そのメイド、神造につき (ななせせせ)
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Day0

(∵)


 ――大陸の最北に位置するストリエ王国にメイドあり。そのふざけた噂が囁かれるようになったのはいつからだったか。とかく、凄いメイドがいるらしいというのがその噂である。

 曰く――その容姿傾国にして、心奪われぬ者無し。頭脳明晰にして、その叡智及ばぬところ無し。その剣技至高にして、未だ下せた者無し。かの女に出来ぬことは無く、全ては女の手の内。千の男に求愛されるもすげなく断り、万の学者を論破し、億の敵を両断する。曰く、曰く、曰く――その伝説は枚挙に暇がない。

 

 まるで冗談かおとぎ話のような噂。しかしそれは、多少の誇張こそあれど真実である。

 

 ストリエ王国が誇る王城。要塞のような重苦しい外観に反して、内装は絢爛豪華そのもの。大理石の廊下は鏡と見紛うほどに磨かれ、調度品の数々――例えば一つで一般的な家庭の年収に匹敵するほど高価な壺だ――はそれぞれに適した手入れが的確にされており、その方面の人物をして唸らせるほど完璧な飾り方がされている。誰も見ないようなところですら埃の一つもなく、(いるはずもないが)舐めたとしても問題ないほどの清潔さを保っている。

 

 そんな王城の一室。王の執務室にて、王と一人の女性が対面していた。

 

 ドワーフの職人の手によって樫の木から削り出された重厚な机。その上に組んだ手を載せた格好の王は、心の中で深く息を吐いた。なにしろ目の前の女性は平民上がりのまだうら若き乙女とはいえ、この王城のメイド長を務め、ここのメイドどころか下級貴族の子女にすら慕われるほどの人望を持つ。さらには、単純に知識量も、戦闘能力も、何一つとして敵わない超人だ。

 正直な話、なぜこの国にいるのか、ここで働いているのかが分からないくらいに有能なのだ。他所に行かれては困る。……理由はそれだけではないが、結果として彼は王であるのにも関わらず、たかが一メイドと話すのに他にないほど神経を使うこととなっていた。

 

 不意に、女性が声を発した。聞いたものを恍惚とさせる、最上級のハープの調が如き可憐な声。

 

 

「……(わたくし)に殿下の家庭教師をしろ、と仰るのですね?」

「ああ。余の耳にも噂が入ってきている。聞けば、万の学者を論破したとか」

「噂とは事実であっても曲解と誇張が付き物でございます。確かに、一人ばかり神学者の方と問答したことはございますが、そのような事実はありません。私ではなく、専門の家庭教師を雇うのがよろしいかと」

 

 

 王は内心で、もう一度息を吐いた。この女性と話していると、まるで自分がちっぽけな子供のように思えてくる。実際の年齢が反対であってもなおそう思わせるほどに、女性の教養は高く、他に並ぶもののない人格者であった。

 さて、どうしたものか。王の脳内に浮かぶのはそんな思い。息子たちには出来るだけ高い教養を身に着けてほしいと考えた彼が家庭教師に選んだのは、このメイドだった。

 思い立ったが吉日と呼びつけて話してみればこの反応である。半分くらい泣き出したい気持ちになりながら、頼み込む。

 

 

「……どうしてもだめか?」

「国王がそのような顔をするものではありませんよ。……私でなければいけない理由などないでしょうに、何が王にそこまでさせるのですか?」

「むぐっ……」

 

 

 言えない。言えるわけがない。まさか――子供たちの教育を口実に会う機会を増やそうと考えていたことなど、知られたが最後軽蔑の眼差しを向けられながら辞表が提出されてもおかしくない。自身も結構な年だし、もうすでに側妃だって何人もいるのだ。断られるだろうし、まだ色ボケしているのかこの爺、と思われても仕方ない。

 

 それでも。

 

 

(これほどに、心惹かれた女性は貴女が初めてなのだよ……)

 

 

 蜂蜜を溶かしたような金の髪。釣り目気味の、エメラルドをはめ込んだような大きな瞳。すっと通った鼻梁に、柔らかそうな頬、玉のような白い肌。ぷるりと瑞々しい桃のような唇といい、全てが神から与えられた芸術品のように美しい。そしてなんといっても、右目の下に配置された泣きボクロが得も言われぬ色気を醸し出す。

 

 それだけではない。その身体つきはほっそりとしていながら、年齢に見合わず育ち切っている。きゅっと締まった身体つきなのに、女性らしい丸みを帯びている。スカートを押し上げる尻に見とれた男は十や百ではないだろう。胸はメイド服に抑え込まれて窮屈そうにしていて、ともすれば飛び出しそうなほどぱんぱんに詰まっている。そのせいで服のサイズが特別に仕立ててもらわなければ用意できないという噂もあるほどに。

 

 

「?」

「ああいや、なんでもないのだ。……余の息子たちにつける教師は最高の人物でなくてはならない。王という重責を負うにふさわしい人材へと育て上げるのであれば、余の傍で仕えてきたそなたが一番だと考えたのだ」

 

 

 思わず胸に行っていた視線を上げると、どうやら気付かれてはいないようであった。王はそのまま、誤魔化すのも兼ねて説得する。

 やがて。ややあってから、メイドは躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「つまり、私が教えるのは王としての自覚と責任、ということでございましょうか?」

「うむ。こればかりは並みの教師には出来ん。その点、そなたなら余をよく見ている。王という仕事の何たるかは分かっているだろう」

 

 

 ん、とメイドが人差し指を顎に当てて考え込む。彼女が考え込むときの癖だった。

 そうして結論が出たのか、彼女は柔らかな微笑を浮かべて王に向き直る。

 

 

「分かりました。王がそこまでお考えとあらば応えないわけにもいきませんし、お受けいたします。ただ、その分本来の業務――清掃などは他のメイド達に任せることになりますが、よろしいですね?」

「あ、ああ。元々そなたの業務からかけ離れたことを頼んでいるのだ。それくらいはな」

「ありがとうございます、王。……では、下がってもよろしいでしょうか? 他のメイドたちに伝えてこなければなりませんので」

「む、そうか……もう少しそなたと話していたかったのだがな」

「……ふふ、お戯れを。では、失礼します」

 

 

 王の本心からの言葉を、ただの冗談と受け取ったのか。メイドは、ともすれば冷たい印象を与えがちな顔に小さな笑みを浮かべて退出していく。

 残された憐れな中年は、自らの人生でも初めての感情――恋に心をかき乱されながら思う。

 

 

(私が彼女と、というのはありえないだろう。しかし……ならば義娘というのは? そうだ、息子のアルフリードならどうか。年も近い。顔もいいと貴族娘たちに持て囃されていたはず。もしあの娘がアルフリードと結婚すれば私はあの娘にお義父様と呼ばれ、毎日顔を合わせることだって不自然でなくなるはず。もしアルフリードが気に食わなければ他の兄弟を……)

 

 

 自らの恋が成就することはないだろうと、半ば諦めているがゆえに。彼は自分の夢を息子に託すことにした。そこには自分の夢を子供に叶えさせようというダメな親の典型的な想いも大きくあったが、息子の結婚相手が彼女であれば安心できるという、親の心があった。

 

 とはいえ、何にせよ相手からすれば迷惑極まりないだけなのだが。

 

 

(そうと決まれば必要なのは……そういえば、彼女は平民上がりだ。何かと煩くなるだろう貴族たちを抑えるために、文句の言えない貴族家の養子にしておく必要があるか。パースツル家がいいか? あそこなら力も強い、今代当主も私に頭が上がらない、と好都合だ)

 

 

 ……こうして。裏で王が迷惑極まりない計画を練っているとも知らずに、メイドの彼女は一度自室に戻って一息つく。小さなベッドとクローゼット、大きな姿見以外は何もない部屋。人によっては空き部屋とすら思うだろう。

 しかしそんな部屋に何も思っていない様子の彼女は、一度着替えるために服を脱ぎ捨てて、神が作りたもうた芸術品が如きその裸身を惜しげもなく晒しながら、ベッドに倒れ込んだ。

 

 

「……うあー、疲れた。なんで家庭教師なんかやらせようとするかなー全く。流石に温厚なおにーさん(・・・・・)も切れそうだよもー」

 

 

 ごろごろと。ベッドに転がっていた彼女はやがてのっそりと立ち上がった。

 

 

「……ううん。やっぱり田舎者っぽさが出てるんかね。さっさとやめろっていう無言の合図だったり? 正直こんなとこさっさとやめたいんだけど、やめて戻ろうにもお金ないしなぁ……はーやだやだ」

 

 

 いいつつ、姿見に自分を映し出し、その格好に顔を顰める。

 

 

「はぁ……女の子も楽じゃないな、全く。今回も(・・・)男がよかった(・・・・・・)けど、まあ言っても仕方ない。……よっし休憩終わり! 仕事に戻ろう」

 

 

 乾いた笑いを浮かべ、意味深なことを言いつつ。手早く新しいメイド服に着替えると、彼女は部屋を後にする。

 

 これは誰も知らない、本人だけが知る話ではあるが。彼のメイド――オフィーリアは転生者である。現代日本に生きていた()は強風で飛んできた看板に押しつぶされ、神の気まぐれ的なアレで転生を果たした。特典と言えるものは山盛り。神が作り上げた美貌に、人類最高の知能、そして一人でドラゴンを墜とすほどの戦闘能力。なるほど、所謂チート異世界転生である。もろ手を挙げて喜んでもいいだろう。

 しかしながら問題が一つ。

 

 

 

 

 ――肉体こそ最高の女性であるが、宿る精神、魂はごくごく普通の一般男性であったということだ。

 これは、そんな彼の――彼女の、波乱に満ちた人生の物語である。



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Day1(昼)

振り回される人たち



色々書いて試してみましたが、一人称が一番いいかなと思ったのでこれからはこれでいきます
あと、勘違いタグを追加しときます。


 ……御機嫌よう。私、ストリエ王国王城メイドの一人、リリアーナと申します。ええ、気軽にリリア、とお呼びください。

 私は平民の出で御座いますが、あるお方のお蔭で今こうして王城でメイドとして働けておりますの。その、あるお方といいますのがこちらの――

 

 

「何か?」

「いえ、なんでもございません」

 

 

 オフィーリア様。私と同じく、平民の出でありながらメイドどころかメイド長にまでなった凄いお方です。オフィーリア様がメイドになった時は、王城の執事の方から直々に打診されたそうで、そのあたりの話は劇にもなるほど有名なんです。当時の王城というのは貴族様しかいなかったので大変にご苦労をされたそうですが、数々の嫌がらせやいじめを撥ね退け、遂にはメイド長になり、そして王城付き女中一般試験を作り上げたのです。

 

 この、王城付き女中一般試験というのが画期的な制度でして、なんと受験資格は女性であることだけ。女中なので当然ですね。でも、それ以外は全くないのです。ある一定の体力と基礎的な知識、それから善良な人格を持っていることを確認し、それらが備わっていると判断されれば平民でも貴族様でも、同様に採用されるのです。

 なんて素晴らしい制度なんでしょう! 中には王城メイドの質が下がるなどと反対した方もいらっしゃったそうですが、オフィーリア様の『(わたくし)も平民です。そう仰るのであれば私もここを辞して市井に戻りましょう』という一言で顔を蒼白にして謝ったとか。

 当時――今もそうですが、オフィーリア様の人望というのは国王とか鼻で笑えます。ここで働く人の中にはオフィーリア様がいるからここにいる、という方もいらっしゃるくらいで……つまり、彼女を怒らせると王城が冗談抜きで崩壊する恐れがあるのです。

 

 そんな女傑と言われるオフィーリア様ですが、本当に……本当に美しいのです! なんですかあの蜂蜜みたいな金髪! 宝石よりも澄んだ瞳! なにより、その大きくたわわに実った――

 

 

「リリア? どうかしましたか?」

「……いえ、なんでもないのです」

「ふふ、おかしなリリアですね」

 

 

 きゃー!! 人形みたいに綺麗なお顔で、微笑みかけられた時の衝撃ときたらもう! 危うく下に行っていた視線に気付かれて軽蔑されるところでした。……でも、それはそれで。いえいえ、オフィーリア様を悲しませるような真似は致しませんとも。

 

 そう心に誓っていた時に気付いたのですが、オフィーリア様、さっきと服が違いますね……? オフィーリア様はメイド服――この女中用の制服らしいです――にいくつもパターンを作っていらっしゃいます。本日身に着けていたのは紺色のものだったはずなのですが、今は黒色です。

 いつもなら余り気にしないのですが、今日の私は何かシビュラ様のお囁きでもあったのか、なんとなく聞くべきだと感じたのです。

 

 

「オ……メイド長。制服が変わっているようですが、何かあったのですか?」

「ああ、これですか。いえ、大したことではないのですが。先程陛下とお話ししていた際にボタンが一つ弾け飛んでしまいまして。ボタンも見つかりませんし、代えもなかったので着替えました。……そうです。陛下から直々にご命令がありまして、私はしばらく殿下の家庭教師役を仰せつかることになりました。その分の穴はシフトを変えることで対応してください」

 

 

 ピシリと。控室の音が止みました。あ、控室というのは使用人控室のことで、急な御用事にも対応できるように、いつも私たちはここで待機しています。それぞれが思い思いの形で寛いでいるため、和気藹々としているのですが……今は時が止まっています。いえ、メイド長が得意とする時を止める魔法【ワールドイズマイン】ではありませんよ?

 あまりのことに誰も動けなくなっている中、オフィーリア様は自身がしたことの重大さも分かっていない様子で紅茶のカップを傾けます。

 

 

「……あの、メイド長、いえ。オフィーリア様? そのご命令というのは何時下ったのでしょうか」

「ですから私に様をつける必要はないと……」

「そういうのいいですから答えてください」

 

 

 ほんと、もう、それどころじゃないんですよ!? そんな不服そうな顔しないでください!

 

 

「……つい先程です。私がテラスの掃除を終えたところで執務室に来てほしいと仰られまして、その時にそのお話がありました」

「オフィーリア様!」

「なんですか」

「もっと! 警戒心を持ってくださいと! いつも言っているじゃないですか!」

 

 

 万感の思いを込めた私の言葉に、部屋にいたメイド達全員がうんうんと頷きます。ええ、ええ。そうでしょう。この、やり場のない怒りのようなもやもや感! 本人がよく分かっていないというのがまた困るんです!

 

 私たちがその思いで震えていると、オフィーリア様は納得した表情を浮かべて、僅かに口角を上げると、話し始めます。

 

 

「ああ、そのことですか。大丈夫です」

「何が大丈夫なんですか!?」

「だって――」

 

 

 ふわりと、花が咲くような少女らしいあどけない笑みを浮かべて。

 

 

「警戒なら完璧にしていました。人どころか鼠一匹、虫すら入れないようにしてきましたから」

 

 

 オ フ ィ ー リ ア 様 !

 そういう事じゃないんですって……! その言葉にブルブル震えていたメイド達の中から一人、幽鬼のように前へと出てきます。

 その特徴的な銀髪から、顔を見なくてもすぐに誰か分かりました。オフィーリア様がメイドになった時からずっとライバル――という名の親友ですが――のアゼリア様です。なんと彼女はこのストリエ王国でも有数の貴族家の生まれなのにも関わらず、『わたくし、あの調子に乗った平民上がりをへこませてやらないと気が済みませんの。ですからお父様、わたくしメイドになりますわ』と言ってメイドになった凄いお方です。

 

 その、アゼリア様が……顔を真っ赤にして震えています。

 

 

「まあ、アゼリア。顔が真っ赤です。もしや風邪では……いけません、今日は、いえ、大事を取って三日は休まなければ――」

「オフィーリア!」

「はい!」

「そこに直りなさい!」

 

 

 何やら頓珍漢なことを言っているオフィーリア様に構わず、アゼリア様は「正座」させます。この「正座」というのも、オフィーリア様が悪いことをした子のお仕置きとして使い始めたものです。

 

 

「おかしいですね。怒られるようなことは何もなかったはずなのに……」

「いいですかオフィーリア! 国王だろうが王子だろうがスラムの浮浪者だろうが、結局は皆同じ男なのです! 貴女はもっと自分の身の安全を考えなさい!」

「アゼリア、駄目ですよ。国王などと言っては。誰が聞いているか分からないのですから、国王陛下と言わなければ。アゼリアが悪く言われてしまいます」

「ああぁぁぁ!!!」

「おっ、落ち着いてくださいアゼリア様! お気持ちは分かりますが!」

 

 

 変わらずズレているオフィーリア様に、アゼリア様がついに切れて暴れ出しますが周囲のメイドに押さえられ、止まります。……って、なんでいきなり暴れ出したんだろうこの人って顔しないでくださいオフィーリア様。アゼリア様の血管が死にます。

 

 

「……はー、はー、はー。落ち着け、落ち着くのよわたくし。この見た目完璧超人のアホの子に惑わされるんじゃないわ……」

 

 

 ……そうです。そうなんです。オフィーリア様は劇などでも扱われ、本も出るほどに有名な英雄みたいな人です。実際、仕事をしている時は怖くなるくらい完璧ですし、どこも綻びのない神のような人に見えます。ですが、そうではない時――こうして控室にいる時や仕事に関係ないところはダメダメで、言い方は悪いのですが、むしろアホの子といった様子なのです。

 男をよく分かってるようで、自分が狙われていることを理解していない。襲われることを警戒しているようで、ガードが甘い。いえ、確かにオフィーリア様なら大抵の男性はなぎ倒すことが出来るのでしょうが、なぜでしょうか、うまく騙されていつの間にか美味しく頂かれているイメージが……

 

 

「いいこと、オフィーリア? 貴女はとても――とても、屈辱的ですがこのわたくしよりも容姿が優れています」

「……私は、アゼリアの方が綺麗だと思いますが。月光を溶かしこんだような銀髪に、凪いだ大海のような瞳。極限まで磨かれた肌と、余分な肉の全くついていない身体。誰だってアゼリアに見惚れるでしょう。実際、私も初めて会った時そうでしたし」

「なっ……あっ」

 

 

 一瞬にしてアゼリア様の顔が真っ赤に染まります。オフィーリア様はいつもこうです。私たちの方が綺麗だと――真実そう思っているご様子で、女の私たちですら照れ、惚れてしまいそうな言葉をかけてくるのです。

 アゼリア様、惑わされないでください……! このまま流されるとまたオフィーリア様がやらかしますよ!

 

 

「……そういう話をしているのではなく! ですから、世の男共が考えることは一つなのです! 如何にして貴女を手籠めにするか、それだけです。それは国王陛下であっても聖人であっても変わりはないでしょう」

「でも、国王陛下ですよ? 年も離れていますし、側妃だって多くいますし、関係だって悪くありません。そういうお気持ちになることはあっても、実際に手を出すまではないでしょう」

「甘い、甘すぎますオフィーリア様! あれは結構なエロ親父ですよ! 私にすら色目を使ってきましたからね」

 

 

 ついに堪えきれなくなった他のメイドが自身の体験を語ったのをきっかけに、国王がどれだけエロ親父なのかを分からせるために、次々とそれぞれの体験談が語られます。というかそんなことしてたんですか国王。やっぱりエロ親父じゃないですか。

 

 

「……まあ、こういうわけですし。国王陛下とて一人の男なのです。オフィーリアも一度くらいはそんな経験があるのではなくて?」

「まさか。そんな経験ありませんよ」

 

 

 絶対ありますよ。

 

 

「大体、私と陛下の付き合いも長いですから。向こうからすれば娘のようなものでしょう。この前だって、『……思えば、そなたがここへ来てから随分経った気がする。昔と見違えるくらい成長したな。すっかり大人ではないか』というお話をされたくらいなのですから」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………は?

 

 

「……あのクソハゲ親父ィ! もう許しませんわ! 戦争です!!」

「アゼリア様! お供します! あのエロ狸のブツを叩きつぶしてやりましょう!」

「いえ、そこは切り落としてやるべきです!」

「焼きましょう!」

 

 

 一瞬にして修羅となった皆が各々の獲物を構えます。かくいう私もメイド服の内側に忍ばせていた鎖鎌を取り出し、刃の状態の確認をしているのですが。あの狸、オフィーリア様になんてことを……!

 

 

「やめてください! どうしたというのですか!」

「止めるんじゃありませんわ! オフィーリア、何を言われたか分かっていないのならそれでいいのです。むしろそのままでいなさい! それはそれとしてあの害悪を滅ぼさなければ!」

「普段のアゼリアはどこへ行ったのですか……!? そんなキャラではないでしょう!」

 

 

 

 

 結局。この日はオフィーリア様の必死の説得で討ち入りは中止となりました。代わりと言ってはなんですが、後日オフィーリア様がいない時に行われた会議で不能になる薬を盛る方向で纏まりました。

 

 ……オフィーリア様の貞操は私たちが守りますからね!




感想、評価いつでもお待ちしてます

以下、作中の言葉の説明になりますので、必要ない方は飛ばしてください。

王城付き女中一般試験:オフィーリアが作った制度。公務員試験である。筆記試験と体力試験の一次試験と、面接の二次試験からなる。受験資格はストリエ王国籍を持つ女性であること。平民とか貴族とか関係ないのでこの世界としては画期的な考え。エリートの代名詞として言われる王城付き女中、つまりメイドの試験だが、女性なら一様にチャンスがあるので倍率は毎年くそ高い。使用人(男)版もある。別に覚えなくてもいい。

シビュラ様:この世界で一般に信仰される智慧の神。何か気付いたことがあったり、思いついたりというときはシビュラ様のお囁きが~という慣用句を使ったりする。別に覚えなくてもいい。

控室:作中の説明通り。同上。

ワールドイズマイン:世界で一番お姫様なわけではない。一時的に全世界の時を掌握するため、この名がついている。オフィーリアのお掃除必殺技その一。本来なら大魔導士と呼ばれるような存在が数年かけて習得する魔法。便利なお掃除道具替わりである。同上。

アゼリア:百合は無い。友情はある。

正座:オフィーリアが悪い子へのお仕置きとして使用。一時間ほど控室の隅で「私は悪いことをしました」という札を下げて正座させられる。運が良ければオフィーリアに冷たい目で叱ってもらえる。別に覚える必要は無い。

すっかり大人:他意はない。……ないったらない。どこを見ていたかは言えないが。


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Day1(夜)

振り回す人

めっちゃ長くなった


12/23 大幅に修正


 御機嫌よう。私、ストリエ王国王城でメイド長をしております、オフィーリアと申します。元は普通の町娘だったのですが、ある日に王城の執事の方からスカウトを受けましてメイドとしての道を歩み始めたのです。当時ではありえない平民が王城で働くということでしたので、貴族の方々からのいじめや嫌がらせが酷く、それはもう大変でした。どうにかして王城内の風通しを良くして、平民でもメイドとして働くことの出来るような制度を作ったのも今では過去の記憶。

 そんな私ですが、誰にも言うことの出来ない秘密があるのです。

 

 それは――元日本人の、()だということ。

 

 一見普通の女に見えただろ? 残念、そいつは(中身が)男だ。

 簡単にこうなった経緯を説明すると……気付いたら虹色の空間に立っていて、自称神から死んだことを伝えられ、こっちの意志も聞かずにいきなり転生させられた挙句、どうやら女として生まれたと知る――こんな感じだ。

 

 そんなこんなで生きてきて早21年。未だに女として生きることには慣れない。朝目が覚めるたびに実は夢だったんじゃないかってことを期待するし、自分の身体を見るたびに不快感が湧き上がる。

 

 とはいえ死にたいわけではないし、死ぬのは怖い。死んだ、という実感はない。でも、だからこそ怖い。一度経験しているはずなのに分からないから――怖い。次もこうして生まれ変われるなんて保証はないし、あの自称神の口ぶりではもう一度は無いだろう。

 ならば、どうにかして生きる必要がある。アレの言葉が嘘であっても、ここで自殺してしまったら男に戻ることは出来ないだろうし。そんなわけで、おにーさんはここでメイドとして働いているのである。

 

 

(とはいえなぁ……メイド長なんてやる気はなかったのに)

 

 

 そう。別にメイド長なんて役職に就く気はさらさらなかったというのに、王様直々のご指名を受けてメイド長になることになってしまった。本来なら全力で妨害してくるはずの貴族たちも何もしなかった――ということはだ。

 平民上がりのおにーさんをメイド長という大役につけることで潰してやろうということなのだろう。なんて奴らだ。敵しかいないのかこの王城には。無能な平民は去れってことですね、ごめんなさい。

 

 ……ああ。憂鬱だ。今日が始まる。

 無能な平民、というかただの会社員であるおにーさんにはメイド長という仕事は重過ぎる。前世は良かったなぁ。仕事が辛いなんて思わなかったから、何も考えずに毎日家と職場を行き来することが出来た。今は職場兼自室のここから出ることすら辛い。

 

 なんとかしてベッドから抜け出し、身支度を整え始める。寝るときは全裸派だから着替えはただ服を着こむだけでいい。……そもそも、この女物の服が苦手なんだ。なんでこうもぴっちりしてるのか。トランクスみたいなパンツをくれ。買いに行ったら変な誤解をされそうだから買えないけど。

 下着を着ける――その行為すら違和感を覚えて仕方ない。ブラジャーを着ける感覚なんて知りたくなかった。着けないと擦れたり色々大変だから着けるだけで、決して着けたくて着けているわけではない。……え? その割に可愛い下着? バッカお前、女子は色々と気を遣わなきゃいけないんだって。

 

 とりあえず最低限の服を身に着けて、鬱陶しいくらいの髪を適当に纏めると、そのまま物置のような部屋を出る。おにーさんはいつも金欠なのでインテリアだのを買っている余裕はない。この城にやってきたときに渡されたままでいるため、ベッドとクローゼット、それから歪んで汚れた姿見くらいしかない。そろそろどうにかしたいと思うこともあるが、両親への仕送りと制服を買うお金に取られてほとんど残らない。

 

 ……制服の方はちゃんと国の方からもお金が出ているが、それにも限度がある。王様におねだりできる額だってそう高くない。だから破れたりとかした服は自分でお金を払って直してもらうという形になるわけだが、おにーさんの場合ボタンがどっか行ったりすることが多々あるのでその分他のメイドよりも服代が嵩む。しかも何が悲しいって、胸の部分のボタンがはじけ飛ぶのだ。もうそろそろ成長期も終わってるだろうし、落ち着くとは思うが……もしずっと続くようなら。

 

 

(太っていってるってことじゃん……?)

