――花太郎とは反対方向を向いて、薫が眠っていた。
彼の生存のその後の顛末で泣き疲れて寝てしまったのだろう。もう結構な時間が経っているらしく、花太郎には毛布が掛けられていた。

視線を寝台に戻すと、そこに垂れていた花太郎の(ヨダレ)がキラリと光った。

「ししし、しまったああ!どうしよう、拭かないとおお!」

『あははは!おねしょか?おねしょかあ?』
『ち、違いますよう!涎ですって!』
『はっずかし~!今いくつだよ~!』
『だから、違いますってば~‼』

彼女に大分前にそうやって弄られたことがあった。

「昴さん……」


彼は再び泣いた。

生まれて初めて、さめざめと、泣いた。





薫の斬魄刀の能力、もう殆ど答えですね。
話の持っていき方を間違えたと思った時点で時すでに遅し。
作者のMPは尽きました。

次回から少しずつ伏線を回収しつつ張るという感じになっていきます。
今まで取っておいた伏線、全部回収できるかな…
少なくとも次回だけでは無理です。
頑張ります!

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

P.S.
2018/4/10 誤字修正しました。(本来であれば前書きに書くべきでしたが、今話は書けませんでした)




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告白

某漫画の、”真実の奥の更なる真実”というフレーズが好きです。今後そんな仕掛けの有る作品が書けたらいいなあと思っております。

……今回は会話文過多です。
読みにくくてすみません…


部屋の中にずらりとヒトが並んでいる。護廷十三隊の隊長及び副隊長、一護達、そして花太郎が中で一人の人物を待っていた。



―――百目鬼薫…
百年前に一か月のみ副鬼道長を務め、死んだことになっていた男だ。彼が実は橘昴としてその後の百年を護廷十三隊で過ごしていたことが発覚したのは、二日前―――



「失礼しまァす」

室内の空気の重さを吹き飛ばすかのような、場違いに明るく大きな声を上げて薫が入ってきた。

「やァやァ皆さんお揃いで。ッと、その前に、井上織姫さんってここにいらっしゃいますか?」
「あ…私です!」

薫につられるように織姫が大きな声を挙げた。

「君が僕の治療をしてくれたと一護に聞いたよ。こんなに綺麗に治してくれてありがとう。君には本当に感謝しているんだ」
「いや~、そんなことないです。当たり前のことをしただけですから!お気になさらず!」

照れながら手をパタパタと慌しく振る様子は、ただそれだけのことなのに彼女がやると何故だか微笑ましかった。

「ふふッ!当たり前、か。君は実に良い子なんだねェ。一護が君のことを太陽のようだと言っていたのは、僕も賛成だな」
「えっ?黒崎君がそんなこと言ってたんですか⁉」

織姫が頬を紅く染めると、「そんなこと言ってねえぞ⁉適当言ってんじゃねえ!」と一護が慌てながら訂正した。

「別に照れなくても良いのだよ、一護。彼女は君の母上なのだろう?子供が母親を慕うのは当然のことだ。顔はあまり似ていないが、髪の色がそっくりだね」
「違ぇよ!どう見ても井上は母親って年じゃねえだろうが⁉」
「若くして亡くなったなら、そういうこともある。流魂街で見つけて連れてきたのかと思ったのだが…そうか、違ったのか」
「連れてきたって、拾ってきた猫みたいに言うなよ…」
「あァ、そうだな。勘違いをしてすまなかった。兎も角、井上殿、貴方に一番に感謝を伝えたかった。ありがとう」
「いえっ、あの、どういたしましてッ!」

ちょっと残念そうに織姫が言うと、ぴしりとした声が部屋に響いた。

「もう良いかの?百目鬼薫」
「えェ、総隊長殿。お待たせ致しました」

流石は礼儀を重んじる死神の頂点だ。薫が何を最初にすべきかを考えて待っていてくれた。多少茶番が入ってしまったが、今言ったところで詮無いことだ。

「では百目鬼、聞きたいことは山ほどあるが、まずは百年前――お主が行方を眩ませる直前に何があったか話してもらえるかの?」
「そうですねェ。それを話すにはまず、僕の斬魄刀をご紹介しなくちゃァいけないんですが、これはここだけの話でお願いしたいんです」
「何故じゃ?」
「…聴いていただければわかりますよ」



斬魄刀を抜き、左肩から体の前で弧を描くように振り下ろす。

「さざめけ――〈波枝垂〉」

薫が斬魄刀を解放すると、およそ剣として何かを斬ることなどできなさそうな刀身が現れた。音叉の様に二本な分かれた先端の長さは大分違う。長い方は一メートルほどあり、始解前と刃渡りは変わらない。

「これが僕の斬魄刀です。中々面白い能力を持っているんですよ。試しに、そうだなァ―――――一護!」
「な、何だよ」

突然名指しされて一護は慌てた。
斬りかかって来られるのか⁉とビクビクしていると、顔だけ一護の方に向いていた薫が、斬魄刀を持ったまま手を掲げた。

「これ、なァ~んだ?」
「なん…だと…⁉」

一護は驚愕した。一瞬前までは確かに薫は自身の斬魄刀を握っていたはずだ。

「何をそんなに驚いているんだ?黒崎」

横にいる石田が真剣な表情で一護に聞いてくる。

何を?お前こそ、何でそんなに平然としてられるんだ?だって――

「いつの間に薫さんは俺から〈斬月〉を奪ったんだ…?」
「⁉何を言っている。〈斬月〉はお前がちゃんと背負っているじゃないか」

言われてから、反射的に背中側に手を伸ばす。そこには、しっかりと手になじんだ愛刀が確かに存在していた。だというのに、薫の手にはいまだに〈斬月〉が握られている。

「ふふッ!訳が分からないッて顔だね。君は分かりやすいなァ、一護?」
「…何をしたのじゃ?」

総隊長は動じることなく聞いてくる。

「これは〈彼女〉の能力の一端なんですよ。〈彼女〉の能力は、‘‘波の掌握‘‘――振動さえあれば、それは彼女の能力が及ぶ範囲なのです。光も――というより、ほとんどの物がですが――波の性質を有しています。今の場合は一護の目が拾う光に干渉して幻影を見せたんです。彼には、僕が〈斬月〉を持っているように見えているのですよ。この技の名を、‘‘陽炎(カゲロウ)‘‘――幻影を操る範囲は狭いですが、使い方次第で有効範囲は幾らでも広げられます」
「…成程のぅ、過程は違えど藍染と似たような能力というわけか」
「えェ。というか、その気になれば再現も可能です。音も、体温も、その他の色んなものも、この世界に満ち満ちている小さな欠片たちの動きで発生しているのですから。敢えて違いを挙げるなら、〈鏡花水月〉が誤認を齎すものであるのに対し〈彼女〉は実際にそれを認識させる状態を作り出せると言ったところですね。そして百年前、僕ァそれを利用して藍染を出し抜こうとしたんです」

そう言うと薫は、苦し気に目を閉じた。









百年前
斬魄刀を解放した薫は、まず自分の姿の痕跡を跡形もなく消し、虚像を離れた地点に出した。結界が破られた形跡はないから、きっと奴らは…藍染と東仙はまだ中だ。そこでふと、昴も危ない、と思った。彼らは薫が昴と近しいのを知っている。もしかしたら、薫の持つ情報が昴に渡ったと考えているかもしれない。…藍染と東仙がここにいるという事実を。
そう考え付くや否や、昴の霊圧を探る。ちょうど今、(ホロウ)を倒し終えたようだ。周りに隊士もいない。今のうちに…と、昴にも同じように‘‘陽炎‘‘を施した。

これが、昴を殺す一助になってしまった。

〈波枝垂〉は波を掌握できる。それはつまり、あらゆるものの振動を感じ取り、把握できるということだ。いくら霊圧を消そうが、目をくらまそうが、そこに存在しているだけで彼女の前から隠れることはできない。

(見知らぬ二人…捕捉。もう虚像の近くじゃないか!急がないと)

藍染が虚像に斬りかかったところを逆に斬る。単純だが、相手が完全に薫の存在を捕捉できていない今は絶大な効果を持つ。藍染は絶対に自分で斬りかかってくる。五席の東仙では薫を斬れないのは、さっき威嚇で木ごと斬りかかったときに分かっただろう。

もうすぐ虚像だ、というところで、藍染が刀を抜いた。と、そこに虚が現れた。虚像がそちらを向く動きを見せる。臨戦態勢をとるのが間に合うか否かという速さだ。藍染が刀を振り上げる。虚もまた、その長い鎌のような腕を振り上げ――――

「薫ッ!バカ、何やってんだっ!」
「昴ッ!こっちに来るな!来ないでくれッ!」

藍染に気を取られ過ぎて、これほど近くに来るまで気づかなかった。昴が―――薫以外には確認できない昴が、薫の虚像の前に立って虚の鎌を受け止める瞬間、藍染の刃が、向かい側にいた虚もろとも昴を――――

「間に合った!」 「間に合わな――」

…切り裂いた。

「おや、()()()()()()()()……失敗だ」

力なく倒れた昴を受け止めた薫に、後ろから藍染を斬る余裕などなかった。







「昴!昴ッ!」

昴の頬を叩く。
最早どんな体勢にしても、昴の血が止まらない。
何度も呼び掛けて、やっと彼女は薄く目を開いた。

「か…おる?良かった…無事で…」
「良いわけあるか!なんで、こんな…ごめんッ、ごめん昴ッ!僕が…僕のせいでこんな…」
「いい、って、ば。だって、かぉ…る、わ たし、ぉまえ が 」

好き、と昴の唇は動いていた。彼の斬魄刀が無ければ分からないほど微かな動きだ。

『私は、大事な誰かを―――出来ることなら自分が一番愛した人を護って死にたいです』

つい最近、酒の席で昴が言っていた。
確かにあの時、今なら嫉妬だと分かる感情が渦巻いていたのは確かだ。でも、だからって、こんなことを望んでいたわけじゃない。

「嫌だ…死ぬなッ!酒を奢ってくれるんだろ?もう文句なんて言わないからッ!」

心臓の鼓動が弱まっていく。体温が下がっていく。命が、零れていく。
〈波枝垂〉に手を掛けると、〈彼女〉が首を横に振った。

「何故だ⁉体温を元に戻せるだろう?心臓を元通り動かせるだろう?昴を、助けられるだろう⁉」

『一度冷え切った身体を元の温度に戻しても、心臓が止まってしまいます。心臓を動かしても、血液が足りません。血液を戻しても、一度外気に触れたものはいずれ固まります。それに、傷ついた細胞が、内臓が、元に戻るわけではありません』

「応援が……救護班が来るまででもいい!もたせるんだッ‼」

『薫様』

我に返ると、〈彼女〉は泣いていた。己の無力を嘆いて泣いていた。
その一瞬で、理解した。いや、自覚した。

「…わかっている。昴は、間に合わない…当たってしまってすまなかった」

『いいえ。申し訳ございません』

昴の体が冷えていく。逝ってしまう。

「昴、僕もだよ。僕もお前に惹かれていた。好きだったんだ…全然手入れしてない髪も、鍛錬しすぎてガサガサの手も、悪態ばっかり吐く口も。お互い、こんなギリギリになって言うなんて、へそ曲がりなのはそっくりだな。大好きだ。愛してるよ、昴」

(バーカ、そっくりなわけないだろ)、とでもいう風に、昴の唇の端が上がった気がした。

「最後まで五月蠅(ウルサ)い奴だ」

その時、二人は初めて唇を重ねた。





「橘昴の姿が見当たりません」

東仙の声の方を向く。昴を探していたのか。馬鹿な奴だ。昴はここに―――いや、もう世界の何処にもいないのに。

「そうか…彼女には、悲劇のヒロインになってもらいたかったんだがね」

藍染のその一言で、薫は全てを理解した。
‘‘陽炎‘‘で昴に扮すると、目の前に薫の姿が現れた。手に持った斬魄刀は、隊士の血で濡れていた。その薫を――――〈鏡花水月〉によって映し出された幻影を、‘‘昴‘‘は斬った。









静まり返った室内を見回して、薫は「ほゥ…」と一息ついた。思っていた以上に重い空気だ。軽いと軽いで微妙な気分だが、こういうのは慣れない。

「まァ、そんな感じです。質問がある方はいませんかァ~?いませんねェ~?帰っていいですかねェ~?」
「待たんか、百目鬼。それほどの話、何故その時にせんかった?」
「物証が無いじゃァありませんか、総隊長殿。対してあっちは、僕の血まみれの斬魄刀やら何やらを揃えていました。勝ち目なんてありゃァしませんよ。それでは浦原喜助の二の舞です」

「ところでさ~、薫クン。さっき、〈鏡花水月〉に対抗しようとしたって言ってたけど、いつから藍染の斬魄刀の能力に気付いてたの?」
「京楽隊長はいつからだと思いますか?」
「謎掛けかい?僕はそういうの苦手なんだけどな~。そうだねぇ、合同演習で模擬戦をやったって言ってた、あの時かな?」
「いえ、あの時は既に思い当っていました。その確認と、発動条件を知ったのはあれでですが」

そこに驚いたのは浮竹だ。

「‼それじゃああの時、君は〈鏡花水月〉に掛かっていなかったのかい?」
「えェ。今もですけどね。あの時、藍染は一歩も動かずに模擬戦に臨んでたんですよ。ふざけているでしょう?」
「…!しかし、君は海燕と同じく彼の攻撃を躱していたじゃないか!」
「浮竹隊長、貴方は、網膜で捉えた視覚情報をどうやって脳まで運んでいるかご存知ですか」

唐突に話が変わって浮竹は驚いたようだったが、すぐに取り直して続けた。

「何だい、急に…いや、知らないが…」
「色々省略すると、ぶっちゃけ微弱な電気信号なんですよ。それを感知できれば、他人の見ている景色を再現できるんです」
「君の斬魄刀はそんな情報まで拾っているのかい⁉相当な負担が君に掛かってしまうんじゃないのか?」
「えェ。ですから普段はやりません。というよりできません。あの日、海燕副隊長の目線で自分を見た後、すごい頭痛になりました。今はもうそんなことは有りませんけどね。今までずっと、周りにいる誰かの目を通して〈鏡花水月〉の幻影を確認していました。例えばあの事件の時は最後に生き残っていた隊士の、先日の藍染の遺体は冬獅郎の目を通して、ね」

信じられない、という風に浮竹は薫を見ていた。当然だ。視覚を勝手に覗かれていたことに、海燕本人でさえ気づいていなかったのだから。勿論冬獅郎も血相を変えている。

「それで結局、いつから気付いてたの?」
「浦原喜助が追放されてから一週間てところですね」
「「「‼」」」

サラッと言い放った薫に室内の殆どの面子が目を剥いた。
総隊長も、片眼を開いて薫を覗いた。

「成程、あの時、鬼道衆との協力を各隊に呼び掛けていたのは、犯人一派の炙り出しが目的じゃったというわけか」
「半分は、ですが。協力が必要なのは事実でしたから。実をいうと、京楽隊長も容疑者だったんですよ」

意地悪く薫が言うと、その場にいた殆どの視線が一気に京楽を貫いた。当の本人も、目をぱちくりさせている。

「ええ~⁉僕ぅ~⁉」
「えェ。あの時、浦原喜助が嘘を吐き藍染に罪を着せようとしたと四十六室が判断したのは、貴方が彼の目撃証言をしたのが決定打でしたから」
「ああ、あれねぇ…僕も彼にちょっと思うところがあったんだけど、まんまと術中に嵌ってたってわけだねぇ」
「えェ」

「ちょっ…ちょっとお待ちください!」

二番隊隊長、砕蜂(ソイフォン)が口を挟んだ。

「その男っ、百目鬼が本当に百年我々から自身を隠していたということは、その斬魄刀は霊圧の質まで変質して我々に知覚させられるということですか⁉私は橘昴と話したことさえ有りませんが、彼女の霊圧と今百目鬼が発している霊圧が全く別物だということはわかります!それに、霊圧をどんなに消そうとしても、完全に遮断することなんて」
「できますよ」
「⁉」
「確かに、斬魄刀やら術やらを使えば霊圧を完全に消失させることはできません。それそのものが霊圧の痕跡となってしまいますから。白伏を使えば可能かもしれませんが、気を失ってしまいますからそれは問題外とします。でも、それ以外なら――――特殊な道具を使えば可能です。百年前僕らが襲われたとき、藍染らに斬りかかったあたりで特殊な繊維で編まれた布の切れ端を発見しました。あの時、彼らはそれを使って我々に接近していたと思われます。斬りかかる瞬間まで、彼らの霊圧を全く感じ取れませんでしたから」
「それは儂にも心当たりがある」

夜一が会話に入ってきた。

「百年前、喜助が総隊長の待機命令を無視して現場に向かった時、あやつ自身が作った完全に霊圧を遮断する外套を着て行ったそうじゃ。じゃが、霊圧を作り替える類の話は聞いたことがないのう」
「そっちは僕の斬魄刀の能力ですから」
「…薫クンさぁ、そういう駆け引き、()めにしない?」

先程のお返し、というように、ニヤリと笑いながら京楽が入ってくる。

「どういう意味です?京楽隊長」
「いや~、だって、君が言ったんじゃないか。術を使えば、何らかの痕跡が残るって。一瞬の戦闘中や今回みたいな混乱状態ならともかく、常時斬魄刀を解放しておきながら僕や浮竹、そして藍染を騙し続けることなんてできないんじゃない?いいからその種明かしをしちゃいなよぉ~!この期に及んで隠し事とか、そんな水臭いこと止めようよ」
「…まァ、ちょっと無理がある議論ですが、仕方ありませんね…」

そういうと、いつぞや〈彼女〉と薫自身の力を隠す隠さないの話をした時のように懐に入れていたものに触れる。そして、そっとそれを取り出した。喜助が唯一、薫に形を持って残したもの――――

楕円形のそれは、薄い卵の様な形で灰色をしていた。
一見すると小石のようだ。

「これは浦原三席―――あァ、今はただの浦原さんですが―――に作ってもらった、自分の霊圧を偽装する装置です。名前は忘れちゃいましたが」
「何だネ、それハ⁉そんな物が作れるのかネ!ちょっと君、それをこっちに寄越し給えヨ!」
「ふふッ!駄目ですよォ、涅殿」

そう言うと、薫はそれに〈波枝垂〉を振るった。〈彼女〉の出す波に共鳴したそれは、粉々に砕け、塵になって掻き消えた。

「なっ…!何てことをしてくれたんだネ!これでは解析が」
「浦原さんとの約束なんですよ。これの存在がバレたら、どんな手段を使ってでもこの世から消すようにって」
「そうじゃろうな。そんなもの、悪用されるとどうなるかなんぞ子供でもわかる。しかしまた、何でこんなもんを作るよう喜助に頼んだんじゃ?」

夜一の目が、薫の発言を見定めようと細まる。
それを意に介さず、薫はヘラヘラ笑って首を傾げた。

「僕ァ、実力を他人にあまり知られたくなかったんですよ。こういっちゃァ何だが、僕ァ当時からそこそこ実力が在りましたが、鬼道衆ではそういう人間ほど実戦から離されたんです。祭事なんかの、より大規模なものに携わらせられる。でも、僕が死神になったのは護る為。僕が戦えないものに代わって盾となり、刃となり、血を被ると決めたからなのですよ。だから、それを貫くための道具が欲しい、自分の霊圧を他の者には小さく感じさせる物を作ってほしいと浦原さんに頼んだんです。霊圧を他のモノに偽装できる仕様なのは、あの人が勝手に付けたオプションです」

部屋の空気が一層重くなった。それが真実であれば、彼の周りで起きたことは皮肉以外の何物でも無かったからだ。師と仰いだ者には置いていかれ、愛する者も敬愛する先輩も喪い、目を掛けていた後輩を失いかけた。彼は己の無力をどれだけ噛み締めてきたのか…?



「グスッ…」

沈黙が続いていた部屋に、大して大きくもなかったその声は盛大に響いた。部屋にいた全員がその声の方を向くと、織姫が大粒の涙を一心に拭っていた。

「井上さん⁉大丈夫かい?」
「ごめんっ、石田君。私は全然大丈夫…ど、百目鬼さんの気持ちを考えたら…、何か涙出てきちゃって」

織姫は優しい子だ、と改めて薫は思った。
他人のことを自分のことのように感じ、心を揺らすことができる素晴らしい感性だ。だからこそ、彼女はルキアを救うべく尸魂界に来たのだろう。だが、彼女は剣を持つべきではない。その優しさは、いずれ自分も他人も傷つける。

「ありがとう、井上殿。君は本当に優しい子だね。でも、泣くことは無いよ。僕ァこう見えて、結構この百年充実してたんだからね。ところで君たち、ここまでの話の流れ、付いてこれてたのかい?」

そう言うと、織姫を気遣いながら隣の石田が口を開いた。

「百年前、大体どういう出来事が起きたのかについては総隊長に伺いました。ですから状況は分かっているつもりですが、何故僕らが呼ばれたのか、お伺いしても宜しいでしょうか?」
「それは儂から話そう」

そう言うと、総隊長は椅子から立ち上がり、そこにいる者たちを見回して言った。

「四楓院夜一から浦原喜助の伝言を受け取った。藍染が手にした〈崩玉〉は、完全覚醒まで一年の猶予がある。それまでに、各々が戦力の増強に努めること。それの伴い、百目鬼の処遇について、お主ら死神代行一行に伝えておかねばならん事がある」
「処遇?まさか爺さん、薫さんを処刑するなんて言い出さねえだろうな⁉」

一護が総隊長に食って掛かる。物凄い剣幕だ。

「まあ落ち着くがよい、黒崎一護。藍染にあれ程の傷を負わせた者にそんな恥知らずな真似はせん。戦力増強を図るのなら、百目鬼にはまだまだ働いてもらわねばならんしの」
「それなら良いんだけどよ…」
「本来なら、卍解まで修得している身。隊長職に就いて貰いたいところじゃが……」
「僕ァそういうの、性に合ってないんだよねェ」

それだけ、というわけでもないが。

「…本人からの経っての願いで、百目鬼は現世に派遣することにした。折角じゃから、空座町に行ってもらおうと思うておる」
「俺らの街に来んのか!」
「応。お主らの補佐として、のぅ」

すると、石田が口を挟んだ。

「それでは、朽木さんの後任で来ていた死神と交代ということですか?」
「否。彼の者には継続して任に就いて貰う」
「何でそんなに人員を…?」
「…こちらの都合じゃよ。四楓院夜一には、百目鬼が現世でも生活できるよう援助を頼んでおるからお主らに直接何かを頼むものではないのじゃが、伝えておいた方が混乱が少なかろうと思うての」
「…わかりました」
「薫さん、これからもよろしくな!」

石田は若干その答えに不服そうだったが、他の一護たちは快諾した。


「それでは、これにて終了とする!」

総隊長の号令で、各々は解散した。








『ねえ!百目鬼さん、だっけ?』

小人――妖精?――のようなものが薫に向かって飛んできた。

「あ、あァ、そうだが、君は一体何だい?」

『僕は〈舜桜(シュンオウ)〉!織姫さんの力の1つだよ。ボクともう一人の仲間の〈あやめ〉が、貴方の傷の手当てをしたんだ』

「そうだったのか!これはどうもありがとう。本当に助かったよ」

『どういたしまして!一応、貴方に伝えておかなくちゃいけないことがあるんだ。ボクらの力は、“盾の内の破壊又は、事象を拒絶する”――簡単に言えば、攻撃を受ける前の状態に何かを戻す力なんだ。これは、逆に言えば』

「攻撃されていないものを改善させることはできない、だろう?良いんだ。目が覚めた時から気付いていた。このことを彼女は知っているかい?」

『…織姫さんにはまだ伝えてないよ』

「それなら良い。彼女には黙っていてくれ。彼女は優しすぎるからなァ…きっと自分の力が至らないとか、そう言ってまた泣かせてしまいそうだ。それは駄目だ」

『…分かった』

「なに、君がそんな顔をすることは無いよ!君も優しいんだね。――ありがとう」

(バレるのは時間の問題、だなァ)

去っていく〈舜桜〉を見ながら、これからどうしたもんかと薫はため息を吐いた。






はい。
やっぱり伏線回収しきれませんでした。
追々、ですね…

ちなみに、総隊長が空座町に死神を置きっぱなしにしたのは一応薫の監視の意味を込めてです。イモ山さんにそんな器用なことが出来るのか…?
隠密機動に交代しなかったのは、そこまで心配してないからでしょう。きっと。
監視だろうなって事は薫も既に分かってます。それを総隊長の方も分かってます。”変なことしないよね?一応ね?”みたいな一手です。
今後説明する予定の無い設定でした。


後数話してから新章に入って行くつもりです。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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変化

閑話その一です。
肩の力を抜いてお読みください。


「花~、いるかァ~?」

特に用もなく、薫は四番隊に顔を出した。
現世行きまでまだ日数があったが、荷物も大分纏まってきた彼は、有り体に言えば暇を持て余していた。……現実逃避、が正しいかもしれない。

「薫さん!どうしたんですか」

奥からひょっこり顔を出した花太郎は、薫の姿を見つけると子犬のように駆けてきた。

「いや、どうしてるかなと思ってさ。まだまだ忙しそうだな」
「そうですね。幸か不幸か先日の騒動での犠牲者は中央四十六室のみでしたが、それでも大規模な戦闘の後ですから負傷者が多くて……」

ため息を吐いた花太郎の表情は、疲れ半分、諦め半分という感じだった。

「何だ?ただ疲れてるだけって感じじゃないな」
「ええ、まあ……負傷した十一番隊の隊士が、四番隊を馬鹿にして絡んでくるんですよ。配膳を運ぶのも一苦労なんです」

それを聞いて薫は眉を(ひそ)めた。十一番隊の隊士たちは、相変わらずのようだ。一体誰のお陰で彼らが戦い続けられていると思っているのやら…

ぐう、と薫の腹が鳴った。配膳の話を聞いたからか、単純に今が昼餉(ひるげ)時だからか、はたまた奥から配膳用の食事の良い香りがしてきたからか…はにかみながら薫が腹を押さえると、花太郎は笑顔になって薫の手を引いた。

「もうお昼ですし、良かったら薫さんもここで食べていきませんか?配膳用に沢山作ってありますから!」
「良いのか?許可もなくそんな事言ってしまって」
「許可いたしますよ?」

柔和そうな声の主は卯の花隊長だった。
彼女はにこりと薫に笑いかけた。

「例え貴方が総隊長に対して隊長どころか隊員となることさえしないと啖呵を切っていて、護廷十三隊に所属すらしていない()()()だったとしても、花太郎の身内も同然の貴方なら受け入れない理由はありません」
「…………やはり、遠慮しておきます」

何で?という風に花太郎が見てくるが、流石にここまで言われてお邪魔するわけにはいかない。普段察しの悪い薫も、今回ばかりは遠慮した。ところが、卯の花隊長は細めていた目を薄く開いて続けた。

「食べてお行きなさい、百目鬼さん。ただし、働かざる者食うべからずと言いますし、配膳の手伝いをして行ってくださいませんか?花太郎、貴方の担当の四号室と五号室の配膳を代わっていただきなさい」
「ええっ!だ、駄目ですよ!だってあそこは十一番隊の…いえ、薫さんにご迷惑をかけるわけには……」

成程、花太郎を困らせている困った輩たちの部屋だったらしい。だったら、ちょっと灸を据えに行ってみてもいい。

「そういう事でしたら、お手伝いさせてください。どれを運べばいいですか?」
「花太郎、ご案内なさい」
「は、はい……」

押し負けた花太郎は、不安そうに項垂れた。








味噌汁を零さないように気を付けながら、出来るだけ早く廊下を歩く。

「次は五号室っと…」

先程薫が覗いてみると、四号室はもぬけの殻だった。不審に思って近くにいた伊江村三席に尋ねたら、どうやら脱走されていたらしい。まァ、班目一角の個室だったと聞いて合点がいった。

「昼食をお持ちいたしましたァ!失礼しまァす!」

四膳を一気に抱えて戸を開くと、中に居た四人同時に薫を睨んできた。
喧嘩を売る元気があるならサッサと自隊に帰ればいいのにと思いながらも部屋に入ると、早速一人が突っかかってきた。

「ああん?何だテメエ?四番隊はやっぱどいつもこいつもひょろっちいなあ!」
貴方(アナタ)方のようにただ体を大きくしているだけでは四番隊は務まりませんから」
「何だとぉ!」

後の三人も続いて薫に文句をつけてくる。
しまった、料理を渡してから返答すればよかった。

「後方支援のくせに、口答えしてんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ!いつもの隊員みたいに‘‘すみませぇぇんん‘‘って泣いときゃあいいんだよ」
「ぎゃははは!あれは傑作だったよなあ!」

花太郎の最近の苦労が目に浮かぶ。
はあ、と大人気もなく薫はため息を吐いた。
一人がずかずかとこちらに歩いてきた。

「テメエ、ここなら俺たちが手を出さないだなんて思ってねえだろうなあ?」

今にも胸倉を掴みそうな勢いだ。
ちらりと料理を見て、これを床に置く時間は無いな、と思った。掴まれたら味噌汁零れちゃうな、とも。別に彼らの食事が台無しになるのは構わない。自業自得だ。しかし食材が勿体ない上、これを作ってくれた給仕の方々に申し訳が立たない。なら…

「縛道の一、(サイ)

一応怪我人だから軽めに手の動きだけを封じた。だが霊力量からみても、簡単には外せないだろう。現に動きを封じられた隊員は表情が凍っている。
しかしそれに気付かない他の三人はお気に召さなかったらしい。

「縛道の一だあ?嘗めてんのか⁉」
「ちまちました手ェ使いやがって!」
「やんのかコラア⁉」

今度はしっかり盆を近くの棚の上に置き、薫は頭を下げた。

「すみませんでした‼」
「ああん?謝ってすむと思ってんのか⁉」
「いいえ。()()()()()をしてしまったお詫びに、ちゃんと対応させて頂きます。―――五柱鉄貫(ゴチュウテッカン)

‘‘縛道の一‘‘に不満を言った隊員に五柱鉄貫をかまし、後の二人に白打で当たる。怪我がどこにあるか分からないので、首筋に手刀を入れて瞬殺した。……勿論、気絶だ。五柱鉄貫を掛けられた隊員も、込められた霊圧に当てられて気絶している。

六号室に配膳しに行こうとしていた花太郎が通りかかった。
中の状況を見て、今にも盆を落としそうなほど驚いている。

「ななな、何やってるんですか、薫さん⁉」
「山田七席!申し訳ありません!」

唯一意識のある隊員に見せつけるように薫は花太郎に深々と頭を下げた。

「ええっ⁉どうしたんですか!」

少し頭を上げて、花太郎にだけ見えるように唇に人差し指を当てた。
花太郎にウインクして、薫は続ける。

「山田七席が、怪我人だからと今までその広いお心で受け流していらっしゃった罵倒に思わず手を上げてしまいました。本当に申し訳ありません!今後の精進の為、彼らが四番隊を退舎するまで私をここの担当にしてください!」

サーっと、最後の一人の血の気が引いていくのが分かる。喧嘩を売った相手―――卯の花隊長―――が悪かった。きっとこういう事を意図して薫にこの件を任せたのだろう。彼らにも良い薬だ。暫くは四番隊に近づく気も起きまい。

「ま、待ってくれ!悪かった!謝るから、それだけは勘弁してくれ!」
「‘‘ああん?謝ってすむと思ってんのか⁉‘‘でしたっけ?貴方方が仰ったんですよ?それに、私は山田七席にお願いしてるんです。貴方は引っ込んでいてください」
「ひいいいいいい‼」
「その辺にしといてやれよ、薫さん」

やれやれ、という表情で廊下から顔を出したのは一護だった。その後ろには死神代行メンバーが揃っているらしい。

「ったく、流石にやりすぎだろ…何だアレ?柱か?あれも鬼道とかいう術か?」
「そうだろうね。しかし、込められた霊圧と術を受けた側の霊圧の差が圧倒的過ぎて、最早憐れだな」
「ム……退かしてやった方がいいか…?」
「茶渡君、アレ退かせられるの?すごーい!」

順に一護、石田、茶渡、井上だ。彼らの怪我は既に回復しているが、仮宿代わりに四番隊を使っていると聞いた。どうやら近くの部屋だったらしい。
…というようなことを薫が考えていると、花太郎がもう限界、とでも言いたげに腕を上下にバタつかせた。

「薫さん!早く片付けないと、このことが他の隊員にまでバレちゃいます!」
「他の?あァ、四番隊は今大勢泊っているんだったな。片付けるよ」
「俺たちも手伝うぜ」

一護達と花太郎の協力の下、床に散らばっていた三人を寝台に乗せ、ついでに昼食の盆をその隣の棚に乗せておいた。

「薫さん!この方の縛道も解いてください!」
「わかった」

薫が縛道を解くと、その隊員は力なく倒れた。いつの間にか気絶してしまっていたらしい。
彼らが昼食を食べる頃には冷め切ってしまっているだろうなァと他人事のように彼は思った。









(……………あんこ?)

薫の思考が一瞬フリーズした。今、何か変な単語が聞こえなかったか?
ふっと息を吐き、苦笑する。

「…僕ァ思ったより疲れているのかな?今、井上殿が‘‘味噌汁にはあんこを入れる‘‘といったような気がしたよ」
「合ってますよ?その方がおいしいんだけどな~!」

現在、配膳を終えた薫は一護達と共に昼食を摂っていた。出汁の効いた香りのよい味噌汁を前にそんな発言が出てくるとは思わなかった。

チラッと男性陣を覗くと、皆井上を直視せずどこか明後日の方向を見ながら食事を進めている。
それに井上は気付いていないようで、ニコニコと話を続けた。

「ところで薫さん!」
「何かな」
「‘‘井上殿‘‘って固すぎませんか?折角ですし、もうちょっとラフな呼び方が良いな~なんて!」
「ラフに、か。そういえば、一護以外のフルネームってまだ聞いてないな。教えて貰っていいだろうか?」
「はいは~い!じゃあまず私から!井上織姫です!好きに呼んで下さ~い」

右手を左右に振って元気よく彼女は言った。

「‘‘織姫‘‘か。綺麗な名前だね。じゃァ、そう呼ばせてもらうよ」

薫の言葉に一護は少し驚いたようだった。

「すげえな、薫さん。井上のファーストネームを何の抵抗もなく呼ぶとか…」
「何か変か?名は体を表すとはよく言ったものだと思うけれど」
「そういう事を恥ずかしげもなく言える時点で変だと思うぞ」

苦笑しながらそう言った一護は、はにかみながら目を逸らした。
一護の隣に座っていた茶渡君が今度は口を開いた。

「俺は、茶渡泰虎だ」
「泰虎⁉いかついな。どう頑張ってもラフにとか無理じゃないか?」
「いや、別に無理にラフにしなくても良いんですけど…」

今度は石田が苦笑して言った。それに構わず一護は茶渡君を親指で指さした。

「仲いいクラスメートはチャドって呼んでるぜ。薫さんもそう呼んでみたらどうだ」
「チャド?へェ、お洒落な名前だな。じゃァそうしよう。石田君の本名は?」
「石田雨竜です。普通に呼んでもらって構いませんので」
「戦国武将みたいな名前だな。折角だし、雨竜と呼んでみようかな」
「なっ!何でそうなるんですか⁉」

ペシペシ床を叩いて異議を唱えている雨竜を見て皆が微笑した。
カタそうな名前の通り彼は真面目なのだろう。
薫は、銀髪緑眼低身長の隊長を思い浮かべてクスリと笑った。
こういうタイプを弄りたくなってしまうのは仕方ない。

(だよなあ?)

(アイツ)の声がした気がしたのは、きっと気のせいなのだ。








一護達の皿も纏めて抱えて台所に向かうと花太郎が丁度出てきた。

「あっ、薫さん!わざわざすみません」
「これくらいしかできないからな。花が謝るようなことじゃない」

薫が笑って言うと、花太郎はホッとしたように胸を撫で下ろした。

「花?何かあったのか」
「いえ……僕が知っている薫さんはさっきみたいに好戦的じゃありませんでしたから、どこか違和感があったんです。でも、今はそんなこともないなって。優しい薫さんです」

それもそうだろう。薫はこの百年‘‘昴‘‘として振舞わねばならなかった。
声や姿形が同じだとか言うだけではすぐにボロが出てしまう。昴の思考を真似、そう立ち回っていたからこそ今回の一件を起こすことが出来た。
百年もそれを続けていれば、自ずとそれは薫にも染み付いていく。それが花太郎には違和感に感じたのだろう。

「僕ァ変わっちゃったんだな」
「百年もあれば変わるのは当たり前ですよ」

思わずこぼした言葉に返ってきた答えに薫が目を丸くすると、花太郎はふわりと笑った。

「でも、一番大事な部分は変わってない。薫さんはやっぱり薫さんなんですよ。優しくて、仲間思いで、強い、薫さんなんですよ」



こういうのは、困る。
無防備に何の前置きもなく薫の心に入ってくる花太郎の言葉に返す言葉を、薫は持ち合わせていなかった。



あァ、ありがとう、花。
君は全然変わらない。きっと、何物にも染まらないからこそ、君は僕とは違ったやり方で救いを齎して行くのだろう。


俯いた薫の背に、花太郎はそっと手を添えてくれた。






改めまして、人物紹介です。

百目鬼(どうめき)(かおる)
 男性死神。本作主人公。百年前、一ヶ月という短期間副鬼道長を務める。百年前の事件で死んだとされていたが、藍染によって嵌められたせいで身を隠していたことが判明。現在は野良死神のポジションを自称(尸魂界での役職を放棄)している。
 百年身元を偽っていたせいか、性格が多少曲がった。他者の死に関して異常なまでに敏感になっている。一方自身に関してはかなりルーズで、割と簡単に自分を切り捨てられる。虚に関しては斬る本質が罪を雪ぐという事実から斬ることに躊躇はない。
 ホイホイ卍解出来ないため、基本性能が高め。鬼道の苦手意識もまあまあ直した。他に比べるとちょっと不得手なくらい。
 追い詰めすぎると何するか分からない。基本は冷静&常識的。ちょっと抜けてるところがある自覚はない。
 容姿に関して作者は特に考えていない。ただ、そこそこ顔面偏差値高めで青年くらいのイメージ。

 斬魄刀:〈波枝垂〉…あらゆる波を掌握する能力を持つ。
 卍解:〈波枝垂尽帰塵〉…発動と同時に〈波枝垂〉の刀身が無数に表れ、震えることで周囲にある物体を悉く破壊する。広範囲無差別攻撃。



(たちばな)(すばる)
 本作ヒロイン。薫と幼馴染。百年前に他界。彼女が今後どう話に関わってくるのかは謎。というか関わって来れるのか自体謎。少なくとも主人公は昴以外になびかないことが予想される。
 百年前は十三番隊第十席だった。藍染に斬られて死去。
 さばさばした性格で、人間関係は広く浅くが基本だった。都には”高嶺の花”と称されており、密かに人気はあったらしい。細かい容姿は美人ということ以外設定していない。

 斬魄刀:〈氷華〉…斬りつけたモノの温度を自由に下げられる。薫に”今までで一番容赦の無い斬魄刀”と評された。



書き分けられるのか不安でいっぱいですが、頑張って行こうと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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事後

閑話二話目です。
ほのぼの回のつもりが、割とそうでもない感じになりました。


薫は五番隊の執務室へ訪れた。扉をノックすると、何十年も共に仕事をしてきた後輩の声がした。ここに帰ってくるのはほんの四日ぶりのはずなのに、随分と長い間ここを離れていたような気がする。

「やァ、森田、日下。久しいな」
「貴方はもしや……!」 「え、誰っすか?」

一呼吸おいて、薫は言葉を押し出した。

「僕の本当の名前は百目鬼薫。この百年、橘昴として名と姿を偽って生きてきた男だ。今まで君たちを騙してきて、本当にすまなかった」
「ふわあぁ~!話には聞いてましたけど、百目鬼さんってマジで美形すね」
「……はァ?」

素っ頓狂な声を上げてしまった。いつものことながら、日下がいるとイマイチ空気が締まらない。どうしたものかと薫が思っていると、日下は続けた。

「いや、今のは冗談すよ、冗~談!百目鬼さん、話は聞いてるっすよ。この百年、敵討ちのために仕方なくやったことだって。そんなら良いんすよ、別に。相談してほしかったなとかはちょっと思ったりするけど、貴方のやったことは間違ってないって俺は思う。だから良いんす!騙してたとか、そんなことは!」
「皆が貴方のように単純な訳じゃない‼」

森田が両手で机を叩いた。これが普通の反応だ、と薫は冷静に思った。特に森田は真面目な男だ。納得などできようはずはない。

「~~っ!わかっています。日下五席が言ってることが正しいんだって!でも、理性と感情は別なんです!」
「そうだよねぇ」

ぎょっとして薫たちが振り返ると、京楽、浮竹、そして――ルキアが立っていた。

「ごめんねえ、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけどさ」

ひらひらと手を振る京楽からルキアが一歩前に出た。

「百目鬼殿……我々のことをどう思って今まで過ごしていらっしゃったのですか」

そう尋ねるルキアの目は、悲嘆にくれたものでも怒りに震えたものでもなかった。唯ひたすらにその答えを求めるのみの、純粋な瞳だった。
その瞳に薫は真っ直ぐ視線を返す。

「或いは先輩として。或いは後輩として。或いは友として。或いは同志として――――挙げればきりがないが、これだけは言える。僕が”昴”であるために必要であったこと以外の全ての僕の言動に嘘・偽りは無い。誓うよ」
「それさえ聞ければ十分です、百目鬼殿」

満面の笑みでそう言うルキアは、今までに見たことがないほど晴れ晴れとした顔だった。

「本当に?僕ァ君を、藍染を討つための駒にしようとしていたんだぞ?」
「良いのです。それでも貴方は私を救ってくれた。でももう、二人目の私を作らないでください」
「勿論だ」

これを黙って聞いていた日下と森田は、やっと口を開き始めた。

「ほら、当人たちもああ言ってるじゃないすか」
「…………」

薫がそちらの方へ向き直ると、森田は顔を伏せたが、すぐに姿勢を正して薫の目を正面から見つめた。

「百目鬼さん、僕は曲がったことが嫌いです。だから、貴方のことを最初に聞いた時許せないと思った。今まで素知らぬ顔で我々を欺いていたんだ、と。しかし、貴方がそうするに至った経緯や今までのお二人の会話を聞いて考えを改めました。貴方の心根は橘四席と変わらない。今はまだ僕の心の整理がついていませんが、僕は貴方と以前の様な関係でありたいと、そう思っています」

薫は、つくづく良い後輩を持ったと思った。いや、違うな。これは―――

「僕は本当に良い同志を得られたのだな」

思わず口から零れた言葉は、薫自身の顔を赤く染めるのに十分すぎる威力を持っていた。









「昴さん」

つい反射で振り返る。百年の間に染み付いた癖は中々抜けるものではないな、と苦笑した薫は、声の主を見つめなおした。

「意地悪なことをしてくれるね、七緒殿」

京楽隊長が来ていたからもしやとは思っていたが、やはり彼女も先程の話を聞いていたようだ。

「薫さん、本当にお久しぶりです。貴方からしたらずっと一緒に居たも同然でしょうけれど」

彼女は戸惑いながらも毅然と振舞っている、という風だった。それもそうだろう。彼女が最もプライベートで昴と接していた人物なのだから。

「そうだね。七緒殿、君は…本当に強くなった。もう鬼道で君に敵う奴などいないだろう。僕を含めて、ね」
「そんなことありません…私はずっと、過去の貴方を目標に鍛錬してきて、貴方にまだ及んではいない。足りていないんです」

伏し目がちにそういう彼女は、いつもの気丈な姿からはかけ離れていた。
それを見た薫は、やれやれと息を吐くと腕を組んで首を傾げた。

「全く、どうしてそう自信無さげなんだ?胸を張って良いんだ。君は確かに僕よりもずっと成長しているよ」
「本当…ですか?」
「あァ。嘘は吐いていない」
「もし、本当に私のことを対等以上だと思ってくださっているなら、これから私のことをただの‘‘七緒‘‘で呼んでくださいませんか」

何故?と薫が思ったのは言うまでもない。今までの七緒ちゃんや七緒殿から殆ど変わっていないと思ったが、素直に従うことにした。

「勿論だよ、七緒。なら、僕のこともただの‘‘薫‘‘と呼んでくれて構わない」

七緒は一瞬固まった後、嫌です、と首を横に振った。

「薫さんは年上ですから、さん呼びも敬語も外しません」
「別に良いのに。あァ、でもその心意気は冬獅郎に教えてやってほしいな」

二人でクスリと笑った。きっと十番隊舎では派手にくしゃみの音が鳴り響いていることだろう。








結局その後も数日にわたって謝罪周りは続いた。大抵の場合は今はそれを受け入れる余裕は無い、だったり、元々関りが薄かったせいで影響がないかのどちらかだった。寂しい反応ではあったが、想定済みの事態だ。それに、どうせ薫はもう直現世へ行くのだ。ほとぼりはいずれ冷めていくだろう。






そして、結局後回しになっていた十一番隊に彼は来ていた。

(副隊長のこともあるし、ちゃんと謝りにいかないと。でもなァ、彼女に会うってことは、更木隊長に会うって事と同義なわけで)

うじうじ薫が悩んでいると、後ろから声がした。

「なんだあ?お前、ウチに何か用かよ」
「あ~~!かおるんだぁ~!」

この声は………
恐る恐る薫が振り返ると、そこにはやはり更木剣八と草鹿やちるがいた。

「ご無沙汰してます。草鹿副隊長、あの時は緊急時とはいえ、女性に対して失礼な真似を働いてすみませんでした!」

全力で薫は頭を下げた。‘‘あの事‘‘とは、双極の丘でやちるに白伏を掛けて昏倒させたことについてである。

「あはは!かおるん、まだ気にしてたの~?いいよ~、別に、全然怪我とかしなかったし!」
「ああ?やちる、そんなんで良いのかよ?折角なんだからちょっと斬って詫び入れさせるくらいさせればいいじゃねえか」
「あたしは忘れてたくらいだったし~。じゃあかおるん、ケンちゃんと試合してあげてよ!最近体が鈍っちゃってるんだって。ね~、ケンちゃん?」

結局こうなるのである。







斬魄刀の解放有り、白打有り、鬼道有り。結局何でもありで薫と剣八はタイマンを張ることになった。

「もう一回確認しますけど、致命傷に至る寸止めで試合終了ですよね?寸止めですよね?」

口ではそうだと言いながらも、あれは絶対本気で斬りにかかってくる。全く、何が悲しくて護廷十三隊最強の十一番隊の隊長と本気でやり合わなければならないのか………
うっかりすると目から水が零れそうだ。
審判役の綾瀬川弓親も同情しているのが伝わってくる。

「隊長、程々で切り上げてくださいね。それでは、両者構えて――始めっ!」

雄叫びを上げながら剣八が迫ってくる。仕方がない、これはやちるへの謝罪を含めているのだ。暫く打ち合って、人が増える前に一発アレをかまして退散するとしよう。現世への出立前だから、自分が斬られるのは無しの方向で。

ガアン!

剣八の重い一撃で、二人の試合の火蓋が切って落とされた。









「ほぉ!良い度胸だな、一護。良いのか?病み上がりだろうが手加減はしねーぞ?」
「病み上がりはお互い様だろ。つうか別に病んでねよ。怪我してただけで」

十一番隊の道場で一角と一護は言い合いになっていた。怪我を負ったときは病み上がりと表現するかどうかという議論だ。

「おおーし、わかったぁ!じゃあ、こいつで勝った方が正しいってことでどおだあああ!」
「おおし、来い……って、あれ?なあ、一角。何かものすごい勢いでこっちに向かって来てるものがねえか?」

一角も耳を澄ますと、何やら叫び声らしきものと共にこちらへ何かが来ているのが最早耳を澄まさなくても聞こえてきた。

「なんだあ?騒がしいな。一体――」

そこまで一角が言ったところで、道場の戸が荒々しく開いた。駆け込んできたのは――薫だった。

「薫さん⁉」
「あァ、一護じゃないか。こんなところで奇遇だな。おっと、済まんが今はそれどころじゃないんだ。先に失礼」

薫が意味深に笑いながら窓から飛び出していったのを呆然と二人が見ていると、もう一つの足音が駆け込んできた。

「百目鬼ぃぃぃ!待ちやがれ!あん?何だ、一護じゃねえか」
「イッチ―、はよーっ!」
「傷はもう良いのか」

姿を見せたのは剣八とその肩の上に居るやちるだった。
木刀を持っていない方の手で親指を立てて一護は答えた。

「おう、お陰様でもうバッチ――」

ザンッ

「リ――?んぇ?」

自分の木刀の先が消えたのを見て、一護は薫がこの元凶だというのを悟った。

「百目鬼に逃げられて丁度体を動かしてえと思ってたところだ。一護お前、付き合え」

薄々察していた言葉を聞くや否や、一護も薫と同様に逃げ出した。
というか、本能的に体が剣八から距離を取るために全力で行動を起こした。

「あっ、待ちやがれ!」
「あはは!ケンちゃんイッチ―にも逃げられてる~!」





嵐が過ぎ去った後、トタトタと弓親が走ってきた。

「隊長、もう諦めてくださいよ~」
「弓親か。隊長ならもう行っちまったぞ?何があったんだよ」
「一角!も~、見てたなら止めてよ。大体想像つくでしょ?」

げんなりした弓親を見て、またかと一角は口角を釣り上げた。

「ははは!百目鬼の奴、ま~た逃げ切りやがったのか!あいつもよくやるぜ」
「いや、今回彼は試合を受けたよ。何でも、副隊長へのお詫びとか何とかで」

それを聞くと、一角の顔色が変わった。

「何だと⁉そんなことになってたなら呼べよ!てか、どうなったんだよ!」
「一角ったら、久々の鍛錬って興奮してそれどころじゃなかったくせに…いいけど。百目鬼さんが勝ったよ。嫉妬するくらい美しくね。隊長の首筋に刀を突き付けてお終い」

それを聞いて、一角は違和感を覚えた。更木隊長は自他共に認める戦闘狂だ。そんなヒトが、首筋に刀を突き付けられたぐらいで試合を終えた?

「隊長が負けを認めたのか?」
「どうだろうね?少なくとも、あの時隊長は動きを止めていた。寸止めってルールだったから、審判の僕が隊長の負けを判断したのさ」

隊長の動きが止まった?一護の刀を顔に受けても突っ込んでいったあの隊長が?
百目鬼が何かしたとしか考えられなかった。

(あの野郎、何をしやがった?)

