捕まりたくない、ヴィラン人生 (サラミファイア)
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1話「まさかまさかのプロローグ」

見切り発車です。


廃棄されたかのような低層ビルのワンフロアに、隠れ家的なバーがある。さびれた場所だが酒の種類は豊富、物静かなマスターは人外じみて謎に包まれ、フロア全体にセンスの光るクラシックが流れている。何故こんなところにあるのか、彼は何者なのか、常連客も謎に包まれたまさに秘密空間。訪れた客はそこにわずかに漂う秘密の空気と、それを独り占めしているという錯覚から生まれる優越感にひたり、そこを去っていく。

そうまさにそこは大人のバー――――などではまったくない。

 

 

茶番に付き合ってくれてありがとう。でもそんなことでもやらないと本当にやってられない。

バーなのは確かだ。だがそこは営利目的で経営しているバーではないし、『隠れ家的なバー』ではなく正真正銘とある犯罪集団の隠れ家である。

マスターは黒霧という男で、常連客じみて椅子に腰かけている顔面手男――何を言っているかわからないかもしれないがそうとしか表現したくない――の名は死柄木弔(しがらきとむら)である。そして俺はなぜだか彼らとともに活動しているれっきとした犯罪者、ヴィランの一人である。

 

 

どうしてこうなった。

黒霧が出してくれたノンアルコールカクテルにうつる死んだ自分の眼と見つめあうと、

「起きてますか?」と黒霧が心配してくれた。親切か。ヴィランの癖に。本当にやってられない。

 

 

 

別に今俺が国民的某週刊誌で連載されていた漫画にいることは驚くことではない。

 

簡単だ。転生した。トラックで跳ね飛ばされた次の瞬間にはガキに成り代わり、当たり前のように超人が闊歩し、ヒーローと呼ばれる職業がもてはやされるのを見て、俺はいろいろと諦めた。一回死んでその記憶を引き継いだまま新しい世界にインプットされてしまったことは遺憾であるが、記憶があるから助かったことも何度もある。すでに。強くてニューゲーム、素晴らしいことじゃないか。一応大体の漫画のあらすじも覚えているし。面倒ごとにはかかわらずフツーの人生歩んで、次はトラックに跳ね飛ばされるなんて痛い死に方じゃなくて、こう、眠るように死にたい。

 

ところが、それを一気に完璧にひっくり返し、俺のささやかな野望をバッキバキに壊したやつがいた。それがこの世界における悪役というかすべての元凶だったりするんだが、もうそれはいい。思い出したくない黒歴史というやつだ。

重要なのは、その悪役により俺はヴィランとして、死柄木さんの部下になったことである。なんだこの人生、ハードモードか。強くてニューゲームはどこへ失踪した。黒霧さんだけならよかった。なぜなら、

 

 

「おいゼロ。聞いてんのか」

「聞いてるから」

 

 

機嫌悪そうな声音で死柄木さんが手を伸ばしてくる。伸ばしてくる、というかひゅっと殺気を帯びて俺の首元を直接狙ってきた。それをとっさに自分の『個性』で回避すればますます不機嫌そうになる死柄木さん。

 

……まるで何事もなかったかのようにふるまっているが、今俺殺されかけたからな?

ちっと舌打ちしているけど、何自分の部下あっさり殺そうとしてるの? まるで聞いてないみたいな態度とられたから殺そうとするって本当にありえなくないか? 

 

五本指全部で触れたモノをボロボロに崩す個性、『崩壊』。近距離戦闘の個性しか持ってないやつには驚きの無双っぷりを発揮できる個性だ。自分の個性が守りに適したもので本当によかった。本当に。でなければここにきてその日に死柄木さんに殺されてた。ますます目が死んでいく気がする。

 

 

「というか、そっちで呼ぶなよ」

 

ゼロという名前。俺の本名はそんなどこぞの漫画の主人公みたいな名前ではない。俺はどっかから放り込まれたらしいこの世界の異物なんだから、もっと普通の名前であっていいはずだ。佐藤だとたしか同じ読みのキャラクターが主人公のクラスにいたから、木村とか、鈴木とかでいいだろ。

だが死柄木さんもまさかの黒霧さんも、二人してそれはさすがにない、と答えるのだ。

 

 

「お前はゼロでいい」

「本名の少し呼び方が変わっただけじゃないですか。大して気にするようなことでもないでしょう」

「呼びやすいしな。ゲームで言えば使い捨ての盾役。いくらでもわいてくるタイプ」

「……」

 

残念なことに俺は一人しかいないのだが。死んだらそこまで、コンテニューなんて二度目はないだろう。

 

「それで、ゼロ」

 

 

わかってはいたが直す気まったくないふざけた連中である。

だがこれ以上機嫌を損ねるのは得策ではないので、「何?」と返事をする。

 

 

「お前いくつだっけ?」

「……十六」

「……チッ、思ったよりガキじゃねえか……俺の嫌いなやつ……」

 

ガキ嫌いを公言する死柄木さんだ、でも連れて来たのは『先生』なんだから勘弁してほしい。

 

「それで?」

「ああ?」

「なんで急に年齢なんか?」

「……やっぱお前話聞いてなかっただろ」

 

 

ひゅっと再び伸ばされた左手を個性で回避。この世は理不尽ばかりか? というか死柄木さんが理不尽。

 

「礼儀知らずだしよ……避けやがるし」

 

避けないと死んでしまうのですが。

 

「今に始まったことではないでしょう。ゼロ、いいですか。あなたは見た目だけで言えばヴィランには見えないでしょう?」

「ああ……まあ」

 

髪の毛が真っ白なことを除けば、俺は目の前の二人のようにおかしな生態系をしていない。黒霧さんみたいに黒い靄ではないし、死柄木さんみたいに顔に手をくっつけているわけでもない。道を行けば自然に人混みに紛れ込む、平凡な顔立ちだ。

 

「私たちの目的のためには、(ヒーロー)の情報は必要不可欠です。でもまだ、私たちは表にでるには早い」

「なんで?」

「必要なコマはなるべく多い方がいいでしょう? 察しが悪いですね。今はまだ潜伏期間、情報を集めるのは陰に潜む必要がある。それは私の方でもいろいろと探っていますが……所詮一部に過ぎない」

「ふうん」

「そこで君です」

 

なんでだ。黒霧さんはあっさりと言い切り、死柄木さんが「バカだな」とでも言いたげに指を俺に向けた。

 

「端的に言えば、スパイみたいなもんだ。ファンにでも装ってプロヒーローやその親族、あるいはヒーロー候補生の個性の情報調べてこい。一般人になりきって」

「……なるほど。いざとなれば家族を人質にとるってことか」

 

 

ヒーロー候補生はそのまま未来のヒーローの芽を摘んでおくという意味。用意周到なことだ。だけどこれ原作にあったか?

 

「……」

「? なんだよ」

「生意気な奴。わかったんなら調べてこい」

「嫌だ」

「………即答かよ殺していいか?」

「……俺には向いてない。プロヒーローのファンを装う? ストレスでハゲる」

 

やってられねぇよそんなこと。ヴィランの俺が自らプロヒーローに近づくなんて爆死間違いないわ。いくら今のところヴィラン連合が表に出ず、俺自身大した犯罪をしていないとしても、どこからどうなってヒーローに捕まるとも限らないのだから。家族に不用意に近づけばそれすら怪しすぎる。

個性を発動しつつ、ぱたりとテーブルに突っ伏したら、黒霧があからさまに溜息をついた。

 

 

「このガキ……」

「やめましょう、死柄木弔。やはり彼はこういうことに向いていない」

「わかってくれて助かる。……ちょっと出てくる」

 

 

カクテルを飲み干し、ベルの壊れた扉を開く。廃ビルのここも居心地はいいが、それは死柄木さんや黒霧さんがおとなしくしている時だ。そんな時間は限りなくゼロに近いが。

それより腹減った。気分が悪くなるし、そうそうと退散させてもらおう。

まあ、腹ごしらえしたらまたここに戻ってくるのだが。

 

 

「おい!」

 

 

悪いな死柄木さん。三十六計逃げるにしかず。

 

 

 

 

    * * *

 

 

 

なんだかんだ、一人でいるときが一番落ち着く。

季節は冬。今の俺みたいに、テイクアウトしたハンバーガーとホットコーヒー片手に日が寒々しい公園にいるもの好きはいない。治安の悪い地区にあり、なおかつ事故があったとかで遊具が全面禁止されたせいで、冬休み中であるはずの小学生もいない。まあ、これだけ寒かったら誰でも家に引きこもるかもしれないが。とにかく、とっても人気はなかった。

 

二つあるベンチのうち一つを一人で占領し、ハンバーガーをもぎゅもぎゅと胃袋に収める。コートのポケットに片手を突っ込み、ホットコーヒーをすすりながらぼんやりと風にゆれる木々を眺めていれば、眠りたくもなってくる。

 

振り返っておくが今は冬である。俺が『先生』に会ったのは今から二年前くらい前のことで、やはりそれも冬である。ちなみに死柄木さんの部下になったのは今から半年くらい前だ。

今死柄木さんと黒霧さんしかいないことを考えれば、今が『原作前』であることはわかる。問題は、いつ原作が始まるのか、だ。

 

これから死柄木さんの部下として原作にかかわっていく必要があるのだとすれば、見えていることがある。

―――負けるだろ? これ、絶対負けるだろ? 死にはしないかもしれないがたぶん少なくとも逮捕はされるだろ?

少年漫画だ、主人公の勝利は約束されていて、(ヴィラン)の敗北は目をつぶっていてもわかる。

 

正直に言えば、身の振り方を悩んでいる。ヴィラン連合から抜け出すのは『先生』のせいで少し面倒臭くなっているし、ヒーローたちにぼこぼこにされるのは普通にごめんこうむりたい。オールマイトとかマジで怖い。ワンパンで死亡する未来しか見えない。本当に怖い。犯罪の抑止力としての力本当にわかる。

 

原作開始は春で、死柄木さんたちの登場はその一年後。主人公が雄英高校に入学した後。

もし次の春が原作の開始であれば、自分がどう行動するかはこの一年ちょっとで決めなければならないのだ。

 

 

「やってらんねえなあ……」

 

しばしの現実逃避だ。腹もみちたし、少しばかり眠ることにする。

 

 

―――――考えれば、このときにそうそうとこの公園から立ち去ってしまえばよかったのだ。それに、好奇心につられて余計なことに首を突っ込まなければよかった。

 

 

 

 

BOOM———!

 

「!?」

 

何、なんだ今の音?

驚きすぎて体が自然とびくっと動いた。というか、その自分の体の動きで目が覚めた。

 

「チッ―――」

 

軽い舌打ちが聞こえて、というかその爆音がした方向に視線をやれば、一人の少年が息を荒げて立っていた。爆発は彼によるものであったらしい。冬だというのにわりと薄着で、うっすらと汗をかいている。

爆風によって砂塵が舞い、視界がけぶっている。砂をまとった風が顔面に吹きつけ、砂が入りそうで目を細める。

 

爆発の個性をもった少年か。……ものすごく覚えがあるな。

 

 

じっと汗をぬぐう彼を見れば、視線に気づいたのか彼もこちらを見た。

 

 

「———見てんじゃねえよ。ああ?」

 

 

―――爆豪勝己(ばくごうかつき)。原作における重要人物。

 

 

まさか出会ってしまうとは。

なんにせよ、

めちゃくちゃヴィランみたいだな。

 

 

 

 

 



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2話「小さな友情」

 

 

原作重要人物に出会ってしまった。

爆豪勝己。個性は『爆破』。手からニトロのような汗を出して爆発させる個性である。

 

超がつくほどの負けず嫌いで圧倒的勝利を目指す才能マン。

主人公の幼馴染であり、少しひねくれたライバルである。

 

これがあの爆豪君か……なんだか思っていたよりも幼い。原作より前らしいな。

つんつんと逆立った髪の毛も吊り上がった両目もおおよそ漫画の通り。原作での身長を推察することはできないが、俺よりも少し低いくらいだろう。

でもこちらを物凄く睨みつけてくるその視線は、犯罪者である俺よりもずっとヴィランに見える。

 

 

「……いや、別に」

「だったら見んじゃねえよ」

「じゃあここで個性なんて発動するなよ」

 

「ああ"?」

 

おっと素が出てしまった。

ここは公園だ。いくら寂れているとはいえ、というか俺以外人がいないとはいえ個性の発動は禁止されている。

思ったことが思わず飛び出てしまった。恐ろしく睨みつけてくる爆豪君を見るに、どうやら言われたくない言葉であったらしい。まったく、悪い事やっている自覚があるならもうちょっと控えめにしてほしいものだ。

 

喧嘩するつもりはない。方針転換することにする。

 

「……個性のトレーニングでもしてるのか? いつもここで?」

「だったらなんだよ。後から来たのはテメエの方だからな」

「ふうん。そりゃ悪かった」

 

 

……そういえば、こいつもヒーロー候補生だったな。

 

はあ、と息を吐けば白く空気に溶けていく。

死柄木さんにはヒーロー候補生とかプロのヒーローとかの情報を拾ってこいだとか言われたが、そんなものめんどくさいと蹴ってきた直後である。

若干上司の指令をスル―する罪悪感だとかを感じないでもないが、原作の重要人物につっかかる気分にはなれない。

 

そばに置いておいたハンバーガー類のごみを入れた紙袋をつかみ立ち上がる。

 

「まあ……、頑張れよ」

 

 

近づかないのが身のためだろ。

しかしまあ驚いた。まさか原作の登場人物に出会ってしまうとは。

でももうしばらく会うことはないだろ。

 

 

 

 

 

 

―――と思ったのだが。

 

BOOM!!

 

「……」

 

相変わらずやってるなあ……。

同じ公園だったらもしかしてまた爆豪君と遭遇してしまうかもしれないと思ったので、別の公園だとか河川敷だとかに移動してそこで現実逃避の睡眠をしていたのだが、

 

「またてめえか?!」

「どっちかというと俺の台詞だ」

 

驚きの頻度で爆豪君と遭遇する。

 

爆豪君の個性を考えれば人のいるところで自由自在にぶっ飛ばすことはできないだろう。自然人気が少ないところに限られる。ヴィランである俺が人目につく場所にいきづらい以上、爆豪君がトレーニングするときの場所とかぶってしまうというわけだ。

それにしてもかぶりすぎじゃないか? もう十回以上あってるぞ。

俺が現実逃避の睡眠をとっているときに、爆豪君は何時のまにか現れているのだ。

 

向こうからすれば場所を変えてもベンチで寝ている不審な奴というイメージだろう。俺も気を遣って場所を変えているというのに、向こうも向こうで変えているのかばったり出くわしてしまうというわけだ。

最初は遭遇するたびに場所を変えていたのだが、いい加減面倒になったので開き直って爆豪君を見物することにした。

見んじゃねえ!とたびたび怒られるがもはやスルーだ。死柄木さんに比べれば怖くないしな。

いくら睨みがきつかろうとまだガキ。恐れることは何もない。

 

 

爆発音がして、目が覚める。

最近気づいたのだが、俺はどうやら彼がトレーニングを始めてからある程度時間が経ってから目がさめているようだ。多少の爆音なら俺は目が覚めない。

よく眠れるよな、自分で言うのもなんだが。

 

「はあ、ハアッ」

 

爆豪君は今日も俺が寝ている間に頑張って爆破のトレーニングをしていたようだ。息を切らして疲れている。

もう一月も半ばで、東京じゃかなり寒い時期だ。吐く息は白いが、爆豪君のトレーニングはかなり厳しいのかやはり薄着で、汗もかいている。制服だと見とがめられるからか、シンプルな私服である。

 

対照的に、俺はきちんとコートを着込んでマフラーも着用している。寝ている間に冷め切ったコーヒーをすすっていれば、爆豪君はいい加減自分を見る視線になれたのか、俺を気にすることはない。

 

 

間近で見ていればわかるが、本当に爆豪君は才能に満ちている。手のひらからしか爆発が出てこない点はまあ彼の弱点と言えなくもないが、機動力に長けているし一度攻撃が当たれば怪我は免れない。

これがそう時をかけずに(ヒーローこうほ)になると考えると、憂鬱にもなる。眠くもなる。

 

ふわああ、あくびが出てしまう。爆豪君の爆発によって起こされてしまうけど、正直に言えばもうちょっと眠りたい。

 

不意に絶えず続いていた爆発音が途絶えた。

爆豪君も休憩だろうか?

 

……いや、違うな。

 

寂れた公園の真ん中、爆豪君は膝をついていた。息が荒いのは最初からだが、どうやら立ち上がれないらしい。

ポケットに手を突っ込んだまま爆豪君を眺めていれば、どさりと上体が崩れた。

 

さすがにこれを、そのままにしておくのはまずいか。こっちの気分が悪い。

 

鞄から未開封のミネラルウォーターのボトルを取り出す。背負っていた鞄はベンチに置きっぱなしにして、爆豪君に近寄る。

 

「飲みな。脱水症状を起こしてるんだろ」

 

冬の乾燥した空気の中で、水分補給もせずに長時間汗をかくほど運動を続けていれば、気づかぬうちに陥っているなんてよくある話だ。爆豪君みたいな体力があるやつが立ち上がれないなんて、よほど強いめまいを起こしているんだろう。

 

「っ……るせえ、」

「いらないのか」

「いらねえっ!」

「本当に?」

「いらねえっつったらいらねえ!」

 

意固地になる爆豪君だが、頭に手をあて、こっちをにらむ様も活力がない。

 

「そう。じゃあ救急車呼ぶしかないな」

「っ、おい!」

「水飲めば治るんじゃないのか。正しい判断をすべきだろ」

 

ぽい、とボトルを落とせばしぶしぶといった様子だったが、ペットボトルを受け取りキャップを開けて一気に飲み干した。ごくごくと喉を鳴らし、妙に美味そうである。

はあとため息をついてめまいを抑えている様子で、「ベンチ座って休めば?」と踵を返せば普段の勝気はどこへやら、おぼつかない足取りでベンチに腰掛けた。

 

特に会話もなく、ぼうっとしていれば爆豪君の呼吸も落ち着いてきた。見る限り病院に行く必要もないだろう。これ以上の手助けは不要。

 

「じゃあな」

 

バーガー類のごみをぐしゃっと丸める。

近くにゴミ箱あっただろうか。前いた公園ならゴミ箱があったからそこに捨てることができたのだが。

 

「!」

 

不意にゴミがひったくられた。なんだ。

見れば隣のベンチに座っていた爆豪君が手を伸ばして、俺のゴミを奪い取っていた。ボッと手のひらから出した爆破によって紙ごみは一気に燃え上がり、灰となって消えていく。……なんだ、俺のゴミを燃やして消してくれたのか。微妙にいいやつか。それとも、

 

「助けられたわけじゃ、ねえからな!!」

 

「……おう」

 

驚くほど意固地だ。素直に礼が言えればもっと生きやすいだろうに。

いや、礼を言えないから爆豪君なのか。

 

 

 

 

 

 

 

それから、(ヴィラン)爆豪君(ヒーローしぼう)の少し不思議な交流が始まった。

 

 

「よう、爆破君」

「いっつもそこにいんな、バーガー野郎」

 

お互い本名は口にしていないせいで、妙なあだ名で呼び合うこととなった。わかりゃいいだろ、と大雑把な性格だったせいで俺はバーガー野郎と呼ばれている。正直に言えばそんなにバーガー類が好きなわけじゃないんだが。

あちらこちらを転々としていた俺たちだったが、結局俺と爆豪君が初めてあった公園で固定されることになった。

俺が先に寝ていて、あとから爆豪君がやってきて個性のトレーニングをしている。

 

毎度毎度飽きねえな。

 

俺の前で倒れそうになったのが少しトラウマなのか、休憩を取り水分補給もするようになった爆破君、もとい爆豪君。この休憩中、お互い暇なのか時折会話するようにもなった。ま、取り留めのないものだが。

 

「ふうん。ヒーロー志望か。やっぱり雄英か?」

「当たり前だ。ヒーローで一番つったら雄英だろ。俺はそこで、一番になってやる」

「トップ高だしな」

 

ぎらりと歯をむき出しにして笑っている。

向上心たくましい。その分だけの努力もしている。それこその結果を出しているということ。

 

「そういや、今いくつだ? 中学生なんだよな」

「中二だ」

「つーことは、入試まで丸一年ってとこか」

 

この瞬間、今がどの時点が判明した。

原作が始まったのは主人公、緑谷出久(みどりやいずく)と幼馴染の爆豪君が中学三年生になったときだ。その春、ヘドロ事件が起きて緑谷君はオールマイトに出会い物語が始まる。

そして、ヴィラン連合が襲ってくるのは、主人公たちが雄英高校に入学した、一年後。

 

つまり原作の開始は次の春。この一年で、俺も身の振り方を決めなければならないな。

 

取り留めのない会話でも続けていてよかった。俺にとって重要な情報が手に入った。

ま、爆豪君にとっては大した情報でもなかったろうが。

 

「その入試のために個性を磨くってわけか。熱心だな。こんな公園まで来て」

「簡単に一番とれっとは思ってねえ……でも絶対に、勝つ。……で? お前は?」

「あ、ああ?」

「なんでいつもこんなとこいんだよ。ヒーロー高校なのか」

「ん、ああ……」

 

何と言ったらいいものか。

 

「ここにいんのは……家出みたいなもんだ」

「はああ? 家出ぇ?」

「みたいなもんだって言ったろ」

「ガキかよ!」

 

今のぐさっときた。

といってもあながち間違いじゃない。あの死柄木さんや黒霧さんのいるバーが家だとは思いたくないが、一応アジトで寝泊まりしているのだ。まああそこが家だとは思いたくないが。というか家じゃないが。

パワハラ上司に常に上司の味方であるマスター。あれ、ストライキ起こしても何の問題もなくないか?

 

「あと、俺はお前の一つ年上だ」

「はぁああ? 俺より年上なのかお前!?」

「そうだ。敬え」

「ざけんな、爆破すんぞ」

「冗談だ」

 

というか、わかってはいたけど態度が変わる様子はないな。

 

 

「で、個性は?」

「何だお前、俺に興味あんのか?」

「ねえよバーガー野郎!!」

 

あおりやすくて助かるな。敵に個性をばらすつもりはさすがにない。

 

「ポテト余った。やるよ」

「……おう、ってこれ冷めてんじゃねえか」

「個性であっためろよ。これもトレーニングだ、爆破君」

「えっらそうに……!! ぶっ飛ばすぞ」

「となると俺はなすすべなくぶっ飛ばされるしかないな」

 

 

文句を言いながらも律儀にポテトを掌に載せ、小爆発をおこして温めている爆豪君。いくつか黒焦げになったみたいだが、何回か試せば丁度いい温度を見つけられたらしい。ほかほかと温まったポテトをつまんでいる。うまそうだな。

じっと見ていればずいっとその手のひらがこっちに突き出された。

 

「ありがとう」

 

一つつまもうとした瞬間、その手が引っ込められた。

なんだよ、どういうつもりだ?

