自分の焔牙が拳だった件 (ヒャッハー猫)
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ファースト・ブリット

生きるために戦う。 そんなの、悲しすぎませんか。
                   桐生水守


『願わくば、汝がいつか【絶対双刃(アブソリュート・デュオ)】へ至らんことを』

 

 それを聞いて自分は頬に汗を垂らす。寧ろ、目の前にいるこの黒髪でゴシック・ファッショとロリータ・ファッションを合わせた......つまり、通称『ゴスロリ』と呼ばれる服に身を包んだ幼女? 少女? とにかく、まだ年端のいかない彼女を目の前にした時点で背中や額から汗が滲んでいた。

 

 嫌な予感しかしないのだ。自分がこの世界に生まれ変わって(・・・・・・・)から身体に染み付いた、危険を察知する直感が五月蠅く警報を鳴らしている。

 

 コイツに着いて行けば絶対ロクな事に巻き込まれない!

 

 自分が一歩足を退くとその彼女の後ろに控えていた眼鏡野郎が指でクイっと眼鏡を上げる、そのムカつく仕草をしたと同時に何本もの“突錐剣(スティレット)”と呼ばれる短剣が周りに出現する。

 どうやら臆して一歩下がったことが相手には構えを取ったように見えたようだ。今まで感じて来なかった殺気に足が竦みそうになる。表面上は何とも無いように見えるが裏は大混乱していた。

 

 ヤベェって!? アイツ滅茶苦茶、強そうなんだけど!? 武器まで出しちゃってさぁ!? 

 

 最近、やけに統率がとれた変な奴らが多く襲ってきたのは記憶に新しい。それも似たような武器を持って襲ってきた。

 その時はとにかく必死で何とも疑問に思わなかったのと、会う前から武器を所持していた奴らもいた。だが、こうして見て、感じて。

 

 どこからそんな物取り出した? 抜き出す所も見えなかったぞ。いや、違う。この状況に混乱し狼狽えていたとしても聞こえてきた一言。

 

 確かにヤツは──

 

『──焔牙(ブレイズ)

 

 そう言っていた。

 

 

 オイイィィィィ!? 

 

 生まれ変わってからクソ見たいな場所で生きてきたけど、今ハッキリと思い出したわっ!!

 

 

 この世界って【アブソリュート・デュオ】じゃね......?

 

 

 疑問系になっているが確信に近いものが目の前にいる。というか、自分はよくあるご都合的な感じで、これまたよくある“転生”って奴なんだろう。そうとしか思えない。

 生まれ変わる自体は望んだことじゃないが、貰えるもんは遠慮無しで貰うタイプなので別に今更って感じだ。それが同じ世界じゃないとしても二度目の人生を与えられたのだ。感謝こそすれ文句を言うわけが無い。

 

 だが、もっとマシな産まれ育つ場所ぐらいくれ。

 

 なんでスラムなんだ。

 

 なんで無法地帯なんだ。

 

 なんで日常的に銃や刃物を向けられないといけんのだ。

 

 なんで平和な日本にこんなチャイナタウンみたいな所があるんだ。

 

 取り敢えず、こっちも死ぬ気で生きるつもりだから抵抗はする。こっちは武器も何も無いけどなっ!

 

 銃を向けられようと、イノシシのように真っ直ぐ向かって顔面目掛けて拳を叩き込む。刃物を向けられようと馬鹿の一つ覚えのように一直線に走ってこれまたぶん殴る。囲まれていようと取り敢えず目の前の奴から殴る。

 

 自分はこの“拳”だけで生き残ったと言ってもいい。

 

 いや、本当は銃とか使ってみたよ? でも狙った方向に絶対飛ばないんだよね。刃物を使っても殴ったほうが早いし。

 

 つまり、結局の所、この目の前の眼鏡野郎に対して自分はこの拳だけで向かって行かなくてはならない。しかし、相手は銃をもった奴よりはるかに強い『超えし者(イクシード)』と呼ばれる超人。勝てる気がしない。

 

 でも、もし。

 

 これがご都合主義だとしたら俺にも力が......『焔牙(ブレイズ)』があるはずだ。

 

 今だけ、祈ってやる。感謝した事が一度しかない神に。後はもっとマシな所に生まれ変わらせろや、と呪詛を毎日送り続けた神に。今回だけは祈りを。

 

 右腕を上に突き出して手を開く。この手に現れる自分の『焔牙(ブレイズ)』──『魂』を思い描いて。この状況を打開できる為の武器が現れると信じて......ッ!!

 

 

「──『焔牙(ブレイズ)』ッ!!!」

 

 

 その『力ある言葉』に呼応してその右手の先──ではなく。

 

 右腕全体(・・・・)が燃え盛る炎の焔に包まれていく。それは荒れ狂う激流のように右腕に絡みつき太陽と言っても過言では無い程の輝きを放った。その焔は右腕の肩甲骨の辺りまで及んでいた。

 その余りにも熱い魂が、情熱がこの身を焼き尽くさんと雄たけびを挙げる。

 

「っぐ、ぐっがあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 右腕が熱い!! なんだこれは!!?

 

 だが、いくら痛くとも、今にも楽になりたいと思っても。

 

 

 この『魂』がそれを許しはしない。

 

 

 故に、自分はその『魂』に委ねた。

 

 その時、まさにその『焔』が......『魂』が形を成して現れる。光が消え、その焼き付ける痛みは消えても自分は熱いまま。しかし、この熱さは違う。魂の火だと感じた。そして、自分の右腕を見て驚愕する。

 

 右腕全体に覆われた金色と朱の混じった装甲。背中には三本の紅い羽根がある。

 

「こ、これは......」

 

 きっと、自分の髪は逆立っているだろう。そして、(まさ)しく今の自分の状況にとってはお(つら)え向きだ。しかし。

 

 ......いや、なんでだよ。

 

 何でここでシェルブリット? 自分てば得物が出るとばかりと思ってたから手広げて待機してたのよ?

 いや、確かに刀とか長物とか出てきても扱える気はしないけどさ。それでも今の現状をどうにかするにはこれしかない。

 

 

 ──チクショォ、こうなればやくけくそだ。

 

 

 何もないよりましだ。見てみればゴスロリと眼鏡野郎が驚愕の表情をして固まっていた。それは自分が焔牙(ブレイズ)を発現させたからか。それともその(ブレイズ)の“形”を見てなのか。

 まあ、この世界に置いて自分は『異端者(イレギュラー)』だ。そのせいで何かが変わってしまったとしても知らない。こっちは明日を生きるためにやるしかない。

 

 

「さあ! さあ! やろうぜ......ッ!!」

 

 

 自分の『魂』が叫び声を挙げる。自分はシェルブリットを本能のままに振るった。

 

 

 

「──喧嘩だァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 桜が舞い落ちる中、ある青年は気だるそうに真っ直ぐ“昊陵(こうりょう)学園入学式場”と書かれた看板が立っている講堂へと重い足を進めていた。

 

 百八十は余裕でありそうな長身に、その体躯に見合った手足。ボサボサの短髪でその下の顔を見れば鋭い目付きの三白眼が覗かせる。

 もしこれが猫背ではなくて、さらにちゃんと髪をセットしていたなら、まだ少なからずマシな感じになっていただろう。

 

 現に、何人かの同じ制服を着た生徒達が怖がってそそくさと離れて歩いている。中にはコソコソと話している生徒もいるようだ。

 

 しかし、彼は全く気にした様子も無く講堂へと真っ直ぐ向かうだけだ。否、ただ眠たいだけである。 

 

 

 あのゴスロリ野郎。何で自分が入学しないといけんのだ。何が『これも貴方の為ですわ』だ。俺の為ならホームグラウンドに帰して欲しいんだけど?

 こんなあっちより危ない場所になる予定の学園よりかは、断然スラムの方がマシだ。

 

 先にある講堂を見ながらため息を吐く。

 

 この世界がどういう場所かは知っている。しかし、細かい事まで覚えてないのだ。

 この先どうなるのか。何が起きるのか。どういった経緯でそれが起きたのか。

 

 そういった事、全て記憶に無いのだ。

 

 ただ、今のところ分かっているのは主要なキャラの立ち位置や話の流れ。そして、これは勘だが、この先はロクなことが起きないであろう、としか。

 

 ただ、先ほど言ったように、ここが中心点となるならば自分がいた不法地帯より危険な場所になると予想できる。

 

 

 だって、『超えし者(イクシード)』を育てる教養機関だぜ? 絶対、死者とか出るって。

 

 まぁ、可愛い子も多いしまた高校生活を送れるのは嬉しいけどねっ!

 

 ......彼女とか絶対無理だろうなぁ。

 

 考えてみても主人公(九重透流)ハーレムだったし。こんな目付きだし、人を一人二人殺ってそうな目だし。半殺しはしたけど一人も殺ってないから。

 

 それに下手に介入しよう物なら原作の流れというのが崩れるのでは無いだろうか? そして、主人公が死んで、バットエンドになるなんて目も当てられない。

 

 まあ、ただただ自分は主人公のイチャイチャするのを見せつけられるモブの一人でいい。イラつく事があるかもしれないが、それで済むならそれでいい。

 しかし、それも何度も見せつけられるようであれば一発殴りたい。というかこういう状況を作った朔夜に文句を言いたい。よし殴ろう。あの眼鏡野郎を。

 

 何て心の中で理不尽な事を考えていたら前に突っ立っていた人とぶつかってしまった。

 

「──おっと、悪りぃ。前、見てなかったわ」

 

 驚いたようにこちらを振り向いたのは同じぐらいの身長をした同性で短髪。振り向いて見えた相貌は中々のイケメンである。それも、しかめっ面をしていてもイケメンと言える。

 

 なるほど、リア充予備軍か。どこ見てほっつき歩いてんだ、あぁん? ......て、それは俺か。

 

「あ、ああ。こっちこそすまない」

 

 なんか引かれてるですけど? まあ、こんなヤバそうな目をした奴が後ろにいたらそうなるか。

 さっさ、中に入って軽く寝よ。

 

 目の前の男子生徒を通り過ぎて講堂へと入る。中には疎らだが何人か入っており、隣の生徒と談笑していたり、しおりを見ていたりしている。

 自分も指定された席に行くと隣には既に先客がいた。何だかいかにも真面目そうな生徒だ。こっちを一目見てすぐ手元のしおりに視線を戻す。

 

 だが、一瞬動揺していたのを見逃さなかった。初対面だとほぼ怖がられるな、と少し心に傷を負いながら椅子に座った。

 

 ......あれ? さっきの男子って主人公じゃね?

 

 今さらながら気がついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 腰まで届く銀色の髪(シルバーブロンド)に透き通るような雪色の肌(スノーホワイト)。故に際立つ深紅の瞳(ルビーアイ)は、一目で異国の少女だとわかる。

 

 そんな幻想的な容姿の美少女に見惚れていた時だった。

 

「おっと、悪りぃ。前、見てなかったわ」

 

 後ろからぶつかられて前のめりに倒れそうになるが、直ぐ持ちこたえる。荒い口調で謝られたので、少し不機嫌になりつつもこっちも、ぼーっとしていたので非はある。

 

 しかし、振り返って見れば自分より少し高い位置にある顔で、今にも襲ってきそうな目付きをした男子生徒。こちらを見下ろすその視線に圧を感じた。

 

 コイツ......何者だ?

 

 ここに来る途中に何人か生徒を見たが、こんな目をした奴はいなかった。明らかに敵意を感じつつも、一応こちらも謝る。

 

「あ、ああ。こっちこそすまない」

 

 戸惑いを隠せずに謝ってしまったが、その男子生徒は一瞥しただけで横を通り過ぎて行った。

 

「何アイツ、感じワル」

 

 いつの間にか隣にいたポニーテイルの女子がため息混じりに呟く。

 確かに態度は良くなかったが、謝ってきたので少なくともマシと言える。もしかしたら、ただ目付きの悪いせい、と言うこともある。人は見た目だけでは無いのだから。

 

「............。ねぇ、せめて相づちくらい打ってくれないかなぁ?」

 

 肩をとんとん、と叩かれて初めてその女子の方を向いた。

 

「もしかして、俺に言っているのか?」

 

「他に誰がいるわけ?」

 

 彼女と自分の周りを見てみれば、確かに近くにいるのは自分しかいなかった。

 

「......すまない、悪かった」

 

 謝罪すると、女の子は笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、案外普通に話せる相手ってことかな」

 

「は?」

 

「君って、さっきからずーっとしかめっ面してたから、さっきの奴みたいなちょいワルなのかなって思ってさ」

 

「ちょいワルって......」

 

 確かに色々と考え事をしていたから、不機嫌そうに見えたかも知れないが、先ほどの男子生徒と一緒にされるのは余り嬉しくなかった。

 

「あー......悪かったよ。ちょっと考え事してたんだ」

 

「その考え事も、異国の美少女には勝てなかった、と」

 

「ははっ、そういうことになる」

 

 悪戯(いたずら)そうな笑みを浮かべてのツッコミに苦笑いをする羽目になる。

 

「まっ、同性とはいえその気持ちはわかるけどね。あんな綺麗な子だもん、目を惹かれて当然だよね。......でも、どうしてわざわざこんな学校(・・・・・)へ入学して来たのかな」

 

 こんな学校、とポニーテイルの女子が言うのは訳がある。

 

 今日から自分が入学する昊陵(こうりょう)学園は一般的な学校と違い、特殊技術訓練校という面がある。この学校で行われる特殊技術訓練とは即ち

 

 ──戦闘訓練。

 

 平和な日本において、日常的に必要としない技術を教えるという特異な学校だ。

 

「何か事情でもあるのだろう」

 

 そんな事がなければ、こんな学校に来ない。ましてや、『超えし者(イクシード)』になるなど......。

 

 ──『超えし者(イクシード)

 

 それは、数年前ドーン機関という組織が開発した『黎明の星紋(ルキフル)』という名の生体超化(・・)ナノマシンを投与された者のことを指す。

 千人に一人と言われる『適性(アプト)』を持った者へ投与すると、人間の限界を遥かに超えた身体能力を得ることができ、同様に超化された精神力によって『魂』を『焔牙(ブレイズ)』と呼ばれる武器として具現化させる能力も得る。

 

 簡単に言えば、特殊な力を持った特殊部隊といった感じだろう。ここはその隊員を養成する学校と言うことだ。

 

「えっと、妙な感じになっちゃったけど、取り敢えず自己紹介ってことで。私は永倉(ながくら)伊万里(いまり)

 

「俺は九重透流(ここのえとおる)。よろしくな、永倉」

 

「伊万里でいいわ、透流」

 

 パチリとウインクをし、伊万里が笑みを見せる。こうして互いに名乗りを交わした。

 

「って、そろそろ中に入らないと」

 

「ああ、そうだな」

 

 伊万里が先導して自分達も講堂に入っていった。自分達が座った頃には殆ど席は埋まっており、中には舟を漕ぎだした生徒達もいた。

 その中に先ほどのぶつかった男子生徒も見えた。左右の椅子に座っている生徒が若干距離をとっているが分かる。

 

 やはり、人というのは第一印象は大事なのだろう。

 

「あ、入学式が始まるみたいね」

 

 ちょうどスピーカーのスイッチが入り、マイクテストの声が講堂に響く。壇上へ続く階段脇に立った二十代後半と見られる男性教師らしき人物──三國(みくに)が進行を行う。

 

 壇上に上がってきたのは、先ほど自分に『黎明の星紋(ルキフル)』を投与した黒衣の少女だった。

 

『昊陵学園へようこそ、理事長の九十九(つくも)朔夜(さくや)ですわ』

 

 投与のときですら驚いていたというのに、あの子が理事長だという事実と、わざわざその立場の人間が自分に投与したのも驚きだった。

 手伝い、という感じでは無かった。やはり、自分の『焔牙』と関わりが......?

