ブラック・ブレット 何が為の力か(仮) (終夜 猫)
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プロローグ
突然の転生


実質2作目で、前作は原稿も無くなり、行き詰まったので削除。応援して下さっていた皆様は本当に申し訳ありませんでした。
今作品はアニメ終了時の場面までは頑張って、それ以降は様子を見ながら考えたいと思ってます。



  青年は元々弱病だったことが原因で短い人生の幕を閉じたはずだった。

 

「はいはい、お疲れ~。まぁ、こっちの手違いとはいえ、良くこれまで生きれたもんだ。うんうん、感心、感心。」

「誰?」

 

  突然の状況に青年は何も飲み込めず、咄嗟に純粋な疑問をその少年へと投げかけた。

 

「ごめんね~。ちょっとそういった問答はいちいち構っていられないから。それではいきま~す!転生チャンスルーレット、スタート!!」

 

  突如、黒枠が青年の頭上に現れ文字が騒がしいメロディーと共に回転し始めた。

 

「さあ!神代(かみしろ)(うつほ)、君の願いは何だい?」

 

っ!………………願い?

 

  そう尋ねる少年の瞳は全てを見通すかの如く見開かれていた。

  空は驚いたものの、自然にこれまで何度となく考えた願いを呟く。

 

「僕は自由に生きたかった。何の(しがらみ)もなく、健康で、当たり前の生活を送りたかった。」

 

  少年の瞳から目を逸らすこと無く、空はそう言いきった。

  少年は少しの静寂の後、ニヤリと笑い手を叩いた。

 

「おめでと~!見事君は転生権利を手に入れた!」

 

  あっさりとした発表に空は呆然としていた。

  そしてハッとして頭上を見上げ、黒枠を確認する。そこには『健康状態を維持』という文字が浮かんでいた。

 

「それが転生する君に与えられる力だ。普通ならここですぐに転生してもらうんだけど、最初言った通り、君は僕達の手違いで身体と世界(・・)を間違えた。だから、これから転生するのは君が生まれるべきだった世界。」

 

「ちょっと、ちょっと待ってください!それじゃあ僕は死んだんですか?」

 

  捲し立てるような話を遮り、空は確認するように尋ねる。

 

「それに違う世界ってどういうことなんですか!?」

「………君は死んだ。結果、生まれ直す。死んだ世界ではなく、君が生まれるべきだった世界へ。これ以上は話せない。その質問に答えられなくて残念だが、それがルールなんだよ。」

 

  空はその雰囲気からこの問答が無駄だと察したのだろう。

「そう…ですか。」と溢し、足下に視線を落とした。

 

「こっちの話はまだ終わっていないよ。君の人生を鑑みた結果、願いを3つ叶えることになった。」

 

「………願いはあれ以上ありません。」

「知ってる。だからこっちで決めておいたよ。1つ目はそのままの年齢で転生させよう。これは君の願いを最速で叶えるため。

 そして2つ目は身体能力の莫大な上昇。これも君の願いのサポートだよ。向こうの世界は危険が多いからね。」

 

  その言葉に空はピクリと反応したが、少年は発言を阻止するように続けた。

 

「3つ目は君の想像した物質、事象、能力を現実へ生み出し、発生させ、発現させる力。まぁ、これはサービスの様なものだよ。君は動けない事が多かったから、こういう力があった方が楽しめるでしょ?」

 

  空は何とも言えない表情であったが、ふと気が付いた。

 

………あれっ?この子は何て言った?動けない事が多かった?……僕は死んだ。転生?じゃあ、目の前の少年は?

 

  何故今更そんな事を考えていたのか?

  いや、空からしてみれば、突然の事で整理できなかったのだろう。

  だが、ここへきてそれに気付いた。

 

この子………神様?

 

  空の思考を見抜いた少年は再び口角を上げ、告げた。

 

「これで準備は整った!新しい人生の始まりだ!生まれる世界は危険だ。しかし、君は新しい身体と力を手に入れた。危険でありながら、イージーモードとなった世界で君は自由に生きると良い。」

 

  少年は大げさに手を広げ、空の周囲が光に包まれていく。

 

「待って下さい!他に説明は!?」

 

  視界が光で溢れていく中、空が最後に見たのは優しく慈愛に満ちた少年の微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  空は気付くと、廃墟と化した街中に佇んでいた。

  崩れ落ちたビル、赤く錆び付いた工場、得体の知れない植物。

  そして何より、所々に見える血痕がこの世界が危険だということを物語っていた。

  あの少年が言っていた言葉が空の中で繰り返される。

 

僕が生まれるべきだった世界………。

 

  しかしそんな時に激しい目眩と頭痛が襲った。

 

「クッ!………アァ…。」

 

  空はあまりの激痛に頭を押さえ、膝を着いた。

  次に起こったのは感覚の鋭敏化。視界では光が明滅し、耳では複数の音が騒音となり響き、嗅覚で様々な物が混ざり合った何とも形容しがたい臭いを、そして全身には複数の視線を感じ、それが数分間続いた。

  結果、空はその小さな者達の視線に晒されたまま倒れ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、お母さん。また体調悪くなっちゃって。」

「しょうがないわ。身体が弱いんだもの。」

『また、仕事を途中で止めて来ちゃったわ。何でこの子はこんなにも弱いの。』

 

ああ、知っている。今まで何度も見てきた表情。お母さんが何を思っているか、僕をどう思っているか。

 

「じゃあ、私は仕事があるから、また明日来るわ。」

『これ以上仕事を休めない。もう、お金も限界よ。』

 

できないことが多い代わりに、気付いてしまう小さな変化。それは日に日に大きくなり、知りたくなかった事まで僕は自然と理解する。

 

「うん、分かった。…………………………ごめんね。」

 

僕が、僕という存在が周囲には迷惑なのだと理解した………。

 

 

「…………………ッ!?……ここは?」

 

  空は目覚めるとベッドの上にいた。

  起こそうとした身体は倦怠感ですぐにはうまく動かせず、目だけを周囲に向けた。

  どうやらどこかの一室に運び込まれたらしい。

  しかし、ベッド以外は机と椅子が二脚、机の上にはランプが灯っており、どうも寂れた場所だと空は感じていた。

 

  すると、ベッドで寝ている足の方からコツコツと床を叩く音が聞こえてきて、一人の男性がやって来た。

  なんとか身体を起こし、その男性を視界に収める。

  背は低く、杖を突き、それでいて背は曲がっていない。もしかしたら足が悪いのかもしれないと空は考えた。眼鏡をかけ、白髪で柔和な笑みを浮かべていた。

 

「まだ身体を起こさない方が良いですよ。」

「大丈夫です。それより貴方が僕を?」

「いえ、私は貴方がここへ運び込まれてきたので様子を見ていただけです。」

「いえ、それでも有り難う御座いました。」

 

  空は軽く頭を下げ、感謝を述べた。

 

「いえいえ、私は松崎(まつざき)と言います。私も驚きました。外周区で貴方の様な病院服を着た方を連れて来るとは。」

「僕は神代です。えっと、外周区とは?」

 

  彼は少し目を見開くと少し考えて口を開いた。

 

「失礼ですが、貴方はどこから?」

 

  空にとっては非常に困る質問だった。

  それを読み取ったのだろう、彼は「申し訳ない。」と言って詮索するのを止めた。

 

「すみません。正直、分からないんです。自分がどこから、どうやって来たのか。」

「それはもしや記憶が?」

「少なくとも外周区や、この街のことも全く分かりません。」

 

  彼は空の事を純粋に心配していた。それだけでなく、既に神代空という名前を病院服から見つけ、確認をとっていた。

  しかし、その結果は『該当無し』。神代空と言う名前、神代という苗字さえ登録されていなかった。

  だから、本人の口から聞くしかないと考えていたのだ。

 

「フム、君はこれからどうするのですか?」

「まだ、決めてません。」

 

  どっちにしろ、行き当たりばったりだろうな。

 

  彼はそんな空をしげしげと見つめた後、うんと頷いた。

 

「であれば、私の手伝いをお願いしても良いでしょうか?勿論、話を聞いた後に決めて頂いて構いません。」

「それは、どういう?」

 

  空は彼の言葉に戸惑っていた。

  話をして数分。ただそれだけの時間で手伝いを頼まれるとは流石に想像できないだろう。

 

「簡単な話です。私が貴方を気に入ってしまった。きっと貴方ならあの子供達(・・・)とうまくやっていけると思ったからです。」

 

  柔らかな笑みを再び浮かべた。

 

「これも何かの縁です。とにかく、今はゆっくり休んで下さい。もう夜も遅い、続きは明日話しましょう。」

「有り難う御座います。」

 

  そう言って空は素直に瞼を閉じ、眠りに就いた。

  それを確認した松崎は感慨深いという様に何度も頷く。

 

「まさか、あの子達が他人を連れて来るとは。それにとても彼を気にかけている。彼には何かあるのかも知れない。」

 

  そう呟き、彼は部屋の奥へと姿を消した。

 

 




更新は書き溜めが無くなると遅くなりますが、応援して頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします。


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目指すべき場所

原作まではすぐに更新します。


  (うつほ)は目覚めると、あまりの眩しさに顔を顰める。倦怠感は無くなり、視覚以外は特に問題は無くなっていた。

  そこであの少年の言葉を思い出す。

『身体能力の莫大な上昇』

  あの感覚も頭痛も、その弊害ではないだろうか?と考えたのだ。その証拠に集中すれば、風が建物を撫でる音、僅かなコーヒーの匂い、温度や風向き。それら全てが細かく感知できていることに気付いた。

 

  空は視覚が何故まだ適応していないのか分からなかっただが、それ以上に気になった能力の方を試してみることに決めた。

『想像した物質、事象、能力を現実へと生み出し、発生させ、発現させる力』

 

 空が想像したのは1枚のコイン。表も裏も無い薄い円形の鉄が自身の掌にあることを想像した。

 すると、空は手に小さな金属の冷たさと重さを感じ、成功していることが分かった。

 

成功した!なら………。

 

 空は同じように想像し、黒く細長い帯状の布を生み出した。

 それを目を隠すように頭に巻き、眩しさを凌いだ。

 

よし、良い感じだ。暫くはこうしておこう。思った程不便でもない。

 

 かなり調節された視界の明るさに満足し、ベッドから降りた。

 軽く腕を振ったり、ジャンプしたりして、身体の感覚を確める。

 

あんまり激しく動くことがなかったから嬉しいな。

 

「大丈夫そうで何よりです。」

「ええ、一晩休んだら楽になりました。」

 

 鋭敏になった感覚で松崎が来ていることに気付いていた空は驚くこと無く返事を返す。

 

「ところで、その目はどうしたのですか?」

「少し眩しすぎて、ずっと顰めてしまいそうだったんで巻きました。ああ、でも気にしないで下さい。結構薄い布なんで、生活の妨げにはならない程度です。」

「そうですか。それではこれからお話します。まぁ、そこの椅子に掛けて下さい。」

 

 空は促されるまま椅子に座り、コーヒーカップを受け取り、対面に腰掛けた松崎を見つめた。

 

「本題に入る前におそらく記憶に無いこともあるかもしれませんので、まずはこの世界についてお話します。」

 

 10年前

 日本はガストレアと呼ばれる化け物に日本は国土の大半を侵略され、大量の死亡者と行方不明者をだし、事実上の敗北宣言を国民に行った。

 特殊な磁場を発生させ、ガストレアを衰弱させる特性を持つバラニウム。それをを用い建設されたモノリスを閉じ、自律防衛の構えを取った。そして、他国もそれに続く様にモノリスを閉鎖。

 

 2021年、人類はガストレアに敗北し、この時代の人々を『奪われた世代』と呼んだ。

 それを境にして、ガストレアウイルス抑制因子を持った胎児達が生まれ始めた。

 ガストレアウイルスは生物の遺伝子に影響を与える為、抑制因子を持った子供たちは、その全てが女性になった。

 生まれたての頃は赤い眼をしており、それが分かった当初は奇跡の子供達だともてはやされたが、それは間違いだった。

 

 抑制因子により、ガストレアウイルスの侵食率は非常に緩やかではあったものの、通常の一般人であれば短時間でヒトの形を保てなくなることを考えると、何年も変異しないということ自体、脅威的だった。それに加え、ウイルスの恩恵で得られた超人的な治癒力と運動能力はガストレア化する危険性を示唆し、赤い眼は『奪われた世代』にガストレアを連想させた。

 このような子供たちを『呪われた子供たち』と呼ぶようになり、差別かつ迫害するようになった。

 

「松崎さんは『奪われた世代』なんですよね?」

「私にとってそんなことは関係ありません。ガストレアが行った人類への侵略と、不幸にも胎内でそのウイルスに侵された子供たち。彼女たち『無垢の世代』は被害者ですよ。」

 

 空は彼の話からなんとなく頼まれる事を予想できた。

 

「今の話を聞いている限り、あまりにも理不尽だと僕は思います。あなたの様な考え方をできる人がもっといれば、この世界も変わっていたかもしれませんね。」

「そう言って頂けると嬉しいです。

 しかし、10年やそこらで遺恨が消えるものでもありません。ガストレアウイルスを体内保菌している子供たちが街中を歩くことに嫌悪を覚えるのはむしろ当然ですよ。」

 

 空は正直に彼の意見と同調していた。

 あまりにも不遇な存在に、自分と似た境遇の存在に。

 だから、助けたいと思った。

 目の前の男性に協力したいと考えたのだ。

 

「おそらくですが、松崎さんの手伝いとは『呪われた子供たち』の事ではないですか?」

「そうです。私は外周区にいる、その子供たちの面倒を見ています。感情の抑制がまだ上手くできない子たちに最低限の術を学んでもらって、いずれは普通の人々の中に紛れて暮らしていって欲しいんです。」

 

………凄いな、この人は。

 

 空は松崎を尊敬せずにはいられなかった。

 彼の話では彼の様な存在は極めて少ないはずだ。その中で周りに流されず、自分の意志を持って行動できる。

 空は、自身の目指す場所が一瞬見えた気がした。

 

「僕、松崎さんに協力します。

 話を聞いて、あなたの様な存在を羨ましく思いました。だから、僕も自分の意志を持って子供たちの助けになりたい。」

 

 松崎は立ち上がり、空の方へと手を差し出した。

 

「こちらも嬉しいです。私も常に彼女達を見ていることはできませんから。

 これから宜しくお願いします。」

「こちらこそ、お願いします。」

 

 空は確かな意志を胸に、新しい人生の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ここです。」

 

 そう言って松崎が案内したのは、お世辞にも人が住める様な環境ではない瓦礫の山だった。

 しかし、それがすぐに空の勘違いだと解かった。

 松崎が足下のマンホールを2、3回ノックすると、暫くして蓋が重い音をあげて持ち上がる。

 すると、中から年端もいかない少女が顔を出した。

 

「あっ、ちょーろー!」

 

 舌足らずな言葉に空は首を傾げる。

 

「長老は愛称ですよ。」

「なるほど。」

 

 確かに松崎は知的なイメージがあり、まだ年をとっているという程老けてはいないが、白髪とその雰囲気から納得してしまう愛称だった。

 そして、少女は空にも気付き、「あっ!」と再び声を上げた。

 

「彼女が貴方を運んで来た内の一人です。まぁ、中へ入って下さい。」

 

 そう言って、彼は中へ入っていき。続いて空も入った。

 中は空が想像したよりも清潔であったが、長年にわたり染み付いた生活排水のキツイ悪臭がして思わず顔を顰めた。

 

「まぁ、初めては辛いかもしれませんが、発電所からの排水が大抵熱水なので、温かいんですよ。

 こういった環境だと通常は病気になりやすいんですが、彼女の様な子供はガストレアウイルスの恩恵で、こういった環境に対して耐性があるくらいです。」

 

 その話を聞いて、空は先を歩く少女に目を向ける。

 

「彼女も『呪われた子供たち』ですか?」

 

 いや、おそらくそうなのだろう。

 あの年で、入り口のマンホールの蓋を片手で上げる程の力を持った子供はいない。

 

「ええ、彼女はまだ感情の制御が上手くできないんです。赤い眼がばれると厄介なので、外周区のから出ることをまだ許せていません。」

 

 この話が聞こえたのか、少女は少し振り向き口を膨らませていた。

 空はそれを見て笑みをこぼす。

 松崎はその空を安心した様子で見ていた。

 

「さあ、私達はここで暮らしています。」

 

 そこは拓けた空間だった。脇を下水が流れている事と臭いを除けば、十分に生活していける場所だった。そこには簡素な机や椅子等がいくつかあり、本棚まで揃えられていた。

 そして、入り口で会った少女を含め10人の少女達が空に注目していた。

 

「彼女達の面倒を見ています。この子たちが全員ではありませんが。」

 

 空は少女達を眺め一歩前に踏み出した。

 

「今日からここでお手伝いすることになった神代空と言います。

 この中に僕を助けてくれた子がいると聞きました。本当に感謝してます。

 最初は話しかけづらいかも知れないけど、僕は君達と仲良くなりたい。

 これから宜しくお願いします。」

 

 空は一礼した後、少女達の様子を窺った。

 

 一度はシンとしたものの一人の少女が拍手をするとそれが伝播し、地下空間に大きな拍手の音が反響した。

 空は少女達にも温かく迎えられたのだった。

 

 




奪われた世代
ガストレア大戦を経験しており、現在の世界人口の大半がそれにあたる。近しい人をガストレアに殺された者がほとんどで、その影響で『呪われた子供たち』差別主義者が多い。

呪われた子供たち
ガストレアウイルス抑制因子を持ち、ウイルスの宿主である子供。その全てが女性で大戦後から生まれるようになった。赤い目が特徴でガストレアを連想させることが理由に差別の対象となっている。
空がお世話する子供たちもこれに当たり、住んでいる場所からマンホール・チルドレンと呼ばれている。

ガストレアショック
ガストレアに脅かされた経験から、その赤い目に過剰な恐怖を抱く為、呪われた子供たちの目を見ても発症する。
過激な思想や反応から、大戦中呪われた子供たちになって生まれた赤ん坊の殺害が相次いだ。


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力の使い方

「そらにぃ~、遊ぶ!」

「そら兄、ご飯。」

「空兄、長老が今日は帰って来られないって。」

 

 (うつほ)が下水道へ住み着いて1ヶ月。

 完全に空兄(そらにい)呼びが定着し、子供たちも遠慮という言葉を何処かへ捨てて来たらしい。

 空自身はもう気にしていないようだ。

 

 あの後空はすぐに松崎から服を受け取り、「必ずお金は払います。」と言ったものの、「いえいえ、気にしないで下さい。」とあっさり返されてしまった。

 

 この1ヶ月で、東京エリアの情勢や経済から交通にいたるまで多くの知識を得た。

 そして、その情報の中で興味を引かれたのは通称『民警』と呼ばれる、ガストレア専門の警察の様なモノだ。

 ガストレアが絡んだ事件では民警の同伴が必須となる法律が制定された為、立場は警察とほぼ同列。ガストレアに関していえば比べるべくもない。

 ガストレアの駆除は危険を伴う為、しばしば政府から公にされない依頼が持ち込まれる事もあるらしい。

 要するに依頼をこなせば、それなりに儲かるということだ。

 

 しかし、空が惹かれたのはそこではない。

 民警であることを証明する民警許可証だ。

 どうやら民警になる方法は座学と実技の試験に合格すればいいだけらしい。

 

これは、取るしかない!

 

 何故なら、転生及び転移してきた空は身分証明を持っておらず、この先間違い無く必要になる時が来ると思ったからだ。

 その為、時間が空けば外周区を子供たちとランニングしたり、筋トレしたりしていた。

 その甲斐あってか、以前よりも身体が動くようになり、空は次のステップに移ることにした。

 

 

 

 

 皆が寝静まった夜。

 空は気付かれる事無く外周区のより外縁部に移動した。そこが人目につかない場所だからだ。

 これから空が行うのは武器の想像と創造。松崎や子供たちの前でできるようなことではない。

 そして、空は既にどんな武器にするか決めていた。

 

やっぱり、刀だよね。

 

 空は一日本人として刀に興味を持っている。その為、刀での戦闘がある漫画が好きだった。特に刀ひとつひとつに能力があり、様々な刀が登場する漫画BLEACHは空を興奮させた。

 以前、転生前に少年が言った「楽しめる」とはおそらくこの事を言っていたのだろう。

 現に、空はとても嬉しそうに手元に創造した刀を眺めていた。

 デザインはシンプルだが、刀身から柄に至るまで全てを黒で統一し、空にとっては必要の無い鍔を取り除いた形だ。勿論、バラニウム製で欠ける事のない不壊の能力付き。

 今の空はやっと満足な運動ができる程になった程度だが、底上げされた身体能力は既に常人のそれを遥かに超えている。結果、滑り止めの為の鍔は、その超人的な握力で必要無いというわけだ。

 

とまあ、そんなことはいいとして。

 

 空は軽く刀を振り感触を確かめる。そして少しずつ刀身の長さ、重さ、柄の長さ、太さ、を調節し、それを繰り返した。

 

「こんなもんかな?」

 

 完成した黒刀を片手で構える。

 それは月の明かりに照らされ、うっすらと暗闇の中で耀いていた。

 空は満足といった様に一つ頷き、黒刀に銘を付ける。

 

「お前の銘は黒耀(こくよう)だ。

 これから頼りにさせてもらうよ。」

 

まぁ、斬魄刀と違って意思というものは無いから応えるわけないけどね。

 

 武器ができたは良いが、問題はその扱い。当然、空は刀を扱ったことはない。

 そこで考えたのは、自身の学習能力の向上。幸い、感覚が鋭敏化したことで、扱った時の僅かな違和感にも気付くことができる。学習能力を上げることで、自身に合った刀の扱いができるようになるだろう、と考えたのだ。

 

あとは遠距離だよね。一応は銃を持っておくとして、もしもの時はなりふりかまってられないし、ガストレアと戦ったこともないからどれだけの強さかも確認できてないからなぁ。

虚閃(セロ)を使えるようになっておくのもありだね。圧倒的な威力で悪い状況を打破できそうだし。

………使ってみるかな。

 

 空からしたら保険のつもりでやったのだろうが、十数秒後には後悔に苛まれる事になる。

 

 空は指先をモノリス方向へと向け想像する。並外れた感覚で1キロ圏内に人目が無いのは確認済み

 指先から放たれる薄緑色(・・・)の光。被害を出さない様に最小限に威力をとどめ、その事象は一瞬の発光で一発。100メートル先で消失。

 細かく頭の中でシミュレーションをし、それを発現させた。

 

 しかし、空は一つのミスを犯した。虚閃と言われ、人はどんなものを想像するか?モブが扱う様なモノを想像するだろうか?

