ゼロの使い魔導書 (すぴんど)
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第1話 ゼロが止める永遠

語彙力なんて、ないよ


「先生! もう一度やらせてください!!」

 

こことは異なるどこかの世界、ハルケギニア大陸の水の王国――トリステインの魔法学院で、その学院の生徒であるメイジ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは悲痛な叫びをあげていた。

 

だって、彼女は今起きている現実の光景が嫌で、なんとも受け入れがたかったから。

 

この世界にて魔法の力を行使する者、メイジという存在はある時期に自身のパートナーとなる「使い魔」を召喚して従えるしきたりがある。

 

本日魔法学院で行われている「春の使い魔召喚の儀式」。これもそのしきたりのひとつであり、ルイズは授業の一環としてこれに臨む学院の生徒の中のひとりだ。生徒たちは全員メイジであり、この世界では身分に特権階級を持つ貴族である。

 

自身のパートナーとなる使い魔を召喚する魔法、「サモン・サーヴァント」。これを用いて周りの人間が使い魔を召喚して続々と成功を収めていく中、彼女はただ一人失敗し続けている。悔しさと、悲しさに潰されそうになりながらも諦めずに召喚を試み続けるルイズは、授業の担当をしていた教師、ジャン・コルベールより「これが最後の一回」と通告を受けた召喚でようやく成功を収めた。

 

期待にルイズが胸を躍らせていると、そこに召喚されたのはなんと身長が自分より低い、栗色の髪をした平民の少女だった。周りには少女の持ち物と思われる一冊の本と、車輪のついた不思議な椅子が一つ。だが…彼女が再度召喚をさせてほしいと懇願する理由はそれだけではない。

 

――死にかけていた。目の前の少女は死にかけているのだ。

 

召喚されたことへの反応もなく、かすかな呼吸を小刻みにして、ルイズの声すら届かず、ただ胸の近くの服をぎゅっと掴んで苦しみ、目をつむったままうめき声をあげている少女。こんなものが自身の召喚した使い魔、などとは思いたくなかったのだ。だが、現実は非常である。

 

「それは駄目です。ミス・ヴァリエール、いいですか? 春の使い魔召喚の儀式はとても神聖なものなのです。例外はたとえどんな相手であろうと認められない。」

 

監修を務めるコルベールが再召喚を咎めたのである。

 

このコルベールという者、本来は人の命を尊び、人がむやみに死ぬことを嫌い、救える命は救いたい。そんな善人のような考えを持った人間である。しかし、彼は現在そんな性格など感じ取れないような非情ともいえる態度をルイズと少女にとっていた。中途な儀式はこの世界において許されない、という理由もあるのだが一番の理由は悲しくも至ってシンプルなものである。

 

――目の前の少女はもうどうみても助からない。

 

そういう状況であると、過去の経験より理解できてしまったからだ。ならばせめてこれも何かの縁、死に行くものへ手向けをと、彼はルイズへ儀式の続行を促したのである。

 

「ですが、今にも死にそうな彼女を使い魔にするなどと!」

 

「だとしても、彼女を君が呼び出したのは紛れもない事実。たとえすぐにまた別の使い魔を呼び出すことになろうとも、儀式の中止はありえません。」

 

「――くっ。わかり、ました。」

 

そう言われてしまってはルイズはもう押し黙るしかなかった。

 

使い魔はメイジ一人につき、一体しか呼び出せない。しかし、契約していた使い魔が死ねばメイジは新たに使い魔を呼ぶことはできるのだ。つまり、ルイズの願いは今すぐではなく、形が違えど聞き入れられたようなものである。目の前の少女が死ねば再召喚自体はしていいと言われたようなものだ。ルイズの一番の望みは届き、後に心の中に残ったもやもやは、自身の召喚したものの価値に対する悲しさと、使い魔と契約するための魔法、「コントラクト・サーヴァント」を死に行く同性へ行うことへの葛藤だけだった。

 

コントラクト・サーヴァントは、自身の唇から相手への唇を介して行う魔法である。つまりはじめてのコントラクト・サーヴァントを人間相手にするとは、ファーストキスを捧げるということだ。死に近いものへそんなことを気にするのは不謹慎では? と、我々の価値観で考えると思えてくるかもしれないがこの世界ではそうでもない。

 

この世界の平民とは基本的に魔法が使えない人間のことである。逆に貴族は魔法が使えて、その平民達に敬われ大切にされる者のことだ。その特権や恩恵を貴族は受ける代わりとして、彼らが使える魔法をもって平民を戦争時に守ったり、魔法で作ったもので生活や国の発展に貢献して支える、というのが、この世界の理想とするサイクルである。そんな貴族と平民の身分の差が、ルイズの中の少女の命の価値を下げていた。それくらい貴族という存在は絶対であり、平民は守るべきものとはいえ無暗矢鱈に慈悲を与えるものではないのだった。ルイズは侯爵家の娘であるため、猶更である。

 

「はやくしたまえ、ミス・ヴァリエール。今日の儀式で君にどれほど時間を割いたと思っているのだね。」

 

儀式の続行を促されるではなく今度は急かされた。

 

「…感謝しなさいよね? 貴族にこんなことされるなんて普通は一生無いわよ…。あなたの最後の思い出としては身に余る光栄なんだから。」

 

自身より小さく、軽い少女をルイズは抱き起して――

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」

 

優しく唇を重ねて――言葉通り祝福が起こり、ルイズの願いは消し飛んだ。

 

「あ…うぁ、あああああああっ!!」

 

瀕死だった少女の口から出たとは思えないほどの絶叫が辺りを包む。真っ白な光の陣が現れると共に彼女を中心に風が暴れ、渦を巻き、吹き荒ぶ。そして少女の左手に刻まれていく使い魔のルーンによって、少女の命と体は救われつつあった。

 

少女の体の中の命には武器と繋がっている部分があり、その武器の暴走に少女の命は蝕まれて死にかけていた。そんな今、体の中であらゆる「武器」を「使いこなす」といわれたルーンが、その「武器」を「使いこなして」だんだんと少女の制御下へと置いていっている。

全てのルーンが刻み終わったた時、少女の死にかけていた原因は完全に沈黙した。苦痛を訴えているようなものは少女の顔から全て消えて、すやすやと落ち着いた寝息が聞こえてくる。

 

「なにが、起きたの…?」

 

ルイズはわけがわからない。しかし、どうやら一つ言えることがある。

 

「今の事象は解りませんが…ミス・ヴァリエール、どういうわけかあなたのコントラクト・サーヴァントは、その平民の少女の命を救ったようですね。」

 

そう、前代未聞の出来事が起きていた。回復の水の魔法でもなく、契約のコントラクトサーヴァントで命を救う…そんなことが。

 

「誇りなさい、ミス・ヴァリエール。貴女は今日初めて魔法を成功させ、その魔法がひとりの命を救ったのですぞ。」

 

命を大切にするコルベールがルイズを称える。しかし、そんな奇跡を起こしたルイズは複雑な気持ちに襲われていた。命を救った…救ってしまった。ということはつまり、この平民は死なない。ならば、この平民はこれから私の使い魔となるということで…それはつまり、サモン・サーヴァントのやりなおしの願いが潰えたことを意味しているのだから。

 

これからどうしたら…私は使い魔さえ無力なゼロなの? そんな自身への蔑称を思い出してやってきた悲しみの方が、救命による喜びの感情より大きくなろうとしたその時。

 

少女の近くにあった本がひとりでに開き、そこから一つの光が現れた。

 

「え…? な、何?」

 

小さな光は少女とルイズの近くへ来ると、慌てふためくルイズを無視してどんどん大きくなって形を形成していく。その形はルイズには人のような不思議なシルエットにも見え、しばらくしてその光は砕け散り、中から本当に人間の女性が現れた。

黒いボディラインが強く見える衣装をまとった銀色の髪の女性がそこに立っている。

 

「…っ! ……!?!!」

 

突然の展開に口をパクパクさせて驚愕しているルイズと、いきなりの存在に生徒を守ろうと警戒を強めて杖を握りしめるコルベール。しばらくして女性の目が開くと、その赤い瞳には暖かさと喜びが込められ、涙が浮かんでいた。

 

「我が主を…我が主を私の呪いから救ってくれたことを感謝する。」

 

女性がルイズへ開口一番に発した言葉は、感謝だった。

 

「システムの暴走を私は見ていることしかできなかった。それを貴女は止めてくれた。ありがとう、本当にありがとう。どれだけ感謝しても言葉が足りない……。」

 

ルイズの頭はもうパンク寸前だ。瀕死の平民の召喚に始まり、コントラクト・サーヴァントという水と無関係な魔法により少女の蘇生に成功、そして突然本から女性が現れたかと思えば、その女性は(おそらく)平民の少女を我が主と言い感謝の謝辞を述べている。

 

頭を抱えそうになったところ、コルベールが助け舟を出してきた。

 

「失礼、ミス。何分我々は突然のことに状況が呑み込めておりません。宜しければお名前と、あなたの事情をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

そういわれた女性は最初は呆けていたが、しばらくして我に返り、涙をぬぐうと少し困ったような顔をして話し始めた。

 

「わかった…そうだな、何から話せばいいものなのか。困ったな、かなりの情報量な上に、多なり小なり危険な話なので長い話になってしまいそうなのだが。」

 

「危険…ですと?」

 

コルベールがその言葉に警戒をさらに強める。

 

「ああ、その子のおかげで今は問題なくなっているのだが…あまり多くの人の周りで話せることでもないのだ。」

 

周りを見ると、少し遠くには召喚失敗時までは散々なヤジをルイズへ飛ばしていた生徒達が居る。コルベールは少女が彼らに聞かれることを良しとしないとしているのを理解した。

 

「わかりました。それではここの最高責任者のオールド・オスマンのもとで私とそこの生徒のミス・ヴァリエール、そして貴女で話すということでどうでしょうか?」

 

コルベールは、これなら何か未だに危険が残っていたとしても対処できる、そう踏んでの提案だった。

 

「ふむ…助かる。しかし、出来ればそこに我が主も連れて行きたいのだが良いだろうか? 眠られている今のままで構わない。」

 

「我が主、ってそこの子のこと? ねぇアンタ、あの子はメイジで、あなたはあの子の使い魔なの?」

 

有り余る疑問に口を押さえていられなくなったルイズが会話に横槍を入れてきた。女性は少し言いよどんでから言葉を続ける。

 

「我が主に関しては貴女の言う通りだ。彼女の名は八神はやて、私のマイスターだが…私は彼女の使い魔という訳ではないな。」

 

「ヤガミハヤテ? 変わった名前…それに使い魔じゃないのにマスター? 意味が解んないわ。」

 

帰ってきた答えに納得がいかなくて、頭の中で疑問を浮かべ考えを巡らせていたルイズだったが、銀髪の女性が頼み椅子を持ってくれたコルベールと共に、ヤガミハヤテを抱えて歩いて行ってしまったために思考はは打ち切られるはめになった。

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!まだ話は……「それも含めて、これから話そう。」」

 

そういわれて、少しふくれっ面になったルイズは、一人取り残されるのが嫌で彼女たちに追いつくために走ったのだった。

 

あたりには解散も何も言われずに生徒たちだけが取り残されていた。




できれば今日明日中にもう1話
段落のタイミングってどこざんしょ_(┐「ε:)_

色々と考えている面はあるのですがはたして文字に表現できるかどうか…。

あまり誌的なことは言えないのであくまでssみたいなものとして楽しんでもらえれば幸いです


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第2話 永遠の望む夢の為に

関西弁は話せない、どうしましょ;


「はあ…信じられないわ」

 

今日1日で何回このセリフを口にだして、さらにその何倍もの回数を心の中で思ったことか。ルイズはオールド・オスマンの学院長室で話したことを思い返していた。

 

学院長室へ神妙な顔をして現れたコルベールとルイズ、そして見知らぬ二人を見て、やんごとなきことであると判断したオスマンは、自分の秘書であるミス・ロングビルにお茶を入れてもらってから、学院長室を退室してもらい話の席を設けたのだった。

 

「ほっほっほ…使い魔の儀式で人間を召喚、さらにその人間につき従うものがいるとは、これは確かに前代未聞の珍事件よのう。」

 

オスマンは秘書のいないのを良いことに、思う存分パイプをふかしながら薄く笑顔を浮かべている。その余裕ある態度にルイズとコルベールは安心を覚え、銀髪の少女もこの男になら話してもいいだろう、そう思える品格を感じ取れた。もっとも、力までは信頼できるとは思っていないようだったが。

 

「さて、では君の話を聞こうとしようかね。」

 

「そうね、さっき聞いたけど、全然わかんないわ。」

 

代表のオスマンと召喚した当事者であるルイズが、銀髪の女性へ説明を求め、彼女もそれに応える。

 

「まずは、そうだな。私に名前はない。」

 

「名前がない? 孤児とか、そういうの?」

 

名前がない、とはなんとも珍しいことだ。孤児だろうといつか自身で自分の名前をつけるだろうに。と、あくまで人間の範囲の考えを巡らせているルイズ。

 

「いや、私はそもそも人間ではないのだ。そこにある魔導書、闇の書の管制人格だった者だ。一時気その務めを果たせなくなって、そして今またこうしてもとに戻ることができている。」

 

「くどくてすまないが、本当にありがとう。」

 

そういって向けられた笑顔は、先ほど感謝された時までルイズが一度も体験したことのないもので、落ち着いた今にそれを受けてしまたせいか、ぽぽぽ、と音が出るように顔を思わず赤らめた。だが、その前に言われたことを反芻し驚愕の顔色へと変わる。

 

「え…? 人間じゃない?」

 

「ああ。我は闇の…いや、夜天の魔導書。かつて各地の偉大な魔導師の技術を蒐集、研究を目的として生み出され、時を経て機能を狂わされて闇の書となり、無限に転生し続け世界を渡り、その度に数多の世界を滅ぼしてきた者だ。」

 

ルイズだけではなく、コルベールとオスマンさえもが驚愕の表情へと変わる。世界を滅ぼした魔導書。そんな危険なものだなどとは流石に思いもしなかったのだろう。

 

「な…バカ言わないでよ! 世界を滅ぼしたですって…そんな話、聞いたこともないわよ!?」

 

お伽噺にしても度が過ぎる。そんな怒りと疑いのまなざしで銀髪の女性、管制人格をにらみつけた。

 

 

「残念ながら嘘ではない。この星、もしくはこの世界には現れたことがなかっただけなのだ。ここの世界の空気は、どこか私達のいた世界と違うようだしな。」

 

「………。」

 

真顔で言い続ける管制人格に言葉が止まる。だがそんな話、認められない。認めるわけにはいかなかった。なぜならそんなものの主人とやらを召喚したのは、ルイズ自身なのだから。

 

「証拠はあるの?」

 

「…申し訳ないが私一人ではそれを証明する手立てがない。ある程度の力の証明はできなくもないが、私自身は簡単に言えば基本的に機能の管理人にすぎないのだ。だが、今はそのことを気にする必要はあるまい。」

 

「…なぜかな?」

 

そう尋ねるオスマンに管制人格は左手を差し出した。

 

「この鎖を見てほしい。これが後に私につけられて、機能障害を起こした原因だ。この私を狂わせた…いわば呪いの鎖の世界を滅ぼし続けるシステム、ナハトヴァールだ。」

 

管制人格を除いた3人はその手についた禍々しい形のものに目をやった。

 

「こんな小さなものが…。」

 

やはり信じられない、という形で管制人格を見続ける3人。

 

「人々の魔法の力を奪うことで闇の書はページが集まり、闇の書の完成が近づくと私の人格が起動する。完全にページが完成すると、半ば強制的に私が表に出され、更に一定の時が経つとこいつが起動。蒐集した魔法の力を暴走させて私を乗っ取り、無限に世界を侵食して増殖し続けてしまう。壊れた自動防衛システムであるナハトを…私には一時的にしか止めることができない。」

 

「そしてひとたび暴走が始まれば…何者かに滅ぼされるか、主の魔力を死ぬまで食らいつくすまで動き続ける。そうなる頃にはもうそこに世界は残っていない。暴走したナハトを滅ぼすにもまた同等以上の力が必要で、世界はどちらにしろ消えてしまうのだ。」

 

管制人格が語るあまりの凄惨さに、ハルケギニアの面々からは言葉が出ない。

 

「そして、全てを終えればいずこかの世界で新たな主を定めて転生する。ふ…迷惑極まりないだろう? 闇の書の主の宿命は始まったときが終わりの時だ。今回の我が主、八神はやてもあとひと月も持たず、聖夜の夜を終えればあとは死ぬ運命が待っているだけだった。」

 

一通り循環して世界を滅ぼすシステムの説明を終えた管制人格は、またルイズに顔を向ける。

 

「だが、それを止めてくれたものがいる。貴女だ、ルイズ。」

 

「私? どうして…?」

 

自分は何もしていない。もし本当に世界を滅ぼす力が彼女たちにあるのなら、ゼロである私にそんなものを止められるわけがない。ただ使い魔を召喚して、契約をしただけなのにどうして私が……。

 

その疑問に応えるべく、管制人格は眠っているはやてを優しく抱き寄せ、彼女の左手をとった。そこには先ほどのコントラクト・サーヴァントで刻まれたルーンがうっすらと光り続けている。

 

「使い魔の…ルーン?」

 

「そうだ。私にも信じられないことだが、もはや改造の果てに兵器となって主の魂にくっついている私とナハトを、このルーンは使いこなして制御してくれている。これがある限りは私たちが暴走することはもはやないだろう。お前は世界と私たちを救ってくれたのだ。」

 

私が、ゼロの私が、世界を…? なんの冗談だろう。

 

「確かに使い魔となった者には人と話せるようになったり、特殊な力が与えられるって聞いたことがあるけれど…そんな力を持ったルーンなんて聞いたこと――「いや、ある。」」

 

え? と声のした方を向くと、先ほどの余裕ある笑みを消したオールド・オスマンが居た。その真剣な眼差しと表情は熟達の魔導師そのものであり、放つ声にもどこか重みがある。

 

「ガンダールヴ」

 

「ガンダー…ルヴ?」

 

オスマンが答えを述べ、ルイズが復唱する。

 

「あのルーンならば…あり得るじゃろう。」

 

「で、ですがオールド・オスマン! そのルーンの名前は……っ!!」

 

何かを理解したコルベールが慌ててまくしたてる。

 

「古代ブリミルの使い魔とされる者の名前ではありませんか! どうしてそれが今、この時代に!?」

 

ルイズはもう驚き疲れそうなことの連続なのに更に驚かされた。こんどはこの世界、ハルケギニアの伝説が彼女に襲い掛かる。またどうして私がそんな偉大な使い魔を召喚したというのか、と。

 

「それはワシにもわからんよ。じゃが…もし彼女の言う言葉が真実であるのならばこれで説明がつく。ミスタ・コルベール、すまないが取り急ぎフェニアのライブラリーにて、確認をして来てはくれんか?」

 

「大至急に!」

 

そういってコルベールは普段の落ち着いたり、のほほんとした雰囲気もどこへやら。目を見開いて全力で走って部屋を出て行った。

 

「…こんどはそちらの、そのガンダールヴとやらの説明をしてくれないだろうか? 彼が戻るまでで構わない。」

 

「いいじゃろう。ガンダールヴとはこの世界でワシら人間に魔法を与えたとされている始祖、ブリミルが使役していた使い魔の一人で、神の左手と伝えられておるのじゃ。そのルーンを左手に持った者はあるゆる武器を使いこなしたと言われている。」

 

管制人格は納得した。確かにその伝説が本当であるのならば、そして伝説に遜色ない力を持っているのであれば…私たちを受け止めきれるのだろう。

 

人に作られた身であり、祈る神など管制人格には存在しないが、ブリミルとやらには心の中で感謝を述べた。思わず顔がほころぶ。

 

しかしその中に逆、笑顔になるどころか不安の色に染まるものがいた。それは信じられないの連続で疲れ切っていたからではなく、賢い彼女…ルイズが一つの問題に気づいてしまったからだ。

 

「…だとしたら問題です。オールド・オスマン。」

 

「ふむ? 言ってみるがよい、ミス・ヴァリエール。」

 

管制人格も問題点が気になるのかルイズの方へ顔を向ける。

 

「彼女、ヤガミハヤテは私よりおそらく年下です。私が寿命でも、事故でも、何かのきっかけで死んでしまえば……。」

 

「使い魔のルーンは消え、再びその人の左腕のナハトヴァールが活動を再開してしまいます。」

 

オスマンは気づいてなかった。そして、その点に気付いた生徒に感心する。管制人格はルーンの寿命について知らなかったが、気に留めてなかった。

 

「そう、私が話したいのはそういった点についてなのだ。ルイズ、我が主の主よ、頼みがある…。だが、その前に――」

 

「すまないが、私の不安を潰させてもらう。」

 

管制人格は光へと戻ると主、八神はやてと吸い込まれていく。突如閃光が迸り、ルイズとオスマンの目がくらむ。目が視界を取り戻すとそこにはやての姿はなく、先ほどよりやや禍々しい衣装へと姿を変えた管制人格が居た。

 

「…なにをしたのかね? 管制人格とやら。」

 

「今の話が出た以上、我が主の命が危険にさらされる可能性がある。主を守らせてもらうため、主とユニゾン…簡単に言えば融合させてもらった。」

 

こともなくそういうが、そんなことができる魔導書なんて聞いたことのないハルキゲニアの人たち。ルイズたちはまた驚きの感情にとらわれることになった。

 

「せっかく手に入れた幸せなのに…我が主を殺してしまえば済むことだ、となってはたまらないのだ。オールド・オスマン。」

 

紹介や原因が終わり次のステップへ、そう一歩踏み込んできた管制人格は同時に警戒をしてきたのだ。オスマンの顔も険しさが強くなる。彼自身もこの点にはルイズに言われた後、すぐに気付いていたようだ。

 

「…全ての世界を憂うのであればそんなことはしないだろう。しかし、この世界だけでいいのならお前たちはそうしないとも言い切れん。」

 

「助けてくれたことへ感謝はしているが、すまない。私にはまだお前たちを信用することができんのだ。」

 

そう。はやてさえ殺せば闇の書はどこかへ転生される。ひとまずはそれでハルキゲニアの滅亡の不安は解消されてしまうかもしれないのだ。人間は善の感情だけで動いているわけではない。大の為に小を切り捨てたり、小の満足の為に大義や大局をを捨て去ってしまうことなどざらにある。そうでなければ、ナハトヴァールのようなものはもともと生まれない。

 

それを理解している管制人格と、万が一の手段の一つとして、今のルイズの発言からそこまで思考をめぐらせたオスマンの間に険悪なムードが漂いはじめる。が、ここでもそれをルイズが解消した。

 

「アンタ、馬鹿じゃないの?」

 

ルイズはあきれたような顔で言う。

 

「今日はさっきからずっとふたりに驚かせてばかりで疲れてたけど、ようやく一息つけた気がするわ。」

 

「……は?」

 

先ほどの雰囲気はどこへやら。ぽかんとものすごく間の抜けた顔で管制人格は口を開けていた。どうやらこの管制人格。肝心なところが意外と抜けているのかもしれない。あるいは、主以外に関しては短絡的思考回路なのかもしれない。

 

「解らないの? アンタ、先手を打つ割には意外とぬけているのね…人間らしい所もあるじゃない。」

 

「同じ世界に転生しないとは限らないじゃないの、もう。」

 

あ…と合点が言った管制人格は間抜けな顔から戻らないままだ。

 

「わかったみたいね。アンタたちのことをまだ全部信じたわけじゃないけれど、もしそんな得体のしれないものがこのハルケギニアのどこかに移ったらどうするのよ?」

 

「ううん、仮に次に現れる場所がアンタのいう別の次元や、存在しているって言う他の世界だからって、いつかまたここに来ないとは限らないのでしょう? 世界を滅ぼすまで増え続ける破壊をしでかすものを、とてもじゃないけど目の届かない所には置けないわよ。」

 

学業優秀なルイズのこの発想は正しい。 だが一つ彼女も配慮が足りなかった。

 

「参った…わしとしたことがそんなことにも気づけなんだとは。耄碌しとったようじゃ。」

 

「あ、いえ…オールド・オスマンのことを決してバカにしたわけでは!」

 

そう、管制人格をバカにしたように言うということは、それと同じ、もしくは反対の理由で彼女を警戒していたオスマンをバカにすることに他ならなかったのだから。

 

その語ルイズは弁解に時間を要し、コルベールが帰ってくるまで話は進まなかった。




アカン、ない脳みそからひねりだしてるせいで単調になってきてる気がします。
本日はこれまで 続きは糖分とってから。

リインは少し八神アインスらしいところがほしいなって思うんです


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第3話 永遠の望む夢の為に・後

はよリインと呼んであげたい。言いにくいしタイピング大変だし


「なぁにをしとるんじゃ、キミは。」

 

「も、申し訳ありません!」

 

一通りの話を戻ってきたコルベールに伝え、あらためてハルケギニアの世界のレクチャーを管制人格が受けたまではよかった。しかし、問題はそこからだった。

 

コルベールがオスマンへ頭を下げている。彼の薄い、というより無になってしまった頭頂に窓からの光が反射して眩しい。ルイズたちはその光の強さに思わず目を細める。

 

彼はライブラリーに辿り着くと、よほど慌てていたのか持ち出し禁止であるその本、「始祖とその使い魔」をなんと直接持ったままここまで戻ってきたのだ。レクチャーのあとにコルベールは原本を懐から取り出すと、どん…と全員の前に置いた。流石に普段温厚なオスマンからも、これでは雷だって落ちる。

 

「これが真実ならば…闇の書の話を抜きにしても周りに決して知られてはいけない。そんな話をしとるんじゃぞ…? ことの深刻さを分かっとるのかね? ミスタ・コルベール。」

 

ネチネチとオスマンがコルベールを攻め立てていると、話が進まないので管制人格が切り出すことにした。

 

「とりあえず、確認してくれないか?」

 

「そ、そうですね。そうしましょ? ミスタ・コルベール、オールド・オスマン」

 

ルイズもそれに続いた。先ほどの緊張感は何処へやら…。世界の滅亡がかかっているかもしれないのに、まるでそんな雰囲気のかけらもない。いかに今は安全と本人たちから言われていたとしても、こんな緩みきった精神ではいつ情報が漏れ出るかもわかったものではない。一同はかるく咳払いをしたり考えや想いを反芻することで、各々を戒め直した。

 

「では、左手を…おや?」

 

管制人格、彼女の左手に今あるのは武器の状態となったナハトヴァール。パイルバンカー状のこの形態では手の甲近くまで大きく覆っている上に、彼女の手袋でルーンがまともに見れなかった。ルイズは確信する。やはりこの女は素の状態ではどこか抜けている、と。

 

「む…そうだったな、すない。今ユニゾンを解除…ぐうぅっ!?」

 

ユニゾンを解除する直前、管制人格の顔が苦痛にゆがむ。そしてユニゾンが解除されるとそこには、相変わらず意識がないままにひどく疲弊したはやてと、立つことができないほどに消耗し、四つん這いになっている管制人格がそこにはいた。

 

「どうしたのじゃ!?」 

 

「大丈夫ですか!?」

 

大人たちは急な事態の悪化に慌てて駆け寄る。

 

「まさか…暴走!? 抑えていられるんじゃなかったの!?」

 

ルイズは迫りくる恐怖におののくが、なんとか片手をあげて管制人格が3人を制し暴走を否定する。

 

彼女の顔は苦痛や疲れこそ訴えていたが、そこに未来への焦りはない。しかし、その顔はそのまま安心や笑顔と言う表情へとも変わらなかった。暗い過去を見るような表情、それでいて自虐めいている後悔のような顔へと変わっていく。

 

「すまない…これは暴走ではない。だが、おそらくルーンのせいだ。」

 

やがてどこか悟った目をして管制人格はつぶやいた。

 

「ふ…。所詮私は未だ闇の書であり、夜天の書には戻れていないということか……。」

 

しぱらくの沈黙。やがて管制人格が心の落ち着きを完全に取り戻すと、先ほどより具合の良くなった主の方向を見てコルベールに告げる。

 

「コルベール。もうしばらくすれば我が主も落ち着くだろう。彼女の左手を確認してくれ。」

 

管制人格はルーンの確認を頼み、呼吸を整えると3人にむかって話し始めた。

 

「そのルーンはやはりガンダールヴ、そうで間違いないか?」

 

頷くコルベール。

 

「そしてそのルーンはあらゆる武器と定義できるものを使いこなす。そうだな?」

 

「その通りじゃ。現に、ある意味彼女の武器である君が暴走していないことこそ、その証拠となるじゃろう。」

 

続いてオスマンが正当性を語った。

 

「そこだ。」

 

管制人格は指をあげて告げると、そのまま自身の胸へと手を持っていく。

 

「私はいわば主と融合して戦い、補佐する。そうだな…戦車のような乗り物に近い武器なのだ。」

 

彼女はおそらく形こそ違えど、この時代にもある兵器に自身を例え説明を続ける。

 

「それを使いこなすということは…恐らく最適な状態にして使ってしまうのではないか? 現在我が主は眠っておられるのであれば、なおさら無意識に。」

 

「そりゃ、そうかもしれないけど…。でもそれがどう関係しているのよ? もったいぶってないで教えなさいよ。」

 

管制人格としては別にもったいぶって話しておらず、順を追って解決しているつもりだったのだが、ルイズは結果を先に聞きたいようだ。

 

「倒れた主の武器としての闇の書が最適な状態。それはつまり私が表に出されて、ナハトヴァールを携えて暴走せず、思う存分魔力をふるっている時だ。」

 

「あ。」

 

さっきの管制人格とは逆に、こんどはルイズが理解して一言だけ告げた。別に間抜けな顔にはなっていなかったが。

 

管制人格の告げるその状態。それはつまり単に自分の意志でその形になったか、そうでないかの違いだけで暴走状態と同じだ。ナハトヴァールと集めた魔導書の魔力を使うその状態は、たとえ座っているだけでも急速に主の命をすりつぶしていく。放っておくだけで過去に何度も崩壊が始まってしまったほどだ。未だ能力や身体の未発達であるはやてなら、なおさらの事そうなるだろう。

 

これがもしもナハトヴァールがなく、ただのユニゾンだったのなら。きっとはやてはこんな疲労困憊な状態にはならないだろうし、もしかすれば意識がある時もならないかもしれない。しかし現在のはやては気を失っている。この状態でもし管制人格たちを最適に使用する…というのであればそれはやはり、今までとっていた姿こそが一番使いこなせている状態であり、はやてを媒体に管制人格たちが表に出て行動している状態こそが正しい。

 

尤も、それはあくまで武器としてである。

 

「正しく使いこなせているからこそ、間違いである暴走は抑えられる。だが…正しく使っても死に至るというのであれば、それは止めようがないようだ。」

 

それは闇の書の呪い。たとえ制御で来ていても命をすりつぶして動く形態は、そういうものなのである。武器としての闇の書に要求される生命のエネルギーなどの代替を、ガンダールヴのルーンはすることはできなかったのだ。

 

「そういうわけだ。情けない話だが…これでは私はお前たちからも我が主をお守りすることは適わん。」

 

「だがあえて頼む。私の頼みを聞いてはくれないだろうか。」

 

ルーンの確認と、現在の状況を把握し、さきほどのルイズからの指摘によって、ひとまず早急な主の命の心配がなくなった管制人格はあらためて頭を下げた。

 

「…言ってみたまえ。」

 

「このルーンを永続的に管制人格である私。もしくは、転生した闇の書が起動時、新たなる主となった者に即座につける方法を探して欲しい。」

 

使い魔のルーンを永続的に…そんな話など聞いたことがないとルイズは思った。長き時を生きる龍や幻獣たちを使い魔にしたものでさえ、主が死ねば彼らのルーンは解除されてしまうはずなのだから。

 

「無理よ、そんなの。それこそ始祖ブリミルの伝説でも聞いたことなんてないわ。」

 

「やはり…そうか。」

 

無茶な要求をしている自覚はあったのか、管制人格は断られたことについては気にしていないようだった。

 

「すまない。この方法は正直実現を期待していなかったのが本音だ。だからできればこちらの件について力を貸してほしい。」

 

「今度は何よ…。」

 

ルイズは相も変わらずまわりくどい感じのする、まずはこっちから、というような管制人格の会話にイライラが募り始めた。

 

「我が主はやてからナハトと、永遠に再生する機能それぞれを分離。もしそれが不可能ならば私ごと主から分離して、破壊してほしい。」

 

少し緩み切っていた雰囲気が消える。

 

「闇の書を使いこなせる今だ。少なくとも私ごと分離を試みるのはそう難しいことではないだろう。永遠再生自体もナハトがなければ解析し、絶やすこともきっと不可能ではない。しかし…問題は分離した後なのだ。主の手から離れたナハトを消すことが出来なければ、結局世界は滅びてしまう。」

 

「だから、正確にはナハトや機能を完全に殺せる。そんな呪文や魔導師…この際兵器でも何でもいい。どうかそれを探してはくれないだろうか? これ程に長い間一つの世界に留まれそうなのは、私が闇の書となってからは始めてなのだ。だからこそ調査をして、準備を進め…探しだし、呪われた魔導書に終わりをくれてやってほしい。」

 

その顔に迷いはなかった。自分の犠牲さえ厭わず消滅を望む。確固たる意志を持った瞳で管制人格は3人達に頼んだ。

 

「アンタ…それでいいの?」

 

「構わん。それで我が主が救われて、分離した後に生を全うできるようになり、世界の滅びが終わるのであれば、私は巻き込まれても安心して逝くことができるだろう。」

 

さらりと言ってのけた後にわずかながらの憂いと、強い喜びをもつ笑顔で彼女は告げる。

 

「何よりこの優しい主に見送られるのならば…それはきっと私にとって、その後を生きたとしても超えられない…最上の幸せとなるだろう。」

 

突然告げられた自殺にも似た宣言に戸惑いながらも、ハルケギニアの面々はその本気の思いを受け止めて、深く頷いたのだった。

 

「あいわかった。おぬしの願い、確かに聞き届けよう。わしらも今は平気だとしても、いつかまた来るかもしれぬ災厄なぞ野放しにはできんしのう。」

 

「感謝する。それともう一つ。これは頼みというよりは、そう…私個人のお願いというものなのだが。」

 

話を終える前に管制人格が最後に…と、お願いをしてきた。

 

「なんじゃ?まだあるのか。」

 

「ああ。我が主、はやてには…このことを、私を殺すことになるかもしれないことを言わないでやってほしい。」

 

その意図が解らない3人へ管制人格は言葉を続ける。

 

「ずっと…ずっと闇の書の中で起動してから我が主を見続けてきたのだが、主は優しい子なんだ。それこそ自分が死んででも誰かを傷つけるのをためらう。そんな子の我が主にこのことを知られてしまってはまずい。目を覚ましてこれから出会う私にさえ、おそらくは憐れみをかけてしまうだろうからな。そうなって計画が進まなくなってしまってはまずいだろう。」

 

「なるほどのう…。」

 

納得している大人たちだったがルイズは内心複雑だった。一生のパートナーとなる使い魔に隠し事なんて…とか、あんたもその主に負けず劣らず、それこそ命を差し出せるほど献身的なんじゃないの…とか。様々な思いが心に渦巻いているが、解決策を今の自分には出すことはできなかったので、心苦しいが黙っていた。

 

「ひとまず、話はこれまで…おおっと、これ以上の失態はいかんな。こちらも聞いておかねば。」

 

話が今度こそ終わり、と思ったら次はオスマンに心残りがあったようだ。

 

「管制人格君、でいいかの? そのナハトヴァールとやら…転生や再生する機能を抑えたり引きはがしたとして、どのくらいのことをすれば消滅させられるのじゃ?」

 

確かにこれは大切なことだった。相手をどうしたら破壊できるかの目安が解らなければ、作戦の為の人員の確保もなにもあったものではない。しかし、彼らはこの発言を後悔することになる。

 

「そうだな…」

 

体内の情報や過去の経験から推測しているのか、しばらくの間考え込んだ後に管制人格は口を開いた。

 

「山だな。」

 

「は?」

 

思いがけない例えにルイズたちは目を丸くする。

 

「山だ。丁度ここから見えているあの山。できればさらに周りと合わせて山脈を一瞬で更地にする。そのくらいの威力が欲しい。」

 

窓から見える山へとついと指を向ける管制人格。

 

そのまま白目をむいて倒れかけるも、なんとかルイズは踏みとどまった。きっ、と睨み直して大きく口をあける。

 

「無茶苦茶言うんじゃないわよ! そそそ、そんなもの…始祖ブリミルがエルフ達を倒した時のような話じゃないの!」

 

「不可能ではないということか。」

 

これで希望が出てきたな。などと言う管制人格に、ルイズは絶対、絶対にやっぱこいつどこか抜けている。そう思った。伝説とはとりわけ誇張されているものである。どこまで出来るかわかったものではない。

 

それは始祖ブリミルを崇める宗教、ブリミル教の熱心な信徒のルイズでさえ思い浮かぶことだというのに、管制人格には思い浮かんでいない様なのだから。

 

重たい空気から始まった世界滅亡の話は、今はあまりのスケールに笑うしかないような空気へと変わり、ひとまずは終わった。

 

ルイズとはやて、そして管制人格達が退室して二人っきりになった部屋で、オスマンはコルベールに問いかける。

 

「さっきの話、どう思うかね?」

 

「…とても難しい話ですね。しかし可能であれば今の世代の内にあの世界の脅威、ナハトヴァールは取り除かねばならないと私は考えます。」

 

オスマンは話を聞きながらパイプを再びふかしはじめる。

 

「先延ばしにして、伝承が失われるほど経ってから再来されてもかなわんからのう…。」

 

「その通りです。しかし、そうなると我々が探さねばならないのは…。」

 

不可能に近い難題を前にして眉間にしわを寄せるコルベール。

 

「始祖ブリミルが使ったと言われる失われし伝説のペンタゴンの一角…虚無の魔法の担い手、ということか。なんとも夢物語で、わらさえつかむのにも苦労しそうな話じゃわい。」

 

「こりゃあ…ガンダールヴの再来がどうとかで喜んでいられる場合ではないのう。」

 

二人は天を仰いだ。

 

「すまない!車椅子を忘れた!!」

 

バン! とノックもなく戻ってきた管制人格が彼らの物思いに耽る時間を吹き飛ばした。




だー!解説終わった!目標も出来た!
さーて楽しく動かせるようにこれでなった…はず!