 

 驚きから半ば呆然として、理事長の式辞が耳に入ってこなかった。しかし、式は何の滞りもなく進んで言った。

 

 そんな中、トラと言う友人がいたり、『黎明の星紋(ルキフル)』の話をしたりと時間が過ぎていった。

 

『願わくば、汝がいつか【絶対双刃(アブソリュート・デュオ)】へ至らんことを』

 

 そして、理事長が再びあの言葉を口にした。しかし、式辞を終えたにも関わらず、理事長は登壇したままだった。

 その不思議に答えるように理事長が再び口を開く。

 

『これより、新入生の皆さんには当学園の伝統行事【資格の儀】を行って頂きますわ』

 

「伝統行事?」

 

「進行表には何も書かれてないけど......」

 

 壁に張られた進行表を見る限りは、次は在校生代表による歓迎の挨拶なのだが......。

 

『それでは【資格の儀】を始める前に貴方達にして頂くことがありますわ。隣に座る方を確認して下さいませ。その方がこれよりの儀を行うに当たり、パートナーとなる相手ですの』

 

 伊万里は自分を見て、自分は伊万里を見た。

 

『これより、貴方達にはパートナーと決闘して頂きますわ』

 

「なっ.......!?」

 

 行事の内容を伝えられた瞬間、そこかしこで驚きの声が上がった。

 

『此れより、開始する伝統行事【資格の儀】は、昊陵学園への入学試験ということになりますの。勝者は入学を認め、敗者は黎明の星紋(ルキフル)を除去し後、速やかに立ち去って頂きますわ』

 

 自分達の驚きとは正反対に、涼しげな顔で理事長がとんでもないことを口にする。一瞬、会場内が静まりかえり......やがて言葉の意味を理解すると、新入生がざわめきだす。

 

「い、いくら戦闘技術訓練校だからって入学初日から!? それに入学試験って何よ! 『適性(アプト)』があれば誰でも入学出来るんじゃなかったの!?」

 

「そこは僕も気になる。大体、そんな伝統があるなら入試に落ちた人から、何らかの情報があってもおかしくないんじゃないか?」

 

 しかし、その問いに答えたのは理事長ではなく、進行役の三國だった。

 

『入学試験が存在しない、などとお伝えした憶えはありません。【適性】があれば入学資格があるとお伝えしたことは確かですがね。そして、情報に関しては、当学園の内情は様々な形で情報規制を行わせて頂いているのですから』

 

 薄笑いを浮かべながら、簡潔に説明する様は一流の詐欺師と遜色ないとさえ思える。

 

『ご理解頂けたのでしたら、試験のルールについて説明をしますわ』

 

 未だ、動揺と困惑している新入生に理事長は淡々と説明をする。

 

 基本的に何をしようとも自由。それこそ『焔牙』の使用は勿論のこと。決着はどちらかの敗北宣言、もしくは戦闘不能とこちらが判断した場合。また、制限時間内に勝敗が決まらないのであれば両方とも不合格というものだった。

 

 しかし、ルールを説明しようと新入生が納得する訳が無かった。次々、怒声が飛び交う。

 

「負けたやつはどうなるんだよ!!」「ふざけるな!!」「責任とってくれるわけ!?」

 

 だが。

 

『......これは、どこにでもある入学試験ですわ。他人を蹴落として自分が生き残るという、単純なルールに基づいて行われる生存競争、ごく一般的な受験戦争ですのよ。時期と内容は違えど、ね』

 

 怒声すら意に介した様子も見せず、冷たい視線、冷たい言葉を放ち、その雰囲気に新入生の声は封殺される。

 

『いつか必ず、貴方達には闘う時が訪れますわ。超えし者(イクシード)としてドーン機関の治安維持部隊へ所属した後、時には命懸けともなるような闘いが、必ず。......けれどもその時は貴方達の都合でまってくれませんの──と、ここまで言えばお分かりですわね』

 

「......【資格の儀】ってのは、最初の決断の時ってわけか」

 

『そのとおりですわ』

 

 俺の言葉にくすりと理事長が笑う。

 

『もし当学園のやり方に納得が出来ないのでしたら、出て頂いて構いませんのよ。ただしその場合、当然のことながら昊陵学園への入学は諦めたと判断させて頂きますわ』

 

 しん、と講堂内の空気が凍り付く。沈黙が講堂を支配する──

 

 

「え? マジで?」

 

 

 ──ことは無かった。

 

 たった一人だけ、言葉に反応し答えを返したのだ。講堂内はその一人に注目される。短髪に三白眼の男子、それはさきほど講堂前でぶつかった彼だった。

 

「このまま出ていけば入学取り消しに......?」

 

 その彼の質問に理事長は鋭い視線を送る。彼は少したじろぐ反応を見せ、身体の向きは出口の方向に向いていた。

 帰る気満々だった。

 

『......ええ、先程の言葉に偽りはありませんわ。ただ、貴方がそのまま帰ると言うのなら......負け犬(・・・)のとしての烙印を押されても構いませんわよね?』

 

「......あァ?」

 

 さっきとは打って変わって強い怒りを滲ませ、理事長へと向き直す。そこには逆鱗に触れられた龍が立っていた。その反応を見て理事長は初めから分かっていたように話を進めた。

 

『それでは開始前に一つ、貴方達が心置きなく闘えるよう、焔牙(ブレイズ)について補足の説明をさせて頂きますわ。焔牙(ブレイズ)とは超化された精神力によって【魂】を具現化させて造り出した武器──故に傷つけることが出来るのもまた【魂】のみという特性を持っていますの。つまり攻撃した相手の(・・・・・・・)精神を疲弊させる(・・・・・・・・・)だけであり(・・・)肉体を傷つけ(・・・・・・)命を奪うことの無い(・・・・・・・・・)制圧用の特殊な武器なのですわ』

 

 それは自分が傷つく恐怖だけでなく、相手を傷つけるという恐怖を無くす、悪魔の囁きというものだった。

 

 これがどれほど新入生を安堵させ、迷いを揺さぶるものだっただろうか。動揺が広がる様子が目に見えてわかる。それと同時に一人、また一人、と決意を固める様子もまた。

 

 厄介なことになってきた。

 

 理事長の言葉も最もだが、この試験を降りると言うのなら負け犬(・・・)という烙印を押される、というのも闘う決意の起因となった。

 ここまで来て、入学出来ず、さらに惨めな思いをするぐらいなら闘う方を選ぶ。人間の闘争本能の当たり前の心理だ。

 

 自分は迷っていた。内容を受け入れるか否かではない。このまま試験が始まれば、伊万里を蹴落とさなければならないことに対してだ。

 

 今朝知り合ったばかりの相手で、小一時間、話した程度の仲だ。

 

 だけど、自分は......。

 

 その思いで自然と手を上げそうになった時だ。

 

 

「何迷ってんだ、さっさと出せよ。お前の『焔牙(たましい)』をよォ」

 

「え、え」

 

 彼だった。彼のパートナーである男子は怯えて混乱しているようだった。

 

「......時間はくれてやった。それで負け犬(・・・)になっても文句は言うなよ?」

 

 彼が黒い指無しグローブを着けた右手を突きだして人差し指から順に曲げていき骨が軋むほど強く握り込む。その瞳の奥には炎のように熱い気迫のような物が写っていた。

 それが、ヤる気だと本能的に理解したのは、それを向けられているパートナーとその瞳の奥を見た者だけだろう。

 

 

【深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いている】

 

 

 その言葉を彷彿とされるように、講堂が彼の闘争本能に呑み込まれていく。そして、それに火を着けるように理事長が鋭い声でいい放つ。

 

『闘いなさい、天に選ばれし子(エル・シード)らよ!! そして、己の未来をその手で掴みとるのですわ!!』

 

「──う、うわぁああああっ!」

 

 彼のパートナーが発した叫び声が合図となった。何人かが悲鳴を上げて入り口へ逃げ出す。その場でパニックになる者もいた。

 

 そして、この試験を、決闘を受け入れた者達は次々と『力ある言葉』を口々に叫び、あちこちに紅蓮の『焔』が発せられた。

 

 そんな中、彼は『力ある言葉』を言わない。さっきは、ああ言っていたが、パートナーが『焔牙(ブレイズ)』を出すまで待っていた。

 腰は引けているが長物の《槍》を構えて彼を睨んでいる。彼はニヤリと口元を緩めて嗤った。

 

「いい目をすんじゃねぇか。それじゃあ、ヤろうぜ──」

 

 

 

「──喧嘩だアァァァァッ!!」

 

 

 

 そう叫び声を上げて真っ直ぐ突っ込んだ。そこに常人では見切れないほどの速さで槍が突きだされる。例え、彼のパートナーが槍など扱ったことなど無くとも、『超えし者(イクシード)』の身体能力は馬鹿にならない。

 

 理事長は肉体を傷つけないと言ったが、それでも危険な物には変わり無い。故に、自分も咄嗟に叫びそうになった。

 

 しかし、彼は槍を紙一重で避けると、そのままの勢いでパートナーの顔面に拳を叩き込んだのだった。キレイな一回転を決めて地面に落ちるパートナー。

 

「......は? マジ? 嘘だろ?」

 

 そして、何故か彼が唖然としていた。

 

 

 

 




色々と、はしょったのは仕方ないんです。


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セカンド・ブリット

安易な優しさは相手を堕落させる。
                  桐生水守


『昊陵学園』

 

 東京湾北部、懸垂型モノレールでのみ立ち入ることの出来る埋め立て地に存在する。周囲を巨大な石壁に覆われ、そのサイズに見合った門が唯一の入口となっていて、敷地の中央には学外からも臨むことの出来る時計塔がそびえ立っていた。

 

 校舎や学生寮など内部の建造物は馴染みのない西欧風で、学校と言われると少々違和感を覚えてしまう。無論、内装も同様であり、まるで洋館を思わせる内装の廊下をポケットに手を突っ込んで堂々と真ん中を歩く。

 

 周りには誰一人いない。本来なら声など聞こえて来るであろう校舎には自分以外......二年生や三年生たちが居るだろうが、今ここに自分一人だけと思えるほど静かであった。

 

 それもそうだろう。自分のパートナーであった彼をぶっ飛ばしたのだが、それが試験合格者第一号と言った所なのだろう。事実、自分達が一番最初に始めたと言っても過言では無い。

 これって主席というヤツではないだろうか? そうなると面倒だと思う。まさか、主席だから挨拶や委員長などしないといけない制度等があったらやる気なんて起きない。

 

 というか、山田ァッ!(仮名) お前弱すぎだろ!? スラム(アッチ)にいた時からのクセで避けて拳を叩き込んだけどさぁ......一発でダウンするとか考えられん。あれぐらいなら、俺が居た所じゃあ平気で立って反撃してくるんだけどな......なんだかなぁ。

 

 本来であればそのまま山田(仮名)の『焔牙(ブレイズ)』を受けてそのまま不合格となって帰るつもりだった。あの時、朔夜の一言で残ってしまったが、こんなことになるなら負け犬で良かった。あそこで生まれ育った時点で負け犬みたいなもんだと言うのに。

 

 意外と自分は煽り耐性が低いらしい。うーん、でも生まれ変わる前の自分とはこんなにも荒々しい性格してたっけ? 薄れて殆ど覚え出せないが、どこかそれなりの大学に入っていた記憶があるのだが......ああ、そうそう、医大だ。

 スラムにいたとき、やけに何が危険な物で何が良くない物なのか理解していたが、今思えば大体人体に影響ある物ばかりに反応していた気がする。

 

 それに、どこをどう曲げたらキレイに骨が折れるのか、もしくは外すことが出来るのか。どこに衝撃を与えたら内臓にダメージが入りやすいか。人体構造について自分はとても詳しかった。

 なるほど、なんで今ごろ思い出したのか分からんがこの際どうでもいい。多分、今の所周りを警戒する必要が無くなって頭の方に気を回す事が出来るようになったからであろう。あっちだといつ銃弾やら剣やら飛んで来るか分からんからな。

 

 そうそう、剣とかでまた思い出したが。

 

 スラムで襲ってきたやけに統率がとれていた制服集団ってここの卒業生やん。見覚えあるなぁ、って思ってたけどそりゃ連日見てれば嫌でも覚えるよね。普通の金属とかで出来た武器とは明らかに違うからな『焔牙(ブレイズ)』って。

 

 最初は警察じゃあもうどうにも出来ないから出しゃばって来たんだと思うけど、その先行部隊が返り討ちになったから驚いたんだろうね。それから、まあ来るわ来るわ。そのうち、じょうじじょうじ、とか言いながら来そうな勢いだったわ。

 でも、『超えし者(イクシード)』相手に大きく立ち回る奴がいるから朔夜が出て来たんだろうなぁ.......自業自得じゃん、俺。

 

 今更、後悔をしつつ沈んだ気持ちで長い廊下を進んでいく。

 

「っと、ここか」

 

 目的地である教室の前を通り過ぎそうになっていた。開けば当たり前だが教室には誰もいやしない。そろそろ耳鳴りがしそうなほど静かだった。

 室内に並んだ机は一人一人というわけではなく、二人分の机をくっ付けた横幅が広い物が均等に並んでいた。黒板や掲示板とかを見たが特に指定されているわけでもなさそうなので、一番後ろの窓際に陣取った。

 誰もいない、喧騒も聞こえない。

 

「......なんかめっちゃ虚しい」

 

 これが孤独(ぼっち)と言うヤツか......。

 

「......寝よ」

 

 こんな惨めな思いをするのも朔夜のせいだ。あの鬼畜ロリめ。こうまでして俺を虐めたいか。そんなの隣にいる眼鏡にしろよ。

 まあいい。それより、これからどうしようか......。

 

 これほど原作知識というのが役に立たない転生者というのは俺ぐらいじゃないか? と思えるほど、この先どういったことが起きるか分からない。

 うん、まあ、どうにかなるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

 とても高い声、こう......きゃぴきゃぴした声というか。何とも耳に来る声のせいで微睡みの中にあった意識がゆっくりと戻ってくる。伏せていた頭を上げると目の前には、うさ耳をつけた女性の顔が視界いっぱいに覆われる。

 

「......あ?」

 

「キミキミ、初日から居眠りとはいい度胸だね~。校庭十周する?」

 

 いまいち、状況が呑み込めてないがここは学校であるため、もう授業が始まっているのかも知れない。つまり、ここは普通に謝っていたほうがいいだろう。

 

「......すんません」

 

 自分が素直に謝ると何人かの生徒が「普通に謝った」「謝ったぞ」と珍しい物でも見るような驚きを挙げている。

 なんだ、お前等そんな顔をして。こんな見た目で謝ったらそんな珍しいか。目の前の女性の視線から逃れようと横を見ると、こちらと目が合う見知った顔の男子とその男子を見つめる銀髪美少女。

 ......チッ、初日からイチャイチャしやがって。これだからリア充は。

 

「なんで舌打ちされたんだ......?」

 

「お前が怨みでも買うようなことをしたんじゃないか?」

 

「してねぇよ!?」

 

 違うぞ、前のちっこい男子よ。別にリア充が居るのは構わん。ただ、それをあからさまに見せつけて来るヤツが気に入らないだけだ。つまり、俺に限らず怨みを買っているのさ、主人公()はな。

 しっかりと自分が起きた事を確認した女性は自分の席から離れていく。 

 

「むぅ、本当は誠心誠意を込めて謝って欲しかったけど、今回は特別に見逃してあげよう。月見先生に感謝するんだぞっ♪」

 

 なんだこの先生、チョーうぜぇ。周りを見れば、皆も何とも言えない表情をしている。

 

「さてさて、自己紹介で残ってるのはキミだけだよ? 時間が押してるから早くしてね~」

 

 あぁ、なるほど自己紹介をしていたのか。それは悪いことをしたな。

 

「......九十九(つくも)カズヤ。趣味は......特に無い、です」

 

 皆の視線が刺さりつつも腰を下ろす。趣味は無い訳じゃないが言わない方がいいだろう。喧嘩売って来たヤツの金目の物を漁る趣味なんて。多分、趣味になるだろう。うん、小物集めみたいな感覚でやってたし。

 

「キミだね~、一番早く試験に合格した子って。『異能(イレギュラー)』と同じぐらい職員室で騒がれてたよっ! 開校以来の早さってことでね~、悪い意味でも騒がれてたけどねぇ~」

 

 え? 悪い意味ってどいうこと? もしかして山田(仮名)を殴ったのはまずかったか? やっぱあの時、朔夜が『焔牙(ブレイズ)』のこと言ってたから使うべきだった? ......いや、俺の場合もっと酷くなるか。身も心もダメージ入っちゃうから。

 

「うんうん。自己紹介も終わった事だし早速この学校の事を説明するねっ♪」

 

 前から生徒手帳と学生証、そして寮のしおりが配られた。前の女子よ、そんなにビクビクしないでいいから。何もしないから、睨んでないからっ!! 元々、こういう目なの!!

 

「全員に行き渡ったかな? 校則、寮則については後ほど空いた時間で各自目を通しておかないと、めっだからね♪ あと、学生証はクレジットカードとして使えるからなくさないように注意するんだよー」

 

 マジかよ、学生証がクレジットカード替わりか。時代は進んだもんだな。しかも月々十万円とは太っ腹だな。となると、特別国家公務員と同じような制度なのか? ああ、そうか。だから卒業したら治安部隊に入隊しないといけないのか。一応、高校なんだから他にも進路とかあるだろう、と思ってたけど数年は治安部隊に勤務しないとダメってことね。まあ、そうとは言い切れんけど。

 

「はいはーい。気持ちは分かるけど静かにー。最後はうちのガッコの特別な制度(・・・・・)と、寮の部屋割りの話をしたら今日は最後だから、騒ぐならその後でーってなわけで、まずは特別な制度について話しをするけど、すーっごく大事なことだからちゃんと聞くんだよー♪」

 

 パンパンと手を叩いて、注目を集める月見先生。......胸でけぇな。精神的にはいい歳だろうけど、やっぱり男の子やん? しかも今ちょうど青春真っ盛りやん? そりゃあ、見るって。

 

「うちのガッコには『絆双刃(デュオ)』って言うパートナー制度が存在するのよ。パートナーってことから分かるだろうけど、二人一組になって授業受けたりするわけ」

 

 ははーん、さては俺に対するイジメだな? どうせ後で二人組作ってくださいねーとか言うんだろ? 見てみろ、俺の隣には誰一人座ってねぇじゃねぇか。誰も俺とお近づきになりたくないってことだろ? どうすんだよ、ちくしょー。どうせ、卒業後の治安部隊でチームワークが必要だからその連携を今の内からやろうってことだろよ。

 

「うちを卒業すると、機関(ドーン)の治安維持部隊へ所属するって話はしってるよね。そこの任務は常に二人一人組(ツーマンセル)、もしくはそれ以上のチームで任務を遂行してもらってるの」

 

「......卒業後にいきなりチームで行動しろと言われても無理だろうから、学生のうちに慣れさせておく、ということですね」

 

「その通りっ。わかってるね、(たちばな)さん 」

 

 ほれ見ろ。委員長みたいな凛とした女子が俺の思ってたことを言ったわ。分かったなら気づいて、後ろにボッチがいるから。

 

「さてさて、『絆双刃(デュオ)』についてなんだけど、さっきも言った通り二人でいろんな授業を一緒に受けてもらうわけね。で、その関係上、ちょーっと駆け足で悪いんだけど今週末までに正式な相手を決めて貰うんで、明日からの授業で自分に合ったパートナーを頑張って見つけてねってことで。ふぁいとっ、おー☆ ......あ、もし決まらなくてもこっちで勝手に決めるから安心していいよー♪」

 

 ほうほう、なら安心か。まあ、俺となったヤツは気の毒だが、仲良くしていこう。......自分で気の毒とか言うもんじゃないな。流石に女子とかと一緒にはならないだろうけど、不安があるなー......おい、ちょっと待て。どう考えてこのクラスの人数、奇数なんだけど? 全員で五十三人(・・・・)だけど? あぶれるよね? 絶対一人になるよね? 