 

 

 うわ、嫌だ! デブで中身男とか救いようがない! ……はぁ。一応ダイエットも考えよう。原因はなんなんだ……? 甘いもの食べすぎ?

 余りにもそのことに気を取られていたせいか、前方に近づいていた柱に気が付くことなく、そのまま突撃してしまった。

 

 

「っ~~!!」

 

 

 ついてない。けど、まだ良かった。早朝の誰もいない廊下での出来事だったから見られていない。こんなアホみたいな姿を誰かに見られたら恥ずかしくて死ねる。

 ああ、ちょうど洗面所に来てたのか。ここで止まれたから結果的にはいいけど……もっとしっかりしよう。

 

 他の住み込みのメイドたちが生活する部屋が並ぶ廊下を行った先に、洗面所はある。まだ誰も起き出していないようだけど、早めに済ませておかないと。上司がいたら気まずいだろ?

 そう、思ったんだけど……

 

 

「……う、おぇっ!!」

 

 

 ――気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。

 作り物めいたその顔が、元の黒髪――いや茶髪だったかな――それとは似つかない金髪が、石ころめいて無機物的な瞳が、人間とは思えない芸術品のような身体が。今のオフィーリアという人間を構成する全てが気持ち悪くて仕方ない。

 

 俺は俺なのに、自分が日を経るごとにこの身体に適応していくのが分かってしまう。男だった頃の感覚を忘れて、考え方までもが女性的になっていく。自己が自己でなくなっていくような感覚。何かを得るたびに何かを失って。そうして最後は完全に()になってしまうんじゃないかって、そんな恐怖が。鏡を見るたびに胃の中身を戻させていた。

 

 

「……は、はは。いや、もう本当――勘弁してくれ」

 

 

 夢なら覚めてくれ。神様ってやつの悪ふざけならすぐに俺を戻してくれ。もうなんだっていいから……これ以上、俺を壊さないでくれ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここでの仕事は基本的に掃除業務が中心となる。他にもいくつか仕事はあるが、まあそんな大したことでもない。メイド長ともなれば事務処理なんかが入ってくるが、感覚としては掃除会社にでも就職したと思えばいい。ダ〇キンとか。

 

 で、いきなりそんなことを言い出したのは、だ。テラスの掃除をし終わったところでいきなり王様に呼ばれて、王様の息子――つまりは王太子だ――の家庭教師をしろと言われたのである。当然拒否したが、余りの粘り強さと、無くなったボタンの辺りをじっと見られ、『てめーおい、お前の我儘で作った制服を何着も駄目にしておいて断っていいとか思ってんのか? やる気ないなら辞めてもいいんだよ?』という無言のアピールに負けて引き受けてしまった。

 

 ああ、この今着ている制服。全くの趣味で前世の知識を生かして作ったメイド服なのだ。形式はクラシックに近いが、いくつかパターンを作ってもらった。その分王様にはお金を出してもらっているのでこれ以上の我儘は言えないのだ。

 ……おにーさんがメイド服着てても面白くもなんともないだろ? 代わりという訳でもないけど、王城付き女中――ややこしいのでメイドに改名させてもらった――メイドの制服にして、ここの可愛い女の子たちにも着てもらっている。

 

 しかしそれにも問題があって、この制服、構造が今までにないものだから現状特注の手作り状態。これの何が困るって、おにーさんのように成長期の人間はサイズがコロコロ変わるのに、すぐ新しいのを用意するということが出来ない。他の子はどうしているのだろうと思って聞いたら先輩メイドから譲ってもらったりしているようだが、何故かおにーさんがお願いしたら泣いて謝られた。そんなに嫌か。……そりゃそうだ。中身男だし。

 

 そんなわけで、ボタンがなくなってしまったことでブラが見えてしまう先程のメイド服から着替え、メイドたちの控室に移動する。昼休憩の時間に被ったのか、結構な人数がいる。

 他の人たちの前では全力で淑女らしく振る舞わなくては。中身がこんなんだって知れたらどうなることやら……怖くて想像もしたくない。

 

 そんな感じで内心びくびくとしながら過ごしていると、朝に一度あったきりの同僚、リリアちゃんが俺の服が変わっていることに気が付き、すぐに問いただしてくる。……もしかしておにーさんに気が付いた?

 

 ふぅ。なんとか乗り切れた。……あ。そういえば王様から家庭教師役にされたことを言っておかないと。忘れかけてた。危ない。もっとしっかりしないとな。

 ということで、おにーさんはしばらく通常のシフトから外れるよーということを伝えたところ。皆が黙ってしまった。おかしい。何もやっていないはずなのに。……やっぱりなんかやったかな。

 

 

「もっと! 警戒心を持ってくださいと! いつも言っているじゃないですか!」

 

 

 ……おお。あの王様、冴えない中年という感じの見た目してるけどちゃんと臣下から慕われている。やはりいい王様なのか。家庭教師がどうのこうのと言い出した時は殺してやろうかと思ったが、今度会ったら優しくしてあげよう。

 リリアちゃんはつまりこう言いたいのだろう。『さっき国王の部屋に入った? 無警戒に? 刺客がいたらどうすんだよおめー』と。もちろんこれはおにーさんが勝手に考えているだけで実際はもっと優しい感じだろうけど、要旨としちゃ間違ってないはずだ。

 

 ふふん。その点なら全然大丈夫。ちゃんとおにーさんの張れる最高の結界を張ってきた。

 なんなら褒めてくれてもいいんだよ? と言わんばかりに(変な顔をすると怒られそうだから実際にはしない)心の中でドヤ顔を浮かべ、言い切ってやった。名ばかりのメイド長とはいえ役職についているのだ。しかも公務員。ちゃんと給料分、いやそれ以上に仕事はするとも。

 

 しかし皆褒めるどころか怒りで震えている。あれ、おかしいな。今回は別に何も変なことはしていないはずだろうに。

 なんてことを考えていると、周りを取り囲んでいたメイド達の中から一人、ふらふらとした足取りで前に出てくる。特徴的な銀髪からすぐに誰か分かった。同期のアゼリアちゃんだ。

 

 彼女、アゼリアちゃんはとても優しい子だ。こんな子二人といないってくらい優しい。いや、それは言い過ぎか。ここのメイド達は皆そうだし。彼女の優しさがどれだけかというと、この国有数の貴族の娘で、今頃は家でまったりと猫でも抱えて紅茶を飲んでいてもいい身分なのに、俺が――ひいてはこの王城が、ということだろう――心配だからと態々メイドをやっているのだ。なんて国思い! おにーさんはいつも感動してるよ!

 そんな優しさに溢れた彼女すら度々こうして怒らせてしまうおにーさんの駄目さ加減。本当にごめんなさい。もっと頑張ります。

 ……でも、心配したのに怒られるのはちょっと納得いかないと言うか。

 

 

「いいこと、オフィーリア? 貴女はとても――とても、屈辱的ですがこのわたくしよりも容姿が優れています」

「……私は、アゼリアの方が綺麗だと思いますが。月光を溶かしこんだような銀髪に、凪いだ大海のような瞳。極限まで磨かれた肌と、余分な肉の全くついていない身体。誰だってアゼリアに見惚れるでしょう。実際、私も初めて会った時そうでしたし」

「なっ……あっ」

 

 

 アゼリアちゃんはどうやら金髪に憧れがあるようなのだ。何かとおにーさんの容姿を持ち上げてくる。とはいえ、この世界の基準からすればおにーさんレベルなんてごろごろしてるだろうし。鏡で自分の顔を見ても、むしろ芸術品とか、そんな印象を受けて気持ち悪さすらあるから、嫌いなんだ。

 ……ああ、そういえば。この世界では歪みのない鏡というのは高級品だ。特におにーさんのように給金の大半が仕送りと服代(メイド服代)に消えている人にとっては手を出せるものじゃない。だから鏡を買い替えることなく態々離れた洗面所まで行っているのだが。

 

 

「……そういう話をしているのではなく! ですから、世の男共が考えることは一つなのです! 如何にして貴女を手籠めにするか、それだけです。それは国王陛下であっても聖人であっても変わりはないでしょう」

「でも、国王陛下ですよ? 年も離れていますし、側妃だって多くいますし、関係だって悪くありません。そういうお気持ちになることはあっても、実際に手を出すまではないでしょう」

「甘い、甘すぎますオフィーリア様! あれは結構なエロ親父ですよ! 私にすら色目を使ってきましたからね」

 

 

 えっ、そうなんだ。慕われているというのは勘違いだったか。おにーさんとしてはこれだけ可愛い子たちに囲まれたらそりゃ変な気持ちにもなるから仕方ないし、多少は許してあげて欲しいけど。

 ……うーん、ともすれば俺も危ない、のか? メイドたちに手を出せなくて、立場上色々と断りにくい俺を狙って……うん、ありえるかもしれない。

 

 

「……まあ、こういうわけですし。国王陛下とて一人の男なのです。オフィーリアも一度くらいはそんな経験があるのではなくて?」

「まさか。そんな経験ありませんよ」

 

 

 しかし、皆がそれだけ体験しているのに自分だけないというのは女として見られないくらいに魅力が感じられないということだろう。この分なら王様は警戒しなくていいんじゃないかな。いくら女が近くにいても全く興味もない奴には手を出そうとは思わないでしょ。

 

 

「大体、私と陛下の付き合いも長いですから。向こうからすれば娘のようなものでしょう。この前だって、『……思えば、そなたがここへ来てから随分経った気がする。昔と見違えるくらい成長したな。すっかり大人ではないか』というお話をされたくらいなのですから」

 

 

 ここへ来たのは……そう、13歳の時だ。俺ももう21。八年もの付き合いになる。娘扱いも頷ける。うん、だから女として見られていないわけではない。……いや、別に見てほしいわけではない。むしろ見ないでほしい。気持ち悪いから。

 

 ……おかしいな。なんで皆黙るの?

 

 

「……あのクソハゲ親父ィ! もう許しませんわ! 戦争です!!」

「アゼリア様! お供します! あのエロ狸のブツを叩きつぶしてやりましょう!」

「いえ、そこは切り落としてやるべきです!」

「焼きましょう!」

 

 

 ちょ、どうした!? おにーさんなんかやっちゃった!? このまま王様の逸物が被害にあうのを黙って見ているのは元男としてどうなのか。理由も分からないけど、とにかく止めなければ!

 

 

 

 

 なんとか必死の説得で止めることが出来たけど、王様はもっと気を付けるべきだと思う。……うん。おにーさんも今は(大変不本意ながら)女なわけだし、警戒しておこう。




感想ください

虹色の空間:そこを見ると永遠にワンコに追われる。鋭角駄目絶対。

おにーさん:享年28のおにーさんらしい。詳しいことは彼にも分かっていないが、死んだあと選択権なしにいきなり異世界転生させられ、女の子になっていることが発覚した。

インテリア:使えない鏡とメイド服だけ入ったクローゼットとベッド。

ダ〇キン:掃除会社。

鏡:ちゃんと反射するものは高い。そしてオフィーリアはお金の使い方が大変下手。なので鏡を買う余裕なんてない。実は一度もちゃんと自分の顔を見たことがない。

洗面所:オフィーリアの自室からは離れている。他のメイドたちが使用するための場所


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Day2(昼)

ただ見てるしか出来なかった人


 ――そのメイドを一目見て、恋に落ちた。初恋だった。

 当時13歳だった俺の前に突然現れたその天使はなんと王城付き女中――今はメイドか。メイドだという。聞けば同い年だというその少女、名をオフィーリアという平民上がりの女に、俺は心を奪われ、必死に接点を作ろうと努力してきた。

 

 彼女はなんでも出来た。知識も戦闘も、政治に関することでさえ俺は敵わなかった。恐ろしいまでの完全さ。なるほど神童とはよく言ったものだ。だが――俺は諦められなかった。今出来ないからと言ってそのまま諦める必要は無い。彼女だってよく言っていることだ。『進歩が無ければ衰退していくだけです』と。つまり進歩しなければ彼女との差はどんどん広がり、果てはどこの誰とも知れない男に奪われ――!

 

 

「あぁ嫌だ嫌だ! ちくしょう、あの子の身体に他の奴が触るなんて!」

「煩いですよ殿下。今なんの時間だと思ってんですか」

「ああ? 鍛錬だよ、剣のな! でもお前、俺が剣を振るう事態とかもう末期だから諦めたほうがいいと思うんだよ!」

「何ほざいてんですか殿下。口に【ロック】ぶち込まれたくなかったら腕を動かしてください」

「お前さっきから酷過ぎない!? 俺が真剣に悩んでるって時に! しかも主君、俺!」

「大体いつものことなんで慣れました。ついでに俺は殿下に忠誠は誓ってるとはいえなんでもかんでも従う訳じゃないですし」

 

 

 くっそなんだよコイツ。でもコイツはやるって言ったらマジでやる男だから大人しく腕を動かす。ただひたすら、理想の軌道を描くように剣を振るう。こんなことが役に立つのか、と思う。こんなことよりもっと勉強して知識をつけたい。確かに彼女は何でもできるが、どちらかというと戦闘寄りだ。だからといって頭脳面で敵うわけではないが。

 

 ちら、と隣で一心に剣を振る男を見る。名をロイという、これまた平民だ。いつからか王城には平民が増えた。まあ俺は貴族だの平民だの気にしないが。重要なのは使える(・・・)かどうか。頭の足りないひ弱な貴族のボンボンより知恵のある屈強な平民だ。

 その点ロイは平民生まれだが異様に剣の腕が立つ。どうやら師匠がいたらしい。どんな奴だったのかは教えてくれないが、師匠のことになると、いつもむっつりとしているコイツが笑顔になってちょっと気持ち悪い。

 

 

「……はぁ。そんなに好きなら好きだと言えばいいじゃないですか。殿下なら大抵の女性が受け入れてくれると思いますよ」

「おまっ、それが出来たら苦労しねぇっつの! あの子は今の俺なんかじゃ全然届かない高みに居んだよ! せめて何か一つでも同じくらいのレベルに達してないと怖くて告白出来んわ!」

「なんですかそれ気持ち悪い。ビビってるだけじゃないですか」

「ああん!? じゃあお前『師匠』とやらに告白できんのかよ!」

「ぶっ! なんでそんな話になるんですか! あんたが告白するのと俺が告白するのとは別の話でしょう!」

 

 

 段々俺たちの剣筋が雑になっていく。剣先はぶれ、重心がずれ、力が抜けていく。

 

 

「はっ、どうせ出来ないだろ。お前が告白したら俺だって告白してやる!」

「子供ですかあんた!」

「うっせ、ほっとけ!」

 

 

 あーもう。だめだなこりゃ。今日は集中できそうにない。一度汗を流してから執務をやることにしよう。……別に執務室の窓から見えることを期待してるわけじゃない。

 

 

「はぁ、はぁ……ロイ。今日はもう終わりだ。こんなんじゃもう出来ないだろ」

「誰のせいだと……しかし、そうですね。これ以上はやっても意味が無さそうだ」

「それでは、こちらをお使いください。湯浴みの準備は出来ておりますが、道中で風邪をひかれてしまわれては大変ですから」

「ああ、ありがとよ」

「すまない、助かる」

 

 

 背後から差し出されたタオルを受け取って汗をあらかた拭き取っていく。

 

 ……お?

 ちょっと待て。今タオルを差し出したのは誰だ。この訓練場にそんな気が利く奴なんているはずないし、そもそもさっき聞こえた声はとても聞き心地のいい――それこそずっと聞いていたいと思うようなアルテミシアの調とでもいうべき――可憐な声だった。

 

 ゆっくりと、ぎこちない動きで振り向くと――

 

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!?」

「ほあァァァァ!!!?」

 

 

 何故君がここに――!?

 蜂蜜のような金髪。エメラルドのような瞳。雪のように白い肌。そして暴力的なまでの――いや駄目だ! まだ嫁入り前の女性の身体を無遠慮に眺めるなど! お、おお、俺は欲には負けんぞ!

 いやいやいや、そもそもなんでここに君がいるんだ……オフィーリア!

 

 

「はて。そこまで驚くようなことがありましたでしょうか」

「なっ、なな、何故ここにィッ!? 君の担当場所は違うはずだろう!?」

「あっ、ああ! どうしてここにししょ――オフィーリア嬢がいるんだ!?」

 

 

 こてん、と首を傾げ、本気で分からなさそうにするオフィーリア。いや――彼女にしてみれば仕事をしたらいきなり驚かれたという形になるのか、これは。

 しかし担当場所の話を振ったところ、得心がいったようにぽん、と手を叩く。可愛い。

 

 

「国王陛下から何も聞かれてはいらっしゃらないのですね。(わたくし)、本日からアルフリード様の家庭教師役を仰せつかることとなりました。ですので本来の業務である清掃などは他のメイドに任せております」

 

 

 えっ……と、つまり。どういうことなんだ?

 

 

「おや、今のご説明では不足のご様子。……とはいえ先程申し上げたことが全てでございます。先日国王陛下からのご命令でアルフリード様の家庭教師をするように、と。私も人に教えることが出来るほどの知識を持っているわけではありませんし、一度はお断りしたのですが、どうしてもと仰られまして」

「……いや、それは分かったがどうしてここにいるんだ? 部屋で待っていれば良かったではないか」

「いえ、国王陛下からのご指示では『一瞬たりとも気を抜かないように一日中ついてやってほしい。何をしても構わないからあやつを男にしてやってくれ』とのことでしたし、私も本来の業務をしないというのは些か心が痛みますから、メイド業務も並行して行います。ですので、家庭教師兼専属メイド、とでもお考え下さい」

「専属メイド!?」

「はい。殿下のおはようからおやすみまでお側でお仕えする、専属メイドです。なんなりとお申し付けくださいませ」

「おはようからおやすみまで!?」

 

 

 ……おっ、親父ぃぃぃぃ!!!! ありがとう親父! でもいきなり過ぎるしハードすぎるよ親父! そっ、そんな、オフィーリアが常に俺の側で控えていて、常にあの身体が側にあるだなんて……かっ、考えただけでもう!

 

 

「ちなみに湯浴みの際もご一緒させていただきます」

「ううっ……! そういうことなら、分かった。この国でも一番と噂される頭脳を持っているオフィーリアにご教授願えるなんて、またとない機会だ。俺からもよろしくお願いする」

 

 

 俺たちが話していると隣で蒼白になっていたロイが割り込んでくる。今いい感じだっただろロイ! 向こうに行ってろよ! ……いや、やっぱりここにいてくれロイ! 俺一人じゃ緊張してうまく喋れない!

 

 

「……いや、それでは貴女の負担が大きすぎるだろう。国王陛下も酷なことをする。特に貴女は嫁入り前の若い娘なのだし、いくら殿下が世の男たちと違うとはいえ、一日中側に控えさせるなど襲わせようとしているとしか思えない」

「おいちょっと待て! この俺がオフィーリアを襲うとでも思っているのか!?」

「そうは言っていませんが、殿下だって男です。何かの間違いが起こるかもしれない」

 

 

 そんなことは……いや、正直あるかも、しれない。今の自分の下着の状況を考えれば反論できないのは事実だ。だが、ここで退いたら折角オフィーリアと仲良くなる(そしてあわよくばその先へと至れる)チャンスを逃してしまう――!

 

 

「ふっ……言うじゃないかロイ。なら俺にも考えがある。知識を吸収するこのまたとない機会を逃したくないのでな。俺はこの一週間――オフィーリアに手を触れないと宣言する!」

「正直に申し上げますと、私殿下よりも強いので。襲われた際は全力で抵抗いたしますからそのような心配はございませんよ?」

「オフィーリア嬢……そういう問題ではないでしょう! 貴女はもっと警戒心を持つべきだ! 大体前だって……っ、いえ、なんでもありません」

「いや、もう宣言したからな。俺はこの一週間オフィーリアには触れない。オフィーリアも俺には触れないでくれ!」

 

 

 まあロイのやつの危惧も分かる。あいつは良い奴だから、純粋に嫁入り前のオフィーリアが傷付けられるようなことがあってはならないと思っているんだろう。いくら俺が継承権第一位っていったって平民出のオフィーリアを正妻にすることは出来ないわけだし。

 彼女からすれば王族のお手付きになっても、口封じに小金を渡されて辞めさせられ、不幸な人生を送ることになるだけだ。あれ? そう考えたら俺が彼女と仲良くなってもその先へは絶対進めないんじゃね?

 

 ……嘘だろ?

 

 

「分かりました。殿下がそう仰るのであれば、私も決して触れませんし、触れそうになったら離れます」

「オフィーリア嬢……いいのかそれで」

「いいも悪いもありませんよ、ロイ様。仕事ですから」

 

 

 ――いや。ずっと、執務室の窓から働いている彼女を見るだけしか出来なかった俺が、すぐ近くで言葉を交わして、笑いあえるんだ。どれだけ願っても触れられなかったのが、望めば触れられる距離にくる。まだまだ彼女には何も追い付いていない、差だって縮まるどころか開いているような有り様だが……これはまたとないチャンスだ。

 

 

 ……親父。俺、頑張るよ。この一週間で俺は――男になる!




感想くれてもいいのよ?


剣を振るう事態:国が滅びかけとかでない限り彼が剣を振るうことはない

ロック:手のひらサイズの岩石を生成する魔法。結構大きいので口に突っ込まれると大変。なんにせよ王族にやることじゃない

戦闘寄り:ゴリラってわけではない

ロイ:なにやら秘密のありそうな平民出身の青年。剣の扱いがべらぼうに巧い。どうやら「師匠」とやらに懸想をしているご様子

訓練場:兵たちの訓練場。いつもはむさくるしい筋肉で埋まっているが現在は兵たちが出払っていたため三人しかいなかった

アルテミシア:美の神。とにかく美しいらしい。あと声が綺麗らしい。綺麗な音や旋律のことをアルテミシアの調~という慣用句で表現することがある。別に覚える必要は無い。

専属メイド:エロい。響きがエロい。何をやっても許されそうな気がする。気がするだけで実際にやったら翌日不審死を遂げることになる

おはようからおやすみまで:朝起こしてくれて夜は寝付くまで子守唄を歌ってくれます

ううっ……!:ついにやってしまった。

下着:早く洗いましょう

その先:ABCでいうとA+くらい

小金:ほんとに小金。生活していくにはとてもじゃないが足りない。

男になる:どのようにしてなるのかは不明


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Day2(夜)

そもそも見てすらいなかった人

12/19 内容に無理があったため修正
    勘違いの方ばかり考えてました。すみません。

    そもそもこの小説はTS物だからね……その辺きっちりやらないといかんよね。指摘ありがとうございました。


 ……今日から一週間、ストリエ王国国王が長男、アルフリードの家庭教師として働くことになる。正直に言うと物凄くやりたくない。王様は多分もう枯れてるくらいの年だからいいけど、長男のアルフリードは俺と同い年。気の迷いから襲われる可能性も十分ありえる。が、それはそれ。仕事だし、王命とあらば断わるわけにもいかない。

 ……え? 国王陛下と話していた時? なんのことか分からないな。

 

 

「いいですかオフィーリア! 絶対に、絶対に、ぜっっっったいに、二人きりになることは避けるのですよ!? 特に貴女は平民出身なのですから、もし子供が出来たりなんかしたら大変なことに……最悪殺されるかもしれないのですからね! ちょっと、分かっていますの!?」

「アゼリア様、全く聞いてません……」

「オフィーリアぁぁぁぁ!!」

「ですがアゼリア。専属メイドであれば二人きりというのは仕方のないことではないでしょうか。そしていくら男性が時に衝動的に女性を襲うこともあるとはいえ、私のような者を襲いはしないでしょう。ふふ、心配性ですね」

「うがぁぁぁぁ!!!!」

「おっ、落ち着いてくださいアゼリア様! 正直今のは殴っても許されると思いますけど堪えてください!」

 

 

 アゼリアちゃんは心配性に過ぎる。そもそもこんな出来の良すぎる人形みたいな容姿だ。なんかこう、不気味の谷現象が起きているまである。これでは興奮するような材料がない。

 ……あ、確かにこの胸は人によっては非常に好むかもしれないが。しかし普通の人はもう少し小さい方が好ましく思うところだろう。

 些かバランスの悪い体型に思えるくらい大きなこの胸のせいで、何かと苦労してきた。男からはエロい目で見られて不快な気持ちになり、女からは牛のようだとか言われてこれまた不快な気持ちになる。大きくて良かったことなど一つもない。夏場は蒸れて大変だし。

 

 

「殿下は大きい方が好みなのでしょうか?」

「は……? 何故今そんな話が出てくるのですか?」

「いえ、私の胸は少々育ちすぎていますから。これだけ大きいと、男性から見ても好みが分かれるところですし、殿下がそうでないなら心配いらないのではと思いまして」

「オフィーリア……貴女……」

 

 

 アゼリアちゃんが我が子を慈しむような表情で私の頭を撫でてくる。ここのメイドたちは皆いい子なので、誰一人として牛女とか、肥え太った豚のようとか言ってこない。優しい。……ま、こんな胸の女なんてやっぱり好かれないたたたた

 

 

「アゼリア、痛いです。私は頑丈なのでいいですが、子供にやるときはもっと優しくしないといけませ、何故強く!?」

「お黙り! 最近ちょっと表情が暗いと思ったらそんなアホなことを考えていたなんて……! これじゃ心配したわたくしが馬鹿みたいじゃありませんか! あと度し難いほどのアホですわね貴女!?」

 

 

 何故だ。おにーさんは真剣に同僚の未来を心配しただけだというのに。何が問題だったというのか。一向に皆教えてくれないし、もしかしておにーさんいじめられてる?

