暗殺者行くは、信念の果て (オートスコアラー)
しおりを挟む
始まり
人は死ぬことでその生涯を全うする。
人は生きながらに死ぬ運命にある、と母からよく教わっていた。
ならば、死した後に生き返る運命とは。
神のいたずらなのか、それとも。
------
静かな湖面だ。
凪いだ風に水面が静かに波を立てている。どこまでも続く曇り空。果ての見えない水平線。ただそこに立っていた。
今がいつで、ここがどこで、自分が誰かも知らない。
ここは、何かを考えるにはうってつけの場所だった。
それからは長い時間を過ごした。いつ終わるとも知らない意識の埋没の果てに名前だけを得た日々だった。それ以外には何もなく、ただ顔を覆う髑髏の面と無骨な剣が重々しくのしかかるのみだ。
ハサン・サッバーハ
磨耗した記憶の隅に打ち捨てられた、この体の名。それを知った日から、自らをそう呼称している。名を呼ぶものはおらず、記号としての意味合いが強まっただけだが、何もないこの場所でただあるだけには、気が遠くなる時間の長さだ。
ふ、と。
音が聞こえた。
ある時、どこからか鳴り響く、鐘の音。静かに、しかして荘厳に。止むことのないその音にいつしか自分は聞き入っていた。
どれほどだったことか、音は消え、目の前に薄く広がる鏡を見た。先は見えず、ただその中の空間に自分の立ち姿を写していた。改めて見た自分の立ち姿を見ていると声が響く。
---先に、進め
お前は、選ばれた---
酷く霞んだ声だが、聞き取った。それは尊厳な子供の声にも、死に瀕した老人の声にも聞こえる。なおも繰り返す声にいつしか体は一歩、歩みだしていた。
---お前が行くは、人類救済の旅
数多の特異点を、行く物語---
光が見える。白く靄のかかった不定形な光。先は見ることが出来ず、手を差し入れれば抵抗なくその先に沈み込む。そして、その光の先から、どこか懐かしい気配がした。
---お前の力を、示してみろ---
光を抜けた。足が燃える硬い地面を踏みしめる感覚が伝わって来る。焼けた空気が、熱い風が、焦げた大地が、ありとあらゆるものがこの身があの空間から出てきたのだと教えてくれた。瞳無き目を開けてみれば、目の前にあるは少女が3人。
何やらこちらを見上げ感心する者、独り言を喋り焦り出す者、何かを喚き散らす者。三者三様の反応だ。
「なんなんだこの霊格の大きさは!?こんなの普通のサーヴァントに収まるのか!?これじゃあまるで」
何処からか声が聞こえる。頼り甲斐のなさそうな男の声だ。場が混沌とする中、橙の髪の少女が近づいてきた。
「……えっと、名前、を聞いてもいいか、いいですか?」
まさか、あの日知った名前が記号以上の意味を果たすとは。磨耗した記憶の中で、覚えておいてよかったというべきか。
「……ハサン・サッバーハ。そう呼ばれていた」
「ハサン・サッバーハと言ったのかい!彼は11~12世紀に活動していた人物だ。イラン中西部に自らの教派を築いた暗殺教団「山の翁」の1人だよ!とんでもない英霊が来たなぁ!?」
「はい。それにこの霊気、霊格、どれを取っても一線級のアサシンです!」
「となると、もしかして初代山の翁なのかい!?だとしたら大当たりもいいところだよ!」
……初代……山の翁、どちらも聞いたことがない単語だ。少なくとも知識にはない。もう少しこの身の情報を得たほうがよさそうだ。
「っ!待ってくださいドクター!こちらに向かって来る足音が聞こえます!」
「こっちでも確認した、スケルトンが束になって来てるぞ!この距離じゃ逃げるのは無理だ、二人共戦闘準備!」
「は、はい!えっと……なんて呼べばいいかな、うーん」
「……拘りはない、好きな名で呼ぶがいい」
「じゃあ……初代様、初代様で!早速だけど戦闘お願いします!」
少女が頭を下げる。見た目によらず肝っ玉の持ち主なのだろう。この身を見て特に震えが浮かばないあたり。向こうの少女は先程からこちらを見ては誰かの名を呼び続けている。
「見えました。戦闘に移ります!」
瓦礫の向こうから飛び込んで来た物が見えた。全身が骨で構成されている人骨。それが意思を持って動いている。生前では見ることのなかった不思議な光景だ。瓦礫の向こう側から飛び出してきた彼らは、こちらを一瞥すると即座に駆け寄ってきた。片手に振り上げる武器からして、友好的ではないだろう。
すぐ近くまで来た人骨に対してまず一刀、敏捷さはこちらが圧倒的に有利なため先手が取り放題だ。というか、一太刀で終わる。撫でるように切り落としただけだが、それだけで人骨はバラバラになり動かなくなる。油断さえなければこの体は相当なスペックなのだろう。問題なく人骨を処理することができる。