 確定じゃない? もう俺しか居なくない? ほら、見ろ! 何人か察してこっち見て来るんだけど? そんな目で俺をみるんじゃねぇ!?

 

「先生」

 

「んー? どうしたの橘さん?」

 

「人数的に奇数なんで誰かが一人になりますが、どうすんですか?」

 

 おお! 流石委員長! 分かってる!!

 

「ああ、それならもう決まってるから大丈夫だよっ  後で理事長直々(・・・・・)にお達しがあると思うからね」

 

 ......ああ、そうかい。確定してたんだね。朔夜(アイツ)は俺に怨みでもあるのだろうか。両手を組んで机に肘を付き、その上に額を乗っける。結局、パートナーが居ても余り上手くいかないだろうけどな。

 

「理事長ってことは、やっぱり......」

 

「偶然じゃないよね?」

 

 そうだよー、偶然じゃないよー。だって戸籍無かったからねー、一時はあの眼鏡野郎って話だったんだけど、相性が悪すぎてねー。新しいの作るのも面倒だからってことで九十九家の親族ってことになんたんだよねー......入学する前まで死ぬほど実験させられたわ。あのサディスト幼女め。 

 

「......で、本題はここからなんだよねー。実はうちのガッコって『絆双刃(デュオ)』を組んだ後は、お互いをより深く知り、絆を強くするためにも出来る限り一緒に時間を過ごせーって校則があるのね。まー何が言いたいのかって言うのとぉ......寮で相部屋になるってこと」

 

 そうだろうな。より親密になった方が絆は深まり二人一組(ツーマンセル)やチームでの動きは格段と良くなるだろう。この身で味わったからな。何が怖いかって言うと、合図とか無しで連携してくるんだよな、マジ訳わかんねぇよ。

 てか結局どうなるんだろ。これほどパートナーと言うのを推しているのに俺は一人。朔夜には何かしら考えがあるんだろうけど全くアイツの考えている事が分からん。やっぱり、謎なんだよな......年齢も分かんねぇし。

 

「──するかぁああああああっっ!!」

 

 ウェイ!? ビックリした! 何々、一体どうしたというのだ、我らが主人公。立ち上って先生に怒鳴っていると思える主人公。

 

「マジかよ!」

 

「あの子とか、いいなぁ......」

 

「きゃーっ、同棲よ同棲!!」

 

 同棲......DO・U・SE・I? え? パートナーが決まるまで隣に座っているヤツと寮で相部屋なの?

 

「ま、待ってくれ! いくら校則だからって常識的に考えて色々と不味いだろ!」

 

 いいのぉ、美少女と一緒の相部屋か。一度は憧れたシチュエーションだよね。

 

「......入学式の最中に入試、しかもリアルファイトを行う学校がマトモだと思う?」

 

 ごもっともです。そして、この学校の理事長もマトモじゃないから覚えておくように。ありゃあバケモンだよ。

 

「っ! な、なら俺と九十九の相部屋じゃダメなのか!?」

 

 その発言に注目が何故か俺に集まる。主人公にとっては最後の頼りなのか、もう目力がスゴイ。 

 

「......先生、俺は一人部屋?」

 

「っ!?」

 

「多分、そうだよー。パートナーが決まるまでねー」

 

 スマンな、主人公よ。これは多分原作通りにことが進んでるから、下手にいじくっちゃダメだと思うのよ。だから、そんなに圧を飛ばすんじゃねぇよ。ホモに思われるぞ。

 でも一人部屋か。そりゃ、そうだよね。だって隣いないしね。もう別に一人でもいいけどさ、一つ思うんだけどよ......パートナーって絶対決まらないよね?

 

 

 

 




文字数がとても減りましたが、次からこのぐらいの文字数でいきます。とても投稿が遅れそうなので。クーガーの兄貴に怒られちまうぜ。

感想ありがとうございました。貯まってきたら後書き等で返信させてもらいます。


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サード・ブリット

こんなチンケな俺にも、すぐに諦めちまう俺にもくすぶってるものがあるのさ・・・ 意地があんだろ、男の子にはぁ!!          
                  君島邦彦


「失礼しまーす」

 

 如何にも上の人間が居そうな豪華な内装に大きすぎる部屋。目の前には朔夜にとても似合いそうにないオフィスデスクがあった。そして、そのデスクの先の合成皮革で作られているであろう椅子に優雅に座る朔夜。

 どうやら三國はいないようだ。

 

「初めての学校はどうでしたか? クラスには馴染めそうかしら?」

 

「アンタは俺の母親か」

 

「書類上では保護者ですわ」

 

「それ、おかしいだろ」

 

 目を細めてニタリと笑う朔夜の視線に悪寒が走る。そう、何故か書類上の身元では彼女が保護者として登録されている。自分より明らかに年下なのに。

 

 そこは、もっとやりようがあっただろう。兄......とは言わずにも弟とか従弟とか。それこそ、朔夜の父が保護者でも良かった気がしたのだが......まあ、複雑な家庭事情なのだろう、そうだろう。でなければ、こんなことおかしいに決まっている。

 

「立ち話もなんですし、そこにお座りなさいな」

 

 朔夜に促されるままに向かいにある席に座る。あちらよりグレートは落ちているが、なかなか高価な椅子のようだ。

 

「先ほど教室で説明があったでしょうから省きますわね。ここに呼び出したのは『絆双刃(デュオ)』すなわちパートナーの件ですわ」

 

 このまま行けば自分はパートナーが居ないままになる。それだと、朔夜が強い執着を見せている『絶対双刃(アブソリュート・デュオ)』に反するのではないだろうか? 

 

 その為なら周りがどれだけ犠牲になろうとも構わない冷酷な一面を見せる朔夜がこのまましておくことは無いだろう。

 

「まさか、上級生から連れて来るつもりか? それか三人組でも作るのか?」

 

「それこそ、まさか、ですわ」

 

 朔夜は立ち上がり後ろの一面窓ガラスになっている壁まで近づき、自身の学園を見下ろす。その目には一体何が映っているのか見当もつかない。天才を理解できるのは天才だけだ。

 

「アナタに似合う『絆双刃(デュオ)』はいない(・・・)

 

「......は?」

 

 自分に似合う『絆双刃(デュオ)』がいない? 一体、どういうことだ。

 

「誰でも、というわけにはいかないのです。お互いがお互いを研磨していき、一人では決して行くことの無い......その先に行かなくてはならない。ですが、アナタは違う」

 

 深紫の色の瞳がこちらを見据える。飲み込まれていくような瞳の奥には黒くドロリ、とした『ナニカ』が見えた気がした。

 

「『醒なる者(エル・アウェイク)』とはまた違う存在。調べてもその右腕(・・)のことは見当がつかない。たった一人でその高みまで行ったアナタに『絆双刃(デュオ)』は必要ないのです......先程の言葉は訂正しますわ、似合わないのではなく必要無い(・・・・)、と」

 

「......なら尚更ここにいる意味が無さそうだけどな」

 

 朔夜が目指しているものに対して自分は異質で邪魔な存在となるはずだ。自分はとにかく生き延びる為に必死こいただけであって意図してこうなったわけでは無い。

 

 シェルブリット自体もダメ元でやってみただけだ。そもそも、これが発現するとは思わなかった。ある意味、自分は皮肉に思ったもんだ。

 

 しかし、朔夜は表情を崩すどころかニコリと笑った。

 

一人だけ(・・・・)でそこまで至ったアナタと......私の『絶対双刃(アブソリュート・デュオ)』......どちらがより優れているか気になりませんか?」

 

 まるで玩具で遊ぶことにワクワクしている子供のような笑みだった。

 

「それに、一人では無理でもチームであれば高め合うことが出来るでしょう。アナタと言う一人に対して、彼ら二十六の『絆双刃(デュオ)』ならば」

 

 一人に対してそれはねぇよ。集団リンチと言うのを朔夜は知っているのだろうか? いや、ド、が付くほどのサディストである朔夜のことだ。分かってて言っているんだろう。やはり魔女の名は伊達じゃない。

 

「......教育カリキュラムは二人一組が基本的じゃねぇのか? そんときはどうすんの?」

 

「その時は先生か代わりの者を用意しますわ。安心しなさいな、アナタなら一人で出来てしまうものばかりなのですから」

 

「そんな期待されてもな......まあ、やることやればいいんだろ?」

 

「こちらが提示されるものをこなしてくれれば、後は何をしても構いません」

 

「そうかい、ならこれで」

 

 いつの間にか出されていた紅茶に目もくれずにその場から立ち去ろうしたとき、後ろから声がかけられる。

 

「一つ言い忘れていましたが......力加減は覚えておいてくださいね。これはアナタの為でもありますわ......右腕が使い物にならなくなる前に」

 

 やっぱ、いけ好かないヤツだわ。

 

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

 入学から二日目の朝。朝食のため学食へ行くと疎らだが何人かの生徒達が思い思いに食べている。自分も何にするか皿を手に料理を選ぶ。

 

 昊陵学園(こうりょうがくえん)の学食は肉がメインのA定食、魚がメインのB定食、和洋の五十種類から好き物を選ぶビュッフェスタイルの三種類から選択する形式だ。

 

 大半の生徒がビュッフェを選んでいたので自分も真似てそうしたが......如何せん、種類が多すぎてどれにすればいいのか分からない。

 

 別に好きな物を食べればいいと思うかもしれんが、こっちはこんな贅沢な食事は初めてな上に味や胃が受け入れてくれるかどうか心配になる。特に酢豚など食ったら吐きそうな気がする。

 

「......B定食にするか」

 

 ちゃんと栄養バランスが考えられている組み合わせが今はいいだろう。おばちゃんにB定食を頼み待っていると何人かの視線を感じる。何か話しているようにも見えるが大方自分が理事長と関わりがあるので話題になっているのであろう。

 

 中には話しかけようとしているような雰囲気を感じる。まさか、自分に取り入ろうとしているのか......? いや、そんな、馬鹿な。自意識過剰かよ。まあ、そんな狙いで話し掛けられてもいざというときはどうすることもできないけどな。

 

 そんな事を考えているうちに定食が出来上がり朝から食欲をそそる匂いがダイレクトで鼻に入って来る。適当に空いている席に座ってちゃんと手を合わせる。言葉ではいわないが心の中ではちゃんと「いただきます」を言った。

 

 ......分かり切っていたがやはり美味い。生まれて初めてこんな優しい料理を食べた。食材に一つ一つに旨味が胃の中......いや、全身に染み渡るような錯覚を覚える。箸が止まらず魚を食べてはごはんをかき込み、味噌汁で口の中を洗い流す。

 

「......ゴクッ、お、おばちゃんB定食!」

 

「わ、私もB定食!」

 

 その日、いつもよりB定食が多く選ばれたのは学園の七不思議の一つとされた。その原因を作った張本人は自分とは知らずに料理を味わっていた。

 

 ガタっと隣で音がたったので横を見て見ると委員長が主人公の前に座った。いや、委員長では無いのだが名前が思い出せない。確か重要な登場人物だったはずだが......はて、どんな名前だったか。まっ、いっか。

 残り少ないごはんを惜しむように食べていると、隣の席には新たな女子が増えていた。

 

 ......月見先生も中々ではあるが、あの子も引けを取らないぐらいデカいな。勘ぐってしまうのは男子特有の物だから許してほしい。メインの魚もごはんも食べてしまったので、最後の締めの味噌汁をゆっくりと飲む。

 

 これがまたいいのだ。落ち着きながら飲みつつも、隣の男子一と女子三人というハーレム状態の会話が気になるのは必然。さらに、それが一緒の部屋で同居している二人組なら尚更。

 

「昨晩も、トールは先に眠ってしまった私を優しく抱(・・・・)いてくれました(・・・・・・・)から」

 

「「「ぶーっ!?」」」

 

「ゴホッ!?」

 

 味噌汁吹いた×3。巨乳の女子は牛乳を吹いていた。

 

 自分の場合は吹いたというよりかは咳込んだが、口から味噌汁が出たのでそう変わりはないだろう。隣では委員長が激昂して怒声の叱咤が飛ばし、巨乳の女子と一緒に食堂を出ていってしまった。

 

 うん、何と羨まし──んんっ、何と妬ましい奴なのか......ん? 意味変わってねぇな。まあいい。とにかく、けしからん奴だ。初日に寝込みを襲うなど。

 

「つ、九十九! ち、違うからなっ!? 誤解なんだ」

 

 あ、やっぱ気づいていたか、俺が聞いていたことを。しかし、だ。主人公のお前が言い訳などすると見苦しいぞ。弁解をしようとする主人公を手を出して止め、食器を乗せたトレイを持って立ち上る。

 

「何、気にすんな。据え膳食わぬは男の恥っていうしな」

 

「~~っ!? 誤解なんだァアアア!!」

 

 意外とイラつきはしないもんだな、こうなんか父性みたいなもんが湧き上がるというか、同じ男としてどこまで侍らせられるのか気になる所ではある。止まるんじゃねぇぞ、主人公。

 

 

 

「さあさ、それじゃあ記念すべき最初の授業をはっじめるよー♪」

 

 朝からハイテンションの月見先生が両手を広げて授業開始の宣言をする。しかし、前では委員長がじっ、と主人公を見ており、主人公は時たまこちらを見て来る。次は委員長か......二日目にして二人目か。手を出すの早くない? 

 

「──というわけで、『黎明の星紋(ルキフル)』による身体能力超化は、掛け算みたいなものだから、訓練で身体を鍛えれば鍛えるほど効果が高まるんだよー☆ ここまでオッケー?」

 

 ここら辺は朔夜理事長、直々に説明というか解説をされたので分かっているが原理まで理解できなかった。途中から専門用語が多すぎて何を指してるのか分からんし、英語で言われても無理だし。最後の方なんてもうアナタのおじいさんスゴイね~って感じだったわ。

 

「で、『黎明の星紋(ルキフル)』は『位階(レベル)』って呼ばれるランク付けがされているのよね。みんなは昇華したばかりだから『(レベル1)』ってわけ。これは学期末(ごと)に『昇華の儀』ってのをやってランクアップさせて行くの。『位階(レベル)』がそのまま成績になるから、一年間まったくランクが上がらないと見込み無しとして除籍処分──つまり退学になっちゃうので日ごろから心身とも鍛えるんだぞっ☆」

 

 先生の話だとランクアップしない事には進級出来ないどころか退学になるということか......俺の場合どうなんの? 『黎明に星紋(ルキフル)』なんて打たれてねぇぞ。

 

 いや、そのまま退学とかになったらいいけどさ......朝の話からしたらエスカレーター式に上がっていくんだろうなぁ。寧ろ、上がらない奴に喧嘩とか売って上げさせろとか言わないよな......? 後で聞こうと思う。

 

 

 

 午前の座学が終わり昼飯を食べた後。

 

無手摸擬戦(フィストプラクティス)』という無手で組手をする戦闘訓練を武道場ですることになり体操服に着替えて集合した。

 

 自分にとってはお誂えむきな授業ではあるのだが......まさかのブルマである。今亡き文化の一つをこんな所で見るとは......不肖のこの身、感動しました。

 いやいや、違う。そこも(・・・)だが突出すべき点は真ん中で委員長が土下座している点だ。

 

 どうやら食堂での誤解の事を謝っているらしい。ああ、昼飯の時ひたすら説明されたから誤解はしてない。でも結局抱いたことには変わりないよな?