 アゼリアちゃんがようやく手を放してくれる。……危うく頭が割れて、おにーさんのおにーさんたる部分が出てきてしまうところだった。

 

 

「はぁ……とにかく! 二人きりにならない、身体に触れない、これはきっちり守りなさい!」

「ええ。肝に銘じておきます。私もむやみに男性を刺激するつもりはありませんし……では後のことは頼みます、アゼリアメイド長(・・・・)

「臨時、が付きますけどね。貴女はちょっと、いえ、かなり……いえ、もはや警戒心がないので気を付けるように」

 

 

 失礼だな、アゼリアちゃん。おにーさんは今でも男のつもりだし、男が女に対してどういった時にムラッとしてドプッとしたくなるかくらいは当然分かっている。とはいえそれも可愛い女の子に限るわけで。今のおにーさんの容姿は美しいとか、見事だ、という言葉は出てくるけど、それは人に対する思いではなく。ただの――芸術品を見た時の感想だ。早い話がもう人以下の被造物レベルでしかないと、そういうことだ。

 もうこれだけでほぼ心配はないというもの。むしろ心配なのは他のメイドたち。おにーさんよりも断然可愛くて綺麗(自分の顔を見ると吐く人の感想です)だというのに……

 

 と、いうことを考えつつ控室を後にし、王太子殿下のお部屋に向かう。全く我ながら見上げた社畜根性である。前世はこうじゃなかったっていうのに。……皆が言う通り警戒した方がいいんだろうか。でも、相手は王族なんだぞ? こんな人形みたいなやつ相手にするか?

 ……するかもな。逆に物珍しさとかで手を出してくるかもしれない。そして最後は虫を踏み潰すように捨てる、と。うん、ありえそうな気がしてきた。マジで警戒しよう。

 

 しかし辞めるわけにはいかないのが仕事というもの。とりあえず仕事はする。するけど、決して油断しないように。

 ……よし。王城はあまりにも広大なため、【ディメンションワープ】で移動する。移動が短く済むので便利な、そしてローコストという素晴らしい魔法だ。

 ……ん、いない? 仕方ない、先にここの掃除だけ終わらせてしまおう。

 

 ――おや、これは。

 

 

「やはりこの世界にもあるのですね……オタカラ(エロ本)

 

 

 しかし隠し場所として辞書を使用するのは如何なものかと。おにーさんはベッドの下に隠す派だった。いや、ベッドの下に隠されても困るか。掃除の際に邪魔だ。

 

 内容は……お尻か。結構ハードだ。しかも金髪巨乳モノ。あ、このページくっついていて剥がれない。もちろん、ナニが起きてそうなったのかは分かる。間に合わなかったのね。おにーさんもよくあったよ、うん。

 

 一瞬、母親のように机の上に纏めて置いておくという考えが浮かんだが、あまりにもえげつない行為に過ぎる。やめよう。……とりあえずこれは見なかったことにしておいてあげよう。ああ、殿下の名誉のためにこの秘密は墓まで持っていくとも。

 ……ただ、殿下のイメージが変わるのは否めない。アゼリアちゃんが正しかったみたいだ。王族といえども普通に男なんだな。

 

 ゴミ箱の中には、おや、意外にもないな。……おにーさんなんて悲しいことに、この身体を持て余して夜な夜な発散させているというのに。やはりそこは思春期といえど王族ということなのか。もうおにーさんの授業もいらないのではないか。いる? あっ、そうですか。

 

 ……こんなところか。後は時の流れを戻せば、よし。

 

 それにしてもどこにいるんだ? 授業をしなかったとなると怒られそうだからおにーさんとしてはすぐにでも戻ってきて欲しいのだが。むぅ、探しに行きますか。

 

 ああ、折角なのでこの前習得した【カレイドスコープ】を使ってみよう。

 

 

『あっ、あっ、あっ……お情けを、お情けをくださいませ!』

『ああ、くれてやるっ! 存分に受け止めるといい!』

 

 

 わお。いきなり衝撃の光景だ。次に行こう。

 

 

『……でだ、貴様らにはバーモンド家の当主を……』

 

 

 おや、悪だくみか。一応近衛か誰かに踏み込ませてみよう。次だ。

 

 

『ぶっ、ぶひぃぃぃぃ!! ボクはアリシア様の下僕でしゅ!』

『貴方のような豚なんていらないわ。けど、そうね。もっと可愛く鳴けたら考えてあげてもいいわ』

 

 

 一体この城はどうなっているのか。次だ。

 

 

『まずうちさぁ……屋上あんだけど、焼いてかない?』

 

 

 次。

 

 

『ああん!? じゃあお前『師匠』とやらに告白できんのかよ!』

『ぶっ! なんでそんな話になるんですか! あんたが告白するのと俺が告白するのとは別の話でしょう!』

 

 

 あ、ここか。さらさらとした赤髪と、紫紺の瞳。間違いなく長男のアルフリード本人に相違ない。その隣にいるのは、黒髪に青い瞳、それから――顔の右半分が火傷で覆われた青年。……ロイか。そういえば彼も王城に来ていたか。会うことも無かったし、忙しくて全然考えたこともなかったが。こうして実際に見てみると、うん。イケメンで大変腹が立つ。

 

 ああ全く、ここを見つけるまでに城の汚いところをいくつも見てしまった。この国、大丈夫なのか? ……とりあえず移動しよう。

 

 

「はっ、どうせ出来ないだろ。お前が告白したら俺だって告白してやる!」

「子供ですかあんた!」

「うっせ、ほっとけ!」

 

 

 ほう、ロイが告白。……無理だな。そいつにそんな甲斐性はない。というか駄目駄目だ。剣を振っているのではなく棒きれを振り回しているだけだぞ、それ。もう一度ヒノキの棒を振るところからやり直せ。

 

 

「はぁ、はぁ……ロイ。今日はもう終わりだ。こんなんじゃもう出来ないだろ」

「誰のせいだと……しかし、そうですね。これ以上はやっても意味が無さそうだ」

 

 

 おや、もう終わりか。もう少しやっていてもいいんだぞ?

 ……まあ、それでは怒られてしまうし、ちゃんと務めを果たそう。あ、タオルを用意しとくか。ちょっと時間をくれ。

 

 はい。

 

 

「それでは、こちらをお使いください。湯浴みの準備は出来ておりますが、道中で風邪をひかれてしまわれては大変ですから」

「ああ、ありがとよ」

「すまない、助かる」

 

 

 お、どうやらおにーさんのことには最初から気付ていた様子。やはり王族ともなると凄いな。おにーさんの使える魔法程度は全て覚えていそうだ。流石王太子殿下、略してさすでん。使い道がないか。

 ロイのやつも、あの頃と違って成長した様子が見受けられる。まさかおにーさんの気配を察知するとは。これなら甲斐性も期待出来るかもしれない。殿下の告白も近いぞ。

 

 ……いや、やっぱり気付いていなかったらしい。しかも二人とも。ロイなら分かるが殿下は分かってなきゃいけないだろ。

 しかも驚いたとはいえ声が裏返るほどか。ロイも、驚いてボロが出そうになってるし。はっはっは。まだまだあの可愛らしい少年時代から抜け切れていないようだな。

 

 まあそんな話はどうでもいいので、殿下にどういう経緯でここに来るまでに至ったのかを説明すると、やたらと専属メイドという単語に反応した。まるでエロいことを覚えたての頃の中学生のように。……それは言い過ぎか。でもこんな過剰反応されるとちょっと、こう、気持ち悪いな、と思ってしまう。

 

 そう、専属メイドだ。この響きだけでもなんだかエッチな専属メイドだ。おにーさんじゃなくてアゼリアちゃんなんかが専属メイドの方が嬉しいとは思うが、我慢してくれ。アゼリアちゃんが専属になったら絶対襲うだろうしな。チェリーエンペラーめ。ま、おにーさんも金髪巨乳だし。我慢しろ。

 ……あれ? もしかして殿下のストライクゾーンだったりする? いやいやまさか。ははは。

 

 さり気なく殿下から距離を取る。

 

 ああ、そうだ。おはようからおやすみまでついていなきゃいけないから、当然風呂だって一緒に入るんだ。……絶対襲われる。二人で風呂なんか入ったら絶対、もう秒で襲われる。

 まあ、やることはそんなにないし。お風呂で一緒にいる、とか危ないし。……前尻尾は自分で洗ってくれ。誰かの前尻尾を触るとか、考えただけで吐きそうだ。

 

 ……でも、この身体のままでいれば絶対にいつかは避けて通れない道だ。まさかこんな世界で女の子同士、なんてことが許されるはずもないし。このままいけばいつかは結婚しなきゃいけなくなって、そしたら子供を作るのは自然な流れだ。それもそう遠い未来ではない。はぁ、憂鬱だ。

 

 

「……いや、それでは貴女の負担が大きすぎるだろう。国王陛下も酷なことをする。特に貴女は嫁入り前の若い娘なのだし、いくら殿下が世の男たちと違うとはいえ、一日中側に控えさせるなど襲わせようとしているとしか思えない」

「おいちょっと待て! この俺がオフィーリアを襲うとでも思っているのか!?」

「そうは言っていませんが、殿下だって男です。何かの間違いが起こるかもしれない」

 

                                                          

 ――あのロイが、こんなに立派に。驚きだ。感動だ。おにーさん、泣いてしまいそうだ。まあ表情筋は全く動かないのだが。この人形めいた姿が一層熱を感じさせないのは、表情筋が動きにくいせいもあると思う。そのせいで精巧に作られた人形感が増すのだ。

 それはそれとして、おにーさんが殿下風情に襲われるとでも? これは一度おにーさんの実力を思い知らせる必要があるかな。

 

 殿下がなんかアホなことを宣言しているが、その宣言に意味なんてなかろうに。守らなくたって殿下の名誉が少し傷つくくらいだし、そもそもこんな平民たちがそういう宣言をした、と言ったところで信じてもらえるほど甘い世界じゃない。

 ……んん、アゼリアちゃんが言っていた通りに接触と二人きりになることを避けるのは必要だろうけど、どうすればいいだろうか。あまり他の人に迷惑はかけたくない。

 

 

 まあ、おにーさんだってまだ心は男だし、危険なときくらい分かるし、撃退できる力もある。なんとか出来るだろう、きっと。




本当はちゃんとクトゥルフが設定的に絡んできます。でも今はまだ出てこない。


身体のバランス:黄金比。彼女がそれを知るのは鏡を手に入れた時。

おにーさんのおにーさんたる部分:つまり脳みそである。彼としての記憶などが残る脳は重要。感覚的には人形を動かしてるくらいの気持ちなのでなおさら。

ムラッ:あれだよ、あの……授業中にいきなり起こるあれ

ドプッ:で、出ますよ

ディメンションワープ:どんなところでも移動できる究極の移動魔法。しかも回数、一回の人数などに制限がないため、これ一つで世界の覇権を握れたりする。我らがメイド長にかかればただの便利道具扱い。しかもただのワープの方がよほどローコスト。お金だけでなく魔力の管理も駄目駄目

オタカラ:パレスの奥にある。……違う。男なら大体一度は手にしたことがあるもの。ところによっては交換が起きたりする。

母親:いともたやすくえげつない行為をしてくるスタンド使い。隠してあったはずのエロ本がいつの間にか机の上に置かれているというスタンド攻撃をしてくる。精神的にリタイアする。

カレイドスコープ:どこでも見れる。並行世界も見える。おじいちゃん。あと四枚くらい凸したい。

お情け:ナンノコトデショウネ

バーモンド:カレー作りそう

ぶひぃ:飛べねえ豚は……

アリシア様:実は割と重要人物である

屋上:焼いてかない?

火傷:色々と過去があるようです

ヒノキの棒:どんな勇者も大体この武器から始まる。男子高校生も一度は握る聖剣

さすでん:使い道がない

ストライクゾーン:王太子も、まさか本人に確認されているとは思わないのであった。

前尻尾:男ならついている。でも尻尾です。前についていても尻尾です(真顔)

表情筋:彼は自分が結構人間味のある顔をすることを知らない。鏡で見たことがないからだ。

なんとか出来る:そういっている人は大抵出来ない。


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Day3~10(昼)

ヘタレる人


ご指摘ありがとうございました。この作品の重要な要素であるTSという点を確認しなおし、書いていきたいと思います。

あと事前に言っておきます。この話はエロいです。そしてアホです。


1日目

 今日は一日オフィーリアに授業をしてもらった。授業をする関係上、人手が欲しいといって彼女はメイドを一人呼んでいた。残念な気持ちが半分、感謝が半分だ。正直彼女と二人きりでずっといるなど、耐えきれなくて昇天する。

 

 掃除などを呼んできたメイドに任せ、彼女は授業を始めた。彼女の博識さには驚かされるばかりで、分かっていたことではあるが、俺がいかに勉強不足であるかが身に染みて分かった。これではオフィーリアに認めてもらうどころか、王になる資格すらない。より一層、勉強しなければ。

 

 授業が終わっても、俺はオフィーリアにいくつも質問した。彼女は嫌そうな顔一つせずに懇切丁寧に教えてくれる。しかし一体、彼女はどこで勉強したのだろう。平民である彼女がここまでの知識を身に着ける手段はほぼないに等しい。聞いても薄く笑うだけで教えてくれないが……実はどこかの貴族の娘だったのではないかというのが今の予想だ。

 王族である俺よりも豊富な知識量、高い戦闘能力、それらは平民では得ることの出来ないものだ。知識は財産であり、それゆえに知識を纏めたものである本は貴族の間で交渉材料として扱われるほどに貴重なもの。オフィーリアの口ぶりからほぼ全ての、いや、全ての本を読んでいることが窺えるわけだが、そんなに蔵書量のある貴族家など限られている。

 

 とすれば彼女は――どこかの大貴族の秘蔵っ子、あるいは……隠さなければならないような生まれの子供だったか。なんていう予想をしてみたのだが、どうだろう。結局考えているうちにそのまま寝てしまった。

 

 

2日目

 今日も一日授業をしてもらった。政治、経済、それから「シャカイ」という新しい概念。時々彼女の口から飛び出す言葉はどこか異国の物のような感じを受ける。異国の知識も取り入れていると、そういうことなのだろうか。

 

 教えてもらった「シャカイ」という概念では、この国の国民がどう生きているか、どんな問題を持っているのか、そういったことを分かりやすくするための方法などを扱った。これには自分が恥ずかしくなった。真実国民のことを考えているのだ、彼女は。それに対して俺は自分のことばかりで、王としての責務などをちゃんと考えていなかった。彼女は真剣に向き合ってくれているというのに。情けない。

 

 ……国と言えば。何故彼女はこの国の、この王城で働いているのだろう。彼女なら引く手あまただろうに、わざわざここにした理由が分からない。まさかなんとなく、なんて理由なはずもないし、もしかしたら何か事情があるのかもしれない。

 ……そういえば、彼女についてはほとんど分かっていない。平民出身だということ、この王城にきてからのこと、ただそれだけだ。もっと、彼女のことを知りたい。明日聞こう。そう考えながら眠りにつく。

 

 

3日目

 今日も一日授業だ。彼女のことを聞こうと思うのになんとなく聞き出せず、授業のこと以外は何も話さないまま一日が終わってしまった。いざ何か話そうと思うと、緊張で口が動かなくなるのだ。おかげで知識だけが増えていく。彼女との距離は縮まらない。

 話そうとして口を開けても、話題が見つからない。結局今日はいい天気だなとか、そんなくだらないことしか言えない。そもそも曇りだったし。

 

 ああ、もっとうまく喋れればいいんだけどな。なまじ彼女の纏うオーラが強すぎるせいで、どうしても気圧されてしまう。

 

 ……最近は彼女がすぐ近くにいるせいで処理できずにいる。でも近くにいるから溜まる。悪循環だ。どこかで放出したい。トイレで処理しようにも、あまり長くいると心配される。夜しようにも、同じ部屋で控えているからどうしようもない。

 

 おかげで常に臨戦態勢のままだ。こんな状態で彼女が傍にいたらどうなるか分からない。禁欲のせいで落ち着かない。

 

 

4日目

 今日も授業だ。今日は数学だった。三次関数は訳が分からない。いつ使うのかも分からない。でも投げ出すところや出来ないところを見せられないので必死で取り組む。なんだか逆に集中力が増してきた。いける、いけるぞ。

 

 今ならどんな問題も解けそうな気がする。見ててくれオフィーリア、君の心という難問も解き明かして見せる!

 

 それはそれとして彼女が動く度に漂ってくる花のような香りが思考能力を奪っていく。今すぐにでも放出したい。ズボンを下ろして天を指すこの性剣の力を解放したい。オタカラ(エロ本)などではない、リアルな彼女がそこにいて、動いている。それだけで辛抱堪らなくなってくる。

 すぐにでもベッドに押し倒して襲ってしまいたい。……いや、許されるのでは? 俺王族だし、王太子だし。彼女は専属メイドだ。……いいんじゃね?

 

 ――いや、駄目だ。落ち着け。今何を考えていた……一度顔を洗ってこよう。心なしか、オフィーリアが応援として呼んだメイドからの視線が冷たいような気がした。

 

 

5日目

 今日も授業……ではなかった。王たるもの、知と武の両方を修めるべきということらしい。古代の賢人、エンツィの『真王論』で語られる王のあるべき姿とは、ということを説明しながら剣を振らされた。殿下だけに振らせるわけにはいかない、とオフィーリアも剣を握った。

 

 ――凄かった。いや、剣筋が見事なのはそうなのだが、そうではなく。サポーターをつけているはずの胸が、たゆん、と揺れた。思わず前かがみになった。俺の邪な視線に気付かず、彼女は次々と流麗な剣舞を見せてくれた。そして見事な胸の揺れ方も。正直これだけで十分イケる。この数日間溜まりに溜まっているということもあって、もはや想像するだけでも達してしまいそうだ。

 

 この光景を目に焼き付けよう。焼き付けて、この素晴らしい日々が終わり、一人になった瞬間に全てを放出するのだ。これまでの数日でも十分に材料はあるが、今日のは格別だった。

 

 

6日目

 今日は授業だ。昨日は興奮で眠れなかった。身体のうちで滾る熱をどうにもできず、悶々と夜を過ごした。ちらり、と気付かれないように彼女を見たところ、彼女は休まずにずっと立ったままだった。これでは何も出来ない。……いや、何かするつもりだったわけじゃないが。

 

 今日学んだのはこの大陸の歴史だった。だが、ただ歴史だけを学ぶのではなく、政治、経済、それから「シャカイ」、地理も合わせた形での授業だった。なんというか、もうすぐ終わりなんだな、と思う。総集編みたいな授業だ。

 しかし授業を受けながら俺が考えていたのは、今すぐにあの身体に触れたいということ、それだけだった。目の前にある女体は身体が震えるほど魅力的で、思わず手が伸びかけては太ももをつねって我慢した。

 

 寝不足と禁欲による衝動で、授業など聞いてはいなかった。もはや性剣はズボンの上からでも分かるくらいに存在を主張し、痛みすら覚える。こんな状態で授業を聞けという方がおかしい。ついでに我慢しろというのもおかしい。

 

 そうだ、俺は王族なんだ。王族なら大半のことは許されてしかるべきではないだろうか。手を伸ばせば触れられる距離に、オフィーリア()がいるんだ。やらなくてどうする?

 

 

 

 

 ……はっ!? 俺は今、何を考えていたんだ。思考に靄がかかって何も考えられない。ああ、出したい。

 

 かゆ、うま……

 

 

7日目

 ……今日で終わりか。

 結局仲良くなるどころか話しかけることすら出来なかった。自分のヘタレさには呆れしか浮かばない。

 いや、そんなことより。ようやくだ。ようやく……終わる。今日が終わって彼女がここを離れたその瞬間に――俺は全てをぶちまけるつもりだ。

 

 

「殿下。顔色がよろしくないようですが」

「……いや、なんでもない。最後の授業、だな。よろしく頼む」

 

 

 ……ああああ!!!! 今すぐ出したい! めっちゃ出したい! くっそなんでこんな状況になってんだよ親父! メイドに手を出したら問題になんだろうが親父ィ! うがああああ!!

 

 ……はー、もうなんでもいいから早く出したい。ヌッとしてドプッってしたい!

 

 

「……ですので、絶対的な権威、というものはございません。それは王であっても例外でなく、王というシステムは国民たちによって維持されているとご理解ください。だからこそ、殿下は国民のための政をしなければなりません」

「……なるほどな」

 

 

 終わりか? 終わりなのか? ならさっさと出ていってくれると助かるんだが!

 

 

「――ふぅ。お疲れさまでした。本日の授業はこれで終わりです」

「……そ、そうか?」

「ええ。私の家庭教師も、これにて終了でございます。……七日間、ありがとうございました。では、失礼いたします。行きますよ、リリア」

「……はい」

 

 

 ――よ、っしゃぁぁぁぁ!!!! これで! ようやく! この溜まりきったものを放出出来る! フゥー!!!! ああ、生きてるって素晴らしいな! 

 

 オフィーリア達が出ていくのを今か今かと待ちかまえていたところで、オフィーリアがペンを落とした。

 ああ、だがそれを拾うのを待っているくらいは余裕だ。さあ早く拾って出て行ってくれ……?

 

 ――彼女がペンを拾おうと屈み、その大きな胸が押しつぶされて歪んだ。

 

 

 

 

 その光景を見た瞬間、脳裏にスパークが飛び散り。俺は全てを出し切っていた。




感想くれると私の速度がアップしたりします


隠さなければいけない生まれの子供:残念不正解だ

シャカイ:現代社会。いや、中世社会なのだろうか?

オーラ:武装色かもしれない

臨戦態勢:スタンダップ!

性剣:男なら誰でも持つ聖剣にして性剣。卑猥は一切ない。

エンツィ:古代の知識人。あんまり人気は無い。王様とはどうあるべきかを説いたが、理想論的に過ぎたため見向きされない

真王論:広辞苑くらいの本。人気は無い

サポーター:大胸筋サポーター

かゆうま:全ての始まり。ラクーンシティは滅ぶ

ヌッ:ヌッとすること

ドプッ:ドプッとすること


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Day3〜10(夜)

限界の人

12/24 大幅に修正
昇華は消化の誤字ではないです。保健体育の教科書にも載っているあれです。防衛機制だったかな。


1~7日目

 正直に言うと、やっぱり怖さを感じていた。いや、襲われるかもしれないという点についてはあまり怖くない。そもそも現実感というものが希薄だからなのか。警戒心が足りないと言われる所以もその辺りに起因しているのかもしれない。

 今まで身体に痛みを覚えたことがないということも、自らの身体への危機というものに鈍感な理由の一つかもしれない。幼い頃はこれは本当に自分なのかと、遠くへ旅立ってしまった息子によく思ったものだ。

 今? ……ある程度の折り合いはつけられた、とは思う。けど、未だに現実感というものは希薄なままだ。

 

 では、何が怖いのか、というと。多分、俺は真実を、現実を、直視することが怖いのだと思う。実はおにーさんには前世で死んだときの記憶がないのだ。だから、未だに実はこれが夢なのではないか、向こう(・・・)に自分の身体はまだあるのではないか、と……そう思ってしまう。

 いや、分かってはいるのだ。神と思しき存在に、『君は死んだよ。老朽化して落下してきた看板に圧し潰されて、ピンク色のペーストになってね。……そこで相談だけど、もう一度人生をやり直してみないかい? ボク達は君のゾンビめいた生き方にとても興味を抱いていてね。その生き様を面白おかしく見ていたいと思ったのさ。もちろん、チート、だったかい? あれも付けよう。……まあ、相談と言いつつそもそも拒否権はないんだけどね!』と言われたのだから。記憶がなくても、実感がわかなくても、おにーさんは死んだのだろう。

 

 けれど――だからこそ。実は騙されているのではないか。ただの夢なんじゃないかという思いも強い。だから、実際に今ここにいる自分が生きているのだと、ちゃんと存在しているのだと認識してしまうことが……どうしようもなく怖い。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 まあ、それはそれとして。流石に何度もアゼリアちゃんに言われていたわけだし、殿下のストライクゾーンに入っている可能性があるともなれば、流石におにーさんも身の危険を感じる。二人きりにならないために、苦肉の策としてメイドを応援として一人呼んだ。リリアちゃんにお願いしたところ、泣きながら引き受けてくれた。『あのメイド長が……』ってどういうことだ。おにーさんが普段皆からどう思われているのか大変気になる。

 

 とかく、二人きりにならない、触らないを徹底し、時にリリアちゃんから警戒心が足りないと叱られながら、授業を進める。しかし、流石は王族というべきか。全く不埒なことを考えていない様子だ。やはり皆が言っていたのは考え過ぎだったのでは? と思う。そもそも、おにーさんがストライクゾーンからかけ離れている可能性もある。……いや、リリアちゃんほどの美少女メイドがいるのに反応しないのもおかしいか。やっぱりこれは王族が故と考えたほうが……いや待て。

 思わず二度見してしまうくらい衝撃的な光景を目にしてしまった。

 

 殿下の、その……股間が。つまりは性剣だが。ズボンを突き破らんとばかりに天を指している。これにはおにーさんも驚き、つい我が身を庇ってしまった。だって……勃っているんだぞ? これはもう襲われるのも秒読みレベルなのではないか。ムラムラしている時はそんなに可愛くない子でも可愛く見えたりするものだし。おにーさんにも経験がある。恐らくはリリアちゃんに反応したんだろう。だっておにーさんは男が反応するようなことはしていないもの。

 

 ……ついでにリリアちゃんに部屋の掃除を任せてしまったせいでアレ()のことがバレてしまった。なんということでしょう。必死であれが男性にとってどれだけ大切な物か懇切丁寧に説明したお蔭で、ギリギリのところで殿下の名誉は保たれた。……嘘だ。殿下がお尻好きの変態だということはバレてしまった。ごめん。

 

 とりあえずスポーツで昇華出来ないかとおにーさんも一緒に戦闘訓練をしたのだが、むしろ逆効果のようで、さらに存在感が増していた。なぜだ。女の子が側にいるという事実が彼をそうさせているのか。まさか王太子ともあろう人が童貞でもあるまいし。

 

 さて、こうなると流石に危険だな、という思いも強くなってくる。だってその日の晩にこっちをチラチラ見てくるんだもの。きっと今彼の中ではあまり可愛くない女の子とヤルかヤラまいかでせめぎ合いをしているのだ。大変なことになった。おにーさんも男として禁欲時の衝動は分かっているから、彼がこっちを見てくるのは、まあ。分からなくはないが。その欲を向けられる側としては勘弁してほしい。

 

 やっぱり一発処理させた方がいいよな。すっきりしないとどんどん変な方向へ意識が行くもんだし。よし、外に出よう――と思ったのだが。逆の立場だったらと考え、ふと思う。自分の股間事情を女の子に慮られたら……と。

 

 気まずい。

 非常に気まずい。

 

 行為の最中に見られるのも気まずいが、これからそういうことをする、と気付かれているのもかなり気まずい。自分がごそごそやっている時に、『あいつ今頃ナニしてるんだよ? キモくなーい?』と言われるわけだ。うん、最悪だな。

 

 とすれば……気付かれないようにさり気なく出ていく必要があるか。こういう時も便利な魔法【ワールドイズマイン】がある。簡単な話、時を止めて出ていけば気付かれない。ふふ、おにーさんは気遣いが出来る大人なんだ。

 

 次の日の殿下の性剣が恐ろしいことになっていた。何故だ。すっきりしたんじゃないのか? なんだ、どういうことなんだ。まさか……すっきりしてなおアレだというのか!? だとしたら、だとしたら、だ。

 

 ――なんという性欲モンスター。王族のムスコは化け物か!? 噂通りならエロ親父の国王の息子だし、やっぱり血は争えないと、そういうことなのか!?

