勇者が断つ! (アロロコン)
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本編
勇者が断つ!


 ゴウゴウと吹き抜ける雪風。氷点下に近い温度を叩き出した北の大地は赤く染まっていた。

 

「…………えっきし!」

 

 ズズッと赤くなった鼻をすすって擦るのは黒髪の青年。死体の一つに腰掛けて、自身の愛槍である剣と槍を組み合わせたような形状の槍を肩に立て掛け空を見上げていた。

 彼の名は北方の雄、ヌマセイカ。槍を持てば常勝無敗という北方民族の期待を双肩に担ぐ男だった。

 彼の装備は酷く軽装だ。槍以外に武装は無く、胴を守るプレートアーマーと脚絆、籠手程度しか防具も無い。

 そんな軽装で誰よりも先に先頭を走り、敵を撃滅していく。

 彼ら北方民族を侵攻してくるのは、南に居を構える帝国。

 帝具と呼ばれる48の特殊な道具と類い希な軍の強さを誇る相手だ。

 今は内に湧いた反乱軍に手を取られているのだが、それでも北伐を止めようとしないのは流石と言える。

 

───────ま、勝てるわけはねぇわな

 

 死んだ目でヌマセイカは考える。今のところはどうにかなっているが、帝具使いの将軍格が出張れば、直ぐにでもケリがつく、というのが彼の帰結であった。

 民族の中には帝都を攻め落とそうと画策する者が居ないでもないが、ヌマセイカは兎も角、精強な自軍でも恐らく瞬殺される。

 指摘はしないが、そう見るのが妥当だろう。

 表情から熱意とかやる気とかその他諸々が抜けきった腑抜けたような男だが、その実中身は確りしている。

 

 軍とは民を護るものであり、国とは人である

 

 それが彼の持論だ。

 ヌマセイカ、18才、北方最強にして

 

─────────転生者であった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 マジ世紀末

 

 それがヌマセイカが物心ついて世界を見た最初の感想であった。

 日夜攻めてくる帝国軍。野に出れば襲ってくる危険種と呼ばれる獣、というか怪物達。

 感性が現代日本人であった彼は、最初こそ、異世界キタコレ、とか思っていたが実際にそれらに対面してその感想は宇宙の彼方へとフライアウェイすることとなった。

 

 強くなければ、死ぬ。

 

 その思いと共にがむしゃらに強くなった。

 運良く、と言って良いのか彼のボディはハイスペックだったらしく、努力すれば直ぐに効果が出た事も彼の頑張りに一役買っている。

 とにかくひたすらに強くなった。同時に帝具に関する研究擬きも行っていた。

 帝具の素材となるのは、超級危険種やオリハルコンやヒヒイロカネ等の希少金属だ。

 それらを、今では失われた技術を用いて生み出される。

 ヌマセイカは考えた。今は失われたならば、自分の知識でオリジナルの帝具を作れば良いじゃない、と。

 因みに千年前に帝具を作り出した始皇帝の真似をして歴代皇帝が作り失敗したものを臣具という。

 彼は数多の危険種を狩りその素材を手に入れて来た。中には超級も含まれており、その際には少なくない手傷を負うことも有ったほどだ。

 それらの素材を彼は、日本の炉の原理と鍛刀の技術を用いて組み合わせて鍛えあげていった。

 そして、それは完成する。

 刀身凡そ五メートル、柄凡そ四メートル。刃は片刃を採用し、見た目だけならば刀のソレだ。

 ただ、大きい。刀身の刃から峰への幅は凡そ20センチを越えている。鍔は刀身に併せた形状であり、柄は節毎に分かれるように切れ込みが入っており、分かれればその間を金の鎖が繋ぐ。

 

 吸獣斬界 塵外刀

 

 奥の手は危険種を吸収しその能力を刀身に付加すること。若しくは素材として使われた危険種達の力を顕現する事だ。

 鉄板をバターのように斬り捨てる超大業物であり、同時に数多の危険種を取り込ませた事により並みの人間では触れることすら出来ない代物が出来上がった。

 つまりは、これを一人で鍛えあげたヌマセイカのワンオフである。

 そんなつもりのなかった彼は当然、頭を抱えた。

 本人としては他の人間も使えるようにして、代々受け継ぐ、といったモノにしようと思っていたのだ。

 まあ、ソレ以前にデカ過ぎて彼以外に振るえる者が居ないのだが。

 そんな塵外刀だが、ヌマセイカは戦場にこれを持っていかなかった。

 折角の帝具にも劣らない武器なのだから、持っていけばいいと周りは言うが、彼は一度として頭を縦に振らなかった。

 単純に大きすぎて対人戦に向かない事と、帝国軍に対する隠し球とするための措置だ。

 何より軍が相手でも槍一本でどうにかなるため、煩く言うものも少なかったのも1つの理由だろうか。

 とにかく、そんな化物染みた刀を持つこととなったヌマセイカ。

 頭痛の種は尽きることは無いのだ

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「こりゃ詰んだな」

 

 北方、要塞都市。その城壁の上から、遠方の土煙を見てヌマセイカはいつもの通りやる気の無い目で呟いた。

 今回の帝国の北伐は今までと桁が違う、ということは彼も分かっている。現にけしかけた危険種が軒並み氷付けの氷像と化しているのだ。

 炎を吐く火蜥蜴すらも凍っていることから、帝具によるものということは判断でき、さらに他にも水柱や首を落とされるモノ等、とにかくけしかけた危険種は全滅してしまった。

 それを受けての要塞都市の動きは早かった。

 

「ヌマセイカ様。民の脱出、完了いたしました」

「お疲れさん。ソレじゃあ、兵は全員、民の護衛に回れ。何をおいても殺させるなよ」

「ヌマセイカ様は」

「決めたことだろ?オレは此処に残って殿さ」

 

 ヨッコラセ、と立ち上り右手には塵外刀、左手には槍をそれぞれ持ってホッと息をついた。

 その背には何の気負いも感じられない。

 

「…………ご武運を」

「あいよー」

 

  去っていく部下を見送り、ヌマセイカは今までの人生を振り返る。

 今回の自身を殿にするという案も通すだけで大変だった。

 最終的には自分の考えを話し、民こそ国である、と教え込みその為に必要なことだ、と教え込んだ。

 

「さぁて、死のうぜクソ野郎。ファックファックって罵りながら死んでこうぜ」

 

 城壁より、飛んだ。皆の死地を覆すために、この身をベットして死地へと向かう。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「将軍!前方、要塞都市です!」

「漸く、か」

 

 部下からの報告を憮然とした表情で受ける青髪の麗人。名をエスデス。帝国最強の二枚看板を務める将軍である。

 そして、彼女こそこの進軍の道中で危険種を氷漬けにしてきた当人であった。

 

 魔神顕現 デモンズエキス

 

 それが彼女の帝具。

 超級危険種の生き血をそのままに帝具と成しており、適応するには精神が崩壊するほどの破壊衝動を乗り越えねばならない。

 能力は氷を自由自在に生み出し、操るというもの。

 元々の戦闘力の高さも合間って正に怪物クラスだ。

 そんなエスデス。この地に足を踏み入れてから、何故だか胸の高鳴りが止まらない。

 それは要塞都市へと近づくにつれて強くなっていた。

 

「将軍?どうされガッ!?」

 

 腕を掻き抱いた姿を見とがめた部下の一人が声をかければ、次の瞬間、氷付けの氷像と化された。

 ギョッと周りが彼女へ目を向ければ、ゾワリと沸き立つすさまじい殺気と覇気。

 そんな地獄もかくやというような行軍は唐突に終わりを迎える。

 

「止まれッ!!」

 

 エスデスの鋭い制止。慌てて止まるも、先見隊の何人かが前へと出てしまう。

 直後

 

『『ギャアアア!?』』

 

 兵士達は上半身と下半身が泣き別れとなって絶命した。

 チャラリと聞こえる鎖の音、ついでに吹き荒れていた雪風が真横に断ち切られる。

 そこに立っていたのは長い黒髪の死んだ目をした青年。

 右肩にアホみたいにデカイ刀を担ぎ、左手には槍を持つ。その身からは目とは打って変わって圧倒的な覇気が漏れだしていた。

 同時にエスデスも全身から殺気を立ち上らせる。

 

 こいつだ。この男こそ自分を沸き立たせる存在だ。

 

 そう本能がプッシュしたのだ。

 

 抜剣、金属音

 ここまで凡そ五秒以内に全て行われていた。

 

「血の気が多いな」

「そこまでの覇気を立ち上らせて誘うのはお前だろう?」

 

 ギリギリと軋みをあげる二振りの白刃。やがて、どちらともなく弾き、距離が空いた。

 

「北方討伐遠征軍、将軍エスデスだ」

「要塞都市、代表ヌマセイカ」

 

 エスデスが名乗ればヌマセイカもソレに答える。

 

「お前が北方の勇者か」

「そんな御大層なモノじゃないさ。勇者ってよりも愚者の方が正しい」

 

 言いつつ、右腕を振るいヌマセイカは脇を通り抜けようとした一群を塵外刀のギミックによって斬り殺す。

 この場を一人として通す気は彼にはない。

 既に民達は遠くであり、兵達も撤退している事だろう。

 それでもこの地を抜かせる気は無い。万が一でも億が一でも可能性があるならば、彼はそれを許さないのだ。

 

「エスデス様」

「お前達は手を出すな」

「異民族はどうします?」

「放っておけ」

「エ…………」

「これ以上口を開くな。いくらお前達とはいえ許さんぞ」

 

 エスデス直属の部下である三獣士はソレによって黙り込む。

 あまりにも恐ろしかったのだ。

 冷ややかな殺気に反しての、熱い怒気。これ以上機嫌を損ねれば確実に殺されていた事だろう。

 エスデスは部下達を下がらせると、漸く惹かれる相手へと向き直った。

 先程とは一転、それはもう花も恥じらう乙女の顔。

 殺気と覇気を叩き付けてこなければ、男なら誰しもコロリといってしまいそうな笑顔だった。

 

「どうした?頬がひきつっているぞ」

「いや…………怖い顔だと思ってな」

 

 言って、槍を地面に突き立てヌマセイカは両手で塵外刀の柄を握る。

 

「本気で来るか?」

「槍を折られるのは偲びない」

「そう、か!!!」

 

 地が爆ぜた。同時にヌマセイカの瞳孔が猫のように縦に動き、塵外刀を振るう。

 再び、金属音。白刃が衝突し互いを断ち切らんと火花を散らす。

 

「ッ、おっと」

 

 不意にヌマセイカは首をかしげた。間を開けずにスレスレを通過していく氷の刃。

 瞬間、エスデスの目の色が変わった。辺りに吹き荒れる雪風をも越える冷気が立ち込めてきていた。

 

「あん?おお、と。危ないっての」

 

 ヒョイヒョイと身をかわしながらヌマセイカは駆け回る。

 時に地面から突き立つ氷の剣山をかわし、時に降り注ぐ氷の槍を塵外刀で切り払う。

 至るところから現れる氷の攻撃が何処から来るのか分かっているような回避の仕方だった。

 

「…………妙だな」

「あ?おっと」

「何故かわせる?」

 

 普通ならば掠り傷はおろか、風穴の一つや二つ軽く空けられそうな状況で避け続ける彼に流石のエスデスも問うしかない。

 やはりヒョイヒョイと軽々かわすヌマセイカは顎に手をやり考える。考えながらも、回避の動きは止めない。

 片手には逆手にもった塵外刀を持ち、空いた手では顎に手をやり考え込む。実にシュールである。

 だが、エスデスを尊敬、畏怖、畏敬の対象として見ている三獣士や兵士達はそうもいかない。最後に勝つのは自分達の将軍だと思っているが、それでもその光景は初めて見るものだった。

 彼らの目には何処か手に汗握る、好勝負に映った。

 そんな外野の事など知らぬ存ぜぬ、なヌマセイカは顎から手を離して指を立てる。

 

「寒冷地の出身だからじゃないか?何となくだが冷気の集まり具合で察しがつく」

 

 いや、その理屈はおかしい。

 少なくとも周りの兵士は彼の言葉に似たり寄ったりな感想をもつ。

 何せ周りは冷蔵庫に体がぶちこまれたように寒いのだ。その中から更に冷たい場所を探しだして攻撃を予想するなど、最早人間業じゃない。

 第一、温度が違うとはいえ、十分の一の位程度の温度差だ。普通分からないだろう。

 それをこの男は感知している。それも余裕をもってかわしている所から、更に温度差が小さくても分かるのだろう。

 現にデモンエキスの強みである、相手に気取られず、無から氷を生み出す攻撃は意味をなしていない。

 

「んじゃ、そろそろやられっぱなしも、シャクなんで、な!」

 

 降り注ぐ氷の槍を紙一重でかわし、大地を思いっきり踏み締めた直後、ヌマセイカの姿は掻き消える。

 空間移動ではない。その証拠にエスデスの周りの地面が時偶、ボコりと陥没している。

 

「……………………………そこか!」

「お?お見事」

 

 エスデスが背後にサーベルを振るえば、ガキリ、と見事に噛み合う白刃。

 が、それも一瞬。直ぐに刃は離れて、再び膠着状態。

 だが、彼女が求めるのは血沸き肉踊る、血みどろの真剣勝負だ。故に

 

「“クリンゲレーゲン”」

 

 手を打った。

 半径百メートル。降り注ぐのは鋭い氷の刃。

 兵達は一目散に逃げ出すも、何人かは逃げ損ね、ヌマセイカも空を見上げて少し目を大きく開く。それでも死んだ目だが。

 

「塵外刀“鉏ノ型”『風壁』」

 

 呟きと共に塵外刀の柄が分裂し、細かい節となり、間を鎖が繋ぐ形へと変化する。

 そしてそれを振り回して簡易的な衝撃の防御として見せたのだ。

 完全に氷の刃の雨を防いで見せたヌマセイカ。しかし、その足は止まってしまう。

 そこを逃すエスデスではない。

 

「“グラオホルン”」

 

 打ち出されるのは巨大なツララ。かなりの勢いで飛んできたソレは風壁とぶつかり合い、盛大に砕け散る。

 ソレも狙い通りであった。

 

「…………ホンット、厄介だこと」

「なかなか頑丈な鎖だな」

 

 ガチガチとサーベルを防ぐは金の鎖。ツララを目眩ましにエスデスが接近戦を仕掛けていた。

 鉏ノ型はその特性上刃が手元を離れてしまうため、どうしても接近戦が難しい。

 まあ、出来ないことも無いのだが。実際、サーベルを受け止めたヌマセイカは片手首を軽くスナップさせて刀身を凄まじい速さで引き戻している。

 丁度エスデスの背中を狙う形となった。

 避けるか防ぐかしなければ間違いなく胴体が真っ二つコース待ったなしの凶刃が迫る中、エスデスは慌てない。

 

「あれま」

 

 鉄板を容易く切り裂く塵外刀に対して、氷の柱を何本も縦に並んで召喚し勢いを少し弱めたタイミングで、下から更に呼び出した氷の柱でかち上げ防いで見せたのだ。

 さすがに分が悪い、と蹴りを放って後退するしかヌマセイカにはなかった。

 だが、エスデスは逃がさない。

 

「“ヴァイスシュナーベル”」

 

 繰り出される無数の氷の刃による追撃。

 対してヌマセイカは引戻し元の形へと戻した塵外刀によってそれらを破壊、お返しに

 

「塵外刀“釵ノ型”飛水」

 

 再度分解し、刃を一直線にエスデスへと差し向ける。

 高速というよりは剛速といえる、速度と威力。しかし先程の斬撃よりは止めるのが楽であった。

 

「チッ、届かねぇか」

 

 巨大な氷の壁に深々と突き刺さった塵外刀を見て、ヌマセイカは短く吐き捨てる。

 確かに刀身こそ凄まじい切れ味だが、全刃刀ではないため鍔にまで刃はついていない。刀身の切っ先が氷を若干貫通するに留まった。

 そこでふと、ヌマセイカの頭上に影が差す。見上げればこの気温でありながら冷や汗が頬を伝った。

 

「“ハーゲルシュプルング”!!」

 

 氷山ほどもありそうな巨大な氷塊。それが全てを押し潰さんと降ってきたのだ。

 大地が震える。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 モウモウと立ち込める煙に、エスデスは冷めた目を向けた。

 デモンエキスに奥の手は存在しない。

 先程の氷塊が一種の奥の手じみているが、とにかく無いのだ。

 そして、エスデスの落胆はその氷塊に潰されたであろう男、ヌマセイカ。

 明らかにまだ力を隠していたようだが、それを見る間も無く終わってしまった。

 そう、エスデスは終わったと思っていた。それは周りの兵達も同じくだ。

 故に

 

「塵外刀変化──────」

「ッ!まさか…………!」

 

 その声に慌てて振り返る。

 ビシリ、と氷塊に走る亀裂。

 

「─────型式“兜”!」

 

 バカリ、と真っ二つに割られた氷塊。そして天を突く超巨大な刀身。

 元々の塵外刀は人の身で扱うには過ぎた大きさであったが、これは最早桁が違う。

 その長さ凡そ100メートル、幅は十メートルはあろうか、という最早生物の振るえる代物の大きさではなかった。

 

「危ない危ない。もう少しで、ペチャンコだった所だ」

 

 やれやれ、と首を振るのは化物刀の柄を肩に担いだヌマセイカ。

 余裕な様子であるが、その実、本当にギリギリだったのだ。

 氷塊が落ちてきたとき、反射的に柄頭を地面に突き立て、鍔より下へと身を屈め、刀身に氷塊が刺さったタイミングで奥の手発動。どうにか生き残った。

 

「お前のその武器は帝具、なのか?」

「あ?違う違う、これはオレのオリジナルだ。危険種狩りまくって素材を混ぜて作ったのさ」

 

 ヘラリと笑い、何でもないことのように語られるとんでもないこと。

 そうこうしている内に刀身が元の大きさへと戻っていく。

 風が吹いた。黒髪と青髪が揺れる。

 

「惜しいな。帝国に居ればそれ相応の地位に居ただろうに」

「生憎とオレはアイツ等の希望らしいんでね。もう暫くは此処から動く気はねぇよ」

 

 嫌な義務感だよ全く、と彼は笑い塵外刀を構え直す。

 奥の手を出した為にもう手加減をする気は無い。

 それはエスデスも同じことだ。周りの冷気が大きくうねり、気温が一気に低下する。

 

「“エイスデアケーフィ”!」

 

 瞬間、世界が凍った。いや、凍ったのはヌマセイカを中心とした一定範囲が凍ったのだ。

 普通はこれで詰みだ。しかし、彼は終わらない。終わる気もまだまだ無い。

 

「型式“朱雀”!!」

 

 塵外刀の刀身より噴き出す紅蓮。それは翼のように変わり、氷ごとヌマセイカを包み込む。

 一秒かからずに蒸発する氷の山。

 氷より出てきた彼は一つくしゃみをすると頭を掻いた。

 

「これで五分か?」

 

 赤熱した梵字の浮かぶ刀身。その中程には小さめの炎で象られた一対の翼があり、切っ先には南と達筆に書かれていた。

 単なる炎ではエスデスの氷は融かせない。

 そこでヌマセイカは奥の手の中でも更に奥の手である超級危険種の能力を使うことにしたらしかった。

 

 超級危険種、火天禍鳥(カテンマガトリ)

 

 炎の肉体を持ち、両翼の端から端までの長さは五十メートルを越える怪鳥だ。

 鋼も容易く溶かす程の熱量をほこり、塵外刀が出来ていなければヌマセイカも今頃この世に居なかっただろう。

 そして討伐した下りにその能力を吸収した。

 

「さあ、殺ろうか」

「やはりお前は私が見込んだ通りの男だったな!!」

 

 その日、要塞都市近くの平原にて炎の大津波と氷の大連山が観測されるのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「ドナドナドーナー─────────────」

「その歌は止めろ。何故か空しくなってくるからな」

「いやー、明らかにそんな気分だぜ?市場に連れてかれる子牛の歌だしな。後、ケツが冷たい」

「我慢しろ」

 

 チャラリと手枷を鳴らして、ヌマセイカはヘラリと笑う。

 彼は今、氷で造られた護送馬車に詰められていた。檻の向こうではエスデスが辟易とため息をついている。

 檻の天井の上には塵外刀が乗せられていた。

 最初は部下に運ばせようとしていたのだが、持った瞬間全身から血をぶちまけて死んだ為に持ち主に詰問してこの運搬法となった。

 決闘という名の死闘から凡そ二日。その中で一日半、粘り続けたヌマセイカは漸く、降参していた。

 地形が変わるほどの大激戦。むしろどちらも五体満足で生き残っただけ上々と言えるだろう。

 

「で?何でオレは捕まったんだ?てっきり首を刎ねられると思ったんだが…………」

「私にとって強いものこそ正義だ。そして私が認めよう、お前は強い」

「塵外刀のお陰さ。槍一本じゃあんたには勝てん」

「ソレこそ謙遜だな。勝てずともいい勝負は出来ただろう?」

 

 ネットリとした熱を孕んだ視線を受けてヌマセイカは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 具体的には蛇に睨まれた蛙、ライオンに狙われたインパラ、カマキリに見つかった蝶。

 悉くの被食者の気分を味わうこととなった。

 何せエスデスは彼女の父をして天性の捕食者と称するほどに産まれながらの食らう側だったのだ。

 そんな存在に見つめられれば誰しも竦む。

 が、この男は悪寒を感じるに留まり、魅了されることもなく、クアッと大あくびをして、檻に背を預けて目を瞑る。

 

「おい、寝るつもりか」

「あんたと違ってオレは戦闘狂じゃ無いのさ。一日半も殺り合えば眠くもなる」

「そしたら私が暇ではないか。構え」

「ヤだよ。あ、ちょ、氷は止めろ!冷たいって!」

 

 ギャーギャーわめくヌマセイカを見ながら、エスデスは恍惚な表情を浮かべる。中々にドSである。

 こんな二人の姿を見て、誰が先程まで殺しあっていたと思うだろうか。

 

 そうこうしている内に、要塞都市にも劣らない巨大な壁が見えてくる。

 騒ぎながら、横目でそれを確認したヌマセイカは────────特に何も思わなかったらしい。

 街を捨てる結果にはなったが民は生き残った。屈強な兵達もそこらの危険種には引けをとらない。

 ある意味自分が生きていることが誤算な気がしないでもないが、まあ、些事だろう、と彼はとりあえずの納得を内心で決するのだった。

 

 彼は知らない。これからあり得ないほどの波乱に巻き込まれることを。

 彼は知らない。エスデス戦で生き残っている時点で世界に軽い歪みが起きていることを。

 彼は知らない。帝具擬きを作った結果、面倒ごとが大挙して押し寄せてくることを。

 

 彼は、知るよしもなかった。



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一応書き上げました。
反響に応じて続くかもしれません


「ごみ溜めかよ、腐ってんな此処」

 

 帝都、王城の一室に設置された窓から眼下の街を眺めたヌマセイカはうんざりとしたため息をついた。

 まだ帝都に来て数日と経っていないが、早くもこの街を出ていきたいと彼は思っている。

 町に蔓延るのは見掛けだけの活気。薄皮一枚ひっぺがせば何百という害虫が蠢き、汚泥と汚物を煮詰めて混ぜ合わせて発酵させたモノにも勝る悪臭を放つ。

 それがこの街の正体だった。

 そして、王宮の中も更に酷い。

 宰相であるオネストは幼い皇帝を傀儡としており、自分に楯突くものは軒並み粛清対象。

 武力で攻めようにも、帝国最強の一人エスデスを配下に抱え込んでいるため、それも無理。

 もう片方の最強はそもそも皇帝に弓引くことを許さない、思考停止野郎であるためお飾りに祭り上げることすら不可能だ。

 

「国は民だろうに。やれやれ、こんな国に負けたとはねぇ」

「随分な言い種だな」

 

 返答が返ってくるとは思っていなかった独り言に返ってくるのは冷たい声。

 振り向けば内開きの扉に持たれるようにしていつもの帽子で顔の半分を隠して下を向くここ数日で見慣れた姿。

 

「それにお前は帝国に負けたのではない。“私に”負けたんだ。その辺りを忘れるなよ?」

「だったら殺せばいいものを。あのブタも言ってたろ」

「帝具使いにも劣らないお前を殺せばつまらないからな」

「……………………マジで変態だな」

 

 ドン引き、という風にジリリと退くヌマセイカ。

 確かにエスデスは美人であるがそれを差し引いても余りある、変態的なドS趣味がある。そしてそれと同等以上の戦闘欲求と破壊衝動を持ち合わせている。

 それらを真っ正面から受け止めた彼は言うまでもなく気に入られていた。それが不幸の始まりだったのは言うまでもない。

 初日、帝都に連れてこられて最初に連れていかれたのはまさかの拷問所であった。

 あちこちから響く悲鳴やら絶叫やら断末魔やら、果ては壊れた人間の笑い声やら。他にも肉の焦げる臭いや、血の臭い、とにもかくにも最悪だった。

 その光景に目どころか、表情すらも完璧に死んだ。

 言わせてもらえば、ヌマセイカは同情もしなければ、憐れとも思わない。怒りも抱かなければ、嫌悪も抱かない。

 何故なら目の前で拷問され、最後には死んでいく者達は自分には関係無いから。

 既に自分がどう死んだか等、記憶の隅にも残ってはいない。

 親も兄弟も友人も、前世の記憶は虫食いの穴だらけに加えて、煤けたセピア色だ。思い出すことも難しい。

 ただ、一つだけ確かに覚えていることがあった。

 それは、自分は一人で死んだこと。

 その時の天気も四季も月も覚えてはいないが、確かに一人で死んだのだ。

 愛するものも居たのかもしれない、それでも一人で死んだヌマセイカの前の人生は今生においても確かな影響をもたらしている。

 彼からすれば、自分の身内であった民達や部下が無事ならばソレでいい。帝国の人間がどれだけ死のうともどうでも良いのだ。

 ────────下手すれば自分の命すらもどうでもいいと思っている。

 

 その後連れていかれたのは謁見の間。ここでもヌマセイカは頬がひきつる事態となった。

 皇帝が幼いことは知っていた。しかし、その隣で大臣であるオネストが寿司をバクバク食っているのは流石に予想外。

 色々と言われもしたが、そのどれもがオネストが寿司食ってる姿の前には霞んでしまう程のインパクトしかなかった。

 因みにその際に塵外刀の受け渡しについても言われたのだが、そもそも持てるのが、文字通り心血注いで打ち鍛えたヌマセイカだけということもあり、お流れとなり。

 ソレならば造れ、と言われるが塵外刀と同じ結果になる、と言われ、ならば製造法、となれば最初から最後まで一人でこなせなければならない、と言われ、それも頓挫してしまう。

 結果、めっちゃ睨まれた。

 自分の手元に制御できない妖刀など誰しも置きたくない。それも、一度振るわれれば自分どころか、安泰のこの地すらも切り捨てかねない。

 そして、今。彼は幽閉というか、軟禁されていた。

 目付の番はエスデス。逃げようとすれば氷漬けである。

 いや、首から下だけを凍らされて街で晒し者にされて、ノコ引きの刑を下されることだろう。

 

 “一人一回、竹のノコで首を引け”

 

 という立て看板の隣で死にかける自分を夢想して、ヌマセイカは尻の穴にツララでもぶっ刺されたような気分を味わった。

 

「どうした?顔色が悪いな。少し体を動かさないか?」

「そう言いながらサーベルに手を伸ばすなよ。殺らねぇからな?」

「ミャウに聞いたぞ。嫌よ嫌よも好きのうち、とな」

「お前に対する嫌よは本気の嫌よだ」

「そう言うな。王宮では帝具は使えん。純粋な実力勝負だぞ?」

「いや、魅力とか無いからな?そんなもんで喜んでとか言わないからな?」

「ノリの悪い奴だな」

 

 口ではそう言いながらも、にやにやと嗜虐的な笑みを絶やさないエスデスは部屋に設置されているソファへと向かうとドッカリと座り込んだ。

 いつもの帽子を目の前のテーブルへと乗せ、足を組む。

 たったソレだけの動作であったが、異様な色気を放っていた。

 丈の短い軍服の下からは瑞々しい太股が露出しており、足を組んだことでより際どい位置まで見えかけている。

 仮にその先の楽園を見ようとすれば、もれなくヴァルハラに連れていかれる事だろう。

 ヌマセイカとてそれはよく理解しているつもりだ。

 何より、美女の皮を被った中身は血に餓えた獣だと知っていれば立つものも立たない。むしろスタンドアップなどしようモノなら役目を果たす前に根切りを食らうはめにあう。

 彼も男だ、そして宦官になるつもりは無い。

 とにかく話題を変えるためにヌマセイカは口を開く。

 

「そういや、聞いたぞ?今度からナイトレイド討伐に動くんだろ?」

 

 ナイトレイドはここ最近帝都に出没する暗殺集団だ。

 民を搾取し、甘い汁を啜るもの達がその対象となっており、そして、全員が帝具使い。

 分かっているメンバーは、元将軍ナジェンダ、百人斬りブラート、元暗殺部隊アカメの3人が指名手配されていた。

 

「ああ、その件か。ヌマセイカ」

 

 何故かエスデスは笑みを自分へと向けてくる。

 反射的に窓に手をかけて跳ぼうとするも、一手早く逃走経路は氷によって封じられた。

 塵外刀ならば一振りで突破も可能だが、生憎手元にはお気にの槍しかない。強度こそかなりのモノだが、ソレ以外のギミックはないのだ。

 密度の高いこの氷は砕いた側から復活することだろう。

 速攻で脱出を諦めたヌマセイカは窓の隣の壁にもたれ腕を組んで話を聞く体勢となった。

 

「最初からそうすれば良いんだ。次逃げようとするなら、首から下を氷漬けにしてやろう」

「ノコ挽きは勘弁してくれ」

「ノコ挽き?…………ふむ」

 

 考える体勢となったエスデスにヌマセイカは墓穴を掘ったことを認識した。

 このドSを深読みしすぎた、と。

 エスデスは単純に話を聞いてもらうために氷漬けにすると言っていたのだ。その不可抗力として手足が凍傷になって落ちても彼女は楽しげに笑うだけだろうが、とにかくソレだけだった。

 が、そこでヌマセイカの一言が余計な一助となってしまう。

 彼は未来の自分と、これから拷問にかけられる可能性のある者達に心の中で謝罪を溢す。

 

 恐らく晒し者は更に酷い目に会うだろう、そして未来の自分はへまをやらかせば同じ結末を辿るだろう、と

 

 それらに対して謝罪する。まあ、ソレだけで特に動く気は無かったりするが。

 そんな内心の機微など知らないエスデスは口を開く。

 

「お前の魅力的な話は後でするとして。私はこれからある部隊を取り仕切る事となる」

「…………へぇ」

 

 既に嫌な予感が止まらないヌマセイカ。半目で睨みながら続きを待つ。

 

「そこでだ。お前もその部隊に入れることにした」

「本人の意思を無視するのか?つーか、それを本人の前で言うか?」

「これが名簿だ」

「聞けよ!?」

 

 突っこみ空しく顔面に投げ込まれる書類の束。

 正直、興味の無い事ではあるが、読まなければ間違いなく、先程の首より下氷漬けの刑が待っているのは明白。

 渋々、書類に目を落とした。

 焼却部隊に海軍、文官、暗殺部隊、警備隊と更に科学者まで。

 中々に濃い面子であった。

 書類の束に目を通す中で、ある一枚にその視線は止まった。

 6人の部下に関する書類の束の“七枚目”

 

 副隊長 ヌマ・セイカ

 

 ジト目でこれを仕上げたであろう元凶を見やるしかない。

 

「どうした?殺るか?」

「やらねぇよ。それから言っとくがオレは帝具使いじゃ…………」

「塵外刀は最早帝具と大差無いだろう」

「めんどくさい」

「お前の意見は聞いていない。了承しようと、しなかろうと、お前は私のモノだ。逃げられると思うなよ」

 

 蛇でもここまで嫉妬深くねぇよ、と内心で毒づきながら書類の束をエスデスの前のテーブルへと投げつけ、一つため息をつく。

 やはり要塞都市が自分の死に場所だったらしいと、改めてヌマセイカは自分の境遇を呪った。

 ソレもこれも、帝具をノリで研究して、あまつさえ自分で作ってしまったせいだ。

 どうにも彼は未来の自分から恨まれることが多いらしい。

 今も嬉々として危険種をバラして得た素材を鎚で打っている昔の自分に毒づいている。

 そして未来では、恐らく氷漬けにされた自分に今の自分が罵られている事だろう。

 

「…………せめて、人扱いしてくれ」

「お前は異民族だからな。戸籍は無いぞ」

「そういや、そうか」

 

 確かに事実だが、そこは納得してはいけないだろう。

 第一、エスデスの前で人権ありません宣言などオモチャにされる未来しかない。

 頭は悪くないのだが、こういうところで彼は頭が回らないため貧乏クジを引くのだろう。




ご意見ご要望は感想まで、どうぞ


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書き上げて思ったこれじゃない感。
で、でもこの子達にも救いがあって良いと思うんです。
ぶっちゃけ、アカメ達ヒロインズよりこの子達やサヨが好きだったりします


 帝都は中に住まねばその汚さは分からない。それ故に多くの出稼ぎの田舎者が夢を見てこの街を訪れて、そして夜闇に紛れた悪意によって消えていく。

 昨日笑いあっていた友人が次の日には路地裏で冷たくなっていたりする。

 そんなクソったれがこの帝都の現状だ。

 

「…………やっちまった」

 

 帝都に店を構える、ファミレス店にて、四人掛けのボックス席を一人で占拠したヌマセイカはゲンドウポーズでぼやいていた。

 軟禁生活もつい先日解除され、街を一人でブラブラしていた彼は遅めの昼食、というか早めの夕食というか、とにかく微妙な時間帯に空腹を覚えてこの店を訪れた。

 そして、そんな彼を待っていたのは店員の営業スマイル─────ではなく、少女の悲鳴と下卑た男達の笑い声だったのだ。

 黒服の多数の男達に、少女達の前に座る優男。端的に言って犯罪臭しかしない絵面であった。

 人攫いの一つや二つ、この街ではありふれている。そして、その対処法は見て見ぬふりだ。

 彼は知らないことだが、この店オーナーが変態らしく、リョナやらグロやら、キメやらのマニアが時偶少女達を食い物にする店であった。

 触らぬ神に祟りなし、と踵を返そうとしたヌマセイカ。だが、その瞬間を見てしまい、足は止まる。

 優男のそばに現れた、見るからに頭のイッてしまってる男が部下に命じて、少女の内の一人の目をアイスピックで潰そうとしたのだ。

 何者もどうでも良いと思っているヌマセイカではあるが根底にあるのは日本人気質の見て見ぬふりが出来ないお人好し。

 反射的に背負っていた槍を抜き、気づけば全力の投擲を行っていた。

 彼の膂力は巨大な危険種を投げ飛ばせる程度に、強い。

 そんな彼が放つ槍は、控え目に言って、大砲である。

 そして、至近距離で大砲を受けた人体の未来に待つのは、グチャミソミンチであった。

 数十人の男達がその体を挽き肉へと変えられ、槍はそれでも止まらず壁をぶち破って外へ。幸いにも通行人には当たらず、かなり離れた石壁に石突ギリギリまで突き刺さって止まっていた。

 酷かったのはそこからだ。ヌマセイカは手刀のなんたるかを披露して見せたのだ。

 極限まで研ぎ澄まされた手刀をもって、首を跳ねていくその姿は有り体に言って危険種よりも危険種していた。エスデス様もニッコリである。

 

 そして場面は冒頭辺りに戻る。

 数分で店を血塗れへとモデルチェンジさせたヌマセイカはその数分前の自分へと呆れた物言いを内心で垂れ続けていた。

 現在、店内に居る生きている者は彼を含めて四人。残りは全て肉の塊へと変貌して血の池に沈んだ。

 

「…………やっちまった」

 

 再び呟く。どうしよう、この状況、と。

 アンサーとして、どうしようもない。大人しく警備隊の縛につく他、無い。

 とりあえず、槍を回収しに行こうと、彼は立ち上がった。

 

「随分と派手に散らかしたモノだな」

「げっ…………」

 

 ぶち破られた壁の向う側、夕日を背に立つのは青髪の麗人。カツカツとヒールを鳴らし、瓦礫を踏み砕きながら店内へと入ってくるとそう溢した。

 

「ソレほどの価値が、この娘達に有ったのか?」

「…………さてな。気付いたら槍投げて虐殺してたさ」

 

 そう言って、バツが悪そうに頭をかくヌマセイカ。

 エスデスは彼から目を離すと、この惨状の原因とも言える三人の少女へと目を向けた。

 その視線は品定めをするような、捕食者のような目だ。ネットリと熱を持ち、肌の上を蛇がのたうつような、そんな不快な視線。

 田舎で辛くも平和な暮らしをしていた少女たちにとって耐えられる様なモノではない。喉がひきつり、冷や汗が流れ、鼓動が大きく早くなる。

 

「苛めてやるなよ」

 

 そこで動いたのはやはりこの男。いつも通りの気だるい様子を隠そうともせず、少女達の前にたって視線避けとなった。

 

「なんだ、ただ見ていただけだろう?」

「お前の視線は変態じみてるからな。一般人には厳しいだろ」

「お前は私と同じ様な者だと思っていたんだがな」

「確かに強いことは正しいさ。けどな、ガキってのはすべからく弱いもんだ。大人の弱者は知らんが、少なくともオレはガキを見殺しにするのは無理らしい」

 

 ある意味、この一点に関しては二人の意見が交わることはないだろう。

 ヌマセイカからすれば他人はどうでも良いが、それが子供ならば手をさしのべる。対してエスデスは強いものが正義である為に大人子供関係がない。

 とはいえ彼には彼女を言いくるめる術が無い事も無い。

 

「なあ、エスデス。お前は人を育てたりしないのか?」

「何故そんなことをせねばならない?」

「強いやつと戦いたいなら。育てて食えば良いだろ」

「それが、この娘達、か?」

「さてな。まあ、筋は悪くないだろ」

「ふむ……………………」

 

 本人達の意思をガン無視した二人の会話。

 因みに少しして彼はこの発言を撤回したくなる事態が起きることを、まだ、知らない。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「エ、エアです」

「…………ルナ」

「ファルよ」

 

 ───────どうしてこうなった

 

 目の前でメイド服に身を包んだ、少女3人を見てヌマセイカは拷問所を見たときのように顔が死んだ。

 思い出すのは昼過ぎの一件。結局店の対応にエスデスがキレて店ごと凍結、粉砕、という幕ぎれとなった。

 元より評判の悪かった店だ。癒着していた貴族達もエスデス、引いてはそのバックであるオネストとの対立を避けて特に文句も上がらない。

 役に立たないものや足を引っ張るものを徹底的に切り捨てるオネストだからこその結果であろう。

 さて、話を戻すがヌマセイカが助けることとなった少女達は何故かそのまま彼お付きのメイドとして城住まいとなった。

 どうしてそうなった、と言われそうだがそれは昼間の彼の発言をエスデスが進言した為だ。

 子供に甘い、という点を弱点だと判断したオネストは態と彼の近くにその少女達を配置して首輪にしようと考えた。

 つまりは裏切ればこの少女達を人質として、交渉、手元に引き戻す手札ということだ。

 因みに補足をすると、彼は敵対すれば女子供も容赦なく殺すタイプである。今回の一件は単に子供が被害者になりそうだった為に助けただけであり、枷になりそうなら結構アッサリと見捨てかねない。

 もう一度深くため息をつくと、バリバリと頭を掻いて気持ちを切り替える。

 犬であれ、猫であれ、そして人であれ。拾ってしまったものは仕方無い。

 根っからの苦労人根性が染み付いた男、それが現ヌマセイカである。

 

「とりあえず、お前達の面倒を見ることになった、ヌマ・セイカだ。ま、今は無職なんでそこら辺は気にしないでくれ」

「ヌマ様?」

「あ?ああ、いや、別に区切らなくて良いぞ。区切って呼ばれても反応できないしな」

 

 セイカ様等と呼ばれた暁には、鳥肌が立ってしまう事だろう。

 

「では、ヌマセイカ様、と?」

「……………………まあ、良いか。それで良いぞ」

 

 沈黙が部屋に訪れる。正直な所、この年頃の娘達と何を話せば良いのかヌマセイカには分からない。磨耗しきった過去の記憶に答えは無く、ならば最近の事から照らし合わせてみてもであった面子が最悪だった。

 

 ドS、食い過ぎデブ、傀儡王様、思考停止野郎、顔剥ぎショタ、経験値イーター、心酔ダンディetc.

