Game m@ster & Cendrillon (井浦むょ)
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#1-1 『帰ってきたgame m@ster!』

stage:In the crowd

 

 

 

「ワタシは不滅だァァァァァ!!」

 

 道の真ん中で両手を広げて大声を上げる男。

 彼の叫び声は天に伸びたビル群を追い越し、高く高く天蓋まで伸びていこうとするほどに鬼気迫ったものだった。

 

「…ハァ……ハァ…これは……」

 

 太陽に手をかざせば彼の顔には影が差した。くるりくるりと手を返すたびに燦燦と輝く太陽が彼の目に飛び込んでくる。

 

「私の技術は完璧だったわけだ……私の才能が恐ろしい…!」

 

 ひどくつり上がった口角と喜びに輝かせた瞳がなんとも言い難い悪魔のような表情を作っていた。

 

「だが……」

 

 我に帰り辺りを見渡す彼。

 綺麗に舗装された道路、唸るようなエンジン音と息がつまるような排気ガスの臭い。立ち止まった黎斗の横を何度となく通り過ぎていく人々。

 なにもかも、彼の想像していた場所とは異なっている。

 

 ――おかしい。

 

 彼の目論見通りに事が進んだとなれば彼の見ている景色はあまりにも異様だった。

 目の前を歩いてくる1人の男性を注視しても結果は変わらない。

 ちらりと目が合えば関係ないとばかりに逸らされ気にするでもなく脇をすり抜けていく。

 たったそれだけの確認ではあるが、それが、彼の期待を裏切るような行動であることに違いはない。

 それはまさしく、この場が彼の望んだ場所―ゲームエリアの中―でないことを意味していた。

 

「それに…ドライバーもガシャットもないとは……一体どうなっている?」

 

 本来ならばバグスターとなった彼の復活にはプロトオリジンガシャットとドライバーが必要となるはずだったが、腰元に装着された跡はない。

 ――やはり、なにかがおかしい。

 その疑問に辿りつくのは当然のこと。

 

「ム…!そこの君! 少しいいかな?」

 

 そんな彼に、斜め後ろから声がかかる。

 振り返れば彼に並ぶほどの背丈の老紳士が立っていた。

 

「なんだ貴様…??私は今、他人に割く時間など持ち合わせていない。道案内なら他を当たってくれたまえ!」

「そうじゃない。君には他人にはない才能があると感じたものでね」

 

 高慢な態度に物怖じした様子もなく男は答えると、彼の眉が少しだけ持ち上がった。

 

「たしかに、私にはクリエイターとしての才能がある。それを見抜くとは貴方の審美眼は大したものだ」

「それに加えてその瞳に宿る情熱の炎は並の人間が持っているようなものではない。違うかね?」

 

 思わず声が漏れそうになるのを隠し、いつもと変わらぬ様子で口を開いた。

 

「私の想いを理解できる者などついぞ現れることはないと思っていたが……。しかし、今は時間が惜しい。単刀直入に用件だけをお願いしたい」

 

 復活したばかりの彼には何もない。あるのはバグスターとして生まれ変わったその身と溢れるゲームへの情熱。

 それに燃え上がるようなパラドへの復讐心だ。

 今彼が望んでいるのは何よりも多くの時間と情報、それだけだった。

 

「君のような聡明な人間には無駄話は必要ないだろう」

 

 男は深く頷くと、ジャケットの内から名刺入れを取り出した。

 受け取ったそれには男の名前と社名と思われる『CENプロダクション』という文字が並んでいる。

 

「私の会社で、アイドルをプロデュースしてほしい!」

 

 そこには水晶のように瞳を輝かせる男の姿があった。

 ――アイドルだと?

 

「貴方の会社で働いてほしい、つまりは私のスカウトだと」

 

 受け取った名刺から目を離し、男に聞き返す。

 

「そうだ」

 

 満足げに男は首肯する。

 悪い話ではない、内心で彼がそう感じたのも不思議ではない。

 彼にとって情報や時間が必要であったとしても、それはいずれ解決するだろう。

 しかし、彼には身を寄せることのできる場所が存在しない。バグスターは生活資金が不要とはいえ、金すら持っていない成人男性を誰が信用してくれようか。

 この話乗らない手は無い、彼は考えるまでも無くそう決断していた。

 

「悪くない話だ。私は今、このクリエイティブな才能を刺激してくれる最高の環境を求めている」

 

 尊大な様子で語る彼の言葉に多少なりとも嘘や建前が混じってはいても、彼がそういった環境を欲しているのも事実だ。

 

「ただし私は少々急いでる身なものでね、返事は待って頂きたい」

 

 それでも、二つ返事でそれを受けるにあたり彼には圧倒的に情報が足りていなかった。。

 さあスカウトを受けたぞ、と話を転がすにも冷静に事を進めなければ後に面倒なことに発展しかねない。

 彼はその前に手を打つ必要があった。

 

「私こそ惜しむべき時間を奪ってしまったことを謝罪しよう。是非、君の都合がつく時にでも話を聞かせてほしい」

 

 ばつが悪そうに謝る姿も、控えめに述べられた望みも、澄んだ瞳を持つ男の言葉として嘘はないように見えた。

 

「その謝罪、今は聞かなかったことにしましょう。貴方に奪われる時間が無駄だったとき、もう一度その謝罪を聞かせてもらいたい」

「そこまで期待させているならば、その期待に応えなければならないね」

 

 男は控えめに笑みを浮かべた。

 

「そうだ。名前を聞いていなかったね」

 

 男は傍らに置いた鞄を持ち上げると思い出したように尋ねた。

 

「私は……」

 

 逡巡すると胸元から名刺入れを取り出した。

 存在するともしれない会社名がそれに書かれていようとも彼には関係が無かった。

 

「檀黎斗、究極のゲームを作るゲームクリエイターだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:public park

 

 

 

 ――おおよその状況は把握した。

 男と別れた後、電脳世界に身を飛ばして情報を集めていた。

 それが一段落着いた今は公園のベンチに腰を落ち着かせている。

 

「つまり、人類はチェックメイト寸前といったところか」

 

 調べた結果わかったこととしては、彼の生きていた世界とは別物の可能性が非常に高いこと。それに加えて生きていた世界と同様にバグスターウイルスにごく近い何かが存在していること。また、それらに対する抑止力となるものが存在していないことだった。

 ――やはり不思議な点が多すぎる。

 彼が復活できた経緯も不明のまま。

 檀黎斗本人とそれにまつわる人間がいないにも関わらず発生したバグスターウイルス。

 ゲーム病のような症状に陥った患者の末路。

 知れば知るほど疑問は増えていくだけだった。

 

「おいオッサン。こんな昼間からなにブツブツ言ってんだよ」

 

 突然、声をかけられる。

 顔を上げると一人の少年が立っていた。

 キャップを後ろ前にかぶりライトグリーンを基調としたパーカーを着こみ、忙しそうに何かを噛んでいる。

 キャップからはみ出した赤茶けた髪は首丈程度に切り揃えられ、さらさらと風になびいている。

 見たところ中学生に上がりたて程に見られる年齢。整ってはいるものの幼さが目立つその顔は将来を約束されているようだ。

 勿論この場合における少年は性別を問うものではなく、ただの年端もいかない子供という意味合いではあるが。

 

「初対面の男性をオッサン呼ばわりとは……君はもう少し口を気をつけたほうがいい」

 

 彼は目の前に立つ少年を諌めるように言い放つが、それを気にした風には見えない。

 

「いや俺の親父とそんな変わんねえぞ」

「私は三十を過ぎたばかりなんだがね」

「ウチの親父もそんなんだったぞ」

「まさかそんなわけはあるまい」

「三十も四十もそんな変わんねえよ」

「……君は敬意というものを知るべきだな」

 

 呆れたようにため息をつく彼。

 

「別にいらねえよ。それより、オッサン暇してんだよな?」

 

 頼み事。それも、十を言わずともわかるようなことだ。

 見れば片脇にサッカーボールを抱えている。

 

「私は暇ではないが……サッカーをする相手が欲しいといったところか?」

 

 スーツ姿の男性に頼むのは間違いであるような気もするがこの少年には関係がないらしい。

 

「いっつもサッカーするやつらがいねえんだよ。暇つぶしに付き合ってくれよ」

 

 立てた親指で後ろを指すと彼が立ち上がるのを待っている。

 

「名前も知らない大人と遊ぶのは止めたほうがいい」

「サッカーくらいいいだろ」

「サッカーであれなんであれ危険な人間というものは一定層いるのが当たり前だ。面倒な目に遭いたくなければ控えるのが普通だ」

 

 彼は珍しく諭すように穏やかな口調で遠まわしに断った。

 

「じゃあオッサンはアブねえ大人ってことか。アレだろ? ロリコンってやつ」

「失敬な。私は君のような子供に思うところがあるような人間ではない」

 

 先程よりも強い口調で言葉を返すが、ぴくりと眉を動かす程度で彼の言葉を汲み取っているとは思えない。

 

「じゃあいいじゃん」

「そういう問題では……いや、もういい」

 

 ため息を漏らし力なく頭を垂れる。

 

「おっけーならやろうぜ、サッカー」

「仕方ない」

 

 ひざに手をかけてぐいと体を持ち上げ立ち上がり、着ていたスーツジャケットをベンチへと投げやった。

 

「気分転換くらいには相手をしてあげよう」

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 あれからどれくらいが経過したのだろうか。

 ただ分かることがあるとすれば、結局少年の友達は来なかったことだろう。

 

「ありがとよオッサン。遊んでくれてサンキュな」

 

 ぱたぱたとボールに付いた土を払いながら少年は感謝を述べた。

 

「気にしなくていい。子供は遊ぶのが仕事だと思いたまえ」

 

 ジャケットに袖を通し、服装を整えつつ黎斗は答える。

 

「それよりも、遊ぶ相手を選ぶことを先に覚えたほうがいい」

「まだ言ってんのかよ。オレの親父でもそんなに言わねえのに」

「この私がわざわざ注意しているんだ。ありがたく受け取っておきたまえ」

 

 腕を組んでどことなく偉そうな雰囲気を出してはいるが今のところ彼は無職である。

 加えて言えば、無一文でもある。

 

「なんでそんなに偉そうなんだよ」

「フッ……気にしなくていい」

 

 ――これが親心というやつなのだろうか。

 小さい頃から父親の会社でゲーム開発に関わり続けた彼には子供というものは自分のゲームを遊んでくれる相手という程度の存在でしかない。

 そんな彼にとっては新鮮な体験だったのだろう。

 

「で、結局オッサンは誰なんだよ」

 

 土を払ったボールを両手に大事そうに抱える少年は最もな疑問をぶつけてきた。

 その質問を待っていた、とでも言うように黎斗は胸元に仕舞われた名刺入れを取り出した。

 

「いつか私が有名になるまでこれを取っておきたまえ」

 

 すっと差し出された名刺を受け取った少年は不思議そうに名刺を見ている。

 

「会社名は気にしなくてもいい。変わってしまうだろうからね」

「ふーん。別に名刺なんていらねえ」

 

 まったく興味を示さなかったようで無造作にポケットに仕舞われた。

 

「名前だけでも覚えておきたまえ」

「言いづらいから社長でいいよ」

「まあ、好きなように呼ぶといい」

 

 少年と言葉を交わす彼はどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:president`s office

 

 

 

 サッカー少女と公園で別れてからほど経った頃。

 スカウトを受けた際に渡された名刺の住所に従い、彼の営むプロダクションとやらに足を運んでいた。

 通されたのは社長室、のような場所。

 強く言い切ることができないのは、この部屋に凝った調度品のようなものは存在せず、より実務に沿った重苦しさの感じない部屋であったからだ。

 もし、この場に一つ、存在感と気品を感じるほどの大きなデスクがなければ応接室だと思い違いをしていたところだろう。

 

「こうしてもう一度顔を合わせることができるとはね。実に感謝しているよ」

 

 対面に腰をかけた男はにこりと微笑みを浮かべている。

 

「いや、私にも落ち着いて考える時間があってもいいと感じていた。暫くは世話になろう」

 

 黎斗も人当たりのいい笑みを浮かべて謝辞を述べた。

 

「暫く……ということは、いつかは去ってしまうということかね」

「私の夢が、ここにいながらも達成されるというのであればその限りではない」

「そうか、夢か」

 

 彼の温和な笑みは崩れてはいなかったが、その瞳は強い意思を齧れるような気がした。

 

「そうだ。私の、夢だ」

 

 彼の夢。

 それは、ついには彼が見ることは叶わなかった夢。最高のゲーム――仮面ライダークロニクル――を完成させること。

 しかし、この世には彼の望むものは存在していない。

 ゲームを作るための資金は失われ、ゲームを広めるための地位も失った。そのうえ、ゲームの根幹となるべきウイルスの存在も曖昧だ。

 そんな彼が掲げる夢とはどのようなものであるのだろうか。

 それを知るのは彼、檀黎斗ただ一人であった。

 

「夢ならばいたし方あるまい」

 

 彼の言葉は男を諦めさせるのに十分だったが、男はむしろ嬉しそうにも見えた。

 

「私も君と同じただの夢追い人だ。君を止めるつもりはないさ」

 

 夢見る世界は十人十色だが、夢追う彼らの背中に違いはない。

 道は違えど志は同じ。例え誰が止めようとも止まることはないし、止まるつもりはない。それがわかっているのだろう。

 

「私の夢を聞いてくれるかね?」

 

 小さく首肯すると、男は懐かしむように話し始めた。

 

「私の夢は、簡単だ。ここから、この場所から。世界に喜びを広げたい、ただそれだけさ」

 

 男は黎斗から視線を外し、窓の外を見た。

 青空。寂しそうにぽつんと浮かぶ小さな雲。

 地から伸びる幾本ものビルでさえも澄み切った青いその天井まで届くことはない。

 

「どこまでなんて考えてはいないし、決めるつもりもない。ただ悲しそうで苦しそうな人がいるならば、笑顔を届けてやりたい。それが私の夢さ」

 

 そう語る男の横顔には少年のように心躍らせるような面影が残っていた。

 

「なるほど。語るに足る十分な夢だ」

 

 先の見えない夢。

 進めば進むだけ遠のいてしまいそうなその夢は、一人で抱えるには大きすぎるのかもしれない。

 それでも、男の言葉に嘘偽りがあるようには見えなかった。

 

「まあこの程度でいいだろう」

「いや、十分に伝わった」

「ただの老人の戯言みたいなものだと思ってくれて構わんよ」

 

 照れ隠しであろう、ごまかすようにそう付け加えた。

 

「そうもいかない。私の夢を叶える寄り道だ、大きくなくては手伝う気にもならんさ」

 

 一定の敬意はあるだろううがどこか尊大な様子を見せる黎斗。

 彼からしてみれば理想を追い続けることは最も崇高な思想の一つであり、彼にとって人間を推し量る一つの尺度にもなっているようだった。

 その点で言えば、男の理想は合格点と言えよう。

 

「そうか。嬉しいことを言ってくれるね」

 

 嬉しそうに破顔する男。

 寄り道などとぞんざいな扱いをしてはいるものの、彼なりの褒め言葉だと解釈するのも別段おかしなことではない。

 一時とはいえ自分の夢を後回しにしてくれるのだ。同じ夢追い人としてこれ以上に嬉しいことはないのかもしれない。

 

「だったら、私の夢を叶える一つ目の手伝いを頼みたい」

 

 男は立ち上がり大きなデスクの前に立つと、そこに置かれたメモ用紙にすらすらと筆を走らせた。

 

「ほう」

 

 ――新しいゲームのアイデアとなれば御の字だろう。

 彼にとってこの世のすべては自分の才能を輝かせる道具のようなもの。

 それがアイドルをトップに立たせるという仕事であってもだ。

 

「シンデレラを迎えにいってくれるかね?」

 

 そう言って渡されたのは小さなメモ書き。

 意味を持たない数字の羅列と文字の集合。

 つまるところ電話番号と住所だろう。

 ここに行けば男の言う仕事は達成される。彼はメモ用紙を受け取ると、できる限り紳士的な笑みを浮かべて「ええ」とだけ言葉を返した。

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 




檀黎斗が猫被ってたときの口調なんて覚えてないです。


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#1-2

アイマス要素が続くのでライダー要素がありません。
いわゆるアイドルコミュ。


stage:dance studio

 

 

 

 プロダクションから少し歩いた。

 彼が訪れたのは小さなビルのあるフロア。

 

「失礼する」

 

 戸を叩き中に入ると、若い女性――一方は少女というべきだろうか――が向き合い真剣な表情でマンツーマンのレッスンに励んでいた。

 彼女がこちらに気づくとレッスンは中断された。

 

「あっ! 社長から連絡をもらった方ですね!」

 

 当たり前だが黎斗が復活してからまだ一日たりとも経っておらず、今の彼はいつもの一張羅とポケットに仕舞われていた名刺くらいしか持ち合わせていない。

 彼は男――社長に頼み一報入れてもらってからこちらに赴いていた。

 

「そんなところです。社長から、シンデレラを迎えに行ってくれと頼まれましてね」

「ふふふっ。そうですね、シンデレラは王子様が迎えにきてくれますよね」

 

 黎斗の冗談が気に入ったのか彼女の首元に垂らされていた一本のおさげが小さく揺れた。

 

「随分と老けた王子様で申し訳ない」

「十分お若いですよ! えっと……」

 

 名前は聞かされていなかったらしく、おろおろとした彼女を助けるように彼は名刺を差し出した。

 

「檀黎斗です。好きに呼んでくれて構わない」

「じゃあ、黎斗さんで! 私は青木慶です! トレーナーとしてまだまだ未熟ですが頑張っていくのでよろしくお願いしますっ」

「ええ、頑張りましょう」

 

 初対面らしい事務的な自己紹介を終えると黎斗は、床に腰を下ろすもう一人の少女を見た。

 活発な印象を与える毛先のはねたショートカット、だらりと投げ出された手足は程よく鍛えられており、未だ幼さの残る少女にしては十分な美しさを見せている。

 

「挨拶が遅れてすまないね。私が君のプロデューサーとなった檀黎斗というものだ。よろしく頼む」

 

 かがんで声をかけた黎斗を見ると慌てたように彼女は立ち上がった。

 

「ど、どうも、本田未央です! よろしくお願いしますっ!」

 

 ぐいと頭を下げながら声を張って挨拶を返したが、緊張がその声に隠れることはなかった。

 

「そう緊張しなくていい。私は別に君を取って食ったりはしないからね」

 

 頭を持ち上げた彼女に同じように名刺を渡すと、恭しく受け取り珍しそうに見ていたが疑問を感じたのか黎斗に質問をした。

 

「あれ? プロデューサーの名刺おかしいよ? げ、幻夢コーポレーション? って書いてあるけど」

「それは気にしなくていい。まだ来たばかりでね。まともに名刺すら準備してないんだ」

「へー、じゃあ社長のスカウト?」

「そんなところだね。ついさっき声をかけられて驚いたばかりだ」

「ついさっき!? そんな簡単に決めちゃって大丈夫なの!?」

 

 元気に驚いてみせた彼女。

 無理もない。普通の会社ならば辞表を出してすぐ去ることなどないだろう。

 もちろん、彼の勤める会社がここにあればの話だったが。

 

「その会社も今は昔のことさ。君は気にせずアイドル活動に励んでくれさえすればいい」

「ふーん。わかった、よろしくね! プロデューサー!」

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」

 

 明るく振舞う少女に努めて明るく返す彼。

 笑みを浮かべてはいたが、それは彼の本心なのだろうか。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 壁に背を預けて座る二人。

 少女は口に含んだ水を飲み込むと小さく息を吐いた。

 

「じゃあ、今日は顔合わせみたいな感じ?」

 

 伝えることは少なく、休憩の片手間に彼は訪れた理由を説明していた。

 

「そういうことだろう。まさかスカウト当日にいきなり活動を始めろとは彼も言わないさ」

「未央ちゃん的にはすぐにでも始めたいけどね!」

「君のモチベーションが高いのはいいことだ。ただ、君の活動方針も何も決まっていないからね。早くても来週だろう」

「来週かー、早いのかな? 私にはわからないけど、楽しみにしてるから!」

 

 ころころと変わる少女の表情はどれも気合に、期待に溢れている。

 

「ああ、私の力を見せてあげよう」

 

 黎斗はぐっと足に力を入れて立ち上がると腕を組み自信に満ちた表情で言った。

 

「へへっ、頼もしいね! さすがはプロデューサーって感じ?」

 

 並んで同じように立ち上がった少女はうんうんと満足げに頷いていた。

 彼女にとって初めてらしいプロデューサーというパートナーは、ひとまず合格点をあげるには十分らしい。

 

「それで、どうしますか、黎斗さん?」

 

 休憩は終わりらしく、もう一度レッスンは始められることになる。

 それを彼がどうするのか、つまりは見ていってはどうだろうか、ということだ。

 

「ええ、見ていきますよ。これも仕事の内でしょう」

 

 そう、仕事は仕事なのだ。彼にとって大事なものは自分の夢を叶えることに他ならないが、居場所を失わないために必要なことでもある。

 

「そうですか。じゃあ、ちゃんと見ててあげてくださいね?」

 

 可愛らしく頼む仕草はアイドルらしかったが、それはいつ身に着けたのだろう。

 彼女達は向き合うと真剣な表情に戻り、静かな部屋には靴が擦れる音が響くようになった。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 その場で壁に背を預け腕を組みながら見守っていて暫くすると、少女はもう一度床に腰を下ろした。

 

「どうでしたか?」

 

 彼が近づくと顔色を伺うように訊ねる慶。

 彼女も若い身だ。教え子の実力は彼女の実力でもあるらしく、自分の技量への不安も含めての言葉だろう。

 

「近くで見るのは初めてでね。良し悪しを私が下すわけにはいかないだろう」

 

 実際に彼がそれらを見た経験はなく、それが世間にとっての常識と照らし合わせてどの程度のものであるか、それを知らない彼にとっては多くを語るのは避けるのが当然だろう。

 差し障りがないように答える黎斗だったが、彼女にも思うところはあるのだろう。

 

「とは言ってもですね? お客さんはみんなそういうものです。見識がない人から見てどうかも大事ですよ」

「……だったら感想の一つや二つ惜しむべきではないね」

 

 あくまでも主観だ。仔細に語るのでなければ問題はないのだろう。

 

「プロデューサー! どうだった? 未央ちゃんのダンス!」

「ああ見ていたよ。言うことがあるとすれば」

 

 近づいてきた彼女に言葉をあげよう。

 頭に浮かんだ言葉は様々だったが、一呼吸を置いた後に発した言葉は彼の実直な感想そのものだった。

 

「私からすれば合格点には程遠い」

 

 アイドルを目指す彼女には酷だろうその言葉はその後も続けられた。

 

「君のダンスに巧拙をつけるのは一般人の私ではできない。ただその視点で判断するのならば、引き込まれない、というレベルなのは私にもわかる」

 

 彼の言葉に思うところはあるのだろう、慶は悩ましげな表情をしていた。

 

「勿論、アイドルがダンスパフォーマーでないことは承知している。それでも、君がその程度で満足しているというのであれば、私はここを去るしかない」

「おぉ……辛口査定」

 

 当たり障りない評価をするでもなくそう評価した彼の言葉に苦笑する少女。

 

「く、黎斗さん……まだ始めたばっかりですし……」

 

 まるで、自分が悪いとでも言うように擁護する彼女。やはり自分の実力不足だと考えているらしい。

 

「いや、冗談だよ。いなくなったりはしないさ」

「査定は変わらないんだね……」

「私もクリエイターという名のエンターテイナーだ。自分の作品を妥協しようと思ったりはしないさ」

 

 クリエイターとしての意地。ゲームクリエイターとしての才能は留まるところを知らないが、他の才能は未知の領域である。それでも自分が手がける以上中途半端な結果を彼は望んではいなかった。

 

「ほー職人みたいだね、プロデューサー」

「まあ、気にせず励んでくれればいい」

 

 気にせず。

 この言葉が誰に向けられたものかは彼が語ることはないが、彼女らが額面通りにそれを受け取ったようには見えなかった。

 

「今日はこのくらいで失礼しよう。次は事務所で会おう」

 

 彼にとってやるべきことは山ほどある。

 挨拶を交わすと彼はその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

stage:CENproduction

 

 

 

 数日後。

 今日は社長室ではない。

 肝心の黎斗は割り振られたデスクに腰を下ろして優雅にティータイムを満喫していた。

 バグスターなのでコーヒーを摂取しようともカフェインは体内を巡らないし水分は体に取り込まれない。どこか謎の空間に飛ばされているだけであろうが、そこは気分の問題。

 豊かな香りと味わいを楽しみつつ待ち合わせの時間が訪れるのを待っていた。

 つい先日彼女に会ってから今に至るまで、彼が行ったことがアイドル活動にどれほどの影響を与えるかは分からない。

 ただ、言うのであれば、実に彼らしいとでも言っておくのがいいだろう。

 カップの底が見え始めた頃、扉の叩かれる音が聞こえる。

 

「どうぞ」

 

 彼が一声かけるとゆっくりと戸は開かれ、部屋に一人、足は踏み入った。

 

「おはよーございまーす!」

「ああ、おはよう本田くん。いいところに来た」

 

 カップを机に置くと彼は小さく笑みを浮かべた。

 

「ちょうど君を待っていたところだ。そちらに座って待っていてくれたまえ」

 

 言った彼が促したのは彼の隣のデスク、彼が用いているのと同じ椅子を指していた。

 それだけ。

 そのまま彼は部屋の片隅にある給湯室へと消えていった。

 大人しく座っていろ、そうと伝えられた彼女は勝手がわからないながらも腰を下ろした。

 部屋の奥ではカチャカチャと金属の擦れる音が聞こえてくる。

 騒がしくもなく、静か過ぎるわけでもない。

 窓をすり抜ける喧騒もちょっとした物音がかき消しているらしい。

 ただ、彼女が部屋を見回すたびにぎしりぎしりと椅子が苦しく呻いていた。

 針が一周する間もなく。

 手にティーカップとポットを握った彼は、奥から現われ定位置へと戻った。

 

「コーヒーで構わなかったかい?」

 

 「ぜんぜんおっけー」との答えを受けた彼は並べたカップに注ぎ、一方を彼女の近くに置いた。

 

「今は砂糖などがないからね。ブラックで頂いてほしい」

「未央ちゃんは大人ですから大丈夫ですよ」

「大人な女性として扱うべきだったかな?」

「将来的にはオトナなセクシー路線もいいかなーって!」

「ああ、考えておくよ」

 

 そう言って少しコーヒーを口に含む。

 ――悪くない。

 カップをコースターの上に戻すと、彼は話を切り出した。

 

「冷めてしまっては仕方がない。手短に今後のことを話そうと思う」

 

 今後のこと。

 つまるところ、アイドルとしての活動。

 

「私の才能を十分に発揮できる分野であれば有無を言わせずに方向性を決めたのだが、そうはいかない」

 

 ちらと彼女を見ればその視線が自分に向いていることを理解する。

 彼は言葉を続けた。

 

「あくまでも舞台に立つのは君だからね。私は君のやりたいことが必ず成功するように手助けするのがいいと判断した」

 

 彼は言葉を区切ると、机に積まれた紙から何枚かを引き抜いて彼女へと差し出した。

 

「……あの、これって?」

 

 渡された紙に書かれているのは紙いっぱいの表。見れば、人名、地名、時間などが記されている。

 めくってみても、他も同様だ。

 

「明日から近くで行なわれるイベントといったところかな」

 

 続いて一枚、二枚と紙を渡す。

 

「イベントに限った話ではないよ。ドラマの撮影、バラエティ、舞台公演、ラジオ。メディア露出のあるものならアイドルに限らず殆どがそこに記載されている」

「えっ!?」

「出入りが難しいと思われるものは弾いてあるからね。社長の名前を出せば少しくらい見学できるだろう」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!」

 

 ばっ、と腕を前に伸ばして手を振る。彼女の中で理解が追いついてないらしい。

 

「見学って言ったけど、どーいうこと?」

 

 彼が少し反ると、ぎしりと椅子が軋んだ。

 

「簡単な話だ。君自身で目指したいものを見つけてくるといい」

「つ、つまり、見てやりたいことを決めてこいってこと?」

「そういうことだね」

 

 彼はカップに口をつけ、一呼吸置く。

 

「素晴らしい作品は鮮明なイメージから始まる。より強いイメージを持つにはこれが最適だと私は判断した」

「強いイメージ?」

「アイドルとはファンの心を動かすようでなければいけないのだろう? だったらそれを自分が感じて影響されるのが最も効率がいい」

 

 彼とてここに長居するつもりはない。

 それに加えて彼には調べなければいけないこともある。

 少しばかり始まりが遅くなろうとも一から十まで全て自分でやるよりはいいということだろう。

 

「ふーん。まあなんとなくわかった」

 

 ぱらぱらとめくりながら首肯する彼女。話を聞きながらも彼女の眼は右に左に文字を追っていた。

 

「ひと月ほどはレッスンと簡単な仕事だけとなるが、そこからは君の方針に従った活動ができるようにしていきたい」

 

 最後に彼女に渡された紙には場所や時間などのスケジュールが書かれている。

 

「一ヶ月は長いんじゃない?」

 

 彼女はもって当たり前の疑問を口にした。

 時代はアイドル戦国時代と言われるほどのこの業界。立ち止まってあれやこれやとしている間に流行だって過ぎ去ってしまう。

 彼女の言い分はそういうことを意味しているのだろう。

 疑問に聞こえるその問いも、彼女の焦りや不安を示していた。

 

「長くても、と言ったところかな」

 

 彼の言葉はなんら変わりのない調子で続けられる。

 

「早いに越したことはないが、これは本田くんの活動路線を決めるために重要なことだからね。十分に時間をかけるといい」

 

 穏やかな笑みを浮かべた彼の言葉は、丁寧で、そのうえ確信めいた自信に満ちていた。

 

「まあ、やりたい仕事ができるようになるのは少しかかるから気にしなくてもいいさ」

 

 付け足されたその言葉は彼女へ向けた言葉だろう。

 貼り付けられたような優しさに見えたとしても、それに違いはない。

 

「こんなところだろう。何か質問はあるかい?」

 

 彼の言葉を受けて、軽く頭を捻る彼女。握られていた幾枚かの紙は、手癖につられてくるくると丸められていく。

 

「えっと、じゃあ一つ」

 

 気に留めることがあったのだろう、彼女は小さく手を挙げた。

 

「何かね?」

「見学ってなんの扱いになるの? 仕事?」

 

 変わって、彼が考える様子を見せた。

 腕を組み視線を下に外して軽く目を瞑ったが、すぐに彼は向き直った。

 

「……少なくともアイドル活動ではないだろうね」

 

 彼としても、見学程度に金を払うことはできないのだろう。

 アイドルは少女の夢である前に職業の一つだ。いくら先行投資とはいえ、立ち上げたばかりの会社が経費で落とせるとは考えないほうがいいと判断したのだろう。

 

「とりあえずは取材旅行みたいなものだと考えておけばいいだろう」

「取材旅行かー。漫画家みたい!」

「自分の糧になると考えるならば同じようなものさ」

 

 彼女の思い描くアイドル像がどのようなものであるか、それを黎斗は知らない。

 もしかしたらテレビで見た程度の煌びやかなイメージかもしれないし、ドキュメンタリーらしさの溢れる泥臭いアイドル像かもしれない。

 今はまだ、アイドルですらない彼女が思い描くアイドルを知らずとも。

 彼が彼女を知るのに時間はかからないだろう。

 

「勝手は分からないが領収書は貰っておきたまえ」

「りょーかい!」

「他に質問がないなら説明は以上だ」

 

 そう言った黎斗は椅子を回してデスクへと向き直りかたかたとキーボードを叩き始めた。

 

「少し温くなってしまったがコーヒーでも飲むといい」

 

 彼のデスクに備え付けられたパソコンの画面は、淡く光っている。

 

「プロデューサーはまだ仕事?」

「ああ、あと一つだけ残っていてね。それさえ片付けば今日は終わりだ」

「そう? じゃあ、待ってよーかなー。プロデューサーとご飯食べたいし!」

「いや、待っているのは私の方だ」

 

 向き直り、そう言った。

 彼のデスクには画面の暗くなったパソコンが置かれている。

 

「……?」

 

 コーヒーを啜りながら不思議そうな表情を浮かべる彼女。

 どうにも会話がかみ合っていないらしい。

 

「さっき渡した表には目を通したものだと思っていたんだけどね」

 

 君にも関係のあることだ、とでも言うように語る黎斗。

 

「え? もしかして……」

 

 カップを置いて渡された紙束をぱらぱらとめくれば、ひとつ紛れて載せられた今日の日付が目に入った。

 

「あ……これ?」

 

 黎斗にも見えるようにと持った紙束は翻される。

 指で指された項目は今日の日付と今から一時間ほどを示した開始時刻。

 

「その通りだ」

 

 落ち着き払った様子でカップを傾ける黎斗。

 

「わざわざ今日を選んで君を呼び出したのはそのためさ」

「急すぎない?」

「驚きを与えるのがエンターテイナーの役目だろう」

「いやプロデューサーはプロデューサーじゃん……」

 

 彼女の口から零れたその言葉は、呆れているようにも聞こえた。

 

「見学の付き添いが最後の仕事だ。終われば夕食くらい付き合ってやろう」

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 

 




今週の沙羽さん「戦兎くん」って言い過ぎてシリアスシーン中に某奈良の鹿マスコットが頭よぎってきて面白かった


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#1-3

世の中にはAT限定免許の講習受けてることが恥ずかしくて見栄を張って「大型二輪とってる」とか言う人がいるらしいです。


stage:in the car

 

 

 

 車内は唸るようなエンジンの回転音とカーステレオから流れるラジオに溢れている。

 社長の知り合いが経営している事務所のアイドルがライブを開くと言うことで、是非と見学に向かう二人。

 黎斗の運転する車は信号に出くわすたびに加減速を繰り返していた。

 何度目かの赤信号。

 ゆっくりと踏まれたブレーキは、前の車とそれほど近くないところで停止した。

 

「そーいえばプロデューサーってゲーム作ってたんだよね」

 

 助手席で外を眺めていた彼女――本田未央が黎斗に声をかけた。

 

「そうだとも」

 

 肯定するが、彼は前を向いたままだ。

 

「どんなの作ってたの? 興味あるなー!」

「それはクリエイター冥利に尽きるというものだね」

 

 黎斗はちらと視線を外して彼女を見た。

 彼の口角がほんの少し持ち上がっていたようだった。

 

「詳しいことは省くが、スクロールアクションやシューティングなど様々だよ」

「いや端折りすぎでしょ。全然わかんないって」

「ならば私の開発したゲームへのこだわりを聞かせてほしいのかな?」

「あ、そういうやつ?」

「残念ながら私が開発したゲームは両の手で数え切れる程度の量ではないからね。目的地に着くまでに語れるとは思わないから止めたほうがいい」

 

 彼は物心が付いて間もない頃よりゲームの開発、ないしはアイデア提供を行なうほどに心酔していた。

 それは、ゲーム開発の才能が自分よりも優れている人間を妬み、親の仇とばかりに敵視するほどに、だ。

 彼が語りだそうものなら沈んだ日がもう一度昇ることも可能性として無視できないだろう。

 

「ちょっと面白そうだけど長いのは勘弁してほしいかなーって」

「それが懸命だ」

 

 前の車のブレーキランプが消える。

 彼がアクセルを踏むとほんの少し、体がシートに引き寄せられた。

 

「だからさ、そーいう難しい話じゃなくてどこが面白いのかなって感じの軽い内容でいいからさ!」

「それも私には無理だろう。自分で開発した以上愛着もあるし作品への自信がある。面白くないところなど無いに等しい」

 

 強く言い切った彼は、言葉を続ける。

 

「元々稚拙な言葉だけで伝わるとは思っていないさ。数千もの言葉を並べた雄弁よりも、一瞬の体験がものを言うのがゲームというものだからね」

 

 彼の手がけたゲームが世に送り出され、ほぼすべてがヒット商品としての立場を得るのも彼なりの自信が生み出したものである。

 甘言蜜語で購買意欲を誘うのではなく純粋な好奇心を持って自分のゲームを手に取らせる。

 試遊会を大々的に開催していくマーケティングも、彼の思想の表れだろう。

 

「かっこいいこと言うねプロデューサー」

「事実を言ったまでさ」

「いやーやっぱり作ってる人は言うことが違いますなー」

「作っているかどうかは然程関係ないと思うけどね」

 

 彼女の言葉に異を唱える黎斗。

 方向指示器を跳ね上げると、チカチカと小気味いい音が車内に加わった。

 

「あり? そうなの?」

「私はあくまでも作る側だからね。プレイヤー側がどう思っているなど本当のことはわからない」

 

 ハンドルが切られ、横向きの慣性に体を引かれる。

 曲がりきると指示器はひとりでに下がり、ウインカーが消えた。

 

「ただ、私の意見を言うならば、多くを語らずとも心に残るゲームこそ真のゲームというものであるべきだ」

 

 開発者であるにも関わらずゲームの魅力を語ることを放棄したことも、そういうことなのだろう。

 

「おぉ……ってことは自信あり?」

「当たり前だろう。私の才能を持ってすればプレイヤーを唸らせることなど赤子の手を捻るようなものだ」

「ほーん。だったらさ! 未央ちゃんが真偽のほどを確かめてしんぜよう!」

「フッ。子供ならば素直に遊びたいと言えばいいものを」

 

 面白い話を聞いたとでも言うように、口の端から息が漏れた。

 

「ブブーッ! 未央ちゃんはもう大人ですー」

 

 そんな小馬鹿にした態度に彼女は口を尖らせた。

 

「それは失敬。高校生が大人だったとはね」

「うっ……。いや! あと二、三年もすれば誰もが振り返るセクシーボディなおねーさんになってるはずだから!」

「それなら楽しみにしておこうか」

「プロデューサー、私のこと信じてないでしょ」

「信じているさ。ただ、君が望むような大人になれるかは怪しいみたいだが」

 

 口ぶりから察するにハリウッドで活躍する大女優がイメージにあるようだが、血筋が純日本人である以上、彼女らのようになるのは難しいだろう。

 

「ほら信じてないじゃん!」

「期待していないわけではないんだけどね」

 

 人は進歩していくもの。

 たとえ成長期が終わりを迎えたとしても、それが成長の終わりではない。

 身長が伸びなかったとしても体格に変化は生まれるし、内面だって変化するだろう。

 そうして大人になっていくのだろう。

 檀黎斗という男もまた、そうやって大人となっていったように。

 

「いいもんねー、絶対プロデューサーが驚くような大人になってやるもんねー!」

「それならもう少し落ち着きが欲しいものだ」

 

 呆れるような物言いだが、その顔ははっきりと、笑顔を浮かべていた。

 

「……羨ましいな、プロデューサー」

 

 脈絡も無く、彼女は重たげに話を切り出した。

 

「何がかね?」

 

 彼女の言葉は続きがあるだろう、独り言ではないのだと思い黎斗は問い返した。

 

「ゲームのこと喋ってるときのプロデューサー、楽しそうだった」

 

 ちらと隣を見れば、彼女は助手席の窓から外を見ていた。

 今、彼女――本田未央はどのような表情を浮かべているのだろうか。

 

「何かに熱中してって気持ちを知らないわけじゃないけどさ、プロデューサーのは多分私のとは違うでしょ?」

「……私がゲームを作るのは人生そのものだろう。元より私の才能を証明する方法はゲームの開発以外にありはしないからね」

 

 プロデューサーにとってのゲームって何? そんな風に捉えられるような言葉に彼なりの彼の言葉をもって彼女の問いに答えた。

 

「ほら。私なんかと全然違う」

 

 まるで彼がどのように答えるかを知っていたかのような口振り。

 彼にとってのゲームとは傍から見ても自明で、それだけに彼女の言葉は、強く、重い。

 

「私がこれだ! って思うこともさ、絶対霞むと思うんだ」

 

 さっきまでの明るさは嘘のように、ぽつり、ぽつりと語られるのは彼女の胸の内。

 相槌を打つでもなく、黎斗は次の言葉を待った。

 

「プロデューサーが、近づけば火傷しそうなくらいに燃えてるキャンプファイヤーの炎なら、私のは今にも消えそうなマッチの火。そんな気がする」

 

 彼が慰めるような言葉を吐くことはない。

 生まれてこの方ゲームのことだけを考え続けた彼のような生き方はひどく稀だろう。それは、彼の純粋な感情を捻じ曲げてしまうほどに。

 そんな彼が何か彼女にかける言葉があるのだろうか。

 

「だからさ、羨ましいの。私もこれくらい心を奪われる何かがあればいいなって」

 

 彼女の思いは誰しも心に抱えた辛さなのかもしれない。

 好きなことがあって。

 夢があって。

 なりたいものがあって。

 それは、なんであろうと、輝いて見えるものだ。

 

「私が君を慰めるとすれば、それは実に滑稽な話だ。ましてや、同情など出来もしないだろう」

「うん。知ってる」

「だから私は君に哀れみを向けることはしない」

 

 目的の場所はすぐそこだ。

 見え始めた会場は、次第に大きさを増している。

 

「出会いとは常に偶然だ。本田君が胸を張れる何かを見つけたならば、この私が祝うのも悪くない。それくらいは言ってあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

stage:in the audience

 

 

 

 ステージを前にして雑多に立ち並ぶ人々。

 静かに時が来るのを待つ人もいれば、会話を弾ませる人もいる。

 その観客に紛れる形で、三人は立っていた。

 

「ひょえ~、さすが人気アイドル。ファンの数がすごいね」

 

 何の気なしにそう呟く彼女。

 勿論、それを聞き流す彼ではない。

 

「人事のように言っているが本田君もこれくらい目指してくれなければ困る」

 

 見渡す限りの人。

 しかしそれでも、これ以上に収容が可能な会場があることを彼は知っていた。

 彼が聞いた話によればこれくらいはまだ中堅アイドルの域を出ない。言ってしまえばこれからスポットライトを浴びる彼女らもここはまだ通過点だと感じているのかもしれない。

 

「わかってるって!」

「疑わしいものだ……」

 

 悩ましげに呟いてみせる彼の心情は、それほどにも見えない。

 

「上手く関係を築けたようで安心したよ」

 

 と、黎斗の隣から声がかけられた。

 プロダクションの社長を務める男は彼らを見ることもなく、静かに佇んだステージを見続けていた。

 

「これがいい関係と言うのならそうだろう」

 

