Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- (ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号))
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第一話 谷中(一)

-----------季節は春から夏へ変わろうとしている。梅雨の香りが時を静かに促すのか。


 

五月二十三日 

 

 男は、その醒め渡るような青に目を見張った。

 小さな庭の池にも、四輪の杜若が咲いている。

「もうそんな季節か」

 初夏、午後の節句とあの騒々しいメーデーが過ぎ、世間は戦後経済に右往左往としているものの、季節は人の流れにかまわず梅雨を迎えようとしている。

 大の字で背伸びをし、雨戸を収納する。

ガラス戸がいびつな表面に日を受けながら、カタカタと音を立てた。木塀の向こうから、カラカラとチェーンを鳴らす自転車が通り抜ける。

 誰かが見ている?

青年は何を思ったか天井を見上げた。

(まさかな、結界が反応するはずだ。)

乱れた着流しを整えつつ、居間で大正新報の朝刊に目を通す父親に声を掛けた。

「おはようございます、父さん」

「おはよう、洸」

「ところで、庭の杜若が花を咲かせておりますが、父さんはご覧になられましたか」

「いや、まだだな。今年もとうとう咲いたか、母さんが好きだったな。ところで、台所の景気はどうかな」

「聞こえませんか、台所から調子のいい包丁さばきの音。心配に越したことはありませんよ、しかし用心には用心が必要です。昼からの進撃も兵站が肝心でありますから」

「朝もだぞ洸、夜明けの戦いも肝心だ」

「その通りだと思います。では少々身支度を整えてまいります」

 眼鏡をはずしながら父はゆっくりと頷いた。

 

 洸は書斎に向かわず、廊下奥の台所へと静かな足取りで進む。

その先に弁当箱におかずを詰めてい割烹着姿の少女が、口を一文字に何かを思案しながら料理に向かっていた。

「おはよう、琥珀」

「おはようございます洸さん、あ」

「ん、どうした」

 鉢を置いて、洸を優しい手取りで台所から追い出すと、息のかかる近さのまま、彼へと不満げな表情を向けた。

「俺はあいさつをしただけじゃないか」

「失礼しました。でも、私との約束を覚えていますか」

「新鮮な卵をお隣さんからもらってくることかな」

「違います」

「今日は俺が弁当を作ることだったかな」

「ありえません」

「じゃあ静さんからの宿題を手伝うことか?」

「その約束は昨日守ってくださいました。私が問題としているのは日々のお約束です。」

「お弁当を楽しみにしてもらいたいから、朝の台所に立ち入らないでほしい。だったかな」

「ご存じではありませんか」

あなたは意地悪だと言いたげな表情が洸の心を和ませた。

「父さんが朝飯はまだかなと俺に尋ねたんだ。あと、琥珀の元気な姿が見たかったからさ」

「言い訳は無用です。お父様なら必要とあれば私を呼んでくださいます。それに、私に身支度を急ぎたいときは、昨日のうちに伝えてくださいます。洸さんも洸さんです。この家の長男なのですから居間で堂々としていただければ、後は私がします」

「すまなかった、支度を整えて、茶の間で待っているよ」

「でも、嬉しいです」

 洸は照れ臭くなったのか、階段への道のりを急いでいった。

 

 榊原家の二階建て一軒家は、上野の桜木町にある。東京市の北東の端に位置する上野一帯は、本郷区と下谷区の境に位置し、桜木町は東京美術学校の北側、小さいながら二丁目は美術学校の前に位置し、北側には谷中の霊園がある。無論、下宿をする書生が多い関係上、一高の生徒も足しげくこの街を訪れている。

 洸は二階にある四畳半の書斎で、シャツに袖を通し、ズボンのベルトを締めると、座卓に置いていた西洋調の小物入れを胸ポケットに入れ、壁に掛けていた学生帽と詰襟を手にした。

「朝ごはんの支度ができましたよ」

琥珀の呼び声を聞くと、急な階段を慣れた足取りで降りていった。

 

 ちゃぶ台を挟み、食事をする洸の父は榊原八郎である。丸の内オフィス街の銀行員をする彼は留学経験を買われ、ある特殊な科で仕事をしている。留守が多いため、家計のやりくりは洸と琥珀に任している。

 洸は味噌汁をすすり、茶碗を手に取って、米を口へ運んだ。

彼女はそれと入れ違いで湯気の湧くお椀を手に取った。琥珀は十七になる女学生であり、彼女は早くに事故で両親を失ったため、遺言に従って父親の旧友である八郎の元で洸とともに生活している。

「洸、琥珀、昨晩も言ったが、また一週間ほどの大阪出張がある。もしものことがあればいつもの旅館に電話しなさい。そして美穂のことを頼む。三年ぶりの日本だ、よくしてやってくれ、それにたまには三人で浅草に行くのもよかろう」

「はい」

「そうだった、琥珀、今日は戸田との付き合いで遅くなるから、夕食はいらないよ」

「そうですか」

「その代り、明日は前から言っていた活動写真を観に行こうか」

「美穂ちゃんも一緒にですね」

「そうだな、でも父さんがいないのが残念でならない」

「すまんな、しばらく三人でしっかりとやってくれ、それに洸、お前も家長になる身として責務を果たしなさい」

「はい、かならず」

 味噌汁を飲み干すと、三人息を合わせてご馳走様と噛みしめるように言った。洸は湯呑に残っていた茶を飲み干して襟詰のホックを留め、学生帽を深くかぶり、鞄を手にした。

「洸、あまり遅くまで出歩くじゃないぞ、しばらく東京は物騒だ。琥珀、美穂にもしっかりと言いおいてくれ」

「なぜに物騒なのですか」

「琥珀も新聞を読みなさい。洸、手持ちは十分か」

「もちろんです」

「そうか、お前なら多少なりと身を守れるだろう。行ってきなさい」

 

 玄関で靴を履いたところで、琥珀は山吹色の包みに入った弁当を手渡した。

「今日は何かな」

「お楽しみです」

「そうだった、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 引き戸を抜け、腰に弁当を結び付けると忙しい通りに向かって歩き始めた。

「ん」

 曲がり角に差し掛かった瞬間、刺すような威圧を感じて振り返った。

しかし、それらしき気配もすぐになくなり、洸の目の前を背の低い老人が通っていった。きっと眠り足りないのだろう。あくびを右手で抑えると、手の甲にうっすらと、赤い痣のようなものが浮かんでいることに気が付いた。

何かの兆候だろうか、洸の心中に一抹の不安が浮かんだ時、彼を呼ぶ声がした。その張りのある聞き知った声の方に振り返った。

「洸クン、おはよう」

 手縫いのセーラーを着た、ひさし髪の少女が彼の顔を覗き込むように立っていた。

「おはよう美琴、気にすることでもないさ」

「本当かな、洸クン」

 文人や賢君を呼ぶかのように洸を呼び、彼との距離を離しつつも歩調を合わせた。

「ところで、いきなりなのだけど二日前に万世橋で異邦人の仏さんが上がった話、知っているかしら」

「ああ、新聞でな」

 美琴を目で追いながら言うと、彼の目の前に廻った。

「それから、二日前に横浜のオフィスで殺人事件。三日前には文部省の要人が殺害された。さらに十日前には根津で十数人の失血遺体が発見された。この四つの怪事、いずれも犯人の特定につながる物品や関係者のいざこざもなかった。そこでだ、君はこれらをどう受け止めた。」

「完全犯罪というやつか」

「そう、四つともね」

 こうして彼女が男女の節操を気にしない時こそ、決まって面倒ごとを振る兆候である。

「ただ、共通点がないというわけでもない。万世橋のそれと横浜のオフィスのそれには共通した殺され方がされている。それは、矢と大きな刃物で肉体が斬り裂かれているという点よ。この世界に存在する刃物で、狭い範囲で四肢を裂く刃物なんて聞いたことないわ。失血死体を除いた十八人全員よ。普通だったらこんな殺され方は絶対ないわ」

「何を俺から聞きたいんだ。」

 周囲の人が離れていることを確認しながら、やや小さい声で言った。

「神秘の力を操る者、魔術師。あなたなら、これらの怪事がそれを用いたと思えるかしら」

 洸は思わず深いため息をついた。

「前も言っただろう」

「私は真剣よ」

「百も承知だ」

 彼女はやや残念そうにうつむいた。

「君には分からないのか?私の命を救ってくれた力が、殺戮の道具に使われているのかもしれない可能性を、私はそれを絶対に許さない」

 横切ろうとする自転車から守るため、彼女を静止した。

「無関係の人間も大勢巻き込まれているのよ、中には性別さえ判別できないものさえある。当たり前のように起こる出来事じゃないわ」

 もちろん洸もそれらの事件について考えないわけではなかった。しかし、今の彼には頭の隅にとどめる程度の出来事としか判断していなかった。

「あなたは、どう思うかしら」

 頭を二、三回搔くとしぶしぶ口を開いた。

「もし、お前の考えている通りだとしても、俺たちには関わりのないことだ」

「無責任なのね」

「俺が言いたいことは変わらない。斎藤美琴、俺は君に女としての身の振り方を考えてほしい」

 暫しの沈黙ののち、静かに頷いた。

「分かったわ、心配かけさせてしまったわね。でも、君の意見を聞いておきたい。それが聞けたら金輪際、こんな話を持ち掛けたりしないから、だからお願い」

「あり得るよ、魔術にとって再生と破壊は二足の草鞋だ。発展は崩壊に帰依し、破壊は生育をもたらす。結果と統計は破壊によってもたらされ、魔術の研究、発展の土壌となり、世界に警告と絶対の法則を表す。再生は発展に依存された社会に方向性をもたらし、新たな時代の礎となる。以前、美琴を救った力には数千年分もの血が積み重なっている。死もそれ相応だ。術を使うことは、人の生き死に手を掛けることと同じなんだ。武術を心得るお前ならよく分かるだろう?」

「そう、ありがとう」

「今のは他言無用だぞ」

「分かっているわよ、あんたの嫁さんにだって言わないわよ」

「あいつは、妹みたいなもんだ」

「妹じゃなかったら何、琥珀ちゃんはあんたの何かしらね」

「お前!」

「あははは、おもしろいの」

 既に彼らの目指していた校舎が姿を見せていた。

上野寛永寺より西方にこの時代には珍妙な、男女の学び舎が隣り合う立林高等学校が立っている

 洸と美琴は学科もとい性別が異なるため、校門を通る前に何事もなかったように二手に分かれていった。男子の校舎に続く左手の小さな小道沿いに、二本の若木が立っている。何があったのか五月の初めまで桜の花が残っていたが、気づいた頃には新緑が一面を覆いつくしていた。

 

 明治の中頃から使われているという東棟の下駄箱には、彼に割り当てられた十二番の棚がある。

 そこに短く髪を整え、ふくよかなカイゼル髭を生やした初老の男が彼の前に立った。

「おはよう榊原君」

「おはようございます大友源次郎教授」

 音楽の講師だが、生徒の多くは実技よりも講義が多いことから、嫌味を込めて『先生』ではなく『教授』と呼んでいる。ただ、当の本人はその呼称をひどく気に入っているらしく、洸の前でも嬉しそうに頷いた。  そして『教授』はおもむろに自身の懐を探り始めた。

「君に頼みたいことがあってな、待っていたのだよ」

 ようやく探し出した札のついた鍵を洸に手渡した。

「三号実技室用に少し古いピアノを買ったのだが、さる大貴族からの払い下げの品だそうだ。調律は済ませてあるが、私のような口だけの者では自分の耳に自信が持てなくてな、君ならと思った次第だ。それに夕方から君のことで楽団とも話をつけねばならない。頼めるかな」

「いえ、断る理由はございません。喜んでお引き受けいたします」

 その返事に満足すると、鍵は帰りに宿直の智子見習いに渡せばよいと言い残し、校舎の奥へと戻っていった。

 

 万世橋からお茶の水に向かうため、琥珀は駅の構内を歩いていると、背中から声がかかった。

「琥珀姉さま」

 そこには両手に幼い体躯に似合わない大きな旅行鞄を持ち、赤を基調とした洋服を着る青い目の少女が立っていた。

「もしかして、クレメンティ―ナちゃん?」

「お久しぶりですお姉さま。お元気そうで何よりです」

「ええ、それにしてもまた大きくなったね」

「私だって三年たてば背も伸びます。それに、私にも日本の名前があるのですから、そちらで呼んでください」

「そうだったわね美穂ちゃん。今年で十五だものね」

「向こうに居た時間は長かったですが、覚えた日本語はこの通り忘れていませんよ。ところで、お兄様はお元気ですか?姉さまの料理に酔いしれていませんか」

「おせっかいはいいのよ、洸さんも三年前と変わらず元気にしているわ」

 それは、それはと笑いながら、両手に持った鞄を抱えなおした。

「私はこれから先生の言いつけで協会の事務所に向かいます。帰りはご一緒できると思うのですが、万世橋の駅前で待ち合わせるというのはいかがでしょう」

「うん、買い出しにも行かなくちゃいけないから、三時半に杉野兵曹長さんの前で待ち合わせしましょうか」

「分かりました。それではお姉さま、また後ほど」

「ええ、いってらっしゃい」

 美穂を改札前まで見送ると、御茶ノ水方面に向かうプラットホームに上がった。

 学校に向かう市電が止まってしまったため、仕方なくこのホームに来ている。狭いホームの細い列に並びながら、彼女は硬い表情を崩せないままでいた。

 どこからかため息が漏れた。

〔マスターの予想通りになったな〕

〔あの子の左手に巻かれた包帯、間違いなく礼呪を隠しているわ〕

〔サーヴァントの気配が感じられなかったが、あの娘の采配だろうな〕

〔今の実力が測れない今、下手に動くことはできないわね〕

〔マスター、やはりあの優男が気がかりだ。何がきっかけでサーヴァントを召喚するか分からんぞ〕

〔それはないわ、あの人が直接儀式の陣を敷かない限り、今は部外者でしかないわ。それに聖杯戦争に関わる理由も存在しない〕

ホームに小豆色の無骨な車体に赤いラインを引いた電車が到着した。列の先頭に立っていた男が降りていく、乗客を避けた。

〔甘いな、聖杯は奇跡をこの世に体現するものだ。どんな真似をしようとも発端は起こり得る。マスター、聖杯戦争にあり得ないことはないのさ〕

〔バーサーカーの言う通りかもしれないわね〕

 乗り込むと同時に発車ベルがホームに鳴り響いた。列車の中ほどの場所に立ったと同時に前進を始まった。

 

 身近な二人がこの戦いに関わることになると考えた時、深い憤りを感じた。

兄妹で殺しあう真似でもすれば、洸も美穂もそして自分自身も聖杯を手にする前に、誰かが涙を流すことになる。間桐本家の方針は身内の争いから距離を置き、双方が自滅するのを待てとの方針であった。しかし、十二の時から苦楽を共にしている二人とのつながりは、今や本家の関係よりも大事なものであった。

魔術師になるしか術のない人生が全てではないことを、隣に居てくれたあの人が教えてくれた。暖かな、やさしさに溢れている日々と、密やかな契りのさだめ。     

 しかし、今は絶望に胸を詰まらせている。

電車が何度も揺れながら収まることはなく、不安を急き立てる。

 「琥珀ちゃん、どうしたの」

 目の前から心配そうに自分を見つめる一人の女性は立ち上がり、席を勧めた。

 「さぁ、座って」

 我に返った琥珀は彼女を止めた。

 「お師匠、大丈夫です。どうかご心配なく」

 「そうかしら、随分と深刻な顔をしているわ」

 清楚な白の洋服に身を包み、下げ髪をする女性は間桐静香。表では翻訳を生業としているが、間桐系呪術の伝承者、つまるところの魔術師である。

 「お師匠様は本日お帰りになったのですか」

 結局、琥珀が席に着かないため、二人並んで立つほかなかった。

 「ええ、冬木の本家からね。蔵硯御爺様も相変わらずだったわ」

 「そうですか」

 その名を聞いて顔を歪めずにはいられなかった。

 「仕方ないわ、血族には抗えない。あなたのように腕が立てば尚更、御爺様の目に留まるわ」

 「そうですね」

 出そうになった言葉を静は止めた。

 「話が変わってしまうけれど、着物の手配任せちゃってごめんなさいね」

 「いえ、お世話をするのは好きですから、着物は指定された箪笥に納めておきましたので確認してください」

 「そう、私が戻るより早く仕上がったのね、よかったわ」

 「それに合わせてお部屋を少し借りさせていただきました」

 「構わないわ、弟子の頼みに素直に答えてあげるのも師匠の役目よ、あなたもじきにそうなるわ」

 車掌が次の駅名を告げると、琥珀は窓から目的地が近づいていることを確認した。

 「それでは学業がございますので、ここで失礼いたします」

 「またね」

 静香に一礼すると、琥珀は足早に列車を降りていった。

 

 やや時を越して夕刻、御徒町から不忍のほとりを抜けながら、旧友の戸田健吉はそのはつらつとした表情を見せていた。

 「なぁ洸、もう少し飲んでいかねぇか」

 「さっきも言ったろうケン坊、用事をすっぽかせるほど俺の景気はよかぁねぇんだ」

 単純に、しかし焦らずといった雰囲気のある友人を相手に洸は随分と落ち着いていた。

 「そうだったか、何だシュウショクナンってやつか、いつまでも落ち着く先を決めないから、天神様に愛想突かされちまってねぇか」

 「馬鹿言うんじゃねぇよ、天神様だって今は焦るなっていうだろうさ。なんだって今の俺には雇ってくれそうな楽団が二つもあるんだ、これこそ天神様のお陰だろうよ」

 「そいつは本当かい、蕎麦屋見習いのダチが立派な音楽家になるたぁ、自慢してもしきれねぇよ」

 「俺も見習いからだぞ」

 「構いやしねぇさ、昔俺のことを忘れちまった時はちいせぇガキの身なりで心配しちまったが、もう大丈夫だろうよ」

 「泣くなんざ、らしくねぇぜ」

 「べらんめぇ、ジロジロ見んな」

 日も落ち、ランプ灯が灯されていく、係の男が慣れた手つきで作業を進める。

 「それじゃあな、またうちにも遊びに来いよ」

 「そうさせてもらうさ、おめぇが嫁さんうまくやっているか見てぇしな」

 「言うんじゃねぇ」

 「カカカ、日が暮れちまう前に行きな」

 戸田と別れると、急ぎ足で学校に向かう。

坂道に差し掛かった時、少女を連れた紳士が洸を呼び止めた。ドイツ訛りのきつい英語が、彼がドイツ人であると気づかせた。

 「本郷の小邸宅はどちらかな」

 「この先をまっすぐ進めば高台に出ますから、その上に庭付きの邸宅がありますよ」

 「ありがとう優しき日本人青年。お礼に君に良いことを教えてあげよう」

 「なんです」

 「ここはもうじき戦争になるぞ」

 「戦争」

 紳士は道を急ぐ、だがしばらくの間、彼に従う赤い瞳の少女が見つめていた。

 学校に着くころにはすっかり辺りは暗くなっていた。

 

 二階には個人レッスン用の三つの実技室があり、三号の部屋であることを確かめ鍵を開けようとしたが、開くことはなくランプを鍵に当てると、札には向かいの一号実技室用の鍵と書かれていた。

洸は仕方なく向かいの扉を開けた。この部屋にあるピアノも払い下げの品ではあるものの、年季があるためか塗装の剥げが気になる。

隅に置いたランプの灯が、ぽう、ぽうと小さな火を輝かせる。

鞄から二つの楽譜を取り出した。音楽家の先輩が放り出した。ドビュッシーという作曲家の曲だった。同学科の先輩が放り出したのを洸がもらい受けた物だった。彼としては嫌いではないので、演奏中は心が静かな落ち着きを見せていた。

 

 時間はあっという間に過ぎ、片づけを済ましてピアノに鍵を掛けた。

(帰るか)

 相変わらず右手の甲にはあの紅い痣が残っている。  灯を頼りに片づけを始めるが、オイルが足りないのかゆっくりと消え始め、部屋を青白い月明かりが射し込んだ。

(早く帰れそうだ)

 右胸ポケットに小箱が入っていることを確かめ、革製の鞄を手に取った。

 すると、校庭に面する窓から鋭い金属音が響いてきた。

 気になって窓によると、校庭には二人の男女が向かい立っていた。周囲にはあからさまに人避けの結界が張られている。

 左手には黒い軍服らしきものを着た長髪の女が、身なりには見合わない長巻を手にしている。

 対して右手側の男には、黒い胴丸に兜、大袖付けに身を固めて、その槍の穂先を女に向けている。

 やや静寂を過ごし、女が切っ先を武者に向けると十数廷もの小銃がその頭上に現れた。

 その瞬間、穂先が無数の弾丸を弾き、発砲音が響いた時には、女の間合いへ飛び込んでいた。身代わりになった小銃が次々にはじかれ、やや左からの上段の打ち込みを峰で流し、懐に飛び込もうとする。

しかし、槍柄を用いた素早い叩き上げが長巻の刃を折れ曲がらせ、女は渋々、間を取らざる負えなかった。その隙に飛び込もうとするも、またしても宙を舞う無数の小銃に牽制され動きを封じられた。

 互いに気勢を失ったのを良いことに、女は怪しげな笑みを浮かべた。

「最初はセイバーと思ったが、やはりランサーか」

「如何にも、私はランサーだ。だが貴様は何だ。新手のアサシンかそれともバーサーカーか、それに武器にしても装具にしても、なんとも無粋なものだ」

「ふ、無粋なのはお前だランサー、この装具も武器も、この時代の戦いに準じたものだ。よいか、?これは銃だ。この時代では馬を無用のものにし、数だけの敵を小勢で一網打尽にできる代物だ。知らぬとは言わせぬぞ?」

「多くの武者に持たせれば、鎧も軍団の編成も一網打尽にできる。使えるそうだな」

「分かっているではないか、ではあの世の帝への土産に持っていくがよい」

「なるほど、お前はサーヴァントではない。魑魅魍魎の長だ」

「ぬかせ、我が名は第六天魔王・織田信長。サーヴァント・アーチャーでもある。して、貴様は?」

「ランサー、今はそれだけで十分だ」

「カカカ…よかろう!ではランサー改め古強の足軽。よい夢を見させてくれようぞ」

「考え物だ」

 

 聖杯戦争、あの武者はそう言っている。

 洸には思い当たる節があった。だが、その名は魔術師の間でも都市伝説としか語られていない事柄であった。

「いけませんね」

 洸はとっさに頭を下げると、悪寒とともに頭上を何かが切り裂いた。

(刃だ)

 腰が打ちどころの悪さに悲鳴を上げるも、目の前に見えた刃に体は自然と距離を取るべく動いていた。

 振り向いた先に月光に白く輝く刀の姿身が見えた。やがてそのひと振りを持つ白手袋をした燕尾服姿の男がはっきり視界に入った。

 洸は夢中で実技室を出たが、そこに男の姿はなかった。

「私はここですよ」

 刀を持った不気味な男は洸のやや後ろから声を掛けた。いつ移動したのかさえ定かではない。

 洸は三号実技室の方へ歩き出した。だが男はしっかりとした足取りで近づいてくる。

 胸ポケットを手で探り、立ち止まった。

 手のひらほどの小箱から赤と青に輝く二つの宝石をとりだした。

「―――sieden……!」

 手から放たれた宝石の弾は輝きながら男へと迫るが、足元から発生した小さな結界がいとも簡単に消し飛ばした。

「そんな」

「ほら、ほら」

 洸はさらに三つ、青、黄、緑の宝石を取り出し、

「――――、Sechs Ein Flus,ein Halt……!」

 宝石は波状となり光の散弾と化した。

「わかりませんか?」

 男は宝石の波にむかって呪術刻印の刻まれた右手をかざした。

「君では私を騙せない

 右手から放たれる幾何学文様の式陣は人の背丈ほどまでに広がり、洸に向かって光の矢が走った。

波はかき消され、矢が右足に二つ刺さった。

「そんな、六番も効かないなんて」

「術が使えると感心しましたが、ここまでのようで」

 再び近づく男から逃げるべく、右足を引きずりながら強化魔術で鍵を壊し、三号実技室へと入り込んだ。

 なるべく見つからぬよう机の死角に入り込むと、赤の宝石をひとつ傷口にあてた。

「Anfang.....!」

 とにかく傷ついた足を治すことが先決だと、治療をはじめるが宝石が輝きを失っても、傷口から矢を取り出すことも、傷を塞ぐこともできない。

 それどころか痛みが魔力を込めるごとに増していく。汗が目に染みた。

「見つけましたよ」

 目の前の机が砕け散ると体が、いつの間にかピアノの足にたたきつけられていた。

 机の破片が窓のガラスを砕く。

(散らばる……散らばる?)

 目を開けたとき腰を着いたまま足が伸び、箱の宝石は目の前で散らばっていた。

 宝石へ手を伸ばすが足が動かない。

「やはり、マスターとなるには不十分ですね。恨みはありませんから、ご容赦のほど」

「許すかよ!この、のびろ!」

 やっとのことで手を伸ばし、赤い宝石に手が触れた。

 すると、洸の血と宝石を媒介に巨大な魔術陣が赤く、赤く、広がった。

「まさか、これは!?」

 たじろぐ男を見て宝石にさらに魔力を込めた。もはや迷っている暇はない。

 陣は赤から青の閃光放って実技室を染め上げた。

何処からか霧が二人を包み込む。

 霧は青い月の色をそのまま映し出した。その霧の中で新たな人影が立っている。

 その人影は男を柄頭で殴り、後ろへ下がると小さく抜刀、水月から右へ突き平突きで腹を斬った。

 たじろんだ瞬間に滑り込むように左拳で楽譜の並ぶ棚へと殴り飛ばした。

 豪勢に音を立てて背中から突っ込んだ男を、容赦なく破損した高価なガラス戸が襲った。

 その光景を呆然と眺めていた洸は、影が丈の短すぎる単衣に朱鞘の大小を差し、浅黄色の羽織を身に纏う、練絹の髪の少女であることに気が付いた。

 彼女は洸の目の前に立ち、優しく微笑んだ。

「サーヴァント・セイバー、令呪の契約および召還に応じ参上しました。これよりわが剣は貴方と共にあります。して、あなたが私のマスターですか?」

 顔立ちは髪を結ぶ黒いリボンがなければ、女性らしさが抜けてしまうほどの覇気があふれている。

「ま、マスター……俺が……」

 思い当たって右手の甲を見ると、菱形文様の赤い刻印が浮かび上がっていた。

噂に聞いたとおりだった。

「この日、この時より、あなたの剣となり戦います。マスター、ご指示を」

 セイバーは振り向き、棚の下から起き上がろうとする男に、瞬時に隣の棚を男のほうへとなぎ倒した。

「すごい、あそこまで一瞬で……」

セイバーが急ぐようにと目配りをすると、それに応じて、宝石を二つ持ち、足に当てた。

「Stark―――Groz zwei,,,,Es ist gros Es ist klein......!」

 左足を軸に無理やり立ち上がると、逃げようと言っていた。

 セイバーは無言で応じ、洸に肩を貸しながら警戒しつつ部屋を出た。だが、あの男はガラス片を払いながら既に廊下に立っていた。

 セイバーのつけたであろう傷は、月明かりの中では見つけることはできなかった。

「全く乱暴だ。だが、君がセイバーのマスターとして聖杯戦争に加わるのであれば、君を殺す理由はない。さようなら」

「待て、お前は何者だ」

「私はサーヴァント・キャスター、以後お見知りおきを、榊原洸様」

「俺の名前を」

 そしてキャスターは忽然と姿を消した。青い霧もいつの間にか消え去っていた。

 セイバーは周囲に注意を払いつつ刀を鞘に戻した。

「すまない、恩に着るよ」

「いえ、当然のこと、それよりも傷の手当てを」

 洸を壁にもたれさせながら、腕に巻いていたさらしを足に巻き始めた。強化魔術で無理やり足を動かしたためか、右足は沈黙したまま、時々思い出したように激痛が走る。

 奥の階段から足音がする。セイバーは素早く立ち上がり、つばに左親指を押し当てた。

「あの神父、またしてもサーヴァントで候補者狩りをしていたか」

「だがホルスト、生きておるようだぞ」

 黒いコートに身を包み、帽子を被る青い瞳の青年がまっすぐ二人の元に近付いていく、そのあまりに流暢な日本語に、彼がドイツ人であると気づくのまでやや時間がかかった。セイバーがホルストの前に躍り出た。

「何者だ」

「僕は味方だ。ただし、キャスターの被害者としての味方だ」

 ホルストは何をするでもなくセイバーの脇を過ぎて、洸の前に腰を低くした。

「大丈夫かい」

「どうだろうな、だが俺の魔術では手に負えないことは確かだ。」

 洸の右太股に巻かれたさらしに、黒い何かが滲みだしていることに気付いた。

「古典的な呪術だが、少し厄介な代物だ。あと五分したら手遅れだっただろう。君の専門は何だい」

「宝石置換だ」

「そうか、多少の遅延にはなっているはずだ。僕が呪術の根源を摘出しよう。それさえ抜けば君自身で治療できるだろう。」

 右太ももの宙に円形陣を描くと、手袋を外して指を一本ずつ同調させる。

「おっとセイバー」

 アーチャーは柄頭を抑え込み、セイバーの抜刀を封じた。

「お前ではどうすることもできん。我がマスターの良心に従え」

「知らんな」

「アーチャーの言う通りと信じてほしい。もし、死なせたら僕の首を飛ばせばいいだろう。アーチャー、その手を放してやってくれ」

 刀から手が離れたものの、セイバーはいつでも刀を抜ける状態であった。

「君の協力に感謝する」

 ホルストのかざした陣から無数の糸が傷口に伸び、さらしを切り裂いて奥に入り込んだ。そして、洸も顔の表情を歪めながら宝石を手にした。

「我、この地の言霊と庇護を持ち、ここに断絶の術式をもって穢れをみそぐ」

 宝石の輝きが右脚を包み込んだ。

「満たし、満たされるものなり」

 糸は複雑な動きをしながら、少しずつ上へ、上へと引き上げていく、やがて銀色の矢先が二つ姿を現した。

「摘出……!」

 ホルストは矢先を洸から引き剥がすと、小く悶えた。

 銀色の矢は黒く染まり、やがて石ころほどの塊に変わった。陣を離れた糸が二つの塊を封じ込み、白い塊になると彼の手の上に乗せられた。

 そして、傷口も残った糸によって縫合された。

「こんなものだろう。ほら、キャスターが君に撃ち込んだ矢だ」

 封印のために糸が巻かれているものの、にじみ出る禍々しい呪いが現代に存在するそれらから逸していることは、洸にも理解することができた。

「これは……ひどいな」

「僕もこうして攻撃を受けた類だ。情けもここから来ていると思ってくれ」

「ありがとう、十分だ。俺の名前は榊原洸だ。覚えておいてくれ」

「名乗る必要はあるのかい?」

「恩人の名前ぐらいは憶えていたいものだろう」

「良識ある日本人だ。僕はホルスト・リヒター・フォン・アインツベルン」

「ホルストか、しっかり覚えたよ」

「さようなら榊原君。次ぎ会う時は戦場だろう、行こうアーチャー」

 洸とセイバーに背を向けると、何もなかったように暗闇へと姿を消していった。

「マスター、何か細工でもされませんでしたか」

「心配要らない。彼は傷を治してくれただけだよ。そうだ、出てきた部屋から小物入れと宝石を取ってきてくれないか」

「はい、今すぐに」

 運んでもらった宝石で脚の治癒を促し、魔術で歩ける程度に強化を施した。施術を一通り終えて息をつくと、汗を袖で拭った。

 セイバーはすぐに新しいさらしを傷口に巻いた。

「すまない」

「いえ、サーヴァントでありながらお役に立てず申し訳ありません。今の私にできるのはこれぐらいですが、せめてもの罪滅ぼしに」

「いいのさ。それにしても君は魔術が使えないのか」

「はい、お恥ずかしい限りで」

 急いで階段を駆け上がってきた女性が、驚いた表情で二人を見た。洸にとっては見慣れた顔、この学校で見習いをしながら用務員の仕事をしている、黒田智子がそこに立っていた。

 セイバーは落ち着いて立ち上がり、鞘を水平にさせた。

「まさか……洸クンが」

「お前もマスターか」

「まて、刀を抜いてはいけない」

「また、どうしてですか」

 智子は何かに気が付いて三号実技室に足を踏み入れた。そしてピアノを見るなり大きなため息をついた。 そこには魔法陣の痕跡を残したピアノがそのままになっていた。

「まさかとは思ったけれど、こんな偶然があるのかしら」

 洸はゆっくり立ち上がると、振り向いた智子の視線が突き刺さった。

「キャスターとかいう奴に襲われて、偶然に」

「でしょうね、あなたを責めても仕方ないわ」

 智子は肩の力を下ろし、腕を組んだ。

「とにかく一階の用務員室に行きましょう。話はそれからね」

 

 

 

 

 灯りのついた用務員室に二人を入れると、椅子に座るよう促した。

 慣れた手つきで暫くコーヒーを準備しながら、智子は無理やり整理する時間を仕立てているのは、先ほどの混乱ぶりから察するに充分であった。 

 だからと言って、セイバーが刀から手を放す理由にはならない。

「はい、コーヒー。砂糖は好みでよろしくね。セイバーさんも飲むかしら」

 洸は疑うことなくカップを受け取り、セイバーはカップに注がれた液体を見つつ、渋々カップを受け取った。

「一つお聞かせ願いたい。あなたはマスターであり、私たちの敵ですか」

「そうね、分かっているなら隠す必要はないわね。ランサー」

 ゆらりと部屋の奥にあの黒い武者が姿を現した。その兜の下からは厳しくも凛々しさを感じさせるものがあった。

「なら、敵である相手から茶を受けるなど言語道断です。さぁマスター、その得体のしれぬものを私に」

「失礼ね、それはコーヒーよ。西洋では立派な趣向品よ。それに、私は榊原君とは知り合いなの、あなたも私がマスターであるというだけで結論を下すのはよろしくないわ、それこそマスターの意見を鑑みるべきよ」

「そうだ、この人は一応悪い人じゃない」

「一言余計じゃない榊原君」

「しかしマスター、せめて毒見だけはさせてください」

「ああ、そこまで言うのなら」

 セイバーは洸のコーヒーに口をつけると、顔をしかめながらカップを彼に返した。

「ど、毒はないようです。どうぞ」

「西洋では健康を促す薬味をこうして飲む習慣があるわ」

「さっき趣向品と申しましたよね」

「それで結構、話をはじめましょう」

 智子はカップを両手に歩き始めた。彼女はまず洸から一通りの経緯を聞き、彼がまったくの偶然でサーヴァントを召喚したことが証明された。

 そして、改めて彼女は聖杯戦争の趣旨とルールについて一通り話した。

「大聖杯を召喚する儀式であり、七人のマスターがそれぞれにサーヴァントを引き、ただ一組になるまで戦い続ける。それこそが聖杯戦争」

「そう、元は冬木郡という土地で儀式が行われるのだけど、霊脈に異状が発生したためにアインツベルン家の提案で霊脈が安定した、この帝都で聖杯戦争が行われることになったのよ」

「ドイツの魔術師名家にして聖杯戦争の主導家の一つですね」

「そう、現在はドイツ魔術師協会の会長をするプフェファー・フォン・アインツベルンが当主をしているわ、私個人としては嫌いなのだけどね。ちなみに私も聖杯を主導する遠坂家の人間よ、黒田性は世を忍ぶ仮の名よ」

「そ、そんなことまで敵になるかもしれない人間に話して良いのですか」

 微笑むと、カップを置いて椅子にもたれかかった。

「何も知らないより、少しでも当事者であった方が気は楽なのよ。それに、貴方も戦いを通じて色々な事情を知ることになるわ、その時のためにこうして保険を売っておきたいのよ、あなたが少しでもお人よしだと信じてね」

「そうですか」

「ふふふ、そういう顔をしないの、私が遠坂の人間であることも秘密よ」

 立ち上がると、引き出しから一枚の紙きれを取り出して素早く鉛筆を走らせた。 

「この聖杯戦争はこれで三度目、前回の結果を教訓にして今次戦争を円滑に進めるために、儀式の推移と状況を管理する監督官を置くことが定められているわ。聖堂教会から派遣されてくるから必然的に教会が聖杯戦争の管理本部になっているの、戦争に参加する参加しないかはこれからでも決めることができる。そのためには教会の監督官に直接会う必要があるわ、場所はここに書いてあるわ」

「本郷の…あの教会か」

 メモをポケットに納めると押されるように席を立った。

「敵として出会わないことを願います」

「お互いにね」

 セイバーが最後に退出していく姿を見守ると、冷めたコーヒーを口にしながら、左ポケットにしまっていた懐中時計を手にした。

「これでよいのかマスター」

「冷たいと思うかしら」

「十分だろう。後は彼らが賢明であることを祈ろう」

「そうね、今は何も起こらないことを祈るわ」

「だが、マスター、あの召喚術式は誰が引いたものなのだ」

「それは…」

 

 



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第二話 谷中(二)

 

 

 裏門に向かう途中、あの若木の前で立ち止まった。セイバーは不思議に思いながらも、天に伸びようとする若木の枝を見上げた。

「初夏ですか」

「暦では、もう梅雨の季節になるよ」

「若木は力強く育て行きます。あなたが杖を突くころには立派な育っているでしょう」

「そのようだ。ところでセイバー、俺はまだ」

「まだ戦いに身を投じるべきか迷っているのですね。私個人として申したいことはございますが、今はあなたのサーヴァントです。何があろうとあなたの剣となり盾となります」

「君にとって、良い答えにはならないかもしれないぞ」

「その時はその時で良いでしょう」

「いいのかい」

「それが私というサーヴァントですから」

「分かった、行こう」

 

