NEW GAME!~とある社員の日記~ (とある社員)
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プロローグ

○月×日△曜日

 大学を無事卒業し、就職活動も無事に終える事の出来た俺は今日から社会人という事で日記なんてモノを書いてみようと思う。飽きっぽい性格ではあるがせいぜい三日坊主にならないように頑張ってみるつもりだ。

 

 社会人になったという事は就職したという事でもあり、小さい頃に竜狩り物語と呼ばれる人気タイトルをプレイして感動した俺は小さい頃から夢だったゲーム会社へ就職した。

 

 株式会社『イーグルジャンプ』。

 

 俺がゲーム業界に興味を持つきっかけになった竜狩り物語シリーズを制作する大手メーカーではないがゲームが好きな人々の間では丁寧で堅実な作品を定期的に送り出す中堅企業として有名なゲーム会社だ。

 

 俺を採用してくれた会社には絶対に言えないが電子工学に強い大学出身だったとはいえ、あまり有名大学でもなかった俺としてはかなり無難な会社を選択したと思っていた。

 

 初出勤した今日までは。

 

 結論から先に書こう。正直、入社初日からイーグルジャンプに入社した事を後悔した。理由は単純明快、俺を含めた三人の同期の内、二人が今年高校を卒業したばかりの女の子だったからだ。男尊女卑論者とまでは言わないがこの業界に入る前、大学の先輩から高卒の女の子がこの業界に入るのはあり得ないと聞いていて、先輩の意見に納得していた俺としてはこれから一緒にやっていく同期が高卒の女の子だった事は大きな衝撃だった。勿論、これは俺の勝手な偏見で彼女達に失礼である事は分かっているが納得出来た訳ではない。

 

 休憩室に新入社員だけ集められた休憩時間中、同期の中で一番年上であった俺は今後、一緒に仕事をしていく事になる彼女達と打ち解けるべく、色々と話の話題を振った。それぞれの自己紹介に始まり、希望した職種やその他諸々。

 

 正直な話、高校を卒業したばかりの女の子と何を話したらいいのか全く分からず、自分でも何を話したのか全く覚えていない。大学生と高校生、たった四年、されど四年。共通の話題が無さ過ぎて会話に困った事だけは覚えている。

 

 ただ、自己紹介をしていく中で愛想の良い方が遠山りん、愛想の悪い方が八神コウという名前である事は分かった。遠山さんの方は同じ県出身という事で多少は話す話題があり、会話も弾んだが、八神の方は全く駄目だった。異性という事で警戒されているのか、元々無愛想なのか、どちらか分からないが彼女はもう少し社会人としての会話スキルを磨いた方が良いと思う。

 

 同い年である遠山さんがあれこれ気を使って話しかけなければ、新入社員が集められた休憩室の空気は完全に死んでいただろう。勝手な当初の予定では同期会でも開いてお酒の席でも設ければ勝手にある程度親しくなれると踏んでいたので計画は丸潰れだ。

 

 同期の同僚とはいえ、高校を卒業したばかりの女子二人と居酒屋に行く度胸もなければ、下手をすれば国家権力に捕まる未来しか見えない。流石に警察のお世話になるのは御免だ。

 

 まあ、これから色々と大変だと思うがアルバイトではなく社会人になった事だし、男女比率が思っていた以上に偏っている会社であるが頑張っていこうと思う。

 



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1ページ目

○月×日△曜日

 前回の日記からかなり時間が経ってしまった。前回の日記が入社当時の日記という事はかるく数年以上前の事だ。飽きっぽい性格である事は昔から変わらないが三日坊主どころか、初日に日記を書いたまま数年間放置していたとは我ながら呆れたものだ。今書いているこの日記すら、たまたま部屋の掃除をしていたら入社当時に書いた日記帳を発見して、気分が乗ったので書き込んでいるだけだ。

 

 まあ、イーグルジャンプに入社してからこれまでに色々な事があったけどそれは日記で書くような事ではないので省くとしよう。

 

 ただ、昔の日記内容を読んで露骨に男尊女卑思考だったかつての自分に苦笑しつつ、気付いた事が一つだけある。

 