 彼からしてみれば上等な関係に至っているとは考えてもいないだろう。

 なにしろ、彼女と顔を合わせたのはただの二度。十分な時間もなく生まれた二人の関係がそれほど仲の深まった間柄だとは到底思えない。

 

「私は悪くないとは思うがね」

「貴方がそう言うのであれば素直に受け取っておこう」

 

 自分と他人との関係を自ら推し量ることは思いのほかに難しい。

 第三者から見れば見え方だって違う。ならばと、彼は受け取った、それだけのこと。

 

「それにしても、不思議なプロデュース活動をする人間をスカウトしたものだ」

 

 感慨深く、まるで郷愁を想うように男は語った。

 

「まさかライブに連れていきたいと言うとは思っていなかったからね。実のところ少し驚いた」

「身勝手な注文に答えてくれたことには感謝している」

「いや、構わないさ」

 

 取り繕う様子も無く、その言葉は本心であった。

 

「経営者としては最悪かもしれない。余計な投資だと言われるだろう」

「見たところ、遊ばせている時間すら惜しい様子だが?」

 

 一時とはいえ彼も社長の地位に就いていた人間だ。

 ゲーム開発のように先行投資から始まるのがアイドルとはいえ、無名のアイドル、さらには実績も無いプロダクションが大枚叩いて行なうには無理があると、彼自身感じていた。

 

「社員に心配されるほどとはね」

 

 照れるように、はたまた申し訳なさそうに小さく笑った。

 

「スカウトしたアイドルを足踏みさせている時間も金もない筈なんだがね」

 

 笑みを浮かべたそのままに語ったのは現実だ。

 言葉通り金も時間もあるとは言い難い状況なのだろう。

 

「それでも、アイドル達の夢見る世界が私の叶えたい夢に繋がるというのならば、少しくらい無理をしたいものなのだよ」

「大人しく資金投資でもしていればよかっただろうに」

「そういう訳にもいかんさ」

 

 激情に身を任せる、そんな姿が想像もつかないような男にだって、貫きたい意地がある。

 

「私が見たいのは笑顔だからね。ファンだけではない、アイドルも含めての笑顔だ」

 

 彼の語るのは信念か、それまた只の夢物語か。

 夢物語にしては、言葉の端から汲み取れる想いはいささか強すぎた。

 

「それに、君ならわかってくれるだろう?」

 

 問うように、続く。

 

「夢を見るなら一番近いほうがいい、そうは思わんかね?」

 

 誰の言葉でもない、男の言葉。

 誰に問うでもない、自分への問い。自分の答え。

 まるで、そんな風に聞こえた。

 

「自分だけのものに遠いも近いもないだろうに」

「それもそうか」

「まったく、この私を巻き込んではた迷惑な話だ」

「そう言われると困ったものだ」

 

 と、そこに彼の顔を覗きこむように伺う少女の姿があった。

 

「プロデューサーと社長だけで盛り上がっててずるい!」

 

 不機嫌そうに、不機嫌そうに見えるようにむっとした表情を浮かべる彼女。

 

「それはすまない」

「何の話してたの?」

「ちょっとしたことだ。ただの夢追人の戯言さ」

「まーたそーいう話してるし」

「いずれは君にも語れる日が来るさ」

「そーだと嬉しいんだけどねー」

 

 ほんの少し前まで彼が話をしていたこと。

 それは、夢を追うということ。

 それが誰にとってどんなものであるかは本人しか知らない。

 とはいえ、夢を語らうのは誰にだってできる。

 夢を追い続ける限り。

 彼女が、彼らと共に語り合えるのはいつの日か。

 

「まずは気にせず楽しみたまえ。それが、夢に繋がるはずだ」

 

 ステージの始まるアナウンスが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

stage:diner

 

 

 

 

 ライブが終わった。

 三々五々散り散りに去っていく観客と並ぶように彼らもその場を離れた。

 二人を乗せた車はうろうろと街中を走り回り、一つの店に吸い込まれていった。

 

「普通のファミレスなんだ」

 

 助手席に座った彼女――本田未央はそう口にした。

 

「君たちの年齢なら相応だろう」

 

 おそらく無難な選択、檀黎斗が選んだのは一般的な大衆食堂、そこそこな規模をもったチェーン店だった。

 

「や、不満はないから」

 

 勿論、連れてこられた店に不満があるわけではない。ただ、自分の言葉が思い通りに彼に伝わらなかったのではなかったのかと考えると、そう付け加えるのが無駄と言うわけでもないだろう。

 店内に入ればスタッフの案内で席に通される。

 向かいあって対面、黎斗と未央は腰を下ろした。

 

「社長も来ればよかったのにねー」

 

 ライブ会場にいたのは自身も含めての三人。にしては、テーブル席に座るには両脇が空きすぎているようだった。

 

「彼もそれなりに忙しいのだろう。長とはそういうものだ」

 

「ふーん大変そー」

 

「気にしなくてもいいさ。できることをできる人間がするのが社会というものだ」

 

 総じてそういうもの。

 彼はゲーム開発ができたからクリエイターに。

 彼女は才能があるからアイドルに。

 同じように、あの男も、夢を語るだけではないのだろう。

 

「プロデューサーはなに食べる?」

 

 ばらばらとメニューを眺める彼女。

 

「私はコーヒーだけで構わないよ」

「プロデューサーって小食なの?」

「まあそんなところだ。私のことは気にしなくていい」

 

 小食かどうかは定かではないが、バグスターがごく一般的な人間のように栄養を摂取したとしてそれに意味はあるのだろうか。

 もしかしたら彼自身そのことに疑問を抱いているのかもしれない。

 とは言っても、彼がその身を自由にしてから既に幾日も経過しているわけだが。

 

「気にしなくてもって言われてもなあ……」

 

 夕食に付き合うという彼の言葉はそのままの意味だったのかもしれない。

 

「なんか私だけ食べてたら食いしん坊みたいじゃん」

 

 ともすれば当たり前に彼女が気にかけるのもおかしいことではない。

 食べにくいのだと彼女は言うが、持ち前の明るさの割には繊細な心を持つ彼女のことだ自分のせいで彼に迷惑をかけたのではないか、そんな風に思っていても不思議ではなかった。

 

「時間が時間なのだから気にするほどでもないだろう」

「まあそうなんだけどさ」

 

 ページを二度三度捲ると彼女はその手を止め、黎斗に目を合わせた。

 

「呼んでいい?」

「ああ」

「ほいっと」

 

 のばされた腕は卓上に置かれたボタンを叩いた。

 ほどなくして姿を見せた店員に彼女は一つ頼むと、彼も連なるようにして口を開いた。

 

「結局頼むんじゃん」

「私だけ食べないのも食べにくいだろうと思ってね」

「プロデューサーがわかんないなあ」

 

 と言いながらも彼女が浮かべたのは喜色ばんだ笑みだ。

 

「それはとりあえず置いておくといい」

 

 話を切り替える。

 

「どうだったかね? 目の前でライブを見た感想は」

 

 彼も遊ばせるために連れてきたわけではない。

 彼女自身にアイドルというものを知ってもらうためだ。

 

「あー、なんて言うんだろーね」

 

 むむむっと、腕を組んでみせる彼女。

 

「そこまで深く考えなくてもいい。私はただ、君の素直な感想が聞きたくてね」

 

 彼女のためをもってあの場所に連れては行ったが彼は大仰な言葉が欲しいわけではない。

 フィーリングやイメージを重要視している彼らしく、単純にして率直な感想を望んでいるようだった。

 

「すごい、ってそんな言葉しか出なかった」

 

 彼女が口にしたのはただ簡潔に、それだけ。

 

「色々見えたこともあるよ? ファンの熱気がすごいーとか表情がキラキラしてるーとかさ」

 

 今まで目にしたことの無い世界だったのだろう。目に見えたもの全てをあれやこれやと語ればそれはそれで自分の思ったままの感想にもなるのかもしれない。

 

「多分テレビで見てるだけじゃわからなかったこともあった。いや、ううん、違うや」

 

 だが彼女にとってつらつらと語るのは本意ではない。

 付け足された言葉を否定して、彼女は言葉を選ぶように。

 もって正しく十全に伝えようと。

 

「テレビで見てるだけじゃ何も分からなかった」

 

 そう答えた。

 

「あんなちっちゃい画面で見るのとは違うや」

 

 彼は相槌を打つでもなく、黙している。

 彼女の言葉に余計な口を挟むべきではないと彼は理解している。

 

「アイドルがどんなのか全然知らなかった」

 

 その感情が、彼女を一歩、アイドルへと近づけた。

 まさに今日、あの場所で。

 アイドルというものを彼女が知ったとき。

 初めて本田未央というアイドルの芽が芽生えたのだ。

 

「だから、連れてきてくれてありがとう」

 

 彼女は、にっと笑った。

 

「これもプロデュース活動の内だ」

「そう言うと思ったけど!」

 

 彼が『アイドルのため』などと息巻いているのは不気味だろう。

 彼女もそれくらいには彼のことを分かってきたらしい。

 

「アイドルがどんなものか分かったのなら今日は十分だろうさ」

「なんとなく、は分かった!」

 

 ちょろっとライブに参加したくらいではそんなもの。

 

「だから、まだまだ色々見てみたい」

 

 どこもかしこもアイドルがいる時代だ。

 ライブだけがアイドルではない。

 ライブだけで全てが分かるほどアイドルは簡単ではない。

 

「知らないこともいっぱいあるし私のなりたいもの、見つけてみたいんだ」

 

 檀黎斗のように、情熱を捧げたいと思える夢。

 そんな何かを見つけるための一歩を、彼女は踏み出した。

 

「ああ」

「返事テキトーすぎ!」

「フッ……見たいだけ見ればいい。最初からそのつもりだ」

「だったら納得いくまでやるからね!」

 

 何かに燃えるように、彼女はそう宣言した。

 

「だからさ!」

 

 彼女は再度、彼と視線を交わす。

 その瞳は、輝いてみえた。

 

「そのときはプロデュースお願いね!」

 

 溌剌と、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 




未央の3Dモデルの最大の特徴は唇だと思うんですよね。


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#2-1 『I'm a ゲームマスター!』

stage:a public square

 

 

 

 

 太陽の照りつける休日。

 街往く人の表情はどこも明るく華々しく、賑やかさを感じられる時間が流れていた。

 しかし、その賑やかさは楽しく騒がしい余暇を過ごす人々がもたらすものとはいえ、その影には労苦を身に重ねる人々も同じように存在している。

 誰が決めたわけでもないその違いは、世間一般の休みと身を置く職場の休み、それがたまたま重なっていたに過ぎない。

 例に漏れず広場で方々に謝辞を述べている男も、今日は休みではなかった。

 

「どうかな」

 

 彼――檀黎斗はスタッフに挨拶を済ませると、シャッターが切られるのをじっと眺めている少女――本田未央に声をかけた。

 

「あっプロデューサー、もういいの?」

 

 彼女とともに挨拶や礼を交わすだけでなく彼の弁舌をもって交友を広めんとしたことを彼女は理解している。一つでも多くの仕事を得るためには印象を良くするのもプロデューサーとしての勤めだろう。

 

「私たちは厄介者に過ぎない。あまり引き止めては悪いからね」

「邪魔しちゃ悪いもんね」

「で、どうだろう? 見て何かあったかな?」

「んー、やっぱりライブほど派手な感じじゃないよね」

「あれと比較するのは難しいだろうね。対極にある静と動では勝手も違うだろう」

 

 前回訪れたのは歌って踊ってさらには喋ったりと忙しいライブだ。今回のような写真撮影ではあの時のようなものは感じられないだろう。

 

「そうだよねー。これもこれで楽しそうだけど!」

 

 たった数週前まではただの女子高生でしかなかった彼女には一つ一つが新しく、どれもが未知の存在だ。彼女の気持ちは推して量るほどでもないだろう。

 

「これ単体で感じたことはあるかな? それぞれで得るものは違うだろうからね」

 

 そう問えば彼女は小さく唸り目を瞑った。

 

「切り替えがすごいっていうのかな? 撮ってるときの感じがそれぞれ全然違うっていうか」

 

 探り探りで紡がれた言葉はまさしく彼女の感じたままを表していた。

 

「表情の話かな?」

「うーん、表情もなんだけどさ、全部が全部って気がする」

「ほう」

「雰囲気なのかなー。よくわかんないけど」

 

 彼女の曖昧で抽象的な感想に表情を変えることすら無かったが、彼にはそれで十分らしかった。

 

「見たところ本田君は動きが少ない仕事はあんまり好きではないようだね」

 

 数えるほどしか見て回っていない彼らだが、それほどまでにはっきりと彼女の反応は分かりやすい。

 

「たしかにそうかも!」

「今回はそれがわかっただけでも十分だろう」

「? もう帰るの?」

「まだ得るものがあるなら見ていても構わないよ」

「じゃあもー少し見てこっかな」

「好きにしたまえ」

 

 黎斗は「邪魔にだけならないように」と言い残しててその場を離れた。

 程なくして。

 撮影現場より少し離れた―全体を見渡すかのような―場所にて撮影を眺める黎斗に近づく人影があった。

 

「どうですかね私が信頼しているアイドルは」

 

 彼――檀黎斗の隣に立つ男も同じようにシャッターを浴びる少女を眺めている。

 

「ええ、素晴らしい実力だと思いますよ」

 

 その賞賛が心の底から沸きあがるものかは分からない。

 ただそれなりに円滑な人間関係を構築する必要性を感じているのは違いなかった。

 

「私も現時点ではそう感じているんですけど彼女が認めてくれないんですよね」

「上昇志向があるのは素晴らしいことなのでは?」

 

 檀黎斗という男は向上心の塊である。

 彼の人生を振り返ってみれば、自己の才能を肯定し持てる力を惜しみなく作品へと注ぐ、あくなき探究心をもってゲームを作り続ける姿があった。

 彼をしてみればそんな彼女の姿に感じることもあるのだろう。

 

「そうでしょうけど、たまには自分を認めてあげるのも必要だと私は思うんです」

 

 男の視線の先には穏やかな笑みを浮かべながらカメラマンの声に合わせてポーズを変えていく少女がいる。

 

「やはりあなたは心配ですか?」

「そうですね」

 

 一つ、頷いた。

 

「それは、彼女を信用していないからですか?」

 

 彼が再度、問う。

 

「いえ……どうなんでしょう」

 

 すぐさまに否定するかに思えたその問いに、男は自分に問いた。

 

「もしかしたら心のどこかで信用していなかったのかもしれません」

 

 彼の出した答えは自戒を込めたものであり、彼が抱える彼女への不安はそういった類のものだと結論づけたらしい。

 

「困らせるような質問をして申し訳ない」

「いえ、他人からの視点ほど必要なものはないですし、考え直すいい機会でした」

「そう言っていただけるとありがたい」

 

 見れば、撮影も終わりが近づいていた。

 

「私が思うに自分を諌めることのできる人間が、他人を信用できないなんてことはないと思いますよ」

 

 彼らしくもない言葉だった。

 

「……檜山さんが貴方を見定めたのも納得できる気がします」

 

 檜山。

 檀黎斗という男をアイドルの世界へと誘った張本人はそれほどまでに評されていたらしい。

 

「あの人の直感は確かに優れているしそれが証明できるほどの実績も信頼もあった」

 

 懐かしむようなその口調がそれだけで男への評価を示している。

 

「貴方をスカウトできたことで彼もやっと夢を叶えることができるはずです」

「例の話ですか」

「ええ。彼の理想はあの事務所からではおそらく見えなかったはずです」

 

 アイドルが生まれては消えていくこの時代だ。上へ上へと進む階段がどこにでも存在するわけではないらしい。

 

「見たところアイドルも彼が選ぶだけに相応しいようですし、彼の夢も叶うかもしれません」

 

 男は黎斗へと向き直った。

 

「是非、時間があるなら見ていってください。その方が刺激になります」

 

 彼らは互いに礼を交わし、男は去っていった。

 

 

 

 

 

stage:CENproduction

 

 

 

 

 昼下がり。

 新人アイドルの担当ともなれば一つでも多くの仕事を手にしようと四方八方駆け回るのが常のはずだが、檀黎斗という男にはそれらしい素振りは見られなかった。

 彼なりのやり方があるようにも思えるが、デスク上のPCに映し出された文字列はそれと関係があるようには思えない。

 

「ゲームとは不思議なものだね」

 

 キーボードを叩く黎斗の後ろから声がかけられた。

 

「ただそれだけの文字があの世界を動かしていると言うのは信じ難いものだ」

「たしかに知識の無い人間には何も理解できないでしょう」

 

 ゲームもまた、知らぬ者にはブラックボックスである。ただそれでも、知る必要の無い者にとっては知らずともゲームは楽しめるのだが。

 

「とは言ってもこれも言語の一つでしかない。英語や日本語のように学習すれば自ずとわかるようになるものですよ」

 

 椅子を回して社長へと向き直りながらそう彼は答えた。

 

「ふむ……さすがはゲームクリエイターだね。また一つ、君にアイドルプロデュースをしてほしい理由ができてしまったようだ」

「期待していただけるのはありがたい。ただ、貴方の期待に応え続けることはできない」

「それは残念だね」

 

 男は笑った。

 

「それで……具合はどうかね?」

「彼女のことですか」

 

 この場にはいない彼女――本田未央のことだ。

 

「そうさ。そろそろ彼女も答えを見つけた頃だと思ってね」

「どうでしょうね……私が見る限りまだかかると感じていまして」

 

 あれから見学に行けるのであればどこにでも訪れはしたし、何度か仕事をさせてはいたが彼からすればまだ十分ではないらしい。

 

「まだかかるみたいだね……いや、咎める気があったわけではないさ」

 

 素直に感想を述べつつも自身の言葉に付け加えた。

 なんだかんだとアイドルを応援したいという彼の気持ちは言葉を交わせば当たり前に理解できるものである。

 だがそれとは裏腹に彼は一国一城の主であるのも事実だ。彼の立場を思うと、傍から見ればその言葉に棘が含まれれていると考えられてしまうのも無い話ではない。

 勿論、そのつもりは無い筈なのだが。

 

「彼女があまり深く考えているようだと心配になってしまうものなのだよ。アイドルと関わってきた身としてはね」

 

 アイドルとプロデューサー。

 その関係を身をもって体験し、アイドルのいろはを知る彼の言葉は、重い。

 

「アイドルを夢見ることは不思議ではないし、アイドルになることも今の時勢では難しくは無いのが現状というもの」

 

 聞けば、アイドルとしてデビューするのは難しくもないらしく、何が難しいかと言えばそこからメディアに露出するまでが長いらしい。

 

「とは言っても、"夢に見ている"くらいなら当たり前だ。ただそれが現実になったとき、彼女達の原動力が何だったのか知ることになるのも事実さ」

 

 何か一つを只ひたすらに求め、目指し続けるならば誰もが通る道。ゲームクリエイターとして名を馳せた檀黎斗も通った道だ。

 

「"面白そう"なんて理由も文句はないし、"儲かりそう"だって十分な理由さ。そのうえで彼女達がアイドルの楽しさをはっきりと理解してこそ彼女達は輝くことができるのかもしれないと思っている」

「それは同感だ」

「うむ。そして、その手段の一つとして大きな目標を彼女に立てさせるというのも手段としては十分にありえる話だ」

 

 

「ただその中で、彼女が楽しさを十分に理解する前にアイドルに対する情熱が失われるようなことがあってはいけない」

「どうだろうね。それで止まるならその程度でしかないということでしょう」

「君はそう言うだろうとは思っていたよ」

 

 男から笑みが零れた。

 

「まあ気にかけておいてほしい。それもプロデューサーの役目というものだ」

「それなら仕方がない」

「よろしく頼んだよ。やはり、女の子は笑顔でいてもらいたいからね」

 

 prrrrr.....

 会話に割り込むように鳴り出した電話。

 黎斗は謝りを入れることなく受話器に手をかけた。

 

「どうしましたか?」

『大変です黎斗さん! 未央ちゃんが……』

「何?」

 

 瞬間、彼の表情は曇った。

 

『あの……よくわからないんですけど未央ちゃんが急に倒れて!』

 

 只、それ以上に電話越しに聞こえてくる彼女の声は、焦りを隠した風もない切羽詰ったものだった。

 

「落ち着いて救急車を呼んでください。今から向かいますので安静にしていてください」

『は、はい!』

「失礼」

 

 通話を切り男へと向き直ってみれば事態を察した風な表情を浮かべていた。

 

「なにかあったようだね」

「レッスン中に倒れたようだ」

「君の言葉からわかってはいたが……すぐに行くといい」

「ええ。社長も」

「私は事務所を空ける準備をしてから向かうよ」

「分かりました。では先に」

「ああ、任せたよ」

 

 椅子から立ち上がった彼のジャケットがはためいた。

 

 

 

 

 

stage:dance studio

 

 

 

 

 重く、外と中を隔てる扉を開けると一人の少女が地面へと寝かせられ、その傍らにそれほど変わらないような女性が心配そうに彼女の様子伺っていた。

 

「あっ、黎斗さん! 思ったよりも早いですね」

 

 部屋に訪れた黎斗に気づいた彼女は、電話越しに見られたような焦りも引き、いくらか落ち着きをみせていた。

 

「私も預かっている身だからね」

 

 早いというのは当たり前だ。

 彼は人間ではない。人間の体を持ちながらデータでもある二重性を抱える彼からしてみればちょっとした距離などあってないようなものだ。

 

「それで、救急はどれくらいだと言っていた?」

「電話してから数分ってところなんでそろそろだとは思うんですけど……」

「ならば、外で待ってるといい。彼らも案内があったほうがいいだろうからね」

「そうですね! それなら外に出てます。未央ちゃんのことよろしくお願いします!」

 

 言うやいなや立ち上がった彼女は重い扉を開いて外へと飛び出していった。

 残されたのは苦しそうに床に寝転ぶ少女と、そのプロデューサー。

 彼がアイドルのプロデュースに入れ込んでいるのであれば彼女への心配が頭を埋め尽くしていただろうが、彼は違った。

 彼女――本田未央に見られた傍から見ても以上で稀有な症状が、彼の視線を張り付けにしていた。

 呻く彼女の体は所々がじりじりとノイズが入ったように揺れ、時折腕や足胴が透け、見えないはずの床が見えてしまっている。

 それは、この世界にはあるはずのない、バグスターウイルスにひどく似通った症状だった。

 

「う……プロデューサー……?」

 

 閉じていた目を開き、苦しげな表情を浮かべながら黎斗を見るその瞳にいつものような覇気はなく、不安が読み取れた。

 

「心配かけてゴメン……大丈夫だからさ」

「立ち上がれないのに強がらなくてもいい。大人しく病院に運ばれたまえ」

「あはは、言い返せないや……」

 

 心配させまいと軽口を叩いてはいるが、力なく笑う彼女の姿は痛ましく、むしろその姿が彼女の容態を物語っていた。

 ――やはりバグスターウイルスの類似種か。

 隣に腰を下ろしている彼は、傍から見れば彼女を心配しているかのようにも見えるがそれは間違いと言えるだろう。

 彼は自分のアイドルが陥った症状に目を向けており、この世界におけるバグスターウイルスのような何かの存在に関心が移っていた。

 かねてよりこの世界がどんなものであるのかを調べていた彼は、自分が元凶とも言えるバグスターウイルスに近い存在―ノイズウイルスと称されている―について興味を惹かれ時間のあるときは各地の病院を探し回るほどであった。

 それが今、彼の目の前に発症した患者がいる。それだけで十分に彼の行動がわかるはずだ。

 ――いい機会だ。

 彼は彼女の手をとり、懐に仕舞われた何かを取り出そうと――。

 ぎぎぃ、と。

 扉が開かれ、ぞろぞろと部屋に人がなだれ込んできた。

 

「黎斗さん!」

 

 見れば外で待機させていた彼女、青木が彼の名を呼んでいた。

 後は一般人の仕事ではないだろうと、手を元に戻し、彼女の元へと静かに移動した。

 

「随分と早くて安心しました」

「未央ちゃんに何かありましたか?」

「いえ。二、三言口を開いた以外には特に、ですかね」

「そうですか……」

 

 救急看護という現実を受けて不安が押し寄せているのだろう。

 その声は、電話越しに聞いたような気落ちしたものだった。

 

「あまり気にしすぎるのも体の毒だ。後は、専門家に任せておきたまえ」

「そうですよね……なんか心配しちゃって」

「素晴らしい心がけだ。あとは、快復した時に元気な姿を見せるのも君の役目かもしれないね」

「そ、そうですよね! よし! 治ったら未央ちゃんに遅れた分取り戻してもらわないと!」

「そうだね」

 

 彼女は今に運ばれようとしている。

 

「私たちもここを閉めて病院に向かおう」

 

 救急隊といくらか事務的な会話を済ませると、共に部屋を後にした。

 重苦しい金属の扉に施錠をして階段を下りていく。

 彼女の容態を知るのはいい選択なのだろうか。

 この世界には、まだ。

 ゲーム病(に似た何か)を治す手段は存在しない。

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 




やっとエグゼイド要素出せました。


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#2-2

病名なんて嘘っぱち。







stage:consultation room

 

 

 

 

「それで先生、未央は大丈夫なんでしょうか?」

 

 白衣を身に纏い、カルテに目を通す痩身の男性に言葉を求めた彼女は、ひどく不安そうな表情を浮かべていた。

 

「ええ、珍しい症状ですが命に別状はありません」

 

 淡々と、されど優しさを感じるような口調でその男――桜庭薫は述べた。

 

「そ、そうですか。大丈夫なんですね……」

「直接命に関わるケースは少ない病気なので、大丈夫ですよ」

 

 救急車で病院へと運ばれ、見たこともないような症状が自分の娘に現れたとなれば当然だ。

 そんな保護者を安心させて落ち着かせるのも彼の仕事だ。

 ただ、大丈夫だと診断して終わりとはいかないのも彼の立場である。

 

「後天性遺伝異常と呼ばれる病気で発症から数日かけて体内の遺伝情報が変質していく現代医学の基礎を覆すような症状ではありますが、体に強い影響が見られるのは稀ですね」

「ということはもしかして未央にも何かあったりとか……」

 

 稀。言い換えれば強い影響が出るかもしれない、そんな不安を駆り立てるような説明に彼女は目敏く反応した。

 

「それなんですが、未だ謎が多い病気でして」

「じゃあ! 未央はどうなるっていうんですか!」

 

 被せるように発せられたそれは、質問というにはあまりにも悲痛な叫びだった。

 

「私が知る限り最悪の場合、身体の消滅。後は、性格が変わってしまったり記憶を失うといった後遺症も見られるようです」

「そんな……なんとか治らないんですか!?」

「今の現代医学では難しいかと……」

 

 人類数千年の歴史と言えど未だに治療法の見つからない難病も存在する。不治の病と呼ばれた癌でさえも快復に至るケースは増えてきているが、ただそれも、長年の技術の積み重ねによるものであり治療法が確立されるのはいつになるのかも知れなかった。

 

「なんで……」

 

 ――私の娘がこんな目に。

 そんな風に続くような悲壮な呟き。

 自分の娘がなぜ過酷な環境に侵され、深刻な症状と闘う必要があるのかと嘆かずにはいられない。

 

「私どもにできることは患者の精神状態を安定させることくらいが限界でして……後は娘さんの努力、気の持ちようということに」

 

 ゲーム病も患者に必要以上のストレスを与えないことが症状悪化の防止に繋がる。

 知らぬ間に最善の策を取っているようにも思えるが、むしろその程度のことしか彼らにはできない。

 

「ひとまずは様子見ということになります。彼女の容態も安定してきたようですし、顔を見せてあげてはいかがでしょうか」

「……っ、ありがとうございます」

「期待に応えられず申し訳ないです。何か聞きたいことがあればなんでもお答えしますが」

「いえ……」

 

 彼女は一礼とともに立ち上がり部屋を去った。

 非常に重い空気が立ち込めた診察室。

 とは言っても病院にそういった患者は付き物だ。いつまでもその気分を引きずって診察室を訪れる人間に不安を与えるのは問題である。

 伸びを一つすれば、気分を切り替えるのも難しくない。

 

 

 

 患者のカルテを片付けつつ次の診察へ向けた準備に移り始めた頃、その男は部屋に足を踏み入れた。

 薄手のシャツと黒のジャケットに袖を通し、革靴を鳴らす彼――檀黎斗の表情はいつものように微笑を浮かべていた。

 

「……あなたは?」

 

 誰に呼ばれたわけでもなしに勝手に入室した黎斗を咎めることなく、彼は問いた。

 

「私は彼女のプロデューサー。まあ、職場の保護者みたいなものと思ってくれて構わない」

「ということは、あなたも――」

「ノイズウイルス。通称、Nウイルス」

 

 被せるように発せられた言葉。

 その言葉は多くを語らずとも、桜庭薫という男からすれば十分すぎる言葉だった。

 

「発症すれば全身が薄く透けたり体に時折ノイズが入ったように存在が曖昧になることからつけられたとされる」

「……」

「発症と共に激しい頭痛が患者を襲い遺伝症状が書き換えられ、数日もすれば身体組織も細胞もすべて入れ替わる、今までの病医学では信じられないような病気とされている」

 

 黎斗が幻夢コーポレーションでゲームを作っていた頃もゲーム病に関して大々的に対策が施されていた。

 ただやはり、彼が元の世界で引き起こしたゼロデイのように大きな被害が確認されていないためだろうかこちらの世界では国全体で対策をするという段階には至っていないようだった。

 

「既に知っていたってことですか」

「少しは話題になった病気ではあるからね」

 

 嘘と言うにはあまりにも白々しい。

 この世界においてはウイルスの発生に関与していないとはいえ元の世界ではウイルスを生み出した張本人。元凶も元凶、息のつく間もないほどの大悪党のようなものである。そんな彼がウイルスの生態について何も知らないわけがなかった。

 勿論、話題になったということ自体は嘘ではない。

 発見当時からすれば未知の病気であったそれは人体の不思議と言って差し支えのない症状。人体への影響が不明ともなればマスコミが黙っているはずがなく、テレビや新聞で大々的に報じられるほどにその存在を世間に知らしめたのはこの世界では記憶に新しい。

 

「その様子だとそれほど説明は必要ないですね」

「たしかに説明は不要だ」

「それなら、あなたも見舞いに向かわれてはどうですか」

「そのつもりですが、一つ聞きたいことが」

 

 からからと回る丸椅子に腰を下ろしながら黎斗は桜庭の言葉を待った。

 

「? なんでしょう」

「おそらくここはあの手の患者を多く受け入れているようだからね、ドクターの観察眼をお借りしたい」

「症状のことなら教えるほどのことはないですが、何か?」

「症状が落ち着くまでどれくらいでしょうか」

 

 容態が落ち着く――というのであれば病室に運ばれ鎮痛剤を投与された段階で一時凌ぎではあるが落ち着いている筈だ。つまりはそれよりも後の症状のこと、要は遺伝子の再構築が終了するまでの期間のことを聞いているのだろう。

 

「症状の進行具合から見て早くて……明日には、といったところですね」

 

 少し考える素振りを見せて彼は答えた。

 

「そうですか」

「……退院は症状が最終ステップまで進んだあと診断もありますので加えて二、三日になりますが」

「無事退院できたときのために祝う準備もしておかなければいけないみたいだね」

 

 彼は笑顔を浮かべゆっくりと立ち上がった。

 その拍子に丸椅子が釣られるように回る。

 

「あなたのように素晴らしい医師がいてくれたのをありがたく思うよ」

 

 にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべて謝辞を述べる姿はここ最近では見慣れた光景だ。

 

「では失礼する」

 

 先程立ち去った少女の親のように軽く礼をしてそのまま部屋を去っていった。それは医師からすれば見慣れた光景で何か特別に感じるようなこともないはずなのだが、患者を相手にしたときのような温かさも重苦しさも、何も感じないようなその雰囲気に彼は少し疑問を覚えた。

 まるで、すべて知っていたように。

 聞くまでもなく、お前なんて必要ないとでも言うように。

 

「僕は……」

 

 黎斗が出ていった診察室でぽつりと呟かれた独り言は誰にも届かない。

 机の上でこれでもかというほどに握られた拳が、震えていた。

 

 

 

 

stage:sickroom

 

 

 

 

 照りつける太陽が窓越しに見え、立ち並ぶビルがいつもと変わらない街を切り取っていた。

 真横から差し込む日差しがベッドの傍らに立つ彼女の影を壁に作っている。

 

「心配かけてごめんねお母さん!」

 

 元気一番努めて明るくいつもの彼女らしい明るさを感じるその声は、病気に罹っているということを忘れさせるほどだ。

 

「ほんとに心配してるのよ。だって、未央がどうにかなっちゃうんじゃないかって」

「大丈夫だって心配しすぎ!」

 

 不安そうに我が子を見つめる彼女とは裏腹に、ベッドに体を横たえている彼女――本田未央は特に気にした風もなく振舞っている。

 

「だってほら! 私が辛そうに見える?」

 

 体を起こしてにっと笑って見せる。それはいつもと変わらない笑顔だ。

 

「そうだけど……」

「大丈夫大丈夫! 元気と明るさが取り柄だもん、これくらいすぐだって!」

「……そう?」

「ほんとほんと! すぐに退院してまた元気な私に戻るから!」

「未央が言うなら私だけ落ち込んでてもしょうがないわよね」

 

 未央の笑顔に釣られるように笑う彼女。

 しんみりした様子で見舞われても未央の性格では困るところもあるはずだ。そういったことも汲んでの笑顔なのだろう。

 

「そうそう! お母さんも元気じゃないと寂しいからね」

 

 お互いが笑顔になる、それも彼女――本田未央がアイドル足らしめる理由なのかもしれない。

 こんこん、と。

 そこに、ドアを叩く音が割って入った。

 

「どうぞー」

「失礼」

 

 扉を開けて入ってきたのは、彼――檀黎斗だった。

 

「あなたは」

「お久し振りです」

 

 アイドルのプロデューサーとそのアイドルの親ともなれば面識はあるだろう。

 軽い会釈を交わす。

 

「ええどうも。未央がいつもお世話になっております」

「いえ。精力的に頑張ってもらって私どもも感謝していますよ」

「そうですか? まだ私は未央の頑張りを見れてないもので」

「あまりお気になさらずとも彼女ならすぐに人気になりますよ」

「ちょっとプロデューサー、恥ずかしいからあんまりそういうのやめてほしいんだけど」

 

 軽い挨拶のようなものでも自分が話題ともなれば避けたくなるだろう。話を遮るように割り込んだ彼女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべている。

 挨拶もそこそこに。

 表情をぴしりと締めて頭を下げる檀黎斗。

 

「この度はお子さんに大変な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」

 

 本田未央が病気に罹るに至ったのは彼が原因であるかは定かではない。それでも彼女を監督する立場にいる以上、彼女を見守る責任がついて回る以上、頭を下げないわけにはいかなかった。

 

「顔を上げてください。何も貴方だけが原因と言うわけでもないでしょうし」

「そういっていただけると助かります」

 

 顔を上げた彼の顔は見れば仕事をしているときの表情だ。

 親が来ているというのであれば彼女の仕事の話をするには都合がいいということなのだろう。

 

「とりあえずは彼女が復帰したいと願い出るまでは療養しても構わないと社長から了承を得ています」

「そうですか」

「本田君も元気になるまで頑張ってくれたまえ」

「すぐに元気になるから大丈夫! そんなことより復帰したらガンガン有名になれるようにプロデュースしてもらわないと!」

 

 ぐっと親指を立てて自信満々に答えてみせた。

 

「それは君次第だね」

「それじゃあ、慶ちゃんにもレッスン張り切ってもらうようにお願いしといてね!」

「それくらいなら構わない」

「それに慶ちゃんによろしくって伝えといてほしいな!」

「ああ、それくらいなら自分で言いたまえ」

 

 「彼女も心配しているようだからね」と付け加えて携帯を開く。そこには、彼女――青木慶からの謝罪のメールと心配している旨を伝えるメールが届いている。

 

「私はこれくらいにしておこう」

 

 親子水入らずの空間にわざわざ長居する理由は彼にはない。

 

「家族の時間に水をさしてすみません」

「いえいえ。未央も楽しく芸能活動ができているみたいですし」

「私はちょっとした見舞いのようなものですので、後はお子さんと話でも」

「お気遣いいただいてありがとうございます」

「それでは本田君も早く復帰できるように頑張るといい」

「もちろん!」

「早くしないと社長が新しいアイドルを見つけてしまうかもしれないからね」

「えっ、それは困る!」

「では失礼」

 

 軽く礼をして部屋を去る。

 彼が去った後の部屋では会話が続いている。

 

 

 

 

stage:sickroom

 

 

 

 

 夜の病棟は暗く、静かだ。

 誰も出歩かず、寝静まった病院は人がいるのにも関わらず人の気配を感じるのも難しい。きらきらと輝かしくネオンの看板が光り続ける繁華街とは違い、文明を感じながらも世界に取り残されたような感覚に陥るような不思議な場所。

 そんな場所、とある病室。

 本田未央の眠る部屋で、ゆっくりと蠢く影があった。

 ベッドで静かに寝息を立てる彼女に一歩また一歩と近づくそれは、少なくとも人型をした何かであるには違いない。

 彼女のすぐ隣、一歩も踏み出さずに彼女へと触れる位置にまで近づいたそれは体を倒すようにして近づく。

 その距離は、腕を伸ばせば届くと言うほどのもの。

 緩慢とした動きではあったが、徐々に彼女へと近づいていったそれは、影を伸ばすように彼女の肢体へと近づいて――

 

「なんだろうね」

 

 聞こえるはずのない声が聞こえた。

 見れば、彼女の目は月明かりを反射してその影を見つめていた。

 

「もしかしたら、死神とかだったりして」

 

 いつから起きていたかも知れないが、はっきりと呟かれる言葉は寝言や起き抜けに発せられた類のものではないのが確かだ。

 

「じゃなかったら、私、だったりして」

 

 なんてことを言うほどに彼女は弱っているのかもしれない。

 寝ているわけでもないのに夢を見てしまう。

 病気で精神の参った子供が見る幻覚のように、何か彼女にしか知りえないものと空目しているのだろうか。

 

「もう、私は終わり。そうなんでしょ?」

 

 自分の死期を悟ったように影に語りかける。

 病気が進行してしまえば私は失われて新しい私が生まれる。そんな詩的な表現が似合うような彼女の言葉だが、これが演技だとでも言うのならば、彼女には天賦の才が眠っていると皆口をそろえて言うほどに悲哀に満ちていた。

 

「終わりなら、あとの私のことお願いしたいな……」

 

 『私』と『私』。

 本当に同一のものだと言うのならば、こんな言葉など吐かないだろう。

 遺伝子が組み変わってしまった存在を彼女は自分と認めない、それを意味した上での言葉なのだろうか。

 『私』が『私』を塗り潰す。

 それはもしかしたら、じわりじわりと人間を飲み込んでいく、何か恐るべき存在の侵略なのかもしれない。

 

「あっ……」

 

 彼女の口上を聞いて身を引いたのだろうか、彼女に迫っていた黒い影は水に垂れ落ちた墨汁のように徐々に薄まって消えていった。

 

「まだ、その時じゃないってことなのかな」

 

 取り残された彼女は内心を言葉に乗せることもなく淡々と言葉を吐き出す。

 そして数瞬。

 ふーっと肺に溜まった息を吐き出す唇が微かに揺れていた。

 

「っ……怖い。怖いよ……」

 

 小さく、息を殺すように呟かれる。

 

「誰か助けて………」

 

 両手で顔を包むように覆われて表情は伺えない。

 ただ、くぐもった声は闇夜に紛れて夜の病院に消えていく。

 指の隙間から溢れた涙が手の甲を伝い、ベッドを濡らした。

 

 

 

 

stage:passage

 

 

 

 

「プロデューサー」

 

 からからと車椅子を押す檀黎斗に彼女は尋ねる。

 

「何かな」

 

 なんでも答えてあげよう、そんな広い心を感じさせるような言葉を返しながらも車椅子は淀み無く車輪を回し続ける。

 

「勝手に出歩いていいの?」

 

 押されるがままに進む彼女だったが、その質問は至極当然のものだ。

 見舞いに来るとの連絡も無しに突如として病室に現れたと思ったらどこからともなく車椅子を用意し彼女を乗せて病室を後にしたからである。

 

「安静にしておくようにとは言われたが少し外の空気を吸ったくらいで悪化する病気ではあるまい」

 

 ゲーム病のなんたるかを知っている彼からしてみれば当たり前のことで、彼女が罹っている病気も似たようなものである以上別段それが大きく問題になるようなものではないと判断したようだ。

 

「それって許可とってないってこと?」

「そう言ってくれて構わない」

 

 まあそれが独断であることには変わりはないのだが。

 

「えっだめじゃん」

「気にしなくてもいい。それにちょっと悪いことするのが好きなタイプだと私は思っていたが」

「そりゃあわくわくするけど……」

「椅子に乗せられて押されている身だ。責任など在ってないようなものだろう」

 

 院内を押し進める二人を咎めるものはおらず、一歩二歩三歩と歩数を重ねるうちに、いつのまにやら青々とした芝の茂る庭に辿りついていた。

 

「普通に出れたね」

「忙しいのだろう」

「てか、外出てどうするの?」

「君は動くほうが性に合っているだろう? まあ気分だけでもと思ってね」

「ありがと! いやーデキる大人は違いますなー」

 

 褒められたところで気にする様子もなく太陽が爛々と輝く空を眺めながら、彼は歩く。

 どうせ、彼は褒めても何もでないだろう。例えそれが彼の開発したゲームだとしても、彼はさも当たり前のように振舞うのは手を取るようにわかる。

 

「それで、このかっこいいケースは何?」

 

 と、ここにきて彼女は今まで伏せていた疑問を口にした。

 檀黎斗が病室を訪れたときも手にしていた銀色のジュラルミンケース。

 それを彼女は、なぜか、持たされていた。

 

「これは私の開発したゲームだ」

「持ってくる必要あった?」

 

 彼女からすれば当たり前の疑問だ。

 ゲームと言えば椅子に座りテレビに繋いで。といったように室内で遊ぶことを想定している。ましてや電気を引いてもいない太陽の輝く芝の上で遊ぶとは思いもしないだろう。

 

「私のゲームを遊んでみたいと言っていただろう? プレイしているところくらいなら見せてあげようと思ってね」

 

 車椅子を止めて辺りを見回す彼。

 

「何それ! せっかくなら遊ばせてよ!」

「それはまた今度だ」

 

