『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」 (城元太)
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第百参拾壱話

 清浄な空間であった。

 この場所を訪れるのは三度目である。

 紫雲の彼方に、長大な回転する二本角を持つ巨大な角竜型ゾイド、雷神マッドサンダーの姿があった。

 反荷電粒子シールドの上に光背を負う貴人の影が見える。ふと貴人の影が消え、次には小次郎の目の前に立っていた。

 光背が緩み、傍らより可憐な乙女が現れる。

「桔梗ではないか」

 伊和員経より譲られた清楚な(あこめ)を纏っている。それは出会った頃の桔梗、病に冒される前の、(つや)やかな肌と(つぶ)らな黒い瞳を持つ乙女であった。そして小次郎も、傷一つない元の身体に戻っていた。

「道真公、私は其処なる桔梗と共に冥界に堕ちたのですか」

「予は菅原道真などではない。捨てた名だ。些末なことである」

 紫光を背負う人物が穏やかに告げる。責める口調ではないが、小次郎は敬服し言葉に従う。

「では、火雷天神殿とお呼びすることをお許しください。改めて問います。我らは死んだのでしょうか」

「ヒトとしての生命は絶えてしまった、と申し上げても宜しいかと思います」

 火雷天神に代わり、桔梗が答えた。

「桔梗よ、其方も俺と同じく肉体を失った筈だ。しかしこうして心を通じて話している。

 此処は地獄とも、空也上人より聞いた極楽浄土とも思えぬ。まるで三ツ瀬の河原に居るような、中途半端な気持ちだ。いったい此処は何処なのだ」

「死んではおりません、でも肉体は失ってしまい、魂のみ残っているのです。

 僭越ながら、私がここに移しました」

「汝の記憶はこの女人を介し再生され、今は此の場所に仮に置かれておる」

 火雷天神が補足するが、全く理解が及ばない。このような経験を何度もしてきたが、肉体を失ってまで同じような経験を重ねるとは、と苦笑する。

「お話させてください。

 現世(うつせ)にあった私の肉体が朽ち果てようとしていたことはご存じと思います。そして私の魂は瞬時に量子情報となって転送され、兄秀郷の元で蘇るはずであったことも。

 でも、私は小次郎様と戦いたくなかった。肉体が滅べば否応なしに新たな入れ物に移され、戦わされることを避けたかった。

 偶然ですが、その時魂を移し替える別の入れ物を見つけたのです。魂を持たない空虚な入れ物、とある機械生命体のコアを」

 なぜか、次第に桔梗の頬が赤らんでいく。耳たぶにも火照りを感じてか頻りに触っている。

「幸い藤原純友様より渡され、四郎様によって量子転送干渉を行えるよう改良されたタブレット端末を身近にする機会を得ました。私は能力を生かし、独自にタブレットを利用し機械生命体の中枢に侵入して神経系を解析、肉体が滅んだ後、その別の入れ物に魂を移すつもりでした。

 ですが事態は急変し、小次郎様は戦いに挑み、御自身のお身体を失いました。

 だから私は、私だけではなく、小次郎様の魂も一緒に移すことにしたのです……」

 桔梗は恥じらいを浮かべ、顔を真っ赤にして(うつむ)いた。

「メタバーコーディングと申す術を、この女人は使った。

 汝の体液を採取し、それに含まれる汝の記憶と遺伝子情報を瞬時に読み取り増殖させたのだ。

 汝らが接吻を交わすことによって」

 思わず唇を押さえる。朧気に感触が蘇ってきた。

「……(はした)なき真似を致したこと、お許しください……」

 黒い瞳を伏せ俯く桔梗の仕草は、ひどく初々しかった。

 

含羞(はにか)んでいる暇などない。其方達はこれより現世(うつせ)に戻り、惑星Ziを救わねばならぬ」

「惑星を救う? 火雷天神殿、それは如何なることですか。既に肉体もなく、共に戦うべきゾイド、村雨ライガーさえも失った私に」

 桔梗が顔を上げる。まだ僅かに赤らんでいた。

「アーカディア號のクラスターコアに魂を移すのです。天空より飛来する『神々の怒り』に抗うため、良子様をはじめ、地上に住む全ての民を救うために」

「アーカディア號、純友殿の巨大ゾイドのことか」

 自らがゾイドの意識となる。それは少年時代の憧れでもあった。

 現世に遺してきた村雨ライガーの事を思い出す。そして村雨の仇である死竜の事も。

「だがまずは隕石より、地上のバイオデスザウラーを倒すのが先ではないのか」

「いまこの惑星の地殻内部に於いて、新たに十九の死竜が生み出されようとしておる」

 火雷天神の言葉にまたも驚愕する。

「十九匹も。それは誠で御座いますか」

「惑星の意志は、全方位より飛来する隕石群を撃滅せんがために、必要最低限の数となる死竜を育んでおる。このまま隕石落下が続けば全ての死竜が目覚め、地表は弥勒下生の劫火に覆われるであろう」

「小次郎様、今は少しでも早く宇宙(うみ)に漕ぎ出し、全ての隕石群、『神々の怒り』を鎮め、不死山の死竜以外の目覚めを防がなければならないのです。その為の宇宙海賊戦艦なのです」

 戸惑いを隠せず、小次郎は改めて問う。

「俺に……私にそれが出来るのでしょうか」

 答えを乞うべき火雷天神の姿はそこに無く、既にマッドサンダーの反荷電粒子シールドの上に戻り、去りゆく途中であった。心に声が響く。

〝平将門よ、汝に命じたはずだ。「無限の力を以て、この世界を救え」と。

 人の命は尽きるとも、『無限なる力』は不滅である。

 争い絶えぬ現世(うつしよ)に、幸せを求め『神』なる敵を討て。

 人の心を加えた時に、アーカディアはゾイドとなり、必ずやこの惑星に未来を(もたら)すであろう〟

 雷神は消え、残った桔梗が手を取る。

「私も一緒に参ります、小次郎様」

 手を繋ぎ、一歩を踏み出す。

 その掌は温かかった。

 

 

 坂東を目の前にして、クラスターコアがこれまでにない程の慟哭を上げた。異常波動を察知し、機関室に赴いた佐伯是基の前で、不完全であった機械生命体の中枢が唸りながら形態を変化させていく。

「これは」

 絶句した後、アーカディアの神経系が表示される回路図を睨み是基が叫ぶ。

「ニューロンが一斉に発火し、途絶していた神経系が接続されていく」

 状況は言葉では伝え難い。是基は艦橋にいる純友を呼び寄せた。

「何が起きた」

 純友は、いつになく冷静さを欠く是基に詰め寄る。興奮を抑えきれず、是基が叫ぶ。

「〝庭の澱み〟です。アーミラリア・ブルボーザが、完全体に羽化しようとしているのです。コアに意識が流れ込んでいます、とてつもなく強い意識が」

「意識だと」

「そうです、人の意識です。人の頭脳が加わった時、アーカディアはアーミラリア・ブルボーザに非ず、ゾイドに、真核金属生命体『ゾイド』に羽化するのです」

 クラスターコア全体が光を放つ。コアを中心に無数の神経索が光を伴い迸った。

 黒い怪竜が坂東の空で金色(こんじき)に輝く。飛来する隕石群も、放たれるバイオ荷電粒子砲の閃光も凌ぐ黄金竜と化して。

 

 

 モーダーナンマイト

 モーダーナンマイト

 

 京の都鄙、既に地上を離れ光学迷彩に姿を消したソラシティに取り残され、この世の終わりを待つだけの衆生の中、念仏を唱えていた空也がソラを見上げた。

「台密の幣帛使よ。貴公らは一つ大きな思い違いをされておられた。

 空海和尚が告げた北天竺の黄金竜『善如竜王』とは不死山の死竜に非ず、吉備火車(きびのかしゃ)、またの名を温羅(うら)と呼ぶギルベイダーだという事を。

――極楽は なほき人こそまいるなれ まがれる事を 永く留めよ――

 純友殿、将門殿、この惑星の未来をお頼みしますぞ」

 

 

「あなた様」

「父上?」

 陸奥に向かう関を越えた裏街道で、良子と滝姫は同時に顔を見合わせた。良子に抱かれ眠る小太郎良門も、寝ながらにして微笑んでいる。

「いま父上が……」

「滝姫、あなたもですか」

 愛しい人がまるで頬を撫でていったような感覚、すぐ隣を通り過ぎたような感覚であった。

 そして。

「孝子殿、夫を頼みますね」

「母上、なぜ泣いているのですか?」

 良子の頬に、一筋の雫が流れていた。

 

 

 擱座したエナジー(ファルコン)の内部で、藤原秀郷は漸く意識を取り戻した。通信を求める灯りが点滅し、苛立たしい程に小刻みに警報を鳴らしている。眩暈に耐えて通信に応じる。間髪入れず響いてきたのは、毒づく土師(はじ)の声であった。

〝これはどういうことだ藤太殿。桔梗の前の諸元が全て消去されてしまったではないか〟

「何を抜かす。桔梗は死んだ。全ての経験と記憶はディグに量子転送された筈であろう」

〝送られてなど来ぬぞ。それどころか、これまで桔梗の魂を封入してきた土魂(つちだま)まで空になってしまった。これでは戦えぬではないか。どのように責任をとる御所存か〟

 謀られた。

 桔梗は最初から魂を戻すつもりではなかったのだと、気づいた時には手遅れであった。

 通信は続いた。

〝藤太殿、至急戻られよ。内部に侵入したソードウルフとランスタッグが艦内を滅茶苦茶に破壊している。このままではディグは撃沈されてしまう。早く、早く戻ってくだされ、頼む、早く戻って――〟

 短い炸裂音の後、土師からの通信は途絶した。

 身体中の節々が痛む中、老将は感情を露わにし、擱座したエナジーライガーの操縦席操作盤を激しく拳で叩いていた。

「おのれ桔梗の前。おのれ、おのれ、おのれ……」

 拳に血が滲む。

 秀郷は、小次郎にまたも敗北した悔しさを噛み締めていた。

 

 

 海賊戦艦は黄金の輝きを終える。そこには〝無限なる力〟が宿っていた。

「コア、臨界点に達しました――まだ上昇する――行けます、ウィングバリア展開、磁気推進装置出力上昇。ビームスマッシャー及び重力砲のリミッター解除。第三宇宙速度到達も可能です」

 湧き上がる歓声の中、一つの悲報が純友に届けられた。

『平将門、押領使藤原秀郷及び平貞盛と坂東下総の北山の地で合戦し、討死にせり』と。

「間に合わなかった」

 悔悟の念に表情が歪む。だが電撃の如く、純友の脳裏を強い意識が過った。

「そこにいるのか?」

 コアの方向を振り返る。純友の動作に呼応しコアが脈動した。

 純友は瞬時に理解した。

「将門だ。我が同胞(はらから)、平小次郎将門の魂がこの艦に宿ったのだ」

 純友の問いかけに頷くが如く、コアは力強く咆吼する。

「征こう将門、この惑星を襲う災厄を倒すため、俺と、俺たち海賊と共に。

 全艦最大戦速。掲げよ、俺たちの旗を」

 頭部ツインメーザーの端に〝南無八幡大菩薩〟の幟が翻った。

 純友が高らかに告げた。

「アーカディア號、発進」

 



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第百参拾弐話

 瑠璃色の大気層に萌黄色の極光(オーロラ)が重なる宇宙の渚、ウィングバリアの球殻に覆われた繭が雄大な惑星の円弧を突き抜け舞い上がった。

 ツインメーザーに翻る〝南無八幡大菩薩〟の文字を艦橋より凝視し、拱手した純友が呟く。

「俺たちは戻って来た。此処までは」

 成層圏での緒戦は、螺鈿色の天空龍ギルドラゴンの迎撃によって撤退の憂き目に遭った。だが、小次郎の魂を得た今のアーカディアに最早仇為す敵はない。

 漆黒の艦体を太陽光に晒すと、程なくしてビームスマッシャー発射口より光の欠片が溢れ出す。アーミラリア・ブルボーザを素体に構成された宇宙海賊戦艦は、植物が光合成を行う様に、装甲全体から荷電粒子を吸収する機能を有していた。巨大な艦体を維持するには膨大なエネルギーが必要となる。大気圏内で充分な荷電粒子を得るための黒体輻射を利用したリアクターシステムは、空気遮蔽のない宇宙空間に浮上したことにより、必要量を上回る荷電粒子を得ることとなる。そのため、余剰分の荷電粒子が翼より排出されたのだ。

 舞い散る光の欠片の行く末、惑星表面の瑠璃色の大気層に、白い曳痕が刻まれ続けていた。薄皮の如き大気の壁は、地上を襲う流星雨に無力であり、この瞬間にも降り注ぐ隕石と衝撃波によって荒廃が進んでいるに違いない。

 時折赤黒い輝線が奔る。宇宙からも目視できる、バイオ荷電粒子砲の閃光である。惑星の破滅を防ぐ術は、暫し不死の死竜に委ねられた。しかしそれは、地上の破滅をも導く諸刃の剣でもある。全ての死竜が目覚める前に、一刻も早く宇宙から飛来する災厄を阻止しなければならない。

 惑星の自転に伴い、赤道上空から緩やかに湾曲した白い糸が現れた。惑星直径の数倍に及ぶ超巨大建造物を睨み、純友が吐き捨てる。

「下衆め」

 ジオステーション、ペントハウスステーション、そして最も地上に近いスカイフック〝ソラシティ〟に逃げ延びた天井人の棲む軌道エレベーターは、純友にとって直腸よりはみ出た寄生虫の体節にしか見做せなかった。

 民を搾取する時は傲慢に搾取し、救済すべき時には民を見捨て己の保身のみを優先し、無責任を決め込む輩が、ケーブルの節々の膨らんだ居住区に巣食っている筈だ。

 純友は寄生虫の巣に向け、ビームスマッシャーを放ちたい激情を懸命に抑えていた。

 アーカディアのコアが鳴動する。諭し、語りかけるように、鳴動は純友の心に響く。

 