 

「本当にすまないッ!!」

 

「誤解が解けたならそれでいいから、土下座は辞めてくれっ!?」

 

 まあ、そうだろう。中には「サイテー」という声も聞こえて来る。主に女子からの。

 

「これは私の気持ちだ! 勘違いとはいえ、キミに対して大変失礼な態度を取った自分自身を戒める気持ちを表しているのだ!!」

 

「表さなくていいから立ってくれ!! 今度は違う誤解を受けそうだ」

 

「え?」

 

 周りを見て状況が理解出来た委員長は先ほどより更に頭を下げた。

 

「か、重ね重ね申し訳ない!! 本っっ当に申し訳ない!!」

 

「だからそれを止めてくれって!?」

 

「そ、そうだった」

 

 委員長が立ち上ろうとした時だった。委員長の足が滑ってそのまま主人公の股間に顔からダイブしたのだ。

 

「ブフッ!?」

 

 これは笑ってしまう。中々無いラッキースケベだな。そこの男子よ羨ましがる気持ちは分からんでもないぞ。だが、そこからは予想してなかった。まさか続きがあったのだ。

 

 ビックリした委員長がそのまま立ち上ろうと、主人公の足が腕に引っかかったまま動き、それによって二人とも縺れて、主人公は足先が顔の方に、委員長はでんぐり返しの要領で一回転して股間が主人公に顔の部分に。何とも奇跡のような状態でこの短時間にラッキースケベを二回も引き起こす主人公に脱帽の念を抱かせざる負えない。

 

「す、すまない! ワザとじゃないんだ!?」

 

「なら早く退いてくれ!?」

 

 狙ってやれるもんじゃない高等技術だ。そして、そこにすかざず銀髪美少女が夫の浮気を目撃するかのようなタイミングで登場した。修羅場になるのか、と期待したが......。

 

「......! 寝技の練習ですか?」

 

「「違うっ!!?」」

 

 はっはー、これは予想の斜めを上を行きやがる。天然もしくは純情(ピュア)過ぎるってことか。いいね、いいね。おじさん見てて楽しいよ。

 

「......何故、貴様は拳を握りしめている」

 

「......気にすんな」

 

 隣にいたちっこい眼鏡の男子の言葉で気が付いた拳を緩める。まさか、無意識にイラついていたかも知れない事実に自分自身ビックリする。

 

 やはり、この身体はだいぶ煽り耐性が弱いようだ。よし、殴ろう。ちょうど組手だし怪我しても問題ないだろう。

 

「なあ、ちょっとヤり合わねぇか?」

 

 尻餅を突いた主人公に手を差し出す。主人公は少し考えた末に差し出した手を掴んだ。

 フッフッフ、昨日見たボクシングアニメの動きを見て覚えた技を見せてやる。

 

「......分かった」

 

 

 

 

 

 

 どういう狙いかは知らないが九十九が声を掛けて来たときは少し驚いた。九十九はその見た目から怖がられている。しかし、意外ととっつきやすい性格だというのが今日話してみて分かった。多少、気は荒いが悪いヤツというわけでは無い。寧ろ、話していて知的な部分も垣間見た。

 

 入学してからただ者じゃないと思っていたが、こう相対して見て分かる。これでも武術をしていた身だ。師範......いや、それよりか強いかも知れない。

 

 それに九十九......九十九理事長(・・・・・)と何らかの関係があると見て間違いないだろう。

 

「行くぜ」

 

「ッ!?」

 

 一言、それを聞いた時には既に拳が目の前に迫っていた。風を切って振るわれる拳を頬の薄皮一枚犠牲にして避ける。次に振るわれる拳は避けきれるわけも無い。故に前に詰めて少しでも威力を弱めて──

 

「──なっ!?」

 

 懐に入ろうとした瞬間に鋭い鞭のような拳が二撃続けて飛んできた。急いで両手でガードして防ぐ。これでは懐に入るどころか近づけない。ガードの隙間から前を見ると右手を引いている姿が見えた。 

 

 ヤバイ、大砲が来る!?

 

 更にガードを固めて備えるが、両腕にくるはずの衝撃が一向に来ない。そして、何故かガードが払われる。

 

 は? 何が起こった?

 

 理解することは出来ずに一瞬呆然している所に拳が迫ってきていた。殴られると目を瞑ったが、来たのはデコピンだった。

 

「チェックメイトだな」

 

「......あ、ああ」

 

 九十九は飽きたとでも言わんばかりに後ろを向いて壁際まで歩き腰を下ろした。自分は何が起きたか訳が分からないままだ。周りも驚いたような表情をしていた。

 

「あれは見事なフェイントだったな」

 

「トラ......フェイントだって?」

 

 近くで見てくれていたトラが先ほどの攻防、と言うよりかは一方的な攻撃の解説をしてくれた。

 

「ああ、あの動きはボクシングだな。左のジャブでお前を離してそこから牽制の二回ジャブ。そして、怯んだ隙に右のストレート......ここまでは分かってたんじゃないか?」

 

「ああ、その後から訳が分からなくなった」

 

 右が来ると分かったから直ぐにガードを固めたのだ。しかし、その後何故かガードを破られた。あれは一体......。

 

「右、と見せかけて下からの打ち上げ......つまりアッパーだ」

 

「......そういうことか」

 

 ガードが払われた、と言うよりかは両腕が上向きに弾かれた感覚だった。しかし、あの一瞬でそこまでやれるなんて......プロなのか、と勘繰ってしまう。

 

「うーん、しかし......」

 

「どうしたんだ、トラ?」

 

 何やらまだ唸っているトラが九十九を見て首を傾げる。

 

「いや、確かに見事だった。だが、足の動きが滅茶苦茶と言うか、ボクシングをやっていたようには見えなくてな」

 

「......?」

 

 その後、九十九は誰ともやらずにずっと全員の動きを観察しており、リベンジも断られてしまった。そして、そのままチャイムが鳴り、九十九の謎が増えた組手の授業だった。

 

 




さて、少しはこの小説の主人公と主人公が関わった感じになった所で、次はいよいよ『新刃戦』の話しに入りたい。いや、入るつもりですけどまだシェルブリット出すつもりはないんですよね。シーリス時まで温存させておきたい。


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フォース・ブリット

制御できない力はただの暴力。それを理解すべきだ。
                    劉鳳


 

 

 五日目の午後、いつものように恒例のマラソンなのだが......。

 

「遅いな......」

 

 黄昏時になっても、穂高がゴールしていないことに対して呟く。それどころかゴールから見える範囲にも穂高の姿は無かった。

 

 昨日はもっと早く走り終えていたはずだが......。

 

 空の色が変わり始めた頃にゴール。それが昨日のことで、しかも倒れて気を失う事も無かった。たった、数日ででも目に見えて変化があったというのに、今日はどうかしたのだろうか。

 

「みやびのことか?」

 

 俺の呟きを耳にし、橘が聞いてくる。橘は今日も女子のトップで完走し、今はついさっきゴールしたばかりの女子に酸素吸入器を当てていた。

 

 ちなみに男子、そして、全体でのトップは九十九だ。九十九も橘と似たようなことを男子にしていた。ただ、酸素吸入器とかではなく紙袋だったが......。

 

「橘も......ってルームメイトだもんな。気になって当然か」

 

「ああ。もしかしたら、みやびはもう......」

 

 その先の言葉は聞かなくてもわかる。ここ数日、毎日のように一人、二人と退学()めていっているからだ。

 入学早々厳しい訓練ばかりだから仕方ないとはいえ、日増しにクラスの人数が減っていくのは寂しく思える。

 

 今しがた橘に介抱されている女子も「もうついていけない......」と弱音を吐いていて、その姿が穂高と被る。

 穂高もそう思っているんじゃないかと想像して。

 

「あァ? 何このぐらいで弱音吐いてんだァ? ただペースを保って走るだけだろうが。お前は走り方がヘンだからもっと背筋伸ばして腕を振れ。だから遅ぇんだよ」

 

 ......アイツの言い方も退学()めていく要因の一つになってないといいが。言い方はアレだが九十九は的確なアドバイスをしている。

 

 確かに彼は走り方が可笑しく無駄な体力を使っているためタイムが遅い。中にはちゃんと九十九のアドバイスを聞いてタイムが上がったヤツもいた。

 

 最初の方は特に何も言って来なかったが、退学していく奴等を見て思う所があったのだろう。それから、橘のように走り終わった者の手当や先ほどのようなアドバイスをするようになった。

 

 ただ、やはり言い方が悪く気持ち的に滅入った人にとってはキツイ物があるのか、泣きそうな表情をしていた。

 

「九十九! そんな言い方は無いだろ!」

 

 そして、毎度のこと橘が九十九に突っかかって行く。

 

「ハッ、まだ優しい方だろ。同年代には十キロの荷物持ってマラソンしてる奴等だっているんだぜ? そいつらは『黎明の星紋(ルキフル)』なんてもん無しで訓練してんだ。それに比べたら全然イージーモードだろうが」

 

「そういうことを言ってるんじゃない! 他にも言いようが──」

 

 こうなると、どっちも譲る気が無いので平行線が続く。いつもなら自分が九十九を宥め、穂高が橘を宥めるのだが肝心の穂高が帰ってきてない状況だ。

 

「......。ちょっと様子を見てくる」

 

 それだけ言い残してコースを逆走し始めた。それを見ていた九十九は後ろ頭をガシガシと掻いて寮のある方へと向いて気怠そうに歩き始めた。

 

「......後、任せるわ」

 

「あ、おい! まだ話は終わってないぞ、九十九!」

 

 

 

 

 

 

 

 寮生の全員が寝静まった時間帯に自分は呼び出された。本来ならこの時間にはもう寝ているのでとても眠い。生活リズムが崩れるのは余り好きでは無かった。

 

「たく、何だよ。こんな時間によ」

 

 呼び出した本人──朔夜はクスリッと笑う。

 

「定時報告と通達を少々したいと思いましてのことですわ」

 

「......今更、定時報告って言われてもな......で、何が聞きたい?」

 

「彼らはどうですか? 特に九重透琉は」

 

 どう、と言われても返答に困る質問だ。良くて秀才、悪く言えば凡人のちょっと上ぐらい。突出する所も無ければ才能を持っているようにも見えない。

 

 第一にまだ五日目だ。事細かいとこまで見てないから評価のしようがないのだ。

 

「まあ、もう自主退学していくヤツはいねぇだろな。必死にしがみついてると思うぜ」

 

 質問の答えとは言い難いが、朔夜も分かっている、というよりかは、そこまで自分の回答に期待していないのだろう。

 

「そうですか」

 

 朔夜はそう呟くとティーカップを片手に持って中身を飲む。......本当にそれだけかよ、分かっていたけどさ。質問してきたのはそっちだろうに。まあ、今に始まったことではない。

 朔夜がティーカップを置いて少し考えたような素振りをしたのち手を前で組んだ。

 

「明日、『絆双刃(デュオ)』を決めますわ。とはいえアナタには関係の無いこと。自由にして構いません」

 

「俺だけ休みってことか」

 

「本当の所はアナタがいると邪魔だからです」

 

「......」

 

 ホント、何で朔夜は自分をここに入れたのか理解出来ない。言わんとすることは解らなくも無いが、言い方というのがあるだろう。

 

 ......ああ、そういうことか。委員長が言っていたこと。これがいじめっ子はいじめられっ子の気持ちが分からないってヤツか。

 

 大方、自分が朔夜と関わりがあることはアイツ等も気が付いているだろう。まあ、ワザと気が付かせるような節を感じたが。それで自分に取り入る......つまり『絆双刃(デュオ)』となれば色々と都合が良くなると思うだろう。

 

 それを防ぐため......いや、そんなことするなら隠し通す方が良くないか? わざわざ、そんなメンドクサイことをするとは思えない。

 

 こちらをじっと見る朔夜の視線を感じて悪寒が走る。ダメだ、理解出来ない。何が目的なのかさっぱりだ。

 

「ああ、それと。『絆双刃(デュオ)』が決まったら直ぐに『新刃戦』と言う催しをします。アナタはその時──」

 

 

「──はぁ?」

 

 

 朔夜の言葉に耳を疑った。

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

「おっハロー♡ みーんな無事に『絆双刃(デュオ)』が決まって良かったねー  うんうんっ☆ さてさて、パートナーが決まったことで今日から心機一転、席も『絆双刃(デュオ)』同士の並びに変更しよっか  ......ん? おやおやぁ? 仮同居のときとパートナーが変わって無い人もいるみたいねー?」

 

「相性がよかったんです」

 

「わわっ! どんな相性? どんな相性!?」

 

「性格! 性格の相性だから!?」

 

「ちぇー......」

 

 期待していた答えと違うな主人公。そこはやっぱり......というかさっきから視線が痛い。そんなに俺を見て楽しいか? 

 

「はいはーい  みんなも気になってるよね? 実は九十九くんは特例(・・)で一人で『絆双刃(デュオ)』扱いになるの。理由は簡単......なんだけどまだ秘密事項になるから教えられないよー。みんなも何となく分かってるだろうけどねー。九十九くんも喋っちゃだめだぞっ♡」

 

 ウゼェ、なんか胡散臭い先生なんだよなぁ。とういうかお前等こっちみんな。喋らねぇからな? そんな見ても喋らねぇからな? 喋ったら朔夜に何されるか分かったもんじゃねぇから。

 

「さてさて、正式に『絆双刃(デュオ)』が決まったことだし。近いうちにみんなお待たせの『焔牙(ブレイズ)』を使った模擬戦しちゃうからねー☆ その名も『新刃戦(しんじんせん)』!」

 

 その宣言に教室がざわめく。主に驚きと戸惑いによって。まあ、模擬戦はあると言われていたがこうも早くあるとは知らなかっただろう。自分もこの前、朔夜に聞かされた時は驚いたもんだ。主に俺に対する誓約(・・)にだが。

 

「それじゃあ、その内容を説明するけど。自分達以外は全員敵っ! だよ♡ 日程は来週の土曜日──つまりGWの前日ね。誰かが病院送りになってもいいように休み前にやるってわけ♪」

 

 よぉーし、一人二人殴っても問題無いということか。まあ、俺が殴るのは主人公テメーだけだ。これからずっと銀髪美少女と同室ってことだろ? 一発ぶん殴ってもいいよね? え、ダメ?

 

「開始は十七時、終了は十九時までの二時間ってことで、時計塔の鐘が合図だからねー。場所は北区画一帯になるよー♪」

 

 なるほど、てことは校舎内もありか。

 

「みんな『焔牙(ブレイズ)』には特性があるわけだし、それに合わせて正面から戦うも良し、戦略を練るのも良し、地形を考慮して、いかに自分達が有利に運べる状況で闘うかも重要ってわけ♪」

 

 へぇー、だいぶ実践的な感じだな。そりゃあ、こんなことを一年生の頃からしてれば強いはずだ。まあ、俺の時の場合はやっぱり地理が分かってなかったからか、逃げればそうそう追い付かれることは無かったな。

 ......指定された、北区画って場所へ少し歩いてみるか。

 

「それじゃあ、みんな『新刃戦』に向けてガンバろー♪」

 

 

 

 

 

 その日の昼休み。俺はユリエ、橘、穂高、トラ、タツと共に学食で飯を食っていたのだが──『新刃戦』の話題が出ると、穂高は牛乳の入ったコップを手にしたまま、憂鬱そうにため息を吐いた。

 

「はぁ......まだ『絆双刃(デュオ)』が決まったばかりなのに......」

 

「決まったばかりだからだと私は思うぞ、みやび」

 

「俺も橘と同じだな。この時期だからこそ、意味があるんだと思う」

 

 橘と俺の言葉に隣にトラも頷く。

 

「どういうことなの?」

 

 問われ、橘が自分と同じ考えの内容をみやびに説明した。

 

「なるべく早い内から実戦形式の戦闘を経験させておきたいのだろう。確かにこれからの授業で『絆双刃(デュオ)』としての動きや心構えは教わったとしても、それは知識だけでしかない。経験として蓄積させることで知識は真に身に付くものだ」

 

「習うより慣れろということだな」

 

 時間帯や範囲の広さ、それにバトルロイヤルというルールからしても不確定要素が多く、より実践的な状況を作り出している。更に、開始時間が十七時というのもまた考えられている。終了までの三十分間は完全に日が落ちて視界が悪くなる。視界が悪いと戦況へ大きな影響を及ぼすため、それも経験させておくのだろう。

 

「そっかぁ、色々理由があるんだね......あ、ってことはさ。つ、九十九くんってどうなるの? やっぱり一人でやるのかな?」

 

 この場におらず、食堂にも姿が見当たらない。話によるとパンを片手に何処かに歩いていったらしい。考えられるのは会場の下見、と言った所か。

 

特例(・・)......か。他の者は理事長の贔屓だのなんだの言っているが......実力はホンモノだろうな」

 

「トラもやっぱりそう思うか?」

 

 あの組手以来、手合わせをしていない処かあれ以来一度も組手をちゃんとしていない。のらりくらり流すばかりだ。だが、あの時の一回だけで理解出来ている。アレが全力な訳が無い。他にも日ごろの訓練などを見れば明らかだ。一人だけ実力が違う。

 

「そもそも、俺はアイツの『焔牙(ブレイズ)』を見たことが無い(・・・・・・・)

 

 それだ。トラの言う通りこの場、いや、今のところ誰一人、九十九の『焔牙(ブレイズ)』を見たことが無いのだ。

 

 今まで『焔牙(ブレイズ)』を扱う授業が無いわけではないのだが、それは別に出しても出さなくても良いものだったため、九十九は出していない。

 

 『焔牙《ブレイズ》』は切り札だ。それを無しにしても高い実力を持っている。もしかしたらそれを考慮して特例(・・)なのかもしれない。

 

「まあ、それも今回で分かるだろう。アイツも流石に『焔牙(ブレイズ)』を使わざるを得ないはずだ。それに、今日の放課後から『焔牙(ブレイズ)』を使えるようになるから、何処かで必ず出すだろう」

 

 おそらく、いや、ほぼ確実にクラスメイト全員が、今日に放課後から『焔牙(ブレイズ)』の訓練を始めるだろう。

 

 ここで重要なのは、他の『絆双刃(デュオ)』の訓練を無許可で見学(・・・・・・)しても構わないとも伝えられている。つまり、スパイ行為を学校側が容認しているのだ。

 

 たとえ、同じ種類の武器でも使い手によって大きく変わる。戦闘スタイルは人それぞれ、千差万別となる。

 

 言って仕舞えばもう既に情報戦という観点から見れば、現時点で『新刃戦』は始まっていると言っても過言では無い。

 

「まったく、厄介な話だな......」

 

「ふんっ、顔はそうは言ってないぞ、透琉」

 

「お互い様だろ」

 

 強い相手と手合わせすることに楽しみを覚える。単純な性格だとは思うが、性格なのだから仕方ない。

 

「こ、九重くんもトラくんも、凄いやる気いっぱいだね......。やっぱりあの賞与があるからなの......?」

 

 『新刃戦』で優秀な成績を収めた『絆双刃(デュオ)』には、特別賞与という名目で学年末を待たず、昇華の機会を与えられるとのことだった。

 

 必ずしも一度で『位階昇華(レベルアップ)』出来るとは限らない以上、『昇華の儀』は少しでも多く受けられる方がいい。

 

 しかし。

 

「賞与があるからってわけじゃないんだけどな。もちろん、それも理由の一つだってことも否定はしないけど」

 

 と、穂高に返しつつ、トラに視線を送る。

 

「ふんっ。貴様と本気で()るのは一年半ぶりだな」

 

