転生者の俺が何だかんだ頑張る話。 (あぽくりふ)
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転生者と元シスター

 

 

──嗚呼。

 我が人生を人は讃えるのだろうか。憐れむのだろうか。蔑むのだろうか。何れにせよ我が人生は、我のものであって我のものではない。運命に踊らされ、どうすることもできぬ呪いと共にあったのみ。その過程で喪われた命のことを思えば──。

 

 

......嗚呼。

 願わくば、我が身がただの人であったのなら──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......まーた変な夢か」

 

 溜め息を吐く。寝覚めは最悪、ついでに言うと眠気は覚めていない。だが二度寝というのも気持ち悪い。欠伸混じりに窓から未だ暗い空を見上げた。空模様と空気の味からして、早々に雨が降るなんてことはなさそうだ。

 

──と。伸びをした拍子に布団が捲れたからだろうか。鈴を転がすような声が響いた。

 

「ん......さむ......」

 

 もぞもぞと布の塊が蠢き、そして再び寝息を立て始める。起こすのはもう少し後でいいだろう。俺だって普段ならこんな時間に起こされたくはない。

 

「......鍛練でもしとくか」

 

 早起きは三文の徳と言うが、こうもすることがないと手持ちぶさたに過ぎる。護身用──と言うには些か厳めしい大剣を持ち上げると、俺は寒さに身を震わせるのだった。

 

 

 

 

「あー、此処にいたんですねアルさん。というか汗臭いから寄らないで下さいしっしっ」

「お前ほんとそういう所がナチュラルにアレだよな」

 

 顔をしかめて此方を見ている金髪の少女にむかって溜め息を吐く。後でシャワーを浴びておこう。

 

「ちなみに朝食はあんこピーナッツと豆板醤アボガドのどっち食べます?」

「......第三の選択肢は?」

「勘がいいですねアルさん──しかしありません」

 

 ねぇのかよ。というか毎朝ゲテモノサンドイッチ量産するの止めろよ。

 

「じゃああんこの方で」

「成る程、無難なのを選びましたね。じゃあおまけにそちらも豆板醤を入れてあげましょう」

「なんなの? お前なんで自らメシマズでテロってくの?」

 

 しかも毎回自爆してるの知ってるからな。自分も食うのは変な所で律儀なのか阿呆なのか。

 

「実はただの残飯処理、というか貰いものの処理してるだけだったり」

「うん知ってる。お前昨日『あ、この柏餅の賞味期限切れてる』って言ってたしな!」

「大丈夫ですよ、消費はともかく賞味期限なら普通にイケますって」

「そこはともかく何故混ぜる」

 

 再度溜め息を吐く。まあたまに予想外なベストマッチがあったりするから一概に不味いとも言えないのだが。

 

「......まあ、いい。とりあえず戻るぞ」

「青汁も一緒にどうです?」

「いらねぇよ」

 

 普通に不味いわ。

 

 

 

 

「ごちそう......さまでした......」

「んー、豆板醤多すぎましたかね? もうちょっと減らしても良かったかも」

 

 きっとそういう問題ではない。が、突っ込むのも面倒なためスルーしておく。

 

「それで、今日の予定は? ここ暫くこの都市に滞在してますけど」

「そうだな......二週間前に巻いたから、そろそろ追い付かれていてもおかしくはねえ。移動するか」

「そう言うと思って荷物は纏めてますよ。で、何処行くんですか?」

 

 その言葉に少し考え込み、近辺の地図をリュックサックから取り出した。ここから北の都市はやたらと教会が多い──つまり奴等の領域だ、近付くのは禁物だろう。故に目指すのは、近場で教会がない南方の場所......なのだが。

 

「うへ......廃教会しかないのはいいが、ここ悪魔の縄張りじゃねぇか」

「うん?......ああ、グレモリーの巣ですか。確か、現魔王の血縁だとか何とか」

 

 詳しくは知りませんけど、と続ける元シスターに渋面で返す。

 

「血縁なんてもんじゃねえ。妹だ、妹。それに何でも溺愛してるとか何とか」

「うわぁ、シスコンの魔王とかちょっと引きます......」

「や、そこはどうでもいいんだが」

 