「……そうだな。俺たちは地上に守るべき者を残してきたのだった。

 腑抜けたソラを頼りにするのも虚け者だが、この惑星を自らの手で守ろうとする俺たちは大虚けだ。のう、同胞よ」

 コアの鳴動は、怒ったようにも、笑ったようにも受け取れる。或いは単なる偶然かもしれない。奇しくも船体の揺れが終息した。

「重力圏、離脱しました」

 生命を育んだ惑星の胞衣(えな)さえも、自由の旗の下に集う海賊衆の前には無意味な(かせ)に過ぎない。重力の呪縛を振り解いた海賊戦艦は、翼の端より光の欠片(かけら)を撒き散らしつつ、射干玉(ぬばたま)宇宙(うみ)に漕ぎ出したのであった。

 

 静寂に閉ざされた虚空で、粛々と岩塊が粉砕されていく。惑星全域を遠望できる位置まで移動する間、アーカディアは進路上に浮遊する直径五尺(約2m)を超える隕石を、照準調整を兼ねて頚部に装備されたニードルガンにより掃討していた。観測された大量絶滅を導くであろう小惑星の数は九つ。各小惑星にはその重力に曳かれた星間物質が無数に付随し、小惑星落下に先行し微細な宇宙塵が惑星に降り注いでいた。惑星Zi近傍で小惑星を破壊すると、その砕片が地上に落下する危険性がある。アーカディアは充分な距離を得るため、航行していたのだった。

 慣性飛行に移行し、束の間の安息を得たアーカディア艦内で、興奮を抑えられない者が一人いた。

 

「信じられません、既に飛来する隕石群の軌道が全て解析されていたとは」

〝庭の澱み〟を経て以降、佐伯是基は何度目の感嘆を口にしたか覚えていない。

「現在把握している破滅的な破壊力を秘めた九つの小惑星は、各々が二重小惑星の掩蔽(えんぺい)現象という相互の重力干渉により、軌道はカオス的に変化します。にも拘らず、難解な九元三次方程式を、本艦の意識は忽ちにして解を導いてしまったのです」

「そんなに凄い事なのか」

「もの凄いことです」

 純友と是基の、若干滑稽な遣り取りは、他の海賊衆にとって加わり難い会話であった。

「有り体に言えば、巨大隕石の道筋全てを知っているのです」

「優秀だな」

 興奮した是基を前に、他に言葉が見つからない。

(ぬし)は、それ程まで明晰であったのか……)

 純友は出掛かった言葉を呑み込んだ。

 アーカディアに意識を転送する媒介となったタブレット端末には、小次郎が北山の合戦に挑むに際し、四郎将平による隕石群飛来の軌道計算方程式が組み込まれていた。ゾイドコアと化した意識は量子転送の結果、位相幾何学的(トポロジカル)量子(クウォンタム)電子計算機(コンピューター)へと変化していた。A、T、G、Cの塩基対を操る四進法での超高性能電子頭脳は、隕石の摂動や接近速度、周辺惑星の重力の影響などを瞬時に観測、解析し、四郎が入力した計算式を基に、飛来する小惑星の精査された飛来進路を導き出していたのだ。

 底知れぬアーカディアの算術能力に、純友は満足すると共に苦笑する。

「お前は様々な意味で、怪物になったわけだ」

 コアの反応はない。まるで罰悪く、無言を決め込んだかの様に。

「目標座標が決定できたのは好都合です。既に第一標的を補足しております」

「煩わしい段取りが省けたついでだ、以降、各小惑星を甲乙丙丁の十干にて呼称する。これより小惑星排除を行う。全員配置につけ」

 艦内に警戒警報が響き、定められた各部署に海賊衆が散っていく。表示板には、漆黒の宇宙に溶け込んだ小惑星の輪郭がありありと捉えられていた。

「皆聞いてくれ」

 艦橋内に響き渡る声で、純友が告げた。

「無限の広さを持つと思えた惑星Ziは、こうして宇宙から見下ろしてみればちっぽけな球に過ぎぬとわかった。見よ、あの星の薄っぺらな大気圏を。

 あの青い星の表面上で、どの様な者達が日々を過ごし、どの様な夢を抱き育くんでいるのかを思い描いてくれ。

『神』という奴は、無慈悲に地上を紅蓮の炎で焼き尽くし、全てを無に返そうと企んでいる。

 俺は海賊だ、難しいことは判らぬ。だから俺は戦う。俺は『神』に対し、悪足掻きして死ぬまで抗ってやる。

 俺たちの星を、俺たちの手で守るために。秋茂、操舵を頼む」

「承知」

 艦橋中央の舵輪の前に、直立姿勢で身体を固定した紀秋茂が答える。

「三辰、照準合わせ、報告せよ」

「仰角、誤差修正上げ一秒角。大小ビームスマッシャー発生装置の動力安定、船長、いつでも撃てます」

「氏彦、火器調整、宜しいか」

「ニードルガンの調整及び重力砲、プラズマ粒子砲発射準備完了。先の如く出力不足などありませぬ」

「時成、標的との距離確認」

「第一標的(きのえ)、照準に捉えた。相対速度秒速五里にて接近中。(かしら)、いや、船長(キャプテン)、あんなデカい獲物を外したりせぬわ」

 純友が第一標的となる小惑星を睨み付け、下令した。

「全艦攻撃開始。両翼ビームスマッシャー、撃て――」

 地獄の光輪と称される荷電粒子の塊が、赤い曳痕を水平に残し虚空の彼方に撃ち出された。間髪入れず、大型の光輪を追って縦回転の背部小型ビームスマッシャーが放たれる。

 接近する小惑星とアーカディアとの距離は膨大だが、相対速度も極めて高速である。粟粒のような最初の切断の閃光を目視した直後には、垂直に切断する閃光が視界いっぱいに広がっていた。大小ビームスマッシャーによって四つに切断された小惑星を、プラズマ粒子砲の高熱とニードルガンが徹底的に破砕する。

「重力砲、斉射四連」

 射線上の空間を歪ませ放たれた弾道が、無数に破砕された小惑星の岩塊を散開させた。塵と化した第一標的は、漆黒の虚空に消えた。

「甲、完全破壊」

 艦内に歓声が湧き上がる。アーカディアのほぼ二倍に及ぶ小惑星は、敢え無く落下軌道上から排除されたのだった。

「第二標的(きのと)補足、直ちに次の迎撃を行います」

 作戦は成功であり、小惑星排除は難なく遂行されるかに思えた。

 

 純友の脳裏に、一抹の不安が過る。

 この程度のものが『神々の怒り』の正体なのか、と。

 先程破砕した甲と、現在攻撃中の乙を合わせ、丙・丁・戊・己・庚・辛・壬の残り八つを破砕すれば全ては終わる。〝無限なる力〟を得たアーカディアの性能は圧倒的であり、小惑星の襲来など恐るるに足りぬ相手に成り下がったのかもしれないと、己に言い聞かせてみても、黒い霧の如く不気味な予兆が湧き上がってくる。

 海賊としての直感であった。

「是基、周辺宙域に何か無いか探れ」

「何か、とは如何に」

「わからん、とにかく〝何か〟ある。調べてくれ」

 極めて要領を得ない指示にも関わらず、佐伯是基は忠実に、可能な限りの探索を試みるのであった。

 

 

(ひのえ)、破壊」

 第三標的を順調に破壊し、アーカディアは誇らしげに翼を振る。是基からの報告はなく、純友は心の中で、予兆は杞憂であったに違いない、と思いはじめていた時だった。

「船長!」

 口調だけでわかる。是基が凶事を見つけたに違いない。それも、とてつもない凶事を。

「シンチレーターが三世代全ての膨大なニュートリノを検出しました。観測の結果、銀河系辺縁付近に肥大化した赤色巨星を発見、既に極超新星爆発(ハイパーノヴァ)を開始しており、数時間後に、ガンマ線バーストがゾイド星系全体を襲うことが判明しました」

「ガンマ線バーストだと」

 是基ほど詳しくはないが、純友も概要は聞き知っていた。

「ブラックホール生成時に現れる、宇宙最大の爆発現象です」

 形の見えない真なる『神々の怒り』の脅威に、さしもの宇宙海賊も戦慄した。

 惑星Ziどころか、ゾイド星系全てが破滅される、と。

 一度爆発が起これば、数十光年範囲の星々を焼き尽くし、生命どころか大気組成さえも根こそぎ吹き飛ばす現象。発生は突発的で、外宇宙に目を向ければ凡そ百年単位で観測されるが、一つの銀河に限定すれば、数千年に一度とも、数万年に一度とも言われる希有な出来事である。是基の顔にありありとした絶望が浮かぶ。

「ヒトの全てが死滅します。残る生命体は、惑星裏側のゾイドだけかもしれません」

 思わず純友は呟いた。

「同胞よ、俺は今、何をすればいいのだ」

 コアが鳴動する。

 徐に翼を翻し、アーカディアが残る六つの小惑星へ向け変針した。

 



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第百参拾参話

 アーカディアは、己の意志によって標的への接近を加速させた。必然的に相対速度も上昇し、照準を絞るのも困難となるが、精緻な機動により音速の数百倍で迫る小惑星を次々と捉えた。

(ひのと)、撃破」

 火器使用のため、ウィングバリアを解除した機体に砕けた岩塊を浴びつつも、怯むことなく巨大な標的へと突き進む。

(つちのえ)、撃破」

(つちのと)、撃破」

 絶え間無く放つ砲火の輝きが、虚空の闇に怪竜の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせる。

 コアに宿る魂は想いを語らぬが、語らずとも全身より発露していた。掛け替えのないものを守るため、あらん限りの能力を尽くし、飛来する災厄に抗う姿がそこにあった。

 宇宙(うみ)を征く無法の海賊戦艦は今、惑星を護る荒御魂(あらみたま)となり、破滅をもたらす『神』の前に立ち塞がっていた。

 隕石掃蕩の一方で、艦橋では新たに生じた破滅的事態に対しての評定(ひょうじょう)が開かれていた。

「有り体に言えば、揺れながら回転する独楽(こま)の軸から、上下に長大で強力な荷電粒子砲が発せられていると考えていただきたい」

 佐伯是基の示す艦橋の拡大投影機には、壮大な降着円盤を伴い両極から猛烈な中性子(パルサー)を放ち回転する青色巨星の画像が表示された。

「パルサーは〝マグネター〟と称される中性子星と同様に、降着円盤から吸収された星間物質が亜光速で噴き出される現象。平面を回る独楽であればいずれ横倒しとなって止まりますが、宇宙では横倒しになろうとも回転を永遠に続けることが可能なのです」

 恒星の中心軸より伸びたビームがゾイド星系を直撃する様子が示される。

「マグネター・フレア・ビーム=パルサーは、恒星の歳差運動よってゾイド恒星系を何度か(かす)めてきました。幸いにして、パルサーはこれまで惑星Ziを直撃することはありませんでしたが、極超新星爆発が迫り、異なる摂動を始めたあのウォルフ・レイエ星は、数百年前に発したパルサーを、惑星Ziの方角に向けて放出してしまっていたのです。

惑星大異変(グランドカタストロフ)』も、先の『神々の怒り(ラグナレク)』も、全てはこのウォルフ・レイエ星の両極より発せられたパルサーが、オールトの雲、エッジワース・カイパーベルト、アステロイドベルトと順次刺激したカスケード効果の波及だったわけです。

 計算の結果、ゾイド星系にパルサーが照射される時間は数刻に過ぎませぬが、ウォルフ・レイエ星方向の惑星Zi半面に一斉に荷電粒子砲の直撃を受けると考えれば、その凄まじさは想像を超えた修羅場となります。地表は燃え上がり、大気は局所的に消滅。蒸発した海水が密雲となって空を覆い、焦熱地獄と摩訶鉢特摩(まかはどま)地獄と化すでしょう。仮に地下施設などに避難し、直撃を逃れ生き延びても、荒廃した地表の生命は根こそぎ絶滅。空気も食料も欠乏したまま、飢餓に襲われ野垂れ死んでいく事となります」

 

(かのえ)、撃破しました」

 懸命に絶望を拭い去るかのように、赤い光輪が第一標的の数倍に及ぶ小惑星を切り裂いた。再度展開したウィングバリアに破片が燃え上がり消滅する光景を眺め、紀秋茂が低く呟く。

「隕石群を全て破壊しても、惑星の滅亡は防げないのか」

「いっそ滅亡してしまえば良い」

 津時成の放った言葉は、評定の場に集う魁師達にとってこれまで抑えて来た感情でもあった。

「『神』でも『鬼』でも構わぬ。あの様な腐り切った奴らが棲む惑星など、軌道エレベーターごと焼かれてしまえば良い。因果応報だ」

 海賊と謂えど、元は平穏に漁撈を行う沿岸の漁民や海上交通要所の水先案内人であった。雅な都とソラの繁栄を支えるため、国衙の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)な収奪に漁場を奪われ、止む無く海賊衆へと身を墜とした民である。藤原純友という海賊頭が現れなければ、そのまま座して死を迎えるだけの日々を暮らしていたのであった。

「落ち着け時成」

 純友が組んだ両腕を解き、動揺を始めた座を制した。

「貴様の言う事は判っている」

「ならば船長はなぜ戦う。なぜ守る、あんな奴らの為に」

 沈黙する座の中、純友は立ち上がった。

「俺も考えた、ソラを全て葬り去ることを。だがそれは『神々の怒り』を征し、バイオデスザウラーを倒してからと決めたのだ。

 自ら悪を為している事に気付かぬ者は、俺達海賊衆などより遥かに極悪人だ。だがあのちっぽけな惑星には、一握りの極悪人の何千倍、何万倍もの無辜の善良な民が暮らしていることを忘れるな。それに」

 コアのある方向を振り返り、問う。

彼奴(あいつ)はなんと言っている」

 無言で操作盤を探る是基は、諸元を一瞥し訝しむ表情を浮かべた。

「読みます。

 当初〝赤色巨星〟と分析した恒星が二重連星系であり、水素を纏わぬウォルフ・レイエ星であったことの修正を報じております。〝スマヌ〟と、一言付け加えて」

 暫時、評定に場違いな緩んだ気が流れる。

「〝済まぬ〟か。木訥な坂東武者らしい返答だ」

 純友が深く鼻から息を吐き出すと、張り詰めた空気が一気に解けていく。

「俺たちも知恵を絞り、難事に立ち向かわねばならぬ。焦った処で妙案は浮かばぬ」

「船長、勘違いされるのは気に入らぬので言うが、俺達は皆、藤原純友という海賊頭にどこまでもついていくと誓った。例え宇宙の果てまででも」

 時成を見て、純友は昂然と笑みを交わす。

郁子(むべ)も無い。この戦が終われば、必ずやソラと竜宮に目に物見せると俺も誓おう。約束は守る」

 純友は再び船長席に悠然と座した。

「三辰、是基と共にコアの元で策を練れ。手透きの者は是基たちの抜けた穴を補い、全力で隕石群破壊を行う。必要あれば呼べ。俺も是基への伝令ぐらいは出来る」

「滅相も無い」

 恐縮する是基を見て、評定の場は既に焦りの色が消えていた。

 