 彼女の抱えるそれをひょいと取り上げると彼女から数メートル離れたところでそれを開いた。

 中から出てきたのは、ライムグリーンとショッキングピンクに彩られた

 ――ガシャットドライバー。

 藍色のグリップにプラグのような半透明の刃のついた

 ――ライダーガシャット。

 

「? 何それ?」

 

 勿論、彼女がそれらの存在を知るはずもない。

 ゲームだと言い張るそれらを見て興味を引かれた様子を見せる。

 今更それを気にする必要もないのかそれらを手にとった。

 取り出したドライバーを腰に巻きつけ、右手に握られたガシャットを見せつけるように肩上に構えると、

 

「見ていたまえ。これが、私の開発したゲームだ」

 

 ガシャットのボタンを押した。

 

 

 

【MEGGLE LABYRINTH!】

 

 

 

 奇怪なセリフが青空の下に響き、空中には謎の画面が飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 




ゲーム病の症状が思い出せなかったんですが社長の例のセリフで言ってましたね。
ありがとう社長。Vシネ楽しみにしてるぞ。






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#2-3

戦闘パートです。






stage:garden

 

 

 

 

 鳴り響いた起動音。

 MEGGLE LABYRINTHと書かれた半透明の映像が檀黎斗の後ろに浮かび上がる。

 

「えっ!? なにそれ! すごっ!」

 

 黎斗を中心として球形に広がった藍色の波紋のようなものが彼女を通り抜ける。

 空間が書き換えられるような感覚に驚くことしかできないのか、本田未央は騒ぎ出す。

 だがその騒がしさもほんの一瞬。

 

「うっ――」

 

 突如として呻き声をあげ、自らの頭を抱えるようにして倒れる。

 それだけではない。

 今まで落ち着いていた症状も激しさを増し、じりじりと体を走るノイズは次第に数を増やしていき――

 

「あっ、ああっ、あああああああああ!」

 

 膿を吐き出すように体から湧き出したそれらはふつふつと膨らみ異形へと生まれ変わった。

 茶色に濁った三メートルにも及ぶ巨人。

 いや、むしろゴーレムといったほうが適当であろうか。

 楕円に膨らんだ頭部と末端をつなぐ団子状に連なった腕足。

 半球状の足先は地を踏み荒らし芝を削り取る。

 球状の手は全てを叩き潰すという意思を持った鉄球の様。

 湧き上がる危機感。

 身を脅かす恐怖。

 異形の怪物の誕生を目撃した人々が金切り声を上げ蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていく。

 

 ただ一人、檀黎斗を除いて。

 

 怪物が地を叩き割り木をなぎ倒そうとも一歩も引くことなくガシャットを目線の高さに構える。

 握るのをやめればからりと半回転しプラグが下を向く。

 

「変身」

 

 ドライバーにガシャットが差し込まれた。

 

 

【GASSHAT! Let's game! Meccha game! Muccha game! What's your name!?】

 

【I'm a Kamen Rider】

 

 

 仰々しく騒がしい声とともに彼は装甲を纏う。

 藍色と白に彩られたプレートメイル調の装甲。

 デフォルメされた瞳と胸元にでかでかと描かれたゲージが目立つ三頭身。

 握っているのはその図体に似合わない片手斧。

 ずんぐりむっくりとした見た目は相対する怪物と見比べてみても強さを連想させるようなものではなかった。

 

 影。

 

 いつの間にやら彼の目の前で腕を振り上げた怪物の影が彼を覆っている。

 

「ハアッ!」

 

 それを、寸でのところで横に躱し勢いそのままに化物を中心に円を描くように走り抜ける。

 その姿を捉えた怪物は追って体を反転させる。それに引かれるように一拍遅れて腕が追従する。

 ぶうん、と風を切る音は死の予感を感じさせはするが、それが聞こえるということは何にも当たることなく通り過ぎたことを意味する。

 質量と速度を持った一撃。

 木々をなぎ倒し地面にドーム状の跡がつくほどの一撃。

 空を切った腕がそれほどの勢いを殺すには体をねじりバランスをとらざるを得ない。

 その一瞬。

 バランスをとるために伸ばされた逆側の腕が彼の握りしめた手斧に切り払われる。

 輝くシステムエフェクトが空中に扇形を描く。

 その一撃が合図とばかりに彼の猛攻は始まった。

 ぐわんぐわんと振り回される腕も叩き均すように振り下ろされる脚もぎりぎりのところで避けていく。

 滑り込むように股を潜って背面へ。

 鎌のように振るわれる腕から逃げるように空へ。

 懐に飛び込み三角跳びでリーチの外へ。

 妙手の存在しない化物を嘲笑うかのように避け続け、攻防一体避ける片手間に手斧が振るわれ空中に軌跡を生み出していく。

 一撃。

 また一撃。

 ヒットアンドアウェイを繰り返すうちに怪物の一撃は次第に勢いを失っていく。

 血気盛んに破壊を行なっていたはずが、慣性に任せて振り回される腕に重心を取られるほどの鈍さを見せ始めた。

 

 その機を逃すほどの彼ではない。

 

 振りかぶった腕に一気に駆け寄り初動に合わせて手斧の腹でそれを受け止めた。

 仰け反ることもなく易々と受け止めたそれを流すように上方に軽く弾き返す。

 黎斗をぎりぎり避けるような軌道で薙ぎはじめた腕は直下に影を作っていく。

 その真下。

 今にも腕が通り過ぎようとするその真下。

 彼は体をねじって力を溜め、

 

「フンッ」

 

 振り上げた手斧が腕をかち上げた。

 思いもしない一撃に怪物の腕が弧を描き稼動域を抜け出して背面へと引っ張られる。

 腕の重心が外に移動したことでバランスを崩したたらを踏むのを彼は見逃さない。

 一呼吸もなく駆け寄ると、

 

「ハアアッッ!」

 

 股から胴を抜け頭へ、跳びざまに縦一閃手斧が振り抜かれた。

 慣性に従い宙を舞う黎斗が見たのは右と左の二つに切り分けられた怪物が膝を折る姿。

 力なく前のめりに倒れ、ずずんと腹の奥にのしかかるような音が辺りに響く。

 

「これではチュートリアルにもならんな」

 

 横たわったそれを見る彼の手元は手慰みにくるくると手斧が回されている。

 

「■■■■■――」

 

 怪物の悲鳴か怒声か言葉にもならない音が耳を劈き窓ガラスをがたがたと揺らす。だがそれが、終わったかに思えた戦いを次のステージへと進ませた。

 分断された怪物に突如として異変が起きはじめる。

 一つは元の形を失いはじめ段々とウイルスが薄れはじめ。

 一つは形を失いはするものの、欠け落ちた体が寄せ集まるように人型に近い何かに変貌していく。

 

「エネミーのモデルデザインも想定通りか」

 

 彼の見つめる先。

 赤茶けた異形の怪物から生み出されたのは、黒々とした毛皮を纏い猛々しい角を二つ携えた人型の何か。

 それはこの世にあるとは思えない化物。人型であり二本足で立ち地を踏みしめるそれはまさしく人であるようにも思えたが、隆々と盛り上がった胴に握り拳を作るのは六本の指。そしてなによりもその面は、獣。修羅に身を落とした猛獣がぎらぎらと殺意の篭った瞳で射殺さんばかりに黎斗を怨敵と見定めていた。

 

「■■■!!!」

 

 地を蹴り黎斗へと迫る怪物。

 ほんの数歩の距離、身を包む膨大な筋肉を駆使して迫る異形は固く握った拳を振りかぶっている。

 だがそれも、彼の薙いだ手斧が行く手を阻んだ。

 手斧を叩きつけられた腕は軌道をわずかに変え、手斧を叩きつけた反動で黎斗の体は逆にずらされる。

 

「■■ー!?」

 

 さらに一太刀。返す刀で胴に一閃。

 呻くような声を漏らしながらも攻撃を抑える様子もなく、振り返る勢いを利用した拳が彼に迫る。

 ほんの一瞬、バランスを崩した黎斗をタイミングよく狙った拳。

 それをぎりぎり、引き戻した手斧の腹で受け止め、勢いを殺すように後方に跳ねる。

 完全には衝撃を殺しきれなかったのだろう、バックステップで距離を取る彼の胸元のゲージはほんの少し目盛を削られていた。

 

「……ダメージもスピードも想定ほどではないな」

 

 手斧すら構えず呟く。

 今の一合、たった二、三度の斬り合い殴り合いも彼にはデータとして蓄積されるのだろう。殺意の篭った一撃がその身を狙っているとしても彼からすればこれはゲーム。暴力的な殺意の応酬であったとしてもゲームの域は出ない。

 たった数歩で迫ったその瞬発力も。

 彼を吹き飛ばした拳の威力も。

 どうしたってそれはゲームで、デジタル。

 目に見えずとも決められたパワーは彼を潰すには威力が足りないし、高速で繰り出される突きも避けられないほどではない。

 

「貴様は用済みだ」

 

 手斧を左手に持ち替え、右手でドライバーのレバーに触れ――

 

「グレード2」

 

 レバーを弾いた。

 

 

【Gaccha! Level up!!!】

 

【―――――MEGGLE LABYRINTH!】

 

 

 彼の身を包んでいた装甲は消え、頭身が変わった。

 三頭身ほどすらなかったのが人型、七頭身ほどに。

 デフォルメされていた甲冑風の装甲は細部にも意匠が施されている。

 それでも描かれた双眸は依然として変わらず、敵を見据えていた。

 

「貴様は削除する」

 

 右手に握り直した手斧を肩上に構え地を蹴り、第二幕が始まった。

 互いが間合いに入った瞬間、同時に力が振るわれる。

 袈裟切りに振り下ろされる手斧。

 迎え撃つように繰り出される拳。

 ぶつかりあった拳と刃が不快な金属音を発し鍔迫り合う。

 

 だが怪物の攻撃はそれで終わりではない。

 巨躯から繰り出されたのは腕一本分の拳。まだ、片腕が残っている。

 残った腕が彼の武器に伸びる。

 互いが拮抗するパワーを持っているとしても素手では分が悪い。逆を言えば武器を奪ってしまえば形勢は容易に傾くような状態。

 その程度考えないわけがない、とでも言うように踏ん張るのをやめてバランスを崩しながらも押し飛ばすような蹴りを放つ。

 勢いを利用して後方へ跳び巨椀のリーチから外れると、すぐに駆けた。

 間合いを詰め、剣戟の届く距離に迫る。

 抉るように放たれた拳を躱して一太刀。

 横から迫る拳を身を引いて回避。

 伸びる拳を避けながらも一太刀。

 いたってなんてことはない攻撃と回避。奇手妙手の入る余地のない変わらない一手。

 だがそれとて当たり前だ。

 初撃での鍔迫り合い、怪物は片手間に反撃を繰り出している。それだけで彼我の筋力差は目に見えている。

 受け止めずに戦う。

 なんてことはなく当たり前の選択、然るべき戦法。

 彼を狙った拳撃が乱れるまでの消耗戦。

 一手一手を慎重ながらも大胆に、体力を削れるだけの威力をぶつけ続ける。ただ、それだけ。

 ただそれだけであり、ただそれだけだからこそ技術の差が出る。

 闘志と殺意にまみれた獣の怪物にはそれだけの、それを打ち破るだけの力はない。

 

 

 

 

 受け止め受け流し、切り傷をつけ続ける。そんな戦いに変化が訪れる。

 

「ハアッ!」

 

 隙のできた胴に踏み込んだ一撃を叩き込む。

 

「■■……!」

 

 深い傷を負った化物は片膝をつき地に手をついて体を支える。

 苦しそうに呻くがその瞳は闘志に溢れ、未だ敵を打倒しようとする意志は衰えていない。

 だが、そんなもの彼には関係ない。

 ドライバーに刺さったガシャットを脇に備えられたホルダーに差し込みスイッチを押す。

 

 

【KIMEWAZA!】

 

【MEGGLE CRITICAL STRIKE!】

 

 

 跳びあがり、重力を無視するような軌道で怪物へと蹴りを放つ。

 それは一撃、一瞬に全力を込めた必殺の一撃。さっきまでの応酬では比べられる威力にない。

 逃げる暇を与えるつもりはない。

 それを感じてか、怪物も立ち上がり腕を体の前に交差させる。

 防ぎきる。

 それならば、必殺の威力を上回る力を持たない黎斗に勝機はなくなる。

 放たれた蹴りは怪物の腕に叩き込まれ、押し込まれるように後ずされば足元の土は捲れていく。

 衝撃の余波が草葉を揺らし窓ガラスを鳴らすが、それほどのエネルギーを以ってしても化物の抵抗は続く。

 だが、消耗している体で受けきれるほどの威力のはずがない。

 ほんの数瞬拮抗していたかに思えたそれも、構えた防御を突き破り怪物の体に刺さった。

 宙を舞い、後方へと飛ばされる怪物。

 地に叩きつけられた後も勢いは収まらず、地を滑っていく。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 最期の一撃だったのだろう。もう一度立ち上がりはしたが、力は入らない。

 糸が切れたように膝を折り、前のめりになって倒れていった。

 

 

【GAME CLEAR!】

 

 

 ファンファーレとともに怪物の体は欠け始め、空気に溶けるように形を失っていく。

 さらさらと消えていった体はもう跡形もない。

 残ったのは、激しい戦いの跡だけだった。

 

「演出が寂しい、といったところか」

 

 いつのまにやら変身を解き思案顔で呟く黎斗。

 彼の言動や行動を察するに、ゲーム開発のことでも考えているのだろう。この世に現れた異形を斃し一人の少女の運命を変えたとあっても、彼のスタンスは何一つ変わっていなかった。

 思考を打ち切り派手に転がされたジュラルミンケースを拾うと中からもう一つ謎の機材を取り出した。

 バグルドライバー。

 紫色に染めあげチェーンソーの刃のようなものがついた物々しいその出で立ちは腰に巻いたドライバーと比べても現実味を感じさせない存在感を放っている。

 それを、リモコンを扱うように何もない―正確には既に何もないが適切か―ところに向けてボタンを押す。

 すると、目に見えない何かがドライバーへと吸い込まれる。

 黎斗はドライバーに備えられた画面を見ると何事もなかったかのようにそれをドライバーやガシャットとともにケースへと仕舞った。

 

「うーん……」

 

 戦いを終え、静かになった庭で彼女が目を覚ます。

 倒れた体を起こして一息つけば、彼女の意識も徐々に戻り始める。

 

「んー、ん? ん?」

 

 違和感に気づいたのだろう、感覚を確かめるように手を開いたり閉じたり、はたまた腕を回したりとする彼女の表情は少しずつ明るくなっていく。

 

「お? おおー!」

 

 調子よさげに声も次第に明るさを増し、テンションも上がっているのか一人で盛り上がりはじめた。

 

「調子はどうかな」

 

 見下ろす形で彼女に声をかける黎斗。

 

「あっプロデューサー! なんか調子いいよ!」

「フッ。そうだろう」

 

 久し振りに見せた尊大な態度。だがそれも、この場においては間違いというわけでもないだろう。

 

「なんでそんな自慢げなのさ」

「当たり前だろう。なにせ君の体内のバグスターを削除したのは私だからだ」

「ん? どゆこと?」

 

 ぱたぱたと土埃を払いながら立ち上がる。

 

「簡単に言えば私が君の病気を治したということだ」

「えっ、でも治らないって言われた気がするんだけど」

 

 彼女が罹った病気は不治の病の一種とされるもの。

 それを一介のアイドルプロデューサーごときがどうにかできるはずがない。

 まさしく当たり前の疑問だった。

 

「そんなもの関係ない。私には神の才能があった、それだけのことだ」

「そ、そう? よくわかんないけどとりあえずプロデューサーが治してくれたんでしょ!」

「そうだ。私の神の才能に感謝したまえ」

「よっ! さすがプロデューサー! 神サマ黎斗サマ!」

「そうだ、神の恵みをありがたく受け取りたまえ!」

「ははーっ、ありがたき幸せ!」

 

 おどけるように褒めちぎる本田未央と気分よく声を上げる檀黎斗。

 芝居がかった掛け合い。

 まさかこれがこの世界において歴史に刻まれる偉業が達成された瞬間だとは誰も思うまい。

 

 

 

「そういえば、ココこんなに荒らしてよかったの?」

 

 ふと我に返り辺りを見渡す彼女。

 こんなに、というにはあまりにも酷い有様だ。

 土は捲れ青々とした庭は茶色く露出し都会であることを忘れさせるような樹木はばたばたとなぎ倒されている。

 

「まあ……あまりよくはないだろう」

「なにそれ!」

「本当は荒らさないことも可能だったわけだが、少し気分が昂っていてね」

「カッとなってやったみたいじゃん!」

「残念だが、俗に言うコラテラルダメージだと考えるほかあるまい」

「無駄にかっこいいけども!」

 

 驚き、呆れ、困惑するように一言一言に声をあげる彼女。

 とは言うものの過ぎたことは仕方ない。

 

「バグスターの内情を知らなければわからないことだ。誤魔化せばいい」

「あっ! 悪い顔してる!」

「正義に犠牲はつきものだから構わんさ」

「いやめっちゃ悪役っぽいから!」

 

 もう後始末のことを考えるのはやめた、そんな風に彼女は笑う。

 

「ここに用はない。戻るとしよう」

「ちゃんと説明しなよ」

 

 呆れたように告げ、庭の端に転がる車椅子を取りに行く彼女。

 

「そういえば、まだ言ってなかったや」

 

 ぴたりと足を止め、振り返る。

 

 

 

 

「ありがとうプロデューサー!」

 

 

 

 

 彼女は、溌剌と笑った。

 

 

 

 

 

stage select!!!

 




PS版の無印ペルソナやって液晶かち割りそうになったのは私です。




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#2-4

俗に言うDパート。
つまるところ短い。


 

stage:passage

 

 

 

 

 床を叩く靴音。

 病院の中とは思えぬ忙しなさと騒がしさは傍から見ても緊張感を感じるほどだった。

 白衣をなびかせ髪が揺れ、すらりと伸びた足が淀みなく回り続けている。

 まさしく彼、桜庭薫はいつになく気が立っていた。

 数分前を辿ると、休憩中の彼を苛立たせたのは屋外からの騒音であった。

 桜庭薫という男は静かな場所を愛する男であり、自分の時間を害されることに対して人一倍敏感である。

 それほどの人間が激しい騒がしさと地鳴り、窓を揺らす謎の現象で彼の心を酷く苛立たせるのは当然のことだった。

 とは言うものの、彼とてその騒がしさに奇妙なものを感じないわけではない。

 読みかけの論文を閉じマグカップに残されたコーヒーを飲み干して席を立ち、自分を苛立たせるものを突き止めるべく歩を進めた。

 それが、蓋を開ければ目を覆いたくなるような庭の荒れ様と、暴れ回る怪物。

 窓から見えるその異形は人の世に存在するとは思えない奇怪な形をしており、自分の目を疑うほどだった。

 自分の常識を覆すような状況に動きを止めていた桜庭であったが、化物が地に倒れ伏すと共に彼の思考は再び輝きを取り戻した。

 だがその時彼が目にしたのは患者――本田未央が地に投げ出された姿だった。

 その瞬間、彼は廊下を駆け出して――とまではいかないものの、普段の彼を知る者からすれば信じられないほどの忙しさで彼の元へ向かっていた。

 彼自身、自分が何故その場に足を向けているのかを理解してはいない。

 言ってしまえば、彼は医者。傷病者が危険な場所にいたとしても彼のような人間がわざわざその場に赴く理由はない。

 そのはずなのだが。

 彼の頭を巡るのは昨日の出来事。

 担ぎこまれた患者はうら若き少女で、聞けばアイドルを目指しているのだという。

 勿論、彼が医者になった理由を鑑みればアイドルという職業に興味を持つことはあってもアイドルそのものに興味を抱いているとは思えないため、これが後の彼の人生に影響を与えるとは思えないのだが。

 兎にも角にも彼の患者はアイドルで、彼が医者として説明責任を果たしたのはほんの数人。

 親、患者、雇用主。

 そして、プロデューサーという男。

 彼が去り際に見せた得も言われぬ雰囲気が彼の思考を掠めていた。

 たったそれだけの理由。

 論理的ですらない非生産的な動機。

 確信めいたその感覚と自分が下したとは思えないその感情的な判断が、まさに彼の不安を一層煽っているのだった。

 

 

 そんな彼と黎斗が出会ってしまえばどんなことが起きるかは想像するべくもなく、

 

「っ! おい!」

 

 珍しく、声を荒げていた。

 廊下を歩いていたのは、

 ジュラルミンケースを携えた檀黎斗。

 座るもののいない車椅子を押す本田未央。

 明らかに異様。

 

「桜庭先生ですか。随分と忙しい様子で」

「お、ドクター。お疲れ様です!」

 

 なんら気にした風のない二人。

 まるで自然体。

 それはあまりにも不自然で、桜庭の見た目を疑うような光景も、さも当然のように振舞う檀黎斗という男も、彼をしてみれば全てが全て何もかもを物語っているとでも言うような白々しさ。

 言うならば――黒。

 およそ色の足す余地のないほどに塗りたくられたキャンバスのように彼のみで完成された色。

 

「……君は病人なんだ。あまり出歩かないほうがいい」

 

 だが彼はその気を抑える。

 感情に身を任せるべき内容ではないのだと本心で理解しているからこそ、今この瞬間彼が口にしたのは至って何気ない当たり障りない反応だった。

 

「あはは、ごめんなさい……」

 

 一転してばつの悪そうな笑みを浮かべる。

 

「やっぱり怒られたじゃんプロデューサー」

「予想はしていたさ」

「一声かけたほうがよかったんじゃないの?」

「それまでに君が消滅されたら私が困る」

「確かに今日明日って言われたけどさ……」

 

 彼を目の前にしてのその会話。犯行の主犯ともいえる檀黎斗に悪びれた様子はなかった。

 

「いや、もういい。随分と顔色が良いみたいだからな」

「さすがはドクター! 未央ちゃん完全復活しちゃったみたい!」

「そうか……それはなによりだ」

 

 今この場である必要はない、そう判断した彼は小さく眉を上げるだけに留めた。

 

「ん? ドクターはわかってたの?」

「いや、何も知らないさ」

 

 彼はそう返し、黎斗へと視線をやる。それだけで彼女は悟ったのかそれ以上言葉を紡ぐことはしなかった。

 

「母親に一報入れておくといい。今も不安を抱えているだろうからな」

「そっか! ありがとうドクター!」

 

 感謝の言葉を述べ、黎斗に車椅子を押し付け桜庭の横を通り過ぎていく。

 

「本田君の病室で話でもどうかな?」

 

 檀黎斗は笑みを浮かべ、桜庭へと問いかける。

 

「君は……何を知っているんだ?」

 

 そう訊ね返してみたところで、桜庭の横を通り過ぎ廊下を歩いていく彼の表情は変わらない。

 何を知っている。

 何を。

 何で。

 どうして。

 

 

 彼の求めて止まない答えがそこにある。

 それが、どんな現実で。

 彼の運命を容赦なく動かすほどのものだとしても。

 

 

 桜庭は、彼の後を追った。

 

 

 

 

 

 

stage:sickroom

 

 

「さて……桜庭先生」

 

 ベッド脇に置かれた椅子に座りもったいぶった様に語りかける黎斗。

 

「一から十までと言いたいところだが、時間がない。手短に頼む」

 

 壁に背を預けてそう言った桜庭は病院の勤務医であるために本田未央という一人の患者に付きっ切りになると言うことはできない。

 というよりは、彼の医者としてのポーズのようなものだろう。できることならば自分の職務を後回しにしてでも事情をすべて聞いてしまいたいというのが本心に違いない。

 

「何が知りたいのかな?」

「治療に関すること。今はそれだけで十分だ」

「……では、これを」

 

 彼はテーブルに置かれたジュラルミンケースを手元に寄せ、ばちりばちりと鍵を外して蓋を空ける。

 

「なんだそれは?」

 

 最もな疑問を黎斗へと投げかける桜庭。

 医療器具かと思えばよくわからないものが入っている始末。疑問が沸くのは当たり前だ。

 

「これは、仮面ライダーに変身するためのガシャットとドライバーだ」

「仮面ライダー……」

「そうだ。Nウイルス、もといバグスターウイルスを切除することを可能としたゲームキャラクターのようなものだ」

「ふざけているのか?」

 

 彼のその説明が桜庭の表情をさらに険しいものに変えた。

 

「私の開発を受け入れられないのならそれはそれで構わない」

「……続けてくれ」

 

 嘘出鱈目に聞こえるような黎斗の説明であるが本田未央の病気が快復した点について理由としてあたりをつけるならば彼以外いないという状況に、反論の言葉を呑み込んだ。

 

「このドライバーとガシャットを使えばウイルスを患者から分離して切除することが可能となる」

「………」

「成果ならば本田君が示してくれているだろう?」

「君が治療したのか?」

「そうだ」

「医者でもなんでもない君が?」

「医者でなくてもライダーへ変身することができるからね」

 

 次第に表情は曇り力なく頭を倒し俯く彼に先程の覇気は感じられなかった。

 

「と言っても、ライダーシステムとの同調率が悪ければ能力が落ちてしまうからね。

 医療行為に従事できる人間は限られるだろう」

 

 限られるのというのは嘘に過ぎない。

 ライダーシステムは後天的に適合させることが可能であり、それに同調率だとかそんなものはおそらく存在しない。あるとするならば、ゲームであるそれをいかに上手くプレイするかとかそんなものだろう。

 

「それは……僕にもできるのか?」

 

 頭を上げた彼はそう尋ねる。

 何かを決意するように向き合った彼の目は、さっきまでの覇気のない雰囲気など消し飛ばすほどに力強く見えた。

 

「可能さ」

 

 少し間を置いて黎斗は答えた。

 といっても、彼の言葉が善意によってもたらされたものであるかはかなり怪しいところだが。

 なにしろ彼が宝条永夢や鏡飛彩といったドクターにドライバーを渡した経緯と言えばあくまでも自分のゲームの準備に必要だったためと言えば語るべくもないだろう。

 

「だったら――」

 

 扉を叩く音が聞こえた。

 からからと引かれた扉から顔を出したのは、他ならないこの部屋を利用する彼女で、

 

「? もしかして盛り上がってた?」

 

 雰囲気を察したのか―というよりも病院だからか―いつもより少し落としたトーンで、未央は尋ねた。

 

「いや、粗方終わったところさ」

 

 ケースを閉じて帰り支度を始める黎斗。

 彼の目的は達成されたわけで、これ以上話すことなどないのだろう。

 

「まだ話は終わってないぞ」

 

 といっても主治医が黙ってるわけないのだが。

 

「終わったさ。これ以上知りたいのなら事務所にでも足を運びたまえ」

「待て檀黎斗!」

 

 入れ替わるように部屋を去っていく。

 追って桜庭が部屋の外に出てみれば、彼の後姿は見えなかった。

 

「なんなんだ彼は」

 

 彼への不満が残っているようで落ち着いた声色とは言えない様子で呟いた。

 

「なんなんだろうねえ……」

「彼はいつもあんな感じなのか?」

「まー自分勝手なのは確かですよ」

「そうか……」

 

 黎斗の態度や行動をいくらか知っている未央からすれば黎斗の行動もいつも通りには違いない。

 だが付き合いの少ない桜庭をしてみれば、あまりにも自分勝手という評価が下されたのはそれほど不思議ではなかった。

 

「すまないがこれで失礼する」

 

 時計はいい程度に時間が進んでいた。

 

「どうぞお構いなく」

「それと、事務所の場所を教えてくれないか? まだ聞きたいことは山ほどあるからな」

「それくらいなら」

 

 ベッド脇に置かれたメモ用紙にさらさらと筆を走らせて、ぴっと破く。

 

「感謝する」

 

 渡された紙は胸元に仕舞われる。

 

「いえいえそれほどでも」

「どうせすぐに退院できるだろう。暇を持て余すだろうが我慢していてくれ」

 

 扉に手をかけ、思い出したように振り返る。

 

「それと、快復おめでとう」

 

 部屋の扉を閉めると桜庭は歩き出す。

 床を叩く靴音に忙しなさはない。

 

 だが着実に。

 確実に。

 桜庭は、自身の願いに近づいている。

 

 

 

→→→next stage!!!

 






・Nウイルス
 2000年問題にて誕生した人体に感染するコンピュータウイルスがエグゼイド本編とは 違う流れで人類に影響を与え始める。そのためゲーム病のように分離切除は不可能だったが、黎斗がなんやかんやしてゲームエリア内のウイルスにバグスターウイルスのような分離機能を付加させることでこの時空でもウイルスの治療が可能となった。

・MEGGLE LABYRINTH(メグルラビリンス)
 エネミーから逃げつつ戦いつつ迷路を進んでいくダンジョン踏破系アクションゲーム。ゲームイメージは○ックマンや○ンバーマン。そのくせ武器が手斧だと蛮族系冒険者にしか見えない。
 まあラビリンスと言えばクノッソス宮殿とミノタウロスのイメージが強いのでしょうがない。勿論、作ったゲームには別武器は存在する。某狩りゲーでもパッケージキャラは大剣持ってるけど他の武器だって使えるし。

・タブロスバグスター
 メグルラビリンスに出てくるボスキャラ。獣人系のキャラクターだが、○ュウレンジャーのせいで青い獣人がモチーフみたいになってしまう。名誉のために注釈するが、青いのは狼であって、牛は黒い方である。しかも黒い方はロボットである。47話を見てるときは仲間ボコボコにされすぎてバッドエンドかと一瞬思った。

・ガシャコンハチェット
 メグルラビリンスガシャットにおけるメイン兵装。手斧。
 作中には出てこないが柄の長い戦斧モードが存在した。これはドライブが好きな私の趣味。絶対ベルト殺すマンと化す。イッテイーヨ!



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#3-1 『光り輝くscalpel!』

レジ打ちは唸らないしメスは光らないです


stage:CENproduction

 

 

 

 

 『-Game Over-』

 

 胸元で明滅を繰り返していたライフゲージは消え去り黒一色となる。

 受け止めきれない一撃をその身に叩き込まれ膝を折り前のめりに倒れた体は靄がかかったように実体を失っていく。

 ばらばらと崩れていくパズルのように体からデータが漏れ出し大気に紛れて薄れ消えていった。

 かろうじて動かせた首を動かして自身を覆う影を睨むが、倒れ付した自身に興味を失っている姿を見てどうしようもない無力感が胸に溢れた。

 またしてもか、と心の内でひとりでに零れたその言葉は誰にも届かない。

 最後のピースが零れ落ちた時、体は散り散りとなって消えていく。

 残ったのは、勝鬨を上げる猛獣と憂うような曇り空だけだった。

 

 

 

 

 

#3--光り輝くscalpel!--

 

 

 

 

 

 

「っ、くそ……」

 

 昼下がりのプロダクションにて部屋の角に並べられたソファの上で意識を取り戻した彼は苛立ちを隠す様子もなく呟いた。

 体を起こし目元を覆うゴーグルを取り外して胸ポケットから取り出した眼鏡をかけ直す。手元で力なく揺れるゴーグルへと繋がれたコードはテーブルに置かれた騒がしく唸る機械へと延びていた。

 

「いやー、今日は惜しかったねぇ」

 

 うんうんと物知り顔で語った本田未央はソファの向かいに置かれたテレビを見ていた。

 

「惜しいも何も、成功か失敗かの二つに一つだ。どちらにしても実践なら失敗だ」

 

 端々に棘の残る物言いだが、それが逆に彼の医者としてのプライドと真剣さを表しているとも言えた。

 

「でも練習だしいいんじゃない?」

「練習だからこそだ。いつ治療が必要になるかも分からないのにいつまでも余裕のない闘いを繰り返すわけにはいかないんだ」

「焦りすぎじゃないかなぁ」

 

 傾けたガラスコップの中で氷がからりと鳴る。

 なんだかんだと自分の病気が治った彼女をしてみれば桜庭が必要以上に気負っていると思えてならなかった。

 

「もしものときはプロデューサーがいるじゃん」

「私はお医者さんごっこに付き合うつもりはない」

 

 そんな彼女の期待は当の本人により切り崩された。

 

「プロデューサーは戦わないの?」

 

 未央を治療したのは他ならぬ彼女のプロデューサーである檀黎斗であるし、それに加えて自分の開発したものへの執着を知る彼女からすれば意外ともとれるのだろう。

 

「医師でもない私が戦う必要などないだろう」

「医者じゃなくてもできるんだったらやればいいのに」

「私には戦う理由がない。ドライバーを貸し与えるだけでもありがたいと思いたまえ」

 

 ぴしゃりと言い放つその言葉は、否定というよりも拒絶に近い。

 彼の言葉に眉を寄せる桜庭と目が合った未央は、やれやれとでも言うように肩をすくめてかぶりを振った。

 

「と、言うことだ。僕が焦る理由はわかっただろう」

「プロデューサーらしいけどね」

 

 らしいと言えばらしい。自分のためだけに他者の心情を汲まない彼の姿勢はまさしく檀黎斗というものだった。

 

「そうだプロデューサー! これ私も使える?」

 

 声を張りながらテーブルに置かれたゴーグルを指差す。

 

「使えるとも」

「私もやってみていい? 遊んでみたかったんだよねー!」

「……これは玩具じゃないぞ」

 

 無邪気、というよりも無遠慮と呼べるようなそれに桜庭が反応した。

 低く落ち着いた声で異を唱えるのも、念願の治療手段の足がかりとしてこれ―VO(ヴァーチャルオペレーション)―を利用している桜庭らしいものだ。

 

「いや、それもゲームの一部であることに変わりはない」

 

 とはいえ生みの親である檀黎斗からすればゲームの一部だろう。

 勿論、仮面ライダーの性能テストのためにVOを利用したり八つ当たりで九条貴利矢をVO内でボコボコにしたりと用途は様々であるらしいが。

 

「ほら、プロデューサーだって言ってるし!」

「……ゲーム感覚でやるには刺激が強いんじゃないか?」

 

 なんだかんだとVO内でボコボコにされてる桜庭らしい言葉だった。

 

「それくらいなら設定でいじれるさ」

「だったら好きにすればいい」

 

 桜庭は立ち上がり給湯室へと消えていく。

 

「……やっぱやめとく?」

 

 たはは、と未央が苦笑いを浮かべた。

 明朗快活を体現する彼女は持ち前の明るさだけでなく他者の心情を汲み取る能力も十分に持ち合わせている。VOを日頃より利用する桜庭がお遊びでそれを利用することに躊躇いを覚えてしまっているのを、未央は少なからず感じていた。

 

「気にしなくてもいいさ。彼もそれをゲームだと一応納得しているようだからね」

「んー、そっか」

「なによりライダーシステムを利用した例が私も欲しい」

「そう? だったらやってあげよーかな?」

「是非とも頼むよ」

 

 頼まれたのなら仕方ない。

 仰向けになりゴーグルを取り付ける。データ収集と言う名目で、本田未央の意識はゲーム空間へと飛んだ。

 彼女が意識をゲーム空間に移したのと入れ替わるように桜庭が湯気の上がるマグカップを手にして給湯室から戻ってくる。

 テレビに映し出された彼女の姿を見てほんの少し眉を寄せただけでそれ以上気にした様子はなかった。

 

「桜庭先生にはガシャットについて説明をしていなかったね」

 

 事務椅子を横滑りさせて桜庭に寄る。

 安そうな椅子と偉そうな檀黎斗という組み合わせが、重要な話をしようとしている割には随分と緊張感のない絵面だった。

 

「元々はゲームのカセットでね。それに変身機能を付加したものが君の持っているガシャットさ」

「だったらこれはゲームじゃないだろう」

 

 元々と言っても桜庭が過ごしてきた世界には幻夢コーポレーションは存在していないためカセットとしてのガシャットは販売されていない。

 彼からすればガシャットは医療器具の側面しか持ち合わせていない事になる。

 

「いや、それもゲームの試作品のようなものさ」

「この変身機能もゲームだと言うつもりじゃないだろうな」

「さすがは桜庭先生。ライダーシステムは新たなゲームの根幹とも呼べるシステムを担っている」

 

 いつも浮かべているものとは違う勝ち誇ったような笑みが様になっていた。

 

「誰でも変身することのできるガシャットを使って現実世界でMMORPGを売り出すのが私の目的だったからね」

「誰でも、だと?」

 

 つい先日適合手術を受けた身としてはその言葉は安易に聞き流すことはできなかった。

 

「そうさ。勿論適合手術は必要ない」

 

 さも当然と語るその内容を桜庭は聞かされていない。

 変身には適合手術が必要で、もし前準備もなく使うことになれば体内のウイルスが増殖して発病する恐れがある――そう桜庭は説明されていた。

 

「ウイルスを敵キャラに見立てて協力プレイで倒していく、それが私の打ち立てたゲームだった」

「そうか……だが、その様子を見るに失敗したようだな」

 

 桜庭の対面に座る檀黎斗はいつもの涼しい顔ではなく苛立ちを隠さない酷く歪んだ表情であった。

 

「パラドめ、バグスターの分際でゲームマスターの私に逆らうとは……!!」

 

 彼らしく言えば『ゲームキャラクターごときがGMに逆らった』というのが癇に障ったといったところか。

 CRに協力する一方でバグスターと互いに利用しあっていた檀黎斗は、まさか自分の生み出したウイルスの手で消滅させられるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「……奴の事を今更蒸し返しても仕方がないな。次こそ究極のゲームを作ればいいだけだ」

 

 桜庭はその言葉に何か言葉を返すことはしない。

 彼からすれば檀黎斗という男はあまりにも謎が多すぎる。

 世に出せば後世に名を残すことのできる偉業を達成するはずのそれら。それを見せびらかすどころかできる限り隠蔽しようとするその姿勢に何か怪しいものを感じずにはいられなかった。

 そんなきな臭さを醸す黎斗にあれこれと聞いたところでのらりくらりと躱されることは目に見えているし、場合によっては薮蛇ともなってしまうだろう。

 なにより彼のウイルスの扱いやライダーシステムの見識の深さを鑑みると、桜庭はそう判断せざるをえないし、無闇に彼の立場を脅かす真似は出来なかった。

 

「ゲームを作るのは構わないが僕に協力することは忘れないでくれ」

「ガシャットの提供だろう? それなら構わないさ。といっても今の段階はそこではないみたいだが」

「……運動は苦手なんだ」

「先生のやる気もわからないことはないが、苦手なら適性のある人間にガシャットを託せばいいものを……意地の悪い質問だったかな?」

「誰かに託すことができるのなら、僕が医者になるはずがない」

 

 適性のない人間がオペをするにはやはりそれ相応の危険と隣り合わせとなってしまう。

 それでも彼は自分が戦わないという選択肢を選ぶことはない。

 

「……ゲーム医療に携わる人間はどこも同じようだ」

 

 黎斗の目には桜庭がCRのドクターと重なって見えた。

 自身を犠牲にして全てを救おうと肩書きすら捨てた人間か。

 自身の悲しみを繰り返させないために刃を振るう人間か。

 自身の過ちを悔やみ隠された真実を追い求める人間か。

 自身の医師としての矜持に従い患者の笑顔を守る人間か。

 誰にせよ彼もまた、戦うことを厭わない人間であることに違いなかった。

 

「本田君も随分と奮闘しているみたいだね」

 

 体験型ゲームの先駆けとなるVOは外部入力によりゲームを中継することが可能である。知らぬ間に怪人態となったタブロスバグスターと取っ組み合う未央の姿がテレビ画面に映っていた。

 

「難易度は?」

「通常の二段下くらいだったはずだ」

 

 とはいえ黎斗の言葉が真実と考えるのは桜庭には難しい話だった。

 

「初めてでこれくらいならプレイヤースキルとしては十分だろう」

「……運動能力の差なのか?」

「本人に聞いてみるといい」

 

 未央が駆ける姿を見て気を沈ませる桜庭。

 やはり何度もVOを利用している身としては思うところがあるようだった。

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 ライダーシステムを利用した初戦闘(桜庭薫の名誉のために彼女は善戦したとだけ述べておこう)を終えた未央は体を起こし、ぐっと伸びをした。

 

「お疲れ様。どうだったかな」

「いやー難しいね!」

 

 難しい、と話す未央の表情を見ればより相応しい感想があるようにも見えた。

 

「作った私としては中々に上手く動けていたと思うよ」

「そう?」

「ライダーとしてはギリギリ及第点といったところか」

「おーやったー! じゃあじゃあ、アイドル未央ちゃんの方はどう?」

「それはまだまだだ」

「えー未央ちゃん頑張ってますよー」

「アイドルのイメージが足りていない。わかったらダンスレッスンにでも行きたまえ」

 

 クリエイターの檀黎斗らしい辛辣な意見だった。

 

「へいへい。未央ちゃんはレッスンに行ってきますよー」

 

 傍らに置いたリュックサックを引っ掴んで立ち上がる。

 

「プロデューサーもお仕事取ってきてね!」

「言われずとも」

 

 「行ってきまーす!」と持ち前の明るさそのままに未央が事務所を飛び出していく。

 事務所内に取り残されたのは、温くなったコーヒーを傾ける桜庭と合いも変わらず事務机に向かいキーボードを叩く檀黎斗だけだった。

 

「不健康な医者を患者は信用しないだろうね」

 

 独り言、と言うにはよく通る声で黎斗は呟いた。

 

「僕もレッスンを受けろと言いたいのか?」

「そこまでは言っていない」

 

 呆れるようなため息が桜庭の口から漏れた。

 

「………気に食わないが君に乗せられるとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:dance studio

 

 

 

 

「ふーん。や、よくわかんないけど」

 

 壁一面に張られた鏡に大小異なる像が映りこんでいた。

 小さい方から並べて青木慶、本田未央、桜庭薫である。

 

「一見まともなようで可笑しな話だからな」

 

 そう語る桜庭の格好はカジュアルシャツとデニムパンツだけのシンプルな出で立ちで、どう考えても運動をするようには見えなかった。

 

「ていうか慶ちゃんは聞いてた?」

「未央ちゃんだけだって黎斗さんから聞いてますよ……」

「当然だな」

「当然って、来ても意味なかったじゃん……」

 

 呆れた。

 わかりやすく顔に出した未央だが、それを気にする様子もなく桜庭はつらつらと持論を述べる。

 

「元々僕は反復練習なんて非効率な訓練に必要性を感じていない。『見て、考えて、動いて』のサイクルトレーニングが性にあっている」

 

 黎斗に語ったように彼自身運動がそれほど得意ではないことは理解している。壁に映った桜庭の鏡像が油の切れたブリキのようなぎこちない動きをすることは期待できないようだった。

 

