自分の妄想と幻想入り (通りすがりのめいりん君@すきょあ)
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第一章:葡萄酒に飢えた樹木
第一話〜新たな来訪者〜


初めまして!
いきなりですが、この作品は私のオリジナルキャラが幻想郷に行くお話となっております。
また、下記の要素が含まれるため、苦手な方はご注意ください。

*弾幕ごっこが少ない
*多数の視点
*二次創作キャラ
*一部キャラの優遇

と言うか苦手だとしてもとりあえず読んでほしいです!

※この第一話は、9話投稿後に書き直しを行なったものです。


  妄想録1話—新たなる来訪者—

 

 

 授業終了のベルが鳴り、講師の掛け声を合図に教室の生徒達は一斉に「疲れた」などの声を上げながら席を立ち始めた。

 本日の授業(コマ)はこれで全て終わりなので俺もぼちぼち帰るために筆記具等を鞄に詰め込んでいく。

 何となくのんびりして居たい気分なのだが、これからこの教室は夜間部の生徒が使うので教室に残ることはできない。食堂に行っても良いかもしれないけど、あそこは課外になると生徒達でごった返すからあまり好きじゃない。

 うん。大人しく帰るとしよう。

 そう決めた俺は冷蔵庫の中身を思い出しながら帰りに買うものを考えてノートに手を伸ばすものの、横合いから伸びた手によってノートは取られ、手は空をつかんだ。

「また落書きしてたのか、何だっけこいつ」

「……好杏(このあ)だよ」

「ふーん」

 質問した癖に興味のなさそうな返事をする友人に口を尖らせつつノートを奪い取って鞄に詰める。

 ちょくちょく書いているから少しは上手くなったかも知れないけれど、やっぱり人に見せるにはまだ恥ずかしさが残るレベルで出来ればリアルの友人には見られたくない。

「で、何の用だ?」

「何の用って、俺が来た時点で分かるだろ。飲み行こうぜ!」

 大体察しはついていたが、やはり飲みの誘いか。

「パスだ。おととい付き合ったばかりだろ」

「ちぇー、ツレない奴だなー」

「……今日は何曜日だ?」

「木曜日だな」

「俺は明日も一限から授業あるんだよ。つかお前もだろ」

「そんなの関係ないだろー」

 こいつの酒好きにも困ったものだ。ほぼ毎日の様に飲み行ってるみたいだけれど、そんな金を一体どうやって賄っているのやら。

「とにかく、俺はパス」

「へいへい、しゃーねー。他をあたってみるわ。んじゃなー!」

 無理に誘っても無駄なのは解っているのか友人はすんなりと諦めて疾風のように教室から出て行く。

 さてと、俺も帰るとするか。

 軽く欠伸と背伸びをしてから鞄を担いで歩き出す。校内にはまだまだ人が残っていて所々で(たむろ)ってはペチャクチャと話している姿が目に入るが、俺はそんな連中など気にも止めずに大学を出て駅へと向かう。

 別に友人がいないわけではないが、ああして騒ぐのは好まないんだ。飲みに誘って来た友人だってたまたま出身校が同じだから俺に絡んできているようなものだしな。

 帰りがけに小腹が空いたので駅のコンビニでおにぎりとお茶を買った所で電車到着のベルが聞こえ慌てて階段を駆け上がり電車に飛び乗る。

 ふぅーっと長く息を吐いて手近な席へと腰掛けるが、俺は強烈な違和感に襲われ座ったそばから立ち上がった。

 もし傍目から見てる人が居たら俺が座ろうとした椅子がトランポリンか何かに見えた事だろう。だが俺の姿を見る者は誰一人として居なかった(・・・・・・・・・・・)

 普段のこの時間は俗に言う帰宅ラッシュと被っており飛び乗りで座れる席なんてものはあるはずが無い。そもそも誰も乗っていないなんて事があるはずないのだ。

 眉根を寄せながら考える。もしかして俺は回送電車に乗ってしまったのでは無いか、と。

 普通に考えれば回送電車がこんな途中駅で止まるはずが無いし、よしんば停まったとしても間違い乗車が無いように案内を出したり駅員が見ているはずだ。だが考えたところで人影のない車内は一人で居るだけで不安感を煽り、忙しなく首を回して少しでも安心材料を得ようと体を動かす。

 半ば諦めのような気持ちを持ちながら座席に体を投げた俺はポケットに入れた携帯の存在を思い出し、慌てながらも乗った駅への問い合わせダイヤルを検索するが携帯が出した答えは無慈悲な物だった。

「うっそだろ!?都心で圏外とかあり得ないだろ!」

 信じられずに窓の外を見やるが日の射し込む電車は当然のように街中を走っており電波を遮りそうなものなんて無い。

 ため息をつきながら落胆したその時だった。

『——…スター、申し訳あ……ん………のあ達は……』

「!」

『この……は、マス……と』

「な、なんだ?」

 女性とも男性とも取れるような声が途切れ途切れに響いた。

 その声は車内放送にしては耳に残り、まるで直接頭に語りかけられているかのような感覚た

『——同じ時を、生きたくなってしまいました』

 ずっと途切れ途切れだった声は最後の一言だけハッキリと聞こえ、まるでそれが合図だったかのように強烈な眠気を覚えた俺は争う間も間も無く眠りの深淵へ落ちていった。

 こうして俺は望まずして幻想の世界へと旅立ったのだった。

 

***

 

 ふわりと風を纏いながら僕は山の中腹部に降り立った。

 まさか顕現先が空中だなんて思いもしなかったが、他のみんなは無事だろうか?

 本当ならば全員揃って結界綻びのある盆地に降り立つはずだったのだが、どうやら何者かに邪魔をされたらしい。

 降り立つ際に何者かの視線を感じたので注意して山を降りよう。そう思いながら後ろを振り返ると、そこには一見すると修行僧に見えなくも無い白い服に紅葉があしらわれた黒いスカートを履いた白髪の少女が立っていた。

 およそ重いものを持つのには向いていなさそうな細腕には大きな片刃の刀と、スカートと同じく紅葉のマークがついた大きめの盾を持ち、その刀の切っ先は僕に向けられている。

「端的に問う、貴様は何者だ」

 可愛らしい顔立ちとは程遠いドスの効いた重く響く声で少女が問う。この程度ならまだ臆する程ではないので、相手を刺激しないように努めて冷静に体を向き直してから質問に答える。

「……僕は響代好杏(ひびしろこのあ)というしがない旅人です」

「どこから来た」

「あー…えっと……」

 どこから、と問われた僕は反射的に言い淀んでしまう。仕方がないだろう。なんと言っても僕はどこからも来ていない。もし答える言葉があるとすればそれは今居る場所の上空になる。

「もう一度問う、どこから来た」

「……空から、来ました」

 答えを持ち合わせていない僕は突っ込まれるのを承知でそう答えるしか無く、どうやってこの場を切り抜けるのか悩む他になかった。しかし少女はすぐに突っ込むことはなく、何かを考えているような顔になる。

 ブツブツと呟く少女の言葉からは人里、外来人、男どという言葉を聞き取ることができ、少なくともそう遠くない位置に人の住む場所がある事や僕が既にここの人間ではないとバレている事を理解することが出来た。

 中でも気になるのは男と言う言葉だ。考えるまでもない。これは僕のことを指している言葉だ。今まで幾度となく言われて来た『設定』があるから嫌が応にも耳に解る。

 身長は180cnを超え、体格線を隠すように出来ている漆黒の装束に身を包み、おまけに元から大きくない胸にサラシを巻いて更に潰し、顔や声も中性的と男に見えやすいのは仕方のないことだ。

 解っている。解っているのだが、こう現実で突きつけられると来るものがある。

「……とりあえず貴様を人里まで送ろうかと考えているが依存はあるか?」

「ありません。人のいる場所に送っていただけるのであればむしろ嬉しい限りです」

「そうか、ならば着いて来——」

「——ちょーっと待ったぁ!」

 少女が背を向け歩き出そうとしたその時、大きな声とともにヒュゴッ!と突風が山肌に落ちた枯葉を舞い上がらせ、同時に黒い影が僕たちのすぐそばに舞い降りた。

 一瞬だけ枯葉から顔を守るために手で覆いくず様影が下りた場所を確認すると、大きな烏のような黒い翼に肩が膨らんだ少し変わったシャツとミニスカートを履いた少女が枯葉のシャワーの中に立っているのが見えた。その黒い翼や風と共に現れる様は烏天狗を思わせる。

「清く正しい射命丸文(しゃめいまるあや)ちゃん!ただいま参上ー!」

「……文さん?」

「ん?なんだい(もみじ)

 少女の明確に怒りを孕んだ声色を物ともせずに降り立った彼女は事も投げな返事を返した。

「私はこれからこの外来人を人里まで案内しなければならないんですよ。この人を取材するならその後にして頂けませんか?」

「それでも良いけど、その場合は報告上げておいてね。この人もらっちゃって良いなら後で私が上げておくよ?」

 僕のあずかり知らぬ所で僕の扱いについて話が始まっていた。こちらとしては出来れば早く人里に行って皆の行方を調べたい所なのだが。

「——じゃ、そういうわけだから私が預かっちゃうね」

 黒い翼の少女は勝手に話を決めると僕の腕を取って舞い上がった。そりゃあ翼はあるし、風と共に現れたし飛んだとしても不思議ではないがあっさり飛ばれると流石に驚きが湧く。

「あ、あの……。僕はどこに連れて行かれるのでしょうか?」

「んー、とりあえず落ち着いて話を聞きたいし文々。新聞(うち)の事務所ですかね?」

「そうですか……」

 ああ、これは人里に行けそうにないなと思いながらこっそりと溜息をつく。

「着いたら幻想郷(ここ)の事を話して上げるので、代わりに貴方の事を色々と聞かせてもらいますね。空虚な旅人さん(・・・・・・・)

 その言葉に身が強張るのを感じた。一体、この世界はどう言う場所なんだ。

 

***

 

 好杏が山に降り立ったほぼ同時刻、紅魔館と呼ばれる真っ赤な洋館の上空から悲痛な叫びが響き渡っていた。

「ヒィエアアァァァァァ!!?!落ちてるゥゥゥゥ!!」

 黒のノースリーブセーターと真っ赤なミニスカートの上から左肩に鎧と腰から金属製の黒い鎧スカートを着けた少女は、地球の引力に引かれるがまま落下の一路を辿っておりこのままでは地面に真っ赤な花を咲かせるのは時間の問題だった。

「無理!死ぬ!この高さは絶対死ぬぅ!誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「……ふぇ?え?に、人間!?まずい!あのままでは!」

 紅魔館の門前に立っていた緑のチャイナドレスを着た女性が少女の叫びを聞いて目を覚まし、すぐさま大地を蹴って飛んだ(・・・)

「え?え?何!?ぶつかる!どいて!でも助けてぇ!」

 相反する言葉を投げつけられて苦笑しながらも女性はふんわりと優しく少女のことを受け止め、そのまま空中を飛んで門の外まで行き少女を地面におろす。

 その時だった。ズドォン!という激しい音と地響きを起こして何かが地面に落ちた。位置としては門の外すぐそばで、もう少しずれていたら館の外壁を壊していたことだろう。

「こ、今度は何!?」

「……あー」

 困惑する女性を後目に少女は落下によってできたクレーターに近づいてその爆心地にある物を持ち上げる。

 見た目は巨大で無骨な鉄の腕、少女の胴よりも大きいソレを少女が持ち上げると軽く振って見せた。驚きの表情を見せる門番の女性に少女は自分の物だと説明する。

「助けてくれてありがとう。……助けてもらったついでに教えて欲しいんだけど、街か何かってどっちに行けばある?」

「え?あ、ああ。人里なら森つたいに歩いて行けばあるけれど、貴女は外来人、ですよね?それでしたら、先にあちらの方向にある神社に行くべきだと思いますよ。そこに居る巫女がここの事を色々と教えてくれると思います」

 ひとまず邪険にはされて見たいで安心する。外来人と言う聞き慣れない言葉には少し考え込んだが、すぐに「よそ者」だと言われてる事に気付いた。

 お礼を言ってから指し示された方向に向かって足を一歩踏み出そうとした瞬間に嫌な気配を感じたあたしはその足を空中で止めた。

 その脚の先の地面には一本のナイフが刺さっており、踏み出していたら足に刺さっていたかもしれない。

 あたしはゆっくりと足を下ろし、ナイフが飛んできた方向へ首を向け、ナイフを投げた人物、門番の女性の更に後ろ門の内側に居るメイド服の女性を睨みつける。

「へぇ…、本当に避けるとはねぇ?」

 メイドは台詞とは裏腹に意外そうな声で呟く。

 あたしの気のせいでなければ、地面に刺さっているナイフは突然現れた(・・・・・)ように思える。

 無論、ただ私が気付けなかっただけという可能性もあるが。

「咲夜さん!何をして——」

「——黙って見てなさい」

 門番を一言で一蹴すると、メイドは腿に付けたベルトからナイフを数本抜いてこちらに向けて投げる。

「——っ!?」

 あたしの目が節穴でなければ、メイドの手から投げられたナイフは一本だったはずだ。

 しかし、実際にはナイフがあたしを取り囲むように現れた。360度全方位から襲い来るナイフはとても避けられるものではなく、このままでは私は剣山へと変わってしまうだろう。

 ならばと、あたしは右腕に持った機構化竜手(マシンガントレット)を頭上に掲げ、取り付いているスイッチを押す。トリガーが引かれたことにより身体から一定量の魔力が武器へと流れて爆発魔法を発動させる。

 爆発により吹き飛んだナイフの一つがメイドの頬を軽く裂き一筋の傷を作った。

「やるってんなら遠慮なく潰すぞ。メイド」

「いえ、十分だわ。ついてきなさい。お嬢様がお呼びよ」

 メイドはわざとらしく指をパチンと鳴らすと姿を消し、館の入り口まで一瞬で移動した。超スピードか、はたまた時間干渉か。先程の虚空に現れたナイフを鑑みれば後者だろうが、いずれにせよ実力の底が見えないメイドだ。

 個人的にはああいった小手調べの様な戦いは小馬鹿にされている気がしていい気はしない。

 開けられた門を潜る際に、門番から渡された“入門証”を服に貼り付けて周囲に警戒しつつメイドの下まで歩く。あの門番もどことなく只者ではなさそうだし、こんなメイドをけしかけるお嬢様とやらもまともな奴では無いだろう。

「で、あたしに何の用なんだ?」

「そうピリピリしないで頂戴。貴女は招かれた客なのだから危害を加えたりすることはないわ」

「はん。どうだか…」

 いきなりナイフを投げつけてくる相手に危害は加えないなんて言われても信じられるはずがない。全くもって馬鹿げた言葉だ。

 入り口を開かれ、メイドに続いて屋敷へ足を踏み入れるとそこは外の空間とはまるで違う世界が広がっていた。

 ——赤、赫、朱、緋、紅。

 外装も紅いが、中まで赤一色に染まり何処と無く空気も重く感じる。例えるならば血に染まった吸血鬼の館とでも言えば良いだろうか。心なしか外から見た時よりも広く感じるし、まともな空間では無いのは確かだろう。

 しばし歩いた後、メイドが重厚な扉の前で立ち止まった。

「こちらに紅魔館が主人がおわします。どうぞご無礼のなさらぬ様に」

「あたしをいきなり襲ったのは無礼じゃねえのか?」

「………」

 メイドはあたしの問いに答えず、黙って扉を開いた。すると開いてゆくとの隙間から薄い霧の様な物が廊下へ流れ出す。

 つくづく趣味の悪い。そう思いながら開かれた戸を潜った。

「待っていたわ。幻想に招かれざる者よ。いや、敢えてこう呼ばせてもらおう空虚なる者(・・・・・)とな」

 その声の主は明確な殺意を向けてそう言い放つ。

 小さな体躯に似つかわしくない存在感と威圧感を放ち、あどけなさの残る顔には真っ赤な瞳が輝き、薄くはにかんだ口元には鋭い牙が覗いていた。よく見れば足下を撫でる霧も目の前の彼女から出ている様に見える。

 さっきメイドが『紅魔館が主人』だと言っていた。紅の悪魔、紅に染まった館。つまりこいつは——

「そう怖がるな。人間(・・)。別に取って食いやしないわ」

 ——吸血鬼(ドラキュリーナ)、にわかには信じがたい西洋の化け物が目の前に居た。

 

***

 

 時を同じくして、鬱蒼とした竹林にも一人の外来人が降り立っていた。

 豊満な胸にスラっとしたモデルの様な体型に真っ赤なジャケットを羽織った金髪の女性。それだけではなく、彼女の頭部には特徴的な大きな狐の耳が付いていた。

「……なんだか、降りてきた時よりも広く感じるなぁ」

 私はボヤく。魔法を使いゆっくりと竹林へ降りたまでは良かったのだが、何故かいくら歩いても竹林の外へ出ることが出来なかった。

 上空から見た時はそこまで広いと思わなかったので迷っているだけと見たほうが良いかもしれない。

 私はため息をついてから柏手をポンと打ち、そのまま耳を立て静かに神経を研ぎ澄ます。

 これは柏手に合わせて魔力を飛ばし、跳ね返りを耳で捉える事で周囲の地形を把握するソナーのような探知魔法の一種なのだが鬱蒼とした竹が邪魔で広範囲を知る事は出来なかった。だが、近いところに家の様な物があるのは感じ取れたので少なくとも無駄ではなかったようだ。

 念のため、数歩進むごとにポン、ポン、と柏手を打ちながら探知した家の方角へ歩いて行くと、やがて平屋が目の前に姿を現した。

「ごめんくださーい」

 戸を叩いて声を張るが家の中からは誰も出て来なかった。

 平屋の付近は明らかに人の手が入っているので、誰も住んでいないと言うことはないはずなので待ってみる。

 探知をしていてわかったのだが、この竹林は不可思議な力、おそらくは結界のようなもので囲まれており普通に歩いていたら一生かけても出られはしないと思う。

 ならばそんな場所に家を構えている人物なら抜ける方法も知っているだろうというのも読みだ。もっとも家主がすぐに帰ってくるとは限らないが。

 最悪、数日程度なら瞑想でもしていれば生きていられるけれど、私自身は仙人でも何でもないのでこれは最悪の中の最悪の案だ。

 何にせよ待つのは暇なのでその辺に腰掛けて竹林をボーッと見ていると、ある事に気付いた。

 迷うのはてっきり結界のせいだけだと思っていたが、ここの竹は目で判るくらい早く成長している。意識してみなければ気付けない程度ではあるが、一般的な竹の成長と比べて圧倒的に早く、三十分としない内に景色は変わるためこれでは目印などの方法はまるで役に立たない。

 厄介な竹林だ。そう思いながらゆっくりと待つ。

 どれほど待ったかはわからないが元より傾いていた日がいよいよ沈もうとするほどの時間が経ち、ようやく待ち人は現れた。

 パキパキと地面の竹を踏み潰す音を鳴らしながら来たのは赤いもんぺを履き、大きな籠を背負った白髪の少女で、少女は家の前に居る私に怪訝そうな顔を向けてから多少の警戒を孕んだ目を私に向けた。

「こんにちわ」

「…こんにちわ。えっと、どちら様かしら?」

 少女らこちらからは目を離さずにゆっくりと籠を降ろしながら挨拶を返す。

「私は通りすがりの者なんですが、少々道に迷ってしまいまして——」

「——仕方ないわ。ここはそう言う場所(・・・・・・)だから。道案内すれば良いのかしら?」

 訳を説明しようとしたところで少女は話を食った。話が早くて助かる。

「はい。人の居るところまでお願いできますか?」

「人里まで…?これから暗くなるって時に妖怪が人里に何の用かしら?」

「へ?妖怪?」

「ごまかそうって言うの?その耳、さしずめ妖狐ってところでしょう。わざわざ人型になってまで人里へ行く理由を教えてもらいないかしら」

 いきなり妖怪扱いされたのには驚いたが、言われてみればこんな耳の付らそいた人なんて居ないのだから妖怪と思われても仕方ないのかも知れない。妖怪が本当に居るなんて到底思えないけれども。

「信じてもらえないかもしれませんが、これでも一応は人間なんです」

「……まあいいわ。見ない顔だから言っておくけれど人里で何かしようってつもりなら止めるのね」

 元々凛々しかった少女の瞳がまるで猛禽類の様に鋭く輝く。それだけでも私は少し萎縮してしまったが、少女は更に身体から熱を放ちパチパチと火花を散らしてみせた。

「んな!?」

「さもなくば私が貴女を消し炭にするわ」

 ジリジリと肌を焼く感覚と汗が垂れる感覚で、その言葉が冗談でないのははっきりとわかった。

 熱気からは妖気や魔力の類は感じない。なるほどこの人もただの人間ではない(・・・・・・・・・・・・・)ようだ。

「ご安心ください。私は別に人里を脅かそうとして居るわけではありませんから。ただ宿を探しているだけですよ」

「そう。なら着いてきなさい。早くしないと夜の帳が降り切ってしまうわ」

「はい。お願いします。あっ…」

「どうしたのかしら?」

 いよいよ案内してもらうって時になって私はようやく思い出した。そう、まだ名乗ってすらいない事に。

「申し遅れました。私は響代昴(ひびしろ すばる)と申します」

「ああ、そういえば名乗って居なかったわね。藤原妹紅(ふじわらの もこう)よ。この竹林の案内人でもあるわ」

「藤原さんですね。改めて、道案内のほどよろしくお願いします」

 藤原の案内の下、すっかり暗くなって来た竹林を歩くすがら、私は考えていた。言葉は通じるものの日本とも言い難い奇妙な世界。存在を追われた者の最期の楽園。私達が存在を得るために好杏が選んだこの舞台で一体何が待ち受けているのかを。

 

 

***

 

 それぞれの者が幻想の世界に降り立ち住民達との邂逅をしている頃、男は鬱蒼とした森の中で目を覚ました。

 すでに日は暮れかけており、ただでさえ陽の光が差し込みにくい森の中は一足早く闇が訪れ、辺りの様子は掴めない。俺は近くに落ちていた自分の鞄とコンビニの袋を手に取り、携帯の光を頼りにその中身を確認する。

 ひとまず中身が無事な事に感謝してコンビニで買ったおにぎりを平らげる。どれほど眠っていたのかはわからないが少なくともおにぎりが痛むほどではないようだ。

 携帯は相変わらず圏外を示しておりライト代わりにしかならない。幸い大容量のモバイルバッテリーがあるため充電に関してはしばらく持つが、警察や消防にすら繋がらないのは困る。

 そもそも俺は電車に乗っていたはずだ。変な声が聞こえて、急に眠くなって。もしや、夢?

 そう思って頰を抓ってみると確かに痛みを感じるため夢とも思いにくい。

 ゆっくりと長いため息をついてから俺は鞄を担ぎ直して気を引き締める。遭難した場合は下手に動かないのが鉄則らしいけれど、一人暮らしの大学生なんて一日や二日学校に来なくたって誰も心配しない。何より俺は友人も少なく精々あの呑んだくれが不思議がる程度だろう。

 水分は500mlのお茶が一本とキャップ付きの缶コーヒーが少しだけ、時期的に汗はあまりかかないとは言えど心許ないと言える。かと言って十一月に入りすっかり夏の過ぎ去った気候はお世辞にも暖かいとは言えず。ジッと待つのも寒くて仕方ない。

 まっすぐ歩くのは難しいかもしれないが、都心にある森なんて大した広さもないだろうと高を括り、どこかしらの道へ出られる事に期待して歩く事にした。

 携帯のライトで足元を照らし、慎重に、でも少し急ぎ足で進んで行く。そして時折立ち止まって電波が入っていないかを確認してはため息を吐いた。

 順調に歩いているつもりだったが、途中から身体に違和感を感じ始め、立ち止まる回数も増えてきた。

 妙に息が切れる。胸が苦しい。いくら獣道で歩きづらいとはいえ歩くくらいで簡単に息が切れるほど体力が無いなんて事はないはずなのに。

 一旦落ち着いて深呼吸をしてみるものの、一向に苦しさは和らがず悪化する一方だった。

 仕方なく木々に手を突きながらもゆっくりと進む。頼むから道に出てくれと念じながら一歩一歩足を動かすと、その想いが通じたのか歩む先から微かな光を感じた。

 これで助かると思い自らを鼓舞して光の下へ急ぐ。

 ようやくその光の近くまで辿り着く頃には既に男はまともな呼吸が出来ておらず、焦点もまばらで口からは涎を垂らしていた。

 光の正体は古ぼけた家屋で、男は住民に助けを呼ぼうとしているのか涎の垂れた口から「あ…あ…」と声とも吐息とも解らない音を出しながら光の方へと腕を伸ばす。

 さながらゾンビのような状態で家屋に近づこうとした男だったが、手を突く木がなくなった事で身体を支えられずに地面へ倒れ込んだ。

「本当だって、確かに外から何かが倒れるような音が聴こえたんだ」

「どうせ妖怪か何かだと思うが…」

 男が倒れてから然程経たずに家屋の戸がガラガラと音を立てて開かれ、中からフリルのついた真っ黒いゴシックドレスに三角帽子と絵に描いた魔法使いのような格好をした少女と青い着物を着た男性が現れた。

 二人はすぐに倒れた男に、正確には男の手にした携帯の光に気がついた。

「死んではいないが呼吸がおかしいな…」

 着物の男性が倒れた男を揺さぶり声をかけるが意識を失っている男は何も答えない。

「魔力中毒だな。胞子を吸いすぎたんだろうぜ」

「それなら解毒薬があるはずだ。一旦うちに入れるとしよう」

 二人は端的に会話を済ませると、男を担いで家の中へと入れ、汚れた衣服を脱がせてから布団の上に寝かせた。

 その後、青い着物の男性が箪笥の引き出しから小瓶を取り出し、中に入っていた錠剤を水と一緒に眠っている男の口に流し込んだ。当然、男は激しく噎せたがお陰で薬は飲み込ませる事が出来たようだ。

 そんな倒れた男のことなど意にも介さない少女は、

「駄目だー…」

 男の持っていた携帯を弄っていた。

「香霖ー。これなんだ?」

「まったく君は、また人の持ち物を勝手に弄って……。どれどれ?ふむ、これは俗にスマホと呼ばれる随分と新しい物のようだね。基本的には前に話した携帯電話の様なものだよ。その他にこのスマホはアプリと呼ばれる物を読み込む事で様々な事が出来たりするみたいだ。他にもインターネットにつなぐ事で調べ物が出来たりと非常に万能アイテムみたいだ。ちなみにスマホと言うのは俗称で、このタイプの物はアイ―」

「—あーいや、もう大丈夫。つまり携帯なんだろ?だったら私の持ってるやつと繋げられたりしないか?」

 解説を遮られたのが不満なのか香霖と呼ばれた男性は口をへの字にしながらも少女の問いに「出来る」と答えた。

「だが、繋げてどうするんだ?また魔理沙がもっていくつもりかい?」

「持っていっても“ぱすわーど”ってのが無いと動かせないみたいだから今回はいいや」

「……まあ、改造自体は難しく無いから一応やってみるよ」

「ん。じゃあ、私はそろそろ帰るぜ」

 魔理沙と呼ばれた少女は軽く手を振ると、戸を開けて勢いよく出ていく。後に残された香霖は開きっぱなしの戸を閉めてから、一瞬だけ寝ている男の呼吸が安定しているのを確認してから、携帯を維持し始めた。

 それから香霖が携帯を改造し終えるほどの時間が経った頃、ようやく男は目を覚ました。

「あれ…。俺…」

 目が覚めた俺は辺りのを見回して自分が建物の中にいる事を理解した。

 何故か着ていた服が無くなり、代わりに浴衣の様なものを羽織らされられてはいるが様子を見るに助けてもらえたらしい。

 はっきりとは覚えてないが、確か俺は光の灯った家を見つけて近づいたはずだ。

「起きた様だね。調子はどうだい?」

 いきなり聞こえた声に驚いてばっと振り向くと、そこには着物を着た男性が居てその手に俺の携帯を持っていた。

「だ、大丈夫です。助けていただいきありがとうございます」

「いいよ。久々とは言え外来人には慣れているからね。僕は森近霖之助だ。よろしく」

「俺…、自分は通里恭也(とおり きょうや)と言います。よろしくお願いします」

「そうか、恭也。とりあえず解らない事だらけだろうが、疲れているだろう?話は明日にして今日はこのまま休むといい」

 言われるがまま俺は再び布団の中へと戻され、部屋の電気を消される。

 森近が部屋から出て行く際に携帯を手渡して来たので、確認して見るも画面が示すのは圏外という事と二十一時という時間だけ。繋がりやすさNo.1が聞いて呆れるね。

 とりあえず充電を無駄にしないために電源を切って枕元に置いて目を閉じる。

 色々な事がありすぎて不安だらけでも、疲れた身体は正直で大きな欠伸が出る。次第に眠気が襲ってきて、俺は再び眠りに落ちた。

 

 

***

 

 

 すっかり日も暮れ、華やいでいた人里の通りも人がまばらになっている中、夜の暗さの中でも激しい存在感を放つ真っ赤な髪と真っ赤なドレスを着た少女は通りの中央に立っていた。

 目立つ格好だというのに少女の事を気にかけるものは一人もなく近くを歩いていた酔いどれは誰もいない道を悠々と歩くかの如く少女のいる方へと歩いて行く。

 少女は酔いどれが近づいてくるのを黙って見つめ、ある程度近づいたところで手を前に出して近づくなという意思を見せた。

 しかし、酔いどれは少女ことなど見えていないかの様に無視して進み、いよいよぶつかるかと思われたが酔いどれは少女の身体をすり抜けてそのまま去っていってしまった。

 少女は歯噛みし、月に向かって吼える。

「足りぬ!妾が存在するには、まだ足りぬ!!」

 静寂に轟く少女の声はただ虚しく空に響き、そして再び静寂に飲まれた。

 少女は肩を落として、とぼとぼと歩く。あてもなく、目的もないまま。

 

 

 

 

つづく



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第二話〜博麗の巫女〜

 翌朝、目を覚ました俺は森近さんにこの世界についての説明を軽く受けた後に、洗濯を申しつけられた。

 洗濯板にタライという古風なセットで。

 ちなみに、洗っているものの中には自分の服もある。破けたりはしてないが酷く泥に塗れているので中々に洗濯が大変だ。

代わりに着ているのは森近さんのお古だが、和服というのも思ったより動きやすくていい感じだ。

「うん、似合ってる似合ってる。サイズもぴったりなようで良かったよ」

「すいません色々と、えっとこれから人里って所に行くんですよね?」

 何でも、この幻想郷という世界は人と妖怪が住んでいるらしい。

 森近さんも半人半妖だと説明されたけど、俺には白髪な事を除けばただの好青年にしか見てない。

 たしか人里というのは、幻想郷で唯一の人が集まっている場所だと言ってたな。

「いや、博麗神社に行く。霊夢に君のことを預けなくちゃいけないからね」

 霊夢って名前は今朝も聞いた気がする。確か、俺が帰るあての一つだったか?

電車に乗ってたら異世界に来てましたーなんてのはアニメだけだと思ってたんだけどな。

 洗濯中に箒に乗った女の子が空を飛んでるのを見てしまったもんだから、ここが異世界だという疑いが薄れてしまった。

「あぁ、そうだ。大丈夫だと思うけど、念の為にこれを渡しておくよ」

 そう手渡されたのは奇妙な文字が書かれた御札だった。

「適当に持ってればいい。弱い妖怪位ならそれだけで近寄れないから」

 俺は今まで妖怪というのはイタズラをしたり、人を連れ去ったりする程度のものだと思っていたが、森近さん曰く、この世界には人食い妖怪と言うのがよくいるそうだ。

弱い妖怪でも普通の人では太刀打ち出来ないらしい。

『弾幕』と呼ばれる魔法を使えるようになれば妖怪相手とも戦えるらしいのだが、魔法なんて使えるはずがない。

 この世界に迷い込んだ人は能力に目覚め、弾幕などを使えるようになることがあるらしいのだが、やはり弾幕は出せなかった。

 準備も済み、家をでると目の前には大きな森が見える。

俺が目覚めた森で『魔法の森』と言うらしい。昨日は、魔法の森に充満しているきのこの胞子を吸って中毒を起こしたために倒れたのだという。

魔法の森には、そんな特殊なきのこが沢山生えていて殆どの人は中に入ったりしないそうだ。

「どうしたの?行くよ」

 入らなくて済むなら入らないようにしようと心に決め、さっさと一人で歩いていく森近さんを慌てて追いかけた。

少し歩くと人里らしきものが見え始めたが、それを迂回するように歩き、霧のかかった湖の側を通って進んで行く。

 神社へ続く山の麓からはかなり長い階段が続いており、登り終わった頃にはヒーヒー言っていた。

「霊夢、居るかい?」

境内に入ると森近さんは縁側の方向に向かって声をかけた。

「…あら、霖之助さんが店を空けるなんて珍しいのね」

よく通る綺麗な声の先、その声の主は鮮やかな紅白姿の巫女さんでこちらを一瞥すると縁側に座ったまま返事を返す。

「失礼な。僕だって仕事で出かけることくらいあるよ。それはそうと昨日現れた外来人を連れてきたんだ。色々手ほどきしてやって欲しい。僕は人里での仕事を終えたらまた来るよ」

 森近さんはいうことだけ言うと、俺の肩をグイっと巫女さんの方へ押しやり手を降って去っていってしまった。

あとに残されたのは大きなリボンをつけ、肩や二の腕を露出してる巫女さんと俺だけ。

「…こっちに来て座ったらどう?お茶くらい出すわよ」

「へ?あ、ああ。すいません。頂きます」

声をかけられた俺は慌てて縁側まで駆け、お茶うけの入った小さな籠を挟んだ巫女さんの横に腰を掛ける。

俺が座るのと同時に巫女さんは一言を発することなくお茶を淹れて俺の脇へ置いてくれた。

ぽかぽかとした陽気と心地良い風が吹き抜けまったりとした時間が流れてゆく。

 話しかけようかと思ったのだが、悲しいことに俺は可愛らしい顔立ちの巫女さんに話しかけられずにチラチラ横目で見ることしか出来なかった。

しばらくの時が経った頃、巫女がため息を付きながら話しかけてきた。

「…あなた、そろそろ名乗ったらどう?」

「っ!ゲホッゲホ!」

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

挨拶すら出来てなかった事に慌ててお茶で咽せた。

我ながらなんとも情けないが、やってしまったものは仕方ないので、呼吸を整えてからしっかりと名乗る。

「そう、私はこの博麗神社の巫女。博麗霊夢(はくれいれいむ)よ。それで、この世界のことはどの程度聞いてるのかしら?」

「えっと、ここが幻想郷って日本のどこかにある隔離された世界で妖怪とかが居るってことくらいですかね…?」

「まあ、だいたいそんな感じよ。なんだ。私が説明することなんて無いじゃない。そうね。付け足すとしたら、この幻想郷はね。忘れられたモノが流れ着く地なの。だから人々に忘れられたりしてくるものも居るわ」

「…でも人が忘れられるなんて」

「そうね。人は関わりの中に生きているから余程の事でもない限りあり得ないわ」

 博霊さんがそう呟くとまた静寂が訪れた。

言葉に詰まり、何を聞いたらいいのか解らなかった。

博麗さんは忘れられたモノといった。つまりは人に限らず物でも人外でも流れ着くのだろう。

だから現代ではその存在がオカルトとなり忘れられてしまった妖怪などがいるのかもしれない。

お茶を啜り一息ついた後、俺は本題を切り出す事にした。

「あの、俺が帰る手がかりがここに、博霊さんにあると森近さんが仰っていました。単刀直入にお聞きしますが、俺を元の世界へ返してもらうことは出来ますか?」

「無理ね。あなたがどこから来たか解らないもの。例えば、この幻想郷は確かに日本にあるわ。でも、日本という国。もっと大きく見れば地球と言う星自体がいくつもあるのよ。純粋にこの日本に返すことは出来るわ。でもそれがあなたの知る日本とは限らない。もし違えばあなたは元の世界に帰る手段を失うわ。それでもいいなら送ってあげるけれど、私は大人しく(ゆかり)が冬眠から目覚めるのを待ったほうがいいと思うけれどね」

バッサリだった。

 口ぶりからして紫と言う人が『境界を操る妖怪』のようだが、その人(?)が起きるまでは何も出来ないのだろうか?帰るに帰れず過ごすしか無いというのはなんとももどかしい。

かと言って博霊さんの言うとおり軽率に帰してもらって、違う日本とかだったら怖い。

「まだ冬の初めなんだしゆっくり考えなさい。もしかしたら別の道が見える可能性もあるわ」

「どういうことですか?帰るには境界を操る妖怪か博霊さんに頼むしか無いのでは?」

「今までにも自分の能力で帰った存在や、元の世界に居る存在に呼び戻された者などが居るのよ。一概に私や紫じゃないと帰せないわけではないわ」

 一瞬、希望があるかと思ったがそんなことはなかった。夢も魔法も無い世界に俺を異世界から呼び戻せるような人なんて居るわけないし、居たとしても赤の他人を呼び戻したりはしない。

当たり前だが俺は能力なんて持っていない。 

「そう悲観するのは早いわよ。あなたも何かしらの能力を得ているはずなのだから」

 そう言うと博霊さんは俺に立つよう言った。郷に入っては郷に従えとは違うかもしれないが、この世界の理に身体が合わさるように必ず何かしらの能力を得ているらしいのだ。

それを確かめてくれるらしい。ただし、殆どは有ってないような能力ばかりらしいのだが…。

「…良かったわね。無意味ではなさそうな能力があるわよ」

「無意味ではなさそうって…、少なくとも帰れそうな能力ではないですよね…」

「あなたの能力は『自己の空想を操る程度の能力』よ。自己の空想が何かは知らないけれどそれは自分で探しなさい」

 確かに無意味ではなさそうだった。だが意味がわからない。一見すると自分の空想したことを実際に出来るような気がするが、それはないと思う。

なんでかと言うと今朝、弾幕を出そうとした時に出せなかったからだ。

「言っておくけれど、弾幕と能力は別よ。もしあなたが弾幕を出したいならば、まずは自分の弾幕の性質を知りなさい」

 空中に手を空振りさせる姿で何かを察したのか博霊さんは一枚の紙を手渡してきた。それは長方形で何も書かれていない真っ白で厚めの紙だった。

「それを握って念じなさい。あなたに素質があれば弾幕も出せるようになるわ。素養が良ければスペルも持てるかもね。まぁ、見ててあげるから精々頑張んなさい」

「…ありがとうございます。博霊さん」

「その、“博霊さん”って言うのやめてくれない?何だかムズムズするわ」

「ではなんとお呼びすれば良いでしょうか?」

霊夢(れいむ)でいいわよ。この幻想郷じゃ名前で呼び合うほうが普通なの」

「霊夢…ですね。わかりました」

「あと、敬語も要らないわ。まあこれはどっちでもいいけれども、ほら頑張んなさい」

 何か言おうかと思ったが、話は終わったと言わんばかりにせんべいをバリバリと食べ始めたため、俺も渡された札を握り念じた。

弾幕って言うくらいだから弾をイメージしてみよう。

 そして、三十分ほど念じたが何も起きずに時間だけが過ぎた。

ずっと集中していたためか、喉の渇きを覚えてお茶に手を伸ばし喉を潤す。

「諦めるのはまだ早すぎるわよ。もっと自分自信をイメージして念じなさい。はい、コレあげるからもう少し頑張りなさい」

「あ、弾をイメージするわけじゃないんですね…」

 霊夢に渡された飴玉を口に放り込み、今度は自分を意識しながら念じ始めた。それは森近さんが神社に戻ってくるまで続いた。

 

 ***

 

『いやー助かりますよ!私が人里に降りると人々を怖がらせてしまいますからねー。では好杏(このあ)さん頼みましたよ!』

 のりのりでカメラを手渡しながら僕を見送った(あや)さんを思い出して苦笑する。

 好杏は今、人里まで降りていた。

昨日、射命丸文(しゃめいまるあや)とした約束があるからだ。

約束の内容は好杏が文々。新聞に協力する代わりに、幻想郷にいる間の世話をしてもらう事。

要するに住み込みの仕事って訳だ。

 仕事とは言えど、人里で何かを取材するわけではなく。変わったことがあればそれを撮る。

なければ探す。

それだけしか言われてないので、仕方なく人里をぶらぶらと歩いた。

 多少の路銀(ろぎん)を渡されているので買いたいものがあれば買っていいとも言われている。

僕はそのお金でお茶屋に入り、お団子を買って食べたのだが、これがえらく絶品だった。

 確かに古風な町並みにで、現代の日本と比べたら生活レベルの差は歴然だろう。なんてったってまず電気すらないのだから。

 僕はお茶を啜りながらこれから何処へ行くかを考えた。里の人に話を聞いた所、里自体は特に見るものもなく、強いて言えば里の外になるが里の東の方に博麗神社と言う神社がある位だと言う。

 その神社の名前は昨日も文さんから聞いていたので知っていた。元の世界へ帰る手立てがその神社と、とある妖怪らしい。

もっとも、僕には会わなくてはいけない人が居るし帰る世界があるわけでもないのだが。

 ふと、僕を見つめる子供たちと目があった。挨拶をすると子供達も大きな声で返事を返してくれる。良い子達だ。

「…えっと、僕の顔になにか付いているかい?」

 僕は子供たちの中心に居る活発そうな男の子に声をかけた。

「お前外から来たんだろ!」

「あー、なるほど。僕みたいな外来人は珍しいのか」

 今日は色んな所で視線を感じていたので、その理由が解り一人で勝手に納得した。

「がいらいじん?お前みたいに外から来たヤツのことだな。うちの寺子屋にも来たぞ!耳が生えてて真っ赤だし妖怪みたいなんだぜ!」

 耳が生えた外来人と聞いて僕の脳裏に一人の女性が思い浮かんだ。

「君、その耳の生えた人はまだ寺子屋に居るのかい?」

「えっと、わかんない!」

 少年が元気に叫ぶと少年の後ろに隠れていた少女がおどおどしながら答えてくれた。

「放課後にケーネ先生とお話してたから…、まだ寺子屋にいると、思います…」

 その言葉を頼りに僕は寺子屋へと向かうことにした。おそらくだが耳の生えた外来人は知り合いの可能性が高い。

寺子屋の場所はお茶屋さんの娘に聞いた。寺子屋は里に二つあるそうだが"ケーネ先生”が居る方だと言ったらあっさり解った。

「先生またねー!」

「うん、気をつけて帰るんだよ」

 聞いた場所へ行くと、黄金色(こがねいろ)の耳を持ち真っ赤なジャケットを着た女性が子供を見送りしているところだった。

(すばる)さん!」

「ん?おー!好杏じゃないか、無事だったようでなによりだね」

「まさか先生をやっているとは思いませんでした」

「あはは、まぁ色々と運が良かったもんでね」

 昴さんと軽く挨拶をしていると、寺子屋の中から青い服の女性が出てきた。

「昴、お客人か?」

「ああ、私の知人だ」

「初めまして、僕は響代好杏と申します」

「これは丁寧にどうも。私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)と言う。この寺子屋で教員をやっている」

 いくつか話をした後、慧音さんはハッと何かを思い出した様な顔をし、仕事を終わらせてくると言って昴さんを引きずりながら奥へ消えていった。

待ってろと言われたのでボーッと待ってると五分もしないうちに二人は戻ってきた。

「好杏は“コレ”いける口か?」

 戻ってきた慧音さんは口元に手を当てクイッと飲むしぐさをする。

ようはお酒のことだ。

飲めることを伝えると僕らはそのまま慧音さんに里の酒場へと連れ込まれた。

「人と飲むことなんて滅多にないからな。昴の知り合いと言うことは好杏も外来人だろう?お金は私が持つから心配せずに飲んでくれ」

 飲み始めて早々に酔った慧音さんと、昴さんに色々聞かれ。逆にこっちからも色々と聞いた。

 昴さんは慧音さんの家で世話になっていると、迷いの竹林と言う場所で出会った妹紅と言う人に人里まで送ってもらって、別れた後に慧音さんに話しかけられて、世話になることにしたらしい。

 驚きなのが、慧音さんの家に帰ると妹紅さんが居て、二人は一緒に住む仲だったということだ。偶然というのはとても面白いと思う。こうして僕が昴さんと再会出来たことも含めて。