 

「やらねーよバーガー野郎。レタスでも食ってろ」

「お前……性格が下水みたいだな」

「なっ!?」

 

驚いた隙にポテトをつまんで口に放り込む。

 

 

「くっそ……油断したこのクソ野郎……!」

「うまい」

 

 

まだまだ中学生。煽り耐性が低くて助かる。

 

 

 

 

     * * *

 

 

「————いつも、どこに行ってるんだ?」

 

「別に?」

 

爆豪君と別れた後、適当にふらふらしてからアジトに戻る。

それはあとをつけられていないかの確認でもあるし、単にこの場所に戻りたくないからでもある。たびたび抜け出しているからかそろそろ死柄木さんや黒霧さんも、俺がどうしているか気になり始めたらしい。

 

「俺は俺で調べものしてるんだ」

 

真っ赤な嘘だが。

表情は変わらないし、この世界に転生してからの長年の諦念で目も見事に死んでいる。些細な嘘をついたくらいで、彼らに見抜かれることはない。それは『先生』も同じである。

死柄木さんは疑り深いので俺の言葉を真に受けることはないが、深く問いただすこともない。

 

顔面や首筋にくっついている手首の具合を確かめると、死柄木さんはバーの席を立った。

 

「行くぞゼロ。盾役があった方がいい」

「……どこに?」

 

にぃと手のマスクのはしから覗く口元が弧を描く。黒霧さんは無言で個性を発動し、おしゃれなバーに深い影を落とした。

 

 

「仲間を集めにさ」

 

 

死柄木さんの楽し気な声を聴き、俺の視界は暗闇に飲まれた。

――――人材集めか?

出張ならもっとはやく言ってほしいものだ。

本当にやってられない。

 

 

 

 

 



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3話「レッツスカウティング」

今回は最後の方に別視点があります


「死柄木さん。いい加減にしてくれないか」

「ははは」

 

聞く気なしか。

 

個性を発動し、死柄木さんと黒霧さんをかばいながら溜息をつく。気持ち真面目に防御するために、正面からつばを吐き散らしながら襲ってくるヴィランをまるで押しとどめるように、両手のひらを押し出す。あれだ、俺は個性を発動して防御してますよ、というアピールだ。本当はそんなモーション必要ないのだが。

 

大人の代わりに頑張って攻撃を防いでる、そんな涙ぐましい青年が俺である。

その十六歳(ガキ)の後ろに悠々と立っているのが死柄木さんと黒霧さんだ。「もう少し時間が必要だなー」とのんびりヴィラン達を眺めている。子供に守られて恥ずかしいと思わないのだろうか、この人たちは。

 

別に俺の個性的に、守り役に徹するのはかまわない。だがしかし、俺の個性にも発動限界がある以上、疲労は必須。本当にやってられない。

 

「くそっ、なんだこいつの個性!? 殴っても効かねえ、電気も効かねえっ!」

「バリアか!? 無敵じゃねえかよ……!」

 

先ほどまで俺たちに襲い掛かってきたヴィランたちは息を切らし、少し距離をとる。

バリア、に近い。でも実際はかなり違う。

いちいち彼らに説明する義理もないので黙っているが。

 

 

 

 

大体何でまずは戦闘なんだよ……。世の中のヴィランは戦わないと気が済まないのか?

 

黒霧さんのワープゲートで日本各地のヴィランたちに会いに行き、仲間を増やそうとするのはかまわない。ブローカーが紹介してくれるだけだと不十分だ、と死柄木さんというか黒霧さんは判断したらしく、ここ最近仲間を集めようとしている。

そのほとんどが個性を持て余しているチンピラだ。

 

「お前ら俺について来いよ。どうせ暇なんだろう?」

 

と、彼らを死柄木さんが勧誘する。

そう簡単に死柄木さんに与する人ばかりではなく、というかかなりの頻度で「ああ? ナマ言ってんじゃねえよ」という感じでオラオラ反撃してくる。個性を使ういい機会だといわんばかりだ。黒霧さんはともかく、死柄木さんが反撃するともれなくどこかしらに怪我を与えることになる。最悪死ぬ。とますますヴィランがついてくることはない。

 

そこで防御に専念できる俺である。俺が彼らの攻撃を防御し続け、キレた彼らが落ち着くまでひたすら待つ。それから死柄木さんが改めて勧誘をスタートするというわけだ。もうちょっと俺へのあたりがよくてもいいのではないだろうか。俺を使って楽してるだろ。

 

 

「こいつ……こいつを倒さねえとあの顔面手野郎を倒せねえ……かといってこいつをどうやって倒す?」

「くっそ、打つ手がねえ……!」

「おいおい、俺らは戦うために来たんじゃねえよ。ほら、少しくらい話をしようぜ?」

 

俺の前に進み出て、首を軽くかしげるようにヴィラン達を見る死柄木さん。

……そろそろいいか? 個性解除しても。

独断で個性解除して、廃ビルの壁に寄りかかる。

 

 

「わかるぜ、退屈なんだろ?」

「っ……!」

「生まれ持った個性すら自由に使えない、規則(ルール)に縛られたこの国が! ムカつくんだろう!? ヒーローなんてものがもてはやされ、日陰者の個性はどうにも淘汰されるこの社会が!」

 

芝居がかった仕草で、両手を広げる。その声音、語る思想にヴィラン達は魅入られる。攻撃が一切通用しなかったことへの狼狽と、個性を発動し続け疲労に満ちた頭で、彼らは死柄木さんの言葉を受け入れていく。

 

「———俺と一緒に来いよ。暴れようぜ? 好きなだけ個性を使って、さ。気に入らないものを全部壊して、」

 

自由になりたいだろう?という言葉にヴィランたちは息をのんだ。伸ばされた手を凝視する。

 

俺という盾から出たその姿は、不思議と人を引き付けるらしい。無邪気に破壊を望む姿は、ヴィラン達には黒い光をまとっているように見える。悪の性というものか。

余裕のある態度、ワープゲートという便利な個性と、攻撃を一切通じさせないバリアの個性を両脇に従えていれば貫禄もでるというもの。俺がその片棒をかついでいるのがものすごく不本意だが。

 

 

「ま、ものは試しさ。とりあえず来いよ」

 

不意にへらりと死柄木さんが空気を変えた。

 

「あ、……」

「そ、そうだな、ものは試しさ!」

 

ほとんど茫然としていたヴィランたちははっと我に返った。なんだかソワソワと、死柄木さんを見つめている。

おいおい気持ち悪いな。

 

なんか、あれだ。誘蛾灯みたいだ。死柄木さんが光って、それにつられたヴィラン達がふらふらと寄っていく蛾。哀れにも寄せられた蛾はじゅっと、こう、燃え上がってしまう。

 

「さて、じゃあ行きましょうか」

 

黒霧さんの落ち着いた声で、黒靄があたりに広がる。

ヴィランたちは数にして六人。六人が手下に加わったというわけだ。思い通りに事が運び、死柄木さんは満足そうだ。なによりである。

特に今回は単純な増強型の個性のほかに電気をぶっ放せるタイプの個性を持ったヴィランがいたおかげで、「派手でいい」と喜んでいる。その攻撃をさばいたのはもちろん俺である。溜息を禁じ得ない。

 

はぁ。でもこれで、ようやくアジトに戻って眠れる。時刻は深夜二時をゆうに回っているのだ。

意外なことだが黒靄での移動は割と快適である。足を突っ込んで、その次の瞬間には目的地までたどり着ける感じだ。座標移動なのか? 原理は聞いていないけれど、移動を楽しむタイプじゃない俺としてはとても楽でいい。

哀れにも引き寄せられたヴィラン達に続いて、最後に黒霧さんのワープゲートを通る。

 

アジトのバーの空気感、とても落ち着く。定位置の、一番端の椅子に腰かけ寝る体勢に入れば、ヴィラン達がバーに感動しているらしかった。

なんだか大丈夫そうだ。寝よう。

 

 

 

 

「なんか、お前妙にすごかったな。どんな個性なんだ!?」

 

起きたら、今日スカウトしたヴィラン達が妙に親し気に話しかけてきた。

死柄木さんを見るに、どうやら彼は見事にシンパを増やしたらしい。

 

新興宗教みたいだな。こわっ。

 

 

 

 

 

 

   * * *

 

 

冬はどうも、何かを積極的にやろうという気力がわかない。これは前世から変わらない、俺の性質である。一回死んでも治らなかった。

 

だから、原作が始まろうという感じになっても基本的にごろごろとしていた。意外にも暖房が効いていて過ごしやすいバーでの昼夜を問わない昼寝は最高に背徳的で素晴らしい。死柄木さんに無茶ぶりされそうになったら公園に出向いて、爆豪君の観察をしたりしてやっぱりそこでも寝たりしていた。

 

「今日も行くぞ、ゼロ」

「嫌だ」

「おい……」

 

昼寝していたところをたたき起こされ、回らない頭でも一刀両断する。そういやそろそろ夜だ。どうせヴィランのスカウトだろう。俺がいなくても何も問題はない。

 

「代わりにあいつら連れてけよ……ほら、なんだっけ。蛾の何人か」

「蛾?」

 

間違った。蛾みたいだなとは思ったが彼らの中に蛾っぽい人は誰もいなかった。

 

「この間スカウトした人たち……きっと俺よりやる気ある」

「お前……あいつらを蛾だと思ってたのか?」

 

やべ。思わず無言になる。しかし特に気にしなかったのか、黒霧さんは話を戻した。

 

「ゼロほどやる気のない人は、私は見たことありませんけどね」

「俺の代わりに、そいつらを盾にすりゃいいだろ……」

 

俺よりきっと、死柄木さんの役に立とうと頑張ってくれることだろう。しかし納得いかないようで、

「死ぬかもだろ」と反論する。

 

「死柄木さんが頑張ればいい」

「なんで俺が!」

「じゃあ黒霧さんだ。……なんでもいい、俺は面倒だから行きたくない」

 

 

ヒュッ。俺に向かって踏み出す鋭い気配。風を切る音。

ぞくっと背筋が粟立った。とっさに突っ伏していた体を起こし、右斜め後方から感じた殺気に向かって右手を広げた。振り向きざまに見えたのは、手のマスクから覗く怒りにたぎった片目だ。

ほとんど本能的に発動した俺の個性に、死柄木さんの伸ばした手は俺の伸ばした手にあたる寸前で静止する。まるで見えない何かがあるように。透明であるがゆえに、死柄木さんの射殺すような視線は俺に注がれたままだ。

……やばかった。今のはかなり本気だった。割と本気で俺を殺そうとしていた。

 

「……」

「……」

 

無言のまま、しばしにらみ合う。表情、変わってないよな?

 

「やめなさい、二人とも。ゼロ、お前のやる気のなさはいい加減にすべきです。ですが死柄木弔、確かにこれは先日スカウトした彼らの個性を伸ばす機会にもなります。今日のところは、彼らを連れていきましょう。前例を自身の眼で見れば、よりスカウトしやすくもなる」

 

! 思わぬフォローだ。死柄木さんは俺の意見を聞き入れることはほとんどないが、黒霧さんの意見は割と素直に聞き入れる傾向にある。俺よりも長い付き合いだし、参謀的立場だし、お守的な立場だからだろう。

 

「……チッ」

 

軽い舌打とともに死柄木さんが離れていった。一安心だ。

 

「今日はあいつらを連れてく。……ゼロ、お前あんまり勝手なことばかり言ってると、今度こそ殺すからな……?」

「……わかった」

 

あんまり死柄木さんを逆なでるのはやめよう。最近は殺そうとしてくる回数が減ってきていたから、油断していた。反省だ。でもこれ、死柄木さんこそ言われるべきではないだろうか。

 

ともかく、やる気がないのは仕方ない。最初は気付かなかったが、何人かヴィランをスカウトしていって気付いた。

こいつら多分、原作において死柄木弔達が雄英高校の面々と初めて出会った事件――—USJ事件で出てきたチンピラたちだ。

気付かず、原作開始への準備を着々と進めていた。

原作で一体何人が捕まったんだったか。このペースであと一年を過ごすなら、かなり多くなりそうなんだが。

 

……まあどうでもいいか。USJ事件の前にどうにかすればいい話だ。

 

 

 

 

とりあえず今日のところは十分な睡眠時間をとることができた。

 

次の日起きたら、この間スカウトした連中と、見たことのないチンピラが増えていた。どうやらスカウトにまたまた成功したらしい。しつこく絡んできそうだったので、そうそうにバーから出た。個性のことをしつこく聞かれるのはフツーに拒否したい。

 

そろそろ季節は春。世間じゃ卒業式シーズンを通り過ぎ、入学式のシーズンだ。桜も舞うようになる。

死柄木さんとの攻防やら、ヴィランのスカウトやら、そんなことをしていれば時はあっという間に過ぎていく。他の時間はほとんど睡眠に費やしているせいもあって、ぼうっとしていると本当に一年は一ヶ月くらいに感じるな。……前世の記憶があるせいかもしれないが。

ともかく、そろそろ冷たい風は吹き付けなくなり、日差しも(ぬく)くなり昼寝にちょうど良くなる。

原作開始もそう遠くないか。……はあ、しんど。

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

ふらふらとした足取りでバーに模したアジトから出ていく少年――ゼロを黒霧は見送る。

今回スカウトした連中とつるみたくなかったのか、それとも単に興味がなかったのか。ゼロならいずれにせよ、このバーから離れるという選択をしただろう。

 

死柄木弔自身の行動と、黒霧やゼロの手助け、それから『先生』の助言によって、徐々に手下は増えている。

ヴィラン達と言葉を交わしている死柄木の姿をバーカウンターから眺め、黒霧はそばのモニターに視線をやった。モニターは常時淡い光を放っていて、備え付けのカメラによってこちらの映像は向こうに送られ続けている。それは常に向こうと繋がっているのと同義で、つまりいつでも『先生』と会話をすることができることと同義。

 

黒霧はモニターに問いかけた。

 

「先生。ゼロをどうしてここに?」

『どうして、とは?』

 

返事は早かった。モニター越しの彼の声には愉悦が含まれている。

 

「大方言うことを聞くとはいえ、彼は自由すぎる。それ以上にやる気というものが感じられない。おかげで、死柄木弔といざこざを起こすばかりです」

 

止めるこちらの身にもなってくださいよ、と言わんばかりだ。

黒霧の言葉に、『先生』はふふと笑い声を漏らす。

 

『彼はそれでいいんだよ。ゼロのやる気のなさは筋金入りだ。一回死んでもたぶん治らないね。だから、弔のそばに置く価値がある』

「というと?」

『思い通りにいかないものがそばにあった方が忍耐力もつくというものさ。ゼロは弔自身を批判したりしないから、時々ストライキを起こす仲間程度で済む。変に対立することなく、弔の成長を促せる』

「はあ、なるほど」

 

しかし、その軋轢の緩衝材は黒霧に一任されている以上、あまり素直に頷きたくはない。黒霧は若干納得のいかないような声音で理解を示した。

 

『それに、ゼロの考えていることは私にもよくわからないんだよ』

「……逆に何か考えているんですか、彼は?」

 

さらりとけなされているゼロである。バーにいるとき、ほぼぼうっとしているか眠っていれば仕方のないことだが。

それからゼロは『先生』にも黒霧にも微妙に勘違いされている。

 

 

『あの年の割には成熟しているし、初対面で弔に殺されそうになっても驚かない。どこか欠けていると、ああいう人間ができる。不完全だからこそ、完成しているのさ』

 

 

成熟しているのは、中身が本当の十六歳(ガキ)ではないからだ。この世界の誰も知らないことだが、ゼロの中身は三十路を軽く超えている。

そのうえ人生を一回終え、しかも転生などと非現実的なことを経験しいろいろと諦めたのだ。そりゃあ人並み以上に驚かなくなるだろう。不満はたらたらだが。

全部『先生』の知らない外的要因にあるのだが、彼がそれを知ることはない。

 

 

『———それに、ゼロの個性は面白い。それだけで十分、そばにおく理由にはなるよ』

 

 

そうですかねえ、と黒霧は溜息をつく。

死柄木弔のために『先生』は先生として生きている。黒霧のワープゲートやゼロの『個性』。いずれ死柄木弔がしかるべき『シンボル』になるまでの、有効な手札になるだろう。そのために、ゼロをここに連れてきた。

彼は特に心配していなかった。ゼロの存在は思った通りに、死柄木弔の成長を手助けしているだろう、と。予測通りに。

弔が必要ないと判断するなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それまで、あと何年かは近くにいてもらおう。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

そんなことを考えられている張本人、ゼロはその時常連のハンバーガーショップにいた。新作のバーガーを購入して、いつも通りに公園へと向かう。

 

(さて、どうしようかなあ……これから)

 

ポテトをつまみながら、ゆったりした歩調で街を行く。先生にどう思われているかも知らずのんきな様子である。

一刻も早く逃げた方がいいことを、彼はまだ知らない。

 

 



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4話「ついに始まる物語」

朝起きたときから、妙に目がさえていた。

別に何かしなくちゃいけないわけでも、死柄木さんや黒霧さんに無茶ぶりされたわけでも、殺されかけたわけでもないのになんだか妙な感じだった。

死柄木さんに、

「今夜スカウト行くぞ」

と言われ素直についていくことにしたら、

「なんか気持ち悪いな……」と暴言を吐かれた。言うこと聞いたら聞いたで気味悪がられるってどうなのだろうか。

 

 

とにかくスカウトまで、つまり日が高い間は暇である。もともと十二時くらいに目覚めてそれから、朝昼兼用の食事をとってから昼寝をするのがルーチンなのだが、昼寝する気にもなれない。

とにかくなんだかこう、もやもやとするのだ。

バーのシックなテーブルに頬杖をついてそのもやもやの原因を考えていたら、どこかにお使いにでたらしい黒霧さんはともかく、死柄木さんにさらに気味悪がられた。

 

 

死柄木さんはなれなれしく隣に腰掛け、

「なんだよ、今日は昼寝すらしないのか」

「ああ……考え事」

「考え事? お前が?」

 

 

ナチュラルに失礼である。元からだが。

 

「へえ、……内容は?」

「別に……」

「なんだよ人に言えない悩み事か? ずいぶん青少年らしいじゃないか。ふふ、悩み事かぁ」

「違う」

 

そんな言い方されるのはふつうに嫌だ。

 

「じゃあなんだよ」

「ただ……なんか、もやもやするだけだ。なんか大事なこと忘れてる感じの」

「あー、あるよな。何かしようと思って忘れているタイプの」

「そう……。?」

 

なんだか今の死柄木さんらしくない反応じゃなかったか。俺の言葉に肯定を示すことなんてめったになかったような。

頬杖をといて隣の死柄木さんの方に視線を向けた瞬間、

 

「近い」

 

目の前に死柄木さんの顔、というか顔についている手型のマスクが迫っていた。さすがに少し驚いた。

指の先から見える目が楽しそうにゆがめられている。

 

 

「変だなあ、変じゃないかゼロ。お前がそんなこというなんて」

「……というと?」

「お前に忘れちゃいけない大事なことなんてあるのかよ?」

「……」

「なあ?」

 

 

 

「……それも、そうだな」

 

 

これから何があろうと別に大したことではないか。死柄木さんの言う通りだ。

この世界は作り物の世界。そこに何のマニュアルもなく放り込まれた俺は、なんにも持っていないのだ。

 

二度目の人生が始まって、前世の物差しで世界が測れなくなったときに、もうじたばたしないと決めたのだった。

 

 

「そうだな。別に、考えることでもないか」

 

すっかり忘れていた。何かが起こったときにそれから初めて思考を割けばいいのだ。それ以上はしない、疲れるから。

 

死柄木さんを見れば頬杖をついて満足そうに笑っている。

 

「何か面白いことでも?」

「いやあ、意外でさあ。ガキは嫌いだけど、ガキがつまらないことでペースを崩しているのを見るのは楽しい。お前だとなおさらな」

「……そりゃよかったな」

 

 

聞かなきゃよかった。中身が見た目通りの十六歳じゃないから、余計に心に刺さった。

ここで昼寝に入ろうとすればたぶん、ふて寝だと思われる。ささやかな矜持で頬杖を維持すれば、それすら見透かされているようで機嫌よさげにニタニタ笑ったままだった。腹立つな。

 

 

手慰みに、テレビをつけた。バーのカウンターに背を向ける形、つまりカウンターに寄りかかればちょうど壁際におかれたテレビを見ることができる。死柄木さんがこちらを笑いながら見てくるのがちょっと、というかかなりうっとうしい。

 

 

テレビはちょうど夕方のニュースの時間だったらしく、今日ついさっき起きた事件について報道している。

 

 

 

―――――――あ。これか。これだよ、もやもやの正体。

 

 

『ヘドロに変形できる個性を持ったヴィランを、オールマイトが一撃で撃破!』

 

視聴者からの提供なのか、スマートフォンサイズの映像が流れる。そこにはヘドロに巻き込まれた中学生の姿が映っている。爆破を起こし、必死に抗っているようだ。彼を助けようとしたのか飛び出した友人らしき同じ制服の、緑色の髪の少年。少年二人の姿は遠くぼんやりとしか映っていない。

 

そして突如として姿を現し、二人の中学生をひっつかんで右腕を振りぬくヒーロー―――オールマイト。

 

一瞬で塵となってヘドロは飛散し、その上昇気流で雨が降り始める。

野次馬の歓声――――。

 

 

「……チッ、まぁた、オールマイトかよ」

 

 

死柄木さんは先ほどまでの機嫌から一転、不機嫌そうな声音で悪態をつく。

まあオールマイトが大嫌いな彼としては、オールマイトが活躍するニュースなんて虫唾が走って仕方ないだろう。

 

 

それよりも俺としては『大事なこと』がわかった。

――――ついに、原作の開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

      * * *

 

 

 

結局その日のスカウトは中止となった。オールマイトは四六時中活躍しているが、その彼が特に目立った活躍を見せた日はさすが平和の象徴というべきか、ヴィラン達の行動がかなりおとなしくなるのだ。日和った、といい代えてもいい。

そういうときに勧誘しても芳しい結果は得られないので、死柄木さんはさらに不機嫌そうであった。

 

何日かはスカウト自体が中止になったため思う存分昼寝を満喫していたのだが、そうヴィランがゆっくりしていい暇もない。

死柄木さんは鬱憤をはらすかのように夜の街に繰り出すので夜の睡眠時間が短くなる。

昼は機嫌が悪くなるので、俺はそうそうにバーから退避することにした。

 

 

 

そしてやってきたのは例の公園である。

桜もすっかり散って、春先用の薄いコートだけでちょうどいいくらいの気温だ。先日も買った新作バーガーを購入しベンチで日向ぼっこをしていたら、何日かぶりに爆豪君がやってくるのが見えた。

 

 

「よう、()()()。大変だったみたいだな」

「やめろ」

 

 

爆豪君は汚物を見るかのような視線を俺に向けた。相当嫌そうな顔である。物凄い眼の吊り上がり方だな。

 

全身にシップや絆創膏のたぐいはついていない。ヘドロ事件でついた傷がもともと大したことがなかったのか傷が癒えたのか、健康体なようでなによりだ。

 

ちなみにいうと、ヘドロ事件のあと改めてネット等で調べたら、一瞬だけ被害者であるところの爆豪君の名前はさらされていた。もちろん称賛の対象としてだ。

その名前を俺が言ったことで、ヘドロ事件のことを俺が知っていると爆豪君も気づいたらしい。

 

ずかずかとガニ股で公園をつっきりベンチまで迫ってくる。

まるっきりヴィラン顔で俺の鼻先に右の指先をびしっと向けた。人に指をさしちゃいけないんだがな。

 

 

「その話は俺の前ですんじゃねえ、二度と」

「なんでだよ。ヘドロ事件、随分もてはやされてたじゃないか」

 

ぴきっと青筋が立つ瞬間を見た。

 

「いいから、言うんじゃねえ! 口に出したらぶっ殺すぞ」

「殺されたくはないな」

 

 

でも正直に言えばもっと聞きたい。

だって原作の開始である。僕のヒーローアカデミア、という物語の一番最初のストーリー。

 

主人公の緑谷出久が現実を突きつけられながらも、自身の性質を最高のヒーロー(オールマイト)に認められワン・フォー・オールの継承者となるきっかけ。

それが主人公の幼馴染、爆豪勝己が巻き込まれたヘドロ事件なのだ。爆豪君の反応を見る限り原作通りのことが起こったようだし。

 

今頃オールマイトと一緒に体を鍛えてるんだろうなあ、緑谷君。

 

 

爆豪君の方は俺の眼の前にいるわけなんだが。

 

 

「大体何が気に食わないんだよ。そりゃ名前がネットに出たことは嫌かもしれないが」

 

もちろんもう名前の方は削除されているだろう。中学生の、それも被害者の方の名前が広まるのはあまりよくない。

だが結局削除してアップされて、削除してアップされて、のいたちごっこになってしまうから爆豪君はばっちり有名人になってしまった。

 

 

「プロヒーローがサイドキックに誘ったとかいう噂もあったしな」

「そりゃ当然だろうが! 俺はプロヒーローになんだよ!!」

「それはわかってるさ。それで?」

 

 

促してみれば見事に黙り込んだ。

 

「……うっぜぇんだよ、」

 

え、俺うざがられた。やっぱりしつこく聞くのはまずかったか。

 

 

「いつもいつも……! 一人でできたのに、無個性のくせに、」

 

おや。これ俺じゃねえな。

 

「助けられたわけじゃねえっ……クソ、クソナードが! あの野郎が……いっつも出しゃばりやがって!」

 

「……ふうん」

 

 

すげえ。こりゃよっぽど彼的にきつかったらしい。

会う頻度はそれなりに高いとはいえ、まだ名前も知らない俺にこんなことをこぼすなんて。

 

まあ爆豪君もまだ中学三年生。それなりの歳を生きた俺とは違って精神的に未熟だろう。愚痴を吐き出してストレス発散する時間も必要か。

 

爆豪君、緑谷君本人にもそれ言ってたけどすっきりしなかったのか?