 現に空は薄緑色の虚閃を想像した。つまりは想像元となったのはあのウルキオラ・シファーの虚閃なのである。それを初めての感覚で最小限にできるものだろうか?通常の威力さえ理解していないのにである。

 

 その結果、想像つくだろう。

 一瞬の爆発的な薄緑色の閃光が空の場所を中心として、暗闇を照らした。同時に轟音が轟き、地面を揺らす。

 放たれた虚閃は威力を除き、空の想像通り100メートル先で消失したようだったが、視線の先には大きく抉れた地面があり、空にはそれをただ呆然と見つめるしかなかった。

 

 暫くすると意識が戻り、焦った結果、足早にその場を去って行った………………虚閃による惨状をそのままにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が虚閃を放った翌朝、東京エリアはいたる所で民警達により喧騒が作り出されていた。

 空が起こした閃光と轟音についてである。

 そんな事とは知らず、本人は今ごろ子供たちに叩き起こされている最中だろう。

 

 その内容というのが、新種のガストレアが東京エリア内に侵入した可能性がある、というものだった。

 空がこれを聞いたら、顔面蒼白ものだろうが、幸いにも一部の民警により外周区の調査が行われるに止まった。

 

 民警といえど常に仕事があるわけではない。

 国際イニシエーター監督機構。通称IISOにより管理された民警の実力を表すIP(イニシエーター・プロモーター)序列が高い程、危険かつ報酬が高い依頼が入る。

 逆に序列が低ければ、依頼が入ったとしても生活の足しにもならない報酬や、最悪依頼が入らないもともかなり多い。

 

 その為、兼業している者も多く、登録している民警の中にも危険を伴うガストレアの駆除に消極的であったりする者もいる。

 それでも東京エリアだけで千組を超えるペアがあり、仕事にありつけるとすれば、大手の警備会社に所属している者か政府から全ての民警に通達される大型依頼のみだ。

 

 そんな民警が政府からの依頼を待ち続けるだろうか?

 血の気の多い民警はここぞとばかりに武装し、外周区へと向かう。

 新種のガストレアがいなければそれまでだが、もしその存在が本当であれば駆除による報酬が期待できる。尚且つ新種ならば、然るべき研究機関に持ち込み駆除報酬以上の追加報酬が払われるはずであるからだ。そして、その働きによっては序列が上がり、それまでより質の良い依頼が持ち込まれる可能性が大きくなる。

 民警達はそういった類いの思惑を持ち、外周区で競うように新種ガストレアの捜索を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は不思議な浮遊感と直後に襲った背中への衝撃で目を覚ました。

 今の空にとっては大した衝撃ではなかったが、大丈夫だと分かっていても危険だということを教えようと思った時、いつもより地上が明らかに騒がしいことに気付いた。

 

 空は元気よく声をかけてくる子供たちに「お早う。」と返し、少し静かにしてもらうよう頼む。

 地上から聞こえる声に集中し、出来る限りの情報を得る。

 

 外周区、閃光、轟音、新種のガストレア、現場の状況。

 これらの情報をまとめると、空はやはり顔を蒼白とさせ背中に冷や汗を流した。

 十中八九自分の虚閃だと。

 

あれ?何か大事になってる。あの後どうしたんだっけ?あの地面は?直したっけ?そもそもいつ寝たっけ?

 

 空の頭の中は混乱していた。

 しかし、事態は空に落ち着かせる隙を与えなかった。

 耳に近づいて来る大小2つの足音が聞こえ、入り口のマンホールの上で止まるのが分かった。その後、蓋がノックされる音が聞こえた。次いで幼い少女の声も聞こえ、民警であることがわかった。

 

 少なくとも外周区での生活の理解者であることが分かる為、普段なら対応するであろうが、いかんせん空には落ち着く時間が必要だった。

 そこで子供たちに再び静かにするように言おうとしたのだが、その子供の数が少ないことに気付く。そして、気付いた時には遅かった。

 

「なにー?」

「民警なんだが、少しいいか?」

 

 空の耳にはっきりと蓋を開けた少女と若い青年と思しき声が届いた。

 

 




民間警備会社
『民警』と呼ばれる。ガストレアが絡む案件は民警が対応する。業務の中枢を担うのは戦闘員で、プロモーターとイニシエーターが1人ずつペアを組んで現場へ派遣される。
「民間」の会社であるため規模は大手から弱小、零細と呼ばれるまで様々。

プロモーター
イニシエーターとペアを組んで戦う民警社員。イニシエーターの指導監督及び戦闘時における指揮が主な役割。
イニシエーターは強い治癒再生能力を持つので急所以外の誤射は致命傷にならないこと、安全な位置から指示を出せること、万一イニシエーターが不審な行動をとった場合でも即刻殺すことのできる位置取りが求められる。その為、プロモーターは後衛を勤めるのが望ましいとされている。

イニシエーター
ガストレアウイルスによる戦闘力の高さを活かし、ガストレアと闘う『呪われた子供たち』。それぞれがガストレア因子の種類に応じて能力が異なっており、戦闘スタイルは様々。
ガストレア抑制因子と侵食抑制剤でウイルスの侵食は抑えているものの、侵食率が50%を超えるとガストレア化する。


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新たなる決意

「相変わらず人使いが荒い社長だ。」

「そう文句を言うでない蓮太郎(れんたろう)

 今回の事件は39区で起きたらしいではないか。故郷である妾にとって聞き込みなど造作もない。」

 

 蓮太郎と呼ばれた青年の隣で、ツインテールの少女が腰に手を当て胸を張る。

 蓮太郎はその少女に目を向け、深いため息をつく。

 

「そうは言うがな、延珠(えんじゅ)。地道に聞いて回ってはいるが、皆大人数の民警にビビって全然話聞けねぇじゃねえか。少しは情報を得られると思ったんだがなぁ。」

「ふむ、やはり蓮太郎の顔がいけないのか?いや、おそらくその死んだ魚の様な目がいけないのだ!」

「何でそこで、気付いた!みたいに俺の目を揶揄してんだよ!」

「心配するな、蓮太郎。そんな顔でも妾は愛しているぞ!」

「嬉しくねぇ!」

 

 蓮太郎は苛立ちを抑える様に頭を掻く。

 

「しかし実際、諦めるにはまだ早すぎるぞ。

 それにこのまま帰れば、おそらく木更(きさら)は納得しない。」

 

 蓮太郎は笑顔で居合いの構えを取った長髪で黒い制服姿の女性を思い浮かべ、再び深いため息を吐いた。

 

「しょうがない、最後に奥の方へ行ってみるか。

 もし次で情報を得られなければ、潔く引き上げよう。」

 

 そう言って2人は騒ぎの現場からそれほど遠くはない39区の最奥部まで移動した。

 蓮太郎はそこでマンホールに目を付け、蓋を上からノックする。

 蓮太郎は『呪われた子供たち』に対し忌避感や嫌悪感は無い。現実に目を向け、外周区の人々から目を逸らした事も無く、子供たちが隠れる様な場所も大体把握していた。

 

「誰か居らぬのか?」

「………やっぱり、駄目か。」

 

 延珠も声を掛けるが、数秒待って返事が無い。

 おそらく、ここはいないか、また避けられているのだろう、と蓮太郎は考えた。

 蓮太郎は「しょうがねぇ。」と社長に文句を言われる事を覚悟し、その場を立ち去ろうとしたのだが、蓋のズレる音がして思わず、延珠と顔を見合わせる。

 マンホールに目を向けると蓋がゆっくりと持ち上がり、その隙間から赤い目が覗いていた。

 

「なにー?」

 

 蓮太郎は言葉を発しそうだった延珠の口を塞ぎながら口を開いた。

 

「民警なんだが、少しいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着け。落ち着け。大丈夫、いつも通りに平静を保って、焦る必要は無い。相手は話を聞きたいだけ。相手の質問に対して「知りません。」と言えば良いだけなんだ。子供にだってできる簡単な事じゃないか。そんな簡単な事僕にできないはずがない。

 

 空がそんな事を考えている内にその民警はやって来た。

 こんな所でこんな人数が生活していることに多少の驚きがあるのだろう。

 周りを見回し、意外そうな顔をしていた。

 

「慣れれば住みやすい場所ですよ。」

 

 空は1カ月前松崎が言っていた言葉をそのまま口にする。

 

「えっと、アンタがそらにいって奴か?」

「知りません。」

「………。」

「………。」

 

やってしまった。

 

「えっと、違うのか?」

「違わないです。すみません。」

「何で謝るのだ?」

「なんとなくだよ。」

「まぁ、だったら話を聞きたいんだが?」

 

 空は内心の焦りをなんとか誤魔化す。

 

「じゃあ、お茶でも淹れますよ。椅子に掛けて待っていて下さい。」

「いや、そういうのいいよ。話聞いたらすぐ帰るから。」

 

 そう言われるも、空は準備を始める。

 個人的な時間稼ぎが目的な為、耳を貸さないのは当然だろう。

 

ただ、流石に少し落ち着いた。

これなら大丈夫そうだ。

 

 お茶をお茶菓子と一緒に蓮太郎達へ差し出し、空は話を促した。

 

「悪いな。」

「いいえ、それで聞きたい事とは?」

 

 蓮太郎に促したつもりだったのだが、先に反応したのは延珠だった。

 

「お主、目は見えておるのか?」

「ああ、これかい?」

 

 空は自身の目元に巻いた布を少しずらし、問題無いことを示す。

 

「少し前まで調子が悪かったんだけど、今はもう大丈夫だよ。」

「では何故外さないのだ?」

「子供たちと出会った時に着けてたものだから、毎日着けるように言われてね。

 もうこれが習慣というか、無いと落ち着かなくてね。

 布自体は薄いから生活にそれほど支障はないよ。」

「そうなのか。」

 

 なるほどと頷く延珠の次は蓮太郎が口を開いた。

 

「自己紹介が遅れてすまない。

 俺は里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)。で、こっちが………。」

「妾は藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)という。」

「まぁ、コイツとペアで民警やってる。」

 

 蓮太郎はそう言って民警のライセンスを空に差し出した。

 

「年は僕と同じくらいですね。

 僕は神代(かみしろ)(うつほ)といいます。

 子供たちからはそれで、空兄って呼ばれてます。」

 

空は空中に空の文字を書きながら笑う。

 

「彼女達の面倒はアンタが?」

「そうです。と言っても僕はただのお手伝い。今はここにいませんが、元々面倒みていた方がいます。」

「そうか。」

 

 蓮太郎はお茶を一口飲むと、本題に入った。

 

「それで聞きたいことなんだがな。

 昨晩、この近くで謎の発光と轟音で騒ぎがあった。それに関することで何か知っていることはないか。」

 

知ってる、以前に当事者なんだよなぁ。大事になった以上、すみませんでは済まされないだろうし。

 

「………残念ですが、分かりませんね。

 私も音には気付きましたが、流石に原因までは。」

「いや、いいんだ。こっちもそう簡単に調べがつくと思ってないからな。

 ところで、アンタはどうしてここに?」

 

 空自身聞かれるだろうなぁ、と予想していた質問。

 

「簡単な事です。僕は子供たちに助けられた。この世界が彼女達に厳し過ぎる。だから、僕が子供たちの助けになりたいと思ったんです。」

 

 勿論、答えを準備したとはいえこれは空の本心。

 相手に伝われば良いなぁと考える程度の言葉に蓮太郎は、想像以上の反応を見せた。

 

「アンタみたいな人がいてくれて嬉しいよ。」

 

 空と会って初めて蓮太郎は笑った。

 それを見て空も微笑む。

 この人は優しい人なのだと。

 

「それじゃ、俺達はそろそろ帰るよ。

 お茶、ありがとな。」

「いえいえ。延珠ちゃんもウチの子たちと仲良くなったようですし、ぜひまた来て下さい。」

 

 蓮太郎が立ち上がると、空の耳が初めは気付かなかった、微かな機械音を捉えた。

 

「ん?」

「?どうかしたのか?」

「………いや、すみません、何でもないです。」

 

 空は気のせいだと思い、子供たちの方へと目を向ける。

 延珠と子供たちは何やら天誅ガールズというアニメの話で盛り上がっている様だ。主に延珠が話しているが、他の子供たちも興味津々に話に集中している。

 何がそこまで興味を引いたのだろう。

 

「延珠!そろそろ帰るぞ!」

「うむ!では皆のもの、今度来た時はまた新しい話を持ってくるぞ。」

「ばいばい。」

「じゃーね、延珠ちゃん。」

 

 それぞれ別れの挨拶を済ませ、延珠は蓮太郎に駆け寄る。

 

「あぁ、一応俺の連絡先を渡しとくから、もし何かあったら連絡して欲しい。」

「それくらいなら、」

 

 空が快く申し出を了承しようとした時、空の耳が地上の離れた場所から響く銃撃音を捉える。

 その銃撃音は次第に激しくなり、所々で叫び声も聞こえ始めた。

 疑問符を浮かべた蓮太郎だったが、大きくなった銃撃音を延珠が捉えたらしく、蓮太郎へそれを告げていた。

 

「すまない、地上で何かあったらしい。

 危険だからアンタ達は出ないようにしておいてくれ。

 行くぞ、延珠!」

「うむ!」

 

 2人はまともな別れも告げずに駆け出していった。

 

なんとも忙しない。

多分、ガストレアかもしれないけど。銃撃と剣戟の音を聞く限り、複数いるみたいだ。

当たり前に危険が近くにあるのだと実感させられてしまうね。

………人が死ぬのは分かっていても、やっぱり嫌だと思うのは仕方のないことなんだろうな。

 

「皆、聞いたね?

 絶対にここから出ないように。マンホールがノックされても出ちゃ駄目だよ。

 僕は長老が心配だから、様子を見てくるよ。」

 

 松崎が外周区にいないを空は知っており、これは口実。

 心配そうに見つめる子供たちをありがたく思いながら微笑み、一番小さな少女の頭を撫でる。

 

「大丈夫、危ない事はしないから。」

 

 そう言って、空も地上へ向かう。

 

僕はそれでもこの世界を理解しないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい戦闘が外周区で繰り広げられており、遠巻きから空はその様子を眺める。

 遠巻きとは言うが、その距離は1キロ以上、その姿は銃撃の鳴る方向をただ見ているようにしか見えない。

 それでも集中している空にはその戦闘がはっきりと見え、聞こえていた。

 

やっぱり、被害がゼロとはいかないんだね。

 

 戦闘の傍らで無残に倒れたソレを視界に収め、何度吐き気を催したことだろう?

 脳が何度その映像を拒絶し、この場から離れようとしたのだろうか?

 あまりにも簡単に消えていく命をどういう想いで見つめれば良いのだろうか?

 それは誰にも分からない。分かるはずがない。この世界ではこれが当たり前なんだから。

 

だから、僕は目を離してはいけない。この現実から。

これが僕の新しい世界なんだと理解しなければいけない。

どれだけの力があろうと、全ての人間を助けることはできない。

だからといって助ける存在を選ぶのか?

それは最低だ。

じゃあ、何故彼らを助けない?

僕の力は強大過ぎる。まだ、ちゃんと扱えない。

それは言い訳だ。

そうかもしれない。だけど、今はまだ無理だ。

では、見殺しにすると?

今の僕が行っても助けられるとは限らない。

だったら、どうする?

 

「僕はもっと強くなる。

 この身体も力も、もっと使いこなせるようになってみせる。」

 

その後は?

 

「全ての人は無理でも僕の手の届く範囲だけでも救えるようになりたい。」

 

我が儘だね。

 

「そうだね。それでも、それが僕だ。それが僕の意志だ。」

 

 空は自分に言い聞かせるように決意した。

 何者でも無い、自分の意志を掲げ、空はまた一歩踏み出した。

 

 やがて戦闘音は止み、空はその方向から鉄分を含んだ血の匂いが鼻腔に漂ってきた気がした。

 

「ごめんね。」

 

 空は小さく呟き、子供たちの元へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに1ヶ月

 物語は動き始める。

 

 




バラニウム
ガストレアの再生力を阻害できる金属。ガストレアをまともに攻撃できる唯一の手段であり、刃物や銃弾に加工される。
大量のバラニウムは近づくだけでガストレアを衰弱させる磁場を発生する。

モノリス
エリアを等間隔で囲うバラニウムの石板。東京エリアのものは幅1km、高さ約1,6kmある。無数のブロック体バラニウムを積み重ねた集合体。本来100m積めば通常のガストレアは侵入できない。しかし、過去に超高高度から飛来したガストレアによりパニックに陥った為、1,6kmまで積み上げた。


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登場人物紹介

今後、書き加えていきます。
一章直前


神代(かみしろ)(うつほ)

身長169cm

体重55kg

病弱だった身体が原因で死亡した16歳。

神様と思わしき少年に導かれ、ガストレアと呼ばれる異形が蔓延る危険な世界へ丈夫な身体と強大な力を持って転生転移を果たす。

BLEACHのウルキオラが好きで服装は白を基調とした物を着て、武器は基本的に素手か刀。遠距離や巨大な敵には虚閃(セロ)を使うつもりでいたが、試験的な発動で失敗。騒動を起こした。

顔立ちは整っているが、目元に布を巻いており、完全に不審者。髪は蓮太郎よりも少し長く黒髪。身体は肌が病的に白く、鍛えてはいるがかなり細い。

ぶっちゃけ、人間味のあるウルキオラだと思ってもらったら早い。

主観か年下に対しては柔らかく、崩れた口調で、同年かそれ以上の相手になると常に丁寧な口調になる。

元から飲み込みが早かったのが、学習能力の向上で大抵の事ができるハイスペックになった。

理不尽な事が嫌いで転生直後は外周区で助けられた松崎に共感し、『呪われた子供たち』の世話をすることに。

そこで自分の人生を考え、転生の際に貰った力を守る為に使おうと決意する。

他人の成長を見ると嬉しくなり、自ら成長を促すようになる。

 

 

里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)

身長174cm

体重62kg

天童民間警備会社のプロモーター

IP序列12万3452位

勾田高校に通う16歳

天童式戦闘術初段と40口径仕様のDX拳銃を使用。

整った顔立ちだが、他人からは「不幸顔」と揶揄される。口調の乱暴さに反し、誠実で世話好きな性格。

 

 

藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)

モデル・ラビットのイニシエーター

蓮太郎の相棒

超人的な能力を秘める、ちょっとオマセな10歳。

靴底に仕込まれたバラニウムと脚力を加えた蹴りで戦闘する。

 

 

天童(てんどう)木更(きさら)

天童民間警備会社の社長 16歳

名門・天童家の娘だったが、とある事情で家出し、自活する元お嬢様。

天童である最後のプライドでお嬢様学校である、美和女学院に高い学費を払って通い続けている。

天童式抜刀術の免許皆伝の剣鬼。しかし、腎臓の持病で人工透析を定期的に受けている影響から長時間の戦闘はできない。

 

 

松崎(まつざき)

第39区で呪われた子供たちの面倒を見ている初老の男性。

呪われた子供たちがいつの日か自由に街中で生活できるように学問や赤い目を抑える為の感情のコントロールなどを教えている。

転生したばかりの空を助け、その後共に子供たちの面倒を見る。

空が目標を見つけたきっかけになった人物。

 

 



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一章 神を目指した者たち
天童民間警備会社


原作突入。




 春先。

 茜色の空が薄暗くなる頃、1人の青年が奇異の目に晒されてスーパーからの道を帰宅していた。

 服装は白を基調としている以外は特にそれほど注目する点は無いが、その青年の目元。目を隠すように巻かれた黒く長い布。それなのに当たり前の様に歩く姿。

 目立たないのも無理はない。

 

「別にいちいち買わなくても、作れるんだけどね。

 松崎さんからお金貰ってるから、しようとは思わないけど。」

 

 そんな青年神代(かみしろ)(うつほ)はそれらの視線を気にした様子もなく呟く。

 

「それにしても、今日がセールだったなんてツイてたね。」

 

 安く買うことができたもやしと、その他の食材を袋一杯に詰め外周区を目指す。

 すると前方から見覚えのある顔が2人自転車で走って来ているのが見えた。

 

「おお!空ではないか!壮健か?」

「悪いな空!スーパーのタイムセールに遅れそうなんだ!また今度な!」

 

 そう言って、延珠(えんじゅ)蓮太郎(れんたろう)は自転車を走らせ、消えていった。

 

「相も変わらず、忙しない。」

 

 若干呆れながらも空は口元に笑みを浮かべる。

 1カ月前に蓮太郎達と知り合った後、何度か顔を合わせ、時には晩御飯を一緒にしたりと良い関係が築けている。

 あの外周区での戦闘に蓮太郎は参加していなかった。というよりも、間に合わず参加できていなかったと言った方が正しいのだろう。

 本人はそれを嘆いていたが。

 

 その後の空の個人的なニュースといえば、民警許可証(ライセンス)を手に入れたことだろうか。

 しかし、ペアとなるイニシエーターは未だ決まっておらず、本格的な活動と言える活動はまだできていない。

 空は事前にリストアップされたイニシエーター候補を見たのだが、どうしても1人だけを選ぶということができずにいたのだ。

 

 いっそのこと1人でも、と何度も考えたが、それでは民警としての仕事が得られず、いつまでたっても居候となってしまう。

 だからといって、適当に選ぶことはできない。

 イニシエーターが空にとっては悩みの種になっていた。

 

どこかの会社に入るにしろ、同じ理由で駄目だろうし。

子供たちの事もあるし………やっぱり、無理だよね。

 

 結局、空は今日も住みかに着くまで脳内議論を続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空君、少し良いですか?」

 

 その日の夜、空は松崎に呼ばれ、子供たちの居住スペースから少し離れた通称長老室と呼ばれる場所へと初めて招かれた。

 

「何でしょうか?」

「………空君は今、何かに悩んでいるのではないですか?」

 

 この言葉に空は内心ドキリとした。

 しかし、それをなんとか顔には出さずに平静を保っていた。

 それでも、次の言葉でハッとすることになった。

 

「もし、私達の事で悩んでいるのであれば、気にしなくて良いです。」

 

 空は驚愕の表情で松崎を見つめる。

 

「貴方は2ヶ月という短い時間ではありますが、あの子たちへの良い刺激になった。あの子たちは貴方から学び、吸収し、成長しました。

 貴方はもうあの子たちの先生なんです。

 確かにまだ幼く心配なのは分かります。それでも信じてあげることも大切です。

 そして、私に恩を感じているようですが、私はそれ以上に貴方に助けられたと感じています。十分貴方は恩を返しています。

 大丈夫、貴方がここを離れようと、ここは貴方の家なんです。いつでも帰って来ればいい。私達の繋がりまで離れることはありません。」

 

 そう言った松崎の表情はやはり優しく微笑んでいた。

 

「はい。有り難う御座います。」

 

 空は深く頭を下げ、心から感謝を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺の所か?」

「そうです。」

 

 空は蓮太郎の部屋で蓮太郎と向かい合い笑顔を浮かべていた。

 

「まぁ、ぶっちゃけた話、蓮太郎君の会社で雇ってもらおうと思いまして。」

「ぶっちゃけ過ぎだ!