 仮にも悪魔だ。欲望のままにわっしょいしてるんだから近親にアレだったとしてもおかしくはない。......ないよな? 知らんけど。

 

「下手につつきたくねぇからなぁ......お前もあまり出歩くなよ? 街のそこかしこが見張られてると思え。神器(セイクリッド・ギア)もできれば使うな。下手すりゃ街ごと吹き飛ばすことになる」

「了解です......というか、目的地はそこで確定なんですね」

 

 そりゃまあ、と頷く。

 魔王の妹の領地では俺達が動きにくいのは確かだが......それ以上に天使や教会が動きにくい領域でもあるのだ。

 "魔王の妹"の巣というのは天界にとってそれだけで接触不可(アンタッチャブル)──全面戦争の引き金になりかねない、あまりにリスキーな領域だ。それに比べ、言ってしまえばこちらはたかだか異端の魔女と少し腕が立つ人間程度である。どちらを優先すべきかは言うまでもなく、多少頭が回るヤツならば引いてくれるだろう。

 

......頭が回らない場合に関しては考えない。実を言うとカトリックの奴等はマジキチ......もとい狂信者が多いためそこら辺全く考慮しない場合があるのだ。もっと手綱握っとけよクソ天使。

 

 もはや癖になっている溜め息を吐き、暫く世話になった空き家の扉を開ける。ちなみに違法滞在だがそこら辺は魔術で色々といじくってある。

 

「準備は出来てるんだろ。じゃあもう出るぞ」

「りょーかいです。ちなみに移動手段は?」

 

 えっちらおっちらリュックサックを抱えて歩く少女の問い掛けに、俺は懐から一枚のコインを取り出すことで応じた。

 

「そりゃお前、いつも通り──」

 

 弾く。宙を舞うコインは急激にその質量を膨張させ、

 

「──これだろ」

 

 圧倒的な威圧感と共にバイクが顕現する。いつ見てもまるで理屈がわからない魔導具だった。

 

「ほぁー、やっぱゲオルクさんの道具は凄いですねぇ」

「腐ってもファウストの末裔だからな」

 

 というよりは、主にその神器の性能が凄まじいのだが。神滅具(ロンギヌス)の中でも屈指の応用力の高さだろう。地味に羨ましい性能をしている。俺にも一個くれよ。

 

「じゃあ行きますか。えっと......何処でしたっけ?」

 

 俺がシートの裏にリュックサックを入れて跨がると、ちゃっかりと少女が──()()()()がするりと懐に潜り込んでくる。彼女の小柄な身体はすっぽりと腕の間に収まっており、此方を見上げる動作に伴って顎がその金髪で擽られる。

 

「駒王町だよ、元シスター!」

 

 認識阻害の魔術が起動したのを確認して、アクセルグリップを一気に回す。轟音に少女が小さく悲鳴を上げ、俺は笑うのだった。

 

 

 

 

 

 さて。ディオメデスⅢ世(仮称)を五六時間ほど飛ばしただろうか。ようやく見えてきた『この先駒王町』の標識を確認し、俺は寝息を立てるアーシアを顎で小突いた。

 

「あいたっ!」

「そろそろ着くぞ、起きとけ」

 

 うー、という唸り声が下から聞こえてくる。が、数秒も経たずにそれは止み、同時に何かが顎に触れる感触に背を仰け反らせた。

 

「おい、何だよ。擽ってぇだろ」

「髭剃るの忘れてたでしょう。ぞりぞりします」

 

......そういやそうだった。後で剃る......のも面倒なので放っておくことにする。

 

「あ、今めんどくさいって思いましたね。駄目ですよ、アルさんただでさえ悪党面なんですから」

 

 無精髭なんてあったらもう山賊ですよ、という言葉に少し顔をしかめた。

 

「......そんなにか?」

「そんなにです。というか身長2メートル越えの人間なんてそうそういないですし、それも加味したらもう世紀末覇者待ったなしですよ」

「............そんなにか?」

「そんなにです」

 

 そんなになのか。

 