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第4話 夢を現実へ

映画の円盤情報まだかなぁ(いけなかった勢)
てか前の読みにくいなぁ!マンガのフキダシに入れるセリフじゃないのに区切りが多すぎる!
というわけで前話後編だけですが一部訂正を試みました
ちょっとだけでも面白くなっていたら幸せ。

こちらも読み返す度にアラが。訂正訂正。

そしていつの間にか評価バーが! ありがとうございます。

グレアム提督って2ndA'sにもいることになってるんだっけ?いや確か完全に関与なかったはず。と思い返したりと穴が多い(´・ω・`)
なるだけ2ndA'sを起点に他の世界線から肉付けしていくつもりですので、致命的な点以外はある程度ごちゃまぜにしてもらえると助かります。


「すまない、車椅子を忘れた!」

 

管制人格はそういうと、先程コルベール先生がもってきてくれていた車輪のついた銀色の椅子(?)を、オールド・オスマンの部屋へと取りに帰ろうと慌てて廊下をかけていく。

 

やっぱりこいつ、本当はお馬鹿なんじゃないの? 合体…ユニゾンって言ってたっけ? それをしてない時は目尻か下がっていて迫力ない気がするし……。と、そんなふうにちょっと低評価をルイズがくだしていると、彼女の主で私の使い魔であるヤガミハヤテを預けに管制人格が戻ってきた。

 

「抱きかかえたまま激しく走っては我が主の体に悪い。すまないが少しの間主を頼む、主の主よ。」

 

そういってヤガミハヤテを私に預けると、またばたばたと走っていく。本当にこんな奴が世界を滅ぼす魔導書の部品、もとい管理者なの? ルイズの中で更に管制人格の評価が下がる。

 

預けられたヤガミハヤテを改めてまじまじと観察するルイズ。軽いし、小さい―――。ルイズは大概今も小さいが、それ以上にヤガミハヤテという少女は小さくて、子供の頃の自分以下なんじゃないだろうかと思ったほどだ。

 

普段出会うことのない、自分よりも小さく幼い存在。その上儚そうなはやてにルイズはなんともいえない気持ちになる。いくら平民の使い魔とはいえ、地面にぽいと置いておくという気持ちにはなれなかった。

 

とはいえ、管制人格(…もうルイズは面倒になり、闇の書と呼ぶことにした。)のようにお姫様抱っこというわけにはいかないので、ルイズも廊下に座りその体の前に彼女を座らせている。

 

「平民の椅子になってあげる貴族様なんて…本当、この子は幸せ者よ。」

 

ひとりそう愚痴るルイズ。しばらくして目を閉じていると、ため息が出た。

 

「はぁ…闇の書かぁ……。あれのせいでこのままじゃ世界が滅んじゃうなんて、急に言われても全然理解できないわよ。」

 

闇の書との会話は、あまりに今まで生きてきた現実とかけ離れすぎている。あそこまで言われれば信じてあげられないわけではないが、納得ができないルイズだった。

 

自分の気持ちに整理がつかず、もやもやとしたものをどうにかするために目を閉じ、頭の中を整理していたのだが―――

 

「えっ? 闇の書って、そんな危ないものだったん?」

 

ふいにどこからか声が聞こえてきた。

 

頭の整理と沈静化に考えを割き過ぎていたルイズは、特に深く考えず相づちをうつ。

 

「そうよ? しかも全部のページが集まりきっちゃうと勝手に暴走して、最後には主を殺して転生。まったくとんでもないものね。しかもそれが完成間近だったなんて…私が召喚しなかったらどうなってたのかしら。」

 

「完成間近!? シグナム達、私は何もいらへんって言うたのに…いったいみんな何してたんや!!」

 

「誰よシグナムって。でもそうじゃなきゃ闇の書の人格は、物質世界? ってのに出て来れなかったって言ってたわよ。」

 

妙なイントネーションと言葉づかいの声と、目を閉じたまま話し続けるルイズ。

 

「闇の書の人格? え…えっ? 闇の書って話せるんか!?」

 

「そうよさっきまで色々と話を…って―――」

 

ようやく思考が会話へとはっきり向いて、疑問を感じるルイズ。待って、今…私は誰と一体話しているの?

 

目を開けると、そこにはからだを少しねじってこちらを見ている女の子。深い青色の目をした自分の使い魔の、ヤガミハヤテが視線を向けていた。

 

「はじめまして、桃色のお姉さん。ええと…その闇の書のマスターの八神はやてと、私はいいます。」

 

「あっ…ここは外国みたいやしなぁ。それだとはやて・八神になるんかな?」

 

ひとり自己紹介をして話を進めていく少女。なるほど、ヤガミハヤテは単なる名前かと思っていたがどうやら違うらしい。苗字と名前だったのね…と、改めてはやてのことを知ったルイズは、とあることが脳裏に過り顔が青ざめた。

 

「ん? みょ、名字…?」

 

そして嫌な汗が背中と顔から吹き出していく。

 

「わ、わわ!? どないしたんやお姉さん!?」

 

ルイズにつられてはやてもあたふたと慌ててしまう。

 

「ハ、ハハハヤテ…あなた、メイジなの…? ど、どどどこの国の貴族?」

 

「め、明治? 私は平成生まれですけど…それとも森永とかお菓子の方? えと、それにキゾクってあの貴族ですか? それなら多分違うと思います。あと、私の生まれたところは日本っていうとこの海鳴市って街ですけど……?」

 

律儀にすべて答えたはやての回答に、はっと正気にルイズが戻されて気がついた。そう、闇の書は言っていたではないか。彼女たちは別の世界から来たと。そんなあるかもわからない遠い世界にハヤテが居るのなら、そもそもこの質問がナンセンスだ。何故なら、そこに住む人たちがこのハルケギニア大陸と同じ価値観、観念をもってるとは限らないのだから。

 

ニホンとかヘーセーってのは良く解らないが、ひとまず貴族ではないという点に、ほっと胸を撫で下ろしたルイズだった。

 

よそ様の国の貴族をサモン・サーヴァントで呼んでしまったということはなく、やはりハルケギニアのどこからか呼び出したわけでもないようだ。

 

安堵のため息がルイズから漏れたが、まだ完全な安心はできない。同じ価値観でないのならば、貴族ではないとしても問題になる可能性がないとは言えないのだから。

 

尤もハルケギニアの外、世界を跨いだ存在など今まで聞いたことがない。よって、早々にハヤテの居た世界の誰かが来て国際的問題に…ということはないはずである。そうよね? そうよ。ないと思いたいな。ルイズはそう願った。

 

「えと、ハヤテ。重ねて質問をして申し訳ないのだけど、あなた…両親とかは?」

 

この質問をされて、はやては少しだけルイズを警戒し始めてしまう。じとっと観察するような目でルイズを分析していった。

 

貴族かと聞いてきたり、両親の話をしてきたりと、私以外のことばかりを聞いてくる。

それはつまり、この目の前の桃色、自分より幾ばくか年上の女の子は自分のことを詳しく知らないし、自分より周辺の環境の方が大切のようだと、そうはやては結論付けた。

 

強盗や誘拐の類いなんやろうか? せやけど闇の書のことは知っとるみたいやしと、そんな風にはやては考えを巡らせ、今ある情報で推理を始める。

 

まさか、魔法の使える泥棒さん? 闇の書を盗みにきたんやけど…さっき話してたことを知って、私の身代金に切り替えた。とかなんやろうか? でもでも、とてもそうは見えんよなぁ。などと普段本を読んだりテレビを昼に見たり、学校に通えない体な故に手にした知識のせいで、妙な方向へと考えて話が逸れそうになっていくはやて。

 

う~ん、まずはお話を聞かへんと。そう思うと同時に、これ以上ひとりで考えてもまとまりそうになかった。

 

はやては、仕方なく質問されたことを素直に話す。

 

「両親は何年も前に亡くなってしまって、もうおりません。親戚はおじさんくらいやね。」

 

それでも、少し前まで一人で生きて生活していたということは伏せた。どうやらルイズが強盗という疑惑はまだ消えていないようだ。若いのに髪をピンクに染めてる人やし…と、心の中で少しだけ変なことを思ったのも、はやての内緒だ。ルイズの髪はそもそも地毛なのだが。

 

「そうだったの…その、ごめんなさいね。失礼なことを聞いちゃったみたい……ほっ。」

 

謝りつつもなぜか不思議に、完全に安心しきった顔をしたルイズ。そのせいではやての頭の中には更なる混乱が注がれてしまった。話の進展のために自身の事情をさらしたのに、余計に訳がわからなくなってしまう。

 

はやての頭のなかでまた疑問と疑念が、ぐるぐると渦を巻いていく。またこれ以上の推理はさすがに無理と判断した。

 

今度はこっちのターンや! と、少しルイズとの会話を楽しみだしているはやては、ルイズにする質問を考え始める。

 

病院のベッドから目が覚めてみれば、見知らぬ石造りの廊下だというのにこの余裕は、病院と自宅を行き交う毎日しかなかったからこその、世間知らずがなせる技だろうか。

 

それは怖い目に遭っていないからなのか、それとも将来大物になれそうな器の片鱗か、はたまたおっとりのほほんとした、優しい性格ゆえだろうか。恐らくすべてなのであろう。

 

「ええと、私からも聞いてええですか? あなたのお名前と、なんで私は気がついたらここでだっこされてるんやろかとか、聞きたいんですけど…。」

 

じっと、ルイズの瞳をみるハヤテ。力強い目と柔らかい目、赤と青。なにもかも反対のような目と目が合う。

 

「ええと、そうね。構わないけれども―――」

 

顔を覗きこまれたせいか、少し顔を赤くして横に向けたルイズの方をみると、はやてには見覚えのある、というよりそろそろ親の顔よりみたんじゃないだろうか? などと思えるくらいに、深くお世話になっている自分の生活必需品を持って、こっちへかけてくる女性がいた。

 

「あいつに聞いた方が詳しく教えてくれると思うわ。」

 

銀色の髪をした、今までみたことのない筈の人なのにどこかでみたような女性。懐かしく、会うのをずっと待っていたような感覚をその女性から感じ取るはやて。

 

「我が主!お目覚めになられましたか!!」

 

その女性、闇の書が目を覚ましたはやてをみると、彼女のもとへ向かう足を早めた。

 

「あなたが…まさか闇の書なん? ほわ~…ものすごい美人さんやったんやねぇ。」

 

目の前まで来た闇の書にはやては素直な感想を述べたが、長い時を経たせいなのだろうか。驚いたり焦った時以外にまだあまり感情を強く出せていない闇の書は、特に大きな反応を示さず、シグナムが普段していたのを思い出して、見よう見まねではやてを抱きかかえて車椅子へと座らせる。

 

「えっとな? 闇の書…今そこのお姉さんにも聞いてたんやけど、いったい何がどうなってるん? ここ、どこなん?」

 

「ええとですね、主はどこまで覚えているのでしょうか? 何からお話ししましょうか―――」

 

車椅子を押されて進んでいく使い魔と使い魔の従僕。あわててルイズも追いかける。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ご主人様を置いてどこにいくつもりなの!!」

 

思わず無視して廊下を進む二人に荒声をルイズはあげた。何より二人は私の部屋を知らないのに、どこへ行かせるつもりなのかと、また闇の書の評価が下がる。

 

「だいたいアンタ、なんでそんなのに乗って動くのよ。」

 

私を差し置いて――と、言おうとしてはやてをみたルイズは、彼女の顔からどこか哀しい感情を感じ取って、言葉が出なかった。

 

「あはは、かんにんな?」

 

そして、その直感に間違いは無かった。

 

「私、足が動かないんよ。」

 

少し困った顔の笑顔を、自分より幼い者から向けられるのが辛い。また私は聞いてはいけないことを聞いてしまったと、そんな気持ちになってルイズはいたたまれなくなった。

 

同時に、ますます自分の召喚した使い魔が解らなくなる。『メイジの実力を使い魔は現す鏡である』という言葉が本当ならば、足が動かないガンダールヴとはどういうものなのだろうか。

 

伝説の使い魔だというのに動けないなんて、それはまるでお飾りなのではないのだろうか? と、そこまで考えて首をふった。自身のこともあるが、この考えはどこか自分の姉の一人も貶しているようだったからだ。

 

「そんな顔をしないでくれ、主の主よ。あなたが我々を呼び出してくれたからこそ、闇の書の呪いは足までに戻れたのだからな。」

 

「え?」

 

はやてとルイズが聞き返した。まだまだ初耳のことがどうやらあるようだとルイズは思い、この足が動かないのと闇の書は関係があることなのかと、はやては思った。

 

あらためて闇の書の管制人格は彼女たちに説明していく。

 

闇の書は壊れており、完成すると暴走をしてしまう魔導書だということ。

 

それ故生まれた無限転生、無限再生について。

 

そんな暴走直前の時、ルイズにはやてが召喚されたこと。

 

召喚されたはやての左手に刻まれたガンダールヴのルーンによって闇の書の暴走を抑えていること。

 

闇の書は完成しなくても暴走を別の形で起こし、それこそがはやてを蝕んでいたものである体の麻痺であり、このままだと徐々に体を登り心臓に達して、ついには死んでしまうところだったが前述したことのおかげで、そうならずに済んでいること。

 

しかし(恐らくだが)もともと闇の書の呪いとしての存在している暴走部分を、ガンダールヴの武器を使いこなせるルーンの力でも消すことが出来ず、ユニゾン時の症状同様に身体の麻痺を完全になくすことを、今のままでは出来ないだろうということ。

 

ユニゾンのシステムと、ナハトヴァールの説明と、はやてとユニゾンした時のその危うさ。

 

…と、はやて側の過去と今に至るまでの過程を説明をして、続いてハルケギニアの説明を始める闇の書。

 

この世界での目標、闇の書の中のナハトヴァールのシステムの破壊。

 

はやてを助けたルイズの名前や身分。価値観と今おかれている立場。

 

ルーンの条件、消滅時の問題と危険性。などなど、今度はここで生きていくにはどうしたらいいのか、といったことを話す。

 

最後にここが地球どころか、地球から知られている範囲の星ではなく、もしかすると次元すら跨いだ別の宇宙。異世界かもしれないということ。

 

最後の話を聞いた時はそんなあほなと思ったはやてだったが、話しこんでいる内に夜になり、窓からさした月明かりが二つあったことでその考えを改めた。その時の驚きと好奇心の混じる年相応の反応と、丸く大きな青い瞳が見開かれていて、そんなはやてをルイズは可愛いと思えた。

 

こちらでは常識的なことさえも驚きはしゃぐ姿はまさに子供で、ルイズにはまるで妹ができたように感じられたのだ。

 

そしてある程度の自己紹介を終えて、ようやくルイズの住んでいる学生寮の、彼女の部屋へと帰ってきた。

気がつけば夕方どころか夜も大部ふけている。夕餉どころか、入浴の時間すら過ぎている。

 

「はー…びっくりやな。それと、ありがとうございます。えーと…ルイズさま? ご主人様のがええやろうか?」

 

「……ハヤテの好きに呼んでいいわよ。」

 

本来ならご主人様とお呼びなさい! と、はやてが普通の平民ならふんぞりかえっている所である。

 

だが、今日の出来事はあまりにインパクトが強すぎた。なにより頭を回した疲れが、部屋に帰った途端にどっと出て、もうふんぞり返る気力もなかった。

 

それに、ルイズはなんとなくだが、まうはやてを使い魔と見たりすることができなくなっている。はやての足の麻痺と性格の柔らかさのせいだろうか? むしろどちらかといえばそう、先ほど感じた妹のような、そんな感じに思いつつあるのかもしれない。

 

はやてが呼び方を思案している内に、ルイズは一つ一つ改めて頭に情報を刻み付けていった。

 

「はあ…信じられないわ。」

 

「あ――――っ!」

 

何回目かの信じられないわを言い終えた途端、はやてが叫んだ。思わず闇の書とルイズ、ふたりのからだがびくりと跳ねる。

 

「どうされました我が主!?」

 

「ちょっと、話し込んでたせいでもう夜中なのよ! なにがあったかはわからないけれど静かにしなさい!!」

 

いくら甘やかしがちな平民とはいえ、流石に叱りつけた。はやてはそれに対しては申し訳ないと思っているようだが、それでも彼女が気づいたことはどうやらとても深刻そうな問題のようで、そんなことを気にしていたり、反省している余裕はない様子だ。

 

はやてはあたわたと手を動かしながら、何かを言いたそうに考えを纏めている。

 

「闇の書、ルイズお姉ちゃん! シグナム達どうしたらええんや!?」

 

ル イ ズ お 姉 ち ゃ ん

 

ルイズは石化の魔法を受けた。妹と思えそうな感情が芽生えつつある時にこの台詞である。

 

「今頃おらんことになった私と闇の書のこと、必死に探してるんちゃうか!?」

 

石化したルイズに、わたわたと慌てているはやての言葉は届いていないようだ。石化の魔法。それははやてと闇の書がユニゾンした場合、彼女たちの放つ魔法の中ではある意味最も強力なものの一つであるが…今回はそれについては横に置いておく。

 

はやてのいうシグナム達とは、彼女が闇の書の主として覚醒した時に現れ、主として認めて仕えてくれた騎士兼家族の、守護騎士ヴォルケンリッターたちのことである。全員で4人、もしくは3人と1匹。彼女たちは主であるはやてに戦うことではなく、家族となることを望まれた。そしてそのおかげか、闇の書の無限転生の日々に疲れて枯れていた心、それらを彼女の言動や思いやりによって救われた者たちだ。

 

それのはやてより受けた癒しの恩故に、はやてを最も大切に思う彼女達。その思いの程ははやてとの誓い――ヴォルケンリッターたちを自分の利益のために戦わせることも、闇の書のページ蒐集も要らない。そんな約束さえも彼女が死なないですむのなら、ばれたときに嫌われようと破り捨てて動くレベルである。

 

もしも彼女たちを、はやてが居なくなったままの世界――地球に残したままにすればどうなるか。おそらくなりふり構わず行方を捜しているところだろう。先ほどの廊下で、ルイズははやてを探してくる人や親たちは居なそうだと思えていたが、大きな間違いがここにあった。

 

「そのことでしたら…おそらくは大丈夫だと思われますよ。」

 

そして、主の不安を解消するべくしっかりと彼女の話を聞いていた闇の書は、はっきりと安心させる言葉をはやてに告げる。

 

「わが主、闇の書をお持ちください。恐らく…今の貴女でしたらある程度の魔法や権限をそこから引き出すことができるはずです。ガンダールヴのルーンのおかげで。」

 

そういわれて闇の書にはやてが触れる。はやてに害をなすシステム等のみと繋がり、薄く光っていた左手のルーンが輝きを増した。

 

「ほんまや…解る、闇の書の使い方が解る! シグナム達のページも、どうしたらいいかも。」

 

ヴォルケンリッター、守護騎士システムの書かれているページを開くと、つーっとその文字に触れてみる。はやてには、遠く離れている4人を不思議と感じられた気がした。文字から届く不思議な何かが暖かくて、心が熱い。もしかしたらヴォルケンリッターが必死に探してくれてる思いが、はやてへと伝わっているのかもしれない。

 

「待っててな。今、みんなこっちへ呼んだげるさかいな…」

 

でも、まずは呼び出したらちゃんと怒らなあかんな。そのあとお礼言って、ほいで最後に思いっきり抱きしめたる。そう思いはやては魔法を行使する。

 

「守護騎士システム、破損個所修正――帰還転送開始。」

 

一部少しだけおかしくなっている部分を、自身の魔力で修正して4人の騎士たちを自身のもとへ送還する。

 

「おいで、私の…くう……っ。」

 

「我が主!?」

 

いざ呼びだそうとしたタイミングで、苦しみをはやてが襲った。そう、いまだ闇の書のページ蒐集が完全には終わっていない。このせいで、主であるはやてはその自身に宿す全て魔力を、好きにふるうことができなかったのだ。

 

膨大な魔力自体は闇の書とともに暴走回避の為に制御、抑圧されたままである。ただでさえ未発達な上に、ナハトヴァールに浸食されて歪になっているはやてのリンカーコア。そんなものから絞り出せる魔力でハルケギニアに、遥か遠くと思われる地球から騎士たちを呼ぶのは、至難の業だった。

 

「…大丈夫!」

 

リインフォースフォースにはやては力強く答える。

 

「私は、私はみんなのマスターや!! みんなを一緒にしてあげられへんなんてこと…あるわけない!」

 

車椅子の上で気を失うのを必死で抑え、転送のための魔力をリンカーコアで作り続けるはやての体から、汗が噴き出て寒気が襲ってくる。

 

なんやこの程度、最近の入院生活で襲ってきた痛みに比べたら…こんなもんに負けるわけない! もう私がすぐ死ぬ心配はないんや、闇の書も居て…本当の意味で全員が日々を過ごせる。そんな夢の世界がここにはあるんやと、そう自分を鼓舞してぎゅっと入院服のズボンを握りしめて、はやてが吠えた。

 

「おいで! 私の…騎士たち!!」

 

カッと白いベルカ式の四角い魔法陣がはやてから拡がり、その周りに赤、赤紫、緑、はやてとは少し違う色の白。そんな4色の三角形の魔法陣が現れ、しばらくすると4つの人影が現れた。

 

ここで妹宣言を受けたルイズの意識が現実へと帰還する。

 

「な、なになに!? 何なのよこれは!!」

 

突然の眩しい自分の部屋の床に困惑し、その中心のはやてへ説明を求めるが返事はない。魔法陣の光で解りにくいが、はやての顔は土気色で、もはや返事をするどころか、声すら届いていないようだ。

 

「はは…やったでルイズお姉ちゃん。みんなのことも…どうかよろしくお願いします。」

 

はやては車椅子にがくりとうなだれて、意識を手放した。あわてて魔法陣の中にかけよる闇の書とルイズは、はやてがひとまず命の別状がないことを確認するとその場でぺたんと座りこむ。

 

―――この行動が幸いだった。

 

実はこのヴォルケンリッター達、地球では闇の書事件を引き起こしたせいでちょっとした…いや、かなりのお尋ね者である。つまりざっくり言ってしまえば、警察のような組織が、彼らから見て敵対勢力として存在している。はやてが消えようものならば、その敵対勢力を疑い情報を聞き出すために襲いかかることもあっただろう。そう、今ちょうどその真っ最中だったのだ。

 

「誤魔化してないで! はやてを…返しやがれえええぇっ!!!」

 

赤と赤紫の魔法陣。窓と部屋のドアの方にあるこの2つから転送が終わると同時に、膨大な魔力の籠った一撃が現れた人影と共に放たれた。

 

赤の魔法陣のあった、窓側の近くでぺたんと座っていたルイズの頭上をなにかがかけぬけていき、闇の書のいた廊下側の魔法陣からも、彼女の横をなにかが通り過ぎて前へと進んでいく。それは鎚の横薙ぎと、刃のついた鞭のような武器――蛇腹剣が縦に描いた軌跡だった。

 

ルイズの部屋の窓のついた壁と、ドアの先。ちょうど彼女の部屋がある辺りの廊下の壁が、窓の壁と一緒にそれぞれ吹き飛んだ。驚きのせいでルイズは、脳から悩みと疲れが吹き飛んだ錯覚に陥る。正直…今起きた現実の光景も錯覚にしたいな、などと現実逃避も始まりつつあるようだ。

 

そしてやはりこの闇の書、どこか思慮が足りない。送還はこんな部屋ではなくどこか広い屋外で行うべきだったのに、何も考えず室内でしてしまった。ルイズの部屋は決して部屋として狭くはないが、魔法を使うには狭い場所には違いない。

 

冷たい夜風の空気がルイズの部屋へと吹き込んだ。

 

「…あ?」

 

「むっ?」

 

吹き飛ばした犯人ふたりは、突如様変わりした眼前の光景に疑問を覚えた。一人は深紅の衣装に小さな体を包み、大きな帽子を被って刺々しい先端のついた物騒な鎚をもっている。もう一人は、白をベースとした桃に近い赤紫の衣装をめりはりある体に着て、鋭く光っている刃のついた鞭を携えている。

 

「はやてちゃん!」

 

「主はやて!?」

 

特にルイズの部屋に対して罪を犯すことのなかった左右のふたりが、はやての名を呼ぶ。ひとりは薄緑と深緑の奥ゆかしい衣装を柔らかそうな体に纏って、両手の人差し指と薬指から指輪をつけている。もう一人の罪の無い男は褐色の筋骨隆々とした体に、動きやすい拳闘士のような青い服を身に着け、手には鋼の手甲がついていた。

 

慌ててはやてへかけよる突然現れた4人。まるでサモン・サーヴァントのように現れた彼女たちが、はやてがいっていた『みんな』だろうか。物騒この上ない…正直勘弁してほしかったルイズは天を仰ごうとする。

 

しかしそんな行為は許さないとばかりに、ひとりがルイズの方へただならぬプレッシャーを放ってきた。

 

「てめえか…?」

 

「え…。」

 

ぎろり。見開かれた青い瞳に、赤に近いオレンジ色の髪。ドレスのような衣装を纏っている格好の少女は、はやてよりさらに小さく幼い。そんななりとは思えない殺気でルイズを睨んでいる。

 

「てめえがはやてを攫ってこんな目に合わせたのかって聞いてんだよ! うおらあああぁ――――っ!!」

 

そういった次の瞬間、赤い少女は自分がもつ鎚を振り上げて、ルイズへと襲いかかろうとしていたが、そこに大慌てでひとつの影がそんな二人の間に割って入る。

 

「まてヴィータ!! 彼女は違う。我らの主の命の恩人だ!!」

 

「――んなっ!? お前…闇の書の管制人格か? どうしてここにっ!?」

 

ヴィータと呼ばれた深紅の少女は戸惑った。普段は彼女が闇の書と会う時は終わりが近づいた時だけ。しかも古の戦乱の時代の頃に捻くれて、あまり顔を合わせなかった相手。そんな彼女が今目の前にいるのだから無理もない。

 

「そのことについてもこれから話す。ひとまず主は『もう』安心なので、シグナム、シャマル、ザフィーラもいったん武装を解いてくれ。我が主の主が怯えている。」

 

「主の主ぃ? まさか、そいつがか?」

 

ヴィータの視線の先には、もはや部屋と呼べるか怪しくなってしまったこの部屋の主、ルイズが見える。

 

「そうだ、彼女についても話す。色々と情報がたくさんあってな……。だが、どれもひとつひとつすべてが大切なことなのだ。長い話になるからひとまずはだな―――」

 

「いや、解ったし…いいけどよ?」

 

闇の書の話を遮ってヴィータが言う。

 

「そいつ気絶してね?」

 

「…なにっ? わ、我が主の主! 大丈夫ですか!?」

 

闇の書が振り返った先のルイズは目を回し、ぶつぶつとわけの解らないことを言いながら仰向けに大の字で倒れていた。

 

ルイズはもう、今日はいっぱいいっぱいだったのだ。頭も、心も、夕食を食べる機会を損ねてしまった為か、体も。どれをとっても限界いっぱい。そんなルイズを構成する全てがもう嫌、明日にしてくれと、悲鳴を上げてルイズをシャットダウンしてしまった。

 

闇の書は仕方なく主のはやてと、主の主となったルイズ。気絶したふたりを無事残っていたベッドの上に瓦礫をどけて寝かせ、毛布を掛けてから改めて4人と向き合い話し始めた。

 

しかしこのトラブル、はやてたちが気絶してくれたおかげで彼女には話していない部分。最悪管制人格ごとナハトヴァールを破壊するプランをヴォルケンリッター達にも伝え、納得してもらうことができたのだった。




2ndの守護騎士復元時と4人の魔方陣の順番が違いますがどうかどうか御慈悲を。

あれ?原作の場面にまだたどり着けないぞ…。

はやてちゃんの関西弁は一人称をつい変えてしまいそうになるのもそうですが、どこまで普通でどこまで関西弁でどこまで敬語だっけ?と良く解らなくなりがち…。
ドラマCDのお花見辺りみた返したらはっきりわかるかな?

挿絵つくろうかなとか画策中

あ、小説を描いては保存しているる途中で3rdの円盤情報は出てしまいましたね。春かあ…楽しみですね!