その笑みは、いずれまた戦ってみたいという闘争心を映し出していた。





翌日

今日はとうとう、黒崎一護一行が現世に帰る日だ。穿界門の前には、見送りに何名かの死神が来ていた。薫もその一人だ。

「薫さん、アンタは一緒に行かねえのか?」

一護が不思議そうに首をかしげる。

「あァ、僕の出立は明日だ。あまり一気に渡航するのは鬼道衆の負担が大きくなってしまうからな」
「そうなのか。迷惑を掛けちまうな」
「ふふッ!元を辿れば迷惑を掛けたのは護廷十三隊。君たちが気にすることなど無いよ。これくらいは当然だ。まァ、僕ァ全然開門に携わってないが!」

薫が笑っていると、後ろから浮竹が声を掛けてきた。

「ちょっといいかな。一護君。君に、これを」
「浮竹さん!……何すか、これ?」
「〈死神代行戦闘許可証〉――現れた死神代行が尸魂界にとって有益であると判断された場合、古来よりそれを渡す決まりになっている。これを使えば、いつでも君は死神になれる。勿論、君のしてくれたことにこんなことで報いきれるとは思わないが」
「良いっスよ、そういうのは。俺は俺の都合でやったんすから。こいつはありがたく貰っときますけどね」

にこりと笑う一護を見て、何とも清々しい男だ、と薫は思った。なにか惹きつけられる魅力がこの男には有る。
それは浮竹も同じだったようで、彼もまた微笑んでいた。

「―――時間だ」

「じゃあな、ルキア」
「ああ。ありがとう、一護」
「こっちの台詞だ。ありがとう、ルキア」

―――――お蔭で、やっと雨は止みそうだ。






穿界門を彼らが通っていった後もそこを見続けていたルキアに、薫は歩み寄った。

「ルキアに出会ったのが彼で良かった。君も僕も、あの男に救われてしまったな」
「ええ。大きな借りができてしまいました。薫殿、どうか向こうで一護たちを宜しくお願いします」

薫を捉えた彼女の双眸は、彼らに対する信頼に満ち満ちていた。

「ふふッ!全く、君ァ全然彼らのことを心配していないじゃァないか!良いとも!僕ァ邪魔にならないようせいぜい努力するとしよう」
「なっ!そういう意味ではありません!」

冗談っぽく笑う薫に真面目に訂正しようとする彼女は、最早以前のような影を脱ぎ去っていた。

(本当に良かった。ありがとう、黒崎一護。君が救ったのは、ルキアの生命だけじゃない。魂も洗い流してくれたんだ)

今日の空は彼女の心を映したかのように晴れ渡り、面白おかしく浮かんだ雲には彼女の楽し気な未来が映り込んでいるかのようだった。




そう、折角いい気分だったのに。
ひらりと一匹の黒い蝶が彼の指に舞い降りるまでは。




さてさて、そろそろ主人公も現世です。
さっさと行かせたいんですが、次話とこれを繋げるのは分量的に多すぎました。
デジャブ…
きっとこれは気のせいではありませんね。
技術不足はどうしようもありません!
すみません!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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胎動

ここ一ヶ月で一番の衝撃
「あるBLEACH アニメオリジナルキャラクターと薫の斬魄刀の名前がほぼ一緒」

思わず”なん…だと……”と呟きました。
斬魄刀の能力は全く違うんですが、余りの衝撃に暫く思考がフリーズしました。
今更変えられないです。しまった☆彡


地獄蝶での伝令を言付かった後、刻限までに荷物を纏め終わった薫は渋々呼び出しに応じた。彼が向かうと、そこには総隊長、浮竹、京楽の三人しか見えなかった。

「百目鬼です。こんな呼び出しの形式ってあるんですねェ」

見えなかった、という表現は間違いではない。何か他にこの部屋にいる。しかし、その位置も数も掴めなかった。一抹の不安を抱きながらも気付かないふりをする。

「何か御用ですか?」
「いくつか、お主に聞いておきたいことがあってのう」

総隊長は、緩慢とも思える動きで薫の方を見た。
隣の浮竹が片手を軽く上げる。

「まずは俺からだ。薫君、何故君は朽木から崩玉が取り出されるまで静観していたんだ?」

やや興奮気味だった浮竹の声の響きは、彼自身の咳によって掻き消された。

「簡単なことです。あの時すぐに飛び出していたら彼らが――藍染一派が逃げてしまうと思ったからですよ。それに彼を殺すなら彼らが用事を終えて虚圏に行く際の反膜の中で卍解、が一番確実でしたから」

浮竹は何かを言いかけて、止めた。感情的になっている自分を制したのだろう。間をおいてさらに彼は言葉を繋いだ。

「では、百年前の事件について。君と橘が直面した事件についてだが、あの時君は藍染と東仙の二人を結界内に捕らえていた。そうだね?」
「えェ」
「市丸には真相は見えていなかった、という見解で良いのかな」

さっきの質問もそうだが、これは先日追及できなかったことを聞くための会、ということなのだろうか。こんな質問は、他の隊士が聞けば動揺が周りに伝染しかねない。

「分かりませんね。彼がどこで見ていたかによります。〈波枝垂〉の能力の有効範囲内だったら当時の報告書通りに見えていたでしょうし、もしかしたら見てすらいなかった可能性もあります」

真相が見えていた時の話はしなかった。
あの時、少なからず動揺していた薫は有効範囲が着く方法で〈彼女〉の技を放っていたのだ。

目の前の三人もあえて追及しようとはしなかった。当然だ。そうなると、ギンは意図的に藍染にそれを―――薫が昴に扮していたことを隠していたということを意味する。尸魂界を裏切ってまで藍染に付いて行った男の行動にしては不可解すぎる。下手な憶測は控えるべきだ。
……たとえそれが希望を孕んでいたとしても。

「僕からもいいかなぁ?」

京楽が手を掲げた。その目は、彼の笑顔とは対極に冷め切っていた。

「”斬魄刀は使用者が気絶した場合始解前の状態に戻る”、そうだよねえ?」
「そうですね」
「じゃあさ、この前の処刑執行日に何で七緒ちゃんの白伏を受けて薫クンの偽装は解けなかったの?」

常時開放型は兎も角、それ以外の始解した斬魄刀は使用者が気絶すると始解前の状態に戻る。”気絶”という表現を敢えてしたのは、意識が無いだけではそうならない場合があるからだ。つまり何が言いたいのかというと、この条件に睡眠は含まれない。

だって考えてもみてほしい。つい先日の藍染がいい例だ。
彼はルキアの刑罰をコントロールするために二週間近く中央四十六室に居座っていた。その間〈鏡花水月〉は掛けっぱなしである。睡眠で始解が解けるならこんな計画は不可能だ。…余程藍染に根性が有れば話は別かもしれないが。

だから、普段の生活で薫は演技さえ気に掛けていれば何とかなっていた。勿論始解を維持したまま眠ると霊力は消費し続けるからお勧めはしない。

「端的に言えば、あの時僕ァ七緒の白伏を受けていなかったんです」
「どういうこと?」

京楽の語感かほんの少し和らいだ。
彼が最も危惧していたこと――〈波枝垂〉の能力を無効化する方法が無い可能性――が無いらしいことに安心したのだろう。

「ご覧になった方が早いかと。失礼します」

そう言って薫は〈彼女〉を解放すると、特に何をすることもなく掌を京楽に向けた。

「!」
「京楽隊長、動かないでくださいね。――白伏」

霊力を込めて、白伏を放つ。それを後の三人も感じたらしいが、京楽が倒れないのを見て視線を京楽から薫に映した。
答える前に薫が両手を打つと、京楽の目の前に縛道の八十一、断空が現れた。

「……これは一体、どういうタネだい?」
陽炎(カゲロウ)で、僕が断空を張る一部始終を隠蔽したんです。いつ張ったか分からなかったでしょう?」

あの時、詠唱破棄で咄嗟に断空を張った。ただでさえ距離のある状況だったため、七緒のものとは言え白伏はあっさり断空に阻まれた。

「まァ、まさかあの後駄目押しの穿点が来るとは思わなくて結局眠ってしまいましたが」
魂消(たまげ)たねぇ!全然分からなかったよ!」

ニコニコしているが、京楽の瞳の奥が冷えていくのが分かる。下手に隠す方がややこしいことになるかと思って素直に話したが……失敗だったかもしれない。

〈彼女〉の力は強力だ。それが()()()()()()結構、というのが護廷十三隊の立場だろう。
だが薫は護廷十三隊には所属したくないと公言している。別に彼は尸魂界を敵に回すつもりがあるわけではないのだが、警戒しておくに越したことはないとでも思われているのだろうか。

(まァ、当然の対応だ。元々藍染と性質の近い斬魄刀の能力がある上、やっていたことの(タチ)の悪さで行ったら僕も奴もどっこいどっこい。――でも、この二人の隊長にそういう目を向けられるのは思っていたより堪えるなァ……)

言ったところで詮無いことだ。こういう痛みが少ないように人間関係は深くしないで来たのだが、それ以前からの付き合いの、二人と七緒、そして花太郎は薫にとっては特別だった。

(……感傷的になっている余裕は無いかもしれないな)

そっと〈彼女〉に話しかける。
やることは二つだ。




薫が〈彼女〉を仕舞うと、再び京楽は口を開いた。

「それじゃ、もう一つ。あの日―――薫クンの暴露大会があった後、百年前の君との会話を思い出してみたんだよねえ。そしたら、面白いことに気付いたんだよ。君は僕との会話に殆ど事件のことを話さなかったよね?君の目的は犯人の炙り出しだったはずなのに」
「それが本当なら京楽隊長は凄い記憶力をお持ちですね。でも、思い違いではありませんか?僕はちゃんと聞くべきところは聞きましたよ」
「そうかなあ?百年前とはいえ、僕はそうそう話に乗っていかない方針なんだよねえ。大した話を君にした記憶が無いんだ。君は僕のことを容疑者としていたのに、ね」

薫が黙り込んでいると、京楽は面白そうに付け足した。

「だから、思ったんだよね。君はもしかしたら、相手の思ってることや考えてることが分かっちゃったりするのかなってさ」
「――――そんなことができたら、誰も苦労しませんよ」
「何も、君個人の能力だとは言ってないよ。薫クンの洞察力も相当なんだろうけど、何よりその斬魄刀――〈波枝垂〉を使えばどうだろうね?」

もう逃げられない、と薫は観念した。薫を呼び出すまでもなく彼は結論を出していたのだ。
大きくため息を吐くと、分かりましたよ、という風に首を振った。

「……詳細に思考が読めるわけではありません。嘘を吐いた、今の気分は高揚している、別のことに思想を飛ばしている――相手の表情、視線、手足の動き、体の揺れ…それらすべては思考と繋がっているのです。そういう小さな体中の動きを〈彼女〉は感じ取ることができます。犯人捜しをするだけならば、これで十分わかりますから。技の名は、一ノ型――月夜見(ツクヨミ)

伏し目がちにそう言った薫に、総隊長は‘‘合点がいった‘‘と言葉を繋げた。

「成程のう、それもあって、お主の斬魄刀について他の者に伏せるように言っておったのじゃな」
「えェ。皆が大なり小なり持っている隠し事に土足で踏み込んでしまう能力です。でも、今はそれに助けられました。そろそろ出てきませんか?こちらばかり見られるなんて、フェアじゃない」

薫が声を張り上げると、どこから現れたのか二人の死神らしき人物が目の前に立っていた。
一人は禿げ頭にくりくりした瞳、首からは大粒の数珠を下げている。もう一人はすらりとした体、派手な着物に結い上げた髪、そして何に使うのかは分からないが義手らしき腕が六本も付いていた。

「やはり気づいとったか。流石じゃの、百目鬼薫。儂は王族特務、零番隊の兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)。こっちは同じく王族特務、零番隊の修多羅千手丸(しゅたらせんじゅまる)じゃ」
「王族特務⁉そんな人物が二人も僕なんかに何の用です?僕ァ唯のしがない一死神ですよ」

こんな大物が出てくるとは思っていなかった薫は動揺した。王族特務とは、ここ尸魂界に君臨する王、霊王を守護する専属の部隊だ。その五人の戦力は護廷十三隊全軍をも上回るという。あそこまで完璧に近い状態で気配を消していた時点でタダモノではないと思っていたが…

「唯の、か。言うてくれるのう?この百年もの間、有象無象の護廷十三隊のみならず、わらわ等零番隊を含む霊王宮にまで目を欺かせ続けた男は”唯の”死神か?」

修多羅千手丸が薫を舐めるように見回してくる。こうもあからさまに品定めをされるのは気分が良いはずがない。

「えェ。下々のことなど気付かなくて当然ですよ。アナタ方の目に留まらなかっただけです」
「儂らがどうこうというわけではない。ただ、霊王様がお主に興味があるそうでの?儂らと共に霊王宮まで来てもらおうとここまで迎えに来たんじゃよ」

嫌な予感しかしない。
薫は勘というものがあまり好きではなかったが、この時ばかりは理由のない不安が頭をかすめていた。

(面倒ごとはうんざりだ)

どっちにしろ面倒なら我を通してしまおう、と、半ば自棄(ヤケ)に薫は決めた。

「お断りします。総隊長、もうお話が終わりならこれで失礼させていただきます」
「これは霊王様からの命じゃぞ?」

兵主部一兵衛が無表情に薫に言い掛ける。しかし、もう薫は動じなかった。

「僕ァ既に一度死んだんです。護廷十三隊の者でもなければ、当然鬼道衆の者でもない。これから尸魂界も離れますから、アナタ方に従う理由は僕に無いんですよ。総隊長の呼び出しに応じたのも気まぐれです」

さっさと出て行こうとする薫を透明な球体が包んだ。どうやら修多羅千手丸が持ってきていたらしい。

「悪いがお主の意見は関係ないのでな―――ッ⁉」

千手丸が中を覗くと、そこには黒い布地が一枚入り込んでいるだけだった。

「これは――隠密歩法“四楓”の参〈空蝉〉じゃな。まんまとこの部屋から抜け出しおった。じゃが尸魂界にいる限り、儂らからは逃れられんぞ?」

玩具(オモチャ)を見つけたような笑みとは裏腹に、そう言った一兵衛のその目は笑っていなかった。








目にも留まらぬ速さで出て行った三人に残された後の三人は、どちらにも困ったものだとため息を吐いた。

「ほっといていいの、山爺?和尚完全にスイッチ入っちゃってるよ?」
「構わん。霊王のお達しなら殺すような真似はせんよ。しかしまだまだ百目鬼もひよっこじゃのう。下手に一兵衛を相手にするよりも付いて行った方が面倒は無かろうに」
「……本当に彼は大丈夫なんでしょうか?現世への滞在前だというのに…」

三人は再びため息を吐いた。暫く彼は現世への渡航を先延ばすことになるだろう。


――――その場にいた皆がそう思っていた。唯一人、薫を除いては。









(零番隊が追ってくるなら、ここに居着いて明日を待っている余裕は無い。〈波枝垂〉の幻影にも限界がある)

ならば、と薫はあるヒトに地獄蝶を飛ばした。急いで身支度を整えると、荷物を持って彼は自室を出た。

普通なら、一兵衛らの追撃を躱すことは不可能だろう。彼らは薫たちとは強さの次元が違う。それは歩法においても同じこと。鬼事で彼らと正面切って戦うつもりはない。

実は薫は、京楽の最初の質問に答えた後から薫その人ではなかった。〈波枝垂〉によって映した虚像を置いて部屋を出たのだ。〈彼女〉に部屋を探ってもらって知った人影に胸騒ぎを感じてそうしてみれば、案の定である。

従って彼が千手丸の球に捕まったかに思われたとき、既に彼は目的地――花太郎の実家に辿り着いていた。

「やあ、本当に薫君なんだね。花太郎から話は聞いていたよ」

花太郎の兄、清之介が家の前で待っていてくれた。薫が飛ばした地獄蝶を受け取ってくれていたらしい。

「急にすみません。今は状況が切迫してまして、詳しくお話しすることができないんです」
「……みたいだね。構わないよ。もう準備は出来ているから、いつでも行ける」

そう言うと、清之介は穿界門を指した。急なことだったが助かった。

「本当にありがとうございます。あの、花太郎によろしく言っておいていただけませんか?」
「キミも忙しい人だね。分かった。伝えておくよ」

苦笑する清之介に再度礼を言ってから、薫は穿界門をくぐった。色々と挨拶をし損ねたことが悔やまれるが、仕方ない。また会った時にでも笑い話にすれば良いさ。
薫は自分でも楽観的だと思いつつ、そんな日もあっていいと明るく断界を駆け抜けた。
















聞こえてくるのは、声だ。



或いは呟くように

或いは叫びながら

或いは祈って



一度に何十何百という声が届いては消えていく。



『うるさい、うるさい、うるさい!』



声を上げることに意味はない。
耳を塞ぐことに意味はない。

それらは自分の意思に関係なく、内側に響いていった。



『何故、聞かねばならない?何故、叶えねばならない?

そうやって声を上げている奴らはダレ一人として、

僕の、私の、俺の、アタシの、儂の、

願いなど気付きもしないくせに!!!!』



こんなの孤独だ

こんなの寂しい

こんなの嫌だ



『誰か――――誰でも良いから、見つけてくれよ……』








二幕、閉幕です!
辿り着けた…良かったです…

これから一週間は作者の都合で投稿できません。すみません。
というか何だかんだでその後も予定が詰まっているので、上手い事進められるか不安です。



ちなみに
波枝垂の技、陽炎の有効範囲について
幻影を生じる(というより光や音などを操れる)範囲は一定です。
ちょっと前に一護に行ったように、対象の視覚や聴覚に入る直前の情報に直接干渉した場合、その有効範囲内に居る人物にしか幻影は見えません。ただし、幻影を見せる対象の選択ができます。
一方、幻影を纏うように生じさせたり特定の場所の情報を上書きするように干渉すれば、有効範囲外の人物にも幻影を確認できる仕組みです。この場合は全ての人が同じ幻影を見ます。

分かりにくくてすみません。
恐らく今後説明することはないかと思いましたのでここに書かせていただきました。
まあ、細かいことは考えず読んでいただければと思います。



今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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第三幕 鈍(にび)た刃で仇は斬れぬ 来訪

お久しぶりです。
やっとひと段落出来ました。
これからもよろしくお願いします!


一護が教室に入ると、井上が大きく手を振った。
チャドと石田も彼を認めると各々反応した。

「おっはよー!黒崎君!」
「ム…」
「おはよう。今日も能天気な髪で何よりだ」
「おう。ってか石田は一言余計なんだよ」

尸魂界から帰ってから数日後。一護たちの新学期が始まろうとしていた。結局あれ以降薫から音沙汰もなく、ただ雑魚虚を斬る日々が続いていた。


「ほれ、席に就け!ようし、皆揃ってるな?関心、関心!大島と反町がいないけど、あいつらヤンキーだから。まあ、良いか」

そんなんで良いのか⁉とブーイングが飛び交っている。
…だが、気のせいか?担任の越智先生の様子がいつもと違う気がする。
その一護の疑問は、すぐに解を得ることができた。彼女は名簿を閉じると教室の入り口の方をちらりと向いた。

「今日から一か月、このクラスに教育実習生が入ることになった。学校全生徒への通知は次の集会で行うがここには今日から入ってもらうから、顔と名前を覚えるように!」
「教育実習生ってことは、ピチピチの大学生っスよねえ!お姉さま?お姉さまに違いない‼」

騒いでいる一護の友人、浅野啓吾を無視して、越智先生が続ける。

「入っていいぞ!」

外で待っていた実習生が中に入ってくる。同時に、女子から黄色い声が飛び交った。いわゆるイケメン、と言う奴なのだが、まさか――

「アンタは⁉」

思わず立ち上がって指さした一護に彼は微笑み返した。またもや黄色い声が上がる、とかそんな周りが見える程、今の一護に余裕は無かった。

「本日から教育実習に入ります、百目鬼薫です。担当は古典です。宜しくお願いします」

真っ黒な死覇装…ではなくスーツに身を包んだ薫が満面の笑みで一礼した。

「何だ?黒崎、知り合いか?」

越智先生が不審そうに聞き返してくる。
しまった、どう説明すれば…

一護が固まっていると、薫が動揺もせずにさらりと言った。

「僕と黒崎君は遠縁にあたるんですよ。かなり前に一度会ったっきりでしたので、まさか覚えていてくれたとは思いませんでした」
「ああ、そういうこと。黒崎、まあなんだ、気持ちはわかるがあんまはしゃぐなよ?」
「えっ、いやっ、その」

越智先生は呆れたようにそう言った。どうやらこんな雑な説明でも納得したようだ。
一方の一護がしどろもどろしていると、薫はもう黙っていろとでも言うように首を振った。

「は…はい。スンマセン…」

席についても一護の頭の中は一杯一杯で、昼休みまで全然授業に身が入らなかった。










「百目鬼センセ~!私たちと一緒にご飯食べませんか~?」

クラス中の女子からお誘いを受けている薫を遠目に見て、一護の友人の浅野啓吾は恨めしそうに声を上げた。

「なんだよう、ちょっと顔が良いからってチヤホヤされやがってよう…大体名前”(かおる)”って、中性的だよ!どっちだよ!」
「勿論男性ですよ」

声がした上の方を恐る恐る啓吾が向くと、薫はすみません、と話を続けた。

「僕、女性からこのようにお誘いを受けるのは初めてで…気に障ったなら謝ります。名前のことは、どうしようもないですけどね。幼馴染にもよく言われましたし」

申し訳なさそうに薫が首を傾げた。
素直に謝られて、啓吾の方があたふたしてしまっている。

「いや、あのっ、こっちこそサーセン!」
「な、何で君が謝るんですか?僕に悪いところがあるなら言ってください!あ、でも、空気を読めっていうのは苦手で…」

さっきの女子たちの誘いを断ってここにきたのなら、理由は一つだ。
一護は立ち上がると、啓吾を挟んで薫と向かい合った。

「薫さん、ちょっと良いか」
「えェ、黒崎君。僕も旧交を温めたいと思って来たんです」










いつの間にか集合していた井上、チャドも交えて、一護は久しぶりに薫と対峙した。

「ふふッ!あの時の一護の狼狽(うろた)え様ったら、ルキアにも見せてあげたいくらい傑作だったね」

いきなり薫にそう切り出された一護は、不服そうに顔を逸らした。

「何の連絡もなくあんな事されりゃあそうなんだろ。ったく、それで、なんでアンタがよりによってここに――学校に居るんだよ⁉」
「折角の現世なんだ。楽しまなきゃ損だろう?それに、昼の(ホロウ)――特に修学中の虚退治はここから行った方が君らは安心するだろうと思ってね」
「どういう意味ですか?」

井上も疑問に思ったのだろう。昼に活動するなら、尚のこと学校関係者などになるべきではないはずだ。
だが薫はクスクス笑いながらはぐらかすばかりだった。

「細かいことは虚が出てからのお楽しみだよ。兎も角、学校に居る間の虚は全て僕の獲物、その後の分は分担という形にしようという提案だ。どうかな?」
「薫さんの方こそ大丈夫なのかよ?」
「なに、まだまだ僕ァ現役なんだぞ?何を心配されているのか分からんな。あァ、心配と言えば、僕に何か現世にそぐわない言動が合ったら後で教えてくれ。修正する」

真剣な表情の薫を見て、さっきの啓吾への対応はかなり切実なものだったらしいと知った。ルキアもそうだったが、駐在任務というものがあるなら現世に関する教育をすればいいのに、などと思う一護だった。

「ところで今って、薫さんは何処に住んでるんですか?」

井上が首を傾げながら言った。そういえば、ルキアは駐在任務だったくせに義骸に入ってるときは一護の家で生活していた。尸魂界から来た死神に宿とかは有るのだろうか。

「今は浦原さんの所でお世話になってるんだ。何か僕に用が有ったらそこに行ってくれればいい」
「……尸魂界側から宿の用意とかはしてくれねえもんなのか?」
「駐在任務なら無いねェ。今回は特例的に有ったのかもしれないけど、ゴタゴタしたせいでそういう説明全部聞かずに現世に来ちゃったから分からない」
「それでいいのかよ……」

この問題意識の低さは問題だと一護は切に思う。ちょっと前のルキアのように突然一人食い扶持が増えるのは、少なくとも現世では大ごとなのだ。


――この思考がフラグだということは御存知の通りである。










そして、その時はやって来た。一護の持つ〈代行証〉が虚の訪れをけたたましく知らせている。よりにもよって、実習生の――薫の授業中だ。

教室を出ようと席から立ち上がると、薫は

「では、黒崎君。ここを答えてくれますか?」

と、当ててきた。にこりと一護を見た後、薫が黒板側へ向いたと思った次の瞬間、義骸から薫の魂魄が弾き出される。どうやらあの一瞬で義魂丸を飲み込んだらしい。
だが、あくまで義魂丸は義魂丸。薫じゃない。

(薫さん、何考えてんだ⁉義魂丸じゃ授業出来ねえぞ!)

そうこうしている間に彼は教室を出て行ってしまった。
完全に出遅れた一護は、さっさと薫を追いかけて事を終わらせようと決めた。幸い選択問題だ。適当に答えればいい。

「答えは…ええとっ、一番です!」

それを聞いた薫…の義魂丸は振り返ると、困ったように笑った。

「黒崎君、選択肢は”い・ろ・は・に”のうちの一つですよ?それに、”い”のつもりだったのなら残念! 大変惜しいです。これは、間違えた人も結構いるのではないでしょうか?」

(……は?)

目の前にいるのは薫の義骸に入った義魂丸のはずだ。
だが、見えてない者なら気づかないほど薫にそっくりに授業を進めている。
寧ろ見えている一護の方が変な感じだった。違和感がないことに違和感を感じるという意味不明なことになっていた。

その一部始終を見ていた内の一人、石田が眼鏡を上げながらもう片方の細腕を高々と掲げた。

「先生、質問してもよろしいですか?」
「どうぞ、石田君」
「十三行目の波線部ですが、他の文献ではこれを二つの助動詞だとして訳しているものがありました。何故こちらの訳になさったんでしょうか」

石田が敢えて切り込んでいく。だが一護からしたら義魂丸が変なことを言い出さないか気が気でなかった。井上の方はというと”すごーい!”と感心したように小さく手を叩き、チャドの方はいつも通り動じず動く気配がない。
え、ナニコレ、俺がおかしいの?

「そうですね。確かにここには諸説あります。詳しい話をここでしてしまうと時間が押してしまいますから、どうしても知りたければ授業時間外にお願いできますか。勿論、ここ以外にも本業の学者ですら意見が分かれていることは山ほどあります。僕の言ったことを鵜呑みにせずに、石田君のように疑問に思ったら他の皆さんも自分で調べたり、質問に来てくださいね」

見事な返しである。そうこうしている間に薫は戻り、結局石田の質問にもキッチリ答えていた。
その後薫が”大丈夫だっただろう?”という風な視線を送ってきたが、心労の掛かりまくっていた一護からしたら”何が『ここから行った方が安心できる』、だボケェ!”という殺気を出してしまったのは仕方のないことだ。

結局丸一日、一護は薫のせいで勉強どころではなかった。









「薫さんの義魂丸ってすげえな。授業まで出来んのか」

放課後、偶々一緒になって一護と薫は帰り道に話していた。
今日あった諸々の鬱憤を晴らすのも面倒なくらい疲れた一護はそういう追及はしなかった。

「あァ、今日みたいな時のためにキッチリ仕込んであるんだ。しかし雨竜があんなにえげつない質問をしてくるとは思わなかったよ」

思い出したように冷や汗を拭う素振りを見せる薫に一護は驚いた。彼の行為そのものではなく、その前の発言についてだ。

「仕込んだ⁉すげえ…ウチにも義魂丸ってか改造魂魄がいるんだけど、そいつはもう自己中でうるさくてスケベで……最悪だぜ」
「ふふッ!会ってみたいなあ!そういう子もいた方が、世界は面白くなるんだよ?」
「やっぱ薫さんは人間出来てんな~」

人間じゃないが、と薫が返すと、表現だと一護はむくれた。結局、薫はコンに会うため黒崎家に訪れることになった。











そして現在薫は一護と共に黒崎家前に居た。
扉に手を掛けた一護が思い出したように薫に振り返る。

「てか、良いのか?仮にも()()が個人宅に出入りしてよ?」
「当り前だろう?だって僕ァ君の()()だぞ?」
「……本当に大丈夫か?」

一護の眉間の皺が深くなったが、薫が一向に気にしていないのを察して彼は諦めた様に扉を開いた。



お邪魔します、と一護に続いて薫が中に入ると、一護に聞いていた妹二人はまだ帰っていないらしい。父親らしき人物が近づいてくる足音がした。全力疾走しているようだ。

「おっかえりー、い ち ごふう⁉」

いつものことのようで、飛び蹴りに来た父親を一護は容赦なく回し蹴りした。
派手に顔が壁にめり込んだのを見ることもせず一護が溜息を吐く。

「ったく、今日は客が居んだから静かにしろよ」
「客ぅ?まさかお前、カワイ子ちゃんを連れ込んだりしてねえだろうなあ?どこに―――」

薫と目が合った。その顔は―――

「ふうん、なんだあ、野郎かよ。見て損した」

――志波隊長⁉

薫を見ても、彼は何を取り繕うこともなく興味を失ったように引っ込んでいった。しかし、あれはどう見ても…
そこで彼は思い当った。薫は結局百年前に三席だった彼と一度会っていただけだ。その後、彼が隊長を務める間接していたのは”昴”だった。薫の顔を彼が忘れているのも無理はない。

「一護、ちょっと君の父親と話をつけてくるよ」
「ああ、遠縁って話か?俺の家族は単純だから、すぐに話は纏まると思うぜ」
「…どうかな?あァ、君は先に部屋に行っててくれ」

一護が階段を上がっていくのを見ながら、薫の表情は真剣なものへと変わっていった。







志波一心――今は黒崎一心か――に近づきながら、本当に彼の正体を掘り下げるべきか薫は悩んでいた。もしかしたら彼は今回の一連の事件を何も知らないかもしれない。
いや、そうだとしたら、尚のこと確かめなければ。

〈彼女〉を振るっているうちに、大体の者に対してならその仕草や表情で少なくとも相手が嘘を言っているかどうかは分かるようになった。だから斬魄刀を使えない義骸に入っていてもなんとかなるだろう。
誘導尋問みたいなことは嫌いなんだが、と薫は苦笑した。







「ちょっと良いですか?」

薫はそっと一心に声を掛けた。偶々今の院内は暇らしく、彼は快く応じてくれた。

「ああ、アンタさっきの一護の連れか。そういえば、名前を聞いてなかったな。名前は?」
「黒崎君のクラスで教育実習生をしている、百目鬼薫と言います」
「百目鬼 か、おる…?」

彼の顔が真っ青になっていく。これなら〈彼女〉を使うまでもなかったな、と薫は追い打ちをかけた。

()()()()、こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」

薫は、百年以上生きている死神からすればちょっとした有名人だ。それもそのはず、錯乱して同士討ちなぞ護廷十三隊の千年以上ある歴史の中でも皆無に等しい。
この裏には刑軍が不穏分子を片っ端から蛆虫(ウジムシ)の巣という収容所に入れて飼い殺しにしていたという事実が有るのだが、刑軍というか隠密機動の総司令と軍団長だった夜一も喜助もそれを薫に言う機会が無かったから薫は知らない。

何はともあれ、そんな惨劇を起こしたとされる張本人がそこに立っているのだ。
この反応から察するに、一心はまだ直近の尸魂界の状況を把握できていないらしい、と薫は冷静に観察した。

「お前こそ、一体――!一護に何をするつもりだ⁉」

いきなり胸倉を掴まれた。
成程、一護が死神の力を得ていることはもう知っている、と。

「彼は死神の力を譲渡された者ですから。監視及び抹殺の係が来るのは当たり前でしょう?」

一心の目が揺れる。手が握られる。
この反応は――――



ピリリッ、ピリリッ  ピリリッ、ピリリッ



無機質な機械音で緊迫した空気の弦が揺れる。

一心に胸倉を掴まれたまま薫はそれに出た。この電子音はこちらに着いてから喜助に貰った伝令心機もどきの着信音だ。直接電話が掛かることは珍しいと聞かされていたから取った方が良いと判断した。それを見て一心も動きを止めた。

いつも通り軽い調子の声が聞こえる。

『もしもぉーし!あ、百目鬼サンで合ってますか?』
「えェ、浦原さん。何か緊急案件ですか」
『まあ、そっスね。貴方今、どこにいるっスか?』

このタイミングで彼から掛かってきたことを考えると、どこかから見られていたのだろう。そういうところは本当に変わっていない。

「黒崎家です。今取り込み中なので後にしていただきたいんですが」
『まあまあ、そう仰らずに』
「この件には貴方が噛んでいたんですね。困った人だ。志波隊長が失踪した時の十番隊の動揺っぷりは目も当てられなかったんですよ?」

それを聞いて、一心の瞳が揺らいだ。

『…分かりました。それについては、きちんとご説明します。ですから、この通話をそのままにして一心さんに代わってもらえないっスか?』

少し溜めてから確認してみる。ささやかな威圧だ。

「それは命令ですか?」
『いいえ?これは僕の個人的な頼みっス』

逡巡の後、渋々ながら薫は一心に代わった。受け取った彼は、何やら騒がしく口論している。
暫くすると、一心はすまん、と言いながら薫を離して既に通話を終えた電話を返した。彼もまた喜助から話を聞くのだろう。
懐にそれを仕舞いながら薫は彼に背を向けた。ふと用件を思い出して首だけ彼の方へ向ける。

()()()()、僕と一護は遠縁で大分前に一度会ったきりという設定ですので、口裏合わせをお願いします」
「……ああ」

にこりと笑いかけたが、顔を逸らしていた一心には見えなかったようだ。薫は特に気にせず一護の部屋へ上がった。









薫が扉をノックすると向こうから一護が開けてくれた。

「あァ、ありがとう。”VIP待遇”ってやつだな!知ってるよ」
「別に、そんな大層なもんじゃねえよ。随分時間が掛かってたが、大丈夫なのか」

不安そうに一護が薫を覗いてくる。彼は家族に心配をかけたくないのだろう。優しい奴だ。

「大丈夫だ。ちょっと話を盛り過ぎてな。言いたいことは伝わった」
「本当に大丈夫なのかよ…?」

一層不安げになった一護に、飛び蹴りをするライオンのぬいぐるみを薫は見た。思わず目を擦ってからもう一度見ても、ぬいぐるみが動いていた。義魂丸が入っているらしい。こんな器でも動くのか…

「オイコラ一護テメエ!紹介したい奴ってこいつか⁉こいつなのか⁉くそう、オメーが思わせぶりな態度をとるから、ルキア姉さんみたいな俺の癒しを捧げる気になったのかと思えば、漢か!しかも顔の整った男かよう!こんな、全冴えない男に対する敵みたいなやつを連れてきやがって……」
「お前今、さらっと自分が冴えない男って認めなかったか?てか、そいつらを敵に回してんのはオメーの方だよ」

そのやり取りを見て、薫はクスリと笑った。

「なんだ、仲が良いようで何よりじゃァないか!」
「「どこがだ!」」

その時、一護の代行証と薫の伝令心機もどきが同時に鳴った。画面を見て顔をしかめた薫を見て、一護が首を傾げる。

「どうしたんだ、薫さん?」
「……いや、何でもない。一護、君が向かってくれるか?僕ァ野暮用が入ってそっちに行かなきゃならなくなった」
「いいけどよ……じゃあ、コン!久しぶりに体を貸してやる。くれぐれも変なことすんじゃねーぞ」

そう言って体から抜け出した一護は、また明日、と薫に手を振って出て行った。
薫もまた目的地へ向かうため腰を上げた。

「じゃあ、コン君。くれぐれも彼の体を頼むよ?」
「はいは~いっと!」

あれは絶対部屋に居座ったままなんてことは無いなと思いつつも薫は部屋を出た。下に降りると一心の姿がない。妹もまだ帰っていないようだ。

(しまった、どうする⁉ここで家を空けたら空き巣に在ったりしたとき対処できないじゃァないか!)

急いで一護の部屋に引き返し、窓から飛び出そうとしているコンを引き留めた。妹が帰るまで家から絶対に出ないように、と脅しておく。勿論、脅し文句は「このことを一護に言われたくなければ……」というやつだ。

一護の家を出ると、薫は真っ直ぐに浦原商店に向かった。









「よっと!ふうっ、今日は何か多いな」

昇華していく虚を見ながら、一護はため息をついた。
これは別に、ヘバッたとかそんなんじゃない。

にしても今日は何だか虚が多い。夕方に家を出たが、もうすっかり暗くなってしまった。
一護が帰ろうと振り返ると、アフロ頭の死神が立っていた。何者だ何だと騒ぐから代行証を見せると、

「代行証⁉そんなものは見たことも聞いたこともないこうしょう!あーっはっはっは!」

―――この反応。

「なんだこれ、全然役に立たねえじゃねえか!」

呆れながら代行証を見ていると、不意に後ろから殺気を感じた。

「はっ」 「⁉」

刀と刀がぶつかり合い、鈍い金属音を立てる。相手の霊圧に呼応して自分の霊圧も上がるのが分かる。それに当てられてさっきの死神が吹っ飛ばされたが、それに構っていられない。

「テメエ、その制服、ウチの高校の生徒か!そいつは…斬魄刀⁉何者(ナニモン)だ!」

しーっ、とその男は一護をなだめる様に人差し指を唇に当てた。サラサラの金髪を前髪と後ろ髪でそれぞれ同じ高さに揃えてある。所謂おかっぱ頭だ。

「あんまし騒ぎなや、黒崎一護。お前みたいな霊圧の奴がそない簡単にざわついたらあかん。世界に響いて勘付かれるで?」
「何で俺の名前を知ってやがる!ってか、勘付かれる?誰にだ」
「誰に、やと?そこまで言わな分かれへんのんかい、ボケが」

周りに現れた複数の虚を確認した彼は、面倒くさそうに言った。

「来よった…見てみい、言わんこっちゃない。おんどれが霊圧ガタガタさせよるからやぞ?」
「一体テメエは何者だって聞いてんだよ!」
「難儀なやっちゃのう。そない俺がナニモンか気になんのンかい。しゃあないのォ」

そう言うと、彼は頭の少し上に手を掲げた。そこに一護の視線が行くと、徐々にその手に仮面が――虚の仮面が出現した。

「虚の…仮面…!」
「俺の名前は平子真子(ひらこしんじ)。死神から虚の領域に足を踏み入れた者。仮面の軍勢(ヴァイザード)、言うてお前の同類や。俺らンとこへ来い、一護。お前はそっち側へ居るべき人間やない」

その時、一護は巨大な二つの霊圧が今にもぶつかろうとしているのを感じた。
考えるより先にそちらへと体が動く。

「って、ああああ!待てぇ、コラ、どこ行くねん、一護!まだ俺、話の途中やぞ!」
「断る!」
「まだや言うてるやろ!」

それを聞くと、一護は一旦止まって平子に振り返った。
どんな顔になっているのか自分でも分からない。どんな顔をしていいのかも…

「いいんだよ、話の内容なんか。オメーらのいう仮面の軍勢ってのがどんな組織だろうが、俺はオメーらの仲間になる気はねえんだからよ」

平子と一護は睨みあったが、その重苦しい沈黙は一護のふり絞るような一言で断ち切られた。

「俺は……死神だ!オメーらの仲間じゃねえ!」

自身に言い聞かせるようなその言葉は、その場を離れても重く一護の心の中にこびり付いていた。









ズズン…

重い重低音と主にビルほどもあった虚が倒れ、昇華していく。
刀を納めた黒い人影に、帽子を目深に被った男が下駄を鳴らしながら歩み寄った。

「心は、晴れましたか」
「…まあまあだ。元々言うほど恨んじゃいねえんだよ、あんな虚のことは。俺がこの二十年の間で欠片も晴れねえほど恨んでることがあるとすれば、そいつはあの夜真崎を救えなかった俺の無力だけだ」

妻の仇を一刀両断にした一心は、複雑そうな面持ちで喜助に返していた。喜助に渡された霊圧を遮断するコートを着て少し離れたところからそれを見ていた薫は、この空気の中どう出て行こうか悩んでいた。今の虚もどき――…一心は”あらんかる”と呼んでいた――が彼の妻の命を奪っていたこと、過去に一護が対峙して取り逃がしていたことくらいしかまだ説明を受けていなかったから、どう声を掛けていいものか分からなかったのだ。
そうやって悩んでいたのに、喜助はそれを意にも介さない様子で声を上げた。

「さあ、ここから引き揚げますよぉ!黒崎サンが真っ直ぐこちらに向かってます。百目鬼サンも、いつまでそこにいるつもりっスか?」
「百目鬼⁉アイツも来てたのかよ!」

一心が露骨に眉を寄せる。そこまで毛嫌いされると、薫だって傷つく。
薫はコートのフードが脱げないように片手で抑えながら二人の方へ駆け寄った。

「その言い方は無いでしょう?僕が何したって言うんですか」
「恐喝と誘導尋問に決まってんだろ!浦原、後でちゃんと説明してくれるんだよなあ?」

恐喝はともかく、誘導尋問はその通りなので言い返せない。言葉に詰まった薫を見ていつも通りの笑みを顔に浮かべながら喜助は一心に答えた。

「勿論っス!取り敢えず、浦原商店(ウチ)に来てもらいましょうかね。ああ、コンサン、今日目にしたことはくれぐれも御内密に」

呆然と地面に転がっていたのは、一護の改造魂魄が入った身体だ。一護と間違われてさっきの虚に追われていた。一護の父親が死神だったことが今でも信じられない、というように彼は頷いた。






一護がそこに辿り着いた時には、そこに居たはずの人物の名残すら消え去ってしまっていた。




暫くは日常の様な日常じゃないような回になります。
作者は暗いイメージがあるのでサクッと終わらせて原作で言う所のの虚圏救出編に行きたい気持ちで一杯です…

まあ、章の名前からお分かりのように全体的に主人公は散々な目にあいます。後半に集中してますが…
頑張れ主人公!負けるな主人公!

ちなみに章の名前について
(にび)た”という読みは普通しません。”鈍色(にびいろ)”というものは有りますので、そこから取らせていただきました。意味は文字の通り受け取っていただければ大丈夫です。



今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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約束

喜助、一心、薫の三人が浦原商店に戻ると、客間に通された。
口火を切ったのは薫だ。

「”あらんかる”とは何です?」

一心はちらりと喜助を覗いていたが、喜助の方は薫から目を離さなかった。そうっスねえ、と彼は呟くと、一呼吸おいてから語り始めた。

「正確には”仮面を破ったモノ”の意味で”破面”と書いて”アランカル”と読みます。崩玉の力を用いて(ホロウ)の面を剥ぎ、死神の力たる斬魄刀に変換して強化したモノと考えてもらって結構っス」
「崩玉…!成程、藍染の手のものですか」
「それで間違いないでしょう。まあ、今回の破面はこちらの戦力の様子見程度に送って来ただけでしょうが」

それを聞いて薫は眉を顰めた。

(あれで様子見、か。一般の隊士では手も足も出ないレベルだったな)

「まだ上があるということですか」
「ええ。アタシはそれを成体と呼んでますけど、中級大虚(アジューカス)以上が破面化された場合の戦闘力は未だ未知数です」

虚の集合体、大虚(メノスグランデ)には三つの階級付けがある。最底辺が下級大虚(ギリアン)、愚鈍で巨大、思考は殆どない。次が中級大虚(アジューカス)、やや大きい虚という形だが、下級大虚よりずっと素早く強くなる。知能も格段に上がる。一番上が最上級大虚(ヴァストローデ)、人型でサイズも小さいが、戦闘能力は隊長格を凌ぐという。

考え込んでいた薫に、今度は喜助が切り出した。

「そこで百目鬼サン、貴方に三つ”お願い”を聞いてもらう権限をアタシにくれないっスかね」
「嫌です」
「即答っスか⁉」

顔を上げて喜助を見る。声はおどけているが、表情は真剣そのものだ。

「何故?」
「……浦原さん。貴方のヒトトナリは兎も角、僕ァ貴方のその悪魔的なまでの頭脳を信頼してます。信奉してるとすら言っても良い。だから、基本貴方の言には従います。それは貴方も分かってるはずです。その上で僕にそれをねだるって事は、僕が我慢できないような何かが起こるって事なんでしょう?例えば、大勢を見殺しにしなくちゃァならない、とかね。僕の信条は”自分の声に従う”です。そこは譲れない」
「若いっスねえ」

喜助の呟きは、薫をビビらせるには十分な重圧を含んでいた。彼の放つ殺気に近い冷気は、薫の全身の細胞を震え上がらせた。

「貴方は今の御自分の立ち位置を理解していらっしゃらないようだ」

薫は反論できなかった。口が、思考が動かない。

「藍染の能力が未知数な中、貴方の攻撃が有効である――どころかほぼ致命傷まで持っていけるという事実。隊長格の生粋の死神の中で唯一〈鏡花水月〉に掛かっていないという事実。そして何より藍染にとっても貴方の力が未知数であるという事実。これらがどれだけ今後の我々のアドバンテージになるか理解できませんか?貴方の行動一つで状況が180度変わる可能性だってあるんだ。そんな嘗めたこと、言ってる場合っスか?」
「………なら、何故三つなんです?それ程大事なことなのに」

脂汗をそっと拭う。まだ体の強張りが緩まない。

「百目鬼サンのお察しの通りっスよ。”お願い”は惨いものばかりなんです」
「……分かりました。受けます。浦原さんがそこまで言うなら、必要なことなのでしょう」
「勿論っス」

やっと緊張の糸が緩んだ。やっと真面に酸素を吸いなおせたような錯覚を覚えた。

「ちょっと待て。藍染を致命傷に⁉何の話だ!」

置き去りにされていた一心が入ってきた。喜助はまだ説明していなかったらしい。
喜助がここ百年のざっくりとした薫の行動を伝えると、一心は頭を抱えた。

「じゃあ、なにか?俺が昴ちゃんだと思って話してたのが実はそこの百目鬼だったって事か⁉」
「信じられませんか?」
「当たり前だろ!そんなの”はいそうですか”って受け入れられる方がどうかしてるぜ」
「そンじゃあ」

喜助が突然薫の方へ振り返って、持っていた杖を薫の額に押し当てた。
途端、薫の魂魄が義骸から押し出された。悟魂手甲(ごこんてっこう)――手袋の形をした、魂魄と肉体を切り離す道具――のようなものだったらしい。
このタイミングで死神化させられたということは、そういうことだ。
立ち上がって斬魄刀を構える。

「はァ…さざめけ、〈波枝垂〉―――――二ノ型、陽炎(カゲロウ)

薫は昴に化けると一心に向き直った。

「お久しぶりです、志波隊長?ちょっと老けましたね」

呆気にとられる、というのはこういうのを言うのだろう。一心は驚きすぎて目をぱちくり、ついでに口もパクパクさせて中々面白いことになっていた。

「冬獅郎には見せられない阿保面ですよ?あの子はあれで中々貴方のことを尊敬してたんですから、さっさと顔を戻してください。男の驚いた顔なんて需要無いんですよ」
「その毒舌っぷり…本当に昴ちゃんか…マジで⁉」
「往生際が悪いッ!」

一心の周りの空気を刀で撫でる。〈彼女〉に振動を弱められた空気の分子は、寒さという形で知覚される。
これは何も空気に限った話ではない。
温度というものはその物質を構成する粒子の振動の大小によって決まる。そのため薫は純粋な〈彼女〉の能力だけでそれを〈氷華〉に偽装できていた。()()()()()()温度を下げるという〈氷華〉の性質上、一々斬りかからねばならなかったのが面倒だったくらいだ。

「寒っ!これは確か、書類仕事サボろうとしたときに脱走を防ぐためとかで彼女がやった技!」
「いつの脱走の話ですか…貴方ほぼ毎日脱走企ててたくせに」

とうとう信じざるを得なくなった一心は目を閉じて眉間に皺を寄せた。うぬぬ…と奇声を発している。
これは時間がかかりそうだ。
薫が喜助の方を向くと、喜助は楽し気に口の端を上げていた。完全に遊ばれている。

「浦原さん、もうこんな時間ですけど、彼を家に帰さなくていいんですか?」
「こんな時間⁉今何時だ?」

一心が飛び上がる。時計が指しているのは六時五十五分だ。

「何ィィィ!後五分で帰らねえと!ウチの夕食は毎日七時なんだ‼」

どたばたと一心は出て行った。家族思いのようで何よりだが……

「それじゃあ百目鬼サン、この続きは夕食の後にしましょうか!」

まだまだ、夜は終わらない。








「さて、そんじゃあ続きといきますか!百目鬼サン、地下勉強部屋に移動しますよお!」

ポン、と両手を重ねて食事を終えた喜助はそう言うと、食卓から立ち上がろうとした。

「ちょっと待ったあ!店長、ちゃんと食べ終わった皿は片していかなきゃ明日の茶菓子は抜きだぜ?」

元気すぎる声で注意しているのはここ浦原商店で世話になっている少年の花刈ジン太だ。昨日は彼の方が喜助にそう言われて皿を片付けさせられていたから、その仕返しのつもりなのだろう。

「ジン太くん、喜助さんは大人なんだからそんな事言わなくても出すよ?ね、喜助さん」

自信無さげにそう言うのは紬屋(つむぎや)(ウルル)。彼女もまたここに住みながら、ジン太と共にこの店を手伝っているそうだ。まだ小さな子供なのに、ジン太と違ってそのことに文句も言わない真面目で大人びた子だ。

「も、勿論っスよぉ!ごちそうさまでした」

慌てた様子で喜助が皿を流し台に持っていく。あれは絶対に忘れていたな。

「ちぇっ!おい、アンタも例外じゃねえからな!」

ジン太が薫に向き直る。不服そうなその顔は、年相応という感じだ。短気ですぐに手が出るのは玉に瑕だが、人の思いに敏感で思いやりのある子だ。

「ふふッ!勿論だよ。非常に美味しかった。ご馳走様でした」

皿を片付けて移動しようとした二人に、ジン太が声を掛ける。

「なあなあ店長!勉強部屋を使うってことは、ド突き合いするんだろ?俺も手伝おうか?」

ジン太の顔には”手伝いたい!”と書いてある。薫は勉強部屋とやらは初めて入るからどんな所か分からなかったが、ジン太の言い方ではきっとある程度の戦闘をすることができるところなのだろう。ここ数日一緒に過ごしてきてジン太と雨が普通の子供ではないことは分かっていたが、それでも恐らく彼では薫の足元にも及ばない。そんな気がした。
それは喜助も同じだったようだ。

「ダメっすよ!ジン太、君まだ宿題終わってないでしょ?それに、彼はあの時の黒崎サンとは訳が違う。ま、今日はそこまで派手にやるつもりもありませんし」

あの時、というのは一護の力を取り戻させたときの事だろう。喜助にされた修行――もとい()()の数々を一護本人から薫は聞いていた。”地下深いところにあるバカでかい空間”でやっていたというのは、どうやら勉強部屋とやらのことだったらしい。一体何をさせられることやら……

「見に行くだけでも~~!」
「仕方ない。宿題が終わったらの約束、守れますね?」
「守る守る~!」
「わ、私も見たいです……」

指切りをしている三人は完全に薫のことを見世物と勘違いしている。結構大事な話の続きをするはずだったんだが、もう突っ込むのは面倒だ。さっさと済ませよう。










(広ッ!)

勉強部屋の広さは薫の想像を遥かに超えていた。途中からは壁の模様なのだろうが、兎も角端が薫の位置からでは分からない程だ。そして地下のはずなのに青空が一面に描かれており、何故か昼のように明るい。

「こんなことになってるとは…近所の建物の耐震性とか大丈夫なんですか?」
「それは勿論!苦労したっス~!でも、苦労話を始めると本題に入れないんでそれはまたいずれってことで。さて百目鬼サン、さっきの続き―――三つのお願いなんスけど……」

一、 黒崎一護が戦闘及びそれに関わる事物に悩んだり、()()()()が接触していても積極的に干渉しない
二、 破面が現れた際は喜助の指示がない限り戦闘へ介入しない

「最後の三は―――」

ゴクリ、と薫は唾を飲む。既に今までの二つで嫌な予感はひしひしと感じている。一語一語の言葉に喜助の意図が見え隠れしているからだ。最後は―――?