まあいいか。

 

 

「そういえば爆豪君。その靴汚いな」

「アァ!? てめえどういうつもりだこのタイミングで!」

 

キシャアっと獣のように威嚇する爆豪君。

 

「いや。初めて会ったときよりかなりその靴すり減ってる。どうせトレーニングするってことはこれから時間あるんだろ? 今からどこかに買いに行こうぜ。

新しい靴の方が気合い入るってもんさ。それに」

 

話しているときに気付いたのだが。

 

「爆豪君、水は?」

 

爆豪君はとっさにいつも持ってきている肩掛けのバッグに手を突っ込み、そこに明らかに何もない事に気付く。

中身がねえ、とぽかんと間抜けな顔をさらしている。多分家に忘れてきたんだろうな。

 

 

「調子くるってるときに変にトレーニングしても身にならないんじゃないか」

 

 

すくっと立ち上がれば爆豪君はぽかんとしている。

ようは気分転換だ。買い物行って靴と飲み物を買おう。

 

「俺どこかでコーヒーが飲みたい。というわけで行こうぜ」

 

 

すたすたと迫れば爆豪君はやっぱり間抜け面をさらしていた。

 

 

そのあとはもうなし崩しだ。強引に公園から連れ出して電車で二駅くらいのショッピングモールに向かう。ショッピングモールについてショップマップを探す。

爆豪君が私服でよかったな。変に目立つこともない。

 

「気に入ってる靴のメーカーとかはあるのか?」

 

そんなことを聞いたときにようやく爆豪君は我に返った。

 

「って何してんだ俺は!?」

「何って靴の買い出しだろ」

 

 

よっぽど調子が崩れてたらしい。俺に素直に丸め込まれてここまで来ていたとは。本調子だったら公園の時点で連れ出しに失敗してただろう。

 

「声が大きい。ここショッピングモールだぞ」

 

公共の場であることを利用したたしなめである。我ながらずるい。

俺も平然とこんなところにいるが一応ヴィランである。もしかしたら別のところであったヴィランとばったり鉢合わせ、なんてことにはなりたくない。目立たないに越したことはないからな。

 

俺の策略にはまるしかない爆豪君はものすごく殺気だった目でこちらを見てくる。

が、「ほら、早く」とせかせば、わざとらしいほどの大きなため息をついて歩き出した。方向からしてやはり靴の専門店のテナントが入っている方向だ。

 

諦めたのかな? ついてくんじゃねえとも言われないので普通に隣を歩くことにする。はたから見れば、どこにでもいる友人同士に見えるだろう。

 

あれ、これっていわゆる友達と遊びに出かけるってやつじゃないか。今世初めてである。隣が爆豪君っていうところが何とも言えないが。

 

爆豪君が入っていく店は若者に人気らしく、客層が全体的に若い。スポーツ向けの靴を売るよくあるお店だった。

 

 

「これとかよくね」

「ピンク? お前ふざけんなよ」

「じゃあこれ」

「またピンク!?」

「じゃあこれ」

「今度は普通……ってこれレディースじゃねえか!」

 

なんか爆豪君にピンクって言わせるの面白い、とめぼしいものを探して差し出していたら「お前出てけ」と店から追い出された。

買う気はなかったとはいえ客には変わりないのにひどい扱いである。ジャイアニズム爆豪だ。

 

仕方ないのでおとなしく店の外で待っていれば、自分のことは自分で面倒を見れる爆豪君は自分で靴を選んで購入してでてきた。満足のいく買い物ができたようで珍しく薄く笑みを浮かべている。

不機嫌も治ったようで何よりである。

 

「俺喉乾いた。コーヒー飲めるか?」

「舐めんなよ、コーヒーくらい飲めるわ」

 

心底心外だ、と言いたげな声音だったが機嫌は維持されたままのようで、率先して歩き始めた。

どこのコーヒーショップでもこだわりなく好きだが、やはり専門店のもののほうが値が張る分美味しい。砂糖をスティック一本分だけ入れて飲むのが好きだが、爆豪君はブラックのまま飲んでいた。

 

「イメージを裏切らないよな」

 

ざー、とわざとシュガースティックを一本爆豪君のコーヒーにつぎ込んだら睨まれた。彼、切れやすいからな。糖分とった方がいいよ。エネルギー源にもなるし。

 

 

「マジでお前、なんなんだよ……」

「何が?」

 

お、ここのコーヒーうま。

 

「そもそもなあ、俺の一つ上ってことは高校一年ってことだよな? どこ高だよ」

 

そういえばそういった俺個人の話は一回もしたことがないな。

俺は原作知識と今回のヘドロ事件のせいで爆豪君の本名も出身中学のことも、ついでに未来のことも知っているというのに、彼は俺の名前も何をしているのかも、ついでに個性も知らない。

 

さすがに変か。

 

 

「高校か? ふつうの高校だよ」

「普通科ってことか?」

「そう。適当に家から近いところで」

 

いや嘘だけど。死柄木さんの部下でヴィランなので当然高校には行っていません。

だけどさすがに俺くらいの歳で高校に行っていないなんて何か変な背景があると勘繰られるだろう。変な背景、あるんだけれども。

 

「なんだ、つまんね」

「ヒーロー科の先輩だと思ったか?」

「は、それはねえわ。お前みたいなやる気皆無人間が」

「ひっで」

 

否定はしないが。

というかヒーローから対極の位置にある人間だが。現在進行形で。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――なんだかんだで結局だべって時間は過ぎてしまった。

来た道を逆戻りし、最寄り駅に到着する。

 

爆豪君の家がある方向は住宅街の方向だから、最寄り駅で別れた。これから帰宅するのだろう。俺もアジトに戻ることにする。

 

「じゃあ、またな」

 

たぶんまた会うだろうと思ってそう声をかければ、ざっと爆豪君は背を向けて歩き出した。が、

「おう」

と不愛想な返事が聞こえた。

案外コレ、仲良くなれたんじゃないかな。たぶん。

 

 

 

 

さて、俺も戻ろう。

日が完全に暮れてきたのでフードをかぶった。夜のネオンの下だと、白い髪の俺の頭はそれなりに人目につきやすい。ふつうの高校生っぽい服装をしている分、夜はチンピラとかに絡まれやすいのだ。

チンピラに絡まれるのは死柄木さんとスカウトをしているときで十分である。

 

誰かにつけられてはいないと思うが、アジトに戻るときにはいつも遠回りをする。

歩いていけばどんどんと風俗店や飲み屋が並ぶ区画に入り、きらきらとネオンが光っている。そこのビルの隙間に入り込むようにまがれば、そこはあっという間に裏世界のにおいがする。

 

たいていはここで何事も起こらないのだが、普段よりも戻る時間が遅かったためか。

 

 

「おいおい不用心だなあ、兄ちゃん。ここは兄ちゃんみたいな素人が来る場所じゃないんだぜぇ」

 

 

どん、と太い腕が行く手を阻む。

俺よりも身長が高く、見上げれば目つきの悪い、ザ・チンピラがそこに立っていた。常時発動の異形型の個性を持っているらしく、なんと形容すればいいのかわからない顔つきである。

 

面倒だな。避けようと思って振り返ればそこにはすでに別の人が立っていた。にたついてこちらを見てくる様子、どうやら前を阻んだ男とグルであるらしい。

 

二人がかりで金でも奪おうといったところだろうか。

平凡な顔つきは気に入っているが、こういう風に巻き込まれるのは本当に面倒くさいな。

仕方ない。金を奪われるのは面倒だ。それに最近俺の小遣いももうなくなってきている。

 

こいつらからもらおうか。襲ってきたのはあちらだし、正当防衛だよな?

 

 

 

 

そういうわけで、殴りかかろうとしてきた背後の男に向けて個性を発動した。

 

 

 

 

 

 



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5話「ゼロの個性」

異形型はたいてい基礎体力が高い。ただのパンチであろうと、プロボクサーレベルの力があることも珍しくない。

まったく、超人世界は素の力が高くて嫌になるよ。

もし攻撃が当たったら、どこかに怪我を負うことは必至だ。

 

だから個性を発動する。

個性が発現した当初はその個性に馴染みがなく、発動のためには体の正面に両手を上げるとか、右の手のひらを相手に向かって広げるなどのモーションが必要だった。よく映画や漫画などで登場人物たちが異能力を使うとき、わかりやすい動きがあるのと同じ感じだ。

まあ、この世界では『個性』と簡単に表現されているが実質超能力と等しい。前世の物差しで言えば『非常識』なそれを使うのにはどうしても心理的な壁があった。

 

 

けれどさすがにこの個性とも十年以上の付き合いだ。もはやモーションは必要なく、自分の意思一つで個性を発動できる。

 

 

目の前の異形型のヴィランは上半身が筋骨隆々な見た目通り、パンチを得意とする個性のようだった。彼が大きく右腕を振りかぶり俺の顔面に拳を叩き込もうとした瞬間、

 

ガチィンッと硬質の壁にぶつかったような音が響く。

 

「なっ!?」

 

何を驚いているんだか。

 

「何するんだよ、急に」

「なっ、壁? お前の個性か!?」

 

ただ棒立ちで殴られるのを待っているようなガキもそうそういないだろう。

個性とわかったら多少の心構えができたのか、正面の男は俺の背後に立つ男に向かってあごをしゃくる。

 

 

「バリアみてえな個性らしいな。二人同時に、防げるかっ!?」

 

本当に好戦的だ。

犬歯をむき出しにして狂気的な笑みを浮かべ、ますますヴィランらしい顔つきだ。やってられない。

前後二人同時に襲い掛かって俺の個性を攻略するつもりらしいが、そう簡単に攻略されたら俺は今まで生き残ってはいない。死柄木さんにとっくに殺されていただろう。

 

 

「他人のパーソナルスペースにそう簡単に入ってくるなよ。お前ら、他人に不用意に踏み込んで友達出来なかったタイプだろ?」

 

 

イメージとしては自分自身を覆う膜。パーソナルスペースが他人に視認できないように、俺のその膜は無色透明でできている。

 

俺に悪意を抱くもの。俺に危害を与えようとするもの。俺が不快に感じるもの。俺が拒否するもの。

人・もの・現象問わず、俺の領域に入るものはみな、俺の好みで心地よいものでなければならない。

 

自分の領域を快適にしたいのは誰でも同じはずだ。だから自分個人の部屋を持ちたがるし、その部屋を自分の好みのインテリアでそろえようとするし、他人を簡単には入れようとしない。

 

 

それが俺の個性。『パーソナルスペース』。

自分の領域(パーソナルスペース)を快適にする力。

 

 

自分の領域下で殴られて痛みを抱くなんてありえない。そう俺は思う。考える。信じ込む。

だから、個性を発動しているとき俺への攻撃はすべて通らない。

 

こういう性質はバリアとそう変わらないだろう。だから初見ではみんな俺の個性を無色透明なバリアを張るものだと勘違いする。

だが、バリアと本質的に違う点がある。

 

 

「ぐっ、堅えっ!!」

 

殴りかかってきた二人は悪意を持って俺に攻撃し、個性はそれを感知する。そして本能的に反射的に、俺は彼らを敵だと認識して警戒せざるを得ない。

 

瞬間、俺のパーソナルスペースは爆発的に拡大する。

 

 

「え?」

「な」

 

ここがビルとビルの隙間の狭いところだったから、彼らにとっては不運だった。

 

たいていの人間は自分が警戒心を抱いた人間に対してはパーソナルスペースが大きくなるものだ。強面の人間と目が合ったときに反射的に後ずさりしてしまうように、包丁を持った人間から逃げ出すように、恐れるものから距離を取ろうとするのは動物として当然のこと。

 

それが今適用される。

彼らは俺に悪意を向けている。俺の有り金を奪おうとし、あまつさえ殴ろうとしてきた。

だから俺は彼らと距離をとりたい。

近づきたくない。

 

 

「———俺に、近づくな」

 

もともと俺を中心に半径1メートルほどだったパーソナルスペース。それが俺の意思で倍以上に広がる。

 

拡大された俺のパーソナルスペースを覆う膜は、チンピラたちを押し出す。俺から強制的に距離をとらせようとする。俺が動かない以上、俺から無理やり離れてもらうしかないからだ。

 

物凄い勢いで押し出されたチンピラたちは、

 

「うっ、があああ!?」

「な、なんじゃこりゃあっ!?」

 

 

ドゴォッ、と鈍い音を立ててビルの壁に激突する。

もともとビルの隙間は4メートル幅くらいしかない。俺の個性の幅が半径2メートル以上になればもう彼らは個性と壁に挟まれ動けない。

両手両足を広げ、まるで十字架にかけられているかのよう。ただし彼らが全身を支えているのは両手足ではなく、体の前面からのしかかる俺の個性による圧力だ。

 

二人がぶつかったビルの壁には亀裂のようなひび割れが走り、個性を維持し続ければピシッ、ピシッと傷は深くなっていく。

 

全身をプレスされかのように壁に押しあて続けられば、体のどこかはめきめきと壊れていくはずだ。そしていずれ痛みをこらえきれなくなって気を失う。

だがまだ二人の意識がある。まだ、反撃してくるかもしれない。

 

「こんなっ、こんなガキに俺がぁぁぁあ!!」

「ぐああああ!!」

 

個性の発動を止めるわけにはいかない。

 

 

「あああああっ! も、もうやめっ!!」

「が、げ……!」

 

あ、気絶した。

 

そう確認できたので個性を解除する。

圧力から解放された二人の体は、まるで木の人形かのように地べたに崩れ落ちた。糸が切れた操り人形ってこんな感じのことを言うのかもしれないな。

 

近寄って二人の体をよく見てみれば、ビルの壁に直接強打した背中には大きな擦傷があり血がにじんでいた。骨も何本かぼきっと折れてしまったかもしれない。気絶した際の顔面がなんかもう、見るからに恐ろしい事が起こりましたと語っているように見えるな。鼻血とか涙とか、異形型の顔つきと相まってこっちが恐怖を抱くくらいだ。

 

 

でもまあ、殺してないみたいでよかった。治癒なんて個性も存在するこの世界、これくらいの怪我なら入院してそう時間もたたずに回復することができるだろう。

 

ビルの方は……ダーツの的みたいなひび割れができているが……まあ、ヴィラン同士の小競り合いが起こったということで。ここでこいつらが俺に絡んできたのが悪い。

 

 

 

 

 

 

さて。それでは物色といこう。

怪我は放置だ。見つけた人がきっと救急車くらいは呼んでくれるだろう。たぶん。そこで公共機関の治療を受けるといいと思う。

チンピラの片方は遭遇したときからウエストポーチが妙に膨らんでいた。

多分ここだろうな。……あたりだ。

 

出るわ出るわ。男物女物問わず財布がたくさん出てきた。適当に中身を空けていけば、免許証が入っている財布も多数見受けられる。確認せずともわかるが、当然この二人のチンピラの顔写真入りのものはない。

 

恐喝して奪い取ったんだろうな。現金が抜かれていないところを見れば今日……というかこの数時間のうちに行われた犯行であるらしい。

ヒーローは駆けつけてこなかったのか? まあここにいない以上なんでもいい。

 

 

ぱちっと両手を合わせて一応挨拶。誰だか知りませんが、被害者の皆様、現金いくらかいただいていきますね!

悪いが今は金欠なのだ。恐喝の犯人は成り行きとはいえ、俺が倒してあげたんだし報酬としてもらっていっても何の問題もないはずだ。

 

保険証や免許証だのが入った財布そのものはウエストポーチに戻しておく。恐喝の犯人が彼らであることには変わりがないから、救急車で運ばれたあとは普通に捕まればいいと思う。俺に手を上げようとしたのも犯罪だからな。

 

 

 

 

 

千円や五千円、一万円をバランスよく現金で抜き取って自分の財布に移し替える。

うん、予期せぬ収入だ。俺の財布もかなり潤った。好きなだけコーヒーが飲める。

 

 

絡まれるのは面倒だったけれど、これならチャラだ。

俺のこの個性にも短所がいくつかあって、今日みたいにうまくはまって一撃で倒せるなんてことは珍しい。

個性の発動には俺の集中力が必須で、集中力を維持するには当然体力を消費する。失った体力を回復するために妙に眠くなったりするんだが……。

 

今日はついてた。案外今日はいい日だったんだな、たぶん。

 

フードもかぶっていたしこの暗さだ。俺が相手の顔がほとんど認識できないくらいだから彼らも俺の顔なんざいちいち覚えていないだろう。

彼らが何かを言おうが俺が捕まることもない。

 

死柄木さんも機嫌がよければ最高なんだが。

さて、アジトに戻ろう。

 

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

過剰防衛、窃盗、器物損害。

ナチュラルに犯罪行為をいくつかこなしてゼロが闇に姿を隠したそのすぐあとに、ビルの隙間から悲鳴が聞こえた、という通報をうけてヒーローたちが駆け付けた。

 

そのヒーローたちは先ほどまでの連続恐喝・暴行事件を起こしている二人組のヴィランを追っているところだった。

何か関連があるはずだ、といち早く駆け付けた彼らが見たものは、大怪我を負って気絶している二人組だった。完全に気を失っておりぴくりとも動かぬ様子に、慌てて彼らは救急車を呼ぶ。

 

 

「彼らは、被害者たちの証言と完全に一致しますね。連続恐喝・暴行事件をおこしたヴィランで間違いないでしょう」

「うむ。ただ……彼らの怪我はいったい……?」

 

 

ビルに刻み込まれた二つの亀裂。

物凄いパワーで殴られるか蹴られるかし、壁にめり込んだということだろうか。

それともまた別の『個性』?