 酔った慧音さんに勧められるまま飲み、身体が温まって来た頃、一人の来訪者が現れた。

「…慧音。やっと見つけたぞ…」

 その人はメガネを掛けた男性で、とても疲れた様子だった。

男性は慧音さんに近寄ると頭サイズほどの木箱をテーブルに置いた。

「自分で寺子屋に届けて欲しいと頼んでおいて、寺子屋に居ないなんてひどいんじゃないか…?」

「すまない。すっかり忘れていた…。お詫びと言っては何だが霖之助も飲んでいくか?」

「遠慮しておくよ。霊夢の所に人を待たせてるからね」

 霖之助と呼ばれた男性は慧音さんからお金を受け取ると、木箱を開けて慧音に中身を確かめてもらった。

「霖之助が人を待たせてるなんて珍しいな。霊夢の所と言うと外来人か?」

「昨日、うちの前に倒れてるのを魔理沙が見つけてね。今日は僕が人里へ来るついでに神社に案内したんだ」

 昨日拾われた外来人。おそらくは僕達と同じ時間に幻想郷にやってきた人物だと見るのが妥当だろう。マスターか、鈴ちゃん。そのどちらかだと思った。

「霖之助さん…でしたか。その外来人のお名前をお聞きしても?」

「ん?恭也のことかい?確か―」

「―いえ、もう結構です。そのマス…恭也さんはどちらに行けばお会いできますか?」

「帰れてなければまだ博麗神社に居るはずだ。なんだったら一緒に行くかい」

 この世界にきて二日目だが、なかなかツイてると思った。昴さんに会えただけでなくマスター―通里恭也―の手がかりまでつかめるなんて。

 だが席を立ち、霖之助さんに着いていこうとした僕を慧音さんと昴さんが止めた。

慧音さんからは、まだ酒の席なのに途中なのに帰るなと、昴さんからは慧音さんの絡み酒から逃げるなと言う意思を感じ渋々席へ戻る。

「…。恭也に会いたいなら僕の店に来るといいよ。魔法の森の入り口にある香霖堂(こうりんどう)という骨董屋だ。恭也が帰えれてなければ引き続き僕の店で預かるから、店に来れば会えると思うよ。ついでだからもし恭也に伝言があれば受け取っておこうか?」

「では、響代好杏と昴、鈴の三人がマス…、恭也さんに会いたがっているとお伝えして頂けますか?」

「解ったよ。それじゃ」

 結局、その日は夜が随分と更けるまで三人で飲んでいた為にマスターに会うことは出来なかったが、マスターの居場所が判明し、安心して美味しくお酒が飲めた。

 帰り際、昴さんは酔って寝てしまった慧音を抱えて帰るハメになっていたが、僕も文さんの下へ帰らなければならないので、せめて楽になるように風の魔法で慧音さんの重さを軽くしてあげた。

 今日だけで昴さんと出会えた上にマスターの事も解った。後は鈴ちゃんの居場所を探すだけだ。

このまま順調に見つかってくれるとありがたいな。

 里の中から飛ぶわけにいかない僕は、飛んで帰るために里の外れへと向かっていた。その途中、建物の影に綺麗な赤いものがチラと見えた。

月の光だけが地上を照らす闇夜の中だと言うのにその赤はとても映えて見えた。

「今見えたものは、もしや…!?しかし、あの子はまだ存在出来るほどの力なんてないはず…」

 好杏は赤い影を少し追ってみたが、夜の産みだす暗い空間が広がるのみで何も見つけることは出来なかった。

 

 ***

 

 門番の朝は早い。いや、むしろ特定の人物においては早いも何もないかもしれない。

「zzZ」

 朝だろうが夜だろうが、この門番は寝てばかり居るのだから時間なんて関係ない。

「あーあ、暇だなぁ。美鈴(めいりん)は立ったまま寝てるし、門番っつったってこんな霧の深い湖の側の洋館なんて誰が来るのよ」

 鈴は一人で誰に話すわけでもなく呟いた。世話になる代わりに門番を引き受けることになったが、やることがないと言うのは非常に暇である。

 昨日、咲夜と言うメイドに連れられて、この紅魔館の主と会い、色々と話を聞いたのだが、意味不明とか言いようが無い。

ここがあたしの知る世界で無いことはなんとか理解出来たけど、あんなチビロリが実は五百を超える吸血鬼だとか、メイドは時間止められるだとか、ジャ○プ漫画じゃないんだぞって話だ。

 一緒にこの世界に降り立ったはずの恭也(あいつ)達と再会するのが目的なところも含めて、○ャンプ漫画っぽい。

 大体、恭也達と会わなきゃっつったって、闇雲に探すより向こうが来てくれるのを待ったほうが早いだろう。

 知らない土地で互いに探し合っても、すれ違いになって無駄足を踏むだけだ。

ならば居させてくれる場所に居座っていた方が賢明な判断だと思う。

大方、好杏辺りが探し当ててくれるはず。

「あーあ、早く昼になんないかなぁ!」

 グッと身体を伸ばしながらまた独りごちる。

昼食を食べたら美鈴と稽古をする約束があるので早く昼になって欲しくてたまらない。機構化篭手(マシンガントレット)の調整も既に終わったし暇も暇、大暇である。

 身体を反らし、背骨からポキポキと小気味いい音を鳴らしていると、空から何かが近づいてくるのが見えた。

始めは鳥か何かかと思ったのだがどうやら人のようだ。

近づいてくると、真っ黒いドレスと絵に描いたような魔法使いの帽子を被っているのが見える。

 遠目に顔が視認出来るほど近づくと、寝ていたはずの美鈴がハッと目を覚まし飛び上がった。

「魔理沙さん!いつも言っていますが、館に入るときは入館表にサインをお願いします!」

「面倒だから美鈴の方で書いといてくれよ」

 門の上、15m程の高さで箒に乗った黒い少女と美鈴が何やら言い合いを始めた。どうやらこの少女はしょっちゅう館に来るが、毎度毎度強行突破で門をくぐらずに入ってしまうらしい。

 入ること自体は問題ないが、門番としては黙って入られたんじゃ仕事にならないので引き止めている。と美鈴が説明してくれた。それで毎回、強行突破を防げずに咲夜さんに怒られている。とも、

「あーもう!私はさっさと図書館に行きたいんだ。早速だけど退場願うぜ!『恋符:マスタースパーク』!!」

 少女は何やら八角形の物を美鈴に向けて構えると、極太の光線を景気よくぶっ放した。

「よし!」

 美鈴は避けようとしたが、レーザーが太過ぎて避けきれずに食らってしまう。心配して美鈴の姿を追ったが、心配は杞憂なようで服が少しボロっとしてるが体に傷は無いようだった。

「『よし!』じゃねー!!」

「ん?何だお前」

 思わず地上から叫ぶと黒い少女は今更あたしに気づいたらしく、ゆっくりと降りてきた。

「あたしは、門番その2って所だ。あんたが誰だか知らないけれど、美鈴が通さなかった奴を通すわけにはいかないな」

「ふーん。通さないって言うけど、見たところ外来人だろ?お前“弾幕”が撃てるのか?」

「だんまく?」

 そういえば、昨日「弾幕ごっこ」とかいう言葉を聞いたような。

「知らんけど、ようはあんたをぶっ飛ばしていいんだろ?」

「出せないなら、避けるだけでもいいんだぜ」

 そう言うと黒い少女は箒に跨がり宙へと浮いた。生憎、好杏みたいに飛ぶことの出来ないあたしは地上で構えて待つ。

「飛べない相手に本気は出さないから心配しなくていいぜ!まずは小手調べに『魔符:スターダストレヴァリエ』だ!」

 黒い少女がカードのようなものを掲げると、少女を中心に大小七色に輝く星形の“弾幕”が撃ちだされた。

 相手は空中で拳の届かない距離に居る。

地上で無数の弾幕を避ける俺はさながら蜂の巣にされかけてる気分だ。そうは言っても避けてるだけでは勝てないのでなんとか弾幕を掻い潜り、館の塀を蹴るようにして飛ぶ。

機構化篭手を思い切り振るが自在に飛び回る少女に当たるわけもなく空を切る。その代わりに大きな星形の弾幕があたしに直撃した。

 吹き飛びこそしたが、不思議と痛みはほとんど無かった。

「まず一回目。後二回当たったら私の勝ちだ。…私は親切だからいいことを教えてあげる。ただ闇雲に突っ切ってくるより、しっかり見切って弾幕が当たらないように動かないとこの幻想郷じゃ誰にも勝てないぜ。次はちょっと本気出していく『光撃:シュート・ザ・ムーン』」

 再び少女がカードを掲げる。すると今度は魔法陣のようなものが降り注ぎ、そこから細いレーザーを空に向かって打ち出し始めた。

さながら地上から空に向かって雨が降ってるようだ。その上、星形の弾幕まで降り注ぎ、非常に動きづらくなってしまった。

 ここで、ふとあることに気づいた。先程と違い、小型の弾幕があたしに向かって飛んで来るのだ。

よく見れば大きな弾幕も先ほどと動きが違うように思える。

 どうやら「しっかり見切って」と言うのは、技ごとの法則性を見出して避けろと言うことのようだ。

しかし、解ったところで空へと降り注ぐレーザーは増える一方でどんどん動けるスペースが減っていく。

 なんとか体を反らし、弾幕がかすりながらも避けたところでレーザーに囲まれ動けなくなってしまった。

目の前に小型の弾幕が迫り思わず目をつむる。しかし何時まで立っても衝撃がやってこないので恐る恐る目を開けるとレーザーや弾幕は綺麗サッパリ消えていた。

「時には避けて避けて避けまくって、スペカの時間切れを狙うのも手だな。まさか避けきるとは思わなかったけどさ」

「避けるだけでも良いってのはこういうことか」

「そういうこと。さて、次でラストだ。『彗星:ブレイジングスター』!」

 少女はあの極太レーザーを出した六角形の物を箒の先につけると、レーザーを出しながら勢い良く突撃してきた。

ただの突進かと思って避けると、少女が通った後をさながら彗星の尾のように星形の弾幕が広がり中に漂う。

再び突進を避けると今度は広がった弾幕が突進で弾かれて不規則に飛び散った。

 先程に比べると幾分も避けやすく、反撃のチャンスもありそうだった。

とは言えあまり考えている余裕もなさそうだ。少女が駆け抜ける度に弾幕が増え続け、動きづらくなってきている。その時、丁度真ん前から少女が突進してきた。拳を当てるチャンスである。

 あたしは辺りの弾幕に気を使いながらギリギリまで少女を引きつけて横っ飛びに避けた。そしてすぐさま機構化篭手を振るい爆発弾を炸裂させる。

直撃こそしなかったが、爆風が空飛ぶ少女を煽るには十分で少女はバランスを崩して空中で暴れまわった。その間に時間切れが来たようで弾幕が消え去る。

 なんとかバランスを取り戻した少女がゆっくりを降下してくる。

「…これはあたしの勝ちで良いのか?」

「ぐぐぐ、まさか弾幕ごっこも知らん奴に敗けるとは思わなかった…」

「じゃ、入館表にサイン貰うよ」

 ゴネるかもと少しだけ思ったが、少女はすんなりとペンを受け取りさらさらと名前を書いた。

「霧雨魔理沙さんね。はい、入館許可証。帰りもサインが必要だから勝手に飛んで帰らないでね」

 サインの代わりに、札状の許可証を渡して門を開く。

「へいへい…。お前、名前は?」

「響代鈴」

「鈴だな。次は敗けないから、首を洗って待ってろよ」

 魔理沙は箒をあたしに向けて、これでもかと言うくらい明るく微笑んだ。あたしが男だったら惚れてたかもしれない。

「そういえば美鈴は…?」

 魔理沙との弾幕ごっこに夢中になり、すっかり忘れていた美鈴のことをキョロキョロと探すと美鈴は門の脇で塀にもたれかかりながら眠っていた。

 なんとも、平和そうな顔だ。門を閉じながらそう思った。

 

 

To Be Continued……?

 ***

 

 真っ赤な戦ドレスに、影の目立つツリ目をした少女は夜の人里をとぼとぼと歩いていた。

「気づかれぬと言うのは思ったよりも辛いのぅ…」

 未だ、この世に存在できるほどの力を有していない彼女は、誰にも気づいてもらうことが出来ず。行く宛も無く、さまよい歩く他無かった。

「明日は、人里を離れてみるかの。確か、北の方に吸血鬼が住む館があるとか里の者が噂しておったしの…」

 そこに一陣の風が吹き、彼女のドレスが[[rb:翻った >ひるがえった ]]。月の光に照らされて赤く輝くその姿を見るものは誰も居ないはずだった。

「今見えたものは、もしや…!?――」

 そう、ただ一人。彼女を除いて。

 

 

…To Be Continued

 

次回「交差」




次回「交差していくモノ」


〜おまけ〜
※これは6話まで上げたタイミングで書いてます。

主人公の紹介
名前は「通里 恭也(とおり きょうや)」
年齢は21歳で身長は170ない位です。
特に目立った特徴は有りませんが、眼鏡をしています。
後は、幻想入りした時はジーパンにシャツと上着みたいなラフさですが、以降は服の入手の都合上から基本的に和服を着ています。
一応、ただの人間ですが、好杏達を生み出した妄想の主でもあります。
また、その際の『設定』としての力を持っています。
その他、幻想入り特有の外来人が会得する能力もありますので、詳細は作品の中でお願いします。(この話ではまだ出てないけど)
ちなみに、特殊能力では有りませんが、自身を元に作られたキャラなので私ができる事は恭也も出来る事にして有ります。
例えば、家事全般とか、裁縫とか、製菓とか、水泳とか、地味ですがあると困らないスキルが結構あったり、子供好きで、お兄ちゃん属性持ちでもあります。
この辺は確か活用したはず。
そんなところですね。


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第三話〜交差していくモノ〜

多視点どころか、多時系列。
手直ししてて思ったけど、過去の私は馬鹿だろ。


「…なんとか時間は間に合ったか、次回の授業では基礎算術のテストやるからしっかりと復習しておくんだぞ」

 授業の終わりを告げる鐘の音と共に、私は慣れた手つきで道具を片し、黒板の文字を消していく。

 恭也(あるじ)達と再開してから既に三週間ほど経過し、(すばる)はすっかり先生として板についてきていた。

 あの異変(・・・・)で大きな怪我を負ってしまったのだが、永遠亭の医者、八意永琳や好杏の力を借りる事で授業が出来るまでは回復する事が出来ている。

 ただし、激しい運動はするなと慧音や好杏からキツく止められてしまったが。

 あくまで治りかけであり、何かの拍子に傷が開かないとも限らないかららしいのだが月の賢者の治療と回復魔法による治療を受けていて、治ってないはずがないと思う。

 正直に言うと、包帯が外れてないとはいえ軽い運動くらいなんてことないはずだ。

「せんせーさよーならー!」

「はい、さようなら」

「……さて、と」

 元気な挨拶で帰っていく子供達を見送って、私も教室を出ようとしたところで誰かに呼び止められる。

「あ、まって先生!」

 声に反応して振り返ると一人の筆子がにこにこしながら立っていた。

「君は、確かリグルだったか」

 呼び止めてきたのはリグル・ナイトバグと言う女の子だ。

 この子は人ではなく、蛍の妖怪であり、蟲の女王である。

 まだまだ幼い少女に見えるが、これでも私なんかよりよっぽど年上らしい。

 尤も、私の場合『設定』上は二十二歳でも、見方によっては0歳と言ったっていいのだが。

 この教室は、そんな妖怪や妖精達が集まった特別教室で、年明け前から準備を重ね、年明けから動き出した私の教室だ。

「どうした?授業のことで質問でもあるのか?」

少し屈んでリグルに目を合わせて話す。

「先生が良ければなんだけど、この後私と少し付き合ってもらえないかなってお願いなんですけど」

 少しだけ予定のことを逡巡させてみたが、今日は特に用事もなかったはずだ。

 強いて言うならば、妹紅(もこう)に買い物を頼まれているけれど、それは帰りがけにでも買えば良い。

「まあ、遅くならないなら大丈夫だよ。何処かへ行くのかい?」

「いや、先生のことを知りたいんだ。その狐の耳だっけ?人なのに獣の耳を持ってるなんて珍しいから」

 リグルは私の頭を指差して不思議そうな顔をする。

 この世界じゃ獣耳なんて珍しくもないような気がするけど、聞かれてみれば確かに人で獣耳が有る人は見たこと無いなと私は思った。

「そういうことならその辺のお茶屋さんでいっか、慧音(けいね)先生に話してくるから寺子屋の前で少しだけ待っていてくれるかい?」

 そう言い残して私はまとめた授業道具を持って職員室へ向かった。

 慧音に許可をもらうために事情を話すとすんなりに了承してくれた上に、頼まれていた買い物まで引き受けてくれると言ってくれた。

 流石に悪いと思ったのだが、慧音曰く「子供と言えど、妖怪の話は昴のためになる」との事。

 ようは、これも経験だから子供と遊んでこい。と慧音は笑ってみせた。

 私は財布の中身を気にしながら寺子屋の入り口へ行くと、リグルの他にも待っている生徒が居た。

「あたいを待たせるとか、“ぐどん”にも程があるわ!」

「ち、チルノちゃん。失礼だよ!ごめんなさい先生」

「……なんかね。みんなに話したらみんなも先生の話を聞きたいって」

 一緒に居たのは氷の妖精チルノと大妖精で、一人で騒がしいチルノをリグルと大妖精が諌めていた。

 チルノも悪い子ではなさそうなのだが、授業中でも騒がしいため、絶賛対策を練っている。

 大妖精、通称「だいちゃん」はとても優しく、思いやりを持った子だと思う。

 あまり寺子屋から近すぎると他の生徒にも見つかって、たかられてしまうかもしれないので少し離れたお茶屋さんまで向かうことにした。

移動中もチルノはちょこまかと動き回っていて、昼過ぎで人通りの多い道では里の迷惑になってしまうので仕方なく私が肩車することでおとなしくさせる。

「…せんせーの耳はスキマの“しき”と似てるね」

「うわっ!ちょっ耳を弄らないでくれ!おい!やめんか!」

「ひぅっ!?」

 敏感な耳を触られて思わずどなってしまう。

その怒鳴り声に大妖精が反応してビクッと身体を震わせた。よほど怖い顔をしていたのかリグルまでも少し怖がらせてしまう。

 チルノも流石に全員から怒られれば大人しくなる。事はなく、ちょこまかとする事はなくなったものの騒がしいのはあまり変わらなかった。

 お茶屋は好杏(このあ)が美味しい団子を食べたと言う場所で、食べてみると確かに絶品というのも頷けた。

「それで先生に何を聞きたいんだ?」

「んーと、先生のいた世界のこととか聞きたいかも、後は能力とか?私達の教室を担当することになったってことは、それなりに力があるってことでしょ?」

 先週、私の教室が始まる初日に慧音からリグルはバカルテットと言うおバカ集団の一人だと聞いていたが、バカルテットと呼ばれるほど馬鹿ではないと思う。

授業でも当てた時は大体答えられているし、そこまでやんちゃな事をしているようにも思えない。

強いて言うならチルノの悪ふざけに乗っかる事が多いが、それ以外はいたって普通の子どもだ。

 しかし、困った。

能力については簡単に話せるが、元いた世界については話せない。と言うか話しようがない。

なにせ、私はこの幻想郷に直接降り立った(・・・・・・・)のだから。

「そんなに話しづらいことなの?」

「…どう話したものかと思ってね。まあ、能力についてなら教えてあげられるかな。私の持っている能力は『宿した精霊の力を使う能力』とでも言えばいいかな。この耳もそれが関係してるのさ」

 私は自分の耳を指差す。

「能力と狐の耳が?」

「そ、私が居た世界では人の身に妖精や神の魂を宿す儀式があってね。私は妖狐の魂を宿しているんだ。この耳はその影響って訳」

 我ながら上手いこと話せたのではないだろうか?これなら元の世界の事も話した事に出来るだろうし、能力の説明も出来た。

 勿論、私のいた世界で、と言うのは嘘なのだが嘘も方便って言うし別にいいだろう。もっとも私は自分の『設定』を上手いこと利用しただけだし、嘘は嘘でも私的には真実なのだけども。

 リグルは少し不満そうな顔をしていたが、やがて「まあいっか」と呟いて団子を頬張った。

「私からも少し訪ねていいかい?」

「気になってたことは教えてもらったし、知ってることなら答えるよ」

「さっきチルノが言っていた『スキマ妖怪の式』ってのに私は似ているのか?」

 チルノの様子を見ながら、リグルにそう尋ねる。

チルノは他のお客さんに絡もうとして大妖精に取り押さえられていた。仕方ないので一旦立ち上がりチルノの首根っこを掴んで私の近くに座らせ団子を握らせた。

「その式は多分(ちぇん)の保護者の妖怪だと思うんだけど、似ていると言うより先生と同じで狐の妖怪なんだよね」

「いや、だから私はこれでも人間なのだが…」

 こちらに来てから何度目になるか解らない訂正をするがリグルは聞いちゃいなかった。

さっきは「人間なのに獣の耳があるのが珍しい」とか言ってたくせに。

 しかし、狐の妖怪ね。少し気になるかな。来週行われる月一の授業参観に来てくれるだろうか?

 その後、チルノとリグルに弾幕ごっこしてほしいと言われたが、既に日が傾きかけている事もあるので寺子屋が無い日にと約束し三人を帰した。

「あ、しまった」

 見送った後にもう一つ聞きたかったことが合ったのを忘れていた。

「だいちゃんの名前…」

 大妖精は出席簿にも「大妖精」としか書かれて居ないので、本人に聞くのも忍びないしこの機会にリグルに聞いておこうかと思っていたのだ。

 とは言え、聞きそびれてしまった以上は仕方ないので、また機会があれば聞くとしよう。

「おっとすまない」

「申し訳ない」

 考え事をしながら歩いていたためか道で人とぶつかってしまう。

「(スラっとしていながら出てる所は出てる。恭也(あるじ)辺りが好きそうな別嬪(べっぴん)さんだったな)」

 ぶつかったのは女の昴でも見惚れてしまうほどの美人だった。

頭には耳のような形に尖った帽子が被られており、夕日に照らされ黄金色の髪が輝いていた。

その人を目で負っているとあることに気づく。その女性の背には髪と同じ黄金の毛色をした九本の尻尾が付いていた。

 直感で解った。今の人がリグルの言っていた式とやらなのだろう。本気で次の保護者会に来てくれないかなーと昴は思った。

 実は、九尾の女性も昴を見て「かなりの美人」だと思っていたのだが、昴がそれを知ったのは後々の話である。

 

 ***

 

 恭也(きょうや)は一人、博麗神社(はくれいじんじゃ)と訪れていた。霊夢(れいむ)に白紙のスペルカードを渡されて以来、こうして修行を付けてもらっているのだ。

 弾幕は出せるようになったが、未だにスペルカードは白紙のままである。

 霊夢には想像力が足りないせいだとか言われたけど、一応弾幕自体は多種多様に出せているのだから想像力はあると思う。

「…別に良いんじゃないの?あなたの通常弾幕は通常弾幕に見えないし、一般人にしては十分過ぎると思うけど」

 霊夢の言うとおり、俺の通常弾幕とやらは多形な上に多彩な弾幕だ。矢のような形だったり、鎌のような形だったり、拳のような形だったりと混沌としている。

 俺は森近さんに言われた伝言が頭のなかで回っていた。

響代(ひびしろ)好杏、鈴、昴って人たちが恭也に会いたがってるよ』

 俺が弾幕を出せるようになったのは森近さんにこの事を聞いてからだ。そして俺の能力「自己の空想を操る程度の能力」から考察するに俺の弾幕は俺の考えたオリジナルキャラクター達の物だと思う。

 矢は好杏。鎌は昴。拳は鈴。いずれの弾幕も本人に関係する武器の形をしている。

 話を聞く限り、彼女達は俺が思い浮かべ描いていた絵の特徴通りで、とても信じられた話では無いが、森近さんが俺の妄想なんか知るはずないので本当なんだろう。

 それと、まだ会っていない最後の一人の噂が―

「ほら、ぼさっとしない!」

 ピチューン!と言う軽快な音と共に顔に衝撃が走る。考え事に(ふけ)っていた性で霊夢の弾幕に当たってしまったようだ。

「スペカがそんなに気になるのかしらね?」

「まあ…ね。それもあるかな…」

 霊夢がため息をつきながらスペルカードを取り出す。

「とりあえず次でラスト」

 そう言うと霊夢はスペルカードを発動させる。だが、完全に上の空な俺はあっけなく弾幕に当ってしまった。

「今日のあなた変よ。一体何を考えてるのかしら」

「……霊夢はさ、里で噂になってる話を知ってる?」

「んーと?神出鬼没な赤い影ってやつかしら?」

「そうそれ」

 近頃、幻想郷の各地に現れる赤い影。

人の形でニたりと笑った口元に影のあるツリ目、花にまみれた剣を腰に下げている赤い影の姿で、そんな不気味な姿とは裏腹に困っていると現れて助けてくれるらしい。

実際に何人か人里の人間が妖怪に襲われた時に助けてもらっているのだとか。

「なんであなたがその噂で悩むのよ」

「似ているんだ。俺が妄想で描いた人に(・・・・・・・・・・)

「つまり、あの赤い影も(あや)の所で働いてる奴みたいにあなたが産みだした存在じゃないかと思ってるのね」

 霊夢は俺の言葉を聞くと賽銭箱の辺りを見つめた。赤い影がそこにいるのかと思って俺も見てみたが何も見ることは出来なかった。

「それで、そのあなたが妄想したって奴はなんて名なのよ」

「…え?」

「だから名前よ。付けてあるんでしょう?」

 そういえばファーストネームは決めてあるけど、フルネームは決めてなかったような。

「決めてないなら今決めなさい。ほら早く」

「え?え?」

 霊夢に急かされて少し混乱してしまう。ともかく今すぐ名前を決めろと言われ、うんうん唸りながら腕を組んで空を見上げた。

 既に決めているファーストネームはフラタニア。姫をイメージしていたので間に王族っぽく(イコール)で「S」を挟んでからファミリーネームと言う形にしたかった。しかしファミリーネームが中々決まらずにそのまま忘れていたのだ。

「決まったかしら?」

「う、うん。フラタニア・S・ツァイベルって名前にしようと思う」

「つぁいべる?変な名前ね」

「まぁ…架空の文明を意識してパッと思いついた名前だし…」

 ツァイベル王家って言えばなんかそれっぽい気がするじゃん。……するよね?

「あなたが後で後悔しないなら別になんでもいいのだけど…、賽銭箱の前、見てみなさい」

 霊夢に言われて賽銭箱のある辺りを見ると、先程まで何も無かった空間に赤い影が現れていた。

否、もはや影とは言えないだろう。

真っ赤な髪に真っ赤なドレス。

影の目立つ目元と不器用な微笑み。

そして柄に花があしらわれた大ぶりの剣を腰に下げていた。

その姿は俺の想像したフラタニア=S=ツァイベルに相違ない。

 そして同時に白紙だった俺のスペルカードが光を放ち始め、俺はそのスペルカードに浮かび上がった文字を見る。

「『空想:空虚より産まれし者』…?」

 

 ***

 

 好杏(このあ)は気が立っていた。噂の赤い影ことフラタニアを確認することが出来たほか、これといったこともなく一週間も進展なしだ。

霖之助(りんのすけ)が示した香霖堂(こうりんどう)へは時間が空いた時に見に行ったりしているが、どう言うわけかいつも入れ違いで会う事ができていない。

すごい勝手な話かも知れないが納得いかない。

 鈴へは何とかで出会う事が出来たのだが、せっかく会えたと言うのに大した話も出来なかったし不満は募るばかりだ。

「…あさん。好杏さん!」

「何 で す か ?」

「ひぅ…!?あ、あの次の手を…」

 いきなり話しかけられて無意識のうちに相手に威圧的な態度を取ってしまい、慌てて目の前の白狼天狗(はくろうてんぐ)に謝罪した。

「び、びっくりしました…。まだ始めたばかりなのに凄い考えてるから…」

「すいません…。少し別のことを考えてしまって…。しっかり(もみじ)さんとの対局に集中しますね」

 好杏は現在、白狼天狗の犬走椛(いぬばしりもみじ)と将棋を打っている。椛は好杏が幻想郷に降り立って初めて出会った少女で、文の元で働くようになってから時々仕事を手伝ったり、弾幕ごっこしたりと仲良くしている妖怪の一人だ。

 一旦、別のことを考えるのを止め。宣言通り将棋に集中する。それから一時間ほどお互い真剣に手を進めた。そして、

「王手、詰みですね」

「くぅ…!また負けですかぁ!好杏さん強すぎですよぉ…」

 対局は好杏に軍配が上がり、椛は叫びながら仰向けに倒れた。そんな姿を見て好杏は苦笑いする。この対局で好杏は十九連勝だ。決して椛が弱い訳ではないのだが、好杏はいつも危なげもなく勝つ事が出来ている。

「千里眼で未来が見えれば敗けないのになぁ…」

「未来視なんてされたら今度は僕が勝てなくなってしまいますよ」

「それはそれでつまらなさそうですねー」

 椛はコロコロと笑いながら将棋の駒と盤を片付けてお茶を入れ始めた。お茶を蒸らしてる間に椛が「そういえば」と話を切り出してきた。

「先程は何をあんなに考えていたのですか?」

「僕の探してる人についてですね」

「なんやかんやで会えていないんでしたっけ?はい、どうぞ」

 椛は僕の前と自分の席に湯のみを置くと、可愛らしい声で「よいしょ」と言いながら腰を下ろした。お茶に対してお礼を言ってから椛の問に答えた。

「ま、まあそのうち会えますって!なんなら私が付き合いますから美味しいものでも食べに行きましょう!太陽の畑に美味しいと評判の食堂が出来たんです。私が奢りますから、ね?」

 椛にやや強引な約束を取り付けられたが、好杏も悪い気はしなかった。好杏を気遣っての行動だろうし、何より好杏は美味しい物と聞いて気分が上がらないわけ無い。

「…んー。今日も侵入者は来ませんね。平和です」

「そうですねー…」

 将棋を打ったり、お茶を飲みながら雑談に勤しんでいるが、実はこの二人妖怪の山の見張り中だったりする。

椛か好杏が侵入者に気づいたら飛んで駆けつけて注意を促す。もしくはたちの悪い妖怪だった場合は退治していまう。…のだが、何もおきない限りはこの様に暇する仕事なのだ。

「…好杏さん。さっきのリベンジです」

「ふふ、これに勝てば僕は二十連勝ですね。敗けませんよー」

 パパっと将棋の準備をする椛に挑発的な態度で迎え撃つ。一時間、二十連敗した椛の悲痛な叫びが妖怪の山に響いた。

 

 ***

 

 幻想郷の地下、旧都を恭也とフラタニアの二人は駆け回っていた。

「はあ…はあ…、なんてったってこんなことしなきゃならないんだ!?」

(わらわ)が知るはずなかろう!死にたく無ければ今は走るのじゃ!」

 二人の後方には真っ赤な瞳に血の滴るキバ、そして何よりも目立つ宝石のような翼を持った少女が二人を追い回していた。

「「「アハハ、もっと早く走らないと追いついちゃうよー♪」」」

 無数の少女が楽しそうに笑う。

少女は明らかに手を抜いており、遊ばれているのは明白だった。

「「「避けろ避けろー。アハハハ」」」

「くそっ!!」

 少女は歪に笑いながら“弾幕ごっこ”と言うにはあまりにも威力の高すぎる弾幕を撃ちだす。

ただ走って逃げるだけでも大変なのに先程から、当たったらただでは済まなさそうな弾幕を避けることまでさせられている。

それも少女はギリギリで避けられるレベルでしか撃ってきていないのだからいかに実力差があるのかなんて考えるまでもない。

「こうなったら妾の剣技で!」

「無駄だって!そんなことする暇があったら走るんだ!」

「「「無、駄、な、のー♪」」」

 少女の一人が剣閃に割かれ、血を撒き散らす。そしてまた分裂する。どういう原理かは解らないが少女は血を使って分身体を作れるようだ。

「本当に数減ってるのかよ!」

 そう叫ぶ彼らの後方にはぱっと見るだけでも百近くの少女が追いかけてきている。

「「「今度は大きいの行くね。まだ壊れちゃ駄目だよー?」」」

 少女はそう言うとカードのようなものを掲げる。わざわざ確認するまでもない。スペルカードだ。

「「「禁断:カタディオブトリック♪」」」

 特大の弾幕が複数も同時に襲ってきた。

多方向からバラバラに飛ぶ弾幕が地面や壁に跳ね返り複雑に飛び交う。

弾幕だけでなく壁などにも注意しながら避けて行くものの、いくつかの弾幕は身を掠める(グレイズ)する。

痛みに顔を歪めながらフラタニアの合図で左から来る弾幕をかろうじて避ける。

その時、俺は避けたと油断してしまった。

主様(ぬしさま)!右じゃ!!」

フラタニアの叫びが響く。

 恭也は慌てて右を向くと避けたと思った弾幕が横の壁に当たり跳ね返っていた弾幕がすぐ目の前に合った。

 

 同時刻、紅魔館では咲夜、美鈴、鈴の三名が走り回っていた。

「遊ぼ––––」

 金髪で宝石のような翼を持った少女が一人、弾幕に当たり弾ける。

「「「まだまだ終わらないぞぉ♪」」」

「キリがない!おいレミリア!何が起きてるんだ!どうしてフランの分身がいきなり暴走しはじめた!」

 いくら倒しても増え続ける少女にキレた鈴が館の主を問い詰める。

「私だってわからないわ。フランですら解ってないみたいなのよ?」

 レミリアと呼ばれた館の主は、自分の妹であるフランドール・スカーレットを背中にかばいながら、フランドールの分身と戦っていた。

 そのフランは自らの分身に怯え、レミリアの背中に隠れていた。

「「「ほらほら、私も遊ぼうよー」」」

 フランに分身体が近づこうとするが突如虚空に現れたナイフに貫かれて弾ける。

「とにかく今は、この子を守りながら戦うしか無いのよ!今はまだ紅魔館の中で収まっているけれど分身を外に出したら幻想郷がパニックになるわ!」

 レミリアが焦り気味に言うが、確実に戦力が足りていなかった。

戦えるのは妖精メイド達と怯えているフランを除いた四名だけ、その四人も既に長時間の戦闘で疲労が溜まりつつある。

今もフランを守りながら徐々に後退しているのが現実だ。

「「「どうしたの?私に押されてきてるよ?」」」

 押されるのも無理は無い。分身体は時間が立つにつれてどんどん増殖し、もはや消す速さよりも増える速さのほうが上回ってしまっている。

「じ、ジリ貧ですよ!なんとかならないんですかね・・・!?」

「なんとか耐えなさい美鈴!妖精メイド達が助けを呼んでくるまでは何としてでもフラン様の分身を外へ出しては駄目よ!」

「でもー…」

 美鈴、咲夜、鈴で壁を作り、撃ち漏らしをレミリアが討つような陣形で戦う以上誰ひとりとして欠けることは許されなかった。

 しかし体力の多い美鈴ですら弱気になるほど四人の疲労は限界に近づいている。

文身体は攻撃を避ける事もなく、ただただ強引に突撃して来るため、比較的対処がしやすいように思う。

しかし、恐怖も何も感じずに突撃して来ると言うのは厄介でブラフなんてものは効きもせず、全てを確実に対処せねばならない。

「「「アハハ、流石のお姉さま達でも疲れてきてるねー。そんな状態でコレを受けられるかな??」」」

疲れが見えてきた鈴達を嘲笑うように文身体は一斉にスペルカードを取り出す。

「「「禁弾:スターボウブレイク♪」」」

 軽快で多重な発動宣言と同時に、様々な色の弾幕が大量に襲ってきた。さながらすべてを飲み込む津波の様に。

 

 

To Be Continued

 




次回「動き出す影」


〜おまけ〜

キャラ紹介!デデン!(6話を上げたのちの追記)

「響代 好杏(ひびしろ このあ)」
年齢は23歳、身長は180前半の高身長。
声が中性的で胸はあまり大きくなく、しかも晒で潰しているため注意して接しなければ美男子に見える。
私が描いた初めてのオリキャラで、オリキャラ達の中では最も優遇した『設定』をくんでます。
能力としては使用武器が弓ではあるが、一応魔法使いであり主に風魔法を操るエキスパート。
その他、属性に縛られることはほとんど無く、水、森、火の順で得意になっている。他は使えたとしてもまず使うことがない。
響代(フラタニアも含む)の中でリーダ的な役やりを持ち、一番苦労してる人間です。
性格としては非常に落ち着きがあり、柔軟性も高く、危機管理能力に長けている反面、歳下を甘やかすダメ姉ちゃんな一面や自己の実力を高くかいすぎている部分があります。


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第四話〜動き出す影〜

またしてもずれている時間軸。
これ絶い混乱すると思うけど、6話で一応纏まるんでそのまで読んでください……!


「えぇぇぇぇ!!?」

「…む?」

 恭也は二つの意味で驚きの声を上げていた。

一つはいきなり現れたフラタニアに、もう一つはやっと柄の付いたスペカに浮かんだ文字を読んだら発動してしまったこと。

 恭也から放たれた弾幕は無数の矢となり弧を描きながらフラタニアへと襲いかかる。

「直線ではなく弧を描くことで相手の動きに制限をかけて、ギリギリで避けようとすれば矢が爆発して小型の弾幕をばらまく、そして一つでも爆発すれば他の矢も誘爆して一気に小型の弾幕にまみれるって訳ね。中々悪趣味なスペカじゃない」

 いつの間に回り込んだのか、霊夢がフラタニアの前に立ちふさがって俺のスペルカードを相殺した。

「大丈夫かしら?えっと、フラタニアだっけ?」

「むむむ?なんじゃお主、(わらわ)が見えておるのか」

 フラタニアは剣を構えたまま霊夢の顔を怪訝そうに見つめる。やがてゆっくりを剣をさやに収めてチラっと俺を方を見た。

「そこの男はともかく私は初めから見えていたわよ。これでも巫女やってるんだからあなたみたいに妖力ばかり奴を見ること位なんてことないわ」

「はぁ!?じゃあフラタニアはずっとそこに居たってことなのか!?」

 霊夢の言葉にまた驚く、フラタニアもまた俺の言葉に驚いていた。

「ぬ、主様にも妾が見えておるのか!存在の力はまだ足りぬと思っておったが、いったいどうしたことか」

「存在するだけの力ならとっくに持っていたと思うわよ?ただ、条件が揃ってなかっただけでね」

「む…?どういうことじゃ?」

「…なんか私いつも説明を求められてる気がするわね。いいわ、座りなさい。説明してあげるわ」

 フラタニアは言われるがまま縁側に腰を掛けて、霊夢の入れたお茶を啜る。

真っ赤なドレスを着たお姫様風の女の子が縁側でほっこりとお茶を啜っていると言うのは何ともシュールな光景だ。

「あなた達が理解できるかは知らないけれど、物や人が存在するには様々な要因が必要なの。大まかな要因は姿形、次に色や音、最後に名前。最低限このくらいは決まっていないとこの世に存在出来なかったりするのよ」

「じゃあ急に名前を決めろって言ったのは…」

「そういうことよ。このフラタニアが存在にたる力を有していながら影でしか無かったのは『名前』と言う大事な要因が抜けていたから、もっとも放って置いてもそのうち里の人達に名前をつけられていたと思うけどね」

 噂の中には赤い影が妖怪じゃないかってものもあった。

もしこのまま誰にも発見されずにいたら妖怪として存在することになっていた可能性もあったのかも知れないという事だろう。

「ふむ、では主様の『設定』と違うこの半妖の身体はそういうことなのだな」

説明を聞いてふむふむと納得しかけていた俺はフラタニアの言葉で凍りついた。

「半…妖……?」

 確かに俺の作った『設定』にはフラタニアの特殊体質などがあるが、俺の設定はあくまで人間だ。

狐の耳が生えてる昴ですら人と言う種からは外れていない。

「なんだ。自覚してたのね」

「おそらく真っ赤な姿と、この剣の性じゃろうな。悪魔系の妖怪の血が混ざっておるようじゃ。樹木子(じゅぼっこ)と言う名前を知っておるかの?人の血を吸って育った空想上の妖怪じゃ」

 霊夢は納得した様子で頷く。フラタニアは頷きを見ると話を続けた。

「つまり半妖と言えど、元の妖怪が架空のものじゃ。妖力や能力こそ樹木子由来のものじゃが、完全な妖怪の性質を引き継いだ訳では無い。吸血鬼でありながら、人の血を吸うどころか日光からエネルギーを吸収することが出来る。血を吸ったこともあるがとてもじゃないが妾に耐えれる物ではなかったな」

サラッと血を吸ったと言ったフラタニアにギョッとしたが、彼女なりに己の境遇を受け入れてる結果なのかもしれない。

俺がもっと早く気づいてあげられたら良かったのだろうか?俺が気づけなかったから彼女を半妖にしてしまったのだろうか?