「見てるだけってことですか?」

「見学みたいなものだと思ってくれて構わない。可能なら休憩中にでも場所を貸してくれれば十分だ」

 

 二人のレッスンを無為に眺めて時間を過ごすつもりはないようだ。ダンスレッスンで得た知識がバグスターとの戦闘で役に立つかはわからないが、少なくとも体を動かすことに慣れておくことは無駄ではないだろう。

 

「勿論場所を借りたことやらに対価を払う気はある」

「ありがとうございます……」

「見てるだけでいいんだ? 一緒にやればいいのに」

「君がここにいるのは仕事のようなものだということは知っている。彼に乗せられたとはいえ邪魔をするつもりはない」

 

 桜庭が休日を過ごしているのとは違い彼女は契約と上司に従ってこの場に足を運んでいる。それが彼女の意志に基って行われた行動であったとしても、あくまで仕事は仕事。社会人である桜庭はそこのところを弁えている。

 

「わかったら気にせず始めてくれ。時間は有限なんだ」

「なんかプロデューサーが二人いるみたい……ま、いいや。慶ちゃんやろっか!」

 

 なんとも既視感のある桜庭の言葉が未央の表情を喜色ばんだものに変えた。

 

「そうですね。始めましょう」

 

 いつもと変わらないレッスンが始まる。

 ただ少し違うとするならば、見学者がいることだろうか。

 どこか彼女らの表情もいつもより引き締まって見えた。

 

「威厳ってどうしたら出るのかな………年齢? 身長?」

 

 おさげを揺らしながらぼそりと呟いた。

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

「二歩目の重心が左により過ぎなんじゃない? 次のステップがずれてる感じするし」

「たしかに一瞬遅れる感覚はあるが、合わせようとすれば動きが小さく収まってしまうことになる」

「ふらつくのが悪いってこと? うーん、筋力がないのが原因とか?」

「限られた能力でパフォーマンスを引き上げる方法を考えてるというのにそれじゃ意味がないだろう」

「でも筋肉ないんでしょ先生? 少しくらいつけないと体力もつかないんじゃないの?」

「……適度に運動は心掛けるさ」

 

 適度な室温を保つために忙しなく働く空調の稼動音がスタジオ内に響く。

 レッスン中に反響したシューズのゴム底が擦れる音は今は鳴りを潜めている。

 壁の上方に取り付けられた小窓に収まった景色は道路の向かいに立ち並ぶビル群を写し出すだけで、季節感というものを無視したひどく無機質で無感動な絵画とも見て取れた。

 

「先生の『運動が苦手』って絶対嘘でしょ? ふつーに踊れてるじゃん」

 

 首にかかったタオルを揺らしながら鏡像を眺める未央。映りこんでいるのは手足を大人しく―というよりは慎重に―動かす桜庭薫で、真剣なのか不機嫌なのか判別のつかない表情を浮かべながらもゆっくりと一つずつレッスンの内容を復習している最中だった。

 

「君たちの練習具合を見れば『初見にしては踊れてる』ということは理解している。何であれ中途半端に取り組むのは僕の主義に反しているからな」

 

 一つ一つの動作を完璧にするために鏡越しで動きを真似る自分を睨んでいるが、普段の冷静さにはない熱意、ともすれば射殺さんばかりの気合が溢れ出している。

 

「さすが先生は違いますなー! ぼーっとしてたら抜かされちゃいそー」

「別に習熟度について張り合うつもりはない。ただ、芸能界の人間でもない僕に抜かされてもいいというのなら好きにすればいい」

「むむっ! それは金の卵と呼ばれる未央ちゃんに対する宣戦布告と受け取った!」

「そういうつもりではないが……」

 

 ややぁ、と勢いよく立ち上がり桜庭に詰め寄る。

 

「これは先生と私のライブバトルで決着を着ける必要がありますぞ!」

 

 未央が仰々しく声を張った。

 バトルの名を冠する通り互いの実力をぶつけ合うものではあるが、ライブバトルは謂わばアイドル同士の対決。未央の望む形で雌雄を決するというのであれば、桜庭薫もまたアイドルとしてステージに立つ必要がある。

 

「僕はアイドルを目指す気はない。第一に僕はダンスより歌うほうが得意だ」

 

 一通りレッスンを復習し終えたようで壁に背を預けている。きつく締められていたネクタイが緩み、開いた襟が桜庭の首を外気に晒していた。

 

「へー。カラオケとか好きだったり?」

「僕は喧しいのが嫌いだ。あんな馬鹿が集まって騒ぐような場所に行く気はない」

「プロデューサーに負けない刺々しさだ……」

 

 桜庭の四方八方に喧嘩を吹っかけるような物言いにたじろぐ未央。花の女子高生である彼女からすればその発言はなんとも反応に困るものらしい。

 

「それに、歌うのが好きかは本当は自分でも分からない」

「分からない?」

 

 好きか嫌いか、単純な問いであるだけに未央は聞き返す。

 

「僕の歌を聞いて楽しそうにしている姉さんを見るのが僕は好きだった。もしかしたら、歌うのより姉さんの笑顔を見るのが好きだったのかもしれない」

 

 過去を懐かしむような調子で歌への想いを語った。自分の言葉を追うように脳裏に浮かんだ彼女の笑顔に桜庭の表情もいつもより緩んだようなものへと変わる。

 

「お姉さんいるんだ」

 

 兄弟への思慕を理解する未央は桜庭の言葉が自分のことのようにも聞こえた。

 幼き頃に刻んだ大切なひと時。それは未央にとってもたまらなく愛おしいものなのだろう。

 

「まあ……()()というのが正しいな」

 

 ただ、彼女の反応は事ここにおいては運が悪かったという他ないが。

 

「―――」

 

 その言葉に一瞬体を跳ねらせる。

 詳しい話なんて彼女にはわからない。ただ一言、『いた』という言葉だけでその意味は十分に理解できるものだった。

 ばつが悪そうに視線を揺らす未央を見て深い息を吐き桜庭は立ち上がる。

 

「湿っぽい話はよそう。君たちの邪魔になるからな」

 

 軽くはだけていた服装が次々に整えられていく。

 きゅっとネクタイを締め直したタイミングで、未央が搾り出すように言葉を吐き出した。

 

「……ごめん」

「気にしないでくれ。もう過ぎた話だ」

 

 過ぎた話、本当に彼にとってそれが過ぎた話であるのだろうか。

 大切な人を失った悲しみは当人以外に理解できるものではないし、理解されるために誰かにその想いを語ることもない。

 その悲しみを桜庭は乗り越えられたのだろうか。

 その苦しさを呑み込むことはできたのだろうか。

 未央の側からは決して覗くことのできない桜庭の表情は何を語っているのか。

 

「邪魔したな。いい気分転換になった」

 

 ジャケットを携えてスタジオの扉を開く。

 今日の扉はいつもより重かった。

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 

 




ミリオンライブがサービス終了したせいで伊坂と戦ってるときの橘朔也みたいになってる


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#3-2

試しに視点を変えてます。
視点が変わるだけでとっつきやすさは変わりますね。


stage:public park

 

 

 

 

「社長、ほんとよく来るよな。働いてんのか?」

 

 不躾な言葉が黎斗に刺さる。敬語だなんだと話していた初対面の頃とは違い、黎斗と彼女の仲は年が離れているとはいえそれなりに親しげな間柄となっているようだった。

 

「もちろん働いているさ。私ほどの才能があれば一人分の仕事なんて些細なものだ」

「いつにも増して偉そーだな」

 

 今日もこの人は変わらないな、なんて感じるような尊大な態度を見ると自然と口角が上がるような気がした。この人が本当に社長であるとは思ってはいないし本当に働いてるのかも怪しいところだが、大人なのに俺を馬鹿にしたりしないしなんだかんだと一緒にサッカーをしてくれたり実は楽しそうにしてるのとかを見るとそこまで気にするのは悪いような気がした。

 

「私の才能が余裕を生み出しているといったところさ」

 

 この人は会うたびに才能、才能と壊れたおもちゃかってくらいに自分のことをアピールしてくる。ホラ吹いてるわけじゃないだろうし何かそれだけすごい才能を持ってるんだろうけど、ここではオレとサッカーしたり話すくらいで例の才能とやらを見せる機会はどうせ来ることはないと思ってる。

 

「じゃあ今日こそその才能ってやつ見せてくれよ」

 

 で、偉そうなことを言った社長をオレが突っついてやる。いつもやってることだ。よーするにお約束みたいなものだ。そんで次に社長はもったいぶって「また今度」みたいなことを言ってくる。これも決まり。

 だけど今日はいつもと違うみたいだった。

 

「勿論遊ばせてあげよう。ようやく試遊まで漕ぎつけたところだ」

 

 そう言って見せびらかすように鞄からよくわかんないものを取り出した。

 

「何だよそれ?」

 

 金がいっぱい入ってそうな角ばった鞄から出てきたのは、ボタンとか画面とか色々ついた、まあ要するによくあるゲームっぽい見た目の機械だった。

 『ゲームっぽい』って言ったのはオレにはそれが本当にゲームかはわかんないから。同じ学校の男子とよく遊ぶからそういうのは少しくらい知っているつもりだけど、そんなオレでも見たことがなかったし曖昧な言葉でそれを表現するしかなかった。

 

「晴ちゃんが見たいと言ったのだろう? これこそ私の才能が生み出したゲームさ」

「これ社長が作ったのか? スゲーな」

「私の才能を以ってすれば容易い」

 

 なんてことはないって風をしてるけどオレには分かる。ちょっと嬉しそうにしてるし社長なりの照れ隠しなんだと思う。

 

「ゲームを作るだけではない。生み出したゲームが名作となることこそ私の才能だ」

「ふーん。オレはゲームとかあんまやらねえから分かんねえぞ?」

「構わない。誰でも楽しめることも良いゲームの証拠さ」

「あっそ」

 

 受け取ったそれをくるくるとひっくり返したりして見てみたけど、オレには知らないタイプのゲームだった。ゲームは持ってなくて遊びに行ったときにやるくらいだから知らないのも当然なんだろうけど、少なくともテレビでCMをやってるのは見たことがない。

 ということは分かんないくらい古いか、自分で全部作ったのどちらかってことになる。自分で作ってたんなら社長って名前は嘘じゃないかもしれないな。

 

「でもやっぱサッカーしてえ」

 

 つっても、今はサッカーの気分だけど。

 

「そう言うと思っていたよ」

 

 なんて言っていつも通り軽く笑う社長。押し付けてくるタイプのめんどい人じゃないのはこういう時に助かる。

 満を持して登場した割にすぐに鞄に引き返していくゲーム達が少し可哀想だった。や、オレがやらないって言ったんだけど。

 

「これはここで遊ぶにはふさわしくないのは私も理解している。できることなら遊んでみての感想が欲しいところだけどね」

「ま、バカみてーに晴れてるもんな」

「晴れている日は好きに遊ぶといい。私のゲームは機があれば自然と惹かれるのだから気にせずとも遊びたくなるはずさ」

「……すげー自信だよな」

 

 こんな自信に溢れた社長の言葉を聞くとなんだか羨ましく感じてしまう。

 社長の持ってきたゲームがどんなもんなのかはオレには分からないけど、自分のやってきたことにこれだけ自信を持って言えるのは本当に珍しい。よくわかんねーけど、普通だったら「売れないかも」とか思いそうなもんなのに、そんなこと全然考えてないってことはオレでも分かる。

 それがほんとに羨ましかった。

 

「なんで社長はそんな風にしてられんだよ」

 

 別にオレが自信がなくて自分を変えたいとかそんなカッコいい理由があるわけじゃない。ただ、口が勝手に動いていて、なんだか今聞いておかなきゃいけない気がしただけだ。

 

「そんな自信があって、ほんと社長は羨ましいんだ」

 

 なにか喋るわけじゃない、ただオレの言葉を聞いている社長はオレのことをバカにしたりしないのは分かってる。

 それでも自分からビミョーに空気を重くしたオレとしてはなんとも気分が悪かった。

 

「私に才能があることを私は知っている。それが当然だと思っている私がそうであれるのも当然の話さ」

「……よくわかんねー」

 

 イマイチわかんないけど、社長に聞くのは間違ってたってことは分かった。

 なんか住む世界が違うんだろうな。

 バカと天才は紙一重って聞いたことあるけどそんな感じだ。

 

「社長に聞いたオレが悪かったかもな」

「フッ。私の才能が必要になったらいつでも頼りにしたまえ」

「話聞いてなかったのかよ」

「冗談だ」

 

 社長の軽口を聞き慣れた今でも冗談には聞こえない。

 話半分っていうか冗談とか出まかせっていう部分よりも本気で言ってるような気がするのは多分、オレだけじゃないと思う。この人の性格とか知ってる人がいたらオレと同じこと考えると思うぜ。

 まあ、今日は社長の才能なんかいらない日だから気にしなくてもいいか。

 

「社長のゲームはまた今度にしようぜ。今日はほら、これ」

 右足を駆使して蹴り上げたボールを手にとり社長に掲げて見せる。ボールについた砂埃がざらざらと手のひらを撫でた。

 面白そうなもんを見せてもらえたけど、やっぱりオレにはこの大きさと重みがちょうどいいや。

 

「……晴ちゃんらしい言葉だ」

 

 軽やかにジャケットを投げ飛ばした社長が笑った。

 ……ほんとに働いてんのか?

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

「で、プロデューサーは何してるわけ?」

 

 私にしては珍しく棘のある言い方になってしまったのは仕方ないとは思う。

 なんてったって勤務中に公園で子供とサッカーしてるってのはサボるにしては堂々としすぎでしょ。もう少しサボり方くらいは考えて欲しかった。や、サボってほしいわけじゃないけど。

 

「見ての通りさ。未央ちゃんも一緒にどうかな?」

 

 艶やかさの消えた革靴で蹴り飛ばされたボールが足元に流れてきたのを受け止めてテンポよくプロデューサーの元に蹴り返した。

 

「いいパスだ」

 

 それはどうも。

 

「そーいうのじゃなくてさー、未央ちゃんはなんで遊んでるのって言いたいわけですよー」

「子供の相手をするのも大人の役目だろう」

「そーだけどさ、お仕事中でしょ」

「それは抜かりないさ。いくつか未央ちゃんに合いそうなものを受けてきた」

「ちゃんとお仕事もらってきてるんだ……」

「義務を果たせないようでは信頼は得られないからね」

「サボってるってゆーのはさすがに減点でしょ」

「ゲーム開発に必要なことだとは思わないかい?」

「まーいーけどさ。せめて昼休みとかにしなよー」

 

 プロデューサーと喋っている間も、名前も知らない少年とプロデューサー、そして私の三人で作った三角形をサッカーボールがごろごろと忙しく渡り歩いている。

 なんとなく気づいてたけどプロデューサーにとってはゲーム開発が第一みたいなんだよね。社長はそーいうの気にしてないみたいだけど、私としては仕事のパートナーが片手間にやってるっていうのはどうしてもモヤモヤした気持ちになっちゃう。

 

「なー姉ちゃん。聞いてもいーか?」

 

 プロデューサーとは違ったほうから声が聞こえた。声の聞こえた方から転がってきたボールを蹴り返しながら答える。

 

「なにー?」

「この人って働いてんのかー?」

「働いてるよー。アイドルのマネージャーみたいなのしてるー!」

 

 会話が止まっても少年はボールを蹴るのを止めない。というよりは飛んできたら受け止めて蹴り返すのを無意識にやってるような気がする。だってなんかぼそぼそ喋ってように見えるし。たぶん「無職じゃないのか……」とか言ってるんじゃない?

 

「じゃーさー、姉ちゃんはー?」

「何を隠そう私は今を輝くアイドルなのだー!」

「へー」

「反応薄いぞ少年ー!」

 

 ぷんすかとわかりやすく怒って見せるような態度をとってはいるけど内心では怒りなんてものが湧いてくることはない。だって、この時代に現れた新人アイドルなんて星の数ほどいる。それを知らないのだって当然も当然、逆に知ってるほうが驚きってくらいなんじゃない? 少なくともお仕事で学校を休むくらいまでならないと有名と名乗るのは無理でしょ。

 でも私はアイドルだし、目の前の少年を笑顔にするのが仕事だ。ひとつ芝居を打つくらいはしてみせないとね。

 

「知らないなら覚えて帰ったほうがいいんじゃなーい? なんたってスーパーアイドル未央ちゃんだぞー!」

「社長も姉ちゃんもわけわかんねーって」

「なにをー!」

 

 まったく心外ですよ。変人っぽいプロデューサーと一緒にされるとはこの少年も困ったものだ。

 

「未央ちゃんはプロデューサーみたいに変じゃないからー!」

「私もおかしくなどないが」

 

 でもなにが一緒なんだろう……もしかして偉そうだった?

 

「プロデューサーみたいに偉そうじゃないし!」

「そうじゃなくてさー」

 

 返答と一緒にころころと転がってきたボールは心なしか弱い気がする。それに表情もちょっとだけ曇ってるようにも見えた。

 

「なんで姉ちゃんはスーパーアイドルになれるって思ってるんだよ」

 

 『なんで』なんて随分と大人びた質問をしてくるとは、いまどきの少年は夢を見たりしないのかな? アイドル時代なのに世知辛いね……いや、逆に、こういう時代だから? そうだとしたらこの少年もそういうこと? だったら先を歩く先輩として一言言ってあげないとね!

 ボールを返してやり腕を組んで面と向き合う。

 

「なれるとかなれないとか、そんなのどーでもいいんだぞ少年! 『なりたいからなる』、それだけで私には十分!」

 

 私は今どんな顔してるんだろう。自分では笑ってるつもりだけど、それがこの少年に伝わってるかは分からない。もしかしたら恥ずかしさで顔が赤くなっちゃってるかも。

 それでも、この言葉は撤回できない。

 単純で、簡単で、考えが足りないかもしれないけど、私にとっての『将来のアイドル像』は煌びやかで誰もが憧れるスーパースターだ。目指す理由なんて私にはそれだけで十分だから。

 

「やっぱわかんねーよ、姉ちゃんも!」

 

 ばん、っと大きな音と一緒に蹴り出されたボールがじんと鈍い痛みをくれた。蹴られたボールの力強さが少年の納得のいかない気持ちを表してるんだろう。

 けど、と言葉が続く。

 

 

「楽しい、って気持ちだけは分かったぜ」

 

 

 遠目からでも少年の笑顔が見えた。

 ああ、これだ。理屈なんかじゃない、アイドルが楽しいって思える瞬間がここには詰まってるような気がした。

 私の笑顔が知らない誰かを笑顔にする。魔法みたいで信じられないようなことがアイドルならできる。私はそれを、()()ライブで知ったんだ。

 だから、この、瞬間。

 

 

 

 私は初めてアイドルになれたような気がした。

 

 

 

 

「わかってるじゃん!」

 

 嬉しくなって力強く蹴っ飛ばしたボールが見当違いの方向に転がってしまった。ちょっと反省。

 

「楽しいからアイドルをやってるのさ! だから、もっと楽しいことがしたいから、スーパーアイドルになりたいってこと!」

 

 考えなしに口走ったその言葉が私の中にすとんと収まったような気がした。足りないピースを一生懸命探して見つかったときみたいなスッキリした気分だった。

 理論と感情が油を差した歯車のようにがっちりと組み合わさった感じがなんとも気分がいい。

 

「じゃー社長も……いねえ」

 

 いつの間にかいなくなったプロデューサーをこの少年は気にしているみたいだけど、私にとって今はそんなことほんの少しも気にはならなかった。

 私の中で自己完結したこの最高の気分は、誰のものでもない、私だけのものだから!

 

「プロデューサーにはお仕事が残ってるから帰ったんだよ。そんなことより少年、未央ちゃんと遊ばないかい!」

 

 いつもの二割増しくらいのテンションで少年へと声を投げた。

 

「まー、社長じゃなくてもいいか」

「三十代のおっさんと一緒にするなー!」

 

 ひとつひとつがいつも以上に楽しい。こんな日はそう何度も来ることはないだろう。

 だったら今日は遊ぶしかないね!

 忘れられない一日を。

 いつでも思い出せる大事な日をカラフルに彩ろう。

 本田未央のアイドル生活は、最初っっからアクセル全開だ!

 

「ボール持って相手抜いたら勝ちってどうよ?」

「おっけーおっけー! 未央ちゃんの華麗なドリブルを見せてあげよう!」

「へっ、負けねえぞ」

「年下だからって男でも容赦しないぞー!」

「いや。オレ女だけど」

 

 あ、そうだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:???

 

 

 

 

 めまぐるしく回っている足が自分のものではないように感じる。

 それは当たり前に僕が動かしている足に他ならないわけだが、僕の思考や理性から切り離されたそれは気づかないうちに道往く人達を抜き去っていく。

 僕の足がまっすぐに目指しているのは患者のいる所だろう。ついさっき入った急患の連絡がそれを嫌でも教えてくれる。

 

 手に入れた力を奮う日はいつか来ることは分かっていた。『自身の勤める医院に運び込まれた患者のみ治療を行う』ということを院長と秘密裏に約束を交わしている以上、僕が闘うことは避けられない。

 それでもできることならば十分な自信が生まれてからというのが本心だ。

 

 仮想敵との戦闘では連戦連敗、まさしく失敗に次ぐ失敗という状況で治療に臨まなければいけないというのはどうしても僕の心に仄暗いものを残している。てきることならこんな状態で治療なんて考えられることではない。

 言わずとも、精神的余裕がオペに与える影響というのは少なくはないからだ。

 

 それだけじゃない。

 この医療行為は成功が一人の患者を救い、失敗が一人の患者と医者の命を奪う。

 患者だけじゃない、医者も命を掛けなければいけない。そんな闘いに向かうにしては不十分としか言いようがない。

 

 

 治療が成功する可能性は低い。

 

 死ぬかもしれない。

 

 今すぐに治療をしなくても患者が死ぬわけじゃない。

 

 

 理性的な自分が、戦地から遠ざかるための理由をいくつも並べていく。当たり前な理由が並んで一般的な常識を弁えた医師であるならば治療を行うなど考えられることではない。

 

 

 だがそれでもこの足が止まることはない。

 止まってはいけない、止まるわけにはいかない。

 理性とはかけ離れた何かが。

 自分では抑えることのできない無意識で強固な意志が。

 自分で結びつけた闘いの運命を今果たさなければいけないのだと、無意識に秘めたそれに対する膨大な熱量が否定的な思考を打ち払っていく。

 

 

 

 この足が向かう先は死地か、あるいは――

 

 

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 




黎斗と未央が大して関わってないのでアイドルコミュですらない
しいて言うなら閑話

-追伸-聖來お姉さんのssr衣装きて嬉しいです


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#3-3

戦闘シーンも別の視点です




stage:game area(quarry mark)

 

 

 

 

 いい調子だ。

 ついさっきまでの戦いを振り返れば僕にとってはそれが率直な意見であった。

 実際の医療行為、つまりは初陣となった今の戦いはハッキリ言って今までのどれよりも好調だ。奴に貸し与えられたVOと比べると幾分か好戦的な相手ではあったが、蓋を開けてみれば完勝と呼ぶにふさわしい結果だったからだ。

 

 今回は明らかに何かが違った。

 今までの僕は相手の動きを見切ることはできても体は思うように動かすことはできず直撃してしまうこともままあった。

 その結果、避けることを考えずいかにダメージを減らしながら戦うかを主眼に置いていた。

 それが今はまるで違う。

 ワンテンポ遅れて動くラグの酷い年代モノのパソコンとでも言うべき緩慢な動きは消え失せ、望んだ動きそのままにこの体が動いてくれる。

 殻を破ったような変わりようだが、原因なんて今はどうでもいい。患者の命を救う、今はただ、それだけだ。

 

 

 

 目の前に倒れたそれの体を構成していたウイルスは次第に減っている。正しくは、一箇所に集まっている、のだが。

 今まで何度も見た光景とはいえそれはあくまでも仮想空間、いわゆる想像上の世界での話だ。それを実際に目にしたところで何も変わった感情が湧いてくることはない。

 

 倒れ伏した巨躯が一体のシルエットを構成したとき背中を一筋の汗が伝った。

 見慣れたその怪物の背格好もおぞましく生え揃った二本の角も怪しげな艶と共に伸びた爪も、それらは僕がVO内で見たものと何一つ変わりはしない。

 だが――

 その傍で倒れる患者の姿が、

 足元に迫る死の匂いが、

 嫌でも僕の心を現実へと縫いつけその手に乗せられた命の重さを感じさせていた。

 

「2ndステージ」

 

 

【Gaccha! Level up!!!】

 

【―――――MEGGLE LABYRINTH!】

 

 

 ドライバーに備わったレバーを弾くとやかましい変身音が鳴り響く。普段なら騒音ともとれる苦痛な騒がしさも、今この場においては気にする余裕すら生まれない。

 第二ラウンド。

 その言葉に特別な意味はない。何の感慨も得ないはずのその言葉でも僕が対峙するそれと組み合わさりさえすれば、ひとたびに死の象徴へと生まれ変わる。

 怖くないかと聞かれれば嘘になる。

 それでも戦わなければならない。

 患者を救わなければならない。

 ウイルスを――滅ぼさないといけない。

 漲る闘志を叩きつけることだけが、今の僕に与えられた使命だ。

 

 

 

 

「本気で行かせてもらうぞ」

 

 油断なく構えるそいつを睨みつつ手斧の柄を引き伸ばす。今までと全く異なるそれは背丈ほどの長さほどになった。

 『メグルラビリンス』ガシャットの主兵装はガシャコンハチェットなどと言うらしいが名前はどうでもいい。それよりも圧倒的な器用貧乏さのほうが目立つ。

 手斧と戦斧の二つに形を変えることができるこの武器だが、武器と言うには少し尖っているように思える。

 一方は「速いが軽い」。もう一方は「重いが遅い」。長く使われる道具と言うものは一般に扱いやすさを求められるというのに「適度に軽くて適度に重い」というものを作らないというのはどういうつもりなのだろうか。

 一瞬の隙が命取りである戦いにおいて一長一短な武器を手に取ることしかできないというのは改善してもらいたいところだ。

 

 だがそんなもの、今は気にならない。

 

 確信とでも言うようなそれがこの手から伝わってくる。

 一、二度しか使った覚えのないこれだが、これこそが最良なのだと体を巡るこの感覚が教えてくれる。

 この間合い、この取り回しの悪さ、この威力。勝つための解がこの武器なのだと。

 

 

 

「――ッ!」

 

 爆ぜるように地を蹴り、化け物へと一目散に接敵する。

 ぐんと勢いよく力任せに振り切った横薙ぎの一撃は軽く身を引いただけで躱されてしまうが、一刀目にはハナから何も期待していない。

 身を引いたついでに腰だめにて拳を引き絞る化物の姿がちらと視界に映りこんだが、

 そんなもの――構うものか。

 寸でのところで躱された得物を、僕を中心としてぐるりと円を描くように振り回すと、もう一度ぐんと思い切り横薙ぎに叩き込む。

 初撃よりもスピードの乗った戦斧を避ける暇など与えない。さらに一歩と踏み込んだ間合いから繰り出されるそれは化物の丸太のような首元に吸い込まれていく。

 

「っ……!」

 

 鈍い音が、響いた。

 薙いだ戦斧と化物の角の、衝突音。受けることを選択した化物の角と戦斧がぶつかった音だ。

 片角が吹き飛び、もう一方に罅を刻んで刃が動きを止めている。

 結果だけを見れば、戦果は十分。

 破壊音と共に吹き飛んだ角が宙を舞って化物の後方に弾き飛ばされているのが見える。

 しかし、そんなもの、決定打にはなりえない。

 

「■■■■■!!」

 

 姿勢を低くしたそいつが唸った。低く構えたままに握られた拳が未だに僕を捉えている。

 まだ、諦めていないのか。

 絶対の一撃、必殺の一撃を狙っていたのは僕だけではなかったようだ。

 一刀、二刀と刃を突きつけたのに対してこいつは一度たりとも拳を振るっていない。ただタイミングがなかったわけではない、やろうと思えば二刀目との相打ちでも叩き込めていたはずだ。

 それを、この瞬間。

 フェイクを交えた渾身の一撃の直後。

 十全な間合いではないにせよ、無視できないこの隙を狙うつもりだったとでも言うのか。

 小さく丸めた体が跳ね、弾丸のように迫り、そこから太い腕が伸びた。

 心の臓をめがけて。

 

「―――くそっ!」

 

 それを……ぎりぎり、後ろに飛ぶようにして、距離をとった。

 

「がっッ!」

 

 つもりだったが――

 肺から息が押し出される不快感が体を襲った。

 瞬間、取り囲む景色が急に加速して通り過ぎていき、背中に伝わった強い衝撃が目の前の現実を僕へと叩き込んだ。

 詰めた一歩分の間合いと、跳んだはずの一歩分をはるかに越える距離が目の前にある。

 今まで幾度となく味わったそれだった。

 

「ぐぅ………っ」

 

 今のは、入った。

 後ろに飛んだ分のダメージを受けはしなかったが、途端に増した息苦しさはしっかりとこの痛みを教えてくれている。

 はっきり言って迂闊だった。ユニオン態を難もなく打倒しえたことがほんの少しの油断と慢心を作ったといっていい。それが、こんな状況を生み出すほどの、手酷いしっぺ返しにあってしまうとは。

 背中も胸も強く打った痛みは消えていないが気にしている余裕はない。受身すらまともに取れないほどの一撃を叩き込まれても、まだ僕が治療を止めるわけにはいかない。

 吹き飛んだ勢いに任せて立ち上がり、もう一度戦斧を構える。切っ先と峰を常に向け、敵意を叩きつける。

 

 仕切り直しだ。

 

 ほんの少しの油断が死に繋がるこの状況を、僕はどこか舐めていた。

 いくらVOとは違うとはいえ、やり直しのできるあれと、

 今目の前に広がるこの戦いを少しも重ねなかったと言えば嘘になる。

 悪いが、もう手を抜くつもりはない。

 最初の一歩を、踏み外すわけにはいかないんだ。

 

「今度こそ、全力だ……!」

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

「■■■■■ーー!!」

 

 怒号が、耳に響いた。

 鼓膜を突き破るような、言葉ですらない爆音が目の前から叩きつけられる。

 声だけじゃない。

 射殺すような視線の先、

 憤怒に塗れた瞳が、輝いている。

 間合いに入ってはならない、そう思わせる激情がひどく荒い呼気から伝わる。

 だが、それも、吉報。

 燃え盛る激烈さも、

 滲み出る直情さも、

 ことここにおいては、その馬鹿さ加減もありがたい。

 構えた戦斧をゆらゆらと揺らす。突きつけるでもない、切っ先を揺らすだけでも十分。

 それが、開戦の合図となる。

 

 

 だん、と踏み込むそのままに握られた拳の射線上に僕が映りこむ。ただ、ぼうと突っ立ってさえいてしまえば、それは僕を塵芥へと変えるはずだ。

 避けるか、逸らすか。

 二つに、一つ。

 単純で簡単にさえ見えるような浮かんだ選択肢を即座に打ち払って捨てる。

 まだ、一つ、残っているはずだ。

 あと一瞬、遅くてもコンマ数秒もすれば詰められるその距離から繰り出されるであろうそれが構えられるのを視認して――

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 上段に構えた得物を、ぐんと前方に突き出した。

 避けられない、逸らせない。

 ならば――逸らさせる。

 彼我の能力差を埋めるならば、戦略を練るしかない。戦型を組み立てるしかない。

 当たるかどうかの距離は、皮肉にも体が覚えている。

 目で追うしかできなくて、涙を呑んだこともある。

 幾度となく負けた身だ。

 何度でも叩き込まれたはずの拳だ。

 そんなもの――とうに見飽きている。

 

 

 間合いの外からの一撃。

 攻撃の瞬間への反撃。

 ともすれば相打ちともなってしまうはずのそれは、僕と相手の間合いさえ整えさえすれば、必着の一撃にさえなる。

 前へ前へと進む化物の体は止まることなく、打ち出された一撃に吸い込まれるように衝突する。

 ぐわん、とゆさぶるような重さが手のひらからびりびりと伝わってくるが、気にしている暇はない。

 二歩、三歩と下がってもう一度構え直す。

 その場でたたらを踏む姿が目に映る。放った一撃が有効打になったわけではないのだと内心で気の滅入る自分がいた。

 あと何度同じ事を繰り返せばいいかは分からない。一度か、二度か。はたまた、何十と重ねなければいけないのか。

 手に握っているはずの武器は途端に重くなったような気がする。強かに打ちつけた背中はじくじくと痛むし、息を吸うたびに襲う胸の苦しさはなくなってはくれない。

 

 ぐっと間合いを詰めて拳を振りかぶる怪物の頭をめがけた突き。

 なりふり構わない突進は挙動が見え次第に妨害。

 

 

 当てさせない。

 

 近寄らせない。

 

 手を、出させない。

 

 

 標語にも思えるそれこそがたった一つの勝ち筋。檀黎斗はこれをゲームだと言ったが、そんなわけがない。これは命を掛けた殺し合いだ。

 王道も邪道も卑怯も姑息も何一つありはしない、正真正銘命の奪い合い。

 目の前の怪物を打倒するために放つ一撃が、がりがりと精神を削っていく。

 何度も叩きつけられる殺意は、一秒また一秒と寿命を縮められる気分だ。

 それでも、この先に勝利はあるのだと。

 何があろうとも勝利を掴む、それこそが勝つために必要なことなのだと。

 何と言われようとも僕はこの武器を振るおう。

 その勝利が、僕の願いを叶えると言うのなら、どんな手段すらも行使しよう。

 まずは手始めに、この馬鹿を片付けるとするか。

 

 

 

 振るわれるはずの拳を突き飛ばし、間合いの外へと吹き飛ばす。

 慣れが一撃に重みを与えたわけではあるまい、とすればこの状況こそが弱っている証左となる。

 さあ、そろそろだ。

 

「■■■■■ーー!!」

 

 獣らしく馬鹿みたいに吼えるのを眺めつつ、ふうっと息を吐く。

 自分に分が悪いと思ったところで今更遅い。

 ――遅すぎるんだ。

 だん、と地を蹴れば、あと一歩という距離。

 もう、目と鼻の先。

 後先などない全霊全力の一撃が、来る。

 胸を反らし、ぐぐぅと仰け反りながら引き絞った拳が見える。

 今まで見たことのないその構えは、妨害なんて生温いもので止まるとは思えない。

 天秤を傾けるに足る、その一撃。

 だが、そんなもの、

 

「――取るに足らん!」

 

 前のめりに倒れるようにして、かすめるように躱すと、振り抜かれた拳に遅れるようにして()()と風切り音が通り過ぎる。

 そうだ、この一瞬。

 この間合い。

 決着を着けられるだけの隙を、

 僕も待っていたに決まっているだろう。

 

「ああああああっッ!」

 

 握った柄を、抱え込むように引き倒す。そうすれば、先端に付いた刃が遠心力に従い弧を描き、狙い通り奴の顔に――着弾する。

 

「――■■■ッ!?」

 

 その一撃が決定打だ。

 カウンターの要領で顔面に叩き込んだ一撃は、怪物をごろごろと後方に吹き飛ばした。

 それを僕は視界に捉えずに――それよりも早くに立ち上がり、ドライバーに差し込んだガシャットをガシャコンハチェットへと差し込む。

 

 

【KIMEWAZA!】

 

【MEGGLE CRITICAL STRIKE!】

 

 

 何をすべきかは、体が知っている。

 濁流にも似たエネルギーの奔流を刃先に集めたそれを担ぐように構える。

 化物はリーチの外。

 本来なら届くはずのないその距離も、今なら届く。

 

「――仕舞いだッ!」

 

 一刀。

 構えたそれを、槌を振り下ろすように、振り切る。

 

 

 

 瞬間、

 光刃が怪物を切り裂いた。

 

 

 

 それに遅れて、倒れ伏した怪物を爆発が包む。

 

 

 

【GAME CLEAR!】

 

 

 

 爆風に乗って空中にテロップが映った。ぎらぎらと目に優しさを感じないその色使いは少し気に食わない。それを煽るように喧しいファンファーレもこの仮想空間に鳴り響いた。

 普段なら嫌悪するようなこの騒がしさも、今だけは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【KIMEWAZA!】

 

【BAKUSOU CRITICAL STRIKE!】

 

 

 

 

 

 刹那。

 爆炎の中から現れた黒い何かが、目の前へと迫っていた。

 

「なっ―――」

 

 風景が自分を置き去りにして通り過ぎていく。

 何が起きたのか分からなかったが、本日二度目にして今日一番の痛みと、一転して切り替わった視点が教えてくれていた。

 変身がいつの間にか解けたせいで、頬がざらざらした感触に撫でられている。

 おそらく、受身すらとれず地面に叩きつけられ、勢いのままに転がってしまったのだろう。投げ出された左手を覆う袖が砂まみれになっていた。

 

「っ、なにが……」

 

 訳が分からない。

 目の前であの怪物は倒れたはずだ。

 僅かながらの勝利の余韻に浸っていたはずだ。

 それがなんだ、この状況は?

 これはなんだ、何が起きた?