いずれにせよ彼らを止めようとしたものがいたのは確かだ。ヴィランの縄張り争いでもあったのか、ヒーローが倒して突き出せない理由でもあったのか、それは定かではない。

 

まあ本人に聞けばわかる話だ。

警察の取り調べは二人の怪我が治ってから始まることとなった。

 

だから二人のプロヒーローは事件は解決と判断した。その判断を後悔するとしらぬまま。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

ヘドロ事件から一か月経ち、二か月経ち。

月日がたてば、毎日起こるヴィランたちの犯罪がテレビで報道されるようになり、ヘドロ事件のインパクトはだいぶ薄れてきた。

テレビでなかなか捕まらないヴィラン(同志)たちの犯罪でもクローズアップされれば、ヴィランたちは活気づいてくる。

 

そのおかげか、死柄木さんのスカウトはうまくいっているようだった。

ここらへんは十分だということになり、最近は遠出するようにもなった。

 

 

 

チンピラ二人からお金を頂戴して帰った日あたりから、その現場あたりのヒーローのパトロールが増えたような気がするのはたぶん気のせいではない。

あとでテレビの報道を見たら、連続恐喝・暴行事件の犯人だったというから驚きだ。

 

「こいつら俺が倒しちゃった」

 

という趣旨のことを死柄木さんと黒霧さんの前でこぼせば、

 

「そういうやつらこそスカウトして来いよ」とどつかれた。

 

まあ確かに戦力にはなってくれたかもしれないが、油断してたとはいえ二対一で俺に負けるような連中である。

正直いてもいなくても、という感じだ。

言い訳だが。

 

 

そのことで死柄木さんにちょっと不興を買ってしまったので、それ以来きちんとスカウトでついてこいと言われた時はついていくようにしている。

 

俺の個性は集中力や体力を使い、失った分のそれらは食事、睡眠といった休息で回復される。夜にスカウトに出る以上、なるべく出歩かず昼寝をして、寝だめをすることにした。

医学的には寝だめなんてことしてもあまり意味はないらしいが、気分だ、気分。昼寝って素晴らしい。

 

 

 

その代わり、爆豪君がトレーニングしている公園にはあまり行かなくなった。

もともとそれほど通い詰めていた、というわけでもないがそれにしてもがくんと回数が減った。今頃どうしてるんだろうか、爆豪君。俺の見ないうちに新しい技とかが増えていると少しショックだぞ。

 

 

そういうわけで久々に公園にやってきた。

一応高校生ということになっているので、放課後の時間帯だ。

 

 

日差しがだんだん暑くなってくる季節。

ぼうっとしてればつい、うとうとと眠気が襲ってくる。

 

昨日もスカウトしてきたし……ここは潔く昼寝だ。もう夕方だから夕寝? なんでもいいか。

 

 

 

 

 

 

―――ドスッ。

 

「いて」

 

なんだよ。反射的に口から声が飛び出たわ。

後頭部にじわっと地味に痛みが広がる。

あくびをしつつそばに立っている人を見上げれば、予想通りそこには爆豪君が立っていた。

 

「よう、爆豪君」

 

爆豪君の右手はチョップの形で構えられていて、どうやらそれで一回しばかれたらしい。起こすときも容赦ないな。

 

 

「もっと穏便な起こし方、なかったのか」

「これで十分だろ」

 

へっと口角上げるその笑い方、まったく変わらないなこの人。

 

「人が真面目にトレーニングしてるところをよくもまあスヤスヤと寝やがって」

 

言い捨て隣のベンチに置いてあったらしい鞄からスポーツ飲料を取り出す爆豪君。言われてみればかなりの時間が経っており、普段は目覚める爆音でも起きなかったらしい。まあ昨日も夜遅かったしなあ。無理もないか。

 

 

「最近寝不足だからな……」

 

あ、またあくび。

 

 

「……また家出か?」

 

 

不意にそんなことを言ってくるので、思わず爆豪君の座っている方向を見た。

彼はスポーツ飲料をがぶ飲みしているが、横目でこちらを見ている。

なんだ、どういうつもりだろう。急にそんなこと聞いてくるなんて。

家出というのを彼が覚えている、というのも結構意外だったんだが。

 

 

「いや。最近は家出もほとんどないな……」

「へえ? ここにいるのにか?」

「それは関係ない」

 

いや、真面目に。

 

「そろそろ反抗しすぎるのは止めようかな、と」

 

思った、と呟けば爆豪君の態度が妙に神妙で驚く。

 

 

死柄木さんの言う通りにするのはものすごく面倒だが、最近は向こうも譲歩してくれるようになった。具体的に言えば俺が何も言わなくても他の連中を連れていくようにもなった。

そんなことを婉曲的に表現すれば、爆豪君は「あっそ」と相槌を打った。

 

 

再開した爆豪君のトレーニングはさらに進んでいた。

今練習しているのは、たぶん爆速ターボだろう。手から勢いよく爆発起こし続けて、空を飛ぶように空中に躍り出る。俺の個性じゃどうあがいてもああいう応用の仕方はできないから、つくづく爆破って汎用性の高い個性だよな。

 

 

結局後半のトレーニングはぼうっと観察し続けた。

 

 

 

爆豪君がトレーニングを終えて帰宅しようとするので、合わせてアジトに戻ることにする。

冬よりずっと薄着になった爆豪君のあとに続いて公園を出ようとしたとき、突然爆豪君の歩みが止まった。

 

「? どうした?」

「るっせ、来るんじゃねえ」

 

 

おう、なんか不機嫌そうな声だな。

 

しかしそういわれても。しばらく前のチンピラの件もあるし、なるべく早く戻りたいのだが。

スルーして爆豪君の左側にすっと足を踏み出せば、爆豪君の体で隠れていて見えなかった人物が視界に入った。

 

 

「「あ」」

 

 

「か、かっちゃん」

 

 

その呼び方で確信する。呼ばれた瞬間、隣の爆豪君が露骨に顔をゆがめた。

 

俺や爆豪君よりも小柄な体躯、妙に膨れている黄色いリュックを背負い、どこかおどおどした雰囲気。緑色のぴょんぴょんはねた髪の毛に加えてほほのそばかす。

 

間違いない、というか迂闊だった。

 

爆豪君の言う通り前に出るべきじゃなかったのでは、これは。

 

 

「こ、こんなとこで会うなんて珍しいね……。あれ? その人は……」

 

 

大きな緑色の眼が俺の顔をばっちりみる。

 

主人公、緑谷出久だ。

 

 

 

 

 

 

 




誤字・脱字報告ありがとうございます。
すごく助かります。


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6話「フェードアウト」





原作主人公、緑谷出久(みどりやいずく)

ナンバーワンヒーロー、オールマイトに資質を認められ、個性『ワン・フォー・オール』の後継者に選ばれた人間だ。

ヘドロ事件から二か月あまり、今頃オールマイトと一緒に体を鍛えているところだろう。

 

予想外のエンカウントにやばいなと思いつつも、思わず観察してしまう。

初対面の印象は、原作通りのちょっと気弱な細い少年、といった感じである。隣に立っている爆豪君のような、着やせタイプではない正真正銘の細身だ。

まだ二か月。体に大きな変化がみられる時期じゃないか。

 

 

「……なんで、デクがここにいんだよ」

「いや、たまたま通りかかったというか、ほんと偶然だねって感じで……かっちゃんこそ、どうしてここに?」

「どうでもいいだろうがクソが」

 

素直にトレーニングしてたっていえばいいのに。本当に正直にいろいろと語ろうとしないな、この人。

だが爆豪君の暴言にはビビりつつも完全に慣れっこな様子の緑谷君の視線は、次第にちらちらと俺を見てくる。

完全に知らない人だからな。そりゃ気になるだろう。

 

ここは適当に別れよう。「かっちゃん」「デク」などと呼び合う二人組が出てきたら、普通既知の間柄でそれなりに仲良しなのだろうと思うだろう。

友達同士にしてあげて、不自然にならない程度にフェードアウトだ。

意を決して言葉を選ぶ。

 

「爆豪君の友達か?」

「ダチじゃねえよ!」

 

聞き方間違えた。普通の場合はこう聞けばいい、という定型が爆豪君には通用しないのだった。

 

「そういうなよ。同じ中学校かなんかなんだろ」

「チッ」

「あはは……」

 

舌打する爆豪君と対照的に頬を掻いている緑谷君。器の差がこんなところにもでてるぞ。本人は気付いていなさそうだけれど。

気を取り直して。

 

 

「そろそろ俺は帰る。中学一緒なら家も近いんだろ。二人も一緒に帰れば?」

「はあ!? 誰が誰と、一緒に!?」

 

爆豪君が怒気をはらんで叫んだのとほぼ同時、緑谷君も目をむいたのが見えた。爆豪君は俺に向かってキシャーッと威嚇しているので気付いていないけれど、二人して驚いているの面白いな。

気付かないふりをしてさらに言葉を紡いでみる。

 

「爆豪君が、なんだっけ、デク君だっけ? デク君と一緒に」

「真面目に返してんじゃねえよ、クソが」

「いやぁ……いやさすがに……」

「あぁ!? どういう意味だデクぅ!」

「そういう意味じゃないか?」

 

まごうことなくそういう意味だろうよ。思わず言ってしまえばまたも鋭い視線で睨まれる。本当にヴィラン向きだと思うぞ、その睨み。あ、犯罪者どもに睨みを利かせるという意味では有効かもしれない。

 

 

「……チッ、おいどっか寄るぞ」

 

俺を見て突如そんなことを言う。

 

「どっかって?」

「どこでもいい、とりあえずこいつと同じ時間に同じ道を通るのはごめんだ」

「本当に家近くだったんだな」

 

正直そういう細かい原作のことは忘れかけていたから、「確かそんなんだった気がする」程度のうろ覚えの知識だったのだが当たっていたらしい。

緑谷君が微妙な顔をしているぞ。

そこまでして同じタイミングで帰りたくないのか? だがしかし。

 

「悪いな、あんまり遅くなると面倒だ。……じゃあな、仲良くやれよ」

 

 

まだ無理だろうけど。

ひらひら手を振って歩き出す。どうせ爆豪君たちの家路と俺の戻る道は逆方向だ。二人を放置してさっさと戻ることにする。

 

かなり離れてから一度振り返ったら、結局それなりの距離をとって二人同じ方向に帰っていった。

緑谷君も大変だな。わざわざ距離をとったのはきっと爆豪君の主張だろうし。

 

ふふ。

 

『おいコラ、デク! 俺の視界に入んじゃねえぞ!!』

 

正直台詞も思い浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

       * * * 

 

 

 

「か、かっちゃんその……あの人は?」

「バーガー野郎」

「ええ?」

「るっせえ、俺の視界に入んじゃねえ!!」

 

 

 

       * * *

 

 

 

夏だ。

予想外に緑谷君とエンカウントしてからしばらくの時間が経った。

 

 

いつだったか、俺が昼寝している間にアジトに誰もいなかったときがあった。

特に気にせずまた寝た。次に起きたときには黒霧さんも死柄木さんもアジトに戻ってきていたので、二人でどこかしらに出かけていたのだろう。

行先は聞いていないが、帰ってきた死柄木さんがどことなく気分がよさそうだったから、もしかしたら『先生』のところに行ってきたのかもしれない。

 

四六時中『先生』のところに行っててくればいいのに。

そういう日はスカウトに出かけない場合の方が多いから、ぜひとも行っててほしい。俺としては『先生』にはあまり会いたくないので、置いてけぼりにされた方がずっと良い。

 

 

もう夏で、中高生や学生が夏休みなせいもあってか街は夜のイベントも増えてくる。その分夜の人通りも多いし、軽犯罪を犯すヴィランたちが暴れるのは勝手だが、まだ姿を見せる予定のない俺たちは普段以上に裏路地に潜み、人目を避けなければならない。

黒霧さんがいる以上移動に気を遣わなくて済むのは楽だが、体力を必要以上に使いたくないのが本音だ。やる気も出ないし。

 

 

「その点君はやる気あるよな」

「アァ?」

 

 

持参してきたタオルで汗をぬぐっている爆豪君。

夏だということは、爆豪君のように汗が爆発の源になっているような個性は独壇場といってもいい。動けば動くほど、汗をかけばかくほど爆発の威力は高くなり、戦闘の後半により強い攻撃を仕掛けることができる。

集中力を維持する必要がある俺みたいな個性だったら、持久戦は分が悪い。

 

もともと夏が強いのかもしれない。暑さをものともせず爆発を起こして暴れているようだ。

 

 

「こんなに暑いのによく動く気になるよ」

 

俺は動きたくない、と付け足せば、

 

「お前がまともに動いてることなんかあったか?」

 

と冷静に言われた。

 

確かに。基本ベンチで座ってるだけだし、爆豪君の前では走ったりしたこともないかも。

 

 

「大体、暑いならそんな服装してんじゃねえよ」

 

それもまあ、確かに。

冬は当然冬用のコートを着ていたし、マフラーもつけていた。服の隙間から寒さが吹き込んでくるので手ももちろん常にコートのポケット突っ込んでいた。

 

爆豪君は冬の時点でも比較的薄着だったけれど、夏の今は本当に半袖のTシャツと七分のズボンだけである。

大して俺が今着用しているのは、夏用のシャツとメンズのサマーコートだ。七分あたりで袖をまくっているとはいえ、長袖である以上暑苦しく見えるのは自覚している。

 

でもいいのだ。

 

「俺は個性で涼しくしてるから」

「は? 個性? 今発動してるのか?」

「そう」

 

怪訝そうな顔つきも無理はないだろう。

俺の個性は透明だ。目に見えるはずがない。

 

パーソナルスペースを()()()する個性だ。俺が不快に思える暑さ、直射日光は個性を発動していれば自然と遮断される。

結果として、たいていの人が涼しいと思えるそよ風程度しか俺は感じない。気分はいつでも小春日和である。

ちなみにこれは夏限定だ。もともと冬に強いせいもあるし、マフラーやコートを着用するのが好きなせいもあって冬の寒さ程度は個性無しで乗り切るようにしている。

 

 

……ん? なんか爆豪君がこっちを見て驚いている。

 

「おい、どういう個性だ。涼しくしてるって?」

 

純粋な疑問だったらしい。

 

「そのままだよ。自分の周囲を快適な気温にできる。暑さとは無縁ってわけだ」

「じゃあいつもそんなクソ暑そうな恰好なのは……」

「個性でいつも涼しくしてるから」

 

嘘は言っていない、嘘は。本当のことも言っていないが。

もちろん体力は消費する。けれど攻撃を防ぐときのようなストレスを感じない分、暑さを防ぐ程度のためにずっと個性を発動しているのはまったく苦ではない。

 

 

「なんだそりゃ、エアコンか」

「……まあ、そういうことだ」

 

エアコン……。個性の基本的な使い方なんだが、まあそういえるよな。本当のことを知らなければそういう個性に聞こえるよな、そりゃ……。

 

 

「エアコン野郎、じゃあ俺の方にもそれ使えや。暑い」

「それは無理」

「はあ? なんで」

「疲れるから」

「このクソ野郎!!」

 

 

パーソナルスペースっていうのは他人を入れたくない自分の領域のことだ。その領域をおかされるとストレスがたまる。

爆豪君ならまあいいかなって一瞬思ってしまったけど、やっぱり無理だ。疲れることはしたくない。

憤怒の表情だが、俺と違って夏が得意そうだから一人で頑張ってほしい。そもそも俺の個性はエアコンじゃない。断じてエアコンじゃないのだから。

 

 

「そういえばこの間の地味めの人ってさ、無個性のクソナード君?」

「……」

「ヘドロ事件のときに突っ込んでいった同級生じゃないのか」

「るっせえその話蒸し返すな!!」

 

怒られた。この話は本当に天敵だな。

 

 

 

 

 

さて、そろそろ考えるべきことがある。

爆豪君に個性の一部でも教えてもいい気分になったのは、その思いに由来する。

 

いい加減この状態どうにかした方がいい気がする。死柄木さんのとこにずるずる居続けたら本格的に敵になってしまう。

もともとヴィランなのは否定しないけれど、ナンバーワンヒーローと本格的に敵対するような間柄にはなりたくない。終始付け狙われるような生活はごめんである。

 

こう、自然にフェードアウトしたい。

ただそれにはな……『先生』の干渉から抜け出す必要があるんだけど。

なんかあの人妙にたくさん個性を持っていて、そのすべてを俺に明かしているわけではないようだ。なんかこう、追跡だとか監視だとか、そういう追尾が可能な個性を持っていた場合逃げ切るのが難しい。

 

 

死柄木さんや黒霧さん、『先生』がいる以上原作のように悪役になっていくのはもう確定された未来だ。俺がそこからはい出るには、ヴィラン連合から遠ざかるのが一番である。

原作みたいに主人公たちの敵でなければ、案外楽な生活なんだけれどな……。チンピラたちのスカウトも、面倒だけれど俺自身が怪我を負うことはないからな。

 

 

うん。本当にどうしたものか。

 

 

 

 

 

 

悩みながらアジトに戻ると、何故だか黒霧さんが待ち構えていた。

 

「ゼロ。戻ってきましたか。では行きましょう」

「……どこに?」

「先生のところです。呼ばれたんですよ」

 

先生が?

死柄木さんや黒霧さんが最近ちょくちょく呼ばれていることに関係するのか? 

俺あの人苦手だからなるべく近づきたくないんだけど。しかし黒霧さんは問答無用である。

 

「死柄木さんはいいのか?」

「今回呼ばれているのはゼロだけですよ」

 

うわ、俺一人か。

 

溜息をつく間もなく黒靄が広がり、一歩踏み出した瞬間そこは別の部屋だった。

 

電気はついていないが、そこら中におかれたモニターのおかげで周囲の様子は判別できる。どれも鮮烈な光を放っていていかにも目に悪そうだ。健康にも悪そうである。

ここ、来た事がないな。アジトがたくさんあるのは知っていたが、まだ俺の知らないアジトもたくさんありそうだ。

 

 

「待ってたよ、ゼロ。久しぶりだね」

「……どうも」

 

実に一年近い。死柄木さんのところに行ったのがちょうど去年の秋からだ。

相変わらず、全身に管を巻いている男である。初対面の時は工業地帯で空気を洗浄する機能をもっているかのようなマスクを着けていたから、のちにベッドや椅子で治療用の管が必要な体だと知ったときは驚いたものだ。

 

じっと見ていれば彼はゆっくりと頬杖をとく。

何考えてるのかわからなくて、本当にいやだなこの人。

顔がほとんどないようなものだから、表情から感情なんて読み取れるはずもないし。いちいち不気味だ。

 

 

「それで、今日は何か用か?」

「マイペースだね。変わっていなくて安心したよ。手短に行こう、今日は君に見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」

 

 

なんだか、嫌な感じだな。『先生』は楽し気に俺の前にたって先導し始めた。

どこかの場所につながっているらしい扉を抜けると、妙に薬品のにおいが鼻についた。廊下も窓はなく、電気はぽつぽつとまばらについていて、どこか空気が冷えている。地下なのだろうか。

 

「ここだよ」

 

くるりと『先生』は振り返り、体で隠していたものを俺に見せた。

巨大な水槽がいくつも並んでいる。水槽は青い透明度の高い水で満ちていて、それぞれに黒い物体が入っていた。その黒い物体からケーブルや管が引っ張られていて、また別のパソコンや液体につながっている。薬品のにおいもここから来ていたものであるらしい。

 

というかすごく見覚えがある。

脳みそが丸出しな人間なんて、ほかにはいないはずだ。

 

 

「これは、対平和の象徴のために作った人間兵器さ。通常の人間には出せないようなパワーや瞬発力を引き出せるようにしている。まだまだ調整中で実践向きじゃないけれどね。名前は脳無(のうむ)

 

……やっぱり脳無かよ。

忘れてた、『先生』たちはこれを作っていたな、そういえば。

生で見ると、本当にえげつないヴィジュアルしてるな……。

 

 

「これ、人間か?」

 

当然現時点では俺がこれを知るはずもないので、適当にしらばっくれておく。

原作を読んだときにうっすらと覚えているのは、これらがなんらかの方法で全身をいじくられた改造人間であり個性を複数持っている、ということくらいだ。

 

妙な液に浸されているのを見ると、とことん人間らしくは見えない。

実際に、俺の率直な質問に対し、『先生』も率直に返答をよこす。

 

「人間だよ。元はね」

 

元は。なんだか聞き捨てならないワードが。

 

 

「ゼロや弔が熱心にスカウトしてきてくれたから、材料が豊富で助かったよ。替えが利く」

 

「……」

 

え。

 

スカウト、ってチンピラの?

 

……考えてみれば当たり前だ。

原作でも確かに言及されていた。彼らは、元は裏路地に潜んでいるようなチンピラだ、と。

特にチンピラたちの顔を覚える気もなかったし、死柄木さんたちのようにもう一度会ったりもしなかった。彼らのうち誰かがこの脳無になっているとしても、俺には区別がつかない。

 

俺が補助してスカウトした連中の中の誰かが、今俺の目の前で液体に浸っているのかもしれないのか。

 

 

「ふうん」

 

 

意識して、気のない返事を心がける。

待て、なんでだ。なんでこいつらを俺に見せて説明なんてしている? 

 

「彼らには私の個性のうちいくつかを渡してある。オールマイトには、一つの個性じゃ足りないからね」

「……個性の複数持ちってことか。チートだな」

 

まあ確かに原作でも脳無はぶっ飛ばされていた。

 

「ところでゼロ。君の個性の調子はどうだい? また新しい使い方とか発見したりしたかい?」

「……別に。特には」

 

いやいやいや。なんでこのタイミングで俺の個性なんて聞くんだよ。

俺の個性、パーソナルスペースのことは話してあるが特に使い道が増えたりとかもしていない。

 

 

「ゼロのその個性は便利だ。それに面白い」

 

「……」

 

「脳無が持っていたら面白くないかい?」

 

「あげないからな」

 

即答する。

 

嫌な予感が的中した。

こいつ、俺の個性を奪う算段か? だったら徹底抗戦するしかない。

集中力を研ぎ澄ませる。勝てないまでも、今この瞬間に逃げ出す選択肢は用意しなければならない。

 

 

「ははは、冗談さ。脳無は自意識がほとんどないからね。君の個性を持っていたとしても、使いこなせはしない。元の持ち主が持っているのが一番いい」

 

どうだか。『先生』本人が使う分には大して問題がないはずだ。奪った個性を使うのに制限がありそうではあるが。

 

 

「使い勝手のいい個性だろう。君がここにいて、弔のそばにいてくれればそれでいい。ああ、いらなくなったら教えてくれ。私が有効活用させてもらう」

 

「そんなときは来ないから、諦めてくれ」

 

誰が生まれ持った個性を奪われたいだろうか。その個性がなんであれ、アイデンティティを失うのと等しい。

それに、今の言葉。

 

 

俺がここから消えようとすれば、追ってきて俺の個性を奪っていこうとするんじゃないだろうか、これ。そんな気がする。というか間違いない。

 

そして、彼が俺の個性を奪わない条件は、『死柄木弔の部下でいること』。

 

 

 

本格的にヴィラン連合からフェードアウトしようと考えた矢先にこの念押しか。つくづく心が読めるんじゃないかと疑いたくなる。

やっぱり無理かなあ。ここから抜けるの。なんだかそんな気はしていた。

 

こうなったらとことん死柄木さんたちをサポートして、なるたけ俺自身が捕まる可能性を排除していくしかないのだろうか。

きっと、物語終盤まで死柄木さんは捕まらないし、同様に『()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……先生。何を心配しているかわからないけど、あんたにはそれなりに感謝してるんだよ」

 

嘘だ。本当はあんまり感謝していない。

バーでいつでも昼寝できる環境をくれたりだとか、衣食住には不自由していないとか、そういう感謝はしている。だけど捕まる可能性だとか悪行に手を染めざるを得ないところとか、そこらへんのつり合いは正直とれていないと思っている。

 

でもまあ、なるようにしかならない。

二度目の人生、難しいことは考えずに生きていきたいものだ。面倒くさいからな。

 

今は今、この『先生』や死柄木さんに殺されないようにしていこう。

 

 

 

 

 

 

 




今回の話で気付いた方もいらっしゃると思うのですが、主人公の原作知識は「アニメ二期終了時」つまりショッピングモールで死柄木さんと緑谷君が会話した回までです。


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7話「巡る季節」

「……先生。何を心配しているかわからないけど、あんたにはそれなりに感謝してるんだよ」

 

言うだけ言って踵を返すゼロ。

前々からそうだ。要件が済んだことが直感的にわかるのか、話が終わったとたんにゼロはどこかへ行きたがる。今は黒霧のところに戻って死柄木たちのいるアジトに戻るのだろうか。

かなりあのアジトが気に入っていたようだから、とオール・フォー・ワンは納得した。

 

 

「やはりわからないなぁ……」

 

 

脳無を見せても、彼がスカウトしてきたチンピラがその材料であることを告げても、ゼロの心拍にほとんど乱れはなかった。

弔のように喜ぶでもなく、かといって完全に興味がなかったわけでもなく。淡々と事実を飲み込んだ、という感じだ。

反対に個性を奪うかのような発言をしてみれば、ゼロにしてはありえないほどの即答ぶり。明確な拒絶を示した。

 

 

オール・フォー・ワンを恐れているのか、そうでないのか。さっぱりわからない。

 

 

よくふらふらと出かけていき、行き先は答えない。

ヒーローたちと通じていたり、もしくはヒーローたちのような性質をゼロが持っているのであれば、脳無を見てほとんど無反応なんてことはないだろう。

まあゼロがヒーローたちと通じていないことはわかっている。ただの試しだ。

そうだとしても勝手な行動されても困る、そういう意図で少しばかり脅しをかけたつもりだったけれど、返ってきたのは先ほどの言葉。

 