「主様よ。そのような顔をしないでほしいのぅ。妾達は今の所、主様の『設定』によって保っておる。受け入れてもらえなくては存在がまた存在が怪しくなってしまう…」

 フラタニアが悲しそうな顔で俺の手を取る。

彼女の手は温かく確かにそこに存在してたが、少しだけ身体が赤い影の様にぼやけて見えた。

「…ははっ、お姫様にそんな事を言われてしまったら受け入れないわけには行かないじゃないですか」

 俺は恥ずかしさで目を背けながらそう言い放つ。

我ながら卑屈でずるい言い方だと思う。それでもフラタニアは満足そうに微笑んだ。

目を背けていた俺は見ていなかったが、その笑みはとても優しく可憐なものだった。

「…何人前でいちゃついてるのよ。そんなことよりお客さんみたいよ」

 ジト目を向けられて俺とフラタニアは咄嗟に腕を背中に回す。

全くもって気恥ずかしいったらない。

「やっと神社に着いたと思ったらいちゃつく様子を見せられてまったくもって妬ましいわ…」

「……なんで旧地獄の奴が地上の、それも私に会いに来るのかしら?」

「なんで自分の客だと決めつけるのかしら、人気者だから?その通りだけど妬ましいにも程が有るわ」

 やってきた霊夢への客人は随分理不尽な文句を漏らしていた。

その姿は茶の和装に金髪緑眼という一見地味で人里で見かけそうな出で立ちの少女だった。

たった一つエルフのように尖った耳を除けば。

「…地底である異変が起きたわ。それを解決するために妬ましいけれど博霊の巫女の助力が欲しいから呼んできて欲しいと伊吹萃香(いぶきすいか)に頼まれたのよ。私はみんなの助けになるほど力が無いからこうしてあなたを呼びに来る役目を引き受けたの。鬼の妬ましい力ですら苦戦してるわ。…お願い助けてもらえないかしら」

 緑眼の少女は始めこそふてぶてしく振る舞ってたが、最後の方は切実といった風に頭を下げて言った。

「萃香が苦戦するなんて相当ね。私以外には誰に声をかけてるの?」

「それは考えていない。私は地上の住人と交流が無いから…」

 霊夢はそれを聞くと腕くんでブツブツと唸り始めた。どうやら旧地獄と言う場所へ向かうようだが、人手が足りないのだろう。そんな時、フラタニアが名乗りを上げた。

「霊夢。妾を連れて行ってもらえないだろうか?」

「言っておくけど、鬼が苦戦してるってことは遊びじゃすまないのよ?」

「元々武術にはちいとばかし自身がある。それに今の妾は樹木子としての力も使える。それなりに戦力になると思うぞ。それと、出来たら主様にも来て欲しい」

 突然名指しされて戸惑う。

「俺か!?いや、まぁ日頃から霊夢には世話になってるから手伝えるなら手伝いたいけど、そもそも俺は飛ぶことも出来ないんだぞ?足手まといになっちゃうって。と、言うか俺の『設定』上で言えばフラタニアも飛べないだろ!?」

「妾は、半妖になった影響なのか飛べるようになったんじゃ。それと、主様は自分の能力を忘れておるだけで飛べるはずじゃ」

 自分の能力。『自己の空想を操る程度の能力』のことをなぜフラタニアが知っているかは知らないが、フラタニアは能力を使えば飛べると言う。

「鈴はともかく、好杏と昴は飛べる『設定』があるじゃろう。その力を借りるのじゃ。ほれ試しに好杏みたいに風を操ってみい」

 好杏は風を操る事で自分を浮かす。つまり真似しろってことだろう。俺は半信半疑のまま目を閉じて風を纏うイメージをしてみた。

すると、不意にふわっと地面から脚が離れる感覚がして目を開ける。

「……へぇ?良かったじゃない。貴方、前から飛んで見たいって言ってたし念願叶ったわね」

 俺の身体は神社の屋根よりも高く飛んでいて、霊夢やフラタニア達も俺に並ぶように飛んでいた。

正直驚きっぱなしで疲れた位だが、霊夢は行くわよと言うとさっさか飛んでいってしまった為慌ててクロールの様に身体を動かして追いかける。

風で飛んでいるのだから身体を動かす必要は無いと気づいたのは旧地獄への入り口にたどり着いてからだった。

 

 ***

 

「鈴も強くなったね!めーりんと修行してるだけあるかも!」

「そうかなぁ…。まだフランに一発も弾幕当てられて無いんだけど?」

「今回は私も当たりそうなところがいくつか合ったし、この世界にきて間もない鈴にしたら凄い早い成長だと思うけどなー」

 フランはベッドに背中からボスンと飛び込む様に腰掛けた。その姿は傷一つ無い綺麗な肌と汚れのないきらびやかな赤い洋服で、一方の鈴は床に寝そべって息を切らしていて、しかも服が部分的に裂けたり焦げたりと怪我が無いのが不思議な位ボロボロだった。

これは鈴に与えられた門番以外の仕事の性である。

 あまり外に出ることを許されない館の主レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットと遊ぶこと、もっと言えば破壊の仕方や加減を教える事が仕事の内容だ。

と言っても鈴自身は仕事とは思っていなかった。

 気が触れている性で外に出してもらえないと言う話らしいが、近年は外から来た。つまりあたしみたいな外来人や魔理沙と言った人たちを触れ合ってきた為か気性も穏やかになり、力もこうしてあたしが怪我しない程度に手加減してくれている。

 とは言え、狂気の少女と言う噂が簡単に消えるはずもなく外出は時々しか出来無いというわけだ。

 そもそも495年間もこんな地下の薄暗い部屋に閉じこもっていただなんて想像もできないな。

レミリアが言うにはまだ二人共幼かった頃にフランが加減を知らずに人を殺しまくってしまった性で、フランは自分の力を怖がって部屋から出なくなり、またレミリア自身もまた出てきて同じようなことが起こる事を恐れてフランを出さないようにしていたらしい。

「ふふ、また妹様にしてやられたのかしら?」

 いつの間にかに部屋の入口に立っていたメイド長の 十六夜咲夜(いざよいさくや)があたしを見下ろす。

「その通りだ…。そろそろ一発くらい当てたいもんなんだけど」

「こないだは魔理沙にも負けてたものね」

 一昨日の事、弾幕ごっこも知らないあたしが偶然にも勝ってしまった魔法使い、霧雨魔理沙が先日リベンジに訪れて、華麗にそのリベンジを果たしていったのだ。

 弾幕を出せるようにはなったけど、飛ぶことの出来ないあたしに弾幕ごっこは不利でしか無い。

飛べる好杏や昴が羨ましい。おそらく能力的にマスター(あいつ)も飛べるはずだ。飛べないのはあたしと、まだ顕現出来ていないらしいフラタニアだけ。

 あたしは『設定』的に特定の能力を使うことで飛べる可能性があるだけマシかも知れないが、その能力はマスターが居ないと使えないし、実際に能力を使ったことがない以上飛べると確定してるわけでもない。

「服の替えを用意しておくからシャワーでも浴びてきなさい」

「あ、私も入るー。汗かいちゃったし…、咲夜ー私の着替えも用意しておいて!」

 膝に手をおきながらゆっくり立ち上がるとフランが背中に飛びついてくる。

いくら体が小さいとは言え、飛びかかられたあたしは少しよろけてしまう。

「一緒に入ろ?」

「はいはい。そういえば前から気になっていたんだが、フランは吸血鬼なんだよな?水、流水が苦手じゃないのか?」

「全然苦手じゃないし、お風呂は大好きかなー」

 シャワーで喜ぶ吸血鬼と言うのも珍しいかもしれない。

いや、吸血鬼なんてスカーレット姉妹以外に会ったこと無いから一概にそうとは言い切れないけど。

 そう言われれば、紅魔館には大きな浴場があるが、館に居る大半を占める妖精メイドが利用してるのを見たことはない。

案外、吸血鬼はお風呂好きなのかもしれないな。

実際、後で聞いたのだが、紅魔館の浴場はレミリアが旧地獄の温泉に言った際に風呂を気に入って作らせたものだった。

 フランにせがまれて、頭を洗ってやっているとフランがあたしの二の腕をぷにぷにと揉んできた。

「…どうしたんだ?」

「細い」

「まあな。自分で言うのも何だけど華奢(きゃしゃ)に見える体だと思うよ」

「鈴って人間なのよね?こんな細腕で自分の胴ほど大きい…なんて言うんだっけ?」

 おそらく、あたしが勝負で使用している機構化篭手(マシンガントレット)のことだろうと思い教える。

「そう、そのましんがんとれっと?を振り回せるなんて可笑しくない?」

「あー……」

 あの機構化篭手はマスターの意向が色々凝らされている物で、あたしの生体と強く結びついている武器であたし以外にはただの重い鉄塊にしかならない。

「どういうこと?」

「つまり、あたしがあの機構化篭手を持つ分にはほとんど重さを感じないんだよ」

「あはは、なにそのチート」

 あたしもそう思うが、あたしが産まれたのはマスターが厨二真っ盛りな時期だったから仕方ないと割り切っている。

「…ほら、シャンプー流すから耳を塞ぎな」

 ごまかすようにシャワーを手に取りフランの頭に当てる。やっぱ両耳に手を当てて目をキューっと閉じてるフランは可愛いと思うし、とても狂気の少女と呼ばれていた風には思えない。

 風呂から上がり、フランと一緒におやつを食べる。

真っ赤なケーキには人の血が使われていると言うのだからそこは吸血鬼らしいと思うけど、命の連鎖で人は吸血鬼の糧になっているだけだと考えれば嫌悪感はない。

 異変はその日の午後唐突に起こった。地下の部屋でフランと遊んでいたはずの美鈴が怪我を追った身体でフランを抱えてレミリアの元へ逃げてきたのだ。

 あたしは門番として門の前に立っていたので、咲夜にいきなり連れ戻されて館に戻った。

そしてその光景に驚き、目を見開く。

「「「アハハ、楽しいねー♪」」」

 大勢のフランが美鈴を襲っていた。

それを見るやいなや咲夜はスペルを発動させ、美鈴を襲うフランを吹き飛ばす。

「説明してる暇は無いわ。今はとにかくお嬢様方を全力でお守りしなさい!」

 よく見ると美鈴の後方にはレミリアと、怯えてるフランの姿があった。状況はさっぱりわからないまま戦線に投入され、フランの分身体と戦うはめになった。

 咲夜に吹き飛ばされたフランの分身はすでに消えていて、いくつかの血だまりが見えるだけ、その事に少し違和感を覚えたが考える余裕はなく、

「構えなさい鈴!」

 レミリアの叫びが聞こえ、思考を遮断される。

言われるがまま機構化篭手を構えると、直後腕に強い衝撃が走る。

どうやら弾幕を受け止めたようだが、威力がいつも受けている弾幕の比ではない。

飛ばしてきたであろうフランの分身に鈴も弾幕を飛ばすが、分身は避けようともせずに弾幕を食らった。

「やったか!?」

 そんな言葉とは裏腹に弾幕の当たった分身は血となり弾け、新たな分身体を産みだした。

 美鈴も傷だらけの痛々しい姿で、咲夜もスカートが裂けていたりと苦戦しているようだった。

あたしもなんとか応戦するが、分身体の人海戦術になすすべもなく押される。

 この分身体の暴走という分身体を生み出したフランは怯え、美鈴も何が起きたのかは解らないと言う。

ここにいる誰もがこの状況を理解する事なくただ迫り来る脅威に自らの力を振るっていた。

「「「アハハ、流石のお姉さまたちも疲れてきてるねー。そんな状態でこれが受けられるかな??」」」

楽しげな分身体の声が館に響き、次の瞬間には絶望的な光景が目の前に広がった。

「「「禁弾:スターボウブレイク♪」」」

 分身体が一斉に発動させたスペルはもはや避けるとか相殺するとかの次元を遥かに超えた量の弾幕を生み出し、自らの分身を巻き込みながら、通路まるごとあたし達を飲み込もうとしていた。

「全員伏せろ!」

 そんな時、レミリアより更に後ろから声が響いた。

あたし達はその言葉通りに伏せる。いや、ある意味崩れ落ちただけかもしれない。

そんなあたし達のあたまをかすめるように見覚えのある一本の光線が迸り弾幕の波とフランの分身を一気に消し去った。

「なんだか状況は解らないけど、さっすが私!主人公らしくピンチに駆けつけたぜ!」

 声の主を目で追うと箒に跨がり八卦炉を構えた魔理沙がそこに居た。そしてその箒にはもう一人搭乗者がいた。

「レミィ。助けに来たわ」

「パチェ…。助かったわ」

「今、傷を癒やすわ。そのままじっとしていて」

 大図書館の主、パチュリー・ノーレッジがぶつぶつと何かを唱えると黄金に輝く雨が振り始め、その雨が傷元に当たると淡く光り、傷を塞いで行く。

「魔法による応急処置だから無茶をしたらまた開くかもしれないけど、とりあえずはなんとかなるはずよ」

「パチュリー様。助かりました…」

「それで、これはどういう状況なんだ?」

 箒を降りた魔理沙が訪ねてくる。誰も答えられないまま静寂が訪れ、それから最初に口を開いたのはフランだった。

「あれは…、少し前までの私なの……」

「どういうことなんだぜ?」

 魔理沙が食い気味にフランに尋ねようとするが、レミリアがそれを制し、そのままゆっくりとした優しい口調でフランに問いかける。

「……あの分身はフランでも壊せないの?」

「うん、あの私には『目』がないの……。それに、私を狂気に染めようとしてきて怖い…」

 それを聞くとレミリアは深い溜息をついた。

どうやら何かに気づいたようだ。

「これは、厄介な事になったわね……」

「どういうこと?レミィ説明してちょうだい」

 レミリアはあたし達の顔を見渡すとゆっくり溜めてから言い放った。

「あのフランの分身体は“畏怖される吸血鬼そのもの”よ」

 

 

To Be Continued




次回「地上と地底の動き」


〜おまけん〜
6話を上げた後に書いてます。

東方キャラについての補足①

—博麗 霊夢—
所謂貧乏巫女ではなく(実はこれ原作設定)、性格も一泊ものを考えるようになっています。
そのため「いつも勝手」と言うほど勝手ではなく、この作品においてはかなりの常識人となっています。
一応、他は原作を基準とし、一部二次創作設定などが加えられています。

—森近 霖之助—
恭也の居候先、香霖堂の主人で重要そうなポジションの割に出番はあまり無い。
性格は原作を基準にしていて、褌とかコーリンとか言うことはないが
、一応強さ的にはかなりのものとしています。
だって無縁塚に一人で行けるんだもの。

—霧雨 魔理沙—
特筆すべきことは特になく、出番も多くはない。(勿論、理由がある)
性格は原作よりも竹を割ったような風で、聞き分けも悪くない。
恭也にとっては気の良い男友達と言った印象の立ち位置だが、時折女の子が出てくる。
口調はあまり「ZE☆」にならないようにしてるけど、読み返してると割と言ってる。


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第五話〜地底と地上の動き〜

最新話までは、今まで書いたのを修正するだけなのですが、これが思ったよりも大変で、なぜかと言うとこの話はその場のノリで方向性を決めていてプロットとかは本当にあってないようなものなのです。

何が言いたいかと言うと、過去の私が馬鹿な性で矛盾とか、誤字脱字とか、表現ミスとか多すぎるんだよ。くそったれ。


 旧地獄へ向かうために森の穴へ入ったフラタニア達は終わりの見えない階段をゆっくりと、飛びながら降りていた。

 主様はまだ飛ぶことに慣れてないのかふらふらとしていて何だか危なっかしい。

「くっ…!ぐぐぐ!!」

 ただの人間がふっと湧いてきた能力でいきなり飛んでいるわけだから仕方ないとはいえ、はっきり言って五月蝿い。

「…早く慣れなさいよ。さっきからうるさいわよ」

「は、話しかけないで!集中力が切れるか、らぁ!?」

 イラついたような口調で巫女から話しかけられた主様は気が散ってしまったのか、身体が反転して宙吊り状態になってしまう。

 なんとか落ちずに飛んでいるようだが、あのままでは流石に危ないので妾が手を差し伸べてお姫様抱っこで受け止める。

 姫たる妾がお姫様だっこする側と言うのは何とも言いがたい気分なのだが、妾の方が飛ぶのにも慣れていて力も強いのだから仕方ないだろう。

「すまんフラタニア…、もう一度頑張るよ……」

「あのままふらふらと飛ばれては妾達も気が散る。今回はおとなしく抱っこされておるんじゃな」

「はあ……。良い気になって着いてきたけど、これじゃ完全にお荷物だな」

「大丈夫よ。恭也の弾幕はそこらの妖怪よりよっぽど強力だし、猫の手よりはマシだわ」

 ため息を付く主様に巫女がフォロー(?)を入れるが主様はなおさら落ち込んでしまった。

 妾は主様の弾幕、と言うよりスペルカードを見ただけだが他の場所で見たものと遜色なく、実戦でも役に立ちそうに見えた。

 そうでなくとも主様は妾達の持つ能力の五割程度は使えるはずだから、決して弱くはないだろう。

 それしてもこの世界のスペルカードルールは画期的だし、よく出来てると思う。

 変な話、弾幕ごっこさえ強ければただの人間でも実力のある者として扱われる。

 誰にも見つけてもらえず幻想郷を練り歩いていた時に何度か目撃したことがあるがどれも心奪われるように綺麗なものばかりだった。

 どれほど飛んだのだろうか、暗い穴をひたすら降っている間、巫女や神社に来た水橋様も含めて異変に絡めた話をしていると、やがて大きく開けた空洞へと出た。

 その空洞にはチラチラと輝く光が見え、そこに何者かが住む都市があることを教えてくれる。

「相変わらず遠いわね…。もっと近ければコッチの温泉に通っても良いのだけど…」

「温泉があるのかの?」

「温泉があるんですか!?」

 二人して温泉という言葉に飛びつくと巫女が少し驚いた様子で距離を置いた。

 引いたのかも知れないが。

「異変を解決したら案内してあげるわよ。…まずは地霊殿(ちれいでん)に連れて行くわ。私が博霊の巫女を連れて来るまでにさとりが異変に関する事を調べると言ってたから、色々聞けるはずよ。……何か解ってると良いのだけれど…」

 目的地が近くなって力が入ったのか、水橋様がスピードを上げる。それに伴い後を追う妾達と自然と速度を上げた。

「主様、落ちないように捕まってくれるかの?首に手を回す感じで良いはずじゃ」

「はーい、頼んますよ王子様」

「まるで立場が逆じゃのぅ…」

 そんな情けない主様を落とさない様に気をつけながら、二人を追いかけた。

 旧都と呼ばれる地底の街に着くと一気に空間が開けた。旧都は地獄とは思えないほど華やかで賑やかな街だった。

 そんな街の中心に一際目立つ大きな神殿のようなものが目に入る。先を行く二人から察するにあれが地霊殿とやらなのだろう。

 水橋様の案内で殿の中へと足を踏み入れると、広々とした静けさの中に騒然とした雰囲気を感じる。

 案内されるまま奥へと足を踏み入れる間、不思議なことに気配と裏腹に一切の住人を見かけることがなく、主人の部屋まで辿り着いた。

 水橋様がノックをしてから部屋の中へと入って行く。

「さとり、連れてきたわよ」

「ありがと、雑用みたいな真似任せて悪いわね」

「良いのよ。どうせあいつら相手じゃ私なんて無力だもの」

 巫女はズズいと前へ出て女児と水橋様の間に立つ。

「悪いけど、雑談は後にしなさい。先に何が起きてるのか説明してもらえるかしら」

「解りました。お話しします」

 目の前で巫女様に説明し始めたのは胸元に浮かび瞳が目立つとても幼い女児だった。

 胸元の瞳からは何本もコードが伸びて、女児の服に繋げられていた。

 何やら得体の知れない何かを感じ取り、無意識のうちに身体が強張ってゆく、まるで心を覗かれているような地持ち悪さを感じる。

「実際、覗いていましたけどね。例えば、そこの殿方が私を見て『可愛らしい子』って思ってることもお見通しです」

「っヴぁい!?」

 虚を突かれた主様が素っ頓狂な声を上げる。

「ぬ、主様…」

「恭也…、貴方ね…」

「待て、お前らは何か重大な誤解をしている!」

 目の前の少女に心を読まれたらしい主様が妾達に侮蔑の目を向けられ、大慌てで弁解の意を叫ぶ。

 流石の妾もこのような女児に発情するようでは主様の見方を変えなければならない。

「ふむ、『何故バレた』と思っていますね」

「おいこら、俺の心が読めてるならそういう誤解を生む言い回しするなっ!」

「『だいたいこの中で一番好みなのは―』…誰なんです?」

「っぶねぇ!!迂闊なこと考えられねぇな!おい!」

 なんとも気になることを館の主が言った所で巫女が止めに入った。

「旧地獄にフランの分身が大量発生した所までは解ったわ。その続きを話してもらえるかしら?」

「えぇ、そうですね。恭也様の性で話がずれてしまいました」

「俺の性なの!?ねぇ、俺のせいなの!?」

 一人で騒いでる主様をみて妾はふと、あることに気づいた。

 さも当然のように女児は主様を『恭也様』と呼んだが、そもそも妾達は自己紹介もしていない。

 なるほど、先程「さとり」と呼ばれていたしこいつは(さとり)妖怪と言うやつという訳か、読心術が使えるのも納得だ。

 女児は妾をチラと見た後に、以下の言葉を述べる。

「…では、説明しますね。現在、吸血鬼の分身がこの地底に大量発生して暴れています。そして、大量発生した時期と同時期に、この地底の悪霊や下級妖怪の姿が消えました。十中八九、吸血鬼に取り込まれたと見るべきでしょう。また、吸血鬼の分身体は実態が無く、ただ吸血鬼の本能のままに動く人形…いや、影と言うべきもので、そのためかただ叩いてもただ散るだけ。しかも消せば消すほど残った分身が強くなっているようで、確実に数は減っていますが、その力は星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)達鬼の力を持ってしてもじわじわと押されているようなのです」

「ちょっと待って、鬼が押されるほどの力を持った分身体って、一体それがどれだけいるのよ?」

 理屈は解らないが、分身というのは原則的に自らの力を分けて生み出すもので、分身が多いから言って強いとは限らないと言うのが妾の『設定』にある常識だ。

「これでも始めは雑魚中の雑魚だったんです。ですが、数が目に見えて少なくなってきた辺りから一気に強くなっていきました。おそらくは、数が多い事で分散していた力が集中してきてるからでしょう」

 どれほどの強さかは計り知れないが、鬼と言うからにはとても強いはずだ。問題は残りがどれほど居るのかだろう。

「…確認しているだけでざっと“百体”ほど、まだ一対一なら楽に相手できる程度ではありますが、大体が三体から四体でセットになって襲ってきてます」

「面倒そうねー。でも本能で動く能なしならいくらでも対処法はあるわ。そうね…。ちょうど『人間』の恭也も居るし、ね?」

 巫女はそういってニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。その半面、主様は「やっぱり」と言いたそうな表情で肩を落としていた。

 作戦はこうだ。「妖怪って、本能的に人間を襲う生き物なのよね。でも旧都って亡霊ばっかで人間って居ない訳よ。良かったじゃない。恭也でも役に立ちそうな仕事が見つかって、そういうわけだからちょっとばかし『旧地獄を走り回ってフランの分身を私が指定するところまで引き連れて来なさい。』私は先に勇儀達と合流して潜伏してるわ」とのこと、つまり囮である。

 旧地獄の各地に出現する分身体を引き連れろと言うのだから中々無茶苦茶な作戦だ。

 そして、妾達は沢山の分身体を引き連れて旧地獄を走っていた。人である以上、ほいほいと飛ばないほうが釣れるはずだと言う女児の言葉のせいだ。

「本当に数は減っているのかよ!」

 主様の叫びはもっともだ。妾達の後方には百を軽く超えそうな数の分身体が迫っている。

 目的地は近いが分身に遊ばれているせいで遠回りばかりしているし、なにより逃げると言うのは疲れる。

 そんな時、分身体が一斉にスペルカードを取り出した。

 戦慄が走った。あの数が同時にスペルカードを使うとなればこの狭い街並みは一瞬で弾幕が溢れかえる事は容易に想像がつく。

「「「禁弾:カタディオブトリック♪」」」

 楽しそうな分身の声と共に産み出された大型の弾幕が妾達を襲う。しかもこの弾幕は壁に当たると跳弾するらしく、あやうく避けたと思って油断した所に当たるところだった。

 跳弾に気を使いながら主様の様子を見ると、主様は壁から遠い性か、右からくる跳弾に気づいていない様子だった。

「主様!右じゃ!」

 すぐさま妾は叫んだが弾幕はもう主様の目前まで迫っていた。

「っぐ…!!」

 主様はそれを済んでの所で飛んで躱す。

 避けられたというのに少女は特に気にした様子もなく、ただただ楽しそうに笑っていた。

「「「なんだ。やっぱ飛べるんじゃん」」」

「…もう、隠す必要もないからな」

 その言葉を聞いて気づいた。いつのまにかに辺りは旧都にある広場。巫女様の指定場所に到達していたのだ。そして、広場を囲むように複数の影が現れる。

「札を使いなさい!」

 巫女様の言葉を合図に、妾達は事前に渡されていた『夢想の札(むそうのふだ)』を体に貼り付ける。自身を一定時間だけ夢想状態にする札で、夢想状態になってる間はあらゆる物が当たらなくなる(・・・・・・・・・・・・・)

 札を貼り付けた途端に弾幕の嵐が巻き起こった。

 四方八方から誰のものかも解らないほど幾重に入り混じった弾幕が広場を蹂躙(じゅうりん)する。

 いくら弾幕が当たらないとは言えど、そんな広場の真ん中に浮いているというのは非常に怖いもので、弾幕の音が止んで、巫女様に札を剥がしてもらうまで目を閉じてじっとしていた。

「もう大丈夫よ」

「…終わったのかの?」

「それは…、わからないわ」

 肩を叩かれて恐る恐る目を開くと浮かない顔の巫女様が横を向いていた。

 釣られるように横を向くと、広場の中心に黒い影が逆巻いているのが目に入る。

「な、なんじゃあれは!」

「さあね。ただ、良くないことなのは間違いなさそうよ。なんなのかしら?……不気味ね」

「わかりませんが、少なくともすぐに何かが起こると言うわけではなさそうですし、ここは一旦戻りましょう」

 そう言って近づく女児は、ぐったりとした主様を脇に抱えていた。

「心配しないでください。気を失ってるだけです。空気の重い地底で無茶な運動した性でしょう。しばらく休ませれば目を覚ますと思いますよ。…あと、私の名前は古明地さとり(こめいじさとり)と言いますので女児呼びはやめてください。これでも貴女よりずっと年上なんです!」

 息をするように心を読んださとり様は憤慨した様子で妾に訂正を申し入れた。

 広場はさとりのペットだと言う猫耳の妖怪に見張らせて、妾達は一同、地霊殿へと戻り一時の休息を取ることとなった。

 地霊殿は、運び込まれた負傷者が多く運ばれていてさとり様のペット達があっちこっちでてんやわんやしていた。

 さとりは一部のペットに下級妖怪や亡霊がどうなっているかを確かめに行かせ、巫女様もそれについていく。

「あなた方には助かりました。まさか人間に感謝する日が来るとは思いもしませんでしたが…」

「いや…、妾は半妖じゃ。活躍した“人間”なら主様だけじゃ」

 自嘲気味に言う。そんなことしてもコヤツには透け透けじゃろうが。

 はたしてさとり様は心を読んだのかは解らないが「そうですか」と一言だけで、深くは聞いてこなかった。

 主様が目を覚ましたのは、さとりがペットの対応に追われて席を外した後だった。

「ん…、あれ。俺は…寝てたのか…。悪いな。またフラタニアに運んでもらっちゃったな?」

「主様を運んだのはさとりじゃ。あのちっこい女児じゃよ」

「そっか、じゃあ後で例を言っておかなくちゃな」

 特に取り乱した風でもなく、上半身を起こして身体を伸ばしはじめる。

「具合はどんなもんかの?」

 聞くまでもなさそうだったが、一応聞くのが礼儀ってものだろう。

「上々!ってほどでもないけど、まあ大丈夫だ。さて、なにか判明するまでは待機だろ?俺らも負傷者の相手をしに行こう」

「ま、待つのじゃ。元気そうで安心なのじゃが、自体は把握しておるのかの?」

「へ?……あれ?」

 勢い良く起き上がって、負傷者が居る部屋に向かおうとする主様を呼び止めると、主様は眉をひそめて不思議そうに唸り始めた。

「ど、どうしたんじゃ?」

「俺さ、気を失って寝てたじゃん。でもさ、記憶があるんだよね。それも二つだ二つ。一つは地底の記憶と、もう一つは地上…、こりゃ鈴の居た紅魔館での出来事か?」

 突然主様が電波になったのかと不安になるが、冷静に話を聞いてみると確かに地底での出来事はだいたい有っていた。

 ただ、ところどころ抜けているようで、自分を運んだ人だったり逆巻いてる黒い影のことだったりはうろ覚えのようだ。

 当然だが、地上の事など妾は知らないので、少なくとも地底の事は合ってるとしか言えないが。

「とりあえず、紅魔館でも似たような事が起きてたみたいだけど、それは鈴達が解決したみたい。もしかしたら、コッチみたいに影が逆巻いてる可能性もあるけども…」

「主様は、妾達の『設定』に“記憶の共有”とかって付けておったかの?」

「いやー?俺が覚えてる限りは、テレパシーが使える予定だっただけで記憶の共有は無いはずだぞ。テレパシーだって厨二臭すぎるって理由で消してるしな」

 そう言うと主様は腕を組んで唸りながら部屋を出て行った。

「なにしてるんだ?俺らは元気なんだから少しでも手伝うぞ」

 どうやら、考えながらでも出来ることをすつるもりのようだ。そんな主様を妾も追いかけて負傷者の相手を買って出た。

 なにやら妙な違和感はあるが、今は考えずに目の前の問題を片付けることにした。

 

   ***

 

 好杏(このあ)は閑散とした神社の境内に立っていた。

 修行しに行ったと聞いてわざわざ来てみれば恭也(マスター)はおろか、博霊の巫女―霊夢―すら居ない。

 それだけの事なら、(きびす)を返して大人しく仕事すればいいだけなのだが、どうにも妙な妖力を感じて辺りを見回してしまう。

「巫女なら外来人の男と、妖怪の女を引き連れて地底にでかけたわよ。何かあったんじゃ無いかしら?」

 妖力を探って気を張っていたにも関わらず、背後から声をかけられて咄嗟に弓を構えて距離を取る。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私は敵じゃなっ―!?」

 背後に居た少女…、いや幼女か?は後ずさる時に脚がもつれたのは後ろ向きにズルッ!と倒れた。

 なんか猛烈に悪いことをしてしまったような気がして、手を差し伸べると女の子はお礼を言いながら手をとってくれた。

「驚かせてしまったみたいで、申し訳ありません」

「良いのよ。元はといえば私が貴女を驚かせちゃったみたいだし、転んだのだって自業自得だからね」

 パタパタとスカートに付いた土を払い落とし、自分の悪い所はしっかりと認めていた。

 この幻想郷で出会った人の中じゃ慧音さんに並んでトップクラスに良い人だと思った。

 それにしても、小さい身体に真っ白いドレスに良く合う縦ロールの金髪に黒いリボンがいっぱい付いていて何だかお人形さんみたいだ。

「あぁ…良い子ですね…。しかも可愛い」

 マスターや鈴さんに見習わせたい…。

「な、ななな!いきなり有った相手に何を言ってるのかしら!―ぁ!?」

 女の子は顔を真赤にして手をぶんぶん振る。そしてまた転ぶ。

 反射的に手を伸ばすと、ドレスにあしらわれた黒いリボンだけ掴んでしまいリボンはハラッと外れてしまう。

「あ、貴方いくら妖精が相手でも、私のような外見の女の子に発情するなんて犯罪ですわよ!?」

「…ん?」

 何故かすごい既視感を感じて、リボンを握ったまま固まってしまう。

「私を手籠めにしようたってそうはいかないわよ。いくら男が相手でも、人間相手ならそう簡単に敗けないんだから!」

「ああ…。やっぱり」

 さてこれで男と間違われるのは何度目になるのだろう?

 里では慧音さんと昴さん二人相手に二股してるとかいう噂も流れているし、『設定』とはいえど少し悲しい。

「あのですね。確かに長身で胸無しだから男に見えるかも知れませんけどね。これでも僕は女性なんですよ…。もう何度目か解らないからどうでもいいですけどね…」

「……本当なのかしら?」

「なんなら脱いでも良いです。変態ロリコン“男”と思われるよりは100倍マシなので」

「そこまでしなくていいわよ。解った。信じるわ。…えっと、それでどちら様だっけ?じゃなかった。まずは私が名乗るべきよね。私はルナチャイルド。普段は他に二人の妖精と一緒に行動してて三妖精なんて呼ばれてるわ」

 感動的なまでに丁寧な人(?)で、しかも可愛い。それに何処と無く小動物のような雰囲気もあるし、凄く愛でたい気分に駆られる。

「こちらこそ自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。僕は響代好杏。今は妖怪の山で文々。新聞の手伝いをしながら過ごしてる外来人です」

 ドレスの裾をつまみ優雅にお辞儀する姿は妖精というのも納得の可愛さである。

 抱きしめたら気持ちよさそうだなぁ。

「…やっぱ同性だからって油断しちゃいけない気がしてきたわ」

「そ、そんなこと言わないでくださいよ」

「ところで好杏さんは何か用があって神社に来たのでは無かったの?」

「あー…」

 そういえばマスター達は地底に行ったとか言われたような。

 地底はまだ行ったことないし、会えなかったとしても話題性がありそうだけど、

「まあ、また会いに来ればいいですし、何なら待ってればそのうち戻ってくるでしょう」

「どうだろ?この神社の巫女は異変解決に行くとしばらく戻ってこない事が多いわよ」

 だから待つくらいなら後日また来た方が良いとルナちやんは言った。

 ここまで会えないとなると、何か運命的な妨害を感じてくる。もしくは僕が絶望的に運が悪いだけなのか。

 こうなったら、いっそ僕もその地底とやらに向かうか?

「やめたほうが良いわ。地底は地上から爪弾きにされた者の巣窟(そうくつ)よ。単身で行くなんて自殺しに行くようなものだわ」

「僕は腕に自身がある方なんですけど…、そんなに化物揃いなんですか?」

「私自身は行ったことないから、勝手なこと言うしかないけど地底は旧地獄って言われてて鬼の様な強い妖怪がわんさか居るって聞いてるわ。地上の者はまず行こうとしないわね」

 マスターはそんな場所に行ったのか、霊夢さんが強いのはよく知ってるけど、一緒に行ったという妖怪の女ってのが気になるなぁ。霊夢さんが連れて行ったということは実力があるということなんだろうか?

「あら、今日は色んな人が来るわね」

「…博霊の巫女は…、巫女は居られますか……?」

 ルナちゃんの声に釣られて境内の上空へ目をやると、ぼろぼろな姿の妖精メイドが神社の敷地へ入ってきていた。

「ここの巫女は地底へでかけてるわ。見たところ吸血鬼の館のメイド妖精みたいだけど、何か有ったの?」

「フランお嬢様が…、暴走…して……、巫女様に異変の…解決…つ、つつつ、つつつつつつtttttt——」

「な、何だ!?」

 メイド妖精がいきなりガクガクと震えて始める。形容しがたい表情で眼の焦点も合っていない。

 ひとまず降ろしてあげようと飛び上がった時、メイド妖精は突然弾けた。

「ひ、ひゃ!?」

 ぴちゃっと言う音と鉄臭い匂いが鼻をつく。

 跳ねて頬に当たった液体を拭ってみるとやはりそれは血で、嫌が応にも顔がしかめる。

 しかも何者かが現れた気配を感じて妖精メイドが弾けた位置をもう一度みると、そこには金髪の髪に赤いドレスと宝石のような翼を持った少女が浮かんでいた。

「あらららら?ここって霊夢の所じゃない。霊夢は何処?あなた達を壊せば会える?」

「きゅ、吸血鬼!?わ、私は妖精だから美味しくないわよ!!」

「この子は…!」

 この少女は本物じゃない。

 僕自身がまだ存在の確約しない空虚な存在(・・・・・・・・・・・・・・・)だから、解る。この少女は、偽物だ。

「あっは♪その顔素敵…!壊したくなっちゃう」

 少女は愉快そうに笑い弾幕を飛ばしてきた。武器で受け止めようかと思ったが、少女の顔が笑いで歪んでるのが見えて、すんでのところで避ける。

 その判断は正しかった。

「じ、地面が抉れて!?好杏さん!これは逃げるが勝ちよ!」

「いや、必要ありません。既に方は付きました」

 そう言って僕は少女を指差す。指さされた少女が先程までうるさいほど笑っていたのが嘘のように、口を開け虚空を見つめたまま固まっていた。

 そして数秒経つと少女は弾け飛び、血を撒き散らした。

「え?え?何が起こってるの!?」

「やはり分身ですか、吸血鬼らしい力ですね」

「好杏さんがやったのよね?一体いつの間に?」

 驚愕の目で僕へ詰め寄るルナちゃんに、思わず抱きしめたい衝動に駆られるがぐっと我慢して、今度は虚空に浮いた弓を指差す。

「あれは僕の持っている弓の一つ、アッキヌフォート。別名『無駄なしの弓』とも呼ばれます。仕掛け弓の一つで必中の弓とも知られています」

「う、うん?それでいつの間に?」

「この世界での能力は『気取られない程度の能力』なんです。それに僕自身が元から持っている弓と魔法。それを使って弾幕を避けた隙に遠隔で矢を飛ばしておいたんですよ」

 これでもかと言うくらいのドヤ顔で弓を手元に引き寄せる。これらを浮かせたり弓引かせたりもすべて魔法によるものだ。

「あ、そうだ!あのメイド妖精は紅魔館のだってルナちゃん言ってたましたよね!こうしちゃおれません!」

「わっ!ちょっと——」

「——今度来るときはお菓子を持ってきますのでゆっくり話しましょう!では、さらばです」

 僕は矢継ぎ早に言い残し、風を使って一気に飛んだ。

 むしろ、飛んでいるというよりは風で自分をふっ飛ばしてると言った方が近いかも知れない。

「何よ。もう……、折角暇つぶしの相手が見つかったと思ったのに……」

 後に残されたルナは唇を尖らせてぼやく。

 そんな事は露ほども知らない好杏は紅魔館での異変を探るついでに鈴を助けんとして紅魔館へと急いでいた。

 ひとっ飛びで紅魔館までたどり着き、門の前に降り立つ。

 しかしそこには本来居るはずの門番は何処にも姿が見えず、仕方ないので少し迷いながらも勝手に入ることにした。

 また館の正面の扉にも仕掛けが施されており、内側から結界が掛けられていてとても出入りが出来る様子ではない。窓も壁もすべて同様に結界が掛けられている。

 もしかしたらさっきの分身が中で湧いているのかもしれない。

 だとすれば迂闊に結界を破るわけにもいかないので、何か他に入る方法は無いかと辺りを見回す。

 その時だった。突如、風の様に黒い何かが館の横の建物に吸い込まれていった。

 吸い込まれた部分をよく見ると、扉が開いていて結界もはられていない様子だった。

 僕はその扉から中へ入り、念の為に結界も掛けておいた。

 扉の中は巨大な地下図書館で、背の高い本棚が都心のビル群のように佇んでいる。

 そして、本棚には例外なく大量の本が刺さっていた。

 気配だけで魔道書があるのが解る。こんな時でなければ色々と読んでみたいものだ。

 その光景に目を奪われているとバンッ!という大きな音が聞こえ黒い姿が奥にある扉から何処かへと飛び去っていく。

 どうやら彼女はこの館に詳しいようだ。ちらっと見えた顔が少し悪戯めいた表情だったが悪い奴ではないと思いたい。

 そして入れ替わりで、

「「「…あれぇ?パチェが居ない?」」」

「やはりか…」

 黒い彼女が出て行った扉から先程の分身体達が現れる。

 僕は素早く本棚の影に隠れていくつか仕掛け弓(無駄なしの弓)を飛ばす。

 分身の数は7人。まだなんとでもなる。

 僕は一枚のカードを取り出し、分身に気づかれないようにそのスペルを読み上げる。

「『隠符:見えざる蛇』」

 発動したスペルカードは、既に各所に飛ばしてある仕掛け弓に効果を与えてゆき、的確に急所を狙う無音の矢が一斉に分身達を襲う。

 音も気配もなく一瞬で分身を仕留めた僕は、ささっと移動して扉を潜り、またしても結界をかける。

 これで図書館から入ることも出ることもできなくなった。

 館の中は薄暗く人の気配もないガラーンとした状態で、時折遠くからドーンと言う重低音が響いてきた。

 とにかく音がする方へ進めば、黒い彼女なり館の人間なりが居るだろうと思い、歩みを進める。

 慣れない館はまるで迷路で音を追うだけでもかなり大変だし、その上、所かしこに分身体が居るものだからその都度、闇討ちしながら音を辿って行く。

 どうやら、一体一体の分身はさほど強くないようで急所に当てれば一発で沈めることが出来る。

 ただ、先程大きな音が聞こえてから、分身が強くなり半端な位置だと倒せなくなってしまった。

 それでもまだ気づかれずに進めて居るのは好杏の技量に寄るものだ。

 ドンパチとした音が随分近くなった所で、音がそれぞれの方向へ別れて散った。

 その中の一つが正面からやってくる。

「どけどけどけぇい!!」

 叫びを上げ、分身体を蹴散らしながら現れたのはワイシャツにオレンジのベストカーディガンとグレーのプリーツスカートを履いた鈴だった。

 その姿は威勢に満ちていたが、服のあちこちに血が滲んでおり、叫びもどちらかと言えば空元気の様に聞こえた。

「鈴ちゃん!!」

「おー!?好杏じゃん!」

「この騒ぎは一体なんなのですか?」

「あたしもよくわかってないけど、今はとにかくフランの分身を倒してけば良いってレミリアが言ってたから、好杏も協力してくれ。それじゃ、あたしはキルレースしてっから先行くよ!」

 ロクな説明も得られなかったが、とりあえず分身体を倒していけば良いらしい。

 あまり派手に暴れるのは性に合わないんだよなーなどと考えながら好杏は身体の随所に隠してあるナイフをポンと叩く。

 まぁ、たまには閉所によるナイフ格闘を練習しておくのも良いだろう。

 そうして僕はナイフを玩びながら、鈴ちゃんが向かった通路とは別の方向へと足を向けた。

 一通り屋敷を巡り、道中会ったメイド長に屋敷内の分身が一掃された事を聞き、一息つくために窓際に立つ。

 ひとまず屋敷内はこれで安全が確保されたとは言え、一概に喜ぶことも出来ない。

 分身が消えたと思ったら今度は庭におおきな黒い竜巻が吹き荒れている。

 しかも風が起きてるわけではなく、ただ黒くて実態のない何かが逆巻いているだけのようだ。

「——ッ!?」

 その逆巻いた黒い竜巻を見ていたら急に頭がズキンとした。そして頭にとあるイメージが流れ込んでくる。

 華やかな街で一組の男女が駆け回り、ここと同じように発生していた分身体から逃げている様なそんな光景。

 男女の姿は恭也(マスター)とフラタニアで間違いなかった思うが、街並みには心当たりがなかった。

 少なくともこの幻想郷の地上(・・)ではの話だが。

 一体、何が起きていると言うのか。

 沈みゆく太陽に目を細めながら好杏はかんがえをめぐらせた。

 

 

To Be Continued




現在書いてる最新話、3章のプロットの所為で細かい修正が多いんですよね。

それはさておき
次回『一時(ひととき)の休息』

〜おまけん〜

「響代 鈴(ひびしろ すず)」について
年齢は20歳、身長は155位。
背は高く無いが胸が大きく、この辺は好杏と対になってます。
描写し損ねてますが、前髪が長く、垂らして居ると顔の左半分が隠れるほどあります。
格好としてはYシャツに赤のリボンタイとオレンジの袖なしカーディガン、グレーのプリーツスカートにソックスとローファーと言う、学生服のような格好をしています。
その他、戦闘服としてピッチリとした黒のノースリーブシャツと肩鎧、下は鎧スカートに足具と言うグラディエーターの様な格好もします。
能力は特になく、魔力保有量は高いものの、不活性であり、魔導具が無ければ魔法も使えません。
使用武器は機構化籠手(マシンガントレット)で、鈴の胴ほどある鉄の塊で、先端は拳状になっており、爪の脱着が可能。
これは魔導具であり、使用者の魔力と結び付け無ければただの鉄塊となります。
また、砲撃機能が備わっており何種類かの魔力弾が撃てる。(実弾も可)
目の前を爆発させる『爆裂弾』
威力の高い単発を撃ち出す『スラッグ弾』
打ち出した大きな玉を任意で炸裂させ、小型弾を飛ばす『炸裂弾』
が撃てます。


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第六話〜一時の休息〜

結構シナリオがガバってて解らねえ!って時は素直に言ってください。
加筆かなんかで誤魔化します()


 レミリアが言うには、あの分身体は下級妖怪や妖精など力の弱い者に取り付いて自分の分身としてしまう存在らしい。

 倒せば取り付かれていた存在は戻るはずだが、分身を『血』している間は倒しても本体に力が還元されるだけで、大本を叩かないとダメなんだそうだ。

「でも、なんだってそれがフランの姿をしているんだ?」

「おそらくは、近頃薄くなっていたフランの狂気性が分身を通じて分離、暴走したんでしょうね。…私の予想が正しければ、フラン。今の貴女は随分と力を吸われているのではないかしら?」

 レミリアは手をつないでいるフランにそっと話しかけると、フランは黙って頷いた。

 つまり、フランの別人格とも言うべき狂気が勝手なことをしだしたと言うことらしい。

「一先ず、あの分身体を一掃しましょう。あの分身は倒せば倒すほど力が集約されていくから倒していけばそのうち本体が見えるはずよ」

「でも、それだと最後に残った1匹とかやばくないか?」

 魔理沙がこともなげに聞く。

 まるで自分は強いのと戦うのはさしたる問題では無いと思っている口ぶりだ。

「いいえ、大丈夫よ。今からみんなで一掃すれば集まった力は地底で袋叩きにされるわ」

 レミリアがそう言った。

 どういうわけかは解らないが、とにかく手分けして倒せば良いらしい。

 そうと決まれば話は早い。とにかく見つけ次第ぶっ飛ばせばいい。

 守りながら戦うのは苦手だが、一人で暴れるのなら得意も得意、大得意だ。

 なにせ周りを巻き込む心配がいらない。

「じゃあ、魔理沙。どっちが多く倒せるか競争しよう」

「そういえば鈴とは、今のところ一勝一敗だったな。数をちょろまかすなよ?」

「それはこっちのセリフだ」

 ニッと笑うと、魔理沙もニッと笑い返してきた。なんとなくだが、元気も湧いてきた気がする。

「それじゃ、私はこの異変の調査をしてるから頑張ってちょうだい」

 目的が決まり、一丸となったアタシ達は調査のために図書館へと戻るパチェリーを除いたメンバーで館の一掃をすることとなった。

 その道中、アタシにとっては嬉しい出会いが待ち受けていた。

「どけどけどけぇい!鈴様のお通りだぁ!」

 館を駆けながら騒ぎまくり、分身体のヘイトを集めていく。

 そして数体集まったら一気にぶっ飛ばす。周囲を気にせずにぶっ放せるのは楽でいい。

 …まあ、調子に乗って壊した壁とか後で治すのは考えたくないけどな。

 そうして駆けていると、廊下の先からアタシを呼び止める声が聞こえた。

「鈴ちゃん!!」

 それは、あたしの大好きな姉―という『設定』―の好杏(このあ)だった。

 本当に血が繋がっているかは知らない。多分、恭也(あいつ)も知らないと思う。

「おー!?好杏じゃん!」

「この騒ぎは一体なんなのですか?」

 好杏は辺りの血だまりに目配せをしながら聞いて来た。

「あたしもよくわかってないけど、今はとにかくフランの分身を倒してけば良いってレミリアが言ってたから、好杏も協力してくれ。それじゃ、あたしはキルレースしてっから先行くよ!」

 何か言いたげな好杏を置き去りにして新たな標的を探す。

 ようやく会えたのは嬉しいが、ここで話し始めて魔理沙に負けるのは御免被る。

 しかし、悲しいかな。好杏が通ってきた通路を進んでしまったのか所々に赤い染みがあるだけで分身体が一体も現れない。

 少しだけ引き返そうか考えたが、今更戻る方が手間だと考えてやめた。

 結局、探しまわったがあれから一体も見つけることが出来ずに分身体の一掃は終わった。

 魔理沙に負けたのは微妙に釈然としないが、これも勝負なんだ。仕方がないというものだろう。

 もしかしたらまだ隠れてるかもしれないということで、結界を解く前に見回りして警戒を強めていると同じく巡回してたはずの好杏が、窓辺に立って外を見ている所に出くわした。

「おつか——」

 あたしが声をかけようとすると好杏はいきなりこめかみに手を当てて苦しみはじめた。

 その顔は苦悶の表情で歪み、汗が浮かんでいる。

 崩れ落ちたりする様子は無いが、あたしは慌てて駆け寄り、その身体を支えるように腕をとる。

 まあ、あたしと好杏の身長差じゃ介添え出来ないのだが……。

 しばらく支えたのち、好杏はもう大丈夫だと感謝して窓の外、館の庭に現れていた黒い竜巻を睨みつけた。

 分身体と入れ替わりで現れた影のような実態のない竜巻。

 異変に関連するものだとしてパチュリーが書物を漁っているようだが、今のところは特に手がかりもない。

「どうかしたのか?」

 好杏に問いかけると、

「……頭痛と共にマスター達のヴィジョンが頭のなかに浮かんだのです。地底をフラタニアと駆けまわり、集めた分身体を隠れていた人たちが一網打尽にしていました」

 そう答えた。

「『集まった力は地底で袋叩きにされる』ねぇ…。それで?他にも何か見えたんだろ?」

 力強い目で庭の黒い竜巻を睨みつける好杏に、確信を持って尋ねる。

「えぇ、見えました。あの黒い竜巻ような影の塊が」

「あれはなんなんだろうな」

「わかりません。ただ、見ているととても不安を煽られますね」

 マスター(あいつ)がどうして地底なんかに居るのかは知らないが、マスターも大概面倒事に巻き込まれる体質だからな。

 それと、気になるのはフラタニアの方だ。この世界に現れていたらしいことは好杏から伝言を受けた美鈴に聞いたけど、マスターと一緒と言うことは実体を得たのだろうが、一体どうやって得たのだろうか?