 

 本郷には帝大と一高が肩を並べ、それに対するように西方町と本郷町の高低差が、この土地の人々にはっきりと『階級』を意識させている。

 グラツィーノ聖教会は、本郷の『山の手』である西方町に、そこそこの敷地を持っている教会であり、バンカラとは意識を反する書生たちが足しげく通う教会でもある。そもそも書生たちには下町である森川町の方が時代の先を感じえたのかもしれない。

 

 

既に七時を回り、月明かりの下で周辺とは異質な建物と前庭が、一切の気配を奪い去り、異様な静けさが人を寄せ付けることを頑なに拒んでいるようであった。

「外から中の状況が分からないようにしてあるな」

 セイバーはどこから取り出したのか、大小を腰に差しゆっくりと洸の前に立った。

「どうした」

「どうもおかしいのです。血の匂いがする」

振り向いたセイバーの瞳は、ここから進むべきではないと訴えていた。

「蛇の道は蛇とも言う、行こう」

「…はい」

前庭を抜け、正面の扉をゆっくり開ける。セイバーはいつでも洸を後ろに投げ飛ばせる位置に着いていた。

「安倍晴嵐神父様はいらっしゃいますか」

 しかし返事がない。智子のメモには夜中はいつ、いかなる時でも一晩中礼拝堂に居ると書いてある。

 だが神父の姿は見当たらない。ステンドグラス越しに照らされた祭壇から、入り口に向かって何かが流れているのが見えた。

「血だ」

 洸は祭壇に目を凝らすと二つの影がぼんやりと姿を見せた。神父と思しき体が半身を残して倒れている。そして灰色の装いに身を包んだ黒髪の少女が、長杖を手にしながらその遺体を見下している。少女は当たり前のように笑顔を洸たちに向けた。

「君たちも神父様に用事かい」

 既に鯉口を切っていたセイバーが洸を守るように立ち塞がった。

「あいにくだが、僕が来た頃には下半身も命もなくなっていたよ」

「お前がやったのだろう」

「さぁ、どうなのだろうね。私にはさっぱり見当がつかないよ、ところでそこの剣を持ったあなたはサーヴァントではなくって?私もサーヴァントなの」

 灰色の少女は軽快な足取りで中央に歩みを進めた。

「死んでくれない?」

 左手にぶら下がっていた長杖が突如として伸び、セイバーは反射的に洸を座席の中へ跳ね飛ばした。同時に棟が激しく叩かれ、柄が怪しげな音を立てた。セイバーは落ち着きながらハバキと鍔で長杖を押さえつけた。

座席の後ろから顔を出した洸は小物入れから宝石を一つ取り出し、宝石ごと魔力を液化、結界が灰色の少女に走った途端、術式が彼女の目の前で弾き飛ばされた。結界が杖によって止められていた。

「君はセイバーかな、マスターは魔術師らしくこそこそするのが好きらしいね」

「セイバー、あいつは自分の魔力で俺の攻撃を封じた、あいつはサーヴァントじゃない」

顔を出した洸が少女の嘲るような微笑みを凝視した。

「それでも私はサーヴァントだ。仮に名前を名乗るならシャリア・コーデ、よろしく」

 セイバーはシャリアの言葉を意に返すこともせず、途端に近間へと飛び込んだ。長杖が反射的に伸び、激しい伸縮を繰り返しながらセイバーの態勢を崩しにかかった。だが、それがどうした。

転びそうなほどに低い下段から、丁寧な足さばきで切っ先を首に目掛けて走らせる。危険を感じたシャリアが杖の伸縮を止め、突きを上方に受け流した。その瞬間、空いた腹を殴り、祭壇の方へと吹き飛ばした。

シャリアの断末魔が教会内に小さく響いた。

「サーヴァントなら殺す。そうだろう」

「ふ、ふざけるなよ!」

 素早く立ち上がった少女は、自身の身丈ほどの長さに杖を整えて、杖と体を回転させながらセイバーとの間合いを詰める。

セイバーは下げ緒を解き、刀で横からの打撃を下方に誘導してから鯉口あたりで杖を抑えた。思わぬ方向に流されたシャリアの首を切っ先が舐めるように走った。杖を振りほどき、セイバーに蹴りを加えると逃げるように後方に退き、間合いを見計った。

首からは一直線の傷口から血が流れ出ていた。

「小細工ばかり…」

シャリアの顔から余裕が消え、殺意をむき出した目がセイバーを捉え、小刻みに揺れている。

「小細工か、私にはその小細工ができる身体しかないのでな、お前のように大層な奇術を見せられても小銭くらいしか投げてやれんぞ」

 その時、彼の目にセイバーに関するあらゆる能力が情報として浮かび上がった。これもマスターに与えられた権限であることは理解できるが、それよりもセイバーには大よそ魔術的な要素を何一つ持ち合わせてはいない。彼女にあるのはただ一つ、剣術のみであった。

「奇跡を持たない英雄、それは何人にも今だ触れ得ざる存在。そんなものは英雄ではないね」

「だが私はサーヴァントだ」

 表情を一つ崩さないセイバーは、やや左寄りの中段に構えた。

 シャリアの命脈を断つ態勢に入ったことは洸にもはっきりと分かった。

「でもね、まだとっておきがあるんだ」

 やや杖を隠すような体制となり、右手の平をセイバーの目線に当てた。そして、一歩踏み込まれる瞬間、凄まじい魔力が洸に悪寒として走り抜けた。

「セイバーっ」

「-----如来五輪塔」

 五つの高速の打撃にセイバーは逃げきれず、床と教会の出入り口ごと衝撃波の中に吹き飛ばされた。

「セイバーは」

土煙の間から、玄関跡に立つセイバーの姿を認めた。だが、刀は大きく折れ曲がり、頭から血を流していた。

「嘘、あれを耐えたの…ん」

セイバーは突然咳き込み、膝を突いてしまった。

 そのあまりに激しい咳き込み、そして口元から滴り落ちる血がシャリアに自身の勝利を確信させた。

「勝負はついたみたいだね」

反撃のできないセイバーを見つめながら、洸は自分が何をすべきか考えを走らせた。だが、それは恐怖と焦りから生じるものであって、おおよそ考えと言える考えは浮かんでこなかった。右手に握られた宝石が汗でしっとりと濡れる。

宝石は洸の腕に存在する魔術回路に反応し、魔力が腕から全身に逆流した。洸の頭に断片的な記憶が封じられていた回路とともに目覚め始める。

(君が…要…と…時…使…なさ…い…た…し)

洸は立ち上がると、回路の使い方が雪崩のように蘇り、右手をシャリアに向かって構えた。そして、回路を通じて赤色の球体が少女に向かって射出された。

シャリアは反射的に避けようとしたが、球体の引く赤い尾が彼女の体に絡みつき、杖を持つ腕の神経を焼き切った。

「うわぁぁあぁぁぁあぁあぁぁあぁ、う、うう、ああああああ!」

 そのあまりに悲痛な叫びが教会内に何度も反復した。赤く焼き裂かれた手を押さえながら洸を睨んだ。

「付け上がりやがって!」

シャリアは羽状の飛行体を手元から呼び出すと、それに飛び移って教会から逃げ去っていった。あまりにも鮮やかな逃げ際であったが、洸はセイバーのことしか考えられなかった。

「セイバー…セイバー!」

彼女の背中を支えると、先ほどまで力強く戦っていた体があまりにもひ弱に感じてしまった。

「マ、マスター、すみません、私の不手際でした」

「今は喋るんじゃない、俺の手当てが終わるまで大人しくしていてくれよ。だが、これでは何もかも分からず仕舞いだな」

呆れた、そう言わんばかりに小さな笑みを浮かべた。

「どうやら、無事なようですね」

 反射的に起立したセイバーはすぐによろめき、洸がその背中を支えてやっと前に目をこらせた。

そこにはシスター服を着た青い髪の女性が敵意のない、穏やかな表情で二人を見つめていた。

「私は敵ではありません。私は聖杯戦争のルールを統べるべく召喚されたサーヴァント・ルーラーです」

「ルーラーなんて、聖杯から聞かされていませんよ」

セイバーはかすれる声を無理に張り上げながら続けた。

「サーヴァントはセイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七騎で成立するはずだ。ルーラーの必要がどこにあるのだ?」

ルーラーは教会の惨状に目を走らせながら、二人の元へと歩みを進めた。

「そう、私は本来この聖杯戦争には必要ではなかった存在。しかし私の召喚は聖杯がこの儀式の律を乱し、書き換えようとしているその事実を裁定するために、主人を持たぬサーヴァントとして聖杯戦争に呼ばれる」

「つまり、聖杯戦争にルーラーが必要な事態が起きているんだな」

「そうです。あなたは」

「サーヴァントセイバーのマスター、榊原洸だ」

「マスターっ…」

「では、あなたがサーヴァント『セイバー』ね。疑似英霊を相手にして勝利を収めたのね」

「疑似英霊…?」

洸はその言葉に思わずルーラーへ問い返した。

「疑似英霊、サーヴァントらしき存在です。彼らは聖杯の理から外れた存在、生身の人間を媒介に英霊を召喚することから人造英霊なんて呼ばれ方もしています。ある人間が聖杯戦争を意のままに動かすために作り出された存在です」

「彼らということは、あのシャリアという女の他にも疑似英霊がいるのか」

「ええ、シャリアはランサークラスの疑似英霊。あなたがこうしてセイバーとともに教会を訪れるまで、私は彼らとの戦いを続けてきました。私のサーヴァントとしての能力、真名看破が効かない相手となれば、私が召喚されることも彼らの主人からしたら想定済みだったのでしょうね」

 セイバーは眉を顰め、腰の長脇差を抜こうとした。

「私の名前を知ってよいのはマスターだけだ」

「私にはマスターは居ませんよ、言うなれば聖杯がマスターです。目的が達せられた時、聖杯戦争から排除される。その時まで疑似英霊を倒す戦いに協力していただけませんか?見返りは勿論あります。どうでしょう」

「待ってくれルーラー、あなたは俺が聖杯戦争に巻き込まれただけというのは分かるだろう」

「でも、ここまでセイバーさんを連れて来ましたよね。心配は不要です」

「俺は、まだ聖杯戦争に納得していない。だが、生き抜くためになら、貴方に協力する意思はある」

「マスター、それは本気ですか」

「うまい話だが、お互い手を借りたいのは山々だと思うぞ。もう避けられないらしいしな」

「そうですか、ではマスターの意思に従います」

「榊原さん…でしたね。良いサーヴァントを引き当てましたね」

ルーラーは二人に背を向けると、半壊した玄関に向かって手をかざした。

唱詠も、媒介となる魔術道具もなしに、扉や壁の残骸はそっくり元の位置に戻り、教会は僅か数十秒で元の姿を取り戻した。彼女はセイバーを治療する洸の傍らを通り過ぎ、祭壇下に散らばる神父の遺体を見下げた。

「聖杯戦争は今回で三度目と、おおかた遠坂智子から聞いているでしょうけれども、聖杯は私、つまりルーラーを召喚する前にある程度の儀式としてのルールを定めた。そして、ルールを定めたのが聖杯御三家と呼ばれる遠坂、マキリ、アインツベルン。今回、このいずれかの家が疑似英霊を操っていることは確からしい。現在、そうでないことが分かっているのはマキリ家だけよ」

「その根拠は」

「マキリ、つまり間桐家はある事情で聖杯戦争を巡る争点から外れているのよ」

「それも俺たちが協力する要因の一つか」

「ええ、私に協力してくれるかで言えば、間桐家の一部の人間が多少なりとも良いと判断したのよ、それが原因で大勢を一人で相手にするという重荷をせ負っているのだけれどもね」

「ルーラーさん、俺は聖杯に望むことはない。だが、死にたくない。それだけだ」

「そうですか、でもそれも一つの望みではありませんか?その望みに私は微力ながら力を貸すことができます。もっとも切羽詰まっているのは私の方ですが」

「…いいでしょう。あなたに協力することが、それ相応であることを願います」

「ええ、それが良いでしょう」

傷を癒してもらったセイバーは洸に支えられながらゆっくりと立ち上がった。そしてルーラーに殺意を帯びた目を向けた。

「ルーラー、私はあなたを信用したわけではない。もしもの時は覚悟しておけ」

「…ええ、受けて立ちます」

 

 

三人が教会から出ると、正門前に一人の女性が待っていた。

「本当に私は何もしなくてよかったのね」

「二人と話をするだけなら、あなたの力を使わずに済みますからね」

黒い髪を一つに結んでいる清楚な女性は、洸とセイバーに優しく微笑んだ。

「榊原洸君だったわね。はじめまして、私は間桐静香。本来なら間桐家での聖杯戦争を傍観する立場なのだけれど、事情があってそこのルーラーと協力しているのよ。さて、これからどうするのかしら、家には琥珀ちゃんが待っているのよ」

「え、なぜ貴女が琥珀の事を知っているんだ」

「あの子は本来、間桐の家系に属する者、だから私が魔術を教えているのよ」

「琥珀が立派な先生と言っていたのは、貴女のことだったのか」

「そう、立派なのね。ふふふ、私にいい考えがあるの聞いてくれる?」

 

 

 

 

琥珀は寝間着に着替え、ちゃぶ台前に座り、頬杖を突いていた。時刻は九時を過ぎていた。

「やっぱり買いに行ったのではありませんか、だって男ですよ。友人の付き合いで行かざる負えない時もあるでしょう」

美穂は盆に急須と湯呑を二つ載せて、琥珀の正面に座った。

「お願い、買うとか買わないとか聞かせないで」

ため息つくと、二つの湯呑に熱い茶を注ぎ、琥珀の前に差し出した。

「冗談ですよ、お茶でも飲んで落ち着いてください」

「そうよね、リードできない男なんてかっこ悪いものね。洸さんは修行に行ったのだと納得するわ」

「いや、冗談ですよ。冗談」

「分かっているわ、ちょっと気晴らししただけ」

「まったく、琥珀姉はたくましいなぁ」

「褒めても何も出ないわよ」

「褒めたら、ちゃんと嫁に行きますか」

「…ごめんなさい」

玄関が開く音がすると同時に琥珀は飛ぶように玄関に向かっていった。美穂はその一瞬の光景を見ながら茶を一口飲んだ。

「ただいま」

「お帰りなさい」

そこには洸と師である静香、それに見知らぬ女性が立っていた。

「洸さん、なぜお師匠様がいるのですか」

「こんばんは、琥珀ちゃん」

「いやな、居酒屋で戸田と話していたら、そこに静香さんが声を掛けてきて、琥珀の師匠だっていうものだから話に花が咲いて、その時、静香さんから一つ相談を受けたんだ」

「相談とは、どのようなことですか」

「ええ、私の旧知の友人から頼みがあってね。その子は友人の妹で、東京に勉強のために来たのだけど、下宿先が見つかるまで厄介になりたいそうなの、でも、今自宅の方が人を入れられる状況じゃないから、しばらくあなたのところに泊まらせてあげたいの」

「俺は快諾したんだ。どうだろうか」

「え、ええ、洸さんが良いとおっしゃるのなら」

「決まりね、さぁ市谷さん」

前に出るとセイバーは琥珀に一礼した。

「初めまして、市谷トキと申します。歳は十をとって九つとなります。どうぞよろしくお願いします」

「はい、私は古田琥珀です。よろしくね」

セイバーの雰囲気が気に入ったのか、琥珀はセイバーの手を優しく握った。

「さぁ市谷さん、そう固まらずに上がって頂戴」

「良かったわね、トキさん」

「ありがとうございました、静香さん」

「いいのよ、それじゃあ私は電車の時間があるから、あなた達に任せるわ」

「そこまで見送っていきますよ」

彼女を見送るために、洸と琥珀は静香の後についていった。

残されたセイバーを美穂が静かに手招きした。

 

お茶を入れなおし、セイバーに一杯の茶を差し出した。

「美穂さん、でよろしいのですよね」

「はい、どうしました」

「美穂さんは日本人ではないのですね」

「ええ、英国生まれよ」

「エゲレス、ですね」

帰ってきた言葉に思わず笑ってしまった。

「何がおかしいのですか」

「いや、あのね、今時ブリテンを英吉利なんて呼ぶ人いないものだから」

「で、でも、エゲレス生まれのあなたには通じましたよ」

「あら、ごめんなさい。お父様が古い人で三年間もエゲレスって呼んでいたからおかしくってね。そんな私も、日本に居た時間が長いもの、この家の養子になってもう十年になるわ」

幼いながらも確かな言葉遣いを見せ、セイバーは心を和ませた。

「ところで、市谷さんは剣術をなさるのですか、お荷物の中に刀袋がございましいたから、もしかしたらと思いまして」

「はい、幼いころから男同然に育てられてきましたから、早くに亡くなった父の意思を次いでずっと剣術を習ってきました。東京に来たのは剣術を勉強するためでもあります」

刀袋を手にすると、そこから一振りの大刀が姿を現した。

深い朱色の鞘に、花紋が彫金された鞘尻と背金の金具が取り付けられ、立身出世を示す糸巻鍔に、黒染めの柄、柄頭には単調ながら頑丈なものが用いられ、木瓜紋の銀に輝く目貫が頑強さと素朴さを際立たせている。

「この一振りは父と姉から送られた大事な一振りです」

するとセイバーは立ち上がり、周囲に睨みを効かせた。

「どうしたのすか、そんな怖い顔をして」

とっさに我に返り、何でもないと言いながら元の場所に座った。

「ちょっとお侍のように動いてみました」

美穂に対して笑顔で受け答えをしながら、屋根上から発せられる気配に警戒心を立て続けた。

 

「ここまででいいわ、今日はありがとうね」

「はい、どうぞお元気で」

暗闇の中を街灯がほうほうと道を照らす。いつのまにか駅の方へ、静香は姿を消した。

洸は右手のサラシを隠すように右ポケットに手を突っ込んだ。

「洸さん」

琥珀が彼の顔をそっと覗き込んだ。

「どうかなさいましたか」

心配そうに自分を見つめる琥珀に、彼は心を落ち着かせたのか、先ほどまでの焦りはなくなっていた。

「いや、何でもない。戻ろうか」

「はい」

二人は肩を並べながら家の方へ歩き出した。

「ねぇ洸さん」

「なんだ」

「何か一つ願いが叶うとしたら、何を願いますか」

「ん、ちょっとさっきまで考えていたんだ」

「なんですか、私にだけ教えてください」

「本当にささいな願いだぞ」

「かまいませんよ」

洸は左手で背首をさすると、琥珀を何度か見て、まっすぐ目を向けた。

「これから一緒に人生を歩んでくれる嫁さんが欲しい…願いだ」

「お嫁さん…ですか」

琥珀は頬を赤く染めて、洸に顔が見えぬよう少し歩くペースを落とした。

「は、早く戻りましょう。市谷さんの泊まるお部屋を用意しなくちゃいけないから」

「そうだな、少し急ごう」

 

 

 



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第三話 浅草

 

 

五月二十二日

 

 

 まだ青白い空を見るべく縁側の戸を開けると、あのおとしやかな杜若の花が咲いていた。おもわずあくびが出た。

「おはようございます、洸さん」

落ち着きそのもののようなセイバーが彼の傍らに立った。

「ん、おはよう市谷さん」

「ところで、庭先をお借りしてもよろしいでしょうか」

「別に構わないが…稽古かい?」

「はい」

 

縁側から琥珀のものと思しき下駄を履くと、庭のやや広い場所に立ち、腰に朱鞘の大刀を腰帯に差して、下げ緒を結びつけた。姿勢を整えると、音もなく抜刀。一歩踏み込んで横一文字に空を斬った。そして、幾つかの抜刀形と基本形の動作を確認した。

 

 セイバーは昨晩から眠りに着くことなく、廊下側の襖前でじっと座っていた。

左手側には刀を傍らに置き、屋根上から今だ感じる気配に警戒していた。そして、その相手を確かめるために庭先に立ったが、その姿を確認するには至らない。再び納刀すると、胸がかき回される感覚に、激しく咳き込んだ。

「大丈夫か!?」

縁側からすかさず庭先に出た洸を止めた。

「大丈夫です。少しむせただけです」

 

 真名を知っていた洸はその名前の英雄を知らなかった。それどころかセイバーのスキルには持病という、あまりにサーヴァントとして不安要素のあるスキルを有している。しかし、その持病の全容を彼女が喋ることはなかった。

昨夜の洸自身が彼女を治療したことで、多少なりともリスクが下がったと信じるしかなかった。

 

下げ緒を解くとゆっくりと立ち上がり、気配の感じる屋根を睨みつけた。だが反応はなかった。

「先に中に上がっています」

「ああ」

彼女の言う通り、魔力と言える能力やそれらしき能力さえも一切感じられなかった。

ただ、彼女がサーヴァントとして、常人ならざる実力を秘めていることははっきりしている。

 

 琥珀はゆっくり体を起こし、当たり前のように布団の片づけに入ると、どこからか声がかかる。

〔お目覚めのようだな〕

〔おはよう、バーサーカー〕

浅いあくびをついた。

〔ところで一つ報告がある〕

〔何ぃ?〕

〔市谷とかいう奴、サーヴァントだぞ〕

ぱっと目が覚めたのか、布団を畳む手が止まった。

〔あの優男の右手に巻かれたサラシ、気にならなかったのか?あの女、セイバーと踏んだが大当たりだった。もう俺が屋根に居ることを見破りやがったしな〕

〔……〕

彼女は手を動かし始めた。

〔ただ、あのセイバーから魔力と言えるものがまるで感じられない。もしかしたらやれるかもしれんぞ?〕

布団をひとまとめにすると、まだ寝ている美穂を横目に着替え始めた。

〔わかっているわ、策を練りましょう〕

茶に掛衿のシンプルな紬に身を包み、赤の帯をリボンのように結ぶと、部屋を出て割烹着を着け、廊下に出て台所からの裏口に出た。マッチで釜土に火をつけ、薪をいくつか継ぎ足した。用意していた食材を確かめると、米をといで水を張り、釜土に火が通るよう息を吹きかけた。

〔ところでそれ以外に何かあったかしら〕

〔いいや、昨夜は静かだったよ。もっともこの辺りだけの話だがな〕

〔引き続き監視を頼むわ〕

〔諒解、しかしあのセイバー、ムキになって一晩中起きている必要もなかったのに、庭先に出てきたと思ったら殺気まで叩き込んできやがった。あまり心地よくはなかったな〕 

「琥珀姉、何か手伝うことはありますか」

 自分が美穂を相手に適当な受け答えをしていたことを恥じた。

「うん、ありがとうね。でも今日はゆっくりして頂戴」

「わかりました、居間で待っています」

美穂が台所を去ってから一息つくと、釜土の火が少しずつ強まっていった。

〔大丈夫、私が何としても二人をこの儀式から抜けさせる〕

〔それでいいのか〕

〔何が言いたいの〕

〔良い協力者がいないと、俺たちが先にお陀仏だぜ〕

〔冗談でしょ…?〕

 

 

 茶の間に入ると、美穂の目の前に人形のようなセイバーが座っている。昨晩、琥珀の出した桜色の普段着に、小豆色の袴を履き、髪を結ぶ黒いリボンがとても愛らしく見えた。

「おはようございます、市谷さん」

「おはようございます、美穂さん」

セイバーからしてみれば、赤を基調とした洋服姿の方がよっぽどハイカラに見えるだろう。

「洸兄さまはどちらに」

「何やら二階の方で準備しておられるようです」

「俺ならここにいるぞ」

そう言いながら茶の間に入ってきた。

「おはようございます洸さん」

「おはよう美穂、ところで市谷さん。今日は三人を連れて浅草見物と洒落こむのだが、どうかな?」

「浅草ですか、ぜひ」

「よし、決まりだな」

琥珀も調理の間をぬってお茶を持ってきた。

「それでもよろしいのですか、昨晩来たばかりの居候が」

「居候か、ウチの屋根の下で一晩過ごせば家族と違わんだろう。居候なら尚更、ウチの子さ」

「そうですか、なら下宿代はよろしいですね」

「ん、それは考え物だな」

「冗談ですよ」

「ははは、こりゃあかなわん。よし、朝飯を食べてから頃合いを見て出かけるとしようか」

「はい」

 

 琥珀はそそくさと台所に戻っていき、洸も茶を一杯飲むと、出かける準備のためにそそくさと二階の自室に戻っていた。

「食べるのはお好きですか、市谷さん」

「ええ、勿論です。食べ過ぎてしまうのが玉に傷です」

 

 

銀座七丁目はこれより先の名前、この頃は竹川丁がこの街の名称であり、銀座の中心よりも新橋の正面となる場所であった。

『ヱビスビール』の看板が立てられたレンガ造りの洋風建築が、土蔵造りの軒並みに紛れている。昼前の開いたばかりの店には、女給が暇を持て余して閑談を続けている。

その店に似合わしい姿で入ってきたクレメンス青年は、男くさい店内に不釣り合いな女性が一角に座っていることに気が付いた。青年の後ろを赤いハイカラな着物を着る黒髪の少女が続いた。

「ご一緒してよろしいかな」

「ええ、もちろん」

ジョッキの三分の二を飲み、プレートを突いていただろうフォークから手を放すと。黒田智子は座ったまま彼を迎えた。

「改めまして、私の名前は黒田智子。あなたがホルスト・リヒター・フォン・アインツベルンね」

「ホルストだけで結構だ。黒田さん」

「それなら私も智子でいいわ、ここなら種も仕掛けもないしね」

座ると、卓上に置かれた書物が遮音の術式を敷いていることに気が付いた。

「遠坂らしいやり口だな」

「まぁそう言わずに、ね。そういうあなたも身内から追われる立場ではなくって」

「知っていたか」

女給が注文を訪ねると、智子が彼に代わってビールとプレートを注文した。

 

「今日は黒ビールの日なの」

「黒ビールは好物だ、問題ない」

「さて昨夜はランサーが疑似と思しきアサシンを追い払ってくれなければ、セイバーが召喚されることはなかったわ」

「違うな、既に協会員は召喚の事実を知っていた。安倍の殺害も同様だ」

「そう、以外ね」

 

 ビール、それにアイスバインとソーセージ、そしてポテトフライの乗ったプレートがホルストの前に出された。彼はジョッキを手に取り、あっという間に四分の一を飲んだ。

そしてソーセージの一切れを口に運んだ。

「さっそく本題に入るのだけど、貴方は父親のジャヴェルとは仲が悪いそうね」

「質問が本題か」

酔いを感じさせないホルストの豪胆さに押され、彼女もビールを一口飲んだ。

「いいわ、この聖杯戦争。いや、現在ヨーロッパで起きている英国魔術協会『時計塔』と独国魔術師協会の決裂状態と抗争、それが一個人の復讐に変わりつつある。魔術師協会会長、ジャヴェル・プフェファー・フォン・アインツベルン、彼も御三家の一角であるように、聖杯を手に入れようとしている。その彼が聖杯戦争のルールを改定し、あまつや儀式の無効化に動いている。私は三家の合意でなされる儀式として、私意による組織の介入を阻止したいの」

「だが、ジャヴェルを止めるだけがあんたの目的じゃないだろ」

秋葉はジョッキを置くと、ホルストに鋭い視線を向けた。

「あなたこそ父親をどうしたいの」

「ふ、俺はその父親の手駒だぞ、今までも、これからもだろうな。だが、誰かが旗手を求めているなら、旗手になる用意はある」

智子はゆっくりと頷いた。

「御三家の裏切り者を消したい。それが私の意思であり、遠坂の総意よ」

クレメンスも頷き、ジョッキのビールを飲み干した。

「悪いが、今は協力することはできない。あちらが俺の意思を飲んでくれるなら、そちらを選ぶだろう。もし必要がないと判断されれば、もう一度あなたを訪ねるとしよう」

「つまり協力する確証はないと?」

「そういうことだ。だが、あなたが昨日の敵に声を掛けたことは、間違いではないかもしれんぞ」

少女になったアーチャーにプレートの料理が食べつくされていたことに気が付くと、ホルストは席を立ち、一圓札を卓上に置いて出口へと向かっていった。アーチャーもその後に続いた。

その背中を見守りながら、時計に目をやると既に正午に近付きつつあり、彼女も急いでビールを飲み干した。

「信じたくないのはわかるわ、でもそれが人の業でしょうに」

 

 

 

一九一九年という年は、前年度から第一次世界大戦の停戦を契機とした戦後恐慌に襲われ、銀行の取り付け騒ぎや中枢である国会の混乱、続いてメーデーや労働争議といった慌しい日々が続いていた。

特に二十日前に行われた上野公園から始まったメーデーは、群衆と警官が衝突する騒ぎにまで発展した。このような国内、しいては東京の様相であっても、娯楽を求める心は浅草から客足を止めるには至らなかった。

 

浅草に乞食が増えたところで、人の流れは消えることもなく、むしろ気運やら不景気押されて演芸や芝居、そして活動写真などが上演されている。

その代表格がハイカラな洋風建築の芝居小屋が並ぶ『六区』であった。

帝都の娯楽の中心と言えば浅草であり、娯楽に関するあらゆる職業の人間模様が彩を添えている。吉原も規模を小さくしながらもその一つであった。

六区は当初、公園地に指定された浅草の一部、つまり七区画の一つであった。始めは政府指定の公地であったものの、次第に見世物小屋が立ち並び、政府自身が歓工場を設立したことで公園としての流れが急速に変化していった。そして、公園と呼べる場所は四区と三区しか残っていなかった。

 

「た、高い…」

花屋敷を過ぎて、レンガ造りの展望塔、浅草十二階こと『凌雲閣』がセイバーの前に堂々と聳え立っていた。

「確かに、ビックベンのように優美さと威厳を持っているわけではありませんが、とても立派です」

「ほ、本当にここが浅草なのですか、浅草寺の周りは寺や家ばかりだったはずです」

「いつの話をしているのですか、そんな明治以前の浅草は消えつつありますよ」

美穂の笑いにつられて洸と琥珀も二人して笑うとセイバーはやや困惑気味に笑った。

「大丈夫さ、俺も浦島太郎みたいに外国から帰ってきたら、変わっていく東京に戸惑ったものさ、珍しくもないだろう」

「さ、三人とも笑いすぎです」

 やや恥ずかし気にセイバーは文句を垂れた。

「洸さん、せっかくですし凌雲閣に登りませんか」

「いや、今日は止しておこう。戸田の奴から話を聞いたのだが、エレベーターが壊れたままで階段を使うほかないらしい」

「そうですか、活動写真の上演時刻の遅れもありましたしね、今日は諦めましょうか」

「あれ、登れるのですか」

「勿論よ、東京市で一番高い登れる塔よ」

「え、ええ、そのようですね。五重塔よりも高そうですね」

「それじゃあ、そろそろ八百松に行こうか」

 

 山の宿の渡しは、浅草と向島を結ぶ渡し船である。四人を乗せた船は川の中ほどまでに至り、セイバーの振り向いた先には、五重塔に土蔵の並ぶ昔ながらの景色が広がっていた。

「ここは、昔のままなのですね」

寂しげな表情を浮かべるセイバーに気が付き、彼も浅草寺の方に目を向けた。

「そうなのか」

「ええ、とても美しい景色です。私に前世があったら、この景色を見ていたことでしょう」

「市谷さんも存外、ロマンチストなんだな」

「ロマンチェスト?」

「感慨深いという意味の言葉さ、人間誰しも郷愁に浸ることもあるさ」

「そう……ですね」

「何ですか、二人で楽しそうですね。いつものどこか古めかしい浅草の光景ですよ」

「そうだな、美穂、イギリスに居た時、日本が寂しかったのじゃないか」

「少しですよ、その逆も然り、ですけどね」

 

向島・枕橋の側に立っている八百松は、ここにあった水戸藩の御船蔵を改装した料亭である。シジミ料理と焼き鳥が名物の店であり、浅草を訪れると榊原家は足しげく八百松を訪れていた。

 

浅草の騒々しさから一歩離れるだけで、何とも粋で落ち着いた光景に変わってしまう。それが多くの人を引き付け、多くの人々に提供される酒の肴である。

 

「ほら、市谷さんも一杯どうぞ」

 窓側の座敷に入った四人は、川を眺めながら食事をとる。

 洸はセイバーに一杯すすめる。

「ありがとうございます」

酒を口にしながら、セイバーは浅草の景色を見続けている。

「お酒の味は土地それぞれですね。肴がおいしいのも憎らしいことです」

「いいだろう、東京の酒も」

「故郷のものもなかなかでしたが、やはり文人の集う土地のお酒は一味違います」

「ああ、文明開化から四十年。何もかもが静かに落ち着いている。江戸の頃はもう少し辛いものが好まれたのだろうかな」

「さぁ、どうなのでしょう」

 

 夕日の深い赤の中で、セイバーに薄暗い影寄り添っていた。

 

 

 

 

 



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第四話 不忍

 

 

五月二十三日

 

 外国語科二年の斎藤美琴は、自宅に道場を持つ旧士族の娘である。幼いころから女性としての教養はもちろん、祖父と父から剣を習い。その秀才を認められて高等学校女子科へ通っている。

 父と同じ警官を志したが、叶わぬと知るや欧州に渡ることを決意し、その日まで日夜勉学に励んでいる。

 そんな彼女の家に洸とセイバーがやってきた。

「なんだ、いつもの出稽古だが」

「いや、そのうしろの方は」

「榊原家で居候しております。市谷トキと申します」

「私はこの家の娘で、洸君には何かと世話になっている斎藤美琴です。でも、やっぱり見間違えかな」

「それがどうしたんだ」

「いえ、何でもないわ。さぁ道場に行きましょう」

 明治以前からお上に仕えながら、部下に剣を教えることが常であり、今でも縁のある家から剣術の修練に訪れるものが後を絶えない。

「洸さん、私も稽古に参加させていただけませんか」

「見るだけじゃなかったのかい」

「やはり私も剣を志す身、道場をみると胸の高鳴りが止まりません」

「わかった、というわけだが」

「いいわ、稽古着と防具を出してくるわ」

 着替えを終え、門下生たちと共に並び座ると、美琴の父親が入ってきて稽古が始まった。

 激しい打ち稽古になると、セイバーの前に汗をにじませる男が目の前に立った。

 礼し、抜刀、蹲踞して竹刀を構えると、立ち上がった瞬間に男がセイバーに気合を叩きつけた。だが、それよりも強い気迫で押しつぶし、面を叩き上げた。

そしてセイバーの容赦のない残心が男の闘志を叩き折ってしまった。

 洸と美琴は鍔迫り合いをしながら、脇から来た気迫に驚き、目を合わせた。

「あの市谷って子、どこの流派の娘かしら」

「本人に聞け」

 互いに引き間合いを再び詰め、籠手への一撃が走った瞬間、彼の面が竹の音鳴りを響かせた。

礼をすると、互いに次の相手に向かっていった。

 

 稽古の終わりに師範である美琴の父、斎藤次郎が弟子たちに幾つかの話をし、彼らを帰らせた。道場には洸と美琴、そしてセイバーが残った。

「市谷と言ったかな」

「はい」

「君は天然理心流の出だな」

「その通りです」

「やはり、あの気迫、太刀筋を見て、亡き父の剣を思い出したよ。いや、気合なら父以上だ」

「恐れ入ります」

「どうだろう、一つ型を振って見せてはくれないか、父の剣を少しばかり思い出したい」

「はい、私の腕でよろしければ」

セイバーは手持ちの刀を腰に差し、流派の技の動きを幾つか振って見せた。

決して隙がなく、鈍さのない真っすぐな太刀筋、そして完璧な足さばきに三人はただ、感嘆するほかなかった。

あのシャリアとの激しい近接戦は、あくまで実戦の中で彼女が作り上げた物であり、純粋な剣士としては十の昔に完成の域にあったのである。弱い体であるがゆえに強く、堅く鍛え上げられた精神力。決して死を恐れぬ意思に、それを裏打ちする実力。

彼はセイバーの剣に惚れていた。

 血振ののち、少し鎺と鯉口がかすかに擦れる音がした。いつの間にか解かれた下げ緒が床と水平になった。

「こんなものです」

「ありがとう市谷さん、あなたのような剣士に出会えて私は嬉しいよ」

 

 

帰り支度を終え、斎藤宅を出ようとするとき、美琴はセイバーを引き留めた。

「今日はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ、久しぶりに腕の立つ人と相手ができて嬉しかったわ」

 そして、持っていた包みをセイバーに手渡した。

「祖父が持っていたものです。あなたに差し上げます」

 セイバーは油紙に挟まれた写真を見て黙り込んだ。

「ありがとうございます。美琴さん」

「それじゃあ、また」

「さようなら」

 写真を懐にしまい、洸の後をついていった。

 市電に乗り込み、ゴトゴトと揺られながら洸は耐えかねて彼女に問いかけた。

〔何を受け取ったんだ〕

〔昔、撮ってもらった写真です〕

〔まさか〕

〔そうです。ここに来る前の写真です〕

「そうか」

上野公園を降りると、セイバーがあまりにも弱弱しく見えてしまった。池のほとりで立ち止まると、弁天堂に向けていた目をセイバーに返した。

「一度聞きたかったんだが、サーヴァントつまり使い魔は、それぞれ大きな召喚に答えうる理由を持っている。君は何か聖杯に望みをもって召喚に答えたんじゃないのか」

「何をおっしゃっているのですか、サーヴァントは召喚されればマスターの従属、しいては隷属です。それ以外に何があるのですか」

「俺は望みを既に叶えているも同然、後は聖杯戦争を生き延びたいだけだ。だからこそ、君の願いを叶えてあげられるかもしれない」

「どうもおかしい」

 彼女の目から覇気と呼べるものが削がれ、すがるような瞳が洸を見つめている。

「私に戦えと、あなたは命じてくだされば結構なのです!なのにあなたは私に霊体化をさせず、あまつや余計な人間関係を築いてしまった。私は一体のサーヴァントです。今さら私に何を求めろと言うのですか、この時代に呼んでまで」