「感謝している」などと。

 

「そんなかわいげがあるようには、まったく見えないね」

 

彼はにぃ、と不気味に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

      * * *

 

 

 

死柄木さんと話すときに注意している点がいくつかある。

 

まず顔面についている手には絶対に触らない。それについて話をふったりしない。

原作を読んだ感じ、彼にとっての地雷であるのは間違いないからだ。自ら踏み抜きに行く勇気はない。

 

次に「オールマイトすごい」とか「なんでオールマイトを嫌っているの?」みたいな反応や会話をしない。

これも同様だ。ヒーロー全般を嫌っている死柄木さんの考えを否定するつもりはない。それによって本気で殺されたくはない。

 

 

『先生』に念押し、というか脅しをされたので、いろいろと開き直ることにした。

原作でUSJ事件のあとも、なんだか死柄木さんも黒霧さんも悠々自適に生活していたではないか。日々神経をすり減らすような、そういう生活じゃないなら問題ないじゃないか。うん、問題ないはずだ。

 

死柄木さんも、上記の点を注意してあんまり神経を逆なでしないようにすれば普通に会話が成り立つし、今までの反動のせいかある程度妥協してくれる。素晴らしいことじゃないか。

 

「おとなしくなりましたね」

「やっと礼儀を覚えたか」

 

相変わらずやる気はないけど。

 

みたいな会話をされていたけどスル―だ。

 

 

 

 

 

 

――――そんなわけで季節はあっという間に過ぎ。

 

暑さが和らいだと思ったらすぐに木枯らしが吹きはじめ。ついには初雪の予報まで出始める季節。

クリスマスで街がイルミネーションで飾られたと思ったら、年末の総決算に忙しそうなサラリーマンに、数々のセール。

学生たちも冬休みに入ったせいで、昼間でも人は多そうだ。

 

でも俺のやることは変わらない。

バーでの昼寝に飽きれば、外に出てみようかなという気持ちになるし、ファストフードのバーガー類は妙に食べたくなる時がある。

そういう時は新作のハンバーガーとホットコーヒーを購入して爆豪君の観察のために公園に赴いたりする。

 

 

ハンバーガーを胃袋に収め、冬の割にはいい天気の日に日向ぼっこをしていれば、爆豪君がやってきた。

 

「よう、爆豪君」

「……バーガー野郎」

 

俺を見たとき少し目を見開いた。今日ここにくるのは久々だからな。少し珍しかったのかもしれない。

普段通りトレーニングをもくもくとすすめ、ある程度時間が経ったあたりで休憩を取り始める。

確か雄英高校の入試日程は二月の下旬。あとちょうど二か月程度で入試か。

今はその追い込みといったところだろう。

 

「……なあ、知ってっか?」

 

不意に爆豪君に問いかけられる。でも主語がないとわからないぞ。

 

「何を?」

「この公園、そろそろ取り潰されるらしい」

「そうなのか?」

 

それは知らなかった。

まる一年この公園で暇を潰していたから、なんとなくもの寂しい気持ちだ。人気が少なくて俺としては都合がよかったのだが。

 

「もともとガキが事故ったとかで遊具が禁止されてたんだ。近隣の小学校ではここの公園の使用禁止令もでてる」

 

そういえばそういう話もあったな。

だから爆豪君はここを有効活用していたというわけか。

 

 

「そうだったんだ。知らなかった。まあここも古いしな」

「……年明けには入るのも禁止になるらしい」

「テープ引かれるってことか?」

「たぶんな」

「ふうん……ここ便利だったんだけどな。となると、爆豪君どうするんだ? トレーニング」

 

横目で尋ねれば、なんてことないように、

 

「場所はまだある。それこそお前とよく遭遇したとこがな」

「そういえばそうだったな」

 

 

ちょうど一年前、驚きの遭遇率を打ち立てていたころ。お互いに遭遇しないようにとの配慮が裏目に出て、いろんなところで会いまくった。共通点は人気がすくなく、広い場所であるということだ。

もともと爆豪君のトレーニングに都合がいい場所で出くわしていたのだから、場所には困ってなかったのだろう。この公園が一番都合がよかっただけで。

 

「すごい遭遇率だったなあ」

「てめえがうろちょろしなきゃよかったんだよ」

「そのままそっくりお返しするわ」

 

人に責任押し付けんの、よくないよ。

 

 

「お前はどうすんだよ。また別の場所にすんのか」

「あー……」

 

どうしようか。うん。でも決めた。

 

 

「もう用もないのに外でんのやめることにする。寒いし」

「……は?」

「この公園がなくなるなら、ちょうどいい。いい加減家出もやめろって言われたしな」

 

『もう来ない』、そう宣言する。

 

家出は止めろ、そういわれたことは嘘じゃない。家出ではないが、『先生』にあまり外をうろつかないで死柄木弔のサポートをしてほしい、などと言われた以上、無視はできない。正直命令と一緒だろ、やってられない。

 

 

「そういうわけで爆豪君とも会えなくなるな……いい暇つぶしだったのに」

「誰が暇つぶしだ!」

「君の個性、派手で面白かった」

「面白がるな、見せもんじゃねえんだよ!」

 

不満だとか怒りを顔全体で表現しているさまは年相応だ。それにしても目の吊り上がりかたはちょっと怖いけどな。

 

思い返せば、爆豪君とあってちょうど一年だ。

予想外に忙しかったような、忙しくなかったような一年だった。スカウトしたりチンピラとやりあったり、死柄木さんに殺されかかったりショッピングモール行ったり。半分以上物騒な思い出だな。

 

俺としてはこのまま原作が始まらず、のんきな日々をそのまま享受していきたい。

でも時間が止まることはない以上、それは無理な話だ。俺は俺のやりたいことを、やれるようにやっていくだけ。

 

 

隣のベンチに座っていた爆豪君はしばらく無言だった。

しきりにペットボトルの水を口に含み嚥下する、というのを繰り返している。そんなに喉が渇いていたのだろうか。消費量、半端ないけど。

 

変だな。普段の落ち着きはどこへ行ったんだろう。

 

しかし唐突にアクションをおこした。

傍らに置いてあった背負うタイプのショルダーバッグからスマートフォンを取り出す。

おお。普段使っているのを見たことがないから新鮮だ。そりゃ爆豪君も今時の中学生だ、スマートフォンくらい持っているだろう。

 

そのスマートフォンを操作しながら、こちらに視線をやった。

 

 

「お前のケータイ、貸せよ」

「なんで?」

「察しろよクソバーガー野郎!」

 

全然察せない。一体何の意図が?

というか、

 

「俺、ケータイ持ってない」

「は? 今時ケータイ持ってないのか?」

 

なんか物凄く驚かれた。

切れ気味、というよりは素直な驚きであるらしい。

彼は知らないけど、俺はスマートフォンなどの携帯電話を持っていない。住所不定の未成年がどうやって買えるんだ。ヴィラン連合ではいまのところ個人の通信機器類を導入していないし。

 

「SNSどころかケータイもねえとか……パソコンは?」

 

パソコンは……あるにはあるけれど、俺個人の所有物じゃない。勝手に使ってもたぶん怒られないが、それを爆豪君にいうことはできない。

 

「持ってない」

「……はー」

「なんだその非常識な人を見たみたいな反応」

「じゃあ家の固定電話は」

「ない」

 

当然ない。

というか今の質問でようやく爆豪君の質問の意図がわかった。

俺の電話番号とか、メールアドレスとかを聞きたかったんだな。場合によっちゃ某簡易メールサービスのアプリのID。

ひらたく言って、俺の連絡先ってやつだ。

 

なんだ。俺の連絡先、知りたかったのか。

一年もあってて一度も聞かれなかったから興味がないのだと思ってたけど、そうでもなかったらしい。

 

爆豪君は俺の連絡先が一つもないことにしばらく茫然とした後、少し考えてからバックからメモ帳とボールペンを取り出した。そこにさらさらと何かを書きつけ、最後に自分の名前をでかでかと署名する。

そのページを切り取り、俺の鼻先に突き付けた。

 

「なんだこれ」

「見りゃわかんだろが!」

「確かに」

 

爆豪君のメールアドレスと、携帯電話の番号だ。爆豪勝己。右側に跳ね上がった力強い字。文字からも性格がにじみ出てるなあ。

 

「ケータイ買ったら、連絡する」

 

そういうことだろう。紙をじっと見ながらそういえば、満足そうに鼻を鳴らすのがわかった。

 

「で?」

「で、って?」

 

なんかさっきから爆豪君の質問がわけわからないものが多いな。これで何回目の聞き返しだ? 連絡先をポケットにしまいつつ尋ねれば、ついに爆豪君の沸点を越えたらしい。

 

「さっきっから鈍いなお前! 名前だよ! 俺は書いただろ、お前も書けや!!」

 

顔面にメモ帳投げつけられた。ついでにボールペンが飛んでくる。

 

「危ないな」

 

ボールペンはさすがに危ない。そっちは空中でキャッチしたがメモ帳は顔面で受け止めることとなった。

 

「大体なあ、わりと長く会ってて名前知らねえっておかしいだろうがよ! てめえは俺の名前知ってんのによ!」

「それは爆豪君が有名人になったのが悪い」

「なりたくてなったわけじゃねえよ!」

「ヘドロ事件」

「その口閉じろや……!」

 

BOOM!と威嚇のように片手から爆発が出たのでさすがにその件は黙ることにした。

それに爆豪君のいうことももっともである。

ふつうは自分から名乗ってもおかしくない。

 

「でも爆豪君が今の今まで聞かなかったせいでもあると思うぞ」

 

そういいながら、名前を書きつけていく。

 

「うっせ。本名書けよ」

「なんでわざわざ念押しした?」

「くだらねえこと書いたら殺す」

「物騒だな」

 

ぴら、とメモ帳とボールペンを返却する。

メモ帳に書かれた俺の名前を見た爆豪君は眉間にしわを寄せた。いまいち読み方がわからなかったのかもしれない。

二度目の人生での、本当の名前。あんまり名乗ったことはないし、死柄木さんたちには妙な呼び方をされているせいでいまいち自分の名前と思いきれていない節があるが、これはこの世界での俺の本名だ。

 

 

夕立 零(ゆうだちれい)。俺の名前」

 

 

「———は、ずいぶん天気の良さそうな名前だな」

「……まあな」

 

 

それから、気が済んだのか爆豪君は勢いよく立ち上がった。

後半のトレーニングに入ったのだろう。

はたから見ても好調で、手ごろな敵でもいれば嬉々として爆破しまくっていることだろう。何よりである。

 

 

帰り際に。

 

「じゃあ、頑張れよ。受験」

「言われなくても!」

 

うてば響くように帰ってくる自信に満ちた言葉。

別に言う必要もないのだけれど、思わず言いたくなる。

 

 

「爆豪君なら雄英、余裕で受かるよ。ずっと見てた俺が保証する」

 

 

一瞬真顔になった彼は、にやりと口角あげて笑った。

 

「あったり前だろ。お前じゃ届かないとこまでいってやる」

 

「ああ。頑張れ」

 

本当にさすがだ。年下とは思えない。

ひらりと手を振って彼は迷うことなく歩みだす。

これでしばらくは会えなくなるけれど、彼はきっと俺のような人間を気にすることなく自分の道を突っ走っていくんだろう。それがいい。

 

俺も戻ろう。爆豪君が行った道の反対側を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――アジトに戻る前、適当なコンビニエンスストアのゴミ箱に、爆豪君の連絡のメモを捨てた。

読めないように、念入りに粉々に割いてから。

 

次会うときは、きっと俺はヴィランだろうから。

 

 

 

 




身に余る数のお気に入り登録・評価・感想ありがとうございます。
嬉しくて本日二話投稿です。
誤字・脱字報告ほんとうにありがとうございます。
すごく助かります。

これからもよろしくお願いします。




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8話「とびきりのニュース」

いわゆる「家出」をしなくなってから数か月。

『先生』が俺に「ふらふらするのやめろ」と言いつけたのを知らない死柄木さんは、俺がずっとバーにいることを訝しんでいたが、数か月もすれば慣れたようだった。

おかげで俺の話し相手はほとんど死柄木さんと黒霧さん、それからスカウトしたチンピラたちである。同年代の話相手がいないせいで、高校生らしい年相応のしゃべり方を忘れそうだ。かわりに一回終えた分の年齢を合わせた精神年齢の方の話し方が時々飛び出る。ガキらしくねえ、生意気だと毒づかれるが正直仕方ないと思う。

 

それから、死柄木さんは相変わらずマイペースだ。

 

「ゼロ。行くぞ」

「……スカウトか?」

「さあなぁ?」

 

ついてこい、と言われて素直に立ち上がる。

黒霧さんのワープゲートを通れば、そこはどこかのアジトでありスカウトしたらしいチンピラたちが何人か集まっていた。

それぞれなんらかの武器を携え、それを時々揺らしながらアジトを歩き回っていたが、俺が現れたら動きが一斉にとまる。

彼らを眺めれば、逆に鋭い眼光を飛ばされた。相変わらずの敵意である。

今日の用事は最近始まったお遊びの方だったらしい。

 

俺がサポートしたときにスカウトされたチンピラ連中は、何故だか俺には高確率でそれなりの敵愾心を抱く。自分の個性をもって俺の個性を破れなかったのが、かなり悔しいらしいのだ。

俺としては心底どうでもいいのだが、死柄木さんは「鍛錬」と称して彼らを俺と戦わせるようになった。それは俺と彼ら自身の鍛錬も含まれるが、それ以上に俺への嫌がらせを含んでいるのではないかと最近疑っている。

 

 

「あんときは全然かなわなかったが……今度こそぶっ殺してやる」

「おうよ!」

「このクソガキが……!」

 

もしかしたらガキの俺に負けたという事実の方が悔しいのか?

負けた方がよかったのか? いや、そんな余裕はなかったし、俺が負けたとして結局黒霧さんや死柄木さんに怪我させられるのは変わらなかったはずだ。むしろ戦ったのが俺であったから彼らも無傷でいられたのだ。俺、案外マシな方じゃないか? それなのに恨まれるとか、なんだか釈然としない。

 

じゃあスタート、と死柄木さんがのんきな声で掛け声をした瞬間、計六人のチンピラが襲い掛かってくる。

たいていのチンピラは徒党を組んで襲い掛かってくるが、この六人は三人ずつの二グループに分かれた。最初の三人は異形型の個性を持っているようで見るからにヴィラン、という造形だが後半の三人はそうではない。遠距離攻撃を持った三人といったところだろうか。

 

襲い掛かってきたチンピラの前で個性を発動する。三人の物理攻撃を全て透明な壁で防ぐ。

硬質な壁に防がれ、彼らの拳の方がダメージをうける。

それはもうすでに彼らも経験済みだ。だから本命はその次。

 

「!」

 

三人の攻撃をいなした直後、彼らまで巻き込むかのように水が発せられた。どうやら水を操れる個性をもったやつがいたらしい。

まるでレーザーのように射出された水はカッターみたいに容易く俺の背後の壁を切り裂く。バターでも切るかのようだ。俺の個性で阻まれた分は跳ね返って霧状になる。

おいおい、いくら俺の個性がバリアに近いとはいえ、この技、直接当たれば簡単に人体両断できるだろ。完全にヴィラン顔だし、本気で俺を殺しにかかってきているとしか思えない。本当にやってられない。

 

攻撃を防いだ分は床に水たまりのように広がっていて、なんらかの作為を感じる。

電気系の個性でもいればそこをバリバリっとやってきそうだな。よくある攻撃だが……もしかしたら本当にやるかもしれないので、予防は必要だ。

 

現時点で個性を使っていないのは二人。どちらかが電気系だったりするのだろうか。

しかしいちいち顔を覚えていないし、それに真面目に相手をするのは、

 

「面倒くさい」

 

ちゃちゃっと終わらせよう。

 

俺の前に立った異形型の個性の三人はもれなく俺に攻撃した。

大体、見た目がほんとうに人間じゃないんだよ。歯とか歯茎ごとむき出しだったり、頬骨、白い骨が露出していたり、全身に鉱物みたいなのが埋め込まれているようなムキムキだったりとか。

 

そういう人たちがその発達した上腕で殴るかのようなフォームをとれば、それだけで怖いわ。普通に。

 

「死柄木さん、黒霧さん」

 

避けろよ、という意味で声をかけたときには二人ともすでにかなり距離をとっていた。黒霧さんなどいつでも逃げられるようにワープゲートを半分発動している。

逃げの準備はきちんとしていることで。

 

そういうわけですぐにパーソナルスペースを拡大させる。

意識一つだ。以前チンピラに絡まれた時と同じ要領でパーソナルスペースを拡大させれば、この狭い室内、六人なんて場所が足りなくなって壁に叩きつけられる。

 

「うっぐっ!?」

「な、んだ! いってぇ!」

 

そうか。こっちの方を彼らは知らなかったか。

スカウトの際は使っていなかったから俺の個性をバリア一つだと勘違いしたままだったのかもしれない。

壁に貼り付けられ困惑した表情を浮かべている。

筋骨隆々な男は「ふんぬっ」と気合を入れて脱出しようともがいているが、引く力と押す力では後者の方が力を入れやすいように、俺の圧力からは逃げ出せない。

 

でも死柄木さんもいろいろと容赦のない人である。

俺の個性だと室内戦のほうが有利だと知っていて、室内で俺と彼らを戦わせたのだから。

 

壁があれば俺の個性で圧し潰せるし、正直負ける気はしない。よほどの頑丈さじゃなければ持久戦に持ち込まれる前に気絶するからな。

 

あ、そろそろ気絶しそう。このまま押し切るか?

 

「おい、そろそろ発動やめろ。鍛錬だって言ってるだろ?」

 

椅子に座って観戦のていを装っていた死柄木さんはどこか楽し気にそういいつける。

 

言う通り個性を解除する。一度戦っておけば、それ以降はいちいちつっかかってこないというのは経験則でわかっている。

気絶寸前に圧力から解放され、六人は壁際に折り重なるように倒れこんだ。

必要以上に怪我をさせて恨まれるのも本意ではない。これで終わりだといいんだけれど。

 

 

そのとき、ぴちゃんと妙な音がした。自分から少し離れた位置に感じる人の気配。

変だ。個性で押しつぶして壁際で折り重なっているチンピラたちとは別の場所からだ。

 

とっさにコートのポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、刃を出すとその方向に向けてナイフを投擲する。

 

「ってえ!!」

「!」

 

軽い男の悲鳴、それから何もないように見える場所から赤い液体が飛び散った。血だ。

 

間違いない、何かいる。透明人間、それとも擬態?

どうでもいい、すぐさま個性を発動してその透明人間らしき生き物を壁に叩きつける。距離を詰めて胸倉と思わしきところをつかみ、壁にもう一度叩きつければ「ぐえ」と悲鳴があがった。ぐらんと頭が揺れたのか、体重が俺の右腕に集中する。

 

ほぼ同時、空間がゆがんでいるように見える場所に色がつく。正しくは本来の色が戻った。

なんだこれ。この顔、カメレオンか?

カメレオン……なんだか覚えが。

 

「なんだ、気づいたのか」

 

気絶したカメレオン男を片手でぶら下げていれば、死柄木さんが残念そうに両腕を広げた。

 

そうか。もともと七人いたのか。六人だと思っていたけど、俺が来る前から透明化を維持し続け、俺が個性を解除したタイミングで奇襲を仕掛けたと。天井にでもくっついていたのかな。

つまり、あの六人は全部このカメレオン男の奇襲を成功させるための布石だったわけか。地面が水でぬれていてよかった……その水の波紋で存在に気付けた。

 

カメレオン男はとりあえずそのまま地面に落とす。俺が投げたナイフがちょうど頬をかすっていたらしく、ダラダラと血が流れている。

正直危なかった。やられたらいろいろと面目が立たないところだった。

死柄木さんは逆に残念そうにしている。そうか、それほど俺にやられて欲しかったか。

 

 

「ちっ……奇襲でも無理だったか……」

 

俺がカメレオン男を叩きつけている間に先の六人が立ち上がり始めた。

舌打を連発したり、「くそっ」などと悪態をついている。俺を悪役かのように扱うのやめてくれませんかね。

 

「このクソガキが……」

とヘイトをためているチンピラを、死柄木さんがなだめにかかる。

 

「ガキだからって舐めすぎたな。重要なのは個性だ、ガキだろうと個性が強けりゃ強い。高圧の水のレーザーならやれるかもしれないと思ったんだろ? あいつの奇襲はあくまで保険で」

 

え、保険だったの?

チンピラたちは図星だったようで無言で頷いている。

 

「ま、ここはお前らの個性には不利な場所だったしな。奇襲を保険にしたのはいい考えだ。ゼロをやれなかったのは気にするな、俺も一度もやれてない」

 

一度でも殺られていれば俺は今ここにはいないのですが。

 

突っ込みどころ満載だが、なんだか偉そうにねぎらっている死柄木さんに従う彼らは気を取り直したらしい。さきほどの不機嫌さはわずかにやわらぎ、次こそはと案を練っているようだ。俺をそんなにやりたいのかな?

