暴姫さん? オレ遊んでくるから (フリードg)
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0話

 

 

《ダリア学園》

 

 それは膨大な生徒数と敷地を誇る世界に名立たる名門寄宿学校。

 その学校では二つの国の生徒が集い、二つの寮に分かれていた。

 

 

 東和国専用     黒犬の寮(ブラックドキ―ハウス)

 ウェスト公国専用  白猫の寮(ホワイトキャッツハウス)

 

 

 それらは 互いの国同士が敵対している事もあり、必然的に寮同士の関係も険悪。いや 敵対関係にある。顔を合わせる度に争い(けんか)が繰り広げられ続けている。

 

 毎日、毎日 今日も明日もその後も――戦い(けんか)を続けていた。

 

 

 

 そして ここの生徒は東和国とウェスト公国の二国のみだが、たった1人だけ例外が存在していた。

 

 東和国よりも更に東部に位置する極東の小さな島国の王族がこの学校に入学しているのである。

 

 二つの国以外の生徒がいる事、それ事態が異例だと言っていいが、そもそもがその極東の国は殆ど鎖国国家も同然であり 外交なんてものは 歴史上でも殆ど無かったのだが 彼は入学している。水面下では接触があったのでは? と周囲では噂されていたがその真実は誰も知る由もない。いや――彼の国と、この学園を運営している二国しか知らない事、だろう。

 

 

「……いやぁ あいつらも飽きないねぇ~ いやほんと。マジ見てるだけで面白いし退屈しねぇし。ここに来て正解ってな。親父には感謝だ。今度帰ったら肩でも揉んでやるか」

 

 大きな大きな木の上にて、毎日続く争い(けんか)を眺めている男。彼こそがかの国の王族。第二王子である。

 

 王族と言えば気品に満ちていて、規則正しく、礼儀正しく、凛としていて模範となる様な英才教育を受けていて~…… というイメージがつきものだが、生憎全くそう言う気配は見えない。だらしなく寝転がり 更には大きな欠伸を1つさせていて、喧嘩が始まってるのに止める事もしない。勿論加わる事もしないで、ただただ眺めていた。

 時折 頬が緩むのは本当に楽しんでいる証拠の様だ。喧嘩眺めて楽しむとはあまり良い趣味とは言えないが、それはそれである。

 

「ほんっと面白いわよねぇ。毎日毎日やってて疲れないのかしらぁ?」

 

 彼の隣には 二つの寮が争っているのと同じくらい毎度恒例とも言える1人の女性がいた。

 彼女も彼と同じ立場と言っていい。

 彼女はウェスト公国の第一王女 シャルトリュー・ウェスティアなのだから。

 

 そして いつも彼の傍にいるのは彼女くらいのモノだ。

 

「ま、面白いって言えば 私はキミにも言える事だって思ってるんだけどぉー? 同類項? その言葉が一番しっくりくるわねぇ」

 

 微笑みながらそう言うシャル。本当に誰もがその美貌に見惚れてしまうであろう完璧だ! と言えるのだが お生憎。そんな100万㌦の笑顔も彼には全く通じない。

 

「あーあ、まーた かまってちゃんがやって来たよ。そんなんじゃ暴姫(タイラント・プリンセス)って名が泣きそうじゃね? ほれほれ それにオレなんか見ててもつまんねーだろ? 下で混ざってきたらどーだ?」

 

 ケラケラと笑いながらそう言う。

 さらっと出てきたが、シャル姫には暴姫(タイラント・プリンセス)という異名がついていて、これまた王族と言うイメージがガラガラ~ と崩れそうな気が…… しないでもない。外見だけはパーフェクトだから。……いや。外見だけは言い過ぎかもしれないが。

 

「か、かまっ……!! キミねぇ~……仮にも私の未来の旦那さんになるって言う自覚は無いのかしらぁ? それに あんな乱闘の中に入る訳ないでしょぉ? 汗臭いし、汚い、その上疲れちゃうじゃん!」

「ふーん。の割には、いっつも楽しそうにからかってんじゃん。ほら、アイツ(・・・)の事とかさぁ。この間なんか 男子顔負け豪快ダンクシュートまで決めちゃってさ? いやぁ ありゃ惚れ直したわ」

「あー…… まぁ 否定はしないけどぉー。んん? 惚れ?? キミの口からそ~んな言葉が聞けるなんて今日は雨を通り越して雪かもしれないかしらねぇ?」

「んにゃ。お天道様はバッチグーだ。ぽかぽか陽気だ」

 

 色々と説明が抜けた状態なので ここで少しだけ説明をしよう。

 

 彼が住まう国は殆ど鎖国国家。

 だが唯一の外交手段として、その国では世界的にも大変珍しい鉱石が多品種とれるのだ。

 

 希少である特産品を幾つも抱えている云わば超大金持ちの国とも言える。 

 数多の国がそこと交流を持ちたくてコンタクトを取り続けていたが、拒み続けて早30年。

 

 その鎖国国家に天才児が生まれた。

 

 幼き頃より何をやらせても全てを熟し、齢5の歳で国での最高の栄誉である博士号を取得。更には身体能力も抜きんでており、齢10の歳で大人と勝負に明け暮れた。

 

 興味を持った事はとことんまで行い、全てを極めていく。王族は100年に1人の天才が生まれた、と歓喜していたのだが…… その彼は一国に収まる様な器ではなかった様……というより元気があり余り過ぎて、直ぐに外の世界に興味を持ってしまった。その知的欲求が留まる事は無く、国を捨てて亡命してでも出ていく! と宣言した時に、彼の父親である国王が外交を認めた、というのがこのダリア学園へ彼が通っている真相。

 

 色々と型破りではあるが、幼い子供で、超天才で、息子で……と色々頭が混乱しそうだが、亡命などされてしまっては国中が大パニックになってしまう。だから選択の余地が無かったとも言えるかもしれない。

 

 そしてウェスト公国との関係は細いとは言え全く知らない間柄ではなく、鎖国国家と言うものも、もう時代錯誤と言えるかもしれないと考えだしていた事もあって、その橋渡しとして、というのは ある意味嬉しい誤算だったかもしれない。

 

 軈て、ウェスト公国から東和国と、少しずつではあるが国は鎖国からの開国を決定した。

 

 

 

 友好の証として――、シャル姫と彼の婚約を決めた。これが2人が10歳の頃の話。

 

 

 

 シャル姫は、友達と呼べる者など身分を考えればいるハズもなく、どれだけ我儘を言おうと、何をしようと 誰ひとりとして叱ろうとしなかった。そしていつもいつもご機嫌伺い。1人の人間として見てくれてないような気がして、それが嫌だった。我儘に我儘を重ねて 妙な渾名がついて…… そんな時に出会ったのが彼だ。

 

 当初こそは シャル姫も王族に必要な政略結婚、と言われても 嫌悪しかなかったのだが……。

 

『もっと笑えよーっ そーんな作り笑いしてたら、眉間に皺が出来る~って兄貴が言ってたぜ?』

 

 いままでの誰とも違う質の笑顔で話しかけられた。

 

『こらこらこら。あんま迷惑かけてやんな。流石にそれは駄目だろ? ヤリスギ』

 

 間違えてる事をちゃんと間違えてるって言ってくれた。目を見て話してくれて、怒ってくれた。

 

『……ふふっ』

 

 だから、シャルは作り笑いなんかじゃなく、心から笑う事が出来た。

 

『キミとなら毎日が楽しいかもしれないね』

『保証はしねぇけどな? ま、《オレが楽しい》って言うのは間違いないかもな』

 

 次第に彼に惹かれていた。自由奔放な生き方、乾いたスポンジの様にあらゆる事を吸収していくその力。何より屈託のない笑顔。

 

『ハオ・隼。貴方は私のモノだから!』

『そりゃ遠慮させてもらおうかな~。オレ、モノじゃないしぃ~』

『わ! まちなさーい!!』

 

 毎日が楽しかった。

 

 その後も、自分にとっての大切な友達が出来た。親友と呼べる女の子と巡り合う事が出来た。それもこれも全部彼の…… ハオのおかげ。

 

 

 

 

 

 そして、元気に成長して今に至る。

 元気過ぎると言う所は今も尚健在だ。

 

「お、そうだ。さっきのだけど」

「? 何の事かしらぁ?」

「ほれ、未来の旦那さん~とかなんとかってヤツ」

「ん~ 間違ってないでしょぉ? なに? こ~んな可愛い私と結婚できるって事実を改めてかみしめてるのかしらぁ? 感激のあまり」

「いやいや。今までなーんかスルーしてきたけど、これって親父たちが勝手に決めた事だろ? そんなモンはとーぶん先の事だし、ってか するかどーかも決めてねぇってオレは思ってるし。……つか、オレらまだ学生だぜ? 早過ぎだろ? というか10くらいの頃に最初に言われたんじゃなかったっけ……?」

「それでもキミはもう私のものだから。逃がすつもりなんかこれっぽっちもないんだけどぉー?」

「おーっ、やっぱりキミは凄く怖いわぁ~。んじゃ オレは怖くてたまらないからさっさと 脱走(とんずら)するわぁー」

「コラ! 変に喋り方真似しないでくれる!? って、逃げるなっ!」

 

 彼女の制止も聞かず、器用に木の枝をスイスイと伝って下へと降りていった。

 

「……もう」

 

 いつもは追いかけてる所だが、彼女はただただ彼を見ていた。

 

 今は黒犬と白猫の喧嘩の真っ最中。そんなドンパチな中に彼は飛び込んでいってしまった。森の中に隠れるみたいに、あっと言うまに人込みの中で見失ってしまったから。

 

「キミと…… ハオとペルちゃんくらいじゃない。私の事を見ててくれたのは。私の事、ちゃんと見て接してくれたのは。……あなた達2人は ずっとそばにいてて欲しい天使だから。……天使? う~ん……、キミはそこまで可愛くない……事もないかな?」

 

 男に対して天使と言う単語を使うのはどうか、と思った彼女だったのだが、彼女にとっての彼は 間違いなく天使だからよかった。それ以外の男には絶対に使わないが。

 

 

『オラーぁ! ろみおーっ! 物足りなさそうな面すんな。オレが相手してやるからよぉー!』

『うぉわぁっ!? て、てめーはどっから降って来てんだよ!』

『きゃわあっ!! と、突然上から降ってきて いきなり何言ってんのよハオッ! 犬塚は私の相手よ! 邪魔しないで!』

『おっ、わりーわりー オレ 基本的に白猫と黒犬のどっちに着く~ とか無いんだけど、ペルシアをメチャ心配してるこわーいお嬢さんがさ、今も見てるみたいなんでちょっくらボディガード役をってな?(逃げた分を返そうと思ってるし)』

『そんなの私には必要ないわよ!』

『いやはや、やっぱここのお嬢さんはほんとに皆怖いな。勇まし過ぎだって、色んな意味で』

 

 

 今日も一段と騒がしい。

 

 いつもいつも、続いていく。騒がしくて そして楽しそうなこの光景が続いていく。

 喧嘩三昧だが 今日もある意味では平和な一日。

 

 

 そんな日 改めてシャルは心に決めるのだった。

 

 

「ぜーーったい逃がさないわよぉー。暴姫(タイラント・プリンセス)の名にかけて……ね。……………ぜったい私の、虜にしてやるんだから」

 

 

 



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1話

 

 

 今日も一日平和。

 

 良い天気で絶好の昼寝日和と言える気候。

 

「ふぁぁぁ………(シャルがいないからだな。静か過ぎるのは……)」

 

 静か過ぎる事が逆に不自然さ? を醸し出していたからか、芝生で寝転がっていたハオは ひょいっと起き上がった。

 

 

 休み時間ももう直ぐ終わりであり、今の自分は白猫の方の授業を受けている為、いるのは白猫(ホワイトキャッツ)側だ。

 

 

 

 因みに最初こそは其々の寮を行き来している為、色々と大変だった。

 

 

 

 やれ回し者~とか、スパイか~! とか、血気盛んなお互いの学生たちに揉みくちゃにされたりしてきた。自国では自分自身は特別待遇であり、自由奔放にしていても大してお咎めなし……と言うか、こうやって乱暴? にかかってきたりはした事ない。(武道の授業の際を除いて)

 だから、それ自身もハオにとっては刺激的なモノ。全部笑顔で受けていて、どっちでも無双をしてしまった日には もう特別枠? みたいなモノが学生間の中で定着した。

 

 そして何処か憎めない性格、天真爛漫な性格もあり 絡む事も多く 何より一応某国の王族なのに、そんな素振りは一切見せない(~王子とか~様とか絶対に呼ばせなかった)所も非常に好感度アップにつながって、またまた極めて異例とも言える、両国共にの人気者になっていたりしている。

 

 

 

 と言う訳で、場所を細かく説明すると 今は体育館。

 

 

 今日の授業は剣術。勿論真剣なんか使わず木剣で(当然だ)

 そこではいつもいつも真剣そのもの。鬼気迫る勢いで授業を受けているペルシアの姿が一番目立っていた。

 今も男子相手に圧倒して、相手の木剣を弾き返す姿は、男も女も惚れてしまいそうな感じだ。

 

「ま、まいった……」

「ありがとうございました!」

 

 礼に始まり、礼に終わる。それも決して忘れないまさに文武両道の才女。

 

 ハオは、やるね~ と口笛をぴゅ~♪ と吹かせていたら、返事と言わんばかりに木剣が飛んできた。回転しながら飛んでくる木剣の柄の部分を器用につかみ取るとハオは口笛の次にはため息を吐いた。

 

「……渡すにしても ふつーに渡してくれね? いつもいつもビックリするからよ」

「余裕で取っておいて、何を今更。……今日こそ、貴方に勝つわ、ハオ! 受けなさい!!」

「ほんっと、色んな意味で つっよい女だな。 ま、そこが良いんだけどよ♪」

 

 にぃ、と笑いながら ひゅんひゅんと木剣を器用に数回まわした後、両手で柄を握った。

 

「ペルシア様! 流石に連続での試合はお体が………」

「スコット、止めないで。……私自身をもっと追い込む為でもあるのよ。もっともっと、強くならないといけないから。……世界すら変えちゃうような、そんな強さを私は目指している。……それを体現してる相手が目の前にいるのよ? やらない訳にはいかないじゃない」

 

 目の前の男は飄々としているし、そんなイメージは皆無だって言えるかもしれないが、辿ってきた経歴を見れば一目瞭然だ。

 

 鎖国だった彼の祖国を開国した。

 更には異例中の異例。一触即発状態の両国において、その両国の許可を経て両方の学校にいる。今は 白猫にいる。

 

 これを世界すら変えた、と言っても良い。それ程までの強さを持っている。

 ……目の前のハオは その国、その世界のルールすら変えてここに立っているのだから。ペルシアにとっては最目標だと言って良い。

 

「んん? オレは『自由に楽しく』 ただそれだけしかしてないぞ?」

「普通に言わないで! そのスケールが違い過ぎるって言ってるの! さ、手合わせ……よろしくお願いします」

 

 ペルシアはそう言って構えた。それを見てハオも一先ずは頷く。これは授業。このダリア学園に今は興味の全てが集中している。だからサボったりするのは非常に勿体ない、と常々思ってるから。

 

「ほいほーい。んじゃあ シャルに怒られない程度にな? それでいいか?」

「…………でも、手加減は絶対無用よ」

「りょーかい。んじゃやろーぜ」

 

 手加減無用、とペルシアに釘を刺されたハオは ただただ笑っている。

 ペルシアは その笑みにかちんっ! と来た様だが 気を持ち直して攻めあるのみ。と言わんばかりに突進して突き。

 

 それを巧みに躱して追撃して…………………。

 

 

「はい。そこまで」

 

 ペルシアの剣を奪って終了。

 

「くっ………」

 

 ペルシアは、負けた……と言う事をなかなか受け入れる事は難しく苦い表情をしていた。例え相手が相手。実力差があり過ぎる……と言っても、彼女は負けず嫌い。口にしている様に、世界をも変える程の力を目指している身からすれば、やっぱり負けの二文字は苦痛以外の何でもない。

 

「ありがとう……ございました……」

「ん。前より速度が上がっててキレッキレ。それに一撃も重くなってたし。大したもんだ。オレもうかうかしていられねーってな」

 

 にっこりと笑うハオ。それを見たペルシアは。

 

「今は無理でも……笑えなくするくらい追い詰めてあげるから覚悟しておいて」

「そりゃ無理だ」

「!!」

 

 真っ向から否定されたペルシアの眉間には皺が寄ってしまうのだが、直ぐにその理由が判明したので 元に戻った。

 

「負けた~程度じゃオレの笑みってヤツはなくなんねぇよー。笑わなくなんのは興味がなくなった時だけだからなぁ」

「……そう、ね。ハオならそう言うわよね」

 

 気張ってた自分がバカらしくなったのか、ペルシアはただただ苦笑いをしていたのだった。

 

「次は僕だ!! 覚悟ーーーっっ!!」

 

 と、掛かってきたのはスコット君。白猫の中でも狂信的なペルシア信者~と言って良い男であり、それなりの武道の心得をもっている。容姿端麗にして学業も悪くない所を見るとそれなりに偏差値が高い白猫内においても色んな意味で上位に位置するんだけど、残念な男だ、と烙印を押されそうな男だったりもする。

 

「ぜーんぜん遅いぜー とりゃあ!」

「へぶんっっ!!」

 

 当然スコットの木剣がハオに届く前に、ハオの木剣がスコットの額に直撃して沈んだ。

 

「不意打ちとか 男らしくねぇぞースコットー! ま、オレは歓迎するけどな? そーいうのあれだ! けっこう燃える!」

「ぐ、むむむ…… つ、つよすぎー……」

 

 がくっ と倒れたスコット。

 体育館の真ん中で倒れられたら皆の邪魔になるので ひょいと担いで隅っこに座らせた。

 

 座らせて、ハオ自身も少し離れた所で休息をとってるとペルシアがそばへとやってきた。

 

「ほんと強いわ……。どうやったら そこまでになれるのかしら」

「ん? なーに言ってんだ。ペルシアだって大したもんだぜ。オレだって全然余裕とかねぇもん」

「それは嘘ね。手加減してる、とは思いたくないけど 最中にやっぱり笑みが見えた、息切れしてる様子も全く無かったし。……まだまだ私が格下である証拠よ」

「どんな事で楽しいとどーしても笑っちまうんだ。失礼って思われるかもしれねぇんだけど、こればっかりはなぁ……」 

「ふふ。ま 相手を陥れた~とか、悪事をしてて~ とかで笑ってたら 人として軽蔑するけど、そんなトコは無いでしょ?」

「あー、幾らなんでもそりゃねぇな。確かに」

 

 笑って笑って、笑う事が強さに繋がるのであれば ペルシアだってそうするだろう。

 だけど それだけではない筈だ。才能だけでのし上がれるほど、その世界のルールを変えるほど、きっと甘くはない。他人には言わないだけで、相当な努力をしていると思う。本人がそれを努力とは取らず、『楽しんでやってる』としているから、本人の資質も合わさってあっという間に向上していくと言う最高の循環になっているのだろうと想像がついた。

 

「私もあなたの様な強さが欲しい。だから誰にもなめられるわけにはいかないから強くならないといけない。………なのに」

 

 ペルシアの顔が徐々に歪んでいく。怒気を含んだものへと代わっていっていた。

 

「なのに、犬塚……いつもいつも手を抜いてきて、馬鹿にしてるわ………」

「いぬ……? あ~露壬雄(ろみお)の事か。アイツがペルシアを馬鹿にしてる? オレにゃそうはみえn「してるわよ!!」うおっ!!」

 

 それとなく、犬塚をフォローしようとしたハオだったが、猛烈な勢いで否定されてしまった。それどころか襟首持たれて前後左右にガクガクと高速振動付き。

 

「いつもいつも攻撃は手加減! 私を喧嘩から遠ざけようともしてるし……それがバカにしてないならなんだっていうのよーーっ!!」

「あぶぶぶぶぶ!!! わわわ、わかかかったかかかららら、ぺぺぺぺ、ぺるぺるぺる お、おちちちちつつつけぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 

 一通りガクガクさせたら落ち着いてきたのか、解放してくれた。

 

「ご、ごめんなさい。これは私の問題なのに……。私が犬塚を倒せる、圧倒できるくらいの力があれば、犬塚だって本気で来ざるを得ないのに……」

「ふぃぃぃぃぃぃ…… 今の力、さっきん時よか強かったんじゃね? ぁぁ、首いてー」

「も、もう! ハオもからかう気?? シャル姫に言いつけるわよ!」

「わりーわりー。そりゃ勘弁してくれ。シャル怒らせると面倒だし……。 んー」

 

 ちらりとハオは体育館の窓を見た。

 そこには人影があり、誰かが中を覗いていた。スコットを運んだ時に気が着いたのだが、どうやら相手は 今のペルシアとの話題の人物の様だ。

 

 そして、それと同時に外が騒がしくなってきていた。

 

「ん……? 何かしら?」

 

 ペルシアはそのままここから退席。

 

 

 それを見計らってハオは 周囲に誰もいない事を確認しつつ、独り言を言う様に覗き者に。

 

「おやおや、ここは白猫領土なのに黒犬の珍客が1人。ストーカーですかー? いつから影からこそこそするよーになったのかなぁー?」

「う、うっせーよ………」

「ん? バレてんのに、何か余裕じゃね?」

「あのアホメガネを連れてきた時にバレたのは判ってたんだよ。……バレたのがお前でとりあえず安心だが……」

「いやいや。校内に侵入したヤツを見逃せって? オレ今一応白猫の生徒って事になってんだぜ? 最低限の義務っつーか、責任っつーのがあるだろ」

「う、そ、そこを何とか……」

 

 

 押し問答をしてる時、外が更に騒がしくなってきた。

 

 

白猫(ホワイトキャッツ)のヤツに、黒犬(ブラックドギー)は弱いってバカにされたから! だからやり返した!! 文句あるか!!』

『なんだ! その口の利き方は!!』

『うっ……!』

 

 声色から子供の声と殴る音。喧噪が聴こえてくる。

 

「ちぃっ!」

 

 外にいた犬塚も当然ながらそれに気づいた様で、直ぐに離れていった。

 

「アイツ、隠れて見てたんじゃねぇの? それは兎も角 オレも行ってみっか」

 

 ハオも様子が気になった様で、体育館の外へ。

 

 

 そこでは丁度、黒い制服を着た初等部の男の子がペルシアに飛びかかっていってた所だった。

 

「ちっくしょーー!! なめるなーーー!」

 

 その小さな体で、まだまだ発展途上で、頼りないと言ってもいい身体で懸命に立ち向かおうとペルシアの身体に全部ぶつけた。それを正面から受け止めたペルシアは 笑っていった。

 

「なんだ、できるじゃない。それが強さよ。ほら鼻血を拭いて もう帰りなさい」

 

 持っていたハンカチで男の子の血を拭うと。

 

「次からは正面きって勝負に来るのね。お姉さんがいつでも相手してあげるわ」

 

 その鼻先をぴんっ と弾いて笑顔でそう言っていた。

 

「何してんだよ! それじゃ黒犬(ブラックドギー)に舐められる……「ほいストップ」ぐえっ!」

 

 ぐっ と襟を掴んで今にも突っかかりそうな目の前の血気盛んな男を1人止めたハオ。

 

「らくがきがどーのとか、バカにされたーとか 聞こえたから 大体事情は読めた。でもよー、子供がイタズラしたから。だからぼこぼこにしましたー、って……結構格好悪いって思うぞ? 舐める、舐められる以前の問題で。狼狽えるのも 格好わりぃって思うし」