 全身に走る痛みで鈍った頭はまともに動いてくれない。

 思考は纏まらない。

 指一本、動かせない。

 それでも、この瞳は、陽炎に浮かぶシルエットだけは、捉えてくれていた。

 

「ナイスファイトじゃないの、先生」

 

 いやにハッキリと聞こえるその声が近づいてくる。

 誰だ、お前は。

 僕の勤める病院にそんな声の人間はいない。

 僕の知っている人間じゃ、ない。

 その人物は目の前に落ちている斧からガシャットを引き抜き、自身の変身を解いた。

 

「ちょっと借りてくんで、これ」

 

 それは――

 僕が手にした唯一の手段だ。

 諦めきれない自分を繋ぐ、約束を守るチカラだ。

 それだけは――

 

「あぁ、そうだ」

 

 好き勝手に喋って、邪魔をして帰っていく。

 あんたは誰なんだ。

 どうして、こんな。

 頼むから、

 僕からそれを奪わないでくれ。

 

「檀黎斗に、『よろしく』って頼んだぜ」

 

 次第に薄れていくその体を睨むことしかできないのか。

 崩壊していくこの空間で、僕は、何もできないのか。

 ほんの少し、体が動いてくれたなら。

 あと少し、腕を伸ばすことができたなら。

 

 

 

 その赤いジャケットを、掴むことができたのに。

 

 

 

 いつの間にか、見慣れた公園が目の前に広がっていた。

 遠くで倒れているのは患者だろう。

 街の騒がしさが地面の振動を通して伝わってくる。

 少しずつ近づいてくるのはサイレンだろうか。

 煩いな。

 ああ、すごく気に食わない。

 住み慣れた街の筈なのに、こんなにも騒がしかったのか。

 嫌いだ。

 騒がしいのは、嫌いだ。

 聞き慣れたサイレンでさえも、今は聞きたくない。

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 




エグゼイドの初期と言えばガシャットの奪い合いですよね

関係ないですがdTVのCMが好きです
高橋n生が出てきますし(nは自然数とする)


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#4-1 『BANされたあいつがやってくる!』

タイトル落ちで申し訳ない



stage:CENproduction

 

 

 

 

「ガシャットが、奪われた……だと?」

 

 その声色は黎斗らしくもなく、困惑しているようにも聞こえた。

 桜庭薫襲撃事件から数日。

 例の一件に対する双方の疑問は解消されることなく今の今まで後伸ばしにされていた。だがようやく二人が顔を合わせることができ、こうしてこの場を介してそれぞれの意見を擦り合わせることが可能となったわけである。

 

「ああ。何者かに目の前でガシャットを奪われた」

 

 そう語る桜庭の表情は決して芳しいものではない。

 目の前で奪われたこと。

 ライダーシステムを利用する第三者。

 あの一件で彼が得た情報と今陥っている状況は、やはり彼にとって喜ばしい状況ではない。

 むしろ――最悪、とも言えた。

 

「盗難じゃない。目の前で、変身を解除させられて、だ」

 

 変身を解除させられた。

 今もまだ包帯の下でじくじくと痛む彼の胸が、その現実を教えてくれている。

 

 その現実が、

 

 その現実こそが、最悪。

 

 それは、ガシャットを奪われたこと()()に対してではない。

 

 自分以外の、ライダーの存在が、

 

 檀黎斗という後援者が抱える危険性が、

 

 あの瞬間に、牙を剥いたということを意味していた。

 

「あんたがまだ、僕に何か隠し事をしているのは気づいている。それを見て見ぬ振りをするのが一番いい選択だとは思っていた」

 

 桜庭の脳裏に焼きついているのは、あの黒いライダー。

 桜庭薫の知らない重大な事実を抱えているに違いない、あの存在。

 

「だが、気が変わった」

 

 放置することのできない問題がそこに控えているというのに、そのままにしておくというのは彼には無理な話だった。

 

「あの黒いライダーは一体何だ。奴はあんたの名前を知っていたんだ。僕に隠れてあんたは何をしようとしているんだ」

 

 だがその言葉を聞いた黎斗の態度は、いつもとはまるで違ったものだった。

 

「……黒いライダーだと?」

 

 奪われたことに加えて、新しいライダー。

 それは黎斗にとってガシャットを奪われたこと以上に衝撃的な情報であった。

 

「聞きたいのは僕のほうだ」

 

 ソファから立ち上がった桜庭の足がテーブルにぶつかったが、お構いなしだった。

 顔を翳らせながら考えに耽る黎斗に詰め寄った桜庭は、どこかぴりぴりとした雰囲気を漂わせている。

 

「あんたがドライバーとガシャットを渡したのは誰なんだ」

「渡してなどいない」

 

 徹底的な、否定。

 彼が望まない形でライダーが増えていることを嫌うのは、彼の生き様を見れば当たり前なのかもしれないが。

 

「今のところ私が開発したのはドライバーを一つと、ガシャットを二つだけだ。それに――」

 

 がら、とデスクの引き出しを開いた。

 

「もう一つは、ここにある」

 

 その手に握られていたのは、ガシャット。

 黒い装飾にモノクロのラベルで「MEGGLE LABYRINTH」と描かれたものだった。

 

「……あんたの言葉が嘘じゃないとしてだ。だったら奴はどう説明するつもりだ」

「私の想像通りであるならば――」

「おはようございまーす!」

 

 明るく、ともすれば騒がしいとも言える声だった。

 元気よく挨拶、なんて今更な話で当たり前ではあったが、今々の話題を考えるとなんとも言えないのも事実である。

 

 噛み合わない彼らの温度差。

 事務所に立ち込める沈黙。

 

「あれっ………タイミング悪かった?」

 

 非常に間が悪かったというのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

#4

 ―BANされたあいつがやってくる!―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドライバーが行方不明?」

「その通りだ」

 

 黎斗の口から与えられた情報は桜庭によってオウム返しに聞き返された。

 

「桜庭先生が持っているドライバーとガシャットとは別にあるはずだったドライバーとガシャット、それを私は紛失している」

 

 事の重要性は彼らによってまちまちな反応である。

 只、その中で黎斗だけはこの問題を常に念頭に置いていたのは違いない。

 

「……それを手に入れた誰かが勝手に使って変身した、ということか?」

 

 首肯する黎斗。

 まあ、筋書きとしては正しい。

 

「多分だがあんたは奴が誰で、何故変身できるのか、ってことも全部分かってるんだろう?」

「一つ不明なことはあるが」

「で、聞いても答えないつもりなんだろう」

「答えないとは言ってないさ」

 

 この返答は些か意外だった。

 

 檀黎斗からすればひた隠しにしていたであろう重要な情報であるはずのそれを開示するということは、すなわち自身の思惑をも知らしめる可能性が付いて回ることに他ならない。

 

 それを許したとなれば、それほど彼にとって重要でない情報であるか、はたまた――

 

「あのー、未央ちゃん置いてかれちゃってますよプロデューサー」

 

 やはり彼女が割って入るタイミングは総じて良いとは言えなかった。

 

 だが、半ば察してはいるが仔細を知るわけではない彼女からすれば、目の前で内緒話でもされているような気分であろう。

 

 できることなら話の腰を折るのは避けたいところだったが、さすがの彼女もこれには耐えられなかったらしい。

 

「未央ちゃんの活動とは関係ないさ」

「先生も関わってるしアレなんでしょ? 例の病気のこと」

「君はもう患者ではない。部外者が口を挟んでいい内容じゃない」

「それなら先生こそ部外者でしょ! 事務所で遊んで勝手にコーヒー淹れて飲んでるだけでアイドルでもなんでもないし!」

「たしかにそうだが、ここに出向かない限り彼とこの話をすることができない」

「あー、たしかに」

「だから仕方なく、だ。僕が好き好んで芸能事務所に入り浸るわけがないだろう」

「うんうん、先生の話はよぉーく分かった」

 

 訳知り顔でしきりに頷く未央。未だ短い付き合いとはいえ、桜庭の持つ()()()を彼女はそれなりに理解しているようだった。

 

「でも話を聞くくらいいいでしょ?」

 

 まあ、理解していることと聞き分けがいいかは関係していないみたいだが。

 にこにこと笑顔を浮かべながらも「教えてくれ」と迫る姿は随分と強かであった。

 

「……ライダーシステムを利用できる何者かに僕のガシャットが奪われた、という話だ」

 

 折れた桜庭が簡潔にそれを語った。

 

「えっ……盗られちゃったの?」

 

 その報せは当事者でない彼女でさえ少なくない衝撃を与えるものだった。

 そのため、「私が貸し与えたガシャットだが」と黎斗がぼそりと呟いたのが彼女の耳に入ったかは怪しい。

 

「で、その何者かを彼が今から教えてくれるそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

「君達には先に黒いライダーの話をしようか」

 

 あえて開示はしなかったその情報。

 黎斗からすれば正規品を渡したために自然と省かれることとなったその話を今更蒸し返すことになるとは思いもしなかっただろう。

 

「黒いライダーはプロトガシャットを用いることで変身が可能となる」

「なにそれ?」

「さっき見せたやつか?」

「そうとも」

 

 もう一度引き戸から取り出し、それを自身の卓上に滑らせた。

 

「桜庭先生に渡したのは正規品で、アレは適合手術を受けた者だけが変身できるプロテクト機能を搭載していてね。プロトガシャットにはその機能がない」

 

 黎斗の脳裏に浮かぶのは原初のライダーとなった男の姿。

 友を、

 患者を、

 医師としての立場を、

 清算しきれない悔恨を自身へと積もらせた男の姿がちらと浮かんだ。

 勿論、それを知る者はこの場には彼――黎斗しかおらず、そのガシャットの危険性を知る者も同様である。

 

「つまり未央ちゃんでも変身ができるということさ」

 

 そんなことをおくびにも出さず、少しばかりの微笑みとともに彼は語った。

 それが、曰く付きの剣であることなど一言も交えずに。

 

「だとしても奴があんたと面識があったのをどう説明するんだ」

「焦らずとも説明をするさ」

 

 言外に匂わせたナニかを詮索することもなく桜庭は問う。今はそんなことにかまけている場合ではないらしい。

 

「九条貴利矢。おそらく彼が私のガシャットを奪った可能性が高い」

「あんたの知り合い……と見ていいようだな」

 

 その語り口は以前にも見た光景だった。

 ガシャットや自身の夢、ゲームというものを語ったときに見せた黎斗の姿を、桜庭は重ねていた。

 

「私と面識があるというだけで大分絞られるからね」

「プロデューサー友達少ないんだ……」

「せめて公私を区別していると言って欲しいところなのだが」

 

 どちらにせよ、この世界に彼の知人はいない。いるかいないかと言われれば、いないというのが現状である。

 話が、脱線してしまったが。

 

「で、あんたも動くつもりなんだろう?」

「そのつもりだ」

 

 静かに震えていた黎斗の拳が机へと叩きつけられた。

 

「九条貴利矢は私が見つけ出してガシャットを奪い返す」

 

 今までに彼の見せたことがない激情。桜庭は以前の彼の姿を重ねはしたが、それ以上の強い感情を滲ませた黎斗の表情は、いつもの飄々とした態度からは見受けられないほどだった。

 彼が醸し出すその空気はいかにも伝播していき……

 

 

 pllllllll.......

 

 

 電話が、鳴った。

 ぴりぴりと響くような音ではなく、篭るようなそれは、桜庭の懐から響くものだった。

 手に取り、光る画面に目を移せば、桜庭の表情は一転して優れないものへと変わった。

 

「患者だ」

 

 懐にそれをしまい直した桜庭は、ただ一言それだけを述べ、黎斗の目の前に手を広げた。

 

「使いたいというなら好きにするといい」

 

 渋る様子もなく黎斗はガシャットを手渡し――ているわけがなかった。

 

「だが」

 

 にこやかな表情とは違って手に握ったガシャットを離す様子はない。

 それは、ただでは渡さないという強固な意思に溢れている。

 

「私がそれを必要としたときは早急に渡すように」

 

 これを呑まなければ渡さない、というのは本気であるらしかった。

 

「……分かった」

 

 彼の個人的な理由が優先されるせいで患者の病気は進行していく。

 その現実が彼には受け入れ難いものであるのは確かだが、受け入れるほかない。

 それが、檀黎斗という男と関わる術であるならば。

 

「できる限り早急に解決してくれ」

「当然だ」

 

 黎斗の瞳に宿った激情がふっと消えたかと思うと、強く握られていたガシャットは容易く桜庭の元に渡った。

 そのまま踵を返して事務所から桜庭は去っていく。

 彼には待つ患者がいるのだから。

 残されたのは、檀黎斗と温くなったコーヒーと、

 

「よーするに人探しってことで、ファイナルアンサー?」

 

 内容が伝わりきっていない、本田未央だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:greenroom

 

 

 

「プロデューサーって、何者?」

 

 ふと、思い出したように未央が口を開いた。

 

「私は神の才能を持つゲームクリエイターだが?」

 

 同室にて持ち込んだPCのキーボードを叩く黎斗は、画面から目を離さずにあっけらかんとした態度で答えた。

 

「いやそっちじゃなくてさ」

 

 目を通していた台本から顔を上げた未央は、手に持ったそれをとんとんと叩いて黎斗へと示す。

 彼女が読んでいたのは、今日収録予定のドラマの台本である。端役ではあるが、彼女がオーディションで勝ち取ったものであり、地上波デビューを飾るものであった。

 

「これってドラマのちょい役的なやつでしょ? どーやって取ってきたの?」

「そんなことか」

 

 芸能界は実力社会、もしくはコネクションによって成り立っているのは彼女も少なからず気づいている。

 そんな業界に足を踏み入れたばかりだと言う彼――檀黎斗という男がどうやってこのオーディションを勝ち得るに至ったのか、彼女には不思議でならなかった。

 

「通りそうなオーディションくらい私でも分かる」

「そんな曖昧な……」

「向いてない向いているという話以前の問題だ。脚本の意図に沿ったキャラクターというのを突き詰めていけば、求められる人物像というのは自ずと決まっていく」

「そーなの?」

「だからオファーというものがあるのだろう。つまり私なりに未央ちゃんのイメージと合うものを探して、そのアドバンテージに乗せて役を掴ませればいいだけさ」

 

 それが正しいものであるかは定かではないが、現にその方針に則って受けたオーディションをパスしたのだから、強ち嘘ではないのだろう。

 

「へー。じゃあさ、私ってどんな感じ?」

 

 興味本位での、その言葉。

 そこに明確な意図があるかは不明だが、それを知ることはアイドルとして多聞に必要なものであった。

 以前、彼から問われたアイドルとしての心構えの中で「どんなアイドルになりたいのか」というのがあった。それとは正反対である「今の彼女」というものは、ある意味で目指すアイドル像に近づくための基準とも言えるのだろう。

 

「明るさと優しさ。そしてそれに見え隠れしたほんの少しの恐怖心、といったところかな」

「恐怖心?」

 

 イメージを司る言葉としてはおそらく使われにくいであろう言葉だった。

 

「今は気にせずともいい。いずれは自覚するだろうからね」

 

 はっきりとした彼なりのイメージではあったが、煙に巻いたような結果に終わった。

 

 

 

 

「そーいえばさ、アレ、探さなくていいの?」

 

 空中を指でなぞるように描いていく。

 描かれたのはやはり、ガシャットのようだった。

 

「急がずとも餌は撒いたさ。後はかかるのを待つだけだ」

「餌って……そんな釣りみたいな」

「私は彼の居場所を知らない。ならばおびき寄せる他あるまい」

「そんな簡単に出来るもんなの?」

「簡単ではないだろうね」

「先生も急いでーって言ってたけどいいんだ?」

「私にも急いた気持ちがないわけではない」

 

 「やっぱりねー」と呟く未央。

 先の事務所での一件は檀黎斗の()()()の一端を覗いたものであった。

 それはやはり、彼の担当アイドルである本田未央がより一層檀黎斗への理解を深めることに繋がったと言えよう。

 

「どうせすぐには見つかるまい」

「ふーん、大変だね」

「まあ、腰を据えて事にあたればいいさ」

 

 すれども、事の難解さを理解していない黎斗ではない。

 この問題が一朝一夕にはいかないことぐらい彼も理解しているだろう。ともすれば、黎斗が件の犯人とかち合う可能性が彼らの想像よりも小さくなってしまうことだってありえる。

 その状況で感情をいつまでも昂ぶらせているのはあまり良い選択ではないのだ。

 ゆったりと、すれど目を光らせて。

 それが今の黎斗にできることの全てだった。

 

「先に出ているよ」

 

 今更彼に社会人として振舞う必要性があるのかはわからないが、十分にプロデューサーとしての仕事を全うしているようだった。

 部屋から出て行く姿は、ゲームクリエイターというよりは只のサラリーメンといったところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 



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#4-2

 

stage:CENproduction

 

 

 

 

 かの日からいくらかが経ったある日の事務所。

 その日その時間にその場に居合わせたのは、桜庭薫と檀黎斗の二人だけであった。

 

「これは返す」

 

 アポもなく突然事務所を訪れた桜庭の発した言葉の意味。

 それは彼の手に握られた黒色のガシャットが雄弁に物語っていた。

 

「使わないのかね?」

「あんた、分かってて言ってるだろう」

 

 涼しい顔をした黎斗に多少の苛立ちを見せながら、それを彼のデスクへと置いた。

 

「勿論だが」

「確かに治療はすぐに終わった。それもこの前の目じゃないくらい直ぐにだ」

 

 桜庭の治療現場にもし誰かが同行していたならば、今まで見せたことのない強大な力に驚くことは避けられなかっただろう。

 

「ならば使えばいいだろう」

「目先の病気だけを治療しても意味がないことくらい君は知っているんだろ? それなのに命を削るつもりは僕にはない」

 

 プロトガシャットによるバックファイアを身を持って知った桜庭では、さすがにそれを使うのは躊躇われるようだった。

 

「桜庭先生が使わないというなら構わないが」

 

 返ってきたのなら何でもいいらしい。

 それは黎斗の手によって元あった引き出しの中へ収まった。

 

「それと聞いておきたいことがある」

 

 桜庭はすぐ隣のデスクのワーキングチェアーに腰を下ろし、黎斗を見据える。

 

「何かな」

「何故ウイルスの治療技術を公にしない?」

「そんなことか」

 

 瞬間。

 

「そんなことじゃないだろう! それを広めるだけで何千何百の患者の病気を治せると思っているんだ!」

 

 立ち上がって抗議するさまはいつもの冷静な様子ではなかった。

 彼が直前まで座っていた椅子も、まるで怒気に当てられて距離を取るようにころころとキャスターを鳴らしていた。

 

「私には関係ない」

「またそれか……」

「最初から先生には言っているだろう。私はお医者さんごっこに付き合うつもりはないと」

 

 四方八方に喧嘩を売るようなその物言いは、つまり彼のゲーム医療に対する所感であった。

 

「たしかに先生の熱意は素晴らしいが、私のゲーム開発とはなんら関係がない」

「そんなもの、情報だけ開示すればいいだろう」

「それを私が許すとでも?」

 

 優しさを滲ませていた瞳は一瞬にして燃え上がった。

 

「ガシャットは全て、私のモノだ。ゲームマスターの私に許可なくガシャットを生み出させるつもりなどない」

「……相変わらず独占欲の強い男だ」

 

 桜庭は椅子に腰を下ろした。

 やはり黎斗の行動理念も思想も桜庭には理解できないものであるらしい。

 

「その話は諦めるが、盗られたガシャットの方はどうなった?」

「抜かりはないさ」

 

 どす黒い怨嗟に塗れた瞳が細まった。

 

「私に用があるならば奴が現れる筈だ」

 

 確信とも取れるほどのその言葉は、少なくとも自信に裏打ちされた可能性というものがあるらしい。

 

「……信用ならないが」

「桜庭先生はゆっくりと待っていてくれたまえ」

 

 ゆっくりと。

 緩慢な進捗であればあるほどに病気の被害者は増えていくというのに、黎斗に焦った様子はない。

 

「………言い返さないでおこう」

 

 言外に込められた「治療などいつでもできる」という黎斗の言葉に、桜庭はため息をつくくらいしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

stage:by train

 

 

 

 

 耳を打つのは騒がしさ。

 密閉された地下トンネルを走り抜ける彼らは、反響した騒がしさに身を委ねる他なかった。

 

「私は今の今まで事務所の体制に疑問を抱いていた」

 

 黎斗が呟いた。

 

「え……どうしたのいきなり」

「まあ、私の話を聞きたまえ」

「ああ、うん」

 

 電車による移動の手前、空いた時間は黎斗が挙げた議題で時間を潰すこととなったらしい。

 

「未央ちゃんは事務所の中を見たときに疑問を持ったことはないかな?」

 

 質問にしては随分とふんわりした内容である。

 

「……社長室が広すぎるとか?」

 

 事務所面積の内、ほぼ半分が社長室。たしかにそれだけを聞けば広すぎるだろう。

 

「あれは応接室も兼ねている筈だからむしろ狭いくらいだろう」

「あ、わかった! 事務所が狭い!」

 

 実態は悲しいだけなのだが。

 実際の床面積だけを考えればそこらのコンビニとどっこいどっこいだろう。

 やはり新興芸能事務所では雑居ビルの一室を借りるしかないのかもしれない。

 

「たしかに少しばかり窮屈に思えることもあるが、違う」

「じゃあ何さ。デスクが多いとか?」

「……概ね正解だ」

 

 事務所に置かれているデスクは計四つ。黎斗の分を差し引いても余剰分が三つである。

 なにげなく呟いたものだが、それが彼の望んだ答えだった。

 

「正確には、事務員がいない」

「……たしかに」

 

 思い返してみれば、彼らの過ごす事務所には人の気配が無い時間と言うものが存在した。それは、営業や見学と言った外回りに割いた時間帯であり、まさしく()()()という時間を生み出していた。

 

「ここのところは私だけでも回っているようだが、未央ちゃんが売れ始めれば私だけでどうにかなるわけがない」

「そりゃそうじゃん。求人出さないの?」

「ここでは人事権も上が掌握しているはずだ」

 

 少数精鋭。

 悪く言えば、人事でさえも火の車。

 動き出した事業であるのに上手く走り始めるまで人手すら増やせないらしい。

 

「それくらい言ったら出してくれるでしょ」

「一度打診した記憶はあるのだが」

「…………」

 

 そんなどうしようもない現状に、未央は沈黙するほか無かった。

 

「芸能事務所の社長はどこも変わっているという話は聞いたこともある」

「……事務員までスカウトはないよ。ない、はず。多分」

 

 未央の言葉は、不安が募ると共に尻すぼみになっていく。

 

「帰ったらもう一度意見を仰いでみるとするさ」

「まずはこのお仕事頑張らないとね」

「ああ。いい活躍を期待しているよ」

 

 仕事の前だ。

 暗い話はよそう。

 がらがらと騒がしく唸る電車は、今日も光の差さない地下で暗闇を切り裂いて走り回っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:booth

 

 

 

 

「あの……プロデューサー?」

 

 どうしても確かめたいことがある、そんな風にも聞こえた呼びかけである。

 

「何かな?」

「仕事の内容、もう一度聞いていい?」

「このブースのコンパニオンガールだろう」

 

 彼らが今日赴いたのは、とあるイベント会場。

 それほど大きな会場ではないが、一部の界隈には一目置かれている、そんなイベントが催される場である。

 

「で、このブースの企画者は?」

「私だが」

 

 そんな会場の一場所を担うのが檀黎斗。

 

「で、これは本当にお仕事なの?」

「バイト代くらいは出そう」

「仕事じゃないじゃん! ただの手伝いじゃん! なんか怪しいと思ったもん!」

 

 悲しくも未央の予想は的中してしまったようだ。

 それほど広くないブースに置かれているのは一台のモニターと、それに繋がれたコントローラのようなもの。

 

 勘のいい未央が気づかないわけがなかった。

 

「手伝いだろうといい経験にはなると踏んでいるよ」

 

 だが、そんな未央を気にするでもなく黎斗は続けた。

 

「そーいう問題じゃないでしょ!」

「……?」

「え、なにさ」

「ああ。私は出勤日ではないよ」

「そこじゃなーい!」

 

 やはり、一人の少女の心の機微を理解するのは黎斗には荷が重いようだ。

 

「未央ちゃんを騙したことに変わりはない。だがそれほど悪くない話だろうに」

 

 だがそんなもの黎斗には関係がなかった。

 

「騙したって認めてるじゃん……」

「それでもそれなりに魅力的な話だろう」

「どこがよ?」

「クライアントは私な点だ」

「いや、全然わかんないし」

 

 今一要領を得ない問答だが、そんな黎斗の『魅力的な話』とは、

 

「第一に私の開発したゲームで遊べる」

 

 自信過剰、もしくは尊大な『魅力的な話』だった。

 

「……それはちょっと魅力的かも」

「まあ、それだけだが」

 

 それを聞いて肩を落とす未央。

 ゲーム開発に命を掛ける男らしい潔さだった。

 

「とはいえアイドルとしてもないわけではないだろう」

 

 ブースに置かれたモニターパネルを操作する片手間に未央の相手をする黎斗。

 ゲーム第一主義の彼が試遊以外の理由でわざわざ未央をこの場に連れてくるのに意味があるのだろう。

 

「この仕事に、君の成果で次の仕事に繋がるなどというプレッシャーは無い」

「遊び気分でいいってこと?」

「あながち間違いではないが、もう少し意欲的に物事に取り組むといい」

「仕事だと思ってやれって言いたい感じ?」

「まあそんなところだ」

 

 どんなものからもアイディアを吸収するクリエイターらしい提案。

 

「責任を問われる場ではないが、れっきとしたアイドルの仕事場の一つだ。十分な経験になるだろう」

「ふーん。プロデューサーの言いたいこと、なんとなくわかった」

「未央ちゃんのアイドルの方向性とは違った考え方かもしれないが一考の余地はあるはずだ」

 

 なんにせよ、ただの言い訳である。

 話半分、冗談半分に捉えるのが正しいのかもしれないが。

 

 

 

 

 

「で、結局今日は何すればいいの?」

 

 ブースの裏手での作戦会議。

 こじんまりとしたそのスペースで黎斗と未央は向かい合って座していた。

 

「ゲームの試乗のための呼び込みだ」

「それって客引きじゃん」

「客引きだからと侮ってはいけない」

 

 客引きの何たるかを知っているかのように苦言を呈す黎斗。

 

「何かの魅力を伝える力、それを見つける力。求められる技能など探せばいくらでもある。それに、アイドルならそれを活かせる場もその内現れるはずだ」

 

 歌って踊るだけがアイドルではない。

 舞台に立つことだってあり得るし、ラジオ放送に声を乗せる事もある。雑誌の取材だって受けることにもなるだろう。

 

 今は必要がないかも知れない。それでも、いつかその引き出しが役に立つときが来るかもしれない。

 

 その引き出しの多さが、生きるか死ぬかの明暗を分けるのだとしたら。

 

「まあ、これはインディーズゲームの体験会のようなものだからね。それほど固くならなくていい」

 

 「それに」と言葉を続ける黎斗。

 

「私が開発したゲームに必要以上の宣伝は不要だ。どこぞの情報誌のようなスポンサーの匂いがするレビューは気に食わない主義だからね」

「? 結局いらないじゃん」

 

 首尾一貫としない主張は未央を混乱させる。

 

「必要はないが……タダで得られる経験を無駄にする必要はあるまい」

「……せっかく来たんだしね。プロデューサーの口車に乗せられてあげる」

「二桁程度は呼び込んでみたまえ」

 

 タダ、という言葉で丸め込まれる未央。

 彼女の今日のスケジュールは、バイトということとなった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 の、筈なのだが。

 

「あー! それ私が狙ってたやつ!」

「速いもん勝ちだよー!」

「なにをー!」

 

 開始早々、会場に居合わせた少女とゲームに興じている本多未央の姿があった。

 

「………楽しんでいるようでなによりだ」

「……そうじゃん。遊んでたらダメだった」

「いや、夢中になるのも無理はない。好きなだけ遊びたまえ」

 

 我に返った未央がテーブルにコントローラを置くのを黎斗が止めた。

 

「プロデューサー、さっきと言ってること全然違うけど」

「気にしなくていい」

 

 その視線の先にはもう一つのコントローラを握る少女がいる。

 

「私のゲームが遊ばれていると言うのは気分がいいからね」

「プロデューサーらしいね」

 

 やはりゲーム第一主義であることには変わりがない。

 まさしく()()()というのを見た未央は、一つ笑った。

 

「ねえお姉さん。これってこの人が作ったの?」

 

 ゲームが人を笑顔にする、それを体現するようなその少女は未央に言葉を投げた。

 

「そうだってさ」

 

 肯定する未央は黎斗に視線を飛ばした。

 せっかくなら本人が相手をすればいい、ということらしい。

 

「どうだったかな私のゲームは」

「チョー楽しかった! 他にもある!?」

「ああ。好きなだけ遊びたまえ」

 

 彼がこの場に持ってきたのは数種類のゲーム。

 その中のいずれもが幻夢コーポレーションで売り出されたゲームとは異なっているようだ。

 

 只ひたすらに彼の望むままにゲームを作る。

 誰にも邪魔をされることがなく、自身の才能を世間に知らしめるかのようにゲームを作り続けられると言うのは彼にとって最高の環境なのかも知れない。

 

 

 だがそれも、長く続く筈が無い。

 黎斗の視界に映りこんだのは、見覚えのある人影。

 

 赤いジャケット。

 季節感を無視したアロハシャツ。

 丸いサングラス。

 

 どれも、檀黎斗には見覚えのあるものだった。

 その人影が会場の外に向かうというのを感じ取った黎斗は、

 

「しばらくここは君に任せる」

「え? なに? どゆこと?」

 

 彼女を置いてその場を抜け出した。

 待ち望んだその姿を追うために、

 彼は、駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 

 





エグゼイドのせいで岩永さんがテレビに出てるだけで笑ってしまう


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#4-3

 

 

stage:backyard

 

 

 

 

 

「元気してたか? 社長さん」

 

 いつものように人を騙したような口調で、その男は語り掛けた。

 

「九条貴利矢……やはり君だったか……!」

「そんなの、最初っからわかってたんじゃないの」

 

 向かい合う二人の温度差は開いていく。

 落ち着きを失わない九条貴利矢に対して檀黎斗の激情は一言ごとに増していった。

 

「私は君に聞かなければいけないことがある」

「そんなの、俺だって同じだ」

 

 にへらと浮かべていた笑みが、貴利矢から消えた。

 

「つっても、あんたが目の前にいるって事は死んだわけじゃねえってことらしいけどな」

 

 目の前の男の手で消滅させられた九条貴利矢にとって、今までの自分に疑問を抱かない日はなかった。

 黎斗の言い分通りならば自分は死んでいる筈。それが今、不可思議な現象に巻き込まれている。

 よく言うところの死後の世界なんてものかもしれないと考えることはあったが、九条貴利矢が檀黎斗に出会った今この瞬間、その可能性は消え去った。

 

「よくよく考えたらあんたは自分の死ぬ可能性を作るような男じゃない」

 

 ライダーシステムの特徴の一つがプレイヤーの持つライフである。

 ゲームらしく全損すれば負け―GAMEOVER―になるとは言うが、わざわざデメリットを設定したのなら、それのリカバを行うことも手段を構築していないわけが無い。

 檀黎斗の人物像から、貴利矢はそれを導いたということだろう。

 

「だからよ、全部喋ってもらうぜ。一から全部な」

「私が君に話すことなど無い」

 

 黎斗はガシャットを構えながら言い放った。

 

「ドライバーとガシャットを全て渡せ。それは私のガシャットだ」

 

 自身のガシャットを勝手に所持していることへの憤りだけではないだろう。

 檀黎斗からすれば彼の存在ほど厄介なものは無い。

 九条貴利矢といえば檀黎斗の嘘や陰謀を独力で解明し、自身への対抗手段を持ちうる人間だ。

 そのうえ、今の黎斗にとって彼の持った情報ほど危険なものは無い。

 

「もう一度君は削除する」

 

 

 

【MEGGLE LABYRINTH!】

 

 

 

 ガシャットが、起動した。

 

「素直に話すわけないか……」

 

 面倒だ、とでもいわんばかりに貴利矢は頭を掻いた。

 だが、檀黎斗と言う男は元々こういう男だ。

 真を隠し平気で人を騙して、

 狡猾で綿密な計画さえも打ち立て、

 すれど激情も持ち合わせていて、

 まさにこういった状況――自身の想定から逸れることをひどく嫌う人間であると。

 

「いいぜ。その勝負乗ってやるよ」

 

 貴利矢はその手に提げたアタッシュケースを開くと、それを取り出した。

 

「それは私のモノだ……!」

 

 取り出したのは、ドライバーとガシャット。

 それを構え、ガシャットのボタンが押し込まれる。

 

 

 

【BAKUSOU BIKE!】

 

 

 

 

「あんたを倒してでも聞かせてもらうぜ」

 

 檀黎斗と九条貴利矢の因縁は簡単に断ち切れるものではないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 黒く彩られた甲冑に身を包んだ戦士は、手斧を片手に駆ける。

 彼の走り出した先には、同じく黒色の装甲を纏った戦士が立っていた。

 

「ハアッ!」

 

 大仰な叫びと共に振り下ろされた手斧。

 それを右腕を外向きに薙いで黎斗の腕に当てて狙いからほんの少しずらす。

 そしてその一瞬。

 すぐ脇を暴威が通り抜けるのを確認することもなく、貴利矢は左手を振り抜いた。

 が。

 それは黎斗の右手によって阻まれる。

 さっきまで手斧を握っていたはずの、その右手。

 その右手は、本来この一瞬で貴利矢の一撃を防げる位置にあるはずがない、

 だがそれは、手斧という重力に支配される枷を手にしているからであり、それを取り払いさえすれば決して不可能な話ではない。

 むしろ、それが無いということは――

 

「フゥン!」

 

 貴利矢の視界の右端に映ったそれ。

 それこそが、黎斗の置き去りにしたものであり、

 

「ぐっッ!」

 

 貴利矢を切り伏せる一撃へと姿を変えたのである。

 黎斗と距離を取るように―というよりは吹き飛ばされることでひとりでに距離が生まれた―転がる貴利矢。

 その体には左肩から逆袈裟に傷が刻まれ、胸元に描かれたゲージは黒く染まった空白が目についた。

 だが、黎斗の猛攻はそれで終わりではない。

 その手に握った手斧のボタンを数度叩けば、

 

 

【ZUBA-N!】

 

 

 刃先を光が纏っていき、

 

「ハアァァッ!」

 

 それが振るわれると共に、小さな光刃が貴利矢を襲った。

 

「っ、くそ!」

 

 目の前に迫るそれを貴利矢は地を転がるようにして避ける。

 

 

【ZUBBBBA-N!】

 

 

 しかし、一度ではない。

 猛る黎斗の叫び声に呼応するように飛び出した光刃は再度、貴利矢を襲う。

 立ち上がらせる気はないとでも言うように襲い来るそれを避けるたびに、貴利矢はまた一歩、また一歩と、黎斗との距離を開かせていった。

 

 

 黎斗とは違い、メイン兵装を搭載していない『爆走バイク』では相手が悪い。

 中距離までを卒なくこなす黎斗を相手にするとなれば――

 

「っ……、あんたには遠距離でいかせてもらうぜ」

 

 ドライバーのレバーを元に戻すと貴利矢はホルダーに手を伸ばした。

 ホルダーから取り出したのは同じ黒色のガシャット。

 ラベルに描かれているのは、

 

 

【JET COMBAT!】

 

 

 二本目のプロトガシャットだった。

 

「なぜプロトガシャットを……!」

「教えて欲しいなら、俺の質問に答えてからだな」

 

 起動したそれを、ドライバーに差し込んで、

 

 

【Agaccha! ―――JET COMBAT!】

 

 

 貴利矢が一たびコンバットゲーマを呼び出せば、それが彼を覆い――

 黒色の装甲を、

 二丁のガトリングを、

 空を駆ける羽を、

 黎斗を打ち落とすための航空兵の力を彼は手に入れることになる。

 

「おらよっ!」

 

 一声とともに貴利矢は地を蹴りその身を空に投げ出し空を舞う。

 黎斗から振るわれる暴力を避けるだけだった姿など今はなく、空を統べる勝者に与えられる景色というものを、彼はその目に捉えていた。

 

「んじゃあ、いくぜぇ!」

 

 背負ったターボエンジンを吹かして黎斗からつかず離れず縦横無尽に飛び回り、

 

「オラオラオラァ!」

 

 両手に提げたガトリングをかき鳴らした。

 

 

 

 手斧から放たれる光刃など足元に及ばないほどの夥しい銃弾が、黎斗へと襲い掛かった。

 空からの銃撃は彼だけを狙った驟雨に見紛うほど。

 

「クッ……!」

 

 猛威。

 暴虐。

 蹂躙。

 秒間何十発と打ち出されるそれは、一撃の威力など大したものではないのかもしれない。

 だがそれは数の暴力。その体を打ち抜く弾丸の数が増えれば増えるほどに、黎斗の体は傷を増やしていく。

 幾度となく襲いかかるそれを己の武器を盾にして身を守るのも限界はある。

 その限界とは、彼の胸元に輝くゲージが黒一色に染まる事。

 それまでとは言わずとも、彼の変身が解けることを意味している。

 そうなれば――負け。

 彼が望む結果など何一つ得られない、ただの敗走。

 もしくは、それすらも、無い。

 だが、

 それは、

 

「ヴゥァアアア!!」

 

 彼の望む未来ではない。

 

 

【ZU-GAN!】

 

 

 負けを認めるはずが無いこの男。

 マスクに隠れて見えない彼の瞳が、恐怖に塗れる事などあるはずが無い。

 むしろ、怒りが全てを支配していてもおかしくはない。

 ガシャコンハチェットについたもう一つのボタンを押して、

 彼は、跳んだ。

 迎え撃つ弾丸を物ともせず、只ひたすらに、彼は空へと跳び上がる。

 その目標は――九条貴利矢。

 建物を一足跳びで乗り越えられるほどの高さではない。

 ライダーシステムの補助を以ってしても薬莢と白煙を撒き散らすそれに近づけるわけではない。

 目に見えるスピードで減っていくライフ。

 だが、彼がその程度気にするはずが、無い。

 

「アアアァァ!」

 

 怒号にも聞こえる叫びを撒き散らしながら彼は得物を振り抜く。

 本来なら届くはずのない、その距離が、今は存在しない。

 赤く輝いた刀身から打ち出された光刃が貴利矢を斬りつける。

 

「がっ――ッ!」

 

 叩きつけたそれは、貴利矢へあからさまとも言える影響を与えた。

 下から突き上げるような強い衝撃が、()()()とエンジントラブルを起こした車両のようながたつきを見せ、

 綺麗な円運動さながらの軌道を見せていたはずのそれは、美しさの欠片もない歪な軌道を取らされる。

 

 

 そんな飛行ショーを眺める男が一人。

 黒々とした甲冑は所々に銃創が目立ち、胸元に煌々と輝いていたはずのゲージは雀の涙ほど。

 それでも、彼は、この一瞬の攻防に全身全霊を以って攻勢に出ていた。

 地へと降下する彼は、

 折り畳まれた手斧の柄を伸ばし、両手に携える長さまで伸ばす。

 着地した瞬間、

 ベルトから抜いたガシャットを斧に差し込んで、右手に握りつつ刃先が重力に引かれる形で下段に構える。

 

 

【MEGGLE CRITICAL SLASH!】

 

 

 脱力しながらも、彼は怨敵を視線から外すようなことはしない。

 ふらふらと不可思議な挙動を取るそれが、立て直すべく単調な動きを見せるならば一瞬の後に切り裂いてやるつもりに違いない。

 ――打ち落としてやる。

 まるで蚊トンボを叩き落すような軽い表現ではあるが、黎斗にとってはその程度。

 その程度の障害にしか、なりえない。

 

 

【JET CRITICAL FINISH!】

 

 

 なりえない――はず。

 

「何ッ!」

 

 だが、そんなのは、甘い。

 電子音が鳴り止んだ、直後。

 落下姿勢から()()()と体を捻り貴利矢は空へと飛び上がった。

 ゲーマに取り付けられたスラスターが黒煙を吐き出しながらも爆発的な加速を引き起こして空を舞う。

 そして、そのまま、

 鮮やかなループアクションの後、

 ガトリングの銃口が、黎斗を覗いた。

 

「オラアッ!」

「――ッ!」

 

 黎斗に向けられた二つの銃口から光弾が飛び出し。

 刹那、

 それに遅れる形で、光刃が空を切り裂いた。

 両者の狭間でぶつかり合う二つのエネルギー。まるで二人の想いを代弁するかのように暴風が吹き荒れ、砂塵を巻き上げて鍔競り合う。

 だがそれも、一瞬。

 永遠にも思えるほどにぶつかり合ったそれ。

 溢れ出る激流を食い破ったのは、

 

 

 たった一つの光弾だった。

 

 

 

「グッ、――!」

 

 気づいた時には、それが黎斗の胸に突き刺さっていた。

 秋風に煽られる枯葉が如く吹き飛び地に倒れ伏す黎斗。彼のライフゲージは、残り一目盛。

 何が、黎斗と貴利矢の運命を決めたのか。それは、誰にも分からない。

 ただ、

 もし、言えるとするならば。

 勝利への執着。

 それが、貴利矢が黎斗以上に持っていたものかもしれない。

 

「クリスマスのお礼、ちゃんと返したぜ」

 

 地へと降り立ち一歩一歩ゆっくりと黎斗へと近づいていく貴利矢。

 

「クッ……、ハァッ………!」

 

 立ち上がるべく黎斗が踏ん張ろうとも、震える手足が支えにはなりえない。

 

「あら――よっと!」

「ガッ!」

 

 蹴り転がして仰向けになった黎斗が踏みつけられる。

 

「っと……これで、俺の勝ちだな」

「ッ、九条貴利矢ァ……!」

「諦めろよ社長さん。どう考えたってあんたの負けだ」

 

 黎斗の両手が貴利矢の足を掴むも、彼にそれを退かす力は残っていない。

 まさにそれが、彼の負けを意味していた。

 

「つってもよ、今あんたにいなくなられたら困るんだよ」

 

 二人の間に流れる静けさとは裏腹に黎斗の胸元は弱弱しく明滅し、けたたましいアラームが二人の鼓膜を貫く。

 

「で、だ。話し合いといくか」

 

 話し合い。

 それは建前にすぎず、この状況が示す()()()()とはまさしくそういう意味の話し合いであった。

 

「あんたが今までにしてきたことを許すつもりはねぇけど、ここでそんな話ができるほど状況が理解できてないわけじゃねえ」

 

 思い返すのは、監察医として彼が明かした黎斗の策謀の数々。すべての元凶であり、数多くの市民を巻き込んだ彼の行いは、貴利矢には許しがたいものであるはずだ。

 それでも、それは、彼が以前まで生きた世界での話。

 今この世界で人間に襲いかかる病魔は、貴利矢の調べでは黎斗との関係を見出すには至らなかった。

 そうであれば、貴利矢が選択するのは、医者としての矜持か、過去を背負う自身の意地か。

「ま、話したところで心証が悪くなるだけだしな」と、一人ごちる貴利矢。

 

「んなわけで、あんたの立場が悪くなるようなことは言わない」

「……ッ」

「信じるかはあんた次第だろうけどよ」

 

 そんな話など呑む気はないともがく黎斗。

 だが、そんなもの、貴利矢には欠片も関係はない。

 

「俺の持ってるガシャットは返す。どうせ持ってても使えないしな」

 

 プロトガシャット。

 黎斗が本来望んだものとは外れてはいるが、それもまた、黎斗が望んでいるものである。

 

「後は俺の聞きたいことを教えてくれりゃいい。どうだ?」

 

 貴利矢の聞きたいこととは、バグスターのことだろう。

 彼が復活した理由。

 黎斗の復活した理由。

 バグスターとは、何か。

 全てを知るよりも先に退場した彼には、未だ知らない謎が残っている。

 それを知れば、貴利矢の抱える疑問も消え失せるだろう。

 それと引き換えに黎斗への憎しみが増すことも避けられないが。

 

「ま、この話を呑まないってんなら、あんたに過去を償ってもらうだけだぜ」

 

 黎斗の生殺与奪は彼が握っている。

 黎斗につきつけたガトリングの銃口が、鈍く輝いていた。

 

「九条貴利矢……君はいつか削除する………!」

 

 そんな捨て台詞。

 それが、黎斗の出した答えだった。

 

「じゃ、交渉成立ってことで」

 

 足を退かし、数歩後退する貴利矢。

 未だ立ち上がる気配の無い黎斗を他所に変身を解く。

 

「なんだかんだあんたの才能は必要だからよ。よろしく頼むぜ」

 

 マスクの下に隠した表情は何だったのか、今はもう分からない。

 今分かるのは、黎斗を見下ろす貴利矢はいつもの薄い笑みを浮かべていることだけだった。

 

「とりあえず、コレ返すわ」

 

 倒れて起き上がらない黎斗に『ジェットコンバットプロトガシャット』を押し付けた貴利矢は、その場を去った。

 今日も、彼のジャケットは、たなびいていた。

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 




制限付きフォームってやっぱりロマンを感じますよね。
その点でいくとファイズアクセルの格好良さは群を抜いてると言っても過言ではない。
異論は認める。


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#4-4

Dパートなので短いです。




stage: CENproduction

 

 

 

 

 芸能事務所の朝は、早い。

 街中が慌しくなり始めるそんな頃。彼らは事務所を飛び出し、今日もまた芸能界という荒波に揉まれながら日々戦い続けている。

 

 檀黎斗が居座るCENプロダクションも、その例に漏れない。

 檀黎斗本人が忙しなく走り回るということはあまり見られない様子ではあるが、今日このときに限っては彼もその一員であるらしかった。

 この事務所を回す人間は多くはない。

 言ってしまえば指折り数えるのも簡単にできるほどで、彼らのだれもが足を止めて寛ぐ余裕なんてなく、今、そんな彼らはこの事務所にはいない。

 

 だが、そんな事務所に、人の気配。

 

 本来なら誰もいないはずの事務所で、小さく蠢く人影が横たわっていた。

 外を走る車の音が僅かに届くだけのこの部屋。本来なら淡々と秒針が小刻みに律動する音が静かに木霊するだけだったが、今日は些細ながらも衣擦れをする音が混ざって聞こえてくるようだった。

 

 こん、こん、と。

 

 それに加わったのは、無機質な音だった。

 部屋からほんの少し外れた先、音の発信源である廊下の突き当たりに位置するドアにはめられた擦りガラスには、もやがかかったように丸いシルエットが浮かび上がって僅かに揺れていた。

 それもつかの間。

 飛び出した丸ノブがぐるりと半回転して扉はゆっくりと押し開けられた。

 

「……無人か? 無用心な」

 

 男――桜庭薫は、そう呟いた。

 廊下の突き当たりに位置する大窓から光が差し込むだけで、部屋に置かれた光源は一切機能しておらず、彼がそう判断するのも不思議ではない。

 それに何よりも、普段なら入口から一番に目に入る位置に座る檀黎斗が目に付かなかったのも理由の一つだろう。

 事務所の代表である檜山と桜庭が顔を突き合わせたのはたった一度きりで、それ以降再三訪れているにも関わらず彼を待っていたのは黎斗とその担当アイドルだけだったからである。

 

 ただ、桜庭は黎斗に会いに来たわけではないらしい。

 半ばまで開かれた扉にできた隙間に体を滑り込ませて事務所に足を踏み入れた桜庭は、つかつかと踵を鳴らして歩を進める。

 短い廊下を抜けて部屋を一瞥した桜庭の視線は、一点で固定された。

 

「この男は……!」

 

 彼の視線の先、彼がじっと見つめるのはソファに横たわった気配の正体。

 赤いジャケットに場違いなアロハシャツ。

 九条貴利矢だった。

 やはり関係者だったか、と一人納得した桜庭は彼に近づく。

 軽く何度か叩いてやると、貴利矢は小さく呻き意識を覚醒させた。

 