 

 竜骨座η(イータ)星。別称イータ・カリーナ星は、地球(※惑星Ziに非ず、我々の〝地球〟である)より7500光年の距離にあり、地球とは銀河系対蹠点に存在する、惑星Ziにとって近傍の恒星系である。太陽質量の百倍を超えるこの星は、地球の19世紀の頃より極超新星爆発の予兆が観測されていた。

 天文学的尺度に於いて、ヨハネス・ケプラーが天体運行の法則を解明してから人類がワームホールドライブによる恒星間航行を成功させる期間など、瞬きの間に過ぎない。爆発の発生が明日か1万年後かも、星の寿命にとっては同時刻に等しい。通常、恒星は核融合反応によって水素原子を燃やし尽くすと更に重い原子へと融合が進み、最終的に星の中心核が鉄となり一応の安定をみる。その場合、恒星の周囲には核融合反応に使用されなかった密度の薄い水素が膨張し、いわゆる赤色巨星と移行していくが、イータ・カリーナの如き大質量恒星の場合〝星風〟が発生し表面に漂う水素を吹き飛ばし、赤色巨星とは異なる青色巨星=ウォルフ・レイエ星と変化するのである。

 照合された情報は、非常に特徴が類似しているが、ゾイド星系を襲うパルサーを放った極超新星爆発が、イータ・カリーナ星であるという確証はない。

 

 

 コアの元に行くと告げた純友が向かった先は、藤原三辰と佐伯是基が作業をする格納庫であった。

「是基、お前には道化役になって貰った事、礼を言う」

「何を言われているか、さっぱり見当が着きませぬが」

 絶望的事態の中で、自暴自棄に陥った状況を打破できたのは、全て是基が切っ掛けであった。しかし当事者本人は純友に視線を合わせず、格納庫の先の空間を見ていた。

「それより船長、こんなこともあろうかと、」

 実直な是基に似つかわない、得意満面の笑みを浮かべる。

「エアウルフを宇宙戦仕様に改造しておきました」

 そこにはジャイロリフターを撤去し、代わりにアタックブースターを装備した九匹の銀色の狼が待機していた。

 純友は危機迫る状況も忘れ、静かに出撃を待つ銀狼の周囲を気忙しく見て回る。純友もまた、ゾイド好きな少年と同じ純粋な心を失っていなかった。

「なぜもっと早く言わなかった」

 責める、というより新しい玩具を隠されていた子供の感情に近い。是基に告げるべき言葉は忘れ、それは是基も望んだことであった。開発当事者が誇らしく語り出す。

「無重力戦仕様に改造は完了していたのですが、過剰な出力と遠心力、及び気密性と宇宙放射線の防御不充分のため、搭乗者を乗せ操縦すること叶わぬ機体になってしまいました。折りを見て出力を下げる改良をする予定だったのですが、此度、このままの仕様で無人機としての運用が可能となったのです」

「どいうことだ」

 一頻り機体周りを検めた純友は、装甲式風防に換装された機首に、五芒星の桔梗紋が描かれていることに気付く。

「我らは〝桔梗の前〟という最高の自動制御装置を得ました。これをエアウルフのコアに複写したことにより、人の限界を超越した性能が発揮可能なゾイドが完成したのです。

 船長は以前『桔梗の前は、どの様な形であっても我らの力になる筈だ』と言われましたが、その言葉通りとなりました」

「そうか」

 純友は、銀狼の機首に描かれた桔梗紋に掌を置き、呟く。

「だが、俺たちはガンマ線バーストという破滅の光を防ぐのが目的だ。空間戦闘に優れたゾイドをどう使う」

「これを装備させます」

 純友の背後より、格納庫の隅に立つ藤原三辰が声を上げた。足元には、銀狼と同じ数の円筒形の装置が並べられていた。

「本来小惑星破壊の後、浮遊するスペースデブリを一斉除去するために準備していた装置です。

 ウィングバリアは、マッドサンダーの反荷電粒子シールドの原理と同じものです。アーカディアのウィングバリアを、艦の周囲を繭状に覆うのではなく、惑星に降り注ぐガンマ線バーストの遮蔽として平面状に展開するのです。この極超短波の電磁障壁中継装置を装備したエアウルフをアーカディアの周囲に配置し、パルサーの到達範囲に広げます。その際エアウルフの撃破は免れませんが、無人機なれば左様の特殊攻撃も可能です」

決死隊(アタッカー)、となるわけか」

 銀狼の機首に描かれた桔梗紋見つめる。成否の可能性を問うことはない。

「〝星紋を持つ狼(スターウルフ)〟」

 純友が呟く。

「スターウルフ、良き銘です」

 銀狼の機首より飛び降りると、緩やかな重力に引かれ、純友はふわりと格納庫の床に着地する。

「艦橋には俺が伝える。三辰、アタッカーの出撃は任せるぞ」

「承知」

(みずのえ)、破壊完了〟

 艦橋から、最後の小惑星破壊の報告が響いた。

「同胞よ、俺に力を貸してくれ。これよりアーカディア及びスターウルフによる第二次惑星Zi防衛作戦を敢行する」

 純友の囁きに、コアが力強く脈動した。

 



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第百参拾四話

 亜光速で飛来するハービック・ハロージェットは、ブラックホール中心軸の歳差運動より、確実に惑星Ziを照射範囲に捉えると予測されていた。

 極超新星爆発によって生成される破滅の洗礼が惑星を覆うのは一瞬に過ぎない。しかし、刹那の照射であっても生命を根絶やしにするには充分な時間である。唯一の幸運は、ジェットを噴出する軸線に捻じりモーメントが働いていたため、アーカディアが惑星Ziとガンマ線バースト飛来面との間に割り込むだけの時間的猶予が与えられたことだった。

 大気抵抗の無い宇宙では、機体の進行方向と機首の向きは無関係である。アーカディアを中心として、八機のスターウルフが円形の編隊を組み、惑星の公転軌道に沿って横向きのまま慣性飛行を行う。

 誘導フィラメントとしてフェムト秒レーザーと呼ばれる短パルスのビームが、アーカディアからスターウルフに照射された。

「プラズマ・リフレクター展開」

 レーザー誘導の八本の線条が放射状に伸びる。セルフチャネリング効果(※プラズマの集束)により横糸が蜘蛛の巣状に縦糸を繋ぎ、広大な楯を形成する。

 第二次惑星Zi防衛作戦に於いて、本来アーカディア號を覆うべきウィングバリアとの混同を避けるため、電磁防壁には〝プラズマ・リフレクター〟の呼称が与えられていた。

「到達予定時刻は」

「あと半刻(※1時間)程。電子ジェットのバウ・ショックによる、オールトの雲由来の宇宙塵(メテオロイド)観測状況からも、ガンマ線バーストは既に太陽圏(ヘリオポーズ)を数十回以上掠っている筈です」

「来るのだな」

「来ます」

 電波干渉計(コンパクトアレイ)には、亜光速で迫るガンマ線バーストのエネルギー体が明示されている。

 艦橋に集う海賊衆の魁師全員に緊張が奔る中、純友の脳裡には詮無い望みが浮沈していた。

(ギルドラゴンとの共闘があれば、防御戦略も変わったはずだろうに)

 軌道エレベーターという寄生虫の胎内に引き籠もったソラに、最早期待はなかった。肥大化した官僚制は、前例の無い事態に即応できない。破滅が(あしおと)を立てようとも、座して民に死を強いらせ、特権を持つ者のみが生き残ろうとする。

『民を見捨てた(まつりごと)は、政に非ず。我を捨て、我武者羅に民を守り民と共に己の幸せを求する者こそ、真なる(おおやけ)になる』

 宇宙海賊戦艦アーカディアのコアの声が聞こえる。

「俺にも〝無限なる力〟は扱えるのだろうか」

 恐れを知らぬ海賊頭も、惑星存亡をかけた攻防戦は、鋼鉄の意志を揺るがしていた。純友の眼前で、アーカディアとスターウルフの展開した蜘蛛の巣状のプラズマが、各機体を中心に円を描き始める。

「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍、輔星の各スターウルフ及びアーカディア、プラズマ・リフレクター展開完了」

 八つの小円と一つの大円。太極と北斗を示す巨大な九曜の紋章であった。報告に無言で頷き、殲滅の光が到来する虚空の果てを睨む。

 現存する生物種が経験したことのない未曾有の大災厄に、無法者と蔑まれる海賊が敢然と立ちはだかる。

 それこそが、ヒトとゾイドとの最後の希望であった。

 

 

 惑星Zi表面は末法の世に陥っていた。

 平衡状態のオールトの雲への衝撃的な摂動が、内惑星系への激しい彗星シャワーをもたらす。恰も数十億年前の冥王代、岩石惑星形成期の隕石重爆撃期を想起させる激しい流星雨が地上を襲う。熔発(アブレーション)は幾つもの太陽を生み出し、昼夜問わず閃光と衝撃波によって平安を引き裂いた。

 衝撃波の伝搬により、パルス状に増加する過剰気圧は構造物を薙ぎ倒し、閃光を間近に見た者は角膜に炎症を起こし多くが失明した。

 行き場無く人々は逃げ惑い、石造りの家屋が燃え上がる。隕石を撃ち落とすことのみに執着するバイオデスザウラーは、人の生命など拘らず無差別にバイオ荷電粒子砲を撃ち放つ。

 デルポイ、エウロペ、ニクス、テュルク。惑星Zi全域に流星は降り注ぎ、刺激を受けた地殻が火山活動を活性化させ、内に外に惑星を焼き尽くす。東方大陸とて例外ではなく、都のある畿内はもとより、海道も坂東も劫火に覆われ、赤黒い閃光の先端は陸奥の地にも達していた。

 

 

 陸奥の地で、少女が流星と閃光を見上げていた。

 少女は呟く。

「私たちはみんな死んでしまうのですか。母上も、小太郎も、ゾイドたちも、全部ぜんぶ」

 無垢な瞳は曇り、絶望に(けが)されている。

 傍らに、幼子を抱えた母親がいる。美しい女性であった。凜とした瞳は輝きを失っていない。

「姫の父は、誰よりも何よりも、強くて立派な方です。私たちもこの惑星も、きっと守ってくれます」

 少女の母は、揺るがぬ希望を持っている。母は父に劣らず、強い人間であった。

「最後まで信じましょう」

「はい」

 少女の瞳に輝きが蘇る。

「父上を信じます」

 振り向いた少女の顔は、驚く程に大人びている。

 母は、母が思う以上に、娘が成長していたことを知った。

「ギルベイダーさん、みんなを守ってください」

 祈りを捧げる少女の見上げる先、天空に霰石色の九曜紋が輝いていた。

 

 

 惑星を覆う巨大な九曜紋が太陽風を浴び、鮮やかなプラズマシートを伸ばす。壮大なオーロラ発生の前兆である。

「光度急激上昇、ドップラー・ビーミング確認。ガンマ線バースト到達まで、あと一分(いちぶ)

 舵輪を握る紀秋茂の言葉の後に、虚無空間の静寂が海賊衆の耳朶を打つ。

「到達の刻限です」

 宣言の後も、静寂は続く。展開したプラズマ・リフレクターに変化はない。誤差により到達は遅れた。海賊衆の内に予断が生じた。

 鉄槌で艦全体を殴られるが如き衝撃が轟く。警報が鳴り響き、艦内は騒然となる。

「ガンマ線バースト、到達」

 プラズマ・リフレクターの展開範囲を遙かに上回る荷電粒子の奔流、ハービック・ハロージェットのバウ・ショックが、虚空に描かれた九曜紋を直撃した。

「リアクター出力、全開」

 ガンマ線バーストの光圧は、電磁障壁ごとアーカディアを押し潰す。後肢付け根の磁気振動装置噴出口から青白い炎が伸び、足場の無い空間に死に物狂いで機体を留めようと足掻く。

 覚悟していたとはいえ、ガンマ線バーストの威力は強大であった。

 忽ち九曜紋の端の小円に亀裂が生じる。

「プラズマ・リフレクターに侵食痕発生。巨門、禄存、文曲。(うしとら)に位置するスターウルフです」

「鬼門か。コアの限界までチェンバー内の圧力を上昇、今は耐えろ、何としても守り抜くぞ」

 純友に従い、コア出力は危険域を超える。依然、プラズマ・リフレクターとガンマ線バーストとの鬩ぎ合いは続く。

「まだ照射は終わらないのか」

長期(ロング)型のバーストのようです。未だ退けません」

「障壁、侵食拡大」

 刹那の照射は、無限大にも思える時間であった。

「限界です。リフレクター、破られます!」

 悲痛な絶叫に、純友は言葉を失った。

(所詮、陳腐な海賊風情には、守れないのか)

 星の最期。種の絶滅。無慈悲な神々は、生命の血肉を生贄に欲する。

 反荷電粒子の奔流に翻る〝南無八幡大菩薩〟の旗も、引き千切れんばかりであった。

 

 

 涼やかな少女の声が聞こえた。

『ギルベイダーさん、みんなを守ってください』

 

 流紋の端に、壮大なオーロラが出現する。光の緞帳(どんちょう)は流紋の周囲から広がり、惑星前面を全て覆っていく。

 純友は幻を見た。だが幻と呼ぶには、あまりに明瞭であった。

 巨大な二本の角を持つ雷神が、アーカディアに寄り添う。反荷電粒子シールドの上に、光背を負う貴人の姿が見える。

 

「火雷天神、道真か」

 周囲が暗転した。純友の意識に直接語り掛けてくる。

『純友殿、〝無限なる力〟は不滅です』

「俺はこの星を守りたい。例え明日滅びると知っても、命を育む大地を救いたいのだ」

 偽らざる想い。異空間の中、姿を現さない同胞(はらから)に、純友は懇願する。

『強き意志は言霊を介し、必ずや救いを齎します。告げる声を失った故、私に代わって詠じてくだされ』

 純友の心に一つの言葉が宿った。

「――これを、声に出せばいいのか」

『無限なる力が、必ずや助力してくれます。最後に私の願いを聞き届けてください。

 どうか、我が妻子をお頼み申します』

 