「あら、居候のくせに見回りをサボるなんていい度胸ね」

 二人して庭の竜巻を見ていると、不意に後ろから声をかけられた。

「レミリアか、まあ多めに見てくれよ。久々に好杏と再開出来て軽く話してただけだからさ」

 随分と偉そうな事を言ってるかもしれないが、レミリアはそんな事には気にも触れずに、

「…久々にって、実体を得てから初めて会うのではないのかしら?」

 と言った。

 そんな身もふたもないこと言われても、と思ったのはアタシだけでは無いらしく、好杏と顔を見合わせて苦笑いする。

「多分だけど」

 そう呟きながらレミリアは窓際まで来ると庭の竜巻を見下ろした。

 雰囲気も先程とは変わり、真面目ものに変わる。

「あれは、吸血鬼の"力"の影か何かじゃないかと思うの。なんとなく見ていると、私の吸血鬼としたの本能が刺激されるのよ」

 そう言って、小さな口を開けて牙を舌で這わせる。

 一瞬だけ紅く輝いたレミリアの瞳は、その可愛らしい見た目とは裏腹に背筋がゾクッとするような怖さを感じる。

「この先の運命は私にもよくは見えないわ。ただ、貴女達のマスター。通里恭也(とおりきょうや)と言ったかしら?彼がこの異変に深く関わっているはずよ」

 どんな形であろうと、レミリアはそう付け加えた。

 その後、好杏は地底へ向かうと言って紅魔館を後にし、別れ際にもし困ったら人里の昴を頼れと、昴の居場所を教えてくれた。

 

 ***

 

 地霊殿に集められた怪我人達も、ほとんど処置が終わって、残りはさとりのペットがなんとかしてくれるとのことで、俺らは殿には似合わないカーペットと2つあるこたつのセットを囲んでいた。

 戻った霊夢が言うには、分身を倒した広場に現れたという黒い旋風は力の塊なんだそうだ。

 もっとも、すでに逆巻いていたのは収まって赤黒い球体になって浮いてるらしいのだが、実物を知らない俺からしたらなんのこっちゃか解らない。

「相変わらず実体はねぇのか?」

「無いわね。札を貼れないかと思ったのだけど、駄目だったわ。何かしらの力だけがあの場所に留まってるだけみたい」

 霊夢に訪ねているのは一本角が凛々しい鬼の女性、星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)だ。

 先程、怪我人を見ている際に出会った人で地底の鬼をまとめている人なのだとか、

「つまり本来その力を持つものが何処かにいるって事?…でも何処に」

 率直な感想を俺が漏らすと、場は静まり返ってしまった。分身と違ってそこに見えている明らかな異常なのに手が出せない。

 皆ももどかしく思っているのだろう。

 特にこの場に居る二人の鬼は分身の件もあって非常にイライラしてる様子で、そんな雰囲気にバシバシ当てられてる性で怖くてたまらない。

 身を縮ませて様子を見ていると、さとりとフラタニアがお盆を持って現れた。

「根を詰めすぎないでください。お茶とお菓子を持ってきたので、一旦落ち着きましょう。すぐになにか起きるというわけではなさそうですし…」

「気を貼り続けても疲れるだけじゃ。今は流れが来るのを待つべきじゃろ」

 その言葉で場が少しだけ緩むのを感じて、長いため息を付く。

 本当に息が詰まるような空気って言うのはあるものだな。

 しかし、さとりは地霊殿の主だそうだけど、お茶汲みを自分でやるとは殊勝な人だな。

「…あの、通里さん」

 さとりは俺の前に湯呑みを二つ置きながら、こちらを見ずに話しかけて来た。

「俺に何かようですか?さとりさん」

「心のなかで呼び捨てにするなら、わざわざ口にだすときに『さん』付けする意味は無いと思うわ」

 そういえば、さとりという名前なだけあって人の心が読めるんだっけか。

 変なこと考えないでよかった。うっかり考えて、読まれでもしたら変態呼ばわりされてしまう。

 お茶を配り終えたさとりはなぜか、俺の膝の上にちょこんと座った。

「なんすか……?」

「それ、意識して考えないようにしなければ、そういうことも考えてしまうと自白しているようなものよ」

 耳元でぼそっと言われた俺は、ボッと顔が熱を持ったような気がして首元に手を当てる。

 やっぱ心を読まれるのは非常にやりにくい。何を考えたものか悩んでしまう。

 と言うか膝に乗ってると本当に子供見たいで可愛いな。…俺は、あれか。馬鹿か。

「主様。そんな女児とイチャイチャしてないで妾にも構ってほしいのじゃ」

 声に反応してそちらを向くと、プクーっと頬を膨らませて不機嫌そうしているフラタニアの姿があった。

「別に私はイチャイチャしてるわけじゃ…」

「主様の膝に座るなんてずるいと言いたいのじゃ」

「…だったらツァイベルさんが乗れば良いと思うわ」

 そう言いながらもさとりは俺の上からどこうとはしなかった。まるで俺の言葉を待ってるかのように。

 あまりフラタニアを刺激しないでほしいんだがな。

「まあ、なんだ。フラタニアと違ってさとりは小さいから良いけど、フラタニアが俺の膝に乗ったら危ないって、色んな意味で」

 フラタニアの年齢は『設定』では十九歳。

 当然、それなりに身体つきもよくそんな子が俺の上に乗るのは流石にアウトだと思う。

「そう言うわけだから、このまま座らせてもらうわね」

「“そう言うわけ”って、さとり様は妾とは比べものにならない位歳上じゃろ!」

 確かにそうなのかもしれないが、性格はともかく見た目は中学生くらいに見えるし、乗られたところで重いわけでもない。

 結局何が言いたいかと言うと、体格の問題なのである。

「あら、通里さんはどうやら私みたいな方が良いみたいよ?——ふぎゃ!?」

「………」

 ちょっとフラタニアをからかい過ぎだと思った俺は、頭をなでると心で考えながら親指でデコピンしてみる。

 心が読めるなら別のことを考えながらやればいいのだ。覚えたぞ

 しかし、フラタニアも言葉ほど怒っているわけでは無いらしく、頬を膨らませてはいるものの、自分で運んできたお菓子をむしゃむしゃ食べるだけで、それ以上は何もしなかった。

 そんな俺らの様子を霊夢がにやけ顔で見ていた。

「なんすか…」

「恭也は両手に花で羨ましいわねーって」

「霊夢にはこの状況が羨むべきものに見えるのか?」

「いや、全然」

 素っ気なく返す霊夢にため息が漏れる。

 頼むからこれ以上、俺で遊ばないでほしい。

 正直、実年齢はどうだろうと小さい女の子の手のひらで遊ばれてるのはあまり良い心地がしない。

「ご、ごめんなさい。降りたほうが良いかしら?」

 適当に、運ばれてきたお菓子に手を伸ばそうとしてると襟元を引っ張られる感覚がして、見るとさとりがお菓子を差し出しながら謝ってきていた。

 …ほんっと、心を読まれるってのは考えもんだな。

「別に良いよ。いじめようとしてるじゃないんだろう?」

「それは、勿論そうよ。心を読んで嫌がらせなんて悪質にもほどがあるわ」

 それがわかれば十分である。

 元々、年下の従姉妹が多かったのもあって子供と遊ぶのは嫌いじゃないし、なんなら学童っ子で、大学入るまでは偶に手伝いに行ってたまである。

 さとりを子供扱いするのも違うのかもしれないけど、やはり慣れというのは関係あるだろう。

「さとり様。お燐がさとり様を呼んでいらっしゃいます」

 少し時間が経ち、部屋に入って来たペットの一匹がさとりを呼ぶ。

「解ったわ。すぐに行くと伝えなさい。…と言うわけだから、あの広場まで行ってくるわ」

 さとりは少し惜しむように俺の膝から降りると、部屋を出て行った。

 出て行く直前に「次からは気をつけるわ」ともう一度だけ頭を下げてから。

 なんやかんや長生きしてるだけあって、人が出来てるのだろう。…妖怪だけど。

「……」

 ここで、問題が発生した。さとりが降りたことで痺れていた足が猛烈にビリビリする。

 非常に痛い。何?動かさなければ痛くないだろうって?

「なあ、萃香だっけ?やめてほしいんだけど。すごい痛いんだよね。痺れてるのよね」

「知ってる。ほれ」

「ちょっやめっ!痛い!痛いから!」

 いつの間にかにこたつの下から潜り込んで俺の近くに来ていた萃香と言う二本角の鬼に痺れた足をツッツンされているのだ。

「ほれほれ!どうじゃ?」

「…いや、流石にもう大丈夫だけどさ。足が痺れてる人の足をつつくとかなかなか鬼の所業だぞ」

「だって鬼だもん。…よっこいしょ」

 しばらく俺の足を突っついて遊んでいたかと思うと、今度は膝に乗ってきた。さとりよりも小柄で軽いのだが、鬼の象徴である2本の角が非常に邪魔である。

「ところで、お前さんはお酒を飲めるくちか?」

「一応、20歳は超えてるから飲めるけど…」

「歳なんて関係ない。飲めれば良いんだよ」

 俺がそう答えると、萃香はどこからともなく盃を取り出して、俺に持てと言いながら盃を掲げる。

 条件反射で両手を前に差し出して盃を掴んだのだが、萃香が膝に乗っているため、抱きかかえるような形になってしまう。

 持ち直そうか迷っていると萃香は、自身の腰に下げている瓢箪(ひょうたん)から盃に波々とお酒を注ぐ。

 どうしたものかと盃を見つめたまま固まっていると、萃香に早く飲めと急かされてしまった。

 仕方なく萃香の頭の上に盃を持ってきて口をつける。

「あ、美味しい。……!ぐぁ、しっかしこれは重いぞ!一体何度あるんだ!?喉が焼けそうだ!」

「私の瓢箪でしか作れない特製の酒だからな。まあ、残しても怒りゃしないよ。余ったら私が飲むからな」

 どちらかと言えば辛口だが、重さの割に飲みにくさは無い。

 しかし、酒感はかなり高いので酒酒しい酒が苦手だと飲めないかもしれない。

 とは言え、やはり度がかなりあるのだろう。喉がカーっと燃えるような感覚と、体全体にアルコールが染みてゆくような感覚を覚える。

 正直、残してもいいと言われてかなりホッとした。俺は決して強くは無いし、なによりも鬼の酌を残すとか、かなり怖いからな。

 その後もみんなが駄弁る姿を見ながらちびちびと飲んでたら、ふとフラタニアが羨ましそうに萃香を見つめているのが見えた。

 羨ましそうにするのは結構ですが、フラタニアは俺と体格に差が無いんだからやめてくださいね。

 フラタニアは机のみかんを一つ手に取ると、右手をかざすような仕草をしてから萃香に軽く投げ渡した。

 口元が歪んでいることから何かを企んでいるのだろう。

 萃香は特に気にした様子もなく渡されたみかんを剥いて、口に放り込んだ。

 するとどうやら酸っぱかったらしくバタバタと足を動かしながら口元を抑え始めた。

「暴れるなって!酒が、酒がこぼれ―」

「あ、赤いの!何をしたぁ!」

「呪いをかけたんじゃ!その食べてるみかんに、鬼が食べると強烈な酸味を出すような呪いをな!『物に呪いを付与する程度の能力』を得た妾にとってはその程度朝飯前なのじゃ。ホッホッホ」

 挑発された萃香は面白いくらいそれに乗っかって、フラタニアに向かって食いかかっていった。

 なんとかお酒はこぼさないで済んだのだが、これ以上飲むと何かあった時に動けなくなるような気がして机に盃を置く。

 すると、勇儀がその盃をかっぱらって豪快に飲み干す。

 まだ盃の半分くらいあったというのに、鬼は豪快なもんだ。

 それにしても、フラタニアが言った一言が気になる。『物に呪いを付与する程度の能力』なんて俺の『設定』には無いものだ。

 つまり、俺の能力と同じようにこの世界のルールに則って手に入れた力なのだろう。

 物に呪いを付与。"物"って言うのがどこの範囲までを捉えるのか解らないが使い方によってはかなり強力な能力なように感じる。

 もし、人に直接呪いをかけれるなら―

「―ねえ。お兄ちゃん。頭撫でてほしいな」

「ん。あぁいいよ」

 もし、相手に直接呪いをかけられるなら、剣術しかないフラタニアにとってはかなりの戦力になるはずだ。…いや、今は樹木子としての力もあるから更にか——。

 ——あ…れ……?

「どうしたのお兄ちゃん?」

「君は…」

「私はこいしだよ?忘れちゃった?」

 そう言われると、なんだかそうだった気がする。いや、そうではない。

「一体、いつの間に膝に乗ったんだ?」

「?さっき、お兄ちゃんがおいでってしてくれたんだよ?」

「あ、ああ。すまない、そうだったな」

 言われればそんな気がしてくる。だが、この言いようのない違和感はなんだ。何かがおかしい。

 少し考え込んでいたら、段々と思い出してきた。

 先ほど怪我人の手当などを手伝っていた時に会っていたはずだ。確か、さとりの妹だったはず。

「それにしても、こいしお腹すいたなー」

 言われてみれば、お菓子は摘んでいるが飯は食べてない。

 どうやら他の人たちも空腹だったようで、勇儀が給仕のペットに人数分の食事を頼んだ。

 その後も特に何もなく、時間だけが過ぎていく。

 眠くなったものは用意された他の部屋で寝て、残りはこたつ部屋で駄弁ったり酒盛りしたりと騒いでいた。

 まるで平和が訪れたみたいしないか。

 そんな中、俺は悲しいことにほぼ常に膝の上に誰かが乗っていると言う椅子っぷりを発揮して、まともに歩くことすら出来なかった。

 挙句の果てには、こいしとさとりがダブルで俺の膝を枕にして寝てしまうものだから、俺までこたつで寝ることとなった。

 起こそうかと一瞬悩んだのだが、地霊殿の主として駆け回っていたのを知ってる手前、ぐっすり眠っているさとりを起こすことに躊躇いが生まれたからだ。

 だが、いつまでものんびりしていられるわけではない。翌日の朝に事は動き始める。

 霊夢に蹴り起こされると既に館の中が慌ただしい空気が漂っていて、否が応でも目が覚めた。

 どうやら広場の例の黒い影に変化が起きたらしく、すでに鬼の二人とさとり達は出発しているとの事で、俺も固まった体を無理やり伸ばして霊夢の後をついて行く。

 他のことを考えて居たおかげか、無意識のうちに危なげなく飛び、程なくして広場へたどり着くことが出来た。

 広場では猫耳の生えた緑と黒のワンピースを着た女の子—お燐と呼ばれていた子—が広場の真ん中に巻き起こっている竜巻に向かって叫んでいた。

「お(くう)!戻ってきて!お願いだからー!」

 どうやら、旋風の真ん中に誰かが取り込まれてしまったようだ。

 よく目を凝らすと大きな翼を持った長髪の女の子が中に居るのがうっすら見える。

「…今度は本当に風が巻き起こってるのね」

 霊夢がポツリと呟いた。

 そうだ、話では実体が無く風もなければ触れることも出来なかったはず。

 しかし、こうして目の前に竜巻があり、物凄い風が俺たちを煽っている。

「通里さん!」

「さとりか、これは何が起きてるんだ?」

「わからないわ。ただ、お(りん)が言うには、お空が球体に近づいたらお空が球体に飲み込まれてしまったそうなの!」

「どうして!?昨夜、私が札を貼ろうとした時は何も起きなかったわよ!?」

 憤慨した様子でさとりを睨みつけるが、霊夢はすぐにお門違いと気づいたのか、その視線を竜巻へと戻した。

 同じように竜巻を注意して見ていると、黒い影らしきものがだんだんと旋風の中心に集まってきている気がする。

 いや、気がするじゃない。間違いなくしている。

「おい、なにか——」

 キューっと影が女の子—お空—の中に吸い込まれたと思われた。次の瞬間。

 ―ズドォン!!

 と言う激しい爆発音と共に、黒い爆風が吹き荒れた。

 様子を見に来ていた下級妖怪が一瞬で吹き飛ばされ、地面や壁に叩きつけられているのが視界の端に写る。

 何故か俺は大丈夫だったが、ビリッという音がポケットから聞こえて、中を探ると随分前に香霖から持たされていた札が縦に避けていた。

「お…空……?」

「あれは!?」

 爆発の発生地点。黒い旋風に飲まれたお空が居た場所はすでに逆巻いている風は無く、うな垂れたお空が右腕につけた長い棒を上空に向けている姿がはっきりと見える。

 その姿は黒いオーラを纏い、お空は棒をゆっくりおろして先をこちらへ向けると、棒の先からとても大きな弾幕らしき球体を打ち出した。

 突然の爆発に加えて、お空が唐突に放った攻撃に俺らは驚きで行動が遅れる。

 その一瞬の隙に打ち込まれた攻撃は広場に居た者を巻き込み、大きなクレーターをつくりだした。

 

 

To be continued




次回「黒い影」

〜ここからおまけ〜

今回紹介するのは「フラタニア=S=ツァイベル」
年齢19歳
身長160中盤
真っ赤な髪と真っ赤なドレスを着ている派手な剣士で、元々持つ能力、と言うか体質として呪いの類が一切効きません。
これを利用する事で、神話級の魔剣をノーリスクで使うことが出来ます。
……と言いつつ、使っている剣は殆どがオリジナルです。
ちなみに、フラタニアが常に腰から下げている大ぶりの剣は両刃で、サーベルの様なシールドがついていてバスターソード並みの大きさの謎剣です。
一応、剣の名前は「ガ(ー)ベラティーン」としてて、ガラティーンのまがい物として作られた魔剣(と言う設定)です。

この作品では樹木子と言う妖怪の血が混ざった半妖として登場させて居ますが、この樹木子は日本妖怪大全に乗っており、戦場などに生えた木で主に死者の血を吸う吸血鬼の仲間です。
また、枝などを自在に操り生者も襲うらしいです。


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第七話〜黒い影〜

戦闘描写を加筆したつもりなのになんか物足りない。
ああ、今回は二次創作ネタのキャラが出てくるんで、苦手な方は気をつけてください。


 

 黒い気を纏った攻撃により、辺りには惨状が広がっていた。

 だだっ広い広場には大きなすり鉢状の窪みが作られ、周囲の家屋は見るも無残に崩れ、その瓦礫からは鬼をはじめとする妖怪たちの身体が見え隠れしている。

 妖怪であるが故に生きてはいるようだが、とても無事とは思えない。

 広場の周囲から様子を見ていただけの彼らですらそこまでの被害を食らう不意打ちで爆心地に近く、しかも人間の俺なんかは消し飛んでもおかしくなかった。

 だが、どうやら俺は意外と悪運が強いようだ。

「まさに間一髪ですね。張り込んでいて正解でした」

 爆発の後の静寂に淡々とした声が響く。

 その声の主は俺たちとお空の間に割って入り、こちらに背を向けたままお空に対して弓を番えていた。

 全身を黒くて少し野暮ったい服装に身を包み、濃紺に金を散りばめた夜空の星々のような長弓を持つ長身の女性。

 一見すると男性と見紛いそうなこの人物を俺は知っている。

 まだ会ったことはなかったけれど、フラタニアや鈴のように俺が描いていた妄想の一人。

「まったく、ようやく会えたというのに、行くとこ行くとこ問題しか起きませんね」

 悪態を吐くわりにその声は落ち着いており、何処と無く余裕があるように思えた。

「もしかして…好杏なのか……?」

「えぇ、もしかしなくてもマスターの忠実なる下僕。響代好杏がマスターのピンチを嗅ぎつけて馳せ参じましたよ」

 好杏の声に応じたようにふわっと暖かな風が頬を撫で、どうして俺が助かったのか理解した。

 『設定』上、好杏は風魔法のエキスパートであり、その魔法は攻撃から防御、飛行や回復に至るまで何でもござれな性能を誇っている。

 おそらくは、その風の魔法で爆風を相殺でもしたのだろう。

「…あの、そろそろ離していただけないかしら?」

 不意に、自分の胸元から声がしてハッとする。

「ご、ごめん。すっかり忘れてた…」

「いえ、助けようとしてくれて嬉しかったわ」

 爆発の寸前、手が届く範囲に居たさとりの手を引いて庇っていたのだが、あのまま抱き抱えていたら事案発生とか言われてしまうところだった。

「通里さん。あの人は?」

「フラタニアと同じ俺の妄想から産まれた奴。名前は好杏(このあ)だ。魔法と弓術に長けた超絶万能な奴さ」

 所謂、“ぼくのかんがえたさいきょうのキャラクター”が好杏である。

 そうしてさとりと話してる間に霊夢達は散開してお空を取り囲んでいた。

 これならどの方向にも逃げられないだろう。

「……」

 お空は囲まれているにも関わらず微動だもしないで、ただボソボソと何かを呟いていた。

 全員が間合いを取ったまま動かずに様子を見る中、フラタニアが初めに動いた。

 ギュンッ!と言う風を切る音と共に一瞬でお空の懐に入り込み、おおぶりな剣をお空の棒に向かって振り上げる。

 腕に嵌められているためか、お空の腕から棒が外れることはなかったが、棒と一緒に腕も跳ね上がり無防備な姿を晒してしまう。近接戦闘に特化したフラタニアがその隙を逃すはずもなく、剣を振り上げたまま無防備な胴に膝が叩き込まれる。

 その威力はお空の体がくの字に曲がって吹っ飛んでしまうほどだった。

 更に、計算されていたのか偶然なのかは判らないが、吹っ飛んだ先には、

「大人しくしてることね。『霊符:夢想封印』」

 遠目からでも解るほど邪悪に笑った霊夢がスペカを掲げていた。

 発動したスペルは霊夢の十八番、夢想封印だ。大量の札型弾幕がお空を取り囲み、カラフルな玉型の弾幕が吸い込まれるようにお空にあたっていく。

 その光景を見た俺は、少しだけ「やり過ぎじゃないか」と思った。

 いくら力の影に取り込まれているからって、元はさとりのペットの女の子じゃないか、と。

 でも、それは間違いだった。

 フラタニアにぶっ飛ばされ、霊夢のスペカをモロに喰らい、地に落ちようとしているお空は、何事もなかったかのようにふわりと体勢を立て直した。

 それでもお空は反撃してくる訳でもなく、やはり何かをブツブツと呟いているように見えた。

「お空には悪いけど、そんな危険な物を放置するわけにも行かないんでな。少し大人しくしていてもらうぞ!」

 今度は勇儀が飛びかかり、無表情な彼女の横っ面を思い切り殴り飛ばした。

 抵抗どころか勇儀の事を見すらしていないお空はまるでバトル漫画のように吹き飛んでいく。

 それだけでは終わらずに勇儀は吹っ飛んだお空に追いつくと、その足をひっ掴みグルグルと回して勢いをつけてから上空の萃香に向かってぶん投げる。

「「鬼の一撃、受けてみろ!!」

 投げられた先で萃香は待ってましたとばかりに身体を捻りながら下降し、それに合わせて勇儀が空を蹴って蛇の如く飛び上がった。

 お空の身体を挟むようにして萃香の空中かかと落としと、勇儀の昇竜拳が同時に叩き込まれる。

 パァン!と弾けるような音と一瞬遅れて空気が揺れた。

「なっ!?」

「おいおい、嘘だろ?」

 それでもお空の体は傷一つ無いままふわりと立て直す。

 しかし、今度は何かを呟く様子を見せずに代わりにその腕についた棒、制御棒―核融合の力を使うための道具らしい―を頭上に掲げて黒い玉を打ち出した。

 あの爆発を知っている以上、放っておくことも出来ずに全員で玉を止めにかかる。

 しかし、黒い玉は弾幕を打ち込んでも斬りかかっても射抜いても爆発すらしなかった。

 一番戦力にならない俺は、思考を張り巡らせながら周囲を見る。

 玉は地底の天井まで距離があるとは言え、全員で手当たり次第攻撃を打ち込んでも何も起きやしない。

 このまま天井に当たって爆発、するのか?

 そう訝しんだ俺はお空の方を見る。

「居ない!?」

 先程まで確かに下に居たお空の姿が消えていた。

 焦る気持ちを押さえながら冷静に辺りを見ると、地上へ続く長い縦穴がある方角に飛んで行くのをなんとか捉える。

 それを見た俺は直感的に叫んだ。

「その玉は囮だ!」

 俺の叫びが響き、それを聞いたみんなが俺の指差す方向を見る。

 おかしいと思ったんだ、あれだけ攻撃を叩き込んでもゆらぎすらしない。まるでそこに無いみたいに(・・・・・・・・・・・・)

「お空を追おう!」

「でも、これはどうするのよ!」

 霊夢の疑問は最もだ。もし爆発でもすれば大惨事は避けられない。でも、俺には確信があった。

「その球体は実体の無いただの影(・・・・)だ。俺たちを釣るための!」

「そ、そうは言われても……」

 さとりも不安そうな声を上げる。

 おそらく俺の心を読んで嘘ではないと解っても、信じ切れないのだろう。信頼とかそういう問題ではなく、地底を預かる者として疑わずにいられないのだろう。

 だから俺もしっかり証拠を見せなくちゃ行けない。

「好杏。光系の魔法で玉を照らしてみてくれないか?」

 俺の直感が正しければ、きっとこれで消えるはずだ。

「解りました。『光輝:知識と光の雨』」

 好杏にお願いすると、一変の疑いもなく即答して魔法の発動を宣言すると、弓を引いて矢を撃ち出す。

 一筋の光の矢が玉を通りすぎて空高くで激しく輝き、その輝きの中心から玉に向かっていくつもの矢が雨のように降り注いだ。

 そしてその光の雨に照らされた玉はその形が揺らぎ、そのままひかりに溶けてしまった。

「き、消えた!?でもどうして!」

 考えが的中して鼻高々な俺はドヤ顔で不思議そうに叫んだ霊夢に言う。

「力の元が吸血鬼なんだし光に弱くてもおかしくないだろ」

「…なるほどね。盲点だったわ」

「納得してないで追ったほうがよろしくないですか?」

 折角の見せ場だったのに思ったよりみんなの反応が薄くてちょっと残念だが、さとりの言うとおりお空を追わなきゃ行けない。

「私は、旧地獄の管理責任がありますのでついていくことは出来ませんが…、その、お空の事をよろしくお願いします!」

 さとりは目一杯頭を下げてお願いしてきた。

 楽観的に見ても旧都の被害は大きく、また事態が収束していない事からしても今ここから離れるわけにはいかないのだろう。

 そうでなくても小さい子がこうして頭を下げてきたんだ。それに答えないなんて、男じゃなくても人が廃るってもんだ。

 どうやら気持ちは皆同じようで、

「勿論よ。異変を解決するのは博麗の巫女の仕事なんだから」と、霊夢。

「妾に任せておくのじゃ。烏も異変もまるっと解決して見せるのじゃ!」と、フラタニア。

「まあ、事情は知りませんが、あの少女には非がないようですし、なんとかしてみます」と、好杏。

 みんな一言ずつ言うと地上へ向かって飛び立った。

 俺も何か気の利いたことを言いたかったのだが、いい言葉が浮かばなかったので、短く「任せとけ」とだけ言った。

「通里さんも、無茶しない程度にがんばってね。…その、戻ってきたらまた膝に座らせてくださいね?」

 まったく、昔から子供にはよく好かれるな。なんて思いながら頷いて霊夢達の後を追った。

 さらっと死亡フラグが建てられた気がしないでもないけれど、意識しないことにしよう。

「本当は子供扱いしないで欲しいのだけど…」

 去り際にさとりがつぶやいていたのだが、すでに距離が離れていた俺の耳には届かなかった。

 霊夢達に追いつくために自分自身を暴風でふっ飛ばして強引に追いつく。

 少し制御を間違えて通り過ぎる所だったのだが、好杏が上手いこと風を操ってくれたおかげで立て直すことが出来た。

 それだけでは無く俺の飛行をアシストまでしてくれる。

 俺が考えておきながら言うなって話だけど、風の力便利過ぎません?

 そうして、行きとは比べ物にならないくらいスムーズに飛ぶことが出来た。

 道中、好杏がどうして旧地獄に居たのかを聞くと、頭痛と共に俺とフラタニアのヴィジョンが見えて、それを確かめるために来たらしい。

 地上の紅魔館でも旧地獄と同じように大量の分身体が現れ、それを倒した後に黒くて実体の無い竜巻が発生したようだ。

 俺の持つ記憶とも一致する。なにより、俺と同じ事が好杏にも起きて居たのは興味深い。

 テレパシーに似ている気がするが、お互いに見たのは他人の記憶ではなく第三者としてのもの。

 そもそもテレパシーの『設定』なんてつける前に痛すぎて消したはずだ。

 俺の記憶や好杏の話を纏めた俺らは、

「だとしたらお空は、紅魔館に向かったのかもしれないわね」

 と言う答えを出して一同は更に急いで紅魔館へ向かった。

 

 ***

 

 教師と言うのはやっていると案外楽しいもので、教えれば教えるだけ知識を吸い込んでいく子供達に自然と笑みが溢れる職業だ。

 もちろん、子供はヤンチャな物だから喧嘩があったり、おふざけが過ぎたりする事はある。

 それでも子供と言うのは可愛らしいものだと思う。

 今は寺子屋にいるのだが、今日は寺子屋も休みで授業があったわけではない。

 昨日から受け持つことになった妖怪や妖精だけの特別教室のために朝から慧音と二人で準備をしているだけ。

「すまないな。折角の休みなのに」

「別に構わないよ。どうせ阿求の家でごろごろさせてもらおうと思ってただけだし」

 慧音は私を新クラスの担任に抜擢してくれて、更に準備まで手伝ってもらってる。

 里の人に私を受け入れさせたのも一重に慧音の人望あってこそだ。

 ほんとこの世界で慧音に会わなかったらどうなってたことやら。

 この幻想郷に来てから慧音と妹紅に世話になりっぱなしの私は少しだけ出会わなかった場合を想像して、思いつかずに苦笑する。

 使うための教材をあらかたまとめ終えた頃、慧音が「そういえば」と話を切り出してきた。

「昨日、一発目の授業はどうだった?なかなか個性的な奴が多くてびっくりしただろう」

「そうだね。……強いて言えば、あのチルノって氷妖精は扱いが難しいかな。上手く抑えてあげないと授業が進まなそうだ」

 昨日は軽い挨拶とオリエンテーションくらいしかしてないのだが、そのチルノは終始慌ただしくしており、普段からずっとあの調子だとすると少し厄介かもしれない。

「チルノも悪い子では無いんだけどね」

 そう言った慧音も苦笑気味だったのを見て私は何かを察して話を聞く。

 どうやらルーミア、ミスティア、リグル、そしてチルノを含めた四人はバカルテットと呼ばれる問題児の集まりらしい。

 中でもチルノが筆頭で授業中に吹雪を起こしたり、氷を飛ばして遊んだりと自由な行動が目立つそうだ。

 咎めたいところではあるが、一応は妖精であり、更にチルノはその中でも別格に強いため人の教師だと負けてしまうらしい。

「それで、私か…」

「人柱みたいにして悪いな。と言っても適当に選んだわけじゃないぞ。妹紅との特訓を見ていて昴なら大丈夫だと思ったから推薦したんだ」

「大丈夫。誰も人柱とは思ってないよ」

 慧音はそういうことををする人じゃないとわかっている。

 ま、流石に満月の日の慧音を見た時はびっくりしたけどさ。

 この慧音と言う人物は上白沢(ワーハクタク)の血が混ざっている半人半妖で、満月の夜になると妖怪の血が騒ぎ、姿や人格が一時的に妖怪のソレになる。

 特に性格は非常に好戦的で私が相手をさせられた。

 妹紅も側にいたのだが「大丈夫だと思うけど、危なそうだったら助けるから好きにやってみるんだな」とか笑って私に押し付けてきた。

 そのうち、試合と称して仕返ししてやろうと考えている。

 お陰で新たな力と武器を得たけどさ。

 まだ使いこなせてないとはいえ、あんな無茶苦茶な物を頼んだ通りに作るなんて河童の技術ってのはすごいな。

 何やら内部機構はあの霖之助って男が作ったらしいけど、この辺に関してはこと現代よりよっぽど凄い技術あるんじゃないだろうか。

「よし、こんなものじゃないかな。どうだ慧音」

「…うん、いい感じだ。やはり昴は良いセンスをしてると思うよ」

 クラスの掴みに使うための自作のプリントを見せる。まあ、授業を兼ねてオリエンテーションの続きかな。

 少し、これなら授業しながら少しアクティブに動けるし、チルノも少しはなんとかなるはずだ。

 流石に吹雪とか起こされたら無理だが……。

「んー!なんとか昼前に終わったね。これなら昼過ぎからはのんびり出来そう!」

 グーッと胸を張るように体を伸ばす。

 そんな私を慧音が見つめてきた。正確には私の胸をだが、

「…なに?」

「なにって、相変わらず良い体付きだなぁと思ってな」

「まー、否定はしない。でも慧音には言われたくないぞ。身長と胸の比を考えれば慧音の方がボインちゃんだろ?」

 慧音は私より頭一つ小さいが、胸の大きさは私と大差無い。にしたって何食ったらそんなに大きくなるのやら。

 私は、ほら(あるじ)の『設定』で出来た体だからモデル体型だろうがなんだろうが、この姿で生まれたからさ。

「さぁな。だが人は無いもの強請りしてしまうものだろう?ところで、昴はお昼ごはん何にしたい?」

「それなら、最近評判になってる太陽の畑にある定食屋に行かないか?私はまだ太陽の畑も行ったこと無いしちょっと気になってるんだよね」

「私も聞いたことあるな。凶暴と言われる四季のフラワーマスターがウエイトレスをしているらしいな」

 四季のフラワーマスターって確か、太陽の畑に住むって言う妖怪のことだったかな。

 凶暴なのか。今度、阿求に詳しいことでも聞いてみようかね。

 慧音の方も明日の準備が終わったらしく、プリントをトントンと均してから机に仕舞いこむ。そういえば、今まで普通に使ってたけど、旧型とは言えコピー機があるんだな。紙はコピー用紙じゃないにしても和紙ってわけじゃないし。これも河童が作ったのかね?

「…センセーイ!…センセーイ!」

 片付けも終わり、軽い話をしながら寺子屋を後にしようとすると、空から私達を呼ぶ声が聞こえて振り向くと青いワンピース姿で羽の生えた少女が飛んできた。

 青いワンピースでチルノを思い浮かべたが、髪が緑だから大妖精かな。…そういえば彼女の名前はなんだろうか。

「先生!た、大変なんです。チルノちゃんが!チルノちゃんがぁ!!」

 慌てて降り立った大妖精は慧音の腕を掴むと錯乱(さくらん)した様子で引っ張りだす。

「落ち着いて、いいから落ち着くんだ。…何があった?」

 慧音が冷静に(たしな)めると、大妖精はぐずりながらもゆっくりと話してくれた。

 いつもどおりに霧の湖で遊んでいたら、紅魔館の方から黒い煙のようなものが見えて、何事かと近くに寄ったらその煙がチルノを飲み込み、チルノが突然暴れだした。

 ここまではなんとか聞けたのだが、大妖精は酷く混乱しているのか順序もまちまちで詳しいことがあまりわからなかった。

「…ランチはお預けだな。私は先に霧の湖に向かうから、慧音は大妖精を落ち着かせたら来てくれ」

「解った。無茶だけはしないでくれよ」

 頷いて返事をしてから、自身に掛かる重力を操作して地面を蹴る。

 私に元から『設定』されているお得意の重力魔法で自身を進みたい方向に向けて重力変化させ、自在に空を舞う。

 何年か前に空に落ちるなんてゲームが有ったが、それに似たようなものだと思ってくれていい。

 ようは飛んでるように見えるだけで、実際は空に落ちているってわけだ。

 別に重力魔法しか使えないわけじゃないんだけど、恭也はどうしても一本の能力を極端に強化する関係で他の属性はサブというか補助になりやすい。

 好杏の風魔法にしたって、もはや風魔法である意味を留めない物も多いし。

 そうして霧の湖に向かって落ちていき、その近くまでやってきた。

 様子がおかしい。霧の湖が見えたはじめの感想はそれだ。

 霧の湖は日中限定で酷い濃霧が発生する。

 前に紅魔館へ来た際も濃い霧の性で1メートル先が見えなかったほどだ。

 それが、今日に限って霧が一切なかった。

 湖の手前で一度止まり、様子を見ていると真下から赤い剣を構えて飛び上がってくるチルノを捉え、慌てて身体をひねり回避する。

 気づくのが後少し遅れたら当たっていたかもしれない。

 そのまま距離を開け、重力相違空間—次元の隙間—から最も使い慣れた太刀『死神の童子切(シニガミノドウジギリ)』を取り出す。

「……」

 相対しているチルノは、いつもの青いワンピース姿の上から体の右半分しかない黒いコートのような物を着用していた。

 チルノは意志の感じない真っ赤な瞳で剣を構えたかと思うと、スッと身体の輪郭がブレ、次の瞬間には私の目の前に立ち袈裟懸けに剣を振り下ろしてきていた。

 少し驚きはしたものの刀を使っていなし、そのまま剣を横に向かって蹴り飛ばす。

 いなしただけだというのに手がビリビリと痺れるほど重みのある一撃だった。

 だが、問題は大振りな事ではない。

 その剣は見るからにスイカバーなのだ。巨大なスイカバーで襲いかかられるなんて、なんか非常に屈辱的である。

「……!」

 しかし、チルノはそんなことお構いなしに赤い目を光らせて切りかかってくる。

 いくらふざけた見た目の剣とはいえ、その威力は馬鹿にならないほど強い。

 少し考えながら、何度か打ち合いをするがやはり無理があると判断を下す。

 このまま打ち合えば、刀が折れるかもしれないし、もし折れなくても落としてしまうかもしれない。

 再び重力の切り目を作って、死神の童子切を放り込み、代わりに私の新武器である大剣を取り出す。

 全長220cmほど、刃渡りは170cmほどもある。龍殺し顔負けのデカブツである。重さは300kg近くあり、重力操作抜きじゃ持ち上げることも出来ないような化け物のような武器。

 何回か打ち合っていると、武器が重いためか手が痺れる事もなく打ち合える。

 一見すると猪突猛進にも思えるチルノの攻撃は常にわたしの急所を狙っており、そのため受け止めるのは容易だった。

 次第に目が慣れ始め、脚の腱を狙った赤い剣線を打ち返すように大剣を振り上げる。

 するとお互いの剣がぶつかった瞬間にチルノの持つ剣がバラバラに弾けちった。

 これはチャンスだと思いすぐさま二撃目を入れようと、振り上げた勢いを乗せるように半身を捻って横薙ぎに振り抜く。

 例え殺してしまっても自然の象徴である妖精はすぐに復活する。

 荒治療かもしれないが黒い影とやらを引っ張り出すにはもってこいだろう。

 だが、私の剣は空を切った。

 目でしっかりと捉えていたにも関わらずチルノが忽然(こつぜん)と姿を消したのだ。

 そして次の瞬間、左肩に痛みが走った。

 よく見ると、先ほど弾けた剣が私を囲むように浮いていて、チルノが剣を持ち替えながら次々に切りかかってきていた。

 なんとか身構えて急所だけは守るが、今度は剣が大きすぎてガードが間に合わない。

 それだけではなく、今度は急所以外にも全身を隈なく狙って来ている。

 一撃ではなく手数で攻めるつもりなんだろう。

 じわじわと体のあちこちを切られてゆく。このまま無理に剣を持っていてはなぶり殺しだと思った私は大剣を手放し、湖に落とす。

 手ぶらな方が身軽な分、避けることができるはずだ。

 実際、攻撃を避けることは出来るようになったのだが、取り囲まれてる上に超高速で動かれては抜け出せたものではない。

 一応私は無手の戦いも心得てはいるが、所詮それは武器がない時のためのもので、鈴のように射程の違う武器と戦うためのものではない。

 何度か抜け出すチャンスはあったものの、チルノの攻撃は常に武器を持ち変えるため、間合いが掴みにくく更に六つに分裂し、空に浮いたチルノの剣はその配置で結界を作り出しているために、一筋縄ではいかない。

 それどころか、手こずってる間に黒い気を(まと)い、目を赤く輝かせた黒髪で大きな(からす)の翼を持っている少女が寄ってきていた。

 見るからにチルノと同じような変化が起きた妖怪辺りだろうが、チルノ一人にすら手を焼いてるこの状況で相手しろなんて無理だ。

 烏少女はその腕に付いた大きな棒の先を私に向け、その棒先におぞましい妖気が集めていく。

 考えるまでもなく不味い状況に置かれているのが判っているのに、チルノの動きがまた変わり、円を描くように私の周りを飛び回り、超高速の斬撃を放ってくる。

 高速すぎるためか、攻撃に正確性がなくガードさえ固めていれば致命傷は防げるのだが、おかげで完全に動きを封じられてしまった。

 ひたすらどうするか考えたが、助かる可能性がある策は二つだけで、新たな策は思いつかなかった。

 一つはこの周囲のエリアを高重量で潰すこと。

 これは囲まれた時から考えていたが、地形を変えてしまうほどの力を引き出すので魔力を練るだけの隙が必要。

 今ならガードしてるだけなので練れないこともないが、おそらく間に合わない。

 こうして考えている間にも腕に棒のついた少女は妖気を溜めている。

 出来るのはもう一つの重力爆発だけだが、これには問題がある。

 重力爆発はドーム状の結界を作り、その中に重力の相違断層を創り出すことで電磁嵐を起こす空間魔法だが、このまま発動すれば自身も巻き込んでしまう。

 そのため、同時に一時的に自分の身体を夢幻体にする必要がある。

 この夢幻魔法中はあらゆるモノからの干渉を切ることができる反面、魔力消費が凄まじく、使えば急激な魔力の枯渇で気を失ってしまう。

 折角、この状況を抜けたとしても意識を失ってしまったら意味がない。だから躊躇っていたのだが、もはや選択肢は無くなってしまった。

 少女の巨大な妖気の凝縮弾が発射されてしまったのだから。

 私は自らの魔力を全て解き放ち道理を無視して術を知ら発動させる。

 願わくば、(あるじ)が助けてくれると信じて、その意識をそっとてばなした。

 

 

To be continued




次回『移ろう狂気』


—おまけラ—

『響代 昴』について
歳は23歳
身長は170ちょっと
モデル体型で、慧音が言っていたように胸も大きめ、髪は黄金色で肩の辺りまで伸びています。
また、一番の特徴として昴には狐の耳があり、代わりに人の耳がありません。
これは、昴の『設定』として、身体に神体を宿していることから起こる変化としていて、もし神体が抜け出た場合は人の耳が戻ります。
他に、真っ赤で丈の短めなジャケットを愛用しているため、里の子供から「赤いきつね」と呼ばれてます。(裏設定)
緑のたぬきはマミゾウです。
使用武器は主に刀剣や大鎌ですが、一応武器種に縛られないで戦えます。
ただし、その反面、武器ごとを極めているわけではないので武器を極めている者には相性が悪かったりします。
能力としては魔力を基準とした重力魔法と霊力を基準とした結界術などの霊術を得意とし、空間を支配する力を持っています。
また、紫のスキマのように重力を操ることで空間に断層を創り出し、物をしまったりすることが出来ます。
決して弱くはない(『設定』上は好杏より若干弱い程度)のですが、この作品では割と不憫な扱い受けてるかも。