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第5話 現実として今ここにある問題

これって、壊れてる。
現実、つまり実際では使い物にならないといわれるパイルバンカーの形を、ナハトヴァールが取るのはなんたる皮肉。
(三次元面にてんで興味を持たないもので、もしも制作スタッフのインタビューとかで似たようなことが書いてあったらごめんなさい。)

そしてやぱいです。闇の書の管制人格の実体化もページ全蒐集が条件でした。
てっきり意志の疎通やら精神リンク同様400Pとばかり。2ndA'sでえらく普通にみんなと話していたのも相まって、暴走前から出て来られると思ってしまっていたようです。

この闇の書はその勘違いしていた設定の400Pで実体化、もしくは完成前のどこかである程度集まると実体化ができる…ということでどうかお願いします。


「なあシグナム。」

 

「断る。」

 

まさに一刀両断。シグナムと、そう呼ばれた赤紫の髪の蛇腹剣使いは、理由も聞かずにヴィータへ拒否を突き付けた。

 

 

 

時は戻って朝。昨晩壁ごと吹っ飛んだおかげで新しくできた大きな窓。そこから届く眩しい日光でルイズは普段より早く目が覚めた。

 

「………。」

 

最後の光景をルイズは思い出して現状を理解した。そう。たしか赤い小さな女の子が、私の部屋の壁を鎚で叩き壊したんだった。

 

ありえない、夢であってほしかったルイズだった。

 

辺りを見回すと、自分の隣にはハヤテがすやすやとかわいい寝息をたてて、未だ夢の中に居る。

 

主より寝ている使い魔なんて…と、不満を抱きかけて、昨日の闇の書がいっていたことを思い返した。ここ数日は死にかけて苦しんでいたのだから、きっと心休めて寝ていられる日々ではなく、ようやく今そうしていられるのだろうと。

 

今日だけなのよ? そう呟いてハヤテの髪を軽く撫でて、視界をベッドの周りにやる。

 

不思議なポーズでひれ伏したはやての使い魔(?)達がそこには居た。なんだか昨日の服とは違う格好をしているように見えるが、思い返せばあれは戦闘服のようにも見える。深く聞くことはやめて話を進めようとしたルイズだった。

 

後にハヤテに聞くと、なんでもあれはハヤテの居た国の中ではかなり上位の、誠意ある謝罪の姿勢。ドゲザというものらしい。

 

「すまねー…何にも知らずにとんでもねーことをしちまった、です。」

 

そう謝罪したのは、昨日部屋で現れたハヤテてより小さい女の子だ。昨晩薄れゆく意識の中で聞こえた名前は、確かヴィータだっただろうか? あらためてよく見る。こんな小さな子が壁を鎚で吹っ飛ばしたというのか。信じられない。昨日さんざん口にした言葉を、心で今度は言ったルイズ。

 

しかしそれはそれとして、他の3人と闇の書はともかく、まだ二桁の歳にも届かないだろう子をいつまでもこんな姿のままにしておくなんて、貴族のすることではないだろう。

 

昨日の恐ろしい気迫も今は感じられない。きっと、私がハヤテの味方であるうちは大丈夫よね? そう信じてルイズは声をかけようとしたが、このとき頭に閃きが走った。

 

昨日までパンクしていたルイズの全ては、休息と睡眠による情報整理を経て正常に戻っている。勉学面では優等生の彼女の頭脳が冴えわたる。

 

この子達ははやてを慕っている。

 

はやては私の使い魔。

 

使い魔だけど使い魔の仕事をとてもではないが任せられそうにない。

 

ルイズの頭上に、自分の精神力ではまだ点けることのできないマジックランプが光った気がした。

 

「いいわよ。そこの紫のアナタもまとめて赦してあげる。顔をあげなさい。」

 

5人の顔がいっせいにルイズを見る。一人亜人が混ざっていたのは驚いたが、大きな問題はないだろう。みんなきっとハヤテが大切で大切でしょうがないのだろうから。

 

「ただし…条件があるわ。」

 

ルイズはようやく本来の調子を取り戻していく。理想の貴族を目指してはいるものの、伝説だの、破滅だの、世界だのとは無縁だった本来の彼女へと返っていく。

 

「あんた達、ハヤテの代わりに私の使い魔としての仕事をこなしなさい。」

 

そう、自分の手足となる使い魔としては頼りないハヤテの代わりを、ヴォルケンリッターと闇の書にやらせようというのだ。

 

「それと、もう闇の書が教えてくれてるとは思うけど例の調査もね。こっちは私も協力するから。」

 

「…わーったよ。」

 

少し不満のありそうな顔でヴィータが言う。さきほどのヴィータを見たとはいえ、正直抵抗されらどうしようという不安もゼロではなかったので、ルイズは一安心と言ったところだ。

 

「でもな、勘違いするなよルイズ。あたしはまだお前を仕えるべき主なんて認めてねーんだからな。」

 

そして早速と仕事を命じようとして、ヴィータに言葉を遮られた。

 

「あたしらに仕事を命じるのはいい。今までだってはやてを助けてきたりしてたんだ。全然構わねーよ、やってやる。」

 

「でも…もしお前がはやてを無碍に扱うっていうのなら、あたしはお前を許さねえ。はやてを助けて貰ったことには感謝しているけど…これだけは絶対だ。」

 

敬語を止めて立ち上がり、ベッドに腰かけているルイズの前に立ったヴィータの視線が彼女を射抜いた。その目は殺気こそ抱いていないが、はやてを大切に思うことからくる強い迫力がある。

 

ヴィータ達ははやてと出会う前まで、ちょうどこのハルケギニアのような魔法のある戦乱の世界で生きていた。それ故の反動と警戒だったのだ。

 

「両手両足ぶっ潰して、とりあえず保護しとくだけでもいいんだからな。忘れんなよ。」

 

ヴィータの態度に少し湧いてきたイライラもどこへやら。威厳も何もかも忘れてルイズはカタカタと震えだす。そんなつもりは毛頭なかったが、ここまでのことを言われて脅されるとは思ってなかった。だるまにされてとりあえず生かされているだけ…考えたくもない。

 

すると突然、にゅっと何処からか伸びて来た手がヴィータの鼻をつまんだ。

 

「ふがっ!?」

 

視線の先にはルイズしか捉えていなかったせいで、突然のことに間抜けな声を上げるヴィータ。

 

「こらヴィータ! なんてこと言うんやまったく…。」

 

いつの間にか起きたはやてが、ルイズの近くまで這って来てヴィータの鼻をつまんでいる。

 

「んぐぅ、ふえぇ…はひゃへぇ。」

 

間抜けな声が、ルイズの怯えをほぐして、温めていく。

 

「そんなこと言わんでも…ルイズお姉ちゃんは私や皆にひどい事なんて、きっとせえへんよ。」

 

自分を立てると同時に助け舟を出してくれたハヤテに感謝しつつ、ルイズは気を取り戻した。

 

「わ、解ってるわよ! 私だって鬼じゃないもの。アンタ達がちゃんとしてくれてるのなら何もしないわよ。」

 

人質とったような言い方やんそれ、と昨日のルイズ=泥棒、もしくは人さらいでピンクに髪を染めた人説を思い出し、笑いそうになるのをこらえてあははと苦笑するはやて。

 

「ほんなら、私もルイズお姉ちゃんにひとつだけお願いをしてもええやろか?」

 

「…言ってみなさい。」

 

テンションが戻ったりびくっとしたりと忙しいルイズ。

 

「あのな? ここは私達の居た世界とは違うから、ちょお無理なお願いなのかもしれんけど―――」

 

前置きを置いて今までの中で一番真面目な顔をして、はやてはルイズにお願いをするのだった。

 

「できれば、みんなを人殺しにせんといてほしいんよ。難しいことやってのは解るけれど…。」

 

それは闇の書の主として覚醒して、大切な家族の未来をこれ以上血で染めたくなかった子の願い。もう二度と、守護騎士たちから聞いた昔のような想いをさせたくない願いだった。

 

「………。」

 

ルイズは困った。確かにこの国トリステインは他と比べれば小国で、資源的なものや人材的なものでは目を付けられにくい。戦争の危機は他国よりは少なめと言えるだろう。とはいえ、戦争がない世界のままという訳にはきっといかない。

 

そしてメイジとその使い魔は戦争が始まると、普段は奉仕してくれていた平民を守るため、あるいは自身の家系と誇りを守るため、杖を取って戦場へと向かわねばならない。果たしてそうなった時、そんなことが出来るのだろうか。なによりも、戦力を持っているのにそのまま国でのうのうといる様なことをするなど、果たして自分にできるだろうか。ルイズは答えが出せそうになかった。

 

「その点に関しましては大丈夫です。とは言えませんが、なんとかしてみせます。主はやて。」

 

シグナムが間へと割って入った。

 

「昨日は挨拶が遅れて申し訳ありません。主の主ヴァリエールよ。私の名前はシグナム。そこの闇の書を除く4人、ヴォルケンリッターの烈火の将で、剣の騎士を務めています。」

 

一切の隠し事なく、自身を司る名前と身分を出してルイズとはやてのふたりの前まで来ると、片膝をついて座るシグナム。その姿はまさに騎士。体ははっきりと女性であるはずなのに、どこか凛々しくて頼もしい。

 

「差支えなければ…私から説明させていただきたいのですが、構いませんか。」

 

このシグナムの発言に無言でうなずいて、許可をルイズが出す。

 

するとシグナムは自身の首飾りにある剣のアクセサリーを手に握り、二人の前へ出すとそれを剣へと変化させた。それは彼女の武器、レヴァンティン。その形は昨日見た鞭のような状態ではなく、まっすぐな剣が鞘へとおさめられている。

 

「これは私たちの世界の魔法の武器で、デバイスというものです。」

 

「この武器を駆使して、私たちは闇の書のページを集めていました。しかし…相手を死なせてしまってはページを集めることはできないのです。ページの蒐集完了後にささいな抵抗をされることもありましたが、軽くいなす程度には留めておきました。」

 

つまりそれは、今まで殺さずに戦っていたということである。そして彼女達が、戦いにおいてそういった加減のできる力量の持ち主であることの証明だ。ルイズはその実力に舌を巻き、はやてはシグナム達が自分との約束を破っていても、それでも最後の所だけは踏みとどまっていたくれたことを喜んだ。相手からページとなる魔力を集め終えた後も殺したりはしていない。その心遣いがとても嬉しかった。

 

「また、昨日の夜の内に闇の書…管制人格から教えてもらったことなのですが、闇の書の蒐集した魔法の中に非殺傷設定なるものがありました。これは簡単に言えば相手の気力や意志のみに攻撃を与えるもので、体は無傷、悪くても打撲程度のダメージで気絶を狙えるものです。術式…魔法の使い方が違うものですので多少の工夫はいると思われますが、習得は問題ないと思われます。直接魔法を当てて相手を薙ぎ払うといった、ひとりで多数の相手にする時はこちらでどうにかすれば大丈夫でしょう。」

 

「我らのデバイスは見ての通り物騒な物なので、直接の打撃にはそういったものをしっかりと完全に込めることはできません。そこは先ほど言った手でどうにかしてみせましょう。この魔法も合わせれば、斬撃でも刺突でもしない限りは、峰打ちのような打撃程度にまでは抑えられるはずです。」

 

淡々と語るシグナム。

 

「主はやて、主の主ヴァリエール。これではいけませんか? もっともこの世界は杖を持って、直接的な魔法の攻撃の形を最上としている世界の様ですから、武器を持って戦う私たちをそこまで困難で酷な任務に充てるとも思えません。ですが、たとえ殺されてでも殺さないことをここに誓いましょう。」

 

説明をし終えてはやてとルイズを見るシグナム。ルイズとしてはもう十二分に満足のいく形で、自身の不安を消してくれたのでもう何も言いたいことはなさそうだ。しかし、どうやらはやての方はそうでもないようだった。

 

「シグナム…ひとつだけ約束してほしい。」

 

「はい。」

 

いつかの夜、シグナムに抱かれて星空を見上げ、一緒に笑いながら言った時とは違う。真剣な目つきではやては彼女へと迫る。

 

「殺されるくらいにどうしようもなくなる前に、逃げてな?」

 

「…解りました。」

 

それはある意味窮地において騎士の誇りを捨てるということ。既に闇の書事件を引き起こしている身であり、そんなものなどもうないと思っていたシグナムだが、主であるはやてに直接そういわれるのはどこか心苦しいものがあった。

 

「絶対に絶対やで! ええか? 今度約束破ったら…本気で私はもうみんなを許さへんからな!?」

 

「誓います。私という存在にかけて。」

 

少し蚊帳の外だったルイズだが、そんなふたりのやりとりをみてほっと息をついた。

 

「はやて、話はそれでいいかしら?」

 

「うん…これなら満足や。ルイズお姉ちゃん、わがまま聞いてくれてありがとな。」

 

はにかむ笑顔で礼を言うはやてに少し照れるルイズ。

 

「私達をどうかよろしくお願いします。」

 

三つ指ついて、先ほどの5人に似た姿勢をするはやての姿がどうしようもなく可愛くて、ぎゅっとルイズが抱きしめた。驚いた顔が1人。照れ隠しをしようとしている顔が1人。笑顔が4人。ちょっと嫉妬が混じってそうな顔が1人。少し複雑な感情が渦巻いているが、そこは概ね平和で、優しい空間になっていた。

 

そんな部屋に、大きな窓…もとい壊れた壁から風が吹き抜ける。

 

「あ。」

 

一斉に全員が現実へと戻されて、荒れ果てた部屋に頭を抱えた。

 

「この部屋、どうしましょう。物質の修復は…私にはちょっと……。」

 

「ああ…本当にすまない。私が何も考えず、お前たちを呼ぶように我が主に言ってしまったばかりに。」

 

謝罪を述べたり、解決策の模索をするヴォルケンリッターと闇の書たち。今更咎めるつもりはなかったが、ルイズは本気でどうしたらいいのか解らず悩んでしまった。

 

とりあえず着替えようにも、こうまで外から丸見えでは流石にそれもできない。

 

仕方がないので、ルイズは昨日パンクする前に学んだことをすることにした。後で考えよう、と。

 

「今は良いわ。すぐどうにか出来るものでもなければ、学園が管理しているものでもあるし。後でちゃんと話しましょう。そうね…事情を知っているオールド・オスマンか、ミスタ・コルベールあたりに説明して、そこから指示を仰ぎましょう。ところでその前に聞きたいのだけど…ヴォルケンリッターってのは、はやての使い魔なの?」

 

一度に多くの経験をして、ひとまわり逞しくなっていたルイズだった。彼女はもうこのくらいでは驚いたりパニックにならず、自分が知らなかった部分を彼女たちに冷静に聞いた。正直気になって仕方がなかったのもある。なにせ始祖ブリミルは4人の使い魔を従えていたという。はやてが呼び出したのも4人、ブリミル教徒にとっては気になるなと言う方が無理だろう。

 

闇の書が簡単に説明を開始する。あくまでも本来は闇の書に紐づいているシステムであり、使い魔や人間とは違うものであると説明。この使い魔と言う呼称に、青い服を着た犬耳の男の亜人が反応していたように見えるが、基本普段は無表情にみえる顔なのでルイズには気付けなかった。またも未知の魔法で、人間のようなものを作り出すなんてと思いこそすれど、もうルイズは驚かない。むしろそれは他の人には言わない方が良いと、説明とアドバイスをしたほどである。

 

「アンタ達、それ絶対他の人に言うんじゃないわよ。はやてへの立ち位置、肩書や名目はそのままでもいいけれど、普通の人間と亜人ということにしておきなさいね。」

 

聞けば聞くほど異端の魔法である。この世界でこんなことを言いまわれば、あっという間に異教徒の異質な魔法と扱われることは間違いないだろう。ブリミル教の聖堂騎士たちが迫ってくるレベルかもしれない。なにより世界を救うために様々なことを調べねばならないのに、世界を敵に回している暇もないだろうし。

 

「心得た。して、我が主はやてと主の主ヴァリエールよ。」

 

亜人の青い服を着ている、このなかの唯一の男性、ザフィーラが口を開いた。

 

「ん? ザフィーラどうかしたん?」

 

はやての応答に亜人の名前を覚えるルイズ。

 

「人手自体は十分どころか、むしろこの部屋には有り余っているように思われます。問題がないようでしたらば私は、普段の主はやてと過ごしていた形態をとらせて頂こうかと思いますが…構いませんでしょうか。」

 

よくわからないルイズと、色々な意味で居づらいだろうと納得したはやて。

 

「せやなぁ…その方がザフィーラ自身にもきっとええやろうしなぁ。お願いするわ。」

 

「…? よくわかんないけれど、はやてが良いって言うのならその方が良さそうなのかしら…見てから考えるわ。」

 

そう言われたザフィーラが光に包まれる。しばらくして光が収まると、そこには一人の亜人ではなく大きな青い狼が、額に綺麗な宝石を携えて座していた。

 

「………そうね、そっちの方がよさそうね。うん、それでいいわ。」

 

ルイズは驚かない。半ば意地になっているような気もしなくもないが。

 

「あと、私のことはルイズって名前の方で読んでもらえるかしら? 家族にいずれ紹介したりした時に混乱を呼びそうだし。シグナムも…ええと、そこのアナタもいいかしら。」

 

この中で一番優しそうな、薄い色をした金髪の女性へとルイズは顔を向ける。

 

「はい、かしこまりました。ああ、私のことはシャマルとお呼びくださいね。ルイズ様。」

 

「シャマルね、解ったわ。さて、と―――」

 

パンパンと手を叩いて、全員の目を自身へと向けたルイズは、ひとまず今できる仕事を使い魔の僕達に命令するのだった。

 

「シャマルと闇の書は私とはやての付き添いね。これからオールド・オスマンに説明する為に会いに行くわ。ヴィータとシグナムは、昨日のあれを見る限り力はありそうよね…洗濯を頼んでもいいかしら。ザフィーラは今はとくにいいわ。ここで待って、吹きさらしなこの部屋から物が盗まれないよう守っててちょうだい。大きな狼がいれば泥棒をしようなんて人はいないでしょうし、ね。」

 

全員に指示をまくし立てていくルイズ。

 

「それと、その前にみんなちょっと壁になってもらってもいいかしら? 昨日そのまま寝ちゃったから…着替えたいのよ。」

 

そういわれて全員でルイズから背を向ける形で円陣を組むヴォルケンリッター。その光景は昨日のはやてを彷彿させるが、彼らの中心で行われているのは魔法の行使ではなく着替えである。ルイズに指示された闇の書が、箪笥から服と下着を持って円陣の中へと入っていった。

 

なんか小学校の着替えみたいやな。自身は体験したことないが、こんな感じではないだろうかと思ったはやて。彼女はいまだベッドの上で寝転んで、楽しそうにみんなを見つめている。

 

しばらくして「もういいわ、ありがとう。」と、声が聞こえて円陣が解かれる。入浴こそできなかったものの、ある程度リフレッシュできたルイズは気を取り直し、しなければならないことへと向かっていった。

 

シグナム達も各々に与えられた役目をする為に、それぞれ動くのだった。

 

しばらくして、洗うように指示されていた洗濯籠を持った二人――シグナムとヴィータは問題に気付いた。

 

「ルイズは洗い場でって言ってたけど…どこだよそれ。」

 

「しまったな。詳しい場所を聞くのを忘れていた。」

 

せめて方角でもわかればなと、しばし悩んでいた二人。少しして、自分たちと同じような籠を抱えている人を見つけた。その人間は籠をたくさん持っていて、顔は見えない。しかし、体型や格好からしておそらくは女性だろう。

 

「そこの御方、すまないが――」

 

「え? わっ…きゃあ!!」

 

話しかけようとしたその籠人間はたいそう驚いたようで、後ずさるも近くの草に足を取られてしまいこけてしまった。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

かけよるシグナムとヴィータ。籠人間はどうやらメイドの様だ。ルイズと比べると肌は黄色く、髪がはやての主治医に似た黒い色をしている。

 

「あー…やっちゃったー。はやくしないと、こんなところを見られたら、貴族様に怒られちゃうわ。」

 

二人に気付いていないのか、せっせと籠の中に入っていたと思われる散らばった貴族たちの服を集めて、洗濯籠へと戻していく黒髪のメイド。

 

原因の一端であるシグナム達はいたたまれない気持ちになって、彼女を手伝い始めた。

 

「あら…? あなたたちは……?」

 

「驚かせてもうしわけなかった、手伝おう。私はシグナムという者で、昨日に貴族のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに召喚された使い魔の、はやて・八神という人間の従者だ。」

 

あんなワケわかんねーなげー名前を、いちいち良くちゃんと覚えたなぁシグナムのやつ。またこの真面目バカはいちいちさー…と、ろくにルイズの名前を覚えていないヴィータは内心あきれているのか、それとも感心しているのか解らない感想をシグナムへつけた。

 

「ミス・ヴァリエールの…あれ? 苗字? でもミス・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、確か平民の女の子って聞いたような……あれれ?」

 

「確かにはやては平民だけどさ、それでもあたしらにとっては仕えるに値する主なんだよ。あ、あたしはヴィータ。よろしくな…えっと、メイドのねーちゃん。」

 

こんな子も従者なの? そんな疑問を抱いていたメイドだったが、ふたりが服を集めて籠に戻してくれているのを見て、自分も手を動かし直す。

 

「シエスタと私は言います。このトリステイン魔法学院にて、貴族様のお世話をするメイドをさせていただいております。」

 

「シエスタ? なんだそりゃ、昼寝か? すげー名前だな。」

 

ケタケタと突然笑い始めたヴィータ。なんのことかわからずシエスタが首をかしげていると、ごつんとシグナムがヴィータに拳骨一閃。頭を抱えて120センチあるかどうかの少女はうずくまった。

 

「すまない。私達の居たところでその言葉は…食後の昼寝を意味していてな。気を悪くさせてしまっただろうか。」

 

シエスタが納得すると、特に気にしてないという顔でほほえみを返した。

 

「いえ、大丈夫です。そっかお昼寝かぁ…。あはは、なんだか不思議な感じ。」

 

話しながら全てのばら撒いてしまった服を洗濯籠へ戻し終わると、シエスタはお礼を言って立ち去ろうとする。シグナム達は慌ててそれを呼び止めて、自分たちの用件を伝えるのだった。

 

シエスタの案内を受けて洗い場へたどり着くと、彼女から洗濯板と洗剤を渡される。ふたりは目を丸くした。文明からして洗濯機はないだろうと考えていたが、まさか洗濯板とは。ふたりは勝手がわからず手が止まってしまった。

 

「あはは、春とはいえやっぱりまだ寒いですものね? 頼まれたとはいえ水場の仕事はやりたくない気持ち、わかります。」

 

どうやらシエスタには勘違いされているようだ。

 

しかし、この言葉を聞いてとあることを思い出したヴィータ。にやっと笑ってシグナムに話しかける。

 

「なあシグナム。」

 

「断る。」

 

なにを言いたかったか察したシグナムは、ものすごくバツの悪そうな顔をして問答無用で拒否した。

 

「んだよ、まだなにもいってねーだろ。」

 

「言わなくても解っている。レヴァンティンのことだろう。」

 

ヴィータの顔は笑顔のままだ。

 

「へへ、せいかーい。でもよ、今回は私達の為だけじゃねーぞ?」

 

「…どういう意味だ。」

 

どうやら覚えのあるやり取りらしいと、ふたりをみていながらも洗濯を続けるシエスタ。もっとも、なにをしようとしているかは全く分かっていないようだ。

 

「さっきからあたしら、シエスタのねーちゃんに世話になりっぱなしだろ? ぶつかって洗濯物も一度ばらけさせちまったし。」

 

ピクリ、シグナムの決意が揺らぐ。

 

「で、そんなことをしても怒らないでいてくれて、ここまで案内もしてくれたねーちゃんが寒いって困ってんだ。ここはひとつ恩返しを…ってのが騎士としての筋じゃねーのって、あたしは今思ってんだよ。」

 

ついにはヴィータは歯を出して、にししと笑い始める。少し他の人よりするどそうな犬歯がかわいらしい。しかし、そんな天使のようにも見える笑顔を向けられているシグナムは、どんどん不機嫌に…いや、どちらかというと葛藤している表情の色が強くなっていく。

 

しばらくして、シグナムが珍しく折れた。

 

「すまない、レヴァンティン…。」

 

『お気になさらず。』

 

どこからか聞いたことのない声が聞こえてたじろぐシエスタの前で、シグナムはレヴァンティンを取り出す。先ほどルイズへ見せたとき同様、首かざりのペンダントトップになっていた待機形態を剣の形態に、シュベルトフォルムの形へと変化させる。

 

驚いたシエスタ。流石に洗濯の手は止まってしまったようだ。

 

「今の声はこの剣から…? もしかして、インテリジェンスソードですか!? しかも変形するなんて。シグナムさん…珍しいものをお持ちなのですね。」

 

「…すまない、少しそこから離れていてもらえるだろうか。」

 

シエスタの感想も聞いていないようにふらふらと、ものすごく嫌そうな顔で剣を携えて近寄ってくるシグナムに、シエスタはこわいという3文字の感想だけを抱き、さささっと道をあける。

 

ぎゅっと強くレヴァンティンをシグナムが握ると、剣から炎が噴き出してきた。シエスタはその炎に恐怖を覚え、さらに数歩後ろへ下がる。

 

「…カートリッジは使わんぞ。」

 

「へーへー。」

 

当たり前のことを確認したつもりのシグナムに、適当な相づちを打つヴィータ。そして逆手に持った剣が振り下ろされた。

 

…洗濯物をこれから入れるための、もしくは入れていたであろう水を張った3つのタライに、交互に。

 

どじゅうと、音を立てて火が消え、熱せられた刀身で冷たかった水はお湯へと変わっていく。

 

実はこの水をお湯にする為にレヴァンティンを…という、騎士の命である剣をとんでもないことに使うアイディア。以前にはやての家のお風呂が壊れた時にヴィータが提案し、シグナムにものすごい剣幕で却下されたことなのだ。だが、今回はシグナムの良心を利用してうまくこぎつけたようだ。

 

3つのタライの水が全てお湯に変わると、シグナムはレヴァンティンを即座に待機形態へ戻した。後には哀愁漂う彼女の背中だけがある。

 

シエスタは、そんなシグナムを励まして礼を言うと、ルイズの分も洗濯をしてくれた。ヴィータがこれをだしに今度は蛇腹剣の形態、シュランゲフォルムの紐部分に洗濯物をいれて、刃には熱を持たせて振り回して干したらいいんじゃないかと言ったが、応答の代わりにシグナムの拳が飛んできた。




サウンドステージの風呂ネタはどうしても入れたかったので、ふたりで洗濯へと行ってもらいました。


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第6話 問題の後の難題

なんか肉づけをなのは。芯をゼロ魔としているせいか、ゼロ魔への愛が足りていない気がするこの頃…。
とはいえ、時間軸や出来事となるチャートに近いものを持つ芯の方をフリーダムに動かすと、完全に話が行方不明に私ではなってしまいそうでどうしたものかと。

寮室に空き部屋なんて本当はなさそう…。


「本気で殴ることねーだろてめーーーっ!!」

 

「喧しい…今の私は機嫌が悪いんだ。これ以上ふざけるのなら本当にレヴァンティンの錆にするぞ。」

 

「やれるものならやってみやがれ…こっちこそ本当にグラーフアイゼンの頑固な汚れにしてやるぜ!!」

 

そんな漫才と言うにはいささか過激なやりとりをヴィータとシグナムがしている頃。オールド・オスマンのもとへたどり着いたルイズたちは、昨晩から今朝に至るまでの出来事の報告と事情を説明していた。

 

「やれやれ、まさか更に4人も増えるとはのう。しかも一人は亜人、そして部屋が半壊か…。」

 

「隣のミス・ツェルプストーの部屋には被害がなかったのが幸いですな。反対は空室ですからまだしも、もしその威力が彼女の部屋の壁に向けられていたとしたら…危うく国際問題ですぞ!」

 

ふたりの会話にまるで叱られているような錯覚を覚えて縮こまる闇の書。なお、そのツェルプストーという女性は現在部屋から出てすぐに飛び込んできた惨状を目にし、ルイズの奴がまた何かやったのかしらと呆れていた。

 

…正直シグナムの方の斬撃も廊下で止まっていなければ、寮塔は円形の為に対角線上の寮生が死んでいた可能性があるのだが。

 

「そうじゃの…のう、ミス・ヴァリエール。すまんがおぬしの使い魔、ミス・ハヤテが何か未知のこと…特に魔法に関したことをする時は、今後まずワシに一度報告してからにしてくれんか。」

 

魔法を行使したためか、それとも苗字があるからか。明確な理由は解らないが、ルイズ同様に敬称を付けて呼ばれたはやては、事故の原因のせいもあってか申し訳なさそうな顔をしている。

 

「はい…申し訳ありません。」

 

ルイズは素直に謝った。お姉ちゃんとはやてに言われて石化していたとはいえ、彼女に非は今回ない。しかし使い魔の管理と、その使い魔がもたらした事故は基本的に召喚者にあるのだ。

 

「ルイズお姉ちゃんはわるないんよ…校長先生でええんやろか? オスマン校長先生、ごめんなさい。」

 

「はやて、使い魔の責任は主の責任よ。あなたが気にすることじゃないわ。」

 

せやかてルイズお姉ちゃん…と、それを良しとせず自身が責任を負おうとするはやて。彼女は使い魔であるが、同時に自由な意思のあるひとりの人間である。自身のしてしまった事を他の人に被ってもらうなんてことを、それで良しとするなんてことは出来ないのだった。

 

「いえ、元を言えば私が軽率だったのだ。主の不安をすぐにでも解消したいばかりにこんなことに…。」

 

今度は闇の書が自身を責めはじめる。

 

「そうね。昨日も思ったことだけど、アンタはもう少し視野というか考えを拡げなさい。」

 

「…主の主。なんだか私には少し厳しくないか?」

 

昨日のやりとりで闇の書の矯正が必要だと判断したルイズは、闇の書には優しい言葉をかけずに叱った。

 

後ろでシャマルが苦笑いを浮かべていると、突如彼女の瞳に力がこもる。

 

『ペンダルフォルム』

 

シグナムの時のように何処からか声がすると、シャマルの両手の人差し指と薬指から光の糸が伸びた。よく見ると先端には指輪についていた宝石があり、徐々に宝石は大きくなっていく。そしてびゅんと音を立てるようなしなりをきかせて、4つの光の糸は床の一点へと向かい、次の瞬間には白い鼠を拘束していた。

 

それは彼女のデバイス。風のリング、クラールヴィント。

 

クラールヴィントは、シグナムの持つ炎の魔剣のレヴァンティンや、ヴィータの持つ鎚である鉄(くろがね)の伯爵、グラーフアイゼンのような目立った外見ではない。しかし癒しと補助を得意とするシャマルには、ぴったりの支援に特化したデバイスだ。ふたりもザフィーラも居ない今では、なにかあってからデバイスを起動させていたのでは遅いと思い、警戒の為に指輪の形態のリンゲルフォルムで持ち歩いていた。なお、待機形態はシグナム達同様ペンダントトップのようなものであり、4つの金色のリングを首に鎖を通してかけている。

 

「モートソグニル!」

 

がんじがらめにされて、宙吊りにされた自身の使い魔の名をオスマンが慌てて叫ぶ。

 

「どういうおつもりかは存じませんが……。」

 

モートソグニルと呼ばれた鼠を自身の前まで運びつつも、ニコニコとした笑顔は崩さないシャマル。その目を閉じた笑みが余計に怖い。笑顔とは威嚇の表現から生まれたものなのだから。

 

「はやてちゃんと出会うまでの間、生きてきたそのほとんどを戦争と、騒乱の時間に充てていた私達、ベルカの騎士に背後から程度の闇討ちはできないと思っていただきたいですわ。次はありませんよ?」

 

実体化している闇の書が気づけていなかったことは責めないであげてほしい。彼女は本来、主との融合時にそういった力を最もに振るえるだけで、決して鈍いわけではないのだ。決して。

 

一番そういう気配に疎い私ですらこれですからね? そういってモートソグニルを解放すると、その使い魔の鼠は大慌てでオールドオスマンのもとへと戻っていった。

 

「……わしが悪かった。」

 

どっと疲れが出たかのように、ずりずりと椅子の背もたれにかかるオスマン。

 

武器も杖も携えておらず、そして朗らかな顔をしているシャマルを見たオスマン。実はこの爺、つい秘書にいつもしているようなスケベ心をだして、彼女のスカートの中の下着を覗こうと使い魔をついけしかけてみただけだったのだ。

 

しかし結果は闇討ちと思われ、挙句に数百年共に生きてきたパートナーを失うところであった。シャマルだったからまだ良いものの、これがシグナムだったのなら本当に切り殺されていたかもしれないし、はやてにけしかけようものならヴィータの鎚が中央塔ごと学園長室を叩き潰していたかもしれない。

 

もっとも、シグナムの普段着は基本動きやすいズボン、パンツルックであり、はやては未だ入院していた時の服…こちらもやはりズボンなのでそう簡単に覗くことはできないのだが。

 

何より、下着を覗こうとしただけといっても、それは闇討ちと比べて軽いだけである。女性からすればされて良いものではないどころか、ある意味闇討ちよりも最低な行為であることを忘れてはいけない。こちらの理由だと解っていてもシャマルは許さなかっただろう。

 

コルベールとルイズはまたかこの爺と内心呆れかえり、更にはいい薬になっただろうと思った。使い魔の命を使い潰してまでこのような行為を繰り返すことは早々あるまい。その分誰もいない時、普段から被害にあっている秘書は悲しみと怒りにくれることが増えそうだが。

 

「…大丈夫よシャマル。オールド・オスマンのこれにそういった意志、敵意みたいなものはないわ。彼の癖と言うか…そう、ちょっとしたおちゃめ程度だから安心して。」

 

「はーい、わかりました。ルイズ様。」

 

敬語こそあれどだいぶ砕けた、フレンドリーな口調でルイズにシャマルは返事をする。

 

ルイズとシャマルはまだあまり話をしていなかった為、ここに着くまでに色々な話をしてある程度の相互理解を試みていた。そんな中に、はやて同様の言葉遣いで構わないとルイズが言ったものがあった。そのおかげで様と敬称こそつけるが、シャマルがルイズに対してかける言葉遣いは基本的にはやてと話す時と同じとなったのだ。

 

「それはそれとして、寮の件の話はわかったわい。後でいくばくか請求がいくとは思うが、構わんな? ミス・ヴァリエール。なぁに心配するでない、先ほどの詫びとしてはなんじゃがの、侯爵家まで請求がいくような額にはせんわい。」

 

「…お心遣い痛み入ります。」

 

やはりこれだけは避けられないことだったが、先ほどの「いたずら」があったおかげか。大分自分たちに有利な交渉となって終わった。

 

「それと、彼女たちは何か得意なことはないのかね? 流石に今後6人全員をおぬしの仕送りだけで養っていくのは大変じゃろう?」

 

「ええと、それに関しましては一応親にも相談してみるつもりです。」

 

オールド・オスマンのいうことはもっともなのだが、自分が死ねば今すぐ、ハヤテが死ねば数年か、数千年か…どれほど先かはわからないが未来のハルケギニアが危機にさらされてしまう。なるべく自分たち二人を守ってくれる力をルイズは近くに置いておきたいようだ。

 

「そうかそうか、しかし…もしも苦しくなるようなことがあれば言いなさい。彼女たちは頼もしい。衛兵くらいの仕事はくれてやれるじゃろうて。」

 

「承知しました。その時はどうかお世話になります。」

 

そういって要件が終わったのでルイズたちは立ち去ろうとした。

 

「あーこれこれ。まだ話は終わっとらんぞい。ミス・ヴァリエール、おぬしら一体今日からしばらくの間何処で過ごすつもりじゃ。」

 

そういってオールド・オスマンは書類を取り出してついと杖をふるうと、魔法で浮かせたであろうペンでそれにサインをしてルイズへと渡した。それはルイズの部屋のひとつ隣の部屋の使用許可証である。

 

「部屋を直し終わるまでの間はそこを使うとよかろう。」

 

「重ね重ねありがとうございます。オールド・オスマン。」

 

許可証を受け取ったルイズは、それをはやての車椅子の背中にかけてある布の鞄の中へと入れて部屋を後にした。

 