 

「船長、ご無事ですか!」

 永遠に思える一瞬の後、純友の意識は再びアーカディアの艦橋に戻っていた。気付けば船長席から投げ出され、軽い脳震盪に陥っていたらしい。

 その時銀狼は、滑らかに、踊るように、意志を持つ獣となって旋回を開始していた。

「全スターウルフ、アーカディアを中心に縦旋回。

 暴走です、〝桔梗の前〟が自律稼働を行っています……ああっ!」

「状況を報告しろ、何が起きた」

「回転が侵食箇所を補っています。プラズマ・リフレクター位相変換、出力倍化、いや、三倍……十倍……無限級数的に上昇!」

 虚空に描かれた九曜紋が変化し、虚空に壮大な流紋が描かれる。

〝九曜〟から〝流れ三つ巴〟へ。降り注ぐ極超新星爆発の荷電粒子を流紋の渦が弾き出す。

 純友の脳裏にあの言葉が浮かぶ。

 言霊の力など信じてはいない。だが同胞(はらから)の言葉であれば信じられた。

 純友は叫んだ。

「発動、〝オーロラ・プラズマ・リフレクト〟」

 無限なる力と人の意識。アーカディアとスターウルフ、そしてマッドサンダーが生み出した、究極の盾であった。

 

 三つ巴の流紋が虹色に輝いていた。

 

 



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第百参拾五話

 宇宙に開いた虹色の傘に白雪が舞い散る。中和され、六花の結晶の如き可視光となった荷電粒子の残滓が、プラズマ・リフレクターの縁から宇宙の果てへと流れていく。

 やがて雪は止み、虹色の傘も消えた虚無の空間には、惑星光(アースライト)を浴びる怪竜の勇姿が残されていた。怪竜の周囲で小爆発が円弧を描く。

 

「スターウルフ、耐久限界超過――ありがとう〝桔梗の前〟」

 役目を終えた狼は銀色の細片となり、流星となって消えていった。

電波干渉計(コンパクトアレイ)に反応無し。ガンマ線バースト、終息しました」

 第二次惑星Zi防衛作戦の任務完了が告げられた。静寂に包まれていた艦内に、一斉に歓喜が広がる。声にならない声、喜びを超えた喜びが、宇宙を漂う海賊戦艦で爆発した。怒濤の歓声が湧き、互いに母星を守り抜いた偉業を讃え合う。

 熱狂に包まれる海賊衆達が、歓喜の輪の中心に居るべき人物が欠けていることに気付くのは、暫く後のことであった。

「船長は何処へ行ったんだ?」

 

 

 その時純友は、一人コアの前に佇んでいた。

「同胞よ、よくぞ耐えてくれた。礼を言う」

 コアだけが脈打つ機関室で、純友は手にした碗に濁り酒を注ぐ。

「……わかっているさ。次は地上に戻り、あの死竜を退治せねばならん。まだまだやらねばならぬ事は残っている。

 だが今は、お前と、桔梗の前のために、酒を手向けさせてくれ」

 白濁したエタノールを満たした器を高々と掲げ、刹那の瞑目の後に一気に飲み干す。

「俺たちは、『神』に勝ったのだ」

 目頭に熱いものが込み上げる。純友の満ち足りた笑顔を前に、人の魂を宿したゾイドコアは、淡々と脈動を続けていた。

 

 惑星Ziの大量絶滅は阻止されたが、軌道エレベーターにまで電磁障壁の防御が及ぶことはなかった。元来それは、小惑星衝突から逃れるために建造された施設であり、宇宙放射線への遮蔽対策は不完全であった。膨大に降り注いだ中性粒子やニュートリノは、成層圏外のジオステーションや、ケーブル末端のペントハウスステーションを構成する金属材に衝突し、励起された金属元素より生じた夥しい重粒子線を施設内部に撒き散らした。

 施設そのものが電磁調理器と化し、内部の蛋白質の塊を瞬時に沸騰させた。地上を少しでも遠く離れようとした者達の末路。権力に驕り、自己保身のみを優先した為政者達の骸は、土に還ることも叶わぬまま、半永久的に軌道エレベーターの末端に放置される宿業を負わされたのである。

 生き延びたのは、地表近くを浮遊していたスカイフック〝ソラシティ〟に避難した一握りの選民のみ。皮肉にも天井人としての地位の低さが幸いした。その中に、眼下の惨禍より、頭上の宇宙を頻りに見上げ続ける者がいた。

「ギルドラゴンはまだ出撃できぬのか」

〝藤原純友への追捕官符を要請して居る最中である。貴君も朝廷が混乱しているのは存じておろう〟

 駿河で釘付けとなった征東軍、源経基と全く同じ葛藤を、追捕使小野好古も味わっていた。壊滅的な被害を被っても、ソラの悪しき官僚制は屹立する軌道エレベーターの如く揺るぎなかったのだ。

「せめて、不死山の死竜を食い止めることは出来ぬのか」

〝幣帛使の管轄である。承認は不可である〟

(うつ)けが」。好古は砂を噛む想いで赤く爛れる地上を見下ろした。東方大陸の中程、急激に飛来頻度を下げた隕石群を未だに撃ち落とし続ける悪夢の具象が蠢く。死竜の動きは心為し緩慢に思えた。

「温羅の動向は掴めるか」

 操縦席に座る藤原貞包(さだかね)を振り返る。

「惑星Ziの重力圏外で、何らかの膨大なエネルギー障壁を展開したことまでは察知しましたが、それ以上のことは不明です」

 ソラシティからもプラズマ・リフレクターを展開する様子は観測できたが、アーカディアが艦体を懸吊(けんちょう)し、大気圏外でガンマ線バーストに立ち塞がった姿を、自転する惑星Ziから視認するのは不可能であった。

「地上の惨劇全ては、海賊共の仕業に違いない」

 好古が声を張り上げる。名家小野家を継ぐ聡明な追捕使は、敢えて周囲のギルドラゴン搭乗員達に海賊の悪行を喧伝した。「現体制の破壊者を、英雄にしてなるものか」。腐った果実であっても、破裂すれば果肉片が汚濁となって飛散する。

「貴様ら海賊どもが世を変えることなど出来はしない」

 好古は誰にも聞き取れぬ程の声で吐き捨てていた。

 

 

【リソスフェアでのゾイドコア、十九箇所全てに於いて反応消失】

【パイロバキュラム、クリムゾンヘルアーマー精製を停止】

【アセノスフェア内部のオーガノイド・モルフォゲンの消滅を確認】

【不死山以外でのバイオデスザウラーの発現を認めず】

【追捕使の小野好古より『純友暴悪士卒』の太政官符とギルドラゴン出撃の要請あり】

【坂東での騒乱は終息した。追捕の太政官符は左中弁(※太政官左弁官局の次官)の藤原在衡(ありひら)に官符草案を作成させよ。小野を新たに征南海賊使に任じる。バイオメガラプトル・グリアームド稼働を幣帛使に通達。駿河の征東軍、参議右衛門督藤原忠文を征東大将軍より征西大将軍に転任。ジェノリッター部隊を再編成し、温羅との戦闘に当てる。橘遠保(たちばなのとおやす)のホバーカーゴにゴジュラス及びゴジュラスギガを積載し坂東より呼び戻せ。近江よりサラマンダーを徴用し、海賊の巣を掃討させよ。

 ソラを侮ったことを悔やむがよい】

 

 

 紺碧に染まる大洋に、断熱膨張に燃え上がる繭に包まれた怪竜が降下する。ウィングバリアを開放すると、潮風に〝南無八幡大菩薩〟の海賊旗が誇らしく棚引いた。

「俺たちは帰って来た」

 眼下に広がる大海原は、惑星を守り抜いた海賊衆を讃え輝く。水煙を上げ着水すると、暫し波浪の揺蕩(たゆた)いに艦体を任せた。緩やかに上下する露天の甲板に出た純友は、装甲に刻まれた苦闘の痕を見る。

「一度日振島に戻り、艤装作業を行うべきでは」

 藤原三辰が損傷個所を確認しつつ、純友に告げる。

「艦体補修をしている暇はない。リアクター出力が回復次第、死竜を討つ」

 純友が睨む先、水平線上には薄く駿河の地が浮かぶ。山体崩壊を起こした歪な不死山を離れ、全身を灼熱の溶岩装甲で覆われた死竜が陸奥の方向に進んでいた。

 死竜は迷走していた。惑星の本能が生み出した究極の抗体は、迎え討つべき災厄を失い、存在意義をも失った。

 宇宙の摂理は無慈悲である。

 究極の抗体は、地表の生物種の保全など眼中に無い大量殺戮の権化へと凋落していた。九つの小惑星群を撃ち落とし損ね、胎内に蓄積していた熱量は無秩序に暴走を始める。恰もマクロファージへ移行した白血球が肉体の異物を取り込み自壊するが如く、バイオデスザウラーもまた、自ら放つ熱によって自壊を強いられている。異なっているのは、予め崩壊を決定付けられているアポトーシスではなく、癌化した細胞が壊死するネクローシスであることだった。

「出力回復しました。ですがこの状態で、死竜に勝てるのでしょうか」

「勝敗の問題ではない」

 三辰の問いに純友が笑う。

「俺は『我が妻子をお頼み申します』と乞われた。

 俺は約束を果たすために戦う、それだけだ。アーカディアを離水させよ」

 傷を癒やす暇も無く、満身創痍の海賊戦艦は再び新たな敵に向かって浮上し突入していった。

 巨大な宇宙海賊戦艦アーカディアの全長の更に七倍、体躯は五十倍以上となる死竜が、東方大陸の背骨たる奥羽の中央山脈を越えていく。しかしその蠢動に覇気は無い。上空を旋回するアーカディアの下で、バイオデスザウラーは体組織崩壊の時期を迎えていた。

「ヘイフリック限界だ」

 平穏を取り戻した世界での存在を許されぬ、異形の生命体の哀れな末路であった。赤い密雲が千切れ雲となり低空を流れるように、役目を失った死竜は溶岩色の流体金属装甲を垂れ流し進む幽鬼となっていた。平衡感覚を喪失したらしく二足歩行が適わず、山脈に這い(つくば)りながら当て所なく彷徨(さまよ)う。時折無秩序にバイオ荷電粒子砲を放ち(いたずら)に地形を破壊している。

 目に見えて破壊力は衰えていた。金属粒子を含む森林が燃え上がることは稀で、死竜が動く毎に、多量の流体金属が腐敗した肉片の如く千切れていく。

 直上のアーカディアに気付き、口蓋を真上に向ける。赤黒い閃光が黒い怪竜を包むが、プラズマ・リフレクター展開によって弱体化したウィングバリアでさえ、もはや貫くことも出来なかった。

「引導を渡してやる。ビームスマッシャー連続発射用意」

 熔解する死竜の真正面に、海賊旗を靡かせ黒い怪竜が低空に舞い降りた。

 砲門の照準を定める。既に死竜は、バイオ荷電粒子砲さえ放とうともしない。

「二度と目覚めるな。全砲門一斉射撃、撃て――」

 純友の下令とともに、ニードルガン、重力砲、プラズマ砲、そして大小のビームスマッシャーが一斉に撃ち込まれた。

 地獄の光輪に切り裂かれ、巨体が山津波と火砕流となって崩壊する。

 全身より蒸気と噴煙を揚げ、断末魔のバイオ荷電粒子を放っていた。不死山より産み出された死竜は、海賊戦艦アーカディアに看取られ沈んでいった。

「同胞よ、約束は守ったぞ」

 純友は期せずして、声に出していた。

 

 

 小惑星群、ガンマ線バースト、バイオデスザウラー。

 全ての脅威は排除したはずだった。

 だが、『神』をも上回る最悪の敵が残っていた。

 

 アシャアシャ ムニムニ マカムニムニ アウニキウキウ マカナカキウキウ

 トウカナチコ アカナチアタナチ アダアダ リウズ キウキウゾリウ キニキニキニ 

 イククマイククマ クマクマキリキリキリ キリニリニリ マカニリ ソワカ 

 

(ひつじさる)の方向に敵影、機種確認――ギルドラゴンです」

 白い天空龍の周囲には、光子翼(フォトンウィング)を持つ光装甲(ホロニックアーマー)の骸骨竜と、鋼の翼(アイアンウィング)の異名を持つ翼竜の群れが舞い踊る。

「好古め、今頃になって……」

 ギルドラゴンとバイオメガラプトル・グリアームド、そしてサラマンダーが海賊衆の前に現れた。

 ヒトにとって最強最悪の敵は、ヒトであった。

 



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第百参拾六話

 擱座し放棄された陸上空母ディグの傾斜した飛行甲板の上、青い虎が佇む。

 隕石落下によって舞い上がったエアロゾルが、赤く月光を染める中、攻め寄せる無数のブロックスゾイドを蹴散らし続けている。

「ついに我一人となったか」

 小次郎の配下でも特に精強を誇る坂上遂高の、ジェットレイズタイガーの孤軍奮闘であった。ディグ艦内に消えた藤原玄明と三郎将頼は戻らず、逃げ延びた筈の興世王達とも連絡は途絶えたままである。無数の流星が降り注ぎ、地表は死竜によって荒廃し果てた。主君小次郎が閃光の中に消えたことも分かってはいたが、無骨な俘囚の武士は、それでも尚戦い続けていたのだ。

 飛躍したウネンラギアを前足で一蹴し、傷だらけの愛機を労る。レッゲルも切れかけ、機体疲労も限界を超えている。そして同様に、遂高の肉体も限界であった。

「ここは客人(まろうど)村ではないか。北山合戦場から随分と離れたものだ」

 位置情報を確認すると、戦闘によって合戦開始場所より大きく引き離されていた。甲板上から赤く染まる水平線を望む。

「あれは……村雨ライガー!」

 大利根河口の水面(みなも)に、碧い獅子と黄金の鬣が浮沈する。エヴォルトシステムの再生機能によるものか、破砕されたはずの頭部装甲や風防は元の通りになっていた。

 小次郎とは片時も離れず過ごした機体であったが、主君を失ったいま、茫漠と大利根の流れに機体を委ねている。乗り手を突然失ったゾイドは、次の搭乗者を容易に受け入れはしない。特に村雨ライガーの如きゾイドであれば尚更に。