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第七.五話〜戦闘、狂気と呼ばれるもの〜

なんで私は気づかなかったんだろう。
なんでだろうな…頭の中には話が出来ていたのにpixivの方からすでに抜けてた……。


 私は焦りを感じながら湖に向けて飛んでいた。

 大妖精をなだめ、聞いた話はにわかに信じられるものではなかったが、もし本当にチルノがあの黒い姿になって暴れているのだとしたら昴には荷が重いだろう。

 だが疑問も残る。チルノは以前にも半身に黒い衣装を纏いスイカのような剣を振り回したことがあるが、その時は普段のチルノとは比べ物にならないほど落ち着き、そして賢くなっていた。少なくとも(バカ)とは言えないほどに。

 つまり鍵を握るのは大妖精の言っていた“黒い影”の正体だ。紅魔館に近づいたらチルノが黒い影に飲まれたと言う言葉からレミリアか動かない大図書館が何かしたという線が濃厚ではあるが確証がない。ともかく急いで湖に辿り着き、チルノの様子を見る必要があるだろう。

 あと少しで湖に着く頃、私は一つの違和感を感じていた。

 —肌がピリピリする。まるで満月の前日の様に血が騒ぐ。

 理由は考えなくても解る。湖の方角からとてつもなく強い妖気が広がっていてそれに当てられているせいだ。ここまでの妖気はただ事ではない。こんなの異変レベルだ。

 事態の大きさに私は冬の寒さを忘れ、薄く汗をかきはじめていた。はっきり言って湖から感じる力の大きさは私がどうこう出来る範疇(はんちゅう)を軽く超えている。私は半妖と言ってもそこまで妖怪の血が強い訳ではなく、満月の夜を除けばそこらの中級妖怪から里を守れる程度の力しか無い。

 それでも逃げるわけにはいかなかった。生徒であるチルノが巻き込まれている。なにより、家族(・・)である昴が危険な目にあっているかもしれないのに助けに行かないなんて私が私を許しはしない。

 気づかないうちに鳥肌の立っていた自分の腕を叩き自らを鼓舞して進み、湖に着いた私が始めに見たものはボロボロの服を着た烏の翼を持つ見慣れない少女が霊夢や好杏達によってボコボコに叩きのめされている光景だった。

 一瞬だけ思考が停止し、事態の把握に時間を要したが烏の少女から私に向けて弾幕が飛ばされたことで私の時間は動き出した。

「霊夢!これは何が起こっているんだ!それにあの少女に宿っている力は——」

「——説明は後、今はあの子から影を引きずり出すのが先よ!」

 強い妖気の主は間違いなく烏の少女で黒い翼や髪のせいで判りにくいが彼女は黒い影を纏っていた。その影が大妖精の言っていた“黒い影”であるというのは放っている力で判る。

「……あの子を無力化させれば良いのか?」

 微妙に釈然としないものの私は烏の少女を正面に捉えて静かに意識を闘争へと向けていく。

 少女の気に当てられているせいだろうか?角が生えるほどでは無いが満月でも無いのに妖気が高まっている。上白沢(ワーハクタク)の血が滾る。

「無力化できるならしたいけど、おそらく無理ね。今は好杏、あの黒い奴が黒い影を剥がす為に大型の魔法を使うそうだからそれまでアイツを守ればいいわ」

 ますます釈然としない。あの霊夢が無力化を無理と言うなんて普通では無い。とは言え結局の所、好杏を守り時間を稼ぐと言うことは戦って食い止めろということだ。

「巫女様よ!流石に妾一人で戦うのは、楽では、ない、ぞ!ええい!話の邪魔をするでないわ!」

 真っ赤なドレスを着た少女が弾幕を剣で斬り裂きながら憤る。知らない顔だった。でも何処かで見たことある様な気がする赤い少女は乱雑に剣を振り回しながら烏の少女に肉薄し、その胴体を蹴りつけた。

 重そうな音とともに吹き飛んだにも関わらず烏の少女は何事もなかったかの様にふわりと体勢を立て直し再び弾幕を打ちだす。

 赤い少女が気を引いているうちに私は背後から烏の少女に近づいて、その頭を両手で掴み、自らの額を思い切り叩きつける。私の十八番であるヘッドバッドだがなにやら奇妙な感触があった。

 いくら私が石頭だったとしてもヘッドバットなんてすれば多少は私にも痛みがある。だのに今のはまるで痛みを感じなかった。当たる寸前に柔らかいような固いような何かに阻まれて額が少女の頭に届かなかったのだと気づいた瞬間に私の身体は赤い少女の手によって真横に吹き飛ばされていた。

「何をしておる!死にたいのか!」

 少女の叫びで私は助けられたのだとわかった。もし吹き飛ばされてなければ烏の少女の放つごっこでは許されない(・・・・・・・・・・)レベルの弾幕を受けていたことだろう。

 私は痛みを堪えながらも烏の少女から目を離さない。いや、離さないんじゃない、離せなくなっていた。久しく感じていなかった遊びではない本物の闘争に恐怖し、一寸でも目を離したら死んでしまうなのではないかという考えに身体も脳も支配されてしまったのだ。

 もはや昴やチルノのことなんか頭から飛んでいたと思う。我ながら教師としては最低だったと思うが、それほどまでに恐怖していた。

 それでも逃げずに居たのは心の何処かに大切な人を守りたいという気持ちが残っていたのか、はたまた妖怪の血が騒いでいただけか。

「好杏!まだなの!?」

「……!…………っ!!」

 霊夢が好杏に対して吼えると好杏は詠唱を続けながら目を見開いて霊夢と顔を合わせた。

 チラッと視界の端に移った表情は焦りに満ちていて、あと少しなんだと物語っている。

 すると、霊夢の弱音に反応するように烏の少女が霊夢を集中的に狙い始めた。それだけではない。弾幕が苦手なのか近接戦闘ばかりしている赤い少女からは距離を取るように飛び回り、私のことはもはや無視されていた。

 竦んでまともに戦えない私は脅威ではないと思われているのだろう。否定はしない。実際、私は狙われなくなった事で安堵している。

「皆さん!目を閉じて!」

 何をするでもなく、ただその光景を眺めていた私は巻き起こる全てを目に焼き付けることとなった。

 好杏の叫びに呼応して霊夢と赤い少女が同時に水面近くまで下降しはじめるのを合図に好杏が詠唱し終えた魔法を解き放つ。

 まるで太陽そのものがそこに現れたかの様な光と熱が辺りを包み、直視した私の視界を奪ってゆく。反射的に腕を持っていかなれければ失明していたかもしれない。

 だが、そのおかげで私は決定的な瞬間を見た。光に照らされた烏の少女から引き剥がされるドス黒い影を。

 しばしの間、光が治るまで湖を静寂が訪れる。

「——な、なにあれ…?」

 そんな誰かの呟きで目を開くと白目を剥いた烏の少女、その後方に全てを飲み込みそうな漆黒の十字架が浮いていた。

「あっ……!」

 私たちが見ている目の前で烏の少女が大地に引かれて落下を始め、私達は助けるために慌てて駆け寄る。中でも赤い少女はとても素早く、私や好杏なんかは届きそうですらなかった。

「しっかりせい!」

 赤い少女が烏の少女を湖のほとりに寝かせて、頬を叩き意識を揺り戻そうとする。

 そして一番遠く、上空にいた私はまたしても見ることになったのだ。漆黒の十字架が少女達を目掛けて落ちていく様子を。

「っ避けろ!」

 なんとか喉から絞り出して危険を伝えると赤い少女は振り返って私たちのいる空を見上げた。そして、その振り返った少女の胸に漆黒の十字架は容赦なく突き刺さり、世界が震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




8話後半の前に入る話です。
ほんと、抜けてたの気づかないとか阿呆でした……。


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第八話〜移ろう狂気〜

簡単なあらすじ。
「狂気に操られたチルノとお空に昴が打ちのめされ、そのあと狂気がフラタニアに移った」


 館の安全が確認され、美鈴と鈴が持ち場へ戻ろうとすると、あれだけ中庭で存在感を放っていた黒い竜巻が跡形も無くなっていた。

 とりあえず嫌な気を感じていた竜巻が館から消えた事に美鈴は安堵の息が出るものの、決して消滅したわけでは無いのが直感的に解り、またそれがため息を生む。

 しかも、門から出てみれば、いつもの霧はどこにもなくどこまでも澄み渡る景色が広がっているではないか。

 もしこれが平時に起きたのなら「珍しいこともあるものだ」くらいで済んだかもしれないが、分身体騒ぎが起こるまでは普通に霧で満ちていたはずだし、黒い影が消えてから続け様にこんな光景を見れば否がおうにも関連を疑ってしまう。

 鈴は幻想郷へ来たばかりだから解っていない様子だが、この霧の湖が晴れ渡るなんて今までに数えるほどしかないのだ。

 ―バッシャーン……バシャ…

 無意識のうちにバシバシ警戒心を高めていた美鈴は、遠くの方で聞こえた水音を聞き逃さなかった。

 この湖にはヌシと呼ばれるデカイ魚が居るが、基本的に魚が住む湖と言うわけではない。

 もし今の音がヌシだとすると小さすぎるし二回も聞こえるのはちょっとおかしい。

 そう、魚にしては大きすぎて、ヌシにしては小さすぎる。丁度、人くらいの大きさだ。

 その事を鈴に伝えると、水音は鈴にも聞こえていたらしく「あたしが見てくる」と言って駆け出していった。

 まさかこんな時に水遊びしてた音ってわけじゃ無いだろう。その証拠に、段々と戦闘音らしき音まで聞こえてきた。

 この時、鈴は空が飛べなくてよかったと、地上にいて良かったと感じた。

 もし飛んで向かっていたら彼女らに発見されていて、湖の違和感も気づけなかっただろう。

 湖の上空では昨日、地底へ向かったばかりの好杏(このあ)と、見覚えの無い黒髪に大きな黒い羽を持つ女の子が戦っていた。

 それだけでは無く、この湖でよく遊んでいる氷精のチルノが変わった格好とスイカバーで真っ赤なドレスの女剣士と打ち合っているのまで見える。

 好杏が言ってたとは言え、本当にフラタニアが実体化していることに少しだけ驚いた。

 しかし、なんでフラタニア(あいつ)が空を飛んでいるんだ。あたしと一緒で飛べないはずじゃないのか?

 飛べないあたしはフラタニアにひと睨み効かせてから、水音の事を思い出して湖を見ると明らかな異物が水面の近くに浮いていた。

 遠目でも解るくらい大きな剣。それがふよふよと浮いているのだ。

 その剣は少しずつ少しずつ岸であるこちらに近づいてきていて、近づいてくるにつれてその実体が見えてくる。

 ふよふよと浮いた剣は柄が水に使っており、よく見ると剣の下に金髪と黒髪の頭が見える。

 更に近づくと、片方はよく見知った顔であることが解った。

「恭―」

 思わず名前を叫ぼうとすると恭也は一瞬だけ剣から手を離して頭の上でバッテンと作った。

 その後、慌てるような溺れている様な感じでバシャバシャと水面を叩いてから、再びこちらに向かって泳ぎ始める。

 どうやら金髪の人は気を失っているように見える。

 ゆっくりではあるが、着実に岸へとたどり着いた恭也は抱えていた金髪の女性—昴だった—をやっとこさな仕草で引き上げるとあたしが隠れている草むらへと昴を抱えてやってきた。

 あたしも湖に入って手伝おうとしたのだが、恭也がジェスチャーで「駄目」「伏せろor隠れろ」と指示してきたので仕方なく草むらに隠れて待つ。

「はぁ…はぁ…、よ、良く俺の意図が伝わった…な……」

「まぁ、なんとなくだけどね。なんであたしが手伝っちゃ駄目なのかは解らなかったけどさ」

 あたしが恭也に説明を求めると、恭也は息も絶え絶えに待てと言った。

 鬼ではないのでそれくらいは待つが、正直に言えば恭也の事よりも昴の事が気になっている。

 昴ほどの実力者がなぜ、こんなにボロボロなのだろうか。

「…ふぅ。なんで助けに入っちゃ駄目か、だったな。まぁ引っ張っておいてなんだが、簡単に言えば好杏の能力でステルス状態になっていたんだ。この能力は鈴が来ると能力が解けてしまう可能性があってさ」

 昴に対して人工呼吸をしながら合間に「正確には第三者がくるとね」と、恭也は付け加えた。

 なんでも、好杏が新しくこの世界で手に入れた能力らしい。

 そういえば『設定』の他に、幻想郷で得た能力があるかもって美鈴が言っていた気がする。

 そんな事を話していると恭也の持っていた浮遊する大剣がズシンと言う音を立てて地面に叩きつけられた。

 どうやら今までは何かしらの力で浮かしていたようだ。

「これどうしよう…」

 反応を見るに、恭也の武器ではなく昴の武器だと思ったあたしは、先ほどまで浮いていたのも昴の重力魔法によるものだと推測する。

 頑張って持ち上げようとしている恭也にやめるよう伝えた。

 そんな無理に持ち上げたらギックリ腰になってしまう。

 見るからに重そうな金属のかたまりが人の手で持ち上がるとは思えない。

 そこで、あたしはある事を思い出した。

「昴って確か重力を使った次元の狭間だか隙間だかに武器をしまってたよな?恭也はそれ作れないのか?」

「次元の隙間か、やってみる価値はあるな」

 そう言うと恭也は大剣に手をかざしてムムム~っと唸り始める。

 程なくして不安定ながらも重力の相違で生まれる切れ目を生み出すことに成功して、そのまま重力の切れ目で地面ごと大剣を飲み込んだ。

「いけるもんじゃないか、恭也も随分と強くなったのな」

「んー…。強くなったって言っても、みんなの能力を借りてるだけだし俺が強いわけじゃないだろ」

「じゃあ、あたしら強くなっただろ?」

「……そうかもな」

 元々、無駄にファンタジー要素を入れようとして各自が持たされた戦闘能力だったが、あたしはその力を伸ばしてる。

 きっと好杏や昴もだ。

 まったくもってずるい。恭也(こいつ)は、努力せずともあたしらの力を使えるから強い。

 しかも、恭也は恭也で強くなる事だってできる。

「話したいことは割りとあるんだが、とりあえずまた後だ。俺は昴を医者に連れて行かなきゃならん。あ…いや、待てよ…?」

 恭也はそう言いながら昴の呼吸を確認して頷くと昴の腕を引っ張って背中に担ごうとして、何かに気づいたように下ろした。

 担ぐ間も下ろす時も矢継ぎ早に何かをつぶやき、下ろしたかと思えば喉に手を当てて考えるようにしてブツブツとつぶやき始めた。

「風はすべての始まりにて、癒やしの象徴でもある―」

 そのうち、昴に手をかざしながら呪文のようなものを紡ぎ始める。あたしの知識が間違っていなければ、恭也が呟いているのは好杏が使う回復魔法の口上だったはずだ。

 そう、口上。詠唱ではなく口上。

「―全てを暖かく包み込み、優しく微笑む風の精霊よ、彼の者に生命(いのち)の息吹を吹き込みたまえ。母の抱擁(ホリックシルフィード)!」

 別に意味のない口上から、呪文を唱えるとふわっとした風があたし達の間を吹き抜けた。

 それだけでずぶ濡れだった恭也や昴の服は乾き、あたしも体が軽くなったように感じた。なにより、

「がふっ!げほっ!」

 昴が激しく咳き込みながら目を覚ましたのだ。

「あ…れ……?(あるじ)なん…で…?」

「お(くう)って八咫烏(やたがらす)の妖怪を追っかけてたら、昴が湖に落ちていく所を見たんだ。とにかく魔法のによる応急処置とは言え、意識が戻ってよかった…!」

 普通に考えれば感動のシーンなんだけど、あたしは何故かこんなことを思っていた。

「(人工呼吸じゃなくて、最初からそれを使えば良かったんじゃないかねぇ?)」と。

 実際、恭也にやましい気持ちなんて無いとは思う。

 凄い真剣な表情だったし、手法を思い出しながらやってる感が物凄く強かったし、でもなんとなくそう思わざるをえないのだ。つまるところ、

 —ゴスッ

「ってぇ!?なにすんだよ!

「いや、なんかムカついた」

「はぁ!?」

 恭也は訳がわからないと言いたげな表情で昴を担ぐと、今度こそ永遠亭に向けて飛び去った。

 あたしとしては、くだらない茶番に付き合わされた気分がしてなんだか非常に不愉快だ。

 しかも、結局なんで昴が湖に落ちたのかが解らないままじゃないか。

 傷だらけだったから上空の奴らにやられたであろう事は推測出来たが、下から見ている限り好杏達が苦戦しているようにも見えない。

 強いて言うなら、チルノらしき剣士と烏の翼を持つ少女共にやたらとタフに見える。

 ま、飛べないあたしには関係ない話かもしれないけどな。

 それに黒い影は吸血鬼の力そのものって話だし、いくら冬でも霞すらない快晴の下じゃ時期に弱まるのが目に見えてる。

 案の定、好杏の光魔法に照らされて影が二人の身体から剥がれかけてる。

 巫女服がそれを見逃さずに影を引き剥がした。

 これで後は自然に消えるだろう。

 影が消えればフランも力を取り戻せるはずだし、万々歳。

 満場一致ハッピーエンド大団円。

 そう思って、紅魔館へ帰ろうと背を向けた時、世界が割れそうなほど甲高(かんだか)く、耳をつんざくような絶叫が響いた。

 驚いて反射的に振り向いたあたしの目に飛び込んできたのは黒い十字架に身体を貫かれたフラタニアの姿だった。

  ***

 

 ―ギィィィキガギャアアアァァァァアアァァァ!!!

 およそ人の喉から出てるとは思えないほどの、耳障りな叫びをただ呆然と聞いていた。

 耳を塞ぐことも忘れ、目の前の光景に目を奪われる。

 黒い影に貫かれたのにも関わらず、フラタニアの体からは一滴も血が流れることはなく、十字架はじわりじわりとフラタニアの体にめり込んでいった。

 見れば、十字架の先は貫通せずにめり込んでいる。

 フラタニアはただひたすら苦悶の表情で叫び腕を天に向けて仰いでいた。

 そんな停止した空間のなかで、霊夢が最初に動いた。

 霊夢は素早くフラタニアに近づくと影の十字架を抜くために手を伸ばし、その手で空を切る。

 どうやらまたしても実体がないらしい。

 今度は何かの札をフラタニアの体に貼り付けていくが、次々へと札が裂けて紙くずへと変わっていく。

 僕も慌てて浄化の魔法や光の魔法を使うが、十字架が消える事はない。

 止めることは出来なかった。

 やがて、十字架が全てフラタニアの体に入ると元々緑眼だったフラタニアの目が赤黒く変化し、吸い込まれそうなほど妖しげな鈍い光を放つ。

「血ガ足リナイノジャ。頂戴。ミンナノ血ヲ!」

 ギンッ!と睨みを聞かせると、フラタニアは腕を振るった。

 その腕からは植物の根のようなものが伸びて僕の腕を掠める。

 威圧的な瞳に一瞬だけ身体が固まり、避けられなかった。

 フラタニアは僕を傷つけた根に付着した血をペロリと舐めて、恍惚の表情を見せ浮かべた。

「アハッ☆好杏ノ血。美味シイ♪ネェ、モット、頂戴」

 背筋がゾクッとした。狂気に魅入られてしまった者の笑顔と言うのは、笑顔を見るものすらも狂気に誘うような怖さがあるのだと思った。

「まるで昔のフランみたい……!」

 霊夢が分身体の本体だと言う吸血鬼の少女の名前を呟く。

 話を聞いた所、この力は元々フランと言う吸血鬼の狂気である可能性があるらしい。

 狂気と言うだけはある。

 イかれてるね。尋常ではないほどに。単純で簡素な感想だが、それが的を射ていると思う。

「オヒサマハイイノ、ポッカポカデキモチイイ。デモノドガカワイチャウノ」

 もはや先ほどまで弱点だった光すら、弱点になり得ないようだ。

 フラタニアに十字架を刺して乗っ取った事を考えると、吸血鬼の弱点は効き目がないかもしれない。

 フラタニアは徐々に降下して、湖に足をつけた。

 その瞬間に湖は真っ赤に染まり、フラタニアの足はまるでマングローブの根のように湖の隅々に広がってゆく。何故か紅魔館周辺だけは避けて。

「好杏、好杏。主様ハドコヘイッタノカノウ?」

「…教えたらどうするんですか?」

「ソンナノキマッテルノジャ。主様ノ血ヲ吸イニ行クノ、キットウマイゾオイシイゾー♪」

 鼻歌を歌いながらニタニタと気持ち悪く笑う。

「なら、教えるわけには行きませんね。少なくとも狂気に支配された貴女にはね」

「差別ダ!妾ハ普通ジャ!フラタニアニ変ワリハナイノジャ!主様ナラ解ッテクレルハズ、ソシテ血モクレルノジャー♪」

 話にならなかった。

「あーもう!好杏、話し合いで解決するの?しないの?見るからにしなさそうだから私はさっさと攻撃したいんだけど!?」

 一見すると普通に対話出来ているような気がするのに、まるでこちらを見ていない。

 瞳もこっちを向いてるようで、常に何かを探すようにキョロキョロしている。

 もはや霊夢なんてイライラしっぱなしで今にも弾幕を打ちたそうな顔をしていた。

 わざわざ待ってくれているのは僕が話をしているからなのか、フラタニアのためなのか。

「…はぁ。最後に一応聞いておきますが、フラタニアの体から出て行くつもりは?」

「出テ行クモナニモ、元々妾の体ナンダガノ?サッキカラ、一体何ヲ聞キタイノダ?……オ前、煩イナ。美味シク血ヲ頂イテヤルカラ、死ネヨ」

 カクカクとした動きで首を回してこちらを見ると、目を見開いて両手を振り上げる。

 するとみるみるうちにその姿が赤みがかった幹に赤い花を咲かせた木へと变化した。

 その太い幹からにょきにょきとフラタニアの体が出てくる。

「黒いの!避けろ!」

 —ズッ!

「…っが!?」

 不意に現れた青い人の声に釣られて視線を逸らしてしまった僕の体をフラタニアから伸びる根が背中から貫いた。

「アハハ、油断大敵ダネ☆」

「そうでもないですけどね」

 僕は傷一つ無い体で水辺から空中で体を貫かれた僕を見ながらボソリ呟く。

 あの刺された僕はただの蜃気楼(しんきろう)

 背後から狙われていたのは下から見えげている僕には丸見えで、それに合わせて演技したと言うだけ。

 冷静に見れば血も流れないし、そろそろ魔法の効力が切れて、

「ナンダトッ!?」

 ゆらぁっと形が歪み、僕の姿が映った蜃気楼が掻き消える。

 蜃気楼が出来ると気づいたのはただの偶然だが、ほとんど揺れない水面と陽の光に当てられて居るのを見て、空気を固定して蜃気楼を産みやすい環境を整えてやった。

 すでに能力を使ってフラタニアからは気配に気づかれないようにしているため、霊夢に魔法矢の矢文を使って伝言を飛ばす。

 そこには『時間を稼げ』とだけ書いてある。

 こっそりとフラタニアの木に細工を試みるが、やはり小細工は通用しなさそうだ。

 おそらくだが、今浮いているフラタニアも木から生まれた分身体だろうし、先ほどの八咫烏と氷精のように黒いオーラも纏っていることから、物理干渉も効かなさそうだ。

 それに、フラタニアは樹木子(じゅぼっこ)と呼ばれる架空の吸血鬼の血が混ざったと言っていた。

 そしてフラタニアの体を(むしば)んでいるのは吸血鬼の狂気。

 上手い事噛み合った結果がアレなのかもしれない。

「どうやら好杏は休憩らしいわ。これで私を止めるものはいなくなった事だし、覚悟しなさい」

 どうやら矢文を読んでくれたらしい霊夢がわざとらしく大きな声と動作で御幣(ごへい)をフラタニアに差し向ける。

 なるべく派手にしてもらったほうが暗躍しやすくて助かる。

「…さて、鈴さん。紅魔館へ案内してください」

 僕が話しかけると草むらに隠れた鈴がビクッと肩を跳ねさせた。

「あーはいはい、いつから居たのかは解らないけど好杏の姿が消えた時から薄々こうなるとは思ってたわよ」

 振り向いた鈴は動じてませんと言いたげに、ため息を一つついてやれやれと肩をすくます。

 あの怯えていた少女を利用するのは気が引けるが、あの狂気が彼女の物である以上は、彼女の協力が必要だ。

 樹木子はあくまで架空の吸血鬼。

 “本物”それも狂気が産まれた元の器には敵わないはずだ。

 そう思いながら赤く染まった湖に佇む巨木を見つめる。

 まだいくらか話が出来ていたということは、フラタニアは完全に狂気に飲まれているわけでは無いはず。

 ……頼むからマスターを泣かせるような結末だけは避けてくれ。

 そんな一抹の不安を抱えながら鈴の手をとって紅魔館へと飛んだ。

 

 ***

 

……

……………

 

「妾はどうしてしまったのじゃ…?」

 何も無い真っ黒な空間に声だけが響く。

 そこは、立っているような気がするし、寝ているような気もする。座っているかもしれないし、浮いているかもしれない。

 そんなよくわからない空間にぽつんと妾だけが居た。

『オ主ハ妾トいっしょニナッタノジャ』

「一緒と言うなら、一方的に主導権を握らずに妾にも渡して欲しいものじゃがな?」

 どこからとも無く聞こえる声は、耳から聞こえているのか、直接頭に響いているのかも解らない。

 でも、その声の主はなんとなく解る。

 あの時、十字架が妾を貫いた時に黒く醜い感情が体に流れ込んできた。血を欲し、人を襲いたくなるような狂気とも呼べる感情が妾を支配したのだ。

『言ッタジャロ。一緒ニナッタトナ。モハヤコノ体ハ妾ノモノジャ、古イ人格ナゾオ呼ビデハナイトイウコトヨ』

「っち…。もしやとは思うが、半妖になったのもお主の性じゃな?」

(あか)ハ血ノ象徴。赤イ影ト噂サレ始メ、存在ガアヤフヤダッタオ主ガ吸血鬼ノ血ニ染マッタノハ確カニ妾ノ影響モアルジャロウガ、ソモソモ妾達妖怪ト言ウノハ人ニ畏怖サレナイト(ちから)ガ弱マルノジャヨ。アノ子ハ狂気ニ慣レスギテ、狂ワナクナリ大人シクナッテシマッタ』

 ―ダカラ狂気ヲ表ス為ノ新シイ器ガ必要ニナッタノジャ。

 それで、妾が標的になったと言うわけか、まだ存在がはっきりしていないあやふやな魂に別の色をこっそり混ぜるのは難しくないだろう。

 特に妾は元より姿が赤い。そこに血の象徴たる紅が混ざったところで気づけはしない。

 おかしいとは思っていた。

 『設定』が完成せずに思念だけの魂だったと言うのに、数日で赤い影の噂はあっと言う間に広がった。

 確かに里の周辺を歩きまわってはいたが、それはただの思念でしかない。

 存在しない物に影が出来るはずがないのに。

 それに、噂は事実と逆で妾が里の者に見られて噂が立ったのではなく、噂が立ってから妾が見られたりした。

『吸血鬼トシテノ(ちから)ヲ『設定』ニ書キ加エルコトデ、オ主ノ存在ニ影ガ産マレタ』

 つまり始めの紅い影は狂気(こいつ)だったんだろう。

 どこで知ったのか、妾の事を嗅ぎつけて人の畏怖を利用して妾の『設定』を書き換えた訳か。

『狂気ハ楽シイゾ?オ主モ狂気ニ身ヲ任セテコッチニ来ルノ良イイノジャ』

「…はぁ。お主は勘違いをしておる」

『ナンジャト…?』

「妾は、主様が望むべくして産まれたのじゃ。その『設定』に狂気は無い。なにより、主様は狂気は嫌いなのじゃ」

 ―だから狂気に染まってメンヘラになるのはごめんじゃ。

 チンケな誘いだと狂気だけの存在を笑い飛ばす。

 確かに妾は、狂戦士に近い設定を含んで描かれた。

 もしかしたらそう言った事も飲まれた原因の一つかもしれない。

 それでも今の妾に狂気性が皆無なのは主様が嫌ったから。

『マア、ホザイテイルガ良イノジャ。ドウセ時期ニ魂サエモ狂気ニ染マッテユクノジャカラ』

 主様の望まない結末にはならない。

 なってたまるか、と強く想う。

 おそらくその気持ちは好杏達も同じなはずだ。

 もし主様が助けに現れてくれたら、妾は嬉しい。

 だって、妾はお姫様として生まれた。姫を救うのはいつだって王子様の役目、だろ?

 だから待ってる。妾を産みだしたマスターならば、必ず妾の能力を利用してくれると。

 それまでは、この何もない黒い世界で狂気に染まらないように我慢してやる。

 ―だから早く来て……。妾を助けて。

 

 

…To be continued




次回「妄想主の『設定』」



〜おまけん〜

東方キャラについての補足②

—古明地 さとり—

 旧地獄を取りまとめている地霊殿の主人で(さとり)の妖怪。
 原作とは違い、客人に優しく人間相手でも邪険にはしません。
 非常に思慮深く、相手から読み取った言葉をそのままの意味で受け取らず、相手の意図まで考えます。
 また能力についても、同時に多数人から読める。相手の発言に被せられるほど読み取ってから行動に移すまでの思考速度や察しが良かったりします。
 読心に対して一切、悪い感情を持たずこいしが懐いていた恭也を気にかけています。
 おそらくは妄想録の中で一番原作と違うのが彼女かもしれません。


—アドベントチルノについて—

 今後出てくることはないので知らない方はggってください。

—上白沢 慧音—

 人里に2つある寺子屋のうち妖怪や妖精が多く通う方を受け持つ半妖の教師。
 自分の家を持ってはいるが、藤原妹紅の家に住みついているため自宅は使われてない。
 人里の中でウロウロしていた昴に職質(声をかけて)藤原邸に連れて行き、昴に仕事と住処を与えた人。
 妹紅のことを信頼していて、非常に仲が良い。



次話のおまけは紅魔館編にします。


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第⑨話〜妄想主の『設定』〜

……元々書いた時って勢いしかなかったからご都合展開とか、超展開多かったんだよね。
まあ、今でも多いけどw

特にこの9話は酷かった。そう言っておく…。


「それにしても、驚いたよ。主があそこまで能力を使えるようになってたなんてさ。あれ好杏の魔法だろ?」

 主の背中に担がれながらそう言うと主は、

「うん、出来るかなって」

 と言って恥ずかしそうに笑った。

 私たちの能力を使いこなすのはこの世界で生きている以上、絶対に為になるはずだ。

 風を操った飛び方も随分慣れているみたいだし、案外すでに使いこなせてるのかな?なんて思った時、少しだけ風に煽られて飛び方がぶれた。

 流石にかいかぶりすぎか。所詮は一般人が急に得た力だし、何より私たちの半分なんて能力が過大すぎる。

 主から感じる力も明らかに人の身で宿すには大き過ぎる。そもそも規格外の魔力を持つ鈴や魔法使いとして大きな力を持つ好杏の半分の魔力があるだけでもその量は莫大だ。

 しかもそれだけではなく、私が操る霊力や、フラタニアの持つ妖力まで持っているなんて普通ではない。

「なんなら私は自分で飛ぼうか?主のお陰で割りと回復出来たみたいだし」

「駄目だ。回復魔法を使ったと言っても詳しい効果を知っている訳じゃないし大人しく担がれとけ」

 私の提案を主は間髪入れずに否定した。その際、私を支える手に力が入り、変な声を出しそうになる。おんぶとしてはおかしくないのだけれど、主は私のお尻を手で支えてることを忘れているんじゃないかな。

 でも主の見立ては正しい。魔法による治癒は基本的に外傷を治すものであって、身体の内部までは治せない。実際、主は優しく運んでいるつもりなのだろうけど揺れるたびに身体の芯から痛みを感じている。

「……。ところで主は永遠亭の場所を知っているのかい?」

「永遠亭は前にも行ったことがあるし、大丈夫だと思う」

「前に行った時は誰と行ったんだ?」

「魔理沙と来たんだよ。修行で傷だらけになってたらいい医者がいるって言われて」

 これ絶対に迷うな。と思った私は竹林を抜ける際に随時指示を出して誘導してあげた。

 迷いの竹林は何度もきたから道を覚えるとかそんな事は絶対にない、いつ来ても景色は違うものになっている。

 そんな竹林を抜けられるとした永遠亭の兎、てゐから幸運のお守りを貰うか永遠亭の住人や妹紅に案内して貰う。後は私の様に能力を使って常に一定の方角が分かる様にしなければ辿り着くことはない。

 偶然で辿り着くのはまずあり得ないことなのだ。

「急患です!八意(やごころ)さんはいらっしゃいますか!」

 永遠亭の門まで辿り着いた主は私をそっと降ろすと、戸を叩きながら声を張りあげる。すると、程なくしてうさみみの付いた長髪の少女、鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ。通称ウドンゲが出迎えてくれた。

「はい、ただいまー!おや?あなた方は…」

「先日はどうも鈴仙さん。とりあえず急ぎでこっちの昴を診てやって欲しいんです。八意医師はいらっしゃいますか?」

「えぇ、いらっしゃいます。案内しますのでこちらへどうぞ」

 ウドンゲは私をチラリと見ると目つきが真剣なものになり、私達を永遠亭の奥へと誘い入れてくれた。

「師匠、急患をお連れしました。開けますよ」

 奥まった部屋の前まで着くなりウドンゲは戸を叩くと返事も待たずにガラっと開けた。

 部屋の中は薬品の匂いが充満しており、そこらかしこに試験管やフラスコと言った実験機材が散乱していた。その中に胴とスカートで左右が赤と青で対称になっている変わった服装で銀髪の妙齢な女性が机に向かいながら試験管を揺らしていた。この永遠亭に住まう医者、八意永琳だ。

「急患なんて随分ね。二人共元気に立って……あら?そこの貴女は体がボロボロじゃない。解ったわ。直ぐに診てあげるから隣の部屋へお連れしておきなさい」

「解りました師匠。…お二人共、こちらへ」

 言われたとおり隣の部屋に連れて行かれて入ると、こちらは綺麗に片付いており広々としていた。診察室のように、医師と患者の座るような椅子と机もある。主に押されるように椅子へ座ると、永琳が白衣を纏って現れた。

「随分派手にやられたものね。見た目は綺麗になっているけれど中身がボロボロにされてるじゃない」

 パッと見ただけで解るのは流石だと思う。外傷は既に塞がり見た目だけなら私はきっと健康体に見えるはずだ。

 それともウドンゲが一瞬で気づいたくらいだし自分では解らないだけで、それほどボロボロなのだろうか?

「治癒できているのはあくまで表面だけね。全身に切り傷と所々に火傷があるわ。…服を脱いでもらうから男は出て行きなさい。今回はウドンゲの手も要らないわ」

 永琳がそう言うと、主は少し顔を赤くしながらウドンゲに連れられて出て行った。主は本当に初心と言うかなんというか…。

 永琳の指示に従って服を脱いで横になると麻酔薬のような物をかがされた。何も言われずに急にかがされたので少し驚いてしまったが、反論する余地もなく眠りに落ちる。

 どれほど眠っていたのかは解らないがその明るさから察するに然程時間は経っていなさそうだった。目が覚めた私の身体はいたるところに包帯が巻いてあって自分でも痛々しく思えた。

「良かったわね。恭也が血をくれなかったら危なかったかもしれないわ。後でちゃんと礼を言うのね」

 声のする方では永琳が椅子に腰掛けて、少し疲れた様子でこちらを見ていた。

 ふと横を見るとおよそベッドには見えない木製の台の上に主が横になってすやすやと寝息を立てていた。

「そんなに酷かったのか……?」

「案外自分では気づかないものよ。魔法による応急処置が有ったのも原因の一つだけど、全身に負った火傷の性で体の水分が足りなくなっていたのよ。むしろ良く平然と立っていられたものだわ」

 それが全身に巻かれた包帯の理由か、全身に火傷ってことはあの黒玉を完全に無効化出来たわけじゃなかったと言うことだろう。あと一歩判断が早ければもっと軽症で済んだかもしれない。

「起こしてやったら?」

 じっと主を見つめてると永琳にそう言われたので、主の体を揺さぶってみた。うたた寝してただけなのか寝起きの悪い主にしてはあっさりと目を覚まして、私を見るなり飛び起きると頭を抱き寄せられる。

「よかった!八意さんに危ないって言われた時は本当に心配して…!!」

 そう言った主の顔は見えなかったが、強く抱きしめられているにも関わらず、とても心地よく非常に心が安らいだ。

 まったく、初心なくせにこういうのは平然とするんだからタチが悪いというか…。そんな悪態を心の中で付きながらも身を任せてしばらく抱きしめられていた。

 ようやく主が離してくれたのはウドンゲが部屋に入ってくる音と声がしてからだ。慌てるようにバッと身を離したが、それで主は永琳が居たことに気づいたらしく顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。

「え?え?何ですかこの状況。なんで通里さんはうずくまってるんですか!?えっと大丈夫ですか?」

「……放っといてください」

「ウドンゲ、放っておいてあげなさい。彼は…初心過ぎたのよ」

「た、確かに女性関係乏しかったから初心なんだけどさぁ!純粋に抱き合ってたのを見られたら恥ずかしいじゃん!」

 永琳にいじられると主は顔だけ上げて反論するが、永琳は最初から居たのだし主が気づいていれば良かった話だと思った。別に、私としては全然気にしないのだけどね。

 一旦、場が和んだところで私は湖の事を思い出して立ち上がる。そのまま部屋を出ていこうとすると主とウドンゲに腕を掴まれてしまった。

「傷が治ったのなら湖に戻らせてほしい。チルノは私の生徒なんだ。助けなくちゃ。慧音だって後から来るって——」

「——落ち着いて!湖は霊夢達がなんとかしてるはずだ。途中から青い服の女性も来てたからその人が慧音って人だと思うし大丈夫だって」

 主に窘められて話を聞くと、私が重力爆発を使った時には既に主達がすぐ近くにいて、湖に落ちた私を主がすぐに引き上げてくれたらしい。それから私は主の魔法で意識を取り戻して、後は私が知るままのようだ。

「あいつらは何だったんだ?私の斬撃がまるで通じてなかった…。あ、そう言えば私の大剣…」

 落ち着きを取り戻した私はベッドに腰掛けながらそう呟く。

「氷精とお空、八咫烏の妖怪ね。あの二人は吸血鬼の力そのものが産みだした影に飲み込まれていたんだ。その影が邪魔して二人にダメージが届いてなかったんだと思う。後、昴が手放した大剣なら鈴のアイデアで重力の切れ目に入れたよ」

 目の前に切れ目を作り確認すると確かに大剣も切れ目の中に入っていた。……泥だらけだったけど。

「とりあえず、湖の様子が知りたいなら上空から見れば良いじゃないか。昴の目と耳なら見れるだろうし、それくらいなら許してくれますよね?」

 主は永琳を一目すると、永琳も頷いて許可してくれた。念の為に補助としてウドンゲも一緒に飛び上がり山陰がじゃまにならないほど高く上がった辺りで魔法を使う。

 使う魔法は自己強化魔法の一種でホークアイと呼ばれる魔法だ。その名の通り鷹の目のように視力が上がり遠くでも見ることが出来る。そこに私が元から持っている狐の耳を合わせれば、開けている空間である必要はあるもののどこからでも見聞き出来るって訳だ。

 能力をフルに使い湖をなんとか見る。

「…何だ?湖が真っ赤じゃないか、なんか赤い花の木も立ってる」

「好杏達の様子は?」

「待って。…好杏の姿は見えないけど、巫女と慧音がフラタニアと戦ってる!」

 私が叫ぶと主は慌てて次の情報を欲しがった。次は目を閉じて耳に意識を集中させる。

 見える限りは植物の根の様な物を巧みに操って巫女や慧音の接近を許さないフラタニアと、明らかに様子のおかしいフラタニアの姿だけ。

「戦闘音が邪魔だな…。かろうじて聞き取れたのは『狂気』って言葉と『フラン』って言葉だけだな…」

「……あの力の影は元々フランって吸血鬼のものらしいんだ。だから影の正体が吸血鬼の『狂気』じゃないかって霊夢も言ってた

。もしかしたらお空や氷精の様にフラタニアが飲み込まれたのかもしれない」

 詳しく聞けばフラタニアは樹木子と呼ばれる架空の吸血鬼の血が混ざったらしい。もし狂気に染まって暴れているのだとしたら主が気が気でないもの解る。

 だからこそ落ち着かせる。今にも飛んでいきそうな主の腕を掴んで引き止める。

「落ち着くんだ。半妖になったってフラタニアはフラタニアだろう?」

「だったらなんなんだ」

 フラタニアは描かれてからも『設定』がちょくちょく書き換えられていたためにとても不安定だった。

 主は知る由も無いが、私達の存在は『設定』が硬ければ硬いほど自身の存在も硬くなる。つまりフラタニアの様にあやふやな『設定』だとそれだけ存在も希薄なものになる。

 そこに付け込まれたのだとしたら、『設定』を書き換えられたのなら元に戻せるのは主だけだ。

「主が描いてたフラタニアの『設定』で考えたけどやめたものや、お蔵入りになった『設定』は無いのかい?」

「……は?」

「何かしらの『設定』でフラタニアを上書きすれば、あの狂気は入り込む隙間を失うと思うんだ」

 私がそう言うと主はゆっくりと降下して屋根に座り込んでしまった。

 我ながらまったく信用できる要素のない台詞だけれど、とにかく無謀に突っ込ませる事だけは避けられた様だ。

「フラタニアの初期は“全ての呪力、魔力の類が通用しない”ってアバウトなものだったんだ。それを後から“呪い無効”と、邪剣や魔剣に能力を付加することで分けたんだよ」

「後者は、今のフラタニアだな。私も知っている」

「上書きなんて意味がわからないけど、もし昴の言うことを信じるとしたら、元々一番最初に考えていた狂人『設定』しかない。でもそれで上書きしたところで意味がない」

 でも主は狂人とか狂気とか、“狂った物”を好まないのは私も知っている。それでその『設定』はなくなったのだろう。

「なら、フラタニアの能力は利用できないか?魔を拒絶する他にも何かしら狂気に有用なものがある——」

「そうか!」

 私が呟くと主人は勢いよく立ち上がって、次元の裂け目から一振りの剣を取り出した。

 禍々しい呪力を放ち、光を反射しない漆黒の直刃剣。そして何よりも剣は鼻をつく鉄の臭いをしていた。そんな一目で魔剣だと解る様な武器を主は軽く降る。

「ははっ。流石魔剣。まるで手に吸い付く様だ」

「そんなもの使って大丈夫なのか?見るからに危なげなんだけれど……」

「大丈夫ではないだろうな。これは一度鞘から抜かれたら血を吸うまで鞘に収まることはなく、この剣でつけられた傷は決して消える事もないと言うとんでも無い魔剣だ」

「それって、ダーインスレイヴじゃないか!!え?抜いちゃってるよ!どうすんのそれ!」

 北米神話に伝わるドワーフの遺産。本物では無いだろうが、それに準じる力を持っているであろう剣を主は握っている。

 思わず顔が引きつるが、それがどう有用なのかを聞くと主はニンマリとフラタニアの様に歪んだ笑みを浮かべながら説明しだした。

「ダーインスレイヴはね。ものによっては、外れる事のない必中の剣とされる事もあるんだ。癒えない傷を必ず与えるってことさ。これで狂気を斬ればいい」

「待ってくれ、まさかフラタニアを斬るつもりか!?」

「いやいや、斬るのは『狂気』そのものだよ」

 意味がわからずに眉根を寄せていると、主はさらに続けた。

「神話に書いてあった王は、恨みの対象にのみ剣を向けて対象だけを切りつけることが出来たそうだ。だからこれを使えば狂気だけを斬ることができるはずだ」

 確かに、主の言う通りになるなら有用な武器となる。しかし神話をベースに主が『設定』した魔剣だ。持っているだけで危険である可能性もある。

「最後は助け出したフラタニアに渡して鞘に収めて貰えば万事解決ってな!くっくっく、はっはっは!」

 そう言うと主はふわっと浮いて、そのまま飛んでいった。最後の笑い声が私の不安を煽る。

「良かったんですか……?恭也さん狂気に飲まれかけていましたよ…?」

 そう呟いたウドンゲの言葉に私は更に頭を抱える。せめて何かしら支援してあげよう。

 幸い、私の新しい武器ならここからでも湖まで十分に届く。

「ちょ、ちょっと!貴方は行かせませんからね!?」

「心配要らないよ。此処から撃つだけだから」

 そう言って私は次元の隙間から取り出した大剣を番える。

 対物狙撃銃内蔵大型片刃剣、“ブリキノラドン”。竜殺しよりも一回り大きくその重量は300kgを優に超える河童に作ってもらった化け物武器。

 霊力を込めて湖の樹木を狙う。

「観測者を頼むよ」

「あー、もう!師匠に怒られても知りませんからね!」

 憤慨しつつもウドンゲは私の横に立つとその能力で弾丸の波長を弄り始めた。何をしているのかを問うと、

「……こうして波長を合わせれば、狂気の衣とやらを貫けるはずです」

 と答えた。

 後は風力など細かい調整をして、トリガーを引く。

 およそ剣から発するとは思えない爆音と共に撃ち出された弾丸は湖の樹木を打ち抜き、その幹を抉り取るように吹き飛ばした。

 その瞬間、私は全身が裂けるような痛みを感じて呻く。どうやら銃の反動で傷が開いてしまったらしい。

「まったく、言わんこっちゃない……。さ、しばらくは隔離ですよ。覚悟してくださいね」

 そう言い放ったウドンゲに私は脂汗を浮かべて苦笑するしか出来なかった。

 

 

 

To be continued




次回『無条件の信頼』


〜おまけん〜

—レミリア・スカーレット—

紅魔館の主人にて、永遠に赤い幼い月。かりちゅまではない。ただしカリスマであるとは限らない。設定や能力は原作基準なのでwikiかなにか読んでね。
妄想録で変わっている部分として、弱点が一つ減っています。それは日光で「熱いのに変わりはないからわざわざ出たりはしない」だけで消滅するほどの弱点ではなくなっており、また長時間浴び続けると火傷するなど完全に克服していない程度まで日光が平気になっています。
そのため、日傘なしで外出する事もあります。
鈴達の来訪を予め知っており、それにより何かしらの波乱が起こる事にも気づいていますが楽しいだろうと言う理由で鈴を招き入れました。
また、フランとは仲違いをしていません。ここは原作と大きく外れていると思います。

—フランドール・スカーレット—

言わずも知れたレミリアの妹。今回の異変での犠牲者であり元凶の1つ。
性格はかなり柔和になり、既に様々な外来人や来訪者と触れる事で狂気も薄れて居ます。ただし力の加減や人との接し方にまだまだ問題があるため、外出は控えるようにレミリアから言われて居ます。
流水が滅法苦手……かと思いきや、風呂好きなどの設定を作り出してしまいました。でも雨や川などの自然が生み出す流水に関しては苦手なままです。
めーふらは至高ですが妄想録では描かれる事が無いかも……追加で書くか……!

