ダンジョンクロニクル (レッドリア)
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第1章 新たなる土地
1話
「さて……持ち物と装備はこれでいいかな。一応何が起こるかわからないし、準備は万全にしておかないと。他に持っていた方が良いのって何かあるかな……?」
十年前、世界は一度突如として滅びを迎えた。世界の歴史は歪み、本来の歴史から外れた為に存在していたモノは世界から抹消され、現在、そして未来の全てが崩壊の危機に陥っていた。
ひょんな事を切っ掛けに母を探すため崩壊の危機に瀕した世界を旅し、途中で出会った仲間と共に二つの時代を駆け巡り、各地で町を作り未来を復興させながら世界を滅ぼした存在『グリフォン大帝』と戦い、後に現れた全ての元凶である『ダークエレメント』に打ち勝った事で世界は守られ、未来を救うことが出来た。……しかし、同時に仲間や再会した母との永遠の別れとなってしまった。
そして現在、一度滅んだ世界に唯一存在する町『パームブリンクス』にある一軒の大きな豪邸の中にある一室で、一人の少年が机の上に広げた荷物を眺めながら腕を組んで唸っていた。
少年の名はユリス、帽子をかぶり、緑色のオーバーオールと同色の服に身を包んだ彼はこの町の町長であるニードからの頼みで、大陸の復興に必要なゼルマイト鉱石をパームブリンクスの公園近くにあるゼルマイト鉱山洞に取りに向かうために準備を進めていた所だった。
「カメラは持った……一通りアイテムは揃ってるし、爆弾も魔石もある……後はライドポッドの装備を整えれば準備は万全かな」
ユリスは机に広げていた荷物を腰のポーチに纏めると、自宅の外に置いてあるロボット『ライドポッド(名前はスティーブ)』の整備をするために椅子から立ちあがり、部屋を出ようとドアに視線を向ける。
「……あれ?」
ユリスが視線を向けた先、そこには部屋の出入り口であるドアが見えていたのだが、ドアの前……部屋の中央に先程まで無かったはずの赤い穴のようなものが広がっていた。
ユリスは見覚えのある赤い穴に対して冷静に、しかし疑問に思いながら赤い穴に一歩近付いた。
「これって……時空のひずみ? さっきまで無かったはずだけど……なんでこんなところに?」
世界を旅していた際に各地で発生していた時空のひずみ。元々はグリフォン大帝が時の流れを乱して歴史を変えた事による歪みによって生じたもので、ユリスは旅の途中で時空のひずみを消して回っていた。
時空のひずみは今まで町の中には出来ることが無かった為に少々驚いたが、ユリスはいつものように時空のひずみからこぼれ落ち、近くに落ちているであろう時空のひずみの対になる物体『スフィア』を探そうと部屋の中を見回した。
「近くにあるのは確かだろうけど……何処にあるんだろう?」
部屋の中を右へ左へ、物陰を探ったりするもスフィアの姿が見当たらない。もしかしたら部屋の外にあるのかもしれないと思ったユリスは時空のひずみの横を通り、ドアを開けようとドアノブに手をかけた。
その時、大人しかった時空のひずみから『コオオォォォ……』と風に似た音が聞こえたと思うと、音は次第に強くなっていく。
「えっ?! な、なに?!」
時空のひずみから聞こえてくる音が強くなっていくと同時に、風が時空のひずみに向かって吹き荒れていき、こちらに穴を向けた(どこから見ても自分に向いてるように見えるのだが)時空のひずみはまるで掃除機の様にユリスを吸い込もうとする。
ユリスは時空のひずみに引き寄せられる体を両手でドアノブを掴み抵抗するが、時空のひずみの吸引力は増すばかりでユリスの体は宙に浮いてしまう程になっていた。
ユリスはドアノブに必死にしがみつきながら部屋の様子を見ると、驚くことにユリスの体を浮かすほどの吸引力を見せているにも関わらず、部屋の物は時空のひずみに吸い込まれる様子は無く、そのままの状態でユリスだけを吸い込もうとしている様だった。
「なんだよこれ、いったいどうなってるの?!」
浮いたユリスの体を支えているのは両手に掴んだドアノブのみ。
このままでは時空のひずみに吸い込まれてしまうと思ったユリスは誰か助けを呼ぼうと声をあげようとした。
次の瞬間、時空のひずみの吸引力とユリスの力に耐えきれなくなったドアノブは『バキィッ』と音を立ててドアの根本から取れて壊れてしまった。
あっ、と声を漏らすも束の間、ユリスは抵抗むなしく時空のひずみに吸い込まれてしまった。