 遠山の事はきちんと遠山さんと書いてあるのに八神の事は出会った当初から八神と呼び捨てにしていた。その事にちょっと笑えた。

 

 まあ、八神の第一印象が悪かったのは事実だし、初任給が高卒と大卒で違う事に文句を言われた時は目がテンになった。結局、あの時は俺の奢りで初めて同期会を開く事なり、それから打ち解けていったので後悔もしていないが今冷静になってみると何故俺は初任給で親でも友達でもなかった同期に飯を奢っているのか、これが不思議である。

 

 俺の日記なので八神の話はどうでもいいとして入社当時から現在に至るまでに変わった事だけは書き込んでおこう。とあるチームのモーション班として働いていた自分は何の因果か今では立派な営業マンで、あの時に侮っていた遠山と八神が今ではアートディレクターとキャラ班のリーダーだ。人生、色んな意味で何があるか分からないが自分の価値観だけで他人を侮る事だけは止めたほうがいいだろう。

 

 これからも毎日とまでは言わないが気が向いて時間がある時には日記を書く事にしよう。……普通に生活する上で毎日、日記に書くようなイベントが無いという本音は置いといて。

 

 

○月×日△曜日

 今日は外回りの営業から会社へ帰社して、喉が渇いていたので自販機を求めて食堂へ向かうと八神と葉月さん、そして見慣れない若い子が食堂で雑談していた。中学生の会社見学の予定なんて聞いてないぞ、と思いつつ、八神と葉月さんに軽く会釈をして離れた席でコーヒーを飲む。

 

 食堂の混む時間帯は過ぎているので葉月さんと若い子の会話が聞こえてくるのだが、会話の内容から察するに俺が中学生だと思った若い子はイーグルジャンプの面接に来ているらしい。最低でも高校生以上である事が判明した童顔の彼女に戦慄しつつ、野次馬根性が出てきたのでカバンから書類を取り出し、整理するふりをして耳を傾ける。

 

 これから本番の面接を控えている彼女は緊張していたが葉月さんの話術で次第にリラックスしていき、葉月さんと雑談している。

 

 葉月さん、性格悪いなー、と思いながらも正式な面接前に面接官と関係無いふりをして面接者と雑談を交え、その人の性格や考え方をおおまかに把握する手法は結構効果的であり、葉月さんが人事に口出し出来るような立場になってから好む手法でもある。

 

 おおかた、八神は遅めの昼飯を食べていた時に巻き込まれて、席を立つタイミングを失っているのだろう。

 

 勿論、雑談である以上、仕事に関係無い話もするのだが、なんというか面接者の彼女がイメージしている八神コウ像を聞いた時に飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、咽たのは悪くない筈だ。睨みつけるような八神の視線はもちろん無視だ。

 

 しかし、彼女の語る八神コウ像はイーグルジャンプがイメージ戦略として打ち出している八神コウと似通っているので広報の手伝いも兼任している俺としては喜んでおく所だろう。

 

 とはいえ、本人が目の前にいるはずなのに八神の事をあれほど褒め倒している彼女は意外に大物になるか、広報用に魔改造された八神コウ(遠山作)の写真のせいで本人だと気付いていないのかもしれない。

 

 ただ、笑いを堪えるのに必死だった所で彼も八神と同期の社員なんだよ、と話を急に振ってくる葉月さんは酷いと思った。

 

 目を輝かせて八神について聞いてくる彼女がイーグルジャンプに採用されるか分からない以上、会社として八神コウのイメージを損ねる必要は無いので言葉選びには十分注意して八神について語っておいた。

 

 流石にこれ以上休んでいるとサボりになるので面接頑張れと一言励まして俺は仕事に戻った。

 

 まあ、葉月さんは彼女の事をだいぶ気に入っていたようだし、考え方も学生にしてはしっかりしていたので彼女が同僚になる可能性はあるだろう。あれで葉月さんは人を見る目がある方だし、とある失敗を経て、適当に見えてかなり慎重に人事を行う人なので大丈夫だろう。

 