「ハオの言う通りよ。……それに白猫(ホワイトキャッツ)ならもっと気高くありなさい」

 

 ペルシアの言葉に、後から来たとはいえハオの言葉。ダブルコンボが聞いたのか 何も言い返す事なく黙った。

 

 でも、この男の子が悪い事をした事実は変わりない。

 

「こーら。確かに 仲間をけなされたりすりゃ、怒るのも無理はねぇよ。そう言う気持ちってのも悪くねぇって思ってる。でも、やっちゃいけないラインってのはしっかりと頭に持っとけよ? 建物に罪はねーし」

 

 はぁー と拳に息を吹きかけて軽く頭にゲンコツを落とした。

 

「いたっ!!」

「は、ハオ兄ちゃん……」

「と言う訳で、お前ら3人! 今からピッカピカにする事! やる前よりも美しく、だ。……反省して、ちゃーんと出来たら、また遊んでやっからよ」

「う……うん……」

 

 これで万事解決! と思っていた矢先。

 

「あ!」

「………」

 

 なんか、犬塚が直ぐ横まで来てた。

 

「飛び出しちまったの忘れてた……」

 

 らしいです。

 

 

 

「アホなのか?」

 

 

 と考えるよりも先に言ったのも無理ない事だった。

 

 

 



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2話

 

 

 

 突然の犬塚の登場。

 当然ながら、場は騒然とするし、何より敵国の……じゃなく黒犬の犬塚と言うだけで十分過ぎる程のインパクトがあった事だろう。だがそれでも直ぐに冷静に、激昂しつつも相手をしっかりと見たペルシアは直後に臨戦態勢になるのは流石の一言。

 

「何をしに来た! 犬塚!!」

 

 そして、ペルシアを守る様に左右に控える白猫の生徒達。その中には先程までダウンしていた筈のスコットの姿もある。ペルシア絡みになると 不死鳥の如く復活する事は今まででも何度か見た事ある。黒犬に、犬塚に何度かぶっ飛ばされたりする事がどちらかと言えば多いスコットなのだが……この辺りはある意味凄い。

 

「アホめ……」

 

 あっちゃぁ…… と頭を抱えるハオ。

 

 

『ハオ! アンタがこっちに連れてきたの!?』

『何か、犬連れてきたのか!? みたいに聞こえるな? その言い方だったらさぁっ?』

『この状況で笑うな!!』

 

 

 と、入ったばかりの最初の頃ハオだったらこんな感じのやり取りをするだろうけど、流石にそれは無かった。そもそも朝からずっとこっちの授業を受けているしこんな事する暇が無いのは周知の事実なのだが……と言うツッコミは置いておこう。この辺は理屈じゃないから。

 兎も角犬塚は言い訳を頭の中で探しつつ口にしているのがよく判る。

 

「ま、待て待て!! オレは喧嘩をしにきたわけじゃねぇんだ!!」

「じゃあ何の用よ!?」

 

 当然の追及だろう。

 そこへやれやれと首を振りながら助け船を出そうとしてるのはハオ。

 ハオは、先ほどの黒猫の男の子とのやり取りから判る様に何だかんだで面倒見が良かったりする。

 

「こいつらを連れ戻しに……だろ?」

「あぅっ」

 

 ハオは 男の子の頭の上にぽんっ と手を置きつつそう言った。

 

「理由知らんかったら無理ねぇって。白猫生徒に連れてかれる姿をみりゃあよ?」

「あ、ああ! も、勿論それも(・・・)ある!」 

「…………」

 

 連れ帰る為だけ。それが理由、と言う事にすれば簡単だし 最小限で逃げれる? ハズなのに自分から広げていってたのを見たハオはまたまたため息。

 

「あー、ろみお? こいつらはオレに任せといてくれ。汚したトコちゃーんと掃除させっから。そしたらオレが連れて帰るよ」

「お、おう!!」

 

 少々強引ではあるが、これで終わらそう、としたんだけど 流石はペルシア。抜け目がなかった。

 

「ちょっと待ちなさい。……『それもある』って事はまだ何か目的があってこんなトコまで侵入してきたんでしょ! 一体何が目的なの!」

「っ……」

 

 当然追及が入った。

 それ以上はフォローするつもりはもう無かったハオはと言うと。

 

「そりゃそーだな。よくよく考えてみっと 幾らこいつらの為もある、とは言っても こーんなトコまで入ってくるなんて流石によ? 黒犬んトコって今は数学の授業だろ? 確か。……サボってて良ーのか? 藍瑠(あいる)にぼっこぼこにされたって オレは知らねぇぞー」

「う、うぐ……」

 

 犬塚の最大の弱点? それはハオが言っていた藍瑠と言う人物。犬塚との関係は何なのかは また追々。

 

「白状しなさい。……事と次第によっては 覚悟するのね」

 

 男の子達には厳しくも優しく諭す様に言っていたペルシアだったが、当然犬塚には容赦の欠片も無い。下手な言い訳は火に油どころか火薬。

 

「う、そ、それは…… ぺ、ペルシアに……こ、こっ、こく、こくこくこく……」

「? こく…… 何よ?」

「っっっ(近ッ)!!! こ、こく…… 告訴だ!! 告訴してやる!!!」

「はぁっ!?」

 

 何を言い出したかと思えば 言うに事欠いて《告訴》。

 捜査機関に対して犯罪を申告して処罰を求める~ と言うのが告訴だが、現時点で同じ学園とは言え白猫側に不法侵入と言う 犯罪に近い事してるのは犬塚の方だろう。ペルシアの怒りもよく判ると言うものだ。

 何か言い返そうとする間もなく。犬塚は逃げ出していた。

 

「あ、逃げた」

 

 脱兎のごとく……と言う感じだ。脱兎と言うより、脱犬? 非常に速い。 

 色々と含めて、あまりに面白い光景とやり取りだったから、もう堪えきれなくなったハオは思いっきり噴き出し、大笑い。

 

「ぶあっっっはっはっはっはっっ!!! なんで告訴っ!? 入ってきたの犬っっ、ろみおのほーっっ! このじょーきょーで? なんで!? あーーーっはっはっはっは! いいわけするにしても、もーっちょっと考えろよなぁー。あーーーっはっはっはっは!!」

「笑ってんじゃないわよぉぉ!!」

 

 ペルシアは、隣で大笑いしてるハオの事もムカついた様で、また襟首をつかんで引き寄せて特大シェイク!

 

「ほら見なさいよぉぉ!! アレでバカにしてなくて何なのよっっ!! 告訴っ!? なんで私が告訴されなきゃいけないのよっっ!!」

「あぶぶぶぶぶぶっっ!! ぺ、ぺる、ぺるぺるし、わか、わか、わかったっ!! わかったわかったぁぁぁ!! き、きもぢわるいから、や、やめやめーー」

「ペルシア様おちついてーー!」

 

 頑張って気を静めようとしてくれてるんだけど……ペルシア全然放してくれない。

 

「どーなのよ!! なんとか言ってみなさいよーー」

「いえいえいえいえ、いえるるるるかぁぁぁ」

 

 時間にして2~3分ほどシェイクされたハオ。頭の中からぐるんぐるんになったのは言うまでもない事だろう。

 

 

 その後は気が済んだのか、ペルシアの機嫌が少しは晴れたのか判らないが解放してくれて、丁度稽古も終わり。

 

「あーうー……首いてぇー ペルシアってぜーーったい、腕力アップしてんだろ ありゃ……、ぜんっぜんオレ離せなかったし……。脳ミソかき回された気分だわ」

「そーぉー? あー、でもペルちゃん毎日頑張ってるからねぇ。女の子に言う言葉じゃない、って思うけどさぁ」

「それも認めるって。オレの眼から見ても頑張り過ぎって思う程やってるしさー。でも、ぜーーったい犬塚絡みだと思うんだよなぁ。あの面白パワーが出んのって」

「……ふぅぅん(犬塚………ねぇ)。でも 私はハオがペルちゃんからかったからだーって思うんだけどぉ……その辺は どー思う?」

「あん? オレ? あー、それもまぁ あるかもだけどな。ペルシアの事でちょっと楽しんだりしてるしなぁ~♪」

「うわぁー ドSねぇー」

「ぜーーったい言われたくねぇよぉ」

 

 自然に会話が繋がっていくケド……当然会話の相手は 説明なくとも判る通り 音も無く現れたシャル。

 普通ならその時点で驚きそうなものなんだけど、ハオはそうでもない様子。

 

「やーっぱり、ハオってサプライズ効かないわよねぇー? 愛しのシャルちゃんが突然戻ってきたって言うのに張り合いないわぁ」

「あー。ま、いつもの事じゃん? 突然背後に、とか。こんなんで驚いてたら身体もたんって。それにサプライズ~って言うなら今日のでお腹いっぱいだわっ。沢山笑わさせてもらいましたよー? はい」

「ペルちゃん、今日も色々あるって思うからぁ、報告聞こうかしら? その結果次第じゃ ハオ、今日はお説教よぉー」

「……そりゃ勘弁してくれ」

「んー…… どーしよーかしらねぇ……。ん~ なら膝枕とぉ添い寝で許してあげようかしらぁ?」

「さてさてぇー 今日はこれでお終いだしぃ~ 自分の部屋戻るわぁー」

「こらっ!! 真似するな! スルーもするなっ!」

「ちゃおっ!」

「逃ーげーるーなー!」

 

 シャルのおねだり? は当然ながらスルー。ある程度の事なら(買い出しの手伝いや学業、公務に関する事 等々)聞いてやるハオだけど、今回のは訊いてあげなかった様だ。

 

 白猫の王女シャル姫はまるで猫の様に身軽にハオを追いかけるが、ハオだって負けておらず、すいすいと逃げていく。これも恒例行事の1つ。

 

「あっはっはっ! ……って、ん??」

 

 それは 逃げてる最中だった。

 

 

 今日は本当に色んな事が起こると更に実感したのは。

 毎日が騒がしい学園だが、また違う種類のモノが起きた。

 

 視界の端にちらりと見えたのはペルシアと黒犬の面子3人。3人がかりでペルシアを抑えつけてるのが見えた。

 

「あー、シャル?」

「逃げるなー!! って、何よぉー。珍しいわねぇ。今日は観念したのぉ?」

「んーーーっ」

「…………にゃぁっっ!?」

 

 ハオは、ぴたっ と止まった後にシャルを待って、思いっきり抱き着いた。

 

「今日はコレで勘弁してくれっ! ちょーーっと用事が出来た。オレちょっと遊んでくるからよっ!」

「は……? はぁ……っ?」

「ほらほら、まだ足りないか? よしよし、よーし」

「ふぁぁ……っ」

 

 抱きしめた後に頭を撫でた。

 さっきまで身軽にアグレッシブに動いていたシャルだったが、借りてきた猫の様に大人しくなった。それを確認した後に、解放。

 

「んじゃ 気を付けて帰るんだぞぃ? オレ明日から黒犬の方だから このままそっちの寮に行くからよー」

「…………うん///」

 

 因みに こう言うスキンシップは初めてではない。

 あまりに暴走しそうなときに、極たまに ハオはシャルを止める時に使う必殺技である。

 

 シャルがちゃんと立ってるのを確認すると、ハオはまた 素早い動きでこの場からいなくなっていった。

 

 



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3話

 

 

 ハオが見たのは2人に襲われているペルシアの姿だった。

 

 普段のペルシアなら2~3人に襲われた所で十分返り討ちに出来る。それに見かけた相手は大したことがないで有名な2人だったから。どこか抜けている所があって、いつもいつも良い所でポカミスするから。

 

 当然それはペルシアを襲った時もそうだった。

 

 襲撃者である2人は、バレない様に顔を被り物で覆って襲おうとしたんだけど、全く穴の開いていない袋を頭からかぶって……、それでは前は見えないは息は出来ないはで良い所がない。おまけにそんな間抜けな事をするのは黒犬の《古羊》と《土佐》と簡単にバレて、もう最悪。

 

「くっそー! バレちまったからにはしゃーねぇ!!」

「予定通りにボコるぜ!!」

 

 と半ば自棄になって、完全に開き直って 袋を取っ払ってペルシアに攻撃をするが、そんな単純な攻撃がペルシアに通じる訳はない。

 

「攻撃が遅すぎるし、軌道も見え見え。そんなの眠ってても避けれるわ」

 

 ひょい、と屈んで躱し、水面蹴りで土佐を転ばした。

 

「2人組で奇襲しようだなんて、黒犬(ブラックドギー)ってほんと野蛮よね……」

「隙ありーーっ!」

 

 隙を見て後ろから攻撃を加えようとした古羊。

 だが、その攻撃も当然ながら読まれている。

 

「全然基礎がなってないじゃない。そんなんで私を倒そうだなんて10年早いわ」

 

 完全に2人をひっくり返した、ペルシアは一息を入れていた。

 圧勝だったと言えるのだが、勝ちを確信した時こそ、一番の油断が生まれてしまう事をペルシアは忘れてしまっていた。

 

 相手は、2人だけじゃなかった。

 

「残念。2人じゃねぇ。3人だ」

「っ!?」

 

 背後の茂みから向けられたのはスプレー缶。顔面に噴霧され、目が開けられなくなった。それは催涙スプレーだった。

 

 

 

 

 

 その場面をハオは見たから、シャルを置いて向かった。

 

 

 ペルシアの事を大切に思ってるシャルがもしも あのシーンを見てしまったら、王女としての権限を全て使って 3人を血祭に上げるだろう。軍用ヘリやらなんやらを持ち出してきて、大変な騒動になりそうだったから、ハオは教えなかった。

 

 そして 自分ひとりでも止めるのは全く問題ないとも思っていたから。

 

 確かに黒犬(ブラックドギー)白猫(ホワイトキャッツ)の関係は険悪。両国が一触即発だと言って良く、其々に過激派と呼べる者達がいて、小競り合いの類が街でも一向に絶えない。

 そんな情勢は理解しているけど、それでも両方の国に自由に行き来して、沢山の知識を得て、楽しみを得て、日々が充実しているところで、こういった形の争いは好ましくない。

 

 それを自分に向けられるのは、『また違った刺激だ!』とか『不意打ち、反則、卑怯な攻撃?? 全部バッチコイって感じだなっ!』とウキウキ出来るからOK! と言うのだが……。(どM?)

 

「婦女暴行は犯罪だぜー……っと ん? アレ? ろみお?」

 

 ひょいひょいと、並木を器用に伝って向かっている時、ペルシアに ろみお が突進していったのが見えた。

 

 ペルシアの事を助けたみたいだ。

 

「へへっ。良いトコ取りされちゃったかなぁ? ペルシアの事、助けたら怒りそうな気もするけど、今回は大目に見てもらえそうだったんだが」

 

 安心をしつつ、笑いながらハオは木の上から大ジャンプ。

 人が集まってきた……と言う理由で逃げようとしてる3人の所へと飛び込んだ。

 

「こ―――らぁぁぁーーー!」

 

 と、ジャンピング・キックの炸裂である。

 丁度土佐の背中に直撃し、『へぶんっ!!』と言う悲鳴を上げながら飛んでいった。

 

「うおあっ!? あ、テメぇ、ハオ!! いきなり何しやがる!」

「わーー、土佐くーーん!」

 

 古羊と丸流は突然飛び込んできたハオに当然怒る。それはもう、いきなり後ろから跳び蹴りをやられたら当然だと思うんだけど、ハオだって怒ってる。

 

「オレ達は学生だぞー! 幾らするにしても、もっともっと健全な喧嘩をしなさいよ! と言う訳で はーい、キミたち説教ですよー、説教の時間ですよーー」

「ふざけてんのか 真面目なのか 一体テメェどっちだよッ!」

 

 怒った様に見えたんだが、最後の方は手をぱちぱちと叩きながら集合を掛けるハオ。何だか妙に(・∀・)ニヤニヤしてる姿もいつもなら別に気にしなかったのに、何処か不気味だった。

 

「ってか、何が説教だコラ! オレに説教なんて100年はええってんだよ!」

「ほーん……これ見てもそーいえる??」

 

 ハオは、にんっ! と笑いながら腕に付けている腕章を見せびらかす様にした。

 丸流たち3人は胡散臭そうにしてたんだが…… 徐々に顔が青ざめていく。

 

「そ、それは……監督生(プリフェクト)の腕章……!❓ って、んな訳あるか!!」

 

 ハオの胸倉をぐっ! と掴み上げて怒鳴る丸流。

 

「定員オーバーっつーのを知らねぇのかよ! 黒犬の方も白猫の方もまだ解任も交代もされてねぇ! バカにしてやがんのか!」

「そーだそーだ。丸流くんだって 勉強するんだぞー! たまに話だってきく!」

「……たまには余計だ!」

 

 勝ち誇った様に言うのだが、更にドヤ顔になるのはハオだ。

 

「はっはーん。知らないんだなぁ? でも そりゃそっか。これ 白猫側の話題だし。 これ、ベルちゃんの雑務係(ファグ)ある程度やった後、監督生(プリフェクト)の仕事も体験してみたいー って言ったら二つ返事でOKが出たぞ? ひたむきに努力する人は好きですって。いやぁ 照れますなぁ。 ……あ、因みにこれ監督生(プリフェクト)(仮)でーす」

「……は?」

「ベル……、サイベル? 白猫のトコの監督生(プリフェクト)が? そんな訳……」

 

 ない、とはどうしても思えない。

 

 この学園では特例の類はあまり認められていない。世間的にも規則には厳しいので有名。だから、そんな仮の~などの職が付く様な事はある訳がない。監督生(プリフェクト)になる為にはしっかりとした下積みと言うものが必要だ。主に先程にもあった様に雑務係(ファグ)等で信頼関係を深め、適正かどうかを見極められ、そして選ばれる事が多い。

 秀でた才能の持ち主に加えて、大体がそうして選ばれる。普通は仮で付く様な役職ではない。

 

 そう――普通(・・)は、なのだ。

 

 目の前の男はどう見繕っても普通じゃない事くらい3人は知っている筈なんだ。

 なのに、今の今まで何故思い出さなかったのか、疑問に思う程に。

 

「はい。と言う訳で現行犯。婦女暴行罪で3人タイホーーー!」

「へ?」

「はーい。へ? じゃないない。土佐君。話は署の方で訊くから。さっさと3人で来る」

「署ってなんだーー!! ってか、オ、オレは別になんにも―――」

「オレ、上から見てたし。因みにシャルも一緒にいたから証人も有! ペルシア襲おうとしたろ? さあ大変だ。今のオレ、白猫側だから 弁護しねぇぞー」

「ッッええ!!」

 

 3人共が更に一気に青ざめた。

 

 先程ペルシアを襲撃したのを見られていたのだから。ただの生徒ならまだしも――腐っても監督生(プリフェクト)を名乗るのなら。

 

「あっ、そう言えば犬塚もいたよーな気がするなぁー。と言うか、犬塚が襲ってると思うがーー」

「話題逸らしダメ。ってな訳でGOー! 白猫寮へご招待だ。マッチョ君と一緒に尋問してあげるよ」

「いぃやぁぁぁ!?」

「ほれ、お前らも来いって」

「誰が来いと言って行くか!! んな地獄に!! 脱出だーー!」

「「ぷわっっ!?」」

 

 丸流が催涙スプレーを叩きつけた。破裂し、中身と共に周囲に四散したと同時に、顔をハンカチで押さえてた丸流が 古羊と土佐を引き摺る様に逃げていった。

 

 

「さーて。次は追いかけっこかな? よーし……」

 

 にやっ と笑う。まるで逃げるのがうれしい様に。

 

 

「にーがーさーなーいぞーーー!! (シャルに教えてたらぜーーったい酷い目にあってるし)ある意味 助かったなー? お前らー」

「助かってねぇよ!! だから逃げてるんだろうが!」

「丸流君いたいいたいいたいーーー!」

「うげげげ、首、首締まるっっ!!」

「だぁーー、お前ら自分の脚で走れや!」

 

 

 

 その鬼ごっこは暫く続いたそうな。

 流石に少しはペルシアと犬塚の事は気になった様だが、最終的には なるようになるという事で放っておいたのだった。

 

 



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4話

短いです……m(__)m 御免なさいm(__)mm(__)m


 

毎日毎日元気が有り余ってる学生の諸君は今日も元気よく皆で戦争です。

 

 東和とウェスト、黒犬と白猫の二つにパックリと割れているのは学園の入り口前広場。モーゼの十戒か? と思えるくらいに見事に割れている。そして臨戦態勢。互いがピリピリとさせていて、いい具合に気合の入った殺気を周囲に撒き散らしている。

 バチバチッ、と火花も散らせている。

 

 

「目障りだから白猫は寮に籠っててくれない?」

「黒犬共こそ森にでも籠ってろよ」

 

 

「「は?」」

 

 

 互いの挑発し合いも、いい具合にボルテージが高める事になり、場の空気も高潮していく。

 

 そんな、無法地帯になりかけている中で、しっかりと指揮を執るのがそれぞれの寮のリーダー的存在だった。

 

 

「授業まで時間がないわ。……さっさと片を付けましょう」

 

 

 じゃきんっ! とアルミの警棒を伸ばして構えるのは白猫の一年生リーダーペルシア。

 

 その統率力は見事なもので、全員がただの一言で『イエス! マム!!』と口揃えて崇めている。単純にペルシアは実力も高く、成績優秀、容姿端麗、非の打ちどころがない存在だから当然かもしれない。しっかりと模範になれる様日々努力、研鑽を怠らないから背中で語っているとも言えるいわば男前だ。

 

 

 片や黒犬だって この場においては まだ負けてはいない。

 

 成績は……とりあえずノーコメント。

 それに粗暴ではあるし、乱暴者でもある。……いや 負けている部分が多すぎるが、兎に角負けてないのは 力にかけては随一だと言う所だ。

 単純な腕力勝負では間違いなく一年のトップクラスに君臨し、血の気の多い黒犬達を従え先頭に立つのは一年生リーダー犬塚。

 

 黒犬……いや、狂犬とも言えるその鋭い視線は、それなりの威圧感を放つ。それだけで、生半可な覚悟しか持ってないものは、睨まれただけで萎縮させるとも言われてる狂暴性を秘めているのだ。

 

 

 だが、それは昨日までの話だったかもしれない。

 

 

 

「ぶあーーーーっはっはっはっは!! ご、ごめっっ、も、もー無理!! ダメダメ、無理だって!! あーーーっはっはっはっはっは!!」

 

 

 

 緊迫した空気の中で盛大に爆笑してるのが、丁度割れた間にひょいひょいと入ってきた男……ハオ。監督生(プリフェクト)(仮)の腕章を付けているのに、乱闘騒ぎになってる場所で仕事する気配が今は全くなく、ただただ腹を抱えて笑っていた。

 その理由は、直ぐに判明する。

 

「ろ、ろみ……おっっ、 お、おまえ変顔も出来たのかっっ!? ぶっっっ、や、やばっっ、その顔、やばっっ、ろみ、ってか、お前誰っ!? お前誰っ!? ぶーーー!! な、なんかに似てる! なんだろっっ? い、いかん 考えが纏まんないーー」

 

 頬は緩みきり、目は細く垂れ下がり、何があったのか デレ~~っとだらしない顔と言えば良いのか、如何ともしがたい、形容し難い顔になっていたので ハオは思いっきり笑ったのだ。

 