 大体、今何時だと思ってるんだ!」

「1時です。」

「夜中のな!!」

「延珠ちゃん、起きちゃいますよ?」

「誰のせいだ!」

「ほら、また。」

 

 蓮太郎は怒鳴り疲れたのか、大きく息を吐いた。

 

「まぁ、前世話になった分、正直断りづらいのもある。

 一応、聞いてはみるが、あんまり期待はしないでくれよ。」

「ええ、それで構いません。」

 

 蓮太郎が携帯を取り出し、電話をかける。長いコール音が1分程続き、漸く相手に繋がった。

 

『里見君!今何時だと思ってるの?!』

 

 携帯からは女性の怒鳴り声が聞こえてきた。

 その声の主が社長なのだろう。蓮太郎は顔を顰めながらも空の事を説明していた。

 暫くすると、蓮太郎が空へ携帯を差し出した。

 

「社長は大層機嫌が悪い。

 認めてもらうのは難しいと思うぞ。」

 

 空はそれを受け取り、耳に当てる。

 

「もしもし?」

『貴方が入社を希望する?』

「はい。神代空といいます。」

『じゃあ、貴方を雇うメリットを言って。』

「家事から雑務まで何でもこなします。

 給料は要りません。食事代は私が出します。」

『………デメリットは?』

「僕が寝泊まりできる場所を下さい。」

『採用!明日、事務所に来なさい。

 じゃあ、里見君に代わって。』

「はい。有り難う御座います。」

 

 そう言って空は蓮太郎へと携帯を返す。

 

「お前、それで良いのか?」

「はい。」

 

 蓮太郎は携帯を代わると、さっきとは異なり、かなり褒められている様だ。

 完全に生返事になっているが。

 

 やがて蓮太郎は携帯を切ると空に向き直った。

 

「明日の朝、事務所に連れていく。俺は学校があるから早めにここを出る事になるが、良いか?」

「ええ。問題無いです。」

「まさか、電話で採用が決まるとはな。

 まぁ、これからはお互い社員として頑張ろうぜ。」

「はい。宜しくお願いします。」

 

 そう言いながら空は丁寧に頭を下げる。

 

「まだ肌寒い。毛布くらいは貸してやるから。」

「有り難う御座います。」

 

 毛布を受け取ってそれを羽織り、空は座って眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、空が居ることについて延珠が騒がしかったが、同じ民警会社で働くと知ると嬉しそうにはしゃいでいた。

 そして、約束通り蓮太郎の学校が始まる2時間も前には家を出て空がお世話になる天童(てんどう)民間警備会社を目指す。

 

「やっと、妾にも後輩ができたのだ!」

「宜しくね、延珠先輩。」

「おぉ~!聞いたか蓮太郎!」

「朝っぱらから、うるせぇな!頼むから静かにしてくれよ!俺は寝不足で少し疲れてんだよ。」

「大丈夫ですか?」

「その原因を作った奴がお前でなけりゃ、その言葉を素直に受け取れたのにな。」

 

 そんなやり取りをしながら、歓楽街へやがてはそこを抜け4階建ての雑居ビルに着いた。

 

なんとも物々しい建物だね。

1階はゲイバーに2階がキャバクラ、3階が事務所だけど4階が東京信金?予想なんだけど、闇金とかじゃないよね?

 

「思うことはあるだろうが、ここの3階だ。」

 俺はもう行くが、昨日話した社長、木更(きさら)さんがいるはずだ。」

「分かりました。」

「学校が終わったら、また来るのだ!」

「うん。行ってらっしゃい。」

 

 空は蓮太郎が行くのを見送り、ビルの脇にある階段を上り、3階へ。

 

警備会社としてこの立地はどうなんだろう?

 

 疑問に思いながらも入り口の扉をノックする。

 

「すみません、本日からこちらで雇って頂く神代ですが。」

 

 すると、すぐに中から「入って。」と声が掛かった。

 空はが入ると正面に執務机でパソコンを操作する黒いセーラー服の麗人がいた。

 昨夜の電話で若いことが分かっていたとはいえ、まさか学生だったとは空も予想していなかった。

 その少女は手元の書類を繰りながら、次々とキーボードで入力していく。

 

 手持ちぶさただった空は無難にお茶を淹れその机の脇へ置いた。

 それを少女は一瞥する事もなく手に取り口へ運ぶ。

 

「少し熱いですよ。」

 

 空がそう言うと、少女はお茶を持った手を止めて息を吹きかける。その後一口流し込み、それを置いた。

 それから10分程してキーボードを叩くの音が止み、少女が空に目を向け、口を開いた。

 

「貴方が神代君?」

「はい。」

「お茶ありがとう。

 私は天童(てんどう)木更(きさら)

 ここ天童民間警備会社の社長よ。

 それで聞きたいことがあるんだけど?」

「何でしょう?」

「その目元の布は何?」

「特に意味ありません。

 していないと子供たちに色々言われるので、今では自然に。」

 

 空は多少面倒だと思いながら、ざっくばらんに説明した。

 

「不便じゃないの?」

「少しも。」

「ならいいわ。

 早速だけど仕事よ。この資料を頭に叩き込んでおいて。今日中に。

 ここは好きに使っていいから。

 ああ、晩御飯を宜しくね。私はビフテキが食べたいわ。

 何かあったら電話するから、呼んだらすぐに来て頂戴。

 それじゃ!」

 

 木更は鍵を空に投げ渡し、そそくさと事務所を出て行った。

 

「蓮太郎君の苦労が分かった気がする。」

 

 誰もいなくなった室内で空は同情するように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎が通学している勾田高校で4時間目が終了したチャイムが鳴り響いた。

 それと同時に、蓮太郎の懐で携帯電話が震える。

 その名前を確認しげんなりしたものの、10コールして最終的に根負けした。

 

「何だよこんな時間に。社長。」

『仕事してないときは社長って呼ばないで。まあ、仕事の話で電話したんだけどね。

 とりあえず、一緒に防衛省まで来て。』

「は?」

 

 蓮太郎は校門へ目を向けると、黒色のリムジンが止まっているのを見つけて思わず息を飲む。

 

「チッ、わーったよ行くよ。」

『急いで頂戴ね。』

 

 蓮太郎は校舎の入り口で待っていた木更に連れられ、リムジンに乗る………ことなく通り過ぎた。

 

「おい……ニセお嬢様。」

「知ってる里見君?リムジンって電話一本で呼べるのよ。」

「イタ電かけたのかよっ!」

「大丈夫。ちゃんと鼻つまんで偽名名乗っておいたから。」

「じゃあ、どうやって防衛省まで行くつもりだったんだ?」

「大丈夫、ちゃんと呼んであるわ。」

 

 言い合っていた蓮太郎達の横へ1台のタクシーが停まり、助手席から空が顔を出した。

 

「社長、お待たせしました。」

「ご苦労様、神代君。

 それじゃ里見君、行くわよ。」

「お、おう。」

 

 2人がタクシーへ乗り込むと、防衛省へ向かって走りだした。

 

「ねぇ神代君、何か食べ物持ってない?」

「もしかしたらと思って、サンドイッチ作ってきました。」

「ありがとう!既に里見君より使えるわね貴方。」

「悪かったな!」

「蓮太郎君の分もあるけど?」

「………サンキュ。」

「どういたしまして。」

 

 ………空の人間関係は良好の様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空達3人は庁舎の入り口で名前と社名を告げると、庁舎の中へ案内された。

 エレベーターに乗り込むと空は感知した情報を木更と蓮太郎へ耳打ちする。

 

「会議室と思われる部屋には30以上の席があり、僕達以外にも民警が多数。おそらくは護衛でしょうが。」

「木更さん、こいつは……。」

「ウチだけが呼ばれてたわけじゃないだろうと思ってたけど、流石にその数は予想してなかったわ。

 というより、何でそんなことが分かるの?」

「そんなことよりも、ドア開きましたよ。」

 

 木更の質問をすげなくかわし、案内する職員へついていく。

 第一会議室とある扉の前で職員は小さな会釈をして去って行った。

 空は木更に代わり扉を開くと、2人を中へ促した。

 

「まるで執事だな。」

「それもいいかもしれませんね。」

 

 冗談を蓮太郎と言い合い、木更の後に続く。

 中には空の情報通り、指定席に座る各民警の社長と、その後方には見るからに荒事専門という厳つい連中が控えていた。

 

さて、一体これから何が始まるのかな?

 

 空と蓮太郎が部屋に足を踏み入れた瞬間、中にいた人間達の雑談がぴたりと止まり、殺気の籠った視線が2人に突き刺さる。

 

「おいおい、最近の民警の質はどうなってるんだ?ガキまで民警ごっこかよ。部屋ぁ間違ってるんじゃないのか?

 社会科見学なら黙って回れ右しろや。」

 

 控えていたプロモーターの内の1人が聞こえよがしにがなりながら、こちらに近づいてきた。

 威圧感のある大柄で髪を逆立てた男だ。口元はドクロパターンのフェイススカーフで覆っており、10キロ以上はあろうかという、肉厚長大なバスターソードを背中に携えている。

 蓮太郎は木更を庇うように前に出ようとしたのだが、

 

「ストップ。」

 

 それを空が制服の襟を引っ張ることで阻んだ。

 そのせいで蓮太郎は無様に背中から倒れてしまう。

 

「何すんだよ空!」

「それはこっちの台詞です。

 蓮太郎君、今喧嘩腰に話すところでしたね?

 解ってるんですか?ここで問題を起こしたら、最悪説明を聞く前に出ていく事になるんですよ?」

「そうよ里見君、こんなのに構っちゃ駄目よ。目的を忘れないで。」

「おいクソアマ、今なんつったよ!」

 

 なんて沸点が低いんだろうと思っていた空はその男の社長へ視線を送る。

 そろそろどうにかしてくれ、と。

 

「やめたまえ将監(しょうげん)!」

 

 空の思いが通じたのだろうか、彼の雇い主は空達へ助け船を出した。

 

「おい、そりゃねぇだろ三ヶ島さん!」

「いい加減にしろ。そこの彼が言ったことはこちらも同じだ。

 この私に従えないのであれば、今すぐここから出て行け!」

 

 将監と呼ばれた男は空と蓮太郎を一瞥した後「へいへい」と言って引き下がった。

 

 木更は小さく頭を下げ、三ヶ島も応えるように会釈した。

 木更は準備されていた『天童民間警備会社様』のプラスチックプレートが置かれた背もたれの高い椅子に腰掛けた。

 その後、空の口から淡々と先程の男についての情報が紡がれ始めた。

 

伊熊(いくま)将監(しょうげん)

『三ヶ島ロイヤルガーター』所属。

『IP序列』は1584位。」

「おそらくね。って何で神代君は知ってるの?」

「大手の民間警備会社のプロモーターとイニシエーターは多少調べておきました。」

「スゲーなお前。」

「本当に何者。」

 

 空の非常識さに驚愕する2人に空は笑顔を向ける。

 

「今は大抵のことができる秘書兼執事といったところでしょうか。」

 

 2人はその言葉が冗談ではないのでは?と、神代空という人間が解らなくなってきていた。

 

「それにしても、1000番台か………。」

「ちなみに里見君、君と延珠ちゃんのIP序列覚えてる?」

「よくは覚えてねぇけど……12万ちょいくらいだったか。」

「正確には12万3452位です。」

「……もう驚かねぇ。」

 

 木更はわざとらしくため息ついて見せ。

 

「イニシエーターはとても優秀なのに、ウチのプロモーターはお馬鹿で甲斐性無しで私より段位が低くて、おまけにどうしようもなく弱いのよねぇ。」

 

 木更の言葉に蓮太郎は気まずい表情を見せる。

 

「大丈夫だよ、蓮太郎君。

 僕はイニシエーターがいないから番外だよ。」

 

 しかし、この言葉が木更の添加で、追い討ちをかける。

 

「でも、神代君は民警になったばかりで、言葉遣いや記憶力、戦闘はまだ見てないけど、現時点で里見君、総合的に負けてるわよ。」

 

 決定的な打撃を受け、肩を落とす蓮太郎。

 

蓮太郎君、頑張れ。

 

 空は内心エールを送りながら蓮太郎を引っ張って壁際へ下がり、足音が近づく扉へ目を向けた。

 そこから自衛官の制服を着た人間が部屋へ入ってきて、室内を見回した。

 

「ふむ、空席1、か。」

 

 見れば確かに、木更の座る席の6つ隣、『大瀬フューチャーコーポレーション様』というプレートの席だけが空いていた。

 

「本件の以来内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることができないことを先に言っておく。」

 

 案の定、この言葉を聞いて席を立つ者は1人もいなかった。

 

「よろしい、では辞退は無しということでよろしいか?」

 

 自衛官の男が念を押すように全員を順番に見渡すと、「説明はこの方に行ってもらう。」と言って身を引いた。

 すると突然、自衛官の背後の奥にあった特大パネルに1人の少女が大写しになる。

 

『ごきげんよう、皆さん。』

 

 木更を含め他の社長達も勢い良く立ち上がる。

 壁際に控えた民警達も信じられないような瞳でパネルを見つめていた。ただ1人を除いて。

 

 




国際イニシエーター監督機構
略称IISO。呪われた子供たちをイニシエーターとして訓練し、プロモーターとの選定、序列の管理を行っている。
イニシエーターとして登録されている者には侵食抑制剤が配布される。

イニシエーター・プロモーター序列
略称はIP序列。全世界のイニシエーターとプロモーターのペアを、戦力と戦果で序列付けしたもの。
全体が70万以上いる民警ペアの中で100位以内のイニシエーターには二つ名が付き、序列が上がるごとに「擬似階級の向上」や「秘密情報へのアクセス権」などの特権が与えられる。


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滅亡の使者

タイミング悪いなぁ。

国家元首様の話を遮るわけにはいかないし、いつでも動けるようにしておくしかないね。

 

 空はパネルに写った純白の少女、聖天子(せいてんし)に目を向けながら現在進行形で近づく怪しい2人を感知していた。

 

足音の反響からして大人と子供。プロモーターとイニシエーターの可能性は高い。

少し前に足音が消えたり、テンポが変わったりしたから何人か犠牲になったかもしれないなぁ。

ホントこんなことしてる場合じゃない気がするね。

 

『楽にして下さい皆さん、私から説明します。』

 

 その言葉を聞いて着席するものの、皆緊張の面持ちを崩していなかった。

 

『といっても依頼自体はとてもシンプルです。

 民警の皆さんに依頼するのは、昨日東京エリアに侵入して感染者を1人出した感染源ガストレアの排除です。もう1つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収して下さい。』

 

 ELパネルに別ウィンドウが開かれ、ジュラルミンケースと今回の報酬であろう金額がポップアップさせられた。

 その額10億円。

 あまりにも高額な報酬に周りの社長達は驚き、疑問を持った木更が手を挙げた。

 

 空は顔をパネルに向けたまま、意識は今会議室に入ってきた2人に向けていた。これ程近づけば、目を向けなくとも空には姿形がはっきりと分かった。

 タキシードにシルクハット、笑顔を浮かべた仮面とふざけた格好をした長身の男。もう1人はドレスを纏い腰に小太刀を2本携えた少女。

 

 男はゆっくりと空席へ近づき、座って足を組んだ。まるで、初めからそこに存在していたかのように。

 少女はその席の後ろで立ち止る。

 聖天子の話はケースの中身を教えることができないという内容だった。

 木更はそれに納得がいかず、最終的にはペナルティを承知の上でこの件から手を引く気でいるようだ。

 

「そんな不確かな説明でウチの社員を危険にさらすわけにはまいりませんので。」

 

 木更と聖天子の視線が肌がピリピリする程交錯し、沈黙が降りる。

 そのタイミングを待っていたかのようにタキシード姿の男が動いた。

 突如、部屋中に響く程の笑い声を上げ一気にこの空間を支配した。

 

『誰です。』

「私だ。」

 

 全員の視線が突然現れたかの様に見えた男に集まった。

 空もそのフリをする。

 今は変に目を付けられたくないからだ。

 

「お前は……そんな馬鹿な!」

 

蓮太郎君は知ってるみたいだけど、マズイなぁ。

2人の侵入に気付いたのが僕だけだなんて。

実力差がありすぎて、何かあった時に全員守るのに苦労しそう(・・・・・)だ。

 

「私は蛭子(ひるこ)蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)という。

 お初にお目にかかる無能な国家元首殿。」

「お前っ!どっから入って来やがった!」

 

 蓮太郎は木更の前に出て銃を構える。

 

「フフフ、その答えは正面から堂々と、と答えるのが正しいだろうね。もっとも、小うるさいハエみたいなのがいたから、何匹か殺させたけどね。

 丁度良いので紹介しよう。小比奈(こひな)おいで。」

「はい、パパ。」

 

 黒いドレス姿の少女も動き、机の上に立った影胤の横へ移動する。聖天子の方へ優雅に一礼すると自己紹介を始めた。

 

蛭子(ひるこ)小比奈(こひな)、10歳。」

「私のイニシエーターにして娘だ。

 今日は私もこのレースにエントリーすることを伝えに来た。」

「エントリー?なんのことだ。」

 

 蓮太郎が全員の疑問を代表して投げ掛ける。

 

「『七星の遺産』は我らがいただく。」

「七星の遺産?なんだよ、それ。」

「あのジュラルミンケースの中身だよ。」

 

 影胤は不気味に嗤うと、両手を大きく広げた。

 

「諸君っ!ルールの確認をしようじゃないか!