 あまりにあっけなく感情をさらけ出した。

 彼女に会って二日と経っていない。そのあまりに深い過去の記憶が、彼女のか弱く、気高い肉体を強くむしばんでいる。洸は彼女に何も言えなかった。

(魔術反応)

 顔を挙げたその目の前に、暗く銀色に染まる退廃した上野の廃墟街が広がっている。木々は枯れ果て、池は空の色を反射して黒と銀のグラデーションを作り上げている。

(固有結界か、違う、ここは上野一帯の鏡面世界だ。存在するはずのない、朽ちた上野の世界だ)

事態に気付き、セイバーは浅葱色の羽織を着て、転移させていた脇差に刀袋から大刀を取り出し、腰に差した。

「マスター、これは」

「鏡面世界だ。魔術をやっている者でなければ、入ることのできない空間だ」

「では、敵が罠を張ったと」

「これだけ大規模になると、あのキャスターかもしれない」

「マスター」

「洸でいいと言っただろう、水臭いぞ、セイバー」

「では洸さん、情報をより多く収集すべきです」

「そうだな、こうやってわざわざ俺たちを隔離したんだ。一対一なら俺たちにも分がある。まずは起点となる術式を探そう」

「はい」

 

 弁天堂を抜け、向かいへと真っすぐ伸びる観月橋の前に立った。ほとんどが崩れ落ち、基礎となっている木材が露わになっている。

 セイバーは正面の気配に気が付き、鞘を水平にした。

 向かいには、白銀の甲冑に身を包む騎士が立ち、その後ろから琥珀が姿を現した。

「洸さん、稽古の帰りに作戦会議とは、あまりよろしくないですね」

「琥珀、まさか」

「そうです。私は令呪の契約によってサーヴァント・バーサーカーを従えるマスターです」

 前に出ようとする洸をセイバーが静止した。

「セイバー」

「場をわきまえてください」

洸は叫んだ。

「琥珀、なぜこんな事を」

「サーヴァントを戦わせて、雌雄を決するためですよ。そしてあなたを、この聖杯戦争から引きずり下ろします」

「これは、聖杯戦争なんだぞ」

「洸さん、どうか私の好意をふいにしないでください。私には血筋の宿命があります。でも、あなたには大事な家族がいる。私は、私だけでいいのです」

「ふざけるな」

 洸の真っすぐな瞳が琥珀に向けられた。

「俺は父さんも、美穂も大事だ。だが、俺はおまえのことがもっと大事だ。お前ひとりを置いてくほどに俺は落ちぶれてはいない」

「駄目なのです」

「でも、それが俺の望みだ」 

セイバーはちらりと洸に視線を向けた。

「あるではありませんか、とてもあなたらしい望みが」

「セイバー、勝ってくれ」

「勝ってどのように」

「意地悪だな」

「もちろん、勝ちますよ」

セイバーは橋に歩みを進めながら鯉口を切り、やや下がり気味の霞の構えとなった。

騎士もそれに応じ、数歩歩んで、霧の中から二尺にもなる片刃刀を取り出した。刀身にはルーン文字と思しき刻印が押されている。騎士は兜によって、感情や気配と呼べるものを完全に遮断していた。

「セイバー、貴殿に提案がある」

 籠った女性の声がしたが、セイバーは沈黙で答えた。

「お互いのマスターを西向かいの林に向かわせるのはどうだ、我々の戦いは我々だけでしたい」

「いいでしょう」

「何を言っているんだ、セイバー」

 二人のマスターはほぼ同時に、自身のサーヴァントに抗した。

「バーサーカー、私はマスターよ。サポートし、貴方を監視しなければならない」

「戯言を、あなたはサーヴァント同士の戦いを囮として、あの優男から令呪を引き剥がすことが目的だった。だが、奴とて聖杯に選ばれたマスターだ。マスターの性格を鑑みても、一筋縄でいかないことは分かっている。それに」

 セイバーははっきりと言い放った。

「夫婦喧嘩はよそでしてください、戦いの邪魔です」

「俺にだって、この片手の力がある」

「琥珀さんに向かって撃つ気ですか」

「それは、できない。俺はあいつと話がしたいだけだ」

「なら、お互いの顔がもっと見える場所まで」

「分かった、バーサーカーの相手を任せる」

そして、琥珀とバーサーカーの会話にも、決着が着こうとしていた。

「いいか、マスター。あの優男に文句の一つも垂れ流してからでも十分じゃないか、過ちを犯す前に止めてやれるのは伴侶だけだ」

「いいのね」

「無論、マスターの意思とあらば」

 

 

洸と琥珀が離れていくのを確認すると、バーサーカーは切っ先を立て、剣礼をした。そして片手で右上段に剣を構え、左手をやや遊ばせながら柄を意識させている。

 昨日の朝に放っていたあの殺気をセイバーから感じられない。

 そして顔の見えぬバーサーカーからも、その名に値する狂気が一抹も感じられない。

あるのは、頑なな強情さを感じさせる剣士の風格だけ、構えた剣は主人の心そのもの、互いの剣が濃い灰色の中に溶け込んでいる。

踏み込んだつかの間、バーサーカーの一振りがセイバーの眼前を通り抜けた。

すかさず返された刃が再び空振りに終わったころには、清光の刃が足の防具の隙間に走る。だが、吹きすさぶ風によって動きが鈍り、上段の返しから逃れるために数歩退く、しかし、風を纏った騎士は疾風のごとく背側面に回ってきた。峰で一撃をいなし、懐に飛び込んでバーサーカーを前に押し出し、再び霞の構えとなった。

バーサーカーはその勢いのまま水面に着水し、上段に構えなおして間合いを押し図った。 

「池に結界を張っているのか」

「ええ、バーサーカーが戦いやすいように改変を加えました。それよりも洸さん、いい加減にしていただけませんか」

「俺はこの戦いを降りるわけにはいかない」

「だから、だからこそ、私の言い分を聞いてください」

 橋の欄干を飛び越え、突っ込むと見せかけ右に回り込んだが即座に鍔迫り合いとなった。だが、バーサーカーの強情な押し込みに清光の大刀が怪しい音を立てて、刃こぼれを起こした。

 それに業を煮やし、セイバーの首を押し切りにかかった。右手の力を振り絞り、左手で籠手と刀を押し出し、その勢いのまま柄頭で兜を殴りつけた。そのまま間合いを遠く離した瞬間、セイバーは悪寒を感じ取った。

─────────“神栄なるペンドラゴンの血統に従うもの也”────────

 その文句を聞いた直後、黄金の二匹の竜がセイバーの肩をかすめ、彼女を観月橋に叩きつけた。

────────“受け継がれし紋章の剣”────────スクラマ・サクス

セイバーは吐血し、大刀は刃渡り一尺三分で折れていた。だが、血に染まった目ははっきりとバーサーカーを見つめていた。

「ほう、守護竜の双撃をかわすとは、大したものだ」

 大刀を投げ捨て、無事であった長脇差を抜きはらった。そして、袖口で血を拭うと、ゆっくりとバーサーカーとの間合いを詰め始めた。

「セイバー…!」

「宝具を使わないと、あのセイバーは次の一撃で死にますよ」

「なら、最初の一撃で死んでいただろうに、あいつは魔術を知らない!ましてや扱うことも!なのになぜ見えたんだ?」

 驚きを隠せない洸を見て、琥珀は何かを見誤った感覚がした。

「まさか」

 

 バーサーカーは鎧を魔術で生成し、身体能力を魔力放出で補っている。速さで勝れば、宝具を出していないセイバーを即座に仕留められるはずだった。

 だが、セイバーは絶対必殺の宝具を紙一重で避けた。

 口では感心して見せたが、宝具を二度も使うことにバーサーカーは当惑していた。

(しかも、速さで負けている)

 再び宝具を放つべく魔力を刀に加える。

 だが、無形のセイバーは悠然と歩き続けている。何かがおかしい。

 やや早く放とうとした瞬間、手からスクラマ・サクスが弾き飛ばされた。

「残像」

 掴みかかったセイバーの姿が忽然と消え、セイバーは背を取って首に纏わりついて、切っ先を何度も首と兜に突き立てた。

「首を出せっ」

「っざけるな」

 腕を掴み、前へと投げ飛ばすが、セイバーは慣れた足取りで着水し、やや左中段の、正眼の構えとなった。

喉元の固定具から、左背首まで切り裂かれ、バーサーカーはため息をつきながら、兜を脱ぎ捨てた。

そこには透き通ったエメラルドのような瞳、金色の髪をまとめる赤い髪留め、気品さを感じさせる美しい顔立ちの女性が立っていた。

「見事、だが次はどうかな」

 セイバーは脇差を鞘に納め、清光の鞘を捨てると、いつの間にかその手には白雪の拵えに包まれた刃渡り二尺四寸ほどの大刀が握られていた。腰に差し、柄紐を結ぶとゆっくりと鯉口を切った。

「福岡一文字の刀か」

 だが、福岡一文字には似合わぬ細身づくりの刀身、しかし淡く煮立った肌が、刀の頑強さを洸に伝えていた。

「私とてサーヴァント、刀が二振りのみということはない」

「なるほど、気が変わった」

 霧の中から取り出された白銀の長剣が、切っ先を天に向けたと同時に、彼女を禍々しい紅い炎が包み込み魔力放出の風によって、より荒々しく、より仰々しく燃え上がる。

 セイバーもそれに呼応するように、霞の構えへと移った。

 

 

────────“我が麗しき父への反逆” ────クラレント・ブラット・アーサー

────────“無明剣三段突き” ────────────────────────

 

 

「令呪をもって命ず、盟約に従い双方、その剣を納めよ————!」

 

 

その声に二人の剣がピタリと動きを止めた。

そして、互いに数歩引いて剣を下ろした。

 洸と琥珀はその光景に唖然としつつ、二人のサーヴァントの前に降り立った人影を凝視した。

「聖杯戦争らしく、サーヴァント同士で決着をつけるのも良いでしょう。しかし、私としてはここで正規のサーヴァントを二人も失うというのは、あまり好ましくない事態になりますから」

 青い髪に、無数のタトゥーの彫られた腕、その手にある背丈ほどもある長大な宝具が、ルーラーというサーヴァントの威容を誇っていた。

「ルーラー、邪魔をしてくれたな」

「この状況で勝つ自信があったと?」

「当たり前だ」

「では、その喉元の傷は」

 その言葉を不思議に思いのど元を触ると、痛みを感じない僅かな傷口から血が流れ出ていた。

 勝負は引き分けであったことに気が付いた。

「相討ちが限界までと思ったまでです」

 切っ先の血を懐紙で拭くと、何事もなかったように大刀を収めた。

「ちっ、仕方ない」

 クラレントは霧の中へと消え、その鎧も霧となって外された。

「それで、マスターであるあなたたち二人はどうするのですか、まさかこのまま私との約束をないがしろにされるおつもりですか」

駆けつけてきた二人は顔を見合わせた。

「待ってくれ、琥珀もルーラーを知っているのか」

「それは、こちらの台詞です」

「心外ね。あなた達二人とも私と同盟を組んだのですよ。とにかくここを出てからお話ししましょうか」

 

 

 

 

 二人はサーヴァント同士の戦いに意識を持っていかれたものの、やはり本心は互いへの不満にいきり立っていた。自宅に戻ると間もなくちゃぶ台で向かい合っていた。

「あなたは聖杯に何を願うのですか」

「今の俺に願いはない。俺はただ叶えられた望みを守るために聖杯戦争に参戦する決意をした!始まりがたとえ偶然であったとしてもだ」

「叶った。あなたは何を叶えたというのです!そんなもの持ち合わせているなんて、始めて聞きましたよ」

「当たり前だ、たとえ俺のように世界を悲観しても、家族、友、そして何よりお前を守りたいという意思があるからだ。俺はお前を一人で行かせはしない!」

「違う、私は血筋ゆえに生きてきた。でも今はそれ以上に大切な存在ができた。だから、だからこそ貴方が家族を失ってはいけないのです」

「お前も俺の家族だ!」

「だから、どうしてなんですか、私がいなくなったって、貴方には先があるのに」

「何度も、何度も言わせないでくれよ、琥珀」

 二人の口論をよそにセイバーとバーサーカーは落ち着いた身なりで縁側に腰かけていた。

「俺はな、母さんが死んだ時の記憶もなくし、家族も、友も一度失ってしまったんだ。たとえ君にどんな理由があって、どんなに正しいことでも、君の意には沿えない。お前が死ぬなら、俺も一緒だ」

(純情だねぇ)

 バーサーカーがぼそりと呟くと、まったくと笑い交じりにセイバーが言葉を返した。

「琥珀、君は聖杯に何を願うんだ。望みのない俺がせめてお前の助けになるなら、そうなろう!聞かせてくれ」

「そんなことを言われても」

「はい、そこまで」

 急に静かになり、セイバーが不思議に振り返ると、眠る二人の前に平然とするルーラーが座っていた。

「何をしたのですか」

「少し眠らしただけよ、これは琥珀さんとの盟約を守ったまでです」

すると、彼女らの体をすり抜けるような感覚が走った。

 驚いたセイバーは即座に立ち上がって周辺を警戒した。

「落ち着けよ、大したことはないぜ」

「何が起きたのですか」

「ルーラーの今したことを拡大した魔術さ、細かいことを言えば普通の人間が一定量の魔力を吸い取られることで、体の防衛反応によってぐっすりと眠るのさ」

「でも、サーヴァントの私たちには悪寒が走るだけですけどね」

 しばらくして出かけていた美穂が飛んで戻ってきた。

「兄さま、姉さま、市谷さん大丈夫?それに誰……」

 これがどういう事態であるのかを美穂は知っているようだったが、居間を見回して絶句した。

「はじめましてだな、俺はそこのおねぇさんのサーヴァントであるバーサーカーだ。そしてこの隣の奴は市谷ではなくてセイバーだ。誰がマスターか分かるだろう?それにルーラーだ」

「ごめんなさい、嘘をついてました」

「え?ええ?」

「それで、何が起きたんだ」

「え、あ、ここに拠点を移した英魔術協会の支部が、防衛用の結界を張ったら誤作動で」

「それでこの街の住民が突然静かになったんだな、ま、近所に夫婦喧嘩を聞かれないだけ良しとしようか」

「え、あ、ええ、どういうことですか」

 セイバーは笑った。大いに笑った。

 

 

 

 

 

 



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第五話 田端(一)

五月二十四日

 

 実に慌しい一日が過ぎた。

「起きてください、洸さん」

 開けられた窓から無理やり光が入ってきた。

 布団に逃げ込もうとするが、すぐに奪い取られて無防備となった。

「あと少しだ」

「もう五つ時ですよ」

「五つ…五つと言ったら、8時か」

 急ぎ着替えて、鞄に襟詰を持つとふと足を止めた。

「待て総司、なぜここに居るんだ」

「え、琥珀さんに頼まれましたので」

「いや、そうじゃない。俺が着替えているときどこにいた」

「ここに」

「ああ、そう」

 彼は急ぎ階段を降りて行った。

「おはようございます、洸さん」

 琥珀は何気ない笑顔を振りまいて見せた。

「昨日はよく眠れたかな」

「ええ、でも洸さんの方が無理をするのではありませんか、こういう時ほど」

「うん、悪かった」

 こういう時の彼女ほど怖いものはない。

「それでセイ…市谷さんは」

「二階にまだいるかな、足が速いからもう茶の間にいるのかもな」

 

 

 

茶の間の様相は『異常』につきた。

洸は定位置に座り、右からセイバー、美穂、バーサーカーに琥珀といった態であった。

何より全員黙々と、一言も交わさず食事を続けているのが勘弁ならなかった。

 米と汁を腹に流し込むと、鞄と学帽を手に玄関に向かった。

「洸さん、忘れ物」

 そうして彼に弁当を手渡した。

「ありがとう」

「寄り道せずまっすぐ帰ってきてください。セイバーさんとは仲良くしますから」

「ああ、約束だ」

「お急ぎのところごめんくださいね、洸クン」

 その玄関先には当たり前のように美琴が立っていた。

「おはようございます。琥珀さんお久しぶりです」

「おはようございます、美琴さん」

「突然こうして訪問したのだけれど、学校から連絡よ。今日は緊急で全授業が休み、生徒は自宅もしくは教室で自由学習だそうよ」

「またどうして」

「例の万世橋での事件、それに昨晩の集団昏睡事件に、公園の乞食が全員疾走する事件。

さすがに周辺地区の安全が保障できないということで、先生方が会議を始めてしまったためよ」

「なるほどな、そこまでひどいことになっていたのか」

 あの結界の誤作動も公に言われてこそいないものの、間違いなく警察が注意を呼び掛けたのは間違いなかった。

 ルーラーの仲裁によって、疑似サーヴァントとの戦いが終わるまで休戦ということで落ち着いた。バーサーカーは可もなく不可もなく、セイバーと相手したくないということで同意に至った。

ルーラー曰く、

「事態は確実に洸君と琥珀さん、そして周りの多くの人々を巻き込んでいきます。

それに対処するには、連帯して各方面に力を借りることが大事です」

 何がともあれ、洸と琥珀の喧嘩に一区切りがついたことは確かである。

「それじゃ、他の生徒にも伝言しなくちゃいけないから、手伝ってちょうだい」

「だろうと思ったよ」

弁当をベルトに結び付け、帽子を深く被った。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 バーサーカーは縁側に腰をおろし、居間に座るセイバーを振り返った。

「着いていかなくていいのか」

「幸い、結界とやらが働いているそうなので」

「それでいいのか」

「何がです」

「昼間であろうが、刺す奴は刺すぞ」

「今は戦うことを止められている。それに、いざとなれば令呪があります」

「楽観的だな。俺は問答無用の回答をうけている。なんなら庭先でやるか」

「魔術なしのチャンバラなんぞ、私だけで十分ですよ」

「は」

 セイバーは確かな面持ちで目を合わせた。

「ちっ、平和ボケか、許してくれ」

 その謙虚さにセイバーは笑い出した。

「てめぇ」

 ふくれっ面で立ち上がると、セイバーを立ったまま覗き込んだ。

「人に気を張れと、顔で言ったやつが笑うか」

「すいません、最初の頃とあまりにも印象が違うものだからつい」

「悪いか、どんな奴だって言葉遣いを分けるもんだ!親、友がいるなら尚更だ」

「甘いもの食べましょう」

 開いた口に四角いものを放り込んだ。

「なんだ、この甘いものは」

「キャラメルという菓子です。琥珀さんがくれましたよ」

「ひどいくらいに甘ったるいな」

 通りかかった琥珀に不満を満々とさせた顔で、彼女を見つめた。

「これが狂化なのか?バーサーカーとは名ばかり、どう見たってセイバーと被っているぞ」

「え、いや、あのね、それは深い事情があるのよ」

「まさか、狂化の唱令を唱え忘れたな」

「ば、バーサーカー、情報漏洩は厳禁よ」

「図星か、なにもかも台無しだな」

しばらく動けなかったが、一言、二言文句をつけて逃げるように奥に去っていった。

「あはは、ふふふ」

「また笑いやがったな!剣を持て、その鼻っ柱をへし折ってやる」

「いいでしょう、ちょうど体がなまっていたところです」

木刀を持って庭に出ると、二人は昨日のようにバーサーカーはやや下げ気味の八双の構えになり、セイバーは切っ先をやや左に寄せて正眼の構えをとった。

「昨日のケリはつけさせてもらいます」

「望むところ」

「ごめんください。榊原洸さんはいらっしゃいますでしょうか」

 バーサーカーは玄関先から聞こえた声に木刀を下ろした、何事かと木刀の峰で首筋を二回たたいた。

「どうしたんですか、バーサーカー」

「すまない」

 玄関先に振り返ると、そこにはバーサーカーの見知った、彼女によく似た眼鏡の少女が見つめ返していた。

「どなたですか」

戸を開けた琥珀に向かって丁寧に頭を下げた。

「私はアンジェリカ・クロイツェル。ドイツ魔術師協会の代理人として、榊原洸、古田琥珀の両名に話があり、まいりました。あなたは古田琥珀さんで間違いございませんか」

「ええ、そうです」

結界を通ったならば、琥珀は即座に反応していたはずであった。だが、結界をすり抜けて当たり前のように玄関先に立っている。

「それで、何のお話ですか」

「協会のあなた達への協力をお願いに参りました」

「待った」

 寒々とした目線を向け続けていたバーサーカーが木刀を差し出した。

「その前にこいつとサシで戦わせろ」

「自分のマスターに口答えするか、モードレッド」

 琥珀が口を開く前にアンジェリカは言い放った。

「この人…真名を」

 琥珀はバーサーカーから漏れ出し始めた狂気を感じ、令呪の発動を覚悟した。

 と、そこにセイバーが両者の前へ分け入った。

「ここでむやみに気を張るのは両者にとってよろしくない。サーヴァント・セイバーが二人に一つの提案をする。この木刀での一本勝負を行い、勝った方の意を汲み取ること、どの機会にせよ全力で相対する機会が必ず訪れよう。なら、焦る必要はないと小生は考えるが」

 アンジェリカはセイバーに頷き、木刀を受け取った。

「セイバー」

「らしくないと、と言えばよろしいか、バーサーカー」

自身の胸に押し戻された木刀の握り返し、庭先へと入った。

それが当たり前のように間合いをとった。

「礼、構え」

 モードレッドは右上段に、アンジェリカは正眼かつ、切っ先を上向きに構えた。

「はじめ」

 バーサーカーが一切叫ばず、上段から渾身の一振りが落ち、二歩下がりつつ峰で流して左上段からの一撃をバーサーカーの肩に叩き落した。

 木刀が手から離れ、その両膝を突いて小さく悶えた。

「勝負あり」

 アンジェリカは自身を見上げるバーサーカーを見つめた。

「お前は変わらないな」

 その優しい瞳から逃げるように視線を外した。

 アンジェリカはセイバーに木刀を返すと、玄関から家の中へと案内された。

 バーサーカーは強く地面を殴った。

「ちくしょう」

 落とした木刀を拾い上げると、セイバーは玄関へ目を見やった。

「あの方と言い、あなたといい、お互い見知った関係のようですが」

「その通りだ。俺の大事な人だった。そして、裏切ったんだ」

「真剣であったら、いや、やめておきましょうか」

「ああ」

 バーサーカーが落ち着いたらしいことは、彼女の目がはっきりと伝えていた。

 

 

「私に、洸さんに何の用ですか」

アンジェリカは出された茶を一口飲んだ。

「ドイツ魔術師協会はあなたと榊原洸殿に、我々の協力をしていただきたく参上しました。もちろん、この話はあなたが間桐のマスターであることも、前提としての話です」

「それで、どのように」

「はい、我々は聖杯戦争において、聖杯の魔力を増大させる計画を立て、それを実現させました。

五十一の概念に解体された聖杯は、新たな概念を加えることでより強大な魔力を得ました。

魔術師協会会長のジャベル・プフェファー・フォン・アインツベルン氏は、他家にもこの成果に対する協力を呼び掛けています」

「それなら、なぜ洸さんに偽物のサーヴァントを差し向けたのですか」

「あれは不可抗力というものです。新たな聖杯のためには必要な力です」

「増幅するためだけに大層なことをしますね」

「それを儀式の中心に据え、更に正規のマスターとサーヴァント一組が生き残れば、彼らは自動的に消滅するようにできています。疑似英霊と呼ばれる彼らはあくまで聖杯戦争の動きを監視しているに過ぎません」

「その疑似英霊が聖杯を統括するルーラーを呼んだのではありませんか」

「ルーラーは聖杯の改変を忌んだまでです。我々の大いなる目的の前では無駄です」

「そうですか、協力の見返りは」

「勿論、聖杯の強大な魔力を分配します。通常の聖杯から出る魔力と同等であることを約束します」

「分かりました。即答はしかねますが」

「よろしいでしょう。この旨を榊原洸さんにもお伝えの上、ご返答を頂きたく存じます。明日の夕刻、上野の大仏前で待ちますのでその時、その場所でお願いいたします。拒否されるのであれば、バーサーカーに本懐を遂げさせるのも良いでしょう」

アンジェリカは静かに立ち上がり、琥珀の見送りも構わず玄関を出た。

戸にもたれかかるバーサーカーがアンジェリカを見つめていた。

「良いマスターだな」

 一切振り返ることもせず、通りの奥へと去っていった。

 

 

 

男は扉を開けると、後に続く少女に気を使いながら、帽子を取った。

「賽は投げられたか」

 血糊のふき取られた祭壇前で、ステンドグラスに張られた十字架とイエスを見上げた。

 失明した左前を守るようにフードをする少女もステンドグラスを見上げる。

「神父…いらっしゃいますか」

 本郷の書生と思われる青年が教会内へと入ってきた。

「良い発音だ。この国の若者か」

「異人か、その癖からするにドイツ人か」

「その通りだ。学生君が教会に何の用かな」

「神父殿に教えを」

「ほう、それは殊勝だな。だが、神父は死んでしまった。君に聖書を教えるものは居なくなってしまったな」

「なぜ、なぜ神父は死んだのですか」

「神父は神を盾にして大罪を犯した。審判が下るのは当然だろう。『己が蒔きしもの、己が刈り取るべし』と、旧約聖書にある通り、神父は義務を果たしたまでだ」

「ドイツ人がそれを受けたようにか」

「そう思うのは当然だ。私もそのように考えた。失うというのは尚更つらかろうな、君の懐も寒かろうに」

「あなたのような御仁に心配されるいわれはない。忌憚なく言わせてもらえば、ドイツ人はドイツに受けた報いを己自身のものにする必要はない。その報いを相手に与えるのもドイツ人の役目ではないのか」

「君が本当にそう思っているのならば、世界はそのように動き、そして破滅を迎えることだろう。君のこれからは苦難に二重に囲って苦しみのみを味わう人生だ。私の国の心配をする必要はない。人は遅かれ、早かれ、自らの罪は、自らの肉体をもって受けるのだ。それを忘れぬことだ、青年よ」

「あんたのような古い人間と同じにするな」

「だが同じ人間だ」

「……」

「行こうかニュー、彼の言う通り、古き私が、新しき時代の彼に何を問いても始まらない。さらばだ、もう会うことはないだろう」

 立ち去る二人をよそに、青年はただ立ち尽くしていた。

「そんなはずはない、老人の言葉がどうしたというのだ。俺は俺だ」

そして、青年は教会に踏み入ることはなかった。

 

 

 

魔術界に思想が入り乱れることは特段、珍しい話ではない。

 ましてや現代世界と魔術世界は常に同一であり、ある程度の平行線を保つ。八百年以上の歴史を持つ魔術協会でさえ、内外のコネクトの派閥は複雑かつ難解を極め、協会内の人間関係は基本的には険悪そのものである。

 1914年から始まった欧州大戦は、協会内にあった地域的・民族的な派閥が力をつける原因となり、ついにはドイツ派とイギリス派で分かれるという事態を引き起こした。

 無論、このことは魔術の戦争協力や、協会内の抗争に油を注ぐ結果となる。そのため、四年余りの戦争が終結すると、派閥に分かれた人材を再統一する動きを見せた。

 統一にあたっての協議はエジプトのアトラス院学長アクエン・アテン博士が取りまとめたが、ドイツ代表の攻撃的な主張を皮切りに、交渉は破たん。終いにはエジプトで抗争を起こす始末となり、対立状態は戦時中へと逆戻りした。

 その一か月後、中立をなしたアテンは何者かによって暗殺され、軟着陸を望むに望めない事態となった。

 

上野に移ってきたイギリス派・時計塔、通称『英国魔術協会』の日本支部は、御徒町の一角にある小さな旅館に、一時的ではあるが拠点を置いている。建物は見た目こそ西洋づくりだが、中は純和風の二階建てであるため、そこに椅子と机を置くという奇妙な状況を呈していた。

「やはり、この畳というのは慣れぬな」

「仕方ありませんよ、我々のような人間が長い間借りられる安宿なんて、そうそうあるものではありませんからね。ここの主人には感謝です」

「ああ、英国帰りだそうだから、まったくありがたいものだ」

 日本支部支部長である一級講師のリーゼル・ハミルトンは美穂の師であり、聖杯戦争と独魔術師協会の問題を解決すべく派遣された魔術師である。

「こんにちは、リーゼル師範。定期報告に参ったよ」

「おお、アドルフさんか、どうもこんにちは。ニューちゃんもごきげんよう」

 ニューは逃げるようにアドルフの後ろに回った。

「少し来られるのが遅かったな」

「何、この国の青年と少しばかり会話をしていたまでだ」

「日本人が教会にか、以外だな」

「まぁ、その話がてら、協会の地下にあるものを確認できたぞ、同時にアインツベルンの動きと連動して別の何かが動いている」

「よし、お茶を淹れよう。ニューちゃんはホットココアでいいかな」

少女は嬉しそうに頷いた。

 

向かい合ったソファーに座る三人の前に飲み物が出ると、即座に本題に話が切り替わった。

「なるほど、教会の地下には無数の魔術反応が存在するのか」

「例の吸血事件であらかた生気、つまり普通の人間が持つわずかな魔力が吸い取られ、集められたとすれば地下からの反応に合点がいく」

「だが、アインツベルンが魔力不足を理由に魔力を集めているならば、なぜわざわざ疑似英霊なんぞを作り出したのだろうな。十四騎のサーヴァントが供給しうる魔力量は、改良されたとされる聖杯をしても収まりきらないのではないか、そもそも七騎で足りるものを」

 赤い瞳の少女がココアをすする光景を見ながら、自身も紅茶を一口飲んだ。

「リーゼル師範、もしその器が二つあるとしたら、どうだ」

「そんな、まさか」

「これは私の推測だが、この一連の件はアインツベルンひいてはドイツ魔術師協会が関わっているに間違いない。そして、彼らの行動に賛同して協力する勢力の存在が、必ずいるはずだ。

アインツベルンはその協力者への見返りのために、わざわざ二つの聖杯を作っているのやもしれない。もしかしたら、私とこの子にとっても因縁の相手やも、しれないしな」

「なるほどな、よし、こちらも調査を続行する。焦点はアインツベルンと独魔術師協会、それに教会だな」

「ひとつ、こっちも聞きたいことがある」

「聖堂教会の後任の監督官だな、明日にも到着するらしい」

「何だって、早すぎないか」

「私も今朝聞いたばかりだ、諜報員の話では、阿部神父は仮の監督官で、本当の監督官は別に用意していたそうだ」

「どうも、嘘か真か分かりかねるな」

「聖堂教会は口が堅いからな、答えてはくれまい」

「では、引き続き調査を続行する。お互い目的を達して楽になりたいものだ」

「ありがとう、アドルフ、よろしく頼む」

 固く握手を交わして、二人を見送り終えると、引き出しにしまっていた一通の手紙を取り出して、鞄の中にしまい込んだ。

「急ぎだが、遠坂のところへ行ってくる。例の提案を飲むことにするよ」

「後でに回ってばかりですね」

「もう我々は渦中の真っただ中だぞ」

リーゼルは帽子を被ると、急いで階段を駆け下りていった。

 

 

 

 



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第六話 田端(二)

五月二十四日 夕刻

 

 根岸よろしく、大正期の練馬近郊は東京の郊外と言うよりも、江戸の郊外と言った方がふさわしいほどに田畑が広がっていた。その暗さは帝都心臓部の明かりさえも届かぬほどであった。

 江古田村という辺鄙な農村に竹藪をもった低い丘がある。日本らしい農村の光景とは打って変ってアールデコ調の小さな洋館が異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「おまちしてましたよ、ホルストくん」

 この洋館はさる華族から買い取った、ドイツ魔術師協会の支部施設であり、サーヴァント・セイバーのマスター、カトリ・ハインリッヒが根拠地を構える館でもある。

「結界を解くとは、不用心ですね」

 客間に通されたホルストは誰に言われるわけでもなくソファーに腰掛け、黒に赤を配した詰襟姿のアーチャーがその後ろに立った。

「そこの御仁に破られると、修復が手間なものでしてね。もちろん、君に対してもアーチャーに対しても、思惟があってそうしたわけではないから安心してくれ」

 カトリの背後にノロりと姿を現したセイバーは、一つに結わえた長い髪に、紅白に拵えられた趣味の悪い刀を手にしていた。顎鬚をいじりながら、視線を三人それぞれに細かく配りながら、その顔は笑っていた。

「ところで今日はまた急だね、どうしたのかな?」

「一つ聞きたいことがありましてね」

「なんなりと、これでも日本支部局長だからね。答えてあげられる限りは」

「独魔術師協会の聖杯を手にする目的は」

「ん、それはご存知の通り、魔術の根幹であり、絶対の法理たる魔法を追求するためだ。聖杯の力があれば魔法の観測とその利用も簡便になる。奇跡は魔法に等しい力だからね」

「ではわざわざホムンクルスを使って聖杯に魔力を流し込むような真似をせずとも、既に聖杯はその要件を達する魔力量を持っているではないですか」

「ホムンクルスではなく、あれは人造英霊。我々は聖杯の奇跡の力を用いずとも英霊を召喚できるのだよ。それに力はより多く、我々に味方するのが正しい理なのだよ」

「ふん、こんな回りくどいやり方で正しい理などとよく言えたものだ。カトリさん、ジャベル卿の本当の目的を教えてくれ」

「聞きたいのかい?」

 

 カトリの屈託のない笑顔に悪寒が走った。

 

「ええ、よろしく」

「なら、まずは昔話からしましょう。我々はヨーロッパ全土の大戦の中、志を同じくするホーエンツォレルン家の頼みを聞き、兼ねてより一方的に支配してきた英国の魔術協会と袂を分かち、ドイツ帝国魔術師協会として独立、戦争協力に邁進した」

「ヴィルヘルムの奴と懇意になった結果だな」

「しかし、国内からの横槍によって停戦し、ヴィルヘルム帝はドイツを追われ、ヴェルサイユ条約を調印するまでに事態をもっていかれてしまった。しかし、我々は決して屈せず魔術の面からドイツを支えるべく、日夜世界の敵と戦っているのだ」

「その結果がメイドゥムの災日か」

「君ら若手がそう呼ぶのは勝手だ。しかし、あの会談こそが我々の意思表明であり、再度の宣戦布告なのだ」

「あの日、アクエンアテン師範の再合併に関する妥協案が成立しようとしていた現場に、ジャベルはくだらない演説を張って相手の怒りを買いそのまま乱闘になった。その場にいたあんたはそれを嬉々として眺めていたそうじゃないか」

「アドルフの奴だな、あいつは何もかも話しすぎる」

「アクエンアテン師範は過労により倒れ帰らなかった!そして、全ての努力を無に帰したまま、この日本に来てまでくだらない虐殺を繰り返している!そのホムンクルスを使ってな!」

「言いたいことはそれだけかガキ」

 ホルストは立ち上がるなり銃口を向けた。

「なるほど、わかったよ、父は聖杯を使って報復兵器の完成を急いでいるんだ。しかもこの東京を実験台にするために、俺はそんなことのために聖杯の力が利用されるのは真っ平御免だ!」

「いいんだな?」

 カトリの後方から走った無数の鎖がアーチャーの四肢を縛り、床にたたきつけた。

「馬車引きとは、いい趣味だね」

「雪山様、私の専門は封印操作でありますので」

 堂々たる金色の衣を身に纏い、腰には長大な剣を佩き、その浅い笑みを二人に向けた。

「この国では国家統一の将とたたえられているそうではないか、織田信長よ」

 雪山という男の異様な空気を警戒し、アーチャーを縛る鎖に弾丸を撃ち込んだ。

「やめておけホルスト、こいつはワシの宝具を使えなくしとる」

「それはペルシャの古代遺跡から発掘された、古代英雄の武具の残骸。ドイツが所持する数少ない宝具の一つだ」

「封印指定の天鎖を持ち出したのか!ということは来るんだな!」

「ええ、ジャベル卿はもうすぐ東京に到着しますよ。その前に邪魔であるあなたを始末します」

雪山は袖を一振りすると、床から土くれの兵が二体現れた。

「来るな!」

 数発を撃ち込んだがビクともしない。

 さらに四体の矛を持った兵隊が姿を現した。

「せめてもの情けです。止めになったら私が殺して差し上げますよ」

 ホルストの手には八ミリモーゼル弾仕様に改造されたボーチャードピストーレ。世界初の弾倉式自動拳銃である。特徴的な後部への突起が特徴的である。

 彼は通常弾の弾倉を放棄し、パウチから黄色に塗られた弾頭の弾倉を装填。二発を手前の兵に撃ち込むと上半身が吹き飛び、砂に還った。

 そして続いて二体目と三体目の首と胸をピンポイントで撃ち、これも砂に還った。

「ただの操り人形だ。土で乱造できる魔術仕掛けのな」

「ほう、兵の気を読めるか、なら寡兵ではなく大軍で押し殺すとしよう」

 雪山が袖を右に振れば旧兵隊が、左に振れば短槍兵が姿を現した。

 正確に射抜いていくが、何体かが鎖を持ち四方に引き裂かんとする。すぐに破壊しても次から次へと鎖を手にして外へ、外へと力をかける。

(手が汗に滲む…こんなのはマルヌ以来だ…!)