 

 むしろ大丈夫かこの国、あ、腐ってたわそう言えば、と一人でボケ突っ込みが出来る面子である。むしろ一人として、御近づきになりたくない。

 一番マシなのは心酔ダンディである。まあ、顔を合わせればヌマセイカはガッツリ睨まれるが、人当たりは比較的悪くない。

 そして、少女達も人の汚い部分をガッツリ見てしまい、いまいち他人を信用できなくなってしまっていた。

 主となる青年に初日に変態に引き渡されかけたら、誰でもそうなるというもの。とにかく、彼女達はヌマセイカに猜疑の目を向けていた。

 命は助けてもらった。しかし、彼の目的が分からない以上は仕方がない。

 気不味い沈黙。コチコチコチ、と時計の針だけが進んでいく。

 先に耐えられなくなったのはヌマセイカの方だった。

 ソファから立ち上がると備え付けのポットに湯を注ぎ、慣れた様子でコーヒーを淹れていく。

 インスタントの安っぽいものであるため、直ぐにカップには黒い液体が満ちる。

 一息に啜れば、独特の苦みと仄かな酸味が彼の口の中に広がっていった。

 

「…………うん、不味いな」

 

 流石安物、超不味い、とぼやきながら彼はコーヒーという名の泥水擬きを飲み干した。

 散々文句を言っていたが、嫌いでは無いらしく二杯目を注ぎ始める。

 そこで感じる背中への視線。横目でチラリと確認すれば、3人がこちらをチラチラと見ていた。

 少し逡巡し彼は追加で三杯のコーヒーを淹れると、器用に二つずつカップをもって、ソファへと戻ってきた。

 

「砂糖は好みで入れてくれ。まあ、不味い事には変わり無いがな」

 

 不味い不味いと再びカップを煽る新たな主人を見ながら少女達は互いに視線を送りあう。

 一つは毒の可能性を考慮してだが、目の前でガブガブ飲まれればその可能性はゼロに近いだろう。

 もう一つは信用できない相手の前で無防備な面を晒す事への不安感。

 主にこの二つが三人の動きを阻害している理由だった。

 とはいえ拙いそんな心の機微等、伊達に代表を張っていなかったヌマセイカにとっては把握することなど容易である。

 その上で言葉を掛けない。猜疑心に塗られた相手をほぐすには、自分から寄ってはダメなのだ。

 それが主人公とヒロインならば別だが、彼は自分を脇役だと思っており、そしてそんな夢物語は二次元にしか無いという事を知っている。

 相手が警戒を解くことを待つ、話はそれからだ。

 十分ほどが経過して、コーヒーも少し温くなってきた頃、意を決してエアと名乗った少女がカップへと手を伸ばした。

 そして、中身をコクリ、と少し飲み込む。

 広がるのは苦味。未だに子供舌の少女にとってはそれしか感じられない。

 だが、何故だろうか、仄かに熱をもったカップを手放す気にはなれなかった。

 目の前の青年が言うように、お世辞にも美味しいとは言えない、苦いだけのコーヒー。

 苦味のせいだろうか、視界がうっすらとボヤけてきていた。

 エアに触発されたのかルナとファルの二人もそれぞれカップを手にとって、中身を啜り、一瞬眉を顰めるも、やはりカップを置くことはない。

 少女達の頬を、一筋の雫が伝う。そしてポタリとカップの黒い水面へと波紋を落としていく。

 苦いコーヒーだ。思わず涙が出てしまう。

 そう、この涙はコーヒーのせいなのだ。だから仕方がない。このコーヒーが苦すぎるのが悪い。

 いつしか、部屋には小さな嗚咽が三つ流れている。

 肩を震わせ、涙を流し、膝を抱えて、こぼれ続ける嗚咽。

 ただひたすらに恐怖した。あの男達も、状況も、そしてそれらを全て破壊した目の前の青年も。そしてあの視線を送ってきた女性も。

 

 全てが恐ろしかった

 

 だが、同時に、その女性の視線を断ち切った背中を覚えている。

 明確に感じられた、守られている、という感覚。売られた彼女達には馴染みの少ないものだった。

 

 恐怖と安心

 

 少女達の中で相反するように、共存する二つの感情。

 それらは涙と共に流れて混ざってカオスとなる。

 

 この日、遅くまで部屋の灯りは消えることは無かったそうな。




…………塵外刀がでかすぎて日常的に持ち運べないという事実

ま、まあ、イエーガーズ結成辺りから有効活用されますしオスシ(目逸らしながら)

ランキング一位とか久々です。皆様のご愛顧に感謝を


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今回は彼の朝の一幕を少々
それから次回への伏線ですな


 ヌマセイカの朝は早い。

 ここ最近寝なれてきたソファから身を起こして、凝り固まった体を捻って、鳴らして 、解きほぐすことから彼の一日は始まるのだ。

 そして次は、部屋の奥に設置されたベッドの確認である。

 キングサイズよりも更に一回り大きいそのベッドに眠るのは、数日前から面倒を見ることになった三人娘の姿。

 最初の方こそ、野良猫のように常に気を張っていた三人だったが、対照的に締めるところはキッチリ締めるが基本的には緩いヌマセイカに毒気を抜かれて今では揃って穏やかな寝息を立てて眠っていた。

 寝相の良いルナはそうでもないが、常に元気の有り余っているファルとその隣で眠るエアは時折掛けられた布団がずり落ちている事が多い。正確にはファルが蹴っ飛ばして、その煽りをエアが受けている形だ。

 今日も今日とて腹を見せてグースカ眠るファルとその隣で丸くなり、ルナへと密着しながら寝ているエアの二人に布団をかけ直したヌマセイカはリビングへと戻り、寝巻きのジャージ擬きを着替え、槍を片手に部屋を出た。

 彼が目指すのは訓練場だ。

 

 強者は一日にしてならず

 

 それが彼の座右之銘であり、鍛練を欠かすことはない。

 そして、その鍛練とは真剣を使ってのイメトレのみ。筋トレは全くしない。

 理由としては、実戦専用の筋肉をつけるためだ。筋トレは基礎には向いているが、発展の戦闘となると少し別である。

 筋トレや型の練習は基礎作り。そして一定の段階まで進めば、そこからは実戦用の体を作るべきだ。

 彼がイメージする相手は基本的に、今の自分よりも上の自分である。

 塵外刀を片手に、変化も釵ノ型も使わずに、純粋な技量の勝負。

 全長凡そ九メートルという化物刀を振り回して幻想の相手と刃を交えていく。

 大型の近接武器、というのは振るうだけでも腕力だけでなく技量が必要となる。

 某バーサーカーを別の読み方した漫画の鉄塊の様な剣の重量は推定125キロだ。塵外刀はそれに比べて薄いが、四倍近く長い。重量も比例して重いことは容易に想像できる。

 だからこそ、腕力だけでなく技量が必要なのだ。

 振り回されないための重心移動。的確に相手に致命傷を与えられる距離の知覚。周りの空間把握。

 巨大であり、切れ味に優れた塵外刀は振り回すだけでも十分に脅威だ。しかしそれだけでは格上には勝てない。

 長大な刀身は危険種には効果的だが、人間という小さな的には当てづらい。そして、帝具使いは総じて、危険種よりも危険種している化物じみた者が殆どだ。

 ドSしかり、思考停止野郎しかり。

 少なくともこの二人は超級危険種を引き合いに出しても、お釣りが来るレベルで強すぎる。

 互角には持ち込める。しかし、その先には行けない。

 ぶれた思考によって体が一瞬だけ鈍り、その隙を突いた幻想がその刃を首筋へと宛がっていた。

 ため息をついて目を開ける。

 訓練場は惨状となっていた。

 空間把握等とカッコいいこと言ってはみたが塵外刀の刃は石壁程度ならばそこらの木と変わらず手応え無くスパッといける。

 まあ、つまり

 

「……………………やっちゃったぜ」

 

 無惨にも切り刻まれた天井やら、壁やら、床やら、とにかく酷い有り様だ。

 やっぱり森でやるべきだったな、と頷きながら、緊急回避。

 間髪入れずに、粉砕される訓練場の床。仮に避けていなければ、ミンチ待ったなしの破壊力である。

 

「また貴様か、ヌマ・セイカ」

「…………はっはー、誰かと思えばおっさんじゃネェか。朝の空気が汚れてくらぁ」

 

 バチバチと火花を散らして睨み会う二人。帝国最強の二枚看板、その相方を務める、巌のような男、ブドー大将軍その人の降臨である。

 その両腕には最強クラスの帝具が装備されていた。

 

 雷神憤怒 アドラメレク

 

 雷を内包した鉄芯を持つ籠手型の帝具である。

 その特性として、雷を自在に操り、ブドー本人の力量も相俟って帝具でも指折りの破壊力が更に倍プッシュされていた。

 そしてこの二人、異常なほどに仲が悪い。

 人としての波長が合わないのだ。

 

「帝具を城で使うのは許さないんじゃなかったのか?」

「陛下の安寧のためだ。貴様を消せば私も引こう」

「城が壊れるぞ?」

 

 言いながらもヌマセイカに引く気は無い。城が壊れようとも、それで皇帝が死のうとも関係ない。心残りはエア達だが、三人の居場所は把握している。被害が出ないように立ち回り、最速で斬り殺すのみである。

 

「一撃だ」

「…………」

 

 ピリピリと張り詰めていく空気。

 

「…………ッ!」

 

 仕掛けたのはヌマセイカ。逆手に塵外刀を持ち一足で空いていた距離を踏み潰す。

 同時にブドーも動き始めていた。カウンターをとるように拳を振り上げ、振り抜く。

 硬質な鋼の音、そしてそれらが擦れる音。

 そして、爆風が辺りへと一気に駆け抜け、ただでさえ刻まれていた天井が木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 

「どうした、殴り潰さないのか?」

「貴様こそ、私の首を刎ねないのか?」

 

 剛風が晴れると、修羅二人がその中央で睨みあっていた。

 ブドーの首筋には塵外刀の刃が、ヌマセイカの顔の前には熊手に開かれた籠手の掌がそれぞれギリギリの所で止められている。

 

「…………フン、ここまでだな」

「あんたも飽きねぇよな、オッサン。殺し合いたいなら適当な所に呼び出せば良いのによ」

 

 同時に二人は退く。

 宣言通り、ブドーは一度しか手を出す気は無かったのだ。

 そして、相討ちでなければ本気でヌマセイカの頭を叩き潰す気でいた。

 仮にどちらも本気ならば、この帝都は焦土と化してしまうだろう。

 とにかく、ぶつかり合うのは一発のみ、そして相打ちならば拳と刃を引く、というのがここ最近の流れだ。

 ブドーとしては不穏分子であるヌマセイカは亡き者へとしたいのだが、本気で行うと自身の忠義の元である陛下へと被害が及んでしまう。

 ヌマセイカとしてはこの思考停止野郎を殺すことには躊躇は無いのだが、相討ちで相手は止まるのに自分だけ動くと負けた気がする、という理由で手を下してはいなかった。

 因みに、一番の被害を被っているのは、毎度全壊一歩手前までぶっ壊される訓練場を一日で直している、大工とその予算を考えているオネストだということは全くの余談である。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「拡縮獣、ねぇ」

 

 資料を見ながらヌマセイカはフム、と顎へと手をやる。

 ここ最近の彼の悩みを解決する一助になるかもしれない魅力的な名前であった。

 というのも、対怪物戦では比類無き圧倒的な力を発揮する塵外刀ではあるが、いかんせん持ち運びに難が有りすぎる。

 お陰で朝の鍛練以外は部屋の置物と化しているのが現状だった。

 

「ついでに、怨念抑えられるのが居れば良いんだがなぁ」

 

 大きさもそうだが、その点も困っているところだ。

 要塞都市では皆が分かっていた為に誰も塵外刀を触ろうとはしなかった。

 だが、この帝都では、隙あらば塵外刀を盗もうとし、命を散らすものが少なからず居る。

 アホだな、と思うが今はエア達が居るのだ。従者が誤って触り血を噴いて死にました、とかそんな事態は彼としてもノーサンキュー。

 とりあえず、狙うは拡縮獣である。日常的に持ち運べるならば、威嚇にもなる。

 

「というわけで、ちょっと出てくる」

「何がというわけだ。お前、私の所有物という自覚が薄いんじゃないか?」

「薄いとかじゃなく、皆無だがな。だいたい、お前に全てを捧げてる立ち位置には三獣士が居るだろうが」

「アイツ等は部下だ。そしてお前は私の所有物だからな」

「せめて人扱いしやがれ。ちょっと出てくるだけだから良いだろうが。お前が立ち上げようとしてる、警備隊は集合まで時間あるんだろ?」

「一週間ほどだな」

「今日の昼には帰ってくるから良いだろうが」

「どこまで行くつもりだ?」

「あん?ここだが?」

 

 ヌマセイカが渡した資料。

 書かれていた地名は

 

 フェイクマウンテン、であった。



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なんというか難しい
いっその事、書きたいところだけ書いてしまおうかと思う今日この頃


「待てゴラァアアアアア!!!」

『ギーーーッ!?』

 

 切り立った山道をバカみたいにデカイ刀を片手に駆け回る蛮族、もといヌマ・セイカ。

 彼の視線を一人占めにして死に瀕しているのは、四足歩行で尾の長い、全身に鱗がある、犬と蜥蜴を混ぜたような奇抜な生き物。

 

「死ねェ!」

 

 横薙ぎに振るわれる一閃。当たる、と思われたが、空振りし、鋭い刃は山道に接した岩壁を鋭利に切り裂く。

 何と、この生物体を縮めたのだ。二メートル程の体長が、一メートル程まで縮み、その結果斬殺の未来を回避していた。

 

 二級危険種 拡縮獣

 

 名前の通り、体を大きくしたり小さくしたり出来る骨格の持ち主である。

 ただし、その範囲はだいたい一メートルといった所。元の体格が二メートル程度であるため、危険種の中では小型であり、凶暴性はそこまででもない。まあ、肉食であるため人を襲うのだが。

 そんな肉食獣が逃げ出すほどに今のヌマ・セイカは蛮族っプリを発揮していた。

 エスデスが生まれながらの捕食者ならば、彼は磨きあげられた殲滅者といったところか。目がマジである。真剣と書いてマジと読む程度には本気であった。

 何故ここまで本気なのか。それは彼がこのフェイクマウンテンを訪れて経過した時間に由来する。

 現在、彼がこの山を訪れて2日が経過していた。

 そう、二日である。当初の予定は半日であった筈が、まさかの二日である。

 原因は彼の携えた塵外刀にあった。というのも、この刀の製作には多数の危険種が絡んでいる。帝具もそうだがその中には素材となってその後、帝具へと加工されても生きているモノが少なからず居るのだ。

 そして、塵外刀にはそれら危険種の命の残滓が根付いていた。その副作用として彼以外の者が触れると全身から血を吹いて死に、その場に在るだけで言い様の無いプレッシャーを辺りに振り撒いている。

 このフェイクマウンテンには幾らかの危険種が生息しているが、塵外刀の素材となったモノ達と比べれば5枚ほど格が落ちるのも事実。

 野性動物に最も必要なのは強さと危機察知能力であり、塵外刀のプレッシャーは屈指の強者のモノ。擬態する種は、その擬態を解くこと無く、その他の危険種は近づく前に逃げ出していく。

 それを失念していたヌマ・セイカは一日を棒に振り、二日目で山を駆け回る羽目となっていた。

 そして、今、運良く件の危険種を発見した彼は死物狂いで追い掛けていた。脳裏に浮かぶは自称飼い主を名乗るドS。

 

──────ノコ挽き晒し首は勘弁だ…………!

 

 その一心で塵外刀を振るいながら、駆け抜ける。

 故に気付かなかった。いつのまにか、その頬を濡らす雪の結晶の存在に気付かなかったのだ。

 

「オオッラァ!」

 

 ザンッと振り下ろされた塵外刀。その刃は漸く拡縮獣の肉体を捉えた。

 

「太秦は神とも神と聞こえ来る───────常世の神を討ち懲ますも」

『ギィイイイイイ!?』

 

 独特の調子で唱えられた唄に塵外刀が呼応する。その刀身に血管のような模様が浮かび上がり、まるで生きているかのように脈動し始めたのだ。

 同時に拡縮獣の肉体に刀身と同じような血管のような線がそこかしこに浮かび上がる。

 そして、あろうことか刀身に獣の肉体が取り込まれていくではないか。

 その様は木が水を吸い取るように、土に水が染み込むように、塵外刀は生きたまま拡縮獣を吸収してしまっていた。

 刀身に変化はない。

 

「…………いけるか?塵外刀変化──────」

 

 呟きながら柄に力を込めた。

 

「──────型式“変獣”」

 

 グニャリと塵外刀がその形を歪ませる。

 見た目には変化はない。だが、その大きさは大きく変わっていた。

 刀身凡そ2.5メートル、柄凡そ1.5メートル。全長は四メートル、だいたい、元の大きさの半分といった所だ。

 

「ちっと軽いが…………ま、振りやすくはなったか」

 

 ヒュンヒュン風を切り、一頻り振り回すと満足げにヌマ・セイカは首肯く。

 問題点が在るとすれば、変化の重ね掛けが出来ない点か。

 まあ、その他は関係無い。切れ味、強度、その他、問題無しだ。

 確認を済ませたヌマセイカ。そこであることに気がついてしまった。

 

「ここ、何処?」

 

 辺りを見渡し、首をかしげる。

 いつの間にか切り立った山岳地帯を抜けて、雪降る荒れ地へと訪れていた。

 

「周りが見えんのも考えものか。やれやれ」

 

 他人事のように肩を竦め、ため息をつく。

 とりあえず、道、それから人でも探そう、と決め彼は一歩を踏み出すのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

──────そん…………な………

 

 愛用の槍を斬られ、腹部にも浅くない傷を負ったスピアは目の前に迫る絶望をぼんやりと眺めることしか出来ない。

 自分を含めて護衛は全滅。

 

「アハハ!お姉さんキレイな顔だよねぇ」

 

 目の前に膝をおった、声色からして少年は何に使う気なのか懐からダガーを取り出した。

 スピアは彼が何をするのか分からなかった。ただ、その瞳に宿る嗜虐の色が悪寒を誘う。

 

「キレイに剥ぎ取ってあげるから安心してね?」

 

 ゾッとした。血の気が一瞬で引き、言い様の無い悪寒が全身を駆け巡るのを彼女は感じていた。

 鼓動が早まり、冷や汗が流れ、早まった血流のゴウゴウと流れる音が耳にも聞こえるような気がする。

 時間が驚くほどにユックリだ。ダガーナイフの鈍いきらめきが酷く目につく。

 そんな世界だったからだろうか。普段なら気付くどころか知覚することすら不可能であろうモノに気付くことができた。

 

「ッ!?な、なにっ!?」

 

 少年が焦った声をあげて慌てて飛び退く姿がスローな世界に映っていた。

 一秒掛からず、その場が粉砕される。

 

「う…………っ…………?」

 

 あまりの衝撃にダメージを負ったスピアは踏ん張ることが出来ずに吹き飛ばされうつ伏せに倒れてしまった。

 ボヤける視界。辛うじて見えたのは巨大なナニか。

 それを最後に、彼女の意識は暗転するのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 ヌマ・セイカがその場に居合わせたのは単なる偶然であった。

 北方出身の彼は大将であると同時に切り込み隊長でもあった為に目が良い。

 最初彼はその一団を見つけた際に自分の幸運に感謝していた。上手く行けば帝都に戻れるだろう、と。

 だが、忘れてはいけない。この世にはフラグが存在するということを。

 常人でも視認できるであろう距離まで近づいた所でそれは起きた。

 なんと、頼ろうとした一団を何処かで見た覚えのある三人に惨殺されたのだ。正確には、大柄な一人に、だが、とにかく惨殺された。

 その光景に珍しく、彼はブチッといった。

 無言で塵外刀の柄を分かれさせ、全力で刀身を投擲するぐらいには、キレていたのだ。

 少しでもずれていれば生き残りも殺していた可能性がある一撃だったが、今のヌマセイカにそこに気を配る余裕は、無い。道路を粉砕した刀身を引戻し今度はダッシュしながら再び投擲、そしてその上に飛び乗った。

 

 釵ノ型 飛水“二ノ矢”

 

 それがこの技の名前だ。因みに先ほどの投擲は通常の飛水。

 ゴウゴウと風を切り裂き、ヌマ・セイカは翔んだ。

 そして、気絶した少女の前へと降り立った。

 

「ヌマ・セイカ…………」

「あん?リヴァのオッサンじゃねぇか。何してんだこんなところで」

「それはこちらの台詞だな。お前こそここで何をしている」

「道に迷ったのさ。生憎とここらの地理は頭に入れてないからな」

 

 必要ないし、と肩を竦めヌマ・セイカは塵外刀を肩に担ぐ。

 その化物刀が最初に見たときよりも小さいことにリヴァは気付く。同時に不機嫌だった主の言葉も思い出した。

 

「エスデス様がお前の帰還を心待ちにしている。さっさと帝都へと戻るのだな」

「オッサンはオレの話聞いてないな?迷ったって言ったろ?」

「この道を真っ直ぐ進め。何れ着く」

「こりゃ、ご親切にどうも」

 

 煽るようなヘラヘラとした笑いを浮かべて、彼は自身の後ろで倒れる少女スピアへと近付き、首根っこを掴んで持ち上げ、肩へと担いだ。

 そのまま自然な動作で去ろうとする。

 

「…………邪魔だぞ、経験値バカ」

「人の獲物横取りしといて何言ってんだテメー」

「そのお姉さんの顔剥ぐんだから返してよ」

「ウルセェ顔剥ぎ小僧。自分のモノなら名前でも書いてやがれ」

「その娘を置いていって貰おうか。こちらも仕事なのでね」

 

 いつの間にか囲まれていた。

 彼らは三獣士。それぞれが帝具使いであり、エスデスの懐刀を務めている。

 

 二挺大斧 ベルヴァーク

 軍楽夢想 スクリーム

 水龍憑依 ブラックマリン

 

 大柄な男がダイダラ、顔剥ぎ小僧と言われたのがミャウ、髭のダンディがリヴァである。

 彼らは理由は違えど同じ主であるエスデスを敬愛する者達だ。

 そんな彼らにとって目の前の男ヌマ・セイカはあまりにも目障りであった。

 ここで消せれば、再びエスデスの目は自分達に向くはず。

 それぞれが自分の持つ帝具へと手を伸ばし

 

「止めときな」

 

 その一言で止められた。

 先程、スピアがミャウと対面したときのような悪寒が百戦錬磨の三人の背を駆け抜けたのだ。

 彼らは失念していた。いや、目をそらしていた。目の前の男が、最強と言っても過言ではない自分達の主と殆ど同格である、という事実を。

 そもそも、塵外刀を殆ど使わずに槍一本で帝国の北伐を抑えていたような化物である。

 そんな男が、人一人抱えたからといって衰える筈もない。

 

「念のためもう一回言おうか。止めときな、無駄死にするもんじゃないぜ?」

 

 いつも通りの死んだ目のまま、ニヤリとニヒルに笑い、彼は今度こそ去っていった。

 同時に崩れ落ちる三人。寒冷地であるはずが、汗が止まらない。

 ダラダラと滝のような汗を流して、荒い呼吸をどうにか収めようと苦心する。

 そして、理解した。アレは自分達とは立っている地点が違うのだと。

 久しく忘れていた感情の荒波の中で彼らは理解したのだ。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「お前は、何かを拾う癖でもあるのか?」

「いや、帰ってくるまでに起きると思ったんだがなぁ…………えっきし!」

「どうした?寒いのか?」

「首から下が凍ってて寒くないわけねぇだろ」

 

 ジト目を向けるヌマ・セイカだが、向けられた側であるエスデスはそれらを黙殺。ベッドに眠るスピアへと目を向けたままだ。

 帝都に戻ってきた彼を待っていたのは涙目のエア達と、要塞都市も裸足で逃げ出す冷気を全身から立ち上らせ部屋の八割を凍結させたエスデスであった。

 反論のはの字も許さず、問答無用で首から下を氷塊に囚われこの有り様である。因みにノコ挽きはどうにか取り下げてもらっていた。

 

「まあ、お前の拾い物は中々に面白い。あの娘達も筋は悪くないからな」

「なんだ、手解きしたのか?キャラじゃないことはするもんじゃないぜ?」

「フム…………ここにノコギリが…………」

「すみませんでした。先ほどの言葉は戯れ言ですのでどうかお聞き流しください」

「棒読みは気に食わんが…………まあ、良いだろう」

 

 文字通り首の皮一枚で繋がった彼の命。

 今日も今日とて彼の一日は何かしらの不幸に見舞われるのであった。

 

「…………本格的に手足の感覚、無くなってきた」




釵の型の釵の字が違う、という指摘がありそうですが単に変換できないのでこの文字を充てています
気になる方は脳内補填でお願いいたします


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話の展開遅すぎますかね?何だか書きたいところに届く前にエタりそうな雰囲気が…………(-_-;)

まあ、ガンバります、はい


 精神的に折れた人間が立ち直るにはどうすべきか。

 A.新たな支柱をぶっ建てる

 

 

 ▲★■★▲

 

「ハァッ!!」

「はい残念」

 

 朝の清涼な空気の中、響くのは年若い男女の声。

 

「な、何で…………」

「師範代だか何だか知らんが、動きが読みやすいんでな。ほれ、立てもう一度だ」

 

 その声が真新しく建て直された訓練場から色気の欠片もないことはお察しである。

 覗いてみれば、そこにいたのは一組の男女。どちらも手には槍を持ち鍛練の真っ最中らしかった。

 

「ヤァッ!」

「突きはもっと正確に狙え。針の穴に糸を通すように、正確に、精密に、最短距離を一突きだ」

「はいっ!」

 

 槍の中程を持ち特に構えること無く、ヌマセイカは全力で向かってくるスピアを相手していた。

 槍というのは突きにばかり目が行きがちだが、その実薙ぎ払いや振り下ろし等の方がメインだったりする。

 いや、人によっては突きがメインだと言われるだろうが、少なくともヌマセイカは槍の形状から剣のように振るう事の方が多いのだ。

 

「ほれ、間合いを変えろ。持ち手を滑らせるだけだろ」

 

 この男片手で槍を振り回すくせに異常に柔軟に間合いを変えて見せる。

 穂先辺りを持っているかと思えば、いつの間にか石突辺りまで手が滑り、間合いが中距離まで延びていたり、とその動きは正に変幻自在。

 スピアとて一般人よりは十分に強い、が穂先で突かれ、柄で打たれ、石突で訓練場の床へと叩き伏せられる。

 かれこれ一時間程だが、既にスピアは50以上の敗北を叩きつけられていた。

 

「…………はぁ…………はぁ…………はぁ……………………ぅぇ…………」

「吐くなよ?掃除がダルいからな」

 

 美少女が荒い息をついて、仰向けに倒れているというのにこの男の反応は非常に淡白なモノだった。枯れているのではなかろうか。

 というより、年頃の男女が揃った空間でラブコメ臭が欠片もしないのはどうかと思われる。

 そんな色気の欠片もない空間内ではスピアは息を整える事に従事し、ヌマセイカは更なる扱きの内容を考えていた。

 不意に顔を上げる。

 

「ヌマセイカ、居るか?」

「…………あん?なんだ、お前かよ。何か用か?」

「仕事だ。南の異民族残党を狩りに行くぞ」

「残党だ?オレは帝国の人間じゃないんだが?」

「行くぞ。お前と私ならば二人で十分だろう」

「毎度言うが、話を聞け。そして人扱いしやがれ」

「出発は30分後だ。帝都南口に集合しろ。以上だ」

「…………」

 

 自己中の権化ともとれそうな一方的な指示を飛ばすだけ飛ばしたエスデスはそのまま去ってしまった。

 苦虫噛み潰すどころか、何も感じられない無表情のヌマセイカの背中から哀愁が漂っている。

 

「あ、あの師匠?大丈夫ですか?」

 

 あの一件から紆余曲折を経て師弟関係を結ぶこととなったスピアは思わずそんな声をかけてしまう。

 彼女から見れば、ヌマセイカは父の敵すらも路傍の石と変わらずに蹴散らすことができる実力者、という印象しかなかったのだ。

 しかし、今の彼は、そう、会社の無茶ぶりに振り回される中間管理職のような、そんな雰囲気を漂わせている。

 

「…………まあ、うん…………大丈夫だ。ちょっと遠出してくるからな。お前さんの鍛練メニューを組んどくからエア達と体鍛えとけ」

 

 それだけ言うと、彼は槍を引きずって訓練場を後にする。

 その背はやはり哀愁に彩られているのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 その日、革命軍に二つの衝撃が走った。

 1つはナイトレイド所属、百人斬りのブラートの死。彼の扱っていた帝具はその場に居合わせた後輩へと受け継がれた。

 

 悪鬼纏身 インクルシオ

 

 使用者の肉体に常人ならば死んでしまうほどの多大な負荷をかけるが、優れた防御力と素材となった龍の適応力を得ることができる、鎧の帝具だ。

 この一件で三獣士は全滅し帝具を三つ持っていかれる事となる。

 問題はもう1つの方だ。

 

 北の勇者 ヌマ・セイカ。彼の帝国軍参入

 

 彼は北の要塞都市にてエスデスとの死闘の後は消息不明となっていた。

 革命軍としては、生死の確認は元より仮に生きていれば自分達の手元に引き込みたいと思っていた所にこの報告である。

 それも最大の障壁にもなりかねないエスデスと肩を並べての出陣だ。何がどうしてこうなった。

 更に帝具と思われる巨大な剣を持っておりそれによって賊を断ち切ったというのだから、話題に事欠かないモノである。

 因みにその剣、まあ塵外刀なのだが新種の帝具と認識されたらしく、革命軍内部に厭戦気分が少なからず出たのは余談だ。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「くっさ…………」

 

 顔をしかめ、もとの大きさに戻した塵外刀を地面に突き立て鍔の部分に腰掛けたヌマセイカは口許を手で覆う。

 周りでは血みどろの惨殺された肉塊が転がっており少し離れた所には巨大な氷山が出来ていた。

 彼が塵外刀をこんな椅子擬きにしているのには理由がある。

 とはいえ、大したことではない。単に周りを散らかしすぎて汚れているため、何となく足をつきたくない為だ。

 大型の危険種や複数を相手取ることに適した塵外刀は振り回すと自動的にその破壊規模が広くなってしまう。一振り10人程度ならば余裕である。

 結果、辺りは殺戮の限りが尽くされた場へと変貌してしまう。

 

「くっせぇ…………」

 

 再び呟く。獣の解体などで血の臭いには慣れているが、慣れている、ということと平気とは等号では結び付かない。

 自分でも感性が曲がりまくっている自覚のある彼だが、それは根の部分ではなく、根から伸びた枝の部分だ。

 根底に死んでも染み付いた忌避感はもう一度死んで転生してもとれることは無いだろう。

 さて、リベンジマッチとも言える南の反乱は僅か一日で鎮圧された。まあ、蟻が徒党を組んでもアフリカ象には勝てない事と同じだ。

 軍隊アリ?生憎と反乱の蛮族達はノーマルの蟻レベルの実力な為、無理である。

 

「ヌマセイカ」

「んー?」

「帰るぞ」

 

 パキパキと氷の足場を空中に掛けたエスデスに連れられ、彼もまた氷の橋へと降り立つ。

 そこで珍しく鈍い彼は気が付いた。いつもならば、軽快に回るドS節が飛んでこないことに。そして、チラリと見た彼女の顔が無表情だったことに。

 ここでいつもならば軽くその点を指摘するところだが、何となくそんな空気ではないことも感じ取ったヌマセイカは無言でエスデスの三歩後ろを歩いていく。

 沈黙の時間。

 二人は手際よく、そこらに巣くっていた鳥形の一級危険種を手懐けるとその背へと飛び乗り帝都へと向かう。

 

「なあ、ヌマセイカ」

「…………あ?」

「お前は復讐したいと思ったことはあるか?」

「…………さんざん黙ってると思ったら随分とヘヴィな事聞いてくるな」

「真面目な話だ」

「そうかい。ま、オレも人だ。対象が何であれ私怨で殺ることも少なからずあるさ」

「私怨、か…………」

「因みに人殺しを美化するやつは、それが死んだ奴の為、とか言い張るな。死人が喋るかっての」

「美化…………」

「だいたい、死人の意思なんて分かるわけねぇだろ。生きてる他人の気持ちすらも百パーセント理解できないしよ。意思疏通が出来ない死人の気持ちとか、ネタにしたって笑えねぇよ」

 

 まさしく失笑ともとれる嘲笑を浮かべたヌマセイカ。

 強者主義であるエスデスはそんな彼の言葉を数度反芻して頭のなかに溶かし込んでいた。

 

 ───────復讐は私怨。ならば敵討ちも私怨なのだろう。

 

「…………私は強者と戦いたい」

 

 ボソリ、と呟く独り言。ついでにチラリと背後を見れば背筋を震わせる強者の姿。

 見られた本人は突然の寒気に風邪を引いたか?と見当違いな事を考えていたりする。

 エスデスは北伐が終わった際、大臣と皇帝に恋をしてみたいと述べていた。

 そして今、自身の胸の内に灯る熱い思いへと目を向けてみる。

 ヌマ・セイカは北方の勇者と称されるだけの器と実力を兼ね備えている。全てにおいて申し分無い力を有しているだろう。

 しかし、彼に恋をしているのか、と問われればエスデスは首を横に振る。これはそんな、一般的なモノではない、と。

 ドロドロと煮えたぎるマグマのような、そんな冷めることのない熱。

 その熱を内包したこの気持ち。それは恋というより、むしろ、愛。

 

 殺し愛

 

 血沸き肉踊る死闘。全力の全力で互いの命の火を吹き消す死の闘争。どちらが相手の息の根を先に止めるかのチキンレース。ひよれば負ける。負け=死だ。

 そこまで理解し、エスデスは自身の肩を掻き抱く。その背は微かに震えていた。

 恐怖でも、寒さでもない。それは偏に興奮の震え。

 想像しただけでも堪らない。

 

「……………………えっきし!」

 

 トリップしかけたエスデスは気の抜けたくしゃみによって現実に戻ってきた。どうやら冷気が漏れていたらしい。

 同時に、今すぐ殺し合うのは面白くない、とも思い至る。

 まだまだ相手は尽きていない。ナイトレイド、これから自分の招集する帝具使い達、ブドー。

 それらを飲み干して、それから殺るのも悪くない。

 

「先ずは敵討ち、か…………」

 

 その表情は酷く、愉しげであった。




やったねヌマさん、エスデスさんとのフラグがたったよ!(死亡フラグ)

助けたわりには雑な扱いの三人娘とスピアさん。ま、まあ、助かっただけマシじゃないですかね(目逸らし)

そして、六話目にして思うこと。ご都合主義ってホント素敵!