 それにつられて 犬塚の傍にいた蓮季も 犬塚の顔を見たらしく、ぎょっ、としていた。

 

 

「ど、どーしたんだ犬塚。ハオの言う通り、変な顔になってるゾ!? そう、リャマだ。リャマみたいな顔になってるゾ!?」

「おおおお、流石蓮季だ! それ、それリャマだ! 今の犬塚はラクダ科リャマ! いやぁ 良い顔ですなぁ~。すっげー笑えるわ!」

「だだだだ、誰がリャマだコラ! お前ら!! 気ぃ抜けんだろうが!(あ、危ねーー つい気を抜いちまったよ……。ペルシアもにらんでるし。き、気を付けねぇと)」

 

 

 犬塚は一瞬で顔を元に戻す。

 気を抜いてしまった理由は、後ほど説明になるが 今は気を抜けない、と犬塚は両頬を思いっきり挟み込んだ。何せ 此処にはハオがやってきたから。ある意味抜け目の全くない男。少しの隙を見せたら、そこを一気に突き崩されると犬塚は知っているからだ。

 それに、笑顔で楽しそうに追い詰められて、ひょいひょいやられてしまう。全然抗えない。そんな姿を見たら、軽くトラウマ物かもしれない。

 

 そんなこんなで、一瞬だけ緊迫した空気が霧散したが、空気を台無しにした張本人が、慌てて手を叩く。

 

「わりーわりー! 邪魔したな。ってな訳で、授業始まる前に止めろよ? ペルシアの言った通り。遅刻したヤツは ペナルティあるからそのつもりでなーー?」

「……仮にも白猫側の監督生(プリフェクト)がそんなんで、良いのかよ、オイ」

「おう! 良いんだ良いんだ。犬塚には笑わせてもらったからそれでOKだ!」

「笑わせてるつもりなんざねーーっての!!」

「はっはは! ま、それは兎も角 真面目に言うと、監督生(プリフェクト)(仮)今日はお休み。 腕章はつけっぱなしにしてただけだ。……昨日も大分楽しんだからな。なー、丸くんたち?」

 

 

「「「…………」」」

 

 

 ここで、初めて黒犬たちは気付く。いつも喧しい三人衆が、何やらげっそりとしていたから。暴漢に襲われたのか? 或いは夢魔に生気でも吸われたのか? と思える程に。

 何があった? と聞こうとする間もなく、ペルシアが号令を出した。

 

「黒犬を調教してやりなさい!!」

 

 号令の元に、弾かれる様に動き出す白猫たち。そんな中で、ペルシアは 視線をハオに向ける。

 

「ちょっと! ハオは邪魔しないで、今、監督生(プリフェクト)じゃないならね! それに何もせず、黒犬なんかに退くなんて、白猫のプライドが許さないわ!」

「わーったわーーった。もう邪魔しないって。授業に遅れんなよ、ってだけだ」

「そんなの当たり前よ! それに、黒犬なんかに そこまで時間は掛からない」

 

 ペルシアの強気な発言。勿論 沸点の低い黒犬側には刺さる発言だ。

 

「ふん! 言ってくれるな、ペルシア! 今日こそ決着付けてやるゾ! 行くゾ、犬塚!!」

「お、おお! とーぜんだ!!」

 

 蓮季と犬塚を筆頭に、迎え撃つ黒犬。

 

 今日も元気よく大乱闘開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハオは、そんな楽しそう?な学生たちの全体を眺める為に、ひょいっと木の上に登って観戦をするのだった。

 ふんふん、と気分よく見てたら後ろから迫る影あり。

 

「……仮とは言え、私の腕章も同然の代物を着用していたと言うのに。乱闘騒ぎを見過ごすどころか、悠長に観戦とは。……貴方はヤル気も並外れていたと思うのですが、見当違いでしたか?」

「ゆーれいみたいに気配消して後ろに立つなよー。それもここ木の上だぜ? びっくりするじゃん。ベルちゃん」

「その呼び方止めなさい」

 

 怖いけど、それ以上に凛としててとても素敵と白猫では当然で、黒犬でもそれなりのファンを持つ人物。その蔑む様な氷の視線は ちょっと変な世界へ男を導く魅惑の眼。

 本当の監督生(プリフェクト)の1人、アン・サイベルである。

 

「はははっ、でーも、やーっぱ ベルちゃんは素敵だよなぁ」

「っ……。何を世迷言を言いますか。突然」

「いやいや、ほれ オレにさいっしょっからそんな感じで接してくれてるじゃん? かたっくるしいの嫌いって言っても、なかなか難しいもんで レックスやケットでさえ 使わなくて良い気ぃ使ってくれてたってのに、白猫でシャル以外じゃベルちゃんが初めてだ、これでもマジで感謝してるんだぜ? オレ」

 

「……………」

 

 からから、と笑うハオに言葉が詰まるサイベル。それは普段は決して見る事が出来ないサイベルの姿であり、この場に誰もいなかったのが幸いだと言えるだろう。もしも、とある人物にそれを見られていたとしたら……、白猫が赤く染まる可能性が非常に高かった。

 

「感謝してるからさ。ってな訳で」

 

 ハオは にんっ! と笑うと手を伸ばしてサイベルの頭をそっと撫でる。

 

 

「あいつら見逃してやってくれって。ほれ、授業に遅れそうならオレも止めっからよ。……な? 恒例行事みたいなもんじゃん。堅物あいる とかも黙認してんじゃねー?」

「……気安く私の頭を撫でないで下さい。手、斬りますか?」

「怖いです。勘弁です。目が本気っぽいです」

「………………(本当に、貴方は……)」

 

 

 何だかんだ言ってるサイベルだが、ハオの事は尊敬している。これまでの経歴を考えたら、誰でもそうだ。畏怖の念さえ覚えるだろう。でも、それを忘れてしまいそうな振る舞いを毎日のようにするから、こうやって白猫にも黒犬にも溶け込んでいっている。

 それも才能の1つだ。

 サイベルの視線は柔らかくなっていく。ハオを見てる分には飽きる事がないからだ。新しい発見が今日も、明日も、その後もずっと続いていくのでは? と思えるからだ。

 

 勿論、サイベルは決して口に出しては言わないが。

 

 

 

 そして これは ちょっとした波紋を広げるやり取りででもある。

 

 

 ハオにとっては、『波紋? 良い経験だな』 と喜ぶかもしれないが……、いや やっぱり判らない。何故ならハオも理解しているから。

 

 

―――女の嫉妬は、怖いものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅぅぅん………」

 

 

 じっと見つめてる。

 穴が開くのでは? と思う程見られてるのは はたして ハオなのか、サイベルなのか……。



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5話

 

 

 

「私と言う愛妻がいると言うのに、良い身分よねぇ……。ハオ? こんなトコで浮気かしらぁ? それも学園内でなんて。 私はハオに側室なんて認めない~ と言った筈だけどぉ?」

「いきなり殺気全開でストーキングしないで下さい。怖いですよ??」

 

 

 

 つい数秒前までは、サイベルしかいなかったハズの場所に、何処から出てきたのか、シャル姫が来ていた。ハオが言う様に殺気を含んだそれは、明らかに破壊を欲し続け、それを愉悦にさえしている、と推定されるラスボス級の代物。

 如何にお気楽なハオでも、直前で強大な圧に晒されたら萎縮されると言うものだ。

 

 

 そして、サイベルはと言うと。

 

 

「おはようございます。シャル姫様」

「おはよぉ。そこまで畏まらないでも良いわよぉ。今は私は王女であると同時に、白猫の学生。サイベルは監督生(プリフェクト)。学生の上に立つ存在なんだからぉ」

 

 そんな威圧や殺気は何のその。何処吹く風。

 サイベルの精神力は並ではないと言うのは誰もが知っている事であり、監督生(プリフェクト)に選ばれる人材自体並ではあり得ない。

 

 ……と見たりもするが、厳密には少々違う。

 

 シャル姫は色々とパーフェクト。頭脳明晰、運動神経抜群。更にはそのドSな性格は M属性を持つ男子は勿論、そんな属性を持ってなかった者をも開花させ虜にさせてしまう程の能力を持つ。

 

 そんな王女様は、少々厄介な所はあるものの 非の打ちどころのないと言って良い。……だが、ハオ絡みだと色々とおかしくなる所がある。

 

 所謂 年頃の恋する乙女になるから、その仕草や素顔が愛らしい……とまた広範囲で慕われると言う二重効果で国が盛り上がった事があったのはまた別の話。

 

 サイベルはその辺りの事も重々に判っているのだ。側室……と言う単語を使われた時に、あからさまにとは言わないが、やや頬が熱くなる気持ちだったのはまた別の話。

 

「さぁて、ハオには説教の続きねぇ……、ってあら?」

 

 眉間に皺を寄せながらくるり、とハオの方へと向き直すとそこにはもう彼はいなかった。

 

「まぁた、アイツ逃げて……」

 

 ぴくっ、ぴくくっ! と目元を動かしながら怒の気配を強めるシャル姫、だったが。

 

「だ~れが逃げるって~?? まぁ 逃げるときは逃げるが 今じゃないんだなぁ、これが」

「わぁっ!」

 

 いつの間にかシャル姫の背後にいた。僅かな時間で まるで瞬間移動をしたのか、と錯覚してしまう勢いだった。

 ぷにっ、と頬を軽く抓むハオ。

 

「ほーれ、そんな怒るなって、前にも言ったろ? 怒ってると皺になっちまうぞー、ってよ。嫉妬するシャルもたまにゃ良いけど、怒るトコはいらな~いって感じだ。ただ朝の挨拶~程度で怒ってちゃ身が持たんぜよ??」

「なにふんのほぉ~! こふぉっ!」

 

 ぶんっ、と見事な回し蹴りを見せるシャルだったが、それを跳躍して回避。宛ら猫の様だ。……今は白猫の方にいるから?

 

「にゃははは~。ほれ、オレはベルちゃんと楽しく話してただけだってーの。誤解与えたなら謝るけど、間違いはないよなー? ベルちゃん」

「その呼び方止めてください……と言っても無駄なのは判りました。楽しく、と言われれば聊か疑問が残りますが。白猫と黒犬、学生同士の喧嘩を楽観視してる仮監督生(プリフェクト)に説教を少々、で御座います。シャル姫」

「むぅ……(それ位 見てたら判るわよぉ。ハオの接し方が悪いって言ってんのぉ! ……でも)」

 

 ハオの楽しそうな顔を見ると、やっぱり自分も嬉しくなる所があるのも事実だった。

 自分だけのものにしたい、と言う独占欲が凄く出ているのは判る。それ程までにハオはシャルにとって全ての意味で魅力だったから。初めて怒ってくれて、初めて分け隔てなく接してくれて、……そして意識し出した初めての異性だった。

 

 でも、やはり独占欲より 外を楽しんでるハオを見るのも好きだった。

 

 鎖国国家から出てきた男は、ずっと抑えつけられた枷が外れた子供の様にはしゃぎ、笑顔を見せる。

 

 

――――そして、人を惹きつける。

 

 

 

「しようがないわねぇ……。キミは私のものなのは決定事項だし。少しは寛容な所を見せてあげないとぉ、かしらぁ?」

「おん? なんだか珍しいなぁ、シャルが そんなコメントくれんの。でもそーだなっ、寛容なの大歓迎だぜ!」

「なーに犬みたいに鳴いてんのよぉ。……ま、犬になったり猫になったりするハオらしいけど。……でぇもぉー」

 

 きらんっ! と目が光った気がした。それ以上に何か妖しい気配も醸し出しているシャル姫。

 

「ガチな浮気はぜーーったい許さないからぁ。側室も今は(・・)認めてないし。そんな事した日には、犬の首輪と猫の首輪を合わせて繋いで 真剣なペット化、調教させるからそのつもりでー。 あ、もちろん ちょん切る(・・・・・)手前まで行くかもしれないから、気を付けなさいよぉ?」

「ちょん切るって何処(・・)を? とは訊かんよぉ。セクハラ~ って言われるかもだしぃ。はしたな~~い、っ思われるのとかシャルが可哀想だしぃ」

 

 何だか背筋が凍りそうな物騒な話なのだが、笑顔で話してる。雰囲気は全然悪くなく、寧ろそのやり取りそのものを楽しんでる節も見える。

 サイベルは、2人を見ていて シャル姫も明らかにハオの影響を受けているのだろう、と思えていた。暴姫(タイラント・プリンセス)と言う渾名が過去の物になる……と言うのも近い未来なのかもしれない。

 

 

 

 

――事も無い。

 

 

「……そう簡単には変わらない。でしょう? シャル姫」

 

 サイベルは自分で自分が考えていた事を頭の中で消去した。

 そして、ハオの姿を目に焼き付けた。今まで通りだ。

 楽しそうに話している素顔を。時折真剣さも出して どんな困難も笑って乗り越える姿を。……いや、困難とさえ思ってないかもしれない。ただただ、楽しそうに進んでいく彼の素顔を。

 

 

 ハオに魅かれている1人として。

 

 

 そして、サイベルはさり気なくシャルが口走ったあるセリフを深く胸の奥へと仕舞うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、シャルとじゃれてたら 授業開始5分前のベルがなり響き―――。

 

 

 

 

 遅れるなよぉー、と言っていた自分が遅刻ギリギリに戻ってくると言うお約束な展開をさせて 笑われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして 休み時間。

 

「ん~~。やーっぱペルシア腕上げてるなぁ、こりゃウカウカしてらんねー」

 

 ん~~ っと背伸びをしながら校舎へ戻っていくハオ。

 因みにフェンシングの授業をしていて、例の如く ペルシアに絡まれ、更にスコットにも絡まれ、最後はスコットをシャル姫が調教して、終わる。

 白猫のいつも通りの光景だ。

 

 そんないつも通りの授業、いつも通りの道、いつも通りの毎日~だったのだが。

 

「んーー? 校舎をよじ登ろうとするヤツを見るのは初めてだな。それも2人も」

 

 ふと見てみると、しゃかしゃか、と登っている影が1つ、いや2つあった。凹凸がそれなりにあるとは言え、表面はつるつると磨き、輝きさえも見せる白猫の白い校舎を素手で登るとは見事。と言いたいが、これは頂けない。

 

「ありゃ、ろみおとスコット? ろみおは 黒犬の制服で判りやす過ぎだって。その上あそこ女子更衣室だし」

 

 校舎内は勿論把握している為、今2人がいる場所が何処になるのかは直ぐに判った。

 つまり、覗きをしている、と言う事? 

 

 

『私は警備をしているだけだ!!』

『嘘つけテメェ!! そう言ってお前こそがのぞく気だったんだろ!? 真面目そうな顔してスケベェだな! このスケベメガネ!』

『誰がスケベメガネだ!! キサマこそ無防備なペルシア様を襲うつもりだろ! この卑劣漢!』

『そ、そ、そうさ!! フハハハハ! 無防備な所じゃイチコロよ!!』

 

 

 ああも主張しながら覗くとは本当にいい度胸だと思う。

 場所が場所だし、普通に警察に届ける事案。

 

 

「んでも、それもまた良いな! ある意味新しい!」

 

 

 にんっ、とハオは笑ったかと思えば、庭に備えてある水やり用のホース手にした。先に拳大の石をきゅっ、と縛ってくっつけて、ホースつき石を投石。

 

『ぶっ!!』

『うおっ!!』

 

 先ずはスコットの頭に直撃して、上手くスコットの制服の中へと石は入っていった。

 

 

「くおらぁ、お前ら~~! 軽犯罪法違反(窃視)、迷惑防止条例違反に相当するぞぉーー! ってな訳で、降りてこ~~い」

 

 ハオはホースに力を入れて引き戻すとスコットが落下。

 

「んぎゃあ!」

「ほい、先ず一匹目~ さーて、ろみおもおりてこーーい」

「な、何でここにいるんだよ!?」

「いやいや、いるだろ、ここ白猫。オレ今白猫。黒犬はまた来週。 おっ、ろみおの場合 建造物侵入罪も合わさってハネ満だなぁ。うんうん。あいるに報告しとこうかな~? 特大説教の方が効果はありそうだし」

「そ、それだけはかんべ……って、ぎゃあああ~~~!」

 

 ハオが降ろすまでもなく、動揺して手を滑らせたろみおが勝手に落下していった。

 2人とも、木やら植え込みやらがあって 落下の衝撃はそれなりに軽減されたみたいだけど、完全に気を失っている。

 

「しょーがないかな。落としたのオレだし。うん、黒犬まで連れてくか。最後は蓮季辺りにろみおは、任せるとして……」

「スコットは私がやっとくわぁ~」

「おっ、よろしくどーぞ! イケナイ事したから 人格かえない程度に罰しといてー」

「うふふふ~ 腕がなるわぁ~」

 

 いつの間にか傍にいるシャル。スムーズに会話を続けられるところがやっぱり凄い。

 小さいときも変わらず、いつもいつも悪戯目的でシャルはハオを驚かせようとするのだが最後にはシャルが負けるのだ。

 

「んでもぉ、シャルが浮気しちゃったら、オレ泣いちゃうかもしれんよぉ? さっきだってスコットと仲良さげだったしー。文字通り尻に敷いてたしぃー」

「……はぁ!? な、何言ってんのぉ! 私がそんなのする訳ないでしょー! ただ、玩具と戯れてただけで、そんなんじゃないわぁ! 一切、ぜったい!!」

 

 シャルが興奮しきった所で、ハオは笑顔でネタバレ。

 

「愛されてるね~ オレ。嬉しいわぁ~」

「って、ハオっっ~~~!!」

 

 

 からかわれた事を理解して 顔を真っ赤にさせるシャル。

 

 目立つし、賑やかなので 2人は白猫の名物の様なものなのである。 



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6話

遅れてごめんなさいm(__)m

いやぁ、アニメ始まってたの気付くの遅かった…… 涙
原作に忠実、そして面白い! シャルちゃんもちょこっと出たの見たけどやっぱ最高(^_-)-☆


 

 

 場所は黒犬の寮(ブラックドギーハウス)

 

 シャルと暫くジャれてたハオだったが、一先ず白猫の中で犬塚をずっと置いとくのは体裁が悪い、と言う事で黒犬の方へと戻る事にした。肩には犬塚が担がれている。2階から落ちたのに、大したケガが無い。身体の方はやっぱり頑丈だな、と呆れ半分に戻っていると早速目的人物に出会う。

 

「おっ、いたいた! は~すきー!」

「んん? アレ? ハオか。どうかし……、って犬塚!? どーした!!」

 

 寮の入り口にいたのは蓮季。面倒見が良くて責任感もあり、次期監督生(プリフェクト)とも呼び声の高い蓮季に犬塚を頼むのには最適。

 仄かに想いを寄せている事も解っている。

 

―――アレだけ毎日 犬塚犬塚いぬづかイヌヅカ~、って呼んでたら誰でも気づくと思うが。

 

「校舎2階から真っ逆さま。いやぁ~ 頑丈な身体だよな!」

「そりゃ、犬塚が頑丈なのは昔からの付き合いの蓮季はよく知ってるゾ。って、じゃなく! なんでこんななってんだー! 説明しろー!」

「わ、わーった、わーーったから、暴れるな蓮季!」

 

 ハオは、少々虚偽を交えて説明をした。

 どうして、犬塚が気を失っているのか、ところどころ傷を負っているのか。殆ど自業自得な展開なのだが。覗きをしてて落っこちた、とは流石に可哀想だからそのあたりを誤魔化す。

 

「なんかな? スコットとロッククライムの勝負でもしてたのか、校舎の外壁を登ってて2階あたりで 力尽きて落下した」

「なんで校舎で!?」

「んー、オレは知らんって。スコットもなんで受けたのか判らん。……ま、ペルシア関係になると、スコットも結構頭のネジ外れるし、その辺じゃないか? つまりほれ、ペルシア絡みだきっと」

 

 ハオの説明を聞いて、蓮季がワナワナと体を震わせた。

 何か不味い事言ったかな? と首をかしげていたところで、蓮季は吠える。まさに黒犬。

 

「判ったゾ!! ペルシアが犯人なんダ! 犬塚が2階に登った程度で落ちるわけないゾ! つまり、ペルシアが突き落としたんだゾ! あの悪魔め……!!」

 

 おまけに興奮してるのか、顔を真っ赤にさせて怒っていた。犬塚が絡むと蓮季も普段の倍増しにおかしくなる。ハオに絡むシャルと似たようなものだ。

 

「こうしちゃいられないゾ! 全面戦争ダーー!!」

「って、鬨あげるのまーてって。まずは犬塚。ほれ」

「ひゃっ!」

 

 犬塚を蓮季にぐいっ、と押し付けると さっきまで吠えていた蓮季が一気に大人しくなる。

 最終的には、『しょうがないゾ~』と借りてきた猫× 犬〇 のように大人しくなった

 

「さってと、ちょっとオレ行ってくるから犬塚を頼むぞー」

「おう! わかったゾ。……ハオ、白猫に帰るのか?」

「睨むな睨むな。って言うか、この制服見てわからないか? 今日からしばらくオレ犬になったんだぜー! ま、その下には白猫の名残は残ってるけど」

 

 両手を広げて黒犬の制服を披露するハオ。そして、その下には白猫の制服も見える。どうやら二重に着込んでいる様だった。季節がもし夏だったら、暑いと思うのだが 今は大丈夫そうだ。

 

 そして、黒犬のこの制服に袖を通すのは 随分と久しぶりだとハオは感じていた。

 やっぱり シャルがいる白猫の方に、つまり最近はウェストの方へと行き気味だから、調整が必要だな、とハオは考えていた今日この頃。

 

 蓮季は 久しぶりの黒犬復帰のハオを見て、ジト目を止めてにこっと笑顔を見せた。

 

「おー、そーだったのか。ずっと白猫行ってたから逆に気付かなかったゾ。うんうん、ハオは黒が似合うと思うんだ」

「おっ、ほんとか?? へへー オレ格好いいか?? そう言ってくれるのって蓮季くらいだし嬉しいな! んでも、白猫のヤツも気に入ってるけど、こっちも好きだぜ!」

「そーだな。白猫の制服着てるよりよっぽど良いゾ? ……白猫の、ハオ、格好悪い……」

 

 ちらりと見える白猫の名残――制服。それをぎゅむっ! と掴んだ蓮季の表情はいつの間にか険しくなっていて、引っ張る力も増していた。

 

「どうどうコラコラ、落ち着け蓮季。制服に罪はないから。てか、白猫の破ろうとしないでー」

 

 白猫の制服を蓮季の前で見せたのが悪かったかもしれない。

 白いの嫌い! と噛みつきそうな勢い、いやいや引き裂きそうな勢いで制服に攻撃してるんだ。黒犬の皆にとって白は目に毒なのだろうやっぱり。白猫でも似たようなやり取りがあったから仕方ない。

 

 だが、ハオはやっぱりどっちも好きだから、ただただ笑い続ける。どっちの世界ででも。表向きの仲良しっぽく見せるのも、勝負するのも、喧嘩するのも、全部好きだから。

 

 

―――ハオにとって 箱庭の外。初めての外がこの場所だから。

 

 

 

「んじゃ、ちょっと チョウちゃん達に会ってくるなー」

「ちょう……、それって監督生《プリフェクト》の先輩たちの事だよな!? ったく、そろそろ慣れてきたかな? と思ったが、やっぱり気軽に名前出して 駆け回ってる黒犬生徒を見るのは心臓に悪いゾ。そんなのするのハオくらいだからな――」