 予備弾倉を手にかけたがその弾倉を弓矢が弾き飛ばした。使用している回路断線弾は床に転がるそれが最後、この弾丸でなくては雪山から延びる魔力の糸を修復不能までに断ち切ることができない。

 死を覚悟したとき、突如として館の消し飛び、二階のあるはずの部分が露わになった。

 ホルストは咄嗟に緩んだ柱を倒して鎖の拘束力を解いた。

 

「まだまだぁーっ!もうひとっ斬り!」

その遠吠えに続いて、カトリと雪山めがけて建て一文字の一撃が一階と二階のがれきを吹き飛ばした。

 そしてホルストとアーチャーの目の前に、美穂とネズミ面の若武者を乗せた馬が現れた。

「ホルストさん!私はあなたの味方です!あなたを助けに来ました!」

「あ、ああ!」

 手綱を引く男の顔を見るなりアーチャーは大きく笑った。

「サルめ!ひさしぃの!」

「お、御屋形様、お日柄もよろしいことで」

「似合わんテンプレは治らんか!?ワシらの馬はあるか!」

「もちろんでございます!」

 手元から投げられた鈴が一頭の馬に変身し、アーチャーとホルストは慣れた手つきで乗り込んだ。

「逃げますよ!ライダーは走らせて!」

 二頭は竹林の出口に向かって駆け出した。

「サルよ!貴様、クラスは」

「ライダーでございます!女を抱きすぎました!」

「カカカ!ワシが貴様の金的を蹴らなんだら貴様は徳川に天下を奪われ何だろうな!」

「何事も定めにございます!」

「迷路の結界が発動してる!なるほど、入るのは簡単なわけよね!」

 美穂は暗闇の林道に目を見張りながら、肩掛けのバックから銀の液体に満たされた小瓶を取り出し、頭上へ投げ込んだ。

 すると瓶は何に当たったのか、割れて液体を四方にまき散らした。

「ホルスト!降りろ!」

 彼が飛び出た瞬間、馬は十数本の矢に射抜かれて光となって消し飛んだ。アーチャーはマントを翻しながら周囲に目を配った。

(止まれ!そこから縦へ下に弾幕を張れ!)

 ホルストの言葉通り、十五丁のライフルが天から茂みへと一斉射した。そして、腰の左文字を抜きはらった。

「こそこそと!」

 矢を一つ斬り落とし、二本目の矢ごと第二斉射が放たれた。

 しばしの静寂の中、アーチャーは敵の正確な位置をつかんでいた。

「いやはや、アサシンらしくいきたいのに、見え見えじゃ意味ないや」

 そこには中性的な顔立ちに青い衣を身に纏った少年が、アーチャーの前に姿を現した。

「ほう小童。この第六天魔王・織田信長に腹を見せて一人前のつもりか?」

「第六天魔王…なんかカッコいいですね!」

 異様なはじけるよな笑顔を浮かべ、一転アーチャーは不満げに笑みを浮かべていた。

「自慢の豪弓を壊しちゃうなんてさ、それにその銃って宝具じゃないよね?サーヴァントは宝具で戦おうよ!」

 一発放つと、少年は背の大剣を抜き、弾丸を斬った。

「お前の主人の国で作った銃であろうが、いつまでも弓だけでは戦はできんよ」

「すっごーい!でもね、もうそんなパチンコ玉になんか当たらないから!僕はペルレ・アプト!クラス・アサシンにして、竜殺しジークフリートなり!えへっ真似しちゃった」

間髪入れず撃ち込んだ弾丸が全てはじかれる。大剣の魔術刻印が青白く輝いた。

「今度は僕からいくよ」

 アーチャーはペルレの二太刀目を左文字の峰で受け流していた。とうの一太刀目は左下段で縦となった二丁のライフルが真っ二になって転がった。

「む」

 ペルレは柄を握り、腰の短剣をアーチャーの胸に走らせた。

「甘った!」

 ライフルに持ち替えていたアーチャーは曲芸のように何回転もさせて、銃剣でペルレの両ひざを回し斬った。

「うわぁ!」

両ひざが前へと折れ曲がり、ペルレは鼻先から地面へ倒れ込んだ。

戻ってきたライダーに再び馬を要求した。

「世話かかりますな」

「お互いにな」

 再びホルストとアーチャーを乗せて走り出した二頭は出口に差し掛かった。

「これで最後の結界だ!」

 金の液体が小瓶から撒かれ、その輝きが二頭の先端を包み、見えない壁を突き破った。

 振り返れば竹藪は小さく、結界が見せていた偽の景色であったことに気が付いた。そして、二頭に近づく物音にも気づいた。

「ホルスト、あれが何かわかるか?」

「いや、闇夜に紛れて適当に動いているようだ。いや、縦横無尽にか」

 

 闇の先に見える二頭を、二頭に引かれた戦車が追いかける。田畑の良し悪しを一切鑑みることもなく、ひたすら二頭に位置を悟られぬように左右に振りながら近づいていく。

「貴様たちは、この私の戦車に見つかったが最後!さぁもうすぐ!あと少し!くだらない周王とやらの能力を手にしたが!この走破性!愛、してる!」

 そのくぼんだ大きな目が、先頭を走るライダーの視線とぴったりと合った。

「その車輪を廃し、太閤が接収す!」

「な!なァ――――――――――!」

 車輪を失った戦車は馬とともに田畑の中にひっくり返ってしまった。

 

 

「太閤権威、無機物であれば遠隔地からでも物を取ったり送ったりできる!ただ…手にしていないと元に戻ってしまう。ばれててもワシは滅多に使わん」

「カッカカカ!お前にしては大雑把な宝具じゃ!さぁ小娘よ、ワシらはどこへ向かう」

 

「ホルストさんの潜伏地、帝国ホテルです」

 

 

 

 



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第七話 恩賜公園(一)

 

 

五月二十五日

 

小さな本郷の教会から不忍方面に離れた、静かな邸宅街。この場所に小さいながらも遠坂も気を構えている。本来であれば本家のある冬木で事を構えなければならないが、政府に協力する関係上は帝都にも邸宅を構えざる負えなかった。

「協力者からアインツベルンの子息がルーラー側に付くことが決まったと報告に来ました。これで時計塔、マキリ家、それにアインツベルンの穏健派を味方にすることができました」

 智子はホルストの手紙を取り出し、深い皺を浮かべる老人へと手渡した。その目は体躯の小ささとは裏腹に豪胆な落ち着きを持っている。

「その子息が父上様へ」

 封を切り、手紙を流し読みすると傍らの長男・宗一へ文面を手渡した。

「やはりジャヴェルも聖杯の欠陥に気が付いているらしいな、しかし未完成であってもその力は馬鹿にはできん。宗一、アトラス院から来る彼はもうすぐかな」

「はい、あと二、三日ほどで、しかし、契約書を渡してしまうとは、よろしいので?」

「言わんとするところは分かる。しかし、物事には順序というものがあり、聖杯はまだ召喚されてはならないのだ。そのためなら紙切れの一枚や二枚など造作もないわ。宗一、智子、各勢力との歩調を合わせ、奴らに聖杯を渡すな!そして確実に帝都から冬木へ移送するのだ、良いな!」

「はい」

「はい、お父様」

 老人の名は遠坂法喜、二人の父であり遠坂家現党首である。彼は明治政府成立時から、先代とともに魔術面での顧問として政府に協力。日本の呪術に造詣が深いこともあって、帝都の区画拡張に力を発揮してきた経歴を持つ。

「私はこれから社寺庁に話を付けてくる。近藤!車を出せ!」

 

父を見送り、居間に残ったカップ類を片付ける智子の傍に宗一が寄り添った。

「父の言う通り、御三家に関わる人々は聖杯を自由に解体しすぎた。その結果、大聖杯は術式を再構成せざる負えなくなった。その不完全且つ欠陥だらけの代物を自由にさせてはならない。もし再封印が失敗すればこの世にあってはならない法理が生まれ」

「世界は崩壊する。そうですわね、お兄様」

「ああ、あと二人っきりの時は宗一と呼んでくれと言ったろう?」

「ごめんなさい宗一様、私は御役目をきっと果たしてみせます」

「それでこそ僕の智子だ」

 智子の腰を支えながら静かに唇を合わせた。

 

 

 場所は移り、桜木町。

 榊原洸は二日間の休校になってしまい自宅に残っていた。一方の琥珀はバーサーカーを供にお茶の水にある女学校に行ってしまった。

 縁側で本をたしなむ洸に縫物をするセイバー、ちゃぶ台に術書を広げる美穂と暇を持て余すライダーが座っていた。彼は大きな欠伸をしたが、誰も見向きもしない。

「おいセイバー殿よ、おぬしは男と思っていたが、もしかして女であるか!」

「その通りです」

 縫い目の張りを広げつつ、再び糸を通す。

「いやぁ!もし男であったならワシは衆道趣味になるところであったわい!ところでだその腰物、どこで手に入れたのじゃ!ワシとて一文字の刀は何本も

持っているが、戦国大乱以前の実践向きの一振りはそう見かけんものじゃ!」

「昔、友人から送られたものです」

「ほう、何百年も経ってとなれば、相当に位の高い友人じゃの!しかし細身ではいつか磨り切れてしまう!ワシの福岡一文字の太刀は長大!身は厚く!姿見は壮麗!煮えの輝きは右に出るものはないぞ!」

「あなたの生きていた時代とは日本の様相が違うのです。でもあなたのように鎧兜を身に纏うなら同田貫を使うことでしょうね」

「ドータヌキ?」

「薩摩の武士がよく使う豪刀です」

「あー、別に薩摩でなくても、田舎の刀は折れない不格好な刀ばかり、折って当たり前のものじゃ」

 すると玄関先から声が聞こえた。

「このドイツ訛り…まさか!」

 美穂は飛び出すように廊下を走っていった。

 そして、戸を開けた先に立つ二人に立ちはだかった。

「まだ来てはならないと言いましたよね!アドルフ!」

「遠坂家から急かされてな、一週間のうちにトラン氏が来る。契約書の回収と腕の記憶を解放させるためにね」

「そんな…まだ、まだ兄には時間があります!だから!」

 アドルフは静かに首を横に振った。

「トラン氏は既に研究で理解していたようだ。死んだ人間をよみがえらせるには、代償が伴うとね」

「どうしたんだ美穂」

 玄関に現れた洸に静かに会釈した。

「あなたは、いつぞやのドイツ人」

「はじめまして、いや久しぶりでもあるかな?私はアドルフ・カミル。時計塔に所属する諜報員だ」

 美穂の縮こまった背中を見て、何事かとアドルフに問う。

「君に真実を話に来た。そして、君の宿命についてもね」

 

 

帝国ホテル、西側の一室がホルストの滞在地になっている。そこに一人のホテルマンが客をロビーに待たせている旨を伝えた。

「なるほど、危険は顧みずか」

 ロビーに着いた二人の前に紳士服に銀髪という異様な男がいた。

「おまちしてました」

「リーゼルはどこへやった」

「まだ来ていないだけですよ」

「なるほど、例の連絡員か」

「ええ、はじめましてホルスト・アインツベルン。私はダーニック・ヘラルド・ユグドレミニア。横浜の支局で長距離連絡を担当してます」

「ルーマニアからの憑き物〈ユグドレミニア〉か、久しぶりにその名を聞いたよ、で用件は?」

「時計塔から急ぎあなたへ言伝を預かったので、ここへね」

「ああ、なるほど」

「ええ、本国に残る魔術師協会と時計塔が和解しました。元々、別れる理由はジャヴェル卿の愛国心以外にありませんでしたから」

 取り繕ったダーニックの笑顔から離れるように窓から街を眺めた。

「これで目的は達成された。あとは日本に来たジャヴェルを倒すだけ、か」

「できれば、聖杯を」

「それは御三家それぞれの了承がなくては無理だ。しかも、俺が頭首になってからでないとな。それに聖杯なんて辺鄙な物を手にすれば時計塔が瓦解しかねんぞ」

「私としては、なっていただきたいものですね」

「ふん…噂通りか、俺は保守的な人間でなおいそれと渡す気はない、それだけは覚えていてくれ」

「それは残念でありますな」

「ところで時計塔は本当に戦争ができるんだろうな」

「ご心配はごもっとも、ホムンクルスどもに横浜の旧支部を破壊され、前支局長の衛宮源兵衛氏を失い。さらには政府と内通していた連絡員さえも始末され、しまいには大量失血死の一件を遠坂から疑われる始末だ。しかし、どういうわけか増援が続々と到着している。まるで何が起きるか分かり切っているような時計塔の対応力、面白くなりそうではないですか」

「ふっ、冗談じゃない」

「それと、今夜は上野で榊原のマスターたちが大仏前で接触するそうです。恐らくジャヴェル側が引き込もうとしているのでしょうが、一悶着起きるでしょうね。これは余談ですので、お気になさらず…」

 軽い別れの挨拶をして玄関の階段を下りていった。

 

 

榊原洸の記憶は十年前の部分がすっぽりとなくなっている。言い換えれば母親の死を彼は知っていることになる。

「私は君の父上、八郎君とは長い付き合いだ。彼が時計塔に勉学に来た時から、君の母親と幼い君を連れていた姿が懐かしく思う。話は十年前に遡る…」

 八郎はもう二週間イギリスに滞在することになったため、母親の美紀子と幼い洸、それに八郎の師であり急逝したカルト博士の一人娘、クレメンティ―ナを養子として連れ、日本に先に帰らせることとなった。

 その客船に警護としてアドルフが同行することになった。しかし、船はインド洋に差し掛かろうとしていた直前に船室に収められていた棺から、吸血鬼が現れ船内は血の海と化し、暴走する吸血鬼は二人の子供をかばった美紀子を殺し、そして妹を守ろうとした洸の血を奪ってその暴走した力が船体を破壊。

 母親は行方不明、吸血鬼との闘いで傷ついたアドルフは二人を救い出すことで手一杯であった。

そこにエジプトからの調査船が救助に来たことで、洸は高度な魔術治療を受けることができた。

「その船は海を走る霊脈の流れを調べていたアトラス院の船だった。アトラス院の全学長たるアクエン・アテン氏は聡明且つ情に厚い方として知られていた。

君は吸血されたことで魔術回路の七割を消失していた。そこに人工的に作り上げた新たな回路を埋め込んだ。高い遺伝性を持ち、攻勢能力を有した魔術回路」

 裾をまくり、魔力を込めると回路が赤く浮かび上がった。

「やはり発動していたか、ただしこの回路を生存のために使わせるために君の記憶から氏は、使い方に関する記憶を封印した。君の願いで母の死の瞬間もな」

「俺の体は半分以上が作りものなのか」

「そういうことになろう」

 あの日、ガントが発動したのは、回路の防衛本能から来たものであることを理解した。

 そしてアドルフは胸ポケットから一通の手紙を取り出した。

「君と人口回路の合成は類を見ない大成功であった。しかしそれに伴うリスクを君は理解しなくてはならない。君だけがこれを読みなさい、いいね?」

「はい…」

「私が話せることはここまでだ。後はその手紙が教えてくれる。よく考えるといいだろう」

「アドルフ、話すべき、クスィーの事」

 赤い目の少女が諭した。

「ああ、話すべきだな。紹介しよう、彼女はテン。ホムンクルスであり、吸血鬼だ」

「吸血鬼!?」

「かつて君の母親を殺した吸血鬼の片割れだ。彼女は吸血鬼の始祖の髪から生成されたホムンクルス。彼女はあの吸血鬼とは違いひどく臆病でな、ただ自分と同じ吸血鬼を探知することに長けているんだ」

「あいつは来ている、ずっと前から、この日本に来ている。私には分かる」

「俺にどうしろと」

「私にできるのはこうして事実を話すこと、それをどうするかは君の自由だ。私はこれでお暇しよう。前にも忠告をしたが、今日も一つしておこう。時計塔に御三家、どれも信用するな愛する者の真だけを信じるんだ」

 その場を動かぬ洸にセイバーは何もできず、ライダーも首を横に振って黙っていた。

 美穂の怒りに満ちた目がアドルフに向けられたが

「すまない」

 そう言った彼が一番悲壮な表情で町を去っていった。

 

 

 

 

 



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第八話 恩賜公園(二)

 

五月二十五日 夕刻近く

 

 琥珀とバーサーカーが帰宅するなり、三人はちゃぶ台を前に向かい合った。

 議題はもちろん。

「私の意志は一貫して、ルーラーと歩調を合わせて独魔術師協会とは協力しません」

 美穂はその返事に笑顔で頷いた。

「時計塔の指示でジャヴェルと協力することはありません。お兄様」

 洸は膝を叩き、よしと気を張った。

「悩むことは多いが先ずは味方を増やすことが大事。俺は奴らと組まない。お前たちと共闘する」

 曇りを隠して芯を根差す洸の姿にセイバーは安心した。ライダーとバーサーカーも黙って会話を聞いている。

「アンジェリカへの拒否の申し出は俺とセイバーが行く、ただもしかしたらアンジェリカだけとは限らないかもしれない」

「でしたら、公園への入り口前にバーサーカーを配置すればいいでしょう。私のライダーは足と手紙がありますから連絡は任せてください」

「手紙?」

 ライダーに目配せすると、指を鳴らしたと同時に小さな文が琥珀の手元に召喚された。

「ライダーの能力『千生瓢箪』はモノや言葉を奪い、送る能力。ただし、質量が大きければ大きいほど、ライダーは肉体でそれらを手に持てなくてはならない。

持てない場合は元の場所に転移される。手紙程度なら簡単ですから」

「分かった、美穂とライダーは俺と琥珀の状況の仲介を、バーサーカーは公園の東奥から大仏へ」

「なんで甘ちゃんが指示出しているんだ」

「もっとも中立的な立場であるからよ」

「あっそう、どうなっても知らねぇから」

「指示に」

「仰せのままに」

「ありがとうね、それでは洸さんお願いします」

 洸が立ち上がると、既にセイバーは浅黄色の羽織に一文字を帯びていた。

「ん、行こうか!」

 玄関先で草履を履くセイバーの傍に琥珀が座った。

「セイバーさん、洸さんをお願いします」

「はい、それが盾たるものの役目でございますから」

 琥珀に対して何を変えるわけでもない、セイバーの純朴さが不思議と温かみを与えてくれる。

「戻ってきたら何か好きな物でも作りましょうか」

「え?そうですね」

 洸に目で問いかけると、好きなものを頼めばいいと戸を引いた。

「高野豆腐の卵煮かな」

「わかったわ、必ず作ってあげる」

「楽しみに…しています」

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

 日暮れの明るさがセイバーの横顔に差し込んだ。

 二人は公園へと歩を進めていった。

 

 

「お前に守られてばかりだな、俺は」

「私は力不足でしょう。しかし、あなたの素朴な望みが私にもわかる気がします。なるほど、あなたはマスターに相応しくない」

「そう思うな、頼りにしている」

 しかし、上野公園に入った途端、セイバーは洸の前に出て刀を抜いた。

 そこには、見覚えのある強烈な匂いが広場に充満していた。

「そこのあんちゃん、血の匂いは苦手か?ワシは懐かしい、いい匂いぜよ」

 長髪に薄汚れた羽織には血のりがべったりとこびりつき、紅白の拵えが非現実な光景に溶け込んでいた。

「ワシはサーヴァントぜよ。クラス・セイバーのサーヴァントじゃ、のぅ新選組一番隊組長さん」

 セイバーは体が震えていた、この時代ではないあの頃の空気を、その肌にひしひしと感じているからだ。

「懐かしぃ…再開の印に一杯」

「ふん、妄信者め」

「カカ、カカカ…」

 腰にぶら下げていた徳利を踏み割り、不気味な笑みを二人に向けた。

「でもまぁ、お前さんも同じ穴のムジナというわけだ…!休まることのない、さまよえる魂」

「いいや、お前はドブ犬だ。勝ち組で一番のドブ犬だ」

「カカカ、なぁ見てみろよこの日本という国を、なんちゅう情けない姿じゃ、これがワシらの戦った末の世界だ!しかも徳川は生きとる!お前さんに何一つ返すことなく徳川は貴族として生きとる!死んだかいがあったのう…お互い様!」

「黙っとれ!以蔵っ—------------!」

 セイバーの直情的な一閃が鵐を掠めた。

「冗談じゃ」

 力の入った腕を奥に押し込みながら、柄を高く振り上げて何度も、何度もセイバーの頭を殴った。すかさずセイバーが足を引いた瞬間に蹴りを彼女の腹に打ち込んだ。

「なまったね、こりゃこりゃ」

 転げるセイバーを見下しながら低く小さく笑った。

彼女は立ち上がって血を袖でふき取ると、切っ先を彼に向けた。

「そう、それじゃ、その顔!」

 以蔵は獣のような雄たけびを上げながら、刀を大ぶりに四方へ振り回しながらセイバーに刃を走らせた。

だが、登っていた血を抜いたのは以蔵であった。

「うるさい」

 瞬間、セイバーの姿は以蔵の懐にあり、そしてへそと腰が斬られていたことに気が付いた。

(死ぬ?)

 だが、大仏のある不忍池側から爆発音が鳴り響き、青く沈む森の中に閃光が輝いた。セイバーの注意が自身から消える間合いを見計らって以蔵は森の中に逃げていった。

「ったれめ!」

 倒れかかる彼女を洸が抱き留めた時、セイバーは既に気を失っていた。

 

「まったくなぁ、乱暴だよ」

 砕き落とされた大仏の頭が転がるのもつかの間、あのペルレ・コーデに向かって長剣のごとき黒鍵が走り、大仏の胴体を伝って背首へ逃げ込んだ。

 そして、首の前に立つ一つの影を注視する。

「おまえがいなければ、乱暴はしない」

「結局は僕が邪魔なのね!ムカつく!」

 大剣を振りかざして大仏の影から影の側面に飛び込んだ。それを強大な杭打機〈パイルバンカー〉が受け止めた。

「ん」

 打たれるべき杭は地面に食い込み、杭打機を支点に少年の左ほほを蹴り飛ばした。そして、間髪を入れず彼の顔面にアッパーを打ち込み、体は高く舞い上がった。影の合間にのぞかせるその顔は、まさしくルーラーであった・

「でも、ね」

 空中で姿勢を整えたペルレの急所を三本の黒鍵が貫いた。しかし心臓から外れている。さらにもう一本の黒鍵がさらに宙へと跳ね飛ばした。

(わざとっ!?なぶり殺しか!)

 ペルレの体が自由を失い、落下する真下に杭打機の鋭角な先端が彼を差していた。

「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」

「セブン」

 ペルレの体が何百、何千という切り傷と打痕に覆われた。

「カルヴァリア・ディストピア!」

 布切れのようになったペルレの体が瓦礫の真上に転がると、小さな叫びが絶え絶えに響いた。

「さぁ、死ね!」

 黒鍵が四本現れ、ペルレに放つのではなく大仏の右肩へ放たれた。

 鎧の音とともに、眼鏡を掛けた完全装備のアンジェリカ・クロイツェルが姿を見せた。

「そこまでです。この明るさでは人が集まってくる。それに望まぬ客も来る。あなたなら、引いてくださるはずです。私たちに今、戦う意思はない」

「紛い物からそんな言葉が…なるほど、なら押しとおってください。よろしいですね?」

アンジェリカがルーラーから離れようとした瞬間、赤い俊足の影が二人の前に立ちはだかった。

 その影は噴煙の中から赤い閃光をアンジェリカに向かって打ちはなった。大仏の胴体は銅製の破片と基礎の木材をまき散らして消し飛んだ。

「ルーラー、ここはこのバーサーカーに譲ってもらおうか」

 白銀に赤の装飾を纏う彼女は、因縁のあの日を思い、体は戦えることに打ち震えていた。

「ご自由に、しかし、自重してください」

 布切れのペルレを抱えて、大仏のあった小山からルーラーは離れてしまった。

ぽたり、ぽたりと滴り落ちる雨のなか、二人の騎士は余りに静かであり、まるで彫像のようであった。

「おまえは、変わらないな。直情的で、狡猾、自分の意を通すために自らをもだまして見せる。なぜかな、こうしてお前はまた私と刃を交えるのは」

「王よ、あなたが王であったからだ」

「そうだな、過去は変えられない。お前がどんな道を辿ってきたかは知らないが、こうして私に巡り合った。お前が騎士でなかったらと、何度思ったかな?」

「うるさいぞ!変えられねぇものに何でもいちゃもん付ければ、お前は犠牲者だったと言わんばかりのつらしやがって…!これはお前が望んだ形じゃない!俺が欲し、望んだ形なんだ!俺のものだ!この感情も、この対決も」

「まだ整理がついていないらしいな、なら私はお前の望みのままにしよう。お前は、なんとしたい?」

「う」

 剣を突き立て、その前に立ちその両腕を大きく広げた。

「来るな」

「モードレッド」

「来るんじゃねぇ!」

「お前の欲しいものはなんだ」

 動揺するバーサーカーの心に黒く温かみを消すような感触が飲み込んでいく。

「ああ、あ、ああ!」

鎧に忍び寄る黒い輝きがバーサーカーの意識を奪い始めたことに感づいたアンジェリカは叫んだ。

「モードレッド!気をしっかり持て!狂化したらお前の望んだものは叶えられんぞ!」

「望む…愛…尊敬…アーサーは。アーサー…殺ス!」

 赤い魔力放出の風が黒い色に染まり、金髪が白く消し飛んだ。アンジェリカは仕方なく剣を取った。

バーサーカーのほほを赤い涙が走った。

「アァァァァサァアァァァァァァァッ!」

 しかし、アンジェリカは自らも魔力放出をし、蒼く稲妻走る風がバーサーカーにアンジェリカの存在を再確認させた。

「来いモードレッド!貴様を倒す!」

 モードレッドのクラレントが赤い旋風を纏い、振り上げられた瞬間、その瞬間である。

(今だ)

バーサーカーの体が遠くからの閃光に弾き飛ばされた。彼女の狂化は収まり、体が瓦礫にたたきつけられた。

アンジェリカはすぐに矢が飛んできた方向を睨んだ。

上野・広小路、松坂屋屋上の塔に赤い大鎧に、巨大な豪弓を持った古風な姿のアーチャーが講演を睨み渡していた。

(バーサーカーの宝具に邪魔された。一撃必殺ではない)

(構わんさ、二発目で二人をやれるか?)

(カカカ!是非もなく!それにしても、貴様も悪い奴だ…同盟になったとたんに始末とは)

(信ずるは己のみ、後は駒だ。聖杯戦争ってのは、そういうものさ)

(さも、あろう)

 アーチャーは宙より一本の矢を引き出し、弦を引き、矢を公園に放った。

 ホルストは男坂を登りながら現場に近づいた。

 だが、小山から黄金の柱が天に向かって走り、矢が炸裂する寸前に、その輝きが矢ごと松坂屋の塔を吹き飛ばした。

(アーチャー!)

 アーチャーは地上に降りると、燃える上野公園を遠く見つめた。

(ホルスト、奴は本当に紛い物なのか)

(わからん)

(ふざけるな、馬鹿どもがっ!)

 

 

 

根岸の駅から赤々と燃える上野山を、巨大なトランクケースを持ったシスターが嬉々とした表情で見上げている。プラットホームの粗末な明かりの下へその姿を見せた。

「役者が舞台袖に立ち、今か今かと出番を待ちわびる。長い脚本と演出の検討、よく訓練されたスパルタのような劇団員たちが、この時を待ち、誰に卑下されるわけでもなく、誰に邪魔されるわけでもなく、私は今日、とうとう舞台の中央に躍り出た。

我が主に感謝します。私目にこのような偉大なる役目をお与えくださったこと、誠にありがとうございます。おお、我が主よ、我とわが眷属に祝福を」

 プラットホームの入口より現れた間桐静香がシスターに一礼した。

「ありがとう。間桐静香さん。私は聖堂教会より派遣されてきました。監督官、マリア・ミレー・ボードウィンと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

 その黄金の髪と目が夜闇の中に怪しく輝いた。

 



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第九話 月島(一)

 

 五月二十六日

 

 数年前の、ヴェルダン東部からの攻撃。

 少し頭を低くして部下の顔を見た。いくら何十回と訓練しても緊張が消えることはない。だが、そうしなければ、先日砲弾で消し飛んだ新兵たちのようになる。

ベテランであれば、あるほど、彼らは固く自分の師について真剣だ。私もそうだ。士官は真っ先に狙撃される。前線将校の消耗率の激しさは手紙の数だけよく知っている。

「大尉、静かですね」

「ここは前線から遥か遠い場所、要塞の司令部一歩手前だ。何かと、考えてしまうのさ」

「分かります。来月に妻が出産なもんで、ここで功を立てれば妻に食料を持っていける。そんなことばかし」

「そうだな、皆!時計合わせだ!」

 秒数を読み上げ、時計合わせが終わると、バックルの締め上げが十分であることを確認した。

 全員、十分な手りゅう弾とモーゼル拳銃にルガーの尺取虫。それに試製の機関短銃が指揮官に持たされている。

「五、四、三、二…一!行こう!」

 援護の煙幕をひたすら走り続ける。

「閣下…閣下…!」

 彼は眠りから覚めた。

 ふくよかな顎鬚を蓄える男の胸には十字勲章が輝いている。服装は帝国時代の騎兵服である。

 彼が差し出したコーヒーに手が伸びた。

「豆はアメリカ産の高級品、なかなか良いものです」

「味方だったらとな、いただこう」

 ストレートの一杯を静かに飲みながら、窓には東京湾を進む舟艇が排気音を立てながら隅田川を登っていく。

「もう朝か」

「日本に着いて早々の作業でございましたから、もう半日落ち着かれてもよろしいのでは?」

「いや、例のルーラーがペルレを瀕死に追い込み、それにホルストの反旗に時計塔の横槍、もはや帰るべき場所はない。事を急がなければ」

「かしこまりました」

 その顔は傷口の縫込みと、歳による皺に覆われて異様な凄みを醸し出している。

 彼こそがジャヴェル・プフェファー・フォン・アインツベルンである。

 机上に散らばる地脈図が帝都全域を描き出している。

「カトリたちは確かな仕事をしてくれた。この街に存在する霊脈の交差点に近い場所で聖杯の最終形成ができるとはな、報復は完遂できる」

「それで、カトリが倉庫に来ております」

「大方、疑似英霊たちのことだろうさ。では行くとするか、ところでパウル。さっきヴェルダンの魔術人破壊作戦の夢を見ていた。お前とは長い付き合いだな」

「今となってはこの日本に来た十三人の魔術師が最後です」

「ドイツは復興し、自らの力を抑えきれずに再びの滅亡を招くことになる。欧州を吹き荒れる嵐は確実に欧州を殺戮と焦土の大地に変える」

「そのための聖杯ですね」

「聖杯戦争もこれからの人類同士の戦争も不要だ。もういちど人々の心を打ち砕かねばならない」

「どうか御心のままに」

「行こうか」

 

石川島造船者は月島の東端、つまりは佃島の傍に立地している。ここに結界によって存在が消された場所がある。かつて御雇外国人が用意し、長らく歴代所長たちによって硬く閉鎖されていた二棟の倉庫である。

その奥の棟は昼間も暗く閉ざされ、天井窓から入り込む僅かな明かりがその鉄桶を照らしていた。

「待ったかカトリ」

「いえ、ここの結界は私の傑作でありますから、術式を眺めておりました」

「貴様の働きは十分を越しているがな」

「ありがとうございます少佐殿」

「もはや軍属でもない。ところで、ホムンクルスどもの事か」

「はい、やはり体の大部分を再生させたところで、所詮は人、器は一つであり、器に二つの人格は入らない。あいつらに愛国心を尋ねても、ドイツの文字は一つも出てこない、時間の問題です」

「なら、すり潰せ。とにかくこの聖杯に流し込む魔力を増やすのだ。そのためにホムンクルスとして復活させ、英霊の力を流し込んだのだ。使えるうちは大いに使うだけだ」

「かしこまりました。そのように致します」

 

 

 

 ここは立林高等学校、休校のために生徒はおらず静寂に包まれている。

「それで、お約束通り見せていただけるのですね」

「もちろん」

 美穂は用務員をする智子に連れられ、あの音楽科三号実技室に入室した。

 そして美穂はピアノを開き、驚愕した。

「どういうことですか!術式が使用済みになっている!このピアノは英霊召喚を研究していた魔術師がわざわざ日本まで持ってきた門外不出の代物!いわば聖杯戦争の召喚陣のオリジナル!失われたシールダーの刻印を持つ最後の術式だったのに!遠坂はどういうつもりなのですか!」

「説明ご苦労、でもね」

 智子は美穂の懐に飛び込み、その胸倉をつかんだ。

「あの洸が、あなたのお兄さんがキャスターに殺されそうになって、この部屋に入り込んだ。そのために式陣は使用され、シールダー召喚の文字は消えた!キャスターは惜しいことをしたわ、あなたもそう思わない?」

「わ、わたしは…」

 美穂は確かに、洸は召喚するという真似を侵さなければ、自分の欲した望んだサーヴァントを召喚できる陣を手にできたかもしれない。だが、それが兄の死を望んだことに深く後悔した。

手を離した智子は窓から校庭を見やった。

「クレメンティ―ナ、いや美穂さん。私たちは彼の魔術刻印の謎を知り、封印することを大事となしてきた。それこそが貴女にとっても、琥珀にとっても幸せだった。でも、洸は自らそれを打ち砕いてしまった。その結果がもうすぐやってくる。逃げたのは誰かしら」

 智子はそう言って実技室を離れてしまった。

ピアノ用の椅子に腰かけた美穂は、実体化したライダーに語り掛けた。

「私って、こうやってすぐに大事なことを忘れる。復讐を知り、すぐに残り時間の事も知って、お兄様は間違いなく琥珀ねぇ様のために命を燃やしつくす、でも、わたしはそんなこと望んでいない!あの二人には幸せになってほしい。そう望んだのに私は自分の研究に夢中になって、そして兄の命を救ってくれた式陣と彼女、そして兄さまを恨んだ。私は馬鹿やろうだ」

 ライダーの胸に顔をうずめながら、必死に泣き声を抑えた。

 

 

 気分転換に来た洸に斎藤美琴は激しく詰問し、逆に落ち着きすぎているセイバーに対しては何も聞かなかった。

 ここは斎藤家の道場。

 激しい剣さばきに洸はたじろぎ、美琴にあっさり一本を取られてしまった。

「出直してきなさい!あと十人あたれば、余計なことを考えずに済むでしょ!」

 洸はそれをよく理解してか、彼女の言葉通り斎藤家の門下生に当たっていった。

 とうの美琴は無理をしたのか、セイバーの隣に座って面を外した。

「美琴さん、どうぞ」

「ありがとう!」

 セイバーの入れた水を一気に飲み干した。

「かぁーっ!落ち着く」

「よかった」

 無理に作ったであろう笑顔をみて、美琴は漫勉の笑みを返した。

「二人とも、今日は荒れているわね。市谷さんのあたりなんか気迫だけであいつらを吹き飛ばしてたもの」

「私も修行が足りませんね」

 そう、狂った太刀筋を自らに正そうと気を張ったが、結局は空回りもいいところで感情は乗らずとも、剣に抑えが効かず無駄な一撃を丁寧に加えてしまう。

(歳にぃによく叱られたな)

「あのバカは考え出すと、何でもやるから、とにかくあいつにはシンプルであってほしいの、余計なことを考えず正しいと思った道をまっすぐに」

「そういえば、美琴さんはどうして洸さんと友達に?」

「聞きたい?」

「ぜひ」

 洸が三人目に対し、肩で息する姿を見て気合を入れろと叫んだ。

「あれは…二年前の秋だったかな…」

 

 私はあの頃、父のような警官を目指していた。祖父もそうだったし、特に刑事になりたかった。

 ただの婦警なんて願い下げだった。

 私は自分の正義感をめいいっぱい振りかざして、近所で起きた強盗を捉まえたり、疑心暗鬼の夫婦のために証拠を集めて和解させたり、殺人の犯人を言い当てたり、とにかく何でも刑事になれることを証明しようと駆けまわってた。周りの目は冷たく、早く嫁に行ってしまえば旦那や姑によく躾けてもらえるって、言われたこともよくあった。私は何も考えてなかった。

 そんな日々の中、不忍池のほとりで死んだ人間が歩いているという怪事を耳にして、張り込みをしたのよ。

 夜中、ある時間になると清水坂途中の弁天堂に降りる階段からよなよな死者が生前の姿で自宅へ向かい、一家が失踪した。私は生きている家族も死者のように生気のない顔でふたたび池に戻り、そして水底に沈んでいくのを見た。

 もちろん誰にも言わなかった。

 信じられなかったから余計に言えない。私は最初見たものを信じられなかった。

でもね、たしかにその家に人がいなくなって、一週間前から人のいない家が御徒町、根岸に二軒現れた。

誰かが意図的にそうしているに違いない。

 西洋から活動写真とかおかしなものが入ってくるから、その一つに違いないと思ったのよ。

 私は再び張り込み、歩く死者を捉まえて縄を縛ったのよ。でも、念仏の声に鐘の音、私の体を縛られたように不自由になり、階段を上る羽のような肉塊を背負った醜い僧が私に罠を張っていた。

 その死者とともに、夜闇を歩きそして死者の一家を連れて再び池に着いたとき、私は殺されることに気が付いた。

僧はかすれる声で唱えれば極楽浄土へ行ける、そういっていたけれど私には願い下げだった。

 そしてその僧の頭を小石が叩いた。

 鐘と念仏が収まった途端に腰に差してた合口で腕を刺して正気に戻った。だが、僧は私にとびかかって胸元を無理やり開かせて、乳房を噛みやがった。

 私は全身から力を奪われる感触に力を失い、そして気を失った。

 そして気づいたとき、洸がいて私を不思議な力で治してくれたのよ。あの僧は洸によって倒されて、不忍の水底に消えたそうよ。

 そして開口一番、馬鹿野郎と言われて頬をパチリと叩かれた。

「お前は死ぬところだったんだぞ、その意味が分かっているのかこの探偵気取りがってね。私は洸の魔力っていうのを流し込んでもらって、こうして生き永らえたのよ」

「!」

 セイバーの反応を美琴は見逃さなかった。

「大丈夫、あいつからは他言無用にってきつく言われているから、それに命の恩人には今もこうやって大事にしてもらっている」

「え、ええ」

「あいつだったらって思ってたけど、琥珀ちゃんの人柄知っちゃうと、私はダメだなってね。あなたたちが今どんな状況にあるかは知らない。でも、最後には必ず希望は残っている。あきらめないで」

 洸が十人抜きを終えると、手ぬぐいを巻きなおした。

「洸はこれから私と一本勝負!他は小休止しなさい!」

 洸はため息を吐きつつ、肩を落とさなかった。

 彼の正面に立った美琴はいつになく真剣であった。

 セイバーが審判に入り、始まりの号令を発した。

 二人の気合がぶつかり、洸の温まった体は美琴が籠手を動かした瞬間を逃がさず、竹刀の切っ先が絡みつきをまっすぐ解き、突きがくる寸前に美琴の天頂を叩いた。

「一本!」

 セイバーは洸に軍配を振った。

 

 

 

 

 

 



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第十話 月島(二)

 

 

五月二十六日 夕刻前

 

 電車に体を揺られながら、包みと刀袋を離さぬままセイバーは外を眺めていた。

(もう、訳を聞かせてくれんか?)