「ああ、そうだな。俺と当たる前に敗退するなよ?」

 

「それは僕のセリフだ」

 

 不敵な笑みを向け合い、軽く拳をぶつけ合う。

 

「え、えっと......」

 

「ふふっ、みやびには少々わかり辛い関係かもしれないな。だが、この二人に負けないよう私たちも頑張ろうではないか、みやび」

 

「う、うん......。でも、私じゃ足手まといに......」

 

「大丈夫だ。確かに現時点でみやびの技量や能力はこの二人に劣る。それならば劣っている力量を埋めるための策を立てればいい。何より私というパートナーがいることを忘れないでくれ。これは一対一ではなく『絆双刃(デュオ)』による勝負なのだ......例外もあるが」

 

 九十九カズヤという謎の多い人物。不安が積もりつつも高揚感が高まっていくのを感じた。

 

 

 ──『新刃戦』の幕が上がるのは近い。

 

 

 

 




うーん、『新刃戦』を始めるつもりでしたが意外とキリが良かったので切らせてもらいました。大体、流れは変わりませんがシェルブリットを出すか出さないか......そこで変わりそうですね。


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フィフス・ブリット

人を勝手にランク付けするんじゃねえ!
                   カズマ


 夕方近くの時間帯。クジで指定された場所で待機しているとピリピリと張り詰めたような空気が漂ってくる。これから始まるイベントに対し、全員が高揚感を抑えられないのであろう。

 

「......そろそろか」

 

 リーンゴーン......リーンゴーン......リーンゴーン......。

 

 時計塔の鐘が『新刃戦』の開始を学園中に宣言する。それを合図に各所で『力ある言葉』が響き、(ほのお)が舞い上がる。

 

「はぁ、興冷めだよなァ......」

 

 もし朔夜にあんな誓約(・・)をされなければ今ごろ自分は喜んで敵がいる方に突っ込んでいただろう。正直、守る意味は無いが......釘を刺されてしまった以上、何故か破る気になれない。自分でも下手に律儀というか義理堅いというか......義理はないか。

 

「まァ、縛りプレイってやつも嫌いじゃねぇ......いいぜ、やってやるよ。『焔牙(ブレイズ)』を使わないでヤってやろうじゃねぇか──」

 

 指定された場所から喧騒がする方へ走って向かう。少し先で、もう既に二組の『絆双刃(デュオ)』が戦闘を始めていた。その一人がこちらに気づき驚きの声を上げる。

 

「ッ! 九十九!?」

 

「なっ、本当に一人なのか!?」

 

 拳を握り締め、真っ只中に走り込む。ニヤリ、と口元を歪ませれば見た目通りの兇悪な姿を見せる。

 

 

 

「──喧嘩だァアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

「ま、まじ......かよ」

 

「ふぅ......最後の一撃はいい線言ってたぜ」

 

 それを聞いたかどうか知らないが、右拳を鳩尾に叩き込まれ気を失う男子生徒。『新刃戦』が始まってから大体一時間ぐらい経っており外もだいぶ薄暗くなってきている。

 これまで大体、五組ぐらいの『絆双刃(デュオ)』を倒したが、このイベントも終盤戦に入って来ている。生き残っているのはもう片手で数えられるほどだろう。

 

「さてと、残りは校舎の中か? 面倒だな、ここから結構遠いじゃねぇか」

 

 そうボヤいていると近くから人の気配を感じて、咄嗟に構えを取れば現れたのは眼鏡野郎だった。

 

「んだよ、テメーかよ」

 

「......何故、構えを解かない?」

 

 眼鏡、三國を含め月見先生等は怪我をした生徒たちの為に見回りをしている。勿論、本来なら構えを解くべきなのではあるが身体は言う事を聞きそうにない。どうやらあの時、負けたことが未だに忘れられないようだ。

 

 自分でもここまで悔しいと思ったことはない。確かにあの時は消耗もしていたし、体調も良くなかった。更に言えばシェルブリットも使いこなせていなかった。だが、戦いにそんなの関係無い。勝てば官軍負ければ賊軍と言う言葉通り、自分は負けて辛酸を舐めさせられたのだ。目の前の男に。

 

「へっ、ちょうどいいじゃねぇか。この場所なら思い切ってヤり合えるだろ?」

 

「......」

 

 三國は何も言わない。ただ、こちらを見据えるだけだ。

 

「気に入らねぇ......その目だ。俺を見下してやがるその目。見てると腹が立つ」

 

「......フッ、私は別に構わないが......あっちだ」

 

「あァ?」

 

 三國は校舎の方を指差す。

 

「あっちにお前と戦うことを楽しみにしているヤツがいる。そっちを先に済ませるといい」

 

 俺とヤり合いたいヤツがいるだと? コイツ何を考えている。ただのでまかせか......それとも本当にいるのか。

 

「......チッ、これも朔夜の考えか? マジで分かんねぇ、俺を使って何がしてぇんだ」

 

 『焔牙(ブレイズ)』を使わずに生き残れだとか、生徒たちの動向を観察しろだとか。朔夜は俺に何を求めてんだ? 何となくやろうとしていることは解る。だが、理解出来るかと言われたら話は別だ。

 

 目的どころか過程が分からない。考えが分からない。まあ、俺みたいな凡人が理解出来たらここまで成し得てないか。

 

「はいはい、行けばいいんだろ......いつかぜってぇ、リベンジしてやっからな」

 

 三國は何も言わずカズヤを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ、ユリエ」

 

「ヤー。トールこそお疲れさまでした」

 

 小さく笑みを浮かべるユリエへ透流は笑みを返しつつも胸中では先ほどの橘達の戦いで見せた判断力に舌を巻いていた。

 

 橘が使う『焔牙(ブレイズ)』は中遠距離を主体とする『鉄鎖(チェイン)』で自分と相性が悪いのは明白だ。それを判断してそれぞれに見合った相手を見極めるユリエ。

 だが、それと同時に背中を任せてくれたことに対しての嬉しさもあった。

 

「さて、と。それじゃあ俺達は行くから、後は任せていいな?」

 

「う、うん」

 

 ユリエの一撃で橘は意識を失い、今はみやびが介抱している。怪我は無いようだが、それ故に『焔牙(ブレイズ)』が人を傷つけないという特性に改めて驚きを禁じ得ない。

 

 時間からすると、あと一戦が関の山だろう。出来れば九十九かトラとやりたいところだが──

 

「──ぐっ......があぁああああああああっっっ!!」

 

 上階より響いてきた、トラの絶叫(・・・・・)によって思考が中断される。

 

「トール。今の声は......!!」

 

「みやび、ここにいてくれ! 橘を頼む!」

 

「う、うん! と、透流くんたちは......!?」

 

「行きましょう、トール」

 

 ユリエに視線を向けると、意図を察して頷きが返ってくる。

 

「ああ、行こうユリエ!」

 

「き、気を付けてね、透流くん、ユリエちゃん!」

 

 みやびの声を背中に受けて、俺たちは声の聞こえて来た上階へ駆け上がる。いやな胸騒ぎが止まらない。あの日と同じだ。

 道場が炎に包まれたあの日と同じく、言葉には出来ない嫌な予感が胸の奥で渦巻く。

 

 最上階の廊下へ到着すると、中央に佇む影、特徴的なうさぎ耳のシルエット。その影の視線の先、壁際に倒れ込んだ友人の名を叫ぶ。

 

「トラ、タツ......ッ!!」

 

「九重くん.....!」

 

 俺の叫び声に月見先生が、驚きに満ちた顔を向ける。

 

「月見先生! いったい、何があったんですか!?」

 

「せ、先生も今来たばかりだから.....」

 

「トール。トラたちの傷が酷いです」

 

 見たところ二人とも鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が数ヶ所にあり、大きな傷を負っている。その時、微かに息のあるトラが何か呟いた。

 

「うっ......うしろ......だ、透流......!!」

 

「え?」

 

 振り返れば、笑みを浮かべた月見先生が見下ろし──いつの間にかその手には、凶悪なシルエットの『牙剣(デブテジュ)』が握られていた。

 

「ッ!?」

 

 振り抜かれたソレを紙一重で避けた。

 

「フュー、惜っしい☆ もう少しで先生の『焔牙(ブレイズ)』で九重くんを真っ二つに出来たのにー♪」

 

「月見、先生......どうして......ッ!?」

 

 いつもの口調で恐ろしいことを言う月見先生に驚きつつも問いかける。

 

「どうしてって......アタシがコイツ等をやったからに決まってんだろうがッ!」

 

 口調が変わり獰猛な笑みを見せる月見先生。そのまま振り抜かれる『牙剣(デブテジュ)』を咄嗟に避ける。

 

「月見先生! 何故だ!? どうしてこんなことを!! ......うっ!?」

 

 痛みを感じて患部を抑えると手にはべっとりと血が付いていた。

 

「そんなどうして!? 『焔牙(ブレイズ)』は人を......ッ!?」

 

「ハッ、壁も地面も壊せる武器が人間だけを傷つけない......なんて、そんな都合のいい話があるわけねぇだろ」

 

 月見先生は『牙剣(デブテジュ)』を振りぬき構える。

 

「『焔牙(ブレイズ)』は魂を具現化した力。心の持ち方一つでいくらでも変わるってことだ──よォッ!!」

 

 いつの間にか距離を詰められ振りかぶられた『牙剣(デブテジュ)』をユリエが咄嗟に前に入り防ぐ。

 

「良い反応するじゃねぇか、銀髪」

 

「殺意を持って『焔牙(ブレイズ)』を扱えば人を傷つけることが出来るということですか......!」

 

「飲み込みがはぇーな、銀髪」

 

「うおおおっ!!」

 

 鍔迫り合っている間に月見先生に奇襲をかけるが蹴りを食らわせられ、ユリエも弾かれてしまう。

 

「レクチャーその一。実は『焔牙(ブレイズ)』は人を殺せちゃうんだよね♪ でもこれって機密事項だから内緒だよ♡」

 

 いつもの口調で言われる事実に衝撃を受ける。

 

「続いてレクチャーその二。『焔牙(ブレイズ)』を破壊されるとどうなるかって言うと──」

 

 トラの『焔牙(ブレイズ)』である『印短刀(カタール)』を真っ二つに叩き斬った。

 

「ぐっ、あぁああああああああっっっ!!」

 

 直後、トラが絶叫し力無く床へと倒れ込んだ。

 

「この通り、丸一日起きられねぇぐらいのダメージを精神にくらう。まァ、仮にも『魂』を破壊されてその程度で済むんだからマシかもな」

 

「どうしてこんなことをする!」

 

「仕事だ、仕事。有望そうな新人を始末するだけの簡単なお仕事さ。さて、そろそろお喋りを終わりにして殺してやるよ。前菜(オードブル)には丁度いい」

 

 くくくっ、と笑い声を上げ月見先生──いや、月見の放つ殺気が膨れ上がっていく。

 

「さあ始めるぜ!! 一分一秒でも長く抗ってアタシを愉しませてみろぉっ!!」

 

「っ、!?」

 

 その姿が掻き消え、俺は目を疑う。

 

「上です!」

 

「なっ!?」

 

 ユリエの声に視線を上げたまさにその瞬間、月見は天井を蹴っていた。

 

「トール!!」

 

 ユリエが受け流し守ってくれる。しかし、月見が横薙ぎの二撃目を放ちその力に押され吹き飛んでしまう。

 

「くっ、おおっ!!」

 

 格闘で挑むが拳は全て避けられ掠りもしない。

 

「オラオラッ! もっと必死にやらねぇと死んじまうぞ!!」

 

「がっ!?」

 

 月見の膝蹴りが胸部に深々と刺さりミシミシと不吉な音をたてる。

 

「たくっ、このぐらいでへばってんじゃねぇよ!」

 

 月見がそのまま頭を鷲掴みにし投げ捨てられる。そして、『牙剣(デブテジュ)』が振り抜かれようとされたとき、ユリエが壁を蹴って高速で月見の背後から奇襲を仕掛けた。

 

「おっと!」

 

 しかし、気づかれ振り向きざまの横薙ぎ一撃でまた壁際まで吹き飛ばされた。その隙を見逃す月見ではない。すぐさま、『牙剣(デブテジュ)』を振り上げた。

 

「これで終わりだァ!!」

 

 ガキィィン!! と金属音ともに左腕の『(シールド)』に掛かる重圧が重く圧し掛かってくる。何とか間一髪で二人の間に割り込むことができた。

 

「ユリエッ! 大丈夫か!?」

 

「他人の心配をしてるヒマがあんのかァ?」

 

 ゆっくりと押し込まれて行くのが分かる。

 

「ぐっ、うぅっ!!」

 

「頑張るねェ、だが、無駄だ! 弱ェヤツ(・・・・)は死んどけ!!」

 

「ッ!?」

 

 

『弱いから死んだだけだよ』

 

 

 あの日に惨状が脳裏に浮かぶ。

 

「こっっのぉ!! 雷神の一撃(ミョルニール)!!」

 

 押し返しつつ、弓を放つかのように拳を引き絞り、怒りに任せて一撃を放つ。──が、それは空を切り、背後の壁を破壊した。

 

「くはっ、その『位階(レベル)』でとんでもねー威力だな。......まあ、当たらなくちゃー意味がねーけどよ」

 

 くははっ、と余裕を残して笑う月見。二人とも力で押し負け、速さでも負けている。あの時の訓練では力に片鱗も見せてなかったのか。もう、勝ち目が無い──。

 

 

 

「──『位階(レベル)』......か。気に食わねぇな、勝手にランク付けしやがって」

 

 

 

「九十九っ!?」

 

 後ろから聞こえて来たその言葉に振り返ればこちらに歩いて来る九十九の姿があった。しかし、その表情は今まで見たことの無い、闘志のような熱いナニカが迸っている。

 

「クククッ......ハッーハハハハッ!! 待ってたぜ! 九十九!!」

 

 月見は高笑いしたのち、先ほどとは比べ物にならないほど殺気を高めていく。

 

「九十九、何で......いやっ、気を付けろ! ソイツは危険すぎる!」

 

 しかし、九十九は歩みを止めず月見の間合いまで近いてしまった。まさか、まだ本性に気が付いてないのか!?

 

「アイツ等のことはどうでもいいけどよ......やっぱ同期として仇討ち(・・・)はしないとなぁ。まっ、死んでねぇけどよ」

 

「仇討ち......?」

 

 どういうことだ? 何故、九十九が月見の同期の仇になる? 理解出来ないまま進んでいく。自分たちの正面に立ってから黙っていた九十九がゆっくりと右手を前へ突き出した。

 

「......この場合は例外ってことだよなぁ?」

 

「あァ? 何のことだ?」

 

 言葉に意図が分からず月見が言葉を聞き返す。ニヤリ、と九十九が口元を緩めれば人差し指を曲げて中指を曲げ、順に曲げていき最後に小指を曲げて拳を作る。

 

「これなら使ってもいいよなァ(・・・・・・・・・)!」

 

 右手の黒い指無しグローブから軋むような音が鳴るほど強く握り込んだ。

 

 

 

「──『焔牙(ブレイズ)』ッッ!!!」

 

 

 

 

 




ヒャッハー! もう我慢出来ねぇぜ! ということで当初の予定より早く出すことにしました。なんか引っ張るのもアレでしたし。というか、もう既に誓約を破ってしまったことに関しては申し訳ない。

えっと、あ、評価してくださってありがとうございます。作者のやりたいようにやった作品に評価が付くと嬉しく思いつつも何か恥ずかしいなという気持ちがあったり.....とにかく、ありがとうございます!

Q:サードブレッドとフォースブレッドはブリットの誤字?
A:はい、その通りです。素で間違えてます。教えてくださってありがとうございます。

Q:かなみのポジションの子はいるの?
A:朔夜......いえ、今のところはいません。

Q:拳で抵抗する主人公マジカッケー
A:やはり人間、最終的には拳なんですよ。それと、はやりのネタを意識したわけではありません。一応、公言しときます。

長くなりましたが次回お会いしましょう。


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シックス・ブリット

俺が遅い? 俺がスロウリィ!?
            ストレイト・クーガー


「──『焔牙(ブレイズ)』ッッ!!!」

 

 九十九が『力ある言葉』を口にした瞬間、廊下全体を覆うほど強い光──いや、(ほのお)が九十九を中心に広がる。ユリエを守るように前に出て自身の『(シールド)』で防ぐ。

 

「こ、これが九十九の......ッ!?」

 

 (ほのお)が次第に九十九の()()に向かって収束されていく。(ほのお)は右腕を覆う装甲となり、背中には赤い羽根が生える。

 九十九が腕を払うと残滓の(ほのお)は空気に溶けるように消えていった。

 

 右腕を覆う朱色と金色の混じった装甲が月明りに照らされて美しく光る。それは本来あり得ないとされた──自分と同じ『異能(イレギュラー)』の『焔牙(ブレイズ)』だった。

 

「くはっ──ハッハッハハハッッッ!! まさか『異能(イレギュラー)』が二人もいるとはなッ! しかも『(シールド)』とはまた打って変わった『焔牙(ブレイズ)』だなァ、オイ!」

 

 傑作だと言わんばかりに月見は笑う。腹を抱えて笑うほどだ。ある意味チャンスなのだが九十九は動かず、右腕の調子を確認していた。

 

「久しぶりだからな......若干、重く感じるぜ。まっ、んなこたァ、どうだっていいんだ。喧嘩だ、喧嘩。喧嘩しようぜ!」

 

「喧嘩だァ? くはっ、笑わせるじゃねぇか。いいぜ、ノってやるよ。その殺し合い(喧嘩)に──なッ!!」

 

 自分の時より素早い踏み込みで斬りかかって行った月見に対して九十九は反応できずに止まっている。やはり『位階(レベル)』の差があり過ぎる......!!