—十六夜 咲夜—

瀟洒なメイドと言えばこの人。決して忠誠心が鼻から出たりはしない。
レミリアの従者であり、美鈴や鈴(後は妖精メイド)を取りまとめる管理職でもあります。仕事熱心で少し抜けているところがあるなど可愛い一面があります。
しっかりと部下を思いやる事が出来て、よほどのことがない限りは美鈴がナイフに刺されることはありません。

—紅 美鈴—

中国って呼んだ奴とキマリは門を通さない。
あらゆる拳法を習熟させている無手格闘の達人ならぬ達妖怪。接近戦ならば天狗に匹敵する速さで食らいつけるので決して弱くはりませんが、射程の差に弱いと言う弱点があります。そのため魔理沙や咲夜には勝てませんがフランのように接近戦もありえる相手には勝つ事もあります。
また気を操る他に、勘や運も良いと言う設定を加えて居ます。
物腰はとても落ち着いていて気のいいお姉さんポジと言えますかね。
ちなみに作者は文と美鈴が好きです。

—パチュリー・ノーレッジ—

動かない大図書館。……でも館の中なら割と動き回ってます。
体力はないと言ってもありがちなちょっと動く血を吐く程ではなく、激しい運動でなければ普通に出来る程度の病弱娘です。
喘息は治っていませんが、そもそも引きこもったままでは治るものも治らない事にも本人も気づいていながら今日もパッチェさんは引き篭ります。
魔理沙の借りっ放しに迷惑していますが、これは「今何が借りられていて無いのか」把握しにくいからでしっかりと話してくれれば別に貸してもいいと考えているので、別に魔理沙と仲が悪かったりはしません。アリス病でも無いのであしからず。

—小悪魔—

みんなのアイドルこあ。妄想録では出番がほぼ無いくせに出てくるときは毎回苦労に巻き込まれてる様な不憫の子となっています。
ごめんね?名無しの宿命なのよ……。
ちなみにここぁはいません。


—紅魔館—

霧の湖の端っこにある真っ赤な洋館。内装も赤が基調となっているので慣れるまでは非常に過ごしにくい空間。
庭先には大きな花壇がいくつかあり、それらは全て美鈴の手によって整えられている。
来訪者は美鈴か鈴が「害をなすもの」と思わない限りは入館表にサインを書いて入館証を貰うだけで入ることができる。
ただし、悪しき者は基本的に美鈴の能力でバレるので誰でも簡単に入れるわけでは無い。
門の前には必ず誰かしらが立っていて、美鈴が花壇にいる際は妖精メイドないし鈴や咲夜が立っている。


今回おまけが長いよね。本編の書き直しも手間取ったし大変だったよ。


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第十話〜無条件の信頼〜

今回はpixivから写せなかった(内容がゴミすぎて)ので話の筋を変えずに全て新たに書きました…。
読み返した感じだと、十一話(pixiv九話下)も完全に書き直し決定かな。
我ながらゴミみたいなもの書いてたなー(進歩したとは言っていない)


「そんなこと許可出来るはずがないでしょう!」

 目の前の少女はテーブルに両手を叩きつけて憤慨した。

「この子は力を失っているのよ?確かにその方法は有効なのかもしれないけれど、危険すぎるわ」

 少女はイライラした様子で足をタンタンと鳴らしながら腕を組んで僕を睨みつける。

 およそ十四歳ほどにしか見えない小さな少女の瞳は真っ赤に輝き、薄く歯噛みした口元からは鋭い牙が覗かせていた。その小さな姿からはとてつもないプレッシャーを放っており、少女がただの女の子ではない事を実感させる。

「危険なのは重々承知でお願いしています。とはいえ、元はと言えば貴女の妹様に宿っていた狂気にも原因はある。なんとかご協力のほどを——」

「——話にならないわね」

 僕の言葉に被せて少女は切り捨てるように言い放った。

「解決策を語るのは良いけれど解決へ導く為の過程が足りていないわ。そんな曖昧な作戦とも呼べないお粗末な話の為にフランを危険に合わせるわけにはいかないのよ」

 痛い所を突かれた僕は何も言い返せずに言葉に詰まってしまう。

 この少女は見た目と裏腹で非常に手強い。流石、吸血鬼にしてこの紅魔館の主人。永遠に紅い幼い月、レミリア・スカーレットと言うべきか。

 ただ向かいに座っているだけの少女が僕にはとても恐ろしい存在に思える。正直、威圧感で胃が締め付けられている感覚まである。

「……もう言う事がないのなら私は失礼させてもらうわ。フラン、行きましょう」

 レミリアはそう言うと席を立ちスカートを(ひるがえ)しながら扉へと向かって行く。僕は他に何か無いかをひたすら思案するが、他に有効そうな策は浮かばない。

 と言うより、浮かんでいたらこんなお粗末な方法を提案したりなどしない。

 僕が思いついたのは狂気を元いた器へ、つまりレミリアの妹であるフランドール・スカーレットへと戻す方法だ。方法も実に簡単でフラタニアに入り込んだ狂気をフランの吸血(エナジードレイン)で吸い取ってもらうだけ。

 ……だけではあるが、フランは狂気に能力の大半を奪われており飛行すら出来ないほどに弱体化している。そんな彼女を狂気との戦闘に巻き込み、あまつさえ吸血させようなんてレミリアでなくとも無茶と思うのは自然な事だ。

 それでも僕はこの方法を取りたかった。何故か。それはフラタニアに残された時間が少ないと見ているからだ。

 マスターを気にかけていたり、攻撃が明らかに急所を外した位置だったりするのは恐らくフラタニアが狂気に飲まれ切ってないから、しかしいつまでもそうである保証はない。こうしている今にもフラタニアは完全に狂気と同化してしまうかもしれないと思うと例えお粗末だったとしても実行に時間のかからない他人を危険に合わせる方法だろうと強行したい。

 マスターが悲しむ。それは勿論避けておきたいがそれ以前にフラタニアは僕の“妹”だ。

「フラン……?」

 声をかけられたにも関わらず部屋から出て行こうとする姉を一瞥もせずにフランは僕の顔を見つめてきた。

「フラタニアって子は、貴女の妹なのよね?」

「ええ、外見はおよそ姉妹に見えないかもしれませんが、ここでお世話になって居る鈴も含めて列記とした妹です」

「鈴の妹でもあるのよね?」

 次の問いには僕の後ろに立っていた鈴が直接「そうだ」と答えた。

「だったら私は協力するよ」

「ちょ、ちょっとフラン!?解ってるの?今の貴女は吸血鬼としての力も弱まっている。もしかしたら再生すら出来ずに死んでしまうかもしれないのよ!」

「でも鈴の妹だって言うなら放っておけないわ」

「——っ!だったら私が!」

 吸血鬼姉妹の言葉で僕は鈴が如何に好かれているか気づいた。たった一月ほどの時の中で彼女達は鈴を家族として受け入れ、鈴の妹の為ならと考えを変えようとしてくれている。

「駄目よ」

「どうして!?」

「お姉様は狂気がどんなものか知らないでしょ?吸い取っても制御出来なきゃ意味が無いもの」

「それならフラン、貴女だって——」

 レミリアの言葉を止めるように傍のメイドがそっとレミリアの手を取り優しく微笑む。そのまましばらく向かい合い、やがてレミリアは深いため息をついた。

「……好きにしなさい。咲夜、私はフランに何かあっても良いように準備しておくから後のことは任せるわ」

「承りました」

「鈴もフランの事を頼むわ」

「ああ、解った」

 レミリアは一度だけ愛おしそうにフランを見つめた後、一人で黙って部屋を出て行った。その後ろ姿に僕は頭を下げて見送る。

 こんな無茶に折れてくれた寛容で高貴なる者に敬意を示して、扉が閉まるまでの間はずっと頭を下げていた。

「で、この無茶を通す為にはどうすれば良いと考えてるんだ?」

 レミリアが部屋から出て一拍を置いた後に鈴が口を開いた。

「戦力としてはここに居る方と、現在交戦中の博麗霊夢及び上白沢慧音とおそらくはマスター、通里恭也も来ると思われます。ですが、フランさんと鈴に関しては今回戦力と数えられないので二人には物陰から様子を伺っていてほしいと思います」

「ちょ、ちょっと待て、フランはともかくあたしまで戦力外なのかよ」

 鈴は僕の言葉に真っ先に噛み付いた。確かに鈴は怪我もなく万全の状態だが、重大な欠点がある。

「鈴さん、天使化って出来ませんよね?」

「…ああ」

 確認を取るように尋ねると鈴が苦々しい顔で答えた。

「なら、今回は裏方でお願いします」

 戦闘の中心は霧の湖上空であり、飛行能力が無ければそもそもとして戦いに参加することすら出来ない。もし鈴が昔の『設定』通り天使化出来ると言うのならば空も飛べるのだが、この『設定』はマスターがまだ中学生の頃に考えた厨二全開なもので今は自然消滅している可能性もある。

 この能力が生きていたとしたら、僕と鈴は魔力の±(プラスマイナス)を反転させることで全く別の能力を使えるようになる。たった数度しか描かれる事のなかった『設定』ではそれぞれ僕が悪魔化、鈴が天使化することができたのだ。

 とは言え、これは昴やフラタニアが産まれるより前の話。マスターが忘れているだけかもしれないが。

「っち……。フラタニアは飛べるようになっているっつーのに何であたしだけ……」

「今は他人の境遇を羨んでいる暇なんて無いわよ。大人しく従いなさい。それで、私は何をすればいいかしら?」

 不満を漏らす鈴をたしなめながら咲夜と呼ばれていたメイドが先ほどまでレミリアの座っていた僕の対面にある席へと腰掛ける。

「実を言うと貴女の力を存じあげないのでメイドと言う職業から推測してのお願いとなりますが、前線ではなく多少下がった位置からの支援戦闘をお願いします」

「そう言うのは好杏向きだろ?好杏は何をするんだ?」

 僕の事をよく知る鈴が不思議そうに聞いてくる。確かにこうした支援戦闘は僕向きで間違いはないのだが、今回は他にやらねばならない事がある。

「風を操って雲を呼びます。先ほどの様子を見るに日光をエネルギーとする術を持って居る様子だったので日差しを遮れば弱体化とまではならなくとも、力の供給を立てるかもしれません」

 あのとき少し観察していただけでも、影の時は弱点となっていた日光を喜んでいたり植物の根のようなものを操っていたり湖に突如として生えた真っ赤な花を咲かせた樹木から分身を生み出したりと多彩なだけでなく弱点が減っている様子でもあった。

 影が乗り移る際に十字の杭が胸に刺さっていた事や日光から力を得ていた事から察するに樹木子に含まれる植物性と吸血鬼性が吸血鬼の狂気と噛み合い、お互いの弱点を打ち消して居るのかもしれない。

「天候を変えるならパチュリーに頼んだらどうだ?」

「残念ながらパチュリー様は魔理沙と一緒に図書館で異変の原因を探ってるわ。なんでも魔術的な作為を感じたそうで、全て片付くまでは誰も部屋に入れるなとのご達しを受けているわ」

「……んじゃ好杏しか居ないか。だぁー!あたしが戦闘に参加出来れば楽だってのに!」

 鈴が頭を掻きながら叫ぶ。鈴はお人好しだから役に立てないのがもどかしいのだろう。

「とりあえず、現在の状況を知りたいので湖に———」

 向かいましょう。と言おうとした僕の声を突如として大きな銃声がかき消した。全員が驚いで目を見開いて窓の外を見るが音の正体はわからない。

『ギィアアアアアアァァァァアァァアァアアァァァァ!!!?!?』

 そして残響が消えた頃、もう一度先ほどと同じ銃声が響く。ただし、今度は銃声だけでなく耳を鋭く突き刺す甲高い叫び声も共に響く。

 再び残響が消えた瞬間に僕らは無言で目を合わせてそれぞれ気を引き締めた。

「僕と咲夜さんは空から、鈴さん達は地上から敵に見つからないように湖に向かいましょう!」

 そう伝えると鈴達は黙ってうなづいて屋敷の外へと駆け出していった。同じ様に僕達も窓を開けて一気に飛び出す。

 門番さんが引き留めようと飛び上がってきたが、一緒にいる咲夜が目を合わせると何も言わずに門の前へと戻っていった。まるでテレパシーか何かで通じ合っているみたいだ。

 地上から来る鈴達を待つ意味もないので急ぎ湖へ向かうと、すぐ様その変化に気づいた。

 あれだけ存在感を放っていた赤い花の樹木が幹の途中から何かに穿たれたように削られ、そして倒れている。察するに先程の銃声の仕業だろうが、腑に落ちない部分がある。

 僕が色々と細工を試した時は不可思議な力に包まれて一切の干渉を受け付けなかった。いったい誰がどうやったと言うのだろうか。

 フラタニアはと言うと穿たれた樹木の前で見るものの魔力を削り取りそうな動きでもがいていた。

 折れた樹木の前で見るものの魔力を削りそうな動きでもがくフラタニアに気づかれない様に霊夢を地上の物陰に呼び状況を聞くと戦闘中に突然地鳴りの様な音が聞こえて——銃声のことと思われる——それとほぼ同時に樹木の頭が吹き飛んだのだと言う。

 全員が驚いて戦いの手を止めた所にもう一度銃声が轟き、今度は幹が弾けて倒れたらしい。

 そこまで説明した所で鈴達も到着したらしく静かに森の中を移動してこちらに合流する。

 それまではずっと決め手の無い戦闘が繰り広げられていた様で、霊夢は一度目を閉じて胸に手を当て深呼吸を数回行い、その後に口を開いた。

「それで、策は見つかったのかしら?」

 僕は答える。

「およそ策と呼べるものではありませんが、なんとか出来そうな方法は考えてきました」

「…聞くわ」

 霊夢は一瞬だけフラタニアの方を見やってまだもがいている姿を確認してから僕の顔を見た。僕もフラタニアを警戒しながら先程まで話していた事を簡素に纏めて話す。

「——という方法を取りたいのです」

「収めるべきところに収めるのは解ったけれど少し強引すぎないかしら?」

「時間をかければもっと出来ることはあると思います。ですが、今回はフラタニアの状態を鑑みて可及的速やかに事を収めたい。だからこんな策と呼べないような強引な手段を選ばせていただきました」

「何だっていいわ。そうと決まれば、今のうちに組みせましょ——」

 霊夢がそう言いながら躍り出ようとしたところで誰かが森の中から飛び出し、その手に持った剣でフラタニアの体を真っ二つにした。

「っな!?」

「はぁ!?」

「……っ」

 その人物は狂った様な笑みを浮かべながら乱雑に剣を振り回し、一瞬にしてフラタニアの事を微塵に切り刻む。

 切り刻まれたフラタニアは灰となって風に散り、そして再び折れた樹木からメキメキと這い出て来る。分身体であることは予想していたとは言え目の前でよく見知った姿が切り刻まれるのは思ったよりも衝撃が強く言葉が出なくなる。

「お、おい、あれって……」

「ええ、間違いありません——」

 いや、ただ分身が斬られただけならまだ衝撃は少なかったかもしれない。問題なのは斬り刻んだ者の方だ

 髪は乱れ、自分でも事態を理解していないのか眉根を寄せてなお争いの恍惚に歪んだ顔には眼鏡をかけ、来ている作務衣はよれて前がはだけかけている。 

 ——狂人。

 その言葉が相応しい。

「——恭也(マスター)……どうして……!」

 禍々しき剣を構え、分身体のフラタニアと対峙する恭也をみて言葉を漏らす。

「あの剣のせいね。これだけ離れた位置からでも十分に感じ取れるほどの禍々しい気。到底人が使える物じゃないわ。あんな神話クラスの魔剣なんてどこから手に入れたのかしら…?」

 魔剣と言われて僕はすぐに思い至った。あの剣は恐らくフラタニアが持うガベラティーンとは別の魔剣なんだろう。恭也や以前にフラタニアの呪い無効の体質に合う魔剣をいくつか創り出していた。

 その中には神話から力を流用した様なものもある。ここからでは恭也の持つ剣が何であるかは判断出来ないが、振るうだけで相手を刻み、吸血鬼の再生力をもっても癒えない傷を与えているところを見ると相当強力な力を持っていると見える。

「…いつまで見てるんだよ。加勢すべきじゃ無いのか?」

 鈴の言葉でこの場に固まっていた者達が動き出す。あの状況の恭也に近づいても大丈夫なのかは判らないが、ただ強力な力持つ剣を振りかざしているだけで勝てる相手では無い。

 フラタニアは剣の達人だ。しかも分身である事を利用して防御を捨ててでも恭也を斬ろうとしている。今はまだ大きな傷を負っていないけれど、このままでは恭也まで狂ってしまうかもしれない。

「僕はこのまま空に雲をかけます!霊夢さん達はマスターの援護を!」

「任せなさい!」

 戦闘を霊夢達に任せ、僕は天候を操るために自然への干渉を精霊に伝える呪文を紡ぐ。同時に火と水の魔力を練り合わせていく。

 その時だった。何かが頰をかすめる様に飛んで来た。咄嗟に飛んで来た方向へ顔を向けると離れた位置にいる恭也と目が合う。いやそんな生易しいものではない。

 蛇でもまだ優しいと思えるほど力のある眼光が僕を射抜き、動けなくなる。

「お姉ちゃん大丈夫?」

 もしフランに声をかけてもらえなかったら一生そうやって固まっていたかもしれない程の恐怖が身体を突き抜けたのだ。

 フランは手に何かを持っていた。それは先ほど頰を掠めた物で、鞘だった。

「……どうやら邪魔するなと言う事みたいよ」

 声のした方を向くと、何故か全身びしょ濡れになった霊夢達が立っていた。

「近づこうとしたら恭也が湖の水を巻き上げて来たのよ。おかけで濡れ鼠だわ」

「こちらも呪文を唱えてる最中に鞘が飛んで来て来ました……。心配ですが見守るしかないようですね」

 少なくとも敵と味方の区別がついていると言うことは、ある程度の理性を残して戦っているのだろう。もしくは、魔剣自身が気分の高揚など使用者の感情を昂らせるだけで精神を汚染しない物なのかもしれない。

 いくらなんでも無策で魔剣を握ったりはしていないはず。今はそう信じて見守ることしかできなかった。

 やがて変化が起きた。目に見えて分身体の出現速度が落ち分身が居ない間に恭也が樹木の根元を切りつけ始めた。樹木子は根で血を吸う吸血鬼、本体がいるならそこだと思ったのだろう。

 その読みは正しく、何度も剣を打ち付けているうちに抉れた根元から黒い結界の様なものが姿を表す。後は霊夢が結界を解いてしまえば本体が出てくるのではないかと思い、霊夢に頼んでみるが再び恭也に邪魔されて近づくことすら叶わない。

 しかも僕達の邪魔をするためによそ見した一瞬で恭也は腿を大きく斬られてしまった。

 腿は第二の心臓と呼ばれるほど身体でも重要な部分で斬られた傷からだらだらと血が溢れ出ているのが解る。恭也はそのまま剣を振り抜いて分身を倒したが、あのままでは出血で死んでしまう。だが、近づこうにも本人がそれを望まずに近づかれない様に邪魔をする。

 強引に近づこうとするのも一つの手だが、今度はその間にもっと大きな傷を負わされる可能性もある。

 考えていた事を全て恭也に壊されて、何も出来ない気持ちにやきもきしながら状況を見ることしかできなかった。

 何体目か判らない分身が倒され、何度目か判らない斬撃が結界に打ち付けられついに結界はガラスが割れる様にガシャーンと音を立てて壊され、恭也はその壊れた結界に手を伸ばし中からフラタニアを引きずり出す。

 同時に激しい閃光が辺りを包んだ。

 反射的に目をそらし、眩んだ瞳を開けて湖の絵を見る。そこにはフラタニアを抱きかかえた恭也の姿があった。しかしその姿は先程までと違いよれた作務衣姿ではなく真っ赤なダブレットに身を包み、狂った笑みも消えていつもの恭也の顔へと戻っていた。

 それはまるで恭也がフラタニアになったような姿(・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「不穏なる終わり」



—あとがき—

 今回は疲れました。もともと作っていた話を崩さないように気をつけながらも改変して読めるように、かつ話の筋を通せるようしなければなりませんでした。
 元々の書いていた頃はプロットなんて微塵も考えずにその場その場で展開を考えて書いていたために表現足らずが多く、今の自分が読んでも可笑しいと思えるという読むに耐えないもので、仕方なく書き直したのですが一度書いたものを修正するでなく書き直すのは結構大変なものですね。
 まあ、書き直した結果が良いとは言ってませんがね。
 と言うわけで疲れたので今回はおまけのキャラ設定紹介は無しです。次回も書き直しとか考えたくありませんがそうは言っても仕方ないので頑張ります。
 次回はちゃんとキャラ設定紹介もつけるので許してお兄さん!

 ではでは〜


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第十一話〜不穏なる終わり〜

ようやく一章の終わりが見えてきてかなり安心しています。
二章以降は書き直しも少なくて済みそうだし少しはモチベ上がるかな。
一章が終わればpixivで書いてない新しい話書けそうだし。


 俺は早る気持ちを抑えながらひたすらに走った。少しでも油断すれば意識を持っていかれてしまいそうなほど剣に意識を引っ張られている。

 やはり魔剣は魔剣。頼るべきではなかったのかもしれない。とは言え、鞘に戻そうにもこの剣は血を吸わない限り鞘に戻ることはないので今更悩んだところで遅かりし由良之助。

 既に剣は抜かれた。俺に出来るのは力を振りかざして前に進むことだけ。

 疲れは感じなかった。いつもならアドレナリンだかドーパミンだかがドバドバ出て居るのだろうとか考えそうだけど、この時の俺は何かを斬りたいと言う衝動を抑え込むだけでいっぱいいっぱいになっていた。

「……ふふっ」

 地をひたすら走り、湖まで戻りフラタニアを見つけた途端に笑いが漏れた。標的が見つかった事に心から歓喜に沸いた。標的であるはずがない。俺はただ止めに来ただけなんだから。

 —本当にそうか?

 目の前に自分で描いていたキャラクターが現れて、弾幕とか魔法が使える様になって自分の事を物語の主人公みたいに特別な存在とでも思っていたんじゃないか?まるでゲームのストーリーのように戦って勝てば解決するとでも思っていたんじゃないか?

 本当はただ戦いたいだけなんじゃないか?

 いや違う。……違う筈だ。俺は暴れるフラタニアを止めるために戻って来た。

 強く心を持って湖方を見る。何故か霊夢達の姿はなくフラタニアが一人抉れた樹木に向かって踊っていた。理由はわからないが今なら二人で話ができるかもしれない。だから話をしようと俺は草木の陰から一気に躍り出る。

 ただ俺はフラタニアに近づこうとした。この言葉に嘘偽りはない。なのに俺は手に持った剣を振り上げて縦一閃にフラタニアの身体を斬り裂いた。

 その刹那脳内には快楽が流れ込み身体を支配し、俺はさらなる快楽を求めて剣を振り回す。乱雑に適当に快楽を得たいがために振り回すとフラタニアの姿はどんどん崩れてあっという間に切り刻まれて灰と散る。すると今度は快楽を得られない事が残念でならなくなり、腹いせに抉れた樹木を斬りつける。

「何ヲシテルノジャ…?イクラ主様デモソノ樹ヲ傷ツケルノハ許サヌゾ!」

「……!」

 背後から聞こえた声に反応して振り向くと同時に肩に鋭い痛みが走る。反射的に剣を持ち上げなければ首が飛んでいたかもしれない。

「ふひっ」

 また、斬らせてくれるのか。ああそうか吸血鬼だから斬られただけじゃ死なないのか、それとも分身か?どちらにせよまた快楽を得る事が出来るなんて嬉しいのだろう。

 勢いに任せて斬りかかる。勿論正面からの攻撃が簡単に通るはずも無く、受け止められたがそれでもフラタニアの身体に切り傷を作った。

 それこそこの剣の能力“必中”なのだがそんな事はどうでもいい、こんなものじゃ満足できない。直接斬らなければ満足できない。

 斬り結ばれたまま力任せにフラタニアの剣を押しやり、よろけて居るところを横薙ぎに切り裂く。まるで豆腐を切る様にスッと入った刃はフラタニアの身体を胴を中心に二つに分ける。

 ああ、何て心地よい感触なのだろうか。でもそれも消えた。フラタニアの姿は先ほどと同じく灰となり風に散る。仕方ないのでまた樹木を斬りつけ、フラタニアが現れたら切り裂く。湧き上がる衝動のままに快楽を失った渇きを潤すために何度も繰り返す。

 次第に樹木は削れ中に隠れていたらしい黒い何かを斬りつける様になっていた。それが何かはわからないがとても堅くて壊し甲斐がありそうだ。

 気づくと空気に変化が現れた。いきなり湿気った風が吹き始め何かが起ころうとしていた。その風に好杏の魔力を感じた俺はその魔力の元に向かって剣の鞘を投げつける。無意識に風の魔法を使い弾丸の様に飛んで行った鞘は森の中に消えたが、森に入った瞬間に好杏と目があった気がする。

「恭也ー!手助けしにき——」

 鞘を投げた方向とほぼ同じ方向から数人の影が俺に向かって近づいてくるのが見えた俺は剣に風の力を乗せ湖に向けて剣を振り抜く。

 ズバァ!っと風で巻き上げられた水が壁の様に立ちはだかり数人の影を飲み込んだ。楽しみを奪われてたまるか。

「何すんのよ!」

 数人の影の中心には霊夢の姿があり、水をかけられた事に腹を立てて居る様子だったが、いくら師匠である霊夢と言えど俺の楽しみを奪うことは許さない。

「邪魔を、するなァ!」

 牙を剥き、霊夢を強く睨みつける。叫びに応じたのか霊夢達はボソボソと相談してから引き上げていく。これでまたあの黒い何かを壊しに行ける。

「クソォ!ナンナノジャナンデ主様ガ妾ヲ!」

 また復活したらしいフラタニアが憤りを口にしながら斬りかかってくる。俺の左肩に向けて袈裟懸けに振り下ろされた剣をいなしてそのまま斬りつける。

 フラタニアが消えるまで追撃を重ね、灰となったら黒い何かを斬りつけてゆく。何度目かわからない一撃が入ったところでピシッと音がした。あと少しで壊せると思ったら更に気分が高まる。

 そんな超絶気分の良い時にまたしても霊夢達が邪魔しに現れたので今度は小さな竜巻を起こして霊夢達に向けて放つ。何度も邪魔しやがって、仏の顔は三度までって言うが俺は仏じゃない次来たら剣のサビにしてやる。

 邪魔がいなくなったのでまた壊しにかかろうと樹木を見やるが樹木の姿は見えず代わりに今まさに俺を斬り裂こうと振り下ろされるフラタニアの刃がきらめいていた。

 霊夢達に気を取られていた俺は避けるにも受け止めるにも間に合わず身体を捻るも腿の部分を大きくえぐられてしまった。

 焼ける様な熱さが脳を痺れさせる。

 太い血管が斬られて大量の血が流れ湖に垂れて行く放っておけば出血多量で死ぬのは間違いない大怪我も快楽の海に浸された俺の脳は恐怖を感じずに目の前で俺の血を舐めるフラタニアに剣閃型の弾幕を飛ばして消し去ってから勢いをつけて樹木に埋め込まれた黒いものに向けて剣を叩きつけた。

 既にヒビの入っていたそれはこの一撃で硝子の割る様な音を響かせながら壊れた。

「主様!」

 壊れたものの中から伸びる手を俺は無意識に掴んで一気に引き抜く。樹木から現れたフラタニアの身体を引き抜いた勢いのまま抱きしめると同時に閃光が俺とフラタニアを包み込んだ。

 眩しさに目を閉じ、少ししてからゆっくりと目を開いて行く。まるで心が洗われた様に澄んでおり、意識もはっきりとしていた。

 剣は相変わらず握ったままだが殺戮衝動が湧いたり、意識が引っ張られることもない。

 何が起きたのかを理解する前にジワっと腿から激しい痛みが広がり全身から脂汗が吹き出す。痛みのあまり歯噛みし腿に手を当てると先ほど抉られた傷がじわりじわりと埋まってゆき程なくして完全に言えたではないか。

 もう痛みはないが、吹き出た汗が目に入りそうになったので顔の汗を袖で拭うと、俺はあることに気付かされた。

 服装が変わっているのだ。普段着ている地味な作務衣姿ではなくフラタニアの様に真っ赤なダブレット姿へと。

「クソォ!依代ヲ返セ!」

 狂気の残り火はフラタニアの姿を崩しかけながらも俺に切っ先を向けて吠える。

 どうやらフラタニアの身体を取り戻したことで取り込んでいた要素が消えている様だ。

「返せと言われて返す奴は居ないだろ」

「むしろ妾の能力を返してくれんかの?」

「黙レ!黙レェェェェ!」

 狂気の残り火は激しく憤慨して無動作に剣を振るう。するとボロボロになった樹木の方から根っこの様なものが伸びて来た。

「死ネ!死ネェ!死んで死ンデシマエェェ!」

 幾本もの根は俺たちを串刺しにしようと高速で迫る。だが不思議な事に俺には根の動きが良く見え回避行動を取ることが出来た。それもほぼ無意識に、だ。

 ただでさえ力を奪われているらしいフラタニアを抱えていると言うのに飛行と片手に持った剣だけで十分なまでに動き、しのぐことが出来る。

「アアアァァァアアァァ!!」

 いくら避けることが出来てもフラタニアを抱えたままでは攻めることも逃げることも出来ずに防戦を続けていると業を煮やした狂気の残り火が大きく吠えながら一度に多数の根を上方を除いた全方向から伸ばして俺たちを狙ってきた。

 とてもではないが捌き切れる密度では無いので上方に向かって飛ぶものの、明らかに空いた穴に対策がされて居ないはずもなくグネグネと曲がりながら根は追尾してくる。

 それだけでは無い。新たに何本かの根が湖から俺の進行方向に向かって飛び出したりしていてこのままでは当たるのも時間の問題かと思われたその時。

「——だらし無いわね」

 突如として現れた結界が包み込み、根の攻撃から俺たちを守った。

「さっきまでの威勢はなんだったのかしら?」

 二枚の結界によって攻撃を阻んだ強固な術。俺はこの術をよく知っている。

「霊夢!」

「魔剣に振り回されてこの私に水をぶっかけたこと、後で覚えておきなさいよ?」

 言葉の割に格段怒っているわけでもなさそうな霊夢がふわりと飛びながら俺の側に立つ。

「僕に鞘を投げた事も忘れちゃダメですからね?はい、これ剣の鞘です」

「格好付けしたいのはわかるけれど心配かけるのは良く無いわね」

「咲夜殿の言う通りだな。その身は君だけのものではないのだろう?」

 霊夢の後ろから続く様に好杏や咲夜が近づいてくる。みんな先程俺を助けに入ろうとしてくれた人達だ。つまり剣に踊らされた俺が危害を加えようとした相手でもある。

 なんとなく肩身が狭く感じた俺は顔を引きつらせながら好杏が差し出す鞘を受け取ってそのまま鞘へ納める。

「とりあえずマスターはフラタニアを連れて降りてください。詳しい話は鈴が知っています」

 そう言いながら好杏は森の一角を指差した。よく見るとそこには鈴が居て手を振っているのが見える。

「行ってください!」

 強い口調で言われて少しビビりながらも言われた通りに湖の辺りにある森にゆっくりと降り立つ。

 フラタニアが一人で立ったのを確認してから鞘に収められた魔剣をフラタニアに渡して鈴ともう一人、件の分身体と同じ姿をした宝石羽の少女に向き直る。

「ったく、あんまし好杏を心配させるなよな」

「あーいや、その……。すまん……」

「謝るならあたしにじゃなくて好杏にだろ?っつかなんだよその格好。似合ってねえぞ」

 鈴が悪態を吐きながら俺の姿をジロジロと見る。似合ってないと言われても知らぬ間にかわっていたしどうやって戻るのかもわからない。

「ねえ」

 鈴と話していると宝石羽の少女—フランだったか—が口を挟む。

「貴方って人間、なのよね?」

「ん?そうだけど…。なに血でも欲しいのか?」

「やめとけフラン。こいつの血なんて飲んだら腹壊すぞ」

「ひでえ」

 何気なく答えただけなのにちょっとばかし扱いが雑すぎやしませんかね?

「ううん。違うよ。血が飲みたいわけじゃなくてね。私が聞きたいのはさっきの動きのこと」

「動き?」

「うん。真っ赤な姿に変わってから急に動きが人間離れしていた気がしたから」

 それは自分でも気づいていた。狂気の残り火との攻防はちょっとした能力が使える様になったばかりのただの人間(・・・・・)が対処できるレベルではなかったと思う。

 明らかに動体視力が上がり、動作動作も素早くなっていた。だから高速の連続攻撃からも逃げることが出来たのだ。

「……なんとなく、じゃがな。主様と手を繋いだ瞬間に心がつながった様な気がしたんじゃ」

「はぁ?いきなり何言ってんだ?」

「一旦黙っておけ。……続けてくれ」

 茶々を入れる鈴にチョップを落として続きを促す。

「う、うむ。それでな。主様のその姿はまるで妾の姿を真似ている様に思わぬか?」

「まあ真っ赤だし、ダブレットがドレスの対だと考えればわからないこともないが……」

「じゃろ?だからの、その姿はきっと妾の力を最大限借りた姿なんじゃないかのぅ?ほれ、その姿になったら剣を持っていても狂気に狂ったりしなくなっておったし、妾の“呪い無効の体質”とかをじゃな」

「確かに剣で狂わなかった理由としては強いけど、あたしらの力は『設定』で五割までしか借りられないんじゃなかったか?」

「……そうか!」

 俺は今まで風魔法なりが使えるのを自己の空想を操る程度の能力だと思っていたが、鈴達に言わせればそれは俺が好杏達を描いた時に考えた『設定』でしかない。

 しかし『設定』通りなら好杏達の能力を借りられるだけで体質など生まれつき持つ能力までは借りられない。

 つまり自己の空想を操る程度の能力とは——

「——あたしらの誰かと繋がることでその能力を全て借りることができるって所か。随分と狡い能力を得てんな……」

「ははは……。と、ところで鈴はなんでここに?お前の性格なら頼まなくても戦闘に参加しそうなものだけど、なんかの作戦か?」

「誰かさんがあたしに飛行能力を与えなかったせいだよ!」

「あー……。なるほどな……」

「作戦はお前が暴れたせいで台無しになったよ!とりあえずフランがあの狂気を吸い取らせるのが目的だから隙ができたらフランを抱えて狂気の所まで飛べ!以上だ」

 逆鱗に触れてしまったもののなんやかんやで説明はしてくれた鈴に感謝しつつ俺はフランの手を取った。レミリアの妹だというフランも狂気に力を奪われているそうで自力では飛べなくなっているのだそうだ。

 鈴から逃げる様に森を移動して、地上から狂気に近づく。下から見る攻防は激しく、根による攻撃の手数と速さに攻めあぐねている様子だった。とは言え、霊夢達は四人と数によるアドバンテージが大きく徐々に狂気は押され、ついに霊夢の一撃を食らって大きく吹き飛ばされて樹木にぶつかり破片をまき散らした。

 この隙だと思った俺はフランと顔を合わせてから一気に大地を蹴って近づく、だが

「舐メルナ!」

 吹き飛ばされながらも体勢を立て直していた狂気の残り火は即座に俺に気づいて牙を剥きながら根を伸ばす。最速で近づこうとした俺は自身の勢いが災いして回避行動が取れずに正面からぶつかりそうになる。衝突に備え、せめてフランだけでも護ろうと身体を丸めて抱き込み目を閉じる。

「『爆符:——」

 いやはや、俺はとことん悪運が強い様だ。

「——メガフレア』!!」

 地底でお空が放った技に良く似た火の玉が後方から飛来し、迫り来る根を容赦なく消し炭に変えてそのまま狂気の残り火さえも燃やそうとする。

「フラン!」

「いいよ。投げて!」

 予想外の一撃で焼かれ今度こそ隙を晒した狂気の残り火に向かってフランを投げ飛ばす。火だるまになった狂気の残り火に抱きついたフランはその燃え盛る首筋に牙を立てて炎もろとも全て吸い取った。

 狂気は凄まじい断末魔を放ちながら消え、辺りには静寂が訪れる。

「……」

「…どうだ?」

「……」

「フラン?まさか……」

 黙ったままのフランに皆が警戒して見守る中、フランはゆっくりと顔を上げて笑った。

 その笑顔は歪んだりしていない明るくて可愛らしいもので彼女が狂気に呑まれたりしていないことは火を見るより明らかだった。

「なんて言うか怖がっていたのが馬鹿みたいね」

「うにゅ?馬鹿って言った?……というか、あれ?ここはどこ?」

 フランのぼやきとお空の言葉で皆の緊張が解け、それぞれは笑みを浮かべながらため息をついた。

 それからは湖や周辺の後片付けをする事になったのだが、真っ赤になっていた湖は気づけば青く戻っており、霧も出てきたため最低限樹木の破片などを湖から取り除くだけで終わらせて、この異変は幕を閉じた。

 とはいえ、局地的で地底を除けば被害も少なかったものの謎が多く残り原因も判明していないため好杏は調査をするらしい。

 霊夢は霊夢でレミリアに話があるとかで紅魔館組と一緒に紅魔館へ向かってしまったので、後に残る慧音さんに未だに眠っているチルノと永遠亭に居る昴の事を任せて俺はフラタニアと一緒にお空を連れて地底へと戻る事にした。

 目的のためにそれぞれが飛び立ち、霧が深くなった湖のほとりに二人分の影が森の陰から姿を現わす。二人とも緑を基調としたポンチョを被りその顔と性別は判らない。

「ひとまずこれで解決、ですね?」

「とりあえず、だけどな。さて俺達も帰るか、あんま遅いと心配させちまう」

「……一晩経ってる時点で今更感が凄いですけどね」

「それをいうなって…予想外のことばかりだったんだから」

「はいはい。言い訳は後にしてください。行きましょう。キョーヤさん(・・・・・・)

 

 

To Be Continued……・

 




次回「異変の終わり、その後」


—あとがき—

キャラ紹介しようかとおもったけれど、紹介する人が特に居ませんでした。ごめんね。
一応、次回で話自体は一区切りが付きます。
異変が終わったものの、異変が解決したわけではないため一部のキャラは引き続き異変に関わって行く方針です。
最後の二人に関してはそのうち判明するのでご期待ください。

……あ、そうだ。謝らないといけないことがありますね。
1章が終わると霊夢の出番が極端に減るけど気にしないでね!


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第十一話~異変の終わり、その後~

筆が乗らなかった。
その事を否定はしない。でもおかげで構想はどんどん練ることが出来ました。
後は形にするしか無い!!