「あいるに連絡取ろうとしたんだけど、今手が離せないって言われたしさー。今会えるの2人しかいないんだ。仕方ない」

「代表を呼び捨て!? そっちも心臓に悪いからもう止めてほしいゾ!」

「そりゃわりぃな! 蓮季。一応こっち来て 1年生からやってんだけど、厳密にはあいるとオレって歳一緒だからなー。んでも 公共の場とかでは 結構頑張ってるんだから勘弁してくれ」

「うー…… まぁメチャ浸透してるとはいえ、ちょっと考えたらハオは特別な生徒だって事はみーーんな知ってるし、最後は納得する。だから蓮季は大丈夫だ。気を付けて行ってこい。廊下は走るんじゃないゾ」

「おう!」

 

 口ではハオは特別~ と言っている蓮季だったが、ハオにとっては 黒犬の中ででも数少ないと言っていい特別な存在は蓮季の方だった。

 名と出身を聞いて 学校に来た経緯を聞いて、萎縮したり、慣れない気を使ったり~ と言った面は殆どなく 気軽に名を呼び、迎えてくれた一人だから。

 

「んじゃ、蓮季も犬塚頼むな? ペルシアに精を出すのは良いが、後先考えろーって説教してやってくれ」

「後先考えろって、絶対ハオには言われたくない、って思うゾ。犬塚はもちろん蓮季もそう思ってる」

「ははっ、手厳しいな! んじゃーな! また 後でー」

「おうっ! 教室でまってるゾー!」

 

 ぶんぶん、と手を振るハオと、勿論同じく大きく手を振って返す蓮季。

 

 そして、ハオは白猫とはまた違った学園生活がスタートする、と言うわけで上機嫌に黒犬の監督生(プリフェクト)達の所へ(基本的にいつも上機嫌)。

 

 

 因みに、一応説明すると 各学園を闊歩するハオは、必ず初日には監督生(プリフェクト)の承認印が必要になってくる。学生として学園の中で学ぶ以上、学園生徒たちを導く監督生(プリフェクト)の承認は必須だ。

 元々のハオ身分と出身地の関係で、両学園とも顔パスにできる~ 云々をそれぞれの理事長に言われたのだが、そういうのは好ましくないって事できっちり挨拶から始まったのがこの学園生活なのである。

 

「さてさて、2人がいる場所はたしか――――「おおーーぃ!」 おうっ!?」

 

 歩いていると空から女の子が降ってきた。

 正直そんなの日常茶飯事。背後にいつの間にか忍び寄る怖い婚約者もいるくらいだから。少しだけ吃驚した後、誰が降ってきたのかすぐに分かったらしく肩に乗った、肩車された女の子の足をぎゅっ、と掴んでぐるぐる~ と回った。

 

「わわわ!目が回っちゃうヨ!! 勘弁勘弁!」

「いきなり振ってきといて、カンベン~ は無いだロ! ホレホレ~~」

「わひーーー! はや、早すぎるヨ!! 手李亞ーー! 加勢、加勢だヨ!」

「うん。胡蝶姉さん」

 

 もう1人振ってきた。

 丁度、2人の女の子に挟まれる形になったわけだが、小柄な女の子たちに乗られたくらいで倒れる様な軟な身体じゃないハオは。

 

「お客さん追加~~! ハオにーちゃんの人力GOランドへよーこそ!」

「わひーーー!!」

「ひゃ、ひゃぁーー……」

 

 回転力アップ。時折、跳躍(ジャンプ)も加わって、更にアトラクション性向上。

 振り落とされそうになるが、落ちないようにしっかりと支えてる。2人とも落ちそうだから、必死にしがみ付く。

 

 10分程……経った後。

 

 

「「きゅ~~~……」」

 

 

 流石に限界だった2人は目を回していた。

 

「三半規管がヤワだな~? まだまだ修行が必要だぞ。2人とも」

「む、むぅーー! ハオが頑丈過ぎ、やり過ぎなんだヨー……。こんなの目を回す方が普通だヨ!」

「ねえさん、気持ち悪い……」

 

 目を回していたのはほんの一瞬。すぐにいつも通りな様子に戻るから、やっぱり凄いと言わざるを得ない。

 

「ほ~れほれ。今度はちゃんと肩に乗せてやるよー。だから さっさと監督生(プリフェクト)室に戻るヨ。遊んでたらあいるに怒られるだーし、オレも早くこっちの皆のとこに混ざりたいし!」

「こらーー。わかった、わかったからもー降ろしてヨ!」

「私も、降りる……」

「自分らからきといてわがままな。そんな2人にはお仕置き~と言うわけで、このままGO!」

 

 ハオは両方の肩に2人を乗せたまま歩き出す。

 ジタバタと騒がしいが、口笛を吹きながら進んでいった。……降ろせ、と言っている2人だが、その表情はどこか柔らかくて、楽しそうにも見えた。

 

 

 この2人……紹介すると 黒犬(ブラックドギー)監督生(プリフェクト)

 

 

 薬学のエキスパート (ワン) 胡蝶(コチョウ)

 工学のエキスパート (ワン) 手李亞(テリア)

 

 

 ダリア学園高等部2年生。

 容姿を見れば明らかに歳下なのだが、学年的には1つ上。

 

 それぞれの分野でトップを誇る能力を持っており、その功績を認められ トビ級で1つ上なのだ。

 

『年齢なんて、関係ない。才能を授かったのなら、それはほかの人を導き守るために使わなければならない』

 

 をモットーに日々研鑽を積む2人は ハオにとっても尊敬する相手だった。……接し方を見たら そうは見えない気もするが、―――うん。遊んでるダケだろう。

 

 

 

 

「いやぁ こっちも久しぶりだな。それでなんか変わった事はなかったか?」

「なんかジジ臭いヨ。ハオ。そんな懐かしむ程離れてなかったじゃん」

「平和だったよ。……でも、犬塚ろみお君。要注意だって」

「あーちゃんも言ってたな。ハオにもきょーりょくして貰うヨ」

「おう! 任せとけ」

 



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7話

アカン……( ;∀;)
OPの皆可愛過ぎる……( ゚Д゚)



 

 黒犬側の生徒に編入。 

 つまり白猫から黒犬になるにはそれなりに手順を踏まなければならない。

 

 そもそも元々このダリア学園には 生徒がこうも頻繁に白猫と黒犬を行き来する様な制度は無い。教師側でもそんなの無い。

 創立以来初めての事例だから 急遽拵えたルールも同然だった。

 

 だから正直な所 ナァナァで済ませてもらっても構わなく、みんな畏まり過ぎだったから、それ位気楽に扱ってくれていい、とハオは言い続けていた。

 

 更に言えば、自分の事を国宝見たく担ぐの止めて~、と追加でいろいろと交渉した成果があり、正直最初の頃は今の10倍は面倒くさかった手順がだいぶん楽になった。

 

「はぁ~ やっぱし あいるはスゲー真面目だよなー。国の兄貴を思い出す! それもまた良い………のかなぁ?」

「なーに言ってんだヨ! 確かにアーちゃんは 普段から冷静ですっごく真面目だけどサ。一部ハオも真面目な時だってあるじゃん? だって会議の時いつも『キミ誰?』って思うもん」

 

 学園において、超ド級の真面目くんだとハオが思っているのが黒犬の代表の事。

 その代表は、実を言えば……。

 

「あいるって、ろみおにも メチャ厳しいしさぁー」

「そりゃ、ろみお君に振り回されてるって感じもあるし。元々超が付く問題児。お兄ちゃんとしては、気苦労が絶えないからだと思うヨ」

 

 代表の名は犬塚 藍瑠。

 そう犬塚 露壬雄の兄であり 東和の名家 犬塚家の現当主なのだ。

 ろみおの最大の弱点でもあるのが代表のあいる。以前、ハオがあいるの名を出した訳はここにあったりする。

 

「そりゃそっか。んでも ろみおの場合は完全自業自得感もあるしなー。 うん、ま、それも「また良い。……でしょ?」って、オレのセリフ取らないでー 手李亞」

「私も胡蝶姉さんと同じ。ハオ君も十分真面目」

「………うーん。オレが真面目かぁ。楽しむの優先してるから、なーんか違和感あるなぁ」

「ぷぷぷっ! 本人でもそー思うんだネ! ちょっと安心かもだヨ。私だって混乱するからネ。どっちのハオが本物っ!? ってサ」

 

 

 

 笑い声が絶えない。暫くハオは 談笑しつつ、黒犬の風景を楽しみながら移動をしてて、ぱたっと歩を止めた。視線の先にあるのは窓。

 

「なー、チョウちゃん」

「ん? どーした?」

「今日って、竜巻警報とか出てた? このダリアで」

「はぁ? たつま……なんだって?」

「うーん。それ以外に表現しようがないんだけど、ほれ。2人ともアレ見て」

 

 ハオは、ひょいっと2人を肩に担ぎ上げた。

 

「ひゃあっ……」

「わー! こらっ! 気軽にすんな! デリカシーに欠けてるゾ! このれでぃに対して!」

「ほらほら、オレの頭ポカポカ叩いてないで、外外。アレ見てみって」

 

 視線誘導をさせて、外を見させてみると、2人にもはっきりと見えた様だ。

 暴れてたんだけどピタリと止んだから。

 

「うわぁ、ナニあれ……、人が飛んでるヨ。人がゴミのよーに、ってヤツだヨ」

「し、しんじゃうんじゃ……??」

 

 最初こそはハオに担がれて顔を少なからず赤くさせていた王姉妹だったが、今度は顔を真っ青にさせた。それも当然だろう。目の前……までとは言わないが、目の届く範囲でこんな近くに発生して、更に言えば 人が吹き飛ばされているのだから。

 

 そして、冷静に見てみると判った事がある。竜巻は自然災害。だがあれは人災だった。

 

「んんー? あれ? あれは竜巻じゃなかったか。ろみおじゃん」

「ええっっ!! って、ほんとだ。……まーた暴れてるヨ」

 

 竜巻の中心に見える影が見えた。

 

 人間の体より遥かに大きな石像をブンブン振り回しているのだ。そのあまりにも強い遠心力の力で、竜巻が発生したように見えただけ。それはそれでどうかと思うのだが。

 

 

「よーし、仮監督生(プリフェクト)の権限をハオに与えるゾ! あのおバカさんを止めるんだヨ!」

「んぇ?」

「んぇ、じゃないヨ。しっかり働くって約束しただろ? それとも私や手李亞が行った方が良いのか?」

 

 手李亞は震えてる。目を見ればよく判る。『わたし絶対行きたくない!』と言っているのが。

 そもそも、普通はあんな災害クラスの現象が起きてる現場に行きたい、と思う者はいないだろう。 

 

 

 勿論―― 一部を除けば、の話だ。

 

 

 

「いやいや、断らない断らない。行く行く。あんなの楽しそうじゃん! 人力竜巻機?」

「絶対楽しくないよ……。ハオ君おかしい」

「楽しい訳あるか! 真面目にやれヨ!」

「OKOK。オレ、常に真面目、今特にめっちゃ真面目だ! んじゃ、またなー 2人とも!」

  

 

 

 と言うわけで、黒犬の仮監督生(プリフェクト)ハオ・隼の初日目の仕事は《暴れ狂う犬塚ろみお》を止めろだった。他の生徒が見たら無理難題。でも、ハオは笑顔のまま 窓から飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、外に出てみればよく判った。この竜巻が及ぼす周囲の影響が。

 

 

 

『ギャアア!』

 

 や。

 

『ぎぇぇぇぇ!』

 

 

 等の悲鳴が、あちらこちらから聞こえてくるから。

 人間だけでなく、森で平和に暮らしてたであろう小鳥たちも、大急ぎで一斉に逃げ出していた。まさに災害である。

 

 

 

「フヘヘヘヘヘヘヘ! ハハハハハハハハハハ!! 終わりだ終わり!! 何もかも!! アアーーーーヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」

 

 

 

 その中心には、ハオが言った通り、こちょうが見た通り、ろみおがいた。

 自分の体よりも遥かに大きな石像をジャイアントスイング。泣いてるのか笑ってるのか……、涙を流しながら笑ってる姿はナカナカきつい。

 

「あんなものを軽々ブン回すなんて………」

「見ろあの顔、笑ってるぜ……」

「悪魔だ……やっぱり、あいつは、恐ろしい……」

 

 災害(ろみお)に巻き込まれたであろう生徒たちがまさに死屍累々。

 白猫、黒犬問わず倒れているから、完全に見境なく暴走しているのが判る。

 

 

「おんもしろそーーだ!」

 

 

 そんな屍の山の傍で目をキラキラさせているのはハオ。

 

「何処が、おもしろ…… って、ハオ……?」

「おう! もうちょいしたら、保険係が来るから、ちょっと寝といて」

 

 嬉々と災害(ろみお)に飛び込んでくハオを見て、笑顔で飛び込んでいくのを見て、もれなく全員が同じく恐怖したという。一応助けてくれる? ようなので、悪魔なのか天使なのか、何かよく判らない怖いモノ、と。

 

 

 

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ!! ゼンブゼンブ無くなっちまえぇぇぇぇ!」

 

 

 

 ブンブンと振り回す ろみおの前に現れるハオ。

 

「って、コラコラコラ、ダリア学園(ここ)はオレも気に入ってんだから それ却下ー! がっこー壊すなーー!」

 

 バチンっ! と甲高い音を響かせ、その後、多少の余波はあったものの竜巻は完全に消失した。

 

「フヘハハハハハ! ぬが! 止まっちまった!! うごけ、うごけぇぇぇぇ!!」

「コラ暴れるなー。オレにかかってくるのはOKだけど 周りを壊すな!」

「グヒャヒャヒャヒャ!!」

「……駄目だコリャ。んん、しゃーない」

 

 ハオは何処からともなく拡声器を取り出した。

 

 

「『あいるーーー!! ろみおが大暴れしてるヨー.こりゃ折檻が必要じゃないかーーー? お兄ちゃん弟くんを叱ってあげてーー!』」

「アハハハハ―――っっっ!?」

 

 

 兄の名を出せば細胞レベルで反応する ろみお。

 あまり好ましいとは言えない手段だが、周りが大変だから手段は問わない事にした様だ。

 ろみおは、ピタっと止まった後周囲をキョロキョロと見回していた。周りの景色がしっかりと見えるようになってる様で、兄を必死に探してる様子。

 

「って、あれ? 兄貴は…… ハオ??」

「よーやく気付いたか。ほれ、オレの腕みてみ」

「ん、腕……? ってそれって!」

 

 正気に戻ったろみおだったが、黒犬の制服、そして監督生(プリフェクト)の腕章。それらを見せられて、今度は青ざめていった。だって兄に繋がる役職だから。周りに兄はいないようだが、結局繋がってるから。

 

 

「おう! 今日からこっち側だからヨロシクな! と言うわけで、ろみお君。早速 罰を与えるから、楽しみにしろよーー」

「何笑顔で楽しそうに言ってんだ! いやじゃーー! それに今オレは何もかも終わってんだーー!」

「(終わった?)よく判らんけど、ひょっとして逃げるつもりか~? 犬塚ろみお君ともあろう人が? 君って黒犬のリーダーじゃなかったっけ? 逃げるの~~??」

「うぐっ……! だ、誰が逃げるか! よーし判った! ただでやられてたまるか! 今日こそお前に勝つ!」

「おっしゃ! 久しぶりに ろみおと しょーぶだな。オレに勝ったら 一先ずオレからの罰は無しでOKだぞ。さてさて、白猫と黒犬のリーダー、どっちの方が強くなってるか、このハオさんが見極めてしんぜようっ!」

「!(ハオのヤツ、ペルシアと………、う、羨ましい!! 手取り足取り……あーんなことや、こーんな……) う、うぎぎぎ……」

「んん? なんで血涙流してる? まぁ いっか。ほい、いざ勝負!」

 

 

 

 

 

 その後、ろみおはぽんぽん投げ飛ばされた。

 強引に突っ込んでくる ろみおは 成す術もなく投げられ、懲りることを知らず飛び込みまた投げられた。

 

 今まで何人も吹き飛ばしてた ろみおが何度も投げ飛ばされる光景は、他の生徒たち、とくに白猫の生徒たちには快感だったらしく、しばらくして歓声が上がるのだが、ハオの制服を改めてみてみると 黒犬のものだから、意気消沈した。

 

 逆に黒犬の生徒たちから歓声が上がった。どうやら、ろみおにぶっ飛ばされたのを根に思ってるらしい。

 

 そして ろみおは10回は投げられた後動けなくなった様子。

 ハオは それを見た後 何処からともなく取り出した巻物? の様なモノに何かを書き込む。

 

「ほい。ろみおの負けな?」

「むぐぐぐ………… くそっ……」

「てな訳で ろみおへの罰は~」

 

 と溜めを作った後にろみおの前で 巻物を広げて見せた。

 

 

 そこに書かれていた罰。それは 『ダリア湖周辺の草むしり』

 

 

「頑張れ ろみおっ!」

「オレ1人でか!? いったい何か月かかんだよ! それ!!」

 

 

 

 ろみおの抗議は勿論受け付けない。

 さっさと掃除するように言い聞かせて、後からやってきた保険係たちと一緒に 倒れてるメンバー全員を回収して回った。

 

 いつの間にかやってきていたペルシアも手伝ってくれた。

 白猫の生徒たちをすべて任せる。

 

 

 そんな 光景を木の上で眺めている者が1人。

 望遠鏡を覗き込んで、そして 震えていた。

 

 

 

 

 

「…………ペルちゃんが 私の、大切な………。それが、あんな男に………ッッ」

 

 

 

 

 

 



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8話

 

 

 幼き日の思い出。

 今も尚色褪せる事なくシャルの中には残っている。瞼を閉じると……ほら、すぐに見えてくる。

 

 

『ハオ~~。ねぇねぇ お願い聞いてぇ! シャルのお願いっ☆』

『OK! ハ~オ・チョップ~! おりゃっ』

『いたぁっ!』

 

 

 見えてきたかつての映像。鮮明に浮かぶその光景を身体全体で感じながら、シャルは思い返していた。

 

 小さな頃は、充実してなかったと子供ながら感じていた。

 

 それはハオやペルシアと会うより更に前の頃だ。

 その頃は シャルがどれだけワガママを言っても、誰も叱ろうとしなかった。身内でさえ 溺愛していたせいか、褒めて伸ばすを貫く、と言えば聞こえが良いかもしれないが、そういった良い具合ではなく、本当に何も叱らなかった。 それが本当に嫌だった。誰も誰もシャル自身を見てくれてない様に感じていたから。

 

 だからこそ、シャルにとって 初めて出会ったハオは本当に特別な存在だった。

 たくさん教えてくれた。そして たくさん叱ってくれた。同じ目線で話をしてくれた。毎日が楽しかった。

 

 でも、痛いのは嫌だ。当然嫌。 ぽかっ! と叩かれたら当然痛い。

 

『もうっ! いきなり何するのよぉ!』

 

 まだ願い事を言ってもないのに、つまりワガママが始まる前にまさかのチョップで止められたから、シャルだろうが誰であろうが、きっと怒ったっていいだろう。傍から見ればとっても理不尽だから。

 

 むっ、と表情をひきつらせたシャルは、精いっぱいの怒りの表情を作る。

 因みに、シャルは理不尽な一撃を受けても、素で怒っているわけではなく、頑張って怒った表情を作っているのだ。

 ハオの事が愛しくて、いつも傍にいて欲しくて、いつもいつもくっついて欲しくてたまらなかったから。嫌いになんかなれそうになかったから。

 そんな気持ちにさせてくれた初めての相手に《怒》の感情を向けるのはなかなか難しいのだ。

 

『はははっ!』

 

 そんなシャルを余所にハオは笑う。

 その笑みの意味が解らないシャルは、首を傾げた。

 

 そして数秒後に笑った意味が、そしてチョップをくれた意味が判った。

 それも、教えてくれた。

 

 

 判ったからこそ、教えてもらえたからこそ――シャルは この(・・)口癖をなるべく、ハオだけでなく他の人にも使わないようにした。

 

 使わない(・・・・)訳ではなく、なるべく(・・・・)、ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は早朝、黒犬の寮 ハオの部屋。

 朝日と共に目を覚まし、窓を全開に。

 

「ふぁぁぁ………!」

 

 これが一日の始まりであり、云わばハオのルーティン。と難しっぽくいってみたが、ただ朝日を浴びながら大きく欠伸するだけだが。犬だろうが猫だろうがいつもしている。つまりいつもの光景。

 だけど、今日はいつもとは少し違う。非常に珍しい出来事が起きた。

 

「いやはや、気持ちのいい朝に窓からおはようとは ほんと珍しいな」

 

 窓の外を、朝日を眺めようとしたら、影が割って入ってきた。逆さまに覗く影。それは伸びた木の枝があるからこそ出来る芸当。まるで猫のように 枝を伝ってここまでやってきたみたいだ。

 

「……ざーんねん。今回のはイケると思ったんだけど、やっぱりハオにはサプライズっていうの効かないわよねぇー」

「うんや。これでも結構ビックリしてる。窓の外に逆さまに覗く顔って、お化けみたいじゃん? 朝なのに。あー ビックリで目ぇ覚めたっと。なー シャル。ん? あ、けっこう久しぶりにシャルの両目見たな~。ってなわけで おはよっ」

「おはよぉ。んー 私はこーんなに近くでハオ見たの久しぶりかもねぇ。………じぃぃ」

 

 ハオの部屋に訪問してきたのは(窓から) シャルだった。

 少しばかり珍しい光景ともいえる。これまで シャルと一緒にいる時間は長いと言えるが、それは白猫側での場合だ。黒犬の方にまで乗り込んでくるのは極めて稀だった。

 だから、ハオがビックリした、と言うのは強ちウソでもないのだ。顔に出てないようだが。

 

「どーした? 黒犬(こっち)まで来て。騒がれるゾ~ って事もないか。今朝早いし、この部屋、外からは見えにくいし」

「……………」

「そーんなにオレの事恋しかったのかなぁ? あっはは~っ ペルシアが嫉妬しちまうぞ~? 確かペルシアと相部屋だったろ??」

「……………………」

「………いや、シャル。マジでどーしたんだ?」

 

 シャルは、最初こそ笑っていたのに、今は笑っているのか、笑っていないのか正直判らない顔をしていた。

 

「ねぇハオ」

「うん? どした?」

「………聞いてくれる?」

「おう。聞いてるぞ」

 

 シャルは瞼をぎゅっ……と数秒閉じる。

 いつも陽気なハオもそんなシャルのいつもとは何処か違った様子に勿論気付いていた。だから、その後は何も口を挟まず、落ち着き話そうとするまで待った。

 

 シャルは、ゆっくりと目を開き、そして言った。

 

 

「……シャルの(・・・・)、お願い」

「!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のダリア学園。 

 いつも破天荒でやりたいほーだい! な所もある学園なんだけど、随分と違った光景があった。

 

「んん? どーしたんだ、この人だかり」

 

 ハオは、仮監督生(プリフェクト)だから~ と王姉妹の仕事(と言う名の遊び?)を少々行い、授業で使用する機材を運び、報告書をまとめ~ としていたら、戻ってくるのにそれなりに時間がかかってしまった。

 戻ってきてみれば、黒犬だけでなく白犬も含めた異様な人だかりが出来ていた。

 取っ組み合いの争いをしている事が常である二つの寮生たち。だが、そんな様子もなく入り混じって集まってたのに疑問が湧いて出たハオ。 

 

 丁度 蓮季がいたので聞こうとした所。

 