「いやはや…昨日の今日でこれとは。のうミスタ・コルベール?」

 

「そうですね……。しかも先ほどのあなたとのやりとりを見るにですが、全員がかなりの実力者に思えます。ひとりはミス・ハヤテ以上に小さいと聞きましたが…その子が宝物庫ほどではないとはいえ、固定化のかかっている寮塔の壁を鎚で吹き飛ばしたなんて……。正直いまだ信じられませんよ。彼女たちがこれまでにどういった戦火の中に居たのやら、全く想像もできません。ですが全員がマジックアイテムのようなあの武器…デバイスという物の使い手である以上、大抵のことではたじろぎもしないでしょう。」

 

いつになく饒舌なコルベール。それは未知の魔法やマジックアイテムを知った興奮か。それとも…戦場、そんな世界で育って磨かれた技術を華のような乙女が持っていたことへの悲しみだろうか。

 

「あんなふうに縛られてはメイジは杖もふるえんしなあ。」

 

シャマルが得意とする捕縛魔法の類は、この世界の魔法と比べると発生が早かったり、いつの間にか仕掛けておくことが出来たりと、下手をするとメイジにとってはシグナムたち以上に天敵かもしれない。今回は見せていないが、彼女には更に旅の鏡という魔法がある。この魔法は、かなりの空いた距離からでも相手を補足して接触することができるのである。相対している最中、取り出した杖をこれでひょいとシャマルに取られて、先ほどのモートソグニルのように縛られでもすれば、それだけでメイジは積みである。

人間の筋力では彼女の縛る魔法の"バインド"は決して千切れないし、頼みの杖はシャマルの手にある。

 

いくら魔法の世界とはいえ、発生した後に大半の魔法はある程度三次元空間の法則にとらわれる。そんなこの世界で、その距離というものを無視して干渉してくる彼女の力はかなり恐ろしい。

 

「あの未知の魔法の数々…わしらにも扱えるようになれば、この国はガリアにも負けぬ魔法大国として躍進するチャンスかもしれんのじゃが…下手をすれば異端と扱われるのが落ちじゃろうなぁ。」

 

ブリミル教の根強いハルケギニアでは、彼がもたらしたとされるルーンを唱えて行使する魔法以外は異端の魔法と呼ばれ、忌み嫌われる傾向が強い。個人ならともかくとして、模範となる貴族を育てるべき学び舎が進んでこれを広める訳にもいかないのだった。

 

なんともままならんわい…。オスマンは昨日同様窓に目を向けて思いに更けるのだった。今日はその雰囲気を吹き飛ばす女性は飛んで入ってはこなかった。

 

 

 

とりあえず大切なものだけは新しい部屋に移してしまおうとして、寮塔に戻ったルイズたち。

 

自分の部屋に戻る途中の階段にて、先ほど話に出たミス・ツェルプストーと言われていた褐色の肌と、燃えるような赤い髪の女性――キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと出会ったはやてたち。ルイズの顔がみるみる不機嫌なものになっていく。

 

「おはようルイズ。こんな朝っぱらからどこに行っていたのかしら? もしかして部屋のあの惨状の反省文でも書かされていたの―――って、あら?」

 

よくみると、キュルケにはひとり増えているように見えた。昨日確かヴァリエールがある意味とんでもない平民を呼び出して契約。その後突然本から銀髪の女性が現れて…と、彼女が最後に見たルイズの周りの人間はふたりだったはずだ。ところが今ではもうひとり、自分といい勝負。下手すると負けるかもしれないような胸を持っていそうな女性が一人増えていた。

 

「なになに?もしかしてまた本から出てきたの? 昨日のそこの銀髪のアナタもそうだけど…ルイズ、あなた随分変わったマジックアイテムを持っていた平民を召喚したのね。」

 

「っさいわね、朝っぱらから何よキュルケ。私はこれから新しい部屋に前の部屋に置いてあったモノを移さなければいけないの。今アンタに構ってる暇なんてないんだからね。邪魔しないでちょうだい。」

 

ただの会話に近いキュルケと言われた女性の言葉につっけんどんに返すルイズを見て、なんとなくだがシャマルとはやてはふたりの関係を察した。

 

「あら怖い。トリステイン貴族は余裕がなくて嫌ね。使い魔の紹介くらいしてくれたっていいじゃないの。」

 

「ふん、あまり彼女たちのことを平民と侮って馬鹿にしない方がいいわよ。特に使い魔のハヤテをバカにしようものなら…下手すると私の部屋の壁みたいになるんだから。」

 

え…? と意外そうな顔をして驚くキュルケ。あの壁は『ゼロのルイズ』がてっきりなにかやったものだと思っていたからだ。同時にわくわくと喜びと、そして好奇心にめらめらと火がついて、ぐいぐい湧き上がってくる。自分のライバルの家系はやはりこうでなくては、と。

 

「ふふ…面白いじゃないの。使い魔になったそこの女の子がハヤテね? よければ残りの後ろの子たちの名前も紹介してよ。」

 

ルイズに催促するキュルケ。しかしルイズはため息とともに、本当に疲れたような顔をしてこう言うのだった。

 

「後でまとめてするわ。ここにはまだ居ない子もいるし。」

 

そういえば壁を壊した張本人である二人をまだオールド・オスマンに会わせていなかったとルイズは思い返して、しまったという気持ちになり、お昼あたりにでも挨拶と謝罪に行かせようと決めた。

 

その二人はというと、先ほどまで今度は洗い場が破壊されそうなやりとりを繰り広げていて、シエスタの「ひっく、洗い場が壊れちゃう…。」という言葉を聞いて我に返るまで、デバイスなしとはいえ激しい戦いを繰り広げていたのだった。

 

キュルケは更に呆気にとられている。まだ居るのか…確かに後ろの二人はおとなしそうな顔とやさしそうな顔をしている。壁を理由もなく破壊するようには見えない。何よりハヤテと呼ばれた使い魔はどうみても平民。そんな平民につき従っているように後ろの二人が見えたりと、本当に不思議な使い魔を呼んだものだ。

 

「本当に面白いわねルイズ。興味が尽きないわ…でも、不思議だったり人間を何人も呼ぶ使い魔も面白いけれど―――」

 

「使い魔と言ったらやはりこう勇ましいものじゃない? おいで、フレイム!」

 

そう言って自身の使い魔を自分の前へと来させるキュルケ。彼女の後方からのしのしと、巨大で真っ赤なトカゲが現れる。その尾には彼女の髪の色にふさわしい炎が灯っていた。

 

「それ…サラマンダー?」

 

「そうよ、見てよこの炎の色と尻尾! ここまで大きくて鮮やかなのはきっと…火竜山脈のサラマンダーよ。好事家に見せたら、値段なんかつけられないぐらいのブランドものなんだから。」

 

ルイズは察した。ああ…こいつ私に自慢したかったのね、と。確かに以前のルイズなら羨ましがったと自分でも思った。しかし自分が召喚した者は、ある意味その山まるごと位の力を持っている魔導書を携えた人間なのだ。まだ実際に目で見たわけではないが、慣れとは怖い。自慢するキュルケに対してなんの反応も示さないで、ルイズはただじっとサラマンダーを見ているだけなのだった。

 

(これは…魔法生物の一種なのかしら? 視た感じリンカーコアがあるわけでもないのに魔法のような力を持っているなんて、面白いわ。)

 

(この世界と我々が今までいた世界では、そもそも法則がだいぶ違うようだ。ある意味幸いだったかもしれんな。この世界でおそらくページ蒐集はほぼできないだろう。)

 

代わりにというわけではないが、シャマルと闇の書が念話――テレパシーのようなもので会話をしながらまじまじとサラマンダーを見ている。はやてには聞こえないよう通信は個人同士でのやり取りだ。そんなはやてに至っては地球外生命体のような未知の生物に興味津々で、ほわ~と可愛い声が漏れている。

 

(しかし、今分かったこのことを話してしまうのはまずい。ハルケギニアのすべての生物にリンカーコアがなかった場合、闇の書は覚醒も暴走もしないままに転生するということになってしまう。オールド・オスマンあたりは私達への協力をしなくなってしまうかもしれん。何より…この世界はそういう世界だからなのか、今まで闇の書がこうして召喚されでもしない限り、敢えて来ていなかった可能性もある。)

 

(それってつまり、今回の事はイレギュラーで…最初で最後のチャンスかもしれないのね。そして、そんなチャンスの手札を減らすことは今後のことはもとより…この世界ではやてちゃんを護る為にもできない、そういうことね?)

 

ルイズの反応は少し予想外だったし、シャマルと闇の書は今のやり取りのように、心の中で思っていたことはサラマンダーに対してではなかったのだが、はやてたち八神家の面々の真面目な目つきや興奮に満足したのか。キュルケはこの後にまた朝食でと言って、上ってきたルイズとは逆に階下へと去っていった。

 

そんな話題が出たせいか、くぅ~と誰かのお腹がなる。聞こえてきた方向を見ると、もじもじとはやてが顔を赤くしていた。ここ数日はおかゆのような簡易で消化に良いものと、点滴の繰り返しだったせいもあってか…食欲に対して随分欲望が溜まっていたようだ。なにより、昨日召喚されてからろくなものを食べていない。育ちざかりの9歳の子にこれはつらい。

 

「参ったわね…物を取りに行ってる場合じゃなかった。私もはやても昨日のあれから何も食べてないじゃない。」

 

緊張と驚きのあまり、食欲がどこかへ行っていたというのもあるが。意識した途端にルイズからもお腹がなった。どこかへ行った食欲は二人のもとへ帰ってきたようだ。

 

「ええと、あんた達も食べたりするわよね? 困ったわ、はやての分はともかくとして、あと更に5人分なんてどうしたらいいかしら。」

 

ルイズは考え込む。流石にさらに追加で6人分の食事を、というのを厨房に頼むのはいくらなんでも無茶だろう。はやては苗字があるから最悪どうにかできるかもしれないが、シグナム達は名前しかないし。闇の書に至っては名前すらない。

 

「それなら…なんとかなりそうですよ我が主の主。どうやら将とヴィータ、ふたりは今メイドと居る様です。なんでも彼女たちの賄いをもらって一緒に食事が出来そうだとか。」

 

「今、ザフィーラと私たちの分もどうにかできないか聞いてもらおうと思っています。」

 

闇の書はどこかそれが嬉しそうだった。ルイズは訝しんだ。

 

「なんでそんなこと解るのよ。」

 

「あ。」

 

そういえば念話の説明を忘れていた。せっかく便利な機能なのだ、主の主にも教えなくてはもったいないだろう。と、闇の書は説明を始める。

 

「…すごく便利じゃないそれ! 使い魔との共有感覚より下手したら便利だわ。ねぇ、私とはできないの?」

 

「闇の書で繋がっていたからか、魔法が使える前から我が主とはできていた様ですが…どうでしょう? 試してみないことには。」

 

ならしてみろとルイズに催促されて、早速念話による会話を試みる闇の書。

 

(主の主、この声が聞こえていますか?)

 

(わ、なんか少しくすぐったいわね、これ。耳元でささやかれている感じ。えと…こうかしら?)

 

ルイズは反応を返したが闇の書に反応はない。オープンな状態で念話を送っていた為、はやてとシャマルもふたりの会話を聞いていたが、ルイズの声は彼女たちにも聞こえていなかった。

 

(むう…無理か。いかんな、そろそろ私も空腹になってきた。とりあえず念話は無理なようだし、今は置いといてヴィータがさっきから美味い美味いと言ってやまない食事をしてみたいのだが……。)

 

ついでに、はやての飯には負けるけどな! と比較の感想も付け加えられている。

 

「…今は置いといてって、アンタねぇ。」

 

ルイズの顔に怒りがこもる。

 

「えっ。」

 

「私からアンタには送れなかったみたいだけど…。でもね? アンタの声、ちゃあんと届いてたわよ。」

 

闇の書はまたやらかしたようだ。シャマルとはやてはぷくくと、笑いをこらえている。ただ、彼女のために言っておくと決してルイズをないがしろにしているわけではない。

 

彼女はもうずっと食事ということをしていなかったのだ。だからそれができることへの幸せと、楽しみがいっぱいで仕方がなかっただけなのである。そして現状出来ないことをしようとしても、原因が解らなければどうにもならないので切り上げようとしただけなのだ。

 

「アンタ本当に私を主の主って思ってるの!! ハヤテと比べて適当すぎやしない!?」

 

闇の書へのルイズの説教で、彼女たちは結局部屋に行く暇はなくなってしまい来た道をももどる羽目となった。

 

その後はやてはルイズに連れられて一緒に食事を。シグナム、シャマル、ヴィータはメイドの賄いをもらい、闇の書はまだ部屋を守るザフィーラへと食事を届け…少しそれを分けてもらった。

 

いよいよ次は授業だがどうしたものか。使い魔のハヤテはともかくとして、他の全員を授業の部屋に行かせて良いものなのかと、ルイズはパンをかじりながら悩んでいた。




寮塔?寮棟?形からして正しいのはどっちだろう。
念話は便利すぎるのでルイズさんからは禁止の一方通行。
正直結界魔法だ転移魔法だも便利すぎるので頭を悩ませている所です。

胸に関しては基本胴回りは3人とも同じくらい。シグナムがキュルケ同様のロケットタイプで、Z軸では強いのですがキュルケに少し負けるか同じ程度。
横にもある程度あるシャマルはサイズ的には二人より上…と思っています。


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第7話 難題を抱えたふたり

気が付けばUAが3500件突破…感謝!

注意! 今回強い差別発言、蔑称が出ます。

…こういうのも残酷な描写なのだろうか。
そもそも肉体の残酷な描写ってなんだろう。首が吹っ飛んだは悩むとしても、指や手が吹っ飛んだ程度はそれって事故や戦闘の致し方ないグロテスクな描写じゃないの? という疑問が。

その傷口に更に刃を突き付けた、とか傷口や落とされた部分を踏みつぶしたとかはもちろん残酷な描写でしょうけれども。


貴族専用の食堂、アルヴィーズ。

 

はやての食事の用意をとりつけて、彼女の座る車椅子を押してルイズが食堂へと入っていくと、一部の人間から嫌な感情が彼女たちへと向けられた。

 

それはくすくすと笑う嘲笑だったり、蔑視の視線だったりとさまざまなものであるが、なんとなくはやては自分が原因なんやろなと察したようだ。

 

「ごめんなさい。ハヤテ、私に向けられるこの視線はいつもの事よ。気にしないで。」

 

「いやあ…ルイズお姉ちゃん。どちらかというと、きっと私に向けられたものやと思うさかい、かんにんな。」

 

今日に限ってはそうなのだろう。察している賢いはやてに少し複雑な気持ちになるルイズだった。

 

「よ…ととと! あかん。この椅子、ちょお高いなぁ。」

 

はやてをルイズが抱きかかえてあげられるだけの力がない為、彼女は自分で車椅子から食堂の椅子へと移ろうとしている。しかし悲しいことに身長が足りず、もたもたと苦戦している。

 

小さなルイズですら150センチ――この世界では150サント はある。そんなルイズがちょっとだけ不便に感じる程度の高さの椅子だ。ただでさえ少し低い車椅子からその高い椅子へと移るには、身長が130サント前後しかないはやてが手だけで移るのは難しいことだった。

 

悪戦苦闘しているはやてを見て、更に周りが笑った様に見える。シグナム達と一緒の方がよかったかしら…? 侯爵家の娘である自分の使い魔であり、彼女たちの主であるはやてにくらいは、美味しいものを食べさせてあげたい。そう思って、貴族しか食べることのできないものがあるこの場所に連れてきたのだが、いささか…いや、かなり軽率だったことをルイズは激しく後悔した。

 

「およ?」

 

不意にはやての体が浮いて、食堂の椅子へと上手く移動させられる。そのままふわりと優しく着席させられる。

 

周りをみると、大きな杖を持った青い髪の、ルイズより小さくはやてよりは大きい少女が杖を掲げて魔法を唱えていた。『浮遊』の魔法――レビテーションをうまくコントロールして助けてくれたようだ。

 

「あ、えっと…おおきに、ありがとうございます。」

 

青髪の少女は、はやての礼を受けると、コクリと頷いた後にルイズのすぐ近くの席へと座った。

 

「えっと…ありがとう。確か、えっとえっと……。」

 

続けてルイズが礼を言うが、どうやら彼女の名前が思い出せていないようだ。学院内の今いる生徒では最高のトライアングルクラス。その中でもかなり強く、普段寡黙な本ばかり読んでいる同級生。そういう子だということは知っているのだが…。

 

「タバサ。」

 

しどろもどろとルイズがしている内に、青髪の少女のタバサは自分から名乗った。

 

「…ありがとう、タバサ。」

 

「ほんまに助かりました、タバサさん。」

 

名前が解ったところで改めてお礼を述べたふたり。そうしていると、タバサの横にキュルケが座る。

 

「あら? タバサ、あなたが他の人の助けをするなんて…珍しいわね。」

 

私を除いて…と、最後にキュルケは付け足すが若干失礼な言い方の気がする。タバサ自身は全く気にも留めていないあたり、この程度の会話は茶飯事なのかもしれない。それは、ふたりがそれだけ気にせずに話し合えるほど打ち明けている証でもある。

 

「彼女…ルイズの使い魔のハヤテが気になるの?」

 

「ハヤテ…あの子の名前?」

 

名前すら知らなかった平民を助けたのかと、本当に珍しいものを見たという顔をするキュルケ。逆に言えばそれだけの関心があの子にはあるということか。

 

「私が興味があるのは…ハヤテの本。」

 

「ああ…確かに。人間が出てきた本なんて聞いたことないものね。本が大好きなアナタなら当然かしら。」

 

ハヤテの本。銀髪の少女が出てきたどころか、更に何人か出てきたらしい本。確かにキュルケにとっても興味の尽きないマジックアイテムだ。タバサにそのことを伝えると彼女の目が少し開いた。彼女の親友であるキュルケでさえ、普段は仮面なんじゃないかと思えるほど表情の変化に乏しいタバサの顔。彼女がここまで表情を出すことは、十分に驚きに値することだった。

 

キュルケは、今日はびっくりすることばかりねと思いつつ、自分の席にあるタバサの好物のハシバミ草のサラダを渡した。すると彼女は普段の表情へと戻り、考えるのをひとまずやめたのか。もぐもぐ、むしゃむしゃと一心にそれを食べ始めたのだった。とっくに朝の祈りの時間を過ぎて食事の時間は始まっていたようだ。

 

はやてが少し不慣れな手つきで、ナイフとフォークを使って食べ物を口に運ぶ。塩の効いた鶏肉の味と、香草のいい香りが口の中で静かに広って、思わず感嘆の声を上げる。

 

「はぁ~…なかなかの御点前で。うーん、これはピンクペッパーかなぁ? 隠し味は…杏子、いやリンゴやろか? 私ならもう少し……むぅ。」

 

と、料理を分析し始めるはやてを見てルイズ達の手と声が止まった。10歳にも満たない平民が、恐らく初めて食べたであろう貴族の料理を冷静に、真剣な表情で分析している。

 

信じられない光景に、くすくすと嘲笑っていた人たちさえ声が出ない。それどころかはしたなくフォークやナイフを落としている者までいる始末だ。

 

静かになった食堂の中には、もうはやてを笑う者はいなかった。奇異の目は変わりはしないし、全ての人間がたったそれだけで、一人の平民の少女を完全に認めることなど、この世界ではありえないのだが。

 

その食堂の厨房からもうひとり、驚愕の表情で顔を染めている人間がいた。鼻息が荒い。

 

「おお…本当にすげぇなお前らんとこの主様は! 俺の料理の隠し味に気づいて意見できた奴なんて、この厨房にも貴族の奴らにも…いや、過去に今まで一人としていなかったぜ!!」

 

この料理の調理をした本人。厨房のコック長、マルトーである。

 

「だから言ったろ? マルトーのおっちゃん。はやては料理の知識と腕、すげーんだよ。おっちゃんにも負けねーって。」

 

「へっ! 俺だってまだ全てを見せたわけじゃあないんだぜおチビ。とはいえ…今度一度あの子と料理の話をしてみてえもんだぜ。あの若さであの舌、ここの厨房に立てそうにないのが本当に勿体ねえ――」

 

この厨房は大きく、完全に大人用である。食堂の椅子もそうだがこの世界にバリアフリーなどという言葉はない。はやてがもしこの厨房で料理をしようというものならば、誰かに抱きかかえてもらうか、先ほどのように『浮遊』の魔法をかけてもらわなければ無理だろう。

 

それはそうと、マルトーは最後まで言葉を言い終えることができなかった。ヴィータの拳が彼の顎に斜めからクリーンヒットしていたからである。脳を揺さぶられて、彼の意識は深い闇へと落ちて行った。

 

ヴィータにチビは禁句なのだ。もちろんヴィータもここまでするつもりはなかったのだが、いい角度に入りすぎた。

 

厨房の料理人達は、この子も主同様ただ者じゃないなと思ったのだった。

 

 

 

「ハヤテ、あなた…料理が得意なの?」

 

食事を終えてシャマルが戻り、はやての車椅子を押している。今いるのはオスマンのもとへと向かった時のメンバーから、闇の書を除いた3人だ。ヴィータはマルトーを気絶させたことで罰として、シエスタたちの手伝い。シグナムは連帯責任で昼食の料理の為の薪割り。ザフィーラは相変わらず部屋の番をしていて、闇の書はそれのつきそいだ。正座で。

 

「うん。向こうに居たときは私がみんなの料理、毎日三食作ってあげてたんよ。でも私は立つことが出来んから、ここの厨房は私が使えるよう改造されたりしてるわけでもないやろうし。う~ん、ちょっとばかし借りて何か作るってのはできんかもなあ。」

 

ルイズお姉ちゃんにもいつか食べてみて欲しいんやけど…。なんて、ぽりぽりと頬をかいて照れながら笑うはやて。嬉しいことを言ってくれるなと思うルイズの顔がほころぶ。

 

「大丈夫よ。いつかなんとかしてみせるわ。」

 

ぽんとはやての肩に手を置いてしゃがみ、自身の視線の高さをはやての顔に合わせるルイズ。

 

「その時は美味しいお菓子でもよろしくお願いするわね。」

 

優しく微笑みかけてはやての顔を見るルイズに、ぱあっと笑顔になるはやて。やはりかわいい。一時期欲しかった妹のようにどんどん思えてくるこの子は、ある意味では私にふさわしい使い魔なのかもしれない。そんなことを思いながらルイズは授業のある教室への扉を開いた。

 

ルイズとはやてにシャマル、三人が教室へ入ると何人かの生徒がこちらをみて笑った。またか…。自分にはもう慣れたものだがはやては大丈夫だろうか? ルイズが後ろを振り返ると、シャマルが車椅子から降ろして机に座らせている。はやては表情を見る限りは特に気にもしていないようで少し安心した。

 

はやては特に魔法の知識はもってなかったが、これから起きることと周りに興味津々のようだ。なにせ休学で行けなくなっていた学校の授業が受けられるのである。どんな内容であるか以前に、こうした雰囲気にわくわくが止まらないのであろう。

 

使い魔たちは生徒から少し離れた教室の後ろの方でまとめて静かに待機している。ハルケギニアの人々にとってはよく見る生物ばかりだが、地球出身のはやてにとっては、未知の生物同然で見逃せない対象ばかりだ。彼女の料理とは別の趣味である読書。その趣味が高じて、図書館や本屋で読んだ様々な物語でしか知らない生き物たちが、今現実に彼女の目の前に居たのだからそれはとても心の弾む体験だろう。

 

空飛ぶ目玉のバグベアーの様な、奇怪な生き物を見たときはさすがに少し体がこわばっていたようにも見えたが、そんなびっくりよりも好奇心の方が強いようだ。

 

そして、顔には出さないが少し申し訳ない気持ちになっていた。こういった生き物が本来の使い魔であるとするのならば、私はかなり珍しくて、何より弱い使い魔なのだろうと。シグナム達はとても強いと思うけれど、呼び出されたのはあくまで自分なのだと、はやての心に少し影が差した。

 

はやてが表面上は目をきらきらさせて色々と見ていると、教室の前方の扉が開き、ふくよかな優しい雰囲気をした中年の女性が入ってきた。さつまいも色のローブと、いかにも魔女ですといった感じのつばの広い帽子を被っている。おそらく、今から始まるであろう授業の先生だとはやては思った。

 

教師と思われる女性は、教壇にまで来ると生徒たちを眺める。そして最後に使い魔たちの居た場所を一瞥して、多くの教え子たちが無事進級できたのを確認すると満足したのか、うんうんと頷いた後に口を開いた。

 

「はじめまして、おはようございます皆さん。ふふふ…春の使い魔召喚の儀式はどうやら大成功のようですね。わたくし、このシュヴルーズはこうして春の新学期、この最初の授業で使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ。」

 

先生の名前はどうやらシュヴルーズさんというらしい。そうはやてが先生を見ていると、こちらを彼女も見ている。目があった気がして、ついお辞儀を返した。

 

「話には聞いておりましたが、ほんとうに不思議な使い魔を召喚したものですねミス・ヴァリエール。使い魔さんも、先ほどの食堂での料理の感想はお見事でした。」

 

コック長が舌を巻いておりましたよと言って、シュヴルーズが笑う。そんなことを言われてルイズとはやてが照れながら喜んでいると、どこからか声が飛んできた。

 

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺にいる平民を連れてくるなよ!」

 

「しかもかたわの女の子! 従者までわざわざ連れてきて世話させやがって! ちょっと料理に造詣があるからってそんな子が何になるってんだ!!」

 

彼らは、はやての隣に座るシャマルをヴァリエール家の従者と勘違いした挙句、先生に褒められた平民が気に入らないようだ。恐らくはやてだけでなく、その主であるルイズが褒められることも気に食わない生徒たちなのだろう。彼女を利用し、そのままルイズをも貶したいような感情が見て取れる。

 

ルイズはギッと相手を睨もうとしたが、先にはやてが視界に入って時が止まった。

 

「…大丈夫やで? ルイズお姉ちゃん……。向こうでも子供とかにそんなこと、言われたりしてたから…な?」

 

そういうはやての姿は周りの嘲笑に怯え、肩をぎゅっと抱いている。何が大丈夫なものだろうか。

 

「はは…かたわなんて言葉、こっちの世界にも…あ、あるんやなぁ。」

 

心なしかはやての青い瞳がうるんでいるようにも見えた。

 

「やーね、ほんと。自慢ならともかく人を見下す方向でしか自身を高められないのかしら。」

 

「…あなたもたまにルイズに。」

 

後ろの席から声が聞こえてくる。キュルケとタバサだ。先ほどのキュルケの失礼な発言に対するあてつけだろうか、今度はタバサが何気にひどいことを言っている。いや、事実な面も今朝のルイズとキュルケのやり取りから察するにあるのだろう。

 

しかし、今のルイズにはそんなことは気にしている余裕はなかった。ふつふつと怒りがわいてくる。

 

ルイズにははっきりと感じ取れていた。彼らは、はやてを利用して自身を貶そうとしている。そして情けなかった。自分のために利用されたはやてを助けられないことが。…本当にそうなのだろうか。

 

「………。」

 

シャマルの両手に指輪が現れる。その顔はオールド・オスマンの時のような笑顔ではない。はっきりとわかる明確な怒りが彼女の瞳には宿っていた。

 

「クラール――」

 

シャマルがなにかをしようとしたところをルイズが制する。そして…

 

ダァンッ

 

怪我を顧みないすさまじい勢いでルイズは机に拳を叩きつけた。実際にその手からは血が流れている。強く握りすぎた手のひらを、叩きつけた拍子に爪で傷つけているようだ。

 

あまりの光景に全員が息を呑んだ。はやてとシャマルも、キュルケとタバサも、諌めようとしていたシュヴルーズも…下卑たことを言う生徒たちも。

 

「アンタ達…恥ずかしくないのかしら?」

 

「なんだと…ゼロの癖に偉そうに!」

 

ぽたぽたと手から流れる血も拭わずにルイズは反撃に出る。大切な使い魔を自身のせいで貶されてたまるものか。

 

「私を貶すために、こんな幼くて体も不自由なのに一生懸命に生きている子を傷つけて…それが貴族の正しい姿だと胸を張って言えるの?」

 

「…っ!」

 

瞳に怒気を強く…強く。シャマルの瞳に宿ったものにも負けない程の目で、貶した生徒たちを見るルイズ。

 

そんなルイズの必死の形相に、自身の方が魔法で優れているのに、どうしてあいつらが褒められているんだ。そんな自尊心と嫉妬心からちょっかいを出した生徒たちはたじろいだ。

 

「もう一度言うわ。そう思えるのならば…アンタたちは今日の出来事を手紙に書いて親に言ってみなさい。素晴らしいことをしたって、アンタたちの家に誇ってみなさいよ!!」

 

ルイズは認めたくなかった。こんな奴らが貴族だなんて、そんな貴族の風上にも置けないやつらに自分が屈服するなんて。そんなことがあっていいわけがない。

 

「確かに私は貴方たちに負けてる点はあるわよ! …でもね?」

 

「あんたたちの気持ちの満足の為だけに! 私の使い魔であるハヤテを利用することは…主人であるこの私が絶っっっっ対に許さないわっ!!」

 

怒りが爆発する。もはやルイズに対して何かを言える者は教室に居なかった。

 

自身の家と誇り。それをかけてみろと言われて、なお今の発言を正しいと言える者も、続けられる者も居ない。貶した者たちでさえ最低限の矜持と人としてのモラルはあったようだ。

 

静寂の中、そっと…。ルイズの手を誰かが取った。

 

「ありがとうな…ルイズお姉ちゃん。」

 

その手を頬へと寄せるはやて。

 

「ほんまに…ほんまにな……。」

 

彼女の目からこぼれた涙が、ルイズの手に触れて時が戻る。

 

「…おほん。ミス・ヴァリエール、あなたの言う通りです。」

 

「貴族同士のお友達を、クラスメイトを貶すなど貴族にあるまじき行為です。それが正しいと言えるのであれば、彼女の言うようにお家(いえ)に私がお伝えしましょう。授業の後に申し出なさい。」

 

シュヴルーズが説教を生徒たちにし終えたところで、授業は開始された。

 

ルイズの世界の魔法の講義が始まる。この世界の魔法は四つの属性、火、水、風、地と、今はもう失われた虚無。その合計5つの属性で成り立っているらしい。

 

授業の内容としては前学年の復習のようだが、はやてやシャマル達には都合がよかった。

 

しばらくして、血の匂いがいまだにするルイズの手をシャマルが見つめていた。

 

「ルイズ様、こんなにもはやてちゃんのことを…ありがとうございます。」

 

「別に…主人として当然のことをしたまでよ。」

 

授業の途中、シャマルが重ねてルイズに礼を告げた。

 

「ううん、そないなことない。格好良かったで? ルイズお姉ちゃん。」

 

「はやてまで…もういいから……。あ痛っ!」

 

気にしない振りをして授業の内容を筆記し続けていたルイズだったが、興奮が収まり傷の痛みを強く感じ始めた。

 

改めてみるとかなり痛々しい。傷の幅こそ大きくはないが、怒り猛っていた間ずっと拳を握りしめていたせいだろうか。かなり傷は深そうだ。

 

よくみると、羊皮紙のところどころにも血が付いている。しかし、それでもルイズは構わなかった。ある意味これは自分の身を護り、使い魔とその従者に彼女の威厳も見せられた勲章だ。

 

「あらら…あかん。シャマル、お願い。」

 

「はい、はやてちゃん。ルイズ様…手をはやてちゃんの膝に。」

 

はやてを挟んで座っているために届かないのか、シャマルが手を伸ばすように促す。

 

軟膏でも塗ってくれるのだろうかと、きょとんとした顔のままにはやての膝へ手を置く。するとシャマルがその手を握り、はやてが背を軽く丸めた。

 

「こんくらいでええか?」

 

「ええ、これなら周りから見えないでしょう…風よ、癒しの恵みを運んで。」

 

シャマルがそう言い終えると、クラールヴィントから淡い光が一瞬だけ漏れて、ルイズの手のひらにはらはらと降り注いだ。そしてみるみるうちに傷が塞がり、痛みが引いていく。

 

「わ!! なななな…何!?」

 

少ししてはやてが背を戻すと、彼女の膝の上に置いていたルイズの手のひらの傷が、一つ残らず綺麗さっぱりと消えていた。ルイズは手を閉じたり開いたりすると、痛みも何も残ってはいない。

 

「あんた…。」

 

「湖の騎士シャマルと…風のリング、クラールヴィント。癒しと補助が本領です♪」

 

ルイズは半日ぶり程にはやて達の魔法に驚いた。なぜなら、はやてを慕っている面々の魔法は昨晩のも、学院長室のも、失礼な言い方だが今まで物騒なのしか見たことがなかったから。治癒魔法なんてあるとは思っていなかったようだ。

 

ましてやルイズの頭にある中の風の属性とは、自身の母親を象徴するモノであり、司っているイメージは攻撃。それもすべてをなぎ倒し吹き飛ばす程の魔法であり、癒しを司る魔法は水の属性なのだ。

 

「ヴォルケンリッターってこんなことも出来るのね。全員合わせたらまるでそれだけでひとつの軍隊みたい。なんにせよありがとう、助かったわ。」

 

「いえいえ、私達を守ってくれた主の主様にささやかですがお返しです。さ、前を見ましょう? あまり騒がれていますと――」

 

怒られますよ? そう言おうとしたが既に遅かったようだ。渋い顔をしてシュヴルーズがこちらを見ている。

 

「ミス・ヴァリエール、先ほどの貴女はとても凛としていて素晴らしかったというのに…授業中にお喋りとは。」

 

ルイズは申し訳ない顔をした。これではさっきの自分に顔向けができない。

 

「今一度戒めなさい。そうですね、『錬金』の実演を貴女にやっていただきましょうか。」

 

たらり。ルイズから汗がこぼれる。どうしよう…せっかく使い魔たちへの信頼と、貴族としての姿勢を見せられたというのに…まずい。このままでは再びイメージを地に落としかねない。

 

そんなルイズを見て、さっきの立ち振る舞いに免じて助け舟を出そうとしたキュルケ。

 

「先生、ええと…ヴァリエールを教えるのは今日が初めてでしたわよね? 危険ですわ。」

 

「なにをおっしゃるのです。『錬金』の呪文に危険などあるわけがないでしょう。」

 