彼女が行きたい場所があると言い、黙ってそこへ向かっているが彼女の行動をある程度、予想はついていた。

(なんとなく、です)

「本当にわからないのか」

「あるかどうかは着けばわかるので」

「ある?」

 帝都は広がり続けている。あらゆるものを犠牲にしてでも人々は生活の糧を得んと街は変わる。ある人からは帝都は輝いて見えるかもしれない。

 だからこそセイバーのもの悲しげな目が、帝都の暗さそのもののように感じた。

これから向かう場所にそれがある。

「この町は未練の塊みたいな場所だ。結局、何か昔のものを残してしまう、そんな町だ」

「誰もかれもが、面影を探す町」

 浅草の停車場から、浅草寺の裏を抜けて穢多村があったらしい東浅草へと来ていた。昌福寺という寺の墓標を一つ一つ見ながら、日の傾きに赤く照らされた墓標が現れた。

 戒名は『賢光院仁誉明道居士』、その脇に『沖田宗次郎』の名が彫り込まれている。慶応四年に亡くなった墓の主は、約五十年もの時間を越えて自分の墓に対していた。

「そうか、これは」

「そうです、私は近くにあった医師の良順先生宅で死にました」

 慶応四年五月三十日、会津藩付き新選組一番組組長の沖田総司は世話になった人たちと、松本良順先生に見守られながらその闘病生活を終えた。彼はひたすら抗い続けた、しかし結果は全てその反証に過ぎなかった。

「またどうして死に向き合おうと」

「この街は私が錯視するほどに変化を遂げていた。でも街に残された過去の記憶が、私に記憶の断片を起こさせる。私はサーヴァントとして転生しただけ、今は今でしかない。それでも、私の心の底にある二十数年の重なりが、人間としての自分に未だ未練を残している。奇跡はすべからく残酷です」

「その奇跡が俺を救ったんだ」

「でも、あの男は私と同じ望みをもってこの時代に召喚された。そう感じます」

「望み、君が召喚に応じた理由か」

「私はこう願ったんです。今の時代をなかったことにしたい。あの頃に戻って、栄光を取り戻したい。それだけなんです」

 セイバーのすがるような目が、洸の瞳を深く覗き込んだ。彼女自身がどうすべきか彼に尋ねた。

「私はあなたたち家族を好いた、それがこうして私の愛してきた者たちとの時間を求める私への否定になる。私はもう死んだ身なのだから、過去にすがればいい、過去だけに居ればいい、そう思いたいのに、あなたや家族が私に新しいものを与えてくれる。あなたがたは私をどれだけ苦しめれば気が済むのですか!今の現実に生きているあなたが私に何を与えてくれるのですか!」

「ここが、君が望んだ場所ではないかもしれない。でも、今の場所で選ぶこともできる。君には選択する権利がある」

「では、あなたは私にどうあれと?教えてください!」

 洸は何も返さなかった。

 

 帰りの遅くなった二人に対して、琥珀は何事もなかったように夕食を用意し、バーサーカーも美穂も二人に対して深く言葉をかけることはなかった。

 美穂は終始、暗い面持ちで取り繕ったような返事をするぐらいであった。

 洗った皿を手拭いで拭きながら、洸にちらりと視線を向けてから食器棚に茶碗を戻した。そしてセイバー用の茶碗を見つめた。

「どうしたのですか、ぼぅとして」

「いや、なんとなく」

 彼のこうした勝手は琥珀には慣れっこであった。

「二人ともやけに静かで、黙々と食事をされていたら気にもなりますよ」

「琥珀には敵わないな」

 それはこちらもです。琥珀は嬉しそうに小さく笑った。

「セイバーは俺が今の生活を守りたい。それを手助けすると承諾してくれた。そう言ったな」

「ええ、私のためでもあるって」

「でもな、あいつは自分の墓に向き合ったんだ。過去の自分と今の自分、異なる願いを持った自分がいることに」

「お墓…セイバーさんの」

「そう、約四十年前に浅草のあたりで病死したそうだ」

「そうだったのですか、でもなぜ私にそれを」

「琥珀なら大丈夫、そう思ったのさ」

 セイバーの茶碗は洸の母のもので、桜花の文様が書き込まれている。

「女同士で話してほしいのでしょ、男じゃわからないこともわかるから、でもダメですよ」

「え」

「私はセイバーさんの事、好きですよ。まるで妹ができたみたいで、でもあの子はサーヴァント、あなたがマスターなのです。あの子の過去に真剣に向き合ってあげられるのは、洸さん、あなただけです」

「君は甘えさせてくれないな」

「いじわるでしょ?」

「でもありがとうな、行ってくる」

 棚の戸を静かに閉じ、廊下を歩く洸の背中が大きく見えた。琥珀は微笑した。

(だから、あなたの純粋さを愛せるのです)

 裏戸から聞こえる蛙の鳴き声が夕闇に低く轟く。

 

「また梅雨を越えれば、暑い季節だ」

「盆の盃をささげるのはもう十分です。あの頃からずっと、ここも私の歩んできた道の先にあった。不思議なものです」

「どうして今日、話してくれたんだ」

「あなたにも知ってほしかったのです。戦う人間の行く先というものを」

「行く先か、怖いな。昨晩も考える暇もなく、今日こうしてお前さんと向き合った。まだ整理がついてない。それでもだ、それでも俺は俺の家族を守るために君の力を借りたい。君が愛してくれた俺たちを、だ」

 縁側に腰かけた二人は空を登る月を眺めながら、今という時間を共に過ごしていた。

「では、私の愛したこの家族をあなたは、守り通してくれますか?」

「…約束しよう」

「ふふ、あなたと琥珀さんの子が育つまで生きていたい。今ならそう願うでしょうね」

「それだと長くなるかもしれんぞ、俺はせっかちだからな」

「いいですよ、私はどうなってもあなたたちを見守る」

「わかった、君の言葉に従おう」

「はい、サーヴァント・セイバー、微力ながら榊原洸に力をお貸ししましょう」

「ありがとう」

 セイバーは下駄を履き、庭先に出ると刀を腰に差して鯉口を切った。先ほどとは違う、意思の乗った美しい形を洸に見せた。彼女の迷いは完全に断ち切れていた。

「セイバー、頼みがある」

 玄関先からバーサーカーは二振りの木刀を手にセイバーの前に立った。

「どうしたのですか、稽古でも」

「そうだ、俺はあの人に助けられた。でも、おれはあの人を乗り越えなければならない。それが俺の廻り続ける理由だ。それを叶えたい、だからこそ、少しでも剣技を高めたい」

「なるほど、分かりました。私で良いのなら」

「頼む」

 刀を納め、洸の隣に刀を置くと木刀を手にしてバーサーカーと向き合った。

「なるほど、バーサーカーもうちの子か」

 

 

 



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第十一話 遠坂邸(一)

五月二十七日

 

 

 帝都の遠坂邸はその外見上、庭付きの邸宅としては貴族のそれを過ぎていた。周辺住民はそれが遠坂のものだとは知らない。それどころか、存在を思い出すことさえも困難である。ただし、その結界を抜ける力を持つものであれば簡単である。

 ホルストは本郷の廻りを二、三廻りしたが結局は智子の指定した喫茶店に来ていた。

「しかし、やはり遠坂と言うべきか、あれは約五重の結界に囲まれている。そう硬いものではない。でもあれは迷宮だ」

「寝起きがわるかっだだろう?クマが浮いてたからのぅ。それで集中力でも欠けとったんじゃ、コーヒーを飲んで目を覚ませ」

「そうだな、はしゃぎすぎたらしい」

 コーヒーを一口飲みつつ、入り口からやってくる二人に気が付いた。

「待たせたか」

「いや、まだ智子は来ていない。待ち時間としては早すぎるくらいだろう。さ、座ってくれ」

 話は昨晩、ルーラーから遠坂邸に敵が攻め込んでくるという情報が入った。どういうわけか協力関係のマスターが迎撃を提唱した。その自信は間違いなくホルストの反旗、上野突発戦での二体を除いた人造英霊の脆弱さである。要注意の雪山、アンジェリカは協力して迎撃すれば安易であるとはっきりした。

「こうして話をするには夜中の学校以来かな、俺はアインツベルンの代表だ」

「じゃあ上野での一件は」

「信頼したんだ、あのアンジェリカはアーサー王の真正に近い人造英霊だそうじゃないか?ルーラーとバーサーカーの俊敏さを信じてね」

「そうだろう。ところでうちのセイバーが遭遇したのはアサシンで間違いないのか?真名は分かっている」

「ああ、アサシンだ。向こう側にいた時に召喚を見届けているから間違いない」

「真名は岡田以蔵。約五十年前の内戦前夜の日本で暗殺者として名を上げた男だ。剣は無頼そのもの、初見で太刀筋を読む尊王派の犬」

「なるほど、セイバーは同じ時代を生きた人間か」

「否定はしません」

「すまない、アーチャーのように大声で自分の名を名乗るのは得策ではないからな」

「ぬかせ!ワシはその存在を誇示すればするほど宝具の絶対性を持つ、真実へ近づくほどにな、それはどのサーヴァントでもそうであるはずだ宗次郎よ」

「つけてたな」

「二人で悠々と墓参りをすればそうなろう、聖杯戦争に絶対の協調はない」

「アーチャー、喋りすぎだ」

「ふん、何を言うか」

 アーチャーはセイバーを見て笑っていたが、目は笑っていなかった。

「この際言ってしまおう。お前は自分の宝具を真に理解できているのか?できておらんだろう!あの魔術にも似た剣技が本当に宝具と思ったら大間違い!だが、ワシに協力すれば、明日にも宝具を全力で使えようよ」

「それはあなたが見たいだけだ。私はあなたの道楽には付き合わない」

「道楽か!カカカ!ぬかしおるわセイバー、いや違うかな?」

「何を言っているの」

「二人ともそこまで、ここからはマスター二人の話だ。しばらくは静かにしてくれ」

 ホルストは術書を取り出し、洸へと渡した。

「これは」

「アクエン・アテン博士の回路定義書だ。魔術回路は人体そのもの、回路の摘出は死を意味し、回路の湾曲は寿命の時間をも指し示す。かつて博士に習ったことだ」

「俺の恩人の本」

「そうだ、君の治療の時、不思議と懐かしさを感じてな、それが君の回路が博士のそれを完全複製したものだと、呪物の摘出時に分かったからだ。そして」

「ああ、君の思っている通りだ」

「やはり気づいていたか」

「この回路の記憶部が少しずつだが解放されて行っている。後は感でわかる」

 ホルストは冷めたコーヒーを口にした。

「もう降りるといい、この聖杯戦争は間違いなく君に死をもたらす。僕は僕の目的のために動いているが、アテン博士への恩義は忘れていない。博士の思いを不意にはしたくない」

「ダメだ、もうダメなんだよ」

「ふむ、そうか。ところで僕は数年前まで戦場にいたんだ、フランスの戦線で長く。そこで分かったことがある。君のような良心ある者から先に消えていく、運命はすべからく残酷だ」

「ありがとう、これで心置きなく…」

「良き友に祝福があらんことを」

 サーヴァントは内容を察し、そしてセイバーは自身の考えをひたすらに否定した。

 やがて智子が迎えに来て喫茶店を出た。

 

 

 

 

 

 

「話は以上だ」

 そうホルストは話を切った。

 遠坂邸、西の一室。ここに遠坂智子、ホルスト・フォン・アインツベルン、榊原洸、古田琥珀、クメンティーナ・榊原・ウィルキンス(榊原美穂)と各々のサーヴァント、そしてルーラーが座していた。

「報復兵器なんて馬鹿な真似をするわね。でもこれで私の要求がはっきりした」

 ルーラーは席を立ち、話を続けた。

「私は皆様方にジャヴェルの生成した聖杯を破壊して頂きたい。そのためにはジャヴェルらの生死は問いません。しかし、協力したあなた方に公平に分け前を用意する必要があります」

「いいや、結構だ。普通に聖杯戦争をさせてほしい」

「構いませんが、ホルスト氏の意見に皆さんは?」

 初めに琥珀が口を開く。

「間桐に意義はありません」

 続いて智子。

「遠坂も同意見です。ジャヴェルの排除が目下の急務」

 そして美穂。

「時計塔は聖杯戦争が再開できるか疑問でありますが、ジャヴェルのせん滅には同意いたします」

 洸の答えも一貫していた。

「聖杯戦争には参加しない。しかし、ジャヴェルの打倒については協力する」

 ルーラーはその答えに頷いた。

「榊原洸、あなたの意思はよく理解しています。しかし、クレメンティーナ・榊原・ウィルキンス。なぜ聖杯戦争を放棄するのですか」

「理由は簡単です。そもそも聖杯戦争は冬木の地で行われるべきであり、この霊脈の変化し続ける東京市での開戦は聖杯の魔力を減じせしめる可能性がある。それどころかこの街に重大な損壊を生じかねない。遠坂はそれを留意すべき立場にあるはず」

「なるほど、だが聖杯戦争がこの地で行われるとは限らないでしょ?時計塔は時期尚早ね」

「…そうですか、しかし私は聖杯戦争に反対です」

 美穂は不満げに席についた。

「よいでしょう、洸さんとクレメンティーナさんは私の責務をもって、協力者への見返りとして聖杯戦争からの脱退を許可します。そして残りの方々にはお約束通りに聖杯戦争の続行を約束します」

「いいでしょう」

「かまわない」

「よいかと」

「反論はありません」

「異論はないよ、ルーラー」

 ルーラーは各々の顔を見て再び頷いた。

「ルーラー一つ聞きたい。いいかな」

「榊原さん、どうぞ」

「聖杯は異層虚空に魔力を納める空間を持つ、しかし魔力は固有のもの、それが連結し融合するほどその有する魔力値は膨大なものになる。ジャヴェルは本当に一個の聖杯にこだわっているのか?本当はもう一つ用意しているのではないのか」

 ルーラーが小さく笑った。

「もしそうなら、もう一個の聖杯は何のために」

「まだ推測の域だが、彼の協力者への見返り、現状に導いた者の仕業」

「そこまでです。そういったことはジャヴェルの聖杯生成とは関係ありません。あと、セイバーさんそちらは?」

庭先に目を向けていたセイバーは洸へとうなずいた。

そして智子の目も厳しくなった。

「お客様のおいでよ」

 セイバーはサーヴァントたちに目配せをし、洸に決められた配置に向かう旨を耳打ちした。

「頼んだ!」

 セイバーは窓を開け、二階から一階に飛び降りて暗闇の中に消えていった。

 

 そしてアーチャーは軍服姿に戻り、モーゼルミリタリーを窓の外に向けて撃ちはなった。その一発を空中の黒い影が打ち消した。その影は紋日服に手袋には複雑な式陣が何重にも書き込まれている。

「やはり、神父からマスターを鞍替えしたようじゃのう…キャスター、いや果心居士」

 その若々しい顔にはありえない深い皺が笑みとともに現れた。

「やはり御屋形様は騙せなんだか、だが今の私にとって大事なことは、この邸宅を人造英霊の戦場に変えることです。西洋かぶれの遠坂の決壊なぞ、わたくしには蚊ほどにも痛くありません」

 

 正門が破壊され、庭先に数人の影が入ってきた。

 

「おもしろい、お前は逃がさんぞ。たっぷりと料理してやる」

「ありがたき幸せ…」

 ホルストから投げられた手りゅう弾が煙幕を吐きながらさく裂した。しかし、アーチャーは決してその場を離れることはなく、宙を浮くキャスターを見つめていた。

「撃ッ!」

 キャスターは四方からの銃弾を結界ではじきつつ、大笑いの末に口から大煙を放ってアーチャーの体を纏った。

「死ぬのはあなたですよ。紫雲蝕肉」

 キャスターは両手で握るように煙を操り、そして完全に煙の渦に閉じ込められた。

「神通力によって操られた呪詛の塊があなたを溶かしつくす。さようなら織田信長」

「ぬかせ!」

 マントによって弾かれた煙の中から長大な銃が姿を現した。

「ほう、マントに小細工。いつまで持ちますか!?」

 巨大なマズルブラストと共に弾丸がキャスターの結界を貫通、左腕を食い破った。

「なっなんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォ!?」

「どうした?鉄砲が効かないのだろう?こいつはタンクという鉄車を破壊するための巨大な銃。対戦車小銃M1918だ。しかしお前の結界は金属体を回避する力を持っている。だからこそ、金属でなくしたのだ」

 腕に残った破片を見てキャスターは驚愕した。

「これはゴム!弾頭を魔術縫合でゴムコーティングし、結界の初期認識を阻害したのか、なら品目を追加すれば良いことだ!」

「本当にそれだけかな」

 キャスターの腕を黒く波打つものが侵食していく、それは洸に打ち込んだ禁制の呪術であった。

「まさか、ここまで読んでいたのか」

 アーチャーは大笑いしながらその長い髪を四方に広げた。闇に蠢く瞳さえも笑っている気さえする。

キャスターは息を呑んだ。

「ワシはあの小娘の時代と違って、たかだか文献上の人間であろう。だが!貴様にとってはつかず離れずの生き地獄そのもの!さぁ来い、お前も焼かんか?おのが身を…」

「貴様はこの私には勝てない!」

「さぁ!」

 彼の見ている空間は突如として業火の中にあった。

手に降りかかる火の粉を除けようとすればするほどに体が焼き燃えていく。

「なんだ!なんだここは!」

「懐かしかろう?人の油で燃える天守、どんな無常の中でも命は輝き燃え盛る。ワシは五体を炎のうちに焼き尽くされた。これはそのささやかな再現だ」

 青い炎がことごとく全身の魔術陣を焼き払っていく、やはりこれは幻覚ではない。

「消せばよかろう?熱かろう」

「そうかっ!この炎は神秘の輝きを持つものだけを燃やす、そして神術をことごとく体に刻み込んだ俺の体は体全ての神秘が消えるまで!いやだぁぁぁぁ!」

「これがワシの宝具…第六天魔王破却だ!」

 もだえるキャスターを見るアーチャーはすでに人ではなく、消し炭そのものであった。

 

 



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第十二話 遠坂邸(二)

 轟音と共に弾け飛んだ裏門から、上半身が膨らんだ異様な大男が姿を現した。一文字の白刃が夜闇を縫うように彼の前にセイバーの気配をみせる。

「ワ、我は、バーサーカーなり、お前が、セイバー、殺す」

 セイバーは大男の大剣を見とめつつ、やや下がり気味に間合いを取った。

「ぐっおおおおお」

 雄たけびと共に飛んできた体を紙一重で避けつつ、刃を腕の神経に撫で置いた。そしてハバキを支点に彼の力を利用しながら回り込んだ。

「俺、偽のサーヴァント、バーサーカーの失敗作、だから死ぬ、お前を殺して、俺、死ぬ」

「ほぅ?謙虚な、あなたほどのバーサーカーは古今東西にもありませなんだ。でも、所詮は偽物、もうどうしたって英雄にも、バーサーカーにもなれない」

「貴様っ!」

 力任せに振られたいい加減な剣をセイバーは懐に入ることであっさりと回避し、首に刃を入れるとゆっくりと喉から頸動脈を斬り捨て男の肩に乗った。

「ほら、倒れろ」

 胴が地へ伏すと、ピクリとも動くことなく息が絶えた。草鞋越しに息がないことを確認するなか、後方に立つ人影に気が付いた。

「あなたが、セイバーですか」

 そこにはセーラーにベルトの女学生に扮したアンジェリカが立っていた。眼鏡の奥に輝く翡翠の輝きがじっとセイバーに向けられていた。

 その手には見えこそしないが得物の気配がある。

「一度こうして貴方と話がしてみたかった」

「ほぅ、死に土産にか?」

「それも一興、というものでしょう」

 セイバーの月に見せかけた袈裟懸けが空振りし、得物を把握すべく胴を飛びこませつつ。離れるタイミングを奪う、そうして鍔迫り合いに入る。

 互いに真剣であればあるほど、セイバーはアンジェリカが偽物であることを信じなくなった。

「なるほど、バーサーカーが気を揉むわけだ」

 セイバーは自然と鍔迫り合いから剣を下した。

「どうしましたか?私は敵ですよ」

「そういうことにしましょうアンジェリカ。貴女の剣は嘘が苦手のようですから」

 セイバーは近間でありながら当たり前のように納刀を済ませてしまった。

「あなたのような方とは何度も手合わせしましたが、セイバーさんは違うようですね。まるで自身と戦っているような感触です」

「私もです。でも、あなたは私よりも長い時を多く積み上げている。今だからようやく理解できます」

「なんでしょうか、まるで旧友にあったような…セイバーさん、どうか私に何もお尋ねにならないでください。あなたのマスターとあなた自身のためにも」

「セイバーさん!」

 ルーラーが硬い表情で二人に視線を送った。

「心配にはおよばない、私は本当に何も知りません。でも、技は嘘をつきませんから、そのことをお忘れなく」

 セイバーは黙ってルーラーの脇を抜けて再び闇の中に消えた。

「ルーラー、信頼されていないらしいな」

 ため息をつきながら、第七聖典を持つ手を緩めた。

「仕方ありませんよ、あってはならない聖杯戦争のあってはならないサーヴァントですから、よくお判りでしょう?セイバーさん」

 アンジェリカは答えなかった。

 

 

 

逃走用の地下坑道を抜けると、四人のマスターと一体のサーヴァントが古めかしい寮に出た。

「ここ、帝大生の多い秋房寮じゃないですか」

「仕方ないのよ、ここは父上が寄付の名目で作った潜伏施設。建ててからかれこれ五十年で一度も使わず。今回久しぶりに開放したのよ」

「キャスターなら追えるんじゃないのか」

「いや、心配はいらないよ洸君。彼ならもうアーチャーが殺した」

 先ほどまで会談が行われていた部屋はきれいなままだが、床には黒く煙立つ人影があった。

「殺…せ、こ…ろして…くれ…!」

 キャスターは全身の魔力を焼き尽くされ、黒焦げのまま部屋に残されていた。やがて肉体は灰となり、霧の中に姿を消した。

 キャスターこと果心居士は、こうして正規サーヴァント最初の脱落者となった。

 廊下を進むと部屋から出てきた瓶底メガネの青年と出くわした。

「おや、榊原氏ではないか、帝劇での定期公演以来だね」

 男は肩をたたきながら笑った。どうもすでに酔いが回っているらしい。

「後藤田さんか!久しいな!」

「そうだ、私が後藤田だ。それでぞろぞろとどうしたものだね?」

「あ、これは、」

 一同に目をやりながら何かを思いついて後藤田に向き直った。

「酒!君は酒屋の出身だろう!いい酒をもっていると思ってね!ここにドイツの友人がいるからいい話が聞けるだろう」

「そいつはいい!さぁ上がってくれろ!」

 一同は安堵のため息をついた。

 

 

 

数十人の武者集団が前衛の槍兵・騎兵を全滅させ残骸となった土くれを荒くれ共がさらに踏み慣らす。

彼らはランサーの宝具『悪党報身』により召喚された精鋭たち、一騎もかけることなく悪党たちの前進が雪山の軍を切り崩していく。

「大将!どうぞ前へ」

「ああ!古代の大英雄に我らの本領を見せつけよ!」

 彼らは横暴にして義理堅く、しかして戦いは信念を貫く非道。そして悪党を従える古今随一の将、そう彼こそが不退転の忠臣にして鬼才。

「我は楠木左衛門尉正成だ。始皇帝よ、相手を仕る」

 ランサーの目配せで側面の騎兵が敵騎兵を蹂躙、そのまま土の体を砕きつつ、雪山を背に後方が荒らされる。

「セッツざぁぁぁぁぁん!加勢するぞ!」

 そう叫びながら戦車に乗った偽物のライダーが悪党軍団側面に向かって突っ込んできた。

「ふん、贋物の助けなどいらぬ」

 その偽ライダーの前にバーサーカーが風の中から現れて、石畳を砕きぶつけた。

 ひるんだ馬足を飛び込んできたバーサーカーが叩き斬り、左の馬の首を斬り落とし、つづけて右側の馬の腹を斬りさばいた。

 瞬間、飛び出る血しぶきの中で戦車は真っ逆さまに庭先を転がった。

「なんだ…なんだ…!なんだぁぁぁぁぁ!」

 起き上がった偽ライダーは矛を持ち、バーサーカーへ突っ込んできた。

「ライダーから馬を奪うなんて卑怯だぞォ!許さんぞぉ」

 血糊にまみれたスクラマサクスのルーン文字が浮かび上がる。

「我、神栄なるユーサーペンドラゴンの血統に従うもの也―――――」

 黄金と青翠の龍が偽ライダーの首と腹を食い破られ、その風に巻き込まれて肉体が消し飛んだ。

「――――受け継がれし紋章の剣【スクラマサクス】――――――」

 戦車だけが馬と共に地を這っていた。

「バーサーカー、ここは私の戦場だ。邪魔をしないでもらいたいな」

「ああ、負けたら笑ってやるよ」

 そう言い残して姿を消した。

 ランサーと雪山の軍団は対峙しながら、バーサーカーの戦いぶりに感心していた。

「君のお嬢さんの戦略はうまくいっているかな」

「ああ、正規のサーヴァントが一体。偽物が二体。そしてマスターたちを追跡したものも潰される。そして始皇帝、あなたもだ」

「ええ、わたくしとしては朗報と受け取れる内容ですね。ありがたいことです」

 雪山は袖を右に振ると、彼の乗る輿の傍についていた将が青龍刀を手に立ち上がった。

「よかろう、お前たち突撃隊形のまま待機」

「大将、薙刀を」

「よし」

 相手からの近間である一歩手前に立ち、それぞれ陣前に立ったのもつかの間、重量に似合わぬ一突きが受け身のランサーをすり抜ける。その身が崩れたが最後と言わんばかりに、切っ先が首に走る。

 だが瞬時に踏み込んだ足で一閃を飛び越え、右脇に重心を移して左腕ごと青龍刀を斬り上げた、そして大きく重心を整え、刃を振った。

 飛んできた首が雪山の足元に転がった。

「あっはっははははは、あははは!よかろうランサー、お前に我が城塞宝具を見せてしんぜよう!」

 腰の長大な剣を大地に突きつけると、黄金の空間が悪党の軍団を包み込んだ。

「我が栄華を誇る中夏の大地よ!四方を我がもとに束ね、絶対なる権威の輝きを示せ!安房宮!」

 ランサーたちの周囲は余りにも広大な、あまりに巨大な宮殿、そして極彩色を帯びた土兵たちが包んでいた。そして雪山の存在に恐怖した。彼は間違いなく真正のサーヴァントであり、アジアを作り出した生きる伝説そのものであることに気が付いたのだ。

 そして、それはもはや勝利の見込みもなくなったことも示していた。

「優れた将兵は、相応の出迎えをせねばならん。守備隊、総攻撃せよ」

 弓という弓から放たれる矢雨、槍という槍から繰り返される突き、かつて血に塗られた宮殿はなおも血を欲するように悪党たちの血の海が広がる。しかし、雪山こと始皇帝の彼からすれば生ぬるかった。

「だが始皇帝、わが忠義が必ずや貴様たちに一矢報いることであろう。わが宝具は死をもって事を成就する。そのことを忘れるな…!」

 ランサーの体は矢にまみれ、槍によって内臓が引き出されているが、彼の芯をもった瞳は始皇帝をまっすぐ捉え続けていた。

「見事なり、日本国は名将の意地を見せてもらった。逝け」

安房宮と共に悪党たちの亡骸は消えていき、空間がもとに戻るころにはランサーの姿はどこにもなかった。

(私めの力及ばず、しかし忠は尽くします)

 サーヴァント・ランサー、脱落。

 

 

寮の外に出たライダー目に月を背にする灰色のシャリアがライダーを見つけてほほ笑んだ。

「君一人かい?私はセイバーと戦いたいのだけどね」

「カカカ、おあいにく様じゃがワシ一人じゃ!」

 地に降りたシャリアは如意棒を振り回しつつ、ライダーの間合いに近づいた。

「それぇ」

 如意棒が五尺に伸びた瞬間、その一撃はあっさりと彼の天頂をたたき伏せた。

「あれ、軽いなぁ」

 シャリアは顔を上げたライダーを蹴り上げた。

 ふたたび起き上がれば背首を殴りつけて地面を舐めさせた。

「なにこれ」

 如意棒を振り上げ、関節を重点的に叩き殴り、再び頭部を殴りつけた。

「カッカッカッ!いい打撃じゃ!」

 軽すぎる、態度も、表情も、感触も軽すぎる。

 すでに一撃目で死んでもおかしくない一撃を加えた。

「しかし、お前に構っている暇はない」

 腰に佩いた刀を抜きはらい、シャリアの両腕を叩き切った。あまりにもあっさりと状況が逆転し、彼女は眼を泳がせながら絶句した。

 物陰から姿を現した美穂はライダーの召喚した馬に乗り、本郷への道に目を向けた。

「美穂さん」

「いち…セイバーさん」

「教会に向かわれるのですね。どうぞお気を付けて」

「心配するなセイバー!ワシが美穂を守り抜くからそのようにな」

「ええ、お願いします」

「さぁて、はっ!」

 縄を打ち、馬は坂道を遠く登っていった。

 セイバーは館を離れて、潜伏地に敵がいないかを確認しに来たが周囲には先ほどのシャリア以外の敵は見つかっていない。

 自身を睨み上げるシャリアに視線を移した。

「逃げればよかろう」

「ど、ドイツ人は逃げない。たとえ体を忌むべき土地の英霊に支配されても、精神は決して死ぬことはない。だからこそ…だからこそ貴様を殺す」

「哀れだな、所詮はまがいものか」

「…くっ、憐れむなら殺せ、殺せよ!」

 セイバーはその言葉通り、シャリアを袈裟斬りすると、シャリアは血を流して倒れこみ、彼女の体から白い煙が抜け出ていった。

(マスター、以上はありません)

 セイバーは周囲の気配に気を配りつつ、霊体化して姿を眩ました。

 

 

 



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第十三話 本郷(一)

 

五月二十八日 零時

 

 

 

 空を覆っていた雲は晴れ、梅雨にもかかわらず美しい月夜である。馬は坂道を登りきると、そこにはリーゼル率いる魔術師五名が勢ぞろいしていた。

「皆さん!お待たせしました」

「ああ、ご苦労様。香港支局の応援もこうして来てくれた、これで奴を破壊できる」

「はい!この世にあってはならぬモノを消すために、そしてもう一つの聖杯を手にするために」

「行こうか」

 二人が裏への道へ抜けたのを見送り、リーゼルたちは教会の表扉を開けた。

 そして足を踏み込むと、シスターが彼らの視界に入り込んだ。ヴェールの下に輝く金色の髪が月明かりに照らされその穏やかな表情を写しこんだ。

「今宵はまたいかがいたしましたか?」

 リーゼルは一歩前へ出た。

「単刀直入に申し上げよう。シスター・ミレー、あなたは聖杯戦争が始まるより以前から日本に居ついていた、なぜですかな」

「私は正式な監督官ですよ」

「既に聖堂教会に尋ね、あなたのような方は存在しないと返事がありましてね。そもそもあの阿部神父でさえ、教会を破門にされたアジアの魔術師。そもそも聖堂教会は今次聖杯戦争の存在を知らなかった。あとはもう流れのままですよ、十四番目の愛玩具【クスィー・へタイラ】よ」

「その名前は嫌いです。私はミレー・ボードヴィン。ただのシスターですよ。でも、日本に長く居るのは事実でございます」

 リーゼルが手を動かすと、細身の男がクスィーの周りに糸を張り巡らし、少しずつ彼女を縛り上げる。

 その瞬間、細男の目にダガーが突き刺さった。

「鍵!?」

 その瞬間、糸ごと男の両手指が切り裂かれ、胸を十字に切り裂いた。

「私は日本人の貧相で強情な血が舌によく合うのですよ」

 クスィーの目は黄金ではなく、真っ赤に輝いていた。

 返り血を舐めると、何を思ったか息絶えた男の首筋に食いつき、血を吸い上げた。

 その光景にリーゼルはたじろいだ。

「でも、魔術師はもっと濃くて好きですわ」

 飛び込んできたクスィーに気付く間もなく二人が鍵に斬りさばかれ、胸元や首の傷から息が流れでる。

「このジャヴェルの犬めが!」

「あの人たちは行き場のない正義。正義は正義とは相いれない。それはそれぞれが信じる正義に本物はないからですよ」

「勝手言って死ぬんじゃないか!」

 長いコートを纏う男は両手の斧を天に高く投擲すると、ひとりでにクスィーの頭部、両足を切り裂いた。

「さぁ我が自慢の精霊の斧の味はいかがか!」

 だが、一切の傷も血もなく、砕けた黒鍵を捨てて片方の斧を掴んだ。コートの男はクスィーに体が引かれた。

「一見すると一人で二動いて見える。でもさっきの細男のように見えない糸を張り巡らして、その軌道をコントロールしていますわね」

「見えるのか!?死線の流れが」

「死線?これは不可視化したピアノ線よ」

 その細身に似合わぬ力で強引にクスィーの袂に引き寄せられると、首が宙を舞い血が彼女に滴り落ちた。

 リーゼルは立ち尽くし、最後の応援の一人がしっぽ巻いて逃げ出してしまった。

「死だ…死をもって償え!吸血鬼もどき!」

「いらっしゃい!」

 リーゼルの拳に巻かれた詠唱文が青く輝き、彼の連打が黒鍵ごとクスィーの骨を砕いた。そのもの静かな男から発せられる気合と打撃にクスィーの笑顔が消えた。しかし、彼女はリーゼルの右手首を掴み捻じり切った。

「強引だ!」

 リーゼルは顔色一つ変えずクスィーの顔面と急所を叩き続けた。だが、その感触の違和感に汗がにじんだ。

「貴様っ!やはり人間ではないな!」

 クスィーは笑顔になり、リーゼルの首に三本の黒鍵を突き刺した。

「わかりましたね。さぁあなたも神の元へ」

「ふざけるな、我が純身破怪【ホープ・ソウル】は

魔術強化の剣、死なばもろともだ!」

 クスィーが首を切り離した途端、首のない体は身軽になったと言わんばかりに先ほどの日ではないラッシュが加えられる。

 だが彼女は笑いながら体ですべての打撃を受け止め、リーゼルの打撃が少しずつ鈍り始める。黒鍵を両手に持ち、まず両腕を斬りはなし、足をも突き裂いて胴に十文字の切り付けをした。

 流れ出る血の海で踊りまわり、そして月に向かい膝をつき両手を合わせた。

「この世にあるものの行き着く先は天国か地獄か、我が主に身を捧げ、私はわたくしの愛を成して、多くの者に死と免罪のご奉仕をしております。そして私はいかなる手をもっても、人となりて主のもとに向かいます。そして我が主よ、わが父よ、我が妹たちよ、どうか我と我が愛人に祝福を!」

 クスィーは涙に滲む月の輝きをいつまでも眺めていた。

 

 

 

美穂は教会の控え間に入り、床タイルが隠し扉になっていることに気が付いた。

「どうじゃ、マスター」

「地下に術式はないわ、むしろ術式を守るために封印しているような気配」

「引くか?」

「行こう。私のささやかな幸せのために」

 蓋を開け、暗い地下階段にランプの灯を差し入れた。やや深い場所で足をつくと、その強烈な腐臭に鼻を抑えた。

「これは残酷じゃのう」

 骨と皮だけになった人間が積み重なり、ランプの灯をかざすと僅かに残った体力で小さくうめき声を上げた。美穂は力が抜け、尻もちをついた。

「しっかりするんじゃ美穂!目的を果たせ!」

「う、うん」

 放置される人々の上を抜け、奥の小さな箱を置いた部屋にたどり着いた。

「すごい、この部屋が疑似的な魔術回路に覆われている。間違いないわ…聖杯を守り育てる卵よ」

「ワシは入り口を見ておる、取り出しの作業を…」

振り向いたライダーはその赤黒い影に胸を突かれた。

「なっ…何っ!」

 その影はライダーの胸から心臓を引きづり出した。あのシスター、クスィー・へタイラであった。

「英霊とて生身、絶対の存在はこの世にはない」

 臓器がはじけ、ライダーの体は床に伏してしまった。

「ライダー?」

 ようやくシスターの存在に気が付き、ランプを投げ出してしまう。その赤い微笑みに美穂はただ後ずさりするしかなかった。

「わかりますよ、私はあなたの義母の仇、もっとも忌むべき存在、幼き日の恐怖、真祖のクローン、最強の人形。わたしはずっとあなた方家族を見つめてきましたもの、この体に取り込んだあなたの母の血を通して」