 ただ、内心でまた高卒女子社員かよ、というツッコミと賭けに近い葉月さんの青田買いに戦慄した。

 

 

○月×日△曜日

 今朝は朝早くから取引先との打ち合わせがあった為、会社へ顔を出さないまま取引先との打ち合わせに向かった。打ち合わせを終えた後、その内容を纏める為に帰社すると会社の扉の前で小さい女の子がちょこんと座っていた。

 

 正直、なんだこいつ、と不審に思いながらもスーツを着た女の子が会社の前に居座られても迷惑なので大丈夫ですか、と声を掛けてみる。顔を上げた女の子は半泣きの表情を浮かべていて、話を聞いてみると遠山管理下のキャラ班に今日から配属された新人さんのようだった。つまり八神の部下にもなる訳だ。

 

 涼風青葉です、と緊張した表情とやる気のある自己紹介をしてくれた涼風さんの姿を見て、数か月前に面接へ来ていた子だと思い出した。涼風さんの方は俺の事を忘れている様子だったが職業柄、人の顔はすぐに覚える癖が身に付いている。

 

 入社初日から会社の前で堂々とサボるとは中々度胸のある子だな、と流行りのゆとり世代に内心で戦慄しつつ、会社の前で座り込んでいた事情を聞く。どうやら涼風さんはまだ社員証を受け取っていなかったようでお手洗いの帰りに会社から締め出されたようだ。

 

 勿論、涼風さんが嘘をついているように見えないが形式上初対面である俺が無警戒に会社の中へ入れる訳にもいかないのでその事を説明して少し待っているように伝える。その後、遠山の席へ向かい、仕事をしていた遠山を捕まえると事情を説明する。

 

 遠山はこちらにお礼を言うと慌てた様子で涼風さんを迎えに行き、その帰り道に八神の事を怒っていた。どうせ、涼風さんの社員証の件で八神がなんかやらかしたのだろう。

 

 自分の席へ向かい、打ち合わせの書類を机に並べつつ、一段落終えた遠山が自分の席に帰ってきた事を確認すると社内メッセで遠山にメールを送信する。

 

 メールに気付いた遠山はメールを読んだ後、表情を少し赤くさせて咎める視線でこちらを見てから涼風さんを呼び出して、そのまま別室へ連れて行った。

 

 最近の若い子の感性はよく分からないがスーツ姿であんな座り方をするなんて、ハッキリ言ってパンツ丸見えだ。イーグルジャンプの社員が痴女なんて噂が流れたら目も当てられない。いや、もしかしたらキャラ班にはそういう人種が集まっているのかもしれないが。

 

 直接指摘してしまえば完全にセクハラになってしまう為、上司である遠山を通して伝えておいたがそれが正しかったかどうかは誰にも分からない。

 

 ただ、涼風さんの記念すべき社会人一日目が異性の先輩にパンツを見られるというイベントだった事はこちらとしても謝るしかないだろう。

 

 

○月×日△曜日

 今日は全くもって酷い目にあった。そういう人間じゃないことは分かっているが涼風さんの復讐とでもいうのだろうか。仕事の都合で八神に用事があり、休憩中のキャラ班のブースの前を通りかかった時、涼風さんに呼び止められた。

 

 立ち上がってこちらに近付いてきた後、恥ずかしそうに頬を赤らめて、もじもじと言いにくそうにしながらもパンツの件、ありがとうございました。と爆弾投下してくれた。

 

 空気が凍るというのはああいう事を言うのだろう。

 

 休憩中だったキャラ班ブース内の空気は完全に固まり、あまり親しくない篠田さんと飯島さんの表情はぎこちない笑みを浮かべて、ブース内で唯一それなりに親しい滝本は怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。そして遠山から事情を聞いているであろう八神に助けを求める視線を送るとこともあろうに腹を抱えて大爆笑していた。

 

 集まる視線を受け、小さくため息を吐いた後、八神に渡す為に持ってきていた書類を固めに丸めて涼風さんの頭を叩く。

 

 あうー、と両手で叩かれた所を押さえている涼風さんにその発言だと色々と誤解を生みかねないので直すように、と指摘する。

 