 しかし、ニヤリと口元を歪めたのは九十九だった。

 

「あァ、そうこなくちゃなァッ!!」

 

 月見の上から振り抜かれた袈裟斬りを右手で受け止め火花が散る。驚きの表情をしている月見を見てあの一撃は本気だったと確信する。九十九が右腕を振り上げ月見の『牙剣(デブテジュ)』を上にはじき返す。

 その時、出来た隙を付いて九十九は右腕を引き脇を締めた。

 

「オラッ──ッ!!」

 

 下から抉るように突き出される鋭い一撃を避けれないと判断した月見は咄嗟に『牙剣(デブテジュ)』で自身の身体を守るように体の隙間に割り込ませる。

 

 金属同士がぶつかり合う音と共に弾かれ合う二人。突っ込んで来たときまで月見は笑っていたが、もう真剣な表情へと変わっていた。

 

 腕が痺れてやがる、と『牙剣(デブテジュ)』を持つ手を見ながら思う月見。たった一発殴っただけでこれ程の威力。これ以上『焔牙(ブレイズ)』で受けるのは止した方がいいだろう。下手にやると『焔牙(ブレイズ)』がもたない。

 

「殴っただけでコレ、か......お前、本当に『(レベル1)』か?」

 

「ケッ、さっき言ったろうが。そういう(レベル)のは気に入らねぇってな」

 

 ギチギチと九十九の拳が鳴る。

 

「速さも力もワタシと同じ......いや、力だけなら上か? 流石、理事長のお気に入りってとこか。『位階(レベル)』の制限無しってか?」

 

 その月見の言葉に九十九は後ろ頭をガシガシと掻く。ほんの前まで先生という立場だったが今は敵だ。その敵の目の前でその行動は隙を見せすぎなのではないだろうか。しかし、月見は武器を構えただけだった。

 

「別に朔夜......理事長には、まぁ、恩つうか......なんかあんけどよ。別に贔屓されてるわけじゃねぇ。それに、俺は『黎明の星紋(ルキフル)』を打たれてねぇし」

 

「なっ!?」

 

「っ!?」

 

 その発言に自分とユリエは驚きの声を上げる。月見も言葉には出さないものの何とも言えない表情をしている。

 

「俺には()()が無いとか言ってたしな......っと、これ機密だったわ。まっ、どうせ直ぐ分かる事案だったろうけどよ」

 

黎明の星紋(ルキフル)』無しで超人的な身体能力と『焔牙(ブレイズ)』を持つことはあり得るのだろうか。しかし、あり得ないとは九十九を見て言えない。『黎明の星紋(ルキフル)』での超化は遺伝子操作によるものだ。つまり九十九は()()黎明の星紋(ルキフル)』のような物を持ってたいとういことだろう。

 

 これなら納得が出来ないこともない。特例の件や自分以外の『異能(イレギュラー)』の『焔牙(ブレイズ)』。これ程まで強いことも。

 

「んなァことよりもさっきの続きと行こうぜッ!」

 

「チッ!」

  

  鋭い踏み込みと共に放たれるアッパーカットを月見は冷や汗を垂らすと同時に避ける。九十九の一撃は一発一発がとても重いことは先ほど『牙剣(デブテジュ)』でガードした時に分かっている。生身で受ければひとたまりも無いだろう。

 つまり、もう避けるしかない。しかし、やられるだけの月見ではない。

 

 素早く避けた後にカウンター気味の横払いをした。難なく右手で受け止める九十九だったが、その隙に月見の蹴りを身体の真正面に受け、少し仰け反る。その隙に一歩距離を取って油断なく構える。懐に入れたら不味い。しかし、相手はあの右手が届く範囲だ。リーチの点に置いてはこちらの方が有利。

 

 このまま距離を保って少しずつ九十九(ヤツ)の『焔牙(ブレイズ)』を削り取る......!

 

 今までとは打って変わって純粋な殺意が月見からヒシヒシと感じて来る。こちらの足が竦んでしまう程の圧力に九十九はニヤリ、と笑った。

 

「いいねェ......こっちもアツくなって来るじゃねェか!」

 

 右腕を引き左手で狙いを澄ますように相手を被せる。音が鳴る、ギチギチと拳が固められて行く音だ。

 

「一発目でくたばんなよッ! 衝撃の──」  

 

 パキパキ、とガラスが割れるような音と共に右腕の肩甲骨に伸びていた赤い三本の羽根の一本が砕け散ると、そこから勢い良く空気のような物が噴射された。それが推進剤となって唯一のアドバンテージである距離を詰めてきた。更に威力も高めた一撃だった。

 

 一瞬にして詰められた距離。油断無く構えて、一挙手一投足に見逃さないようにしていたはずなのに。強く唇を噛み締める。出し惜しみしてやられるのは愚の骨頂だ。

 自分の『焔牙(ブレイズ)』の──『蛇腹剣(スネイク)』の真の力を......ッ!

 

「ッッ!! 『狂蛇(ウロボ)──」

 

 ──『牙剣(デブテジュ)』を前に掲げた時だった。まだ猶予があったはずの距離が更に詰められている。ぐらり、と視界が揺れるような感覚が目の前を覆う。

 まさか、さっきの()()()()()()()でっ!? 

 

 顎を掠れただけで軽い脳震盪を起こすことがある。その殆どがアッパーなどの顎を掠める一撃が要因だ。しかし、平衡感覚がズレたままでも真の力を開放しようとするが間に合うはずが無く。

 

 

 

「──ファースト・ブリットォォォッ!!」

 

 

 

 それは、自分から見ても恐ろしいと思える強烈な一撃だった。

 

「ぐっ、アァアアアアアッ!!」

 

 その一撃は月見の『焔牙(ブレイズ)』を破壊するには十分なほど威力を持っており、そのまま『焔牙(ブレイズ)』を突き破って肉体へも拳が届く程の一撃。

 

 自分の雷神の一撃(ミョルニール)の何倍──いや、何十倍もの威力があることを感じとる。

 

 あれが、九十九の『焔牙(ブレイズ)』ッ!!

 

 自分と同じ『異能(イレギュラー)』で『(シールド)』とは真逆の攻撃に特化した『焔牙(ブレイズ)』......ッ!!。

 

「惜しかったな、後もう少し早ければどうなってたか......あぁ、そういえば『焔牙(ブレイズ)』って破壊されたら一日ぐらいは起きないんだっけ?」

 

 自分達が手も足も出なかった相手に対して九十九は真正面から圧倒的な力で叩きのめして見せた。しかも、まだまだ余裕があるようにも見える。少なくとも月見は学園から抜擢されて学校の教師になった程の実力者だ。

 それをたったの一撃で、しかもあれが羽根一本消費して放つ技としても残り二本残っている。あの威力の物が後二回も放たれるなんて......ゾッとする。

 

「取り敢えず、一件落着かァ? ハァ、不完全燃焼だな。こりゃあ」

 

 落胆した様子を見せてこちらに向き直り歩いて来る。ユリエと自分は思わず身構える。先ほど溢した不完全燃焼という言葉。それに、月見の件があったがまだ『新刃戦』は終わってない。

 

「トール」

 

「ああ......分かっている」

 

 勝てる見込みはゼロにも等しいだろう。しかし、黙ってやられるほど自分達は落ちぶれてはいない。負けられない、負けてなるものか。

 しかし、近づいて来る九十九は気まずそうな表情と共に『焔牙(ブレイズ)』を消して、後ろ頭を掻いた。 

 

「あーっとな......やる気だしてるとこワリィんだけどよ。ソイツ等、どうにかしねぇとヤベェぞ」

 

 指を指されてはっとなる。そうだ、トラとタツが深手を負ったままだった。

 

「ッ! あ、ああ! 急いで救護室に運ばないと」

 

「んじゃ、俺はコッチを持ってやるよ」

 

 九十九はタツを持ち上げ肩に担ぎ上げるとスタスタと救護室の方へと歩いて行く。まるで先ほどの戦いが無かったかのように九十九からは気力を感じない。

 その時、『新刃戦』の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。 

 

「おっ、ちょうど『新刃戦』も終わったみたいだな」

 

 歩きながら窓の外を見る九十九を追いかけるなか、微かに九十九の右腕が震えているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

「──以上が『新刃戦』の記録です」

 

 九十九の一撃によって『焔牙(ブレイズ)』を砕かれ、月見璃兎(つきみりと)が倒れ伏したところで男──三國は映像を停止する。

 

「くはっ。わざわざ動画を見せてまで皮肉らなくても、結果報告だけでいいだろーが」

 

「百閒は一見にしかず、というものです。何より君の報告は大雑把過ぎですからね」

 

「へいへい。わるーございましたっと」

 

 まったく悪びれもせずうさぎ耳を揺らす月見、それにため息混じりに首を振る三國。

 

「しかし、本気で殺しにかかるとは......もしも、のことがあったらどうするつもりだったんですか」

 

「......構いませんわ。私が現場の判断にお任せすると言ったのですから」

 

 ここで初めて口を開いた主へと、三國と月見は視線を向ける。その先に座っているのは漆黒のドレスに身を纏った少女──昊陵学園(こうりょうがくえん)理事長、九十九朔夜だった。

 

「過酷な環境で芽吹く種子(シード)こそ、美しき花を咲かせると私は考えていますわ......彼のように、ね」

 

 今度は扉の近くでの壁に背を付いて立っていた九十九カズヤに向けられた。

 

「......なら、アイツ等を俺が住んでた所にぶち込んでやればいいんじゃね? 社会見学と称して」

 

「くはっ、そりゃあいい」

 

「貴方たちは本当に......はぁ」

 

 三國は二人に頭を抱えざる負えない。それを見ていた朔夜はクスリ、と笑った。

 

「しかし、なぜ彼を彼女の所へ行かせたのですか? 彼が行けば戦うのは当然、それに他の生徒達の成長の妨げになったのでは?」

 

 三國の言ってることは最もだ。月見が戦いたいと言っていたのは知っているが、それを尊重したとは思えない。

あの場で殺しかけたとは言え、九重透流とユリエ・シグトゥーナの戦いはまだ終わって無かった。あのまま行けばもしかしたら......と思ってしまう。

 

「一つはカズヤの力を見させるため。彼らには大いに刺激になったでしょう。二つ目はもう一度、カズヤの力を確かめて置きたかったからですわ......最も、それは『シェルブリット』を除いた戦闘能力ですが」

 

 珍しい朔夜の不機嫌な微表情とジト目にカズヤは苦い顔をする。

 

「ああ、ああ、悪かったって。ごめんなさい、わりぃ、すまねぇ、許せ」

 

 全然、反省の色が見えない。しかし、あの状況でカズヤが『シェルブリット』使うと予想していたはずなのに、敢えて向かわせたのは朔夜にしか分からないことだった。

 

「しかし、『異能(イレギュラー)』が二人もいるとは驚きだぜ。聞いてねぇよってな」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべつつ、月見は足を投げ出すようにソファに座った。

 

「随分と上機嫌ではないですか。もしや彼のことお気に召しましたか?」

 

「くはっ、バカ言ってんじゃねーよ。気になるのは九重(アッチ)の方だ。こっちは強すぎてやりようがねぇ......まあ、お気に入りって言うんならアタシよりアンタの方だよな、お嬢様」

 

 その言葉は、入学式の日にわざわざ透流に顔を合わせたことを指していた。

 

「ふふ、『彼』に縁のある者なのだから気にかけて当然ですわ」

 

()()()、か」

 

 朔夜の一言に、三國、月見ともども僅かに眉をひそめる。カズヤは逆に口角を上げた。

 

「......さて、これでアタシの仕事は終わったわけだが──これからどーすりゃいい?」

 

「ご自由に、ですわ。璃兎、貴女の望むままに......」

 

「自由ねぇ......。くはっ、それなら──このままでいっか」

 

「......よろしいのですか? 月見君を残すとなると、我々との繋がりに彼らが気が付く可能性も」

 

「理由などどうにでもなりますわ。彼らに確かめる術などありませんのよ、三國......ただ、分かってますわよね、カズヤ?」

 

「へいへーい」

 

 その返事にくすくすと妖しく笑う。その笑みに、決定に、これ以上の意見を許されないことを知っている三國は頷くだけだ。

 

「ではそのように」

 

 

 

 

 やがて気配を一つだけ残し、室内は静寂に包まれる。闇の中、唯一残った少女は、豪奢な椅子に深く身体を沈み込ませた。長い沈黙の後、朔夜は僅かに口角を上げる。

 全てが動き出したことを悟り、その中に自身の席があることを感じて。

 

「宴の始まり、ですわ......」

 

 その宴の結末がどうなるかは神ではない朔夜には分からない。人の遺伝子を操作するという禁断(かみ)の領域へ立つ彼女であってもだ。人である以上、未来などわかりはしないのだから。

 しかし、『異端(イレギュラー)』である彼が一体どのような選択をするかによってはあるいは......。 

 

「願わくば、我が道が『絶対双刃(アブソリュート・デュオ)』へ至らんことを」

 

 

 




皆様のおかげで日間ランキング一位に載ることができました。大変嬉しく思います。評価も多く頂き感謝感激です。
一応、原作をそのままパクるのはいい気はしないので、最後の方はカズヤを介入させたのですが......少し強引すぎたかもしれません。いや、今さらですが。


Q:小指からってことは本家本元とは違うって描写なんかな?
A:いいえ、これも素で間違ってました。本来なら本家と同じようにします。それと誤字報告ありがとうございます。

Q:身長が170cmっておかしくない?
A:今思えばそうですね。あの時の私は一体何を考えていたんだろうか......これは修正してもよろしいでしょうか?

Q:この主人公もロリコンなのだろうか?
A:ロリコン......にはするつもりはありません。しかし、何とも言えないですね。かなみポジをどうするか......。

全部を返すことは出来ませんが、返せるようなものをピックアップして返していきたいと思います。申し訳ございません。


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セブンス・ブリット

愚問ですなァ。俺は俺の味方です!
            ストレイト・クーガー


 GW(ゴールデンウィーク)も終わり、今日からまた学校が始まると思うと憂鬱になる気持ちを抑えながら、生徒たちが食堂で朝食を食べている時間。

 自分は理事長室へと呼ばれていた。

 

「失礼しまーす」

 

 間延びした、気の抜けた声とともに入室すつカズヤ。目の前には大きなオフィスデスクを挟んで座る朔夜とその横に真っ直ぐ立つ三國。もう見慣れた構図だ。

 

「明日、()()()が来ますわ」

 

「......これまた唐突だな」

 

 入って来ていきなりそんなことを言われても返答に困る。しかし、この時期に転入生? この前『新刃戦』が終わったばかりだと言うのに。

 

「てか、ここに転入ってことは.....もしかして、俺みたいなのが見つかった?」

 

 可能性は無いことはない。第一、ここは普通の高等学校はワケが違う。一般的な高等学校でも転入など珍しいと言えるのに、こことなると自分のような『異端(イレギュラー)』ぐらいしか思い当たらない。

 しかし、返答は少しの沈黙だった。

 

「......なんだよ」

 

 余り表情の変わらない朔夜に気まずさを感じ始め視線を逸らす。

 

「......フォレン聖学園。ここ昊陵学園と兄弟校ですわ」

 

「ああ、そういえばそんなこと言ってたような......」

 

 確か『新刃戦』の前の座学で先生が話していた覚えがる。と言ってもそんな深く掘り下げらた説明はされなかったが。

 英国(イギリス)にあり、日本外で唯一『超えし者(イクシード)』を育成する学校だったはずだ。それなら転入の件も納得いく。

 

「なんだ、イジメでもあったのか、ソイツ?」

 

 転入の理由なんてそんな事例が多いだろう。それか、英国(アッチ)では手を付けられない問題児だとか。自分ではそんな程度しか思い浮かばない。

 しかし、また返ってきたのは沈黙だった。

 

「......んだよ、関係ねぇなら戻っていい?」

 

 正直、GW中はずっと不規則な生活をしていたため身体がだるいのだ。それと、朝から委員長である人物に叩き起こされ虫の居所が悪いのだ。

 そんなこと朔夜にとってはどうでもいい話だろうが。

 

「彼女もまた『異能(イレギュラー)』......いえ、『特別(エクセプション)』と呼ばれる存在ですわ」

 

 『特別(エクセプション)』。それを聞いて余りいい気はしなかったのはある意味、スラムの時での経験で培った()が働いたのだろう。これから起きるのはきっと朔夜と初めてあった時と同じ面倒ごとだと。

 

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

 骨折数ヶ所、全身至るところに裂傷、打撲は数え切れず。全治一ヶ月の傷を負った友人のトラ。しかし、それは『超えし者(イクシード)』だからこそであり、常人なら全治数ヶ月の傷だ。

 その裏で仕事と称して生徒たちを狙い、暗躍していた月見によって負わされた怪我の診断結果だったのだが.......。

 

「なんでトラが教室(ここ)にいるんだ?」

 

 朝食後の雑談を終えてそのままみんなで教室に行くと、見慣れた小柄な男子が机に突っ伏して寝ていた。

 

「......退院してきたからに決まっているだろう、このバカモノ」

 

 自分の呟きに耳聡く反応し、トラがあくびをしつつ伸びをする。

 

「退院まであと十日はあったと思うんだが......」

 

「ふんっ、いつまでも休んでなどいられるか」

 

 GW中、こちらが動けるようになった段階で学園の敷地内にある病棟へお見舞いに行ったのだが、無様な姿を見せられるかと即追い返された。

 その後で看護師さんから怪我の状態と退院予定日を聞いたのだが、どうやらトラのやつは強引に退院してきたらしい。

 