「はあ~今日もファミリアに入ってくれる子はゼロか……ヘファイストスの所を追い出されてから暫く経つけど、一向に眷族が増えないのは何でなんだろうなぁ……」
日が沈み、月明かりが照らす薄闇に染まった街の中を一人の少女が俯きながらトボトボと歩いている。
黒髪のツインテールに見た目にそぐわない大きな胸の前に青い紐が付いた白い服を着ている少女の名はヘスティア。
彼女はこの巨大な街『迷宮都市オラリオ』に数多く存在する神の一人である。
この街にはダンジョンがあり、神は自身の眷族の集まりである『ファミリア』の主神であり、神の眷族となり恩恵を受けた者を冒険者と呼び、冒険者は様々な目的を持って日夜ダンジョンに潜っている。
そして彼女も自身のファミリア『ヘスティアファミリア』の主神である……のだが、天界からこの街に降りてきた時に居た居候先では毎日グータラして追い出され、ファミリアを立ち上げたものの眷族が誰一人とおらず、今ではアルバイトをしてその日を凌ぎながら誰も近付かない程にボロボロな廃教会に一人寂しく住んでいると言うまさに貧乏駄女神と化していた。
今日も屋台でのアルバイトを終え彼女はバイト先の賄いであるじゃが丸くんの入った袋を手に自身の住むホームである廃教会へと歩を進めていた。
「もういっそ、子供でも誰でも良いから僕のファミリアに入りたいって人が居たりしないかなぁ」
なんて、いるわけ無いよね。と呟きながら暗くなった街の大通りから外れ、人の気配が少ない道を歩くヘスティア。
暫く歩くと、道の先に周りの建物より若干大きな建物が見えてきた。
建物に近づくにつれ外壁はボロボロで、窓も所々ヒビが入っていたりと如何にも幽霊が出そうな雰囲気を持った廃教会が姿を表していく。
廃教会に着いたヘスティアはこれまたボロボロな扉を開けて中に入っていく。
中に入り、穴のあいた天井から漏れてくる月明かりに照らされた無人の礼拝堂を通っていく途中、ふとヘスティアは礼拝堂の椅子の近くに影が出来ているのをを発見した。
「影……? もしかして誰か居るのかい?」
月明かりによって出来た謎の影に近づくヘスティア。すると、謎の影は段々と人の形をしていき、倒れた姿になっていった。そして目の前に近付いた時には、謎の影はハッキリと姿を表した。謎の影の正体は帽子をかぶり、緑色の服を着た少年だった。
「ちょっと君! 大丈夫かい!」
ヘスティアはしゃがんで少年の体を起こし軽く揺さぶる。
「うぅ……んん……」
「!? 良かった、気が付いたみたいだね」
うめき声をあげて少年が目を覚ますと、少年の目の前にヘスティアが自分に目線を合わせて顔を近づけていた事に思わず吃驚した少年は「うわあっ」と声を漏らしそうになるが、少年は声を抑えて辺りを見回しながらゆっくりと立ち上がった。
「……あれ?……此処は? それに君は誰?」
「僕かい? 僕の名前はヘスティア。これでもファミリアの主神の女神なんだぜ……まぁ、眷族はまだ一人も居ないんだけどね。ところで、君の名前は? どうして此処に倒れて居たんだい? それもこんな時間に」
「(ファミリア……?それに女神……?)ボクはユリス。どうして此処に居たのかはボクもよくわからないんだけど、確か自宅で荷物を整理してたら時空のひずみに吸い込まれて……それから……」
「時空のひずみ?」
少年、改めユリスは腕を組むようにしつつ顎に手を当てて考え込む。ヘスティアに起こされる直前の事までは覚えているが、此処がどこで、今の自身の状況が全くわからない。ユリスは自身の状況の確認も含めて自分がヘスティアに起こされるまでの覚えている事をヘスティアに話した。
「……という訳なんだ。ボクが此処に倒れて居たのは、もしかしたら時空のひずみに吸い込まれて此処に飛ばされたからだと思うんだけど」
「うーん、なるほどね……その時空のひずみとやらの事はよくわからないけど、少なくともユリス君が此処に居た原因はそれしか考えられなさそうだ」
「うん。けど、そうなるとボクはどこに飛ばされたんだろう? パームブリンクスにはこんなボロボロな教会は無かったと思ったけど」
「パームブリンクス?」
ヘスティアはユリスの口から出た聞きなれない地名に首を傾げる。
反対にユリスも首を傾げるヘスティアにあれ?と疑問を抱いた。
「パームブリンクスって言うのはボクが住んでる町の名前なんだけど……此処ってパームブリンクスじゃないの?」
「ああ、此処はパームブリンクスじゃなくてオラリオだよ」
「オラリオ……?」
「迷宮都市として世界でも最も有名な街なんだけど……聞いたことないかい?」