 その指摘を受けて自分の発言が滝本達にどのような誤解を生んだのか理解した涼風さんは今度こそ顔を羞恥で真っ赤に染めると滝本達に事情説明していた。

 

 その光景を見て大爆笑している八神には後で葉月さんに許可は得ている営業先のショップへプレゼントする予定のある八神コウサイン入り色紙の数を増やしてやると誓った。

 

 

○月×日△曜日

 昨日は取引先との打ち合わせが予想以上に長引いてしまい、かなり遅い時間に帰社する事になってしまった。いつもなら上司に連絡を入れてそのまま直帰する所なのだが、自分の不注意もあり、名刺入れに入った名刺の枚数が心許無くなってしまっていた。

 

 今日は朝から打ち合わせの予定があった為、昨日は名刺補給のためにどうしても帰社しなければならなかった。結局、みんなが退社しているような深夜帯に帰社することになった。

 

 非常扉の灯りがともる薄暗い会社の中で自分の机に移動して机の中から名刺を取り出して名刺入れに補給する。用事を済ませて帰社しようとすると明らかな人の気配と慌てた様子の物音が聞こえてきて、心臓が止まりそうになった。

 流石に見て見ぬふりをする事は出来ないので泥棒かどうか確かめる為に人の気配がした方へ声を掛けてみると安心した声音で八神から返事が聞こえてきた。それならわざわざ隠れる必要も無いだろう、と思いながら人騒がせな八神に文句を言いながら近付いていくと慌てた様子でこちらを静止する声が聞こえてきて、なんとなく事情を察する。

 

 遠山にもよく言って何度も注意してもらっているのだが、八神には露出癖がある。会社の残業で社内に自分一人になるとスカートを脱ぎだすのだ。本人に指摘すると人を変態呼ばわりするな、と怒り出すのだが、世間一般的に誰もいないとはいえ会社でスカートを脱ぐのは変態以外の何者でもない。

 

 初めてその状態の八神と遭遇した時は流石に度肝を抜かれた。取引先との食事帰りで多少アルコールも入っていたこともあり、最初は欲求不満で変な夢でも見ているのか、と思い、硬直している八神をまじまじと観察してから本物だと分かった時は流石に焦った。パンツ姿を見たのはその一度きりではあるが似たような状況は何度も経験しているのでため息を吐いて呆れつつ、八神へ自分は帰る事を伝える。

 

 すると八神の方から声が掛かり、自分も帰社すると言い出した。流石に八神の方も肝を冷やしたのか、仕事する気にはなれないようだ。そのまま二人で退社して駅前で別れようとしたのだが、そのタイミングで八神の腹の虫が鳴り響く。

 お互いに牽制する視線が交差した後、ため息を吐いて、適当な居酒屋で飯でも食べるか、と声を掛ける。

 

 出会った頃の八神はまだ成人すらしていなかった、と焼酎お湯割りを飲みながら美味しそうにお通しを食べる八神を眺めつつ居酒屋で適当な食事とお酒を飲み、駅前の居酒屋であることに油断して二人とも終電を逃すマヌケを演じる。そして大人しく二人で会社へ戻る事になった。

 

 お酒が飲めるようになっただけでそこまで強い訳でもない八神がそのまま自分の席で寝ようとするので慌てて鍵のある会議室へ放り込み、鍵を掛けた事を確認すると自分の机で仮眠を取る。

 

 そして今朝、早い時間に人の気配を感じて目を覚ますとニタニタ笑みを浮かべている葉月さんに声を掛けられる。嫌な予感がして要件を尋ねると案の定、八神がトイレに行った帰りに会議室へ帰らずそのまま自分の机の下でスカートを脱いだ状態で仮眠を取っていたらしい。

 

 二人して多少なりともアルコールの臭いをさせているので葉月さんは事情を察している様子だったが、第一発見者である涼風君は面白い誤解をしていたよ、と言って去っていった。

 

 本当は自分で訂正しておきたかったが朝から打ち合わせがあるので最低限の汗とアルコールの臭いを消しておきたかったので、八神が誤解を解く事を祈り、汗を流すために会社を後にした。

