転生オリ主チートハーレムでGO(仮)~アイテムアビリティこれだけあれば大丈夫~ (バンダースナッチ)
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CHAPTER.1 異端たる者
プロローグ


白い世界に立っている。今自分の体に何が起こったかは理解できない……そしてこの状態になった心当たりも無い。

 

 自分は直前まで机に座って読書をしていただけだ、間違っても変なフラグを立てた記憶はない……はず。

 

「こんにちわ」

 

 後ろから声をかけられた、どこまでも続く白い世界に他に人などいないと思っていた矢先に。振り返るとローブをまとった男性が立っている。

 

「えーっと……こんにちわ?」

 

 時間から言えば夜だったような気もするが、この状況じゃ大した意味を持たないか。

 

「突然ですまないね、偶然ではあるが君は選ばれた」

 

 男の歳は50代位だろうか? ローブに隠れて完全に顔を見ることは出来ないが、僅かに除く範囲からシワがある事からその程度かと推測できる。物腰は柔らかく、態度は紳士然りとしている、口調からもそれが分かる。

 

「選ばれたって……これはあれですかね、所謂テンプレ乙?」

 

 二次小説などに代表されるソレかとも思ったが、その言葉の意味を理解出来ていないのか、男は少し困ったような仕草をしていた。

 

「ふむ、文化が違えば思想も変わる……か? いや、しかしこの状況に少しでも落ち着いていられるならこちらとしては有難い話だ」

 

 こちらとしては少し前まで盛大に慌てていたのだが……まぁこうして誰か自分以外の人間がいるのであれば多少は落ち着けるというものだ。相手がこちらに接触してきて、かつ先ほどの発言を考えればこの状況を作ったのは目の前の男性であるということでもある。

 しかし……もしかすると本当にテンプレ乙、つまり神様のミス→死亡→転生 この流れである、テンプレというよりは手抜き……とも最近は言われるようになってるらしいが。

 

「それで、これは一体どんな状況なんですかね?」

 

「ああ、すまないね……まず君は死亡した」

 

 男の発言に驚くと同時にテンプレでの流れが一つあたっていた事に軽く絶望した。

 これで相手のミスであり、目の前の男性が神だったら完璧だな……。

 

「ふむ、自分が死亡したと聞いて随分と落ち着いていられるね」

 

「そう言われましてもね、実感ないですしその証拠もない……まぁこんな変な空間に放り込まれたら信じざるを得ませんが。

まさかとは思いますが、あなたのせいで……ということはないですよね?」

 

 一応の確認である、別に大した意味は無いが。

 

「いや、それは君の寿命だったのだろう。詳しい原因は私にも分からない。

しかし君が実感が無いという事は、ほぼ苦しまずに突然……といった状況ではないかな」

 

 そういう事を言いたいわけではなかったのだが。しかし人間死に方など様々であるし、これが夢であれ、現実であれ今は話しをすすめる方が建設的か。

 

「それで、その死んだ俺に何か御用で?」

 

「ああ、君にはこれからある世界の一つの歴史に参入してもらいたい。

その為に死亡した人間でかつその世界についての知識を持っている者が必要だった」

 

「それがその時に該当したのが俺……だったという事ですかね?」

 

 なんとも気の遠い確率の話である、人間はその瞬間に沢山死んで同時に沢山生まれている、その中で選ばれるってどんな状況だよ とも思ってしまう。

 

「その通りだ、参入してもらいたい世界はイヴァリースと呼ばれる国家、歴史時期は50年戦争と呼ばれる戦乱の中期からだ」

 

 非常にダメな単語が幾つかある……というかファイナルファンタジータクティクスか 随分と懐かしものを、とそこまで考えた所でやっと理解できた。

 つまりFFTの世界を知る人間が条件に含まれるならばその絶対数は随分と落ちることになる、それは確率が跳ね上がるという訳で……。

 

「しかし俺がその作品をプレイしたのは随分と昔だし、今更思い出せることなんて少ないですよ? あなたの目的が何か分かりませんが期待に添えるかどうかで言えば随分と怪しい」

 

 FFT自体をプレイしたのは中学の頃にまで遡る、つまりは十数年だ。自分の記憶に相当の自信が無ければ無理であろうものだし、何より自分はそこまであのゲームをやりこんでいない。

 

「それについては問題ない、ただそういう世界であると知っているだけでいい。

そして君にやってもらいたい事は言ってしまえば特にないんだ」

 

「……は?」

 

 一瞬意味が理解できなかった、そのこちらの反応に若干の満足を得られたのか、口元が少し笑っているように見える。

 

「そうだな、目的で言えば君をあの世界に召喚する事だ。それが私の目的である

故に君が彼の世界でどうするかは君自身で決めればいい」

 

「はぁ、まぁよくわかりませんが……どうせ死んだ身ならなんだって構いませんけどね。仮にコレが夢ならそれで良し、現実なら……なるようになりますか」

 

 結局の所自分に選択肢があまり無い事に思い至りそう返す。死んでいる事が事実にせよ虚偽にせよそれを確かめる術もなく、生き返る、もしくはこの白い世界から脱出する術もない。

 しかし、それとは別に一つ思う事もある……ここまでの流れで自身がそこまで特別な存在でも無い事は解ってもらえていると思う、つまりFFTの世界に行くに当たって今の自分では自殺行為だという事だ。

 

「それで、あちらの世界に参入するに当たって俺に何か恩恵は与えられるんですか? 自慢にもならないが俺は戦う術なんて一切ありませんよ」

 

「ないなら身につければいい……しかし、こういった状況で私からお願いする立場ではある事も事実だ。

どうだろうか、私に出来る範囲になるが一つ望みを叶えるというのはどうかな?」

 

 やはり世の中言ってみるものだ、望める範囲の上限が気になるが。

 

「じゃあ、俺に平和に暮らせるようにして下さいよ」

 

「それは不可能だな、勿論平和に暮らそうと思えば出来るかもしれないが……

私の力で恒久的に君に平和を与えることは出来ない。

出来ればもっと分かりやすい形にしてくれると嬉しいのだが」

 

 再び目の前の男性は困ったような仕草をとった、というか神様……とは自称していないか、こうした力があるなら少しくらい頑張ってくれと言いたい。

 何よりないなら身につけろとかどこのマリーさんですかと言いたい。

 

「分かりやすい……ですか」

 

 これから幾つかの提案をしてみた、超絶チートボディ下さいとか、魔力無限!とか、まぁ幾つかのチート的なものをだ。

 しかしそのどれも不可能と言われてしまった、人の形を成さなくていいならどうとでもなる……と言われたので流石にそれは丁重にお断りした。

 

「君も色々と思いつくものだね」

 

「関心されても、こちらとしても戦争の中に放り込まれるのだからそれくらいは求めますとも」

 

 平和な世界であればこちらとしても気にはしないのだが。そう考えて居ると目の前の男性は少し慌てだした、まるで時間を気にするような。

 

「ふむ、いかんな……もうすぐで時間がきてしまうな」

 

「……え? いやいや、ちょっと流石にそれは」

 

 まだこちらの願い一つが叶えられてないのに、というか時間制限があるなら早めに言ってもらいたかった気もする、今更だが。

 そうしているうちに自分の足元に黒い円陣が浮かびだした。中には幾何学的な文様が書かれており、淡い光を放っている。

 

「ちょっと! これって本当にもうすぐって事ですかね!?」

 

「うむ、私自身も少し時間を見誤っていたようだ」

 

 男性のほうはもう既に落ち着きを取り戻しているようで、右手を顎につけながらこちらを観察している。

 

「君がどういった生き方をするかは興味がある、しかし君と会うことは最早ないかも知れない……ああ、私の名前を言い忘れていたな」

 

「ちょっと! そんな事よりこれをどうにかして遅らせてもらえませんかね!?」

 

 既に体の半分が埋まっていっている、別に不快な感じはしないが徐々に自分の体が沈んでいくというのは精神衛生上宜しくない。

 

「私の名前はアズラエル・E・デュライ、私は君の生き様を見届けよう」

 

「ちょっと! そんなことより首まで……ああ!?」

 

 すでに顎まで埋もれてきている、このままでは何も持たないまま世界を渡ることになってしまう、そう焦ってきた時に一つの単語が思い浮かんだ。

 かつてあのゲームをプレイした時に使った一つのデータディスク、その中に入っていた内容を

 

「良き人生を」

 

「あ……アイテム・アビリティこれだけあれば大丈夫!」

 

 そう言葉を発し、体が全て円陣の中に飲み込まれた。

 

―――――

 

 白い空間は壊れ、古びた屋敷へとその景色は変わった。

 

 部屋に佇んでいるのは先ほどフードを被った男性のみ

 男は消えていった円陣を見つめながら呟いた。

 

「ふむ、最後の内容なら出来ないことは無いか……いや、赤子から始める事になるのならアビリティは制限がついてしまうか……」

 

 男は机の上に置いてある魔道書を閉じ、一つの本を手にとった。

 

『デュライ白書』

 

 その本は古く、既に形をなしているのがやっとという古書である

 男―アズラエルは何かを考え、それを打ち切った。既に賽は投げられたのだから。

 その手には一つの輝く石があった。




12/4一部改訂
デュライ白書・400年目の真実→デュライ白書


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第1話

 太陽と聖印に護られた双頭の獅子が治める国『イヴァリース』

 

 今この国は戦乱の最中にある。

 

『五十年戦争』

 後にそう呼ばれることになるこの戦争は隣国『オルダリーア』との間で約50年間に渡って繰り広げられた戦乱である。

 

 事の始まりはオルダリーア(以降鴎国)国王ディワンヌ3世が世継ぎを残さずに亡くなった事により従弟にあたるヴァロワ6世が継ぐことを宣言したが、ディワンヌ3世の叔父にあたるイヴァリース(以降畏国)国王デナムンダ2世がそれを良しとせず宣戦を布告した。

 

 この宣戦布告は口実に過ぎず、畏国の狙いは国境に面した鴎国領土である『ゼラモニア』であった。

 

 ゼラモニアは元々独立国であったが鴎国との戦争に敗れ、併合したという過去を持つ。

 この時畏国は鴎国弱体化を狙う為にゼラモニアに支援を行なっていたが、ゼラモニアが敗れたことにより失敗となった。

 しかし、ゼラモニア国内の貴族や周辺都市らは鴎国の支配に不満を持っており、再び畏国への支援を求めた事が今回の畏国の行動の真相であった。

 

 宣戦布告の後畏国は鴎国へと進軍、緒戦に勝利を重ね鴎国ブラへと進軍するが、その進軍の最中デナムンダ2世が病死するという事件が発生した。

 わずかな混乱であったが、それによって出来た時間は鴎国軍の立て直しの時間を与えてしまった。

 ヴァロワ6世はただちに反撃を開始、畏国をゼラモニア周辺まで押し返す事に成功した。

 

 その後数年の間膠着状態が続いたが、その均衡は軍事大国『ロマンダ』軍の侵攻で破られる事になった。

 ロマンダ国(以降呂国)は畏国の背後に位置する国家であり、ヴァロワ6世と血縁関係にあった、そしてそのヴァロワ6世からの依頼に応じ畏国へと進軍したのである。

 だが、デナムンダ2世跡を継いだデナムンダ4世は自身も勇猛無比な戦士であり、自ら複数の騎士団を率いて呂国・鴎国連合軍と対峙し、健闘を果たした

 また、呂国国内にて黒死病(ペスト)が大流行をし、僅か3年で呂国は撤退を余儀なくされた。これにより再び戦線は膠着状態に戻り、いつ終わるとも知れない戦乱が続くことになった。

 

 

 その戦乱の最中、イヴァリースの東部に位置するゼルテニア領。

 領内に流れるフィナス河の西に位置する都市・フィーナス、ここに一つの生命が誕生した。

 

 名をトリスタン・ブランシュ

 

 ゼルテニア領領主であるゴルターナ公に仕える貴族であるイルヴァーナ・ブランシュ子爵の第一子の男児である。そして本来の歴史では生まれるはずの無かった命。

 

 

…………

 

 

 薄暗い世界から抜け出し、光りがまぶた越しに刺さってくる。

 頭の中はぼやけており、目を開けても視界ははボヤけ、現状を認識することが出来ない。聞こえてくる言葉も聞いたことのないような言葉である。

 

 今自分に何が起きているのか全く把握が出来ない状況ではあるが、不思議と恐怖心は湧いてこない。その理由は今誰かに自分が抱きしめられているからだろうとは推測できる。

 しかし、同時に思うこともある。誰かに抱きしめられるという行為に思い当たる節はないし、なにより自分の体を包むように抱かれるなんていう経験は記憶がある中では存在しない……はず。

 

 霞がかった頭で自分が一体どうなったかを考えてみる。

 

そう、確か自分は白い空間でアズラエルと名乗った男と会話していた。その時に自分が死亡した事を告げられ、またある世界に渡ってくれと言われた事を。

 

 それが事実なら今の自分に一体なにが起きているのだろうか?

 答えの出ない疑問を持ちながらも、今の自身の体は何もなすことが出来ないでいる。そうしている内に体と脳は疲れ、ゆっくりと意識が沈んでいった。

 

 

…………

 

……

 

 

 あれから5年の時間が経った。

 自分の意識がはっきりしてきのはつい最近のことであった。結局夢でもなんでもない現実であった。

 

 しかし転生とは……確かに自分の推測でテンプレと揶揄したものではあったが、あの男……アズラエルは世界に渡ってと――

 

「いや、参入してくれと言っていただけだったか?

それになるほど、身につければいいと言う発言はそういう事か」

 

 つまり初めから転生させるつもりだったのだ、考えてもみればこちらは既に死んでいた身である。輪廻転生という言葉を信じているわけではないが、死んだ状態を生き返らせる事が出来たり生きている状態でもいいなら初めからそうするかもしれない。

 それとも死んだ後の魂と言える状態でなければダメなのか。

 答えの出ない考えは一旦置いておき、頭の中でステータスと念じる。

 

トリスタン Lv.01 Exp.00

Brave 67 Faith 69

HP 40/40 MP 10/10 CT 000/100

見習い戦士

Move…4 Jump…3 Speed…06

 

 あえて言うなら一般的な雑魚キャラと言えるだろう。ブレイブ(勇気)とフェイス(信仰)は平均よりは上……だと信じたい。

 それはさておき、なぜこうしてステータスが見えるのだろうか。

 確かに自分は転生をした、それも元の世界ではゲームの世界の中に。だからといってこちらの世界がゲームであると言われればそうではない。

 今自分は確かに立っている、そして空気を感じ呼吸もしている。紛れもない現実であり、真実だ。

 ではなぜか? 別に考えても仕方ないが他にする事もない。一つの仮定とするなら貰った能力が起因するのではないかと考える。といっても別に困るわけでもないしむしろ人の名前がすぐわかるので重宝できるだろう。

 

 そうこうしてる内にノックの音がした、どうやら使用人の一人が迎えに来たようだ。

 朝食の準備がもうすぐ整うのでそろそろ来てくれという内容だった。

 

 良いのか悪いのかの判断は未だにつかないが、生まれは貴族の家柄だった。ブランシュ家、ゲーム本編でその名前が出たかは定かではないが有名どころでないのは確かだ。父であるイルヴァーナ・ブランシュは子爵の爵位を持っており、現在はゴルターナ公に仕えている。

 一応、屋敷内での評判を聞くがあまりパッとした内容のものは無かった。どころか陰口ともとれる内容を偶然ではあったが耳にする機会もあった。

 

 元々このFFTというゲームは貴族と庶民の壁も一つのテーマにあった。だからといって出てくる貴族全てが悪という訳でも無ければ正しいという訳でもない。

 結局の所人である以上様々な側面は持っているものである。

 

 鏡の前にたち、服を着替える。

 鏡に映るのはここ最近毎日目にするものだ。7・3に分けられ、少し流し気味の淡い金髪、鼻筋は通っており、幼い顔立ちながらも将来に期待が出来そうな顔である。瞳の色は青くどうみても外人……いや、まぁ転生したのだからそうなのだが、どうにもどこかで見たことがあるような気がしなくもない。

 これからどれだけ生きられるのかは分からないが、自分の顔となるのだ。とは言え、その内に違和感も無くなるか。

 

 

―――――

 

「あら、おはようトリス」

 

 朝食の席へと座ると、既に食べ始めていた母から声をかけられた。

 母の名はミルナ・ブランシュ いい意味でない方の貴族に当てはまる。

 自身の容姿を気にし、服飾などに結構なお金をかけている……らしい。勿論貴族なのだから身だしなみは重要である、なのでそこにお金をかけること自体は悪くないとは思うし、実際にどれだけ金をかけているのかも知らない。

 しかし、ブランシュ家は決して裕福であるとは言い難い。使用人の数も3人程だし、その内の一人は現在屋敷に滞在し、領内の管轄を取り仕切っている人に付いてきている人だ。

 

 現在父イルヴァーナはゴルターナ公に従軍しており、屋敷を空けている。その為領地であるフィーナスの管理は公爵から派遣された人が取り仕切っている。まぁ父が居てもこの人に任せっきりではあるのだが……。

 

「おはよう、母さん」

 

「うーん、最近随分と元気が無いようだけどどうかした? 急に言葉遣いも改まってきて」

 

「成長期って奴じゃないかな」

 

「そういうのって自分で言うのかしらね。ああ、私は今日ベルベニアの方へ行くから。帰るのは4日程経つわ」

 

 そう言いながら母は席を立ち、一人の使用人を連れて部屋を出て行った。

 改めて思うと5歳児の口調ではない……とは思うが、流石にどう話していいものか悩むところもあるのが実際の所である。別に直すつもりもないけども。

 

 

―――――

 

 朝食を終えて部屋に戻る途中で教師役の人に会った。

 確かに母はあんな感じだが、それでも貴族である事も有り最低限の勉強は義務化されている。勿論こちらとしては願ったり叶ったりである。

 

 この国の言語体系はほぼ英語のそれである。ただアルファベットが置き換わっている程度の違い、意識が覚醒していなかったとは言え5年間は生きてきたのだから喋ることもできるし、少し位の読み書きもできる。

 

「ああ、おはようトリス君。もう朝食は済ませたようだね、それじゃあ早速始めようか」

 

「はい、エニル先生」

 

 この教師の名前はエニル、見た目はほぼザビエルのソレって感じだ。神父であり、敬虔なグレバドス信者である。主に貴族向けの家庭教師役を引き受けており、なかなかに実直な人物である。

 残念なのは授業の内容が非常につまらない事だろうか……。

 

 

 児童向けの本を参考にしながら読み書きを勉強していく。話の内容は元の世界の童謡と殆ど変わらないものばかりだ。もう少ししたら聖書を使った勉強に移ってもいいかなと呟きが聞こえるが……あまり宗教色の強いものを子供向けの学習教材にしないでもらいたいと思ってしまうのは過去の習慣が抜けていないからだろうか。

 という訳で、勉強をしつつステータス画面を呼び出してみる。表示されるものは朝に確認した通り。

 今の所はここまでしか表示した事がないのだが、実際にゲームのステータス画面ならそこから多岐に渡って詳細な画面が見れるはずだ、カーソルが無い為に手探りな状態だが、時間はあるのだ、ゆっくりと見つけていこう。

 

(まずはステータス画面を出してから……JOB)

 

 頭の中で次の単語呟く、まずは最後に叫んだ願い事の確認だ。

 

JP 9999

見習い戦士 Lv.1 Total /0000 Next.0200

アイテム士 Lv.1 Total /0000 Next.0200

 

 予想した通りに次の画面に切り替わった。FFTではジョブチェンジシステムを採用しており、職業レベルを上げる事によりその他の職業の開放条件になる。

 しかし、この表示を見ると変更されている場所があった。それは職業ごとにあったJPがひとつにまとめられている。

 

 というか、最後の願いでアイテムアビリティって叫んだのに……いや、JPが9999の表示になっているから妥協点としてなのか?

 しかし、それでも最初から9999というのは何も無いより随分と恵まれているのであろう。そう納得する、するったらする。

 

 

 それから思いつく内容をあげてみた。JOBからアビリティ、ステータスからアイテム、装備、ジョブチェンジ。

 アビリティは残念ながら何一つ習得していない状態であった。

 しかし、しかしだ……アイテムからリストを選んだ時に思わず声を上げてしまった。エニル先生に怪訝な顔をされてしまったがこれは仕方ない。なぜなら……

 

短剣から始まり、忍者刀、剣、騎士剣、刀~~~~

 

 そう、装備・アイテムが全て揃っているのだ。これで声を上げないなんて有り得ないとさえ思ってしまう。

 アビリティがダメだった事からアイテムのほうもダメだろうと思っていた矢先の事だっただけに嬉しさも強いものである。

 

 しかし、どういった方法でアイテムを取り出すのか……それをここで試すことはエニル先生が居るこの状況では出来ない話である。ワクワクした気持ちを抑えながら本日の授業を受ける事になるようだ。

 

 

 

――――――

 

 

 随分と長く感じた授業時間が終わった、改めて自室へと戻りアイテムリストを開く。

 あるわあるわ最弱装備から最強装備まで、剣で言うならブロードソードからルーンブレイドまで。それも50個づつもだ。

 正しくアイテムアビリティこれだけあれば大丈夫の内容通りである。試しにその状態からルーンブレイドと声に出してみる。

 自分の手をかざした所にスっと片手剣が現れた。刀身は薄赤く光っており、その中に古代文字が刻まれている。

 この剣は騎士剣の下の片手剣では最高ランクの武器であり、攻撃力14 回避率15という性能であり、魔法+2の追加効果だ。

 

 まぁ、他のFFシリーズからするとなんとも分かりづらい数値ではあるが……。

 

「しかし、これは重宝できるな……こと個人の戦力で言えば装備の力はかなり比率高かったし」

 

 装備が強ければかなりの低レベルでもゲームをクリアできてしまう程のバランスだったりするFFT。初めてプレイした時にレベル12でベリアスで詰んだのはいい思い出だ。

 後はアビリティのJPの振り分けや、身に付け方など色々と試して行けばいいだろう。



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第2話

見習い戦士 ―SQUIRE―

全てのユニットの基本となるジョブ
立派な戦士をめざして全てはここから始まる


 アビリティには幾つかの種類がある。

 アクションアビリティ・リアクションアビリティ・サポートアビリティ・ムーブアビリティの4種類だ。

 

 内容としてアクションアビリティは黒魔法、戦技、格闘などFFシリーズお馴染みな項目である。現在就いている職業に応じたアビリティにもう一つ追加出来る。

 リアクションとは相手の行動に対して行うものであり、反撃、回避系等がこれに含まれる。

 サポートは職業によって様々だ。見習い戦士の項目で言うなら斧装備可能、まじゅう使い、防御、取得JpUPがある。

 ムーブはその名の通り移動系だ、+で追加されるものやアイテムを発見できるものとこれまたなかなかに種類がある。

 

 さて、説明のような流れになってしまったがここからJPについて色々と試してみようと思う。

 

 まず手持ちのJPは9999。これは言ってしまえばあまり多いとは言えない数値だ。

 見習い戦士の項目を全て埋めるのに1670も必要になってくる、アイテム士に至ってはポーション、ハイポーションとアイテム一個づつにポイントが必要となってくるためアイテムの種類の数だけポイントが必要だ。別に全部覚える必要も無い訳だが。

 

 兎に角ポイントを使ってみよう、見習い戦士の項目を引き出しとりあえずアクションアビリティを全て埋めてみる。

 項目は ためる、体当たり、投石、手当 を選択する。合計で620を消費する。

 

 頭の中に音楽が流れた様な気がした、見てみると見習い戦士のレベルが上がっている。そのままさらにリアクション・サポート・ムーブと習得していく。

 

JP 8329

見習い戦士 Lv.6 Total /1670 ☆Master!

 

こんな感じになった。気になるのは総JPが減っている代わりにその分が見習い戦士に振り分けられている。そしてその分だけレベルが上がっているのだ、マスター表記はアビリティを全て覚えるとこう表記されるのは元のゲームからお馴染みだった事を思い出した。

 

 さて、見習い戦士は全ての基本とも言うべきものだ。だから全てのアビリティを覚えておいたのだが、次の問題はJPがちゃんと貯められるかどうかだ。これで貯められなければそれはもう残念なキャラになってしまう。

 自身のアビリティを表示し、スキルをセットしようとした所でまた一つ違いを見つけた。アビリティをセットできる場所が一つしかないのだ。つまりアクションアビリティしか付けられない。

 

 すこし焦った所で少し冷静に考えてみた、考えてもみればサポートやリアクションなどは現実で考えれば一度覚えてしまえば別にいつだって使えるものだ。防御や斧装備可能などゲームの都合上でセットしなければならなかったが、自身がそれを扱えるなら関係ないのだろう。とは言え、いずれ検証したほうがいいとも思うが。

 

 さて、JPを貯められるかどうかを実験したいし、何より折角覚えたスキルを使ってみたいという思いが強くなるのは決して自分だけではないだろう。屋敷内をうろついているところでエニル先生を見つけた……。

 

「…………」

 

 いやいや、エニル先生は教師だぞ? 流石にそれはまずくないか?

 いや、しかし他に適当な人物もいない……使用人の人は皆女性なので流石に……。

 

 中庭に出たところで少しの間をおいて後をつけていく……そして落ちていた石を拾って。

 

『投石』

 

 思いっきり投げつける!

 

「イタッ!? ちょっ……トリス君!?」

 

 思いっきり背中に当たったようだ、そしてJPを確認してみる。

 

JP 8339

 

 10ポイント増えている……経験値の方は変わっていないのは命のやり取りなどではないからなのだろうか? とは言え流石にこの体で戦闘をしたいとは思わないが。

 なんて考えていたらエニル先生に頬をつねられた。

 

「へんひぇい いはいんでふけど」

 

「なんで私に石なんて投げつけたんですかね?」

 

 顔は凄い笑顔だがつねる力はぐいぐい増している。というか正直本当に痛い。

 

「ひえ、ひょっとみならひへんひのれんひゅうを ひようとおもひまひて」

 

「全く、そういうのはちゃんと相手に言ってから訓練に移らないといけません

そういった事に興味が出てくる年頃というのもわかりますしね」

 

 そう言いながら手を離してくれた。年頃って言われるとえっちな事の様に思われるじゃないか。しかし目の前に無防備に立っている……。

 

『体当たり』

 

「そぉい!」 「ぐふぅっ!?」 JP 8349

 

 油断大敵である、今自分で理解できると言ったばかりなのに。

 

「ふ……ふふ、最近随分と大人しくなったと思って心配していたんですがね……やっぱり君は元気が良すぎます……よ!」

 

 若干のためと共にゲンコツを食らってしまった……いや、これは完全にあれだ、フリだな。

 

『反撃タックル』

 

「そぉい!」 「はぐふぅっ!?」JP 8359 Exp001

 

 あ、今度は経験値が入った。どうやら多少なりとも戦闘的な空気にならないとダメらしい。

 その後、エニル先生からもの凄い勢いで逃げた。移動力+1も見習い戦士の項目の一つであり、優先的に取らなければならないアビリティだ。

 

……

 

 あれから部屋に戻りこってりと怒られた、どうやら意識が覚醒する前の自分はやんちゃっ子だったらしい。そういえば昔―この場合は前世の―両親に随分ないたずら坊主だったと言われた事があったのを思い出した。

 少し懐かしい気持ちがこみ上げてきから無理やりに思考をアビリティの事へと向ける。

 部屋に戻ってから試したのは「ためる」である。

 このスキルを使うと自分のATが1上がり、作中ではもっぱらJP稼ぎに使っていたのだ。細かい事を言うならストーリー開始後にイグーロスと呼ばれる城に向かう前にあるマンダリア平原と呼ばれるマップで延々とこれを繰り返しレベルを99にしたりすることも出来る。そしてイベントバトルとランダムバトルの時で敵の経験値がイベント依存からキャラの最高レベル依存に変わることを知らずにレベル99のチョコボに殺されるところまでが基本だ。

 

 話がそれた。つまりこれがあれば随分と簡単にJPが稼げるのだが。

 

「1回しか効果がないとか」

 

 思わず部屋でそう愚痴ったのは仕方ないことだと思う。

 確かに、確かにだ、ためるを連発すればレベル一桁の魔道士でもベヒモスを超えるだけのATになるのは普通に考えておかしな話だと言えるだろう。

 だが……だがしかしだ、これがなければFFTとは言えないのではないだろうか!?

 

 なんて一人で部屋で力説していたら使用人の一人に濡れたタオルをもって来れられた。別に頭おかしくなんてなってない。

 まぁそんな事は置いておいてもだ、1回は効果がある。そしておそらくは攻撃をすればいいんだろうが、これがモノに攻撃してもダメなのだ……試しに思いっきりタンスを殴ってみた後に再度スキルを使ってみたがJPに変化は無かった。なんとも不便なものである。

 しかし、自分の年齢はまだ5歳。これからまだまだ時間はあるのだと考えれば、この段階から色々と頑張れば随分と成長出来るんじゃないかとも思う。千里の道も一歩より、とも言うしそう考えておこう。

 

――――――

 

 あれから数日が経ち、母が帰ってきた。

 エニル先生から何かを聞いたらしく苦笑いしながら部屋にやってきた。

 

「トリス、先生に迷惑かけちゃダメでしょ。それにしても見習い戦士の訓練ねぇ……騎士になりたいの?」

 

 この場合の騎士は戦場に出るような立場の事を指してるのだと思う。実際戦わなくとも騎士の称号を得てる人もいる、やっぱり肩書きとして欲しい人もいるのだろう。

 

「んー、ずっと戦争が続いてるからね。いざって時には必要なのかもって思って?」

 

「子供が気にすることじゃないっていっても、トリスも貴族の子だしそうもいかないわよね……そうね、エニル先生に頼んでみましょうか」

 

 エニル先生そこまで教えられるのか……体当たりで結構ダメージ受けてたように見えたのに。

 とは言え、そこまでの実戦のようなものではないのだろう。ならば有難く話しを受けるべきか。結局のところ自分の知識はゲームだけのものであり、実際の事がわからないのだから。

 

「ちょっと不安だけど……それじゃあそれでお願い」

 

 話はすんなりと通ったらしいが、まだ体が小さい事から少なくとももう少し大きくなってからという話になったらしい。それに父にも話を通したほうがいいとも言われた。そういえば意識が出てから父には会ってなかった気がするな。

 

 

 結局のところ今までどおりに落ち着いた形になった。

 別に自分でポツポツと進めて行くからいいんだけども。しかし剣を使ったりするのは目立ってしまうと考えると魔法関係に進むべきか? 見習い戦士のレベルが2を超えて6になったため、次のジョブであるナイトが出たのでちょっとテンションが上がったのだが……。

 そう考えて、アイテム士のアビリティからポーション・毒消し・フェニックスの尾・メンテナンスを習得しレベルを2に上げる。そうした事により次に白魔道士と黒魔道士が現れた。

 

 魔法などのスキルならMPを消費するのだから使えば使っただけJPが貯まるのではないと少し期待している。

 流石に黒魔法を部屋の中で使うわけにはいかないので白魔法でケアルを覚えてみる。

 しかしここで一つ問題が生じた。

 

「……どうやって魔法使うんだ?」

 

 投石や体当たりなどはその名の通りに実行したのだが、いかんせん魔法はそうはいかない。そもそも魔法なんて使ったことがないからだ。別に30までなんたらだから魔法使いになれるとかそういう特殊な状況にもなっていなかったし……。

 

 そう思って頭にケアルと思い浮かべてみるとある言葉が思い浮かんできた、恐らく詠唱なんだろうが……。

 

「詠唱しなきゃいけないのか? さすがにちょっと恥ずかしいんだけど」

 

 と、言いつつちょっとドキドキしてるのは内緒だったりする。これもきっと仕方ない、魔法の詠唱は誰だってしたことあるはずだ。スレ○ヤーズとかブ○ーチとか。かめはめ波と同じ誰もが通る道だと思う。

 

 ダガーをだし、自分の手を少し傷つけておく。そして息を一つ吐き、整える。

 

「清らかなる生命の風よ 失いし力とならん! 『ケアル』」

 

 集中から僅かな時間がかかったが、詠唱は成功したらしく暖かい風が自分を包むのが分かる。傷つけた手を見てみるとみるみる消えていく。

 数秒ほどで風や光りは感じられなくなったが、傷は痕も残らずに無くなっている。

 

 凄い、魔法凄い。思わずテンションも上がるというものだ。

 JPを見るとしっかり貯まっている。今後はMPが続く限り魔法を使ってから休むようにしよう。

 

 アイテムから頭装備の金の髪飾りを取出し装備する。

 これで自身のMPが+50されるので元のMPと合わせれば60になる。ローブ系の装備も出して装備すればもっと大幅に強化されるのだが、流石に誰かが部屋に来た時に誤魔化せるかが微妙なところなので我慢する。

 これでもケアルのMP消費が6と考えれば1日10回は使えるのだ。魔法では1回でJPが5しか溜まっていないのが残念なところではあるが、50づつは溜まっていく。そうすれば1年で18250P……圧倒的じゃないか、我が軍は。

 

 このペースでいけば直ぐにあらゆるジョブマスターになれそうな気がしてきた。

 

 しかし、世の中そう上手くいくものでもなかった。

 

 問題は簡単だった、魔法を使うと疲れるのだ……2回も使ったところで凄く眠くなり、結局その日は寝てしまった。

 

 さらに次の日も体にすこしダルさが残っていた。エニル先生にそれとなく聞いてみたところ、小さいうちに魔法を使おうとすると大人の魔力消費よりも大きいとの事だ。

 

「高価な装備には能力を強化する役割を果たすものも有りますが、それは相応の体の人にしか効果が無いと言われていますよ」

 

 実際にどれ位の効果なのかを細かくは聞けなかったが、つまり今の自分のMP強化は……というかステータスを見ればいいのか。

 

トリスタン Lv.01 Exp.001

Brave 67 Faith 69

HP 48/40(+8) MP 15/10(+5)

 

 思わず地面に崩れ落ちてしまった、実際の表記の10分の1しかプラスされていない……なるほど、確かに2回使えば眠くもなるか。

 しかし、エニル先生が言っていた消費が多いというのは相対的な話なのだろうと思う。そもそもMPやレベルの概念がないのだから感覚しかないわけだし。

 

 結局ケアルは1日2回を寝る前にするという事にした。後は1週間―という概念がないので7日に1度は完全にお休みする方針に。

 

 千里の道……いや、まずは一里の道も一歩からという事か




見習い戦士 lv.6
アイテム士 lv.2
ナイト   lv.1
弓使い   lv.1
白魔道士  lv.1
黒魔道士 lv.1


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第3話

ナイト -KNIGHT-

勇猛果敢かつ礼節を重んじる戦士の中の戦士
強力な騎士剣をあやつり『戦技』をくりだす


 あれからひと月程の時間が経った。

 なんやかんやで剣の修行などは先送りされることになり、いつもと代わり映えの無い生活に戻った。

 勿論夜な夜なケアルの修行は欠かしていない。というか魔法楽しい、ひと月も同じこと繰り返してるのに全然飽きない。

 おかげでこのひと月ほどで夜のケアル訓練で250P、1日1回のためるで250Pの合計500Pをゲッツした。本格的にやっている訳ではないとは言え、大分スローペースな感じもする。

 まぁ、もっと自由に活動出来るようになれば色々と変わるのだろう。なんだかんだで今は周りの目もあるし、エニル先生や母には許可が出てから訓練をするといった手前もある。

 

 さて、話しを今の状況に移そう。

 今現在はエニル先生の授業を受けている最中だ。

 10日ほど前から勉強する内容が少し変わってきたのだ。所謂おとぎ話として描かれている『ゾディアックブレイブ』だ。

 

 この物語はイヴァリースの国がまだかく地方ごとに分かれていた時代にまで遡る。

 果てなく続く戦乱の中で一人の国王が異界から魔神を呼び出し、その力を利用して統一を図ろうというもの。

 まぁこの手の話のオチの様にそれは失敗して国王は殺される、そこで各地から集められた12人の勇者達、彼らは様々な戦いに勝利して魔神を倒し、悪魔たちをこの世界から追い出した。

 そしてその時に彼らが持っていた黄道十二宮の紋章が刻まれたクリスタルを身につけていた事から、そのクリスタルをゾディアックストーン、そして彼らを黄道十二宮の勇者と呼ばれるようになった。

 

 これが大雑把なゾディアックブレイブの話である。

 これ以降の歴史でも度々ゾディアックストーンが現れたらしいが、最後に登場したのが現在のグレバドス教の始まりであり、神の一員として数えられている『アジョラ・グレバドス』の時代らしい。

 

 このゾディアックブレイブはイヴァリースでは殆ど誰もが知っているレベルらしい物語です。とは言え……このゾディアックストーンは実際に存在するし、作中内ではルカヴィと呼ばれる悪魔になったりしている。

 さらにアジョラ……って言うと怒られるので聖アジョラは実際にはただの人間だったらしいという書物も残っている。この辺も作中の題材の一つであった。

 

 とは言え、グレバドス教会はこのイヴァリースを始め周辺国にまで影響を及ぼしている宗教である。この国内においても相当な権力を持っており、神殿騎士団と呼ばれる独自勢力ももっている。

 つまりこの事について知っているからと言って何かをすれば自分の立場が非常にまずくなるので、基本スルーしていくことにする。流石に異端者として扱われて追われる身になるのは嫌すぎる。

 ―とは言え、結局巻き込まれる事になるのだが。

 

 

 エニル先生との勉強、JP稼ぎと時間を費やしているとついに父が出兵から帰ってくるようだ。

 父イルヴァーナはゴルターナ公に仕えている。

 そして今回の出兵ではゼルテニア領まで押し込まれた戦線を押し上げるためだったらしい。

 

 すでにこの戦争も30年から続いており、小競り合いなどは度々起こっている。そしてこのゼルテニア領は鴎国と隣接した地域であり、最前線と言っていい場所である。

 ゼルテニア領の本拠地であるゼルテニア城は堅牢な城であるが、隣国との最前線であるだけに過去に2度も落とされている。そして現在もまた戦線を押し込まれていることもあり、なかなかに難しいようだ。

 

 そんなこともあり、父が戻ってくるという事は兵も戻ってくるという事らしいのだが、無事な兵はゼルテニアへ、負傷した兵はベスラ要塞へと送られるとのことだ。

 

 

 母と使用人、そして父が不在の時に領地を管理しているグレモスさんが父の帰りの知らせを受けて屋敷の表へと集まった。

 

 そして遠くから武装した一団がこちらへ向かってくるのが見えた。数は50程だろうか、先頭の数人がチョコボに乗っている。……ていうかチョコボも兜とかつけてるんだ……まぁ中世の馬も鎧とか装備してたしそういう事なのだろう。

 

 

「今戻った」

 

「おかえりなさい、あなた……食事や着替え、水桶の準備はしてありますわ」

 

 疲れた様子の父を母が迎えている、その後グレモスさんと領地について話をしているようだ。

 父と一緒に戻ってきた兵の人たちは既に解散を初めており、殆どはフィーナスの町へと戻っていくようだ。10名程はこのまま屋敷に残るようで、荷物などをまとめている。

 その様子を眺めてる内に話が一区切りついたのか、父がこちらへとやってきた

 

「おかえりなさい、父さん」

 

「ああ、ただいまトリス。ちゃんと勉強はしていたな?」

 

「ええ、エニル先生からバッチリと」

 

 投石や体当たりをしたなんて言えな言えない。

 とは言うものの、グレモスさんから何かを聞いたのか若干苦笑いしながらそのことに着いて聞いてきた……言わなくてもいいのに。

 

「しかし、見習い戦士か……暫くはここに居るだろうから一人剣の稽古につけるか?」

 

 言葉の後に、私ではあまり教えるのは向かないだろう という言葉が聞こえつつ、ちょっと有難い話が来た。別にそこまで鍛えたいと思ってるわけでもなかったりすがう、剣の稽古……ちょっといい響きである。魔法もいいがやっぱり剣、これは男の子ならばやはり憧れるところだろう。

 実際この年齢で体を鍛えすぎると成長面に不安が出るが、こと技術に関してはやはり小さい頃からある程度進めておきたいとも思う。でないと今後の人生が不安でならないし。

 

(流石に原作に出てくるボスクラスの敵とは戦いたくはないけどね)

 

 城内に居た500人の騎士を一方的に殺すような化け物とは戦いたくありません、ああいうのは主人公がゲームのルールに則って戦って勝てるものだ。

 しかし、そういった存在がいる以上鍛えておくに越したことは無いはず。

 

「それじゃあ剣の稽古も出来るようになるんだね!」

 

「ああ、とは言っても基礎までだ。トリスはまだ小さいしな……そうだ、明日にでも町へ剣でも買いに行くか。私も小さい頃に初めて買った剣は嬉しかったからな」

 

 そしてブレイクされるんですね、解ります……とは言わない。と言うよりも町に行くことのほうが嬉しかったりする。今までなんだかんだ屋敷の中だけで生活していたのだ、やはり色々と見聞は広めていきたい。

 なにより武器って揃ってるし、いつでも出せるし。

 感動もへったくれもなかったりする。

 

 この日はその後戻ってきた父と兵の人たちとささやかながら宴会が開かれた。皆生きて戻って来れた事に安堵している様子が見て取れるあたり、やはり今は戦乱の時代なんだなと実感させられた夜でもあった。

 

 

―――――

 

 さて、明日から基礎からとは言うが剣の鍛錬が出来るようになる……つまり、今の内にナイトにポイントを振っておくのもありだと思い、久しぶりにジョブ欄を出し、ナイトの項目を開く。

 

 ナイトの項目はアクションアビリティは『戦技』と呼ばれるもので、ブレイク系の攻撃である。

 ウエポン・アーマーなどの装備系、それにパワー・マジックなどステータス系をブレイク……つまり破壊したり能力値を下げるスキルだ。

 実際のところステータス系のブレイクはともかくとして、もっと直接ダメージを与えられるものが多くてもいいのでは……と思うが、重装備や盾装備、また騎士剣等が装備可能な事から防御面が優秀なジョブであると言える。

 

 また、ゲームとは違う点がある。これは見習い戦士のときにも気づいた点なのだが、ジョブのレベルが上がるにつれて自身にも剣を振るう技術が若干ながら身についていっている感覚がするのだ。

 勿論まだ感覚であり、筋力などが及ばない事からたどたどしい動きになるのだが、それでも剣というもの殆ど知らない自分がある程度動きがわかってくるというのは凄いことだと思う。

 

 この世界でどういった形で他の人のジョブレベルが上がるかは分からないが、実際には攻撃すればJPが貯まるなどは無いのだろう、というかそもそもそんな概念がないとさえ思う。

 つまりは才能と努力という事になるのだ……まぁその代わりに上位の職業にもなり易いんだろうなと思うとどっちもどっちかと思ってしまう。

 

 それはさておき、改めてナイトへポイントを振っていく。

 ウェポンブレイク、スピードブレイク、装備武器ガード、剣、盾、重装備可能をそれぞれ習得していく……合計で2050の消費だが、やはり騎士の基本はナイトだ。いずれはマスターにするつもりであるので問題はない……はず。

 JPが6579にまで減ったが、これから剣の鍛錬などが出来るようになるなら直ぐに取り返せていけるだろう。

 

 ウズっっとしてしまったのでアイテムから武器を取り出す。

 エクスカリバー 攻撃力21 回避率35 永久ヘイスト 吸収聖 強化聖

 どのような材質で出来ているかはわからないが、刀身が薄く金色に光っている。作中では雷神シドと呼ばれるキャラの所持している武器だ。

 永久ヘイストに加えて、聖属性の攻撃を強化することからかなりの反則武器に入るこの剣、ちなみに雷神シドはゴルターナ公の率いる南天騎士団団長である。

 ブランシュ家もゴルターナ家に使えているのだ、いずれ会えることもあるのではないだろうか。

 

 ポイントを振ったことにより、ナイトのレベルが5になっている。

 今の自分には大きすぎる剣だが、それでも動かし方が体がわかっているような感じがする……もちろん振ろうとすれば重さに振り回されてしまうが。

 ここで「エクス……カリバーーー!」って叫ばなかった事にかなりの精神力を使った事を告白しておこう。別に何か出るわけでもないのだが。

 

 さて、ナイトをレベル5にしたことによりモンクにジョブチェンジ出来るようになった。ホントにFFは心をくすぐるジョブが多くて困ってしまう。

 すぐにでもモンクをマスターして北斗の拳とかがやりたくなってくる……しかしそれをすると直ぐにポイントがなくなってしまう。しかしモンクのスキルである『拳術』は中々に魅力的だ。

 近距離、遠距離のスキルバランスに自分を含めた周囲の回復、ステータス異常も回復できてしまう……あれ? これだけあれば大丈夫なんじゃね? さらに蘇生もできるし……。

 

 モンクのアクションアビリティを全て習得……合計で2700も消費してしまった、後悔はしていない。しかしJPの残りが3879にまで減ってしまった。

 まぁ、風水士もジョブ欄に出てきたから良いとしよう。

 

 しかし、ジョブレベルとアビリティだけ見れば中々いいキャラになってきた様に感じてしまう……勿論実践経験も何もないうちはあれだが。

 後は日々の鍛錬がどれ位の感じになるかを試していけばいいだろう。

 

 そんな訳で明日からの鍛錬+街へ行くという事で本日は早めに休むことにする。

 流石に魔法使って疲れてるなんて言えたものではない。

 

 

 

―――――

 

 翌日、午前中父はグレモスさんと執務室に籠っており、町へは午後という事になった。代わりに午前中に午後の分も勉強ということでエニル先生に捕まってしまった。

 今回は聖アジョラについてだった。

 

 この聖アジョラ、要するにキリスト教のキリストの様な存在である。生まれた時に直ぐに立ち上がり、井戸へと歩き~な何処かで聞いたことのあるような逸話が残されている。

 その他にも色々と逸話は残されているが、最終的にはゾディアックブレイブに語られたように神の一員として現在は宗教の象徴となっている。

 先生はもし興味を持ったらまた聞いてくれと言って、勉強の教材以上としての扱いはしなかったのが若干不思議に思ってしまった。

 

「神父さんってもっとこう……勧めてくるもんじゃないんですか?」

 

「ははは、トリス君はまだ幼いですからね。ただ、神様は居るって事だけ信じてくれていればいいんですよ。

それで興味がでたらまた聞いてください」

 

 そう言って説明してきたエニル先生の表情が若干悲しげに見えたのは自分の感覚がおかしいだけではないと思う。

 しかし、だからといって追求する事も出来ないので本日はそれで授業が終わってしまった。

 

「それでは、町へ行ったらちゃんとお父様から離れないようにね」

 

「はーい」

 

 

 その後仕事が一段落した父が中庭へと集まり、フィーナスの町へと向かうことになった。

 

 

…………

 

……

 

 フィーナスへは馬車―チョコボ車か―でゆっくり進んで1時間程の距離だった。木の椅子で整備されていない地面を進むのは流石にお尻に来るものがあった。

 

「さて、着いたな。はぐれないようにな」

 

「はーい」

 

 フィーナスの町は昨日一部の兵が帰ってきた事から賑わいを見せていた。

 どうやら昨日屋敷まで来たのは一部だったようだ、その事を聞いたら普段は農業をしている平民は戻ってきたと教えてくれた。

 

「さて、それじゃあまずは武器屋だな……トリスはどんな武器をつかいたいんだ?」

 

 昨日剣を買いに行くと言われたし剣じゃないのか……と突っ込みたくなったが、なるほど確かに槍や斧、さらには辞書など様々な武器がある。とは言えフィーナスの町だとそれほどの種類はおいていないようだが。

 

「んー、まずは剣かな? 格好良さそうだし。父さんは何を使ってるの?」

 

 剣を振るう動作をしてみせる。

 男たるものまずは剣だろう、次に拳、そしてドリルである。ドリルなんて装備は無いが。

 

 「私はそうだな、槍を使う事が多いな。剣はいつも持っているがな」

 

 そうこう話してる内に武器屋へと到着した。

 

 若干古びた感じの外装だったが、中へ入ってみると結構広い事に驚いた。

 また、別の出口が作られており、そこからは武器を試しに振れるように広場になっていた。

 

「これはいらっしゃいませ、ブランシュ様。本日はどのようなご用件で?」

 

 店から出てきたのは恰幅のいい中年の男性である。大げさな動作と共にこちらへと近づいてきた。

 

「ああ、今日は息子の武器を見に来たんだ。立派な騎士になりたいと言っていてな」

 

 いえ、別に立派には……まぁ立派に越した事はないけども。

 店主であろう男性は今度はコチラへと近づいてきた、一瞬だったがこちらを値踏みするような目で見られたのが驚きであったが。父との会話を聞いた感じ、普段から取引のある相手なのだろう、なら人を見るのも道理なのか?

 

「そうでしたか! それでしたら私の方からお屋敷の方に参りましたのに。

初めまして、私はこの店の店主のブランと申します。確か名前はトリスタン様でしたね!」

 

 そう言ってブランさんはこちらへ目線を合わせて握手をしてきた。

 握った手は驚く程厚く、力強いものだ。伊達に武器屋の店主をやっていないという事か。

 

「初めまして、トリスタンです」

 

「今回はトリスタンに町を見せてやりたいと思ってな。まぁついでというものだ」

 

「そうでしたか、それでは体に合った武器を見繕っていきましょうか」

 

 その後はあれやこれやと父とブランさんが武器を漁って行った。

 こちらの武器を見に来たはずなのに置いてけぼりとはこれいかに。

 

 仕方ないのに話がまとまるまで店内をうろついてみるか。

 

 様々な武器が置いてある店内、とは言えあまり整備されていないようにも見える。

 実際にはちゃんと使えるのだろうが……中古品とかだったり? そうウロウロとしていると、入口のほうから視線を感じた。

 

「……ん?」

 

 そちらに視線をやると一人の男の子がこっちをジッと睨みつけて来ている。この町に来てからそれ程時間も経っていないし、誰かに睨まれるような事をした覚えはないはずだが。

 

 とりあえず気になったので入口の方に居る男の子へと近づいてみる。こちらが近づいて来るとびくっとしたように反応しているが……それでも睨むことはやめないでいる。

 

「えっと……どうかしたかな?」

 

「…………」

 

 答えない……いやいや、そんだけ睨んでるんなら理由くらい言ってもらいたいんだが。その子は身長はこちらよりも少し上くらい、歳は同じくらいだと思う

 服は少し汚れているが、顔つきは結構いい顔をしている。

 濃い色の茶髪にツンツン頭、腰には棒きれを差している。

 

「お前、貴族か?」

 

「……は?」

 

 何となく……なんとなくだがこの一言で察しがついてしまった。

 そして、ブランシュ家関係以外での初めての会話がこれだった。

 

 

 



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第4話

アイテム士 ―CHEMIST―

的確な判断でアイテムを処方してHPを回復し
ステータス異常に対処する薬師


「お前、貴族か?」

 

 武器屋の入口からこちらを睨んでいた少年は開口一番にそう言ってきた。

 勿論その質問に対してはイエスであり、全くもって正しいのだが……正しいのだが、なんだってそんな事を言われなければならないのか。

 

「……は?」

 

 だから思わず呆気にとられてそう返してしまったのも無理は無いと思う。

 

「だから、お前は貴族なのかって聞いてるんだ!」

 

「あ……ああ、うん、そうなるね」

 

 気の抜けた返事になってしまった。しかし、少し冷静になればこう不躾に質問された事について段々と疑問に思ってしまう。

 

 しかし、この世界……そしてこの時代では貴族と平民は仲が悪い。

 仲が悪いと書くと正確ではないのかもしれないが、貴族は自らの生まれを特別なものであると考え、平民はそれを支えるものであると認識している。

 そしてその貴族が力を持っているのだから平民からしたらたまったものではない。

 

 勿論、こういった封建社会のメリットは存在する。そもそも政治とは必要とされる知識が日常生活のそれとはかけ離れている面が多々あるのだ。

 だからこそ、貴族階級といった知識を得られる層のみが国を運営していく事自体は間違っていないのだと思う。それにこのイヴァリースは王政でもある。貴族による議会のようなものも存在してはいるが、そのトップは現在はアトカーシャ王家だ。

 

 つまり、世の中の動きに対するレスポンスというものは現代社会よりも早いと言えるだろう。勿論、社会情勢の複雑化や多様化、国際化を考えればそうポンポンと対応を出来るものではないが……

 

 しかし、封建社会でも民主主義でも社会主義でも共産主義でもなんでも構わないが、こういった社会制度の一番のデメリットであり、問題がある。それも全てに共通して。

 それはその社会制度を動かしているのが人間だという点だ。

 事、この貴族制度というものを見れば『貴族は特別な生まれである』という感情が生まれ、それが強くなっていってしまうという点に尽きるだろう。

 

 作中における一つのテーマであり、この時代の問題の多くの根源となっていると言える。

 まぁグダグダと書き連ねたが、要するに貴族に蔑ろにされ、貴族を恨んでいる平民が多いということだ。

 

 さて、目の前の少年であるが……こちらが貴族であると判った瞬間に少し後退りをしている。

 上に書いた様に、貴族は特別だという思想を持ち、さらにそこに力を持っているのだ。平民の一人を斬ることを厭わない人間も多々いる。勿論、そうでない貴族も多々いるという事は明記しておきたい。

 

「う……」

 

 少年が後ずさったので、とりあえずこちらも店の外に出てみる。

 少し俯いた状態で何やらぶつぶつと喋っているのが聞こえる。なんだろう、これはあれか? 愛の告白なのか? いやしかし、第一印象から考えればむしろ果し合いか?

 

「お……俺と決闘しろ!」

 

「……結党?」

 

 何か新しい党でも開くのだろうか? イヴァリースの国民の生活が第一です 的な党だろうか? あからさまに怪しい提案に少し訝しい感じがしてしまう。

 

「そうだ! 決闘だ! お前たちが戦争を始めたから俺の親父は死んだんだ!」

 

 やはり漢字でボケるだけではツッコミは入らないようだ。

 と言うよりも、それを今ここで言われても困ってしまうというものだ。

 戦争を始めたのは俺ではないし、未だに参戦すらしていない。まぁ貴族が始めたものだから同じ貴族の一員であるお前にも責任がある と言われればそれまでなのだが。

 

「それは残念な事だと思うけど……なぜ決闘?」

 

 彼の感情も分からないでもない、自分の父親が戦争で死んだのだから。それで近くにあたることの出来る存在がいるならば、その正当性は置いておいて非難をしてしまうだろう。

 

「親父はいつも正々堂々と戦ってたって言ってた! だから俺も正々堂々と戦うんだ! だから俺と決闘しやがれ!」

 

 そう言いながら腰に差していた木の棒を構え、こちらへと向けてきた。 

 構えはお辞儀にも上手とも言えないし、目には涙を溜めている。必死な思いは非常によく伝わってくる。

 しかし、こちらには戦う理由は……ああ、決闘を申し込まれたのなら理由はあるのか?