常識で語るシュヴルーズは知らない。ルイズはその常識の外の存在だということを。

 

そしてキュルケは知らない。彼女にこんなことを言われたせいで、ルイズは逆にやる気が沸いてきていることを。

 

「ミス・ヴァリエールは実技以外は非常に優れた生徒と聞いております。そして先ほどの貴族らしき素晴らしき姿勢。彼女に出来ぬはずがありません。」

 

それゆえの戒めの儀式にすぎないと、シュヴルーズまでもが煽り立てた。こうなってしまっては…貴族としてプライドの高いルイズがどう動くかなど、もはや自明の理である。

 

「私、やります!」

 

ルイズは立ち上がる。そうだ、ハヤテを召喚することだってできたじゃないの! 今の私はもう『ゼロのルイズ』なんかじゃないんだから出来るわよ! そう思って教壇へと向かっていく。そこには小石が3つ置いてあった。

 

「やめてルイズ!」

 

慌てたキュルケはここにきてようやく理解した。しまった、焚き付けたか…! と。

 

そしてもうこうなってしまっては、ルイズはテコでも動かない。仕方がないのでせめて、彼女の使い魔には被害が出ないようにしようと避難を促した。

 

「あなたたち、隠れた方がいいわよ…吹っ飛ぶから。」

 

吹っ飛ぶ、いったい何がだろうと顔を見合わせるはやてとシャマル。しかし、よく見ると周りの生徒全てが机の下に避難を始めている。まるで避難訓練ってやつみたいやなあと思いつつも、ルイズを自分より良く知る人間たちがああしているのだ。それに倣った方が良いだろうと結論づけて、シャマルに抱えられて机の下へと避難した。

 

しばらくして、ルイズが意を決して錬金の魔法を唱えると―――

 

どっかーーーん

 

とても錬金とは思えない結果である爆発が巻き起こった。

 

「わわわ…なんやのこれ!?」

 

ひょこっと顔を出したはやてはあまりの惨状に驚いた。教壇は文字通り木端微塵にはじけ飛び、シュヴルーズは煤だらけで気絶している。大切な主のルイズは…煤を被っているが特に命に問題はなさそうだ。代わりに心にダメージを受けたのか、がっくりとうなだれている。

 

「ルイズはね、魔法が出来ないのよ。系統魔法どころかどんなコモンマジック、今朝のあなたが受けた『浮遊』とかですら失敗して爆発させてしまうのよ。」

 

「だから…『ゼロのルイズ』。」

 

キュルケとタバサがはやてへと解説を入れた。魔法成功率ゼロのルイズ――それが私のご主人様。

 

「ルイズお姉ちゃんも、私と同じなんやなあ。」

 

そうはやては思った。

 

はやては足が動かすことが出来ない。それはつまり、人間が普通なら出来ることが出来ないということだ。

 

ルイズは魔法を正しく使うことが出来ない。それはつまり、貴族が普通なら出来ることが出来ないということだ。

 

ふたりはとても似ている。

 

そして更に一歩先に、はやては考えを巡らせるのだった。




身内に言いつけるぞ! 一見すると凄く子供っぽいことですが、背負うものが生まれた人間には老若男女問わずとても効果のある魔法の言葉です。良くも悪くも。

シリアスな話はここまでにして、
*中学生です  とか *高校生です  みたいに現在言われてる子の体格より大きく見えているけど、
アニメスタッフの作画資料っぽい画像見ると、StSになってもはやてちゃんが恐らく作中のルイズの身長追い越していないという事実。

はやての料理の腕をどの領域にするか悩みますね。現代の知識と器具あってこそという部分もゼロではないでしょうし、その知識を授けられたマルトーさんはさらなる高みに行くことでしょうし…。

しかしうちのルイズはツンがどこにもないなぁ…。あとシュヴールズ先生はルイズだけ初めてというより2年担当ってことだよね? と、ずっと疑問を…。


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第8話 ふたりの似た少女とそれを護る騎士たち

敬語と普通と丁寧語の混じるシャマルの口調…好きなキャラなのにいまだにどういう風に使い分けているのか解らない。

少し前にがーっと投稿しといてこの間。続きを期待してくれた方、いきなり時間が空きましてすみません。
次へ次へと進めてテンプレは済ませたいものですが…9話でようやくミスタ・チュートリアル、もといギーシュさんが終わりそうです…。

二次やアニメのギーシュのあの引っ込みがつかない時や、いざ自分自身が渦中の人となると、冷静にしっかりとした対応が出来な点が、
非常に青春世代らしくていいなと思う反面、それで暴力や権力で人に当たったらダメだろうと思えるのがなんともかんとも。
…地球基準だと高校生ではなく大学生になっている可能性があるので、いささか幼い気もしなくもありませんが。

ギーシュさんにシエスタが香水を拾うパターンのテンプレの便利さがすごい。
本当はここまで器が小さいわけじゃないのに小さくしてごめんねギーシュ。
でも本命がマジ泣きしたらこうなると思ったし、モンモランシーも一年近く付き合ってたのならこうなると思うから…こうしちゃった。


ルイズが普段以上に気合の入った魔法を放ったせいか、爆心地に居たシュヴルーズが頭上に鳥や星を飛ばしたまま返って来そうにない為、授業は中止となった。

 

シュヴルーズ本人からは気絶していたので何もなかったが、ルイズは教員たちから罰として破損した教室の後片付けと、新しい教壇の搬入を言い渡されてしまう。

 

もちろん、そんなことを小さなルイズ一人でやるにはいささか大変、というより教壇を持つこと自体に無理があるので、シャマルが手伝いを名乗り出てくれた。

 

はやては何もできない…というわけではないが、流石に教壇の移動を手伝うのは無理なのでシャマルに任せている。

 

しかし…はやてはそのまま見ているような子でもない。普通の人のように動くことは出来ないが、ほうきを持ち、床に散らばった木片を自身に出来る範囲で集めようと頑張っていた。

 

「ほいほいー、さっさっさっと…うーん、流石に掃除機が全く使えないというのはきついなぁ。」

 

とはいえ、はやてにとって掃除機という文明の利器は、車椅子で扱うにはいささか不便なもので、コードが絡みかけたりと面倒な面もある。

コードレスなものだと、今度は取っ手より先が小学生の彼女の手には重い。その為、地球に居た頃も部屋を全て掃除機で掃除していたわけでもなかった。一人の頃はある程度ほうきやモップみたいなタイプのものを使った掃除もしていたのである。

 

ルン〇゛とかクイック〇ワイパーがあっても、ここは石の床やからやりにくいしなぁ…と、ハルケギニア人にはなじみの薄い単語をぶつぶつと言いながらも、原因のルイズには文句を言うどころか、まったく触れずに作業を進めるはやて。

 

そんな扱いと彼女の姿勢にいたたまれなくなったのか、ルイズからはやてに声をかけてきた。

 

「ごめんなさいね、頼りの無い主人で…。」

 

「え? なんのこと?」

 

まったく気にしてなかった感じなはやてのきょとんとした顔が、かえってルイズに悲しみの感情を湧き立たせていく。

 

「こうやって、いつも魔法を爆発させて…失敗しかしてないことよ……。」

 

「もうキュルケ達に聞いてるかもしれないけど、これが『ゼロのルイズ』って私が呼ばれている理由なの。」

 

だんだんと声色がくぐもったものへと変わっていく。少しして、すんすんと鼻を鳴らしてルイズは語り始めた。

 

「生まれてしばらくして、魔法を習うようになってからずっとこうなのよ…! なんで? どうしてよ!? どうして私はいつも…いつも爆発ばかりで……。」

 

聞いてほしいのではなく、そう叫ばないと心が耐えられないかのような彼女の姿。それは普段誰にも見せないひとりの小さな少女、そんなルイズとしての姿で、酷く儚く見える。

 

「何が「貴族として恥ずかしくないの?」 よ! よくも言えたものだわホント…魔法を使えない私だって――」

 

「あいつらと…おんなじよ! 私は…ぐすっ、私はぁ……っ!!」

 

矢継ぎ早に叫んでいるルイズは、自身の中にたまった感情があふれ出て止まらないようだ。

 

やがて自虐へと変わっていった自身の言葉によって、頬から涙がこぼれ落ちていく。

 

「そないなこと、ない。」

 

その言葉でルイズが泣いていた目を開けると、いつの間にかはやてがルイズを見上げるようにして、目の前に居る。

 

「さっきの意地悪な人たちと、ルイズお姉ちゃんが同じだなんてこと…絶対ない。」

 

たとえそれが貴族を定義づけるものだとしても、根幹としては絶対に違うとはやては感じていた。

 

「それに…きっとルイズお姉ちゃんは私と同じなだけや。」

 

「ハヤテと…おんなじ? 良く、ぐす…解らないわ。」

 

はやての言葉の意味が解らなくて、ルイズの感情が悲しみから疑問へと逸れていく。そんなルイズの頬を伝う涙を、はやては手を伸ばしてハンカチで拭いてあげてから、優しく彼女の両手を握った。

 

「私は、足が動かへん。人としてはポンコツさんや。ルイズお姉ちゃんも、魔法が使えへん……似てるやろ?」

 

それを聞いて、暗にポンコツと言われたことで怒りへと変わろうとするルイズの顔と心を、はやてが握る手の力を強めて止める。

 

「せやけど…似てるからこそ、それにはきっと理由がある。」

 

「…理由?」

 

そうやって目と目を合わせたはやての瞳には、お互い大変だというような憐れみでも、そんな自分たちへの諦観でもなかった。彼女の瞳は希望を見据えているかのようで、とても頼もしい。

 

ルイズは思わず息をのんだ。はやてのこの顔も、おおらかな彼女が見せるとは思えない力強い表情と姿だったから。平民らしからぬその顔は、昨日の夜の時ともまた違う、強い心を持つ彼女の一面だった。

 

「そう。私も足が動かん理由は…最初は何もわからんかった。神経が麻痺してるからてお医者さんたちは言うんやけど、そうなる理由が解らんかったんや。脳に異常があるんでもない、体にあるんでもない。なのに…まったくうごかせへん。普通の人の神経の麻痺なら、外からの接触やらで痙攣やなんらかの反応があるはず。なのにどんな治療や検査をしても、それすらあらへん。」

 

自分の足の過去を振り返って、ルイズに教えていくはやての声は、その青い瞳に比べて少しだけどこか弱く聞こえる。

 

「神経が私の足に無いんならそれもわかるけど、そんなわけでもない。正直諦めとったよ…自分の足は『普通の不自由』じゃない。どんなことしてもきっと直らんって、そう思っとったんよ。」

 

語るはやての顔が、声と共にどこか昏くなっていく。しかしそんな感情を吹き飛ばして、すぐにまた先ほどの力強いものへと変わっていった。今度の顔には少し余裕があるのか、口許には笑みも携えている。

 

「でも原因はあったんや。ここに来てからみんなが教えてくれた。私の足は…闇の書のせいで動けなくなっとったんやって。」

 

そういえばまだみんなが隠してたこと、どたばた騒ぎ続きで怒っとらんかったなぁ…。と、雰囲気を少し和ませるように顔全体で笑ったはやて。

 

「ルイズお姉ちゃん、私が起きてから色々話してくれた時に言うとったやん? 使い魔は召喚した主にふさわしい者が呼ばれるって。…自惚れかもなんやけど、せやったら私はきっとふさわしい使い魔なんやって、今日のこの話を聞いて思えたんや。」

 

これが確信だと思っているはやての声が、力強かったモノから優しいモノへと変わっていく。

 

「似た境遇の私が呼び出されたのは、ルイズお姉ちゃんも違うんよって、そう言ってあげられるのが…同じような理不尽に悩まされてた私がここに居る理由なんやないかなぁ。」

 

そんな理由でと、普通の貴族なら思うだろう。しかし、ルイズにとってその言葉はとても大切で、一番欲しているものだ。失敗の原因は自分にあると言われ続け、自身でもそう思い続けて、八方塞がりとなっても未だもがき続けているルイズ。そんな彼女にどんな形でも新しい考えを示してくれたはやては、まさに彼女にふさわしい使い魔なのだろう。

 

「私には魔法のことはようわからへん。でもきっと、その不自由にも何か原因がある。お姉ちゃんにふさわしい使い魔の私がそうなのに、ご主人様がそうじゃないワケないやん。…どやろ? ちょっと無理やりな考え方かもしれんけど、そう考えたら心が楽にならへんか?」

 

そう言ってルイズの体をぐいっとひいて、彼女の顔を胸に抱き寄せるはやて。はやての薄い入院服の奥にある胸の暖かさが、ルイズの心を静めて、温める。

 

「ふふ…もしかしたらやけど、私みたいに全く関係ない所に理由があるかもしれへんよ? それにな…ルイズお姉ちゃん。」

 

頭をぽんぽんと軽く叩きながら撫でる、そんなはやての手が今のルイズには心地いい。

 

「私なら少しだけ気持ちを分かってあげられる。ふたりでならこうやって出来ることもある。これからは一人やない、私が一緒に悩めるし考えてあげられる。きっと私の騎士達も力になって、いつかは理由を見つけてくれる…。理由が解れば直し方も解ると思うし、いつか解決できると私は信じてる。」

 

はやての言葉は確かにちょっと結果ありきな気がしなくもない。それでも、それでもルイズが縋るには十分に値する理由だった。

 

「だから…元気出してな?」

 

そんな最後の言葉を聞いたルイズの涙が、冷たいものから温かいものへと変わっていった。

 

 

 

「あれは…ただの爆破じゃないんじゃないかしら。」

 

ルイズが落ち着いて片づけを再開してからしばらくすると、シャマルが疑問をあげてきた。

 

「どういうこと?」

 

「私も目で見ていたわけでもないし、まだ一回しか経験してないので推測でしかないのですけど……。」

 

そう少し苦笑いをして、シャマルはあの爆発の時に体感した魔法について語り始める。

 

「ルイズ様の爆発魔法、なんだか不思議なカンジなんですよね。私にもなんて言ったら良いか解んないんですけど、結界破壊のような魔力を感じたといいますか…うーん、うまく説明できないわ。」

 

その言ってあごに人差し指をあてて、軽く上を向いて考え込んでしまうシャマル。

 

少しして、伝えられることをとりあえずの範囲でまとめていき、ルイズの方を向いて、持論を再び投げ掛けるのだった。

 

「とにかく、ただの魔力――、こっちだと精神力かしら。それが暴走しているってわけではなさそうで、指向性があるって言ったら良いのでしょうか? もしくは強制力のような…。ええと、ええと……。」

 

しかし、そんな持論もいまいちあやふやで要領を得ない。そんなシャマルへ、ルイズは話の内容を絞り込んでいく為に、まずは自分の知らないことを聞きこんでいく。

 

「結界破壊って何のこと?」

 

「あ、そうでした。この世界には結界魔法はないんだったわ。ええと、こっちだと該当するものは…そうですね、固定化でしょうか? あれもある意味対象を内側に入れる結界魔法、私達のは封鎖領域というのですが、それに近いものと思われます。」

 

固定化は、物質の老朽化や破損を防止するためのハルケギニアの魔法である。力の強いメイジがかけたり、複数人でかけるほどより堅牢で、隙間やムラのないものとなっていく。

 

封鎖領域は、ヴォルケンリッターが行使するベルカ式の魔法の一つ。目的とした対象をその結果内に残し、他の干渉を排除する。ある程度力のある魔導師ならば入ってくることは難しくはないが、結界を破壊して脱出することは非常に難しい。

 

「以前結界破壊の魔法が出来る子を見たことがあるのですが、結界破壊にはかなりの力と複雑な術式が必要なんです。先ほど言いましたように、まだ実際に試したわけではないので確証はありませんが…ルイズ様の爆発の失敗は、ひょっとしたらですけどすごい力か能力を秘めている可能性があります。」

 

その桃色の結界破壊の魔法を放った子は、以前魔法のトレーニング中に全く別の理由で改良を試みていただけなので、ある意味直感でそれを完成させたのだが…それはこの話と関係ない為置いておく。

 

「なんだか…複雑だわ。特別かもしれないって言われて嬉しいのは本当だけど、どっちにしろ私が普通に魔法を使えないのと、周りからは失敗扱いなのは変わらないんだし。」

 

でも、とりあえずもう少し何かわかったら、両親の手紙に書いて送ってみよう。解決のヒントにつながるかも……。そう思ったルイズだった。

 

「ふう…どっちにしても今は考えてもしょうがないわね。」

 

「ん~…あとは教壇だけね。シャマル、手伝ってちょうだい。」

 

シャマルは学生の机のまわりを、はやてが黒板周りの広場を。ルイズが通路をほうきで掃いて木片は集め終わり、部屋の外に置いておいた教壇を入れてあとは終わりだ。

 

「よいしょっと……。」

 

「ちょ、ちょっと! もうちょっと低くして…うぐぐ。」

 

二人のアンバランスな身長では多少共同作業に難があったようだが、無事罰掃除を遂行し、一同は疲れを分かち合うかのように一斉に息を吐いた。

 

「はー、これで完璧ね。ああ…やだもう! お昼の時間どころか昼食後のお茶の時間も過ぎてるじゃない!! ごめんなさいね、ハヤテもシャマルもこんなに遅くまで。それに…ありがとう。」

 

照れながら礼を言うルイズは、どこか可愛らしさと元気を取り戻しており、先程の儚さはもうなかった。

 

むしろ元気も取り戻していたようで、恥ずかしい姿を見せていた内に自分の好物を食べ損ねていたことを、少し残念がる余裕すらあった。

 

ちなみに、別に食い意地を張ったわけではなく、はやてにもあの味を知って欲しかったのである。

 

「あはは、ええよええよ。でも、一仕事した後やしお腹すいたなぁ。」

 

「そうね。不本意だけど、授業中にお腹でも鳴ろうものなら大恥だし…文字通り背に腹は代えられないわ。」

 

賄いか何かならまだあると思うし、それをもらいに行きましょうと言って、食堂へ向かいにルイズがはやての車椅子を押して部屋から出ようとする。

 

「それは確かに女の子としては恥ずかしいなぁ。ほな行こか? シャマルも…シャマル?」

 

そんな中、シャマルが固まっていた。

 

彼女は教室から動こうとせず、青い顔と言うよりはなんだか複雑そうな、紫色の顔をしているように見える。

 

「どうしたんやシャマル…大丈夫なん?」

 

「え、あっはい! 大丈夫です!! シャマル先生のここは今日も元気ですよ!?」

 

なにが元気なのよ、シャマル先生ってなんやろかと、ふたりがシャマルの意味不明な返事に困惑していると、大丈夫だから先に行っていてほしいと言われて、怪訝な顔をしつつも教壇側の入り口から外へと二人は出て行った。

 

「はあ…まったく、ヴィータちゃんったらもう……。」

 

そう言うとシャマルは厨房とは逆の方、教室の生徒側の扉から出て行く。

 

「治せるからって何しても良いって訳じゃあ無いのよまったくもう…。後遺症とかでるようなことはしちゃだめよって釘は刺して置いたけど……。」

 

ぶつぶつと物騒な言葉を吐いて廊下を歩くシャマル。

 

「なんかものすごく怒ってたし、大丈夫かしら?」

 

不安に駆られる彼女は、念話で言われた場所のヴェストリの広場へと向かうのだった。

 

 

 

時はお昼後、お茶の時間の食堂にまで遡る。

 

「上等だよテメー…あたしと戦いやがれ!」

 

「な、何だってぇ!?」

 

…もう少し時を巻き戻そう。

 

昼食後に食堂の外にて、貴族たちが青空と春の暖かい風を楽しみながら会話を弾ませて、お茶をしていたところに事件は起こった。

 

一人の貴族の青年、ギーシュ・ド・グラモン。彼が男性同士で恋話(というにはいささかむさい面子だが)をしていた時、ポケットから落とした紫色の香水の瓶をシエスタが拾い上げて渡そうとしたが、彼はこれを無視。

 

何人かの会話をしていた男性たちが、なおも渡そうとし続けていたシエスタの持つ香水の瓶を見て、それがモンモランシーという女性のものであり、彼女の性格からして特別な思いのある相手にしか送らないモノだろうと騒ぎ立ててしまう。

 

すると、そこに女性がひとり割って入ってきた。その女性は騒がれて恥ずかしくなったモンモランシー…ではなくケティという、今年入ったばかりの一年生だ。

 

ギーシュはどうやら二股をかけていたようで、話を聞いていたケティを泣かせてしまった。泣き濡れてへたりこむ彼女にモンモランシーとは何もないんだとか、この場にモンモランシーが居ないのを良いことにそれさえ利用して、必死の弁解を図るギーシュ。しかし、ケティはもはや聞く耳を持たずという感じでその場を走り去ってしまう。

 

去っていくケティにやってしまったという顔のギーシュだが、これで物語は終わらない。

 

今度はその騒ぎに少し遅れてやってきたモンモランシーが、憤怒の形相をしてギーシュに詰め寄った。ケティとのやりとりが彼女には全て聞こえていて、彼女の瞳も同じく涙に濡れている。

 

その大粒の涙が流れていたのは、何も二股についてだけてはない。

 

彼女は自身に対しても泣いていたのだ。いざという時に、しっかりと付き合っている自分すら切り捨てて自己の弁護を図ったギーシュ。そんなことをした彼を好いた自分と、そんなことをした彼を信じたくなくて、嘘だと思いたくて泣いていた。

 

外野が茶化すのをやめるほどの、真剣な怒りと悲しさを持ったモンモランシーの平手がギーシュを襲った。

 

そのままモンモランシーも居なくなると、今度は行き場のないやるせなさをギーシュが何故かメイドにぶつけ始める。

 

その理由は「ボクは知らないフリをしたのだから、あの場ではメイドの君はその香水を持って立ち去るべきだった。君のお陰で二つのバラのような乙女が悲しみにくれてしまったではないか!」という、とんでもなく理不尽で我儘なものだから始末におえない。

 

だがこの世界で貴族が平民をスケープゴートにするというのは、非常に悲しい話だがよくある光景であり、それを知っていたシエスタは涙を流して地に頭を擦り付けて謝ってしまう。

 

もっとも、これはシエスタの先入観からくる勘違いもある。そんな責任転嫁は良くあるものの、それはあくまで腐った貴族の腐った話の時であり、今回の…ましてや学院の子供たちの間では然う然う起きない。ギーシュ自身も女性を満遍なく、そしてこよなく愛するという点以外では、本来礼節を重んじる青年なのだ。

 

しかしこの時の彼はまだ若く、自分を省みたり、悔しさを散らす術をもっていなかったのも事実だった。初めての経験に感情の行き場や抑制が利かないのである。

 

彼はこんなシエスタを見ても、まだとっさの癇癪から起きた溜飲が下がらないのか、掲げた杖を止められないでいる。

 

あわやシエスタは一生モノの傷か、それとも手打ちかと緊迫した場に、どこからか鉄球が飛んできて、スコーンと音をたててギーシュの頭に当たり、軽いこぶを作った。

 

「な…誰だいったい!!」

 

「…そこまでにしとけよ。」

 

憤慨するギーシュへえらく低く遠い位置から幼い声が聞こえてきて、全員がそちらを向くと、その視線の先でヴィータが小屋の壁に背を預けて座っている。6~7歳ほどの体格の彼女にはサイズが合うメイド服がなかったのか、私服にカチューシャだけをつけて、マルトーの件の罰仕事をしていたようだ。片方の手には今ギーシュに投げたものと同じであろう鉄球を持って振り向いた人たちを見つめ返している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

そして仕事のご褒美なのか。彼女の口にはルイズが先ほどはやてに食べさせたかった好物、クックベリーパイの食べかすが付いていた。それを手で拭うと、相棒である鎚を担いで立ち上がり、シエスタとギーシュのもとに近づいて来る。

 

ふたりの間に入ってギーシュを見上げるヴィータに、誰もが呆気にとられている様で、音が消えた世界が拡がっていた。

 

「少しは頭冷えたか?」

 

「な、なんだねキミは! 貴族に対して無礼な…。」

 

そ返事に、はあー…と外見に似合わないため息をついてヴィータはギーシュを見る。

 

「んなこと、どーでもいいんだよ。あたしは頭が冷えたかって聞いてんだ。さっきから見てればだせえことしやがって。もともとお前が二股なんてことをしなけりゃさっきの女二人も、シエスタのねーちゃんも、誰も不幸にならなかったことだってのに…何でねーちゃんにその責任を押し付けてるんだよ、お前。」

 

これまた幼い子の会話とは思えない言葉を、つらつらと並べていくヴィータ。

 

「さっき授業でルイズが言ってたんだろ。このことを家に言えるのか?」

 

そして至極まっとうなことを言われて、周りの人間からどっと笑いが起きた。暗く固唾をのむような雰囲気が消えていく。

 

「確かにそいつの言うとおりだな! ギーシュ!!」

 

「子供の給仕に諭されてたら世話ないぞ!!」

 

「よく言ったちまっこいの!」

 

「手紙出すならおれが書いてやろうか!」

 

周りのギャラリーがギーシュを笑い、ヴィータを称える。その空気のおかげで、自身のしでかした事がようやく恥ずべきことだと自覚して、頭が冷えてきたギーシュだった。

 

しかし、このまま年端もいかない子供に諭されたまま、おめおめと引き下がるような真似を、今度は貴族と家の誇りにかけて出来なくなってしまう。

 

ギーシュにとってはこんなことこそ、手紙にして送ることなど出来ないだろう。

 

「ぐむむ…確かに、君の言うとおりだ。ボクが平民にそんな機転を利かせるようなことを要求するのも、無茶な話だったであろうね。」

 

あくまで自分が根本的に悪いとは認めないような言い方のギーシュだが、その顔には反省の色が見て取れる。だがその後の顔に、どうにかして自身の名誉を守ろうとする感情がありありと出て来ていた。

 

「しかし! それはそれとして、だ。キミ…いかに幼いとはいえ貴族に対してその口調はいただけないな。見かけない顔だが…朝のルイズの件を知っているということは、キミはルイズの使い魔の世話をしていた従者の女性と同じ…つまりはヴァリエール家の従者かな? いけないよ、そんなことでは。ヴァリエール家の家名に傷がついてしまうよ。」

 

そうして、ヴィータに諭すようにして、話の焦点を挿げ替えようとしていくギーシュ。せめてこちらも相手を諭して痛み分けだとしたいのだろうし、彼の言い分も正しい。使い魔同様に、従者の品格は主である者の教育の結果であり、責任なのだ。

 

「ルイズの家の名誉なんて知るかよ。シャマルは知らねーけど、あたしは別にまだルイズを主の主って認めているわけでもねー。あたしはあくまでも、はやての騎士だ。」

 

正直に言えば半分は嘘である。シャマルから念話でニュース! ニュースよみんな! と言った感じで喧しく飛んできたルイズの活躍は、ヴィータにとってのルイズの評価をかなり押し上げており、このまましっかりとはやてのことを思ってくれるのならば、彼女は主の主に値すると見直し始めていたのだから。

 

「主の主? ハヤテ…?」

 

ギーシュはその意味をしばらく考えていた。ルイズが主の主で、この子が主と認めている者の名前がはやて。シャマルというのが、先ほど自分が言った従者と思われる女性の名前だろう。そしてルイズが主の主ということはつまり…彼女の言うルイズに仕えている主とは……。

 

「もしかしてだけど、ハヤテとはあの使い魔の名前かい? それじゃあキミたちは平民に仕える従者だとでもいうのか!?」

 

「…だったらどうだっていうんだよ。」

 

平民、そのハヤテに対する言い方がヴィータの怒りの琴線に指をさしかける。

 

「は、ははははは! いやすまない。まさか平民に仕える従者などというものがいるなんて、そうか…これはボクが悪かったな、うん。」

 

突然笑ったギーシュに、ヴィータには何がおかしいのか解らなかった。

 

しかし、馬鹿にされているとは感じ取れたので睨む力と、心のイライラに拍車がかかった。

 

そして、そのことに気づけなかったまま告げられたギーシュの言葉が、ヴィータの感情の一線を越えてしまう。

 

「あんなかたわの幼い平民が主では、自身のことでいっぱいいっぱいだろう。君たちにまともな教育なんて出来る訳もないな。 はっはっ―――」

 

ばきゃ

 

「は?」

 

ギーシュの手にあった香水の瓶が、ヴィータの投げた鉄球で叩き割られていた。

 

「てめえ…。」

 

「き、キミ…貴族の持ち物に対してなんということを――「うるせえよ。」」

 

怒りにより瞳孔が委縮して、青い虹彩が大きくなったヴィータの瞳がギーシュをよりきつく睨みつける。その負の感情の強さは、やはりルイズの時同様に幼い子供が持てるモノではない。

 

「よくもはやてをバカにしやがったな。」

 

「上等だよテメー…あたしと戦いやがれ!」

 

一瞬の間。何を言われたかわからないギーシュがしばらくして素っ頓狂な声を上げた。

 

「…な、何だってぇ!?」

 

「はやてをバカにする奴はあたしが絶対に許さねぇ! ぶっ潰してやる!!」

 

もはや今にも跳びかかりそうな怒りを携えているヴィータと、生まれてこの方、またも一度も経験したことのない出来事に目が点になっているギーシュ。

 

「てめえがあたしの主…はやてをバカにしたことをかけて! あたしと決闘しろ!!」

 

ヴィータがギーシュに鎚の先端を突き付けた次の瞬間に、ギーシュ以外の貴族からざわめきと、驚きの声が響いた。無茶だ、勝てるわけがないと騒ぎ立てた声がどんどん拡がっていく。

 

平民の幼子が貴族に決闘を仕掛けるという前代未聞の出来事に動揺する生徒たち。これは非常に困ったと、ギーシュは頭を抱えた。

 

「まさか、テメーらの言う「ちまっこい」「平民の従者」なんて奴からの挑戦…逃げる訳ねーですよね?」

 

ヴィータはここぞとばかりに下手くそな敬語を交えて挑発してきた。ギーシュとしても勿論そんなつもりは毛頭ないが、いくら無礼な平民であろうとこんな幼子の、しかも女の子を相手にまじまじと決闘を行い、挙句に魔法で甚振るようなことがあっては、今度はそれで自身のイメージを悪くしてしまう。

 

もしそんなことがあれば、我を忘れてメイドに杖を振るおうとしていた時と何も変わらないではないか。しかも、それがどういう理由か自分を諭してくれた女の子のせいでこうなっている。どうしてこうなったのか…ギーシュは必死に事態を穏便に解決する方法を探し求めて脳内を彷徨った。

 

どうすれば…ボクの魔法で彼女を殴るようなことをしたら、それこそなんてむごい…最悪の絵面じゃないか。いや、まてよ…? そうだ! ボクの能力なら闘わなくても済ませられるぞ!! ギーシュの中で一筋の光明が差していく。

 

「いいだろう、その決闘…受けようじゃないか。場所は火の塔と風の塔の間にあるヴェストリの広場だ。悪いが先に行っていてくれたまえ。」

 

そう言われてもヴィータは何処かわからず、恋話の時にギーシュを取り巻いていた何人かの貴族によって、案内されていった。

 

残ったギーシュはというと、シエスタに向き直り彼女を許すことを改めて伝えようとしているようだ。本当に大好きなモンモランシーとの縁を取り戻す為だろうか、自身のイメージ回復のために彼の必死さが伝わってくる。

 

しかし、声をかけられたシエスタは、どういうわけかがちがちと震えて反応が鈍い。

 

ギーシュはやり過ぎたかと改めて自身を省みて、花に問いかけるような穏やかな声でシエスタへと言葉を紡いだ。

 

「どうしたんだい、メイドのキミ…? どうか怯えないでくれたまえ。安心してくれて良い…先ほどのようなことをキミにするつもりは、ボクにはもうないんだからね。」

 

「ちちち…違うんです、貴族様。」

 

シエスタが怯えている理由は、ギーシュでも、ギーシュに挑んだヴィータが酷い目にあわされてしまうものでも無かった。

 

「あなた、殺されちゃいます。」

 

シエスタが震えていた理由。それは、「ギーシュ」が「ヴィータ」に殺されかねないという不安だった。もはや自身への理不尽な怒りがどうのこうのという、シエスタ本人の話ではないのだ。

 

「な、何を言っているんだい…? そんなバカなことがあるわけないじゃないか。」

 

それでもシエスタはギーシュの腕を取って、やめましょうと必死に縋ってくる。ちょっと予想外の柔らかい感触にギーシュが反応しなかったのは、驚愕の連続ゆえか。

 

「お願いです貴族様。今ならまだ間に合います…謝りましょう? 私もついていきますので!!」

 

「やれやれ…確かにあの子をかばいたい気持ちはわかるが、キミは随分と嘘が下手だね。メイジであるボクが、あんな小さい子に負けるなんてウソでは誰も騙せないよ。」

 

そう勘違いして、さあ、離し給えと掴まれていた手を優しくほどいたギーシュは、何も知らずにヴェストリの広場へと歩いて行く。

 

しかし、シエスタは見ていた。朝、洗い場にてシグナムとヴィータが喧嘩していた時の光景を。

 

持っていた炎の魔剣のようなマジックアイテムこそ使わなかったが、彼女たちは杖を振るわずに魔法を使い、炎と鉄球を操り、人が吹っ飛ばされそうな勢いで拳や蹴りを高速で放って喧嘩をしていたのだ。嘆願して止めてもらえなければ、本当に洗い場が吹っ飛んでいたかもしれない。

 

学院に務めて数年。年期はまだまだ浅い彼女だが、ここで見てきた生徒たちの中に、あの動きについていける者がいるなんてとても思えなかったのである。

 

しかもそんなヴィータが鎚のような武器を今度は持って闘うと言っている。もしあれがシグナムの持っていた魔剣の様な物だったのならば…そこまで考えて、ヴィータに凄惨に打ちのめされたギーシュを想像でもしたのだろう。彼女ははふぅと気絶した。

 

しばらくして、周りの生徒たちが決闘を見るためにヴェストリの広場へと向かい、他の人間も散り散りになった頃、倒れていたシエスタを抱きかかえる人間が現れた。はやての騎士であり、シエスタに悪夢を見せたもう一人の女性、シグナムである。

 

「やれやれ…無茶苦茶なことをする。あまり目立ちすぎることはしたくないのだがな。」

 

シグナムは若干朝の自身の行動を棚に上げて、もうここには居ないヴィータへと小言を愚痴る。

 