 蕩々と流れる大河の水に、諸行無常を噛み締める。遂高は、思わずジェットレイズタイガーを顧みた。

「短い付き合いであったが、奈落の底まで伴を頼む」

 操縦席の操作盤を撫でると、愛機が低く唸る。

 遂高が絶叫した。

 一斉に攻め上がる伴類ブロックスの中心に、翼を持つ青い虎は埋もれていった。

 

 

 白い天空龍と黒い怪竜との二度目の対決は、互いに背後を狙う激しい空中格闘(ドッグファイト)になっていた。要塞規模の機体にも関わらず、ゾイドという特殊性により両機は固定武装しか装備していない。設定運動速度性能(コーナーヴェロシティ)を向上させたとはいえ、大気圏外の宇宙放射線に晒され機体の剛性が著しく劣化したアーカディアに対し、ギルドラゴンは無傷である優位を生かし追い縋る。延々と横たわる死竜の骸の上空を、赤と青の光輪が唸りを上げて飛び交っていた。

 サステインドGターンを行ったアーカディアの機体が一斉に悲鳴をあげる。瞬時に展開したウィングバリアが青い光輪を弾き飛ばすが、波長の強い青い荷電粒子の塊は、相次ぐ激戦を経て気息奄々となった海賊戦艦の電磁防御障壁に深々と亀裂を刻む。空かさず、竜と龍とに比べれば三尸蟲(さんしのむし)の如き微細な機体が、切り開かれた亀裂の間に捩じり込んだ。

 

 リウムリウムリウム リウマリウマ キリキリ キリキリ キリキリ

 クナクナ クナクナクナ クトクト クトクト クルクル クルクル

 

 全身の光装甲を拡散させ亀裂を押し広げ、機体の数倍に広がった間隙に、鋼鉄の翼竜が間髪入れず滑り込む。

「バリア内部にサラマンダー侵入」

 紡錘状に展開する電磁障壁とアーカディア本体との広大な空間に、気流剥離を物ともせず翼竜が並び飛ぶ。数機が同時に怪竜の関節部を狙い、口吻より一斉に火焔放射攻撃を開始した。

「後肢付け根に異常発生、駆動不能です」

 艦橋の表示板に次々と点灯する赤い警告文字を小野氏彦が読み上げる。脆弱な関節への火焔放射攻撃集中は極端な温度差を生じさせ、アーカディアの運動神経とも呼べる情報伝達機能を途絶に導く。骸骨竜と翼竜の執拗な攻撃により旋回性が低下した隙を衝き、白い天空龍が背後に迫る。

「流石は名家小野氏の嫡流、一筋縄では行かぬか」

 船長席より立ち上がった純友が、拱手を解いた。

「秋茂、操舵を代われ。お前は予備のスターウルフを発艦させ、サラマンダーとバイオメガラプトル・グリアームドを討て」

「船長。その役目、是非とも我に」

 副将として射撃管制を担っていた藤原三辰が名乗り出る。

()の光る骸骨竜には遺恨がありまする。今一度、我に彼奴(きゃつ)を討つ時宜を与え頂きたく」

「やれるのだな」

「是非も無き事」

 目配せと共に紀秋茂が射撃管制席に着くと、入れ替わりに格納庫に向かう三辰に、佐伯是基が声をかけた。

「こんなこともあろうかと――例の装置をストームソーダージェットに仕込んでおきました」

(かたじけな)い」

 背中越しに片手を振り、三辰は艦橋を後にする。互いに己の成すべき役回りを知る海賊衆は、これが最後の戦いになることを悟っていた。

 操舵に立ち、舵輪を握る両腕に力を込める。

「同胞よ。俺に力を貸してくれ」

 コアの慟哭が艦体を貫く。ピッチ・バックに伴う激しいバフェットを圧し、青い風防に黄金のドラゴントライデントを燦めかす白い天空龍へ舳先を定めた。程なく漆黒の翼を翳す翼竜が、星紋を描いた銀狼一匹率いて海賊戦艦の格納庫より射出されるのを見送った。

「今度こそ終わりにしてやる。終わりにして、俺たちの理想郷を築くのだ」

 その時唐突に、弧を描く地平と水平線の彼方より見慣れぬ歪な金属の塊が飛来するのを目にする。

「機体識別。飛来物を解析しろ」

 純友が指示する最中、塊がウィングバリアに接触した瞬間、激しい閃光を発し電磁障壁を相殺消滅させた。アーカディアを揺るがす衝撃波が襲う。

「被害状況を報告」

 赤い警告文字が更に増殖し、操作盤を扱う氏彦が悲痛な声で告げる。

「右前肢のチタンクロー、及び右翼内側の重力砲砲身が欠損。ただの砲弾ではありませぬ。強力な破壊力だけではなく、明らかに指向性を有している」

「誘導兵器には見えぬが……」

 飛来する塊を捉えた映像に目を凝らし、秋茂が頻りに首を傾げる。

「バイオゾイドだ」

 驚異的な動体視力により、飛来する塊の正体を看破した。純友の双眸には、凶悪な眼光とバイオゾイドコアの鈍い光が映っていた。

「バイオゾイドを撃ち出している。どの様な(からくり)かは知らぬが、流体金属装甲の崩壊熱を炸薬替わりに利用しているらしい。先程のような攻撃を受け続ければ、この艦とて無事では済まぬ」

「射出方向特定できました」

 純友が問う前に、是基が声を上げる。海賊衆の結束は固い。

「申せ」

「赤道方面、筑前の大宰府に違いありません。嘗て大質量射出装置(マスドライバー)が運用されていた宇宙港跡地です」

「ソラの連中か――いや、今地上に残っているのは龍宮だな。年代物を引っ張り出したか。進路変針、筑前に向かうと三辰のストームソーダーに通達せよ。最大戦速でギルドラゴンを振り切る。好古との戦いは後回しだ」

 バイオゾイドの塊が降り注ぐ赤道方向へと海賊戦艦は変針した。磁気振動装置が青い炎を噴き出す。

「龍宮の根城を叩き潰す。将門、共に征かん」

 最終回避運動(ラスト・ディッチ・マニューバ)によってギルドラゴンを振り切ると、光の矢と化した黒い怪竜が飛び去って行く。残された空域に、透き通った真紅の翼を得た翼竜が立ち塞がっていた。

「是より先は我を斃してより進むが良い。だが容易に討たれる心算(つもり)もないぞ」

 銀狼スターウルフは果敢に白い天空龍に向かう。そして真紅の翼――フレイムスラッシュスシステム――を発動させたストームソーダージェットFSVが、仇敵バイオメガラプトル・グリアームドへ吶喊した。

 

 

 筑前国博多津大宰府にて、大質量射出装置(マスドライバー)の再稼働が為されていた。軌道エレベーター建造に際し、事前に惑星軌道上にケーブル懸架用のジオステーションを設置するため使用された重量物打ち上げロケットの発射施設が残されていたのである。

 だが今発射台に装填されているのは、軌道駅舎(ステーション)への補給装備(Heavy-Launch Vehicle)に非ず、流体金属の塊、歪んだバイオゾイドの〝成り損ない〟であった。

 醜悪な塊であった。頭部が胴体にめり込み、左右不均等の四肢が貼り付いている個体、脚部一本だけが異様に伸びている個体、中には右腕だけを揺らしながら奇声を発する個体もある。

 フリークス。戦場に投入することのできなかった奇形腫のバイオゾイドを、質量兵器として砲弾代わりに射出している。装置の末端に整列するシーパンツァー部隊の搭乗席で、赤銅色の肌の老海賊が呟く。

「龍宮も罪深き所業をするものよ。バイオゾイドへの〝成り損ない〟を質量爆弾として扱うとは」

「いやはや我らには慮外のことでありますなあ、恒利殿」

 神妙な物言いに応じた藤原成康は、嘗て純友の副将であった藤原恒利の笑う貌を見る。摂津でのバックミンスター・フラーレン輸送船団強襲作戦の際、播磨介島田惟幹(これみき)の操るバイオトリケラに敗れたと見せかけ、巧妙にソラの側に寝返った、元鴻臚館(こうろかん)貿易商人の海賊である。

木偶(でく)同然のバイオゾイドに自爆機能を仕込み、粗雑な土魂(つちだま)を載せて温羅へ撃ち込む。〝桔梗の前〟という優秀な頭脳を失った以上、他に使える手段も残っておらぬのだ。

 だがこれは純友を誘き寄せるには最善策。バイオゾイドの巣が未だに残っていると知れば、止めを刺さんと必ず此処に来る筈。それまでに、征西軍のゴジュラス部隊も到着するであろう。

 純友殿。貴方への引導は、この藤原恒利が渡してやろう。安心して瀬戸の海賊衆を束ねてみせようぞ」

 

 老人特有の渇いた声で嗤う恒利が、アーカディアとギルドラゴンの戦闘空域に向け、バイオゾイドの塊を撃ち放ち続けていた。

 



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第百参拾七話

 流体金属のテルミット反応による侵徹力は、アーカディアのウィングバリアをも容易(たやす)く貫く。剥き出しとなった艦体装甲に、成り損ないの塊が容赦なく付着し炸裂する。海賊戦艦の巨体が揺れた。

「右翼上面被弾。艦内施設、及び乗員に甚大な被害が発生!」

 粘着榴弾と化したバイオゾイドは、装甲材内壁を剥離させ、その破片によって被害を与えるホプキンソン効果を及ぼした。赤いビームスマッシャー発射装置外縁から濛々と黒煙が噴き上がり、猛追してきたサラマンダーが破損個所に火焔を注ぎ込む。アーカディアは苦悶の声をあげ、僅かに速度を落とす。背後には天空龍が迫っていた。

 依然アーカディアへの追撃を続ける天空龍に、銀狼スターウルフが果敢に挑む。だが撃ち込む曳光弾は、巨体を覆うウィングバリアに阻まれ実体面に達することはない。執拗に進路を阻む銀狼へ、ギルドラゴンは射角を広げたニードルガンを放射した。

 火器使用の際のウィングバリア消滅の機を逃さず、スターウルフは(ひる)の様に螺鈿色の機体に密着する。バフェットに抗い、降り注ぐ針の猛吹雪を掻い潜り、死角である背部フェルタンクと頭部との間隙に滑り込む。ドラゴントライデントを仰ぐ位置で、スターウルフ両脇の機関砲がギルドラゴンの艦橋後部に照準を固定した。

 三叉の角が輝き、後方に貼り付く銀狼目掛け雷霆を放つ。ドラゴントライデントはギルベイダーのツインメーザーに準じる武器であり、攻撃死角を補う機能を有していたのだ。

 人間の反射神経であれば直撃していたに違いない。自律戦闘システム〝桔梗の前〟なればの回避能力だった。直撃こそ避けられたものの、アタックブースター上面を掠られバフェットに煽られる。螺鈿色の表面を離れ浮き上がった瞬間、青い小型ビームスマッシャーが銀狼に向け発射された。

 狼の左後肢が切断され、激しいスピンに陥る。フュエルタンク後方に後落する銀狼の命脈は尽きたかに見えた。

 機首の星型桔梗紋が輝く。不規則スピンの途中から、規則的・幾何学的なバレルロールに移行し、体勢を立て直す。アタックブースターのアフターバーナーが螺旋の航跡を描き、銀の餓狼は獰猛な牙を剥いた。

 機関砲、三連衝撃砲、そしてストライククロー。螺鈿色の天空龍の中枢を狙いゾイドの生命の炎全てを燃やし、スターウルフは一筋の光となって突入した。

 閃光と共にスターウルフが消滅する。同時にギルドラゴンの飛行速度が急速低下し、アーカディアから引き離される。機体の犠牲と引き替えに、天空龍頚部の情報伝達系機関が切断されたのだ。見る間に距離の広がっていく螺鈿色の機体を確認しながら、アーカディアの舵輪を握る純友が囁く。

「桔梗の前、其方の最期を無駄にはせぬ」

 飛来し続けるバイオゾイドの塊を回避しながら、黒い怪竜は大宰府目指し突き進んでいた。

 

 

 フレイムスラッシュシステムを作動させたストームソーダーと、ホロニックアーマーに覆われたバイオメガラプトル・グリアームドの空中戦は続く。

「邪魔だ」

 トップソードによって2機のサラマンダーが撃墜される。サラマンダーの残骸を突き破り、翼を持つ骸骨竜が猛襲する。

「子高め、どこまでも汚い手を使う」

 歯軋りする三辰の操る赤い翼竜と、燐光を放つ骸骨竜とが目まぐるしくローリング・シザースを描き、互いに機体強度の限界点で鬩ぎ合う。

 

 キウルキウル キリ ボキウボキウ ボキリボキリ ボキリホキリ

 キウムキウム キウムキウムキメイテイ マメイシマカテイカラメイト ソワカ

 

 先に音を上げたのはストームソーダーであった。長時間に亘る格闘戦により、操縦者である藤原三辰の意識が遠退き、一瞬の隙が生じたのだ。一方のグリアームド搭乗者、藤原子高は早々と失神していた。機体の操縦は真言を詠唱する幣帛使が担っている。有機生体受信機としての役割のみしか与えられていない子高にとって、意識のあるなしなど問題ではなかったのだ。

 骸骨竜が赤い翼竜にヒートハッキングクローを構える。肉食獣の本能に赴く肉弾戦である。三辰が目の前に燐光を放つ爪が迫るのを気付いた時、逃れる術は失われていた。

「船長、あとを頼みまする」

 三辰は、届く保証のない打電をアーカディアへ送った。多少なりとも敵の追撃を阻むことができただけ満足だった。

 一斉に撃ち上がる弾幕の豪雨に、燐光を放つ骸骨竜が洗われる。実体弾に弾かれ、グリアームドは四肢をあらぬ方向へ捻じ曲げ吹き飛んだ。

 弾幕を展開しつつ、海面から五隻の斑の巨鯨が浮上した。間断無き攻撃はさしものグリアームドも近寄れない程の熾烈さであった。赤く染め上げられた〝南無八幡大菩薩〟の海賊旗が翻る。