 私と君たち、どちらが先に感染源ガストレアを見つけ、七星の遺産を手に入れられるかの勝負といこう。手に入れるには感染源ガストレアを殺せばいい。

 掛け金(ベット)は君達の命でいかが?」

 

あれは挑発、誘いだ。

乗る必要は無いんだけど……乗っちゃう人がいるんだよなぁ。

 

「黙って聞いてりゃ、ごちゃごちゃと。」

 

 押し殺した声の主は伊熊将監だ。

 

「ぶった斬れろや。」

 

 必殺の間合いで振られた巨剣だったが、弾けるような雷鳴音がしたと思うとあさっての方向へと弾き飛ばされる。

 

「なっ!」

「ざーんねん!」

 

 空の耳ははっきりと捉えた。影胤の体内から聞こえる稼働音を。

 

「下がれ、将監!」

 

 三ヶ島の一喝に意図を汲んだ将監が後退する。

 その時を見計らっていたかのように、集まっていた全ての社長とプロモーターが自衛用の拳銃を抜いて一斉射撃を開始した。

 

「2人とも撃たないで下さい。」

 

 蓮太郎も木更も卒然の空の声と手に止められ、困惑の表情を浮かべる。

 

「撃っても無駄です。見て下さい。」

 

 

 再び雷鳴音と共に3人にはハッキリと青白い燐光が銃弾を阻んでいるのが見えた。

「あれは……?」

「アイツの剣はこれに弾かれたのか。」

 

 やがて銃弾の雨は止み、中心の2人は変わらず立ったままだ。

 

「その通り、無駄だよ。

 斥力フィールドだ。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる。」

「バリア?」

「そう、ただこれを発生させるた為に内臓のほとんどをバラニウムの機械に詰め替えているがね。」

「機械……だと?」

「つまり、昨日の私は全く本気ではなかったというわけだ。すまないね。

そして、名乗ろう里見くん、私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ。」

 

 三ヶ島が驚きに目を見開く。

 

「……ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊?実在するわけが……。」

「信じるか信じないかは君たちの勝手だ。」

 

 影胤が不気味に嗤うと、空の耳が再び稼働音を捉えた。

 次の瞬間阻まれていた銃弾が全て弾き返される。

 咄嗟に蓮太郎は木更を押し倒し、床に伏せる。

 弾は会議室のいたるところへ穴を空け、白煙を上げた。

 しかし、弾は奇跡的に(・・・・)誰にも当たることがなかったようだ。

 

「フム、君たちは運が良かったみたいだ。

 まあ、それも一時の幸福かもしれないけれどね。

 絶望したまえ、民警の諸君。滅亡の日は近い。」

 

 影胤はそう言葉を残すと近くの窓から小比奈を伴い飛び降りた。

 

 2人は立ち上がって周囲の様子を見る。

 本当に怪我人さえいないようだった。

 

「里見君、説明なさい。あの男とどこで出会ったの?」

「それは……。」

 

 問い詰める木更に蓮太郎は言い淀む。

 しかしその問答は、声を全員に届かせるように話し出した空に遮られた。

 

「今はそれどころじゃありません。

 僕達はあの男より先にケースを無傷で奪うという条件が加わりました。

 そして、あのケースの中身は滅亡を現実にするだけの力があるということ。

 そうですよね?もう今更隠すことは不可能かと思いますが?」

 

 空は最終的にパネルに映る聖天子へ問いかけた。

 聖天子は目を瞑り、唇を小さく噛んだ。

 

『事態は尋常ならざる方向に向かっています。

 私からこの依頼の達成条件を付け加えさせて頂きます。ケース奪取を企むあの男より先に、ケースを回収してください。

 ケースの中身は七星の遺産。悪用すればモノリスの結界を破壊し、東京エリアに『大絶滅』を引き起こす封印指定物です。』

 

一応、入社1日目の新人なんだけどなぁ。

 

 思っていたよりも大事だったね、と空はどこか的外れなことを考えながら、手の中にあるいくつかの銃弾を転がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~、美味し♪」

「美味しいのだ!」

「お口に合って良かったです。」

「………。」

 

 防衛省から帰った空は、約束通り木更にビーフステーキを振る舞っており、木更よりは小さいものの、延珠も同様にステーキを頬張っていた。蓮太郎には勿論無い。

 

「空、半分いや4分の1でもいい。俺にも作ってくれ。」

「駄目です。蛭子影胤について知っていながら、報告・連絡・相談、ほうれんそうを怠った罪は重いです。」

 

 蓮太郎の必死の懇願を空は無慈悲に切り捨てる。

 

「……木更さん。」

「里見君、やっぱり社員としての常識は身につけておくべきだと私は思うの。」

 

 木更にも見放され、蓮太郎の手は行き場を失う。

 しかし、蓮太郎のイニシエーターである延珠(えんじゅ)はその姿を不憫に思い、手を差しのべた。

 

「蓮太郎、妾の分をあけるのだ。」

「延珠……。」

 

 蓮太郎は若干目の端に涙を溜め、嬉しさの笑みを浮かべたのだが、

 

「延珠ちゃん、本当に蓮太郎君を愛し、妻を名乗るのであれば、厳しさを持って接することも必要なんだよ。」

「なっ!?」

 

 蓮太郎は空に驚愕の目を向け、延珠はその言葉に葛藤するかのように空と蓮太郎を交互に目を動かした。

 

「うぅ~、すまん蓮太郎!」

 

 延珠は残っていた半分を一気に平らげ、食べ終わった食器を持って台所へ逃げて行った。

 

「……この悪魔め。」

「蓮太郎君は常識をもう少し知るべきです。

 何もなければご希望するの物を作りますよ。」

「くそっ………。」

 

 蓮太郎は今度こそ床に崩れ落ちた。

 

「容赦無いわね、神代君。」

「何を言ってるんですか木更さん、貴女も同様ですよ。あまりにも非常識な事をすればご飯抜きです。」

「え?」

「妾もか、空?」

「延珠ちゃんはまだ育ち盛りなので、そこまでのことはしません。抜くのは休日のおやつくらいです。」

「おやつ、抜くのか!?」

 

 空の厳しいルールに蓮太郎も木更も若干の後悔を覚え始めた。

 

「里見君、私は選択を間違えたのかもしれないわ。」

「俺もだ。」

 

 この間も延珠はおやつについて悩んでいた。

 

「そういえば、蓮太郎君。」

「次は何だよ?」

 

 蓮太郎はまた何か言われるのではないかとうんざりした表情で空の顔を見上げたのだが、目が隠れていてもその顔が真剣であると分かった。

 

「いや、やっぱり後にしましょう。」

 

 空はその表情を破顔させた。

 

「何だよ?気になんだろ。」

「確認のようなものなので、後程でも問題ありません。

 それよりも、貴方の分の食事は用意してます。」

「え、俺の分は無いんじゃ?」

「ステーキはありません。

 しかし、いざという時に動けない、なんて困りますから。」

「……何か複雑な気分だ。」

 

 様々な出来事があり、空の民警活動は波乱の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、空は木更から昼からの暇をもらった。あまりにも早い休日に空は初め遠慮したが、木更が言うには、そう簡単に感染源ガストレアは見つからないということらしい。

 

松崎さんにも出ていってすぐには会いづらいし。

こんなことなら蓮太郎君について行けばよかったなぁ。

 

 そこでふと昨夜のことを思い出す。

 

追い込みすぎたかなぁ?

でも、可能性としてはかなりあり得るから念のためだったんだけど………あっ、いた。

 

 空は「まぁ、なるようになるか。」と思考をそこで終了して蓮太郎達の姿を視界に捉えると、足早に向かった。

 

「放せぇ!」

 

 空は歩いていく途中で、騒ぎが起こっている事に気が付いた。

 見ると蓮太郎達もそれを見て立ち止まっていた。

 果物やパンを抱えた少女が男数人にその場で殴打され、少女は必死に助けを求め延珠へ手を伸ばしている。

 延珠はそれを唖然として見つめ、ゆっくりと自然にその手を迎えようとしていた。

 側にいる蓮太郎は咄嗟に少女の手をはたき、睨めつける。

 空はそれを見てしまった。

 

ああ、だから話しておいたのに。

君は選択を間違えちゃいけないって。

 

 空は布の奥で目を据わらせ、蓮太郎の側にいた。

 突如現れた空に蓮太郎達は勿論、万引きをしたのだろう少女を取り押さえている男達も動きを止めた。

 

「空!?どうしてここに?」

「そんな事はどうでもいい。

 君は何故動かない?彼女の手を取らない?」

「……アイツは犯罪を犯した。外周区の環境が劣悪だからといって犯罪が許されるわけじゃない。」

「追い込んだのはこの世界なのに?」

「っ!それは……。」

 

 蓮太郎は拳を固く握りしめたまま俯き、それ以上言葉を発することがなかった。

 それを見て空は「残念だ。」と溢し、蓮太郎に背を向けた。

 

「もういい君には失望したよ。」

 

 呆気にとられていた男達を無視して少女に目を向ける。

 やはり劣悪な環境で生活しているのだろう。煤けた顔と汚れ、修繕の跡がいくつもある衣服。そして少女の赤い瞳は突然現れた空を見つめていた。

 

 空は財布を取り出し、お札を抜き取る。それを眼前の大人達へ差し出した。

 

「彼女が取った商品のお金です。お釣はいりません。」

 

 それは盗まれた商品の値段より明らかに多い金額だった。

 空は一番近くの男へ無理矢理お金を持たせ、まるで男達の拘束がされていなかったかのように少女を引き寄せた。

 

「えっ?」

 

 拘束から逃れた少女は不思議な出来事に困惑しながらも手を繋いでいる空を見上げていた。

 

「そ、そんな問題じゃねぇ!そいつは警備員を半殺しにしたんだぞ!」

 

 すると、漸く男の1人が何とか声を上げ、少女を非難する。

 しかし、空にとってそれはどうでもいい内容だった。

 

「僕からしたら自業自得でしかありません。貴方達が追い込んでおいて、手を噛まれたら被害者面ですか。

 貴方はこの子に何て言いましたか?

 貴方は『ざまぁ見ろガストレアめ。』って言ったんですよ。

 人とすら認めていない貴方がこの子に何を求めるんですか?謝罪ですか?お金ですか?それとも罪を償うことですか?

 ……貴方は、貴方達はガストレアに対する復讐を直接果たす事ができない代わりに、都合よく捕まえることのできたこの子を間接的な復讐対象としてその醜い欲望のままに罵声を浴びせ、暴力を加えていただけです!

 僕からしたら貴方達の方がガストレアより醜く、恐ろしい。」

 

 空は男達に睨みを利かせ、少女を伴って歩きだす。

 威圧したからか、男達はそれ以上空達を呼び止める事はなかった。

 

 暫く歩くと少女は口を開いた。

 

「ありがとう、助けてくれて。」

「うん、僕からしたら当たり前だから。」

「当たり前?」

「そう、この世界は君みたいな呪われた子供たちに理不尽に厳しい。それを僕は理解していても納得はしていない。

だから、周りが何と言おうと、自分がやりたいようにやることにしたんだ。」

 

 少女は首を傾げる。

 

「少し難しかったかな?」

 

 空は少女の頭を撫でる。

 少女は一度困惑したものの、少しずつ受け入れ気持ち良さそうに目を細めた。

 空は微笑み、少女に告げる。

 

「僕は君を決して裏切らない。何があっても僕が君たちを守るから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ色に染まる事務所で木更はモデル・スパイダーのガストレアについての資料に目を通していた。過去の情報から感染源ガストレアの性質を見いだす事ができないかと考えていたのだ。何かの手がかりにならないか、と。

 初めはこれも空に任せようかと考えていた木更だったが、このままでは彼に頼ってしまうと自分を律し、暇を出し無理矢理事務所を追い出した。

 無論、視界に居るだけで仕事を任せてしまおう、という誘惑が予想されたからだ。

 

 しかし実際、木更は空がただ者では無いと気付いている。

 実力を全て見たわけでは無いが、防衛省で銃弾が弾き返された一幕。蓮太郎と床に伏せている中、平然と立ち続けていた空を見た。その姿は突然の事で動けないというよりは、当たらないので動く必要がないと確信している様だった。それに加え所々で告げられる、知り得ない状況情報。それは凄い等という言葉では到底表せない技術、力。監視カメラでの映像をどこからか聞いているような正確な情報。

 

 考えれば考えるだけ不思議な存在だ。

 気付いたらそんな事ばかり考えていた木更の携帯にコールが入った。それが知らない番号からであると木更は確認し疑問符を浮かべる。コールが続き木更は考えるようにした後、通話ボタンを押した。

 

『良かった。繋がりました。』

「神代君?」

 

 通話の相手は今しがた思考の中心にいた神代空だった。

 携帯契約したのね、と口にしようとした時、先に空から信じられない言葉を聞かされる。

 

『木更さん、僕は蓮太郎君が立ち直るまでそちらを休みます。』

「は?」

 

 あまりの言葉に木更は淑女らしからぬ、間抜けな声を発した。

 

『僕は蓮太郎君を買いかぶり過ぎていたようです。

 彼が答えを見つけるまでは出勤しませんので。

 ああ、この番号登録しておいて下さい。

 では。』

 

 空がそう言って、木更が話しを整理する前に電話は切れた。

 その後、木更のヒステリックな叫びが事務所の外にも響き、各階のヤクザ、ギャバ嬢、ゲイに心配され声をかけられたという。

 

 




ガストレア
ガストレアウイルスに感染し、遺伝子を書き換えられた生物。非常に強い再生能力や、赤い目と醜悪に変貌した身体を持つ。
通常は感染前の種にちなんで「モデル・スパイダー」等のモデル名で識別される。

再生レベル
ガストレアの生態である再生能力をレベル分けしたもので、イニシエーターにも適応される。
それはⅠ~Ⅴまでの5段階で分けられる。

Ⅰ:通常のバラニウム製の武器で殺傷できる。

Ⅱ:バラニウムの再生阻害を押し返すが、首を落とされたり、燃やされたりすると絶命する。

Ⅲ:欠損した部分、切り離れた部分が再生もしくは複合する。

Ⅳ:内臓のほとんどを欠損しても再生し、全細胞を滅却しないと倒れない。

Ⅴ:分子レベルで再生し、現代科学では倒せない。

イニシエーターは基本的に再生レベルⅠだが、因子によってはレベルⅡ以上も存在する。


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空の相棒

あと2話くらいは早めに投稿できると思います。



やり過ぎかな?でも僕自身蓮太郎(れんたろう)君に会いづらいし。

 

 (うつほ)は今、ビジネスホテルの部屋で寛いでいた。

 あの少女を連れて入る為、無人で風呂付きの場所を探して高くついたのは仕方のないことだろう。

 少女のあまりにも汚れていた姿を空は看過できなかったのだ。最初は空が洗おうとしたのだが、少女が赤面して遠慮した為、シャワーや身体用洗剤の使い方だけを教えてお風呂場を出た。

 空が力を使って、こっそりと少女の体表面の汚れを取り除いていたのは内緒だ。とはいっても、少女も違和感を感じ取っていた様だったが。

 

 暫くすると、お風呂の扉が開く音が聞こえた。

 しかし、下着も服も事前に買っておいたので何の問題も無いはずなのだが、いつまで経っても姿を現さない。

 

「どうしたんだい?」

 

 空が声をかけると、慌てたようにパタパタする音が聞こえた。髪を乾かすのに時間がかかっているようだ。

 

それくらい言ってくれてもいいのに。

 

 空は、まぁ無理無いか、と小さく息を吐く。

 

「髪は乾かしてあげるから、出ておいで。」

「……じ、自分で、……うぅ。」

 

 これ以上、迷惑をかけたくないと思っていたのだろう。扉越しに聞こえた言葉は遠慮しようとしていた。

 しかし、空を待たせるのも悪いと思ったのか最後には申し訳なさそうに扉から出てきた………上半身裸で。

 おそらく、服が濡れるのが嫌だったのだろう。

 空からしたらマンホールチルドレンの世話をしていた経験から慣れていたが、少女の方がまだ異性というものに慣れていないようだ。

 

普通は逆に抵抗無い子が多いんだけど、8~10歳っていったらこんなものなのか、それともあの子たちが異常だったのか。

 

「乾かすのは後ろ向きだから。さあ、ここに座って。」

 

 備え付けの小さな椅子に座った少女は身を屈め恥ずかしそうに肩を震わせる。

 空はドライヤーの説明をして、まだ少し湿り気のある髪を根本から毛先の順に乾かしていく。

 

「あぁ、ここに来るまでは僕についての話ばかりだったから、名前を聞いて無かったね。」

「……えっと、あたしは椿(つばき)……です。」

「言葉使いは気にしなくていいよ。

 延珠(えんじゅ)ちゃん、あそこにいた子とは知り合い?」

「うん、前たまに見かけた事があった。話した事は無いけど。でも、助けて欲しかったわけじゃなくて、ただ必死で自然に手が伸びて。」

「羨ましかった?」

「分からない……けど、」

 

 空は答えを待ったが、椿は口ごもってしまった。

 本当に分からないのか、それとも口に出したくないのか。届かぬ願いだと思っているのか。

 少女はいつまでも口を閉じたままだ。

 

「椿ちゃんはさ、イニシエーターって知ってる?

 いわゆる、ガストレアと戦う子供たちのことなんだけど。」

「……うん、聞いたことある。」

「君が手を伸ばした延珠ちゃんはね、その隣にいた馬鹿で、薄情で、甲斐性無しで不幸顔の人と一緒に戦ってるんだよ。」

「……そっか。」

 

 蓮太郎のことを少しだけ?落としながら説明する。

 何故こんな話をしているのか。

 空にはある思惑があった。

 

「そうそう、それで僕はその相方がいないんだよね。」

「うん。」

「………相方になる?」

「うん………え?それってどういう……。」

「んーとね……よし、髪乾いたよ。

 まず、服を着て。話はそれから。」

 

 ドライヤーを片付けながら言う空に椿は素直に従う。

 その後、服を着て戻って来た椿を見て空は自然に笑みを溢した。

 

「うん、似合ってるよ。」

 

 大きめの革ベルトのデニムパンツに白いチュニック。

 もう誰も少し前の泥棒少女だとは気付かないだろう。

 

「……ありがとう。」

 

 恥ずかしがる少女を可愛らしく思いながら、空は続きを話し始めた。

 

「それで、さっきの続きだけど、僕には相方がいない。

 理由としては、僕が候補の中から選べないから。自分の性格上どうしても1人だけっていうのに抵抗があってね。」

「何であたしなの?」

「IISO、イニシエーターを訓練したり管理してる所なんだけど。そこの子たちは最低限の食事や生活環境が整ってるんだよ。戦闘に参加する以上、本来の力が発揮できないといけないから。

 でも、君みたいな今も外周区にいる子たちは生活もその環境も悪い。

 だから、そんな子たちから選ぶのもありかなって。」

 

 その話を聞いて椿は若干表情を暗くする。

 

「……でも、それなら戦わないといけないんじゃ?」

「ああ、僕にとってはどっちでもいいよ。

 戦ってくれるならしっかり守るし、そうでなくとも僕それなりに強いし。」

 

 あっけらかんと答える空に椿はプッと小さく噴き出す。

 

「何それ?」

「事実だからね。

 それに既に登録されている子たちは戦い方が確立というか、決まってるから変則的な僕にはどうしても合わせきれないと思ってたりもする。

 相性って大事だからさ。

 僕自身は君と話して悪くないって思ったから。後は君の気持ち。このままか……戦うか。」

 

 空の表情は尚も笑顔だが、椿は何か空気が変わった気がしていた。

 

「絶対じゃない。断るのであれば、僕の知り合いの人で子供たちの世話をしている人がいるから、そこへ連れていこう。そこには君と同じ境遇の子がたくさんいる。皆、仲良くしてくれるはずだ。

 でももし、戦うことを選択するなら、僕が君の力を引き出そう。君が守りたいものを守れる力をね。」

 

 椿は戸惑い、決めかねる。

 しかし、この選択で運命が決まる。難しい事は分からずともこれまでの生活の中で椿が何度も感じていた感覚だった。

 

「そう焦らなくていいよ。今日はゆっくり休んで、明日返事がもらえればいいから。」

「……いい、なる。………あたしも信じてみたいし、その……あなたなら信じれると思ったから。」

 

 恥ずかしそうにしながらも少女は少しずつ言葉を紡ぐ。

 それは、これまで逃げ隠れしていた少女の大きな決断だった。

 

「君ならそう言ってくれると思ってたよ。」

 

 空は出会った時のように椿を撫でる。

 椿には既に警戒心は無く、それに身を任せ気持ち良さそうに目を細める。

 

「宜しく、椿。」

「うん!」

 

 こうして、空はパートナーを手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『無理よ。』

「何故です?」

『正確にはまだ(・・)無理ね。』

 

 空は翌日、椿のことを木更(きさら)に報告したのだが、返ってきたのは否認だった。

 

『あのねぇ、IISOはプロモーターの能力に応じて、イニシエーターの候補を挙げるの。それは当然、既に登録されている子供たちからね。

 だから、まずはその子の基礎能力を見てIISOの方に登録してもらわないと。』

「それは一時的にIISOへ預けるということですか?」

『まぁ、そういう事になるわ。

 基本的な身体検査からガストレアウイルスの侵食率まで。後はさっき言った基礎能力と体力のデータが録られるから………1週間くらいはかかるかしらね。』

「なるほど、……いいかい?」

 

 空は携帯から口を離し、椿に尋ねた。

 

「大丈夫です。」

 

 椿は敢然と答えた。

 一晩、しっかり考えたのだろう。空には彼女の意志が固いように思えた。

 

「……じゃあ、IISOの方に取り次いでもらえませんか?」

 

 空は再び携帯に口を当て、木更に要請する。

 

『それならいいけど………って、それよりもこの大事な時期に勝手に休むなんて考えられないわよ!』

「あー、それはすみません。

 ちょっと、昨日は言い過ぎました。」

『そうよね。流石にね?』

「はい、ですので仕事は電話で承ることにします。」

『え?事務所には来ないの?』

「それは無理です。」

『何でよっ!!』

 

 空は絶叫を予想していたのか、耳から携帯を離していた。

 

「社長、声が大きいです。迷惑になります。」

『仕事以外の時は社長って呼ばないで!