 

 

「それとゼロ。お前いつからナイフなんか使うようになった?」

「ああ……最近ちょっと」

 

俺の個性だと攻撃手段がかなり限られる。だからナイフとか包丁とか、とりあえず武器があった方がいいかもしれないと思い『先生』に告げてみた。

とりあえずコレを使ってみなさい、と届けられたのがこのナイフである。折り畳み式でコートのポケットにひそめられ意外に便利だ。大して重くもないので投擲にも使える。

 

個性を発動した状態で内側から何かを投げた場合、その攻撃は成立する。

つまり個性を発動し続けてナイフを投げまくれば、集中が続く限りずっとバリアを張りながら攻撃を続けることができるのだ。

投げナイフとして使うため、安い包丁やナイフも仕入れてきた。本格的に戦うことになったら、俺は「ひたすらナイフを投げる人」になるだろう。

本格的な戦闘に巻き込まれたくはないのだが、まぁ仕方ない。対策はしておかないと。

 

「俺は盾要員だけど、攻撃手段が個性だけじゃ心もとない」

「へぇ……? 意外だなぁ、お前がそんなこと言うなんて」

「捕まりたくないだけだ」

 

ヴィランなのは否定しない。ただ巨大な犯罪に巻き込まれる今の状況、追われるのは必至な以上捕まらないために努力はしたいのだ。

俺が努力なんてことしているのが意外でたまらない、といった様子だが、死柄木さんは満足そうにしている。

 

死柄木さんも最近は機嫌が良さそうだ。自分の思い通りにことが進んでいるからかもしれない。

 

 

 

 

そんな死柄木さんに朗報が届いたのは、それから数日後のことだった。

 

ヴィラン連合はそれっぽく偽装したバーをアジトの一つにしている。そこには毎朝きちんと新聞が置かれている。バー名義にして契約しているのかそれとも毎朝黒霧さんがどこかに買いに行っているのかは知らないが、黒霧さんが新聞を読んでいるのはそれなりに様になっている。

 

朝起きれば、その新聞を持っていたのは死柄木さんだった。

バーカウンターにグラスを置きっぱなしにしたまま新聞を読んでにたついている。いつにもまして不気味だ。

 

喉が乾いたな、と思えば黒霧さんがグラスに水を出してくれた。氷もしっかり入っているし、親切だな、こういうとき意外と。

軽く礼を言ってグラスを傾ければ、死柄木さんが新聞を寄越した。

 

「読んでみろよ、その記事」

 

一面に飾られた言葉は、『オールマイト、雄英の教師に』。『事務所一時休業』。

ああ……これか。

 

「教師だってさ……どうなると思う?」

 

平和の象徴が、(ヴィラン)に殺されたら、とどこか聞き覚えのある言葉を言い放った。

 

 

 



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9話「下準備、それから」

新聞記事を読み流してみれば、原作と同じことが起こっていると把握できた。

もう既に始まっているこの新学期から、オールマイトは主にヒーロー科の授業を受け持っているらしい。

 

死柄木さんがオールマイト、というかヒーロー全般を嫌っているのは知っている。そのオールマイトをラスボスと称し、いきなりUSJに突っ込むことも当然覚えている。

いやラスボスなら中ボスとかいないとおかしいだろ、そう思ったが口には出さない方が利口だ。とにかく死柄木さんはオールマイトを殺すことを目標にしている。

 

「本当にやるのか?」

 

やる気が出ない。本当に。

全身でそう表現して尋ねてみれば「当然だ」と返された。

 

「雄英高校に直接襲撃をかけることができれば、面白いことになるだろうなぁ……!」

 

生徒が危険に晒されたとすれば雄英高校の責任問題になるし、そこでオールマイトが死ねばそれこそヴィラン時代の幕開けだ。平和の象徴という抑圧がなければ、個性を持て余している連中は好き放題し始めるだろう。

もちろんそれはできたらの話だ。

正直に言えば、俺という未来の情報を知っている人物がヴィラン連合に協力すれば、オールマイトを殺すことはできると思う。

確かあのときのヴィラン連合の敗因は、生徒の一人を取り逃がしプロヒーローを大勢呼ばれたことにある。俺が積極的に飯田君を殺したり、黒霧さんに進言しておけばそんなことは防止でき、オールマイトを殺せる可能性はぐっとあがるだろう。

 

まあ、しないけど。当然だ、するわけない。

 

オールマイトを殺したヴィランたちを、社会は許さない。

それこそ死に物狂いで俺たちを捕まえに、もしくは殺しに来るだろう。

原作の乖離も得策ではないし、報復がふつうに怖い。オールマイトは怖いが、悪い人ではないのに殺すなんて俺の良心もそれなりに痛む。

 

そういう訳で、USJにおいて俺のとるべき行動はただ一つ。

何もしない。てきとうに死柄木さんや黒霧さんの盾になり、傍観し、それから逃げる。

 

俺が基本方針を固めているのをよそに、死柄木さんはすぐに雄英襲撃のプランを練り始めた。

 

生徒、という守るべき存在が多く、教師であるプロヒーローが少ない時間帯。オールマイトが担当している授業で、すぐには他の教師・プロヒーローの応援が見込めない状況。

手駒の方はここ一年でスカウトしたヴィラン、というかチンピラがたくさんいる。それなりの個性を持っていると予想される生徒たちは彼らに任せればいい。

 

「校舎から離れていればなお都合がいいな」

「そんな都合のいい場所があるのか?」

「あるさ。雄英はバカデカい」

 

死柄木さんはインターネットの雄英のホームページを開いてそれを見ながら言った。

施設案内にすべてが書かれている訳じゃないだろうが、ほかのヒーロー科のある高校よりはずっと演習場や、体育館が多いのは事実である。

 

「だがまあ……詳しい情報は必要だな。黒霧」

「はい」

「情報収集だ」

「どこへ?」

「決まってる、雄英さ」

 

黒霧さんは特に口答えすることなく、ワープゲートを発動する。死柄木さんはそこに足を踏み入れ、黒い靄が晴れればあとには何も残らない。

 

ナチュラルに置いていかれたのは……俺の個性が不要だったってことか。

ん? そういえばこんなことあった気がしてきた。USJの前に雄英に忍び込み、マスコミを焚き付けてカリキュラムを盗んで来たんだっけか。案外死柄木さんもマメだよな。

 

 

 

 

     * * *

 

 

有り難く昼寝を決め込んでいたのだが、戻ってきた死柄木さんに叩き起こされた。

 

「起きろ、ゼロ」

「起きただろ……」

 

いちいち個性発動しようとするのやめてくれないだろうか?

目をこすりつつ、死柄木さんの手を回避する。

 

どうやって情報を盗んだのかは知らないが、紙にプリントされたカリキュラムを目の前に突きつけられた。

受け取って流し読みすれば、たしかに数日後にウソの災害と事故ルーム、という訓練場で1年A組の授業が入っている。その担当教師はオールマイト、それから13号だ。

 

「ほら、あっただろ?」

 

都合の良い場所が。

 

わかったからドヤ顔するのやめろ。

原作通りにことが進んでいるようで、内心複雑である。

 

 

「この授業の時にオールマイトぶっ殺しに行こう……あいつらも全員連れて行く。そうだ、先生!」

 

あいつら、とはチンピラのことだろう。

何か思いついたらしい死柄木さんの声に反応して、備え付けのモニターが光った。

SOUND ONLYの白い文字が点滅する。

 

『なんだい?』

「脳無、連れて行くけどいいよな?」

『勿論だ。あれは対平和の象徴のための改人。連れていかないで何になる?』

「よし」

 

 

自分だけのおもちゃを与えられて喜んでいる様はこどもと同じだが、その悪意は無邪気なこどもと比べ物にはならない。

彼はそのまま、黒霧さんに指示を下す。

 

「黒霧。今こっちに連れてこい」

「はい? 今ですか?」

「早くしろ」

 

苛立った声に、黒霧さんはすぐにワープゲートを開く。

どうやら所定の位置をすでに確認していたらしく、ぬるっと見たことのある脳無がこちらに引っ張り出されてきた。

 

紫がかった黒の肌、頭蓋骨は行方不明になったらしく脳みそは剥き出しのまま。知性が感じられない顔つきのわりに、オールマイトと同程度のパワーを持つと豪語する通りの筋骨隆々な体躯。

俺が『先生』のところに行った時にはくっついていた管などはなく、もう調整は終わっているらしい。

 

 

『死柄木弔。君の声に反応するように調整してある。存分に使うといい』

「へえ、気がきくじゃんか。じゃあまずは……」

 

どこか楽しげに、死柄木さんは指を回すとふいに俺を指差した。

 

「あいつを、思いっきり殴れ」

 

「は?」

 

あいつって、その指差した方向から察するに俺だよな?

何で俺を殴るように脳無に命令するのかさっぱり分からない。が、しかし死柄木さんのいうことを聞くよう調整されているらしい脳無は、ぐるりと目玉をギョロつかせ、首を回して俺を見た。

 

あ、やばい。

 

「近づくな」

 

咄嗟に個性を発動する。発動が終わったその瞬間、まるで掻き消えたように脳無の姿はさきほどの場所から消え、代わりに俺の目の前でその拳が壁にぶつかって停止していた。

 

ごうっ!と遅れた風がバー全体を揺らし、酒瓶のいくつかが棚から落ちて地面に叩きつけられ、中身をぶちまける。アルコールの匂いがむせかえった。

 

初撃は回避、したのか?

どっと冷や汗が流れ出た。

ぜ、全然見えなかった。急に目の前に現れたからビビって体が縮こまっていた。バクバクと心臓が波打つ。

 

「おい、マジかよ」

 

ついでにいうと脳無の攻撃は止まらなかった。パンチが防がれたと見ると、一拍置いて目にも留まらぬ連打が始まった。

 

いや、本当に近づかないでほしい。拒絶、拒絶、本当に拒絶。

俺はサンドバッグじゃないんだよ。攻撃を防ぐにもそれなりにストレスが溜まる。

 

どんっ、と勢いよく拒絶して距離をとらせるが特にダメージを受けた様子の無い脳無は軽く首をひねると愚直に殴りかかってくる。

 

「ははっ、すごいなぁ……これが脳無か……!」

「おい、死柄木さんどういうつもりだ」

「怒るなよ、ただの動作確認だ」

 

笑う死柄木さん。はぁぁ?と苛立つ俺。

もういいぜ、と落ち着いた死柄木さんにより攻撃が止んだが、俺の苛立ちの方はまだおさまっていない。どうしてくれるんだ。

それに不用意にこんなところで脳無の力を試したせいで、バーの建て付けは多分悪くなったし、酒や水の瓶やグラスがかなりお亡くなりになっている。

 

今は脳無の力に驚いている黒霧さんも、我にかえったらこの惨状に絶句することだろうよ。

 

 

「なぁゼロ、今わざとお前を殴れっつったのは別に嫌がらせとかではないんだぜ?」

「……ほんとかよ」

「ああ゛?」

 

威圧してきたので話を元に戻す。

 

「……それで?」

「チッ……こいつは、オールマイト並みのパワーと瞬発力、それからそのパワーに耐えられる体を持ってる。そのパワーで繰り出されたのがさっきのパンチだ。意味わかるよな?」

「……」

 

あれ。それってつまり?

 

 

「お前の個性で脳無の攻撃を防げた。つまり、オールマイトの攻撃防げるんだな?」

「……そう、なるな」

 

そうなってしまうな。

考えたこともなかったが、そういえば俺は自分の個性の強度を知らない。とにかく拒絶した攻撃が俺の個性を破って俺を傷つけたことは一度もなかったから、無意識に自信を持っていた。俺の個性だとオールマイトの力でも破れないのか?

いや、しかし本物じゃないからな。確信はできない。

 

 

『脳無の攻撃が防げるなら、きっとゼロの個性で防げるさ』

 

思わぬところから援護がきた。画面越しに状況を把握したらしい『先生』は楽しげに推測を語り、それから死柄木さんに向けてはっぱをかける。

 

 

『ーーー前も言ったけれどね、オールマイトは今弱ってる。教師なんて職に就いたのもその表れさ』

 

 

一拍置いて『先生』は続けた。

 

『思うままに、やってみなさい』

 

ただそれだけ言って、通信が途切れる。

何というか、変なところで放任主義というか。教育論なんて俺には理解できないが、もう少し手綱を取ってくれてもいいのではないだろうか。死柄木さんが調子に乗ってしまうじゃないか。

 

『先生』から直々に許可を得たようなものだ。死柄木さんは『先生』の言葉を噛み締めると、

 

「さっそく作戦会議でもしようか。黒霧、できる限りたくさん手下どもを呼べ」

 

具体的な実行のために統率を図り始めた。

 

 

 

 

 

      * * *

 

 

雄英高校の教師たちはみなプロヒーロー。これは有名な話だ。

だからこそ学校のガードは固く、容易に生徒たちに手出しはできない。

 

でもプロヒーローである以上個性はある程度公表されている。そういう訳で、雄英襲撃に備えてプロヒーローたちの個性を手下たちと共に頭に叩き込む作業に追われていた。

 

「あなたは手伝ってくれませんでしたけどね」とちくりと嫌味を言われつつ黒霧さんから資料を受け取る。そう言えばそのときはストライキしていたからな。『先生』からの資料・情報もあっただろうが、こうして紙などにまとめたのはきっと黒霧さん一人でやったのだろう。

なんか少し申し訳ないような気持ちになるな……。

 

ともかくプロヒーロー、特に13号、オールマイト、それからイレイザーヘッドの個性を見ていく。他はまぁ念のためだ。

 

13号の個性『ブラックホール』。直接触られなければ問題無し、だと思う。たぶん。

オールマイトの個性、不明。原作によれば『ワン・フォー・オール』。超怪力みたいなもの。これも脳無と同じパワーしか出せないなら問題無し。たぶん。

 

そして問題なのは1年A組の担任、イレイザーヘッドだ。

完全に個性頼りの俺の天敵だ。彼の目にとまったら個性が発動できなくなり、俺はあっさり捕まってしまうのではなかろうか。

 

それだけは避けたい。どうするか。

死柄木さんの背中に隠れるか……。

うんそうだな、何かに隠れて関わらないようにしよう。そう考えれば当初の方針からズレないし、問題ない。

 

 

それからUSJの地形を考え、手下たちを個性の相性ごとに振り分けていく。

けっこう似た個性を持った人たちは、スカウトされた同士でそれなりに仲良くなっていたのかトントン拍子に話は進んでいった。

誰もが死柄木さんという悪に惹かれたのだから、彼が主導権を握っていれば誰からも文句は出ない。ほんとに誘蛾灯だ……。

 

 

 

そしてあっという間に決行当日。

時刻は十三時を回り、そろそろ授業は始まっている頃だろう。

 

アジトにぎゅうぎゅうづめになったチンピラたちは、みなそわそわと各々の武器を揺らしている。

オールマイトを殺す、などと大それた計画にみな浮き足立っているのだ。

 

 

「ーーさて、行こうか。()()()()、あの社会のゴミを壊すんだ」

 

死柄木さんが号令をかける。

故意に強調された言葉に仲間意識が刺激されたのか、チンピラたちの意思は一つに集約されていく。

所詮チンピラはチンピラでしかなく、生徒や教師用の駒でしかないのだが、彼らはそれでもいいらしい。

気合いが入るならそれはなによりだ。俺は捕まりたくないので、自分の都合だけで動く気満々である。

 

ふう、息を吐いて気分を落ち着かせる。

普段通りでいるのが肝要だ。

たくさんのナイフを収納するためにいつもとは違うサマーコートを羽織っているが、その他は一緒だ。

 

ただ、フードは深くかぶっておく。

死柄木さんみたいに全身になんかよくわからない手をつけていたり、黒霧さんみたいにそもそも顔の作りが分からない人ではないのだ。成功するにしないにせよ、初犯でこれだ。追われるのが確定する以上、フードなどで顔を隠しておいた方が、気分的にも楽だ。

 

念入りにフードを被り直したとき、黒霧さんが大きくゲートを開いた。

まずは土砂、水害、火災などの個別のゾーンに配置する手下たちを送り込み、その後に倒壊、山岳ゾーンに送り込む。

 

最後に死柄木さんが手を突っ込み、ゲートを割り開くように広げた。そこから一気に手下たちは雪崩れ込む。行先は雄英高校『ウソの災害と事故ルーム』中央広場。

次々と手下たちが向こう側に消えていくのを見届け、最後にゲートをくぐった。瞬間、大きな声が耳に入る。

 

 

「ひとかたまりになって動くな! あれは、(ヴィラン)だ!!」

 

 

向こう側に足がつく。顔を上げると正面に施設の入り口があったらしく、随分と段数の多い階段の上で生徒らしき少年少女たちがひとかたまりになってこちらを見ていた。

 

そして彼らを庇うように立っているのが黒い服と白い拘束具、ゴーグルが特徴的なプロヒーロー、イレイザーヘッド。

その後ろにいるのは宇宙服を着た13号だ。

現れた瞬間に攻撃を仕掛けてきそうなオールマイトの姿はどこにもない。

 

「13号に……イレイザーヘッドですか……。先日いただいた教師側のカリキュラムの中ではオールマイトがここにいるはずなのですが……」

「やはり先日のはクソどもの仕業だったか」

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト……平和の象徴……。いないなんて……」

 

 

いきなり計画から外れて、正直ざまあみろと思わないでもない。

が、そんなこと言っている場合でもないな。

 

 

「ーーーこどもを殺せば、来るのかな?」

 

遠くの方にいるのは1年A組の生徒たち。

たぶん……というか間違いなく、あそこに爆豪君がいる。

 

「バレたくないね」

 

犯罪者としての大きな一歩。

息を軽く吐いて、改めてヴィランとして踏み出す。

 





評価、感想いつもありがとうございます。
誤字脱字報告、とても助かります。ありがとうございます。



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10話「USJ侵入」


USJ編一気に投稿。
本日1話目。




真っ先に動いたのは、プロヒーロー・イレイザーヘッドだった。素早く生徒たちに指示を出しゴーグルを装着する。ぐいと首に巻いてあった白い帯状の拘束具を操ると、五十段はあろうかという階段を一気に飛び降りてきた。

 

その行動に喜んだのは階段下のヴィランたちだ。ありゃ誰だ、と驚くが個性を発動しつつ、

「大まぬけ!!」

とプロヒーローを倒しにかかる。

だがそううまくいくはずもなく、白い帯に絡めとられた前衛三人組は秒殺された。

ほんとうに秒殺である。

さすがだ。強い。

 

見た者の個性を消す、という個性の通用しない異形型の個性の持ち主についても、身軽な動きと生き物のように動く白い帯によってうまく態勢を崩してつぎつぎと撃破していく。

それなりにスカウトも頑張ったつもりだったのだが、これほど簡単にやられるとむなしさよりも先にスカッとするな。ヴィランの俺が抱いちゃいけない感想な気もするが。

 

「嫌だなプロヒーロー。有象無象じゃ歯が立たない」

 

死柄木さんなど首をガリガリと掻きながら分析している。

 

有象無象って。

どうやらこの広場に配置するヴィランたちにはイレイザーヘッドについて大して教えていなかったらしい。彼への肉壁というか、彼の個性を分析するまでの時間を稼ぐための捨て駒だったのだろう。

本意とは反対に利用されたらしいヴィランたちは地面に這いつくばっていく。

 

 

「ゼロ」

 

黒霧さんが俺の背中に突如隠れた。

 

「壁に使わせてもらいますよ」

「……どうぞ」

 

返事を待たず俺の背後でワープゲートが発動され、黒霧さんの気配が消え去る。

イレイザーヘッドの視界から外れるためか。俺が死柄木さんの背中に隠れようと思っていたのがバレていたかのように同じ手を使われると複雑だな。

 

そして黒霧さんは生徒たちを誘導して逃げ出そうとした十三号の前に立ちはだかる。

行うのは犯行声明だ。これからの一連の事件を起こす犯罪者集団の名前を添えて。

黒霧さんもマメだ。死柄木さんが怠りそうな犯行声明はきちんとこなしておくのだから。

 

 

「初めまして。我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのは――――平和の象徴、オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

 

しかしそのオールマイトは不在である。予定変更せざるを得ない状況に黒霧さんは不本意そうだったが、結局ぶわりと靄を広げた。

 

―――が、盛大な爆発音がする。どうやら生徒のうちの二人が黒霧さんに向かって攻撃を仕掛けたらしい。

 

「やられたか」

「バカいうな、黒霧だぞ」

 

信頼がお厚いようで。

死柄木さんは一言俺の言葉を否定すると、じっとイレイザーヘッドの観察を始める。

 

代わりにもう一度黒霧さんに視線をやれば、計画通り生徒たちの何人かをランダムにこの敷地内にワープさせることに成功したらしい。黒靄に吸い込まれた生徒たちが跡形もなくなる。

飛ばし損ねた残りの生徒と十三号を行動不能にするのが黒霧さんの仕事だ。

 

イレイザーヘッドを抑えるのが手下のヴィランたちと死柄木さんの仕事。

今のところ暇を持て余している脳無の相手がここにはいないオールマイト、俺は適当にサポートだ。変わらない。

 

オールマイト早く来ねえかな。脳無がやられれば早く撤退できるかもしれないのに。

 

 

 

 

      * * *

 

 

くしくも命を救うための訓練の時間に現れた(ヴィラン)

緑谷出久はイレイザーヘッドの壁を容易く抜けたワープと思わしき個性の持ち主により、クラスメイト二人とともに水難ゾーンに強制的に移動させられていた。

 

出久とともに水難ゾーンに飛ばされたのは蛙吹梅雨、それから峰田実。

同じピンチに陥った生徒同士、素早く船の上に避難する。

 

「……殺せる算段が整っているから、連中こんな無茶してるんじゃないの?」

 

教師が全員プロヒーローというヒーローの巣窟にわざわざ入り込みながら、時と場合は選び警報が鳴るのを防ぐための個性の持ち主も呼び寄せておく。

これだけ大胆な奇襲だ。肉弾戦でもオールマイトを殺せる、と思うだけの自信があるのだろう。

三人組唯一の女子である蛙吹梅雨は冷静に状況を分析し、慌てふためいている峰田実をよそに出久は決心する。

 

「奴らに……オールマイトを倒す術があるんなら、僕らが今すべきことは……戦って、阻止すること!」

 

 

それから三人は素早く目の前の敵に視線を走らせた。

水難ゾーンに明らかに有利な個性をもつ蛙吹が移動されているということ、そこから導き出される答えは一つ。生徒の個性は敵に知られていないということ。

三人の個性の情報を合わせ、三人は明らかに人数も場所の相性も上なヴィランたちに立ち向かう。

 

まず出久が大声で威嚇し敵を寄せ集めてから、水面に大きな衝撃を放つ。

一時的に大きく広がり大きく波立つ水面に向かって、強力な吸着力をもつ謎のもぎもぎを峰田が放つ。

収束した水面に、紫のボールに絡めとられたヴィラン達が勢いよくぶちあたる。船は廃棄して、空中に飛び出した出久と峰田の回収は蛙吹の仕事だ。

 

結果として、相手がヴィランであろうと不必要に傷つけることなく、制圧に成功した。個性を無駄なく使い、状況に合わせた最適解をはじき出したといっていいだろう。

水面深くに別のヴィランが潜んでいるということもなく、運もあって三人は無事にその場を切り抜けることができた。

 

ヒーローとしては及第点の解答だ。だから三人は、というより出久はすぐに他のゾーンに飛ばされたと思わしき生徒たちの避難、それから自身の避難に動き出す。

 

ここから一番状況が把握しやすいのはイレイザーヘッドが飛び出していったUSJ中央広場であろう。

 

「とりあえず助けを呼ぶのが最優先だよ。このまま水辺に沿って広場を避けて出口にむかうのが最善」

「そうね、広間は相澤先生が敵を大勢引き付けてくれてる」

 

しかし、その広場には相澤先生に対しかなりの数のヴィランがいた。

いくら強力な個性を持っていたとしても、人数の不利は覆せない。

出久の言わんとするところを察して、峰田が焦り出す。

 

「え、まさか緑谷、バカバカバカ……」

「ケロ……」

「邪魔になるようなことは考えてないよ!」

 

ただ、少しでも先生の負担を減らせれば。

その思いで水難ゾーンの池の中を進み、人目につかないように中央広場へと向かう。

 

「着いた!」

「……え」

 

ちょうど、主犯と思われる顔面に手をつけたヴィランと相澤先生が戦っているところだ。

一対一なら負けなしの個性でも、まわりにちょっかいをかけてくるヴィランがいるせいで得意の戦術に持ち込めないのははたから見てもわかった。

 

「無理をするなよ、イレイザーヘッド」

 

感情の昂ったような、楽しそうな声で顔面手男がつぶやく。彼に受け止められた相澤先生の肘が、ボロ、と砂みたいに崩れ落ちる。

 

「!」

 