 みんなが去っていくのを確認してから僕も行動を開始した。フラタニアの事も気になるが今は恭也(マスター)に任せ、昴の様子を見にいくことにして永遠亭へと向かう。

 あの時、樹木が弾けた時に聞こえた銃声は昴の物だと思う。なぜそう思うかというと、取材と通してこの世界の情報も集めたが銃火器の類はまだこの世界には持ち込まれていなかった。更に言えば音の聞こえた方向も迷いの竹林がある方向であり、怪我をした昴が運び込まれるとしたら永遠亭である可能性が高い。

 永遠亭のある迷いの竹林は龍脈の影響を受けた特殊な地域であり、更に結界も貼ってあるため目的地にたどり着くのは難しくなっている。まあ、僕は解呪の魔法を頼りに竹林を真っ直ぐに突き抜けて永遠亭へたどり着く事ができるのだけどね。

 門戸を叩きしばらく待つと、中から兎の耳をつけたブレザー姿の少女が顔を出した。この永遠亭に住む鈴仙・優曇華院・イナバだ。

 うどんげに事情を話すと永遠亭の奥へと連れて行かれた。とても長い廊下の先には古風な木造建築には似つかわしくない重厚な鉄の扉が待ち受けていた。閂に錠前まで付いた鉄扉が開かれると、中は窓が1つだけある無菌室の様な場所が広がっている。部屋の真ん中にはベッドが1つ置いてあり、

「やぁ、好杏じゃないか。会いにきたって事は黒い気は祓えたのかな?」

 やたらと元気な昴が横たわっていた。

「はい。とりあえず目下の問題は無くなったかと。事後調査はこれからです」

「それに関しては悪いけど好杏達に任せるよ。私はほら、見ての通りだから」

「……そうですね」

 僕は目をそらしながら答える。別に昴の姿が見るに堪えない言うわけではない。ただ、笑いを堪えようとした結果、目をそらさざるを得なかったのだ。

 と、言うのも、

「…んふっ。あ、あの、昴さん」

「ん?どうしたかな。好杏君」

「どうして、そんな仮面ライダーめいた姿に、っくふ…なって、あはは。いや、無理です!おかしくって我慢できません!あはははは」

 昴の身体は両手両足と胴に鉄の輪のようなものでベッドに固定されており、首だけが動かせるようになっていた。

「おい、好杏…。私はこれでも怪我人だぞ。笑うなんて酷いんじゃないか?」

「そ、そうは言われても。ふふっ。こんなのアニメでしか見た事ないですよ」

「仕方ないだろー。無理して動いたら永琳の逆鱗に触れちゃったんだからさ」

 そう言われて思い出す。確かにマスターが助けに入った時に昴は大きな傷を負っていた。しかし、強い精霊をその身に宿す昴からしたら死なない限り大抵の怪我は治せるはずだ。それなのに目の前でベッドに縛られている昴は身体の各所に包帯を巻き、痛々しい姿となっている。

「もしかして、思うように治癒出来ないんですか?」

「んー。まあそんな感じ。なんか精霊が上手く答えてくれないんだよねー」

「仕方ないですね」

 僕は窓を大きく明けてから風を操り、外から暖かな風を部屋に入れ込んだ。日差しと魔力を受けた暖かい風は身体の活性を促すことで傷を内側から治していく。遅効性な上に日中しか使えないので戦闘中だと役に立たないが、身体にかかる負担も少ないため長期的な傷の治癒には向いている。

「とても優しい、いい風だ。……それで、好杏は何を話に来たんだ?」

 流石、同じマスターから産まれたもの。話が早くて助かる。

「早く治してくださいね。今回のことで解りました。僕達は一刻も早くこの世界に魂を定着させなければなりません。そうしなければ僕も昴さんもフラタニアの二の舞は避けられない」

「焦るのは解るが。でも、そればっかりは急ぐわけにも行かないだろ。世界に認められるには堅実に過ごすしか無いんじゃないか?」

「それは…そうですが…。今の僕達はようやく存在が確立してきたばかりで外部からの影響を色濃く受けてしまう。だから―」

「―そうだな。だからこそ焦らずに行こうじゃないか、無理に魂に刺激を加えたら、それこそフラタニアのように『設定』を逸脱するような事態も起こるかもしれない」

 昴の言うことはもっともであり、そこに反論の余地は無かった。確かに危険を侵す必要はない。

「フラタニアは」

「ん?」

 それでも強硬に出たいのには理由がある。

「今回の異変により存在を確立し、この世界に認められました。今まで実体化すらしていなかったフラタニアがこの短期間で存在を確立した理由。それはおそらく異変によってこの世界に認知されたからだと踏んでいます」

「……だからって異変を起こそうっていうのか?」

「必要ならば、それも有りかと考えてました」

 昴は長い溜息をつくと首を動かしてそっぽを向いた。

 少し間を開けた後に、明らかに落胆した声で、

「私達の都合でこの世界に迷惑をかけるのは却下だ。今回のことで私の生徒であるチルノが巻き込まれてる。慧音から任されてる私の生徒をこれ以上巻き込みたくない。それに主はそんな方法で私達が世界に認められても喜ばないよ」

 そう言った。

 そんな事は僕だって解っている。

「早とちりしないでください。僕はただ今回の異変によって何故フラタニアの存在が確立したのか、それを調べようとしているだけです」

 争いは好まない。だが、争いは必ず起こるだろう。これは僕の勘でしか無いが、異変に人為的な作為を感じたのだ。

 第一、タイミングが良すぎる。存在が希薄な僕達が現れた途端に、大人しくなっていたはずの狂気が依代を求めて暴れだすなんて出来すぎている。もし誰かが作為的に異変を起こして居るのだとしたら深入りしないように気をつけながら調べるべきだ。偶然か否かはさておきフラタニアの存在を定着させた何かがあるのだから。

「では、また魔法をかけに来ますので、それまでしっかりと療養してくださいね」

「はいよ。なにか解ったら教えてね」

「はい」

 本来の昴であれば宿した精霊の力を行使し自らの肉体を治癒することなど容易い。だが今の彼女はそれができていない。これは僕達の存在が不完全な状態だからだと思われる。『設定』とてどこまで反映されているのか解ったものではないんだ。実際、人であるはずのフラタニアは存在を半人半妖へと変えられてしまった。

「はぁ……」

 ようやく肉体を得たのに問題ごとは山積み、しかも他の世界に迷惑をかけてしまっている。昴に言ったことも半分は本当だ。このまま不完全なままでいるくらいならフラタニアの様に異変を利用し『設定』を書き足しても良いのではと思っている。だがそんなことをしたら博麗の巫女、そして恭也(マスター)が黙っちゃいないだろう。それは僕達として避けたい自体だ。

「お疲れのようですね」

「わかりますか……」

「瞳の色、呼吸、決定的なのは顔色ですけどね。休息が足りてないのではないですか?」

 事実、うどんげの言う通りここしばらくの僕は休まずに動き続けている。

 天狗の新聞コンテストが近いとかでネタ探しに次ぐネタ探し、それに加えて僕は自分の時間を鈴や昴と過ごしてフラタニアに関する情報を集めていたりもした。そして昨日の一件でマスターが地底にある旧地獄に直感を得てからの張り込み。正直なところ回復魔法による強引な肉体行使にも無理が出てきている。

「私としては、今の状態の好杏さんを帰す事には賛成出来ませんよ?」

 うどんげは赤い目を光らせながら僕を見る。きっと彼女の目には僕の乱れた波長が見えているのだろう。

「なに、少し寝れば元気になりますよ」

 それでも僕はなお強気な凛とした態度で返す。

 休めるのなら休むが今日は帰ったら(あや)とネタのすり合わせをして明日からは新聞を作り始めなければならない。つまるところ、まだしばらくは僕も文も仮眠すら取れないと言うわけだ。

「その少しすら休めてないのがバレバレですよ」

「ですか」

「です」

「しかし困りました。僕はまだ休めないのです」

「……はぁ」

 うどんげは諦めたのか、深い溜め息をついてから数本の小瓶を差し出してきた。

「波長は見ていたので渡すか悩んだのですが、一応は師匠から頼まれてたので渡しますね」

「これは?」

「魔力増強剤です。魔力神経を活性化させることで一時的に体力と魔力を高める薬です。飲むのは一日につき一本までにしてください。後、今の様な状態で使った場合は数日後に反動が来る可能性も念頭に入れてくださいね」

 僕は一切の躊躇なくいくつか渡されたうちの一本を飲み干す。優先すべきことは文と作り上げる新聞であって、マスターと会い繋がりを得た今となっては残りの体力を全て注ぐくらいの所存だ。そんな様子を見てうどんげは更なるため息をついていたが、僕からしたら思わぬアイテムに感謝しかない。お礼を伝えてから文々。新聞の事務所へと帰った。

 まずは新聞を書き上げて、そして終わったら異変の調査と乗り出そう。そう決めた僕は湧き上がる魔力に笑みを浮かべながら文々。新聞の事務所へと急いだ。

 当然、数日後に僕は気怠さと疲労で動けなくなったのだが、それは別の話。

 

 

 ***

 

 俺は危なげの無くなった飛行で地底への道を進んでいた。

 服はすっかりとボロボロで大きく斬られた腿の部分には血が滲んでおり、傷の大きさを物語っていた。もっとも、傷はすでに塞がり痛くも痒くもないのだが。

 あれからしばらくして俺の姿に起きた変化は戻り、今は元々着ていた作務衣に外套を羽織った状態になっている。フランの言ってたような人の枠を超えたような動きももう出来ない。結局の所、自分の能力に関しても確証はなく、コントロールもまだ出来ない。ひとまず能力については暫定的に“リンク状態”と仮称することにした。

 リンク状態についてわかっているのは、身体能力の向上とリンク相手(仮定)の能力を通常よりも多く引き出す事ができる事の二つだけ。身体能力の向上については、人の身体では耐えられないようなハイG(高遠心力)に対して負荷をほとんど感じないほど頑強になったり、普段は眼鏡無しじゃ私生活すらまともに送れない視力が眼鏡なしでも対岸の紅魔館がはっきりと目視出来るほどの超視力になったりした。これは推測だがフラタニアも同じ程度みえるらしいので、身体能力もリンク相手と同じ程度になるのかもしれない。

 ところで、なぜ地底に向かっているかというと、

「うにゅ?そういえばお兄さん達は誰だっけ?」

「さとりの知り合いだよ。その質問、三回目くらいだぞ」

 今回の異変で黒い影に取り憑かれていたさとりのペット、霊烏路空(れいうじ うつほ)ことお(くう)を地霊殿へ送り届け、ひとまず異変は解決した事を伝えるためだ。

 このお空は八咫烏の妖怪らしいが、文字通りの鳥頭で非常に話しづらい。こんなのが核融合を操る程度の能力を持っているなんて隣を飛んでいて不安でならない。

「それにしても、主様は急に飛ぶのが上手くなったのう」

「ああ、今まではなんとなくで能力が使えてたんだけど、なんか感覚がつかめるようになったのか制御しやすくなったんだよね」

 これもリンク状態になってから起きた変化だ。そもそも魔法という人智を超えた力を使っている訳だが、正直に言ってどうやって使っているのかはよくわかっていなかった。その上、形のない風というものに乗って飛ぼうとしていたから昨日はフラフラと頼りない飛び方になっていたのだが、リンク現象後は風が見えるようになったのでどうやって乗れば落ちないのかが解るようになった。

 それに今はこの力が自分の身の丈に合っているとさえ感じている。

「主様は人じゃ。その事を忘れるでないぞ?」

「わかってるよ」

 魔法が当たり前になってはいけない。これは人の枠を超えた力だ。それは俺もわかっている。

 そうこう話しているうちに旧都を抜け、俺達は地霊殿へと戻った。飛んでいる間も見ていたが旧都は所々に建物の損壊が見え、全体的に被害が大きいように思えた。

「ただいまー!さとり様ー!」

 地霊殿へ入るやいなやお空は駆け出して奥の方へと消えていった。

 どうしたもんかとしばらく玄関で待っていると、さとりがお空に背中から抱きつかれながらやってきた。そんな状態でもサードアイを俺達に向け、ズリズリと抱きついているお空の足を引きずりながらゆっくりと近づいてくる。

「どうやら色々あったようですね。ひとまず異変の解決、ありがとうございます。それに加えてわざわざお空まで送ってもらいまして感謝のしようがございません」

 ようやく目の前まで来たさとりは仰々しく頭を下げながらそう言った。堅苦しい態度に俺とフラタニアが怪訝そうな顔をすると、さとりは少しため息を付きながら、

「ささやかながら、食事の用意がございます。またこの地底には温泉がありますので通里さん方がよろしければ疲れを流していってください」

 とのことらしい。

 要するに礼がしたいらしい。むしろ俺はお空に助けられた立場だからお礼をするならばこちらだと思うのだが、それを言おうとしたらさとりは口の前に指を立てて薄く微笑んだ。流石に野暮だったか。

 まあ、温泉は好きだし可愛い女の子がお礼をしたいと言っているのだから断る理由もないな。

「主様……?」

「らしいぞ。フラタニアも温泉好きだろ?」

「そうじゃけど……」

 フラタニアはどことなく不服そうだったが、やがて諦めたようにため息を付いて「わかった」と呟いた。

「じゃあお世話になろうかな」

「やったー!さとり様とお風呂だー!」

 お空が元気に叫んでさとりを強く抱きしめる。ちょっと苦しそうではあるが、自分で解こうとは思わないらしく、お燐が来て引き剥がすまでそのままされるがままだった。

 後でお燐から聞いたのだが、さとりはペットに対して甘すぎて大抵の事を許してしまうそうだ。それにしても重くないんですかね。お空とかさとりより頭3つ分より背が高いと思うんだけど。

「これでも妖怪ですから」

「ああ、そういえばそうか」

 人間と変わらないように見えるから、つい人間の物差しで測ってしまうな。

「……通里さんくらいなら片手でも支えられるのよ?」

 俺はさとりより頭二つは高いし、そもそも男であるためさとりと比べればかなり重いはずだ。もし俺より頭二つ高い大男を持ち上げられるかと問われればそれは無理な話だ。鍛えればどうこうできるなんて次元を超えている。

 いや、待て。

「今、さとりは『支えられる』って言わなかったか?」

「そうだったかしら?」

 雑にはぐらかされてしまった。確かに女の子で力持ちなのをアピールするのはそんなにいい気はしないのかもしれない。まあ、この体格差を支えられるだけでも結構な力があると思うけれどね。

 そんなこんなで妖怪の力について話しながらお燐の先導で地霊温泉と呼ばれる施設までやってきた。日本の古き良き旧家のような外観で庭園までついた立派な建物で、思わず感嘆の声が漏れる。これは素晴らしいという他ないだろう。

 ウキウキとした俺の心でも読んだのかさとりがくすくすと笑いながら「中へ」と誘導した。内装も正しく古民家そのもので、時代を感じる見た目ながらにどこか懐かしさと安心感を醸し出す空間が広がっていた。

「まだ温泉にも入っていないのに、こんなに楽しんでもらえるなんて鬼の皆さんも喜ぶと思うわ」

「じゃあここを作ったのは鬼なのか……。へぇー……」

「旧都は建造物の損壊もよくあるのだけれど、その度に直しているのも鬼よ」

 この地底では鬼が大工仕事をするようだ。

「報酬もお酒を用意するだけだからとても助かるわ」

「なんか黒いな」

「そんな事ないわ。そんなことより脱衣場はこっちよ」

 またしてもはぐらかされた気はするが、わざわざ藪を突くのも馬鹿らしいので素直に暖簾(のれん)をくぐると、棚と籠の並んだ銭湯の脱衣場のような部屋に繋がっていた。

「貸し切りなんで、好きな籠を使ってください!」

 っておりんは言うけど、俺は男だぞ。お空が服を脱ごうとしてるってことは、ここって女湯じゃないのか?

「ここは混浴なのか?」

「違いますが、貸し切りですから気にしないでください」

「……男湯はどっち?」

「別に私達は気にしませんよ?」

「俺が気にするわ!」

 美少女に囲まれて混浴とか頭がどうかしてしまう。現にお空なんか早速服を脱ぎ散らかして、その豊満な胸を一切隠そうとすることもなくさとり達が脱ぎ終わるのを待っているのが視界の端に見える。見ないように意識はしているが無理な話だ。意思に関係なく目が追ってしまう。

「じゃあ、男湯(向こう)で私と一緒に入ろうよ」

「ああ、そうするか()()()

 なるべくお空の方を見ないようにしながら、そそくさと逃げるようにして女湯の脱衣場を抜け出して、廊下の先に見える青い暖簾のかかった部屋に入る。

 女湯の脱衣場と同じような間取りで、同じようにロッカーと籠が並んでいた。違うとすれば女湯の脱衣場には洗面台の前に化粧品らしきものが複数あったが、こちらにはちり紙とドライヤーのようなものがあるだけ。って、これじゃ女湯の観察をしてたみたいじゃないか。まぁ否定はしないけど。

 背も女性としては高めで足もすらっと長く胸まで大きい。性格こそ子供のようではあるが、外見だけならお空はモデルのような体型だ。お燐もお燐でキリッとした猫目なのに、どこかあどけなさが残る顔立ちで可愛らしく、さとりも初めは中学生くらいの女の子のようにしか思わなかったが、今はお姉さんのような安心感がある。

 心を読まれているはずなのに嫌な感じもしない。むしろ、気の使い方が上手く心地よさまであるほどだ。紅魔館の美鈴も気遣いが上手だが、それとも違う良さがある。本人は読心が相手にとってあまり良く思われない能力だと思ってるみたいだけど、少なくとも俺は好きだな。なんと言っても言わずに伝わるのは楽だ。まだ知り合ってから二日しか経ってないけどな。

 ところでなんだが、お空にしろ、お燐にしろ、さとりにしろ肌が凄く綺麗な気がするのだが、温泉の力だろうか?

 中でもお燐は断トツで綺麗だと思う。恐らく手入れをしているのだろうが、綺麗過ぎて羨ましさすら覚えるね。さとりも()()()の様にもちすべ肌っぽいし。

「お兄ちゃんっ!手が止まってるよ!」

「ああ、すまん」

 そういえばさとりが膝に乗ってた時、ここの備置きシャンプーと同じ匂いがしたな。

 ……いかん。このまま考えていると危ない事まで考えてしまいそうだ。それもこれも、外見と中身のギャップがあるせいだ。あんなに一緒にいて安心できるなんてずるい。俺はロリコンじゃないってのに。

「お兄ちゃん!!」

「……」

 あれ?

「もう!手を止めないでって言ってるでしょ!」

 俺は何をしてるんだ?なんで、こいしの髪を洗ってるんだ…?

「ん!」

 こいしが頭を差し出してくるので、慌てて手を動かす。さほど長くないにしろ、量のある髪は泡でモコモコになっており、ずっしりとした重さもある。

「なぁ、こいし」

「なーに?」

「いつから一緒に居たんだ?」

「いつって最初から居たよ。背中流しっこしたでしょ」

 全く記憶にございません。意識の外、無意識の中に居たのだろうか。

「……髪を流し終えたらさとりの居る女湯へ戻ってくれ。いいな?」

「えー」

 えー、じゃないんだよ。えー、じゃ。一緒に入っていい見た目じゃないんだよ。と言うかタオル巻けよ。髪を洗ってるのに迂闊に視界に入れられないだろ。

「いいから戻れ」

「はーい」

 思ったよりすんなり帰ってもらえるようで良かった。あまり長く居るのは俺の精神上よろしくない。

 しかし…、ふむ、こいしもあどけない顔や背丈で子供のような印象があったが、それなりに成熟した身体ではあるようだ。実際、見た目より生きているのだろうし。

 妖怪ね。人間(俺達)とそう変わらない様に見えるんだけどなぁ。

「よし、泡流すぞ。目を瞑って耳をたたみな」

「はーい」

 頭を突き出しながら耳に手を当てたこいしの上から、桶に入れた湯をゆっくりとかけていく。当然、熱くない事は確認済みだ。

 何度かお湯をかけて、しっかりと髪の内側の泡を洗い流してから頭を上げても良いと伝える。するとこいしは犬のように頭を振り回して水を飛ばした。当然、真後ろに居た俺はその水を全身に受けた。こいつめ…。

「さっぱりしたー!お兄ちゃん髪洗うの上手だね」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、水飛ばさないで…。眼鏡がなかったら目に入ってたかもしれないだろ…」

「えー」

 えー、じゃない。

「もういいや…。とにかく女湯に戻ってくれ…」

 そう言ったものの、こいしは出ていこうとせず、なんとか説得するのにかなり苦労してしまった。ほんと、頼むから羞恥を持ってくれ。妖怪だからとか、女性の実力者ばかりだから男が気にならないとか、そういう問題じゃない。温泉で身体を癒そうと思ったのに、かえって精神をすり減らすとか勘弁してほしいんだよ。

 眼福でしたけど!

「酒飲も…」

 実は、貸し切りの温泉に入るにあたってさとりにお願いしたことがある。それはお盆に乗せたお酒だ。日本人の大人なら温泉に浮かべて温泉と酒を同時に楽しむ事を一度は夢見たことがあるだろう。

 本当は温泉によって血行促進された状態でお酒を飲むのは身体によくないらしいが、それでもやってみたかった。

「しっかし、露天風呂まであるんだな。いや、露天でいいのか?洞窟風呂か?」

 非常に広くヒカリゴケによる明かりもあるため解りにくいが、ここは地の底だ。当然ながら天井だってある。が、気分的に露天ならそれでいいか。うん、露天風呂だな。

 柵に囲まれているため景色なんかは見えないが、温泉とお酒があるだけで最高だ。

 最高なのだが、

「いかん、これは回る」

 思った以上に酔いが回るのが早い。元から弱いってのもありそうだが、温泉に浸かりながらだとここまで早くなるなんて知らなかった。

「大丈夫?」

 不意に、もたれていた柵の向こうから声が飛んでくる。

「さとりか?」

「ええ、露天風呂の方へ出てきたのは気づいたから柵の裏に居たのよ。お酒を飲んでいるんでしょう。心配だったし」

「まさかと思うが、柵越しに俺の心を読んでるなんてこと無いよな?」

「流石に無理だから安心して」

 とは言ってるが、ちょっと信用ならないよな。

 そのまま会話が途切れ、しばらくの間は温泉が流れるちょろちょろという音だけが響いた。やがてその静寂を切るように柵の向こうから、

「通里さんには感謝してるの」

 と聞こえた。

「藪から棒にどうした」

 さとりは問いかけに答えること無く、少しの無言の後に、

「……ねえ、通里さん。通里さんは読心についてどう思うかしら」

 そんな事を聞いてきた。まったく、本当に藪から棒だな。

 読心、文字通り相手の心を読む能力。悟りの妖が元より持つ固有能力だ。心を読まれるなんて、普通は嫌悪を覚えるのだろう。そして思ってしまったら最後、どんなに表面を取り繕おうが心を読めるさとりは一瞬でそれを理解してしまう。

 試されてるのかな。

「俺は別になんとも思わないな。強いて言えば羨ましいよ。俺は人に合わせるのが苦手だし、相手の考えて居ることもあまり察せれないからな」

「嫌じゃないの?」

「そんな常日頃から読まれて困るような事を考えてないよ」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」

 さとりの返答は歯切れが悪く、俺が求められてる答えを返せていないのだろうと思った。とは言え、他になにもないんだけど。本当に心を読まれることに関しては格段何も思わない。問題ごとは多そうだが、それを補って余りある能力ではあると思うし。

「さとりも言ってたじゃないか『心を読んで嫌がらせをするなんてしない』って」

「あっ…」

「それどころか心を読むことで細かく気配り出来てるみたいだし、それは悪い使い方じゃないよ。だから嫌って事はないかな」

「……」

 俺の答えが正解かは判らない。でも、間違いなく俺はそう思っている。

 第一、読まれるのを強く嫌がるって事は自分から後ろ暗い事を隠してますって言ってるようなものだ。そりゃあ、俺だって秘密の一つや二つあるけれどさとりなら読んだとしても滅多な事はしないだろう。

 さとりは家族思いのとても優しい少女である。これは昨日の会話や、今日の会話などで確かに感じた事だ。

「まぁ、なんだ。そんな卑下になるなよ」

「……ふふっ」

「お、おい。笑わないでくれよ」

「通里さんは変わり者ですね」

「否定はしない。でも他人を気にしすぎるさとりも十分変わり者だよ」

「そうかもしれないわね」

「お、素直だな」

「誰かさんを見習ってみようかと思いまして」

 話の流れ的に“誰かさん”って俺のことだと思うんだけど、俺ってそんなに素直か?それとも霊夢のことでも指してるのだろうか。

「……解ってると思うのだけど、誰かって貴方の事よ?」

「大丈夫だ。俺はラノベの主人公みたいな鈍感さは持ってない。っていうか壁越しじゃ心は読めないんじゃなかったのか?」

「読めなくてもそれくらいは解るわよ。何年覚り妖怪やっていると思ってるのかしら」

 なるほど、人の心の動きをずっと見てきたから、たとえ読まずとも予測が出来るのか。幻想郷の中には念話と呼ばれる術を使う者も居るみたいだし、式を使う者だっている心を読む相手がその場に居るとは限らない。となれば後は経験が頼りって訳だ。

「強いな。さとりは」

「これでも旧地獄を統べる地霊殿の主ですから。見た目で判断されたら困るわ」

 そうだな。さとりは見た目通りじゃない。本当に痛感させられるな。

 俺は口角が少し上がるのを隠すように猪口(ちょこ)を口元に当てて一気に煽る。丁度、その時だった。

「――!」

 ヒヤッとした白いものが俺の鼻先に触れたのだ。

「雪…か……?あれ、でもここって」

 地底だよな?

 そんな疑問に対してさとりは、

「雪くらい降るわよ。冬なんだから」

 そう言った。

 そう言われれば、そら冬なら……とはならんだろ。地底洞窟だぞ。あ、いや、でもここまで広いと雲も出来るのか?地底は灼熱地獄の熱がなければ寒いみたいだし雪も降るのか…?

「なんとなく考えてることが解るのだけど、地底にも四季はあるわよ。流石に旧都から離れた所は夏でも雪が降る場所はあるけれどね」

 一体どういうことなんだ。

「これは、守谷の巫女が言っていたことなのだけど、幻想郷では『常識に囚われてはいけない』のだそうよ」

 それは何となく分かるかもしれない。魔法にしろ妖怪にしろ常識の外にあるものだ。今は折角の雪だ風流だなくらいに思っておけばいいだろう。

「さて、私はそろそろ上がるわ。通里さんを待ってて随分と長風呂してしまったし」

「それは悪かったな。俺はもう少し浸かってくよ」

「お酒も飲んでいるのだから早めに上がってね。嫌よ。昨日の今日で貴方をお燐に運ばせるなんて」

「気をつけるよ」

 異変は解決した。しかし、俺にとってはこれからが大きな問題だ。

 昴と鈴はすでに会っていた。そして今回の異変を通じて好杏とフラタニアにも出会えた。俺が妄想で描いていた創作物(キャラクター)達。

 僕は彼女達を向き合わなければいけないだろう。俺が幻想郷に来た意味。きっとそれにも通ずることだから。

 あーいかん。酔いが回っているのかどうにも思考が偏る。……仕方ない。上がるか。

 一抹の不安を乗せてそっと付かれたため息は温泉の湯気に混じって消えた。

 

 

 

……To Be Continued



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終幕~樹木はやがて地に落ち着く~

「痛い」

「みたいね」

「さとり」

「はいはい。解ってますよ」

 さとりは横になった俺の首を支えるように持ち上げ、スプーンを使って食事を口元まで運んでくれる。

 咀嚼の必要が少ない粥状の食事はすんなりと喉を通るが、それでも身体の節々から筋肉が張る痛みを生み出す。

「例の変身は駄目なんだっけ?」

「らしいよ」

「難儀な能力してるわね」

「まあ、死ぬほど痛いけど、死ななかっただけマシだと思うさ」

 俺は今、地霊殿にて療養をしている。というのも先の狂気異変の後、さとりの好意で地底の温泉宿泊施設に泊まったのだが、翌日目が覚めると俺は全身の筋肉痛で指先一つ動かせなくなっていたのだ。

 わざわざ出張してくれた永遠亭のウドンゲが言うには『急速な肉体の活性化に身体がついて行けなくなった事による反動』とのこと。

 すぐさま理解したね。ダブレット姿になったあの能力を使ったからだと。人間離れした動きとそれについていけた動体視力と強靭化していた肉体、なによりも負った傷がすぐさま癒えた回復力、何かしらの反動があることは少しだけ考えていた。

 初めは能力使用による超回復で筋肉痛も治せると踏んで再びダブレット姿へ変身し、確かに筋肉痛は治った。だが、治ったのはその時限りで、能力解除してしばらく経つとまた全身が張るような痛みとともに動けなくなってしまった。

 結局の所、自然治癒を待つしか無いらしい。

「本当、助かるよ。こんな親身に看病してもらって」

「良いのよ。私が好きでやってるんだから」

 俺が動けなくなった後、一番近くで看病してくれているのはさとりだ。特に何かあった訳ではないと思うのだけど、何故か多少なり好意を寄せてくれている気がする。

 我ながら自意識過剰だとも思うけど。

「そんなことないわ」

「何が?」

「多少なりの好意は寄せてるってことよ」

「そりゃ、光栄だ」

 本気なのかからかってるのかは分からないが、俺としても悪い気はしないのでつい甘えてしまっている。

 さとりはその名が表すように“覚り妖怪”だ。だから俺の心を読み絶妙に尽くしてくれるのだが、これがなんとも心地よい。

 個人的には言わずとも伝わるというのが非常に楽だ。

 前にも思ったが確かに心を読まれる事に不快感を覚えるものも居るのかもしれない。でもそんなのは「読まれて困ることを考えてます」と言っているようなものだ。

 …かくいう俺も、不埒な考えを読まれた時は恥ずかしさで穴があったら入りたい状態になったけど。

 そうなんだ。さとりは確かに童顔で背丈も小さいが、こいしから察するに身体は成熟していると思うんだ。そんなさとりが付きっきりで看病している訳だよ。

 一瞬たりとも不埒な考えを持たないとか無理だよね。つい最近死にかけたばかりだから身体が危機感を感じて子孫を残せって言ってるよね。

 でも手は出す気は毛頭なかったり。

「チキンだもんね」

「否定はしないけど、さとりはそれ以前にもっと言うべきことがある気がする」

「変態って罵ればいいのかしら」

「そういうことじゃない。別に(マゾヒスト)じゃないし」

 こんな風にからかう余裕を見せてくるし、長い時の間、心を読んで生きてきたさとりにとっては俺みたいな小童の妄想程度の事は見飽きてるんだろう。そもそもさとりは妖怪で俺は人間だしな。

 それに、俺はここ(幻想郷)の住人って訳じゃない。いずれは元の、大学に通っていたあの生活に戻らなければならない時が来る。

 たっぷりと時間を掛けて食事を終えた頃、さとりはペットに呼ばれて部屋を出ていった。

 ついつい甘えてしまうが、あんな幼い見た目でもこの旧都を治める領主様なので色々と忙しい身なんだと猫耳のペット、お燐に言われた。

 ちなみに嫌味を言われたわけではない。むしろ引き止めてくれと言われた程だ。

 というのもさとりは所謂ワーカーホリックであり、何かしら手を休める理由がない限り仕事の手を休めないのだとか。なので俺の看病で談笑したりしているのはお燐としては嬉しいらしい。

 何処まで本当かわからないけど三日までは徹夜が当たり前なんだそうだ。格段急ぎでもなく、さとりでなくては駄目な訳でもないのに。

 そんな姿勢が誰にでも取れるわけも無いのでペット達は交互に休みを取ることでさとりをサポートしているとの事。

 ちなみにフラタニアはすっかりお燐達と馴染んで一緒に仕事に励んでいる。折角なのでさとりに相談してこのまま地霊殿に住んでもらう手はずを整えた。

「世話にはなるが妾はさとりのペットになる気はないぞ!」

 とはフラタニアの言葉。

 俺としても今回の異変で中心に近い位置に居たフラタニアにはしばらく鳴りを潜めてほしいので地底にいてくれると助かるので、お燐と仲良くなってくれたのはかなりありがたかった。

 この身体じゃフラタニアを何処に住まわすか考えられる状況でもないしな。

 他の問題は香霖に何も伝えてないので心配させているかもしれないということだ。もうかれこれ異変発生から五日も立っている。店の仕事だって溜まっているはずだ。

 折角、店の電話とスマホを繋げられるようにしてもらったものの、この地底には河童の作った電波塔がないのでつながらないのだ。

 異変の後に好杏達の事で決意を固めたというのにこのザマで何も出来てないし。昴の容態だって気になる。

 そうやって様々な事に頭を悩ませながら過ごし、ようやく動けるようになったのはそれから二日後のことだった。

「すっかり世話になったな」

「気にしなくていいわ。フラタニアも居ることだし、またいつでも来ていいのよ」

「そんな事言いながら、さとりが俺に会いたいだけだったりして」

「否定はしないわ」

 否定しないんかい。

 地霊殿の入り口にはさとりと俺しか居ないので、人目を気にすることなくじゃれ合う。寝たきりの生活はかなりきつかったが、さとりと他愛もない話をして過ごすのは楽しかった。

「私も楽しかったわ」

「また来るよ」

 この小さな地底の主に会うために。

「ええ、待ってるわ」

 俺は苦笑交じりに小さくため息を付いて、地底を後にした。

 一人っきりなので道中、妖怪に絡まれるかとも思ったが、どういうわけか妖怪達は俺の姿を見るなりそそくさと逃げていってしまったので地上までは障害もなくたどり着くことが出来た。強いて言えば神社に霊夢を呼びに来ていた女の子―パルスィとか言ったか―に睨まれたくらいか。

 冬とは言えど一週間ぶりの日光は容赦なく照りつけ俺の視界を白で染める。それから暗順応により次第に見えるようになった視界に飛び込んできたのは一面の銀世界だった。

 都心に住んでいた俺には珍しい雪に染まった世界は日差しによってキラキラと輝き、幻想のような景色を作り出している。

 幻想のようなっていうか、幻想郷だけど。

 眼下に広がる雪景色に感嘆しながら香霖堂へと帰ると、店内には一週間前までなかった石油ストーブが出されていた。

 そのストーブのそばに椅子を置き、本を読んでいるらしい朱鷺子(ときこ)は俺を視認すると何も言わずに軽く頷いてそのまま読書へと戻る。

「おかえり」

 何も気にしてくれない朱鷺子にちょっとだけ不満が湧いたが、直後にかけられた言葉で俺は口元が緩むのを感じた。

 カウンターの中で高めの椅子に腰掛けて退屈そうにしている香霖堂の店主が軽く手を上げて俺を迎えて、

「黙ったまま入り口に突っ立って、どうしたんだい?」

 優しく微笑みながらそういう。

「…あっ。た、ただいま!」

 香霖にそう言われて俺はようやく考えを口に出していないことに気づき、返事を返す。ついさっきまでさとりと居た所為か話さずとも通じると思ってしまっていた。

「んーおかえりー」

 やる気のなさそうな朱鷺子の声に俺は帰ってきたなと感じた。たった一月住んでいただけで、確かに香霖堂(ここ)は俺の帰る家になっていたようだ。

 香霖は手に持っていた小さな本をカウンターに置くと、身体を俺の居る方へ倒し凛とした瞳を向けてくる。

「どうやら色々あったみたいだね。何処へ行っていたのかな?」

「地底にある旧都まで行ってたんだ。長いこと帰ってこれなくてごめんなさい」

「ち、地底!?あんたよく生きて帰ってこれたわね!」

 読んでいた本から視線を離すほど驚く朱鷺子に俺まで驚きそうになる。

「そんなに驚くことじゃないだろ」

「驚くわよ!地底なんて地上に居ることが出来なかったはみ出し者と力が強すぎるが故に追いやられたもの達の巣窟なのよ。いくら少しは力が付いたといってもただの人間がホイと行って一週間も無事だなんて奇跡みたいな話だわ」

「そ、そうなのか?」

「少なくとも、私なら絶対に行かないような場所ね」

 朱鷺子も決して弱い妖怪では無いはずだが、それほどまでに地底を怖がるのか。

「そうだね。僕としても力を手に入れたばかりの恭也が行くのは心配だな」

 香霖までそう言うなんて。

「でも霊夢が一緒だったし、旧地獄も噂で聞いてたような恐ろしい場所でもなかったよ」

「霊夢が?もしかして異変でも起きていたのかい?」

「ええ、実は―」

 この一週間の出来事、それと俺自身の身に起きたことを説明していく。フラタニアの事、地底に呼ばれたこと、吸血鬼の影の事、そして俺の得た能力について。

 最後まで話し終え二人からの反応を待っていると一泊置いた後に香霖が極々小さな声で「なるほど、それで」とつぶやいた。

 その言葉が何を意味するのかは分からないが、もしかしたら異変について香霖も何か気づいていたのかもしれない。

「それにしても、リンクって言ったかしら。吸血鬼のように傷が治っただなんて信じられないわね。私達妖怪だってそんなに早く治るのは再生能力がある奴くらいよ」

 それは地霊殿で療養中に永遠亭の使いとして来てくれたウドンゲも言っていた。異常な治り方だと。

 少なくとも人間にそんな力はないし、魔法でも出来るかは怪しいそうだ。だから俺も少しは疑ったんだ。自分が人間では無くなっているんじゃないかって。でもウドンゲが言うには波長は人間の持つそれなんだと。

 まあ、魔法なら再現が出来るかもしれないという事だったので明日か明後日にアリスかパチュリーにでも聞きに行くつもりだ。魔理沙は勝手なイメージだけど治癒魔法とか使えなさそうな気がするんだよね。

「よし、恭也。勝負しよっか」

「えー」

「『えー』じゃないの。あんたが居ない間は私が当番を変わってあげてたのよ」

「じゃあ朱鷺子の当番変わるから許してよ」

「だめ」

「なんで」

「そのリンク能力ってやつが気になったから。見せなさい」

 すくっと立ち上がり俺の腕を引く朱鷺子に香霖が気怠そうな声で、

「やるなら店の外でやってね」

 と言った。

 強引に対決の場へと上げられた俺はそれから十分と経たずに白旗を上げる羽目になった。いくら霊夢との修行でなれてきたとは言えども使い方がいまいちわからないリンク能力や、若干のふらつきの残る飛行じゃまだまだ無理があるようだ。

 ともあれ樹木の吸血鬼と化したフラタニアが地底に残ることで今回の異変は幕を閉じた。原因も、何もわからないまま。きっと俺の知らない裏で何かが起きているのかもしれない。でも、霊夢もさとりも何も言わなかったと言うことは、俺に知る必要が無いという事なんだろうさ。どんなに強力な能力があろうと人の身で有ることは変わらないし、無茶をするつもりだってない。今回は本当に、たまたま、“運良く”生き残れただけであり、次に同じようなことがあったとして同じように生き残れる保証だってないんだ。

 実際に魔法なり弾幕なり使えるようになったって、所詮人の身体能力では妖怪達に敵わない。現にこうして朱鷺子に負けているしな。

 斯くして俺は明確に人としての枠を超えた力を手に入れた。幻想郷じゃ目立つような力って訳でもないけれど、これから先はきっとこの力を使いこなさなければ行けなくなるだろう。

 

 

 

第一章「葡萄酒に飢えた樹木」 

              完

 

 

……To Be Continued




これにて第一章は終了でございます。

なんていうか初めのうちはpixivからの手直しだけのつもりだったのに、もう完全に書き直しをしてますね。

話も大筋はともかく細かいところはかなり変えてしまってます。

うーん。こんなつもりじゃなかったのになぁ。

これからも亀の歩みになるかと思いますが、気長にお使いしていただければと思います!

では!!


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間幕~子供達は何かを恐れ備える①~

超絶ゆっくり執筆ですが、続いてます。


 すっかり元に戻った湖を後にして、あたし達は紅魔館へ戻っていた。

「魔理沙は紅魔館にいるのよね?」

「うん!私達を助けに来てくれたんだよ!」

 霊夢の質問にフランが答える。

「今回の異変に作為的なものを感じたとかでパチュリー様と図書館で調べ物をしてるはずよ」

 咲夜の補足に霊夢は少しため息を付いた。なんでも湖での戦いで魔理沙が居なかったことが不満らしい。いつもなら放っておいても力ずくの解決を選ぶ魔理沙らしくないとか、なんとか。

 まあ、性格的にわからなくもないかな。

 かなりの実力者が居たにも関わらず、かなりの苦戦を強いられた。それは幻想郷で主流のスペカルールを無視した戦いだったことや、吸血鬼の特性による不死身性が理由だろう。さらに言えば、個々の戦闘能力は高かれどいずれもどちらかといえば手数で押すタイプであり、高火力で焼き払うなどの手段が取れる面子が居なかったことも挙げられる。

 ところが、高火力を出せるあたしは空を飛べないために湖の上で繰り広げられた戦いに参加できず、また魔理沙も図書館でパチュリーと何かしていて近くに居ながら戦いには参加しなかった。

 あたしが空を飛べさえすれば多少は変わっていたはずだ。

「なんか元気ないけど大丈夫?」

「大丈夫だ。ちょっと自分の力のなさに呆れてただけだから」

 あたしを抱きかかえたまま飛ぶフランが心配そうに聞いてくる。大した距離じゃないから歩いて帰ると言ったのだけれど、フランが送ると言ってくれたのだ。

「鈴は飛べないもんね。魔法でなんとかできないの?」

「それが出来たら苦労はしないっつの」

 恭也があたしに付けた『設定』の中には“魔力不活性による魔術行使困難”というものがある。この『設定』によりあたしは体外に魔力を放出することが出来ない。そのため体内で完結する肉体強化系の魔法しか扱えない。飛翔魔法は基本的に姿勢維持などで必ず身体に魔力を纏う必要がある。そのため体外放出が困難なあたしは飛翔魔法を扱えないのだ。

 魔力量だけならパチュリーに匹敵するレベルだというのに、宝の持ち腐れもいいところだ。

「うーん。鈴の悩みはあまり良くわからないけど、私を遊ぶ時に撃ってる弾幕はどうやってるの?」

「あれは魔導具で打ち出してるんだよ。導具が魔力を吸い出してくれるからあたしでも使えるんだ」

「その魔導具ってやつで空は飛べないの?」

「無理ではないと思うんだけど、複数の魔術を組み合わせないといけないから術式が複雑になるだろうし、理論上は可能って程度だな。実用的じゃない」

「パチェとか魔理沙に聞いてみたの?」

 それは以前にも考えたが、困ったことに幻想郷で使われてる魔法はあたしの知っている法則と違っていて、あたしには理解が出来ない。

「一度聞いてみたら?聞くだけならタダだよ」

「それもそうか」

 聞く前から諦めるなってことか。

「とうちゃーく!」

 フランにゆっくりと門前に降ろしてもらったあたしは居眠りしている美鈴をチラと見る。いつものことだし、あんな状態でも外敵が近づけば気づいて起きるのであたし的にはどうでもいいんだけど、咲夜はそうも行かない。ため息を付きながらナイフを一本、美鈴の額に向けて投げる。

 今でこそ見慣れたが始めてみたときは肝が冷えた。なんと言っても咲夜の投擲には殺意が込められているのだから。

 普通なら寝ているところに投げられたナイフなんて避けることは出来ない。ましてや受け止めるなんてもっとだ。だが、美鈴はそれをたやすく実行して見せた。

「ふわぁ~…。終わったんですよね。ここからでもわかりましたよー」

 目を覚ました美鈴は受け止めたナイフを咲夜に手渡して大きなあくびをした。

「だからって寝てていい理由にはならないわよ?」

「大丈夫ですよ。警戒はしてますから」

「そういう問題ではないと何度も言っているでしょう。……ところで怪我は大丈夫なの?」

 いつもなら軽口を叩く美鈴に一罵声くらい浴びせるというのに、今日の咲夜はしおらしい反応を見せた。なんとも珍しい。

「まだ少し痛みますが、へっちゃらですよ!これでも妖怪ですから」

「本当にキツかったら言いなさいよ。お嬢様だってそれくらいは解ってくれるわ」

「なんならあたしが変わっても良いしな。俺はほとんど怪我してないし」

 確かに屋敷での戦闘で傷は負ったが、恭也が昴に回復魔法をかけた際に余波であたしの傷も治っている。魔力は完全に戻ってないが、元の保有量があるので大した問題ではない。

「うーん。気持ちは嬉しいんですけど、鈴は何か気になってることでもあるんじゃないですか?」

「あるにはあるけど、まだ考えをまとめてる段階だし、気にしないで休んできなよ」

 咲夜の方を横目で見ながら美鈴にそう促す。咲夜も解ってくれたのか「お茶を入れておくわ」と言い残して姿を消した。毎度思うが些細なことで時間を止め過ぎじゃないのか…?