 美穂のほほに彼女の手が触れた。

「ばらさないから、あなたは私の眷属にしてあげます」

 顎をあげて唇を奪った。一筋の涙が流れると、体は人形のように力を失い、体がクスィーに寄り掛かった。

「すべての痛みを快楽に変えるまじないをしたわ」

 左肩から吸われる感覚に全身の力が抜け落ちてしまう。体は動かず、家族の姿が駆け抜けていく、美穂は快感の中で自らの死を悟った。

「そこまでだっ!」

入り口から黄金の矢が駆け抜け、美穂の体を投げ捨てて飛び込んできた斬撃を避けた。ランプに僅かばかりに黄金の髪を持ったあのニューが立っていた。

「その子を返してもらうわ、妹よ」

「十番目の愛娘【ニュー・へタイラ】か、忌まわしい」

 ライダーは起き上がり、美穂へと手を伸ばした。

「さらばだ…我が…マスターよ…」

 美穂の体はひょうたんに変わって宙に光となって消し飛んだ。彼の体は灰となり、彼女らの前から消失した。

「ライダー…シナリオ通りに動いた!」

 皮だけの人間をニューに向かってぶん投げると、その視界に隠れて階段を素早く上がっていった。

「あら、ヨーヘン・パイパーじゃない」

 アドルフは気に食わぬ顔で上がってきたクスィーに銃口を向けた。しかし、彼よりも先にニューが両刀を振りかざしながらクスィーを庭先に追い立てた。

「アドルフ、美穂はライダーが家に飛ばした。すぐに追いつくから行って」

「ああ、必ず帰っておいで」

血の海となった庭先に躍り出たニューの手には、宝石の埋め込まれた太刀と短刀が握られていた。

「アドルフ…いえ、パイパー。あなたが用意してくださった刀の切れ味は常軌を逸していて好きよ」

「十番目が感づいてこうして時計塔の刺客を送り込んだがこれまで、ただの肉片になったわ」

「この人たちはただ聖杯が欲しかっただけ、あなたが時間をかけて得た魔力の塊が四日前になって突然に消えた。それが二つ目の生成に取り掛かっていたことに本国の講師陣は狂喜した。唯一、リーゼルだけがお前の存在を憂慮していた」

「聖杯があるよりも遥かに危険であると、まぁ吸血鬼の本当の恐ろしさを知るのは一握りの魔法使いだけ」

「ここで始祖の模造品をすべて破壊する。私も含めて」

 黒鍵を取り出した瞬間、太刀が遺体を弾き飛ばしてクスィーの懐に向かって何度も、何度も斬撃を加える。それはリーゼルの比ではない、吸血鬼独特の身体能力である。

「でも十番目は一番体が小さい」

 腕で顔を地に叩きつけ、右腕を足で踏みつけたが左手の太刀がクスィーの顎下から切っ先を滑り込ませ、柄を押し込んで体を仰け反らせた。そして半身を返し、  短刀を握る右こぶしで腹を殴り飛ばした。

 宙を舞ったクスィーから鍵が投げ飛ばされ、腕を地に打ち付けられたがその拳を刃で受け止め、しかし扉に向かって蹴り飛ばされた。

「さようなら十番目、美穂さんやパイパーによろしく」

 ニューはクスィーを睨みつけたが、何を思ったか暗闇の中に走った。

「くそ、時間が来てしまった。でもあの十四番目はそれを狙っていたなら、あの優男の復讐を十四番目が願っている」

 彼女の目が赤く輝き、懐のブランデーボトルから血のストックを飲んだ。

「趣味が悪い」

 月は少しずつ下がり始めていた。しかし、夜明けはまだ遠かった。

 



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第十四話 本郷(二)

 

五月二十八日 朝

 

 

 部屋から出てこない二人の事を案じ、こうして朝食の準備をするがバーサーカーは彼女を見透かすようにその様子を見ていた。

「よく手が付くものだ」

「昔からそうでしたから、幼い時に父を病気で失ってからずっと」

「そうだな。よくわかる」

 剣士の彼女の性格が、彼女自身の人生から来たものであり、自身の生きていた時代より遥かに矛盾した存在だと認識した。だが、そうだからと言ってマスターを尻目に家事などと、そう思ってしまった。

「セイバー」

「何ですか、バーサーカー」

「いや、何でもないんだ。つい色々考えちまってな」

「……」

 深夜、自宅に戻ってきて早々に満身創痍の美穂を見つけ、早朝まで洸と琥珀は彼女の治療に専念したが、意図的に魔術回路の位置を掻き毟られていた。

 それは魔術師ひいては人間の生命線そのものであり、かろうじて命を繋いでいるが目は見えず、体は自ら動かせず、僅かにではあるが口が利ける程度であった。

 そのことを二人から聞き出してはや三時間、アドルフの話とニューの帰りを挟み、二人は美穂の部屋から動かずひたすら看病を続けていた。

「強いのだなサーヴァントは」

「違う、慣れてんだよ。アドルフさんよ」

 紳士服のアドルフが台所の二人に頭を下げた。

「私もそういう口だ。しかし、非常にはなり切れんよ」

「ここに来る前、大方はあんたもこっちに飛ばされてきた口か」

「同属の匂いかな?」

「いや、あんたをこの時代に縛る魔術式がサーヴァントのとよく似通っている。細部は違うがな」

「どうやら君たちには嘘は通じないらしい。私は五十六年後の未来から召喚された、ヨーヘン・パイパーだ。未来では虐殺集団の精鋭と言われていた。ただし私は何ら能力を持たない、召喚実験の産物だ」

「最悪を見た口だな」

「君もだろう。反逆者モードレッド卿」

「ああ、久しぶりにその名を聞いたよ」

二人のから笑いが自分自身を嘲笑した。

 そこに立ったものにしか見えない景色なのだろう。

「私はこれから各方面に話をつけてくる。君たちのためだ、もう私の協力者はいなくなってしまったからね。その代わりなのだが、ニューを預かってくれんか、彼女は三分間だけしか力を使えない。その代償は丸一日の睡眠だ。もっとも魔法に近しい存在でもあるから美穂くんの役にも立つやもしれん」

「構いませんよ。美穂さんを救いに来てくださったのは貴方とニューさんです。それに報わせてください」

「ありがとう」

 アドルフが玄関の戸を閉めると二人は黙り込んだ。

 そこに顔を赤く、涙を流す琥珀がセイバーにすがりついた。

 あまりに突然だったが、セイバーは彼女の背中を優しく撫でた。

「また、あの人と喧嘩しちゃった。よくわかっているんだけどね、どうしてもあの人が何も話してくれないのに怒っちゃったの、私、もうやだよ」

 セイバーはちらりとバーサーカーに視線を移したが、黙って首を振った。

「大丈夫、男はそうやって家族を気遣っているつもりなんです。こうやって空回りすれば洸さんだって反省しますよ。ほら顔を上げてください」

「うん」

「あなたの信じるようにしなさい。私もついていてあげますから」

「もう少し泣いていい?」

「たんとお泣き、女は泣けるときに泣くのが大事よ」

 バーサーカーはセイバーの姿に何か懐かしいものを感じた。そして、彼女はもっとも剣士らしくない存在であると感じた。

 セイバーの腕はやさしく琥珀を包んでいた。

 

 

 

朝食を終え、縁側に座る洸の隣についた。

しばらくして真っ直ぐ洸の顔を覗き込む。彼の顔は既に覚悟を決めた表情だった。彼女のよく知る、死を覚悟した者の冷たい横顔だ。

「洸さん…まだ美穂さんは生きています。必ず助かる方法はあるはずです」

「あるだろう。だが時間がない」

 一転、情けなく俯く洸にセイバーは呆れた。

「何を仰っているのです!あなたともあろう魔術師が音を上げるのですか?美穂さんも呆れるでしょ」

「お前はどうしてそこまで厳しくしてくれるんだ」

「なんとなく…そういう予感がするんです。あなたは私が思うよりも遥かに強い人です。でもその強さは焦る者にも宿る力。はっきり言ってください。あとどれくらいなのですか?」

 こちらの感情を直に汲み取ってか、洸の表情が複雑に変化していく、口に苦々しいものが広がった。

〔口では言えない…思念でいいか?〕

〔どうぞ〕

〔俺の寿命はあと一年なんだ〕

 息をのんだ。

 そして全てを察した。でなければ洸が琥珀の前で言葉を渋るような真似はしない。彼の目はあまりに澄み切っていた。遥か昔から覚悟を決めていたような表情である。

〔俺の全身に埋め込まれた魔術回路は、昔の大事故で美穂の体を破壊した奴に同じようにされたんだ。いや、もはや命は保てないレベルだった。そして仮死状態だった体にアクエン博士が大出力の回路を埋め込むことで、命を甦らせたんだ。だがこの回路は人工的に作られたものであり、人間の体に馴染むのは俺の子供の代から、俺自身は回路の膨大な魔力供給に耐え切れずに死ぬ。その限界があと一年で来るんだ〕

 彼は着物の裾をまくると、僅かだが青い線が腕の至る場所から浮き上がっていた。

〔幼い記憶を消したのは、幼い俺がこのことを意図的に忘れたいがために打った術式によるものだ。それが回路の発現によって解放された。皮肉なものだ。だから、俺には時間がない。焦っているのは本当だ〕

 セイバーは目を瞑り、大きく深呼吸した。

 そして暫し考え、肩の力を抜いた。

「そうでしたか」

 セイバーは刀を手に庭先に出た。

「では私も少しばかり昔話をしましょうか」

 帯に差し、刃を抜きはらった。

「私は新選組唯一の女性隊員でした。もっとも、そのことを知る者はごく一部で、周りは本気で私を男と思っていました。そして私はある人を尊敬していました。でもある日から彼の周りから人が消え、それに耐えきれず新選組から逃げ出してしまいました。組織からの無断逃亡は御法度。局長の命で私は彼を追いました。そして彼を見つけ出しました。そして私は自身の思いの内を話し、自分も連れて行ってくれと頼みました。彼も私と同じ思いでした。でも、彼は戻りました。私を連れていくことは忠義に背くことだと、そして彼は間もなく切腹を仰せつかりました。上への復讐のために彼の介錯をしました。でも、お腹には彼の子供がいました。私は彼のために育ててみせると誓いました。でも、その子は生まれて一年もしないうちに父親の元へ旅立ちました。そして後遺症がそれからの私の人生に尾を引きました」

 切っ先は青眼の位置から空を一度に三度も斬った。セイバーの剣は達人の域を超え、もはや魔術の域に入りつつあった。

「どうか…どうか…あなたを大切に思う全ての人のために、生きる糧を残してあげてください。道を切り開いてあげてください。あの人も、わたしも家族に何も残すことができなかった。だからこそ、限りある時間を最後まで生き抜いてください。まだあなたは死んではいけません。生きぬいてから死んでください」

「セイバー」

「私はそのためなら全力を賭して戦います。すでにサーヴァントの身、あなたたち家族を守りたい」

 そしてゆっくりと納刀した。

「すまなかった…俺は生き抜く!家族を守り、繋ぐために生き抜いて見せる!だが俺一人ではだめだ。新しい家族の力を貸してほしいんだセイバー!」

「沖田総司!私の真名、新選組一番隊組長の沖田総司」

 何度も迷い、その度に互いに約束を交わした。

だがどこかに迷いがあった。今はそれがない。ここには互いの本当の思いがあり、それが交わって勇気に変わった。

セイバーはようやく戦う理由を知った。

「総司!いいのか?」

「愚問です!貴方の、そして私のささやかなる幸せのために」

 二人は手を取り、強く握手した。

 

 

 

「というわけだ洸クン、君のように状況にひっ迫している手合いはともかくだ。多くの連中は学問をしていて、それが何日も止まっているのだ。口を悪くすれば暇なのよ。だからこうして斎藤美琴は連絡役を引き受けている。早く授業が受けたいものだ」

「まったくだ」

 玄関に立つ斎藤美琴は事態について何も聞かなかった。

「さて私は次の女生徒のところへ赴かなくてはならない。洸、琥珀を泣かせるんじゃあないよ」

 台所から顔を出した琥珀に気づく間もなく、美琴は通りの奥に抜けていった。

「あいつには敵わないな。なぁ」

 明るい洸の顔を見て、琥珀は少し落ち着いた。

「ええ、いつも優しく見守ってくださっています」

 と、何か深刻そうな表情に変わった。

「周りを見てくれてるバーサーカーがお父様によく似た人を見たって」

「あっ!聖杯戦争に気をとられて連絡をしていなかった!」

 居間で刀の刃こぼれを見ていたセイバーはバタバタと騒ぐ二人を見て首を傾げた。そして、窓からバーサーカーが顔を出した。

「何事です?」

「父親が帰ってきている。しかもすぐ近くまで」

「とうとうお会いできるのですね。タイミングは最悪ですが」

「おまけにここ数日間、一切連絡を取っていなかったから、余計に大変だぞ。しかも聖杯戦争に感づいていたが、まさか子供三人が参加して一人は傷を負って寝たきり、ただじゃあ済まないなフフフ」

「なるほど、あれはああして誤魔化していると…本当に似たもの同士ですね」

 二人はマスターたちの慌て具合にただただ苦笑した。

 



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第十五話 両国橋

 

「ごめんください」

 セイバーが当たり前のように戸を開けると間桐静香が立っていた。

「あらセイバー、こんにちは。ところで琥珀ちゃんや洸君はどうしたのかしら?」

「聞いての通りです」

「?」

「お前たちは父に黙って何をやっておるか!」

 居間から劈くような声が響き、静香は事態を察した。

「洸!お前は私がいない間は家長として責任を持った!だが!その家長が相談すべき相手に話をせず、こうして話を逸らそうとするのは言語道断!アドルフから何も聞いてないと思ったのか!一人で大事を片付けられるのなら事はここまで大きくなっとらんわ!」

「はい、すいませんでした!」

「琥珀!お前の血筋に関わる大事なことであるのは百も承知!だがそれでも榊原の娘だぞ!お前一人で家族を巻き込まないようになどと、自分を過信する出ない!よいか!」

「はい、申し訳ございません!」

「二人とも、そして美穂もだ。ワシを忘れるでないぞ…」

 大きなため息をつくと、榊原八郎は冷めた茶を一気に飲み干した。

「以上だ、事態はここまで動いてしまった以上、まずは収束こそが優先事項だ。今度は私もいるのだ。かならず大事を乗り越えられるはずだ」

 そこへとセイバーに案内されて静香が顔を出した。

「それでも琥珀は間桐の魔術師、身柄をあなたにお渡しするときにそう約束いたしましたよね」

「だが最後に決めるのは琥珀自身だ。私はそれを尊重するまでだ。後継者・間桐静香よ」

「私もそう思います。しかし後継者足る者、家の顔も立てなければなりませんので」

 琥珀を一瞥するが目線を合わせようとしない。

「何があったかは聞かないわ、近々あなたは絶縁させられるかもしれないから」

「…!どういうことですか御師匠!」

 ようやく顔を向けた琥珀に笑顔で首を振った。

「話は簡単よ、あなたは間桐の後継の血筋ではなく遠縁になるだけ、この際ですから八郎さんと洸君にも聞いてもらいましょうか。間桐本家では次代の当主選定が急がれている。理由は先代当主が聖杯の研究に専念するためであり、私と分家筋の間桐英二、そして琥珀ちゃんが候補になった。特に琥珀ちゃんは二代前の魔術回路を有し、高い操作能力を有していることから最有力だった。私は琥珀ちゃんほどの回路を持たないから、私も推進した。でも先代は何も意見を言わず、結果として私と英二が後継争いをはじめた。そこで互いに琥珀ちゃんの古橋家系を本家筋から外すことになったの、琥珀ちゃんにとっては望むべくもない話だと思うわ」

 洸は耐え切れず口を開いた。

「待ってくれ!ならなぜ琥珀は榊原の家に引き取られたんだ」

「それは私が話そう」

 八郎は重い口を開いた。

「琥珀の父、信久は天才だった。彼の知識と魔術回路があれば聖杯を作り出すなど造作もないと言われた。だがある日、娘を残して妻とともに殺された。理由は簡単だ後継者争いに邪魔な存在だからだ。私は自身の特権を振りかざして琥珀を預かった。信久は娘を間桐から遠ざけてほしいと願っていた」

「お父さま…」

 しばしの静寂を抜けて、静香は言った。

「あなたは父親の願いの通り、間桐から離れられる。よかったわね」

「ならここから立ち去ってくれないか、あなたから魔術を琥珀に教えたことも私は不快に思っているのだ」

「そうですね」

 静香は立ち上がり、琥珀へ微笑んだ。

「心配いらないわ、きっと良い方へ向かう」

 玄関を出た静香をセイバーが見送りに出ていた。

「琥珀は、仕方ないわね」

「あなたには恩がありますから、角までお送りします」

「ありがとう」

 しばらく無言で歩いた。

「あなたは昔、女ではなく男として生きたのよね」

「ええ、そうです」

「でも女である自身からは逃げられない。そうじゃない?」

「さぁ、考えている暇なんてありませんでした」

「私は女かしら?それとも化け物かしら?」

「女でしょうに、それとも何かあるのですか?」

 静香は不気味な笑顔でセイバーに微笑んだ。

「愛した男の子をおろしたことはある?その子の魔術回路を取り込んだことはある?そんな女が本当に子どもを産み、守り育てる女であると言える?」

「それでも女ですよ。あなたは母になれなかった自分自身に未練がある。それで充分です」

 セイバーは尾を返し、榊原邸に戻っていった。

 

八郎は美穂の傍に座り、その手を握った。

「美穂、帰ったよ」

「あ…お…とうさま…おかえり」

「ただいま。大変だったな、ゆっくり休みなさい」

「で…も…にぃさま…が」

「私がいる。あいつを一人で行かせはしない」

「ごめん…なさい…」

「お前という子は心配症だな、誰に似たのかな」

「ふふふ…おとうさま…わたし…誰にも…死んでほしくない…ただ…それだけが望み…」

「大丈夫、二人とも守って見せる、約束する」

「あと、アドルフさんに…ごめんなさいって」

「どうしてだい?彼に遠慮は必要ないぞ」

 暗く沈んだ目から一筋の涙が流れた。

「私…かぞくを忘れて…正杯に夢中になって…お父様の…代わりに…私たちを守って…いて…くれた」

「お前も必死だったんだ。洸も琥珀もみんな一生懸命家族を守ろうとした。私は怒りこそしたが、誇らしく思っているよ。みんなうちの子だ」

「うん…ありがとう…パパ…」

 美穂の手をそっと撫でる。

 八郎の目からも輝くものが滴り落ちた。

 

 白昼の大通り。

 東京市は昼の二時を過ぎ、通りを電車や大八車がせわしく行き交い、人の数も多かった。

そこに、ドイツ帝国の騎兵服を纏うパウル・ボルヒャルト・ヴェンドルフ少佐は身も知らぬ日本の両国に来ていた。

馬上にある彼の周りには同様の騎兵が四騎控えていた。

「時間稼ぎのために鉄道網を破壊しまわるか、あの坊ちゃんやルーラーが黙っておらんだろうな」

 パウルはkar98b騎兵銃を引き出し、ルーン文字の刻まれた銃剣を着剣し初弾を装填した。

「総員!不可視化解除!路面線路を破壊しながら貨物駅を粉砕し、上野駅を目指す!」

 五人のライフルから放たれた弾丸は両国通りを破壊し、その衝撃波が道行く人に襲い掛かった。

「行くぞ!」

 駆け出した馬の脚は魔術強化によって俊足を実現し、ライフルには魔術強化の施された弾丸と銃剣がある。

 噴煙が上がったことを確認したホルストは馬が両国橋を抜けて神田川沿いを上野方面に上がっていくのを確認した。

 ここは上野の松坂屋屋上、尖塔は先の戦いで破壊されたが眺めは十分に確保されている。

三人は噴煙の方向に目を向けていた。

「智子、シャリアの言う通り奴らは貨物駅を破壊してからこっちに来てくれるらしい」

 傍らで術の遠隔操作をしながら、逐一騎兵の位置を尋ねた。

「なるほどね、帝都の輸送網を断ちながら、私たちも一掃しようというわけ、じゃあ万世橋の貨物基地はしばらく使えなくなるわね。信用してあげる」

 包帯を巻いたままのシャリアは不満げに声を荒らげた。

「遠坂は余裕だと思うかもしれないが、パウル少佐はフランス軍の魔術師を一掃した戦士だ、簡単じゃないよ。君のランサーが生きていたらもう少し楽だったんじゃないの!」

「運が悪いことに私たちにはルーラーがいるわ、シャリア・コーデ」

 屋根を飛び越えながら、シスター服を脱ぎ第七聖典を構えた。

(智子さん、結界の展開は十分ですか?)

(後は引っかかってくれるだけよ、そちらは大丈夫なの)

(白昼での戦闘は久しぶりですがすぐに片がつきますよ)

 騎兵たちが秋葉原停車場の列車を粉砕しながら侵入すると、パウルは立ち止まるように号令を出した。

 逃げ惑う人の間にアーチャーが笑みを浮かべて立っていた。

「諸君、どうやらここが死に場所らしい、遠坂の結界だ。抜け出すにはあのカトリが必要だ」

「ようやくですか少佐」

「長かったな、見ろ、あの方々が死に水を取ってくれる」

 十数発の弾丸がパウルらの結界に弾かれ、しかし側面からルーラーが結界を叩き割り、一騎を直上から叩き潰した。

「少佐、それでは!」

「ああ!ヴァルハラで会おう!」

 ルーラーの追撃を払いつつ、馬上からの流れるような詠唱が第七聖典の一撃を払いのけた。

そして強化によって速度を上げたパウルの馬は彼女に向かって一閃となって駆けた。

「いざ覚悟!」

「無駄よ、無駄無駄…」」

 馬は貨物を飛び越えながら、跳躍を繰り返しつつ弾丸と化した馬人一体の攻撃が四方上下の三次元に攻撃を繰り出す。

 しかし、ルーラーに一太刀も入らず、それどころか目は彼を逃さず、やがて体も彼に追いついた。

 そしてようやく飛び上がったルーラーに沿うように銃剣を突き立てたが、馬ごと半身を吹き飛ばされるのが先だった。抉るように高速の人馬は鉄骨に叩きつけられ、血肉が四方に飛び散った。

 パウルの体は馬の血肉と見分けることは難しかった。だが彼のライフルはひとりでに浮かび上がり、弾丸がルーラーの頬を掠めた。

〔私の復讐は終わった〕

 そしてルーラーに向かって走ったライフルは手前で静止し砕け散った。そして銃剣の宝石を第七聖典が砕いた。

 彼の魂は既に肉体になかった。

 最強の兵士になるために、自らを魔力に還元しその魂を宝石に封じ込めることでそこから肉体を操っていた。しかし、彼の忠誠は敗戦とともに無為となり同士であったジャヴェルの復讐に同調した。

 彼は死に場所を求めていた。

 もはや平穏な暮らしなど彼は欲しなかった。ただ誰かに決着をつけてもらいたかった。妻と子を捨て、さらに自身からも逃げた彼の逃亡の人生は、ここに幕を閉じることとなった。

 

 他の騎兵の姿を探したが既にアーチャーが始末をした後だった。

「これで全部ですね」

「カカカ、懐かしいのぅ騎馬武者がボカンと馬から引きずり落とされる様というのは」

 ルーラーの冷たく澄み切った表情に同情を許さぬ意思が明瞭に表れた。アーチャーと自分とでは見てきたものが違う、そう言わんばかりにルーラーは彼らに祈りの十字を切った。

「そういう奴は慣れれば祈ることを忘れ、老いれば再び祈りだす。自らの死が、他人の死体の山で築き上げられたことを思い出すのだ。どうもお前さんも道半ばで死んだ口らしいな、何を見てきた」

 笑顔でこそあれアーチャーの目が笑っていたことは一度もなかった。

「大事な人を守り、助けられ、それからの私は静かに生きたいと思っていた。見るべき悪夢も地獄もすべて見た。でも私に言い渡されたのは自身の処理と永遠に繰り返し続ける邂逅、不滅の記憶と魂の付与だった。あなたはまだ一度目でしょうが、ここももう三度目になって飽き飽きです。でも、私はまだ救いがあると信じている。私がここから消えても、必ず—-!」

「世迷言だな、ワシは貴様とは違う!サーヴァントである身から抜け出して、再びこの世界に根をおろして見せる!」

 アーチャーはマントを翻し、曇り空を見上げた。

「この言葉も三度目か?ワシは一度でも成功したかの」

「ええ、そう言って死にましたよ、二度も」

「はっ、そうだろうな」

 そうして雨が降り出した。

 帝都はようやく梅雨を迎えようとしている。

 秋葉原停車場まで続いた爆発事故は、騎兵を見たという証言と身元不明のドイツ人数人の遺体とともに証拠もなく、原因不明のまま処理され、人々の記憶からも消えていった。

 



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第十六話 山ノ手(一)

 

 

五月二十九日

 

 不忍池から公園裏手を抜ける道に旅館『アーネンエルベ』はある。見た目の西洋風の趣とは正反対の和式の旅館であり、周知のとおり時計塔東京支局が事務所を構えている。

 ここの主人はイギリス帰りであり、彼らのお茶の時間を忘れず用意する気配りのある人だった。だが、昨日になって朝食を五人前から二人前に減らすように頼まれた。突然の事であったがいつものようにライ麦パンとふかし芋を加え、二階の彼らに食事を運んだ。

「主人、頼むがカップをもう一つ用意してくれるかな」

 リーゼルの補佐、ケレス・バーミニヨンの言葉に驚いた。主人が知らぬ間に、薄汚れた身なりの外人青年が三人目の席に着いていた。彼の前に紅茶を出すと、一階へと降りて行った。

「こんな純和風の宿など時代遅れだ。見た目が古風である分に余計だ。リーゼルも趣味が悪い」

「お前ともあろうものがよく言う。ここは庶民派の料理もよく知っている日本人が商っている、ここ以上に居心地の良い場所もない。それに、切符代もまともに払えず、野宿をしていたのはどこのどなたかな?」

「ケレス、貴様はこうして支局長になったのだ。もっとそのことを誇れ」

「卑しい奴、話をすり替えるな」

 ダーニックという二枚目の男は何食わぬ顔で紅茶を飲み干し、ケレスのプレートからパンの一切れをつまんで口に放り込んだ。

ケレスはその行動に唖然とした。

今度はふかし芋に手を伸ばしたところで皿の位置をずらした。互いににらみ合い、ケレスは馬鹿々々しくなって彼に皿を差し出した。

「ありがたくいただこう」

 ダーニックの行動はリーゼルが目的としていた、真祖のクローンの破壊とは逆で彼女が持つ、もう一つの聖杯の卵を時計塔が入手することが条件だった。

 そうすればルーマニアのユグドレミニア家系は時計塔の幹部に組み入れられる。だがそれは時計塔の講師陣がクローンを無視していることの証明であり、重要なのは聖杯であると言っているようなものだった。

 特に戦力の低下は深刻で、今や時計塔日本支局員は補佐で局長となったケレス、彼の弟子のトレール・マンディ、諜報員のアドルフと封印指定のニュー、そして連絡員であるダーニックの五人だけだった。

「だが、聖杯に近づくためにはクスィーを倒さねばならない。ならジャヴェルらのもつ聖杯を奪うのが得策かな」

「だがダーニックよ、御三家とルーラーが黙っておらんよ」

「だからだ。ニューには相打ちでもクスィーを始末してもらう、あのリーゼルが敵わぬ相手なのだ。真祖には真祖で対抗せねばなるまい」

「否定はしない、だが本国の連中らを納得させるにはジャヴェルも殺さねばならん。彼の取り巻きは消耗している。やるなら明後日だな」

「では、紅茶をもう一杯もらおう。私が動いてみよう」

 ダーニックはカップを高く掲げながら笑った。

 

 一夜を過ぎ、美穂の傍らを立ち上がった琥珀は、居間で食事をする三人に頷いた。八郎は朝早くから家を出かけていた。

「ちゃんと食べてくれましたよ」

「そいつはよかった」

「まだ悪酔いしてるんですか洸さん」

「ああ、昨日は少し飲みすぎた。父さんほど酒に強くないからね」

「ここずっと戦い続きでしたから、疲れていたんですよ」

「そうだな、今日は夕方から智子さんから話があるそうだ。セイバーと二人で行ってくるよ」

「美穂は私とバーサーカーが見守りますから」

「うん、よろしく頼む」

 そこへ出かけていた父が客を伴って戸を開けた。

「おかえりなさい、その方は」

 八郎の後ろから帽子を取った西アジア系の男が会釈した。

「はじめまして、私はアトラス院で研究員をしているトラン・ト・ロアです」

 彼は家へ上がるなり、美穂のもとに案内され彼女の状態を細かに確認した。指から放たれた波の流れが美穂の頭から足のつま先へ、そしてつま先から彼の手元へと帰ってきた。

「美穂君と言いましたね。時間はかかりますが私の手なら回路を正確な位置に繋ぎ合わせることができる。ただし、治療後は一週間、激痛のなかを耐えねばならない。リスクはあるが、彼女は治せる」

「本当ですかトラン先生」

「ええ、まず治療に三日間、そして回路の自己修復に一週間、完治は三か月だ」

「先生!今すぐにも治療を始めてもらえませんか?」

 トランの手を握った洸に対し、首を振った。

「その前に君に全てを伝えなければならない。よろしいか?」

 トランは手元の鞄から木箱に入った円盤を取り出した。円盤を青い流れが幾重にも走るのが見えた。

「アクエン・アテン師が残された回路の記憶とストッパーを解除する鍵だ。君はおそらく記憶の一部が解除されている、そして自身の寿命についても知っているはずだ」

「寿命」

 琥珀の驚きに、洸は目を背けてしまった。

「トラン先生、それは俺の口から言います。このことを知らないのは家族のなかでは琥珀だけですから」

「そうか、では解除するがいいな?」

 円盤を手に置くと、粉々に分解され洸の魔術回路に入り込んでいった。しばしの静止ののち、洸の頬を一筋の涙が流れた。

「母さん、そうだった。俺は母さんを救えなかったんだ」

「だが君にはアクエン先生から授けられたガント〈アポロンの弓〉がある。当世最強の魔術だ、魔法さへ粉砕することができる剣、扱い方は」

「ああ、アクエン先生が教えてくれた。そして先生に誓った。死ぬその日までもこの力を使わないと」

「今は君がなすべきことのために使いなさい」

 だが洸は素直にうなずくことができなかった。

「お父様!」

 琥珀の求めるような目に八郎は口を開いた。

「洸!もう話していいな、琥珀のためにも」

「はい、ごめんなさい」

「いいんだ、お前の気持ちは痛いほどわかる」

 事故の顛末、その事故を起こし、母親を殺し洸の肉体を破壊しつくしたクスィーの存在。そしてクスィーが教会にシスターと称して居座っていること、美穂の体を破壊されたことをすべて話した。そして、洸が命を復活させるために疑似魔術回路を埋め込まれ、その命はもって一年であることを伝えた。

「そんな、なんで、なんで黙っていたんですか!」

 琥珀は耐え切れず彼に向かって叫んだ。

洸は静かに口を開いた。

「お前を悲しませたくなかった。せめて最後の日までいつものように生きたかった。それだけだ」

「あなたは勝手だ、美穂ちゃんもお父様も、私なんかよりずっと勝手じゃない!私は家族でしょ?ならもっと、もっと早く教えてほしかった」

 洸の背に縋りついた琥珀はあまりに弱弱しく感じられた。

「おねぇ…さま…にぃさま…を…責めない…で…ずっと…ずっと…忘れて…わたし…黙っていた…の…だから…ごめんなさい」

「どうして、どうして…」

 洸の背中が少しずつ起き上がり、琥珀の手を握った。

 震えていたが、その手は大きく力強かった。

「俺は母さんと美穂の仇を取って、最後まで生き抜いて見せる。まだ何も終わっていない」

「いいんだな!洸!死ぬかもしれんのだぞ!」

 八郎は顔を紅潮させながら叫び問う。

 洸は父に顔を向け静かに頷いた。

「死ぬはずだった命はこうして生き永らえた。最後まで自分の意志で、男を貫きたいです」

「馬鹿者…」

 彼は既に腰を抜かしていた青年ではない。だが大人ではない。悲壮な戦いの宿命に挑んだ自分自身に重なった。

セイバーは違うと思った。

これは彼との誓いの果てに先立たれるような気がした。病床の中、仲間の死を感じていたが、それを信じずに手紙を出し続けた自身の姿が重なった。

その手元には黒猫がいる。

泣き声に驚き、庭先を振り返ると一匹の黒猫がいた。

「どうしたセイバー」

 バーサーカーが振り返ると、黒猫は背中を向けて庭から消えていった。

「いえ、何でもありません」

 

 

 法喜は椅子に腰かけながら目の前に立つ息子の宗一郎に目を向けた。

「榊原洸の覚醒、聖杯の複製作業の完了、間桐との妥協と提案の了承。ついにこの時が来たのだな」

「はい、父上」

 ここは本郷の遠坂邸、庭先は半壊したままだが結界は決戦の日と比べることのできない七重の迷宮結界が張られていた。何人も敵を通さない遠坂の砦である。

「間桐は彼女が身ごもれば聖杯を生み出せると喜んでいた。我々はシスターに人になる方法を伝授した。では我々は何を得るのだろうな」

「それぞれの結果です。結果だけが遠坂の夢を叶える器であり、満たされるべき祝い酒」

「祝い酒、まさしくその通りだ。これが完遂の暁にはお前が智子を孕ませたことを黙認してやる」

「…!」

「気づかぬと思ったか?まぁ智子は養女に過ぎない、遠坂の血を濃く残せるなら一族にとっては本望。そうなのだろう」

「さすがは父上にございます」

「ところで榊原洸はそろそろかな」

「ええ、智子が案内しなければここにはたどり着けませんから」

「へぇ、これで厳重なのですか」

 二人が声の先に振り向くと、窓には長い金髪に黄金の瞳を輝かせるクスィーが腰かけていた。

「貴様っ!」

 その瞬間、法喜の首は千切れ飛び、扉を開けた智子の足元に転がった。衣服に飛び散った血を眺めながら首のない父の体に目を向けた。

「逃げろぉ智子!」

 宗一郎の胸を腕が貫き、即座に心臓を握りつぶした。

 二人とも実力のある魔術師であり、即応力も高い。

しかし、智子の目の前で何をする間もなく死んだ。

クスィーは真祖のクローン、しかも激しい劣化を抱えている吸血鬼もどき、だがそれでも実力差は歴然であった。

「おにぃさま…」

「これで邪魔が二人も消えた。貴女もこれから死ぬのよ」

 黒鍵を引き出し、智子に向かって構えた。

「マスター!」

 その霞のような存在はクスィーに突きかかり、石突で腹を跳ね上げ距離を取った。その姿は少しずつ実体となり、既に消えたはずのランサーが姿を現した。

「わが能力、報身霊魂はマスターが令呪を持ち続ける限り、マスターの魔力に紛れ込んで守護する能力、ただし一回しか使えず、令呪を全消費する最後の宝具だ」

 だが彼が躍り出た瞬間を狙って黒鍵が四本、鎧を貫通し急所に達していた。

「たかがサーヴァント、魔術師は言語道断」

 ランサーの兜を持ち上げて壁に叩きつけると、凶暴な歯をむき出したクスィーはランサーの血を吸い上げた。みるみるうちに皺がれるランサーは力を振り絞って頭に短刀を突きつけた。しかしそこまでだった。

ランサーの体は灰となって消し飛んでしまった。

「さて、おやつは頂きましたよ。智子お嬢様」

「いや、時間はできた!」

 赤黒い拳がクスィーの左ほほを殴り、その衝撃で壁へと弾き飛ばした。そして間髪入れずガントが放たれ、彼女の体を縛り付けた。

「洸くん!」

 紅い電を纏わせ、体をほとばしる回路は黄金の輝きを放っている。両手はガントに包まれ、対象を絶対逃さない〈アポロンの弓〉の覚醒状態である。

「ふふふ、私ひとりじゃないわ」

 部屋の影から刃を走らせた岡田以蔵ことアサシンは即座に青い影によってはじき出された。

「おあいにく様、俺も一人じゃない」

 セイバーは無行の形のままアサシンを睨んだ。

立ち上がったクスィーはヴェールを脱ぐようにガントを振り払った。

「これで私の大団円の物語が完遂される。しかし、セイバーはイレギュラーですね。道化師といったところでしょうね」

「何が言いたい」

「何が、とお尋ねですか?これは運命の物語、血脈は長く長く伸びわたり、それがいずれかはある人々の物語に変わる。私はその演出家なのです」

「ふん、お前が何を考えているのかなんて関係ない。俺は必ず貴様を殺して見せる」

「では、教会でお待ちしております。今日はそこのお嬢さんがいると邪魔ですからねぇ、それでは」

 窓から飛び去って行った二人を追わず、洸は呆然とする智子の傍についた。

「見て、これがお父様よ」

 父の首を抱えながら、兄の遺骸の元に寄った。

「これじゃあ、あんまりよ」

 泣きながら笑う智子の声は嗚咽に変わって、部屋全体に響き渡った。智子は自身の無力を感じずにはいられなかった。

 

 



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第十七話 山ノ手(二)

 

 

五月二十九日 夜半

 

 ルーラーが連絡役となり六月一日が決戦日と決まった旨を伝えた。遠坂法喜が事前に用意した結界を使用できるのが残り三日であり、既に包囲を感づかれている可能性があるためである。