「まだ、お伝えできません」
「……はァ⁉」

思わず大きな声を出す。”まだ”とは一体どういうことなのか。

「いえね、藍染惣右介という男がこれからどう動いてくるか次第では、三を使わずに済みます。できることなら使わずに済ませたい。でももし最後の最後、どうしようもなくなった時のための保険が三なんですよ。だから今はまだお伝えしないでおきます」
「それ程のこと、ということですか」
「ええ。そして貴方にしかできない事っス」

喜助が言いたくないのなら仕方ない。薫がこれからいくら言っても無駄だろう。

「……分かりました。一と二について、詳しい話をお聞きしても?」

一については何故黒崎一護限定なのか、”ある集団”とは何か、積極的にとはどれ位のことか、そして何故干渉を避けねばならないのか。
二については、その理由、目の前で戦闘が始まった時の対応、喜助がどういう展開を予想してそう言ったのか…
聞きたいことは山ほど有るが、取り敢えずはこんなところだろう。

「百目鬼サンにはまだお伝えしてなかったっスけど、黒崎サンには虚の力が混ざってるんスよ」
「死神の虚化ですか!まさか彼も藍染に?」
「いいえ。彼の場合は、死神の力を取り戻す際に()()それを手にしました。()()()()()っス」

(偶然、ねェ?)

その拷も…修行は喜助主導だったはず。彼もまた虚化のことを研究していた過去がある。どこまでが本当か怪しいところだが、今は話を進めよう。

「そして、虚化をした死神は黒崎サンだけじゃない。本日、彼ら――”仮面の軍勢(ヴァイザード)”が黒崎サンに接触してきました。メンバーの一人は空座高校に在学してます。その名は、ひら――」
「平子信子元隊長ですね?成程、一護にその虚の力を制御させたい、と。確かに僕じゃァ助言などに意味はありませんね」
「……ここは”な、何故ここに平子元隊長が⁉”ってシーンなんスけど」

食い気味で返した薫に存外残念そうでもないように喜助が言う。それどころか、口元に笑みまで浮かんでいる。
百年前の隊長格の虚化及びその逃走に喜助は深く関わっているのだ。ここでこういう話が出るということは少なくとも当時の被害者の何人かがその集団の構成員のはずだ、という薫の読みは外れていなかったらしい。つまりあの時の被害者は、虚化した自身の力を御することに成功したということだろう。

「ここまで言えば分かるとは流石っスね。頭の回転が速くて助かります。干渉しない、というのは不自然でない程度に、です。黒崎サンの方から相談してきたら話を聞いてあげてください」
「分かりました」

口で言うのは容易いが、その匙加減は難しい。薫が下手なことを言うと、一護の力を削いだり、最悪殺してしまいかねない。
しかし、未知の力に戸惑い苦しむ一護に手を差し伸べられないのは精神的にきついだろう。

「破面については正直どこまでのレベルが来るのか分かりません。最悪、大勢を見殺しにしなくてはならないかもしれない。しかし貴方の力の底を藍染に見せるようなことはしたくないんス。理解していただけますね?」

対応策を出来るだけ取られないように、か。確かにそう行動すべきだ。例え、目の前の人を見殺しに…しても。

「えェ。巻き込まれたときはどうすれば?」
「死なない程度に反撃しながら逃げてください。鬼事はお得意でしょ?」
「まァ。…浦原さん、僕ァ腹を括ったんだ。貴方も、ですよね」
「勿論。地獄の果てまでお供しましょう?」

今度はおどけて言った彼は、しかし今すぐにでも命を差し出せそうな気配を発している。ピリリとした空気を切ったのは薫だった。

「地獄?僕ァ勘弁ですよ。そこじゃァ昴に会えないじゃないですか!」

貴方一人でどうぞ、と薫が言うと、それはヒドイ!と喜助がおどけた。
そうこうしていると、ジン太と雨が下りてきた。宿題は案外早く終わったらしい。

「そういえば浦原さん、話だけならここじゃなくても良かったはずですよね?模擬戦でもするんですか?」
「いえ、百目鬼サンがどこまでの実力をお持ちなのか知っておきたいんスよ。適当に斬魄刀を振るってみてもらえませんか」

そういうことなら、と薫が了承すると、先ほどの杖で喜助はまた彼を死神化した。義骸の方はジン太達に手伝ってもらって安全なところに隠した。

「店長、あいつの始解ってどんななんだ?」

ジン太は興味深々、という感じだ。雨の方も、心なしかワクワクしているらしい。

「刀の形状は面白いことになりますねえ。さっ、百目鬼サン、お願いします!」
「見世物じゃァないんですよ?全く…さざめけ、〈波枝垂〉」

薫は渋々始解した。いや、始解しようとした。だが、いつまで経っても〈彼女〉が応えなかった。

「どうしたんスか」

様子がおかしいと喜助が声を掛けてきた。きっと相当動揺してしまっていたのだろう。こんなことは今まで一度だって無かった。

「僕の…声に応えてくれないんです。何で…?」






幕外

尸魂界から逃げおおせて現世に来た薫は真っ直ぐ浦原商店に向かった。
何故か猫の姿に化けた夜一に連れられて店に入ると、店の面子が勢揃いしていた。
親睦を深める為とかいう事で”缶蹴り”という現世の鬼事(オニゴト)をすることになった。提案者は勿論夜一だ。オトナ気ない。人型に戻った夜一が服を着る様に怒られたのは言うまでもない。

「”瞬神”と鬼事なんて無茶言わないでくださいよォ…」
「本気なぞ出さんから安心せい」
「子供には、でしょう?勘弁してくださいよ…」

鉄斎は審判、鬼は夜一、後は逃げる役で散って行った。


喜助はあっという間に捕まった。
彼に逃げる気が全く無かったのが半分、夜一が見せしめに彼を選んだのが半分で、秒殺だった。

「皆サン、頑張ってくださ~い!」

ひらひらと手を振る彼に反応した者はいない。

「おい、アンタ!」
「何だい?」

ジン太が苛立たし気に近づいてきた。

「夜一さんを引きつけといてくれ!あの人とんでもなく速ぇんだ」
「分かった。では君たち二人に缶を蹴るのをお任せしよう」

二手に分かれ、薫は喜助の方に近づいた。
夜一が不敵な笑みを浮かべる。

「正面突破…いや、儂の目を引きつけるつもりかのう?笑止!」
「やってみなければ分かりません!」

適度な距離を保ちつつ、障害物で距離を取り、曲がり角で距離を取り、再び缶のある位置まで戻って来た。

「二人ともまだですか⁉仕方ない、僕が―――」
「そうはさせませんよお!」

………ん?

薫の腕が喜助にがっちり掴まれた。

「え?浦原さん?何してるんですか?」
「アララ、言ってなかったっスか?鬼に捕まった奴は鬼の下僕になるんスよ」
「はァ⁉そんなの聞いてま――」
「騙されんな!店長の嘘だっ!」

カァン

軽い音と共に缶がジン太に蹴り飛ばされた。

「ホラ、さっさと逃げろ!」
「ちょ、浦原さん、いつまで掴んでるんですか!」
「手なんぞ繋いで仲良しじゃのう?ほれ、”たっち”じゃ」

缶が蹴られてから喜助と薫が夜一に捕まるまでの間――二秒

「いやあ、ま~た捕まっちゃいましたねえ」
「誰のせいですか…」

薫が睨むと喜助はカラカラと笑った。

「しかし百目鬼サン、上手くなりましたねえ」
「鬼事がですか?嬉しいようなそうでもないような…」
「鬼事は初めてやったんで上手くなったかどうかは分からないっス!でも夜一サン相手に逃げ切るなんて普通は出来ませんよ」
「障害物も何もない場所なら速力で勝る夜一さんには勝てません。でも今は違う。それらを駆使すればどうとでもなります。はァ…折角もう少しで缶を蹴れたのに」

ため息交じりに薫がそう言うと、喜助は満足げに笑った。

「やっぱりっス」
「何がですか?」
「嘘を吐くのが上手くなったっスねえ」

沈黙した薫に彼は言葉を続けた。

「なにも悪い意味じゃないっスよ!この時期、それは立派な武器だ。でもせめてアタシの前でそれは止めてほしいんスよ。一々確認するの面倒ですから」
「…………」
「怒ってるフリ、必死で逃げてるフリ、疲れたフリ。完璧な演技です。夜一さんもそうですけど、ジン太も雨も聡い子なんです。嘘に目敏い。そんな彼らを騙すなんて凄いっス!それをした上でアタシが貴方に話があることを察してさっきは腕を振りほどかなかった。違いますか?」
「………さすが」
「こっちの台詞っスよ。貴方が藍染を騙してたって話は本当だったようだ」

喜助がそう言った直後、夜一が子供二人を脇に抱えて帰って来た。
ジン太も雨もピクリとも動かない。

「夜一さん、そんなクタクタになるまで追いかけまわしたんですか」
「軟弱な奴らじゃ。手は抜いたんじゃぞ?」
「……可哀相に」

夜一の”手を抜いた”がどの程度なのかは分からないが、少なくとも薫が思っていたよりずっとハードモードだったようだ。
薫は心の中でジン太と雨に合掌した。





―――ということがありました。
ちょっとしかやっていませんがゲームのお陰で浦原商店の面々と薫の人間関係は良好です。
今回の浦原さんの『鬼事はお得意でしょ?』の台詞の説明も込めて追記させていただきました。
こういう細々した思い付きをどう入れたらいいのかいまいち分かりません。
もう思いつき次第こういう所に書いてみようかなと思う今日この頃です。
…思いつければですが。


どんどん主人公に感情移入できない感じになってますね…
う~ん…何とかしたいですが、作者の力量が…
頑張ります…



今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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反発

昨晩投稿する予定が、寝落ちました。
不覚…


「おっかしいっスね~?」

喜助にも異変は認められなかったらしい。薫の斬魄刀は何故か現在沈黙を貫いていた。

「そんな気ぃ落とすなって。ほら、さっき切ったリンゴ。食うだろ?」
「イチゴも…ありますよ」

ジン太と(ウルル)が薫に果物を持ってきてくれた。年端もいかない子供たちに慰められるいい大人…情けないこと極まりない。

「ありがとう、二人とも。いただくよ。しかし済まなかったな、折角下りてきてくれたのに始解を見せてあげられなくて」
「別に、そこまで気になってたわけでもねえし!」
「もう、ジン太くん!薫さん、私たちのことは良いんです。心配してくれて、ありがとうございます」

薫が謝ると、二人は各々返してくれた。ジン太も、ああ言ってはいるが薫を気遣ってのことだろう。二人とも心優しい子たちだ。
落ち着いてきた薫は喜助が結論を出すまで二人が持ってきてくれた果物を食べて待っていた。暫くすると、喜助が薫に向き直った。

「貴方の斬魄刀に異常は見られません。霊圧は安定していますし、以前と変化したところも外見上には見られません」
「そうですか…」

そんな予感は薫にもしていた。だから驚きはしなかったが落胆した。
これからどうすれば…

「何ともおかしな話っスね。つい数時間前には振るえていた刀が今は使えないとは。こんな話は今まで聞いたことがありません。状況から判断するなら、中身の問題かもしれませんね」
「中身…」
「ええ。百目鬼サン、一度〈彼女〉と対話してみてくれませんか?」

思えばいつからやっていないだろうか?暫くバタバタしていたから、〈彼女〉の声に耳を傾けるという発想自体が薫の頭の外から追い出されていた。

「やります。可能性があるなら」

鞘から引き抜いた白銀の刀身が光った。







(ピアノ……とか言う弦楽器の音だ)

目を開くと、目の前には大きくて黒いピアノが一台置いてある。しかしその椅子に奏者はいなかった。椅子の方に回ると、鍵盤だけが動いている。音楽に疎い彼には何の曲か分からなかった。ただ、いつもの繊細な演奏に比べて今日は些かささくれ立ったような感じがする。

「どうして、姿を見せてくれないんだい」

『…………』

「君の力を借りたいんだ。これからの戦いで少しでも多く救うために」

『…………』

「駄目かな…やはり僕が君に頼りすぎて、負担をかけてしまっていた?」

『…………』

「何を直せば、君ァ許してくれる?」

『……何故、わたくしが”許す”のです?』

「”何故”?僕に不満があるから沈黙していたのだろう?だったら、それに気付けなかった僕ァ償わなければ」

『わたくしにとって大切なことは”許し”ではありません』

「では何だい?」

ピアノの音が止むと同時に〈彼女〉の姿が現れる。初めて見る真っ赤な着物だ。まるで、今の〈彼女〉の瞳の奥の様な…怒りを体現したような…

『貴方が生きていてくださることです』

「!」

一呼吸置くと、〈彼女〉は堰を切ったように訴えかけた。

『負担などありません。この百年ずっとお側で使い続けていただけたこと、大変光栄なことです。これからとて、きっと貴方の為なら…貴方が生きていてくださるならわたくしは何だっていたしましょう。しかし貴方はあの時――藍染を討ち果たさんとした時、他ならぬわたくしで貴方を殺させようとした。今とてそうです。このままわたくしが無尽蔵にお力添えを続ければ、いずれまたあんなことになります。そうなるくらいならわたくしは貴方に留まって安らかに在っていただくために、貴方に力をお貸ししたりしません』

一通り話し終えた〈彼女〉を見つめ返す。瞳に湛えられていた怒りはいつの間にか哀しみへと変わっていた。

「矛盾、だね。君はあの後確かに”昴のために戦う”ことを選んだ僕に異論は無いと言っていなかったかな」

『‼…………』

〈彼女〉の瞳が揺れる。動揺したのだ。

「ふふッ!異論は無い、なんて、えらく見栄っ張りな嘘だねェ。つまりは、こっちが君の本心なんだろう?」

『…はい。薫様、戦線から離れてくださいまし』

〈彼女〉の着物はいつの間にかいつもの青い色に戻っていた。両手を自身の胸の前で交差して重ねて、懇願するように薫に言った。本心からの言葉なのだろうが、その心の奥に諦めが隠れているのを薫は見逃さなかった。

「百年という時間は死神にとっても短くはない時間だ。その間ずっと僕を支えてくれたこと、本当に感謝しているよ。藍染を討とうとした時のあれは、一時の気の迷いとはいえ君には悪いことをしたと思っている。済まなかった。そしてここまで共に来てくれた君だからこそ、もう分かっているだろう?僕が引き下がるはずがないと。たとえ君がそれを理由に僕を見限ってしまっても、僕ァ行くよ。戦うって決めたんだ」

それを聞くと〈彼女〉は、そっぽを向いてしまった。

『薫様は…いつもわたくしの心配をより深刻にする方に事を運んでしまわれるのですね』

その声は、先ほどまでの様な憂いを含んでいなかった。

「僕がこういう奴だってことはもう分かっていただろう?」

『ええ、ええ!勿論です!いつも、その心配をよそに貴方は飄々としていらっしゃる。理解に苦しみます』

「厳しいなァ!でも、何だかんだでいつも君ァ僕の唯一の理解者であり支援者であり同志でいてくれた。感謝してもしきれないよ」

彼女が顔だけこちらに向ける。長い髪の隙間から白いうなじが珍しく覗けた。

『もうお終いの様な言い方をなさいますね。意地悪な方!わたくしが何を考えているか、もう分かっていらっしゃるくせに』

痛いところを突かれた。確かに、薫の望む言葉を〈彼女〉に言わせるように誘導してしまっていた。薫は苦笑すると、すぐに真剣な表情に戻った。

「それもそうだね。卑怯なやり口だ。僕から言わなければね」

〈彼女〉の前にゆっくりと回って跪く。
片膝をつき、着いた膝の前に握った拳を置く。立てた足の(もも)にもう片方の手を軽く乗せ、〈彼女〉を見上げた。

「〈波枝垂〉、この百目鬼薫にその力を貸してほしい。藍染を討つ、そのために」

〈彼女〉はゆっくりと目を閉じると、ふうっと短く一息吐いた。そして再び目を開く。長い睫毛が僅かに露を抱えている。

『―――わたくしに出来ることならば、今度こそ、喜んで。薫様、御武運を』

「君がいてくれるなら、運など関係ないだろうさ」

薫の言葉に一時彼女は目を大きく開いたが、一呼吸の後に目を細めた。

『お上手ですこと!さあ、浦原様達がお待ちかねですよ。…薫様を心配なさっています』

何故最後の一言を付け加えたのかと考えて、薫に思い当る節があった。

「全く、君って子は…それもあって僕をここに呼んだね?」

『ええ。貴方はすぐに無理をなさいますから。これで少しは自制してくださるかしら?』

(したた)かになったことだ。百年前より君は少しばかり強引になったね」

『貴方は変わりません。…良くも悪くも。貴方の身を案じるのは最早わたくしだけではない事をお忘れなきようお願いいたします、薫様』

〈彼女〉が薫に微笑みかける。まだ心配は残っているのだろうが、〈彼女〉の覚悟も決まったらしい。もう薫を強く止めはしない。さればこそ、きちんとそれに応えなければ。

「あァ。行ってくるよ」









「おい、大丈夫かよ⁉」

ジン太の顔が薫の目の前にあった。口元にぬるりとした液体の感触がある。薫はそれを拭うと、笑顔で言った。

「大丈夫!それより、見たがっていた始解を見せてあげよう」

そう言うと薫は刃禅を解いて立ち上がった。斬魄刀を引き抜いて先ほどのように構える。

「さざめけ、〈波枝垂〉」

長さの違う金属の棒が持ち手近くで繋がっている、折れた音叉の様な形が現れる。
久しぶりにちゃんとこの姿を見たような気がする。
おかしな話だ、と微笑みながら薫はジン太と雨のために〈彼女〉を振るった。二人が喜びそうなものは一つだ。

「二ノ型――陽炎」

途端に辺り一面が暗闇に包まれた。熱くも寒くもない、何もない空間――
その中には、いつの間にか無数の光が漂っていた。
様々な色で、あるものは蛍のように、あるものは流星のように、またあるものは星のように煌々と輝いた。

「すっげえ…!」 「綺麗…!」

感嘆の声が二人から漏れた。喜んでもらえたようだ。
目が傷まないようにゆっくりと明るさを戻すと、二人ははしゃぎすぎて疲れたのか眠ってしまっていた。雨がどうかは分からなかっが、ジン太は飛んでいる光を追いかけまわしていたようだったから。



「……どうでしたか」

子供二人に膝枕を差し出している喜助が口を開く。これだけ聞けば、薫は何を話すべきか理解するだろうという雰囲気だ。

「〈彼女〉に”戦わないでくれ”と言われました」
「それで?」
「”僕の意思は変わらない、それでも力を貸してくれるか”と。許してくれました」

”それで?”と言いたげに喜助が帽子を軽く持ち上げた。ここで黙っておくのは今後のために得策ではない、か。

「刃禅中に僕ァ血を吐いたみたいですね。別に〈彼女〉と中で闘ったりしたわけじゃありません。もう数えるのも面倒になるほど前からなんですよ、これは」

薫は〈波枝垂〉を戻し、鞘に納めると喜助の前に座った。

「もう長いこと患っています。僕ァもうそう長くはないでしょうね。藍染との決戦にはまだ万全でいられるはずですが」
「…井上サンの〈舜俊六花〉はどうなんスか」
「僕の状態を治すのは無理だと〈六花〉の一人に言われました。織姫はこのことは知りません」
「……そうですか。百目鬼サン、このことはここだけのお話に。勿論、総隊長にも知らせないでいてくれませんか」

喜助の真剣な表情に、薫は思わず噴き出した。

「ブッ、ハハハハ!僕が総隊長に⁉なんでそんなお互い面倒なことをしなくちゃァいけないんです!僕は護廷隊士でも鬼道衆でもない、謂わば野良死神ですよ?それに、アレのほとぼりが冷めるまでは彼と接触したくないですしね」
「貴方ってヒトは…ところで、”アレ”ってのは‘橘昴‘の件ですか?」

勿論薫が昴として護廷十三隊を欺き続けていたことも尸魂界に戻りたくない大きな理由の一つであるが、総隊長に目通りを願うだけなら彼はもうそれを許していたからそれ程苦ではない。問題はもう一つの方だ。

「いえ、どちらかというと別の理由の方が大きいです。実は僕ァ現世に来る直前まで王族特務に追われてたんですよ」
「……何をしたんスか」
「悪いことは何も。霊王が僕に興味があるから来い、みたいに言われたので断ったら追われました」
「ほう…よく逃げ切れましたね?」

興味深そうに喜助が昴を覗き込んだ。彼もまた、王族特務を知っていたようだ。
薫は不敵に笑いながらお手上げのポーズを取った。

「お察しの通り、真っ当な勝負なんてしていませんよ。〈彼女〉の力で幻影を映してました」
「幻影?誰に仕掛けたんですか」
「確か、兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)修多羅千手丸(しゅたらせんじゅまる)という名前だったと思います」
「それはあり得ないっス」

そう言うと、喜助は再び真剣な表情になった。

「特に、兵主部一兵衛の異名は”真名呼(まなこ)和尚(おしょう)”――モノの正しい名を見抜く目を持っている。彼に幻影の類は無効のはず。それでも貴方は彼を欺いたって言いたいんスか?」
「誰も、幻影だけとは言っていないでしょう」

薫は一瞬躊躇(ためら)ってから言った。

「あれには僕の…魂の欠片を込めてあったんですよ」
「どういうことっスか?」
「僕が作ったのは幻影よりも分身体に近いモノだったということです。魂の一部をちぎって虚像に埋め込んだ、ね。余程の力を持った死神を騙す時にしか使いませんが」

藍染に幻影を見せた時もこれを使った。かなりの精度で薫にそっくりの存在を作ることができるが、失った魂は回復が非常に遅いためにそう何度も使えない。

「魂をちぎる?そんなことが可能なんスか」
「えェ。四十六室にばれたらマズイ類のものですから御内密に」
「禁術って奴ですか。そう言えば百目鬼サンは副鬼道長だったんスよね?何処まで使えるんスか?」

鬼道衆は護廷十三隊とは別組織であったため、階級の区分が護廷隊のそれとは違う。大鬼道長、副鬼道長と上二人が続き、その下に班長が細かい分類に基づいて分けられる。大きく分けると戦闘向きの部隊の機動班、大規模な行事(処刑なども含まれる)を担う祭祀班、新たな鬼道の探求及び既存のものの改良を行う研學班となる。

そして役職が上がるごとにその資格を持つかどうかについて当然基準を設けられる。
班長になるためには、八十九番以下の破道、縛道の修得が求められる。部下の鬼道が暴走した際、反鬼相殺――同量、同質、逆回転の鬼道をぶつけて鬼道同士を相殺する技術――によって周囲及び班員の命を護れるようにするためだ。
では副鬼道長以上はどうか?それは、護廷隊で言う所の卍解の修得のようなモノ――禁術の会得が必須条件となる。
中央四十六室によって定められた禁術は五つ。副鬼道長はその内の三つ、大鬼道長は全ての禁術を扱えなければならない。そしてその修得は大鬼道長または副鬼道長の指導の下で行われる。指導といえば聞こえはいいが、結局のところ禁術を扱える人間の把握及び管理を行うためのシステムだ。

薫が百年前、いやいやながらも副鬼道長になった理由はここにあった。当時、副鬼道長の資格を満たしていたのは彼だけだった。わざわざ適材がいるのに空席にしておくわけにもいかず、その席に薫は座らざるを得なかった。

「依然三つしか扱えませんよ」
「禁術なんスから三つでも十分凄いっスけど…そんじゃ、何が出来ないんですか」

五つの禁術とは、”時間停止・空間転移・時間回帰・空間回帰・魂魄截取”だ。最後の一つが薫が行った術で、魂魄を切り分けて分離するモノである。倫理的な面で禁術とされた。後の四つについては、倫理面ではなく術の難易度から指定されている。暴発した際のリスクが高すぎるのが特徴だ。しかし場合によっては大鬼道長、副鬼道長の権限で行使しても罪に問われない規定もある術でもある。百年前の鉄斎は状況が状況だったがためにどうともならなかったが…

「時間回帰と空間回帰の二つです」

そう言って薫は俯いた。その意味を察して喜助も少し口を噤んだ。

この二つが修得できていれば、と薫は思わずにはいられなかった。
百年前には既に彼は回道を修得していたが、それは四番隊が行うものには遠く及ばなかった。今でもそうだ。薫にはヒトを治癒する才能が無い。
もしそう在れたら昴は助かったかもしれないと、性懲りもなく思ってしまうのだった。

「ご覧になったことはありますよね」

暫くして喜助は呟いた。薫に訊いているのか微妙な声量だ。

「勿論ありますよ。それがどうかしたんですか」
「単刀直入に聞きます。井上サンの”双天帰盾”はどういったものだと思いますか」
「‼――…あらかじめ断っておくと、僕ァ織姫に治してもらった時の記憶がありません。ただしあの時…僕ァ間違いなく回道でも治療不可能なほどに傷を負っていました。それをたった一日で治したとすれば、彼女の力は―――二つの禁術以上に高度なものだと考えるべきでしょう」

顔を上げた薫に代わって今度は喜助が顔を伏せた。帽子を片手で更に深く被る。

「やはりそうですか」
「なぜわざわざ僕に訊いたんですか?鉄斎さんなら使えるじゃァないですか」
「いえね、念の為って奴っスよ。思った通り…彼女、危険っスね」

声の調子から考えて、これは二重の意味なんだろうと薫は思った。
そのチカラが()()()に目をつけられたとき、彼女自身の身が危ないちう意味が一つ。
そして万が一それが()()()に渡った時、こちらのアドバンテージかつ()()()のディスアドバンテージの一つが無くなる可能性が高いというのがもう一つ。

「………参りましたねえ。どうしたもんか」

ヘラッとそう言いながら沈黙を破った喜助の目は帽子で隠れて見えなかった。




その後、薫は一心が何故現世へと姿を眩ますことになったのかを喜助から聞いた。異質な虚に命を奪われかけた彼がある女性に命を救われたが、それが原因で彼女の命が危うくなった。それを回避するたった一つの方法が、一心と彼女の魂を繋ぐことだった。しかし、そのためには一心の死神の力を封印する必要があったが、彼は迷わずその話を受け、彼女を救った―――

細かいところが所々抜けているが、喜助はこのように言って口を噤んだ。これ以上の情報は不要、ということだろう。この様子なら一護もこの話を知らないらしい。ならば、そこまで踏み込んで話を聞こうという気に薫はなれなかった。


やっと一息ついた二人は眠ってしまったジン太と雨をそれぞれ抱えて勉強部屋を出た。
今日はもうゆっくり休もう、と薫は心に決めた。



鬼道衆のあれこれは全て作者の想像です。
ただ、魂魄を切り取る術は藍染の手下が乱菊さんの魂魄に対して行っていたので有るだろうという解釈をさせていただきました。

重い、暗い、進まない…

加えて最初の方を読み返してみると句点の多さに驚きを隠せません。
読み辛い!
訂正していかなければと思うと気が重いです…

今も読みにくい?
ハイ、スミマセン…
それでもここまで読んでくださっている皆様には感謝しかありません!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!




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負傷

最近、投稿の度にお気に入りの数の増減が大きくてビビりな作者のメンタルをガンガン削っていきます。
昴のようなアイアンハートが欲しい今日この頃です。


喜助との約束を取付けられた翌朝

薫が教室に入ろうとすると何やらその前が騒がしい。
どうやら隣の二組の平子元隊ち…平子君のことで三組の子たちと言い合っているらしい。お笑いの話で彼と織姫が仲良くなったとかで浅野啓吾と揉めている。どうやら平子が井上に抱きついたとかなんとか…

薫が注意しようとすると、教室から一護が出てきた。顔が蒼白になっている。
一護は平子の胸倉を掴むと、平子を引っ張っていってしまった。

「え、何?どうしちゃったの、一護の奴…あそこであんなブチ切れるような熱血っ子だったっけ?」
「一護…?」

本匠千鶴と啓吾が戸惑っている。それはそうだ。あれ程切迫した表情の一護はきっと彼らにとっても初めてだろう。自らの闇に――内なる虚にその身を脅かされ続けている一護の心中を察することなど、同じ経験をしている者にしかできない。
それは薫も同じことだ。歯痒いことだが、手を貸さないのは喜助との誓約でもある。ある意味それが今は助かった。下手に話を聞いても何かをもたらせる訳ではないのだ。

「薫さん」

気付くと、織姫とチャドが薫の近くに来ていた。周りの生徒に聞こえないような声で織姫が囁いた。

「黒崎君から何か聞いていませんか?」
「いいや、僕ァ何も。ということは、君たちもか…」
「はい。でも、聞いても黒崎君は答えてくれないと思うんです。何もないからって」

そうだろう、と薫も思った。一か月もない期間しか接していなくとも、一護の為人(ヒトトナリ)は良く分かる。彼は優しいのだ。他の人間が傷つくのを極端に嫌がるから、自分のことで誰かを思い悩ませたりしたくないということだろう。その秘密主義が逆に周りを傷つけているとも知らずに。

「一護らしいけどね。辛いだろうが、こればかりは待つしかないんだ」
「……はい」

織姫とチャドは俯いた。彼らは本当に何も知らないのだ。もどかしい気持ちで薫の胸が痛んだが、それに蓋をして声を張る。

「さァ、皆教室に入って!そろそろチャイムが鳴ってしまいますよ!」









「おう、有沢、今日はもう上がりだぞ?」
「先に上がって!あたし、ちょっと走り込みしてくるわ」

放課後、有沢竜貴は部活を終えると、ランニングに移るのが日課だ。
来年こそは空手のインターハイで優勝を勝ち取るために、日々これ鍛錬と続けている。

「相変わらず、気合入ってんな~」
「お疲れ!また明日」

走り出そうとして、ある人物――教育実習生の百目鬼薫が目に入った。思わず歩みを止める。
彼は昨日、授業中に()()()()。正確に彼女が感じたままに言うなら、他の皆に見えない何かになった。まるで、魂が身体から抜けてしまったみたいに。
一方の彼は何もなかったかのように授業を続けているのに、彼の本体の様な感じのするもう一方は黒い着物を着ていた。すぐに教室を出て行ってしまったからよく分からなかったが、あの服は一護が時々来ているものに似ている気がした。

「こんにちは、有沢さん。何か僕の顔に付いていますか?」

いつの間にか彼の顔を凝視してしまっていたようだ。

「え⁉いえ、なんでもないです」
「そうですか?なら良いんです。ところで、これからランニングですか?精が出ますね」

にこにこしながらそう言う薫には何の悪意も感じられない。昨日のことが夢だったかのようだ。

「ええ、まあ。ちょっと林の方まで」
「結構な距離ですね…頑張って」

そう彼は言うと、ひらひらと手を振った。礼を言ってまた竜貴は走り出した。








視線に気づいて薫がそちらを向くと、それは有沢竜貴――一護達の友人――だった。彼女は相当霊力があるらしい。過去に一度、”昴”としてここに来た時にも外からでも識別できるほどだった。もしかしたら死神も見えているかもしれない。

「こんにちは、有沢さん。何か僕の顔に付いてますか?」

あまりにも彼女が見つめてくるので、意地悪をしてしまった。動揺しているところを見ると、やはり彼女には薫の本当の姿も見られているらしいというのが分かった。これから彼女はランニングに行くらしい。仕事もこれで終わりだし、ちょっと彼女を観察してみよう。
……これは決してストーカーとかじゃない。






(森林公園か…良いところだ)

結局、薫は竜貴についてきた。勿論内緒でだ。バレたらバレたで、竜貴の話を聞いて来たくなったとか言い訳をしてしまえばいい。
そんなことを考えていると、巨大な霊圧が二つ、()()()()()

(あれは―――破面(アランカル)⁉)

昨日のモノとは全く別物の霊圧だ。量も密度も別種と言っていい。
すぐさま喜助に連絡を取る。

「浦原さん。森林公園で破面に出くわしました。数は二、昨日のとは別格に強い。まだこちらには気付いていません」
『分かりました。百目鬼サン、貴方は手を出さないでください。良いですね』
「―――義骸を着ていても?」
『‼』

喜助が驚いたのが通信機越しにも分かる。この義骸は彼の手製で、霊圧を漏らさない特殊仕様だ。薫の情報が漏れることは無い。

『そんなことしたら、死ぬっスよ』

ただし、義骸に入っていると斬魄刀を使うことは出来ないし、鬼道も瞬歩も精度や威力が格段に落ちる。直接霊圧を感じているのだ。薫だって、そんな状態で真面に闘って(かな)う相手でないことはわかる。

「物はやりようですよ。それに、ここを他のメンバーに任せたら犠牲者が増えるだけだ。違いますか?」
『……分かりました。ただし、ギリギリまで出ては駄目です。アタシらも急いで向かいますから、無理はしないでください』

その瞬間、破面の一体が周囲の魂を吸引し始めた。魂の弱い人々がどんどん吸い込まれていく。

「~~~~ッ‼」
『百目鬼サン!ここは抑えて!』

止めようと飛び出しそうになる体を押さえつける。今は、駄目だ。頭に血が上っていて勝てる程相手は甘くない。

「ぶはあ~!まじい」
「当り前だ。そんな薄い魂、旨いわけがないだろう?」
「だってこいつらが、俺たちの姿をジロジロ見やがるからよう」

破面の二体がそんな会話をしている。一方は痩せ型で両目から筋の様なものが伸びていて、頭の左側に仮面の一部が残っている。もう一方は大男で、色々とガサツそうだ。顎のあたりに仮面が着いている。
二人は竜貴が生き残っているのに気付いた。

(しまった!彼女がここにいたのを失念していた!)

一瞬迷って飛び出すのが遅れたが、竜貴に手をかけようとした大男の蹴りを受け止めたのはチャドだった。
しかし、彼では敵わないと悟ったのだろう。チャドは織姫に竜貴を移動するように指示すると、一人で向かって行った。

「浦原さん」
『……分かりました。必ず持ちこたえてください』






茶渡が倒れた。織姫が〈三天結盾(さんてんけっしゅん)〉を張って敵から彼を庇おうとすると、何かが彼女たちの間に滑り込んだのが辛うじて見えた。

「双蓮蒼火墜」

次の瞬間、敵の目から火柱が上がる。あれは…鬼道?
織姫の前に降り立ったのは、薫だった。

「か「織姫、怪我は無いかい?」え、あっ、はい!」

彼はこちらを振り返ることなく織姫に尋ねた。

「それは良かった。すまないが、チャドを少しでも遠くで手当てしてやってくれないか?君の細腕で運ぶのは大変だろうが、今は手伝ってやれない」
「……分かりました」

こうもハッキリと戦力外通告を受けるのは、そうと分かっていても辛いものだ。薫の口調は一切織姫の助力を求めていなかった。
そんな彼女の気配を察したのか、幾分優くなった声音で薫は再び囁いた。

「織姫、チャドは今一刻を争う状況だ。僕の回道より余程君の方が彼を救える。分かるね?」

それを聞いて、織姫は自分を恥じた。薫が言ったことはここに来る前、茶渡にも言われていたことだ。それでも彼が倒されたことで冷静になれていなかった。

(私には、私に出来ることを!)

「はい!」

その瞳に、もう迷いはない。








「ぐあああああ!痛てえ!痛てえぞクソがああ!」

先程目に双蓮蒼火墜を食らわせた破面(アランカル)が喚いている。結構元気じゃないか。

「残念!頭もかち割ってやったと思ったんだけど、相方に救われたねェ」

薫が双蓮蒼火墜を放つ瞬間、大きい方の破面が不自然に下がるのが見えた。もう一人の破面が彼を引っ張ったのだろう。だが、右目はいただいた。
小さい方の破面は顔色を変えることなく、抑揚の余りない声で薫に答えた。

「別に俺はこいつの相方じゃない。しかしこれ程の威力の鬼道を放つとは、貴様何者だ」
「僕ァ通りすがりの一般人Bだよ。そうだなァ、便宜上‘名無しの権兵衛‘とでも呼んでくれ給え。君は何と呼ぼうかな?太郎?次郎?」
「名乗るつもりがないならそう言えばいいものを。俺はウルキオラ・シファー。どうせ普通の人間ではないのだろうが、貴様は今回の任務には関係なさそうだ。興味もない」

そう二人が言い合っていると、さっきから喚いていたもう一体の破面が大降りに薫に殴りかかってきた。振り下ろされた拳を最小限の動きでよけ、腕に絡みつき、関節に力を籠める。

「てんめぇ、このっ!ゴミのくせに!離せっ!ウルキオラ、こいつも磨り潰して良いんだろ?じゃねえと気が済まねえ!」
「好きにしろ」
「おォ、怖い怖い!」

腕が振られた勢いを利用して、破面の関節に一気に圧を掛ける。ゴギン、と鈍い響きがしたかと思うと、不自然な方向に彼の腕が曲がった。

「クソがああああああ‼」

彼の目も腕も再生していない。上位の虚は超速再生という修復作用があると聞くが、彼にはそれを使えないらしい。表皮は固いが関節技は有効。鬼道も、目のように弱い部分なら有効のようだ。

「あはは!その怪我でよくこれだけ動けるものだねェ。感心するよ、三郎君?」
「ヤミー・リヤルゴだっ!テメェ、絶対(ぜって)ぇぐっちゃぐちゃにして殺してやる!」
「駄目駄目、君じゃァ足りないよ」

薫はヤミーに冷ややかに笑いかけた。彼はすぐ頭に血が上る質らしい。純粋な力勝負なら今の薫に勝ち目はなかったから、煽れば煽るほど薫に有利になるのなら容赦はしない。

「君程度じゃァ僕にかすり傷だって負わせられない。体力の無駄遣いだよ」
「試してやろうかぁ!」

ヤミーが腰に差した刀を抜いた。きちんと構えもせずにそれを振り下ろしてくる。どう捌こうかと薫は構えて、それを解いた。

ガキイィィン!

派手に金属がぶつかり合う音がした。
一護が斬魄刀でヤミーの刀を正面から受け止めたのだ。

「丸腰の奴相手に刀を振り降ろすんじゃねえよ。ってか、薫さんも何で死神化しねえんだ?」
「義魂丸が手元に無かったんだ。仕方ないだろう?」

薫がお手上げ、という風に肩を竦める素振りを見せると、一護は露骨にため息を吐いた。

「いや、駄目だろ…それより、チャドの腕をやったのはこいつか」
「あァ。ここら一帯の魂魄を無理やり吸収したのも、ね」
「分かった。容赦は要らねえってことだな」

一護はそう言うと、卍解して迷うことなくヤミーの腕を切り落とした。
義骸とはいえ、薫の目では追いきれないほどのスピードだった。それに、あの表皮を苦も無く切り裂くとは…腕を上げたようだ。

「薫、と言ったか」

ウルキオラが薫の方を向いた。薫としてはあまり相対したくない相手だったが、仕方ない。心中を悟られないよう笑顔を張り付ける。

「だったらどうだって言うんだ?」
「あれは黒崎一護だろう。今回の抹殺対象だな。貴様が百目鬼薫なら、観察対象か。ヤミーの無駄な行動が思わぬところで役に立ったな」
「へェ、随分と物騒な任務だな。藍染は元気でやっているかい?」

薫の言葉にウルキオラは一瞬反応したが、すぐにそれは消えた。

「貴様に話すことは何もない。無理して戦うなという指令だったが――」

そこまで聞いて、背筋に冷たい感じが走って薫は反射的に後ろに飛びのいた。しかし、既に遅かったようだ。義骸はこういうのが困る。霊魂の時と違い身体能力を人間に合わせてあるから、いつも通りの感覚で体を動かしたのでは動きが小さくなりすぎる。
ボキッと何本か肋骨が折れる嫌な音が耳に響く。呼吸がし辛い。肺に骨が刺さりかかっているようだ。

「消しておくに越したことはない」

危うく薫の胸に穴が開くところだった。骨が折れただけで済んだことに感謝しなくては。
さっきのはウルキオラが凄まじいスピードで薫に手刀で突きを入れてきたせいだったらしい。
胸のあたりを抑えて片膝をつくと、一護がヤミーに殴り飛ばされるのが見えた。
同時に織姫が一護に向かって駆け寄ろうとする。

「黒崎君!」
「待て、織姫!君じゃっ、ゴホッ」 「来るな、井上!」

織姫が一護に駆け寄ろうとして、ヤミーに殴り飛ばされる。そのままヤミーは一護を殴り続けた。

「何してる!一護、反撃しないか!――くそっ、雷吼…」
「貴様の相手は俺だ」
「ッ!」

ウルキオラの手刀が首筋を翳める。腰の刀を抜く気はないらしい。
急に動きが悪くなった一護を助けに行く余裕は薫に無かった。ウルキオラが先程のように傍観を貫いていれば可能だったが…

こんな状況でも、いや、こんな状況だからこそ薫は笑った。

「何が可笑しい?」
「ふふッ!いやァ、だってさ、ウルキオラ。君は結構冷静な(タチ)なんだろうが、僕が藍染のことを口にした途端こんなに熱心に戦闘しちゃって…余程彼は良くないみたいだね」

バチンッ!

鈍い音がして、薫は殴り飛ばされた。口の中に広がっていく鉄の味が、殴られて切れた口の傷に依るものか先程の骨がどこかに刺さって出たものなのかも分からない。
やはり人間のスペックで闘うのは分が悪い。

もう少し。もう少しだ。
よくよく知った二つの霊圧がすぐ近くまで来ている。

「挑発のつもりか?死神化するつもりもないくせによく喋ることだ。今の貴様では俺に勝てるわけもないものを」

薫の胸倉を掴み、持ち上げてウルキオラが言った。向こうではヤミーが一護に振りかぶっている。止めをさすつもりなのだろうが――――


「遅かったじゃァないですか?」


ヤミーの拳は喜助の斬魄刀、〈紅姫〉に阻まれた。”血霞(ちがすみ)の盾”は傷一つ着くことはなく仕舞われた。
喜助と夜一が応援に来てくれたのだ。

「どぉもぉ!遅くなっちゃってスイマセーン!黒崎サン、百目鬼サン」
「なんだあ?次から次へと邪魔くせえ連中だぜ」

喜助もヤミーも余裕があるが、その質はまるで違う。喜助は相手の力量を見定めたうえで挑発的に構えているが、ヤミーの方は端から相手を見下している。

「割って入るってことは、てめえらから殺してくれって意味でいいんだよなあ?」
「ソイツ、固いです!気を付けて!」

腕を振り上げながら叫ぶヤミーに、同じく素手で応戦しようとする夜一を見て薫は叫んだ。その意味を彼女は正しく受け取ってくれたようだ。
夜一はヤミーの腕を掴むと軽々と放り投げた。喜助から何かを受け取ると、次の瞬間には振りかぶったヤミーの頭上に姿を現した。

瞬閧(しゅんこう)‼」

高密度に練り編まれた霊圧が彼女の手足を包んだ。それによる白打はヤミーに相当なダメージを与え、彼は倒れた。

(お見事!僕もこうだらしないところを見せっぱなしにするわけにもいかないかな?)

「”消しておくに越したことはない”だったか?見くびられたものだねェ。――――蒼火墜」

薫は細く絞った蒼火墜をウルキオラの太股のあたりに放った。蒼火墜でも、こう放てばそこそこの威力になるはずだ。
案の定、貫通まではせずとも足の肉を抉ることは出来たらしい。一瞬僅かに緩んだ手を振りほどいてウルキオラの胸のあたりに足を置き瞬歩で離れる。

織姫と夜一のいる位置まで薫は下がった。心配そうに織姫を介抱していた夜一は、薫の姿を見ると打って変って意地悪そうに笑った。

「ボロボロじゃのう、薫?」
「何か織姫の時と態度違わないですか?僕も結構重傷なんですけど」
「軽口を叩く余裕のあるやつに優しさも介抱も必要あるまい?お主は喜助と同じで殺しても死なん生き物じゃからのう」

失礼な、と薫が言おうとした時、ヤミーが立ち上がるのが見えた。夜一が眉を寄せる。

「往生際の悪い奴じゃな」

ヤミーはそのまま口を開くと、そこに高エネルギーの球体が出現した。

虚閃(セロ)か!」

高速で放たれたそれを三人とも避けることができず、直撃したかに見えた。

「あっはっはっはあ!ざまあ見やがれ!粉々だぜ。俺の虚閃をこの距離で躱せるわけ――⁉何だ、てめえ。どうやって俺の虚閃を…」

粉塵から姿を現した喜助が無傷でそこに立っているのを見たヤミーは、何が起きたか全く理解できないらしい。眼前の地面の亀裂を見て分からないものか?こんな裂け方をしているということは、彼の虚閃と同等の威力のものがぶつかり、相殺し合ったことの証左に他ならない。

「試してみますか?啼け、〈紅姫〉」

喜助が放った剃刀紅姫は、ウルキオラに()()()弾かれた。
直後、ヤミーは腹部にウルキオラの手刀を食らった。

「何しやがる!」
「馬鹿が。頭に血を上げ過ぎだ、ヤミー。こいつらは浦原喜助と四楓院夜一だ。お前のレベルじゃそのままでは勝てん。引くぞ」

彼が指で軽く空を叩くと、空間が軋んで穴が開いた。

「逃げる気か」

夜一が食って掛かると、ウルキオラは薄く笑って振り返った。

「らしくない挑発だな。貴様ら二人掛で――いや、そこの死神が義骸を脱げば三人がかりか?――ともかくその戦力で死にぞこないのゴミ共を守りながら俺と戦って、どちらに分があるか分からないわけじゃあるまい。さしあたっての任務は終えた。藍染様には報告しておく。‘‘貴方が目を付けた死神もどきは、殺すに足りぬゴミでした‘‘と」

閉じた穴が塞がった後も、暫くはだれも身動ぎすらできなかった。







「調子はどうっスか?百目鬼サン!」

浦原商店に戻ってきた薫ら一行は、チャド、織姫、一護、最後に薫の治療を終えてひとまず落ち着いていた。

「良くはありませんが、織姫たちに比べれば軽いものです。明日の学校も行けるでしょう」

普通にしていても護廷十三隊の隊士なら戦闘で肋骨の二本や三本折った経験が無いものはいないだろう。今回薫は二本の骨折と二本にひびが入った怪我だったが、彼からすればあれだけ不利な条件下でこの程度で済んだのは幸いと言えた。
ちょっと一息、と言って隣でガツガツ間食を平らげていた夜一が入ってきた。

「しかし、お手柄じゃぞ、薫。お主の忠告のお蔭で儂は瞬閧状態で戦えたから、手足を傷めんで済んだ」
「いいえ。あァ、関節技も効くみたいです。眼球も比較的(やわ)い」
「あ奴の目を潰したのはお主か!あんな攻撃を義骸の状態で食らわせるとは、無茶をしたのう?」

そう言うと彼女はカラカラと笑った。

「本当ですよ。何度義魂丸を使おうとしたことか…」
「こういうのはこれっきりにしてくださいね?今回貴方がその程度の怪我で済んだのは偶々なんスから」
「……善処します」

喜助が嗜めるが、薫は後悔も反省もしていない。あそこはやはり、出て行かねば損害は今よりずっと大きかっただろう。だが、幸運だったことは認めざるを得ない。

「ところで喜助。あ奴らの外皮の霊圧硬度は儂やお主の予想を遥かに上回っとる様じゃ。それこそ、儂が瞬閧を使わねばならん程にのう。手強いぞ」

険しい顔で沈黙する二人を、薫は同様に黙って見ているしかなかった。



破面編は嫌が応にも戦闘させられそうで困ります。(バトル漫画で何を言っているんでしょうね…)
戦闘描写は出来ないんです。
すみません。

そして折角主人公が絡んだのに損害はあまり変わっていないという…
ここで派手に変えすぎると影響が大きすぎるせいもありますが、もっと冒険しても良かったかもしれないと思ったりします。


まあ、こっちはこっちで頑張って適度に戦闘を避けるルートで行く予定です。
えいえいおー!
少しずつ物語のペースも上げていきたいです。
…できればですが。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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再会

破面二体の襲撃から五日が経った。やっと織姫も登校できるほどに回復し、全員が取り敢えずは日常に戻った。

昼休み
いつものように薫が教室に戻ると、何やら騒がしい。中を覗こうとしたら教室の中から啓吾が飛び出した。というより、殴り飛ばされた結果廊下に出たような出方だった。

「浅野君⁉どうしたんですか!」

薫が駆け寄ると、教室の中から数名が出てきた。

「おい、こいつ大丈夫か?」
「いいのいいの、さっ!撤収撤収!」

この声は――

「班目三席と松本副隊長!」
「あん?ああああ!お前、百目鬼か⁉」 「あら、薫さん」
「百目鬼だと?」

ツルツル頭の班目一角と、制服でもなお露出の多い松本乱菊が教室から出てきていた。何故かこの学校の制服を着ている。

薫が驚いていると、後ろから更に声がした。

「冬獅郎!恋次も!綾瀬川五席まで!何で全員制服なんですか?」
「日番谷隊長だ!ったく…詳しいことは後で話す。放課後とやらに黒崎の家に集合だ」
「一護の?話は通っているんですか?あれ、一護いないですけど」

教室を見回しても一護の姿が見えない。彼はこの五日、お通夜の様な顔をしながら常に教室に居り、特に何をするでもなく考え事をしているらしかったから教室にいないのは珍しかった。

「あいつは朽木がどこかに引っ張っていった」

冬獅郎が不機嫌そうに言った。
どっちの朽木だろうと薫は思ったが、このタイミングで派遣され、この状況になるのは一人しかいない。

「ルキアも来ているんですか!成程、総隊長も本腰を入れてきたってわけですね。しかし、隊長格三名とは思い切りましたね」
「そこら辺の経緯は後でな。ところで百目鬼、お前は制服を着ないのか?」
「制服を着るのは学生だけです。僕ァ教育実習生ですからスーツと言う奴です」
「教育実習生…?何だそれは」
「後で説明しますよ」

薫と冬獅郎が話し終わると、恋次が入ってきた。

「百目鬼…さん、一護のあの腑抜けようは何なんスか⁉」
「薫で構いませんよ、阿散井副隊長。一護の問題は彼自身が答えを見つけるしかないと思ってそのままにしています。僕がどうにかできる事じゃァない」

一瞬恋次は言葉に詰まると、切れ切れに話しだした。

「薫さん…ああ、俺のことも恋次のままで良いっス。敬語とかも要らないんで…んで、一護のことなんですけど、話を聞いてやるとかど突いてやるとか、色々あるじゃないですか」
「じゃァ遠慮なく。――ど突いてどうこうってのは恋次の場合だろ?それにタイミングにも()るさ。誰だって一人で悩みたいときは有る」

恋次は俯いて黙った。どうやら彼らは既に一護が虚化しかかっていることを聞いているようだ。
薫が時計を見ると、そろそろ授業が始まる時間だ。

「兎も角今はこの話を止めておきましょう。それでは皆さん、また後で」

集合には遅れるが必ず行くと伝えて、薫は教室に戻った。勿論、倒れていた啓吾を起こし、魂魄の抜けた一護の体を保健室に運ぶはめになったのは薫である。

(ちな)みに、一護の体を保健室に運びきる前に一護とルキアは帰ってきた。一護の顔はここ数日のモノとは見違えるほどに生気に満ちていた。久しぶりに一護の生きた目を見た薫は素直に嬉しかったし、そうさせたルキアの手腕に感服した。何故なら、薫が例え喜助に一護への干渉を止められていなかったとしても彼をこうできた自信は無かったからだ。彼らは一護の体を受け取ると、挨拶もそこそこに駆けて行った。恐らく行き先は――織姫だろう。

「午後の授業が始まるまでには戻ってくるんだぞ!」

少し振り返って頷いた二人は、走るスピードを上げるとすぐに曲がって薫には見えなくなった。








「遅くなってすみません!どこまで話が進んでいますか?」

薫は()()()一護の部屋に上がった。職員会議が長引いて、予想以上に遅れてしまった。
薫の登場の仕方に、一護は”またか…”と言う風に片手で顔を覆って迎えた。

「薫さん、何でアンタまで普通に入ってきてくれねえんだ……」
「失敬な!入ろうとしたとも!」

勿論薫は玄関から一護を訪ねた。出迎えてくれたのは一心と一護の妹の遊子(ユズ)だったのだが、遊子の方が薫を家に上げてくれなかった。これは、薫が信用ならないとかそういうのではない。寧ろ彼女は薫が一心と共についている、薫は彼女たちの遠縁であるという嘘を心底信じているらしかった。では何故かというと、”お兄ちゃんが女の子を部屋に連れて行ったから邪魔しないで!”とのことだった。

「んなっ!遊子の奴……ルキアはそんなんじゃねえって言ってんのに…」
「お節介なところは一護とそっくりだな!ところで”アンタまで”ってことは、他の面々もか?――どこから入ったんです?」

近くにいた冬獅郎に尋ねると、彼は天井を指さした。見上げると、一護の照明が有ったはずの場所にはぽっかりと穴が開き、床には真っ二つに割れた照明の残骸が残されていた。

「俺以外の四人はそこから入った。俺は窓からだ」
「あァ…どうするんですか、これ。まさか経費で弁償するつもりじゃないですよね?」
「松本が自腹を切るだろ」

それを聞いて乱菊は我関せず、という風にそっぽを向いた。

「何言ってんですか隊長!それを割ったのは恋次ですよ?」
「なっ!そもそもあそこに入って一護を驚かそうって提案したのは乱菊さんじゃないっスか!」

恋次が反論しているが、乱菊に反論しようなど百年早い。…いや、百年でも足りるかどうか…

「いいからもうお前らは黙ってろ!話が進まねえだろうが!」

結局言い合いは冬獅郎の鶴の一声でお預けとなった。






「薫殿がいらっしゃるまで、我々は一護に基本事項を教えておりました!」

ルキアによると、一護は破面やら大虚(メノス)の階級やらについて指導を受けていたらしい。破面はともかく、大虚の様な霊術院生がかなり初期に習うような事項も一護は教えられる機会が無かったのだから知らないのは当然のことだった。

「先日襲撃してきた破面の完成度が予想以上に高いってことで、急遽選抜されたのが俺たちなんス」
「選んだのは?」
「山本総隊長だ。藍染にやられて以来、四十六室は空席のままなんス。その間の決定権は総隊長に下りてきてます」

一護に答えて、恋次が続ける。

「そこで、取り敢えず一護を一番よく知ってるルキアが選ばれて――」
「違う、実力で選ばれたのだ!」

ムキになってルキアが反論しているが、恐らく恋次が正しいのだろうと思いながら薫は続きを促した。

「動ける戦闘要員の中で一番ルキアと近いってことで、俺が選ばれました。んで、隊長格以外で俺が一番信頼できる戦闘要員を選べって言われて、俺が一角さんに同行を頼んだんス。そしたら、弓親さんが”僕も絶対行く”って言いだして」

(…ん?)