 じゃあ、里見君は何なのよ?』

「まだ蓮太郎君には迷いがあります。内面と外面が噛み合ってません。

 あの迷いはいずれ、大切なものを失う原因になってしまう。

 だから、あの夜に話しておいたんです。

『この先、何があっても延珠ちゃんを裏切るようなことはしないで下さい。』と。」

『じゃあ、里見君は……。』

「ええ、見事に彼は自分に嘘を吐き、選択を間違え、延珠ちゃんを裏切り、僕は裏切られました。

 だから、それに気付くまでは彼に会いません。会いたくないです。」

『はぁ~。』

 

 電話越しに木更のため息が聞こえた。

 

『もう、いいわ。里見君なら大丈夫だと思うし。』

「そうですか。」

『里見君が立ち直ったらちゃんと戻って来なさいよ?』

「勿論です。

 それで、僕は何をしたらいいですか?」

『そうね………。』

 

 ふと空は大事なことを思い出す。

 

「感染源ガストレアの捜索は進んでいるんですか?」

『いいえ、手がかりさえ掴めていないわ。

 一応、感染者のいたアパート周辺から捜索を始めたみたいだけど。』

「……では、僕も捜索に参加します。

 1人でも人数多い方が良いですから。それに木更さんが言うようにゆっくりしていられないわけですし。」

『……何か、釈然としないけど……いいわ。そうして頂戴。』

「はい。椿の件宜しくお願いします。」

『了解。』

 

 空は携帯を切り、椿に視線を移す。

 彼女は自分なりに空のイニシエーターとして恥ずかしくないよう努力を始めていた。

 例えば、電話をしている空の隣で微動だにせず、直立不動。さっきもそうだが、言葉遣いにも気を使っている。

 

「椿、そんなに気を使わないで自然体でいいよ。」

 

 彼女は頑張っているのだろうが、無理しているようにしか見えなかった。

 

「僕は結構のらりくらりしてるから、適当でいいよ。あんまり、気を張ってたら疲れるだけだし。」

「……分かった。」

 

少し、考えて椿は了解した。

 

「うん、それで今から君をIISOに送ろうと思うんだけど、その前にやっておこうと思う。」

「何を?」

「言ったでしょ。君の力を引き出すって。」

 

 そう言って空は人差し指で椿の額を突く。

 

「はい、おしまい。」

「これだけ?」

 

 椿は額を擦りながら、何の実感も得られていないことを問う。

 

「すぐには感じられないよ。少しずつ感覚が鋭くなっていくはずだ。最初は不思議な感覚になると思うけど、その感覚を制御できれば、それだけでも君の戦闘力は上がる。

 そして、これは君の潜在能力を引き出しやすくしただけだ。努力すれば努力するだけ強くなる。

 だから、君がこれから強くなったとしたら僕のおかげじゃなく、君自身の努力なのだと信じなさい。

 僕と正式なペアになったら、共に強くなろう。」

 

 空はやり慣れたように椿の頭を撫で、椿も撫でられ慣れたように頭を空に預ける。

 ペアになると、きっとこれが習慣になるのだろう、と空は思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何なんだよ。

 

 蓮太郎は悩んでいた。

 

どうしろってんだよ。

 

 今、蓮太郎を悩ませている種は神代(かみしろ)(うつほ)蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)だ。

 空との一件もそうだが、その日の夕方、影胤が蓮太郎に接触していた。

 

 

 

 

「お疲れのようだね、里見くん。」

 

 反射的に蓮太郎は拳銃をドロウし、声の方へと銃口を向けた。

 ゆっくりとその方向を確認すると、蓮太郎の鼻先へ拳銃を突きつけた影胤がいた。

 延珠は蓮太郎の状況から動くことができずに、待機してなりゆきを見守っている。

 

「随分と悪趣味な銃だな、蛭子影胤。」

「ヒヒ、こんばんは里見くん。」

 

 影胤は蓮太郎へ突きつけていた銃を下ろし、もう一挺の拳銃も取り出した。

 

「こっちの黒いのがフルオート射撃拳銃(マシンピストル)『スパンキング・ソドミー』、同じく銀色の方は『サイケデリック・ゴスペル』と言ってね。私の愛銃だ。」

「……何の用だ。」

「実は話をしに来たのさ。そっちも銃を下ろしてくれないかね。」

「断る。」

「やれやれ、……小比奈、邪魔な右腕を切り落とせ。」

「はい、パパ。」

 

 蓮太郎は反射的に飛び退くが、反応が少し遅れた。

 

まずいっ!

 

 蓮太郎がそう思った直後、金属音が響き、空中で激突した2人が擦過音を立てながら着地した。

 

「蹴れなかった?」

「えっ、切れなかった?」

 

 延珠は素早く反応し、小比奈の斬撃を蹴り返していた。

 

「蓮太郎っ!あやつら何者だ。」

「敵だ。」

 

 斬撃を防がれた小比奈は二刀のバラニウムブラックの刀身を交差させ独特の構えを取った。

 

「パパ、あっちの奴……強いよ。」

「ほう、小比奈にここまで言わせる出合いがいるとは。」

 

 小比奈が叫ぶ。

 

「そっちのちっちゃいの。名前、教えて!」

「お主だってちっちゃいだろっ、無礼だな!

 妾は延珠、藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)。モデル・ラビットのイニシエーターだ。!」

 

 小比奈は下向いたままぶつぶつと薄気味悪く呟く。

 

「……延珠、延珠、延珠。─────覚えた。

 私はモデル・マンティス、蛭子(ひるこ)小比奈(こひな)

 接近戦では、私は無敵。」

 

 抜き差しならない状況だったが、住宅街で戦うわけにはいかず、蓮太郎は下唇を強く噛み、拳銃を下ろした。

 

「早く用件を言え。」

「単刀直入に言おう。里見くん、私の仲間にならないか?」

「なっ、んだと?」

「実は最初見た時から君のことが好きになってしまってね。

 ……君は、東京エリアのあり方が間違っている、そう思ったことは一度もないかね?」

 

 その言葉で昼間の出来事が蓮太郎の脳内にフラッシュバックした。少女の恐怖、愉悦に口を歪ませた男達、助けを求める手を掴めなかった臆病な自分。

 

 影胤はその様子を見て、懐から取り出した白い布から魔法のようにアタッシュケースを出現させた。

 

「聞くところによると君は経済的にあまり裕福な暮らしをしていないそうだね。」

 

 蓋が跳ねあがり、ぎっしりと詰まった札束が蓮太郎の目に入った。

 

「これは私からのほんの気持ちだ。

 それと、君はそこの延珠ちゃんを、人間のフリをして学校に通わせているそうだね。何故そんなことをする?彼女たちは既存のホモ・サピエンスを超えた次世代の人類だよ。──大絶滅を経た後、生き残るのは我々力のある者達だけだ。

 私につけ、里見蓮太郎。」

 

 その言葉の直後だった。

 3発の銃声が響き、アタッシュケースの札束に穴が空いた。

 蓮太郎は拳銃を構えたまま、ひらひら舞う何枚かの紙幣を見つめていた。

 

「……君は大きな過ちを犯したよ、里見くん。」

「俺に過ちがあったとすれば、最初会った時に貴様を殺しておかなかったことだ、蛭子影胤!」

「くだらん!君がいくら奉仕しようと、奴等は君を何度でも裏切る。」

 

 発砲音を聞きつけた何者かが通報したのか、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

「水入りだ里見くん。……明日、学校に行ってみるといい。現実を見るんだ。」

 

 その言葉を残し、影胤達は闇夜へ消えた。

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 蓮太郎は、あまりの不甲斐なさに声を上げる。

 周囲のクラスメイトは何事かと蓮太郎を見つめていた。

 それを気にする暇も無い程蓮太郎は悩んでいたのだ。

 しかし、蓮太郎にとって最悪はまだ訪れていなかった。

 

 懐の携帯が震え、名前を確認するとすぐさま通話ボタンを押した。

 

「…………………それ、本当かよっ!」

 

 またも蓮太郎は注目を集める。

 

「すぐ行く。」

 

 蓮太郎の頭に影胤の言葉が思い出される。

 

『明日、学校に行ってみるといい。現実を見るんだ。』

 

くそっ!

 

 今度は声を上げることはなかったが、誰から見てもその顔には焦りの表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか、分かりました。

 はい、僕も捜索は続けますが、気に留めておきます。」

 

 空は木更からの電話を切ると、横にいる少女へ問いかける。

 

「で、延珠ちゃんはどうするの?」

 

 椿をIISOの車輌に預けた後だった。たまたま外周区の方向へ走っていた延珠を見つけ、捕まえていたのだ。

 近場にあった公園のベンチに座って、空は延珠の答えを待つ。

 

「妾は……人間なのに………。」

 

 延珠の目には涙が浮かんでいた。

 それを見た空はため息を吐く。

 

「延珠ちゃん、────────────────」

 

蓮太郎君、また1つ貸しだよ。

 

蓮太郎が立ち直ることを信じ、空は彼の相棒へ言葉をかけた。

 

 




東京エリア
聖居(現実でいう皇居)を中心に半径約50kmの円形状の面積を持つエリアで、三代目聖天子による統治制となっている。
世界で最もバラニウムの産出量が多い。
初代聖天子の頃から、「奪われた世代」と「呪われた子供たち」が共生するための法案が挙げられており、他のエリアに比べれば「呪われた子供たち」への差別意識は低い方。

機械化兵士計画
ガストレア大戦中に持ち上がった、身体の一部を機械化し、超人的な攻撃力や防御力を持つ兵士を造り出す極秘計画。
蛭子影胤が現れるまでは都市伝説とされていた。


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圧倒的な差

戦闘シーンの意見を頂きたい。
細かな描写で書くべきか、どうか今回のもので判断して下さい。


何処だ?何処にいるんだ、延珠(えんじゅ)

 

 蓮太郎(れんたろう)は延珠の故郷である39区を探し歩き、やがてある場所へと辿り着く。

 倒壊した建物を横目にマンホールの蓋をノック、見覚えのある少女が顔を出した。

 

「久しぶりだな。延珠探してんだけど、来てないか?」

「えっと、どちら様ですか?けーさつの方ですか?わたしたちに、立ち退く意思はありませんですので。のでので。」

「何でだよ。何度か顔合わせてんだろ。延珠と仲良いくせに何で俺を覚えてねぇんだよ。」

「何であなたが延珠ちゃんのことを!まさか、せーはんざいしゃの方ですか!?」

「ん?性犯罪者?……俺がか!?それも違う!」

「じゃあ、お引き取り下さいですので。」

 

 マンホールが勢いよく閉じ、蓮太郎は口を開けた姿勢のまま固まってしまった。

 やがて我に返り、叩くように再びノックする。

 

「しつこい蓮太郎は嫌いですっ!」

「お前しっかり覚えてんじゃねぇか!

 って、こんなことしてる場合じゃないんだ。他の奴等にも聞いておきたいから入っても良いか?」

 

 その少女は、渋々蓮太郎を中へと招き入れた。

 蓮太郎が中へ入ると、以前(うつほ)と会話した空間で1人の男性が佇んでいた。周りには当然他の少女たちもいる。

 

「松崎さん、こんな時間にすまない。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それで、どうされたんですか?」

「……実は、」

 

 蓮太郎は延珠が家出をした旨と事のあらましを松崎へ伝えた。

 周りでそれを聞いていた少女たちはそれを知り、心配そうに話ていた。

 

「残念ながら私は何も分かりません。

 空君には聞いたのですか?喧嘩別れしたとはいえ、彼も探していると思いますよ。」

 

 その言葉を聞いて蓮太郎は気まずそうに笑う。

 

「……俺がヘタレてたのが原因なんだ。空は忠告してたのに……。

 俺はアイツを裏切っちまったって、大分後に気づいたよ。だから今は話せねぇ。なんて言えばいいか分かんねぇよ。

 それに延珠は俺の相棒だ。俺が見つけてやりたい……。

 すまない松崎さん、邪魔して悪かったな。」

 

 そう言って蓮太郎は踵を返した。

 

「これから何処へ?」

「39区を隈無く、見つかるまで探してみる。」

 

 蓮太郎はそのまま地上へと向かった。

 

「やはり、空君は良い仲間に恵まれているじゃないか。」

 

 松崎は誰に伝えるでもなく小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったではないか、蓮太郎。」

「お前……何で………。」

 

 蓮太郎は唖然としていた。

 39区を可能な限り探し尽くし、アパートに帰ったのは午前0時を既に回った後だった。

 言い知れない喪失感を抱え、部屋のドアを開くと、そこに延珠がいたのだ。

 彼女は蓮太郎に近づき、ゆっくりと抱きついた。

 

「すまなかった、蓮太郎。妾は何も言えなかった。

 友達が妾を見て怯えるのだ。だから……」

「逃げ出した、か。」

 

 延珠は蓮太郎に顔を埋めたまま頷く。

 

「……俺もすまなかった。お前のことを何も分かってやれてなかったみたいだ。」

 

 蓮太郎は延珠の細い身体を抱きしめ返した。

 

「……蓮太郎、妾は蓮太郎が好きだ。」

「いきなりどうした?」

「いきなりではない。蓮太郎は妾のことをどう思っておるのだ?」

 

 見上げる延珠の瞳を受け止め、蓮太郎は答えた。

 

「……嫌いなわけねぇだろ。お前の為にどれだけ探し回ったか知らねぇだろ。」

「知っておる。フィアンセである妾が蓮太郎のことを知らぬはずがなかろう。」

「また、それかよ………まぁ、良いけどよ。」

 

 延珠は蓮太郎から身体を離ししっかりと向かい合う。

 

「……妾が負けるのはこれっきりだ。もう負けない。

 戦い続けると決めた。」

「ああ。」

「いつか、妾のことを皆に認めてもらうのだ!」

 

 延珠は一転して微笑んでみせる。

 蓮太郎も同じように微笑み返した。

 しばらくの沈黙後、延珠は限界を迎えたように大きな欠伸を溢した。

 

「……蓮太郎……眠い。」

「はぁ、俺もだ。延珠はもう寝ろ。どうせお前は明日からは学校に行く必要が無いからな。好きなだけ寝てていいぞ。」

「いや、明日は木更(きさら)のとこへ行く。謝らないといけないからな。」

「……空には良いのか?」

 

 延珠はごく自然に話ていたつもりだったのだろう。

 空の言葉を思い出し、ぎこちなく蓮太郎の話にあわせる。

 

「う、うむ、そうだな。空にも…謝らないといけないな。」

「おい、お前。」

 

 蓮太郎が気づかないわけもなく、察して見えない恩人に感謝を告げた。

 

 ありがとな、デカい貸しができちまった。

 

 蓮太郎は小さく笑みを浮かべていた。

 今後、この貸しに苦しめられることに蓮太郎が気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、蓮太郎達は朝から事務所へ顔を出し、事情を説明して延珠を預けた。

 その際、空もそこにおり、あの別れ際とは異なり、笑顔で蓮太郎たちを見ていた。

 

「んだよ。」

「いいえ、何も。」

 

 蓮太郎は遂にその笑顔に居心地の悪さを感じて、そそくさと事務所を出ていった。

 木更と何故か延珠もそれをニヤニヤしながら見送っていた。

 そんな朝の出来事を思い出しながら、蓮太郎は話も聞かず授業を受けていた。いつものように、先生と生徒を完全に意識からシャットアウトし、ボーっと窓の外を眺めていた。

 

 そんな時、携帯が震えサブディスプレイに表示された名前を見た途端に、授業中だとかお構い無く、通話ボタンを押した。

 

『仕事よ、里見君。

 感染源ガストレアの潜伏先が分かったわ。32区よ。』

「何でそんな遠くに……。」

『ともかく現場に急行して。他の民警も感染源ガストレアを狙ってるわ。ふっ、でも天童民間警備会社が一番乗りよ。

 凄い奴と契約したから、今からそれで追尾して。アレを引っ張ってくるのに、私来年分の学費使い込んじゃったんだからね。余所に手柄取られたら私中退なのよ!わかる?じゃあ頑張ってね。』

「あっ、おいちょっと木更さん?!」

 

 虚無感の漂う不通音が聞こえ、蓮太郎はため息をついた。

 

『凄い奴と契約』って何だ?

 

 その時、校庭を見て悲鳴と騒ぎ声を上げる生徒達がいた。

 彼らの指差す方向を蓮太郎も見つめ、それを視界に収めると思わず、うめいた。

 その影は次第に大きくなり、轟音を鳴らすプロペラの衝撃波が校庭の砂塵を吹き飛ばした。

 

 その機体中央には杖に巻き付いた1匹の蛇が描かれている。医の神アスクレピオスの徽章。

 蓮太郎は木更のやるスケールのデカさに内心辟易していた。

 

「……ドクターヘリ。」

 

 誰かが呟きが蓮太郎の耳に入った。

 するとヘリのドアが開き、彼のパートナーが顔を出す。

 

「蓮太郎ー!」

 

 延珠は大きく手を振りながら名前を叫んでいた。

 蓮太郎は多数の奇異の目で見られ、全力で校舎を出ていく。

 空ならこれくらい大したことないんだろうな、と考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は外周区で探索中木更からの連絡を受けた。

 

『GPSで場所は送るから、蓮太郎君の乗ったヘリをそっちに向かわせるわ。』

「僕は別の手段で向かいます。ここまでに時間がかかりすぎることと、雲行きが怪しいです。GPSが使えなくなると、その分発見が遅れてしまいます。

 蓮太郎君はそのまま32区へ向かわせて下さい。」

『……そうね、分かったわ。

 ただし、蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)が現れる可能性もあるから、なるべく急いでね。』

「了解です。」

 

32区か………移動があまりにも速い。目撃者も無くどうやって。

 

 空はGPSでガストレアの位置を確認する。比較的、工業化した土地の中で自然が多く、隠れるにはもってこいの場所だった。

 すぐに空の予想通り雨が振り初め、それが豪雨に変わっていく。その雨で衛星が使えなくなり、GPSの光点に動きは無くなった。

 きっと発見も遅れるだろう。そうなれば、民警の動きを見た影胤との遭遇率も上がる。

 そう考えた空は32区へ視線を向ける。そして大きく上空へ跳躍。急ぎ蓮太郎と合流する為、降りしきる雨の中へ消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の中、蓮太郎は上空を飛行するクモのガストレアを眼下に捉えていた。

 

「糸をハンググライダー状に編んでやがる。こんな能力を持った成体のクモなんて世界中探しても存在しねぇ。」

 

 ともあれ、これで街中のカメラに写らなかった理由が分かったと、蓮太郎は納得したように頷いていた。

 

「どうすればいいですか?」

 

 操縦士の声で思考を止め、指示を出す。

 

「高度を下げながらスピードを合わせて、このまま追跡してくれ。」

 

 しかし突然、重く激しい金属音と共に機体が横に大きく揺れた。蓮太郎は身体をぶつけながら操縦士へ異常を問う。

 

「後ろのドアがこじ開けられました。やったのはお連れのイニシエーターです。」

「延珠が?一体何を………まさか!」

 

 気付いた時には遅く、延珠はガストレアの中心へ流星のように激突する。死角からの強襲に反応できず、ガストレアは延珠ともつれ合い、森の中へと墜落していく。

 

「あの馬鹿っ!高度を下げて!早く!」

 

 蓮太郎は機内の紐を簡易的な命綱として一方を自分に、もう一方を座席の一端へ結んで何度か引っ張り強度を確かめる。

 その行動に操縦士は目を剥いていた。

 

俺だって自分の正気を疑いたい。

 

 ドアが開け放たれ、蓮太郎の顔に雨粒と強風が吹き付ける。

 嫌な汗を背中にかき、高度が下がったとはいえその高さに目眩を感じていた。

 意を決して飛び降り、紐を掴んで制御を目論む。しかし、強風に煽られ、しまったと思った時には命綱は切れ、空中へ投げ出されていた。

 

 ゾッと浮遊感を感じながら、脳で凄まじい速度で演算し、ほんの束の間、時間の流れが遅く感じる。枝にぶつかり速度を殺しながら、なんとか足を下に向けた。

 すぐに地面に到達し、内臓まで響く振動。身体が振り回され、吹き飛ばされるように四回転した挙げ句、気付いた時には泥水の上で仰臥し、灰色の空を見上げていた。

 

 三半規管へのダメージで立ち上がるまでに時間がかかったが、すぐに延珠を探し始め、落ちた場所の近くで断続的な戦闘音が響いていることに気付いた。

 木々に手をつきながら近づいて行くと、視線の先では戦闘が繰り広げられていた。

 

 ガストレアはレイピアのように鋭く細い8本足を巧みに操って突いていたが、延珠はその攻撃を並外れた動体視力で完全に見切っている。神速の如きスピードで間合いに潜り込み、バラニウムの重りが仕込んである靴で蹴りを直上に振り上げた。

 

 蹴りはガストレアの胴体に命中したのみならず、肉を裂き顎を砕き牙ごと粉砕しながら上空へ打ち上げた。自重によって叩きつけられ、体液を飛び散らせた後、活動を完全に停止した。

 

「蓮太郎、倒したぞ。妾達が一番乗りだ!」

 

 蓮太郎は嬉しそうに駆け寄ってくる延珠に力が抜けた。

 そして、延珠の心配をしていた自分の状態を改めて確認し、自嘲気味に笑って近づいた。

 

「どこか怪我は?」

「い、痛くないぞ!ちょっと左足を捻っただけだ。すぐに治る。」

 

 蓮太郎は軽く延珠の頭を叩き、胸を撫で下ろした。

 

「……アレが。」

 

 件のジュラルミンケースを残骸の中に見つける。近づきその持ち手を掴んだ。早く仕事を終わらせたいと思い、ふと視線を周囲に巡らせる。

 

人気(ひとけ)が無い。

 

 2人の無事とケースを回収したことで油断していたのだ。────この依頼一番の障害を。

 

「ヒヒ、ご苦労だったね里見くん。」

「えっ。」

 

 蓮太郎は振り向いた瞬間顔を掴まれ、暴力的な力で投げ飛ばされる。

 泥水に激しく身体を叩きつけ、木に激突。背筋に鈍い衝撃を受け、肺から空気が絞り出された。

 

「蓮太郎ッ!」

「延珠ミツケタ。」

 

 延珠は反射的に横へ跳び、斬撃を回避。しかし、次々と繰り出される小比奈(こひな)の小太刀がその行く手を阻んだ。

 蓮太郎は咳き込みながら立ち上がり、仮面を押さえながら笑う男を睨む。

 

「他の民警を探していたようだが、近くにいる雑魚はあらかた殺しながら来た。期待しない方がいい。」

 

 蓮太郎はここ最近世話になりっぱなしの男をきっと大丈夫だと思いながらも頭に浮かべる。

 

……空!