とっさに距離をとるが、間髪入れずに別のヴィランが襲い掛かり息をつく暇もない。

先生は常に動き回っているというのに、ヴィランの中では、特にコートを羽織りフードを深くかぶったヴィランなどはポケットに手を突っ込んだまま見物する余裕を持っているらしい。

 

顔面手男は相変わらず愉快そうな声でイレイザーヘッドの個性の分析を重ねていく。

 

「かっこいいなあ、かっこいいなあ。ところでヒーロー」

 

ず、と今まで攻撃に参加していなかった黒い巨体のヴィランが音もなくせわしなく動き回る彼の背後に忍び寄る。

 

「本命は俺じゃない」

 

まさに一瞬、イレイザーヘッドの腕をつかんだ脳みそ丸出し男はその瞬間に腕をへし折った。

 

「!!」

「ひっ」

 

痛みにうめくイレイザーヘッドの隙を逃さず、脳みそヴィランは次々と攻撃を加えている。

手から始まり足、それから彼の個性の重点である目。それらを重点的に地面に叩きつけるように、脳みそヴィランは叩きのめして行く。

一目でわかる重傷。もう彼は戦えない。プロヒーローの応援は見込めない。

 

「対平和の象徴———改人、脳無」

 

がたがたと震える峰田にぶくぶくと水に沈もうとする蛙吹。茫然と一方的にやられる担任教師を見つめる三人組。

 

「〝個性〟を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの〝無個性〟だもの」

 

だから、と顔面手男は彼からして左斜め後ろにつかず離れず立っていた、フードをかぶったヴィランに視線をやった。

 

「ゼロ。お前いい加減俺の背中側にいるのやめろ」

「……バレてたか」

「気付かないわけないだろ」

「……ちゃんと働くときは働くさ」

 

一方的に攻撃し続ける脳みそヴィランをよそに、二人は気軽な会話を繰り広げている。そこに出久たちを水難ゾーンに飛ばした張本人である、黒靄のヴィランがずずず、とワープゲートを広げて現れた。

 

「死柄木弔」

「黒霧。13号はやったのか」

 

しかし黒霧と呼ばれた男の反応は芳しくない。

 

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」

「……は?」

「へえ」

 

一瞬の沈黙のあと、死柄木弔と呼ばれた顔面手男はガリガリと首をひっかいた。黒霧と呼ばれた男は若干気まずげに、ゼロと呼ばれたフードの男は興味がなさそうに死柄木を見る。

 

「は―――…黒霧おまえ……おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……。さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ、あーあ……今回はゲームオーバーだ」

 

気を取り直し、軽く彼は言う。

 

「帰ろっか」

 

 

「帰る……? カエルっつったのか今?」

「そう聞こえたわ」

 

やったぁ助かるんだ俺たち! と喜びいさんでとびかかって蛙吹に沈められた峰田とは違い、彼女と出久はヴィランたちの気味の悪さに戦慄する。

 

対して、緊張感のないゼロと呼ばれたフードヴィランは死柄木の帰ろう宣言に同調した。

 

「帰るなら早く帰ろう。プロヒーローたちが来るんだろ」

「まあ待て。その前に、平和の象徴としての矜持を少しでも、」

 

こちらに振り向いた瞬間には、三人の目の前に死柄木の手が伸びていた。

 

「へし折って帰ろう!」

 

 

これだから、とゼロが溜息をついているとは露知らず顔面手男は生徒を壊しにかかる。

 

ぞっとおぞけが走る。

蛙吹梅雨の顔に迫ったその右手は、先ほど相澤先生の肘をボロボロに崩した。そういう個性だ。

 

(え、蛙吹さんーーー)

 

ひた、と顔面に手が触れる。

 

「……おい。視界ふさぐくらいしておけよ」

「悪い」

 

気のない詫び。

彼の個性が発動しなかったのは、脳みそヴィランに大怪我を負わされながらも顔を上げたプロヒーロー――イレイザーヘッドの個性『抹消』によるもの。

 

助かった、先生が助けてくれた! でも、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

 

直感する、さっきの(ヴィラン)たちとは明らかに違う!

早く彼女を助けて、逃げなければ!!

 

だから出久は自分の腕を犠牲にして顔面手男をどうにか撃退する判断を下す。

 

「離れろぉぉ!!」

 

「働けゼロ」

「わかってるよ」

 

 

「———スマッシュ!!」

 

ズドッと重い音を立てて爆風が立ち上る。ワン・フォー・オールという個性を発動した際のエフェクト、視界がけぶる中、確かに何かに攻撃がヒットした手ごたえを抱く。

思いっきり殴った、ワン・フォー・オールをまだコントロールできていない出久にとっては、腕一本が折れるという犠牲をともなう。本来は。しかし、

 

(———折れてない!? 力の調節がこんな時にできた! うまくスマッシュが決まった!!)

 

やった、と思い顔を上げる。

一メートルも離れていない。煙が晴れた先に何事もなくこっちを見ている視線。

先ほどのフードヴィラン。ポケットに手を突っ込んだまま傷一つなくこちらを見下ろしているその体の前。出久の放った拳は彼に届く五十センチメートルほど手前で何か硬質の壁に当たったかのように止まっている。

 

(———え、ガード、バリア!? っていうか、この人高校生くらいじゃ……!)

 

フードから覗く無表情を見てとっさにそう判断する。出久とそう年が離れていないのは察する。

それよりもガードだ。今まで一回も個性を使っていなかったが、もしかしてそういう個性?

ワン・フォー・オールの力を使っても破れない、強力なバリア……!

 

「いい動きをするなあ……スマッシュって、オールマイトのフォロワーかい?」

「残念だったな」

 

フードヴィランはポケットから手を出してぐいと無防備に突き出されたままの出久の右腕をつかんだ。

 

「君って、無個性じゃなかったっけ」

 

ぼそりと呟かれた言葉に驚愕する。

まじまじとその顔を見て、

 

(———!? なんで、この人、あれ? どこかで見たような……!?)

 

「まあ、いいや君」

 

目の前のフードヴィランが出久を、顔面手男が残りの二人を始末しにかかる。

 

 

ちょうどそのとき、ヒーローはやってきた。

 

 

「———もう大丈夫」

 

壁をぶち破っての派手な登場。顔面手男もフードヴィランも思わずという風に息をとめ、出口を振り返った。

 

 

「私が、来た」

 

 

「オールマイトオオォ――――!!」

「あー……コンテニューだ」

 

まさにヒーロー。ネクタイをぶちりと引きちぎり、彼は状況を把握する。

だが出久はわずかに不安を抱く。オールマイトが、笑っていない。

 

「待ったよヒーロー。社会のごみめ」

 

顔面手男とフードヴィランの注意は一気にオールマイトに持っていかれた。

今のうちになんとかフードヴィランの手から抜け出そうとしたとき、それを察したかのようにフードヴィランの手から力が抜けた。

 

「焦った」

 

え? と自由になった右腕をさすりながら、出久は首をかしげる。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

「焦った」

 

本当に焦った。このまま死柄木さんによって蛙吹さんと峰田君がやられるかと思ってしまった。

原作通りにいくように心がけた甲斐があったのか、ほんとうにぎりぎりでオールマイトの到着が間に合った。

 

とっとと帰ろうとごねたのに、まったく聞き入れない自分勝手さは予想通りだ。ある程度ごねることで時間を稼ごうと思ったのにひとりで生徒を殺そうと動く始末。

さっきまではオールマイト来る前に帰りたいと思っていたのだが、今はオールマイトが来てくれて助かった感じだ。

階段上に現れたオールマイトに誰もが視線を奪われる。

 

「あれが……! 生で見るの初めてだぜ……迫力すげえ……!」

「バカ野郎、尻込みすんなよアレを殺って俺たちが……!」

 

ほとんど同意だ。

その巨体も相まって、ヒーローコスチュームでもないのに気圧される。

が、そのオールマイトがとんっと地面を蹴るとほとんど一瞬でチンピラたちは撃退された。

うお。すごい。全力ではないにしろ十人も秒殺している。

 

反応のない脳無からイレイザーヘッドを引き剥がし、怪我の状態を確かめている。

正直イレイザーヘッドには悪いことをした。両手両足に加え、顔や頭にもかなりの怪我を負っていることだろう。

 

 

そして仲間をやられた人間がうつす行動はかなり限られる。

念のため死柄木さんのそばによっておこう。普通ヒーローたちは人質にされそうな生徒のそばにいるヴィランを積極的につぶそうとするものだから。

 

きっとこちらをにらむオールマイト。主犯が顔面に手を付けた男、黒い靄をまとっている男ということくらい察しがついているはずだ。

さて次どう動———

 

「!?」

 

個性に強い衝撃。

そばにいたはずの生徒3人は搔き消えるように消え、びゅん、とそよ風が顔に吹き付けた。

 

今の衝撃は……殴られた?

 

……個性を発動しておいて良かった!!

 

 

「皆入り口へ! 相澤くんを頼んだ、意識がないんだ早く!」

「えっ、あれ? 速っ!!」

 

救助された三人すら気付かないほどの豪速。

原作で読んだが相当だ、脳無のように意識が無いわけでもないからその速さに圧倒される。

 

そうだ、死柄木さんは?

 

背後にいた死柄木さんを振り返れば、こちらも茫然としている。懸念だった顔についている手が外れることはなく、ただ純粋に驚いただけの様子だ。

 

「助けるついでに殴られた……国家公認の暴力だ……」

 

俺は個性を発動しっぱなしだったお陰で無傷で済んだ。

ってあれ?

 

「死柄木さん、殴られたのか?」

「……お前が盾になった」

「そりゃ何より」

 

俺の後ろにいてよかったな。

 

「さすがに速いや目で追えない……けれど思ったほどじゃない。やはり本当だったのかな? ーーーーー弱ってるって話」

 

 

どうでもいいから早く帰りたい。



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11話「俺はヴィラン」


USJ編一気に投稿。
本日2話目。




死柄木さん念願のラスボス、オールマイト。

原作だと確かに弱っていたらしいが、生徒を庇う様子といい先ほどの豪速といい、健全健康に見える。脳無より小柄なものの俺や死柄木さんよりずっと高い身長と筋肉。正直、正面に立ちたくないな。

 

「……ッ、オールマイト気をつけて下さい、あの手のヴィラン、触れたものを崩す個性があります! あ、あとフードのヴィランはバリアみたいなッ……!」

「緑谷少年! 情報サンキュー! でも、大丈夫!!」

 

オールマイトはこちらに向き直る。

爛々と光るその眼で睨むのは、俺たちヴィランの中でも特に緑谷君の指摘のなかった脳みそヴィラン―――脳無だ。

 

ダッ―――!と足を踏み出したかそうでないかの一瞬を見切り、死柄木さんは「脳無」と命令を下す。

 

CAROLINA(カロライナ) SMASH(スマッシュ)!!」

 

巨体と巨体が各々の力を発揮しながらぶつかり合った。

だがオールマイトの全力に耐えられるよう改造された脳無。全力でもない彼に圧されることなどない。

 

「ムッ! やはり、さっきの攻撃も効いていなかったな!?」

 

拳を確かめながらも、二撃、三撃と打ち込んでいく。

さっき? あぁ、さっき俺が殴られた時か。俺と脳無を殴りつつも生徒の救出を優先したのだろう。そこで脳無への手応えの無さに違和感を抱いたと。

素早い脳無の攻撃をかわし、踏ん張って右手のストレートを腹に叩き込む。だがそれでも吹き飛ばされることなく反撃を仕掛ける脳無。

 

改めて見ると化け物だ。なんてもの作ったんだ『先生』たちは。

 

 

「マジで全ッ然、効いてないな!」

「効かないのはショック吸収だからさ。脳無にダメージを与えたいなら、ゆうっくりと肉を抉り取るとかが効果的だね……それをさせてくれるかは別にして」

「おい……いいのか?」

 

個性をペラペラと喋って。

ぼそりとたしなめるが「いいのさ」と愉快気な声が返ってくる。

 

死柄木さんの言葉に嘘はなさそうなのを確認したらしいオールマイトは、「わざわざサンキュー!」と大声で笑う。

 

「そういうことならやりやすい!!」

 

ドォン、と白い煙が立つ。

いや、バックドロップだよなこれ。バックドロップでなぜこんな煙幕がたつんだ。当然だけどこっちもはるかに人を超えている。

 

 

が、ここで今の今まで気配を消していた黒霧さんがヴィラン的ファインプレーを起こす。

 

「っ~~! そういう感じか……!」

 

コンクリに突き立てられるはずの脳無の上半身は黒霧さんのワープゲートによりオールマイトの真下の地面にワープし、頭上にある彼の脇腹を鷲掴みにする。そして、その鋭い爪を深々と突き立てた。

初見殺しだ。13号も似たような手段でやられていたはず。

 

「コンクリに深く突き立てて動きを封じるつもりだったか? それじゃ封じれないぜ? 脳無はお前並みのパワーになっているんだから。いいね黒霧、期せずしてチャンス到来だ」

 

煽っていくな……。

ずずず、と脳無は超パワーでゲート内にオールマイトの体を引きずりこむ。

 

「君ら初犯でコレは……っ覚悟しろよ!」

 

しかしオールマイトの動きを止めたことで勝機を得た黒霧さんはまるで彼に追い打ちをかけるようにペラペラと喋り始めた。

 

「目にも止まらぬ速さのあなたを拘束するのが脳無の役目。そしてあなたの体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引きちぎるのが私の役目」

 

スピードとパワーで一時的にでも動きを封じる脳無と、ワープゲートの応用で体を引きちぎる黒霧さん。

前もっての計画通り、役割を果たせることに喜んでいるのかもしれない。

立場が逆になった。果敢に迫るオールマイトから、やられそうなオールマイトへ。

 

やべ、オールマイトがやられそうなんだが。この後どうなるんだっけ?

 

 

「オールマイトォ!!」

 

少し離れたところの大声。

視線をやれば緑谷君がこちらへ走ってきた。個性も行使せず。

 

「浅はか」

「緑谷少年……!」

 

黒霧さんならオールマイトの沈んでいるワープゲートを閉じながら緑谷君の相手をすることなど造作もないはずだ。

本格的に緑谷君かオールマイトが殺されそう。アクションを起こした方がいいか?

 

そのとき横から走ってくる者に気付く。

それから静かに走り寄ってくる者も。

 

 

 

「———どっ…け邪魔だ!! デク!!」

 

BOOOM!と盛大に爆発音が耳を劈く。

……うわ。久々に聞く声だ。

 

緑谷君に気を取られていた黒霧さんは、横合いからの爆発こみの奇襲におののき、なすすべなく本体を地面に叩きつけられてしまう。

 

「てめぇらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」

 

ほぼ同時、空気が冷える。足もとを真っ直ぐに氷が走り、ワープゲートを通じて脳無の半身が一瞬で凍りついた。

 

そしてその一瞬の後、「だらぁぁ!」と俺に襲いかかってくる赤髪の生徒が一人。個性を使うのも勿体無いので普通に避けさせてもらう。

バックステップで後退しながら途中で参戦した生徒たちを確認する。

 

「くっそ! いいとこねー!!」

「スカしてんじゃねぇよ! モヤモブが!!」

「平和の象徴はてめェらごときにやれねぇよ」

 

「かっちゃん、みんな……!」

 

緑谷出久、爆豪勝己。轟焦凍、切島鋭児郎。それぞれ飛ばされたところから舞い戻ってきた。

 

生徒に抑えられた黒霧さんに脳無。指示がないと動かない脳無はともかく、黒霧さん……。調子に乗りすぎたのだろう。

脳無の体が氷結で凍らされたことによってオールマイトも拘束から抜け出す。

状況は逆転だ。

 

「出入り口を押さえられた……こりゃあ、ピンチだなあ……」

 

爆豪君により黒霧さんの個性の弱点が暴かれる。物理無効の黒い靄はともかく、本体さえ押さえてしまえば動きを封じるのは案外簡単だ。

 

「『怪しい動きをした』と俺が判断したらすぐに爆破する!」

「ヒーローらしからぬ言動……」

 

悪どい笑みを浮かべての脅迫。マジでヴィランっぽい。

切島君の台詞に全面同意である。

 

さて、ここからが正念場だ。

 

「攻略された上にほぼ全員ほぼ無傷……すごいなぁ最近の子どもは……恥ずかしくなってくるぜ、ヴィラン連合……!」

「どうするんだ、死柄木さん」

「決まってる、元の計画の通りだ。まずは出入り口の奪還だ。ゼロ、お前あの爆発小僧をやっつけろ」

 

……俺かよ。

 

「脳無、お前はオールマイトだ」

 

合図をもとに脳無が動き出す。

半身を凍らされている以上無理に動かせば体が割れる。しかし超再生の個性も併せ持っており、痛覚なんてろくに働いていなさそうな脳無には関係のないことだ。ぬるぬると元の体の方から肉が湧き出て、失った分の体を補完する。

 

「ショック吸収じゃないのか!?」

「別にそれだけとは言ってないだろ。これは超再生だな。脳無はお前の百パーセントにも耐えられる、高性能サンドバッグ人間さ」

 

ヒーローたちは驚いているが、脳無も準備が整った。

俺も行くしかない。俺が一歩踏み出したとき、過剰に反応したのはオールマイトだった。

 

「爆豪少年には手を出させないぞ!」

「ハッ……心配ねぇよオールマイトォ! 全員ぶっ潰してやる!」

 

だが爆豪君は黒霧さんを押さえる必要がある。俺もここから逃げ出すためには、黒霧さんというワープゲートは必要だ。だから俺が死柄木さんの命令を聞く意義はある。

やるなら先手を取るべきだ。フードが外れないように強く引っ張り駆け出す。

 

「!」

 

ごうっと空気が動く。

 

「私を無視しないでくれるかな!?」

 

HAHAHA!とでもいいたげに目の前に現れるオールマイト。

速い! とっさに個性を発動し防ぐが、意識を刈り取るためのチョップは俺の首元すぐに迫っている。

人間の体格を意識しているためか威力は抑えめだがスピードは半端ではない。完全に目では追えない。

 

―――ああ、ほんとうに格が違う。俺の防御で攻撃が防げるというのに、勝てるビジョンが全く思い浮かばない。

 

距離にして1メートル以下。こんなに近づく機会なんてないし、勝てそうにもない相手と近づきたくもない。

でも、顔を上げてオールマイトと眼を合わせる。意思の強い瞳。俺とは比べ物にならない決意。

 

「っ!? 君は――」

「平和の象徴、本当に怖いな」

 

そうだ、怖い。俺は彼を敵に回したことをすでに後悔している。

でも、でもだ。

 

 

「『先生』の方がもっと怖い」

 

 

ぼそりと呟いた言葉はどうやら彼の耳に拾われたらしく、怪訝そうに彼は俺を見た。

だけど、こちらにばかり注目しているのはおすすめしない。

 

「!?」

 

俺の個性と呟きに気を取られたオールマイト。彼は機をうかがっていたらしい脳無に横合いから殴り飛ばされた。

 

一瞬黒い巨体が通り過ぎたかと思えば目前から姿が掻き消え、吹っ飛ばされたオールマイトにさらに追撃を図る脳無。とっさに距離をとって衝撃を殺したからか大したダメージはなさそうに見えるが、強制的に距離をとらされる。

 

「オールマイト!?」

 

ただのパンチで放たれたと考えられないほどの豪風に生徒たちの意識がそれている。俺の道を阻むものはいなくなった、今がチャンスだ。一気に黒霧さんたちと距離を詰める。

爆豪君は目にもとまらぬ速さでオールマイトをぶっ飛ばした脳無に目を奪われている、が。

 

「! チッ――!」

 

こちらに振りむいた。

 

BOOM!!

ほとんど同時に目の前を爆炎が埋め尽くす。爆発だろう、だが個性で防御したおかげでノーダメージだ。

すぐさま攻撃に転じてくるところとか反射神経どうなってるの?

 

でも黒霧さんの救出はしなければならない以上、仕方ない。

煙が晴れる前にどうにか引きはがさなければ。

 

手を伸ばした瞬間、爆豪君本人の腕が煙を払った。

―――あ。煙が晴れる。

 

 

目が合った。

 

「っおま―――」

 

思わず、キックを放った。ほとんど無意識の目潰しで、予想外にスムーズに爆豪君の顔面、というか見開かれた両目に吸い込まれる。

 

「がっ……」

 

顔面への一撃。

脳がぐらんと揺れた爆豪君の伸ばされた腕をつかみ、無理やり黒霧さんから引きはがす。爆発が起こるがおかまいなしだ。完全に引きはがした後になるべく遠くに突き飛ばした。

 

「黒霧さん大丈夫か」

「……っ」

 

悔しさに満ち溢れているらしいが特に外傷はない。

黒霧さんを引っ張り死柄木さんのそばに後退する。

 

状況は元に戻った。

こちらの戦力は死柄木さん、黒霧さん、脳無、俺。向こうは生徒四人とオールマイト。

 

「かっちゃん!?」

「爆豪! 大丈夫か!?」

 

向こうの負傷は脳無の攻撃を防ぎ続けているオールマイトと、今俺が蹴とばした爆豪君くらいだろう。

俺たちと彼らの距離は目測で十メートルくらいだ。オールマイトはともかくほかの生徒たちの攻撃は見てから対処して十分間に合う。

 

「加減を知らんのか……」

 

脳無に吹っ飛ばされたオールマイトが煙の中から現れる。多少スーツが汚れており、口から血がにじんでいる。

脳無は変わらず無傷だ。

 

「仲間を助けるためさ、仕方ないだろ? さっきだってホラそこの、あー……地味な奴。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ? 他が為にふるう暴力は美談になるんだ、そうだろ? ヒーロー……」

 

語り始めるのはかまわないのだが、なるべく早く終わらせてほしい。

死柄木さんはまだ気づいていないみたいだが、こちら、というか俺に尋常じゃない視線を送ってきている奴がいる。

 

「俺はなオールマイト! 怒ってるんだ! 同じ暴力がヒーローとヴィランでカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!」

 

何が平和の象徴なのか。所詮抑圧のための暴力装置にすぎないと、死柄木さんはオールマイトの『象徴』としての矜持を馬鹿にする。

 

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの……自分が楽しみたいだけだろ嘘つきめ」

「バレるの、早……」

 

 

やべ、来る。

その前に言っておかなくては。

 

「死柄木さん……」

「あぁ? 何だ」

「たぶんサポートは無理だ」

「……はぁ?」

 

死柄木さんが苛立たし気にこちらを睨むが、割とそれどころではない。

 

 

「どいつもこいつも、ベラベラと意味わかんねえことを喋りやがって……!」

 

ダンッ!と地面に跡がつくくらいに踏み込み、彼は大声を上げる。

はたから見てもわかるほどの、破裂しそうな感情。

 

「か、かっちゃん……?」

「おい、爆豪?」

 

緑谷君と切島君が突如怒りをあらわにする爆豪君を見て、うろたえながら名前を呼ぶ。

しかし、それは彼には届いていないようだ。

 

地面を蹴り、両手から爆発を起こして加速し、一気に俺の目前で右腕を振る。

 

 

 

「———特にお前だよ!!」

 

 

目視した、声も聴いた。腕を振らずとも個性を発動できるくらいの余裕があった。

でも思わず左手を伸ばして、爆豪君の爆発を防御する。

それほどの気迫だ。腰が引ける。

だが、引かない。

 

 

「———大して喋ってなかったと思うが」

 

再び目が合った。

ギリィと妙な音が聞こえる。

 

「なにフッツーの顔してんだよ、お前俺と面識あるよなァ?」

「……」

「なァ!? ———バーガー野郎……!」

 

 

視界が爆炎で埋まるほどの連打を受けても俺の個性は揺らぎはしないが、彼の声は届く。

爆風が押し寄せても俺の個性で防げるが、俺が心地よいと思う程度のそよ風は届く。

 

もうフードも意味ないな。

そよ風に任せてフードを脱げば、一気に視界が広がり気分がいい。

 

でも気休めだ。わかっていたこととはいえ真正面から爆豪君とぶつかるのは好ましいことじゃない。

 

「なんか言うことあるだろ、テメエ……!」

 

ふう、とため息をつく。

 

「よう、爆破君。雄英高校入学おめでとう」

「そういうことじゃねえだろ!」

 

「怒るなよ。……そういえばお前に言ってないことがあった」

「——アァ!?」

 

相変わらず柄が悪いな。

 

 

 

「———俺はヴィランだ」

 

 

 

瞬間、一際大きな爆発が起こった。

 

 



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12話「爆破君とバーガー野郎」


USJ編一気に投稿。
本日3話目。これで最後です。



「ふっざけんなァアア!」

眼前で大規模な爆発が起きたせいで一瞬ひるんだ。

まあひるんでもそうでなくても、こんな怒りにまみれた爆発を受けたくない俺に、攻撃は通じない。

俺を中心に半径一メートルの強力な壁は、俺の体を傷つけたりはしないのだ。

 

煙が晴れても無傷な俺を見て爆豪君はわかりやすく顔を歪める。さきほどのオールマイトの攻撃を俺が防いだことで俺の個性はわかっているはずだ。攻撃が通じなかったことで苦々しそうにしているのは、少しだけ可笑しい。

 

突如始まった俺対爆豪君の戦いに、周りが驚いているのがわかる。

 

「おい爆豪……!? 知り合いか!?」

「お互い妙なあだ名で呼んでたな……緑谷! 中学の同級生かなんかか?」

 

切島君と轟君の問いかけに、爆豪君はまるで聞こえていなさそうだが緑谷君は茫然と俺の顔を改めて確認した。ハッ、とわかりやすく何かに思い当たったような顔をする。

いやいや、まさか覚えてるのか?