「…尤も、私としてもあの場に居たら黙っていることなどできなかっただろうな。だから、ここはまだこの子に朝の借りを返していないお前に頼むとしよう。」

 

ヴィータ達が歩いて行った方をシグナムがみていると、少し日が陰ったのか、騒動の前とは違った冷たい風が彼女とシエスタの頬を撫でた。

 

「風が出てきたな。風…そうだな、念のためにシャマルに連絡を入れておくか。あいつも流石に加減はするだろうが、いつでもすぐに治療できなくては後々禍根を残したりするかもしれんからな。」

 

この世界の魔導師たちがどの程度歯ごたえがあるかわからん以上、最悪殺しかねなんしな。そう呟いた後に、シエスタを介抱するためにシグナムは去っていった。

 

「あらあら、なんだかすごいことになってきたわねぇ。あの小さな子がハヤテの従者ってことは…本から出てきた子なのかしら? ねぇどう思う、タバサ?」

 

木陰で遠くから見ていたキュルケが、親友に問いかけてみる。

 

「それは解らない……。でも、あのメイドの言うことは…多分本当。」

 

「えっ!? ど、どういうこと…? いくらドットの、メイジとしては一番弱いランクのギーシュだからってそんなことあるわけないわよ。」

 

不可思議なタバサの答えにキュルケが反論したが、タバサの考えは変わっていないようだ。広場に残った鉄球に近づくと、いつになく鋭い瞳でそれを観察してからキュルケへと手渡す。

 

「見て。」

 

「これは…あの子が持っていた鉄球? わ、すごい臭い…モンモランシーの作る香水は嫌いじゃあないけれど、流石に直接嗅ぐのは無理があるわね。」

 

なんでこの子は平然とした顔をしていられるのかしら? そんな疑問を抱きつつも、渡された鉄球を観察するキュルケはだんだんと表情に驚きが生まれていった。

 

「これ…鋼鉄なのかしら? 形もほとんど真球みたいだしすごい出来栄えね。ゲルマニアでもここまでのものを作れるか怪しいわ。」

 

「そう、すごい出来栄え…。キュルケ、これをあなたは溶かせる?」

 

投げかけられたタバサの問いの真意がわからないキュルケだったが、そう言われて挑まないのでは自身のふたつ名、『微熱』の名が廃る。そう思った彼女は、自身の魔法を全力で鉄球へと叩き込んでみる。

 

草が焼け散り、地面の土が溶けてもその場にその鉄球は残っていた。一部赤熱しているようだが、それでも溶解には至っていない。

 

「…信じられないわ。なんなのよコレ。」

 

「この鉄の球は…あの子が鎚みたいな杖をどこからか出して、『錬金』したモノ……。」

 

悔しくて、しかめっ面で歯噛みしていたキュルケの目がおもいっきり見開かれる。常に美貌を気にする彼女らしからぬその顔は、タバサにとってもすごく珍しいものだったようで、鉄球ではなくキュルケのせいで、タバサも少し目が開いていた。

 

「あの子は、2つの鉄球を空中に『錬金』して、ひとつを魔法で飛ばした。」

 

「ええっ…それ本当!? じゃあ…彼女はメイジだったの?」

 

恐らくと頷くタバサ。彼女にしては珍しく饒舌な会話が続けられていく。

 

「今朝…ルイズが気絶させたシュヴルーズ先生は、赤土を錬金して、授業中に喧しい生徒の口へ飛ばして貼り付けることがあるって聞いたことがある。それと同じことを鋼鉄であの子はやってのけている。それはつまり―――」

 

「彼女は…スクウェアクラスの土のメイジってこと?」

 

声にこそ出さないが、また信じられないと驚かされたキュルケだった。彼女は昨日ルイズが体験した様に、驚きの連続に襲われている。

 

無理もない。自分たちが杖を持った頃のような歳の子が、4乗のメイジであるスクウェアクラスだなどと、未だ3乗のトライアングルとはいえ、学園で最高クラスのメイジのひとりと自負していたキュルケにヴィータの存在は、夢や幻を通り越してもはやデマのような域の存在だ。

 

「別の属性ならまだ戦略でなんとかなるかもしれない。でも…青銅しか作れないギーシュに、鋼鉄を瞬時に生成する者の相手は多分できない。」

 

タバサの敗北の予言が、誰も居なくなった広場にぽそりと囁かれると、彼女の後ろから足音と車輪の音がひとつずつ聞こえてきた。

 

「…あんたたち、誰も居ないのに魔法なんて使って何してたの?」

 

シャマルの誘導によって、決闘の広場から離されたルイズとはやてが、かわいくお腹をならしてそこには立っていた。




シエスタ、逆、逆ぅ!
A'sのシャマルハンドはなかったことにしてはならない(戒め
なので思い出に混ぜました。

時間が取れ次第次の話へと行きたいのですが何分力不足で1話作るにもかなり時間が…
挿絵描くのの3倍以上にはお話に時間がかかってまする…。


桃色の結界破壊魔法...スターライトブレイカー+
無印~A's間のコミックにて誕生 威力とチャージ時間を延ばすことでなぜか結界破壊の効果がついてきた。
TV版で結界を吹っ飛ばしたSLBはこれ。


UA5000と総合評価100Ptオーバー、ありがてえ…ありがてえ……っ!!


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第9話 騎士たちの怒りと安らぎ

これは残酷な描写なのかしら?

私の実力では序盤はサイトのように一人か、つっかかっていかないと、主人公…もしくはヒロインであるはずのルイズの空気化が激しくて申し訳ない。

なんとかせねば…。


「諸君、決闘だ!!」

 

ギーシュが高らかに声を上げるが、周りの反応は薄い。いざ興味本位でついてきたものの、ほぼ全員がギーシュの勝ちは確信しているし、彼の魔法を良く知っている人は、そもそも勝負にすらならないだろうと考えているようだ。

 

既に噛みついたヴィータには興味もなく、どちらかというと、ギーシュがどういった行動をするのかというものに興味がある感じの生徒たちだった。

 

待ちくたびれていたヴィータだったが、どこからか飛んできた念話に少し顔を青くしている。

 

念話の内容は二つ。ひとつはシャマルに延々と言われ続けているお小言。そしてもう一つはシグナムからで、はやてとルイズがもうすぐこちらに来そうだということ。

 

シャマルの言うことはごもっともだったし、はやてに自分が闘うところを見せたくないのもあるし、何より間違いなくはやてに怒られることを確信したヴィータの顔は、まさにげんなりという言葉がふさわしい。

 

それでも譲れないものがヴィータにもあるからこそ、もちろんやめるつもりもなかったのだが。

 

そんなヴィータを見たギーシュは、彼女が戦う前から自身の無謀を省みはじめたと考え、この作戦が成功するという確信に変わっていく。そうと決まればあとは行動あるのみだと決闘を始めようとするのだった。

 

「さて、では始めようか。ルールはこうだよ。なに、難しいことはない。参ったと言うか、杖を落としたら負けだ。キミは杖を持っていないようだからね…その鎚を取られたら負けということで構わないかね?」

 

「ああ、十分だ。時間がねぇ…さっさと始めようぜ。」

 

おや? なんかおかしいぞ。と、思いつつもギーシュは杖を構えるのだった

 

 

 

場所が変って学院長室。

 

オールド・オスマンが先ほどシャマルにぶつけられなかったスケベな欲望を、秘書のミス・ロングビルに向けていつものように折檻されていたところに、意識を取り戻したシュヴルーズがノックもせずに入ってきた。

 

「大変です。オールド・オスマン学院長!」

 

「なんじゃ騒々しい。ノックもせんで全く……。」

 

目を逆三角にして怒っているロングビルに尻を足蹴にされたままの姿勢だが、慣れたものだといわんばかりにオスマンはそのままに応答している。情けない姿だがある意味すごい光景だ。

 

「決闘です! 生徒たちの間でヴェストリの広場で決闘が始まろうとしています!!」

 

「ふぅ~…やれやれ。城下町から遠いから娯楽が少ないというのは否定せんがのぉ、若さゆえか血気盛んすぎるぞい。どいつもこいつもまったく……。」

 

ふたりは真面目な話と認識したのか、ロングビルはオスマンを踏みつけるのを止め、オスマンは立ち上がると仕事机の椅子へと戻り、パイプをふかせながら話の再開をシュヴルーズに促した。

 

「それで? 決闘を起こしているのはどこの貴族たちじゃ?」

 

「そ…それがですね……。」

 

過去になかった事例ゆえにシュヴルーズ自身も言うのも口に出すのが難しいようだ。

 

「あー、落ち着きなさい。深呼吸でもしての、ほれ。」

 

すーはー、すーはー、樽の様な体型の体が膨らんで縮んでを何度か繰り返すと、シュヴルーズは落ち着いたのか、すらすらとした口調で問題の件を話し始める。

 

「決闘となった一人目の名前はギーシュ・ド・グラモンです。」

 

「グラモン家の末っ子か…やれやれ、何を言われてそんな決闘を申し込んだんじゃか。」

 

そういうオールド・オスマンにバツの悪い顔をしてシュヴルーズは報告を続けた。

 

「それが…違うのです。ミスタ・グラモンは決闘を受けた側なのです。」

 

「なんと!? ドットでしかない彼が決闘を受けたというのか。」

 

今度は見上げた心意気もあったものだとオールド・オスマンが感心し始めるが、それすらも首を振ってシュヴルーズが否定していく。

 

「いいえ、挑んだ子が一番の問題でして…その、驚かないでください。決闘を申し込んだのは平民なのです。」

 

「平民じゃと!?」

 

それが本当ならば私刑ですらない。平民からメイジである貴族に挑むなどという暴挙。それが戦場などではなく学院で起きるという珍事では、驚くなというのはいかに普通の人間以上に長年の時を生きてきたオスマンといえど、珍しい話であり無理なことだった。

 

「誰なのかね? そんな無茶な試みをする馬鹿者は…コック長のような者たちでもそんなことはせんじゃろうに。」

 

「それが……7歳くらいの小さな女の子なのです。」

 

ロングビルと、オスマンの目が飛び出したような気がした。

 

なんの冗談だこれは、わしはとうとうボケたのかとか、お伽噺の世界か夢でも見てるんじゃないかと、現実のシュヴルーズの発言が受け入れられないオスマンとロングビルのふたり。

 

「あ~…なんだ、そのな? すまんミス・シュヴルーズ、もう一度、出来れば詳しく言ってくれるかね。」

 

「え? ええ…女の子ですわ。7歳くらいの。赤い鎚を持った不思議な格好をしている子です。」

 

鎚という言葉にオスマンがピクリと反応した。

 

「鎚? 杖ではなく鎚と言ったのかね? ひょっとするともしかして…その子はミス・ヴァリエールが呼び出した平民の使い魔の知り合いではないか?」

 

「ええと、報告に来た生徒の話だとそういえばそんな話をしていたような…? ハヤテのことをバカにするヤツは私が許さねぇとかなんとか……。」

 

それを聞いて、なーんだ…ミス・ヴァリエールの使い魔関係の子か。わしもボケてなかったようじゃ、なら納得納得……。などとボケをかましていたオスマンだったが、その意味を理解して滝のように汗が流れていく。まずい、このままでは寮塔の壁のようにギーシュがひしゃげかねない。最悪の光景を予想してどう止めたものかとオスマンが様々なシミュレーションをしていく。

 

そんなオスマンの表情を見て、やはりそんな決闘は容認できないのだろうと感じたのか、シュヴルーズは事態の解決を図るために提案した言葉が、オスマンを現実へと戻した。

 

「そういうわけなので、近くの教員が宝物庫の『眠りの鐘』の使用許可を求めてい「それじゃあ!」」

 

「そうじゃ、それがあった! 許可する。書類なぞ良い!! 今すぐ、今すぐに伝えに行きたまえ!! ミス・ロングビル、これが鍵じゃ。君も行ってきたまえ!!」

 

まさに大慌てと言わんばかりにまくしたてるオスマンの剣幕に驚きつつ、ふたりの女性は学院長室を後にした。

 

パイプを深く吸うと、ふいーっと長く煙を吐き出したオスマンは、今日再び天を仰ぐのだった。

 

場所は戻ってヴェストリの広場、ついにヴィータとギーシュの決闘が始まる。

 

「では始めよう。僕は土のメイジ、『青銅』のギーシュ。よって僕の魔法で作り出したゴーレム、ワルキューレ「達」がキミの相手をする…っ!」

 

ギーシュは杖を振るうと、ワルキューレを地面から作り出した。その数7体。現在彼が作り出しうる限界にして、最高戦力である。

 

「おいおい、いきなり全力かよギーシュのやつ!!」

 

「大人げないぞ!」

 

「あいつ…まさか本当に決闘するつもりなのか!?」

 

もちろんギーシュにはそんつもりなどない。これはいわば威嚇だった。

 

ギーシュの狙いはこうだ。まずは持てる力全てを持ってあの小さな従者と名乗る少女を威圧。そして恐怖に竦んだ彼女から優しく鎚を取り上げて、貴族に対する態度や、無謀な行為はいけないと優しく諭してあげる…というのが彼の考えた作戦だった。

 

こうすることで自身のイメージは器の大きい人間にも見えるだろうし、食堂での時のような酷なことはもうしない立派な貴族だというイメージ回復にも繋がるはず。そう思ってこの決闘を彼は行ったのである。

 

少女を怖がらせるのは気が引けたが、これも作戦だと割り切って杖を掲げ、ヴィータにじりじりと7体のワルキューレを詰め寄らせていく。

 

しかし、いつまでたってもヴィータの顔が恐怖に変わることはなかった。それどころかむしろ青い顔がどんどん消えて、先ほどの強い怒りが宿っていく。

 

「てめえ…こんな程度ではやてをバカにしやがったのか……っ!」

 

「へ? なんて言ったんだい?」

 

小さく呟いたヴィータの声を聞き取れなかったギーシュを無視して、ヴィータはぎりりと鎚を握ると、鎚を持った手とは逆の手を天に掲げた。

 

「覚悟しやがれって言ったんだよ! この女たらしがっ…行くぞ、グラーフアイゼン!!」

 

Jawohl(ヤヴォール)Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)Claymore(クレイモア)

 

な!? とギーシュが反応する間もなく、掲げたヴィータの手の平に鉄球が作り出されると、言葉を発した鎚でそれを地面へと叩きつけた。

 

鉄球が地面に沈み、その穴から光が迸って…大地が弾ける。

 

着弾と同時に凄まじい爆発を起こすヴィータの魔法の一つ。シュワベルベフリーゲン・クレイモア。鉄球ひとつで硬くがっちりと固められた日本ビルの一角さえ容易に吹き飛ばすその威力に、土の大地や青銅で作られたゴーレムが耐えられるはずもなかった。

 

その爆発による熱と風で7体のワルキューレはバラバラになって吹き飛び、音と砂煙、そして残骸や土砂が広場を駆け抜けていく。

 

視界を遮られ、何が起きたかわからない、というよりは信じられないままのギーシュの斜め前方から、土煙を破ってヴィータが飛び出して来た。

 

「まっ―――」

 

「テートリヒ・シュラーク!!」

 

参ったなどと言わせる気が微塵もないヴィータは、しっかり既に間合いまで踏み込んでおり、声よりも早く鎚――グラーフアイゼンを振りぬいてギーシュの胴体へと叩き込んだ。

 

めきめきと嫌な音をたて、体はくの字へと曲がり、ギーシュの口に鉄の味が広がっていく。

 

「うおりゃああああぁっ!!」

 

裂帛の気合いと共にヴィータが鎚を振り抜くと、ギーシュは土煙から突き抜け一直線に中央塔の壁めがけて吹っ飛んでいった。

 

それを見た生徒たちの驚きと、悲鳴が木霊する。

 

このまま壁に激突して死ぬのか、いや、壁がなくともこの体ではもう…ギーシュの中を走馬灯が駆け巡っていくが、彼に最後の時は訪れなかった。

 

柔らかな光の糸が集まって、飛んでいった先に集まってクッションとなり彼を受け止めたのだ。

 

「もう、やり過ぎよ! まったく、ヴィータちゃんたらもう!!」

 

ぷりぷりと可愛く怒っている(本人はいたって真面目に怒っている)のは、ギーシュが今朝教室で見たルイズの従者、ではなく使い魔はやての従者の女性だった。たしかシャマルとあの子に言われていたであろう女性だと、ギーシュは彼女をみる。その顔や体は学生にはない美しさが備わっており、ギーシュは思わず見惚れていた。今際の際かもしれないというのに、彼もある意味大した男である。

 

あぁ…平民とはいえこんな美女に抱かれて死ねるのかと、痛みと呼吸困難で良く解らない考えになったギーシュが感慨に耽っていると、シャマルがこちらを向いた。そこには憐れみや死に逝く者への表情がなかったどころか、酷く面倒くさそうな顔をしている。そんな彼女の表情のせいでギーシュが悲しみに飲まれて意識を失いかけたところで、体が翠の光に包まれた。

 

「―――ガハッ、けほけほっ…こ、これは!?」

 

ギーシュの体から痛みが消えて、呼吸が整っていく。

 

「これは、治癒魔法!? あ、貴女は、いや! 貴女たちは一体……?」

 

何者なんだ? と尋ねようとしたが、目の前にぬっとあらわれたグラーフアイゼンを見てギーシュは竦んでしまった。

 

「ひいっ!?」

 

「そこまでよヴィータちゃん。これ以上しても、もう私は治してあげないわよ。はやてちゃんに嫌われたって知らないんだから。」

 

後ずさったギーシュを別に庇うわけではなかったが、シャマルはヴィータを止めた。正直彼女自身もヴィータにかなり怒っているのである。せっかく今朝の授業ではやてと魔法を隠して使ったりしていたのに、すべてが水の泡になってしまったのだから、それも当然か。

 

「…(ワリ)かったよシャマル。」

 

ヴィータはギーシュを一瞥すると、広場の中心へと戻っていき、どすんとグラーフアイゼンを剣のようにして、体の前の地に立てると周りの人間を見てから喋りはじめた。

 

「今みたいに気に入らねえ奴をあたしはぶっ飛ばす人間だ。そんなあたしが騎士として、はやてに仕えてんだ。この意味…解るか?」

 

生徒たち全員が息をのんでヴィータの声を聴いている。

 

「確かにはやてはこの国じゃ平民って存在だよ…足だって動かせねえ。でもな、あたしらはそんなはやてを主と認めて慕ってんだ。身分のせいでもなければ、力でなんかでもねぇし、金で仕えているわけでもねぇ。1年前までは出会ってもいなかったんだ。」

 

自慢の主の話をしているヴィータの顔に、すごく薄くだが笑みが広がっていく。目は依然鋭いままのせいか、それは挑発しているようにも見えた。

 

「そんなはやてみたいなこと…権力も、力も金も使わないで自分より強い人間を従えるなんてこと、この中に出来るやつが一人でも居んのか?」

 

そのヴィータの問いに、出来ると答えられたものは、誰一人としていなかった。

 

「…それが出来ねーのに、はやてをバカにするやつはこの鉄槌の騎士が許さねぇ、覚えとけ。」

 

そういって広場を後にしようとしていくヴィータと、続いていくシャマルをつんざくような大声が呼び止めた。

 

「こぉらぁ、ヴィータぁっ!!!! なんてことしてるんやほんまにもう!!!!」

 

あの小さい体のどこからこんな声が出ているのか、そんなびっくりするほどの大声で彼女たちを止めたのは、主と言われたルイズの使い魔、八神はやてその人である。キュルケとタバサから事情と場所を聞いた後、走るルイズより速い速度で車椅子を動かしてここまで駆けてきたのだ。

 

そしてものすごい速度でまた車輪を走らせて彼女たちに近づくと、ヴィータの鼻を思いっきりつまみ上げた。

 

「なんの為にルイズお姉ちゃんに私が今朝、お願いを聞いてもろたと思うてんの!? こないなことさせなくていい為でもあるんやで!! なのにもう、なんで自分から争いごとつくってるんや!!」

 

「うえぇえ、はやへ、いひゃい…いひゃいぃ~。 らっれぇ…らっれえぇ~。」

 

一通りはやてが怒り終えて鼻を離すと、ヴィータとシャマルの弁明が始まった。いつの間にかシグナムまでも来ている。

 

「だって…あたしにははやてがバカにされるのはやっぱ我慢ならねーもん。」

 

「私としてもちょっと…。今朝の時はルイズ様が止めてくれましたけど、あのままだったら私もどうなっていたか。」

 

「ヴィータにすべて任せましたが、私も同じ意見です。主はやてが理不尽な扱いをされていて、黙っていることは出来そうにありません。」

 

どうやらそこを譲ることだけはできないようだ。はやてはため息をはくと、3人をちょいちょいと手招きして近くに寄せて、まとめてぎゅうっと抱きしめた。

 

「まったく、こまったちゃんやみんな。……でも、ありがとう。」

 

目を閉じてそんな3人に頬を寄せているはやての香りが、3人の心にしみわたっていく。

 

「せやけど、こんなカタチはやめてな? いじめみたいにしたり、甚振る姿のみんななんて私は見とうない、お願いや。言い方はちょい悪いけれどあしらう程度でこれからはお願いな。」

 

「…うん、わかった。」

 

そうヴィータが答え、シグナムとシャマルが頷くと満足したのか、はやては彼女たちから離れて、今度はギーシュのもとへと車椅子を進めていく。

 

「貴族のお兄さんも、私の家の子が迷惑をかけました。幸いケガの痕も残ってないみたいやさかい、どうか許してください…お願いします。」

 

ギーシュはびっくりしていた。彼女の礼節や振る舞いにではない。勝者である者の主人が、敗者である自分に頭を下げてきたことにである。

 

基本的にこの世界の決闘とは、そういったことをしなくて良い為のモノだ。自身の考えや主張、名誉を守る戦いであり、ヴィータはそれに勝ち、はやての名誉を守ったのだ。

 

なのに、その主人のはやてが自身の名誉をある意味捨てて、今敗者である自分にこうして頭を下げている。なんだか気が抜けていくギーシュだったが、はやては更に彼をびっくりさせてくるのだった。

 

「私の名誉なんて、どうでもええんです。ただ…余計なことかもしれませんが、私の為に頑張って手にしてくれたヴィータの勝利で、どうかこのお願い聞いてもらえないでしょうか。」

 

そう言ってはやてはギーシュの杖を拾って彼に渡し、改めて頭を下げた。

 

「キュルケさんやタバサさんに聞いたんやけど、二股はやっぱよくないと思います。せやから、メイドさんのせいとかにしないで…後で泣かせてしまった二人に謝ってはもらえませんやろか? 私も女の子ですんで、そんなことをされたふたりが今とても辛くて…悲しい気持ちになっているのが解るから。」

 

ギーシュとモンモランシーにケティ、自分とふたりの為に無関係な自身の名誉すら投げ出すはやてが、ギーシュにはとてもまぶしく見えた。彼女の心は例えるのなら、まるで慈愛の結晶のようだとその姿に感動さえ覚えている。

 

そして、そんな女性の名誉をこれ以上受け取ることなんて、貴族として出来なかった。

 

「申し訳ないけれど、キミの名誉を代わりにしてそんなことを受けるなんてこと、恥ずかしすぎてボクには出来ないよ。キミの、ミス・ハヤテの名誉はそのままに、そのお願いを寧ろボクから誓わせてほしい。」

 

そう言ってギーシュは、立ち上がってはやてに握手を求めて右手を差し出してくる。はやてもそれに応え、握り返して軽くぶんぶんと振って、今言ったことの約束の証である二人の手が強く、しっかりと繋がっていることを確かめ合った。

 

「この勝負、言うまでもなくボクの負けだ。でも、大切な何かを今教えて貰えた気がするから、むしろ負けたのに得たものがあってすごく不思議な気分だよ。ははは…殺されかけて、命を救われてから気づいてるようでは、僕もまだまだ理想の貴族には遠いな。」

 

「あはは、でも、今のお兄さんは十分格好いいと思います。素直に謝るいうんはとても大変なことかもしれませんけど、頑張ってくださいね。」

 

そんな二人のやり取りを最後に、決闘は完全に終わった。

 

「すごいわねルイズ、あなたの使い魔。従者の事もそうだけど…とても平民には思えないわ。」

 

男の子だったら絶対ほっとかないのに…などと非常に残念がっているキュルケ。

 

「そうね。正直、私はあの子の上に立たなきゃいけないのが、ちょっと不安になるくらいよ。」

 

自身の使い魔を褒められたというのに、ルイズは少し複雑そうな顔をしていた。彼女が珍しく弱音をこぼすほどに、はやてとヴィータ達の関係は主従として理想的で、羨ましいものだったのだ。

 

「………。」

 

そして、何か宝物を見つけたような顔でシャマルを見つめ続けているタバサが居た。

 

 

 

「なるほどなぁ、発酵か…そういう発想もあるんだな。」

 

「ええ、私の国では結構使われているものなんです。あ、せやかてなんでもかんでもしたら駄目ですよ? 大抵のものは腐ってしまうだけですから。」

 

闘い終わって厨房、あらためて昼食の代わりにと何か賄いを貰いに来たルイズたちとはやてたち一行。

 

そんな中、マルトーとはやてが料理談議に花を咲かせていた。基本それぞれの家庭の味として出る点…目分量の色が強い料理をするはやては、マルトーの隠し味の分量や、加減の厳密さから出来る味の深さを学ぶ事で、全てをそうするつもりはないが、自身の料理に混ぜ込もうとしていた。かたやマルトーは、はやてから様々な食材や調理法の知識と、新しい料理として日本の料理を学んでいた。

 

「それにしてもトーフってのはすげぇなぁ。作る過程でオカラってのが出来て無駄がねえし…途中のトーニューってのもあわせて、食い方も随分と色々あるみてえじゃねえか。」

 

「ふふ、おまけに健康やお肌にもええから、女の子なんかには大人気ですよ。」

 

ふたりの会話は豆腐のつくり方などという料理どころか、食材から作るという大分マニアックな領域に突入しようとし始めたところで、ルイズが止めに入った。

 

「はいはい…話に熱が入るのは解るけれどハヤテ、私たちはこのあと待ってくれているオールド・オスマンの所へ行かなければいけないんだから、早く食べなさい。」

 

「あわわ、せやった…ごめんなルイズお姉ちゃん。」

 

そう言ってマルトーとの会話を一度謝って区切り、まくまくとハヤテはスープとパンを食べ始めた。

 

二人はオスマンから遣わされたコルベールによって呼び出しを受けていたのである。

 

しかし、呼び出しに来たコルベールの話を聞いていたはやてとルイズ、ふたりのお腹がなってしまった。もじもじとしながらふたりは事情を説明して、なにかを口に入れてからでお願いしたいと頼み込んだのだ。

 

空腹を理由に学院長からの呼び出しを伸ばしてもらうという、かなりの無茶を頼んだルイズとしてはなるべくはやくここを離れて、学院長室へと向かいたかったのである。

 

「で、なんでアンタ達までまだここに居るのよ。」

 

そういって、目立つ髪をしたふたりのキュルケとタバサをルイズは見た。

 

「いいじゃないの、別に何かしようってわけでもないんだし。」

 

「気になることがあるから。」

 

そう言って、ヴィータたちの方を見るタバサ。

 

「ん、あたしたちになんか用か? です。」

 

コクリと頷いて、タバサはシャマルの前に立った。

 

「あなたの魔法が…一番気になる。」

 

「えっ…わ、私ですか? ええーとタバサちゃん、だったかしら? 私はあまりふたりに比べて強くなんてないのよ?」

 

そう言われてふるふると首を振るタバサに、ヴィータが追い打ちをかけた。

 

「いやー、そうでもねーだろ…確かに真っ向勝負じゃ負けるとは思ってねーけど、シャマルを怒らせたら直接―――」

 

(ヴィータちゃん? 私たちの魔法はあまり公にしてはいけないって、ルイズ様に言われたでしょって…何回言えば分るのかしら?)

 

シャマルの念話がヴィータの口を縫い付けた。タバサは、黙ってしまったヴィータのことは気になったようだが、本来言いたいことの方が先にあったので置いておくことにする。

 

「私が気になっているのは、貴女がギーシュを癒した魔法のこと。気のせいでなければ…ルイズの手も治していたのは、同じ?」

 

タバサが聞きたかったのはシャマルの強さではなく、どうやら癒しの風の様だ。

 

(鋭い子だな…シャマル、気を付けろ。このタバサという子は、どうやら他の貴族の子供たちとは違う。彼女の目は…何か深い決意が宿った戦士の目の様に私には見える。)

 

(そうね…困ったわ。癒しの風について何を聞かれるのか解らないし、応えられることや出来ることなら助けてあげたいけれど……。)

 

念話をシグナムと交わしてタバサを警戒してから、シャマルは相手に探りを試みた。

 

「もう鋭い子なんだから。それで、タバサちゃんは私に何を聞きたいのかしら?」

 

「あの治癒魔法は…何を直せる?」

 

タバサも少しあいまいな質問をすることで、引き出せる情報を多くしようとしていた。彼女も本日初対面の人間を信用してもらえるとは思っていない。それゆえ、多少強引でも話術で聞き出すしかないのである。

 

きっと強引に連れて行くのは…無理。そんな考えもタバサにはあり、戦っても勝てないというのが話術で挑んだ理由にあった。しかし、だからといって引き下がれるような話でもなかったのだ。ヴィータ達がはやてを護りたいのと同じように、タバサにも護りたいものがあるのだから。

 

しかし、それはタバサを警戒しているシャマル同様に、このことは親友となったキュルケにもまだ話せないことだった。

 

「あ、シャマル。私もそれ気になっていたのよ。良ければ教えてくれないかしら。」

 

すわ手の内や心の探り合いかとなる所で、話にルイズが入ってきた。

 

これは困った…他人ならともかく主の主にまで隠し事はさすがにまずい。たらりと嫌な汗がシャマルのうなじ辺りを垂れていく。

 

もういっそ全部簡単に話してしまうよりも、直接何がしたいのか聞いた方がいいと結論付けて、シャマルは癒しの風の効果の説明を始めた。

 

「うーん…難しい質問ね。体力、ある程度の精神力、傷とかは治せるけれどー…ここまでふたりとも気にしてるってことは、知りたいのはそういうことじゃないわよね?」

 

コクコクとふたりして可愛く首を振る学院二年生最少組。

 

「じゃあ、こっちから聞いちゃうけれど、二人は私に何を直させたいのかしら。」

 

「私は…」

 

タバサが口を開こうとしたところで、バン! と、厨房の扉が乱暴に開いた。

 

「ミス・ヴァリエール!! まだですか! そろそろ来ていただきませんと今度は夕食の時間が過ぎてしまいますぞ。」

 

ずかずかと入ってきたコルベールはルイズの前まで来てまくしたてた。

 

そんなコルベールを見たヴィータが、今ここに居ないザフィーラと闇の書以外の八神家の面々と、主の主であるルイズに念話で「せっかちだなぁ。そんなに時間経ってねーだろうにさあ…こんなんだからこのおっさん、何でもかんでも気を揉みすぎて、頭が薄くなっちゃったんじゃねーの?」などと言おうものだから、さあ大変。

 

思わず吹き出しそうになる念話を受け取った全員。コルベールはそんな彼女たちを訝しみ、マルトー達はむせたのかと水を用意しようとしたが、ルイズがそれを止めた。

 

「く、くくっ…す、すいません、ミスタ・コルベール。今向かいます。ええとタバサ、申し訳ないけれど後で…そうね、全員の紹介もちゃんとしたいし、虚無の曜日あたりにじっくりってことで、どうかしら?」

 

「構わない。」

 

ルイズは必死に笑いをこらえながらタバサへと約束をとりつけた。

 

仮に望みどおりの結果が得られても、タバサにはその後をどうにかする術がなかった為に素直にうなずいた。目の前まで来たチャンスを逃したかもしれなかったが、焦ることでもないのだ。

 

こうして彼女たちは食事を終えて出て行き、キュルケとタバサは授業へ。ルイズとヴォルケンリッター達、そして闇の書は全員そろってオスマンのもとへと向かって行った。




ギーシュさんお疲れ様でした。
おかしい。プロットの半分しか進んでいない。
さてこれからどう進めようかな。
10話でちょっと脱線も考えていますが、とりあえず虚無の曜日に行きたいです。

書いてるうちにUAが6000超えてた! ありがとー!!
次は明日…とはできません。ごめんなさい。


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第10話 安らぎの時

ちょっと短め。

リインフォースを当時調べて最初に建築関係が出てきて「えぇ?」ってなったのは私だけではないはず。


「揉め事は困るというとるじゃろうが…」

 

ルイズたち一行がオスマンの部屋に着いてから、開口一番に言われた言葉がこれだった。

 

どうやらかなり気をもんでいたようだ。ひょっとすると、コルベールが焦っていたのも同じ理由なのかもしれない。

 

「すんませんでした。でもよ、あたしらの気持ちだって解ってくれよ…。この国の王をバカにされたらじーちゃんだって嫌だろ?」

 

「せやからヴィータ…私はな――」

 

謝りはしたが、どうしても譲れないヴィータをと、なんとか嗜めようとするけどはやて。

 

そんな少女たちのやりとりを手を軽くあげてオスマンが止める。

 

「あー、もうよいよい。こちらに全く非がないわけでもないからのう。しかし、この国…いや、世界で見ても平民に仕えるメイジの従者というのはまず無いことなんでの。今日の噂を聞けばもうあんなことになるとは思わんが、また軽はずみにちょっかいをかけてくるやつもおらんとは限らん。ヴィータとやら、その時はどうかもう少し穏便に頼む…。」

 

そういってオスマンがヴィータを見つめると、その案なら…と納得したのかヴィータが頷いた。

 

「わーったよ、はやてを助けてくれるオスマンじーちゃんの頼みだもんな。グラーフアイゼンだけで戦ってやるし、怪我も骨の一本くらいにしといてやる。」

 

「「ヴィータ!!」」

 

解ってるのか解ってないのか、ルイズとはやてが再び叱ろうとしたが、オスマンは構わないという顔で話を続けた。

 

「ほっほ、それで構わんよ。むしろそのくらいが丁度いい塩梅かもしれん。」

 

そういうオスマンの顔にええ!? と、驚きの顔が隠せず、今度はこちらが素直にそれをよしと出来ないルイズとはやて。

 