「無理しても怪我が長引いたらどうすんだよ。大人しく寝とけって。それにほら、寝る子は育つとも言......悪かった、なんでもない」

 

「誰がちっこいか!!」

 

 後ろで聞いていたみやびは怒鳴り声に怯えるように俺の後ろに隠れる。

 

「大丈夫だって。今のは俺に突っ込んだだけだから」

 

「う、うん......」

 

 ぎゅっと俺の服を掴んだままのみやびへ笑いかけると、一瞬目を見開き──ぱっと手を離したかと思うが早いか、一歩後ろに下がって謝られる。

 

「しかし、本当に大丈夫なのか? 彼女にやられた(・・・・・・・)キミの傷は相当な物だった。九重の言う通り、無理はしないほうが身のためだと思うぞ」

 

「その言い草からすると、お前も事情を知っているというか?」

 

 トラの問い掛けに橘が首を縦に振る。あの日、月見の『牙剣(デブテジュ)』を九十九が打ち砕き、トラたちを運んだ先で起きた橘とみやびに止む無く事情を説明し、学園側に連絡、そしてトラたちもふくめ怪我人全員へ応急処置をしてくれた。

 ......九十九の応急処置の手際が良すぎたことに面を食らったことは今でも印象に残る。アイツにあんな特技があったなんて。

 

 その際、九十九の『焔牙(ブレイズ)』──自分と同じ『異能(イレギュラー)』としか説明していない──と機密に関しても全て承知済みである。

 

「しかし、どうして月見先生はあんな暴挙に出たのだろうか」

 

「仕事と言ってたけど......」

 

 あの後、そのまま三國先生に丸投げしたが実際どうなったかは分からない。それに、あの時もし九十九がいなかったら自分たちはここに立つことが出来ていたのだろうか。

 グッと自然に握り拳に力が入る。

 

 このままじゃダメだ。もっと力を高め無いと。

 

 ふと、ユリエと視線が合う。どうやらユリエも似たようなことを考えていたのか顔が強張っていた。

 

「っと、そう言えば九十九のヤツいなくないか?」

 

 いつもこの時間帯なら机に座って空を見ているか寝ているかどちらかの姿を見せる九十九が席に座るどころか教室にもいない。

 

「まさか、あのまま二度寝したんじゃないだろうな」

 

 そう溢したのは橘だった。朝食の時に確かクラス全員の所に行って朝起こしに行っていたと話したことを思い出す。

 九十九にはには悪いが、ありえそうだと思ってしまった。

 

「まったく、九十九と来たら後で注意しないとな......っと、チャイムか」

 

 鳴り響く始業のチャイムの音とともに開かれる扉。そういえば、と月見がいなくなったので新しい先生が来るはずだが──

 

「おっはよーん♡ みんな新刃戦の疲れはとれたかなー? さー今日からまたビシバシいっちゃうよー♡」

 

「「「なっ!?」」」

 

 うさぎ耳を着けたあの女──月見璃兎(つきみりと)が何食わぬ表情で入って来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 事情を知っている自分たちは困惑するなか授業は終わり、そのまま退出していった月見を追いかけたのだった。

 

「待て!」

 

「あれあれー? どうしたのみんなして? もうすぐ授業の時間だよ♪」

 

 その笑顔のという仮面の下の顔を知っている自分たちには隠す必要はないのに、いつもの口調で接してくる。

 しかし、自分たちがいつでも『焔牙(ブレイズ)』を出せるように身構えていると──

 

「──くはっ、そんなこェ顔すんなよ。朝から(たぎ)っちまうじゃねぇか」

 

 本性を現した月見が舌なめずりをした。

 

「なんでアンタがここにいる......ッ!?」

 

「ダメだよー九重くん。先生にはきちんと敬語を使わないとね♡」

 

「殺されそうになった相手に無理言うなよ!」

 

 それを聞いた月見は笑いを堪えながら答える。

 

「くはっ、ちげぇねぇ......が、今は辞めとこうぜ。教育熱心の理事長さんのお出ましだ」

 

 そういった月見の視線、つまり、自分たちの後ろを振り返ると三國先生を連れた理事長の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ!?」

 

 トラが机を叩いて理事長に抗議をする。

 

 あの後、そのまま事情を説明するために理事長室に連れて来られ、そこには既に九十九がソファで寛いでいた。しかし、どこか憔悴しきったように見える。

 

「月見璃兎を改めて教師として雇用した、そう言ったのですわ」

 

「待ってください! アイツは俺たちを殺そうとしたんですよ!?」

 

「ですが貴方たちは生きていますわ。彼女ほどの強者(つわもの)と相対していながら、短期間で生徒をそこまで育て上げた教育者としての手腕を私は評価していますの」

 

 理事長の話すことに戦慄を覚える。犯罪者、ましてや殺し合いをした相手をまた教師として雇用するとは正気の沙汰とは思えない。

 

「いいねぇ、スパルタ歓迎ってか?」

 

 気分を良くした月見は横から茶々を入れて来た。それを睨み付けながらも橘が進言する。

 

「しかし、それは結果論にしか過ぎないのではないでしょうか?」

 

「その結果をこそ私は求めていますの。如何なる過程を辿り、どのような手段を用いようと問題ではありません」

 

 それだと、どんな卑怯、または外道なことをしようと結果(・・)を出せば(・・・・)問題無いと公言したようなものである。いや、実際そうなのかも知れない。

 

「全ては『絶対双刃(アブソリュート・デュオ)』へと至らんがため。ただそれだけのこと」

 

 今ここでハッキリと理解した。彼女はその『絶対双刃(アブソリュート・デュオ)』の為なら何でもする人物だと。

 

「それと、近日中に貴方がた六名の『位階Ⅱ(レベル2)』への『昇華の儀』を執り行いますわ」

 

「フッ、口止めのつもりか」

 

 それに理事長は薄く微笑む。

 

「『新刃戦』で優秀な成績を残した者たちへの当然の権利のことでしてよ」

 

「っ......」

 

 当然のように言われ口を塞ぐ全員。嫌なしこりのような物を残して退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後は何事も無くいつもの日常が終わった。終始、委員長やら主人公やらがこちらを気に掛けるような素振りをしていたが、こっちは取り合う気がまったく起きず、そのまま無視しつづけた。

 

 そして、翌日。朔夜に言われた通り指定された時間に執務室に赴くと既に眼鏡野郎と一緒に朔夜が待っていた。外からはヘリと思われる駆動音が鳴り響いている。

 

「ヘリで来るとは思わなかったぜ」

 

「アナタにとっては初めて見ることになりますわね」

 

「......バカにしてんのか」

 

 流石にヘリぐらい見たことあるわ。......ここまで近くで見ることは無いだろうけど。

 

「さあ、行きますわよ」

 

 朔夜に歩調を合わせて中庭に出る。それと同時にヘリは降下を終え着陸した。ローターが巻き起こす風が朔夜の艶やかな髪を揺らす。

 そんな中、ヘリから黄金色(イエロートパーズ)の髪を持った少女が姿を見せる。その彼女を見ながら朔夜は妖しく微笑えんだ。

 

「ようこそ、昊陵学園へ。『特別(エクセプション)』──リーリス=ブリストル」

 

 

 




一巻分おわらせたら気が抜けてしまいました。遅くなってすみません。それと、今回コメ返しはお休みにさせて頂きます。


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エイス・ブリット

いいえ、逃げません。 ここはそんな事が出来る場面じゃない! 諦める方向には進みたくない…そう、ここは抗う場面です!!
                  橘あすか


「あんたが『異能(イレギュラー)』──九重透流(ここのえとおる)ね」

 

 開口一番、()()()が発した言葉がそれだ。

 

 時は約一分前へと遡る。『昇華の儀』が行われる土曜日の朝。HR(ホームルーム)が始まる前、ギリギリに来た九十九がげっそりとした表情で耳に呟いた。

 

『今から来るヤツには俺が【異能(イレギュラー)】ってことは内緒な。マジで頼む』

 

 そのいつもよりやつれた顔で珍しく真面目に話してきた時はどうしたものかと思った。他、いや大半がその九十九の姿に驚いただろう。いつものように制服を着崩せずに、誰が見ても一番綺麗に制服を着ており、髪はいつものようにぼさぼさなんてもんじゃない。丁寧に櫛を通して整えていた。

 ただ、目の下の隈とその仕事終わりのサラリーマンのように疲れ切った表情が無ければ完璧と言えるだろう。

 

 驚き、そして、先ほどの言葉に疑問を思って訪ねようとした時だ。いつものように猫を被った月見が入ってきてHRが始まってしまったのだ。

 そして、月見が転入生を紹介すると口にした直後──ほとんどのクラスメイトが息を呑んだ。......あのトラですら。

 

 教室に入ってきたのは、黄金色(イエロートパーズ)蒼玉の瞳(サファイアブルー)を持つ外国人の美少女だった。

 

 髪と瞳だけではなく、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んだ海外女優顔負けの魅惑的なスタイルは、男子のみならず女子にもため息をつかせる。

 ......一人心底疲れたため息をついた者もいたが。

 

 加えて貴賓と色香を漂わせており、赤い紅を差した唇がそれをより強調させていた。同じ外国人の美少女でもユリエが闇夜に浮かぶ幻想的な月だとしたら、彼女は大空に輝く太陽といった印象だ。

 

 そんな彼女が片手を腰に、もう片方は手を机に置き、正面からじっと俺を見つめていた。

 

「......ちょっと、人の話聞いてる?」

 

「──っ! わ、悪い。お俺が九重だけど......」

 

「オッケー。九重透流、あんたに興味があるの。だからちょっと付き合いなさい」

 

 つい一月ほど前に似たような発言を耳にしたが、今回は言葉つきこそ柔らかくあるものの命令口調だ。黄金の少女にとって自分の意志が通ることは当然だとばかりに、俺の返答を聞かず踵を返して歩き出す。

 

「お、おいっ。いきなり付き合えって言われても──」

 

「......二度も言わせないで」

 

 足を止め、振り返っての一言。

 

 静まり返った教室で、チラリと九十九の方を見ると口パクで「いけ」と繰り返している。彼に一体何があったのだろうか。

 そして、最初に口を開いたのは少女だった。月見の方を見て言う。

 

()()に許可して貰えるわよね、月見先生」

 

「......どうぞー☆」

 

 一瞬、額に筋を浮かせつつも、月見は転校生の勝手を許可する。あの月見が許すとは思って無かった。

 

「......透流に用があるならここで話せばいいだろう」

 

 トラが苛立った様子で転校生に物申すが──

 

「あんたには関係の無い話なんだから別にいいでしょ。あたしは雑音(ノイズ)の無いところで話がしたいのよ」

 

 ぴしゃりと言い返される。普段なら怒声が飛んで来るだろうが、彼女の一言、一睨みで気圧され、小さく呻くだけに留まるトラ。そして、何故か視線は九十九の方へ向き目を細める。

 

「そこら辺をちゃんとしておいて欲しいわね」

 

「......うす」

 

 ぴくっと目元を引きつかせながら返事をする九十九。ますます、彼女とは一体どういった関係なのか気になって来た。

 

「まあ、ちょっと行ってくる。話だけならすぐに終わるだろうしさ」

 

 トラに小さく笑いかけ、席を立つ。一応、担任の許可を出した以上、無理に断る理由は無い。黄金の少女とともに、俺は教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 二人──主に彼女──が教室から出ていったことを確認したのち、すぐ机に身体を預け腹の底から声にもならない息を吐き出す。

 

 わざわざ、身だしなみを整え。わざわざ、早起きをし。わざわざ朝早くから準備に取り掛かった。それは、全てあの転入生のため──では無く。(もっぱ)ら自分の為だった。

 

 彼女、リーリスを見た瞬間、記憶の奥底に眠っていたものが蘇り思い出したのだ。彼女は主要人物の一人で主人公の『異能(イレギュラー)』という物に固執していたことを。自分はイレギュラーではあるが『異端(イレギュラー)』の方である。

 

 自分はここに立っていて、息をしており、心臓も動いている。つまり、この世界が想像によって生み出された物だとしても自分は生きている。だから別に原作がどう変わろうとしったことではない。

 しかし、従来、いや前世というものがあるならば。前世も含め出来る限り面倒ごとは避けていきたいタイプだ。

 

 故に、『異端(イレギュラー)』と言っても彼女からしたら『異能(イレギュラー)』とそう違いは無い。きっと彼女は何かしらの接触をしてくるだろう。現に朔夜との関係やたった一人の『絆双刃(デュオ)』であることを知っている。幹部の娘だからかは知らないが情報網がヤバイ。

 

 従って、今回ばかりは朔夜にひたすら頭を下げて自分の『焔牙(ブレイズ)』の事を隠してもらうことにした。元々、朔夜もリーリスとの『絆双刃(デュオ)』を考えていた節があるようで間一髪だったと言える。もし、無理やり通そうものなら何もかも投げ捨てて全力で逃げることを伝えるとあっさりと快諾してくれた。

 

 朔夜も自分ほどの研究材料(モルモット)を手放したくはないようだ。今まで自分の『焔牙(ブレイズ)』の事や『黎明の星紋(ルキフル)』を打たれてない、いわば天然物という情報を公にしてないからこそ、今回のことに関しては信用できる。最も、自分から言うのであれば問題無いと言っている分そこまで隠し通す必要は無いようだ。

 

 だからこそ、自分の『焔牙(ブレイズ)』がバレれば面倒ごとが増えると確信している。朔夜ほどの人物と対等に話が出来るほど親密な関係であるが故に。

 

 なら、どうして早朝から疲れているのか? それは朔夜から隠すことを条件に課された指令のせいだ。

 

 リーリスの動向を探ること。ただ、それだけ。

 

 彼女がこれから何をして、何を得るのか気になるそうだ。別にそれなら簡単なことだが朔夜の嫌がらせなのか、それとも気遣いなのか......いや、朔夜に限って気遣いということは断じてない。嫌がらせの類のはずだ。

 

 表向きに表すなら一学年を代表して転入生に学園に案内、兼、学園に慣れることと生徒として馴染むまでの支援、と言った所だろうか。ここに来てあったかも分からない主席(・・)などという単語を持ち出してきたほど。

 

 最も、彼女からは余り良く思われてないが、ここの理事長という立場の朔夜から言われたことだからか。彼女(リーリス)の言葉を借りるなら使ってあげている(・・・・・・・・)、ということなのだろう。

 

 自己中心的な考えの典型的なお嬢様なので、前世も含め平民、いや、今回に関しては平民より下だった自分からしたらどう接していいのか分からない。

 朝早く起きたのは九重透流に関してのレポートを出せ、などという訳の分からないことを言われ、取り敢えず、何とか書いたものの「ふ~ん」と言われただけ。実際に確かめる気だったなら最初から言うな、って話だ。

 

 もうグロッキーでストレスは溜まり、今から発散させたい気分だ。もし、これが後一ヶ月続くようであるなら自分は早いうちに彼女(リーリス)の目の前でシェルブリットを開放し、殴りかかっているかもしれない。

 

 しかし、そうなると本末転倒。だからこそこの先どういった展開になるか覚えてないが、主人公のことだ、きっといい方向に進んでくれるだろう。しかし、なぜ彼女は『異能(イレギュラー)』に固執しているのだろうか?

 ......それを探る前に自分の『焔牙(ブレイズ)』を知っている委員長たちに口止めしなければ。

 

 ここに来て初めていろんな意味で頑張ろうと思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

「ん、美味しかったわ、サラ」

 

「......恐れいります、お嬢様」

 

 黄金の少女──リーリスがカップを悠然とした動作で置くと、それまで無言だった執事が初めて口を開いた。側に執事を連れているところから見れば分かると思うが結構な家柄なんだろう。

 だが、そんなことはまとめて聞けばいい。

 

「さて、本題」

 

 自分を指差し、耳を疑うようなことをさらりと言ってのける。

 

「九重透流。今日からあんたはあたしの『絆双刃(デュオ)』よ」

 

「.........は?」

 

 出会って一時間と経っていない相手から、突然お前は自分のパートナーだと言われ、呆気に取られている以外の反応はあるんだろうか?