 それを聞いた八郎は支度を整えて出かけようとした。

「お父様、どうされたのですか」

「洸、琥珀、お前たちのために私の権限で魔術道具を用意する。明日の朝には戻ってくるから、そのようにな」

「道中気を付けて」

「ああ!アドルフとも合流するから心配ない」

 そう言って魔術強化を施した足で地を蹴り、屋根伝いに上野駅方面へ向かっていった。

「明後日か、俺はクスィーを、お前は智子さんたちと月島か」

 不安を隠せない琥珀の腰に手を置き、笑顔で心配ないと言って見せた。そこへバーサーカーが顔を出した。

「おい優男にマスター、トランが呼んでるぞ」

 トランは術式の維持装置をそのままに、鞄に式書を仕舞い帰りの支度を始めた。

「今日はここまでだ。残りは早朝から夜までに治療を完遂する。僅かだが左目の視力が回復している。美穂君は強運の持ち主だ」

 二人が美穂のそばによると美穂の左目が丹念に周囲の状況を読み取ろうとしているのがわかった。

「トラン…先生…お耳が…おお…きいの…ね」

「はっはっはっ、父の代からだよ。この調子なら明日の治療後の痛みにも耐えられる。今日は洸君と琥珀君もゆっくり休みなさい。何かあったら池近くの『アーネンエルベ』という旅館に来なさい。では」

「ありがとうございます先生、琥珀、俺はセイバーと先生を見送っていくから美穂を頼む」

「分かりました」

 家を出た三人が大学前の通りに出たところでトランが話を切り出した。

「一年と言ったな、あれは正確な数字ではない」

「はい、そうだろうとは」

「やはりな、アポロンの弓は覚醒状態から魔力放出をし続けるほどに、肉体を切り裂き、寿命が来る前に体は崩壊する。そうなれば、聖杯で肉体を復元しても魔術回路が収まらず自我が消える」

「その覚悟はしてきました。とうの十年以上前にアクエン先生に助けられた日から」

「だが、だがな君が残すだろう命には、十代以上にわたって受け継がれる精強な魔術回路が備わっている。君無き後も必ず」

「いえ!洸は死なせません!私が必ず守って見せます」

「セイバー」

「決して決意は変わることはありません!洸!私はあなたの生きた盾であることを忘れないでください!」

「もちろんだ!だが生半可な覚悟では奴らに勝てない!俺たちは勝つんだ!そして家族を守り抜いて見せる」

「だから、少しは自分自身を大切にしてください」

「よく自分に言い聞かせよう」

 トランは安心したように頷いた。

 そして洸に小さな円盤を手渡した。

「ならば君にこれを渡そう。最大放出を制限する鍵だ。これを解除する時が来たときは、わかるね」

「あなたは」

「使わないことを祈っていたのは君の家族だけじゃない。そのことも忘れないでくれ」

「何から何まですまない」

 トランを旅館前まで見送り、自宅まで戻ってくるとセイバーに二階に上がってこないでくれと伝えた。

「琥珀と話があってな」

「そうですか、ちょうどよくバーサーカーも来ましたよ」

 バーサーカーは当たり前のようにセイバーに木刀を差し出した。

「今日の分の稽古も頼む」

「ええ、では洸、何かあったら令呪を」

「あ、そうか!」

 二人して令呪の存在を忘れていたことに笑いあった。 

「呆れたぜ…琥珀でさえ俺の狂化を抑えるために二画も使ったのに、お前さんたちは使わずじまいとはな」

「最後の日に使えれば事足りる。じゃあセイバー言ってくる」

「はい、お互いの声がよく聞こえる場所まで」

「ふふ、意地悪な奴だ」

 

二人が公園に着くとバーサーカーは木刀を置き、弁当を差し出した。

「マスターからだ。気遣い痛み入ると言いたいのだろうさ」

「琥珀さんらしいですね、いただきましょう」

 簡単ではあるがこぶし大のおにぎりと漬物が入っていた。

「それにしても量が多いな」

「昼から何も食べてないの気にしていたのでしょ」

「そういえば…トランが来てからずっとだ」

「お互い、妙なところが不器用なようで」

「それを言うならマ…琥珀もだぞ。やっと今日になって覚悟を決めやがった。最後まで迷っていたのはあいつさ、俺は腹を決めたっていうのに」

「まったくです。でも背中を押す手間が省けました」

「だから、頑なに腹を隠していたのか」

「いつから、気付いていたのですか」

 大きな一口を飲み込み、水を飲んだ。

「一度だけお前の着替えに出くわしたとき、腹の肉の減り加減でな、お前があの二人にやたらと気を遣うのはお前の過去から来たものだろ?お前が子供を早くに亡くしたこと聞いてたんだ」

 セイバーは静かにおにぎりを食べ進めた。

「あの子たちの倍以上は苦難を歩んできたつもりです。そしてその結果がこの時代の世界だった。でも、たとえどんな苦難の時代がこの先に待ち受けていても、強く生きてほしいのです。きっと、何度だって幸せが訪れる。だから力強く生きてほしい」

「ああ、不思議な時代だ。誰もかれもが霧の中から雲を掴むような曖昧な時代なのに、迷うことを糧として一心不乱に歩み続けている。俺はその姿勢、嫌いじゃないぜ」

 バーサーカーは最後のおにぎりを頬張りながら、セイバーの顔を覗き込んだ。

「信じてやろうじゃないか、きっとどんなことがあっても生きていけるって」

「はい、モードレッドさんも歳ですね」

「まったくだ。体は歳をとらないのに、魂の年季は亀の甲より厚いときた」

 食べ終えたと同時にバーサーカーは暗闇の中を睨んだ。足音が二人に向かってくる。

「誰だ!」

 白と青の洋服に身を包んだアンジェリカは全くの無防備であり、戦う意思は感じられなかった。

「何のようだアーサー王」

「明後日の夜、お前と決着をつけたい」

「ふふ、見透かされているというわけだ。私のマスターも同行するのだから、あなたのマスターも来るのでしょうね」

「残念だが私にはマスターはいない。正規のサーヴァントとして召喚された時、ジャヴェルによって人間一人分の魔力を与えられた。二戦ほどなら全力で戦える力は残っている」

「正規?疑似ではないのか?」

「聖杯ははっきりと私を『セイバー』に区分した。でも、今回の聖杯戦争はあまりに違いすぎる。本来、あるはずのない八つ目と九つ目のサーヴァントが召喚されている。一つはルーラー、二つ目は」

 アンジェリカことセイバーは総司に向かって目線を合わせた。

「九つ目のクラス、聖杯戦争には存在しない守護者シールダーのクラス。あなたがそうなのです」

「私が」

 バーサーカーが振り向くと、総司ことシールダーはなるほどと言った。

「だから聖杯は私にクラスを与えなかったのですね」

「なぜシールダーが出てきたかはルーラーさえも知りません。でもこれであなたが宝具を発揮するきっかけになるかもしれません」

 バーサーカーに改めて向き合ったセイバーは静かに頷いた。

「私は召喚当初からルーラーとともに事態の収拾に動いてきました。ルーラーは表立っての行動を、私はジャヴェル側にスパイとして裏の顔を司ってきました。ただ、あなたとシールダーには正体を感づかれていましたが」

「それで、なんで決着をつけてくれる気になったんだ?」

「それが私の願いを成就させる条件だからです。アヴァロンの世界に到達するには私の撒いた迷いを解かねばなりません。モードレッドの迷い、それは」

「アーサー王との雌雄をつけ、王が本物であることを確かめること」

「いいんだな、モードレッド」

「あんたからそう願ってくれるなら、俺もそれを信じよう。あんたも色々見てきたんだ。もう一度会いに行くぐらい叶わなくちゃな」

「すまんな、では明後日の万世橋、夕刻七つの時」

「いいだろう!受けて立つ!」

 二人に微笑むと、何も言わず暗闇のなかへと再び消えていった。その背中を見つめながら、シールダーは口を開いた。

「クラス・シールダー。なんとなく、合っている気がします」

「もうそういう話はいい!せ、じゃないなシールダー!稽古を頼む!」

「あの方の言葉を信じるのですか?」

「あの人は嘘が大のへたくそな人だ。俺が保証する」

「わかりました、信じましょう」

 互いに木刀を構えると、バーサーカーの構えは完全に天然理心流のものが板についていた。

「今日は最後の仕上げになります、いいですね」

「お願いします」

 そして二人の剣が何度もぶつかった。

 森のざわめきが短く響き、その間を木刀の打突音が響き渡る。この稽古は夜明け近くまで続いた。

 

 

 

 

五月三十日 朝

 

 

 

 台所に立つ琥珀は服を着替えず、髪も乱れていた、それでも朝早くから朝食の支度をしていた。

「琥珀さん、私がやりますから着替えて、居間で休んでいてください」

「で、でも」

「いいから、ここは私に任せてください」

 そそくさとシールダーが琥珀を台所から追い出すと、静かに頷いて自室へと向かっていった。

「さてと、何を作りましょうか!」

 

 場所は変わって帝国ホテルの一室。

 ホルストは卓上で弾丸を数発生成し、その弾頭に白の塗料を塗った。

「ワシが馬上に居た時に言ってたとっておきか」

「そうだ」

 裸にシャツ一枚のアーチャーはホルストの背に抱きつき、一発の9mmルガー弾を手に取った。

「お前も物好きだな、作戦説明しながらでもなんて、お前が初めてだぞ」

「ふふ、お前さんもだろう?こんな物好きと幾夜も枕を濡らすとはな」

「たかだかサーヴァント一体に実体の肉体を与えることなんて簡単なことさ、だがサーヴァントの能力があるうちは存分に働いてもらう」

「よい、万事はよく動いている。聖杯奪取の暁にはワシをどうする」

「おまえなら嫌でも俺の傍に来るだろ」

 彼に強く引かれてキスかわした二人は手を握り、弾丸を彼へと返した。

「わが命はお前のものだぞ、ホルストよ」

 ドアを叩く音がすると、食事をもったシャリアが入ってきた。両腕は既に完治していた。

「主様、お食事をお持ちしました」

「ああ、そこのテーブルに置いてくれ」

 ライダーに倒された日から彼女のサーヴァントとしての力は失われたが、かろうじて命を繋ぎ、自身を救ってくれたホルストに仕えていた。

「君はもうジャヴェル卿に未練はないのか」

「私はもともと実験台の魔術師でしたので、食事が与えられるという条件を信じて同行したまでです。言うなれば生きるための糧に器になっただけですので」

「そうだったな、ありがとう」

「失礼いたします」

 退室してからアーチャーはシャツ一枚であったのに気が付いた。

「あいつ、わざとか」

「血は見たが、お前みたいなのは苦手なんだろう」

「カカカ、お前のことだ早いうちに手籠めにするだろうな」

「言うなよ」

 そして鞄から二丁の拳銃を取り出した。

「さぁ、決戦は明日だ」

 ボーチャードピストーレの尺取虫が上へと上がった。

 

 



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第十八話 山ノ手(三)

 

 

五月三十日 夕刻

 

浅草、神谷バーは明治から続くバーである。

 場所柄もあっての物珍しさも合わせてか、電気ブランの名も併せてよく知られる場所である。

 智子は目の前に置かれた電気ブランを一口飲み、少々のチェイサーを口に含んだ。足元には人除けの小さな魔術が発動している。

「ごめんなさいね、家族との時間を大事にしたいでしょうに」

 洸の側のシールダーはあおるようにウィスキーの水割りを飲み干した。その飲みっぷりに呆然としながら彼もブランを口にした。

「一時間の約束ですから問題ないですよ。それより智子さんが一人で出歩いていいのですか?突入の核でしょ」

「向こうは生成で手一杯、それにクスィーでもなければ私を倒せはしないわ」

「そうですか」

「話は手短、遠坂も私一人になった以上、全ての権限は私にある。その上であのトラン・ト・ロアをここに呼んだのは遠坂であり、その意図は分かるわね」

「俺の力を発現させて、戦力に組み込むため」

「それもあるわ、一番は間桐との裏取引の部分よ」

「何!?」

 運ばれきたジャーマンポテトを食しながら智子はブランを一口飲んだ。

「間桐は最近、人体から聖杯を作り出すことにご執心だわ。そしてそれに適正な人間を作るのに遠坂が力を貸し、間桐は聖杯戦争の主導権を今次は放棄する。そういう契約を結んだのよ」

「それに俺の体がどう関係すると」

「あなた、もう琥珀ちゃんは抱いた?」

「なっ!?」

 顔を真っ赤にさせた洸の顔を見て静かに頷いた。

「なら、子供ができる。そして、琥珀ちゃんとお腹にはあなたの回路を継承した赤ん坊が宿る。もうわかるわよね」

 赤い顔から血の気が引け、蒼白の表情を浮かべた。

「なんてことを…!俺の琥珀と子供をもとに聖杯を作り出すのか!それが遠坂のすることか」

「魔術師がどういう生き方をしているか、あなたは十二分にわかっているはずよ。それにこれは私には内密に事が進められていた。わかったのはついさっきよ、落ち着きなさい」

「これが、落ち着けるか」

 シールダーは黙して語らず、感情を押し殺しながら話を聞いていた。

「この警告はあなたへのお礼と受け取ってほしいわ。あの時あなたがクスィーの前に躍り出てくれなかったら、遠坂の血は完全に絶えていた。私ね、お腹に宗一郎さんの子供がいるの、私はまだ死ぬわけにはいかないのよ。洸君には悪いと思っているわ」

 洸は小さくため息をつくと、智子のブランを奪って飲み干してしまった。唖然とする智子に洸は不敵に笑って見せた。

「うちの家族はそんなにやわじゃないんでね。必ず間桐の障害を乗り越えてくれる。それにあなたもお腹の子のために酒は控えてください」

「死ぬかもしれないのに、貴方の仇になるかもしれないのにどうして…」

「俺には確信があるんです。俺はもうすぐ父親になる。その子が男か女の子か知ることができないかもしれない。でも、子を持った男は一回りも二回りも強くなれる。男ってそういうロマンチストな生き物であるもので」

智子は黙し、洸はジャーマンポテトを口に運んだ。シールダーも手を伸ばして食した。

「しょっぱいですね」

「あれ、もしかしてベーコンを食べるのは初めてじゃないのか?」

「ベーコン?」

「豚肉の塩漬けだ」

「えっ!?」

「いいわ、表だって協力してあげられないけれど、貴方の奥さんと子供を守ってあげる。遠坂ができる恩返しはそれが限度。あとはあなたたち家族次第よ」

「十分です。頼みます」

 

智子と別れ、帰路についた二人は公園を抜けて、言門通りを過ぎたあたりに来ていた。

「洸くん」

 そこに立つアドルフは傷ついたニューを抱えて二人の前に立っていた。

「まさか、戦いに出かけたのですか」

「ああ、だがこの通りだ」

 アドルフの足もコートで隠してはいるが血で湿っていた。

 家に戻るとニューを手当てし、アドルフの足の傷にも包帯を巻いた。激戦の中、命からがら逃げかえってきたことは安易に想像がついた。

 帰ってきていた八郎の表情は暗く曇っていた。それもそのはず、ニューの全身には切り傷が付き、宝石の埋め込まれた刀は、もはや細木のように磨り減っていた。同じ吸血鬼でさえ相手にならない。それほどまでにクスィーは実力を上げている。

「いいえ、勝てる。私には三分しか時間がないから」

 ニューは無理やり体を起こすと、洸にあるものを見せるためアドルフに箱からあるものを見せた。

「これは!」

「私の体と違うところ、無限の再生能力の根源。クスィーは体が切り離されることを極端に嫌う。いい?榊原洸、貴方の力なら奴をバラバラにできる。そのためには奴の体の部位を傷つけるのではなくって、切り離す必要がある。これが唯一の弱点。これは私が切り離した指…あとはお願い」

 瞳を閉じたニューは静かに呼吸しながら眠りについた。美穂と布団を並べて、二人は静かに眠りについている。

 茶の間に洸、シールダーに琥珀とバーサーカーを呼んだ八郎は、厳重な鍵のついたトランクケースを傍らに置いた。

「この国の保有する魔術道具を持ってきた。私の権限と交渉で持ってこれたのはこの二つだけだが、お前たちの力になるはずだ」

 トランクの錠を解放すると、やや短い太刀が洸に差し出された。

「蜘蛛切丸といって美濃系の刀だが、修験者たちが天狗と化した者や、蜘蛛となった僧つまりは魔術を悪用するものを斬ってきた妖刀だ。だがこの妖刀は魔力を流し込んで強化することができる刀、立派な魔術道具だ。きっとお前の力になる」

「はい!」

 刃を静かに抜くと、何度も短く直されてはいるがその耐魔術の切れ味が落ちていないことはすぐに理解できた。

そして革ケースに入った十数枚の木札を琥珀に手渡した。

「これは魔力を封じた木札。東京に敷設した結界を保持する魔力源のストックだ。これ一枚で五十年耐えられるほどの魔力がある。相手を考えれば十分ではないかもしれんが、結界の発動と召喚魔術の使用では大いに力になる」

 ケースから札を出すと、陰陽系列の術式が書かれているが基本は静香から習っているため、問題はなかった。

 そして八郎はシールダーとバーサーカーに向かい、頭を下げた。

「セイバーさん、バーサーカーさんどうか二人を守り切ってください」

「心配しなさんな、俺たちサーヴァントの使命はそこに尽きる。それを果たすだけのことだ」

「マスターを守り切り、生きて聖杯戦争から抜けさせる。ささやかなお手伝いですが、微力を尽くしますよ」

「ありがとう」

 洸と琥珀は互いに頷きあい、父へと向き直った。

「父さん、お願いがあります」

「どうした」

「琥珀を俺の妻に迎えさせてくれませんか」

 八郎は二人の顔をまじまじと見つめた。

「琥珀とよく相談して、こういうのは早く決めた方がいいと思いましてね」

「そうか、とうとうその日が来たのだな。琥珀、お前の名字を変えなかったのはもしかしたら洸と結ばれるのではと、私が期待したからだ」

「ええ!じゃあ、お父様ははじめから」

「二人が考えている通りだ」

 洸は頭を掻き、照れ臭そうに周囲を見渡した。

「父さんもお人が悪い」

「ははは!あの世の信久君と美鈴さんも喜んでくれるだろうな」

 八郎は泣くことを抑えて声を張った。

「洸!琥珀!夕飯にしようか!今日は秘蔵の酒、木曽路の中乗さんもだしてやろう!今日はささやかだがお祝いだ!」

 

 



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第十九話 東京市(一)

六月一日 夜半

 

決戦の時間が近づく、先に出てゆく琥珀とバーサーカーを玄関で見送った。

「なぁシールダー、いやセイバーかな」

「どうしましたか」

「本音を言うと、お前さんともう一度サシで勝負がしたかったな」

「私もですよバーサーカー」

「お互い未練が尽きないな」

「まったくです」

「バーサーカー、行きましょう」

「ああ!」

 バーサーカーは琥珀を抱えると、高く飛び屋根伝いに千駄木方面へと向かっていった。

「洸君、八郎君から連絡があった。日本政府は君たちへの魔術道具の提供を正式に決定した。つまりは折ってきても文句はないそうだ」

「心強いです」

「洸さん、少しだけ形を合わせましょう。敵は逃げませんから」

「私の仕事は情報と作戦の提供で終わっているが、一つ作戦を君に提供したい。稽古しがてら話そう」

 

 万世駅前は下町の玄関処、しかしその日は人通りも少なく、あまりにも異常な静けさに包まれていた。

 それもそのはず、智子と琥珀が組んだ人除けの結界と外部からの視界を遮断する結界を張り、極力人を排除しているからである。

 琥珀は結界の入り口に立ちながら、アンジェリカを待つバーサーカーを見やった。

「琥珀、頼む」

「わかったわ」

 琥珀はためらったが息を吸い叫んだ。

「令呪の盟約を持って我が命ず!狂化せよ!己が狂気を放ちて狂化せよ!」

 バーサーカーの鎧は黒く染まり、髪が白く消し飛んだが薄く金色が残り、白金の輝きに染まった。そして顔を黒い影が這ったが途中で止まった。

「やったぜ、自我を奪われなかった」

 やがてお茶の水方面からアンジェリカが姿を現した。その姿は銀の鎧の礼装を纏い。その手には不可視の霧を解いた黄金の剣が夜闇の中でも輝いていた。

 お互いに身一つでの戦いに臨もうとしている。

「王よ、アーサー王よ、わが愛しき人よ。我が望みを聞いてくださるか」

 アーサーは静かに頷いた。

「モードレッド、私はもう長く多くの人々のもとでサーヴァントとして戦ってきた。それがどんな悲劇であっても、どんなに幸福なことがあっても、私もただ一つの望みに向かい、走り続けている。聞こう!お前の望みはなんだ」

 モードレッドはクラレントを地に突きたて。大きく息を吸った。

「我が望みは貴方にもう一度、遠き理想郷〈アヴァロン〉の輝きを示してもらいたい!私はアヴァロンを否定した、あの裏切りの日から私の心は迷いの中で曖昧になった。でも、貴方に見せてもらった円卓の輝きは本物であった。それは貴方が私に示した人の輝きそのもの!それを今一度、この剣と体で確かめさせてほしい!」

「アヴァロンは追い求めたものに、その輝きを示す。そして永遠の旅路につくことになる。だがよかろうモードレッド、お前のために今一度道を指し示そう!」

「アーサー、行きます!」

 モードレッドは剣を抜きはらうと、剣を隠すように大きく構え黒く巨大な風が彼女を包み込んだ。

 アーサーも剣を高く掲げ、青い電と風が荒々しく彼女の周りに吹き荒れる。そして剣は黄金の輝きを徐々に増していく、対してモードレッドの黒い風は赤く変わり、鎧にまとわりついていた黒がはじけ飛び銀色に輝いた。

 その桁違いの魔力量に琥珀は焦った。

「そんな…三重の結界が削り取られていく!これが二人の全力!」

 二人の貯めた魔力が最高潮に達した瞬間、剣がふり降ろされた。

 

__________我が麗しき父への反逆__________クラレント・ブラッドアーサー‼

__________約束された勝利の剣____________エクスカリバー‼

 

真紅と黄金の輝きがぶつかり、そして光の海となって結界を打ち破り、万世橋駅前は黄金の輝きに包まれた。琥珀でさえその眩しい輝きに目を開けることができない。

だが数々の戦場を潜り抜けてきた二人は走り、剣を交えた。

(あなたも長い道ご苦労様でした)

モードレッドは激しく叩きおろし、アーサーの動きを封じようとする。しかしそれよりも早くアーサーの返しが胴めがけて何度も刃が走る。

(それはお前もだろうモードレッド、よくわかるぞ)

 しかし切り返しさえも弾き返し、アーサーの右腕に逆袈裟の一撃が打ち込まれた。アーサーはそれも構わず上段からの強烈な一撃を受け止めた。

(分かりますよ、あなたが追い求めるアヴァロンはすぐそこにある、もうすぐです)

そして、刃を反してモードレッドの胴を叩き斬り、すぐに袈裟斬りが赤き騎士に止めを刺した。

「ああ、お互いな」

 剣を落とし、倒れるバーサーカーを正面から抱きとめた。

「だが、お前は私を越えなくてはならんのだぞ?」

「少し、怠けました」

「馬鹿者…私によく似て大バカ者だ」

 目を瞑ったモードレッドはアーサーの腕の中で霧となり天へと消え去っていった。黄金の輝きもそれに導かれるように空高く消えていった。

「モードレッド」

 アーサー王に手加減はできないと狂化をして見せたが、彼女の精神力は狂気よりも遥かに強情であり、誇り高かった。バーサーカーの肩書は彼女にとって足かせ以外の何物でもなかった。彼女を縛ることは何人にもできなかったように。

「よかったね」

 モードレッドとの別れに涙を流した。

 そんな琥珀のもとにアーサーが近寄った。

「琥珀さん、モードレッドのマスターでいてくれて本当にありがとう」

「私はあの子に注意されてばかりだったから、でもあの子の望みが叶えられて本当によかった」

「いえ、まだ戦いは終わっていません。脅威が残っています。琥珀さん、私と契約してくださいませんか?」

「脅威」

「始皇帝、彼は疑似英霊であることを利用し、政治中枢を破壊しようとしている。この時代の人々を守るために力を貸してほしいのです」

 琥珀は空を見上げ、アーサーに向き直り腕の令呪を彼女に差した。

「私と契約の印を結べ!アーサー!」

 

 

 

 月島は石川島造船所の一角。人除けの結界を潜り抜け、ホルスト、アーチャー、智子、ルーラー、ケレスの五人が勢ぞろいした。そしてそこにシャリアが顔を出した。

「ホルスト様、錠を開けました。三秒後に結界が消えます」

 彼女の言葉通り結界が消えると、智子は赤い全身強化の術式を解放し、腰からアゾット剣を投げ飛ばした。

 走り飛ぶと二層目の結界に突き刺さった剣の柄に拳を押し当てた。

「レストっ!」

 二層目の結界が砕け散り、体を半回転させつつ破片となった結界が実体化し、隠れていた敵に襲い掛かった。

「攻勢防壁を逆手に取ったか、さぁ一気に片をつけようか」

 走り出したクレメンスの先頭に立ち、倉庫から飛んできた矢を弾き飛ばした。

「来たか紛い物のアサシン!」

「ジークだ!第六天魔王!」

 正面に対し、クレメンスのペースを崩さぬよう二五丁のモーゼル1898ライフルが逃げ回るペルレを丁寧に追撃していく。

「甘いよ!」

 弾丸を避けながら、アーチャーの抜きはらいを受け止めた。

「行け、すぐに追いつく」

「いや!ここで殺す!」

 だがペルレの大剣を受け止め、流すように胸に切っ先が分け入った。

「おっとと?これで僕が死ぬと」

「お前の力はどこまで神聖なる力だ?」

 刀を伝うように熱が走り、ペルレの胸に撃ち込まれたあるものに火が灯った。

「そうか、サーヴァントの力の源はこの聖遺物か」

「神性化されたものを燃やすのか、僕のジークフリートの刃片だけが燃える!」

「そうだ、これが第六天魔王波旬だ」

 顔の半分が黒焦げたおぞましい表情となり、彼の胸から燃え盛る聖遺物が抜け出た。

「まだ!まだだ!」

 アーチャーに向かって剣を振り下ろし、その歪んだ顔に一撃が入った。

「やった!」

「気が変わった、お前を殺すなとホルストに言われたが」

 ペルレの周囲を三千丁もの火縄銃が所狭しと包み込んでいた。アーチャーは笑っていなかった。

「やだ!」

三千世界(さんだんうち)

一斉に放たれた銃火中から、肉片が地面へぼたり、ぼたりと滴り落ちた。

 

強化した肉体は赤い輝きを放ち、呪術を纏わせた拳が敵の腹部を深々と貫き、その手を大きく広げた。

「ひとつ」

 男の体を呪いが走り抜け、肉体を黒く染めて絶命した。

「貴様っ」

 その光景を見ていたドイツの魔術師が青い炎を纏ったオオカミの幻獣を召喚し、四匹が一斉に智子に襲い掛かった。

「ふたつ…いや」

 彼女が手を振り下ろした瞬間、地を板のような結界が何重にも走り、幻獣を一瞬のうちにバラバラに切り裂き、そこから呪いが伝って黒く染めつくした。

「いつつ」

「そんな!私の獣たちが!」

 逃げ出した魔術師に先回りし、彼を蹴り上げると再び追いついて肘で首をへし折った。

「むっつ」

 その光景を見ていた三人の魔術師は怯んだ。あの美しく伸びた髪は紅葉のような美しい赤を輝かせ、その瞳が彼らに死を宣告している。

「頼む助けてくれ」

 そう言った男の首を跳ね飛ばし、落ちてきた頭を掴むなり握りつぶした。

「大丈夫、誰一人として生きて返さないから」

 智子は残りの二人をどう処理するか、それしか考えていなかった。

 

 聖杯があると思わしき倉庫は二重の構造であり、この一層目に辿り着いたのはホルスト一人であった。

 コンテナが複雑に配置された奥に、白髪になった縫い跡を持つ男が立っていた。

「とうとう来たようだなホルスト」

「ええ、少し時間がかかりましたがね」

 彼の義父、ジャヴェルは強情にして細心、豪胆にして穏やか、もしアハトという強大な存在がなければ、ジャヴェルも良き父であり師であったかもしれない。

 そう思わざる負えなかった。

「お前が使命に忠実であることはよく知っている。だからこそ復讐の邪魔はさせん」

 ジャヴェルの持つダブルアクションのリボルバーが火を噴くと、ホルストの脇を掠め、彼も三発の弾丸を撃ち込み、鉄製のコンテナに隠れた。

「時間遡行弾。僅かに一秒だが効果は十分のようだ」

 だが彼はホルストを追いながら正確に弾丸を撃ち込んでくる。

「どうした?今日のために何種類か弾丸を用意したのだろう、ホルスト」

 ホルストは構わず、物陰へ、物陰へとジャヴェルから逃げるように移動する。その度にジャヴェルの正確な射撃が飛んできた。

 息を荒くしつつ、弾倉をポケットに放り込み、ホローポイント弾頭の弾倉に交換した。

(なるほど、予想通りだ。ならこの逃げ時間を有効活用する)

 銀の弾頭弾を一発取り出すと、詠唱もなしに銀が溶け落ちて地面を縦横無尽に走った。

(これでチェックメイトだ) 

 銀は倉庫内に張り巡らされた回路を逆流、地面全体が魔力反応を探知する結界であることに気が付いた。

 そしてジャヴェルの正確な位置を把握した。

「さすがは我が息子だ」

ホルストの頭部を二発の弾丸が貫いた。

「だがそうなることは分かっていた」

 ホルストの体は力なく倒れ、血ではなく透明な羊水が流れ出た。その羊水の性質を結界が即座に判断し、それが人間のものでないことを知らせた。

 ジャヴェルは左肩に衝撃を感じると、胸も貫通していたことに気が付いた。そして傷口から白く冷たいものが傷口を辿って全身に回り始めた。

「そうか」

 左上を見上げると、銃床付きのルガー08拳銃を構えたホルストが天井の鉄骨に張り付いていた。

「どうも」

 安全装置を掛けて床に降りると、氷になるジャヴェルの元に歩み寄った。

「この感知型結界は魔力を流し、対象から反射を術者に知らせるもの。だが倉庫全体を走っている以上、その処理能力は人間なら三秒前後。その間に俺のダミーを転がしておいたのさ」

「よかろう…疑似聖杯は…この…先だ…アインツ…ベルン…の…し…め…い…」

 彼の臓器も凍結し、やがて全身が凍った。

「あなたはアインツベルン当主の務めを果たされました。どうか安らかにお眠りください」

 そうして倉庫の奥の扉を開けると、もう一つの厳重な倉庫が姿を見せる。そして彼の後ろからアーチャーが現れた。

「ルーラーは」

「まだ雑兵を相手しておる」

「なら急ごう」

 重々しい扉を開き、正面に目を凝らすと鋼鉄製の球状ポッドが、見開き窓からここに聖杯があると言わんばかりに銀色に輝いていた。

「ようやくこの時が来た!この帝都を流れるあらゆる魔力を吸い上げ、これに疑似英霊の魔力が上乗せされた完全なる聖杯が手に入る」

「これでお前を縛るものはなくなるな」

「さぁアーチャー頼んだ」

 振り向いたホルストは恐怖に顔をひきつらせた。

「どうした?」

 アーチャーの上半身が下半身から千切り飛ばされ、彼女がルーラーの存在に気が付いたのはその後だった。そして彼女の心臓に杭の先端が置かれた。

「し、死にたくッ!!!」

「第七聖典は裁きを下す」

 撃ち放たれた一撃がアーチャーの胴体を微塵に砕き、灰になって消し飛んだ。

「最初からアインツベルンは聖杯を二つ用意し、その片方をあなたに渡そうとしていたのですね。でも、私ルーラーが一つの聖杯しか認めないことは明瞭。そのためにクスィーを隠れ蓑にしようとしたわけですか」

「まさか、初めから気付いて」

「ええ、だってそのために私は聖杯に召喚されたのですから、聖杯は唯一絶対であり、存在があり続ける限り二つとその存在は許さない」

 ルーラーは第七聖典をポッドに向かって構えた。

「やめろ!」

 ホルストが引き金を引いた瞬間銃弾は暴発し、銃の破片が彼の顔に襲い掛かった。

「がぁぁぁぁぁぁああ」

「今一瞬だけ、薬室に蓋をしました。この時代の銃ならそれだけで致命傷ですから」

「やめろぉぉっぉぉおおおおおおおお!」

 第七聖典の一撃がポッドごと聖杯を砕き、ルーラーはその手に余剰となった魔力を吸収した。

 ホルストは傷の痛みなど構わず、悲壮な表情のままルーラーを見据えていた。

「アインツベルンに使命があるように、私にも使命があった。ただそれだけなんですよ」

 そこには追い求めた者の末路があった。

 彼の誠意は間違いなくジャヴェルという父とアインツベルンという血脈に裏打ちされた誇りから来るものであった。しかし、彼の誇りは彼自身が殺し、そしてその結末をこうしてその身で味わった。

 ただそこには無に帰した夢の残骸が散らばっていた。

 

 

 

 

 

 



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第二十話 東京市(二)

 

 時刻を一時間ほど過ぎた東京は日比谷の一丁倫敦。

 

 ここの静まり返ったオフィス街を宮城に向かって東京駅玄関から壮大な馬車列が伸びていた。

 

 そして車列のほぼ中央に据えられた玉座に雪山こと始皇帝が坐していた。

「余は完全にはなれなかった。だが、我がこの世においてここまでの力を行使できるというのは、つまりは世界が余に畏怖と尊敬をもっ

ていることの証だ。ならば、ひとつその力でこの国の王を殺してみせるのも造作ないことだ。そしてそのあかつきには我の自由であると、そうだなカトリよ」

 始皇帝の玉座脇からカトリはゆっくりと頭を下げた。

「復讐こそ我が定めにございます。帝の力がございますれば、さらに良き復讐の徒となりえましょう私という化け物は」

「まさしく、お前は妖怪の類だ」

 十騎八列の陣はゆっくりと、しかし確かな足取りで宮城を取り囲む結界を破壊していく。

「それにしても奴はまだか」

「奴…アンジェリカですか」

 陣列の前方に白銀の礼装に身を包んだアーサーが真っ直ぐ歩んできた。

「噂をすれば…槍隊!前進せよ!」

 だがその長槍はビルの屋上から放たれた輝きによって破壊された。そして輝きは衝撃波となり土の兵たちを次々と打ち砕いていった。

「間桐のマスターにございます。ここはお任せを」

「よしなにな」

 琥珀は馬車列を見下ろしながら、革ケースに入った木札の枚数を数えた。

〔琥珀さん、ここまでで十分です〕

〔いいえ、最後まで私も戦うわ。あなたも頭上を気にせず思う存分にやって、魔力の心配も無用よ!〕

〔心強い!〕

 琥珀はビルを伝う存在に気が付き結界を発動したが、赤紫に目を輝かせるカトリが彼女の結界にめり込み、溶かし始めた。

「いいですね、私も結界専門の魔術師です。採点しましょうか」

 その人口の瞳は縦横無尽に走り、やがて彼の体に溶け込むように結界が消し飛んだ。

「そうか!結界を溶かす邪眼の殺人鬼!パリで高官を次々と暗殺した男」

「よくご存じで、そう私が魔眼の奇術師ロアン・ダ・ヴィンチ。横浜支局の奴らも、内通者も存外手ごたえがなくて困っていたんだ。君は違うのだろう?聖杯の卵」

「何とでも言えばいい!」

 木札の一枚の魔力を解放したと同時に、内外から結界が干渉し、火花が飛び散った。

「さぁ、早くしないと逃げ場がなくなりますよ」

 周囲を覆うようにハンドボールサイズの結界が無数に宙を漂っている。その一つが琥珀の結界に干渉すると実体化し破裂、ガラス片となり彼女に降りかかった。

「対魔術ではなく、物理的な破壊をもたらす私の結界は守りではない。攻勢魔術そのもの。まさに死のシャボン玉だ」

 琥珀は次々に結界に干渉してくるシャボン玉に耐えながら、木札の最後のストック五枚を取り出してありったけの魔力をある術式に込めた。

「できれば、使いたくなかった」

 円陣となり消し飛んだ木札は蒼い光の玉となり、そしてそれが連なって巨大なムカデが姿を現した。

「魔蟲三ノ式、黄金を食い尽くす大百足!」

 百足はカトリの結界をすり抜け、カトリの自己防衛結界をも食い破って彼に絡みついた。そして巨大な顎が彼の左腕と右足を食いちぎった。

 結界は百足とともに一斉に消え去り、カトリは絶叫しながら地に伏した。

「本来なら手のひらサイズの蟲だけれども、札を使った特大サイズの蟲よ」

 しかしたった二分の召喚に、琥珀も気力を持っていかれ自然と息が荒くなった。

「よくも、やってくれたな」

 のたうち回っていたカトリの目が再び赤紫に輝いた。そして琥珀を半球の結界が内へ内へと収縮していく。

「潰れろ、腕と足の代わりに命もらう」

 だがその結界を深紅の風が打ち砕き、カトリの首も切り伏せた。その光景に琥珀は力なく膝をついた。

「モードレッド」

「琥珀、全力なのは分かるが無茶はいけないぜ。少しは加減しろよ」

そう告げると赤い騎士はビルを飛び降りた。

琥珀は夢中になって大通りの見える場所に立つと馬上で赤いマントを翻すアーサー王、そして彼女の前を円卓の騎士たちが盾となり矛となって始皇帝の軍団を次々と打ち破っていく。

「これが貴様の軍勢か、アンジェリカいやアーサー王よ!」

 安房宮が大通りを包んだが、円卓の騎士たちは怯むどころか増々その勢いを増していくのである。

 始皇帝は息を飲んだ。

「なぜだ」

「始皇帝よ、お前はサーヴァントという立場でありながらこの時代の大局に干渉しようとしている。そんな横暴はお前も私にも許されない!そして聖杯戦争はもうすぐ終わる!消える定めから逃げるな!」

「フフフ、ハハハハハ!何を拘る?この時代に生まれたものは、すべからく己が道を究めるもの!余は余の覇道をこの時代にも示すだけだ!アーサー!」

「なら、この世界の、この時代の多くの人たちを守るために!未来を守るために!私はお前を倒す!」

「なら行動で証明して見せよ!」

 大挙して攻めかかる土の兵たちを騎士たちが立ちはだかった。

「王よ、ここは我々が道を切り開きます」

「任せた!」

 ガウェインとモードレッドが突撃し、赤い風が稲妻となり一直線に陣を始皇帝の目前まで切り裂いた!