「起きたか」

「ん……ん? ああ、先生じゃん。こんな時間にどした?」

 

 貴利矢はこれといって取り乱すでもなく聞き返した。

 

「黎斗に呼ばれて来たんだが、いないとはな」

 

 顔を上げ、部屋を見渡してみてもここには貴利矢以外はいない。

 他の部屋にいる可能性も一瞬浮かびはしたが、この仄暗い部屋を見る限りはそれはないだろう。

 

「それより、今はあんたのことだ」

「俺のこと……ねえ」

 

 ぐっと体を跳ねらせるようにして起き上がると、貴利矢は僅かに口角を引き上げた。

 

「聞きたいことはあるが、まずはガシャットを返してくれ」

「そうだったな――」

 

 ジャケットの内に手を入れて、それを取り出した。

 

「――はいよ」

「……普通に返すのか」

「ま、先生が使うんなら返すさそりゃ」

 

 桜庭はそれを受け取りはしたもの、貴利矢から視線を外しはしなかった。

 

「あんたも色々知ってる、ってことでいいのか」

「そりゃ知ってるぜ。色々な」

 

 ソファから立ち上がって電灯のスイッチを押した。

 かちりと押し込まれる音に遅れるようにぱぱぱっと部屋に光が溢れる。

 

「まずは自己紹介といくか」

 

 そう言い、テーブルに置かれたサングラスを襟に差し入れた。

 

「九条貴利矢。元CRのドクターだ。専門……ってわけじゃないが監察医として動くことが多かったな」

「……あんたの話を信じるなら、あのウイルスを治療する何らかの機関に所属していた、というところか」

「そんなとこだ。俺は治療優先ってわけじゃなかったけどな」

「その口ぶりからすると他にもライダーはいたということか」

 

 一言一句聞き漏らさず、あまつさえ貴利矢の発言からそれ以上を引き出そうとする桜庭。

 そんな姿を見て貴利矢は小さく笑った。

 

「ご明察。まあ、そう張り切らなくても、分かってることは教えてやるから肩の力抜いてさ、ほらよ座って」

 

 ソファに桜庭を押し込めて、自分は給湯室へと姿を消す。

 かちゃりかちゃりと騒がしく鳴らしながら、貴利矢は声を張った。

 

「先生は何が聞きたいんだ?」

「……あんたらは、どうしてそんなことを知ってる?」

 

 逡巡した桜庭は、彼ら――黎斗と桜庭という人間について聞き詰めることにした。

 未だ情報の集まりきらない状況ではあったが、どこからともなく現れたウイルスへの対抗策を持っている人間という奇妙な存在は、桜庭にとっては知っておかなければいけないことであった。

 

「ああ、そういうのね」

 

 言葉を区切った貴利矢は壁にもたれると、答えを口にした。

 

「あんたらと同じ人体に感染するコンピュータウイルスと戦ってきたからだな」

「あのバグスターウイルスとやらか」

「そうそう。あんたらが戦ってるのに比べたらまだマシな病気かもな」

「……バグスターウイルスなんて、僕は聞いたことがなかった」

「んなこといったら俺だってNウイルスなんて聞いたことなかったぞ」

 

 バグスターウイルスとNウイルス。本来なら交わることのなかった二つの病気が交わってしまった世界。

 それは、どうしようもなく異常とも言えた。

 

「それについて俺は詳しく知らねえけど、似たような世界の住民だったって線が一番ある話だな」

「平行世界というやつか?」

「俺はその分野じゃねえからわかんねえけどな」

 

 黎斗でさえ理解しえない現象を自分が解明できるはずもない、と貴利矢は締めくくった。

 

「そういやライダーシステム使用中にライフがゼロになるとどうなるか、先生は知ってて使ってるか?」

 

 一転変わって、視線を鋭くした貴利矢が言葉を投げた。

 

「……ウイルスが体内で異常増殖して消滅する、と聞いた」

「聞かされてる話は同じか……」

「消滅したらこの世界にいた、とでも言いたげだな」

「あーまあそんなとこだ」

 

 思い出すのは雨の降り注ぐクリスマス。あの日、貴利矢は檀黎斗の手により消滅させられた。

 そのはずが何の因果か同じような危機を迎えた世界へと足を踏み入れることになっている。それは、永夢に託したはず願いを自身で叶えなければいけないのだという、ある種の呪いの様にも思えた。

 

 そんな思考を断ち切るように、火にかけた薬缶が笛を吹いた。

 もう一度給湯室の奥に消えた貴利矢が再び顔を出したときには、二つのマグカップを手にしていた。

 

「ほらよ。熱いから気ぃつけろよ」

 

 桜庭の目の前にそれを置き、自身も腰を下ろす。

 

「話を元に戻すとだ。そこで俺らCRのドクターは日夜バグスターウイルスと戦っていたわけだ。だから俺らはそこんとこ少しは知ってるってこと」

「……そうか」

「で、だ」

 

 話が一段落すると、

 

「ここからが本題だ」

 

 貴利矢から飄々とした雰囲気が消えた。

 

「檀黎斗を、先生はどう思ってるよ?」

「ゲームのことしか頭にない奴という認識だ。それも重症な」

「そんなもんか――」

「あと、かなり怪しい人間だと踏んでいる」

 

 被せるように、言葉を付け加えた。

 

「……へえ」

 

 その答えに貴利矢は感嘆を漏らしつつマグカップを傾けた。

 

「そりゃどうして」

「命に対する倫理観の薄さって言えばあんたもわかるんじゃないか?」

 

 桜庭が思い浮かべるのは数々の黎斗の言葉。

 『お医者さんごっこ』を初めとして幾度となく耳にした彼の言葉は、一人の人間の言葉にしてはあまりにも人間味の薄いものだった。

 

「確かにな」

 

 それに同調する貴利矢。

 黎斗の暗躍を知る彼からすれば、それはむしろ桜庭以上に身に染みている。

 

「で、それであんたはどう思ってるよ?」

「そんなもの、関係ない」

 

 はっきりと。

 断じて。

 関係ない、と言い放った。

 

「黎斗だけが、あの病気に対抗する術を持っている。それだけで十分だ」

「………」

「あんたの言い方だと黎斗は気をつけろ、とでも言いたいのだとは思うが奴のことなんてどうでもいい」

 

 桜庭にとって黎斗とは『倫理観の薄い危険な人物』ではなく、『唯一無二のチカラを持つ人間』でしかない。

 そこに、人格や性格を彼は求めてはいない。

 彼が求めるのは――

 

「ウイルスを滅ぼせれば、それでいい」

 

 闘う力、それだけである。

 

「……面白ぇじゃん」

 

 その呟きは、桜庭には届かなかった。

 

「あんたがライダーシステムを使ってるのも頷けるわ」

 

 彼が肩を並べて戦ったライダー達も、何かしら自身の信念の元に戦いに臨んでいた。

 それに並ぶとも劣らない強い意志を滲ませる桜庭に、彼らを重ねてしまうのも不思議ではなかった。

 

「俺は俺で解決しなきゃいけないことがあるけど、少しくらい手伝ってやるよ」

「元ライダーなら心強いな」

「ま、今は無理だけどな……ガシャット作らせるか」

「ほっといても作るんじゃないか?」

「それもそうかもな」

 

 ゲームだけ作ってりゃいいのにな、と貴利矢は毒突いた。

 

「すまないが時間だ」

 

 桜庭は最後にカップを一気に傾けテーブルに置いた。

 

「また今度話の続きを頼む……ああ、コーヒー感謝する」

「患者、待たせんなよ」

 

 ソファから立ち上がった桜庭は軽く会釈をして部屋を去った。

 扉の開閉音が貴利矢の耳を打ったが、それだけだった。

 部屋に取り残されたのはカップから立ち上がる湯気と静けさ。

 それと――

 

「嘘が人を救う――なんて先生には関係ないか」

 

 貴利矢の呟きだった。

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 

 

 




今週のビルド個人的にすごいエモかった。
戦兎くん一番一般人なの主人公として恥ずかしくないの?



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#5-1 『"X"bikeをかっ飛ばせ!』

『アイドルマスターシンデレラガールズ Part4 日野茜は砕けない』の始まる予感がしますね…



stage:CENproduction

 

 

 

 

 いつぞやの休日。

 燦々と煌く太陽が地に降り注ぎ、熱線に当てられたコンクリートが今にも溶け出してしまいそうな、そんな季節。

 ゆらゆらと人影が揺れるのはなにも陽炎によるものだけではなく、うだるような暑さにあてられた誰かの足取りが、危なっかしいものになっているようにも思える。

 そんな季節。

 彼らの居る事務所はそんな暑さなど嘘のようで、外の騒がしさすらここには届いていない。

 この事務所で騒がしいものといえば、ひっきりなしに働き続ける空調と、

 

「ダメだぁああアアーーー!!」

 

 一人で勝手に盛り上がる檀黎斗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

#5―"X"bikeをかっ飛ばせ!―

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう! いつまでやってんだよ!」

 

 それを聞いて声を荒げた貴利矢もソファへと身を投げた。

 

「もうなんでもいいからガシャット作ってくれよ!」

「黙れェエエーー!!」

 

 カッと目を見開いた黎斗は勢いそのままに立ち上がり貴利矢へと詰め寄った。

 

「私が納得のいかないゲームなど世に送り出すつもりはない!」

「聞こえてっから近くで大声出すなって!」

「私の開発に口出しをするなァ!」

「わかったから離れろ!」

 

 貴利矢が虫を追い払うように腕を振るうと、黎斗は自分のデスクへと戻っていく。

 

「ほんっっっと、めんどくせえな……」

 

 貴利矢がぼそりと呟きため息を溢すと、体を跳ね起こした。

 

「それ以外にもゲーム作ったんだろ? それでガシャットは作れないのか」

 

 貴利矢が言っているのは、つい先日彼が展示会に持ってきていたゲームのことだろう。復活してから作ったであろうそれらも彼の力なら一日二日もあればガシャットにできるはずだ。

 

「あれをガシャットにするのは難しい」

「はあ? 難しいとかあんのかよ?」

「ガシャットにできないことはない。だが、ゲームを活かしたシステム故に使いこなすのはただの医者には不可能だ」

「あぁそう……」

 

 黎斗の言っている事の真偽は貴利矢には判断しかねるものだが、少なくともガシャットを作る気がない彼の言葉に肩を落とすしかなかった。

 

「それに、私も少し新しいことに挑戦してみようと思っていてね」

「? まだやってないことでもあったのかよ」

「勿論だろう。ゲームに終わりはない」

 

 ふっと笑みを溢す黎斗。

 彼にとってのゲームとは彼の才能を証明する唯一無二の存在であり、どれだけの作品を生み出そうとも彼のゲームに終わりはない。

 

「今まで数多くのゲームを世に送り出してきた私だが、ゲームの手直しというものを行なった事はこれまで一度もない」

「へー」

「私が世に送り出した段階でそのゲームの完成度は100%であるからね。手直しなど必要がないと思っていた。

 だが私が進化を続けている以上、過去の100%も今の私にかかれば120%を出せるはずさ」

「で、ゲームを作り直してるってわけか」

「そういうことだ」

「の割には『全然ダメだぁァアー!』とか情けないこと言ってんじゃねえの」

 

 茶化すように口角を吊り上げる貴利矢。

 彼にとっての黎斗は自信に満ちた健啖家で、さっきのような言葉を口にするような人間ではなかった。

 

「新しい出来事に苦悩は当然だろう。これを乗り越えてこそ私は私を越える」

「あっそ。なんでもいいけどちゃっちゃと作ってくれ」

「それができれば苦労はしない」

「まじかよ……ってことはただの口だけの男だったってわけだ」

 

 その言葉に黎斗が、ほんの一瞬、固まった。

 ぴくりと眉を寄せた黎斗。

 

「……もう一度言ってみたまえ」

 

 いつもと変わらぬ口調。

 だが変わらないのは語り口だけで、その声は何かを押し留めるような――今にも何かが溢れてしまいそうなものだった。

 だがそれも彼にはどこ吹く風で、

 ニッと口元を歪めた貴利矢は、どこか楽しそうだった。

 

「言ってやるよ。あんたなんかよりもっと才能ある奴なんざいっぱいいる」

「九条貴利矢ァ!」

 

 我慢ならない。

 自分こそが最上の才能を持っていると言い触れる彼にとって、自身の才能を馬鹿にされることだけは、許せなかった。

 だんと立ち上がって睨みつける黎斗。

 今にも取っ組み合いが始まりそうな、剣呑な空気が立ち込めたその時、

 

「うるさーーーい!」

 

 もう一人の同室者が爆発した。

 爆ぜるように声を荒げた彼女は、立ち上がり手に持った冊子をテーブルへと叩きつけた。

 

「ちょっと静かにしててよ! ていうかプロデューサーも遊んでないで仕事して!」

「今日は出勤日ではない」

「じゃあなおさらじゃん!」

 

 テーブルに叩きつけたそれを手に取り、見せつけるようにして再度声を荒げた。

 

「この仕事を成功させなきゃって言ったのプロデューサーでしょ!」

「私の見立てではそれが成功すれば次の段階へと進めるはずだ」

「だったらお願いだから静かにしててよ! 私なりに頑張ってるんだからさ!」

 

 一息にまくし立てると彼女の怒りも次第に収まっていく。

 肩を怒らせていたのも鳴りを潜め、怒気を孕んでいた瞳も落ち着きを取り戻していた。

 

「……ていうか暑くなるからあんまり騒がないでよ」

 

 pllllll......

 篭るように着信音が響いた。

 発生源を辿ってみれば、赤色のライダージャケットの内側から聞こえているようで、自身が原因だと気づくと苦笑いを浮かべつつ立ち上がった。

 

「あーっと、ちょっと用事できちゃったから」

 

 よろしく、とだけ黎斗に言葉を残して彼は事務所の扉に手をかける。

 入り込んだ熱気が黎斗らの頬を撫でたがそれも一瞬だった。

 二人だけとなった部屋に沈黙が立ち込める。

 未央は息を小さく吐くとソファに腰を下ろした。

 

「……プロデューサーは?」

 

 静かにしててよ、との意味を込められているそれは彼女には珍しく圧を感じるものだった。

 

「できる限り大人しくしていよう」

「いきなり『ダメだぁー!』とか言い出さないでよ」

「絶対とは言い切れない」

「あぁ、まあ、とりあえず静かにだけお願いします……」

 

 反省の色が見えない黎斗に彼女も呆れるしかないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:sickroom

 

 

 

 

 

「なんつーか、タイミングが悪いこって」

 

 貴利矢は、患者には届かない大きさに小さく呟いた。

 

「なんか言ったかよ」

「いーや、何も」

 

 それを耳聡く捉えた彼女は貴利矢に聞き返したが、それは事もなく流された。

 

「まあ身を預かる立場としては色々知っとかなくちゃいけないわけで……ちょっと聞かせてもらったぜ」

 

 カルテの留められたクリップボードを指で叩いた。

 

「おいッ!? 誰だそんなの教えた奴!」

「電話してきた子だけど」

「あんにゃろ……帰ったら覚えとけよ」

 

 散らすことのできない怒りが彼女の眉を細やかに震わせた。

 

「まあ、こんなもん大して役に立たねえけどな」

 

 事実、ゲーム病に似たそれを治療する手段は明確に定まっていない。あくまでも暫定的な手段としてライダーシステムを利用した治療を施しているだけだ。

 そうである以上治療に必要なのは身体検査の結果なんかではなく、ライダーシステムそれだけである。

 ベッド脇に置かれたテーブルにそれを置いて、貴利矢は彼女と向き合った。

 

「どっちにしろあんたを今日中に治療するってのはちょいとばかし難しいってのがあるし、今日は大人しくそこで寝てろ」

 

 随分と間が悪い患者だと、貴利矢は心の中でため息をついた。

 なぜ病院側からの連絡がわざわざ自分のところに届いたのか、それはなんとなく気づいていたように治療を施せる医者である桜庭が手を離せないからであった。

 

「ハァッ!? んなことできっかよ病人でもねえのによ!」

 

 病床に伏せた人間とは思えない怒声が病室に響き渡る。

 これほどまでに活力に溢れた人間であったとしても、彼女の身に何が起きているかなど一目瞭然である。

 

「いや病気だって」

 

 タオルケットの上に置かれた腕は、濁った景色を透過しておりおよそ普通とは言いがたい。

 それこそが、病気であることの証左である。

 

「どうせ知ってるだろ、Nウイルスってのがどんな病気を引き起こすのか」

「それくらいアタシだって知ってる。ちょっとほっとけば勝手に治るやつだろ」

 

 何も知らない一般人にとっては、その程度の認識らしい。

 放っておけば勝手に治る。

 まるで季節の移り目に流行る風邪のような扱いを受けるそれは、断じてそんなものではないというのに。

 態度で示すように、貴利矢は大きくため息をついた。

 

「んなもん迷信だっつの。ちゃんと治療しねえと危険だってのも聞いてないのか」

「ちょっと危険なくらいでビビッてたら特攻隊長なんて務まんねえ」

「ビビるとかの問題じゃねえから……」

 

 実のところ、彼女は何一つ分かってないのかもしれない。

 自然に漏れ出した嘆息をかき消すように貴利矢は頭を振った。

 と、そこで。

 ふと呟いた彼女の言葉が、心につかえていた朧げな記憶を唐突に鮮明にさせた。

 

「あー思い出した。レディース特攻隊長ちゃんでしょ? 特攻隊長向井拓海。どっかで見たことあんなと思ったらテレビで見たわ」

「それがどうしたっつの……てか、『ちゃん』とか言うな気持ちわりぃ!」

 

 肌寒さを抑えるように腕を抱える拓海。勝気な性格である彼女には『女性扱い』というのはどうもむず痒いものであるらしい。

 

「レディースって少ないでしょ? 珍しいなーって思ったからさ」

「それがあんたに関係があんのかよ……っていうならよ、アタシがこんなとこ世話なるわけいかねえことくらい知ってるよな」

「知ってるぜ。あんまし褒められた集団じゃないことくらいな」

「だったらよ――」

 

 ――アタシは邪魔になる

 そう続く筈の言葉は、

 

「殺人犯だろうが暴走族だろうが、患者は患者だ」

 

 当然とでも言うように言い放った、貴利矢によって遮られた。

 病魔に侵されてしまえば誰であろうと手を差し伸べない理由にはならない。

 それは、今はここにはいない青臭さの残る研修医の言葉にも似ていた。

 

「……そうかよ。ま、気持ちだけ受け取っておくぜ」

 

 呆れるような嘆息を溢すと掛けていたタオルケットを蹴飛ばして拓海はベッドから立ち上がろうとした。

 

「おいおい、患者は大人しく寝てろって――」

「――大人しくしてられるかよ!」

 

 怒号。

 耳を裂くような怒鳴り声が部屋中に響いた。

 騒がしさとは縁のない病棟には似つかわしくないそれは、溢れ出る感情すら抑えられないもので、

 

「あいつらが傷ついちまうかもしれねぇんだぞ!」

 

 それは、怒声というよりも、

 空しさを詰め込んだような叫び声であった。

 

「……悪ィ。あんたには関係ないのによ」

 

 抑えようのない感情がため息となって吐き出される。

 ため息を溢した口元が僅かに震えているようにも見えた。

 

「族の仲間が心配ってところか」

 

 不意に飛び出たその言葉にほんの一瞬反応を見せた拓海は項垂れて沈黙する。

 その様子に、貴利矢はどうしようもなく閉口する他なかった。

 ウイルスが違うとはいえ、根元の部分は同じ種のウイルスであるのならNウイルスもまた、患者の抱えた問題をトリガーとしていると考えられる。

 それを今、彼女こそが体現している。

 自身の抱えるストレスを形にして。

 

「患者の悩みを聞くのも医者の仕事の一つだぜ」

 

 備え付けの椅子に腰を下ろして拓海と貴利矢が面と向かう。

 浮いてしまった時間を費やすのなら、患者に使うのも悪くない。

 そんな風に考えてしまうのは、あの時間を共にした医者がいたからで。

 自分の全てを託せるほどの信念に共感したからで。

 監察医であっても患者の笑顔を取り戻したいと、柄にもないそんなことをして、患者と向き合ってみたいと思っていた。

 だが、慣れないものはするものでもなく、座った椅子がいつの間にかじんわりと熱を持ち始めていた。

 横たわる沈黙とは反対に悠々と進み続ける秒針が五周ほど回っていたとき、その沈黙が破られた。

 その沈黙を破ったのは、

 

「これはアタシの独り言だ」

 

 向井拓海だった。

 

「族やってるとよ、怪我ってのはどうしても避けられねえんだ」

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは手足に浮かんだ生々しい青痣や裂傷。避けることのできない痛々しい光景がいつだって彼女の心を苦しめていた。

 

「そりゃ他の奴らとぶつかることは仕方ねえんだけどよ。それでもさ、見ちまうと……やっぱ辛いんだ」

 

 零れた本音が、次から次へと隠していたはずの心の内を詳らかにしていく。

 

「仲間が怪我してんのなんかアタシは見たくねえんだよ……!」

 

 そんな悲鳴にも似た慟哭を、貴利矢は頷くでもなくただじっと口を挟むことすらせずに耳を傾ける。

 

「その度に思うんだ。『アタシが全部ぶっ飛ばせればいい』ってよ」

 

 握られた拳が細やかに震えていた。

 

「だから、あいつら守るならこんなとこにいるわけにいかねえんだ。分かったかよ」

 

 鋭く睨まれたはずの貴利矢は、独り言じゃねえのかよと呟きながらも面白いものを見たとでも言うように小さく笑った。

 

「言いたいことは伝わったぜ」

 

 大切な人を守りたい。

 純粋な感情であっても肥大化してしまったそれは、時に重荷となってしまうかもしれない。

 それはまるで、目に映らない鎖のようで。

 大切な恋人を失った外科医が抱える感情とも似ているのかもしれなかった。

 そしてそれは、貴利矢自身にも言えることだった。

 どうしようもない自身のミスで大切な友人を失ったとき、彼は誰かを守るために自分が傷つく道を選ぶ事を決意した。

 それが誰に疎まれようとも、誰からの信用を得られずとも。

 それが自分の道なのだと、あの時彼は選んでいた。

 そのはずなのに、利用するだけの間柄のはずがいつの間にかお互いに信頼を結ぶほどになっていて、

 自分の求めたものを得るために誰かに背中を預けるなんて、信じられない話だった。

 

「自分も――」

「貴利矢先生」

 

 拙いながらも紡ごうと構えた瞬間、彼の言葉は遮られた。

 振り向いてみれば、一人の女性と視線がぶつかった。

 

「院長がお呼びです」

 

 たったそれだけを残して部屋を去る。言い訳だとか、口答えなんかをする暇さえありはしなかった。

 

「悪ぃな。話はまた後でってことで」

 

 立ち上がり座っていた椅子を持ち上げ端に寄せるとテーブルに置かれたクリップボードを持ち上げた。

 

「ま、誰かが傷つくとか言うよりもあんただって重症だ。少なくとも明日までは大人しくしとけよ」

 

 それは建前でもなく蓄えた知識による貴利矢の私見によるものだ。

 勿論ウイルスによるものだけでなく、単純に彼女の心労を伺った故のものでもあるが。

 

「少し落ち着いて考えるのもいいんじゃないの」

 

 せっかくの機会だと言い残し、貴利矢は背を向けた。

 これでいいのだろう。

 九条貴利矢は多くを語ることなど、ない。

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 

 

 

 

 




東郷あい姉貴のSSR衣装のパワー、まこりんの絶険並の破壊力ありますよ。



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#5-2

これ書いてるときに思ったんですけど黎斗は無戸籍なので使ってる免許証が意味を成してないのでは。



 

stage:room

 

 

 

 

 外の喧騒など嘘のように静まり返ったこの部屋。

 対面に置かれたソファはかの事務所のものとは読んで字の如く桁違いないもので、そこに腰を下ろした二人に肩ばった雰囲気を強いているのであった。

 

「わざわざ来てもらってすまないね」

「自分だって一応医者だからな」

 

 貴利矢の対面に座るのはこの医院にて長を勤める男、坂上である。

 医者の不養生を体現するような恰幅のいいスーツ姿は患者の不安を煽る出で立ちではあったが、その実彼の座る席がそれ相応であることは壁に掛けられたいくつかの書状を眺めるだけで合点がいく。

 

「で、あんたの用事ってのは?」

「君なら分かっているだろうに」

 

 彼が自分の足元から持ち上げたのは一つのハードケース。

 それは、貴利矢には見慣れたもので。

 

「預かってきたのね」

 

 納得がいったとばかりに貴利矢はそれをテーブルの上を滑らせて手元へと引いて寄越した。

 

「わざわざ私を仲介する必要などないだろうに」

「いやまあそりゃそうだけどな」

 

 自分から願い出たわけではない。

 どちらかといえばわざわざガシャットやドライバーを借りてまで例の患者を治療する必要性が貴利矢自身にはなかった。

 なにも今日でなくとも明日になりさえすれば桜庭薫は外科医としての忙しさも落ち着きを見せ、自分から患者の治療を買って出るはずなのだから。

 

「で、無免許医の自分に具体的なところ院長先生は何がお望みで?」

 

 それをわざわざ彼が仲介をするというのは、ここに設けた自身と貴利矢との面会の場に必要性を感じたに他ならない。

 ならばと自分から申し出た貴利矢に対して、彼は待ってましたとばかりに話を切り出した。

 

「桜庭先生のサポートをお願いしたい」

 

 彼の望みは曖昧で、噛み砕くにはあまりに漠然としたものであった。

 

「サポートってのはどんなもんだ? ウイルス治療のサポートなら今もやってるぜ」

 

 貴利矢が所持しているのは「爆走バイクプロトガシャット」だけであり、彼が単独行動をしてもそれにコンバート機能が搭載されてないために桜庭の代わりとして自主的にウイルスを消滅させて回るということはできない。

 彼に出来ることといえば、桜庭が実体化させたウイルスを協力して消滅させることくらいである。

 つまるところ、サポートをしていると言いはするものの、その実態はサポートしかできないと言い換えることもできた。

 

「それを手伝ってくれているのは非常に助かる――」

 

 彼は温和な笑みを浮かべた。

 

「――なにせ、大切な医者だからね」

 

 貴利矢とぶつかっているはずの彼の瞳は貴利矢を映してはいないようにも見えた。

 桜庭の口からライダーシステムの危険性を知らされているのだろう。

 あと数年もすれば優秀な外科医として名を轟かせるというのを見据えているだけに、抱えた人材をむざむざ手放すのは惜しいに違いない。

 

「大切な、ねぇ……」

 

 貴利矢自身も思うところはあるようで、それとなく笑みを返した。

 

「彼が何を望んでいるのかを、君は知っているか?」

 

 こほんと小さく咳払いをして話題を移し変えた。

 うって変わって真剣な物言いに貴利矢はこれこそが本題なのだと悟った。

 

「ああ。ウイルスの撲滅、だろ?」

「おおむねそんなところだ」

「つっても俺に出来ることだって限られてる。特に、あのウイルスを完全に消滅させる方法なんて自分は知らない」

 

 彼らよりウイルスに対して知見があるとはいえ、それはほんの少しといわざるを得ない程度だ。

 それに、彼が目指していたウイルスの予防策というのも未だ目処は立っていない。

 

「『今は知らない』の間違いではないかね?」

「……はー、そういうこと」

 

 何か含んだ物言いを感じ取った貴利矢は、彼が次に何を口にするのかを理解することは難くなかった。

 

「君は聡明で助かるよ」

 

 背を預けたソファから、ずいと体を前のめりに倒した。

 

「あのウイルスのブラックボックスの解明。これを君には依頼したい」

 

 予想通りの展開に貴利矢はどうしようもない高揚感を感じていた。

 過去に成し得なかった後悔をやり直す機会が今ここに巡ってきたことが、彼にはたまらなく嬉しかったのだ。

 身元すら定まらず立場を失ってしまった彼の目の前に立ち塞がっていた壁は大きく、一人でどうにか出来るものではなかった。それは、この世界に辿り着いてからも同じ、いやそれ以上で、目の前で誰かが悲しみや苦しみと共に病魔に蝕まれていく姿を眺めていることしかできない自分が悔しくてならなかった。

 それが、やっとの思いでここに辿り着けたのだ。悔しいながらも黎斗の助力があったとはいえ、もう一度自分が医師の端くれとして闘える。

 自分の望みを叶えることができるのだと。

 

「随分と大きく出たじゃないの」

 

 だがそんな素振りを見せずに貴利矢は続きを促す。

 

「夢は大きい方がいいだろう?」

「いい年してそんな柄じゃねぇな」

「だが興味は沸くだろう? 現代では明かされていない未知のウイルスの完全解明。これほど心が踊ることはない」

 

 数多の功績を残してきた坂上でさえ、今もまだ夢を追っている。

 だがそれは世界に希望を齎すためのもので、一人で抱えるには大きすぎる夢ではあった。

 

「……ま、一応医者やってた身だ。患者を増やさないために手伝ってやるよ」

 

 なんにせよ貴利矢がもの申し出を断ることなど最初からありはしなかったのだが。

 

「感謝するよ」

「礼は言葉じゃなくて――」

「分かっているさ」

 

 坂上は頷いた。

 

「君の願いはしっかりと聞き届けよう」

「……それならいいか」

 

 前のめりになっていた体を投げるとソファは形を変えて沈んでいく。

 

「ちょっとお茶でも飲んでいってはどうかな? 最近はまっていてね……」

 

 坂上は立ち上がり部屋奥に置かれた茶棚へと足を運んだ。これは彼なりの礼を込めたコミュニケーションであるらしい。

 

「じゃ、頂いちゃおうかな」

 

 やっと始まった。

 スタートラインを割った今、目の前に出された水面の揺れている湯飲みは少し温かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:passage

 

 

 

 

 とたとたと聞こえてきそうな足音。

 およそ病棟とは思えぬ騒がしさであった。

 仕事の話とちょっとした雑談を交えた貴利矢は手にしたドライバーを携えて患者の元へと向かって廊下を歩きながら、随分と忙しそうだと人事に構えていた。

 脇を走り抜けていく彼らに意識を割くでもなく歩けば、懐かしさすら覚えないその病室の前にまで辿り着いていた。

 几帳面さの感じられない無造作に閉じられた扉はかすかに向こう側の景色を覗き見れて、病室の主のがさつさを表している様だった。

 

「失礼するぜー……って、いないのかよ」

 

 開け放った扉を潜った貴利矢はあからさまな落胆を示していた。

 蹴飛ばされたタオルケットを置きなおして貴利矢はベッド脇の椅子に腰を下ろす。

 持て余した時間を潰すようにぐるりと部屋を見回していると、中途半端に開けられたクローゼットが視界に入って、当たってほしくのない想像が貴利矢の頭の中を駆けた。

 

 ――まさか……!

 

 椅子を蹴飛ばしながら立ち上がって勢いよく部屋を出ると、近くを通り過ぎようとしていた看護師の肩を叩いた。

 

「おいあんた! この部屋の病人どこ行ったか知ってるか!?」

「向井拓海さんのことですか――」

「その子だ。今どこにいる!」貴利矢は食い気味に掛かった。

「それが――」

 

 気圧された様子で視線を揺らす彼女を見た貴利矢は頭を掻いた。

 

「やっぱ逃げ出したかあいつ! なんでそんな元気なんだよまったく!」

 

 今日はどうもイライラする日だと、面倒事が次から次に舞い込む自身の不運を呪った。

 冷静さを欠いたままに探したところで見つかるはずがないとは分かっていても、今ここで立ち止まってなどいられないのだと、胸ポケットから取り出した手帳にがりがりと書き付けて破ってそれを看護師に渡すと、

 

「それ自分の連絡先だから。見つかったらすぐ連絡してくれ!」

 

 じゃ、と後ろ手に最低限の礼だけをして貴利矢は走り出した。

 

「あの! 誰ですか!」

 

 理解の追いついてないままなのか、後ろから声が聞こえてくる。

 

「あいつの担当医の九条貴利矢だ!」

 

 立ち止まって振り向きジュラルミンケースを見せ付ける。探して見つけて治療するなら一刻を争う事態となる。

 事態を察したのを見てすぐに向き直って走り出す。

 

「あぁもう、くそッ! 頼むぞまじで!」

 

 人目も憚らず、貴利矢は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 肺から次々に空気が逃げ出していくのが分かる。

 もう人間の体を失ってしまったはずなのに、気づけば浅い呼吸をしている自分がいる。

 不思議がって自分の姿を目で追ってくる通行人なんて気にしてる暇は殆どなかった。

 こんなに必死になって走って何かを考えてる余裕なんてないはずなのに、忘れることのできないあの日のことが頭を過ぎる。

 

 どれだけ泣いたのか。

 

 どれだけ悔いたのか。

 

 どれだけ――自分の行いを呪ったか。

 

 多分、そういうことなんだろう。

 最悪の結果が待っているとするなら、自分はまた、助けられない。

 

 今はもう会えなくて、

 

 悲しみを背負うことしかできなくて、

 

 同じ過ちを繰り返してはならないと心に誓ったあいつの横たわる姿が、脳裏に浮かぶ。

 

 また繰り返してしまうのか。

 

 

 ――あれだけ泣いたのに。

 

 

 また失ってしまうのか。

 

 

 ――何度も心に刻んだはずなのに。

 

 

 今度は――救えたはずの命を、失うのか。

 

 

 

 

 不意に過ぎった恐ろしい想像を打ち払うように頭を振る。

 弱気になってどうする。

 飲み込まれるな。

 蝕まれるな。

 患者を救うんだろ――九条貴利矢!

 止まってしまいそうな足を回して刺さる視線を振り切るように地を蹴り飛ばす。

 人目の少ない路地裏に最後の力で飛び込んで、力を揮う。

 目指すなら、事務所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:CENproduction

 

 

 

 窓の外に広がる街並みは既にネオン街へと姿を変えていた。

 道端で千鳥足の青年が歌う陽気さも路地裏から聞こえる張り上げるような怒声も事務所には届いていない。

 ぽつんと光る一本の蛍光灯とその下で光るデスクトップやその脇で唸るファンの音が唯一事務所に残る人の気配を感じさせていた。

 光に当てられながら画面を見つめる貴利矢は、いつもの人を食ったような雰囲気ではなく、差し迫ったかのような真剣な面持ちであった。

 

「お疲れ様でーす。本田未央戻りましたー」

「同じく檀黎斗」

 

 扉が開かれ二人の声が貴利矢の耳を打ち、スイッチが叩かれる音に倣って残りの蛍光灯に光が灯った。

 

「やっぱり貴利矢さんじゃん」

「おそらくそうだとは思っていたさ」

「さっきと言ってること違うと思うんですけどー」

 

 騒がしく部屋になだれ込む二人を横目に時計に目を移せば、短針が左を向いている。いつになく肩の凝る時間を過ごしたようで貴利矢は立ち上がり表情を緩めぐっと伸びをした。

 

「貴利矢さんもお疲れな感じ?」

「まあ、ちょっとね。未央ちゃんこそお疲れさん」

「いやいや未央ちゃんはまだまだ元気ですから。未来のスーパーアイドルがこれくらいでへこたれちゃダメでしょ!」

「へー……カッコいいじゃん」

 

 アイドルというものに深い理解がない貴利矢ではあるが、夢を追う青さや若さだけは十分に理解できるものだった。

 

「元気なのはいいが帰りたまえ。明日以降の稽古に支障が出ても困るはずだ」

 

 黎斗の目の前のデスクには紙束の飛び出したビジネスバッグが置かれていた。

 

「じゃあプロデューサー送ってくれてもよかったじゃん」

「さっきも言っただろう。私はこれから用事がある」

「やっぱダメかー」

「大人しく電車を使いたまえ」

 

 顔色一つ変えない興味がなさけな表情にむすっとしてしまう未央。

 文句の一つでもと思ったが、自分の隣で押し黙ったままの貴利矢に興味を移さずにはいられなかった。

 

「どったの?」

「こいつが真面目にやってるのが変っつーか」

 

 貴利矢が思い描く黎斗像と言えば高そうなチェアーに背を預けてキーボードを叩く姿であって、一介のサラリーマンとして社会に溶け込んでいる姿ではない。

 

「あー分かりますよ兄貴。こーゆうのするタイプの人じゃないもんね」

「そうそう。偉そうにしてゲーム作ってる方が似合ってるんだよな」

「あと高笑いが似合う!」

「悪人面も似合う!」

 

 笑みを浮かべた貴利矢と未央の二人のハイタッチが事務所に響いた。

 

「私を好き勝手言うのは構わないが、帰らないのなら施錠は忘れないように頼む」

 

 淡々とデスクを片付ける黎斗は見向きもせずに言った。

 

「そーいえばそんなに急ぐ用事なの?」

「そこまでではないが早いに越したことはないだろう」

「ふーん。で、結局なんなのさ?」

「ゲームの取材に面白いものを見に行くだけさ」

「や、わかんないって」

 

 自分のことを語らない黎斗に、気づけば詰めるような形になっていた。

 

「……族の殴り合いがあるそうだ」

 

 渋々とため息交じりに黎斗は答えた。

 

「え!? 絶対やばい奴じゃん! やめた方が――」

「おい黎斗!」

 

 その瞬間、貴利矢の目が燃え滾った。

 

「それってレディース特攻隊長のやつじゃねえよな!?」

「貴利矢先生も知っていたか。確かにそうだが――」

「んなのいいからどこにいるか教えろ!」

 

 貴利矢は被さるように声を荒げ黎斗の胸倉を掴みかかった。

 

「ど、どったの?」

 

 いつもの飄々とした姿とかけ離れた姿に未央が狼狽える。

 

「……あぁ悪ィ、ちょっと自分も用事があってな」

 

 離した黎斗のジャケットの胸元はひどくよれていた。

 

「もしかして、アレのこと?」

 

 右手で何かを握るようなジェスチャーを見せると貴利矢は「そんなとこだ」と頷いた。

 貴利矢はデスクの上で淡く光るPCを数度操作して電源を落とすと、再度黎斗に向き直った。

 

「行くんだろ」

「……そういえば君は私のことを口だけと言っていたと記憶している」

「それがどうしたよ」

「私の才能が口だけではない事を君に教えてあげよう」

 

 黎斗は散らかった荷物を片付けデスクの引き出しを開けると、中から黒いアタッシュケースを取り出した。

 

「プロトガシャットではあるが受け取りたまえ」

「桜庭先生から借りたから別に――」

「受 け 取 り た ま え」

「………」

 

 有無を言わせない圧が言葉に篭っていた。

 

「ぶっちゃけあんたからガシャット受け取りたくねえんだけど」

 

 思い返せば黎斗の策略に乗ったがために貴利矢は消滅している。

 

「わざわざこのタイミングで君を削除する理由はない」

「不穏すぎるっつの……」

 

 あれだけ事を構えておきながら信用するというのは難しい話である。

 

「わーったよ。大人しく乗せられてやる」

 

 YESと言わなければ話が進まないのを悟ったのか、貴利矢は渋々といった様子でそれを受け取った。

 

「ちゃっちゃと行くぞ」

「未央ちゃんも帰りたまえ」

 

 未央に鍵を渡した黎斗は勢いそのままに貴利矢と共に事務所を去っていった。

 

「………なんなんかなぁ」

 

 事務所の扉が閉まる音を聞いた未央は、一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 




世代じゃないRXのサビをなぜか聞いたことがあるんですけどどっかで流れてましたかね。


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#5-3

ジューンブライドの季節ですが、関係ない人にとってはただの梅雨です。
なお東北以北に住んでる人にとっては梅雨ですらない模様。


stage:ridge

 

 

 

 

 初夏の夜に煌く星の光が彼らに降り注ぐ。

 外灯すら見当たらない山間独特の匂いが彼らの鼻腔をくすぐった。

 峠道の中腹に置かれた駐車場で光を放っているのは、寂しげに佇む自動販売機と低く唸ったバイクのライトだった。

 

 そこに、光の筋が伸びる。

 カーブの先から飛び出した車のヘッドライトが暗澹とした雰囲気に包まれたその一団を照らした。

 カーアクション張りの縦列駐車を決めた車の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「危ねーんだよ! んなどーでもいとこで急ぐなっつの!」

「私がしたかっただけだ」

「なお悪いわ!」

 

 車から飛び出した貴利矢がたむろする一団をさっと眺めると、彼の目に一人の少女が映った。

 

「っ、くそ! やっぱいやがった!」

「実に好都合だ」

「うるせぇぞ檀黎斗!」

 

 声を荒げながら彼らに駆け寄った貴利矢は、輪止めに腰を下ろした拓海を見下ろす形で目の前に立ち止まった。

 

「患者が病院から逃げんな! 忙しいんだから仕事増やすなっつの!」

「っ、チッ……あんたかよ」

 

 仲間と思われる取り巻き達の視線が貴利矢へ一斉に突き刺さったのを、拓海が手を挙げて制して重たそうに腰を上げた。

 

「悪ィけど、アタシ等あんたの相手してるほど暇じゃねえんだよ」

「知ってっけど」

「だったら邪魔すんな。こっちはもう病人じゃねえ」

 

 「どうだ」と貴利矢の目の前に差し出された彼女の腕はなんのことはなく、透明さのない健康そのものであった。

 

「遅かったか……」

「治せなくて残念だったな」

 

 鼻を鳴らした拓海が「帰れ」と言わんばかりに持ち上げた手のひらをゆらゆらと揺らした。

 

「勝手に治るわけねえだろ」

「はぁ?」

「言ってもわかんねえよな……面倒くせぇ」

 

 ジャケットの内に手を入れてそれを取り出すと、貴利矢は自身を取り囲む彼らをさっと眺める。

 

「怪我したくなかったら退いてろよ」

 

 ガシャットのボタンが、押し込まれた。

 

 

 

 

【BAKUSOU X BIKE!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳の下りた峠に物々しい破壊音が木霊した。

 駐車場を跳ね回る赤茶けた異形の怪物が跳ねるたびに綺麗に舗装されていたアスファルトには刺し穿ったような跡が刻まれている。

 

「爆走Xバイクは爆走バイクのリメイク作品という位置付けにある」

 

 聴衆のいない中、黎斗は一人語る。

 

「誰でも遊べることを中心にゲームメイクした作品であるため、コアなゲーマーを取り込むには至らなかった悔いの残る作品であった」

 

 黎斗の脳裏に浮かぶのは当時のゲーム評。気に留めていなかったはずが、今となって思い返すことが出来るように、痛いところを突かれたという自覚はあったということだ。

 