一角までの流れはよく分かったが、唐突に出てきた弓親の名前で薫と一護は一瞬思考が止まった。

「騒ぎを聞きつけた乱菊さんが面白そうだからって行きたがって、乱菊さんがどうしても行くって聞かないから日番谷隊長が引率として仕方なく――――って感じっスね」
「ピクニックかよ」

一護の反応ももっともだ。戦力増強は助かるが、正直乱菊と弓親は遊び気分で来ているだろう。

「まァ、戦力が増強されるに越したこたァないだろう?襲撃がアレっきりって事ァまず無いだろうからね」
「そうだけどよ…」
「ともかく、お前はその藍染に確実に目ぇ付けられてるってことだ。黒崎一護」

頭が痛そうな一護を尻目に、薫は冬獅郎たちに向き直った。

「ところで、ルキアは兎も角何で他のメンバーまで学生をやってるんですか?冬獅郎とか松本さんとか、高校生には見えませんよ?」

ルキアは罪人として尸魂界に連れ戻されるまで空座高校に通っていたから高校生として戻ってもある程度誤魔化しは効くが、他は見た目年齢(現世)から考えると色々と無理のあるメンバーだ。

「何?薫さん、アタシがもうおばさんだって言いたいわけ⁉」
「俺のことを小学生とか言うんじゃねえ!」
「そこまでは言いませんけど、お二人とも自覚あるんじゃないですか」

薫が言い終わるや否や、二人の拳骨が薫の顔に向かってきた。咄嗟にそれを躱す。

「うわッと!何するんです!いや、だから、それぞれ見た目にあった役職にしてもらえばよかったのにって言いたかっただけですって!」
「……そういやあ、アンタは――きょういく…何とかってやつをやってるんだったか」

黙って見ていた一角が思い出したように口を開く。

「教育実習生です。現世では、教師になる資格取得の一環として、現地での実習が課せられるんだそうです。その枠に滑り込んで、僕ァ今教師であり生徒であるという立ち位置にいるんですよ」
「訳分かんねえぞ?」
「つまり、教師になりたい人が実際の教師の仕事を見て、実践してみる訓練が教育実習という制度なんです。実習生は教師からすれば生徒であり、生徒から見れば教師に近い存在なんです」

結局よく分かっていなさそうな一角は置いておいて他のメンバーを見ると、反応は様々だった。

「まァ、全員生徒として来たならそれはそれでいいんですけど…あァ、話が戻りますけど、僕ァ自由に行動するのでそこのところ宜しくお願いしますね?」
「…どういう意味だ?」

冬獅郎が探るように薫を見る。
その視線に薫は笑顔で返した。

「僕ァあくまで唯の一死神としてここにいるってことですよ。護廷十三隊の指示やらなにやらは受けませんから」
「……そういうのは総隊長に直接言えよ。それと関係してるのかは知らないが、浮竹、京楽、そして総隊長から伝言だ。”あの件についてはお咎め無し。暫くは同じようなことにはならないだろう”だと。何やらかしたんだ?」

あの件、とは霊王の命令を拒否したことだろう。薫が逃げてしまって零番隊の二人は帰ったから‘暫くは‘大丈夫ということか。
何はともあれ助かった。

「そうですか。連絡ありがとう、冬獅郎。なに、ちょっとした悪戯をね」

ニヤリと薫が笑うと、冬獅郎は露骨に呆れた顔をした。

「マジで何したんだ?特に浮竹がお前のこと褒めちぎってたぞ?”信じられない!”って何度も聞かされたんだ」

その時のことを思い出したのだろう。彼はややげっそりとした顔になった。余程浮竹は熱弁を振るったのだろう。冬獅郎を見る限り、肝心の内容は話していないらしいが。

「それは済まないことをしました。ですが、浮竹隊長が内容を言わなかったということは、言うべきでないし聞くべきではないということはお判りでしょう?」
「ったく、伝言するなら経緯も聞かせてほしいもんだぜ」

薫がいつもの調子で言うと、流石に冬獅郎も諦めたようだ。これくらいの小言は御愛嬌だ。
ここで、思い出したかのように一護が言った。

「なあ、オメエらいつ帰んだよ?」
「何言ってんだ?帰んねえよ。破面共との戦いが終わるまでは現世にいるぜ」
「えっ、いるぜって、寝るとことかどうすんだよ?言っとくけど、ウチにはこんな人数泊めるスペース()えかんな」

乱菊のブーイングと色仕掛けに一護はドギマギしていたが、結局全員部屋から出された。







「まあ、取り敢えずアタシは織姫のところに泊めてもらうわ」
「俺らもいくぜ」

乱菊・冬獅郎組と一角・弓親組は各々離れていった。
少しして恋次もどこか晴れない顔をして動いた。

「さて、俺も行くか」
「どこへだ?」

一護が不思議そうに首を傾げた。
恋次の目が鋭く細まる。

「……とりあえず浦原さんて人のとこに行ってみる。たった数日で一護、てめえを俺らと戦えるレベルまで鍛え上げた人だろ。一度会って見ておきてえんだ。それに――」

その視線が刹那ルキアを捉えた。

「色々と、訊きてえこともあるしな…」

恋次がそう言って離れようとしたから、薫も便乗する。

「恋次も浦原さんのところか!僕もそこでお世話になってるんだ。一緒に行こう」
「えっ!いや、別に俺は泊まるわけじゃねえっスよ」
「ふゥん?まァいいや。今から行くことは行くんだろ。どうせ一緒なんだから」

ルキアが元気よく薫たちに手を振っているが、彼女に泊まる当ては有るのだろうか?まァ、もしもの時は薫が喜助の家から出ればいい。









「おやあ?これはこれは、珍しい取り合わせっスね。おかえンなさい、百目鬼サン。いらっしゃい、阿散井副隊長」

浦原商店で薫たちを出迎えたのは喜助だった。

「ただいま帰りました。珍しいですね、浦原さん。貴方が店先で待っているなんて。何か僕に用事ですか?」
「ええ。百目鬼サン、ちょっと」

扇子を開いた喜助は口元を隠しながらちらりと恋次を流し見た。

「阿散井サンには少し、いえ大分お待ちいただくことになるっスけど、いいですか?」
「あ、ああ、構わねえっスけど…」
「ありがとうございます。(ウルル)、阿散井サンを客間にお通ししておいてくれるかい」
「はい!」

奥から雨が飛び出してくる。今の店番は彼女だったようだ。薫に気付くと、律儀にお辞儀をしてくれた。
雨が恋次を連れて行ったのを見届けると、喜助は店の入り口を向いたまま口を開いた。

「もう気付いてらっしゃいますよね?」

一護の家を離れてから感じていた虚の気配。その霊圧の感触が、時間を重ねるごとに五日前の破面に似たものに近づいていくのを感じる。これは恐らく、その霊圧自体が変化しているのではなく、遠くて識別できなかった普通の虚との違いが顕著になってきたということだろう。

「えェ。まだ具体的な数は分かりませんが、破面の集団が確実にこちらに迫ってきていますね」
「正直に言って、戦力差はどの程度だと思います?」

喜助の顔を覗くと、彼は横目で薫を見ていた。意地悪な質問をしてくれるものだ。

「――抽象的な質問ですね。そうですねェ、破面の一体はバケモノみたいな霊圧のがいますが、あれは()()日番谷先遣隊のメンバーが個人で闘って適う相手ではないでしょう。一番の問題は、破面の斬魄刀の解放がどのようなものなのかでしょうか。後はまァ相性にも依るでしょうが、五分五分…いや、四対六の四の方が冬獅郎たちの勝率ってところでしょうね…」

隊長、副隊長は現世に来る際、現世の霊的なものに不要な影響を及ぼさぬよう”限定霊印”なるもので自身の霊圧に封をされている。霊圧が制限されれば当然戦闘力は格段に下がる。霊力量と戦闘力が必ずしも比例しているとは言えないとはいえ、そのきらいが強い死神にそれを強制し、外すのもまどろっこしい手続きをつけなければならない程に彼らの霊力は大きい。しかしそれでも何とかなるのは平時の話。対破面戦においてそれは命取り足り得ることを尸魂界は理解できていない。
現に冬獅郎他二名は馬鹿正直に限定霊印を打ってきているようだ。

……義骸で戦闘に挑んだ薫が言えたことではないが。

「流石は百目鬼サン!残酷なほどに冷静で辛辣っスね。そんな貴方にお願いしたいことがあるんス」
「伺いましょう」

喜助の口元は笑っていたが、目元は帽子で隠れて見えなかった。
もうじき、日が沈みきり、月が明るみだす頃だ。










「揃ったか」

彼は自身の配下五人を見回した。

「誰にも見られてねえだろうな?」
「無論だ」

配下の一人が返した。

「グリムジョー」
「何だ」
「ここへ来る途中、複数の強い霊圧を感じた。ウルキオラの報告と一致しない」
「…思った通りだ。尸魂界(ソウルソサエティ)から援軍を呼びやがったな」

グリムジョーと呼ばれた彼は、思わず舌打ちした。

(だからお前は微温(ぬり)ィって言ってんだよ、ウルキオラ。潰せるときに潰さねえからわらわら相手が増えんだ)

「全員、探査回路(ペスキス)を全開にしろ!」












恋次は、浦原商店の客間で喜助を待っていた。

「どうぞ」

さっきこの部屋に案内してくれた女子がお茶を入れてくれた。礼を言ったが、何故か恋次の顔を凝視してくる。何だ?と思っていると、そいつはぼそりと呟いた。

「……変な顔」
「うるせえ!」

(思わず怒鳴っちまった…)

恋次がそう思ったところで、巨大な霊圧を感じた。ベースは虚のようだが、その質も量も桁違いだ。恋次は義骸を脱ぐと、店を飛び出した。












「全員、捕捉は完了したか?遠慮も区別もいらねえ。少しでも霊圧のある奴は皆殺しだ!一匹たりとも逃がすんじゃねえぞ」

彼の号令と共に配下が散って行った。
さて、()()()はどこだ?
彼の獰猛な笑みの裏からは底知れぬ戦いへの渇望が滲みだしていた――――




今後書く予定の無い設定
薫の限定霊印について
元々尸魂界というより護廷十三隊は薫にも限定霊印を打つつもりでしたが、薫が現世に来る際公式な門を使わずに(花太郎の家の門を使って)来たため霊印は打てていません。
一応殆ど始終喜助手製の義骸(霊圧を一切漏らさないもの)に入っているため見逃されてます。
まあ、打ったところで穿界門は鬼道衆の管轄だったため薫には外せちゃうんですが。
”管轄()()()”というのは、鬼道衆が(半分薫のせいで)護廷隊の傘下に入ってからそのシステムを十二番隊と共同して行うようになったからです。一々鬼道衆に要請するの面倒でしたから。
多少の変化は有れど、大まかな印の掛け方は変わってません。わざわざ変える必要もありませんし、そもそも隊長格が現世に出てくること自体珍しいでしょうし…


…こんな細かいことを書く必要が有るのかは微妙ですが、一応補足説明をさせていただきました。


次回戦闘ですね…
どうしたものか…


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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苦戦

昨夜投稿する予定が寝落ちました。
なん…だと…
久しぶりに床で寝るという経験をしたせいで節々が痛い一日を過ごしました。
子供じゃないんだから…

反省です。


「腕~がぴょぉ~んと鳴く」
「いでででで!お前マジでいい加減にしろ!」

破面がチャドを襲おうとしていたのを止めた一護は、ルキアの義魂丸にその破面と戦うのを阻まれていた。というか腕に締め技が決まって激痛で動けずにいた。先ほどからルキアが戦いに臨んでいるが、心配だ……

「何をしておるのだ、たわけ共」

驚いて一護が顔を上げると、ルキアが呆れ顔で立っていた。掠り傷一つ負っていないようだ。一護はルキアの実力は殆ど全くと言っていいほど見たことが無かったから、破面をこうも短時間で下して彼女が帰ってきたことに驚いた。

「何だ?ディ・ロイの奴、やられちまったのかよ?」
「「⁉」」

二人が声のした方を振り返ると、男が一人、空中に佇んでいた。水色の髪と鋭い眼光、腹部には虚の穴が空いている。その右側の顎の部分には、破面であることを示す仮面が張り付いていた。
ただ立っているだけはずなのに、彼の凄まじい霊圧に一護もルキアも目を剥いた。

(こいつもさっきの奴と同じ破面⁉霊圧のレベルが違い過ぎる!)

「どっちだ?」

彼が地上に降り立った。

「強えのはどっちだって訊いてんだよ」

我に戻ったルキアが叫んだ。

「まずい!一護、一旦退くぞ!――――っく…そっ」

ルキアの腹に彼の手が突き刺さった。一護の目では追い切れなかった。

「やっぱ、こっちじゃねえか」
「ルキア!」

ルキアの腹から手を抜くと、彼はゆっくりと一護の方を向いた。
ルキアの身体が崩れ落ちる様に地面に横たわる。

「お前確か、ヤミーにボコボコにやられてた奴だよな。ったく、ちったぁやれるんだろうな?百目鬼薫と戦う前の肩慣らしくらいにはなってくれよ」
「!――てめえ、薫さんに何の用だ⁉」
「何の用?決まってんだろうが」

彼は獰猛な笑みを浮かべると、一気に一護との距離を詰めてきた。
咄嗟に距離を取り直す。

「その百目鬼って奴はあの藍染をボロ雑巾みたいになるまで追い詰めたやつなんだぞ?ソイツを倒せば俺は藍染より上ってことだ。違うか?俺はウルキオラみてえに微温(ヌル)くねえからな。義骸脱がして全力出さして、その上でソイツを叩きのめす!」

その眼は既に一護を映していない。





『相手をよく観察することだ、一護』

自分に向かってくる鋭い突きを咄嗟に躱しながら、一護は以前の薫の言葉を思い出した。

一護の斬魄刀、〈斬月〉の戦い方には主に二種類ある。一つは普通の斬撃を相手に加えること。もう一つはその固有の技、月牙天衝によって、距離を問わず超高密度の霊圧による斬撃を飛ばすこと。
一護は基本前者の戦い方をしている。その方が自身の身体能力を生かせるし、遠距離にいる標的に月牙天衝を当てるというのが難しいと感じていたからだ。
これに対して薫は風で作った刃による遠距離攻撃を主に使っていた。相手が多い時、一護なら大きな月牙を放って纏めて倒すところを、薫は一体一体的確に風の刃で貫いていった。

『君の月牙は無駄が多いねェ』

薫曰く、一護の月牙は良くも悪くも力ずくなのだそうだ。相手が食らいさえすれば、普通の虚ならばその増幅された霊圧に押し負けて消えるが、その食らう度合いがまちまちなのだ。本来の月牙の威力の平均三割程度しか伝えられていないらしい。力の伝達がうまくいけば過去には恋次や白哉をも倒すことができたというのに、勿体ないと言われた。

「ンなこと言ったって、相手だって動くんだぜ?狙ってもそう毎度毎度当たんねえよ」

そう言ってからはたと気付いた。薫はどうやってあれ程の確度で動き回る虚に遠距離攻撃を当てているのだろうか?

『そうだなァ――一護、虚はどこからの攻撃に反応しにくいと思う?』
「どこから?そういやぁ…ルキアは後ろから仮面に一撃入れて倒すのがセオリーだって言ってたな」
『ふふッ!実は、一概にそうとは言えないんだ。虚ってのは仮面を始終着けているだろう?だから非常に視界が狭い。その分、見えない範囲へ常に警戒しているんだ。後ろ上方からの攻撃っていうのは人間や死神にも通じる攻撃方法だから虚にも通じることは通じるが、もっと確度を上げられる位置がある』
「その流れだと、正面か?でも、そんな実感無えけどな…」

頭を掻きながらそう言った一護に、薫は首を横に振って応えた。

『惜しいな。答えは、視界にギリギリ入る範囲だ。正面から攻撃しても、一護の言う通り視覚情報だけで躱される。死角では、反射で捉えられる。しかしその境界は、視覚情報がある分警戒が緩んでいる。しかも、当人が思っている以上にこの範囲は見えていないんだよ。違和感を覚えたときにはもう攻撃が加わっているくらいにね』
「でもそれは、動く相手のその位置を的確に狙える場合だろ?俺が聞きたいのは――」
『分かってる。でも一護、知らなかっただろう?』

そう言われて気付いた。今まで数多くの虚を斬ってきたが、そのようなことには微塵も気付かなかった。

『”なくて七癖”と言うだろう?それぞれの虚にはそれぞれの癖がある。攻撃直後に右に飛ぶとか、咄嗟に躱す時には上に逃げるとか様々有るが、それを見極められれば二撃目、三撃目の動き方は自ずと分かる。狙い目はそこだ。いかに相手を見、手の内を探り、どの手札を使わせるか―――戦いの主導権を如何に握るかで勝敗は決する。勿論これは虚以外にも通じることだ。相手の動きが分かれば、どう狙って攻撃するかは攻撃する側の技量の問題だけ。それに関しては大丈夫だろう』
「何か、浦原さんの話に似てんな」

一護がそう言うと、薫は驚いたようだ。

『浦原さんが?何の話を?』
「最大攻撃回数を見極めろって話だったかな。相手が連続で攻撃してくる最大回数を見極めろ、って教わったことがあったんだ。結局恋次との戦いでしか実践できなかったけどな」
『成程…どちらにせよ、相手をよく観察することだ、一護。特に、相手の気が緩んでるときは好機だぞ。油断は反応速度を鈍らせるし、癖も出しやすいんだ』

ただし、と薫が言葉を継いだ。

『相手の手札を晒させすぎるのはリスクが高いことも忘れるなよ。奥の手ってのは相手が強いほどに一発逆転される可能性が高くなる。どこまでで勝負を決めるか、ちゃんと見極めろ』





(そうだな、薫さん。今は好機だ。相手は強いが、勝てない相手じゃない)

一護は刀を握り直した。正面に片手で〈斬月〉を持ち、持っている腕にもう片方の手を添える。

「卍、解―――〈天鎖斬月〉」

圧されていた位置から踏み込んで、刀を上段の構えに持ち直す。

「月牙、天衝―――‼」

放った月牙は細く束ねられ、確実に殆ど全てのエネルギーが相手を捉えた。
しかしその色は――真っ黒だった。

『よお、一護。面白そうなことやってんじゃねえか』

その声は、その笑みは――

『俺に、代われよ』










「隊長、恋次!限定解除、下りたわよ!」

冬獅郎と恋次にそう伝えた松本乱菊は、自分を踏みつけようとしてきた破面の蹴りを片手で受け止めながら、自身の胸元にある限定霊印を露わにした。

「限定解除―――!」

限定霊印とは、隊長格の死神が現世の霊魂に余計な影響を与えぬようにその霊圧を制限するためのものだ。その制限率は最大80パーセント―――制限後の霊圧は元の五分の一にもなる。現れた破面たちに対して限定解除を行って、その制限を解くまでせねばならぬほどに戦況は逼迫していた。
破面が殴りかかってくるが、霊圧の制限が無くなった彼女にはその動きが緩慢に見えた。

「遅いっての」

斬魄刀で軽く受け止めると、破面は相当驚いたらしい。乱菊は余裕をもって対応する。

「アンタたち、最初ここに来た時、凄い速さで移動してきたじゃない?あれくらいで来なさいよ。あれ、なんて技?」

破面の方はあれに相当自信があったらしい。ニヤリと笑うと、乱菊の後ろに回り込んで言った。

響転(ソニード)だ」
「あっそう」

乱菊は瞬歩で逆にその背後に回り込みながら、肩から背に掛けてを切り裂いた。

「私達のは瞬歩って言うのよ」

止めをさすため、乱菊は斬魄刀の鍔に近い刃の上に手を添えた。刃の先端に向かって手で刀を素早くなぞりながら唱える。

「唸れ、〈は―――〉」 「六杖光牢、鎖条鎖縛」

乱菊に六筋の光が突き刺さり、動きが止められた。同時に破面にも光の縄が巻き付けられ、動きを封じられている。

「誰⁉詠唱破棄で今の私の動きを止めるなんて―――⁉」

そんな事、隊長格でしか不可能だ。咄嗟に隊長の方をなんとか見上げると、彼は今まさに彼が相対していた破面を氷漬けにしたところだった。鬼道を放った様子もない。

「やっぱり無傷ってのは無理があるよなァ」

不意に後ろから声がした。六杖光牢のせいで振り向けないが、この声は――

「貴様…百目鬼薫⁉」

破面の方が声を上げた。やはりこれは薫のせいだったらしい。

「あちゃァ、君たちみたいなのにまで僕の顔がバレてしまっているのか。参ったね」

全然参っているようには聞こえない声で薫が返す。やっと乱菊にも薫の顔が見える位置に来たが、薫は乱菊を通り過ぎて破面の方に近づいた。

「ちょっと、薫さん!何でこんなことを!」
「こんなこと?どういう意味です」
「何で(とど)めをさすのを()めたのかって聞いてんのよ!」

薫は首だけ乱菊の方を向くと、にこりと笑った。

「止めをさされては困るからです」

そう言うと、薫は破面の正面に立った。

「な、何をするつもりだ⁉」

破面の動揺が乱菊にも伝わってくる。あの様子だと、全く動くことができないのだろう。

「ふふッ!落ち着いて。僕はただのお使いだから特に君をどうこうしようってわけじゃァない。用があるのは浦原さんだよ。大丈夫、浦原さんは()()()()()()()、君を安易に()したりしない。君の方からすれば、()えた方がマシって思うことになるかもしれないけれどね」

薫は破面の顔の前に掌を近づけると、白伏で昏倒させた。
ドスンと大きな音がして、破面は倒れた。

「何のつもりだ?百目鬼」

警戒を孕んだ声で冬獅郎が空から下りながら言った。まだ辛うじて卍解状態を維持している。

「何って、これは検体にするんですよ。僕らはあまりに彼らのことを知らない。本当はあっちのバケモノの方が良いんでしょうけど、義骸に入ったままでは死にに行くようなものですから」

そう言って薫は視線でそのバケモノの方を指した。確かに、とんでもない霊圧が暴れているのが分かる。戦っているのは一護だろう。

「……そうか。もう目的を果たしたなら、松本の縛道を解けよ」
「冬獅郎こそ、卍解を解かないんですか?」

冬獅郎の眼光がきつくなる。彼の卍解ももう限界に近いはずだ。対して薫は義骸に入っているとはいえ万全の状態。万が一戦闘になっても、分があるのは薫だ。そう思わせるような雰囲気だった。

「テメエ、俺らの戦闘中どこに居やがった?」
「曲光を張ってここに。戦いは始終見てました」
「何で加勢しなかった!」

冬獅郎の怒声が響く。あっさりと自主的に戦闘に関与しなかったことを認めた薫は、尚も飄々としている。

「僕が加わってたら破面を両方とも消しちゃってたかもしれませんでしたから」

薫の言葉には何の傲りも虚勢もなく、ただ事実を言っているという感じだった。
冬獅郎が言い返そうとして、卍解が砕けた。同時に先程の戦闘で追ったらしい大怪我がぶり返す。

「隊長!」

気付くと、自分に掛かっていた六杖光牢が解けていた。すぐさま駆け寄って容体を確かめる。酷い怪我だ。

「織姫!ちょっと来て!お願い!」

乱菊の訴えに応じて織姫が上がってきた頃には、薫と破面の影も形もなくなっていた。









「オラオラオラァ!サッサと反撃しろよ死神ィ!さっきの一撃はマグレかあ?」

一護は今思うように体を動かせずにいた。先ほど破面の至近距離で範囲を絞って威力を上げた月牙天衝を放ったのだが、そのせいで一護に内在する虚が目を覚ましたようだ。一護の魂を乗っ取ろうと虚が邪魔してくる。そのせいで、一護は殆ど無抵抗に破面に殴られていた。

(クソッ……折角相当な傷を相手に負わせられたってのに…)

一護の月牙は、破面の右肩から左の腰辺りまでを深く切り裂いた。しかしそのせいで破面の油断は吹き飛び、先ほどから全力で一護に向かってくる。

(最初の一撃で勝負を決めておくべきだった。黒い月牙が出た瞬間ビビっちまった俺のミスだ)

あそこで集中を切らさなければ、という気持ちが破面の方にも伝わったらしい。神経を逆なでされた彼は苛立たし気に顔を歪めた。

「チッ…気に入らねえなあ。何だよその目はよォ?そんな状態でまだ俺に勝てると思ってんのか、ああ⁉」
「縛道の四、這縄」

意識が飛ぶ直前、知った声がして我に返る。気が付くと、一護は薫の腕の中で俵巻きになっていた。目の端で、さっきの破面が薫の縛道で縛られているのが見える。

「この馬鹿。戦場で気を失うな!」
「か、おる…さん……」

力なく一護が言うと、薫はため息を吐いた。

「自分で立てるか?あの縛道じゃすぐに千切られる」

薫はそう言いながら一護を降ろした。その言葉通りに破面は薫の鬼道を引き千切った。一護は頷くと、自身の斬魄刀を杖のようにして立った。

「一護、巻き込まない自信は無い。動けるうちにここから出来るだけ離れるんだ。いいな」

そう言い残すと、薫は破面に向かって行った。








薫が音もなく空中に立つと、その正面に破面が立った。


「お前、百目鬼薫だな?会いたかったぜ!」
「僕は全く。君に興味ないんだ、すまない」

薫はそう言うと、破面から繰り出された突きを受け流した。お互い腰に刀を下げてはいるが、抜こうとはしなかった。
薫の義骸はさっき義魂丸に、生け捕りにした破面と一緒に預けてきた。ざっと見て回った戦況も既に喜助に連絡したし、この戦闘は了承済みだ。

「テメエ、その斬魄刀は飾りか?さっさと抜けよ」
「君の方こそ。この程度の白打じゃ僕に勝てないよ?」

物体の運動というものは通常、常に一定ということはあり得ない。初動は遅く、其処から加速なり更に減速なりするものだ。つまり初動さえ捉えられれば攻撃を読むことは容易い。それは途中で方向を変えるときも同じ事で、その瞬間の減速時に運動を解析すれば次の動きは分かる。

そして薫は特に力の流れを読むことに長けていた。というより、それが見えていなければ〈波枝垂〉を使いこなすことなど到底できない。そういうわけで、さっきからただ繰り出されるだけの破面の突きや蹴りを、薫は全くダメージを負うことなく捌き続けていた。

うまい事攻撃が決まらないことに破面は相当頭にきているらしい。”この程度じゃ”という薫の言葉に目の端を釣り上げる。同時に、戦闘に対する集中力が一瞬乱れた。

目敏くそれを察知した薫は、その瞬間に出された突きを強引に掴んで自身の方へ引いた。
いきなり勢いが付いて崩れた破面の態勢が僅かに揺らぐ間に、突き出していた手と反対側の肩を後ろに、踏み込みとは反対側の足を薫側に、それぞれ押し、また足で蹴って破面の上半身を回転させる。
互いに霊子を固めて作っていた地面に彼が倒れこむタイミングで薫が喉を狙うと、顔の横から何かが迫ってくるのを感じた。喉への突きを止めてそれを躱すと、凄まじいスピードで破面の蹴りが薫の頭があった場所を通過した。
この体制でよくも蹴りを出せるものだ。

その勢いのまま再び体を回転させて立ち上がった破面は次の攻撃をせず刀に手をかけた。

「……そこまで言うんなら見せてやるよ。俺の帰刃(レスレクシオン)を…百目鬼、後で自分も解放しときゃ良かったなんて泣きごと言う羽目になるぜ?」

ゆっくりと刀を抜く破面を見ながら、薫もまた斬魄刀に手をかけた。
張り詰めた空気を切ったのは、破面でも薫でも、ましてや一護でもなかった。

「刀を納めろ、グリムジョー」
「!…東仙…何でテメエがここに居んだよ」

東仙要―――藍染と共に尸魂界を裏切り、虚圏(ウェコムンド)へと逃れた元九番隊隊長だ。彼は現れるなり破面の刀を抑えていたが、その手を放して怪訝そうな顔をした。

「何故か、だと?分からないのか、本当に。独断での現世への進行、五体もの破面の無断動員及びその敗死―――全て命令違反だ。分かるだろう、藍染様はお怒りだ。帰るぞ」

彼の後ろには黒腔(ガルガンタ)―――虚の世界、虚圏へ続く穴―――が空いている。
足早に去ろうとした東仙の背に、薫は努めて軽い調子で声を掛けた。

「なァんだ、帰ってしまうのか?存外つまらない男だな、東仙。久々の戦場なのに戦いもせず引っ込むなんて」

それを聞くなり東仙は勢いよく振り返りながら抜刀しかけて、止めた。

「百目鬼貴様っ!――くっ、今は貴様の相手をしている暇はない」
「ふゥん?なら、藍染に宜しく伝えておいてくれ。”傷が痛むようなら、言ってくれればいつでも止めをさしてその苦痛から解放してやる”ってね」

薫の挑発に東仙は凄まじい殺気を放ったが、後ろを向くとツカツカと帰っていった。
舌打ちしながらそれに続こうとした破面の背にも同じようにしてみる。

「破面の君も、東仙に従うなんて肝の小さい男だ。でかいのは態度と霊圧だけだなァ」

こっちは相当効いたらしい。勢いよく薫を振り返ると、一気に言ってきた。

「うっせぇ!俺の名を忘れんじゃねえぞ。そして、二度と聞かねえことを祈れ。グリムジョー・ジャガージャック――テメエがこの名を次に聞く時は、最初から全力全開で俺がテメエを叩き潰す‼」






黒腔が閉じきってから、薫は地上に降り立った。思いのほか近くに一護は立っていた。あんな言い方をすれば逃げるどころか追ってくるのは分かってはいたが。

「薫さん…一人にさせてくれねえか」

一護はか細くそう言うと、薫とは反対方向に歩き出した。薫もあえてそれを追おうとはせず、浦原商店に引き返していった。
店の前では薫の義魂丸が捕らえた破面を抱えたままあたふたしていた。どうやら(ウルル)が深手を負ってしまい、店の中に入るに入れなくなったらしい。取り敢えず破面を地下勉強部屋に放り込んで、縛道でギチギチに縛っておいた。





お久しぶりです。
忙しい一週間がやっと終わりました。
しかしこれはまだ序の口だという事実…
うん。頑張ろう。

ちなみに虚の攻撃が決まりやすいところがどこかとかの件は独自解釈です。
読み流してください。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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一手

身支度を整えて薫が自室を出ると、すぐ目の前を人影が(よぎ)った。相変わらず表情の読み辛い帽子を被っているが、今の彼は珍しく少しの疲労とそれを上回る安堵した空気を纏っている。
その雰囲気に薫はそっと胸を撫で下ろした。

「おはようございます、浦原さん」
「おやあ、おはようございます、百目鬼サン!昨晩はバタバタしちゃってすみませんでした」
「構いませんよ。(ウルル)の容体はどうなんですか?」

いつも通りの笑みを浮かべていた喜助の表情が和らいだ。
雨の寝室の方を薫が向くと、つられたように彼もそちらを向いた。

「もう落ち着きました。ご心配をおかけしました。ああ、それと、昨日の依頼、受けて下さってありがとうございました」

昨日の依頼というのは破面の捕縛のことだ。

「いいえ。下級大虚(ギリアン)のようですが、あれで限界でした」
「十分っス!隅から隅まで調べさせていただきます」

喜助の笑みはうっかりするとちょっと身を引いてしまいそうになるほど狂気の混じったモノに見えたが、薫は黙っておいた。






「なんだあ?今日は欠席者が多いな。石田、黒崎、朽木、茶渡…まあ、あいつらはほっといても大丈夫だろ」

越智先生がおおらかにそう言うのを、薫は呆っとしながら聞いていた。昨晩はあんなことがあったんだ。皆思うところがあるのだろう。

「百目鬼さん、黒崎について何か知ってる?」
「……えッ?いえ、知りません」

越智先生から振られたのに一瞬反応が遅れてしまった。何か知っているのに隠しているみたいに返してしまった…まあ実際そうなのだが。

「ふうん?まあいっか。おーし、ホームルーム終わり!一限目は移動教室だから遅れんなよ~!」

ガタガタと生徒が移動していく中、薫を凝視していたのが一人、薫に向かってきたのが一人―――有沢竜貴と織姫だった。
竜貴は暫くすると移動したが、織姫は誰もいなくなった教室で話しかけてきた。

「薫さん、本当に黒崎君がどうしてるか知らないんですか?」
「あァ。昨晩別れてから会ってないよ」
「そうですか……」

俯いて心配そうにしている織姫に、何もしてやれない薫は拳を握りしめた。

「織姫、僕ァもォ戻らなくちゃ。君も移動しないと授業に遅れるよ」
「……実は、お願いが有るんです」

織姫の決意は固かった。






「お願いしますよ~、阿散井サン!」
「嫌だって言ってんだろうが!修行ならアンタがやってやりゃあ良いだろうが!」

浦原商店に帰ると、喜助と恋次が口論をしていた。

「只今帰りました。あのォ、二人で何してらっしゃるんですか?」
「ああ、百目鬼サン、お帰ンなさい。いえね、茶渡さんがアタシに修行をつけてほしいってんですけど、アタシはソレどころじゃないんで阿散井サンにお願いしてたところなんスよ」
「へェ。恋次、やってやればいいじゃないか」

薫が恋次の方を向くと、恋次はキレ気味に薫に向き直り、喜助の方を指さした。

「薫さんまで!このヒト、卍解して稽古付けてやれって言うんですよ?このヒトだってできるくせに!」
「やだなあ!一介のハンサムエロ商人のアタシが卍解なんて出来るわけないじゃないですか」
「アンタ今回の事の顛末知らねえのか?アンタが昔十二番隊の隊長だったことも、崩玉を作った張本人だってことも、もう全部とっくの昔にバレてんだよ!――それなら薫さん、貴方がやればいいじゃないですか」

いきなり話を振られて薫は弱ってしまった。何故なら――

「とにかく駄目なんスよ。アタシらの卍解は人を鍛えるとか、人に力を貸すとか、そういうのには向いてない」

真剣な声になった喜助に、恋次は少し怯んだ。
喜助のものがどうかは見たことが無いので知らないが、薫に関してはその通りだった。薫の卍解――〈演舞・波枝垂尽帰塵〉は敵味方、生死を問わず全てを砕き塵に返す。修行やら何やらで使えるようなモノじゃない。
居住まいを正すと喜助は再び切り出した。

「よぉ~し分かりました。そんじゃこうしましょう。阿散井サン、アタシに聞きたいことがあるんスよねえ?ここらで一つ取引しませんか。阿散井サンが三ヶ月ウチで雑用係をやってくれれば、どんな質問にもお答えしましょう」

喜助の調子に飲まれた恋次は、それでもなお抵抗を示した。

「修行の相手は雑用じゃねえだろ」
「雑用っスよ!手間も命も、掛けることには変わりないでしょ?それとも聞きたいことを訊くのを諦めますか?」

恋次は、そう言われて信念を曲げる奴じゃないのは周知の事実だろう。
とうとう彼はチャドとの稽古だけでなく、雑用まで押し付けられてしまった。

(馬鹿……)

と、浦原商店の全メンバーと薫が思ったのは言うまでもない。











結局一護はその後二週間たっても学校に戻らず、今日―――薫の実習終了日となった。

「というわけで、今日まで実習だった百目鬼さん。何か一言宜しく!」

越智先生に促されて前に出る。最後だというのに、一護もチャドも雨竜もいないというのは寂しいことだ。

「皆さん、今日まで本当にお世話になりました。僕のつたない授業にちゃんと付き合ってくれたり授業外でも質問にきてくれたりして、とても実りの多い時間を過ごさせていただきました。またどこかで会ったら声を掛けてくれると嬉しいです」

月並みな挨拶になったが、皆拍手までしてくれた。本当に良い子たちだ。



貰った色紙や花束を携えて商店に戻ると、中で冬獅郎と乱菊が待っていた。

「あれ、冬獅郎に松本副隊長。お久しぶりですね。前回の襲撃以来ですか?」
「日番谷隊長だ。お前、わざとやってるだろ……それはともかく、以前連れて帰った破面はどうなった」
「そういうのは浦原さんに聞いて下さいよ。―――――浦原さァん!」

店の奥に呼び掛けても返事がない。

「店長なら買い出し中だぜ」

ジン太が奥から出てきてくれた。恐らくさっきも冬獅郎たちとこの会話をしたのだろう。悪いことをしてしまった。

「そうか、ありがとう。悪かったね」
「別に。代わりにこいつらに茶ぁ()いどいてくんねえ?」
「あァ。分かった」

パタパタと戻ったジン太はすぐに野球道具を持って出て行った。対応係が帰ってくるのを待っていたのだろう。遊ぶのを我慢していたとは、良い子だ。
二人に茶を注ぐと、冬獅郎の方が切り出した。

「あれからは全くと言っていいほど破面(アランカル)側の接触が無え。お前もなんか聞かされてねえか」
「えェ。蒲原さん(あのヒト)は基本必要最低限の事しか話してくれませんから」

薫が微笑みながら言うと、冬獅郎は眉間の皺を深くした。

「……なあ、お前は何であんな奴に従ってんだ」
「それが正しいと僕が思うからです。冬獅郎だって、そうだから総隊長に従っているのでしょう?」

一瞬冬獅郎は黙り込んだが、またすぐに口を開いた。

「俺は、藍染をあそこまで身を挺して倒そうとしたお前を信用してる。だが、浦原は別だ。あいつからは信用に足るようなあらゆる誠意が感じられねえ。お前から見て、あいつは信用に足る男か?」
「あの人ほど信用できないヒトはいないでしょうね」

冬獅郎は零れそうなほど目を見開いた。意外だったのだろう。当然だ。先日の薫の行動は下手をすれば冬獅郎たちの信用を失いかねない――もう失っているかもしれないが――行為だったわけで、薫がそうまでして従っている喜助のことを薫は当然信用していると思っていたのだろう。隠しているわけでもないし、と薫は言葉を継いだ。

「彼は、目的の為なら手段を(えら)ばない。必要とあらば自分すらも駒として使い捨てるでしょう。もし信用できるところがあるとすれば、その執着とそれを為すために必要な彼の頭脳だけです。でも、僕からすればそれで十分なんですよ。藍染を倒せさえすれば、僕という駒自体がどうなったって良い。だから僕は彼に従います」
「言いたい放題っスねえ、百目鬼サン」

入り口を振り返ると、喜助が立っていた。店の前からは鉄斎と恋次の声がする。荷物持ち要員だったのだろう。

「でも、事実でしょう?」
「まあ、否定はしません」

喜助は帽子を深く被りなおし、店内に入ってきた。

「何か御用ですか?日番谷隊長、松本副隊長」
「ああ。先日の破面の情報の提供を求めるのと、一つ商品を注文したい」
「…承知しました。お二人とも客間へどうぞ。百目鬼サンも一緒に待っててください。ああ、その注文ってのはここで聞いても大丈夫なモンっスか?」

逆光になっていて喜助の顔がよく見えないが、声の感じでは緊迫感が無い。

「構わない。尸魂界と映像通信できる機器を取り寄せたいんだが、ここで取り扱っているか」
「勿論っス!お支払いは?」
「十番隊に付けてくれ。護廷隊が支払う」
「了解っス」





客間に入るなり乱菊が大きく息を吐いた。

「はぁ~、隊長も薫さんも、雰囲気重いですよぉ。肩凝っちゃった」

薫が彼女に対して日下のようだという感想を持ったのは昨日今日の話ではない。

「まァ、重くならざるを得ないのではありませんか、松本副隊長。先日の襲撃で痛手を被ったばかりなのですから。何か嫌な予感がしてますし」
「もお、まずその話し方、止めてくれます?昴の時みたいに話してくれないと、アタシまで敬語使わないといけないじゃないですか」

あっさりと”昴みたいに”と言い放った彼女の顔をまじまじと見つめ直す。ルキア以上に昴と薫の問題にドライというか抵抗がない死神は初めてかもしれない、と薫は驚いた。

「あ…あァ。分かったよ、乱菊」

薫がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべながらバシバシと薫の背を叩いた。

「そぉ来なくちゃ!これからも仲良く行きましょ!」
「……そうだな。この前は突然縛道を使ったりして済まなかった」
「良いわよぉ!気にしないで。確かにあのまま破面を消してしまうのは性急だったもの」
「すまな…いや、ありがとう」

薫は再び謝ろうとして止めた。彼女が望んでいるのはそれではないと分かったからだ。案の定、彼女はそれを聞いて微笑んだ。

「いいっていいって!あ、薫さん、お茶のお代わり貰える?」
「えェ。ちょっと待っててください」

丁度お湯が切れてしまったから、沸かし直すために薫はキッチンへと引っ込んだ。





「”橘みたいに”とは、一か月前のお前では考えられねえ言葉だな」

冬獅郎は、乱菊にぼそっと呟いた。
他の隊員にはあまり気付かれていないようだが、ギンが尸魂界を―――というよりかは乱菊を裏切って藍染と共に消えてから数日、彼女は相当傷心していた。
それに追い打ちをかけるように、彼女の友人の一人だった昴までもが自分を騙し続けていたことを知らされた。その時の荒れ様は冬獅郎も見ていられない程だった。
酒の量は倍になったし、普段より何倍も静かに仕事をした。

その時のことを思い出したのだろう。乱菊の表情が愁いを帯びた。

「やっと言えました。ここまで時間が掛かっちゃうなんて、アタシもまだまだですね」
「いや、俺から見れば早いと思うぞ。気持ちの折り合いをつけるってのは口で言うほど簡単じゃねえ」

乱菊から視線を逸らした冬獅郎が思考を飛ばしたのは、雛森桃についてだ。藍染逃亡時に刺されてからまだ彼女は目を覚まさない。
あの時のことを思い出すと、(ハラワタ)が煮えくり返るような思いがぶり返してくる。今すぐに斬魄刀を引き抜いて、周りにあるものをズタズタに切り裂いてしまいたいほどに。

(藍染……次に刀に刺されることになるのはお()ェの方だ)

きっとこの感情は、自分が奴に止めをさしても消えることはないのだろう。
風化などさせない。絶対に仇は取る。

冬獅郎の翡翠色の瞳は、憎しみの業火で一瞬黒く染まった。







「ゴホ…ッ」

冬獅郎と乱菊に聞こえないよう、小さく咳をする。咄嗟に口元を押さえた手には、赤い液体が数滴飛んでいた。口の端に付いたそれを親指で擦り取って手を濯ぐ。

「調子はどうっスか」

キッチンの奥に喜助がいた。扇子で口元を隠している。

「良い方です。浦原さんに頂いた薬が効いてるみたいですね」
「そうですか。それは良かった」

薫と入れ違うように喜助は並んで立った。パチンと扇子を閉じる音が聞こえる。

「まだ貴方に倒れられては困りますから」
「可笑しなことを仰る。決戦までは大丈夫だとお伝えしたはずですが」
「ええ。貴方の病気がそれだけだったら、ね」

薫は顔を動かさずに目だけを喜助に向ける。彼の方は正面を向いたままだ。

「何が仰りたいんです?」
「……貴方の斬魄刀の能力は、貴方の病気と相性が悪いんス。使えば使うほど、貴方の命は縮んでいく」

ふと薫は違和感を覚えた。ここ最近、薫は殆ど自身の斬魄刀を使っていない。ウルキオラとの戦闘での傷が良くなかったとかそういう事でもない限り、ほとんど安静と言っても良いほどだ。なのに喜助の言い方だと、まるで既に寿命が縮んでいっているようじゃないか。それも、斬魄刀を使っているせいで―――
そこまで考えて、薫は一つの答えに辿り着いた。

「あァ、成程。浦原さん、貴方は僕に何をさせたいんですか?」

今使っていないのにその言い草という事は、考えられる理由は一つ。
これから多大に斬魄刀を使うことになるという事だ。

やっと喜助がこちらを向いた。その目は、いつになく真剣だった。

「”お願い”()()()の準備をしていただきたいんス。具体的には―――」

彼は珍しく嘘をついていた。
正しく言うなら、喜助は恐らく今までももっと沢山薫に嘘やそれに近いことを言ってきているのだろうが、それを初めて薫に悟られた。
だがその真意が何なのかは薫には分からなかった。






やっと客間に戻ってきた薫は、喜助も連れてきた。

「いやあ、お待たせしました!」

いつもの調子で入ってきた彼はちゃぶ台の前に座ると、四人分のお茶が出てから話し始めた。前回の襲撃に関する考察と、捕らえた破面から得られた情報を開示するためだ。
冬獅郎は一言一句聞き逃すまいと居住まいを正した。

「まず、捕らえた破面は下級大虚でした」

雑兵の部類に位置する破面だったということだ。予想がついていたこととは言え、冬獅郎たちは驚いて目を剥いた。

「やはりあれ以上がウヨウヨいると考えた方が良いって事か」
「そうなりますね。日番谷隊長が戦っていらっしゃった破面も恐らくは。確か”十一番”と名乗ったんでしたよね?」
「何でお前が知って…ああ、百目鬼が側で聞いてたんだったな。十番以上は殺傷能力が高い順に割り振られ、十刃(エスパーダ)と呼ばれているらしい。奴によると、そいつらのレベルは奴らとは別物だそうだ」

そこに薫も入ってきた。

「確かに、桁違いの戦闘力でした。真面にやり合っていたら、隊長格を凌ぐかと。前回襲撃してきたグリムジョー・ジャガージャック、そしてウルキオラ・シファーは恐らくソレです」
「ふむ…やはり雑兵破面一体ではっきりしたことは言えませんが、中途半端な霊圧の死神では刃すら真面に通せないでしょう。さらに厄介なことに、彼らが使う歩法”響転(ソニード)”は我々の霊圧探知能力では感知できない上に、”帰刃(レスレクシオン)”と呼ばれる斬魄刀の解放は死神で言う卍解に近い効果を持つことが分かりました」
「卍解、だと⁉」

冬獅郎は思わず立ち上がった。一体相手取るのにこれだけ消耗したというのに、この戦力が確実に隊長格以上になるということは、その卍解など相手にして勝ち残れるのか…?