 若干凹みながら町に入る──前にバイクを降り、コインに戻してから徒歩で境界を踏み越える。流石に悪魔の本拠地なのだ、下手に魔術や魔導具を使用したまま入ろうとすれば下僕がすっ飛んでくるだろう。別に今回の滞在は悪魔討伐が目的ではないのだ、喧嘩を売る気はさらさらない。つつかなければ放っておいてくれる筈だ。

 

「んー、異形の領地に入るのも久々ですねぇ。あの死滅都市(ネクロポリス)以来じゃないですか?」

「おい馬鹿止めろ。あのクソ吸血鬼の話はするな」

 

 思い出しただけでも腹が立つ。

 死徒──即ち吸血鬼(ヴァンパイア)によって占拠され都市がまるまる一個分陥落した結果、馬鹿みたいな量の下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)まみれになっていたことなど考えたくもない。やっべ逃げようと思えば何故か全力で殺しにかかってくるし、最終的にほぼ更地にしたことはまだ覚えている。二度と行くかあんな場所。

 

「悪魔は、その点人間と共存してるって点で言えばまだマシだが」

 

 悪魔と人間の関係は微妙だ。悪魔によって人間が支配され、家畜の如く飼われている......という訳では断じてない。むしろ近年ではとある男のお陰で人間側の力が増してきている程だ。

 悪魔の数は減る一方であり、かつてと異なり人間は悪魔を殺すことが可能な領域に踏み入った。流石に上級悪魔、最上級悪魔に対抗はできないだろうが、中級程度なら五人かそこらで封殺できる。そのようにあの男が組織している。

 人間の強さとは数だ。考え無しに単騎で突撃してくる悪魔の殺し方はとうに完成している。中にはそれでも蹴散らす規格外がいるにはいるため、現時点では膠着状態となっているだけに過ぎない。

 

「いずれ人間は悪魔を越えるだろうな」

 

 そう、いずれ必ず越える。技術として魔力を解析し、魔術として体系化し、誰しもが扱える技術を作り出す。人は悪魔と比べ短命だが、その爆発的な成長力は悪魔には決してないものだ。最近では悪魔の駒(イーヴィルピース)とやらで人間を転生させていると聞くが、それもその場しのぎにしかなるまい。

 

 奴等は3000年前から何も変わっていない。危機感を持っているのは上層部の悪魔のみであり、種族として鈍重に過ぎる。

 

「そうですね。人は悪魔を越えます──そして何れ天使を滅ぼし、龍を降し、あまねく人外を絶滅させるでしょう。でも、そうなったらどうすると思います?」

「......さあ、どうだろうな」

 

 持て余した力は行き場を無くし、歴史は循環する。その時になれば、今度こそ地球は滅ぶのかもしれない。一切の生命が存在しない、鋼の大地と化すのかもしれない。

 

 

「それはその時の人類が考えるだろ」

「まあ、そうですよね」

 

 

 

 アーシアが首肯する。そりゃそうだ。誰だって人類の未来なんかより、今どうやって生き抜くかを考える。その刹那性故に人は何処までも愚かしく──そしてだからこそ鮮烈な生き物なのだ。





・アルさん
 転生(※嘘は言ってない)オリ主モドキ。黒髪巨漢の青年であり、何処かの黄金騎士みたく巨大なバイク(ディオメデスⅢ世)を乗り回している。別に守りし者ではない。
 恐らく勘のいいヤツならこの時点で正体を看破できたりする。

・アーシア=アルジェント
 性格魔改造メシマズシスター。主人公と行動を共にしている。神器は勿論【聖女の微笑み(トワイライト・ヒーリング)】。
 実は根本のところは変わってなかったりする。



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迷子シスターとはぐれ悪魔

※オリジナル設定注意
※性格改変注意







 

 

 

 

 駒王町に入って二日目。欠伸混じりに目覚めるが、珍しくアーシアの姿は既に無かった。書き置きが残されているため見てみれば、『食料の調達ついでに街を散策してきます。心配しないで下さい』、と流麗なフランス語で書かれている。そのため無駄に解読に時間がかかってしまった。

 

「さて、俺は何をするかねぇ......」

 