「生徒たちが血気盛んなのは別に良いことなんじゃが、どうも勇気と無謀をはき違えておる奴が多くていかん。自身の徳や格についても、見下すことでしか示そうとしない子も多い。」

 

決闘のはらはらのせいか、長々と話して喉が乾いたのか、オスマンはいつものパイプではなく、水の入った吸い飲みで喉を潤した。

 

「情けない話じゃが、教員も魔法ばかり教えてその辺がどうもなっとらん。こっちはワシが何とかするつもりじゃが、それでもすぐにはいかんじゃろう。だから、いい薬としてそのくらいはむしろやってくれて構わんよ。なぁに、死なないでその機会を学べるのじゃ。むしろ幸せなことじゃろうて。」

 

「じーちゃん、話がわかるじゃん!」

 

そういって笑うヴィータと孫をみるような目のオスマンだったが、戦いという世界に遠いはやてだけは最後までこの件で苦笑いより先になることはなかった。理解はできるが平和な日本で、尚且つ武道やスポーツの世界からも遠かった彼女には、いまいち納得ができないのだ。

 

「それと…君たちの扱いについてなんじゃがの? このまま単なる平民と奴隷や従者と思われていては、生徒共はともかく何かと変な軋轢を生みかねん。よって、それらを解消するなんらかの身分を持てる策を講じたいのじゃが…何か案はないかの?」

 

「闇の書無しで、かつ異世界じゃないもので、ということか? ならば…未知の地域の魔法、もしくは一族というのはどうだろう。」

 

いまだすこしぷるぷると、正座をしていた反動で足がしびれている中腰と起立の中間のような闇の書が、内容を絞り込んで案を出していく。

 

「一族というのは駄目だろうな。私という異例がいるし、なにより先ほどの決闘でヴィータが言ったことを考えると、主はやてにつき従うという理由も当たり前ということになってしまう。」

 

ザフィーラがそれに異を唱えて絞り込んでいく。

 

「だったら、未開の地と言う方を使いましょう。正直貴族の私としては…身分を(たばか)るのは嫌だけれど、アンタたちの魔法は異質すぎるし…全員平民ですなんてことになったら、アカデミーの連中が強引に知ろうとして来るかもしれないし。」

 

探究心の塊のような姉さまなんかが特に…と最後にぼそりとつぶやくルイズ。

 

「ふむふむ…そうねぇ、でしたら東の地というのはどうかしらルイズ様? 貴女に聞いたお話だと、東方の地域は始祖が現れて少ししてからはずっと交流がなくって、今では資料も残っていないのよね?」

 

「そういったところでしたら、われらの魔法も汎用性を削ぐ代わりに一点に特化させることで強力にした、東方の風習の魔法として、ランクとは関係のないものにできるでしょう。あとの問題は杖がなくて魔法が打てるという点か……。」

 

シャマルが残った案の具体例を挙げて、シグナムが付け足した。

 

「せやったら、みんなデバイスを持って魔法を使ったらええんちゃう? ベルカの騎士は幸い近接に特化した傾向が強いし、それに合わせて武器を杖に見立てる技術が発達したっつーことでどや? ザフィーラはこっちの世界にも亜人とかいう種類の人や、先住魔法っちゅうのが使える動物もいるみたいやし、気にせんでもいいと思うよ。」

 

はやてが家族の解消できない問題を、歳とは不相応に回る頭で解決していく。しかし、ここでルイズが問題点を指摘してきた。

 

「でも、闇の書はどうやっても言い逃れができないから仕方ないけれど、アンタたちがここに来たことの説明はどうするのよ?  昨日の今日で東方、ロバ・アル・カリイエの人間が来ましたなんて説明できないわよ?」

 

「うーん、そこはじゃあ闇の書が人間やないって知られてるんを逆手にとって、それこそ彼女の力と言うことにするのはどうやろか? 逆…そのロバなんとかに行きたい~、なんて言われても困るから行くことはできない、あくまで呼び出し専用っちゅうことで!」

 

改正案が出来上がり大体の方針が決まったところで、はやてが闇の書をまじまじと見ていると、彼女は首をかしげた。

 

「我が主…何かご用でしょうか? なにやら真剣な顔をして私のほうを見つめておられますが。」

 

「んー…あのな? 昨日からずっと思おとったんよ。」

 

仰々しく考えるポーズをしてはやては闇の書に尋ねた。

 

「闇の書って…名前とかないんか? なんか物を呼んでるみたいで私、嫌や。」

 

そういわれて目をぱちくりとする闇の書。体型は同じくらいなのに、シャマルやシグナムと比べてどうもしぐさに幼さが目立つ。

 

「名前、ですか…そうですね。私は人の形をとっていますが、シグナム達とは違いあくまで管制人格であり本体は闇の書ですので……壊れる前も後も、なかったと思います。」

 

「なんや悲しいなあ…。せやったら、私とルイズお姉ちゃんでつけたろうか? なーんて、流石におこがましすぎやんな。」

 

そういわれてわたわたとあわててそれを否定する闇の書。しぐさ以前に、どうもやはり人としてのコミュニケーション経験が不足しているようだ。

 

「と、とんでもない我が主! 身に余る幸せです…よければ、ぜひ!」

 

そんなわけで、今度は闇の書の名前付けが始まった。

 

「闇の書ねぇ。私が名前を付けるのは、なんだか昨日の今日だから悪い気がするわ。ヒントというかアドバイスならしてあげられると思うからはやて、あんたがつけなさい。」

 

「そっか? そんなら遠慮なく。ありがとなあお姉ちゃん。」

 

いつの間にか はやて と正しく発音できるようになったルイズに、お姉ちゃんとだけストレートに呼ぶことがちらほら混じり始めたはやてが相談していく形で闇の書の名前が決まっていく。

 

「シグナム達のベルカ式魔法を聞いてるとドイツ語っぽいけど、私ドイツ語解らへん。かといって日本語ってのも見た目考えたらへんやろうし…英語かなあやっぱ。」

 

「人じゃないとはいえ闇の書も女の子よね? だったら闇だのなんだの物騒なものは取り払って考えるべきじゃないかしら。」

 

ぶつぶつと話し込む二人に、闇の書がひとつだけ、とお願いをする。

 

「主の主と我が主、もし許されるのであれば…人の名前でなくても構いませんので、私の存在や機能を含む名前を頂けないでしょうか…私自身、その名前を名乗ることに誇りを持てるようになりたいのです。」

 

「へえ、アナタ…なかなか良いこと言うわね。そうね…貴方の能力だとやっぱり一番すごそうなのは融合かしら? 今は暴走しちゃうみたいだけど。」

 

「融合、融合かあ…どっちかっちゅうと、私がおんぶだっこされとる気がするんやけどなぁ。あ! それやったら支えてくれるって点からこんなんどうやろ?」

 

ちょっと物っぽい名前なんやけどな…とはやては付け加えて名前を発表する。

 

「リインフォースってどや? 支えるとか強化するって意味があるんやけどな? 今はちょお名前負けかもしれんけれど、いつの日か…私とちゃんと融合できるようになった日にはぴったりな名前になると思うんよ。」

 

「それ、いいわね…どう、アンタとしては…不満?」

 

不満どころかむしろ感極まっている様で、ぽろぽろと涙を流しているリインフォース。

 

「ありがたく…頂戴いたします。」

 

そんな脱線からのちょっぴり良い話をもって、思った以上に学院長室での秘密の話し合いは終わった。

 

 

 

「…はぁ」

 

所変わってここは風呂。とはいえ、貴族たちが入浴できる風呂場ではない。

 

夕食後にマルトーたちから不要になった大きめの鍋をたくさん頂戴して加工し、無事二人に謝り終えたことを報告をと、はやてとヴィータを探していたギーシュに頼んで『錬金』で接合と整形してもらって作った巨大な五右衛門風呂である。

 

この時点でヴィータがどうして錬金しないのかとギーシュに聞かれたが、早速先ほどオスマンと取り決めた嘘が活きた。彼はこの話を聞いて、乙女が身を美しく保ちたいのは当然だと快く応じてくれたのだ。

 

そんなこんなで完成した風呂の中で、お風呂好きな赤紫の剣士がうなだれていた。

 

「私の剣は…我が剣は、こんなことに使うものでは……!」

 

そう。鍋の切断や、体の洗い場、五右衛門風呂の床となる木材の加工、全てシグナムのレヴァンティンでやったものである。一度転げてしまえばなんとやら、大好きなお風呂と大切な主の為と言い聞かせて、彼女はまた剣以外の道具としてレヴァンティンを振ったのだ。

 

最後にシャマルがどこからか覗き防止用にと、天幕に使うような大きな布を借りてきて、ザフィーラが警護に当たり学院の端に八神家のお風呂場が完成した。オスマンの許可は取っているが、もちろん彼は覗きにはこれない。

 

先ほどの話し合いの後に、「どうしても気になることが起きた時は、遠くから見てないでこっちに来てくれ。」と、シグナム達に遠見の鏡さえ見破られてしまい、もはや打つ術がなく彼は悔しさで今はいっぱいだった様だが、普段女子風呂の方も覗いているようなので大きな問題にはなっていないようだ。…いや、乙女たちから見れば大問題だし、モラルや人間的にもどうかと思うが、こちらはばれていないので問題ない。

 

むしろオスマンにとっては、ある意味ルイズたち貴族と、八神家が一緒のお風呂に入ることにならなかったのは幸せなことだっただろう。下手すれば女生徒全員に気付かれるか、いつシグナム達が入ってるかわからず二度と見ることが出来なくなっていたかもしれない。

 

助平爺の話はここまでにしよう。

 

「あはは、ごめんなーシグナム。でも…いつかのスーパー銭湯みたいにみんなでお風呂に入れて、私は幸せやで~。」

 

ぷひぇ~となんだか間抜けで気の抜ける息を吐いて、シャマルの膝の上で彼女の胸をまくらにしているはやてだった。

 

「申し訳ありません主はやて。正直…複雑です。」

 

そんな言葉を頂いても喜びに天秤を傾けられないあたりに、シグナムの心の在り方が見て取れる。

 

「頑固だよなー…お前は本当に。あたしを見習えよ、アイゼンでじーちゃんばーちゃん達とゲートボールしたりしてたじゃねぇか。そーいやオスマンのじーちゃんも教えたらあたしとやるかな?」

 

「いや…それもどうなんだ、紅の鉄騎よ。」

 

思わず突っ込みを入れたリインフォースに、ヴィータはジロリと彼女を見た。

 

「なーリイン、ホース…フォースか? その言い方止めろよな。」

 

「…え?」

 

古の時代よりずっと今までこの呼び方だったのに何が気に食わないのか、ヴィータはじとーっと、半開きの視線で彼女を見続けている。

 

「なんだか、他人みてーじゃねーか…一緒にはやてを護るようになったってのにさ。」

 

気まずそうな顔をして、目をそらしたヴィータの口から小さな声が漏れる。

 

「そりゃあ、あたしが一方的に嫌っていたのは悪かったけどさ…シグナムたち三人ともあたしは仲良くなれたんだ。」

 

ヴィータがぶくぶくと沈みながら呟いていく。

 

「お前とも、ちゃんと仲間になりてーんだよ。」

 

「………。」

 

そういわれて、リインフォースは優しげな笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でた。

 

「ごぼ…がぼぼ!」

 

「あ。」

 

…相も変わらずコミュニケーションのタイミングが悪い。

 

「てめー! なにしやがんだリインフォース!! 今までの仕返しかこのやろー!!」

 

手で前も隠さずヴィータがざばりと立ち上がって、鼻に水が入ったのか半べそでわなわなと震えている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いや…その、なんだ。すまないヴィータ。」

 

「…ふん! 大体あたしの頭ははやて以外は撫でるの禁止だ。……よろしくな。」

 

裸の付き合いが、腹を割って話すきっかけになって長年のわだかまりを消していく。

 

「はー…しかしこんな使い方が鍋にあるなんて、知らなかったわ。それになんだか結構熱いけど、この湯加減がまた何とも…ふぅ。」

 

少しまだ八神家の面々には馴染みの薄い声が響いた。そう、ルイズである。彼女は現在貴族の風呂に行かず、なぜかこの五右衛門風呂に居る。

 

「なんでルイズまでここに居んだよ。」

 

「い、良いでしょ、どうしてだって! 大体、誰のおかげで石鹸とかここにあると思ってるのよ全く!!」

 

そういう彼女の顔はずいぶんふにゃふにゃだ。どうやら思ったより江戸っ子で、すっかり日本の色が強い熱いお風呂が気に入ったようである。ここにいる理由は、単純に自分以外の人間…はやてたちが自分を置いて和気藹々とお風呂に行くのが寂しかったようだ。

 

しかし、自分より下々な者たちにお願いなどプライドの高いルイズにできる訳もなく、「ししし仕方ないわね!」とかお決まりの様なツンデレセリフを言いながら、石鹸やヘアシャンプーを持って行き、届けるついでという理由で一緒にお風呂に入っている。

 

「あはは…感謝してるでールイズお姉ちゃん。 お姉ちゃんも気持ちよさそうやなぁ。」

 

「ええ…私も次からはこっちがいいわぁ。」

 

取り繕った理由は何処へやら。こちらでもある意味腹を割って話している使い魔と主だった。

 

「ふふふ…えいっ!」

 

「ひゃ!? は、はやて!? なななな何すんのよ!!」

 

浮力のせいか、すすすーっと、お湯の中を手で動いて近づいたはやてが、ルイズの胸を揉んだ。

 

「おー…ないわけでもなく、というより…なんか抑圧されとる? もしかしてルイズお姉ちゃん…ここも何か原因があって、それを取り除いたら大きくなるんやなかろうか。」

 

「なっななななな…何言って……!! だっだだだだ大体ああアンタにどうしてそんなことが…わか、わか……っ!!」

 

いくらあっという間に親しくなったとはいえ、流石にルイズにもこれは予想外のことで、顔が髪の毛よりもピンク、というより真っ赤に染まっていく。

 

「くふふ…私は意外と胸に対しての知識は深いんよ? そんな私が言うんやから間違いあらへん、ルイズお姉ちゃんは育つ! だから希望をなくさず、頑張ってや!!」

 

「ききき、貴族様の胸を揉んで何意見してーーひゃっ!? あっ…ちょっ……ん、何を。」

 

そう言い終えるとはやての指がもにもに、もにもにと動き始めた。彼女なりのバストアップ貢献のつもりである。

 

「ふふ、日本のお風呂は無礼講やで、お・ね・え・ちゃ・ん❤ 裸のお付き合いに身分なんかあらへんよー。そ・れ・に、胸をこうしてやるんは…結構成長につながるんやで~♪」

 

「そ、それ…ほん、うっ…! で、でも…でもっ! や…やっぱりだめーーーっ!!」

 

そういってルイズは手を掲げたが、そこにもちろん杖はなかった。

 

「あ、杖…はれ?」

 

杖がなくて魔法が唱えられないままに、立ち上がったルイズの意識が薄れていく。 彼女には馴染みの薄い熱いお湯で体を温めすぎたルイズは、はやてのマッサージ辺りで既にのぼせており、頭も体も血管が太く開いていた。そんな状態で急に立ち上がってしまったものだから、下半身にどっとまとめて血が下がって脳の血圧は一気に低下。あっという間に酸欠を起こしたのだ。

 

ただでさえ朝に弱い、低血圧がちなルイズである。こうなるのは当たり前だったかもしれない。

 

ばしゃーんと音を立てて、かわいいお尻を半分浮かべながら、ルイズはお湯のベッドに俯せにダイブした。

 

「わわわ、やりすぎてもうた!? ルイズお姉ちゃん、大丈夫か!?」

 

この日はやては、初めてルイズに本気で怒られた。流石に乗馬用の鞭で叩かれるようなことは無かったが、拳骨をおもいっきりくらった。しかし――

 

「人に本気で怒られるのなんて何年振りやろ。あははは。」

 

などとはやてが泣いて笑うものだから、ルイズはそれ以上何もできずに結局そのまま一緒に眠った。新しい部屋のベッドと前の部屋のベッドをくっつけて、はやて、ヴィータ、ルイズ、リインフォース、シグナム、シャマルで州の字で気持ちよくみんな夢の世界へと溶けて行った。

 

ひとり残される形となったザフィーラは人の姿になって、全員の後に烏の行水に近い程度に風呂へと入り、風呂桶を洗うと狼の姿へと戻ってから前の部屋の番へと向かい、そこで眠るのだった。

 

ちなみに彼はルイズが目を覚ました後に、もとから喋るのならアンタは韻竜みたいなモノなのかしら? だとしたら…韻獣ってことにする? と、言われてなぜかその語感が非常に嫌だったので、これまで通り東方の習慣とし、守護獣、青き狼としてほしいと頼んでいた。

 

 

 

この世界に来てから初めての休日、虚無の曜日が訪れる。

 




1月16日9;45追記
ルイズの胸は単に私がカトレア好きなだけなので、あまり深く気にしないでください

虚無の曜日までたどり着けない!
学院の人間はマジでもう少し人間性の授業を説こうよ…貴族同士ですらあれなんだもの。

なんかお気に入りもU.Aも総合評価も増えてる!?
感謝、感謝…!! 感謝に挿絵!! でも、R-15とかになっても嫌なのでギャグ寄り(・ω・`)ゴメンネ

なのポだとヴィータ呼びだけど、StSのドラマCDでは半々。
というわけでそのへん使わせていただきました。


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第11話 時には休みも大切

遅くなりまして

誤字脱字の修正ありがとうございます。

相変わらずヴィータちゃん動かしやすすぎ問題。そしてやっぱり時の流れが遅い…。


虚無の曜日、それは学生たちにとっては待ちに待った週に一度の休日である。

 

羽目を外して思う存分はしゃいだり、自身を高める鍛練や勉学に時間を費やしたり、首都に出てショッピングをしたりと、理由は各々様々だが生徒たちには、授業のある普段のスケジュールから解放された行動がとれる日なのだ。

 

「えーと、街に行きたいのは誰かしら…ってかキュルケ、なんであんたまで……。」

 

「あら、タバサとの仲の良い私がここに居るのは、当然の事でしょう?」

 

そんな多くの生徒達同様、ルイズもタバサとの虚無の曜日の約束を城下町でお茶でも飲みながら…と、思っていたらキュルケがついて来ようとしていた。興味をもったものに何かと首を突っ込むことの多い彼女がそうなるのは、ある意味当然といえば当然のことだった。

 

「ちなみにあたしはタバサのシルフィードにのせてもらうからね。あっちは多分あと3人くらいが限界よ。」

 

「手や口でいいのなら…もう少し。」

 

流石にそれはどうなのよ? そう思ったルイズは少し考えてると、どうせ最初から最後まで一緒というわけでもないだろうとシグナムが提案したところで、シルフィードにタバサ、キュルケ、ルイズ、はやて、ヴィータが背に、車椅子の代わり兼護衛としてザフィーラが手に捕まれて先に行くことになった。

 

少し重量的にきつそうなのか、タバサの使い魔の風竜が文句をギャアギャアと叫んでいたようだが、帰りに大きな肉をひとつお土産にすると約束、さらにそれをキュルケが好みの具合に焼いてくれるとされて、あっという間におとなしくなった。

 

風竜の癖に生肉じゃなくて焼いたお肉のが良いなんて…ルイズが珍妙なものを見る目をしていたが、それを気に留める者はいなかった。

 

そして、シグナムとシャマル、リインフォースは馬で首都トリスタニアへと向かうようにして、お昼頃に合流しようという話となった。

 

着いていく程度の速度で恐らく飛べるがどうする? と、シグナムが念話でルイズに打診したが、首をブンブンと横に振って却下された。

 

ルイズとしてはこれ以上ヴォルケンリッター達を目立たせたくなかったのもあるし、高速で首都上空へ見慣れない格好をした人間が現れて、しかも杖を持たずに飛んできたとあれば最悪警備隊が現れたり、王宮に彼女達の説明を求められるかもしれない。そういったあらゆる面を考慮しての否定なのだ。

 

広く物を見る目や周りを考えての対応は、今の突然の首振りといいまだまだだが、どうやら目の前のことを考えてみる力はしっかりあるようだと、この反応をみてシグナムのルイズに対する評価が上がった。彼女は主の主を試したようで、どうやら未だに人格者としても主はやて>ルイズとみなしているらしい。

 

そんなことにまでは気づいていないルイズだったが、彼女自身、今日のお茶会や首都での交流をもってヴォルケンリッターの面々と、より仲良くなりたいという計画があった。

 

こっそりはやてに相談して、何をしたらいいのか聞いた彼女は既に本日のプランがぎっしり頭に詰まっている。

 

ルイズ自身、守護騎士システムという意図しなかったものとはいえ、闇の書を通して魂が繋がっているはやてよりも、ヴォルケンリッターが自分を大切に思うことは無いだろうというのをどこか自覚している。だがそのままでいいと思える彼女でもないし、上になれないのならせめて横に並びたいと考えてしまうのがルイズである。それは、使い魔より下のままなどというのは、自身のプライドが許せない…というのもあるのだが、厳密にはそれだけではなかった。

 

ルイズは今はやてを妹の様にかわいがっている。そんな彼女が作る家族の様な輪に、自分も入りたいという寂しさが本心にはあることに、彼女は気づいていなかった。今もこうしてシルフィードに乗る時に、『浮遊』で浮かされたはやての手を取ってひっぱり、落ちないようにぎゅっと抱きしめているというのに、基本的に素直じゃない彼女は自分の行動が自覚できない。更にヴィータが少しムスッとして見ていることにも、気づけていない。

 

「ほわー…はやいなぁこの子は。」

 

「はやて、大丈夫? 寒くないかしら?」

 

初めての風竜に乗っての飛行に感嘆の声を漏らしているはやてを、寒くないかと気遣って自分のマントを外して彼女にかけるルイズ。使い魔とはいえ貴族のマントを外して平民にかけるなど、やはり普段のルイズからは考えられないのだが、無自覚とは怖いものである。

 

「今日はハヤテの服もちゃんとしたのを買わないといけないわね。」

 

はやては現在一張羅、しかも入院用の服である。空調設備の効いた病院内ならともかく、エアコンどころか電気ストーブすらないこのハルケギニアで過ごすにはかなり無理のある格好である。そんなわけで、ルイズとしてはトリスタニアへと着いてから一番にしたいことは、まずはやてやヴォルケンリッターに予備の服を買ってあげることだった。

 

「…はやてばっかじゃなくて、あたしらの分も忘れんなよ。」

 

「わ、解ってるわよ! 当たり前でしょ!! 私はあんたたちのご主人様なんだからね!!」

 

大切なはやての世話や手助けを取られて少々機嫌の悪いヴィータが、揚げ足を取り。ルイズがそれに反論する。なんとなくだが似た者同士な二人であると察しているはやては、そんなふたりをみてこっそりと、くすくす笑っているのだった。

 

そんなこんなしている内にトリスタニアに着いて、早速問題が起きた。ザフィーラの上にまたがるはやてが注目の的になってしまっているのだ。大きな狼が街中に居るのだから無理もないことなのだが、普段色々な使い魔と過ごしている魔法学院の生徒たち3人はうっかりそのことに気づかないままに街へと入ってしまったのだ。

 

最初はルイズとはやてはザフィーラを変身させて、帽子でも被らせてはやてを抱えさせようかとも思ったが、大きな尻尾はどうにもならない為に仕方なくそのままとなった。

 

「あはは…まぁ目立ってるうちは変な人も寄りつかんやろし、これはこれでええんちゃうか?」

 

「まあ、そうだけどね…これならスリも来ないと思うし、そうだはやて…あなたが財布を持っていてくれるかしら?」

 

そう言ってルイズが手渡そうとした瞬間、金貨の入った袋が宙へ浮いて人ごみに消えていく。目立っているからこそ、どうやらメイジのスリに隙を窺われていた様である。羽振りの良さそうな貴族3人、多少のリスクはあれど狙う価値があったのだろう。

 

「…っ! ザフィーラ!!」

 

いち早くはやてが察し、そう言われたザフィーラが駆けた。大急ぎで屋根へと昇り、人ごみから裏路地へ逃げたスリへ向かって白い魔法陣を展開して叫ぶ。

 

「囲え…(はがね)(くびき)!!」

 

スリの周りを光の柱が囲い、逃げ道が塞がれる。狭い路地に逃げ込んだために却って隙間なく壁に囲われ、完全に逃げ道を失った。

 

メイジのスリは、その光の壁に魔法を打ち込んでみるがびくともしない。仕方なく、空を飛ぶ魔法の『飛翔(フライ)』で上空へと逃亡を試みたが、はやて達はすでに更に先の手を打っている。

 

「ヴィータ!」

 

「うおりゃあぁあーーーっ!!」

 

唯一の逃げ道だった空から、鉄槌を振りかざした少女が降ってくる。あわれ、盗賊は囲いの中に骨を折られながら叩き戻されて意識を失った。

非殺傷設定にし忘れたヴィータがはやてからげんこつを貰った。

 

仕方ないのでそのままザフィーラに引きずる感じに咥えさせて詰め所まで行き、賞金と感謝状を貰ってめでたしめでたし…などと行くわけもなかった。

 

スリが路地に逃げてくれたお陰で注目こそ深く浴びなかったが、それをみていた二名は別である。

 

「びっくりした…あなた、使い魔じゃないのよね? なのに喋れて、魔法まで使えるなんて……。」

 

「…午後に聞きたいことが増えた。」

 

ザフィーラ達は、詰め所を出てから延々と赤と青のコンビの質問攻めにあっている。

 

彼女達の興味をものすごく刺激してしまったようだ。

 

そんななか、昨日は仰がなくてすんだ天を仰ぐ桃色の少女。

 

「どうしてこうなるのよ…。」

 

「昨日の授業といい、どうして上げて落とすようなことがこう起きるの…?」

 

ルイズは先程シグナム達を思いやって、目立たないようにとしたばかりだ。だというのに、自分が発端でこんな目立つことになってしまい頭を抱えている。

 

まるで、昨日教室で株をあげた後に爆発させたのと同じではないかと、ルイズは始祖に申し訳ないと思いつつも、ままならない世界を呪っていた。

 

「なんか不貞腐れてるみてーだけど…今日のはルイズがあんなとこで金の塊みてーなもの出すからだよ。もう少しこっそり渡せよな。」

 

ぐさり。後ろを歩くヴィータの正論が心に刺さる。

 

「う、うるさいうるさいうるさい! 仕方ないじゃない…こんな真っ昼間の往来で、こっそりじゃなく大胆になんて思いもしなかったのよ!!」

 

刺さった針で感情のタガが外れたルイズは思わず叫びをあげたが、ヴィータはこんなことで怯むような子でもないし、それを宥めたりしてくれるはやての様に優しい相手でもなかった。

 

「んだよ、警戒心が足りねえなぁもう。そんなんじゃはやての主人になんて認めらんねーぞ。」

 

「な、なんですってぇ!?」

 

容赦なく追い討ちで傷口に塩を塗るヴィータ。

 

「へっ、悔しかったら言われる前に気づけってんだ。」

 

べーっ! と、舌を出してヴィータが逃げ、ルイズがそれを追いかける形で、ふたりは噴水広場をぐるぐると回っていた。

 

ぱっと見市民の目には平民の子供がいたずらをして、それを魔法を使うのも忘れるほどムキになって本気で追いかけ回す貴族の学生の図である。貴族を恐れがちな平民たちにとってはあまり和やかともいえない光景なのだが、対象の二人が幼かったり、怒っても可愛く本気で怒っていないように見えてるせいか、彼女たちの周りには円ができて笑いがこぼれていた。ルイズはもちろんかなり真剣に怒っている。

 

「やれやれ…目立つなという話だろうに。」

 

「仕方ないわよシグナム。いくら警戒心を持っていて欲しいとはいっても、常にピリピリしてもらうなんてことは出来ないし、ね?」

 

そんな賑やかな場所と化してしまったトリスタニアの噴水の広場。念話を使うまでもなく、後から着いたシグナム達はあっさりと彼女達を見つけて遠巻きからこうして眺めている。

 

「私とてそこまでは望んでいない。しかし、しでかしてしまってからでは取り返しのつかないこともある。だから常に考えて動くことを主の主には学んでほしいのだ。」

 

「それならきっと大丈夫よ。今回はこんなことになっちゃったけれど、ルイズ様は頭のいい子だし、反省したことはきっと次に活かしてくれるわ。」

 

シグナムがシャマルを見る。そう言ったシャマルがルイズを見る瞳は、信ずるに足るものの様だ。その瞳をしたシャマルを見て満足したのか、彼女は再び視線を噴水の広場へと戻した。

 

「それにしてもヴィータもヴィータだ。まったく、普段から闘っている時の様に頭を働かせていればこんなことなどせんだろうに。経験浅い主の主はともかく、これでは鉄槌の騎士の名が泣くぞ。」

 

今度は自身の仲間の行動の軽さへイライラが飛ぶシグナム。ヴィータにバカがつくほど生真面目と言われている彼女のストイックな性格では、こう考えるのも無理もない。

 

「どうしてあいつは主の主に反省していただくだけでなく、わざわざからかって火を点けるのだ。」

 

「……きっと、ヴィータもはしゃぎたいのだろう。」

 

そんなシグナムには理解できないヴィータの行動の答えを、優しさ溢れる笑顔でそう言ったのはリインフォース。

 

「ここは、地球ほどではないが平和だ。私達の生まれた世界とよく似た場所で…こんなにも澄んだ空が見えていて、青く広がっている。何か心に来るものがあるのだろう、あの子はよく一人で雲間から覗く空を見ていたからな。」

 

「…そうね、本当に空がきれい。……あの世界から戦乱が無くなった様なこの場所で、闇の書の呪いが止まったはやてちゃんと、こうしてみんなで一緒に過ごして居られる。ある意味私たちの望んだもの全てが在るようなものだもの。ヴィータちゃんがはしゃぎたいのも解るわ。」

 

隠そうとしてあんな態度なのかもしれないけれど、と笑いながらふたりを見るシャマル。

 

「ならばこそ…それを無くさない為にも、しっかりと戒めねばならんだろう? 享受して甘えているだけでは、いずれほころびが生じて壊れるぞ。」

 

厳しい言葉を言うシグナムにも、いつの間にかうっすらと笑みが浮かんでいる。

 

「それは…そうだな、全くだ。将…いや、シグナムよ、今回はちゃんと叱ってやってくれ。」

 

「そうだな。任せておけ、リインフォース。」

 

3人は笑顔のままルイズたちと、青い空を見上げていた。

 

 

 

三人が合流して、ヴィータが表面上は軽く、念話ではかなりきつめに叱られた後、合流後の予定通り、まずは服屋へと向かうこととなった。

 

ルイズ御用達の服屋にて衣服を揃えることになったのだが、問題が発生した。

 

「困ったわ、これがないとちょっと…女の子としては。」

 

顔がくもったシャマルが更衣室で頭を抱えている。

 

この世界にはブラジャーという概念がどうも存在していないようなのだ。

 

「正直私としてはそこまで気にすることではないのだが」

 

「だめよ! シグナムは確かに私よりは平気かもしれないけど、何倍も激しく動くじゃない!!」

 

服どころか下着にすら無頓着になりそうなシグナムをシャマルが止める。

 

「つけてないとそのうち垂れちゃうわよ! もう!!」

 

「どうしたの? ってあら…なによこれ。」

 

キュルケが騒ぎ声を聞いてなにごとかと、更衣室に平然と入ってきた。

 

同性とはいえ流石にいかがなものかとルイズは止めようとしたが、キュルケはあっという間にカーテンの奥まで行ってしまった。そんなこんなで開いて止める訳にもいかなくなり、いきつけの店で大きな騒ぎを起こすわけにもいかず、ルイズは彼女を止めることはできなくなってしまって現在更衣室の外からふくれっ面でこちらをにらんでいる。

 

「へー…こんなのあるのねぇ、あら結構お洒落じゃない。ねえ? ミス・シャマル、これっていったい何のためにつけてるものなの? 胸につけるものみたいだけど、鎧じゃないし。なんか垂れるとか言ってたし、よろしければ教えていただけないかしら?」

 

ヴィータにおっぱい魔神と言われたシグナムと同じか少し大きいくらいの、同じような形をした胸部装甲を持っているキュルケ。

 

そんな彼女としては、シャマルたちがつけていたブラはまさに未知の物体であると同時に、魔法と同じくらいに興味の対象へとなった。女の子としては、『垂れる』というキーワードを聞いてはやはり黙っていられないのだろう。

 

「私たちに敬称はいらないわよキュルケちゃん。ええっと…そうね、最近だと小さい時はそんなに意味はないなんて言われてるんだけど…キュルケちゃんやシグナム、それとわたしくらいの大きさになるとね、その…ほら? 重いじゃないの、胸。」

 

ちょっと自分のことも含むのが照れくさいのか、後半少し照れながらハルケギニア人にブラジャーの説明を始めるシャマル。

 

「それでね…胸筋辺りと胸を繋いでる部分のお肉ってね、一度痛むと治らないの。だからこういう下着をつかって、胸が生活のなかで揺れるのを抑えたり、負担を肩や首にも分散させてあげるのよ。」

 

半分嘘である。というのも、成長の概念の無いヴォルケンリッター達が垂れるかはわからないのだ。

 

その理由はというと、これまでは月日が少し経てば闇の書が暴走、転生をしていからだ。その都度ある程度リセットがかけられた守護騎士システムによって、次の所有者が覚醒時に肉体をシャマルたちは再構成していたから解らないのである。

 

とはいえ、人の形をしている以上リセットがなければどうなるかは解らない。最悪再構成すればどうにもなるかもしれないが、はやてがそれを許してくれるだろうか。物みたいに扱うみたいで嫌やと彼女は言うかもしれないし、何よりこんな理由で、そんなことをして良いのかという話である。四肢が欠けたというのならともかく。

 

話を聞いたキュルケはなるほどといった顔をした後に真剣になにかを考え始め、しばらく熟考したのち、彼女は口を開いた。

 

「これ、うちに作らせてもらえないかしら?」

 

「何…?」

 

彼女から出た言葉はブラジャーの生産の申し出。突然の協力にどう返したらいいかわからずにシャマルとシグナムが困っていると、彼女は微笑んで話し始めた。しかし、その薄い笑みの眼には何か光るものが宿っている。

 