 

 影胤のワインレッドの燕尾服の上の返り血が目に入り、より一層その心配が大きくなった。

 蓮太郎はDXをドロウし、発砲。影胤はそれを読んでいた。

 

「無駄だ。」

 

 影胤自らが『イマジナリー・ギミック』と呼ぶ斥力フィールドに弾かれ、弾はあさっての方向へ飛んでゆく。

 蓮太郎は諦めず、ジュラルミンケースを放り投げると、影胤へ肉薄し、ぬかるんだ地面を踏みしめ、丹田に力を込めた。

 

「天童式戦闘術一の型八番──『焔火扇(ほむらかせん)』ッ!」

 

 渾身のストレート。しかし、影胤に届く前に頑強な青白いバリアに激突し、逸らされ空を切った。

 影胤はカスタムベレッタをドロウし、至近距離から蓮太郎の肩口へ3発撃った。

 

「あぐッ……くッ。」

 

 蓮太郎はたたらを踏み、背中に何か当たる。気づけば一枚岩に退路を断たれている。

 影胤はゆっくりと腕を持ち上げ、蓮太郎へ向けた。

 

「君に1つ、私の技を見せよう。『マキシマム・ペイン』!」

 

 突如影胤の周りを囲んでいた斥力フィールドが膨らみ、蓮太郎の全身を襲った。恐ろしい勢いで蓮太郎は一枚岩に叩きつけられ、全身がプレス機にかけられているような圧迫で、肉が潰れ、骨が圧壊寸前の凄まじい音を上げていた。

 暫くして猛烈な圧力が消え、蓮太郎は膝をつき、喀血する。

 

「ほう、まだ生きてるかね。」

 

……強すぎる。ここまでとは。

 

 蓮太郎は影胤との単純な戦闘能力の差に延珠の足の負傷。蓮太郎の脳は、冷徹で一番合理的戦術を弾き出すと、弱々しく頭を上げた。

 

「逃げろ、延珠。」

 

 延珠は目を見開き首を振る。

 

「嫌だ!」

 

 延珠の背後で刺突の構えを取る子比奈を見て、蓮太郎は延珠の足下に1発発砲する。

 延珠は反射的に大きく跳んだ。

 

頼むから逃げろ。もしくは、他の民警を連れて来てくれ。

 

 蓮太郎は視線で訴え、それを見て延珠は悲しそうな表情のまま奥の茂みに消えた。

 

「パパ!延珠逃げた!斬りたい!」

「駄目だ我が娘よ、他の民警に合流されたら面倒だ。仕事を済ませてしまおう。」

 

 子比奈は決闘に水を差した蓮太郎を睨みつけ、次の瞬間には消えたかと思うと腹に衝撃。蓮太郎の腹部からバラニウムブラックの刀身が2本生えていた。

 

「弱いくせに!弱いくせに!弱いくせに!」

 

 蓮太郎は口から血を溢しながら裏拳で子比奈を振り払う。しかし、膝から崩れ落ち、水飛沫を上げ倒れた。意識は辛うじてあるものの、水溜まりを浸食していく赤黒い血液の量がその意識の限界さえも訴えていた。

 

 蓮太郎は視線だけを影胤へ向けると、カスタムベレッタの銃口が向けられていた。

 蓮太郎は瞳を閉じる。

 

延珠、木更さん、空……ゴメンなさい。

 

「……何か言い残すことは、死にゆく友よ。」

 

 蓮太郎は最後の力を振り絞った。

 

「地獄に……落ちろ。」

おやすみ(グッド・ナイト)。」

 

 1発の銃声と共に蓮太郎の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だね、君は?」

 

 影胤は冷静だった。

 蓮太郎の命を奪うべく放たれた弾丸は、その頭部を撃ち抜き、血飛沫を上げてこの地をより赤く染め上げる。そのはずだった。

 しかし、弾丸はその結果を示す事無く消えた。いや、掴み取られた(・・・・・・)のだ。それも発砲した瞬間にほぼ零距離で。

 

「もう一度聞こう。君は誰だ?」

「………。」

 

 瞬時に距離をおいた影胤は探るような視線をその人物へ向ける。

 体格的にはおそらく男だった。白くシンプルな上下で上着は背側の着丈が長くフードが付いており、それを目深に被っている。腰には黒い帯を巻き、そこへ黒い刀が差さっていた。

 

「……答える気は無しか。」

 

 影胤は2挺の拳銃を構えると、ある異変に気付いた。

 

「どうした、小比奈?」

 

 小比奈は震えていた。小太刀を持った腕で身体を抱くようにして、その顔に恐怖を張り付けその人物から目線を離せないでいた。

 

「……パパ、……こいつヤバい。」

 

 これまでにない小比奈の反応に影胤は視線をその人物から離してしまった。

 だから、吹き飛ばされていることに気付いた時には余りにも遅すぎた。

 脳の処理が追い付かず、木に激突。遅れてやってきた腹部の痛みに感覚を狂わせられていた。

 

「ごふッ。」

「パパッ!こんのー!」

 

 影胤がいた場所へいつの間にか移動し、脚振り抜いた状態でいる男へと、小比奈は恐怖を押し潰した怒りに任せ2本の小太刀を振るう。しかしその全てを男はことごとく躱していく。

 

「のッ!何でッ!」

 

 緩急つけたスピードで背後へ回り込んだ小比奈は右の刃で右の肩口から斬り込むも、後ろ手に掴まれる。それに動揺したのか、焦って左の小太刀で振り払ったが、それも振り向きざまに伸ばされた手により防がれてしまった。

 

「うそッ!」

 

 小比奈は小太刀の柄を握り、完全に宙に浮いた状態だ。

 数発の銃声が上がり、男は小太刀を離すと、その場から蓮太郎の側へと飛び退く。男のいた場所をフルオートの銃弾は通過し、向かいにあった緑葉樹に風穴をあけた。

 小比奈は自由になるとすぐに銃弾を放った影胤の隣へと移動した。

 

「フフ、ハハハハハッ!痛みを感じたのは久しぶりだ。

 もっと生きている実感を得ていたかったが、時間だ。

 ……最後に里見君だけでも、確実に息の根を止める。『マキシマム・ペイン』!」

 

 蓮太郎を戦闘不能まで追いやった斥力フィールドが、男に殺到していく。

 男1人であれば躱せるだろうが、間違いなく蓮太郎は死ぬ。逆に躱わさなければ、あわよくば蓮太郎は死に、男は致命傷を負う。

 最初の蓮太郎を守るような動きから、後者を選ぶだろう、と影胤は考えていた。実際、男が蓮太郎の前に立ち塞がるのを見て、影胤は仮面の奥で嘲笑うかのように笑みを浮かべていた。

 しかし、次の瞬間その笑みは凍りついた。

 

 斥力フィールドが男へ衝突。瞬間

 

 ────砕け散った。

 

「馬鹿なッ!」

 

 影胤の目に映っていたのは、片手を横へ伸ばした姿で立つ男。そこに至るまでの動きを影胤はしっかり捉えていた。

 ただ一振り、腕の一振りで『マキシマム・ペイン』を破ったのだ。

 その圧倒的な力の差は戦術を思考する必要も無く。影胤と小比奈はすぐに理解し、撤退へと切り替えた。

 影胤が蓮太郎へ向け発砲し、男を牽制。その銃弾も目標に到達する前に防がれているのか、弾痕(けっか)を残すことは無い。その間に小比奈はアタッシュケースを回収し、影胤の側へと戻って来ていた。

 

「……本当に興味深い闘いだったよ。名残惜しいが我々は退散させてもらおう。」

「次は、斬る。」

 

 片手の銃で牽制しながら、もう片方の手で男の目前にあるものを投げ込んだ。直後、閃光と爆発音。影胤と小比奈はスタングレネードに乗じて暗闇の森へと姿を消した。

 

「………やっと行ったか。」

 

 蓮太郎の側で佇み、男は影胤達が消えていった茂みを眺めながら、ただそう呟いた。

 

 




七星村
ガストレア大戦中に消滅した村。存在そのものご抹消されたと扱われており、機密事項の重要機密であるレベル10に指定されている。

天童式武術
「己を磨き、弱き者を守る」を教えとし、「天童式抜刀術」や「天童式戦闘術」などの数々の派が存在する。
天童式戦闘術は拳系の「一の型」、蹴り技系の「二の型」、その他の体術による「三の型」で構成されており、己の力と気を集中して一撃を与える。


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最悪のニュース

次の投稿から不定期投稿になります。
気長にお付き合い下さい。


 飾り気も何もない白い部屋で、安定した心電図の音だけが聞こえていた。

 蓮太郎が意識を失って丸1日。(うつほ)の応急処置と救助ヘリの迅速な対応と搬送でどうにか一命をとりとめた。病院に搬入された時は延珠(えんじゅ)木更(きさら)も絶望に近い表情を見せ、涙を流していた。しかし、蓮太郎の心臓は生きることを諦めることなく再び動き出し、手術した医師も奇跡だと言っていた。

 

 延珠は蓮太郎が病室に来た時から片時も離れず、今では寝ている蒲団に潜り込んでいる。

 木更はベッドの側で来客用のパイプ椅子に座り、リンゴの皮を剥いている。

 空はノートパソコンを開き、人体構造について調べていた。ページを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 

神代(かみしろ)君はこれから医者にでもなるの?」

「こういった知識が無いよりはあった方が、生還率も上がると思ったものですから。」

 

人体構造が解んないと治療の想像ができなかった。

今回はどうにか自己再生能力を上げて、簡易的な止血ができたから助かったけど、これから先こういった事は多くなる気がする。蓮太郎君も無茶するし。

 

「……君のせいじゃ無いのに。」

「社長のせいでもありません。

 というか、そろそろリンゴを剥くの止めて下さい。5つ目でしょう。落ち着きが無さ過ぎます。」

 

 蓮太郎のサイドテーブルの皿には誰も手を付けず残されたりんごが置かれ、既に変色している物もあった。

 

「蓮太郎君が起きてからでも良いですよ。もしかしたら、起きてすぐには食欲が無いかもしれませんし。」

 

 パソコンの画面を見てタップし滑らせる指を止めること無く空は落ち着いたようにそう口にする。

 

 その時、蓮太郎の首が動かされそれを察知して2人は顔を上げた。蒲団の中で延珠もそれに気付いていた。

 蓮太郎はゆっくりと目を開き、隣に座る木更を暫くの間見つめていた。

 

「……よう、木更さん。」

 

 絞り出したような声が蓮太郎の口から発せられる。

 それに木更は目を潤ませ懸命に微笑んでいた。

 

「お帰りなさい里見君。」

 

 蓮太郎は苦笑する。

 

「ここ、天国かよ。」

「まだ地獄よ、お馬鹿。」

 

これから本格的に地獄が始まりそうだけど。

 

 蓮太郎はサイドテーブルを見て、違う意味で苦笑した。

 

「…………リンゴ、剥いてたんだな。」

 

 木更は目元を拭う。

 

「食べる?」

「い、いや、何にも食べてないはずなのに、あんまお腹空いてねぇよ。」

「大手術でしたから、そうすぐに食欲は湧きませんよ。」

 

 それで初めて空がいることに気づいたんだろう。蓮太郎は驚いていた。

 

「空っ、……いたのかよ。」

「いましたね。」

「里見君、彼が応急処置していなかったら、助かってなかったかもしれないのよ?」

 

 蓮太郎は確認するように木更を見つめた。

 

「……ありがとよ。」

「本当によかったです。」

「確かに、神代君のおかげでもあるけれど、生きることを諦めなかったあなたも偉いわ。」

 

 木更は蓮太郎の頭を優しく撫でる。

 蓮太郎は恥ずかしさからか、その手を逃れるように無理矢理上半身を起こした。

 

「本当は絶対安静なのよ。」

 

 蓮太郎は空と木更を交互に見つめると、自分を落ち着かせるように一度目を閉じた。

 

「……木更さん、今の状況を教えてくれ。」

「……そうね、本当にたくさんのことがあったわ。何から話そうかしら。」

「僕が話しましょうか?」

 

 パソコンを閉じた空が立ち上がり、蓮太郎の枕元までいどうする。

 

「まず蓮太郎君、僕達は、いや正確には、東京エリアの住人全てが死んでしまうかもしれません。」

「まさか蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)が?」

「先程、民警の代表が集められて、社長達にはこの依頼の裏情報が告げられました。あのケースの中身についてです。」

 

 蓮太郎の頭にガストレアから回収した少し大きめのアタッシュケースが浮かび上がった。

 

「落ち着いて聞いて下さい。あのケースの中身はガストレアのステージⅤを人為的に呼び出すことができるなんらかの触媒です。」

 

 蓮太郎は理解が追い付かないのか、咄嗟に反応できずにいた。

 

「通称、ゾディアックと呼ばれる11体のガストレアのことです。現在ではタウルスとヴァルゴの討伐が確認されており、残り9体ですが。」

「……でも、そんなことは不可能だ!」

「しかし、事実です。これも聖天子一派というかお偉いさんが隠していたことのようです。」

 

本当、権力者はろくなことできないなぁ。

 

 蓮太郎と木更も同様のことを考えているのか、表情にありありと見て取れた。

 

「それがどうあれ、蛭子影胤を止めなければいけないということです。」

「……延珠ちゃんから聞いたわ。里見君、蛭子影胤と遭遇したのよね。どうだったの?」

「強すぎる……人間業じゃねぇ。」

「プロモーター蛭子影胤。彼の使う斥力フィールドは、対戦車ライフルの弾丸を弾き、工場用クレーンの鉄球を止めるらしいです。

 次に蛭子小比奈(こひな)。モデル・マンティスのイニシエーター。刃渡りがある程度ある刀剣を持たせると接近戦では無敵、だそうですよ。

 このペアは問題行動が多過ぎてライセンスを停止処分でしたが、処分時のIP序列は134位。

 本当に蓮太郎君は運が良いのか悪いのか分かりませんね。」

「134位っ!」

 

 蓮太郎は目を見張った。今ごろ内心でその強さに納得しているのだろう。

 

「里見君、蛭子影胤たちは現在モノリスの外『未踏査領域』に逃げて、ステージⅤを東京エリアに呼び寄せる為の準備に入っているわ。今、政府主導で大規模な作戦が計画されてるの。」

「俺が寝てる間にそんなことが……。」

 

 言葉が途切れシンとする中、空がリンゴを咀嚼する音だけが聞こえた。

 

「……そろそろかな?」

「ん、何がだ?」

「延珠ちゃんの限界が。」

「は?……延珠?」

「この変態どもめっ!」

 

 声は蓮太郎の寝ていた蒲団から聞こえた。

 直後、蒲団が弾け中から延珠が現れた。

 

「うお。ちょ、おま、今までもしかして、」

「ずっと隣にいた。ついウトウトしてしまったが、ちゃんと聞いていた。最初の蓮太郎のデレデレした声ときたら……木更なんてただのおっぱいじゃないか!」

 

 木更はその言葉に嫌そうに反応していた。

 

「昏睡状態の時くらい安静にさせろよ。」

「妾がどこで寝ようと勝手だろう。」

「お、お前なぁ……。」

「里見君、そんなことより延珠ちゃんに言うことがあるんじゃない?」

「そうですよ。僕が現場に駆けつけた時の彼女は正直見てられませんでした。」

「…………そうだな、(わり)ぃ。あんな命令して。」

 

 蓮太郎と延珠はあの夜よりも強く抱きしめ合う。

 

「俺、保護者失格だよな。」

「まったくだ……蓮太郎は保護者としてダメダメだ。」

 

 延珠は今にも泣きそうだった。

 

「蓮太郎が、死んじゃったかと思って妾がどんな気持ちだったか……。」

「本当に……スマン。」

 

 空と木更は微笑み、その2人を静かに見守っていた。

 すると、木更の携帯が鳴った。

 木更は二言三言話した後、それを蓮太郎へと渡した。

 空の耳にはその相手の声が聞こえており、小さく息を吐き、後の会話に集中した。

 それは空の予想通り、蓮太郎を蛭子影胤迎撃作戦へ参加させる内容だった。

 

「何でだ……どうして、俺なんだ?」

『貴方が一番よく分かっているはずです。蛭子影胤を止められるのは貴方しかいません。』

 

 空はその言葉の理由に既に気付いていた。

 

やっぱり、あれ(・・)はそういう事だったのか。

 

 蓮太郎は考えた後、大きく息を吐いた。

 

「わかった……。ただし、アンタ等の為にやるわけじゃないことを忘れんな。」

『結構です。御武運を、里見さん。』

 

 蓮太郎は通話を切って木更に返す。身体に付いている電極や針を取り去り、不思議そうに傷を確かめる様に触れていた。

 それも当然だ。空は完全に忘れているが、今の蓮太郎は自己再生能力がかなり上昇している。それは呪われた子供たちに及ばずとも、充分異常な程に。

 

「里見君、勝てるの?」

「勝たなきゃ駄目なんだよ。」

「死ぬわよ。」

「覚悟の上だ。」

 

 木更が悔しそうに唇を噛む。

 

「……あなたが行く必要があるの?私がいて、延珠ちゃんがいて、………神代君がいて、4人で天童(てんどう)民間警備会社をやっていく。それじゃ駄目なの?」

「社長、忘れてましたね?」

「……ゴメン。」

「台無しです。まぁ、いいですけど。」

「……悪い、木更さん。」

「里見君もいいわ、もう聞かない。私も気になることがあるから、それを調べるわ。」

「では、僕は蓮太郎君のサポートに回ります。そろそろ民警らしい仕事をしないといけないですし。」

「「え。」」

 

 蓮太郎と木更は時が止まった様に停止し、空を見つめる。

 空は首を傾げながら2人の反応に意外感を示した。

 

「僕が戦闘に参加するのはそんなに不思議ですか?」

「いや、不思議っつうよりも……。」

「神代君はイニシエーターがまだいないじゃない。」

「別にいなくとも戦えるでしょう。しっかりとライセンスの取得試験では合格点を出しているんですから。」

「それでも駄目。君の実力は認めてるけど、今回は普通の依頼とは違うんだから。いきなり、未踏査領域は流石に無謀よ。」

「俺も未踏査領域は数える程度しか出たことはないけど、止めといた方がいいと思うぞ。」

 

心配はありがたいけど、ちょっと信用無さすぎじゃないかな?

 

「そもそも、この依頼は聞いた時点で絶対参加でしょう?なんだかんだ言っても、破ることは好ましくありません。」

「でもよ……。」

「大丈夫ですよ。民警になって覚悟はできてますし、なにより、何もしないのは嫌です。」

 

 その言葉と雰囲気から2人は空が本気だと理解した。

 しかし、どうしても不安が残る蓮太郎は、延珠に目を向け説得を求めたのだが、

 

「蓮太郎、よく分からぬが、空はおそらく強いぞ。」

「何だって?」

「私もただ者ではないと思ってたけど、それほどなの?」

「妾も説明できぬが、強い、と思う。」

 

 蓮太郎たちは再び空に視線を移す。

 そこには変わらぬ笑顔で空が佇んでいた。

 

「その辺の有象無象よりは強いと思いますよ。」

 

 その言葉、その笑顔、3人は初めて空に言い知れぬ不気味さを感じていた。

 

「……仕方ないわね。」

「いいのかよ、木更さん?」

「ええ、でも里見君の指示に従ってもらうわ。里見君、危険だと判断したら、彼を戦線から離脱させなさい。いいわね?神代君も。」

「了解。」

「了解しました。」

「うん、それじゃ……」

 

 木更は居住まいを正すと、月を背に長く美しい黒髪をかき上げた。

 

「社長として命令します。影胤、小比奈ペアを撃破してステージⅤの召還を止めなさい。──里見君、君は私のために今までの百倍働いて。私は君の千倍働くから。」

「じゃあ、僕はほどほどに働きます。」

「絶対に止めてみせます。あなたのためにも!」

「じゃあ、僕は子供たちのために。」

「…………ちょっと、神代君。じゃあってどうにかならない?なんか雰囲気が微妙になるんだけど。」

「仕方無いじゃないですか、僕だけ指示が無かったんですから。」

「君は里見君の指示に従うの!」

「こういう雰囲気出すのであれば、僕にもしっかり声をかけてもらわないと。」

「もう!」

「締まらねぇ。」

「うむ……。」

 

 蓮太郎と延珠は2人の様子をどうでもよさそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輸送用のヘリから所定の位置に降ろされ、空たちは帰投の途につくヘリを見上げていた。

 

「次ヘリに乗る時は、作戦が無事終了した時か、死体袋に入って担ぎだされる時ですね。あっ、最悪、形も残っておらず、乗ることさえできないかもしれません。」

「……思っても口に出すなよ。」

 

 空の冗談を本気で心配していたらしい蓮太郎は隣で睨んでいた。

 

「僕なりに緊張を解そうと思って言ったんですが。」

「もっと、ソフトな内容で頼むわ。」

 

 蓮太郎はげんなりしていたが、すぐに気を引き締めた。

 

「じゃあ、話し合った通り、俺が前で索敵と進路確保。空は真ん中で地図を持って進行方向の指示。延珠が後方で殿だ。」

 

 蓮太郎はブッシュナイフを腰から抜いて邪魔な植物を切り払っていく。

 

「10年も前の地図なので予想はしていましたが。」

「やっぱりだいぶ変わってるか。」

「ですね。細かな地形まで変わってますから、まずはこの森を抜けて近場の街へ向かいましょう。ここから南南東へ300メートル程で開けた場所へ入ります。」

「流石は空だ。妾には分からないぞ。」

「まったくどうやってんのか……。」

 

 空の言う通り、少し開けた林道に出て、地面は舗装されていたアスファルトに変わった。

 そこから暫く歩いた後、空が警告を発する。

 

「静かに。……少しまずいです。」

 

叫び声?結構近い。

 

 その直後だった。

 重低音の爆発音がビリビリと空気を震動させてきた。蓮太郎はすぐに音の正体に気付き、舌打ちした。

 

「馬鹿野郎!どっかの民警ペアが森で爆発物を使いやがったなっ!」

「蓮太郎君、今の爆発で興奮したガストレアが暴れだしました。早くここから離れましょう。──森が起きます。」

 

 森のあちこちで鳥やコウモリが飛び立ち、空たちの頭上を狂ったように飛び回る。

 そしてすぐに災厄はやって来た。先程の爆発音とは違う重低音が足下から伝わってくる。

 3人はすぐにそれが足音だと察した。

 

「延珠ちゃん、蓮太郎君を連れて走れますか?