 そんな状況になって、店から父とブランさんが騒ぎに気づいて出てきたようだ。

 それに周囲を見てみるといつの間にか人がちらほらと集まり始めている。

 

「何をしてるトリス! 離れるなと言っただろう」

 

「あー、えっと、ごめんなさい?」

 

 店の外なら離れてるうちに入らないと思うの、なんて言えないので素直に謝っておく。

 そして父が出てきた事から、少年の顔にさらに焦りが出ているように見える。それでも構えはとかないし、その場から離れようともしない。

 大した精神力だと思うが、父が出てくると話が変わってくる恐れがある。

 父の性格というものがまだ良く分かっていないのだが、こういった状況で何も言わないはずがない、相手が子供であれ貴族に喧嘩を売るような真似をしているのだ。

 

「お前は……ローランド!? 何をしてるんだ! トリス様にそんなものを向けるんじゃない!」

 

 ブランさんは目の前の少年をローランドと呼んだ。パッと考えてみれば彼の父親との知り合いなのだろう。

 

「ブラン、あの子供を知っているのか?」

 

「は、はい……先の遠征で戦死した者の子供でございます。申し訳ありませんブランシュ様、直ぐに何処かへやりますので……」

 

 ブランさんが少年へと近づいていくが、その前に少年はこちらに……といよりも父へと同じ事を言ってしまった。

 

「お前も貴族なんだろ! お前のせいで親父が死んだんだ!」

 

「ローランド!」

 

 ブランさんが慌てて子供の口を抑える……が、父の方を見てみるとその表情に怒りが見て取れる。

 子供の言ったこととは言え、やはり今の言い方では頭に来るだろう事は分かる。

 

「ブランシュ様、この子供には私から言っておきます。どうか……」

 

「ブラン、そこを退け……このような衆人環視の中でそんな事を言わたのだ、十分すぎる理由だ」

 

 権力がある者は体裁を重要視する、それはそうなのだ。そうでなければその人は軽く見られ、軽く見られれば言う事を聞かない輩も出てくるだろう。

 しかしこの場合、この場面でそんな事をすれば逆効果のほうが強い気がする。

 少なからず……いや、この戦争については多くの不満が溜まっている。この子供の主張そのものではないが、こういった事を思っている人は非常に多いだろう。

 

 そこにさらに一人の女性が走り込んできた。

 そこの女性はローランドと呼ばれた子供を抱きかかえ、父の方へと頭を下げてきた。

「申し訳ありません、ブランシュ様! このローランドの母、ミレイヌです。

罪は私が受けます……ですのでどうかこの子には……」

 

 父は既に剣に手をかけ、今にも抜かんとしているところである。すでに周囲の視線も諦めと怒りの表情が生まれ始めている。

 

「いいだろう……ならばその命で「ちょっと待って下さい父さん」」

 

 なのでここを丸く治めるには自分が最適なのだろう。帰還後直ぐに武器を買いに連れて行ってくれたり、剣の鍛錬も約束してくれたのだ。ある程度はこちらに甘い……と決め付けて行動をしてみる。

 ダメならダメでそれまでだが、こちらとしても人が斬られるような……もしくはこの場で捕まえて後程処罰という場面を見るのは遠慮願いたい

 

「トリス、お前は先に店に戻っていろ……ブラン、トリスを連れて行ってくれ」

 

「いえいえ、その前に僕は彼に決闘を挑まれました……なのでまずは僕が彼の相手を務めるのが先かと」

 

 こうして自分が相手をして子供通しの喧嘩という扱いにして終えられればいいという考えだ。

 それにこんな所でこの親子に何かしたら周りが怖くて仕方ない。

 

「何を言っている! そんな事を認められるわけがないだろ!」

 

 そう怒鳴りつける父はとりあえずスルーしておく。

 子供の横で呆気にとられているブランさんに向き直り、話しを進められるようにお願いしていく。

 

「ブランさん、木の剣があればそれを2本頂けませんか?」

 

「は……はあ。訓練用の木剣がありますが……すぐにお持ち致します」

 

「トリス! ブラン!」

 

 ブランさんは慌てたように店の入口近くにあった木剣をコチラへと運んできてくれた。

 それは木剣というだけあって普通の剣と同じ形をしていた。重さは軽く、子供である自分の体でも振る事ができる。

 長さは刀身部分で40センチ程だろうか、長すぎずそれなりに扱いやすい。

 

 持ってきた2本の内片方を少年の足元へと放り投げ、通りの真ん中へと移動し、改めて少年と向き合う。周囲も人が大分集まってきた、ここまですれば止めるに止められないだろう。

 

「さあ、僕が決闘を受けよう……武器も同じものだし、文句は無いよね」

 

 向こうはその武器を拾うのに少し戸惑っていたが、やがて木剣を拾い改めてこちらへと構えてきた

 

 そのあいだに……

 

(えっと、ジョブはナイトに設定して……と、ついでに拳術をセットしてと)

 

 出来る男とは例え5歳児同士の喧嘩であっても決闘と言われてしまっては全力で望むものだ。

 某カードゲームが主体となるアニメでも最初の頃は高校生同士のいざこざとて勝負で負ければ廃人となるのだ。

 しかし、流石にここで装備を取り出すわけにはいかない。幸いと言ってはなんだが金の髪飾りは装備したままである、ワンポイントの髪飾りなら結構目立たないものだ。

 

「トリス……お前は本気なのか?」

 

「ええ、僕も貴族だからね。それに、子供同士の話で収めておけば色々と問題もないでしょ」

 

「……はぁ、ミルナから最近随分と大人しくなったと聞いていたんだがな」

 

 今子供にそんなことを言われたという事には意識が向いていないあたり父も多少は焦っていたのだろう。

 父はそうぼやきながら離れていった、そして改めて少年と向きあう。

 

「トリスタン・ブランシュ」

 

「はあ?」

 

 は じゃねーよ、と突っ込みたくなったがここは我慢だ。というか今まで名前すら名乗っていないのはどうなんだろうか。

 

「名前だよ、貴族って名前じゃなくてね。トリスタンだ」

 

「……ローランド……だっ!」

 

 名前を名乗り終えた瞬間にこちらへと走って近づき、そのまま木剣を振り下ろしてくる。

 しかしだ、こちらのナイトのジョブレベルは5だ。そしてジョブレベルが上がるにつれて頭の中に体の動きがイメージ出来るようになる。

 勿論、全てをその通りに動かすことは出来ないが、それでも突っ込んで来ただけの太刀筋位ならいなせるものだ。

 

 振り下ろされる木剣を横からそっと当てて軌道をずらす。同時に体を半身分ずらし、その攻撃を躱す。

 

「……よっと」

 

 そうすればこちらは自由、相手は武器を振り下ろした状態になる。

 そのまま首元に木剣を寸止めすれば出来上がり!

 

「僕の勝ちかな」

 

「ま……参ったって言ったほうが負けなんだよ!」

 

 そう言ってローランドは手で剣を振り払い、再び距離をとってきた。

 なるほど、確かにルールの確認をしていなかった。

 

「じゃあ先に降参したほうの負けって事で。ちなみに負けたらどうする?」

 

「俺が勝ったら親父やお袋に謝りやがれ! 俺が負けたら……好きにしろ!」

 

 だから何で謝るという事になるんだろうか……謝罪をしたところで何も解決にならないのに……。

 いや、父親が死んでどうすればいいか分からないという事か。

 

「判ったよ、それじゃあ改めて……デュエルスタンバイ!」

 

「訳わかんねー事いってんじゃねえ!」

 

 再び突撃してくるローランド、まぁ飛び道具なんて使われても困るが。

 しかし、動きは短調で力任せだ。ふとここで思ってみたのだが、ブレイクを使えば木剣で木剣を壊せるのだろうか?

 またウズっとしてしまったのだから仕方ない、ものは試しだ。

 

 振り終えた瞬間を狙い、こちからの攻撃に転ずる……。

 

「……っせい!」

『ウェポンブレイク』

 

「うわあ!?」

 

 引きに合わせて踏み込み、打ち上げるように木剣の刀身を狙う……が、ブレイクせずに剣がローランドの手から抜けて飛んでいってしまった。

 そうか、こちらの剣の勢いだけでは壊せない、そして相手もマトモに剣を使ったことがないと来ればこうなるのも当然か。

 

「まぁ、それでも勝負はあったよね」

 

 ブレイクそのものは失敗したが、それでも再びローランドの喉元に剣を突きつける構図になっている。流石に二度目なら諦めるだろうと思うのだが。

 

「ま、まだ参ったなんて言ってねーよ!」

 

 そう言いながらこっちの剣を掴み、そのまま殴りかかって来やがった

 

「ちょっ! それってずるく……ぶはっ!」

 

 思いっきり顔面を殴られてしまった……考えてみれば喧嘩なんてもう何年もしていないのだから当然といえば当然か。

 ジョブレベルやスキルといった優位を生かせられなかったのは痛いところだ。物理的にも。

 

 さらに数発殴られるが、蹴りを入れて距離を取り直す。

 顔を触ってみると鼻血と口の中が切れてるのか、血が付いていた。

 周りでこっちの名前を読んでる声がするが、とりあえずそれは無視しておこう。改めて構えをとり、こっちから反撃に移る。

 

「こっちが寸止めしてたらいい気になりおってからに!」

 

「うっせー! 貴族のくせにごちゃごちゃ言うなよ!」

 

 なんと不条理な……やはりこの小僧っ子には一度躾をしてやらないとダメらしい。

 ステップで近づき顔面へフェイント入れつつ『波動撃』をゼロ距離でレバーに。

 

「うおえっ!」

 

「さらに……北斗百烈拳!」(注:連続拳です)

 

「いだだだだだだ!」

 

 結構クリーンヒットしてるものの、ここは所詮5歳児の喧嘩レベル。ボコスカ殴ってるような絵になってるのは若干切ないものがある。

 

「こんの!」

 

 それでもまだ諦めないようで、こちらの足を掴みながらタックルをして来る。

 その後暫く揉み合いになった状態で殴り……もといぶったりぶたれたりな状況だ。

 

「いった! おまっ噛み付きとかどうなんだよ!」

 

 正々堂々とは何だったんだろう と疑問を持ってしまう……否、これは決闘といよりも路上でのファイトか? しかし思ったよりもダメージが無いと思ったらスキルの格闘をとっていない為、普通の素手ダメージと同じという事か……。

 

 しかし、このままでは埓が明かない。秘孔拳を使って死の宣告を入れてしまうか一瞬悩んでしまうが、流石にそれは不味いと考え思いとどめておく。

 というか、こんなグランド状態……そうか、寝技があるか。

 

 ローランドの腕をとり、捻り揚げつつそれを足で挟み込む。所謂腕ひしぎ十字固めの状態にする

 

「なんだこれ! イッテー!」

 

「ギブか? ギブアップなのか?!」

 

 恐らく意味は通じていないだろうが、とりあえず聞いてしまう。

 さらにその状態を解き、今度は足をとって四の字固めに移行。ジタバタと暴れてくるが、返されないようにしっかりと両腕でバランスをとっていく。

 

「さあ、どうだ? 参ったか? 早く降参って言うんだ」

 

 オラオラと力を入れたり弱めたりする、そうするうちにグッタリとして来て……ついに。

 

「わかった! 参ったよ! 俺の負けだからこれどうにかいだだだ!」

 

「よし、んじゃあ解くよ」

 

 固め技を解き、先に立ち上がる。ついでに投げ飛ばされた剣を拾い、一応いつでも防御出来るように心構えはしておく。

 

「僕の勝ちだね」

 

「くっそ……なんだよアレ……畜生、好きにしやがれ」

 

 目には若干の恐怖の色が出ているが、諦めたように地面に胡座をかいている。

 しかしどうしようか、別に何かいう事もないがこのまま何もしないでいると父がまた何か言い出しかねない。

 

「ふぅ……じゃあ今から僕の子分ね」

 

「んな! なんで俺がお前なんかの子分になんなきゃなんないんだよ!」

 

 こうして所有権を持っておけば父にも言い訳し易いと言うものだ。

 これは僕の子分だから手を出さないでくれ、単純ではあるがこの場を面倒なく切り抜けられるにはいい手だと思う。

 

 父のほうを見ればやれやれと言った様子で頭を押さえている。どうやら認めてくれそうな気配である。

 それに、町に子分と言うなの友人が居れば屋敷からも出やすくなるだろうという考えもある。そうなればこっちとしても都合が良いというものだ。

 

「あれ? 俺が勝ったら好きにさせてもらうって言ったじゃないか。

もしかして約束破っちゃうのかな?」

 

「うっ……わかったよ……男に二言はねーよ!」

 

 どこでそんな言葉を覚えたんだろう……まぁなんにせよ、これで一段落がつくだろうと考えるとホッとする。

 事態が収まってくる空気を感じたのか、ローランドの母親やブランさんがホッとしたような表情になっていっている。

 

「全く……勝手なことをしおって……」

 

「ああ、そうだ父さん」

 

 父がこちらに近づき、小言を言おうとしていたので先にこちらから声をかけてしまう。

 

「今日買う剣はこの木剣でお願い!」

 

「なに? もっとちゃんとしたのがいいんじゃないのか? それに勝手に子分にするなど……」

 

「じゃあブランさん、この木剣で」

 

 小言に入る前にさっさと話しを進めてしまう。ブランさんもそれを察してくれたのか、店内に戻り色々と準備を始めてくれた。

 

「……はぁ、判った。もういい、兎に角屋敷に戻って治療をするぞ」

 

 父は諦めたようにそう言ってきた。というか今更だがローランド共々結構ボロボロになっている。

 ローランドの方は母親に顔を拭かれているようだ。

 拳術でチャクラを使おうとも考えたが、波動撃や連続拳を使ったせいか随分と体力が減っているように感じる……。

 

 まぁ、何かすれば体力は減るものだが……これではバランスブレイクスキルが台無しではないのか?

 しかし、このままボロボロでいるのもあれだ。それにこちらだけ治療するというのも何となく釈然としない。

 諦めてスキルに白魔法をセットし、ローランドの方へ近づく。母親のほうがこちらを心配そうに見てくるが、別に悪いことをするつもりはないのだが。

 

「な……なんだよ」

 

「ん、ちょっとじっとしててね……『ケアル』」

 

 頭の中で詠唱を唱え、自分とローランドが収まる距離でケアルを使っておいた。

 柔らかい風と小さな光につつまれ、二人分の怪我が回復していく。

 

「お……お前、魔道士だったのかよ!?」

 

「お前って……もう僕の子分なんだから……親分て言われるのは嫌だな。とりあえずトリスって呼んでくれるかな」

 

「え? ああ、すまん……んで、トリスって白魔道士だったのかよ?」

 

 そうこっちに疑問をぶつけてくるが、別に白魔道士という訳では……ジョブを変更していないのだから違うはずだ。

 

「んー、まぁ白魔法も使えるってところかな」

 

 なのでこう言うしかない。が、今の白魔法を見て一番の驚きの声を上げたのは後ろからだった。

 

「ト……トリス! いつの間に白魔法なんて使えるようになったんだ!?」

 

 ……父だった。

 

「えっと、いつの間にか……かなー? あはは……ほら、頭に詠唱が浮かんでくる的な……」

 

 そんな訳で父が踊りださんばかりに喜びだした。というか体を持ち上げられて褒めちぎられた。

 言えない……1月ほど前から毎晩練習してますなんて言えたもんじゃない……なによりちょっとポイント振れば今すぐホーリーが使えるなんて言えるわけがない。

 

 結局この日はこのまま父と急いで屋敷に戻り、お祝い騒ぎになってしまった。しかもこれからは魔法についての教師をつけていこうなんて話になってしまった。

 

 結果としてはいい方向に向いてよかったが……今回は少し無用心だったのかもしれない……まぁいずれはこういった形になってもらいたかったので良しとしよう。




登場キャラ
ローランド

チョコボのデータディスクでの一般キャラの一人
もう一人位、このデータからのキャラを加えるかも

なお、JP等は主人公以外なので反映されていません


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第5話

白魔道士 ―PRIEST―

精霊の力をかりて聖なる力をあやつる戦士
主に回復・補助魔法である『白魔法』を使う


 剣の鍛錬とはまず基本となる型を学ぶ。

 そしてその型を体が覚えるまで繰り返すのだ。

 

 さて、父が遠征より帰ってきたことにより剣の鍛錬としてこちらにも教師がつくことになった。

 所謂王宮剣術と呼ばれるそれはアカデミーなどで教科書に載るくらい位ベーシックなものだ。

 攻守それぞれに複数の型があり、色々なパターンが存在する。

 

 例えば上段から切りつけられた時、それも剣や短剣、槍などそれぞれの間合いに対してだ。ぶっちゃけて言ってしまえば普通にやっていたらこれはそうそう覚えられないのではないかとさえ思ってしまう。

 剣の教師役を勤めてくれているのは父の副官をしているダレンさん。

 筋肉質で浅黒い肌の色、そしてスキンヘッドで豪快という言葉が似合う男性だ。というより暑苦しい。

 

「そこで剣を引き、受け止める!」

 

「くっ……っとあ?!」

 

 王宮剣術とは教科書剣術である。パターン化された動きは読みやすく対処しやすいと言われている。

 そう言われるのはある意味では正しいのだろう、では何故パターン化されるのか。

 それはその動きが最も効率がいいからだからだ。あらゆる動きに最適な行動を自然ととれるレベルにまで到達できれば、それは非常に強力な技術となるのだろう。

 我流の動きは自己の考えが入り、結果としてはそれは一面からしか見えない動きになってしまう。だから幼少期に教えられる動きは徹底してこの王宮剣術を体に教え込みたいらしい。

 

「トリスタン様の動きや吸収の度合いは素晴らしいものがありますな、反応も良い。

ですが、そのせいか自分の感覚に頼り過ぎになっていますね」

 

 これがダレンさんの言である。

 

「うーん、もう少し力があれば対処できそうだったんだけどな」

 

 ジョブレベルやスキルを成長させていただけでは気づかない点である。

 こういった所を考えると、ただジョブを成長させていけばいいだけではダメなのだろう。やはりこういった訓練は学ぶべき点が非常に多いものだ。

 

 しかし……しかしだ、剣の鍛錬だけならいい。勿論普段の授業も今まで通り受けていくつもりだ……だが、先日ローランドと自身の怪我の治療の為に使用したケアルを見た父が 「この歳ですでに白魔法を使えるとは……これはエリディブス導爵のように大魔道士になれるかもしれんぞ」 と、興奮したように語りだしたのだ。

 つまり、今までの授業に加えて、剣、そして魔法の授業まで加えられてしまったのだ。

 

 しかも剣の鍛錬で才能があると言われ―これはジョブレベルが上がっているのだから才能とは違うのだが―剣の鍛錬も父の副官であるダレンさんをつけるという熱の入れよう。

 まぁ、魔法の授業に関しては小難しい魔法書を読んでいくだけなので体力的にはそれ程ではないのが救いではあるのだが。

 さて、剣の鍛錬に話を戻そう。

 

「しかし、その動きは基礎あっての対処です。まずは基本を体に覚え込ませていくべきです」

 

「分かってるよ、それじゃあもう一度だ」

 

 今やっている事は木剣での手合わせだ、とは言ってもダレンさんが打ち込んでくるのをこちらが正しい型で防ぐというものだが。それでも中々上手くいかないものである、なまじ反応出来てしまうのでフェイントに引っかかりやすいのだ。なので結構な回数を打ち込まれてしまう。

 

 とは言え、ただ痛いだけではない。この鍛錬によってJPが加算されているのだ。

 今のところ1日3時間程の鍛錬だが、それで50PのJPが加算される。

 さらに魔法書というそのジョブの専門書を読むことにより、総JP以外にもついにJPを手に入れることが出来たのだ。

 

 ここ1週間程で学んだ魔法書は主に白魔法についてだ。白魔道士の心得だの、白魔法を使う時の精神状態だの、さらには魔法を使う時の魔力の変換の仕方など……

 改めてこういった本を読んでいると全くその感性が理解できなかったりする。

 こちらはJPを消費してスキルを覚えてしまえば後はすぐに使用できる。精神状態もなにもあったものではないし、魔力の変換なんてなおのことだ。というか魔力なんてそもそも感じてすらいなかったりする。

 

 神職であるエニル先生に聞くと、その魔法の練度を高めれば自然と扱えるよになり、そこまでの状態になってこそその魔法を覚えたと言える……との事だ。

 なのでJPを使えばあっさりとそのレベルに到達出来てしまう……剣術に関してはスキルやジョブレベルだけでは不足してしまうが、こと魔法に関しては使用出来るか出来ないかという点から見れば有利なのかもしれない。

 ただまぁ、魔法を使うタイミングや使う場面については、やはり経験が必要になってくるのだろう。

 

 この一週間程で得られたJPは総JPで1800、そして白魔道士に100だ。さらにローランドとの決闘と言う名の喧嘩でこっそりとJP26と経験値が5P入っていた、どちらもなんだかんだ本気であった為なのだろうか?

 JPも5705Pに戻ってきたし、このペースで行けば本当にオールジョブマスターになるのも夢ではないのではないだろうか……。

 

 などと頭の中でごちゃごちゃと考えていたら後ろから悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「ああああああー! もう勉強とかよくわかんねーよ! 俺もトリスみたいに剣の修行したいー!」

 

 なんて叫んでるのは現在エニル先生に字を習っているローランド。

 先日の一件で子分という扱いにしてからこうして屋敷で勉強に付き合わせている。

 

 父も母も若干いい顔をしなかったような気もするが、最近大人しいと言われるようになった事もあり、同年代の友人が居てもいいのではというグレモスさんの助言により、こうして時折屋敷へと連れてくることが出来るようになったのだ。

 本人は嫌っていた貴族の屋敷に来ることを拒んだそうだが、彼の母と武器屋の主であるブランさんに説得されてこうして来るようになった。

 今後どれほど一緒に行動するかは分からないが、何はともあれ字の読み書き位は出来てもらわないと困るというものだ。なのでエニル先生の空いてる時間に勉強を見てもらうように頼んだ次第だ。

 

「読み書きが出来るようになったらこっちで一緒に鍛錬って事でいいからさ。

まずはちゃんと勉強してよ」

 

「うーーー、だけどよー」

 

「そうですよローランド君、今はこうして勉強をする事さえ出来ない子供も沢山いるんです。こうして機会が与えられたのならしっかりと励むべきです」

 

 こうして二人の説得でローランドは結構しっかりと勉強を学ぶことになっている。

 それにエニル先生が言ったように今このイヴァリースでは識字率は相当低いのだ。

 

 戦争によって男手が減り、税率のアップにより日々を生きることさえ辛いというこの時代だ。子供とて貴重な働き手としてカウントされている事を考えれば彼は恵まれていると言ってもいいのだろう。

 現在彼の家は戦死した父の手当により生活していけるが、今後より財政が厳しくなってくればそういった手当もなくなる可能性も高い。その時に多少なりとも学があればまた違ってくるという考えもあるのだが、それは本人には言えない……もしくは言っても理解出来ないというのがもどかしいところではある。

 

 

 

 さて、ローランドと知り合った事により一つの変化が起きた。それは町へと行けることになった事だ。

 勿論誰かしらの付き添いの人がいなければならないが、ダレンさんや使用人の人、また時折屋敷に来る兵士の人やブランさんなど意外と人はいるものだ。

 時折父とも来ることがあるが、やはり今が戦争中であることもあり、中々そう言った機会が作れないでいる。

 

 この日は買い出しに行くという使用人の一人と武器のメンテナンスの為に武器屋に行くというダレンさんについて行った。

 ローランドとの一件もあり、こちらに対する街の人の印象はいいもと言えるだろう。

 

「ああ、トリスタン様! さっき焼いたパイです、お一つどうですか?」

 

「おや、トリス様。またローランドの所ですか? もっと家の事を手伝うように言ってやって下さいね」

 

 こんな感じで悪い印象は無いのだろうと思う。こんな感じの為、最近は町へ着くと一人で行動しても何も言われなくなっている。勿論父には内緒にしてもらっているが。

 そうしてダレンさんたちと別れた後はローランドと合流して町の中を見て回るのがいつものパターンだ。

 

 そして最近になってようやくこの世界の物価が分かるようになってきたのだ。

 まず平民の平均年収が2000ギル程である。つまりひと月に160強ほどの収入しかないのだ。ちなみにポーションの値段が店によって誤差があるが、50ギル。

 勿論これは平均であるため、もっと前後する。それも戦時であるためその誤差は非常に大きいと言える。前線地方や農家、さらに言えば働き口のない人も居る為、あくまでも参考レベルである。

 さらに言えば、ポーション類などの主に戦闘に使われるアイテムは高い。

 というか、飲んだり傷にかければ回復するなんていう魔法の薬なのだ、ポーションのレベルですらそうポンポン買えてたまるかとさえ思ってしまった。

 余談だが、魔法の存在も相まってこの世界の医療水準は結構低いとも追記しておく。

 

 さて、ここで気になるのは私の所持金であろう。そう、私の所持金は……

 

10000000ギル

 

 そう、1千万ギルである。

 これだけの資金があればジオンはあと10年は戦える……とまでは言い過ぎだが、これもチートデータの副次的な恩恵である。

 アイテム・アビリティへの優遇、そして所持金チート……これほど現実的なものはないだろう。きっとこれにはフリーザ様ですらビックリするはずだ。

 

 とは言え、これもアイテムと同じ理由でそう気軽に使うわけにはいかないのだ。

 言ってしまえばブランシュ家の総資産ですら超えているのだ、バレた時にはアイテムよりも質が悪いと言える。

 

 ただ別に今の段階でお金に困ることはないのだから、そうそう使うこともない。

 こうして町に出てきた時は多少自由にできるお金……つまりはお小遣いをもらっているので問題もない。ちなみに100ギル程だ、使わなかったらそのまま返すし、使っても10ギルにも満たないので問題はない。

 いずれ成長した時には使うことは多そうだというのは、今のうちからひしひしと予感めいたものがあるのも嫌なものだが。

 

 そして今日、この日はローランドが母の手伝いで畑へと収穫に行っているため一人の行動だった。

 そして、普段は近づかないであろう裏路地に迷い込んでしまった。

 

 町の外れの方へと進む道。

 いつもなら近寄らないのだが、小さな人影が見えたのだ。影の大きさは自分と同じ位、ここまでモンスターが入り込むことは無いだろうからそれは子供なのだろう。

 

 町のハズレは随分と寂れていた。通りはゴミで溢れており、異臭が漂っている。

 フィーナスの町は確かにそれほど大きくはない。だがそれでも数万の人間が住んでいるのだ、こうした場所があっても不思議ではない……。

 しかし、表通りの方とここまで違うとは思わなかった。

 裏通りと書いて字のごとく裏の通りだ。ここは小規模ながらもこの時代というものの一つの裏側を示しているような気がした。

 

 絡みつくような視線を感じるが、それを振り切るように小さな人影を負う。

 その影は別にこちらから逃げるつもりは無く、ただゆっくりと歩いてるだけだった。

 少しの距離が随分と長く感じられ、じっとりと汗が滲んでくる。それらを振り切り、目的の人物へとたどり着く事が出来た。

 

「…………」

 

 目の前にいるのは自分と同じ位の子供、性別は分からない。

 髪はボサボサで伸びっぱなし、そして顔の半分が隠れるような形になっている。

 体はひどくやせ細っており、いたる所に打撲後がつけられていた。服もボロ切れ1枚を羽織っている状態だ。

 

「えっと……」

 

 こちらが近づいた事で視線は向いてきたが、目は虚ろで焦点が定まっているのかさえ怪しい。

 それにただこちらを見るだけでそれ以外の反応が無い。

 

「君は……ここで何をしているの?」

 

 我ながら変な質問だと思う。少し考えれば……いや、考えなくとも判るだろうにと。

 ここをフィーナスのスラムとして、そこに当然のようにいるのなら彼、もしくは彼女はここの住人だろう。

 

「……ママに会いにいくの」

 

「母親に……ここに住んでるの?」

 

 やっと返ってきた声はか細く、かすれている。

 こちらの質問に対しては首を横に振って答えてきた。

 

「……もう死んだって、あの男が言ってた」

 

「死んだって……じゃあどうやって会いに……それにあの男って父親?」

 

 つばを飲み込む音がやけに大きく聞こえたのは、それが自分から発せられた音だからだったのだろう。

 それにこんな事を聞いてしまっては、聞きたくない答えが返ってくるではないか。死んだ人間に会いに行く方法なんて……この子供がそれを分かっているかいないかは別として一つしかない。

 

「だから……会いに……」

 

「っ! こっちへ来て! ここに居ちゃダメだ」

 

 その子供の手を引き、足早に元来た道を引き返していく。

 

 絡みつく視線が増えてくるのを感じるが、今は兎に角この子をここから離さなければならない。ただそう考える事しかできなかった。

 

 怖いのはこのスラムではない

 怖いのはこの空気ではない

 怖いのはこういった場所が存在する事ではない

 

 怖いのはこの子供がただ死を当然としている事実だ

 

 怒りも、悲しみも、悔しさも何もない事が一番怖かった

 

 

 

 その子は手を引かれるままについて来た。暴れる様子も無く、拒否する事もなく。

 そしてスラム区画から出て暫く歩いた所で見知った顔を見つけた。

 

「あれ? トリス……こんな所で何してるんだよ。それに後ろのそいつは?」

 

「トリスタン様、こっちは治安の良くない場所です。危険ですから立ち寄ってはダメと……」

 

 ローランドにミレイヌさんだ。どうにも慌てていたようで畑が集まっている場所の方へと向かってしまったらしい。

 ゆっくりと深呼吸をする。口の中がひどく乾いており、上手く言葉が出なかった。

 

「……とにかく、一度家へと行きましょう。ひどく汗をかいてるようですし

それにそっちの子供も……」

 

 ミレイヌさんにそう促され、やっと体が動いた。

 後について二人の家へと向かう、その間も手は引いたままであり、振り払う様子もなかった。

 

 

 程なくして二人の家へと着き、水を飲み込んでやっと一息がつけた気がした。同時に少しづつ冷静になってこれた。

 

「それで、一体何があったんですか?」

 

「うん、人影が見えてね……それを追って行ったらこの子が居たんだ。

場所は……町外れの方でね」

 

 こちらを心配するように声をかけてくれたミレイヌさんにそう返答する。

 改めて自分はずっと平和な場所にいたんだと実感した。

 町にでる目的の一つに見聞を広める事があったが……なるほど、自分で考えておきながら中々に難しいものだ。こういった時代、世界にそういった場所があるのは知識としては知っていた。そう、知っていただけなのだ。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。自分の価値観というものがまた一つ変わった事を実感させられた。

 

「先程も言いましたがあの場所は治安が悪い所です。なのでもう絶対に近づかないで下さい」

 

「そうだね……うん、そうするよ」

 

 少なくとも今の私ではこれ以上あの場所に行くことは耐えられなさそうだ。

 

「んでよ……そいつはどうするんだよ?」

 

 ローランドがそんな質問をしてくるが……確かにその通りで一体どうするかが問題だ。

 屋敷に連れて行くのは無理だろうし、あの場所へと戻すのも絶対にダメだと思う。

 となると頼めるのは目の前の親子という事になるのだが……。

 

「ミレイヌさん……この子をここで面倒を見ることは出来ますか?」

 

 それなりに人となりが分かっている相手だからこそ頼める内容だ。だが当然いい返事など返ってこないだろうし、実際にその通りであった。

 

「申し訳ありませんトリスタン様……今この家は主人もおらず女手一つです。

ですのでそのような余裕は……」

 

 この返事も当然の事だろう。というかそもそも見ず知らずの子供を引き取ってくれという方がおかしいのだ。

 それも出自がわからず、当の本人の反応は殆ど無い。

 立場が逆なら当然丁重にお断りするだろう。

 

 しかし、私としてはそれは困る。別にこの子供に愛着が湧いたわけでも同情した訳でもない。ただ独善的な考えだ。

 自分がこの子供をあの場所に戻したくない

 この一言に尽きる。今の私にあの現実を再び直視する勇気は無い。その為に多大な負担を掛けようというのだ。

 だとするならば、こちらに出来る事を尽くすべきであろう。

 

「では、余裕があれば見てくれるんですか?」

 

「え? ええ、まぁ……私としてもローランドと同じ位の子供が一人ならば、とは思いますが……えっとこの子の両親は」

 

 質問に対してはゆっくりと首を横にふって返す。

 そして余裕があるならば という条件付きだがイエスを貰えたのは嬉しい誤算であった。

 腰につけている道具袋に手を突っ込み、同時にステータス画面から所持金を引き出す。

 机に思い金属音が響き、目の前の二人の顔が驚きに変わった。

 

「ここに1万ギルあります、当面は問題ないですか?」

 

「いやいやいや、ちょっと待てよトリス! いや……ええ?!」

 

 慌てふためいているローランドはこの際置いておく。

 改めてミレイヌさんへと視線を移し、その返答を求めていく。

 

「トリスタン様……えっとこのお金はブランシュ様はご存知でしょうか……?」

 

「いいえ、父さんとは関係ないお金ですし、別にやましいものでもないです。

ただ聞かないでくれれば有難いですけど」

 

「……はぁ。分かりました、それじゃあこの家で預からせてもらいます」

 

 最後に諦めたようにため息をついてきたが、それでもいい。

 条件として本人がここに居たくないと言った時と両親が探している時、さらに父に何か言われた時は直ぐに対応するという事で合意してもらった。

 

 また、お金については必要な時にこちらへと言ってくるという事で話がまとまった。ローランドは最後まで混乱していたが……。

 

「それで、あなたの名前は?」

 

 そういえば聞いていなかった事を思い出した。出された水をゆっくりと飲みながら静かに口を開いた。

 

「……ステラ」

 

「そう、ステラちゃんね……私はミレイヌ、この子がローランド。

そちらのあなたを連れてきたのがトリスタン様よ」

 

「ローランド……です」「トリスタン・ブランシュ」

 

「今日からここが貴方の家、だから何かあったら遠慮しないで言ってくれるかしら」

 

 そのミレイヌさんの言葉にゆっくりと首を縦にふってくれた。

 その様子で少しだけ心が安堵することが出来た一日だった。




2人目

ステラ

チョコボデータの固定女性ユニット
幼少期はこの3人がメインになる予定

9/29 年収を変更


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第6話

黒魔道士 ーWIZARDー

この世を構成する元素の力をあやつる戦士。
主に攻撃魔法である『黒魔法』を使う。


 ステラをスラムから拾ったことが主な原因というわけではないが、私の生活に大きな変化をもたらした。

 まず今まのでエニル先生の授業に加えて、もう一人教師が就く事になった。

 授業内容は社交関係や食事マナー、そのほかに貴族についての勉強だ。

 

 今までは授業でも両親との会話でも貴族と平民の違いについて明確に区別しろと言われた事は無かった。しかし今回から教師として来たボルミア男爵はそれをハッキリと明言して来た。

 新しい人生とは言え、思考の基本は前世である日本人のままであるこちらとしてはあまり受け入れたくない考えである。

 

 その考えは即ち貴族とは選ばれた存在であり、平民はそれを支えなければならない そう度々言われるのだ。

 はっきり言ってしまえばうんざりする内容である。平民とは国民であり、貴族とは国を支えなければならないのだ。民無き国は国にあらずである。

 両親の狙いとしてはローランドに続き、ステラを助けた事によって私が平民と貴族を区別しなくなる、それを防ぎたいと考えているのだろう。

 

 が、前述したが私の根本的な考えは既に出来上がっていると言える、そして今の貴族的な思想が危険であるという事も分かってしまっている。それを指摘し続ければ場合によっては論破する事が出来るだろう。だがそうする意味は無い、ここでそんな事をしても私の存在が浮くだけであり何の解決にもならない

 結局ボルミア男爵の授業を聞き流しつつ、マナーを学んでいかなければならないのだろう。

 

 さてステラとローランドについてだが、資金提供をした事によりステラはローランドの家に預けられる形になっている。

 当初こそその環境に戸惑ったローランドだったが、徐々に慣れてきたようだ。

 また、ローランドが屋敷に来て勉強する時にステラも連れてくるように言い、現在では二人が授業を受けるという形になっている。

 まぁそのおかげで上記の様に新しい教師を付けられたのだが……。

 ボルミア男爵や母等は二人に対して見向きもしないし、そもそも視界に入っていないかのように振舞っている。まぁ追い出せと言われないだけマシなのだろうが。

 

 父に関してはボルミア男爵を通じて私の考えを改めさせていこうという考えだろうから、暫くは静観するつもりなのだろう。

 

 ステラについてだが、ローランドの家に住むようになってから徐々にだがきちんと話すようになってきている。

 最初の頃はこちらの質問に対して頷くか首を振る、もしくはぼそっと一言で返すだけだった。

 今は目に光りも戻ってきており、口数が少ないながらもステラの方から喋ってくるようにもなっている。その精神の回復具合はローランド親子の影響が大きいのであろう、ローランド自身も慣れてきてからはステラによく話しかけているし、なんだかんだ世話を焼こうとしている。

 これはあれだ、幼いながらの恋心というやつではないかと思ったが、それをローランドに言ってしまっては逆効果になるだろうと考え、そっと眺めることにしている。

 

「聞いていますか? トリスタン」

 

「……ええ、聞いてますよボルミア先生」

 

「ふむ……では、次に貴族の役割ですが――」

 

 退屈で偏屈な授業を受けながらではあるが……

 

 これ以外にも私の身の回りにもう一つ大きな変化が起きた。

 それは弟が生まれた事である。

 

 エスト・ブランシュ 私とは5つ離れる事になるブランシュ家の次男だ。

 

 私自身生まれてからの記憶が曖昧であるため、どういった感じに両親の手を煩わせていたかは分からないが、エストには私の代わりに両親に子育てというものを味あわせて上げてもらいたいものだ。

 

 とは言え、ローランドとステラの二人はエストにあまり近づかせたくないようで、父からは子供だけで近づくのは危険だという言い回しで二人を離している。

 まぁ、私としてもこれ以上問題を起こすつもりもないので別段気にかけてはいないのだが。

 

 

 そして、ここからは特筆すべき事がなく時間が過ぎていくことになる。

 相変わらず戦争は続いており、父は度々家を空ける事になる。

 

 この間の戦線は一進一退であった、ゼラモニアを主戦場として両国の睨み合いの状態に落ち着いているらしい。

 また、ロマンダ軍は国内の黒死病の影響により未だ軍を動かせる状況に無いらしく、ベスラ要塞を中心に北天騎士団・東天騎士団・そしてフォボハム領より派遣された傭兵団はオルダリーア国との戦いに集中する事が出来たのが大きいらしい。

 

 私自身と周囲についてだが、弟のエストは元気に育っている。少し大人しい性格ではあるが、それでも兄弟がいるというのは中々嬉しいものである。

 ローランドとステラだが、二人とも読み書きは習得する事ができた。というか、ステラのほうが後から教わり始めたのにローランドと同じ頃に勉強が終わるのもどうかと思ってしまったが。

 その後ローランドは約束通りに剣の鍛錬に入ることになった。が、本人のやる気に反してそれ程の上達はしていない。

 しかし、昔父と狩りをした事があるという会話から弓の練習をしてはどうか? と勧めたところ、こちらは大きくその才を伸ばしている所である。

 

 ステラは白魔法を使うところを見せたらそれに感激し、白魔道士の勉強をし始めた。ただローランドと一緒に訓練する時等は自分の体の小ささから槍を学んでいる。まだ重い槍等は扱えないが、それでも私やローランドと一緒に鍛錬をしていたいと思っているらしく、日々努力を続けている。

 

 さて、私についてだが……新たに貴族の勉強が加わることになり鍛錬の時間を削られることになったが、それでも日々の鍛錬と勉強、そして魔法の練習により多くのJPを得ることが出来た。

 

 進んだ時間は5年、今は10歳になり体もしっかりと成長していっている。

 装備の能力制限も7割まで上がり、随分とその恩恵を得られるようになって来ている。

 

トリスタン Lv.02 Exp.10

Brave 67 Faith 69

HP 50/50 MP 10/10 CT 000/100

竜騎士

Move…4 Jump…3 Speed…06

 

 得られたJPは総合計5万Pにも上り、自分で言うのもなんだが明らかに頑張りすぎたと思ってしまう。と思っていたが冷静に考えると1年1万P、1月換算で833P……あれ? 全然貯まってない様な気がする。

 とは言え、これには理由もあった。というかボルミア男爵のマナーについての勉強が始まったあたりから母に連れられて貴族同士のパーティー等に出席させられる事が多くなったのだ。

 流石に人様の家でまで自主鍛錬をしようとは思わなかった。まぁ代わりにまた別な体験が出来たから良しとしよう。

 それとジョブマスターになった職業も多くなってきた。

ナイト・モンク・白・黒・時・召喚・陰・シーフ、そして弓使いのリアクション、サポート、ムーブだ。

 

 そして体の成長と共に随分と剣の動かし方も馴染んでくるのが分かるのだ。

 もう少し成長すればほぼ完全に体を扱いきれると思うと、自身の成長が待ち遠しくなるというものだ。

 現段階でもダレンさんには結構な割合で一本を取れるようになり、その結果に父も満足しているようだ。そのおかげでローランド達の事をとやかく言われないで済んでいるのだから多少はやる気も追加されると言うものだ。

 

 魔法職に関しては主要どころはマスター出来たので個人的には大分満足だったりする。若干ある不満としてはガ系やジャ系の魔法を使う瞬間がないと言うところか……。

 一応周囲にはケアルラやファイラ程度までは使えるという認識になっている。

 いや、ファイジャ使える? って聞かれたら使えると答えるつもりではある、ただ聞かれないから答えないだけだ。

 どうも魔法職というのはラ系ランクまで使えて一人前、ガ系を使えればかなりの使い手、ジャ系ランクはひと握りしか使えないらしい。

 確かにJPが900P必要と考えれば結構な難易度なのだろう、私にしてみれば1クリック……もとい一瞬であるが。

 勿論ジャ系まで覚えても使う機会などそうあるものでもないと言うのもあるのだろう、戦時で無ければモンスター狩りで使う必要などないのだから。

 

 確かジャ系はラーニング出来たな……やはりそういった概念は無いのだろうか? いや、確かに確信も無く大魔法等喰らいたくもないが……。

 

「トリスー! 今日も剣の稽古するぞー」

 

 こちらの5年の振り返りを中断するように明るい声をかけて来たのはローランドだ。

 現在は父やダレンさんは遠征中であるため、ローランドやステラと3人で鍛錬する事が基本になっている。

 エストも混ざりたそうな事を言ってはいるのだが、やはり母に邪魔されてるようだ。というか完全に私が浮いている気がするが、この点はもう諦めている。

 

「ちょっとローランド、あなたエニル先生から出された課題やってないでしょ」

 

 そしてもう一人の声は……あのステラだ。

 今ではもうこんなに普通の子供らしくなって……娘の成長を見る父の様な気持ちにさせられる。いや、前世はまだ独身だったのでその感情は分からないのだが。

 今では長い髪を後ろに束ね、少しタレ目気味な目にははっきりとして光が宿っている。あの時強引ではあるがローランド親子に預けて正解だったと改めて思える。

 

「うげ……大丈夫だって、稽古の後にちゃんとやるから」

 

「まぁ、ローランドがこの状態になったら勉強に手がつかないのは分かってるからね……今日も剣?」

 

「もう、トリス様も甘やかしちゃダメですよ。それに……ローランド剣の才能無いじゃない」

 

 結構心に刺さることを言うのは最近ではいつもの事だ。

 ちなみにローランドもエニル先生の善意で教えてもらっているという事は理解しているようで、課題等はしっかりとやっている。意外だが。

 

「うぐ、いいじゃねーかよ……やっぱ剣ってカッコイイじゃねーか」

 

 その言葉には強く同意したいのだが、それでも武器にはそれぞれ格好いい点が多々あるはずだ。

 弓でも斧でも短剣でも……まぁそれでも流石に辞書やバッグの良さは未だに分からないのだが……。

 

「でもローランドの弓の腕はいいじゃないか、やっぱり長所を伸ばしたら?」

 

「んー、でも弓って地味じゃないか?」

 

 思わず世のアーチャーに謝れと言ってしまいそうになるが、ここは我慢だ。

 このあたりの年頃の子はきっとまだ弓の良さを分かっていないだけなのだろう。

 

「でも、トリス様が剣で私が魔法か槍でしょ? ほら、ローランドが弓のほうがバランス取れるじゃない」

 

「なんのバランスだよ……ていうか、トリスも最近は槍使ってるじゃないか」

 

 ステータスでジョブを竜騎士に設定してあるため、今は槍の扱いもなれるようにしておこうと思っているためである。

 私のステータスの概念でのデメリットは槍装備可能というアビリティを取らなければ、他のジョブでは槍を碌に扱うことが出来ない点だろう。

 ステラ等は恐らく未だに見習い戦士だと思うのだが、普通に槍を使っているし件よりも熟練度は高い。

 ある意味ステータスに縛られている状態とも言えるのか。

 

「槍はいいじゃないか、リーチあるし。リーチの長さはそれだけで大きな力だよ?」

 

「えー、男ならやっぱり剣士だろ」

 

「私は魔法も凄いと思うけど……」

 

 ちなみにこのやり取りは色々な武器で同じように繰り返されている会話である。フレイルの時や棒の時は中々説得力が無かったのも事実だが。いや、フレイルはいいんだ、鎧の上から叩きつけるという利点がある。だが棒については槍でもいいじゃないかという反論に思わず返せなかった。

 

 さて、そんな会話をしていると執務室に向けて数人の大人達が足早に歩いていくのが見えた。

 

「あれ? 今のって町長さんだよな」

 

「警備の人も何人か居たわよね」

 

 町長とは町の政策決定としての役割ではなく、町内の意見の取りまとめ役として機能している。

 あくまで領主の補佐で、平民側の立ち位置の人間だ。

 しかし、普段はこちら側から何かを言いに行くくらいで町長がこちらに来る事は殆どなかったのだが。

 

「なんだろう……ちょっと様子見てくるね」

 

「ああ、なんか事件でも起こったのかもしれないな!」

 

「ちょっとローランド……変な事言わないでよ」

 

 二人の会話を背中で受けつつ、執務室の方へと向かってみる。

 執務室と言っても本来の執務室とは別の、グレアムさん用の部屋と言える場所だ。実際に町の運営をしているのがグレアムさんとは言え、本来の領主が父であるための配慮らしい。

 中庭から屋敷へと入り、町長さん達が入っていった部屋へと少し遅れて入っていく。

 中に入ると皆難しい顔をしてある話題について話しをしていた。

 

「グレアム様、どうにかモンスター討伐の報奨金の方を捻出する事はできませんか?」

 

 そう言葉を発していたのは町長さんの方だった、その言葉に対してグレアムさんは非常に難しい顔をして首を横に振っているようだ。

 

「しかし、今は戦争の準備に予算を大きく割り振られている……今の段階では非常に難しいと言わざるを得ないのだ」

 

「しかし! それでは何のために我々が税を払っているのですか!」

 

「そうです、もし資金が払えないのなら討伐の兵を出して下さい!」

 

 グレアムさんの返事に対して町長さんや一緒について来たであろう若い男性は随分と怒り心頭のようだ。

 

「ん? トリスタン様……ダメですよ、今大事な話しをしているところです」

 

 こちらが扉の入口で様子を伺っているのに気づいたのは警備兵の一人だった。

 困ったようにこちらに近づき、小声で注意をしてくれる。

 

「一体何が……って聞くだけ野暮だね」

 

「はい……確かに最近町の付近でモンスターの姿を見たという報告も多く上がってますからね。しかし、今兵は皆遠征に出ていますからね」

 

 この話はつまり周囲のモンスター討伐についてだ。

 モンスターを倒すとお金を落とす……なんてことは実際には無く、倒したモンスター分だけ町や領地から報奨金を得られる制度なのだ。

 そしてその報奨金は町やギルド、そして領主から支払われる事になる。

 

 特にフィーナスの町位の規模だとそれほど資金を集めることが出来ないため、必然的に領主側が大きく負担をしなければならないのだ。

 だがグレアムさんが言った通り今は戦争中、それもいつ終わるか分からない状況と来ている。そうなると何処かに無理が生じてしまうのだが、今回はそれが表面に出てきた形になる。

 

 町人の一人が言ったように、資金が出せないなら領主側が兵をだして討伐しなければならないのだが、それも今警備の人が言ったように戦争で出払っている。

 勿論多少は残っているが、それは怪我人であったりこうして町や屋敷の警備につかなければならない。そしてそこから捻出してしまえば、万が一町や屋敷が襲われた時に何も出来なくなってしまう。

 何ともしづらいところなのだ。

 

「む……トリスタン様、ここに入ってきてもらっては困ります」

 

「すみません、皆が随分と慌てていたようなので」

 

 こそこそと話していたら気づかれたようで、会話していた警備の人はバツの悪そうな顔をしている。

 とは言え、ここに来た私が悪いだけなのでそちらに注意が行かないように話しを聞いてみる。

 

「実際に被害が出ているわけではありませんが……それも時間の問題です。

どうにかなりませんか?」

 

 町長さんはこちらに一礼を入れて再びグレアムさんの方へと向き直っている。

 町民からすれば死活問題にもなるし、被害が出てからでは遅いとうのも事実だ。

 

「だったら、俺たちが討伐すればいいんじゃねーか!」

 

「は?」

 

 後ろから大きな声で宣言をしてきたのはローランドだった。思わず間の抜けた声が出てしまった。

 

「ローランド……屋敷には入るなと言っただろ、またブランシュ婦人に見つかりでもしたらどうする!」

 

「……また?」

 

 これは初耳だった、普段は中庭位で屋敷内には入らないようにしていた。

 私自身も二人と居る時は屋敷に戻ろうと思わないため、別段不便は無かったのだが……。

 

「うっ……いや、ちょっとさ……」

 

「すみませんトリス様……私が魔道書を読みたくて……」

 

 ローランドを追ってきただろうステラが申し訳なさそうに謝ってきた。

 というか、そういう事なら私やエニル先生を通せばいいと思うのだが。しかしその時に読みたいという気持ちとローランドの優しさだったのだろう。

 

「はぁ、まあいいや……ただ、今は入ってきちゃダメなんじゃないかな」

 

「それはトリスタン様もですぞ」

 

 そんなグレアムさんの言葉スルーするのが基本だ。

 しかしローランドの言った我々が討伐するという案はどうなのだろうか?

 

「とにかくよ! 今は兵の人もダレンのおっさんも居ないんだろ? だったら俺達でなんとかするしかねーじゃねーかよ!」

 

「うむ……それはそうなのだがな、しかしお前たちはまだ子供だ。

なんとかするにしてもそれは私達が考えるべき事だ、とにかく早く出て行きなさい」

 

 ローランドのいう事も最もではある、兵も出せない金も出せないの状況なのだ。私達がどうこうと言うのは置いておいても、どうにかしない訳には行かない。

 今の自分の戦力を考えてみよう。

 

 実際に戦闘を経験した事はない、そしてそれは致命的なのかもしれない。

 しかし、計算上の戦力で言えば私は相当なレベルになると思う。

 モンスターの目の前まで言って剣で斬りつけるだけが戦闘ではない。魔法での援護や補助なども出来るだろう。

 

 ……魔法で片付ければいいのか。

 

「町長さん、今村で有志を募ってどれ位の人が集まりますか?」

 

「トリスタン様! ローランドの言葉に乗せられないで下さい!」

 

「そうですよ、危ないですよ!」

 

 グレアムさんとステラがこちらに注意をしてくる。

 が、とりあえずそれらを無視して町長さんの方へと意識を集中していく。

 

「集めれば50人位にはなるかと、しかし……」

 

「トリスタン様、ここは子供の出る幕ではありません。私が何とかしますのでお部屋にお戻り下さい」

 

「しかし、それが出来ないから問題になっているんでしょう

グレアムさん、こちら側からはどれ位の人数を捻出できるんですか?」

 

「しかしですね!」

 

「戦うのは危険とは言いますが、仮にそれでここや町が襲われれば同じように危険になるんです。ならこちらが準備を整えられる内に討伐するべきです」

 

 本心としては、いずれ戦いに巻き込まれる事になるのだ。いや、もう既に巻き込まれている状態だ。

 そして初陣と言うものはこの時代は誰にでも訪れる、その時を選ぶことが出来ない人が大多数なのだ。ならば、今ここで経験するべきというのもこちらが主導するという点ではメリットがあるのだ。

 

「……はぁ、警備を手薄にするわけには行きません……ですが、多少の無理をすることになりますがこちらからは30人といったところです」

 

「合計で80人……これだけいれば十分対処出来るのでは?」

 

 ゲームと比較するわけでは無いが、作中ではプレイヤー側は5人前後だ。まぁその分鍛えてあるし、相手も同数程度位だが。

 よほど群れになっていなければ間引きするレベルとすれば対処できると思うのだ。

 

「俺達も含めて83人だな!」

 

「ちょっと、私たちも行くつもり!?」

 

「んだよステラ、トリスが行くって言ってるんだから当然だろ」

 

 後ろで好き勝手言ってる二人はとりあえず置いておこうと思う。

 ローランドは弓で、ステラは白魔法で治療要員と考えればそこまでの足でまといにはならないとも思うし。

 

「しかし、トリスタン様……グレアム様も仰っていましたが、その……」

 

 次は町長がこちらを不安そうに見てくる。

 まぁ、確かに子供だし戦いの経験なんて無いのも事実なので何も言い返せないのだが。

 それに私自身も不安である事も紛れもない事実である。

 

「ですから、私は魔法での補助に回ります。回復魔法が使える人間が居れば多少なりとも安定するでしょうし」

 

「おお、トリスタン様は白魔法を扱えるのですか!」

 

 こちらをただの子供と計算していたのであろう町長の目が少し変わった瞬間だ。

 実際はもっと色々と使えるのだが、それは現場についてからでいいだろう。

 

「ただしトリスタン様、決して前へ出てはいけません。この約束だけは守ってもらいます」

 

「分かりました、僕は補助に徹しますよ」

 

 グレアムさんに念押しされてとりあえずの納得はしてもらえたようだ。

 討伐時は怪我人が多く出るらしく、白魔法を扱える者は重宝されるようだ。ただそれはそのまま戦争にも当てはまる事であるため、今この町には殆ど残っていないのだろう。

 

 町長を含めた町人たちは準備をする為に町へ戻ることになった。

 私が参加することにより、領主側に課せられる義務という物が一応の形で果たせられるというのが大きな点なのであろう。

 

 その後グレアムさんから翌日に周辺のモンスター討伐をするという連絡があった。

 これが初の実戦になる、私としても準備は怠り無いようにしなければならない。




見習い戦士  lv.6-M
アイテム士  lv.2
ナイト    lv.8-M
弓使い    lv.6
モンク    lv.8-M
白魔道士   lv.8-M
黒魔道士   lv.8-M
時魔道士   lv.8-M
召喚士    lv.8-M
シーフ    lv.8-M
陰陽士    lv.8-M
風水士    lv.1
話術士    lv.1
竜騎士    lv.1
算術士    lv.1


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第7話

時魔道士 ―TIME SORCERER―

時間と空間をあやつる『時魔法』を使う戦士。
神の決め給う法則をもてあそぶ魔道士。


 若干の勢いと幾分かの打算による考えによって、モンスター討伐に参加……もとい指揮を執ることになった。

 指揮とは言っても現段階ではほぼお飾り状態なのかもしれないが。

 

 さて、現在の自分の戦力を分析してみよう。

 魔法職はほぼマスター状態、接近戦も技術は高いのだろう。

 しかし、現在まだ10歳のこの体で剣を振るったところで何れ程の効果があるかは疑問に残るところだろう。

 つまり、私自身の行動は魔法に偏ることになる。

 

 魔法関係のアビリティは魔法攻撃力・防御力UP、消費MP半減、ショートチャージと既にやりすぎな感が出ている気がする。

 さらに、一応の準備としてエリクサー、ハイエーテル、エクスポーション、フェニックスの尾を習得しておく。

 移動方法も多岐にわたっているが、今回は普通の状態で問題ないだろう。

 

 あとの問題は魔法を主体とするならば装備をどうするかという点か。

 現在は金の髪飾りを装備しているだけであるが、流石に戦闘に行くのにこれ以外を装備しない等というのは有り得ない事だ。

 魔法を主体として装備を選択するならば武器はウィザードロッド、頭装備はこのままでいいとして体装備をどうするか……。

 出来れば強力な装備をしたいが流石に胴体では目立ってしまう……マントに縫い付けるとかか?

 

 いずれにせよ、あまり目立たないようなローブが好ましい事は確かだ。とりあえずいくつかのローブを取り出して見る。

 

 ローブオブロード・光のローブ・黒のローブ・白のローブ・カメレオンローブ・魔術師のローブ……

 理想としては一番目のローブオブロードなのだが……いかんせん目立つ。結構豪華な感じの装飾がついてしまっているので流石にどうかと思うのだ。

 光りのローブはなんかキラキラ光ってるしこれも却下か……?

 となるとその下あたりになるのだが……黒のローブなどはいい感じではないだろうか?

 漆黒と表現できる足首まで覆えるような長さのローブである。これなら上からマントを着ればあまり目立たないのではないかと思う。

 

 ……こうして鏡の前に立って服を取っ替え引っ変えしてると女性の服選びに思えてしまったあたり、まだ緊張感が足りていないのだろうか。

 

 そんな考えが頭に浮かんでいた時に、それを打ち消すようにノックの音が部屋に響いた。

 

「トリス、入るわよ」

 

 ノックが聞こえた時点で慌てて装備を隠し、返事を返そうとするがその前に扉が明けられた。どうやら我が母のようだ。

 

「どうかしたかな、母さん」

 

「どうかしたじゃないわよ、なぜトリスが討伐隊を出すなんて話になってるのかしら?」

 

 そういう話か。まぁ確かに考えても見れば寝耳に水な話であろうことは予想が付くが……、こちらとしてもいい経験にはなると判断もしているのだ。

 

「何故と言われても……誰かがどうにかしなければならない問題だよね」

 

「だから、それがあなたである必要はないでしょ。グレアムや兵にでも任せておきなさい」

 

 それで解決しないのが問題になっている事には気づいていないのだろうか?