 おにーさんはここ数日の疲れと寝不足で、もう猫を被るのも辛くなってきたというのに。

 

 ……もう、ゴールしていいかな。おにーさん疲れちゃった。本当に疲れるとメイド長というか、オフィーリアとして取り繕うことが出来なくなって昔の感じが出てきてしまう。

 

 昔はよかったなー男言葉使ってても誰も変だとか言ってこないし、近所のおじさん達に囲まれて可愛い可愛いってちやほやされながら親がやってた飯屋のホール回すのも楽しかったし、面白い男友達もいたし、毎日が楽しかったんだよな。

 いや、ここでの生活が楽しくないわけじゃないけど、プライドの高い貴族様にはいじめられるわ、何かと大変な仕事内容だわ、王様に会わなきゃいけなかったりして心労が溜まるわ……はぁ。

 

 仕事……辞めようかな。アゼリアちゃんたちには悪いけど、やっぱり楽しく生きれることが一番だし。いっそのことこのままおにーさんとしての部分を曝け出して辞めてしまってもいいかもしれない。

 

 

 ……いやいや、まだだ。まだいけるはずだ。中身ダメ男だとバレたら大変なことになるだろ。頑張れ、頑張るんだ私、いや、俺!

 

 ここまで来たら気合だ。気合で乗り切れ。相変わらずどころか更にメガ〇ンカを遂げた殿下のディ〇ダを極力意識から外しつつ、形式上の授業を最後まで――そう、最後までだ。間違っても範囲を残したまま終わりにするなんてしてないヨ。

 

 最後まで終わらせて退出しようとしたところで、ペンを落としてしまった。所詮安物のペンだから別に無くしても構わないが、そういうわけにもいかない。それを拾うべく屈み――そして、見てしまった。殿下のズボンがナニカで濡れていく瞬間を。

 

 ああ――なるほど、と。男だったが故に、一瞬で何が起こったのか分かった。理解してしまった。なんだか逆に優しい気持ちになりながら、そっと見なかったことにした。うん、おにーさんは何も見なかったよー。ゆっくり後処理すれば、おっと何も見てないんだった。

 

 

「……リリア。行きましょうか」

「あの、メイドちょ、オフィーリア様? なんで押すんですか? ちょ、待ってくださ、あああ」

 

 

 さりげない動きで、されど力強く押し出していく。

 

 

「オフィーリア様? どうしたんですか?」

「リリア、お疲れさまでした。急な話だったのにも関わらず、よくやってくれました」

「ありがとうございます。……何かあったのですか?」

 

 

 何もないよ。ただ……疲れただけなんだ。少しだけ羽を伸ばしたい気分なんだよ。今回の仕事の分の給料が入ってくるから、お金もある程度使えるし。誰も「オフィーリア」を知らないところで、というよりおにーさんでいても怪しまれない所でゆっくり過ごしたい。

 

 

「いえ、特にはないのですが。ただ……少しだけ、今回の件は疲れました。私は数日ほどお休みをいただくことにします。リリアも疲れているなら、そうするといいでしょう」

「オフィーリア様が、疲れた……? まさか、そんな。今まで一度だってそんなことはなかったのに……?」

 

 

 ただ一人で遊びに行くのも詰まらんし……そうだな。ロイでも誘って遊びに行くか。あいつ今どこにいるんだ。訓練所か。よし、さっさと休暇申請してロイのやつを拉致って街に繰り出そう。

 

 

「……いえ、まさか。これは何かの隠語……? 誰かに聞かれる心配があって、聞かれてはまずいこと? だめ、判断材料が足りないわ。情報が欲しい」

「ああ、それから。いつも通りの業務に戻るなら、時間に気を付けてください。特に休憩の時間なんかは忘れてしまうかもしれませんし、心配ならアゼリアや他のメイドに気にかけてもらうといいかもしれませんね」

 

 

 専属メイドは大変だった。休憩のタイミングとか全然なかったし、いつもは仕事しない時間から動いていたから、いつも通りの業務に戻っても早く起きたりしちゃうかもしれない。リリアちゃんはそうならないとは思うが、一応ね。

 

 ……それだけが大変な理由じゃないけど。まさかあんなこと(股間)になるとは。いや、もう忘れよう。あのことは記憶から抹消するんだ。

 

 

「私、分かりました。オフィーリア様の足を引っ張らないように頑張りたいと思います!」

「……? では、お願いします」

 

 

 

 

 さてと。どこに遊びに行こうかな!




次回はデート回だ

老朽化して落下してきた看板:実際あったら恐ろしいところの話ではない

ピンク色のペースト:原型を留めない肉塊

ゾンビめいた生き方:一体どんな生き方なのか、私気になります!

チート:ズルのこと。ゲームなんかではよく言われる。最近の異世界転生とかは大体この要素が混じる。そしてハーレム。

あのメイド長:純粋無垢な子供の如きメイド長に警戒心らしきものが芽生えた

美少女メイド:お前一回鏡見てこい、と思うかもしれないが、笑わないと不気味の谷に入ったドールに見える。気持ち悪い。というか怖い。

お尻:普通は使わない。海外では普通らしい

昇華:欲求不満に対する防衛機制の一つ。詳しくは保健体育の教科書を読もう

股間事情:普通女の子に溜まってることを悟られて気まずそうに席を外されたら死ねる。そういう世界が開けている人もいるかもしれない。

気遣いが出来る大人:ただアホなだけだ。時を止めて出て行ったら本当に気付かれない

性欲モンスター:なんとも不名誉な勘違いである

王族のムスコは化け物か:連邦のモビ〇スーツは……

近所のおじさん:飲んだくれの親父

メガ〇ンカ:姿が変わる。私はメガガブ〇アスが好きです

ディ〇ダ:地面に埋まってるやつ。よく地面に埋まってる部分がムキムキに描かれたりする。

ナニカ:ケフィアとも

オフィーリア:必死に作り上げてきたメイド長としての姿

隠語:勘違いです


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Day11(表)

はしゃぐ人

長いぞ


 リリアちゃんと別れ、意気揚々と訓練場を襲撃して、他の騎士に混じって剣を振るロイを街に誘ったところ、彼はやや間を空けてから頷いた。

 この時に他の騎士たちに凄く見られていたのは多分、普段は城内の清掃で姿を現さないメイドが出てきたことにあるのだろう。メイドというのはある種のアイドル的な存在になりつつある。一般男性がメイドと結婚とかした日には嫉妬と怨嗟にさらされるだろう。

 おにーさん自身はアイドルグループでいう所の他のメンバーを目立たせるための『ちょい可愛いかな……? いや、やっぱ普通だわ』くらいの立ち位置にいる。けれども、そもそもメイド服を着たメイドが出てくるということがそうないことだし、騎士団というのはむさ苦しい男で溢れた空間――つまり女に飢えているということもあってあんなに凝視されたんだろう。

 あまり気分が良いとは言えないが許す。おにーさんも多分あんなところにいたらそうなるし。でも前尻尾は勃てないでください。

 

 まあそんな騎士団員たちの視線を受けながら自室に戻り、さあ着替えようという段階で一つ気付いたことがあった。それは――誰かとどこかへ出かけるという体験がオフィーリアにはなかったということだ。小さい頃はずっと両親の経営する店の手伝いをしていたし、大きくなってからもメイドの仕事が忙しくて休みを取ることがなかった。まあ別に買いたいものがあったわけじゃないということもある。外食? そんなものより自炊した方が安上がりだろうが!

 

 まあ、だからというわけじゃないが。実に遺憾なことに――着ていく服がないのだ。おにーさんが持っているのは数着のメイド服(うち一着は修繕作業中)だけ。この城に来た時に着ていた服? 胸の辺りがきつくなって一月もしないうちに着れなくなった。悲しい。

 

 

「……で、わたくしのところへ来たと?」

「そうなりますね」

「……このお馬鹿! どうして服を買いに行く服すらないんですの!?」

 

 

 そりゃ必要性を感じていなかったからだ。というか普通に買ってたらおにーさんの財布が薄くなるどころか無くなってしまう。悲しいことに、成長期(だったと信じたい)のためか、やたらと服が着れなくなるペースが速く、服代は結構馬鹿にならないものだった。メイドになって制服が手に入るようになってからは段々と面倒くさくなって買わなくなっていった。

 結果として、服がなくて買いにいくための服もないという悲劇が起きてしまった。いや、これは誰のせいということでもない。ただそうならざるを得なかった。これは……そう。社会が悪いのだ。

 

 

「全く……今回はわたくしの服を貸してあげますから、次からは……どうしたのですか?」

「いえ、その……すみません」

「何故謝ったのですか!? それもわたくしの胸を見て、申し訳なさそうに! 言っておきますがわたくしくらいが普通なのです! ですから、ですから……その顔をやめなさいな!」

 

 

 僅かに膨らんだ胸を両手で隠すようにしているアゼリアちゃん、面白くて可愛い。顔を真っ赤にしてプルプルと震えながらおにーさんを睨む姿は思わず抱きしめたくなるほど可愛い。妹にしたい。むしろ嫁にしたい。……本当になんで女に生まれたんだ、俺。

 

 

「……はぁ、でも、実際そこが問題ですわね。あなたのようにそれだけ胸が大きくてお腹周りが細い人なんてそうはいませんし……どうしましょうか」

「あれ? オフィーリア様とアゼリア様、何をされてるんですか? 今は……あっ、例の件ですね! すみませんでした」

「例の件……? いえ、そんなことよりも聞きなさいリリア。この子ったらメイド服以外の服を持っていないのですよ!? 信じられませんわ!」

「えっ……!?」

 

 

 開いていた扉から覗き込んできたのはリリアちゃん。恰好からしてもう寝るところだったらしい。可愛らしさの欠片もないシンプルな寝間着が逆に可愛らしい。

 そして、全く……と腰に手を当ててやれやれと首を振るアゼリアちゃん。うーん、しかしこうなるとアゼリアちゃんに相談したのはミスだったかなぁ……でも他のメイドだと萎縮しちゃうし。結局アゼリアちゃんに相談することにはなってたと思うけど。やっぱり胸がなー、ちっちゃいからなー、借りれないしなー、困っちゃうなー。

 

 

「なんですの!?」

「いえ、何でもないのです。ただそうすると、どうしようもありません。ここはメイド服のまま行くしか……」

「このお馬鹿! どこに仕事着のまま出かける女がいますの!? あなたはもう少し自分がどう見られるか考えなさいな!」

 

 

 ……う。とはいえ、前世では仕事以外にやりたいことがなかったから、職場に着ていくスーツ以外何も持ってなかったし、休日は休日で泥のように寝てたからなあ。服に無頓着なのは前世からなんだよな。これは根深い。

 

 

「えー、と。この時間ですと、もうお店は閉まってますよね? ……どうするのですか?」

「体格の近い子に貸してもらおうかと思ったのですが……難しいですね」

「そもそもメイド長ほどの身体つきの子はいませんし」

「やっぱりメイド服で……」

「それはおやめさないな」

 

 

 こうなったらもう、あの手段しかないか?

 

 

「オフィーリア? 何を?」

「いえ、こうなったらもう仕方ありません。自分で作りましょう」

「なっ!?」

 

 

 そうだよ。何故今まで思いつかなかったんだ。布自体はアゼリアちゃんが持ってるし、自分で作った方が安上がりじゃないか。究極の倹約方を見つけてしまったな……

 と、我ながら自分の天才さ加減に頷いていると、アゼリアちゃんとリリアちゃんに肩を掴まれた。

 

 

「でしたら」

「わたくしたちも手伝いますわ。というかあなたにはもっと似合う服があると常々思っていましたの」

「アゼリア様もそう思いますか! 確かにメイド服はオフィーリア様によくお似合いですが、もっともっと可愛い服が似合うと思っていたのです!」

「こうなったら朝までとことんやりますわよ!」

「お付き合いします!」

 

 

 ……え? まじで? 本当に?

 うわ、ちょ、やめ、こっちくんな、アッーーー!

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次の日。満面の笑みで送り出した二人と裏腹に、おにーさんの心は死にかけていた。

 

 

(ひらひら! めっちゃひらひらだよこの服! え、なにこれ。守備力低過ぎじゃない!? うわやめろこっち見んな! 頼むから全員どっか行ってくれぇぇぇぇ!!!!)

 

 

 上はただの白いブラウス。じゃない。フリルが使用されて、どこかのお嬢様が着てそうな感じだ。下は胸のすぐ下あたりから始まるスカート。短い。短いよこのスカート。なんで膝辺りまでしかないんだよ。足が隠れるくらいまでにしろよ。なんだよそれじゃ可愛くないって。……見た目が人形みたいだからって着せ替え人形にして楽しむことはないだろ!

 あー落ち着かねぇ。世の女性はもっと短いスカートで颯爽と歩いているわけだろ? まじで尊敬する。何が君たちをそこまで駆り立てるんだ。

 

 ……はぁ。なんで友達と遊びに行くだけでどうていをころす服を着なきゃいけないんだ。……あー、そういやロイの奴、もう童〇卒業くらいしてるんだろうなー羨ましい。俺もしたかったなぁ……あれ? したんだっけ? んん、したような……でもそんな記憶は

 

 

「すみません! 待たせてしまったみたいで……す?」

「あ、ロイ様。本日はお付き合いいただき、ありがとうございます」

 

 

 めっちゃ走ってきたロイが、俺の姿を見て固まった。目の前で手を振っても、頬を引っ張っても、猫だましをしても反応しない。し、死んでる……

 

 

「はっ!? 今何かとても衝撃的な光景を……」

「ああ、ようやく起動ですか。あまり時間に余裕があるわけではないですし、早速行きましょうか」

「お、オフィーリア嬢……その、格好は……?」

「これですか? 今日のために用意したものです」

 

 

 アゼリアちゃんとリリアちゃんがな。

 

 

「ぬっぐぅ……なんて破壊力……しかも無自覚なのは相変わらずか……!」

「ところで」

「はい?」

 

 

 首を傾げるロイ。もういい加減猫被んなくていいだろ。ロイだし。こいつ昔の俺とか普通に知ってるし。はっはっは。

 

 

「いい加減そーゆーのやめて、昔みたいに話そうぜ? お前その話し方似合わなさ過ぎて笑える」

「んなっ……! ……はぁ。それは師匠もそうだ。訓練場で初めて会った時、別人かと思った」

「お前もなー。ま、いいや。さっさと遊びに行こうぜ。いやーまじで疲れるのなんのって。あっち(メイド長)として過ごすのが嫌ってわけじゃないけど、やっぱこっち()の方が気が楽だわ」

 

 

 簡単な話、俺もロイも王城内で猫を被っていたわけだ。俺はメイド長として、社会人としての話し方や振る舞いを徹底していたわけで、それ自体は前世でもやっていたから別に苦じゃないが、流石に24時間365日というのは辛い。同様に、ロイの方も本来は言葉数が少なくて、むっつりとした男だが、おちゃらけたというか、ひょうきんな感じを見せていた。それはきっと、こいつにとっては人と仲良くなるために必要なことだったのだと思う。

 ……実際、昔のこいつとか腹立つくらい喋んなかったし。

 

 

「まず行きたいのは商店街。で、王都で一番の服屋かな」

「了解」

「別に買うものはないんだけど。見ておきたいものがある」

 

 

 と言って、二人で並んで歩き出す。昔を思い出すなあ、これ。俺からこいつに話しかけたのがきっかけで仲良くなって、まるで実の弟のように可愛がっていたっけな……まあ店の手伝いばっかしてたからそんなに構ってやった思い出はないが。

 

 ふと隣を見ると、昔は見下ろしていた少年が今ではこっちが見上げる側となっている。これじゃ()(ロイ)ではなく、()(ロイ)だな。あ、違う。()(ロイ)か。ややこしい。

 

 真っすぐ前を見ていたロイが不意に声を発した。

 

 

「……久しぶり」

「おー久しぶり。といっても、俺はお前が王城来てることは知ってたけどな。近衛だっけ? 超エリートコースじゃん」

「そんなことはない」

「照れんな照れんな。俺もそういうのになりたかったなー。なんでメイドやってんだか」

「……メイド、嫌なのか?」

「嫌じゃないが……疲れるときはある」

 

 

 主に貴族とか。王とか。

 

 

「……もし疲れたら。いつでも頼ってくれ」

「おー。ま、また遊びに付き合ってもらうかな。今日も悪いな。突然誘ったりして」

「問題ない。明日の訓練がキツくなるくらいだ」

「それは問題あるっていうんじゃねえかな」

 

 

 うわー懐かしい。そうそうこんなんだった。ロイのやつはどこかズレていて、心配になるのだ。ちょっとアホの子なのかもしれない。まあ、そんなところが弟のように思えていたのかもしれない。

 

 しばらく大通りを歩くと、王都の商店街「ロンバルディア通り」が姿を現す。いつも人に溢れ、活気で満ちた楽しいところだ。並んでいる店の数は約30。時によって増減するが、基本的にはそのくらいの数だ。

 

 

「まずは?」

「そうだな……飯がいいかな」

「ああ」

 

 

 まあ商店街で飯を食べるなら……そうだな。あそこがいいか。

 

 

「ロイ、あっちだ」

「分かった」

「うわっ、とぉっ!?」

 

 

 指で指した方向に行こうとしたところで後方から来た人にぶつかり、ロイから離れてしまう。うわ、やべえな。今日やたら混んでると思ったが……このままだとはぐれるぞ。というか見失った。やばい。

 なんとか元の場所に戻ろうとして動いていたところで、右手を握られた。瞬時に振り向いてアッパーカットを放つ体勢を取る。

 

 

「ああ!?」

「落ち着け、俺だ」

「なんだお前か……え、何? 子供扱い? はぐれそうだからおてて繋ぎましょうねってか?」

「そうじゃないが、この人混みだとはぐれてしまう。目的地までは繋いでいこう」

「……おーけー分かった」

 

 

 ま、この人混みじゃあなあ。仕方ないか。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 俺が一番好きな料理、「サロメのバーナ」を食べ、ロイがあまりの辛さに悶絶し、それを大笑いし、服屋を適当に冷やかして遊んで、最終的に行くところがなくなったので公園に来ていた。一応こういった公共施設の整備もされているあたり、割といい国だと思う。

 

 夕焼けが照らす街並みを見ながら、ロイと二人でベンチに腰かける。人混みをかき分けて動いていたせいでめっちゃ疲れた。……けど、昔に戻ったような感じがして楽しかったな。

 二人で夕焼けを見ていると、ロイがやや言いにくそうに話し始める。

 

 

「……最近、分からなくなったんだ」

「何が?」

「王城でああしている自分か、今こうしている自分。どっちが本当なのかが」

 

 

 悩んでいる。猛烈に悩んでいる。

 まあコイツの場合昔友達が少なかったこともあってちょっと思いつめてるのかもしれない。ここは年長者であるおにーさんが一肌脱ぎますか。

 

 

「ロイ、一ついいこと教えてやるよ。人はみんな、心の中にいくつかの人格(ペルソナ)を持ってる。今こうしてむっつりとしているお前もロイだし、王城でおちゃらけてたのもまたロイだ。その二つに違いはない」

「師匠……」

「もちろん、俺だってそうだ。こうしてお前と話している俺も――王城でメイド長をしております私も――同じオフィーリアという人間なんだよ」

 

 

 王城で俺がどんなに完璧な女の子を演じたところで、アゼリアちゃんにアホの子扱いされているように、どこかで『自分』は出てくる。偽ったって、隠したって、見えるものは見える。けど、どれが本当の自分って話でもないだろう。偽っていた人格も、その人物がそうありたいと願って作ったものだ。なら、それもまた彼自身だろう。

 

 

「だからさ、どっちが本当とかじゃなくて、全部お前なんだ。見たいところも、見たくないところも、全部ひっくるめてロイという人間を構成している人格だ。その辺、受け入れてもいいんじゃないか?」

「……なるほど」

「それと……まあ、言わなくてもいいかもしれないけど。多分王太子は気付いてるよ、お前のこと。ちょっと演じてるなーってくらいはさ」

「え、そうなのか」

「うん。だから、人に迷惑を掛けない範囲でなら、自分の生きたいように生きていいと思う。お前がおちゃらけた自分を見せていたいならそうすればいい。でも、それがつらいなら。素直な自分を出してもいいんじゃないか?」

 

 

 まあ、俺のような例は特殊なんだけどな。絶対に地を出せない。出したら死ぬ。

 

 

「さて、と。帰ろうぜ。もうそろそろ暗くなる時間だ」

「ああ、分かった」

 

 

 ベンチから立ち上がったロイが手を差し出してくる。あれ、ナニコレ。あ、握手? なんで? まあいいけど。

 

 

「今まで難しく考えすぎていたみたいだ。ありがとう――リア」

「おう。困ったことがあったらいつでも頼れ。なんつったってお前は俺の弟みたいなもんだしな!」

「お、弟……」

 

 

 いまだに弟扱いなのが悔しいのか、ロイが顔を曇らせる。はは、残念だったな。俺の兄貴分気取ろうなんざ百年早いわ。

 ……あれ? そういえば俺って兄貴いたような、いや、姉だったかな。でも確か兄弟だったような気はするんだよな。社会人になってから会ってないせいか、記憶が朧気だ。もしかしたらオフィーリアとしての生活が長いせいかもしれない。

 

 だとしたら、やっぱり早く戻る方法なりなんなりを見つけないとな。




昨日バイト先にめっちゃダリウス・エインズワースに似た人が来てて笑いそうだった。


アイドルグループ:むしろ一人でデビュー出来る

社会が悪い:大体これを言う人は自分が悪い

その顔:自分から頼っておいてなんだけど、アゼリアちゃんのおっぱい事情だとまず無理だったよ。ごめんね? という顔。腹立つ。

僅かに膨らんだ胸:オフィーリアがエベレスト、ヒマラヤならアゼリアは高尾山。高雄さんではない。

シンプルな寝間着:紺色一色

究極の倹約方:実際自分で作れるならそうした方が安上がりなのでは?

アッーーー!:別に突っ込まれてはいない

ひらひら:メイド服は基本厚手かつ肌が見えないように作られているため、重く防御力も高い。が、今回の服はとある両名のテンションが上がった結果薄手かつ露出度が上がり、軽く防御力も低くなった。オフィーリアはJKを尊敬した。

どうていをころす服:童貞には構造が理解できない服。非童貞でも理解できないと思います。普通着ねーよあんなの

近衛:王を守る人たち。やばい。戦闘力やばい。

アホの子:特大ブーメランが突き刺さる

ロンバルディア通り:王都で一番の通り。王城から真っすぐに伸びる大通りの一部を指す。常に人がいる、王都で最も活気に溢れたところ。

アッパーカット:別にアッパーカットじゃなくても並大抵の、というかほぼすべての生物に勝てるだけの戦闘力を持っている。

子供扱い:さて、相手もそう思っていたのか、否か。

サロメ:魚。緑色に発光し、超高速で泳ぎ、壁に激突して死ぬ。ストリエ王国では一般に食される。淡水。別に覚えなくてもいい。

バーナ:唐辛子とデスソースをふんだんに使った鍋。食したものは死ぬ。と、言われるほど割と頭おかしい料理。愉悦神父とか好きそうな味。味……? 多分味。ロイが食べられなくなって遺した分は責任をもってスタッフ(オフィーリア)が処理しました。

ペルソナ:銃で頭撃ったりタロット砕いたり仮面を引きはがしたりするあれではない。



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Day11(裏)

悶える人

あけましておめでとうございマ!