「白浪様……」

 ホエールキングの装甲面に描かれた逆巻く波涛、三辰の脳裏に嘗て瀬戸の海を席巻した女海賊の名が過ぎった。

 女海賊白浪(しらなみ)。藤原純友の妻として平穏な日々を過ごしていたが、『神々の怒り』の再来と、夫純友の危急に応じ、日振島に残されていた海賊衆のホエールキングを結集し、参戦したのである。

〝三辰殿、あとを頼むにもまだまだやり残しがありましょう〟

 涼やかながらも静かな闘志を秘めた声が通信機に響き、バレルロールによって鬱血していた三辰の頭脳に活力を与える。

「……情けない、まだ成すべきことは残っていた」

 ストームソーダーの翼が赤く燃え上がる。翼を窄めたアンロード加速により、赤い翼竜が光る骸骨竜に標的を定める。

 実体弾攻撃に晒されたグリアームドに異変が現れる。立体感を無視した横縞模様が表面に描かれ始める。

「何度も量子転送で逃れられると思うな」

 朧げに蒼空に紛れようとする骸骨竜の正中線を狙い、フレイムスラッシュを帯びたトップソードが亜光速で貫いた。

 

 羯

 

 初めて聞くバイオゾイドの悲鳴だった。或いは搭乗者藤原子高の断末魔が、幣帛使の真言を逆流し周囲に響いたのかも知れない。

 グリアームドの全身が光の粒子となって分解されていく。量子転送とは異なる現象を顕し、喘ぐ口吻を真上にして骸骨竜は虚空に消滅していった。

 フレイムスラッシュシステムを解除し、元来の黒と紫の姿に戻ったストームソーダージェットと、悠然と浮遊する五隻のホエールキングが蒼穹に残された。

〝三辰殿はアーカディア號に合流してください。我らはこれよりギルドラゴンに向かいます〟

「白浪様も、どうか御無事で」

 ベイパートレイルを曳き、黒い翼竜は飛び去っていく。見送る先に、夫にして海賊頭の藤原純友の不敵な顔を、白浪は思い描く。

 突如として静寂が破られた。ストームソーダージェットが点となって消えた先より、青い光輪が飛来したのだ。一隻のホエールキングが、右翼を発動機ごと切断され傾斜する。回避のために蛇行飛行を開始する五隻の巨鯨の前には、頚部より白煙を吹いて迫る天空龍が出現していた。青い光輪が更にもう一隻の巨鯨を切り裂く。アーカディアに引き離されたギルドラゴンは、有らん限りの憎悪をホエールキング艦隊に叩き付けたのだ。

 海賊衆の武装強化型ホエールキングを以てしても、天空龍ギルドラゴンはあまりに分が悪い。更に二隻が切断され、海面に落下していく。残る旗艦の艦橋の中、白浪が依然美しい笑みを湛えていた。

「女はいつも男の後始末をせねばならぬものですね。重太丸、父のように強くなるのよ」

 やがて斑模様のホエールキング艦隊は硝煙の中に沈んでいった。

 

 

「大宰府が見えました」

 東方大陸北端、大質量射出装置(マスドライバー)を擁する最大の軍事拠点が、アーカディアの眼下に現れた。

「シーパンツァー部隊だと……」

 整然と並ぶ重装甲の海底戦用ゾイドと、それを取り巻き、長大な砲身を備えた肉食竜型大型ゾイドが隊列を組む。その光景を見た純友は、嘗ての副将藤原恒利の生存と裏切りを同時に察知した。

 大宰府の海賊征伐部隊の編制には、地上に残されたソラ及び龍宮のほぼ全兵力が結集されていた。以下に投入された主立った兵力を記す(全兵力に非ず)。

 征西大将軍;藤原忠文(参議右衛門督)ジェノリッター

 副将;藤原忠舒(ただのぶ)(刑部大輔)ゴジュラスMk-Ⅱ限定型

 同;藤原国幹(くにもと)(右京亮)ゴジュラスMk-Ⅱ量産型

 同;平清幹(きよもと)(大監物)キャノニアーゴルドス

 同;源就国(なりくに)(散位)ゴジュラスMk-Ⅱ量産型

 同;源経基(散位)ゴジュラスギガ・バスターキャノン装備型

 判官;藤原慶幸(右衛門尉)ゴジュラスガナー

 主典(さかん);大蔵春実(はるざね)(右衛門志)ゴジュラスマリナー

 伊予国警固使;橘遠保(たちばなのとおやす) ホバーカーゴ武装強化型 ゴジュラス・ヒポパタマソニック

 讃岐介;藤原国風(くにかぜ) ハンマーヘッド部隊(×10)

 讃岐警固使;坂上敏基 アクアドン、フロレシオス混成部隊(×17)

 兵庫允;宮道忠用(みやみちのただちか) キャノニアーゴルドス 

 同;藤原桓利(軍監・海賊)シーパンツァー部隊(×22)

 同;藤原遠方(とおかた)(軍監・海賊)アイアンコングMk-Ⅱ量産型

 同;藤原成康(なりやす)(軍曹・海賊)アクアコング

 

 注目すべきは、伊和員経のデッドリーコングとの戦闘によりアイアンコングPKを失った橘遠保に、失われた技術(ロストテクノロジー)とも呼べる水中戦用ゴジュラス・ヒポパタマソニックが龍宮より与えられた事である。その他この時代で貴重な大型ゾイド、ゴジュラスやゴルドス、アイアンコングが配備されたのも、すべて龍宮の手配による。

 信じ難い事に――この言葉も、もはや陳腐な言い回しに過ぎないが――大宰府の大質量射出装置を芯に、撃ち出されることのなかった成り損ないのバイオゾイドが海嘯となって這い寄っていた。大気に非ず空間を振動させ、幣帛使の真言(マントラ)が響く。

 

――ノウボウ タリツ ボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ――

――オン シュチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ――

――ノウマク サマンダ ボダナン ベイシラマンダヤ ソワカ――

――オン ヂリタラシタラ ララ ハラマダノウ ソワカ――

――オン ビロダキシャ ウン――

――オン ビロバキシャ ナギャ ジハタ エイ ソワカ――

――ノウマク サンマンダ バザラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン――

――ノウマク サラバ タタギャティ ビヤサルバ タタラタ センダ マカロシャナ ケン ギャキ ギャキ サルバビキナン ウン タラタ カン マン――

――ノウマク サマンダ バサラナン タラタ アボギャ センダ マカロシャナ ソワタヤ ウン タラタヤ タラマヤ ウン タラタ カン マン――

――ノウマク サンマンダ バザラダン カン――

 

 地表より湧き出した溶岩色の流体金属がマスドライバーを覆い、下から上へと(さかのぼ)る。

 次第に形成されていく姿は、悪夢の再生であった。クリムゾンヘルアーマーを纏う竜が身を起こす。

「またもバイオデスザウラーが……否、あれは別種のもの」

 頭部形状は不死山の死竜に準ずるが、全身は遙かに小さい。

 小さいとはいえ、アーカディアとほぼ同規模の巨大ゾイドにして、禍禍しさに至っては死竜を上回る。肢体の彼方此方に、成り損ないの貌が貼り付く無数のバイオゾイド集合体、別称するならば「寄せ集め」である。

 

【温羅め。我らが幣帛の産み出した〝血塗れの怨霊(ブラッディ・デーモン)〟に調伏されるがよい】

 未定着のクリムゾンヘルアーマーを滴らせ、口腔にマスドライバーを備え四肢で長大な胴を支える異形の死竜〝バイオブラッディデーモン〟が、アーカディアの前で形成された。

 ウィングバリアを失い、満身創痍のアーカディアに、無数の火砲と血塗れの怨霊が対峙する。

 大宰府は、純友と将門にとっての最後の戦場であった。

 

【挿絵表示】

 



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第百参拾八話

 まるで祝福するが如く、細やかな花火が打ち上がる。

 装備するバスターキャノンの砲火は、まだ空飛ぶ海賊戦艦に到達することはない。ゴジュラスギガの操縦席で、源経基は己の徒労に猛烈な虚無感を味わっていた。

「俺は将門に雪辱を果たしたかっただけだ。だが将門は、征東軍が死竜に二の足を踏んでいる間、俵藤太と平貞盛に討たれてしまった。返す刀に海賊討伐を命じられ、我らは無明の侭、東奔西走させられるのみ。武士(もののふ)は、ソラや龍宮の(さぶらい)としか見做されておらぬ」

 ギガの風防越しに見廻せば、他のゴジュラスやゴルドスが射撃に狂騒し、己の行為に疑念を持つ様子は覗えない。

「なぜ海賊を、藤原純友をそこまで厭う」

 不死山の死竜の顛末を見てきた経基にとって、為政者の思惑は薄々察していた。

 民を思った将門も、惑星の行く末を案じた純友も、既存の枠組みを破り戦った。枠をはみ出した英雄を、既存の権力者は忌み嫌う。(さぶらい)は都合よい手駒の一欠(ひとか)けらとして(ないがしろ)にされ続ける。

「この処遇は何だ。藤原純友はこの惑星を守るため、誰に誇ることもなく、襤褸襤褸になって戦った。ソラも龍宮もそれを知っているのに認めようとしない」

 幣帛使は手段を選ばず、只管に海賊を調伏しようとする。眼前には、真言の称名に合わせて怨霊が(おぞ)ましい巨体を揺らしている。

「あれではバイオデスザウラーと同じではないか」

 咆哮と共に、溶岩色の流体金属がバイオデーモンの口腔より吐き出された。口角の端より唾液のような粘液を滴らせ、頭上を舞うアーカディアに撃ち放つ。反動で異臭漂う粘液が周囲に飛び散り、濛々と湯気をあげる。幣帛使に操られる血塗れの怨霊は、もはや従順で憐れな家畜であった。そしてその姿が、己自身に重なっていた。

(いず)れの日にか、武士(みずか)らが(まつりごと)を行わねば。それを将門への最高の雪辱とせねばならぬ」

 やがて後裔が鎌倉の地に政権を打ち建てることになるのを、清和源氏の祖、経基は知らない。

 

 

「目標〝寄せ集め(バイオ・デーモン)〟、重力砲、撃て」

 純友の下令と共に、残されていた左翼重力砲がバイオデーモンに発射、命中する。瞬間的な気圧の低下と共に、質量を失った血塗れの巨体が浮き上がりかけた。だが赤い怨霊は、口吻を直上に向けマスドライバーを連射した。地表を離れかかった四肢が射出の反動により再び大地を踏み締める。幣帛使に操られる怨霊は、重力と加速が等価であることを認識していたのだ。

「ビームスマッシャー連続発射」

 破壊された右翼を除き、赤い光輪が三つ射出され、バイオデーモンの肢体の端々を切断した。赤い流体金属が飛沫を上げ怨霊は活動を停止するが、自己修復機能により見る間に切断箇所を補っていく。

「バイオリーチングか」

 再生された箇所には新たなバイオゾイドの貌が生み出され、呻きとも(わら)いとも判別できない声を上げる。〝寄せ集め〟故に短い口吻の意匠となったバイオゾイドの貌は、恰も無数の人面疽を思わせた。

 活動停止状態となった怨霊の上空を切り裂き、黒い翼竜が飛来する。

「機種確認、ストームソーダージェット、三辰殿です」

 エルロンロールを繰り返し、唯一の援軍が帰還した。

「着艦要請です」

「今なら〝寄せ集め〟も動けまい。隔壁開け、三辰を回収する」

 相対しつつ着艦進路にストームソーダージェットが進入、アーカディア胸部格納庫の扉が開き始める。

 三辰にも純友にも油断があった。艦内進入直前に地上より伸びた数条の閃光が、着艦間際の翼竜を貫き炎上させた。火達磨となった機体は、アーカディア格納庫内部に突入し爆発した。

「三辰!」

 消火作業で騒然となる格納庫内の映像を見守りつつ、地上からの閃光の先を追う。アーカディアの翼下の博多津沿岸の海面に、特徴的な外殻を持つ小型ゾイドが群がっていた。

「恒利め、汚い真似を」

 海賊衆の嘗ての副将藤原恒利であれば、脆弱な格納庫内部を破壊するのが最も効果的と知っている。中口径高出力ビーム砲による精緻な砲撃が、アーカディアの内部破壊を的確に遂行した。海面下に身を潜めたシーパンツァー部隊を以て、ストームソーダージェット着艦の瞬間を狙い絶妙の攻撃を仕掛けたのだ。

 内部爆発により機関にも損傷を負ったアーカディアの飛行高度が見る間に低下する。

「艦底部に被弾、バスターキャノンです!」

 交叉射撃を繰り返すうち征西軍の照準も正確性を増し、対してアーカディアの飛行能力は劣化していた。

 惑星重力圏の脱出、プラズマ・リフレクター展開によるエネルギー消費、そしてバイオゾイドの塊による機体損壊。さしもの〝無限なる力〟も息切れしたかの如く、徐々に高度を下げていく。

 機体修復中のバイオデーモンを尻目に、征西軍の砲火は情け容赦なくアーカディアに注がれた。

「被弾箇所増大中、被害報告間に合いません」

「磁気振動装置が撃ち抜かれました、高度更に下がります、着地体勢へ移行」

「全員衝撃に備えろ、歯を食いしばれ!」

 風圧が博多津の海浜を叩き、水沫と砂洲の粒を舞わせ黒い怪竜が地表を削って不時着する。砲撃に撃ち抜かれた左後肢が力なく(くずお)れ、ギルドラゴンとの戦闘によってチタンクローを欠損していた右前肢が、巨体を支えきれずに脚部第二関節を地に着ける。博多の渚と大宰府の中間位置に、アーカディアは仰け反る姿勢で傷だらけの身体を引き摺った。

 怒濤となって征西軍のゾイド部隊が群がる。

「尾部の損傷甚大、切断されます」

 弱体化した獲物を襲う征西軍は屍肉喰い(スカベンジャー)に等しい。着地の衝撃により亀裂の入った尾部末端を、先陣を切ったジェノリッターのドラゴンシュタールが斬り裂いていた。サラマンダーによって傷口が広がっていた右翼ビームスマッシャー発射口も、相次ぐ砲撃によって小爆発を起こす。