 今回の問題の一つに領主側が主導しなければならないのだ。その為にはただ兵を出すだけではなく、それを指揮する立場の人間がいなければならない。

 ただの討伐や間引きだけならば現在居る兵だけでも問題ないのだが、町側からの強い要請が出てしまっている段階まで事が大きくなってしまったのが痛い。

 とは言え、それをここで論じても意味が無いのだろう。それが分かっていれば今の発言は出ないはずなのだから。

 

「んー、だけどボルミア先生からは貴族にはそういう義務があるって教わったし。

今回がその場面なんじゃないのかな」

 

「そうね、建前としてはあるわね……だけどまだ子供のトリスには誰もそれを要求してないわ」

 

「だけど父もダレンさんも居ないんだから今居る僕がどうにかするべきでしょ、さすがにエストに任せる訳にもいかないしね」

 

「そういう話じゃなくて!」

 

 これはもう話が平行線のまま進みそうな感じがする。

 埓があかないので母を回れ右の状態にさせ、ぐいぐいと背中を押して部屋から出してしまう。勿論心配してくれることは嬉しいのだが、私としてもやはりいつかは戦闘を経験しなければならないのだ。

 

「大丈夫だよ、兵の皆もついて来てくれるし。それに直接戦わないで補助に徹するだけだからさ!」

 

「ちょっと! トリス押さないで! こらっ!」

 

 母を部屋から押し出し、今度は廊下で問答が始まりそうになったところで助け舟がやって来た。

 

「お二人共、どうなされましたか」

 

 やって来たのはグレアムさん、その後ろには使用人の一人が装備の入った籠を持っている。

 見たところローブや杖などの魔術師系装備だ。まぁ魔法で援護役に入るという条件をつけたのだから当然といえば当然なのだが。

 

「グレアム……」

 

「ブランシュ婦人、トリスタン様については先ほども説明した通りです。

今現在ではブランシュ家という旗印が必要なのです」

 

 そう言いながらグレアムさんは頭を深く下げ、後ろに控えている使用人にこちらと一緒に部屋に入るように促してきた。

 母の方はそれでも不満そうな顔をしているが、こちらを止めようとせずにグレアムさんの方へと矛先を向けたようだ。

 ここからは大人同士の会話なようなので大人しくグレアムさんに任せる事にしておくのが良いのだろう。というか私自身も若干面倒になってきているのが本音なのだが。

 

 

 二人が場所を移すのを見届け、改めて準備に取り掛かることにする。

 グレアムさんたちが持ってきてくれた装備はシルクのローブとホワイトスタッフだった。若干装備のレベルが低いように感じるのだが、そもそも我が家には魔法系のジョブの人間がいないのだから仕方ないのだろうか。

 しかし、ある意味困った装備である。今の今までどれ位強い装備を誤魔化せるかと悩んでいたところなのだ。私としてもこの装備で向かうのは若干不安……なのでこの際大きめのマントだけを活用して残りはアイテムボックスの中に入れてしまった。

 杖だけは出るときだけ取り出せばいいだろう。

 結局装備はウィザードロッド、金の髪飾り、黒のローブ(マントの下)、そしてアクセサリーに魔力の小手を装備する。

 完全に魔法強化装備になっている気がする、ジョブも黒魔道士に変更してしまおう。

 

トリスタン Lv.02 Exp.10

Brave 67  Faith 69

HP 38/38(+98) MP 12/12(+56)

黒魔道士

魔法AT+4 炎雷冷強化 沈黙無効

 

 これで私自身の準備は問題ないだろう、後は先ほどの籠の中に入っていた道具袋の中に入ってるポーションのいくつかをエーテルに変えておけば問題ないだろう。

 ローランドとステラについては……後方に配置しておきたいのが本音であるし、前衛に出すつもりはないがそれでも何か必要になるだろう。

 ローランドには弓を持たせてやりたいが、流石に今の体格で戦闘用の大きな弓はキツイと判断しボウガンを選択、サイズも手頃なクロスボウを。

 ステラには回復役を担ってもらいたいが、MPの問題もあるし回復アイテムの数も限りがあるであろう事を考えていやしの杖を選んだ。

 この杖は殴ると回復するという効果なのだが、実際にはどうなのだろうか……。流石に自分で自分を殴るというのも変な気分がしたので後は現地で試せばいいだろう。

 もしダメならその時は魔法とアイテムで頑張ってもらうしかないか。

 

 結局その後グレアムさんと母は部屋にくる事は無かった。

 とりあえずの説得はできたのであろうと判断し、今日は早めに休む事にした。

 

 

 

 翌日になり、幾つかの装備を道具袋に押し込み屋敷の前へと行くと既に兵の人たちが集まっていた。そしてその中にローランド、ステラ、それにエニル先生が居る。

 

「……って、エニル先生何やってるんですか?」

 

「奥方様に頼まれてね、私もついて行くことになったんですよ

ご安心ください、まだ白魔法ではトリス君にも負けていませんから」

 

 そう言いながら優しい笑顔をこちらに向けてきてくれた。

 確かに考えてみれば白魔法などの授業はエニル先生からも学んでいるのだ。それに神職についているし回復役は専門にあたるのだろう……多分。

 特に問題無いと考え、改めて出発の準備へと取り掛かかろうとしたら次は母に再び捕まってしまった。

 

「いいわねトリス、あなたは怪我しないように後ろの方で指揮していなさい

それと、エニル先生たちの言う事をしっかり聞くのよ」

 

「兄さん、気をつけてね」

 

「大丈夫だよ母さん、流石に僕も初戦闘で無理はしないよ。

エストもそんなに心配しないでいいからさ」

 

 と、言いつつ全力で魔法を使うつもり満々なのは内緒である。

 母の後ろに隠れていたエストも前出て声をかけてくれた。

 

 準備自体はほぼ終わっているようで、私たちを含む合計34名がフィーナスの町へと出発することになった。

 

「ではトリスタン様、こちらにお乗り下さい」

 

「こちらって……チョコボかぁ」

 

 警備隊長が連れてきたのは一回り程大きいチョコボだった。

 というか大きい、こちらの身長が低い事もあるが倍以上だ。

 

「こちらのチョコボは大人しいので乗りやすいですよ。人にも慣れてますからトリスタン様は乗っているだけで後は任せてしまって構いせんので」

 

「そっか、それなら安心だけど……戦争には連れていかなったの?」

 

「はい、このチョコボは足が遅いので戦場向きではないんですよ。

遠乗りなどだったら最適なんですがね」

 

 そういう理由もあるのか、しかしチョコボか……こうして見るとフサフサなダチョウのようにも見える。というか柔らかい、すっごいフサフサだ。モフモフだ。

 

 ゆっくりと背中に乗ろうとすると、乗りやすい用にかがんでくれるあたり頭もいいのだろう。というかモフモフしすぎてるので背中に抱きつく状態が非常に気持ちいい。

 

「……いいなぁ、私も乗りたい」

 

「トリスずりー」

 

 二人が羨ましそうにこちらを見ている、エニル先生にやんわりと窘められているが、その様子を見たチョコボが再びかがみ……。

 

「クエ」

 

「これって俺たちも乗っていいのかな!?」「トリス様、乗っていいですか?」

 

 警備隊長が苦笑いしているが、子供3人位なら問題ないでしょうと認めてくれた。そしてチョコボの方も特に問題なく二人を背中へと乗せてくれた。

 ステラ、私、ローランドの順に乗り、改めて町へと出発する事が出来た。

 

 

 

 フィーナスの町を経由し、フィナス河を上りゼアラ山脈麓に広がる草原へと辿りついた。

 ゼアラ山脈方面は深い森に覆われているが、麓のほうは比較的なだらかな草原となっている。その道に近い所で小規模ながら拠点を作る事になった。

 

「それでは、拠点作成の人員以外は周囲を探索しましょう」

 

「よーし! やるぞー!」

 

「ああ、ローランドとステラはここだからね」

 

 地面を指差しながら張り切るローランドを止めておく、というか後方でという条件で来たのに何故既に全力参加するつもりなのだろうかと突っ込みたくなったが、とりあえず抑えておく。

 

「えー、だってトリスは行くんだろ? だったら俺も行くぜ」

 

「ダメだよローランド、私たちはこっちで皆のお手伝いしなきゃ」

 

 それでも尚もごねるローランドだったりするが、流石にここは連れては行けない。

 兵とは言え警備主体のメンバーに残りは普通の町の人間なのだ、皆誰かを気遣いながら戦える余裕等ないだろう。私自身も人のことは言えない状態ではあるが。

 

「はぁ……エニル先生、ローランド達を見ててください」

 

「そうですね、これで勝手な行動されたらそれこそ危険ですからね

トリス君、君もくれぐれも気をつけて」

 

「はい。それとローランドとステラ、はいこれ」

 

 若干ふてくされた顔をしてるローランドと緊張気味のステラに持ってきた武器を渡しておく。後方とは言え、いざという時がないとも限らない。

 

「これって……自動弓? 俺普通の弓しか使ったことないぜ?」

 

「わー、これって杖ですよね! 有難うございます!」

 

「ローランドの体格じゃ普通の弓じゃ心もとないでしょ、万が一のためね。

それとステラに渡した杖は叩いた相手を治療出来るっていう杖らしいよ」

 

 ローランドは新しい武器を渡した事でそっちに集中しだしてくれている、ステラは魔法使いらしい杖を持てて興奮した様子だ。

 ステラに渡した杖を見てエニル先生がそれの説明をしてくれた。

 曰くケアルの魔力を封じ込めた杖で、その魔力を相手に振り掛けるように使うらしい。もちろん叩いても問題ないし、そちらのほうが効果はあるらしいのだが。

 

「怪我人の方がさらに叩かれるなんて嫌うでしょう?」

 

 との事だ。それでもそこまで珍しいものでは無いらしいのだが、使える回数は封じ込められてる魔力に依存するので、無制限ではないらしい。

 ともかくローランドが新しい武器に夢中になってるあいだに出発することにした。

 

 現在の人員は正規兵25名、町人30名である。回復用のアイテムなどはブランさんが用立ててくれたようで、ある程度の数は揃っているらしい。

 正規兵から5名と猟師等弓を扱ったことのある人を含め、弓隊を25名編成。

 残りの正規兵20名と残りの町の人10名の30人が剣や斧等を持つ歩兵役になった。

 魔法を使えるのは私とエニル先生、そしてステラを除けば町の人からは1人しか出てこなかったが、その人は女性でかつ戦闘した経験が無い為このまま拠点のほうで治療に当たってもらったほうがいいと考え、そちらで待機してもらっている。

 

 しかし、こうして回りの人たちの装備を見てみると非常に心許無い。

 正規兵とは言え、警備をしている人たちの装備は出兵した人達に比べてランクが落ちているらしく、皆ブロードソードに革の鎧だ。

 隊長のみもう1ランク上の装備だが、街の人たちは名も無き剣や木こり用の斧に服といった所だろうか。

 なんとも言えない気持ちになってしまった。

 

「トリスタン様、あっちにモンスターの群れが!」

 

 ほのかに寂しい気持ちになっていると、偵察に出ていた兵が戻ってきたようだ。

 その慌てようから察するに結構な数がいるのだろうか?

 

「落ち着け、種族と数は?」

 

 こちらが反応する前に警備隊長がそう返した。

 

「は、はい。レッドパンサーの群れです。数は30以上!」

 

「30だと……他の種族はいないのか?」

 

 何やら二人が深刻そうに離しているが、若干蚊帳の外に置かれている感が否めない。それに回りの人たちも随分と驚いているようだ。

 レッドパンサーは確か初期から出てくる虎と猫を足して2で割ったような敵だったはずだ。しかし30は若干多い、作中では多くても10程度だったはずだ。

 まぁ、流石にこうした現実とゲームとでは色々と違うだろう。

 

「ともかく、ここで話し合ってても仕方ないし行こうか」

 

「……そうですね、行きましょう」

 

 偵察してきた兵に案内を任せ、小高い丘の上へと辿りついた。

 そこから少し離れた場所にわらわらと群れをなしているレッドパンサー達。幸いまだこちらには気づいていないようだが、こうして見ると中々に威圧感のある存在だ。

 とは言え、私たちは討伐に来たのだ。見物にきたわけでは無い。

 アビリティに白魔法をセットし、戦闘直前の準備をする。

 こういった時はどちらかというとMMOの様なゲームのイメージのほうが強い気がしてならない。

 

「それじゃあ皆なるべく集まってくれるかな」

 

「集まるって……何かするつもりですか?」

 

「そりゃあ今日は援護っていう名目だからね、魔法の範囲が分からないからなるべく寄ってくれるかな」

 

 まず集めるのは前衛役の人たち、選択する魔法はプロテジャだ。

 元々の装備に不安が残るが、何も無いよりはマシだろう。消費MPもMP半減をつけているため、それほど大きくもない。

 

「大気に散る光よ、その力解き放ち 堅牢なる鎧となれ! 『プロテジャ』」

 

 魔力の光が広がり、周囲に集まった人たちを包んでいく。その光はそれぞれの体を包、あたかも鎧のように変化していった。

 

「これは……ここまで魔法を扱えるようになっていたのですか?!」

 

 周囲から驚きの声が漏れ、警備隊長も随分と驚いている。

 が、これだけではまだ不安が残るというものだ。時魔法に変更し、今度はなるべく全員を集め次の詠唱を始める。

 

「時の流れよ、我が身を包み込み 巨大な渦をなせ… 『ヘイスジャ』」

 

 これでとりあえずの形になるだろう、攻撃力を上げる魔法がないのが残念なところだが。

 周囲の驚きの声を抑え、次の行動を促すために指示を出す。魔法に効果時間が存在する以上、なるべく早めに行動するべきだ。

 

「と、言うわけで弓隊攻撃用意」

 

「は、はい!」

 

 こちらで魔法を使ったことにより、存在に気がついたレッドパンサーの群れがこちらへと向かって走り出してきている。

 だが、こちらの位置は丘の上。ポジションで言えば非常に有利と言えるだろう。

 

「斉射!」

 

 25本の矢が風切り音をたてながら敵へと刺さっていく。だが、その殆どが威力不足であり、足止め程度の役割しか果たしていない。

 だが、それでもあたっている矢はしっかりとダメージになっているのだから、それほどの脅威では無いのだろう。

 しかしこのままぶつかっては無駄に被害が出てしまう、という訳でそろそろ遠慮なく魔法を使う場面が来たという事だろう。勿論攻撃魔法だ。

 

「地の砂に眠りし火の力目覚め 緑なめる赤き舌となれ! 『ファイラ』」

 

 ショートチャージに加え、魔法攻撃力UP、さらに魔法AT追加された状態での黒魔法である。

 こちらへと突進してくる集団の足元から幾筋もの炎が立ち上り、敵の集団を飲み込んでいく。

 所々で爆発を起こしながら敵の中央を燃やし尽くしていく。

 

「……ふぅ、それじゃあ歩兵隊」

 

「え? あ、はい! よし、歩兵隊突撃するぞ! 警備隊は無傷の敵を、志願兵は止めを刺していけ!」

 

 残った歩兵隊は大声を上げながら完全に勢いをくじかれた敵へと突っ込んでいった。

 形勢は最早決まっているような状況であり、無傷のモンスターも歩兵が着く頃には数発の矢を受けている状況だ。

 それでもまだ動ける敵に対しては2名以上であたり、ほぼ一方的に倒していけている。

 

 今まで使った魔法に比べてランクの高い魔法を連続で使った事もあるが、例えモンスターと言えどこうして矢で撃たれ、剣で切られ、魔法で焼かれる場面を見るとこみ上げてくるものがある。

 肉のこげた臭いが風に乗ってこちらまで届いた所で思わず嘔吐をしてしまったのは無理ないことだと思いたい。

 

「トリスタン様、大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫……ちょっと気分が悪くなっただけだから

とりあえず、あの群れは問題無く倒せそうかな?」

 

「はい、あの魔法のおかげで体が非常に軽く感じましたよ。

突撃した者たちもプロテスに守られているので大きな怪我をした者もいないようです」

 

 気分の悪さを誤魔化すために戦況の確認に意識を振り向けた。

 状況は非常によく、ほぼあの群れの討伐は終了したようだ。

 

「また、町の猟師達からモンスターから取れる素材を貰いたいと言ってきていますが」

 

「素材かぁ、いいんじゃないかな」

 

「こういった形での討伐でしたら、本来ですとトリスタン様に渡されるのですが」

 

 そういうものなのか? しかし別に合成や加工技術がある訳でもないので遠慮しておく。

 それに資金自体大量にあるので問題ない。

 

「元はこちらが報奨金を出せないのが問題だしね、町の人たちにももっと恩恵がないとね」

 

「分かりました、そう伝えておきます」

 

 その後素材が取れそうなモンスターを回収し、本拠へと一度戻ることになった。

 

 戻ってみるとローランドは弓の練習を、ステラはエニル先生に白魔法の授業を受けており結構平和な空気が流れているようだった。

 他の人たちは誰も大怪我を負ったり死者も出ていないことに驚いた様子であった。仮に今回私がいなければ確かに被害はもっと出ていたのだろうが、普段は一体どんな無理をしていのだろうか。

 いや、実際にはこんな形では討伐は行わず、兵だけで編成するらしいので納得といえば納得だが。

 

 その後3日間程拠点を中心に討伐を続けることになった。

 戦闘回数は小規模を含めれば8回程だ。

 最初の戦闘こそ数が多かったが、それ以降は多くて10体程。だが不思議に思ったのはどれも同じ種族しかいないという点か。

 確かに他種族同士が仲良くこっちを襲ってくるのも変な感じではあるが、ここまでまとまっているものなのか。

 最終日になり、その疑問を改めて警備隊長へと聞くことにしてみた。

 

「やはりトリスタン様も気になっていましたか……いえ、確かに群れをなして居ることはあるのですが……今回のようにほぼ全てのモンスターが群れでいるというのはあまり無い事です」

 

「あまり無いっていうのは……希にだけどあるって事だよね?」

 

 その状況次第なのだが、既に嫌な予感がしているのも確かだ。

 ただ、今回の討伐で大分経験値を得ることが出来た。レベルは現在7になっている。

 ここに来た3日前よりは多少は強くなっているので対応出来る幅は広がっているはずだ。あまり実感は湧いていないが。

 戦闘の空気にも慣れてきているのは警備隊長にも分かっているはずだ。それでも非常に渋い顔をして言いづらそうにしているのはそれ程の事なのか。

 

「稀……というよりは、モンスターが群れるのは強大な敵が現れた時です

特に同族同士が固まっている場合は……」

 

「強大な敵って……」

 

 ここに来て討伐した敵の種類はレッドパンサー系以外にはゴブリンやウッドマン系の敵である。

 しかし、そのどれもが強大と表現するには弱いと思うのだ。

 

 そしてその会話が引き金になったかのように、初日に偵察をして来た兵がこちらへと走り込んできた。

 それもあの時よりも一層の焦りを見せて。

 

「トリスタン様! 隊長! 大変です……今回のモンスターの活動の原因が……!」

 

「どうした――っ!」

 

 警備隊長の声を遮るように、森の方から木が倒れる音とくぐもった大きな鳴き声が聞こえてきた。いや、鳴き声というよりは雄叫びか。

 

「トリス! なんかヤバイのが来るぞ!」

 

「ローランド! 下がらないと!」

 

「……あれは」

 

 森の方から姿を見せたのは

 

 10メートルはあろう紫色の巨大な体に鋭い牙

 

 その巨体に見合う角に猛々しいたてがみ

 

 そしてひと振りで木をなぎ倒す尻尾

 

「あれは……ベヒーモス」

 

 そんな誰かの絶望に染まった声が聞こえた。



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第8話


陰陽士 ―AUGUR―

陰陽士(おんみょうし)

万物生成の原理である陰陽をあやつる戦士
陰陽の変化を操作する『陰陽術』を使う



 

 ベヒーモス、ファイナルファンタジーという作品では度々登場するモンスターである。

 物理攻撃が主体であり、高い耐久性と攻撃力を備えている敵だ。

 

 ゲームという枠組みであれば対処のしようはあるのだろう。出現場所や装備の選択、そしてメンバーのレベルや能力。

 では今回の遭遇はどうであろうか?

 

 一言で言えば恐慌状態に陥る寸前……いや、既に一部では逃亡を。一部では諦めの感情が出ている。

 シュミレーションゲームで言えば1マス分の敵でも、こうして目の前に存在すればその体は人間の何倍もあるのだ。

 そして木々を薙倒し、巨大な咆哮をもってこちらへと向かってくる姿を見れば……多くの人間がその心を折られるであろう。

 

「……トリスタン様、すぐにお逃げ下さい」

 

 その威容を見ながら、私の側に居た警備隊長はそう言ってきた。

 その目には職位からか、それとも忠誠からかは分からないが確かに決意の色が見て取れている。

 

「我々がなんとか時間を稼ぎます、それまでに志願兵……いえ、町の者達を連れて撤退して下さい」

 

「隊長!? 無理ですよ、あんなの止められっこありませんっ」

 

「それでもだ! それでも我々が少しでも足止めしなければならんのだ!」

 

 偵察役をしていた兵はその言葉を受けて強く反論をしようとしている。

 気持ちは分かる、痛いほどにだ。

 私とて同じ立場なら同じことを言っていただろう。周囲を見渡せば恐怖と混乱が広がっている。町の人間も後方に待機していた人たちは既に荷物も置いて逃げ始めている。

 それでもまだ残っている人達はこの討伐で一緒に戦っていた人たちだ。

 

「トリス君! さあ、早くローランドとステラを連れて逃げるんです、急いで!」

 

「トリス様! 早く!」

 

 エニル先生とステラもそう急かしてきている、こうしている間にも距離を詰められているのだ、逃げるという判断をしたのなら彼らの行動は正しい。

 

 しかし、しかしだ……。

 

「屋敷に戻ってどれだけの兵を動員できる?」

 

 人は死に直面した時に自殺願望が沸くという話しを聞いたことがある。

 今の自分がそうなのかは分からない。

 だが、こんな状況になって僅かながらでも落ち着いている自分がいる事に自身も驚いてしまう。

 

「総動員しても20名程……それでも、近隣から援軍を頼めば!」

 

「それが出来ないから今回の討伐に出たんだ……今逃げれば、あれを引き連れていく事になる」

 

 冷静になれたからこそ分かる。

 今ここで恐怖に染まり逃げ出せば、今この瞬間の命は助かるだろう。

 だが、次にアレと出会うのは町や屋敷だ。それも今よりも戦力が揃わない状態で。今よりも戦えない人や逃げられない人が大勢いる中でだ。

 

「ですから! 我々がなんとしても時間を稼ぎます!」

 

「一刻や二刻じゃ意味がない、むしろ大きく見れば各個撃破される状況になる……今ここにいる戦力が、現在揃えられる最高の戦力なんだ」

 

「何言ってるんですかトリス君……あれと戦うつもりですか?」

 

 自分でも何を言ってるのか分からない。だがそれでもここで引けば町や町の人たちに多大な犠牲が出る。

 自分たちは逃げられるだろう、だがそれ以外は?

 5年であるが、多少なりとも慣れ親しんだ町なのだ……恐怖で本当に正しい判断なの出来ない状況であろうと、戦うという選択肢を選ぶには十分だ。

 

「戦える人は残ってくれ! 今ここでアレを抑えなきゃ町が危なくなるんだ!

逃げる人は町の人たちに避難するように伝えろ!」

 

 だから、戦うと決めたのだから今はとれる行動をとろう。

 

「よーっし! トリスがやるってんなら俺もやるぞ!」

 

「……二人が残るなら……」

 

「ローランド、ステラ! 君たちまで!」

 

 二人が残る事には反論したい、だが今はそこを気遣う余裕がでてこない。

 何より、二人が残ると宣言したおかげで町側の人や一部の兵の士気が確かに上がったのだ。

 

 恐怖や混乱は伝染する。しかし、勇気や蛮勇も伝染するものだ。願わくば、今回伝染した感情が勇気であってもらいたいものだ。

 

「弓を扱える人は遠距離から援護を! 接近する人はとにかく回避に専念してくれ!

ステラは怪我人への治療を!」

 

「よっし! 俺も行ってくるぜ!」

 

「トリスタン様……考え直すつもりはないのですね?」

 

 警備隊長、そしてエニル先生は二人してこちらへと視線を向けてくる。

 だが、その目は否定の目ではなく……決断を言葉に表して欲しいという意味に取れる。

 

 決断とは責任が付き纏うのだろう。貴族の義務、責任、それらの意味を示して欲しいと。

 

「うん、僕はここで戦うよ……それが僕の意志だ」

 

「……分かりました

皆よ! トリスタン様が指揮を執る! 絶対にあの化物を倒すぞ!」

 

 その警備隊長の声に兵だけでなく残った町の人たちも応じて雄叫びを上げている。

 残っている人数は50名程だ、だがその士気は熱気を帯びるほどになっている。

 

「全く……帰ったら3人とも説教ですからね。

私はステラよりも前線で補助に徹しましょう」

 

「はい、お願いします」

 

 恐怖による冷静から熱気に当てられたのか、私自身も心が震えてくる。

 今付き従う人たちと共に戦うこと、これが貴族の義務の一つなのだろうか……。

 

「トリスタン様! 来ますよ!」

 

「よし、こっちの指揮は任せる。とにかく注意を逸らして!」

 

「分かりました。弓隊! 一斉射撃準備!」

 

 その言葉を背中にうけ、私は弓隊とは反対側へと走り出す。

 弓矢での攻撃が何れ程の効果をもたらすかは分からないが、あの強靭な体を見るにそれほどの効果を得られないだろう。

 そして接近する歩兵隊も同様に。

 

 ではどうするか?

 今居る戦力の中で最も火力があるのは自惚れでも無くこの私だろう。

 ならばするべきことは一つだ。

 

 

 弓隊からの一斉射撃がベヒモスへと到達していった。

 矢は所々刺さっているようだが、やはりというか深手にはなっていない。

 

 しかし、攻撃を受けた事への怒りか、再び巨大な咆哮の後に兵たちの方へと突っ込んでいった。

 それを遮るように歩兵隊がかく乱を開始している、戦力は大人と子供以上に差があるのが分かる。

 尻尾によりはじかれるものや雄叫びに気圧されるものも居る。

 

 だが今はその光景を耐える事が必要だ。

 

 杖を構える、向ける先は私に背後を見せている巨大なモンスターへ

 

「……天と地の精霊達の怒りの全てを 今そこに刻め!」

 

 周囲が暗くなって行くのが分かる。雲が集まり、魔力によって起こされた電気がその雲の中心へと意思を持つように集まっていく。

 その異様な光景に気づいたのか、ベヒーモスは天へとその視線を向けたのが見えた。

 

 

 ただひたすらの集中、体中が熱くなってくるのがわかる。

 本来この魔法は広範囲魔法だ、だがその威力をただ一点に、ただ一体へと集中するように。

 どれほどの効果があるかは分からない、そしてこちらが魔法を使った事に反応し、天へと視線を移したことによる隙をついてベヒーモスから離れていく兵たちが見えた。

 

 ―今!

 

「――サンダジャ!」

 

 巨大な雷が降り注ぎ、ベヒーモスの体を焼いていく。

 

 声にならない叫びが聞こえてくる、電撃は地面と共に敵の体を抉り取っていっている。

 私のほうは極度の緊張と魔力の消費から大量の汗が出てきているが、後はそれが報われる事を祈るばかりだ。

 

 10秒ほど続いた雷撃は収まり、周囲が再び明るさを取り戻していく。

 

「……やったのか?」

 

 

 このセリフがダメだったのかどうかの因果関係は分からない。

 兵たちが警戒しながら近づいて行こうとした時に、再度の雄叫びと共にベヒーモスは立ち上がったのだ。

 

 その体からは所々で流血をし、焼け焦げている。

 だがそれでも、確かに4本の足で立っている……こちらを睨みつけながら。

 

「――っ!」

 

 そして次の瞬間にはこちらへの突進……逃げようと走り出そうとした所で疲れも相まって足をもつれてしまった。

 

「トリスー!」

 

 そんなローランドの叫び声が聞こえた時には、私は宙を待っていた。

 

 

 

 

 「――っがぁっ!」

 

 次に来たのは地面と叩きつけられるような衝撃。

 勢いは止まらずにさらに転がるように吹き飛ばされていった。

 

 視界に入ってくるのは地面と変な方向に曲がった左腕。そして頭をトンカチで殴られ続けているかのような激痛。

 

 

 痛い

 

 ただひたすら痛い

 

 さっきまで偉そうな事を言っていたのに今は後悔の念が出てきている。

 この世界は現実だと認識していたはずだった、戦闘を経験してそれがさらにリアルだと感じていたはずだ。

 ああ違う、今の今まで認めていなかったのだ。

 この生活も、この力も、どれもまだ夢のようなものだと何処かで思っていたのだ。それも本心のどこかで。

 

 自分の近くに落ちているロッドを拾い、無理矢理に立ち上がる。

 

 自分の中で現実が一新された感じがした、皮肉なのかこの痛みで。

 だからこそ、だからこそ次は……。

 

「全部夢だ……気がついたら生まれ変わってるなんて、剣と魔法のファンタジーなんて

そんな出来の悪い3流小説!」

 

 夢ならもっと上手く戦える、もっと賢く動ける。

 アビリティを切り替え、こちらへと突っ込んでくる化け物へと向き直る。こちらを必死に援護しようとしている矢を物ともせずにただ私へと目指している化け物へ。

 

「光の全ては地に落ち、全ては幻 意識の闇に沈め ――闇縛符」

 

 数匹の黒い蛇のようなものがこちらへと突進してくるベヒーモスの頭部に絡みついていった、そしてそれは視界を奪うように目を覆い隠していっている。

 

「―――――!!!!」

 

 急に視界を奪われたことにより、その突進の方向がわずかながらにズレていった。

 さらに詠唱を続けていく。

 

「心無となり、うつろう風の真相 不変なる律を聞け ――不変不動」

 

 次に唱えるのは相手の行動を奪う魔法。

 今使っているのは陰陽術と呼ばれる状態変化系の魔法だ。

 

 相手の巨大な体に、白い鎖のようなものが巻きついて行く。ドンアクトと呼ばれる行動封じの状態異常を引き起こす。

 鎖が巻き付き、さらに先ほどの魔法によるダメージも蓄積されている事から、大きくその行動に制限をかけることが出来ている。

 

 アイテムボックスからエリクサーを取出し、一気に飲み干す。

 まるで高濃度のアルコールを摂取した時のように全身が熱く、頭がクラクラとしてくるが。先程まであらぬ方向へと向いていた腕は元の状態へと戻り、魔法を使った疲れも取り除かれている。

 

「……初めからこうすれば良かったんじゃないかな」

 

 さらに詠唱を重ねていく。

 今度は中途半端なダメージではなく、確実にあの化け物を殺すために。

 魔力を高め、集中を高め、次で止めを指すために。

 

「――――!!」

 

 しかし、今度はこちらの番だと言わんばかりにその巨体が動き出していった。

 ドンアクトの効果とは行動の不能だ、移動を封じるものではない。

 

 だがしかしだ、10メートルを越す巨体がただ一心に走り抜けた時に一体どれほどのエネルギー量が出るのだろうか?

 戦いとは生きたエネルギー同士のぶつけ合いだ。

 高い場所からの攻撃の有利さは位置エネルギー、機動戦術は運動エネルギー、ではあの巨体の移動では?

 

 今の状況はこうだ、輸送用の大型トラックのハンドル操作を奪った状態。ただアクセルは踏める。

 そしてこちらは詠唱と集中による硬直状態。

 

 一度目の突進で生きていた事が奇跡とも言えるのだ、それが2度続くかと問われれば非常に難しいとしか言えないだろう。

 それでも、まるでこれが現実だと言わんばかりにその速度を増してその巨体は近づいてきた。

 確実に仕留めると考えた事も有り近づきすぎたのも裏目に出ている、今から詠唱をやめてどうにかなるか……。

 そう考えている時、私の顔のすぐ横を風切り音が吹き抜けていった。

 

 その正体は一本の矢であり。

 

「トリス!」

 

 その矢は正確にベヒーモスの右目へと突き刺さっていった。

 

 さらに次の瞬間には、後ろから無理やり抱きかかえられるように引っ張り上げられた。

 

「トリス様! 大丈夫ですか!」「クエ!」

 

 ステラと行きに私が騎乗していたチョコボだ。ステラとローランドは私の体に手をまし、チョコボへと引き上げようとしていた。さらにチョコボ自身も嘴で私の襟の部分を咥えてそれを手伝おうとしていた。

 

 詠唱と重なり、かなり不自然な状態にはなっているが、その行動と矢による攻撃によってベヒモスの突進をかろうじて躱すことが出来た。

 

 そして同時に、私の魔法も完成する。

 

「滅びゆく肉体に暗黒神の名を刻め……

 

始源の炎蘇らん!」

 

 死を突きつける現実と、それを回避させるように夢のような展開。

 ただ、なんとも二人の私を支える腕が心地よく感じていた。

 

「――フレア!」

 

 かつてゲームをプレイしていた時に見たような作り物ではない。

 ただただ膨大とも言える魔力とそれによって引き起こされる圧倒的な熱量が集まっていく。

 

 その熱の塊は地上に出来た小型の太陽のように固まり、触れるものを焼き尽くしていった。

 ほんの僅かな時間ではあるが、その炎はベヒーモスの半身を文字通り消滅させていった。

 

 半身が消滅し、ついにその巨体が地に伏せた。

 その倒れた体からは生気は感じられず、今度こそ……そう、今度こそ仕留めたと確信できるものであった。

 

「……はは、なんだ……やっぱり夢みたいじゃないか」

 

 私の口から出た言葉は自分の本心とは違うものだ。いや、ただ認めたくないという想いを持っていたいだけなのかもしれないが。

 しかし、そんな考えを中断させるのはいつもの如く後ろの二人であった。

 

「す……すげええええ!! なんだよトリス今の魔法! あの馬鹿デカいのが一撃だったぜ!」

「今の何なんですか?! あんなのいつの間に使えるようになったんですか!

すごいですよ! 流石トリス様です!」

 

 未だ無理やりな格好で私を支えている二人がこちらが驚くくらいの声を上げて来た。呆然としていた私にとっては心臓に悪いとしか言い様が無いが、二人とも無事なようで何よりだ。

 

 次は警備隊の人たちと志願兵の人たちが駆け寄ってきた。

 多少の怪我を負っている人もいるが、致命傷に至っている人は居ないようだ。

 エニル先生は非常に疲れた表情をしているのは、今まで治療にあたっていたのだろうか。それでも目があった時に優しく微笑んでくれたのが非常に印象的だった。

 

「トリスタン様! ご無事ですか?!」

 

「ああ、うん……大丈夫だよ」

 

「いやはや、素晴らしいお力です! まさか最高位魔法まで扱えるとは……感服いたしました」

 

 無事の確認もそこそこにこちらもまた興奮した口調でまくし立ててくる。

 私自身の状態と周囲の興奮具合のギャップが大分広がっているようだ。

 しかし、結果を見れば犠牲者を無しにあの強大な敵を倒すことが出来たのだ。ならばこの興奮に水を差す必要もないのだろう。

 兵も町の人達も皆が口々に賞賛の言葉を送ってくれている、そしてお互いの無事を祝っているのだ。

 

 初めからこうすればよかった、もっと別な戦い方があったはずだ。

 そんな考えがぐるぐると回っているが……今は私もこの輪に入るべきなのだろう。

 

「さあ、それじゃあ町へ戻ろうか、今回の任務は……」

 

「大成功ですよね!」「俺のおかげだよな!」

 

「そうだね、ローランドが居なかったら多分僕は死んでたよ」

 

 非常に無茶をしたものだと言いたいが、それは私も同じである。

 それに、終わりよければ全てよしとも言うのだ。今回はそれに倣わせてもらおう。

 

「そうだトリスタン様」

 

「うん?」

 

「折角ベヒーモスを討伐できたのです、解体して素材を集めて行きましょう」

 

 そう警備隊長が提案して来た。確かに今回の討伐では色々なモンスターの素材を集めていたのだ。

 しかし、ベヒーモスの素材か……ふとその死体を見てみると、半身というよりは左前足あたりは完全に消滅しているが、それ以外はサンダジャによる火傷と矢傷が少々だ。

 巨大な角や爪、牙等は健在と言えるだろう。

 

「そうだね、それじゃあその作業は任せるよ」

 

「はい、猟師たちも興奮しておりますよ。ベヒーモスは角や爪もそうですが、皮膚から内蔵に至るまで様々な薬や装飾に出来ますからな」

 

 言葉の最後にここまで大きいと討伐自体が困難であり、おかげで非常に貴重なのですよと付け加えている。

 

 ベヒーモスの解体はその体の大きさから、多少の時間がかかるということで私たちは先に拠点で休むことにした。

 というよりも精神的にも肉体的にも疲労がピークに達してしまっている。

 いかにアイテムで治療したとは言え、骨折やMPを使い切るような状態になったのだ。回復しても体や心がついて行かないものだ。

 

 

 結局その後目を覚ましたのは町にもうすぐで町に到着するという所だった。

 ローランドとステラの二人と一緒にチョコボの背中に乗せられていた状態だった。私たちを起こさないようにという配慮か、あまり揺れないように歩いていてくれたようだ。

 

 

 

「おや、トリス君。目が冷めたようですね」

 

「エニル先生……お早うございます

もうフィーナスに着くところですか、随分と寝てたみたいですね」

 

 寝起きにエニル先生の顔を見るというのも中々に胃もたれしそうになるものだ。

 後ろの方を見ると大量の素材が詰まっているであろう台車が目に付いた。

 どうにも今回の目的が変わっているような気がしてならないが、町の人たちの表情を見るとそれもどうでも良くなってしまった。

 

「さあトリスタン様、凱旋ですぞ」

 

「凱旋って、そんな大げさな」

 

 次に近寄ってきたのは警備隊長だった。

 彼は先の戦いがいかに凄いものだったかを熱弁しているが、寝起きの私の頭にはあまりその言葉は入ってこなかったりする。

 

 しかし、その言葉の意味は町に入った時に改めて実感をさせられる事になった。

 

 町へと入った瞬間に爆発的とも言える歓声に包まれたのだ。

 口々に戦いに赴いた人たちを褒め称え、感謝の言葉を並べている。

 

 それまで寝ていたローランドとステラもその声に飛び起きたが、状況が全くつかめずに固まっている状態だ。

 

「さあトリスタン様、皆に手を振ってあげて下さい

貴方は今、この町の人たちにとっては英雄なのですから」

 

「そんな大げさな……だけどまぁ、それも役目なのかな」

 

 元はブランシュ家側の旗印としての意味合いの強い征伐だったのだ。なら、最後までその役割を担うべきなのだろう。

 それに、戦争続きで鬱屈とした空気が流れていた町がこうして湧いているのだ。それに水を差すほど野暮でもない。

 手を振り返せばさらに歓声が上がる。結局屋敷へ向かう道に出るまでそれが続いてしまった。

 

 

 町を出たところで一人の男性がこちらへと声をかけてきた。

 志願兵側のまとめ役と言った猟師の男性だ。

 

「トリスタン様、今回討伐したベヒーモスの素材のほうは……」

 

 若干言いにくそうにその言葉を出してきた。

 彼の言いたいこととしては、素材は貰っていいと言われたがベヒーモス程のモンスターから採れるものだと金額の桁が変わってくる。流石にその他の素材と一緒にするわけにもいかないと思ったのだろう。

 

「うん、最初に言った通り好きにしていいよ……ああ、出来ればそこから得られる資金で討伐隊に参加した人たちに何か振舞ってあげてね」

 

「よろしいのですか? 相当な金額になると思いますが……」

 

 再度の確認をとってくる。この場合は領主として考えるなら折半する位がいいのだろうが、別に何も言われてはいないのだ。

 なら、今回は命をかけて一緒に戦ってくれた人たちに報いるべきなのだろう。

 

「構わないよ。ああ、もちろん警備の人たちにもね」

 

「有難うございます、皆も喜びます!」

 

 そう言って男性は町の方へと急ぎ足で戻っていった。

 これで少しでも町に活気が出てくれるなら今回命をかけて戦った甲斐もあるというものだ。

 

 そのあとは屋敷へと戻り、行きの時とは打って変わったように母に歓迎をされた。

 ブランシュ家の誇りだとか、将来のイヴァリースの英雄になれるだとか。

 その言葉は嬉しいと思う反面、やはり貴族としての面目が高まったという事を強調されたところが気になってしまった。

 とは言え、今回の件で私の命を救う事になったローランドとステラを多少なりとも認めてくれる形になったのは嬉しい誤算だろうか。

 

 ともかく、私の初陣は多少の問題はあったが得難い経験と体験をする事が出来た。

 

 しかし、今回の件で私の人生がまた一つ加速して行くというのも紛れもない事実なのだろう。

 それは、遠征から戻ってくる父の言葉によって始まることになる。



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第9話

弓使い ―ARCHER―

先制攻撃には欠かせない弓矢をあやつる戦士
『チャージ』して力をため弓を引き敵を射抜く




「トリス……次の遠征に参加してみないか?」

 

 ベヒーモスとの戦いから半月ほど経ったあたりで遠征から戻ってきた父の言葉を要約するとこうだった。

 いや、もっと言うならば拒否権は殆ど無いように思われるほどだが。

 

 今このイヴァリースは隣国オルダリーアとの戦争の最中である。正確にはどれだけ続いたのか分からないが、戦争の継続年数を考えれば間違いなく私も参戦させられる。

 つまり、こうした言葉が来ること自体は元々わかっていたのだ。分かっていたのだが、いざこうしてその言葉をかけられた事は私にとってやはり衝撃的なものであった。

 

 戦いに赴くこと、ソレ自体は諦めていたとは言え、私の年齢を考えれば後数年はあるだろうと予想していた。しかし、その自身の予想を覆すことになったのは皮肉なことなのか私自身の行動の結果だ。

 討伐隊の指揮での戦果。それも初陣でありながら多数のモンスターを討伐し、想定外の出来事であり、正規兵をもってしても危険であるベヒーモスを退けたこと。そのどちらもが父の予想していた私の実力を遥かに上回るものであり、またその力は現在の戦争の状況において必要とされていたものであった事。

 

 過去に魔法使いとしてラ系の魔法で一人前、ガ系で熟練、そしてジャ系の魔法でエリート、もしくは相当の才能があるものでしか扱えないという状況である。

 また、魔法使いとは敵から攻撃の第一標的とされることも多く、その性質から非常に戦死しやすい職業だ。

 

 作中において『聖騎士』に代表される固定ジョブと言われる職業があった。

 その固有アビリティである『聖剣技』。それらの能力は一様に高く、ノーチャージで魔法以上のダメージに叩き出し、かつその射程距離が魔法と同じという鬼畜っぷりのアビリティだ。

 これらのおかげで一部を除く魔法職業の存在価値がなくなったと言われる程だ。

 

 では今この世界、この現実に置いてもその図式が成り立つのか? 答えは否だ。

 

 討伐時にも分かったことだが、魔法の射程と威力、そして効果範囲は作中におけるソレとは違う。

 戦争時における位置づけとしては魔法のランクが上がるにつれて攻城兵器へと近づいていく。つまり、小隊レベルでの戦いではなく軍規模の戦いにおいてその真価を発揮していくと言ってもいいのだろう。

 つまり、まだ幼いと言える年齢の私であっても、その扱える魔法とは非常に得難いものであり、かつそれを活用したいというのが父の考えである。

 

 しかし、果たしてそれだけなのか?

 戦力が欲しいと考える反面、父は体裁や面子を気にするところがある。勿論それは貴族として必要なものである。しかし、だからこそ分からない点もあるのだ。

 戦場に私のような子供を連れていけばそれが周囲にどういった感情や思惑を与えるかを考えないはずがないのだ。

 

「勿論、僕も戦争に参加しなきゃならないのは分かるけど……」

 

「今の畏国には少しでも戦力が必要なのはもちろんの事だが、今回はそれだけではない」

 

 父が私の言いかけた言葉をどう判断したのかは分からないが、さらに言葉を続けてきた。そしてその内容はまた別の意味で私に衝撃を与えるものだった。

 

「……ブランシュ家の後継に関しての問題だ」

 

「後継? 普通に考えれば僕かエスト……それも長男である僕って事になるよね」

 

 後継の話とは大抵が長男が選ばれるのが世の常だ。とは言え、私としては別に後を継ぎたいという思いはそれ程なかったりもするが。

 

「そうだ。ここで問題なのがミルナの方の家……つまりラムサス家には後継が居ないという事だ。

私とミルナが婚姻を結ぶ際に子が二人以上できれば一人をラムサス家へと養子に出すという条件を出されたのだ」

 

「ええっ!? じゃあ、エストはそのラムサス家に行くって……いや、ちょっと待ってよ、あれ? なんでそこで僕が戦争に出るっていう話に繋がるの?」

 

 父の話は判った。判りたくはないが理解はした。しかしだ、次の問題はその話と戦争に関することだ。

 どうにも嫌な予感がしてくるなか、さらに父が話しを進めてきた。

 

「私を含めて周囲の者たちはお前を当然推すだろう。だが、ごく一部の声でお前が平民と仲良くしすぎているのをよく思わないでいるのだ」

 

「仲良くし過ぎるって……ローランドたちの事? っていうかそんな事言うのは一人しかいないじゃないか」

 

 この手の話題でいい顔をしないのはボルミア男爵だろう。日頃から貴族と平民はどうこうと言っている。そして父や母も明言はしてこなかったがスタンスは同じだったはずだ。

 避難めいた視線になってしまったであろう、父の方へと視線を投げつけてみればため息を吐きながら続けてきた。

 

「私とてそうだ、だが今回のベヒーモス討伐の件で多少心象は変わったがな。

それでも多くの貴族はそうは思っておらん」

 

「変な理屈だよね……それで、そういった事を気にせずにするためには分かりやすい形にする必要があるって事?」

 

「そうだ。まぁそれだけでもないがな……これについてはおいおい分かる」

 

 結局、この言葉を締めにしてこの会話は終わることになった。

 

 私としては別にブランシュ家というものを継がなくても別にいいとも思う。ただそうなると私がラムサス家にいく形になるのだが。それ自体は構わないが、それは結果として何か変わるのだろうか?

 やはり色々と体裁というものがあるのだろうか。この家とて貴族の中でみればあまり強い立ち位置ではない。ならばこそそういった噂でも無いに越した事はないのだろう。なによりこの家はゴルターナ公の配下という扱いという点もあるのだろうし。

 貴族というものは何とも面倒なものだと改めて思わされた瞬間である。

 

 

 

 その後、屋敷で改めて私が次回の遠征に参加することを告げられた。母は事前に聞いていたらしく何も言っては来なかった。しかし、その表情からは内心を伺うことが出来なかったのが意外なところではあったが……。

 母は子供を可愛がるという点では私よりもエストにその関心が向いていると言える。私に対する感情は現在はその才能という点ではないだろうか?

 その答えを本人から聞くというのも中々にはばかられるものではあるので、聞くに聞けない内容ではあるが。

 

 さが、そんなブランシュ家とは別に私個人としてしっかりと伝えなければならない相手と言えばローランドとステラであろう。

 いつもの如く中庭に集まったところで話しを切り出していく。

 

「それでトリス様、改まってどうしたんですか?」

 

「またモンスター討伐とかか?」

 

「うん……えっと、次の遠征に僕も参加することになったんだ」

 

 既に決まったことであるので、自分に言い聞かせる意味も含めてはっきりと口に出してみた。改めて思うが結構非常識な事ではないだろうか?

 その考えは二人にも共通したらしく、言葉の意味を噛み砕くまでに多少の時間を要したようだ。

 

「遠征って! 戦争に行くってことかよ!」

「ちょっと待って下さいよ! なんでトリス様が行くなんて事になるんですか!?」

 

 その後もしばらく矢継ぎ早に質問……というよりも最早思うことをただただ口に出していく状況が続いた。それが10分も続いたところでやっと二人の息が切れてきたようだ。

 

「まぁ、僕自身も結構いきなりのことだからさ……戸惑ってはいるんだけど。

色々とあるみたいだよ」

 

 自分で言っていてなんだが、まるで人ごとのような気分だ。

 戦争に行けば戦う相手はモンスターではなく人。まだその意味を分かっていなかった事も多分にあるのだろう。

 

「でも……死んじゃうかもしれませんよ!?」

 

「そっか、そうだね……まだ全然実感が沸かないけど、その可能性もあるよね」

 

「じゃあ俺も行くぞ!」

 

 ローランドはもしかするとある種の英雄の素質というものがあるのかもしれないと最近思うようになった。

 以前の討伐時にも臆することなく戦いに望み、ベヒーモスにも同様に立ち向かっていた。子供だから、まだ恐怖を知らないからそんな発言が出来る。そう言われてしまえばそうなのかもしれない、だがそれでも彼は自分の父を亡くしているのだ。彼にとって死というものは身近に感じられるはずだ。

 今回もこの発言がすぐに出た事は、彼の勇気というものをよく表しているものだと私は思う。

 

「ダメだよ、ローランドまでついて来たら誰がフィーナスの町を守るんだ?」

 

 だから私はローランドが断りづらそうな言葉を選ぶことにした。

 平民だとか、子供だからだとか、そういった事ではない。私にはまだ彼らを巻き込むだけの覚悟が決まっていないだけなのだ。いや、もちろん前者の理由も十二分に成り立つのだが。

 

「うぅー、だけどよ……」

 

「それに、トリス様はともかくとして私達じゃ追い出されちゃうよ」

 

「だから二人はこれからもっと強くなってよ。そしていつか僕を支えて欲しいんだ」

 

「当然力になれるならなんでもします! でも……私達はその……平民ですけどいいんですか?」

 

 私の言葉に反応してきたのはステラのほうだった。ローランドの方を見ると口には出さなかったようだが、同じような感情を持っているらしい。

 二人がその事を懸念する理由は良くわかる。両親を始め、この屋敷に来るということはその問題に直接触れることになるという事だ。それでも二人を連れてくるのは私のわがままと言われるのかもしれない。

 ただ、うぬぼれでなければ二人は私を慕ってくれていると思うのだ。

 

「僕は……僕にはあまり関係ない事だよ。二人は大切な友人だし、仲間だと思ってる。

二人はそう思ってくれないかな?」

 

「そんな事ありません! 私はトリス様に救われましたし、こんなに良くしてもらってます。今私がここに居られるのもトリス様のおかげです……でも」

 

 その音場に続くのは周囲の事なのだろうか。彼女は年齢に合わず非常に賢いと言える。ならば今の状況で私に負担が掛かってしまうという所まで考えが及んでしまったのか。

 

「なら問題ないさ。周囲がそれで騒ぐなら何も言われないだけの実力をつければいい」

 

 そういった面では今回の参戦の意味はあるのだろうし、私自身が戦う理由にもなる。

 次いでまだ唸りながら考えているローランドの方に視線を向けると、今度は彼の気持ちを話してくれた。

 

「俺はさ、貴族ってのが嫌いだったんだ。でもトリスはなんか違うなって思う。

あー! もうよくわかんねーけど、とにかく俺も力になるよ!」

 

 とりあえず遠征の事は諦めたのか、まとまらない考えを吐き出してくれた。そんな彼の様子を見て大切な友人という存在を得られた喜びと、若干のいたずら心が芽生えてしまったのは仕方ないことだと思いたい。

 

「まぁ、ローランドはあの時の決闘で僕の子分になってるから今更だけどね」

 

「うぐっ!」

 

「えー! なんですかそれ? ちょっとローランド、教えてよ」

「ううううるさい! あの時は……だー! もう!」

 

「あははは! 思い出してみると懐かしいね。一言目はなんだっけ? 「お前貴族か?」だっけ」

 

 日頃から鍛錬と称してローランドとは1対1で模擬戦をすることになるが、あの時のように武器もなく殴り合うような事はない。ただ、本人はやっぱり未だに悔しいようだが。

 

「もういいだろ、あの時の話は!」

「えー、私も子分になりたい! トリス様、いいですか?」

 

「うーん、僕としてはあまりそういうのは気にした事ないんだけどね。

でも断る理由はないかな」

 

 と言うよりも日頃の会話や行動、立ち位置から既に3人の立場という物が出来上がっているような気もする。

 なのでステラの申し出を受けても何かが変わるという事はないのだが……それでもステラとしてはそういった繋がりというものが欲しいのであろうと考え、それを受け入れる事にした。

 

「でもよー、子分ってなんかさー弱っぽく感じるんだよな」

 

「あー、うんまぁ、なんかどこかの山賊みたいな感じなのは否めないけどね」

 

「あ、じゃあなんでしたっけ……騎士が主君に忠誠を誓うあの……」

 

 そう言ってステラが頭に手を当てながら考え始めた。言わんとしてることが判ったらしいローランドもそれに習い思い出そうとしている。

 主君に忠誠を尽くす これ自体はこの時代よくある事だ。

 直属の対象は王家であったり、公爵家であったりと多々あるが。騎士とはその俸禄や領地を預けられる……言ってしまえば給料を支払ってくれる相手に、代わりに忠義を尽くす。

 ただし、それを表す形というものは多岐に渡っている。というのは私の知識の中だけだ。現在二人が何を表そうとしているのかがイマイチ分からない。

 

「えーっと、託身とか? それとも忠誠の宣誓? 後は……」

 

「んーっと、ほら! 騎士になる時にするアレだよ! 剣で肩を叩くやつ」

 

「あー……騎士の叙任だっけ?」

 

「それだ! あれやろうぜ!」

 

 騎士の叙任とは騎士として認め、その職に就くことを認めるものであって忠誠を誓うのとは若干違うのでは? とか思ってしまったが、この場合はあまり関係ないのかもしれない。いや、もちろんその場でも忠誠を誓うものではあるが……。

 とは言え、こういったものに憧れるというのもあるのだろう。本来騎乗する馬、この世界でいうならチョコボが無いと騎士じゃ……などと野暮なツッコミを入れるつもりもない。形だけでも、私達の中での関係を深める行為と捉えるべきなのだ。

 

「わかったよ、剣はどうするの?」

 

「これでいいんじゃね?」

 

 そう言って私に渡して来たのはかつてローランドと決闘した時に渡した木剣だった。そういえば最近はあまりやっていないが、剣の修行をしていた時はローランドもこの木剣を使っていた。

 

「あー、いいなローランド。私にも貸してよ」

 

「へへーん、これは俺のだから嫌だよ。ステラは何か持ってくればいいだろ」

 

「はいはい、それじゃあステラには僕が使っていたのをあげるよ。ローランドと同じものだからこれでいいかな」

 

「ホントですか! えへへ、やった」

 

 この年の女の子が木剣を貰って喜ぶというのも非常に間違っている気がしないでもないのだが、ここはグッと我慢をする。ローランドはお前は剣使わないじゃないかとステラに突っ込んでいるが。

 私としても初めて買ったもらった木剣ではあるが、最近は剣以外に走っていることもあるので、ここは二人を公平にするために渡すのもまた思い出に残る使い方なのだろう。

 

「おーっし! それじゃあやろうぜ!」

 

 ローランドはそう言いながら片膝を地面につけ、そこで体が停止していた。

 

「……こっからどうするんだ?」

 

「うーん、僕もやった事ないからわからないけど……まぁいいんじゃないかな、僕たちのやり方と思ってやれば。じゃあ剣を渡してくれるかな」

 

 ローランドから木剣を受け取り、それを自分の目前へと掲げる。

 そしてその剣の腹の部分でローランドの肩をそっと叩く。

 

「ローランド……忠誠を誓い、僕の騎士になってくれるか?」

 

「ああ、まかせろ!」

 

「うん、頼むよ」

 

 そしてその剣をローランドへと返す。

 同じ動作をステラにも繰り返す。先ほど渡した剣を再び受け取り、同じように。

 

「ステラ、君も僕に忠誠を誓い、僕のための騎士になってくれるか?」

 

「はい、もちろんです!」

 

「……ありがとう」

 

 何とも不思議な気分だった。友人でありながら、今まで共に勉強してきた仲でありながら、これからも変わらない仲でありながら。

 ただ3人で共に進める気がしてきた。そしてこの私達だけの叙任式はきっと私自身も特別な意味を持っていたのだろう。

 

 本来の正しい形式ではないのかもしれない、行為自体には意味も無いのかもしれない。それでも、きっと私達にとっては大切な思い出になった出来事だった。

 

 

 

 それから3ヶ月の時が経ち、ついに私は父の遠征へと参加することになった。

 

 見送る側である母、グレアムさん、エニル先生、警備の人たち、使用人の人たち、そして町を出るところでローランドとステラをはじめとする多くの町の人たちに見送られる事になった。

 

 その光景は、誰よりも私自身が一番実感したと思う。

 

 見送る人たち全員の目に……いや、ローランドとステラの二人だけは違ったが、私が無事に帰って来れない可能性が十分にあるという事を分かっている目。

 その視線を受け、これから私が向かう先が戦争であろうという事を。改めて私に認識させるものであった。



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第10話

召喚士 ―SUMMONER―

精霊の最高階級である幻獣を呼び出せる戦士
精霊との特殊な契約『召喚魔法』を使う



 イヴァリースとは予想していたよりもずっと広い国だった。

 作中において隣接した場所に向かうのに消費する時間は1日だ。これはその距離というよりも定義付けされたものであるというのは薄々には感じていたことだったのだが、いざその距離を移動してみるとこうもゲームと現実というものに差が現れるものかと感じさせられた。

 勿論、作中における移動している人数は30人程だ。今現在のように数百人での移動とはその行軍速度は比べるべくもないのだろうが、それを差し引いてもだ。

 1日かかる距離もあれば実際にはもっと近いもの、近いというよりは整備された街道でかかる労力が短いもの、そもそも1日じゃ無理な距離も存在する。

 初めて町から離れて判ったことで、恐らくはこういった事は多々あるのだろうという思考を巡らせながらゼルテニア城へ向かうことになった。

 

 現在は既にゼルテニア城へ到着しており、私は鍛練場でダレンさんと剣の稽古をしている所だ。

 父は軍議に参加すると言い残し、既に数時間が過ぎている。当然私がその軍議の席に参加できるはずもなく、こうして時間を潰す事になっている。私がいかに魔法を扱えようと子供は子供だ、そんな重要な会議に参加しても発言権は無いしそもそも周囲の目も気になてしまうので別に構わないのだが……ただまぁ少し覗いてみたいとは思ってしまったが。

 

「ふむ、少し見ないうちに随分と腕を上げられましたなトリスタン様」

 

 そう言いながらも私の剣を綺麗に捌いているダレンさん、それでもその表情からは剣の鍛錬を始めた頃から見れば余裕は無くなっている。

 前回の討伐時に私のレベルも上がり、それに伴いさらに自分の動きが良くなってくるのが分かるのだ。別に筋力が上がってるわけでもないのでレベルという目に見える数字が上がったことによる意識効果という可能性もあるが、やはり僅かながらも効果はあるのだろう。

 

「でも、今回は剣を使う機会は無いんだよね?」

 

 体を捻り、さらに攻撃を加えていく。

 現在の私の体格での最適と思える動きは剣の重量を利用し、その遠心力を利用しての攻撃が主体だ。私からすると普通の剣でも大人にとっての大剣のような感じになるので、その動きを参考にしている。

 攻撃をつなげる為に体を回したり、重心をずらす為に体を入れ替えたりと動き回るせいで最初の頃は少し気持ち悪くなってしまうという事もあったが、慣れてしまえばどうという事は無かった。

 

「しかし、それでも最後に身を守る術は自身の体と技術です。

戦場で安全な場所などありません、例え後方に居ても敵が寄せてくることも多々あります」

 

「そうだよね……せめて一撃は防げるようにならないとね」

 

「とは言え、トリスタン様の技術は相当なものです。それに、今回は私が護衛に付きますのでご安心ください」

 

 注意を促すには危険性を訴える事が効果的だ、しかし逆にその危険性に萎縮してしまってはそれはそれで危ない。そう思ってのフォローも入っているのだろう。父の副官として幾度も戦争に参加しているダレンさんだ、そういった所謂新兵の気持ちというものも理解できているのが今の私にはありがたく感じられる。

 

 

 剣の鍛錬が一息ついたところでダレンさんが手ぬぐいをこちらへと渡してきた。

 

「水桶を持ってきます、それまで剣のメンテナンスをしていて下さい」

 

 落ちてくる汗を拭いながら、言われたとおりにメンテナンスを始める。

 このメンテナンス、何を隠そうアビリティのメンテナンスだ。当初剣のメンテナンスを教わった時に何故かやり方が分かったのだ、このアビリティは装備破壊を防ぐものだったはずなのだが、どうやら文字通りの意味だったらしい。一度ダレンさんに聞いてみたが、しっかりとメンテナンスしておけば戦場で装備が壊れることは中々無いそうだ。それでも戦闘で壊されることもあるらしいが……。

 

 とは言え、このメンテナンスという作業は中々に面白いものだ。元々黙々と作業をするのが好きなたちというのもあるので、長時間でも苦にならなかったりする。

 

 

 ダレンさんを待ち、剣の手入れをする事数分……後ろの方から複数の足音が聞こえてきた。

 

「おいおい、こんなところで子供がなに遊んでるんだ?」

 

「ここは鍛練場だ、子供の遊び場と勘違いしてるのか」

 

「はっ、最近の子供ってのは剣が玩具変わりなのか? なんだったら俺たちが教えてやろうか?」

 

 さて、ここまで見事な三下のような台詞を聞けるとは思わなかった。思い返してみれば前世を含めて人に絡まれるという経験が殆ど無いのだ。

 男達は8人、先頭に立っているリーダー格は兜こそ着けていないものの、重装の鎧を身につけており、赤を基調とした黒獅子の紋章の入ったマントを身につけている。

 この黒獅子とはイヴァリースの国旗でもある二頭の有翼の獅子の片割れである。南天騎士団、そしてこのゼルテニア領でありゴルターナ家を表す紋章だ。

 そしてその格好をしているという事はこの男は最低でも騎士なのだろう……非常に分かりづらいので爵位を表す時や特別な用法の時は騎士、ジョブはナイトと区別しておこう。

 

 それはさておいて、私に一体何の用なのだろうか? まぁこのような場所に子供が一人で居れば叱られるというのも理解出来るのだが。

 

「ブランシュ子爵の息子、トリスタンと言います。今は父の副官のダレンから剣の手ほどきを受けていたところです」

 

「ブランシュ子爵の?」

 

「よくわからないな、上の人たちも……わざわざ戦争の時に自分の子供を連れてくるのか?」

 

「まさか、こんな子供を戦争に参加させようってのか?」

 

「ははは! それはないだろ、この体じゃ剣もまともに振れやしないだろ」

 

 とりあえず名乗ってみたところ、まずは私の身分というものは証明できたようだ。

 しかし、それでも絡まれ続けるのが億劫だ。そして私も戦争に参加するんです なんて言ったらさらに悪化しそうだ。ここは黙って成り行きを見守るのが吉なのだろうか?