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皆様のうれしい感想に心洗われる今日この頃。年末も近付き、仕事が殺しに来ている時分如何お過ごしでしょうか
私?私は課題とバイトに追い立てられ、こうして現実逃避をしているところでございます、はい

落ち込む挨拶はここまでとして、本編を、どうぞ


「……………………」

 

 チラッと後ろを振り向くヌマセイカ。

 

「…………ん?どうした?」

「あ、いや…………何でもない」

 

 どうかしてるのはお前だろ!?という絶叫を飲み下し、彼は再び前を向く。そして再び背後からネットリとへばりつく様な視線が襲ってきていた。

 昨日、中々にヘヴィな話題を終えてから、エスデスは今まで以上にネットリとした視線を向けてくるようになった。

 ハッキリ言ってそれは捕食者の目である。常人が向けられ続ければ発狂しかねないほどの、ドロリとした視線である。

 とはいえヌマセイカのメンタルは常人ではない。つまりは発狂することは、無い。のだが、居心地が悪いのは確かであった。主に心臓やらに悪い。

 従者と弟子に助けを求めようにも、四人ともエスデスの覇気にやられる可能性を考えて逃がしていた。今はその選択を後悔している。

 因みに、その中でスピアが少し渋ったのだが、実力差が分からないほどの愚者ではない。最後は三人に引き摺られる形でこの場を後にしていた。

 止まない視線、キリキリと痛む胃、メンタルを鷲掴みしてくる視線、リバースしてきそうな胃の中身。

 磨耗しきった前世にも覚えがないほどのストレスフルである。というより鷲掴みされているのはメンタルではなく胃ではなかろうか。しかも、料理的にではなく、物理的にである。

 仕方なく、目をそらしてカップに注いでいた黒々とした液体を飲む事へと意識を集中させるしかない。

 カチ……コチ……と一定のリズムで揺れる時計の振り子が嫌に耳につく。

 何かもう、視線というよりもこの空間のせいで発狂しそうである。

 気不味い沈黙が永遠に続くかと思われた──────が、それは唐突に終わりを告げる。

 

「…………ふむ、時間か」

 

 パチリ、と懐中時計の蓋を閉めエスデスは身を預けていたソファより立ち上がる。

 

「行くぞ、ヌマセイカ。これを被れ」

「…………は?」

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 帝都とある一室。そこでは重苦しい空気が充満していた。

 

 覆面上半身裸のガチムチ

 お菓子を一心不乱に貪るセーラー服少女

 正義大好き少女

 オカマ

 磯臭い田舎者な青年

 柔和な笑みを浮かべ、何処か腹黒そうな青年

 

 この六人がその部屋には居るのだが、濃い。主にキャラ密度的に物凄く、ただひたすらに、濃い。

 そして沈黙がこの部屋を占拠していた。6人で座っても広々と使えるテーブルでありながら、座る者達が一人も口を開かないからだ。

 更にその六人がその沈黙に関して一人を除いて特に何とも思っていないのが質が悪い。協調性、というか、空気を読むとか、苦手なのだろう。

 そんな気不味ーい空間に一石を投じる来訪者。

 

 仮面を着けた青髪の軍服女

 鉄製の鬼の仮面にどこぞの野菜人のような腰まであるボリューミーな髪のアホみたいに大きな剣を持った恐らく男

 

 やっぱりキャラが濃かった。

 田舎者な青年は思わず白目を向いて内心で突っ込みが止まらない。

 

「貴様らァ!ここで何をしている!」

「シュコー…………シュコー…………」

「あ、いや俺たちは…………ガッ!?」

 

 青年が何かを言い切る前に軍服女は彼を蹴り飛ばす。

 

「Aaaaaaaaruaaaaaaa!!!」

 

 鬼の男がその剣を逆手に持つと、力任せに暴れ始めた。その動きは正に獣である。

 突然の事態。しかし、変人揃いでも彼ら彼女らは戦士として申し分無い実力を持ち合わせているのだ。

 緊急事態と判断したのかそれぞれが帝具を発動する。

 正しく、激闘。

 

「コロ!行くよ!」

『ガウッ!』

 

 橙の髪をした少女がその顔を凶悪に歪め軍服女へと襲い掛かる。

 

 魔獣変化 ヘカトンケイル

 

 縫いぐるみの子犬のような姿のそれは生体型帝具と呼ばれるモノだ。

 その剥き出しの牙をもって、敵を食い千切らんと主と共に襲い掛かる。

 

「背後からの一撃。ふむ、中々の鋭さ、だが殺気を出しすぎだな」

「カッ!?」

『……!……!』

 

 飛び掛かると同時に腕を掴まれそのまま床へと叩き付けられる。更にヘカトンケイルの方は顔面を氷で塞がれジタバタとしていた。

 その隣では荒々しい戦いとなっている。

 

「シュコー…………Aaaaaaaa!!!」

「隙だらけ…………!」

「GAAAAA!!!」

「ッ、馬鹿力…………」

「あーら、ヤダヤダ。スタイリッシュじゃないわねぇ」

 

 制服少女が刀を振るい襲い掛かるが、獣の動きでありながら鬼の男は的確にその巨大な剣で捌いている。

 少女はチラリと自身の帝具へと視線を送る。

 

 死者行軍 八房

 

 切り捨てた対象を屍人形として最大8体操ることが可能となる。そのスペックは生前と同じレベルであり、所有者の実力が高ければ高いほど強力な屍人形を有する。

 問題点は相手が自分より強ければ、切り捨てる事など出来ないことだ。

 それほどまでに鬼の男は強かった。粗いくせに隙は無く、仮にあってもそれは誘い。

 

「Aaaaaaaa!!!!」

 

 思いっきり横薙ぎに振るわれた一撃によって少女は弾き飛ばされ。そして一ヶ所に六人は集められてしまう。

 この状況では下手すれば斬り殺されかねない、が

 

「良い動きだったな。少なくともお前の拾い者達よりは上のようだ」

「歴戦の帝具使いと、素人に毛が生えたレベルの奴等を比べるんじゃねぇよ」

 

 二人は追撃すること無くその顔に着けていたも仮面へと手を掛けた。

 露になる二人の顔。その内片方は有名人である。

 

「エスデス将軍!?」

 

 青年が声をあげて目を剥く。

 更にその隣に立つのは

 

「北方の勇者、ヌマ・セイカ………」

「悪かったな、お前ら。試すような真似しちまって」

 

 尊大にふんぞり返るエスデスとその隣で片手たてて苦笑いしながら謝るヌマセイカ。

 まさかの二人だ。特にヌマセイカは先程までの荒々しい獣の動きからは考えられないほどに理知的な動き。

 特に戦っていた少女はその無表情を歪めて、微妙な表情だ。

 

「お前達の実力を少々試させてもらったぞ。まあ、及第点と言ったところか」

「いやいやいや、十分強かったろ。これで及第点とか帝具使いってのは化物揃いらしいな」

「ほざけ。実力の半分も出さずに遊んでいたお前は後で罰を与えよう」

「はぁ!?ザッケンナ!こちとら、お前が勝手に書類こさえたせいでやりたくもない仕事しなきゃならんのだぞッ?」

「騒ぐな。力あるものは戦う。これが世界だ」

「そんな世界滅びてしまえ」

 

 軽快なやり取りを繰り広げる二人。特にヌマセイカは死んだ目が更に腐敗して腐るのではと思われるほどに淀んだ瞳をエスデスへと向けている。

 そしてその視線に晒されるエスデスの頬には何故か赤みが差しており、何処か恍惚としているような雰囲気だ。

 ネタバラシだが、恋愛感情ではない。繰り返すが恋愛感情ではない。大事なことで二回言いました。

 仮に恋愛感情を向けられている、とヌマセイカに伝えれば、多大なストレスによって彼の胃が限界を迎えて吐血する。

 彼女の反応は自身の闘争欲求が鎌首をもたげてきているせいであった。とんだ変態である。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「どうだ?先程の趣向は中々のモノだったろう」

「まあ、部屋ひとつ潰しちまったがな」

「それはお前のせいだヌマセイカ」

 

 上司もやべぇ…………!それが青年、ウェイブの感想であった。

 現在、変人二人を加えた、合計8人の、やはり変人集団はスーツに着替えていた。

 

「つーか、お前帽子好きすぎね?」

「髪を纏めることにちょうど良いからな。お前も被ってみれば、その良さが分かるだろう」

「…………そういや、最近は髪切ってなかったな」

「なんだ、切るのか?」

「だいたい、いつも纏めてバッサリ小刀で…………」

「ふむ、ならば私が切ってやろう」

「お前に切らせると毛根が死にそうだから却下。エア達にでもやらせ───────」

「私が切ってやろう」

「人の話聞けや」

 

 ガルルル、と睨むヌマセイカだがコントはそこで一旦終わりを見せる。

 そこで口を開くのは、オカマ、スタイリッシュであった。

 

「それより、エスデス様。アタシ達のチーム名とか決まってるのでしょうか?」

 

 その問いに全員の視線がエスデスへと向けられる。

 彼女はフッと微笑み、帽子のツバに少し触れ

 

「我々は独自の機動性を持ち、凶悪な賊徒を狩る集団となる。故に────」

 

 一度、そこで言葉を切り振り向く。

 

「特殊警察、イェーガーズだ」




ヌマさん、バーサーカーモード発動(-_-;)
これは型月世界に呼ばれること待った無しですね!
…………実際、このヌマさんどのクラスで呼ばれるのか…………何だかキャスター以外は適正がありそうな予感がしますね、はい

因みに投稿に関しては、不定期ですので気長にお待ちくださいませ


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皆様、クリスマス・イブは如何お過ごしでしょうか

私?私はバイトですよ!(白目)クリボッチですよ!(迫真)

ま、まあ、はい、本編を、どうぞ


 皇帝との謁見という名の挨拶を終えた特殊警察イェーガーズの面々。

 隊長であるエスデスの意見により、ちょっとしたパーティを行うこととなった。のだが

 

「料理してる面子がおかしいだろ!?」

「あ、ウェイブ君魚の処理、終わったよ」

「ウェイブー、サラダ終わったゾー」

「あ、はい…………じゃなくて!ここは普通女の子がやる所じゃないんすか!?」

「ウェイブ、忘れんな。ウチに居るのは暴食と正義厨と戦闘狂とオカマだ。誰が作っても悲惨なことになるのは目に見えてる」

「けど…………ヌマさん!俺は納得いかないっすよ!」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。あと、ウェイブ君ほうれん草はもう少し後に入れてね?直ぐにしんなりしちゃうから」

「不味い飯作れば、そこの窓から吊るされるぞ?」

「怖い!?しかも、あり得そうだから余計に怖い!ボルスさんお願いします!」

「ふふっ、腕によりをかけるからね」

 

 厨房に立つのは野郎三人だ。距離も近く、むさ苦しいものである。

 

「というより、ヌマさん料理出来たんですね」

「ハッ!彼女居ない歴=年齢をナメるなよ。掃除洗濯何でもござれだ」

「理由が悲しい!…………まあ、俺もなんですけどねぇ…………」

「ボルスはどうなんだ?」

「私は、一応既婚者です」

「「嘘だろ!?」」

 

 まさかである。覆面、上半身裸のガチムチは彼氏彼女ではなく、まさかの既婚者であった。

 

「マジで?マジで…………?」

「ヌ、ヌマさん、語彙力失せてます」

「いや、えぇー…………?マジで?新婚か?」

「もう、かれこれ6年目かな。娘が一人居て」

「マジかー…………」

 

 ヌマセイカ、語彙力を一時的に消失するほどの衝撃を受ける。何というか、何だろう。とにかく負けた気がする。

 

「女遊びはしたことあるんだがなぁ…………」

「マジすか、ヌマさん…………」

「お前は、チェリーかウェイブ」

「さ、ささささあ?」

「狼狽えすぎだろ」

「う、うるさいやい!勝ち組は黙っててください!」

「真の勝ち組はボルスだろ。性格よくて、妻子持ちとか勝ち組トップじゃね?」

 

 軽快な会話を繰り返す二人。最後にはアメリカンジョークのような乾いた笑いが木霊した。

 そんな中で、ボソリ、とボルスの呟きが響く。

 

「私は良い性格じゃないよ。それに優しい人でもない」

 

 それはまるで血でも吐くかのような苦渋の声。

 ボルスが所属していたのは焼却部隊だ。

 この部隊は名の通り、対象を焼却することを目的としている。そしてその対象は問われない。

 結果として多くの命を奪うこととなった彼は、誰かがやらねばならない、という強固な意識のもとで今まで生きてきた。

 その決意が伝わったのか隣のウェイブは唾を飲み込む。

 重い沈黙がこの場に降りる。

 

「くっだらねぇ」

 

 ただ一人、ヌマセイカは特に同情することはない。

 二人、とりわけウェイブは少々険の有る視線を彼へと向けた。

 

「死人に一々拘るな。そもそも戦争やってる時点で善人なんて居ねぇんだよ」

 

 スルスルとリンゴの皮を向きながら、ヌマセイカは呆れた様な物言いだ。

 性善説と性悪説ならば圧倒的に後者を選ぶ彼は、この場においても揺るがない。

 

「だいたい、焼却部隊の仕事は何も焼き殺すことだけじゃないだろ。疫病の感染を阻止したり、危険種の死骸から発生する有毒物質を消したりするための面の方が強いんだ。人殺しの感覚を忘れろとは言わねぇ。けどな、お前の両手も背中もそこまで広かねぇんだよ。背負っても持ち上げても、絶対何処かで取り零す。だったら自分の命とテメーの家族の命だけ背負いやがれ」

 

 そこまで言い切ると更に切り分けたリンゴを乗せて、ヌマセイカは他の面子が揃う部屋へと足を向ける。

 そして、厨房を出る前にボルス背に叩くようにして平手をぶつけた。

 

「忘れるな。お前が大切にするべきなのは、過去に殺した奴等じゃない。今のお前が手にしてる奥さんと子供の事だ。それを第一に考えろ。自分が死ねばどうなるかを考えろ。いざとなったらオレでもウェイブでも良いから丸投げしとけ、何とかしてやるよ」

 

 2度、背を叩き振り返ること無く後ろ手に手を振り立ち去る背中。

 男二人はその背をぼんやりと見送るのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 ところ変わって料理のできない面々はというと

 

「恋をしてみたいと思っている」

「こい…………?」

「鯉こく、おいしい」

 

 ガールズ?トークに勤しんでいた。

 

「こい…………鯉…………恋?…………恋!?」

 

 橙色の髪をしたセリューは暫くエスデスの言葉を吟味し、やがて正しく変換できるとその頬にカッと赤みが差していく。

 その反対側ではセーラー服のクロメが無表情でお菓子を貪っていた。彼女の脳内変換は恋を鯉として、そして鯉こくへと変換されている。とんだ食いしん坊である。

 

「た、たたたたた隊長!そ、それはつまり恋愛をしたい、と言うことですか!?」

「ふむ、そうだな。俗な言い回しだがそういうことだ」

「おぉー!ち、因みに好みなどは…………」

「とりあえず、強い者だな。弱者を育てる事も良いだろう。だが、軟弱な者では私の扱きには耐えられんからな」

 

 恋ばなであるはずが何というか色気のない殺伐とした内容である。

 そも、好みのトップが性格や顔ではなく強さ、それも物理的な強さ、というのはどうなのだろうか。

 第一、その時点で選択肢が今のところ二人しか居ないと思われる。

 一人はブドー、そしてヌマセイカだ。オッサンと死んだ魚の目をしたMADAOである。

 

「えっと…………副隊長、ですか?隊長の好きな人は」

「いや、ないな。断言できる。アイツは私が育てる必要はない。そう、言うなれば好敵手、というやつだ」

 

 むしろ狩猟対象であろう。

 とにかく、ヌマセイカは逃げられない。

 そこで、同じテーブルについていた文官のランが読んでいた本をパタリと閉じた。

 

「強い者を求めておられるならば、武芸大会は如何でしょうか?」

「武芸大会?それが、どうした?」

「今の帝国では上に登り詰めるためにはそれ相応の評価が必要となります。ですが、下士官の中には上司に手柄をとられ昇級できないものも少なからず居るのです。そこで武芸大会を大々的に開き、在野の者や下士官から強者を探されてはいかがでしょうか」

「なるほど…………アイツよりはマシな拾い者もあるか。人はどう集める?」

「賞金を提示しましょう。観客も、帝都の民達は娯楽に飢えています、集まりも良さそうですね」

「……………………よし、良いだろう。ラン、その件の書類を纏めておけ。私はオネストの面にその案を叩きつけてきてやる」

「お願いですから手渡してください。纏めた私も怒られるじゃありませんか」

 

 どうやら男が苦労するのは、この隊のお約束らしい。

 

「何の話してんだ?」

 

 そこにやって来るのは、切り分けたリンゴの一切れをシャクシャクと咀嚼する苦労人1号。

 ギラリと光る捕食者の眼光、ゾクリと震えるパンピーの背すじ。

 

「……?………??」

 

 突然の悪寒に首をかしげながらヌマセイカはリンゴの皿をテーブルへと置き、空いた席へと腰掛ける。

 

「んで?何の話だ?」

「隊長のお相手探しですよ」

「へぇー、結婚でもするのか?このご時世に変り者だな」

「このご時世だからこそ。この人は、という方を探すのでは?」

「生憎と結婚とか興味なくてなぁ…………」

「副隊長もまだまだお若いんですから。枯れていては今後に差し支えるのでは?」

「お前に枯れてるとか言われたくねぇよ」

 

 盛り上がる野郎二人。だが、その光景にセリューは気が気ではない。

 理由は簡単、ヌマセイカが来たタイミングで振り向いて背を向けてしまったエスデスにある。

 

「……………………」

 

 ゴゴゴゴと後で文字が威圧してきそうなほどのオーラを噴出していた。軽く冷気も零れている。

 クロメはいち早くその動きを察知し、壁際でお菓子を貪り、その傍らにはスタイリッシュがスタイリッシュな姿勢でスタイリッシュしていた。

 

「…………ん?あれ、冷凍リンゴとか持ってきたか?」

「あ、あはは……………………」

「どうした、ラン。そんな蛇に睨まれた蛙みたいな面しやがって」

(むしろどうしてプレッシャーの1つも感じ取れないんですか貴方は!セリューさんも顔真っ青ですよ!?クロメさんとDrスタイリッシュは既に逃げてますし…………)

「まあ、リンゴでも食えよ。ほら、風邪の時とかすりおろしが旨いって言うだろ?食ったことねぇけど」

(ヘラヘラ笑ってられるメンタルが羨ましいですよ‼)

 

 ラン、内心でキャラを投げ捨てて絶叫中である。というより、もはやデスメタルレベルのシャウトである。

 

「ヌマセイカ」

「ん?お前もリンゴ食うか?」

「私は肉の方が好きだが?」

「たまに食物繊維をとらないと、クソ詰まるぞ」

 

 ダメだ、この男。今日はいつもと違って色々とネジが緩いらしい。普段言わないようなことが口からペラッペラと溢れ出している。

 結果、

 

「“エイスデアケーフィ”」

 

 突如現れた氷塊。

 中でリンゴを食べる体勢で閉じ込められたヌマセイカ。

 ドン引きのイェーガーズ。

 

「貴様はそこで暫く固まっていろ」

「………………………………」

 

 フンス、と鼻を鳴らしたエスデス。

 補足すると殺すつもりは無いため、氷の強度もまちまちだ。

 故に

 

「……………………寒いっての」

 

 一瞬。ほんの一瞬だったが氷漬けにされていたヌマセイカの肉体が膨張し、氷は粉々に砕かれるのだった。

 

「頭は冷えたか、この大バカ」

「良いじゃねぇかたまには暴れたって。ここ最近ストレス溜まってんだよ」

「ならば、気晴らしに私が付き合ってやろう。光栄に思うことだな」

「お前が原因だっての!」

 

 食い付くヌマセイカ、サラリと流すエスデス。

 そしてイェーガーズの面々は再確認した。

 

 隊長、副隊長に刃向かえば死ぬ。帝具関係無く殺される、と

 

 勇者もドSもどっちも化物。ハッキリ分かんだね




ヌマさんが私の中で槍ニキと化している今日この頃
そして意外に反応の良かった型月世界の話

感想に関しては時折返します。というか一通り目を通しております

今度、このヌマさんの型月風ステでも載せてみますかね

では、次のお話でお会いしましょう


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クリスマスディナーをカツ丼とうどんでおさめた私でございます。
皆様はチキンなど頂きましたでしょうか?美味しゅうございましたか?それはようございました。

では、本編始まりにござい


 基本的に表だけの薄っぺらい活気を持つ帝都。

 本日、その一角では何度と無く歓声が上がっていた。

 

「つまらん試合だな」

「いや、頑張ってる所見てやれよ。欠伸すんな」

「ヌマセイカ、ちょっとそこに一槍入れてこい」

「シラケるだけだろうが。ランに頼めよ。元文官だが、動けるだろ」

「…………一応、私はまだ文官のつもりなんですけど」

「諦めろ。ここに配属された時点で実働部隊確定だ」

 

 一番高い席から闘技場を見下ろすように並ぶ3人。

 椅子に座るエスデス、床に直座りのあぐらをかき頬杖を立てるヌマセイカ、エスデスの斜め後ろに控えて書類の束を持ち完全に秘書なランの3名だ。

 闘技場では人当たりの良いウェイブが進行を行っており、他の面子はそれぞれこの場の警備に散っている。

 

「お、お侍が勝ったか。まあ、一般人なら上出来だろ」

「明らかに鈍らだ。鍛えた所で屑鉄にしかならんな」

「打ち手次第じゃ玉鋼も屑鉄になるがな」

 

 軽く交わされる会話のドッジボール。キャッチボールではない。どちらも相手の隙を抉るような言葉を交わしているのだ。

 傍らのランは笑みの奥で胃の痛みが起きそうな錯覚を覚えた。

 その感覚から必死に目をそらしていれば、次に闘技場に現れるのは二人の影。

 少年と、対面するのは牛頭の筋骨隆々とした男だった。

 

「これは…………」

 

 組み合わせを間違ったのではないか、とランは言おうとするもそれは結局紡がれることはなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 恐らく自分の見てきた強者の中でもトップを張れる二人が揃ってその試合に集中していたからだ。

 ウェイブの紹介によって二人の注目する大男─────ではなく少年の名が発覚する。

 

「タツミ、ね。随分と若い鍛冶屋も居たもんだな」

「…………素材は悪くないな」

「材質は玉鋼。ま、研磨処か焼き入れもしてないみたいだがな」

 

 まだ、始まってもいないというのにかなりの高評価だ。

 そしてその裏付けは直ぐにとれる。

 瞬殺である。体格差をものともせず、かといって完璧には無視しない的確な攻めと守り。

 最後は相手の体勢を崩してからの跳び廻し蹴りを顔面へと叩き込み、勝負ありだ。

 

「逸材だな」

 

 呟くエスデス。異論は無いのかヌマセイカも揚げ足を取ることもない。

 そのまま、椅子を立ち降りていく彼女を見送る二人。

 

「強かったですね、彼」

「オレと同じか少し下っぽいよな」

「…………そういえば副隊長はおいくつなのですか?」

「いくつに見える?」

「……………………20代後半、でしょうか。落ち着いておられますし」

「残念、18だ」

「………………………………」

「ハハハッ、ランは文官の割りには顔に出るな。ポーカーフェイスは磨くに越したことはねぇぞ」

 

 へらへらと笑うヌマセイカ。精神年齢を数えれば中年も良いところの年であるため、見た目不相応に老け込んでいたのだった。

 

 

 ▲★■★▲

 

 

「という訳で、イェーガーズの補欠となった、タツミだ」

 

 時間は流れて、王宮、イェーガーズに割り当てられた部屋にて、椅子に鎖で縛られた少年がエスデスにそう紹介されていた。

 なぜかその首には首輪が嵌められており、メンバーは全員一歩引いている。

 

「あの、市民をそのまま連れてきちゃったんですか?」

「何、不自由はさせんさ。それに補欠だから連れてきた訳ではない」

 

 ボルスの言葉に応えたエスデス、その表情は花も恥じらう乙女の顔であった。

 

「こいつは私の恋の相手かもしれないからな。一から手塩にかけて育てようと思う」

「それで、どうして首輪がはまってんです?」

「…………愛しくなって、つい」

「ペットと同じ扱いに見えますね」

「そんなつもりはないが…………」

「だったら取ってやれよ。恋人と家畜は違うぞ」

 

 ウェイブ、ラン、ヌマセイカの3人の指摘に逡巡したエスデスはやがて、タツミの首輪を取っていく。

 そして、何故か取った首輪をヌマセイカへと差し出した。

 

「……………………おい」

「お前は私のモノだ。ならば首輪のひとつでも着けておくものだろう?」

「ぶち殺すぞ、クソアマ。誰が好き好んでお前の首輪なんぞ着けるか!!」

「お前との殺しあいか…………ふむ、それも面白そうだ」

 

 地雷踏んだ。ヌマセイカはそう判断して眉間にシワを寄せた。

 渋々差し出された首輪を受取り、その手で玩び始める。

 

「そういえば、この中で恋人が居たり、既婚の者は居るか?」

 

 エスデスが問えば挙がる手は一つ。

 上半身半裸のガチムチ良心、ボルスであった。

 皆の視線が突き刺さる。

 

「ほお、お前かボルス。人は見た目によらないものだな。既婚か?」

「は、はい。かれこれ六年目です」

 

 ワイワイと盛り上がる面々。そのなかでタツミがオズオズと手を挙げ、セリューに撫でられる、という場面があった。

 少し離れて見ていたヌマセイカは気づく。固く握り締められた両の拳とほんの一瞬だが髪の隙間から覗く、憎悪の瞳。

 

 ──────仇か

 

 彼はその目をよく知っていた。

 正義感が強く、仲間を心の底から大切にする熱血漢の目。

 さて、更に彼の思考は先へと進む。イェーガーズの面々の前所属は書類で知っている。そしてセリューは警備部隊の出身だ。

 彼女はナイトレイドとの戦闘の際に両腕を切り落とされたが、鋏型の帝具を持つナイトレイドをコロに食い殺させている。

 

(タツミはナイトレイド所属、若しくは革命軍、か。賊の生き残りの可能性もあるが、それなら大会みたいな大舞台には出ねぇだろうし、な)

 

 そこまで思考し、彼は考えるのを止めた。

 第一彼が帝国に残っているのは行く宛が無いからだ。忠誠心等、糟ほども持ち合わせてはいない。

 

(向かってくるなら、殺すが。まあ、今はいいだろ)

 

 ヒョイヒョイと、首輪とそこらにあった灰皿、ペンなどをジャグリングしながらそんなことを考えていた。

 

「何してんすかヌマさん」

「見りゃわかるだろ。ジャグリングさ」

「えぇー…………」

「それよか何のようだ?」

「仕事です。話聞いてました?」

「聞いてないから、聞いてるんだろ。これだから、ウェイブだなんて呼ばれんだよ」

「俺の名前はそんな悪い意味じゃ使いませんからね!?」

 

 

 ▲★■★▲

 

 

 ギョガン湖。何でもその近くには悪人の駆け込み寺となっている。

 

「オレ要らなくね?」

「副隊長が初仕事をサボるとはいただけないな」

「お前が勝手に据えたんだろうか」

(てか、剣デカ!?あんなの振るえるのか?つーか、帝具、だよな?)

 

 部隊6名が砦に突撃するのを見ながら、タツミを含めた残り3人は後方に待機していた。

 

「おおー、セリューは改造人間だな。つーか、帝具を改造するとは」

「あの程度は出来てくれねば困る。帝具を振るうならば一人数十人はかたいな」

「ま、筋は悪くないわな」

 

 タツミはそんな二人の会話を聞きながら戦慄する。

 はっきり言ってここから見える範囲、6人ともかなりのレベルであることが窺えるのだ。少なくとも、自分達と互角。

 そんな彼らを統率する二人は

 

(どれだけ…………強いんだ?)

 

 はっきり言って今の自分では勝てない。

 

「良い動きだよなぁ。オレ、やっぱり要らなくね?」

「殺戮能力ならばクロメはなかなかだな」

「スタイリッシュの尖兵もいい感じか。私兵がどの程度居んのか分からんが」

「補助型ならでは、だろう」

「後は、ウェイブか。強いのは分かるんだが…………」

「安定感が無いな。あれは精神的な所だろう」

「ボルスとランは平均的か。仕事として割り切ってる連中だしな」

「セリューは帝具と兵装の使い分けがなっている…………が、あれは先走りすぎるな。クロメも似たようなものか」

 

 白熱する冷静な分析。タツミは少しでも多くの情報を持ち帰ろうと、逃げようにも逃げられない。

 そうこうしている内に、逃げるものはランに仕留められ、城内の残りもクロメとウェイブに片付けられ、セリューとボルスが残党を処理。周辺の調査をスタイリッシュが終えて、賊討伐は終了となる。

 

「ヌマセイカ」

「ん?」

「後片付けをしてもらおう」

「……………………まあ、塵外刀の能力は知ってもらうべきか」

 

 最後の締めとして後頭部を掻きながら、ここ最近掛けっぱなしの塵外刀変化を解除するヌマセイカ。

 突如グニャリと歪んでただでさえ大きい塵外刀が更に大きくなったことに皆が驚きの目を向けた。

 

「塵外刀変化──────」

 

 ここに来るまでに予め危険種を吸収したストックによって奥の手の発動。

 

「──────型式“兜”」

「なっ!?」

「こ、これは…………」

「スゲェ…………」

 

 夜空を突く、巨大な刀。

 イェーガーズはおろかタツミもあまりの規格外の大きさに開いた口が塞がらない。

 

「もう少し下がってろ。巻き添えでミンチになってもオレは知らんからな」

 

 それだけ言うと、彼は化け物刀を軽々と横薙ぎに振るってみせた。

 ぶち壊れる砦の上半分。

 

「──────返しの太刀」

 

 普通の刀を振るうように、巨大さに振り回されること無く、ヌマセイカは振り抜いた塵外刀を反対へともう一度振り抜いた。

 それにより瓦礫と残っていた砦の下半分がキレイに消し飛んでいた。同時に変化も解かれ、元の塵外刀の姿へと戻る。

 

「こんなところか。塵外刀変化─────型式“変獣”」

 

 更に皆が見慣れた大きさへと塵外刀を縮めたヌマセイカはそれを地面へと突き立て、刀身の腹を背にもたれ掛かった。

 

「ま、何れはこれくらい出来るようになってもらうからな」

 

 ──────無理

 

 恐らくエスデス以外の面子の心が一つになった瞬間だった。




暫くぶりの塵外刀変化ですね。この話は少し前からやりたいと思っていたシーンでした。

因みに私はこの変化ならば、揚羽が好きですかね
黒刀はロマンです


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皆様どうも、社畜にございます。今年の大晦日はバイト先で過ごしそうな今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
いえね、同じバイト仲間の外国人の娘がいきなりお国に帰ってしまいましてね。その穴埋めに奔走している訳ですよ。
社員がやれ!!!

と、愚痴はここまで、本編を、どうぞ


 朝。それは一日の始まりの時間であり、人によっては就寝時間でもある。

 

「…………」

「どうした、タツミ。朝から面が死んでるぞ。アイツに朝まで搾られたか?」

「ヌマさん下品っすよ。何か緊張して寝れなかったらしいっす」

「成る程、お前もチェリーか」

 

 朝からそんなやり取りをするのは、ヌマセイカ、ウェイブの二人であった。

 その間ではタツミがショボショボとする目でぼんやりと宙を見つめている。

 彼は昨晩、エスデスと一夜を共にした仲なのだ。

 中身はアレだが、外側は美人であり、プロポーションも良く、寝るときはかなりの軽装というチェリーな青少年にはキツいモノがあった。

 

(ヌマ・セイカ…………)

 

 ボーッとする思考の中でタツミは昨晩の一件を思い返す。

 はっきり言って規格外だ。何だあの刀。自分の持つ帝具も敬愛する兄貴分から受け継いだモノであり、強いことは知っているが、あの刀を受け止められるとは到底思えない。

 いや、刀がスゴいだけで本人の実力はそこまで高くないのでは、とか現実逃避していたりもしたのだが、剣士として剣は大きく重ければその分扱いも難しい事を思い出し頭を抱えてしまった。

 そう、彼の寝不足はチェリーによる要因が8割。残り2割は、この化け物じみた勇者様への対策を考えての事だったのだ。

 

「あの、ヌマ・セイカさん」

「あー、タツミ?その呼び方は止めようぜ。ウェイブみたいに呼ぶか区切らずに呼んでくれ」

「…………じゃあヌマさん」

「どした?」

「ヌマさんは北方異民族の出身、ですよね?」

「よく知ってるな。そうだが?それがどうかしたのか?」

「…………いえ、何で帝国軍に居るのかなぁ、と」

 

 寝不足のせいかタツミはなかなかに思いきった質問を投げ掛けていた。

 ウェイブもそれを止めようとはしない。どうやら彼も気になるところであったらしい。

 そして、問われた当人はというと、いつも通り死んだ目でコーヒーを啜っていた。

 

「ま、大した理由はないさ。単に帰れる所は無いしな」

「故郷は…………」

「今ごろ雪の中じゃないか?アイツらには他の土地で生きていけって言ったし」

「…………」

「そんな顔すんなよ。だいたい、国は人だ。人が居なけりゃ王も無いし、国もない。アイツらなら生きていけるだろ」

「…………革命軍には入らないんすか?」

「お前なぁ、自分で言ったじゃねぇか。オレはお前らが言うところの北方異民族だぞ?別に帝国が終わろうが存続しようがどうでも良いのさ」

 

 言い切った。

 帝国の人間である二人は絶句である。

 

「ま、本格的にヤバくなれば雲隠れも辞さないな。その時は探してくれるなよ?」

 

 ニヤリとそこで冗談めかして笑うと、ヌマセイカはカップ片手に部屋を出ていった。入れ違いでエスデスがやって来る。

 

「タツミ、フェクマに…………どうした?」

「あ、いや…………」

「ヌマさんの事でちょっと…………」

「大方、帝国はどうでも良い、とでも言ったのだろう?」

「まあ、そっすね」

「単純な話だ。アイツにとって大切なものは存在しない。私と同じく、人としてならば欠陥も良い所だろう」

「欠陥、ですか?」

 

 ウェイブが問い、エスデスが首肯く。

 

「私は闘争に焦がれている。戦いこそが私の全てだ。そして、アイツは空虚だ。雲のような男、と言えば良いか」

「「あー…………」」

 

 何となく二人は納得した。

 確かに、どことなくヌマセイカは雲のような気紛れさを感じる事が二人にはあった。

 比較的長めに留まることはあれども絶対的にその場に留め続けることは不可能だ。

 

「何れアイツは何処かに行くのだろう。それまでに私はアイツともう一度戦う。ふふっ、その時はお前が側に居ることを願っているぞ、タツミ」

 

 

 ■★▲■★

 

 

 街を行く黒髪青年。その背には剣と槍を組み合わせたような槍を背負い、長く伸びた髪を雑に纏めた彼はあちこちを見回しながらのんびりと歩を進めていた。

 まあ、ヌマセイカである。

 特に目的があるわけではない。ただ、まあ、サボりである。

 エスデスはクロメ、ウェイブ、タツミを連れてフェイクマウンテンへと出向いており、他の面々は書類やら、鍛練やらに精を出すなかで彼はのんびりと散歩に興じていた。

 少しは経験無いだろうか?知らない町を歩き回るというのは意外に楽しい。更に暇潰しにもなる。

 それにこの都市は平和という薄皮を一枚剥いだ下は地獄なのだ。他人の不幸は蜜の味。少なくとも第3者として見る分には十二分な見世物と言えるのかもしれない。趣味は悪いが。

 

「外も地獄なら、中も地獄か。危険種に食い殺される方がまだマシだな」

 

 広場で見せしめに殺される者達を遠目に見ながら彼はいつも通りぼんやりとした死んだ目をしている。

 そこに同情のどの字も浮かんではいなかった。

 ウェイブ達に語ったように彼は帝都がどうなろうとも興味はない。

 ただ、冷めたようで何処か甘さを残しているため、自分に甘く、身内に甘く、そして他人には冷たい、それがヌマセイカという男であった。

 いや、それは人として当たり前ではなかろうか。

 とにかく、そんな処刑の光景を後にして、彼はのんびりと大通りを進んでいく。

 その思考は通りの左右に展開する出店を幾つも渡りながら、ついでに革命軍に関することも考えていた。

 タツミは十中八九、黒。証拠は無いが、革命軍に関する話を切り出した際に微妙に期待していた事は明らかだったからだ。

 

「革命軍、ナイトレイドねぇ………」

 

 興味の有る無しで聞かれれば興味はない。

 だが、周りの事を考えると少し悩むところではある。

 懸念事項はエア達3人娘やスピアの安全面。

 エスデスに揶揄されたように、拾ったのだから、自分で面倒見るのは当たり前だ。

 問題点は、今は自分やエスデスの傘下に居るためにちょっかい程度で済んでいるが、もしもどちらか或いは両方に何かあれば顔立ちの整う少女達の行く末など慰み物以外に無いだろう。

 さすがにそれは気に入らない。というより、気分が悪い話だ。

 

「革命軍、か…………いけるか?」

 

 一つ言っておこう。

 革命軍は託児所ではない。

 

 

 ★■▲■★

 

 

 翌日。イェーガーズの割り当てられた部屋では、折檻を食らうウェイブの姿があった。

 というのも、タツミを逃がした罰である。

 罰の内容は、パンツ一丁で石抱き、下には尖った波形の板がありそこに正座、更に火の点いた蝋燭だ。

 ドM歓喜の責め苦は暫く続き漸く終わる。

 

「そ、そういえば、ヌマさんは何処に?」

 

 倒れ伏したウェイブが問う。先程まで居た筈の彼の姿は忽然と姿を消していたのだ。

 

「さてな。存外、アイツは自由に動き回る奴だ。まあ、明日には帰ってくることだろう」

 

 

 ★■▲■★

 

 

「…………えっきし!…………?」

「師匠、風邪ですか?」

「いや、そんな筈ないんだが…………どうなんだろうな」

 

 夜道を歩く、ヌマセイカとスピアの二人。そして彼らに引っ付くように辺りを見渡しつつ進む3人娘。

 彼らはそれぞれにフル装備の状態だ。

 エアとルナの二人は護身用の特別製なナイフ。蹴りの得意なファルにはシルバーのメタルブーツ。

 そしてスピアの手には、ヌマセイカ愛用の槍があり、代わりにヌマセイカの手には塵外刀があった。

 ここはフェイクマウンテンから少し離れた森の中にある道。足場が悪い。

 

「ヌ、ヌマセイカ様!?ま、前!前見てください!」

 

 焦ったように声をあげたエアが指差す先。そこには

 

「巨人?」

 

 武骨な、いや、醜悪とも取れる、胎児のような半分機械の巨人が出現していた。

 恐らく危険種討伐数だけならば帝都でもトップクラスであるヌマセイカすらもその姿は見たことがない巨大さ。

 

「…………デッカイな」

「いや、師匠、危機感薄すぎませんか?」

「見た感じ、特殊な能力は無さそうだしな。デカイだけなら単なる的だろ」

 

 いや、それはおかしい。

 弟子と従者はジト目を彼へと向ける。

 本来、その大きさこそが厄介なのだ。蚤に刺されても痛みを感じないように、自分より大きく頑強な相手はそれだけで強敵と言える。

 

「…………ま、やりようにはよるわな。帝具があるならその特性で勝てるだろうし、無いなら無いでやりようは幾らでもある」

 

 あんな風に、な。とヌマセイカが指差す先では、件の巨人が倒れ伏すところであった。

 

「あんな風に最初にバランスを崩せばでかさは関係無い。後は生物の急所でもある目とか狙えばダメージは十分だ」

 

 そのまま、急ぐぞ、と四人を抱えるとヌマセイカは夜空へと飛び出した。

 

 

 ★■▲■★

 

 

 それは唐突に現れた。最初に感知したのは帝具によって五感が強化されたレオーネと、糸の結界によって広範囲索敵をしていたラバックの二人。

 彼らはある一点へと視線を止めて微動だに出来ない。特にレオーネはその頬を冷や汗が伝っていた。

 

「姐さん?」

 

 タツミが問うも答えは無し。

 次に感知したのは元暗殺部隊として鍛えているアカメ。彼女もラバックやレオーネと同じ方向を向き帝具の鯉口を切りいつでも抜刀できる体勢となる。

 そして、それは来た。

 突如、大地を砕く盛大な破砕音と共にナニかが落ちてきたのだ。

 そこでアカメの動きは速かった。

 

 一斬必殺 村雨

 

 斬りつけると同時に刀身に宿った呪毒が相手へと流れ込み、心臓に到達すると死に至る、という帝具だ。

 そこにアカメ本人の技量も合わさり、神速の抜刀術による死の刃が舞い上がっていた土煙を巻き上げ───────止められた。

 刀身を伝って手に伝わる硬質な感触。

 

(止められた…………!)