「右翼、脱落します」

 無数の金属片を撒き散らし、黒い翼が落下する。その光景は、低速度で再生する映像のようであった。

「〝寄せ集め(バイオデーモン)〟にもう一度ビームスマッシャーを撃ち、再生前に止めを刺す。艦首を敵に正対させ、プラズマ粒子砲とニードルガン全弾を見舞ってやれ」

 純友が舵輪を操ると、残された二足を軸にアーカディアが回頭した。勢いに煽られる頭部ツインメーザーの端には、未だ雄々しく海賊旗が翻っている。

 左翼ビームスマッシャーの発射口が赤く光る。しかし発射直前、青いビームスマッシャーがアーカディアを襲った。

「直上、ギルドラゴン再度飛来。敵ビームスマッシャー直撃!」

 轟音と共にフュエルタンクが落下する。アーカディアは小型ビームスマッシャーの発射も不能となり、艦体が大きく傾斜する。ギルドラゴンに追随してきたサラマンダーまで、執拗に火炎放射攻撃を重ねていた。

「まさか、早すぎる。〝寄せ集め〟が動きます」

 人面疽に覆われた血塗れの機体を翳し、バイオデーモンが咆吼した。

 開放された口腔より、マスドライバーの一撃がアーカディア左半身を撃ち抜いた。地上に降りた海賊戦艦は更に左に傾斜し、右脇腹を無防備に晒す。腹部の脆弱な部分を狙い、征西軍の砲撃が次々と殺到した。

 弱き相手は徹底的に叩く、正しく嬲り殺しである。全身より炎を噴く黒い怪竜は、もはや海賊戦艦とは呼び難い物体へと変わろうとしていた。

 

――オン アボキャベイロシャナ フマカボダラ マニハンドフマジン バラハラハリタヤ フン――

 

 片翼となり、二本の脚を失った海賊戦艦に、赤い怨霊が勢い着けて飛躍した。流体金属を滴らせる巨体がアーカディアに折り重なる。

 激しい砲撃に耐え抜いていた海賊旗も、遂には血塗れの金属に覆われた。

 

 

【先程の真言は何か。不動咒とも、大元帥咒とも異なる真言、我らの他に調伏を行っている者が居るのか】

【聞き覚えがある。これは光明真言の咒だ。明達殿、四天王法の一種なのか】

【我は知らぬ。それより制御が効かぬぞ】

【暴走したところですぐ命尽きる鳩槃荼(もののけ)に過ぎぬ。見よ、着実に温羅を捉えている。このまま放置しても構わぬ。自らの肉体を炸薬とし、温羅を破砕してしまえ】

 

 折り重なったバイオデーモンの巨体が熔解し、流れ出た金属がアーカディアを完全に包み込む。流体金属装甲が流出したことにより、体節の骨格として利用してきたマスドライバーが内部から浮き上がっていく。

 鮮血色の塊と化した物体が燐光を放ち出す。クリムゾンヘルアーマーのテルミット反応により、全てを焼き尽くす前段階に移行していたのだ。

 

 

「好古様、攻撃は如何しますか」

(たわ)けたことを言うな。見て解らぬか、あの赤い怨霊は温羅ごと自爆するつもりだ。愚図愚図すればギルドラゴンさえ爆発に巻き込まれるぞ。地上部隊、征西軍にも緊急伝達、至急大宰府周囲より全力で脱出させろ」

 螺鈿色の翼を翻し、白い天空龍が燐光を放つ塊より離脱していく。小野好古の通達により、ジェノリッターを初め無数の征西軍のゾイド達が大宰府より退避を開始した。その中には、追撃姿勢に変形した源経基のギガも含まれていた。

 燐光が閃光となり、小野好古の予想通り、赤い塊が爆縮した。

 大宰府に閃光が幾重にも放たれ、衝撃波が退避途中の征西軍ゾイドを薙ぎ倒す。

 噴煙が、醜悪で巨大なキノコ雲を生み出した。

 アーカディアとバイオデーモンのあった場所には、噴火口然とした大穴が空き、博多津から流れ込んだ海水が逆巻く。

 

「海賊衆、そして将門よ、これで終わってしまったというのか」

 格闘姿勢に戻ったギガの頭部より、爆炎を見上げ源経基が呟いた。

 

「精々迷わず成仏なされ。尤も、お(かしら)はカミもホトケは大嫌いでしたがのう」

 海上のシーパンツァー部隊の中、藤原恒利が渇いた嗤い声を上げていた。

 

「藤原純友。憐れな海賊よ」

 爆心地を旋回しつつ、ギルドラゴンの機上で小野好古は静かに黙祷を捧げた。

 

 

 承平天慶の乱。或いは平将門の乱及び藤原純友の乱と称される一連の武士の反乱は、斯くして鎮圧された。

 残されたのは、軌道エレベーターの地表末端に残ったソラシティと、数多くの戦闘経験を得て肥大化した龍宮=ディガルド公国の母体であった。

 海面を撫でる風の先、爆発で舞い上がった水滴が、蒼穹に雄大な虹を描いていた。

 



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第百参拾九話

 隕石落下と火山の噴火、そして死竜の出現により、惑星Ziでは全ての秩序が崩壊した。

 小次郎のネオカイザー即位も、純友の宇宙での戦いも、況やソラによる軌道エレベーター建造さえ、激しい天変地異に比べれば微々たる出来事である。

 無慈悲な自然の節理の前では、生命体など分子の有機結合に過ぎない。種が絶滅し、星が破滅されようと、宇宙は静寂のまま膨張を続けていく。『神々の怒り』に『神』は居らず、ヒトの価値観が入り込む余地は無い。生命は偶然に拠って育まれ、偶然に拠って滅亡する。

 そして偶然は、惑星Ziの生命の存続を選択していた。

 

 ライガー零小烏丸を呆然と見上げていた貞盛の元に、解文を携えた弟繁盛が駆け寄る。

「兄上、従五位上への叙任、おめでとうございます」

 貞盛は、父国香の築いた常陸石田の営所にあった。喜びに溢れる弟の口調を聞きながら、心中耐え難い嫌悪感が満ちていた。貞盛は常陸訛り(※茨城弁)が大嫌いだった。故郷の言葉は下卑た土臭さを伴い、知性の欠片も感じられない。一刻も早くソラに上がりたいと願い、一日千秋の想いで除目の結果到着を待ち侘びていたのだ。

「官位では右馬助(うまのすけ)への就任、重ねてお慶び申し上げます。

 悔しいのは、藤原秀郷が下野守の地位を賜ったこと。永年将門と戦い続けてきたのは、秀郷に(あら)ず兄上であったものを」

 舎弟の無邪気さに応じる気分にはなれない。貞盛は巧みに話題を逸らした。

「処でその後、小次郎の残党の行方は掴めたのか」

「その件ですが、残念ながら未だ行方が知れません。妻子が陸奥の地に逃げたという噂はあるのですが……」

 貞盛の脳裏に、堀越の渡で捕らえた時の、従妹良子の健気で美しい姿が浮かぶ。

 それもまた、遠く過ぎ去った記憶であった。

「……それとは別に、民の間に『未だに将門が生きている』との良からぬ噂が立っています」

 鋭い視線が繁盛を突き刺す。

「詳しく申せ」

 兄の只ならぬ様子に気圧されつつ、繁盛は事の次第を詳細に語り出した。

 

 貞盛の目の前で、小次郎の肉体が消滅した直後より、噂は流布し始まったらしい。

「平将門は、駆け付けた海賊藤原純友によって間一髪に救出された」とも、「合戦で死んだ将門は影武者であり、本物は坂東の何処かに潜伏し、再起の機会を窺っているのだ」などと頻りに囁かれた。

 或る者は、亡き主を求めて彷徨う村雨ライガーを見たと言う。

 或る者は、首だけとなって敵を探し求める将門の亡霊を見たと言う。

 そして或る者は、首を失ったまま、愛機村雨ライガーに乗る将門が、石井勢のゾイド軍を率いる姿を見たと言う。

 存在を証明するのは容易だが、存在しないことを証明するのは困難である。

「仮に小次郎の亡骸を突き付けても、民は小次郎の死を受け入れぬのだろう」

 人は自らが信じたいものを信ずる。将門生存の有無を問うのではなく、将門生存を信じる民衆の存在こそが問題だった。

「小次郎は我らに、大きな課題を遺して逝ったのだな。私に解決できたのは、精々ゾイドウィルスのワクチンプログラムを頒布することぐらいだ……」

 訝しむ繁盛を尻目に、貞盛は再び零を見上げる。

 激闘を繰り広げたライガー零の装甲は傷だらけであったが、敢えてそれを誇りとし、修理をさせず残していた。

「村雨ライガーよ、お前は何処に流れていったというのだ」

 小次郎と共に戦った碧き獅子の行方も、依然行方不明のままであった。

 

 

 平将門及び藤原純友討伐に於いて軍功のあった、主だった者の恩賞について記す。

 藤原秀郷は従四位下、平貞盛には従五位上。小野好古は秀郷と等しく従四位下、源経基には従五位下という、好古を除き在郷の武士としては破格の官位を与えられた。その他、藤原為憲、平公雅、橘遠保など戦闘に関わった者にも同様の待遇が下賜された。

 その後も恩賞を得ようとする無頼の輩は、血眼になって残党狩りを行う。熾烈な掃討戦の中、唯一抵抗したのは小次郎の末弟八郎将種(まさたね)と、その外祖父伴有梁(とものありはり)のみであった。

 八郎の操る(ブレード)ライガーは追討部隊を悉く打ち破るが、所詮は多勢に無勢。やがて無数の追討軍に囲まれ、敢え無く散華し、一連の平将門の乱に関する騒擾は完全に終息した。

 一方、瀬戸の内海での海賊衆の動きは一時鳴りを潜めたが、純友に代わって伊予の海賊衆を束ねることとなった藤原恒利の抑えに効果は薄く、程なくして再び海は無法状態へと陥り、もはや海賊とも山賊とも判別付き難い状況へと陥っていった。

 ソラシティに引き籠った天井人(ソラノヒト)にとって、荒廃した地上に執着はなく、混沌と化した地上を束ねたのは、ゾイドを駆って戦う武士となった。ソラは龍宮ディガルド公国を筆頭に、地表に遺された者達に統治を委任する。それは実質的な責任放棄であると同時、ゾイド乗りを生業とする武士たちの時代の到来を意味していた。

 

〝凶猾を以って党を成し、群盗山に満つ〟。

 混迷の中、新たな英雄の到来を、時代は待ち望むこととなる。

 

 

 幾星霜を経た、下総、大利根河口の砂洲。

 夕凪を迎える穏やかな海浜に、琥珀色の集光板を纏った青き龍〝凱龍輝〟と、白黒の熊型ゾイドが海浜に姿を現した。

 搭乗席から老いた武士二人と若い二人の男女が砂浜に降り立つ。ゾイドを見上げる仕草から、若い男はまだ少年と判った。女は壺装束の市女笠で顔を隠しているが、垂れ衣の隙間より端正な顔が垣間見える。

 海沿いに伸びる砂洲の奥、奇妙な巨木が聳える。少年が尋ねた。

「あれが客人(まろうど)村のジェネレーターですね」

 巨木は、惑星環境改造計画の名残であった。

 嘗てソラは、ゾイドの糧となるレッゲルを生み出し、周囲の地表に恵みを齎す人工植物〝ジェネレーター〟を盛んに植樹したが、二度に亘る『神々の怒り』によって管理は放棄され、代わって定住した人々によって生育が為されていた。

 ジェネレーターを中心に村落が形成された。虚ろ船伝承があるこの村には、様々な漂流物とともに、海の向こう側より訪れるマレビト信仰=客人(まろうど)から、村の名となっていた。

「村雨ライガーを最後に見たというのが、この村なのですか」

 少年の口調は幾らか興奮気味だった。

「何度か調べてみたのだが、河口に堆積した泥に埋没してしまったらしく、未だに発見できぬでいる。此処に来た処で力にはなれぬが、せめてお前たちにこの場所を見せておきたかったのだ」

「大叔父様のお心遣い、感謝致します」

 女の声は若く凛として張りがあり、容姿とはまた別の清々しさを持っていた。少年が振り返る。

「姉上、行ってみましょう」

 女は無言で頷き、少年の後を追って歩いていく。凱龍輝とバンブリアンの足元に残った老武士は、二人の若者の背中を見守っていた。

「苦労をされたのう、員経(かずつね)殿」

 深く笠を被っていた老武士の一人が、左手で軽く笠を上げる。

「生き残った者の役目を、苦労と思ったことは御座いませぬ。それよりも此度は良文様の御配慮により、滝姫様、良門(よしかど)様をこの地にお招き頂いたこと、私からも心よりお礼を申し上げます」

 笠を脱いで会釈した武士は剃髪し、遊行僧に身形を変えていた。

「それにしても似てきたな、良門は」

「良文様もそう思いますか」

「ああ」

 言葉少なに語る老武士の想いの中、少年の後ろ姿に父親の面影が重なる。

「不思議なものだ。既に十余年の時が過ぎたが、未だに死んだという気にならぬ」

「私もです。子は育ち、我らもこうして齢を重ねたというのに」

 少年は砂洲より突き出た岩場に立ち、頻りと海面を見つめている。その後ろでは、海風に飛ばされぬよう市女笠(いちめがさ)を押さえる姉の姿がある。押さえる腕が風に袖を煽られ、幾分日に焼けた肌が露わになっていた。

「……海鳴りか」

 凪いだ海面が泡立ち、陽射しを乱反射させる。波濤が乱れ、燐光が輝く。

 目の前の水面を突き破り、巨大な刃が浮上した。水中から巨大な何者かが投げつけたように垂直に舞い上がり、美しい放物線を描いた後、二人の立つ砂洲の目前に突き刺さる。倒れることなく、恰も何かの強い意志に導かれるが如くに、切っ先を見事なまでに空に向け屹立した。