 

「今、何て......」

 

「二度は言わないわ」

 

「いやいや、ちょっと待ってくれ。俺にはもう『絆双刃(デュオ)』がいるから突然そんなことを言われても困るし、そもそも一度組んだら卒業までずっとそのままだっていう校則があるだろう」

 

「関係無いわ。あたしは『特別(エクセプション)』だもの」

 

 『特別(エクセプション)』? 聞き覚えのない言葉を反芻する。

 

「......だからといって初日から授業へ出ないのは困りますわ、リーリス=ブリストル」

 

 突然割って入って来たのは漆黒の衣装(ゴシックドレス)に身を纏った少女が白い薔薇を背景に佇んでいた。

 

「ご機嫌よう、九十九理事長。ここはいい場所ね」

 

「嬉しいお言葉ですわ、リーリス。けれど今はティータイムではなく授業中ですのよ。これでは彼の尊厳がありませんわ」

 

「そこは特別(・・)ってことで勘弁してよ。それに、その彼......余り使えないわ。特例だって聞いて期待したけどやっぱり凡人ね」

 

 彼、とはもしかして九十九の事だろうか? それにしてはいい言われようである。しかし、アイツのことを凡人呼ばわりするとは......先ほどからいっている『特別』には一体どのような意味があるのか。

 咎めるような理事長に対し、リーリスは俺へ指を指しながら返す。 

 

「だいたいあたしは彼に会うために(・・・・・・・)イギリスから飛んできたんだから授業なんてどうでもいいの。それより理事長も一緒にどう?」

 

「......頂きますわ」

 

 理事長は小さくため息をもらすと、チェアへと座った。執事が新たにミルクティーを入れている間に自分は先ほどリーリスの発言で気になったことを口にする。

 

「なあリーリス。今の言い方からすると、まさかあんたは俺を『絆双刃(デュオ)』にしようってだけで転入してきたのか? どうしてそこまでして俺を......?」

 

()()()()()()()()()()唯一無二(アンリヴァルト)』。だからこそ、このあたしの『絆双刃(デュオ)』として相応しいあんたに礼を尽くして出向いて来たのよ。感謝しなさい、九重透流」

 

「いや、感謝しなさいって言われても、俺にはもう『絆双刃(デュオ)』がいるってさっきも言っただろ。それに校則も──」

 

「二度も言われなくてもわかってるわよ。だけどね、九重透流。あんたが言ってるのは、()()()()って話でしょ」

 

 以前、月見から教わったことがある。よっぽどの理由が無い限り、という話を。つまり、九十九などがそのよっぽどの理由に当たるのだろう。

 

「つまり、規定の枠から外れていれば新たに『絆双刃(デュオ)』を組み直していいってわけ。例えばパートナーとの『位階(レベル)』が離れすぎたとかね」

 

 リーリスは口元へと指を当て、笑みを浮かべる。

 

「そしてあたし──『特別(エクセプション)』は規定の枠に縛られない」

 

「『特別(エクセプション)』っていうのが一体何なのかは俺には分からない。だけど、そんな我が侭とも言えるようなことが許されるのか?」

 

「許されるわよ。......ねえ、理事長」

 

 昊陵学園において、最大の権力を持つ理事長に視線を向けるリーリス。理事長は無言のままミルクティーに口を付けて、中が空になってから沈黙を破った。

 

「......九重透流。あなたが望むのであれば、現在の『絆双刃(デュオ)』を解消すること、昊陵学園理事長の名において特別(・・)に認めてあげますわ」

 

「なっ......!?」

 

「ほらね」

 

 自分の反応とは対照的に満足そうな笑みを浮かべるリーリス。

 

「......どうしますの?」

 

 今の『絆双刃(デュオ)』を──ユリエとの『絆双刃(デュオ)』を解消するか否か。

 

「そんなこと、考えるまでもないです」

 

「決定ね」

 

 理事長からリーリスへと視線を移し、俺ははっきりと自分の意志を伝える。

 

「ああ、決定だ。俺はリーリスと組むことを望まないから、今の『絆双刃(デュオ)』を解消しない。それが答えだ」

 

「なっ......!?」

 

 驚きに満ち、唖然とした表情で固まったままのリリース。対して理事長は、静かに笑みを浮かべて頷く。

 

「貴方の意志、確かに承りましたわ」

 

「それじゃ俺はそろそろ教室に戻ります。失礼します、理事長」

 

 軽く一礼して、俺は立ち上がる。

 

「じゃあな、リーリス」

 

「──っ!? ま、待ちなさいよ、九重透流!! あんた今、何を言ったのかわかってるの!?」

 

「ああ、わかってるさ。答えはノーだ、俺はリーリスとは組まない。あんたの言葉を借りるなら、二度も言わせないでくれ、だ。それに、俺じゃなくて九十(つく)──」

 

 

『今から来るヤツには俺が【異能(イレギュラー)】ってことは内緒な。マジで頼む』

 

 

「──いや、なんでもない」

 

 絶句と自分の匂わせる発言に不信感を覚えているような表情をするリーリスに背を向け、俺は早足に教室へと戻った。

 なるほど、九十九があそこまでした理由が分かった。しかし、それを自分に押し付けるようなことをした九十九に嫌みを覚える。が、朝の九十九を見て少し同情した。

 

 

 




遅れて申し訳ない。少しリーリスの件で悩んでいました。そのままカズヤを一人で突き進ませるか、リーリスと組ませるか、それとも別の形におさめるかどうか。
取り敢えず、一旦この件は保留にしつつ話を進めようと思います。



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ナインス・ブリット

お、遅れてすみませんでした!!



 

 

 早朝、それも休日の日だった。

 

 別にショッピングに行くことは構わない。そんなこと自分の勝手だ。しかし、それに巻き込まれる身にもなって欲しい。

 

「何故、アナタが付いて来るのかしら」

 

「誰のせいだと思ってんだ」

 

 もう、何というか周りから見たら目が死んでいるガラの悪い男が、金髪美少女の後に着いて回るのは、通報されても可笑しくない案件であった。もし、昊陵学園の制服を着てなかったら通報されていたかもしれない。

 

 何時もなら側に仕える執事がいるが置いて来たらしい。執事も主の命令には逆らえずどうしようか朔夜に助けを求めたところ、今ごろ惰眠を貪っていたであろう自分に白羽の矢が立ったわけだ。

 

 最近は、主人公が上手くやったのかどうか知らないが、あれから特にリーリスに付き合う必要が無くなり、溜まりにたまったストレスを運動や美味しい食事などによって少しずつ解消していっていた矢先にこれだ。

 

 後は睡眠をとるだけだったのに、こうして早朝からお嬢様に付き合わされるのだからまたイライラが溜まっていく。いっそのこと今ここでシェルブリットを開放して、スッキリさせたいほどだ。それも、新刃戦以来使ってないのだからうずうずしている。

 

 最も、外出する生徒達の意識を徹底させるため、外出届を出す際には外でトラブルを起こさない、『焔牙(ブレイズ)』を具現化させない等々、念を押される。

 が、彼女はどうやら外出届を出していなかったため、二人分の外出届を書くはめになった。しかも、自分には朔夜から直々に念を押されている分もあってフラストレーションの一歩手前だと思う。

 

 ふぅ、まあ、落ち着け。クールに行こう。年頃の女子の買い物ぐらい付き合うってやるのが大人の対応ってもんだ。そうだ、帰ったら朔夜に頼んで人気のいない場所でシェルブリットを使う、そうしよう。

 そう思うと何だか少し気持ちが楽になった。あと少し頑張ろうと奮起させながら彼女の後を付け──

 

「──いねぇし!? はッ!? どこ行きやがったアイツ!?」

 

 本格的にあのお嬢様を一発殴りたい気持ちが全面的に表れた瞬間だった。

 

 とはいえ、そう遠くまで行ってないはずだ。見失ったのは少々痛いことだがあの目立つ彼女のことだ。この日本人だらけの場所であるのならすぐ見つけることが出来るだろう。

 

「ナンパでもされたらどうなるやら......」

 

 思わずゾッとする。ナンパされる、ナンパしたヤツらがやられる、後始末をするのが俺になる。この流れが嫌なほど鮮明に想像できてしまった。もう末期かもしれない。

 

 そんなことを思っていたときだ。この店は三階から一階が見える吹き抜けの構造をしている箇所があり、今いる二階から下の階が見える。一瞬、私服だったため分からなかったが、見知った顔が男たちに絡まれていた。

 

 少しナンパされた方がこのさい探す手間も省けて楽かな、と思っていた矢先にまさか同級生がナンパされているとは思いもしなかった。あれは確か......橘と穂高だったかな? ん? あっちが穂高だっけ? 

 

 最近、やっと人の名前を覚え始めたがまだ顔と名前が一致していない。何故、こんなにも覚えられないのか自分でも不安に思ったものだ。否、リーリスのせいだ。朔夜のせいだ。記憶に残る二人のせいで覚えられないのだろう。きっとそうである。

 

 と、変なことを考えていると何だか不穏な気配になってきていた。流石に見過ごすのは気が引けるがリーリスの件もあるし、周囲を見ても下の階に降りるエスカレーターや階段が無い。エレベーターでは遅いので、残すはガラスの仕切りを飛び越えるしかない。

 

 しかし、目立ちたくはないので手をこまねいていると、自分にとって、彼女たちにとっても見慣れた人物が人垣を掻き分け現れた。

 

「やめろ、お前らっ!!」

 

「何だ!?」「誰だテメェ!!」

 

 何ともグットタイミングで颯爽と現れた主人公だった。ナイスだ、九重。そのままリーリスから俺を救ってくれることを待ってるからな。

 

 ......一体、自分は何を訳の分からないを。割と真剣(マジ)で自分の置かれている状況をどうにかしないといけないようだ。このまま行くといずれ見境なく殴りかかりそうでヤバイ。

 

 いやいや、自分のこたぁどうでもいいんだよ。今は目の前の現状だ。トラブルが起きるのは確定だと思える。とはいえ、チンピラどもの動きなど『超えし者(イクシード)』にとって赤子の手をひねるように簡単だろう。

 

 しかし、俺のいたところなら有無も言わせずに襲いかかってくるような奴等ばっかりだったので、何だかチンピラが普通の人に見えてきた。いや、普通の人で変わりはないのだが。

 

「軽くボコッちまおうぜ!」

 

 リーダー格が喋ると同時に、男たちは僅かに腰を落とす。九重に殴りかかろうとした瞬間だった。

 

 タァン......!!

 

 乾いた音──銃声がモールに響いた。咄嗟に身を屈め直ぐ音のした方を見る。柱で見えないがこの階で直ぐ近くに撃った本人はいる。

 

 こんな所で銃だと? 持っているヤツを見たらすぐ分かるんだが......勘が鈍ったか。それとも見てなかっただけか。取り敢えず、リーリスを探すどころの話じゃない。

 

 身を屈めながら銃声がした方に近づいていく。何かしら硬い物、金属とかがあれば一番いいのだが、周りを見てもプラスチック性の物ばかり。

 あそこにいた時は必ず鉄板などを持っていたが、学園に来てから撃たれる心配など無かったから身に着けているわけも無い。

 

 いざとなったらシェルブリットを使うこともやむを得ないことを頭の中で考え、撃ったヤツを確かめようと柱から身を出した。

 

「......お前、なにやってんの? 何やらかしてくれてんの?」

 

 そこには『焔牙(ブレイズ)』と思わしき、銃を持って仕切りの上に立つリーリスがいた。

 

「......アナタ、これを見て何とも思わないの?」

 

「ハァ? 『焔牙(ブレイズ)』だろうがァ? それがどうしたってんだよ、今更」

 

「っ!? ア、アンタ分かって無いの!?」

 

 そこまでバカじゃねぇよ。バカにし過ぎだろこのお嬢様。殴ってもいいよね? これもう殴っていいよな?

 

「チッ、人が集まって来たな。ショッピングは終わりだ、急いでここを離れねぇと」

 

 素早くリーリスの腕を掴み走り出す。

 

「ちょ、キャッ!? は、離しなさいよっ!?」

 

 抵抗を見せるがそんなこと関係無しに引っ張りこの場を後にするべく急いだ。 

 

「大体、お前がいなくなったり人前で焔牙《ブレイズ》とか出さなければ、こんな逃げるようなことしなくてよかったんだよ!」

 

「私は『特別(エクセプション)』なのよ! 問題ないわよ!」

 

「こっちがメンドくせェことになんだよ!!」

 

「結局、自分の保身のためじゃない! 関係無いわ!!」

 

「うるせぇ! いい加減にしやがれ──」

 

「アナタこそ! いい加減しなさいよ──」

 

 

 

 ──コイツ、戻ったら絶対許さねェ(許さない)

 

 

 

 

 初めて意見が一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 嵐のように去って行った二人を唖然とした様子で見ていた透流たちは、元に戻るまで少しの時間を要いた。

 

 いや、二人のやり取りもそうだが、それより気になったのがあの時、彼女の手に握られていたのは長銃身(ロングバレル)の黒き(ライフル)

 

 あれが、彼女の『焔牙(ブレイズ)』!?

 

 脳裏に(よみがえ)るのは、月見に襲われたとき見た九十九の『焔牙(ブレイズ)』。

 

 『焔牙(ブレイズ)は複雑な構造を持つ武器として具現化は出来ない』

 

 その話に嘘は無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「......『特別(エクセプション)』」

 

 

 

 

 あれからひと悶着あったものの何事も無く時間は過ぎ、翌日になった。

 

 教室に入ると、九十九が朝から異様な雰囲気を纏いながら、何時ものぼさぼさとした髪に着崩した制服で朝座っていた。入った当初の彼に戻ったように思えた。

 しかし、あの近寄りがたい雰囲気は入った当初より増している。

 

「トール、九十九はどうしたのでしょうか? 何時もよりも増して顔が怖いです」

 

「は、ははっ......ユリエ、それ本人に言ったら駄目だからな?」

 

「? ヤー、分かりました」

 

 自分もハッキリとは分からないが、多分リーリスのことだろう。元々、リーリスが来た当初からずっとイライラしていたが、髪も制服も着崩しているところから見るに、もうリーリスに関わらずによくなったと思われる。

 

 今まで一緒にいたが、九十九は意外と根が真面目だ。やることはちゃんとするし、言われたこともちゃんと守っている節がある。だからこそ、リーリスの件も真面目に言われたことをしていたと日頃の生活から見て分かった。

 

 ただ、やはり相性的に良くなかったのだろう。ああいう性格に対してリーリスはある意味毒だと思った。

 

 .......。

 

「トール?」

 

 九十九に、いや、カズヤに近づいて話し掛ける。

 

「なあ、カズヤ」

 

「あァ? 何だ、九重か。どうした?」

 

 こうイラついていてもちゃんと話を聞く姿勢を取る辺り、やはり真面目だと思う。

 

「リーリスと『絆双刃(デュオ)』を組む気は無いのか?」

 

 リーリスと言う単語が出た瞬間、チリチリと肌を刺すような空気が増した。少し直球過ぎたかもしれない。数秒、いや、自分には数分間程ずっと睨まれていたようにさえ思う時間は直ぐにカズヤの言葉で動き出した。

 

「......あれは、無理だ。絶対無理。あっちが譲歩しない限りな。てか、俺のこと喋ってねぇよな?」

 

 ギロリと睨まれ、少し怯みそうになるのを我慢して首を縦に振る。そして、見てから溢すように言った。

 

「お嬢様はお前のことをご指名してんだから......九重、お前がどうにかしやがれ」

 

「お、俺が?」

 

 

 

 

 どうにかしろ、と言われてから色々と考えてはいるが、授業や訓練に参加してないものだから、まず会うことが無いから話すことも出来ない。

 

 どうしたものかと思いながら、昼休み終了間際のことだった。

 

 今日も今日とて体力強化訓練のために校門へ向かう途中、ふと金色の輝きが視界の端に映り足を止めた。

 

「トール?」

 

 先を歩いていたユリエが、チリンと鈴を鳴らしながら振り返る。

 

「悪い。ちょっと先に行っててくれるか、ユリエ」

 

 ユリエが頷くと、光が見えた先──寮のバルコニーへと向かう。ラウンジから外に出るとテーブルに着き優雅にミルクティーを味わうリーリスの姿があった。

 

「......ここにテーブルなんてあったっけか?」

 

「サラに用意させたのよ」

 

 リーリスは後ろに控えている執事へ僅かに視線を送る。

 

「それより何か用? やっぱりあたしの『絆双刃(デュオ)』になりたいって思い直したの?」

 

「悪いけどそうじゃない。もうすぐ体力強化訓練が始まるけど行かないのかって思ってさ。授業にも訓練にも顔を出さないから、月見......先生がかなりキレてたぞ」

 

「別にいいわよ。あたしはそんなものを受けるために日本に来たわけでもないもの」

 

「そうは言うけど勉強はやっぱ大事だし」

 

「高校程度の勉強なんてとっくに済ましているわよ。『超えし者(イクシード)』になるにはこの学校へ入学するしか無いから籍を置いているだけ」

 

「す、すげーな......」

 

 リーリスにせよユリエにせよ、どうやらウチのクラスの外国人は大変成績が優秀らしい。

 

「だけどそれなら──」

 

 せめて訓練ぐらいは出た方がいいんじゃないか、という言葉を遮られる。

 

「あのね。なんであなたにそんなこといわれなくちゃいけないわけ?」

 

「なんでって──みんなと一緒に過ごさなかったら、クラスで浮いちまうかもしれないぞ。そうなったら友達が出来ないだろ」

 

 もう浮いている気はするが、まだ挽回できる段階だと思う。

 

「.......。お人好しね、あんた」

 

「べ、別に普通じゃないか?」

 

「女の子を庇いに飛び込んだみたいだし、十分お人好しだと思うけど?」

 

「仲間を助けるのは当然だろ」

 

「......ふぅん。嫌いじゃないわ、そういうの」

 

 蒼玉の瞳(サファイアブルー)にじっと見つめられ、ドキリとする。

 

「そ、そうだ。聞きたいことがあるんだ。カズヤとは『絆双刃(デュオ)』を組む気ないのか?」

 

 すると、こちらも朝のカズヤのように露骨に機嫌が悪くなるのが目に見えた。

 

「あ、いや、ほ、ほら! アイツも独りだし、ただ者じゃない......から、さ」

 

 語尾が段々と小さくなったのは執事に睨まれていることに気が付いたからだった。

 

「......ええ、平凡じゃないことは理解できたわ」

 

「え?」

 

 そのリーリスの評価に驚きを隠せない。

 

「じゃ、じゃあ──」

 

「──でも、絶対無理よ。彼とはね」

 

 一体、二人の間で何があったのだろうか。気になるにつれて、聞いてはいけないような気もしてきた。

 

「あ、そうだ。九重透流、今からあたしに付き合いなさい」

 

「付き合えって......このあと授業が──」

 

「二度は言わないわよ」

 

 まるで先日の再現に、俺はリーリスへ声を掛けにきたことを少しばかり後悔した。

 

 

 

 




これまで何人か聞いてきたのですが、オリ主は決してカズマではございません。ただ、シェルブリットを使っている他の誰かです。少し似せようとしている所はありますが、考え、心情、性格など全く違います。そこをご理解下さい。

最後に本当に遅れて申し訳ございませんでした。


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