 顎を擦りながら──昨日アーシアに指摘されたため剃ってきた──俺は思案する。下手に出歩いて悪魔に接触するのも避けたいが、かといって引きこもっているのも性に合わない。アーシアに出歩くなと注意した本人が外出するというのもおかしな話だが、冷静に考えてみれば俺はただの人間である。力さえ振るわなければどうということはない。アーシアとて神器さえ使わなければそう狙われることもない筈だ。

 

 うん、そうだ。きっとそうに違いない。

 

「朝飯食うか」

 

 今日はあのメシマズテロがない。適当にファーストフード店にでも行くか、と考えて立ち上がり──ふととある事実に気付いた。

......テーブルの上に置かれたロザリオ。書き置きの重石に使っていたそれには言語変換の術式が込められている筈であり。

 

「あの馬鹿......!」

 

 何処かをほっつき歩いている少女を探すべく、俺は外へ飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 一方。アーシア=アルジェントは現在進行形で困っていた。

 

「どうしたものでしょう」

 

 言語が通じない──というのは予想以上に深刻な問題だ。意思疏通が出来なければ道を尋ねることもできない。至極あっさりと迷子になってしまったアーシアにとってこれは致命的だった。ちなみに本人に自覚症状はない。そして携帯電話も持ち合わせていない。そんなものを持っていれば、すぐに教会の追手に補足されてしまうだろう。

 

──うーん。これはアルさんに怒られそうですねー。

 

 そんなことを考えながら、アーシアは自身の境遇を嘆いた。おお神よ、我らが()()()()()神よ。何故貴方はこのような試練を私に科すのですか。死んでるからわかりませんかそうですか。

 

 溜め息を吐く。ついでに言うとアーシア最大の特徴はその美貌だ。今は少女的な幼さが前面に出ているが、あと数年もすれば誰もが振り返る美女になるのは間違いない。

 そんな美貌故にアーシアは既にこの一時間で六人もの男を引き寄せている。しかし騙されてはいけない。アーシア=アルジェントは一見儚げな美少女だが、その本性......というか性格は"儚い"などというものからかけ離れた所にある。

 

 端的に言ってしまえば、全員拳で沈めたのである。

 

「私に触れるにはくんふーが足りませんでしたね」

 

 正直アーシアは功夫(くんふー)が何たるかはよくわかっていない。しかし師である──師として仰いだのは僅か二ヶ月だが──あの"英雄"はその言葉をよく口にしていた。曰く、アーシアには才能があるとのこと。確かにこの八極拳モドキも様になっている気がしないでもない。

 

......まあ、師となった男が"才能"と形容したのはその動きそのものではなく、心構えなのだが。娼婦の母に捨てられ、アーシアが敬愛するシスターに拾われるまでの六年間にスラム街を走り回っていた経験は、確実に今の彼女を形成する素地となっている。

 当時から幼いながらも見目麗しい彼女が()()()()()()()の男に浚われかけたのも一度や二度ではない。その度に金的を蹴りあげてきた経験から生まれた『必要とあらば躊躇いなく暴力を振るう』という心条は、確かに武の才能と言えるだろう。

 

「それにしても......本当にどうしましょう」

 

 当初の目的である食料調達はおろか、家に帰ることすらままならない状態だ。加えて迷子だというのに適当に歩き回ったお陰でいよいよ道がわからなくなっている。さてどうしましょう。いっそのことド派手な事件を起こしてアルさんを引き寄せてみましょうか。

 

......と。そんな過激かつ阿呆な思考に走りかけたアーシアに、背後から聞き覚えのない声がかけられた。

 

「あの......何か困ってるんですか?」

「はい?」

 

 またナンパか──と一瞬考えた後に、()()()()()()()()という事実に気付く。驚きと共に振り返ると、そこには茶髪の少年が立っていた。

 

「私の言葉が、わかるんですか」

「? そりゃまあ......」

 

 何処か困惑した風な声が返ってくる。だがそれも流暢なフランス語であり──そこでまた新たな事実に気が付いた。目前の少年の唇の動きと話している言葉が噛み合っていない。だが言語変換の魔術、或いは魔導具を使用している形跡もない。となれば、つまり。