 

「いや、同級生じゃない……けど、一回会ったことがある……! かっちゃんと一緒にいるときに……!」

「友達ってことか!?」

「ダチじゃねえよ!!」

 

うわ、本当に覚えていた。一回しか会ったことないのに。

爆豪君の方も問答を聞いていたらしく、ダチだということは明確に否定する。

ついでに驚いているのはヒーロー側だけではない。

 

「おいゼロ……」

「ゼロ、どういうことですか?」

 

死柄木さんや黒霧さんまで俺に問い詰めてくる。家出期間中に爆豪君と会っていただなんてもちろん、どこで何をしていたかすら伝えていないのだから雄英高校に知り合いがいるなんて思ってもないだろう。どうしよう。

 

「……別に大したことじゃない。後で話す」

 

とりあえず問題は先送りだ。今はこの怒れる爆豪君の相手をしなければならない。なにしろ相手は雄英高校にトップで入学したエリートだ、気を抜けば死柄木さんたちと撤退するときに逃げ遅れる。

そんなのはごめんだ。

 

「……まあいい。そのまま生徒たちを抑えておけ」

「! 少年たち! ここは私に任せて逃げなさい! 相手をしてはいけない!」

「オールマイト、そうも行きませんよ……爆豪が止まる気がしねえ!」

 

轟君の言う通りである。オールマイトの指示を無視し、爆豪君は再び俺に向かって爆速ターボをかけながら距離を詰めてくる。

だがオールマイトはこちらばかり気にしていることもできない。

 

「俺たちはオールマイトだ。———クリアして帰ろう!」

「……SHIT!」

 

向こうも始まった。

視界の端のほうで、脳無がオールマイトと再び激突するのが見えた。これでオールマイトは脳無につきっきりになるしかなく、こちらに移動してくることはないだろう。

俺はこちらで指示された通り生徒を相手する。独断専行した爆豪君が、俺を狙っていることだし。

 

「……ってめえ……!」

 

不意に大声で爆豪君が叫ぶ。

愚直に俺に突進してくるかと思いきや、伸ばした左腕のすぐ前で急に爆発がおき上空に飛び上がった。つられて上空に視線をやったその瞬間、背後から強い衝撃が走った。

……あれか、こまやかな出力の調整で俺の上空、真後ろにすばやく回り込んだのか。

相変わらずの強さだ。防御がなかったらやられてる。

 

「死角でも防げるのかよ! チートじゃねえか!」

 

切島君、それほどでも。

 

「っ!」

 

そんなことを思った瞬間、足元に冷気が吹き込んできて一瞬びっくりする。

発動しっぱなしだった個性が、足元からにじり寄ってきた氷を防いだ。見ればそれなりの距離をとっていたはずなのに俺への氷の道がしっかりと形成されている。

 

「チッ……!」

 

こちらを睨む轟君の舌打ちが聞こえる。轟君の個性か。

俺の視線が上空にそれた瞬間に足元を凍らせておこうという算段、抜け目ない。

未だ俺の後ろにいる爆豪君は再び俺に攻撃を仕掛けてこようとしているし。茫然としているのは緑谷君くらいだ。

 

 

「……なんっかあるとは思ってた……!」

 

……後ろにいる爆豪君の声。振り向けばうつむいた爆豪君がこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「なんかあるとは思ってたが、それが()()か!?」

 

 

絞り出すような声は、しかし彼に似合っていない。

間違いなく、いつも通りの爆豪君じゃない。

何度突貫してこようが俺の個性で防がれることもわかってるはずだ。それなのに愚直に突っ込んでくるなんて、ますますらしくない。

 

「おい爆豪! 落ち着け! 一人で突っ込んでも仕方ないだろ!」

 

しゃあねえ!と悪態をつき切島君と轟君が動く気配がする。

 

「緑谷! お前も手伝ってくれ!」

「う、うん……!」

 

本格的に四人でかかってきた。

先行する爆豪君にサポートする形だ。一対四ってなかなか不公平だと思うのだが。

 

「邪魔すんな! 俺はこいつに、聞かなきゃなんねえことがあんだよ!!」

「相手はヴィランだ、全員で当たるべきだろ。……どういう間柄なのかは知らねえが、聞くのは捕まえた後でできる!」

「やるぞ爆豪!」

「―――うるせえッ!!」

 

もっともな判断だ。勇ましく構える四人はまさにヒーローの卵と言っていいだろう。

 

再びの攻防。瞳孔が開ききった爆豪君の攻撃を個性で防ぎきる。爆豪君は意外にも俺の真正面の位置をとり、轟君や切島君の介入を防ぐように彼らの前を陣取る。

しかし爆豪君の言をスル―する生徒たち三人は戦う気だ。

生徒たち全員がかかってくるのであれば、同じ方向に全員がいる方が好都合だ。特にアクションを起こさず、爆豪君の行動を見守る。

 

聞くのは捕まえた後でできる、か。そうだろう。

……いやだな、聞かれるのは。だから捕まりたくない。

 

 

最初にかかってきたのはやはり爆豪君だ。残り三人と協力する気があるのかわからないが、機動力がもっとも高い。

BOOM!という爆発を防いだ瞬間、俺のパーソナルスペースぎりぎりまで顔を寄せてくる。

 

 

「……どっからだ」

「……」

「———どっからが嘘だ!?」

 

どっから、と聞かれても。

俺には答えようがない。

 

爆豪君は立て続けに爆発を繰り出してくる。めまぐるしく立ち位置を変え、攻撃の手段を変えて爆豪君は襲い掛かってきて、俺はほとんどその場から動けない。

できるのはただその場にしっかりと立って、神経を個性の発動に集中することだけだ。

棒立ちといえど個性を発動していれば俺に死角はない。

 

集中することで体感時間が延びる。一瞬の攻防でも、意識を広げれば相手の出方を観察できる。俺はこれをヴィランとして動きながら学んできた。

 

爆豪君の爆発を目くらましにして迫ってくるのは足元の氷だ。再び轟君の個性だろう。動けないのをいいことに凍らせるつもりだ。

寒いのは嫌いではないが、足元を凍らされるつもりはない。

 

「だらぁああ!」

 

と背後から襲い掛かってくるのは切島君だろう。彼の個性は『硬化』、振り返るまでもない。

 

「———SMASH!!」

 

上空から襲い掛かってきても無駄だ。死柄木さんをかばったとき、緑谷君のワン・フォー・オールでは俺の個性を破れないことはもうわかってる。

 

「!」

 

ふと気づいた。俺のパーソナルスペースを囲むように氷が迫ってる。

切島君や緑谷君の攻撃、爆豪君の爆発さえも囮にして俺をバリアまるごと凍らせるつもりか。

 

二人の攻撃がきまる。ガンッ、ガチィン!とそれぞれ鈍い音をたてて俺のパーソナルスペースに激突する。

 

「離れろ!」

 

あたりだ。拳を解いた緑谷君と切島君は、険しい顔のまま俺からすぐに距離をとる。

轟君が号令をかけた瞬間、氷が地面からせりあがった。包むように、球状に、一瞬で。

 

爆発や攻撃の音が止む。しんっと急に音がなくなった感じがして、ふうとため息をついてみれば妙に大きく聞こえた。

……本当にすごいな。試しに一回個性を解いてみて壁に触ってみれば、当然ながら冷たい。360度ぐるっと氷で囲まれきれいな球状であることがわかる。

俺自身は個性で守られているが、たった一瞬でここまでの氷を形成させるなんてすごい。本当に年下とは思えない。

 

 

「うっとうしい」

 

 

だとしてもさすがに、ちょっとまるごと凍らされるのは勘弁だ。

俺を中心に半径1メートルのパーソナルスペース。それが急激に拡大する。内側から一気に圧力をかければ、氷はひとたまりもない。

 

パァン、と俺を閉じ込めていた氷が砕け散った。

 

あたり一面に破片がちらばりきらきらと光って、どこか幻想的だ。一歩踏み出せばパキパキと小気味いい音がして氷が砕ける。

 

「な、んだよ……あれでもダメか……!」

「くそ……」

「あのバリア、拡大もできるってこと……!?」

 

三人を眺めてみればどことなく腰が引き気味だ。

まあ俺でも思う。オールマイトや脳無の攻撃を防げるようなバリアが敵にいたら、心底面倒だろうな、と。

 

 

「——……ッざけんな、ふざけんなッ!」

 

……さすがだな。三人は俺から距離を取ろうとしているくらいなのに、彼だけは強く地面を踏みしめて俺に向かってくる。

 

 

「———なんだその個性は!?」

 

 

そういえば爆豪君は、俺の個性がエアコンという個性だと思ってる。

 

 

「———名前は!? ゼロってなんだ!」

 

 

爆豪君は、本名を差し置いて俺がそう呼ばれてることを知らない。

 

 

「どっからだ!? 俺に言った、()()()()()()()()が嘘なんだ!?」

 

 

……なんでだろう。

悪いのはたぶん俺だろう、俺はヴィランだし今まさにこうして雄英高校に侵入し、犯罪に手を染めている。

問い詰められているのは俺で、問い詰めているのは爆豪君だ。

正義は俺にはなくて、向こうにあるものだ。

 

でも、どこか切実そうに声を荒げているのは俺ではなくて爆豪君だ。

 

 

「……仮に言ったとして、()()()()信じる?」

「……!!」

「俺はヴィランだ、……それだけだよ」

 

三度、右腕を振りかぶってくる爆豪君。

今日だけじゃない、一年間くらい彼が個性を練習しているのを見ていた。そうでなくても爆発じゃ俺の個性は破れない。

 

 

「———テメエがヴィランだって知ってたら……!」

「……知っていたら?」

 

 

ぎり、と爆豪君が歯をかみしめるのが見えた。

そこにどんな感情があるのかわからないが、見たこともない表情を浮かべている。

 

 

「……ッ知り合いになんか、ならなかった!!」

 

 

……そうだよな。爆豪君だったらそうだろうな。

『もしも』に意味はないけど、爆豪君だったら初対面で俺がヴィランだって知った瞬間に爆破をしかけてくるだろう。徹底的にやるはずだ。

俺も、きっと例外じゃない。

そうだよな。当たり前だよな。

 

……なんだか、少し、疲れたな。

 

 

「ッ――!?」

 

突然、左側から豪風が吹いた。

個性を発動しっぱなしだったおかげで吹き飛ばされずに済んだが、俺に殴りかかった体勢のままだった爆豪君は吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ!?」

 

どうやらそれは爆豪君の後ろ側にいた緑谷君、轟君、切島君も例外ではなかったらしい。地面にしゃがみこみ、それ以上飛ばされないようにするだけで精一杯のようだ。

 

何だこの強風? 左側に視線をやって、当たり前の事実に気付く。

そうか。オールマイトだ。

 

 

 

    * * *

 

 

 

時は少しだけさかのぼる。

 

「……SHIT!」

 

爆豪勝己が、フードをかぶりゼロと呼ばれていた青年―――おそらく高校生くらいだろう―――とぶつかったとき、オールマイトはすぐに彼らを引きはがそうとしたのだ。自分からヴィランに向かっていくのをやめさせようとした。

どこの誰かはわからないがオールマイトの攻撃を防いだバリアのような個性の持ち主。彼に向かって進もうとした、だがそれを察知したかのように、黒い巨体のヴィラン―――脳無がぶつかってきた。

 

ショック吸収に超再生。複数の個性を持つ只人ではない脳無と戦わざるを得ない状況に追い込まれ、オールマイトは少し動揺した。ほんの一瞬だけ、どう動くかを迷った。

 

結果、背後に広がった黒靄に気付くのが遅れ、迎撃ではなく回避の選択肢をとる羽目になったのである。

 

確か先ほど脳無をバックドロップしたとき、あの黒霧と呼ばれたヴィランは語っていた。目にもとまらぬ速さのオールマイトをとらえるのが脳無の役目、そして半端にとどまった状態でゲートを閉じ体を引きちぎるのが私の役目、と。

言い換えれば、黒霧の速さではオールマイトを捕まえることはできないということ。オールマイトが先制をとり黒霧を吹き飛ばせればよかった。

だが一瞬の迷いのせいでオールマイトは黒霧を先にとらえることはできず、かえって攻撃を回避することになった。

 

真後ろに現れたゲートに押し込まれる寸前、オールマイトは脳無ごと前に踏み出した。

結果、

 

(生徒たちと離れてしまった……!)

 

だが黒霧や死柄木と呼ばれたヴィランもこっちに寄ってくる。彼らを生徒側にいかせるのもまずいだろう、だったらこのまま自分が相手をした方がいい。

生徒たちの方に向かわれるのはごめんだ。彼らは、オールマイトが守るべき生徒なのだから。

 

 

「黒霧。隙があったらいつでも使えるようにしとけよ。……計画とずれて、ゼロが一人で生徒たちの相手をしてくれるみたいだからなぁ」

「ええ。私たち三人ならよりやりやすい」

 

ぐるりと黒靄の中の目らしきものが蠢く。こきこき、と死柄木は手首を回す。

 

(……3対1、数的に不利だ。時間も、もうほとんどない……)

 

朝の通勤時間に三時間いっぱい活動可能時間を使い切ってしまった。

 

しかし、やらなければならない。なぜなら、オールマイトは。

 

 

(———私は、平和の象徴なのだから!!)

 

 

彼を動かしたのは平和の象徴である自負、後ろにある守るべき存在、一言では言い尽くせぬ彼の信念だ。

脳無とぶつかったその衝撃波か、その人より圧倒的に重い信念によるものか、死柄木弔はその気迫に押され思わず後退する。

黒霧も隙を見て使えるようにしとけよ、と言われたワープゲートを準備する暇も近づく暇もないほどだ。

 

オールマイトは真正面からの殴り合いを選択する。

圧倒的な速さ、圧倒的な力。避けることを放棄しつつ、オールマイトは上手に場所を移動していく。脳無を殴り、吹っ飛ばし、脳無に殴られ吹っ飛ばされそうなのをこらえながら。

 

「ショック吸収って自分で言ってたじゃんか……!」

「そうだな!」

 

でも、それがショック『無効』ではなく『吸収』ならば限度があるはずではないか。

 

「私対策!? 私の100パーセントを耐えるなら! さらに上からねじ伏せよう!!」

 

力技だ、究極の脳筋である。

 

(ヴィラン)よこんな言葉を知ってるか!?」

 

―――PLUS(更に) ULTRA(向こうへ)!!

 

渾身の右ストレートが脳無の腹に突き刺さる。

脳無の腕は宙を舞い、ただその腹の打撃を受けるしかない。

 

オールマイトを倒すはずだった改人・脳無は、あえなくショック吸収の限度を迎え、天井をぶち破ってはるか遠くに打ち上げられた。

 

そしてその最後の攻防時、オールマイトの微調節が功を奏し彼は無事生徒のそばに戻ることができたのである。

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

ドカドカとすごい音がしていたのはもちろん気付いていた。

最後の攻防時、少し離れていたはずのオールマイトと脳無はこちら側に戻り、そこで生徒たちと俺の前で脳無が天高く打ち上げられてしまった。

どうやら原作通りの展開になったようだ。

 

「やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに———300発以上も撃ってしまった」

 

……それだけ撃てば、確かにこの強風も納得だ。

 

「さてと(ヴィラン)。お互い早めに決着つけたいね」

「チートが……!」

 

砂煙の中、悠然と立つオールマイトとガリガリと首を引っ搔く死柄木さん。もう勝負は決したようなものだ。

ちらりと視線をやれば、はちゃめちゃな方法で脳無をぶっ飛ばしたオールマイトに視線が奪われているようで、こちらに注意がない。

そろ、と動き出す。

 

 

「衰えた? 嘘だろ……完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を……! 全っ然弱ってないじゃないか! あいつ……俺に嘘を教えたのか!?」

 

動揺しすぎて『先生』をあいつ呼ばわりしている。

 

「どうした? 来ないのかな!? クリアとかなんとか言ってたが……できるものならしてみろよ!!」

「うぅおおお……!」

「落ち着けよ死柄木さん」

「脳無さえいれば! 何も感じず立ち向かえるのに……!」

 

少し離れたところからとはいえ、声をかけたのに無視か。

すかさず黒霧さんがフォローに入る。

 

「死柄木弔……落ち着いてください。よく見れば脳無に受けたダメージは確実に表れている。あと数分で増援が来てしまうでしょうが、子供はゼロがなんとかしますし、死柄木と私で連携すればまだやれるチャンスは十分にあるかと……」

 

いや、正直に言うとそれはやめてほしい。

こんなところで死ぬ人じゃないと思う、オールマイトは。

 

「……うん。うんうん……」

 

俺の思いとは裏腹に、ぴた、と死柄木さんが首を掻くのをやめる。

 

「そうだな、そうだよ……やるっきゃないぜ……目の前にラスボスがいるんだもの……」

 

冷静になるの案外早いよな死柄木さん。この場じゃやめてほしかったんだが。

というか増援はまだ――――って、あれ?

 

まずい!

 

「何より……脳無の仇だ」

 

ズワァ、と黒靄を広げる黒霧さんに怒りもプラスして移動が速くなっている死柄木さん。もともとそれなりに身体能力が高く戦闘も強い二人は攻撃への初動も早い。

まったく! 早いんだよ!

爆豪君たちはそのままにして、二人の方へ走る。

 

「おい待てテメエ!!」

 

突如走り出した俺に、爆豪君の声が追ってくる。だけど無視だ。

 

「崩れろ……!」

「死柄木さん!」

 

わりとそれどころじゃない。

ズドッ!と鈍い音が耳に突き刺さる。

 

「!!」

 

遅かったか……。

死柄木さんがオールマイトに手を伸ばした瞬間、そこに銃弾がヒットした。発射元はこのウソの災害と事故ルームの入り口だ。

 

「来たか!!」

 

きた。——増援だ。

おそらく原作よりオールマイトが脳無を倒すのに時間がかかった。俺が生徒たちと戦う時間がそれなりにあったということは、そういうことだ。

そしてオールマイトはぎりぎりで脳無を倒しきり、増援が間に合った。

 

 

「ごめんよ皆。遅くなったね」

 

ずらりと並ぶ教師陣。全員が資格をもったプロヒーローだ。そしてそこにまじるのが眼鏡が特徴のクラス委員長——

 

「1-Aクラス委員長、飯田天哉! ただいま戻りました!!」

 

黒霧さんの言うところの散らし損ねた生徒。彼はしっかりと教師陣を連れてきてくれたのだ。

やべ、急いで死柄木さんたちのそばに寄らなければ。

 

「あーあ来ちゃったな……ゲームオーバーだ。かえって出直すか黒霧……ぐっ!!」

 

BANG!BANG!! 耳障りな音が響き渡る。

 

おいおい大丈夫か。

雨あられと降り注ぐ銃弾、すぐに主犯格と判断されたらしい。立ち上がろうとしていた手下たちはほかの教師陣によって一掃されてしまう。

 

「大丈夫か」

 

追いついた。

個性を発動したまま、矢面に立つ。俺の後ろにいれば銃弾も届かないはずだ。

 

「この距離で捕獲可能なやつは―――」

「———僕だ……!」

 

ズオォォ……!と出入り口方面から俺たちもろともを吸い込もうとする風が吹く。

13号の個性、『ブラックホール』。怪我を押しての個性の発動だ。

吸い込まれるとわかっている風を、俺は拒否する。だから吸い込むための引力もそよ風になる。

 

はかったように後ろで黒霧さんが個性を発動するのがわかった。

 

「今回は失敗だったけど……今度は殺すぞ、平和の象徴――オールマイト」

 

捨て台詞を吐いた彼を、ワープゲートが先に向こう側に飛ばすのがわかった。黒霧さんも、なおも発動されているブラックホールの餌食になりたくないのだろう。

次は俺だ。

……やっと帰れる。

 

 

 

「———おい! 待てやコラァ!!」

 

……爆豪君。まあ、そうだよな。

正直に申し訳ないと思う。何も言ってなかったのは俺だし怒っても仕方ない。爆豪君は何も悪くない。

だから罵倒くらいは甘んじて受け入れよう。

 

 

「てめェざけんな! ………夕立ぃ!!」

 

「……!」

 

 

素直に驚いた。

 

俺の名前、憶えててくれたのか。そっか。憶えてくれたんだな。

 

何か言おうとして、やめた。それはきっとヴィランとして相応しくない言葉だ。

だから何も言わずに、一歩下がった。視界が黒い靄で埋め尽くされる。

 

じゃあな、爆豪君。

 

 





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次から一話ずつの投稿に戻ると思います。


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