「あくまで性質が、です。解放によって霊圧は何倍にもなり、使える能力に特化した身体になります」

状況は思った以上に悪かったようだ。どこから総隊長に報告すべきか…

「ただし、破面化の代償もあるみたいなんス」
「代償?」
「ええ。第一に、彼らは超速再生が使えない可能性が高い」

超速再生とは、上位の虚が使える自己回復能力だ。これを使われると、再生速度以上の攻撃を決め続けるか、的確に急所を両断するかしか倒すことができなくなる。

「そして第二に、解放後の体の損傷は治らないみたいっス。これも卍解に似ていると言った所以の一つっスね」

死神の斬魄刀に関しても、始解までなら時間と共に回復するが、卍解は損壊すれば二度と戻らない。戻ったように見えたとしても、それは見せかけだけのものになり、本来の力からはダウングレードしてしまう。

「あっちにもそれなりのリスクがあるってことだな」
「そういう事っス。ただし、あくまでこれが可能性の一部に過ぎないことを忘れないでくださいね。今のままでは情報量が少なすぎますから」
「分かっている。十分だ、助かった」

そう渋くもない茶を啜って冬獅郎は顔を顰めた。










白い石が視界の全てに飛び込んでくる。
幾つも運動競技が出来そうなほど広い室内には巨大な段差が一つあり、その上にはまた白い石で作られた大きな椅子が一つある。そこに一人の人物が片肘をついて坐していた。

段差の下には二人が跪き、二人は直立不動の構えで壇上の人物に控える様に立っていた。

「よく来てくれたね。ウルキオラ、ザエルアポロ」

台上の人物――藍染惣右介が優しく語り掛ける。

「はい」
「滅相もありません、藍染様」

淡白に答えるウルキオラと必要以上にへりくだったザエルアポロ。
どちらも癖の強い人物に相違ないのだが、今はそれについて言及しない。

「今日二人に来てもらったのは、それぞれに命を下すためだよ」

藍染の頭を支えていた左手が、人差し指を出して彼の左目の隣に添えた。
ゆっくりとしたその動作はとても優雅で、彼が他人を嫌が応にも惹きつけることをその動作だけで納得させるほどだ。

「まずはウルキオラ。一か月前に下していた計画を進めてくれ。決定権は君に与えよう」
「承知しました」
「ただし」

花のような笑みが姿を消した。
其処に残ったのは唯の無表情だ。

「浦原喜助と百目鬼薫の二名にはくれぐれも気を付けるんだ。実行の際はできるだけ速やかに完遂してくれ。時間を掛ければあの二人は恐らく何が何でも妨害してくるだろう」
「藍染様、お言葉ですが、百目鬼薫に関してそれ程警戒する必要が有るのでしょうか?」

ザエルアポロが真剣な表情で問うた。
それに藍染は再び笑顔になって返す。

「先日のウルキオラとの戦闘のことを言っている()()()なのかな。しかし発言は正確にね、ザエルアポロ。君が彼に興味津々なのは分かりきったことだ。私の注意を彼から無理に逸らすことは出来ないよ。そこで君にも一つ命を下す。彼を戦闘不能にする発明品を作ってみてくれないか。手段も過程も問わない」

藍染の答えに途中から苦々し気に顔を歪めていたザエルアポロは程なく再び口を開いた。

「……それは、達成にはあまりに情報が足りなさすぎる命ではありませんか」
「そうかな?彼の斬魄刀の名、形、そして卍解を見れば君なら彼の能力がわかっている筈だ。成功した暁には、彼は君の好きにしていいよ」

それを聞いてザエルアポロは弾かれたように顔を上げた。

「本当ですか⁉」
「嘘など言わないよ。私も科学者の端くれ。貴重な検体を独占したい気持ちは分かる。健闘を祈るよ」
「はい。全力を投じます!」

深々と頭を下げた彼を見て藍染が薄く笑った。
思い出したように藍染は立って控えている二人の部下のうちの一人、市丸ギンに視線を向けた。

「ギン、要に伝言を頼めるかな」
「ええですよ。何ですか」
「要の斬魄刀と百目鬼薫のソレは相性が悪い。だから要と彼との戦闘は禁止する」
「分かりましたけど…本人はそんなん聞きますかね」
「これは命令だよ。要に拒否権はない」

ギンは肩を竦めると、困ったように笑った。
そして段差を体の側面にして()()()()()()()()()()()()()東仙に向き直った。

「“斬魄刀の相性悪いから百目鬼薫とは戦うな”やそうや。命令やって」
「!―――…はい……」

悔しそうに藍染に頭を下げた東仙を見て、ギンはちらりと藍染を盗み見た。
其処には変わらず彼が鎮座しているように()()()
しかしその姿は事実とは大分異なっているはずだ。
なぜなら今ギンが見ている藍染は〈鏡花水月〉の効果が掛かっているからだ。



尸魂界から離反し脱出する際、藍染は薫の卍解をもろに食らった。
霊圧の高さ、則ち生命力の高さから命を落としさえしなかったものの、藍染の身体はグリムジョーに言わせれば“ボロ雑巾のよう”になってしまった。
東仙の懸命な治療によって彼は回復しつつあったが、部下への指示は〈鏡花水月〉を以て行っていた。従って彼の詳細な現状を知っているのは〈鏡花水月〉に掛かっていない東仙だけなのだが、直接東仙と藍染の意思の疎通ができていないらしく、忠誠を誓う主の意を汲めないと東仙はいつも苛ついていた。

それが約一月前、藍染をそんな状態にした張本人である薫に会って藍染の状態について挑発を受けてからずっと東仙はイライラしっ放しだった。よくもまあ今まで薫を殺しに飛び出さなかったものだと思うほどに。
それが禁じられ、あのような反応になるのは仕方のないことだ。

しかしギンが真に考えていることは東仙のことではない。

(……やっぱり今やないか)

彼はついと視線から藍染を外した。
藍染の現状をギンは知ることが出来ない。
東仙の様子から藍染が声を出すことが出来ないのが分かるが、それ以外が分からない。

声が出せないだけなのか、声すら出せない程未だに傷が深いのか、もしかしたらそういう風に演じているのか。
もし最後の仮定が正しかった場合、ギンの最終目的を実行に移しても絶対に失敗する。

(焦ったらあかん。確実に絞め殺して丸呑みにするんや。蛇は蛇らしゅう地を這って機を狙う)

彼の表情は胡散臭い笑顔のまま微動だにしなかった。




薫 「ここ最近、更新が遅くなっていませんか」

作者「そ、そんなことはない、と、思いたい…」

薫 「……スランプって奴ですか。困りましたねェ」

作者「違うよ⁉忙しいだけだよ!予定詰まり過ぎてるだけだよ!」

薫 「ですが、今よりずっと忙しかった開始時の方が更新速度早くありませんでしたか」

作者「な、何故それを…」

薫 「伏線を張るのも良いですが、読者の皆様が”そんな記述有ったっけ?”となってしまっては意味が無いの分かってますか?」

作者「分かってる!分かってます‼すみません!でも、”あ、それ伏線だったの⁉ナルホド~!”っていうのがやってみたいんです!」

薫 「はァ…言うからにはちゃんと実行してください」

作者「ごもっとも。申し訳ありません」(土下座)



更新頑張ります!
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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交錯

ドゴオォォォン……‼

大きな音と共に、チャドが吹っ飛ばされ、岩山にぶつかった。
四日ぶりに帰ってきた薫は、恋次とチャドの修行を見ている喜助に声を掛けた。

「只今戻りました、浦原さん」
「おやぁ、お帰りなさい、百目鬼サン!入れ違いだったっスねえ」
「入れ違い?」

喜助の話によると、先ほど乱菊が来て尸魂界からの新たな情報をもたらして行ったらしい。

藍染の真の目的、それは王鍵の創生ということが発覚した。恐らく彼は王族の抹殺を目論んでいるらしいということも。この王鍵とは霊王や王族の住まう空間へと行くための鍵であり、創生するには10万の魂魄と半径一霊里の重霊地が必要となる。そして、現在の重霊地は――――ここ空座町だ。

「王鍵⁉そんなものが藍染の手に渡ったら、世界の均衡ごと破壊しかねないということですか」
「そうなります。最悪の展開になってきてるっス」

そこまで行ったところで後ろに気配を感じて振り返る。夜一と織姫だった。

「ど~もぉ~!井上サン、お久しぶりっス!」 「久しぶり、織姫」
「お久しぶりです…」
「いや~、ここんとこむさ苦しい男二人ばっか見てたもんで、やっぱこう、職場に女性がいると華やぐっスねぇ!空気が!」

そういう言い方をするものだから、喜助と夜一が揉めている。夜一が女性の換算に入っているかどうかという話だ。それを取り敢えず煙に巻いた喜助は織姫に向き直った。

「ささ、井上サン、ここに座ってください」

その直後、再び轟音が轟いた。恋次の卍解がチャドを吹き飛ばし、チャドが地面に激突した。

「茶渡君!恋次君!」

修行が荒っぽいのに驚いたのだろう。織姫は居辛そうにしている。

「浦原さん、あのう…お話って何ですか?」
「先程、十番隊の松本サンがここに来ました。御存知っスよね?王鍵の話っス。急な話で流石に少し()()()でしたが、兎にも角にもこれでアタシたちも尸魂界も冬に向けて戦いの準備をしていくことになりました。
総力戦だ。恐らく、今まで以上の血が流れるでしょう。そしてアタシたちも尸魂界も、今まで以上の戦力が必要になる」

表情を引き締めた織姫は、はっきりとした口調で言った。

「はい。私も、もっと強くなります」

織姫と薫の目が合う。
それに喜助は目を細めると、短く息を吐いた。

「そっスね。それじゃあ申し上げましょう。井上サン、貴女には今回戦線から外れてもらいます」
「「「⁉」」」 「「……」」

その場で動揺しなかったのは、喜助以外には夜一と薫だけだった。

「井上サンの能力、〈舜俊六花〉には、重大な欠点があるっス。それは、〈六花〉本体の強度があまりに低い事っス」
「それは…」
「違いますか?現に尸魂界(ソウル・ソサエティ)で四席の死神に〈六花〉を負傷させられている。そして、貴女の攻撃手段は〈椿鬼(ツバキ)〉一つだけ。それがどれだけハイリスクか、貴女ならお分かりになりますよね?」
「ちょっと待ってくれ、浦原さん!」

口を噤んだ織姫に代わって、今度はチャドが口を挟んだ。

「井上は俺たちの仲間だ!尸魂界でも必死に戦ってくれた。本人が強くなると言っているのに、そんな簡単に置いていくことはできない!」
「感情論じゃないっスか。君は井上サンを死なせたいんスか?」
「違う!井上には、戦闘よりも重要な防御と回復の力がある」
「はあ…”三点結盾”の防御力なんてたかが知れてる。今回の戦いでは役に立たないでしょう。回復にしたって四番隊がいます。今回は恐らく、卯ノ花隊長や虎徹副隊長クラスが前線に出てくるでしょう。井上サンが抜けた穴を倍ほども補って余りある」
「しかし――」
「しつっこいなあ。井上サンじゃあ、足手まといだと言ってるんスよ。ねえ、百目鬼サン?」

喜助がいきなり薫に話を振った理由は分かっている。
薫は眉を寄せると、一瞬織姫を見た。
彼女は辛そうに顔を伏せている。

「意地悪な人だ。僕が織姫に指導していたことを知っていて訊いてますね?」

前回の破面襲撃後、元鬼道衆副鬼道長―――つまり、言霊のスペシャリストの薫に織姫は指導を求めてきた。手取り足取りというほどのことはしなかったが、それでも今までより彼女の術は洗練されていた。

「勿論。そこんところ、貴方から見てどうっスか」

僕が何を言うかなんて分かりきっているくせに。
彼女の〈六花〉達が攻防共に深化しているのは確かだ。が―――

眉を寄せたまま薫は静かに言った。

「一か月前から見れば、見違えるほど強くなっています。ちゃんと狙えば下級大虚(ギリアン)も倒せるでしょう。―――でも、それまでです。破面(アランカル)との戦闘で生き残れる保証は出来かねます」
「薫さん!」
「いいの。ありがとう、茶渡君」

織姫は喜助と薫の方に向き直った。

「ありがとうございます、浦原さん、薫さん。はっきり言ってくれて…良かった。――――失礼します」

去っていく織姫を追いかけようとしたチャドが恋次に止められる。
織姫は四番隊のように戦闘訓練を積んでいたわけでもないタダの人間で、かつ彼女の優しすぎる性分はこれからの戦闘で彼女を追い詰めるだけだ―――喜助が正しい、と。
確かにその通りだが―――

「感情的になっているのはチャドだけですかねェ?」

喜助にだけ囁いたその声に、彼は反応しなかった。








数日後

トン、テン、カンという音がそこら中に響いている。
目前には空座町とそっくりな街並みが半分ほど出来かけており、沢山の死神が慌しくそこを資材やら何やらを運びながら駆けていく。
ここは流魂街の外れ――――薫と十二番隊の隊士たちが極秘任務を遂行中だ。

「阿近殿、これ、追加の計画書です」
「ああ、どうも。これで最後でしたよね?」
「えェ。この日数でこれ全部やれとか、浦原さんってば鬼畜だなァ…」

薫と阿近は二人揃って苦笑交じりのため息を吐いた。優に三徹を超えた二人は目の下に大きなクマが出来ている。

「百目鬼さんはこれから別行動なんでしたか」
「そうです。今から南流魂街の方に向かいます」
「南、ですか?」

阿近が気遣わし気に薫を見た。こんな状態でも、彼の頭はまだ回転しているらしい。南が薫にとって因縁のある地だという事に思い当って気を回してくれているのだ。

「心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫、大したことをしに行くわけではありませんから。寧ろ貴方はご自身の心配をなさった方が良い。後四日はこれが続くわけですから」

薫の言に再び彼は大きくため息を吐いた。彼の上司の涅マユリは実質この指令を阿近に丸投げしていたから、彼の心労は薫には計り知れなかった。








(‼―――虚の霊圧か。数は一、僕だけでも十分だ)

阿近に労いの言葉をかけて別れた薫は、その霊圧の方へ向かって行った。この方角は――丁度昴が死んだ場所だ。

虚が視界に入ると、触手を何か目掛けて振り下ろしているところだった。何故かはわからないが、非常に興奮しているらしい。
瞬歩で近づき、触手を斬る。その先には子供が立っていた。

「君!危ないから下がっていなさい。町に戻るんだ!」

虚から目を逸らさずに言ったが、聞こえていないのか足が竦んでいるのか、兎も角その子は動かなかった。

(仕方ない、このまま片を付ける!)

向かってくる触手を斬りながら虚に近づいた薫は、一瞬の隙を逃さずにその仮面を叩き切った。
やれやれ、と薫は刀をしまうと、さっきから立ち尽くしている子供の方へ歩いていった。どうやら少女らしい。喪服の様な真っ黒な着物を着ているのが遠目に見えていた。

「君、怪我は―――――」

無いか、と聞こうとして、薫は硬直した。

「す……ばる?」

少女の顔は、嘗て自分が愛した幼馴染みのモノと全く同じだった。厳密にいうなら、薫の記憶の中にある彼女の少しあどけなさを残した時期の顔に酷似していた。

「君…名前は何と言うんだ」

先程から身動ぎ一つしない少女に問うてみる。コレは昴ではないと頭では分かっていても、そう思わずにはいられなかった。確かに自分は彼女を看取ったはずで、有りもしない希望を持つなんて珍しいこともあるものだ。

「わからない。おぼえてない…あなたは?」

呆然とした声で起伏無く聞かれたが、薫は暫く反応できなかった。彼女の言葉の意味が理解できなかったわけではない。ただ、その声までもがまごうことなく昴のものだった。

「―――あ、あァ、僕ァ…百目鬼薫というんだ。ねェ、君の――」

ここまで言って薫は言葉を止めた。突然彼女が泣きだしたのだ。声すら上げず、ただただ目から涙を零していた。

「なッ!急にどうしたんだ⁉やはりさっき怪我を?」
「わからない…なにも……」

そう言うと、彼女は気を失って倒れた。咄嗟に体を受け止める。落ち着いてみると、先ほどの虚が何故興奮していたのかが分かった。かなり霊圧が高いのだ。まず間違いなく彼女を喰おうとしていたのだろう。

(間に合って良かった)

ほっと息を着いてから、私情が大分入っていることに薫は驚いた。もう、このまま彼女を放っておけないほどに。






町で宿を借り、そこの布団に彼女を寝かせた。いつ目覚めるともしれない彼女を、唯々薫は見つめていた。

どれほど時間がたっただろうか。彼女の呼吸に乱れがあった。驚いて彼女の顔を見ると、彼女は薄く目を開いたところだった。

「おはよう。何か身体に違和感はないかい?」
「…いいえ」
「そうか、良かった…なァ、君はさっき何もわからないと言っていたが、何故あそこにいたのかとか、いや、もっと基本的なこと―――家がどこかとか、誰か知り合いの顔とか、そういう事も覚えていないのかい?」

彼女は少しの間目を閉じて考えている風だったが、再び目を開けるとゆっくり首を横に振った。

「そうか…」

連れてきてしまった以上、放り出すわけにもいかない。かといって薫に何か考えがあるわけではなかった。それでも、未だに感情を露わにしようとしないこの少女の――昴によく似た顔を、そのままにしたくはなかった。

「君、名前が分からないと言ったね。そのままでも不便だし、何か僕が勝手に付けても良いだろうか」

そう言ってしまってから、薫は自身の口を押えた。こんなことをしては手を離せなくなる。引き返せなく―――

「ほんとうに?」

その後悔は彼女の声で吹き飛んだ。初めに露わになった感情は、驚きと喜び―――微かではあったが、それが表層に現れた。

「あァ、本当だよ。といっても名など付けるのは初めてだから、気に入らなかったらそう言ってくれ。そうだなァ――――かおり…立花(たちばな)(かおり)、はどうだろうか」

我ながら未練たらしい名前になってしまった。だが、出した言葉はもう戻せない。

「たちばな かおり―――」

その名を聞いた彼女は噛み締めるようにその名を口にすると、首を縦に何度も振った。気に入って貰えたらしい。

「気に入ってくれたなら良かった。では馨、君は読み書きは出来るか?」
「わかりません」
「それはどっちの意味だい?読み書きができないのか、そもそも読み書きができるかどうかが分からないのか」

薫も始終彼女といられるわけではない。だから、彼女には薫がいない間一人で生活していく必要がある。薫はいつ戻って来られるかは全く分からないのだ。心苦しいが、仕事にも行ってもらわねばならないだろう。少しでも負担の少ない仕事に就こうと思ったら、読み書きは出来た方が良い。

「できるかどうかがわかりません」
「分かった。それじゃあ、これは読めるか?」

そう言うと、薫は手近に有った炭で手に字を書いた。
―――護廷十三隊―――

「ごていじゅうさんたい――?」

パッと思い浮かんだ文字を書いてみた。せめて数字だけでも読めれば、と思っていたが、彼女はあっさりと読んだ。

「ふむ、読み書きはある程度できそうな雰囲気だな。僕は後三日ほどここにいるつもりだから、どこか落ち着ける場所と働き口を探さないとな」

三日、という言葉に彼女は反応した。

「ここからいなくなるの?」

不安、戸惑い―――違う。こんな顔をさせたかったわけじゃない。

「一時のことだ。大丈夫、僕ァ帰ってくるから」




それから三日。
薫たちは、午前は薫は用事、馨は図書館でこの世界についての勉強、午後は二人で護身用の鍛錬や仕事、部屋探しを行った。

無事借家も馨の仕事も決まった。商家の事務仕事の手伝いに就けた。

その間、薫は驚きを隠せなかった。馨の呑み込みの早さは尋常ではないのだ。異常だと言っても良い。知識も護身術も覚えが早すぎる。最早覚えていくというより、忘れていたことを思い出していっているかのようだ。
記憶を失う前の彼女は一体何者だったのか―――?
それは、他ならぬ彼女ですら知らないのだ。

(だが、知る術が無いわけじゃない)

薫はそっと自身の斬魄刀に触れると、彼女と会った場所へと向かった。






薫が帰ると、馨は夕餉を用意し終えたところだった。

「お帰りなさい、師匠(センセイ)。丁度夕餉です」
「ただいま、馨。この後、僕ァ一旦現世に戻るよ」
「はい。こんなによくして頂いて、ありがとうございました」

寂しそうな彼女に薫は明るく言った。

「なに、すぐに戻るよ。急に一人になって不安だろうが、教えたことを護れば大丈夫だ」

ちなみに、彼女は二日目に図書館から帰ってすぐ薫のことを”師匠(センセイ)”と呼びだした。彼女に働き方やら護身術やらを教えているから間違ってはいないのだが、昴の顔をした少女にそう言われると複雑な気分だ。

夕餉では、たわいもない話をした。馨の同僚の話、客の話、感銘を受けたことなど、普段の薫の生活とは程遠い平穏な日常の話だ。

(昴も、こんな風に生活していく道も有ったんだろうか…)

そう思いながら(ボウ)っと聞いていると、馨が不安そうに薫を覗き込んだ。

「師匠?」
「何でもないよ。さて、そろそろ発つよ」
「…はい。いってらっしゃいませ」

不安げに目を伏せた彼女の頭をそっと撫でて、薫はその場を後にした。







再び流魂街の外れ

技術開発局局員、壺府リンが、ある人物を見つけて手を大きく振りながら駆け寄った。

「阿近さーん!百目鬼さんって何処にいますかー?」
「知らねーよ。何で俺が知ってんだよ」

リンに呼ばれて阿近が不機嫌そうに振り返る。それを見てリンは一瞬怯んだが、気を取り直して続けた。

「うわ、凄いクマ!いえ、最後に一緒に居るのを見たのが阿近さんだったんで…うーん、いないのか~、どうしよう…」
「最後にって、三日前だろ?ここにはもう居ねーよ。てかなんか用だったのか」
「僕じゃなくて裏廷隊の方が伝令にいらしてて。緊急連絡があるらしいんですけど、困ったなあ」

困り果てた風のリンを見て阿近は溜息を一つ吐いた。

「詳しくは知らねえが、南に行くとだけ言ってたぞ」
「やっぱり知ってるんじゃないですか!早く言って下さいよ」
「大した情報じゃねえだろうが。裏廷隊が把握してねえって事は浦原さん(あのヒト)絡みか?見つからねえかもな」
他人事(ひとごと)みたいに言わないでください!お待たせしてるんですから」
「他人事だろ。こっちも忙しいんだから帰ってもらえ。どっちにしろここにゃ居ねーからな」

シッシッという風に阿近が片手を振ると、リンは眉を寄せた。動く気が無いらしい。

「えー⁉」
「サッサと行けよ。相手待ってんだろ?」
「うう…だって凄い剣幕なんですもん…二番隊の人って怖すぎです」
「ま、あそこは特殊だからな。しかし百目鬼さん宛てに隠密機動から緊急の連絡が来たって事は、現世絡みで何かあったか?こっちも巻いてかねえとな」

再び溜息を吐くと、阿近は休憩を早めに切り上げて指令のために動きだした。



この話の前に一話閑話を入れようと思っていたのですが、最近全然話が進んでないのでやめました。
主人公が酒に酔って周りが真っ青になる話だったのですが、書いてみて作者にギャグのセンスが無いことを痛感しました。無念…
どうやったら面白おかしい話が書けるのか知りたいです。他の作者の方々は本当に凄いなあといつも思います。



今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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分断

少し時間が行ったり来たりします。
原作を思い出しながらお読みください!
すみません!


現世が破面に襲撃されたとの一報が入ってから暫くして、やっと通れた穿界門を織姫は駆けていた。

「護衛がたったの二人とは、尸魂界は移動中が最も襲撃されやすいことを知らんらしい」

聞き覚えのある声に織姫が振り返ろうとした瞬間、一緒に穿界門に入った隊士の体に穴が空いた。

「”双天帰盾”、私は拒絶するっ!」

咄嗟に〈舜桜〉と〈あやめ〉で彼の救護に当たる。後ろに現れた破面―――ウルキオラに斬りかかろうとするもう一人の隊士の方に彼の手が何かを放つ直前、反射的に彼女は詠唱した。

「”三点結盾”、私は拒絶する!」




『言霊とは、”思い”であり”願い”だ』

薫に教えられたことを織姫は思い出した。

『特に織姫の〈盾舜六花〉はそれが顕著に表れている。君が何を願うのか、何を求めているのかがはっきりしているほどに〈六花〉たちの力はより具体性を増すし、強力なものになる。だから織姫、短期間で力をつけたいなら、自分が求める結果を瞬時に特定して思い描けるようになる訓練すると良い』



(私は、この人が無事に生きて、家族の下に帰れるように守りたい!攻撃を防ぎきる力が欲しい‼)

明確な彼女の願いは今までにないほど強力な盾を張った。凄まじい衝撃と共に盾に大きなひびが入ったが、攻撃を完全に防ぎきった。
それを見た敵の表情が僅かに動いた。

「ほう、盾も張れるのか。軽く弾いただけとはいえ、俺の虚弾(バラ)を防ぐとは」

そう言って彼が再び構えた瞬間、織姫には分かってしまった。次の攻撃は自分の”願い”では届かない、と。

『破面との戦闘で生き残れる保証は出来かねます』

一週間前の薫の発言が思い出される。
織姫の耳は自身の”三天結盾”が砕ける音を捉え、彼女の瞳は自身が守り切れなかった死神が半身を抉り取られた姿を映しこんだ。

「藍染様がお前の能力を御所望だ。俺と共に来い。拒否すれば、お前の仲間を―――殺す」

彼の後ろで裂けた空間に映り込んでいたのは、苦戦を強いられ傷ついた仲間たちの姿だった―――







薫が瀞霊廷に入り穿界門が用意されている双極の丘に至ると、織姫が門に入って行くのが見えた。織姫を見送っていたらしい浮竹曰く、つい数時間前に現世が破面の襲撃を受け、こちらに来ていたルキアと、時間はズレてしまったが織姫が護衛二人と共に向こうに戻ったのだという。

「そんな事になっていたんですか…僕も急いで戻らねばなりませんね」
「頼んだよ。ああ、ちょっと待ってくれ、地獄蝶を用意させるから」
「要りませんよ。織姫は地獄蝶無しで通ったんでしょう?なら僕も同じ扱いに。拘流が止まってるなら似たようなモノですしね」

苦笑する浮竹に手を振って、薫は門の中に入った。
地獄蝶は尸魂界からの首輪っぽくて嫌だなんて、子供っぽい本心は勿論言わない。

暫く進んでいくと、よく見知ったオレンジ色の光が見えた。

(あれは、”双天帰盾”?何でこんなところで?)

近づいてみると、確かに双天帰盾らしい形が見えてきた。だが、詳細が見えるにつれて悠長に構えていられなくなった。
隊士が二人、その光の中に倒れている。もう怪我は大分治っているようだが、交流内の時間で数時間前にここに入ったはずの隊士が未だに回復中という事、そして術者の織姫本人がこの場にいないことが事態の深刻さを表していた。

「……〈舜桜〉、〈あやめ〉、何があった?織姫はどこにいる」

『『薫さん……』』

織姫に指導していたよしみで織姫の〈六花〉と薫はそこそこの顔見知りになっていた。だから、二人が気まずそうにしながら彼に何も話そうとしないのを見て薫は少なからずショックを受けた。だがそのせいで彼の表情筋が動くことはない。ここ百年で身に付いたポーカーフェイスに自分でも嫌気が差す。
内心の動きを落ち着けながら彼は囁いた。

「僕にも言えない何かがあった、って事か?ならせめて、織姫が無事かどうかだけでも教えてくれ」

『織姫さんは無傷だよ。心配してくれてありがとう』

「……………」

〈舜桜〉が慎重に言葉を選んだのが伝わった。薫の”大丈夫か”という質問に対して”無傷だ”という回答は、含みのある言い方だ。つまり織姫は怪我を負わされてはいないが大丈夫ではない状態にある。この場に彼女がいないことを考えると、連れ去られた?
いや、〈六花〉が活動できているなら、近くに彼女もいるはずだ。まだ追えるかもしれない。

織姫を”一ノ型・月夜見”の応用で探そうと薫が斬魄刀に手を掛けると、〈六花〉の二人が動揺した。

『薫さん、もうすぐこの二人の治療が終わるから、尸魂界に連れて行ってあげてくれないかな!』

「……分かった」

〈六花〉もまた、薫の斬魄刀のことを断片的に知っている。だから薫が織姫を探そうとしたのも分かったはずだ。それを止めさせ、かつ多くを語ろうとしないという事は、織姫は何者かに脅されてこの状況―――姿を隠して身を顰めねばならない状態―――になっているという事だ。下手に詮索すると織姫の立場が危うくなるかもしれない。

「心が屈しさえしなければ、君が真に屈したことにはならない。諦めるなよ。希望を捨てるな」

治療の終わった二人を抱えて、薫は誰にともなく呟いた。もしかしたら近くにいる同志に伝わることを願って。















「治ってる…?」

昨日の破面の襲撃によって重傷を負っていたはずの一護は、ベットから落ちて目が覚めた後、自身の怪我が全快していることに驚いた。
すぐに霊圧を探ると、それは――――

「井上織姫だ。恐らくな」

いつの間にか空いていた窓から冬獅郎が言った。

「すぐに来い、黒崎。緊急事態だ」






冬獅郎に連れられて井上の部屋に行くと、既に日番谷先遣隊のメンバーが勢ぞろいしていた。

「何だよ、皆で井上の部屋に集まって…井上は何処だよ?」
「それは―――」 「霊波障害除去は」
「はい。何とか完了したようです」

ルキアが気まずそうにしているのを冬獅郎が遮って、部屋にあった尸魂界との通信機器が繋がった。
そこに出てきたのは浮竹十四郎だった。

「浮竹?総隊長じゃねえのか」

冬獅郎が不思議そうに訊いた。

『代わっていただいた』
「理由は」
『井上織姫がそちらに向かう穿界門に入るとき、護廷十三隊隊士の中で最後に見届けた隊長格が俺だからだ』
「「「「⁉」」」」

井上の部屋にいた全員が息を呑んだ。
浮竹が辛そうに瞼を閉じる。

『……その反応を見ると、やはり彼女はそちらには到着していないようだな』
「どういうことだよ、浮竹さん⁉井上は何処に消えたんだ?そっちで何か分かってんじゃねえのか⁉」

一護は思わず怒鳴った。動揺を抑えるなんてことが出来る状況じゃない。

『こちらの見解を言おう。穿界門を通過する際に彼女に付けた護衛の二人が生存して戻った。彼ら二人の話によれば、井上織姫は破面側に拉致、もしくは既に殺害されたものと思われる』

ルキアが浮竹に食い下がっているが、そのやり取りも一護の耳には入って来ない。井上が、死んだ?そんな、まさか…

『情報によれば、井上織姫は破面の襲撃を受け、破面と共に姿を消した』
「そんだけじゃねえか!一緒に消えただけで、証拠もねえのにそんな「黒崎、ちょっと落ち着け」―――っ、冬獅郎!」

一護を片腕で制した冬獅郎が一歩前に踏み出した。

「浮竹、さっきは随分と含みのある言い方をしたな?”護廷十三隊隊士の中で”最後に見たのがお前なら、さらにその後井上織姫を見た奴がいる、という事か」
『その可能性がある。…そちらに薫君はいるかい』
「いや、ここ一週間は姿さえ見てねえ」

一護は突然出てきた名に驚いたが、冬獅郎は薄々感づいていたらしく苦い顔になっている。

『断界内での時間に換算して話すぞ。実は、彼女が穿界門を通った数時間後、全く同じ門を彼が通って行ったんだ。彼が門に入るのを俺が確認した五分後、投げ出されるように門から護衛の二人の死神が出てきた。彼らは気を失っていたから、何者かによって運ばれてきたと見て良い。さらにその僅か三分後に穿界門が閉じ、百目鬼の霊圧が消失した』
「何が言いてえ」
『”百目鬼薫”は、本件の最重要参考人という事だ』
「そういうことです」

突然現れた声に、その場の全員が一斉に振り返った。そこには、伊勢七緒が眼鏡を片手で抑えながら立っていた。

『彼女には今から薫君の捜索に当たってもらう。伊勢副隊長、頼んだよ』
「はい。南の心臓 北の瞳 西の指先 東の踵 風持ちて集い 雨払いて散れ―――掴趾追雀!」

きびきびと彼女は描いた円陣に手を当てた。
同時にその円陣から光が滲みだし、漢数字が高速で現れては消えていく。

「二十五…六十…八十七…九十三…百十一…」

険しい顔のままの七緒が、突然顔を上げた。

「捕捉しました!縛道の六十一、六杖光牢!」
「うォッ⁉」

七緒が目の前に縛道を放つと、そこに人影が現れた。
それは、義骸に入った薫だった。
冬獅郎を含めた全員がそれを見て目を剥いた。こんなに近くに人がいるなど全く気が付かなかったからだ。

「百目鬼⁉テメエいつからそこにいやがった!」
「あァ~、冬獅郎が”浮竹?総隊長じゃねえのか”って言ったあたりからですかねェ」
「殆ど最初からじゃねえか!何でコソコソ隠れたりした」
「ややこしいことになると思ったので…まさかこの義骸に入った状態で捕捉されるとは思ってませんでした。成長したね、七緒」

そんな事ありません、と頬を赤らめる七緒に代わって、浮竹が声を出した。

『薫君、あの時何を見たんだ?』
「……僕が通った時には織姫の姿は既にありませんでした。二人の護衛が残ったままでは門が閉じられないので、放り出したまでのことです」
『なら何故、行方を眩まそうとしたんだ?』
「……………」
「ちょっと待ってくれ!」

緊迫した空気の中、一護は耐えきれずに叫んだ。

「井上は死んでねえ!昨日俺が負って誰にも治せなかった大怪我は今朝治ってたし、この手首に井上の霊圧が残ってんだ!あいつは生きてる!」
『それは残念じゃ』

浮竹の奥から総隊長の声がした。すぐに画面に浮竹と入れ替わりで総隊長が現れた。

「残念、だと?どういう意味だよ」
『お主らの話が本当なら、井上織姫は確かに生きておることになる。しかしそれは同時に、一つの裏切りを意味しておる』
「裏切り⁉そんな訳―――」
『もし拉致をされたなら、去り際にお主に会う余裕など有るまい!即ち、お主の傷を治して消えたという事は、井上織姫は自らの足で破面の下へ向かったという事じゃ』
「そうなると思ったから嫌だったんだ。七緒、六杖光牢(コレ)外してくれないか」

冷ややかにそう言った薫の目はもうこの議論の結論に興味は無いとでも言いたげだった。

『ならぬ。まだ話は終わっておらぬ』
「僕ァ護廷十三隊に所属してません。従って僕に貴方の話を最後まで聞く義務はない。違いますか」
『儂が総隊長という肩書だけだったらのう?じゃが今は、中央四十六室の権限もまた儂に下りてきておる。黙って聞いておれ』

まだ何か言いたげな薫を遮り、恋次が一護の肩に手を置いた。

「お話は分かりました、山本総隊長。それではこれより日番谷先遣隊が一、六番隊副隊長、阿散井恋次。反逆の徒、井上織姫の目を覚まさせるため虚圏(ウェコムンド)へ向かいます」
「恋次!」

ニヤリと恋次が一護にどや顔で返した。張り詰めた一護の気持ちも一時緩んだ。
しかし総隊長がそれを一喝した。

『ならぬ』
「「⁉」」
『破面側の戦闘準備が整っていると判明した以上、日番谷先遣隊全名は即時帰還し、尸魂界の守護に就いてもらう』

それを聞いて、一護の隣に立っていたルキアが力なく言った。

「それは井上を、見捨てろという事ですか…?」
『いかにも。一人の命と世界の全て。秤にかけるまでもない』

今度の彼女の目には、少しの憂いと確固とした決意が宿っていた。

「恐れながら総隊長殿、その命令には従いかねます」
『やはりな。そうなるやもしれぬと思い、手を打っておいて良かった』

総隊長が言い終わるや否や、部屋の後ろに穿界門が開いた。そこに立っていたのは、朽木白哉と更木剣八だった。

「隊長!」
「そういうわけだ。戻れ、お前ら」
「手向かうな。力ずくでも連れ戻せと命を受けている」

剣八と白哉が威圧的に構える。それに今は七緒も加わっているから、歯向かっても意味がないことは明白だった。恋次とルキアが肩を落とす。
一護はそれを見ると、うなだれながらも言葉を絞り出した。

「分かった。なら、尸魂界に力を貸してくれとは言わねえ。けど、せめて虚圏への入り方を教えてくれ。井上は俺たちの仲間だ。俺が一人で助けに行く」

一人決意を固めた一護に、薫が半ば呆れながら言った。

「馬鹿か、君は。僕も行くよ。尸魂界の守護なんて彼らに任せておくさ。それより、そんな状態で一人行ったって勝てるものも勝てないだろ?」
「薫さん…」

薫に”ありがとう”と一護が言おうとした瞬間、総隊長の杖がゴツン、と画面の向こうで大きな音を立てた。

『ならぬ!』
「なん、だと…」 「……………」
『お主らの力は、この戦いに必要じゃ。勝手な行動も、犬死にも許さぬ。百目鬼は一旦尸魂界に帰還。黒崎一護は別命あるまで待機せよ。以上じゃ』

一方的に通信が切られた。

再びうなだれた一護とは裏腹に、薫がポソリと呟く。

「反鬼そ「白伏!」…く、そッ…」
「詠唱破棄とはいえ、義骸に入った状態で私の六杖光牢を”反鬼相殺”で消そうとするとは…やはり流石です、薫さん」

反鬼相殺―――同質、同量、逆回転の鬼道をぶつけることで鬼道を消す技術―――を使って縛道から抜け出そうとしたことがバレて彼は七緒に白伏で昏倒させられた。

「行くぜ」

薫の体を脇に抱えた剣八はつまらなさそうにそう言うと、奥へと引き返していった。

「一護………すまぬ…」

ルキアが辛そうにそう言ったが、俯いていたせいで顔は一護から見えなかった。




ここら辺から少しずつ巻いていきます。
戦闘描写が少ない方向へ舵を切って進んでいきます!
ちっとも書けないんですから仕方ない…ことにしましょう。させて下さい。

ちなみに
織姫の言霊がどうのこうのと言うのは独自設定です。織姫の性格に合っている能力は思いや感情が力になりそうかなと思い書かせていただきました。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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潜入

日番谷先遣隊が尸魂界に半ば強制送還されたその日の夜、学校から帰った一護はそのまま浦原商店へと向かった。

「いらっしゃい。来る頃だと思ってましたよ、黒崎サン」

店先には、その店の店主、浦原喜助が待っていた。何となくそんな気はしていたから、一護は殆ど動じずに、しかし一応訊いてみた。

「どうしてそう思った」
「アタシなら知ってるかもしれない、そう思ったんでしょ?―――虚圏(ウェコムンド)に行く方法。御名答っス。用意、出来てますよ」







彼に連れられて地下勉強部屋まで下りると、彼は(おもむろ)に井上が藍染に狙われるのを避けるために戦線離脱させようとしていたこと、井上の気持ちを考えて後手に回ってしまったことを語った。
”自分の責任でもあるから、全面的に一護に協力する”とも。

「良いのかよ?尸魂界の命令に背くことになるぜ?」
「もともと色々と背いてここにいるもんで。今更っスよ」

飄々と喜助が答えてすぐ、頭上から懐かしい声が降ってきた。

「随分と辛気臭い顔をしてるな、黒崎」
「石田!お前何でここに」

相変わらず趣味の悪い白い服に眼鏡を掛けた石田雨竜が岩山の上に座っていた。

「決まってる。虚圏へ行くためだ」
「チャド!」

隣の岩影から、チャドこと茶渡泰虎も顔を出した。
そちらの方を向くと、後ろから更に声が聞こえた。

「二人とも、ちゃァんと浦原さんから話は聞いてる。付いてきてくれるなんて、友情だねェ?」
「なな、何を言ってるんですか!そんなんじゃありませんよ⁉」

石田が焦って否定しているが、まさか、本当に―――

「薫さん⁉え、アンタ何で今こんなところにいるんだよ!」
「失礼な奴だなァ?僕がここに居ちゃァ駄目か?」

心外だ、と腕組みして一護の後ろに立っていたのは薫だった。

「そういう意味じゃねえけど…薫さん確か、義骸ごと尸魂界に連行されてなかったか?」
「あァ、変わり身の術だよ、一護」

悪戯っぽく笑いながら説明し始めた薫によると、連行されていったのは彼の義骸と義魂丸だったらしい。あの場でわざと七緒に霊圧を捉えさせ、義骸の方を捕まえさせた。勿論薫は死神化して斬魄刀を振るい、あの時の会話は自身の声や動きを偽装して凌いでいた。連れていかれた後も、義魂丸には薫の癖を覚えこませてあるから時間稼ぎになるのだそうだ。元々あの義骸は完全に霊圧を遮断する喜助の()()()。義骸を脱がされない限りそうそう正体がバレることはないのだとか。

「何でわざわざそんな事…別に行方を眩ませたままでも良かったんじゃねえのか?」
「それを総隊長が放置するとは思えないからな。現に七緒まで送り込んできてたわけだし、手を打っておくに越したことはなかったってことだよ。これで暫くは僕ァ尸魂界から完全に独立して動けるって訳だ」

呑気に伸びをした薫を見て一護は力なく笑ったが、再び思いつめた表情になった。

「薫さんはともかく、石田とチャドは駄目だ!気持ちはありがてえけど、お前らの力じゃあ…」
「一護!」

チャドの左腕の霊圧が跳ね上がった。彼はそれを大きく一護の方に振りかぶる。
一護の方も〈斬月〉の巻き布を咄嗟に解いてそれを受けた。伝わってくる力に一護の表情が変わる。

「これでも、力が足りないか?俺たちを信じろ。一人で背負うな。そのための、仲間だ」

チャドの言葉を聞いて一護は気持ちを入れかえた。皆、この一か月を無為に過ごしてきたわけではないのだ。

「ハイハ~イ、準備は良いっスか?」

間の抜けた言い方だが、喜助は一護を見ると薄く笑った。

「ようやく出来たみたいっスね、準備」

一護の覚悟もやっと決まった。









「さて、それでは、これから虚圏への道を開きますよお!ちょっと下がっててください」

一護達が下がったところよりも薫だけ五歩ほど下がった。それに気付いた一護が振り返る。

「え、薫さん、下がり過ぎじゃねえか?」
「いや、ここで良いんだ。僕ァ一緒に行かないからな」

薫がケロッと言ったのを聞いて、チャドと石田も揃って薫を振り返った。一護も、訳が分からないと動揺した。

「はあ⁉行かないって…」
「勿論留守番って訳じゃない。同じタイミングでは出発しないって意味だよ。浦原さんから僕に少しばかり話があるんだってさ」
「ややこしい言い方だな…」

二本の柱が壁に垂直に生えている。その片方に喜助は立つと、持っていた杖を片手でその柱と垂直に構えながら片膝を付けて(ひざまず)いた。

「さあて、それじゃあ―――我が右手に界境を繋ぐ石 我が左手に実存を縛る刃 黒髪の羊飼い 縛り首の椅子 叢雲(そううん)来たりて 我・(とき)を打つ」

喜助の詠唱が終わった途端、二本の柱を繋ぐように空間に亀裂が走った。繋がってすぐにそれは上下に開き、大きな穴となった。
穴が開いたのを確認すると、喜助は柱の上で立ち上がって薫たちの方を向いた。

「破面たちが行き来するこの穴は、名を”黒腔(ガルガンタ)”と言います。中に道は無く、霊子の乱気流が渦巻いています。霊子で足場を作って進んでください。暗がりに向かって進めば、虚圏に着くはずです」
「分かった。浦原さん、ウチの連中のこと頼んでいいか。俺のこと心配しないよう、上手いこと言っておいてほしいんだ」

一護が思い切ったように言った。喜助の方はというと、表情を動かさない。

「分かりました。お友達には?」
「アイツらには…帰ってから謝る」
「分かりました」

一護が穴の方に向き直ると、いつの間にか見物していたジン太や雨も彼らに声をかけた。

「ま、適当に頑張って来いよな」
「お気をつけて」
「ああ」

一護、石田、チャドは揃って眼前の黒い穴に飛び込んだ。







一護達が黒腔へと消えて行った後、喜助は少し離れた岩山に視線を向けた。

「だ、そうですよ?そろそろ出てきたらどうっスか?」
「あの~、いつから気付いてたんスか?」

ひょっこりと顔を出したのは、一護達のクラスメートの浅野圭吾、児嶋水色、有沢竜貴だった。

「ここへ来る前からっス。貴方たちが黒崎サンを付けてきてるって知ってたから、店の鍵、開けっ放しにしといたんスよ。やれやれ、黒崎サンも甘いっスねえ?ちょっと冷たく当たったくらいで絆を断ち切ってきたつもりでいるんだから」

複雑そうな表情の三人に薫は歩み寄った。

「さァ三人とも、もう高校生が出歩いてていい時間じゃァないんだ。送って行くから帰りなさい」

薫への反応は三者三様だった。

「え、えええええぇぇぇ⁉百目鬼先生⁉え、それ一護と同じ服…どゆこと⁉」
「啓吾、アンタ授業中ずっと寝てたから知らなかったんでしょ。授業中にもポンポンこの格好になってたわよ」
「やっぱり、ちょっと変わってるな~とは思ってたけどそういう事だったんだね」

上から啓吾、竜貴、水色だ。竜貴は兎も角、水色にも勘付かれていたことに薫は驚いたが、それは顔に出さずに笑顔を作った。

「浅野君、爆睡でしたからねェ。結局最後まで授業を聞いてもらえたことが無くて残念でした」
「サーセンっしたあああ‼」

啓吾のスライディング土下座が完璧に決まったのを、水色は満面の笑みで、竜貴はため息交じりに、そして薫も苦笑しながら見下ろした。






啓吾たちを見送って薫が戻ると、喜助はまだ地下勉強部屋にいた。
黒腔も開きっぱなしになっている。

「まだ開いてるってことは、僕への用事はすぐに終わるって事ですか?もう一護達は虚圏についているのでは?」
「三十点ってところっスかね」
「えェ~…落第じゃァないですか」

黒腔は通行用の穴だったはず。中は霊子の乱気流だった筈だから、そこで何かをするとかは無い筈だ。拘突の様な存在が有るのなら喜助が一護達に注意しているだろう。

「では、更に誰かがここを通るという事ですか」
「具体的には誰が来ると思います?」

肯定、という事だろうか。織姫のために駆け付けられる戦力となると、人選は自然と限られてくる。

「一護たちに同行していない時点で鉄斎さんと夜一さんはここから離れることはないでしょうし、一心さんが娘二人を置いてわざわざ虚圏へ向かうとは思えない。となると、織姫を助けたがっている…ルキア?それに、恋次でしょうか」
「六十点っスね!後は行ってからのお楽しみって事で」

ニコニコと喜助は言いながら、柱から飛んで軽やかに着地すると薫の近くの石に腰を下ろした。

「実は百目鬼サン、アタシは貴方に一つ、嘘を吐いてました」
「はァ。一つ、ねェ?」

数えられるほどだったのかと皮肉を込めて薫は言ったが、喜助は帽子を深く被り直しただけだった。

「そっス。”お願い”その三は、もし藍染が尸魂界まで進攻した際、〈波枝垂〉の卍解を用いて流魂街の外れで止めをさす、とお伝えしてましたよね」
「えェ。そのために卍解の威力を上げる修行をここ数日続けていました。体の具合を鑑みながら」
「全部が、とは言わないんスけど、アレ、嘘なんです」

やけに勿体ぶることだ。心の中に暗雲が立ち込めていくのが分かる。

「百目鬼サン、貴方に本当にやってもらいたいのは―――――――――」

その声は、フェードアウトしながらも薫の耳に反復し続けた。







ルキアと恋次が一護に入魂という名の拳骨をかました。

「必ず戻る!何故貴様はそれを待てぬ!何故貴様はそれを信じられぬ!我々は…仲間だろう、一護…!」

一護が呆然としているのを、ルキアは苛立たし気に、しかし僅かな哀しみを湛て見下ろした。
浦原の助けを借りて虚圏に乗り込んですぐ、一護達と合流できたルキアは、彼らに会うなり恋次と結託して置いて行かれた鬱憤を晴らした。

「ああ、そうだな…アリガトな、追ってきてくれて」
「当然だ!」

はにかみながら言った一護にルキアと恋次は胸を反って応えた。
空気が落ち着いたのを感じたのか、石田が徐に口を開いた。

「ところで朽木さん、君たち二人が来たってことは、百目鬼さんももうこっちに着いているのかい?”すぐに追いつく”と仰っていたから、そろそろかと思っていたんだけど…」

それを聞いて、ルキアと恋次は気まずそうに顔を見合わせた。
その様子に、石田が不審そうに首を傾げる。

「どうしたんだい?」
「いや、実は…まだ掛かるようなのだ」

ルキアと恋次が浦原商店の地下勉強部屋に辿り着いた時、薫は浦原に……掴みかかっていた。顔こそ見えなかったが、胸倉を掴んで言葉も発さず凄まじい殺気を放つ薫を見て二人は凍りついた。

『何も、絶対やれって言ってるわけじゃ無いっス。そうさせないよう、アタシらも全力を尽くします。でも万が一、その全てが届かなかったとき…()()()()()()()()()()にはこれしか無いんス』
『………少し、頭を冷やす時間をください』

ルキアたちの目にも留まらぬ速さで横を通り抜けていった薫に呆気に取られていると、先程の緊張など無かったかのような軽い調子で浦原は二人の方を向いた。

『これはこれは阿散井サン、朽木サン!思ったより早かったっスね』
「ああ…浦原、今のは…?」
『方針の違いってやつです。大丈夫、なんてこと無いっスよ』
「いや、それ以前に何で薫さんがここにいんだよ⁉」

呆然としていたルキアの後ろから恋次が突っ込んだ。そういえば、彼は伊勢副隊長と更木隊長に連行されていたことをルキアも思い出す。

『連れていかれたのはダミーっスよ。そろそろバレる頃っスかね?』

相変わらずニヤニヤとしながら彼はルキアたちから背を向けて向こうに空いている大きな穴の方へ向かった。

『お二人とも、ここに来たのは虚圏に行くためでしょう?なら、ぼさっとしてないでこっちに来て下さ~い!』

大げさに手を振る彼に結局殆ど何も聞けないまま、二人は黒腔へと飛び込んでいった。









背後に音もなく現れた気配に振り返ることなく声を掛ける。

「腹、括れました?」
「……えェ。でも一つだけいいですか」
「何でしょう」
「最終兵器は僕じゃァない。違いますか?」

喜助は苦笑すると、帽子を取った。

「その通りっス。いつからお気づきに?」
「……………」

薫は無言のまま黒腔の方へ体を向け、その中に飛び込んでいった。

薫を吸い込んでいった穴の方へ、喜助は一人帽子を脱いだまま礼をした。
彼から預かった封筒がキチンと懐にあるのを確かめながら―――――





義魂丸は浦原喜助(スタッフ)裏ルートで(阿近さんに協力を得て)回収しました。

さあ、どんどんすっ飛ばしていきます!



今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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閑話・今日は何の日

急いで書いたために仕上がりが雑です。
すみません。

本編とは全然関係ない過去のお話です。

見た目
薫&昴…小学四年生くらい
花太郎…小学二、三年生くらい
をイメージしてます。


いつものように花太郎は、昴と薫に会うために家を出た。今日は薫の屋敷に集合だったはずだ。
案の定屋敷に着くと二人の姿があった。

だが、何となく二人の表情が暗い。

「お早うございます、昴さん、薫さん!どうしたんですか?そんな暗い顔して」
「…清之介さんから聞いたよ。花の家の隣の田中さんが飼ってるタロウって、犬じゃなくて鳥だったんだな」
「………ふえ?」

深刻そうにそう言う薫の表情を見て、花太郎は動揺した。

「え、えええええええ⁉そそそ、そうだったんですか!!?」

さっきから昴は顔を伏せたままだ。小刻みに震えた肩に薫が片手を添えている。

「あァ。僕らも驚いたよ。絶対に柴犬だと思ってた」
「鳥って…どういう…?」

人差し指を上げた彼は、ゆっくりと言った。

「普段は隠しているらしいんだけど、いざとなると背から羽が生えてくるらしい。それはそれは白く美しい羽だそうだよ」
「じゃ、じゃあ、空も飛べるって事ですか⁉」
「そういうことにな「ぶっふぁっ!」…昴」

奇声を発しながらとうとう昴がしゃがんだ。
花太郎は慌てて昴の震えるもう一方の肩に手を添える。

「昴さん!大丈夫ですか?体調が悪いなら――」
「~~~クッ!だっ、だいじょぶなっ、わけ、ないだろッ!ブッ、アハハハッ!駄目だっ!も~無理!アハハハハハハ‼」

そう言うと昴は腹を抱えて笑い出した。
訳が分からず薫の方を縋る様に見ると、彼はにこやかに笑った。

「ふふッ!嘘だよ、花」
「…………ふえ?」
「清之介さんはそんなこと言ってないし、タロウも見たまんまだ。花が来てからのこと、全部嘘だよ」
「え」

尚も硬直した花太郎を見て、昴は一層腹を抱えた。

「ふっ、普通っ、気付く、だろ!あ、あれが、鳥っ?…クフッ!」
「花が知らないのに、清之介さんが知ってて僕らにしか伝えないなんてこと無いだろ?」

爆笑する昴と苦笑する薫、どっちもどっちで酷いが、それより花太郎は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
いつものことながら、完全に二人に遊ばれた。
学習しない自分が情けない。

「ひ、酷いじゃないですか、嘘吐くなんて!あんまりですよう!」
「あはは!ごめんごめん。いやァ、今日は現世ではちょっとした行事があるらしいんだ。僕らもそれに(あやか)ってみようと思ってね」
「行事ですか?」
「うん。“えいぷりるふーる”と言って、四月一日、つまり今日一日は嘘を吐いていいんだって」
「やーい、花、だーまさーれたー!」
「二人掛なんてズルいです!」

精一杯腕を上下に振って抗議したが焼け石に水だ。
昴はニヤニヤ笑って花太郎をからかってくる。
こうなれば…こっちがやり返すしかない!