 

「......そうですね。()()道に迷ってしまったもので」

 

 この少年、悪魔だ。

 

 それも恐らく転生悪魔。純血ならばもっと威圧感があっていい筈だ。

 

「ああ、成る程。見るからに外国人さんだもんなぁ......」

 

 何処か納得した風に頷く。そんな少年をじっと観察していると、何か勘違いしたのか、慌てたように少年は言った。

 

「い、いや別にナンパとかそんなのじゃくて! えっと、ほら、そう......」

 

 わたわたと手を振る様に思わずアーシアは笑ってしまう。中身はともかく見てくれは美少女のアーシアだ──少年は一瞬硬直した後に、どもりながらも告げる。

 

「お、俺! 兵藤一誠って言うんだ、何というか......その、よろしく!」

「アーシア=アルジェントです。よろしくお願いしますね?」

 

 

 

 

 

 

 本当に、何処に行ったのやら。

 

 こういう時こそ携帯電話を持っていないことが悔やまれる。まああんな個人情報の塊のようなものがあれば、直ぐさま教会の連中に探知されてしまうだろうが。

 

「にしても、あいつが迷子ねぇ......」

 

 若干の違和感を感じ、俺は路地をじっくりと見渡した。何かが引っ掛かる。標識、溝、アスファルト、塀、漆喰、コンクリートの模様──模様?

 

 まさか、という思いでコンクリート製の塀に接近する。しかしそこに刻まれている紋様は紛れもなくルーン文字だ。古めかしい術式は北欧......いや、僅かだがギリシア正教がベースとなっている痕跡が見て取れる。密教系、或いは神道がベースのものが多い日本においてこれは異色だ。加えて言えばこの術式の効果は"人払い"だ。それも、一定以上の力を持つ存在には作用しない微弱なもの。

 

......辿っていくと、それは転々と街中に配置してあった。人払いを応用した一方向への誘導である。とは言え配置は恐らく意図的に甘くしてあり、よくて一日に一人が迷い混むか否か、といったところだろう。

  

「成る程......狡猾な奴だ」

 

 剣の柄へ手を当てる。最終的に辿り着いたのは、駒王町の辺境にある廃工場だった。

 グレモリーの仕業かとも思ったが、違う。というかグレモリーは何をしているのだ。流石に自身の領地内の治安くらい維持しているだろうと思って楽観視していたが、認識を改める必要があるらしい。アーシアがこの罠にかかっていないことを祈る他にない。

 

──音が聞こえる。何かを啜る音が。

 

「......チッ」

 

 此処は既に敵の縄張りの中だ。薄暗い工場内へ慎重に足を踏み入れる。

 ひび割れたコンクリートの上に骨が転がっている。無論、ただの動物の骨ではない。大腿骨──人の、大腿骨。それも複数。

......本格的に頭が痛くなってくる。この量、一朝一夕のものではあるまい。確実に数ヵ月はここを拠点として人を()()()()()

 

「ぁ......あぁ? ふふ、なァんだ。今日は沢山引っ掛かるのねェ」

「生憎だが、俺はお前の餌じゃない」

 

 食いかけの死体──首と四肢をもがれた成人男性の胴体をぺっと吐き捨て、人と獣が融合したような生命体は笑った。死体の中にアーシアのものがないことを確認すると、俺は安堵しつつソレを見据える。

 

「うふふ、ふふふふふふふ──」

 

「正気じゃねぇな、ありゃ」

 

 例えるなら、ケンタウロスの馬の部分を狼に置き換えたようなものだろうか。とは言えそんな生易しいものではなく、獣の下半身は肥大化した挙げ句妙なものが生えている。獣の四本足の他にムカデの如く()()()()を腹から無数に生やしているのだ。正直言って非常に気持ち悪く──同時にそれなりに強いことを認識した。

 何人もの人間を食ってきたからだろう。その魔力量は並のものとは比較にならないほどに巨大だった。

 

「人間、人間、にんゲんンンンンンンンンンンンン!」

 

 女型の上半身がにんまりとした笑みを浮かべる。そして直後、口が耳に至るまで裂けると同時に何かが飛び出した。反射的に跳ねた剣がそれを斬り飛ばす。

 