 

「なあ、俺が剣の稽古をつけてやろうか?」

 

「おいおい、やめとけよ。あのおっさんにどやされるぞ?」

 

「何言ってるんだ、俺は親切心からだぜ?」

 

 相手側は仲間内で盛り上がり始めている、私を肴にだが。というか早くダレンさん戻ってこないかな……あの暑苦しい顔が今はむしろ必要になるのだから不思議なものだ。

 

 男たちが大人気なくはしゃいでいると、さらに別の複数の足音が聞こえてきた。

 私がそちらに気づくと、それに釣られて男たちも同じ方に視線を向けた。

 

 視線を向けると父を含めた8人程の大人たちだ。その先頭には赤を基調とした服に黒獅子の紋章の入った豪華なマント、そして射抜くような鋭い眼光を持つ男性。その体は引き締まっており、腰に携えた剣が飾りでない事を示すように威風堂々とした佇まいだ。

 私のイメージしていた人物とは明らかに異なっていたが、この人物こそがゴルターナ公……現ゼルテニア領主のダクスマルダ・ゴルターナ公爵なのだろう。身長はそれほど高くないにも関わらず、周囲の人間達と一線を画す程大きく感じられる存在感だ。

 

 その一団が来たことによって先程まで私に絡んでいた兵達は慌てて片膝を着き、頭を下げた。私もそれに習うように同じ姿勢を取ろうとしたが、片手で制されてしまった。

 

「この子供がお主の倅か? ブランシュよ」

 

「はい、私の自慢の息子です」

 

 周囲の一団がこちらに視線を集めてくる。正面に立つゴルターナ公に目が行きがちだったが、改めてそのメンバーを見てみる。

 左側に立っているのが父、その右側にはゴルターナ公程の威容は感じないが、尋常ではない力が感じられる。静かに目を閉じているが、その髪はオールバックに纏められているがやや逆立ち気味であり、服装はグレバドス信者が好んで着る神官用のローブを纏っている。恐らくこの人物があの雷神シドその人なのだろう。

 それ以外の実力者と言えば一番右端でこちらを値踏みするように片目を閉じながらにやついている金髪の男性だろうか? 一団の中で一番身長が高く、レイピアを腰に指している。装備は装飾のついた青い軽鎧を装備しているが、若干着崩しているため軽い印象を受ける。

 その他には落ち着いた様子で周囲を見渡す司教が意外にも鋭い視線を放っていた。

 後は父と似たような……よく言えば貴族のような、悪く言っても貴族のような何とも言えない面子である。

 

「イルヴァーナ・ブランシュの息子、トリスタンです」

 

 一団の視線を受け止め、こちらも相手を眺めてしまったが立場的には私のほうが挨拶をしなければならないのを思いだし、一礼をしながら自己紹介をした。

 その言葉にいち早く反応したのが先ほどからニヤついている男性だった。

 

「それで坊主、こっちの値踏みは終わったかい?」

 

「やめんか、リシューナ」

 

「いえいえ、別に脅してる訳じゃないですよ。ただ、先ほどの話だと魔道師と聞いていたんですが……なかなかどうして、剣の腕の方もね」

 

 不躾にこちらに話しを振ってきた事で思わず何も返すことが出来なかった。

 確かに相手側を見渡したのは事実だが、それをいざ言い当てられた事で一瞬だが心臓を掴まれたような感覚がした。というか子供相手にそんな事をいうものだろうか……と思ってしまったほどである。

 そこまで思って冷静に考えてみると、別に私も普通の子供ではなかったと思い至った。普通の子供は先ほど言われた通りに値踏みするような視線は送らないか。

 

「もちろんだリシューナ子爵……トリスは剣の腕も相当だ、すでにダレンにも勝つことがある位だからな」

 

「ほう! それは凄いですな。どうだ坊主、私と一戦交えてみないか?」

 

「え? あ、いえ……僕もまだ未熟な身ですので……」

 

「親の前で子に喧嘩をふっかけるな……さてトリスよ、こちらの方がゴルターナ公……ダクスマルダ・ゴルターナ公爵だ」

 

 父が紹介をしてくれた事でやっと普通の空気に戻ったようだ。

 そのまま短めな紹介が続いていった、予想した通り右側に立っているのはかの雷神、シドルファス・オルランドゥ伯爵だった。

 そしてリシューナ子爵と呼ばれた男の名前はダルガ・リシューナ。それ以外にはグルワンヌ大臣を始め、ボルミナ男爵、グリムス男爵、そしてエーリッヒ司教だ。

 

 このメンバーが現状のゴルターナ公の側近組であり、現状の南天騎士団の中枢と言えるのだろう。なぜそのような面子が揃って私の所にわざわざ来たのかは多少疑問に残るところだが、話しを聞いていると随分と父が私の事を紹介したがっていたようだ。

 そして私がベヒーモスを討伐したこも少しの噂となっていたようで、実際に見に来たというところらしい。

 

 父が一通りの紹介をし、話が一区切りついたところで再びリシューナ子爵から話の蒸し返しが来てしまった。

 

「それで、そこの子供……トリスタンと言ったかな? が、次の戦争に参加するというのなら多少なりとも実力の程を知りたいのですよ。

戦場では私たちは戦うのであり、子守をするわけではありませんからな」

 

「む……それはそうだが」

 

 言葉に詰まってる父の思うところもわかる、言っている事が最もなことなのだから。

 そもそも私のような子供が戦争に参加する事は基本的には有り得ないのだ、ダレンさんも言っていたようにいつ何が起こるか分からない戦場で、わざわざ足でまといになる可能性の高い子供を連れて行く冒険は犯したくないのだろう。

 

 私としては出来れば戦争などには一生参加したくない、とは言え立場上そうも言っていられないのだ。だがもっと先でもいいではないと言う思いは多々あるのだ。

 そうした心をある種代弁してくれるリシューナ子爵を、思わず心の中で応援してしまった私は悪くはあるまい。

 

「確かにリシューナの言う事も最もだな……どうだブランシュよ、少し実力を見てみたいのだが」

 

「……閣下がそう仰られるのなら」

 

 私の意思は関係ないのだろうか? いや、正しく関係ないのだろうが……。そもそも私の意思だったなら戦争などには参加しないだろうし。

 

「ふむ、でしたら……まぁ私が相手をするのも大人気ないというもの、おいそこのお前」

 

「はっ!」

 

「先ほど絡んでいたな……折角だ、一戦相手をしてやれ」

 

「は……はぁ、それは構いませんが……その」

 

「ああ、手加減などしなくていいぞ、でないと意味がないからな」

 

「そういう事でしたら」

 

 お手柔らかにお願いしたい……切にお願いしたい所なのだが、この感じを見ると諦めるしかないのか。相手は最初に私に絡んできた一団のリーダー格の男だ。

 身なりからしてジョブもナイトなのだろうと思うのだが、考えてみれば私は対人経験もそれほど無いのだ。ダレンさんとローランド、そしてステラとの鍛錬くらいなものだ。

 そう考えればこの手合わせはいい収穫になるのかもしれない、兵士の強さというもののある程度の基準になると思えば、この一戦も意味のあるものになるだろう。

 

 手入れをした剣をとり、ある程度の距離をとり改めて構える。相手もこちらを見て同じように構えてくる。

 向き合った感じから察するに、それ程の実力ではないのでは? と感じてしまったが、油断は禁物である。頭の中でジョブをナイトに切り替えておく。アビリティ以外にあまり意味の無い行動なのかもしれないが、それでも気分はナイトレベル8なのだ。なんだかやれそうな気がしてくる。

 

「それじゃあ行くぞ坊主……俺を恨むなよ!」

 

 なんともヤラレ役な台詞を吐き出しながら男がこちらへと駆け出してきた。そしてそのまま最上段から剣を振り下ろしてくる。

 ダレンさんに比べれば多少は素早く感じられるが、それでも普段の鍛錬通りの対応で問題ないだろう。体を半身にずらし、相手の剣の腹へと添えて軌道をそらす。直線的な動きでかつ重力に従った動きならばこうして剣筋をずらすことは容易なものだ。

 初撃を外された事によって、相手の表情に驚きが現れている。別に本当の実戦ではないが、そうした内面は隠しておくものではないだろうか? ともかく多少の隙をわざわざ作ってくれたのだから、それに呼応してこちらが仕掛けていく。

 

「んなっ!」

 

 胴へ向けて剣をピタリと寸止めしていく、相手の剣は振り下ろされた状態、私の剣先は相手の腹部の直前。目に見える勝利の形であろう。

 

「えーっと、僕の勝ちでいいですよね?」

 

「……参った、俺の負けだ」

 

 意外にも素直に引いてくれたようだ、まあ周りには偉い人たちが沢山いるのだ、仮にも騎士が見苦しい真似をするわけにもいかないのだろう。

 私の勝利に満面の笑みを浮かべているのは勿論父だ。ゴルターナ公に息子自慢を始め、リシューナ子爵に対して勝ち誇ったように話しかけている。

 

「うむ、見事な剣捌きだった。ブランシュから息子を参戦させると言われたときはどうかと思ったが、なるほど……自慢するだけはあるな」

 

 私に賛辞の言葉を送ってくれたのはゴルターナ公だった。

 

「そうだ、今の勝利に何か褒美を与えよう……何か欲しいものはあるか?」

 

 咄嗟にいえ、大体揃ってますので……と言ってしまいそうになった。最近どうにも自重が効かなくなりそうで怖い。とは言え実際に欲しいものは無いのだが……出来るなら屋敷に帰りたいと言いたいが、流石にそれを言ったら怒られるだろう。

 ならばと思い、提案をしてみる。

 

「それでしたら……そちらのオルランドゥ伯と戦ってみたいのですが……」

 

「はっはっは! あの雷神シドとか! いいだろう、どうだ? オルランドゥよ」

 

「はい、私は構いませんが……しかし、子供と戦った事などないのですが」

 

「なに、先ほどの様子を見るなら問題なかろう」

 

 どうやら応じてくれるようだ。

 なぜこんな提案をしたか? それは所謂憧れという感情なのかもしれない。

 作中に置いて最強といわれたキャラ、それが現実にこうして目の前に居るのだ。この国だけに問わず、周辺国からみても恐らくは最強クラスであろう剣士。自分の身の安全が保証されているならば戦ってみたいと思ってしまうだろう。

 

 そして先ほどの男と代わり、私の前に模造刀を構えてきた。

 剣を構える ただそれだけの動作でわかる戦力差。

 昔、高校生だった頃に柔道の授業でその担当の先生と最後の授業で戦う機会があった。その時に味わった……いや、それ以上の感想。

 

 勝利のイメージが全く沸かないどころか、ただ負けるという結果しか分からない状態になるのだ。

 まるで巨大な猛禽類を前にしているような錯覚を受ける。これならば……これならばベヒーモスを再び相手取ったほうがマシではと思ってしまう位に。

 

「では、かかってくるといい」

 

 灰色の髪を僅かに揺らしながら、ほぼ自然体のままの構えで言ってきた。

 どう切り込んでも防がれる、もしくは剣先が到達する前にやられるというイメージしか出てこないのだが、こんな機会はそうそうないだろうと腹をくくり、一気に切り込んでいく。

 

 先ほどとは代わり、私が切り込んでいく側だ。手前まで進んだところで体を回転させ、遠心力を利用した剣戟を打ち込んでいく。 が、当然簡単に、それも片手で止められてしまう。幾度打ち込もうとも結果は変わらない。

 

「くっ……この!」

 

「いい太刀筋だ、軽いのは仕方ないとしてもよく考えている。

だが、その状態での受けはどうだ?」

 

 不意に反撃を返された。この回転を主軸においた攻撃は躱された時に隙が大きくなってしまうのが難点なのだ。だがここは逆に体の小ささを最大限に利用する。

 袈裟斬りに対し、体を地面すれすれまで低くし、その剣先をくぐり抜けていく。勢い余ってそのままよこに転がるが、同時にそれで距離を稼ぐ。

 冷や汗が出てくるが、躱しきれたようだ……幾分か手を抜かれてはいるが。

 上がっている息を整える為に、呼吸を大きくとっていく。時間にすれば1分にも満たないはずなのに随分と体力を消耗したようだ。

 

「さて、今日のところはこのくらいでいいだろう。

明日には出陣する、これ以上は疲れを残す」

 

 そう言って剣を近くの兵士へと渡していた、今更ながらに気づいたが、左手に持っていた……何とも悔しいと思う反面、どんだけだよという驚きも強かった。

 

 結局この日はこれで解散となり、明日への準備になった。

 

 リシューナ子爵などは後で自分も稽古をつけてやる! と豪語しているのだが、あの手の人は絶対に加減をしないだろう、なので丁重にお断りの言葉をいれさせてもらった。恐らくそれでも付き合わされることになるのだろうが。

 

 そして翌日、私はついに戦争に参加する事になった。

 




次回戦争回

なお、作中での爵位持ちの相手の呼び方は本来の呼び方の作法とは違っていますが
今後もこのような感じで進めていきますので、ご了承下さい。


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第11話

 戦争とは政治手段の一つである。

 

 では政治の目的とはなにか? 手段と言うものはその目的があってこそ初めて成り立つものである。

 この質問には多くの回答が存在するのだろう。それこそ人の数ほどに。

 

 人々が平和に暮らせるように、国家繁栄のために、国が飢えないように、より富を得られるように。

 その目的とはその国がその国にとっての利益になる事をする。ここに答えが至るのではないかと考える。

 

 では戦争とは国にとっての利益になり得るという事なのか? 答えはイエスであり、ノーでもある。勝つか負けるか、当初の予定通りか否か、範疇の被害かそうでないか。しかし共通するのは結果としてだ。

 

 では戦争というものを良しとするのか? 政治としてみればそれは正しいのだ、戦わなければならない時もあれば、戦うことによって得られるものもあるし、守れないものもある。

 

 だが実際に戦争に参加するもの、そして参加させられる者たちにとってはどうか?

 戦いによって国が富むと考えているのか? だから戦えると考えているのか? だから人を殺せるというのか? だから死ねるというのか?

 私には分からない。いや、分からなくなったというべきか。今目の前に広がる光景とは今まで私が人生で学んだ事を否定するよう現実を突きつけてくる。

 

 

 人の命とはかくも軽いものなのか……いや、その認識すら甘いのかもしれない。

 

 

 

 

 ゼルテニア城にてゴルターナ公を始めとする南天騎士団の幹部組と会った翌日、私は父、そしてリシューナ子爵と共に出陣を果たしていた。

 

 現在の戦争の流れは数十万の軍同士がぶつかり合う戦いは少ない。そういった大会戦に発展するまでに砦を奪いあったりする小競り合いが続いくのだ。

 南天騎士団の兵数は10万以上にものぼる。だが、それだけの兵士が一度に入れる場所などそうそう存在しないのが現実だ。

 ゼルテニア城を代表とする各領地の本城、ベスラ要塞などの要塞規模の拠点、その位だろうか。このうち元々の常備軍は1万程度、それ以外では平時では農作業やその他の業務に就く人間が2万程、そして残りの7万は傭兵や農民など兵士階級ではない者たちだ。

 つまり砦や小城などはそれだけの兵員を納めるような設計はされていないのだ。

 しかし、そういった拠点は兵站として扱われ、補給物資の集積や後方支援等に活躍することになる。

 

 つまり、来る大会戦の時にどれだけ有利な場所の拠点を落としていくかが重要になってくるのだ。

 

 今回の戦闘ではオルランドゥ伯率いる3万を主力とし、ゼラモニア大平原へと進出。私の参加するリシューナ子爵を隊長とする別動隊は4千の兵を率いてザーゲイト砦を攻撃することになった。

 この砦の予想兵数は千名程、砦と言うよりは小規模な城とも言えるレベルではあるが、正面の門は固く閉ざされ、両脇に弓塔が備えられている。

 地図上の位置で言えば、ゼラモニアの中心部にある大平原から北側に位置する場所にある。重要度でいえばさして高くは無いが、ここを抑えられれば現在鴎国側の重要拠点であるナルビナ城塞へ一歩近づくことが出来るようになるのだ。

 

 

 

 砦よりやや離れた位置、本陣に私は居る。現在何をしているかと言われれば延々と支援魔法を使っているところだ。

 プロテジャとヘイスジャを使い補助をかけて行く、1部隊にかけ終わったら次の部隊にという感じだ。私の隣にはアイテム士が居り、時折エーテル使用と休憩を挟みながら作業を続けている。

 既に砦攻めを開始して2時間を経過している。主だった部隊への補助は終了しており、多少の余裕が出来始めた頃だ。

 

 城攻めのセオリーとして守兵の3倍の兵力を用意するべきと言われている。いや、もっと言えば城攻め等するべきではないとさえ言われているが……。

 この時代、この世界においての攻城戦も元の世界のそれとあまり変わりはない、ただそこに色々とファンタジーな光景が見えるだけだ。

 

 寄せ手が壁へ近づいたときに矢と魔法が飛んでくるのだ。炎に雷、それに氷と……その魔法によってできた3色の光りを思わず幻想的と思えてしまったが、それは矢と同じく、いやそれ以上に人の命を奪う光であった。

 しかし魔法は魔法、使うには魔力を消費するのだ。故に初手に撃たれてからは要所で撃たれるだけで、やはり最も多い攻撃手段は弓矢なのだろう。

 

 こちらは梯子で城壁を攻めたり、矢で応戦したり、破城槌をもって正門を破壊しようと試みている。

 多少の距離と兵が殺到している事から詳しくは見えないが、それでも兵が城壁登ろうとし、それを防ごうと守兵との戦い……人が落ちていく様が伺える。

 

「これが……戦場です」

 

 その光景に目を向けていると後ろから声をかけられた。相手はダレンさん。

 そうして初めて自分の手が震えていることに気がついた。

 

「皆が戦っています、国のために……あるいは故郷のために」

 

「僕には分からない……国や故郷が大事なら戦わなければいいだろうに」

 

 その言葉にダレンさんは答えてはくれなかった。ただゆっくりと目を閉じ、何かを噛み締めるように押し黙っている。

 私にとって戦争とは遠い世界の話だった。テレビの向こうの話。決して歩いてたどり着ける場所ではない、遠い過去か遠い国の話だ。いや、今でもここからあの場所まで目に見えない壁があるとさえ思っていた。

 

 

 日が傾き始め、1日目の攻めが中止されることになる。合図である鐘を鳴らし、部隊が後退していく。

 私は今の役割を考えると戻ってきた人たちを回復していくべきか、そう考え移動しようとした所、今度は父から呼び出しがあった。話の内容はタイミングを考えれば予想出来る。そしてその予想は残念ながら当たっていた。

 

「明日の砦攻めに参加してもらいたい」

 

 リシューナ子爵を始め、ダレンさんやその他数名の士官らしい人たちが集まる部屋で、父はそう口にした。

 本来の予定では私は今回の戦いでは直接的な参戦はする予定では無かったらしい。しかし、斥候からここより北の拠点から援軍が出た可能性が高いそうなのだ。数はそれほど多くはないらしいが、それでも砦と外からの挟撃は避けたいのは当然の事だ。

 リシューナ子爵を始め、数名はあまりいい表情をしてはいない。だが、ここに私が来るまでに結論は出ているのだろう、ここで私を交えて参戦の是非を論じるつもりはないらしい。

 

「部隊はダレンが率いる、お前の身も守ってくれよう……やれるか?」

 

「はい……大丈夫です、多分」

 

「そうか、なら今日はもう休んでおけ。それと、無理はするな」

 

 戦争に参加させておいて無理をするなとはどういう思考なのか、一瞬問いたくもなってしまった。だが、それも父としての優しさなのかもしれないと無理やりに結論をつけて私は休むことにした。

 

 

 

 緊張と不安、様々な感情が整理できずに中々寝付けずに居た。用意された簡易的な天幕から抜け出し、夜風に当たる事にした。陣地内では所々に篝火が用意され、思いのほか明るい状態を保っていた。流石に陣を抜け出すことは出来ないため、あまり人目につかないようにゆっくりと歩いていく。

 そこで視界に入ってきたのはこちらに向かってくる男性、目立つ長身と金髪からその人がリシューナ子爵である事はわかった。

 

「なんだ、まだ起きてたのか?」

 

「ええ、ちょっと寝付けなくって」

 

「……そうか。だが無理にでも寝ておけよ、寝付けないにせよ目を閉じて横になってるだけでもいい。そうでないと明日持たんぞ?」

 

「そうですね……もう少ししたら休みます」

 

 短い会話を済まし、私はその場を離れようとした。子爵の横を通り過ぎ、少し進んだところでどこに向かって放った言葉か、独り言のような声が漏れてきた。

 

「すまないな……本当はお前のような子供が戦場に出る必要なんてないんだ。そういうのは私達大人の役目だ」

 

「それでも、僕も貴族として生まれてしまいましたから」

 

 人は生まれを選ぶことは出来ない。しかし、そこには生まれながらに受け入れなければならない事もあるのだ。この時代はそれが特に顕著ともいえるかもしれない。私が生まれをどう思おうとも、周囲はそれを突きつけてくるのだ。ならばそれを変えられるまでは私は今ある現実に向き合う事も必要なのだろう。

 

「生まれてしまったか……全く、難儀な話だな」

 

「そうですね、同感です」

 

 リシューナ子爵そこでやっと初めて会った時、若干軽く見えるような表情に戻っていた。そして最後に一言……。

 

「トリスタン! ……死ぬなよ」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 ――翌日になり、再び砦攻めが開始される事になった。私は第2陣にて攻撃に参加、魔法で壁上に居る弓兵や魔道師を狙う事になった。

 

 第1陣は昨日と同じように既に攻撃を開始している。私の身長ではその様子を伺う事は出来ないが、砦からは怒号が響いている。

 視線を上げて僅かに見える視界には弓塔が見える。数十人程だろうか? 門に殺到しているであろうこちら側に、まるで雨のように矢を放っている。そしてその中に私も進むのだと思うと心が恐怖染まってくる。手にした杖を握り締め、目を閉じて集中をしていく。

 

 そして指揮を執っているダレンさんからついに攻撃の指示が出された。

 

「さあトリスタン様、行きましょう……決して私や近くの兵たちから離れないで下さい。それと魔法の射程ぎりぎりまで離れていて下さい、不用意に壁に近づけば狙い打たれます」

 

「うん、守備は任せるよ」

 

 繰り返すことになるかもしれないが、戦場に置いて魔道師とは優先的に狙われる職業だ。黒魔法を始めとする攻撃魔法は防御側からすれば非常に脅威であるし、白魔法などの補助もそれを潰せば相手側の戦力アップを根本から潰すことが出来る。当然それはこちらも同じことがいる。相手の魔道師は優先的に排除する。そうでなければ被害は広がる一方なのだから。

 そのため私の側には10人以上の重装兵が固めている。それは父の配慮かそれは分からない、だがそれでも今の私には僅かでも周りの力が必要なのだ、この配置には感謝するべきだろう。

 

 そしてついにダレンさんが号令をかけ、私達は攻撃に参加をした。

 

「よし、第2陣続け!」

 

 その一言で雄叫びを上げながら進行をしていく。私は周囲を固める兵たちの速度に合わせて隊の後方から進んでいく。

 

 砦へと近づくにつれてその姿が見えてくる。そして再び塔の方を見たときに僅かな違和感を感じた。

 一心にこちらへと射撃している兵の中に、砦の内部に合図を送っている男が見える。私達が来た事を知らせる事なのか? だがその視線は私達のほうとは別方向……西側に向かれている。

 そちらには小さな丘を挟んで森があるだけだ、畏国の兵は配置されていない。

 そして、砦の中から煙が上がり始めた。

 

「もう砦を落とした……?」

 

「いえ、まだ門も破っておりません……何かの合図でしょうか?」

 

 私の護衛をしてくれている重装兵の一人がそう返してくれた。

 合図……そして不自然な方向を向いている塔の兵……もうこれだけで嫌な予感がしてくる。急いでそれをダレンさんに伝えに行く前に戦況は動き出してしまった。

 

「西側より敵兵!」「なんでだ!? 一体どこから来たんだ!」

 

「砦より敵兵が打って出てきたぞ!」「くそ! 前の奴らが邪魔だぞっ!」

 

「何をしている! 落ち着け! 第一陣の後退を援護しろ!」

 

 攻撃の第2陣に合わせての砦からの攻撃、そして別方向からの攻撃。

 盤上で見るならば単純な作戦なのだろう。しかし現実はそうではない、そういった事態に対して適切な行動を取れるだけの教育を受けたもの、そして判断出来るだけの経験を積んだものだけではない。ならばどうなるか? 動揺と混乱は広がり、それは致命的な隙となって私達に襲いかかることになった。

 

「いかん! トリスタン様、後退を! 何をしている、外に出てきたなら条件は同じだ! 直ぐに反撃にかかれ!」

 

 ダレンさんの叫びが周囲の声でかき消されそうになりながら届いてくる。

 既に私たちは砦に十分以上に近づきすぎた、そして狙われるのは……。

 

「いたぞ! 魔道師隊を潰せ! 残りは弓兵を中心に散らしていけ!」

 

 私のいる方には所属する黒魔道士が集まっている。数は50程だが、それでもこの場で言えば倒すべき集団に当たるだろう。

 当然それを守る兵は付けられている……しかし、今回はタイミングが非常に悪かった。野戦であれば平面からの攻撃に対してもっと兵を厚く出来ただろう。しかし今回は砦攻めが主体だったのだ、ならば来る攻撃は上からが主となる。各員の間に弓を防ぐ盾を構えた歩兵が配置されている状態なのだ。

 

 鎧をつけたチョコボに乗る……この世界においての騎兵が突撃を仕掛けてきた。数がどれほどかは分からない、だがそれでもその質量は私の周囲に居た重装兵だけで止められるものでは無い。

 一人ははじかれ、一人は槍を突きつけられ、一人は剣で首を撥ねられ……私の視界は一瞬にして地獄のような光景へと変わり果てた。

 

「敵の歩兵を抑えろ! 急いでここを潰すぞ!」

 

 敵の指揮官はしきり叫びながら指示を飛ばしている。

 私の居た場所を突破した騎兵はさらに後ろに居た魔道師隊へと攻撃を仕掛けて言っている。応戦も始まっているが、そもそも魔法とは詠唱に多少なりとも時間がかかる。ここまで接近されてしまえばもはや無力化されたようなものだ。

 護衛役の兵たちはとにかく後退しろと叫び、それをさせまいと突撃をしてくる。

 

「早く後退を――!」

 

 残った護衛の兵が私を掴み立ち上がらせようとした。

 

 しかし次の瞬間にはその胸から剣が生えるように貫かれていた。

 

「あ――あぁ……」

 

 吹き出した血液が私に降り注いでくる……視界は赤く染まり、目の前にいた人は人だったものに変わり果てていく。

 腰が抜け、地面に座り込んでしまう。その衝撃で失禁をしてしまったが、最早それを気にする意味はないのだろう……次に視界に入ってくるのは、今目の前の兵を殺した人間。

 

「子供だと!? なんでこんなところに……

だが……悪く思うな」

 

 剣を上段に構え、それが振り下ろされていく

 

 ただゆっくりとその瞬間が過ぎていく

 

 避ける? 防ぐ? 逃げる? 

 

 どれも私には選ぶことが出来ない

 

 しかし、事ここに至って私は理解した

 

 死とは平等なのだ、今この瞬間に命の重さなど等しく無いのだ

 

 ああ、良かったのかもしれない。彼らがこの思いをさせなくて

 

 願わくば……これからもそうであって欲しい

 

「何をしてやがる!」

 

「なにっ――があ!?」

 

 私を殺そうとしていた兵は、また別の兵に殺された。

 その兵はこちらえと近づいてきた、兜を脱ぎ捨て、私を掴みあげて強引に立たせて来た。その顔は……ゼルテニア城で見た顔だった。

 

「お前はあの時のガキ……何してやがる、早く後退するぞ!」

 

「……あ、うぅおぇ」

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 胃の中にあるものぶちまけ、涙が溢れてくる。

 吐しゃ物特有の臭が立ち込めてくる、だが……それが何程マシなことか。

 血と鉄の打ち合う臭いに比べればどれだけ人間的な臭いか……。

 

 ああ、当然の事ながら今わかった……私は死にたくない。

 ならばどうする? 決まっている、私を殺そうとするならば等しく殺してしまおう。

 今この瞬間に命の重さがないのなら……何を思う必要がある。

 

「おい! とにかく下がるぞ、歩けるか!? くそったれ、急げまた騎兵が来るぞ!」

 

「ああ……わかったよ。あいつらが僕を殺そうとするんだ……」

 

 魔法を行うことなど幾度も行った。

 何も変わらない、ケアルを自分に使うのと、ベヒモスにフレアを撃つのも、人間に攻撃魔法を使うのも、何一つ変わらない行為だ。

 

「おい……何言ってるんだ」

 

「虚空の風よ、非情の手をもって 人の業を裁かん  ブリザラ」

 

 巨大な氷塊が空中に現れ、先ほど私たちを超えて後方へ向かった敵へと飛び進んでいく。

 その氷塊にぶつかり、10程の騎兵が落下、もしくは倒れていった。

 

 そうだ、なんていうことはないのだ。全て同じ条件なのだ。

 

「くっ! あの魔道師を殺せ!」

 

 皆等しく死ぬのだ、私も彼らも。

 

「地に閉ざされし、内臓にたぎる火よ 人の罪を問え  ファイジャ」

 

 爆音と共に、巨大な炎弾が敵に降り注ぎ燃え盛っていく。

 人の肉が焼け焦げる臭いが鼻についてくる、だが今何を思う意味がある。

 

 歩みを砦へと向ける、敵騎兵の一部が砦内へと後退していく様子が見える。

 だが、安全な場所など無いのだ。

 

 新たに魔法を唱えようとしたところで、再び嘔吐をしてしまう。体にあるのは酷い疲労感、魔力切れだろうか?

 

「おい! もう無理だ、下がるぞ!」

 

「……エーテルを」

 

「は? おい、何言って……もうやめとけ!」

 

「うるさい! あいつらが僕を殺そうとするんだ! だったら……だったら殺される前に殺さなきゃならないだろ!」

 

 自分でも驚く程の大声が出た気がする。目の前の男は目を丸くしている。

 驚いた様子であったが、男はハッと気づき叫んできた。

 

「やばい! おい逃げろ!」

 

「何を――え?」

 

 左肩に衝撃がはしった。見ると不自然なオブジェクトのように矢が突き刺さっている。

 鉄という異物が入り込んだためか、体から熱が奪われていく感覚がする。そしてそれを強引に引き抜くと今度は焼けるように熱く感じられる。

 だが構うものか。これも当然なのだ、私もまた命に重さなどないのだから。

 

「おい……お前……」

 

「持ってるエーテル全部寄越せ」

 

 やっと男はそれに従ってくれた。持っている数は一つだったが、それを奪うように飲み干す。

 僅かながらに体に魔力が戻ってくる。ああ、そうだ、私もエーテルなど沢山持っていたのだ。

 

 人ごとにように考えながら、次はこちらへと弓を放ってくる壁へと視線を向ける。

 煩わしい。本当に煩わしい。

 

「大気に潜む無尽の水、光を天に還し 形なす静寂を現せ  ブリザジャ」

 

 先ほど出した氷塊よりもさらに巨大な塊、それが複数個現れ……壁にいる弓兵たちへと落ちていく。

 壁の一部を崩しながらその姿が見えなくなっていく。

 

「あ……あはは、そうだ、全部壊せばいいんだ」

 

「おい、何言ってるんだ……おい!」

 

 ハイエーテルを取出し、それを飲み干していく。次いでアビリティを変更、時魔法に。

 次の狙いを定めようという時に、次は私の体が吹き飛ばされた。

 自分の左半身が焼け焦げている……ああそうだ、相手にも黒魔道士がいるならば当然と言える。

 だが、私はまだ動ける。立ち上がれるのだ、ならば戦いは終わっていない。

 

 今まで以上に魔力を練り上げていく。徹底的に潰せばいいのだ、全て、全て、全て!

 

「時は来た。許されざる者達の頭上に 星砕け降り注げ――」

 

 いくつもの矢の雨が降り注いでくる、足に、腕に刺さっていく。だが、私の魔法は完成されたのだ。

 

「――メテオ!」

 

 虚空より隕石が落ちていく。塔を 門を 壁を 敵を 人を壊し、殺しながら。

 

 笑い声が聞こえてくる、こんな時に笑うのは誰なのか? それが自分から発せられている事にも気付けず、私は後ろから殴られる感触で意識を絶たれた。

 

 最後に視界に入ったのは、悲しそうな表情をするダレンさんだった。



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第12話

 赤い世界が広がっている。

 目の前には息絶えた兵士、足元には血だまり、崩れ落ちる城壁、絶命の間際に聞こえる叫び声。

 

 私はこんな光景は見たくない、こんなことをするつもりもない、なかった。そう、なかったのだ……。

 

 そんな私を責めるように死んでいると思われた人たちが両目を開きこちらを見てくる。お前がやったことだと、お前が望んだことだと、お前が お前が お前が……。

 

 それでも私には後ろに下がることすら許されない、足が動かない……いや、違う……両の足を掴まれているのだ。

 自分の足を見たせいで視界が下がった。そして私の両手は…………ただ赤く染まっているだけだった。赤い世界で尚赤く、そして粘着質に。

 頭が焼ききれるような痛みを感じ……私の意識はさらに深く沈み込んでいった。多くの手に引かれながら、お前もこちらへ来いと言われるように。

 だから……だから私は。

 

「……触るな!」

 

 血まみれの手で剣を掴み、それらを振り払い、切り払っていく。

 

「お前たちだって殺すつもりだっただろうに! 殺されるのが嫌なら殺そうとしなければよかっただろ!」

 

 赤い刀身は薄く輝き、私にまとわりついてくる亡者を切り裂いていく。

 薄い輝きは強くなり、ついには紅い光へと変わっていった。私が足掻けば足掻くほど、抗えば抗うほどにその意思を写すように強く。

 

 落ちていく意識はその速度を止め、私の手にある剣の光りに応じる様に今度は上昇していった。

 

 

 

 

 意識が覚醒し、自分が夢を見ていた状態だと理解するのに暫くの時間を要した。

 瞼に光が差し込む感覚がする、何ということはない毎朝感じる日の光だ。

 

 しかし、私の体は動かない……というより何かにホールドされているような感覚である。一瞬あの夢は現実だったのか? と疑ってしまったが、もっと暖かく優しい存在に感じられる。そう、まるで人肌のように……。

 

 ……人肌? 思わず目を見開いてしまう。

 

 目の前には大きな肌色の山……これをなんと表現するべきか、女性の胸、乳房、胸部、色々と言い方は存在するが敢えてこう言おう。おっぱいであると!

 

 ついに来たのか私の時代が……今までなんだかんだと普通の子供とは逸脱した人生を送ってきたが、その報いが来たのだろうか。自分で言うのもなんだが私は結構頑張っているほうだと思うのだ。そう考えればこういったイベントを迎えるのも中々に感慨深いものであると言える。

 

「お目覚めですか?」

 

 ……このお胸さんは喋るのか。

 

「……上です」

 

 視線を声の発せられた方に向けてみる、目があった。それはもうばっちりと目があった。

 相手は金色のややカールがかった髪をしている。年の頃は20代半ばだろうか、若干目つきが悪いと感じたが、こちらの意識が回復しているとわかるとゆっくりと頭を撫でてくる。若干の心地よさを感じていると女性はゆっくりと布団から立ち上がった。

 そこでようやく頭が回ったが、全裸だ。いや、よくよく考えると私も裸なのだがこれはどんな状況なのだろうか……。

 いかに嬉しいイベントであっても状況が掴めなければ素直に楽しめないのだ。実はバッドエンドですと言われる場合も無きにしも非ずだし……。

 

「お体のほうは大丈夫ですか?」

 

「はい? ……ああ、いえ、はい大丈夫です」

 

 その言葉に自分の体をペタペタと触れていく。倦怠感が強く感じられるがそれ以外に異常は無さそうだ。

 女性は慣れた手つきで白いローブに着替え始めている。襟や裾の部分に赤いポイントが入っており、フードを被ったところで白魔道士そのままという事に気がついた。

 

「怪我は治療しましたが出血等で体温が低下していました。そこで私が温めていたのですが……問題なさそうですね、暫くは安静にしていて下さい」

 

「……怪我?」

 

 記憶を辿ってみるが、どうにも戦闘時の事が曖昧で思い出せない。体を見渡してみると左半身の皮膚の色が若干違うことと、数箇所に何かの痕が残っている。

 

「はい、救護所に運ばれてきた時は酷い状態でした……全身に火傷、手足に矢が刺さっていました、一番酷かった場所は左肩の出血でしたね」

 

 女性はこちらに近づき私の体をチェックしていく。私は自分がまだ裸である事にも気が回らずになされるがままの状態になっている。

 記憶を掘り返してみる、しかし思い出せるのはあの悪夢だけだ。赤い世界……どこまで現実でどこからが夢なのかも判断出来ない。

 

「では、目が覚めた事を伝えてまいります。食事の方も運ばせますのでなるべく食べてください」

 

 私の体に問題が無いと判断したのか、再び立ち上がり部屋を出ていこうとする。そこで一度立ち止まり、こちらへと向き直ってきた。

 

「それと……そちらの剣に見覚えはありますか?」

 

「剣?」

 

 女性が指差した方向には……夢で見た赤い剣。

 それは鞘から抜き出され、地に突き刺さっていた。刀身は赤く、不思議な存在感がある。まるで自分の存在を私に示すように刀身は私を映し出していた。

 

「夜にうなされている時に現れた剣です。最初は紅く輝いていたのですが……次第に今の状態になりました。

剣を抜こうにもびくともしなかったのでそのままにしてあるのですが……」

 

「いえ……知らない……です」

 

「そうですか、とにかく一度報告に行ってまいります」

 

 そう言って今度は立ち止まらずに女性は部屋を出て行った。しかし、私にはあの剣から目を離すことが出来ない。

 近くに置いてあった着替え用のローブを纏い、その剣へと近づいていく。

 柄に手をかけるとその剣の情報が流れ込んできた。

 

カオスブレイド 攻撃力40 回避率20 永久リジェネ 付与石化

 

 作中における最強の武器である騎士剣。エクスカリバーのようにヘイストが付く鬼畜仕様では無いが、それでも攻撃力がほぼ倍という最強の名に恥じない武器である。

 ……まぁ石化付与だがこの武器が出てる時で攻撃するとほぼ一撃だったりするから微妙にその効果を感じる事がなかったりもするのだが……。

 

 しかし何故これがこんなところにあるのだろうか? 意識の中でアイテムを呼び出して確認してみる。そうするとカオスブレイドの所持数が50から49に変更されている。

 しかしいつまでもこの状態にしておく訳にはいかない、剣を鞘に収めてアイテムボックスに収納しておく。

 思い出してしまうのはあの悪夢……私は無意識にコレを求めたのだろうか? 分からない、分からないことだらけではあるが、ただひとつ言えることが有るとすれば……私はこの剣によって救われたのであろう。

 もしあの夢であのまま引きずり落とされていたら、私は私のままで居ることはできなかっただろう。ならば護られたのか? 頭に鈍い痛みを感じてきたところで考えを中断させるかのように食事が運ばれてきた……。

 

 

 運ばれてきたスープを無理やりに飲み干し、天幕の外へと出てみる。

 私の怪我、あの夢、答えを求めるように。

 

 場所は当初の陣地の場所よりも砦に近い場所だったのだろう、こんなに近くに陣を張って大丈夫なのか? そんな疑問を感じながら私の視界に砦が入ってきた。

 

「…………なんだこれ」

 

 頭が痛い。

 砦の門はひしゃげてその機能を果たしていない、壁は砕けており、所々にこべりついたように血の跡が残っている。

 そして弓塔だ……いや、そこには弓塔があったはずだ……西側の塔は残っているもの、東塔は原型を留めていない。かつてニュースなどで見た爆撃された都市のように、焼け焦げ、建造物としての役割から戦争があったと知らしめる役割へと変わったオブジェクトのように。

 胃が痛い。手が震えてくる。

 そうだ、あれは夢なんかじゃない……これは……私がやったのだ。

 

 

 目の前の光景に目を奪われていると、周囲から嫌な視線を感じ始めた。

 まとまらぬ頭でも尚気づくほどの視線、そちらに目を向ければ一人は視線をそらし、また一人は恐怖の視線をぶつけ、さらに嫌悪や畏怖……。

 私のどのジョブのレベルが関連したのかは分からない、しかし風に流れてくる会話の一部は私の耳にまで届いた。

 

「おい……あれが例の?」「ああ、味方ごと吹き飛ばした奴だ」

「いい身分だよな、自分は最優先で治療を受けたらしいぜ」「けっ、まさに『災厄の魔道師』だな」

 

 頭が真っ白になった。私は……私はただ戦えと言われたのだ、将来のため、自分のため、殺されないため、生き残るため……ああ、そうか……杖を振り下ろしたのは私の意志か……。

 

 私は逃げ出すように、来た道へ駆け出した……。

 

 

――――――

 

 時間をトリスタンが目覚める前へと遡る。

 その部屋にはリシューナ・ブランシュ両子爵を始め、副官であるダレンを含む幾人かの士官、そして先の戦いで壊滅した魔道師隊の指揮官を担当していたローブを纏ったやや太り気味の男がいた。

 

「それで、トリスの容態は?」

 

「はい、医療神官からは怪我自体は完治したそうです。意識もいずれ回復するとも」

 

 その言葉に安堵の息を漏らしたのは二人の子爵のみだった。

 

「しかし……あの力は……」

 

 士官の一人がそう漏らした。先の戦いにおける自軍の被害は大きいと言える。敵の奇襲に始まり、砦からの騎兵の突撃……混乱していた状態への砦との連携した攻撃。

 特に魔道師隊の壊滅は痛手だった。また弓兵の被害も無視できないものがある。

 戦時における隊の壊滅や被害は当然の事である。しかし今回についてはその被害の中に、あの連発された大魔法の被害も入っているのだ。

 

「だが、結果として見れば被害は少なくて済んだ……あれを責める理由にはならん」

 

「ですが、兵からしてみればいい感情は持ちません」

 

「それをどうにかするのが貴様等士官の役目だろう!」

 

 両子爵の考えは間違えてはいない。乱戦において最も効率よく敵を殲滅する方法とは、敵味方区別なく攻撃してしまえばいいのである。その状況の良し悪しあるにせよ、今回の戦いにおいても畏国と鴎国の被害を見るならば畏国の大勝とも言えた。

 しかし……。

 

「しかし、あの光景を目にした者は……」

 

 その言葉は部屋に沈黙をもたらした。

 魔法とは奇跡の体現である、では奇跡とは? その字面を見るならば10人が10人良き存在であると認識するであろう。だが人は自身の理解を超えるものを恐る。それが兵にとって巨大な……文字通りの壁である城壁を破壊するものならば尚更である。

 畏国軍のなかにも同様の魔法を扱える者は居る。だが、黒魔法、時魔法とその真髄とも言える最強魔法を共に扱える者はどれだけいようか?

 

「かつて、あのエリディブス導爵は若干12歳にしてバハムートを呼び寄せたと言うが……」

 

「ふむ、クロムウェンよ……魔道師としての貴公からはどう見える?」

 

 ローブを纏った男……クロムウェンは内心苦虫を噛み潰した様な思いでいる。

 有り得ない ただその一言に尽きるのだ。

 クロムウェン自身、魔道師隊の指揮官を務めるだけあって相応の魔法を扱える。しかしそれは自身の30年以上に渡る研鑽があってこそなのだ。それですらサンダガを扱えるのが精々……事前の魔法陣などの準備を加え、アイテムなどで一時強化をすればジャ魔法の域に届く可能性も有り得た。だがそこまでだ。

 そもそも戦場において魔法を扱うには精神力と集中力が高いレベルで必要とされる。

 白魔法ならば神に祈る行為とも言え、その信仰心を問われると言う。しかし黒魔法とは自身の魔力とその知識によって辿り着けるものだ。平時ならばともかく、戦時の……しかも軍が混乱状態にあった中でその精神力と集中力を維持するなどとてもではないが出来ない。

 だが、それを認めてしまえば自身の今までの道はなんだったのか……そしてこれからの自分の立ち位置は? そう思い至ってしまった。

 

「魔力の暴走……ですな」

 

「……暴走だと?」

 

「はい、ご子息の魔力が高いのは事実でしょう……しかし、あの状態で敵味方問わずに撃ち放ち、そして砦を破壊しております。

そこに制御は存在しないのでしょう……ならば、ご子息の魔力が時魔法や黒魔法の高位レベルにまで到達したのではないでしょうか」

 

「ならば、普段はあれだけの力を扱えない……と?」

 

「待て! フィーナスの町に出没したベヒーモスをフレアにて屠ったと報告もあったのだぞ?!」

 

「それこそ……フレアなど扱える者はかの魔導王エリディブスのみでしょう、それに町の警備の者がそのような魔法を知っているとは思えません」

 

「む……」

 

 制御が出来ていたか否かと問われれば制御は出来ていた、クロムウェン自身あれだけの大魔法で単純に魔力が到達すれば扱えるものではないとは分かっている。しかしそれを認める事は自身の今までを否定される事と同義。ならばそれをどうして認めることが出来ようか……。

 

「今回は結果として見れば上手く事が運びました……しかし、兵の一部では彼を排斥するべきだという声も出ています」

 

 これは事実だ。結果がどうあれ、それを理解し許容できる者は多くはない。

 

「だが、今の我々には力が必要だ……兵たちにはそれを徹底させよ」

 

 リシューナ自身もそれを分かっている、分かっているからこそ手を打たなければならない事を。

 しかし、次の問題は軍内における扱いである。

 

「魔道師隊は壊滅状態……どこに配置する?」

 

「ならば私の傍に置けば良い!」

 

 ブランシュからすれば息子が危険因子と見なされる空気は耐え難いものである、何よりトリスタンを連れてきた自分にも非があるような空気になる。

 しかし、ブランシュ自身はあまり積極的に前線には出ない、ほぼ後方での指揮が殆どになる。そこに配置するならば町に帰すのと同義なのではと疑問も出てしまう。

 

 そのブランシュの考えを見透かすように、クロムウェンは考える。

 あの子供は危険なのだ……異質、異常、異端、魔に通ずれば通ずるほどにその異彩が分かってしまう。

 排除するべきか? そんな考えが頭をよぎっただけで、思考はそちらへと向かっていった。

 

「ならば、私のところの隊を使いましょう……先の戦いで魔道師隊の再編は不可能でしょう、護衛隊をつけて遊軍として扱えばその戦力も発揮できましょう」

 

「おぉ、頼めるかクロムウェンよ」

 

「はい、良き部隊があります……間違いないでしょう」

 

 そのやり取りを怪しんだのはこの中にどれだけ居たのかは定かではない……しかし、リシューナ一人は確かに何かを感じていた。

 

 

――――――

 

 天幕へと戻り、布団へと潜り込んだ。

 体が震え、涙がにじみ出てくる。今すぐ屋敷に帰りたい……。

 

 最初は諦めだった、しかし誰に構わずに二人の友人と過ごすためにも必要な事だと思えた。

 だが現実は違ったのだ、私は……。

 

 そこで誰かが部屋に入ってきた、今は誰とも会いたくはない、誰も彼もがあの目をするのだろう……私を恐怖や憎悪の対象とするのだろう。

 

「……起きてるか?」

 

 その声はリシューナ子爵だった。

 

「……なんでしょうか?」

 

 布団に潜り込んだままに返す、失礼な状態ではあるが今の私にそこまで考える余裕は無いのだ。

 出来うることなら会話もしたくない。

 

「次は隊を率いてもらう、遊軍だ。自分の動きやすいように動いて構わない」

 

「僕はもう……戦いたくない」

 

 感情が抑えきれずに言葉が出ていく。自身はこんなにも弱い存在だったのだと改めて気づかされた。

 

「もう誰も殺したくない……もうこんなのは嫌だ」

 

「……トリスタン、お前は正しい事をした。この砦攻めではもっと多くの被害を想定していた、先の奇襲もそうだ……結果として多くの命を救えたんだ」

 

「なら……なんで僕は皆に怖がられてるんだ! 戦えと言われたから戦った! なのに……」

 

 滲んでいた涙が溢れ出てきた、殺されそうになったことに、殺したことに、恐れた事に、恐れられた事に。

 

「なあ、お前は何のために戦っている?」

 

「……最初は、二人の友達と過ごせるように……それを認めてもらうために」

 

「なら……なら今はその気持ちにすがれ。その思いがお前を守ってくれる」

 

「だけど、だけど僕は……自分が死にたくないから殺したんだ……理想も思いも何もない、ただ死ぬのが怖かったんだ」

 

「それは戦場において正しい気持ちだ、お前は間違っていない。俺が保証してやる。

だが、最初の思いだけは忘れるな……それを忘れたら、ただの獣になる」

 

 正しいのだろうか、正しければ人を殺していいのか? ああ……そうか……戦争とはそういうものだったのだ、私は戦いの中でそう感じたはずだ。

 

「なら……僕は許されるの?」

 

「それはこれからのお前次第だ……だが、お前に責任は無い、それは私達が負うべきものだ。

だから、お前は俺達を責めればいい。自分を苦しめているのは俺達だとな」

 

 今なら私は宗教にすがる人間の気持ちが分かる。人は誰かに許されたい、そして自分に責任が無いと言い訳をしたいのだ。

 だから懺悔をし、許しを請う。今の私のように……。

 

 だが、私は……私にどれだけ主体性があったかは別としても、自分で決めたのだ。答えは分からない。しかし私はまだ生きているのだ、ならば……。

 

「……そうですね、全部リシューナ子爵のせいって事ですね」

 

「そうはっきり言われると腹が立つな……」

 

 なんともわがままな人だと思うが……この人なりの気の使い方なのだろう。

 

「もう大丈夫です、すいません……失礼な態度を」

 

「なに、子供の癇癪だと思っといてやるさ……それで、戦えるか?」

 

 癇癪は起こしていないだろう……似たようなものではあるが。

 しかし、心は少しだけ軽くなった。私のなしたい事を思い出したから、そして新しくそれが増えたから。

 

「はい……僕は僕の大切な人たちと過ごすために……それと戦争を終わらせるために戦います、戦えます」

 

 これからも険しい道は多々続くのだろう。しかし、それでも私は今決めたのだ。このような事は間違っていると、だからそれを正そうと。

 

「そうか、大丈夫そうだな……さて、柄にもないことを喋ってしまったな。私はもう行くぞ、後でクロムウェンという魔道師に隊を案内してもらえ」

 

 そう言い残しリシューナ子爵は出て行った。その後しばらくして父がやってきたが、大丈夫だと伝えると安堵していた。

 余談だが、今回の私の砦を陥落させた功績はブランシュ家に入るそうだ。まぁ別に今更何が必要という訳でもないのでどうでもいいのだが。

 

 そして、私は自分の隊を持つことになる……色々な面倒と共に。



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第13話

 トリスタンの居る天幕を離れ、自身の指揮所へと向かっていく。

 金髪の前髪は自身の目を覆い隠すように下ろされており、その表情を周囲が伺うことは出来ないでいる。

 既に方針を決め、部隊の再編へと移行しているために指揮所には誰もいない。やや薄暗いその部屋で一人席に着く。

 

 男の名はダルガ・リシューナ。南天騎士団所属の子爵であり、ゴルターナ公麾下で双璧をなし、幾多の戦いに勝利を収めている。

 リシューナは入口に視線を向け、そこに居るであろう人物に声をかけた。

 

「居るんだろう、レミア」

 

「あら、考え事をしてるんじゃなかったの?」

 

 入口の影から一人のローブを纏った女性が現れる。金色の髪はややカールがかっており、その表情は鋭い目つきの割に笑みを浮かべている。先にトリスタンを看病していたその人である。

 レミア・セイジュ。リシューナの直属の配下であり、今回の遠征では白魔法を扱えることから、治療役として従軍している。

 

「考え事というほどの事じゃない。それで、坊主……トリスタンの様子はどうだった?」

 

「怪我に関しては問題ないわね、まぁエリクサーまで使ったんだから当然と言えば当然だけど……でもよかったの? かなり高価なものよね」

 

「構わないさ、今後の事を考えれば安いものさ」

 

 リシューナは軽く右手を振りながら答える。そう、安いものなのだ。レミアのほうは納得がいっていないのか、やや不思議そうな表情を浮かべている。

 

「まぁ、あなたがそれでいいならいいんだけどね……後はそうね、夢でずっとうなされていたわ。目が覚めたら記憶が飛んでたみたいだけど」

 

「そうか……まぁさっき様子を見てきたが、なんとか立ち直れそうだな」

 

「随分目をかけるわね、私の所にも最優先で治療しろって命令が来たくらいだし……そんなに重要な子供?」

 

「なんだ、まだ知らないのか? あの砦を破壊した魔法……アレを使ったのがあいつだ」

 

 その言葉にレミアは絶句している。リシューナは知らないが彼女はここまでほぼ働き通しである。奇襲の前から負傷兵の治療、奇襲後も休みなく回復にあたり、そこへ運び込まれてきたトリスタンを看るようにと指示が飛んできた。しかも秘薬の部類であるエリクサーの使用許可付きである。

 通常こういった待遇は優秀な指揮官クラスや大貴族の子弟、もしくは軍における重要度の高い人物に限定される。

 

 レミアはその指示が出てきた時、ブランシュ子爵が無理やりにねじ込んだ事だと思っていた。しかし、その指示は目の前の男からだったのか。だがそうか、そういう理由なのかと。

 

「悪い冗談ね……」

 

「ああ、だが事実だ。そしてこのイヴァリースには……ああいった存在が必要だ」

 

 リシューナは現在の畏国の状況ではこの戦争に負けると踏んでいる。

 そもそも現在、畏国が周辺国より優っている点とは何があるか? 元々周辺国と比較してその戦力は高いと言われてきたし、事実そうであった。それは強力な騎士団の存在である。

 では何をもって騎士団が強力と言えるのか。兵数では鴎国と同数程度ではあったが、まずはその質である。国内にある4大騎士団……北天、南天、聖印、聖近衛……の練度は高く、士気も非常に高い。

 そして各騎士団の指揮官の能力、ベオルブ家、ゴルターナ家、ライオネル領領主ドラクロワ枢機卿、そして現在の近衛騎士団の指揮権を握り、自ら前線に赴くデナムンダ四世。ここにバリンテン大公の傭兵隊、各傘下の騎士団。また、戦力として数えていいものかは別として、教会の持つ独自勢力である神殿騎士団もある。

 この二つの要素は周辺国に対して大きな脅威となっており、国力以上の抑止力となっていた。

 

 だが、それも今は過去の話となりつつある。長く続く戦乱は自国の衰退を招き、各騎士団もその数と質を確実に落としていっている。そこに鴎国と呂国の同盟である、兵数の差は大きく開けられ、兵の質も追いつかれる、国力など呂国一つで畏国とゼラモニアを合わせても足りない位だ。

 ならば何故、今こうして戦えているのか? そう疑問が出るだろう。

 そこで話を戻す、現在畏国が周辺国に優っているもの……それが圧倒的な個の存在である。

 ゴルターナ麾下で見るならばまずは自身であるリシューナ、雷神シド、そしてゴルターナ公自身もその中に含まれるだろう。

 周囲を見るならば各騎士団の団長クラス……所謂将軍クラスと呼ばれる人物たちだ。この人物達が率いる隊の勝率は周囲と比較にならないレベルである。特に武力に特化した……そう、雷神シド、大魔道士エリディブス、そして天騎士バルバネスなど最たる存在だ。

 単騎の存在で戦況を覆し、自軍に勝利を導く存在。戦争において個の力に頼る等なんとも馬鹿げた話ではある。だが、彼らのソレは最早戦略規模の戦力を持っている。

 

 そしてリシューナは、あの少年はその域に到達出来る……否、していると考えている。

 

「さらに言えば、南天騎士団にとって強力な魔導師は得難い存在だ」

 

「まぁ、ウチは接近職こそ花と思ってる所が強いのも確かね」

 

 これは畏国全体に言えることだが、各騎士団の存在は騎士というものに憧れを持たせる、結果それを目指そうとする人間が増える。単純ではあるが戦時においてそれは頭痛の種となる場合がある。

 そもそも騎士自体、貴族やそれに連なる者たちが大半である。そういった人物たちは好んで騎士になろうとする。

 それに対してロマンダは魔道に大きく力を入れており、その成果は現在の畏国の苦境に直結している。

 現代に例えるならば、ナイトを始めとする接近職を陸軍、魔法職を空軍と捉えてもらえれば分かりやすいだろうか。強力な魔法による制空権……それが何れ程の脅威であると言われれば解ってもらえるだろう。

 勿論空軍の例であるように、魔法によって陣地や広域に攻撃しただけでは戦闘には勝つことは出来ない、それを制圧する存在が必要不可欠だからだ。故にどちらも重要な位置づけであるはずなのだが……。

 

「西側の戦線では、エリディブス導爵の存在によって局所的な優位を勝ち取っている」

 

「それで、こっちにも同様の存在を……ね。ホント、嫌な時代ね……あの年頃ならこんな所に出てこなくても良かったでしょうに」

 

 その言葉にリシューナな自嘲気味な表情を浮かべる。そうだ、責任とは自身達にこそある。比喩でも慰めでもなく、純然な事実として。

 今回の戦いでクロムウェンの言葉を聞き、後方へと下がらせる事も出来た。しかし、自分はその選択肢を選ばなかった。ただ、自国の勝利のために。

 

「次の戦いには部隊を率いらせる……クロムウェンのところの護衛隊だ」

 

「本気? そもそも指揮経験もなければ知識もない、それにあの魔法を使ったのが彼なら、あそこの護衛隊が言っていた災厄の魔導師っていうのは……」

 

「ああ、勿論それだけじゃないだろうがな……」

 

「没落貴族の子弟とかね……というか、言ってることと随分と違うじゃない」

 

 レミアは意図が分からずにそう呟いた。その言葉が聞こえたのか、過去に幾度も見たことのある、悪巧みをする時の表情を浮かべるリシューナ。その顔を見てため息が出てしまった。

 

「これを機にグルワンヌ派の勢力でも削ごうとか思ってないでしょうね……」

 

「ついでと言う奴だ。だが隊の方はまだ手をつけられないからな……そこでレミア、お前には副官を務めてもらいたい」

 

「――はぁ」

 

 ため息が出る理由、それはこの表情が出た時、大抵自分が何かしなければならないという事を知っているからだった。だが今回はまぁいい、自分も興味がわいてきたからだ。

 そして最後に思い出したように質問する。

 

「ああそうだ……赤い刀身の剣って知ってる?」

 

 結局これについては「何をわけのわからないことを」と返されてしまった。

 

 

―――――

 

 リシューナ子爵に続き、父も一通りの励ましの言葉をかけて出て行った。

 

 改めて自身の状態を確認する。怪我は大丈夫だ、体には倦怠感が残っているが、それもすぐに治るだろう。

 しかし、今回は改めて考えると非常に危険な橋を渡っていたと言える。なんだかんだで私自身が、戦争という空気に飲まれていたのだろう。それも戦う前から……。

 

 ステータスを表示し、自分の能力を確認していく。

 

トリスタン Lv.14 Exp.80 JP.8700

Brave 68  Faith 69

HP 55/55  MP 60/60

黒魔道士

 

 レベルが結構上がっている……のか? 経験値の計算式が多少変わっているのか、それとも本当に自分の経験なのか、今は確かめられないが、今後戦争に参加するのなら嫌でも上がるだろう。

 久しぶりにアビリティを習得していく、今回で思い知ったのは二つ。

 一つ、冷静であること。一つ、物理職も覚えて遠距離を含む回避できる能力。

 

 非常に単純である。だが、単純であるが故に難しいとも言える。特にアビリティの一部は自分が意識していなければ使えないからだ。魔法のように選択すれば使えるものもある分、普通の人よりは便利なのかもしれないが……。

 まずは竜騎士から……竜の魂、槍装備可能、高低差無視、合計1700P これで竜騎士のレベルが6に。

 次に竜騎士をあげたことにより出た侍、ここから……肉斬骨断、白刃取り、刀装備可能、両手持ち、水面移動。 合計2500P 侍レベル7に。

 

 さあ、どんどんいこうか。

 算術はどうなのだろうか? 作中においては強力だったが、流石に実験も無しに実戦で使いたくはない。よって今回は我慢だ。

 風水は使いどころが難しいが、その他のジョブの条件にあったはずだ……よってこれを選択……風水返し、攻撃力UP、移動距離地形無視、落とし穴、蔦地獄、底なし沼。 合計1370P 風水士レベル5に。

 これでついに出てきた忍者! 残るJPをつぎ込む勢いでいってしまおう。

 まずは……潜伏、見切る、二刀流、水上移動。これだけで2820P 残りが310Pか。

 投げるのアビリティ内である、手裏剣、玉、ナイフを習得し220P。

 

 体が熱くなり、自分の中にあらゆる情報が入ってくるのが分かる。そうだ、戦争に参加するのだからこれ位するべきだったのだ。

 ただ、今回の戦いのおかげで色々と吹っ切れたところもある。というか上位魔法を惜しげもなく使ってしまったのだ、もう色々と隠さなくてもいいだろう。もうバレたし、気にせずに行くべきか。

 とは言え、流石に装備の類は誤魔化せないので今まで通り取捨選択をしていくが。

 

 

 充実してきたアビリティに浮かれていると、誰かが入ってきたようだ。

 

「君がトリスタンかな?」

 

 部屋に入ってきたのはやや小太りの魔導師風の男性。この人が先ほどリシューナ子爵が言っていたクロムウェンという人物だろうか?