 

 追撃を避けるために後ろに飛び下がる。

 その間にもナイトレイドの面々が警戒した様子で、周りを取り囲んでいた。

 果たして

 

「ちょ、師匠!跳ぶなら跳ぶって言ってくださいよ!舌噛むところでしたからね!?」

「と、というか人四人も抱えてあんなに跳べるものなの?」

「…………主様、やっぱり、変」

「み、皆!言い過ぎだよ!ヌマセイカ様は私達のために…………」

 

 土煙が晴れて現れるのは五人の人影。

 その内一人は、タツミの顔見知りであった。

 

「ヌマ・セイカ…………!」

「よお、タツミ。お前さん、やっぱりナイトレイドだったんだな」

 

 四人を下ろしたヌマセイカは塵外刀を地面に突き立てるとそうアッサリと挨拶を行うのだった。




さて、ナイトレイドの初邂逅となりましたが、どうなりますことやら

…………何となくスタイリッシュを主人公にしても良かったかな、と思う今日この頃
パーフェクターの万能性半端無いですし、体鍛えて、専用装備を揃えればワンチャン…………ありませんかね?
では、次でお会いいたしましょう


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十一

今年も今日を残すところで後四日。皆様、やり残した事はありませんでしょうか?
私は、そうですね…………ダイエット、でしょうか。お腹回りが少し、はい

と、とにかく現実から目を逸らしつつ、本編をどうぞ


 睨み合う、というよりは一方的に睨まれているヌマセイカは特に堪えた様子もなくヘラヘラと笑っている。

 対してナイトレイド。特にタツミは気が気ではない。下手すればこの場で全滅の可能性もあるのだ、自然と喉がなり、冷や汗が頬を伝って大地を打つ。

 それは他の面々もそうだ。

 皆が一様に、張り詰めたようなそんな緊張感を全身に漲らせて、一挙一動を見逃さないように目を凝らす。

 そんな中で、ヌマセイカは野生の猫を相手するようにユックリと両手を挙げていく。

 

「まあ、待てよ。オレが用事があるのは、そこの…………………………………………えっと…………」

「師匠、ナジェンダ将軍ですよ」

「ああそうだ、そこのナジェンダ将軍さんにちょっとしたお話があるのさ」

「…………私か?」

 

 何だろう。さっきまで張り詰めていた空気が霧散していくのを感じる。

 そして、ヌマセイカに向けられるのは残念な子を見るような生暖かい視線へと変わっていた。

 

「あんたら革命軍にコイツらを匿ってほしいのさ」

 

 親指で指し示すのは、エア達四人。示された四人は恐縮したように、ヌマセイカの陰へと引っ込んでいる。

 

「…………それが受け入れられると本当に思っているのか?」

「おう」

 

 ナジェンダの問いに、彼は簡潔、且つ殆ど間を開けずに答えた。

 

「オレだって毎日ちゃらんぽらん生きてる訳じゃ──────」

「そうなんですか?」

「ヌマセイカ様は割りとちゃらんぽらんな気が…………」

「…………でも、優しい」

「ま、まあ、ヌマ様の訓練はためになるよね」

「─────生きてる訳じゃねぇから!」

 

 身内から刺されるとはこの事か。既に向けられた視線は生温い処か微笑ましい残念な奴を見る目へとランクアップ?している。

 コホン、と一つ咳払い。

 

「と、とにかく、オレだってちゃらんぽらん生きてる訳じゃねぇから!お前らが暗殺した奴等も調べたから!」

「……………………そうか」

「やめろ!その目は止めろ!と、とにかく、任せたいんだが…………」

「帝国の間者かもしれない者を迎え入れろ、と?」

「ま、そうだな」

「即答だな。その根拠はなんだ?」

「……………………え、勘だけど?」

「あ゛?」

「ちょ、待って、冗談。冗談だからその義手のギリギリを止めてください」

 

 ゴス、と響く鈍い音。

 

「oh…………」

「…………はぁ、何とも調子の狂う奴だな」

「酷いな一方的に殴ったってのに。それから大将首がそんな無防備に敵に近付いても良いのか?」

「殺意の有無程度ならばこちらも判別できるのでな」

「ほーん…………まあ、それは盲信するのは止めたが良いと思うがな。殺意無しでも殺れる奴は殺れる」

「そうかもしれん。が、それは人ではない。機械のソレだ」

「そーかい。ま、頼むわ。帝都に置いとくよりも安全だろ」

「私たちが革命を成せる、と思っているということか?」

「いや、別に。帝国がどうなろうとオレには関係無いし」

「…………力を貸してはくれないんだな」

「生憎、貸す理由は無い」

「その娘達を匿う件はどうなんだ」

「ハッ、断るってんならその時はその時だ」

 

 ガラリ、とヌマセイカの雰囲気が変わる。

 先ほどまでのホノボノとした気の抜けた状況ではない。

 全身の産毛が逆立ち、歯がしっかりと噛み合わず、ダラダラと冷や汗が流れ、ゴクリと生唾を飲み込む面々。

 

「さて、これはお願いなんだ。どうだ?この場で殺りあって死ぬか、ソレともコイツらを引き取ってこのまま平和的に終わらせるか、好きに選べ」

 

 ここで、お前を倒す!と言えないのはその実力差をハッキリと感じ取れたからか。

 

「…………良いだろう」

「話が分かるな。んじゃ、頼むぜ?」

 

 お願い(脅迫)は何とか聞き入れられる事となった。というより、聞き入れさせた。

 

「それじゃあオレは帰る。ソイツ等、本当に宜しく頼むぜ?」

 

 それだけ言い残すと、ヌマセイカは塵外刀を分解して刀身を投擲、その上に飛び乗って、夜空の彼方へと消えていった。

 

『……………………』

 

 ナイトレイドの面々はエスデスに並ぶ勢いで、ヌマセイカの名を自身のブラックリストへと書き込んでいた。

 戦闘面においても、そしてその他の面においても、であった。

 

 

 ★■▲■★

 

 

 朝、活力の朝。希望の朝である。

 

「…………静かだ」

 

 ナイトレイド脅迫を終えたヌマセイカは惰眠を貪っていた。

 少し前までならば、スピアの修行であったり、3人娘の面倒だったり、と色々あったが、今はない。

 託児所さまさまである。

 

「とりあえず、今日は何するか」

 

 天蓋付きのベッドを見上げ本日の予定を立てていく。

 だが、悲しいかな。趣味の無いこの男、鍛練と散歩しか浮かばなかった。

 そんな自分に軽く死にたくなりつつ、起き上がった彼は塵外刀を片手に部屋を出る。

 愛用の槍を餞別として渡してしまった為にアホみたいにデカイこの刀を持ち運ばねばならなくなったのだ。

 そこで思い至る。そうだ、新しい槍を造ろうじゃないか、と。

 

「というわけで、ちょっと出てくる」

「却下だ」

 

 朝の鍛練を終えた、ヌマセイカとエスデスの初っ端のやり取りである。にべもなく却下されていた。

 

「お前、この前出ていって帰ってくるのに二日掛かったのを忘れたのか?」

「ちょっと素材を採ってくるだけだぞ?」

「その刀だけで良いだろう?」

「街の中丸腰で行けってのか?」

「素手でも十分だろう」

 

 話は平行線である。

 ここで、普通なら姿をみていないスピア達の話にもなりそうなのだが、生憎とエスデスは普通ではない。

 確かに四人とも強くはなっていたが、真の強者たるエスデスに牙を届かせるか、と問われれば首を振らざるをえない。

 第一、噛み付く前に叩き潰され、仮に牙が届いても刺さる前に牙がへし折れる事だろう。それくらいの差があった。

 

「というより、お前は暇なのか?」

「まあ…………暇っちゃ暇だが…………」

「ならば、来い。仕事だ」

「えー…………」

 

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ジャラリと軋む鎖。

 

「塵外刀“釵の型”『砕氷』」

 

 円ノコのように縦回転した塵外刀の刀身が駆け抜け辺り一帯を切り刻んでいく。

 

「エゲつねぇ…………」

 

 遠目から見ていたウェイブは引いたようにその光景を表した。

 イェーガーズの面々は現在、帝都近辺に現れるようになった新型の危険種の討伐にあたっていた。

 

「こっちは片付いたぞ。そっちはどうだ?」

「あ、終わりましたよ。作戦通り、数体を隊長の方に逃がしましたし」

「そうか。んじゃ、帰るか」

 

 言いながら、ヌマセイカは塵外刀をバラして刀身を少しはなれた森の中へと投擲する。

 断末魔が聞こえたことからどうやら危険種の生き残りが居たらしい。

 

「…………スゴいっすね、ヌマさん」

「なにが?」

「いや、俺全然気づかなかったすよ。そこに危険種が居たの」

「慣れの問題だろ。ウェイブは海軍出身じゃねぇか。内地の索敵が苦手でもおかしくないさ。まあ、追々な」

 

 年が近いが頼もしい背中を見送りつつ、ウェイブはあることに気が付く。

 自分はあまり副隊長の事を知らない、と。

 まあ、今まで聞くこともなく、彼自身が語ることも無かったために当たり前と言えば当たり前だが。

 そんなこんなで仕事を終えたイェーガーズ。

 エスデスは捕獲した危険種の引き渡しに向かい、セリューとランはその付添い。

 部屋にいるのはチェスをしていたクロメとウェイブ、少しはなれて刀の手入れをしているヌマセイカ、お茶の用意をしているボルスの四人だ。

 

「…………」

 

 チェスは片手間に、ウェイブは頬杖をついて、片手で塵外刀を持ち上げ床と水平になるように刃を検分するヌマセイカを観察する。

 

「ウェイブ君、クロメちゃん、それから副隊長。お茶がはいりましたよ」

「ありがと」

「いつもすんません」

「気にしないで。好きでやってることだから。副隊長もどうですか?」

「おーう」

 

 塵外刀を床に寝かせたヌマセイカも含めて四人が席につく。

 傍から見ると結構シュールな絵面となる。

 

「で?ウェイブ、さっきから見てたろ?何か用事か?」

「ぶっ!…………ゲホッ!えほっ!」

 

 不意の言葉にウェイブは吹き出す。ついでに、気管に入ったのか酷く噎せていた。

 

「…………えっと、ンンッ、なんのことっすかね」

「はぐらかすならソレでもいいさ。だがまあ、見られてるってのはあんまり気分の良いものじゃあないんでな」

 

 言外に語れ、と言われれば、部下は語らずをえない。

 暫く考え込んだウェイブは渋々口を開く。

 

「…………俺達、ヌマさんの事を何も知らないな、と思ったんすよ。ほら、うちの部隊って誰も自分の事を言わないじゃないですか」

「ま、言わない、てよりも、言えないってことの方が多いだろ。な、ボルス」

「…………そう、ですね。確かに部隊の話は私もあまりしたくない、かな」

「…………」

「…………まあ、オレはお前らほど重い過去は無いけどな」

 

 シンミリ、と空気が萎んでいく。

 話題ミスった、と内心で頭を抱えるウェイブ。

 この空気を誰かに変えてほしい、とぼやく中で救世主は現れる。

 

「こんにちはー」

「パパー!!」

 

 入ってきたのは、目を引く美人と元気一杯の少女であった。

 真っ先に反応したのはボルスだ。

 目で他の3人が問えば。

 

「えっと、妻と娘、です」

 

 二人ほどメンタルが抉られたのは内緒である。




革命軍は託児所です(震え声)

…………正直な話、助けた時点で私が満足したのが今回の結果を呼び込んでますね

ハッピーエンド大好きっ子にダークファンタジーは重いです(戒め)

そして改めて思うこと
ワイルドハント、死すべし!!!!


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十二

気付けば十話を越えて、原作も凡そ三分の一を越えた今日この頃、皆様お風邪をめしたりしてはおられませんか?
私は、開けっぱなしで放置していたココアピーが中りました。お腹痛いです

キャベ○ンのお世話になりつつ、本編をどうぞ


「アデデデデデ!?ちょ、嬢ちゃん!?か、髪は止めてくれ!?」

「キャハハハハ!おじちゃんおもしろーい!」

 

 少女を肩車したヌマセイカは、その無駄に伸びた髪を引っ張られ悲鳴をあげていた。

 その隣では鴛鴦夫婦がのろけており、青年少女がおいてけぼりを食らっている。

 

「ぬ、抜ける…………!オレの頭皮が…………!」

「こら、ローグ!副隊長から降りなさい!」

「パパ!だっこ!」

 

 満面の笑みでボルスに抱きつく少女を見送りヌマセイカはその場に座り込む。そして念入りに髪の毛を確認していた。

 

「では皆さん。お仕事頑張ってください」

「ヌマおじちゃん、またねー!」

「…………おー」

 

 ボルスの妻子を見送った面々は、三者三様なれども、チラッと先程まで子供の元気に振り回されていたここ最近の残念担当へと目を向ける。

 

「チクショー…………抜けたか?つーか、おじちゃんってなんだよ。オレまだ十八なんだがなぁ」

 

 ブツブツと呟くヌマセイカ。老けてるのか?等と首を傾げていたりする。

 

「あ、あのすみません、副隊長。娘が粗相を…………」

「ん?あ、いや、子供はあれぐらい元気な方が良いだろ」

「し、しかし…………」

「子供を構ってやるのも大人の責務だろ。子は宝だ、大事にする方が当たり前だろ」

「…………」

「それに、子は鎹とも言ってな。まあ、夫婦が共にあることにも必要だったり、な?」

 

 そこからも朗々と語っていくヌマセイカ。常にも増してペラペラとよく回る舌である。

 流石にそんな彼の様子から察することができるだろう。

 

(((子供、好きなんだ)))

 

 何故だか妙にホッコリする3人。

 そして、この前のナイトレイドの時から何故か生暖かい視線をもらうことが多くなったヌマセイカは顔をしかめた。

 

「何だよ、その目。止めろ見るんじゃない」

 

 らしくないな、と頭を掻いてヌマセイカはそっぽ向いてしまった。

 そこを追撃するのは

 

「副隊長、親戚のオジさんみたいでしたよ」

「おう、クロメ。オレの精神削って楽しいか?うん?」

「…………わりと」

「ほ~う」

 

 頷いたクロメ。それが間違いだ。

 ギュッと握られた両手。

 たったそれだけの動作だったが、危機察知に優れたクロメは反射的に逃げ出した。

 投薬によって強化人間となっている彼女、その身体能力や反射神経は常人のソレを遥かに上回る。

 のだが

 

「残像だ」

「!?」

 

 ギャグ補正なのか、ヌマセイカは彼女を超える身のこなしにより、見事背後をとって見せた。

 戦慄するクロメ。そして

 

「あぅうううう~~」

「O・SI・O・KI・☆だ」

 

 蟀谷を左右から拳で挟んでグーリグーリ。

 黒髪も相俟ってか二人の姿は兄妹にも見えることだろう。

 

「どうした?ウェイブ。物欲しそうな顔しやがって」

「は?」

 

 まさかの飛び火した。

 ブレるヌマセイカ、解放されるクロメ、呆然とするウェイブ。

 

「ホラよ」

「アッーーーーーーー!?」

 

 宮殿に野太い男の声が木霊した。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「はあ?アイツが帰ってこない?」

 

 夜遅く、夕食も湯浴みも終わったヌマセイカのもとへとやって来たランの報告に彼は眉をひそめた。

 アイツ、とはエスデスの事である。

 何でも夜の捜索、もとい散歩に出てそのまま帰ってきていないらしい。

 

「何処を見に行ったんだ?」

「山のほうですね。タツミもちょうどそちらの方で消息を絶ちましたから」

「…………」

 

 ランの言葉にヌマセイカは露骨に顔をしかめ、頭を掻く。

 危険種に殺られた、とは思わない。

 むしろ、超級危険種ですらエスデスに勝てるか怪しいところなのだ。何より、将軍クラスに勝てる危険種が居るならば有名になっている。

 

「帝具、か…………」

 

 その発想は自然と出た。

 対人戦でも殆んど手傷を負わないエスデスだ。殺されるとは考えにくい。ナイトレイドが総出で襲い掛かった、とも考えられるが、少し前に会った彼らはヌマセイカから見て粒揃いだが、勝てるかは微妙といった見立てのため、それもない。

 となると、残るのは帝具による何かに巻き込まれた、といった所だろう。

 

「ラン、お前の知識のなかに移動系の帝具は幾つある?」

「私としても全容は把握していませんから、何とも。しかし48の帝具全ての記録があるというわけでもありませんから、恐らくは…………」

「存在する、か」

 

 これまた再び考える。

 何故、珍しくもこの男が頭を働かせているかと言えば、自分の役職のせいであった。

 “副隊長”である。認めてはいないが副隊長なのである。

 そして、隊長の居ない今、上と面談するのは副隊長の仕事であった。

 

(デブとの顔合わせとかごめん被る…………!)

 

 内心、これ一色である。

 あの不摂生の塊でありながら、その実、中身はギッチギチなオネストがヌマセイカは心の底から苦手であった。

 何より、搦め手ばかり使ってくる相手など、面倒くさい。ソレならば正面から武力行使された方がマシである。

 そんな感情が読み取れたのか、ランは苦笑いして口を開く。

 

「大臣との折衝役は私がしましょう」

「良いのか?」

「ええ、私は元々文官ですからね。目的達成にも権力は必要ですから」

「…………そうか。んじゃ、たのむぜ?」

「お任せを」

 

 そこから、二、三言今後の打ち合わせを終え、この密会は幕を閉じる。

 部屋から出ていくラン。その背にヌマセイカは最後言葉をかけていた。

 

「復讐したいなら止めないが。無駄死にだけはするんじゃねぇぞ」

「!…………」

 

 いつもの柔和な笑みが消え驚いた顔でランは食わせ者な副隊長を見る。

 当の本人は今は背を向けておりその表情は窺い知れないが、何となくいつも通りのヘラヘラとした笑いは浮かべていないことは容易に想像できた。

 

「…………はい」

 

 自分が今、どんな顔をしているのかは分からない。

 ただ、どうにか一言だけ短く返事を絞り出し、ランは部屋を出た。

 夜の宮殿は灯りがあれども静かなものだ。

 そんな静寂の中でカツカツと自分の足音が嫌に耳につく。

 思考はあの男についてだ。

 この部隊に所属する前、当然ながら候補者の情報は集めた。その中にはエスデスの事やヌマセイカの事も当然あった。

 どちらも書類上ならば、特筆すべきはその武力の高さ。正に一騎当千、万夫不当。

 そして、面と向かって話してみれば他にも様々な発見があった。

 エスデスが意外に乙女であることを知った。

 ウェイブが存外人を見ており、観察眼に長けていることを知った。

 クロメが異常なほどに仲間を大切にしていることを知った。

 ボルスが妻子持ちであり、苦悩を抱えて生きていることを知った。

 セリューが正義にとりつかれていることを知った。

 そして、ヌマセイカが常に反して食わせ者であることを知った。

 

「…………つい、目的を忘れてしまいそうになりますね」

 

 ふと、見上げた窓の外の月。

 煌々と輝く、その光を暫く眺めランは王宮の奥へと消えていくのだった。




ヌマさん、おじさん認定食らいましたね。
でも、仕方ないんですよ。少女の笑顔のためならば野郎のプライドその他諸々、ゴミ箱に捨てられたガチガチのティッシュ以下の価値しかありませんから(熱弁)

感想につきましては全て目を通しております
モチベーションの燃料にもなっておりますゆえにドシドシどうぞ。
内容によっては例えば質問などにはなるべく返しますのでその点、よろしくお願いいたします

それでは、次話にてお会いいたしましょう


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十三

今年度も残すところ二日となりましたね、はい
今日も明日もバイトな私。新年をバイト先で過ごすとか嫌ですけど…………夜遅くのほうがお客さん多いんですよねぇ…………
コンビニでホットスナック等で済ませたほうが安上がりでしょうに
そもそも十時以降に食べると太るとか何とか
お陰で私もデブの道に片足突っ込んでる始末ですよ!
仕方ありませんよね、フォンダンショコラ美味しいです

そんなこんなで、本編を、どうぞ


 エスデス消失事件(ヌマセイカ命名)が起きて数日間、それは命名者にとってあまりにも幸福な時間だった。

 それはもう、我が世の春が来た、と言わんばかりの天国っぷりだ。

 オネストへの折衝はランに丸投げし、彼が持ってきた命令書と資料を片手に作戦を練り、危険種討伐や悪人捕縛等、とにかく、普通?の警察仕事に精をだし、ドSからのストレスもない。

 このまま帰ってこなければ良い、と何度思ったことだろうか。

 えてしてそういう思考はフラグとなるのが常である。

 

「ここ数日の業務は滞りなかったようだな」

「…………まあな」

 

 椅子に座るエスデスを見ながら、ヌマセイカはここ数日の天国を振り返っていた。返事もおざなりだ。

 

「休暇はどうだったんだ?」

「ふむ…………悪くはなかった。タツミと共に南の島に居たのでな」

「…………そうかよ」

「お前も随分と羽を伸ばしていたらしいが?」

「鬼の居ぬ間に洗濯、て言うだろ。怖い怖い鬼が居ないなら羽を伸ばすのも当たり前だ」

「ほう、鬼、か…………」

「ああ、鬼だ」

 

 第三者から見れば、この空間が歪んでいると錯覚しそうなほどの濃密な覇気のぶつかり合い。

 

「失礼しま…………ッ!」

 

 その犠牲となったのは報告を持ってきたラン。圧倒的な覇気のぶつかり合いに自然と喉が鳴り、頬を冷や汗が伝っていく。

 同時に、自分の隊長たちの化物さ加減を改めて理解する事となる。

 

「よお、ラン。どうした?」

「…………報告です。東のロマリー街道沿いにてアカメ、マインを含めたナイトレイドと思われる一団が目撃されました」

「…………そうか」

 

 その報告に立ち上がったエスデスは帽子を深く被り直して歩み出す。

 

「────イェーガーズ集合だ」

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「絶対罠だろ」

 

 馬を走らせぼやくヌマセイカ。彼の前を行くのはイェーガーズの面々、先頭はエスデスだ。

 そして、彼の懸念も最もだった。

 これまで、マトモに影すら捉えることが不可能だったナイトレイドが途端に姿を見せる。

 確実ではないだろうが、それは可能性的にこちらを殺せる算段がついているということに他ならないのではないか。

 それは当然ながら、ランやエスデスも考え付いている。

 その上での進軍だ。罠だろうと何だろうと踏み潰す心算らしい。

 何となく胸の内に浮かんだ嫌な予感が消えないヌマセイカは自然とその表情を引き締めた。

 いざとなれば、と握る塵外刀の柄を更に強く握りしめ固く誓う。

 人間とは何もない、と自分で思っている者こそ他人に依存し、そこから価値を見出だそうとする。

 彼の決意はソレに近い。北方で、一人殿として残った時のように。

 特に深く考えることなく、一人、捨て石となることだろう。

 他人が死にその周りを悲しませることを嫌うこの男は、常に自分の命は勘定の外だ。

 言わば、端数。いつでも切り捨てる蜥蜴の尻尾切り。しかも尻尾自体が自分の意思をもって切り離れていく機能付き。

 チリリ、と空気が鋭く尖る。

 面々がチラリと振り向けば、そこにいたのは、見慣れた、しかし初めて見る副隊長の姿があった。

 いつも通りの死んだ目だが、その瞳の奥には冷たく、しかし猛るような炎が揺らめいているように見えたのだ。

 

「─────」

 

 両軍衝突まで、後僅か

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 翌日、ロマリー街道噴水広場にて集合したイェーガーズの面々。

 

「やっぱ罠だって」

 

 噴水の縁に座り、クレープをがっつくヌマセイカはそう切り出した。

 聞き込みをした結果、ナイトレイドは二手に分かれているらしい。

 だが

 

「誘いだな」

「誘いですね」

「だろ?」

 

 作戦立案や人間観察に秀でた3人の意見が一致する。

 

「どうする?帰るか?」

「罠を正面から叩き潰すぞ」

「超脳筋じゃねぇか」

「お前好みでもあるだろう?」

「鬼と一緒ベプッ!」

「鬼が、何だって?」

「…………食い物を粗末にすんな」

 

 顔面にベットリとついたクリームやらを噴水の水で流し、ヌマセイカは黙りこむ。次茶々を入れると確実に、エスデスの片手にある辛し入りのケバブを顔面にシュートされてしまうだろう。

 

「私とヌマセイカの二組に分けるぞ。セリュー、ランは私と来い。ボルス、クロメ、ウェイブはヌマセイカにつけ」

 

 このチームの良い点は締めるところを確りと締める点だろう。

 

「良いか、お前たち。無駄死には許さんからな。相手の数が多いならば退け。ヌマセイカ、分かっているな?」

「リョーカイ。ま、やれるだけ殺るさ」

「よし。では、帝都に仇成すネズミの駆除だ。着実に追い詰め仕留めて見せろ!!!」

『了解!』

 

 

 ▲▽▲▽▲

 

 

 駆ける駆ける、四騎の騎馬。

 

「んじゃ、お前ら。確認だ」

 

 先頭を走るヌマセイカがポツリと切り出した。

 

「いいか?今回の第一はナイトレイドの討伐─────じゃねぇからな?」

 

 まさかの副隊長が戦闘放棄である。何か言いたげな周りだがソレを手で押し留め言葉を続ける。

 

「生き残れ。例え意地汚く見えても、往生際が悪くても、とにかく生き残れ。死ぬ覚悟じゃねぇ、最後まで生にしがみつけ。死にそうなら死ねない理由を思い出せ」

「「「…………」」」

「そして、これが一番重要だ。いざとなれば、──────」

 

 最後のその言葉に、3人は目を見開いた。

 何かを言う前に目の前にあるものが現れる。

 そう、それは先程までのシリアスな空気を見事にブレイクしていく代物。

 

 案山子であった、しかもムキムキである

 

 その大胸筋には池面の文字が書かれていた。

 

「「「「…………」」」」

 

 明らかな罠だ。

 無駄口は叩かない。ハンドサインで一斉に馬から降り、四人はゆっくりと近づいていく。

 そこを狙うはピンクの髪をした少女。

 狙うスコープ、その銃口の先には、仲間の面影を残す少女。

 

 浪漫砲台 パンプキン

 

 精神エネルギーを衝撃として撃ち出し、ピンチになるほどその威力は増していく。

 狙撃だけでなく連射もこなせる万能銃。メンテナンスに手間が掛かるがソレさえクリアすれば戦闘向きと言える。

 

(せめて、一発で…………‼)

 

 引鉄に指をかけ、一つ息を吐く。

 そして、それは放たれた。

 一直線に突き進んでいく光のライン。人体程度ならば容易く撃ち貫ける一撃だ。

 

「嘘でしょ!?」

 

 狙撃手、マインは驚きの声をあげて思わず立ち上がる。

 クロメの話は、彼女の姉であるアカメに聞いていた。薬による強化人間である、と。

 だが、その回避は明らかに人の範疇を逸脱している。

 仕留め損ねた。しかし、ナイトレイドの作戦は進行中だ。

 突如、案山子が膨張した。中から飛び出してきたのは、棍棒を持った角の生えた男。

 狙うは狙撃によって体勢の崩れたクロメだ。

 

「危ねぇ!」

 

 そこに割り込むウェイブ。帝具の鍵である剣を盾にクロメの身代わりとなり

 

「…………」

 

 盛大な金属音が辺りに響き渡る。

 

「…………ッ!ヌマさん!」

「割り込むなら万全に、な」

 

 塵外刀を地面に突き立てギチギチと棍棒を抑えるヌマセイカは空いていた右手で拳を握る。

 

「歯ァ食いしばれェ!!!」

 

 ゴッ、と振り抜かれた鉄拳。

 まさしく鉄塊で撲られたに等しい一撃。それによって角の生えた男の頭蓋骨が陥没し、殴り飛ばされていた。

 

「やった!流石ヌマさんだぜ!」

 

 歓声をあげるウェイブ。だが、そこまで甘くはない。

 

「逆再生かよ」

 

 ボコボコと殴られた部分が再生していき、男は立ち上がる。

 

 電光石火 スサノオ

 

 彼は帝具人間だ。セリューの持つコロと同じく生体型帝具であり要人警護をその目的としているため全体的にポテンシャルが高い。イケメンである。

 当然、人では、いや完全な生き物ではないため、核を破壊されなければ再生し続ける。

 

「狙撃は失敗、不意打ちも意味無し、か。さすがは北方の勇者だな」

 

 そして現れる暗殺集団ナイトレイド。

 

「!これは全員、ですね。東はフェイクだったみたいだね」

「となると、援軍は期待できんな。アイツ相手にどれだけ足留めできるか知らんが、距離がある」

 

 ナイトレイドはこの場には6名。対してイェーガーズは4名だ。今のところ数では不利。

 まあ、その数を欠片も気にしない者が一人いるが、とりあえず人数差がある。

 ナジェンダが義手を鳴らして指を指す。

 

「ボルス、クロメ、お前たちはイェーガーズの中でも標的だ。狩らせてもらおう」

 

 標的。その言葉に、クロメとウェイブがボルスへと視線を送る。

 

「数えきれない程、私は人を焼き殺してきた…………」

 

 言いつつ、ボルスは自身の帝具へと手をかける。その動きに一切の迷いはない。

 

「刺客を向けられることも覚悟してきたのだけど──────」

 

 脳裏を過るは家族の顔。その事実が力を与えてくれている。

 

「私は、死ぬ訳にはいかない!!!」

 

 その姿にヌマセイカはニッと笑みを浮かべる。

 同時にその頭も作戦を弾き出してくる。

 

「ウェイブ、お前にはインクルシオの相手を任せる。抑え込め」

「う、うっす!」

「クロメ、八房発動だ。先ずは数の有利を捻り潰す」

「うん」

「ボルス、お前は距離を測りつつ範囲攻撃で機動力を削いでやれ」

「はい!」

 

 短く、端的に指示を飛ばしたヌマセイカは彼自身も前線に立つと、全身から濃密な殺気を放ち始めた。

 牽制であるが、それだけでも三流ならば気絶しそうな殺気の奔流。

 これこそ、北方にて北伐を一人で食い止め続けた化物の面目躍如である。

 誰よりも最初に先陣を切り、敵を刻む、北の勇者。

 

「塵外刀“釵の型”」

 

 彼の戦術は【開幕ブッパ】であった。




流石ヌマさん汚い。相手との会話など丸々踏み潰していくスタイル
そこに痺れる、憧れるゥ!

唐突ですが、ここでこの作品の塵外刀に関する設定擬きを載せます。サーヴァントステータスはもう少しお待ちくださいませ

吸獣斬界 塵外刀
【キュウジュウザンカイ ジンガイトウ】
ヌマセイカが独自に造り出した、帝具擬き。
彼以外が触れると、素材となった危険種の怨念によって祟り殺される
全長は九メートルあり、刀身が柄よりも長めに作られている。
その大きさ故に重量もそれなりだが、鍛えた彼にはちょうど良い重さ。
切れ味に秀でており、岩を豆腐のように切り捨てる。

奥の手 塵外刀変化
吸収した危険種の能力を刀に付与しその見た目を変えた状態
メモリー&ストックという方式であり、一度でも吸収すればその能力は自由に引き出し扱うことができる。
ただし、銃の弾丸のように変化を使う回数分他の危険種を吸収しエネルギーを溜めておかねばならない。

今後の展開次第では改善の可能性有り
何せ、最大の特徴は変化ではなく、その進化性だからだ。
見た目は今のところ、原作最初の塵外刀のまま。今後、打ち直せば変わるかも?

とまあ、こんな風に簡易的なモノですね
では、皆様次のお話でお会いいたしましょう


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十四

明日は大晦日ですね。どうにも年を取ると新年が嬉しくなくなる今日この頃いかがお過ごしでしょうか?

今回は、いつもの面白くもないギャグはあまり無いですね

という訳で、本編を、どうぞ


 軋み響く鎖の音。元の大きさへと戻り、近接武器ながら圧倒的な射程を誇る塵外刀の刀身は柄分割によるリーチ延長の状態で、正面を思いきり薙ぎ払っていた。

 完全に不意を突かれたナイトレイドだったが、彼らも歴戦の暗殺者だ。間一髪でその一撃をかわしていく。

 その間にイェーガーズの3人は戦闘準備を進めていた。

 

「グランシャリオォオオオオオ!!!」

 

 大地に剣を突き立て、魂で呼ぶ鎧の帝具。

 

 修羅化身 グランシャリオ

 

 インクルシオの後に出来た帝具とされており、同じく鎧型の帝具だ。

 こちらは使用者に対する反動などを削ったモノであり、インクルシオのように成長性は無いがその分使いやすい仕上がりとなっている。

 仕掛ける相手は指示通り、インクルシオ。

 

「ゼァッ!」

 

 放たれる剛速の蹴り。空中に浮いていたインクルシオは直撃を避ける事は出来たが踏ん張ることなど出来る筈もなくガードの上から蹴り飛ばされる。

 

「皆、来て」

 

 こちらはクロメ。八房を掲げ、能力を発動。地震と紛う揺れが起きて7体の屍人形が姿を見せた。

 人型はそのなかで5体、残り2体は明らかに危険種のソレ。

 

「ねぇ、見てよお姉ちゃん。今ではこの子も私のお人形なんだよ?」

 

 超級危険種 デスタグール

 

 インクルシオの素材となっているタイラント等と並んで伝説クラスの危険種だ。

 その見た目は巨大な骨の龍。屍人形でありながら、その体からはすさまじい威圧感を放っていた。

 それだけではない。ウェイブに呼応するように、猿型の危険種がインクルシオへと襲い掛かる。

 

 特級危険種 エイプマン

 

 大型の猿のような見た目の危険種だ。オツムはアレだが力が強く、耐久力も特級というだけあって申し分無い。

 これはクロメの判断だ。即ち、ヌマセイカからの指令である、数の有利を潰すためのモノ。

 そんな数的有利を作り出す八房の屍人形だが、その中にふと、ヌマセイカは知った顔を見付けた。

 ドーヤという名の女ガンマン暗殺者である。

 とはいえ、親しいか、と問われれば首を振り、屍人形にされたことも特に気にはならない。

 死人にまで心を割くほど彼は人情に溢れてはいないのだ。

 ドーヤの場合は過激派に送り込まれた刺客であり、ヌマセイカとは折り合いが悪かったというのも理由に挙げられる。

 故に一瞥したのみで、ヌマセイカは止まらない。

 引き戻した塵外刀をもとに戻して高々と掲げ、一足飛びにてボルスに襲い掛かった、アカメへと肉薄していく。

 

「塵外刀“瀑布”ッ!!」

「ッ!?」

 

 名の通り、膨大な水が降り注いだかのような超重量の一撃。

 本来スピード型のアカメにとっては反応することこそ出来たが、受け止めることなど不可能であり、木っ端の如く弾き飛ばされてしまう。

 

「アカメッ!」

 

 地面に叩きつけられる直前に割り込むは黄金の影。

 

 百獣王化 ライオネル

 

 それがレオーネの帝具だ。装着者の体を獣とし、身体能力や五感を強化する。奥の手は“獅子は死なず”。所謂リジェネレーターと呼ばれる超治癒能力だ。

 今も、アカメを受け止めた反動で負った細かい擦り傷が再生していく。

 

「イタタタ…………アカメ、大丈夫かい?」

「あ、ああ。すまない、レオーネ」

 

 返事をしながらアカメは未だに痺れ震える両の手から目を逸らせない。

 ソレほどまでに重い一撃だったのだ。

 

(指先の感覚が薄れてる…………この戦闘で回復できるか…………)

 

 そこが気掛かりだった。

 剣術は腕前が上がれば上がるほど、繊細な技術を指先で行なう。何より、握力の要だ。

 

「どうした?来ないのか?」

 

 肩に武器を担ぐという余裕な態度のヌマセイカ。

 だが、彼に対してレオーネもアカメも切り込めずにいた。

 一対二という数的有利、屍人形と違い心臓が有り、村雨で倒せるという点。

 それらを考慮した上で彼女たちは攻めあぐねていた。

 

「ボルス!」

「“岩漿錬成”!」

 

 唐突にブレたヌマセイカの姿。その残像を突き破り飛び出してくるのは極炎の塊。

 

 煉獄招致 ルビカンテ

 

 火炎放射器の形状の帝具であり、その炎は一度燃え移ると水でも消すことができない。

 岩漿錬成はそんな炎を球状に圧縮して撃ち出し、遠距離を攻撃するという奥の手。

 そして彼の防備に着くのは、透明な盾を備えた護衛と巨大バタフライナイフを武装としたバン族の二人組だ。

 このままヌマセイカの相手をする覚悟を決めていた二人は思わぬ横槍に動きが鈍ってしまう。

 その間に件のヌマセイカは別の場所へと動いていた。

 イェーガーズの面々は気付かれぬように全員で大きな三角形を描くように散開している。その中央にヌマセイカが陣取り、それぞれ危なくなれば横やりを入れるという形だ。

 彼が次に突っ込んだのはウェイブの場所。共闘に回っているエイプマンが思った以上に脳筋猿であるため、意外に繊細に戦うウェイブの動きを阻害していた為だった。

 

「ウェーイブくーん、あーそーぼー!」

 

 そんなふざけた事を叫びながら、インクルシオの脇腹へと叩き込まれる流星のような飛び蹴り。

 

「ガッ!?な、何が…………」

 

 そのまま岩壁へと叩きつけられたインクルシオは眩む視界に最悪の敵が映ることに気付く。

 巨大な刀に、風に揺れる長い黒髪、死んだ目をしたナイトレイドはおろか、革命軍でも特記事項の一人。

 

「ヌマ・セイカ…………!」

 

 この状況は不味い。

 彼は自分の未熟さを嫌というほど知っている。

 いってしまえば、エイプマンとウェイブ二人相手ですら攻めあぐねていたのだ。

 それほどまでに、屍人形の耐久力とグランシャリオの防御力は侮れなかった。

 そこに、素手ですら化物クラスのバグが割り込んでくるとか、悪夢という他無い。

 

「くっ…………!」

 

 インクルシオの差し出された手に光が集り、一本の紅い槍が現れる。

 副武装 ノインテーター。防御に秀でた鎧型の帝具の武装に相応しい強度を誇る槍だ。

 通常なら、ソレこそエイプマンやグランシャリオを相手取るならば十分に機能を果たしてくれる。が、今回は少々分が悪い。

 実力云々の問題ではなく、もっと根本的な所。即ち、槍の利点、リーチのアドバンテージだ。

 ノインテーターのその大きさは一般的な槍と同程度。

 対して塵外刀は柄の長さですら、成人男性二人分と少し。刀身に至ってはソレよりも長い。

 そして、日本刀は切るだけでなく突く事も可能な万能武器。引っくり返せば打撃も可能。

 塵外刀もでかくはあるが、強度は折り紙付きであり、同時に刀だけでなく、槍や矛、斧、棍棒、と様々な武器の扱いを当てはめることが出来る。

 まあ長々と語ったが、端的に言って

 

「ハッハーッ!」

「ぐおあ!?」

 

 相性が悪かった。

 槍を折られこそしないが、その縦横無尽に振るわれる塵外刀に全く距離を詰められないのだ。

 武器の宿命として、周りが岩場であるため動きが制限されそうなものだが、塵外刀の刀身にそれは意味がない。

 

「ホラホラ、頑張らねぇと、胴体が上と下で泣き別れるぞ!」

 

 荒々しい言葉と共に振るわれるのは、刀身──────ではなく、分裂した柄の部分。

 塵外刀はその刀身にこそ目が行きがちだが、柄とてヌマセイカが一から製作に携わっているのだ。振るわれた柄は鞭のようにしなり、その先端のヘッドスピードは目視の限界を容易く超える。

 インクルシオは寸前で勘にしたがってその場を飛び退いていた。

 そして、彼の先程まで立っていた地点が、文字通り爆散した。更に、

 

「“グランフォール”!!」

「…………ッ!?」

 

 避けられても問題はなかった。

 そも、数の有利があるのだから一対一に拘る必要もない。

 逃げられることも想定内、その為に足元を狙っていたのだから。

 上空からのウェイブの蹴りにより叩き落とされるインクルシオ。その先に待つのは力をためるエイプマン。

 背を強かに撃ち抜く、剛腕。

 白銀の鎧は崩れた岩の先へと消えていった。

 

「さって、追撃を…………お?」

 

 盾に回された塵外刀に響く重い手応え。

 

「超級危険種相手ならもう少し掛かると踏んでたんだがな。甘かったか」

「貴様、本当に人間か?」

「生憎と、これでも人間、さ!つーかイメチェン?」

 

 ヌマセイカに襲い掛かったのは角は黒く、髪は白へと変わったスサノオ。

 奥の手“禍魂顕現”である。

 これはコロの奥の手“狂化”と同じものだ。

 違う点はコロが内部エネルギーを燃焼するのに対して、スサノオの場合はマスターの生命力を燃料とする点。3度使えば確実にマスターを殺す、というデメリットがある。

 しかし、その力は絶大だ。超級危険種の攻撃を跳ね返し、一撃で戦闘不能へと追い込む事が可能となる。

 だが、問題はあった。

 

「…………」

 

 スサノオの目の前に立つ男、ヌマセイカ。

 本来の歴史では彼という存在はとっくに失われ、記憶の角にも残らないような存在だった。

 だが、異質な魂が入ることで歴史は歪みこの状況。

 ボルスは護衛二人を含めて数的有利で優勢。クロメは離れた位置でナタラに守られつつ戦況把握につとめ、ウェイブはエイプマンとのペアでインクルシオを追い詰めている。

 

「“天叢雲剣”ッ!!」

 

 呼び出された長大な剣。超級危険種すらも一太刀で一刀両断に仕留めた一撃である。

 

「塵外刀変化───────」

 

 呟きながら、ヌマセイカは塵外刀を持たない左手を前へと突き出した。

 盛大に巻き起こる衝撃と、天まで昇る土煙。

 それは各戦場のそれぞれの手が止まるほどの一撃だった。

 

「ヌマさん!?」

 

 最初に反応したのはウェイブ。慌てて駆け寄ろうとする、がそこに割り込むインクルシオ。

 折角、有利に運べそうな状況をムザムザ渡す気もない。

 他のナイトレイドも同じく、イェーガーズの足止めに尽力する。

 だが、忘れることなかれ。ここ、この場に立つ元北の勇者は(笑)等ではなく、バグであることを。

 

「──────型式“揚羽”」

 

 聞こえた、声。同時に風が吹き抜ける。

 

「バカ、な…………」

 

 禍魂顕現の反動で倒れていたナジェンダはその光景に目を見開く。

 ヌマセイカは無事だった。彼の突き出した左掌の前には掌と同じ大きさの六角形の薄いプレートが複数枚浮かんでおり、それが天叢雲剣を押し止めて防いでいたのだ。

 更に彼の塵外刀の刀身にも変化が起きていた。

 

 それは言い表すならば【純黒】

 

 真っ黒な細身の刀身へとその姿を変えており、彼の周りには黒い球体が複数、浮かんでいた。

 

「隠し芸は得意なんでな。少なくとも、そこらの奴より手札が多い自信はあるぜ?」

 

 言いつつ、開いていた手を閉じて、人差し指だけをたてて見せる。

 

「襲え、“黒丸”」

 

 数十にも及ぶ破壊の黒丸は、大砲のような速度でナイトレイドへと襲い掛かる。

 その標的は相対するスサノオだけに留まらない。

 アカメ、レオーネ、インクルシオ、マインもその対象となり、黒丸は追い回していた。

 

「くっ!こんなストーカーは勘弁だね!?」

「…………速い!」

「気を付けろ!この珠、形が変わるぞ!」

「…………ッ!全員アタシの後ろに来て!」

 