「あっ は、ハオ! 大変なんだい 犬塚が……!」

「? あー」

 

 蓮季の青ざめた視線の先には、確かに犬塚がいた。それも四つん這いで這って動く犬塚など非常に珍しく……。

 

「おー、アレか! 四足歩行に目覚めた?? 寮の名も自分の名も犬だけに」

「違うゾ! フザケナイでくれ! あいつ、あいつを何とかしてくれ!!」

「んん?? ……あー、シャルか」

 

 四つん這いになった犬塚の上に、シャルが座っていたのだ。

 

 周囲の目を明らかに気にしている犬塚は、のろのろ~ と非常にゆっくりと進む。……んだけど、シャルが犬塚の目の前に何か出したら、超スピードで消えてしまった。

 

「アレはいったい何なんだ!! 今日の犬塚はおかしい! シャルに弱みでも握られてしまったのか!?」

「おー しっかし シャルよく落ちないな? 犬塚の四足歩行。アレ、結構なスピード出てると思うぞ?」

「こっち向けぇぇぇ!」

「ぐええええっ!!」

 

 蓮季はのんびりとしているハオを見て、苛立ちがピークに達したのだろう、襟首掴んで超ゆすられた。ガクガクと前後、左右にぶんぶんと。

 

「なんだ! あれは!! シャルはお前の嫁だろ!? 嫁なら嫁らしく、空気嫁! くらい言ってこいよぉぉぉぉぉぉ!!」

「あぶぶぶぶぶぶぶぶ、や、やめやめやめやめ――! き、きもぢわるいぃぃぃ!」

 

 ペルシアとはまた違った威力のある揺さぶりは、ハオの脳を盛大にシェイクしてしまい、周囲の風景が歪みに歪んだ。

  

 

「まぁ、蓮季の言う分はよーくわかるがよぉ、ハオ。ありゃ何だ? 犬塚の野郎、裏切ってんのか?」

「マジで見損なったぜ……。胸なんかにつられてよぉ(確かに巨乳だが……確かに確かに大きく揺れそうだが) いてぇ!!」

 

 余計な事を考えてそうな黒犬の学生には デコピンっをプレゼントするハオ。

 

「んん~ いつものシャルの遊び? じゃないか。スコットから犬塚にシフトチェンジ! んでも、らしくないよなぁ、犬塚なら絶対抵抗しそうなんだけど、ああも 懐柔されるなんてな。―――弱味握られちゃったとか? あっ、この間白猫寮登ってた時、まさかじゃないが、シャルの着替え覗いたとか!? ………よし、殴る。オレ、殴ってくるかな」

 

 ゴキリッ! と拳を握りこんで笑顔のハオを見て……、周囲が違う意味で緊迫感に包まれてしまった。何処となく怒っている感じがするから。 ハオはまだ結婚はしていないが、それでもシャルの婚約者だという事は有名な事であり、寮生全員が知っている。勿論黒犬も白猫も分け隔てなく。 

 ハオの特別性に加えて、どちらかに組している訳でなく、どっちにも馴染んでるハオだから、別段気にしてなかった。

 

 でも、ハオが怒っている姿は 極めて稀だった。

 

「(そりゃ、自分の嫁さんが他の男と――なんて、なぁ?)」

「(鈍感っぽそーで、お気楽なハオでも怒ったって無理ないか)」

「(犬塚ヤバくね? 前石像振り回してた時以上に ボコボコやられそう……。いい気味だとは思うが)」

「ま、待て! 落ち着けハオっ! 弱味握られてる~ と言うのは同感だが」

 

 周囲でひそひそ話。蓮季だけが 慌てて弁護をしていた。

 とりあえず、ハオは 空気を大きく吸い込むと。

 

 

「おらーーー! お前らー! 授業始まんだから、とっとと戻れーーー! 仮監督生(プリフェクト)権限発動させんぞーー! しゅくせーだしゅくせー!」

 

 

 一気に吐き出して、全生徒たちを散らした。

 蓮季を除いて……。

 

「ハオ。シャルは ハオが好き。そんなの黒犬の私でもわかる事だゾ。だから……」

 

 何だか蓮季、今度はシャルの弁護をしようとしてた。

 それを聞いたハオは、思わずぷっ! と吹き出して 蓮季の両頬を摘まんだ。

 

「ふみゅ!?」

「はっはっはー おー、柔らかいな。頬っぺたモチモチ」

「な、にゅわにするんひゃ!」

「蓮季もとりあえず戻れって。だーいじょーぶ。いつもの遊びだろ? シャルの気紛れ。ほれ、あーでもせんと みんな戻りそうになかったから、ちょいと、な?」

 

 ハオは、にかっ! と笑って蓮季にウインクした。

 

 偽りの怒気を見せて、シャルと犬塚の空気をハオの怒りで上書きさせて、戻らせたのだ、と蓮季は思ったが、あまり信用はしなかった。他の男に、それもいつもの白猫のメンバーでなく黒犬の、それも犬塚だった。

 本当に何も気にしてないのか? と。 ただ、ハオの笑顔は本当にいつも通りの笑顔。この時程読みにくいものは無い、と蓮季は 軽くため息を吐く。

 

「でもまー、リーダーがアレじゃ黒犬はしばらく荒れそうだなー、面倒な事に。それとなくフォローしといてくれよ」

「……説得力ないゾ。面倒な事=楽しみ!! とか考えてくる癖に」

「ははっ! バレたか。ほーれ、蓮季も行け。内申点下げられるの嫌だろ? しっかりしろよ? ゆーとーせい」

 

 その後、蓮季は戻っていった。

 

 何処かまだ納得しかねる様子だったが、黒犬一の優等生である事は事実だし、それより犬塚を庇わなければならない、と感じたからだ。

 

 ハオが言っていた『黒犬は荒れる』と言う言葉が何よりも響いたから。

 

 ハオは最後の一人である蓮季を見送った後、そっと視線を戻した。

 犬塚とシャルが去っていった方に。 楽しそう、だけではなく 何処か少し呆れ気味な所もある顔だった。

 

 

「とりあえず こんなもん、かなー。まったく、ほんと今日は一段と世話の掛かるシャルだ。(………どっか懐かしい気もするけどなぁ)」

 

 

 



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9話

 

 

 夜。寮の消灯時間。

 

 

 黒犬の寮(ブラックドギーハウス)に白猫がやってきた。

 

 

 それは白猫の姫(シャル)

 勿論、忍び込んだ場所はハオのいる部屋で、部屋に窓から飛び込むなり、シャルはハオの胸に飛び込んだ。 たたらを踏んだが、ハオはしっかりとシャルを抱き留めた。 理由も言わず、何も打ち明けず、ただただハオにしがみ付いていた。

 

「おーいシャル? ここ黒犬だぞ。せめて白猫の方で、じゃ駄目だったか?」

「…………もうちょっと、もうちょっとだけ」

「ほいよ。……ったく、今回だけの特別サービスだぞ?」

 

 色々と犬塚を使ったワガママ放題だったシャルだったが、そのワガママはまさに暴姫(タイラント・プリンセス)そのものだったのだが、何があったのかパタリと止んだらしい。

 止んだのは止んだのだが、その影響は凄まじく、犬塚に対する周りの評価はガタ落ちになったのは当たり前な話。寮も追い出されたし。最終的には、シャルのワガママが止んだから、何とか寮に入るのを許してもらえた様だが。

 

 

「……ペルシアはハオと同じよ。だって、いつだって私の傍にいてくれたから。……こうやって、私に温もりをくれたから」

「だったよなー。ペルシアは曲がった事が大嫌いだったし、シャルのワガママを一緒になって止めた事だって、何度かあったしな? オレ以外でそんな事出来るのペルシアくらいだった」

「そうよ。……あなたたちは私の為に怒ってくれた。だから、私の理解者で、私の、たいせつな……人。なのに、なのに……」

 

 シャルの目元には涙が溢れていた。流さないように必死に頑張っていたのだが、それでも止められない。

 

「どうして!? よりによってあの犬塚!? 何で、何でよ……! 私の、大切な人が、犬塚なんかに…………ぅぅ」

 

 ハオの胸の中で嗚咽を漏らすシャル。ここまで弱さを見せるシャルは本当に久しぶりだった。そう、いつも寂しかったと言っていた最初の頃以来だ。

 

 

「………人の想いっていうのは、簡単には止められないもんだ。シャルだってわかってるだろ? 好いた惚れたは自由。黒だろうと白だろうと関係ない」

 

 

 後ろ髪を撫でながら、ハオは抱き寄せた。

 

「1つ聞くけど、ペルシアの事、シャルは信じられないのか?」

「っ……信じられない訳ないじゃない! ペルちゃんは、私の一番の親友。私の事をシャルちゃん、ってまた呼んでくれて、いつだって一緒にいる、って言ってくれたんだから。ペルちゃんの事、信じられない訳ないっ!」

 

 シャルは、ハオの胸から顔を離し 至近距離でハオを見つめながら断言した。ペルシアの事を信じてる、と。シャルの真剣な顔。いつも笑ってる顔ばかりだから、その真剣な顔も随分と久しぶりだった。

 そんな顔には、笑顔で応じるハオ。

 

「それだけ判ってんならじゅーぶん。そんなペルシアが選んだ相手が犬塚だ。なら、信じられるだろ? それに、間違いなくペルシアを変えたのも犬塚。ペルシアが一番の友達、親友なら、そんなペルシアに愛しい人が出来た事を祝福してやらなきゃだ」

「でもっ! 犬塚と一緒にいるって事は、ペルちゃんに危険が……!!」

「大丈夫だって」

 

 危険だという事はハオだってわかってる。東和とウエストの関係も。

 だが、それでもハオは笑顔を崩さなかった。

 

「この自分たちの世界を変えよう、って強く思ってりゃ変わってくもんだ。強い覚悟も決めたんだろうさ。それに、ペルシアと犬塚なら なんとなく大丈夫って思う。オレ信じれる。ほれ、経験者は語る、ってヤツだ」

「…………確かに、ハオは自分の国を変えることが出来た。でも、それはハオだから。ハオだったからで……」

「シャルも信じてやれって。犬塚はアレだと思うけど、ペルシアの事。止めるんじゃなくて、時には見守ってやるのも優しさだって思うぜ。……シャルの時だって、ペルシアが支えてくれただろ? 今度はシャルの番だ」

「………………………う、ん」

 

 シャルはハオの目を数秒だけ見つめて、そしてまた、胸に顔を埋めた。

 二度、三度とハオの胸に自分の頭をぶつけるシャル。そして、強く強く当てた。

 

 

「……今後、ペルちゃんが危険な目にあってたら、絶対、殺すわ。犬塚のヤツを」

「おう。その意気。一回殺られた位でヘコたれるヤツじゃねーってのはよく知ってる。バンバンやってやれシャル」

「勿論よ。……私はシャル姫。ウエストの暴姫。全身全霊でやるわよぉ。……って、ハオ?」

「おう?」

「ペルちゃんと犬塚の事……知ってたの?」

 

 あまりに自然に会話してて、気付くのが遅れてしまってた。

 知らないのであれば驚かない訳がない。天敵と言っていいし、毎日のように争って争って、その中心にいる2人なのだから。

 つまり、ペルシアと犬塚の関係について知っていなければ こんな反応はあり得ないから。

 

「ん? おう。知ってるゾ」

「知ってたのならもっと早くに教えなさいよぉ!!」

「ぐええええっ!! し、締まるしまるシマル!」

 

 胸倉をつかみ上げたが、ある程度すっきりしたのか直ぐに下した。

 

「けほっ…… ったくよぉ、元気になった途端コレかよー……」

「ハオが悪いんでしょぉ。ペルちゃんの事、黙ってたんだからぁ。こーんな大切な事、大事な事。とーぜんですっ」

 

 んべっ、と舌を出すシャル。

 いつものシャルに少しは戻ったとハオは感じた。

 

 

 

『シャルのお願い☆』 

 

 

 それを聞いた時。いつも飄々としているハオでも、シャルの事が心配だったりした。

 シャルがそう言うお願いをする時は、いわばワガママ宣言。

 あまりワガママを言い過ぎると駄目だ、とハオは小さいころ、シャルに言い続けていた。口で言うだけでなくハオは手を出した。それが笑顔でチョップの正体。

 

『ふつーな願いなら聞いてやるけど、シャルのお願い☆ はダーメ。ぜーったい無茶なこと要求するし? そーゆーのダメだー、って言っただろ?』

 

 そういってから、シャルは 少なくともハオに対しては言わなくなった。

 スコットなどお気に入りなペットたちには どんどん要求してるが、それは目を瞑っていた。皆楽しそうだったから。(スコットは結構しんどそうだったが)

 

 

 

 

 今回シャルは、神妙な顔で『……私がする事、暫く目を瞑ってて欲しい』とだけハオに言ったのだ。

 

 

 

 

 

「黙ってて悪かったな。と言うか、犬塚があーんなあからさまな態度見せてりゃ、普通に、バレると思うんだが(犬塚がペルシアを助けたトコ見たのが決定的だったけど)鈍感なヤツばっかだよなー。ここって」

「ハオが鈍感とかいう!? ってそれより、たとえ そーだとしても、白猫と黒犬の関係を見たら、何よりも不味い、ってわかるでしょぉ! いっくらハオが特別生だからってぇ!」

「わーってるわーーってる。郷に入れば郷に~だって事くらい弁えてるって。ただでさえダリア学園は、オレのワガママ聞いてくれてんだし」

「猫と犬の間を行ったり来たり、遊んだり楽しんだり、そんなの堂々と出来るのはハオだけぇ! ちゃーーーんと頭に叩き込んでなさいよぉ! 黙ってた罰として、今日は添い寝してもらうからぁ」

 

 

 ふふんっ、とシャル得意気になっていた。いつものペースを徐々に取り戻してる様だ。

 

 

「成る程ー。だから、寝間着で来てたのか。最初っから考えてたんだな? そーんな姿で外出るなんて、シャル? はしたないゾ~?」

「だいじょーぶ 誰にも見られてないわよぉ! 本気出した私を目で追いかけられると思ってるのぉ? と言うより、そもそも見られてたら大騒ぎになってるでしょぉ?」

「ストーキングスキルMax、って訳ね~」

「人聞き悪い言い方しちゃやぁよ」

 

 確かにその通り。白猫の姫が黒犬の寮(ブラックドギーハウス)に侵入したともなれば、警報装置が鳴り響きそうだ。黒犬の生徒たちの怒号と言う名の。

 

「んじゃあ、ハオには早速罰を~、ね?」

 

 シャルはにやりんっ! と目を光らせて両手を広げた。

 いつもなら、ここからハオとの追っかけっこの始まり始まり~。  

 

 

 

―――なのだが。

 

 

 

 

「よっしゃ、一緒に寝るか?」

「………へ?」

 

 広げた両手をさっと取ったハオは、そのまま抱き寄せて、ベッドへIN。

 まさかの行動にシャルは思いっきり動揺した。

 

 たま~に、ハオが色々としてくれる時はあるんだけど、不定期な完全ランダム。そして、起こった時、いつもいつも慣れない。

 

「うにゃぁっ!?」

「ほい、確保~ & 部屋消灯っ」

 

 いつの間にか、ばっちり部屋の灯も消した。

 

「は、はおっ!? きょ、今日は何でそんな積極的なのぉ!? そんな気分だったの!?」

 

 かぁぁ、と顔を真っ赤にするシャルを見て、ハオは優しく笑った。

 その頭を抱き寄せて、数回その頭を撫でる。シャルは 最初こそ慌てていたが、直ぐに気持ちよさそうに目をふにゃりと細めた。

 

 

 温かいハオの温もりと、落ち着けるハオの鼓動。子供の頃はよくこの温もりを感じて、鼓動は子守唄にしていた。シャルはそれを思い返していた。

 

 

 

 

「今日は一緒にいるよ。………それにまだ、無理してんの見え見えだぞ。シャルがオレを騙せると思わない事だなー?」

「っ………。もうっ。 でも、それでこそ 私の旦那様よね」

 

 



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10話

 本当に幸せそうだと言えるだろう。

 

 

 シャルは、ハオの腕を、身体を。……ハオの全てを 抱き枕にしている。それは もう二度と離さない、と言わんばかりにだった。自分の腕を、足を、存分に絡ませ 時折 頬擦りさせている。

 

 その寝顔は、まるで日向ぼっこをしている猫の様に 気持ちよさそうだった。

 

 

 当のハオはと言うと……。

 

 

 この東和とウエスト、いがみ合ってる二国であったとしても、世の男であれば、誰もが天に上りそうな幸せ極まりないシチュエーションだというのにも関わらず、相変わらずな様子だった。

 

 目を覚ましたのはハオの方が早かったようで、ちらりと視線を部屋に備え付けられている時計へと向けた。

 

 

 

「ん――、そろそろ、か……」

 

 

 

 と小さく呟いた後、シャルの頭を撫でながら呼んだ。

 

 

「おーい、シャル~。起きろ~~」

「にゃむにゃむ~…… あと、3分~」

 

 

「おぉ~い、シャル~~。3分経ったぞ~」

「にゃむにゃむにゃむ~~……… あと、1分~」

 

 

「うぉ~~い、シャルル~~。1分経ったぞ~~」

「にゃむむ~~ あと、10分~」

 

 

 

 全然起きる気配の無いシャルは、更に時間延長を所望。

 

 いやいや、目を覚ましている様な気もしてきた。

 

 狸寝入りでもしているのか? と思える。ハオも大体わかっている様で きらんっ! と笑ったかと思えば 軽く咳払いをして続けた。

 

 

「こほんっ。あー、シャル~? 後5秒で起きないと実力行使だぞー」

「にゃむぅ~……。ハオのなら、良いよぉ~~…… ごーいん、でも。 むにゃ」

「よーし、言ったな? 言質取ったり~……、ってなわけで、はい、さん、にー、いちっ…… ぜろぉー うぉりゃ~~!」

「にゃああああ!!」

 

 ぐるぐるぐる~~~! と羽毛布団でシャルを簀巻きにした。ぐるぐると身体を巻かれた衝撃で、当然シャルは目を覚ます。いや、元々目を覚ましていた節があるが、今は良いだろう。

 

「ひゃおっ! にゃ、にゃにすんのよぉー」

「シャル~? 言質とったり~ って言ったぞー。って、言う前にここ 黒犬だってこと忘れてね? チョウちゃん達が来る前に シャルを届けないと 色々と面倒だ」

「だからって、ひっどーいじゃないっ! ……チョウちゃんたち、って 黒犬の監督生(プリフェクト)の子たちよねぇ~? 朝っぱらから、2人を連れ込んでたのぉ……? ハオって、そーんな趣味があったのかしらぁ?」

「連れ込む~、って2人が来るんだし、人聞き悪い言い方しちゃダーメ。それに一応、オレ仮監督生(プリフェクト)だろ? とと、それは置いといて、シャル。一先ず 白猫に帰るぞー」

 

 簀巻きにしたシャルを抱え上げた。

 一応、お姫様抱っこの要領で。肩に担ぎ上げるのも良いが、その辺りは空気読んだようだ。

 ……多分? ただの気まぐれ? 

 

 

「にゃあっ! だ、だから いきなりは、びっくりするじゃないっ! そ・れ・にぃー。お姫様抱っこするなら、これ解いてしてよぉー。直に抱いてよぉ~♪」

「シャルはふつーにお姫様だからなぁ~。どんな抱き方してもシャル様~抱っこになるんじゃね? つまり、これでもオールOKって事だな」

「そーいう話してるんじゃないわよぉー。昨夜は満点だったのに。ハオは やっぱりもーちょっと乙女心、お勉強ねぇ?」

「あっはは。それは兎も角、とりあえず さっさと白猫に戻るぞー。ペルシアも心配するだろーし」

 

 

 因みに、昨日の夜。ハオはペルシアにしっかり連絡を入れている。

 まさか、ウエストの第一王女であるシャル姫が帰ってこない!? な事があれば 冗談抜きで白猫の寮は厳戒態勢に入り、警報が鳴り響き、捜索に軍隊が出動しかねない。

 

 因みに、これらはシャルの命令でではあるが、一気に動いた事があるのだ。

 

 何でも ハオの事を悪く言われた~、から、『黒犬のスパイ!』や『白猫の回し者!』な扱いを受けていて、我慢しきれなくなったシャルの大暴走だった。当のハオ本人は全力で楽しんでるだけだっただけなのに~、と言うのはまた別の話。

 

『ハオと一緒だから、安心ね』

 

 と言っていたペルシアだが、やはり黒猫の寮にシャルがいる事が心配だという事だ。

 

『何か複雑……』 

 

 ぼそっ、と言っていたのは ハオも聞き逃していない。ペルシアも犬塚に会いに来ていたのだろう、と簡単に想像出来る。特に言ったりはしてないが。

 

「もうっ! いい加減コレ解いてよぉ!」

「どーどー、暴れたらダメ。夜じゃないんだし、見つかる可能性大だから。このまま連れてくー。オレがやった方がシャルより早いし、言い訳も出来るし。ってなわけで、ハオさん出発しまぁ~すっ」

「ひゃあっーー!」

 

 ハオは、シャルを担いだまま 窓からダイブ。ひょいひょい、と器用に木に飛び移り、あっという間に白猫の寮へ到着。

 

 シャルとペルシアの部屋の窓を軽くノックしたら、ペルシアがひょこっ、と顔を出してビックリ。

 笑顔のハオとげんなりとしてるシャルがいたから。

 

 

「は、ハオっ!? それに、シャルちゃんっっ!?」

「おは~ペルシア!」

「……おはよぉ、ペルちゃん」

 

 

 

 

 

 その後、色々と危ないでしょ!? と小一時間程、ペルシアに。そして 運び方にやっぱり不満だったシャルにも説教を受けた後、黒犬の方へと帰還したのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の学業……もとい、監督生(プリフェクト)の仕事。

 

 主に胡蝶と手李亞の2人組と一緒に行動。黒犬の代表である藍瑠とは別行動。デスクワークが忙しい様だ。ハオが手伝うぞ? と言ったが残念ながら断られた。手は足りてるらしい。

 

「なんだヨ。私たちと一緒じゃ不満だとでもいうのかー!」

「……そーなの?」

 

 何だか不満顔の双子を見て、ニコっ、と笑ったハオは、そのまま2人を担ぎ上げた。

 

「不満も退屈も無いって。ダリア学園(ここ)は良いトコだし!」

「もーーー! だからって、何度も持ち上げるなー! 私たちのコト ガキ扱いしてるだろー!!」

「またまたー。チョウちゃん楽しんでる癖に~」

「誰がだヨ! こ、こんなの…… せ、生徒たちに示しが付かないゾ! 手李亞も何か言ってやってヨ!」

「……うん。ちょっと高い。もうちょっと動くのゆっくりだとありがたいかも……」

「もうっ 感想を求めたんじゃないヨ!!」

 

 文句は言いつつも、胡蝶も手李亞も楽しんでいるのは最早説明不要、である。

 こうまで対等に接してくれるハオの事はすごく感謝してるし、何よりも好意的だから。

 

「と、言うより 今ってテスト期間中で黒犬は勉強漬け、大勉強合宿じゃなかったっけ? ほれ、72時間耐久のヤツ」

「んん? そーだよ。白猫に負けるのだけは嫌だー、って感じで、普段べんきょーしない生徒もべんきょーしてて、ちょっと感心感心、な期間だね」

 

 ふむ、とハオは頷くと……。

 