 

「はい、トリスタン・ブランシュです」

 

「私はクロムウェン・レイツ。爵位は魔爵だ」

 

 この魔爵というのは魔導師系の男爵の地位である。ちなみに導爵は子爵と伯爵と同位らしいが、その魔導師の技量によって扱いが変わる……らしい。

 クロムウェン魔爵の視線はあまりいいものではなく、友好的な相手には思えなかったりする。あからさまに訝しげな目を向けてくるし。

 

 話自体は先ほどリシューナ子爵が言った通り、私を部隊に案内するようだ。

 元はクロムウェン魔爵の指揮下にあったが、先の戦いで魔導師隊が壊滅。それで今回その浮いた部隊を私の指揮に入れるというものだ。補強の意味も込めて、他からも人を回したと言っているが、どうにも胡散臭い感じがしてしまう。

 これはあれだろうか、出る杭は打たれる……もとい撃たれるだろうか。あまりぞっとしない展開はご容赦願いところなのだが。

 

 とは言え、私から断れるはずもなく、そもまま言われるがままについて行く。途中、やはりというか何というか色々な視線が飛んでくるが、とりあえず全て無視することにする。いちいち気にするほうが馬鹿らしいとさえ感じてしまった。

 連れられてきたのは各隊ごとに分かれている集合場所、そこにはあまり統一感が無い人たちが集まっていた。そしてその正面にはどこかで見た顔がある。

 

「……は? クロムウェン魔爵、もしかして……」

 

「うむ、この少年が新しい指揮官だ。知っての通りブランシュ子爵の息子だ」

 

 目が点になり、口を開けてこちらを見てくるのはゼルテニア城にて私に敗れ、先の戦いでは私を助けてくれた騎士である。

 どうやらこの隊のまとめ役みたいな感じに収まっているようだが、どうにも微妙な目でこちらを見てくる。

 

「えーっと、改めましてトリスタン・ブランシュです」

 

「それではトリスタン殿、後はこちらの男に案内を任せます。基本的な指示は任せてしまっても大丈夫ですので……それでは」

 

 わざとらしく敬語を使いながら離れていくクロムウェン魔爵。いや、もっと何かあるんじゃと言いたいところだが、あまり生理的に受け付けない感じがしたので引き止める気も起きなかった。

 だが、少し離れたところで誰かに捕まったらしく、なにやら話している。

 そちらの様子を伺おうとしていたら、今度は例の騎士に話しかけられてしまった。

 

「えーっと……お前がここの指揮官になるってホントか?」

 

「……そうみたいだね。後トリスタンね」

 

 この男相手にはどうにもこの話し方のほうがしっくりきてしまう、やはり第一印象というのは大きいのだろうか。とは言え、相手も私に対して言葉遣いを正すつもりもないので別にいいかとも思う。いや、むこうは良くないだろうというツッコミも……この隊の空気を見るとどうでもよくなる。

 

 ジョブで見るならば、前衛ではナイトは僅かで、見習い戦士風な人たちが多い。魔道士は先の戦いで壊滅したと言われた通り、殆ど見当たらない。後は弓使いにシーフが少数といった感じになる。というか気になるのがどうにも年齢層が若く感じられるところだろうか。

 

「聞きたいことがあるんだけどさ……えっと」

 

「ああ、名乗ってなかったな……フォアラント・サダルファスだ」

 

 ……どうにも聞いたことのある名前だ、だがとりあえず今は隊の確認のほうが先だろう。

 

「えっと、僕が言えたことじゃないんだけど、随分と隊の年齢層が低くない?」

 

 フォアラントを引っ張り、声の聞こえない所まで連れてから質問する。年齢で言えば10代が多いように見える。いや、私も10代どころか10歳だから人のことを言えた義理ではないのだが……。

 

「元々の護衛隊で残ってるのは俺を含めて20人位だ……あそこらへんの奴らとかな。

後は騎士見習いや新兵をかき集めて……いや、寄せ集めてきやがったんだよ」

 

 そう言いながら舌打ちを一つつく。というかこれはわかり易すぎではないだろうか? 自分の立場をどうこう言うつもりもないが、仮にもこの隊の指揮官クラスの位置に父が居るのに……なんて考えていたらさらに続けられた。

 

「残った奴は……要するに邪魔な奴らって事なんだろうよ。俺も含めてな……

だがな、お前も問題の一つだからな」

 

「なんで僕が問題なのさ……」

 

 非常に嫌な予感がする、というか最早一つしかないだろう。

 

「味方ごと魔法をぶっぱなす災厄の魔道士とは、一緒に戦いたくないとよ」

 

 思わず頭を抱えてしまった、そう思うならもっと上手く対処しくれればいいだろと。まぁ正気を失っていた私が言えた義理でもないか。

 しかし、気になる点もある。邪魔な奴らというのはどういう事だろうか? そのことを聞いてみたら苦々しい表情で答えてくれた。

 

「俺も含めてな、家の問題だよ……俺の所は元々大貴族に数えられてたんだけどな。失墜してから扱いがコロって変わってよ」

 

 貴族の世界にはありがちな事らしい。没落するようなことをした家は、その血縁にも火の粉が降りかかる事になる。フォアラントは一体どうしてかは教えてくれなかったが、自分は次男だが家の復興を目指すために手柄を立てようと考えているらしい。

 しかし、私が指揮官に……そして隊の状況を見るに殆ど諦めの状態になってしまっている。というか、私自身もこの状態じゃまずいのではないのか……。

 

 とは言え、ここで頭を抱えていても仕方ない。ここで父に泣きついたとしても、それはそれで情けないように思えてしまう。それに、クロムウェン魔爵……もうクロムウェンでいいか……がそういった事になったら何を言ってくるか分からない感じがする。

 とりあえず、メンバーの紹介をしてもらおうと声をかけたところで、こちらに向かってくる10人程の一団が現れた。その先頭を歩いているのは、私を介抱してくれたおっぱ……白魔道士の女性だ。

 

「体の調子はどうですか?」

 

「はい、おかげさまで問題ありません」

 

「それは何よりです……早速本題ですが、私も本日付でこちらの隊に配属になりました。後ろのメンバーも一緒に配属になります」

 

 そう言って少し体をずらして後ろの一団を紹介してきた。というかその一団……重装備で固めた人たちは先の戦いで私の護衛についてくれた人たちだ。

 私は普段は見たことはないが、どうやらダレンさんの部下らしく、フィーナス出身が殆どらしい。

 

「トリスタン様、ブランシュ様よりお守りせよと命じられてきました。今度は不覚はとりません。何卒、護衛をお任せ下さい」

 

「ありがとう、心強いよ……改めてよろしく頼むね」

 

 こちらの様子を見て、フォアラントはともかくとして、その後ろのメンバーは驚いている。やはり新兵や見習いだけを集めた隊で不安があったのだろう、そこに重装備の一団が来たのならば驚くのも当然だろう。出来れば、これで少しは士気が安定してくれればありがたいのだが……。

 

「申し遅れました、私はレミア・セイジュ。ブランシュ子爵よりトリスタン様を補佐するように命じられました。扱いは副官ということになります」

 

「トリスタンです、至らない点ばかりでしょうが、よろしくお願いします」

 

 少し、ほんの少しだが、希望が見えてきたような気がした。我ながら現金なものだと思ってしまったが……。

 今回私が預かることになった隊の数は300名、同時に300の命が私の両肩に乗ることになる……。

 そして、私にとって2度目。この隊にとっては初陣となる戦いはすぐだった。

 

 先の戦いの前に報告された、北の砦より出陣してきた敵部隊の接近報告である。会敵予想は2日後、準備するには少ない、しかし何もしないでいるには長い時間。今はできる限りを成すしかないのだろう。




細かいステータス

トリスタン Lv.14 Exp.80 JP.90
蛇遣座
Brave 68  Faith 69
HP 55/55  MP 60/60
Job:黒魔道士
Move…3 Jump…3 Speed…7
物理 AT…1 攻撃回避率…10%
魔法 AT…10 攻撃回避率…0%
見習い戦士  lv.6-M
アイテム士  lv.4
ナイト    lv.8-M
弓使い    lv.6
モンク    lv.8-M
白魔道士   lv.8-M
黒魔道士   lv.8-M
時魔道士   lv.8-M
召喚士    lv.8-M
シーフ    lv.8-M
陰陽士    lv.8-M
風水士    lv.5
話術士    lv.1
竜騎士    lv.6
算術士    lv.1
侍      lv.7
忍者     lv.8

装備・アビリティ補正無し状態
星座補正・相性良…無し 相性悪…無し
装備反映率70%

レベルアップ時の成長率を少し上げてあります
&作中での威力はイコールしない方針で……

まともに計算するとダメージが結構普通になりそうな悪寒?


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第14話

戦争回、前半


 今回指揮することになった部隊の人数は310名。私達を除くと、フォアラントら干され組が30名、見習い戦士組が100名、弓兵30名、シーフ5名、アイテム士5名、そしてそれ以外はジョブの判別以前の問題で、一般から徴兵した人たちが130名入り、合計で300名となる。

 

 干され組は練度は兎も角として、一応何度かの実戦を経験している。ジョブ的に見るとナイトが大半で、何人かモンクが居るといった感じだろうか。

 総評するならば練度・士気共に低い、連携何それ美味しいの? といった感じである。とは言え、ある意味仕方ないのだが。

 そもそも元は別の部隊にそれぞれ配属されており、隊に負担をかけない程度の割合になっていたのだ。そこから集めて来て「お前たちは新しい部隊に行き、新しい隊長がつく」と言われるのだ。

 

 一体私が何をしたのかと問い詰めたいところだ、それとも短時間でここまで手を回した事を褒めるべきなのだろうか? いずれにせよ厄介極まりない。

 

「隊長、組み分けが終わりました」

 

 一人の体格のいいモンクが私に話しかけてきた。彼は干され組の一人であり、実直な性格な男性だ。そして正義感もある……まぁつまりその関係で上から反感を買ったのだが。

 それはさておき、私が最初に指示を出したのは報告の通り組み分けである。

 徴兵組から弓を扱えるものは弓を持たせ、残りの者は見習い戦士組を含めて振り分けをする。フォアラントら30名をリーダーに各5名づつ配置し6人パーティーを作っていく。これで180名の前衛部隊が出来上がる事になる、苦肉の策とも言えるが……。

 

 シーフ、アイテム士のメンバーは偵察、本隊との連絡役、それと救護役を担ってもらう。弓兵は70名まで増やすことができ、残りの40名を私の護衛役という配置だ。

 

「それじゃあ各組ごとに盾をもって攻撃を受け止める役を2名以上、攻撃する役とそれぞれ分担を決めるように伝えてくれるかな。

ああ、武器は得意なものが無ければ槍を選ぶようにね」

 

「分かりました、装備の手配のほうは?」

 

「それなら私の方からリシューナ子爵に伝えてあります、直に届くでしょう」

 

 こういった細かい事は隣にいるレミアさんが担当してくれている。振り分けなどについても細かい調整はほぼ任せきりである。この人がいない場合はフォアラントがその役割に入るのだが……彼もあまり細かい事をするのに向かない性格のようで、レミアさんが副官につくと聞いた時点で少しホッとしたような顔をしていた。

 リシューナ子爵には感謝の念が絶えないところではあるが、このレミアさん、動きを見るとかなりの実力者に見えるのが不思議である。外見が白魔道士のローブを着ているから、中身の程はわからないのだが。

 

「……上手くいくと思いますか?」

 

「今回のように急な編成は、私も初めてですので何とも言えませんが……ですが、何もしないでいるよりはマシでしょう」

 

 今回の部隊方針の考えとしては、増援の重装隊を正面にて集中運用……および盾役の人たちで初撃を抑える、その後に槍でパーティーごとに対応をしていくというものだ。

 成功のための鍵は最前衛の重装隊、そして私の遠距離魔法となる。いかにこの二つの要素で相手を崩せるかという点だ。幸い、私達の部隊は遊軍扱いとなる。正面から敵にぶつかれというものでは無いというのは大きい。

 この遊軍の扱いは臨機応変の一言に尽きる。本来は指揮官、所属兵共にある程度以上の練度を必要とされる部隊である。ただし、その能力に初めから期待しなければ……という前提を置けばある種正しい配置なのかもしれない。

 ただ、状況に対応するために歩兵、弓兵の混成であり、かつ300名というある程度の規模にはなってしまうのだが。

 

「後は……2日間でどれだけ連携を覚えられるか……か」

 

「付け焼刃でも何でも、成さなければなりません……他の隊からも何名か指導役を連れてきましょう」

 

「そうですね、僕もダレンさんに頼んでみます」

 

 レミアさんと二人で他の隊から手配をし、多少なりとも形を仕上げていく。とは言え、一部の兵は私が近づくと露骨に嫌な顔をするので、やはりダレンさんに直接頼んだのが早かった。教導役は主に、元々いた隊の兵が名乗りを上げてくれたのは有難い話だったのだが。

 しかし、付け焼刃とは所詮は間に合わせでしかない。結局のところ不完全な形で敵軍との会戦にあたる結果となった。

 

 

 

 砦攻めから3日後、私にとっての2度目の戦いが始まる。前回との違いは平野での戦いになるという事だ。それも砦からは多少の距離をとり、なるべく近づかせないようにする必要がある。

 ……なぜかって? 同じ事をレミアさんに聞いたら呆れたように。

 

「……城壁の修理どころか、門も吹き飛んでいますから……砦として機能しませんから」

 

 思わず謝ってしまった。別に悪いことをしたはずではないのだが、そこにすら気づかなった事も含めて頭を下げてしまった。

 さて、今回こちらに向かって来た鴎国軍の数は4000、対する畏国軍は3000である。1000の数……この戦力差は非常に大きいと言える。元々居た畏国軍は4000であったが、砦攻めにて300名が死亡、怪我人は600名に上った。

 しかし、この怪我人の全てが戦えない訳ではない。この世界と現代での大きな違いとして、魔法や仕組みの分からない薬品の有無である。多少の怪我ならば範囲魔法を使っていけば問題無いし、MP……魔力は休めば回復していくのだ。連戦ではその恩恵は薄まる反面、時間があればあるほど怪我人の治療は加速的に進んでいく。

 このため、600もの怪我人のうち400は治療が済み、200名は砦に残ることになった。勿論怪我人だけで砦を守ることは不可能である、ここに500の守兵を残しての出陣となった訳である。

 

 陣容を簡単に説明してしまうと、リシューナ子爵の騎兵隊、ダレンさんが指揮をとる中央の歩兵隊、父の本隊と弓隊、そして私達の遊軍である。予定される流れは歩兵隊にて中央を抑え弓隊で援護、その後父の本隊の一部と私達遊軍で両翼に展開していくという流れである。

 実際の軍議にはレミアさんが出席し、私はお留守番という形になったのが、なんとも情けない感じがするが。リシューナ子爵から……。

 

「一応お飾りの指揮官って事になってるが……好きなように暴れろ、期待しているからな」

 

 と、何ともありがたいお言葉をいただいてしまった。ならば私に期待されるのは魔法での敵への攻撃なのだろう、下手に用兵などを期待されるよりは余程ましといえる。

 すでに周囲の空気は戦闘時のそれ……敵軍は既に見えているのだ。程なくして戦いが始まるだろう。僅かに震える手を握り、精神を集中させていく。

 

 気持ちを切り替える、これは……戦争なのだと。

 

 感情を押さえつける、今度は……上手くやると。

 

「レミアさん、動き始めたら重装隊へ支援魔法を……僕はヘイストを」

 

「わかりました、それではプロテスをかけていきます……大丈夫ですか?」

 

 レミアさんが私の肩にそっと手を置いてきた、たったそれだけの事で気持ちが僅かに落ち着いてくる。息をすっと吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。

 

「……ええ、大丈夫です」

 

 そして、この言葉に反応するように……戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

―――――

 

「ダレン隊長! 補助魔法の付与が終了しました」

 

「よし、では行くとしようか……これより攻撃を開始するぞ! 敵前衛を粉砕する!」

 

 声大に宣言し、前進を開始したのは中央歩兵隊のダレン。

 ブランシュ子爵の副官の地位でありながら、その勇猛な戦い、そして堅実な指揮から兵、各将軍からも信頼を寄せられている人物である。

 900名の歩兵隊は正面から向かってくる敵に対し、同じく正面から駆け出していた。求められる事は敵を抑え、押し返し、そして撃破する事。死傷率は高いが、それでもその士気は高かった。

 

 トリスタンの隊へ新任兵士たちがまとめられた事によるプラスの点、それがここに出ていた。少なくとも数回の出陣を経験している騎士と兵たち、そこに気にかけるべき新兵が居ないという事実は純粋な練度の平均を高める結果となっていた。

 同時にダレンは思う、自身がここで結果を残せばそれだけ、自分の主であるブランシュの子息であるトリスタンを守る結果に繋がると。

 

「敵歩兵隊、こちらに突っ込んできます!」

 

「よし、全隊止まれ! 大盾隊全面へ、敵魔法の射程に入るな……後ろの魔道士隊も釣るぞ」

 

 整然と陣形は変わり、敵を迎え撃つ形へと……今回の戦いでは畏国には魔道士隊は編成されていない、しかし居ないからと言ってそれが致命的な点ではない。居ないならば居ない戦術を立てるしかないのだから。

 

 ダレン隊は大盾を全面へと押し出し、一枚の壁を作り出した。盾を持つ者は腰を落とし、横にいる兵と可能な限り密着していく。そして、敵が来るその一瞬まで号令を待つ状態へと移る事になる。

 

「来るぞー!」

 

「……今だ、バッシュ開始! 押し返せ!」

 

 ギリギリまで敵を引きつけ、そしてその最後の一瞬に今まで待った時間をぶつける様に、その盾を敵兵の正面へと叩きつけていく。

 盾とは言ってしまえば鉄の壁である。その壁が人の瞬発力によって前へと押し出され、それに当たればどうなるか……。直撃した者は絶命し、軽くても骨折する程度にはダメージを受ける。

 

「突撃!」

 

 しかし、その攻撃も全隊から見ればただ出鼻をくじく程度にしかならない。ならば次にすべきはその僅かな隙をどれだけ広げられるかだ。

 ダレンの号令により、大盾兵の後ろに居た槍兵の攻撃の後、一斉攻撃が始まった。

 両軍の歩兵隊が入り混じり、乱戦の状態へと移り変わっていく。

 

 

 そして同時にお互いの軍も次の動きへと移ることになる。

 畏国側は弓隊を右翼へと展開し、中央への援護、後方への牽制へと移動し始め。鴎国側は歩兵隊に遅れながらも中央へと魔道士隊を移動させていく。それと同時に兵数の差を利用し、隊の一部を分け左翼(鴎国側からは右翼)から敵本隊へと回り込ませ、さらに一隊を弓隊への牽制および中央歩兵を包囲するべく移動を開始した。

 

 中央では数の差がありながらも、畏国側がやや優位に立っていた。その一端を担うのがダレンを含む精鋭歩兵隊である。

 

「ダレン隊長! 敵も動き始めましたぜ!」

 

「我らはまずはこいつらを倒してからだ!」

 

 剣で戦う騎士にダレンは返り血に鎧を汚しながら答えた。その手には右手にフレイル、左手に盾というスタイルである。

 盾で一方の攻撃を受け流しながら、フレイルにて相手の鎧ごと叩き潰す。普段は剣を装備する事が多いが、こうして歩兵隊での混戦ではこのスタイルが一番慣れていた。当然剣も人に教えられる程に技量はある、しかし自分には力で相手を潰す戦いが合っているとも思っている。しかし、子供であるトリスタンにはこの戦いは不可能だろうと……そんな場違いな事を考えながらも戦いは続いていった。

 囲もうとしていた敵兵を味方と連携しながら叩き伏せていく。

 

「さあ! 次の相手はどいつだ!?」

 

「……ん? 隊長……何かやばい感じがしますぜ」

 

 ふと、自分の横で戦っていた騎士の一人がそう呟いた。幾度も自分と共に出撃した信頼のおける部下である。そして同時にこいつの言う嫌な予感というものが往々にして的中することも……。

 そして、その言葉直ぐに証明されることになった。

 

 

 

 

 中央にて戦闘が始まり、両軍が動き始めたところでついに私達にも指示が飛んできた。内容は左翼から来る敵部隊を抑えろというものだ。

 指示と同時に移動命令を出し、敵部隊へと向かっていく。数はおよそ500……撃破ではなく抑えることを主眼としなければならない。

 

 ……とは言え、倒してしまっても問題ないはずだが……。

 

 私は周囲との身長や体格差があるため、普通に走っての移動では差が出てしまう。その為ちゃっかりチョコボに乗っているのだが、以前討伐隊時に乗った大型チョコボとは違い、戦争用に飼育されたチョコボは気性が荒いのが難点だ。その為、手綱はレミアさんが握ることになった。

 歩調をあわせ、行軍していく。既に前衛組みには補助魔法を入れてある為、ぶつかっても多少はマシになるはずだが、私の隊でそこまで事は期待しないほうがいいだろう。

 ある程度の距離から弓隊での攻撃を開始し、相手の進軍速度を削いでいく。とは言え、これも数は70しかいない為、本当に僅かながらの効果しか上げられないでいる。しかし、僅かでも効果はあるのだ。

 

 隊の指揮をレミアさんに任せ、攻撃魔法の詠唱と集中を開始していく。この魔法についてゲームと現実の大きな違いの一つ、それが標的を定めずに魔法を唱えられる事だ。何を当然な と言われるだろうが、これは非常に大きいと言える。なんせ敵を含む標的を定めなければならない場合、敵が近づいてからでなければ詠唱ができないのだから。

 魔法を練り上げ、完成直前まで持っていく。同時に隊の前列へと進み、なるべく敵を射程に収められるようにしていく。

 

「ってトリスタン! お前、なんでこんな前まで出てきてるんだ! おい、レミアさんよ!?」

 

「レミア副官か副隊長と呼びなさい。大丈夫です、魔法を撃ったらすぐに下がります……それよりも敵がもうすぐ来ます、訓練通りに」

 

「ちっ! 勝手にしろ……おらお前ら! 盾持ってる奴は前にでろ! びびんじゃねえぞ!」

 

 フォアラントが悪態を付きながらも指示を飛ばしていく。新兵組みはまだ恐怖がある中、機敏とは言えないまでも訓練通りに動き始めている。

 ……敵の距離は50M程

 

「弓隊に攻撃をもっと奥にやれって伝えろ! これ以上はこっちにも当たるぞ!

こっちゃ部隊長のガキが前に出てきてんだ、ちったぁ気張れよ!」

 

「各員、冷静に動きなさい……負傷したら隊列を崩さずに下がりなさい、各リーダーは抑えることを最優先に、被害を無視して戦う場面では無い」

 

 フォアラントは怒鳴りながら、レミアさんは対象に淡々と指示を出していく。しかし、やはりと言うか全体から緊張と恐怖の空気が感じられる。こちらの倍近い敵を相手にするのだから当然と言えば当然ではあるが……とは言え、私自身も冷静ではいられないのだから人の事は言えないか。

 

 そして、敵の距離は15Mを切った。もう目の前と言える距離である……そして同時に、完全な射程距離である。

 

「地に閉ざされし、内臓にたぎる火よ 人の罪を問え! 『ファイジャ』」

 

 巨大な火球が複数現れ、明確な……私の殺意をもって迫り来る敵へと放たれる。

 こちらへと到達する前に、巨大な爆発とその爆風、そして巻き起こる炎により前列に居た敵兵を飲み込んでいく。僅かに爆風が収まり、その結果が光景として現れてくる。

 敵も味方も一瞬ながら呆然とし、静かな空気が流れる。こちらに迫ってきた兵が物言わぬ存在に変わった事を受け入れるための時間のように。

 

 そして次の瞬間には味方からの大歓声が響いた……・

 

「ありえねぇ……あの時のは……」

 

「魔力の暴走……やはりそんな事ではなかった」

 

 歓声が響く中、二人の言葉はかき消されることになったが、今はどうでもいい。

 レミアさんの腕を引き、指揮を継続してもらうように促す。

 

「っ! 攻撃開始! 敵は浮き足立っています、押し返しなさい!」

 

 そして、雄叫びと共に突撃を開始し始めた。

 これで勝てると、これなら勝てると。

 

 士気の上下は敵とこちらで逆転し、技量以上の成果を出している。敵も先ほどの魔法を見ていた者は弱腰になり、同時に前線に居た指揮官を倒せたのか、混乱が強くなっていっている。

 

 しかし、その戦場の空気を変えるように、中央に魔力の高まりを感じた。

 

 レミアさんもそれに気づき、そちらに視線を向け……その光景を目にした。

 

 

「……あれは、サラマンダー!」

 

 視線の先には、巨大な赤い龍が炎を纏いながら畏国軍へと突っ込んでいく瞬間であった。



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第15話

 轟音と同時に来た衝撃により、前線を築いていた部隊は吹き飛ばされた。

 その衝撃の正体は召喚魔法、魔力と契約をもって幻獣と呼ばれる強大な存在を現世に解き放つものである。

 

 そしてその被害は最前線で戦っていたダレンにも、当然のように降りかかっていた。

 巨大な火炎を咄嗟に盾を構えて受け止めようと試みたが、その圧倒的とも言える力によって周囲と同じく吹き飛ばされる結果となった。

 しかし、吹き飛ばされ意識が途切れたが、戦場に慣れたその体はいち早くその役目を回復させようとした。

 

「……ぐっ!」

 

 気を抜けば倒れてしまいそうになる体にムチを打ち、強引に立ち上がろうとする。しかし、それをさせまいと距離を詰めて斬りかかってくる敵兵が視界に入った。

 

「止めだ!」

 

「ちっ! ……ぐぬっ!」

 

 体勢を立て直そうと、斬りかかる兵の剣を盾で受け流そうとした……しかし、その構える動作に全く手応えを感じることができず、そのまま切りつけられてしまった。

 敵兵を蹴り飛ばし、自身の体の異常を確かめようと僅かにその視界を下げた……そして……。

 

「左腕を持って行かれたか……それに左足も骨が逝ったか」

 

 あるべきはずの腕は無く、常に自分を守り続けてきた盾も無かった。足も多少動く分には問題無いが、走ることは叶わないだろう。

 

「くそ……この死にぞこないが!」

 

「確かになぁ……だが、簡単にくれてやる訳にはいかんなっ!」

 

 左手が無くとも右手がある、盾は無くとも武器はある。ならば十分だ、そう自分に言い聞かせ、そして実行していく。

 迫る敵の胸部にフレイルの一撃を与え、その命を奪う。さらに次の兵の集団が向かってきているのを確認し、周囲に倒れている者達を見渡す。

 息があるものも居るが、その大半が既に事切れている。悔しさと怒りがこみ上げてくるが、今はそれを考えている場合ではないと感情を抑える。全身の痛みを押さえ付け、敵集団へと構えたところで後ろから誰かがやってきた。

 

「隊長! ご無事でしたか!?」

 

「ウェイン、それにロミルダか……お前たちの方は無事だったようだな」

 

「ダレン隊長は……その腕は……」

 

「なに、焼けたおかげで止血は済んでおる」

 

 こちらへと近づき、両サイドで武器を構える二人の騎士。中央歩兵隊の副隊長である二人の若い騎士である。ウェインはフルプレートに兜、自分の身長にわずかに欠けるほどの大きさの盾を装備し、ロミルダはウェインとは逆にハーフプレートに両手剣という攻撃的な装備である。

 また彼らの隊も到着し、再び隊列を組み直そうとしていた。

 

「ウェイン、お前は私の代わりに指揮を取れ。

ロミルダはまだ息のあるものを回収して後退しろ」

 

 だがしかしと、ダレンは二人へ指示を出す。この状況ではこの場で無理に戦線を立て直しても被害が大きくなる。ならばここは一度後退するべきだろう。

 そして自身が後退したところでどこまでこの体がもつかは分からない。ならば、この若い二人の騎士に指揮権を渡し、任せるべきだと。

 

「何を……隊長はどうするつもりですか?」

 

「私はここで後退を援護する、さあ急げ! ウェイン、全体の指揮はお前が取れ。恐らく後方からブランシュ様の隊が援護に回る。合流して押し返すのだ」

 

「馬鹿な……ダレン隊長を見捨てろと?!」

 

 語気荒くロミルダが返す。しかし、既に体からは力が失われ始めているダレンには、その問答すらもったいなく感じていた。

 

「時間がない……急げ!」

 

「くっ……了解しました……」

 

 まだ納得しきれないロミルダも少しの間俯いていたが、ウェインに続き行動を開始していた。幾人かの兵士と共に後退の援護えと回る。だが、ダレンはこれでもいいとどこかで思った。あの二人は優秀だ、そして十分以上に成長してきている。だが、それも自分がいてはその能力を発揮し、アピールする場も限られてしまう。ならばと……。

 フレイルを持つ手に力を入れ、最後になるかもしれない戦いへと身を投じる。無念や後悔のたぐいが残るとすれば、一人の少年を……彼の行く末を見守れぬ事だろうか。

 

 

 

――――――

 

「……あれは、サラマンダー!」

 

 チョコボの手綱を握るレミアさんの声が聞こえてから、中央から爆音が響いた。赤い龍がこちらの兵たちを飲み込み、炎をもってそれを巻き込んでいった。

 同時に、その様子を見た私達の隊はその士気が落ち、平時のそれへと戻ってしまった。そして逆に敵軍に勢いを与える結果になってしまった。

 そうなればどうなるか? 元々自力では相手の方が優っているのだ。ならば最初に押し込んだ分をじりじりと返されるという結果になってしまう。

 

「マズイですね……徐々にですが押されてきています」

 

「だけど、こう弓で牽制されちゃ大魔法は難しいですね……サンダラ!」

 

 私自身が後退すればさらに押し込まれ、前線に居れば弓による牽制で長時間の詠唱を確保できない。ショートチャージがある為ラ系魔法で援護しては居るが、それでも一人では全体をカバーする事は難しい。

 レミアさんは器用にチョコボを操りながら、その杖で矢を落としたりしている。

 

「それに本隊のほうも後退を始めました……このままここに留まっては敵の本隊と二面から攻撃される恐れがあります」

 

 苦い表情を浮かべながらも、その手を休ませる事は無い。矢を落としつつ、ケアルなどの回復魔法を使い支援を続けている。

 

「なら僕たちの隊も後退するべきなんじゃ?」

 

 エーテルを一気に飲み干し、汗を拭う。それほどの戦闘をこなしている訳ではないはずだが、やはり戦場というものはその空気に当てられるだけで疲労を蓄積させられていく。

 

「ここまでの乱戦になっていると厳しいですね……兵数の差も縮まっているとは言え、相手もここで後退を許すほどの痛手は負っていないでしょうし」

 

「……なら、やっぱり強引にでも魔法を使うべきかな」

 

 状況を打破するにはきっかけが必要になる。ならばそれを作ればいいのだ……危険はあるものの、そこまで分の悪い賭けではないだろう。

 その私の声が耳に届いてるはずだが、レミアさんは戦場の遠くを見たまま何かを考えている。そして、その鋭い目を僅かに細めながら口を開いた。

 

「いえ……どうやら向こうからその機会を与えてくれそうです」

 

「どういう事です?」

 

「中央の魔道士隊の一部がこちらに移動してきています……ならば相手の方が魔法に合わせて一度下がるはずです」

 

 それはつまり相手から魔法が放たれるということで……それはむしろ不味い状況なのではないだろうか?

 釣られないように前線の深追いを抑えても、そのタイミングで攻撃されるのはキツイ。しかし、その状況こそが機会だとレミアさんは言っている。

 

「……もしかして、相手の魔法に合わせてこっちも魔法を使えと?」

 

「はい、それも相手の魔法ごと吹き飛ばせる威力の魔法を……そうですね、出来れば最初に使ったファイジャあたりが最適ですね」

 

 中々に無茶を言う人だ……しかし、成功すればきっかけどころか再びこちらに優位は傾くだろう、ならば考えるまでもないか。

 ならばとレミアさんに了承の意を伝え、その瞬間まで同じように……いや、相手がこちらを狙いやすい様に中央で派手に暴れておく。

 

 

 

「もう少しで相手の魔道士隊が到着します……後退しますので詠唱を開始してください」

 

「分かりました、フォアラント! 僕たちは一度下がる、なんとか持ちこたえてくれ!」

 

 私達よりも前線で戦っているフォアラントに声をかけておく、私と戦ったときとは別人の様に堅実な戦いをしているのが印象的であった。

 打ち合っていた敵を弾き、視線も向けずに大声て返してきた。

 

「何するか知らないが早めに頼むぞ! こっちはそう持たないぞ!」

 

「分かってる、とにかく深追いだけはしないように!」

 

 後退と同時に集中を開始していく、ロッドを握り締め、目を閉じ、魔力を練り上げる。

 

「リシューナ子爵の騎兵隊も動き出しました……ここで戦場の流れを変えることが出来れば勝利を手繰り寄せられます」

 

 同時に父の本隊も動き出したようだ。騎兵隊がどう動いているかは私からでは分からないが、父のほうは中央の援護とこちらに一部の兵を回している。

 ここで私達の行動が成功すれば、本隊からの援軍で左翼側はこちらの勝利になるだろう。なら、是が非にでも成功させなければならない。

 

「……敵軍が僅かに引いています……そろそろです」

 

 息を吸い込み、詠唱を開始する。敵が下がったおかげかこちらに対する牽制が甘くなったように感じられる。さらに私の側にいる兵たちは盾を構えて壁を作ってくれている。さらにこの瞬間のみ、弓隊の援護を私へと狙いを定めている敵に集中させる。

 

 そして、敵側から複数の魔力の高まりを感じたところでレミアさんからの指示が飛んできた。

 

「敵攻撃魔法来ます!」

 

「地に閉ざされし内臓にたぎる火よ 人の罪を問え!」

 

 目を開けば圧力は弱まるどころか増していた。しかし、それでも周囲の兵は私を守るために身を挺して盾を構えていた。

 その気持ちに……行動に報いるために、こちらに放たれたいくつもの魔法を睨みつけ、そして狙いを定める。

 

『ファイジャ!』

 

 私が放った巨大な魔法は正確に敵の魔法へと向かい、その複数の魔法を飲み込んでいった。さらにファイジャの勢いは止まらず、再び敵の先頭へと落着していった。

 巨大な爆発がおき、敵陣に混乱が起きているのがわかる。その機会を逃すまいとレミアさんは大声で指示をつづけていった。

 

「後退を開始! 本隊の援軍と連携して叩く、弓隊は援護射撃を開始!」

 

 もう指揮に関しては任せてしまおうと考え、私はさらに詠唱を続けていく。

 さっきの敵軍の召喚を見て全体の士気が動いたのだ、ならばそれはこちらにも同じことが言えるはずだ。そして、出来ることなら相手に大きな恐怖を与えられれば言うこと無しだろう。

 ふと、かつての記憶が蘇って来た。恐怖と言うよりは若干のトラウマではあるが……。

 

「大魔法を連発できるとは相手も思っていなかったでしょう……え?」

 

 レミアさんには珍しく、戸惑いの声が漏れたのが聞こえた。

 

「次いきますよ!」

 

「この感じは……召喚魔法?」

 

 隊を後退させてはいるが、敵も追撃をかけ始めている。さらに中央からもこちらに向かってくる敵兵が見える……が、この状況はむしろ望むところだ。

 連続した魔法で大分消耗してきているが、それでもまだ問題ない。再び魔力を練りこんでいき、召喚魔法を唱える。

 

「陽光閉ざす冷気に、大気は刃となり 骸に刻まん! 『クリュプス』!」

 

 『恐怖の最終章』

 それはかつてFFTという作品をプレイしていた時の話、このゲームにおける初見殺しとも、詰むポイントとも言われる場所の一つ。リオファネス城での戦いで敵が使う魔法の一つである。別にこの魔法が厄介という訳ではないが、どうにも印象に残っている召喚魔法である。

 そんな昔の思い出はさておき、戦場には巨大な一つ目の悪魔が降り立った。大地を踏み抜きながら歩き、その振動はまるで大地を直接叩きつけられるような衝撃を与えていた。

 敵側からいくつもの悲鳴が聞こえ、そして押しつぶされていく様が見える。その巨体は敵兵の心を抉いていき、さらにその陣形すら破壊していった。

 

「……非常識ですね」

 

「多少は自覚してます。本隊からの援軍が来たみたいですね」

 

 レミアさんの呆れたような声をスルーしつつ、援軍は敵の横へと突撃を仕掛けていった。大魔法、召喚魔法の二つも重なり混乱に拍車をかけている敵軍に対しては、かなりの戦果が見込めるだろう。

 そして、その隊から一人こちらを見つけると走こんできた。

 

「隊長のトリスタン様ですね? リシューナ将軍から伝令です、まだ余力があるようなら中央の援護へ向かえとの事!」

 

「こちらはこのまま押し切れるでしょう、一部の兵を連れて向かいますか?」

 

 立ち直ったレミアさんは、その報告を受けてそう進言して来た。自分の状態を冷静に見てもまだ戦える。それに先ほどの相手側の召喚魔法、あれの被害も気になる……。ならば向かうべきだろう。

 

「そうですね、直ぐに向かいましょう」

 

「中央の指揮はダレン殿がとっています……今だ崩れていないのは流石と言えますが、やはりこのままではキツいはずです。急ぎましょう」

 

 言いながらレミアさんは手綱を引き、駆け出した。フォアラントに隊の指揮を任せ、護衛の兵を連れて行く。すでに私達の隊はその役割を大きく果たしている、後は負傷兵の治療などに移行していくなら彼でも問題ないはずだ。……というか私よりも余程適任だろう。

 

 それに、あのダレンさんがそう簡単にやられるはずは無いと私は知っている。合流し、本隊の援軍と連携すれば押し返せるはずだ。

 

 そう考えていたし、そうなると思っていた。しかし、目的の場所に着いてもダレンさんの姿は見えなかった。

 

 

―――――――

 

 

 

「左翼より援軍に来た遊撃隊のトリスタン隊長と副隊長のレミアです。ダレン隊長は?」

 

「援軍感謝します! 現在ダレン隊長の代わりに指揮をとっているウェイン・リーバーです。

ダレン隊長は……」

 

 中央へと移動し、その指揮をとっているであろう場所には重装備に身を固めた騎士が指揮をとっていた。

 そして、その兜によってその表情を完全に見ることは出来ないが、僅かに見える表情と口調は悔しそうで、そして視線を伏せていた。

 

「何が……何があったんですか?」

 

「私達の後退を援護するために前線に……申し訳ありません、私の力不足で……」

 

 その言葉を聞き、私は全身に冷水をかけられた様な感じがした。あのダレンさんが? 殺しても死なないようなあの人が? にわかに信じられない言葉だ……しかし、目の前の騎士は小手から血が落ちる程に拳を握りしめている……。

 

「今は……今はこの状況を打破するのが先決です。トリスタン様、ここは……」

 

 レミアさんがその言葉を言い切る前に、一人の女性騎士とそれに続いて数名の兵が誰かを担ぎながらこちらへとやって来た。

 

「ロミルダか!」

 

「ウェイン! ダレン隊長を連れてきた! 誰でもいいから回復薬をあるだけ持って来い!」

 

「ダレンさん!」

 

 担ぎ込まれてきたのはダレンさん……しかし、その体にはいくつもの矢が刺さり、多くの傷ができ出血も酷い。そしてあるはずの左腕すら肘から下は無く、肩口から焼け焦げている。

 

「隊長! クソっ! 早くフェニックスの尾を持って来い! 急げ!」

 

「もう既に試した! だが出血が酷くて意味が無いんだ!」

 

 僅かでも……そう、HPという概念があるなら1でも残っていなければ回復が効かない状況である。しかし、ゲームとは違い現実にはそうすぐに蘇生出来るものではない……。

 二人の騎士と周囲の慌てる様子は私を絶望させるには十分であった。

 しかし、その様子を見てレミアさんは一歩前に出た。

 

「……レイズを使います。成功したら直ぐに回復薬を」

 

 言いながら横たえているダレンさんに近づき、詠唱を開始している。

 そうだ、何を絶望する理由があるのだ……そんな事をする位ならばできる事はいくらでもあるだろう。

 

「生命をもたらしたる精霊よ 今一度我等がもとに レイズ!」

 

 光りが幾重に重なり、ダレンさんの体へと入り込んでいく。しかし、それだけで変化は見られない。

 

「……もう一度」

 

「おい、頼むよ……ダレン隊長、帰ってきてくださいよ!」

 

 そう、私に出来ることをすればいいのだ。

 レミアさんの反対側に立ち、詠唱を開始する。失敗の可能性もあるのだ、とにかく急ぐに越した事は無い。

 

「まだだ……まだ沢山教えてもらいたい事があるんだ……だから……!

 

生命を司る精霊よ、失われゆく魂に、今一度命を与えたまえ! アレイズ!」

 

 レイズに重ね、アレイズを使っていく。大きな光が収束し、同じようにダレンさんの体へと入り込んでいく。これでダメなら次は拳技の蘇生だ。

 

 しかし、今度はうちから湧き出る光りが傷を癒していき、ゆっくりと瞼が開かれていった。

 

「……ここは」

 

「ダレン隊長!」「よかった……本当に」

 

「本当に……まだ教えてもらいたい事が沢山あるんだから……」

 

「トリスタン様……」

 

 怪我は塞がっても、今だ起き上がれるような様子ではない。それでも、確かにその体には暖かさが宿っている。

 

「そうですな……それに、私もまだ教えきれていなかったですしな」

 

「まったく……だよ」

 

 自然に涙が溢れてくる。そう、戦争なのだから親しい人間が死ぬこともある。ただ、ただやはり助かったくれて良かった。今はただその感想しか出てこなかった。

 

「……っぐ!」

 

「隊長、まだ無理に起き上がっては……」

 

「だったら早く指揮をとらんか! ウェインは全体を、ロミルダは前線を支えろ!」

 

「はいっ!」「了解です!」

 

 聞くやいなや二人は駆け出した、各々のいるべき場所へ。そしてダレンさんは次に私の方にその顔を向けてきた。

 

「気をつけてください、相手には高位の召喚士が居ます……直に次が来るでしょう」

 

「そうだ……そうだったね。礼はきちんとしなきゃいけない」

 

 これは戦争であり、ここは戦場なのだ。相手の行動は正しい……そして私がそれを阻止する事も。

 怒りではない……と思う。しかし、自分の感情が高まっているのも事実だ。殺したり殺されたり……何とも因果な話だとは思うが、ここで割り切れる程私は成長出来ていない。

 

「レミアさんは治療をお願いします」

 

「……分かりました、お一人で大丈夫ですか?」

 

「それでしたらウェインの傍がいいでしょう。あれは全体を見る力に長けています」

 

 

 

 二人の言葉を受け、先ほどの騎士の元へと駆け出す。程なくしてその姿が見えてきた。現在は盾を構えながら自動弓で前線を援護しているようだ。

 

「ウェインさん!」

 

「先ほどの……トリスタン隊長ですね、どうしてここに?」

 

 すでに冷静さを取り戻し、指示を飛ばしながらこちらに返事を返してきている。

 少し先には先ほどの女性騎士が、その両手剣を振り回している。

 

「敵の召喚士は僕が抑えます……どこに来るかは分かりますか?」

 

「……来るとしたら再び中央ですね、それも恐らくここでしょう……相手の後方に動きがありましたし、もうあまり時間は無いと思います」

 

 やや間が空いたのが気になるが、そういう事ならば丁度いい。と、言うよりもわざわざ待ってやる必要もないのだ。再び集中を開始、詠唱を始めることを伝えておく。

 

「先手をうってこっちから行きます……少しの間護衛をお願いしていいですか?」

 

「しかし、敵の召喚が来るならば散開指示を……いえ、分かりました。詠唱中は私が護衛しましょう、矢の一本たりとも届かせません」

 

 こちらの無理を飲んでくれるのは有難い。やはり、ダレンさんの下に居た人なら多少は私の話も来ているのだろうか。そのあたりは追々確認すればいいだろう。

 ロッドを敵軍に向け、詠唱を始めていく。この時、私の気のせいかもしれないが、敵側からも同じ魔力の高まりを感じた。確証もなにもあったものでは無い、しかしどうにもそれが相手の召喚士のものだと思えたのだ。

 

 

 互に撃てる力を放てと。互に持てる力を使えと。ぶつけろと。

 

 そんな思いが巡った。

 

 

「炎の精霊よ、今一瞬の全ての炎を その手に委ねる……」

 

「夜闇の翼の竜よ、怒れしば我と共に 胸中に眠る星の火を……!」

 

 

 聞こえるはずの無い詠唱。しかし、確かに私の耳にはそれが届いた。そして同時に、それは完成した……。

 

 

『サラマンダー!』

 

『バハムート!』

 

 

 片方は大地から巨大な炎の龍が……。

 

 片方は大空から巨大な黒い翼龍が……。

 

 それは両軍のぶつかり合いを代弁するかのように、戦場の中央でぶつかりあった。

 

 炎を纏った龍はその勢いを高め突撃し、翼龍はそれを飲み込む程のブレスを放つ。

 

 結果はシンプルだった。バハムートの放ったメガフレアはサラマンダーを飲み込み、同時に敵軍を一直線になぎ払っていった。

 そしてその瞬間に合わせた様に、敵軍に横から一陣の騎兵隊が突き抜けていった。




ドーターのスラム、ガフさん、リオファネスが3大難所+トラウマ


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第16話

 右翼弓隊に迫っていた鴎国の歩兵隊を蹴散らし、その騎兵隊は敵の中央歩兵隊の側面へと到達していた。

 その先陣を駆るのはダルガ・リシューナ。金色の髪をなびかせながらその速度を速めていく。目指す先は今まさにバハムートの一撃が届こうとしている敵歩兵隊へ。

 

「さあ行くぞ……突撃隊形! 横から突き抜けるぞ!」

 

「あそこまでされて抜けられませんでした……じゃあ、締まりませんからね」

 

 リシューナのすぐ傍を駆ける騎士はそう軽い様子で返した。召喚獣の存在に圧倒され、そしてその一撃によって陣形を崩されるであろう敵部隊を抜けずにして、何が南天騎士団騎兵隊かと。

 

 南天騎士団騎兵隊、イヴァリース国内において最高の機動力を誇り、その突撃力は国内随一と言われている。ダルガ・リシューナ自らが指揮をとり、戦場を縦横無尽に駆ける姿から『風神』の二つ名を与えられている。

 この風神の名はリシューナ本人よりむしろ、その騎兵隊に与えられていると言っていい。機動、連携、練度、そして各個人の力量も一線を画していた。

 通常、騎兵の運用では大人数の部隊に対して突破行動を行うことは無い。突撃力があろうとも騎兵とて大地を走っているのだ、足が止まることもあれば転ぶこともある。しかし、この隊であれば陣形が崩れ迎撃状態に移れない歩兵隊を抜くことは造作もないと言えた。

 

「前列、ランス構え……チャージ開始っ!」

 

 その突撃は3匹目の龍の様に、そしてバハムートのメガフレアの様に敵陣を貫いていった。

 

「中列は開けた穴を広げていけ! ライオット! 合図を出せ、全隊を攻勢に転じさせろ!」

 

「了解です!」

 

 その指示を受け、突撃の最中でありながら弓を構え、それを天に向かって放って行く。小さな火薬の詰まった矢は中空で破裂し、赤い煙を出していく。予め決められた合図の一つであり、今回のそれは攻撃の意味である。

 

 リシューナは戦闘を駆け抜けながら剣を振り抜いていく。普段扱う武器はレイピアであるが、騎乗状態では振り払えるように通常の剣に持ち替えて戦う事にしている。正確に鎧のつなぎ目や首筋、一撃で相手を倒せる箇所を狙っていく。

 足を止めず、腕を止めず、されど頭の中では戦い以外の事を考えていた。そう、先の魔法である。

 あの子供、トリスタンは時魔法のメテオ、黒魔法の三大魔法、そして召喚魔法のバハムートとクリュプスを召喚した。さらに正しい情報かは分からないが、モンスター討伐でのフレア……それもこの状況を見るならば本当なのだろう。全くもって……。

 

「くくっ……くっはははは! 本当に驚かせてくれる」

 

 一人、また一人と敵兵を切り裂き、その返り血に鎧を赤く染めながらもリシューナは笑っていた。

 驚きの感情以上の歓喜、本物であったと、あの子供も自分と同じ一線を超えた存在であったと。いや、もしかすると自分以上であるのかもしれない。世の中にはそういった人間は存在する。努力だけでは到達することの出来ない域、ただ一人の存在で戦場に影響を与えるもの。

 普通の人間であれば凄いと思うだろう、味方であってくれれば頼もしく、そして頼れる存在に感じられる。常人よりも才能のある人間ならば恐るだろう、その能力に、いかにしても届かない力であると、そんな存在は有り得るはずが無いと、自分にも才能があるだけにそれがよくわかってしまうと。

 平時であれば開花しなかった才能かもしれない。しかし、今は戦時なのだ。そして戦時とは往々にしてそういった存在を生み出す。そう、人々に英雄と呼ばれる存在を。

 リシューナは高揚する気分を乗せるように剣を振るっていく。

 

 

 この戦場の中にリシューナと同じような考えに至っていたのはもう一人居た。

 遊撃隊の副官になり、その実質的な指揮をとっていたレミアである。

 レミアは自分がリシューナの言うところの常人よりも才能のある人間の一人だと思っている。他者よりも色々な方面でその能力は高いのだろう。今まさに戦場の勝敗を決した二人と比較しても、方面によっては優っている部分は多々あるだろう。

 だがしかしだ、自分に同じことが出来るのか? 全く同じことでなくともいい、別な方面、回復でもなんでもいい……あれだけの事を出来るか? そう問われれば不可能と即答するだろう。

 同時にクロムウェンの考えや思いも分かってしまう。リシューナは見ていないだろうが白魔法のアレイズまで使ったのだ。確かにアレイズ自体ならば自分も使える。しかし、それ以外にあれだけの種類、あれだけの大規模魔法を扱えるのか。

 魔法とは才能以外にもそれぞれの魔法を学ぶ時間が必要とされる。その魔法を学んでもいないのに扱えるはずがないのは当然の道理だろう。では白魔法でアレイズを覚えるまでにどれだけの時間が必要になる? 自分よりも高い才能をもっているならばその時間は短いのだろう、半分か? それとも1割ほどなのか? だがしかしだ、例え1割だとしても1年、それを全ての……黒魔法、時魔法、召喚魔法全てに当てはめてどれだけの時間が必要になる?