「そ、ソウイエバ、昴さん!月風堂のおじさん、引退してお店を閉めるって知ってましたか⁉」

それに昴は一瞬口の端を引き攣らせた。
月風堂というのは昴たちが好きな和菓子屋だ。特にそこの店主が優しいヒトで、時々かりんとうをおまけしてくれたりする。

「…嘘だ。つい最近行ったけど、そんな事おじさん言ってなかったよ」
「ぅ、嘘じゃありません!」
「店仕舞いは六月末だって言ってたな」
「!」

薫が花太郎に同調した。
ごくごく自然に。
花太郎からしたら二人が動揺する内容を言ってみただけだったのだが――

「ええっ!本当に辞めちゃうんですか⁉」
「ウソ」
「………うぐぅ…」

結局騙されたのは花太郎だけで、二人は再びニヤニヤ笑った。

「花、無理に嘘吐こうとしなくて良いんだぞ?こういうの向いてないっていうのは良いことなんだからさァ」
「そーそー!正直すぎるのは心配だけどな~!」
「うう…じゃ、じゃあ…」
「“じゃあ”ッて言っちゃう花の素直さ、大好きだよ」

薫に言われて花太郎は思わず口を抑えた。
絶対褒められてない。
絶対!






結局その後、花太郎が昴と薫を騙そうとした回数が二十回。
その内十五回返り討ちに合い、残りの五回は返り討ちどころかどこがどう嘘として成立しないか解説までされた。

そろそろ言うことも無くなってきた――というより、最早よくもまあここまでバリエーションを出せたものだと自分で思うくらいになったところで、薫と昴が花太郎に向き直った。二人の笑顔は、今日一番純粋なもの…に見える。

「「花、誕生日おめでとう!!」」
「……………ふえ?」

いきなり言われて花太郎は思考が止まった。
今日あったことがあったことだけに次の言葉を警戒していたが、どうやら今度こそ嘘ではないらしい。

「四月一日だろ?おめでと、花!お互いまだまだ霊術院までは遠いけど、それまでもそれからも宜しく!花みたいに弄る相手がいないとつまんないからな!はい、月風堂のみたらし団子!」

昴はひょいッと笹を模した紙にくるまれたみたらし団子を花太郎に渡した。ふわりと甘い香りが鼻腔を刺激する。
道理で先程花太郎が月風堂の話題を出した時の昴が少し挙動不審だったわけだ。

「わあっ!ありがとうございます!折角ですから、一緒に食べましょう!」
「いいのか?それこそ折角なんだから自分で食べちゃえばいいのに」
「一緒に食べる方がおいしいじゃないですか!」

花太郎の言葉に珍しく照れた昴に代わって、今度は薫が包みを出した。
昴のとは打って変わって小さな木箱だ。

「僕からは、コレ」
「ありがとうございます!……何ですか、これ?」

蓋を開けると中には綿が敷き詰められており、木片のようなモノが真ん中に鎮座していた。

「香木って知ってるか?小さい特殊な木の欠片を燃やして香りを楽しむっていう遊びに使うらしい」
「香木、ですか?そういうものもあるんですね。今度兄さまに訊いてみます」
「花、騙されちゃ駄目だって。今日は特に、そういうもっともらしい事言う時の薫は信用できないんだから」

不敵に笑いながら昴が薫を睨むと、彼は澄ました顔で言った。

「……本当の贈り物は、後でな」
「やっぱり!こんな木の欠片が贈り物な訳ないよな!どっかで適当に拾って来たんだろ?ふふん、甘いね」

機嫌を良くした昴が団子を食べるための部屋へ歩き出した。
それを見ながら、薫がそっと花太郎に耳打ちする。

(実はそれ、本物なんだ)
(え、でも、昴さんは…)

今度は薫が不敵な笑みを浮かべた。

(昴に一杯食わしてやりたいだろ?あいつ嘘を吐くのァ下手だけど、吐かれたことにァ目敏いからスリル満点だ!バレないようにしてくれ!――あァ、香木ってのは精神を落ち着ける効果があるんだって。嘘吐くなら動揺を出さないようにしないと、百年経っても僕らを騙せないぞ!それ使ったら上手くいくかも…なんてな)

クツクツ笑いながら薫が昴に続いた。もしかしたら、昴に嘘を吐くこのゲーム自体が薫からのプレゼントなのかもしれないと花太郎は思った。
花太郎はその二つの後ろ姿を見ながら、二人にはまだまだ敵わないなあと、でも二人になら色々振り回されるのも悪くないと思いながら追いかけた。





花太郎、誕生日おめでとう!

唯それだけの為に書きました。
本編進めろよって話ですよね。すみません!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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激情

閑話をどのタイミングで入れるか迷いました。
迷いに迷った挙句忙しくて機を逃し結局当日になって中途半端に入れてしまうという…
何をやってるんだ…

今話は本編の続きです。
ちょっと時間が経ってます。


こんな時間に投稿しておいて言うなという感じですが、夜や起き掛けに読む話じゃないです。お気を付けください。


雨竜と恋次は、幾つもの臓腑を目の前の破面―――――ザエルアポロ・グランツの能力によって潰され、満身創痍の状態で地に伏していた。
それを前に、ザエルアポロがほくそ笑む。

「君たちが藍染様に滅ぼされることに理由があるとしたら、そのぐぼらっ⁉」

唐突に彼の上に大量の砂が降り注いで台詞が断ち切られた。
彼は何が起きたか理解できず、必死にその土の中から体を出そうと顔を出す。

「な、何だこれは⁉一体どこかグフッ‼」

彼の顔は無残にも上から降ってきた人物によって踏みつけられた。
その人物を見て、恋次と雨竜は揃って声を上げた。

「薫さん‼」 「百目鬼さん‼」

死覇装を纏い、斬魄刀を下げている薫だった。砂山からザエルアポロの宮だった残骸に音もなく降り立った彼は小さく二人に手を振る。

「やァ、恋次、雨竜!遅くなってすまない。…ところで、二人は一体何をしているんだ?」

不思議そうに薫に見られて、地に伏したまま動けなかった二人は少し顔を赤らめた。

「いえ、その、敵にボロボロにやられちまいまして」
「敵?あァ、でもここに姿が見えずに君らが生きているってことは倒したんだろう?何故そんなに恥じているんだ」
「倒した?彼らが僕をかい?冗談にもなっていないよ」

砂山から全身を出したザエルアポロが、薫に顔を踏まれたせいで出た鼻血を拭きながら言った。後ろから聞こえた声に薫は少し目線を向けたが、すぐに恋次たちの方へ視線を戻した。

「そうか、君たちの戦闘を邪魔してしまったんだな。すまない。僕ァ先を急ぐから、まァ、頑張ってくれ」
「えええ⁉薫さん、加勢してくれないんスか⁉」
「当り前だろ。僕らの目的はあくまで織姫の救出なんだ。ここに戦力を集めることに意味ァ無い」
「百目鬼さん、後ろ!」

呑気に恋次と会話していた薫は、雨竜の声を聞くや否や二人を抱えて瞬歩でその場を離れた。先ほどまで三人がいた場所には、袋状の細長いものが垂れ下がった羽のようなものがザエルアポロから伸びている。

「ほお、これを躱すとは、流石は百目鬼薫、といったところか。しかしそれは僕を無視して良い理由にはならないんだよ」
「まァ、そう怒るなよピエロ君。まだ鼻血出てるぞ」
「うるさい!僕の名前はザエルアポロ・グランツだっ!」

薫の煽りにキレるザエルアポロ。さっきまで余裕だった彼をここまでコケに出来る薫に恋次はちょっと感嘆した。

「ふん、先程の砂には驚いたが、今日僕は本当にツイているらしい。二体の特殊なサンプルだけでなく、君の様なモノまで手に入れられるなんてね!」
「そんな衝撃発言も、鼻血を垂らしながら言われると…ねェ?」

全く動揺しない薫は尚もザエルアポロを煽っている。その様子を見て雨竜はマズイ、と思った。

「百目鬼さん、下手に刺激しない方が良い!奴の能力は非常に厄介なんです!」
「だろうな。君らどちらかだけなら兎も角、二人揃ってそんなにボロボロになってるんだ。どんな能力だ?」
「知りたければ、体験させてやろう‼」

先程の羽のようなものが薫に真っ直ぐ伸びてくる。それを彼は冷静に見ていた。

(ここでそれを使うという事は、あれに触るなり捕まるなりするのは不味いという事か。しかし四本もあるんだ。初撃を躱した後のことを考えると、ただ躱すだけでは後の三本も加わって躱す側に不利になる。ならば――――)

「縛道の三十七、吊星」

飛び上がりながら羽に向かって放つと、周りにあった瓦礫を支えに吊星が現れた。途端、ザエルアポロの羽は吊星によって地面との間に挟まれて動けなくなる。

「なっ!」
「僕ァ君にも君の能力にも全く興味ないんだ。先を急いでるから、遊んであげる余裕も無いしね。じゃァ」
「……なんてね」

サッサと立ち去ろうと背を向けていた薫がザエルアポロの不穏な雰囲気に反応して咄嗟に振り返った瞬間、ザエルアポロの方から目が眩むほどの光が放たれた。

「なんだ⁉目潰しじゃないな?………⁉」

薫は急激な眠気に襲われて片膝をついた。白伏の様なモノを掛けられたらしい。

「百目鬼さん⁉」 「薫さん!」
「これ、は…マズイ………」

耐えられず、彼は重すぎる瞼を閉じた。








「ハハハハハッ!こんなに上手くいくなんてねえ!素晴らしいよ。ここまで完璧な状態で百目鬼薫を手に入れられるなんて、準備してきた甲斐があった!」
「薫さんに何しやがった!」

倒れ伏した薫を見て満足そうに高笑いをするザエルアポロに恋次が食って掛かった。雨竜も黙ってはいるが、先程以上に余裕が無くなっている。

「そうだねえ、君たちにはこの状況だけじゃ理解できないだろう。しょうがないから教えてやろうか。これは特定の人物に対してのみ発動する誘夢装置でね、百目鬼薫には眠ってもらったのさ」
「眠った…?白伏みたいなもんか?それなら―――」
「そんな程度の低いモノじゃない」

装置を片手で弄りながら、ザエルアポロがゆったりと椅子に腰掛け直した。

「百目鬼薫の斬魄刀に対して物理攻撃はあまり意味が無い。物理的な術に関しても、彼は死神の術のスペシャリストだから対抗される。なら、彼を戦闘不能にするにはどうすればいいか?―――彼の精神を閉じ込めてしまえばいいのさ」

鷹揚に手を前に突き出しながら語るザエルアポロを前に、雨竜は小声で恋次に指示を出した。

「何らかの術で強制的に縛るにはタイムリミットが有る筈だ。その時まで時間を稼ぐんだ」
「タイムリミットなんて有るわけないだろう?」

恋次が返事をする前にザエルアポロが嘲笑した。

「ヒトが最も苦痛なく、自ら拘束されたがるのはどんな状況だと思う?」
「……まさか⁉」
「ふふ、そっちの滅却師は分かったみたいだね。答えはその状況が最も彼にとって幸福である場合だ」
「薫さんはそんなMっ気無えぞ!」

反論した恋次を雨竜が制した。

「阿散井君、さっきアイツは”百目鬼さんは夢を見ている”と言っただろ。そしてこの状況が百目鬼さんにとって幸福なのだとしたら、彼は今、幸せだったころの夢―――具体的には橘昴との過去の夢を見せられているという事だ」
「御明察!悪夢を見せても良かったけど、万が一夢から覚められると完全な状態で回収できない可能性があったからね」
「くそっ、このままじゃ…百目鬼さん!目を覚ましてください!百目鬼さん!」

薫の近くまで行って雨竜が声を張り上げても、恋次が身体を揺すっても、薫の安らかな表情が動くことはなかった。

「さて、三人そろって僕の研究室に来てもらおうか。下手に抵抗しないでおくれよ」
「くっ…師匠(センセイ)、僕はどうしたら…」

石田の言葉が聞こえた瞬間薫の表情が歪み、とんでもない量の薫の霊圧が辺り一面に広がった。













はた、と薫は動きを止めた。自分は今何をしていたんだったか?

「隙有りぃ!」

スコォン!という音と共に、自分の頭頂部に衝撃と痛みが走った。

「痛ってェ…一体誰だよ?」
「”誰”だあ?何だよお前、打ち合いの最中に寝てたのか?」

涙目になりながら頭を押さえ、正面にいる自分を殴った人物へ目を向ける。
呆れ顔の彼女を見て薫は硬直した。

「昴―――⁉何で生きてるんだ!」

木刀を構えて薫の前に立っていたのは、昴だった。

「はあ?そもそも死んでないし。どんな夢を見てたんだよ?他の科目ならともかく、この授業中に寝るとか有り得ないだろ」

周りを見回すと、そこは懐かしい風景―――霊術院の道場の中だった。薫と昴を含め皆が木刀を持ち、霊術院の制服を着て打ち合いをしている。
呆れ顔の昴はあどけなさを少し残した顔立ちだ。

――――いつから見て懐かしいとか、あどけないと思ったのだろう?

「夢、か…何かとても嫌なモノだったような気がするんだが、思い出せなくて…」
「コラア!其処の二人、まだやめるように言っとらんぞ‼」
「馬鹿!お前のせいで怒られただろうが!―――すみません!続けます!」

呆ッとしていた薫は教師に怒られて、今度は素手で昴に頭を叩かれた。
ただそれだけの事なのに胸の中が暖かくなる。こんな時期もあった、と思った自分を不思議に思いながら、その理由に触れるのを恐れている自分を自覚して薫は首を横に振った。

(集中、集中!)

木刀を構え直して昴と向き合う。一呼吸の後、二人の刀は再び交わった。







「お前、大丈夫か?なんか今日変じゃないか?」

次の授業への移動中、昴が薫の顔を覗き込みながら言った。
柄にもなく心配そうな昴を見て、本当に今日はどうかしている、と薫は思った。

「あァ、何か凄く現実味のある夢を見たような気がしたんだ。でも、覚めてよかった。具体的なことは思い出せないんだが、お前が―――昴が死んでしまうような(クダリ)があったような気がしたんだ」
「はあ?ま、良かったんじゃないか、お互い無事で…予知夢じゃないと良いけどな」

冗談めかして言った昴の言を聞いて薫は青褪めた。

「そんなわけないだろッ‼」

廊下中に響くような声で怒鳴ってしまった薫は、呆然としている昴を置いて駆けだした。次の授業はサボって頭を冷やさなければ。一体自分はどうしてしまったのか…



「ちょ、ちょっと待てよ!薫っ!」

相当走ってから薫は手を掴まれた。昴が追いかけていたらしい。
振り返ると、昴が困惑した顔を驚愕へと変えた。

「薫?泣いているのか?―――⁉」

掴まれた手を振りほどいて昴を抱き寄せる。突然抱きしめられて昴があたふたしているのが分かるが、そんな事には構わず薫はさらに強く彼女を抱いた。

「良かったッ!生きていてくれて、本当に良かったッ!」

この反応、この香り、この声、この姿―――間違いなく昴だ。昴はここにいる。
自分の手の中に居てくれている、その事実が彼の心を満たしていった。
そんな彼の状態を見て、昴は大きく息を吐いた。

「馬鹿、死んでないって言ってんだろ?たかが夢で動揺しすぎだって。ったく、そんな状態じゃこの後の授業出れないか?」
「……出るよ。お前と一緒に居たい」
「馬鹿、そういう台詞は付き合ってる彼女とかに言うもんだ。やっぱ出ない方が良いな」
「出る」
「……」

昴が脱力したのを感じて薫も腕の力を緩めた。立ち位置は変わらないから薫から昴の表情は見えないが、困ったように笑っているのが分かった。それを感じながら、自身の心が落ち着いていくのが分かる。目を閉じようとした時、どこかから小さく声が聞こえた。

『…師匠(センセイ)…』

弾かれたように薫は昴から距離を取った。
何処で聞いたか思い出せないその声の主に反応したのではない。その単語ソノモノに薫は反応した。

「薫?どうしたんだ?」
「今、何か言ったか?」
「言ってないけど?」

師匠(センセイ)、次はいつ帰っていらっしゃいますか?』

丁度目の前にいる昴とそっくりな少女がおずおずと彼にそう訊いたのを思い出す。

『あの、師匠がもしまた私に護身術を教えて下さるなら、今度は刃物を使ってみたいのです』

頭が痛む。思い出したら辛いことまで背負わねばならないのが分かる。なのに、思い出さずにはいられない。

『師匠をお助けできるようになりたいのです!…僕なぞにはおこがましいでしょうか』

「そんなことはない。そういう意味じゃないよ、馨」
「かおり?誰だ、それ」

不思議そうに訊き返す彼女に、薫は冷ややかな視線を投げかけた。
既に彼は全てを思い出していた。昴は本当にいなくなっていること、今彼がザエルアポロの術中にあること、そして、馨という少女―――薫が償わなければならない、背負わなければならない罪のことも。

「悪趣味だ。これ程僕らのことを踏みにじって、タダで済むと思っているのかねェ?ザエルアポロ、あァ、口に出すのも嫌気がさすよ。君ァ僕の逆鱗に触れてしまった」

怒りに任せて霊圧を解放する。勿論、この程度の術と相手に全開にしたりなどしない。

「薫⁉こんなところで「黙れ」―――薫…」
「さようなら、僕の虚像。君ァ僕の願望だ。でももう、君じゃァ僕をこんな世界に留めておくことは出来ない」
「………行くのか」

取り繕うことを止めたらしい彼女は、諦めたように薫に訊いた。反抗したりしらを切りとおすと思っていた薫には少し意外だった。

「あァ」
「…なら、止めない。薫、さらばだ」

彼女の言と同時に薫の周囲の世界が暗転した。そう思ったのも束の間、再び彼の五感が”現実”に戻ってくる感覚があった。


心に、鈍い痛みを抱えながら。







その場にいた三人共、何が起きたのか分からなかった。

「まさか、夢から覚めようとしているのか⁉そんな筈はない!どれだけ精神の強い者でも、感情がある限り甘い記憶に縋らずにはいられない筈だ!」
「全く、最悪な気分だよ、ザエルアポロ・グランツ」

いつの間にか薫は目を覚ますどころか立ち上がっていた。薫の声には一切の抑揚が無く、真上を向いていたため誰からも顔が見えなかったが無表情なのが分かった。その無表情は勿論無感情から来るものではない。怒りと殺気を孕んだその一言一句が三人の背筋を冷やし、彼らの逃走本能を刺激した。
薫の顔がザエルアポロの方に向けられる。

「何も知らないくせに僕たちのことに首を突っ込んでくるなんて良い度胸だ。その無知と愚昧に報いよう。さざめけ、〈波枝垂〉」

雨竜と恋次は心底薫の後ろの位置にいてよかったと思った。それでも凄まじい殺気なのだ。真面に喰らったら臓腑をいくつも潰されている自身の身がもたない。

「僕が無知で愚昧だと?死神風情が調子に乗「〈波枝垂〉」―――グアアアアア‼」

薫が斬魄刀を横薙ぎに振るうと、ザエルアポロの両足が爪先から砂のように崩れ始めた。
血こそ出ないが、その悲痛な叫びと表情で想像を絶する痛みなのが見て取れる。
太もものあたりで崩れ落ちるのは止まった。

「流石は十刃、破面を纏める存在だな。この痛みでショック死しないだけでも大したものだよ」
「はっ…はぁっ………貴様っ…」
「勘違いするなよ?本番はこれからなのだから。六ノ型―――枷鎖(カサ)

既に足で立つことが出来ず這いつくばるザエルアポロに薫が斬魄刀を向けると、ザエルアポロの腕が持ち上がった。

「何だこれはっ!腕が、勝手に」

そのまま彼の腕は自身の羽を一つ掴むと、思い切り自身から引き抜いた。
肉が千切れ骨が砕かれる生々しい音と共に再び悲痛な悲鳴が響く。

恋次は直視できず、薫の死覇装の裾を必死で引っ張った。

「薫さん、もういいだろ!それ以上やっても意味は()え!さっさと(とど)めをさしてやってくれ!」
五月蠅(ウルサ)いな。それは君が決めることじゃない。黙ってろ」

薫と目が合った恋次はそれ以上声を出せなかった。出そうにも、体がそれを拒絶するのだ。彼に逆らってはいけないと恋次の本能が言っていた。
一つ、また一つと羽が抜かれ、最後の一本にザエルアポロの手がかかった時、新たな乱入者があった。

「そのくらいにしておきたまえヨ。それ以上形が崩れたら研究しにくいじゃないカ」

声と同時に薫の肩のあたりから先のとがった金色の金属が生えてきた。崩れ落ちるように倒れる薫とその後ろに現れた人物を見て、薫が斬魄刀に刺されたのだと彼を含めた三人は理解した。

「涅マユリ…」
「フン、呼び捨てかネ?百目鬼薫、貴様には、この〈疋殺地蔵(あしそぎじぞう)〉で指一本動かせなくなった今のうちに仕置きしておいた方が良いかネ」

擬態を止めて風景から現れた涅マユリは、自身の斬魄刀〈疋殺地蔵〉をゆっくりと振りながら薫を見下ろした。
彼の斬魄刀の能力は斬りつけた相手の脳の四肢を動かす電気信号系を遮断するというものだ。従って薫は今、マユリの言の通り指一本動かせない筈だった。

「僕ァ貴方が浦原さんの後任だなんて認めてないのでね。多少扱いが雑になってしまうのは仕方のないことでしょう?」

そう言いながら薫はゆらりと立ち上がった。マユリは一瞬目を大きく開いたが、すぐに深い笑みをその顔に浮かべた。

「ほう…鬼道でも滅却師の乱装天傀の様なモノでもない。とすれば斬魄刀の能力かネ?成程、脳からの電気信号が伝わらないから、斬魄刀で強制的に電気の振動を作り出して体を動かしているというわけか。先程あの破面を操っていたのも同じ原理だネ。面白い、君にも興味が持てそうだヨ」
「それはあなたの勝手ですが、僕の邪魔はしないでいただこう。ザエルアポロ(アレ)はこの程度の苦痛では済まさない」

最早味方すら手にかけかねない勢いの薫に、マユリは大きくため息を吐いた。

「ヤレヤレ、仕方ない。百目鬼薫、浦原喜助から伝言だヨ」

その言葉で薫の動きが止まった。

「”百目鬼サンへのお願いその三は貴方の判断次第っス。なるたけ使わずに済むように行動してください。勿論それは、その過程も含めてっスよ!”だそうだヨ。貴様が暴走したら伝えるように奴から言われていたんだが、貴様はそれに沿っているのかネ?全く、この程度の伝言をこの私にさせるとは……大きな貸しだヨ」
「……………分かりました。この場は貴方にお任せします。失礼します」

返事も聞かずに薫は瞬歩で去った。

「つくづく失礼な男だヨ」

薫の消えた方を向きながらマユリはポソリと呟いた。









「ァァァァァァアアあああいいいぜぇぇぇんんん!!!!」

ドカーンという派手な爆音と共に薫は壁を突き破った。勿論これはタダの憂さ晴らしだ。
ステージのように高くなった台座の方をキッと睨みつけると、東仙、ギン、そして藍染が立っていた。
藍染は微笑をその顔に貼り付けたまま薫の方を向いた。

「真っ直ぐこちらに向かってくるとは意外だったな。仲間思いの君なら、井上織姫の方へ行くと思ったのだが」
「それはそれは、当てが外れて残念だったねェ?なに、あそこには一護だけじゃなく更木隊長もいるんだ。彼女はこちらの手の内にあるに等しい。それなのに動こうとしない君の方が気になってねェ?兎も角久しぶり、藍染。織姫に治してもらって男前が上がったよ」

衝動的に抜刀しようとした東仙を制して藍染が続ける。

「光栄なことだ。しかし百目鬼薫、いつまで余裕でいられるかな?―――縛道の八十一、断空」

薫の目の前に断空が現れた。不審に思って後ろに下がろうとして、後頭部を強打した。

「~~~~~ッ⁉」

後頭部を抑え、思わず振り返るとそこには断空が張られていた。それどころか、上下左右も合わせて六枚の断空が彼を閉じ込める結界のように張られている。

「これは…まさか!」
「流石、これを知っていたのかい?そう、これは疑似重唱を用いて大前田希ノ進が四楓院夜一を拘束するために使っていた結界だよ」

夜一は二番隊の隊長時代も自由気儘な性格だったから、仕事をサボって抜け出すことが間々あった。それこそピンクの羽織の隊長以上に。しかも速力は廷内一ときたものだから、当時副隊長だった大前田希ノ進は相当彼女に仕事をさせるのに苦心していたそうだ。
最終的に彼は夜一が逃げた後に捕まえるのを諦め、その前に結界の中に閉じ込めておくことで解決を図った。
八十九番以下の破道を完全に防ぐ断空を六枚も用いた結界を開発するくらいだから、その涙ぐましい過程が垣間見える話である。
彼はこれを、六度の詠唱をすることなく、しかし効果はそのままにする技術・疑似詠唱を用いて完成させた。

つまり、今薫は当時の夜一と同じ状況にある―――どころではなく、実質完全に隔離されてしまったのである。
普通の隊員が放った断空であったら最悪力ずくでも何とか破壊できるが、今これを張ったのは藍染だ。そんな(ヤワ)なものであるはずがないことは喜助に聞かされた百一年前の話で知っていた。当時の藍染は詠唱破棄の断空で鉄斎の詠唱済みの飛竜撃賊震天雷砲を難なく防いだ、と。ならば、鬼道で破壊など不可能だ。というかこれほどの密閉空間で九十番台など放ったら、例え断空を破壊できても薫も無事では済まない。

(〈波枝垂〉、これを破るのにどれくらいかかる?)

薫は結界の一面に触れながら心の中で訊くと、〈彼女〉は少しむくれた。

『これは……疑似詠唱の影響か、或いは藍染の故意か、断空の密度にムラがあります。砕くには少しお時間をいただきたいです』

(少し、とは?)

『そうですね………ニ分で砕いてみせます』

無念そうな彼女を宥めながら、薫は眉を寄せた。それを見た藍染は後ろに控えていた東仙とギンの方へ向き直った。

「彼が出てこないうちに、僕らも行こうか。要、天挺空羅を」
「はい」
「行く?一体ど―――」

何処へ、と薫が訊こうとした時、その目の端に動くものを捉えた。そちらに目を向けると―――

「織姫⁉」 「薫さん⁉」

織姫がそこに立っていた。

「君、さっきまで一護達のところに居たんじゃァなかったか?」
「それが―――「随分と辛そうな顔をするね、井上織姫?」…!」

藍染の声に、織姫がおびえて肩を縮こめる。

「君は彼らの手から離れ、僕を癒し、その力を我ら同志のために捧げることでその身をここに置くことを許されていたはずだよ。この状況で君は笑わなければ。太陽が影れば、皆が悲しむ」
「勝手な理屈だな、藍染。馬鹿を言っちゃァいけない。織姫がさも嬉々として協力していたみたいな言い方をするな。脅迫して屈服させておいて、その上笑えだと?面白くない冗談だ」

その返しに、藍染は表情を変えた。

「ほう?そうは思えないような状況に仕組んだ筈だったが、君は分かっていたのか。何故それを護廷隊に報告しなかったんだい」
「そういう状況だったからだよ。こういう時、彼らが一死神の言で決定を覆すはずがないと分かっていたからああいうやり方にしたんだろう?」

薫の言に、邪悪な笑みで藍染は応えた。

「その通りだよ。そして、私は護廷十三隊が彼女の能力を重視していたことも分かっていた。案の定、彼らも虚圏(ウェコムンド)に隊長格の死神を送り込んできた。それも四人も、だ。これ程の戦力を、我々は虚圏に幽閉できた」

それと同時に藍染達の後ろに黒腔が開いた。その穴の奥には―――――

「井上織姫は第五の宮に置いていく。私がいない間、虚夜宮(ラスノーチェス)はウルキオラに任せるよ。井上織姫、百目鬼薫、君たちは私が空座町を()して帰ってくるまでそこで待っていると良い」

そう言って藍染は後の二人と共に、空座町へと歩みを進めた。







黒腔(ガルガンタ)が閉じると、織姫は薫の方に駆け寄って来た。

「薫さん!私はどうすればっ!」
「落ち着くんだ。―――ッ!織姫、後ろッ!」
「きゃあっ」

織姫は、いつの間にか屋内に入り込んでいたウルキオラに肩を掴まれ、無理やり結界から離された。

「藍染様が待て、と仰っていただろう。その程度のことも分からぬなら、その耳は要らないか?」
「織姫!」

薫の叫び声に彼は反応すると、視線だけこちらに向けた。

「この霊圧…藍染様の結界か。足止めを喰らってそのザマとは」
「”そのザマ”かどうか、試してみるか?」
「ふん、虚勢もその位にしておけ」

興味をなくしたように彼は織姫に向き直った。
静かに問答をしているようだが、僅かに殺気を出したウルキオラが織姫の胸元に手を添えるのが見えた。

(〈波枝垂〉!まだ破れないのか)

『お待たせいたしました。いつでも破れます!』

薫が結界を破ったのと、凄まじい斬撃が部屋に乱入してくるのが同時だった。

(これは、一護の月牙天衝!なら、加勢して戦うべきか?)

その思考は、喜助の顔が頭に過って却下された。最悪の展開に備えるよう行動しなくては。
薫はどさくさに紛れて姿を眩ませた。








「この辺りでいいだろう」

一見すると包帯に見える細長く白い布を彼が放り投げると、それはひとりでに空中で動き出してヒトがニ、三人は入れるほどの長方形を描いた。

薄いその形が出来るのを見た彼は低い声で詠唱を開始した。
それは鬼道衆に入った者ならば何千と唱えさせられる詠唱だ。
次第に霊力によってその長方形で区切られた空間が歪んでいく。

「―――開門」

最後の掛け声を引き金に一瞬目映い光が走ったかと思うと、その中に彼は飛び込んだ。

”穿界門”という名で死神が使うこの空間移動の通路は本来、現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)を繋ぐもの。しかし座標さえ分かってしまえば、彼にとってそれを虚圏からの移動法として使うのは簡単なことだった。

薄く光を放っていたそれは暫くすると形を成していた布が端から燃えだし、火が回りきって弾けると消えた。
それは誰にも知覚されること無く、ただ静かに役割を終えた。



薫が戦うのはザエルアポロにするかアーロニーロにするかで迷いました。
パターンは一緒なのですが。(薫がキレる→相手をボコボコにする→花太郎が必死に止める)
アーロニーロパターンだと花太郎を出せたのですが、折角ザエルアポロが伏線っぽいことをしていたのでやめました。
ザエルアポロ氏、もっと色々発明品とかあっただろうに出す暇も与えない薫は鬼畜です。彼を追い詰めすぎたザエルアポロも半分悪いのでこれは自滅という分類になるんでしょうね。きっと。


発明品と言えば、浦原さんもそう言う対破面戦用の武器を作ってますよっていう描写をしようと思ったんですが止めました。
一護→そもそも破面に近いので対破面用武器を使って大丈夫か微妙。加えてその後ネルが合流するので使えない。
石田→有効活用してくれそうなヒトその一だったけど、その後ペッシェと合流するので使えない。
チャド→虚の力が混ざっているので使えるか不安。破面と虚は霊圧が違うらしいので使えるかもしれないが、有効に使ってくれそうなイメージが無い…(ファンの方、ごめんなさい!)
ルキア→有効活用してくれそうなヒトその二。アーロニーロルートで行くなら結構これはアリかなと思ったが、結局作者が投稿しなかったためボツ。
恋次→チャド氏の後半と一緒。しかもドンドチャッカと合流するためもうどうしようもない。(ファンの方本当にごめんなさい)
……結論・お悔やみ申し上げます。

折角寝食を惜しんで作っていた(と書こうとしていた)のに残念極まることです。

説明が雑なのは作者が眠いからです。
すみません!


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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思遣

凄く話が飛びます。何巻分飛ばしたか数えるのが怖いくらい飛びます。


「おかしいと思わないかい、ギン」

崩玉を屈服させ、現世で隊長格を蹂躙し、断崖で拘突を退けた藍染は今、尸魂界にある本物の重霊地―――空座町を悠々と歩いていた。
その彼が気になっていることが二つあった。

こういう言い方をすると藍染が何かを危惧しているようだが、実のところはそうではない。
具体的に言うなら、偶々食材を買いに来た店で今日の夕食を考えながらぼんやり冷蔵庫の中を思い出す、その程度の事だった。

一つは、現世での戦いにおいて、彼を憎んでいる筈の死神の一人、百目鬼薫が結局姿を現さなかったこと。

もう一つは―――

「おかしい?何がです」

藍染に最後まで付き添ってきた唯一人の男、市丸ギンが首を傾げた。相変わらず顔には口角が不自然に吊り上がった笑顔を貼り付けている。

「気付いているだろう?これだけ町を歩いているのに一人も人間を見掛けない。まるで、何者かが意図的に隠しているかのようだね。―――おや」

二筋ほど向こうに動く影が見えた。

「なんや、いてましたねぇ、人間。でも藍染隊長、気にすることあります?」
「ああ。あれはウルキオラの報告に居たよ。黒崎一護の仲間だね」

霊圧を少し解放してやると、その動きが止まった。呼吸するのも辛いらしい。
藍染はゆっくりとした足取りでそれに近づいた。
黒髪の少女はやっとのことのように顔を上げると、苦しそうに片膝をついて呻いた。

「あ…アンタ、一体…なん、なんだ、よっ!」
「君が知る必要は無い。黒崎一護の力を完璧に近づけるため、死んでもらうよ」

藍染が刀を振り下ろした先に、何者かが滑り込んだ。金属同士が耳障りな音を立てて互いの動きを止めた。

「間に合ったみたいね」

藍染の刀を受け止めたのは松本乱菊だった。
彼女は刀を弾くと、少女を反対側へ逃がした。

「ギン…いつまでこいつに従ってるつもり⁉」

乱菊はギンを睨みつけると、再び刀を構え直す。
ギンはいつもの笑みを消すと、その双眸を薄く開いた。

「いつまで?そら、()()()()()()()――――アンタ、()()?いつまで乱菊の()()しとるつもりなん?」
「振り、ですって?ギン、何を―――」
「乱菊は現世で重傷を負ったんよ。いくら治療を受けたかてこんな短時間でそんなピンピンしとるはずない」
「あちゃァ、現世ではそんなことになっていたのか」

その声はギンの真後ろから発せられた。彼が振り返ろうとした時には既に、彼の口の中に後ろの人物から液体を流し込まれていた。

「ここじゃァそういう情報が入って来ないからいけない。君もそう思うだろう?藍染」

ギンが崩れ落ちるように倒れた後ろからは、先程気に掛かっていた百目鬼薫が困ったような顔をして立っていた。いつの間にか乱菊の姿は消えている。
ギンの霊圧が揺れ、その口元からは大量の血が流れている。

「成程、人間の姿が見えなかったのは君の仕業か。松本乱菊も、もしかしたら先程の少女も君の作った幻影だったという事だね」
「その通り。―――良いのかい?放っておいたらギンが死んでしまうよ?」
「構わない。ここで果てるようなら、それまでだったという事だよ」
「そうか…可哀相に」

薫がしゃがんでギンの顔を撫でた途端、霊圧が消えた。

「ギン⁉」

遅れて、本物の乱菊が駆けてきた。ギンの言う通りまだ回復しきっていないらしく、見ていて危なげだ。彼女は藍染にも薫にも目をくれず、ギンを抱え起こした。

「乱菊、彼を町の外に。今の君では足手纏いだ」
「足手纏い?傲りが過ぎるぞ、百目鬼薫。過去に私を傷つけられたからといって、今もそうだなどとは――――」

振り返りざまに薫が刀を振り上げたのを藍染が認知した直後、彼の左肩が深く切り裂かれた。







薫は藍染に振り向きながら、振り向きざまに四ノ型、解脱(ゲダツ)を放った。粒子の振動に作用して物質間の結合を緩めるこの型は、虚夜宮の天蓋を破って侵入するとき――――ザエルアポロが被った砂はこの型で天蓋の結合が緩んでできたもの――――と、ザエルアポロの足を崩した時に使った。だがこれは薫と使われる側の霊圧同士の量によって威力が変わる。
今薫はこれを藍染の左腕を落とすつもりで撃ったのだが、肩を裂いただけに留まってしまった。それ程藍染の霊圧は桁違いだった。

……だからと言って、攻撃の手を休めるつもりは無いのだが。

「何だ?黙っていないで続きを言ってはどうだ?僕ァ黙れなど一言も言っていないよ」
「貴様…っ!」

藍染と共に瞬歩をしつつ刃を躱しながら薫は移動した。
乱菊がギンを抱えて行ってくれたのが見えた。







実を言うと、ギンは現在凄く元気なはずだ。
というのも、薫がギンに飲ませたのは喜助手製の()()()だからだ。
喜助曰く、”これを飲むと、数秒体中が痛んで大量に血を吐きますが、その後霊圧も回復しますし怪我も小さなものなら一発で治るっス!”との事らしい。何故そんな全く戦闘に使えないものを作ったのかは突っ込まなかった。
原理を訊くと、現零番隊、泉湯鬼こと麒麟寺(きりんじ)天示郎(てんじろう)の回復技術を飲み薬に転用したモノらしい。体内の不調な血液を入れかえ、治癒しているとかなんとか…尸魂界には浸かるだけで体が回復する湯まで作っているらしい。
ギンが今ピクリとも動かないのは、薫が顔を撫でた際に白伏を使ったせいだ。これでうまく彼を戦線から外せた。

―――ギン、君は死んではいけない。






この百年近く、薫は”昴”としてギンをかなり近くで見てきた。
ギンは正直で器用で、時々不器用な男だ。
胡散臭い顔をしながら何だかんだで言う事はやるし、嘘も殆ど吐かない。
大抵のことはそつ無くこなすし、手際も良い。

そんな彼が完全に心を見せないようにする相手が二人いた。
一人は藍染惣右介、もう一人は松本乱菊だ。

どんな者でも、意図的にでもなければ完全に相手に本心を見せないように接するなどできない。
だから彼の藍染への接し方を見て、彼は藍染に服従していないという事はすぐに分かった。
何か彼なりの目的や理由が有るのだろう、と。
そして乱菊と接し、また彼の乱菊への接し方を見て薫は戸惑った。
乱菊は明らかにギンに対して幼馴染として普通より一層親し気に彼と接しているのに対し、ギンは上辺ではそう接していても〈波枝垂〉に言わせれば”芯は冷めている”とのことだった。

乱菊との接触を極端に避けているわけでもないし、彼女との過去を考えると彼女に対し普通以上に心を開いて感情を露わにしても良いものを、と思った時、思い当る節があった。

薫はこの百年、特に花太郎との接触に細心の注意を払ってきた。
というのも、彼は数少ない薫たちの昔馴染みだ。従って、無意識のうちに出てしまう”薫”としての癖と”昴”としての仮面のズレを悟られてしまう可能性が有った。―――それに気付いたのは、あの事件の後藍染に”口調に薫の癖が出ている”と言われてからなのであるが。
故に、薫はいつも感情を切り離し、動揺せぬよう心を閉ざし、常に冷静を保つことで”昴”という姿を演じることに集中した。
一度だけ―――一護達が尸魂界に侵入してきた際、彼らから花太郎を引き離そうとして花太郎に〈瓢丸〉を使われた時―――は、取り乱してうっかり”そんなこと、()は望んじゃいない”と言いそうになったが…


彼も恐らくそうなのだ、と薫は思った。乱菊には、他の誰にも気付けないギンの動揺や変化が分かってしまうかもしれない。だから彼は”昔通りの自分”を演じるために心を閉ざした。

そして、それだけではないことがついさっき分かった。乱菊の幻影に対して彼はわずかではあるが感情を露わにした。怒り、焦燥、悲しみ――――それは、本物の乱菊に対する情の裏返しだ。彼はきっと、彼女を巻き込みたくなかったのだ。だからこそギンは彼女に何も話さず、心を明かさず、藍染から遠ざけた。



ならばギン、君は生きなければ。
藍染の企みは叶わない。このままいけばギンもタダでは済まないだろうが、戦闘中に殺害される事態にならなければ主犯でない以上極刑に処されることはない筈だ。もしもの時の手も打ってある。
万が一藍染が望みを叶えたとしてもギンは恐らくそう長く生かしてはもらえない可能性が高いのは、あっさり藍染が彼を見捨てたことからも分かる。

生きてさえいれば、いずれ乱菊と再び相見えることが叶うだろう。
それは、薫には最早叶わないことだ。

どんなに願っても、努力しても、昴自身に会い、語り、触れ合うことは出来ない。

ギンと薫は似ている。長きにわたり仲間を欺き、本心を晒さず、味方もいない…
二人の最大の違いは、大切なものが生きているかどうかという事だ。

(ギン、この程度の白伏ならば、一時間もせずに目が覚めるだろう。その頃には全てが決しているさ。焦ることはない。ゆっくり行こう。君の生きる時間はまだまだこれからだよ)

薫はそっと微笑むと、再び藍染に刀を振り上げた。




勢いがあるうちにと投稿したは良いものの、字数少ないですね。
まあ次話がきっととてもとても長くなるのでプラマイゼロです!


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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決着

前半は藍染目線で書いていますので悪しからず。
分かりにくくてすみません…

そして今話の題名がいかにも最終回っぽいのに最終回ではありません。流石にこれで終わるのは投げすぎですので…


「縛道の二十六、曲光!」

薫の詠唱破棄された鬼道で彼の斬魄刀の刀身が見えなくなった。
藍染はそれを嘲笑を以て対した。

「斬り合いでもするつもりか?その程度で間合いが読めなくなるとでも?」
「やってみるか?」

薫が斬魄刀を構えたのを見て、藍染は剣戟を()()()放った。
それは不自然に何かにぶつかって掻き消えた。
恐らく、百年前にもやっていた風を操る技だろう。

「安い挑発だ。君の斬魄刀の能力を考えれば、間合いなど有って無いようなものだろう」

次の瞬間、藍染の首元に風を感じ、其処が出血した。
大した事は無いのだが。

「大したことない、か。落ち込むなァ…もう2、3センチは斬ったと思ったんだけどねェ」
「当然の結果だよ。私の霊圧が君のモノを遥かに上回っているのだから」
「困ったなァ…縛道の二十一、赤煙遁!」

薫と藍染の間に赤い煙幕が張られる。
目くらましのつもりなら、お粗末なことだ。

敢えて煙幕に突っ込み、薫に急接近する。
わざわざ彼に付き合って遊ぶ必要は無い。
斬魄刀で斬りかかろうとして、鎖条鎖縛が腕に巻き付いた。

ちょっと力を籠めればすぐにそれは取れたが、その一瞬の隙に薫が再び縛道を放つ。

「縛道の六十一、六杖光牢――縛道の七十九、九曜縛」

六筋の光と九つの黒点が藍染の動きを縛る。
更にできた時間で、薫は詠唱を開始した。

千手(せんじゅ)(はて) 届かざる闇の御手(みて) 映らざる天の射手(いて) 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな 我が指を見よ 光弾・八身(はっしん)・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎(こうこう)として消ゆ」

薫の周りに赤い光がじりじりと出現した。
藍染が縛道を解いた直後、薫が一言、呟いた。

千手皎天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)!」

次の瞬間、藍染の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()








崩玉による再生によって回復した藍染は、素直に感嘆した。
まさか霊王宮に辿り着く前に自らの頭が割られる事態になるとは思わなかった。

周りを見渡しても薫の姿はない。

「凄まじい威力だ。流石は元副鬼道長、と言ったところだね」

砕け散った石の下を見ると、鬼道で生じた布やら杭やらが尚も消えきることなく残っている。どうやら自分は“縛道の九十九第二番、卍禁”を食らったのだと理解した。
これは薫を馬鹿にしているわけではない。
碑石が見えるまで、薫が何をしたか藍染には分からなかった。

卍禁は通常、三段階に分かれている。
初曲〈止繃(しりゅう)〉で布を巻きつけて相手の動きを封じ、弐曲〈百連閂(ひゃくれんさん)〉でそれを地面に杭で固定。終曲〈卍禁太封(ばんきんたいほう)〉で圧封する。

藍染に聞こえたのはそれとは全く無関係の破道の詠唱。
しかしそれでは状況が一致しない。明らかに自分は”卍禁”の初曲から終曲まで全てを食らっていた。

「――――成程、ここでその斬魄刀か」

九曜縛を放った後、薫は千手皎天汰炮の詠唱をしていたのではない。
そう言う風に幻影を見せていた。
本当に詠唱していたのは卍禁。
藍染が食らったのは、完全詠唱したソレだったということだ。

「姿を偽装し、詠唱を誤認させ、私の注意を攻撃からその内容そのものに引き付けさせた。つい先ほど浦原喜助にされたのと同じ内容だとね」

尸魂界に進行してくる直前まで藍染を足止めしていたのは浦原喜助、四楓院夜一、志波一心の三人だ。
そして浦原喜助は藍染との戦闘に入ってすぐ、六杖光牢、鎖条鎖縛、九曜縛を用いて藍染の動きを封じ、千手皎天汰炮を放った。
その時さえ無傷だったのだ。だが同じ油断にしても、誘導されたとなれば多少藍染も苛立つ。

僅かな薫の霊圧を感じて振り返りかけて、身体が一瞬止まる。
その間に薫が一閃を入れた。

「今度は六杖光牢か」
「御明察。見えていない筈なんだけどなァ?」

反鬼相殺するまでもなく六杖光牢から脱し、斬魄刀を振るう。

「その程度の事、分からないわけがないだろう。しかし、さっきの発言まで嘘だったとはね」
「さっきの?」

一合、二合、斬り合うたびに薫が下がる。

「現世の状況が分からないと言っていたことだよ。よくよく考えれば分かることだ。浦原喜助がそんな手抜かりをするはずがない」
「まァね」

不敵に笑う薫に余裕が無いのがよく分かる。

「君のことだ、何か考えがあったんだろう?例えば―――ギンかな」
「君が見捨てた、ねェ」

僅かにできた薫の隙に斬りかかるのを止めて、一歩後ろに下がる。
藍染がいるはずだった場所で大きな爆発が生じた。

「雷吼炮か。鬼道は苦手だと聞いていたが違ったかな?―――破道の九十、黒棺」
「――――ッ‼」

闘っていた二人の二階分上に黒棺が出現した。
その隣には、ギリギリでそれから逃れた薫が片膝をついている。
先程まで藍染に斬りかかっていたのは偽物だったらしい。

「素晴らしい瞬歩だ。隠密機動に勝るとも劣らない」
「お褒めに預かり光栄だよ。反吐が出そうだ」

藍染が踏み込んだ。
薫が咄嗟に右手を構える。

「円閘扇!」

円形の盾が現れた。
―――――その程度の鬼道の、それも詠唱破棄で私の斬撃が防げるとでも?