「今日って別に見回らなくても良いんじゃない? だって、皆 大広間で勉強してるんだからさー。普段勉強サボるヤツも今回に限ってはいないし。 白猫に負けねー効果、蓮季せんせーの効果が抜群に出てて、出席率100%だ」

「うっ……」

 

 ギクリッ、と胡蝶は身体を震わせた。

 実の所、そのくらいは判っていた。監督生として生徒を導き、時には罰を下し~が主な仕事。他の業務も勿論あるけれど、一緒に(・・・)出来る仕事は限られてしまっているから。

 

「胡蝶姉さん?」

「な、なんでもないヨ。手李亞! ほら、万が一ってこともあるだろうし。油断大敵だヨ」

「ん~ それもそーだけど。……ほれ、せっかくの勉強合宿だ。オレ達も参加しようぜー。飛び級だし、物足りないかもしれんけど、監督するって意味じゃ出来るだろ? 学力向上に寄与。おー、優等生っぽく見えるかも?」

「……ハオは普通に優等生だヨ。非の打ち所がないとはこのことだし。苦難困難、ぜーーんぶ楽しんじゃうし」

「なんだよー、褒めても何も出ないぞー」

 

 わっしわっし、と胡蝶の頭を撫でるハオ。

 それを振り解こうとブンブン頭を振る胡蝶。

 そして、手李亞は何処か楽しそうに、2人を見ていたのだった。

 

 学園内のパトロールをしていたが、ハオの提案を聞いて3人で合宿場へ。

 

 

 ガチャリ、と扉を開いたその時。

 

 

「しゃっらーーーーっぷ!」

 

 

 非常に大きな声が聞こえてきた。思わず背筋が伸びてしまう様な感覚。頭の芯にまで響いてきて、眠気があったとしたら、はっきりと覚めるコト間違いない、と思えるもの。

 

 

「ブヒブヒ鳴くしか能の無い豚どもめ! 次許可なく鳴いたらローストにして晩餐に並べてやるゾ!」

 

 

 なかなか過激な発言が次に聞こえてくる。流石は黒犬……と言いたい所だが。

 

「おー、蓮季先生モードか。結構久しぶりかもだ」

「眼鏡かけた蓮季ねー。人格変わっちゃうって評判の」

「ちょっと怖い……」

 

 教壇に立つ蓮季は、びしっ! と教師眼鏡をかけ、目つきを鋭くさせて睨みをきかせている。私語の1つでもしようものなら 即座にチョーク攻撃が飛んでくるだろう。

 

「そこ―――! 遅刻はゆるさんゾ!!」

 

 チョーク攻撃、じゃなく参考書攻撃が飛んできた。中々の重量物が矢のように飛来してくる。これは当たれば、まさに頭が真っ白に冴えきってしまいそう……だが、かなり痛そうなので、甘んじて受けるコトはしない。

 

 

「べんきょー中に失礼~。混ざりに来たゾー」

「む。私の指導を受け止められて少々驚いたが、ハオだったか。貴様、監督生(プリフェクト)の仕事があるんじゃないのか?」

「ん? 今仕事中だぞ。ほれ、2人いるだろ?」

 

 ひょい、っと横にズレると やや引いてる手李亞と、苦笑いをしている胡蝶が目に入る。

 流石に年下であっても先輩な上に監督生(プリフェクト)。蓮季は 少し驚いた顔をしていたが、眼鏡モードに入っているからか、直ぐに立て直していた。

 

「これは、胡蝶先輩に手李亞先輩。どうも失礼しました。豚どもへの制裁中だったので。どうか、今は許していただきたい」

 

 言葉使いこそは、丁寧だけど、威圧感はバリバリに感じるから、やっぱり気圧される手李亞。

 

「ま、まぁ 勉強を頑張る事は良い事ネ。しっかり自力を付け、テストを乗り切るよーに」

 

 胡蝶も圧されそうになったが、しっかりと対応していた。

 でも、姉の陰に隠れてる手李亞はなかなか出てこれない様子だ。ハオはひょい、っと手李亞の横についた。

 

「ほれほれ、手李亞がんばれ」

「う、ぅぅ……」

「んー。手つないでてやろうか?」

「だ、大丈夫。私も監督生(プリフェクト)だから……」

 

 手李亞は、すっと前に出た。

 

 

「皆、頑張って」

 

 

 ビビってた手李亞だったが、必死で笑顔のエールを送る。

 

 それを 受けた黒犬生徒たちが一気にやる気を見せた。不器用で、ドジな所もあるけれど、普段から一生懸命だから 黒犬の皆は手李亞のコトが大好きだから。

 

 変な意味じゃないヨ?

 

 

「うぉーしっ、オレも今日は頑張っちゃおうかなー。と言うわけで、ペナルティクリップは任せとけ!」

 

 ハオはと言うと、いったい何処から取り出したのか、勉強中に寝る様な真似をした生徒に制裁を下すアイテム《特性クリップ》を無数に取り出していた。10~20はあるであろうクリップ。……まだまだ増えていき、最後には器用に両手でホイホイっ、とお手玉。

 

 

 先ほどまで、手李亞効果? でほのぼのとしていた空間が一気に冷めた気がする。

 

 

 

「特に露壬雄くんは重点的に行くからね~?」

 

 

 きらんっ! と目を光らせたハオ。その視線の先にとらえているのは犬塚。

 射貫かれたコトに気付いた犬塚は 身体を震わせた。武者震いだろう、きっと。

 

 

「特別サービス。しょっぱなから、クリップ×10から行くゾ?」

「なんでだよ!」

「いやいや。ほら、頼まれたし?」

「いや、誰に!?」

「……色々と思う所あるんじゃね?? ほれほれ、胸に手をじーーーっくり当てて~。考えてみ??」

 

 犬塚は、また身体を震わせた。思い起こすのは白猫の姫の事か、或いは黒犬の兄の事か……。

 

 

 そして、ハオは 意味深に犬塚に笑いかけると、その隣にいる黒犬の生徒? に視線を送った。

 ハオの視線に気づいたその生徒は、咄嗟に犬塚の後ろに隠れた。

 

 勿論、そんなので隠れきれる訳はない。 

 

 

 

「これもまた良い、とは思うけど、危ない遊びは程々にな? シャルも心配するしよ」

「ッ……」

 



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11話

 

 

 意味深に笑うハオ。

 

 事情を知らない生徒たちがその笑みを見ても、いつも通りの顔だ、としか思えないだろうが、()?にとっては違う。

 驚きと焦りを隠せる事が出来なくなってしまっていた。

 平常心でいられず、心臓がバクバクと脈打つのが聞こえる。

 

「(バレた……? 一目で?? なんで!?)」

 

 そして 訳が分からなくなってしまって混乱してしまった。

 毎日の様に顔を合わせている生徒でさえ看破できなかった筈なのに。

 

 因みに直ぐ横にいるのに、犬塚は全く気付いていない様だった。

 何故なら、ペナルティクリップを受けてるから。

 

「いだだだだだだだだだーーー!!」

「ほいほい、まだまだ~ 後20~」

「ホアアアアアアアアアアッ!?」

「ほあーちょー? カンフーの掛け声? おー、まだまだ余裕あるみたいだなー。頑張れ! いぬづかー! まけるなーいぬづか~! よっ、黒犬リーダーっ!」

 

 しれっとドSっぷりを発揮しているハオ。

 流石はウエスト公国 暴姫(タイラント・プリンセス)(ハズバンド)

 

「くくっ、いいザマだぜ」

 

 犬塚の事を笑っているのは丸流。正直に言えば 犬塚も丸流も成績はどっこいどっこい。笑える立場かどうか、と問われれば首を大きく横に振る。

 

「んっんー? 丸流くんも一発イッとく?」

 

 ニコッ、と良い笑顔を見せるハオ。 

 その笑顔を向けてくる時、決まって何か嫌な事が起きる前触れである、と言う事はよく判っている丸流。自分自身に非がある時に限ってその笑顔が向けられるからだ。以前、ペルシアを襲った時もそう。

 そして、今回も同じく。

 

「な、何でだよ! オレは犬塚みてーに寝てねぇぞ!」

「違う違う。ほれほれ右手右手~」

「………あ」

 

 丸流の右手にしっかりと握られているのは携帯。持ち込みは校則違反。今は小テスト中。完璧なカンニング行為。 

 

「バレなきゃ良いのよ~? 反則も戦略の内~ とか思ってたんでしょぉ~? まるっち」

「誰がまるっちだ! それにきもい口調で喋んじゃねぇよ!」

「はっはっはー、今のオレは 仮監督生+蓮季せんせーの助手なんだぜー ……と言う訳で、クリップ30ペナルティ、で手を打とうか?」

「普通に死ぬわ! そもそも犬塚みてーに顔でかくねぇし、んなに摘まめるか!」

 

 ワキワキ、と両手をせわしなく動かして威嚇するハオ。丸流は必死に抵抗を試みてる様だ。

 

「でも違反は違反だよなー? 元々の校則に加えてテストに携帯って。どー考えても、カンニングの流れじゃん? な? そう思うよねー?」 

 

 ぽんっ、と後ろにいた彼? の頭に手を置いた。

 

 先ほどのハオの言葉で、混乱をしてた様だが、それでどうにか立て直した。

 

 ……或いは、立て直させてもらえたのかもしれない。

 

「う、うん僕もそう思う。そういうの嫌いかな。……正々堂々と戦うのが格好良いと思うよ」

「っ………!!」

 

 丸流は、何か電流にでも打たれたの? って思う勢いで身体を震わせて、そして ドカッと腰を下ろした。さっきまで逃げる気満々、って感じだったのだが。

 

 そして、次の瞬間、手に持ってた携帯を思いっきり床にたたきつけて粉砕させた。

 

「いやいや、何も壊せ~とまでは言ってないんだけどさ」

「うっせーし。携帯前から気に食わなかっただけだし! おらっ! ペナルティでもなんでもやりたがれってんだ!」

「……ねー 土佐くん、古羊くん。丸流くんってこんなキャラだったっけかな?」

「いやいや、丸流君!? なんか変になってるよ!」

「変じゃねーし! ただムカついたから、手頃なモンぶっ壊したくなっただけだし!」

「さっきと壊す理由変わってんじゃん」

 

 あはは、と笑うハオ。どんな理由にせよ、丸流がやる気を出した事は素直に喜ばしい事だ。

 

「あれ? 丸流にペナルティクリップをするんじゃなかったの? ハオ」

「うん? いーや。ペナルティ出すまでもなく、やる気出したし。それして、折角出たのにストップかかっても本末転倒だしなー、って思ってさ」

「ま~ったく。やっぱりちょっと甘い所あるよネ? 校則違反は違反だっていうのにサ」

「だいじょーぶ。その分犬塚にペナルティ課しといた! だって、黒犬のリーダーだし?」

 

 ニコニコと指さす先にいる犬塚の顔面には特性クリップ。もう顔面が完全に見えなくなっていて、これ以上追加は面積的にも無理! なレベルだ。

 胡蝶は苦笑いをし、手李亞は『凄く痛そう……』と若干青ざめていた。

 

「それで、チョーちゃん達はどうだった? 今回も皆 乗り切れそう?」

「勿論だヨ。思った以上に今回も頑張ってる見たいだからネ。感心感心、って所かな?」

「立役者は間違いなく蓮季。流石、次期監督生(プリフェクト)候補っ! ……それ以上に やっぱ皆の事が好きなんだろうな」

 

 この学園は名門と呼ばれている。故に赤点を取ろうものなら その罰則(ペナルティ)で本国送還! となってしまう事だってあり得る。

 

 そうならない為に、蓮季は皆の勉強を見ている、と聞いた事があった。喧嘩ばかりしてて、体力に自信がある生徒は多いけれど、やっぱり頭を使うのは苦手みたいだったから、大変そうだが、嫌な顔1つせず、キビキビと教えている。誰も落第! の印を押された者がいないのは、蓮季のおかげだ、って言っても過言じゃない。

 

「ハオ君ハオ君」

「どーした、手李亞?」

「……回想に入ってる様だけど、そろそろ皆止めた方が良いと思う」

「ん? …………」

 

 さっきまで丸流さえも勉強に参加! 集中! となり、犬塚もペナルティ喰らいながらも必死に勉強してて、流れは良い感じだったのに。

 

 

『おっぱい・おっぱい・ Oh・PIE!』

 

 

 何だか合唱でもしてるのかな? って思える程のおっぱいコールが沸き起こってた。回想に入ってたとは言え、どうして気付かなかった? って思う程。

 

「うぅ………」

「感心して損したヨ。このセクハラ軍団」

 

 手李亞は 極度の照れ屋からくる顔の紅潮。

 そして胡蝶は、気にしてるコンプレックスからくる苛立ち。

 

 あまり、その単語を連呼するのは確かにセクハラだ。

 仮監督生として、罰則を下す時である、と同時にハオは行動開始。

 

 あなたは暗器使いですか? と思える程の高速クリップ構えを見せるハオ。

 そして、そんな不真面目を見過ごす筈のないこの勉強会のボス、蓮季。

 

 2人が一気に詰め寄った。

 

 

 

 

「ハイ、罰っゲームっ!!」

「まじめにやれ………」

 

 

 

 

 蓮季の有無を言わせぬ鬼オーラ。

 ハオのクリップ磔地獄。超攻撃が古羊を襲った。

 

 

 

「ホアアアアアア!!! い、いえええっすすすすs、まぁぁぁぁぁむぅぅぅーーー! さぁぁぁーーーっっ!!」

 

 

 そして古羊の悲鳴が部屋中に木霊した。

 

 

 

「……さっさと席に戻れ」

「ちゃんと勉強する事! 良い?」

 

 仁王像も真っ青な睨みを見せる蓮季と、ニコッ、と笑うハオ。

 まさに アメとムチ? な感じだけれど、どちらも恐ろしいのは間違いないから、ムチとムチだ。だからこそ、皆一斉に席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 そして暫く勉強会を見てて、時計を確認。

 

「ふぅ。ん? あー そろそろ戻んなきゃ。時間だ」

 

 勉強合宿にずっと付き合いたい、とは思っているが、今は自分のするべき仕事が残ってる。勿論、仮監督生としての仕事。監督生の代表である藍瑠に言われた時間もしっかりと守らなきゃならない。

 

「丁度良い頃だネ。皆~ テスト頑張れヨー!」

「頑張ってー……」

 

 手李亞と胡蝶のエールを受けて気合が入る生徒たち。これこそがアメだ。蓮季とハオは完全なムチ。

 

「んじゃあ、オレ戻るから。蓮季も頑張れよー」

「言わずもがな、だ。監督生の仕事は大変だと思うが、ハオも頑張れよ! テスト、油断するんじゃないゾ! ポカミスもするなよ!」

「だいじょーぶっ。勉強疎かにするなら、監督生の仕事はしないって。ふっふっふー、また勝負するか蓮季!」

「望む所だゾ!」

 

 ばちんっ、と蓮季とタッチを交わした後、何だか視線を感じたが、とりあえず用事があるので振り返る事なくそのまま退出した。

 

 

 その後は監督生の仕事をただ只管熟す。その内容は基本的に手李亞と胡蝶の仕事の補佐。

 

 目安箱の中身の回収、そして返答をしたり、予定されている行事の仕切り、その段取り。今は合宿真っ最中だから、前準備も含めて指示書の発行。勿論校内の見回りも忘れず。

 

 やはり、監督生の仕事は大変。重労働もあったり、頭も使ったりと実に多彩。

 

 

 でも、そこが良い! とハオは笑顔で仕事を熟した。

 

「いや~ ハオのおかげで助かっちゃってるヨ。もー白猫なんかに行かず、ず~~~~っと黒犬側に根を下ろしてくれると助かるんだけどネ?」

「うん。想定よりずっと早くに終わったネ」

 

 ぽんっぽんっ、とハオの背を叩く双子の姉妹。

 冗談気味に聞こえるけど、真剣さも含まれているのは 接してるハオが誰よりも解ってる。必要としてくれる事も嬉しいが、やはり自分がやりたいのは、この学園を存分に楽しんで、勉強もして、沢山の輪を繋げる事。

 

 そのためには、どちらかのみ! としてたら出来ない。

 

「悪いなー、2人とも。オレってば 白にも黒にもなれるからさ。どっちかに固定してると、灰色になっちゃうんだー」

「ソッカー。って、訳わかんないヨ!! 灰色って何!?」

「体調……悪くなっちゃうの??」

 

 それっぽく言い繕ってみようにも上手く表現が出来ない。

 でも、よくよく考えてみれば 言い繕う意味は無い。自分に正直に。

 

「オレはさ。白猫の連中も黒犬の連中も皆大好きなんだ。何で分かれてんのか、たまに判らなくなる程にな?」

「「…………」」

 

 そして、そんなハオの言葉を聞いて、笑顔を見て、ハオと同じ気持ちになる生徒だっている。黒犬と白猫。ウエストと東和。その関係を知っている筈なのに、その笑顔の前ではどうでも良くなってしまう事だって多々ある。

 

 でも、それはあくまで一個人の考え。この高い壁に隔たれた関係を一時の感情だけで肯定し続けるなんて出来るもんじゃない。

 

「そっかー、まっ、ハオは特別製だしネ。例外中の例外。猫犬に成れる生徒なんて、歴史あるダリア学園の中でもトップ。最上級の例外だもん」

「うん。……でも もし、ハオ君の様な考えの生徒達の間にも増えたら、…………この学園は」

 

 あり得ない、と頭の中では判っていても、その大きな時代の流れに、大きな波に乗ってみたい。と思わずにはいられなかった。

 

「んー、ま あくまでもオレはさ。部外者。どんな頑張っても出生はかえらんないし、環境が違えば考えが違ってたかもしれんし。ほれ、仮にウエスト側にオレが生まれてたら、毎日犬塚とケンカしてて、打倒黒犬~~!! ってなってたかもしれないしな? ちょーちゃん達ともやり合ったり?」

「んー。毎日ケンカ、っていうのは否定しないけどさ。打倒~云々は、正直想像つかないかナ? だって、ハオはハオだもん。どっちに所属してたって、ルール無視上等! って感じで、両方にきそうだヨ」

「わたしもそう思う……」

「はっはっはっは。そーかもっ! ……んん、でも学園追放! とかなっちゃいそうだけど」

「あー、それも当然あるかもネ。でも、どーにかして復帰してきそう。ヤられてもヤられても」

「倒れても倒れても。……例え、死んじゃっても??」

「あはははは! 頑張りがいがありそうだ! ……って死んじゃってもって! コラコラ。オレゾンビじゃないぞー!」

 

 

 

 あはは、と笑いながら残りの仕事を熟す3人。

 

 

 そんな3人を遠くから眺めている者がいた。

 

 

 

 

 

「ふぅ~ん……… 恋人を男装させる変態犬に、小さい子達を誑かしてる浮気者かぁ………。どっちから 先に行こうかしらぁ?」

 

 

 

 



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12話

遅れました ごめんなさいm(__)m


原作、色々と面白くなってきましたね~。なんだか終わりっぽい気もしましたが、まだ続きそうで嬉しかったりしてます( ´艸`)


 遠くから眺めている者。

 ここへきて、もったいぶったりはしない。

 言わずもがな、白猫の姫 シャルである。 

 

「う~む。まぁ、偏に浮気者って言ってもぉー。……あれくらいなら正直、いつものコトと言えばいつものコトだしねぇ。ハオの首根っこひっ捕まえて~、ってやっても サラッと躱されそうだし」

 

 双眼鏡と望遠鏡を常備し、常にストーk……じゃなく、しっかりと色々と観察を欠かせていない。観察の対象者は主に3名。《ペルシア、犬塚、ハオ》

 その3名は共に 現在は黒犬側にいる。白猫側だと簡単だし、白猫側で色々といかがわしい事をしようものなら、即刻対応を出来る。(対応しても躱されるばかりだが)

 だが、流石に黒犬側ともなれば安易に攻め入る訳にはいかないのである。

 

 それが3人共固まっているのならまだしも其々別の場所ともなれば尚更で、今 ゆっくり選んでいる場合でもない。

 

「じゃあ、やっぱり……、あの変態犬を優先、って事でぇ」

 

 その時のシャルは まるで本物の猫の様に、視線が鋭く更に光って見えた気がした。

 こうと決めた時のシャルは早い。手早く覗き道具(グッズ)を片付けると、ひょいひょいと木々を伝いながら移動をしたのだった。

 

 

 

 

 

 この時――シャルは思いもしなかった。 この選択が後々に 大変(笑)な事になるなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして場面は黒犬の寮。

 

 今日も勉強頑張ったね! お疲れ様! な雰囲気は一切なく、ただただ驚きの表情をさせていた犬塚。次の瞬間には声を上げていた。所かまわず。

 

「はぁぁぁぁ!? あ、あいつに、ハオにバレたっていうのか!?」

「しぃーー、バカ、声が大きいッ!」

「わ、わりぃ……」

 

 大声を上げたのにも関わらず、バレなかったのはここは黒犬の寮の中、ではなく屋外。周囲に誰もいなかったからに尽きるだろう。とは言っても犬塚の声はその体格に見合う程デカい為、誰にも聞かれなかったのは運が良かっただけとも言えるが。

 

「ってか、んなアホな! スコット(あのアホ)も以前見抜けなかったってのに、何でだ? 一目で?? あん時 ハオとは会ってねぇし、ペルシアの勘違いとかじゃないのか?」

「……それは無いわ。あの意味深な笑みや発言を聞いて。……いつも通りのハオよ。それも特に面白がってる時のハオ。バレてない方があり得ないって思う」

「うぐっ……、なんか一気に説得力増した……」

 

 ハオが色んな意味で凄いのも最早周知の事実。

 いつも楽しそうに笑っているが、その笑みの中でも ペルシアが今回見たあの表情は……特に楽しんでる時そのものだ。

 最近で言えば、2人が知る由もないが、犬塚が石像振り回して暴れている時、似た笑顔を犬塚に向けていた。

 いつもとは違う。変化がある時、そして困難があった時も等しく笑う。苦い表情をする時もあったが、それでも大体は笑みを浮かべている。

 

 ハオ笑顔要注意警報が犬猫問わずに発令された時だってあった。

 

 犬猫問わず、血気盛んな寮生たちをまとめて相手にした時の笑顔は、正直トラウマものと言っていいかもしれない。笑顔の筈なのに……、白猫も黒犬も良く知っている黒犬の代表、藍瑠が纏っているような覇気に似た何かを感じられたから。

 

「……ヤバいじゃないか。クソっ! その、ペルシア…… 悪い。オレの、身勝手の所為で、そんな……」

 

 どよぉぉん、と一気に沈む犬塚。

 

 この恋は誰にもバレてはいけないもの。絶対に、秘密にしなければならないものなのに。

 

 浅はかな行動が全てを無にしてしまう。その危険性を犬塚は判ってなかった。バレた、と言う事実があって漸く重くのしかかってきた。 

 

 そして犬塚は自分自身を力任せに殴った。 額に一筋の血が流れる。

 

「クソっ…… シャルの時があったのに、なんで 学ばなかったんだよ、オレは!!」

 

 ごすっ、ごすっっ!  と何度も何度も殴る犬塚。それを止めるのはペルシアだった。

 

「ぺる、しあ……?」

「止めなさい。悲観するのはまだ早すぎるし、……何よりもあなただけのせいじゃないもの。私だって、責任……あるんだから、自分ばかり責めないで」

 