 彼女と出会ったのは、まだ俺たちが小さな子供だった頃。

 当時の俺は顔の火傷を理由に、村の子供たちからいじめられていた。この火傷は両親曰く、記憶もないくらい小さかった俺がやかんのお湯をひっくり返して頭から被り、その結果として残ったものらしい。

 当然の話、貧しい平民である俺の家に治癒魔法を受けられるような余裕などなく、顔の右半分を覆う火傷は永遠に残ることになった。

 

 大人はそんな事情が分かっているから優しくしてくれたが、同年代の子供はそんな俺を気持ち悪がり、決して仲間に入れてくれることはなかった。……まあ、今となってはそれも当然のことだと思うが、子供だった俺に理解できるはずもなく。なんで自分だけがこんな目に遭うんだ、と毎日鬱々と過ごしていた。そのせいもあってか、喋るのがとても苦手で、話したいことも話せなくなってしまった。

 そんな時だった。

 

 

「――ん? なんだお前、一人なのか?」

 

 

 そう言って微笑みかけてくれたその日から、俺はずっと彼女のことを――

 

 

 

 

 どう話しかけようか、どうやってきっかけを作ろうかと108通りの作戦を練っていたところで唐突に……本当に唐突に彼女が現れた。

 

 その日も血反吐を吐くほど厳しい訓練をしていて(実際に吐いた)、訓練場が汗と吐しゃ物とで大変なことになっていた。そんな地獄絵図のような訓練場の扉が開かれたのは正午のことだ。

 

 彼女は悲惨な状況の訓練場にも眉一つ動かすことなく、中に踏み入って視線をさ迷わせ誰かを探すようなしぐさをしてから、さくらんぼのような唇を動かした。

 

 

「失礼します。こちらに近衛騎士団第二隊所属のロイ様はいらっしゃいますでしょうか?」

「おっ、おっ、おっ、オフィーリア嬢!?」

「……御機嫌よう、ステファノ様。討伐戦の時はありがとうございました。ステファノ様のご助力がなければなしえなかったことでしょう」

「いや、あの時我々要らなかったような……オフィーリア様『お一人で』軍を半壊させ、首魁であったあの男も、情けなく倒れた我々騎士団を横目に『一人で』戦いミンチに変えていたわけですし。……あ、お前らこれ聞かなかったことにしろよ? いいな? 絶対だぞ? フリじゃないからな?」

 

 

 突然現れた女神のような女性に対して動けなくなっていた騎士団の中から一人、転げるようにして出ると師匠と話し始めた。あれは……グランド=ステファノ団長? 王国騎士団最強と名高い彼が参加するような討伐戦……「魔王討伐戦」か!

 「魔王討伐戦」というのは、今から数年前に突然現れ、すべての国を支配すると宣言した通称「魔王」を討伐するための戦いだ。大陸に存在する全ての国の最強と呼ばれる存在をかき集めて大規模な討伐戦を行った。確か公式発表では、他国の騎士たちによる猛攻撃で瀕死となったところをストリエ王国の騎士による攻撃で首を刎ねられて死んだという話だったが……実際は師匠がほぼ一人で決着をつけたらしい。

 

 ……いや待て!? 当時の師匠、18歳じゃないか!? なにやってんの!?

 

 俺が改めて師匠の規格外さに驚愕していると、一人の騎士がふらふらと団長に近づく。師匠にはまるで見えない壁がそこにあるかのように、一定の距離には近づかない。分かる。なんか格が違い過ぎて近づくのが躊躇われるんだよな。向こうから近づいてくる分にはいいんだけど。

 

 

「だっ、団長!? そ、そちらのご令嬢はもしや、もしや……!」

「……ああ。この人こそ、(いろんな意味で)王国最強。オフィーリア嬢だ」

 

 

 次の瞬間、団長の姿が消えた。いや、他の団員によって師匠から引き離されてこっち側に連れてこられただけだ。師匠の「まあ、お戯れを。最強なのはステファノ様の方では?」という発言は誰にも聞かれていないみたいだった。

 

 

(何やってんだよ団長ォ! 抜け駆けですか!? いつの間にオフィーリア様とお近づきにィッ!?)

(まっ、待て待て誤解だ! 俺はそんなことはしていない!)

(でも親しげだったじゃないですか!)

(討伐戦の時に一緒に戦っただけだ! それも俺たちはほとんど要らなかったけどな! 最後なんてすごかったんだぞ、俺たちが一瞬で倒されて、それでも立っていたオフィーリア嬢と魔王が顔を合わせたと思った次の瞬間、ボロボロで下着もほぼ丸見えになったオフィーリア嬢が冷たい視線でピンク色の肉塊を見てたんだ。あんなん見たら……うっ、ふぅ。お近づきになろうとか思えん)

(……あれ、待てよ? オフィーリア様は誰を探しに来たって言ってたっけ?)

 

 

 こそこそ話の流れがよくない方に向かっているのを察して人混みから離れたのがいけなかった。いや、結局はそうなっていたんだろうが。

 

 

「おや、そんなところにいたのですか。ロイ様、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

「……はい」

「では、少しお借りしていきますね」

 

 

 訓練場の外で明日予定があるか、ないなら少し付き合ってほしいと言われてすぐ頷いた。……明日師匠とデートできるというのは大変に嬉しい。嬉しいが、訓練がよりキツイものになった。一月は続くであろうことを思うと絶望感が襲ってくるが、それよりも明日一日の喜びの方が断然大きいのだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 翌日。何を着ていくか、髪形をどうセットすればいいのか、そういう(・・・・)宿の使い方はどうすればいいのか、キスやその先を想定して計画してみたが、緊張のあまり眠れずに結局いつもの制服と髪形で行くことになってしまった。しかも遅れた。

 

 これは怒っているだろうな……と深い後悔と絶望に頭を抱えながら、出来る限り急いで待ち合わせ場所に向かうと――女神がいた。

 

 村にいた時はずっと男らしい格好でいた彼女の、初めて見る女性らしい服装。落ち着かないのか、しきりにスカートを手で押さえたり髪先をくるくると弄る姿は今までに一度もないもので。

 胸が苦しくなる。なんだあの可愛い生き物は。

 

 なんとか身体を動かして彼女の傍に寄るが、強調されるような服を着ているせいで自然と視線が胸に行ってしまう。これはまずい。師匠に嫌われたりなんかしたらもう生きていけない。

 素数、素数だ。いや、歴史上の人物全て言っていこう。とにかく意識を物凄い吸引力を持ったあそこから引きはがさなければ……!

 

 

 ……よし、よし! もう大丈夫だ。俺は強い子。もう意識は持っていかれない! ……そうだ、しまった。最初はまず服装とかを誉めなきゃいけないんじゃなかったか!? この前雑誌で読んだじゃないか。

 

 ……い、言うぞ。言え、言うんだ。男を見せろ、俺!

 

 

「これですか? (私が)今日のために用意したものです」

 

 

 う、うおおおおァァァァ!!!! 駄目だ、今ここでいきなり叫び出したら駄目だが! 無性に叫びたい!

 

 俺は! 今! これまでの人生で一番幸せだ!

 身を焦がす熱、溢れだす想い――この気持ち、まさしく愛だぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 ちょっと意識が飛んだりもしたが、なんとか正常に戻り。歩き始めて思うのは、彼女はこんなに小さかったのかということ。

 

 肩を並べて隣を歩くのは8年ぶり。昔は俺よりも背が高くて、いつもその顔を見上げていた。今じゃ彼女の方が俺を見上げる側だ。笑いながら頭を撫でていた彼女は、俺の方が撫でるのにちょうどいいくらいの身長になっている。歩幅だって、気を付けなければすぐに置いていってしまいそうだ。

 

 ――こんなに華奢で、触れれば壊れてしまいそうな女の子に守られていたのか。そのことに思い至った時、自然とこれからは俺が彼女を守らなくては、と思った。いや、戦闘力じゃ彼女の方が断然上だし、知識量だって敵いはしない。けれど、そんなの言い訳にもなりやしないだろう。

 

 って、あれ? 師匠どこいった?

 

 まさか人攫いに薬でも使われて攫われたのでは――と血の気が引いた。すぐに周囲に視線を走らせて……いた!

 思わず手が伸びた。師匠の手を握って、その小ささと柔らかさにもう一度驚く。その感触はどうしようもなく女の子を意識させてくる。静まれ……今は起きるときじゃないんだ、息子よ……!

 拳を腹の近くで固く握りしめた師匠の姿に一瞬で元に戻った。あれ、もしかしたら潰されていたのでは?

 

 威嚇するように睨み付けてくる師匠をなんとか説得し、手をつなぐことに成功した。睨み付けるといっても、身長差のせいで上目遣いにしか見えない。可愛い。

 

 その後師匠が一番王都で好きだという料理、「サロメのバーナ」を食べさせられて悶絶した。辛い、痛い、を通り越してもはや何も感じない。何も感じないのに涙が出てくるし咳も出るし尋常じゃない汗が噴き出す。

 バーナという料理を食べたのは初めてだったが、こんな狂気、いや凶器を何故嬉々として食べられるのか。師匠おかしい。痛くないのか聞いたら、「んー、と。多分だけど、俺無痛症だからそういうのないんだよね」と笑いながら言われた。おかしい。笑って言うことじゃないよ師匠。

 

 ちなみに店内の客は俺たちの他に、辛気臭い神父しかいなかった。その神父の積み重ねた皿で何故この店が続いているのか分かった。

 

 

 

 

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気づいたら夕焼けが街を照らすような時間になっていた。

 明日からまた訓練か……と考え、そして最近悩んでいることがつい口から零れていた。師匠なら何か答えを出してくれるかもしれない、と期待していたのかもしれない。それは全くの無意識だったけど、師匠は真剣に答えてくれた。

 

 ……そういえば、殿下がなにかもやっとした表情でこっちを見てくるのは、そういうことだったのかもしれない。分かってたのか。人を見る目は確かだからな、あの人。

 

 ああ、やっぱり。師匠はすごい。俺たちはあの頃と大きく変わっているけれど、それは表面的な部分だけだ。何も――何も変わっちゃいない。

 師匠の凄さも、俺の臆病さも。師匠への、オフィーリアへの想いも。全部。

 

 殿下には悪いが、絶対に譲ることは出来ない。……よし。帰ったら殿下にはちゃんと言おう。俺が好きな女性(ヒト)は誰なのか。そのうえで――正々堂々、彼女を手に入れると宣言しよう。

 

 

 

 

 ……あの。ところで、そろそろ一人の男として見てもらえたりは、あ、しませんか、そうですか。




治癒魔法:傷を治すファンタジーの定番。持ってるやつは重宝される。お金はぼったくり。治癒魔法ギルドが釣り上げてる。

108通りの作戦:煩悩ともいう。除夜の鐘では祓えなかった模様。

近衛騎士団第二隊:第一隊は王につく。第二隊は王子とかにつく。それだけ。

グランド=ステファノ:ゴリラ。違った。王国騎士団団長。近衛とかも含めたすべての長。田舎貴族の次男坊だった彼は剣の才能があったのか、ついに団長にまでなり、討伐戦に参加する。が、魔王の強大な力にあっけなく倒れ、オフィーリアの戦いを眺めた騎士のうちの一人となった。35歳独身。

魔王討伐戦:読んで字のごとく。数年前に現れた魔王の脅威は非常に大きく、侵略されていく世界に危機感を覚えた各国代表が結束。それぞれの国の最強を送り出す。ストリエ王国からは団長と、(まさかメイドであるとは思われなかった)オフィーリア。最終的にほとんどオフィーリアが倒したわけだが、外聞的にどうなの、ということで各国の騎士の奮闘と団長の一撃で死んだことにされた。一応国家機密。さらりと話したけどバレたら全員土の下に行くことになる。

魔王:彗星の如く突如現れた男。一応世界征服が目的だったらしく、各国の騎士をなぎ倒し、征服一歩手前まで行ったが激昂したオフィーリアによって肉塊へと変えられた。なにやら秘密を持っている様子……?

王国最強:生ける伝説

何やってんだよ団長ォ!:止まるんじゃねえぞ……

冷たい視線:汚物を見る目

うっ、ふぅ:あられもない姿にか、冷たい視線にか。いずれにせよ団長も大丈夫ではない

そういう宿:ピンク色のネオンが輝く!

物凄い吸引力:吸引力の変わらないただ一つのおっぱい

雑誌:一般市民でも買えます。大衆娯楽の類も成長してきている途中です。

この気持ち、まさしく愛だ:cv中村悠一のフラッグファイターの口説き文句

息子:前尻尾のことをそう呼ぶ人もいる

無痛症:歪曲の魔眼は持ってません

辛気臭い神父:やたらエロい食べ方をする神父。cvはもちろん中田譲治

積み重ねた皿:山。一つの机を占拠する。




あ、ここから下は関係ないただの私の近況です

グラーフとアドミラル・ヒッパ―とZ46出て嬉しいし、葛飾北斎出たのめっちゃ嬉しいし、正月フレイヤ出たの嬉しいし、オリヴィエがレベマなってジャンヌ出たの嬉しいし、SSRふみふみ出たのめっちゃ嬉しいし、戦乙女アリーシャレベマ嬉しいけど、正月アリス出なかったの悲しい。
あと、就職決まりました


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Day11(裏の裏)

暗躍する人たち


 ……やり遂げました。やり遂げましたよぉぉぉぉ!!

 メイド長に似合う可愛い服を着せようとすると全力で抵抗するので、私たちも全力で拘束しなければならないという混沌とした状況が生まれていました。

 いつも仕事のため、という服しか着ないメイド長ですが、見てくださいこの格好!! フリルのついた白いブラウスに、薄手で紺色のスカート。オフィーリア様のすらっとして綺麗な足が眩しいです。

 

 基本的にオフィーリア様は素材が良すぎるので何を着ても似合うどころかオフィーリア様に負けてしまいますが、この服ならむしろオフィーリア様の魅力を引き出しています。清楚なのに、どこか淫靡な雰囲気を醸し出して……同性の私でもなにやらイケナイ気分になってきます。

 やはり、オフィーリア様にフリルというのは素晴らしい相性ですね。確かにメイド服もフリルが所々に使われていて仕事着としてはかなり可愛い方ですが、全然です。これくらい女の子らしいというか、フリフリした服でないと。

 

 

「ふ、二人とも、こんな心許ない服装をさせるなんて……いじめですか……!?」

「何を言っていますの? 夜会用のドレスなどではもっと攻めたデザインのものもあります。その程度で心許ないだなんて言っていたら、一生パーティーや夜会には出れませんわよ?」

「私は絶対そんな機会ありませんから!」

「……ええ、そうですわね。夜会なんて出たらすぐに酔わされてお持ち帰り……なんて未来になるのが見え見えですもの。絶対出すわけにはいきませんわ」

「そんなことにはなりませんが、夜会には出ませんから! こんなひらひらした服を着る必要は――」

「よく似合っていますよ、オフィーリア」

「う、ううう……!」

 

 

 か、可愛い……!! 可愛いですオフィーリア様!! こんな恥ずかしがって顔を赤くした姿なんて、私たちくらいしか見たことないのではないでしょうか!? もう、反則です、反則! これならどんな男性でも、かの「アルテミシアの恋人達」のように一目で恋に落ちますよ!!

 

 

「さて、と。オフィーリア、そろそろ行かなくてはいけないでしょう? 殿方をあまりお待たせするものではなくてよ?」

「う……うー、分かり……ました。ですが忘れないことです! この恨みは絶対に晴らしますから!」

「早く行きなさいな」

 

 

 落ち着かない様子で、頻りにスカートを押さえてオフィーリア様は行ってしまわれました。……結局、出かける相手というのは誰なのでしょう? 偽装とはいえ付き合わせてもいいような人物など、この城にいたでしょうか……あっ。アゼリア様にまだあの事を言っていません!

 

 オフィーリア様から託された重大な使命――城内の不届き者の始末を! 口頭で説明しては聞かれる可能性もございます。ここは筆談で行きましょう。ですが、怪しまれないために話を続けているフリもしなくては。オフィーリア様、私、頑張ります!

 

 

「それにしても、アゼリア様とオフィーリア様は本当に仲がよろしいですね」

「(紙に何かを……?)ええ、オフィーリアは……そうね。無二の親友でもあり、手のかかる妹のようにも思っています。あの子ったら危なくて見ていられないんですもの」

「分かります! オフィーリア様は一見完璧ですけど、自分のことになると全然なんですよね。そこがまた可愛らしいのですが!」

「(……嘘!? オフィーリアがそんなことを? だとしたら……ええ、あの男ならありえそうですわね)ふふ、リリアも分かってくれますか」

 

 

 ふぅ。どうやらアゼリア様にちゃんと伝わったみたいです。事が事だけに慎重に動くべきです。あのオフィーリア様が自分がいない方がいいと判断したということは、それだけ尻尾の掴めない相手ということでしょう。私たちのように実力があまり知られておらず、侮られている者たちなら掴めるかもしれないと、そういうことなのです。

 

 あっ、アゼリア様が紙に何かを……『他のメイドに通達。清掃を行うと同時にその者を探し出します』ですか。

 ふふ、今日は忙しくなりそうですね。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 作業自体はいつもやっていることと変わりません。オフィーリア様手ずから教えてくださったやり方で清掃を進めつつ、何か変わったことはないか周囲を警戒します。おや? 誰か来ますね。どうやら貴族のようです。

 

 

「おはようございます」

「ああ」

 

 

 ……メイクイーン男爵ですね。最近やたらと力を付けてきている新興勢力のトップです。え? やけに詳しい? 掃除をしていると知りたくもない情報が手に入ったりするものです。お昼の休憩時間の世間話で与太話として共有されたりもしますし? ……うふふ、メイドの嗜みでございます。

 とはいえ変ですね。メイクイーン男爵が城から出たのは昨日です。通常、城に詰めて仕事をする時期と領地に帰って仕事をする時期とで分かれておりますので、今ここでメイクイーン男爵と出会うのは結構不自然です。

 

 手を二、三度動かして他のメイドたちに知らせ、更に離れたところにいるアゼリア様に報告してもらいます。私の方はさりげなく男爵の後を追ってみましょうか。

 

 と、思ったのですが何やら不自然なものを見つけてしまいました。柱の陰に薄っすらと、ともすれば気付かないほどに浅く刻まれた五芒星です。星の中に瞳のようなものが描かれていますし、何かの魔法陣でしょうか? ……アゼリア様にも報告するべきですね。

 ハンドサインでアゼリア様を呼ぶように指示し、掃除をしながら他に何かないかを探します。……印以外には何もありませんね。

 

 

「この印……どこかで見た気が……一応消しておきますか」

「アゼリア様!!」

「囲みますわよ」

「はい!」

 

 

 私たちはバレない様に隠れて囲みます。日々お掃除をしてどこが死角となっているのかは分かっていますので、その程度は造作もありません。アゼリア様だけは一人、隠れずに歩いていきました。

 

 

「御機嫌よう、メイクイーン男爵。昨日ご領地にお帰りになられたとお聞きしましたが……何か問題でもございましたか?」

「ふん、アナトリアの小娘か。没落貴族風情が未だに五大家気取りか? 貴様と儂が同格などと思いあがるなよ」

「……なにやら王城中に落書きをなされていますが、何のためのものなのでしょうね?」

「何!? 貴様、見ていたのか!? まっ、まさか貴様……!!」

「ええ、一応消させていただきましたわ。あれが何であれ、良いものという印象は受けませんから」

「なんっ、何だと……あの印がなければならなかったというのに……あれがなければ、あれが、あれが無かったら……王国は終わりだ! 終わりだ、終わりだ、終わりだ……! ああ、きっと明日にでも来るぞ!! 貴様だ、貴様のせいだ……!!」

 

 

 頭を掻きむしりながら血走った目でブツブツと呟く姿はとても常人とは思えません。噂通りだった、ということですかね? この前聞いた話では、定期的に理解できない儀式を行っているとか何とか……。やたらと銅を購入しているという話もありましたね。

 

 

「許されん、許されんぞ……こんなことは……儂が何のためにやっていたかも知らないで……!! 真の売国奴は貴様だ、貴様の方だ!! 貴様のような輩がいるから……この国は腐っていく!! 印がなければいけないのだ! あれがなければ、奴らを排除できんのだ! 儂が狂っていると思うか小娘!? 否、違う、違うのだ! 狂わなければ、狂っていなければ奴らに対抗出来ないのだ!! ああ、ああ。邪魔をする者は排除しなければ……王国のために死ね、小娘!!」

 

 

 男爵がそう叫ぶとどこかから――正確には上からなのですが――現れた暗殺者たちがアゼリア様を取り囲みます。手に持った得物はどれも歪な形をしていて、刺さったりしたら抜くときに傷口が広がるようなものばかりです。効率的に人を痛めつける形、とでも言いましょうか。いやですね。

 

 で、暗殺者たちが一瞬で蹴散らされました。いつの間にか、アゼリア様の手には細剣が握られています。……これ私たちいります?

 

 

「はっ!?」

「これはあまり知られていないことですけど、わたくしたちは特殊な訓練を受けてますの。ですから、舐めてかかると痛い目を見ることになりますわ」

「ぐっ、ぐうっ……くそっ。ふん! 精々後になってから恐怖に震え、懺悔するのだな!! 儂が言っていたことこそが正しかったと!」

 

 

 他のメイドが呼んだ衛兵が男爵を拘束して、どこか……恐らくは牢獄へと連れていきます。王城内に不審な陣を刻んでいたこと、今はメイドをやっていますが、この国でも五指に入る大貴族、アナトリア家の長女であるアゼリア様を害そうとした事実から、取り調べを受けて牢獄で余生を過ごすことになるのではないでしょうか。

 

 オフィーリア様はきっと、男爵が何か陣を刻んでいることを突き止めたはいいものの、オフィーリア様が優秀過ぎるが故に警戒され、男爵の手によるものだという証拠までは手に入れられなかったのでしょう。

 更には、いくらメイド長という役職についているとはいえ、平民出身です。権力で握りつぶされる可能性も高かったのだと思います。

 

 今回はオフィーリア様がいなくなったことで警戒が緩んでいたのでしょう。あっさりと男爵が犯人だと分かってしまいましたね。

 しかしそれもオフィーリア様からの指示が無ければ気付くことはなかったでしょう。あの柱の五芒星だって、毎日掃除しているのに気付けなかったのですから。

 

 

 ……しかし、奴ら、とは一体何のことなのでしょう? 男爵は、あれほどまでに何を恐れていたのでしょう?




この作品の主人公『が』シリアスすることは多分ないです。


夜会:貴族とかが大好き。ちなみにオフィーリアが出たらすぐに酔わされてお持ち帰りされる

アルテミシアの恋人達:こちらの神話における一節。アルテミシアの美しさは全世界に知れ渡っており、その姿を一目見ようとやってきた男たちが皆一目で恋に落ちたという話。彼らはアルテミシアの彼氏となったが、常に8人いるアルテミシアの彼氏となることが幸せだったかは解釈の分かれるところ。

メイクイーン男爵:芋っぽい顔の貴族。やたらと最近羽振りのいい新興勢力のトップ。なにやら神話や伝承に傾倒していたらしい。さて、彼は何を知っていたのか。

五芒星:中心に燃える柱のような、あるいは目をもった五芒星。一体何の印なんでしょうかね

アナトリア:初代は傭兵をやっていたとか、いなかったとか。ストリエ建国から存続する由緒正しき大貴族。ある事件を機に失脚し、少し力が落ちていたが、最近は盛り返してきている。

暗殺者:地球においては中東のとある宗教の一派が有名。ザ〇ーニーヤ!

特殊な訓練:彼女らは特殊な訓練を受けています。一般の方は暗殺者に襲われても真似しないでください。




最近どんどん痩せていって、もはやスレンダーマンみたいになってきてる感


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Day12(昼)

緊張する人


 この国は――ストリエ王国は、大国である。が、世界最大というわけではない。国王たる余ですら頭を下げなければならない存在というのがいる。それが今、余の前に映し出されている。

 美しい女だった。息を呑むほど、いや、息が止まるほどに。だが、どう形容したものか。美しさで言えばオフィーリアと同じか、それ以上とすら思えるのに、どうしてかうすら寒いものを感じる。

 

 銀の髪を揺らし、同じく銀の瞳でこちらを睥睨する女は、もはや神話だ。

 

 

『……こちらからは以上です。この件は彼女にも伝えるように。何せ、アレと渡り合えるのは現状彼女しかいないのですから』

「はっ、聖下の意のままに」

『ああ、それから。彼女宛てに一つ贈り物を用意しました。危険ですから、くれぐれも彼女以外に触らせないようにしなさい』

「わ、分かりました……城の者たちに周知させておきます」

『では』

 

 

 目の前に投影されていた女の顔が消えると同時、余は大きく息を吐いた。魔素投影機(ホットライン)越しでもなお全身に襲い掛かる圧。オフィーリアと対面している時も感じるが、彼女のものはどこかこちらを包み込むような、優しさがある。

 だが、あの女は違う。余という存在を圧し潰そうとしているかのような重み。優しさなど欠片もなく、他が壊れようがどうなろうが気にしない。目の前で人が死のうが『ああそう、それで? 何か関係ある?』と言ってのけるような。

 

 例えるなら、そう。存在の格が違うとでもいうべきか。人が日常生活において、自分が踏み潰した虫の生死を意識しないように、あの女にとっても我々はその程度の存在なのだ。

 

 それほどまでに。アルメガ法国の最高責任者、世界唯一(・・)の宗教アルメガ教のトップであるナイ=ホトップは存在が違った。格が違った。位階が違った。世界が違った。位相が違った。個としての全てが違った。

 

 有り体に言ってしまえば、化物であった。

 

 

「……ふーっ、ふーっ。もう何度も話しているというのにこうも精神力を削られるとは。余も年だな」

 

 

 しかし、そんな存在に気に入られているオフィーリアもまた別格の存在、か。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……沈黙が、痛い。

 これほどまでに緊張したのはいつ以来か。手が震える。なんとか威厳を保ち、王としての姿を見せよう、と思い手を組んで隠すが、それもどれだけの効果があるか分からない。結局手の震えを抑えきれないまま、人生で最も心を動かされた少女の前にいる。

 

 呼び出したオフィーリアに先程女から伝えられたことを話すと、彼女は黙り込んでしまった。大きな衝撃を受けたのだろう。今の話を飲み込むのに時間がかかっているらしい。……憂鬱なことにオフィーリアを呼び出す前に突然報告されたこともあって、今すぐ頭を抱えて蹲りたい気分だった。

 

 あえて余裕たっぷりに見えるようにゆっくりと顔を上げれば、ヴィ・レキュールが立っていた。

 いや、彼女――オフィーリアが、鎧を装備するとヴィ・レキュールのように見えるくらいの美しさと勇ましさを併せ持った女性だったというだけの話だ。……というかその赤黒いフルプレートメイルはどこから出したのだ? む? 魔王との戦いに着ていったらそれ以来いつどこでも着脱可能になった?

 ……どこかに忘れても帰ってくる? 返り血も吸収してくれる機能付き? それは所謂呪いの装備というやつなのではないか? 片言だが意思疎通も出来る? ……現状覚えているのはシネだけ? それはやはり呪いの装備なのではないか!?