ヘスティアは『もしかしたら遠くに住んでたのかな』と思いながらユリスに質問する。オラリオとはダンジョンのある唯一の街で世界中から様々な人たちが集まっている、子供でも知らない人はいないであろうぐらい有名な巨大都市である。
しかし、ユリスから返ってきた言葉はヘスティアにとって意外すぎるものだった。
「……どういう事?」
「……へ? どういう事って……何がだい?」
「ヘスティアさん、今この街の事を『世界で最も有名な街』って言ってたけど、それってこの街以外にもたくさんの町があるって事?」
「そりゃもちろん。ユリス君の居たパームブリンクスってところもこの街の外にあるんじゃないのか?」
ヘスティアの言う様に、普通に考えれば世界には幾つもの国があり、それぞれの国で村や町が存在している。もはや一般常識のレベルだが、しかし、このユリスの場合は少し……否、かなり事情が違っていた。
「ううん、そうじゃないんだ。それどころか……
世界にはパームブリンクス以外の町は滅んでいて存在しないはずなんだ」
「……はぁ?!」
気が向いたら投稿します
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2話
……そういえばモニカの武器にアレがあったな……
……ふむ、思いついた
追記:12月29日修正
ユリスから返ってきた言葉に思わず声を荒らげてしまうヘスティア。何気無い一言に対しての答えに『たった一つの町以外が滅んでいる』と言われればヘスティアのこの反応は仕方ないと言えるだろう。
ユリスは知らないが、オラリオに住まう神に対して人は『嘘をつけない』のだ。正確には神は『人の嘘を感じ取れる』のだが、ヘスティアはユリスの言葉からは嘘を感じ取る事が出来なかった。
「パームブリンクス以外の町は滅んでいるって……冗談だろ?」
だが、嘘を感じ取れる事と信じる事は別物である。ユリスの突拍子もない言葉に対してヘスティアは確認の意味を込めてユリスに言った。
「ううん、本当だよ。十年前に世界は一度、パームブリンクスを除いて全て滅んでしまったんだ」
「……っ!?(嘘を……ついてない!?)」
そしてヘスティアは理解してしまう。ユリスの真剣な顔から出た言葉からは嘘を感じ取れない、ユリスが言っている事は本当の事なのだと。
しかし、それならば当然の疑問が出てくる。
「……どうやら嘘ではないみたいだね。けど、それならこの街が存在しているのはどうしてだ? 少なくとも僕はそれなりに長くこの街に居るけど、世界が滅んだなんて話は聞いたことも無いし、現に今もこうして存在している。それとも何かい? 実際に世界は滅んでいたけど、僕たちがその事を認識出来ていなかった……とでも?」
「……その可能性は高いね。ボクが旅してきた所では世界が滅んだ事による影響で自身の存在が失われていた人たちが居たんだけど、その人たちはほとんどが自分が消えていた事を認識出来ていなかったんだ」
「……これも嘘ではない、か」
ヘスティアは腕を組んで考え込む。
自分たち
が、まだ疑問は残っている。世界が滅んだ事はわかったが、そもそも『何故世界が滅んだのか』だ。
災害か何かで世界が滅んだのであればその痕跡などは残るはずだし、戦争などの人為的なモノであればそれこそ自分たち神や冒険者が居るオラリオまで滅ぶとは思いにくい。
であれば何があったのか。ヘスティアは世界が滅ぶような要因を考えながらユリスに問う。
「……なるほど、ユリス君が言っている事は全て本当みたいだ。それで一つ聞きたいんだが、世界は何故滅んだんだい? 何かがあったのは間違い無いだろうけど、存在や認識が抹消されるって言うくらいだ。……何があったのか、僕に教えてくれないかい?」
ヘスティアの真剣な表情を見てユリスは頷く。
「……うん、わかった。もしかしたら信じられないかもしれないけど、ボクが知っている限りの事、全部話すよ。世界に何が起こったのかを」
「……ああ」
ユリスとヘスティアは近くの椅子に座ると、ユリスは世界に何が起こったのかを語り出す。
十年前にグリフォン大帝という存在によって世界は突如として滅んだ事。世界が滅んだ事によって歴史が歪み、本来は存在していたモノが消えてしまった事。その世界で唯一、自分の住んでいるパームブリンクスという町だけが残った事。それだけでなく、世界を旅する途中で出会った少女から世界が滅んだ影響で未来が失われたという話を聞いた事。世界を、そして未来の為に現代と未来の二つの時代を駆け巡った事と、ユリスは順を追ってヘスティアに話していった。