 マインの言葉に全員が彼女の後ろに集結する。そこに殺到する黒丸の群れ。

 

「私にとってピンチはチャンスよ!」

 

 引かれるパンプキンの引鉄。その特性により放たれるのは、銃口を超えた極太レーザーであった。

 飲み込まれる黒丸。舞い上がる土煙。

 

「逃げ足の速いことだな」

 

 土煙が晴れる頃には、ナイトレイドの姿は消え去っているのだった。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「……………………はぁ、どうにもオレはツメが甘いな」

 

 逃げ去ったナイトレイドを見送り、ヌマセイカは変化した塵外刀を片手に頭を掻いた。

 

「やっぱスゴいっすよヌマさん!あのナイトレイド相手に一人で勝てたんじゃないですか!?」

「副隊長のその剣、スゴいね」

「お疲れ様です」

「…………まあ、お前らが生き残ってるから、良いか」

 

 ため息をつき、周りを探ってもう残ってないことを確認して、変化を解く。

 

「──────型式“変獣”」

 

 刀を縮めいつもの姿へ。すでに屍人形も納められ、グランシャリオも剣へと戻っている。

 四人とも有利で事を進めてはいたが、特にボルスは相手がアカメだ。

 かすっただけでも致命傷な相手とタイマンなどごめん被るだろう。

 

「とりあえず、帰るか。これから追い掛けても追い付かねぇし。こっちも少なからず疲れてるだろ」

 

 異論は出ない。メンバーとしてもこんな化物副隊長でなければナイトレイド全員を相手に出来るとは思えなかったからだ。

 

「…………副隊長」

「仕留めるなら、手早くな」

 

 そんな短いやり取りが行われ、クロメの姿がフワリと消える。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 ナイトレイド 残り7人

 イェーガーズ 残り7人




戦闘シーン難しいです(-_-;)
漫画の利点がハッキリしますね。文才がないと、戦う場面を迫力をもって伝えるのに難儀しますから

今回の犠牲者は…………まあ、彼女ですよね
帝具が厄介すぎるのが悪いです
スタイリッシュもそうですが、帝具は補助系の方が厄介だと思える今日この頃
では、次のお話でお会いいたしましょう


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十五

今年度も残すところ、今日一日となりましたね。
皆様年越しには何をお食べになりますか?
私はラーメンですね。麺類ランキングでソバとチャンポンが最下位争いをしているせいか、どうにも私は蕎麦が苦手なのです

さて、お茶濁しはここまでと致しまして、本編を、どうぞ


 宗教【安寧道】の総本山がある街、キョロク。

 イェーガーズの面々はドレスコードに適した姿で集合していた。

 

「……………………ぐぬ」

「副隊長、あまりネクタイを緩めないでください」

「いや、似合わねぇよ、コレ。何だよ、何でスーツなんだよ」

「コレが公的な使節団だからですよ」

「だったら、いつもの鎧で良いじゃねぇか!何だよスーツってナメてんのか!?」

「ま、まあまあ副隊長。落ち着いてください」

 

 覆面にスーツという、人によっては引きそうな見た目のボルスが猛るバカを宥めにかかる。

 そんな彼を苦笑いして見守るのは、ナイトレイド戦で共に戦線を張ったクロメとウェイブ。

 戦場と日常の落差が大きすぎる。具体的にはエベレストからマリアナ海溝に落ちるぐらい、酷い。

 

「うぅー…………私もこの格好は少し…………」

「だよな、セリュー。ということでオレ達だけでも衣装変えよう、ぜ!?」

「ダメに決まっているだろう?セリュー、よく似合っているではないか」

「あ、ありがとうございます隊長」

「…………グーで殴るな、グーで。お前、人の膂力じゃねぇんだから。おっと」

 

 パンッといい音が鳴る。打ち合わされるは、拳と掌。

 

「…………痛い」

 

 彼が鬼と称するだけにエスデスの力は常人のソレを遥かに凌ぐモノがある。

 ヌマセイカはソレを正面から受け止めた。腕に衝撃は響くが弾けることもなく、痛い、程度で済む。

 つまりは、この男も十分に怪物だということだ。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 今回のイェーガーズの仕事はこの安寧道の教主補佐、ボリックの護衛だ。

 その屋敷は、屈指のデカさ。賄賂と悪事によってなされた富によって作られた、もはや城である。

 

「遠路遥々、ようこそ我が屋敷へ。ふふっ、しかし、大臣に頼んでみるものですな。まさか、帝国最強と名高いエスデス将軍直々に来ていただけるとは」

 

 美女を周りに侍らせたボリックは椅子にふんぞり返って、慇懃無礼な態度で礼を述べる。

 周りでは立食式の宴が行われており、ご馳走やら娼婦やらで犇めいていた。

 が、それらよりも気になることがあるのか、ヌマセイカは頻りに天井を見上げている。

 その視線はキョロキョロと動き回り、時折一点で止まり、直ぐ様動く、その繰り返しだ。

 

「な、何してるんですか?」

 

 隣に居たボルスが恐る恐るといった様子で尋ねる。

 ランやウェイブも彼の姿には違和感を覚えていたらしく目で問いかけてきていた。

 

「いや、バカデカイ鼠が居やがるな、と思ってな」

「鼠?危険種ですか?」

「んー…………まあ…………」

 

 歯切れが悪い返答。その間にも視線は動き回っている。

 ついでに蟀谷に青筋が浮かんでいる事から、彼がこの状況を気に入らないと思っていることも明白だ。

 そのまま説明もろくにすることなく、ヌマセイカはエスデスと並ぶように前へと行ってしまった。

 

「…………なあ」

「ああ、分かっている。だが、手を出すなよ。面倒が起きるからな」

「気に入らねぇな」

「彼方から来るならば盛大にもてなしてやれば良いだろう?」

「…………それもそうか」

 

 ゴキリ、と拳を握る動作で右手を鳴らし、再度ヌマセイカは天井を睨んだ。

 

「────天井裏の者達を呼んでもらおうか。私とこいつには少々気に障る」

「お気付きでしたか。さすがはエスデス将軍、そして北の勇者よ」

 

 パチリ、と鳴らされる指のスナップ。

 同時にボリックの斜め後方に四人の人影が現れた。

 

「この者達こそ、大臣お抱えの暴力の化身。皇拳寺羅刹四鬼」

「ほう、帝都に居ないと思っていたが、ここに来ていたのか」

 

 どうやら彼らの事をエスデスは知っているらしい口ぶりだ。まあ、デブに近い立ち位置のため当然と言えば当然か。

 

「将軍様が、来てくださったお陰で、漸くこの鬼達を攻めに回すことができます」

「!ま、待ってください!ナイトレイドとの戦いに帝具無しでは…………ッ!?」

 

 ボリックの言葉に待ったをかけたセリューだったが、その背後に突如として薄紫の髪をした男が現れる。

 振るわれる手刀。そのキレはかなりのモノ。人の首すらも容易く落とせるであろう一撃、だったが

 

「ウチの部下に手を出すのは止めてもらおうか」

 

 ガッチリと手首を抑えたヌマセイカ。そして男の背後では冷たい殺気を滲ませたエスデスが立っていた。

 

「そら、手刀を引けよ。握り潰される前に、な」

「…………ッ」

「ソレとも串刺しの方が好みか?ソイツは拷問癖があるからお勧めしないぞ?」

 

 男は先程から身を引こうとどうにか頑張っているのだ。でありながら、ピクリとも動けない。

 エスデスの殺気は元より、何よりヌマセイカの握力だ。

 動きたくても動けない。血の滲む修練を積んできた自分の体が、線の細い死んだ魚の目をした男の力に劣っている。

 その事実が、男、イバラのメンタルを蝕んでいた。そして、それが不味かった。

 それは最早反射の領域。

 突き出される、捻りを加えた貫手

 ほぼ、密着しているといっても良い距離で放たれたそれは、風を切り裂きヌマセイカを穿たんと突き進んでいく。周りが止めようにも間に合わない速度だ。

 

「!?」

「残像だ」

 

 すり抜けた。というか、そんな所までネタを入れなくても良いのでなかろうか。

 同時にヌマセイカの拳がクロスカウンターの要領でイバラの顔面へと放たれる。当然、当てる気は無い。

 しかし、態と風を巻き込むようにして放ったその一撃は顔面の直前で寸止めされると同時に荒れた風をイバラへと叩き付けることとなった。

 

「ほら、どうした?体術に自信があるならこの程度避けるのが普通だろ?」

 

 そしてこの煽っていくスタイル。ニヤニヤとした悪人面は見ていて殴りたくなるモノであった。

 

「そこまでにしておけ。これ以上事を荒立てるな」

「…………へいへい」

 

 更に煽ろうとしたヌマセイカだったがエスデスに嗜められ、その口を漸くつぐみ、掴んでいた腕も放した。

 飛び下がったイバラ。その目には明らかな敵対心が宿っている。

 だが、元より仲良くする気の無いヌマセイカとしてはそんなことはどうでも良いというもの。

 波乱の初会合はこうして幕を閉じるのだった。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 ヌマセイカ煽り事件(ウェイブ命名)から数日。ここ、キョロクにも不穏な気配が漂い始めていた。

 

「オオオオオッ!!」

 

 いつものグランシャリオの剣を置き素手で相手に挑むウェイブ。

 その相手を務めるヌマセイカは拳のワンツーや蹴りを全て片手で捌いていた。

 どうやらナイトレイド戦で思うところがあったらしくこうして格闘戦のレベルアップを図っていた。

 

「攻めに片寄りすぎだ」

「ブホッ!?」

 

 言いつつ放たれた抉り込むようなリバーブロー。

 その一撃は的確にウェイブの肝臓を撃ち抜き悶絶させる。

 打撃は吹き飛ばす方が派手で見た目も良いが、その実相手をその場に崩れ落ちさせるモノの方が効果は高い。それは百パーセント打撃の威力が相手に伝わっている証左だからだ。

 

「前から言ってるだろ。気持ちが走りすぎだ。攻めと守りの比率は5:5が基本。それから相手によって、4:6だったり、7:3だったり変えていくんだ」

「うっ…………ゲホッ!お、オッス!」

 

 返事と同時に仕掛ける。

 最初は良いのだ。的確に防御と攻撃を使い分けて攻めてくる。

 だが、時間が5分も過ぎれば徐々に攻撃一辺倒となり、10分も経たずにカウンターを貰う、というのが変わらぬ流れであった。

 これは偏に帝具の影響だろう。

 鎧型の帝具であるグランシャリオは大抵の攻撃は無力化出来る。それこそ、一兵士の武器程度ならば防御姿勢をとる必要もない程度には硬い。

 だからこそ、攻撃だけに専念できるとも言える。が、生き残ろうと思うならばソレだけではダメだ。

 相手によってはグランシャリオの防御を抜けるだろうし、世の中には鎧通しや兜割りという防御無視の攻撃を扱えるものも居る。

 

「だから、甘いって」

「…………は?フゲッ!?」

 

 大の字で地面に倒れたウェイブは何が起きたのか理解できない

 いや、顎が痛むため殴られたことは事実だ。だが、その結果に至るまでの過程が分からないのだ。

 さて、先程何がおきたのかと言えば、ウェイブは顔面に放たれた攻撃をガードしようとした。

 しかし、来たのは防御の下から潜り込んで放たれたアッパー。ストレートではなかった。

 

「な、何したんですか?」

「あん?フェイントだ、フェイント」

「フェ、フェイント?」

「お前、顔面に拳が来るからガードしたんだろ?そこがミソだ」

 

 それは言うなれば殺気による幻影。

 拳を振りかぶり、そのタイミングでほんの一瞬だけ殺気を発する。その際に視線でどこを狙っているのかを相手に態と教え、その場をガードさせる。

 ガードという防御姿勢をとることで相手は心理的に若干の緩みが出るのだ。

 その緩みを狙い撃ちにするのがこのフェイントであった。

 

「全部が全部、本命でやる必要はネェんだよ。どっちかってぇとどうやって自分の想定通りに相手を動かすか。近距離戦は力だけじゃねぇぞ」

 

 差し出された手をとりながらウェイブはその言葉を反芻する。

 成る程とも思う。同時に目の前の男は格闘だけでも自分の数段上。学ぶことが多い。

 

「も、もう一回お願いしますッ!!」

「うっし、来い」




生き残らせたいキャラが多いです(-_-;)
サブキャラですらアカメは魅力的なキャラが多すぎませんかねぇ…………

だが、ワイルドハント、テメーらはダメだ


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十六

新年まで残すところ後僅か。いかがお過ごしでしょうか?

さて、一日に二話目ですからね挨拶はそこそこに
本編を、どうぞ


「……………………」

 

 夜、一人でキョロクの街を見廻りという名の散歩に出ていたヌマセイカは不意に視線を感じた。

 距離は凡そ50メートルといった所。

 流石にキョロクでは、塵外刀をおおっぴらに持ち運べないため素手だ。

 やっぱり槍が欲しい、とか考えつつ彼は曲がり角を直角九十度で急転換しながら何度も曲がっていく。

 上手くいけば撒けるだろうし、それが出来ずとも距離を態と詰めさせる事が出来る。

 更に、少しずつだがその足が速く前へと進む。

 その後、数分と掛からずにヌマセイカはダッシュしていた。忍者もビックリの速度である。

 土煙を巻き上げるような走りではない。地面を爪先で蹴りながら、跳ねるような動きだ。

 何より特筆すべきは、音。まるで猫が駆けているかのように音がしない。

 いつのまにか、場所は移り、キョロク郊外まで出てきてしまっていた。

 その一角である墓地。墓石こそあるが、障害物も少なく見通しが良い場所。

 ここで漸く、ヌマセイカの足は止まった。ザリザリと地面で靴底を削りブレーキを掛け、振り返る。

 

「野郎のストーカーはお呼びじゃないんだがな」

「へっへ、そう言うなよ。天国に連れてってやるぜ?」

「野郎はノーサンキュー。失せな」

「連れねぇこと言わねぇでくれ、よ!」

 

 瞬間、イバラの両手の爪がいきなり伸びた。その速度は弾丸のソレ。

 いつもならばその程度は塵外刀で切り払うのだが、生憎と今は手元にない。

 故に、隠し玉その一、発動。

 

「畳返し、てな」

 

 思いっきり地面に掌を叩き付け、衝撃をコントロールし地盤の一部を起き上がらせる。

 これは即席の盾、と同時に目眩ましだ。

 

「チッ、味な真似をしてくれる…………だが!そんな土壁で俺を止められると思うなよォ!!」

 

 見た目、変態でも皇拳寺の出だ。その体術は一撃で大岩を砕く。

 繰り出される跳び膝蹴り。同時に関節を外して両腕を鞭のように振り回した。

 腕は貫手の形を象っている。掠っただけでも、人体に容易くダメージを入れるイバラの十八番だ。

 果たして、土壁の先にヌマセイカの姿はなかった。

 

「は…………?」

 

 慌てて気配を探るも、この静かな月夜でなぜかその動きは捉えられない。

 不意に影が差した。

 

「上…………!」

「遅い」

 

 気付いたときには、イバラの上には前後逆に肩車の体勢となったヌマセイカの姿。

 彼はそのまま斜めに反り返りながらイバラの頭を足で挟んで捻り落とした。

 プロレスを知るものがその場で見れば分かる大技、フランケンシュタイナー炸裂である。

 辺りに地響きを響かせて、イバラの頭が地面へと突き刺さった。そしてその場をバク転しながら引くヌマセイカ。

 死んではいないだろう、というのが彼の見立てだ。

 地面が硬い、岩場や舗装された道路などならば即死級の破壊力を叩き出せるが、今回は柔らかい土。衝撃が吸収されてしまう。

 

「…………へっへ………随分と派手な技じゃねぇか。危うく石榴になるところだぜ…………」

「なっちまえば良かったんじゃねぇか?」

 

 相変わらず、覇気の無いヌマセイカ。

 確かに皇拳寺の面々は常軌を逸した鍛練を積んで人殺しを極めていくのだろう。

 しかし、相手が悪い。

 

「人間一人殺すのに、複雑な曲芸は要らねぇんだよ」

 

 ゴキリ、と鳴る右腕。一瞬だけ膨張した筋肉が一気に圧縮され血管が太く浮き上がる。

 交差は一瞬。気づけば、イバラは視界の半分を失っていた。

 

(な、にが……………………)

 

 声は紡がれず内に木霊するのみ。彼の意識はそこで途切れた。

 

「良かったな。認識する前に死ねて」

 

 体の右半分を失ったイバラを振り返りつつ一瞥したヌマセイカはそう呟く。その右手には夥しい血と、肉片や骨の名残がこびりつていた。

 何をしたのか。簡単だ。反応されない速度で動いて、イバラの右半身を腕力で引き裂いたのだ。

 皮膚も筋肉も臓器も骨も関係無い。たった一撃で引き裂いてみせた。

 帝具にも奥の手があるように、これはある意味ヌマセイカの奥の手。タイミングによっては、危険種の甲殻すらも一撃で引き裂ける破壊力を誇っている。問題点は

 

「イッテェ!?…………はぁ、ヤダヤダ」

 

 半端無い筋肉痛。それも、指先一つピクリとも動かせないほどの、重度の筋肉痛だ。

 困った、と腕を擦りながらヌマセイカはチラリと近くの森へと目を向けた。

 

「隠れるのは構わねぇが、もう少し巧くやれよ」

「…………普通は気付かないと思うがな」

 

 投げ掛けた声に応えるのは黒髪の少女。

 

「意外に早い再会だな、ナイトレイドのアカメ」

「…………」

「そう警戒するなよ。とって食いはしねぇさ」

 

 ヘラりと左手のみを挙げる。右手はダラリと下がり、プルプルと小刻みに震えるのみだ。

 仮に今ここでアカメと殺り合えば十中八九右腕がお荷物となって死ぬことだろう。

 そして、アカメとしても目の前の男の障害としての高さは認識しているが、生憎とまだ革命軍からの指名手配リストには入っていない為に殺すのは躊躇われる。

 何より彼の立ち位置が微妙すぎた。

 一応、エスデスの部下のような立ち位地だが彼自身が汚職に手を染めている訳でもなく。

 何より帝都においてもそこまで悪評はなく、むしろ助けられた、という声もあるほどだ。

 だが、その戦闘力は無視できない。

 何せ、ナイトレイド全員を相手にしても恐らく善戦してくる。下手したら負ける。

 自然と鯉口に手を掛けていた。

 

「物騒な奴だな。やる気は無いんだがな」

 

 出来ればさっさと右腕を冷やしに戻りたいところなのだ。

 羅刹四鬼を仕留めてしまったが、仕掛けてきたのは相手からだ。何より強ければ死ぬこともなかった。

 その思考に至った際に、オレもエスデス化してる、とショックを受けたのは内緒だ。

 不意に、ある音が彼の耳を掠める。

 

「ん?…………じゃあな」

 

 同時に地面を思いきり踏みつける。

 突然の事態、注意が散漫となっていたアカメはその動きに反応できない。

 巻き起こる土煙。その天辺付近から、一つの影が飛び出した。

 

「悪いな、ラン。回収なんざ頼んじまってよ」

「それは別に構いませんが…………右腕、どうされたんですか?」

「筋肉痛だ。五日はマトモに動かんな」

「何やってるんですか」

 

 ヌマセイカの左手を掴んで空を飛ぶラン。その背には翼型の帝具がある。

 

 万里飛翔 マスティマ

 

 飛行を可能とし、攻撃手段の羽は人体の貫通も可能だ。

 彼の仕事は空中というその機動力を買われた、偵察が主となる。

 そこで今回の一件を空から見ていたのだ。

 つまりは、自身の副隊長が羅刹四鬼の一人を仕留める姿を見ている。が、その上で彼はエスデスへの報告をあげるつもりはない。

 

「まあ、皆からの追撃は甘んじて受けてくださいね」

「気が重くなること言わんでくれ」

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 余談、というか今回のオチ。

 

 ヌマセイカの右腕が氷漬けにされ、羅刹四鬼の内、3人が殺られるという結果となった。




ヌマさんが本格的に人を辞めてきた件について
ついでにこの男、素手でも十分に強かった
イバラは犠牲になったのだ。噛ませ犬の噛ませにな

そろそろ本格的に場が荒れてきますね
はてさてどうなることやら

では、次のお話でお会いいたしましょう


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十七

明けましておめでとうございます。おせちは頂きましたか?私は数の子が苦手です
お年玉?バイトを初めてから一度も貰っておりませんよ

固い挨拶は抜きにして、皆様、肩の力を抜いて片手間に本編を、どうぞ


 ぶん……ぶん……、と風を切る音が朝の空気に響く。

 

「戻った、か」

 

 ズシリ、と重い音が響くとそんな呟きが小さく聞こえた。

 音の出所は、朝日を浴びるヌマセイカ。上半身は黒のインナー、下は裾の絞られたカンフーパンツ、それに素足だ。

 彼は右手一本で塵外刀の素振りを行っていた。

 筋肉痛が治まるのに一週間、そこから更にリハビリに数日を要して、漸く元のポテンシャルを取り戻しつつある。まあ、二百キロを超える重さの代物を片手で振るえるだけ十分すぎると思うが。

 

「ま、こんなもおぉ!?」

 

 とりあえず、ここで切り上げようと塵外刀を肩に担ぎ、同時に緊急回避。半拍おいて、先程まで彼の立っていた位置に氷の刃が複数突き立つ。

 

「ほお、十分に戻ったようだな」

「…………確認のために不意打ちは止めろ。その大きさだと人は死ぬぞ」

 

 氷の刃の刃渡りは50センチを越えていた。

 筋肉質だが、胴の薄いヌマセイカならば確実に貫通する長さだ。

 

「つーか、お前は朝の挨拶でサヨナラを採用してんのか」

「弱者に朝日は必要ないだろう?」

「…………さいで」

 

 もうやだ、こいつ。といつも以上に目を殺しながら、ヌマセイカは長大な柄で降り注ぐ氷の刃を弾き、逸らし、いなし、砕いていく。

 それは最早試す、等というレベルの攻撃ではない。下手な危険種では針鼠へと変えられ、人間なら細切れミンチだ。

 

「なあ、多くね?」

「そんなことはないぞ。ほら、追加だ」

「えぇー…………」

 

 追加された氷柱は太さだけでも人の胴ほどもあり、その鋭い先端はキラリと怪しい輝きを放っている。

 冷気の影響だけとも言えない冷や汗がヌマセイカの頬を伝った。

 何せ、氷柱の数は一つではなかったのだ。

 それこそ、空を覆うと表してもいい数。その切っ先全てが彼へと向けられていた。

 

「…………正気か?」

 

 一応、問う。その取り繕った外面の中には罵詈雑言が見え隠れしている。

 

「この程度ならば問題無いだろう?」

 

 返答は予想通り。そして、最悪のものだった。

 エスデスの鳴らしたスナップに呼応して、降り注ぐ氷柱達。

 対するヌマセイカの動きは早かった。

 

「塵外刀“釵の型”『風壁』」

 

 柄を分解して振り回すことで球形に近い斬撃の壁を形成していた。

 ドガガガッ、と削れていく氷柱達と、無傷の鎖。

 最後の一つが砕けたとき、ヌマセイカの周囲は水蒸気で真っ白になっていた。彼の姿も外から見えない。

 

「──────『飛水』」

 

 だが、言葉は届く。

 同時に水蒸気の幕を突き破り塵外刀の刀身が飛び出してきた。

 見えてるのか、と思えるほどに正確な一撃は、エスデスを完璧に捉えていた。

 

「やけくそでは、当たってやれんな」

 

 しかし、超人的なエスデス。正確に塵外刀の峰を見切り、そちらへと回転しながら前進。

 その推進力をのせながら抜剣しながら長大な刀身をカチ上げた。

 弾丸やスポーツカーにも言えるが、高速で直進する物体は、すべからく横からの一撃に弱い。

 角度とタイミングさえ合えば、弾丸も観葉植物の葉で逸らされる。

 今回は少し違うが、見切ったエスデスの一撃によって刀身は大きく朝の空へと弾き飛ばされ、一定の高さまで上がると勢いよく蒸気の向こうへと消えていった。

 

「…………チッ、串刺しになれば良いのによ」

「本気ではない一撃など貰う筈も無いだろう?」

 

 不敵に笑うエスデスを見ながら、ヌマセイカは頭をガリガリと掻く。

 そんな二人を、建物の影から覗くイェーガーズの隊員達。

 

「やっぱ、ヌマさんもエスデス隊長もスゲーや」

「…………ムグムグ」

「あの戦闘力は素晴らしいですね!正義の鉄槌を悪に叩き込むには私もあれぐらいにならなくては!」

「良かった、副隊長の腕も治ったみたいで」

「彼が抜けるのは私達の戦力ダウンにも繋がりますしね」

 

 誰も、自分達の隊長、副隊長が朝から殺りあっている状況に突っ込まない不思議。

 どうやら彼等も順調に染まっていっているらしかった。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 2週間。それがアカメとヌマセイカの接触、もといナイトレイドがこのキョロクに入ってきて経過した日数だった。

 その間に羅刹四鬼の内、3人が殺られるという事態(一人は味方にやられた)もあったが今は膠着状態である。

 ナイトレイド側は密偵が大量に殺られ、身動きが取れず、イェーガーズは情報不足でこちらもまた大きく動けない、何より今回は護衛任務だ。

 

「まあ、組手ばっかりだがな」

「ハッ!」

「甘ーい」

 

 殴りかかるボルスの拳を逸らしながら脇腹に蹴りを叩き込む。

 その後ろから飛び出してくるのはウェイブだ。

 

「オオオッ!」

 

 グランシャリオ状態でも決め技に位置付けている跳び蹴りを敢行。

 この状況で、ヌマセイカはボルスを蹴っ飛ばした反動で完全にウェイブに背を向けていた。

 が、世の中そこまで甘くない。

 

「ほい」

 

 繰り出されるのはソバット。それも下からカチ上げるような軌道で振るわれた足は正確にウェイブの蹴り足を捉えて蹴りあげていた。

 

「うおあ!?」

 

 上に蹴りあげられたことでウェイブの体は天地逆転する事となる。

 そこでヌマセイカは飛び上がった。そしてひっくり返ったウェイブの胴へと腕を回す。

 

「ゴヘッ!?」

 

 くり出されたパワーボム。ウェイブの上半身は予め柔らかくしてあった地面へと埋まってしまう。

 さて、派手な技が決まったところで、そのタイミングを狙っていた者達が居る。

 

「…………」

「ハァアアア!!」

 

 蛇のように低空から襲い来るクロメの貫手とその反対から飛びかかるセリューの二人だ。

 セリューの熊手はまだ対処しやすいが、クロメの貫手はそうも行かない。

 掌で止めようものなら下手すれば貫かれる。

 

「セリューはもう少し殺気を消すべきだな。荒すぎ。クロメは流石暗殺部隊出身だ」

 

 腰を落とした状態で、ヌマセイカは腕を交差させるように突き出し、熊手は手を掴むように、貫手は指の間に自分の指を割り込ませて止めていた。

 そして、彼女達の手を掴むと腕を戻してその場で大・回・転。

 

「よいせー!」

 

 二人の足が地面から平行に浮き上がるまで回るとヌマセイカはバンザイと両手を振り上げた、同時に手を離す。

 当然空へと投げ出される二人。

 結果、地面に大の字で仰向けに目を回して倒れるセリュー、THE犬神家状態のウェイブ、ふらつきながら膝をついたクロメ、脇腹に手を当て肩で息をするボルス、という散々な状況が出来上がる。

 

「カッカッカ、まだ負けてはやれねぇな」

 

 そんな彼らの前で腰に手を当て、ニヤニヤと笑うヌマセイカはそんなことを宣う。

 今回の組手の目的は帝具無しでどこまで戦えるか、というもの。

 発端はウェイブの手合わせから始まった。そこから、イバラに背後をとられた事を気にしていたセリューが加わり、帝具に頼りきりではいけないとボルスが加わり、3人がやるなら私もとクロメが加わり、今に至る。

 後はここにランが加わるのだが、生憎と今はボリックとの接待将棋の真最中。エスデスもそちらの付き添いで席を空けていた。

 

「ほれ、立て。時間は有限だからな」

「副隊長、ウェイブが気絶してます」

「水でもぶっかけろ」

 

 ウェイブの扱いなどこんなものである。

 仰向けになった泥だらけの顔に桶いっぱいの水がぶちまけられた。

 

「ブハッ!?な、何だ!?敵襲か!?」

「よう、起きたか」

 

 目を覚ました時に野郎の面が見える、というのは存外萎えるものがある。

 ウェイブも例に漏れず、起き抜けざまに野郎の面を見て、ゲンナリとした顔となった。

 

「そう嫌そうな顔すんなよ。ほれ、掛かってこい」

 

 言うと同時に顔の横に迫った蹴りを腕でガード。

 

「いや、お前じゃないから」

「そう差別をするものじゃないぞ、ヌマセイカ。私の相手をしてくれても良いだろう?」

「…………お前、素手でも強いから、ヤダ」

「そう言うな」

 

 バッと離れ向かい合うエスデスとヌマセイカ。

 両者自然体で構えはとらない。

 それは実戦を想定している為だ。いつでも相手が待ってくれる事などありはしない。

 二人はそのまま自然体のまま適当に歩き出す。

 都合3歩までは普通に歩み、四歩目で二人の姿が掻き消える。

 直後、ドンッ、と右フックと右ハイキックがぶつかり合っていた。

 パワーでは腕は足に勝てる要素はない。故にこの場合のアドバンテージは手先の器用さ。

 

「む………」

 

 エスデスのブーツの表面を滑るようにヌマセイカの指先は動き拳が開かれ鷲掴みとなる。

 そして、ガッチリと足を掴んだまま彼は体を開きつつ腕を大きく振るって左回転。エスデスを投げ飛ばす。

 これが殺し合いなら全力で近場の岩にでも叩きつけている所なのだが、生憎と今は手合わせだ。加減せねばならない。

 上着の裾を抑えたエスデスはふわりと地面に降り立った。

 

「戯れはここまでだ。見回りに行くぞ」

 

 夜の帳がすぐそこまで来ていた




そろそろイェーガーズの誰かが死にそうな気配。
はっきり言って彼らの場合、生き残らせ過ぎると最後の戦争で少し詰むんですよ(主に正義厨)
嫌いじゃないですよ?綺麗な正義厨さんとかいいと思いますよ?

だが、ワイルドハント、テメーらは綺麗だろうが汚かろうが、ダメだ


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十八

新年二日め、即行で腹痛を起こした私が通りますよっと
皆さんも食べ過ぎや、食中りには十分にご注意くださいませ

さて、気づけば原作も半分を越えておりますね

肩の力を抜いて片手間に本編を、どうぞ


 荘厳で大きな扉の前。

 そこで、胡座をかき塵外刀で扉を塞ぐように座り込むヌマセイカは何度めかのため息をついていた。

 

「眠…………」

 

 首を捻ればゴキリ、といい音が鳴る。

 長い時間同じ姿勢で座っているせいだ。

 今回は外見回りをクロメ、ウェイブ、セリュー、羅刹四鬼の最後の一人がそれぞれペアで担当し、ボリックを同じ部屋でエスデス、部屋の外でヌマセイカ、更に廊下をボルスが空をランが固める布陣である。

 

「こうも、暇だとオレも外回りにすれば良かったか?」

 

 暇が過ぎれば独り言も増えるというもの。口数が多いか少ないかで言えば多い方の彼は暇だと口がペラペラ回る回る。

 

「……………………辞め時って事か?いい加減、あのデブのちょっかいもウザいんだよなぁ。けど、仕事辞めて何処に行くか。北は出身だし、定番で真逆目指して南か?よくよく考えれば世界は未知で満ちてる…………洒落じゃねぇぜ?」

 

 面白くもない洒落を言いながらも何度めかのため息。流石に三桁まではいかないが、50近くは行っているかもしれない。

 

「ぁ~…………暇…………ん?」

 

 それは唐突だった。遠くに響く、大きな音。

 いつもならば直ぐにでもその場に向かうのだが、今は護衛の真最中。少なくとも自分の射程の外には出られない。

 ならばボルスを急行させる事も考えるが、イェーガーズの中で彼とクロメ、それからエスデスは革命軍のブラックリストに載っている。単独行動させるには不安が残る。

 一瞬浮かしかけた腰を下ろし、塵外刀を胡座の上に乗せ某オサレ漫画の刃禅の体勢となった。

 横になった刀身の腹に肘をおきつまらなそうに、ぼんやりと虚空を見つめる。

 北で本人からすれば勇者(笑)をやってたときも似たような事があったのだ。

 その時、彼は間に合わなかった。

 そして今、似たような感覚が彼の中に芽生えている。

 こんなとき思うのだ。自分の地位やら名声やら、とにかく他者と違う権力というものが煩わしい、と。

 

「やっぱり…………枠組みが邪魔だ」

 

 集団も、部隊も、軍も、街も、国すらも、こういうときそれらが邪魔だと思う。

 彼は思う。自分は何もかもが遅いのだと。

 だが、そうは思えど先手が取れない。

 まず、先手はどうとる?と彼は先手の取り方をよく知らない。政も謀も門外漢であるからこそ、ステ割り振りの大半がフィジカルに割り当てられている弊害だった。

 そのせいで、もう王城を斬り倒した方が早いのでは、と血迷ったことも何度かあった。

 らしくない思考をグチャグチャとかき混ぜて練り上げる。まあ、出来上がるのは素人がろくろ回した結果出来上がる粘土細工程に、グッチャグチャだ。

 

「…………ぐぬ」

 

 慣れないことはするもんじゃない、と頭を掻きヌマセイカはふと、廊下の一部に設けられた窓から空を見上げた。

 いつの間にか、空が白んできている。

 

「─────副隊長」

「ん?ランか。どうした?」

「報告です。隊長とご一緒でよろしいですか?」

「……………………誰が死んだ?」

 

 立ち上がったヌマセイカは肩に塵外刀を担ぎランに背を向けるとそう問う。

 朝になりかけていることこそ気付かなかったが、耳は何度も爆発音を捉えていた。そしてそれが急に聞こえなくなったことにも、気付いていた。

 それは戦闘が終了した、ということ。

 ここまで派手だったのだから、恐らく帝具戦。帝具使いがぶつかると高確率でどちらかが死ぬ。

 そしてランはポーカーフェイスを心掛けていたが、それでも漏れでる気配である程度は察することが出来た。

 

「…………………セリューさんです」

「そう、か…………」

 

 ガリガリと頭を掻くとヌマセイカは扉を押し開けた。

 なぜか中にはエスデスしか居なかったが、ボリックが死のうともどうでも良い彼はその事を口に出すことなく入室する。

 そのまま、塵外刀を床に突き立て近くの壁へと腕を組んで寄りかかった。

 何やら二人が何かを話しているが、彼の耳には届かない。

 転生して18年。強くなった。それはもう、掠れ摩耗した前世と比べれば比較にならないほどに強くなった。

 だが、今までの歩みは流されるだけではなかったか。

 

 北で産まれ、世界を見て最初に絶望した。

 そこからは我武者羅に強くなるため、死なないために進んできた。

 いつの間にか、勇者等と呼ばれて地位や権力がその背に付いて回るようになった。

 治める側に回るとその杜撰な政に日本の一般人気質だった彼は耐えきれずに、様々な意識改革を行った。

 

 人とは国であり、国とは人である

 

 前世からの心情らしく、口に出せば酷くシックリと馴染んだ。

 彼はその心情を民の根底に据えようと奔走した。

 だが、それは僅かに遅かった。一歩間に合わずに、幾つかの集落に蜂起を許してしまったのだ。

 彼は要塞都市を守るために、その手で同族を討つこととなった。

 その後、彼は更に死ぬ気で奔走した。結果として民にそれらの思想を植え付ける事にも成功した。

 肥えていく国。ここまでは良かった。

 次の問題は彼の周りで、力に目が眩んだ者達だ。

 クロメの屍人形の中にドーヤという暗殺者が居たが、彼女もその問題の犠牲者と言える。

 元より、北と帝国は小競り合いがあった。

 それが暗殺者を送り込んだことから悪化、北伐を呼び込む始末だ。

 結果、自分の広めた思想に首を絞められる形で殿を務めることとなった。

 その事に関しては思うところは彼にはない。

 曲がりなりにもその地で生きてきたのだから、結果的に故郷を失ったことに変わり無い気がしないでもないが後悔はない。

 いや、そこで漸く肩の荷が降りたという所か。

 そもそも、国レベルの期待を一般人が背負いきれる筈もない。

 その一身に善悪問わず多くの人の感情が押し寄せ、蹂躙していく。その様はあまりにも惨いものでは無いだろうか。

 何せ勝手に期待されて、その期待通りに動けなければ勝手に失望されるのだ。それも本人の預かり知らぬところでだ。

 ヌマセイカはそんな中で生きてきた。精神の代わりに目が死んでいった。

 

 流れ流され此処に居る。だからこそ大事な時に遅く、間に合わない。

 だからこそ彼は同族に刃を突き立てる羽目にあった。

 過去にボルスに背負う命は自分と家族にしておけ、と言った当人が一番何もかもを捨てられずに居る。

 エスデスに昔語ったように、死人に縛られている、というわけではない。

 現に彼は幻覚をみたりはしていない。ただ、忘れられないのだ。

 彼は切った同族全ての顔を記憶している。それこそ似顔絵を描けと紙とペンを持たされれば写真のように正確に描けるほどに脳に、瞼の裏に焼き付いていた。

 

 後悔して、諦めて、けれども強くなったその体は容易に死を運んできてはくれなくて、だから惰性で生き続ける

 

 それが今のヌマセイカである。

 惰性の根本は死ねない自分と、周りの存在。

 少なくとも部下が居る内は自暴自棄にもならないことだろう。

 

「──────副隊長?」

「…………寝かせておけ。他のメンバーにも休息を伝えろ」

 

 壁に寄りかかったまま眠るヌマセイカを一瞥し、エスデスはそうランに指示を飛ばす。

 彼が部屋を出るのを確認し、彼女も椅子に腰掛け、手近なテーブルへと頬杖を付くと、窓から外を眺める。

 

 激突まで2週間

 イェーガーズ 残り6人




ちょっとヌマさんの過去を肉付けしてみました。
あれ?矛盾してない?とか思われたかたは作者の技量低っと鼻で嗤って済ませていただければ幸いです

それはともかく減っていくお気に入りの数々。ですが私はこの作風を変えませぬ
元より二次創作は自己満足のモノですからね一人でも読んでいただけるだけで私は満足なのです

では、皆様次のお話でお会いいたしましょう


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十九

新年三日目、皆様如何にお過ごしでしょうか?
ここ数日、私を含めてバイト先はてんやわんやしております。
というのも、続かないんですよねぇ。
若者は根性無いとか言われる時代ですが、年配の方々も根性ネェですよ。せめて半年は続けてほしいものです

さて、愚痴は程ほどに、片手間に本編を、どうぞ


 2週間。それがボリックの計画までに要する日数だ。

 そしてナイトレイドの面々の狙いはボリックであり、彼らはそこまでの下準備も既に済ませている。

 更に今夜、大聖堂にて儀式が行われる事が決定しており、当然その情報は外に漏れている。

 

「今夜、か?」

「ああ。ナジェンダならばこの機会を逃さんだろう」

「配置はどうしましょうか」

「ランは今まで通り上空だ。ウェイブ、ボルスは大聖堂正面。内側は私、ヌマセイカ、クロメで当たる」

「オレも中か?武器的に外じゃないか?」

「いや、中だ。外はボルス、ウェイブ、ランの3人で十分だろう。何せ奴等の狙いはボリック一人だからな」

「…………疲弊させて態と抜かせるのか」

「それだけでは無いがな。やつらは二面作戦を採る筈だ」

「陽動と奇襲ですね」

 

 広げられていた大聖堂の地図にエスデスとランが幾つかの駒を置いていく。

 