 巨大なガストレアがこっちに向かってきます。急いで!」

 

 空も必死だった。何故ならそれがあまりにも現実味のない姿をしていたからだ。

 体長は6メートルを超え、屈強な体躯。爬虫類特有の獰猛な顔に両腕は骨が進化して翼状になっている。それはまるで御伽噺に出てくるドラゴンの姿に似ていた。

 間違いなく、ステージⅣのガストレアだ。

 蓮太郎達もそれを目視すると声を上げた。

 

「蓮太郎、……あれは何だ。」

「ステージⅣ……だと。それにあいつ、どんだけ速いんだ。」

「このままでは追い付かれます。延珠ちゃん、付いてきて下さい。」

 

 延珠と並走していた空は前に出て誘導する。その間にもガストレアは木々を踏み倒しながら迫って来ており、その距離は既に20メートルをきっていた。

 

「おい、お前まさかっ!」

 

 猛烈なプレッシャーが背後に迫る中、蓮太郎には空の進行方向に何があるか見えたようだ。

 

「覚悟を決めて下さい。」

 

 それもそうだ。空が目指す先は影が無く月明かりに照らされて森が途切れていた。しかし、蓮太郎が心配したのは地面が続いていないことだ。つまり、

 

「いくよ、延珠ちゃん!」

「うむ!」

 

 蓮太郎が抗議する前に空と蓮太郎をおぶった延珠は少しばかりの傾斜がある崖を跳び降りた。直後、空たちの頭上を禍々しい顎が通過し、蓮太郎は身を屈めながらそれを見て冷や汗をかいていた。

 

「空っ!」

 

 延珠が心配するように手を伸ばし叫ぶが、空は心配無いとばかりに手で制す。

 空は落下中、冷静に着地点の木々を見つめ、1つの木に狙いを定める。超人的な感覚でバランスを保ち、位置を調整。木の幹に着地し、木の(しな)りと膝を曲げることで衝撃を吸収し、撓りが限界を迎えると、足を離しその先の木の枝に手をかけた。同じように枝の撓りで衝撃を吸収し、最終的に殺しきれなかった速度は無視して着地した。

 

想像よりうまくいった。……まぁ及第点かな。

 

 少しばかり陥没した地面を眺めた後、蓮太郎たちのもとへと向かう。

 

 2人はかなり離れた場所にいた。状態を見ると着地に失敗、というよりも転がって衝撃を最小限に留めたようだ。ただ、着地点と思われる岩場が破壊されている。2人の、特に延珠の脚への負荷は相当なものだっただろう。

 

「なんとか生きてるみたいですね。」

「……何でお前は平気なんだよ。」

 

 蓮太郎は仰向けで空を見上げながら小さく呟いた。

 その側では同じようにして延珠も空を見上げていた。

 

「延珠ちゃんも大丈夫?」

「妾は少し休めば大丈夫だ。」

 

 空が観察した限り、2人に目立った外傷は見られなかった。

 

「良かった。この辺りにはガストレアもいないようですし、2人ともゆっくり休んでいいと思います。」

 

 その言葉に、もう2人は疑問を持ったりしない。方法は理解できないが、直前の状況察知と判断にも間違いは無かった。

 空はそういう男なのだと2人の中では解釈されていた。

 

 結局、それから30分程して3人は行動を再開した。

 

 




ゾディアック
本来は発生し得ないステージⅤガストレアの総称。「触媒」を用いることにより出現する。
ガストレア大戦で猛威をふるい、世界を滅ぼした存在。巨大な体躯、通常兵器をほぼ無力化する硬度や分子レベルの再生能力を持つ。また、通常のガストレアと異なりモノリスの磁場の影響を受けない。


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千寿(せんじゅ)夏世(かよ)という少女

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
年末年始は忙しい日々が続き、予想より遅れた投稿となりました。
タイトルにある通り千寿夏世が遂に登場します。
個人的に好きなキャラクターですね。特に、話の中で自然と使われる難しいことわざや熟語には素直に格好いいと思いました。
あくまでも個人的な意見ですがね。

この話は原作とあまり変わらず、戦闘がありませんので退屈する方もいらっしゃると思います。
そこを了承したうえでご覧下さい。

以上。


(うつほ)たちは警戒しながら暗闇に支配された森を進む。

延珠(えんじゅ)は完全に、蓮太郎《れんたろう》は多少痛みを感じていたものの、それも治りつつあった。

 

「にしても、何か変な気分だ。

病院で起きた時もそうだったけど、傷の治りが早くなった気がする。」

「……もしかしたら、蓮太郎君もガストレアウイルス保菌者なのかもしれないですね。

子供たちはモノリスの外に出ると一時的にハイになったり、再生力が上昇するらしいですから。」

 

忘れてた。自己再生能力を上昇させたままだったか。でも、影胤(かげたね)との戦闘もあるし……端から見ても分かんないから別に問題ないかな?

 

「そうなのか?妾もちょうどそう感じていたところだ。」

「延珠はそうだが、俺は(ちげ)ぇよ。そもそも完全には治りきってねぇ。影胤と会うまでには回復しておきたいところだ。」

 

3人は話しながらも油断無く歩く。大分離れたとはいえ、一度周囲の森を起こしたのだ。注意し過ぎることは無いだろう。

ただ、空が警戒していれば急襲される可能性はほぼゼロだ。空の探知から誰も逃れられない。

 

「この先、大戦時に造られたものでしょうが、防御陣地(トーチカ)に1人います。……子供ですね。先程の騒ぎではぐれたイニシエーターかもしれません。

少なくとも、蛭子ペアではありません。」

「警戒はしておこう。そのイニシエーターが安全かも分からないからな。

ここからは俺と延珠が先行する。空は特に後方の警戒を頼む。」

 

2人が用心深く近づいていくと茂みが途切れ、石造りの平屋が目に入る。あちこちボロボロで機能を失っているが、風避けくらいにはなるだろう。小さい小窓からは揺れ動く明かりと薪が爆ぜる音が漏れている。

二手に分かれ、蓮太郎と空が裏手から延珠が前から近づいた。

この時点では中の人物が誰なのか空は気付いていたが、

 

でも、……これは?

 

少女がショットガンを手に持っていた為、最悪の状況を考え、空は無言で構えた。

 

「動くんじゃねぇ!」

 

蓮太郎は飛び込み声を上げ、空もそれに続く。

蓮太郎のXDと、少女のショットガンの銃口が交差するのはほぼ同時だった。

 

「お前は!」

「……やっぱり。」

 

少女は荒い息をつき、虚ろな瞳で蓮太郎を見ていた。

落ち着いた色の長袖ワンピースにスパッツ。地獄の未踏査領域に似つかわしくない装いだ。しかし、一番目を引いたのは痛々しい腕の傷。まだ止血さえされておらず、歯形に抉れたままだった。

 

「お主、その銃を下ろさぬと、その首叩き落とすぞ。」

 

その少女の後からは延珠の蹴りが首筋に押し当てられていた。

 

「待て延珠、こいつは敵じゃねぇ。」

「な……っ!」

「……確か防衛省にもいたよね。伊熊(いくま)将監(しょうげん)のイニシエーター、千寿(せんじゅ)夏世(かよ)ちゃんだったかな?とりあえず、応急処置くらいはしておかないと。」

 

延珠はしぶしぶ脚を下ろしす。

空は座り込んだ少女の前で膝を折り、処置を始めた。

 

「なあお前、俺のこと覚えてるか?」

「ええ、勿論です。」

 

苦しげに呻きながらも夏世は喋る。

 

「妾はこんな女知らないぞ。どういう関係か説明するがいい、蓮太郎。」

「こいつとは最初にこの依頼の話があった時、防衛省で会ってな。空が言った通り、伊熊将監っていうプロモーターの相棒だ。名前は今知ったけどな。」

「………よし、できたよ。」

「ありがとうございます。素晴らしい手際でした。」

「それはどうも。」

 

傷の再生はやっぱり個人差があるみたいだ。侵食率に少し不安があるけど、傷の状態を見る限りは問題無さそうだ。

 

「妾はそんな女認めないぞ!」

「頼むからお前は外の警戒にあたってくれ。」

 

蓮太郎は説明していたが、延珠は未だ夏世が気に入らないらしい。

 

「なにやら、あの子をひどく怒らせてしまったようですね。」

 

小言をブツブツと呟きながらトーチカを出ていく延珠を見て、夏世は落ち着き払った態度で話し出した。

 

「あいつなんで急に不機嫌になったんだよ。まさか、もう反抗期なんじゃ………。」

「理由は明白なように思えますが……。」

「本当にね。」

 

蓮太郎は2人に目を向け、疑問符を浮かべている。

流石の空でもため息が出た。

 

「んだよ。」

「なんでもありません。それよりも夏世ちゃんに聞きたいことがあります。」

「さっきも思いましたが、何故名前を?」

「今回の作戦に参加するメンバーは覚えてますから。千番台は特に良く調べてます。」

「あの膨大なデータを普通の人間であるあなたがですか?」

「考えるだけ無駄だぞ。モデル・ラビットのイニシエーターである延珠と並走したり、100メートル近い崖からダイブして無傷でいるような奴だからな。」

 

夏世は空に目を向け、マジマジと見つめる。

 

「ありえませんね。その体格では速く走ることも空中でバランス取ることもままならないはずです。」

「それができるのが空なんだよ。」

 

病院ではあれだけ反対していたクセに。

 

空は夏世からの視線を感じながら、内心で蓮太郎に愚痴を溢す。

蓮太郎はその間ずっと夏世を見つめている。

その視線に気づいたのか夏世は蓮太郎に視線を移した。

 

「不思議ですか?私が。」

 

蓮太郎は自分が凝視していたことに気づき、視線を逸らす。

 

「別に、なんでもねぇよ……。」

 

表情に変化が無くて感情が読み取りにくい、と普通は感じるだろうけど、今は別の何かを隠しているようにも見える。

 

「お気になさらず。こういう扱いは慣れています。私も第一世代の『呪われた子供たち』です。

ただ、イルカの因子を体内に持っていて、通常のイニシエーターより知能指数(IQ)と記憶能力が高いだけです。ちなみにIQは210程あります。」

「俺の2倍以上あんのか?」

「僕は分からないけど、凄いね。」

 

驚愕する蓮太郎とは違い、空は軽く受け止めていた。

 

「まあ、子供のうちは知能テストの結果は少々オーバーにでるので。」

「子供に謙遜までされてるよ、蓮太郎君。」

 

蓮太郎は奇妙な敗北感に打ちのめされながらも空を見て口を開いたのだが、

 

「もしかしたらお前は俺よ………はぁ。」

 

空のスペックをすぐに思い出し、自ら自身に止めを刺す。そのまま視線を下に落とした。

 

「つまり、頭脳派の君が後方指揮で、脳筋さんが前衛ってことか。珍しいスタイルだね。」

「……あなたが言うように将監さんは脳味噌まで筋肉で出来ている上、堪え性がないので後ろでバックアップなんてみみっちいことが出来ないだけです。未だに戦闘職のシェアを私たちに取られたのを僻んでいますから。考え方が旧態依然としていて困ります。」

「そうだねぇ。」

 

蓮太郎はあまりに歯に衣着せぬ物言いと、当たり前に相づちを打つ空に呆れかえっていた。

 

「んなことより、空は何か聞きたいことがあったんだろ?」

「まぁ、そうなんですが、蓮太郎君も薄々気が付いてるでしょう?」

 

まあな、と言って蓮太郎は夏世の傍らに置かれたショットガンを見つめた。

 

「夏世ちゃん、あの爆発音君でしょ?」

「………。」

 

夏世は焚き火の炎を眺めたまま言葉を発さない。

 

「……ちょっと借りるぜ。」

 

そう言って蓮太郎は夏世の銃を手に取り(あらた)める。サイレンサーの付いたフルオートショットガンに、合体装着(アドオン)タイプのグレネードランチャーユニット。

蓮太郎はランチャーユニットを右にスリングアウトして薬室を覗くと顔を顰めた。

 

「……どうして、森で爆発物を使った?これは40ミリ榴弾のエンプティケースだ。」

 

見た目がアレだったから必死に逃げたけど、その原因も彼女なんだよね。まぁ、理由はあるんだろうけどさ。

 

「……私と将監さんは罠にかかりました。おかげで怪我をした上、今は別行動中です。」

「罠?」

「ええ、暗闇の先で短く点滅するライトパターンが見えましてね。味方だと思って無警戒に近づいたんですよ。」

「……それは何だったんだ?」

「もっと注意しておけば、薄青い鬼火のようなライトなんて誰も使ってないことが分かったはずなのに。

……それは腐臭でハエが集り、気持ち悪い花があちこちに咲いて、尾部が発光していました。私たちを見ると歓喜したように気持ち悪くブルブルと震えて……あれには足が竦み、殺されると思いました。」

 

夏世は華奢な膝を抱え、手に力を込めた。

 

「私は咄嗟に榴弾を使ってしまいました。そこからはお2人のご想像通りです。」

「……腕の怪我、侵食率とかちゃんと検査しとけよ。」

「今のところは問題無さそうだけどそれがいいね。」

「えっ……。」

 

夏世は戸惑っているのか顔を上げる。

 

「……初めて、そんな心配をされました。」

「当たり前だろ。」

「将監さんはそんなことは言いません。」

 

蓮太郎は悔しそうな顔を浮かべる。

 

「……お前は、伊熊将監みたいなプロモーターと居て楽しいのかよ?」

「変わったことを聞きますね、里見さん。

……イニシエーターは殺すための道具です。是非などありません。」

 

夏世は質問に答えなかった。

 

「延珠さんは、おそらく人を殺したことがありませんね。目を見れば分かります。」

「……そうだけど、お前はあんのか?」

 

蓮太郎自身嫌な予感はしていたのだろう。恐る恐る聞き返した。

 

「ええ、ここに来る途中も出会ったペアを殺害しました。」

 

蓮太郎はそれを聞いて、怒気を孕んだ声が口から漏れた。

 

「どうしてそんな事を……っ!」

「将監さんの命令だったので。将監さん曰く『トチ狂った仮面野郎をぶち殺す手柄は俺たち以外の誰にも渡さない。』そうです。」

 

蓮太郎は拳を握りしめた。

 

「お前はそれをなんとも思ってないのか?」

「怖かったです。手が震えました。でも、それだけです。これで2回目ですし、じき慣れると思います。」

 

その言葉で蓮太郎は立ち上がり、怒りを爆発させた。

 

「フザケんじゃねぇっ!殺人の一番怖いとこは殺人に慣れることだ。人を殺し、だが自分が罰せられないと知ったその時、人は罪の意識を忘れていく。

ウチの延珠は以前、プロモーター崩れの犯罪者を殺しかけたことがある。手術中は塞ぎ込んで、助かったと分かると、一日中喜んで見舞いにまで行った……。

……俺は、それで良いと思ってる。」

「……里見さん、それは綺麗事です。」

 

夏世は蓮太郎を見上げていた。その瞳には焚火の炎が映り、揺れていた。

蓮太郎はその視線から逃れるように夏世に背を向けた。

 

「……俺はそうは思わねぇ。この先も、絶対延珠に人殺しなんてさせねぇ。

……(わり)ぃ空、やっぱ俺は延珠と一緒に外の警戒しとくわ。あとは頼む。」

 

蓮太郎はそう言ってトーチカを出ていった。

 

「……どうしてですか?」

 

夏世の口から溢れた言葉。それは独り言なのか、空に対しての質問なのか分からない。

 

「どうして、里見さんはあんなに希望のある言葉を、優しい言葉を私に投げかけてくれるんでしょうか。私、いま変です。里見さんの言葉を否定したくない……。このんな気持ち、初めてです。」

 

表情は変わらず、しかし、その瞳からは確かに涙が零れていた。

どれだけ知識があって落ち着いて見えても、少女らしい一面がある。空には今、年相応にか弱い少女が見えていた。

やがて夏世は袖で目元を拭った。

 

「……何か飲みませんか?」

 

そう言って彼女は自分の荷からインスタントコーヒーを沸かし始めた。

 

「……あなたは何も言わないんですね。」

「全部、蓮太郎君に言われちゃったからね。」

 

夏世は軽く座り直し、空に目を向ける。

どうやら隠した目元が気になっているらしい。

 

「……すみません、嫌だったら構わないんですが、布を外して見せてくれませんか?」

「構わないよ。」

 

空は手を頭の後ろに回し、結び目を解く。ゆっくりと布を下ろし、暗い緑色の双眸を夏世へと向ける。

夏世は眼の色に少し驚きながらも、ジッと空の瞳を見つめた。

 

「……あなたも不思議な目をしていますね。それに色も。あなたは優しい瞳の中に何か秘密を抱えているように見えます。」

「占いか何か?」

「いいえ、感じたことをそのまま口にしているだけです。」

 

あながち間違いないことに空は頷きながら感心した。

 

「まぁ、秘密なんて誰にでもあるものさ。君にも、蓮太郎君にも。」

「あなたは捉え所が無い感じがしますね。私も周りから不思議がられますが、私はあなたの存在自体が不思議です。」

 

夏世は紙コップにコーヒーを開け、空に手渡す。そして自分の分を両手で持って息を吹きかけていた。

空は礼を言って一口飲むと、口を開いた。

 

「今は連絡待っているんだよね?」

「はい。将監さんはきっと生きているでしょう。アレでも身体と剣1本だけで千番位まで上りつめた人ですので。」

「だけど今回の相手は蛭子ペアだ。彼らを倒せると思うかい?」

「………。」

 

夏世は沈黙する。自分の中で答えが出ているにも関わらず。

 

「ちなみに僕は可能性はあると思ってるよ。」

「実際見るまで都市伝説かと思っていましたが、相手はあの『新人類創造計画』の被験者ですよ。あの力に対抗できる民警がいるんですか?」

「いるさ。」

「それは一体『き……ろよ。おい!』……っ!」

 

夏世が疑問を言いきる前に、傍らの無線機から聞こえたノイズと野太いがなり声に遮られる。

夏世は無線機に飛びつき、つまみのようなものを回し始める。声は徐々に鮮明になり、忘れもしない男の姿を空に思い出させた。

 

『生きてんだったら返事くらいしろよ!』

 

空と夏世はお互いに目配せをすると、空は静かに立ち上がりトーチカを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?空、何かあったのか?」

 

外で警戒していた蓮太郎が肩口から空を振り返る。

空は蓮太郎の隣まで移動し、若干辛そうにしながら、答えた。

 

「伊熊将監から無線が来たのと、そろそろ限界だったので。」

「限界?無線の内容は聞かなくてもいいのか、って何だコレ?………コーヒー?」

 

蓮太郎は疑問を持ちながら、受け取ったコップの中身を確認した。

 

「会話の内容はここからでも十分聞こえますから。

あと、………せっかく淹れてもらった物だったので、苦いと分かってながら飲んだんですが、思ったより苦味が強かったもので。」

 

空は口元に手を当て目を閉じている。

蓮太郎はそれを意外そうに隣で見て、少し前までの雰囲気は霧散し、吹き出した。

 

「無理して飲まなくてもいいだろ。てか、ガキかよ。」

「いやぁ、ブラックは苦手なんですよ。」

 

空は笑いながらそう言った。

蓮太郎も笑ったもののすぐに何か葛藤しているような渋面を作る。

 

「……アイツは何か言ってたか?」

 

俺は、俺の言った事は正しかったのか?アイツの言った通り、綺麗事だったのか?