「それを改善した完全版こそが、爆走Xバイクだ」

 

 それを今、過去の過ちを自ら清算するためにあのゲームを作る必要があった。

 自身の夢である究極のゲームに辿り着けなかった過去があるからこそ、過去の自分に見切りをつけ乗り越えていくために。

 

「私の神の才能を思い知るがいい」

 

 目の前に広がった惨状を物ともせず淡々と語る黎斗の口元はひとりでに釣り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴利矢と赤茶けた巨像との攻防は、言ってしまえば終始貴利矢の思い通りの展開となっていた。

 等間隔に棘のついたタイヤとも呼べるそれは貴利矢を中心としてぐるりと円を描き、二度、三度と代わり映えのない攻撃を貴利矢に仕掛けていた。

 

「オラァッ!」

 

 地を転がりながら迫るそれは側面を殴られ貴利矢の間合いの外へと吹き飛ばされるが、貴利矢はもう一撃といわんばかりに追い迫る。

 

「ほらほらどしたァ! 終わりかよッッっと!」

 

 横倒しになったそれを空中に投げ飛ばし、空へ向けて殴り飛ばした。

 加速度的に空を翔るそれは峠にかかった木々を飛び越えた辺りで四散し、爆発した。

 

「ならし運転にもならねえな」

 

 飛び散ったそれらは貴利矢の目然に降り注ぎ、小さく砕けたものから霧散していく。

 その中でも地に転がったままで消えることなく残った欠片は引きずられる様に集まっていった。

 蠢いていたそれらは、集まり、重なり、繋がって、形を成していく。

 一つは一人の少女の形をし、

 もう一つは真鍮色の異形へと姿を変えた。

 

「ようやく体を奪ったってのによォ……邪魔すんじゃねえ!」

 

 人工色の青を塗りたくった真鍮色の缶を模った顔に肩甲骨のあたりから不規則に伸びたマフラーは、貴利矢には見慣れたものだった。

 

「モータスじゃんか……使い回しか?」

「失敬な。バイクが変わっているだろう」

 

 その異形――モータスの跨るバイクを見てみればたしかに違いはある。とはいえ、前面につけられた顔が変わっている程度だが。

 

「ハァッ? せっかくならもっとがっつり変えろよ」

「君の意見など聞いていない。片付けたまえ」

「ハイハイ……」

 

 エンジンを吹き鳴らすモータスに向き直った貴利矢は舞い踊るかの如く回り、

 

「2速」

 

 レバーを弾いた。

 

 

 

 

 

【Gaccha! Level up!!!】

 

【―――――BAKUSOU X BIKE!】

 

 

 

 

 

 とはいえ。

 ガシャットが変わったといえどあくまでもリメイクである。

 身に纏っていた外装を弾き飛ばして現れたのは、やはりバイクだった。

 

「……で、こっちも同じ、と」

「モチーフまで変えるわけがないだろう」

「ほんっと融通利かねえよな社長さん」

 

 減速、っと呟いてレバーを弾いて手足の生えた元の二頭身へと戻る。

 仮面からは彼の表情を窺うことはできないが、黎斗に思うところがあるのは違いなかった。

 

「んじゃ、こっちで」

 

 ホルスターから取り出した黒色のガシャットを見せつけるように構え、スイッチを押し込んだ。

 

 

 

 

 

【JET COMBAT!】

 

 

 

 

 

「3速」

 

 

 

 

 

【Agaccha! ―――JET COMBAT!】

 

 

 

 

 

 聞き慣れた喧しい起動音と換装音をBGMにどこからともなく現れたコンバットゲーマがモータスへ向けて威勢よく弾丸を降らせながら突貫した。

 一頻り撃ち終えたゲーマがループアクションと共に貴利矢に近づくと、それは彼の手足となり七頭身の戦士へと生まれ変わらせた。

 

「っと……やっぱ人型はラクだよな」

 

 腕をぐるぐると回しながら貴利矢はかったるそうに呟いた。

 

「ま……とりあえず、試運転の続きといこうや!」

 

 その瞬間、貴利矢の両腕のガトリングがモータスを覗いた。

 

「うおォッッ!!」

 

 だららら、とかき鳴らしたガトリングから吐き出された弾丸をモータスは持ち前のドライビングテクニックで掻い潜りながら走り抜ける。

 それを漫然と銃口を向け出鱈目に打ち出す貴利矢。質より量を地で行く攻撃性能を味方につけた戦い方ではあったが、それはそのまま「わざわざ狙う必要もない」という意味でもあった。

 

「相手なんかしてられるかよォ!」

 

 ぐぅんと大きく唸ったバイクが弾丸の雨を振り切り駐車場から飛び出した。

 

「ただのレースゲームだと思うなよ」

 

 スラスターに火を入れそれを追いかける貴利矢。

 「地」対「空」のレースゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおッ! 空は卑怯だろオイ!」

「レースゲームに卑怯もクソもあるかよ!」

「真面目に走りやがれ!」

「嫌だねッ!」

「チクショー!」

 

 暗夜を爆走するモータスとそれを空から追いかける貴利矢。

 夜の峠道を舞台にしたカー(?)チェイスは続いていた。

 

「オラオラオラァッ! 観念しやがれ!」

「どわァー!」

 

 モータスの頬を掠った弾丸が車体を跳ね火花が散った。

 ほんの一合にも満たない間合いに飛び込んでくる弾丸を右に左にと器用に避ける姿は賞賛すべきほどの技術であるが、それとウイルスの切除はまた別の話である。

 

「そろそろ終わりにしようぜ!」

 

 貴利矢が捉えたのは目に見えるほどに歪んだ曲率のカーブ。そしてその先にある開けた一直線。

 ここで、勝負は決まる。

 

「負けるかよォ! 俺は風になるぜェェーー!!」

 

 ぐおん、と唸ったモータスのバイクがさらに加速した。

 目の前に迫るカーブを物ともせずに、一秒一瞬速度は上がっていく。

 

「逃がすか!」

 

 負けじと風を切ってモータスへと近づいていく貴利矢。

 追って追われての勝負もここで終わりだろう。

 

「オラァッ!」

 

 モータスはバイクを跳ねらせ壁に迫り、

 

「ッシャァ!」

 

 壁を走り出した。

 

「嘘だろ!」

「風になるぜェェェーーー!!」

 

 エンジン音が一層けたたましさを増してさらに加速する。

 カーブすらも物ともせず、モトクロス顔負けの曲芸走行が貴利矢との距離を一気に離していく。

 

「なんてな」

「ゲェッ!」

 

 わけがない。

 公道に沿った移動しかできないバイクが、道を必要とせずに空を翔る航空機に勝てる道理など万に一つもないのだ。

 

「ウオオォォーー!!」

 

 全てを置き去りにせんと一層加速するモータスだが、それもまた無意味。

 健闘空しく彼のバイクは銃弾の雨に晒され、噴煙と共に爆破するのであった。

 爆風に煽られ空を舞うモータス。

 その目の前には――

 

 

 

 

 

【JET CRITICAL FINISH!】

 

 

 

 

 

 夥しく光る銃口があった。

 悲鳴を上げる間もなく輝かしい光弾と共に地に激突し、爆炎に飲まれるモータス。

 危なげなく空を漂う貴利矢の回りには『STAGE CLEAR!』の文字がファンファーレと共に飛んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ。体調はどうだ?」

 

 輪止めに腰を下ろした拓海に貴利矢は声をかけた。

 項垂れて下を向いていた拓海はその声に気づくと顔を上げた。

 

「あんたか」

 

 出会い頭の威勢が嘘のように収まった落ち着いた声だった。

 

「ちゃんと治ってるか? あいつのことだし不安なんだよな……」

「いや、大丈夫だ」

 

 紫色の特攻服をまくって見せた腕は血色もよく特有の症状も見えない。まさかほんの少し前まで患っていた人間とは誰も思わないだろう。

 

「……悪かったな」

 

 膝に立てたもう一方の腕で頬杖をついた拓海は、ばつが悪そうに呟いた。

 散々に反抗して病院を逃げ出したにも拘らず追いかけてくれた相手が目の前にいる。そんな状況で感謝の言葉を述べないというのは、彼女の矜持が許さないのだろう。

 

「あぁ、気にすんな」

 

 貴利矢はその言葉を受け止め、ひらひらと手を振った。

 

「じゃ、治ったとはいえ患者は患者だ。一端戻るぞ」

 

 足元に置いたアタッシュケースを持ち上げた貴利矢が拓海に背を向けた。

 貴利矢の手の中で黎斗から預かっていた車のキーがくるくると回っていた。

 

「先に行っててくれ。後から追っかける」

 

 さっと立ち上がった拓海の足は貴利矢が向かう方とはまったく別に向いていた。

 後から、というのは仲間がいるからという理由ではない筈だ。

 おそらくそういうことなのだろう。

 ――懲りてねえな。

 心中で呆れながら振り向いた貴利矢が小さくため息を溢した。

 

「あのな、自分も一応――」

「姉御ッ!」

 

 遠くから張り上げた声が聞こえた。

 声のしたほうを見てみれば、幾人かが連れだって拓海の下へ駆け寄ってくるのが見えた。

 

「悪ィな、怪我して――」

「俺らのこと気にしてる場合じゃないですよ!」

 

 いのいちに辿り着いた男が再度声を張り上げる。

 普段と変わらない様子を見せる拓海とは違い、彼らの言葉は声量の割には幾分か沈んだ色を見せていた。

 

「んなの大袈裟な――」

「大袈裟じゃないっすよ!」

 

 彼女を慮っていた彼らからすれば拓海の態度は望んでいたものではない。

 彼らも拓海という人間を分かってはいるつもりだ。それでも目の前であっけらかんとした態度で自分達に接してくる彼女の心情は、理解できても納得がいくものではない。

 

「そこまでして来なくてもいいじゃないですか!」

「来なくていいって、アタシはお払い箱か?」

「ふざけんのも大概にしてくださいよ!」

 

 ――なんて言いやがった、こいつ?

 彼の言葉が、彼女の逆鱗に触れた。

 

「誰がふざけてるってッ!?」

 

 胸倉を掴みあげた拓海が睨みながら声を荒げた。

 

「そんなの姉御に決まってるじゃないですか!」

 

 掴まれながら彼も負けじと怒鳴り返す。

 

「おいおい落ち着けって」

「外野はすっこんでろ!」

 

 怒りに塗れた彼女の双眸が貴利矢へと向けられる。

 邪魔をしてはならない。そう思わせる彼女の瞳が、割って入ろうとする貴利矢を地に縫い付けた。

 

「アタシはふざけてなんかいねえ! いつだって真剣だ!」

 

 向き直った拓海が声を張る。

 

「俺だって真剣ですよ! 仲間なら心配したっていいじゃないですか!」

「アタシはお前らに心配されるほどヤワじゃねえんだ!」

 

 「それによ……」と拓海の言葉は続く。

 

「アタシは特攻隊長だぞ……てめぇらの前走んのがアタシの仕事だろ」

 

 言い終える頃には胸倉を掴んだままに下を向いていた。

 襟を掴む拳が小さく震える。

 

「いいじゃないですか。少しくらい、休んでも」

「んなことしたら……お前らに怪我させることになるかもしれねえだろ……!」

 

 掴まれた襟の皺が増えていた。

 

「誰だって怪我くらい平気です」

「アタシは平気じゃねえ……!」

「怪我しなきゃいいんすよね? 全部避けてブン殴ってきます」

「そういう問題じゃ――」

 

 顔を上げると視線がぶつかった。

 

「信じてください。俺らのこと」

「ー―ッ」

 

 震える拳を、彼は自身の手で包む。

 

「姉御の後ろ走ってるだけの俺らでも、姉御の背中守るくらいできます。なんなら、姉御の守りたいモンまで全部守ってみせます」

 

 彼の目は真剣だ。

 濁りのないその瞳が彼の言葉に籠められた想いを映している。

 信じてくれ、と。

 手肌のごつごつとした感触が拓海に伝わる。

 無骨で不器用そうな手が拓海の手を包んでいる。

 その手を包んだ温度が、想いとなって伝わっていく。

 信じてやろうと、思えるほどに。

 

「………だ」

 

 固く握った拳を解いて彼の手を振り払い数歩下がる。

 

「上等だッ!」

 

 拓海の声が木霊した。

 よどみなく脱ぎ去った紫色の特服を投げつけてもう一度声を張った。

 

「守るんなら、大事なモンそれと一緒に背負うぐらい見せてみろ!」

 

 吹っ切れた。

 そう表現するにふさわしい声色。

 彼女の瞳に差していた翳も消えていた。

 くるりと翻ってその場を離れる拓海が立ち止まった。

 

「任せたぜ」

 

 何重にも重なった声が一等木霊した。

 

 

 

 

 

 

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#5-4

クソ短くて申し訳ない。


stage:CENproduction

 

 

 

 輝く太陽が鬱陶しさを増し始める時間帯。ゆらゆらと陽炎の揺らめく外の景色とは違い涼しげな空気で室内は満たされた事務所は、その涼けさに似つかわしくない張詰めた空気が漂っている。

 

 

「悪い、先生。自分の管理不行き届きだった」

 

 

 真っ先に声を上げたのは九条貴利矢。下げられた頭に釣られるように腰掛けたイスが軋んだ。

 

 

「いや。貴利矢さんのせいじゃない。元はと言えば僕が与えられた仕事をしていなかったのが悪いんだ」

 

 

 それに倣って桜庭も頭を下げる。

 両者が共に謝る姿はよくある儀礼的な体裁を繕うためのものではないことは、彼らの表情を見ればすぐに分かることであった。

 

 

 

 ウイルスの治療。

 それが二人の間の話題である。

 

 より詳しく言えば、「向井拓海の症状が進行してしまった」という件についてだろう。

 ガシャットの性質上治療側の体制が整えられさえすればいつでも治療が可能なそれであったが、彼らが相手にしている病気は発症してからの進行速度は既存の病気に比べて圧倒的な速度を誇っている。

 そのため発症後即治療を原則として捉えていた二人だったが、間の悪さや患者への応対、ドクター側の連携力の弱さといった問題が見事に重なった結果、今回のような事態が発生してしまった。

 それらは本来ならばさして問題になるべくも無い程度のものだったが、彼らが相手にしているものはそういった今までの物差で計れるものではなかったらしい。

 

 それこそが、今回の結果へと繋がった――繋がってしまったということだろう。

 

 

 

「ま、患者はなんだかんだ無事なわけだしリカバはこれから考えるか」

 

 

 ばつが悪そうな表情を浮かべたままにそう口にする貴利矢。

 それに同調するように桜庭も「ああ」とだけ頷き返す。

 

 今回の件は二人だけの問題ではないが、責任問題をお互いに擦り付け合う場面ではないのはお互いに理解している。今必要なのは新たに浮上した問題を解決する方法だった。

 

 

「で、だ。おい檀黎斗」

 

 

 椅子をくるりと回して逆方向を見る貴利矢。その先には、我関せずといった涼しげな顔でキーボードを叩く姿があった。

 

 

「なにかね?」

「データ化した人間を元に戻すことってできねえのかよ?」

 

 

 復元。

 

 言葉にすれば簡単だが、その行為はそう簡単なものではない。

 

 データ化した人間は体内の遺伝子が本来の人間とは異なったものになってしまう。

それは、現代の医療技術から見ればあまりにも異質で、目を疑うような現象の筈だ。

それを元に戻す、つまりは新しい遺伝子を古い遺伝子へと書き換える技術であり、一つの体内で起こるにはそれもまた人間にとっては未知の領域にある筈だ。

 

 

「戻しても意味が無いだろう。むしろその方が便利な筈さ」

 

 

 しかし黎斗は見向きもせずに言い放つ。興味などなさげに、自分こそが最も正しいと言わんばかりに。

 

 

「そーゆーのはいいから。で? できんの?」

「それは君達の領分だろう」

「あっそ」

 

 

 もう話はお終いだとでも言いたげな黎斗に貴利矢は呆れるしかなかった。

 

 

「と、言うことらしいぜ」

「ライダーシステムがあるだけマシだと思ったほうがいいだろうな」

 

 

 桜庭も桜庭で悟ったように黎斗に見切りをつけている。

なにかしら彼にも思うところはあるのだろう。もしかしたら治療技術を借り受ける以上のことをするのは忍びないという遠慮があるのかもしれないが。

 

 

「じゃ、特攻隊長ちゃんには悪いけど暫く我慢してもらうしかないか……」

「どちらにしても僕等が治療できるのはこの周辺の患者だけだ。すべての患者を治すならその研究も必要になるな」

「それもあんたんとこの院長に言われたっけな」

「やはりか……いつも聡い人だ」

「今は猫の手も借りたいって感じだしいいでしょ」

 

 

 いつもの調子を戻して背を反らす貴利矢。ぎしぎしと背もたれが鳴った。

 

 

「ん? あぁ、そういや先生に返さないとな」

 

 

 思い出したように体を起こして貴利矢はデスクの引き出しを開ける。

 中からはいつものケースが現れた。

 

 

「……本来は適材適所と言うべきなのだろう」

「気にすんなっつの。どうしても自分で治療したい。そうだろ?」

 

 

 桜庭の事情を何か知っているわけではないが、貴利矢にとってはCRの面々と重なって見えるところがあったのも事実な以上、それなりの事情や固執する理由も何かあるのだろうと踏み込まずに静観する事を彼は決めていた。

 

「そう言ってもらえると助かる。僕だって一人の外科医なわけだ」

 

 

 「それだけじゃないんじゃ」と言い掛けた言葉は貴利矢の口の中で解けていった。

 

 

「俺だって元CRとして見過ごせないからな」

 

 

 肩にかけたジャケットの内側からガシャットを取り出して桜庭に見せつける。「あんま期待されても困る」というのは貴利矢が一番言いたいことだろうが。

 

 

 なんにせよ、彼らが一つずつガシャットを持てるということはより対処がしやすくなったということだろう。

 

 貴利矢はゲーム医療とウイルスの研究。

 

 桜庭はゲーム医療と外科医。

 

 

 重たい二束の草鞋を履き潰す日々が待っているのは、今更言うことではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:???

 

 

 

 

 

「逆賊の登壇か」

 

 

 月明かりに照らされた廃屋に声が響く。その声は物々しい語り口とは裏腹にどこか喜色を孕んでいる。

 煤けた部屋に佇むその人影は、姿形は人を模しているもののそれを人と断定するには至れない。

 なぜなら、月光に反射するその髪は黒色の抜け落ちた灰色とも言うべきものではあったが、艶やかさを一切損なわれないその色こそが浮世離れした様を見せているからだ。

 

 

「叛逆の徒が光を求めて彷徨うのは世の理と言うわけね」

「御託はいい。とっとと奴らの芽を摘んでおくぞ」

 

 

 別の影が姿を見せた。人気などとうの昔に失った廃屋で響く靴音はやけに耳に残る。

 冗長な台詞とも思える言葉に耳を貸さないのは、その遠回しな表現のせいであろうか。彼の言葉からは少々の苛立ちを感じ取れる。

 

 

「舞台は整っていない。序幕に相応しい舞踊があるだろう」

「出る幕ではないと言うつもりか? 当てにならんな」

 

 

 切り捨てるように言葉を吐く。

 

 

「舞台は常に動くものよ。貴殿も知っているであろう」

「ならば貴様がやればいい。貴様の書いた脚本がどんなものか確かめてやる」

「フッ………」

 

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、卓上に黒色のアタッシュケースを滑らせる。

 それには、どこか見覚えのあるマークが刻まれていた。

 留め金を外して開いて見せれば、それもまた見覚えがあるもので――

 

 

「それをどこで手に入れた……!?」

「語るべくも無い。盟友は惹かれ合う、ただそれだけに過ぎん」

 

 

 言うまでもないといわんばかりに吐き捨てながらも、その口元は歪んでいる。

 それに呼応したもう一人も控えめに笑みを浮かべた。

 

 

「たしかに、舞台装置は整っているということか」

「あとは只、転がるのみよ」

 

 

 一個、二個、三個……と一つずつ並べられていくのを満足そうに眺めていたが、最後の一つを目にした途端に自然と彼の口角がつり上がった。

 

 

「! ……ほう、これもあるとはな」

「汝も惹かれ合う存在といわけか」

「惹かれ合う……そうだな。これは、俺が持つに相応しい」

 

 

 並べられた最後の一つ―ドラゴナイトハンターZプロトガシャット―を手にすると彼はどこか感慨深げに言葉を返した。

 

 

「英傑の誕生というわけね」

「フン……そんなものではない」

 

 

 鼻を鳴らしその言葉を否定してみせる彼。

 

 

「俺はただの――戦士だ」

 

 

 過去を想うようにどこか遠い場所を見ている、そんな表情が月明かりに照らされていた。

 

 共に闘った仲間。

 

 相対した敵。

 

 華々しく散った記憶。

 

 すべては遠い過去のものでしかなく、今はそれを想うことしかできない。

 だが、それを手にした彼は、いつかあの輝かしい瞬間をもう一度味わえるのだと期待せずに入られなかった。

 

 

「さすれば英傑ではなく、豪傑か」

「なんであろうと構わん。俺は、生きている限り戦い続けるだけだ」

「それが業か……」

 

 

 彼の言葉に込められた溢れかえるほどの感情を、彼女は悟った。

 戦いに生き、幕開けを望む者がいるのだと。

 それを叶えることこそが、今この瞬間には必要だと。

 舞台がそれを望んでいるのだと。

 

 

「ならば、幕開けといこうか――」

 

 

 不適に笑いながら彼女は瞑目した。

 運命の歯車は、回りだせば止まらない。

 舞台が始まれば、観客は待ってくれない。

 しかし、壇上に構える役者を待たせる必要など、それ以上にありはしない。

 月が雲に隠れ、彼らの影は闇に紛れていく。

 

「世界は、我等が物に!」

 

 

 

 

 闇夜を叫びが突き抜けた。

 

 

 

 

 除幕は、誰にも知られずに、執り行われる。

 

 観客は一人としていない。

 

 静かに――ただ静かに、運命は進み始める。

 

 

 

 

 

 

 見開いた双眸が、紅く、煌々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→→→stage select!!!

 

 

 



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#6-1 『絶体絶命のpandemic!?』

こんなちんたら書いてるうちに平成ライダーまで終わってしまうのでは?


stage:game area(quarry mark)

 

 

 

 けたたましい爆音が当たり一面に轟く。

 発破とは言い難い爆発が何もない平坦な場所で爆風を撒き散らした。

 その後に聞こえたのは雰囲気とミスマッチなファンファーレ。いい爆発だとでも賞賛を送っているのであればどこか筋違いだろう。

 

「やっと危なっかしい闘いじゃなくなってきたな」

 

 爆炎の先に見えるのは黒色の人型。決して煤けたわけではない。

 

「毎日のように同じ相手とやっていればさすがの僕でも慣れる」

 

 その隣に佇むのは藍色の甲冑。杖代わりの斧と合わさると西洋の物語から抜け出してきたような出で立ちといえた。

 

「ま、敵が変わんないってのはラクだな」

「聞いた話だとウイルス種によって敵が変わったらしいな。当然といえば当然だろうが」

「そんなに種類はいないけどな。Xバイクのモータスもそいつらの一体だ」

「あの喧しい奴か。どちらかといえば筋肉達磨の方が僕はマシだ」

「先生は煩いの嫌いだもんな」

「どっちも煩いんだがな」

 

 腰に巻いたドライバーからガシャットを抜くと、いつの間にか活気溢れる街並みが背後に映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

#6―絶体絶命のpandemic!?―

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:CENproduction

 

 

 

 一段一段昇るごとに鳴る靴音に合わさるように口笛が階下から聞こえてくる。

 その音は最近よく街頭で聞くことの出来る流行の楽曲で、それを口ずさむ人がいるのを見ればそれもまた宣伝として成功しているということだろう。

 

「おはよーございまーす!」

 

 それはあくまでも出社したというポーズでしかないわけであるが、朝一番の挨拶というものに気合が入っているのには違いない。

 

「プロデューサーもおはよー!」

「ああ、コンディションはいいみたいだね」

「フッフッフ! ベストコンディションを維持するのがプロですから!」

 

 軽くおどけてみせる未央。それに満足そうに頷く黎斗。

 

「プロだというならスケジュール管理もしっかりしてほしいものだけどね」

 

 黎斗の言葉に未央はぎこちない笑みを返した。

 

 

 

 アイドルとして順調に動き始めている未央は、駆け出しというには十分すぎるほどに仕事を充てられていた。

 つい先日も雑誌のモデルとしての撮影、先週はドラマの端役、先月に至っては満員御礼の舞台に立っている。コネクションの少ないプロデューサーと駆け出しアイドルにしては仕事量が見合っていないというほどに勢いに乗っている状態であった。

 

「インタビューで何を喋るかを考えながら歩いていた、というところだろう?」

「うっ、その通りでございます」

「昨日の打ち合わせに沿ってすればいい筈だが」

「そうは言ってもですねー色々喋りたいこともあるもんですよそりゃ」

 

 今日もまた、朝一番に仕事が入っている。

 週に一度のペースで刊行されるアイドル雑誌”どっとっぷMG!”に記事を作っていただけるということで取材が予定されている。

 向こうから仕事の話が舞い込んできたのはいい傾向だが、それ以上にアイドルとして認められるだけの活躍が目に入っていたというのは彼らにとってもいい報告となった。

 アイドルたちにとって売れっ子だとか駆け出しだとか、そこに明確な基準は無い。

 ライブで箱が埋まるだとかチケットが一瞬で完売するだとかの一定の基準はあるがそれは売れているからこそできる判断方法で、売れ始めのアイドルがそれを基準になどできるはずがない。

 だからこそ取材が来るだとか仕事が月にいくらあるだとかの判断になるわけで、これでようやくアイドルとして本田未央が認知されだした確証を得たというわけだ。

 

「今日は先方が遅れるという話を貰っているからまだ時間はあるが、慌しく準備するのも気分が悪いだろう」

「ま、まあね……」

「前もって準備できるに越したことはない。次からはそのところを気にして動きたまえ」

「はーい……朝からビミョーにテンション下がるなぁ………」

「まあ、スケジュール管理なんて完璧な仕事をすれば巻き返せるのだから気にする必要はない。準備できれば仕事の完成度が上がる可能性があるというだけだからね」

「あー? そういう話だったの?」

「そういう話さ」

 

 要領を得ないというよりもはがらかすように語る黎斗に、いつも通り納得がいかない未央だった。

 

「そういえば、遅れるってどういうこと?」

 

 黎斗の言葉に気がついた未央は尋ねた。

 

「記者の出社が遅れているらしくてね。こっちへ直接来て貰うように計らってくれたらしいからもう少しで来るらしいが」

 

 黎斗は遅れたということに特に興味を示した風はない。

 ただ、タイミングが良かったとでも考えているようだった。

 

「記者って忙しいイメージあるし大変なのかな?」

「なんにせよ慣れているはずだろうに」

 

 黎斗自身も大企業のCEOとしてあちらこちらと立ち回っていた時期もあり、そういった内部の事情について多少の覚えはあるらしい。

 ただ彼の記憶に残っているのは、忙しなく走り回る彼らを見て同情することもなく「十二分に宣伝してくれ」と言い放った記憶くらいだが。

 

「……なんか音がしなかった?」

 

 ふと、未央が呟いた。

 

「どんな音だ?」

「んー、なんか、物が落ちる音?」

「資料室で何か落ちたのかもしれない」

 

 席を立った黎斗が、入口脇に備えられた資料室の扉を開けた。

 それほど広い部屋ではないそれをちらりと見た彼は、未央に振り返り首を振った。

 

「違うな」

「じゃあ外?」

 

 デスクに戻る黎斗と入れ替わるように外へと出ていく未央。

 扉を半開きにして首だけを外に出した未央は、声を上げた。

 

「プロデューサー!」

 

 扉を開ききり、外へと躍り出た未央がもう一度声をあげる。

 

「誰か倒れてる!」

「こんなときに……」

 

 はた迷惑な輩だと、黎斗はため息を吐いた。

 黎斗が外に出ると、踊り場には女性が倒れていた。

 息が荒く、何かに耐えるように眉を顰める姿がどこか痛々しかった。

 

「これは……ウイルスか」

 

 屈みこむ黎斗の目線は一点に定まっている。

 首筋にじりじりと橙色のノイズのようなものが走ったそれ。

 面倒事でしかないそれを見た黎斗は、もう一度ため息を吐いた。

 

「プロデューサーがやってあげたら?」

「桜庭先生を呼びたまえ」

「目の前にいるのに?」

「私は医者ではないと何度言ったら……いや待て」

 

 立ち上がろうとした黎斗がもう一度彼女のそばで屈んだ。

 同じ場所をもう一度じっと見つめる黎斗。

 その視線の先、患部とも呼べるそこにあるのは橙色のノイズ。だが、さらに黎斗が注視しているものは、彼にとってより見慣れたものだった。

 

「?」

 

 患部にてうようよと蠢くそれら。

 じっと見なければ分からない程度であるが、間違いない。

 バグスターウイルスだった。

 

「気が変わった。中に運ぶとしよう」

「な、なに? どゆこと」

「そっちの肩を持ってくれ」

 

 倒れこむ女性の腕を肩に回して黎斗は立ち上がった。

 

「話を聞かないなあ……」

 

 何一つ理解していない未央も、それにつられるようにもう一方の肩を持った。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

「で、説明してくれるんだよね? プロデューサー」

「それくらいはしようじゃないか」

 

 ソファに横たわった女性を横目に未央は黎斗を詰めた。

 

「私が見せたガシャットは覚えているかな?」

「黒いのと青いのと黄色いのでしょ」

「おおむねその通りだ」

 

 

「ガシャット内にはそれぞれ別々のバグスターウイルスが内包されていてね。そのウイルスと患者のウイルスが反応してコンバート、つまりは治療が可能になる」

「へー、そんな風になってたんだ」

「それは本題ではないがね」

 

 自分の開発した技術は今ここで気にすることでもないと、黎斗は話を切り替える。

 

「最初に言っておくと、その患者に感染したウイルスはNウイルスではない」

「てことは、バグスターウイルスっていうこと? でもそれっておかしいよね」

「だからこそ問題なのだ」

 

 黎斗の視線は一段と鋭いものとなった。

 

「本来この世界で発症する筈がないウイルスがこうして現れている」

 

 ウイルスの病原体を持っているのは檀黎斗、九条貴利矢、桜庭薫の三人だけである。

 桜庭に至っては体内の抗体によりウイルスが効果を発揮することはないし、残りの二人はウイルスの効果を抑制する能力を持ち合わせている。

 彼らが確認できる限りにおいては、ウイルスが発症することなどあり得ないのである。

 黎斗が思い描いたシナリオは続けて語られていく。

 

「君は知らないだろうが、私は以前にもガシャットを作成している」

「貴利矢さんが持ってたやつでしょ」

「それとも関係している」

 

 

「私がこの世界に来た理由は未だに不明なのは今は置いておくにしても、私の復活に必要なのはオリジンガシャットとドライバーだけだ。

 他のプロトガシャットは必要としていない」

 

 貴利矢が持っていた「爆走バイク」と「ジェットコンバット」のプロトガシャットがこの世界に存在している理由が黎斗には分からなかった。

 オリジンガシャットがある以上、すべてがこの世界に持ち込まれてしまったと考えるべきだろうが、それの必要性について彼が思いつく理由はなかった。

 

「それなのに九条貴利矢はプロトガシャットを所持している。それはつまり、どこかに残りのプロトガシャットがあるというわけだ」

 

 奇跡的に貴利矢が持ち合わせていたわけではないらしく、彼自身もそれの発見はあくまで偶発的なものであったらしい。

 

「あー……、繋がった」

 

 未央の思案顔が、引き締まった。

 

「見つかってないやつに入ってるウイルスがこの人に感染したってことか」

「さらにもうひとつある」

「おい! 檀黎斗はいるか!」

「あっ」

 

 事務所への乱入者に目を向けた二人だったが、黎斗はすぐに向き直った。

 

「貴利矢先生か……事態は把握している。今は君の相手をしている場合ではない」

 

 詰め寄ってくる貴利矢を黎斗は軽くあしらう。

 

「続きを話すとしよう」

「っと! 無視すんなっつの!」

 

 面倒だといわんばかりに黎斗が顎をしゃくりソファを見せると、思いつめたような貴利矢の表情がさらに険しいものとなった。

 

「ガシャットはそれ単体で放置されたからといってウイルスが漏れ出すということはない。同様に破壊された場合も内部で自動消去機能が働くので事故的にウイルスが散布されることは無い」

 

 事故的に。

 ともなれば、導かれる結果は一つだけだ。

 

「ってことは――」

「ああ。誰かがばら撒いてやがる」

 

 最悪のシナリオが、出来上がっていた。

 

「そんなの……テロと変わらないじゃん!」

「だから止めるんだよ。どこの誰かは知らねえけどな」

 

 貴利矢は小さく舌打ちをした。

 

「私も犯人を捜すとしよう」

「プロデューサーも?」

 

 未央は意外そうに首を傾げた。

 

「ガシャットの不正利用は許されない……!」

 

 別に、黎斗にとっては誰かがウイルスに感染したことなど大した興味もない。加えて、ガシャットが余分にこの世界に現れたことも特段気にするものでもなかった。

 だが、彼にとっては、自分のゲームが与り知らぬ場所で私利私欲のために何かに利用されているというのは我慢がならなかった。

 

「自分は先生と協力して患者から話を聞いてみる」

「ついでにこの患者も連れて行きたまえ」

「どうやってだよ」

「タクシーでも使えばいいだろう」

 

 貴利矢を無視して黎斗は事務所を飛び出していく。

 いきなり現れた貴利矢に未央が「どうする?」とでも言いたげな視線を飛ばすが、貴利矢は苦笑するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

stage:ruins

 

 

 

 天が何層にも積み重なった暗雲に埋め尽くされた頃。

 町外れの廃屋で屯する影があった。

 

「魔の微笑みに讃えられたようね」

 

 優雅に紅茶を嗜むその姿は、どこか異界の者を髣髴とさせた。

 

「貴様は上手くいくと思っているのか」

 

 柱を背に男は腕を組んでいる。

 

「賽は神の意のままよ」

 

 わからない、それが彼女の率直な意見である。

 しかし、彼には見えているものがあった。

 

「どうにも上手くいくとは思えんな」

 

 ガシャットを使った集団感染。それは過去に自分が行使した作戦である。

 事の顛末は彼も知っている通り、自身の消滅とともに解決されている。

 彼我の戦力差は未だ以って不明であるが、ライダーシステムを使用した痕跡が残っている以上、戦いになることは必至である。

 そうなれば、ドライバーの製作者――檀黎斗と敵対することになる。

 パワーバランスを決定できる彼がいるのなら失敗する可能性が高いのは、彼の評する通りであった。

 

「それでもよい」

 

 それさえも、彼女は気にした様子はない。

 成功も失敗も、彼女にはまったくもって関係がないという風に。

 

「円卓の騎士が欠けようとも我らが聖戦は終わらぬ」

「奴も仲間だろう」

 

 同種であるはずの者が消滅しようとも彼の心に浮き沈みがあった記憶はない。それだというのに、自身が仲間という言葉を吐いたことが可笑しく思えた。

 

「貴殿も我と変わらぬ業を背負いし者だろう」

「訳のわからんことを」

 

 何を理解したつもりでいる、と吐き捨て彼女に背を向けた。

 

「俺にとって最も必要とするものは闘争、そう言ったはずだ」

「左様。友誼も契りも我等には必要がない」

 

 理解しあう必要はないのだと、彼らに繋がりはないのだと、その言葉が物語る。

 

「ならば好きにさせてもらうぞ」

 

 そのままに、男は闇に消えていく。

 結局のところ彼にとってこの関係は利害によるものでしかない。

 自身の望みが果たされるかどうか、それだけが彼の求めるものなのだから。

 一人となったその少女は、空になったカップをテーブルに置いた。

 かちゃりとぶつかった金属音は空しく響いた。

 

「友とは――如何様なものであろうか」

 

 その声は、誰にも聞こえていなかった。

 

 

 

 

 



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#6-2

 

 

 じっとりとした暑さと収まらない不快感が拓海の苛立ちを加速させていた。

 

 バイオテロの原因を探す手伝いを買って出た拓海だが、その成果は薄かった。

 

 街での犯行ともなればより多くの犠牲者を出すことのできる場所が狙われるのは当然だが、どこもかしこも人が多い街では無作為に選ばれる場所を当てることなど困難である。

 

 これまでの犯行場所と犯行時刻を照らし合わせればおおよその範囲を絞り込むことは可能であるが、それより先に進むことができずに犯行を許してしまっているのも、拓海が焦る理由にもなっていた。

 

 

「くっそ……」

 

 

 悪態をついても意味がないことは自分が一番わかっている。

 

 いくら走り回ろうとも結局は犠牲を出してしまう自分の無力さに嘆きたくなるのは拓海だけでなく桜庭や貴利矢も同じだろう。

それでも自然と吐き出てしまう悔しさは、他の誰よりも味わっているつもりだ。

 

 土俵にすら立てない。

 

 それは拓海だけが知っている無力感だ。

 

 原因が原因なだけにウイルスを消滅させなければこの事件は解決できない。

 

 それなのに、自分が見つけたとしてもそれをするだけの力がない。

 

 見つけたと知らせ、代わりに戦ってもらう。

それでしか自分が役に立つことはできない。

 

 誰かを救う力は、自分にはない。

 

 本来拓海は門外漢でただの部外者である。

それでも、ウイルスで苦しむ気持ちを理解しながらに何もしないという選択肢は彼女にはない。

 

 見知らぬ誰かであっても、それは誰かにとっての大切な人であることを拓海は知っている。

自分にとって大切な仲間が苦しむ姿が見たくない気持ちは誰だって同じなのだと彼女は理解している。

 

 だからこそ、自分の手で誰かを救いたい。

 

 だからこそ、自分の手で誰かを守りたい。

 

 それなのに――

 

 その悔しさから逃げるように姿もわからない犯人を追うことだけが拓海にできる唯一の行動でしかなかった。

 

 

「幸せが逃げちゃいますよ」

 

 

 声に引かれ左を向くと初老の男が立っていた。

 

 

「眉を寄せて目を細めてちゃ、見えるものも見えてきませんよ」

 

「いきなりなんだよ」

 

 

 何も知らぬ男が訳知り顔で語るのが拓海は気に食わなかった。

 

 いくら自分の何倍も生きているとはいえ、自分の悩みを理解したつもりでいることが殊更鼻についた。

 

 

「いえ、懐かしいものを感じちゃいましてね」

 

 

 不機嫌さを隠さない拓海に動じることなく男は飄々と語る。

 

 背を叩いて引っ張っていく妙な強引さに負けてベンチに座ると、柔和な笑みが拓海の隣に座った。

 

 

「手の届かない悔しさは知っていますよ。悔しいでしょう、それはもう」

 

 

 何一つ話していないというのに、男は彼女の悩みを理解していた。

 

 

「私にもあったものです。自分にはできないことがあるもどかしさや悔しさというものが」

 

 

 それは経験則で、既に通った道で。

 

 誰よりも拓海の気持ちを理解している言葉だった。

 

 

「ですがね、あるとき気づいたんですよ。皆同じだって」

 

 

 男は滔々と語る。

 

 それは、今まで自分が思い違っていたという話だった。

 

 穏和な気質に見える姿とは似つかない過去だが、それを乗り越え糧としてきた変遷を拓海は耳にした。

 

 

「お互いにできることがある。お互いにできないことがある。お互い悔しい気持ちを持っている」

 

 

 それが男の辿り着いた境地。自分が目指し理解したいと思える姿だった。

 

 

「それなら、私は私ができることをすればいい」

 

「自分に、できること」

 

 

 オウム返しに反芻したその言葉。

 

 じんわりと伝わってくるその言葉の意味をゆっくりと拓海は飲み込んでいく。

 

 

「そうです。自分ができないなら誰かに託すことも一つの道ですよ」

 

 

 誰かに託す。

 

 思い浮かんだのは、族を抜けたあの日のこと。

 

 『託す』のではなく『受け継ぐ』とでもいうべきものだったが、それもまた誰かを信じるという気持ちの表れであったのだと、拓海が理解するのに時間はかからなかった。

 

 

「ひとつ占いでもしてみますか? 当たるんですよ~これが」

 

「は? 占い?」

 

 

 脈絡もなく男が取り出した二つ折りの携帯が開かれた。

 

 男に問われ告げた自分の名前が携帯に入力されると、男は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 

「いいじゃないですか。今日の運勢『最高』ですよ」

 

「うさんくせえな……」

 

 

 見せられた画面には星が並んでいた。恋愛運、金運、仕事運と並ぶそれはどうも拓海の心を沸かせるものではなかった。

 

 嬉々として画面を見せてくる男には悪いと思いながらも拓海は道往く人をぼうっと眺めていた。

 

 この男のように奇特な人間がいるのだと眺めた人並に、一際目立つ男が立っていた。

 

 学ランを身に纏い、頭一つ抜けた背丈にオールバックのように流した赤い髪が随分と印象的な男だった。

 

 しかし、様子がおかしい。

 

 威圧的な雰囲気を纏っているべきであるその男には見る影もなく、今にも倒れてしまいそうなほどに弱弱しい。

 それはまるで、何か病魔に侵されているような――

 

 

「その占い、信用しないほうがいいぜ」

 

 

 跳ね起きるように飛び出して人の波を駆けた。

 

 その男が侵されている病あなにであれ、拓海が助けないという理由にはならなかった。それは、彼女の性分ともいえた。

 

 

「っ、と」

 

 

 前のめりに倒れかけた男を抱きとめて地面に落ち着かせる。

 

 

「こんな体で外出てんなよ。おとなしく帰って寝てろ」

 

 

 声をかけるが反応は乏しい。浅い呼吸に額に浮かんだ玉の汗が組み合わさると、遠目で見るよりもさらにその不調が際立って見えた。

 

 

「寝てられっかよ……! 俺には……ッ」

 

 

 おぼつかない足取りで立ち上がろうとする男の姿が不意に自分と重なってしまう。

 

 

「あいつをッ……、俺が助けるって、決めたんだ……!」

 

 

 自分にかけた呪いに苦しんでいるかのような姿に、拓海は口を噤んでしまう。

 

 自分もこうだったのか。

 

 自分で決めて、自分で苦しめて。

 

 それが、今更ながらに見ていて苦しいものだと、気づいた。

 

 

「ぐっ、あァ、――」

 

 

 瞬間、学ランの男は苦しみを代弁するように吼えた。

 