さらに加速しようとした瞬間、藍染の体は何かに衝突して大きく勢いを削がれた。
砕けたソレは断空だった。
薫の姿が目の前に現れる。

円閘扇(アレ)はフェイクだよ。本命は――――〈空間転移〉‼」





瞬きの後、其処は空座町から離れた森の上だった。
同時に飛ばされた断空の破片がキラキラと小さくなりながら散ってゆく。

「それは禁術ではなかったのかい」
「君が斬ったせいで今は四十六室が不在だ。いないものに裁かれてやるほど僕ァ寛大じゃァないんでね」

幾分か彼は余裕を取り戻したようだ。
空座町から離れたのはきっと…卍解を使うためだろう。

薫の卍解は使い勝手が悪すぎる。
発動と同時に生じるのは全方位への無差別攻撃。
防ぐことが出来ないのが困ったところだが、それ以上に敵味方の区別を付けない性質はその主人たる薫にとって最大の枷となったはずだ。

薫は―――甘い。
尸魂界で藍染を絶好の機会で取り逃がしたのも、卍解をあの場の黒崎一護、阿散井恋次、狛村左陣が浴びれば即死だったのを分かっていたからだろう。
()藍染()以外を殺せない。

それを藍染は重々承知していた。
薫が何処までかは分からないが劣勢を装いつつ町の外へ外へ藍染を誘導していたことも分かっていた。
彼はそれに敢えて乗った。

これは決して、“薫の卍解に受けて立つ!”といった少年漫画みたいな幼稚な動機ではない。
薫の戦意を完全に削ぐためだ。
幾ら藍染でも、そう簡単に薫の卍解を食らいたくはなかった。霊王宮での戦闘前に消耗するには割に合わない。
アレがどれほどの威力を持つのかは、実際に体験した薫と藍染にしか理解できないだろう。

「残念だよ、百目鬼薫」
「―――!」

藍染は薫の首を掴むと、瞬歩で空座町の真ん中に辿り着いた。
たったの一回で、だ。

「なッ――――‼」
「今の私にはこれくらいのこと、造作もない。君がどれほど策を弄して私に歯向かおうが、私には些末事なのだ。諦め給え」

どれだけ止めをさすために藍染をここから遠ざけたところで、藍染にその距離は大したものではないのだ。
並みの精神の者なら、これで心が折れるだろう。

「くッ!」

薫の首を掴んでいた藍染の手に薫が斬りかかった。
そこそこ切れたため手が拘束を緩めた。
薫が距離を取り、斬魄刀を構え直す。

「足掻くか。いいだろう」

余裕のある笑みで藍染は薫の刀に応えた。










ギイィィィンン…

鈍い音と共に衝撃が腕を痺れさせる。やはり、打ち合いで藍染と真っ向勝負するのは分が悪い。
先程から薫は〈波枝垂〉や剣術を駆使して藍染と対峙していたが、時間が過ぎるほどに劣勢になっていた。それもそのはず、既に崩玉と一体化したらしい藍染は、斬っても斬っても怪我が元通りになる上に霊力が減る兆候もない。

『何も、絶対やれって言ってるわけじゃ無いっス。そうさせないよう、アタシらも全力を尽くします』

浦原さん、申し訳ない。
これ以上時間を稼ぐことは出来そうにありません。

『でも万が一、その全てが届かなかったとき…藍染の息の根を止めるにはこれしか無いんス』

分かっています。
最早避けては通れないなんてことは。

薫は斬魄刀を持った手を掲げた。

「卍解、〈演舞・波枝垂尽帰じ――〉「させると思うかい?」―――ッ、ゴフッ…」

薫は片手を添えることもせず大量の血を口から吐き出した。それが数滴、目の前の藍染の頬に落ちて紅い楕円を作る。藍染の手に握られた斬魄刀は、的確に薫の心臓を貫いていた。

「驚いたな。まさか君が町の中心(こんなところ)で卍解を使おうとするなんてね。だが、何処で使おうと発動しなければ私に届くことはない――――…ッ⁉」

藍染の心臓もまた、後ろから貫かれた。薫が斬魄刀を逆手に持ちなおし、自分の心臓諸共藍染を串刺しにしたのだ。
二本の刃で貫かれた薫の心臓は、すぐにでも止まる筈だった。

「卍解、〈演舞、波枝垂尽帰塵〉」

二人の視界に入る範囲全てに〈波枝垂〉の刀身が現れた。その数は一か月前の比ではなく、尚も増え続けている。

「何故死なないんだと、そう思っているんだろうねェ」

薫の笑みが藍染にも伝わったのか、重なった二人の体を離そうと藍染がもがいた。その動きを、薫は〈波枝垂〉の型の一つ、枷鎖で止めた。直接〈彼女〉が触れて発動しているのだ。十分に時間を稼げるだろう。

追記しておくと、卍解中でも薫の手には始解状態の〈波枝垂〉が握られている。そしてこの一振りこそが薫の卍解を有効範囲内で逃れる唯一の鍵だ。
この刀でできることは二つ。
一つは始解時と同様の能力の使用。もう一つは()()()()()だ。
この刀に触れている者に与えられた波と逆位相の波を生じさせ相殺することが出来る。
さればこそ術者である薫は本来卍解を放ったとしても傷つくことはなく、ごくごく少数の者ならば護ることもできる。
またそうであったからこそ藍染の逃走時、反膜の中で薫は自身を護らなかった。もし藍染が刀に触れれば卍解までした意味が無に帰していたからだ。

「心臓の役割は血液を流すこと。血液の流れが止まらなければ、心臓など破れていても良いんだ。そうだろう?」

息のかかるほど接近した二人の顔が互いの視界に入った。

「〈彼女〉が居れば血流など幾らでも作れる。残念だったねェ」
「残念、だと?それはこちらの台詞だ。私の心臓を破壊したところで、私を殺すことなどできはしない」
「知っている。崩玉と融合した時点でどうやっても君を殺すことは出来ないだろうと浦原さんは言っていた。だからこその、卍解だ」

矛盾だ、と笑おうとして、藍染は薫の目に違和感を覚えて止まった。
その黒い瞳の奥は、藍染を見てはいなかった。藍染をどうこうといったことなど、最早考えてすらいないという風だった。

「藍染、君はここで僕と一緒に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
「百目鬼、貴様、まさか…!」





薫の卍解は範囲を絞るのが困難だ。それは(ひとえ)にその威力故だった。
水面しかない精神世界くらいでしか試したことはないのでよく分からないが、その有効範囲は最大半径五霊里にもなるのだということを〈彼女〉は言っていた。

そして薫はこの数週間でその上限を引き出すことが出来る様にと喜助に依頼され、修行していた。

『百目鬼サン、貴方に本当にやってもらいたいのは――万策尽きた際に()()()()()()()()ことです』

最大出力で半径一霊里の範囲で卍解すれば、地上の人間や建物だけでなく、地面すらもここ尸魂界(ソウル・ソサエティ)を構成する微小な粒子へと還すだろう。
これが、喜助の言っていた”薫にしかできない”の意味だ。
炎熱系最強の斬魄刀と言われる〈流刃若火〉といえども、燃やし尽くせるのは地面の上まで。炎に土は燃やせない。他にも攻撃力の高い斬魄刀は存在するが、半径一霊里もの土地ごと消し去る威力のものは無い。

加えて、この力を持っているのが薫だということも喜助が薫にこの指示を出した理由の一つだった。
薫が持つ他者の生への執着は飛びぬけている。それを藍染も知っている筈だ。だからこそ薫が他者の命を奪う行為をするなどという発想は出もしない。
彼の卍解を持つのが或いは喜助だったなら、藍染もその発想に至っていただろう。しかし事実そうはならなかった。

そして塵と化し、滅された空座町を修復するのは何者にも不可能だ。
いや、正確に言うなら織姫の”事象の拒絶”をもってすれば可能かもしれないが、どれだけ膨大な時間を掛ければいいのかは想像すらできない。
そう、破壊と修復は掛かる時間が違い過ぎる。

「これは、大いなる時間稼ぎだよ」

この戦いの最も重大な目的は”藍染を倒すこと”ではない。
何故藍染を倒すのか?――王鍵を作らせぬため。
何故王鍵を作らせないのか?――空座町を護るため?…違う。
()()()()()()()()()()だ。
つまり空座町を護る行為自体は目的への手段の一つに過ぎない。

薫は呻くように言った。

「重霊地は―――空座町は塵に還る。次の重霊地は何処になるだろうねェ?まァ何処だろうが、それが生じるには何十何百もの年月が必要だ」

『準備、整いましてございます』

〈彼女〉が囁いた。

「それまでに君は必ず打ち倒される。誰がどうするかなんて僕の知った事じゃァないが、王鍵も作れず霊王宮にすら辿り着けない君が霊王を討つことは有り得ない」

薫は斬魄刀を持たない方の手を掲げた。
二人の胸を貫く刃は今度こそ本来の能力を発揮する。
全てが終わった後、この場所にはたった二つの影しか残らない。
笑えないことに、本当の”影”が落ちるはずの大地すら消え失せて。

一言だ。後一言発すれば終わる。
喜助の”お願い”も、藍染の思惑も、この町の人々の営みも―――――

町が消えゆく様から、目を逸らすまい。
人々の叫びを、聞き逃すまい。
今日己のしたことを、忘れまい。

僕がこれから背負っていく新たな罪だ。

頬を暖かい水が伝うのが分かる。
緊張しているのだろうか?これ程汗をかいていたとは思わなかった。


「さざめ―――」

振り下ろしかけた薫の手を、後ろから誰かが掴んだ。

「泣くくらいならそんなことすんなよ、薫さん」
「一護――――?」

一護に言われて初めて、頬を濡らしたのが涙だと自覚した。左腕の力が緩んだのを感じたのか、彼もまた薫の腕から手を離した。

「薫さん、藍染と片を付けさせてくれねえか」

薫が一護の方を目だけで見ると、少し雰囲気が変わっていた。
背も髪も伸び、その眼はより強い光を宿したものになった。
何より、彼の姿を五感で把握しなければ見失いそうになるほど、彼は希薄な存在感しか無くなった。

なのに、何故だか彼に託したいと思った。彼なら藍染を止めてくれる、そんな気がするのだ。
薫は無言で〈波枝垂〉を自身と藍染から抜き、藍染の枷鎖を解いた。
藍染が距離を取ろうと薫から斬魄刀を抜いた途端、一護は”この町では戦えない”と藍染を連れて遠くへ離れていった。







暫くして、衝撃波だけが伝わってきていた彼らの戦いは静まった。途中から一護だけでなく藍染の霊圧まで感じられなくなったが、二人がいるらしい位置に喜助の霊圧を感じて薫は卍解を解いた。彼が出張ってきているのなら、もう戦いは終わったのだろう。

心臓を失い、斬魄刀の力で長らえている彼の体は、彼の命を縮め続けている。
しかし彼は歩み始めた。
南流魂街で待つ、少女のために。

「なに、余命は元々一年と少しあったんだ。寿命が倍の速度で縮んでも、存外命を留められそうだよ。大丈夫、すぐに帰るとも」

誰にも見咎められることなく、彼は一歩、また一歩とその地へ歩き続けた。










数か月後、一護は自室のベットの上で目を覚ました。

藍染を倒すために〈最後の月牙天衝・無月〉を用いた一護は、力を失う過程として眠り続けていたのだそうだ。そしてこれから後僅かな時間で、一護の最後の力が消えていくらしい。

「あの後、藍染はどうなった?」

複雑な心境のまま一護がルキアに訊くと、ルキアもまた神妙な顔つきで応えた。

「真央地下大監獄最下層 第8監獄、無間にて二万年の投獄刑に処されることが決まった。奴はもう何もできぬ」
「そうか……」

ふと何かが足りない感じがして一護は顔を上げた。
ルキア、チャド、石田、井上――――そうだ、後二人は…

「なあ、恋次と薫さんはどうしたんだよ?」

その言葉に、皆が動揺した。一護が不安になっていると、ルキアが再び口を開いた。

(たわ)け!恋次はああ見えて副隊長だぞ⁉貴様が起きるまで付きっ切りで見ていられる訳が無かろう!」
「お前、サラッと恋次のこと(けな)してねえか?まあいいや。そんで、薫さんは」

グッと言葉を飲んだルキアは、目を伏せながら言った。

「……薫殿は、行方不明だ」
「なんだよ、ソレ…」

一護の声に、ルキアは苦しそうに首を振った。

「護廷隊が全力で捜索しておるのだが、見つからぬのだ。遺体どころか、斬魄刀の一振りさえも出てこぬ…生きているのか、亡くなったのかすらも確認がとれておらん。恐らく薫殿の姿を最後に見たのは一護、貴様だ。何か手掛かりになるようなことは覚えておらぬか」

一護は目をつぶってその時のことを思い出した。

「あの時、薫さんは泣いていた。あの様子だと、自分の卍解で町が破壊されるのが嫌だったって感じだった。それと、薫さんの胸に刀が二本刺さっていた」
「胸に二本だと⁉致命傷ではないか!」
「ああ。でも薫さんは普通だったな…刀なんか刺さってなかったんじゃないかってくらい意識がはっきりしてた」
「――――――そうか…分かった」

俯いたルキアに、一護は笑いかけた。

「そんな顔すんなって!きっと薫さんは生きてる。ひょっこり帰ってきて、冬獅郎にキレられたりしてよ。想像できるだろ?」

本当に想像したらしく、ルキアは噴き出した。

「ふふ!確かに想像に(かた)くない」

そう言うルキアの存在感が、段々薄くなっていくように感じる。

本当に、俺の力は消えるんだな。
それは、ルキアにも伝わったらしい。

「お別れだ、一護」
「そうみてえだな」

一護が返すと、ルキアは意地悪そうな顔になった。

「ふっ!そう寂しそうな顔をするな。貴様に私が見えなくなっても、私からは貴様が見えているのだぞ?」
「何だ、ソレ。全然嬉しくねえよ。あと、寂しそうな顔もしてねえ」

ふ、とルキアは薄く笑った後、俯いた。その足元から、ルキアが一護の世界から欠けていくのが分かった。

「皆に、宜しく伝えておいてくれ」
「ああ」

俯いたままのルキアに、一護は語りかけた。
いざ最後となると、話したいことも出てこなくなるものだ。

「じゃあな、ルキア」

最後の一呼吸で、ルキアは顔を上げた。何かを言おうとしたのか、短く息を吸った音だけが聞こえたが、その先が一護に届くことはなかった。

「――――――ありがとう」

既に虚空になってしまった場所に一護は囁いた。
もう会う事のない仲間に届くことを願って――――――



第三幕、閉幕です。

次話から主人公代理がメインになります。
誰って、それはもう彼女でしょう。
もう主人公はボロボロですのでどうか勘弁してやってください。


加えて、説明が助長だと思って省略したことについて
・早々に戦線離脱して、薫は何処に行って何をしていたのか
――尸魂界の本物の空座町で、一人でも多くの町民を安全なところに移してました。といってもそういう事をやるには時間が無さ過ぎたので殆どの町民は残ったままでしたが。戦いに備えてトラップを仕掛けまくるのもアリかと思ったのですが、書けなかったので諦めました。
・浦原氏の作戦は何処まで護廷隊に伝わっていたのか
――総隊長には伝わってました。霊王が討たれれば世界ごとおじゃんですので、最終手段として了承していました。といっても最重要機密事項ですので隊長格でも殆ど話されてはいませんでした。その為、薫は空座町で孤立無援状態…下手に加勢しても意味無いので…




今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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第四幕 彳む刃の果てる時 クルクマ

学名:Curcuma
科名:ショウガ科
大きさ:背丈30~100cm以上 横幅30~60cm




“あなたの姿に酔い痴れる”





昨日、正午頃
場所は瀞霊廷より南・朱洼門(しゅわいもん)
ここを守護していた比鉅入道(ひごにゅうどう)が藍染の一件で半年の謹慎が下されてから、この日で丁度半年が経った。その為門の前は復帰する正式な門番との引継ぎのために大勢の死神がごった返していた。当然、皆各々の仕事のために奔走し、回りなど見えていない。

「あちゃァ、忙しいタイミングで来てしまいましたか」

驚くほど澄んだその声は、そんな中でもよく通った。
聞き覚えのある声に、其の人影の周りに居た死神が動きを止める。

「あァ、もし、此処の門番はどなたですか?」

首を傾げているらしいその人物は笠を被っているせいで顔が見えない。
一番近くに居た死神が警戒を切らさぬまま斬魄刀に手を掛ける。

「…あれ?どの方なんですか?困ったなァ、師匠には門番に渡せと言われたけど、他の死神の方に渡しても良いものなのかな?」
「貴様、何者だ⁉笠を脱いで名を名乗れ!」

斬魄刀を構えた目の前の死神を見つめていたその人物は、暫くしてやっと両手をポンと打って理解したように頷いた。

「これは申し訳ありません。礼儀知らずなことをしてしまいました。普段は笠など被らないものですから」

そう言って傘を脱いだ人物の顔を見て、その死神は―――というかその場に居た死神たちは、何処でその声を聞いたのかを思い出した。

「あなたは…」
「この書状を門番の方にお渡し願えますでしょうか?」

その書状はすぐに瀞霊廷に通され、翌日、護廷十三隊で隊首会が招集された―――









「忙しい中、よくぞ皆集まってくれた。今回の案件は異例中の異例につき、各隊隊長に集まってもらった」

護廷十三隊総隊長、山本重国は全隊長が揃った隊首会の場で重々しく言葉を紡いでいた。詳しい事態を聞かされていない浮竹十四郎は、偶々調子のいい体を連れてここに参じた。
今回隊長各位が呼びだされたのは、”特例入隊”が有ったからだと聞かされている。

護廷十三隊に入隊するためには、鬼道衆や隠密鬼道といった組織から赴任してくるか、入隊試験を突破して入隊するかのどちらかしか基本的にはない。勿論、例外もある。
例えば現十一番隊隊長・更木剣八は先代”剣八”を倒したその戦闘能力を評価されて入隊を許された。”護廷十三隊に有益であるだろう人物を招く”、その制度が”特例入隊”である。

勿論こんな入隊の仕方をしてくるものは非常に稀だ。それこそ何十年に一度という頻度だ。だからこそそうやって招かれた隊士がいる場合は各隊長がその人物を見極め、自隊に引き入れるかどうかを判断する場が設けられる。

「各々既に聞いておろうが、今回集まってもらったのは”特例入隊”を認めたからじゃ」

しかし、と浮竹は違和感に気付いた。確かにこれは珍しい案件だが、”異例中の異例”と総隊長に言わしめる程の事ではないはずだ。では、異例なのはその隊士か―――?

「長たらしい前置きは無しにしようかの。入りなさい」

隊首室の扉がゆっくりと開かれる。

「失礼します‼‼」

凛とした声が室内に響いた。同時に、室内にいたほぼ全員が目を剝いた。
――――その姿、声は、嘗て護廷隊士だった橘昴そのヒトだった。

「薫クン⁉生きてたなら連絡してくれても良かったんじゃない?」

ここで彼女を昴だと思う者はいない。彼女が百年前に故人になっているのは周知の事実だったし、彼女の幼馴染――百目鬼薫がその後百年彼女に成りすましていたのを半年前に彼自身が暴露したからだ。従って、五か月も音沙汰の無かった彼が、以前の冗談として昴に変身しているのだと皆が思った。
それ程までに、彼女は昴に酷似していた。

「か…かおるくん⁉どなたか存じ上げませんが、貴方は師匠(センセイ)の御友人ですか?」
「……へ?山じい、どういうコト?」

彼女が齎した予想外の反応で、面々に動揺が走る。
総隊長はそれに一喝して場を正した。

「春水、余計な口を挟むな。特例入隊隊員、名を名乗ってくれるかの?」

そう言われて彼女は背筋を伸ばすと、さらにはきはきとした声で名乗った。

「はい!僕ァ立花馨と申します。百目鬼薫の弟子であります!」
「弟子…⁉君はどこの出身だい?」
「分かりません。記憶を失っていたところを百目鬼師匠に拾っていただいたもので。この名もその時に授かりました」

訳が分からない。薫の弟子だという彼女は何故これほどまでに昴に酷似しているのか。いや、もしかしたら似ていたからこそ薫は弟子に迎えたのかもしれない。しかし今は、それ以上に重要な質問をせねばならない。
浮竹は息を整えると、一歩前に出た。

「立花、と言ったね。薫君は今何処にいるんだ?」
「……何処にも。つい先日亡くなりました。形見に、これを遺していかれました」

そう言って彼女は腰に差してあった刀を抜いた。それは紛れもなく〈波枝垂〉―――薫の斬魄刀だった。

「確かに、これは彼の斬魄刀だ…」
「然り。そして立花、お主は既に始解を扱えるそうじゃのう?ここで少し、見せてはくれまいか」
「はい!」

応えた彼女は、浮竹から返された斬魄刀を構え直した。

()()()()、〈()()〉―――蛍華」

彼女が斬魄刀で空を斬ると、そこから氷の―――いや、どちらかと言うと雪の粒が出現した。それはいくつも揺れるように舞い上がり、蛍の様に浮かんでいった。
室内の空気もまた氷ついていた。その理由を知らない彼女は斬魄刀を仕舞うに仕舞えず戸惑っている風で、視線を泳がせながら斬魄刀の持ち手を小さく撫でている。混乱が広がりきる前に総隊長が杖で床を一つ突いた。鈍い音と共に立花という少女が肩を小さく跳ねさせる。

「……相分かった。立花、斬魄刀を仕舞いなさい。これからお主の入隊する隊の審議に掛かる。暫く退室して待っていなさい。―――長次郎」
「御意」

総隊長の隣で待機していた佐々木部長次郎が立ち上がり、彼女を外へと連れて行った。扉が閉まり足音が聞こえなくなると、我慢できずに浮竹は声を上げた。

「元柳斎先生!彼女は一体何者なんです⁉」
「ちょい待ちぃ。何でアンタそない慌てとんのや。確かに相当の実力者やゆうことは分かりようが、隊長が揃いも揃って動揺しすぎなんちゃいますか」

口を挟んだのは平子信子―――百年前の虚化で尸魂界から追放されていたが、藍染の一件が明るみに出、また解決したことで復職した現五番隊隊長―――だった。三番隊、九番隊も同様にこの状況に付いていけていないらしい。

「平子隊長、君は百年前、百目鬼薫という死神がある隊士に成りすますことで消息を絶っていたという話は聞いているだろう?」
「百目鬼?ああ、藍染倒す一歩手前まで行った死神ですやろ?聞いてますけど」
「彼が成りすましていたのが橘昴という死神で、さっきの立花と声も顔もそっくりなんだ。だから先程、それを知っていた俺たちは彼が再び冗談か何かでその姿をして来たのだと思った」
「他人の空似もここまでいくと笑い話やな。隊長五人以上動揺させるモノなんてそない有れへん」
「問題はそこなのじゃ」

総隊長が重々しく言い放った。

「まず、あの者は百目鬼の弟子じゃという事。次に、その姿形が橘に酷似しておること。最後に、あの者の振るった斬魄刀が〈氷華〉だったこと。お主らの意見を聴きたい」
「百目鬼の弟子やったり他人にそっくりやったりで隊士が驚くんは分かりますけど、馨ちゃんの斬魄刀が〈氷華〉や、いうことに何の問題があるんです?」
「彼女の持っていた斬魄刀―――あれは確かに薫君のものだった。そして、彼の斬魄刀の名は〈波枝垂〉と言うんだ。〈氷華〉じゃない。〈氷華〉は橘昴の斬魄刀の名なんだ」

浮竹が補足すると、真子は目を剝いた。

「なんやそれ⁉せやったら、あの斬魄刀は本当の名ぁをあの子に教えとらへんだけやなく、使用者にそっくりな死んだ死神と一緒の斬魄刀の名ぁ呼ばしとんのんかいな⁉」
「そういう事になる」
「山じい、こりゃあ明らかに薫クンが何か知ってたんじゃないの?」

真子達が話に付いてきたのを確認すると、総隊長は京楽の問いに答える様に懐から封書を取り出した。

「これは、立花が入隊を願い出るときに提出してきたものじゃ。紹介状と称して厳封してあった。百目鬼からのものとみて間違いないことは確認済みじゃ。浮竹隊長、皆に読み上げてくれるかの」
「はい。

―――護廷十三隊総隊長及び隊長の皆さま、御無沙汰しております。
皆々様ご機嫌麗しく過ごされていることを願います。

前置きはこれで失礼させていただきます。

あの戦いの後、私は立花馨という少女とこの五か月の間過ごしておりました。

そしてこの度、彼女は護廷十三隊への入隊を希望しております。
斬拳走鬼に始まる死神の基本は私から彼女に全て叩き込んであります。
霊術院の指導は不要と存じます。
対して、彼女は死神足らんとするために必要なこと以外は殆ど何も知りません。
誠に勝手ながら彼女を預かっていただきたく、こうして筆を執った次第です。

私、百目鬼薫は護廷十三隊に対し、彼女に”特例入隊”を認めて下さるよう嘆願させて頂きます。

贔屓目が多分に在ることは承知しておりますが、彼女の実力は上位席官に勝るとも劣らぬものと存じます。”特例入隊”を得るに足るものと思います。

この手紙が開封されているという事は、私は最早この世から消えているという事、つまり残された彼女は一人になってしまうという事です。
どうか慈悲のあるご判断をお願いいたします。

百目鬼薫―――――

以上です」
「それを薫クンが?随分と急ぎ足で含みのある言い回しだねえ。”()()()死神足らんとするために必要なこと以外は殆ど何も知りません”、か。それってやっぱり、()()何かを知ってたって訳だねえ」

京楽が感想を言った直後、我慢ならないといった風に涅マユリが声を荒げた。

「そんなことはどうでも良いんだヨ!あの男が何を知っていようが、もう死んでしまっているんだろう?彼女は我が十二番隊が引き受けて調べ尽くしてあげるヨ」
「そうはいかないねえ。彼女は霊圧だけ見るなら三席を降らない実力が有るように見受けられたし、薫クンに彼女を預けられたんだよ?色々と安全なところに配属してあげなきゃダメなんじゃない?ボクの八番隊とかさ」
「どういう意味だネ⁉今私を侮辱したかネ⁉」
「待ってくれ!彼女を入隊させるなら、十三番隊も受け入れたい!」

マユリと京楽に浮竹が割って行ったところで、総隊長が一喝する。

「静かにせい!今問うておるのは何処に入隊させるかではない。彼の者にどう対処すべきかである!」

静まり返った室内に、卯ノ花烈の嗜めるような声が通った。

「そう仰いましても総隊長、現状では些か情報が足りなさすぎます。ただの記憶喪失でしたらわたくしたち四番隊にも何かと試すことは出来ましょうが、そういう案件でない可能性が高いのではありませんか。百目鬼さんが寄越した方なら不穏分子となることはないでしょうし、隊を決定して暫く様子を見てみるのが得策だと思います」
「お主の論は良く分かった。他に意見の有る者は()るかの?……居らぬようなら、これより立花馨を受け入れる隊を決めていくとする。意見の有る者は挙手を」

そう言われて、先ほどの三人が手を挙げた。

「まず涅隊長、申してみよ」
「彼女のことを調べるならウチに入隊させるべきですヨ。余計な手間が省けますし、私も自由な発想で検査出来れば汲み取れる情報量も増えますしネ」
「その検査ってのが信用ならないんだよねぇ。貴方一体何回使用不可の薬物を使って厳重注意を受けてる?馨チャンをそんな危険なところへはやれないなぁ」

失敬な、と怒るマユリに対して京楽はあくまで挑戦的な姿勢を崩さない。

「ボクの八番隊は薫クンが通ってて彼らの事情に理解がある隊員が多いし、副隊長の七緒チャンも薫クンと昴チャン双方と交流が有ったから彼女に有益だと思うよ」
「総隊長、私にも発言の許可を」
「許可する」

総隊長から許可を得て、浮竹も彼女を入隊させるべく発言する。

「十三番隊もまた、あの二人と関りが深かった隊です。特に橘昴は我が隊の隊員でした。彼女のことを知るヒントが有る筈です」
「ちょい待ちぃ」

入ってきたのは真子だ。

「十二番隊もどうか、思うが、八番隊と十三番隊、ほんで五番隊に最初に配属するんは止めた方がええ」
「何故!」
「決まっとるやろ?馨ちゃんはなぁんも知らんのやぞ?せやのに自分以外は自分のそっくりさんのことを通して自分を見てくる。特に、百目鬼やその橘って死神と親睦深かった隊なんて、無意識にそう見てまう死神がそうでもない隊の何倍も居るねんぞ?初っ端からそんなん、いくら鍛錬してたかて堪えるやろ」
「しかし「浮竹、ここは真子クンに一理あるよ」――京楽!」
「その論でいくなら、四番隊も辞退した方がよろしいですね」

まだ反論しようとしていた浮竹は、卯ノ花の笑顔に制されて口を噤んだ。

「ウチで面倒見るぜ」

声の主は日番谷冬獅郎―――十番隊隊長だった。
十二番隊に決まりかかっていた空気を壊されて、露骨に不機嫌になったマユリが突っかかる。

「フン!君のところの副隊長は”元”橘昴と友人関係にあったのではなかったのかネ?キミも付き合いがあったのでは?」
「確かに松本は友人だったがそれ程長い付き合いじゃない。俺だって、他の隊長格程度の緩い付き合いしかなかった。ある程度関係者なくらいが丁度良いんじゃないか?」

「他に意見は有るかのう?―――無い様なら、これより決を採る!」








「立花馨、入室せよ!」
「はい!」

馨が部屋の中央に立った。無意識のうちに背筋が伸びるような空気の中で、彼女は存外ゆったりと構えている。

「お主には、十番隊に入隊してもらう。護廷十三隊でのことは今後、そこの日番谷冬獅郎十番隊隊長に訊くがよい。何か今のうちにここで訊いておきたいことは有るかの?」
「ふふッ!―――有りません。何かあれば日番谷隊長に伺わせていただきます。総隊長、有難く拝命させて頂きます」

彼女が頭を下げることでこの会はお開きとなった。



冬獅郎と馨は最後に部屋を出ると、互いに向き合って立った。

「そういうわけで、俺がこれからお前の直属の上司になる。隊内での役職はお前の実力を見てからだな。改めて、日番谷冬獅郎だ。宜しく」
「立花馨です。宜しくお願いします」

何故か嬉しそうな馨に、冬獅郎は眉を顰めた。

「何をにやけてる」
「いえ、師匠のお話に伺っていた通りの方だなと思って嬉しくて」
「百目鬼が?どういう説明したのかも気になるが、お前は一体どこまで聞いてるんだ?」

馨は一瞬考える素振りを見せて言った。

「どこまで、と仰いましても…霊術院という所で習うことは修得済みの筈です」
「そういう意味じゃねえ。百目鬼の過去や人間関係、最近の出来事について何を知ってるかって話だ」
「……師匠はそういうことは一切教えて下さいませんでした。唯一人、貴方を除いては。”お前の上司になる男だろうから”と仰って」

悲しそうに言う馨の最後の言を聞いて冬獅郎の背筋は冷えた。

「――――百目鬼は確かに俺がお前の上司になるって言ったのか?」
「はい。師匠の関係者を伺った最初で最後の機会でしたからよく覚えています」

相変わらず癪な男だ、と冬獅郎は思った。
つまり百目鬼は今までの隊首会の流れを読んでいたという事だ。掌の上で踊らされていたと分かって気分を害さない者はない。馨にピンポイントで自分を紹介している時点で、恐らくソレも分かった上での事なのだろう。本当に一々癇に障る。

「……そうか。まあいい。隊舎に帰るついでに色々と紹介する。付いてこい」
「はい!」

馨を連れながら、冬獅郎はざっと建物などの位置を彼女に紹介した。

「そんでここが十番隊正門だ。今日からここがお前の寝床になる。―――日番谷だ!門を開けろ!」
「日番谷隊長!お帰りなさいませ!―――開門!」

冬獅郎たちを隊員が遠巻きに見ている。各々思う所は有るだろうが、今は構っている暇はない。
執務室の前に着くと、彼は勢いよく扉を開けた。

「帰ったぞ!松本は居るか」
「あ、隊長!お帰んなさい。”特例入隊”のコ、どうでした?」
「ウチに配属されることになった。立花馨だ。実力を見たいから、お前模擬戦してやってくれ」
「了解で~す!その分アタシの仕事やってくださいね」

いつもの調子で仕事を冬獅郎に押し付けてきた乱菊は、冬獅郎の後ろにいる馨を見て目を見開いた。

「昴――――?」
「初めまして!…貴女も”昴”という方をご存知なんですか?先ほどは師匠の名前で呼ばれたんですけど、僕の顔ってそんなに誰かに似てますか?僕と師匠はそんなに似ていないと思っていたんですけど…」

どゆこと?という風に首を傾げて乱菊が冬獅郎の方を向いた。

「細かいことは後で説明する。取り敢えず仕事が滞る前に立花の実力を見る」









「改めまして、十番隊副隊長、松本乱菊よ。よろしくね」
「立花馨です!宜しくお願いします」

お互いに斬魄刀を抜いて構える。新入隊員の顔見せもかねて、広場で二人は向かい合った。

「行くわよ!」

乱菊は上段に構えながら刃を振り下ろした。そこそこのスピードだったが、馨はうまく身体をずらし、乱菊の刃を流すように刀を交えた。
金属同士が派手に擦れる音がするが、この分なら馨に殆どダメージは無いだろう。乱菊はそれに動じず、降ろし切った刀を今度は馨の方に横薙ぎに振るった。
馨は再び刀でそれを上方に流しながら低く回し蹴りを入れてきた。瞬歩で乱菊がそれを躱したが、馨も同時に瞬歩を使って距離を詰めてきた。

(速い!)
「破道の一、衝!」

乱菊の鬼道を馨が斬魄刀で弾くタイミングで間合いを取りなおす。

「やるじゃない!隊長、斬魄刀も解放するんですよね?」
「ああ」

冬獅郎の返事を聞くと、乱菊は刀の柄に近い刃に手を添えた。先端に向かって手で撫でながら、解号を唱える。

「唸れ、〈灰猫〉!ほら、アンタも解放なさい!」
「―――凍つくせ、〈氷華〉」

その声に、一瞬乱菊は思考が止まった。これではまるで、本当に昴と戦っているかのようだ。
刹那にそこまで考えて、彼女はそれを頭から追い出した。
〈灰猫〉を、馨を囲むように動かす。

「蛍華!」

馨が空を斬ったところから淡雪の様なものが一気に生じた。それは〈灰猫〉に触れた途端、凍って動きを封じていく。

「〈灰猫〉、戻りなさい!」

封じられていない〈灰猫〉を戻そうとした乱菊の一瞬の隙を馨は見逃さなかった。

「縛道の一、塞」

乱菊の手が刹那強制的に後ろに組まされ、封じられた。その間に瞬歩で乱菊の前に現れた馨は、静かに乱菊の首元に刃を突き付けた。

「そこまで。ご苦労だった、松本、立花」

冬獅郎が武装を解いた二人に歩み寄ると、観戦していた隊員たちの方へ向き直った。

「こいつがウチの新入隊員の立花馨だ!不慣れなことも多いだろうから、色々と気に掛けてやってくれ。以上だ、邪魔して悪かったな。通常業務に戻ってくれ」

わらわらと隊員たちが戻っていく。冬獅郎は二人に向き直った。

「立花、お前の実力は分かった。三日後、三席が除隊することになっている。お前にはその代わりに入ってもらおうと思う。いけるか」
「はい!精一杯務めさせていただきます!」
「松本、お前はコイツに仕事の仕方を教えてやってくれ。その代わり、今日は定時で上がって良いぞ」
「はい。ところで隊長……」

松本が何か言い掛けたのを、冬獅郎は制した。

「分かってる。三日後、関係者を集めて話をする場を設ける予定だ。それまでは業務に集中しろ」
「はい…」

無垢な表情なまま首を傾げた馨を見て、乱菊はらしくもなく目を逸らした。



特例入隊のくだりは独自設定です。
転校生が来たよ!みたいなノリです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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カランコエ

学名:Kalanchoe
科名:ベンケイソウ科
大きさ:背丈15~40cm 横幅20~40cm




”たくさんの小さな思い出”
”あなたを守る”





馨が入隊してから三日後

「乱菊さん!さらっと貴女の業務僕に押し付けないでください!あとこれとこれ、僕じゃ署名できないですッ!」
「じゃあそれだけ寄越して後はやっといて!馨は仕事早くて助かるわ~」
「やりませんよ⁉隊長に怒られるのは乱菊さんなんですからね?知りませんからね?」

馨と乱菊はすっかり仲良くなっていた。この期間に業務を覚えた馨は、今日まで乱菊の仕事ではなく三席の仕事を手伝ってきていた。

「うるせえぞ!黙って仕事しろ!ったく、田沼の最終出仕日くらい真面目にやれっての」

冬獅郎は青筋を立てながら二人にキレた。これからもこれが続くのかと思うと先が思いやられる、という感じだ。

「僕も怒られるんですか⁉ヒドイ…」

涙目になりながらも、結局彼女は少し増えた仕事をこなした。





「田沼三席、今日までご苦労様でした!」
「ありがとう、立花君。君もこれから色々と大変だと思うけど頑張ってね。陰ながら応援しているよ」

業務終了と共に、三席は任を去った。彼は前回の出撃でもう戦えない体になっていたらしい。それでも事務仕事を続けてはいたが、家の方から帰って家業を手伝うよう言われてしまったのだそうだ。

「こちらこそありがとうございました。三席もお元気で」

お辞儀をすると、田沼三席は困ったような照れたような笑みを浮かべた。

「気を付けるよ。立花君もね」

そう言って彼は大勢に見送られながら十番隊の門を出た。






彼が去った後、冬獅郎、乱菊、そして馨は、十三番隊へ向かった。
そこで馨と関係者の情報共有が行われるらしい。

馨は正直、入隊してから今日までをこの時のために費やしていた。
師匠(センセイ)は自身について全く語らないヒトだった。決して無口なわけではなかったから、意図的に隠しているだろうことは分かった。それでも一度、ねだってみたことがある。”師匠の過去について聞かせてほしい”、と。

『……馨、それを言う勇気のない僕を許してくれ』

師匠は一言そう言うと、悲しそうに俯いた。その顔を今でも馨は忘れない。後悔、哀しみ、憎しみ、嘆き…あらゆる負の感情を混ぜこぜにしたような表情を見た時、馨は胃を握られたような鈍い痛みに似た感情を知った。コレは触れてはいけないものなのだと、知ることを諦めていた。
それが今、分かるのだ。不安はあったが、それ以上に好奇心で体がふわふわと軽いような錯覚さえする。

「日番谷、松本、立花だ。入るぞ」

冬獅郎が襖を開けた先には、既に何名もの死神が待機していた。

「おお、来たか!君たちで最後だ。遅かったな」
「悪い、浮竹。ウチの三席が今日付けで除籍だったものだから、見送りに行っていた」

そうかそうか、と冬獅郎と話している白い長髪の死神を見て、馨の頭がズキリと痛んだ。

「立花?大丈夫か?」
「隊長…?え、はい!大丈夫です」

咄嗟に頭を片手で抑えたのを冬獅郎に見られていたらしい。痛んだのは一瞬だったし、特に異常はないだろう。

「日番谷隊長、それでは、その者が立花馨なのですか」
「そうだ」
「何と……信じられぬ…」

癖のある黒髪に大きな瞳の女性死神が、一層目を見開いた。
他の死神も程度に差こそあれ動揺していた。していないのは先ほど浮竹と呼ばれたヒトと、ピンク色の羽織に笠をかぶった死神だけだ。―――要は、この前の入隊の儀で顔合わせを済ませた隊長だけだった。

「立花、ここにいるのは特に百目鬼薫と橘昴に親しかった者達だ。俺と松本はそこそこの付き合いでしかなかったから、詳しい話を聞くためにこいつらに集まってもらった」
「タチバナスバル…?乱菊さんが僕をそう呼んだ人ですか?」
「ああ。そういう説明はすぐにするが、取り敢えず来ている面子を紹介しておく」

そう言うと彼は京楽、浮竹に始まり、花太郎、七緒、ルキア、恋次を紹介した。

「初めまして、立花馨です。本日は宜しくお願い致します!」

元気よく頭を下げた馨に対する反応は様々だった。
朽木ルキアと阿散井恋次もそうで、恋次の顔を見てルキアが小突いた。

「おい、恋次。何をそう照れておるのだ気持ち悪い」
「んなっ、そこまで言わなくてもいいだろうが!いや、だって昴さんはこんな素直に頭を下げるタイプじゃなかったってか雰囲気が違い過ぎてよ」
「馬鹿者、当たり前だろう。立花殿は全くの別人なんだからな。それにその言い方は昴殿というより薫殿に失礼ではないか?あの方は元々素直な方だぞ」
「そうか?……あれ、雛森と吉良は来てねえのか」
「貴様、浮竹隊長のお話を聞いておらんかったのか⁉両副隊長は隊長が新しくなられた関係でお忙しいのだ!暇な貴様と違ってな」
「テメエ…ならお前だって暇なんだろうが!」
「貴様よりはな。あ~、五席は忙しいことだ。どこぞの副隊長より仕事が多くても有能だと早く片付いて参る」
「このっ…」
「はいは~い、そろそろいいかい?」

馨を含む他の面々が反応に困ってきたところで京楽が二人の話を切る。今回集まった趣旨を今更ながら思い出した彼らは顔を赤らめながら頭を下げた。
それを皮切りに冬獅郎が口を開く。

「取り敢えず、百年前の話から始めるか」





その話は、馨には俄かには信じられないものだった。師匠が元副鬼道長だったとか、世界の危機を救う手助けをしたとかも驚くべきことだったが、何より百年もの間周りの者から自身を偽り続けていたこと、そしてそれが彼の幼馴染を殺した者への復讐の為だったことが、馨には現実とは思えなかった。
あの穏やかな師匠にそんな過去が有ったなんて…
馨は話が終わってから暫く呆然としていたが、ふと我に返った。

「あのォ、僕ってそんなにその昴さんって方と似てるんですか?」
「似てるなんてもんじゃないねぇ。僕ら隊長勢は、君を最初に見た時また薫クンが変装してるのかと思ったくらいだよ」
「そうなんですか…実は、師匠も僕のことを三度だけそう呼んだことがあるんです」

羽織に笠の――京楽隊長は、ホウ、と馨に続きを促した。

「初めて師匠に出会って命を救われた時に一度と、師匠が息を引き取る間際に二度…最後は譫言(うわごと)の様に僕を”昴”と呼んだんです。”済まない”とも。そういう事だったんですね」
「馨チャン、もうちょっと詳しく彼との生活の話をしてくれる?」
「はい。僕と師匠が出会ったのは、南流魂街の森の中でした―――」





「君!危ないから下がっていなさい。町に戻るんだ!」

誰かの声がしてふと我に返ると、目の前にバケモノがいた。
そして逃げ出そうとして、別の問題に気が付いた。

自分のことがわからない。
町に逃げる?どこにあるのか、自分がどこにいるのかも分からない。どう逃げればいいのか、逃げたところでその後はどうすればいいのか、皆目見当もつかない。
彼女が立ち尽くしていると、先ほど声をかけてきた黒い着物を着た人物がバケモノを倒し、こちらに向かってきた。

「君、怪我は―――――」

彼はそう言い掛けて、思わず、といった風に呟いた。

「す……ばる?」

すばる?もしかして、それが自分の名前なのだろうか?
そう思っていると、彼はぶんぶんと顔を横に振った。

「君…名前は何と言うんだ」

その言葉は、何かに縋る様に出されたように聞こえた。

「わからない。おぼえてない…あなたは?」
「―――あ、あァ、僕ァ…百目鬼薫というんだ。ねェ、君の――」

百目鬼薫――――その言葉を聞いた時、何故かはわからないが胸が締め付けられる思いがした。知らぬ間に涙が頬を濡らす。胸に広がったのは、安堵と幸福感。しかしそれは後から思い返してから分かったことで、それ程大きな感情の揺れは彼女に動揺しかもたらさなかった。

「なッ!急にどうしたんだ⁉やはりさっき怪我を?」
「わからない…なにも……」

そこで彼女の意識は途切れた。



目を覚ますと、自分は布団の中にいた。さっきの彼が自分を覗き込んだ。

「おはよう。何か違和感は?」
「…いいえ」
「そうか。なァ、君はさっき何もわからないと言っていたが、何故あそこにいたのかとか、いや、もっと基本的なこと―――家がどこかとか、誰か知り合いの顔とか、そういう事も覚えていないのかい?」

目を閉じて過去の記憶が無いかを探ってみる。しかし、いくら思い出そうとしても、見えるのは自分の瞼の裏だけだ。彼女は静かに首を横に振った。

「そうか…」

彼は何か考え込んでいる様子だったが、不意に口を開いた。

「君、名前が分からないと言ったね。そのままでも不便だし、何か僕が勝手に付けても良いだろうか」

思わず、という風に彼は口を押えていたが、彼女には彼の言葉が灯台のように感じられた。何もない自分が、何かになれる、その機会だと。

「ほんとうに?」

彼女の言葉に彼は驚いて顔を上げたが、すぐに笑顔になった。

「あァ、本当だよ。といっても、名など付けるのは初めてだから、気に入らなかったらそう言ってくれ。そうだなァ――――かおり…立花馨、はどうだろうか」

困ったように彼は頭を掻いたが、その響きは彼女の心に温かく広がった。
どこか懐かしいような、ふわふわとした気分になる。

「たちばな かおり―――」

自分で口に出してみて、”これが良い”と思った。何度も首を縦に振ると、彼は”気に入ってくれたなら良かった”とまた笑った。




それからの三日間は、大半を彼と過ごした。馨は読み書きができることが分かったから、午前は勉強、午後は就職活動をして過ごした。
彼の名を呼ぶのが少し憚られて、途中から師匠と呼びだした。別段彼は何も言わなかった。

仕事も決まり、大分この世界のことを分かってきたところで師匠は一旦現世に帰ると言った。寂しかったが、それは出会った時から分かっていたことだ。

「なに、すぐに戻るよ。急に一人になって不安だろうが、君なら大丈夫」

笑ってそう言っていた彼は、その四日後に戻ってきた。

嬉しかった気持ちは、彼の状態を見て吹き飛んだ。あちこちに怪我をしている。この怪我がどの程度のものなのか、当時の彼女には分からなかった。
彼は唯、寝かせておいてくれとだけ言って泥のように眠った。





「それから半月は師匠を介抱しながら過ごしました。その間に勉強した本に書いてあったんです。死神と呼ばれる存在と、その役割が。師匠がそれだという事はすぐに分かりました。だから頼んだんです、僕も師匠の様な死神になりたいですって」

『馨、それだけは承服できないなァ。アレは危険な仕事だ。好き好んで就いてほしくない』

「―――一刀両断でした。正直、賛成してくれると思っていたのでショックでしたね」
「でも結局薫クンは紹介状まで書いて君をここに送ってきた、という事かい?」
「はい。諦めきれなくて、本に書いてあった鬼道を試しに使ってみたんです。そしたら大失敗して―――」






「申し訳ありませんでした!どうしてもやってみたかったんですッ!」
「……怪我は?」
「ありません!」
「…………大きな力は使い方次第で毒にも薬にもなる。その位の事、お前なら理解してくれていると思っていたんだがね」

当時のことは、今思い出しても胃が縮みそうになる。師匠が本気で怒ったのは、後にも先にもそれっきりだった。
師匠は長く息を吐くと、絞り出すように言った。

「そんなに死神になりたいのかい」
「はい!師匠を助けられるように、そしていつか僕も、僕が師匠に助けられたように誰かを救いたいです」
「英雄気取りか?その程度の覚悟では真っ先に死ぬ」
「その程度、などではありません!」

馨はそれまで伏せていた顔を思い切り上げて彼の目を睨みつけた。

「師匠は僕があの時どれだけ救われたかを知らないんです!自分のことが何もわからなくて絶望していた僕を、立花馨にしてくれた!僕に希望をくれた!」
「やめなさい‼」

その時馨は初めて怒鳴られた。先ほどから怒られてはいたが、師匠は静かに諭すように怒るタイプのようだったから、これほど大きな声を出しているのを初めて聞いた。

「僕ァお前にそんなことを言われる資格はない。救われる資格は無いんだ!お前を死神にしたら、再び絶望を与えてしまうかもしれないよ?今の平穏な暮らしに不満でもあるのか」
「師匠だけが戦うなんて嫌です!誰か他の者が犠牲になるのも嫌です!犠牲の上の平穏で僕ァのうのうと生きていることはできません!」

師匠の瞳が驚愕に染まっていくのが分かった。同時に、説得を諦める気配も感じた。

「………弱音を吐いたら二度と指導したりしないぞ」
「‼――ありがとうございます!」






「そうだったのか……それじゃあ馨チャンは、四か月半の指導でここまで来たって事かい」
「正確には四ヶ月だけですが…師匠の容体が悪化しましたから」

それを聞いて、冬獅郎と乱菊は密かに目を剝いた。







「師匠、今日は御加減如何ですか」
「存外悪くない。なァ、馨、その封筒と斬魄刀を取ってくれるか?」

ゴホッ、と師匠が血を吐きながら起き上がった。さっきは調子がいいと言っていたのに……

「どうぞ」
「ありがとう。馨、お前の決心は――――死神になりたいという決意は固いかい」
「勿論です」

彼は目を細めた。その表情が笑顔だったのか憂いを帯びたものだったのかは今でも分からない。

「ならば、この二つをお前に預けよう。これは護廷十三隊へのお前の紹介状。瀞霊廷の門番に渡しなさい。そしてこれは僕の斬魄刀。〈彼女〉の声に耳を傾け、〈彼女〉と共に戦いなさい」
「師匠……?」

礼を言う間もなく彼は布団に倒れこんだ。

「師匠?師匠⁉」
「昴…すまない、僕のせいだ……お前は僕のことを恨んでいるだろうな…」
「師匠、僕は馨です!立花馨!しっかりしてください!」

幾ら揺すっても、彼の瞳はどんどん光を失っていく。苦しそうに再び血を吐いた。

「泣くなよ、昴。この程度の苦痛、お前のに比べれば屁でもない。これはお前を苦しめ続ける僕への罰なんだ」

いつの間に泣いていたのか、馨の両目からは涙が流れ続けた。それを師匠はそっと拭った。
その手は力なく布団の上に落ちると、動かなくなった。
ゆっくりと彼は目を閉じた。その瞼の動きは酷く緩慢で、一瞬の事なのに何時間も経ったように感じた。







「そして師匠は息を引き取りました。僕に遺されたのは、師匠の斬魄刀の〈氷華〉だけです」
「な「立花、さっきお前、四ヶ月しか百目鬼と修行してないっつったな」……っ!」

ルキアが何か言おうとして、冬獅郎が遮った。浮竹がルキアの肩を掴んで何か言っているが馨には聞こえない。

「えェ。その通りですけど…もしかして、席官になるには才能ない程遅いですか」
「逆よ、逆。模擬戦とはいえ副隊長のアタシを負かすほどの実力を一からたった四ヶ月で身に着けるなんて早すぎるわ」
「そんなことが…入隊早々三席になった者自体、俺の知る限り君意外に三人ほどしかいないよ。どの子だって、少なくとも一年は霊術院で学んでいる。正直に言って、君の成長スピードは異常だよ…っ!ゴホッ」

愕然としかけた馨に、乱菊、浮竹と続いた。この話の流れだったこともあり、馨は尋常じゃないくらいに浮竹の咳に反応した。

「う、浮竹隊長!もうお休みになった方がよろしいのではありませんか⁉無理して体に障ったら…」
「大丈夫だよ!今日は調子が良いんだ」

さらに馨の顔色は悪くなった。師匠も死ぬ直前まで大丈夫だと言っていたからだ。

「駄目です!思っている以上に状態が良くない事だってあるんですから!ほら、()()()()()()()()心配してしまいますし!」

その言葉に全員が動きを止めた。唯一人、馨を除いては。

「あァ、でも押しかけてしまっているのはこちらですし、我々が退出し「立花、今何て言った」…え、いえ、あの、ですから、一旦十三番隊から場所を移した方が良いかと…」
「違う、その前だ」

冬獅郎が真剣になって聞いてくる。ただでさえ動揺していた馨は、一層動揺した。

「えェと…”思ってる以上に状態が良くないことだってある”と言ったと思います」
「その後、付け足して何て言ったかって訊いてんだ‼」

馨は吃驚して肩を竦めてしまった。最早何を答えるべきか、頭が真っ白になっている。

「す、すみません。分かりません」
「……すまん、怒鳴って悪かった。お前、確かに”海燕副隊長が心配するから”と言ったな?」

それを聞いて馨は目を瞬かせたが、すぐに首を横に捻った。

「そんなこと言いましたか?海燕副隊長、ってどなたなんですか?何か聞いたことあるような気はするんですけど…」
「…いや、知らないなら良い。今日はこれでお開きだ。立花、お前は先に帰ってろ。これは命令だ」
「え?でも「命令だ」…はい」

誰も動く気配が無いのを再度確認して、馨はしょんぼりしながら部屋を出た。
こんな空気の中じゃ、言えない。
”隊舎までの道、まだ覚えてないんです”なんて…
誰か気付いてくれないだろうかという淡い期待は残念ながら叶えられることはなかった。







肩を落として馨が部屋を出てから、冬獅郎は深く眉間に皺を寄せながら言った。

「アイツは本当に橘昴と別人なのか?」
「確かに、最後のは聞き捨てならなかったねぇ。今は海燕クンが浮竹の副官だなんて言う者はもう護廷十三隊にはいないから、偶々どこかで聞いたとかいう可能性は無い。けどさぁ、それじゃあ彼女の見た目年齢と合わないんだよねぇ」

確かに、京楽の言は的を射ている。
百年は、長きを生きる死神にとっても決して短いとは言えない時間だ。それこそ、現世で言う小学生程のサイズだった七緒が大人の女性にまでなるほどの時間なのだ。一定の年齢になればそうした成長は勿論急激に減衰するが、馨の見た目は昴よりも寧ろ若返っている。そんなことは普通起こりえない。

「確かにそうだ。霊圧も橘に似ているが、それまでだ。同じとは言えない」

浮竹もそれに同調した。そこに、ルキアが挙手しながら入ってきた。

「あのう、宜しいでしょうか」
「ああ、朽木、さっきは遮って悪かった。斬魄刀の話はまだ立花には早いと思ってな」

謝る冬獅郎に、ルキアは滅相もないと首を振った。

「それはもう良いのです!私が申し上げたいのは、若返りの症例を一件だけ聞いたことがあるというものでして」
「本当か⁉」
「はい。井上からの伝聞ですし、霊圧の変化まで有ったかは分かりませんが、数年前に頭を割られた破面の女性が力を失って幼女化していたという話をしていました」
「破面か…死神にそれが適応できるかは怪しいな」

死神は死ぬと尸魂界を構成する霊子となって形を保てなくなる。
橘昴を看取ったのはあの百目鬼薫だ。彼女が消えたところまで見ていたはず。瀕死の重傷で生き延びたその破面とは若干状況が違う。
加えて、馨は当時の昴よりも霊圧も実力も上がっている。凌駕していると言っても良い。恐らくソレが原因ではないのだろう。

「でもさあ、彼女が以前昴チャンだったとしたら、薫クンの言動の辻褄は通りそうじゃない?ホラ、馨チャンに”僕はお前にそんなことを言われる資格は無い”、”死神にしたくない”って言ってみたり、彼女のことを”お前”って呼んでみたりさ」
「京楽、やはりお前も気付いていたか」
「…どういうことだ」

意味深な発言をする京楽と浮竹に、冬獅郎が食って掛かった。二人は一瞬目で相談するかのようにお互いを見、浮竹が口を開いた。

「実は、百年前から薫君は橘に対してしか”お前”と呼ばないんだ。彼が橘を演じていた時も、薫君の事しかそう呼んでない。日番谷隊長も、冬獅郎、もしくは君、としか呼ばれていないはずだ。違うかい?」

冬獅郎は記憶を探ってみた。確かに彼は自分のことを一度も”お前”呼びしたことが無かった。

(しかし、そんなこと気付くか、フツー?)