 

 

「……コホン。その話は確かなのでしょうか?」

「うむ。これは法国の最高権力者――つまりはプリーステスからのものだ。それを疑うということがどういうことかは分かっておろうな?」

 

 

 そう言うとオフィーリアの顔が僅かに苦みを帯びた。……それもそうか。法王に逆らうということは、全世界に広がる数千万のアルメガ教徒を敵に回すということだ。どんなに疑わしくても、法王が言ったことを疑うわけにはいかない。

 逆に言えば、軽々しく発言できない立場にあるため、法王の発言は信頼性が高いということでもあり――つまり、この話は本当、あるいはその可能性が高い。

 

 

 

 

「まさか――魔王が生きているとは」

 

 

 常に無表情、真顔のオフィーリアの顔が憎悪に染まっていた。……やはり、人類共通の敵である魔王と直接戦った彼女だけにしか分からないものがあるのだろう。それほどの悪性を持っていたと、そういうことか。余も伝え聞いた程度だが、話によれば魔王は全人類を支配し、自由を奪うつもりであったという。恐らく遊び半分に殺し、絶望や憎悪する様子を愉しむのだろう。

 それは寸でのところで目の前の乙女に防がれたが、今回はまた勝手が違う。

 

 ……ここまでは予定通り。ここから先が、問題なのだ。これまで彼女が何度も反対していた例の件を、言わなくてはならん。

 ふ、また手が震えてきおった。もしこのことでオフィーリアに嫌いにでもなられたら余はもう生きていけん。アルフリードにでも後を任せて隠居する。なんだかんだいって放置してしまったあの子のこともある。隠居してもっと構ってやるべきのような気もする。

 ああいや、そうではない。確かにそれも大事なことではあるが、それよりも大事なことが今目の前にあるではないか。

 

 

「それで……だな。そなたに伝えておかねばならんことがあるのだ」

「この他にも、何か?」

「――勇者召喚が、行われる」

「は?」

 

 

 お、おお……オフィーリアの目の温度が一気に下がってゆく……! 完全に余のせいだと思われておるではないか! ええい貴族どもめ! 適当に証拠をでっち上げて取り潰しにしてやろうか!

 

 

「ちっ、違うのだぞ? 余もそなたと同じように反対しておったのだ。そのように得体の知れぬ者を態々喚び寄せるなど、馬鹿げているとな。だが、アーリーレッド家を始めとした幾つかの者どもが国を、ひいては世界を守るために必要なことなどと喚いて議会で可決させてしまったのだ」

「ええ、それは分かっております。陛下は誰よりもこの国のことをお考えですから。それよりも、召喚されたものを元の世界に返す手段などは見つかったのでしょうか?」

「……いや、そのような報告は受けていないが」

「ああ、やはり……」

 

 

 オフィーリアが僅かに表情を曇らせる。そういえば彼女が反対していた理由は召喚されたものが帰れる保証がないとか、そんな理由だったか。見たこともない、得体の知れん者のことまで考えているとは、オフィーリアはどこまで優しいのか。女神そのものではないか。しかしなんとか余のせいではないと分かってもらえたようだな。瞳に温度が戻ってきておる。

 

 そもそも余は王であるが、議会が可決した法案を撥ね退けることが出来ぬから、一度通ってしまった法律はもう一度議会で審議されるまでは有効となってしまう。再審議は二月後であるから、アーリーレッドの連中の狙いは達成されるだろう。

 どうせ、平民が魔王を倒したなどとなっては貴族のメンツが立たないとでも思っておるのだ。そしてあわよくば勇者として召喚された者を取り込んで力を付けよう……と、こんなところか。ふん、あやつららしく短絡的な考えだ。

 

 

「まだ行われてはいないのですね? それならまだやりようが……」

「うむ。あやつらがいつ実行するつもりかは知らぬが、今日行うなどということはないだろう」

 

 

 突然部屋の扉が乱暴に開けられた。おいやめろ、その扉は意外と脆いのだぞ!?

 

 

「へっ、陛下ァ!! 大変です! アーリーレッド家を始め、エシャレット家、ヤツガシラ家が勇者召喚を始めました!!」

 

 

 えっ




幼馴染の方も書きたいなー書こうかなーよし書こう! ってPCを開いても何故か書けないんですよね……本編が。おかしいなー

あと、この作品実はヒロイン(?)が決まっていないのです。攻略対象が出揃った段階でアンケートでも取って決めようかと考えておりまして。まあそれすらもまだ未定なので、結局こっちで決めてしまうこともあるかもしれませんが。


銀髪の女:やべーやつ

魔素投影機(ホットライン):高級な魔導具。空中に魔素を散布し、それをスクリーンとして投影することでテレビ通話ができるようになる画期的発明。それをホットラインとして使用しているからホットラインと呼んでいるだけである。憶えなくてもいい。

アルメガ法国:ストリエから南方にいき、いくつか国を挟んだところにある。世界唯一の宗教アルメガ教の聖地を擁する巨大な城塞国家。聖地巡礼に訪れる信者ですらも入ることが中々出来ない。同上。

アルメガ教:唯一にして絶対。一にして十。個にして全。αにしてΩ。緑色のタコのような神を崇める宗教。遠い宙の向こうから人々を救い()に彼はやってくる。同上。

ヴィ・レキュール:こちらの世界の神話における戦女神。全身に銀の鎧を纏った勇ましい女性として描かれる。身の丈の二倍ほどの巨槍を操り、敵を爆散させる怒れる女神。半面、伴侶であるキュッサスの前ではその怒りが治まり、良妻にして賢母として彼を支えたとか。よく怖い嫁のことをヴィ・レキュールが降りた、などと形容することがある。同上。

赤黒いフルプレートメイル:表面に血管のようなものの浮き出た何やら不気味な鎧。意思疎通()が可能。オフィーリアにとってみると可愛いペット程度。血を与えると喜びます。ちなみに常人が着用しようものなら、敵味方の区別なく殺しまわり、装着者が死ぬまで動くものを殺し続けるベルセルク状態になる。

プリーステス:女教皇。銀髪のやべーやつが今代の最高責任者になってしまったのでそうなった。

憎悪に染まった顔:アタランテさん的な

勇者召喚:異世界ものの定番、勇者召喚。ちょっと皆さん安易に召喚とかし過ぎじゃないですかね……何が来てもシラナイヨ

アーリーレッド家:そこそこの家系。変にプライドが高いため、平民が王城にいたりするとムカついちゃうタイプ。でもオフィーリアが怖いから何も言えない。そんな人たち。

議会:ストリエ王国では王が行政権と司法権、議会が立法権を持っている。が、王一人で罪人を裁ききるのは大変なため専用の役人がいる。議会は貴族たちで構成され、よっぽどの理由がない限りは法の拒否は出来ない。今回通ったのは国防法第15条。国防の観点から必要になる準備は誰もこれを止める権限を持たないというもの。簡単に言えば国防に必要な準備だったら止めんなハゲという法である。

扉:ご安心を。ちゃんとオフィーリアがいつも直しています。

エシャレット家:アーリーレッドの取り巻き

ヤツガシラ家;同上。やたらと野菜的な名前が多いのはスーパーで見かけただけで、特に他意はない。




ヴァイオレット・エバーガーデン尊み深い……無理、死ぬ……
ああいうのすぐ泣いちゃうんですよね。女の子に限らず、登場人物にはみんな幸せになってほしい人なので。NARUTOのザブザさんとか、あのあたりも号泣したっけなぁ……
とりあえずヴァイオレットちゃんが少佐と幸せな家庭を築く話誰か書いてお願い。


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Day12(夜)

震える人


 ――その言葉の意味を理解するのに、数十分を要した。いや、嘘だ。そんなにかかってない。ついでに言えば理解自体は出来ている。無駄に高性能な肉体は脳みそまで高性能らしく、一字一句間違うことなく認識していた。だから、正確に言うならばその話を受け止めるのに数秒を要したというべきだ。

 

 魔王。記憶から抹消したい存在。復活できたとしても出来ないであろう程に原型を留めない人型だったナニカへと変えていたのに、まさかそれでも生きているとは。あの時の戦いをまたやることになるのか……。【ワールドイズマイン】で時を止めていたからそんなに時が経過していないように見えていたかもしれないが、実際戦闘が終わるまでかかった時間は三時間だ。三時間、そう、三時間()かかったのだ。

 

 そもそも【ワールドイズマイン】という反則級魔法を使用すれば大抵は一瞬で片が付く。だって動けないわけだし。が、偶にいるそれでも動けるほどに魔力量を持っている奴。そういうのは殴るなりなんなりで片が付く。

 この肉体は力も異常に強い。アダマンタイトを握りつぶせるくらいに。魔力量があるなら魔法の研鑽などに時間を費やすため、肉弾戦は苦手を通り越して死亡フラグというのがほとんどだった。

 稀に魔物で魔力量も多く、接近戦も得意、みたいな個体も存在するがそういった手合いは愛用のハルバードを振るえばすぐに倒れる。

 

 結論として大抵の敵はまともに戦うことなく倒していた……のだが。

 

 魔王だけはハルバードを持ち出してもなお、倒せなかった。この肉体のスペックと張り合い、この世界で初めておにーさんが傷を負った。そこからはもうよく覚えていない。何かを言われたことがきっかけだったような気もする。いや、結局何も分からないんだけど。

 

 ……そっか。魔王、生きてたか。最後に見た姿がピンク色のペースト状だったから確実に死んでいると思ったんだけど。

 ……そっかー。

 

 

『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』

(おおびっくりした。俺の殺意に反応したのか)

『シネェェェェ!!』

(うんうん、今日も元気だね)

 

 

 え? この鎧? 本当だったら魔王との戦いで砕け散ってたはずの鎧なんだけど、気付いたらいつの間にかこうなってた。意思疎通も出来るし、喋る剣があるんだから喋る鎧があってもよくない?

 いや、それはともかく。もしかしたらおにーさんの聞き間違えかもしれないと思って聞いてみたけど、思い出したくない名前その二が出てきてしまった。

 

 プリーステス。そいつには、三年前の時に魔王を倒すための助言を得るためということで騎士の人たちと一緒に会いに行った。そして何故か大変に気に入られた。まるで前からおにーさんのことを視ていたような口ぶりだったけど、あんなヤバい空気を醸し出す奴に会ったことなんてない。噂でも聞いたんだろうとかそれくらいに思ったけど、それにしたって随分と馴れ馴れしい。

 俺が困惑していると、やたら嬉々とした顔で身体を撫でてきたり、読んじゃいけない禁書の類いを普通に読ませようとしてきたりしてきた。

 

 それ以来、あの女は苦手だ。いや、むしろ苦手にならないやつがいるのだろうかと。

 ……あの銀髪の話はどうだっていいか。今は魔王だ。

 

 

「まさか――魔王が生きているとは」

 

 

 もう一度、事実を正しく認識するためにはっきりと言葉にする。うん、もういい加減現実逃避もやめてしっかりと前を向こう。よし、と気合を入れたところで嫌な音が胸元から聞こえてきた。ちょ、待っ、ボタン外れ……てないか。あぁ、よかった。

 あーもう本当に、ふざけんなよ魔王。これからボタンが飛んだら魔王のせいだからな。

 

 あっやばい。王様の前でしちゃいけない顔をしていた。幸い目線が下に行ってるし、バレてないみたいだけど……他の人だったら確実に怒られていた。次からもっと表情を引き締めよう。

 

 魔王の話も教えて貰ったし、そろそろおにーさんは掃除に戻りた――あ?

 

 駄目だ。冷静になれ。落ち着け。怒りを抑えろ。……ふー、はー、大丈夫。おにーさんは我慢できる強い子。オフィーリアもいきなりキレたりしない子。オーケーオーケー。で、言い訳は? あんた勇者召喚はしないとか言ってたよな? 怒らないから話してみ?

 

 ――いや、別にさ。おにーさんは勇者召喚自体にはそこまで反対しているわけじゃないんだよ? 一応自分も神様転生みたいなものを果たした身な訳で、結局魔王を倒せていなかった訳だし。もしかしたら神様的な存在の力を持っている人じゃないと倒せないとか、そういうことなのかもしれないし。ちゃんと生命の危険もあるし、辛い訓練とかあることを伝えたうえでそれでもやってくれるというキ〇ガイ、もとい聖人ならば力を貸してほしいと思う。

 

 けれど、昨今のネット小説にありがちな、いきなり連れてきたうえにお前は勇者だから戦え、そうしないと帰さない(結局帰し方は知らない)なんていう畜生にも劣る鬼畜の所業をするような国や世界は滅びて当然だと思う。むしろ滅べ。なんなら俺がやる。

 ……はぁ。王様なら貴族たちの手綱くらい握っていてほしい。そうそう出来ないことなのは分かっているけど、それが出来てこその王ではないだろうか。

 

 とりあえず王様が原因ではないと分かったので安心した。もしそうならこの国を出ていたところだった。

 ……ふむ。なるほど。ちゃんと話を聞いてみれば、まだ法案を通しただけの段階か。とすれば合法非合法ともにとれる手段はまだある。それに、召喚までの間に帰す方法が分かるかもしれない。まだ慌てるような時間じゃない。

 

 と、考えたのが悪かったのか。最悪の知らせが、最悪のタイミングでもたらされた。

 

 

「へっ、陛下ァ!! 大変です! アーリーレッド家を始め、エシャレット家、ヤツガシラ家が勇者召喚を始めました!!」

 

 

 人はあまりにも信じたくない、信じられない事態に遭遇した時、思考が停止するらしい。実際何も考えることが出来ないまま、それでも何かをしなければという思いから口をついて出たのは、ただの呼びかけ。別に何を期待した訳でもないそれはしかし。

 

 

「陛下!」

「分かっておる! 召喚勇者を特別来賓として扱い、その身辺の世話は王城付き女中に一切を任せるものとする! 阿呆共に要らぬことを吹き込まれる前に引き離せ!」

「仰せのままに」

 

 

 指示を出されたことでようやく少し冷静になった頭が状況を飲み込み始め、王様の言葉もちゃんと認識する。なるほど、結構いい手だ。

 召喚された勇者たちは文字通り違う世界から来ているため、こちらの事情を全く知らない。そんな彼らに優しい顔をして近づき、身分の保証や生活の支援を申し出れば多少怪しくても彼らは付いていかざるを得ない。こちらが止めようとしても新法案の下に国防に必要だと言われれば抵抗できない……よくよく考えたらなんてヤバい法案なんだ。

 

 いや、それは今はおいておこう。そんなことを考えている暇はない。

 放っておけばそうなるが、王様が勇者を特別来賓として扱うと言ったため、それはなくなった。特別来賓とはつまり――他国の王族や元首といった存在が来国した際の身分だ。こういったうち(自国)の法が通用しない、もしくは下手なことをすると大変なことになる相手は大抵の貴族が見ることすら許されない。

 

 簡単に言えば、特別来賓としてしまえばその辺の浮浪者の爺さんだろうが誰だろうが、王族や五大家と呼ばれる国政の中心を担う貴族でもなければ会うことが出来なくなるのだ。しかし、彼らの世話をする人は絶対に必要になる。故に、王族でもなければ五大家でもないのに特別来賓に会える人間が――王城付き女中、つまりメイドたちだ。

 

 うーんなるほど。一瞬で考えたはずなのに割と隙のない手をとったな。あ、もしかして前からこうなることも想定していたのか。やっぱりすごいな王様。今おにーさんの中でめちゃめちゃ株が上がってる。

 ……え? なんでこんなに落ち着いているのかって? ふっふっふ、時を止めているから、時間の心配がないのさ! やっぱ便利だよな、【ワールドイズマイン】。

 

 うん。とにかく、王様の指示通り動いていればなんとかなりそうだな。……それに加えてやるべきなのは、召喚されたであろう人への事情説明と謝罪、それから召喚を強行した輩たちへのお話といったところか。これから忙しくなるな。




申し訳ないのですが……金曜からしばらく更新はお休みです。
やらなきゃいけないことが、ほら、ね?


アダマンタイト:めっちゃ硬い鉱物。その昔竜が噛み砕こうとして歯が全て砕けたという神話がある。

ハルバード:女性が振り回すにはあまりにも巨大で、重過ぎる武器。女性じゃなくても重過ぎる。しかしオフィーリアは軽々と振り回す。幾多の敵をもの言わぬ肉塊と変え、その血を啜ってきた半魔剣、いや、半魔斧というべきか? ちゃんとドンパッチハルバードという名が付いている。ちなみに彼女の奥の手にドンパッチソードという剣もあります。

喋る剣:インテリジェンスソードというやつである。ガンダールヴになれそう。

喋る鎧:なんとなく錬金術を使う兄弟の弟の方を思い出す。

神様転生:文字通り神様によって転生した、させられたもののことを指す。ちなみに神様が間違って殺しちゃったからごめんね、という感じで転生するのはどうかと思ったり。ギリシャ神話ならもっとひどい扱いを受ける所ではなかろうか?

キ〇ガイ:実際その辺の高校生とかが深く考えることなく戦いに身を投じられるのは如何なものかと。若者の常人離れが加速する……!

まだ慌てるような時間じゃない:落ち着け、まだあわわわわ

特別来賓:外国の王とか首長はこの扱いになる。馬鹿な貴族が目先の利益につられて何かしでかすことのないようにと作られた制度。


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Day13(上)

正義の人(???)


 俺、青ヶ谷(あおがや)聖志朗(せいしろう)は自分で言うのもなんだが至って普通の高校生である。少し交友関係が広くて、人よりほんの少し覚えるのが早くて、人よりちょっとだけ身体を動かすのが得意な、高校二年生だ。

 小学校からの付き合いの友人はよく『お前が普通なら世の中の人類の大半はゴミだな、ゴミ』とか言ってくるが、それはただの冗談。むしろ、俺が普通でなくて何だというのか。

 

 ……そう、思っていたんだけど。

 

 

「……あの状況でマジに飛び出す馬鹿がいるかよ! あの、ベタな、状況で! 態々死ぬと分かってんのに突っ込んでいく底抜けのお人好しなんてお前くらいだぞ! おい聞いてんのか聖志朗!?」

「悠二、うるさいよ。なんか言ってるのが聞こえない」

「おまっ、はあああ……ま、確かにこの状況じゃそっちの方が先か」

 

 

 見覚えのないどこかの地下室のようなところ。そしてローブを着た人が前にいて、なんか豪華な服を着た人に囲まれている。ベッタベタの展開。直前の記憶を探ってみても、隣にいる羽原(はばら)悠二(ゆうじ)と一緒に帰宅していた途中で居眠り運転をしていたトラックに轢かれそうだった女子高生を発見、飛び出した悠二を追って俺も飛び出して突き飛ばしたのは良いけど、距離が足りなくて結局二人とも轢かれてしまった……という情けないものしかない。万一、二人とも生きていたとして、目が覚めるとしたら確実に病院の中のはず。

 

 ……さて、推定死亡したと思われる状況から一転どこか見知らぬ場所で人に取り囲まれている、というこの現状を説明できる便利な言葉は?

 

 

「――まさか、異世界とはねえ」

「悠二、そういうの好きだもんね」

「バッカお前、ああいうのはフィクションだからこそいいんだよ。現実になった途端に嫌な点ばかり目につくようになるもんだ」

「で、今のところは?」

「めっちゃ嬉しい」

 

 

 それにしても周りの人の喜びようが半端ない。余りにもうるさいためそれぞれの会話内容はよく分からないけど、ちょくちょく彼らが口にするオフィーリアという単語が何か、あるいは誰かを指し示しているっぽいのは分かる。なんだろう。この国の女王とか? 少なくとも召喚するような人たちが何回も口にするくらい重要な人なのは分かった。

 

 

「聖志朗、お前言葉分かるか?」

「いや全く。何となくドイツ語の文法に近そうな感じはするんだけど、でもやっぱり違うし、発音はどことなくフランス語寄りだな……でも、なんでか理解は出来てるね」

「すげえ、全く分かんねえけどお前がすごいのは分かった。そして理解できてるのはやっぱり異世界物の定番のアレだろうな」

 

 

 悠二が偶に貸してくれる本の通りならば、この、言葉は理解できていないはずなのに何故か意味だけは何となく理解できるという謎の原因は『魔法』、あるいは『魔術』と言われるものなのだろう。しかしそんな都合のいいもの、存在するのかという疑問が残る。悠二は堂々といつものように構えて、まるで不安を微塵も感じていない様子だけど……そもそも俺たち死んだはずだよね? なんで今ここで生きてんの?

 なんてことを延々考えていると、不意に奥の扉が開いて誰かが入って――

 

 

「……っはは、まじかよ」

「これは……確かに異世界だ」

 

 

 ――ただ純粋に、美しいと思った。俺の知り合いも大概美少女や美女だと思っていたけれど、今までに見たことがないような美人だった。地球じゃありえない、いっそ暴力的なまでの美しさは強制的にここが異世界であることを理解させてくる。まるで脳をそのまま引きずり出されて、直接その姿を焼きつけられるような感覚。きっと悠二も同じ感覚を味わっているはずだ。

 

 日本どころか海外ですらいないような美人。アイドルなんか鼻で笑えるような美貌。

 金髪が輝いている。濃い青の瞳が輝いている。桜色の唇が、服を突き破ろうとするような胸が、大きなカーブを描くお尻が、所作の一つが。その全てが輝いて見えた。

 

 一瞬で部屋の中の全てを掌握したその人は、凍り付いた空気を気にも留めず静かに歩いてくる。そして、ついに俺たちの目の前にまでやってくると、スカートを摘まんで持ち上げ少し頭を下げるお辞儀をした。

 その美しさを間近で見たことで完全に動けなくなっていた俺たちにちょっとだけ首を傾げたけど、すぐに一見彫刻めいて冷たさすら覚えるほどの美貌に親しみやすい笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

 その小さな笑みを見た瞬間に、今までの疑問とかそういうの全部が吹き飛んだ。そんなものはどうでもよくなって、ただ彼女のことだけが頭の中に残って――つまりは、その。人生で初めての、恋に落ちた。

 

 

『はじめまして。私はオフィーリア、と申します。突然のことで戸惑っているとは思いますが、まずは私の話を聞いてくださいませんか? と、そうでした。それよりも先にお二人のお名前をお聞かせ願えませんか?』

 

 

 耳が蕩けそうだ。その甘い声が耳朶を擽るだけで意識が飛びそうになる。ああ、駄目だ。この人には――抗えない。流石に人を殺すことに何も感じない生まれついての邪悪だったり、世界を滅ぼす邪神なら否定せざるを得ないけど、そうでないなら俺はこの人の要求全てを受け入れてしまうだろう。

 ああ、思考が纏まらない。そうか、これが恋なのか。これは――凄いな。今ならなんだって出来そうな気がする。

 

 

「ええと、俺は青ヶ谷聖志朗。庭央(ていおう)第一高校二年です。で、こっちが……」

「羽原悠二っす。あ、俺たちの所だと苗字が先に来るので、こいつは青ヶ谷で、俺は羽原と呼んでくれれば大丈夫です。……それで、この状況は一体?」

『それは――』

 

 

 オフィーリアさんが説明をしようと口を開いたところで、奥の人垣から一人小太りの中年男性が走り寄ってきて、オフィーリアさんの肩を掴んで押しのけた。余りにも乱暴なその行動に、思わず声を上げそうになった。けど、どういう世界なのかも分かっていない今、下手に動いて状況を変に悪化させる可能性もある以上俺たちは動くべきじゃない。

 結局出来るのは拳を握りしめてなんとか怒りを抑えることだけだ。

 

 

『それはこの、アーリーレッド家当主、オニオン=アーリーレッドが説明しよう! そこのメイドは黙ってここを立ち去るのだ!! 勇者殿は国防上最も重要な存在であり、彼らに現状を正しく認識してもらうことは国防法第15条、『国防の観点から必要になる準備は誰もこれを止める権限を持たない』ということに繋がっている! よって! 貴様のようなメイド風情に勇者殿に関わる権利はないのだ!!』

 

 

 まるで勝ち誇ったかのように指を突き付け、高笑いする男性……彼の言う通りならオニオンさんだが、それはギャグなのだろうか? 隣の悠二は今にも笑い出しそうだし、俺も正直キツイ、ってそういう話じゃなくて。

 そんな彼に対して、オフィーリアさんは淡々と、全くの無表情で言い放った。

 

 

『先程国王陛下は勇者様を、つまりは青ヶ谷様と羽原様のことになりますが、特別来賓として扱うことを決定なされました。特別来賓のお世話は私たちメイドに一任する、とも。よって、オニオン様方は勇者様に関わる権利はありません。……信じられなければ国王陛下に直接確認を取っていただいても構いませんが、いかがなさいますか』

『なっ……あっ……とっ、とくべつらいひん、だと……!? 得体の知れぬ輩を特別来賓扱いにするだと……!? それほどまでに勇者を重要視していたというのか? 馬鹿な、それにしても馬鹿げている……特別来賓、なのだぞ?』

 

 

 よっぽど驚いたのか、よたよたと覚束ない足取りでオニオンは部屋を出ていこうとする。ローブを着ている人以外はそんな彼の周りにくっついて何やら話し合っている。オニオンが退出していくのを見届けることなく、オフィーリアさんは俺たちに向き直る。そうして、こほん、と一つ咳ばらいをすると、

 

 

『それでは、改めて。これからお二人の身辺のお世話をさせていただきます、オフィーリアと申します。どうぞよろしくお願い致します』

 

 

 そう言って笑いかけてくれたのだった。




言い出しっぺの法則……やるしかないのか!