ユリスの話を聞いている間ヘスティアは、頭の中は冷静になりつつも、心の中では驚愕やら何やらがごちゃ混ぜになっていた。そしてユリスの話の中で気になった所に、自身を落ち着かせる為にもヘスティアは幾つか質問した。
それに対してユリスが答えつつ、反対にユリスもヘスティアの話しを聞いたりと、二人が話し始めてから二十分は過ぎただろうか。二人はお互いに話をしていく内に、一つの違和感を感じていた。
ヘスティアが(あれ?)と違和感を感じている横でユリスも違和感の正体に気が付いたのか同じ様に頭に疑問符を浮かべている。
そして数秒、ヘスティアが違和感の正体に気が付いたと同時に、ユリスも違和感の正体に気が付いたが、ヘスティアが一瞬先に口を開いた。
「ユリス君。話していて思った事があるんだが……聞いてくれるかい?」
「思った事?」
ヘスティアは、自身が思った事をユリスに言った。
ヘスティアが思った事、それはお互いの話が妙に『噛み合わない』部分があるのだ。
ユリスが言っていた事は全て本当の事なのだとわかるが、それにしては自分が知っている事と違っている部分が多い。
特に極めつけはユリスが言っていた鉄道や機械などの科学についての話である。
ユリスが言うには現代や未来には鉄道やロボットなどがあり、それらに乗って世界を旅していたとの事だ。しかし、ヘスティアには乗り物と言えば普通は馬か馬車が一般的であり、鉄道なんてモノは聞いたことが無かった。ましてやロボットという機械で出来た人形については初めて聞き、ユリスがヘスティアに見せた銃という武器は様々な冒険者が集まり、鍛冶の神ヘファイストスの所に居てありとあらゆる武具を見てきたヘスティアですら『初めて見た』代物であった。
オラリオで使われている武器は主に剣や槍、ナイフ、弓矢などで他には強力な攻撃が可能だが詠唱が必要な魔法がある。だが、この銃は引き金を引くと弾を発射して攻撃する物だという。そしてユリスの持つ銃『ラストリゾート』は引き金を引き続ける事で絶え間無く弾を撃ち続けて攻撃する『マシンガン』という武器だと言う。
何だ、それは。
ユリスの話にヘスティアはそれしか言う事が出来なかった。
そんな武器、オラリオで聞いた事も見たことも無い。そもそも存在すら知らないよ、と。
しかし、おかげでわかった事がある。
ヘスティアは銃を腰のポーチに仕舞うのを見てユリスに言った。
「ユリス君。君の話を聞いてわかった事があるんだ」
「わかった事……?」
「ああ。もしかしたらお互いに話が噛み合わない事が多いから君も薄々気がついてるかも知れないけどね」
「……確かに。話していてもしかしたら世界が滅ぶ前の時代に来てしまったのかも、って思ったけど、それにしてはおかしい所が多い気がする」
「僕も、ユリス君の話に出てきた鉄道とかの事を聞いて思ったんだ。この街……この世界にはそう言った科学は殆ど無い、けどそれ以上に大きな事がある」
「……それって」
ゴクリ、と唾を飲み込む音が廃教会に響き渡る。
「うん。ユリス君はさっき世界を旅した話の時に『月』について言っていただろう? 月は元は二つあったって」
「うん。そして、旅の終わり際に世界の崩壊を止めたときに月が一つになったんだけど……」
「……ユリス君。月は元から『一つしか』なかったんだよ。今まで何十年、何百年……ううん、何万年も昔からね。月は二つあった事は無いんだ」
「……えっ?!」
ユリスは驚きを隠しきれず椅子から立ち上がってしまう。
確かに、ユリスが一度訪れた遠い過去には月は一つしかなかった、が、その後に起こった出来事によって月は二つになり、それから遠い年月が過ぎて現代まで月は二つ空に浮かんでいた。
しかしヘスティアは月は元から一つしかないと言う。……どういう事なのか。
頭を回転させて考えるユリスにヘスティアは続けて言った。
「……で、だ。これで僕は思ったんだ。お互いに言っている事は何も間違ってない、なのに何故話が噛み合わないのか。そして世界の事に関してのこの認識の違い」
「……いや、でもまさか?!」
「僕もまさかだと思う……けど、これしか考えられないんだ」
ヘスティアはゆっくりと立ちあがり、ユリスに瞳を合わせる。
一秒か一分か。永遠とも感じられる、一瞬とも思える様な時を感じながらヘスティアはユリスに向けて言った。
「ユリス君。君はもしかしたら君が居た所とは遥か遠い……いや、遠いなんてもんじゃない。この世界は君が居た世界とは違う……」
異世界に飛ばされた、のかも知れないね
のんびり更新
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