 

 有り得ないのだ……あの子供が魔法に関与してから……いや、物心がついてからどれだけの時間があった? 言葉を理解し、魔法を理解し、そこからがスタートなのだ。ならば5年か? 多く見積もっても6年。6年だ、たったそれだけの時間しか無いのだ。

 

「……」

 

 レミアは自分の体が震えていることに気がついた。震える体を抑えようと右手で左腕を抑える。それでも尚、震えが止まる事はない。そうだ、クロムウェンも同じ考えに至ったのだろう。だからこそ排除しようと考えたのだ。

 そしてそれと共にリシューナの考えも……自分を付けたのは監視の意味も含めているのだろうと。どのような存在であれ、まだアレは子供なのだ。単独で砦を落とし、軍を崩壊させる力を持った子供など考えたくもないが、それでも事実は事実。その成長が真っ直ぐ……それが貴族にとってであれ、国にとってであれ……成長すれば良し、もしその考えが周囲の意思と違う方向に進むのであれば……。

 

 レミアはローブから一本の短剣を取出し、それを握り締めた。願わくば、これを使う機会が訪れる事がないように……そう願いながら。

 

 

 

 バハムートの一撃、そしてそこにリシューナ子爵率いる騎兵隊の突撃により、この戦いの大勢はついたようだ。

 最早中央の鴎国軍は瓦解しており、後方にある本隊は前線を見捨てて撤退しようとしている。いや、アレは撤退というよりも逃走と言うべきか……。

 頬を伝う汗を右手で拭い、息を一つつく。指揮をとっていたウェインさんは既に前線を押し上げるべく、前へと進んでいった。この状況ではもう私の出番はないだろう。

 

 今だ戦いの最中ではあるが、自分の役割を終えた事が私の緊張の糸を切ったようだ。

 足から力が抜け、尻餅をつきそうになったところで後ろから抱きかかえられるように支えられた。

 振り返ってみればそこにはレミアさん……が、表情が怖い。いや、戦場なのだから当然なのだが、どうにもその視線が私に向いている気がするのだが……。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

「……いえ、なんでもありません。お疲れ様です。

後は残った敵を追撃するだけです、私達遊撃隊は後方に下げましょう」

 

 険しい表情が和らぎ、いつもの表情へと戻ってくれた……。若干の安堵と共に、先に騎乗したレミアさんから差し出された手を取り、本陣へと向かうことにした。

 

 今回の戦いでの自軍の被害は死傷者を合わせて実に700名にも登ったが、同時に敵軍にも致命的とも言える大打撃を与えることが出来た。オルダリーア側の被害は投入した戦力の4割を喪失、2割が捕虜、そして2割が軍から逃げ出すという結果になった。

 そしてこの戦いでの被害は、こと北部戦線で見ればイヴァリース側の勝利を決定づける事になり、私達は追撃の勢いをもってさらに奥の砦へと攻め寄せ、これを陥落。

 この時点でゼラモニア平原北部における鴎国側の兵力はほぼ壊滅。最後の砦を落とし、その勢力図を畏国のものとすることが出来た。

 

 砦攻めに関してはほぼ特筆すべき事は無かった。初戦に置ける奇襲、そして先の戦いによって兵力を枯渇させた鴎国側に苦戦する事はなく、ほぼ指示通りに魔法を放つだけであった。

 ……まぁ、メテオやバハムートなどの砦を破壊しかねない魔法は使用禁止を言い渡されたのだが。

 

 初戦の戦闘から僅か2週間、強行軍とも無理攻めとも言えるこの進軍は鴎国側の援軍を許さなかった。同時に相手側も攻めるだけの情報と勝算を得られなかったのだろう。

 

 そしてこれらの一連の戦いは私という存在の名を自軍、敵軍……そして自国、敵国問わずに広がり始める。

 一部の貴族や兵からは災厄の魔道士。

 

 自国の民からは奇跡の魔道士。

 

 そして敵軍の兵からは……『魔人』と。

 

 そしてそれは私を取り巻く世界が変わっていく事を示し。世界の……歴史の流れに飲まれていくことを示していた。

 

 

 また、一連の戦いが一段落した頃、ゴルターナ公からの褒賞として異例ではあるが、私に魔爵の爵位が与えられる事になったとリシューナ子爵から伝えられた。真実かどうかは分からない噂ではあるが、今回の戦いで私を排斥しようとしていた貴族からの爵位移譲という形らしい。

 そして王家からの褒賞として、『ソーサラー』を名乗る事を許された。そしてその証としてドラゴンロッドを与えられるらしい。まぁ、既に50個程持っているのだが……。ついでに言えば、ソーサラーのジョブが解放されたようだが、新しく覚えられるのはダークホーリーだけという残念な感じが否めない。

 

 これからの私については北部戦線に決着が着いた為、リシューナ子爵率いる本隊は南部方面への援軍へ向かい、父は北部の砦の守りに就く事になる。

 私という存在がいる可能性がある以上、敵もそう簡単に手は出せないだろうという判断である。

 そして当の私は、来る会戦までの期間に王都ルザリアへと向かい、その後魔法都市ガリランドにある士官アカデミーへと通う事になる。数ヶ月程の時間ではあるが、その間に指揮官としての教育を修了させるべきという意見からこうなった。

 

 

 それは新しい出会いと共に、よりこの世界へと深く結びついていく事になる。

 

 

 

   Chapter.1 異端たる者    end



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外伝1

サブタイトルはある意味再開です


 ――それは400年後の話

 

 

 

 

 木々がひしめく森の中、一人の男が駆けていた。

 その肩口からは血が流れ出ており、これ以上の失血を抑えるために必死で手を押し付けていた。

 

 血を垂らしながらも、男はひたすらに走る。後方から迫る自分を狙う者たちから逃げるために。しかしいつまでもこのままという訳には行かない。自分の体力の限界は近づき、肩の怪我も運動量が増えているために出血が酷くなっている。

 酷い疲労感と倦怠感に襲われながらも、それでも足を止めることは出来ない。幼少の頃田舎で育ち、多少なりとも山の中で走るという行為に慣れていても、追っ手の連中とは根本の体力が違う。ならばどうすればいいか?

 

 男は頭の中で詠唱を紡ぎ、その術式を組み上げていく。すでに幾つかの強化魔法を使ってはいるが、それでもあと一つくらいならばどうにか出来る。

 

『――バニシュ』

 

 一際大きな木を通り過ぎようとしたときに、強引に横へ飛びその影へと潜り込む。そして同時に魔法を完成させた。

 バニッシュ。時魔法に分類されるそれだが、その効果は時間に干渉するよりもむしろ空間に干渉する魔法である。己の周囲に魔力でベールを貼り、視覚的探知を断つ効果をもつ。

 さらに男は血に汚れた上着を茂みの中へと放り投げ、シャツを使い強引に止血をしていく。後ろから追っ手の足音が聞こえてくるが、荒くなった呼吸をどうにか抑えながら別の木の影に隠れていく。

 

 そうして僅かな時間の後に、男を追っていた連中がやって来た。黒装束を纏い、その顔すら分からないようにマスクをつけている。数は二人……他にもいるならばお手上げであるが、この二人だけならば……そう考え、新たに魔法を作り上げていく。

 

『――スリプル』

 

 うすら甘い匂いが風にのって追っ手たちのところへと流れていく。そうして異変に気づいた時には既に遅く、二人の追っ手は深い眠りに堕ちていった……。

 男は息を潜め、周囲を探っていく。そうして数分の時間が過ぎても周囲に変化がないのを確認し、その場所からゆっくりと離れていく。

 

 

 傷を白魔法で治療し、地面に座り込む。木を背もたれに男はゆっくりと思い返す。どうしてこうなったのか……男の記憶は数時間前へと遡る。

 

 

―――――

 

 男の名前はアズラエル・デュライ。歴史学者であり、神学者であるアラズラム・J・デュライを祖父に持つ魔道学士である。

 アズラエルは祖父や父のように神学などには進まず、魔道学こそ自分の道と定めこれまでの人生を歩んできた。しかし、その学ぶ魔法も古代魔法などに傾倒したあたり、やはり血は争えないのだろうか。

 

 彼の人生は順調であった。祖父や父の下から離れ、一人魔道学の研究へと明け暮れ、そして周囲からも一定の評価を得ていたのだ。それが一体いつ歯車が狂ったのかと問われれば、それは父が亡くなった時からだろう。

 父の友人である神父、ストーン司教から手紙が届いたのだ。その中身は父が亡くなった事について書かれていた。確かにここ暫く体調を崩しているという話を聞いてはいたが、それでも寝耳に水な出来事であった。

 アズラエルは急ぎ父の家へと急ぎ、その事実を改めて確認させられる事になった。

 

 しかし、ここまでなら誰もが通る道である。アズラエルの年齢は30を超えており、周囲を見れば同様の経験をしている者も居るだろう。しかし、問題は父の遺品の整理から始まった。

 

 祖父と父、この二人が歴史学者としてかつてのイヴァリースの歴史を調べていた事は知っていた。祖父に関して言えば祖先にあたるオーラン・デュライが残したとされる『デュライ白書』をどこからか入手し、それについての解釈書を出版しようとした。

 祖父はそれまでにも現教会の最大派閥であるミュロンド派と対立するような著書を出し、時に世間を騒がせていた。

 しかし、過去に出版した本で実際にそれほど大きな問題にはなっていなかった。よくある歴史解釈、様々な視点の一つから読み取った歴史。方向性の違いはあれど、同じような本はいくらでもある。だが、『デュライ白書・400年目の真実』……これだけは違った。

 その本は教会の名誉を著しく傷つけ、かつその情報の正誤が確認出来ないとし、グレバドス教会から裁判所を通じて差止めがかかったのだ。

 これに対し祖父、そして父も激しく反論。教会との大きな議論を巻き起こした……しかしそれも出版される前の状態であったため、公にはあまり知られない結果となっていた。

 結局この本についてはごく一部にのみ出版されるだけに留まり、教会から有害指定図書として認定された。これについては久しぶりに実家に帰った時に、祖父と父が大いに憤慨していた事が今も思い出される。

 

 この問題についてアズラエル自身が知っている事はこれだけである。その後祖父が亡くなり、自身も魔道学という道へ進むために実家を離れる事になっていたからだ。

 

 遺品の整理をしつつ、葬儀の準備に追われている中、家に数名の集団が訪ねてきたのだ。

 その集団の先頭は法衣姿であり、グレバドス教会の人間であることは分かったが、その人物の引き連れていた連中はいかにも怪しい姿をしていた。

 黒いローブに、顔全体を覆う三角の頭巾。思わずどこのカルト集団かと叫びたくなったが、既のところで思いとどまる事ができた。

 こちらの様子などお構いなしに、先頭の男は名前を名乗り、そしていくつかの質問をしてきた。

 

 男は名前をアイザックと名乗った。質問とはかつて父達が編集した『デュライ白書・400年目の真実』その原本の在処であった。

 不審を絵に書いたような連中である、警戒をしながら知らないと返事をした。実際にアズラエルはまだ遺品の整理に手をつけてはいるが、それより先にすべき事は山積みであったから、本当にその原本を把握していなかった。

 こちらのその様子を察したのか、無駄だと感じたのか、男たちは暫くすると家から出て行った。帰り際にもし見つけたら連絡が欲しいと、一枚の紙切れを渡すだけ渡してだ。こちらの質問を受け付ける様子もなく、父のなんなのだ という問いかけにすら無視して……。

 

 そのことがあってから半年ほど、膨大な量である祖父……いや、それ以前から集められた蔵書を整理し、祖父達が趣味で集めた古びた品々を片付けていった。蔵書の中にはアズラエルも惹かれるような本もあったが、以前訪ねてきた怪しい連中たちが言っていた原本は存在しなかった。彼らからはその後の連絡はないし、大きな問題もないのかと考え、徐々にその記憶は薄れていった。

 母に聞けばもしかしたらわかるのかもしれないが、生憎とすでに離婚し、この家から離れて久しい。父の葬儀にも参加することは無かった。

 

 

 蔵書の整理に一段落がつき、色々なことに整理が付き始めた頃再びノックの音が聞こえてきた。

 玄関へと向かい、訪ねてきた人物を確認するとそこにはストーン司教が立っていた。白髪交じりの髪に、ややゆったりとした司祭服、目は閉じてるように細く薄いメガネをかけている。

 ストーン司教はデュライ家とはそれなりの付き合いの長い人物である。グレバドス教会の一員であり、本来なら祖父や父たちとは対立する側の人間なのだが、昔から祖父たちと語り合う事が多かった。その内容も単純な糾弾や批判などの類ではなく、歴史学に基づいた観点から方向性は違えどお互いに尊重し合う関係であると感じていた。

 また、父の死に関しても一番に連絡をくれた人物であり、アズラエル自身も信頼をおいていた。

 

 「こんにちわ、アズラエルさん。気持ちの整理はつきましたか?」

 

 そう言いながら温和な笑顔をこちらに向けてきた。父の葬儀に関しても良くしてもらい、その後についても色々とお世話になっている。身近な人の死というものについてもフォローをしてもらったのだ。アズラエルも祖父たちの影響や半年前に訪ねてきた連中のイメージから教会というものに良い印象をもっていなかったが、このストーンという人物こそ司祭とはこうあるべきと感じていた。

 

 「お久しぶりです、司教。おかげさまでなんとかなっています……もうそろそろここの整理も終わりますし。そうしたらまた自分の居た場所に戻ろうかと思ってます。」

 

 ストーンを家に案内し、お茶を用意する。対面の席へと座り、自分のこれからを相談しようと話をすすめた。

 

 「そうですか……ここはどうするつもりですか?」

 

 「しばらくはこのままにしておこうかと、これだの蔵書量ですし、祖父たちの研究なども残ってますから……父が所属していた学会に寄与してもいいですしね」

 

 魔道学を学んでいる自分には宝の持ち腐れです……と付け足し、苦笑いを浮かべながらふと思い出した事をストーンに尋ねた。

 内容は半年前に訪ねてきた連中のことだ。あれから音沙汰がないために忘れがちであったが、ストーンに合う機会があったら聞こうと思いだし、落ち着いたいい機会だと感じ話し始めた。

 

 一通りの内容を話し終えたところで、ストーンの様子がおかしいこちに気づいた。普段から温和な表情を浮かべている彼にしては珍しく、焦りのような表情が見て取れる。

 

 「司教? 顔色が悪いですが大丈夫ですか……」

 

 「ええ、すいません……大丈夫。それで、その人たちはいつ頃?それにその後は?」

 

 汗を拭う動作を入れながらこちらに訪ねてくる。気のせいか僅かばかり語調が早くなってきている。

 

 「あれから……もう半年になりますか。あれっきり連絡もないですね。それに尋ねられた祖父たちの書いた原本というものも見つかりませんでしたしね。」

 

 アズラエルにはストーンが何故そんなに焦っているのかわからず、肩をすくめながらそう答えた。嘘を言うつもりもないし、そもそも無いものは仕方ないのだ。希望するなら家の中を調べさせてもいい。

 しかし、そんなアズラエルの胸中とは裏腹にストーンは勢いよく立ち上がると窓の側へと近づいた。しきりに外を確認しながら鍵をかけ、カーテンを閉めていく。

 ストーンの変わりようと急な行動に驚きながら、その不可解さに不安が生まれてくる。

 

 「司教……一体どうしたっていうんですか? 彼らは何かあるんですか?」

 

 「大事な事です、いいですかアズラエルさん。彼らの言った原本の在処は?」

 

 こちらの質問には答えず、こちらに詰め寄り訪ねてくる。その様子を見るに状況が逼迫しているように見える。

 

 「司教まで……原本はみつかりませんでした。蔵書の整理は終わったばかりですがそれらしいものはありませんし、父や祖父の部屋にも……それで一体なにをそんなに焦っているんですか?」

 

 状況を理解しようと尋ねるほどにストーンの焦りが大きくなっているように見える。一通りのカーテンを閉め終え、普段から見えているのか分からない目がそうとわかるように開かれている。

 

 「彼らは『神殿騎士団』と呼ばれる者たちです……教会の中でも過激な思想を持ち、目的にためには手段を選ばない……そんな連中です。」

 

 「手段を選ばないって……一体なんなんですかそれは!? それに目的って……」

 

 そんな馬鹿な話が……そう思いながらさらに訪ねていく。それに神殿騎士団……その名前自体は聞いたことがあるが、それはもう遥か過去の話だ。それこそ父達が纏めていた時代の……。

 

 「それはわかりません……ですが彼らがここに来たという事は、絶対に何かしらの目的があるのでしょう。それも、あなたの父達に関わる事が。いいですか、今すぐあなたの母のところに……!」

 

 「わからないってそんな……それにっ!」

 

 問答を続けようとしたところで、玄関口の方から大きな音が響いてきた。それは……そう、扉をこじ開けるような、破るような……そんな不穏な音が。

 

 「なんだっ!?」

 

 「こんな時にっ! アズラエルさん、いいから早くここから逃げてください!」

 

 ストーンはこちらの腕をつかみ、見た目からは想像できないほどの力で引っ張っていく。

 裏口のほうへと走る、途中の棚などを倒し、ドアを塞ぎながら進みその場所に着きやっと腕を離された。そして次はこちらの両肩をつかみ息を切らせながら早口しゃべり出してきた。未だに現状を理解しきれない混乱しながらもその言葉を聞き逃さないようにと耳を傾けた。

 

 「いいですか、アズラエルさん。あなたの母の居場所は知っていますか?」

 

 「それは……一応わかりますが、一体この状況はなんなんですか!」

 

 「詳しい話しをしている時間はありません。私はここで時間を稼ぎます……とにかく逃げて下さい、そして彼女のところへと急いで!」

 

 そう言いながらもストーンはドアを塞いでいく。家族が数人いた頃でも大きいと感じていたこの家でも、やはり玄関口から裏口ではそう距離は無い。それでも身を隠す場所を探しながら、司祭服のなから銀色の銃を取り出していた。

 

 「司祭……それは……」

 

 「急ぎなさい! 彼らがすぐそこまで来ています! さあ早く……!」

 

 言いながらも裏口に通じる扉に衝撃が走り始めている。状況は理解できないままに、アズラエルは走りだした。外へと飛び出し、そして体力の続く限り走り続けた。

 この家は街から少し外れた場所に建っており、町までは歩きでは少々かかる場所にある。それでも街につけば誰かに助けを求められるだろうと考えたが、当然相手もそう考えていたのだろう。街へと続く道がある方角からもかつて見た怪しい装束を着た連中が走ってくるのが見えた。走る向きを変え、森の方角へと向かう。

 後ろで銃声が響きだし、恐怖心を掻き立てられる。森の入口へと入る直前にその一発がアズラエルの肩へと当たってしまった。

 

 「ぐっ……!!」

 

 それでも……いや、だからこそ走り続けなければならない。足を止めず、とにかく走り出していく。一体自分の身に何が起こっているかもわからずに……空は曇りだし、やがて雨が降りだしていく。まるでこれからの道を示すように……。

 

 

 




更新ペースは遅くなりますが、また投稿していきます
次回からチャプター2本編です


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CHAPTER.2 奪う者奪われる者
第17話


導入的な


 窓の無い大広間、部屋の中央のテーブルにはゼラモニア大平原を中心とした地図が広げられており、その周囲を取り囲むように10数名の男たちがいた。

 

 「それで、大平原における戦況はどうなっている?」

 

 まず言葉を発したのは一団の中で最も若い青年であった。

 青年の右隣に立つ壮年の騎士がそれに応えるように地図へと近づき、その上にのっている駒を動かし始める。

 

 「はっ、現在戦況は我が軍が押されている状況にあります。北部戦線では完全に畏国側に抑えられました。中央では兵数では優っていますが、かの雷神に苦戦。南側では小競り合いが続いてる状況ですが……」

 

 「北部に回っていた部隊が南下し、援軍にくる……か」

 

 「恐らくは……その場合は南側の戦力では厳しいでしょう」

 

 壮年の騎士は淡々とその事実を告げていく。青年は僅かにため息を漏らしている。その様子を周囲に立っている騎士たちは不安と焦りの表情を浮かべている。

 

 ここはナルビナ要塞、ゼラモニア大平原に構えられている鴎国側の大拠点である。かつてはゼラモニアの一大拠点であったが、鴎国に敗北後に接収される形で収まっている。

 

 「……っ、敵が南に戦力を割くというというのならば、今この時を狙い北部へと兵を回すべきではないでしょうか!?」

 

 僅かな沈黙に耐えられず、一人の指揮官がそう声を出した。男は青年が来る前より赴任していた将校の一人だあり、この状況の責任を負うべき者の一人に数えられている。そうした自覚があり、その打開策を提示しなんとか挽回しようとしている。

 

 「それで……それは誰が行くのだ?」

 

 「殿下の許可が降りるのであれば、私自らが参りましょう!」

 

 そのやり取りを殿下と呼ばれた……オルダリーア王国第1王子、ラナード・ヴァロワはゆっくりと首を横に振った。

 

 「それで、行ってどうする。あちらには魔人とやらが居るのであろう?」

 

 「ぐっ……そのような、兵たちの噂だけやもしれませんし、今もいるのかすら定かではありません。事実、北部での最後の戦闘後は出現報告すらないのですから……例え居たとしても私がその首を上げてみせましょう」

 

 その言葉も一つの事実である。実際にその魔人の存在を知っている人間はいない、生き延びた兵たちもその姿を見たわけでもなく、しかし確かに存在している。だがその動きもわからず、正体もわからない。

 かの大魔道士エリディブスがゼラモニア側へ来た、と言われる方がまだ信じられるというのも無理はないとラナードは考えている。

 

 「そのあたりを確かめるためにも、今はまだ動くべきではないだろうな……ロマンダからの報告は?」

 

 ラナードは再び自分の側近である壮年の騎士へと声をかけた。

 

 「は、ひと月前までの情報ですが、確かにロマンダとの戦闘にエリディブスが居たはずとの事です。今の小競り合いでこちらに来るとは考えられませんな。」

 

 「ならばアレと同じような存在がもう一人いることになるのだぞ! もしいるのならば、早めに対処しなければならんではないか」

 

 別の騎士が反応し、声をあげる。それに反応するように口を開き始める者たちも出てきた。

 「しかし、実際にいるのであれば砦という拠点に篭られた状態で戦わねばならんのだぞ」「だからこそ、そこは囮を……」「結果は変わらないではないか」「しかし……」

 このやりとりはラナードが到着する以前から繰り広げられている光景であった。

実際にその戦場を目にしていない者、存在を信じていないもの、過小・過大評価するもの。そうして対処しようとした結果が今の現状である。

 

 「そうして派遣された火竜使いは行方不明……南部側へ来るにせよ、北部で待機してるにせよ、対処するのであれば平野に引きずりだし、かつ……ざっと数千の兵……いや、もっと言えば1つの部隊を使い潰すつもりで行かなければならないな。

 それで……誰がその囮の部隊を指揮する?」

 

 最後の言葉に全員の口が閉じられる。先の戦いで派遣された火竜使いは個人の戦闘力で言えばかなりのものであった。それが所属する部隊がただの一戦闘で敗れたというのだ、そこに名乗りを上げるものはおらず、しかし名乗りを上げなければ話は先に進まない。

 平民の兵だけで編成したところで逃げられるのがオチである、かと言って中途半端な戦力では囮の役目すら果たせない。

 

 「つまり、現状は『魔人』とやらの情報を集める必要がある……全くもって厄介な事ではあるがな。」

 

 結局その言葉でまとまることになってしまう。突然湧いてでた戦力、切り札か? どこかの国からの援軍か? そもそも一人の存在なのか……憶測を重ねながらも方針が固まっていった。

 ラナードは僅かにその口を歪め……まるでこの状況を楽しむように、いや事実楽しんでいるのであろう。指揮官達に言葉を返さず、状況を確認していく。

 

 「ふむ……ゼラモニアの貴族連の動きは?」

 

 「はい、現在貴族連は従来通りオルダリーアに忠誠を誓うとの事です。旧王派は一部がイヴァリース側へと付いています。まぁ、この戦争の始まりを考えればむしろ当然かと。」 

 

 その報告を聞き、さらに口の歪みが大きくなっていく。

 

 「そうか、では準備怠り無く……な。他の者は南部への援軍、そして件の魔人とやらの情報を集めよ。次の大会戦……畏国にとっても鴎国にとっても重要なものとなるぞ。」

 

 その言葉の後、その場にいた全員が膝を着き、そうして会議が解散されていった。

 大広間に残ったのはラナード一人。王族用の椅子へと腰掛け、なにも無い天井を仰ぎながら、これからくる近い将来へと思いを馳せていった。

 『魔人』と呼ばれる存在、それは果たして自分の人生を彩るものとなるか、それとも今までと同じように期待だけで終わる存在なのか……と。

 

 

――――――

 

 ゆっくりと瞼を開く、窓からは朝日が差し込み、僅かに風が入り込んでいた。

 天気の良さとは裏腹に、夢見がよくなかったようで頭が僅かに重たく感じられる。

 

 眠気を覚ますために顔を洗いに行こうと思い、未だに慣れない部屋で着替えを取り出していく。

 そう、慣れない部屋なのだ。

 

 ここはフィーナスの屋敷ではなく、ガリランドの貴族街の隅にある屋敷である。屋敷と言っているが、広さ自体はフィーナスのそれとは比べるまでもなく小さいものだが、現在ここに住んでいる人数を考えるとそれでも十二分な広さに感じられる。

 

 ゼラモニア平原での戦いの後、私ことトリスタンはルザリアを経由し、ここガリランドへと来ることになった。

 ルザリアでは国王こそ不在だったものの、クラウディア宰相から魔爵への任命と褒美をもらうことになった。とは言え褒美はブランシュ家のものとして実家に送られたが……。

 

 その後はすぐにガリランドへと移動し、士官アカデミーへと通う事になった。

 そこでこの屋敷へと住むことになったのだが、これでも妥協の末なのだ。実際には貴族街中心部にあるゴルターナ公の用意した物件があったのだが、さすがに広すぎた。使ってないから好きにして構わないとか言われても非常に困る位の大きさだ。元が日本人である私としては、狭いほうが安心するというものだ。結局、その他諸々の理由からここに仮住まいを持つことに決まった次第である。

 

 さて、こちらの生活についてだが。まず、こちらへと来たのは私、フィーナスの屋敷に居た使用人一人とこちらを管理していた使用人二人、さらに護衛の兵が屋敷の側にある小屋に5人、それにダレンさん、ローランドにステラの3人を加えている。

 ダレンさん3人はこの屋敷に近くにある、ぎりぎり平民街のほうへと居を構えてもらっているが、諸々の理由とはローランドとステラの事である。

 

 ルザリアへ行く前にフィーナスへと立ち寄った際、二人にガリランド行きのことを話したところ着いて行きたいと言われたのだ。私としても今回この二人を一緒に連れていければいいなと考えていたので、その事をダレンさん、そしてグレモスさんに相談してみたのだが、意外とすんなりいけるのではないかという事になった。

 グレモスさん曰く、私に爵位がついたことで多少の自由は許されるようになるらしい。さらに母や父に黙っていれば別に問題ないだろうし、母は別としても父にはバレても強くは言ってこないだろうという考えだ。

 先の戦いにおいて私の上げた戦果は大きく、ブランシュ家に対しての貢献度も非常に高いものになっている。わざわざ事を大きくしなければ別段問題ないだろうという事らしい。

 

 しかし、原作における主人公ラムザの親友であるディリータと呼ばれる少年のように、士官アカデミーへと一緒に通わせる事は当然不可能だということは釘を刺されてしまった。なので二人については日中はダレンさんに任せる事になっている。

 

 さて、着替えを済ませ、朝食をとるために広間へと向かう。そこにはすでに二人が到着していた。

 

 「お、トリス! おはよう!」「おはようございます!」

 

 朝食の準備の手伝いとして、お皿をテーブルへと並べるのを手伝っているところだ。私も返事をし、先に席へとついておく。

 ここで手伝うと使用人の人からのツッコミが入ってしまうので、まぁ仕方ないと割り切ってしまうのがいいと学習したのだ。

 

 準備を終え、3人で食事を始めながらとりとめのない会話をはじめる。昨日はなにをしたとか、今日は何をするだとか。なんでもない会話なのだが、先の戦いの後から私にはこの時間こそが最高の癒しなのだ。仕方ないだろう、あの状況は普通にトラウマになってしまいそうになる……。

 

 「そういえば、トリスのほうはアカデミーのほうはどうなんだ?」

 

 そんなローランドの質問に若干の苦笑いを浮かべてしまう。

 

 「いやー、勉強漬けだよ……文字通りね。ホント是非一度体験させたいくらいだよ……」

 

 「最近、トリス様の目の色が消える時がありますよね……」

 

 アカデミーとは勉強する場所……学校なのだ。学校とは当然色々と学ぶところであり、勉強することも当然といえば当然なのだ。

 しかし、しかしだ……。

 

 そう考えたところで外で物音がした。いつもの時刻通りに学校へ向かう馬車(正確には鳥車なのか?)が到着した合図のようなものだ。

 

 「おっと、来たようだし僕は行くね。二人も頑張ってね」

 

 「おう! 今日こそダレンのおっさんから一本とるぜ!」

 「トリス様も頑張ってくださいね!」

 

 席を立ち、屋敷の外へと止まっている馬車へと向かう。

 重武装ではないにせよ、帯剣した護衛兵数名がこちらへと頭を下げてくる。これに関しては未だに慣れないので、さっさと馬車へと乗り込んでしまうに限る。

 

 さて、私のアカデミー生活についてだが……。

 ここでひとつ考えてもらいたい。通常こういった形でのアカデミー……もとい学園生活はどういったものが想像されるだろうか?

 

 自分は高い能力を持つ子供、周囲は大人よりは年齢が近いにせよ自分より年上、色々とぶつかりあったり、認め合ったり、それでいて青春のような展開があってしかるべきではないだろうか?いや、そうあるべきだ。そうであってほしかったんだ!

 

 では、現実はどうか?

 

 私は物々しい護衛の元アカデミーへと到着、そのまま周囲へ挨拶をする事もなくアカデミーの3階へと移動、専用に用意された部屋へと案内される。中には私を教える専門の教師が日替わりで3人づつ居るようになっている。そして一日缶詰だ。

 

 そう、周囲と関わる事が一切ないのだ。何故? と聞いてみたら、これがゴルターナ公からの要請だったらしいし、アカデミー側もそれに賛成したのだ。

 理由としては、そもそもこのアカデミーに来る段階では爵位を持つ人間は殆どおらず、かつそもそも戦争に参加している者もいない。そこに異例の10歳での、魔爵とは言え爵位をもち、かつ派手にやらかした子供が来たら周囲がどう反応するかわからないからだ。

 さらに、今回のアカデミーへ通う目的が士官候補として、必要な知識の詰め込みが優先されたからだ。そもそも剣や槍などの近接戦闘技術はこの年代に教えるレベルを軽く超えており、魔法に関しては私以上の魔道士を探すほうが難しいという状況だ。そこまで言われて思わず謝ってしまった。

 

 そんな訳で現在は、私に優先される基本的な知識の修学と、たまに来る偉そうな魔道士の人といくつか会話をするだけになっている。

 さらに、周囲の貴族の子息たちが変なことを考えないように、わざわざ分かりやすい形として護衛をつけている状態らしい。とは言え、黒獅子を冠する公爵家に表立ってどうこうする輩はイヴァリース内にはいないのでは……と思ってしまうが。

 というかどんだけ私は気に入られているんだろうか。これはあれだろうか、今後の戦争への完全参加のフラグががっちりと固められてしまっているのだろうか。

 

 勿論これはゴルターナ公勢力の思惑も多分に含まれている。私を囲い入れるのも目的と言えば目的なのだが、現在の南天騎士団には使える人材が少ないのだ。

 ここでいう「使える」というのは、ゴルターナ公本人に忠誠を誓っており、かつその意思で動ける人たち……という意味だ。

 

 ゴルターナ公は先代から爵位と領地を引き継いだが、未だに旧派閥をまとめられないでいる。先代を中心においていた旧派閥は政治的な面を重要視し、現在の新派閥は軍事面を重要視している。この観点の違いから度々軍議や会議で衝突することがあり、対立が深まっているらしい。

 言ってしまえばどちらも大切なのだ。しかしそれで収まるなら苦労はせず、かつての領主に重用された者たちは軍事偏重の公爵に対し不満を抱き、逆に武人に分類される公爵は何を軟弱な事を……と言っているらしい。「ぷらいどがたかいとたいへんですね」 と作文のように締めくくりたいが、それに巻き込まれてしまった身としてはため息が出るのも仕方ないだろう。

 さらに言ってしまうと、新派閥のほうには魔道士が少ないのだ。これはイヴァリース全体にも言えることだが、武人系=前衛タイプ 学者・政治系=後衛タイプ 大雑把に、本当にざっくりと書いてしまうとこんな状況なのだ。なので新派閥に属している父の子供で魔道士系、それも傍から見れば結構な戦力である私を抱き込もうとしているらしい。

 なんとも難儀な話ではあるが、様々な事情から私は現在のような扱いを受ける事になっている。

 

 そんな私の現状説明的な思考を断ち切るように、ふと授業の流れが止まった。目の前に立っている頭を丸めた老人教師から、そういえば……と話が始まった。

 

 「トリスタン、君に会いたいという人が居てね。数日後に訪ねてこられるそうだ」

 

 「はぁ……それはまぁ構いませんが……」

 

 普段は誰か来る際は特に断りというか、前置きもなく来るのだが今回はこうして話が入った事に、僅かに疑問を持った。そして続く言葉は中々に衝撃を与えるものであった。

 

 「うむ、かの魔道士エリディブス殿が尋ねられる。現在はロマンダとも小康状態に入りつつあるらしく、その合間を縫って君に会いたいそうだ。」

 

 「ぶほっ……また凄い人が来ますね……」

 

 大魔道士エリディブス、現在のイヴァリースにおける最高位とも言える魔道士だ。単独で一つの軍隊とも渡り合えると言われ、その圧倒的な魔力と破壊力から現在のイヴァリースのロマンダ・オルダリーアという二正面での戦いを支えている人物の一人である。

 さらに言うとここガリランドにあるアカデミーの一つ、魔法専門の王立魔法院の出身であり、このガリランド内での彼の知名度は非常に高い。

 こちらの方に来れば北天騎士団の面子やそういった人物に会えるかもしれない、そう考えていたのだが、まさか相手から来てくれるとは思わなかったために、今の驚きは非常に大きかった。

 そして同時に、何か面倒な感じがしないでもないと思ってしまった。




14/02/20 訂正 ラナード ゼラモニア>オルダリーアへ


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第18話

「天と地の精霊達の怒りの全てを……今そこに刻め! ――サンダジャ!」

 

 陽の光が陰り、平野に雷撃が走っていた。その先には十を超えるモンスターの群れ。雷は正確にその集団へと直撃し、嵐となって飲み込んでいった。

 僅かな時間の後に雷撃は収まり、巻き上げられた砂埃が収まる頃にはモンスターの集団の殆どが倒れていた。

 

 ここはマンダリア平原、ガリオンヌ領本拠点であるイグーロス城と魔法都市ガリランドを繋ぐ街道を通す土地である。

 平原には数十名の兵士と3人の子供、そして一人の魔道士がいた。兵士たちは生き残ったモンスターの集団に止めを差しに向かい、子供たちはそれを眺めている。

 そして魔道士はそんな子供……その一人、たった今サンダジャを放った子供の様子を伺っている。

 

 サンダジャ、一流と呼ばれる魔道士でなければ扱うことはできず、イヴァリース内にもそう多くは居ないのが現状である。イヴァリースが騎士であることを良しとする傾向もあるが、他国であってもそうは変わらないだろう。

 紫を基調とし、古代魔術言語の刺繍の入ったローブ。魔術師が好んで利用する魔術帽から白髪が後ろに流されている。蓄えはじめたヒゲをゆっくりと弄りながら魔道士……エリディブスは目の前で他の子供達と話している少年について考えていた。

 

 少年の名前はトリスタン・ブランシュ。南天騎士団に所属するブランシュ家の長男であるということは聞いていた。しかし、父親であるブランシュ子爵に魔法の才能があったとは聞いたことがない。母親のほうも同じである。無論、過去全てに遡って調べることが出来ないため、一概に遺伝ではないとは言えないが。

 しかし問題はその環境だ。一体どうやって育てたのだろうか……それが分かれば今のガリランドでの魔法学院はその成果は飛躍的に上がるだろう。そう思って本人に聞いてみたが、ある意味期待を裏切られ、ある意味納得した答えが帰ってきた。

 

「こう……頭の中に浮かんできませんか……?」

 

 自分の感覚をうまく表現出来ないのだろう、しかしその気持ちや感覚が良く分ってしまった辺り、エリディブス本人と似たような感じなのだろう。

 一言で表すなら天才と呼ばれるタイプ、魔道というものの根本にある何かを理解しているタイプ。実際、エリディブスにも覚えがあった。魔力が高まるに連れて、一度書物などで見ただけの魔法を扱えるようになる。知識が溢れてくる感覚、それに似ているのだろう。

 そんな理解を持ちながらも、そう結論づけるのを抑える。魔術とは理論と検証と実証だ、ならば時間はそれほど取れなくともゆっくりと見極めていけばいい。そう考えながらふとした質問の回答によって僅かな疑問を持ってしまった。

 

「ところで、君は他にどんな魔法を扱えるのかな? ああ、まずは黒魔法の範囲で教えてくれると助かる。」

 

 単純な質問であった、しかしそこから出た答えはエリディブスにとって……いやエリディブスにしか分からない疑問が浮かび上がることになる。

 

「そうですね……ファイア系にブリザド系に――――」

 

 顎に手を当てながら思い出すように魔法の種類を連ねていく。他の人間であればその多彩さに……その輝き具合に驚くのだろう、しかし問題はその中身だ。

 3属性魔法をジャ系まで、それにポイズン、トード、フレア、デス。あとは黒魔法に分類されるかはわからないがダークホーリーと名前を上げていった。

 ではこの種類の何が問題なのか? エリディブスは現在学院からの依頼で『体系魔法』という研究をしている。

 これは様々な種類のある魔法を各分野ごとにまとめる作業である。現在の魔道士は自分の得意な属性や、教えを請う師匠などによって偏りが非常に大きくなっている。しかし、魔法学院ではある程度の基準を設けなければ教えることが困難になってしまうのだ。あの教師はこの属性を重要視し、また別の教師はそれとは違う属性を教える。これでは教わる側も、課程を終了した後に配属される先でも困ったことになってしまう。

 そのための基準を作成しようというのが、この『体系魔法』の確立だった。

 そして現在エリディブスがまとめ、編集しているのが今まさに上げられた魔法であった。まるで出来上がった『黒魔法に体系される魔法』、その完成形を見せられた状態である。

 さらに言うならば、この体系魔法の編集は進んではいるが、まだどこにも出していないのだ。つまりエリディブスを含めたほんのひと握りの魔道士しか知らないはず。

 

 しかし、疑問は疑問のままだ。どうやってその種類「だけ」の魔法を覚えただとか、そんなことを聞いてもおかしいのはエリディブスの方になってしまう。そう考えるとやはりもっと時間をかけるしかないのだろう。

 そんなこちらの状況を不思議そうな顔で3人がこちらを見ていた。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 若干冷や汗が出てるような感じでトリスタンが話しかけてきた。なんでもない、と一言返し、話題を無理やりに変えていった

 

「ふむ、興味は尽きないが……そうだ、他の魔法などはどうなのかな?」

 

「……どう? とは?」

 

 首をかしげながら、こちらを見てくる。その姿だけを見るなら年相応の子供にしか見えない。これが鴎国の軍勢を打ち破った『奇跡の魔道士』と、どう信じられるか。

 

「そうだのう……ふむ、ウォータの魔法なんてどうかな?」

 

「えーっと……さっき言った魔法以外は全然扱えないですね」

 

 ふむ、と一つ入れて鞄から一冊の魔道書を取り出す。魔道書と言っても本に厚みは殆どなく、内容も非常に簡単なものになっている。それこそ、魔法を初めて扱う者にとってのものだろう。当初はトリスタンのほうから、他に二人の友人を連れてきていいか……、と聞かれた時に、その二人が退屈しないで済むようにとの配慮のためだった。まぁそれが平民の子供であったのは多少驚いたが、元々才能でしか人を見ない類のエリディブスには、生まれの貴賎などどうでもよかった。

 ちなみに兵たちは、訓練も兼ねたモンスター討伐に行くところを街の出口で出くわし、そのまま流れで同行することになった。まぁ先ほどの光景を見るに訓練のほうの意味合いは大分下がってしまっただろうが……。

 

「ほれ、これだな……そっちの二人も見てみなさい」

 

「おー……さっぱりわかんねえや……」

「ローランドは魔法の勉強全然してないもんね」

「俺は剣を学びたいんだよ! それで、トリスはどうなんだ?」

 

 少年、トリスタンはひとしきり本を眺め、腕を組み、頭を傾けている。そして少しの間を開けて口を開いた。

 

「全然ピンと来ないかな……詠唱を見ても頭に浮かんでこないし」

 お手上げだと言わんばかりに両手を挙げている。

 エリディブスは僅かに拍子抜けした印象を受けていた。てっきり簡単な魔法であれば、その場で扱えるようになるものかと思ったのだ。勿論、普通に魔法を学んでいる人間であれば、初級の魔法であっても始めたてであれば数ヶ月はかかるし、2つ目以降であっても系統が違っていれば、またそれなりの時間がかかるものだ。そう考えれば納得は出来るのだが……。

 ここでもひとつの違和感を感じながらも、それを表に出すことなくエリディブスは続けていく。

 

「では、折角だからウォータ系の魔法でも教えようかの。今で十分ではあるが、水の魔法は扱えて損はない。……勿論、そこの二人にも一緒にな。」

 

 その言葉によって、エリディブスとトリスタンの関係はゆっくりと始まっていった。

 

 

----------

 

 ガリランド 士官候補アカデミー

 私がここに来てはやひと月と少々が経った頃、新しい出会いが生まれた。出会いと言っても別に可愛い女性と……などではなく、もう少し衝撃が大きい相手である。

 

 このアカデミーに来てから、最早いつもの光景となっている勉強漬け。とは言え、流石にひと月も繰り返していれば慣れてくるものである。私自身も、別段勉強というものが嫌いというわけでもなく、軍事関係とも言える内容はそれなりに興味も沸き、ある程度の意欲を維持できている。まぁ、死活問題でもあるのだが……。

 とは言え、勉強漬けとは言え休みの日というものはちゃんと存在する。大体10日に1回という感じだが……。元々家でやっていた訓練などは7日に一度は休んでいたため、なんとなく落ち着かないし疲れも貯まるのだが、まぁここでわがままを言っても仕方ないと諦めている。

 そんな休みの一日に、私はローランド、ステラ、それにダレンさんと街へ買い物に来ていた。

 

 今日の目的はローランドとステラが普段頑張っているということから、ダレンさんが二人に好きなものを買ってあげるというイベントだ。ダレンさんは先の戦いで左腕を失っており、その療養も兼ねての意味合いもあってこちらに同行したのだが、その暑苦しいとさえ感じられる顔らしく、既にじっとしていることが少ない。私の受け持った新米部隊を鍛えると言いながら、最近いろいろな都市で問題になっているモンスター討伐を行っているのだ。その訓練の合間に二人を見ているのだから、ある意味以前よりも精力的とも言える。「今は最前線で戦うことができない分、出来ることをしようとしている」というのが本人の言である。

 さて、それは置いておくとして、商店の居並ぶ街の中を4人で歩いている。時折屋台で買い食いなどをしながら、店を冷やかしている最中だ。この街にはアカデミーがあるために、ちらほらと貴族の子息と思われる人たちも目に付く。私も着替えるのが面倒という理由もあり、普段着ではなく魔道士の格好である。最近はアカデミーに度々エリディブス師匠(何故か師弟関係みたいになりだしてきたので、こう呼ぶようにしている)が顔を出すようになっている。その為、アカデミーに行く時は魔道士の格好で行くことが多くなっているのだ。

 

「そういえば、二人は今日は何を買うつもりなの?」

 

 隣を歩くローランドにそう声をかけてみる。大方の答えは予想出来ているのだが、それはいい方向に裏切られた。

 

「これから日記を書こうと思ってさ、今日はそれを買いたいなーって思ってんだよ」

 

「日記って……てっきりローランドのことだから剣でも買ってくれっていうのかと思ったのに。」

 

「ローランドも最初はそう言ってたんですけど……私たちってあまり字を書く機会ってないじゃないですか。だからちゃんと書けるように日課にしようって話し合ったんです」

 

 そう言って後ろを歩いていたステラが反対の隣へと進んできた。私もあまり考えていなかったし、今までの環境からピンとこなかったが、この時代で字を書く機会はなかなか少ないのかもしれない。特にこちらに来てからはエニル先生の授業が無くなっており、普段の勉強は読み物を聴かせるというものが主体になっているらしい。なんというか頭の下がる思いである。

 

「普段頑張ってることのご褒美って名目なのに……二人共偉いねぇ」

 

「あー、俺は別になーって感じなんだけど」

 

「もう、ローランドだってトリス様が勉強を頑張ってるからって、自分も頑張らないとって言ってたじゃない」

 

 そう言われたローランドは、僅かに照れたように顔をそっぽむいてしまった。

 しかし、なるほど。確かに今の環境や過去の経験から、私からすると字を書く機会は度々どこから漬物になる位にはある。今与えられているものが当然と思うよりも、他の人よりも多くを与えられているのだと考えれば、私は感謝の念を抱くべきなのだろう。こうしたときに二人に気づかされるあたり、私にはこの二人の友人はかけがえのないものだと改めて思ってしまった。

 

「ちなみに、トリスは何かあるのか?」

 

「僕? ……そうだね、何かもらえるなら……休みが欲しいな……まとまった日数で」

 

 そう呟いたら二人に凄い勢いで視線を逸らされてしまった。ついでに一番後ろを歩いているダレンさんの方も向いてみたが、こっちは視線を伏せられてしまった。ああ、お金でもなんでも出すのでぐっすり休ませて下さい。できればひと月は何もしたくないです……。

 

 そんな感じで一刻ほど4人で歩いたあと、今は各自での行動になっている。私は一人で雑貨屋を眺めているところだ。ダレンさんは二人が選んだ日記セットと、その他諸々の会計をしており、ローランドとステラは二人でこっちへ来てから必要になったものや、古着などを見て回っている。

 二人が日記を書き始めるということなので、この際だから私も始めたらどうか……と誘われたため、私もこの店で適当に見繕っているのだが、どちらかと言うとそのほかのものに目を奪われてしまっている。怪しい置物やよくわからない魔道書など、雑貨屋の隅っこは奥が深い……。

 

 いくつかの商品を選び、会計を済ませて店員に屋敷まで運んでもらうように頼んだあとに、ステラが店に走り込んできた。呼吸が荒く、肩で息をしている。

 

「ト……トリス様! ローランドがあっちで貴族と喧嘩に!」

 

「喧嘩って……こっちからふっかけたんじゃないよね……、僕が行くからステラはダレンさんを探してきて」

 

 僅かに蘇るのは私とローランドの初対面の時。あの時は貴族という理由で喧嘩をふっかけて来たのだが、今回はどういった経緯だろうか。当時と違って気持ちが荒れる理由もないし、今は分別もついている。ならその貴族たちに問題があるのか……。

 そんな事を考えながらステラの指差した方向へ、それは探すまでもなくそれなりの人数の人垣ができていたためにわかりやすかった。万が一へ備えて魔力を高めていく、詠唱だけを頭のなかで完成させ、すぐにでも撃てるように。

 

 人のあいだをぬって中心へと抜けると、今まさに金髪の少年が剣をローランドへと振り下ろそうとしているところだ……!

 

「――『ファイア』!」

 

 振り下ろされる剣へと目掛け、ファイアの魔法を放つ。剣をもっていた少年はその瞬間にこちらに気づき、もっていた剣をファイアに目掛け投げつけてきた。

 投げられた剣はファイアへとぶつかり、剣をはじき、同時に少年も後ろへと飛び退いていった。その反応に驚きながらもローランドと相手へのあいだに入り込んでいく。

 

「大丈夫かい、ローランド」

 

「あ……ああ、助かったぜ。トリス」

 

 油断せず、相手のほうを観察してみる。

 先頭に立っているのは先程の動きを見せた少年。短く揃えた金髪に、ブラウンの瞳。その顔は驚きの表情を浮かべている。服飾は高価なものを使っているのだろう、鮮やかな色だ。そしてその腰についている装飾には獅子の紋章……銀の装飾のため、色はわかりづらいが、獅子が左側を向いていることから白獅子、つまりラーグ公に関係する貴族なのだろう。身長は私より僅かに高く、年齢は同じくらいだろうといった感じだ。

 その後ろにはパッとしない二人組、先頭の少年よりも一回り大きく、年齢も上に見える。顔には殴られた後なのか、痣ができているし、服も汚れている。左側の男は私を指差して、卑怯だの、危ないだの、お前その平民の仲間なのかだの、好きなことを言っている。が、特にこれといって何も感じないのでスルーしておく。

 

 場の空気を主導しているのはやはり先頭の少年。まだ僅かに驚きの色があるが、素の表情なのだろう、顔からは自信が溢れているように感じられる。

 

「いきなりご挨拶だな」

 

 僅かに苦笑いをしながらこちらへと声をかけてきた。そこには嫌味や敵対の感情は感じられない。いきなり魔法を撃っておいてなんだが、私としても面倒な揉め事にならないならそれに越したことはない。

 

「あー、そうだね。こっちの友人を切りつけるところ見たからね……つい」

 

「つい……で魔法を打ち込まれるのは勘弁して欲しいな」

 

 あまりにもっともな意見を言われてしまった。まぁそれを言うならお互いだろうと思い、今度はローランドに声をかける。勿論視線は相手から外さない。

 

「で、どうしてこうなったの? ローランド」

 

「そっちの後ろの奴がステラにぶつかって、そんで買った服まで踏みつけやがったんだよ!」

 

 チラッとそっちへと視線を投げかけてみる。

 

「お前たちが僕たちに道を譲るのは当然だろう!」

 

 僅かにバツの悪そうな顔、それでも反省の色は全くないように見える。

ちなみに貴族と書いて僕たち、平民と書いてお前たち、と読んでるように感じる。

 

「それに、お前! 一体どこの家の人間だ! ここじゃ見ない顔だな」

 

「別にそれは関係ないでしょうに……というか、百歩譲って道を譲らせるのはいいとして、いや良くないけど、そのあとにこっちの買ったものを踏みつけるっていうのは頂けないよね。それに、その顔を見るにこっちの子に負けたみたいだし」

 

 だっさーい と最後に付け加えてやる。ちなみにローランドは同年代では大分強いと思うのだ。普段から比べられているのが私で、かつそれを見て訓練やらを施すのがダレンさんだ。そこいらの子供では相手にならないはず。

 

「そいつをやっつけたと思ったら。そこの奴が出てきたんだよ……気をつけろよトリス、あいつかなり強いぞ!」

 

「そいつだの、あいつだの……この人を誰だか知っているのか!」

 

 まぁ確かに今の言いようはローランドに問題がある。行動も褒められたものではない。が、気持ちはわかる。相手の言葉を聞いて私も若干イラついてしまうが、ここで私が怒ってしまっても話がこじれてしまう、ので我慢だ。

 そこで、それまで黙って話を聞いていた先頭の少年が口を開いた。途中から腕を組んで首をかしげている。

 

「なぁ、私はお前たちが後ろから不意に殴られた……と聞いてきたんだが」

 

 うっ という声は後ろの二人の口からだ。というかダサいな、この二人。

 

「それは……そいつの嘘に決まっています! あんな下賎なものの言葉を信じないで下さい!」

 

「周囲の人たちに聞いてみようか?」

 

 そんな当然の提案をしたら思いっきり睨まれてしまった。

 

「ふぅ、どうやらこちらに非があるみたいだ。すまないな」

 

「そう言われるとこっちにも、かな? ローランドもこれでいいかな」

 

 ローランドの方は渋々……といった感じだが、取りあえずはこの場を収めるという目的だけは通じたようだ。あちらも後ろの二人は何か言いたそうだが、先頭の少年がこの空気にしたのだ、そうそう滅多なことは言わないだろう。

 

 これで収まる……と思っていた矢先に、それとは別に……と言いながら先頭の少年が燃料を投下してきた。

 

「どうかな、私は君と戦ってみたいんだが……お互い年齢も近そうだし。こっちも、そっちの平民の子もまだ詰まらなそうだ。私も、今の魔法で燃えた手袋の礼くらいはしたい」

 

「あ、弁償しますよ。どこで買いましょうか、それなりのものでも用意出来ますよ」

 

 折角まとまりかけていたのだ、そんな好奇心満々な目で見られても困る。焦げ付いた手袋も高そうだが、それを気にした様子は微塵も感じられないあたり、つまらない という理由のほうが多いのだろう。これでもそこそこ家にお金を収めているのだ、場合によっては公爵につけてしまえ。私を勉強漬けにしたせめてもの仕返しだ。

 

「いやいや、これは母が作ってくれたものでね。まぁ嘘だが、ここからそう遠くない所に開けた場所がある。そこへ移動しようか」

 

「嘘って言ってるよね、というかこっちの言い分も聞いてくれると嬉しいんだけど」

 

 そんな抗議に耳すらかさずに移動を始めている。はぁ と一息ついて、仕方なく移動を始める。装備が魔道士の状態なのが気になるが、まぁ大丈夫……だと思う。少し焦がしたらケアルすればいいし。何よりあの少年が気になってしまった。

 そんなことを思いながら、私とローランドは彼らのあとについて、街から少し外れた場所へと移動していった。

 



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第19話

 金髪の少年のあとに続き、私とローランド、相手方の取り巻き2名は街からわずかに外れた場所へやってきた。

 そこは草原の入口近くで、場所は開けており、くるぶし程度までの緑が生えている。

 

「ところで、君はアカデミー生だよな?」

 

「そうだね、少し前から通い始めてるところ……そっちも?」

 

 移動がてらの話をしながら、お互いに距離を開けて相対していく。

 

「ああ、こう見えても、もう通い始めている。正式な年齢になるまでは待てなくてね」

 

 アカデミーに参加する年齢は絶対というものは決まってはいない。ただ、通例として12~4程度からが一般的とされているらしい。この時代においても、かつての世界の中世と変わらずに、15で一人前扱いをされるからだ。勿論、それぞれの家や地方ごとに多少の風習というものがあるが、概ねこれが普通である。私くらいの年齢だと、その家でもっと基本的なことを学ばなければならないことが多い。私は中身の問題もあり、そのあたりはまぁ問題ない……とも言い切れないが、それ以上の事情も含まれている。

そういった点を見るならば、少年は家柄が大きく、かつ才能に溢れている……のだろう。ローランドが強いと認めているのならば、それに実力も伴っていると見える。

 

 ここまで考えれば、大方の察しはつくものだ。ガリランド方面で白獅子の装飾を普段からつけられることを許され、かつ家柄もある……とくれば、恐らくベオルブ家。年齢を鑑みるに次男のザルバッグ・ベオルブが妥当といったところだろうか。まぁ、多分に私の予想が含まているし、所謂読者の勘というものもあるが、しかしそれは間違ってはいなかった。

 

「戦う前に名前を……私はザルバッグ。 ザルバッグ・ベオルブだ」

 

 ベオルブ家。このイヴァリースにおける双頭の獅子の片割れである白獅子……つまり黒獅子であるゴルターナ公爵、それと対をなすラーグ公爵家の懐刀であり、北天騎士団団長を就任する家である。北天騎士団と南天騎士団、そのどちらが優れているかは私が言うべきことではないが、多くの貴族や騎士達は北天騎士団こそ最強であると口々に囃し立てている。その最たる理由がこのベオルブ家の存在にある……と。ちなみにというべきかはわからないが、作中の主人公であるラムザもこの家の三男である。まぁ、目の前の少年とは腹違いになるのだが……。

 

 さて、それはそれとして、これはこれで面倒なことなのだ。通常の貴族ならばゴルターナ公の名前を出せば、大体が引き下がる……はずだ。当然、公爵の収める地方とは王都を挟んで反対側にあるため、ある程度の影響力は落ちる。だがそれだってわざわざ公爵に喧嘩をうるような意味はない。しかし、それがラーグ公家やそれに近いところは別だ。目の前の少年がこの勝負のいかんで何かをいうことはないとは思うが、なんか後で怒られそうで困る。

 

「どうかしたか……名前を名乗れない理由でもあるかい? 別に君も本当は平民である……というわけではないだろう」

 

 こっちが考え事をしていたら、そんな言葉が飛んできた。まぁ、この際生まれの貴賎のことは気にしないが、いい気分もしない。それに相手が名乗ったのなら私も名乗るべきか。というか、もうどうにでもなれだ。

 

「はぁ……トリスタンだ」

 

「トリスタン? あまり聞いた記憶のない……いや――」

 