「......舌を硬質化させて飛ばしたか?」

 

 音速を越えかねない一撃だったが、見えてはいた。しかし回避されたことが気に入らないのか、更に触手じみたものが背から飛び出すと共に叩きつけられる。速くはあるが粗雑に過ぎる攻撃──典型的な、人外の動きだ。

 

「単純だな」

 

 跳躍する。二、三、四──増やされる触手は暴れ狂い、こちらを押し潰さんと迫る。大方合成獣(キメラ)が悪魔になったことで魔力を得た手合いなのだろう。それなりに強いとは言える。中級以下の悪魔ならば苦戦は必至かもしれない。

 

 まあ、なんだ。つまり格下には強い、というだけのことであり。

 

「ふ、ぅ──」

 

 根本的に俺はこいつより強い。ただそれだけの話だった。

 

 剣閃が走る。バネのようにしなる触手の虜力は単純(シンプル)に強く、まともに受け止めれば剣身が歪んでまうかもしれない。故に力を利用して裂くのが最適解だ。円を描くようにして弾き、逸らし、斬って裂いて解体する。

 そんな児戯にも等しい準備運動だったが、どうやらそれが敵を本気にさせたらしい。降り下ろされた獣の前肢が床に叩き付けられる。衝撃で陥没した地点から急速に罅が周囲に広がり、俺は跳躍した。

 

──それを狙っていたかのように横合いから殴り付けられる。否、事実として狙っていたのだろう。上半身を構成する人型が笑みを浮かべているのが一瞬見えた。多少は理性的らしい。確かに悪くはない。

 

「だが、甘い」

 

 迫る豪腕を左手で受け止める──ことはなく、回転するようにして受け流す。そしてその回転を利用し、右に握っていた剣を斬り上げた。空中では身動きが取れないとでも思ったのかもしれないが、その認識は甘いと言わざるをえない。

 

 腕の半ばにまで埋まった剣を利用し、蹴り飛ばすことで人型の上半身にまで肉薄する。驚愕に見開かれる目を見て嗤った。

 

「どうせ本体はこれだろう──?」

 

 剣がなくとも戦える。握り締めた拳が音よりも速く、認識を置き去りにして突き刺さる。だが一撃では終わらない。合成獣(キメラ)の生命力は高いのだ。故に、百とはいかずとも......刹那の間に九の拳は叩き込もう。

 

 

 

「【射殺す(ナイン)──」

 

 太古より継承せし技術。神の血を無くそうとも、人の身にてこれは完結している。

 悪いが、怪物殺しは()から慣れているのだ。

 

「──百頭(ライブズ)】」

 

 

 音速を遥かに越えて放たれた九の拳撃は、ほぼ同時に急所を破壊する。恐らく痛みすらなく死ねたことだろう。驚愕を張り付けたまま即死している顔を見下ろし、その胸から右腕を引き抜いた。残骸となった巨体から飛び降り、自分の状態を確認する。

 

......右腕はどっぷりと返り血に染まっており、この服をまともに着ることは二度と出来ないだろうと確信させられた。ファッキン。

 

「んで......肝心のあの馬鹿は何処に行ったんだ」

 

 結局居所はわからない。だがこのままうろつくわけにもいくまい。所謂"骨折り損のくたびれ儲け"というわけだ。

 

「帰ってきたら説教だな」

 

 大体全部あの阿呆が悪い。そう結論付ける。

 

 ついでに朝飯も食ってない事実も思い出し、俺は着替える手間を考えて溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 






・アーシアちゃん
 色々と苦労してるアグレッシブな元シスター。既に神の不在は知っている。マジカル八極拳の使い手。すれ違いざまに腹パンをキメるのが得意。

・はぐれ悪魔
 原作一巻で説明ついでに死んだ可哀想な悪魔。弱くはない。

・射殺す百頭
 これで大体真名がわかる。神器ではない。ちなみに本人は呼ばれたらキレる模様。そりゃまあ......あんな皮肉な名前だと、ね?
 尚原作だと弱すぎたため色々と強化されている。


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