「御怪我はありませぬか!」

 姉弟に駆け寄り、無事を確認した後、伊和員経は刀身の峰に彫られている銘に驚愕した。

「これはムラサメブレードではないか!」

 人の身長の数倍の刃渡りを持つ太刀は、紛れもなく村雨ライガーの()びていた物である。海泥に塗れてはいるが、刃毀れも無く鈍い輝きを放っている。

「海底に眠るゾイドより放たれた、人知を超えた便りであろうか」

 間もなく追いついた良文が太刀の峰を拳で数回叩き、姉弟を見る。

「良門、それに滝姫。お前たちが客人村に住むのであれば受け入れよう。如何にする」

「願います」

 少年は即答した。

「この地の何処かに、村雨ライガーの本体が眠っているはず。必ずや引き揚げてみせます、例え幾世代経たとしても」

 少年の瞳は、真っ直ぐにムラサメブレードを見つめていた。

「私は少し考えてみたいと思います。母の事、そして父の菩提を弔うことも含めて」

「軽々に答えを出す必要もあるまい。それに滝姫には、心に決めた者があるのだろう?」

 市女笠の下、日に焼けた肌が紅潮する。

「ここであれば、海賊衆の船も着き易かろうて」

「重太丸様のことは関係ありません!」

 途端に含羞(はにか)んだ口調に変わり口籠(くちごも)る。

「姉上、藤原直澄殿は元服を終え改名されているのだ。いい加減、重太丸と呼ぶのは止めた方がいい」

「小太郎まで!」

 垂れ衣の中で、更に両手で顔を覆う姿がある。

 静かに流れる時間の中、海風が人々の間を吹き抜けていく。ムラサメブレードと共に舞い上がった波濤が、幽かな虹を描く。

 

 

 洪水の後には豊作が訪れる。〝稲妻〟は、落雷の地に豊作を齎すのが由来である。降り注いだ隕石に含まれていた豊富な金属成分が、生き残った惑星特有の生命体ゾイドの活性を促した。躍動する金属生命体は、変化した環境を上書きする。ヒトとゾイドが共存する星に、また新たな創世記(ジェネシス)槌音(つちおと)が響いていた。

 



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第百四拾話(最終話)

 坂東下総。夜も更け、寒々とした茅葺小屋の灯火の下で作業を行う百姓達の人影がある。

 風が吹いた。藁を編む手を止め、互いの顔を見合わせる。

 

「聞こえたか?」

「お前も聞こえたのか」

 

 作業場にいた者が、息を潜め耳を澄ます。

 

「ゾイドの足音。これは……村雨ライガー!」

「小次郎様だ、小次郎様が帰ってきたんだ!」

 

 百姓たちが立ち上がり、風に紛れる足音を聞き分けようと試みる。

 

「おれにも聞こえる……間違いない、村雨ライガーと三郎様のソードウルフ、員経様のデッドリーコング、孝子様のバンブリアンだ」

 

「それだけじゃない、あの羽音は良子様のレインボージャーク、遂高様のソウルタイガー、そして玄明様のランスタックブレイクも」

 

 小屋の外では夜風に雲が流れているだけであった。それでも小屋にある者すべてが立ち上がっていた。

 

「みんな御無事だったんだ。生きて下総に、石井(いわい)にお戻りになられたのだ」

「そうだ、小次郎様たちは生きている。そしてまた、我らの前に戻ってきてくださる」

「それまでに、おれたちはこの大地を甦らせてみせる。小次郎様が愛し、守ってくれたこの星を」

「今度はおれたちが戦う番だ。隕石や噴火なんかに負けていられるか」

「小次郎様、いつでも帰ってきてくだされ。必ずやそれまでに、豊かな大地に戻しておきます」

「小次郎さま、どうかお元気で」

「いつの日か、戻ってきてくだされ。必ずや、戻ってきてくだされ」

「こじろうさま……」

 

 雲間から顔を出した満月の周りに、白虹が輪を成す。

 百姓衆の脳裏には、土まみれになって共に大地を耕す小次郎の破顔の笑みが浮かんでいた。

 

『俺は死んでなどおらぬ。こうしてまた帰ってきたぞ!』

 

 小次郎の力強い声が、心に響く。

 聞こえぬゾイドの足音と平将門の声に、百姓衆達はいつまでもいつまでも、耳を(そばだ)てるのであった。

 

 

 

 漆黒の虚空に虹が生じる。

 虹色の空間が球状に拡大し、球体中央の特異点より位相変換が開始された。

 

量子転送解除(エンタングルアウト)

 

 球殻が弾け、集束した光の粒子の中、四肢を後方に向け広大な両翼に赤いビームスマッシャーを備える宇宙海賊戦艦が出現した。頭部に〝南無八幡大菩薩〟の海賊旗が誇らしく靡く。

 

「エヴォルト完了、装甲再生に異常なし。転送障害なし。機関正常。コア、異常なし」

「客人たちの様子はどうだ」

「どうやら転送酔いに罹ったようです。坂東武者も、宇宙(うみ)に出ては形なしですな」

「休ませてやれ。どうせ長い旅になるのだ」

 舵輪を握る男は、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 舵を切り、黒い翼を翻す。左舷には、掌に載るほどの大きさとなった青い惑星が浮かんでいる。

「惑星Zi、所詮俺たち海賊には似合わぬ場所であった。

 これが見納めだ。嫌な星だったが、こうして遠くから眺めれば美しいものだ」

「貴方様と一緒であれば未練はありません」

 舵輪を握る純友に、媚眼秋波(びがんしゅうは)な美女が枝垂(しだ)れかかる。

「白浪、皆の前だ。あまり纏わりつくな」

「釣れないお言葉です。やっとお逢いできたと申しますに」

 妖艶な仕草で執拗に絡み付く白浪に、一頻り逡巡した後、純友は力強く抱きしめた。

「焦らずともじっくりと相手をしてやる。今は俺の言うことを聞け」

「はい――」

 火照る視線を投げ掛けつつ、美女は楚々と下がっていった。

 

 

 大宰府での最終決戦に於いて、アーカディアは龍宮の放った最後のバイオゾイド、バイオブラッディデーモンと共に爆発したかに見えた。だが幣帛使の調伏の真言に抗い唱えられた咒〝光明真言〟によって呪縛を解かれたアーカディアは、エヴォルトシステムによる再生と、量子転送による瞬間移動を同時に行っていた。

「糞坊主め、返せぬ借りを作りおって」

 純友が囁く。光明真言の咒を唱えた乞食僧の正体は、薄々察していた。

 

「最後まで、将門と桔梗の世話になってしまったな」

「その分、我らは将門殿の配下を収容したではありませぬか。さすがにゾイドまでは搭載できませんでしたが」

「挙げ句の果てが量子転送酔いか。坂東武者も災難だのう」

 唐突に艦橋後方の扉が開き、ふらつく足取りで青白い顔をした武士が現れる。

「おい純友、貴様ら何処へ向かうつもりだ。よもや坂東に戻る気ではなかろうな」

「案ずるな、もうあの星には戻らぬ。

 それにしても――玄明と言ったな。同じ藤原とはいえ、貴様の如き粗野な男は初めてだ」

「黙れ海賊」

 殴りかかる、というよりアーカディアの旋回に伴う慣性に揺られ、純友の元に向かった玄明は、取り舵をとった機体に逆方向に振られ、艦橋の左壁に吸い寄せられていった。

「操舵は荒いぞ、なにせ海賊だからな」

 口元を押さえて下を向く玄明を、慌てて手透きの艦橋待機員が医務室へ連れ出す。純友は上機嫌であった。

「して船長(キャプテン)、我らは何処へ向かうおつもりか」

 藤原三辰が副長席より振り返る。

「渡来人の故郷、銀河系対蹠点にある惑星だ」

「ブルースターですか」

 佐伯是基が身を乗り出す。

「嘗て巨大移民宇宙船、グローバリーⅢ世号が飛来した〝地球〟という惑星。そこには我らと同じ人類が文明を築いていると聞いています」

「俺たちは自由に生きる海賊だ。だがいつまでも地に足を着けずに生きるのでは、あの遊行の糞坊主と同じになる。

 俺は新しい惑星で、新しい歴史を作りたい。誰にも縛られず、自由に生きる世界を作る。それが奴の夢でもあったからな」

 純友はコアの方向を振り向き、続いて艦橋に居並ぶ海賊衆の魁師に向け告げた。

「長い旅になるが、貴様ら音を上げずについて来られるな」

船長(キャプテン)、見縊ってもらっては困る。俺たちは最早宇宙海賊なのだ。宇宙の船旅如きに音を上げる筈も無かろう」

 津時成の言葉に、艦橋に集う全員が力強く頷く。

「是基、ワームホールドライブ航法とやらは完成しているな」

「是非も無く。ただ、一つだけ問題があります」

 空間座標軸調整装置を頻りに操作していた佐伯是基は、一度作業を止めて立ち上がる。両掌を水平にし、胸の前で指の先端を着けた。

「銀河系対蹠点までの距離を移動するに当たり、空間座標の設定はコアが計測を済ませております。ですが時間軸の設定が不安定で、場合によっては数千年単位の誤差で、過去か未来かの地球に到着してしまう可能性があります」

 是基は指先が上下にずれる仕草で、時空間移動の困難さを説明する。

「宇宙の歴史から見れば、数千年など僅かな誤差に過ぎませんからね」

「仰る通りです」

 博覧強記の学士がそこにあった。

「四郎殿には算術の補助を願っておりますが、我らが求める時代に到達するとは限りませぬ。宜しいですか」

 純友は無言で、只管に前を見つめている。

「……愚問でした。ではこれより、銀河対蹠点、地球に向けて長距離量子転送を行いまする。多少の宇宙酔いは避けられぬので、坂東の方々の世話を願います。四郎殿、お仲間達を地球にお連れすることに異論ある方はなかったのでしょうか」

「我らも小次郎兄上と共に追捕官符を受けた身の上、玄明殿同様に今更地上に戻ることはできません。

 ただ、三郎兄上がこんなことを申しておりました。『俺は理想の嫁を娶るためなら、何処へでも行ってやる』と」

「お元気でなによりです。地球で嫁を見つけること、願っております。

 ゾイドコア出力上昇、ハイゼンベルグコンペンテーター作動、位相変換用意、量子転送準備完了」

「さらばだ惑星Zi、さらばゾイドの星よ。両舷全速、量子転送開始」

 人の心を得た宇宙海賊戦艦のゾイドコアが雄々しく鳴動した。海賊旗が翻る。

「アーカディア號発進。進路、地球」

 

 再び現れた虹色の球殻に包まれ、宇宙海賊戦艦は巨大な機体を瞬時に消滅させていた。

 

 

 

 惑星Ziに残った良門が入植した客人(まろうど)村は、いつしかミロード村と名を変えていった。良門(よしかど)は追捕を避ける為に読みを変え、「リョウモン」と名乗ることとなる。やがて音韻は変化し、「ファミロン」を称する一族がミロード村にて代を重ね、末裔に「ルージ・ファミロン」を輩出する家系の祖となる。海泥に沈んだ村雨ライガーは雌伏し、蘇った後に「ムラサメライガー」としてルージ少年の愛機となり、龍宮の成れの果て「ディガルド武国」と戦う。これは別の物語に譲るが、経緯を簡潔に記しておこう。

 村雨ライガーと同じく長い眠りについたデッドリーコングも、火雷天神の後裔である「雷鳴」の名を持つ男「ガラガ」に託される。

 北辰の神を祀り、九曜を紋章とする平良文の血を引く一族「木田」氏は、常陸国鹿島より得たランスタックの牧を吸収し、「キダ藩」を成立させる。後の藩主「ラ・カン」とその姪「レ・ミィ」は、村岡五郎良文の末裔である。

 武蔵武芝が仕えたことにより、製造データを残したバンブリアンはソラシティにて少数生産され、ソラの地上監察官「ロン・マンガン」に2機が譲渡された。

 ルージの剣術、及びゾイド操縦の師となる「セイジュウロウ」は、無口な故に字名である「サカノウエ」を名乗ろうとはしなかった。つまり彼は、生き延びて地上に残った坂上遂高の子孫であった。生来の寡黙さは先祖由来とも言えるが、過去に主従として仕えた氏が、再び主の血を引く少年を教え諭すことになるとは、奇妙な時代の繰り返しである。

 バイオゾイド製造に先鞭をつけたアイアンロックの里は、純友が日振島に残したサークゲノムを解析し、ついにヘイフリック限界に制約されない制式生産型バイオゾイドを完成させる。更には量産型バイオゾイドであるバイオラプター及びバイオラプターグイを大量生産し、最終的に『神の雷』と呼ぶバイオ粒子砲を持つ最強バイオゾイド、バイオティラノを産み出した。バイオデスザウラーは制御が難しく製造も困難であったため、ディガルドは生産を放棄したのだ。

 小野好古が搭乗し、純友のアーカディアと大気圏格闘戦を繰り広げた天空龍ギルドラゴンは、機体整備の為に舞い降りたアイアンロックにて自らクリプトビオシス状態となる。純友との激闘が祟り、充分な稼働が不可能となっていたからだ。再びギルドラゴンが目覚めるのは、山窩に連なる謎の美女「コトナ・エレガンス」の咒を待つことになる。

 北山の合戦にて擱座の後、再度スタトブラスト化されていた秀郷のアースロプラウネ「ディグ」は、ディガルド武国によってバイオラプターグイの母艦として再生され、ルージたち解放軍との最終決戦に投入されたのも周知の事実である。

 スカイフック「ソラシティ」がディガルドによって陥落し、再びソラノヒトが大地に足を着けて生活を始めるころ、植樹されたジェネレーターを糧に、惑星Ziは新たな創世記(ジェネシス)を刻むのであった。

 

 

 




 追記


 地球人類がワームホールドライブ技術を完成させ、グローバリーⅢ世号を代表とする宇宙移民船団を次々と出航させていた時期に、その記録は改めて注目された。
 嘗て地球には「日本」と呼ばれた国があり、古代に『将門記』という英雄の物語が残されていた。
 その物語に登場する人々と、この物語に登場する人々の名が、奇妙に付会していると気付いた者は、筆者である私を含め、極々僅かである。
 遠い過去に宇宙から飛来した者達の話が語り継がれる内、恰も古代の英雄譚として、惑星Ziの伝承が『将門記』として纏められたと考えるのは論理の飛躍であろうか?

『将門記』の冒頭は欠落し、その物語の初めに何が記されていたかは永遠の謎である。或いはそこに、遠く銀河の対蹠点より飛来した宇宙海賊達が、敢えて「藤原純友」と海賊の記録だけを消去し、残したものだと考えるのもまた、荒唐無稽であろうか。


 星は巡り、歴史は宇宙に刻まれる。
 しかし、このちっぽけな有機体〝ヒト〟と金属生命体〝ゾイド〟が紡いだ物語は、二つの青い惑星を通し、未だに語り継がれていく。

 そこに、風と雲と虹とがある限り。




           『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』(完)


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