 犬塚が渡した東和民変装グッズ(犬塚の中等部の頃の制服+ウィッグ)をちゃんと几帳面に畳んで仕舞った。

 

「バレた事は私にも責任がある。……最終的に私自身が判断して、黒犬(こっち)に来たんだから。……私だって、私だって……」

 

 ペルシアは、顔を仄かに赤くさせて、少しだけ俯かせた。

 

「寂しくない訳じゃなかったから……。会いたいって想う気持ち、犬塚にだって、負けてない……」

「ッ……」

 

 ペルシアの気持ちを聞いて、嬉しかった半面、やはり 自分が誘ったのだから、来てほしいと言い出したのは自分だからと、ペルシアに言おうとした時だ。

 

「相手がハオだったのが良かった。……ハオが皆に言いふらしたりするとわたしは思えないから。 確かにハオは、不正は絶対に見過ごしたりしない。今日の勉強会でもそれは再確認したし。義務だってしっかり果たしてる。白猫の寮でも同じだった。……でも、こういう事(・・・・・)には、きっと……」

「………そう、かな。いや、確かに……そうかも、な」

 

 犬塚も身に染みてる事は多い。

 石像抱えて色々とぶっ壊した時、容赦なく罰を与えられた。でも、それは100%自分が悪い。確かにあの時はペルシアに渡す予定だったプレゼントを壊してしまって我を失ってしまったが、それでも石像やその他もろもろには罪はない。壊して良い筈がない。

 

 でも――誰かを好きになる事が悪い事なのか? 絶対にそうは思えない。

 

「ハオだったら、『乗り越えてみせろよー! それに色々変わるトコ、楽しみに見てるぜ!』くらい言いそうだ。……オレ、一回話してみるよ」

「ええ。……私も話す機会は多いから、打ち明けてみる(シャルちゃんにも伝わってるのかな……?)」

 

 ペルシアと犬塚はそっと拳を合わせた。

 困難があれば、笑って乗り越えてやる。そんな男の姿を、幼少期より見てきたのだから、それに倣え、と互いに言い聞かせ合いながら。

 

 決意を新たにした所で、サプライズタイム。

 

 

『犬塚~~~』

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえてきたからだ。

 瞬間的に、ペルシアは白猫にも通じているマンホールの中へと退避。幸い夜だったから辺りは暗く、更に犬塚の影になっていて見られずに済んだ様だ。

 

「うおっっ!? は、はすき!?」

「おう! って、何で驚いているんだ??」

「べ、別に……(ギリギリセーフだったな……)」

 

 蓮季は何かに気付いた様子もなく、安堵する犬塚。

 

 

 犬塚にとって色々と大変だったのは この後だ。

 

 

 蓮季は 犬塚がどこかいつもとは違う。おかしい行動を何度もしている、と言う事も有り、色々と犬塚の事を心配していた、と告げた。

 

 

「蓮季は、犬塚の味方だから。いつだって味方だからな! 何かあったらいつでも言ってくれな」

 

 

 何処か寂しそうな表情を見せる蓮季。

 その言葉に、犬塚は小さく『オゥ……』と返事をする以外無かった。

 

 黒犬の中でも特に仲が良い蓮季。大切な友達だと思っている。そんな蓮季だからこそ、犬塚は打ち明ける事が出来なかった。

 

 そして、大変だったパート2がこれから開幕。

 

 色々あり過ぎた。ハオの事、蓮季の事、感傷に浸っていたからか、いつの間にか、背後に忍び寄る猫に、闇夜の中、駆け抜ける白い影に気付けなかった。

 そっと背後から伸ばされた手は、犬塚の両頬を摘まみ、びょーんと左右に引っ張られた。

 

「なぁ~に浸ってるのかしらぁ……?」

ヒャル(シャル)!? どうしへほほに(どうしてここに)!?」

 

 背後に現れたのは、怒りに満ちた表情を浮かべてるシャル。

 引っ張られる頬も兎に角痛い。力がメチャ入ってるのが判る。頬は直ぐに解放されたが、すかさず、ヘッドロックの体勢になった。

 

「キミぃ~~~~ 恋人に男装させて、黒犬の巣に連れ込むとか、 ど~~んな趣味してるのかニャ……? この変態犬!!」

「う、うぐぐ、く、くるしっ……! ち、ちが…… わないか……」

「今度こんなことしたら、校舎の屋上からヒモなしバンジーしてもらうわ!」

「わ、悪かった……。本当に、軽率……だった」

「んん?」

 

 シャルはいつも以上に沈んでる犬塚に、何処か違和感を覚えていた。蓮季との事はさっき見てたから判る。バラさない様に、秘密にしておく事に色々と抵抗があるのだろうと言う事も想像できる。だが、それ以上に何かあったのだと直感した。

 

「キミぃ…… ペルちゃんとの事、バレちゃった~~~とか言わないわよねぇ………」

「うぐっ、するどっ!」

「……って、マジなの? ほんと、何考えてるのよ!」

 

 正直、ただのカマかけに過ぎなかった。根拠なんて殆ど無かった。いつもふてぶてしい犬塚の声色が少しだけいつも以上に沈んでたと思っただけだ。蓮季の事だけだと思っていたのに、その他にもあったとなれば、シャルの怒りゲージは更に上がる。

 

「ペルちゃんに何かあったら、危険な事になる様なら、キミ絶対に許さないから……」

 

 シャルの殺気を背中でビンビンに感じる犬塚。

 シャルに言っても良いだろうか、と考えたが シャルは秘密を知る1人だ。黙るよりは打ち明けた方が良いと犬塚は判断した。……何より、シャルも無関係な相手じゃないから。

 

 

「ハオに?」

「ああ……。一目でペルシアだって判ったらしい。……黒犬の皆は勿論、スコットのヤツにもバレなかったのに、ハオは直ぐに……」

 

 どよぉぉん、とまた沈む犬塚。

 きょとん、とした表情を見せてたのは、先ほどまで怒りマークを全面に顔に出していたシャル。

 そして、心配が杞憂だった事に安堵した。

 

「はぁ~ そんな事」

「そんなことって、そんな小さい問題じゃないだろっ!」

「キミ~……。キミの小さな頭の中身には《自業自得》って言葉はのってないのかしらぁ……?」

「……はい。すみません……」

 

 シャルは、ハオの事。自分がもうすでに相談してる事を、言おうと思ったが、口をチャック。少しお灸が必要だと思ったからだ。

 

 がくっ、と項垂れてる犬塚に、再び背後からヘッドロック。

 

「そ・れ・に~ スコットのバカとハオを同系列で見るとか、な~に考えてるのかにゃん? このバカ犬! それもこれも、恋人を男装させて、こ~~んなトコに連れ込んだせいに決まってんでしょぉ!」

「ぐええええ!! し、しまる」

「(ほんと、ハオで良かった。命拾いしたわねぇ……)ハオだって、今は黒犬の監督生(プリフェクト)。真面目な時はすっごい真面目なんだから」

 

 そして、基本的に、ハオの事を話すときのシャルの表情は穏やかだ。犬塚を責めに責めている状況でもそれは変わらない。ヘッドロックしようが、アームロックしようが、サソリ固めをしようが……、変わらない。

 

 

 ただ、今回は珍しく犬塚だけでなく シャルにとっても大変な事が起きた。

 先に犬塚、と言う選択をした事がこれ(・・)を引き起こした。

 

 

 

 

 背後に回ってヘッドロックを決める、と言う事は見方によっては、後ろから抱きついている様にも見える。それも男女であれば猶更そう見える。

 加えて、シャルはグラマー。ナイスプロポーション。

 豊満なモノをしっかりと押し付けてる様にも見える。 

 

 

 

―――今日、背後から忍び寄るのは、何もシャルだけじゃなかった。

 

 

 

 

「―――こーんな時間に、こーんな場所で。……な~にしてんのかなぁ? シャルに犬塚。……逢引の途中だったのかぁ? ふぅぅぅん……」

 

 

 

 

 

 



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13話

遅くなってごめんなさい。それに文字数も短いです……、
……まだまだ色々と体調面が悪くて、不定期になりそうですが、頑張ります。m(__)m


 

 

 白猫の生徒(シャル)黒犬の寮(ブラックドギーハウス)で会ってる所を見られた。

 普通に考えたら 超大ピンチ。更に言い訳出来ない夜と言う時間帯。普通に外出禁止な時間帯だから。

 

 なのに、犬塚は目を光らせて、ハオにつかみかからん勢いで迫った。

 

「ここであったが100年目だ! ハオ!!」

「……は?」

 

 突然の申し出? 果し合い? を向けられたハオは、流石に呆気に取られてしまった。

 色々とツッコミどころが多過ぎて、思考が一瞬停止しかける。

 

 止まってるハオを余所に、犬塚は怒涛の攻め。普通守勢に回る筈なんだけど、舌が回る回る。更に胸倉をつかみあげるという暴挙。仮とは言え監督生(プリフェクト)に。

 

「なんで判ったんだ!? いつ分かったんだ!? と言うか、本当にわかってんのか!?」

「あばばばばば!!」

 

 がくがくがく、と犬塚に揺すられるハオ。

 何か、こんなんばっかりだなー、と揺すられながら考えつつ、止まってた思考が回復。そして、相手は男の犬塚。ペルシアや蓮季に怒られるかもしれないが、何を遠慮する必要があろうか。

 

「だーーーー! 鬱陶しいわ!!」

「どわぁぁぁーー!!」

 

 必殺・隼流柔術『竜巻投げ!』    ※今(テキトーに)命名。

 

 なかなか体格、ガタイのいい犬塚が『ぬあーー!』と叫び声を上げながら くるくるくる、と回転しながら、飛んでいって、植え込みに頭からダイブした。

 

「ったく、何で見つかったヤツがあんな行動取れるんだ?」

 

 やれやれ、と頭を掻くハオ。

 さて、次の問題生徒(シャル)を取り締まるか、と意気込んで振り返ってみると……。

 

「…………………」

 

 辺りは夜。

 その夜に相応しいくらい……沈んでるシャルがいた。実に珍しい顔だ。白猫の生徒は夜の闇でも(白いから)十分見えるんだけれど、見えにく。表情も暗い。

 

 そうそう、悪い事したら これくらい落ち込まないといけないだろう。罪悪感~的なのとか、ちょっとでも反省してます感を出すのが普通だ。 つまり犬塚がおかしい。

 

「はぁぁぁぁ!! ハオぁぁっっ!! まだだ! まだ話は終わってねぇ!」

「そもそも 話は始まってもねぇっての! オラ! せーーざ!! あいるにいーつけるぞ!」

 

 

 復活してきた犬塚が更に詰め寄り、そしてまた投げ飛ばす事10回程。

 最終的に、犬塚の苦手とする人物の名を連呼する事でどうにか収まる事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度説教が終わった後。(因みにシャルにはまだ言ってない。……まだ暗いまま)

 

「はぁ、んで? さっきからあーだこーだってのは、ペルシアと犬塚の2人の事を言ってんのか?」

「そ、そうだ……。何で知ってんのかなぁ、って。……その、オレも ペルシアも……」

 

 さっきまでの勢いは何処へやら。

 そもそも、2人の関係が判らない訳ないだろう。単純に洞察力~的なのもあると思うが、それ以上にハオにはシャルがいるのだから、情報は筒抜けだろ。以前のシャル×犬塚騒動もあったのだから。

 

 兎も角、しおらしくなって、両人差し指を合わせて、ウジウジ イジイジしてる犬塚は見てて、どうにも気持ち悪い。

 

「気持ち悪っ!」

「なにが!?」

 

 どうやら、思ってた事がそのまま口に出てたらしい。でも、悪くない。

 

「さっきまで、ふんがー! オラアア! と、イイ感じで突っかかってきてた癖に、突然ウジウジしだしたら、そう思うだろ。ギャップ萌え~ とか狙ってる? んな所作、自分に似合うと思ってる? 乙女塚」

「誰が乙女塚だ!! と、兎も角……、そ、その……」

 

 また、ウジウジしだした。

 でも、ハオも 自分が両方、犬にも猫にもなれるから、と言って まるっきり判らない訳ではない。

 

 黒犬と白猫の事を考えると、更に言えばどうにも私怨が入ってそうな其々の寮の掟を見てみると、判らなく無い。

 

 敵国同士、恋人関係、更に其々のリーダーが。

 

 ううん。どう考えても火種。手榴弾のピンを外したまま無造作に持ち歩いているかの様な危険物。いつ着火し、燃え上がり、火災旋風を巻き起こし、全てを灰に染め上げる……。

 

 

「って、ナニわくわく顔なんだよっ!!」

「おっと」

 

 

 全てを楽しもうとするハオは、新しい刺激にも貪欲だ。

 生物には刺激を、新しい刺激を、それが成長する糧にだってなるだろう! 波紋がどう広がるか想像ができにくい所を見ると、更に面白そうだ。

 

 

「何考えてっか大体わかる!! でも、頼む!! 今はやめてくれっ! お、オレが、オレ達がこの学校を、この世界を変えるまで……!!」

 

 

 滅茶滅茶動揺してる犬塚だったが、最後の方の顔は良かった。

 

 怯えてた子犬の様な顔だったのが、しっかりとどっしりと決意に満ちた顔になっていた。普段の顔からは考えられない程。一瞬だけだったけど、ハオにもその顔は見覚えがあるから。

 

「学校、世界を変える、か……。やっぱ良いね! そういうの!」

 

 にっ、と笑顔になるハオ。

 その顔に光明を見る犬塚。

 

「じゃ、じゃあ! バラしたりは……」

「と言うか、最初からバラすなんて一言もいってないんだが。……そもそも、そのつもりだったら、あの勉強会の時にジュリ男君をしょっぴいてる、って思わないか? チョーちゃん達と一緒にいたんだし」

「そ、そりゃそーだ」

「おう。んでも、かつてない騒動とかメッチャ楽しそうだ、って言うのもある!」

「マジ止めて!!」

「それよか、変わってく学校を見る方が楽しそうだ」

 

 ハオは、ばしっ、と拳を犬塚の胸に当てた。

 

「結構やべー道だぞ? 方向性は違うが、変わってくようにした先輩としての忠告だ」

「結構どころじゃ……、いや、ハオにとっては、か……」

「アホ。多種多様な、それも敵対してる相手の意識変えるのだってどう考えても難題だろ。オレの場合は、楽しんでたら終わってたんだよ。……ま、色々あったが」

「やらないが、10人に聞いたら10人が同じように答えてくれそうだけどな。お前が辿った道の方が茨の道、と言うか道なき道だって」 

 

 犬塚は ほっと一息。でも忘れてならない事がある。色々と違反してるって事。胸にとどめておくにしても、しっかりとけじめは必要だろう。現行犯じゃないから、ペルシアは免除。シャルは後々。

 

「んでも、反省文提出な?」

「えええ!」

「当たり前だろ? あー、本当の反省文書かせたら、大問題になりそうだから、宿題出しとくわ。……全教科」

「鬼かよ!? 寝られなくなっちゃう!!」

「世界かえるんだろー? それ位 よゆーよゆー」

 

 

 と言う訳で、犬塚に課題を突き付けて、さっさと寮に戻るように促した。

 

 この後まだ犬塚にとっての騒動は終わらないが、全てが終わった深夜……、呻くような、すすり泣くような、男の幽霊の声? なのが寮に響いたらしい。

 

 

 

 

 

 

「さーて、シャル? どーせ、ストーキングしてたんだとは思うけど、行動には気をつけろよ?」

「……………」

 

 今は白猫の寮付近。と言うか地下、マンホールの中。

 色々と汚いイメージが湧くが、下水は嫌な臭いは一切しなくて、清潔そのものだ。だから、秘密の通路として活用しているのだろう。……そもそも、好き好んで互いの寮に侵入する輩など基本的にこの学校にはいないから、誰にも見つかる事がなさそうだ。点検業者が来る時には止めてもらいたいが。

 

 閑話休題。

 

 シャルの暗い表情は一向に治りそうになかった。

 

「ったく、反省してるのは判ってるよ。ホレ」

 

 二度三度、と頭をぽんぽん、とするハオ。

 

「……違うわよ」

「え? 反省してないのが? してないの? ……まぁする様なキャラじゃないとは思うが、するトコはした方が良いぞ」

「……違う。そうじゃない」

 

 此処でハオが向き直った。

 すると……、シャルの目に光るものが見えた。夜だというのにはっきりと。

 

「……私は、ペルちゃんの事が大好き。一番大切な友達で、親友で…… かけがえのない存在」

「……知ってる」

「それで、ハオは……」

 

 雫が流れ落ちた。

 

「異性として大好き。愛してる。……第一王女だとか、極和アルテの第二王子とか、……政略結婚だとか、身分だとか関係ない。……ハオが一番好き。大好き。もし、犬塚とペルちゃんみたいな間柄だったとしても、……ハオが、あなたが好き。大好き」

「…………」

 

 

 シャルの告白。

 別に初めての事じゃない。初めてじゃないけれど、こういう(・・・・)のはあまりない。

 

「私が悪いんだって判ってる。……でも、スコットの時だってあったし、冗談だって、判ってても、……ハオにあんな事(・・・・)、どうしても言われたくなかった……。ききたく、無かった」

「………」

 

 ここで漸くハオは気付く。

 この暴姫(タイラントプリンセス)と名高い未来の女王が、普段は決して見せない表情を見せている事に。

 

 

 ハオが登場した時に、逢引~とか色々と言ったからだろう、と。

 

 シャルは、涙をぬぐうと、俯き気味になりながら 聞いた。

 

 

 

「……ハオは、違うの?」

 



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14話

――ハオは、違うの?

 

 

 シャルの言葉に、ハオは完全に黙ってしまっていた。

 効果は今までに無い程のもの。バツグンだと言っていい、と表情や仕草とは裏腹に、内心シャルはガッツポーズを見せる。

 

 今回のコレは、8割方は本気の告白。2割は打算的なものがある。その上に女の最大武器の1つでもある《涙》を添えた最強の攻撃。

 

 シャルは元々涙を見せる様な性格ではない。数える程しかこれまでに泣いた事など無かった。

 

 そんな殆ど無い涙を流す姿、シャルが唯一見せる相手が 両親を含めたとしても 殆どがハオだ。

 色々あって悲しかった時、嬉しかった時、ふとした時、……幼少期には何度か今までに見せた涙を今ここでハオにぶつけた。

 

 

「(でも、傷ついた、っていうのはけーーっして嘘じゃないわ。……スコットの時もそうだったけど、また ハオに言われちゃったんだから)」

 

 

 以前、スコットを相手にしていた時を見ていたハオが今回と似たようなことを言った。

 からかったつもりなのは判る。……けれど、やっぱり心に刺さった。自分も色々しているくせに虫が良すぎると言うのも解る。でも、ハオにはどうしても言ってほしくなかった。

 暴姫(タイラントプリンセス)の我儘の中でもトップに来るもの。

 

 そして、今回の件。

 

――犬塚に同じく大切な存在であるペルシアをとられてしまった件。

 

 完璧に割り切ったか……? と言われればシャルは絶対に首を横に振る。認める訳無い。ペルシアが危険な目にあうのは目に見えているし、何より相手が犬塚だったから。

 だから、隙を見ては邪魔してやろう、と色々見てて今回。ペルシアが黒犬の方へとやってきていて、それを目撃しての行動。

 

 犬塚と一緒にいるところをハオに見られて、そしてあの言葉を受けた。

 

「(……私が悪い、っていうのも判ってる。ハオが立場を圧して見逃してくれてるのも凄く嬉しい。でも、凄く久しぶりな添い寝が一番嬉しい! ハオには もーーっと 色々としてもらうんだからぁっ!)」

 

 打算面の目的の1つ、と言うより一番の目的がコレ(・・)

 前回のハオからのまさかの抱擁からのベッドイン。思い出しただけで悶えてしまう甘い夢現な一時。学生だし、寮生活だし、犬猫どちらにもなれる存在だから、次いつしてくれるか判ったものじゃないから、あわよくば今回も……とシャルは狙ってる。勿論、2割の範囲内でだ。10割だったら……ハオはいつも通り逃げてしまうのは判ってるから。

 

 作戦はハマったと思える……が、此処でやっぱり不安感も出てきた。

 

 

「(夜遅いし、ハオはまだ黒犬側だし……、ハグくらいはして貰わないとねぇ……。それ位は、して…… くれる……かしら……、してくれる……わよね?)」

 

 

 8割本気とは言え、涙も決して嘘じゃないとは言え……、色々と見破られて 躱される可能性だって0じゃないから。だから、不安だって当然ある。躱されてしまったら、明日からの足取りが倍以上に重たくりそうだ。我儘だから自業自得って自分でもわかるんだけど。

 

 不安から、シャルは目をぎゅっ、と閉じた。まだ溜まってた涙が一筋流れ落ちる。

 

 眼を閉じてる間が凄く永かった。物凄く、永かった。そんな長い時間も――突如終わりを迎える。

 

 

「オレが悪かったよシャル」

「………」

「だよな……。よく考えたら、スコットん時も言ってるし、デリカシーに欠けるどころじゃないかも、だよなぁ」

「……っ(ハオがデリカシーとか!?)」

 

 思わずデリカシーの単語を聞いて吹きそうになってしまったが、どうにか堪えるシャル。

 

「でも、判ってるぞ? シャル。色々考えてただろ、今」

「あぅ」

 

 ぴんっ、とハオはシャルの頭を軽く指で弾いた。やっぱりバレてた。

 

「で、でもぉ!」

「わかってる。シャルの本気な部分も当然わかってる。判らん訳ないだろ? オレが」

「…………うぅ」

 

 ぷくっ、とシャルは頬を膨らませ、そして俯いた。

 判ってくれてる事が、とても嬉しい反面……作戦通りにいかなかった事が悔しかったから。

 

 そんなシャルの目元を指先で拭うのはハオ。

 

 

 そして――ここからだった。

 今回のコレは 失敗とさえ思っていたシャルだったが……思ってもなかった事に見舞われるのは。

 

 

「今回は シャルも悪いし、オレも悪かった。――まぁ規則とか考えたら圧倒的にシャルがわりーって思ってるんだが、シャルを泣かせたって事は オレも針の筵だ。ウエストじゃ事件ものになる可能性大だし」

「そ、そうよぉ! 黒犬側に来ちゃったのは謝るけど……、ほんと 傷ついたんだからぁ!」

「ああ。だから今回は……」

 

 

 シャルの顎を指先でひょいっと持ち上げるハオ。

 

 

 

 

「え……………」

「ん」

 

 

 

 その次の瞬間、ハオとの距離が0になった。柔らかく温かい感触が自身の唇に……。

 

 

 時が止まった。完全に止まった。けれども、圧倒的な多幸感が津波のように押し寄せてきている。

 

 

「オレはシャルが好きだぜ。ずっとずっと前から……な。愛してるよ、オレもな」

「……ぇ、ぁ……ぅ、………ぉ?」

 

 

 シャルは頭が追いつかない。ただただこれ以上の幸せがこの世に存在するだろうか? とだけ考えていて、何をしてくれたのか、何をいってくれたのか、まだはっきりと判ってなかった。ただただ幸せだ、って事だけで……。

 

 そして、その多幸感は熱となって身体を巡りに巡り……顔へと到達、集中して シャルは茹で上がったしまったかの様に朱く染まった。

 

 キスをしてくれた。その上 愛してると言ってくれた。

 漸く、かみしめる事ができた。

 

 

「え、えっと……、は、はお?」

「おう?」

「その、えと、なんて、うぁ……///」

 

 口が回らない。

 ただ、聞きたいのは ハオが前に言っていた『親父たちが勝手に決めた事だろ?』について。裏を返せば、まだ決まってない、と言ってる様なモノだ。逃がすつもりは全然ないものの、それでも離れるつもりは無い。追い続けたって良い。永遠って言われたって構わない。

 

 

 そんな彼が――こんな傍に―――。 

 

 

「それに、不意打ちは、シャルの専売特許じゃないってこった」

「……はぇ?」

「オレだって使うときゃ使う。……ま、さいきょーなブキってやつだ。おれのな」

 

 

 シャルが涙を武器にしたように、ハオも自身が使える最強の武器をシャルに放った、と言う事だろう。

 

 それだけ言うとハオは、そっぽ向いてしまった。

 まだまだ、有頂天で桃色の景色でいっぱいだったシャルの視界に ハオの横顔が映る。淡く染まった横顔がはっきりと見えた。

 

 つまり、いつも笑顔な余裕のハオが崩れてると言う事が判った。

 

 

「……あはっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 白猫の寮(ホワイトキャッツハウス) □□

 

 

 

 

 今日の出来事は 夢か? 現か?