二人の観察眼にちょっと冬獅郎は驚いた。

「じゃあ、アイツの最後の言葉は何だ?”この程度の苦痛、お前のに比べれば屁でもない。これはお前を苦しめ続ける僕への罰なんだ”って、今の立花を見る限り、苦しんでるようには見えねえぞ。現在形なのが確かに引っ掛かるが…」
「記憶を失っている苦しみ、とかでしょうか。昴殿が自身を取り戻せないことに対する贖罪、のような」
「いや、それは多分無えな」

ルキアの考えは、あっさり冬獅郎に否定されてしまった。

「百目鬼は、立花に自身の過去について殆ど何も語らなかったそうだ。記憶を戻させたいならそんな真似はしねえ」
「殆どってことは、何か伝えてはいたってこと?」

京楽が興味津々に冬獅郎に訊いた。言うかどうか迷って、結局冬獅郎は呟いた。

「俺の事だけは伝えられていたらしい。”お前の上司になる男だから”と言われたそうだ」

それを聞いて京楽は、目をぱちくりさせるや否や、苦笑いになった。

「前々から分かってはいたことだけど、薫クンってば気味の悪いくらいに頭の切れる子だよねえ。じゃあ何?今までの経過は彼の掌の上ってこと?」
「すべてがとは言わねえが、少なくとも立花の入隊先はそうなんだろうな」

その直後、さっきから貝のように押し黙っていた山田花太郎と伊勢七緒の声がはもった。

「「あのっ、」」
「僕」「私」
「「のことも伝わっていないのでしょうか⁉」」
「恐らくな。お前たち二人のことを伝えていないことをとっても、百目鬼はどちらかというと過去のことを立花に知られるのを恐れていたような印象を受ける」

意気消沈している七緒の肩を慰めるように叩きながら京楽は話を纏めに掛かった。

「そこまでが正しいことだと仮定するなら、これから僕らはどうした方が良いだろうね?既に色々教えちゃってるけど、馨ちゃん自身が何か思い出したとか気付いたとかいう風には感じなかったけど…今日は伏せておいた斬魄刀の話とか、今後出てくるだろう矛盾点とかって伝えない方が良いかなあ」
「だろうな。百目鬼の斬魄刀がわざわざ橘の斬魄刀の名を騙っているのはアイツの指示なんだろ。そこに何かあるのは確実だが、斬魄刀に直接訊こうにも立花は具象化まで行ってねえ」

行き詰った議論に活路を見出したのは花太郎だった。

「あのぅ、それでは四楓院夜一さんに、斬魄刀を強制的に具象化する道具をお貸しいただいてみてはどうでしょうか」
「「「‼」」」

その手があったか、と隊長三人は顔を見合わせた。以前、確かに一度〈波枝垂〉を転身体という、隠密機動の最重要特殊霊具を用いて具象化させたと聞いた。黒崎一護の卍解修得にもそれが使われたという。

「でかした、山田!素直に話すかは分からんが、話を聞いてみる価値はある。早速現世行きの任をでっち上げる」
「そんな事堂々と言っちゃって良いんですか、隊長?」
「構わねえ。どうせ口外する奴なんてここには居ねえだろ?」

松本の問いに冬獅郎が口の端を挑発的に上げると、全員が頷いた。
そんな冬獅郎を見て、京楽がにやけながら言った。

「しかし意外だねえ、日番谷隊長?君がこんなに熱心に彼女に手を貸してあげるなんてさ」
「別に。ただ、ここまで来たら俺も気になって来たってだけだ」
「優しいねえ!ところでさ、その現世行の任務って僕も付いてっちゃ駄目かな」

逡巡の後、冬獅郎は出来ないと分かりつつも理由を問うた。

「…理由を訊きたい」
「相手はあの薫クンの斬魄刀なんだよ?普通に訊いたり話したりするだけじゃ躱されちゃうかもしれないでしょ。僕はそういう駆け引きがこの中では一番の自信がある。その場に立ち会っておきたいのさ」
「……十番隊として実行する以上、京楽が付いてくるのは任務としては無理だ。だが――」

一呼吸おいて、冬獅郎はそっぽを向きながら言った。

「個人で休暇中の奴にまで付いてくるなとかとやかく言ったりはしねえ」
「ありがと~!」
「京楽隊長!私も「七緒チャンは僕がいない間お留守番。いいね?」……っ、はい」
「ごめんね。下手に大人数でいくと警戒されちゃうからね」

申し訳なさそうに京楽は七緒をなだめた。あまり大人数でいくべきではないというのは、冬獅郎らも賛同した。

「じゃあ、馨と現世に行くのはアタシですか、隊長?」
「いや、今回は俺が行く。松本は十番隊を任せる」
「え~!何でですか~?アタシも現世行きたい!」
「遊びに行くんじゃねえんだ。それに、浦原にも協力を仰ぐなら俺が出向くべきだろ」

服だ化粧だお土産だと騒ぐ乱菊を置いておいて、冬獅郎と京楽はお互いの予定を擦り合わせた。

「じゃあ、出立は一週間後。浦原への連絡は俺から済ませておく」
「了解!休暇なんて取るの久しぶりだねぇ」

それをもって、この集まりは終了した。



元三席の田沼さんは、実は「十五話・理由を」で名前だけ出ていました。当時は四席でした。
「あ、そうなんだ」と思った方。それが普通です。こういう説明する場の無い細かい伏線が色々あったりするので、この作品が完結した時、もう一度読んでみると新たな発見があるかもしれません!
「ああ、やっぱり!」と思った方。あなたはこの作品を読み込み過ぎです。勿論、そこまで読んでくださっているというのは作者冥利に尽きることですので凄く嬉しいですが、全部が全部伏線というわけではないので悪しからず…
というかそんな方いらっしゃるんでしょうか。
多分いませんよね。すみません…読み流してください。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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ツユクサ・前編

学名:Commelina communis
科名:ツユクサ科
大きさ:背丈15~50cm




”懐かしい関係”





翌日、馨は重たい瞼を擦りながら呼びだされた隊首室へ向かっていた。
彼女が寝不足なのには理由がある。――――昨晩、十三番隊舎から盛大に迷って十番隊舎まで帰れず、瀞霊廷内を彷徨い続けていたのだ。結局、帰ってこれたのは隊長たちが帰舎してから三時間も経った後だった。

「おっはよう!あら、馨、顔色悪いわよ?どうしたの」

後ろから突然声をかけられた。振り返ると乱菊だった。

「おはようございます、乱菊さん。ちょっと寝不足なだけなんで大丈夫です」
「あら、ダメよ?オンナノコは美容に力を入れてなんぼなんだから!折角の美人が台無しよ?」
「ありがとうございます。気を付けます」




睡眠時間が短かったせいか、今朝は変な夢を見た。

馨は真っ暗な空間に浮かんでいた。周りには何かの気配がしたが、姿は見えない。
何か自分以外のものが無いか探してみると、なんとそこには師匠がいた。

(師匠(センセイ)!)

声に出そうとしたが、上手く出ない。仕方がないから近づこうとすると、何故か体が思うように動かない。
師匠の方はというと、こちらには気づく様子もなく俯いていた。涙が零れているわけでも嗚咽(おえつ)が漏れているわけでもないのに、彼は泣いているように感じた。それもさめざめとではなく、号泣の類のものだろうことが何故か分かった。

(師匠、どうして泣いているんですか?泣かないでください。貴方が悲しいのは僕も悲しい)

その言葉が聞こえたのかは分からないが、唐突に師匠が顔を上げて馨を見た。
彼の口が動いた。声は聞こえなかったが、何を言っていたのかははっきりと見えた。

――――――――すまない、馨――――――――

そこで目が覚めた。





「――り?か~お~りってば!何、そんなに寝不足なの?」

夢のことを思い出して馨が意識を飛ばしていたのを、乱菊が心配そうに覗く。

「あ、すみません。ちょっと考え事を…ところで昨日、僕が帰された後って皆さん何をしていらっしゃったんですか?」

馨の問いに乱菊は顔を引き攣らせた。視線が逸れる。

「ああ、あの後?それはあの~、ほら、あれよ。なんてゆうか――」
「薫さんと昴さんを出汁(ダシ)に思い出話に興じていたんです。おはようございます、松本副隊長、立花三席」

急に後ろから声がして振り返ると、昨日の集まりにいた眼鏡の美人秘書風な死神――伊勢七緒が立っていた。手に書類を持っているから、それを届けに来ていたらしい。

「七緒!おはよ!」
「おはようございます、伊勢副隊長」

馨が頭を下げると、七緒は何故か悲しそうな顔をした。だがそれも一瞬のことで、すぐに彼女は眼鏡を掛け直しながら書類を持ち直した。
効果音は”シャキーン!”だ。

「お二人とも、これから執務室ですよね?ご一緒しても?」
「勿論です。といっても、もうすぐそこですが」

執務室の標識は既に目に入る位置にあった。
言葉に詰まった七緒を見て、言わなくても良かったかな、と馨は心の中でちょっぴり舌を出した。





「失礼しま~す!」

松本の声と共に、冬獅郎が呼びだしていた立花、そして京楽からの遣いの伊勢七緒が入室した。

「おう、おはよう。立花、朝早くから悪いな。お前の初任務が決まったからその連絡だ」

眠そうだった馨は、その言葉で瞼を全開にした。

「本当ですか!何時(イツ)です?何処(ドコ)です?何をするんです?」
「ちょっと落ち着け。一週間後、訓練を兼ねた現世での(ホロウ)討伐の出張任務だ。俺が引率として付いて行く。二三日いる予定だから、用意しといてくれ」
「現世……!」

興奮冷めやらぬ、といった表情で呟いた馨に、冬獅郎は咳ばらいを一つした。

「立花、分かってるとは思うがこの任務は訓練とはいえ一歩間違えば命を落とすことだってあるものだ。上位席官でも雑魚虚と侮って返り討ちにあった奴を何人も知ってる。遊び気分で来るようなら容赦なくお前は置いていく。いいな?」

その言葉に馨は表情を引き締めた。

「はい!隊長の足を引っ張らないよう、死に物狂いでやらせて頂きます」





元気よく部屋を出た馨を、冬獅郎、乱菊、七緒は見送った。
乱菊は扉が閉まるなり大きく息を吐いた。

「はぁ~、さっきは助かったわ、七緒。あの後のことをいきなり聞かれるなんて思ってなかったから焦っちゃった」
「あんなにあからさまに反応しては駄目ですよ。彼女、勘付いてないと良いですけど」

二人の会話を聞きながら、こうやって隠していけるのも時間の問題だと冬獅郎は悟った。







目の前に出現した壁に危うく頭を打ち付けそうになった馨は、何とか足を踏ん張ってそれを堪えた。

「あれ?行き止まり⁉じゃあさっきの道で合ってたのか」

十三番隊への書類を抱えながら、馨は自分の隊舎からすら出られずにいた。
師匠と生活していた時は生活圏が限定されていたから迷うという経験を殆どしたことが無かったのだが、この瀞霊廷どころか隊舎は広すぎる!それに加えて建物の外観が似たり寄ったりだったから、馨はなかなか道を覚えられずにいたのだ。

すごすごと道を引き返すと、さっき会った伊勢七緒とばったり出くわした。

「立花三席?こんなところで何をしているの」
「伊勢副隊長…いえ、十三番隊にこの書類を届けに行こうとして迷っていたんです」
「あら、それなら門は反対方向よ?この先にはお手洗いくらいしか無い筈だけど」
「え、あ、あれ⁉」

自分の顔が紅くなっていくのが分かる。他隊の副隊長の方が隊舎に詳しいのはどういうことか…これでもここ数日馨は隊舎内を歩き回っていたはずなのだが……
その様子を見て七緒がフォローを入れてくれた。

「大丈夫!隊舎の作りなんてどこも似たようなものだから、私の方がここの作りを覚えやすかっただけよ。それに、ここに来ている回数も二桁なんてものじゃないし…気にしないことね」
「あ…ありがとうございます…」

尚もはにかむ馨に、明るく七緒が言った。

「私も今から帰るところですし、途中まで一緒に行きましょう?」



隊舎を出て少し行くと、昨日の道順を少しずつ思い出してきた。

「確か昨日はここを曲がって行きました」
「そうなの?そっちの道は確かに近いけど、夜は暗いから一人で通っては駄目よ?いくら瀞霊廷の中とはいっても危険が無いわけではないから」

落ち着いてきた馨は、折角なので一週間後の現世行きがどんなものかを七緒に尋ねてみた。ところが、彼女はそれには参加したことが無いのだという。

「私は昔から鬼道は得意だけど剣道は苦手で…後方支援しかできないから必要以上に実践的な任務には就かせてもらったことが無いの。参考にならなくてごめんなさい」

肩を落とした七緒は、その見た目に違わず真面目で一生懸命なヒトなのだろう。乱菊とはまた違った意味で心を許せるヒトだと馨は思った。

「良いんです!伊勢副隊長、他に誰か現世へ行ったことのある方をご存知ですか」
「今から十三番隊に行くなら、朽木さんに話を聞くといいわ。まあ、彼女の場合は少し特殊な経験をしているけれど、現世について結構詳しいはずよ」

朽木さん、というのは、昨日会った朽木ルキアの事だろう。彼女もまた真面目そうな、でもちょっと抜けたところのありそうな印象の死神だった。

「特殊な経験、ですか」
「ええ。小説が一本書けそうなくらいの、ね。さ、着いたわ」

気付くとそこは十三番隊の門前だった。途中で分かれるはずだったのに、七緒は馨を心配して付いてきてくれたのだろう。

「最後まで付いてきて頂いてしまってすみません。ありがとうございました」
「いいえ。また困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」

七緒と別れた後、十三番隊に足を踏み入れた馨は、事務室に辿り着いた。

「失礼します。十番隊の者ですが、書類のチェックをお願いします」
「こちらでお預かりします。――――はい。問題ありません」

チェックしてくれている隊士がちらちらと馨を見ている。こういう対応も、もう慣れっこだ。

「私に何か?」
「いえ、貴女が噂の立花馨三席ですよね?本当に昴さんそっくりで驚きました」

素直に答える隊員に、眼鏡を掛けた柔和そうな男性が優しく注意した。

「こら、君、きちんと業務に集中してください。書類の下段の記入漏れを見逃していますよ」
「可城丸八席!すみません、気を付けます」
「え、本当ですか?すみません、直します」

書類を見てくれた隊員と馨が同時に反応すると、いいえ、と彼は馨の方を向いた。

「構いません。これくらいなら僕がやっておきます」
「すみません、ありがとうございます…」

申し訳なく思いながら部屋を出る前、見回してみてルキアがいないのに気が付いた。可城丸の方も、馨が何かを探しているのに気付いたらしい。

「立花三席、誰かお探しですか?」
「えェ…朽木殿はいらっしゃいますか」
「朽木五席ですか?彼女なら先ほど早めの昼休憩で鍛錬場に向かって行かれたところですよ」
「そうですか!ありがとうございます!」

扉を閉めると、馨は鍛錬場の方に駆けて行った。





「朽木さん!じゃなかった、朽木五席!待ってくださいッ!」

ちょっと瞬歩を使ったりして、馨はやっとのことでルキアに追いついた。ルキアの方は、突然呼び止められて驚いていた。

「立花殿⁉どうしてここに?」
「いえッ、ここには、書類、を届けに、はァッ、来ただけなの、ですが」

切れ切れの息で、現世で実地訓練をすることになったため、現世についての話をきいておきたいと七緒に相談したらルキアを紹介されたというようなことを伝えると、尚もルキアは不思議そうに首を傾げた。

「そこまでのお話は分かりましたが、よく私がここにいると分かりましたね?」
「あァ、それは可城丸八席に貴女が鍛錬場に向かったと聞かされていたからです」

そこまで言って、馨はふと違和感を覚えた。何か、今の状況は不自然ではないか?
その正体が分からずもやもやしていたが、馨の答えに得心が行ったのかルキアは快く応じてくれた。





「私が単独で現世に向かったのは、今から九か月ほど前が初めてだったのです―――――」

鍛錬場の外れにあった大きめの岩に腰を下ろすと、徐に彼女は語りだした。

彼女が担当した町で、一人の異常に霊圧の高い少年にあった事。
彼とその家族を救うため、自身の死神の力を彼に譲渡した事。
それが原因で尸魂界から捕らえられ、極刑に処される決定が下った事。
それを阻止しようと、彼女に助けられた少年が尸魂界に乗り込んできた事。
そして、一連の出来事が藍染という死神の策だと発覚し、皆が事なきを得た事。

七緒の言は正しかった。コレはまるで冒険小説だ。間違いなくルキアはその姫役。
一通り話し終えると、ルキアは懐かしそうに嘆息した。まるで、目の前に彼女を助けに来た死神代行を見ているかのようだ。

「それで、その黒崎一護という死神代行は今はどうしているのですか?」
「……あ奴は、藍染を封印する際死神の力を失ってしまったのです。最早戦うどころか私をその目に映すことすらできませぬ」

その眼には後悔の色が浮かんでいた。きっと、彼の犠牲の下による決着は彼女の望みではなかったのだろう。
沈黙に耐えかねたのか、ルキアは急に大きな声を出した。

「そう言えば、立花殿は現世についてお聞きになりたかったのですよね?話が逸れてしまってすみません」
「いいえ!僕が聞きたかったのはこのお話もでしたから!」

その後、ルキアが現世で見た面白いモノや変わったモノの話をしてもらった。
紙パックや制服など、見てみたいことが沢山できた。

「そう言えば、現世の方も殆どが霊力をもっていないのでしょう?瞬歩以外の長距離の移動手段はどうしているんですか?」

面白いものが沢山あるなら、何か画期的な移動手段があるのかも、という読みだ。

「近いところでは徒歩ですね。しかし、自転車や自動車、電車というものもあちらにはあるようです。自動車は一日に何霊里も、電車は何十霊里も駆けることができるカラクリだと聞いています。ただ、電車は乗るのに難儀な手続きが必要だったり、迷ったりすることもあるそうで――――」

その時、馨の中で錠前が外れるような感覚があった。さっきの違和感の正体だ。

「それだああ‼」
「ど、どうされました!」

いきなり立ち上がって叫んだのを恥じながら馨は座りなおした。
コホン、と一息つく。

「話を切ってしまってすみません」
「いえ、殆ど終わりかけでしたから。して、立花殿、どうなさったのです?」
「そのォ、先程から感じていた違和感の正体が分かったものですから」

馨が反応したのは、ルキアの”迷う”という発言だ。
馨はまだ入隊してから日が浅い。それこそ昨日今日で自隊に帰れないだけでなく隊舎内でまで迷ってしまうほどに。それなのに、十三番隊では一度も迷っていない。事務室に直行し、鍛錬所に向かったルキアに一発で出会ってしまえたのだ。
七緒の言っていた通り、隊舎内は似たような構造になっているのだろうが、自隊のものまで把握できていない馨にそんなことが出来たことに違和感を覚えたのだ。

「何か来たことあるように感じたんですよね。既視感ってやつですね」

あはは!と頭を掻きながら言うと、ルキアは黙って考え込むような素振りを見せた。

「朽木五席?どうなさいました?」
「え、いいえ、何も…ところで、他の隊舎でも似たようなことは有ったのですか?」

似たようなこと…と考えて、一つ思い出した。

「門前にしか行っていませんから中までかは分かりかねますが、日番谷隊長に瀞霊廷を案内していただいた時、五番隊だったかに似たような感覚を味わったような気がします」
「五番隊、ですか?」
「えェ。門の作りなんて似たり寄ったりなのに、変ですよね」

もっと難しい顔になったルキアを見て馨は戸惑った。何か自分は不味いことを口走ってしまっただろうか?
すると、向こうから人影がこちらに向かってくる。あれは確か―――

「可城丸八席?」
「ええ。もう覚えて下さったんですね。ところで朽木五席、まだここにいらっしゃったんですか」

困った顔をした彼の顔を見て、ルキアの顔が青くなっていくのが分かった。

「今、何時です?」
「二時半になります」
「「しまったああああああ!」」

ルキアと馨は同時に立ち上がった。既に昼休憩をとっぷり一時間は過ぎてしまっている。

「すみません、朽木五席!こんなに付き合わせてしまって…」
「構いません。お役に立てたのなら幸いです。また何でもお聞きください!」

可城丸に礼と詫びを述べ、二人は全速力で各々の仕事に戻った。
勿論、馨はすぐには仕事場にすら戻れなかったわけだが……





幕外
十番隊執務室
副隊長の乱菊が部屋を見回して、その部屋にただ一人いた上司の冬獅郎に声を掛ける。

「あれ、隊長、馨知りません?」
「十三番隊に書類を届けに行ったっきりだ。どうせまた迷ってんだろ」
「な~んだ…ちょっと仕事手伝ってもらおうと思ってたのに。居ないんじゃ仕方ないか」

口を尖らせながら書類を振る乱菊に、冬獅郎が細めた目を光らせた。

「自分の分くれェ自分でやれ!立花は口には出してねえだけで、松本が勝手に押し付けた仕事分を把握してるぞ」
「そうなんですか⁉…はっ、まさか、道に迷っているっていうのはあたしの仕事から逃れるための口実⁉油断ならないわね。今度あたしもそう言ってサボってみようっと」
「口じゃなくて手ぇ動かせ!それと本当にやったら今度こそ減俸だからな⁉」
「冗談に決まってるじゃないですか、真に受けないでくださいよ!あ、あたし七緒に用が有ったんだった!隊長、緊急の用事なんでこの書類お願いしても良いですか?」

全く信じていないという目で冬獅郎が見たのを気にも留めない様子で乱菊は扉の前まで移動した。

「十二時までに行かないといけないんで、宜しくお願いしまーす♡」
「…何処にだ」

扉から半身を出した乱菊はウインクして舌を出しながら早口に、

「八番隊の近くに出来た甘味屋です!早く行かないと席が無くなっちゃうんですよ」

と言うだけ言って脱兎のごとくその場を去った。

「―――松本オオオォォ‼」

冬獅郎の怒声が響く。
十番隊は今日も平和だ。




今回も最後までお読みいただきありがとうございました!


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ツユクサ・後編

以前、浮浪人トール様に感想欄でいただいたアイデアを乗せてみました。
花太郎、出番全然なくてゴメン!

そして浮浪人トール様、アイデアを使わせていただきました!
ありがとうございます!


 やっとのことで馨が隊舎に戻ると見覚えのある姿が目に入った。

「あ、えぇっと…山田四席!」

 肩の上で切りそろえられた髪になで肩、そして俯きがちな猫背をした死神が振り返った。

「貴女は立花さん! どうも、先日ぶりです」
「えへへ、先日ぶりです」

 どこか落ち着く雰囲気を纏った彼と向き合って、互いにヘラッと笑った。

「どうかなさったんですか?」
「いえ、お姿をお見掛けして嬉しくなってしまって……あ、そうだ! 山田殿、先日はありがとうございました!」
「ええ⁉ 僕何かしましたか?」
「お忙しい中師匠のことを思い出すために態々(わざわざ)集まってくださったことにお礼を言いたくて。あ~、そういう意味で言うと今日は御礼し損ねてばかりです」

 苦笑しながら馨が言うと、一瞬驚いた顔をした彼は再び深い笑みを浮かべた。

「いいえ! 僕らも薫さんのお話をしたり聞いたりできて嬉しかったんですから! 本当に懐かしいです。僕が最後に会ったのはほんの半年前のハズなのに……」

 彼の表情が僅かに影を孕んだ。

「百年前にはもう二度と会えないって覚悟してたんです。でも半年前にもう一度会うことが出来て、そのせいで今は変な感じなんです。多分、あの場に居た皆さんが……薫さんが死んじゃったなんて嘘みたいで……ひょっこり帰ってくるんじゃないかってどこかで思ってるのかもしれませんね」

 “変なこと言ってすみません”と彼は笑った。
 師匠に死んでほしくなかったヒトが自分以外にも居た。その事実が馨には嬉しかった。
 同時に申し訳なくもなった。

「……すみません」
「どうして立花さんが謝るんですか!」
「きっと山田殿は師匠を見送りたかったでしょう。僕だけが彼の最後を独り占めにしてしまったんです。きっと師匠だってもっと大事なヒトに――」
「そんな事有りませんよ」

 花太郎が馨の手を取った。
 彼の両手が馨の片手を強くつかむ。
 彼の手の温もりが伝わる。

「薫さんと立花さんがどれだけ互いを大事に想ってたのかは十分僕らに伝わってます。確かにお別れの挨拶ぐらいはしたかったですけど、それは立花さんのせいじゃないです! 何も伝えなかった薫さんが全部悪い‼ ――でもいいんです。薫さんはそういう困った所のあるヒトでしたから……全部全部自分で抱えて一人で何とかしようとしちゃうんです。ですから、薫さんが大事なヒトと居ながら亡くなれたのなら……こう言うと不謹慎かもしれませんけど、良かったと、そう僕は思うんです。独りで背負って独りで亡くなることほど寂しくて悲しいことはありませんから」

 その手は少し震えていた。
 いや、震えていたのは手だけではなく声もだった。
 もうすぐ泣き出しそうな……と馨が顔を上げた直後、彼の涙腺が決壊した。

「や、山田ご「うあああああん! 薫さぁぁん‼」おおおお落ち着いて下さい、山田四席! どうしよう、ええっと……」
「ちょっとアンタ達、何やってんのよ?」

 呆れた声の通りの顔で、馨の後ろから乱菊がやって来た。
 珍しく手に書類を持っている。

「乱菊さん! いえ、先日のお礼をしていたんですが……」
「お礼? 感極まって泣くほどのをしたわけ?」
「えっと、直接的な要因は違うんですけど、引き金の引き金がそれと言いますか」
「はっきり言いなさいよ、まったく……もお、とりあえず花太郎が落ち着くまでそこの会議室に入ってなさい。ここじゃ人目について仕方ないわ」



 乱菊が指さした扉に花太郎を案内して、狭いながらもちゃんとした給湯室で茶を入れる。
 話す内容が思い浮かばなかった馨にとって、その作業で時間を稼げるのは幸いだった。

「取り乱してしまってすみませんでした……」

 お茶を渡すと、会議室にある数多くの椅子のうちの1つに気まずそうに腰掛けた花太郎が言った。

「いいえ。僕も師匠が目の前で亡くなった時は酷く取り乱しましたから……お気持ちは分かります」

 自分の茶を机の上に置こうと持った瞬間、ほんの一瞬だけ視界が暗転し声が聞こえた。

『そんだけ目も頭も動いといて寝たままとか……アンタはホント、器用で馬鹿だよ』

 湯呑が割れる音で我に返った。

「立花さん⁉ お怪我は有りませんか‼」
「怪我、ですか?」

 呆然としながら床を見ると、大きなひびが走った湯呑から零れている茶は意外に少ない。
 妙に死覇装が温かいと思ったら自分に掛かっていたようだ。

「大丈夫です。死覇装が濡れてしまっただけですから」
「結構熱いですよね⁉ 火傷してるんじゃないですか⁉」
「いえ、痛いところはありませんから!それより湯呑を割ってしまいました……しまった……」
「そ、そっちですか……?」

 項垂れた馨を見た花太郎はおずおずと斬魄刀を抜いた。

「では、お茶のお詫びに。――内緒にしてくださいね。満たせ、〈瓢丸〉!」

 花太郎の斬魄刀は普通の日本刀より少し幅が広く何か枠のような窪みがあった。
 それをそっと湯呑に当てると、そのヒビが消えた。

「―――え? 何で……凄い!」
「僕の斬魄刀、〈瓢丸〉は傷を吸い取って癒す力を持ってるんです。今回みたいに僕が傷だと思うものならモノでも直せるみたいで……完全に割れちゃうと無理なんですけどね」

 うなじのあたりを照れながら擦って彼は言った。
 暫くして彼は慌てたように斬魄刀を仕舞った。

「本当は上位席官の瀞霊廷内での斬魄刀解放は規定違反なので、内密にお願いします!」
「分かりました! でも本当に凄いですね。あんなに派手に入っていたヒビがこんなに綺麗に直ってる!」
「そんなことないですよ。一定量以上の怪我は治しきれませんし、戦いには全然使えませんから……」
「そんなこと有ります‼」

 力を込めて馨が言うと、花太郎は目を丸くした。

「僕にはヒトを傷つける技術しかない。回道は師匠に教わってますけど、山田殿みたいに上手くいかないんです。虚が斬れるだけで仲間を護れるわけじゃない。師匠が仰ってました。“護廷十三隊を支える最も欠くことのできない部署は四番隊だ。彼らが居るから僕らは安心してギリギリまで戦える”って。その意味が今ならわかります。あれは自分の怪我を気にしなくて済むって意味じゃない。仲間を護るとき、それ以上敵に攻撃させないために動くことに専念できるようになるって意味なんだって! 仲間を癒してくれる人たちがいるからこそ、その人たちに背を預けられるって事なんだと思います。それを体現したような斬魄刀じゃないですか!」

 馨が一気に捲し立てると花太郎は暫く呆気に取られていた。
 気まずくなった馨が呼び掛けると、彼は困ったように笑った。







「たいちょ~う! 四番隊から書類回ってきましたよぉ! 副隊長から直接渡すようにって言われたんですけど、何の書類なんですか?」
「これは……」

 乱菊から受け取った書類に目を通した冬獅郎はそれを彼女に見せた。

「何ですか?――――“南流魂街四十地区〈饗庭(あえば)〉調査結果”? 実働隊は二番隊、四番隊、十二番隊⁉ 少数ずつとはいえ、こんなに人員を裂いて一体何を?」
「百目鬼の死亡確認だ」
「‼」

 乱菊の目が見開かれる。

「奴が死んだと言われても、あいつが以前やったことを鑑みれば疑うのが道理だ。事実確認に二番隊、あいつが息を引き取った場所の調査を四番隊、同じく暮らしていた家の調査を十二番隊が行ったらしい」
「結果はどうだったんですか」
「………ほぼ確実に死んでいるとの事だ。調査中の小隊の位置と立花の位置は〈波枝垂〉の有効範囲から大分離れているから、それによる偽装の可能性はねえ。強いていうなら、十二番隊が妙な痕跡を発見したってことくらいだ」
「妙な痕跡、ですか」
「ああ。どうやらその家に残された百目鬼の霊子の一種が少なかったらしい」

 眉間に皺を寄せながらパラパラと冬獅郎が資料を捲り、該当ページを開いた。データが様々添付してあるが、乱菊の知らない用語ばかりで彼女は首を傾げた。

「結局、どう問題があるんですか」
「問題って程じゃねえが、死神が死んで霧散する際に発せられるモノだったらしい。誤差とは言えない程に減少量が激しいのなんのと書いてある」
「それって、薫さんは生きてるかもしれないって事ですか?」
「いや、その霊子は死後にしか発生しねえそうだ。だから観測されている時点でその可能性はほぼ無え。加えて黒崎の証言から見ても、間違いは無いと結果が出てる」

 元死神代行・黒崎一護の証言によると薫が失踪する前、彼の胸には斬魄刀が二本刺さっていた。本来なら即死するはずのその傷で、彼は普通に一護と受け答えをしたというのだ。

「一護の証言って……見間違いとかじゃなかったんですか⁉」
「いや、浦原によると、百目鬼の斬魄刀の能力を考えれば有り得る話なんだそうだ。だがその後……余命は大分縮んでいたとみられる」
「余命? 何の話ですか」
「あいつはずっと前から患っていたんだそうだ。浦原にしか明かしていなかったようだがな」
「そう……ですか…………結局、薫さんは殆ど誰にも心を開かないまま……」

 俯いた彼女に冬獅郎は何も言わなかった。







「朽木です。失礼します」

 入室すると、浮竹十四郎が下半身を布団に入れたまま上半身を起き上がらせてルキアを迎えた。

「おお、朽木。今日もお疲れ!」
「浮竹隊長! お加減はもう宜しいのですか?」
「ああ。昨日だって良かったんだぞ? その後ちょっと興奮しすぎただけだ」
(いやいや隊長、そこが問題なんですって)

 昴の声が聞こえた気がしてルキアは一瞬硬直した。こんな幻聴が聞こえるのも、今日立花馨と話をしていたせいだろう。

「ところで朽木、どうしたんだ? こんな時間に来るなんて珍しいな」

 そうなのだ。今は午後九時――夜勤の隊士くらいしか業務についていない時間だ。体の弱い隊長をこんな時間に尋ねる者もまずいない。勿論、三席の小椿仙太郎と虎徹清音も自室に戻っている時間だ。
 だからこそ今来た。

「遅くに申し訳ありません。実は、お耳に入れておきたいことがあるのです」

 ルキアは、今日馨と話したことについての報告をした。内容はもちろん、彼女が述べていた”既視感”についてだ。

「十三番隊と五番隊に既視感を感じたと、確かに立花はそう言ったのかい?」
「五番隊の方は番号が少し怪しい感じはしましたが、そうです。これで増々立花殿と昴殿が同一人物であるという確証が――」
「いや、それは違うぞ、朽木」

 浮竹の顔が険しくなった。

「五番隊と深く関わっていたのはあくまで薫君の方だ。橘は生前、生活の殆どを十三番隊で過ごしていた」
「しかし、四番隊には花太郎がおります! 立花殿は五番隊ではなく、一つ手前の四番隊と勘違いしていたのではありませんか」
「山田が入隊したのは橘が亡くなった後だ。それまでは彼の兄が同じく四番隊だったが、殆ど関りが無いという事を本人が言っていた。本当に橘なら、ここを除いて既視感を持つなら精々、喜助君の居た十二番隊くらいだろう。彼女はよく薫君に付いて遊びに行っていたらしいからね」

 暗雲が立ち込める、というのはこういうことをいうのだろう。

「それでは――――立花殿の感覚が正しいとするなら、彼女は一体誰なのでしょうか……」
「…………」
「馨チャンは馨チャンだよ」

 ルキアが後ろを振り返ると、いつの間にか京楽が後ろの障子にもたれかかっている影が見えた。音もなく襖が開く。

「こんばんは! 二人して秘密の相談とは、連れないねぇ」
「京楽……!」 「京楽隊長!」
「まぁったく、真子クンの言う通りになってるじゃない。なあ、浮竹、ルキアちゃん、君らにとって馨チャンって何だい? 昴チャンが生きていてくれたらいいのにっていう君たちの願望を押し付ける(マト)になってない?」
「「⁉」」

 二人は反論出来なかった。否、してはならなかった。
 ”彼女は一体誰なのか”など、愚問中の愚問だ。そんなもの、立花馨に決まっている。
 例えその正体が別の誰かだったとしても、今彼女がいることに変わりはない。そんなことも思考できない程、二人は冷静ではなくなっていた。

「ありがとう、京楽。見失う所だった」
「いいよ~! こっちも、盗み聞きして悪かったねえ。偶々ってわけじゃないんだ」

 ルキアが首を傾げると、京楽は続けた。

「馨チャンがルキアちゃんに会う前、七緒チャンに会ってたらしいんだよね。その経由で何か分かったことはないか聞きに来てたんだ」
「流石だな。それで京楽、お前はこの話、どう思った?」
「どうだかねえ……ただ、一筋縄ではいかないってことがはっきりしたってことしか今は分からないよ」

 兎にも角にも、一週間後になってみなければ事態は進まないのだ。
 厳しい顔になった京楽と浮竹に挟まれて、ルキアは居心地悪そうに座り直すことしかできなかった。





前回の投稿後に文章の書き方についてメッセージでご指摘をいただきました。
目から鱗なことが多く、とても勉強になりました!
お名前を出してよいのか分からなかったので一応伏せさせていただきますが、再度感謝を。

そしてまだまだ拙い作者の文章を今回も読んでくださった皆様にも感謝を込めて。

ありがとうございました!

(注:最終回ではありません。なんかそれっぽくなってしまったので念の為)


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ラベンダー

学名:Lavandula
科名:シソ科
大きさ:背丈20~100cm 横幅20~120cm




”私に答えて下さい”





「開門‼」

 穿界門が開かれた。地獄蝶と共に一歩、馨と冬獅郎はその門へ足を踏み入れる。

「これが断界! これが拘流! これが地獄蝶! 本物を見られる日が来るなんて……!」

 感動している馨に、冬獅郎は冷ややかに言った。

「おい、立花。お前俺が一週間前言ったこと忘れてねえだろうな? 遊び気分なら置いていくぞ」
「わ、忘れてません! 大丈夫です!」

 慌てて冬獅郎に追いついた馨は気を引き締め直した。これからは未知の世界なのだ。気を張っておくに越したことはない。

「出口だ」

 唐突に表れた光に飛び込むと、河川敷に二人は降り立った。
 和やかな現世の風景に浮かれかけたのも束の間、すぐ近くに歪んだ気配がした。冬獅郎が背負った斬魄刀に手を掛ける。

「早速(ホロウ)が出やがったな。立花、まずは俺が手本を見せる。良く見とけ」

 冬獅郎がその気配の方を向くと、以前馨を襲ったようなバケモノ――虚がこちらに向かってきた。凄い勢いだ。

「蒼天に坐せ、〈氷輪丸〉!」

 冬獅郎は斬魄刀を解放するなり、氷の竜を作って打ち出した。本来は後ろから仮面を割るのだが、虚のスピードが速すぎたせいだろう。
 しかし虚はその竜に当たりながらも躱し、一直線に馨目掛けて突っ込んできた。凍結した腕の一部を強引に引っ張ったがためにそこから折れてしまっている。なのに、悲鳴すら上げない。

「何だと⁉」

 虚は普通、より霊的濃度の高い魂を求める傾向にある。現在、限定霊印によって制限されているとはいえ斬魄刀を解放して戦闘中の冬獅郎の霊圧が、戦闘外で霊圧を抑えている馨の霊圧を下回っている筈はない。にもかかわらず、虚は冬獅郎には目もくれないで馨に突進してきた。

(どうしよう⁉)

 今の馨は斬魄刀を構えてもいない。臨戦態勢ではないのだ。冬獅郎の方も、虚の予想外の行動に反応が遅れたせいで間に合いそうにない。
 次の瞬間、自分の視界が一気に真っ暗になった。


「な、なにこれ……もしかして僕ァ、死んじゃった、のか?」

『“死んじゃった?” まさか! アンタはいつまで経っても呑気なもんだね』

 声の方を振り返ると、自分にそっくりな、しかし自分と服も髪も白黒反転したような死神が立っていた。

「誰…?」

『あはは! ”誰”ときたもんだ! 参っちゃうよ。僕はアンタ、アンタは僕。強いていうなら、僕はアンタが落っことしていったモノの集合かな』

「よく分からないな。一つだけ分かるのは、僕は今すぐ刀を構えて虚を斬らなきゃいけないってことだ。早く戻らないと」

『ここは外とは時間も空間も隔絶されてる。心配しなくていい。しっかし、”虚を斬る”、ねえ? あの程度のモノ、わざわざ斬らなくたって()べちゃえばいいじゃないか』

 喰べる…? ああ、()()()()()()()()()()。何で今まで思いつかなかったんだろう。

『はあ……その顔、そんな発想忘れてたってこと? 参っちゃうね。仕方ない。今回だけ特別に、僕が力を貸してあげる。さ、僕の手をとって』

 やれやれ、という風に肩を竦めながら手を差し出す彼女の手に馨は手を伸ばした。その手と手が触れる寸前、馨の腕が誰かの手に捕まれた。この手は――――






「立花!」

 冬獅郎の声で意識が戻った馨は、無意識に伸ばしていた手をキッチリと伸ばした。

「縛道の六十一、六杖光牢!」

 一瞬虚の動きが止まった隙に、冬獅郎が後ろからその仮面を叩き割った。

「良い判断だ、立花。まさか虚があんな行動を取るとは……すまん、臨戦態勢を取っておくよう指示しなかった俺のミスだ」

 虚が昇華していくのを見つめながら冬獅郎が言った。

「いいえ。常に戦闘する心構えができていませんでした。申し訳ありません!」
「良い返事だ。それに、確かに中々良い手でしたよ、立花サン?」

 突然の声に馨が振り返ると、馨と冬獅郎から少し離れたところに緑色の羽織に縞模様の帽子、先の曲がった杖を持った男性が立っていた。

「ありがとうございます……? でもあれ、偶々(たまたま)なんです」
「偶々?」
「はい。師匠のことを思い出したら自然と縛道を使ってました」
「ほう? 走馬燈ってやつですか? アタシは見た事有りませんけど」
「走馬燈……にしては何か変でしたけど……あれって自分の過去が見えるようなものですよね? 今回僕が見たのは白黒反転した僕と――師匠の手だったんです。白昼夢でも見てたのかな」

 それを聞いた彼は、口元を隠すように扇子を開いた。

「……ほう、それはそれは、中々興味深いっスね。アタシ、ここいらで駄菓子屋を営みながら死神の方々のお手伝いをさせてもらってる浦原喜助といいます。以後お見知り置きを♪」

 自分に伸ばされた手に返すべきか躊躇していると、冬獅郎が助け舟を出した。

「その男は百目鬼の師匠みたいなもんだ。今回、ちょっとした協力を頼んでる。胡散臭い男だろうが、程々に信用して構わねえ」
「日番谷隊長、それはヒドイっスよ~! アタシの評価もうちょっと上がんないもんですかねぇ?」
「無理だな。百目鬼自身が言ってたんだ。アンタほど目的の為なら手段を択ばねえ奴は居ねえってな。信頼しすぎると痛い目見るのは明白だ」

 そこまで聞いて、馨は喜助の手を取った。

「僕ァ百目鬼薫の弟子の立花馨です。貴方が師匠の師匠なら、僕にとっても同じこと。宜しくお願いします」
「ええ、ええ。伺ってますよぉ! 改めまして宜しく、立花サン」







 浦原商店と書かれた看板をくぐり店の地下に潜ると、端が見えないほど広い空間が広がっていた。

「ひっ、ひっろォい! 凄い、現世にはこんなことをできる技術があるんですか⁉ 秘密基地みたいでカッコいい‼」
「いや~、立花サンはリアクションが素直で嬉しいっスね! 百目鬼サンも日番谷隊長も顔に出さないヒトなんで」
「お気に召さなくて悪かったな」

 一人興奮する馨と、それを見て面白がっている喜助、話を進めたい冬獅郎……はっきり言えば現在カオスだった。
 馨が落ち着いたところで、喜助は本題に切り出した。勿論、本音は隠してだ。

「今回日番谷隊長から協力を依頼されたのは、立花サン、貴女の健康状態を綿密に調べる為っス」
「健康状態? それくらい、四番隊でやればいいんじゃないですか」
「百目鬼サンの斬魄刀は特殊っスから。彼もその能力のせいで命を削られてたんスから、念には念を入れておきたいって事です」

 それを聞いて馨が青褪めている。冬獅郎の言う通り、彼女は薫に何も聞かされていないらしい。変に緊張されないよう、喜助は笑顔になった。

「そういうわけで、まず貴女にはこの転身体に斬魄刀を突き立てていただいて、その間に貴女自身の検査に入ります」
「何故斬魄刀を突き立てるんですか? それも何かの計測器とかなんですか」

 喜助はにっこりと笑った。彼女はそれを肯定と捉えたらしい。

「分かりました。これでいいですか?」

 深々と斬魄刀が刺さっているのを確認した喜助は、いそいそと彼女をその場から離した。
 彼女の状態を調べる、薫の斬魄刀は特殊、彼の健康に害をなしていた――それらは間違いなく事実だ。人を騙す時は、こういう真実を混ぜながら行うものだ。

 転身体の説明を喜助は明示していない。馨には悪いが、斬魄刀〈波枝垂〉と馨を引き離すにはこれが一番手っ取り早いと喜助は冬獅郎に提案した。

 そんなことだから、いつまで経っても冬獅郎から信用を勝ち取れていないわけなのだが……







『馨様! お待ちください‼』

「縛道の六十一、六杖光牢」 「縛道の六十三、鎖条鎖縛」

 馨を追おうとした彼女の斬魄刀は、無情にも隊長格の縛道によって動きを封じられてしまった。

『日番谷様……それにもうお一方いらっしゃいますね? これは……京楽様』

「大正解~! やっぱりバレちゃったねぇ。流石は薫クンの斬魄刀だ。今はもう、”元”だけどね」

 彼女が不快そうに京楽を見た。京楽は自分に張っていた曲光を解きながら、彼女に近づいて行く。

「いや~、美人さんだねえ!〈波枝垂〉チャン」

『お褒めに預かり光栄ですけれど、こうやって縛られていては不快なだけですわ。解いてくださいませんか』

「君が正直に色々と話してくれたらね。いやあ、でも案外あっさり君が自分の名前を認めてくれるなんて、驚いたよ」

 京楽は彼女を〈波枝垂〉と呼んだ。彼女はそれを否定せずに返してきている。これは、自分が馨に名を偽っていることを暗に認めたことになる。

『京楽様は搦め手がお得意の御様子ですから。下手に抵抗は致しません』

「それは助かるねえ! そんじゃぁ下手な前置きは無しでいこうか。薫クンは馨チャンの何を知ってたんだい?」

『……全てを』

「へえ、こりゃまた大きく出たね! 具体的には?」

『……………』

「だんまりかい? じゃあ、薫クンは何で君に〈氷華〉の名を騙らせているんだい」

『馨様に必要なことなのです。わたくしの力は大きすぎる。あの方が使ってはならないのです』

「確かに、君の力を扱うにはまだまだ馨チャンは未熟だ。でも何だか君の感じを見てると、ちょっと違うのかな?」

『……半分、とだけ申し上げておきます』

「成程? ところで薫クンは確かに亡くなったんだよね?」

『……もう、生きてはいらっしゃいません』

「ふうん……ねえ、〈波枝垂〉チャンさ、こっちが訊いといてなんなんだけど、何でこんなにあっさり話してくれたの?」

『わたくし自身、どうすれば良いのか分からなくなってしまっているからかもしれません。あの方のためにどうすればいいのか、分からないのです』

「そっか、こんなやり方をして悪かったね。日番谷隊長、もういいよ」
「分かった」

 彼女を縛っていた光が弾けた。彼女は少し乱れた着物を正し、凛と立っていた。その立ち居姿とは裏腹に、その表情は晴れないままだった。








 準備するからここで待っていろと喜助に言われて五分、辺りを見ていると、馨にはどれもこれも面白そうなものばかりだった。
 奥を覗くと、うっすら光る刀が置いてあった。よく見ると刃が付いていない。

「触らないで」

 馨はその声の鋭さに驚いて伸ばしていた手を引っ込めた。喜助はずかずかとその刀の前に移動すると、布をかけて隠してしまった。

「勝手に色々触っちゃあ駄目じゃないっスか。ここはアタシの城っスよ? 勝手に触り回られたら、命の保証は出来かねます。分かりましたね?」
「は、はい……すみません」

 そのまま案内された部屋に行くと、寝台が一つと様々な計器が置いてあった。
 寝台に寝かされ、色々と体に取り付けられていく。

「立花サン、これから一時間ほどお待ちいただくことになるんで、何かあったら呼んでください。なるべく動かないでいただきたいんで」
「分かりました」

 一時間もあるなら、と馨は瞳を閉じた。昨日は結局興奮して寝不足気味だったから、あっさりと意識が沈んでいく感覚があった。






 沈んだ先には、以前見た夢のように暗闇が広がっていた。
 以前と違うのは、すぐ目の前に二人も人物がいたという事だ。
 一人はついさっき自分に話しかけてきた馨のそっくりさん。もう一人は――――

「何で師匠がまたここに?」

 その声に、二人は同時に反応した。どうやら声も出せるし、向こうにも聞こえているようだ。

「さっき見た白昼夢の続きかな? なんか最近疲れてるのか、同じ夢ばかり見ているような……」

『呑気な事言ってないで、さっさとこの男を倒すのを手伝えよな。いつまで忘れたままでいるつもりだ、アンタは』

「忘れたまま? 何だよ、それ……というか、何で君は師匠と戦ってるんだ?」

 よく見ると、彼女はボロボロだ。師匠もまた怪我を負っているが、彼女に比べれば大したことはない。

『”何で?” 参っちゃうね。アンタがしっかりしないから、戦うなんて無様な真似をしなくちゃいけなくなってるんだろう? 自分が一体何なのか、さっさと思い出せよ。さもないと――ッ! しまっ――』

 彼女に六杖光牢が突き立てられた。動けない彼女に、師匠が容赦なく斬魄刀を振り下ろそうとした。驚いて、馨がそこに割って入る。
 間一髪、という所で師匠は刀を止めた。

「師匠! 何でこんなことを⁉ 何か御存知なら教えて下さい!」

 師匠はそれには答えず、一気に後ろに飛びのいた。彼が立っていた場所に蒼火墜が焦げ跡を残して爆散した。後ろでは彼の六杖光牢を力ずくで破った彼女が、息を切らして立っている。

『くそっ! 支配権を奪われるわけにはいかないんだっ! アンタがあの時僕の手を取っていればこんな面倒は無かったっていうのに……』

 彼女の声が、姿が、遠のいていく。

(待って! 僕ァ何を思い出せばいいんだ? 君は一体誰なんだ⁉)

 声はもう届かない。








「浦原、入っても良いか」
「日番谷サン! どうぞ、お入りください」
「僕も失礼するよぉ!」

 冬獅郎が馨の斬魄刀を、京楽が転身体をもって戻ってきた。

「案外すぐに片がついたみたいっスね」
「そうだねえ。ヒントを沢山くれたって感じかな。喜助クンにも後で相談していいかい?」
「勿論! こっちも中々面白いことになってますよ」

 先程から計器が何かの結果を吐き出し続けている。数値の時もあれば波形の様なものもあり、素人が見ても良く分からなかった。

「例えばホラ、これを見て下さい」

 それは波形が描かれているものだったが、波の大小はバラバラで規則性が無い。冬獅郎と京楽からすれば何がどう凄いのかさっぱりだ。それは喜助も分かっているようで、説明を付け足していく。

「これは立花サンの霊紋っス。霊紋ってのは、霊的濃度の高い者が放つエネルギー変化のパターン、分かりやすく言うならお二方も普段感じていらっしゃるような霊圧の感触の特色を視覚的に表現したモノっス。霊圧で個人を特定できるのは、この霊紋があるせいなんですが、こんなパターンは初めて見ます」
「具体的にどう初めてなの?」
「そうですねえ、じゃ、こちらを比較してみてください」

 そうやって提示されたデータの方には、特徴的ではあるが波の綺麗な繰り返しが続いていた。

「これは一般的な霊紋です。繰り返す波形に個人差があるだけで、基本こんな風に比較的短い周期で繰り返すもんなんです。それが彼女には無い」
「周期性が無いとどうなの?」
「どう、といわれましても前例が有りませんので何とも言えませんが、これに似た現象は見たことがあります。それは――”虚化”っス」
「「⁉」」

 予想だにしていなかった単語で、二人は動揺した。

「これほど長い間霊紋がブレたのを見たことがありませんが、平子隊長たちの虚化でその波形が変化する際乱れてこんな風になることがあったんス。そして面白いことに――」

 喜助が資料をもう一枚引っ張ってきた。コレもまた波形が描かれているが、所々その曲線の色が紅くなっている。

「この紅い部分、コレ、虚の霊圧のパターンなんスよ」
「つまり、ほぼ馨チャンが虚化するのは確定って事かい?」
「そうとも言えないんス。虚化の際、死神と虚、二つの霊圧は時間が経過するごとに混ざり合って安定するもんなんですが、そういった兆候もない。ただ、さっき彼女言ってましたよね? ”自身と白黒反転した自分を夢で見た”と。これは、黒崎サンを含む僕の知る全ての虚化した死神が経験している事象と酷似してます」
「虚化してるかどうかを手早く確かめる方法はないか」

 冬獅郎は身を乗り出した。もしそれが本当なら、スペシャリストといる間に対処しておきたい、という意図だ。

「有るには有るっスけど、立花サンの同意の下やらないとダメなんですが、いいですかね?」
「ああ。背に腹は代えられねえ」






「虚化、ですか?」

 目が覚めた馨に、喜助らは彼女の虚化の可能性を出してきた。それを調べたいが、同意がいる方法らしい。

「ハイ! 言いにくいんですが、もし貴女が虚化していたりその最中だった場合に、軽く虚に体を乗っ取られる反応を示すようなものです。勿論その場合も貴女の安全は保障します」
「ソレ、本当に大丈夫なんだろうな?」

 冬獅郎は心配そうだが、それしか方法が無いなら仕方がない。

「分かりました。調べていただけますか」
「そう来なくちゃ! 了解っス! 鉄斎サ~ン」
「御意」

 喜助の後ろに立っていた三つ編みに眼鏡でガタイのいい男性が、少し馨から離れて胡坐を