 

あの後、ずっと悩んでいたのだろう。蓮太郎からすれば延珠と同じ年の子供が当たり前に人を殺すことは異常だ。

確かに蓮太郎の前では夏世が内の弱さを見せることは無かった。しかし、蓮太郎の言葉や想いはしっかりと彼女に届いていたはずだ、と空は確信していた。

 

「……『呪われた子供たち』は生まれてからこれまでの日常が当たり前なんです。あの子たちはガストレア大戦の頃を知りません。世間から見放され、憎まれながら生きて、それでもなおこの国や世界の為に戦って。

彼女も彼女なりの解釈があります。達観している分どうしても現実的な選択肢を選んでしまう。」

「それが、あんな命令を下すプロモーターに従うことだと?」

「……嫌がったら彼女はどうなります。そんな命令を下す人間です。自分が無事ですむと考えますか?」

 

蓮太郎はハッとした。確かに伊熊将監は何をやりかねるか分からない。

 

「彼女は殺されるのが怖いと言った。殺すのは怖かったと言った。蓮太郎君は殺される怖さを知っている彼女が本当に殺人に慣れると思いますか?君の言葉を聞いて涙を流すと思いますか?」

「アイツが……。」

「彼女は弱さを隠し、自分さえも騙して、これが彼女なりの生き方なんだと僕は思いました。」

「じゃあ、このままでいいって言うのか?」

 

蓮太郎の目は静かに怒りの色を宿していた。

 

「そんなわけないでしょ?」

「は?」

 

しかし、空の予想外の発言で蓮太郎は目をしばたたかせた。

 

「いいわけないじゃないですか。何ですか、あれだけ説教しておいて自信を無くしたんですか?」

「い、いや、そういうわけじゃなくてな……。」

「はぁ、そんなことでは先が思いやられますね。

分かってるんですか?君がこの作戦の要なんです。聖天子様も言ってたでしょう。蛭子影胤を止められるのは君だけだ、と。それとも一度やられて臆しているんですか?」

 

蓮太郎は図星をつかれていた。一度殺されかけた恐怖はそう簡単に克服できるものではない。蓮太郎の心は正直他の民警に縋ってしまいたい気持ちだった。

しかし、空の言葉を聞いて小さく首を振る。

 

いや、決めたんだ。俺は延珠と強くなる。延珠の為にも、木更さんの為にも。

 

蓮太郎は空を見据える。もうその表情に迷いは見られなかった。

 

「覚悟は決まった、といったところですかね。」

「ああ。」

「……さて、話は終わったみたいです。」

「お2人とも、蛭子影胤の居場所が判明しました。」

 

空たちはトーチカの入り口から夏世に声をかけられた。

 

「うん、しっかり聞こえてたよ。蓮太郎君、延珠ちゃんともう少し休んでおいて下さい。ただ、夜目を利かせるため、焚き火には当たらないように。警戒は僕が1人で引き継ぎます。奇襲は夜明け前にかけるようですし、まだ距離もある為、4時にはここを出ましょう。」

 

本当に空は良く考えている。コイツがいるとスゲェ心強いな。

 

「分かった。」

「……本当に聞こえていたんですね。」

 

空は夏世の言葉を聞き流す。この先、いちいち説明している暇は無くなるからだろう。

蓮太郎は、包帯を外し傷を確認している夏世に近づいた。

 

「やっぱり行くんだな?」

「ええ、あんな人でも私の相棒なので。」

「……そうか。腕はどうだ?」

 

蓮太郎が夏世の腕に視線を落とすと、傷は残らず治癒していた。

 

「大丈夫そうだな。」

「はい。」

 

やっぱ、俺がやるしかねぇよな。

 

その小さくか細い腕を見て、蓮太郎は改めて決意する。

影胤が潜伏する街の方角を見ると、薄暗い雲に霞み、満月が浮いていた。月を背に、鷹揚に手を広げ嗤う仮面の姿を思い浮かべ、拳に力を込めた。

 

影胤、お前は俺が止める!

 

 




内容が千寿夏世についてだったので、書くことが無い(・・;)



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蹂躙された戦場

実は書き貯めてました。次から投稿までまた開きます。
基本原作沿いで空の活躍を間に入れ込んで行きます。
本格的な活躍はまだです。それでも十分目立つんですが、まだなんです。

以上。


夏世(かよ)が加わり、4人で(うつほ)たちは時間通りにトーチカを出た。

目的の街までは少し進めば平野に出る為、慎重を期すべきだという蓮太郎(れんたろう)と空の判断で、道なりではなく回り込むように進む。街の近くで将監(しょうげん)がいる所帯と合流して作戦開始となる手筈だ。

 

「可能性は考えていましたが。」

「この様子から見ると、もう作戦は始まってるみたいだな。」

 

海に近い場所で空たちは夜営の跡を見つけた。煙が出るのを恐れてか、煮炊きをした形跡はないが、携帯食料の袋が散らばっている。

 

焦っても良いことは無いのに。しかも、これだけ大所帯、統率がとれてるとも思えない。

 

「空、街の方で何か聞こえておらんのか?」

「……正直、戦闘音らしきものは聞こえないよ。だけど、まだ距離がある。もしかしたら、街の近くで息を潜めて待機しているだけかもしれない。」

 

まぁ、その線はかなり薄いだろうけど。

 

街まで距離があるとはいえ、その周囲には人影は無いことが空には分かる。ほぼ間違いなく将監たちは既に街の中だろう。

4人は最悪の事態を想像した。

 

「……空が言うようにまだ戦闘は始まってないかもしれれない。急ごう。」

「うむ。」

 

蓮太郎と延珠(えんじゅ)が先行し、その後ろを空と夏世が後方警戒しながらついていく。慎重に迂回し、街が見下ろせる丘まで移動した空たちは不気味なほど静まりかえった街を眼下に捉えていた。

その一ヵ所、教会と(おぼ)しき白い建物にだけ明かりが灯っている。

 

「間違いないですね。」

「あそこか。」

「……神代さん、将監さんが何処にいるか分かりますか?」

 

こんな状況でも落ち着いた様子で夏世は空に尋ねる。

しかし、突如として銃声が聞こえ、空を除く3人は息を飲んだ。最初の一発が合図となり、破裂音のような銃声と高い剣戟音が続く。

 

始まっちゃったか。

 

「蓮太郎っ!」

 

延珠が叫ぶ。

 

「よし、俺たちも行くぞ。」

「私は残ります。」

 

夏世は蓮太郎たちに背を向けていた。

 

「どうしてっ。」

 

声をかけた瞬間、空たちが歩いて来た道から、4本足の獣が弾丸のような速度で飛び出してきた。シカと思われるガストレアは上半身の至るところから皮膚を突き破り角が生えている。

夏世は力を解放し、ショットガンを構えた。正面から受け止めるつもりのようだ。

 

「駄目だよ。」

 

しかし、それはいつの間にか夏世の隣へ移動していた空に妨げられる。

空はどこからともなく取り出した鍔の無い刀『黒曜』を水平に薙ぐ。

ガストレアは夏世へ到達する前に事切れ、地面を激しく転がった。

その出来事に夏世さえも驚愕に目を見開いた。

 

「空、それは……。」

「無駄話をしている暇はありません。僕は夏世ちゃんと共にここへ残りますよ。既にさっきの銃声や叫び声に気づいたガストレアたちが集まって来ています。ここで食い止めなければ、この戦い勝っても負けても全滅です。」

 

確かに鬱蒼とした森からは低い鳴き声や高い唸り声が聞こえている。しかし、蓮太郎からすれば2人で捌ける数ではないことが明らかだった。

 

「じゃあ俺たちも──」

 

夏世はショットガンを天に向けると一発だけ発砲する。すると上空で耳をつんざく叫び声が上がり、怪鳥のようなシルエットが森の中へと墜落した。

 

「──里見さんは馬鹿なのですかッ?賽は投げられています。あなたたちはルビコン河を渡らなければなりません。その代わり、終わったらこっちの加勢、お願いします。」

「蓮太郎君、心配するのは自分の役目を終えてからだよ。

まぁ、僕は死ぬつもりはありませんし、君が勝つと信じていますから。こっちを片付けたらゆっくりして待ってますんで。」

 

蓮太郎は真面目な夏世の後、空の冗談に失笑しかけるも再び気を引き締める。目を瞑り大きく息を吸い、吐いた。

 

「ここは任せる。ガストレアを止めてくれ。ただし無理はすんじゃねぇぞ。」

「安心して下さい、劣勢になったら逃げますので。将監さんを宜しくお願いします。」

「空も絶対に生き残れよ。」

「当然です。」

「頼んだぞ。さあ行くぞ延珠。」

「う、うん分かったのだ。」

 

蓮太郎たちは走りだす。その背中は街の暗がりに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

私だけが残るつもりだったんですが。

 

夏世は隣に立つ空を横目に確認する。見る限りに身体は細く、会ってすぐに聞いた話はどうしても信じられず、先程の動きを見て初めて納得していた。

 

本当に不思議な人です。

 

そんな空は手に持った刀を構えてはいない。右手に鞘を左手にバラニウム製の黒い刀を持ち自然体で立っている。腰のホルスターにはにはベレッタが仕舞ってあったが、使う様子は見られない。

一見、ガストレアたちを相手にするにはふざけた装備だったが、夏世はその姿からは油断を一切感じられない。

不意に空から声がかかった。

 

「夏世ちゃんは堂々と嘘吐くねぇ。」

 

お見通しですか。

 

夏世たちは先程と同様のガストレアと対峙する。

シカのガストレアは低く唸り、身体の変質した筋肉を肥大させた。頭を低く構え角を突き出し突貫するのは誰が見ても明らかだ。

 

「神代さんは折りを見て里見さんの応援に向かって下さい。」

「断るよ。」

 

夏世は飛び込んできたガストレアに散弾を撃ち込み、空は横へ跳んで止めと首を断った。

 

「君の武器ではこの数は対応できないし、遠距離では威力が出ない。かといって、最初みたいに受け止めていればいくら君でも身体が持たない。」

 

確かにそうですが、あの機械兵士を倒すには可能な限り人数をかけるべきなんです。

 

「問題ありません。役目だけは果たすつもりです。」

 

次々と森から現れるガストレアを2人は捌いていく。今は俊敏性の高いイヌのガストレアだ。シカよりも身体が小さい分、動きが見極めきれればショットガンでも対応できるが、いかんせん矢継ぎ早に跳びついてくるガストレアに弾込めしている暇もなくなってきた。

 

「神代さん、行って下さい!あなたは普通の人間で、私たちイニシエーターに比べ、ガストレアウイルスの抗体がありません!このまま戦いの中で傷を負えば、あなたはいずれ死んでしまいますッ!」

 

夏世はショットガンを発砲しながら声がかき消されないように叫んだ。それは悲痛な叫び声のようにも聞こえていた。

 

「それじゃ駄目だッ!」

 

空が叫ぶ。その感情は怒り。しかし、ガストレアに対してのものではない。

 

「それは僕が、特に蓮太郎君が最も嫌う選択肢だ!自己犠牲がそんなに立派だと思うなッ!」

 

夏世は空の優しい印象からは考えられない叫びに、思わず振り向く。

切り伏せられた数多のガストレアの屍の中に空は佇んでいた。その身体には返り血さえなく、立ち回りと技術の高さが窺えた。

 

「心配しなくとも、僕も君も死ぬことは無い。」

 

空は呟き夏世の視界から姿を消す。夏世の死角から迫っていたガストレアを切り伏せた。

それでもガストレアの放出は収まらない。

夏世もそれを見てハッとし、空とは反対に跳びついてきていたガストレアの口へととっさに銃口を突き入れ引き金を引いた。

くぐもった声を発したガストレアだったが、発射された散弾はそれ以上声を出させることなく頭部を爆散させ、紫色の脳漿を地面に撒き散らした。

夏世と空の周りには既に20を超える数の屍が転がっていた。

 

「つッ!」

 

夏世はどうやら先程の攻撃で腕に爪で傷をつけられていたらしい。

だが、そう考えるもすぐに周囲のガストレアに目を向ける。

側まで来た空と死角をなくすように背中を合わせる。

ガストレアは2人を警戒してか、囲むように遠巻きに歩き続けている。

 

「神代さん、このままではジリ貧です。お願いですから今の内に里見さんの応援へ──」

「2回目だけど断るよ。僕はここを離れるつもりはない。」

 

いい加減に

 

「早く行って下さいッ!このままじゃあなたも里見さんも死んでしまいます!私はあなたたちに死んで欲しくないんです。」

 

言葉は最後には絞り出すような小さくなっていた。

 

「君は身勝手だ。」

「え?」

 

夏世は予想外の言葉に呆けた声を上げる。

 

「死ぬのが怖いくせに、僕たちを助ける為に自分が死んでもいいなんて。そんなことされて生き残ったとしても僕も蓮太郎君も絶対に嬉しくないよッ。」

 

空は左側に跳び込んできた1体を斬る。それを見て他のガストレアは跳び込むのを再び中断した。

 

「それに、君は絶対に死なない。僕が死なせない。僕の手の届く範囲で人が死ぬことは許さない。」

「どうして、そこまで……。」

「それが、僕の目指す希望の姿だからだ。」

 

痺れを切らしたガストレアたちは一斉に夏世たちへ襲いかかる。

夏世はそれに反応できたが、一度に3体は分が悪かった。自身に近い順番に真ん中の1体を残し、ショットガンで沈めた。

 

後ろには神代さんが……避けるわけにはいきません。

 

夏世は接敵した時のように身体を張って空を守ろうとしたが、それは杞憂に終わった。

不意に一陣の風が吹き、夏世の目前にいたガストレアは力が抜けたように事切れ、夏世は威力の無い突進を容易に弾き返した。気づけば周囲にいたガストレアも同様に事切れ地面に伏していた。

 

またです。

 

夏世はきっとこれが空から感じていた不一致だと確信した。

出会ってから戦闘が始まっても危機感というものが感じられず、当然のように事を成す。蓮太郎から聞いた話で、民警になって日が浅いと知っていた。それにしては見た目と反した戦闘能力やガストレアに臆することもなく、的確に状況を判断し、指示する能力に長けていると。

 

『秘密は誰にでもあるさ。』

 

まさか神代さんは──

 

「あなたもあの計画の被験者なのですか?」

 

夏世の中では最も考えられる可能性。もしそうであれば、身体能力や戦闘能力もなんら不思議ではない。何より夏世が目で追えないなど考えられない、と夏世は振り向き空を見上げる。空は一瞬、悩む素振りを見せたが、すぐにいつもの優しい表情に戻った。

 

「残念ながら違うよ。身体の構造なんて男女の違いはあれど、君となんら変わらない。」

 

その言葉が本当か嘘か、私にはもう分かりませんが、

 

「今はそれで納得しておきます。それよりも。」

 

今のところ周囲にガストレアの気配は無い。

夏世はずっと気になっていたことを聞かずにいられなかった。

 

「誰かを助けたいと思うことにそれほど難しい理由は無い。現にさっき君は、僕と蓮太郎君に死んで欲しくない、と言った。君はその理由を答えられるかい?」

 

私は何も間違えていない。イニシエーターはプロモーターの道具です。確かに将監さんはここにいませんが、私よりも生きるべき人間が側にいます。生かしたいと思うのは当然でしょう。ですが、

 

「分かりません。」

 

私はこの感情を知りたい。それが自分の存在を否定することになったとしても、神代さんや蓮太郎さんの言葉を信じてみたいと私は思ってしまっている。

 

「助けたいから助ける。ただそれだけの事で、それこそ理由は無いんだ。

僕も蓮太郎君も、君には死んで欲しくないから。」

「……あなたたちからすれば当然のこと、なんでしょうね。」

 

夏世はまだ理解したわけではない。だが、抑揚の無い言葉が今は少しだけ嬉しそうな声を漏らしていた。

 

「ありがとうございます。少しだけ、神代さんの言葉を信じてみることにします。」

 

その言葉を聞いて空は微笑む。そして、望んだ結果に安堵すると同時にこの雰囲気を壊すことを言い出した。

 

「良かった……ふぅ、それじゃあさっさと殲滅してしまおう。そろそろ単調な作業(・・)に飽きてたところだし。」

「………。」

 

この人は何を簡単に言っているのでしょう?

 

「じゃあ、夏世ちゃんはいつも通りにやって。僕は自由に動くけど、ショットガンは僕を気にせず撃っても大丈夫だよ。ちゃんと避けるから。」

「……神代さん、いまいち状況が掴めていないんですが。」

「ほら、第2波が来るよ。」

 

夏世が森へ目を向けると赤い輝点(ドット)が続々と現れる。中にはステージⅢを超えるものもいるようだ。

 

「……流石に厳しそうなんですが。」

 

先程までの威勢はどこえやら、 夏世は本音を漏らした。

しかし、空は気にした様子もなく余裕の笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫、大丈夫。1匹たりとも君に近づけるつもりは無い。面倒だから、一気にいくよ。」

 

空は夏世から5メートル程前に出て、右腕を左側へ引き絞る。

唸り声が幾重にも重なり、重圧と共に森からガストレアの先頭集団が跳び出して空へ殺到した。

 

ほとんどがステージⅡだが、中には数匹ステージⅢが存在した。

あまりにも無謀だ。

それでも夏世は声を上げることはなかった。ガストレア以上に目を引くものがあったからだ。

 

あの刀何か……。

 

夏世が見つめる先で空の刀がうっすらと緑色の光を纏った。

 

「『虚閃(セロ)』」

 

夏世は空が腕を振り抜くと同時に何か呟いたのを聞く。しかし、彼女にとってそれはすぐにどうでもよくなった。

 

「あり、えません。」

 

夏世は瞠目した。

空が振り抜いた一閃はガストレアの集団をまとめて上下に切り裂いた。それは森を抜けて来た集団のみに留まらず、森の中の後続も斬殺していた。

遅れて木々がズレ、倒れる。それによって空の斬撃範囲が明らかとなった。目測でも倒木した範囲は50メートル以上。空から放射状に広がっていた。

 

「………。」

 

……なんて非常識な。

 

流石の夏世でも思ったことを口に出すことが出来なかった。

 

「ちょっと、やり過ぎちゃったかな?ショットガンを撃つ暇も無かったね。でも、……大丈夫だったでしょ?」

 

こんな大事をしでかした当人とは思えない、あっけらかんとした様子で空は夏世へ振り返る。

後に夏世はこの出来事に対し、人生で初めて大きくため息を吐きたくなったと述べた。

 

「前言撤回します。あなたはただの変人です。」

 

夏世の冷ややかな瞳が空に注がれた。

 

「……あれ?」

 

空は辛辣な言葉に疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し遡り、蓮太郎と延珠は建物の影を縫うように街中を進んでいた。後ろに流れていく朽ちた建物を見ながら、蓮太郎は人工的な環境の弱さを感じている。無数に留置された漁船は、風に煽られて軋む耳障りな音を立てていた。

 

おかしい、さっきから銃声も剣戟音も聞こえねぇ。一体どうなってんだ。

 

銃声がした付近に近づきながら、蓮太郎は違和感を感じていた。

影胤(かげたね)を倒したなら、誰か勝ち鬨くらい上げるんじゃないか。何故、こんなに静かなんだ。

そんな疑問を感じながら、蓮太郎の中で不安が徐々に大きくなっていく。

 

気をつけろ、里見蓮太郎。

 

自分に言い聞かせるように注意を促し、これまで以上に慎重にゆっくりと進む。

やがて足に何かが当たり、延珠がそれ手探りで拾い上げると、月の明かりに照らされてその物体が明らかになった。延珠は短い悲鳴をあげて放り出しす。

生々しい二の腕から先は銃を持ったまま切断されていた。

蓮太郎も声をあげそうになったが、なんとか堪える。

その時、平屋の家屋から物音が聞こえ、蓮太郎は危うく発砲しそうになった。

 

「剣は……俺の剣は…………どこ、だ。」

「お前は……ッ、伊熊……将監か。」

 

将監は蓮太郎の声を聞くとゆっくりと立ち上がりフラフラと歩み寄ってきた。

 

目が見えていないのか?

 

「すまねぇ、アンタ……俺の……剣を知ら、ないか。あれがあれば、まだ戦える…………。」

 

蓮太郎は小さく口を開けて、折れた巨剣が将監の背に突き刺さっている光景を、長い間見つめていた。

将監は蓮太郎の横をすり抜けると、膝をつき、大量に喀血し、倒れた。

もう二度と動かなかった。

蓮太郎は事態が予想を超え過ぎて、脳の処理が追いついていない。

 

将監が、死んだ?序列1584位の上位ランカーが?

 

蓮太郎は心の中で夏世に詫びる。

将監の腰に差してあった銃を見つけ、簡単に検めた。スミス&ウェッソン社製オートマチック拳銃、シグマ。やはりというか、40口径のバラニウム弾がフルに装填されていることを確認して、蓮太郎はベルトに挟み立ち上がった。

 

「延珠、通りに出る。ただし、何を見ても声は出すなよ。」

「これ以上、何があるというのだ蓮太郎ッ!」

 

延珠は疑問を口にするが、もう気づいているはずだ。風下にいるせいか、先程から隠しようがない程の濃密な血臭が蓮太郎の鼻腔に漂っていた。

蓮太郎は油断なく銃を構え、通りに跳び出る。

 

「蓮太郎……これは何なのだ……こんなの。」

 

通りは惨殺されたイニシエーターとプロモーターの死体で溢れていた。血の海と化し、中には防衛省で見た顔もちらほらあった。

噎せ返るような臭気の中、蓮太郎は膝から崩れ落ちるのを必死で堪え、燭台が煌々と灯る教会に目を向ける。

死屍累々、地獄絵図。そんな悲惨な通りを教会の上に据えられた聖十字が冷ややかに見下ろしていた。

 

「パパァ、ビックリ。あいつもう動けるようになってる。」

 

その時、桟橋から聞き覚えのある声がして、振り向いた。

そのペアは桟橋の先端に佇み海面を眺めていた。

片方は腰に差した2本の小太刀に、黒いワンピース。もう一方はワインレッドの燕尾服に袖を通した仮面姿、シルクハットの怪人だった。

忘れもしない、蓮太郎を一度死の淵へ追いやった存在。

 

「影胤……ケースは、どこだ……ッ!」

「きっと来ると思っていたよ。」

 

覚悟を決めろ。後ろでは空たちが戦ってんだ。逃げるわけにはいかねぇッ!

 

月を背後に、二挺拳銃を持った蛭子影胤はゆっくり振り返り、鷹揚に手を広げた。

 

「幕は近い。決着をつけよう、里見くん。」

 

 




前話と同じく書くことありません。ご質問やご意見ありましたら気軽にどうぞ。
登場人物紹介、そろそろ書き足そうと思います。


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