 

 シャルは あの後ちゃんと戻ってきた。……因みに、どうやって戻ってきたのかは覚えていない。

 

 

「…………」

 

 

 それでもよかった。

 ただただ思うのは、夢なら覚めないで欲しいと言う事。 

 いつまでも、見ていたい、という事だ。

 

シャルは部屋の窓を開け、夜空を見ていた。綺麗に瞬く星を見ながら、ハオの事を想う。

 

 そうやって 1人で、色々と余韻を楽しみたい所ではあるが、生憎ここは1人部屋ではない。

 

「……ちゃん? シャルちゃん?」

「…………はぁ」

「シャルちゃんっ?」

「うぁっ!? ぺ、ペルちゃんっ!? ど、どうしたのっっ!?」

「い、いや シャルちゃんの様子がいつもと違ったから……」

 

 ペルシアの部屋でもあるのだ。心此処に非ずで、帰ってきて、ずっと外を見てるシャルを見て ちょっと心配だった。今日は 自分の心配事もあるから そこまで気に掛ける余裕は無かったんだけれど、明らかに違うシャルを見てて、そんな自分の事は吹き飛んでいた。

 

「な、なんでもないのよぉ。ちょっと夜風に当たりたくってぇ」

「そう? ………」

 

 ペルシアは、そんなシャルの顔をじっと見た。

 明らかに そんな訳ないのは顔を見ればよく判る。長い付き合いだからよく判る。

 

「……そ、その……、なんでも、相談してね。私はシャルちゃんの一番の親友……だから」

 

 

 シャルにそういうペルシアは、自己嫌悪に陥ってしまう。

 自分が言えた事なのだろうか、と。色んな悩みを抱えている自分に、そんな事言えるのか、と。シャルに打ち明けてない秘密を、今まさに持っているのだから。

 

 

「……ふふふ。そぉね。ありがとう、ペルちゃん。でも、心配しないで。とても嬉しい事があっただけだから。……えっと、そのぉ……」

 

 

 次に噤む言葉は、なかなか口から出すのは難しい。でも、シャルはペルシアに……、ただただ自分事で、幸せ過ぎる現状に舞い上がってしまってるだけの自分を心配してくれた一番の親友にかける言葉は、やはりこれしかなかったから、頑張って口にする。

 

「ペルちゃん。……がんばってね」

「……え? 何を、って ええッッ!?」

 

 

 シャルの言葉の意味がいまいち判らなかったペルシアは、何のコトか? と聞こうとしたが……、窓の外の異常な光景が眼に入ってしまった。

 

 

 逃げる犬塚と追いかける蓮季を目の当たりにしてしまい何も言えなくなった。

 

 

 そして、勿論その光景はシャルもしっかり見ている。刃物を振り回してる蓮季、逃げる犬塚。何が起きているのか、大体の予想は簡単だ。

 

 

 

「ちょっっ! ええっっ!?」

「あらぁ? 面白いことになってるわねぇ。あれ程忠告したのに判ってなかったって事かしらぁ……?」

 



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15話

ほんと遅れてごめんなさい……m(__)m
年内に更新できてよかったです(^^)/


「…………むぅ。少々、やり過ぎた……かな。でも、良いか。……少しくらいなら」

 

 ハオは、少々黄昏ていた。悶えていた、ともとれるかもしれない(疑)。

 

 勿論原因はシャルに対してである。

 

 そう、シャルに思い切って……結構思い切った事をしちゃった事だ。今まで一切なかった、とは言わない。でも、ピンからキリまである様に、額だったり 手の甲だったり……と王族の挨拶程度。シャルが頑張ったからご褒美を、と今まで強請られた事が幾度かあって、それにこたえる形でハオがしちゃってた。それも、10の歳から、である。

 

 今でもまだ子供だが、更に更に子供だというのに……、つまり、マセマセだったという訳だ。

 

 だから、今回が初めてだった。本当のキスをしたのは。

 

「多分過去最高レベルで喜んでたし、……喜ばれるのも ま、悪くないってな」

 

 それで悶えに悶えて、くねくね~とするほど初心である訳ではないのがハオだ。

 10秒ほどで顔の表情を元に戻した。きっと、シャルと一緒になったとしても、自然な対応が取れる事だろう。

 今、どんな事件が起きたとしても、面白おかしく対応。黒犬の仮監督生(プリフェクト)として迅速に行動が出来るだろう。勿論面白おかしく。

 

 

「んでも、こーんな夜遅くに問題なんてある訳がn「待てこらーーーー!!」「落ち着けぇぇぇぇぇ!!」………無いとはいえんなぁ、なんせダリアだし」

 

 

 夜の黒犬の家で大騒動が発生した。

 声の主から考えて、蓮季、そして犬塚。

 

「はいOK、わかった。何が起きたのか分かった」

 

 0.5秒で現状を理解した。

 色々と大変だった一日だが……決してスルーする訳にはいかないだろう、それが仮監督生(プリフェクト)だ。

 

 

 ハオは、身体を起こすと行動開始。騒動の方へと向かっていくと…… 変な光景が目の前に広がってた。

 

 夜の闇を美しく照らすのは、星や月の光――――寮の廊下に佇むのは、2つの影。芸術的な絵になりそうなハダカ……。 男物だから 芸術と考えなければ吐き気が襲ってくる。そして、寮内でそんな芸術がある訳無いから、単純に気持ち悪くなってくるのは仕方ないだろう。

 

「っとと、それより寮内でも猥褻物陳列罪適用って出来るか、あいるたちに聞いとくかなぁ?」

「ま、まってくれハオ! 話せば判る!!」

「オイラ達なーーんも悪くないもーーん! って、丸く~ん! 開けてよーー!」

 

 どうやら、部屋を閉め出された様だ。

 部屋で何かをしたのだろうか、と少しだけハオは考えたが 今は兎も角 蓮季と犬塚だ。

 

「おーい。まる~。連帯責任って言われたくなきゃ、処理してくれー。後5秒な? いーち、にーー」

 

 ハオは指折りカウントすると、渋々ながら 扉を解放した。

 解放したと同時に、2人を部屋の中に、背中を押す感じで放り込む。

 

「「うげーー」」

「ぶわぁぁぁぁ!!!!!」

 

 裸の男が2人、重なって1人の男に倒れこむ。

 まさに地獄絵図っぽい状況になってるが、ハオはとりあえずそのまま扉を閉めた。

 

「これで良し」

 

 

 背後で、『よくねぇぇぇ!』って悲鳴? 慟哭?? 咆哮??? が聞こえてきたが、聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜の闇が包む森の中。

 4人の男女が対峙していた。

 それも中々衝撃的な光景だ。1人の女が真剣を振り、もう1人があろうことか、足でそれを受け止めている光景。其々の女たちの後ろに男と女がいる。

 

 説明すると蓮季が剣を振るって、それをシャルが止めた。蓮季の狙いはペルシアだった。蓮季がペルシアを狙うのは別に珍しい事ではない。いや、剣を振るってるのは珍しい事極まれり、だ。

 

 そう、これは珍しい事。心底蓮季が怒っている。その理由が ペルシアと犬塚の事。

 

 つまり、2人の関係が蓮季にバレてしまったのだ。

 

 

「ごめんね、ペルちゃん。私はペルちゃんの事、知ってたんだ。勿論、バカ犬の事もね」

「なんだと!? あんた、許す気なのか……? この2人の関係」

「んっん~、しょーーーじき、とぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っても、複雑なのよねぇぇぇ。ええ、すっごく、憎たらしい程に、バカ犬を血祭にあげてやりたい程にねぇぇ」

「ひぃっ!!?」

「……十分伝わったゾ。あんたが凄く複雑だって」

 

 悶えるシャルの顔を、複雑そうにするシャルの顔を見れば誰だってわかる。

 それは色んなモノを天秤にかけてる時の顔だ。そして、凄まじい怒気だけが犬塚に伝わり、震えていた。

 

「……いくら信じてやれ、って言われたとは言ってもねぇ……、だから、わたしはこうする事にしたのよぉ」

「こうすること?」

「勿論、ペルちゃんが危険な目に遭わないように、って。友達として、それだけは看破できないから。危ない目にあうペルちゃんだけは、ね。それ位はきっと許してくれるわぁ」

「王女のあんたが誰に許しを請うっていうんだ。……って、まさか」

 

 ここで、蓮季もある事実にたどり着く。

 この裏切り行為を知っている者がまだいるんだという事。

 

「まさか……、ハオも知っている、と言うのか? ペルシアと犬塚の事……」

「ま、そういうことね。幾らハオが言っても、わたしも譲れないから。ペルちゃんが危険に合ってる所を見逃すなんて」

「ハオまで、裏切ってるなんて……」

 

 ぎりっ、と歯を食いしばる蓮季。でも、シャルも黙っていない。

 

「ちょっとぉ、待ちなさい。聞き捨てならないわねぇ。裏切りって何? ハオの事悪く言う気?」

 

 シャルも怒る。

 ペルシアの事と同じくらいに。

 

「っ……、ハオは、とくべつ、だった。でも、でも…… 黒犬でも、仲良くしてて……」

「それは白猫でもおんなじ。……ハオは特別なんのぉ。……わたしの、旦那様なんだからぁ」

「惚気なら他でやれ!!!」

「は、蓮季も落ち着いてくれ! もうそれ仕舞えって!」

「あ~~ あと、ハオはこうも言ってたわよぉ。『犬塚なら簡単に死なない』って『殺しても死なない』って。ハオが間違う訳ないしぃ……大丈夫よねぇ? だって、あれ程忠告した筈だしねぇ?」

 

 色々な怒りが集約された。1人の男に向かって。ペルシアは護る。ハオの言いつけだって護る。……この中で、ハオに言われた事を反故にしない対象はただ1人、犬塚。制裁を与えてはならない、とは言われてないから。寧ろ、もっとやってやれ、と言わんばかりだった様な気がする。

 

「増えた…… くっそっ! ペルシア、すまん!」

「きゃっ!」

「戦術的撤退だーーー!」

「ちょ、ちょっと下ろしてよ!」

 

「「待て犬塚!!!」」

 

 

 

 ペルシアをお姫様抱っこして、脱出した犬塚、そして追いかけるシャルと蓮季。

 夜の静けさ等、欠片もない。ご近所迷惑。

 

 凶器を持ち、全力ダッシュする2人の乙女の前に 樹の上から飛び降りた男が舞い降りた。

 

「別に夜の運動も悪くないって思うが、もーちょっとボリューム落とせよー。寮監にバレても知らねぇぞー」

「ああっっ、ハオっっ!!!」

「っっ、ハぉ……はぉ…… っっ~~~」

 

 

 直ぐにハオだって分かった2人。

 神出鬼没な出現なのだが、犬でも猫でもなれる男なので、慣れっこである。

 

 シャルは、さっきまで部屋で悶えていた事を思い出したのだろう。ペルシアの事、犬塚への殺意、色んな感情が渦巻いていた筈なのに、今のハオを前にすると、どうしても顔が真っ赤になってしまう。頭の中がピンク色で染まってしまうのだ。

 

 そんなシャルの頭をぽんっ、とひと撫ですると、ハオは蓮季に向き直った。

 

「ぐっ……そうだよな。ハオ。お前は今は仮とは言え、監督生だ。……夜、外に出るのは違反行為だゾ……」

「別に止めたりしねーし、罰したりとかもねーよ」

「え……?」

 

 まさかの言葉に、蓮季は驚きを隠せない。

 確かに、ハオも知っていて黙っていた事は辛かったし、裏切りだって思った。黒犬の掟も忘れたのか、って。でも、シャルの言う通り。このダリア学園で唯一無二の特別な存在がハオだ。

 

 どっちの色にもなんら遜色なく染まるから、黒犬の所にいる時は黒犬の生徒で、白猫の所にいる時は白猫の生徒で。……違和感が全くないから。

 

「思いっきりやってやれ、蓮季」

「……なんだと?」

「何年犬塚と付き合ってんだ。アイツが本気でお前から逃げるって思ってるのか? ま、今逃げてるけど。このまま逃げっぱな訳ないだろ、アイツが」

 

 ハオは、はぁ~ とため息をしたのちに、少しだけ声を大きくさせた。

 

「まっ、こーんなに言わなきゃ逃げるの止めない~ なんて、すげぇダッセーケドな~~」

「うるせっっ!! 悪かったな!!」

 

 まるで判っていたかの様だった。

 ハオは、犬塚がすぐ後ろまで戻ってきているのが判っているかの様に、挑発した。

 

 蓮季は呆気にとられた様だが、直ぐに調子を戻した。

 

「……戻ってきたという事は、処罰を受ける覚悟をしたという事か?」

 

 極めて冷静に勤める事にする蓮季。

 全く冷静になれてないのは、蓮季を少しでも知る者ならだれにでもわかるだろう。だが、誰もそこには口出しはしなかった。

 

「あぁ。確かにメチャだせぇよ。ハオに言われなきゃこねーのか、って。でも、言い訳くせぇが言わせてくれ。ハオが言わなくても、オレは戻ってきた。……変えてやるって、オレは誓ったんだ。この世界を。大切な友達1人かえれねぇで、何が世界だよ」

「……聞く耳もたないゾ。ただ、掟に則り処罰を受け入れろ、犬塚」

 

 ぐっ……と剣を上段に構える蓮季。

 

「いいぜ。全部受けてやる。もう 後退のネジは外した。……二度と下がらねぇ。思い切りこい。オレの(ここ)割れ」

 

 頭を指さす犬塚。

 それと同時に、蓮季は駆け出す。

 

「オレは、ハオみてーに凄いヤツじゃねぇ!! 今だって蓮季を傷付けちまってる! 本当にどうしようもねぇ なんにも出来ねぇ情けない男だ! でもなぁ、でもなぁ、ぜってぇ譲れねぇんだ! ペルシアのことも……、お前のことも!!」

 

 蓮季の勢いは止まらない。

 犬塚の間合いを完璧につめ、そして剣をその勢いのままに振り下ろす。

 

 

「勝手だってわかってんだ! だがな、それでもお前とはずっと、友達でいてぇって、心の底から思ってんだ!!!」

 

 

 ガッ! と鈍い音が響く。

 それは剣で斬る様な物騒な音ではない。……何故なら、蓮季が手にしてるのは、ただの模造刀(レプリカ)だから。

 

 

「………やっぱレプリカか。オレの頭の堅さはレプリカなんかじゃ割れねぇぞ」

「う、うるさい……、はすきは、はすきは、いぬづかなんか、キライだ……」

「ごめんな……、オレは、おまえのこと………」

 

 ふらっ、と身体が揺れる。幾ら犬塚とは言え 無防備の頭に強烈な一撃を受ければ仕方のない事だ。

 

 

――私の心を変えたのは犬塚じゃない!

 

――変えたいと言うのなら、道半ばで倒れるな。

 

 

 この時、意識が混濁しかけた時、犬塚の耳に2人の声が届いた気がした。

 もう一歩、足を前に出し踏ん張る。

 

「……何撃でも、うけいれて、やる。オレはたおれねぇ。ぜったいにたおれねぇ」

 

 蓮季は 柄を握る力を上げた。

 

 

――裏切者に裁きを、報いを、罰を。

 

――違う、違う違う違う違う! 蓮季はそんな事したいんじゃないっ。

 

 

 蓮季は何度も何度も自問自答を繰り返し、現実を直視できなくなってしまった。

 でも、現実は変わらない。どれだけ自分が犬塚を想ってきたのか……、それが全く伝わってなかったどころか、敵国の(ペルシア)の方へといってしまった。

 

 ずっと――一緒にいた筈なのに。

 

 蓮季は ぐっ と流れ出る涙を何とか止めようとするのと同時に、犬塚を改めてみた。

 

「あ…… ぁ………」

 

 頭から血を流している。レプリカの剣とは言えそれなりの硬度があり、そんなものを頭に思い切り振り下ろせば どんな頑丈な男でも怪我くらいする。思った以上に。多分、犬塚が迫ってくる勢いもあったんだろう。蓮季の握る手にも痛い程振動が伝わってきていたから。

 

 ふらふらになりながらも、その目の奥は、……瞳だけは死んでなかった。強い強い意思がそこに見えた。

 

 その目には、蓮季は映らない。友達として……であれば 犬塚が言う様にずっとずっと傍にいてくれるだろう。でも、蓮季が願った恋人としての未来は固く閉ざされた。

 それを断定している。そんな瞳だった。

 

 

「わあああああああああぁぁぁ!」

 

 

 蓮季は もう声を上げて泣くしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……、こればっかりはな。好いた惚れたは各々の心の問題。……誰が悪いとか悪くないとか無い」

「……ハオも言うのね」

「当たり前だろ? オレだってどっちとも長い付き合いだ。シャルともペルシアとも、犬塚とも蓮季とも。これは 一夫多妻制にでもならん限り無理だ。いや、なっても無理か?」

「当たり前でしょぉ! 言っときますけど、側室~とか認めてないからぁ!」

「一言もいってないっての。と言うか空気よめ」

「何が空気……嫁!?」

「違う違う。……あー、犬塚の方も多分大丈夫か」

 

 シャルとハオが色々と言い合ってる間に、泣きじゃくってた筈なのにいつの間にか蓮季は犬塚を罵ってた。『あんぽんたん』や『格好つけ』、更に『ムッツリスケベ!!』と。

 時間は掛かるかもしれないが、今日だけで終わる程……そんな薄っぺらい関係じゃない事を祈るしかない。勿論、ハオ自身も覚悟の上だ。ペルシアと犬塚の関係を知った日から、こういう事があり得るとずっと思っていた事だから。

 

「シャルちゃん……。ごめんね、わたし ずっと黙ってて……。シャルちゃん、私から言って欲しかったんだよね?」

「……良いのよ、ペルちゃん。ただ、さっきも言ったよーに、ペルちゃん泣かせるような真似したら、犬塚の顎骨引っこ抜くつもりだから。……ペルちゃん 私の心配はしないで。その、本当は止める方がいいって思ってるんだけど、ハオの事もあるし、可能性は0じゃないって思う。だからね、ペルちゃん」

 

 シャルは、ペルシアの顔を見てほほ笑んだ。

 

「がんばってね」

「っ…… うんっ」

「行く手は茨の道、ってな感じだ。ペルシアがオレに勝つのが先か、ろみおが変えるのが先か……、それ位難しいぜ?」

「っ……、どっちも超えて見せるわよ。だって、1人じゃないから」

 

 ペルシアは、犬塚と蓮季の方を見た。

 正直――蓮季には思う所が無い訳ではない。あれだけ犬塚、犬塚、とくっついていたら、嫌でもわかると言うものだから。でも、だからと言って譲れる訳がない。犬塚の事が好きなのは、自分自身も同じなのだから。蓮季にだって負けるつもりは無いのだから。

 

 

 

 その後――泣きじゃくる蓮季を何とか黒犬へと連れ帰った。あれだけ騒いでて 3バカ以外にバレてなかったのは本当に幸運と言えるだろう。犬塚はと言うと 蓮季を部屋まで連れ帰った後に、とうとう最後の気力を使い果たしたのだろうか、前のめりにぶっ倒れたので、しょうがなく ハオが介抱。

 

 仮監督生(プリフェクト)の仕事は過酷。でもそれが良い――というのがハオである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝。

 

 

 

 

 

 

 

 皆がすっかり起床しているのだが、犬塚だけは遅れていた。怪我の所為か……、或いは蓮季の事か、判らない。だが、判るのは蓮季は誰にもバラしていない、と言う事実だ。

 もしも、バレていたのなら、こんな静かな訳ない。

 朝から過去最強クラスの盛大なパーティが開催されてしまうだろうから。

 

 一先ず大丈夫、と言う訳でハオがやって来た。

 

「おーい、犬塚~ とっとと起きろ~ 点呼だ点呼」

『うぅ~む……今日から……顔し……えば……』

「昨日の啖呵はどこ行った? 良いから起きろーー」

 

 数度ノックするけど、犬塚はなかなか出てこない。昨日は男気がそれなりにあふれ出てたというのに、女々塚になってしまっている様だ。

 

 もう一度強めに扉を叩こうとしたその時だ。

 

「コラぁぁぁぁ!! 遅刻するなーー!!! さっさと起きてこい!!! 5秒だ!!」

『ふわぁぁっ!? は、はいぃ!!』

 

 拡声器最大音量で、犬塚の部屋の前で叫ぶのは蓮季だ。

 

 犬塚は5秒とかからず、部屋から出てきた。

 

「おう。おはよ~ もうおそよ~ だぞ。サボるな」

「す、すまん、ハオ。昨日は……。それと蓮季……」

「…………」

 

 蓮季はギロッ、と犬塚を睨みつけると表情を少しだけ緩めた。

 

「合宿はまだ終わってないんだゾ! 悠長に寝てる暇などあるか!?」

「……っ」

「なんだ そのマヌケ面は! 友達でいろ、って言ったのはそっちだろ! それにあれだけ言っといて、もう落ち込んで立ち直れない、とか言うんじゃないだろうな!」

「っ……」

「あー、因みに蓮季せんせー? 犬塚くんは 蓮季を送っていった後~ 部屋までたどり着けずぶっ倒れてましたー」

「何だと!? 『二度とたおれねぇ!』とか言っといて何てザマだ!!」

「……うぐっっ」

 

 ニッ、とハオは蓮季を見て笑った。少しだけ表情が緩んだとはいえ まだ昨日今日。そんな簡単に吹っ切れる訳も無いから、蓮季はそっぽ向くだけだった。

 

「ほら、行くゾ! 今日はハオにもビシバシやるからな! 仮監督生業務はお休みだと胡蝶先輩に聞いてるからナ!」

「OKOK。んで、犬塚はいかねーの?」

「行くに決まってるだろ? ハオにも負けねぇよ!」

「べんきょーで?? できんの~~??」

「うぐっっ…… ま、まけねーーよーー!」

「フンッ!」

 

 3人は揃って移動開始した。

 色々とあったが、収まる所に収まったのだろう。皆の絆はきっとこれからも――ー大丈夫だ。……多分。

 

 

 

 

 

「あっ! 言っておくが見逃した訳じゃないゾ! 蓮季の前でイチャついてみろ! 容赦なくブッた斬るからな!!」

「イ…… イェス マァム!!」

「二度とたおれねぇ~♬ 二度とたおれねぇ~~♪ ………ばたりっ」

「うるせぇっっ!!」



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