 



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2ページ目

○月×日△曜日

 今朝出社したら八神からいきなり涼風さんの歓迎会に参加しないか、と誘われた。当然、キャラ班に所属する涼風さんと営業の俺に接点は無く、そもそも他の部署の歓迎会に参加する事自体に問題があると判断した俺はその誘いを断った。

 

 会社の経費でアルコールが飲める事は正直に言って羨ましいがだからこそ、キャラ班や葉月さんのチームですらない営業の俺が参加するのは問題があるだろう。まあ、二次会とかに誘われた所で顔を出すかどうかは悩む所ではあるのだが。

 

 何故かモーション班である篠田さんも混じっていたが定時になると退社していくキャラ班のメンバーを横目に自分の机に戻って打ち合わせに使用する書類を制作していると葉月さんから声を掛けられた。

 

 要件を尋ねてみると涼風さんの歓迎会に少しだけ顔を出すから一緒に来ないか、というお誘いだった。

 

 涼風さんの歓迎会については八神に誘われた時に断っているので同じ理由で葉月さんの誘いも断ったら、君はそういう所が真面目になったね、と苦笑された。それと同時にチラチラとこちらを見ながらわざとらしくアルコールの入った女性陣だけだと色々危ないだろうなー、と言ってきた。

 

 そもそも何故、あまり関わりの無い涼風さんの歓迎会に参加させたがるのか、葉月さんの意図が読めず、怪訝そうな表情を浮かべているとその理由を教えてくれた。なんでも涼風さんが遠山と八神の仲は別にして、俺と遠山、俺と八神が殆ど事務的な会話しかしていない事を気にしていたらしい。

 

 会社は仲良し小好しをする為の場所ではないので普段関わらないなら事務的な会話になるのは当然なのだが、涼風さんは同期がいないので同期という存在に淡い幻想を抱いているようで俺たちの関係性を気にしていたとか。

 

別に業務時間外なら雑談もするし、涼風さんの知らない所で時間が合えば同期会もたまには開く、八神となら何度もサシで飲んだりするので涼風さんの心配は全くもって見当違いである。とはいえ、まさか一回りも歳が違う女の子にそんな心配されていた事に苦笑が漏れる。

 

 まあ、ある意味でお金の出所である場所のトップでもある葉月さんの誘いを断るのも悪いだろうし、会社のお金で酒が飲めるなら悪くない。

 

 小さくため息を吐いた後、打ち合わせの書類を切りの良い所で片付けると少し顔を出すだけなら、と葉月さんに答えて一緒に涼風さんの歓迎会が行われている居酒屋へ向かう。

 

 葉月さんと共に涼風さんの歓迎会に顔を出すと責めるような八神の視線が突き刺さるが気付かないふりをしてそのまま歓迎会に参加する。

 

 とはいえ、この会の主役は涼風さんであり、会話の主役も涼風さんである以上、特に深い関わりのない自分は静かにしていて、涼風さんから質問をされた時に答える程度だった。

 

 その中で比較的滝本と仲が良い事に驚いていた涼風さんは何故、仲が良いのか尋ねられた時に俺が元々、モーション班で篠田さんの席が元々俺の席だった事を教えたら大げさに驚いていた。

 

 同時に滝本より上の立場で俺がモーション班から営業になった事情を知っている人間の表情が微妙に強張った事を察した飯島さんが話を逸らした事でその話が深く聞かれる事は無かった。もう終わった事だし、気にしていないのだが、まあ、あまり突かれても良い思い出ではないので飯島さんには感謝している。

 

 葉月さんが歓迎会を抜けるタイミングで同じように抜けようとしたら、送り狼かい、と茶化されてしまい、帰るタイミングを失った俺は結局、ラストオーダーまで付き合う事になった。その後、変な酔い方をしている八神と遠山に捕まった涼風さんの助けを求める視線を受けて結局、二次会にも付き合った。

 

 その中で八神と遠山が良い感じに酔い潰れてきた頃、涼風さんが昔の事について尋ねてきた。あの時に流れた微妙な間の意味をまだ若い涼風さんは理解出来なかったようだ。

 