「甘いぞモードレッド!」

 そう叫んだガウェインのガラティーンの閃光が道を塞ぎに入った土の騎兵たちを消し飛ばした。

 走り出したアーサーの馬を七騎が守りながら疾駆する。だが、裏廻りした兵がアーサーに槍を投擲した。

「王の背中は私が守る!」

 ガラハッドの巨大な盾が槍を弾いた。

 そして二本目を構えた兵を一本の矢が貫き、砕いた。

 トリスタンはガラハッドに軽く手を振った。

 

 土とはいえ始皇帝の精兵、それになんら怯むこともなく騎士たちはまっすぐ道を維持し続けた。

 

 そしてアーサーの剣が天を指し、黄金の輝きに包まれた。

「なるほど、お前は本物の英雄(サーヴァント)だ!」

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)‼」

 

 安房宮は光の中に消し飛び、土の兵たちも光の中で砂に還った。

そして始皇帝の体はその黄金の中で灰となり消えていった。

その安房宮の残骸は光の雨となり、地ではなく天へと降り注ぐように登っていく、円卓の騎士たちも一人ずつ光の中に姿を消していく。

琥珀がアーサーに近づくと、彼女も既に光になろうとしていた。

「アーサー王」

 彼女は首を振った。

「私の真名はアルトリア。使命を果たしました。これでお別れです」

「そう、アルトリア。ご苦労様」

「琥珀、どうかあなたの将来が幸福の日々であることを祈っています。私もこれであの人の元に向かうことができる」

 

「いってらっしゃい、そしてさようなら」

 

 闇は深く、戦いの後の静けさが帝都を平穏の日々に戻していく、光の雨は彼らの行く末を名残惜しそうにゆっくりと天に昇る。

 

その輝きたちを見上げながら琥珀は洸とシールダーの無事を祈った。

 



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第二十一話 東京市(三)

こうした魔術師たちとサーヴァントの戦いも帝都に灯る小さな火花。二人が教会に辿り着くまでの道のりは、いつもの谷中界隈の静けさだけの夜だった。

「着いたぞ」

 シールダーは門前から洸へと視線を移した。

「どうか焦らぬように、あなたなら時間さえかければ五分に持ち込める」

「ありがとう、気を遣わせるな」

「いつものことです」

 そして教会の前庭へと歩みを進めた。

「おうい、まっちょったぞ」

 アサシンは酒をあおりながら庭の真ん中にふてぶてしく座っている。シールダーは一文字を抜きはらい、その殺意のこもった瞳が彼に用件を尋ねた。

「沖田総司はここでワシと殺しあう。で、そこのマスターは中で待っているワシのマスターと戦う、行かれよ」

「総司」

「すぐに追いつきます。それまで」

「頼む!」

 洸はアサシンの脇を抜け、外側に開かれた教会の扉を勢いよく閉じた。

「じゃあ、用件は早く済まさなければのう」

 盃を投げ捨て、紅白の鞘を払って飛び込んだ。

 糸巻鍔が悲鳴を上げ、そのまま袈裟切りを返すと背中に体重を乗せて飛び、刃が過ぎたのを見て突きを走らせた。だがシールダーの姿はなく、左わき腹に痛みが走った。

「んんっ!?」

 振り向く間もなく突きがアサシンの鼻に突き刺さり、血しぶきが彼の視界を奪った。

「しかしっだぁ!」

 大ぶりの二振りが見当をつけて振り落とされ、僅かに感触があった。が、アサシンは鵐目が鼻の傷口に抉り込み、殴られたことにようやく気が付いた。

 シールダーは間合いを離し、切っ先をやや左に移した。顎下に小さな切り傷があった。

「ここまでなのか、以蔵」

「ぐ、ククク、カカカ!」

 痛みに悶え、やがて奇声にも似た笑い声に変わった。

シールダーは大きくため息をついた。

「そう残念そうにするな」

 アサシンの羽織が触手のごとく枝割れ、黒い枝先に刀が生え出た。

「これはワシが得た剣術が多数を相手に力を発揮する、その特性を宝具にした力。名を付ければ明けてこそ治めて狂う邪鬼道」

地を這うようにをシールダーは手始めに草むらを這う刃を低く飛び越え、枝に刃を走らせたが、以蔵の表情は変わらず宙からの一突きが脇腹を掠めた。

「京の袋小路が懐かしいだろう?」

 枝が彼女を何度も殴り、右腕に刃が通った。

 刀を無理やり握り、地面を転がったが人ならぬものを侍らすアサシンの姿は人ではないとようやく納得がいった。

「まだ始まったばかりだぞ!沖田総司!」

 だがそれでも彼女は立ち上がった。

 

 

赤い瞳のシスターは祈る。

 そして深い感謝の言葉を述べ、十字を切った。

「人殺しが律義だな」

 そう吐き捨てるように言った洸へクスィーは笑顔で向き直った。

「人殺しであるからこそ、神を信じ、許しを請うのです。そして教えに従い、全ての命を等しく愛する」

「なら生ける命のためにお前を主の元に送ってやる。だが人形が天へ行けるのかな?」

 洸は歩みを進めながら鯉口を切った。

「来なさい。終わりのために」

 ガントが放射状に走り、クスィーは黒鍵を斬りつけて赤い稲妻を引きちぎり、そのまま洸の一閃を正面からはじいた。

「そこかい!」

 洸は宝石の閃光を放ち、彼女の視界外から黒鍵ごと右手指を切り離し、切断面に向かってガントを走らせた。

「すごいわ」

 彼の左拳を蹴り飛ばし、勢いがなくなった彼の顔を黒鍵の刃が掻き斬った。だが、力を込めてガントを纏わせた右拳がクスィーを祭壇へと弾き飛ばした。

「なるほど、セイバーの言う通りだ」

 彼は血を拭い、刀に黄金の輝きを纏わせた。

 

シスターは決して笑顔を絶やすことはない。

 それどころか鋭い歯をあらわにし、もはや女性らしさが感じられない奇異な顔になっていた。

 彼女は確かに吸血鬼である。

 しかし、彼女の右手指から垂れ下がる指が糸を伝って揺れ動いている。

「アドルフの言う通り、人形だったのか」

「そう、私は自ら骨格の主たる肉体を魔力で修復することで無限に再生し続けられる」

 彼女の右手は球体の関節とともに再生し、その表面を人のような皮が覆い包んだ。

「でも、そんな私にもささやかな願いがある。先ほどあなたが言ったように、人ならざる者は天国と地獄のはざまを永遠に漂うことになる。辺獄へ行くことさへも許されない。だから私は本物の人間になる。義体を用いた吸血鬼のクローンという私の本質を塗り替えることができる。しかし、あと二人。ルーラーとセイバーを聖杯に封じなければ私を実体化させる魔力は手に入らない。足りない、足りないのです!だからあなたの魔力も私に下さい」

「断る。俺は耶蘇様に興味はない。だがお前は俺の家族を傷つけた、それも簡単には治らない傷だ!その代償はお前がその体のまま死ぬことで払ってもらう!」

「ふふ、ふふふ、これが宿命、これが運命。主よどうかお許しを…」

 クスィーの右手を突き破るように一本の穂先が姿を現した。その血がこびりついた槍はクスィーの表皮をわずかに砕いた。

「ロンギヌス!彼の定めに終わりを告げよ!」

 限界まで魔力を放出し、右腕を洸めがけて構えた。

 その瞬く間の突きが洸の右胸を貫通し、洸の前に張られたガントの壁がばらばらと崩れ落ちた。その衝撃波は教会内のあらゆるものを破壊しつくした。

「まだだ!」

 洸の回路は黄金に輝き、押し広げられた回路が崩壊を始めるが刀はその閃光で槍を打ち砕いた。

「これは失われた魔法の複製!不死鳥の弓だ!」

 その閃光はクスィーの体を砕き、その合間に流れ入っていく。その膨大な魔力量に彼女の義体は耐え切れずにバラバラと砕け始めた。

「これが主の望み、ああ!我が主よ!愛する者たちに祝福があらんことを!」

 彼女は天を仰ぎ、炎の中に落ちていく。

 表皮は溶け落ちて球体があらわとなり、人形の体が崩れて心臓に輝く赤い宝石が見えた。

「お前は人ならざる者、たとえ人になってもお前はこの世界で何も得ることはなかった」

「それでも、出会いはあったわ」

 クスィーの核となった赤い宝石が床に転がった。

 洸はそれを拾い上げ、月明かりにそれがハート形のルビーであることが見て取れた。

「アドルフの言う通り、肉体を維持する魂の座がここにあった。そこに魔力を無尽蔵に流し込めば肉体は許容しきれず、崩壊する」

 洸は力なく倒れ、胸の傷口から血が流れでた。

 彼に傷を治す気力はなかった。

 

 

 シールダーは為すすべがない。

 叩かれる体がもはやどこが悲鳴を上げているのかさえ理解できない。叫ぶ暇すら与えられない。その肉体に以蔵のありとあらゆる感情が叩きこまれた。

 だが何度でも立ち上がり、打たれ、なおも手から刀を離すことはなかった。すでに青い羽織はなくなっていた。

「簡単に死んではおもしろくない!」

「そうか、近藤さんこの魂の強情さこそが、新選組の精神を伝える原動なのですね」

 目の前で甲高い金属音が鳴り、その大きな背中に目を見張った。

「そうだ!俺たちの旗は俺たちの生きた証!たとえどんなに長い年月が経とうとも、俺たちの魂は不滅なのだ!」

「近藤さん!」

 青い霧を纏った肌の浅黒い男は、黒い枝を意にも返さず三本も斬り落とした。

「総司!掲げるんだ俺たちの旗を!」

 シールダーは誠の旗を突き立て、その背から人々の影が次々と姿を現した。

「まさか、お前の宝具は」

「そうだ!私の宝具はこの小さな旗だ!友と戦ってきた忠義の証であり、正義の証だ!お前の見れなかった本物の友情が私の宝具だ!」

「だまりゃあああああああああ」

 黒い刃が一斉に隊士たちに降りかかるが、その単調な斬撃は数によってあっさりといなされ、アサシンの宝具はその効力を失った。

 技を捨てたのは紛れもないアサシン自身であった。

「そんな」

 そして彼女に白地に黒いダンダラ模様の羽織を優しく着せた手があった。

「ありがとう、あなた」

「背中は任せろ、行け」

 駆け出した彼女に恐れはない。

 確かに失いはした。だが彼女の本当に守りたかったものはまだその胸の中にあった。そして、それを二度と見失わぬと心の中で強く決心した。

「来るなぁーっ!」

正面から来た黒枝の塊を、黒い洋服の男が一閃で払いのけた。

「負けるな、宗次郎」

「ああ、トシにぃ!大丈夫だよ!」

 アサシンの間合いに飛び込んだと同時に彼の斬撃よりも早く喉、心臓、水月を突いた。

「無明剣三段突き!」

 アサシンの枝は消え失せ、その体は地面に叩きつけられた。

「みんな…仇は…とれなかった…すまん」

 青い霧となって消え失せるアサシンを見下ろしながら、荒れる息を一気に吐き捨て、大きく空気を吸い込んだ。いつの間にか近藤たちは消え、シールダーは尻もちをついた。

「はぁ、はぁ、洸さん!」

 すぐさま立ち上がり、扉を開け放った。

 そして倒れる洸のもとに歩み寄った。彼の体は全身から透明な液体と血が交互に吹き出し、かろうじて呼吸だけはしていた。

「遅かったか」

 シールダーは来たばかりのルーラーに縋りついた。

「ルーラー、頼む、洸を救ってくれ」

 ルーラーは首を振った。

「なら、なら聖杯だ!聖杯の力があれば」

「肉体を復元できても、魂の器には小さすぎてすぐに崩壊する。彼の魂はもうこの世にはとどまれないほどの魔力を生み出し続けている。聖杯でも無理よ」

「そんな…」

 シールダーは自身を呼ぶ声に気づき、洸の元に駆け寄った。

「すぐに、すぐによくなります!」

「無理だ。自分がよくわかる」

「無理?そんなの聞く耳持ちませんから!あなたには琥珀ちゃんと赤ん坊がいるんです!父親が勝手に先に行くなんて道理があってたまるものですか!だから、だから、笑って、冗談だって言ってくださいよ洸」

「もう長くなかった。ボロボロだったんだ。俺はあと一つお前に頼みたい」

「お断り…できないでしょうに!」

「すまない、ルーラー」

 ルーラーはその手に聖杯を持ち、彼らへと差し出した。

「あなたは何を願いますか」

 そして一つの願いを叶え、榊原洸は沖田総司の腕の中で眠りについた。

残す言葉もなく、満足そうに笑顔を浮かべて彼は彼女の必死の叫びにも目を開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

この聖杯戦争はジャヴェル・アインツベルンの私意によって引き起こされたものであり、多少の騒乱はあったものの御三家はなかったものとして正式に記録から抹消。

 改めて第三次聖杯戦争は二十四年後の一九四四年に行われることとなる。

 

 

 

 

帝都聖杯奇譚 ~1920~  完

 




次回は最終回としてエピローグをお届けします。お楽しみに


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最終回「冬木遠景」

 

大正九年(一九二〇年) 十二月十七日

 

 染みる、凍える。

 マフラーをきつく巻き直しても、袂は増々冷えていく。夕暮れに赤く溶け込む雪雲は、白く、白く彼女の視界を閉ざそうとする。白い雪を手に吹きかけては、刀袋に積もる雪を振り落とした。

 手は赤くなり、彼女はぐっとその痛みを堪えた。

 あれから幾月を経たことだろう。

 彼女はあの濃密な、しかしあまりに早い十数日の日々を思い起こしては、雪の中でも目を凝らし、湿った足袋を一歩前へと動かしていく。

 この冬木村ももうすぐ年越し、師走の忙しさとは裏腹に人々の顔は快活そのものである。こうして足のつかぬよう駅から徒歩できたが、もう少し待合室に世話になればよかったとほんの少しばかり後悔した。

「なぁ」

 次の場所へ歩みながら、旅の記憶がいくつも重なる。

「お前さんが思っていたほど、俺たちに後悔する時間はなかった。時代は変わった。たとえワシにはどうしようもできなくても、生きることだけはできたのじゃ」

 暑い京の四条橋を一人の老人と歩みを進める。

「お前さんは男ではないが男勝りで、まさしく武士だった。尊敬していた。お前さんに何があったかは後で知った。今はともに戦えたことに誇りをもち、感謝している。ありがとう総司」

「でも、私は」

「今は生きていればいい、今までの事は後で嫌でも向き合わなくちゃあいけなくなる。大事なのは、その時に逃げずに、腹の下に力を入れて、どんと優しく迎えてやることだな」

 老人の姿は消え、涼しげな風が彼女の破り捨てた手紙と写真を川に流してしまった。

 そして手を合わせ、目を閉じた。

 その墓に向き合いながら、水をかけてやり手拭いで石肌を拭いてあげた。

「お父ちゃんと仲良くしているかい?私はねこうやって生き返ってしまったよ。なんでだろうね。でも、ひとつだけいいことがあったよ、あなたが生きて子供を産んでいたら、きっとあんなに元気のいい子たちだったのだろうなって」

 墓の前には団子と花が供えられている。

「ごめんなさいね、あなたの母親になりきれなくて、ごめんなさい」

 懐かしさを残した京を離れ、東京の榊原家に戻ってきたとき琥珀の姿は消えていた。

 代わりに土足で踏み荒らされた家具の合間から、父の八郎が姿を現した。

「八郎さん!お父さん!」

「おお総司さんか、おかえり」

 そう元気にして見せたが、頭から血が流れ脇下を抑えながら苦しそうに声を張っていた。

「琥珀が、琥珀が連れ去られた!美穂は先に追ったが後から出ようとした私が襲われてしまった」

「そんな…」

「でも、君は二日も早く戻ってきてくれた」

 八郎はポケットから封筒を取り出し、総司の手に固く握らせた。

「これは切符だ!私の代わりに琥珀と子供を」

「はい!助け出します!場所は」

「西の果て、冬木村だ!」

 八郎は無理に立ち上がり、総司に行くように促した。

「ワシはすぐに治る。だが時間が惜しい!行ってくれ!頼む!」

 洸と同じ、優しく強い瞳に押され、総司は玄関を走り出ていった。

自身の旅行道具を抱えて。

 

 それからだ、それから再び西に戻り、冬木村にやってきた。だが、洸の治療も効果がなくなり、持病が再発し始めていた。時間がない。

「総司…総司さん!」

 突然、正面から誰かに抱き着かれ、何が起こったのかと袂に目線を写した。治療でブロンドの髪は銀色になってしまったが、透き通るような瞳といかにも心配症という顔に涙があふれていた。

「美穂です。榊原美穂ですよ!沖田総司!」

「元気になられたのですね」

「そうよ、この通り」

 再びきつく抱きしめられると、そのぬくもりが凍えた心を溶かしつくした。そして美穂の頭をそっと撫でた。

「寒いですから。中に入りましょう」

 年季はあるが、主人の手入れが行き届いた商人宿の小さな囲炉裏、総司は濡れた衣服を気にも留めず、ただ美穂を見つめ続けていた。

「あなたが倒れた時、洸さんと琥珀さんは本当に夫婦のようでしたよ」

「ええ、夢うつつに覚えているわ。私は二人を悲しませるような真似をしてしまった。もっと早く元気になっていれば間桐に連れ去られることを私は」

「では琥珀さんの居場所はわかるんですね」

「もちろんよ!今日が救出の決行日!あなたが間に合ってくれてよかった。それでお父様は」

「旅立つ寸前に襲われました。とにかく私を送り出しましたが心配です」

「お父様を信じたいけど、間桐の奴ら!どこまで卑怯な!」

「本当に琥珀さんを器にして」

「あいつら勝手に利用して、勝手に殺そうとしている。お腹に子供ができるまであの静香って女は待っていたのよ。聖杯を召喚するために」

 涙を拭い、美穂は鞄から洸の持っていた小物入れを取り出した。

「見覚えはない?」

「はい、私の夫が形見にくれたものです。もう見つからないと思っていました」

 美穂は箱を手渡し、総司はフタを開けると仕掛けを外して油紙に包まれた名刺判の写真が二枚出てきた。

「私と夫の大事な写真です。ずっと洸さんが持っていてくださったのですね」

「私の興味本位で、あなたの召喚の経緯を調べてたのです。あの学校のピアノには魔術式が書かれていて、それはシールダーのサーヴァントを呼び出せる術式だった。おにぃ様は生き残るために式に魔力を込め、魔術道具の宝石を入れていた小物入れを触媒に」

「私がサーヴァントとして召喚された」

「聖杯は本来存在しないクラスであったから、あなたを仮にセイバーとクラス分けをした。それでアーサー王なんて言う本当のセイバーが現れるきっかけにもなった」

 写真を仕舞い、箱を懐に収めた。

「なおさら、琥珀さんを救い出して洸さんとの約束を果たさなければなりません」

 そこに外人の男と背丈の低い黄金の瞳の少女が姿を現した。

「アドルフさんに、ニューさん」

「やぁ総司さん。間に合ったようだ」

「私たちも加勢する。アドルフの友人をまもるために」

 美穂はゆっくり頷いた。

「場所は円蔵山という山にある柳洞寺です」

 

美穂は山道を登りながら総司をじっと見つめた。

目的地へ向かう迷い無き眼、黒装束の袴、白地に黒抜きのダンダラ模様の羽織、黒いマフラーに白い拵えの大小二振。サーヴァントの時と変わらぬ姿がそこにあった。

「総司」

「はい、どうしましたか」

「この先に境内へ行ける階段があるわ、でも間桐が幻術の結界を張って、立ち入るものを夢に惑わすわ。正面を術で切り開くけど十秒ともたない。だからこれを」

 美穂は自身の赤いマフラーを差し出した。

「これは正気を失っても足だけは目的地に向かうようにしてくれる、まじないがかけてあります。必ず琥珀さんの元に辿り着けます」

「巻いてくれる」

「え、うん」

 自身の黒いマフラーを取り、美穂に赤いマフラーを巻いてもらうと、美穂の首にやさしくマフラーを巻きつけた。

「ふふふ」

「ふふ、ありがとう総司」

「いいえ、ふふ」

 嬉しそうな表情はすぐに真剣な顔に取って代わられた。

「行きましょう」

「はい!」

 手筈通りにニューは森を突き抜け敵を掃討、正面をセイバーが囮となり、美穂とアドルフが琥珀を保護する。

 美穂は小瓶を投げつけ、銀の液体が結界に入り口を作った。

「行ってきます」

 そういって総司は駆け出した。

 道をまっすぐ、鞘を握り、雪が舞う中を一段一段と踏みしめていく。

(今、行きます)

 彼女は急ぐ、だが何を生き急ぐのか彼女にはわからない。

「無理はいけないな、総司」

 京の街は複雑でまどろっこしい、すぐに道に迷う。

「何の不思議があって、生き返ったのかな」

 人込みの中をかき分けながら走り続ける。汗が目に染みるが気にしてはいけない。

「なぜ来てしまったんだ総司」

 自身を突き放そうとする山南をひどく愛おしく感じてしまった。もう武士でなくてもいい、だから、だから山南の女でいさせてほしい。そう素直に自分の願いに従った。

「私が山南の介錯をします」

 誰にも反対などさせない。反対するはずがない。あの人がそれで良くても、私は仲間を許せない。だから、私が斬ればみんなには深い傷が残る。

 私はそれでいい。

「お腹に赤ん坊がいますな、おめでとう」

 結局、身を焼いたのは私自身だった。頭が真っ白になってぽろぽろと涙が流れ落ちた。

「どうして!どうしてこの子まで連れていくの!あの人に飽き足らず、この子の命も奪っていくのね。神様、仏様なんて…嫌いだ!」

 冷たくなった我が子を抱きながら、二人への思いが溢れ流れていく、このまま何もかも忘れてしまいたい。

 そう思い、ひたすらに泣き叫んだ。

「大丈夫だ、俺たちは勝つ。だから治ったらすぐに追いついてこい。そしたら、のんびりとまた昼寝ができる」

 近藤と土方の背中が遠のく、私はまた何かを失った。

 だが体が言うことを効かない。これは、山南を斬った私が彼との絆を望んだ結果なのだろうか、それとも代償なのだろうか。

「お前は何様のつもりだ」

 私は声を振り絞って叫んだ。

 悠々とする黒猫は私に恐れを抱くことなくまっすぐ見つめてくる。力の入らぬ手がとうとう刀を落とし、膝をついた私は泣き出してしまった。

 そんな私に黒猫は静かに寄り添った。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 そっと黒猫を抱き上げた。

「私、死にたくない」

 風景が交差する。

 待っているのか、歩いているのか、生きているのか死んでいるのかも分からなくなる。

(そうだ急がなきゃ!) 

 がむしゃらに足をばたつかせ、ようやく足が雪を踏む感触がした。何でもいい、今を走っていたい。

 息がかすむ、この通りを曲がれば我が家だ。

 街灯の少ない住宅街の窓にはそれぞれ灯りがともっている。心地よいほどの雪模様、明日の除雪の事を考えれば頭が痛いが、みんなでやれば楽しい家族の一行事になる。

 ここは谷中桜木町の榊原宅。

 玄関を開けるとお茶の間から楽し気な会話が聞こえた。そしてお帰りなさいという返事が返ってきた。

(ちょっと帰りが遅かったんじゃないか)

「少し買い物に出ていたのです。目的のものがあったので」

(もしかして就職祝いか)

(洸さん、甘ったれたこと言っていると、すぐに痛い目を見ますよ)

(そうですよお兄様)

(ははは、二人には敵わんな)

 笑い声に耳を傾けながら、後ろを振り向いた。

「どうしたのです、バーサーカー」

 彼女は悲しげな表情で首元を指さした。

 無言で消えた彼女の姿より、首に巻かれた赤いマフラーが気になった。

「そうですね。気を遣わせてしまいましたね」

 茶の間に進むと、そこには誰もいなかった。楽し気な声は何だったのか、なぜバーサーカーがそこにいたのか、全てを理解した。

 あるはずのない雨戸をこじ開けると、一面は水平線を埋め尽くすような雪原。暗く、静かに吹き荒れる雪の中を一人の男が歩いていく。

「洸さん」

 裸足のまま家を飛び出し、吹雪を歩む黒い影を追いかけた。

病んで、疲れ、あの頃のような剣士の足ではない。

 それでもがむしゃらに雪を踏み分け、その喉を枯らす勢いで叫んだ。

「待って!待ってください!戻ってきて!」

 まったく近づけない。それでも雪原を歩み続ける。

「私も、琥珀も、美穂もあなたがいたからこそ、だから!行ってはダメなの!」

 と、柵に足を取られて体前へと投げ出された。

 すぐに立ち上がろうとするが、右足が思わぬ方向に曲がり立ち上がれない。

 それでも雪をかき分けるように地を這って進む。

 だが吹きつく風と積もりゆく雪が彼女の体温を奪う。

「そんな、嫌だよ。もう嫌だ」

 全ての記憶が走り抜ける。

 かすむ視界が、多くの人々の顔に変わり、そして瞬く間に消え去ってしまう。

 かすむ、涙を流しつくした彼女の顔はひどく荒れていた。

「助けたい!」

 視界は黒く、何も感じない。

 そのうち、何をしたいのかもわからなくなってきた。

「もうすぐだ!総司!」

 総司は石畳に這いつくばりながら、状況を整理した。

 そして耳に静香の笑い声が響いた。

「健気ね、でも沖田総司もサーヴァントでなくなったらただの人、真祖のホムンクルスは少し厄介だったけど、もうあなたには何もできないわ」

 どうも自分は隅に追いやられている。

 美穂は抑えられているが、自分は完全に死んだものと思われているらしい。

 ニューも倒れているがその目にはまだ闘争心が満ちている。

 手にはしっかりと刀が握られていた。

「ありがとう、洸」

 立ち上がった瞬間、目の前の二人の男を叩き斬り、続けざまに美穂を抑える二人を斬り落とした。

 総司は一瞬の隙を許さず、静香の前に立ちはだかった三人を三段突きで一気に地面に倒れ込ませた。

「そんな!幻覚から抜け出せなかったはず!」

「少しばかり、思いで参りをしてきましたよ間桐静香さん、でもそれよりもずっと大事なことがあるので帰ってきました!」

 静香は手のひらを構え、蟲を撃ちはなった。

 それは総司の左腹を大きくえぐり取ったが、それよりも早く静香の胸に一文字が背中を突き抜けた。

 二人は倒れ込み、あたりは静かになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く、静かなる雪世の冬木。

 

まぶたは開くが、あまりはっきりと物が見えない。だが雪を朱に染める血の色ははっきりと見える。

 

そしてようやく刀が左胸に刺さった静香の姿が見えた。

 

息はなく、即死だったようだ。

 

そして総司は頭を支える温かな存在に気が付いた。

 

「大丈夫」

「うん、私も、お腹の子も大丈夫」

「よかった」

 

 そう言ったのを最後に、彼女は暗闇の中に意識が消し飛んだ。

 

 琥珀は瞼をとじてやり、いつまでも泣き続けた。

 

 

 

 

 春はもうすぐやってくる、だが冬はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

おわり

 

 



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あとがき+α

終わりまで読んでいただきありがとうございます。

プロットは中二病全開の頃の高校一年の自身が執筆し、結果はこうして完結だけを目指してあらゆることを無視し、この夏に終わりました。

 

書き終えて問題点しかないのは百も承知で、プロットも文章も一から書き直したいレベルでしたがあの頃の自分に免じて素直に草案通りに書きました。

 

三部構成で、ひたすら沖田さんを精神的にいじめる内容は変わらずにそれが約三世代続く予定でしたが、そういえば経験値先生が昭和20年からの本編を書いていたのであとはそちらにおまかせする感じにしました。しかし、フリー素材よろしく、相変わらずドイツ勢が悪役ばかりなのが許せないので悪でも正義でもあるホルストくんを追加しました。

 

 本編は望まぬ未来へ転生した沖田総司の物語と、ドイツと世界の大戦後の矛盾を焦点とする二重構造の予定でしたが、欲張った挙句こんな二次創作小説になりました。

 

心残りがあるとすればリョナ経験者の間桐静香に救いが欲しかったところですが、徹頭徹尾悪役にしてしまったのが心残りです。

 

というわけでまだ水着沖田さんドロップしてないので課金してきます。

では、さようなら。

 

 

 

 

 

 

メイン登場人物紹介とその後

 

榊原洸(19)

 立林高等学校音楽科に通う学生。専門はピアノ。実のところは宝石を専門にする魔術師であり、幼いころに蘇生のために埋め込まれた強力な魔術回路を持つ。家族思いで、琥珀に一途なこともあって熱い性格、しかし周りのために落ち着いた振る舞いをしている。それは聖杯戦争に入ってからも変わることはなかった。

 セイバーを偶然召喚し、寿命の事を知ると母と妹の仇を取って死んでしまう。だが琥珀との間の子を沖田に託し、その子の血脈が遠坂に繋がることになるのは後の事である。

 

サーヴァント・セイバー【シールダー】

 榊原洸のサーヴァント。真名は沖田総司。存在しないはずのクラスシールダーのサーヴァントであり、一切の魔術的な要素を持たない不思議なサーヴァント。しかし剣技はサーヴァントとして召喚後も上達し、ついには魔術を貫通するほどの能力を持つ。しかし、彼女は明治からの大正という世の中に不満を持っており、榊原家を通して自身の人生と時代を振り返ることとなる。

 聖杯戦争後は聖杯によって受肉、間桐の人体からの聖杯錬成を阻止し死亡。しかしそれ以降も聖杯戦争に呼び出され、ゴールのない旅路を突き進むことになる。

 宝具は【誠の旗】【誓いの羽織】

 

古田琥珀(17)

 お茶の水の女学校に通うが、その実は間桐の後継家系の魔術師である。母と父を惨殺されてからは榊原の家に預けられ、間桐静香に魔術を習いながら平穏に暮らしていたが、本家から聖杯戦争の代理人に指名される。彼女も洸の影響で家族思いな性格、洸とは相思相愛であり度が過ぎて加減を間違えるようなおっちょこちょいな性格でもある。サーヴァントバーサーカーのマスターであり、終始聖杯戦争と間桐のあり方に疑問を持っていたが、はっきりとした答えを出せなかった。

 戦争後は洸の子供を孕んだが、それを狙っていた間桐に聖杯にされかけるも阻止され、無事女の子を出産し、聖杯戦争から戦後にかけても女丈夫として家族を支える。

しかし、その血脈は子孫に悲劇を強いることとなる。

 

サーヴァント・ヴァ―サーカー

 琥珀のサーヴァント。真名はモードレッド。バーサーカーにも関わらず琥珀の手違いで狂化されていないと思われたが、実際には彼女の精神力が狂気を弾いてしまうのが原因である。すでに別の聖杯戦争でサーヴァントを経験したこともあって、豪放磊落な豪快な性格でここぞというときは落ち着いてことに当たっている。しかしアンジェリカ(セイバー)を前にして取り乱すなど過去から逃げきれない場面も多かった。

 聖杯戦争で因縁の決着をつけ、アーサー王の円卓の座に帰還した。

 宝具は【スクラマサクス】【クラレント】

 

 

クレメンティ―ナ・美穂・榊原・マリーン【榊原 美穂】(14)

 時計塔で既に液体魔術を修了している小さな天才魔術師。また時計塔の代行者であり、ライダーのマスターである。イギリスで榊原家に引き取られ、事故に遭遇し義理の母を失っている。極度の心配症で周囲には気丈に振舞っているが、些細なことで泣いてしまう幼さのある性格である。普段はイギリス人であることを隠すために魔術で日本人に化けるなど抜け目ない。

 戦争後はクスィーにつけられた傷の治療のために髪が銀に変わるが、以前と変わらず魔術を扱え、琥珀奪還に成功する。遊学のためにアメリカに渡り、そこでOCIの前身組織に所属、1944年の第五次聖杯戦争で暗躍することになる。

 

サーヴァント・ライダー

 真名は豊臣秀吉。ネズミ顔の好青年といった印象だが、異常なまでに耐久力が高く、自身の宝具が今まで収集してきたあらゆる事物であるだけに、潜在的なポテンシャルは異常なほど高い。天衣無縫に見えて、根っからの気遣い家。信長よりも大人である。

 しかし真祖のコピーには敵わず、マスターである美穂を救出すると消滅してしまう。

 宝具は【千生瓢箪】【太閤権威】【刀狩り】

 

ホルスト・リヒター・フォン・アインツベルン(19)

 アインツベルンのマスター。サーヴァントはアーチャー。ジャヴェルの養子であり、彼自身は西部戦線を経験している兵士である。魔術師としては銃を中心として錬金術を専門とし、時には金属を糸のように自由自在にコントロールすることができる。父とは違い義理堅い性格だが、目的のためなら手段を選ぶことはなく隙あらばバーサーカーとアンジェリカを抹殺しようとした。しかし聖杯は手に入らず、アーチャーを失う。

 戦後はシャリアに子供を産ませ、本家を離れて幸福な隠遁生活を送るがナチスの陰謀を打ち砕くべく、再び織田信長を相棒に第五次聖杯戦争を戦う。

 

サーヴァント・アーチャー

 真名は織田信長。その知名度が反映されて増強される体質であり、新しいもの好きは相変わらずでありドイツ製ライフルを常用にするほどである。しかし本能寺の経験から彼女は心の底から何かを喜ぶことができず、ホルストに抱かれている時でなければ生きている実感がなかった。受肉を願ったがその前にルーラーに殺される。

 戦後は第五次で再び召喚され、陸軍を足に使いながらホルストのサーヴァントとして聖杯戦争を引っ掻き回すことになる。

宝具は【三千世界】【第六天魔王波旬】【手力男の豪弓】

 

黒田 智子(20)

 立林高等学校の予備教員。遠坂家の分家からの養子である魔術師。洸が国の監視対象であり、またルーラーの召喚式が書き込まれたピアノも監視していたが、マスターであるがゆえに榊原洸に彼女自身の役目を引っ掻き回されて、その挙句に式を使用されてしまう。ランサーのマスター。

 根は血に弱いタイプだが、ルーラー派の行動を統括し自身も最前線で戦うなどリーダーシップを発揮した稀有な人物。しかしやさしさのために遠坂の計画を他人にばらすなど、間の抜けた性格でもある。

戦後は兄の宗一郎の子を出産、聖杯召喚によって乱れた地脈整理に奔走するが結局大地震を誘発してしまう。第五次では遠坂の当主を子の時良に座を譲っている。

 

サーヴァント・ランサー

 真名は楠木正成。黒い具足に身を包んだ彼は文字通りの英雄であり、智子のサーヴァントとして消滅してからもその義務を果たし続けた男。口数が少ないが、それは本編でランサーがかませであるため。

宝具は【悪党報国】【報身霊魂】

 

クスィー・ヘタイラ【十四番目の玩具】

 ある男が作り出した真祖の髪から生み出した真祖の紛い物。すでに二十年、生みの親の元を逃げてから日本を放浪し、事前調査に来ていたカトリと遭遇しドイツ魔術師協会に協力する。シンガポールでキリスト教を学び、強く神を信奉するが彼女の肉体は宝石を核とした人形であり聖杯を用いて受肉できる旨を遠坂から聞かされてからは、本当の聖杯の錬成に腐心する。阿部神父を囮にしていたが、生きるために吸血してきた過去が裏目となりその正体がばれてしまう。アサシンの本当のマスター。

洸に打ち破られ、膨大な魔力を残した赤い宝石が残り、榊原家を経て遠坂家に伝承した。

 

阿部晴嵐神父

 クスィーの前に身代わりとして聖堂教会所属を名乗っていた男。キャスターのマスターをしていた以外はほとんど彼女の眷属であり、用済みとしてクスィーに殺される。

 

サーヴァント・キャスター

 真名は果信居士。阿部からクスィーにマスターを移していたが、実のところは召喚さえできれば自力で魔力供給できる特殊体質。その正体は陰陽道を中心とした神術で自然から魔力を吸収しているだけである。結果、神秘を燃やし尽くすアーチャーの宝具によって焼き尽くされてしまう。

 

サーヴァント・アサシン

真名は岡田以蔵。見た目はイケメンだが中身は勝新太郎の以蔵。セイバーと同様に明治という時代に不満を持ち、しかし手段を問わず白昼堂々と殺しを行うほどにその時代の人間には冷酷である。

しかしかつての仲間たちに対して引け目を感じている、純朴な男である。結果、セイバーの宝具に敗れる。

宝具は【邪鬼道】

 

 

サーヴァント・ルーラー

 真名はエレイシア。つまるところのカレー先輩。全編にわたって二つの聖杯を片方のみにすべく、正規のマスターとサーヴァントを利用して聖杯戦争を統制する。根っからのやさしさは変わっていないのか洸や沖田総司に好意を抱くが、反面敵と断定すれば圧倒的な実力で文字通り叩き殺す。そもそも実力がサーヴァント離れしており、なぜルーラーとして召喚できたか不明。

何度も時間軸を往復しており、月姫の新作が出れば解放されるかもしれない。

 宝具は【第七聖典】【統制令呪】

 

 

 



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