「陽動は耐久力と突破力のあるメンバー、そして奇襲は村雨を持つアカメを主軸とした暗殺特化のメンバーでしょう」

「陽動にはボルスが主体で当たれ、そして少し戦闘後、自然と抜かれれば良い」

 

 ナイトレイドは全員が帝具使い。となると、仮に一人で全員を相手取れば確実に死ぬ。

 イェーガーズならば、隊長、副隊長の化物コンビ位しか居ない。

 可能性で言えば、ウェイブやクロメも候補に上がるが、前者は精神的に、後者はここ最近の体調不良によって難しい。

 

「で、オレらで迎撃か」

「そうだ。とはいえ、私達の任務はボリックの護衛。気は乗らんがな」

 

 戦闘狂であるエスデスからすれば護衛任務は性に合わない。

 だが、やらねばならない。それが権力の傘下に居るという意味なのだから。

 

「相手は夜闇に紛れて来るだろう。それまで、英気を養っておけ」

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「……………………」

 

 大聖堂、屋根の上にてヌマセイカは仰向けに寝転がって空を見上げていた。

 ここでタバコでもあれば、彼の横には灰の山ができている事だろう。

 ボンヤリ、という言葉がそのまま形を象ったかのような表情である、彼はそのスポンジばりにスッカスカの脳味噌でこれからの事を考えていた。

 ぶっちゃけ、ボリックが死のうがどうでも良い。むしろ死ね、とすら思っているほどだ。

 問題点は、その責任問題が何処に飛び火するか。

 しかし、よくよく考えれば羅刹四鬼が潰れた今、大臣が武力的後ろ楯を捨てる可能性は低いことに思い至った。

 ならば、更に先、このまま帝国に残るか否かの選択だ。

 正直に言って直ぐにでも逃げて良いのかもしれない、が部下の顔がちらつく。

 そこまで至ると自然とため息が漏れ出ていた。

 非情に成りきれない甘い男からすれば帝国と革命軍、どちらに味方したいか、と問われれば後者だ。

 いや、これ以上背負いたくは無いため、本来はどちらでもない、というところだが、選べ、と言われた場合は革命軍なのだ。

 既に前世で死んだ身だ、今さら死ぬことはどうとも思わない。

 だが、部下は違う。これ以上死なれると寝覚めが悪い。

 

「ボリック殺して、部下は殺らせない。…………オレの今の選択肢ではマシ、か」

 

 ベストでは無いだろう。しかし、これがギリギリだ。

 やれやれ難儀だ、と首を振りつつ身を起こし体を捻る。

 小気味良い音が鳴り、ついでに肺から空気が絞り出された。

 

「やることやって、生きてたら、恩の字、てな」

 

 グッと拳を握る。その瞳には薄暗い光が灯っていた。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 時は流れて、夜。深夜一時。

 大聖堂の中庭は荒れに荒れていた。

 

「“岩漿錬成”ッ!!」

 

 駆け抜ける炎の塊、ナイトレイドはそれを全員が紙一重でかわしていた。

 放たれた炎球は壁に当たると見事に焼き溶かして貫通していった。

 4対1。普通ならは数の暴力で簡単に突破されそうだが、ボルスは広範囲にルビカンテの炎を撒きつつ、時折狙撃することで五分に持ち込んでいた。

 本来ならここにウェイブが加わる手筈だったが、そこはヌマセイカの指示。

 村雨対策に彼を回していた。

 

「近付けん…………!」

 

 ナジェンダはこの状況に歯噛みする。

 警備の者達は粗方潰した。だが、一定距離から前へと進めていなかった。

 インクルシオやスサノオならば進めそうな気もするが、ルビカンテの炎は一度燃え移ると水でも消せない特性を持つ。

 そうなるとスサノオは再生に手をとられ、インクルシオは奥の手が封じられてしまう。

 いや、後者ならばその適応力でどうにかできそうだが、適応する前に鎧の中で蒸し焼きにされるのが落ちだ。

 火炎放射器はその特性上、広範囲に炎を撒けるため、拠点防衛や殲滅戦に向いている。

 つまり、この配置は必然とも言えるのだ。

 だが、長々と引き留める気はない。相手がそろそろ焦れてくる事は長年の経験でボルスも分かっている。

 そして、そのときは来る。

 

(分かりづらいけど目配りしてる…………作戦変更かな)

 

 火炎のお陰で夜でも視界を確保できるボルスはナジェンダと他三人のほんの一瞬の目配せを見逃さなかった。

 そこからは、自然に隙を作る。

 四人の中で一番動けないであろうナジェンダ狙いのようにみせて、炎の嵐の中に空白を作ったのだ。

 相手から見れば勝負を焦って悪手を放ったように見える様、細心の注意を払っての動き。

 

「ッ!しまった!」

 

 狙い通り、四人はその隙間を縫って、ボルスを抜いていった。狙い通りだ。

 炎の壁を突破したナイトレイド。ここでインクルシオは奥の手を発動する。

 効果は透明化。完全に視界に映らなくなる。が、問題点は気配等は消えないこと、更に透明化が解除されると強制的に鎧も解除され、再装着が必要となることだ。

 大聖堂内部、対面するのはエスデスとナイトレイド。

 体調の悪いクロメはヌマセイカと共にボリックを直に護衛する。

 

「久しいな、ナジェンダ」

「エスデス…………」

 

 因縁の二人だ。ナジェンダの右腕と右目はエスデスに奪われた。

 これはある種の雪辱戦。

 その隅では、透明化したインクルシオが機会を窺っていた。

 彼の役目はドンパチに紛れてボリックの首をとること。

 だが、それが一番難しい。

 透明化によって視覚は騙させるが、その他の感覚はまだまだなのだ。

 何より、クロメはまだマシだが、ヌマセイカは不味い。

 ロマリー街道での一戦はそれほどまでに鮮烈すぎた。

 まさか全員がかりであそこまで押されるなど誰が予想しようか。

 

(どうにか引き離さねぇと。最悪、アカメが来るまで俺も時間稼ぎに…………)

 

 思考を進めていると不意に、ヒヤリとした冷気が漂ってきた。

 そちらを見れば巨大な氷塊が今まさに三人へと襲いかかるところだ。

 その一撃はどうにかスサノオが捌くことで難を逃れる。

 

「そら、次だ」

 

 次に襲うは氷の刃。それも真横に雨が降るかのように何本も飛んできている。

 スサノオはそれを棍棒のギミックである仕込み刃を回転させて防ぐ、が何本かに脇腹を貫かれていた。

 だが、ナイトレイドとてやられっぱなしではない。

 エスデスの背後に気配を消して、レオーネが忍び寄っていた。

 

(首を掻き切る…………!)

 

 ギシリ、と筋繊維が、骨が、軋むほどに力を込めて爪を尖らせ飛び掛かりながら腕を振るった。

 

「私に触れる事はオススメせんぞ?」

 

 だが、相手は危険種よりも危険種しているドS隊長だ。

 

「ガッ…………!?」

 

 鋭利な爪は空を切り、その腹部を背後からサーベルの刃が刺し貫く。

 そこに迫るはナジェンダの義手によるワイヤー付きロケットパンチ。

 再び両者の距離が空いた。

 その光景を離れた舞台の上から見ている3人。

 

「…………ッ……………………」

「大丈夫か、クロメ」

「…………うん」

 

 息の荒いクロメは見るからに具合が悪そうである。

 ここ最近彼女は“オカシ”を口にしていない。

 その根底にはウェイブ、そして彼から情報提供をうけたヌマセイカやボルスがこの件に噛んでいる。

 簡単に説明すれば、ウェイブが隠れてクロメのオカシを口にして、そのひどさを二人に伝え、更にヌマセイカからエスデスに伝わり、摂取量を制限される事となった。

 結果、この体調不良だ。

 だが、クロメとしては部隊の皆の優しさを一身に受ける形となり満更でもなかったりする。

 さて、戦闘は激しさ増す一方だ。

 そしてその影響で、土埃が舞っていた。

 

「ん?」

 

 それは一瞬の事だ。土埃がほんの一瞬だけ何かを避けるように流れたのだ。

 確認のために、ナイトレイドへと目を向け、違和感の正体に何となくの辺りをつける。

 

(インクルシオか。となると奥の手、透明、もしくは空間移動。物理的な砂埃に反応するから前者か)

 

 やる気のヌマセイカほど相手にとって厄介なものはない。

 いつも休み気味の脳ミソがフル稼働している。

 暫く、先程の違和感のあった地点を観察し目だけでなく、耳や鼻もフルに使って情報をかき集め、インクルシオの次の動きを予想。そして、跳んだ。

 突然の行動。だが、ナイトレイドには直ぐにその行動の意図が分かってしまう。

 まさか、そんな、など彼らの脳裏には否定の言葉が浮かぶが、それを嘲笑うようにヌマセイカはある地点まで進み、左廻し蹴りを放った。

 普通ならば空を切る意味の無い、一撃。

 だが、今回は違う。彼の足に伝う硬質な手応えと、ギシリと軋む鋼の音が聞こえ、エスデスとやりあっていたスサノオへと勢いよくナニかが飛んできた。

 同時に透明化が解除され、現れるのは白銀の鎧。

 

「ビンゴだ」

 

 エスデスの隣に立ったヌマセイカは肩に塵外刀を担いで頭を掻く。そして横目でチラリと上司の顔を盗み見た。

 

「良いものを引き当てたな」

「…………てっきり下がれ、とか言われると思ってたんだが?」

「それは奴等次第だろう。私としては一人で殺りたいがな」

「…………さいで」

 

 そこまで話して、ヌマセイカは一歩下がる。彼の今回の目的はクロメを守ることであり、ついでにボリックを護衛すること。

 そのまま更に下がり、舞台と戦場の丁度中間辺りでその足は止まった。言外に、手は出さない、という意思表示だ。

 それをエスデスは汲み取った。元より彼女は一人で戦うつもりだったのだから、彼の申し出を断る理由もない。

 

「さて、抗ってみせろ」

 

 第2ラウンドの幕が切って落とされた。




いよいよ、私の嫌いなワイルドハントが出てくる場面が近付いてきますね
少し原作を見返していたのですが、ボルスの奥さんと子供のシーンで危うく単行本を引き千切りかけました

余談ですが。あの鎌の帝具を使ってたチンピラを主人公にしたお話とか、どうなんでしょうね
アカメに瞬殺されたギャグキャラみたいな終わりかたでしたし
まあ、ヌマさんも原作はアレでしたからねぇ

では、皆様次のお話でお会いいたしましょう


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二十

そろそろ前書きでも書くことのなくなってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか
挙げるならばアレですね、正月のファミレスはヤバイ、位でしょうか(主に店員の仕事量)

では、肩の力を抜いて、本編を、どうぞ


 いつもならば静謐な空気を内包した大聖堂。しかし今は、そんな空気を叩き壊して激戦が巻き起こっていた。

 

「ヌルイぞ!この程度か!」

 

 1対4。優勢なのは1であった。

 エスデスはデモンズエキスによる氷の生成と圧倒的な戦闘能力でナイトレイドを蹂躙していく。

 その再生能力に目をつけられたレオーネは文字通り刻まれ、それを防ぎに入ったインクルシオは蹴りによって壁に叩きつけられ沈黙。

 スサノオは全身を氷に閉じ込められ、ナジェンダは当て身を食らいダウンしていた。

 

「…………えげつない」

 

 その光景を巻き込まれないように引いて見ていたヌマセイカはまさにドン引きといった様子でそう呟いた。

 お前が言うな、と言われそうだが彼は相手を甚振るぐらいならば瞬殺してやる主義だ。

 さて、大聖堂で起きる激戦。それは外でも同じだった。

 

「仲間は殺らせねェ!!」

 

 グランシャリオを纏ったウェイブが気炎を上げてナイトレイド三人を相手しながら圧倒していた。

 アカメの村雨は鎧の強度で無効化。マインの狙撃はここ最近で鍛えられた勘と反射神経でかわし、ラバックの糸も同じく捌いていく。

 心は熱く、思考はクールに。その捌きは的確だ。

 

「何で当たらないのよ!?」

 

 マインからの狙撃。前までの彼ならば数発は被弾していた事だろう。

 だが、今のウェイブはひと味違う。

 

「ヌマさんの拳の方が速い!!それに強いぜ!」

 

 比較対象がおかしい。

 そも、人類の拳と弾丸が同格なのがそもそもおかしい。まあ、パンプキンは衝撃波を打ち出すモノだがそれにしたって、ねえ?

 だが、ウェイブからすればヌマセイカの拳は一種のトラウマレベルらしい。

 まあ、拳で帝具の防御ぶち抜かれれば誰しもトラウマかそれに近いものは患うのも無理からぬ事かもしれない。

 

「遅いッ!!」

「ガッ!?」

 

 ウェイブの蹴りがラバックを捉えて蹴り飛ばす。

 彼が鍛えたのは足を重点とした格闘能力。それは単純な攻撃力だけではない。

 常に格上の相手と戦い、衝撃の緩和や受け方を学び、そしてバネのような足腰を手に入れたのだ。

 蹴りの破壊力は増し、耐久性は更に増した。

 だが、彼らナイトレイドにとってはここは死力を尽くす場では無い。

 

「二人とも先に行け!」

「ッ!行かせ何ッ!?」

 

 ラバックが帝具の糸によってウェイブを押さえ付けると二人を先へと進ませる為に叫んだ。

 当然、ウェイブとしては糸を引きちぎって追おうとする、がこの糸はそんじょそこらの強度ではなかった。

 

 千変万化 クローステール

 

 両手装着の糸の帝具であり、ラバックの器用さも相俟ってそのポテンシャルは高い。

 そして今、ウェイブを縛るのは奥の手である界断糸と呼ばれるモノ。これは素材となった危険種の毛のなかでも急所を守る為に生えていた部分だ。まず、切れない。

 その糸を自身が叩き付けられた木に縛り付け、そこでラバックは限界を迎えたらしく倒れてしまった。

 

「く………そ………!とれねぇ!」

 

 鎧のお陰で刻まれる事はないが全くもって拘束が外せない。

 その間にもアカメとマインの二人は駆けて進んでいく。途中で帝具使いのチンピラが居たのだが、能力を発動すること無く村雨の前に沈んでいった。

 

 さて、場面は戻って大聖堂。再生するとはいえ傷の深いレオーネはダウンしてしまったが、スサノオの奥の手を発動して天叢雲剣でエスデスを狙ったところだ。

 

「当たらん、か」

 

 何枚もの氷の障壁が床から突き出て、剣はその壁を破ること無く途中で止まってしまった。

 剣の衝撃で、ボリックを狙ったのだが、そこにはヌマセイカが居る。塵外刀で衝撃は阻まれ届いてはいなかった。

 

「無事か、クロメ」

「…………はい。問題ないです」

 

 クロメの返答を聞き、ヌマセイカは再び目の前の戦いに目を戻した。

 熱戦、というかナイトレイドにとっては死力を尽くして戦う場なのだが、イェーガーズにおいてはそうでもない。特に、隊長、副隊長の人外コンビからすれば護衛戦というのはやりづらくてしょうがなかった。

 特にヌマセイカはいい加減終わらないか、とか思っている。

 

「ん?」

 

 不意に差す影。見上げればいつの間にやら奥の手発動中のスサノオが目の前に居るではないか。

 3種の技のうち、高速移動を可能とする八尺瓊勾玉である。

 相手をしっかりと見ていたスサノオは気付いていた。今一、ヌマセイカはこの戦闘に身が入っていなかったことを。

 

────とったッ!!!

 

 動きの鈍いヌマセイカとクロメでは距離的にギリギリ届かない。スサノオは拳を握り締め

 

「私の前で全てが凍る」

 

 小さな呟き。

 

「“摩訶鉢特摩”」

 

 バキリ、と空間が軋んだ。

 誰もその場を動かない。というか動けない。

 この場で動けるのはただ一人。

 

「時空を凍結させた。ふふっ、タツミを捕まえるために編み出した奥の手だ」

 

 カツカツとヒールを鳴らして、エスデスは歩んでいき、その途中でサーベルを抜き放った。

 

「今のところは一日に一度が限界だ。しかし─────」

 

 止まったスサノオの背から肉体を貫通するように貫かれた刃。

 

「十分だと思わないか?」

「な…………に…………!?」

 

 スサノオの肉体が瞬く間に氷に閉じ込められていく。だが、今回はそれでは終わらない。

 

「ハッ!」

 

 振るわれた蹴り。エスデスの氷は見た目だけの作用ではない、相手を凍らせることで脆くしているのだ。

 結果、スサノオの体は木端微塵に砕け散り、コアが飛び出し転がる。

 それは無惨にもエスデスによって踏み砕かれた。

 詰んだ。ナイトレイドに打てる手は、この場の面子では持ち合わせていない。

 ボリックが何やら騒ぐなか、ヌマセイカは舞台に腰を下ろしていた。

 舞台の端から足を下ろし、右足首が左太ももに乗るように足を曲げ、その上で頬杖を突き、塵外刀を舞台の下の床にブッ刺す。

 同時に天井辺りのガラスが砕ける。

 現れるのは、アカメとマインの二人組だ。

 

「これは…………!」

 

 倒れ伏す仲間達。しかしアカメは冷静だった。

 反応したエスデスの攻撃をマインが撃ち落とし、その間にアカメがボリックを殺しに動く。

 更に復活したインクルシオがエスデスを抑えにかかり、不用意に動いたボリックをレオーネが捕まえる。

 

「お姉ちゃんッ!」

 

 クロメが迎撃に動くが一歩遅い。ならば、ヌマセイカ、となるがそちらもマインの連続の狙撃を受けて吹っ飛ばされていた。

 完全に気を抜いていたために塵外刀でガードする間もなく吹き飛び仰向けにぶっ倒れたヌマセイカ。モクモクと白煙が上がっている。

 その間にも、村雨の斬撃がボリックの喉笛を掻き切っていた。

 

「!…………任務失敗か」

 

 苦い表情で呟くエスデス。突如、彼女の背後に湧いた大きな存在感。

 振り返れば、先程コアを破壊したはずのスサノオが復活していた。

 

「三度目の………禍魂顕現だ……!!!」

 

 ナジェンダの放ったキーによってスサノオの奥の手が発動したのだ。

 彼女の言う通り三度目であるが、無理な重ね掛けによって発動したためにナジェンダの命を削りきるには至っていなかった。

 

「…………イッテェな」

 

 ナイトレイドは逃げるのみ、というところで最悪が目を覚ます。

 

「嘘でしょ…………帝具の一撃で殆ど無傷だなんて…………!」

 

 顔こそ少し煤けているが致命傷の一つも受けてはいなかった。

 やはり、ヌマセイカ、危険種よりも危険種している副隊長なだけはある。

 だが、ナイトレイドは既に後は逃げるのみなのだ。

 殿として残る、スサノオ。彼は仲間を天井に空いた穴より投げ逃がすと、そこを八咫鏡で塞ぎエスデスと相対した。

 本来ならば追うのが正しいのかもしれないが、戦士には敬意を払わねばならない。

 再び、先程と同じ場所に座り直したヌマセイカは膝をついていたクロメを塵外刀の柄で回収し、脇におき、死闘を見物するのだった。




今回仕事を殆どしなかったヌマさん。
いや、ラスボスクラスを二人同時相手とかナイトレイドでも速攻終わりますし、ね?

そして、次辺りに奴等が来ます。
まあ、未来はお察しですがね

では、次のお話でお会いいたしましょう


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二十一

さてさて、原作もそろそろ終盤に差し掛かってきましたね
これは三十話行く前に終わるのではないでしょうか?(希望的観測)

何はともあれ、本編をどうぞ


 ボリック暗殺から暫く経った頃。

 

「…………あー…………終わらねぇ」

 

 頭から蒸気を上げるヌマセイカは机に突っ伏していた。その傍らには書類の山が出来上がっている。

 更にその隣ではランが目の下に隈を作って、書類を処理していた。

 現在、イェーガーズはその仕事を帝都の見廻りと書類に固定していた。

 というのも、隊長のエスデスが西の反乱の討伐に駆り出されたからだ。

 その、付き添いとしてボルスが向かい、見廻りをクロメとウェイブ、そして書類をランとヌマセイカの二人が担当していた。

 

「…………」

「大丈夫かー、ラン。面が死んでるぞー」

「副隊長こそお休みになられては?書類仕事、慣れていないでしょう?」

「少なくとも、ウェイブとクロメよりは出来るさ」

「…………あの二人は実働部隊ですから」

 

 ランは眉間を揉みながら苦笑いしてそう言った。

 実は最初は四人でやっていたのだ。

 だが、クロメは甘党ゆえにお菓子片手に書類に向かい、ウェイブは一枚に掛かる時間がランの3倍、ヌマセイカの2倍掛かった為にクビとなっていた。

 

「…………せめて、ボルスが居りゃあなぁ…………」

 

 ここで、エスデスの名前が出ないのは、まあ、お察しである。

 逆にボルスはその真面目さも相俟って大抵の仕事はそつなくこなす。

 まあ、二人が辟易しているのは何も書類のせいだけではない。

 壁にかけられた時計が正午過ぎを知らせる頃、それは起きるのだ。

 ピクリ、と野生で鍛えられたヌマセイカの耳がその音を拾った。

 露骨に顔をしかめることは無いが、どこか困ったようなそんな表情。それに気付いたランも似たような表情を浮かべた。

 

「ヌマおじちゃーん!ランせんせー!」

「こんにちはー」

 

 今日もやって来た小さな乱入者。

 ヌマセイカが椅子ごとそちらを向けば、鳩尾に頭突きが叩き込まれた。

 当然ながら腹筋に力を入れれば岩のように固いため力を抜いて受けることとなる。結論、結構痛い。

 

「じょ、嬢ちゃん?いつも言ってるよな?飛び込むなって」

「おじちゃん肩車して!」

「……………………はいはい」

 

  ヌマセイカは言っても無駄か、とため息をついて椅子を降りると腰を下ろした。

 嬉々としてローグは、折られた膝を足掛かりにヌマセイカをよじ登り、ムフーッと満足げな様子でその肩に収まった。

 その様子を並んだランとボルスの妻であるマリアが微笑んで見ている。

 これはボルスが自分の妻子を思っての取計いの結果だ。

 ここ最近の帝都は前にも増して治安がクソになっている。警備隊でも手が回らず、ウェイブとクロメでもすべてをフォローすることはできない。

 ボルスは覚えていた。自身の心情を吐露したとき、自身の副隊長が頼れと言っていたことを。

 現にヌマセイカはその件に関して二つ返事で了承した。

 それはもう、土下座を敢行しようとしたボルスが拍子抜けするほどにアッサリと了承したのだ。

 迎えは兵士に行かせ、帰りはイェーガーズの誰か、もしくは全員で護衛して家まで送る。

 過剰な反応にも見えるが、マリアはそれだけ美人であり、何よりその娘のローグと彼女に何かあればイェーガーズの面々は罪悪感でメンタルがへし折られかねないほどお世話になっているのだ。

 義理は通すのが彼らである。

 因みにエスデスもその事は黙認している。というか、護衛の兵士はエスデス自らが選抜した者達だ。

 彼女は珍しくもマリアを気に入っていた。何というか包容力と言えば良いのか、仮に彼女とその娘に手を出す輩が居ればイェーガーズ総出で叩き潰される事は確定である。

 危険種よりも危険種している副隊長を筆頭に、元暗殺部隊の精鋭、ドS隊長に完成された強さを持つと言わしめた元海軍、そして頭の回りはピカ一であり一歩引いてすべてを見れる元文官。

 そしてその四人全員が帝具使い(一人は擬き)。皇帝の護衛も越えるほどの超警戒体制である。

 まあ、得てしてそういうときに限って問題ごとは舞い込んでくる。

 

 

 ◇▲▽▲◇

 

 

「いや、駄目だろ」

 

 交渉(物理)で集めてきた資料を机に置いたヌマセイカは椅子の背凭れに体を深く沈めて頭を掻いた。部屋の隅ではローグとクロメが戯れ、それをマリアが微笑ましそうに見ている。

 対して机についた男衆は苦い表情だ。

 

「シリアルキラーに海賊、元魔女に人切り、錬金術師と大臣の息子、ですか」

「治安維持とは名ばかりのチンピラ集団じゃねぇか」

「けど、大臣の息子って所で誰も言えないみたいっすよ」

「終わってんなー、この国。末期癌だぜ、コリャ」

 

 明らかに非国民のような発言だが、ウェイブもランもそこは突っ込まない。

 元よりヌマセイカの忠誠心の無さっぷりは周知の事実なのだ。

 というより、ランは資料の一つから目を離せなかった。

 それはシリアルキラーのピエロのモノだ。

 

「…………」

 

 内心で燻る、憎悪の炎。その激情は筆舌に尽くしがたいものがある。

 当然、まあまあな時間を共にしてきた二人が気づかないはずもない。

 

「ラン」

「……………………!は、はい、何でしょうか」

「無駄死には許さねぇって言ったよな?」

「…………復讐をやめろ、とは言わない方でしたね」

「完全には肯定しないがな。オレだって人間だ、感情論も認めてる」

「でしたら─────」

「その前に、だ。今後の方針、というか、まあ決めたことを話しとこうと思ってな」

 

 ランの言葉を遮り、ヌマセイカはニヤリと笑った。

 

「オレは────────」

 

 語られる、方針という名の決定事項。

 衝撃的な内容だった、しかしある意味では納得の内容だ。

 現に、ウェイブにもランにも、そしてクロメにさえも、動揺のどの字も無い。

 

「─────ま、こんなところだ。ボルスには既に伝えてある」

「…………まあ、何というか」

「予想通りでしたね」

「うん」

「おう、オレはお前らがオレのことを少なからず理解してくれて嬉しいぜ」

「では、直ぐにでも?」

「んー…………そりゃ未定だな。相手次第だ。それまでは、ランも堪えてくれ。少なくとも…………コイツら何てったか?」

「ワイルドハント、ですね」

「……………………その何たらが派手に動けばナイトレイドも動くだろ。そこで漁夫之利を浚うような進言をして、デブにこっちの動きを黙認させる」

「それまでは…………」

「いつも通り、見廻りと書類のデスマーチ続行だな」

 

 その直後、ヌマセイカとランの二人はフッと笑い目が死んでいくのだった。

 

 

 ◇▲▽▲◇

 

 

 ワイルドハント。彼らの横行は留まることを知らない。

 

「…………」

 

 カタカタ、コツコツ、と止まらない貧乏揺すりと、机とぶつかり続ける指先。

 

「ヌマさんッ!」

「落ち着け、バカ。暇ならローグの相手でもしてやれ」

「ウェイブお兄ちゃんあそんでくれるの?」

「おう、ローグ。アイツの髪毟ってやれ」

「はーい!」

「手伝う」

「え、ちょ、何でクロアァアアアアアアアアアアーーーーー!!??」

 

 野太い男の絶叫が響き渡った。

 

「……………………はあ、やっぱウルセェ」

 

 カリカリと指で頬を掻いたヌマセイカはローグとクロメに絡まれるウェイブにため息をついた。

 あの日から数日、ワイルドハントの横行が止まらず、特にウェイブはそのストレスを溜め込んでいた。いや、それはイェーガーズ全員がそうなのだが、その中でも感情が表に出やすいウェイブが派手なだけだ。腸が煮えくり返りそうなのは皆同じ。

 

「あの、ヌマセイカさん」

「…………ん?帰るか?」

「ええ、そろそろ」

「んじゃ、今日はオレが送っていこう」

 

 ヌマセイカが椅子を立てば、目敏くその事に気付いたローグが突撃してきた。

 

「おじちゃん!おうち来るの?」

「…………送ってくだけさ。それとおじちゃんじゃ…………」

「おじちゃん、肩車!」

「…………はいはい」

「すみません、娘がワガママを…………」

「気にせんでくれ。ボルスにも言ったが、子供の駄々を許すのが大人の仕事だ」

「しゅっぱーつ!」

 

 

 ◇▲▽▲◇

 

 

 夕暮れの町を行く3人。そんな彼らの行く手を阻む、6人の影。

 

「マリアさん、ローグ、オレの後ろに。離れるなよ」

「は、はい…………」

「おじちゃん…………」

 

 二人を庇うように前に出たヌマセイカは拳を握った。

 

「へぇ…………いい女じゃねぇか」

 

 顔に大きな傷のある男、シュラが舌舐りする。その目には、ヌマセイカの姿など映っていない。彼こそ、大臣オネストの息子だ。

 

「うぅ…………」

「アアアアアアアアアア!!!」

 

 異常さを幼いながらも感じ取ったローグがほんの少しだけ顔を覗かせてヌマセイカのコートの裾を掴む。

 途端に、デブピエロが奇声を上げて駆けてきた。単純に言ってその姿は、気持ち悪い。

 男の名はチャンプ。ロリショタ限定のシリアルキラーである。変態である。

 彼の目にもヌマセイカは映らない。ただ、邪魔であるため殴り壊すだけだ。

 そして

 

「寄るな、豚が」

「ぶぎぃ!?」

 

 そのピエロの面にヌマセイカの拳が深々と突き刺さった。

 さて、この男はっきり言ってやる気は無く、目も常に死んでいるが、血の気は結構多い。

 そして目の前に立つのは秘密警察の皮を被ったチンピラ集団。更にローグとマリアを怖がらせた。

 ギルティである。

 

「テメェ…………!俺たちが誰だか分かってんのか…………?」

「親父の威光におんぶにだっこの七光チンピラだろ?」

 

 ピキリ、とシュラの蟀谷に青筋が浮かんだ。精神が子供でプライドばかり高いこの男にとって他人からの挑発は看過できないものなのだ。

 

「殺れ」

 

 命令は短文にして簡潔。背後の四人が一斉に動き出す。

 最初に接敵したのは着物姿の男、イゾウ。帝具使いではないが刀の扱いに長けた生粋の人切りだ。

 振るうは神速の抜刀術。鯉口が斬られ抜かれ───────なかった。

 

「なに…………!?」

「刀剣使いは抜かせなきゃいい。常識だぜ?」

 

 抜き手を抑えたヌマセイカは少し仰け反ると、彼の顔面にヘッドバット。怯んだ所で、延髄に跳び廻し蹴りを叩き込む。

 着地の硬直。そこを狙ったのは曲刀の帝具を持つ、海賊エンシン。

 

 月光麗舞 シャムシール

 

 効果は振るうことで真空の刃を飛ばすことが可能だ。

 

「死ねヤァ!!」

 

 二連撃。だが、ヌマセイカは焦らない。

 

「借りるぞ」

 

 気絶したイゾウより彼の愛刀を回収し抜き放つ。

 構えは右手一本による渾身の突き。某剣客漫画の悪を即行で斬る男の必殺の構えに似ていた。

 エンシンは嘲笑う。普通の刀で帝具の攻撃を無効化出来るものか、と。

 果たして、

 

「──────フッ!」

 

 小さく息を吐くと同時に放つ突きは、周りの空気を巻き込むように突き進み、真空の刃に当たると同時にその中に巻き込んだ空気を流し込んでいた。

 真空状態だからこそ刃として効果があるのだ。ならばそこに空気を流し込んで元に戻してしまえば良い。

 言うは易く、行うは難し。しかし彼はその絶技をやって見せた。

 

「二人目」

 

 エンシンには何が起きたのか分からない。ただ、激痛と同時に意識を手放した。

 何の事はない。呆けるエンシンの隙をついて、ヌマセイカが距離を詰め蹴りを鳩尾へと叩き込んだだけだ。

 指先を纏め、ピンと伸ばされたその一撃は人の肋を容易くへし折り、内臓にダメージを与える。

 ヌマセイカは止まらない。次の標的は、ウサミミを着けた、眼鏡の女コスミナ。

 

 大地鳴動 ヘヴィプレッシャー

 

 マイク型の帝具であり、これを通して発せられた超音波は相手の全身の骨を折り砕く力がある。

 彼女は息を吸った。そうせねば帝具を使えないため。

 

「ッ!?」

「隙だらけだ」

 

 ヌマセイカは熊手で構えた掌底を彼女の喉へと叩き込んだ。これで、声が出ることはない。

 パクパクと金魚のように口を動かすコスミナを無視して、その胴にめり込む程の威力の拳を見舞う。

 ギシリ、と体が軋み捻り突き出す拳によって彼女の体は吹き飛び、近くの壁へと叩きつけられめり込んでしまう。

 

「テメェエエエエエエヨクモォオオオオオオッ!!!」

 

 そこで復活したチャンプ。怒り任せにヌマセイカへと飛び掛かる。

 そして、気付けば顔面に靴底がめり込んでいた。

 

「雑魚は引っ込んでろ」

 

 足を振り上げたヌマセイカに撃墜されたチャンプは再び泡吹いて伸びてしまう。

 残るはシュラとそのとなりのロリババア、ドロテアのみ。

 

「おい、どうしたよ七光。テメェは来ないのか?」

「…………ッ!!」

 

 安っぽい挑発。しかし、シュラは動けない。

 自分の選りすぐったメンバーは歯が立たず、尚且つこの男、素手だ。

 ここまで来てシュラは漸く誰に喧嘩を売ったのかを理解した。

 元北の勇者 ヌマ・セイカ

 帝国最強と名高いエスデスとほぼ互角の実力者。

 ただの負け犬だとシュラは思っていたのだ。負けて、エスデスの下についた負け犬。自分の敵ではない、と。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。帝具使いを素手で仕留め、あまつさえ余裕を見せている。

 

「ッ、俺は大臣の息子だぞ!?この意味が分かって─────」

「知るか」

 

 最後まで言われること無く、あらゆる武道に精通したシュラに一瞬の反応も許さず、その顔面に拳が突き刺さり殴り飛ばされる。

 軽く十メートルは飛び、仰向けに倒れるシュラ。立ち上がることは、無い。

 ヌマセイカは隣のドロテアへと顔を向けた。

 

「お前もやるか?」

「…………ッ!………ッ!」

 

 腰が抜けたのか尻餅をつくドロテア。勝てる勝てないの次元ではない。生殺与奪の権利はこの場において全て目の前の男が握っているのだから。

 彼女の反応を見たヌマセイカは再び起きないシュラへと顔を向ける。

 

「次、この二人に手を出してみろ。その時は、お前ら全員に────最も惨い死に方をくれてやるよ」

 

 星が輝き始めた空の下、勇者は脅す。

 その目は酷く、冷たかった。




ボルスの奥さんって名前何なんでしょうか?
一応、娘はウィキに載ってたんですけどねぇ

因みに言っておきますがワイルドハント死んでませんからね?少なくともクソピエロはランが殺らなきゃいけない相手ですし、ね?

それでは次のお話でお会いいたしましょう


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二十二

そろそろ物語が終盤近くなってきましたね
まあ、特に言うことも無いので、本編を、どうぞ


「というわけで、釣りに行くぞ」

 

 それは唐突だった。割りと常識を外にポイしているヌマセイカ。彼の行動は時折突飛である。

 だが、今回に関してはその括りではない。一瞬呆けた3人だったが直ぐにパタパタと動き出す。

 まあ、彼の手に塵外刀が握られている時点で何を釣るかはお察しなのだが。

 

「あ、ウェイブとクロメは警護を頼むな?」

「「!?」」

「釣りはオレとランの二人で行く」

「な、何でですかヌマさん!!」

「私もお役にたてます!!」

 

 詰め寄ってくる二人に、少し仰け反りながらヌマセイカは空いている手の指をたてた。

 

「ローグとマリアの護衛に行ってほしいのさ。釣りは帝都の外でやる。もしもの時、あの二人に何かあったらボルスに申し訳ねぇからな」

 

 そう言われれば口をつぐまざるをえない。二人とてあの親子には幸せになってほしいのだ。

 黙った二人の頭に手を置き、ヌマセイカはガシガシと荒く撫でる。

 

「そう、不貞腐れるなよ。頼りにしてんだから」

 

 歳が近いはずなのに、この余裕と包容力。だから、ローグにおじちゃん等と言われるのだろう。

 撫でられていた二人は彼から離れるとこそこそと口を開く。

 

「ヌマさん、アレだよな」

「うん、ちょっとおじさんっぽい」

「でも、18なんだよな」

「年齢詐称…………?」

「ビールとか一気呑みするよな」

「絡みがオジさん」

「あー、確かに」

「聞こえてるからな?」

 

 顔付き合わせていた二人の後頭部を掴むと、ヌマセイカはその掴んだ手を動かした。

 ゴスッ、と小さな音が鳴りぶつかった二人は声もなく突っ伏してしまった。

 

「戦う前からダウンさせないでくださいよ」

「言うがな、ラン。お前は少し肩の力を抜け。最初から力んでたら肝心なところで死ぬぞ」

「……………………ふぅ、落ち着いていたつもりだったんですがね」

「目が血走ってたぞ」

 

 ランの背を軽く叩き、ヌマセイカは扉を押し開けるのだった。

 

 

 ○◇▲◇○

 

 

 帝都の郊外。その更に外側。城壁の外。

 

「甘露、甘露。こいつは当たりだな」

 

 革袋に口をつけて、ヌマセイカは中味を煽る。

 現在彼は地面に塵外刀を突き刺し、木に登って月見酒と洒落こんでいた。

 そんな無防備な背中を狙う影がある。

 

「ッ……………あの野郎…………!」

 

 己の鳩尾を抑えたエンシンはギリッと歯軋りする。

 その目には憎悪の炎が燃えたぎっている。

 

「でも、良い男だよねぇ。死ぬ前にヤっちゃおうかなぁ~」

「…………コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスゥウウウ!!!」

 

 彼の隣には舌舐りするコスミナとバーサクスイッチの入ったチャンプの姿。

 3人が睨むのは、悠々と酒を煽るヌマセイカの首。因みに独断である。

 

「野郎の首を獲らなきゃ、こっちも収まりがつかねぇんでな」

 

 チャキリ、と満月の元、シャムシールの刀身が妖しく煌めいた。

 この帝具は月齢によって威力が変動する。そして、満月の時、その鋭さは最高潮を迎えるのだ。

 

「あの時は邪魔されちゃったけど。今回は私の歌を聴いてもらうからね~♪」

 

 コスミナは大きく息を吸い込み溜める。

 

「クソは焼却だァアアア!!」

 

 チャンプが取り出すのは六つの球で構成された帝具。

 

 快刀乱麻 ダイリーガー

 

 それぞれに属性が付与されており投げると発動。そして自動的に手元に戻ってくる。

 当然、そんな帝具の使い手なのだ。コントロールだけでなく、肩の強さにも自信があった。

 

「オオッラァ!!」

『フルパワーーーーーッ!!!』

「シネェ!!!」

 

 剣閃、超音波、投擲。その全てが、ヌマセイカの背へと向かい

 

「下手くそが」

 

 そんな呟きは、3人には届かなかった。

 爆発、斬撃、圧力。それら3つがぶつかり、炸裂する。ヌマセイカの座っていた木も刻まれ、へし折られ、爆散してしまった。

 その光景に気をよくする3人。だが、所詮はこの程度。

 

「塵外刀“釵ノ型”」

 

 避けられるギリギリを狙われた一撃が空から降ってきた。

 狙い通り、回避する3人。だが、二対一に分断されてしまう。

 

「んじゃ、ラン。約束通りくれてやるよ、ソイツ」

「…………ええ、感謝します副隊長。お気をつけて」

「お前も油断すんなよ。首はねて殺れ」

 

 ここまで全て、この二人の作戦通りだった。

 ヌマセイカとラン、二人がそれぞれ相手に書類を突きつける。

 

「海賊エンシン、魔女コスミナ」

「シリアルキラーチャンプ」

「お前らに逮捕状だ」

「まあ、名ばかりの処刑状ですがね」

 

 行って二人はクルクルと丸めると懐へとそれらを直した。そして構える。

 

「…………何寝惚けたこと言ってんだ?俺達は────」

「ワイルドハント、貴殿方はやり過ぎたんです」

「言っとくが、こいつは大臣も認めたことだ。弱い手駒は要らないらしいな」

 

 そう、オネストは自身の足を引っ張るモノは必要ない。それが息子の部隊であっても、だ。

 如何に相手が危険種よりも危険種している勇者であっても、素手相手に負ける帝具使いなどお話にならないのだ。

 とはいえ、今のところ逮捕状と言う名の処刑状はこの3人のモノしかない。仮にこの3人以外が釣れれば適当に煽るように半殺しにして更なる挑発に使おうとヌマセイカは考えていた。

 

「んじゃ──────」

「──────行きましょうか」

 

 これ以上の問答は不要。二人は前へと飛び出した。

 

 

 ○◇■◇○

 

 

(クソが………!帝具を投げる隙がねぇ!)