ワールドが楽しすぎて現実に戻ってこれない事件
ただマルチの仕様だけは昔のままが良かったかなあなんて

ついでに先に言っておきますね。就職決まったのはいいんですけど、勤務地が新潟ということで決まったため、初一人暮らし、社会人デビューをする関係上三月から四月にかけては更新できない可能性が高いです。ご理解のほど、お願いいたします。

いきなり現住所から離れた所まで飛ばされるとか絶対お家がヒヤリキャット案件になる未来しか見えない。


普通の高校生:普通ってなんだ。そもそも普通の高校生は自分のことを普通の高校生だ、なんて言わないはずであってその時点で普通の高校生ではないということが証明されるのではなかろうか。……普通なんてものは存在しないのかもしれない。

トラック:異世界に行くためのお約束アイテム。運転手は(社会的に)死ぬ。というか神の分身体を助けたとか、寿命じゃないのに死んでしまったとか、そんな理由でホイホイ異世界に行かせるなよと……。神様なら生き返らせるくらいは余裕な気がする。冥界の人に頼んでください。

異世界:便利ワード。現実世界と違うことがあったら魔法の呪文『異世界スゲー』を使うと大体納得してくれるらしい。

定番のアレ:翻訳魔法。べ、便利ーと思うけども、実際はどうなんでしょう

重要な人:地位はそんなに高くなくてもいなくなったら国が傾くかもしれない

魔法:いっそのこと魔法なんてものの存在しない異世界があってもいいかもしれない。ちょっとおかしなことがあったら即『異世界スゲー』を唱えるだけでいいのだから。

魔術:個人的にはこちらの概念の方が好き

アイドル:最近は48人いたり、農家がアイドルをやったりとアイドルの定義も壊れてきている

生まれついての邪悪:おや? 何故だか根源の姫や魔性菩薩たちがこちらを見ているぞ?

オニオン=アーリーレッド:アーリーレッド家当主。狸みたいな親父。知ってる人は天満屋をもうちょっと痩せさせていやらしくした感じとでも。しがない商人の家系に生まれたが、謎の商才を発揮して貴族位を買えるまでに成長してしまった。43歳。妻子持ち

ローブを着ている人:魔法使い。別に30歳は越えてない。オフィーリアの知り合い。



追記です。
ようやく描き上がったのでこの作品の主人公オフィーリアの絵を載せときます。友人の方からどうしてもと頼まれたので描いてみましたが……下手ですね。うん。

【挿絵表示】


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Day13(中)

モブの人(???)


 ――世界には二種類の人間がいる。

 一つは主人公(ヒーロー)。己こそが主役であると輝きを放ち、物語のような人生を送る者たち。隣で歩いている青ヶ谷聖志朗がそれに該当する。

 もう一つは脇役(モブ)。主人公たちの人生に彩りを与えるための存在に過ぎず、どれだけ頑張ったところでどこにでもあるようなありふれた人生を送る者たち。俺こと羽原悠二が該当する。

 

 生まれた時からずっと聖志朗と一緒にいた俺は、自分がどうしようもない脇役であることを自覚していた。

 イケメンじゃないし、頭だって平均だし、運動だってむしろ苦手だ。事件に巻き込まれても解決のために動けるほど剛の者ではない。可愛い女の子を前にしても動揺しないほど精神力は高くない。一歩間違えれば死ぬっていう状況で命を懸けて誰かを助けたりなんかできない。

 

 まあ俺は、主人公に憧れなんてないのだが。

 物語は物語だからこそ面白くて楽しいのであって、実際に自分がその身になったら嫌で嫌で堪らなくなるだろう。自分以外女子しかいないクラスに放り込まれたら気の置けない男友達が恋しくなるだろうと思う。……そういえばあの作品はそろそろワンパターン展開をやめたのだろうか。四巻くらいまでは読んでいたんだけど。流石に飽きてやめたんだよな……

 

 違う、そんな話がしたいわけじゃない。つまりだ、俺が言いたいのは――異世界に来たって凡人は凡人のままだし、天才は天才なのだということ。

 俺はどうしようもなく凡人で、聖志朗はどうしようもないほどに天才だ。

 

 これからきっと、これまでと同じようにあいつの周りには美少女や美女が集まって、事件の類いはあいつ一人で解決して、まるでネット小説の主人公みたいに活躍するのだ。俺はそれを傍で見ているだけの脇役として生涯を終える。その点は、自分がするよりも他人の恋路を眺めている方が楽しいからいいけど。……別に負け惜しみじゃない。

 

 まあ、だからさ。

 これはきっと、主人公(聖志朗)ヒロイン(オフィーリア)の物語なのではないだろうかと、そう思うわけで。

 

 脇役()は何時までもそこにはたどり着けないのだろう。 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 召喚された部屋から連れ出し、オフィーリアさんは俺たち二人に向かって頭を下げた。召喚した理由と、それから地球に戻る手段が無いことを説明した上で、そのことについて謝ってきたのだ。

 ただ、こっちとしては死んだはずが異世界に来ていたという認識のため、(確かに帰りたい気持ちはあるけど)帰れなくても仕方ないと思っていることを伝えて、そういう点で言うのならむしろ感謝しているとも。

 

 ……俺としては巻き込んでしまった聖志朗だけでも地球に帰してやりたいと思っているのだが、それは置いておこう。

 

 それから、とりあえず俺たちの合意が無ければ戦闘には出さないこと、普通の生活を約束してくれた上で、彼女はもう一度だけ謝った。……彼女が頭を下げる度にいい匂いがふわりと漂ってきて落ち着かなくなる。俺の言語能力ではうまく表せないが、例えるならある晴れた日の花畑のような……何を言っているんだ俺は。

 

 

『では、お二人の部屋へとご案内いたします』

「あ、お願いします」

 

 

 変なことを考えている場合じゃない。なるべくこの世界のことを知って、どう動くべきかを考えなければ。

 すでに用意されているらしい俺たちの部屋へと案内してもらいながら、この世界のことを軽く教えてもらう。

 

 まず、この国はストリエ王国という国で、俺たちを呼び出したのは魔王と呼ばれる存在を倒すためだという。基本的な常識とか考え方みたいなのは地球とそう変わらないということも確認できた。それから魔法とか魔物とか、そういった異世界のお約束ともいうべきものも当然のようにあって、それらは俺の知るものともそう大差ないことが分かった。ただ、奴隷制はないみたいだが。まさにネット小説のような異世界転移……いや、最期の瞬間を確かに迎えたのだから、この場合は異世界転生なのか?

 

 ……結局、聖志朗を巻き込んじまった。俺一人が格好つけて飛び出して、それで死ぬのはいいけど。あいつまで巻き込んで死んだのは格好つけるとか、主人公がどうとか以前に人として駄目だろう。いや、そもそも。あいつの親友として恥ずかしく思う。

 いつかあいつに、あのことを謝らなくちゃな……ああくそ。つい暗くなっちまった。このことを考えるのはやめよう。

 

 とにかく。この世界各国の強い人たちを集めて戦いに行って、なんとか倒した……と思ったら生きていたらしい。そこでこの世界の最大宗教のアルメガ教とやらが出した結論として、この世界の人間では倒せないのではないかという説。どこからそんな話が出てきたのかは疑問だが、とにかくそういう事になったらしい。

 

 で、呼び出されたのが俺たちなのだが……この国も色々とあるらしく、先の一件からも分かる通りどうやら内部でも対立があるようだ。一体誰が正しいのかなんて分からないのだが、オフィーリアさんは誰が正しいとかは言ってはくれない。

 曰く、『誰が正義か悪か……それを決めるのはお二人ですから。本当は私たちが悪で、魔王は正義なのかもしれませんし』とのことらしい。

 ただ、流石に何にも教えないということではなくて、何か知りたいことがあれば何でも教えると言ってくれた。まず間違いなく、この人は俺たちの味方だと思う。

 

 もしも本当に魔王を倒すのに何か特別な力が必要なのだとしたら、まず間違いなくそれを持っているのは俺ではなく聖志朗の方だろう。……あれ? とすると、事故に巻き込んでしまったのは俺だが、聖志朗の召喚に俺の方が巻き込まれたのかもしれない。もしあそこで聖志朗が飛び込んでこなければ、俺は奇怪なオブジェに変わり、聖志朗は一人こちらに来ていた可能性もある。

 

 意識が一瞬戻ってきたところで、聖志朗とオフィーリアさんの会話が耳に入ってきた。

 

 

「でも、それだとこの世界の人たちが大変なことになるんじゃ……?」

『そうなるかもしれませんね。ですが、元はといえば私たちの問題ですから。勝手に引き込んでおいて後は任せた、と全部丸投げするような者は滅びて当然です』

「……俺は、俺に出来ることがあるのなら、それで誰かが喜んでくれるなら、何だってやるけど」

『お優しいのですね』

 

 

 多分、向こうの方から戦いたくなかったら戦わなくていいとか言ったんだろうな、これ。で、心優しい我が幼馴染はこの世界の人が困るのではないかと心配しているとか。

 毎回思うけどお前のその謎の正義感は何なんだ。水族館で謎の失踪者が出たりとかした時もそうだったけど、明らかにやばいって分かっていることにまで首を突っ込もうとするなよ。正義の味方にでもなりたいのか。やめておけ、その先は地獄だぞ。

 

 聖志朗を諫めるために、俺も口を開く。

 

 

「そもそも俺たちは普通の高校生だ。ほんの少し人と違う体験をしたことがあったからって、それは変わらねえだろ。向こうじゃ……向こうでもかなり危なかったっていうのに、こっちだとマジに死ぬ可能性があるんだぞ?」

「でもさ悠二。……俺は、オフィーリアさんに傷ついたりしてほしくない」

 

 

 ……お? なんだ?

 なんていうのかな。今までのこいつとはちょっと違うような……どう形容するべきか。アス〇レイレッドフレームからア〇トレイゴールドフレームに変わったような。そんな変わらないか。

 

 俺がそんな感じでもやもやしていると、前を歩いていたオフィーリアさんが立ち止まり、俺たちの方へと振り返る。そしてすぐ横の白い扉に付けられた金のドアノブを回して開ける。

 

 

『こちらのお部屋になります。何か必要なものや分からないことがあれば机の上に置いてあるハンドベルを鳴らしていただければすぐに駆け付けますので』

「あ、ありがとうございます」

 

 

 僅かに表情を緩めたオフィーリアさんに対して、聖志朗が顔を真っ赤に染め上げる。

 ああ……これはもしかして、聖志朗の方が恋に落ちたとか、そういう……。

 道理で違和感があるわけだ。今までは女性の方が一方的に聖志朗に惚れるだけだったのが、今回はまるきり逆なわけだし。

 へえ、ふーん、ほお、なるほどね……。

 

 

 

 

 ――これはこれで面白いな!




一日は48時間だから……!
遅刻してないから……!


主人公:それは理不尽の権化。彼らと敵対すれば負けることはほぼ確定し、彼らと仲良くなれば彼らのいいように扱われる。難聴とか鈍感系主人公ほんと嫌い。優柔不断系も嫌い。もっとこう、キ〇コ・キュービィーやヒ〇ロ・ユイ、相良〇介のような主人公を増やしてほしい所ですね。

脇役:物語によっては重要な役割を果たすことも多い。パニックホラー系だと主人公の親友などは死んだと思わせて最後にひょっこり出てくる。お前どこにいたんだよ。恋愛ゲームではやたらと女の子の好感度を教えてくれたりする。友田ァァァァ!!!

あの作品:名前を言ってはいけない。二次創作のための原作とかイズルタヒねとか色々言われている。設定は嫌いじゃない。キャラも嫌いじゃない。ただしストーリーてめーは駄目だ。……実は俺、オルコッ党なんだ。

ネット小説の主人公:みんなハーレム作る。もっと貞操を大事にしよう。あとお前らもっと純愛を貫けよ!! 軍曹とか見習えよ!

晴れた日の花畑:いい匂いがする。きっと蜂もいる。蜂がいなかったら沈黙の春。

異世界のお約束:魔王とか、魔法とか、奴隷とか。そして俺TUEEEEEEEとハーレム。異世界行ったらみんな奴隷買う。俺も多分そうする。

異世界転移:肉体をそのままに、場合によっては所持品などすらもそのまま持ち込んで異世界に行く形式。物系チートが多い感。

異世界転生:オフィーリアが該当。神の手違い()で死んだ人間が記憶をそのままに異世界で新しい命として生まれる形式。知識系チートが多い感。

正義か悪か:古代より議論されてきた問の一つ。何が正義で悪なのかは、人によっても変わってくる。最近は魔王サイドに正義があることも多い。個人的には数こそ正義。でもそれよりも強いのは可愛いは正義。

巻き込まれ:どんな理屈で巻き込んでいるのか謎。範囲指定で飛ばしているのならトラックだったりが一緒にやってくる。生物のみを指定しているのなら全裸で現れる。そろそろ召喚魔法の解析が求められる。

水族館:魚人のようなものを見たという噂のある水族館。稀に人が失踪するとかなんとか。

正義の味方:「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」

その先は~:とある弓兵の台詞。文字通り地獄を見てきた人が言うと説得力しゅごい……。

ア〇トレイRF:誰がなんと言おうとレッドフレームを押す。

アス〇レイGF:ゴールドフレームかっこいい……



GA文庫さんに応募する作品の方が全然進まなくてやばいですね。書いては消しを繰り返してて嫌になってきます。そのまま本になっても大丈夫なものを、と思って書いているとこんなんじゃ全然駄目だ……って思っちゃうんですよね。

あとなんか言うことは……あ、なのはさんじゅっさいとイチャイチャする話が読みたいなって!


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Day13(下)

警戒しない人


 アーリーレッド家とその取り巻き連中によって勇者召喚が強行されてから一週間が経過した。

 その間にあったことといえば、召喚された勇者――つまりは青ヶ谷聖志朗と羽原悠二にこの世界のことを教えたり、勇者としての実力の確認をしたりしていた。

 

 結論から言ってしまえば、青ヶ谷聖志朗()勇者だ。

 与えられた知識は一回で吸収し、剣技は稽古したステファノ団長が「ありゃバケモンだな」と言い、魔法も教えていたサン・マルゲリータ氏に「(レベルが違い過ぎて)何も言えねえ」と言わしめた。

 

 ……では、召喚されたもう一人である羽原悠二は?

 彼は端的に言ってしまえば凡人だった。

 与えられた知識は数回かけて吸収し、剣技は稽古したロイのやつが微妙な顔で「うちの団の新入り(今年度の新卒だ)一人とやりあえるかどうかってくらいだな」と言い、魔法を教えていたフェルナ・リーンに「……ええと、頑張れば、何とか上級が使えるかな?」と言わしめた。

 

 いや、本来なら悠二くんの方が正しいのであって、彼が落ちこぼれだとかそういうわけではない。

 当然ながら練習や訓練を長くしていればしているほど剣も魔法も使えるようになっていく。ましてや、二人は世紀末からやってきたのではなく、平和な地球の現代日本からやってきたのだ。

 

 それが、教えられてすぐの剣技や魔法をすぐに使えるようになった。

 紛れもなく青ヶ谷聖志朗は勇者(化物)だった。

 

 ……まあ、勇者でもそうじゃなくても、おにーさんのやることは変わらない。

 彼らが元の世界へと帰るのを全力で支援して、ここにいる間の生活を保障して、彼らが求めるものを出来る限り提供する。

 それが突然に喚びだした側の責任というものだろう。

 

 とはいえ提供できるものとか、そういうものには限度というか限界がある。

 

 ここ最近、視線を感じることが多い。

 元々人とすれ違う時なんかは必ずと言っていいほど胸や尻の辺りに視線を感じていたのだが、いつものそれよりも強いものを感じているのだ。

 

 思わず苦笑いが零れてしまう。

 

 そりゃあ、彼らだって健全な男子高校生である以上女体に興味があるのは当然だけどさ。ついでにいえばおにーさんのこれがそうそうないくらいに大きいのも認めよう。だから気になるのも分かる。

 ぶっちゃけおにーさんがそっちの立場だったら見る。でもさりげなくだ。そんな風に相手にバレるレベルでは見ないって。

 

 ちょっと言った方がいいかもしれない。

 

 

「……聖志朗くん、悠二くん。それほど私の身体に興味がおありですか?」

「ぅえっ!?」

「ホアッ!?」

 

 

 そういえば、二人と仲良くなったことで若干呼び方も変わった。こちらは聖志朗くん、悠二くんと呼んで、彼らはオフィーリアさんと呼ぶ。

 まあ前世では20過ぎだったわけだし。おにーさんから見て彼らは後輩のようなものだ。あれ、いやでも30だったような……おかしいな、いくつだったか覚え、て

 

 

 

 

 ――はて、()は何を考えていたのか。

 あ、そうか。二人がやたらとおにーさんの身体を見てくるからそれを指摘したんだ。

 

 一瞬どこか遠くを見ていた視線を向けると、二人とも顔を真っ赤にして変な声を上げていた。わたわたと変な動きをしながら、決して疚しい意味ではなくメイドという存在が珍しいためであってつまりこれは学術的興味であって……と何やら言い訳を始める。

 

 なんだろうか、この愉しさは。こっちからすれば完全にそういう目で見ていたことは分かっているのに、必死でそれを隠そうとする二人の様子が面白くて仕方がない。

 

 ちょっとからかってみようかな?

 

 

「……本当にそれだけですか?」

「えっ、あっ、いやその……すいません」

「まじですいません! もう二度としないのでどうか放り出すのだけは……!」

「大丈夫です。何があってもそのようなことはしませんから。もし万が一、他の誰かに出て行けと言われたりしたとしても従う必要はありませんのでご安心を」

 

 

 そうか。二人にしてみれば世話役であるおにーさんから見放されたら最悪放り出されるかもしれないと思えるのか。そんな心配はいらないと伝えてあげたいところだけど、言葉で言った所ですぐに安心できるわけないし。

 よし、こうやってからかうのはやめよう。

 

 ちょっとにやけていた顔を引き締めて、彼らへと向き直る。……特別来賓用のこの部屋は無駄に広いから落ち着かないな。

 

 

「それで、私に魔法を教えてほしいとのことでしたが」

「あ、え? ええそうなんです。マル、っふ、マルゲリータさんは『この先はオフィーリアさんに教わった方がいいだろう』と」

 

 

 この廃スペックボディ(オフィーリア)は不本意なことに世界最強である。そして、マルゲリータ先生はそれに次ぐ実力者だ。世界を変えた天才とも言われたほどの魔法研究家であり、その彼がオフィーリアに頼むしかないと言ったのだ。

 如何に聖志朗くんが規格外か分かるだろう。

 

 

「それで、悠二くんも教えてほしいということでしたが、フェルナちゃんではご不満でしたか?」

「その言い方は誤解を招くんですけど!? ……違いますよ。フェルナさん、遺跡調査に行かなきゃいけないから一回お休みにしてほしいらしくて。聖志朗がオフィーリアさんに教わるのなら俺も一緒に教えて貰いたいな、と」

「ああ、そういうことでしたか」

 

 

 フェルナちゃんとはおにーさんが学園に在籍していた頃から、少々個人的な付き合いがある。

 といっても、おにーさんはメイドの仕事でほとんどここ(王城)から出ることはないし、彼女は彼女でマルゲリータ氏の弟子として研究や修行に励む日々を送っているため中々遊んだりというのは難しいのだが。

 

 ついでにいうのなら、彼女こそが二人をこの世界に喚びよせた本人ともいえる。勇者召喚魔法を古代の遺跡から発見したのも彼女だし、実行したのも彼女だ。

 彼女の実家、リーン家の領地の特産である鉄器はアーリーレッド家から齎される鉄がなければ立ち行かなくなってしまうため仕方のないことではある。

 

 やはり本人としては責任を感じてしまうのだろう、自分から悠二くんの教師役を買って出てくれたのだった。流石に仕事を放ってまでやることは出来ないようだが。

 

 

「それでは、僭越ながら私オフィーリアがお二人に魔法の手ほどきをさせていただきます。……ああ、教材が必要ですね。少々お待ちください」

 

 

 別段断る理由もない。可愛い後輩二人のために一肌脱いでやるのは先輩として当然のことだし。ただ、二人同時に教えるのはちょっと大変かもなあ、なんて。

 そんなことを考えつつ、いつものように【ディメンションワープ】で図書塔へと移動する。

 

 王城には使われていない部屋や建物がたくさんあるが、この図書塔もその一つ。蔵書は質、量ともに国内最高だが、ジャンルや時期などバラバラに入れられているため特定の本を探すことはもはや不可能、だった(・・・)

 

 ……だった、のだ。

 おにーさんがちょいちょいと時を止めたりしながら魔法を使って整理した結果、劇○ビフォーアフターの如く使い心地のいい空間へと変化したというのに、誰も近寄らないまま放置されている。なんでだ。

 

 そんなわけで、綺麗に整理整頓した図書塔はちょくちょく私的に利用させてもらっている。

 二人の教材にピッタリな本も、ここなら確実に見つかる。

 

 

「ええと、『スライムでも分かる魔法上級への道』。これと……『くそみそテクn、これはどうでもいい。『魔導深淵探求記』、これだ」

 

 

 そういえば、何か忘れているような気がするんだが……なんだっただろうか?




A.アゼリアちゃんとの約束


勇者:それは化物であり、兵器であり、終わりを齎すもの。彼らの内に潜むのは……?

サン・マルゲリータ:60代のおじいちゃん先生。国立魔法学園高等部攻城魔法科の教師をしている。オフィーリアの恩師。

何も言えねえ:オリンピックでとある水泳選手がインタビューの際に言った言葉。まだ時代遅れとかじゃないよね……?

新卒:国立騎士学園を卒業したものたちが実力試験と面接試験を受け、合格すると近衛に入れるシステム。なお実家の力やお金で簡単に突破できる模様。

フェルナ・リーン:二人を召喚した人。水色の髪をサイドテールにしたぺったん娘。学園で先輩だったオフィーリアに心酔しており、オフィーリアに命令されればなんでもやるくらいにキメてる。レズではない。

上級:魔法には初級、低級、中級、上級、特級、規格外(ランクオーバー)という区分があり、オフィーリアが普段使う魔法は基本規格外のもの。頭おかしい。

学術的興味:何のフォローにもならない

後輩:オフィーリアは完全に男同士での先輩後輩レベルで見ているが、相手もそう思っているかは……

図書塔:その名の通り、様々な図書を集めた塔。現在では世界中から本を集めては中へと置いていくだけとなっていたが、オフィーリアが整理したお蔭でまともに使えるようになった。しかし、利用者は増えるどころか逆に誰も近寄ろうとしなくなった。一夜どころか一時間もせずに整理されていたことが噂になり、尾ひれがつき、最終的に呪われているとすら言われている。

劇○ビフォーアフター:なんということでしょう。匠の手によって、足の踏み場もなかったただの本置き場が、清潔で使い心地のいい本置き場へと生まれ変わりました。

スライムでも分かる魔法上級への道:作者はMAOという無名の学者らしき人物。文章にまで高笑いを入れてしまう可哀そうな人。しかし、その知識は本物であり、実際に書いてある通りに練習した者はすぐに上達した。

くそみそ~:ウホッ、いい男……

魔導深淵探求記:作者はライプ。特級の中でもことさらに難しいと言われる魔法について使い方と解説がされている。が、若干知識が古く、現代魔法学の教えとは違うことを言っているページもある。


新潟県の片隅から更新しています。
そういえばinnocent starterいいですよね


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Before day1

助けられる人


今回は短めです
唐突に過去話回の理由はあの人の視点になるから


 ……あら、全員揃っているのね。

 え? ああ、あの子は召喚勇者の方々の所に……行きましたわ。

 

 なっ、何ですの!? わたくし泣いてなんかいませんが!? 別にあの子を取られて悔しいとか寂しいとかそんなことはありませんから!

 ……うう。昔は何をするにもアゼリアちゃんアゼリアちゃん、とちょっかいをかけてきていたあの子が……あんなぽっと出の勇者なんかに……!

 

 昔……って、そういえばそうでしたわね。あまり言い触らすようなことでもありませんし、ここだけの話ですからね?

 

 わたくしとあの子は学院からの同級生だったのです。本当にもう、当時のあの子は可愛くて……いえ、今がそうでないわけではないのよ? でも、今はどちらかというと可愛いよりも美しいとか綺麗といった感じですもの。

 ああ、あの子がどんな学生だったか? あんまり今と変わってはいませんのよ。見た目は完璧なのにどこか抜けていて、警戒心がないどころかむしろ自分から男どもの中に入っていったり……おかげで大変でしたわ。獣を遠ざけようとするわたくしたちを尻目に、いつの間にかカードゲームをやっていた時は気が遠くなりました。まあ、あの子は一枚も脱がずに男三人がパンツ一枚で半泣きになっているのは面白かったのですが。

 

 ああ、それからあの子が男子学生の告白を『友達になってほしい』ということだと勘違いして『もう友達ではないですか』と言って撃沈させたり、本気で好きなんだという言葉に対してちょっと引いた顔をして心をバキバキに折ったり……あの子の友人としては心穏やかではいられないのですけどね?

 

 ……その話、どこで聞きましたの?

 へ、有名? 有名なのですか? ちょっとリリア、今のは本当のこと――本当に?

 一体どこから……まさか、ファンション……?

 

 ああもう、そうです! それは本当のことです!