「トリスタン・ブランシュだ、爵位は魔爵」

 

 諦めて名乗ってみれば、案の定というか、少年……ザルバッグの表情が驚きに変わった。そして、目が大きく開かれ、思い至ったように大きな声を出してきた。

 

「トリスタン・ブランシュ……あの『奇跡の魔道士』か!! そうか、噂には聞いていたが、まさか本当に同年代とはね」

 

 よかった、災厄の魔道士と言われなくて本当によかった。いや、別に気にしてはいないのだが、とりあえず相手はこちらに悪いイメージはもっていないだろう。

 しかし、相手は随分と嬉しそうな表情に変わっている。対する私の表情は推して知るべしだ。だが、もう名乗りもあげたし、こちらの事を知っているならもうなんでも構わない。少し位焦がしてやる、物理的に。だって今ソーサラーだし、ここで装備かえられないし、だから仕方ないのだ。

 

「あまり加減は得意じゃないんだけど、構わないよね」

 

「ああ、こちらこそ。魔道士が剣士と一対一の状況だ、なんなら最初の魔法位は待つさ。勿論、寸止め……もしくは致命になる攻撃は控えるつもりだ」

 

「……そう、ローランドに対しても止めるつもりだったみたいだしね、こっちもまぁ気をつけるよ。それと終わったら回復もするよ」

 

 随分と機嫌がよくなっているのだろう、わずかに魔法の跡の残る剣を引き抜き、ゆっくりと構えてくる。剣を両手にもち、正眼の構えというやつだ。

 ならば私もと、先の戦いでもらったドラゴンロッドを背中から引き抜き、右手でそれを突き出すように構える。性能的にはウィザードロッドのほうがいいのだが、高価な装備のほうが色々とお得なこともあるのだ。同時に一気に集中を高めていく。

 

―――――

 

「地の砂に眠りし火の力目覚め……緑なめる赤き舌となれ! ――『ファイラ』!」

 

 宣言通り、初撃を待ったザルバッグは僅かに肩の力を抜き、一気に草原を駆けて行く。正面には巨大な火球……先の受け止めたファイアが随分と大人しく感じられる。

 両手に持つ剣に戦う意思を込めていく、その意思に呼応するように刀身がゆっくりと光り始めていく。古代、魔法を行使する際に使われたルーン文字が浮かび上がり、剣は魔力を帯びていく。ルーンブレイド、騎士剣などのように大型や特殊化されていない剣では、最高と言っていい剣である。

 

「魔法とて、それを繋ぎ止めている点は……ある!」

 

 火球が到達し、周囲の温度が一気に跳ね上がっていく。炎の勢いによって、肌が焼かれ呼吸すら辛くなってくる。だが、それを恐れているようではベオルブという名を背負うことなどできない、それを示すように火球……ファイラの中心の一点をルーンブレイドで切り払う。古代文字が強く反応し、その形を成していた魔力が霧散していく。それを誰よりも感じたのは、魔法を撃ったトリスタンのほうだった。

 ファイラはその形を崩し、いくつかの炎の塊を周囲へと飛び散らしながら威力を弱めていった。飛び散った炎は草原の一部を焦がしていくが、最早それは誰かの脚を止めるものでは無くなっている。

 

「そんなのアリかっ!?」

 

 威力を完全に削がれた炎を突っ切るように抜け、ザルバッグはその剣をトリスタンへと薙いでいった。寸止めするつもりであったが、僅かな……それでいて確信に近いものが、剣を振り抜かせていた。

 

「――――っ!!」

 

 どちらの声か、息を飲む音がした。ザルバッグの普段の訓練通りなら、間違いなくあたっていた剣。それをトリスタンは紙一重で後ろに半歩下がることで回避をしていた。必中の間合いであるそれを、しかし回避されるという確信。トリスタンは魔法を打ち破られたことで、お互いに油断がなくなっていた。

 第2手になる行動は、再びトリスタンのほうから。半歩下げた右足で蹴り上げ、さらにその反動で後ろへと転がり込む。剣を振り抜いた体制へのその蹴りは、ダメージはないにせよ、ザルバッグは僅かにその姿勢を立て直す時間を作らされた。

 

「ちっ!」

 

「地の底に眠る星の火よ」

 

 その間に詠唱を開始していく。唱える魔法は『ファイガ』、集中と詠唱時間を余分にとられるが、目の前の相手に魔法で勝利する為には戦闘能力を奪うか、はっきりと勝敗を突きつけられる状況が必要と考える。前者であれば難易度で言えば楽であるが、ふと自分の中にある衝動に気づいたのだ。勝ちたい――と。

 対してザルバッグはさらに踏み込み、その魔法を完成させまいと攻撃を繰り出していく。薙ぎ、払い、突く。同年代どころか正規兵ですら回避が難しい攻撃を続けていく。最早寸止めなど考えておらず、多少斬ってしまっても仕方ないとさえ思っている。

 

「――古の眠り覚まし 裁きの手をかざせ!」

 

「させるかぁっ!」

 

 試し合いである事忘れ、お互いがムキに、そして全力に近くなっていく中である種の共通の認識が出来始めていた。共に同年代に相手は無く、周囲の大人とも一線を画している。剣と魔法の違いがあれど、そこにある孤独感を持っていると。

 振り抜かれる剣を時に上体を反らし、時に杖をもってその軌道を逸らす。詠唱の集中を切らさず、されど攻撃を見切っていくトリスタンにザルバッグも内心で舌を巻いていた。

 しかし、完全に回避は出来なくなっている。ザルバッグ自身も後のイヴァリースを代表する英雄の一人。徐々に動きを捉え、わずかづつであるがトリスタンのローブを裂いていっている。

 だが、それでも尚正面からの攻撃では詠唱を防ぐ事は出来なかった。

 しかし、それで諦めるような性格であるはずもない。そして、それをトリスタンも感じていた。

 

 故に、二人は全力を持って最後になる攻撃を繰り出していった。

 トリスタンの魔法が完成し、先程とは比較にすらならない巨大な火球。それに対してザルバッグは追撃を止め、その剣で突きの構えをとる。剣を横にし、両腕で構え反動をつけていく。父や兄、偉大とも言える騎士たちの動きを見続け、そうして不完全ながらも形を作ろうとした『剣技』、完成に近いモノマネを。

 

「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! ――『無双稲妻突き』!」

「『ファイガ』!!」

 

 二人の丁度中心、火球と雷撃を伴った剣気。それが互にぶつかり合い、巨大な爆発へと変化していく。静かだった草原を爆音が揺らし、離れた位置にある木々にすらその風圧があたっていく。

 当然爆発にもっとも近い二人はそれによって吹き飛ばされ、ついには両者ともに動けなくなった……。

 

 尚、その様子を見ていた取り巻き二人とローランドは――ドン引きしていた……。

 

――――

 

 私の最初の感想としては、なんというか有り得ない……というものだ。

 痛む体を無理矢理にでも動かし、ローブの中に入れておいたハイポーションを傷につけていく。

 現在の私の体は、左肩を手酷くやられており、体全体は爆発の衝撃と炎の熱でそこら中から悲鳴が上がっている有様だ。

 薬が傷に染み込むが、徐々に傷が塞がり始めていく。ある意味便利な世の中だ。痛む体を堪えて、ゆっくりと立ち上がり、のそのそとザルバッグへと向かって行く。

 

 頭の中では、ある仮説が成り立っていた。

 実際の所、私を含めてだが10歳そこそこの子供の戦いではないだろう。周囲を見渡せば爆発の跡に所々が焼け焦げている。そうして思い至ったのは、この世界が正しくファンタジーなのだろうという事だ。

 ファイナルファンタジーとして見たときに、最年少のキャラは一体誰だろうか? 思いつくのは6のリルムや4の双子等だ。既に大分昔の事であるため、性格な年齢は覚えていないが、少なくとも15以上ではないだろう。

 つまり、この世界は子供であっても鍛えればそれだけ強くなれるのだ。勿論、それは万人ではない。所謂才能、もしくはシステムの恩恵のようなものがある者に限られるのだろう。体格の差はどうしようもないにせよ、技術や魔力などは私の知る年齢のそれとは別次元にまで上げることが出来るのであろう。

 そして、そこに環境という要素が加わるのだ。この世界では貴族とはそういった環境にある。幼くとも親から多くの技術や師を与えられ、将来には強くなることを望まれる。このイヴァリース……だけではないが、平民たちの反乱が少ないのはそういう理由もあるのではないだろうか。

 

 たっぷり30秒以上かけて、爆発地点から反対側にいるザルバッグの元へと辿りついた。彼の表情は満足気であり、笑みすら浮かんでいる。まぁ、酷い傷だが……。

 杖を持ち直し、新しい詠唱を紡いでいく。今度は黒魔法ではなく、白魔法だ。

 ちなみに、現在私は黒魔法、白魔法、時魔法、召喚魔法と魔法とつくものは付け替える必要がない。ソーサラーのアビリティである『全魔法』のおかげである。まぁ、風水や陰陽が無いのが少し寂しいが、今までに比べれば非常に楽なので贅沢は言わないでおく。

 

「清らかなる生命の風よ、天空に舞い邪悪なる傷を癒せ――『ケアルガ』」

 

 白く輝く光が、ゆっくりと私を中心に渦を巻いていく。光の粒子は私たちの傷へと到達し、出血を止め、その痕を消していく。光が収まる頃には痛みも引き、体も十分に動くようになっていた。

 

「私の負けかな?」

 

「どうかな、僕が勝ったとは思えないけど」

 

 仰向けになって、右手を握って開いてを繰り返している。今の魔法でほぼ回復してくれたようだ。

 勝敗で言えばどうなのだろうか、初手を譲られた為私の勝利ではないことは確かだ。まぁ、ジョブはソーサラーなのだから、どうあっても近接になる一対一では不利と思えば……いや、言い訳にしか聞こえないか。

 

「しかし、まさか2回とも突っ込んでくるとは思わなかったよ……」

 

「うん? ああ、そうだな……ううむ……何というか、あそこで引きたくなかったのだ」

 

 攻撃魔法一択だった私が言えた義理ではないが、やっぱり人としてちょっとどうかしているのではないだろうか?

 思わず失礼な事を考えてしまったが、折角なので口に出してみる。

 

「もしかしてさ、君って結構……脳ミソ筋肉で出来てる?」

 

「……頭の中がファイアで出来てる魔道士に言われたくないな!」

 

 返す言葉もない……いや、せめてファイガ……もっとだ、ファイジャと言って欲しい。だってかっこいいじゃないか。ストップやスロウ、ドンアクなんて使って勝ったって、それを試合と言えるだろうか。まぁ、ドッカンドッカン魔法撃つのが好きなだけだが……。

 

「よいしょっと……さて、流石に騒ぎすぎたみたいだ。私はこれで失礼するよ、どうやら迎えも来たみたいだしな」

 

「ああ、うん。ていうか、なんで僕たち戦ったんだっけか……まぁいいや、こっちも迎え来たみたいだしね」

 

 町の方を見てみれば、ステラが走ってきている。そのさらに先にはダレンさんに、見たことのない貴族の男性が立っている。まぁ、あちらさんの関係者だろうと結論付け、ローランドに声をかける。なんというか、勝負の時間は短かったのだが非常に疲れた。

 

「あー、トリス……逃げたほうがいいかも」

 

「うん?」

 

「ステラのやつ、スゲェ怒ってる……ていうか手に杖もってるぞ」

 

 見れば手に木の杖を持っている。というか見たことある杖だ。どこだったか……ああ、ベヒモスの時に渡した癒しの杖だったか……。

 

「ローランドの……バカー!」

 

「ふぎゃあ!?」

 

 殴れば傷が回復する杖……をフルスイングして顔面に叩き込むステラ。首がちょっと変な方向に向いているローランド……なんかもうグダグダな様子である。

 そして、ステラの顔がゆっくりとこちらへと向き直る。目には涙を浮かべ、手にはローランドの血が付いた癒しの杖。背後には怒りのオーラが見える。

 

「いや、待ってくれステラ……僕は傷は治ってるし……」

 

「トリス様も……バカー!!」

 

「はぎゅ!?」

 

「……楽しそうだなぁ。それじゃあ私は行くぞ、またな!」

 

 心配と不安にかられたステラに殴られ続けるのをスルーし、ザルバッグは体を抑えながらさっさと行ってしまった……。

 

 こうして私とベオルブ家の次男との戦いは、何とも締まらない終わり方になってしまった。

 しかし、これを機会に彼とはそれなりの付き合いになり、友人という関係を築いていけるようになったのは、嬉しい事だった。

 

 そしてこの出会いから一月後、ついに私の元に前線へと戻るようにとの伝令が入る。ゼラモニア大平原での優位を獲得したイヴァリースは、ついにナルビナ要塞を基点としたオルダリーア本隊への攻撃を仕掛けるというものだ。

 それは、後に第四次ゼラモニア大会戦と呼ばれる10万以上の兵がぶつかり合う戦いである……。



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第20話

ウィザードロッド

持つ者の魔法の能力を上げる効果のあるロッド


 ゼラモニア大平原西部、南天騎士団本陣が置かれている砦がある。全軍の兵を収容することは出来ないが、主要なメンバーとその側近を集め軍議を開く事に活用されている。

 その一室には、現在の南天騎士団の主要な騎士たちが集められていた。

 徴集の伝令を受けガリランドから戻った私は、今回は副官であるレミアさんを連れて軍議に参加する事になった。一応の仕官教育を受け、爵位を持ったことから正式に部隊長として認定され、建前上での決定権を持ったからだ。

 父やリシューナ子爵達と行動していた時は隊を任せられては居るが、その指揮はレミアさんが執っていたし、それを統括する二人も理解していたため体裁は省かれた形であったが、今回に関してはむしろ出るようにとの事であった。

 

 定刻近くになりレミアさんを連れて会議室へと向かうと、その末席に私の席であろう場所が確保されていた。

 席は長机に大きな平原を模した地図。それに南天の模様の入ったいくつかの駒が置かれており、その向かう先にはナルビナ要塞と書かれた場所がある。そして、鴎国の国旗が描かれた駒はその要塞の前に置かれていた。

 

「相手は野戦を挑んで来るんですかね?」

 

「恐らくは。兵数の上では南天騎士団を総動員しても鴎国軍には届きません。相手は数の利を利用し、まずは野戦でこちらの数を減らしてくるでしょう」

 

「わざわざ城塞があるのにその優位を捨ててまで?」

 

「籠城は時間稼ぎをする手段ですから。こちらには北天騎士団が援軍として向かっています、相手の目的もこちらへの侵攻である以上攻撃に主眼を置いてきます。なので、こちらはまず野戦で相手を減らして要塞攻めに……相手はこちらを倒し、そのままイヴァリース本国へと雪崩込みたいと言った所ですか」

 

 ここでこの戦争の特殊さが少し出ていると言える。この戦争の元々の目的はオルダリーアによって占領されたゼラモニアの解放である。勿論、イヴァリースも善意でやっている事ではなく、オルダリーアの力を削ぎたい為である。

 しかし、既に戦乱は長く続きすぎたのだ。お互いにその戦争の意義を忘れ、お互いの国へと攻め入り、そして自国の領土にしようとしている。侵攻側と防衛側から、互いに侵略する戦争へと形を変えてしまっている。

 往々にして戦争とはそういうものである……と言われればそれまでなのだが、この状態は非常に宜しくないのだ。何故ならこの戦争の幕引きをどこで行うか、妥協点を見いだせずに居ることが全くもって宜しくない。落としどころのない戦争などただの殺し合いに過ぎず、国は疲弊し、人心は離れる。しかし、それでも貴族達は戦うしかないのだ。戦って勝って自分の家や領地を増やそういう目的の為に。

 そして、その為には戦争とはそういった人種にとっては都合のいい場であると言えた。

 

 刻限が近づくにつれて、人が集まり出してくる。入口から一番離れた所……上座下座の概念があるかは解らないが、一番奥が騎士団長であり、最も権力のあるゴルターナ公。その左側にはオルランドゥ伯、リシューナ子爵そして父と続き、右側にはいつだったかに見た一人エーリッヒ司教、そしてそこからはあまり見たことのないメンバーが席に着き始めていた。

 私は一番入口に近いところ、そして非常に分かり易い目印がある。というか、私が座る場所であろうところにお菓子と果実水が置かれているのだ。

 所謂皮肉というやつだろうか、後ろに立っているレミアさんの顔が引きつっている。持っているペンがミシリと音を立てて砕けている、怖くて声かける気力が沸かないが、仕方ないと諦めておく。

 

「ここでいいんですよね」

 

「……舐められていますね、ブランシュ子爵も公爵の手前騒ぎにするつもりもないでしょうし……一先ず、すぐに下げさせます」

 

「ああ、いいですよ。要は発言権はないんだぜーって言いたいんでしょうし、別に僕も発言するつもりもないですし」

 

 席に着き、果実水を口に含む。甘い香りが口内に広がり、少し幸せな気分になれる。

 元々私はこの軍議において発言するつもりも無いし、目立つつもりもないのだ。出る杭は打たれるというし、既に十二分に目立っている。それに、先の戦いは全体から見れば、平原の戦いの一方面部隊の活躍に過ぎない。それが特別扱いされているのだ、そりゃあ面白くないと感じる人間も多々いるだろう。

 リシューナ子爵はこっちを見ながらニヤニヤしてるし、面白いしこのままにしようとか公爵に提案してそうだし、私もそれに乗ることにする。

 そして、結果としてこの軍議は私が発言をする意味など殆ど無い状況……というか、それぞれが自分の武勇を囃し立てて先陣を任せてくれと言い合っている状況である。

 実際、軍の規模が大きくなり、お互いの兵数が多ければ多いほど、小細工などは出来なくなってくる。中途半端な策では効果は薄いし、そうなれば兵の練度と伝令の速度、各部隊長の判断力に左右されてくる。

 私としては、むしろこの席の配置のほうが気になる。小声で私のすぐ後ろに立っているレミアさんへと訪ねてみたところ。

 

「そうですね、主に公爵に近い方が発言力があると見て間違いないです。城などで行われる場合はそれぞれの位置がありますが、こういった前線での軍議では固定された位置は決まっていませんから」

 

「この左右にも何かあるんです?」

 

「左側が現公爵派、右側は司教を除けば前当主派……つまりは旧派閥ですね。司教は自分で中立と言っているので、微妙な立ち位置ですが……」

 

 世の中の人は派閥というのが大好きなようだ。ちなみに私は左側。まぁ別にどちらでも構わないのだが……できればこういったお菓子なら普段から置いてもらいたい位だ。

 軍議自体は、徐々に白熱しだしている。私は大きすぎる椅子に足が届かず、ぷらぷらとさせていたら、所謂旧派閥に属している一人に睨まれるように視線を飛ばされ、ついにこの軍議での話題に登ってしまった。

 

「そういえば、ブランシュ魔爵はどういった扱いにするつもりかね? ああ、我々の担当する右翼には必要ありませんぞ、我々は味方を撃つような魔道士は必要ありませんからな」

 

 その一言で旧派閥組は声を上げて笑い、父をはじめとした幾人かがそれに食ってかかる。私はどうしてるかって? ジュースウマー状態だ。こういうのは黙って言わせている方が被害が少ないというのが、私のある種の経験則である。

 そして、次は司教が私を一瞥し、ゆっくりとその口を開いていく。

 

「ブランシュ魔爵……ややこしいですね、トリスタン魔爵については一つ考えがあります。まず、旗を掲げることと名乗りを上げる事を伏せてもらいます」

 

「待て、それでは貴族としての誇りを捨てろということか!」

 

 その言葉に、今まで黙っていた現当主派のメンバーも父たちに加わって非難しはじめた。

 先に上げた戦争の目的……というより、貴族の目的として自分の家の出世等がある。そして、伏兵や奇襲などをする以外で、通常の部隊として戦争に参加するならば、その家の旗や名乗りを上げて戦果や行動をアピールするのが通常である。それをしないというのは一兵卒と変わらず、暗にお前にその資格が無いと言っているようなものと解釈されているようだ。

 

「反論は解ります。ですが、ある意味この戦いの鍵を握っているとさえ私は思っています……ブランシュ家の名誉を傷つけるような事にはなりません」

 

「しかしだ、わざわざ伏せることもなく、我が子ならばやってくれるぞ! それに、司教殿はわざわざこの時期にアカデミーに参加させるよう要請をだしたり、まるで戦果を稼がせぬようにしているように見えるぞ……!」

 

 ちなみに、最近父は派閥内での発言力を増しているらしい。私の戦争での活躍はブランシュ家のものとしてカウントされるし、先の戦いでの殲滅戦もそれなりの戦果を出したための結果らしい。

 というか、私のアカデミー缶詰の首謀者は司教なのか。まぁ、仕官教育は建前でも中身でも重要であるため、公爵も賛成していたはずだが。

 

「それも含めての考えです。彼を最も効率よく運用するならばとの考えです。ご理解願いたい」

 

「運用だと? 道具のように見おって!」

 

 一瞬、本当に一瞬だがお前が言うなと思った人達がいるような気がしたのは気のせいだろうか。

 そして、また別の視線に気づいてその方向を向けば、リシューナ子爵が両手を僅かに上げてやれやれと言った雰囲気を出している。目配せを一つこちらに送り、二人の仲裁へと入っていった。

 

「まぁ、ひとまず二人共落ち着け。そうだな、当の本人はどう考えている? まさか、本当に菓子を食べに来たわけではあるまい」

 

「用意されていたもので、食べないのは失礼かなと……まぁそれは置いておいて、僕はどちらでも構いません。ただ、旗を目印に囲まれたら僕に戦う術はないって事を考えてもらえると嬉しいですが」

 

「おや、オルランドゥ殿に勝負を挑んだ割に弱気な事を」

 

 リシューナ子爵の質問に答えたら、今度は別方向から横槍が入る。というか面倒なのだ、こういった場では数回参加するまで黙って観察して、場の空気というもの理解しないといけないものだ。まぁ、それが許される立場でも無いらしいが。

 

「数名程度なら逃げるくらいならどうとでもなりますが、それ以上なら無理ですね。勿論、敵兵が全て伯爵ほどの実力を持っていたら例え一人でもお手上げです」

 

「オストン殿、無意味な挑発はやめたまえ」

 

「ふぅ……さて、本人もこういっている事だし、ここは一先ず司教殿の考えで動いてもらえば良いのではないか? それで問題があるようなら、また変えればいい」

 

 結局、その言葉をもって軍議での私の話題は終了することになった。そして、軍議終了後に私にきた指示は旗を掲げず、本隊からの指示通りに動き攻撃をするようにとの内容であった。

 

 自分の隊へと戻り、訓練の進捗を確認していく。私がアカデミーへと行っている最中、私の隊は戦場には行かずひたすらに訓練をしていた。数度の実戦を経験し、戦場の空気に慣れたところで再び訓練を行ったことにより、現実を知った彼らはそれなりに成長をしていた。

 とは言え、それでも数ヶ月の調練で大きな成長を遂げることは難しいと判断され、レミアさん、そしてダレンさんの案から内容を特化させるという事で方針が決まっていた。

 特化させる内容は走ること、攻撃を受け止める事。この二点である。

 この隊における最大効率を出すためには、私が完全に攻撃に回る事にある。そして詠唱中に大人数に襲われればひとたまりもないため、防御を彼らに任せる事になる。そして、完全な殲滅はその特性上難しいため、陣形を崩し、主力を崩した後は他の隊に任せ、また別のところへ移動する方がいいのだ。その為に走り込みの訓練はよく行われていた。

 扱いとして考えるならば、支援砲撃を前線近くで行うという感じだろうか。

 そして、今回の司教の考えはこれに則ったものであると考えている。旗を上げないことで他の兵卒たちに紛れ、前線近くで大魔法を放つ。そして崩れたところでその隊が前進する。私たちは別の場所へ移動し、同じように崩していく……。

 ここで重要なのは旗や名乗りを上げてしまった場合、私を倒すために敵は殺到してくるだろう事だ。ただでさえ魔道士は狙われやすい。それが有力であれば尚更だ。その為、今回の司教の考えは私にとってありがたいものでもあったのが実際のところである。

 そして、来る大会戦にむけ、私たちは残る時間を過ごしていった。

 

 

―――――

 

 軍議が終了し方針が決定されれば、指示を出す者たちは大忙しになる。その最中、それでも地図から目を離さないでいた人物が居た。

 グレバドス教会に所属し、今はゴルターナ公爵の軍師的な立ち位置についているエーリッヒ司教である。

 ゴルターナ公の知の面での側近は、内政ではグルワンヌ大臣、軍略面ではエーリッヒ司祭が受け持っていると言える。そして、教会の司教という立場から南天騎士団内での派閥の中間に位置している。

 当然、その立ち位置は多くの問題がある。どっちつかずの態度のために、どちらからもいい顔をされず、よく反発を受けることがある。その為に自分の策が成らない事等、度々起こる始末である。今回はリシューナ子爵が間を持ち、当の本人が賛成したために纏まったが、あれで本人が拒否したり誰も間に立たなければいつもと変わらない結果になっていただろう。

 

 エーリッヒの考えるトリスタン・ブランシュ魔爵という『駒』の運用法は、ある程度確立されていると言っていい。

 イヴァリース西部戦線である北天騎士団を中心とした戦力には、大魔道士エリディブスが居る。エイディブスに直接指示を出せる人間は少ないが、彼は砦や城の守りにつくことが多い。

 個人戦力が高い人間には二種類居る。個の武勇において、剣技と魔法である。剣技については部隊単位に強く、魔法であれば軍規模に強い。前者は雷神や風神、後者は大魔道士や少年である。そして後者の運用法とはこうだ。

 

 一つ、篭城戦……砦でも出来るが、極力壁が高く硬い方が理想的だ。相手のほうからこちらの射程距離に近づき、壁によって足止めされる。数によっては一方的な展開になるだろう。

 

 二つ、大規模戦闘……数は多ければ多いほどに活躍出来るだろう。個人を守る軍勢は多く、的も多く広い。今回はこれが当てはまる。

 

 そして、逆に苦手とする戦場も当然存在する。

 

 一つ、攻城戦……大規模な魔法によって砦を落とす事は出来るが、城や要塞などはその壁に対魔法の性能を備えている場合が多い。そして相手は上から攻撃でき、こちらは丸見えになる。城兵を纏めて倒せると考えても、諸刃の剣である。

 

 二つ、中・小規模戦闘……大魔法は必然、的が少なくなればその効果は薄まっていく。そして、もしも敵軍が固まって個を狙って来れば、それを防ぎきるのは難しくなってしまう。

 

 ある種、二人の子爵たちによって行われた戦闘は少年の真価を発揮出来ていなかったと言える。異質とも言えるその力に、ただねじ伏せるだけの使い方をさせていただけという評価だ。

 今回エーリッヒはその能力を十全に発揮させる場を設けようと考えている。その為、既に伝令を担っている指揮官には、重点的に彼の隊へと回すように手配している。その数は南天騎士団の伝令兵のおよそ3割を占めるまでに割いている。

 勿論、今までの報告が過大評価だという場合も考えられる。その時はその伝令を他部隊に回せばいいだけの話しである。だが、報告通りの戦力ならば……と、期待せずにはいられない。もしそうであるなら、南天騎士団の戦力は大きく増すことになる。それは彼個人の火力などではなく、騎士団全体の話だ。

 

「後は、他の地方の動き……か」

 

 地図の端へと目をやる。旧ゼラモニア領南部、東バグロス海に近い位置でも戦闘は続いている。そちらはランベリー領から抽出された兵に、東天騎士団が当たっている。報告によれば戦力はこちらが優っており、最低でも現状維持は可能という見通しである。

 しかし、気になることもある。先月頃に要塞から一部の兵が移動したという報告がある。鴎国の王子が別の戦線に移動したという情報も入っているが、確証には至っていない。しかし、こうも上手くこの地での優位性を確保できたのも疑問が湧いてくる。

 

「斥候を多くだし、気を配る位しかできないか……ともかく、北天の援軍を待つより他無いな」

 

 僅かな不安と疑惑は徐々に大きくなるも、その戦端は開かれることになった。



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第21話

自重なにそれおいしいの?


 ゼラモニア大平原、過去3度に渡る両軍の衝突の場となったこの地に、今再び両軍が対峙している。

 イヴァリース南天騎士団・総数7万、対するオルダリーア西部方面軍・総数8万。両軍を合わせれば10万を超える兵数である。そして、今両者は平原へと出撃し決戦の時を待っていた。

 この大会戦に挑むまでの小競り合いで、畏国はその優位性を確保する事に成功していた。平原北部の砦はほぼ全てが畏国側が占拠しており、南部・中央も畏国が優勢となっている。

 今回南天騎士団の布陣は

後方本陣に2万 指揮官ゴルターナ公

中央歩兵隊2万 オルランドゥ伯

右翼歩兵・弓兵隊1万5千 ライナルフ伯

左翼歩兵隊1万 ブランシュ子爵・グリムス男爵

遊撃騎兵隊5千 リシューナ子爵

 

 ちなみにトリスタン隊は別働隊として遊軍扱い、中央歩兵隊に詰めている。数は5百である。

 対するオルダリーアは本陣をナルビナ要塞に置き、中央に3万、両翼に各2万を配置している。指揮官はラナード到着前よりその任についていた騎士、バルログ伯である。

 両軍の旗が平原の風に靡き、その士気が高まっていった。そして、最初に動き出したのは鴎国側の中央部隊であった。

 

「敵中央、前進を開始しました!」

 

「分かった。オルランドゥ伯に伝令を、その場で敵を迎撃せよと。両翼に前進の指示を、トリスタン隊にも伝令を、初撃は任せる……と」

 

「ふん、我慢ができん奴等よの。それとも御しきれんかったか」

 

「ですが、これで出鼻を挫けましょう」

 

 南天本陣は徐々にその動きが活発化していく。この野戦に勝ったとしても要塞攻めである。ここで痛手を被るわけにはいかないと、ゴルターナ、そして傍らに佇む司教はその知略と武勇を振るおうとしていた。

 そしてここに、両軍が激突した……。

 

――――

 

 中央に配属された私は、あの雷神シドの隣に立っている。いや、いつもの通りレミアさんが手綱をもったチョコボにだが……。

 今までに見たことのない数の敵兵が、それこそ津波のようにこちらへと駆けてきている。砂塵が舞い上がり、雄叫びが届く。その光景に圧倒され、私の体を熱くさせていくのが感じられる。

 

「さて、トリスタンよ……いけるか?」

 

「え? ……あ、はい。大丈夫です……」

 

 元より、私が使えなくともこの中央部隊の動きは変わらない。この初撃で見極めをしたいというのだろう。

 深呼吸を3度。手に持つウィザードロッドを持ち直す。そのほかの装備は金の髪飾り、黒のローブ、魔力の小手である。魔法AT特化タイプにし、敵を打ち砕く事を目的とした組み合わせである。

 畏国と鴎国。兵数差は大きく、油断も余裕も有りはしない。この時に限って言えば、あらゆる自重を外さなければならないだろう。父やリシューナ子爵からも今回はあらゆる魔法の使用を許可されている。言ってしまえば、私が私の意思で全力を出す久しぶりの機会である。

 そうして、瞑目しているうちに後ろから声がかかってきた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 頭にあたる柔らかい感触も、集中することで感じられなくなってくる。どうやら、私は戦闘という状況になるとどんどん入り込むタイプらしい。

 そんな考えすら、頭に浮かばなくなってくれば完成だ。

 

「はい――初撃、行きます」

 

 僅かに前進し、集団の先頭まで進んでいく。ロッドを一回しし、その先端をこちらに殺意を向けてくる集団に構える。

 ――後に語られる『魔神』

 

「――時は来た」

 

――其の旗は魔法であると

 

「――許されざる者達の頭上に……星砕け降り注げ!」

 

――其の名乗りは敵兵の叫びであると

 

「――『メテオ』!!!」

 

 

 魔力によって導かれた巨大な隕石達は、吶喊してくる敵軍の頭上に降り注いていく。

 先頭を走っていた騎兵が潰され、後続も物理的、爆風、衝撃によって吹き飛ばされていく。僅かに張られた魔法による障壁……シェルを複数人で張ったものも、その効果を発揮するまでもなく押しつぶされていった。

 正面の敵がその陣形を崩せば、後ろからは剣が抜き放たれる独特の音が響いてくる。

 

「敵の前衛は崩れた!! これよりは我ら南天騎士団第一軍がその役割を果たす時ぞ! 黒獅子の何たるかを奴らに教えてやれ、正面より噛み砕くぞ!……全隊突撃!!!」

 

 黒獅子の旗が先陣をきり、雷神が出撃していく。その勢いは強く、自らが先頭を駆けていた。

 そして、崩れていた敵前衛にたどり着けば、その周囲に雷光をもって薙払い、凄まじいまでに敵を斬り殺していく。

 ていうか、正直有り得ない勢いである。メテオ使った私が言うのもなんだが、あれもどうかと思う。一定のテンポで血しぶきが舞い上がり、その足を止めようと近づいた敵の指揮官らしい騎士も、僅か2合で切り伏せられている。

 

「なぜオルランドゥ伯が雷神と呼ばれているか知っていますか?」

 

「いや……聞いたことないですね」

 

「敵集団に突撃し、全てを切り伏せながら進むその姿を高台から見たとき、それが雷のように敵陣を裂いた様子から付けられたものです」

 

 最早シド無双である。近づいた兵は逃げ出そうとし、最早打ち合おうとすらしていない。いや、気持ちは分かる。分かるが、逃げ出そうとした矢先に聖光爆裂破で周囲もろとも吹き飛ばされている。

 

「……非常識な」

 

「鏡を見せましょうか?」

 

「お前ら楽しそうだな……伝令が来たぞ、中央で崩れていない場所に一発打ち込んだら左翼へ移動しろとよ!」

 

 心外な事を言われた気がするが、ともかくここは戦場だ。再び集中していき、次の場所へと移動していく。今回は盛大に行くのだ。

 

――――

 

 今回部隊行動は若干変則的になっている。私たちの部隊は補充と拡充により5百名になっている。大体が新兵であるが、それでもそこそこの規模である。そしてこの数をそれぞれ一軍になっている中央や両翼に配置するには、動きの制限が大きくなってしまう。その為、私とレミアさんを単独で前線へ、敵兵が近づいてきた場合は後方に待機している部隊まで移動する手はずである。

 この場合、前線にいる時に狙われた場合は私を守る兵が居ないと思われるが、それが各前線部隊になっている。司教からは、私が危機に瀕したときは周囲の兵を盾とし、後方へ下がる事を優先しろという有難いお言葉を頂いている。また、旧派閥の方々には言われていないが、父や中央を担っている指揮官には私の生存を優先させるようにとのお達しまで出ている。

 そして、私がどうしようと考えていても、手綱を握るレミアさんはその判断を下せるのだろう。聞いてみたら当然です と普通に返されてしまった。

 

 左翼へと到達し、揺れるチョコボにしがみつきながら周囲を見渡す。あちらこちらで剣と剣がぶつかり合い、槍に刺されて血を流すもの、矢にあたり地に伏せるもの。

 私も同じことをしているのだ。だが、最早麻痺してきた私の頭ではこの景色に異常さを感じる事が出来なくなっている。

 そんな私の感傷等戦場において意味はなく、遠くから何かの飛来音が聞こえた瞬間、後ろのレミアさんが私の頭を力づくに押さえつけて来た。

 

「いけない、伏せて!」

 

「何を――!!!」

 

 私の言葉は発しきる前に、すぐ横に魔法が着弾していった。爆発に乗っていたチョコボが体勢を崩しそうになるが、軍用に鍛えられたそれは強引に踏みとどまろうと大地を踏み抜きながら走り抜けている。

 飛ばされそうになる体を押さえつけられ、さらに進めば聞き覚えのある声が私の耳に届いてきた。

 

「お待ちしていました! トリスタン隊長……今は魔爵でしたね!」

 

「はい! あ……ダレンさんの時に部隊指揮をしていた……」

 

 近くには銀のフルプレートで身を包んだ騎士が立っていた。以前、ダレンさんが負傷した時に指揮を引き継いだ若い騎士の一人であったはずだ。名前は確か……

 

「はい、ウェイン・リーバー……現在は歩兵隊の部隊長をやっています」

 

「それで、状況はどうなっていますか?」

 

「はい、後方に居た弓隊が右翼の援護に回っています。その為こちらは援護射撃が少なく――――! このように相手の魔道士を自由にさせてしまっています……」

 

 この会話の最中にも、離れた位置に敵の魔法が着弾している。左翼の隊にも弓兵は居る。だが、一個の軍として形成されたそれに比べればその機能は十分とは言えない。

 さらに前線の方から大きな魔力が感じられる。視線を向ければ炎の巨人……イフリートが召喚され、周囲を焼き払っている。

 

「……すぐに行きます。護衛をお願いします」

 

「判りました、護衛は私が引き受けます。そちらの副官の方は補助魔法を」

 

 ウェインさんの後に続き、さらに前線へと近づいていく。兵士たちの怒号が大きくなり、鉄の打ち合う音が耳に刺さってくる。

 

「これより魔法の援護がある! 敵を近づけさせるなよ!」

 

 周囲の陣形が代わり、後ろに居る兵が密集隊形を作っていく。

 さて、どうしたものかと一考する。魔法はその性質上割と味方を巻き込んでしまう。旧派閥の一人に言われた言葉も決して間違って居ないのも確かなのだ。

 その為、使う時は敵が接近しきる前や最前線より奥を狙うようにしているのだが、それでも爆風に巻き込まれる事があるらしい……。ならば、なるべく巻き込まず、かつ高威力で相手を威圧できるもの……。

 

「発動したら少し離れてくださいね」

 

「……了解です」

 

「……漆黒の光閃き、大気の震えとなれ 斬鉄剣!」

 

 私の杖の指し示す空間が歪み、巨大な騎士が出てくる。灰色の馬に跨り、そのマントは炎を纏っていた。ドクロのようなその面からは、二本の黒い角。そしてそれはゆっくりと前へと進んでいく。

 オーディン……FFシリーズで最早お馴染みと言っていい召喚獣であり、敵に対して即死攻撃を使う。ただ、効果の無い相手がいたりするので、いまいち使わなかったりするのが切ないが、そのムービーから必ず一度は召喚するはずだ。

 威風堂々……自然、周囲の兵たちは道を開けていく。敵軍と私の間にある障害はオーディンだけになるが、最早敵兵ですらその威容に畏れを抱いている。

 手に持つ青い刀身の剣……斬鉄剣を振り上げ、その騎士は戦うべき戦場へと駆け出していく。

 

「蹂躙しろ! ――『オーディン』!!」 『破壊の閃光』

 

 敵陣へと突撃したオーディンは3度の閃光をもって敵を薙ぎ払っていく。ひと振りで数百の兵の命を刈り取り、イフリートすらも巻き込んでいく。

 

「相変わらずですね……これより前線を立て直す! 隊列を維持しろ! これ以上押し込ませるなよ……ブランシュ子爵に伝令を、中央は子息の援護があるため弓は両端に回すようにと」

 

 敵の隊列が乱れ、動揺が走ればこちらも動きやすくなる。あとは相手の魔道士を私が押さえれば徐々にだが押し込めるだろう。

 そして、左翼はその兵力差以上に善戦することができ、優位を得ることが出来た。

 

 

 これまでの南天騎士団の戦い方は、オルランドゥ伯率いる歩兵隊が敵を足止めし、リシューナ子爵が陣形を崩し、徐々に押し込むという形をとっていた。

 実際、かつての兵の質を維持できているのは歩兵隊第一軍、そして風神率いる騎兵隊位である。兵の調練が追いつかず、傭兵を雇い入れたり他の騎士団を合流させたりしているが、全隊の質はやはり低下している。

 しかし、今回大魔法という手札が加わったことにより、南天騎士団はその能力を十全に発揮することができた。

 いかに質の高い第一軍であっても、崩れていない相手と対峙しても時間はかかり、騎兵隊も同様に無理に突撃をすれば被害が大きくなる。だが、ここで魔法によって陣を崩した状態ならどうか? そして、それまで大きな戦果を出すことが出来なかった他の隊に、決定力がつけばどうなるか? 魔道士隊を編成すれば低いながらも同様の効果もあったが、その育成の時間、そして軍同士の戦いでは小回りが効かなくなってくる。

 今、歩騎遠(魔と弓)3つが揃ったことにより、大きな戦果につながっていった。

 

 そして、本陣もその状況に大いに湧き上がっている。

 

「これは、予想以上……いえ、報告通りでしたな」

 

「うむ、奴らを見てみろ。慌てふためいた様子が目に浮かぶわ」

 

 敵陣の旗があちこちに動いている。動揺激しい兵を抑える事に四苦八苦しているのだろう。

 そして、それから暫くして鴎国側が兵を引き始めていった。日も傾きだし、今日の戦闘の幕が閉じようとしている。結果、初日における両軍の被害は、畏国が2千に対し鴎国は実に1万以上の被害を被った。

 

 そして、続く二日目は鴎国側は両翼と中央の距離を広く開け、大魔法に対する被害軽減を選んだ。しかし、北部・南部とも畏国側は周囲の砦を拠点とし、戦線の維持を務めた。中央に風神・雷神の二枚看板を配置し、さらに弓隊の援護により中央の被害が拡大。北部側は砦からの大魔法による被害により、この日も鴎国側の被害は大きかった。

 僅か二日で1万の兵力差を覆された事になり、鴎国の士気は低下、対して畏国側はその士気が大いに高まっていた……。

 

 その二日目の夜、私は野営の天幕の一つを与えられていた。周囲には重装歩兵が詰めており、割と厳重な警備体制になっている。近寄れるのも指揮官クラスか、私の隊でもレミアさん位しか入れないようになっている。

 そして、私の目の前では父が大いに盛り上がっている。

 

「ははは! いやぁ、お前はブランシュ家の誇りだよ、トリス」

 

「うん、まぁ……父さんも無事で良かったよ」

 

 実際、ブランシュ家としてみれば現在までの戦果は非常に大きい。鴎国の被害の5分の1を私の魔法によってのものである。逆を返すとそれだけの人間を私が殺したことになるのだが……。

 これは戦争である。一人を殺せば犯罪者だが、戦争で100万人を殺せば英雄という言葉があるが、今ならそれが少しわかる気がする。

 戦時でもないのに100万人殺せばそれは英雄でもなんでもなく、ただの大量殺戮者だ。戦争という状況だからこそ英雄と呼ばれる。だが、それを為した人間からすれば全く逆だ。人々が英雄と呼ぶように、敵を倒せと求める。その求める行為に応じたと、ただ言い訳したいだけだ。

 頭の芯が鈍い痛みを発している。

 

「……蹂躙しろ……か」

 

「どうしたトリス? ああ、疲れているのだな。ゆっくり休め。今日はもう誰も通さないように伝えておく。ではな」

 

 思い出すのはオーディンを召喚した時に自分の口から出た言葉。

 どこか……心のどこかで私は戦いを楽しむという心理でもあるのだろうか?

 答えの出ない考えは頭の中をぐるぐると巡っていく。

 

「やめだ、やめ……疲れてる時に変な事を考えるもんじゃないな」

 

 頭を二度三度振り、霞がかったものを振り払うように立ち上がる。手近に置いてある水を頭から被り、火照った体を冷やしていく。

 ふと、思い出した事があった。今の自分のステータスはどうなっているのだろうか? 二日に渡る戦いは今までのどの戦いよりも長く、そして大きかった。魔法を使う機会も多く。エーテル飲み過ぎるのも嫌なので、思わずエーテルを浸して焼き上げたパンを食べた位だ。ちなみに味はメロンパンをより甘くしたような感じである。レミアさんは胸焼けしそうですとか言っていたが、味の変化は重要だ。

 

トリスタン Lv.30 Exp.90 JP.2300

Brave 70  Faith 72

HP 172/95(+77)  MP 152/102(+50)

Job:黒魔道士

Move…5 Jump…5 Speed…7

物理 AT…5 魔法 AT…16

 

 黒魔道士が気になる? だってソーサラーよりも魔法AT高くなるし……。

 それはともかくとして、いつの間にか立派な能力値になっている……いや、戦闘中に時折頭の中でテーテテッテーみたいな効果音が……流れていないな、気のせいだろう。しかし、思い返してみればアカデミーに行っても自主トレーニングは続けていたのだ。ただ、環境の変化や忙しさであまり自分の強化を行っていなかったのも事実である。

 思い返すなら、初陣で錯乱した後に強化をしてから放置……なんて状況になっている。いや、今の状態で十二分に目立ってしまっているからアレなのだが。しかし、レベルに対してJpが貯まっていないのは最早お約束なのだろうか。そしてレベル先行させて後悔するまでがワンセット……現実となった今ではあまり起こりえない事だが。

 一先ず、自分の能力を確認出来たところで体中に倦怠感が襲ってくる。まだ戦いは続くのだ、未だ慣れない寝所に入り私は眠りに落ちていった。

 

 そして翌日、敵要塞に新たな部隊が入ったとの報告があった。数は1千程だが、その旗はここよりさらに南部、東バグロス海に近い位置で戦っていたはずの隊であった……。

 




作中魔神は誤字じゃないはず。常習犯だけど信じてくだしあ・・
尚、主人公の成長率は少し上げてあります


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第22話

竜騎士 -DRAGON KNIGHT-
重厚な装備をものともせず空高く『ジャンプ』し
攻撃する武技を使う戦士。槍の名手でもある


 ナルビナ要塞の一室。光源である燭台の火が揺れながらそこに居る人物たちを照らしている。

 主だった将兵が集められている中、二人の騎士が対峙していた。

 一人はバルログ辺境伯、ナルビナ要塞の主であり現在の西部方面軍の指揮官である。その表情は険しく、額には血管を浮かばせていた。

 

「何故、儂が指揮官を解任されねばならぬのだ!」 

 

「理由は先程述べた通り……今日に至るまでの敗北とその損害の責任ですよ」

 

 対する騎士は短く切り揃えられた髪に、黒竜をモチーフにしたフルプレート。その背中には鎧と同じ色の黒槍が携えられている。口の端を釣り上げ、イヤミの効いた笑みを浮かべている様はより一層相手を不快にさせている。

 オルダリーア竜騎士団副団長カイゼル。30歳にして現在の地位についており、ラナード派に属している。

 

「その場に居なかった貴様に言われる筋合いなど無い。そもそも貴様はバグロス海沿いの戦いに参加していたはずだろう……その持ち場を離れてここに居る等――」

 

「ああ、あちらの戦闘ならもう終わりました。今頃殿下はこちらに向けて出発している頃です。私はそれに先立ってこちらに来た……が、来てみればこの有様。大魔道士に対して無策で突っ込んで被害を大きくしている」

 

 続く言葉に怒りを顕にする辺境伯だが、最初の言葉は流せなかった。

 

「馬鹿な……あちらがもう終わっただと? 兵数で言えば負けていたはずだ……」

 

 海沿いでの戦いでは、鴎国の動員した兵数は3万。対する畏国側は5万はいるという報告であった。移動の距離を考えても、数日の内に決着がつくとは考えられないというのが辺境伯の考えである。

 対するカイゼルは、どうでもいいとその話を切り捨てる。

 

「事実は事実です。そして奴らはそれをまだ知らない……援軍到着と共に攻勢に出ます。ここからは我々の指示に従っていただきますが……よろしいですね?」

 

 実際のところ、この場での指揮権は当然辺境伯にある。現在の西部方面軍の大元の指揮権はラナードにあるが、その勢力を気に入らない人物も多々存在する。そして、それとは別にこの要塞を任せられているのがバルログ辺境伯である。

 辺境伯とは国境沿い等敵国と隣接している領地を持つ爵位である。権力で言えば、大雑把に判断するなら侯爵と同程度、場合によってはそれ以上となる。ラナード本人が居れば別であるが、カイゼルに指揮権を渡すように伝達したとしても辺境伯を任じたのはその上……つまりは現国王からであるため、要請はあくまで要請で留まるはずであった。

 

「……いいだろう。ただし条件がある」

 

「……なんでしょう?」

 

 予想していたよりもあっさりと受け入れられた事で僅かに拍子抜けしたカイゼルであったが、次の言葉はさらに驚くべき事であった。

 

「儂を中央に配置しろ……次の戦いは儂自らが前線に出て、汚名を雪いでみせよう」

 

 蝋燭の光は、その決意の表情を映し出していた。それは、この戦いが次の局面へと移ることを示しているように……。

 

 

―――――

 

「初日と同じ布陣ですか、そろそろ要塞に籠ると踏んでいたのですが……まぁ好都合ではありますな」

 

 会戦3日目、朝日が二日に渡る戦場の痕を映し出している。平原のいたるところに矢や折れた槍先が刺さり、魔法によって大地が抉られていた。僅かに出ている霧と共に、戦場の匂いというものが私の鼻を刺激している。

 この二日間での畏国の戦果は大きく、既に戦力の差を埋めている。無論、相手には要塞という防衛手段があるため、このままでは同兵数での要塞攻めを強いられるかと思っていたが、その予想は外れ再び鴎国軍はこちらに野戦を仕掛けようとしているらしい。

 しかし、僅かに感じる違和感と援軍が到着しないという不安感が、どこか私の心を浮かせていた。

 

「そう思っているのならば、お主はまだ青いと言うのだ」

 

 司教の言葉と考えを否定するように、一人の老騎士が声を上げた。表情は既に戦闘中のそれになっており、その顔は熱を帯びているようであった。

 

「ゴードン伯……どういう意味ですか?」

 

 ゴードン伯爵。旧派閥を纏めている人物だったはずだ。歳は五十を超えているだろうか、顔には深いシワと傷痕、そして白いヒゲを生やしている。体躯は大きく、鍛えられた体からは老いを感じさせていない。そして、彼の後ろには軍議で絡んできたオストンと呼ばれた騎士もいる。

 伯爵は片目を閉じながら、ゆっくりと敵の陣営を眺めていく。

 

「今日の戦場に漂っている敵軍の戦意……それが分からんようでは軍師なぞ務まらんと言っておるのだ」

 

「戦意……ですか」

 

「戦いはこれからだという事だ、エーリッヒよ」

 

 言葉を締めたのはゴルターナ公であった。既に騎乗し、腰には剣を帯びている。これまでは本陣として後方で指揮をとっていたが、今回は前線に出るようだ。

 

「……まだ北天は来ておりません、深追いはしないようお願いします」

 

 司教は僅かに目を細めて、言われた言葉を噛み締めるように言葉を出した。私を含め、現派閥の殆どが所謂戦場の機微というものをまだ理解していないのだろう。意を汲み取ったのはオルランドゥ伯であり、ゴルターナ公の横に立っている。

 

「そう言えば、リシューナ子爵はどうしたんです?」

 

 私が疑問に思って父に声をかけてみると、意外な答えが帰ってきた。

 

「ああ、奴ならば援軍がどこまで来ているかを確認するためにゼルテニアに向かっている……閣下の言うとおりならば、ここで風神を使ったのは悪手だったかもしれないがな」

 

 予定では昨日の内には援軍が到着するはずだったらしい。しかも、その予定は遅くなると見積もってである。実際の所、この時代での行軍を考えれば数日の誤差は当然なのだが、その通常の誤差を考えても僅かに遅れているらしい。しかも、その対象が畏国を代表する騎士団である北天騎士団なのだ。早く到着することがあっても、遅れることは中々無いという。

 つまり、後方……畏国本国のほうで中々無い何かが起きたのではないか……という疑念が浮かんだのだろう。そして、何か厄介事が起きているならばただの伝令兵では対処など出来ない、その為の配置だったのだろうが……。

 そして、徐々に大きくなる不安は解消されることなく、3日目の戦いは始まっていった。

 

――――

 

 今回の布陣は初日と同様に、私は中央に配置されている。その理由は両翼に対して中央の士気が高いらしい。私にはその違いは解らないのだが、前日の浮き足立った様子が見られないらしい。

 そして、今回は畏国側が先に進軍を開始していった。ゆっくりと、そして徐々に早く。一歩一歩歩く速度から駆け足へと。中央・右翼はそのまま直進し、左翼側は包囲をするようにその陣を広げていく。

 対する鴎国側もこちらへと前進を開始してきている。万の人間による進軍は大地と空気を揺らす。そして平原の中央にて両軍の前線が触れ合った瞬間に、敵軍からいくつもの光が届いた。

 着弾した魔法は周囲の兵を巻き込み爆発していくが、私の居る場所からは随分と離れている。こちらを特定出来ていないが、頭を抑えようというのだろうか。

 

「……おかしいですね」

 

「どうかしたんですか?」

 

 頭上から届いた声はレミアさんである。現在は前線からは少し下がった位置で待機している私たちは、この戦場にあってまだ会話を出来る余裕がある。戦況は一進一退となっており、いつでも攻撃に移れる準備は出来ている。今回の指揮権は中央を直接率いているゴルターナ公にあり、私たちはその指示待ちという状態だ。

 レミアさんは私にすら届かない声で何をつぶやきながら思考を纏めている。そして細めた目は敵軍のほうを向いている。そして、最初に発した言葉から1分程経った後に次の言葉が出てきた。

 

「本来、中級の魔法は集中運用をする事が前提にされます。ですが、現状は散発的、かつ広範囲にばらまいています……何かを狙っているのでしょうが」

 

「こちらの動きを制限させるためとか? それとも魔道士の被害を抑えさせるために?」

 

「前者であれば弓でよく、後者であればもっと戦況を読んでからにすればいいはずです」

 

 やけになって魔法を撃ち散らしている……という事は今の鴎国軍からは考えられない。統率はとれているし、戦線も崩れていない。

 私たちの考えを中断するように、金属鎧独特との足音が聞こえてきた。公爵からの伝令らしいその兵は、今まで司教が派遣していた軽装の兵ではなく一騎士である。

 

「伝令です、魔爵の隊は第三隊の援護に向かえとの事です」

 

「第三隊というと左翼側に近いほうですよね……了解しました、直ぐに向かいます」

 

 後方にいる部隊の兵にも移動を伝え、移動を開始していく。移動をしながらも、レミアさんは未だに考え続けている。対して私は思考を任せ、集中を開始していく。流石に魔法を撃ち、戦いながら別のことを考える余裕は余りないのだ。

 

 兵の怒号と断末魔の叫び声をくぐり抜け、移動してから10分程で目的の場所に辿りつくことが出来た。戦況は僅かにこちらが有利であり、敵の前線を押し込もうとしている。ただ、押し込みすぎれば今度は孤立してしまうため、周囲に合わせているといった感じである。

 つまりここでの有利を確立し、相手の線を乱すことを求められているのだろう。

 改めて杖を構えて集中していく。氷塊をイメージし、浮かび上がる文字を言葉に。

 そして、私の魔法の完成と同時にレミアさんは思い至った用に声を絞り出してきた。

 

「大気に潜む無尽の水、光を天に還し形なす静寂を現せ! ――『ブリザジャ』」

 

「誘い出し……目的はこちらの位置の特定!」

 

 氷塊は敵兵を押しつぶし、散発的に続いた魔法の一部までも押しつぶしていった。そして、レミアさんの言葉で同時に思い至る。私にとっての『旗』とは魔法である――と。

 

 魔法を放った直後、後頭部……うなじのあたりに強烈な寒気を感じた。向かってくる先、敵陣後方に砂塵が舞うのが見える。そして、今しがた魔法を打ち込んだ相手は被害が大きかったにも関わらず、既にその混乱を収めこちらに一層の圧力をかけ始めている。

 

「後退します、部隊と合流を!」

 

 しかし、それを実行させまいと今まで散発的だった敵の魔法攻撃はこちらへと集中されてくる。タイミングを合わせこそせず、集中するよりも間断なく攻撃することを主体に飛んでくる。攻撃される位置は私たちよりも奥、移動を防ぐことを目的としているのだろう。

 レミアさんは必死に手綱を操り後退を試みようとするが、飛んでくる矢を打ち払う事にまで気を配らなければならず、それどころかジリジリと前線を押し込められており敵に近づかれている状態である。

 

「もう一度魔法を……!」

 

「ならばその時間を稼ぎます……周囲の隊は援護を! 僅かでも押し返すように!」

 

 後方からも声が上がり、この周囲一帯の様相は激戦となっている。鴎国側も周囲の援護を受け、この一点を破ろうと躍起になっているのだろう。

 集中を続けながらも、周囲に目を向ける。一人の兵がこちらの前列を抜いて突出してきている。詠唱を止め、迎撃にすべきかを迷った瞬間、その兵へと剣を突き立てる騎士が出てきた。

 

「すまん、遅れた! 他の連中もこっちに向かっているが、魔法で近づけない!」

 

 返り血を受けて鎧を赤く染めながら、こちらに大声を出してきたのはフォアラントであった。続いて2名、隊のメンバーが駆け寄ってきた。新兵を集められている隊の中であって、それなりの場数を踏んできている連中である。

 彼らはそれぞれ貴族同士の問題というものを抱えており、各隊で折り合いがつかなかった為の配属だが、今は非常に有難い。

 

「なら後退の隙を作る……地に閉ざされし、内臓にたぎる火よ人の罪を問え!――『ファイジャ』」

 

 2度目の大魔法。しかし、その発動の僅か前に敵兵が散開していくのが見えた。それでも多数の兵を巻き込み、陣形を崩すことに成功はした……が、それは相手も同様に目的を達したことでもあったようだ。

 急な散開行動のため連携の取れなくなった兵は倒せたが、その後方から他とは作りの違う旗と、一線を画した練度の兵。武装したチョコボを突進させ、巨大な戦斧を振り回しこちらへ向かってくる。

 

「あれは――バルログ!! 要塞騎士が何故!?」

 

「おい、後退を――」

 

 周囲の叫び声ごと断つように、戦斧のひと振りで数人の兵が吹き飛ばされている。そして、その視線は一直線に私に向かっている。

 鞍に備え付けていたダガーを2本引き抜き、それを『投げ』つける。魔法を即時に使えないときの為として取得したアビリティであるが、その効果はあまり発揮していないようだ。

 投げつけられた2本の内一本はチョコボを僅かに傷つけ、もう一本は向かってくる騎士にあたってはいるが、鎧によって弾かれてしまっている。

 その間もレミアさんは反転して後退しようとするが、最早間に合わないだろう。行く手を阻もうとしたフォアラントは1合目で弾かれている。怪我はないようだが、私との間に入ることは無理だろう。

 

「ナルビナ要塞騎士、バルログである! その首を貰い受けるぞ!!」

 

「掴まって下さい!!」

 

 二つの声は同時に、そして動作も同時と言えた。後方から振り抜かれた戦斧の一撃は、私たちが居た空間を通り抜けてそれまで騎乗していたチョコボを両断していった。対して私はレミアさんに抱えられて地面へと投げ出されていった。

 最初の衝撃こそ強かったが、地面に直接当たる事はなく跳んだ勢いでそのまま地面を転がっていく。多少土が顔にかかるが、それでも僅かな距離は取ることが出来た。

 勢いが弱まり、抱えられている腕の力が弱まったところで、直ぐに立ち上がり今しがた攻撃してきた方へと向き直る。ゆっくりと地面に降り立ち、その戦斧……人の身長ほどもある大きな得物である……をこちらへと向けてきている。

 

「本当に子供だったとはな……だが、女子供といえど戦場に意味は持たぬ」

 

「少し位遠慮してくれてもバチは当たらないと思いますが」

 

 空気から伝わる緊張が肌に刺さってくる。周囲に気を配れば兵は目の前男……バルログが連れてきた兵によって押し込まれている。レミアさんを見れば、その肩口から血を流しているのが見える。致命ではないだろうが、この状況では大きな制限である。

 そして目の前の騎士だ。はっきりと言って非常に強い。似たような感覚で言うならば、オルランドゥ伯の前に立った時だろうか。あの時のように負けるイメージしか湧かない……という事は無いが、それでも勝てるイメージは湧いてこないのだ。

 そして、杖を構えようと手を動かせば空を切ってしまった。先程の衝撃で手を離してしまったようだ。見れば数メートル先に落ちているが、それを拾いに行くことを許してくれる相手でもない。

 ゆっくりと腰に差してあるナイフを引き抜く。マインゴーシュ、攻撃力は中程度であるが、回避力を上げる効果を持つナイフ類の一つである。万が一……本当に来るとは思っていなかったが、備えていたものの一つである。ローブについているベルト、その背中側にくくりつけておいたのだ。

 さらにジョブを頭の中で切り替え忍者に設定する。時間にすれば30秒程だが、それでも尚目の前の男はこちらを見ているだけに留めている。

 

「心の準備は出来たな?」

 

「僕だったら、即座に攻撃していたけど……」

 

「逃げ出していたらそうしていた。だが、儂を前にして相対する事を選んだのだ。神に祈りを捧げる時間位くれてやる」

 

 その言葉で締めて、再び戦斧を動かしていく。相手の身長は2Mにも届くのではないかという長身、そしてその太い腕や足は鍛え抜かれているのだろう。持っている戦斧は重量で私よりも重いだろう。それを軽々と扱うのだ、恐ろしい程の膂力である。

 

「では、参る!」

 

 巨体からは想像も出来ないほどの突進力、地面スレスレから切り上げる一閃は並の人間なら反応すら出来ないだろう。全ての神経を回避に傾け、上体を切り上げる角度に合わせて反らす。耳元で風切り音が不快に響いてくるが、それに気を取られている場合でもない。

 切り上げた動作から先端の重量を利用し、次は切り下ろされてくる。右手側に流れる体をそのまま乗せて、横へ一回転転がっていく。一瞬後には先程まで居た私の場所には戦斧が振り下ろされ、地面をえぐっている。

 

「――甘い!」

 

「くっ――――!!」

 

 地面に突き刺さった斧を力任せにこちらに振り抜いてくる。射程距離からは離れていたはずだ。だが、攻撃手段はその巨大な戦斧ではなく地面そのもの。

 抉り飛ばされた土や石は容赦なく私に打ち込まれてくる。どこの幕末の暗殺剣だと言いたいが、なるほどこれは効果的だ。飛んできたものは私の肌を削り、その勢いに体の軽い私は後ろに飛ばされ体勢を崩してしまう。

 尻餅こそつかなかったが、片膝をついた私が体勢を立て直す前に正面を向けば、眼前には穂先が迫っている。立ち上がることを諦め、敢えてその槍に飛び込むように向かって行く。

 当たる寸前で首を捻り、相手の懐をくぐり抜けようと2歩目を踏み込む。

 戦斧の先端、槍状になっている部分が私の頬を僅かに掠って行く。体中に響く痛みに加え、鋭い痛みが走ってくるがそれらを全て無視して再度の回避だ。

 

「――っあああ!!!」

 

 肩口にも傷をつけられたが、なんとか距離をとることに成功をした。

 受け止める事も、受け流すことも今の装備では出来ない。そして一矢を報いるには相手が悪い。だが、これでいいとも思っている。

 私がHP補正の低い忍者を選択したのは回避を優先するためである。私にとっての勝利とは目の前の男に勝つことではなく、この男に勝てる者が来るまでの時間稼ぎだ。

 仮にそういった人物が居なければ、どうにかして倒さなければならないのだが、幸いこの戦場にはそれが出来る人がいる。つまりは雷神が来るまで耐えることだ。

 

「よう動く……後数年鍛えれば一廉の武人になれたであろう、惜しいな」

 

 その言葉に返す余力は今の私には無い。既に肩で息をし、体中に怪我を負っている。だが、それでも相手から目を離すことだけはしない。

 そして、次で終わらせようというのだろう。手に持った得物を大きく構え、腰を落としてくる。

 

「最後に訪ねよう魔人よ……名は?」

 

「……トリスタン。トリスタン・ブランシュ」

 

「ではトリスタンよ……これで終わり――」

 

 その一撃を繰り出そうとする前に、声をかける。この一瞬に至ってのみ、相手より私のほうが周囲に気を配ることが出来ていた。次の一刀で終わるつもりでいる相手と、何かきっかけを探そうとしていた私との僅かな差である。

 

「戦場で長々と会話はするものじゃない!」 『ケアルラ』

 

「なに!?」

 

 相手が踏み込む直前、私の体を光る風が包んでいった。小さな怪我は完全にふさがり、一番大きい肩の傷すらも消えていく。

 視線を横にずらせば、まだ完治はしていないものの動けるようになったレミアさんが杖を構えている。そして、その光景でほんの一瞬硬直したバルログへと持っていたナイフを全力で投げつける。狙うのは額の一点。

 

「この期に及んで無駄な足掻きを!」

 

 当然それは簡単に打ち払われる。稼げる時間で言えば2秒ほどだろうか?