 

 そのデップリとした体型に似合わず、チャンプは思いの外機敏だった。

 今もランの放つ羽の攻撃を辛うじて避けている。

 だが、その逃げ場は意図して彼の開けた場所だ。

 その気になればランはチャンプを瞬きの間に羽玉に変えることが出来る。

 暫く、逃げる追うのやり取りが続き、いつのまにか廃墟の中へとチャンプは入り込んでいた。

 その一歩目、何かを踏む。

 

「な、ギャアアアアアアアッ!?」

 

 響く絶叫。見れば、チャンプの右足、膝の少ししたに凶悪な歯を備えたトラバサミが食いついているではないか。

 思わず前に倒れ込んでしまい、また、触れる。

 

「ァアアア!?」

 

 今度は左の肩口に矢が突き刺さった。

 

「な、何でだ!?何で矢の一本がこんなに痛い!?」

「…………罠には全てある花の花粉を塗りつけてあります」

「花ァ!?」

「ええ、私の隊長が育てているモノでしてね。数株譲り受けたんですよ」

「だ、だからそれが──────」

「その花粉は傷口に触れることで拷問にも使えるほどの激痛を触れた相手に与えるんですよ」

 

 言いながらランは羽を飛ばしてチャンプの足をズタズタにしていく。

 片足には錆びたトラバサミ、そしてもう片方の足にはザクザクと羽が突き刺さってしまい彼の機動力はその9割を削がれてしまった。

 後は両腕だが、生憎と左腕は肩に刺さった矢によって指先を動かすだけでも激痛が走る。

 実質右腕だけなのだが

 

「ギャアアアアアアア!?お、俺の腕ぇエエエエエエ!!」

 

 ランが手元に張られていた糸を断ち切れば、天井辺りから降ってきたギロチンによってチャンプの右腕、肘から先が切り落とされた。

 だめ押しに、密着する刃には件の花粉が塗り付けられており、発狂しかねない程の激痛が彼を襲っていた。

 

「言っておきますが、まだまだ序の口ですからね?」

 

 この廃墟は言わば拷問室も兼ねた処刑場。

 帝都からも距離があり、どれだけ騒ごうとも誰も気付くことはない。

 彼だけの城。

 彼だけの復讐は、終わらない。

 

 

 ◇◇■◇◇

 

 

 ところ変わって、ヌマセイカはというと。

 

「…………夜は寝るもんだよなぁ」

 

 地面に塵外刀を刺し、鍔の辺りに腰掛けて欠伸をしていた。

 側に転がるのは辛うじて生きている、エンシンとコスミナの二人。

 既に帝具は彼らの手にはない。どちらも、ヌマセイカに没収され彼の手の内だ。

 正直な話、戦闘にすらならなかった。

 シャムシールの強みは斬撃を飛ばせること。

 ヌマセイカはそれを、塵外刀でやって見せた。

 ヘヴィプレッシャーの強みは超音波による圧倒的な圧力だ。

 ヌマセイカはそれを、音は波だと彼理論を展開しながらぶった切った。

 危険種よりも危険種している変態副隊長の面目躍如である。

 後は素手でタコ殴りであった。因みにタコ殴りとはタコを調理する際にボコボコに殴って柔らかくすることから来ている。

 つまり、あくまでも二人は生きている、だけ。

 骨は砕かれ、皮膚は裂かれ、至るところから血が流れ、むしろ生きていることが辛い、という状態だ。

 しかし、殺さない。

 ヌマセイカの中で、ワイルドハントはそれだけ気に入らない相手だったらしい。

 不意に、彼の野生動物顔負けの聴覚が野太い男の気持ち悪い悲鳴を拾った。

 彼は少し顔をしかめて、酒を煽る。

 

 夜空の月と星だけがこの日の惨劇を知っている

 

 ワイルドハント、残り3人




悪いな、チャンプ。屠殺に情は要らないんだ。
さて、ワイルドハントを蹂躙させていただきましたね
因みに一番酷い死に方をするのはシュラですので、あしからず

皆様の感想は常に楽しんで読ませていただいています。
時折返答も返しますので今後ともよろしくお願いいたします

では、皆様、次のお話でお会いいたしましょう


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二十三

そろそろここに書く事も無くなってきた私です
ですが止めません。何となく書き始めると止めづらくなりますね。

では、本編を、どうぞ


 その日、シュラは機嫌が悪かった。その凶悪な面構えと相俟ってすれ違う者達が顔色を悪くする程の怒気だ。

 それもこれも、精鋭として集めた手駒がわずか一晩で3人も殺られたことに起因する。

 殺ったのは、ナイトレイド。ということになっていた。

 しかし、シュラは知っている。本当の犯人が誰かを知っているのだ。

 

(ヌマ・セイカ…………!)

 

 ナメたまねをしてくれる、と内心で毒の限りを吐き尽くし、更に機嫌は急転直下の一途を辿る。

 だが、責めることは不可能だ。何せ、自身の父であるオネストすらもあの男には一歩引いている。

 今回のいざこざも、完全に他人事だ。

 何より、ヌマセイカの名前を出した時点でオネストはこの件の擁護を完全に放棄していた。

 曰く、眠れる獅子を起こすべからず、らしい。

 シュラとて、その実力は身をもって体験している。だが、それを受け入れるかどうかは別だ。

 

(手柄、そう、手柄だ。アイツよりも上の手柄を立てれば…………!)

 

 彼は失念している。

 言ってはなんだが、ヌマセイカの戦果はそれほど良いものではないのだ。

 ならば何故、オネストが警戒しているのか。

 

 エスデスの配下だから?否。

 戦闘能力の高さ?否。

 

 それは彼の縛られない在り方。政治という矛を正面から潰してくるのがヌマセイカなのだ。

 シュラはそれを失念していた。いくら彼が、それこそナイトレイドの捕獲などを行ったとしても、ヌマセイカの扱いには届かないのだ。

 

 

 ◇■○■◇

 

 

「……………………えっきし!」

 

 赤くなった鼻を擦り、ヌマセイカは鼻をすすっていた。

 ここは帝都を囲む、壁の一角、その天辺だ。

 彼の服装は定番になってきた灰色のロングコート以外に防寒具は存在しない。

 雪もちらつく気温だ。そんな折にこんな高度のある場所に居れば寒いだろうに、彼は壁の縁に腰掛けて、ポケットに両手を突っ込んで動こうとはしなかった。

 北方出身ゆえに寒さに慣れている、というのもあるが、彼の戦場勘が告げていたのだ。そろそろデカイ戦が起きる、と。

 そうなればこの風景も見納めだ。

 ヌマセイカは知っている。戦場跡地がどうなるかを。そして同族殺しほど惨いものはない、と。

 

「まるで、竜骨の腐った大船だな」

 

 帝具を作った始皇帝はこんなことを望んではいなかったろうに、と彼は嘲笑う。

 どれだけブドーが気張ろうと、オネストが私腹を肥やそうと、エスデスが異民族を駆逐しても、民という竜骨に無理をさせ続けてきたこの国に未来はない。

 革命は最早必然だったのだ。遅かれ早かれ、竜骨の腐った船は沈む定めだ。修理も出来ない。

 

「…………はぁ………」

 

 腹は既に決まっている。後は切っ掛けだけだ。

 ぼんやりと灰色の空を見ながら、見知った顔を列挙していき、ある一人でそれは止まった。

 彼ならばそろそろ焦れて動くだろう、とあまり交遊の無いヌマセイカにも予想がつく。

 

「……………………生き残れば、旅にでも出るか」

 

 立上がり、胸の前で握った拳を見ながらそう、呟く。

 希望的観測だ。実際のところ生き残れる可能性は五分五分といった所。

 まあ、それでも気負いは欠片もないのだが。第一、既に一度終わった命だ。今さら惜しみはしない。

 

「まあ、手の届く範囲位守ってみせるさ」

 

 

 ○◇■◇○

 

 

 覚悟を決めて一週間。それは帝都に来てからの日々で比較的マトモな時間だった。

 エスデスの無茶ぶりもなく、ワイルドハントの横行もない。ナイトレイドの暗殺も鳴りを潜めて、イェーガーズの仕事は専ら帝都の見廻りだったからだ。

 だが、こんな世紀末も顔負けの修羅の国で腑抜けた空気が蔓延し続ける筈もない。

 

「インクルシオォオオオオオオ!!!」

 

 静かな王宮に不釣り合いな、魂の込められた叫び声。

 ここは王宮の真ん中である中庭であり、そこにいたのは今まさにインクルシオを纏うタツミ、傍らには気絶して倒れたラバック。

 更にワイルドハントの残り羅刹四鬼最後の一人と将軍格二人が勢揃いしていた。間違いなくナイトレイド側の窮地だ。

 完全に詰んでいる。逃げることなど不可能。

 

「詰みだぜ!そしてこの手柄はシュラ様の……………………あ?」

 

 得意気にポーズをとって嘲るシュラ。だったが、突然その言葉は途切れてしまう。

 口の端から溢れる、赤い血潮。視線を下に向ければ自分の左胸を貫通して、背後から幅広の刀身が顔を覗かせていた。

 

「テ…………メェ…………!」

「悪いな、七光。お前さんはここでリタイアしてくれ」

 

 シュラの背後。そこにいたのは、この刀の持ち主であるヌマセイカ。

 いつも通りの死んだ目とやる気の無い表情で、憎悪を込めて睨んでくるシュラを見据えていた。

 この状況で、敵味方揃って動きを止めた。

 確かにシュラの建てたワイルドハントは帝都に仇を成した。処罰対象でもある。

 しかし、この状況でシュラを攻撃するということは

 

「貴様、ナイトレイドに加担するつもりか?」

 

 眉間に深々とシワを寄せたブドーが彼を睨む。

 そう、この場で帝国側の人間を攻撃するというのは、つまりそういうことになる。

 だが、

 

「何寝惚けたこと言ってんだ?オッサン」

 

 心底不思議、といった様子でヌマセイカは首をかしげた。

 

「オレが何時帝国に帰順した?」

「何だと?」

 

 怒気の増したブドーを気にすること無くヌマセイカは肩を竦める。ついでにその反動で塵外刀が揺れてシュラは血反吐を吐き出した。

 

「オレは成行きとはいえ確かにイェーガーズの副隊長だが、別に帝国の為に動いてた訳じゃねぇさ」

「…………」

「第一、こいつみたいなチンピラが警察やれた時点でこの国は終わってる、だろ?」

 

 言いながら、ヌマセイカは柄に力を込めた。

 

「な…………にを…………」

「こいつは吸獣斬界 塵外刀ってな。危険種を吸収できるのさ。それでな?」

 

 刀身が言葉に呼応するように脈打った。

 

「“獣”ってのは何も危険種だけじゃない。生物を、て意味なのさ」

「……………………!?ま、まさか…………!」

「察しが良くて嬉しいぜ」

「止め─────」

「太秦は神とも神と聞こえくる───────」

「ガッ!?」

 

 祝詞に合わせて刀身に血管のような模様が浮かび、それはシュラの肉体にも伝播していく。

 

「──────常世の神を討ち懲ますも」

「ァアアアアアアアアア!?!?」

 

 絶叫を響かせてシュラは刀身に飲み込まれていった。

 彼は永劫。それこそこの塵外刀が風化しこの世から消滅するまでこの中で危険種の怨念に全身を貪られながら発狂の生き地獄を味わい続けるのだ。

 未だにドクリドクリと脈打つ塵外刀を肩に担ぎ、ヌマセイカは周りを見やる。

 

「あー、タツミ?さっさとソイツ連れて逃げろよ」

「…………へ?」

「早くしねぇと真っ二つにするぞ?」

 

 ほんの一瞬だけ出された殺気。だが、それだけで十分だ。

 タツミはラバックを担ぐと人のいない場所、目掛けて駆け出した。

 当然、回りはそれを追いかけようとする、が。

 

「まあ、行かせんわな」

 

 ドロテア、スズカの二人は思わず飛び下がる。

 たった一人でありながら、その圧力は万の兵にも匹敵する重圧を全身から垂れ流し、ヌマセイカがその肩に塵外刀を担いでそこに居た。

 

「分かるだろ?さっさと死なせるのも相手の為なんだぜ?」

 

 静かに語られる声。既にドロテアは戦意を喪失していた。シュラが目の前で死んだこともそうだが、素手ですら敵わないのに帝具のような剣を持たれては逃げることすら難しい。

 ドロテアは腰が抜けてその場にへたり込んでしまう。

 彼女とは違い、イゾウはその刀を抜いていた。前回は抜く間もなくやられた。ならば今回は初めから抜いて、この刀身に血を吸わせる。

 

「その意気は、良し」

 

 ヌマセイカとイゾウの二人が交差し、離れる。

 残心。そして血潮が吹き出す。

 

「おお…………江雪…………」

 

 刀身が真っ二つに叩きおられた愛刀を胸に抱き、イゾウはその上半身を斜めにスライドさせながら、崩れ落ちた。

 だいたい、如何に妖刀といえども、塵外刀を受けるには強度が足りなかったのだ。

 次に突っ込んだのはスズカ。彼女は皇拳寺出身のドMだ。嬉々として強者に挑んでいく。

 

「カッ!?」

 

 その鳩尾に深々と塵外刀の柄頭が突き刺さった。

 一瞬の硬直、その肢体は吹き飛び壁へと叩きつけられて沈黙した。ドMの耐久力をもってしても耐えられない威力だったらしい。

 

「アンタ等はどうする?オレは殺り合うのも構わねぇよ?」

「…………」

 

 無言でブドーは纏っていたマントを脱ぐ。

 

「アンタは?」

「……………………ふっ、お前との戦いは一対一ではなくてはな」

「そうかい」

 

 エスデスは踵を返し歩み去る、前に問う。

 

「お前は何者だ?」

 

 少し振り向き投げ掛けられた声。

 

「無所属、ヌマ・セイカ」

「イェーガーズ隊長、将軍を務めるエスデスだ」

 

 それだけを交わして、彼女の背は夜闇に消えた。

 残るはヌマセイカとブドー。他にも生きている者は二人居るが、既に戦える状態ではない。

 チリチリと空気がはぜて両者が睨み会う。

 夜はまだ、明けない。




遂に離反したヌマさん。ですが、彼は言うなれば第三軍。どちらにも噛み付く無所属です

シュラさんは犠牲になりました。モチーフはムシブギョーで調子こいてた才蔵さんですね

そして、タツミの強化イベントを潰してしまいました。
いえ、原作やアニメを見て思うわけですよ。彼とマインは元気なままで結ばれてほしいと私は思うわけですよ

では、皆様、次のお話でお会いいたしましょう


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二十四

いい加減に終わりそうな今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
本日は成人式ですね。毎年派手な事も多くて騒々しい一日です

では、そんな日ですが本編を、どうぞ


 帝都処刑場。そこは広々としたコロッセオのような見た目である。

 

「…………はぁ…………ホントオレはお前が嫌いだよ、オッサン」

「奇遇だな、小僧。私も貴様が嫌いだ」

 

 観客の居ない観客席。その中央広場で睨み会う、ブドーとヌマセイカの二人。

 ブドーは王宮で本気を出せず、ヌマセイカとしても折角引いたエスデスを刺激する気にならなかった為に妥協案として場所を移したのだ。

 

「さて、と」

 

 ジャキリ、と塵外刀が軋み、アドラメレクの回りには火花が散り始めていた。

 

「……………………」

 

 問答はこれ以上は無用。

 ヌマセイカの姿が一瞬にして掻き消える。

 

 衝撃、そして火花

 

 上段から降り下ろされた塵外刀とアドラメレクに装備された鉄芯がぶつかり合う。

 

「フンッ!」

 

 パワー勝負では若干ながらブドーに分がある。

 腕に力を込めて塵外刀を押し返して、左掌を開いてヌマセイカへと向けた。

 

「食らえッ!!!」

 

 奔る黒雷。本来ならば抵抗の少ない場所を通るために電気はジグザグに空気中を進む。

 しかし、ブドーの黒雷はその自然の摂理を無視した。

 一直線にレーザーのように突き進んでくる一閃。

 

「塵外刀“釵ノ型”『飛水』っ!」

 

 対するヌマセイカの選択肢は迎撃。普通は回避を選択しそうな所だが、そこで塵外刀の特性だ。

 ぶつかり合う、刀身と雷撃。

 

「…………その刀、絶縁体か」

「ご明察。まあ、止めれるかは微妙なところだったがな」

 

 会話をしながらもその動きが止まることはない。今度は接近戦だ。

 手数で言えばブドーに、一撃の破壊力では、ヌマセイカにそれぞれ軍配が挙がる。

 

「噴ッ!!!」

 

 埒が空かない。というわけで、ブドーは全身からの放電、というか空に黒雲が立ち込め、そこから雷が落ちてきた。

 正に間一髪。勘に従って離脱したヌマセイカだったがコートの翻った裾が消し炭にされてしまう。

 

「…………っ!塵外刀変化─────」

 

 両手で柄を掴み力を込める。

 

「───────型式“鍬形”!」

 

 それは今までで一番の変化にも見える。

 柄の中程で塵外刀が分裂し柄頭に少し小振りな太刀ほどのノコギリ鍬形の顎のような刃が形成された。

 もとの刀身も少し短くなり、同じく鍬形の顎のような形へと変化する。

 

「二刀流か…………」

 

 ブドーは油断無く構える。嫌ってはいるがその実力は認めているため侮りはしない。

 そしてそれはヌマセイカも同じだ。

 

「…………フッ!」

 

 再び先手はヌマセイカ。左の太刀を投擲する。

 この太刀は間を鎖によって繋がれており、飛んでそのままという事態にはならない。

 難なく、一刀を上空に弾いたブドー、その眉がピクリと動いた。

 

 ガゴォンと響く鋼の音

 

 上下に構えられた両腕によって防がれた二振りの凶刃。

 

「ありゃ?仕留めれると思ったんだがな」

「手品ごときに遅れをとる私ではないッ!!!」

 

 この戦い、初めてのクリーンヒットがここで出た。

 ブドーの蹴りがヌマセイカの腹へと突き刺さったのだ。

 ギシリと肉体が軋み大きく吹き飛ばされる。

 盛大に粉塵を巻き上げて彼の姿は壁の向こうへと消えた。その際に武器を手放さなかったのは流石と言える。

 さて、ここで補足だ。先程の型式は単に二刀流になるだけではない。

 鍬形の特性は顎の特性。すなわち一定距離離れると自動的に刃が挟むように動くのだ。

 だからこそヌマセイカは一刀を投擲し弾かせた。まあ、結果は逆に一撃もらうことになったのだが。

 

「おー、イテェ」

 

 瓦礫から出てきたヌマセイカ。その表情はまだまだ余裕だ。

 元より、彼の体は危険種の攻撃ですら耐え抜く。何より

 

「…………」

 

 グッと握られる拳。そこに宿るのは────

 

「塵外刀変化─────」

 

 小細工ではない。だからこそ、ここからは正面切って戦う。

 

「──────型式“揚羽”」

 

 漆黒の刀身と、周囲に浮かぶ多数の黒丸。

 第二ラウンドである。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 降り注ぐ大量の雷達。それらにぶつかるのは掌大六角形の薄いプレート。

 そしてその中央では

 

「さっさと死にやがれ!!」

「ヌォオオオオオ!!!」

 

 辺りに血飛沫を撒き散らしながら剣劇の嵐を産み出す猛者二人。

 互いに打撃痕や切り傷、火傷痕や刺傷など全身至るところに出来ている。

 

「塵外黒鱗刀ッ!!!」

 

 ドゴン、と音が響きブドーの巨体が後ろに吹き飛ばされていく。

 そこを追撃するのは防御に回されなかった黒丸の残り。これは見た目を球状に纏められているが、変幻自在。

 正直な話、彼女のメインは戦争ではなく、待ち人とのデートなのだ。

 その瞬間を狙われた。

 空から降る雷によって黒丸は地面へと叩き落とされる。

 だが、

 

「オラァ!!」

「グォオオ!?」

 

 ブドーの鳩尾に突き刺さるヌマセイカの飛び蹴り。

 彼の口から血反吐が舞う。更に追撃。

 仰向けに倒れたブドーに向けて塵外刀を振るったのだ。

 

「…………チッ」

 

 漏れるのは舌打ち。

 漆黒の刀身は両手の白刃取りによって止められていた。

 直後、

 

「ッ!ガァアアアアアッ!?」

 

 降ってくる雷。防御も間に合わずヌマセイカは諸に食らってしまう。

 黒焦げになり、空を向いた口からは黒煙が上がっていた。

 

「ぬんっ!!」

 

 ゴッ、と完全に沈黙していたヌマセイカの腹部に拳が刺さり殴り飛ばす。

 力無く飛んでいくその体。

 だが、地面に中る直前に宙返り何とか靴底を磨り減らして止まった。

 

「“大黒丸”」

 

 突き出された左手の前に集まる鉄の鱗粉達。それらは集り、人の頭より更に大きな黒丸を形成していた

 

「こいつはオレの奥の手の1つだ」

 

 ゾワリ、とブドーの背を悪寒が駆け抜けた。

 それは黒だった。それはあまりにも歪で禍々しかった。

 

 それはヒトの身に纏うにはあまりにも、狂っていた。

 

「“黒鱗天具”」

 

 肉食獣の頭部のような見た目の頭部パーツ。全体的に刺々しく、目元は亀裂のような赤い裂目が二筋左右に入るのみだ。色は漆黒。

 圧倒的な存在感。ブドーは油断無く構える。

 

「…………ブッ!?」

 

 だが、気付いたときには顔面に拳がめり込み殴り飛ばされていた。

 ぐにゃぐにゃと歪む視界。壁にめり込んでいたブドーはその体を起こすと痛む顔面に手を添える。

 全く反応できなかった。いや、それどころか消えた瞬間すらも気づかなかった。

 

「ゼアッ!」

 

 後ろ廻し蹴り。その一撃が、ブドーの脇腹を捉え蹴飛ばす。

 更に吹き飛ぶ彼を追撃して、ヌマセイカはラッシュを連続で叩き込んでいく。

 タコ殴りである。

 

「~~~~ッ!ナメるなぁ!!!」

 

 紫電が駆け抜けた。

 両手を前に突きだし、ブドーは突っ込んでくる漆黒へとその照準を合わせる。

 

「“ソリッドシューター”!!」

 

 奥の手発動。まあ、単純に言って電磁砲だ。その破壊力は今までの雷をはるかに上回る。

 だが、

 

「あたらねぇよ」

 

 それは悪手だ。

 ブドーの側頭を掴み、ヌマセイカは彼を投げ飛ばす。

 壁に叩きつけられ、ぐったりと動かなくなってしまった。

 

「……………………」

 

 これで終わるとは思えない。念のため、とヌマセイカは塵外刀を片手に鎧を解かずにブドーへと歩み寄る。

 直後、

 

「ッ!これは…………」

 

 極光に思わず目もとを手で庇う。

 何と倒れていたブドーへと一際大きな雷が落ちたのだ。

 

「────ここまで追い込まれるとは、な」

 

 ブドーは立ち上がっていた。その全身に雷を迸らせ、オーラのような発光を放っている。

 

「私のもう一つの奥の手“羅刹招来”。これで貴様を屠ってやる」

「…………上等だ」

 

 黒と金が夜空でぶつかる。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 さて、話は変わるが、この二人、それぞれの帝具(片方は違うが)には弱点がある。

 塵外刀には許容限界は無いがその代わりにストックという有限性が、アドラメレクには充電量というのがそれぞれあった。

 

「アアアアアアアア!!!!」

「オオオオオオオオ!!!!」

 

 ぶつかり合う黒と金。空気が弾けるに合わせて、処刑場の観客席が粉砕され、その原型を無くしていた。

 ブドーの速度は雷速であり、加えて反射神経も強化されておりすべての動きが反射で行われている。

 ヌマセイカは身体能力が強化され、更に鎧というその形状から防御力も上がっている。

 勝負はほぼ互角。広場に降り立つとほぼ中央、インファイトで殴り合う。

 百発を越えた辺りでどちらも渾身の拳をぶつけ合って離れた。

 

「…………何故、刀を使わない」

「その場のノリって大切だろ?」

 

 そう、ヌマセイカは先程から塵外黒鱗刀を背に負うのみで振るおうとしない。

 

「手を抜くならば構わん、が」

 

 バチリ、と消えるブドー。同時にヌマセイカの背後に現れ、振りかぶっていた拳を振り抜いた。

 受け止めたヌマセイカだったが、踏ん張る前に足を払われ、流れで蹴り飛ばされた。

 

「死んでも知らぬぞ?」

 

 そんな言葉を聞きながら、ヌマセイカは空をぼんやりと見上げた。

 別に彼としてもそんなノリ程度でこんなことはしない。これは確認なのだ。

 帝国二枚看板。その実力は殆んど伯仲。手札の量的にエスデスが勝る程度である。

 ヌマセイカが知りたかったのは将軍クラスの本気の実力。

 過去のエスデス戦ははっきり言って時間稼ぎが主だった為にお互いに6~7割り程度の力しか出せていなかった。

 そして、十分に底が知れた。ブドーよりもエスデスの方が一枚上手。何よりブドーは体が鈍っている。

 

「…………よっこいせ、と」

 

 結構軽快なハンドスプリングで起きたヌマセイカは漸くその手に塵外黒鱗刀を握った。

 勝負は一瞬。交差も一瞬。

 剛拳と迅剣が互い違いに擦れ違った。

 火花が散り、鮮血が世界を彩る。

 

「これにて茶番は終劇だ」

 

 鎧が解け、平行に塵外刀を振るって血を払ったヌマセイカは少しだけ振り向きつつそう、宣言した。

 背後では袈裟斬りに胴体が離れ息絶えたブドーの亡骸が転がっている。

 

「…………はぁ………超疲れた」

 

 元に戻った塵外刀を地面に置き、ヌマセイカは大きく息を吐いてへたり込んでしまった。恐らくダメージの総量でいくと歴代3位には入る。因みに1位と2位は塵外刀が完成する前に戦った超級危険種だ。どちらも死にかけた。

 

「そういや、帝具はどうするか」

 

 アドラメレクは強力だ。それこそ破壊力という面で見れば帝具の序列でも指折りの位階にあるだろう。

 暫く考え、決断する。

 徐に立ち上がったヌマセイカはブドーの亡骸へと近付き、そして───────




戦闘描写が難しいです。正直な話、本当に表現できているのか判別がつきません

黒鱗天具は見た目イメージ、狂○士の甲冑ですね。原作のカブト虫は、ちょっと…………

何はともあれ、ブドーを撃破したヌマさん。これで彼は完全に帝国のブラックリストに載ることとなりました。

では、皆様次のお話でお会いいたしましょう


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二十五

久々に読み返して気になったので、ここと次の話を書き換えてます

まあ、それだけです


 その日、帝都には大きな衝撃が駆け抜けた。

 

 “大将軍、殉職”

 

 端的に書いてこんなものだ。同時に処刑場であった場所は原型を辛うじて残して半壊してしまった。

 そして、軍部には別の衝撃。

 

“ヌマセイカ、離反”&“アドラメレク、紛失”

 

 特に後者は帝国の損失がデカイ。

 ブドー程に使いこなせるものは居ないにしても自然現象を操れる帝具というのはそれだけで脅威だからだ。

 何より、大将軍を討ったのはこの男だ。

 そんなヌマセイカだが、帝国もその足取りをつかめてはいなかった。

 あんなバカデカイ刀を持ち運びながら、煙のように消えてしまったのだ。

 当然ながら捜索隊が組織されたのだが、そこで今回の帝国の無能っぷりを発揮することとなる。

 

 3回

 

 それが捜索に出て壊滅した部隊の数だ。それもヌマセイカとぶつかったからではなく、危険種との戦闘によって、だ。

 フェクマから命からがら兵士が逃げてきたときは、さすがのエスデスも失笑してしまったほどである。

 さて、そんな帝国、そして革命軍からも注目を集める、ヌマセイカというと

 

「あー、痛ぇ。ここが残ってて何よりだな」

 

 ナイトレイドの放棄したアジトに彼の姿はあった。

 煤けたコートはそこらに投げ捨て、今は包帯巻きの上半身を晒してソファに寝転がっている。

 火の気は無くともすきま風も吹かない部屋だ。冷えるが、北方で寒さになれた彼には問題ない。

 ブドーとの死闘から暫く、周りの危険種を狩って自分の血肉としながら療養にいそしんでいた。

 言っては何だが、このまま色々とほとぼりが冷めるまで潜伏してもいいのかもしれない。とか、思ったりもしている。

 まあ、その選択をするかは別として。

 とにかく療養中だ。耐えられるから攻撃が効かないというわけではないのだ。

 現にアドラメレクの雷撃は確実にヌマセイカの肉体にダメージを与えていた。

 表面は少なからず火傷を負い、中も雷撃だけでなく打撃による骨のヒビもあったのだ。

 

「ま、そろそろ完治だろうがな」

 

 グッパッと手を動かしヌマセイカは体の調子を確かめる。

 ライオネル程ではないが、怪我になれた体の再生力は中々のモノがあった。例として、全治半年を一ヶ月で治した等がある。

 ヌマセイカは床に転がした塵外刀へと目を向けた。

 この再生能力は塵外刀が完成してから身に付いたモノだ。

 他にも、鍛練以上の身体能力や反射神経の強化、など。

 帝具にも言えることだが、特に一体化したり纏うタイプは使用者に少なからずの影響を与える。

 そして、どうやら塵外刀もその括りらしい。

 

(侵食は、無い。が、それもいつまで保つか…………)

 

 元々塵外刀は彼以外の者が持てば例外無く、その危険種達の怨念によって取り殺される代物だ。

 そこでヌマセイカは仮説をたてていた。

 即ち製作から常に触れていたお陰で自分には耐性が出来ているのだろう、と。

 

「オマエはずっと生きてるんだな」

 

 拾い上げた塵外刀の刃を撫でる。

 鎬はザラリとした感触、逆に刃の手前である刃紋はサラリとした感触。

 片手で柄を持てばドッシリとした重さが持つ方の腕へと掛けられる。

 

「もう暫く、付き合ってくれ」

 

 呟けば、呼応するようにドクリと一度だけ脈動が部屋に木霊するのだった。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 火の気のない、冷えきった作戦室。

 少し前までこの部屋には数人の暖かさがあったのだが、今は皆無だ。

 

「……………………」

 

 そんな中で一人、執務机に頬杖をついて、窓より青白く輝く月を見上げるエスデス。

 半年以上前にはこの部屋には自分を含めて8人が居た。

 少しして、一人死に7人になった。

 それから暫くして、任務の失敗、その折にまた一人死んだ。

 残りの者達は一人を除いて全員がそれぞれの理由で戦いを降りていった。

 一人は戦う相手を味方に委譲した。

 一人は家族のために手をこれ以上の血で染めることを疎んだ。

 一人は最愛の人を守るために。

 一人は守ると誓ってくれた彼と共に歩むために。

 

「感傷か…………ふっ、我ながららしくないな」

 

 エスデスは彼らを引き留めることはしなかった。

 弱者だから──────ではない。

 いや、彼女本人は弱者だからと切り捨てたつもりなのだろう。

 だが、前までの彼女ならば折檻の一つや二つしているところなのだ。

 しかし今回はそんなことは一切無く、彼女は彼らの願いを聞き届けた。

 

(私は変わったのか…………?いや、あり得んな)

 

 自分の中に降ってわいた疑問を直ぐ様否定する。

 理由付けとしては明確に袂を別った男の顔を思い浮かべる。

 歴代でもトップクラスに強く、間違いなく最強の敵だ。

 出会いは北伐から。あの時はどちらも、というか少なくともエスデスは不完全燃焼であの戦いを終えた。

 それから何度と無く手合わせという名の不意打ちでやる気にさせようとしたが、その度にノラリクラリと逃げられ続け、いつしか手合わせが本題のようになっていった。

 その日々が楽しくなかったか、と問われれば否と首を振るだろう。

 

「…………」

 

 いつの間にかデフォルメされた氷の人形が机の上に複数体出来上がる。

 三獣士やイェーガーズの面々、その一つを手に取った。

 無色透明であるため分かりづらいが死んだ目とやる気のない表情が分かれば、それが誰かも分かるだろう。

 

「…………ふっ」

 

 人形を元に戻して、エスデスは立ち上がる。

 深く被った帽子によってその表情は伺い知れない。

 しかし、その口許は弧を描いているのだった。

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 その日はあまりにも突然の事だった。

 帝都の周りを囲むようにビッシリと隙間無く包囲する革命軍と彼らを迎撃する構えの帝国軍。

 

(まだ来ていない、か)

 

 城壁の上から辺りを見渡していたエスデスは待ち人の姿を探していた。

 彼女はこれからデートなのだ。因みに字を充てると死合と書いてデートと読む。

 正直な話、彼女のメインは戦争ではなく、待ち人とのデートなのだ。

 だからこそ物憂げに空中に出現させた氷の玉座へと腰掛け頬杖をつく。

 その間にも戦況は目まぐるしく動いている。なんせ、革命軍と帝国軍、どちらにとってもこの一戦が後の命運を左右することは言わずもがな、理解しているからだ。

 前までのエスデスならばこの闘争でも十分に滾っていた筈だ。

 でありながら、今はどうだ。気持ちは冷めており、戦う者達を見下ろすままにケンタウルス型の氷騎兵を突撃させるに留めるばかりだ。

 

「…………つまらんな」

 

 そんな呟きが空へとのぼり消えていく。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 それはあまりにも突然の変異だった。

 

 護国機神 シコウテイザー

 

 その巨大さは王宮よりも更に上であり、この帝具こそ、全ての始まりの帝具なのだ。

 正に、起源にして頂点。そしてこれこそ始皇帝が“国を守る為に”生み出した最強の帝具である。

 だが、この帝具の特筆すべきは、未だに生きている、ということ。

 それはインクルシオや、生体型帝具と同じような代物。

 その生命力は半端無く、一種の呪いと言っても相違ない。

 

「皇帝たる、余こそが国。余こそ世界だ!逃げるものは、非国民だ!余の鉄槌を受けるが良い!!!」

「っ!止め―――――」

 

 機械然とした見た目から、生物的な要素を盛り込んだ形態となったシコウテイザーは、自身に挑んできていたタツミを無視し、逃げ惑う国民たちへと、その矛先を向ける。

 放たれたのは、一発でも帝都の街並みの一角を消し飛ばしかねないレーザー。

 それが数十発にも及ぶ規模で、街へと降り注ぐ。

 手を伸ばしたタツミだが、彼も一発を受け止めるのがやっと。

 街は破壊され、多くの死傷者が出る。その筈だった。

 

「塵外刀変化――――――」

 

 声が響く。

 

「――――――型式“揚羽”」

 

 降り注ぐレーザー、一筋一筋の目の前に六角形の黒く薄いプレートが出現、撃ち抜かれる事無く完全に受け止めていた。

 

「随分と、酷いこった。民が、国だろ」

 

 現れるは、バグ。

 一際高い尖塔の天辺に、純黒の刀身を持つ塵外黒鱗刀を肩に担ぎいつもの通り、死んだ目を目の前の巨体に向けた青年がいた。

 

「ヌマ・セイカ…………!」

「おう、そうだ。何だよ、操り人形の癖に知ってたのか」

 

 親の仇でも見るかのように、怨嗟の籠った目をヌマセイカへと向ける皇帝だが、当人は柳に風。

 むしろ、煽ってくる始末だ。

 

「貴様ごときが、余を愚弄するか!高々北の蛮族風情が!!!」

「蛮族、風情?………ハッ」

 

 山とも見紛う、拳を降り下ろすシコウテイザー。

 しかし、それは対象を捉えることはない。

 

「いったい――――」

 

 いつの間にかヌマセイカは、シコウテイザーの眼前にいた。

 元の状態に戻した塵外刀を振りかぶっている。

 

「何様のつもりだ、テメェ!!!」

「!?」

 

 全力を以て、振り落とされた一撃は、鋼の巨体全身に衝撃を通し、まるで頭を垂れる様に地面へとその顔面を叩きつけていた。

 フワリと粉塵立ち上る、屋根の上に降り立つヌマセイカ。その目は、酷く冷たい。

 

「ヌ、ヌマセイカ?」

「ん?よぉ、ナイトレイドじゃねぇか。何してんだ、こんなところで。皇帝の暗殺か?」

「あ、いや………」

 

 インクルシオを纏ったタツミが、その傍らに降り立ち声を掛ければ、思いの外ノーテンキな言葉が返ってくる。

 その気の抜けるやり取りは、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになる。だが、やはりこの場は戦地であった。

 

「――――来たか」

「ああ、来たぞ。ヌマセイカ」

 

 向かい合う、氷雪の魔姫と塵外の剣士。

 

「ナイトレイド。あっちのデカブツ押さえとけ。無理なら逃げな」

 

 ――――巻き込まない、自信はねぇ。

 彼はそう続けると、全身から濃密な殺気を放出し始める。

 応えるように、エスデスは楽しそうな笑みを浮かべサーベルを抜いた。

 

 最終ラウンドの幕が今、切って落とされる。



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二十六

 白刃と白刃が何度も何度もぶつかり合い、その度に世界に火花が散る。

 

「塵外刀―――釵ノ型『飛水』!」

 

 ジャラリと塵外刀の柄が分解され、鎖で繋がれた姿となり、刀身が放たれる。

 狙いは、空中で空飛ぶ氷により滞空したエスデス。

 もっとも、放った当人であるヌマセイカ自身も当たるとは思っていない。

 

「甘い!」

 

 案の定、長大な刀身は真下からの鋭い蹴りによって空へと打ち上げられてしまった。

 

「“ヴァイスシュナーベル”ッ!」

 

 鎖に引かれる形で、右手をあげた体勢のヌマセイカを囲い尽くすように無数の氷の刃が現れる。

 食らえば、針鼠確定だ。

 

「塵外刀変化――――」

 

 刃が殺到する直前、塵外刀が一度大きく脈拍した。

 迫る氷刃。完全にヌマセイカの姿はその向こうに消え、

 

「――――型式“鍬形”!」

 

 二刀流となった姿で飛び出してくる。

 この型式の特性は、互いが引き合うこと。単純に引き戻すよりも、より強く引き寄せる事が出来る。

 そのまま、左手の小刀を逆手に持ち直し、右手には順手の大刀。

 

「ゼアッ!!」

 

 全てを切り裂く竜巻と化して、ヌマセイカはエスデスへと襲い掛かった。

 時計回りのその一撃は、上段から下段への振り下ろし。

 

「くっ…………!」

 

 飛んでいたエスデスは、受けることこそ成功したが、浮遊に用いていた氷が威力に耐えられず、敢えなく地上に降り立つこととなった。

 

「塵外刀変化――――」

 

 着地の硬直を見逃すほど、ヌマセイカは甘くない。

 ここが街の中ということも無視して、大火力をぶつけにかかった。

 

「――――型式“兜”ッ!」

 

 長大な刀身は、最早天を衝く山のごとし。

 振り下ろす、というよりは最早落とすと表する方が正しいと思われる一撃。

 更にその巨大さで鈍重に見えるが、持ち主であるヌマセイカには、元の重量程度の重さでしかない。

 故にその速度は、全く衰えない。

 ズガン、と帝都の一部を割り砕き巨大な塵外刀よりも更に高く粉塵が巻き上がった。

 

「“グラオホルン”」

「危なっ!?」

 

 直後、粉塵を突き破り、数十本の巨大な氷柱が、彼を穿たんと襲い掛かってきた。

 間一髪、柄より片手を離したヌマセイカは身を翻して氷柱を躱す。しかし、体勢が崩れ、ついでに塵外刀の変化も解除され頭から真っ逆さまに地面へと落ちていく。

 