 

 わたくしとあの子――オフィーリアは最初、仲が悪かった……というより、わたくしが一方的に嫌っていたのです。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 八年前の夏。

 わたくしもオフィーリアも13歳でした。

 

 当時の王城と言えば貴族しか入ることの許されない所でしたが、執事長をしていたドノバン・マクギリス様が一人の平民を連れてきたのです。ご実家の営む小料理屋で看板娘として働いていた、本当にただの平民。

 

 それが――オフィーリアでした。

 

 大変な騒ぎになりました。オフィーリアの美貌に目の眩んだ好色親父たちが金を積んだり非合法な手段で彼女に触れようと日夜争い、あわよくばと玉の輿を狙っていたような貴族の娘たちは突然の強敵(もはや敵ということすらできないほどに格が違う)の出現に戦慄き、そしてわたくしは――彼女を排除しようとしていました。

 ……今思うと本当によく無事でしたわね、あの子。

 

 んっん、話を戻しましょう。

 当時のわたくしは愚かしいことに、それなりに大きな家に生まれたせいで少しばかり、その……自分こそが世界の中心、とばかりに思っていたのです。

 会う人会う人皆「アナトリア」に媚びへつらうものだから、勘違いしてしまったのです。

 

 人は皆わたくしに傅いて当然、わたくしより偉いものは王様くらい――に思っていたところで彼女が現れたのです。良いものも悪いものも人々の視線を集めるのは彼女。わたくしの取り巻きでさえも彼女が現れれば自然とそちらに目を向ける程、オフィーリアという存在は強い光を放っていましたの。

 

 それが面白くなかったわたくしは彼女に嫌がらせをし始めたのです。

 確か、部屋を物置にするとか、すれ違う時に足を引っかけるとか、中庭にいるときに水を被せるだとか……陰湿な嫌がらせをいくつも、いくつも。

 あの子、どれも効果が無かったのよね。物置にしても顔色一つ変えなかったし、足を引っかけようとしても空中で一回転しながら華麗に着地するし、水を被せても逆に色気と神々しさが増してなんだか負けた気分になったり……あ、いえ、何でもありませんわ。

 

 それが半年ほど続いたかしら。急に、あの子が学院に通うことが決まったのです。

 きっとあまりにも阿呆な、いえ、馬鹿な貴族が多すぎたのでしょうね。

 学院なら寮生活ですし、彼女の身に危険が迫ることもない――そう判断してのことだったのだと思います。

 でも、これもわたくしにとっては面白くないことでしたの。

 王城での注目をかっさらわれて、今度はわたくしも通っている学院の注目まで――と。

 

 あの子が学院に通い始めてすぐにその予測は現実になって、学院でも彼女のことばかりになりましたわ。

 より一層激しくいじめを続けていたところで――ある事が起きたのです。

 

 いえ、そんな大したことではありませんわ。

 

 

 

 

 この世界ではよくあることです。

 わたくしの実家、つまりはアナトリア家が――失脚したのです。




ぽっと出の勇者:召喚されていない勇者という概念もあったり、なかったり

カードゲーム:脱衣ポーカー。なお本人は修学旅行で男友達同士でふざけるノリくらいに考えていた

パンツ一枚:パンイチ。オフィーリアさんは「かみのかご」があったので負けなかった。

ファンション:貴族家の一つ。レイテルパラッシュ持ってそうですね()

マクギリス:チョコレート

看板娘:彼女(あるいは彼)がもしかしたら一番幸せだったかもしれない時期。服装についてとやかく言われないため、常に男っぽい服装でいた。

世界の中心:自分に自信を持つことは大切だが、持ちすぎると大変なことになる。

物置:現在も使われている。このことをアゼリアは知らない。

失脚:今までの地位から転落すること。何か不祥事の証拠でも出てきたのかもしれない。文書とか、音声データとか。国会でもっと他に話し合うべきことがあるのではなかろうか?


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Before day2

惚れる人

贅沢言わないから巨乳美少女に転生して周りの視線が集まる中これ見よがしに胸を揺らしたりして遊びたいだけの人生だった……


 今でこそかなり持ち直してはいますけど、あの当時は大変でしたのよ?

 日に日にやせ細っていく母と何日も帰ってこなくなった父。次々に辞めていく使用人と――掌を返してわたくしから離れた他の貴族子女たち。

 

 常に周囲に誰かがいたことが嘘だったかのように、わたくしは一人きり。

 ああ、いえ。

 この言い方は正確ではありませんわね。

 

 人は近くにいましたのよ?

 ただ味方というか……オトモダチというか……そういった人がいなくなりましたの。

 まあ、当然の話です。彼らが見ていたのはわたくしの家の権力や財力であってわたくし自身というわけではありませんもの。

 

 ……それで終わるわけもないのですけど。それまで権力を笠に着て傍若無人に振る舞っていたような女ですから、ただ失脚した家の娘として捨て置かれるはずがありませんし。

 今までわたくしにいじめられていた側にとってみれば最高の復讐の機会。今までわたくしがやってきたことを返される時が来たというわけです。

 

 登校してみれば机が無くなっていて「おめーの席ねーから!」と言われ、何とか探し出してみればビッチだのチョココロネだのと悪口が所狭しと書かれてあり、物を隠される、壊される、すれ違いざまに刃物で服を裂かれるというのもありましたわね。

 戦闘実習で覚醒魔法を掛けられて殴られた時は死ぬかと思いましたわ。意識だけは早くなって鋭敏なのに身体は動かないし痛覚が異常に上がっているせいでただの拳でさえ意識を失うほどの痛みを味わうことになるんですのよ、あれ。

 

 ……そんなときです。

 いつものように実習で殴られていたところで、不意にそれが止まりました。

 何故だろうと顔を上げると、あの子が――オフィーリアがわたくしを庇っているんです。

 自分の身で実感していたから分かりますけど、本当に叫びたくなるくらいの激痛が走っているはずなのに、全く表情を変えないで立っているものだから一瞬痛覚がないのではと思い込んだくらいです。

 

 やがて何の反応も返さない彼女に呆れたのか、攻撃してきていた生徒たちはどこかに行ってしまいました。

 そうしたらあの子、振り返って「怪我はない?」って。

 

 おかしいですわよね。全身擦り傷だらけで額から血を流してすらいるあの子と、ちょっと服が汚れている程度のわたくし。どちらが酷いかなんて一目瞭然なのに。自分は全く痛くありません、って顔で人の心配をしてくるから思わず、

 

 

『あなたおかしいのではなくて!? 人の心配より先に自分のことを考えなさいな!!』

 

 

 って怒鳴ってしまって。

 ……だって仕方ないでしょう!? あの子のあの綺麗な髪とか、顔とかそういうの全部ぼろぼろになってるんですのよ!? それを全く気にしてないどころかそれでいいとでも言わんばかりの態度に無性に腹が立って仕方なくて……

 

 そうしたらあの子、「お……ワタシはこれでいい、です」とか言いやがりますのよ!! もう本当に、ああ……思い出したらまたムカついて来ましたわ。

 怒りのあまりあの子を正座させて小一時間説教して、あの子がちゃんと頷いたのを確認して、それで終わりにしてあげたのです。

 

 化粧の仕方も知らない、女性として必要なことも全然わかっていない、というかそもそも生活能力が皆無と……いえ、無駄に能力値だけは高いから出来たのでしょうけど、やる気が無かったというか……

 あら、意外? 巷ではなんでも出来る完璧超人として通ってますものね、あの子。あんまり自分のことに興味がないというか、あれはなんていうか……そう、まるで自分が女性だと思っていないかのような感じですわね。

 

 毎日毎日おのれは本当に女なのかと問いたくなるような生活をしていることが判明しては怒り、サボろうとするあの子に宿題をやらせ、夜更かししようとするあの子を寝かしつけて……そんなことをしていたらいつの間にか仲良くなっていましたわ。

 なんですの? ……ですから本当に、笑い事ではないのですよ? 男子だけのグループに誘われてもほいほいついていくような子ですし。

 

 まあでも、そんなあの子だから、わたくしのことも気に掛けてくれたのでしょう。

 いつだったか、聞いたことがあるのです。

 どうしてあなたをいじめていたわたくしを助けたりしたのですか、と。あの子ったら、

 

 

『友達になりたかったから、かな』

 

 

 なんて、本当に同性のわたくしですら見惚れるような笑顔で言ってのけるんですのよ? 何故だか悔しくなって、またいじめるかもしれないのに? と聞いたらまた笑うんです。それで――

 

 

『アゼリアちゃんはもう傷付けられる痛みを知っている人だから。傷付ける痛みも分かるでしょ? だからそんなことはしないよ』

 

 

 って。

 そこでようやく気付きましたの。

 ああ、わたくしは最初からこの子と友達になりたかったんだ、と。いじめていたのは気を引きたかったからで、どこかつまらなさそうに、どうでもよさそうに世界を見ているあの子に振り向いて欲しくて――って、これではまるで恋する乙女のようですわね。

 ……あなたたち、そのニヤニヤとした笑いをやめなさいな。リリア! その書き写した紙をどうするつもりですの!?

 

 ……え? それから、ですか?

 

 特に、何も。

 大したことはありません。あの子が何かしでかして、わたくしが怒って。そんな感じです。いつの間にかいじめられることもなくなって、あの子のお蔭でわたくしがいじめた子たちと話し合うことも出来ました。もちろん、許してもらったわけではありませんけれど……ええ、わたくしに出来る償いは全てするつもりです。

 

 一人でいたら絶対にそんなことを考えることなく、どうしてこうなったのかとうじうじ悩みながら、もしかしたら命を絶っていたかもしれません。

 そういう意味では、わたくしにとってあの子は手のかかる娘みたいなもので、親友で、それから命の恩人なのです。

 

 ……。

 少し、話疲れましたわ。

 

 って、あら。

 オフィーリア、あなたあの勇者様方のところに行っていたはずでは?

 は? ちょっと何を言っていますの? 遺跡? 勇者と? 三人で?

 ちょ、お待ちなさいな。いえ、そうではなくて……貴女はもっと警戒心を持ちなさいと言って……あ、こら、何を逃げようとしているんですの!?

 

 ちょっと待ちなさい! ほんと待って!

 ……待ちなさいって言ってるでしょうが! 待てこらああああ!!!!




ここで書いてる作品だと割とさくさく書き進められるのに賞に応募しようとしてる作品は一行も進められない不具合
バグかな


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Day14(表)

キレる人


 一ヵ月。

 それが、なんとか稼げた猶予期間だ。

 

 一ヵ月って、一ヵ月ってお前……

 まあ確かに聖志朗くんはまさに勇者って感じの成長度合いを見せてくれたけどさ。

 おにーさんとしてはまだ無理だと思うわけで。

 

 日本では普通の男子高校生だった二人に高々一ヵ月訓練させてそれでこの世界の最高戦力でも倒せなかった奴を倒しに行けとかまず無理なのではないだろうかと。

 ……結局、ただのメイド如きの意見が聞き入れられるはずもなく、なし崩し的に二人が行くことになってしまったわけだが。

 

 

「という訳で、後はよろしくお願いします」

「……当たり前のように着いていく気ですのね」

「まあ、放っておけませんし」

 

 

 苦虫を噛み潰した後にレモンを突っ込まれたような表情でアゼリアちゃんが立ち尽くす。

 しばらく何か言いたげにしていたが、やがて吹っ切れたように口の端だけを持ち上げた。今にも泣きだしそうな、歪な笑顔だった。

 

 

「安心なさいな。貴方がいない間、ここの面倒は見ておいてあげますから」

「ええ、よろしくお願いします」

「しばらくはメイド長代理として甘んじていてあげますけれど……あんまり遅いようならメイド長の地位はわたくしに譲っていただきますわ」

「アゼリアちゃんがメイド長……それはそれで」

 

 

 いいかもしれないですね、と続けようとしたのだが、遮るようにアゼリアちゃんが口を開く。

 

 

「ですから――絶対に帰ってきなさい。もし魔王を倒せなくとも、絶対に生きて帰ってきなさいな。貴女が帰ってくる場所は、ここなのですから」

「……はい」

 

 

 ……なんかアゼリアちゃんはやたらと悲壮感の籠った表情で送り出そうとしているが、そこまで思いつめるような相手じゃないよ?

 

 前回は騎士の人たちがめっちゃ頑張って半分くらい削ってくれてたからそこまで苦戦しなかったし。いや、確かにそれでも三時間かかったっていうのはあるけど、それは無駄に規格外魔法ぶっ放しまくって完全に消滅させようとしたりしてたからっていうのもあるし。

 今回は異世界からわざわざ引っ張ってきた勇者たる聖志朗くんもいるし、ステファノさんと善戦できるくらいまで成長した悠二くんもいるし。もし想定外のことが起きてもきっと聖志朗くんの主人公補正とチートでなんとかなるでしょ。へーきへーき。

 

 簡単に言ってしまえばあれだ。うん。修学旅行的な?

 ちょうど男三人(うち一人は精神のみ)だし。どっかで宿屋か何かに泊まったら枕投げとかやって遊ぶくらいの余裕がある。

 

 まあ、なんか折角いい雰囲気になってるのをぶち壊しちゃうから言わないけど。

 

 

「さて、これ以上ここにいても仕方ありませんし、仕事に戻りますわね。貴女もそろそろ出立の時間なのでしょう?」

「あ、そうですね。では行ってきます」

 

 

 ぼんやりしてたら時間が結構経ってたようで、そろそろ聖志朗くんたちが準備を終えているであろう時間になってしまった。

 二人ともすでに集合場所にいたりして。やばい、急がないと。

 

 

「それじゃあ、また」

「ええ。必ず戻ってきなさい、リア」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 時を止めつつワープしたりしてみたのだが、すでに二人とも集合場所に着いていた。時間的にはまだ余裕があるはずなんだけど……二人とも早くない?

 駆け寄りつつ、遅れたことを詫びる。

 

 

「すみません。待ちましたか?」

「いや、今来た所なんで大丈夫……です」

「三十分前に来た俺よりも早かったお前が何を、ぐぅっ!?」

「言わなくてもいいだろ!?」

 

 

 なんか、随分と待たせてしまっていたようだ。ちょっとへこむ。

 いやでも、集合時間より前なのは確かだし、別にいいのでは?

 

 

「というかオフィーリアさん、本当に着いてくるんですね……?」

「当たり前でしょう。この世界に呼び出しておきながら丸投げするなんて鬼畜なことはしませんし、お二人は来たばかりでほとんどこの世界の常識も分かっていない状態で外に出したらどうなるか……」

「全くもってその通りなんですけど、出来るだけオフィーリアさんには戦ってほしくないというか……」

 

 

 戦ってほしくない、とはこれいかに。

 二人の世話役兼教師役として鍛えていたのだから、おにーさんの実力は十分分かっているだろうに。

 

 

「あのな、聖志朗。もうここは俺たちのいた世界とは違うんだから、向こうの常識で考えんな。オフィーリアさんは俺たちじゃ敵わないくらい強いんだし、素直に力を借りておけばいいだろ?」

「いやでも、女性なんだぞ?」

「強さに男も女もあるかよ」

「それは……そうだけど」

 

 

 二人でひそひそと話し合うこと数秒。

 それでもまだ納得していないような顔をしていた聖志朗くんだったが、やがて渋々と頷き、こちらに顔を向けた。

 

 

「……それでも、やっぱり俺はオフィーリアさんには戦ってほしくないです。確かにオフィーリアさんはすごく強いけれど、それでも、もし貴女が傷つくようなことがあったらと思うと……」

「大丈夫ですよ。これまで怪我なんて数えるくらいしかしたこともないですし、前回の戦いでもちょっと切り傷が出来た程度でしたし」

「え、切り傷?」

「あ」

 

 

 やっば。これは誰にも内緒なんだった。

 よし、何も言わなかったことにしよう。そうしよう。

 

 

「いえ、何でもありません。それより、そろそろ出発の時間です。早く行かないと日が暮れて移動できなくなってしまいます」

「あ、ちょっ!」

 

 

 二人を半ば置いていくような形で歩きだせば、慌てた様子で後ろについてくる。

 亜空間収納魔法が使えるからほとんど手ぶらとはいえ、剣とか鎧とかを着けている分重くなるし、疲れも増える。

 このまましばらく歩いていればすぐに傷のことは忘れてくれるだろう。

 

 

 脇腹に残っているはずのそれを、服の上からそっと撫でる。

 ……もうすでに治っているはずのそこが、じくりと痛んだ。




今回用語解説とかはお休みです。
というか多分しばらくないかな。


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Day14(裏)

決意する人


 剣を振る。

 ……まだだ。まだ、遅い。

 もっと速く、もっと鋭く、もっと重く。

 

 この程度の剣ではあの人に届かない。

 それでは駄目だ。それでは、あの人を守ることなんかできない。

 前に一度戦ったという団長さんの話ではほとんどあの人と魔王との一騎打ちだったという話だったし、せめてあの人との模擬戦で勝てるくらいにならなければあの人を守るどころか足手まといになってしまう。

 

 

「く……っそ!」

 

 

 汗で滑った模造刀が手元から抜け落ち、地面に転がる。その様に気が抜けて、つい自分も仰向けに転がる。空は夕焼けに染まっていた。

 

 ……疲れはあまり感じないけれど、代わりに焦りだけが満ちていく。

 このままでいいはずがない。これでいいわけがない。

 あの人に――オフィーリアさんに認められるためには、ここで止まっているわけにはいかない。

 

 立ち上がろうとして膝に力を込め、突然飛んできた白い物体を反射的につかみ取った。

 

 

「って……タオル?」

「そろそろ終わりにしとけよ。明日の出発は早いし、ここで身体を壊したりしたら笑い話にもならないだろ」

「悠二……いつから?」

「ついさっき。やたら思いつめた顔してるから笑いに来てやった」

 

 

 そうはいうものの、悠二は心配そうな表情を浮かべている。

 ……そうだ。そうなのだ。

 羽原悠二という男はいつもこうやって、俺が思いつめていたり、何かに迷っていたりする時に心配してくれる。

 今までいろんな事件に巻き込まれたけれど、いつだってこの親友は俺の身を案じてくれるのだ。

 

 

「んで? なんかあんだろ、悩み事。話すだけ話してみろよ」

「……うん。いや、なんていうかさ。オフィーリアさんってすごいよな」

「ああ……うん、確かにすごい。魔法のことを理論的に知った今だから分かるけど、あの人はなんかもう、別だな。もう別次元だな」

「やっぱりさ、今の俺なんかがあの人のことを守りたいなんて言っても、冗談にすらならないよな」

「……ふむ」

 

 

 悠二が黙り込んだのをきっかけに、しばらく二人で空を見上げる。

 夕焼けは紫色へと変わり、星が見え始めている。

 

 不意に、悠二が喋りだす。

 

 

「俺は、さ」

「うん」

「正直怖い。トラックの時は無我夢中だったからほとんど考えちゃいなかったが、俺たちは本当ならあそこで死んでた」

「……うん」

「んで、今回のこの魔王とやらと戦うのだって絶対に無傷とはいかない。いや、むしろ死ぬ可能性だってあるだろ。その辺は、お前も分かってるだろうから言わない」

「そう、だね」

「でだ。一般人代表みたいな俺としてはそんな戦いに連れていかれることが怖くて怖くて堪らない。自分の命のこととか、元のあの地球に帰れるのかとか、そういうことで頭がいっぱいなわけ」

「うん。悠二らしいね」

 

 

 だから――と。

 悠二は言葉をきって、真っすぐにこっちの目を覗き込みながら言った。

 

 

「誇れよ、勇者。そういうのより他人が大事だっていうその想いは、お前の武器だ。今までだってそうだろ?」

 

 

 ――。

 そうか。そうだよな。

 

 

「ありがとう、悠二。お蔭でちょっと気が楽になった。うん、俺はやっぱりオフィーリアさんに傷ついて欲しくない。あの人が戦わなくて済むように、俺はあの人を守りたい」

「……はぁ。そいつは何より。それだけは(・・・・・)俺には(・・・・)出来ないから(・・・・・・)な。……所詮脇役の、俺には」

「? 最後何か言ったか?」

「いや何も? それより、さっさと風呂入って寝ようぜ。明日早いだろ」

「そうだね。そうしよう」

 

 

 ……頑張らなきゃな。

 俺は勇者だから。そして何より、オフィーリアさんを守りたいから。




最近小説より絵を描いている時間の方が長い気がするけど多分気のせい


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Day15(表)

気楽な人


 魔王復活は気のせいでした! 間違えちゃったごめんね!

 

 

 ……となればどんなに良かったか。

 

 平穏そのものだった旅路に「まるでピクニックだな」とか思っていたのが悪かったのか。街道から離れた瞬間、魔物に襲われた。

 幸いにしてそこまで強くない奴だったので、聖志朗くんたちの実戦訓練ということで俺は離れた所で見守ることになったのだが……ふむん。

 

 聖志朗くんは高校生とは思えないほど中々いい動きをする。対して悠二くんの方はどこか腰が引けていて、踏み込むべきところで後ろに下がってしまう。

 

 ……いや。

 本来なら悠二くんの反応の方が正しいのか。

 彼らは平和な日本からやってきたはずなのだから。

 

 ――そういう意味で言うならば、何の躊躇いもなく危険に飛び込んでいける青ヶ谷聖志朗という少年は間違いなく異常だった。一体どんな経験をしてくればこんな剛毅さが身に付くのか。

 

 

「聖志朗! そっちに行ったぞ!」

「分かってる!」

 

 

 聖志朗くんの振るった鋼が分厚い毛皮を引き裂いて煌く。その刀身が僅かに音を出して震えている。戦闘に使われる魔法では初級の『ダンシングエッジ』だろう。

 断面はその効果を示すように溶けてドロドロのぐずぐずになっている。何ともえげつない。出血すらしていないのだからどれだけの高温か分かるというものだ。

 

 ……え? どこがダンシングなのかって?

 切られた側があまりの痛みに踊るような動きで悶える所だよ。

 

 

「Gr……rrr……」

「……終わった、か」

 

 

 ゴリラと蝙蝠を足したような見た目の魔物が地を震わせる叫び声を上げて倒れたのを見て取り、聖志朗くんが構えを崩さないながらも安堵の息を漏らす。その横で荒い息を吐いていた悠二くんも疲れた顔で座り込んだ。

 

 ……うん、減点。

 

 

「っ、こいつまだっ!」

「悠二!」

 

 

 一度死んだように呼吸を止めていたゴリラが突然跳ね起き、一番近くにいた悠二くんに向けて剛腕を振るう。

 喰らえば即死。掠めても致命傷。

 一瞬とはいえ気を抜いてしまった聖志朗くんでは反応できない。

 

 

「――大丈夫ですよ」

 

 

 まさかこのおにーさんがそんな大惨事を見過ごすわけもない。

 右足にほんの少し力を籠めて解放する。弾丸よりも早く身体が打ち出され、ゴリラの目の前へと着地した。

 

 

「おっ、オフィーリアさ――」

「確実に息の根を止めるまで気を抜かない様に。減点一点です」

 

 

 着地したと同時にくるりと一回転して左足を突き出し、脛で剛腕を受け止める。

 ……軽い。

 が、それはおにーさんの基準でのこと。悠二くんなんてこの世界の赤子レベルなのだから守護ってあげないと。

 

 

「この魔物のように、ある程度の知能があるものになれば死んだふりで奇襲を狙ってくることもあります。酷いものだと起き上がりつつ目眩ましをしてくるものもいます。ですので――」

「GRU!?」

 

 

 何故かアゼリアちゃんに教え込まれたダンスの要領で右足を軸にもう一度回転してやれば、簡単にゴリラは体勢を崩した。

 無防備に曝け出された胸元、それから呆けた様子の顔面へと蹴りを放つ。

 

 

「こうやって、確実に息の根を止めてから気を緩めてください」

「うわっ!?」

 

 

 ぼごん! と頭部と胸元に大きな風穴が空いた。というか俺が空けたのだが。このくらいは二人にも出来るようになってもらわないと魔王の所まで連れて行くのには不安が残る。

 ふう、と息を吐いたところで聖志朗くんが駆け寄ってきた。

 

 

「今の何ですか!? あのゴリ……魔物が一瞬で爆散して……!」

「メイド七業(ななつわざ)の一つです。『優雅なひと時(ロイヤルティータイム)』といいます。……これくらいのことならアゼリアちゃんでも出来ますよ」

「……メイドってなんだ?」

「いざという時に主をお守りするのもメイドの役目ですから。……悠二くん、大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 

 彼が小さく呟いた「白か……」という言葉の意味は深く考えないでおこう。

 おにーさんの今日のパンツの色も。

 赤面した悠二くんが鼻頭を抑えながら立ち上がり、何度か頭を振る。

 

 

「……すみません、オフィーリアさん。油断してました」

「いえ、悠二くんたちにとっては慣れていないものなのですから仕方ないでしょう。むしろよくやれていた方だと思いますよ」

「でも……俺が足を引っ張っているのは事実ですから。勇者じゃない俺が一番気を張ってないといけないのに……!」

「悠二、あまり思い詰めるのはよくないよ」

「……お前に俺の気持ちが分かるわけないだろ」

「なんだよその言い方。俺はただ、」

「聖志朗くん。今は止めておきましょう。……戦闘のストレスで苛立っているだけでしょうから」

 

 

 とはいっても、恐らくそれだけではないだろう。この数日間の旅で何度かあった戦闘の後は必ずといっていいほど顔を歪めているのだから。

 ……恐怖、でもない。悔しさというか、もっというなら嫉妬のような。

 

 黙って俯いた悠二くんに視線を向ける。

 

 

「……くそっ。俺だってもっと……」

 

 

 もし俺の想像が当たっているなら、今の状態の彼に下手な慰めは意味をなさない。

 オフィーリアというこの身での説得力もないに等しい。

 

 

「先に進みましょうか」

「……はい」

 

 

 今は、とにかく先に進むしかないだろう。

 彼のそれが意味をなさなくなるように。




魔王復活は気のせいでした! 間違えちゃったごめんね!:実際やったら怒られるどころの話ではない。

まるでピクニックだな:某隊長の発言。この後終末捕食したんだよね……

魔物:異世界のお約束。この世界では魔王という人物によって原生生物が品種改良された結果生み出された生命体を総称してそう呼んでいる。魔石? 知らない子ですね。

青ヶ谷聖志朗:さて、普通の高校生っぽい彼の裡には何が潜んでいるのか

『ダンシングエッジ』:付与魔法。属性という概念に当てはめるなら辛うじて炎。刀身を高速で振動させる魔法なのだが、空気との摩擦による副産物で超高温になる。戦いに明け暮れる世界なのでこれでも初級です

ゴリラと蝙蝠を足したような見た目の魔物:正式名称はエネゴリ。熱エネルギーを運動エネルギーに変換するなど、自分の体内にあるエネルギーを自在に操れることから名付けられた。ちなみに本来ならあまり遭遇するはずのないもの

弾丸よりも早く:亜音速を超える

赤子レベル:オフィーリアからすれば大体みんな一緒。正常な感覚の人が見れば大体一兵卒くらいはある

守護る:母性の目覚め……

起き上がりつつ目眩まし:沼地によくいる紫色の怪鳥。手癖が悪い

メイド七業:磨かれたお世話技術。家事を極めた者は世界を制する

『優雅なひと時』:主が急に紅茶を求めた際に駆け付け、準備するための業。縮地的な瞬間移動術とティーセットを並べる身体捌きを組み合わせたもの。つよい

白:いったいなんの色なんでしょうね()

鼻頭:抑えておかないと欲望が溢れ出す

嫉妬:何に対しての嫉妬なのか。それは彼だけが知る


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