 少し悩んだ後、涼風さんにフェアリーズストーリーを知っているのか尋ねてみると目を輝かせて、子供の頃にプレイしてイーグルジャンプに就職するきっかけになったと教えてくれた。

 

 それならフェアリーズストーリー2について、どう思ったか尋ねてみるとかねがね好意的な意見が返ってきた。それならと思い、涼風さんにフェアリーズストーリー2の制作中に起きた事を教えてあげた。

 

 結論から言えば俺と八神で胸倉を掴み合う大喧嘩を起こしたのだ。

 

涼風さんはかなり驚いていたが当然ながら女性の胸倉を掴んで揉めるなど思い切りセクハラ行為であり、そんな人物が男女比率が偏っている葉月さんのチームに居られる訳もなく、俺は会社を退職しようとしたのだが、葉月さんがかなり強く引き留めてくれたおかげで営業として働く事になった。勿論、喧嘩になる程度には八神にも問題があった訳で同期の俺まで自分のせいで退職したら八神に対してある意味で止めになってしまうと葉月さんは危惧していた訳だ。

 

 まあ、そこまで詳しく涼風さんに教えていないがその大喧嘩のせいで俺は葉月さんチームから追放、八神はADから降格という処分が会社から罰せられた。

 

 だいぶ驚いている涼風さんに八神にとっても苦い記憶なので詮索しないように注意しつつ、言いたい事を伝える。

 

 子供が楽しむ為のゲームをいい歳した大人が喧嘩するほど真剣になって作っている。仕事の楽しさや面白さを忘れないのはいいがそれと同時に仕事に対して、真剣に取り組んで欲しい。その心を忘れなければきっと良い作品が生まれてくる筈だから。

 

 その言葉を聞いて目を輝かせる涼風さんの態度が気恥ずかしくてグラスに残っていたアルコールを一気に飲んで、酔い潰れている八神と遠山を起こしておくように伝えると会計を済ませて店を出る。

 

 店を出た後、普通に財布を開いた涼風さんの頭にチョップして、後輩は大人しく奢られているように、と伝える。

 

 その後、涼風さんに荷物を持ってもらい、前後不覚になっている二人に肩を貸して会社まで戻ると各々の机があるブースに放り込み、帰宅する。

 

 涼風さんは大丈夫なのか心配していたが、俺には会社へ連れて行く以外の選択肢は無いので仕方ない。体調を崩すかどうかは自己責任だ。

 

 

○月×日△曜日

 遠山に社内メールで頼んでおいた広報用に使用するキャラデザの資料を取りに行くと八神が滝本と飯島さん、涼風さんを叱っていた。遠山から資料を受け取りつつ、その光景を眺めていると原因は遅刻して道端で転んだらしい。

 

 その原因を聞いた八神は涼風さんの事を心配した後で事情を詳しく聞かないで叱った事を謝っていた。

 

 性格が悪いのかもしれないがそのまま話が流れていきそうになっていた事に驚きつつ、俺の言う事では無いがそもそも遅刻しそうな時間に家を出てくるな、という釘を刺しておいた。

 

 三人とも反省していたようなので今後は大丈夫だろう。

 

○月×日△曜日

 当然ながらイーグルジャンプには葉月さんチームの他にもいくつかのチームがゲーム制作を行っている。そのうちの一つである花ちゃんチームの進捗状況を確認する為に顔を出して話していた途中、雑談の中で少し俺の営業の比重が葉月さんチームに傾いているんじゃないか、という指摘を花ちゃんから受けた。

 

 確かに古巣であり、営業の道具として八神のサインをよく使わせてもらっている関係から比重が偏っていたかもしれない。まあ、営業の中でも得意不得意があるのは当然であるが、そもそも営業と制作チームは犬猿の仲になりやすい。

 

 制作現場の実情を身を以て知っている、それは俺の営業の武器になりえるものだからこそ、制作チームとの些細な対立の火種になるようなものは見逃せない。

 

 普段、そういう事を言わない花ちゃんから受けた指摘に心当たりのある俺は指摘してくれた事に感謝してお礼を言った。

 

 



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