 よくある時間干渉系の能力って、止めている間も能力者本人の時間は進み続ける気がするんだけど、咲夜の場合はどうなんだろうか。もし進むのであれば、そんな些細なことで能力を使ってほしくないんだけど。

「そういうことなら、お言葉に甘えて休んできますね。次の交代は妖精メイドに伝えておきますので」

「ああ、そうしてくれ」

 美鈴はぐーっと背伸びをすると、軽く手を降って館の中へと入っていった。それを見届けてからあたしは門の横にある柱へともたれかかる。

 あたしは考える。あたしは脳筋キャラだ。恭也がそう『設定』した。でもだからこそ考える。

 先程の話でフランの言っていた飛翔魔術を組み込んだ魔導具は以前にも考えていたし、実際に術式の構築もしたことがある。その際に発覚したのが術式の複雑さ、術同士の干渉や、制御、燃費の悪さ、そして何よりも小型化の難しさにあった。小さくまとめようとすると、複雑な術式同士が干渉する、それを回避するために大きくすると使用しにくいし魔力も大量に食ってしまう。

 他にも理由はあるが、あたしが作成を諦めていた主な理由はこれらだった。

 そういえば、他人の使う魔導具の事を気にしたことがなかったな。この世界にはあたし以外にも魔導具を使う者は居る。例えばパチュリーの魔導書や魔理沙のミニ八卦炉などだ。他には命蓮寺の住職が巻物型の魔導具を使っているらしい。

 この中で、魔導書は紙という術式を乗せるのに最適な形である代わりに武装としての役割はせいぜい殴るのに使う程度で、あたしの戦闘スタイルには合わない。巻物も同様だ。と、なれば参考にできそうなのはミニ八卦炉か。あの小ささで出力や魔力の制御力が非常に高いのは前から疑問ではあった。

 あたしは思いつく限りのことを足元の地面に書いていく。困ったことに紙とペンを持っていなかったのだ。とりあえずで良いので重要そうな事は書き連ねたい。あたしの脳じゃ一度に大量のことは覚えられそうにないから。

 やがて門の前が落書きで埋まり、日も大きく傾いてきた頃、妖精メイドが門番の交代に現れ、あたしは地面の文字を消さないようにと申し送ってから自室に紙とペンを取りに戻った。そこから再び紙に移すべく門前に戻ろうとしたあたしを呼び止める声があった。

「くぁ~…。そんなに急いでどうしたのかしら?」

 振り返ると幼くも気高き吸血鬼、レミリア・スカーレットがあくびをしながら近づいてきた。異変の後、緊張が溶けて眠くなったのかお昼寝していたはずだが今起きてきたらしい。あたしは事情を説明して日が完全に落ちる前に行こうとしてた旨を伝えると、少し笑ってから、

「書き写した後で良いから、あたしの部屋に来なさい」

 そう言った。なにやら伝えることがあるそうだ。

 一応、これでも紅魔館に居候している身なので主人の言葉には従わねばならないので、あたしは急いで門前に書いた落書きを紙へと走り書きで写していく。途中から日が落ちて見えなくなってしまったので、妖精メイドにランタンを持ってもらいながら書いた。

 後はパチュリーや魔理沙に聞いてみながらすり合わせていくだけ。

 メモ紙は適当に折りたたんでからポケットに突っ込んで、レミリアの自室へと向かう。

「まったく遅いわよ」

 部屋の前で咲夜と鉢合わせた。どうやら咲夜もレミリアに呼ばれていて、あたしと一緒に来いと言われたらしい。

 そのまま扉を開けようとしたあたしを咲夜が制止してノックをする。そして中から「どうぞ」と聞こえてから咲夜は扉を開いた。

 いや、面接じゃないんだからと思ったが、咲夜に合わせてしっかり「失礼します」と一言断ってから部屋に入り、扉も両手を使って閉めた。

「楽にしなさい。別に堅苦しい話をしようって訳じゃないのよ」

 レミリアは優雅に紅茶をしばきながら、もっと寄ってくるようにと言った。その傍ら、いつもは咲夜がいる位置には意外な人が居た。

「美鈴、二人にもお茶を入れてあげて頂戴」

「畏まりました」

 なんと美鈴がメイド服に身を包んで、あまつさえお茶を入れ始めた。

 美鈴が紅茶を入れている間にあたしと咲夜は空いている席へと促されて座る。一体どういうことなのだろうか。どうして美鈴がメイドなんかに。

 疑問が多かったが口に出すのもはばかれたので、横目で咲夜の様子だけ見ると、咲夜は何かを察したような顔つきでレミリアの言葉を待っていた。

 そして、美鈴以外のお茶が淹れられたところでレミリアが口を開く。

「咲夜の前で言うのもなんだけど、美鈴の淹れるお茶はとても美味しいわよ」

 本当に咲夜(メイド長)の前で言うことではないと思ったが、一口飲んでみると確かに咲夜が淹れるものよりも美味しく感じた。

 咲夜の方は別に怒った様子も驚いた様子もない。どうやら美鈴の腕は知っていたらしいな。

「……無理。限界だ。なんで美鈴がメイドをやってんだ?」

 あたしにとって一番の違和感は美鈴のメイドがあまりにもハマり過ぎてることだった。お茶の淹れ方然り、立ち振舞然り、妖精メイドなんかよりもよほど練度が高いように思える。咲夜にさえ匹敵するかもしれない。

「なんでって、美鈴には一時的にメイド長へ戻ってもらうように私が頼んだのよ」

「戻ってもらう…。って」

「そういえば鈴には話したことありませんでしたね。咲夜さんが来るまでは私が紅魔館のメイド長だったんですよ」

「ええー!?いや、でも…。確かに、よく似合ってるわ…」

 冗談のような言葉だが、実際にこの仕事っぷりを見てしまうと嘘だとは思えなかった。そもそも美鈴が嘘を付く意味はないが。

「そもそも私の教育をしたのも美鈴なのよ。家事はともかく炊事は未だに美鈴に敵わないわ」

「咲夜レベルの飯で敵わないって、美鈴何者だよ」

 生みの親(恭也)が食事にうるさい人間だったので、あたしもそれなりに舌は肥えている方だが、そんなあたしでも咲夜の作る飯はそのへんのホテルじゃ敵わないくらい美味しいと思っている。そんな咲夜が敵わないと言ってしまうなんて。

「まあ、こればかりは経験の差ですよ。私はかなり長いことメイドをやっていましたから」

「悔しいけど、その通りだから何も言い返せないのよね」

「咲夜さんなら、すぐ追いつけそうですけどねー」

「届きそうで届かないから悔しいのよ」

「はいはい。そこまでね。本題に入れないじゃないの」

 話が膨らみ始めたところでレミリアが割って入った。そうだった。美鈴のメイド姿ですっかり忘れていたが、あたし達はレミリアに呼び出されて来ていたのだった。

「それで、あたしらを呼んだのってなんなんだ?美鈴のメイドとなんか関係あるのか?」

「大いにあるわ。貴方達に暇を与えようと思ってるのよ」

「なるほどな。咲夜、あたしらはクビだってさ」

「そ、そんな!お嬢さま!それはあんまりです!」

 咲夜がわざとらしくレミリアに泣きつく。いつもの瀟洒な態度にしてはノリがいい。

「違うわよ!咲夜もなにノってるのよ!まったく…。折角、従者を労ってやろうとしてるのに貴方達は…」

 唯一、話の外に居る美鈴だけがクスクスと笑っていた。

「美鈴は妖怪だから、そう簡単に疲れたりしないけれど、貴方達は違うでしょう?長年気にしてきたフランの問題も落ち着いた事だし、二人には休養を取って欲しいのよ」

「お気持ちはありがたいのですがお嬢様。私は体調管理を怠ったりはしておりません」

「時間停止の事を言いたいのでしょうけど、私が言いたいのはそういうことじゃないわ。咲夜には働いてもらってばかりで里の女の子がやって居るような遊びを全然やらせてあげられなかったでしょ?館の外に出る機会はあれど、買い出しや異変への探りくらいなもの。ずっとね。今までも遊びに行かせてあげたかった」

 とても優しい、我が子を見守る母のような微笑みをレミリアは咲夜へ向けていた。その眼差しを受けた咲夜が何かを言おうと口を開けると同時にレミリアの表情が曇り、

「でも心ではそう思っていても、あの子の事に囚われていた私には、貴女に『遊んできなさい』と言えるだけの余裕がなかったのよ。本当に申し訳ないと思っているわ」

 そう続けた。

 咲夜は開けた口を閉じ、しばらくの沈黙の後に再び口を開いた。

「私は」

 言葉を選ぶように、ゆっくりと言葉が紡がれていく。

「お嬢様に感謝こそあれど、不満なぞ頭をよぎったことすらありません。人間の私を拾い育ててくれ、あまつさえ家族のように接してくれている。私にとって、お嬢様に仕えるのは幸せ以外の何物でもございません」

「ふふ、大した忠義ね。主人としては嬉しい限りだわ。でも、だからこそなのよ。家族のように思っているからこそ、貴女には年頃の女のように遊んでほしいの。鈴もここに来てから買い物の付き添いで里に行っただけで幻想郷のことは全然知らないでしょう?貴方達は歳も近いことだし、一緒に遊んできたら良いと思うの」

 とてもいい話のような光景が繰り広げられているが、あたしはまだ紅魔館で働いて一月しか立ってなく、みんなの生い立ち等を知るほど親密にもなれていない。後な咲夜は十代後半と自称していて、あたしの主観からしても十七か十八ってところだ。これでもあたしは二十一なのでそこまで歳が近いわけでもない。そりゃあ五百年以上生きてる吸血鬼様からしたら四年程度誤差みたいなものなんだろうけど。

 別に雰囲気を壊したい訳ではないので、口に出すような無粋な真似はしないが、なんとなく蚊帳の外のような気分を味わっていた。

 従者の主人は互いの厚い信頼を確認し、そこからさらに数言交わした後に咲夜とあたしの休暇が決定した。

「別にあたしは休暇もらってもなぁ」

「幻想郷には強い奴がいっぱい居るわよ?」

「なるほど、もしかしなくても咲夜はあたしの事を戦闘狂(バトルジャンキー)か何かだと思ってるだろ」

「あら、違うの?」

「強さは求めてるが、別に戦闘狂ってほどじゃねぇよ」

 あれからティータイムをゆっくり楽しんだ後、休暇に入る前に終わらせたいことがあると言う咲夜と共に付き合って館の中を回っていた。美鈴は「気にしないで休んで良い」と言っていたが、咲夜的には中途半端なまま引き継がせたくないらしい。

「そういえば、良かったの?手伝ってもらっちゃって、何かしようとしている所だったってお嬢様から聞いているけど…」

「あー、そういあパチュリーに用が有ったな。まあいいわ。一刻を争っている訳じゃないし」

「そう?なら遠慮なく手伝ってもらおうかな」

「任せたまへー」

 あの茶番のせいですっかり忘れていたが、どのみち飛翔魔導具は簡単に作れる代物じゃないのだから焦ったって仕方がない。

「そういえば、パチュリー様に要件があるなら、明日にしたほうが良いわよ」

「なんで?」

 確かに夜の帳は降りきっているが、魔女であるパチュリーは夜型なので別に寝てしまうわけではない。手伝いもそんなに遅くなるわけではないので、終わってからでも十分話す時間は取れるはずだ。

「パチュリー様は異変が起こってからずっと動き詰めだったのよ。さっきお茶をお出ししたときもまだ魔理沙と一緒に異変の事で何かを調べていたわ」

 言われてみれば、霊夢が帰った時にみたらまだ魔理沙の名前のところに退館者のサインがなかったな。

「なんでも霊夢と魔理沙が言い合いを始めたり、色々あったらしいわ」

「そういあ『魔理沙に言いたいことがある』とか言ってたっけ…」

「そんな訳だから、図書館に行くなら明日にしなさい」

「そうするわ」

 こうして意外な形であたしは自由時間を得た。パチュリーにはもちろん聞くが、他にも色々と探ることは出来るはず。

 この世界の実力者は皆、空を飛ぶことが出来る。対抗したくばあたしも空を飛ぶ手段を手に入れるしかない。正真正銘、ただの人間であるはずのフラタニアですら空を飛べるようになっていたのだ。あたしだけがいつまでも地に這っている訳には行かないだろう。

 別にあたしは恭也(あいつ)の事はそこまで気にかけてない。あいつはどこに居ても個を見失ったりしないし、霊夢とも仲良くなっている様子だったから着実にこの世界(幻想郷)に馴染みつつあるはずだ。だからあたしが新たな力を望むのはあたし自身のため。パチュリーにも咲夜にも精々あたしの役に立ってもらうとしよう。試せるものは試し、あたしはあたしなりに存在をこの地に根付かせてやる。

 さあ、準備を始めよう。必ず起きる次の異変のために、次の次の異変のために。

 

 

 

 

To Be Continued

 

 

 





あとがきのようなもの

元々、鈴と言う子は恭也の鏡として作り出した存在でした。
設定としては恭也とほぼ一緒で違うのは性別くらいだったのがいつしか愛着が湧いてしっかりとしたキャラ設定が出来ました。

そんなこんなで、次は第二章の始まりです。頑張って書きまーす。


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裏1章~記憶が形取る者~
第1話~その日、何が起きたか~


大変おまたせしました。


 目が覚めると、俺は辛気臭い河原に佇んでいた。

 河原にしては人も多く一見すればお祭りでも有ったのかと思うほどだ。だが祭りにしては華やかさの欠片もなく、そこらに見える人影もほとんどが子供のもの。

 しかも皆、一様に暗い顔で石を積んでいる。

「―っ!」

 ふと隣を横切ったその影に俺は戦慄(せんりつ)した。

 その肌は赤く、体躯は2(メートル)を有に超え、なによりその頭には角が日本生えていた。

 鬼。

 そうとしか思えなかった。

 フルスロットルで脳内が回転していく。日本人なら少なからず知っている。

 賽の河原。親より先に死んだ子が地蔵菩薩(じぞうぼさつ)に助けられるまで延々と石を詰む。辺獄、地獄の端っこ、三途の川の畔だったか。

「…ってことは俺も死んだのか?」

 そう思ったが、そこらをうろつく鬼達は誰一人として俺を見向きもせずに子供達の詰む石を気怠そうに蹴飛ばしていた。

 鬼に話しかけるのは怖いので石を積む子供にそれとなく話しかけてみるも、反応がない。あまりにも無視されるので子供の肩を揺らそうと腕を伸ばすと、その腕は子供をすり抜けた。

「な…!?」

 絶句。

 理解のできない光景に俺は数秒の間固まった後に腕を引き戻し何度か手を握ったり広げたりする。

 そして確認するようにもう一度腕を伸ばす。だがやはり腕は子供の肩をすり抜けてしまった。

「なんで…!?」

 理解不能からくる(いきどお)りをぶつけるように子供の積んでいる石の山に向かって思い切り蹴りを放つ。

 その蹴りもまるで暖簾に腕押しをしたようにすり抜け、俺は自らの蹴りの勢いを殺せずに後ろに向かって倒れた。

 思い切り後ろから倒れ頭を打ったにも関わらず痛みはなく、代わりに一瞬だけここではないどこかの景色が見えた。

 鬱蒼(うっそう)とした森、暗くジメっとした雰囲気の景色が。

「くそっ!」

 イライラが治まらない俺は自分の頬を思い切り叩く。

 ―パァン!

 と小気味いい音が響いた。

 やっぱり、痛みは無い。音に反応する者も居ない。

「ああああああああああああああ!!!!」

 天に向かって吠える。

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ぁぁ…ぁ………」

 息が持たなくなるまで声を張り上げ。全ての息を吐ききってから両手で頬を張り、なけなしの気力で冷静さを持ち直した俺は、先程見えた森を目指してみることにした。

 何もわからないのなら、何もわからないからこそ、せめての情報を頼りに。

 俺の知識が間違っていないのなら賽の河原と言うのは現界(うつつ)から三途の川を渡った対岸だったはずだ。

 合っているか不安だが、もしこちらの河原が現界側だとしたらどこかしらに奪衣婆(だつえば)や、亡者が居ないとおかしい。だからこちらがあの世(死後の世界)で良いはず。

 誰に問いかけるわけでもなくそう言いながら俺は畔を歩き、水面を見ながら橋渡しを探した。

 程なくして接岸している船を見つけ、俺は飛び乗った。船頭さんは女性で死神の持っているような大きな鎌を持っていた。

 彼女もまた俺に気づくことなく、しばらく待つと船を出した。

 これは非常にどうでもいいことなのだが、彼女の胸はとても豊満で胸元のあいた着物が更に強調させていて川を渡っている間は船も揺れるし胸も揺れるしで心が落ち着かなかった。

 そんなこんなで川を超えた先には、俺の予想した通り亡者らしき人の列と、賽の河原で見た鬼よりも大きな婆さんと爺さんの姿があり、考えが合っていたことに安堵の息が漏れた。

 剥ぎ取った服を木に掛けている辺りあの婆さんが奪衣婆なのだろうが、あまりにも大きい姿にしばし開いた口が塞がらないまま立ちすくむ。

 後に知ったが、一緒に居る爺さんは懸衣翁(けんえおう)と言って、奪衣婆が亡者から剥いだ服を衣領樹(えりょうじゅ)と呼ばれる木にかけて亡者が生前に溜めた(ごう)を測るのだそう。

 その業に合わせてあの世での待遇が変わるのだとか。

 そして、もし亡者が服を着ていなかった場合。奪衣婆は亡者の皮を剥ぐのである。

 そんな事は全く知らなかった俺は目の前で亡者が皮を剥がされ、肉が露出する様を見てしまった。

「うぷっ…!」

 見た瞬間に猛烈な吐き気、恐怖、嫌悪などが入り混じった感情、感覚に苛まれ河原で思い切り嗚咽を繰り返す。しかし、腹のものが出ることはなかった。

 その後は虚ろな気分のままフラフラと、そこから離れるように歩いて気付いた時には縁日のような屋台村の真ん中に立っていた。

 先程までの鬱々しい空間とは打って変わって華やかな空間が広がり、辺りにはソースの焦げるいい匂いで満たされている。

 ―ぐぅ~…

 気分が悪いことなどお構いなしに腹が鳴った。

 お好み焼き、たこ焼き、イカ焼き。どれもとても香ばしい香りが鼻をくすぐってくる。

 だが、ホルモン焼きらしきものや串焼きを見た瞬間にまた先程の光景がフラッシュバックして嗚咽を呼び起こした。

 一瞬で食欲は消え失せた。…そもそも意思疎通ができないから買えないんだけど。金もないし。

 認識されないならつまみ食いでもできそうだと思うかもしれない。でも屋台も人も身体をすり抜けるのだから無理な話だ。

 多分、実体がないんだろう。ならなぜ腹が鳴るのかって?そんなのは知らん。

 とにかくここに居ても腹が減るばかりなので、とりあえず目の前に見えてる山、死出の山?かどうかは知らないけどそこへ向かうことにした。

 そして縁日の端っこまでたどり着いた辺りで、

「そこのお兄さん」

 と話しかけられた。

 声のした方を見ると、ただでさえ暗い縁日の端の更に暗がりに机を起きローブで身体も顔も隠した怪しいやつが居た。声的にかなりお年を召していそうだ。

 話しかけられた気がしたのだが、俺は誰にも見えないはずだし俺ではないかもしれないと思い周りに他の人が居ないか見渡してみるが、縁日の端ということもあり人影はまばらで声の方向からしてもやはり俺へ向けられた声な気がする。

「俺がわかるのか?」

 我ながら厨ニめいた台詞だと思うがそういう他しかなかった。

「…すまないが、なにか言ってることは判るのじゃが、とても気配が希薄で何を言ってるか全然わからんわい。もっと近くへ来ておくれ」

 なんと返事が帰ってきた。

 俺は言われたとおりに、近づいてもう一度話しかけてみるとようやく「ああ、なんとか聞き取れるわ」と返事が帰ってきた。

「なんとも妙ちくりんなやつじゃの…。よくもまあ思念だけで存在していられるもんじゃ」

「はい?」

「気付いておらんのか」

 全身ローブの奴に妙ちくりんって言われるのも甚だ心外だが、そんなことより気になったのは思念という言葉。

 俺はてっきり霊体みたいなものかと思っていたが、思念と来たか。

「お前さん、折角だから少し占わせい」

「なんだ。あんたは占い師か。残念だけど金は持ってないよ」

「ふぉっふぉっふぉ。金は取らぬわい。そもそもここは亡者どもがごろごろしておるんじゃぞ。金なんざ持ってても六文銭じゃ。そんな端た金いらんわい」

「そう言われてもなぁ…」

 俺、占いとか信じてないし。

「お前さん、自分の身体を探しているってところじゃろ?探してやろうか」

「…まあ、金取らないって言うなら」

「よし来た。お主の名前は?」

通里恭也(とおりきょうや)だ」

「ふむ、変わった名じゃの」

「名前のことは俺じゃなくて親に言え、親に」

 占い師が水晶に手を当て、ブツブツと呪文のようなものを唱え始めると水晶がぽーっと暗がりを照らすように光りだした。

 水晶で占いとか定番すぎるなぁ。

「なんともまぁ、妙ちくりんじゃと思って居ったが、これまた妙ちくりんな運命しとるのう…」

「さっきから失礼すぎるぞ」

「お主の運命が妙ちくりんなのが悪いわい。まずじゃがの、お主は子供とかおるかの?」

「居るわけねぇだろ。まだ二十歳だっつの」

「…二十歳ならいる人は要ると思うがの」

 ほっとけ。

「まあええわ。どのみち大きな子供が要る歳ではなさそうじゃしの。4人ほど見えよったわ。天使に精霊に仙人に妖魔じゃぞ。お主何者じゃ?」

「何言ってんだ」

「お主の運命じゃよ。お主の子がこの幻想郷の禍根(かこん)となりて、災い(きた)る。そんなものが見えたもんでな。まあ精々巫女には気をつけるんじゃな」

「だから何言ってんだ。俺は言っちゃ何だが童貞だぞ。子供なんか居ないし、天使だの妖魔だの訳のわからんことを言いよってからに」

「…本当に心当たりは無いのか?お主の子と出ておるのじゃがな」

「無い」

 やはり占いなんぞ当てにならん。…俺の子といえばオリキャラは居るけど天使でも精霊でも仙人でも妖魔でもないし。

 確かに4人だけど、確かに“俺の子”って言うこともあるけどさぁ。

「ふむ…。まあそのうち分かるじゃろ。折角だからお主のこれからも占ってやろう。わしは元々水晶よりタロットのほうが本業なんじゃ」

 なら始めからタロット使えよ。そう思ったがもうなんか面倒くさいので好きにしてって感じだった。

 気力もごそっと持っていかれて、こっから山に行きたくないなぁなんて考えていた。

「…見えん」

「あっそう。じゃ、俺行くから」

「待て待て待て、何も何も見えなかったとは言っておらんじゃろう」

「わかったから早く話してくれ」

「完全に興味を失っておるのう…」

 元々占い師に興味ないんだよ。そう思ったがこれも言わないでおいた。

「簡潔に言うと、お主の過去については見えなかったのう。未来についてじゃが、お主は森へ向かっておったんじゃな」

「まあ」

「おそらく目的は達せられないとは思うが行ってみる価値はあるじゃろうな。もし達せられればそのまま、もしダメじゃったら人里で緑の剣士を探すとよいじゃろう。お主にとっての良縁があるはずじゃ」

 さらっと森に向かうことを言い当てたのは驚いたが、きっと占い師特有の思わせなんだろう。

「そうかい。まあ聞いてようが聞いてなかろうが森には行くつもりだから」

「ちなみにお主が行こうとしてる森へ行くためにはこの道を真っすぐ行って、山の(ふもと)で二手に分かれてる道を山と反対方向に進めば左手側に見えてくるぞい」

「解ったよ。あんがとさん」

「もし、また占ってほしくなったら人里でわしの名前を出すとよいじゃろう。今更じゃがわしは“センケ”と言うものじゃ」

「はいはい。じゃあなセンケさん」

 占いを信じるかはさておき、俺は歩き出した。

 暫く進むとセンケの言っていたように山へ向かう道と反対に伸びる道の二手に分かれたところにぶつかり、ひとまず山と逆へ進んだ。

 すると確かに左手側に森が近づいてきた。そしてその道の正面には人里らしきものも。

 もしダメなら人里で緑の剣士だったか?なんていうか胡散臭いな。

 なんて思いつつ俺は道から外れ、森の方へ歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued




裏1章いかがでしょうか?
今回、ピクシブでは3章にしてた話を先に持ってくることにしました。
というのも、恭也に関しての謎や私にとっての幻想郷観というものを表すには、こっちの裏に触れざるを得ないと思っているので。
なので、こちらでは表で恭也が動いてる間に、裏で何が起きていたのか、異変はなぜ起こっていたのか、そういったものをかけたらなと思ってます。

ではまた次回!


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別章:幻想郷縁起~EX~
香霖堂の記録〜霖之助の手記〜


なんか、Pixivにあげたものを修正してあげ直すだけなのはなんか、面白みがないので、こっちで補填しつつな新話書きたかったんだ。


十月下日

 

 今日は久々の外来人が現れた。

 昼過ぎに魔理沙が現れて、しばらく喋ったり「あれくれ」「これくれ」などの応酬をしていた時に魔理沙が店の外で不審な音がしたと言って飛び出し、家の前に倒れている所を私が保護することになった。

 保護したのは人間の男で、特に私が目を引いたのはべらぼうに多い魔力量だった。

 外の世界から来る人間は基本的に魔力と言っても生命維持に必要なレベルの微量なもので、ここまで高い魔力はあり得ないと言ってもいい。

 確実に魔理沙より多く、もしかしたら紅魔館に住まう魔女に匹敵するかも知れない。

 しかし、目が覚め恭也と名乗った彼は魔法の存在はフィクションだと認知しているようだ。

 それにしては余りにも魔力量が多すぎると思うのだが……。

 ひとまずは明日、霊夢の所に預けてみようと思う。

 期待はできないが、もしかしたら霊夢の術で返してあげられるかも知れないからね。

 

***

 

十月末日

 

 今日は仕事で里に行ったのだが、慧音のやつ新しく仕立てた帽子を寺子屋に持って来いと言ったくせにその事を忘れて酒場で飲んだくれてやがった。

 おかげで里を回ったり、一度慧音の家まで行ったり無駄に疲れた。

 まぁ、今日の当番は朱鷺子だから帰ってきた後はゆっくり出来たけどね。

 後、慧音にあった際に恭也をしる別の外来人と出会った。

 彼女らは好杏と昴だと名乗り、他に鈴という人物が恭也のことを探しているらしい。

 神社に迎えに行った時にその事を伝えると、呆けた表情の恭也から弾幕が飛び出したのには焦った。

 いきなりだったんで思わず恭也を叩き伏せてしまったのは申し訳ないと思ってる。

 まさかたった一日で弾幕を習得するとは、やはり只者では無さそうだ。

 何にせよ今日は疲れたからもう休むとしよう。

 

***

 

十一月某日

 

 ここの所、好杏さんが毎日来るのだが呪われてるんじゃないかと言いたくなるくらい間が悪い時に現れる。

 今日も、修行に行くと言って恭也が出て行った数刻後に来ていた。

 もはや同情するレベルだが私は紅魔の主人のように運命をどうこうする力なんて持っていないので、ご愁傷様としか言えないね。

 約束を取り付け用にも、彼女の方がまだ決まった予定がないために約束ができないと言うのだから仕方がない。

 そういえば最近気づいたのだが、好杏さんの持つ魔力と恭也の持つ魔力は何故か非常に似ている。

 肉親でも、こうは似ないと思うのだけど、つくづく彼は不思議な人だ。

 雰囲気は人のそれなのに、持ってる力は多種多様で何処と無く妖怪の山の神様を連想させる。

 それに恭也は、この世界への順応が 恐ろしく早い。

 普通ならもっと戸惑ったり、不安を覚えたりするはずだが、彼はそう言ったことが全くなく、まるで居るべくして居るような錯覚さえ覚える。

 何より、帰ろうとする意志が態度に見えないのは違和感がある。

 これからはもう少し、しっかりと様子を見てみようと思う。

 

***

 

十一月上日

 

 今日は紅魔館のメイドが服を仕立てに来た。

 なんでも最近増えた住人用の服らしく採寸は済んでいるということで、メモ書きだけ渡された。

 本人が描いたという、デザインは幻想郷ではあまり見慣れない形で恭也が言うには“カーディガン”と“ワイシャツ”と言うらしい。

 ちなみに恭也は今日も修行しに行っていた。

 霊夢に修行を付けてもらっていると聞いたときは流石に驚いたね。

 あの霊夢が弟子を取るなんて前代未聞だ。

 恭也は容赦がなさすぎるなんて文句を言っているけど、どれだけ珍しい事なのか解ってないんだろうな。

 

***

 

十一月ある日

 

 戻った恭也が霊力に身を包んでいた。

 何があったのか尋ねて見たが、恭也自身は気づいてないのかぽかーんとしていた。

 不思議なのは、膨大な魔力が消えたわけではないと言う事。

 一緒に来ていた霊夢に話を聞くと、修行の際に彼女のスペルを受け続けたらこうなったらしい。

 霊力を受けてたら、身体に宿ったのだろうか?

 ありえなくはないだろうけど、どうにも理解しがたい。

 ちなみに朱鷺子は霊夢が来てからずっとビクビクした様子で落ち着かなかった。

 あれはもうトラウマになってるんだろうな。

 

***

 

十一月の日

 

 今日は、久々に無縁塚まで歩いて行って来た。

 途中、中有の道では仏さんを一人見つけたので、丁寧に埋葬してあげた。

 また無縁塚では下級妖怪に襲われた。

 なんだか今日は妖怪達が騒がしい気がする。何かあったのだろうか?

 こう言う日は家でおとなしくしてたほうが良いので、物探しを早々に終わらせて残りは店の中で過ごした。

 何故か恭也は帰ってこなかったが、私の渡した札を持っているはずだしきっと無事だろう。

 

***

 

十一月丸日

 

 恭也が帰ってこなかった日から約一週間してようやく恭也が帰って来た。

 なかなか帰ってこないとは思ったが、まさか異変が起きていたとはね。

 その関係で、地底に行ったりしていたそうだが、まぁよくあの場所に行って生きて帰って来たものだと思うね。

 なんでも一度はボロボロになったが、新たな力のおかげで助かったのだとか。

 力のことを聞いて見たけど、なんだか要領を得なくて訳がわからないが、彼もまた解ってなさそうだったから、また後日聞き直すとしよう。

 それにしても、あの霊夢がお供として恭也を連れて行くなんて、余程買っているのだろうな。

 それ程までに恭也は力をつけているとすれば、やはり何かあると見た方が自然だろう。

 今回の一件で恭也は新たに妖力を身につけていた。気づいてはいないみたいだけど、こんなの普通じゃない。

 魔力に、霊力に、妖力。ただの人間が短期間でここまで扱えるようになるのは異常だ。

 正直、私は怖い。

 私にはそのうち彼が何かとんでもない事をやらかすような気がしてならないんだ。

 良い子なだけに、それが不安のタネだよ。




今回の話は日記風にして見ました。

香霖は恭也の事を訝しんでいて、その力について疑問視しています。
ですが、それは信用があるからこその不安であり、決して恭也を悪く見ているわけではありません。

どうでもいいですが、日記風にしたおかげで朱鷺子の出番が名前だけになっちゃった……。ごめんね?


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小話〜巫女と魔法使い〜

今回は出番の少ない霊夢と魔理沙のお話を追加でかきました。
…あ、自分のキャラは会話の中にしか出てきません。

あと、神妙丸が好きな方は居ますか?
……ああ、はい。解りました。

ごめんなさい。


 博麗神社には人妖、様々な者が集まる。まあ、揉め事や荒事さえ無ければ私は構わないのだけど、血気盛んな者共が何もしないなんて事はあまりなく、喧嘩なんかも珍しくは無い。

「別に良いだろ?今度私が作ってきてやるって」

「冗談じゃ無いわ!どれだけ私が楽しみにしていたと思ってるの?」

 静かに暮らせれば良い。

「しらねぇよ!だったらあんな場所に放置すんなって!」

「巫女が神棚にお供え物を置いて何が悪いのよ!」

 でも、神社はいつだって誰がか居て、賑やかで、私の意に反してとても楽しくて落ち着く場所だ。

「限度って者があるぜ!私の取ってきたキノコも前に干からびさせてたじゃないか!」

「別に食べれなくなったわけじゃ無いわ!」

 特に私と同じ人として一緒にいてくれる彼女が遊びに来てくれるとそれだけで一日があっという間に過ぎるほど楽しい。

「はぁ、カチンときた。表に出ろよ。霊夢」

「望むところよ。食べ物の恨みは怖いってこと思い知らせてあげる。魔理沙」

 巫女として孤独に生きてきた私には眩しすぎるけれど、誰かと一緒に話して笑いあえるこの世界が私は好き。

「今の所、私達の戦歴は——」

「——私が千五百戦、七百四十八勝、二引き分け。丁度ドロー」

「つまり勝った方が勝ち越し。正義だ」

 そう言って魔理沙は帽子の鍔を持って深く被り直すと浮かせた箒の上に飛び乗った。

 後を追うように私も大地を蹴り上空へと向かう。神社に被害が出ないくらい上にあがった所でで脈絡もなく魔理沙が八卦炉を構えて極太の光線を放つ。

 魔理沙の十八番、マスタースパークだ。幾度と見て来た技は今更私に取って脅威とならない。高威力の前方攻撃故に上下左右がガラ空きになり、撃っている間は細やかな移動も叶わない。下手に動こうとすれば自らの技の反動で踊らされてしまうからだ。

 だが魔理沙とて馬鹿では無い。私が回り込んだのを横目で見ながらほくそ笑んだ。その笑みに不信を覚えた私は慌てて急旋回して更に上空へと上がる。

 直後、マスタースパークは軌道を大きく変えてなぎ払うようにして横薙ぎに一回転した。

 極太の光線が大気を薙ぐ様子はあまりにも壮大で、それでいて圧倒的な“パワー”を感じる。牽制のために上から魔理沙をめがけて小型の弾幕を放つが、魔理沙は再びマスタースパークを薙ぐようにして振り回す。

 上から狙ったはずにも関わらず極太の光線は私の弾幕を打ち消してやがて治った。

 してやったり顔の魔理沙は八卦炉を箒の端部に取り付けてマスタースパークを動力にして空を駆ける。圧倒的パワーをスピードに利用した飛行は私の力じゃ追いかけるだけ無駄で、一度逃げに回ってしまた事が災いとなり防戦一方へとなってしまう。

「なんだ。今日はやけにおとなしいじゃないか!」

「うっさい!」

 魔理沙の煽りを一蹴し、縦横無尽に飛び回って放たれる弾幕をひたすら避けていく魔理沙の魔力が尽きるまで続けても良いかもしれないが、それは私も霊力を惜しみなく使わなければならないので決して部の良い賭けとは言えない。何より私は防戦が好きでは無い。

 決して魔理沙を見失わないように常に視界の中に捉えて機会を伺う。魔理沙の性格なら守るばかりの私にイライラして特攻してくるかもしれないとの読みだ。

 今までも魔理沙は痺れを切らして突っ込んで来た事が多々とある。

 それさえ無ければ魔理沙は格段に強く、特に戦いに関しては私と同じく天才タイプの人間でその場の直感で動いたりするために動きが読みづらく、何より冷静な状態だと非常に動きが良くなる。

 今はまだヒートアップしている様子だが、防戦一方の私にイラつくでもなく逆に落ち着く可能性もある。そうなれば私は圧倒的に不利だ。

「っチ。いつまでも守ってねぇで攻めてこいよ!来ねえならそのまま大人しく喰らい上がれ『彗星:ブレイジングスター』」

 今回は運が良いようだ。この技は勢いこそあるが、力任せであるために振り回されやすく少し安定を欠けば一気に体勢が崩れてしまう。

 例えばこんな風に、

「『夢符:二重結界』!」

 結界を使って箒の柄を縛り付ける。結界は魔理沙の技の勢いに負けてすぐさま割れてしまったが、一瞬でも前部の動きが止まった事で八卦炉が取り付けられた箒の端部が大きく振られた魔理沙はバランスを崩して不恰好に飛び回る。

 その隙を見逃す私では無い。すかさずにカードを取り出して宣言する。

「『霊符:夢想封印』」

 私を中心に大きなボール状の弾幕が出現し暴れる魔理沙を取り囲むようにして飛び回る。

「くそっ!」

 ギリギリで体勢を立て直して再び八卦炉の力で飛び回るが、次は私のターンだ。わざわざもう一度同じ戦法と取らせるほど甘くは無い。

 弾幕にわざと逃げやすい道を作り、無意識のうちに避けていればそこを通るように仕向けた。もし魔理沙が冷静ならばそんな手は通じないだろうが、今は頭に血が上っている様子だし、なにより逃げてる最中にそんな余裕はないだろう。

 目論見通り魔理沙は用意した逃げ道を取って弾幕の群れを抜ける。

「っしゃ!ギリギリ!」

「あら、何がギリギリなのかしら?」

「——!」

「『夢符:封魔陣』!!」

 あらかじめ回り込んでいた私は魔理沙が飛び出すと同時に範囲攻撃をしかけて高らかに勝利を宣言したのだった。

 この喧嘩していた相手は霧雨魔理沙。魔法の森に住まう“普通の魔法使い”でアリスやパチュリーのように魔法使いという妖怪になったわけではなく、人として魔法を使う者。

 神社には二日顔を見なかったら心配になってくるほど頻繁に来る私の親友であり良きライバルだ。

 紫が以前言った言葉を借りるならば『私とはベクトルの違う者』で戦闘センスこそ天性のものがあるが私とは違い才に頼ることを良しとせず、人知れぬ場所で常に努力を重ねている。

 もっとも、ある程度仲の良い者は皆知っているけれど。

 知った上で誰も触れはしない。彼女がそれを望まない事を知っているから。

「だーくそ。負けた!と言うか完全に霊夢に踊らされた!折角新技のインパクトで防戦に追い込んだのに!」

「貴女は冷静さを欠かなければもっと強いと思うわよ?今回だって魔理沙が突っ込んで来なければ突破口開くのも一筋縄では行かなかっただろうし」

「良い加減にブレイジングスターの改良でもしたらどうかしら?せめて出力を落として小回り効くようにするとか」

「そうしたら文に追いつけなくなるんだぜ……」

「別に無理に天狗の速さに追いつく必要ないと思うのだけれど」

「別に良いだろー。細々したのは苦手なんだよ。いいか?弾幕はな——」

「“パワー”でしょ?耳が腐るほど聞いたわ」

 魔理沙はこう言っているけれど、本当に細々した事が苦手ならきっと魔法使いなんてしていない。少なくとも魔法使い達(魔理沙とか)が書いている魔法術式は私の書いている札なんか比べ物にならないくらい細かいと思う。

 つくづく努力を知られるのが嫌なんだろう。才だけでなんとかなってきた私とは違って、初めから才があったわけでもなく才を開花させてなお才に甘えない強さ。

 彼女に会うまでの私は自分の実力を才能を微塵も疑いはしなかった。紫さえ除けば他の妖怪は私に取って脅威ではなく紫も私と同じく結界を維持管理する立場なので努力なんてする必要がなかった。

 でも彼女は、魔理沙は努力で這い上がり実力者として幻想郷中に名を広めて私の前に立った。

 初めは私の方が圧倒的に強かったけれど、魔理沙はすぐに私に対しての対策をあれこれ考えて一時期は私が負けを重ねた事もあり、それから私は基礎を見つめなおしたり相手を見極めて戦うようになって行ったと思う。

 紫には「良い変化」なんて言われたけど、お前は私の保護者かって話よ。

「だぁ。それで私が食べたパン(・・)はどこで買ってきたものなんだ?」

「え?買ってきてくれるの?」

 勝てたから黙ってれば水に流そうかと思ったけれど、魔理沙の口からは潔い言葉が返ってきた。

「それが約束だろ」

「じゃあ、お願いできるかしら。最近出来た太陽の畑にある飲食店で優香が作ってるパンよ」

「…今なんて言った?」

「太陽の畑にあるお店で売ってるわ」

「私が聞いているのはその後だぜ」

「優香が作っているパンよ」

 優香の名前を聞いた途端に魔理沙は露骨なまでに嫌そうな顔をした。

「私が作って来るんじゃ駄目か?」

「駄目よ。優香の育てた黄金の小麦で作られたパンって人里で話題のやつなんだから」

「優香の所かぁ……」

 先ほど見せた潔さはどこへ行ったのか歯切れ悪く、でも…と食い下がろうとする魔理沙に私はこう言ってやった。

「勝った方が?」

「…正義。はぁ、わかったわかった!買ってくるよ」

 ややヤケクソ気味に帽子を手に取った魔理沙を慌てて引き止める。怪訝そうな顔をする魔理沙に人気過ぎて午前中には売り切れていると伝えると面倒そうな顔で帽子を傍に置いた。

「優香の作るパンがそんな人気なのか?」

「なんでも自分で小麦から作ってるらしいわ。太陽の畑にちなんで太陽のパンって呼ばれてるのよ」

「人里の人間は優香が怖くないのかね……?」

「知らないの?優香は割と頻繁に里の花屋とかに出入りしてるのよ」

「いや知ってるけど、その上でだよ」

 魔理沙の言うことも解る。確かに一昔前の、それこそあの外来人と出会うまではこんなことなんてしなかっただろう。

 人からも妖怪からも畏怖される最凶の妖怪。花が大好きな四季のフラワーマスター風見幽香がパンを作って売っているなんて。

 私だって文の新聞に外来人の店主が営む食事処なんて記事を見るまでは信じてなかったし、見に行こうともしなかったと思う。

 その記事にしたって文が書いたものなら信じなかったかもしれないが、筆者の名が最近現れた外来人の名だったから見に行ったのだ。

「外来人が入る事で妖怪達を関わりを持つことでうまく中立の位置を作り出してくれているのよ」

「そう言う問題か?今は良いかもしれないが妖怪と人は対立して初めてバランスが取れてるんだ。手を取れるのが悪い事とは言わないけれど良い事とも言えないだろ」

「問題無いわ。何も妖怪は畏怖されてなければ存在できないわけじゃ無い。共存してしっかりと認識してもらえるなら十分存在はできるわ」

「だが、畏怖されなければ力は落ちる」

「それも並みの妖怪ならともかく、優香くらい力があれば大丈夫よ」

 魔理沙は私の返答に眉を寄せて首をひねった。恐らく理解はしたけれど納得していないのだろう。

 だが魔理沙だって人と共存する妖怪を既に知っているはずだ。それも随分前から。

 アリス・マーガトロイド。魔理沙と同じく魔法の森に住まう人形を使う魔法使いだが、彼女は人里に受け入れられている珍しい妖怪だし、彼女に畏怖の目を向ける人間は殆ど居ないと言っていい。

 それでもアリスが力を衰えさせたり、存在が希薄になったりはしていない。

 良い例だと思うのだけど、もしかしたら身近すぎて気づいてないのか、そもそも妖怪であることを忘れているのかもね。

「なんだか釈然としない……」

「優香の所に行けば何かわかるんじゃ無いかしら」

「それもそうだな。やっぱ考えるのは性に合わないぜー」

 そう言ってお茶を啜って大きく息を吐いてだらしなくごろ寝を始めた魔理沙の顔はとても考えるのをやめた様には見えず、むしろ今までになかった事に興味深々といった表情をしていた。

 確かに今までにも幻想郷へやって来た者の中には妖怪等と共に過ごして何かをしようとしたものはいる。だが、多くは妖怪社会で生きて行けずに亡くなってしまったり、結局人里に落ち着いてしまったりと新しい風が起こることは無かった。

 だから優香が外来人と共に店を開いたのは私にとっては良いことだと思ってる。

 紫は外から来たものによる変化を心配する様なこと言っていたけれど、別に危機的問題は起きていないんだし目くじら立てるほどでもない。

 気づくと、部屋の中は夕日で真っ赤に染まり西の空には夜の帳が下りかけていた。

 沈みゆく夕日を見て目を細めながら、雨戸を閉めて勝手口の外に置いてある発電機を回し、部屋の電気をつける。

 これも外よりもたらされた道具だ。これにより私の活動時間は大幅に増えたと言って良い。

「そういえば、そろそろ日が暮れるけど今日はどうするの?」

 夜の準備ができた私は元の位置に座ってすっかり冷めたお茶を飲み干して新たに煎れなおす。

「あー、泊まってくよ。今朝採ってきた野草とキノコで鍋にでもしようぜ」

「それなら氷冷庫に閉まってある鶏肉使って良いから魔理沙が作ってね」

「えー」

「えーじゃない。泊まるならそれくらいしなさいよ」

 嫌そうな声を上げてはいるが身体を起こしている辺り、本気で嫌がっているわけではないのが解る。

 魔理沙は一度大きく欠伸をしてから立ち上がって勝手場に歩いていく。しばらく待っていると勝手場から氷冷庫の氷が溶けかけていると言う声が聞こえた。

 明日辺りチルノでも来ないかしら?

 そんなことを考えながら淹れたての熱いお茶に息を吹きかけながら飲む。もう魔理沙が神社にいるのもすっかり慣れたものだ。

 時は移ろうものである以上、変化を拒むことなんて出来やしない。本人は気づいていないみたいだけど紫だってここ数年で私が気づけるくらい変わってきている。

 きっと藍も同じことを言うだろう。

「おーい、そろそろ完成するから机の上用意してくれー」

「あいよー!」

 運ばれてきた鍋からゆらゆらと沸き立つ湯気の様に、世界は常に姿を変える。

「よし、じゃあ手を合わせて」

 それを美しいと評したのは誰だったかしらね。

 たまには貴女も一緒に食卓を囲めば解るんじゃないかしら。

「「いただきます!」」

 だって——

「自分で言うのもなんだが、今日は会心の出来だと思うぜ」

「悔しいけれど、その通りだわ」

「なんで悔しいんだよ」

「だってズボラな魔理沙の方が私よりも料理が上手なんだもの」

「おい、ズボラなのは関係ないだろ」

「でも本当に美味しいわ」

「へへっ、そうだろ?」

 だってこんな相反する私と魔理沙が親友同士になれたくらいなんだから。

 

 

To Be Continued

 

 

 

 




—あとがきらしきもの—

紅魔館組の紹介をすると言ったな。
あれは嘘だ。(本編の次話で紹介するからセーフ)

今回の話は別の外来人が少しだけ絡んでいました。
と言うのも、実はこの幻想郷には私が書いている恭也達の他に、私の友人が書いているとある外来人も居ます。
その外来人については実際に風見庵が登場する回で説明したいと思いますので数話お待ちください。

ちょっとだけ補足。

—博麗神社について—
妄想録における神社は、原作と同じく人妖魔の溜まり場となっています。
ちなみに萃香は神出鬼没で神社に居たり居なかったりと定住はして居ません。また針妙丸については一応神社に住んでいる事になっています。
が、存在を忘れていたために書き忘れています。ごめんなさい。
本編中も神社のシーンに一切出て来ないのは私が忘れているからです。
ごめんよ……。正直に言うと原作は地霊殿までしか理解してないんだ…。以降のキャラは2次創作とかその辺で知ってるだけなんだ……。
ちなみに、三月精は神社の裏手に居ますし、後々出てきます。本当に針妙丸だけ忘れてました…w

最後に、これからもこうした気まぐれの話をちょくちょく挟んでいくかもしれませんが気長にお付き合いください。
風呂敷を広げすぎてる感もしますがエタらないようにはします。


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