 体の内から流れ出るバグスターウイルスを一身に受けぐずぐずと体が崩壊していくように見えたそれはたちまちに肥大化し、赤茶けた一体の怪物へと姿を変えていた。

 

四本足の角テーブルに逆さまにしたワインボトルを貼り付けたような不安定にも見えるその姿。

 

 一見、暴れまわるには不向きにも見えないが、その疑問を裏切るように、その縦に長い体を縦横無尽に振り回すことで平和な街に暴虐の嵐を降り注いでいた。

 

 

「こうなっちまうのかよ……!」

 

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げる市民に戸惑いながら辺りを見渡す拓海に一人の姿が映った。

 

 平和ボケの欠片もない表情で人波に逆らって走る男。

 

 その先には慌てふためく少年。

 

 そこに、怪物の長い肢体は迫っていて――

 

 

「だぁーッ! くそッ!」

 

 

 コンマ一秒、駆け出すのが遅れていたら死んでいただろう。

 

 縦に振り下ろされた怪物の攻撃を、男達を突き飛ばしながら飛び込むようにぎりぎりのところで避ける。

 

 固い地面を転がる趣味のない拓海は勢いに乗せて立ち上がると、地に伏せて呻く男の下に近寄った。

 

 

「何してんだ爺さん! さっさと逃げろ!」

 

 

 倒れこんだ男を拓海は抱え起こす。

 

 

「市民を守るのが警察官の仕事ですから」

 

 

 男の腕の中に抱えられたのは小さな子供。

 

 善悪の区別もつかないか弱い少年のようであったが、とうの本人は傷一つない。

 

 ふわりと浮かべる男の笑顔の裏にはそこかしこがほつれた男の服があった。

 

 

「それがあんたのできることかよ!」

 

「これは警察官の使命ですよ」

 

 

 老年に差し掛かった体ではそれをするのも一苦労だというのに、男は自分のできることをするのだと、その目が語っていた。

 

 誰かを守る。

 

 それは拓海が欲しがっていた力であり、手に入れられないと思っていた力であった。

 

 

「だったらそのガキ連れてとっと逃げろ」

 

「お嬢さんは――」

 

「あんたはあんたにできることをしやがれ」

 

 

 体を持ち上げるのも苦しそうだというのに立ち上がろうとする男を制して、守るように拓海はバグスターと向き合った。

 

 

「やっとわかった。

 これが、あたしにできることだ」

 

 

 誰かを守りたい。

 

 自分にはできないことだと思っていたが、それは違う。

 

 自分にはできなくても、それを手助けすることが巡り巡って誰かを守る力になるのだと。

 

 たとえ戦う力がなくとも、戦うことはできるのだと。

 

 

「どこ見てやがるデカブツ! テメーの相手はあたしだ!」

 

 

 叩き割られて散らばったコンクリート片を投げつけると拓海は吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、はいはいちょいとお待ちを」

 

 

 自身の足で捜索を続けていた貴利矢は、懐の携帯が鳴るのを感じるとその足を止めた。

 

 

「はいよ。どした拓海ちゃん」

 

 

 耳に当てた携帯から聞こえてくるのは、拓海の荒い息遣いだった。

 

 

『おわっ! くっそこの野郎……! あ、兄貴!』

 

「どした」

 

『アレだ! なんだっけか……とりあえずデケーのが出てきやがった!』

 

 

 ふんわりとした内容の話ではあったが、電話越しに聞こえる微かな環境音を辿れば貴利矢がそれを理解するのに時間は要らなかった。

 

 

「もう出やがったか」

 

 

 Nウイルスとは違い患者のメンタルの影響が大きいゲーム病。ウイルスが実体を持つかは患者の状態によりまちまちではあったが、症状の進行の程度は千差万別。

 

 すでに相当まで進行している患者がいてもおかしい話ではなかった。

 

 

『今はッ……! 逃げ回りながら足止めしてるとこ』

 

「わかった。そこどこだ」

 

『ああ、――』

 

 

 拓海の口から告げられたのはそれほど遠くはないであろう場所。

 

 普段であれば地下鉄を乗り継ぎさえすれば着いてしまう距離であったが、身を呈して気をひきつけている拓海のことを考えると、近いとはいえない距離であった。

 

 

「俺より先生のほうが近いかも知れない」

 

『どっちでもいいから早く頼む!』

 

 

 その一言で電話は切れた。

 

 拓海が荒事慣れしているとはいえそれは人とのぶつかりあいを想定したもの。

 

 二回り以上も大きいものを相手にしたことなどなく、気を散らすわけにいかないのだろう。

 

 貴利矢は切れた電話をもう一度かけ直した。

 

 今度は、先程分かれた桜庭へ伝えるために。

 

 数度のコールの後、つながった。

 

 

『どうした』

 

「先生、今どこだ」

 

『……患者か?』

 

「そんなとこだ」

 

『分かった。どこに行けばいい?』

 

「×××の――」

 

 

 淡々とした事務報告が続く。

 

 

『了解した。走ればすぐの距離だからな。貴利矢さんはどうする』

 

「自分も――」

 

 

 しかし、その後の言葉は続かない。

 

 貴利矢の視線の先。

 

 貴利矢にとっては見覚えのある姿がいる。

 

 それは終わったはずの過去の存在で。

 

 一歩ずつ近づいてくるその姿は近づけば近づくほどに信じがたい現実が彼を現実に引き戻していく。

 

 

「いや、先約ができちまった」

 

『どうした?』

 

「悪い。合流できないかもしれねえ」

 

『どういう――』

 

 

 桜庭を無視して電話を切る貴利矢。

 

 あとで謝っておくか、と考えた頭はすぐに切り替わった。

 

 

「話す時間くらいならくれてやるつもりだったんだがな」

 

「待たせるのも悪いと思ったんでな」

 

 

 アジアンにまとめられた服装には異質な篭手を身に着けた男。

 

 

「お前は消滅したはずだろ」

 

 

 グラファイト。

 

 貴利矢と直接の因縁こそないものの、CRとは最も縁の深い人物であった。

 

 CRのドクターがガシャットを奪い合っていた時期にパンデミックを引き起こした張本人。

 

 正確に言えばバグスターだが。

 

 

「消滅か。貴様からすればそうだろうな」

 

 

 懐かしいものを思い馳せる色がグラファイトの瞳に見えたが、それもほんの一瞬だった。

 

 

「だが、それとて貴様も同じなのではないか?」

 

 

 貴利矢に投げかけたそれに問い質すような様子はなかった。

 

 すべて知ったうえでの言葉だろう。

 

 

「やはりな。しかもその様子だと檀黎斗も消滅していたか。フッ、滑稽だな」

 

 

 バグスターを駒として扱っていた男が、自身と同じ末路を辿っている。

 

 どれほどの悪事を働いたところで人間の法に処罰されるであろうに、消滅したのであればそれは、バグスターにでも裏切られたということを示していることは彼にも理解できることであった。

 

 

「完全体のバグスターが消滅しないことすら知らなかっただけに哀れでならんな」

 

「何?」

 

「今はそんな事関係ないがな」

 

 

 ついでとばかりにグラファイトの口から飛び出したのは貴利矢にとっては悩ましい話であったが、それを気にしている暇はない。

 

 

「俺がバグスターで貴様がドクター。それだけで十分だ」

 

 

 懐から取り出したそれのボタンが押し込まれる。

 

 

 

 

 

【DRAGO KNIGHT HUNTER Z!】

 

 

 

 

 

 

「培養」

 

 

 肩口へとガシャットを刺した彼の姿が次第に変化していく。

 

 そして最後に残ったのは彼に最も馴染みの深い姿、グラファイトバグスターの姿だった。

 

 

「あんたの相手をしてる暇はないっつーの」

 

 

 しかし貴利矢にとってグラファイトを相手にする意味は今はない。

 

 患者が感染しているのはあくまでカイデンバグスターであり、グラファイトのウイルスではない。

 

 パンデミックを根治させるには元となるウイルスを倒すことが急務であろうに、わざわざ時間を割く理由もない。

 

 

「だったらゲームのように倒していけばいいだろう?」

 

 

 グラファイトの言葉に、貴利矢の視線は鋭くなる。

 

 

「プロトガシャットといい知ってるってことか」

 

 

 偶然グラファイトがドラゴナイトハンターZのプロトガシャットを持っていたという可能性は貴利矢の中で消えた。

 

 今回の件はこいつが関わっている、そう判断するのに時間は要らなかった。

 

 

「教えると思うか?」

 

「思わねえよ」

 

 

 取り出したドライバーを腰に巻きつける。

 

 

「とりあえず、相変わらずあんたは敵だってことはわかった」

 

 

 二つの黒色のガシャットのボタンが押し込まれた。

 

 

 

 

【BAKUSOU X BIKE!】

 

【JET COMBAT!】

 

 

 

 

 

「3速」

 

 

 軽快な変身音とともに身に纏った装甲が日を反射した。

 

 

「もう一回消滅させてやるよ」

 

 

 コンクリートジャングルにマズルフラッシュが焚いた。

 

 

 

 

 



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#6-3

 

 

 拓海が生き長らえていたのは、奇跡といってもよかった。

 

 拓海にとって、荒事はそれほど珍しいことではない。

たしかに、族を辞めた身としては前ほどに馴染み深いというものではなかったが、昔取った杵柄とでもいうのだろうか、それなりに対人戦闘というものには心得がある。

 

 対人戦闘には、だが。

 

 それを責める道理は存在しないだろう。

なにしろ、数メートルもある怪物に心得があるなどという人間がいるとすれば、それはどこか遠い星の生まれに違いない。

 

 それだけに、彼女がこうも上手く立ち回れているのは彼女なりの勝負強さということだろう。

 

 

「ッ! やっと来たか!」

 

 

 何時間にも体感したであろう攻防の末、拓海の視界に一人の男の姿が映る。

 

 遠くから駆け寄る男の姿に、拓海の表情は明るくなった。

 

 

「ここからは僕の仕事だ」

 

 

 片手に提げていたハードケースを開け放ち投げ捨てると腰にドライバーを巻きつけ戦闘態勢に移る。

 

 桜庭はその手に握ったガシャットのトリガーを押した。

 

 

 

 

 

【MEGGLE LABYRINTH!】

 

 

 

 

 

 

 

「変身」

 

 

 喧しい起動音に眉を顰めながらも桜庭はドライバーにガシャットを差し込んだ。

 

 手足の稼動域の小さそうな装甲を身に纏い、デフォルメされた二つの瞳が怪物―バグスター―を捉えた。

 

 

「君は下がっていろ」

 

 

 容赦なく暴力を振るう怪物に桜庭は臆することなく駆けた。

 

 彼にとって初めて相対する敵。

 

 いつもの彼なら徹底的な研究を行なったうえでの戦闘が常である。

それの一切ない前情報のない戦闘では、システムの適応レベルの低い桜庭では勝ちは難しいようにも思える。

 

 それは桜庭自身もその可能性を危惧していた。

 

 今目の前にいるのは自分が戦ったことのない相手。

おおよその攻撃行動は把握しているが、それだけで十分な情報とは言い難い。

 

 しかし、今彼の心に不安や焦りといった感情はなかった。

 

 何故かと言われてもその答えはわからない。

 

 しいて挙げるとすれば、今までの経験を通してみたとき「負ける自分の姿が見えなかった」という感覚だろう。

 

 初めての戦闘で感じていた打ち負ける感覚、体が軋む苦しさ、自分の見える世界に体が追いついていないもどかしさ。

それらすべてを感じた上での戦闘は実に苦々しいもので、それが現実のものでなくて心底良かったと今でも思う。

 

 それを身を以って覚えている桜庭には、今の自分が昔とは違うというのを十分に理解している。

 

 寸分違わず振るうことのできる刃。

 

 走り抜ける思考に追いつく身体性能。

 

 嬉しくはないが痛みにも慣れた。

 

 それらすべてを混ぜ合わせて出した結論が、勝ちのイメージだった。

 

 

 ――今だ。

 

 

 ――飛べ。

 

 

 ――叩き斬れ。

 

 

 

 脳から伝わる情報だけが真実だといわんばかりに忠実に行動をし続ける。

 

 自分が蓄えた知識に従い、理論立てて敵を屠れ。

 

 無意識にも似たその判断によりコンマ単位で送られてくる情報を処理しながら敵を刻む。

 

 気づけば、あと一撃で勝負が決するほどに。

 

 

「ハアッ!」

 

 

 四肢をもがれた敵が、自身の振るった手斧で二つに裁断され爆炎を上げるのを肌で感じると、小さく息を吐いた。

 

 

「やるじゃん先生」

 

 

 走り寄った拓海が桜庭の肩を無遠慮に叩いた。

 

 

「君は下がっていろと言ったはずだが」

 

 

 未だ戦場をうろつく拓海に鬱陶しそうな表情を浮かべるが、それを拓海が見ることはできない。

 

 

「まだ終わりじゃねえぞ」

 

「わかってる」

 

 

 倒れ伏した青年から切り離されたウイルスは意思を持つように広場へと広がっていく。

 

 外へ外へと流れ出ていくそれを見た桜庭はドライバーのレバーに手をかけた。

 

 

「2ndステージ」

 

 

 

 

 

 

【―――MEGGLE LABYRINTH!】

 

 

 

 

 

 

 バグスター分離用のアーマーを取り払い相応の頭身となった桜庭が武器を構えた。

 

 向かい合うのはバグスター。

 

 分離され怪人態となったバグスターとそれに付き従うように数多の取り囲むバグスターがいる。

 

 

「先生が全部やんのかよ?」

 

「当たり前だろう」

 

 

 そう答える桜庭だったが、それは少し厳しくも思える。

 

 怪人態との戦闘こそ慣れたものであるが、それは意識をすべてそれに割いてこそのもの。

もしここにそれ以外の敵勢力が混ざってくるとなると、桜庭にそれを捌ききる自信はなかった。

 

 

「あのアタマを潰しゃあなんとかなるんじゃねえのか?」

 

「それができれば苦労しない」

 

「だったらあたしが取り巻き抑えといてやっから倒してこい」

 

「生身では無理だ」

 

「んなのやってみねえとわかんねえぞ!」

 

 

 言い終わると共に拓海は飛び出した。

 

 拳を振り絞り、目についた取り巻き―バグスター―へと打ち出した。

 

 が。

 

 体重の乗った一撃はほんの少し踏鞴を踏むだけで効いた様子はなかった。

 

 

「効いて――ッ! 危ねッ!」

 

 

 拓海目掛けて振り下ろされた棒状の得物を寸での所で引いて躱す。

 

 

「だから言ったろう。無理をするな」

 

「あんなの小手調べだっつの! とっとと倒してこい!」

 

 

 拓海は再度、拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き荒れる斬撃の中、貴利矢は逡巡する。

 

 この戦いに意味はあるのかと。

 

 偶発的に発生した戦闘はバグスターが相手ならば躊躇う必要はない。

 

 とはいえグラファイトの言葉を信用するならここでグラファイトを打ち倒そうともいずれは復活してしまう。

 

 一時的にバグスター側の戦力を減らすことはできるが、結局は振り出しに戻ってしまうだけなのではと。

 

 

「随分と余裕なようだな!」

 

 

 瞬間、貴利矢の目の前に斬撃が迫った。

 

 それを、かろうじて身を捻ることで難を逃れたが、背中を伝った汗の嫌な感触は引いてはくれなかった。

 

 

「ちっと引け腰だっただけだ」

 

 

 そうだ。理由などあるものか。

 

 戦うことに意味を求めること自体間違っている。

 

 また罹るからと病気を治さない医者がいるものか。

 

 まだ罹っていないからと危険性のある病原体を放置する医者がいるか。

 

 予防も立派な、医療行為だ。

 

 

「あんたはまた大きな敵になる。

 だったら今のうちに消滅させとくほうがいいって理解したぜ」

 

 

 宙を舞うレーザーがドライバーに刺さったガシャットをホルスターに差込みボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

【KIMEWAZA!】

 

 

 

 

 

 

 

 両手に握るガトリングが全てグラファイトへと向けられた。

 

 

「勝負か。面白い」

 

 

 後ろ手に両刃の武器――グラファイトファングを構えて腰を低くすると、刃が漆黒を伴い稲光を散らした。

 

 

 

 

 

 

「ドドド黒龍剣!」

【JET CRITICAL FINISH!】

 

 

 

 

 

 

 

 二人が技を放つのはほぼ同時だった。

 

 青白いエネルギー弾と黒い斬撃がぶつかり衝撃波が広場を揺らす。

 

 鍔迫り合うようにぶつかり合ったそれらはたった一瞬、ほんの数瞬で決着が着いた。

 

 

「んなッ――!?」

 

 

 エネルギー弾を消し飛ばして突き進んだ衝撃が、レーザーを切り裂いた。

 

 激しい衝撃がレーザーを切り崩し、重力が容赦なく地へ叩きつける。

 

 けたたましいアラーム音が鳴ったかと思うと変身が解除される。

GAMEOVERを避けるためとはいえ肩で息をする貴利矢がいつもの涼しい表情を崩す理由としては充分だった。

 

 

「この程度とはな」

 

 

 血を掃うように軽く武器を振るいながらグラファイトは言う。

 

 

「どういうことだ……ッ」

 

 

 貴利矢には今の戦闘が不思議でならなかった。

 

 システム上ではレベル3であるが、プロトガシャットを使っている以上それは額面通りの能力ではない。

 

 それも二本。程度の低いバグスターならば一掃できる能力を持っているはずなのに、グラファイトには競り負けた。

 

 それも、あっけなく。

 

 羽虫を掃うように。

 

 

「プロトガシャットを使っているというのにその程度、と言いたいだけだ」

 

「てめーこそ、どうなってやがる」

 

 

 一方のグラファイトもプロトガシャットを使用しているとはいえ一本だけだ。

カタログスペックではレベル5とはいえこうも一方的な差がつくのは理解できなかった。

 

 

「俺達バグスターは消滅と増殖を繰り返すウイルスだ。進化を伴ってこそウイルスだろう?」

 

「進化……すんのかよ」

 

「それだけではないがな」

 

 

 貴利矢は蹴り転がされ、ドライバーからガシャット――プロトジェットコンバットガシャットを抜き取られてしまう。

 

 

「所詮力を抑えてしかこれを使いこなすことのできん奴に俺が負けるわけがないだろう」

 

 

 用は済んだとばかりに背を向け去っていくグラファイト。

 

 

「くそ……! 待ちやがれッ!」

 

 

 悔しさに握りこんだ拳は、地を殴ってできた擦り傷で赤く滲んでいた。

 

 

「バイクになることしかできないガシャットだけで何が――」

 

 

 続きをグラファイトが口にすることはなかった。

 

 その程度のことなど気にかける意味もないと言わんばかりに。

 

 

「グラファイトォ……!」

 

 

 憤怒に塗れた声がどこかから聞こえた。

 

 

「まだもがくか、哀れな男が」

 

 

 グラファイトめがけて近づいてくるその男の口元からはうっすらと白い歯が見え隠れしている。

 

 名を檀黎斗。

 

 直接の因縁はなくとも黎斗が激情を迸らせるのには十分な相手であることを自覚しているグラファイトは、再度武器を構えた。

 

 

「そのガシャットは私のモノだ! 私の許可なく使用することは断じて許されない!」

 

 

 だらりとのばされた黎斗の右手にはオリジンガシャットが握られていた。

 

 一貫した彼の怒りは超個人的で利己的な理由であるものの、なんであれ貴利矢にしてみれば都合が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【MICHTY ACTION "X"!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黎斗は起動したガシャットのグリップに指をかけて目前で力なく構えた。

 

 

「グレードゼロ。変身」

 

 

 

 

 

 

 

【――MICHTY MICHTY ACTION "X"!】

 

 

 

 

 

 

 

 豪快に鳴る変身音を背負い現れたのは一人のライダー。

 

 黒い前髪のようなものを跳ね上げたマスクに黒と紫で彩られたアーマーに包まれたライダー。

 

 仮面ライダーゲンムレベルゼロであった。

 

 

「貴様は削除する!」

 

 

 その手にガシャコンブレイカーを収めた黎斗がグラファイトへ向けて駆けた。

 

 黎斗が袈裟懸けに斬りつけるのを、双刃の片刃で流されると、もう一方の刃が黎斗へと迫る。

 

 

「ハアァッ!」

 

 

 それを、重心を傾けながら体を捻り避け、仕返しとばかりにグラファイトの首元へ向けて薙いだ。

 

 そんな息のつく間もない応酬が続く。

 

 引いて、突く。

 

 しゃがむ、薙ぐ。

 

 飛び、叩きつける。

 

 だがやはり、戦士の名を持つグラファイトとは違い、ゲームマスターである黎斗にそういったことは分が悪かった。

 

 

「ガッ――」

 

 

 黎斗が武器を振り抜いた一瞬の隙を突いてグラファイトが気合一閃に叩き切った。

 

 吹き飛び転がるのを眺めながらグラファイトは武器を後ろ手に構える。

 

 グラファイトファングからバチバチと閃光が煌くのを感じた黎斗も、ガシャコンブレイカーにガシャットを挿した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【KIMEWAZA! MICHTY CRITICAL SLASH!】

「ドドド黒龍剣!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし万全の体勢で打ち出されたグラファイトの攻撃を黎斗が打ち消せるわけもなく、貴利矢同様切り裂かれた。

 

 さらに地を転がり吹き飛ぶ黎斗。

 

 チェストプレートのHPゲージが減り始めアラームが広場に鳴り響く。

 

 一個、二個と一つずつ減っていくメモリの最後のひとつが荒く明滅したかと思うと、その瞬間。

 

 命の炎が消えた。

 

 

 

 

 

 

【GAME OVER】

 

 

 

 

 

 

 

 変身が解除され身一つで地に倒れた黎斗は、データ化された体がポリゴン状になって体が消滅していく。

 

 体を透けさせ、今にも消え入りそうな体を無理矢理起こしグラファイトを睨みつける。

 

 最後の一片が消え去るまで、黎斗の怨嗟はグラファイトに向けられたままだった。

 

 

「檀黎斗ッ!」

 

 

 貴利矢が思い出したように叫んだときには遅く、彼の姿は何も残されていなかった。

 

 

「また消滅するとは、哀れな男だ」

 

「グラファイト!」

 

 

 人の死を嘲るグラファイトに、貴利矢は怒りを露にした。

 

 貴利矢にとって檀黎斗は悪党である。それも生粋の、純粋な自身の悪性にも気づいていないような大悪党である。

 

 それでも、今この瞬間だけは、それは何の問題にもならない。

 

 死を望まれるような悪党だと分かってはいても、それだけは許してはならない。

 

 九条貴利矢が、医者であるならば。

 

 よろりと、足元のおぼつかないままに貴利矢は立ち上がる。

 

 ふらつく足でグラファイトへ近づく貴利矢の手にはガシャットが握られていた。

 

 

「その体で戦うつもりじゃないだろうな」

 

「そのつもりだ」

 

 

 声を震わせながらも答える。

 

 

「貴様と戦う理由はもうない」

 

「こっちにはいくらでもあるんだよ!」

 

「満身創痍な身で何を言う」

 

 

 グラファイトは貴利矢に背を向けた。

 

 

「奴の死を嗤ったことは謝ろう。仮にも戦士で――」

 

 

 

 

 

 

 

【MICHTY CRITICAL FINISH!】

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、グラファイトが吹き飛んだ。

 

 貴利矢の目にはありえないことが起こっている。

 

 気づけばグラファイトは地を転がされ、遠くで呻いている。誰かが、グラファイトを吹き飛ばしたのであろう。

 

 ――じゃあ、誰だ?

 

 当たり前に考えるならば、桜庭だろう。

 

 変身できる人間は三人だけ。

 

 自分ではなく、黎斗は消滅した。ならば消去法で桜庭だ。

 

 なら、あの装備は何だ?

 

 メグルラビリンスガシャットを用いた桜庭――仮面ライダービコーズであるならば、ブレイブに似たフルプレート然としたアーマーだ。

 

 それなのに、貴利矢の目の前のライダーは違う。

 

 黒と紫。それは、よく見慣れた――さっきまで見ていたもので、

 

 

「残りライフ98。よくも私の貴重なライフを……!」

 

 

 檀黎斗。仮面ライダーゲンムであった。

 

 

「どういうことだよ……」

 

 

 消滅したはずの男が立っている。

 

 貴利矢には理解しがたい状況だった。

 

 

「このガシャットにはコンテニュー機能が搭載されている。消滅によるデータ化を再構築することで防止し復活することができる」

 

 

 涼しい顔で――といっても貴利矢には見えていないが――答える黎斗。

 

 貴利矢にしてみれば命への冒涜であるような機能だが、思考が止まった貴利矢がそれを詰めることはなかった。

 

 

「檀黎斗……貴様!」

 

 

 怒気の孕んだ声でグラファイトが吼えた。

 

 騎士道ほどではなくとも不意打ちなどという戦士にあるまじき行ないはグラファイトの逆鱗に触れたらしかった。

 

 

「それは私の台詞だ! コンテニューしてでも削除してやる!」

 

 

 二人は向き合い武器を構えた。

 

 

「グラファイト」

 

 

 声につられグラファイトが顔を上げた。

 

 今まさに、という瞬間を逃したグラファイトからは怒気が強まり機嫌が悪くなったようにみえた。

 

 黎斗もグラファイトから視線を外さないまでも、居場所を探る。様子を見るに敵対勢力であることから自身が不利な戦いをすることになるのは容易に想像ができた。

 

 

「神聖な遊戯盤を冒すつもりか?」

 

「貴様に言われたことはしている。貴様こそ、俺の戦いを邪魔するつもりか?」

 

「それが貴殿の望むものならば如何様にも従うとも」

 

 

 鈴のように透き通る声にグラファイトは鼻を鳴らすと構えを解いた。

 

 変身を解除したグラファイトは少しばかり不満そうな表情を浮かべて、黎斗らを軽く眺めると背を向けた。

 

 

「今日のところは終わりとしよう。目的も果たせたんでな」

 

「それは私のガシャット!」

 

「次こそは貴様を消す」

 

「待て!」

 

 

 黎斗が駆け出して掴もうとしたグラファイトの背中は、ノイズと共にその場から消えていた。

 

 

「神と驕る愚者とその従者よ」

 

 

 彼方から聞こえる声が黎斗らに問いかけた。

 

 

「汝らは我等を裁くか?」

 

「わけわかんねーこと言ってねえで出てこい!」

 

「まだその時ではない」

 

 

 姿を見せない敵に檄を飛ばすが、意に介したようには思えなかった。

 

 だが、貴利矢の声は届いているらしい。

 

 

「いずれ合間見えよう。我の運命に従いてな」

 

 

 それきり二人に問いかける声はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 




やっとコンテニュー芸が使えるところまで来れました。


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#6-4

もう#6はアイドル関係ないんでタグ詐欺とか言われそう


 

 

 拓海の対するバグスターは怪人態について回るだけの存在にも思えるが、なんの対抗策も持たない人にとっては脅威となりうる。

 

 それを多勢に無勢でありながらも――バグスターを倒しうる決定打がないながらも翻弄し続けるその様は一騎当千の闘いを髣髴とさせるものだった。

 

 迫る拳を瞬時に見切り懐に入り背負い投げて別のバグスターへと投げつける。

 

 隙のできた横っ腹に迫る刀を飛び込みの要領でくぐり抜けて目についたバグスターを腕と体のバネで跳ね起きて足を首に巻きつけ、重力に任せてJ・Sの要領で頭から地に叩きつける。

 

 立ち上がるついでに側頭部を蹴り追撃する。

 

 走りながら向かってくる者はカウンター気味に顔面を殴ってふらついたところを掴んで他のバグスターに投げつける。

 

 

「取柄は頑丈なことだけかァ!」

 

 

 戦い慣れしている拓海からすれば拍子抜けな相手だった。

 

 一般人からすればワケのわからない妙な生き物でちょっとしたモンスターのようなものだが、覚悟を決めて「ぶん殴る」と考えている拓海には見た目は大した問題ではない。

 

 まともに避けることもしない、攻撃は単調、連携による攻撃なんて一度も見せていない、そんな頭の悪い敵が束になったところで拓海には効果はない。

 

 勿論殴り続けているにも拘らず一体も倒れていないのは拓海にとって苛立ちを募らせる問題であった。

 

 その問題を解決できるのは敵の親玉である怪人態のバグスターを倒せばいいのだが、

 

 

「いつまでやってんだ!」

 

「無茶を言うな!」

 

 

 先のユニオン態での活躍ぶりは鳴りを潜め、不利な状況に陥っていた。

 

 

「もう少しで敵の行動ルーチンが割り出せる! それまで待っていろ!」

 

 

 桜庭――仮面ライダービコーズの戦闘スタイルは、敵バグスターがただのAIであることを利用した戦法だ。

 

 バグスターに意識はあるもののゲームウイルスとして患者から引きすりだした以上ゲームキャラクターである。

敵対MOBには必ず弱点というものがあり、それを的確に突くことでウイルスの除去を行なっていた。

 

 ゲームならば死に覚えができるかもしれないが彼が行なっているのは命を賭けた医療行為。

自分が死ぬことも許されないし、患者を治験と称して見殺しにすることなんて以ての外だ。

 

 結局、桜庭が行き着くのは戦闘中に攻略法を見つけるという手間のかかる手段であった。

 

 

「待てるかよンなもん!」

 

 

 それを拓海が待つ筈がない。

 

 手近なバグスターを放り投げながらバグスターの間を抜けて桜庭の下へと辿り着くと、

 

 

「選手交代だ! 代わりに片付けてろ!」

 

 

 飛び上がり桜庭の肩を踏み台にしてカイデンバグスターの顔面に膝蹴りを放った。

 

 頭部を蹴られた衝撃に数歩下がったのを見て拓海は桜庭へと振り返る。

 

 

「そっち、すぐに終わらせてこい。それまでアタシが相手しててやる」

 

「こっちはもう少しなんだ。自分の言ったことくらい守ったらどうだ」

 

「サンドバッグ殴ってるみてーでイライラしてくんだよ!

 あんなのいつまでも相手してられねえっつの!」

 

「自分勝手でうるさいやつだ……」

 

 

 桜庭は背を向けガシャコンハチェットの柄を引き伸ばす。

 

 

「十五秒で片をつける」

 

「頼むぜ」

 

 

 カイデンバグスターが二対の刀を構えたのを見て拓海も拳を構え、二人は同時に駆け出した。

 

 拓海が地を蹴った瞬間、カイデンバグスターも動き出す。

 

 まっすぐに迫る拓海へ向けて突きを放つ。それを拓海は頭をずらして避けるも彼女の長い髪が数本切り落とされた。

 

 突いた刀を引き戻さないままにもう一本の刀で逆袈裟に切り払う。

 

 それを、脇を通り抜けるような軌道で飛び込んで、刀をくぐり抜ける。

 

 がら空きになった胴――を狙うことなく、拓海は飛び込みざまに足を背面側に振り上げ、ぐいんと伸びた足がカイデンバグスターの顎をかち上げた。

 

 

「もういっちょ!」

 

 

 効き目を見ずに跳ね起きて背後を取り後頭部を蹴って間合いを取った。

 

 刀の間合いから抜け出した拓海はバグスターと向き合うと舌を鳴らした。

 

 

「分かってても凹むんだっつの、こっちはよ」

 

 

 視界の端で桜庭の姿を捉えながら拓海はもう一度拳を構えた。

 

 件の桜庭は黙々とバグスターを処理している。

 

 向かってくる敵だけを叩き切り、深手を負った敵を追って攻めるのは後回しにしていた。

 

 目にした敵はそれぞれ一太刀ずつ浴びせたところで、ちらりと見た拓海の姿に小さく息を吐いた。

 

 

「喧嘩慣れというよりは動物のそれだな」

 

 

 自分で定めたリミットを守るため、桜庭はドライバーに刺さっていたガシャットをハチェットのスロットに差し込む。

 

 

 

 

 

【KIMEWAZA!】

【MEGGLE CRITICAL SLASH!】

 

 

 

 

 

 

 柄の先端を両の手で握り締め水平に構えると自分を目として一帯を切り裂く。

 

 取り零しを確認することなく桜庭はカイデンバグスターに向けて武器を構えた。

 

 

 

 

 

【ZU-BAN!】

 

 

 

 

 

 

「離れていろ!」

 

「嘘だろオイ!」

 

 

 桜庭が遠巻きに叫んだ姿を見て何かを察した拓海は一も二もなく横に飛んだ。

 

 振り下ろした斧から飛び出した衝撃波は不意を突かれたカイデンバグスターを吹き飛ばす。

 

 

「怪我はない様だな」

 

 

 予想通りの結果に満足げに近づく桜庭が地を転がった拓海に言った。

 

 

「二人になるところだったぞォ……!」

 

「生身で化物と戦える人間なら避けられると思っただけだ」

 

「馬鹿にしてんのか!」

 

「一応褒めているつもりなんだが」

 

 

 言い返すのをやめた拓海から目を外してバグスターと向き合った桜庭はハチェットの柄を縮め肩口に構えた。

 

 

「後は僕がやる」

 

「倒し方わかんねえんだろ? あたしが手伝ってやる」

 

 

 服についた砂利を払いながら立ち上がった拓海は手の平を拳で叩き戦意を露にした。

 

 桜庭にしてみれば邪魔なことこの上なかったが、一連の会話を思い返した桜庭には言い包めて眺めさせておけるビジョンが見えなかった。

 

 

「背面から隙を作れるか?」

 

「できねえなんてあたしは言わねえぞ」

 

「二人同時とは……刀の錆にしてくれる!」

 

 

 擦り合わせた刀が金切り声を上げた。

 

 突然口上を述べたバグスターに拓海は視線を外すことなく桜庭へと言葉を投げる。

 

 

「こいつ喋んのかよ」

 

「今までのは言語を使う様子はなかったが……獣人よりは知能があるということらしいな」

 

「今更だろ」

 

「なんでもいいが、な!」

 

 

 武器を前に突き出したままに桜庭はバグスターへと迫った。

 

 牽制で振るわれる刀を受け流しながら間合いを詰めていく。

 

 追随する拓海が回り込み、刀の間合いから一歩分だけ離れた背後を取り拳を構える。

 

 カイデンバグスターの重心が後ろに傾いた瞬間、拓海が一息に近づき後頭部に肘を撃つ。

 

 

「ドラァッ!」

 

 

 続けざまに腰を蹴る形で元の間合いへと戻る。

 

 

「隙だらけだ!」

 

 

 拓海により一歩前に動かされたカイデンバグスターが桜庭により袈裟懸けに切りつけられる。

 

 

「ぐうっ……卑怯な!」

 

「喧嘩か決闘のつもりかよ!」

 

 

 桜庭の有効打を追ってバグスターの手首を拓海が蹴り飛ばし、その手に握ったものを吹き飛ばす。

 

 返す刀で振るわれた桜庭のハチェットがバグスターに傷を増やした。

 

 

「リスクは極力少なく。当たり前だ」

 

 

 

 

 

【ZU-BBBAN!】

 

 

 

 

 

 三重に飛来した斬撃がその肉を抉り、カイデンバグスターに片膝をつかせる。

 

 

「オペは迅速に、だ」

 

 

 ガシャットをハチェットのスロットに差込み、柄を伸ばして上段に構えた。

 

 

 

 

 

【KIMEWAZA!】

【MEGGLE CRITICAL SLASH!】

 

 

 

 

 

 

 気合一閃に振り下ろされると共に、背丈ほどもある光刃がバグスターへと迫った。

 

 それを、バグスターが腰溜めに構えた刀で、居合い抜く様に向かい撃ち衝突する。

 

 その場に留まって耐える姿を一瞬見せたが、刀を弾かれると共にその瞬間光刃に切り伏せられる。

 

 前のめりに倒れたバグスターは爆炎に巻き込まれ、軽快なファンファーレに飲まれていく。

 

 変身を解除した桜庭に近づいた拓海が口角を引き上げつつ桜庭の背を叩いた。

 

 

「ひょろい医者だと思ってたけど、やるときゃやるんだな」

 

 

 それを鬱陶しそうに眉を顰めた桜庭がため息を吐いた。

 

 

「君こそ人というよりは獣だな」

 

「ぜってー馬鹿にしてるだろソレ!」

 

 

 後ろで叫ぶ拓海を無視して桜庭は事後処理を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウイルスの発生源である患者を診察する桜庭を、拓海はベンチに腰を下ろしながら眺めていた。

 

 

「お嬢さん」

 

 

 聞き覚えのある声に拓海は振り向いた。

 

 

「さっきの爺さんか」

 

「そんな風に言われるなんて私ももう歳なんですかねえ」

 

「まあ兄さんって見た目じゃねえな」

 

「まだ娘も独り立ちしてないしてないんですがねえ」

 

「最近よくある晩婚ってやつか?」

 

「若いときはそれは……あなたに言った通りの日々でしたので」

 

「後悔してねえならいいだろ」

 

「言うようになりましたねぇ」

 

 

 拓海の隣に座った男は話を区切り、居住まいを正した。

 

 

「本当に申し訳ない」

 

「……気にしてんのかよ」

 

 

 体を捻り頭を下げたのを見た拓海は、先の会話を思い出した。

 

 警察官。

 

 この男は子供を守ったときそう言った。

 

 市民を守るのが仕事であり信条であると考えているであろうのはわかっていたが、それが自分にも適用されているということだろう。

 

 それを含めての謝罪の言葉。

 

 拓海からすれば些細なことだが、彼にしてみればそれだけ見過ごせないことだったのだろう。

 

 

「本当なら残るべきは私でした」

 

「それはあんたが仕事だったらだろ?」

 

「いえ。非番であっても私は警察官の一人です」

 

「……そうかよ」

 

 

 彼の言葉がわからないわけではない。

 

 自分にはわからなくてもその志を秘めている人間は拓海も目にしている。

 

 それは現に、目の先で患者を診ている桜庭や犯人を探している貴利矢のことだ。

 

 桜庭の込み入った事情は知らされていないが、これらが医者としての仕事から離れてしまっているのは理解している。

 

 貴利矢にしても、今は医者ではない。

 

 それでも、一人の医者として罹った患者を治療しようと今も尚奮闘しているということは拓海でさえも知っている。

 

 そこに面倒な理屈なんてない、固い意志だけが残っているということも。

 

 

「だけどわかるだろ? あんたよりアタシの方が向いてる。

 あんた言っただろ、自分にできることをしろって。だからアンタだってあのガキ連れて避難したんだ」

 

 

 気持ちを否定したいわけではない。

 

 簡単に割り切れない内容だからこそこうして彼が頭を下げているのだ。

 

 

「アタシが残って皆が無事だった。それで終わりでいいだろ」

 

 

 だけどそれだけで納得するはずがない。

 

 何年も自分の感情と戦った人間がおいそれと割り切れるようには思えなかった。

 

 

「だからこっからはあんたらの仕事だ」

 

 

 ならばと、拓海は男の感情を汲んで話を持ちかけた。

 

 

「さっきみたいな化物を倒すのはあそこの先生とかみたいな特別なやつらしかできねえ。だけど人手が足りねえ。だからあたしみたいな人間が手伝ってる」

 

「私どもに手伝って欲しいと?」

 

「まあ手伝ってもらうのは人探しとか避難とかだけどよ」

 

 

 割り切れないのならば、割り切れる理由を作ればいいだけだ。

 

 

「アタシらに周りを気にするだけの余裕は多分もう無え。原因を叩けば終わるが、アタシらじゃ人手が足りない。

 解決する力があっても、そこに辿り着くだけの力が無い」

 

「それがしてほしいことだと?」

 

「餅は餅屋って言うだろ? あたしらにできないことをあんたらならできる」

 

 

 実のところ、彼の心情を汲んだものではない。

 

 拓海が守るべき市民の一人として扱わないということになりかねない話である。

 

 それでも、守るべき市民を守る理由が作れるかもしれないという可能性を汲んでくれる可能性に拓海は賭けることにしていた。

 

 

「わかりました。乗せられましょう」

 

 

 それを含めて、男は了承した。

 

 

「わたしにできる範囲で掛け合っておきます」

 

「助かる」

 

「餅は餅屋、らしいので」

 

 

 飄々とした笑みを浮かべる男に、拓海は鼻を鳴らした。

 

 

「そういえば、族は辞められたんですか?」

 

「ハアァ!? なんであんたが知ってんだよ!」

 

「いえ、私の後輩がですねえ交通課なもので。この前追い回したときは見なかったとかで」

 

「つっても神奈川だぞ!」

 

「世間は思ったより狭いものですよ」

 

「そりゃ隣町だけどよ……」

 

「それで、結局どうなんですか?」

 

「噂通りだっつの」

 

「それはそれは、面白い話が聞けなくなりそうで寂しいですねえ」

 

 

 残念がる男にほんの少しの苛立ちを感じたが、それはすぐに霧散した。

 

 拓海にとって族として集う意味は、国家権力に楯突くということとは関わりがない。

 

 

「安心して走れるなら族なんて要らねんだけどな」

 

「それも伝えておきましょうか?」

 

「それはこっち側の都合だから気にすんな」

 

 

 安心して――つまりは、仲間を守っていくための理由があそこにあって、それは身勝手な自分達側の理由でしかない。

 

 

「あたしは守りたいものが守れれば、それでいい」

 

 

 身勝手な理由で振るった拳の痛みは今でも覚えている。

 

 その痛みは今も続いている。

 

 

 

 




・仮面ライダービコーズ
 桜庭薫が『メグルラビリンスガシャット』にて変身したライダー。初登場からだいぶ経ってやっと名前が出てきたが多分変身者の名前で言ったほうが楽なので本編ではあんまり書いたりしない。通常兵装はガシャコンハチェット。名前の由来は桜庭薫の個人楽曲より。

・警察官
 仮面ライダーにて登場した警察官の一人。この世界では機械生命体もいないので本庁勤務のただの警察官。つまり○岡○太郎。

・爆走Xバイク
 檀黎斗が開発した爆走バイクのフルリメイク作品。破壊妨害なんでもありのレースゲーム。爆走バイクでは物足りないと感じていた部分をボリュームアップしたもの。作品のイメージはGCで発売された頭のおかしい名作レースゲームでお馴染み『カービ○のエ○ライド』。

・仮面ライダーレーザー
 黎斗と同じくバグスターとして復活したのにレベルゼロでないのは、自信のデータが入ったガシャットを使って変身していないため(という設定の下書いている)。じゃあプロト爆走バイクガシャットがあればレーザーターボになれるのかと言われても黎斗が回収するので関係ありません(辻褄合わせ)。




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