「すごいぞ、スケルトンの大群が一瞬で!」
近づいては斬り、近づかれたら避け返しの太刀で斬り伏せる。この身になったからこそ分かる。知識は消えても体が覚えてる範囲は動く。欠けらばかりの知識から絞り出した経験から導き動かす。
身体中に力を込め、
その瞬間体が青白い炎を包まれ、次の瞬間には後方に体が退避している。この技も、やり方も、体に染み付いた癖が思い出させてくれる。剣を一つ振るうごとに、体を一つ動かすたびに、溢れていたナニカが体に入り込んでくる。
「敵性勢力、殲滅しました。マスターも私も無事です」
「初代様も大丈夫?!」
「この程度であらば、問題ない」
ほんとうに、これならば油断する事がなければ怪我を負うこともないだろう。剣なんて使ったことはなかったがこの分なら、少なくとも剣に振り回されることはなさそうだ。
「さて、落ち着いたところで状況判断と行こう。所長もそれで良いですね?」
「……現状、そうするしかないでしょう。いいわロマ二、進めなさい」
「それじゃあ、まずは今僕たちカルデアの置かれている現状からだ」
そう前置きをし、語り出す自分たちの置かれている状況。向こう側の人間は20人にも満たず、現場では事故があり最悪の状態、加えてこちらへの戦力の追加はなし、現行戦力でこの特異点の修復とやらを行わなければならないようだ。
「以上が、今我々が置かれている状況です」
「……こちらはこちらで調査を進めます。カルデアの復旧、および各スタッフへの指揮と運営は一時的にあなたに委任します」
「大丈夫ですか?所長チキンだからそっちで調査なんて」
「一言多いのよ。私だってこんなところにいたくはないけれど、レイシフトが壊れている以上すぐの帰還は無理でしょう。ならばこちらでできることをやります。こちらの敵が低級の怪物だけならマシュ・キリエライトとそちらのサーヴァントで十分戦力になります」
「だってさ初代様」
「了解した。我が契約者」
「あの、提案なのですが。契約するサーヴァントを増やすことはできないでしょうか?そうすれば戦力の拡充にもなるかと」
「無理ね、現状のカルデアでは電力の消耗が激しい。これ以上となると新たに呼び出すサーヴァントはともかく、彼の現界ですら危ういわ」
「ああ、たしかにこれ以上となると冷凍保存している他のマスターに回す電力すら消えそうだ」
やっぱりこれ以上の戦力は見込めないようだ。
「それではこれより、藤丸立花およびマシュ・キリエライト。両名にこの特異点の調査を言い渡します。全力で任務に当たりなさい」
「了解しました」
「分かりました!」
「……それと、貴方」
自分を呼んだのだろうか。所長と呼ばれる少女がこちらにやってきた。
「私はオルガマリー・アニムスファア。カルデアの現所長です。私たちの開発した英霊召喚システムによって貴方は座から呼ばれました。」
あの何もない水と空の空間は座なのか。座と言うならせめて座るものくらいは欲しかったが。
「呼び出した後でこのようなことを問うのは卑怯かもしれませんが、それでも問います。山の翁ハサン・サッバーハ、貴方は我々に力を貸していただけるのでしょうか?」
……どうなんだろうか。正直ここに来て懐かしいと言う感情には見舞われたが、かといってこちらで何かをすることもなし、やるべき使命も持たないとなると。
あぁ、でもあの時に聞いた声。選ばれたといっていたあの声は何かを知っているのだろうか。なら、それがわかるまでは、付き合ってもいいのかもしれない。
「……我は英霊としてこの場に呼ばれた。そして我が契約者たる者の立場は理解した。ならばその使命に力を貸すことに異議は無し。この身が朽ちるその時まで、存分に使い果たすが良い」
「お力添え感謝します」
「よし、じゃあまとまったところで探索再開としよう。こっちからは物資を送ったのち周囲の探索に入る。所長、そちらは頼みましたよ」
「誰に対していっているのです。言われなくとも、やるべきことはやります。立花、マシュ!さっさと行くわよ!」
「了解しました。先輩」
「はーい、よし、初代様も行こう」
「了解した」
いきなりこちらに来て、頭がついていかない事態になりつつあるけど、それでも、まあ、自分探しの旅ということで。何かを見つけるまでは、この数少ない人類の手助けとなろう。それが自分自身の証明になると信じて。
目次 感想へのリンク しおりを挟む