「こちらだ」

「やっぱ来るよな……」

 

 落下していく彼を狙って、放たれていた氷柱の一つに乗ったエスデスが肉薄する。

 放つ、強靭な脚力による蹴り。ご丁寧にもその足には氷による鎧を纏っており、破壊力は平時の数倍は下らない。

 

「塵外刀変化――――」

 

 だからこそ、ヌマセイカとてやられっぱなしとはいかない。

 

「――――型式“揚羽”ッ!」

 

 攻防バランスの良い、揚羽へと切り換えて黒丸による、防壁を張った。

 ギシギシと軋みを上げて、ぶつかる両者。

 数秒、鍔迫合いのように押し合っていたが、やがてどちらともなく離れ、そのまま地面へと粉塵上げて降り立った。

 

「フッ!」

「ラァッ!」

 

 同時にその中より飛び出してきた両者。

 互いに得物を振りかぶり、振り抜く。

 ぶつかり合った余波だけで、周囲の街並みは消し飛んでいく。

 だが、凶悪的な状況にも関わらず、戦う二人はまるでダンスでも踊っているかのように流麗に駆け回っていた。

 周りの被害は、 最早瓦礫の山を通り越して、更地に成りかねない。

 

「貴様らァアアアアア!!!!」

 

 それを見咎めるは、皇帝及びシコウテイザー。

 その巨躯を活かして、目の前の羽虫を押し潰さんと動く。

 

「この皇帝を無視するなど――――」

「失せろ!!」

「邪魔すんな!!」

 

 黒丸が大量に襲い掛かり、追従するように氷の刃がその甲殻に突き刺さる。

 穴だらけになった巨躯は、直後に顔面に交差する斬撃を叩き込まれ、大きく仰け反った。

 これには、どうにか突破口を探そうとしていたタツミと増援として現れたウェイブも目を剥くしかない。

 そんな外野など知らぬとばかりに、二人は戦闘を再開した。

 

「行けっ、黒丸!」

 

 数多の黒丸。その速度は、弾丸。破壊力は、砲弾だ。更に接触と同時に形態を刃物へと変化させる為、その威力は単純にぶつかるよりも強かった。

 

「甘い!甘いぞ!ヌマセイカ!」

 

 だが、エスデスの前に出現した氷山によってその攻撃は阻まれる。

 

「ぬおっ!?」

 

 それどころか、彼の足元に突然氷筍が現れ、急速に育ち、鋭利な先端が穿たんと迫っていた。

 反射的に塵外黒鱗刀にてガードしたヌマセイカ。しかし、踏ん張れずに空へと押し上げられてしまう。

 

「お前は、まだまだ力を隠しているのだろう?」

 

 空へと昇っていくヌマセイカを見上げ、エスデスはサーベルの切っ先を地面に突き立て不敵に頬笑む。

 

「さあ、見せろ。その全てを出し尽くした上で、私はその上を行ってやろうじゃないか!!」

 

 ゴウッ、と冷気が吹き荒れる。それは吹雪へと姿を変え、彼女の全てのみならず、帝都を、いや、大陸全土を極寒へと叩き落とした。

 

「“氷嵐大将軍”ッ!!」

 

 突き上げられる拳よりうち上がった膨大な冷気が天を穿ち、大きく広がっていく。

 同時に極寒の冷気が辺りに満ち、生き物の命脈である熱を根刮ぎ奪っていく。

 エスデスの奥の手。

 勝負の決定打か、と思われるがこの二人の戦いに、それは甘い。

 瞬間、極寒地獄に太陽が顕現した。

 

「塵外刀変化――――」

 

 エスデスが奥の手を残していたように、ヌマセイカにもそれはある。

 打ち上げられていた彼は、その姿が変貌していた。

 真っ黒だった髪は、毛先に残る黒い模様を残して真っ白になっており、その瞳はルビーでも填めたかのように真紅に染まっていた。

 

「――――型式“極”南天炎翼!」

 

 塵外刀は大きくその姿を変えていた。

 まず、その大きさ。兜ほどでは無いが巨大に変貌しており、更にその刀身は揚羽のように漆黒。その周囲には黒丸が複数浮いており、刀身の峰からは一対の炎翼が出現。柄頭には、鍬形のような小刀が出現し、鍔の辺りからは刃側へ2本の棘が伸びている。

 そして今、彼の真上には炎翼が大きく広がり掲げられた塵外刀の切っ先に巨大な炎塊が出現していた。

 

「帝都を吹き飛ばすつもりか?」

「大陸ひとつ冷気で覆ったお前に言われたくねぇよ」

 

 二人の会話。それを聞いた第三者が居たならば、こう言う。

 

 ―――――どっちも化け物だ、と。

 

「凍てつけ!」

「燃え尽きろ!」

 

 太陽と氷河が正面からぶつかり、蒸気に帝都は包まれる。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 人々は知るだろう。

 世界には、怪物が存在し、彼等が争うことになれば、その行く末には何も残らないのようなだということを。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 響く、剣劇の音。

 粉砕される家屋の数々と、帝都の周りを囲う壁の一部。

 

「塵外刀―――――釵ノ型」

 

 ジャラリと柄が分かれ、巨大な刀身が鎌首をもたげる蛇のようにユラリと揺らめく。

 

「――――『砕氷』!」

 

 掲げられた右手が渦を巻き、それが鎖を伝って刀身へと伝播する。

 

「行けやっ!!」

 

 巨大な円ノコのように刀身が回転し、街が真っ二つに引き裂かれていく。

 

「ナメるな!」

 

 それを迎え撃つのは、連続で出現し、列なった氷山。

 最早山脈と言える規模であり、それを前からではなく横から突っ切るようにして円ノコは突っ込んでいった。

 名の通り、流氷を割り砕き北の海を進む砕氷船のように山脈を切り開いていく刀身。

 だが、氷山四つを越えた辺りでほんの少し勢いが落ちた。

 

「“エイスデアケーフィ”!」

 

 瞬間、刀身はそれより更に巨大な氷に飲まれていた。

 

「“ハーゲルシュプルング”ッ!」

「!」

 

 ヌマセイカの上に氷山が出現した。その裏側には、エスデスの姿が。

 

「――――型式“兜”!」

「やはり、そう来るよな!!」

 

 刀身を巨大化させ、氷から脱出させそのまま振り上げて氷山を砕く。

 だが、それはエスデスの読み通り。

 ゴウッ、と一瞬だけ空気が円状に広がり、

 

「ハァッ!!」

「おおっ!?」

 

 氷の鉤爪の拳が、襲い掛かり、間一髪でガードしたヌマセイカはそのまま後方へと殴り飛ばされていた。

 家屋を数件突き破り、最後に石壁に大の字でめり込む。

 

「…………ッテェ、アイツ危険種だったか?」

 

 めり込んでいた両手足を引抜き、首を鳴らすヌマセイカ。彼もまた、相当人間を辞めている。

 

「まだ行けるだろ?」

「………チッ」

 

 彼の前に降り立ったエスデス。

 その姿は大きく変わっていた。

 美しい青髪の毛先が白くなり、側頭部から天を衝く氷の捻れた角が一対生えており、両手足に凶悪な見た目の氷の鉤爪による手足が出現していた。

 

「オマエ、危険種か?」

「フッ、力の全てを受け入れただけだ。さあ、行くぞ」

 

 異形と化したエスデス。そのパワーは半端ではない。

 そんな彼女を相手に、ヌマセイカは正面から引かない。

 柄で爪を受け、反撃に柄頭の小刀で切り、本命の刀身を叩き付ける。

 

「オオオオッ!!」

「フハハハハッ!!」

 

 暴力のぶつかり合いは、佳境を迎えようとしていた。



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二十七

何というか駆け足で駆け抜けた物語り。今回を持って閉幕とさせていただきます

では、最後の本編を、どうぞ


「これが、人のやれる事なのか?」

 

 革命軍の誰かが呟く。

 

「オオオオッ!!!」

「ハハハッ!もっと上げてこい!!」

 

 最早人の速度ではない。

 ぶつかる白黒と蒼氷。それだけで大地が抉れ、空間が軋む。

 

「“釵ノ型”『砕氷』ッ!」

 

 頭上で振り回していた極式塵外刀の刀身を円ノコのようにしてエスデスへと叩きつける。

 流石に大技が過ぎたのか、かわされるが、地面にぶつかると同時に大きく地面が抉れ吹き飛んでいた。

 

「フハハハハッ!抉ってやろう!」

 

 巨大な氷柱に大量の刃の枝を付け、回転するその一撃。

 当たらずともそばにいるだけで、人間はおろか危険種ですら挽き肉へと変えられる威力を誇る。

 回避択一の攻撃、しかしヌマセイカは退かない。

 

「─────型式“万雷”」

 

 切っ先を向かってくる氷へと向ければ刃の側の鍔が二又に割れて地面へとアンカーとして突き刺さる。

 バチバチと刀身に薄く纏うだけだった紫電がその量を増し、切っ先へと光球として顕現。

 

「“バースト”ッ!」

 

 言葉をトリガーとして、放たれるは電磁砲。それもブドーの放っていたソリッドシューターよりも一回り大きい。

 氷柱と電磁砲。正面から衝突する両者。

 盛大に爆発四散した。高密度エネルギーとぶつかった影響か天高々と蒸気が舞い上がる。

 普通ならばここで衝撃から身を守ろうとするかもしれないが、少なくとも今、天変地異もかくやという激戦を繰り広げる二人は普通ではない。

 

 ドゴンッ!!!

 

 と盛大な衝撃が走り、舞い上がっていた蒸気が切り払われ、その中央では化け物が二人切り結んでいる。

 どちらも見据えるは、相手のみ。いや、相手の命のみ。

 ただ、斬るだけでは既にどちらも致命傷、ひいては死なないということを二人は本能的に理解している。

 故に体を全て消し飛ばす。骨の一片はおろか、髪の毛一本残さないという気概で互いが互いを食らい合うのだ。

 超級危険種の殺し合いをも超える天災のぶつかり合い。

 その舞台となっている帝都はたまったものではない。

 既に帝都の二割が消し飛んでいる。

 そこから運が良いと言えるのか、帝都から離れつつ、天災はぶつかり合っていた。

 徐々に離れていく、ぶつかり合いを見ながら、ナジェンダは遠い目をしてタバコを吹かせる。

 

 帝具使い10人以上。精鋭五万以上。

 

 それがエスデスを倒すために立てられた算段だった。

 しかし、どうだ。既にエスデスもそして、ヌマセイカも単なる帝具使いが相対するには心許ない化け物へと成り果てている。

 

「…………」

 

 自然と義手となった右腕や光を失った右目へと手が伸びる。

 今、心底安堵していた。あんな化け物達と相対する結果を呼び込まなくて良かった、と。

 空まで駆ける稲光や天を突く氷山、炎の津波や、吹き上がる蒸気は他の場所からも確認できた。

 

「す、スゲェな…………」

 

 若干引きながらタツミは遠目に見える天災に舌を巻く。

 

「当然だろ?うちの隊長と元副隊長だぜ?」

 

 隣で腕を組んだウェイブは何処か誇らしげだ。

 シコウテイザー。正に至高の帝具であったそれは無惨にも二人と、そして二つの天災の余波によって全壊していた。

 何というか、世紀の決戦であった筈なのに、その心意気というか覚悟というか、全てを持っていかれた気分を両軍は味わうこととなる。

 突如、空が弾けた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 さて、全てを文字通り持っていった二人は、というと丁度フェイクマウンテンの近くまでその戦闘域を拡大していた。…………人間のぶつかり合いで山が吹き飛ぶとかどうかしているのではなかろうか。

 切り飛ばされた山の天辺、そこで二人は睨み合っていた。

 

「…………」

「まだまだ行くぞ」

 

 エスデスの体は更に侵食が進んでいた。

 竜のような蒼の鱗を持つ尾が生え、両手足の氷の爪は更に禍々しく相手を引き裂く形に特化してきている。

 だが、それと同時に体にガタが来ていた。

 元々インクルシオのように適応力に特化した能力など持ち合わせてはいない。吐く息は白く染まり、体の節々が急激な強化で悲鳴を上げる。

 だが、それはヌマセイカも同じこと。

 何故、一歩が詰めきれなかったのか。

 使用者の精神を擂り潰さんと押し寄せてくる怨念と、無理な身体強化によって関節はズタボロ、筋繊維もブチブチと嫌な音をたてていた。

 今の二人は精神が肉体を凌駕した状態。

 故にここまでの無茶が利き、逆に少しでもその状態から元へと戻ってしまえば、その時点でアウトだ。

 それでも二人は止まらない。

 飛び出してノーガードのインファイトを繰り返す。

 ピシャリ、ピシャリ、と彼らの周りが鮮血で彩られ始める。

 

(っ、足場が…………!)

 

 ほんの一瞬だけ、ヌルリと滑る血に足をとられる。

 瞬間

 

「カッ!?」

「抜かったな、ヌマセイカ」

 

 氷の五指がヌマセイカの胴を貫いていた。

 初めてそこで彼の手が緩み、塵外刀が滑り落ちる。

 

「存外、決着というものは呆気ないものだな」

 

 急激に全身が凍っていくヌマセイカ。彼の周りは氷山に包まれていく。

 数秒と経たずに、そこには氷山と塵外刀ごと凍らされたヌマセイカの姿があった。

 

 

 ▽▲▽▲▽▲

 

 

 ─────しくじった

 

 それが最初のヌマセイカの感想だった。

 血を流しすぎた影響か指先には力が入らない。

 意識が飛ぶ瞬間、不意に手元へと目がいった。

 そして、“目があった”

 

(塵…………外刀…………)

 

 帝具の素材が生きているように、彼の塵外刀も刀に成り果てようとも素材が生きているのだ。

 ヌマセイカという枷が外れかけている影響か、その刀身には夥しい量の目が浮かんでいた。

 その全てが彼を見ている。

 

(………いいぜ………来や…………がれ…………)

 

 心のなかでそう呼ぶ。

 世界に黒が満ちた。

 

 

 ▲▽▽▲

 

 

 氷漬けにしたヌマセイカの前で、エスデスはじっとその姿を眺めていた。

 思えば短くも濃密な縁だ。これは最早運命とも言える、そんな巡り合せ。

 

「…………さらばだ、好敵手よ」

 

 拳を握り氷山ごと粉砕せんと、その腕を引き絞り

 

「ッ!?」

 

 ゾワリとした感覚に逆らわずその場を飛び退いた。

 見れば、氷山の中で塵外刀が元の形へと戻っているではないか。

 いや、それだけではない

 

「黒い…………炎、だと?」

 

 よくよく見れば刀身の色も鋼の鈍色出はなく、刃は毒々しい紫、鎬は黒く染まっているではないか。

 そして、瞬く間に黒い炎は氷山を溶かし、ヌマセイカは地に降り立つ。

 閉じていた目を開けた、彼の瞳は更に変質していた。左目は紅いが右目は白目が黒く染まり、黒目が黄金に輝いている。

 

「どうやらオレは勘違いしてたらしい」

 

 静かに彼は語る。刀身の炎が右手に燃え移っているというのに、彼は何も感じていないようだ。

 

「受け入れる、てのは力だけをもぎ取ることじゃない。その本質まで掴むことだったんだ」

 

 一際強く炎が燃え上がった。

 

「型式“空亡”。これで終いだ」

 

 刀身を空へと掲げ、その切っ先にはあふれでる炎が巨大な球体を象り集まっていく。

 対するエスデスも産み出す冷気の全てをより集めて上空に大氷山を形成する。

 

「“ゴーザアイスバーグ”ッ!!!」

「“滅ノ理”」

 

 その日、地図の一部が書き変わる。

 黒炎と大氷山はぶつかり、この戦いは一端の終わりを迎えるのだった。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「…………テメー、いつまで着いてきやがるんだ」

「さてな。お前がこの旅を止めるまで、か」

 

 どこまでも広がる大砂漠。その中を行く二つの影があった。

 どちらも、フードがついたボロボロのマントに全身を包まれており、その姿は見ることは出来ない。が、声的に前を行くのが男、その後を付いていくのが女のようだ。

 

「…………嫌な女だぜ」

 

 言いながらも男は女を拒絶することなくのんびりと歩を進める。

 不意に地響きが辺りに木霊した。

 

【ギィイイイイイイ!!!】

 

 現れるのは巨大な目の無い大蜥蜴。その体長は軽く20メートルを越えていた。

 

 特級危険種 デザートイーター

 

 ここら一帯を縄張りとしており、この砂漠を横断するキャラバンを襲うため、各国より討伐の手配を出された危険種だ。

 普通ならば尻尾巻いて逃げ出すか、もしくは死を覚悟する場面だが、二人は慌てない。

 

「…………暫く食糧には困らなそうだ」

「血は溢すなよ。貴重な水分だからな」

 

 二人はマントを空へと脱ぎ放つ。

 

「来い」

 

 男が呟くと、右手に黒い炎が集り、やがて巨大な刀を形成する。

 

「小手調べだ」

 

 女の頭部には小さいながら、砂漠に不釣り合いな氷の角が生えていた。その手には長いサーベル。

 交差は一瞬。ここら一帯の主として君臨していた大蜥蜴は交差する剣によってその命を狩られる事となった。

 

「取り敢えず冷凍保存しといてくれ」

「食べるぶんはお前が炙っておけ」

 

 塵外の剣士と氷雪の魔王。

 その二人はある国では天災として語り継がれる事となる。

 そして彼らは世界に名を轟かせるのだ。

 

 曰く、何処からともなく戦場に現れどちらの軍も壊滅させて去っていく。

 曰く、彼らの通った後は雑草すらも根刮ぎ死滅する。

 

 曰く、彼らは男女の番であり、燃え尽きた灰のように真っ白な髪の男と氷のように冷ややかな青髪の女の二人組であった、と。




打ちきり漫画のような終わり方になってしまいましたね

最後は色々と有ったのですが、私の好みでこのような終わりとなりました。

別のエンドですと相討ちで死の大地に交差して突き立つ塵外刀とサーベル、というのもありました。

ですが、私はご都合主義が大好きなハッピーエンド厨。最後までご都合主義たっぷりの終わりでございます

では、皆様拙作にお付き合い頂きありがとうございます
皆様のご愛顧に感謝の念が尽きません

それでは、ご縁があればお会いいたしましょう


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外伝
小話 彼と彼女のその後


寒波の襲来した今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私は鼻風邪をひいたせいか、ティッシュが手放せない日々です

では、本編をどうぞ


「…………っくし!」

 

 ズズッと鼻を啜った白髪の男は、眼下に広がる景色へと目を向けた。

 ここは小高い山の上。眼下には広々とした荒れ地が広がっている。

 

「寒いねぇ…………ま、オレの故郷ほどじゃないか」

 

 男はウンウンと首肯く。彼の右のエラ辺りから首筋を通り、体に続く様に黒くなっていた。

 肌が黒いとかそんなレベルではなく、墨でも塗りつけたような、そんな黒だ。

 

「…………んぅ……………………」

「……………………こいつはまだ寝てやがるし」

 

 胡座をかいて座る男の斜め後ろには一人の女が横になっている。

 横向きに丸くなるようにして寝ており、その艶やかな青髪の隙間からは氷の小さな角が覗いていた。

 寝顔は少女のように無垢であるが、起きている時を知っている男からすれば、大人しくて楽、という印象でしかない。

 

「…………しっかし、さっさと始めてくれねぇかなぁ」

 

 胡座に肘をついて頬杖とした男は何度目かのアクビを噛み殺しながら荒野を見下ろす。

 何もここにいるのは気紛れではない。

 彼、いや、彼と彼女は頼まれてこの地を訪れた。

 元より宛の無い旅を続けている身だ、時折こうして路銀を稼ぐ。

 

「……………………む」

 

 突如、女がガバリ、と起き上がった。

 

「どした?」

「…………来るぞ」

 

 女が言うと同時に、辺りに大きな銅鑼の音と法螺貝が鳴り響いた。

 東西、その両端から巨大な土煙が巻き起こる。

 

「お前のその嗅覚何なの?」

「私が東、お前が西だ」

「…………オレ、もうお前の部下じゃ─────」

「行くぞ」

 

 男の言葉など聞こえぬ、と女はその背に悪魔のような青みがかった羽を出現させると言った通り東の白い軍団の方へと飛んでいってしまう。

 それを死んだ目で見送った男はやがて諦めたようにため息をついて、右手を掲げた。

 彼の右腕は肩口まで包帯でぐるぐる巻きにされており、その下の肌は一切露出していない。

 そんな包帯巻きの掌に黒い炎が現れ、それはある形を象った。

 全長凡そ三メートル強といった所の巨大な刀。形状は長巻に近いが、その刀身の幅が広く、普通の武器とは一線を違える見た目である。

 更にその色、黒の鎬に毒々しい紫色の刃を併せ持っていた。

 

「行くか」

 

 男はその刀のギミックである柄を分解し鎖で繋いだ形態にすると、刀身を西の紅の集団へとぶん投げた。

 そしてその上に飛び乗る。

 すると刀身から黒い炎が漏れだして、それを推進力に得て、男は集団へと突撃するのだった。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

 白の集団、もとい軍団はそれぞれ手に十字架を模した槍を持ち、最前列には赤い十字架の描かれた白銀の盾を持つ者達が居た。

 防具はチェーンメイルが基本であり、その上から白染めされた皮鎧を皆が纏っている。

 

「我らが背には神が居られる!神の代行者たる私が許可する、野蛮人どもを、神の教えを理解できぬ不心得者共に鉄槌を食らわせるのだ!!」

 

 奥から叫ぶ、頭の天辺が禿げた男。

 彼らの目的は、自分達の崇拝する神への信仰を増やすこと。そして拒否したものたちへの粛清だ。

 ここに来るまで全戦全勝の負け知らず。ほとんどノンストップでここまでやって来た。

 士気も高く、これならば、と思わせる状況だ。

 そして────────最悪はえてして、不意に訪れる。

 最初に気付いたのは、大声で怒鳴っていた男だ。

 彼は自身の耳が何やら軋む音を聞き取った。

 見上げれば人が浮いていた。

 

「烏合の衆だな」

 

 女は小さく呟いたのだが、男には何故だか聞こえた。

 異形だ。まさしく異形。だが、男はこの状況を軽んじた。

 これまでも特級危険種すらも踏み越えてきたのだ。今さら人型の一つや二つに遅れはとらない、と。

 

「弓隊、構えーーーッ!!」

 

 号令により盾隊、槍隊の後方に組まれた弓隊がその長弓に矢をつがえ、引き絞る。

 

「放てッ!!!」

 

 飛来する矢の嵐。しかし、女は慌てない。

 

「児戯だな」

 

 胸の前に持ち上げた右手を左から右へと軽く振るう。

 たったそれだけ、小バエすらも殺せなさそうな緩慢な動きだ。

 でありながら、彼らは言葉を失うこととなる。

 

「終わりか?」

 

 応える声は無い。

 たったそれだけの動きに付随した絶対零度によって矢は一瞬で凍り、風に吹かれて消えてしまった。

 

「では、死ね」

 

 女の背後に出現する大量の氷の刃達。

 

「“ヴァイスシュナーベル”」

 

 指のスナップと同時に降り注ぐ刃達。

 それも100や200ではない。

 まさに天を覆い尽くす程の規模で氷の刃は展開されていた。

 その全てが確実に一人を貫く様に調整されて放たれたのだ。一人につき最低10本の氷刃が突き刺さる。

 荒野に合わない氷山が形成された。

 

「ばけ…………………もの…………」

 

 男は絶望に彩られその生涯を終えることとなった。

 仮に生き残れたならば、彼は語り継いだ事だろう。

 神の怒りなど生温い。本当の恐怖は魔王より与えられるのだと。

 そして言うだろう

 

 ──────氷雪の魔王に手を出すな

 

 と

 

 

 ◇○■○◇

 

 

 女が白の軍を虐殺している頃。同じくして男は大刀を肩に担いで赤の集団、もとい軍団と向き合っていた。

 こちらの軍は赤の装束に赤のターバン。腰には曲剣、背には短弓を装備しており、こちらはどちらかというと騎兵が主力のようだ。

 

「何者だ、貴様ァ!」

 

 彼らは戦争する、という面を大義名分にして周りの村や里から略奪や侵略を行ってきたのだ。

 軍の見た目の盗賊集団。

 男は死んだ目を向けるのみで、口を開く気配もない。

 ただ、肩から大刀を下ろして、切っ先を頭領と思われる者へと向けた。

 ビキリ、と頭領の蟀谷に青筋が浮かび上がってモゾリと動く。元より気の短い男だ。明確な挑発ともとれる動きは看過できない。

 

「奴を潰せェーーーーーッ!!!」

「「「オオオオッーーーーッ!」」」

 

 鬨の声を上げて突っ込んでくる赤衣の賊徒達。

 彼らは、その荒々しい性格も相俟ってか、生半可な軍よりも強かったりする。

 腕っぷしが全てであり、全てを暴力で解決してきた。

 だから、今回もそうなると高を括った。相手は一人、というのもその発想の後押しとなっていた。

 

「“火界炎上”」

 

 一振り、それだけだ。たったそれだけの動きだった。

 それだけで大刀より溢れた黒い炎は赤い軍団を灰も残さずに焼き尽くす。

 炎は津波となって荒れ狂い、一切の防御を許さない。

 盾も鎧も関係無い。この炎の前では水すらも意味がないからだ。

 唯一の救いは燃え移らないことか。対象を焼き尽くせばそれでお終いである。

 どんどん部下が炎の津波に飲まれていく姿を見ながら、頭領たる男はこれまでの事を思い返していた。

 そして気づく

 

「報い…………か…………」

 

 その言葉を最後に男の姿は炎の中へと消えていった。

 罪には罰を。炎をもって奪ってきた彼らには、炎による罰が相応しい。

 魂を薪として燃え上がる獄炎。

 それをぼんやりと男は眺めていた。

 彼からすれば、最早これは作業に等しい。何せ世界広しといえども、この男と対等に戦えるのは彼の連れのみなのだから。

 

 

 ◇○■○◇

 

 

「…………むぅ……………………」

「ひぃ、ふぅ、みぃ…………と」

「…………」

「えっと、次のまひゃっほ!?」

 

 簡素な宿。金を数えて地図を広げていた男は突然の事態に妙な声を上げて飛び上がる。

 慌てて跳び跳ねれば、背中から出てくる拳ほどの氷の塊。

 振り返れば何故か不機嫌そうな連れの姿。

 

「何だよ」

「…………暇だ、構え」

「今、金と次の行き先決めるのに忙しいから後でな」

「嫌だ、構え」

「お前はガキか。だいたい構えって何すんだよ」

「男と女が一つ屋根の下に居るんだぞ?決まっているだろ?」

 

 椅子に座ったまま振り向いていた男の手を取り、女は自身の腰かけていたベッドへと彼を放り投げ、その上に馬乗りなる。

 

「…………お前なぁ…………」

 

 やれやれ、と呆れたようにため息をつく男。

 ヤル気がない彼に対して女は既に下着姿だ。

 男ならば誰しも垂涎モノの肢体。人ならざるモノへと変貌した結果、その美貌は留まるところを知らない。

 サキュバスはその魅了によって男を堕落させ精を貪る。

 彼女は氷雪の魔王だが、悪魔であることには替わり無い。

 

「…………ふふっ、いい加減名前を呼んだらどうだ?」

「……………………まだ、外は明るいぞ?」

「私達に人間の常識を当てはめるのか?」

「…………それもそうか」

 

 その理論に納得したのか分からないが、男は女を抱き寄せる。彼女の肢体は常に冷たさを帯びているが、彼の肉体は常に熱さを持っているために丁度良い。

 

「…………エスデス」

「ヌマセイカ…………ん」

 

 日差しの少ない薄暗い部屋。

 そこで二人の身体は重ねられ──────




とりあえず、二人が旅に出た後の事を少し纏めました
因みにどちらも人を殆んど辞めているせいで、色々と旺盛になっています
R-18に関しては(技量的に)無理ですね。脳内補完、若しくは書いてくれても良いのですよ?(チラリ

では、次が投稿されればその時にお会いいたしましょう


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小ネタ

前に書くといっていた型月風のステですね
気になる点や、変えた方が良い点は感想にどうぞ


真名 ヌマセイカ

身長 186㎝

体重 72㎏

出典 ■■■■■■

地域 ■■■■■■

属性 混沌・善

隠し属性 星

性別 男

イメージカラー 灰

特技 道具作成(呪い付き)

好きなもの 平穏

嫌いなもの 戦闘狂

天敵 エスデス

クラス適性 

 セイバー/ランサー/バーサーカー

 

 ・人物・

 ランサーの時は黒髪だが、セイバー、バーサーカーの時は白髪になる。

 黒の半袖タートルネックのインナーに同じく黒のシャツ、黒のズボンに灰色の鉄板仕込みブーツ。

 上着はその上に灰色のロングコートを着ており、籠手や脚絆に心臓部を守る程度のプレートアーマーのみという軽装。

 目は基本的に死んでおり、表情もやる気が感じられないもの。

 だいたいの指示には従ってくれるが、気が乗らなければ、最低限しか動かない。また、子供好きの一面もあるため、相手が子供(見た目含め)だと実力が出しきれないことが多い。

 しかし、非情に徹する際には機械と称されそうな程に容赦なく相手を蹂躙する。

 

 

 ・能力・

 基本は自作の武器を用いた白兵戦を主とする。

 が、その武器の特性上、セイバーとバーサーカーの時には中距離もこなすことが可能。

 身体能力は高く大抵の相手には打ち負けない。

 唯一ランサーの時は宝具の一つが封印されるため、火力不足に陥りやすい。

 バーサーカーは狂化が有ってないような仮初めのものであるため魔力効率を考えるとセイバー択一である。

 

 

 ・ステータス・

 【セイバー】

 筋力 B+

 耐久 B

 敏捷 B+

 魔力 C+

 幸運 D

 宝具 B~EX

クラス別スキル

 対魔力 A+

 騎乗(脅) A

スキル

 戦闘続行 A

 単純に諦めが悪い。致命傷どころか、精神がへし折れても向かってくる。

 対怪物 A++

 神秘を内包した相手も、人外ならば優位にたてる。

 単独行動 A

 マスターから離れて行動可能。

 心眼(偽) B

 虫の知らせ。

 

 【ランサー】

 筋力 B

 耐久 B+

 敏捷 A++

 魔力 C

 幸運 D

 宝具 B

クラス別スキル

 対魔力 A

スキル

 基本的に変わらないが対怪物のスキルがAに落ちる。

 

 【バーサーカー】

 筋力 A+

 耐久 A

 敏捷 B

 魔力 C-

 幸運 D

 宝具 B~EX

クラス別スキル

 狂化 E-

スキル

 基本的に構成は変わらないが、ランクが落ちるものが大半。唯一対怪物は変わらない。

 

 

 ・宝具・

 

吸獣斬界 塵外刀

 “キュウジュウザンカイ ジンガイトウ”

 ランク B~EX

 種別 対軍宝具

 レンジ 1~99

 最大捕捉 1000人

 由来 彼自作の愛刀であり、死ぬまで振るい続けた

 それは長大な片刃の剣。全長九メートルという大きさであり、切れ味も鉄板を切り捨てることが可能。

 だが、真の能力はその作成に用いられた素材達の能力を表に出現させた状態の“塵外刀変化”。

 これにより宝具のランクも変わってくる。だが、どれも基本的に強力であり地形破壊が可能な点は変わらない

 “変化例”

 型式『兜』

 刀身の長さ百メートルの実体刀へと変化する。見た目通りの質量を持つが、持ち手本人にはその負荷が掛からないため、刀身が反る速さで振り回される

 型式『揚羽』

 細身の漆黒の刀身に変化する。周りに鉄の鱗粉で構成された黒丸が大量に浮かび、防御と攻撃のバランスがとれている。

 更に奥の手として“黒鱗天具”という鎧もある。

 型式『朱雀』

 炎を操る型。刀身に梵字が浮かび、中程から炎の翼が出現する。

 型式『万雷』

 刀身に雷を纏わせる。唯一とも言える遠距離射撃型

 型式『鍬形』

 二刀流になる。刀身を投擲し一定距離が開くと鋏むように引き合う性質がある

 型式『極』

 複数の型の力を複合した形。バフ有り。全てが高い水準で纏まっており、威力もある。難点は型式を変化させる際に一々ニュートラルの形に戻さねばならない点

 型式『空亡』

 黒い炎を纏う禍々しい変化。見た目は色合いの変化しかないようにも見えるが変化のなかでも攻撃力はトップクラス。この炎は対象のみを焼き尽くし延焼はしない。

 

名も無き不壊の槍

 “ナモナキフエノヤリ”

 種別 対軍宝具

 ランク B

 レンジ 1~10

 最大捕捉 1000人

 由来 槍一本で大軍を押し留め故郷を守ったことから

 剣と槍を組み合わせたような槍。特別な能力は無いが、その強度だけで宝具と打ち合える。

 元々本人が槍使いなため、バランスは良い。

 

 



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FGO

皆様お久しぶりです。
今回は試験的に載せてみたいと思います

では、どうぞ


 吹き抜ける青臭い風が銀糸を揺らす。

 

「…………………………えー………」

 

 草原の中央、小高い丘。身の丈すらも遥かに超える長大な片刃の大剣を持つ灰色のロングコートを着た青年は死んだ目で辺りを見渡していた。

 

「はっはー…………なんだこれ。マジか?おい。二回も?ふざけんなよ、くそったれ───────」

 

 ブツブツと彼は大剣の切っ先が天を突く様に持ち、柄頭を地面に突き立てヤンキー座りで項垂れる。

 口から垂れ流されるのは呪詛のような愚痴の嵐。

 普通ならば愚痴よりも先に狼狽えるような事態であるはずなのだが、彼はその点は全く当てはまらない。

 辟易としたため息をついて、胡乱な目で辺りを見渡す。何度見ても世界が変わることなく、辺りは草原、小さくそこらに木立が見えるぐらいか。

 

「北方要塞、も無いな。帝都の近くでもない。シャンバラ、はオレが吸収したか…………つーか、オレが居てアイツが居ないとかあり得んだろ」

 

 顎に手をやり、彼は考え込む。因みにアイツ、とは連れのドS人外の事であった。

 因みに、この男も人外であったりする。少なくともそこらの有象無象には全く引けをとらない。それどころか快勝できる。

 

「とりあえず、動くか」

 

 彼は呟き、肩に大剣を担ぐと気の向くままに、一歩踏み出し、なにかに気づいたのか、駆け出した。

 

 

 ▽▽▽▽▽▽

 

 

 彼の向かう先、凡そ一キロ程行ったところか、木立に囲まれた小さな村があったのだ。

 周りには村人が生き抜くには十分な畑が広がり、小川が流れ、時おり涼やかな風が吹き抜ける。穏やかな田舎、といったところ。

 小さな世界だが、それだけで十分な幸せを彼ら村人は謳歌していたのだ。

 だが、今は違う。

 辺りからはパチパチと火の爆ぜる音と、焦げ臭い臭いが立ち込め、悲鳴があちこちから上がっている。

 襲うのは、小型のドラゴン。

 前足がなく、大きな翼と、小さめの後ろ足、長い尾、鋼を弾く硬い鱗と甲殻を持つ、ワイバーンであった。

 彼らは炎の息を吐き、鋭い爪での急降下キック。それらを駆使して蹂躙の限りを尽くしている。

 この適度の村ならば、ほんの僅かな時で壊滅することだろう。

 だが

 

「塵外刀“釵ノ型”」

 

 突如響く、鎖の軋む音。そして空は切り裂かれ、5体のワイバーンが胴体を真っ二つに切り分けられて仕留められる。

 突然の事態、逃げ惑う村人達も、そして襲っていたワイバーンもその動きを止め、鎖が引き戻され飛んでいく巨大な刃を見送っていく。

 

「やれやれ、オレは面倒に縁があるらしい」

 

 木立の中から現れるのは、長大な片刃の大剣を肩に担いで頭をかく銀糸の男。

 彼の登場にワイバーン達は本能的な恐怖を覚える。

 竜というのは幻想種と呼ばれる高い魔力を持つ強力な生物である。そのあり方は圧倒的な強者、絶対的な捕食者。

 ワイバーンも下級とはいえ竜に変わりはない。

 そんな彼らに恐怖を覚えさせる男。いや、正確には彼の持つその大剣に潜在的恐怖を覚えているのだ。

 仮にワイバーン達にもっと知性があったならば、その恐怖にしたがって逃げた事だろう。しかし、残念なことに大型の蜥蜴よりも若干マシなお味噌でしかない彼らはその竜としての強靭さを過信していた。

 恐怖を取り除くために、襲い掛かってしまった。

 

「あめーよ、蜥蜴共」

 

 閃く銀閃。真横に振るっただけだ。

 たったそれだけの動作であるというのに、硬い甲殻はアッサリと横一閃に断ち切られ、突撃したワイバーンが数体切り殺されてしまう。

 

「塵外刀“釵ノ型”────────」

 

 両手で柄を握り、少し捻ると、カシャリと柄が細かい節に分かれた。

 

「───────『飛水』」

 

 ベイパーコーンを引き起こし、刀身は一直線に射出され、こちらも一直線に並んでいたワイバーンの胴体を貫通し、6体のワイバーンが串刺しとなる。

 

「ストックになってもらうぞ、太秦は神とも神と聞こえ来る───────常世の神を討ち懲ますも」

 

 数度刀身が脈打ち、葉脈のような血管のような筋が浮かび上がり、貫かれたワイバーン達にもその脈は伝播していく。

 そして、絶叫と共にワイバーンはその刀身へと飲み込まれてしまった。

 ドクリ、ドクリ、と脈打つ刀身。無機物であるはずのその刃は生きているかのようである。

 

「野生なら、これで終わりなんだがなぁ」

 

 野生で生き抜くには戦闘能力以上に危機察知能力が必須だ。

 そして明らかに、ワイバーン、そして村人が元となったゾンビ達では勝てる相手ではない。

 少なくとも、生物であるはずのワイバーンにはその本能があったはずなのだ。

 

「…………操られてる?」

 

 彼は眉をひそめた。

 大剣を元へと戻し、向かってくるワイバーンとゾンビを切り伏せていきながら、彼らの様子を観察していく。

 後者はまだしも、前者はおかしい。

 

「違うな……………………恐怖か」

 

 自分よりも圧倒的な高位者からの命令。逃げ出せば結局死ぬ。

 

「運が悪かったな」

 

 ドクリ、と一際大きく刀身が脈打った。

 

「塵外刀変化───────」

 

 起動キーワードが唱えられ、大剣独自の能力が発動される。

 

「───────型式“朱雀”」

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 焦土と化した村の外れ。

 肩に大剣を担いだ男は、膝をついて空いた手の指を地面に這わせていた。

 土をつまみ上げ、親指、人差指、中指を擦り合わせ匂いを嗅ぐ。

 

「…………どういう事だ?」

 

 辺りを見渡せば、テニスコート程の範囲が焼け焦げており、その外側も所々焦げている部分がある。

 

「威力が落ちてやがる」

 

 いや、十分過ぎる破壊跡ではある。

 だが彼からすれば威力不足。

 何せ、本来ならば炎の津波を起こすことができ、今の範囲の倍は軽く焦土へと変えられる。

 

「オレの異変か…………もしくは塵外刀が不具合を起こしてるか、だな」

 

 カチャリ、と大剣、塵外刀を見上げる。ついでにあることに気がついた。

 

「なんだ、アレ。…………輪?」

 

 それは余りにも巨大な、光の輪。それが空を囲むように浮いているのだ。

 不思議が一杯な彼の故郷でもそんな光景は見たことがない。

 

「…………やっぱり、面倒事、か」

 

 彼のため息は引くほどに、重い。

 

「……………………はぁあ…………」

 

 北の勇者、ヌマセイカ。ある世界では万里を焼き尽くすとさえ言われる黒炎の主。

 運の悪さは筋金入りらしい。



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