 しかし、その2秒という時間は私の命を繋ぐ時間でもあった。

 

 レミアさんのいる方向とは逆、未だに要塞騎士に率いられた兵たちと南天騎士の兵が拮抗していた場所。銀光が煌き、数名の兵から血しぶきが上がる。崩れ落ちる一人の兵を踏み台に、赤い影が飛び上がってきた。手には白く輝く聖剣。空中で剣を構え、着地と同時にバルログへと剣戟を叩きつけてきた。

 

「――雷神か!」

 

「総大将が自ら最前線に出るとはな! ここでこの戦いの決着をつけさせてもらう」

 

 南天騎士団の誇る最強の武である雷神。しかし、それに臆するどころか返り討ちにしようとする要塞騎士の戦い。最早私の出番は無いのだろう。

 そう考え、ほんの半歩。そう、僅か半歩下がっただけであった。

 

「――いかん動くな!!!」

 

「――え?」

 

 オルランドゥ伯の叫び声と共にやってきたのは、強烈な悪寒である。前進の肌が泡立つ感覚に、視界の端に捉えた一瞬の影。本能に従って視線を真上に向ければ黒い影が一直線に向かってくる。手には僅かに光を反射させている黒い槍。

 

「その油断は致命的だな!!」

 

 最早思考が追いつくことはなかった。しかし、反射的に構えた手は確かに攻撃を受ける体勢になっていた。何も持たないが、それでも尚日頃の訓練は私の体を動かしてくれた。

 直撃する刹那、光と共に現れた赤い刀身の剣は私の心臓へと向かう槍の一撃を僅かに反らし、絶命を免れる。

 だがそこまでである。黒騎士の一撃は私の左胸を貫き、体重でもって肋骨を砕いていった。その衝撃は私の意識を刈り取るには十分過ぎる威力であり、この最前線で私は地に伏せる事となった……。



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第23話

こんなに書くの苦労したのは始めてな回だったりします


 

 沈んだ意識が体への刺激によって徐々に引き上げられていく。体は一定のリズムで揺れ、肌は濡れて体温を奪っている。僅かに感じる左胸の違和感と全身を包む倦怠感は、再び意識をなくしてしまいたい衝動に駆られるが、動き出した頭は直前の記憶を呼び起こしてきた。

 はっとなり目を開ければ、私を抱えながら手綱を握っているフォアラントが見える。

 

「目を覚ましたか」

 

 彼の表情は疲労と焦燥の色が見て取れた。ついで周囲を見渡す。時刻は既に夜も深まっているのだろう、先頭とそれに続いていくつかの松明だけが光源となっている。空を見上げても一面の闇から雨が落ちてくるだけだ。

 行軍……というよりは敗走と表現するのが正しいのだろうか。闇に目が慣れてくれば、周囲に多くの兵が居るのが分かってきた。そして彼らの表情もフォアラントのそれと同じである。

 そして、斜め後ろには副官であるレミアさんを見つける事が出来た。彼女は疲労の色の方が非常に濃い。そして右手で肩口を押さえている事から、多少の怪我を負っているのだろうか。それに気づいて再び見渡せば多くの兵が満身創痍と言える。

 

「……何が起こったんです?」

 

 私のその質問にフォアラントは悔しさを吐き出すように言ってきた。

 

「……ゼルテニア城が陥落した」

 

「そんな………でも」

 

「事実です。現在南天騎士団はベスラ要塞へと撤退を決定。私たちはベルベニアへと向かっています」

 

 フォアラントの言葉を私たちの隣まで進んできたレミアさんが肯定する。そして、私が意識を失ってからの事を教えてくれた。

 

 

 

―――――

 

「剣を召喚して太刀筋を逸らしたか……流石に一筋縄ではいかない」

 

 既にカイゼルの視線は目の前の男に注がれている。隣に居るバルログも同様に、いかなる隙も作るまいと構えている。

 対峙する相手……雷神シドも後ろへは僅かに視線を飛ばしただけで警戒は正面へと向いていた。

 

「竜騎士カイゼル……なぜここにいる」

 

「戦場で相対した騎士が3人……その質問はいささか無粋では?」

 

 シドは僅かに目を細め、手に持つ聖剣を構える。刀身から出る光は体を包み羽のように軽くしていく。そして、細かく息を吐き相対する二人の騎士へと向かっていった。

 

 その不利とも見える戦いを見ていたのはレミア・セイジュ。要塞騎士の突撃により負傷した怪我は既に治療していた。だが、今まの状況で動くことは出来ないでいた。

 接近戦が全く出来ない訳ではない。だが、今目の前の戦いを見れば自分の立ち入る隙は存在しないだろう事は分かる。

 

 2対1。一定以上の技術を持った者同士ならば、この戦力差は覆すことが出来ないと言っていい。しかし、南天騎士団……いや、畏国全土を見渡しても彼ほどの騎士は3人と居ないだろう。

 突き出される槍を紙一重で躱し、振り下ろされる戦斧を剣で受け流す。そしてその一連の行動をしながらカイゼルの脇腹へと蹴りを放ち、ついで体を捻ってバルログへと斬撃を加えていく。一瞬で攻防が入れ替わり、雷神の猛攻が始まっていく……。

 

 僅かな時間魅入ってしまったレミアは、頭を切り替えて自分のなすべき事へと行動を移していく。あちらの方は任せるしかない以上、今自分が出来るのは隊長であるトリスタンの治療である。そして、傷を見ようとしたところで目を見開いた。

 

「傷が……塞がっている? リレイズ……いえ、少なくとも今日は使っていないはず……」

 

「おい副官さんよ! 早いとこそいつを連れてここを離れるぞ!」

 

 考えを打ち消すように響いてきたのは周囲で奮闘しているフォアラントの声だった。彼を含めて二人が自分の護衛をしており、そのおかげで未だに無事なのだ。頭を二度三度振り、気持ちを切り替える。

 

「直ぐに取り掛かります。あっちは大丈夫ですか?」

 

「シドの旦那なら問題ない、うちの最高戦力は伊達じゃないさ」

 

 傷が塞がったとは言え、そこまでの状態である少年の体にポーションをふりかけていく。そしてケアルラを使いある程度の回復を済ませる。だが、それでも血を流しすぎている。少なくとも今日明日では戦線には復帰できないだろうことは見て取れた。

 体を抱きかかえ、ゆっくりと持ち上げる。思っていた以上に体は軽く、先程までバルログと紛いなりにも渡り合っていた人物とは思えなかった。

 ――しかし、レミアにはどこかに違和感を感じたのも事実だった。

 

(先の北部での小競り合いに比べて弱く……いえ、実力を出し切っていなかった?)

 

 考えながらも視線を自陣側へと向ける。見れば黒獅子の旗が動き、こちらへと向かって来ている。公爵自身が動いたのだろう。まだ日は高いがここでひと当てして軍を下げる……そう考えているはずだ。

 すでにこの戦場は畏国側にとってみれば崩れかけた橋の上と同義である。トリスタンを狙ってきたのはいい。その為の前線の突破を要塞主であるバルログが担った事は驚くべき事実であるが、まだ理解は出来る。この場に竜騎士団の副団長が来ていること、これも理解自体は出来るのだ。

 北天騎士団の援軍の遅れ、重要防衛拠点であるはずの要塞の将の少なさ、バグロス海沿いでの二面作戦。もし、これらが全てひとつの意思によって成り立っていた場合……。

 

 しかし、この場でレミアの考えは答えを導く事はできず、南天の誰もが理解する事ができないでいた。結局この後に畏国側は多少の損害を出しながらも後退、鴎国側は強引な攻勢での損害をもってこの日の戦いは引き分けとなった。

 

 そしてその日の夜、南天騎士団の主要な貴族たちが集まっていた。それぞれが口々に考えを出していた。交戦を続けるべし、撤退すべし、様子をみるべし……。その終わりの見えない軍議は答えの出ないまま締められるかと思われた矢先、一人の瀕死の伝令兵によって打ち破られた。

 

 

 

 

 蹴破るように扉が開け放たれ、そこに一人の兵が転がり込んで来た。鎧は傷つき、自身の血で汚れている。至るところに傷を負い、顔は泥で汚れており、疲労の色が濃い。ぼろぼろになったマントからは、彼がランベリーの兵である事がかろうじて分かった。

 

「何事だ!?」

 

「バ……バグロス海沿いでの戦いで……我が軍は敗北しました」

 

 その言葉にその場に居た全員が驚いた。兵力で優り、膠着状態を目的としてた海沿いの戦線がこうも早く落ちる事等有り得ないと。

 伝令兵は痛みをこらえながらも続けていく。

 

「最初は優勢でした……ですが、奴らは商船に紛れて急襲……領主であるエルムドア侯爵は討死、本陣の混乱を狙われ……ぐっ!」

 

「商船に紛れる等……そんなものに紛れようと数が揃わんはずだ! 多くて5百、兵は何をしていた!」

 

 一人が声をあげる。それに肯定するように多くの声が上がっていくが、それを収めるようにゴルターナ公はゆっくりと兵の前へと出て行った。そして、傷ついた兵の顔を見つめ、後を促す。

 

「何が起こったのだ?」

 

「……ジークフリードです」

 

「ジークフリード? まさか……傭兵卿か!」

 

 傭兵卿、平民の出であり、傭兵業を生業としながら多くの戦場で手柄をたて、ついに鴎国から爵位を与えられた人物である。コロシアムと呼ばれる非合法の賭場にて無双の強さを誇ったと噂されていたが、これまでに戦争に積極的に参加したとは聞いていなかった。

 予想外の人物の名前が上がり、場は沈黙が支配されだしていた。それでも伝令兵はまだ重要なことを伝えていないと力を絞っていく。

 

「奴は3百の手勢でした……ですが、その強さは異常です。奴一人に数百の命が奪われました……そして鴎国は我らを包囲、私を含めた一団は突破を試みましたが……」

 

 残ったのは彼一人……という事であった。

 

「馬鹿な……だが、それならば何故奴らは襲ってこない?」

 

「いえ、むしろより不味い事になりますね」

 

 そう考えを発言したのはエーリッヒであった。顎に手を当て、視線を地図へと下ろしている。そして、やや時間を開けていくつかの駒を動かしだした。

 

「奴らは我々を挟撃する事選ばなかった……ならばどこへ向かうか?」

 

 駒をフラフラと動かしていく。国境線にあるザーギドスを超え、ランベリー側へ。しかしそのまま直進させたところで畏国内にあるベスラ要塞にぶつかる。

一度駒をザーギドスまで戻し、次に動かしたのはゼルテニア……。

 

「まさか……ゼルテニア城? だが、それならば北天騎士団に……」

 

「未だに援軍が到着していない点を考えれば、もしかしたら戦闘になっているかもしれません……ですが、もしもそこまで織り込まれていたら……いや、最早間違いないでしょう。閣下、直ぐに撤退をすべきです」

 

「何を言っている、ここで奴らに背中を見せればそれこそ思う壺なのではないか! それにここで引けば後で他の連中に何を言われるか……」

「…………」

 

 エーリッヒの進言にゴルターナ公は目を閉じ黙していた。今の話がどこまで現実に当てはまっているか。決断をするには情報が不足している事もあるが、公爵という立場が判断を邪魔していた。

 現在イヴァリース国内は4つの大派閥によって成り立っていると言える。

 白獅子、黒獅子、大公、国王派の各勢力である。その中で爵位を継いで間もないゴルターナ公は、簡単に撤退をする事は自分の発言力を失う事になる。それは自領内でも同じことが言える。家中をまとめきっていない現状で、もし全ての予想と逆だったらどうなるか? 今そこにある戦いに集中できず、再び沈黙が場を支配していった。

 が、それも直ぐに破られることになった。再び勢いよく扉が開かれ、今度は一人の南天の騎士が飛び込んできた。

 

「物見より伝令です! 要塞より敵軍が出陣したとの報告が……一刻後にはこちらへ到達する見込みとのことです!」

 

「間の悪い……! 閣下、ご決断を。迎え撃つにせよ、撤退するにせよ、今は時間が押し迫っております」

 

 

 

 

 

「――仕方あるまい、これより撤退を開始する」

 

 

 その決断をもって南天騎士団は撤退を開始した。

 

 

―――――

 

「以上が、撤退の経緯です……」

 

「だが、撤退こそが奴らの狙いだった……いや、あそこで戦ってたとしても変わらなかったんだろうな」

 

 自嘲気味にそう言い捨てる。そこからの撤退戦、いや戦とは呼べないものだったらしい。要塞から出撃してきた鴎国軍は、後退を始めてからは攻撃をせず一度引き返した。平原からゼルテニアまでの道のりはそう長くはない。間にザーギドスという町を過ぎればすぐである。そしてそのザーギドスでは鴎国軍を見た人間がおらず、町も荒らされた様子はなかった。

 結果だけを見ればそれは間違いであった。バグロス海沿いの戦闘と南天が後退を開始した時点での時間差はおよそ三日程。ザーギドスの町の取りまとめ役を始め、一部の貴族までもが裏切っていたとは誰も予想出来なかったはずである。

 買収、脅迫、見せしめによる恐怖……この戦いに至るまでに多くの準備をし、備えていたのは鴎国側であった。そしてこの情報を得たときは既にゼルテニア城は陥落、旗は黒獅子の紋のままであったが開いた城門からは敵兵が雪崩込んで来たという……。

 

「そこからは騎士団そのものが分断。俺たちは他の隊とは独立していたのが幸い……かどうかは判らないが、ともかく行軍の端にいたおかげで先に撤退することになった。まぁ、見ての通り被害は大きいけどな」

 

 言いながら、隊員を集合させている。雨は体力を奪っていく。そして撤退とは精神を削っていく。雨をしのげそうな木を探し、そこで点呼をとっている。残った人数は百二十名程。残りは脱落や脱走、本隊の方へと残った者も居たそうだ。

 ある程度の範囲内に集まったのを確認し、ケアルジャを使っておく。普段とは比べ物にならないほどの倦怠感に包まれながらも、魔法は完成し光が私たちを包んでいった。

 

「……ありがとうございます。これで、もう少し行軍速度が上がるでしょう」

 

 答えながら自分の状態を確認していく。外傷そのものは塞がっている。倦怠感こそ強いが、ひとまずはそこまでだ。次いで装備だ。肩の部分がボロボロになったローブに、髪飾りは欠けてしまっている。そして腰のあたりに手を回しても、そこにあった杖は無くなっている。思い出してみれば先の戦場で落としていた。

 気になったのは背中の部分に背負う形で結ばれている大剣だろうか。咄嗟とは言えアイテムから呼び出した武器だ。カオスブレイド……私の持つ武器の中で最も強い剣であるが、初陣の時といいお守りみたいな存在になっている。

 鞘の部分を触りながら周囲を見るが、これといって聞かれる様子がないのが幸いであるが、今は重要なことでは無い。

 

「いえ……それで、ゴルターナ公はどうなりましたか?」

 

「南天騎士団が何もせずにゼルテニアから撤退することは出来ないだろうよ。一戦してから撤退……方角から言えばこっちからベスラに回り込むより、ランベリーへ引くだろう」

 

 雨に染みて幾分か見づらくなった地図を広げながらそう説明してくれた。恐らく鴎国はこのタイミングで要塞から出た部隊と挟撃を狙っているのだろう。

 戦争とは戦う前に決まっているという。戦争自体は既に混迷を極めているが、しかしその状況であっても戦闘は続いている。この一戦にこれだけの用意をしてきた鴎国……もしくは指揮官はどこまでを考えているのだろうか。

 

 私が知っているこの世界での歴史は、この戦争……五十年戦争はイヴァリースの敗北で終わる。流石に本編の背景とは言え詳しく語られなかったため、その中身は殆ど知らないと言っていい。分っている事といえば、首都を目前としながらも突出した個、つまり雷神や天騎士の存在によって形式上では対等の条約を結んで終結した事位だ。

 無論、私がいることによって多少の差異は出るのだろうが、私も一人で戦争の結果を左右する事が出来るとは思っていないし、私はそこまで強く在る事が出来ないだろう。

 じくりと痛む左肩を右手で抑える。そう、一人の力なんて弱いものだと痛感したばかりだ。

 

 僅かに視線を感じ、その元を辿るとレミアさんと目があった。濡れた髪が張り付いてる顔からは、表情が読み取れなかった。ただ、非難されたような気持ちになり、私から視線を逸らしてしまった。

 

「ともかく、移動を再開しましょう。ベルベニアまで到達出来れば、こちらで何か起こっているかが判るはずです」

 

 およそ30分程経った位だろうか、レミアさんの言葉で周囲も再出発の準備をはじめ出している。動きは緩慢としたものだが、それを責めるのも酷というものだろう。

 暗い空を見上げれば、先ほどよりは雨足が弱まってきている。代わりに風が出てきているが、行軍に影響が出るほどではないのは幸いなのだろうか。

 

 次いで周囲を見渡そうとしたところで、僅かに人の足音が聞こえてきた。雨でぬかるんだ地面を駆け抜ける音。一瞬鴎国の兵かとも考えたが、聞こえてくる足音は一つだけ。そちらの方向を見つめていると、私の横にレミアさんが来てくれた。

 

「どうかしましたか?」

 

「足音……多分一人だと思うんですけど、あっちから向かってきますね」

 

 目を凝らしても、月も出ていない夜道では見えることはない。しかし、レミアさんのほうは心当たりがあるのか、落ち着いた様子で居る。

 

「周囲に偵察を出しました。そのうちの一人が戻ってきたのでしょう……ですが、何かあったのでしょう」

 

 現在撤退行動をとっている私たちにとって、雨の中とは言え走っていれば目立ってしまう。姿はそうそう見えなくとも、足音だけで周囲に存在を示してしまう。それは偵察に出た本人も分っているはずだ。

 つまりは誰かに追われているか、目立つ行動をとってでも早く知らせなければならない事があるか……といった感じだろう。そして、今回は後者であった。

 

「た……大変です! 近くの街が襲われています!」

 

 私はその言葉を一瞬理解する事が出来なかった。戦争中に近くの集落が襲われる事はよくある事なのだろう。だが、今この状況で一体誰が何のために? そして、一体どこが?

 全ての疑問に答えが出た訳では無い。だがそれでも、私は近く居たチョコボの手綱を掴み、偵察兵の来た方向へと走らせた。

 

 私たちが向かっていた先はベルベニア。ゼルテニアからの道中にある街はフィナス川の近くにあるフィーナスのみである。周囲に村や小規模な集落こそあれど、一番大きな場所はそこ以外にない。

 今までとは違う感情、恐怖や怒りではなく、何か黒いモノが腹の中で動く感覚。

 頭の中がぐちゃぐちゃになりながら鞭を入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 目的の場所に到着した時、そこは私の知っているフィーナスではなかった。

 街の至る所で火の手が上がり、至る所で悲鳴が聞こえ、至る所に死体が転がっている。

 

「……なんだこれは」

 

 

「あん? なんだ、まだ金もってそうなのがいるじゃねぇ――」

 

 目の前に出てきたボロ切れを着た男を、背中に下げていた剣を振り抜き、首を切り裂く。視線の先は倒れてくる男ではなく、男が歩いてきた方向。そこにはまだ年端もいかない少女が血を流して倒れている。

 

 ゆっくりとその少女に近づいていく。足元がふらつくが、構うことではない。

 そっとその少女に触れれば、その目からは生気が失われている。

 

「一体なんだよこれは……!!」

 

 少女の体は無残な状態だ。殴られ、切られ、そして慰みものにされたのだろう。泥で汚れた顔には涙のあとが残っている……。

 

 きっと、戦争というものを知識として知っている人も、実際に体験した人もこういうのだろう。

 そして、多くの人がそう答えるであろう言葉を返してきたのは、肩で息をしているレミアさんだった。

 

「これが…………戦争です」

 

「……こんなこと」

 

「無辜の民が被害を被り、恨みが広がり、そしてやり返す。いつの間にかそうすること、される事が当たり前になり、人は奪う側に回ろうとします」

 

「違う、そんなのは戦争じゃない……特殊な状況を言い訳にしただけのただの……ただの虐殺だっ!」

 

「ですが、これが現実です。私たち畏国が鴎国に進軍しても同じことが起きるでしょう。いえ、実際に起きています」

 

「……だったら」

 

 

 

 だったら、誰が彼らを守るのだろうか?

 

 

「トリスタン! 副長も一緒か、これを見ろ! この刺青は罪人の印だ、ゼルテニアに捕まってる奴だけじゃない、オルダリーアの連中も放されてるみたいだ」

 

「数は?」

 

「街全体だ、恐らく五百以上は居る……周囲に散らばってりゃ千は超えるぞ」

 

 

 彼らに罪はないはずだ。戦争をしている国に所属している事実だけで、実態は巻き込まれただけだ。政治に巻き込まれ、戦争に巻き込まれ、そのために搾取され……。そして誰にも守られずにまた奪われて。

 

「今ディックが館を見に行ってるが、この状況じゃ流石に俺たちだけで対処するのは無理だ」

 

「……とにかく、残った人を探しましょう。恐らくどこかに隠れているはず……」

 

「…………俺たちが全滅するかもしれないぞ」

 

 

 フィーナスの街の人は皆いい人達だった。長く続く戦争の中であっても、それでも強く生きていた。警備隊の人やそれぞれの技能をもって支えあって生きていたのだ。

 彼らが……いや、彼らだけじゃない。誰もがこんな事になるのを許していいはずがない!

 

「そうだ、こんなこと……許しちゃいけないんだ」

 

 剣を握り直し、周囲を見渡す。目に見えるものだけではなく、聞こえてくる声や形あるものが壊される音も。

 

 ここにあるだけの小さな幸せを破壊した奴らを

 

「――全員殺してやる」

 

 そして、願わくば……一人でも助けたい

 

 

 

 

 

 そこからは、私の記憶は曖昧になっている。

 

 かつて見た赤い夢のように。

 

 私の体は、街を飲み込んでいる炎のように熱を持ち。

 

 私の心は、それでもなお振り続ける雨のように冷え切っていった。

 

 剣を振り抜き、血を吐き、魔法を放ち、溢れ出てくる涙が飛び散っている。

 

 

 

 

 どれだけ戦っただろうか、1時間かもしれないし、5分かもしれない。とにかく、街の広場に出た。そこは、古いながらも大きな教会が建っている場所だった。

 石造りの建物は火に耐えることができていたが、その入口には数十人の男が群がっていた。何かを叩きつけるように、鈍い音が響いている。

 

 僅かに残った理性が、その可能性に思い至ることができた。

 

「お前たちはっ!!!」

 

「なん――!」

 

 最後尾の一人を切りつけ、次いで二人目も。並行して詠唱を重ねていく。

 

「大地を統べる無限の躍動を以って、圧殺せん!」

 

 この教会はそれなりの広さがある場所だ。そして緊急時に教会は民衆に対しての支援を行う事がある。逃げ延びた人がここに集まっているのならば、こいつらが群がっていることも納得がいく。

 

「――タイタン!」 

 

 男たちの足元が揺れ動き、そしてその中心に土色の肌をした巨人が現れた。筋肉に覆われたその体躯、腕のひと振りで周囲をなぎ払っていった。文字通りの血の雨が降るが、今は構うものか。

 

 男たちの攻撃と、今の衝撃。教会の扉は既に半壊し、その内側すら伺えるようになっていた。

 僅かな灯りと共に、多くの人が子を妻を抱きしめて震えている。

 

「みんな!!」

 

 崩れかけている扉の隙間に体をねじ込み、無理矢理に中に入る。欠けた補強板がや、破片が体やローブを傷つけてくる。だが、今はそれに構っている場合ではない。

 ようやくの事、扉をくぐり抜け内部を見渡す。だが、感じられたのは違和感だけである。

 室内の空気は張り詰めたままだ。恐怖と敵意、そして怒りが向けられている。そう、私に向かってだ。

 

「皆……無事……ッ!」

 

 言葉を言い終える前に、小石が私の頭をかすめた。

 

「……なん……で?」

 

「今更――今更何の用だ! 俺たちを見捨てたくせに!」

 

 それを口火に、次々と罵声が飛ばされてくる。違う、私は皆を助けにきたのだ。私が彼らを見捨てるような事はしていない!

 

「皆死んじまった! お前たちは……お前たち貴族は誰も奴らが来たことを知らせなかった、それは俺たちを盾にするためだろっ!」

 

「そんな……じゃあ、母さん達は…………」

 

 すがるように、助けを求めるように視線が泳ぐ。そして、目があったのは一人の少女。顔には恐怖が張り付いており、私と目があった瞬間に小さな悲鳴を上げている。

 

「バ……バケモノ……」

 

 

 ゆっくりと視線を自分の体へと落とす。手もローブも、小さな傷などでボロボロだ。だが、それだけじゃない。血が、肉が、人であったものがいたるところにこべりついている。

 

 

「違う、僕は……僕は皆を助けたかっただけなんだ……」

 

 一歩。いや、半歩ほど前に進む。それだけで彼らの敵意は大きく膨らんでいった。これ以上私を近づけさせないように、数名の男たちが少女との間に立ちふさがる。

 

「――近寄るな!」

 

 

 

「じゃあ、僕は一体なんのために戦ったんだ」

 

 私は一体なんの為に戦ったのだろうか。その答えを考える前に、背後から大きな音と共に、数名の兵士が走り込んできた。

 

「隊長! なんだ、この状況は……お前ら何してやがる!」

 

「それよりも、今は敵の増援のほうが!」

 

 後ろの兵に促され、先頭にいるモンクの男性が周囲を威嚇しながら報告を上げてきた。それは館のほうに偵察に出ていた兵から、そちらに向かっていた囚人たちがこちらに向かってくるというものだ。

 数は最低でも百以上。先頭の集団だけでそれなのだ、実際は倍以上いるだろう。さらに先ほどの召喚で近くにいた連中にも気づかれており、こちらに集まりだしている。

 対して私たちは満身創痍、市民との意識はかけ離れている。

 さらに、もう一人。体格の小さい男も駆け込んできた。

 

「こっちに敵が来るぞ! 三十ほどだ!」

 

「隊長、逃げるせよ、戦うにせよ。どうにかしないと! おい、あんたたちも死にたくなかったら手を貸せ!」

 

 

 こんな状況であっても、私に出来ることはあるのだろうか? もう一度、もう一度だけ周囲を見渡す。兵達は慌ただしく指示を飛ばしている。街の人達は睨みつけてくるか、怯えるだけで何も喋ろうとしてこない。

 そうか、今ここにはレミアさんもダレンさんも、フォアラントやリシューナ子爵もいないのだ。そして、幸か不幸かローランドとステラの二人も居ない。

 助言をしてくる人、助けてくれる人、支えになる人が居ないのだ。

 

 だったら、せめて。せめて誰かを助けたいと願った自分を信じよう。

 

 扉の外に移動し、両手を構える。がんがんと痛みを発している頭をふり、詠唱を始める。

 しかし、ついにそれすらも叶わなくなった。

 

「……なんで」

 

 エーテルを一つ飲み干し、もう一度。

 自分の頭を自分で殴りつけ、もう一度。

 膝から崩れ落ちながら、地面に拳を叩きつけながら、何度も何度も詠唱を繰り返す。

 

「――――――!!」

 

 しかし、ついに魔法が発動することは無かった。

 そして、僅か先には私に向かってくる敵。その手には剣が握られている。このままいけば、すぐ先の未来は予想出来る。

 

 だけど、それでもいいのかもしれない。相手を殺すことに躊躇は無くなった。だが、殺す事と戦う事、守る事。それらは同義ではなかった。いや、取り繕う必要も無い。私は、ただ私が弱かったのだ。力も、意思も、心も、芯も。

 なるほど、意味も分からずに戦っていただけだ。本当に、笑えてくる。本当に……。

 

 

 

 ゆっくりと目を閉じる。直に剣の一太刀が私を襲う。それで終わるのだ。

 

 でももし生き残ったら。今度はもっと強くなろう。そんな叶わない願いを考えながら。一瞬、一瞬とその時を待つ。風切り音がすぐ傍まで近づいている。

 そして、次の瞬間に男の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「大丈夫かい? トリスタン・ブランシュ」

 

 

 

 目を開け、その声の主……目の前に白いチョコボに跨り、半透明でありながら力強く光る剣を持ち、白銀の鎧を纏っている。

 いつの間にか止んだ雨、雲の切れ目から白みだした光が差し込んでいる。そしてその光はその騎士のマントを照らし出していた。

 

 白獅子の紋章

 

「シドや息子が口を揃えて君のことを語っていてね。こうして始めて会うはずなのに初対面の気がしないよ」

 

 形容するならば……いや、これ以外に表現する事が出来ない。彼こそが、『騎士』そのものなのだと。

 

 

 

「随分と遅れてしまった。後は…………我々に任せろ」

 

 

天騎士 バルバネス・ベオルブ!



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CHAPTER.3 分岐点
第24話


説明会やら導入やら


 

 

 傾きだした陽が赤に染まった光を差している。その光に向かうように、私たちは茂みの中で息を潜めていた。私の周囲には今や慣れ親しんだ部隊の兵達。視線の先には汚れた鎧を着た盗賊……といっても、パーツが完全に揃った鎧を着ている者は誰も居ない。殆どが肩の部分や、申し訳程度に急所を守っている程度だ。

 盗賊たちの数は見える範囲でおよそ40名程。対して私たちの人数は私も含めて15人程である。それなりに武装は整っているとは言え、正面から打ち倒すには少々厳しい数だ。

 

 後ろの茂みが僅かに音をたてた、振り向けば一人の男が近づいてくる。黒いバンダナを目元が僅かに見える程度まで深く被り、必要以上に音をたてないように金属を使用していない服装だ。彼の名前はディック。シーフではあるが、これで一応下級貴族の五男である。

 

「フォアラント達も配置に着きました。奇襲のタイミングはあっちに任せましたが……大丈夫ですかね?」

 

「向こうの人数? それともローランド達の事?」

 

 言い辛そうに視線を反らせている。フォアラント達別働隊は10人程、弓による奇襲を行い、逃げて来た先で私たちが伏兵となる作戦である。

 彼の杞憂として前者であれば、人数が少ないと判り攻撃されれば非常に不味い。そして後者であるローランドとステラの二人。後方での参加はあるが、こうして作戦に完全に参加することは初めてである。

 

「どちらも大丈夫さ。あの騎士崩れの男……報告通りあいつがリーダーみたいだ、ローランドなら十分に狙撃出来る。頭が崩れた状態で一方から矢で攻撃すれば混乱で逃げ出すさ」

 

「上手くいくといいんですがね」

 

「別動隊の方に向かうなら、背後から急襲する……そろそろ始まりそうだ。全員まだ動かないように」

 

 見れば、リーダーの男が怒鳴り声をあげながら剣を振り回している。奴らは近隣の村を襲おうとしたが、その村に警護として派遣された私たちの隊を見て一度引いている。その際に多少の犠牲を出しているため、相手としても穏やかではないだろう。

 

 そして、一際大きな動作……両手を広げながら近くにある切り株へと座ろうとした瞬間、その眉間に矢が吸い込まれるように突き刺さった。

 一瞬の事で、僅かに全員の動きが固まっている。リーダーの男はその顔を空へと向けながら、ゆっくりと倒れていった。

 

「うお! 本当にやりましたね!」

 

 その驚きの声と同時に、私たちと反対側から大声を上げながら弓での攻撃が始まった。咄嗟の出来事に、盗賊たちはさらに混乱を深めている。

 そして、その中の一人がしきりに周囲に怒鳴りつけている。落ち着け、逃げるな……そういった類の言葉だ。ただ、その行動に効果が現れる前に、陽の光りを背に一人が飛び降りてきた。重力に逆らわず、勢いをそのままに槍で一刺し。腰まで届く長い髪を靡かせながら、さらに周囲へと向かっている。

 

 盗賊たちは予定通りこちらへと逃げてきている。道を挟むように展開している私たちに、気づく様子は無い。

 道の幅は5M程、列を整然と作れば十分に余裕のある幅であるが、我先にと走ってきている為、それぞれが邪魔をするようになり速度を出せないでいる。

 

「さあ、次は僕たちの出番だ」

 

「分かりました、期待してますよ」

 

 僅かな笑みを返す。彼も彼で不敵な表情を作りながら私から離れていった。

 腰につけている道具袋から、いくつかのアイテムを取り出す。直径10cmほどの球体であるそれは、中に炎が渦巻いている。かとんのたま、ボムの体の一部から作られるこれは、強い衝撃を与えると爆発を起こし、周囲に火を放つものだ。

 その玉を3個。こちらのほうに走り込んでくる盗賊たちの先頭へと投げつける。

 

 僅かなあとに破裂音、そして盗賊たちの悲鳴が聞こえてくる。そのタイミングに合わせ、周囲への合図と同時に道へと飛び出していく。

 

「今だ、かかれ!」

 

 左側の腰に下げられた剣、ルーンブレイドを引き抜きながら今だ混乱している集団に向かう。騎士剣は背中に装備しているが、この場合は取り回しのいい片手剣のほうが都合がいい。

 倒れていたり体勢が整っていない者は無視し、後続に任せる。集団の後方、まだ無傷な連中に狙いを定める。

 体勢を崩し膝をついている男を踏み台に、軽く飛び上がる。そして重力に任せながら一人、振り下ろした剣を支点にその後ろに居た一人を横一文字に、最後に剣を引き抜き切りかかろうとした男の胸に剣を突き刺す。二人目のみ死に至らなかったが、それでも無力化している、全滅が目的でない以上問題はないはずだ。

 

 私が後ろを振り向き今一度剣を構える時には、既に隊のメンバーによって包囲することが出来ていた。盗賊たちはある者は剣をすて両手を上げ、ある者は座り込み諦めている。

 

「南天騎士団治安維持部隊だ、大人しく投降しろ」

 

 相手の戦意は見られず、兵たちに目で合図をすれば終了だ。盗賊たちを後ろ手に縛り、武器を取り上げる。もう慣れたものだ。後はこの連中を警備隊に引き渡せば任務完了である。

 別動隊の方を見れば、あちらも片付いている。剣を鞘に戻し、手渡された水を飲み干しながら私は今まで起こった事を振り返った。

 

 あの戦い、第四次ゼラモニア大平原大会戦から4年の歳月。イヴァリース・オルダリーア、南天騎士団、そして私たち……私個人にも様々な変化が起こっていた。

 

 

 まずは両国、特にオルダリーアはある意味イヴァリース以上に大きな変化があったと言っていい。結果だけを書くならば国王が変わったのだ。

 あの戦い、畏国は南天の本拠地であるゼルテニア城が陥落した。南天騎士団は反撃を試みるも敗北したが、本隊は大きな被害を出しつつも撤退する事ができた。

 何故か?

 ゼルテニア城を陥落させたラナード王子は南天騎士団を追撃せず、要塞から来た部隊と合流後、自分たちのみ鴎国本国へと向かった。数にして5万、そうしてラナードが何をしたかと言えば……クーデターである。

 これは後から判ったことだが、ラナードは王位継承権一位であるがその勢力は主に各地方の貴族達であったらしい。対して第二王子は中央に詰めている貴族たちだった。

 どちらが権力をもっているかと言えば中央側のほうである。有力貴族もそちらを支持しており、ともすれば次期国王は第二王子ではないかと噂されていたらしい。

 

 このあたりは色々な思惑があったらしいが、主な原因は二つ。

 一つ、両王子の母である現王妃が弟を溺愛していた。

 二つ、ラナード王子は小さい頃からその才覚を発揮し、戦争状態が長く続く鴎国にはその才能が必要不可欠であった。

 鴎国は畏国との戦争の他に、国力の低下からオーダリア大陸東部……畏国とは逆側方面との小国や部族との衝突が増えていた。戦争するにせよ、回避するにせよ、権限と立場のある王子は重宝されることになった。そして各地方の領主たちはラナード王子に信頼を寄せるようになった。

 ここまでは良かったのだが、これが中央にいる貴族達には不満だったらしい。このままでは、今後発言力を地方貴族が持つと懸念したからだ。そこに一つ目の原因が混ざった……。

 しかし、それもあの大会戦までであった。首都ブラへ急襲をかけたラナード王子は実の弟、そして父母……つまり国王と王妃を殺し、主だった貴族までもその手にかけていった。

 ただし、主だった面子を排除したことにより、国内をまとめあげる為に相応の時間を費やす事なる。今だから分かることだが、あの会戦での策略はその時間を稼ぐためのものだったのだろう。

 何故ならイヴァリースもまた、あの戦いからの立て直しに多くの時間を必要としたからだ。

 

 イヴァリース側はあの大会戦は歴史的大敗と言っていい。万を超える兵を失い、一つの騎士団が壊滅、そして一つの騎士団が半壊したのだ。

 あの戦いの敗因は様々だが、要因として北天騎士団の援軍の遅れが挙げられる。あの時、私たちが大平原で戦っていた後ろでは大規模な反乱が起こりかけていたのだ。

 

 場所はベルベニア、首謀者は教皇候補にも選ばれている一人の司祭である。

 

 畏国に留まらず、周辺国の宗教はグレバドス教が殆どを占めている。部族単位で別な信仰をしているところもあるが、第二勢力であるファラ教ですらグレバドス教の1%にも満たないでいると言えば、その影響力の大きさがわかる。

 生まれの祝福から言葉や字を学ぶための教材、身近な教えまで様々な事に聖書が使われているし、お伽話の類も同様だ。風習、思考、生活様式にとその影響力は様々だ。

 ただ、その内訳……信仰している人間はいくつか分類される。政治的に利用するもの、日々の教えとするもの、体裁としているもの、本当に信仰しているもの。まぁどこの世界、時代でも同じようなものだ。そして言える事は、大半の人間にとって肯定的に、ともすれば常識的に受け入れられている事である。

 さらにその教皇と言えば、イヴァリースの国王も形式上教皇から神の認可というものを貰う。つまり、時に国王以上の権力をもつ事さえあるのが教会……そして教皇という立場なのである。

 

 そして、今回の反乱はその教会のトップである教皇候補だった事が大きな問題に発展した理由だ。それもお題目は反戦である。長く続いた戦争は戦時税率として日々の生活にのしかかっている。時に無理な徴兵によって働き手を失い、身近な人間を亡くす。司祭の言葉は大きな影響をもたらすことになるのは想像に難くない。

 というか下手をすれば内乱のはじまりにまで発展する事態だ。

 

 ただ、畏国にとっての幸運はその場に居たのが天騎士バルバネスであった事だろう。

 彼は民衆の支持も高く、敬虔な信者であることも知られている。なによりそれらの主張を武力によって鎮圧するという手段を選ばなかった。

 大規模な反乱になる前に、司祭以外の扇動者とその資金源である武器商人の捕縛。そしてそこから資金の流れを辿るとオルダリーアに繋がっている事を突き止めたらしい。

 その後は民衆と司祭の説得である。これを成功出来たのは、やはり彼だからだと言うのは、多くの人の共通見解だった。

 

 しかし、結果として援軍は間に合わず、畏国は甚大な被害を被ることになった……それも北天騎士団を指揮する白獅子の陣営とは政治的に対立している黒獅子陣営に。鴎国の動きは天騎士をもってしても読めず、その責任をもって功績は帳消しとなった。

 

 だが、当然国としてみればこれだけでは話は終わらない。教皇候補の一人がどのような理由であれ、これだけの事を起こしたのだ。政の中心であるベルベニアでは元老院議会が大騒ぎ、教会側としても主張こそ認知していたとは言え、このような事態になるとは思っていなかった事もあり、その管理体勢に大きな疑問を残すことになった。

 元老院側にしてもこの問題は非常にデリケートであることは当然認識している。畏国側と教会側とでの折衝は1年以上も続き、その結果教会側の権限が大きく制限され、そして教会内外での監視役を設置する事で一応の話がまとまることになった。

 

 ちなみにこの時の折衝で存在感を示したのは、マリッジ・フューネラルその人であった。彼もまた教皇候補に上がっていた人物であり、フューネラルの名(功績ある司祭には、過去の教皇の性のいずれかを名乗ることが許される)を与えられているが、曰く信仰よりもむしろ政治家よりの人物であったため、教皇にはなれないだろうと思われていた。しかし、教皇という職位の権限の多さとこの一件を鑑みれば、教会内のとりまとめに一定以上の政治能力が必要であると強く認識されることになった。

 また、この事件をきっかけにそれまで表立った活動をしていなかった、異端審問会が徐々にその発言力高めていくことになる。

 

 

 

 門番から声をかけられ、我に返った。

 頭を2、3度振り、頭を切り替える。目的地についたようだ。

 

 街についたところでチョコボからゆっくりと降りる。首のつけねあたりを撫でながら、手綱を兵へと渡す。既に盗賊達の引渡しは終わり、部隊は解散していた。

 ゼルテニア領が鴎国の手に落ちた事で、そっちに住んでいた貴族達は今は首都ルザリアや、ベスラ要塞付近に移っている。私の家族も今はルザリアだ。

 ただ、あの戦いの一件から私と母の仲は非常に悪い。そして、黒獅子陣営の変化もあって私はガリランドにある公爵の屋敷を継続して借りている。住んでいる人間は私とローランド、ステラ、それに使用人の二人の合計5人だけだ。それ以外にも、イグーロスに頻繁にお邪魔しているが、基本はこちらだ。

 ダレンさんは今はルザリアで兵の訓練、レミアさんは私の隊の再編成時にリシューナ子爵の下に戻っている。まぁ、二人の代わりと言ってはなんだが、今はローランドとステラの二人は私と一緒に隊に参加しているのだが。

 

「今回も楽勝だったな」

 

 私よりも僅かに背が高くなったローランドが、そう口にしてきた。背中には愛用の弓、髪は短いままだが、上にツンツンしている。

 その隣にはステラだ。髪の長さは相変わらず腰まで伸ばしている。そして女性らしさで言えば、あの頃より随分と綺麗になっている。

 

「調子に乗らないの。それに、狙撃の時は凄く緊張してたじゃない」

 

 軽装のローランドに対して、ステラは鎧を着ている。フルプレートではないが、肌の露出はあまり無い。武器は今までと変わらずに槍だ。

 

「最近はまた治安も悪くなってきたからね、油断だけはしないでくれよ」

 

「わかってるって。それに、今はトリスとも一緒に戦えるからな。張り切って頑張るさ」

 

 パシパシと私の肩を叩きながら屋敷へと向かう。二人はまだ15になったばかりだが、十分にやっていける能力がある。流石今までダレンさんに鍛えられてきただけの事はある。ちなみに私ももう数ヶ月ほどで15だ。その時にまた色々とあるのだが、とりあえずそれは気にしないでいる。

 屋敷の扉に近づいたところで、その扉が開いた。中からは使用人の一人が表に出てこちらにお辞儀をしてくる。

 

「おかえりなさいませ。お客様……ザルバッグ様が訪ねて来ましたので、中で待ってもらっています」

 

「何かあったかな?」

 

 隣の二人に視線を投げるが、肩をすくめるだけだ。

 かつて彼とはガッツリと戦った事があったが、今では非常に良好な関係を築けている。もし、二人以外で友人がいるかと聞かれたら、まずザルバッグの名前が上がる。それは向こうも同様だろう。

 あの戦いの最後、フィーナスで私を助けてくれたバルバネス・ベオルブ、彼は私がガリランドに住むことと当時の境遇を知り、度々面倒を見てもらっている。今ではイグーロスの客室の一室が私の私室になりかけている位だ。

 

 私の境遇……まぁ南天騎士団もだが、取り巻く状況は大きく変わった。

 先の戦いで、陥落したゼルテニア城に対して南天騎士団は反撃もせずに撤退することは出来なかった。パフォーマンスと言われようと、形だけでも抵抗しなければならないのはこの時代が体裁を強く求められるからだ。

 そして、その時に名乗りをあげたのが当時の旧派閥の貴族達だった。最低限の兵でありながら、派閥に連なっている殆どの貴族は参加し、そして散っていった……。

 あの戦いは南天にとって多くの兵と人材、そして領地を失った。

 それらに対する対策として、ゴルターナ公は無所属……と言っていいかは判らないが……の貴族たちを陣営に引き入れた。多くは没落しかけていたり、政治闘争に負けた連中であったが、それ以外にも自前で私兵を持つ家や、それなり以上の財産をもつ貴族などが集まった。

 これは、そのほかの陣営……大別すると王家派・大公派・白獅子派などがあるが、それらはすでに側近は固まっている。つまりここぞとばかりに恩を売る相手であり、今後力をつければ高い地位に入り込めるかもしれないという機会となり、互に合致した結果と言える。

 

 まぁ、そのおかげで南天という陣営は大いに混乱することになる。あの戦いまでは公爵の側近達と、前領主派であった旧派閥の争いが、今度はところてん式に入れ替わったのだ。そのとばっちりは私にも来そうであったが、あの一件以来魔法の使えない私はある意味彼らにとっての脅威は低くなったらしく、とりあえず陣営内では置物のように見られている。

 というよりも、私は別の役目を押し付けられたのだ。

 

 あのフィーナスでの一件以来、私がなんと呼ばれているか、想像出来るだろうか?

 街での風聞はこうだ。

 

『敗戦の最中にあって、命をかけて民を守った真の貴族。魔法が使えなくなるまで、文字通り死力を尽くして民の為に戦った英雄』

 である。

 

 空いた口が塞がらなかったが、気がついたときには手遅れだったのだ。確かに私としては彼らを守るために戦った。だが、結局私の力で守れたものなど無かった。しかし、バルバネス・ベオルブは功罪の帳消しという立場である。そして先の反乱の兆し。国として、民の為に戦う貴族がいるという広告が必要だった……というのが主張である。まぁ、南天としても使えるものは全て使わなければならない状況というのは、紛れもない本音であるのだが。

 そして、兵力の減少に伴い国内の治安維持の問題が大きくなりだしていた。そこで現状を打破するために、アカデミー生の動員と義勇隊の募集が行われることになった。

 先の宣伝と合わせて、私はこの広告塔に祭り上げられる羽目になっている。

 

 特にこのアカデミー生と義勇隊の動員を提案したのは、次期白獅子の公爵であるベストラルダ・ラーグであった。いや、もっと言うならその参謀であるダイスダーグ・ベオルブの入れ知恵なのだろう。このダイスダーグとはベオルブ家の長男、つまりザルバッグの兄である。

 義勇隊には南天からは私、北天からはザルバッグが参加する事で、この案は大いに国内で盛り上がった。商人からは多額の寄付、アカデミー生はこぞって参加しようと名乗りを上げる。当主の地位を得ていないベストラルダ・ラーグだが、これらの取り纏めを率先して行い、独自の力を得始めることとなっていた。

 ここに南天の事情が加わることになった。戦には負けども、黒獅子は今だ力を持っているとアピールしたい。兵の補充も行いたいが、このままでは中々集まらない為の便乗だった。

 

 とは言え、所詮は新兵の集まりに過ぎないこの義勇隊は、部隊規模に分かれて活動を行っている。それぞれ監督する指揮官は北天騎士団から抽出され、隊の実力……大分低めに見積もられている……に見合った運用をされている。

 それで効果的な活動が出来るのかと思うが、それは再編成をされることになった私の隊や、ザルバッグ達の隊が割を食っている。代わりにどちらの隊もアカデミー生や志願兵は入れず、平均の練度を高い状態で維持することで何とかかんとかといった状態だ。

 当初……いや、今でもだが、私の形ばかりの人気から親衛隊を結成するとか言い出したが、全力で拒否させてもらった。魔法が使えなくなった事から、戦力にならないだろうと言ってきた連中は、全員張り倒した事で納得してもらえたようだ。

 私の内心は、戦う理由や意味すら分かっていない私に着いてきた所で、なんのメリットも無い。それならば、この4年で頼もしくなった隊員や、彼ら二人と行動するほうが、なんと気楽か。いや、むしろもう功績など必要ないと言っていい。私にはこの位が丁度いいのかもしれない。

 この考えはある意味今の南天の新派閥側には都合がよかったらしい。これみよがしに援助をして、この地位に押し込もうとしてくるのだ。父などは複雑な様子だが、当時に比べれば戦力的な価値の低下がそれを止めようとは思ないようだった。

 

「また、色々考えているのか?」

 

 扉をくぐったところで、そう声をかけられた。見れば当時の姿をそのまま大きくしたザルバッグ。帯刀はしておらず、格好もラフだ。

 

「整理という名目の説明は重要なんだよ」

 

「はあ?」

 

「いや、なんでもない……それで、今日はどうかした? 明日にはイグーロスに行く予定だったけど」

 

 治安維持部隊の指揮権は名目はベストラルダ・ラーグに、実質はダイスダーグ・ベオルブにある。その為、一定期間に一度は報告の義務はイグーロス城で行うのが通例になっている。

 

「ああ、そのイグーロスでの事だ……いい知らせと悪い知らせがある」

 

 どちらを聞きたい? とは言わず、こちらを眺めてくる。彼の癖みたいなものなのだが、こういう時は大抵悪い方がロクでもない事だ。そして、本人の顔も引きつっている……多方が予想出来てしまったため、いいほうのみにしておきたい。

 

「……良い知らせからで」

 

「明日、城にカトリーヌ嬢が来るそうだ」

 

 その名前を聞いたとき、自分の体温が少し上がった事を自覚出来た。

 彼の言うカトリーヌ嬢とはカトリーヌ・ゴルターナ。ゴルターナ家の四女である。そして、現在の私の許嫁という関係だ。先の戦いの後、魔法が使えなくとも剣の才能もあると見られ、その結果である。私が15になった時に婚姻を結ぶ事になり、そして私が正式にブランシュ家の後継と決定する。そして、自動的に弟のエストはラムサス家へと行くことになる。

 ある意味において、私の立ち位置が明確化する出来事なのだが、私としてはそれ以上にカトリーヌ嬢と一緒になれることのほうが嬉しかったりする。

 最初こそどうなるかと思ったが、よく出来た性格であり、器量も良い。あの公爵からどう遺伝子をもらったか疑問に思うほどだ。

 

 私の顔が熱くなるのを見ながら、ザルバッグはそれを冷めた目で見ている。その視線に気づき、何があるかを訪ねようと口を開く直前、さらに言葉が紡がれた。

 

「……シド殿も一緒にな」

 

「……まさか」

 

「当然、私の父も戻ってくる……」

 

 足の力が抜け、膝を折ってしまう……。彼の言葉はそうするだけの威力があるのだ。

 ザルバッグの目は既にハイライトが消えている。所謂レ○プ目だ。互の心境は一つ……絶望である。

 

 また、あの地獄としか表現出来ない特訓の日々が来るだ……。

 こうして、私にとって大きな変化を迎える時は、二人分の盛大な溜め息から始まることになった。




オレノシカバネヲコエテユケ


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