「ふふ。主人にお金をかけて特注してもらうのは気が進まないでしょう? それになんかいいお金になりそうだし…何より、私も欲しいのよこれ。」

 

そういって自分の胸を腕を組んで強調して、どこか艶美なポーズをとるキュルケ。

 

「ネグリジェやベビードールにもない…シャツ越しにもちらちら見える。そんな大きな胸の人だからこそ出せる魅力とおしゃれの楽しさが、そこにある気があるのよ。」

 

なんだかんだいっても、大人びていても女の子。行きつく先はどうやらおしゃれの様だ。

 

「基本的にはできた試作品を毎回私の分と合わせて2~3つずつ送ってもらう形でどう? これなら足りなくなって困るなんてことも早々ないでしょ?」

 

「…何の話してんのよあんたたち。ちょっと一回出てきなさい!」

 

商談は外から突然聞こえた桃色の髪の主人に止められたが、着替え直して出てきたシャマルがブラジャーの重要性と必要性、それを作ってもらおうとしていたという話を始めた。

 

彼女としては、シグナム達以上に垂れる可能性が高いといわれている、ハリの強さよりも柔らかさの魅力が強い胸をしているため、それはそれは饒舌に、必死に話した。

 

「それはあかん…シャマルやシグナムの胸が垂れるなんて…私、嫌や。もちろんリインフォースも。」

 

外にザフィーラがいるせいで、シグナムかシャマル、リインフォースが居ないと身動きが出来なくなり、近くのテーブルに座っていたはやてが地を這って抗議を入れに来ている。胸の事のせいか、すさまじい執念だ。

 

「だー…なにやってんだはやて。リインフォースも何やってんだよ?」

 

ヴィータがはやてを半端に抱えあげて、ぱんぱんと軽くほこりを叩いてからきょろきょろと見回すと、リインフォースがはやての居たテーブルの辺りでおろおろ、うろうろとしている。しばらくしてこちらに気が付くと、慌ててこちらへ来てはやてを抱き上げた。

 

…まさか這い始めたときは胸で死角になってた、とかじゃねえだろうな? そうヴィータはシグナムやキュルケよりは柔らかさがありそうなものの、やはり前方への出張の激しいリインフォースの胸をみて、ちょっと無茶苦茶な推理で原因を探してみた。

 

「でも…ツェルプストー家の施しを受けるなんて……。」

 

国境を挟んで犬猿の仲、そんな相手からの品物を献上されるなど…と爪をがじがじと噛みながらミス・ヴァリエールが苦しい顔をしている。

 

「ならヴァリエール家が作る? 言っとくけどこの下着、すごい出来よ? 採算の分からないものを貴方のとこの人たちが作ってくれるかしら?」

 

「…むむむむ。」

 

ルイズは考える。これがキュルケだけなら勝手に垂れてればいいのよ! と、コンプレックスを爆発させてつっぱねて終われる些事なのだが、シグナムやシャマルが関わるとなると話は別だ。

 

別に彼女たちだけで、垂れていってしまうとしても本来はそこまで大きな問題ではない。大枚をはたいてそこまで施しをする必要もないからである。しかし、彼女たちは闘う騎士なのだ。

 

はやてへの思いを考えれば、彼女たちが垂れたり筋(?)が傷つくのを嫌って動かなかったりはしないと思うが、その痛みが原因で命取りになったら目も当てられない。戦のある世界から疎い人たちが聞くと、ブラジャーひとつでここまで大事になるのは…とてつもなくバカみたいな話に聞こえるが彼女たちには真剣な問題である。

 

しかし、家にどう説明しても自分の母親が戦場をかけていた事を考えると聞き入れてもらえそうにない。帯でも巻いて固めておけと言われるだろう。…もともとそんなに母は気にするほどないので余計に理解してもらえなさそうだ。

 

頭のまわるルイズは考えを戦闘と、お洒落といった理由から切り離してさらに考えてみる。健康…こちらの方で何かないかと考えていると、ひとりの大切な人間が思い浮かんだ。

 

「ちい姉様……。」

 

そう呟いてからルイズは、頭の中で案をまとめ上げる。

 

「私のお姉さまの一人が、胸…結構あんのよ。そんなお姉さまの健康に良いとわかれば、きっと作ってくれるわ!!」

 

彼女の姉の一人、次女カトレア。彼女はある理由により、ひどく父母達から体の健康を大切にされている。そんな彼女の助けになるならば、親はきっと力になってくれるだろう。

 

「ふーん…それで? それはちゃんとシャマルやシグナムにも行き渡るのかしら?」

 

「………。」

 

ルイズは固まった。詰めが甘かったようだ。確かに量産や販売はこれではしてくれないかもしれない。

 

「もう…じゃあこうならどう? 二人の家で共同開発。サンプル提供者はシャマル達。それの商業への発案者は私。推薦者は貴女。これ打診してみない? これなら私やシャマルをないがしろにもできないから量産しないなんてことはしにくいでしょうし、あなたは体裁をある程度保てるでしょ? 私の方は多分すぐにOKが出ると思うけど、ルイズの方は一回挨拶に行った方がいいかもしれなさそうね。その顔だと♪」

 

そういってくすくすと笑うキュルケと、うまく言いくるめられたようで不機嫌そうなルイズ。髪の色は似ていれど、彼女たちはやはり水と油に近いようだ。むしろ、似ているが違う、混ざらないという意味ではぴったりな例えかもしれない。

 

しかしこの出来事が後に、二人の家を和解へ向かわせる最初の歯車になるとはこの時誰一人として予想できなかった。

 

とりあえず先ほど詰め所でもらったお金を使って、特注で今回は予備を一つずつ3人が作ってもらうことになり、余計な飾りつけを付ける余裕はないが、カップやストラップなど、ちゃんと構造を細かく指定した箇所はしっかりと作ってもらえて、一安心したシャマルであった。

 

その後ルイズが出してくれたお金で、貴族のモノではないがある程度の服をはやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、リインフォースと5人分を買って店を後にした。

 

店の外に出ると、ルイズの顔色が少し悪い。どうしたのかとはやてが尋ねると、どうやら予算を甘く見積もっていたらしい。

 

「なんだ、そんなことか。」

 

「そんなことってヴィータ、アンタねえ…。」

 

私の有難さを見せる計画が…そう言おうとして、すんでのところで思いとどまるルイズ。間違ってもそんなことは言えない。今日の作戦は、あくまで相手から好意を持たれ、自発的に感謝されてこそなのだから。

 

そんなふうに悩んでいるとヴィータが八重歯を出してにやりと笑う。

 

「ちょっと待ってな。」

 

そう言って人ごみに消えていくヴィータ。しばらく待ちぼうけを食らったルイズたち、しばらくしてシグナムやシャマルがため息をついた。さらに少ししてから、ヴィータが先ほど詰め所でもらった量の3倍程度の金貨を持ってきた。

 

なにやらものすごく上機嫌である。気持ち悪いほどにやにやとしているヴィータに一同は少し引いた。

 

そしてその両手で持っている金貨に、流石にルイズだけではなくキュルケや、はやて達も驚いたようでどうしたのかと尋ねる。

 

「アアアンタ、まさか泥棒したんじゃ…。目立つなとは言ったけどそんなのはダメよ!?」

 

「んなことするかよ…信用ねーなぁもう!」

 

折角貰ってきたのにと、ヴィータが頬を膨らませてルイズを睨むが、それでも目尻がにやついている。一体どうしたのだろうと怪訝な顔で見ていると、やれやれと肩をもんだ後にヴィータは説明を始めた。

 

「メイジのスリを何人か見付けて詰め所に突き出してやっただけだよ。一人目の後は楽だったぜ? あたしが大通りで金貨の袋をぽんぽん手の上ではずませてりゃ向こうから勝手に来てくれたからな。」

 

そういって金貨の袋をルイズに投げるヴィータ。今度は盗まれないようにと、しっかりと両手でルイズは持ってからヴィータの方をものすごーく複雑な顔で見てから呟いた。

 

「えと…変に疑ってごめんなさい。あと、ありがとう。」

 

「あの店はあたし達じゃ入れて貰えないみたい所だったみたいだし、そんな店のいい服買ってくれた礼だよ。」

 

気にすんなーと笑いながら次の目的地だった場所へと歩きはじめるヴィータ。気分が良いのか、普段と違い随分と素直に喋る彼女にルイズは少しどぎまぎしながら後ろをついていくと、彼女の背、お尻辺りになにか不思議なものが見えた。

 

それは紐でヴィータの肩からたすきがけで吊るされている。何やらうさぎと人がくっついたような、不思議なぬいぐるみだった。

 

「あれ? ヴィータ、それのろうさやん!? どないしたん?」

 

はやても気づいたようで、前を行くヴィータに声をかける。それどころか、はやて達はどうやらそのぬいぐるみの正体を知っているようで、ルイズは首をかしげた。ふたりの目には入らなかったようだが。

 

「えへへ。はやてがくれたものじゃないけど、こいつがここに戻る途中の店に売っててさ、スリとっちめた金で買ったんだー。こっちの世界であえるなんて、思ってもなかったよ!」

 

そう言って手前に持ってきたぬいぐるみを、ぎゅっと優しく抱きしめるヴィータは、誰の目で見ても幼く可愛い少女だった。




時間をかけてちまちま作っていった今回ですがなんか不安定な気が…。

ブラジャーひとつでものすごく話の時間を取られてしまいました^^;

調べると、昨今の大きな胸の人のブラ事情って大分変わってるんですね。外国人よりな形や中身をしていると思われるシグナムやキュルケのような人は、つけなくても激しく動かなければそこまで大きな問題にならないみたい?
日本よりな(気がする)シャマルは逆にないとまずいようで。

「手や口でいいのなら…もう少し。」
なんか所々の台詞が今回えっちいような…? ははは…読み返してからそう思った私です。

なのはの世界の子供が達観しすぎていたり、ゼロ魔の世界の大人や貴族が理想論や流れに酔ってる人が多いせいか、この先がキャラディスにならないか不安になる今日この頃。


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第12話 大切な人を守るためのもの

インフルエンザ辛かった…
最近遅いのはゼロ魔読み返してるせいもあります、ごめんなさい
A'sは2ndは円盤あるけど無印がどこにいったのか部屋で見つからなくて、Amazon会員特典で見てたり……。



太陽も真上辺りから街を照らし始め、お昼の時間になった頃。

 

タバサがおすすめと言う飲食店へ向かい、そこで昼食や話をということになった。

 

しかし、案内されている途中でヴォルケンリッターたちと、リインフォースの足が止まる。

 

ルイズがこの街の話をはやてにしている時に、突然足が止まったザフィーラたち。なんだなんだとはやてとルイズが彼女たちを見ると、裏路地の入り口にヴォルケンリッターたちの視線は揃って向いている。

 

「み、…みんな揃ってどないしたん?」

 

なにか意外そうな顔をしている四人と一匹が珍しいからか、少し不安そうな顔ではやてが尋ねる。

 

「感じる。」

 

「は? 何をよ…?」

 

曖昧なヴィータの反応に首をかしげるルイズとはやてに、リインフォースが説明を加える。

 

「主の主と我が主、魔力の反応が…わずかにですがこちらからあります。」

 

「魔力…精神力のことよね確か。つまりそれって…この先にメイジがいるってこと?」

 

ルイズが返事を返すが、それは違うだろうとキュルケは彼女たちをみた。

 

精神力の探知という聞きなれない技術に、この人たちそんなこともわかるの? という疑問もあったが、そんな彼女たちが興味を抱くものの方が更に気になる。

 

「もう、ルイズったらバカね。それならスリも盗られる前にすぐわかったでしょ。」

 

「ば、ばばばバカとは何よバカとは!」

 

ルイズの会話を無視してキュルケが続ける。

 

「つまり、メイジ以外の何か。それがこの先に居るか、あるってことじゃないの? 不思議な感覚があったから、貴女達は気になってるのよね?」

 

頷くリインフォースにキュルケはニッコリと笑った。

 

「ふぅん…なんだかあたしも気になってきたわ。マジックアイテムかしら、それとも魔法を使う生き物? ねぇ、行ってみましょうよ!」

 

そう言って、すたすたと指差された方へ歩いていくキュルケにヴィータが続き、タバサも歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! お、お昼御飯どーすんのよ!?」

 

「あら、じゃあルイズは来ないのね。」

 

ルイズが抗議するが、キュルケにそう言われて後の言葉がむぅ…と、詰まってしまう。

 

「行かないなんていってないでしょ! だ、大体ねぇ、タバサがそっち行くんじゃあご飯のお店にも行けないじゃない!!」

 

そう叫ぶと、ほらあんた達も行くわよ! と、主の動きを待っていた残りの者達を連れて、ルイズも路地裏へと向かっていくのだった。

 

途中、まともに掃除されていない道路に、程度の差があれど嫌な感情をそれぞれ抱きながら、目的の場所に一同はたどり着いた。

 

しかし、その辿り着いた場所を見て驚き、もしくは疑問を感じて口に出す者たちがいる。

 

「え? ここに何かあるの?」

 

「不思議。」

 

「本当に? 王宮近くや有名なところならともかく路地裏のよ?」

 

ルイズ、タバサ、キュルケたちハルケギニア人の3人が、それぞれ感想をのべた。

 

「だってここ…武器屋よ!? 魔法と全然関係ないじゃないの!」

 

そう、何かを探して辿り着いた場所は武器屋。

 

基本的に武器屋に売られているものは平民のものであり。ましてや、こんな見窄らしい路地裏の隅っこにある武器屋に、彼女たちが足を止めるようなものがあったなどとは到底思えないのだった。

 

「いや、間違いありません。この店から不思議な魔力を感じます。」

 

「なにかしら、この魔力…大きく感じるのに小さいような、掴み所がない感じ。なんの意味があってこんなことをしているの?」

 

シグナムが断定し、シャマルが武器屋から漂う魔力を訝しんでいる。

 

「ふうん、まあ…なんにせよ入ってみないとわかんないでしょ。危険なものなら今ごろとっくに騒ぎの種でしょうから、危ないなんてことはないと思ってるけど…。」

 

そう言ってルイズは扉を開け、店の中に入って

いくと、店内は太陽が真上を指す時間だというのにどこか薄暗い。そして、店棚の奥のカウンターには鷲鼻の店主が一人いるだけだった。

 

やはり街の裏通りにあるような店らしく、客もいなければ、とてもじゃないが興味を引くものはぱっと見ありそうにない。

 

すると、ふかしていたパイプから口を離し、店主がルイズへと睨みをきかせながら話しかけた。

 

「貴族の旦那、うちはまっとうに商売してまさぁ。でなけりゃこんな裏でいつまでもくすぶった生活、しちゃいやせんて。」

 

辺りを見回していたルイズを徴税官やらと勘違いしたのか、自己弁護を始めながらルイズたちの方へ全身を向け、姿勢を正しながら店主がぼやいた。

 

「何を勘違いしたのか知らないけれど、私たちは単なる客よ。尤も、用があるのは私じゃないけれど。」

 

そういわれてぞろぞろと入ってくる残りのメンバーの八神家一行の5人と一匹、キュルケ、タバサ。あまりの客の多さに驚いた店主の手から、パイプがカウンターにぽとりと落ちた。

 

唖然としている店主をよそに、シグナム達がきょろきょろと店内を見回し、しばらくして八神家全員(といってもはやてはザフィーラの上に乗せられたままなだけだが)が使い古しや、錆びついた品が納められている樽へと近づいて、シグナムが一本の剣を持ち上げた。

 

店主が思わずあっ…と、まずそうな顔をしたがそれに気づいたものはいなかった。

 

「……これか?」

 

その剣は刀身すべてどころか鍔や柄まで錆やカビがついており、お世辞にもいいものとは言い難い。

 

「多分……。」

 

「なんつーぼろ剣だ、誰かこうなる前に手入れしてやれよ。」

 

シャマル、ヴィータもルイズたちと違って、魔力をそれから感じられる以上間違いないはずなのに、自分たちが辿り着いたものを見て思わず信じられなかった。

 

危険な物ならば購入して破壊、なども考えていたがこれはどうすればいいのかと悩んでいると―――

 

『んだとてめぇら!』

 

剣が、喋った。それはもう大声で…全員が思わず呆気にとられる。

 

『こちとらこれでも6000年を生きた伝説の剣だぞこのアマども! こんな姿でもまだまだ十分斬れるってんでぃ!!』

 

どうやら気になっていた探し物である魔力を出していた正体の剣は、自身をバカにされたと感じてご立腹のようだ。

 

「それって…インテリジェンスソード? ずいぶん珍しいものを置いているのね、あなたのお店。」

 

「へ、へい…ですが今の通り喧しく、言葉づかいも乱暴でして。全く、誰がこんなわけのわかんねぇものを作ったんですかねぇ。」

 

ルイズと店主が話している。どうやらこのぼろ剣は本物のようだと、店主の言葉でタバサとキュルケも、シグナム達が気になっていたのもこれだろうと確信する。

 

「それにしたって…ねぇ? 見つけたはいいけれどどうするのよコレ。あたし要らないわ。」

 

「喧しい。」

 

皆が口々にそのぼろ剣を罵ったり低く値踏みする中でひとり、興味を抱いている子がいた。

 

「あははははっ! 喋る子はシグナム達のデバイスがおるから今更驚きもせんけれど、自分からこんな言う性格の子を見るのははじめてやなぁ。なあ、ちょっと私にも見せて見せて!?」

 

はやてだけが、面白そうに笑ってぼろ剣を見つめていた。そんな彼女を見て店主が驚いている。これまでこのぼろ剣を見つけ、怒鳴られてそんな反応をした人間は一人としていなかったのだから、そうなるのも無理はない。

 

だってぱっと見て喋るしかできなくなった鈍らである。何の価値を彼女が見出したのか店主には理解が出来ない。いや、店主どころかルイズたちも、魔力があると解っているシグナムたちにも理解し難いものだった。

 

(こんなもの要らない。) 

 

その理由はいろいろあるが、はやてを除いた全員の心の考えを例えるのならこうである。彼女一人だけが今この場ではそう思わず、剣を抱きかかえたがってシグナムに両手を出している。

 

「おお…結構剣って重いんやなぁ。えへへ、シグナムのレヴァンティン借りたことないし、初めて持ったから不思議なカンジや。」

 

わっとっと…と、ふらつきながらもはやてが渡された両手で柄を握って、むん! とザフィーラの上で気取ってみる。その姿に迫力なんてどこにもなく、愛らしさしかなかった。

 

『おでれーた…。』

 

そんなはやてに今度はぼろ剣が驚きの声を上げる。ハルケギニアに来てから、彼女は人を驚かせることがとても多いが、今度は剣すらもそうさせてしまったようだ。

 

普段闇の書を抑えるためにぼんやりと光り続けていた左手のルーンが強く光り、はやてにぼろ剣の情報を流していく。

 

「んぅ? なんやこの知識。それに…体が、ちょい軽い……?」

 

『いや本当おでれーた…てめ、「使い手」か。しかもその足が―――』

 

どうやらぼろ剣自身も何かの力を持っているようで、はやてを分析しているようだ。まずいと思ったリインフォースやシグナム達がとっさにそれぞれの行動をとる。

 

シグナムが剣を取り上げ、リインは念話を送った。

 

(剣よ、それ以上我が主のことをこの場で話すのはやめてもらおうか。)

 

〔!?〕

 

初めてのことに言葉が止まるぼろ剣。

 

「やいデルフ! またてめぇなにか失礼なことをお客様に言おうとしやがったな!?」

 

普段から訪ねてきた客を小馬鹿にしては、憤慨させて追い返していることを知っている店主は、勘違いしたのかぼろ剣をどなりたて、そのおかげでで話が逸れた。

 

そんな怒りの店主の声が色々と飛んできている間も、念話によるやりとりが行われていた。

 

(我が主の何を知ったのかは知らないが、基本的にほとんどのことを、後ろの赤と青の髪をした二人の少女は知らない。無駄に騒ぎを大きくするのはやめてもらいたい。)

 

〔…けどよお、こんな恐ろしいものを抱えたやつそのままにしていいのかよ。〕

 

そうではないかと思ってはいたが、あのわずかな間にナハトヴァールと闇の書の暴走まで読み取っていたぼろ剣に、内心舌打ちをするリインフォースたち。

 

(我々はそれをどうにかする為に慎重にこの世界で動いているのだ。今それをこんなことで崩されるわけにはいかないし、簡単に他の者に話すわけにもいかない。)

 

〔なるほどねぇ…ならよ、俺っちにもちょっと手伝わせてくれよ。〕

 

何…? 念話を聞いていた、もしくは話していた者達が眉をひそめる。まだ数えるほどの言葉しか話していない者たちへ、突然仲間になるなどの申し出をされれば裏があるのではと疑いたくなるのも無理はない。

 

事情を念話で明かされたぼろ剣はもう慣れたのか、念話を聞いている全員に自分から返した。相手を読み取る力といい、驚異の産物だ。

 

〔ん? なんかあるとおもってんのかお前ら。 違ぇよ、せっかく巡り合えた「使い手」なんだ。こっちはこっちでそこの娘っこについていきたい理由があるのさ。〕

 

(「使い手」とは、恐らく主はやての左手のルーンのことだな? あくまでも闇の書ではなく、このハルケギニア内での縁や理由ということか。)

 

シグナムが会話に加わり、推測をぼろ剣に向ける。しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

〔忘れた。〕

 

思わずずるりと手からぼろ剣を落としそうになるシグナムだったが、そのあいまいな答えに即座に剣をぎりぎりと握りしめなおした。

 

〔いて…痛ぇっ! しょ、しょうがねえだろ!! これでもすっげえ長いこと生きてるんだ。少しは忘れたりすらあ!! 覚えてるのはただ「使い手」と感じた奴とともに居なきゃとか居たいってことだけだ!〕

 

ぼろ剣はある意味とても真っ白だった。それこそ思惑に裏がないどころか、表の事さえ一部真っ白で何もないなほどだ。

 

(解った…もういい。幸い先ほどのやり取りや、お前を見る限り使い道がないという訳でもなさそうだ。)

 

はあとため息をこぼした後、シグナムは剣をまじまじとみる「ふり」をしてから、はやてとルイズたちの方を見た。

 

「主はやて、主の主ルイズ、この剣を先ほどのお金で買っていただけませんか。」

 

「ええええっ!?」

 

タバサは表情からは読めないが、念話の内容を知らない店主とキュルケ、そして念話を聞いていたにも関わらずルイズが驚いた。

 

「インテリジェンスソード、これらは私たちのもつレヴァンティンたち同様に、アームドデバイスに似た力があると思われます。持っておいても損はないでしょう。」

 

「ええーこんなぼろ剣を? 貴族や従者が持つものじゃないわよ。」

 

話を聞いていても、そんなに要るものかしら? という疑問が抜けないルイズを納得させるために、シグナム達が説明を始めた。

 

「おそらくではありますが、この剣には視覚や聴覚があります。」

 

『ちゃんとデルフリンガーって名前があるんだ。それで呼んでくれよ、剣士の姉御。』

 

ぼろ剣はシグナムの発言を肯定するでもなく否定するでもなく、先にカチカチと鍔部分の金属を上下させ、自身の名前を口?にした。どうやら剣はともかくぼろ剣呼ばわりは嫌なようだ。

 

「ふーん、それで? そのぼろ剣が私達みたいなことが出来ることに何の価値があるのよ。」

 

もっとも、貴族のルイズに剣の言葉など戯言にしかならず名前で呼んでくれることなどなかった。

 

「敵に襲われた時に便利です。」

 

そうシグナムに言われても、ルイズは頭に?マークを浮かべただけだった。

 

「ああもう! シグナムったら説明省き過ぎよ。解るようにちゃんと言わないと!!」

 

シグナムの様な戦場に居た人にしか解らない説明の仕方に見かねたシャマルが、剣を取り上げる。

 

「ええっとデルフちゃんだったかしら? まずはあなたの目や顔はどこにあるの? どれくらい、どこまで見えてるの?」

 

『顔ねえ…わかんね。喋れば鍔が鳴るからその辺りじゃねぇか? まあ顔はともかく、人で言う見えてるってことなら、四方八方全部。樽の中に居たときからお前ら全員見えてたな。』

 

うんうんと頷いてルイズをシャマルは見た。彼女もようやく理解したようで、少しして手をポンと叩いてああ!と声を出すルイズ。

 

「つまり近づいてくる人が居ればそれが解って、なにかあればこの子が教えてくれるってことね。もう、それならそうと言ってよ。」

 

「そうよ、シグナムったら本当説明とか下手なんだから…。」

 

ふたりにそう言われて少し気まずい顔をしてシグナムは頭を下げた。

 

「と、とにかく! 仰る通りです。まがりなりにも剣ですし、いざと言うときの為におふたりのどちらかが持っておいても損はないかと思います。」

 

(つけ加えるのならはやてちゃんがいいと思うわ。ガンダールヴのルーン、光ってたみたいだし…あの時ならきっとはやてちゃんでも防御くらいはできると思うの。)

 

デルフリンガーの使い方をシグナムとシャマルが提示する。

 

(あ、さっきのがガンダールヴっちゅうルーンの力やな? なんや体が羽みたいに軽なって、気持ちいい感じだったんよ。)

 

どちらかというと二人が提示したのは盾の役割だが、盾ではガンダールヴのルーンは効果を出さない。幸か不幸か、デルフリンガーが剣だということが幸いした。これならはやてでも持てるからである。

 

「はい、私!私が持ちたい、ルイズお姉ちゃん!!」

 

「なっ!?」

 

またも店主とキュルケが驚く。無理もない。デルフリンガーは大剣では無いとはいえそこそこの長剣である。小柄な130サントあるかどうかのはやての身長よりもあるだろう剣を持ちたいなどとは常識の外の話だった。

 

「そうね、というか私嫌だわ。そんなの持つの。はやて、あんたが持ってなさい。」

 

「ええ…? ちょっとルイズ! はやてにあんなの持てるわけが―――」

 

そういって視界をはやてに戻したキュルケは声が止まり、開いた口もそのままになった。

 

「うんうん、よろしくなーデルフ君♪」

 

『おう、久しぶりの「使い手」さんだ。末永く行こうぜ相棒!!』

 

はやては平然とデルフリンガーの柄を持ちひょいひよっいと軽く振っていた。

 

キュルケとタバサは知らないが、もちろんこれはガンダールヴのルーンの力によってである。現にこの後はやてがぎゅっとデルフリンガーを抱こうとした瞬間、ルーンが力を弱めたせいではやては自身の感覚と力が普段程度に戻り、腰をぐきっとしながらザフィーラの背中に突っ伏した。

 

「あはは、変なもち方したらアカンよね。」

 

そういって柄を握り直したはやては、またひょいひょいと振るのを見せて、必死に大丈夫、持てるよとキュルケ達にアピールをした。

 

呆気にとられていた店主を現実に戻してデルフリンガーの料金を払い、一同は武器屋を後にしてようやく料亭に辿り着く。

 

タバサがおすすめとしたお店ははしばみ草の料理がおすすめの店だった為、ルイズとキュルケがうべっと舌を出し、事情をよく知らない八神家たちも話を聞いて顔をしかめたが、普通の料理もあり、そちらも悪い味ではなかったので事なきを得る。

 

「あなたたちと居ると驚いてばかりね。」

 

「これから解決。」

 

一通りの食事が終わったところで、タバサとキュルケの待ち焦がれた質問の時間が訪れた。

 

「待ちなさい。先に自己紹介からよ、その後に気になることがあれば彼女たちに聞きなさい。」

 

ちぐはぐにいろいろ聞かれても困るので、ルイズはまず八神家の面々にこの前オールド・オスマンたちと取り決めた「設定」を喋らせる。しどろもどろになりそうな、というより既に半分くらいの名前やらを忘れているヴィータは、みんなが念話でカバーだ。ついでに、ミスとかつけて呼ばれるのはくすぐったいからやめてほしいということも伝えた。

 

「一点に特化したメイジ、ね。なるほど…あなたの錬金はそういうものなのね。」

 

「私達にも、できる?」

 

おそらく個人個人ではなく全員を対象として気になっていた点、魔法について納得と理解、そして新しい疑問を持ったタバサとキュルケに、ヴィータはうーん…と腕を組んで唸った。

 

「多分、無理じゃねえか? あたし達とキュルケねーちゃん達は多分根本が違う。」

 

「…どういうこと?」

 

唸るのを止めたヴィータが今度は背もたれに寄りかかりながら、キュルケを指差した。

 

「キュルケねーちゃんは髪が真っ赤で肌が焦げてる。」

 

「焦げ…。」

 

褐色はともかくもう少し言い方ないのかと思いつつも、ヴィータの言葉を聞き続けるキュルケ。ヴィータは次にルイズとタバサに両手の人差し指を向ける。

 

「で、逆にルイズやタバサのねーちゃんは肌が白い。」

 

「ちょっとヴィータ、私だけ何で呼び捨てなのよ! あと指差すな!!」

 

敬意の様なものをヴィータには期待していなかったが、ひとりだけ、しかも身長が自分より低いタバサさえもねーちゃんと呼ばれているのに憤るルイズ。

 

「でも、みんな人間だ。」

 

そんなルイズを無視して話を進めるヴィータ。

 

「あたしらの魔法と、こっち…はるきげにあ?の魔法ってそういう部分の違いだと思うから、多分できないと思う。現に特化して無くてもなんでもかんでもあたしは錬金なんてできねえし。」

 

「ハルケギニアよヴィータちゃん。でも私もそう思うわ。」

 

カンブリア紀の生物の名前になってしまった世界を戻して、シャマルがヴィータの意見に同意する。仕組みは解らない、しかしこの世界の生物はリンカーコアを持っていないのに平然と魔法を使う…というのは先日のキュルケのサラマンダーの観察で彼女たちは確認済だ。きっと人間であるルイズたちも同じことだろう。となれば、外見こそ人間だが、魔法という視点から見ればお互い違う人種であることは間違いない。

 

「そっかぁ残念だわ。あたしなんかは火の系統だから出来ることはそんな多くないし…話を聞いていっそ特化できるのならさせちゃいたい、なんて思ったんだけど…ね。」

 

「火か…ふむ。それでしたらば、幾何かはお力になれなくもないとは思います。」

 

あくまで知識の方でですが、と付け足すシグナム。火自体はものすごく単純なものだが作用のさせ方はそれこそ色々だ。引火、爆発のふたつにしたって多数の種類がある。

 

「というわけでシャマル、頼んだ。私には教えるのは無理だからな。」

 

「えー!? 私が教えるの? …あ! あなたさてはさっきのやりとりをまだ気にしてるんでしょう!! もう、子供なんだから……。」

 

やりとりがシャマルへと移ったところで、タバサは本来の目的、彼女の魔法の癒しの風へと意識を向けた。

 

「あなたは…水の特化?」

 

「えっと…私は水と言うか、補助かしら。遠くを見たり、それに干渉したり…癒しの風はもちろん私の十八番だけど、それだけってわけでもないわね。」

 

遠見の魔法はルイズたちの世界では風の魔法なので、以前のギーシュのようにキュルケとタバサは疑問に駆られる。

 

「タバサちゃんもキュルケちゃんも、あまりこっちの系統で深く考えない方が良いかも。属性より概念とか言葉で考えてもらうと解りやすいんじゃないかしら。私は癒す…というより助けるかしら、ヴィータちゃんは潰すとか叩くのが得意。シグナムなんかは斬るとか貫くかしらね。どう? こう考えるとなんとなくだけど理解できない?」

 

「確かに。納得は難しいけれどね…それにしても、言葉ねえ。」

 

そのような点から魔法を考えたことがあまりなかったキュルケは、少し頭をひねってみる。もしかすると、こういった考えをすることでより強くなれるのではないかと女の勘が囁いたからだ。

 

「やっぱり根本的に私達とは魔法が違うのね…キュルケ、あんまりはやてたちのこと言わないでよ。先住魔法と思われたら困るから。」

 

ルイズがキュルケに今日のことは他言無用だとジト目で釘を刺すと、意識を体の中から外へと戻してキュルケはつまらないものを見る顔でルイズを睨み返した。

 

「解ってるわよ、むやみやたらに言う気どころか、他の人に言う気すらもともとないってば、少しは私という人間を信用しなさいっての。」

 

「できるわけないでしょ! アンタという人間から何を信じろって言うのよ!! アンタの家が! 何人!! うちのご先祖様たちをたぶらかしたと思ってんの!!!!」

 

詳しくは省くが、これがルイズがキュルケを嫌う理由である。彼女の家、ツェルプストー家は恋に熱い血筋で、ヴァリエール家からある時は恋人を、ある時は妻や夫を、ある時はヴァリエール家の血縁者さえも盗ってしまったりされているのだ。

 

ルイズにとってのツェルプストー家はいわば物盗りのような存在であり、そんな人間と思い込んでるキュルケを信じることは彼女には無理である。

 

そんな中、二人の喧嘩が始まって話がまたずれそうなのを、杖を二人の顔に割り込ませて中断させるタバサ。

 

「ヴァリエール、あなたもシャマルに聞きたいことがあったはず。今はそっちが先。」

 

「…ルイズでいいわよ、タバサ。」

 

はっと思い出して、キュルケとの喧嘩を止めてシャマルの方へ真剣な顔を向けるルイズ。キュルケもタバサがいつになく真剣な顔をしているため、一度立ち上がりかけた椅子へと座り直した。

 

「あなたは、魔法の毒は治せる?」

 

「ねえ、シャマル。私のお姉さま、生まれつき体が悪いの。こういうタイプの病気って治せないかしら?」

 

シャマルはふたりの真剣な顔を見て、姿勢を正して向き合った。

 

「どうかしら…魔法の毒は、かかってる人に会ってみないと解らないわ。どういうものか、くらいなら少なくとも解るとは思うけれど、呪いだった場合はちょっと私だけでどうにかできるかわかんないわ。」

 

「そう…。」

 

得られたのはやはり可能性止まりだったが、タバサは落胆などしていなかった。今まで何もわからなかったものを、どんなものかくらいは解るだろうと「助ける」のエキスパートが言うのだ。これだけでも大きな手がかりである。

 

「ルイズ様のお姉さまもそうね…会ってみないことには。そういう生まれながら、というものになると名前こそ病気と言われたりするけれど、病気とは限らないから。」

 

「どういうこと? 病気なのに病気じゃないって…。」

 

例えば、とシャマルははやてにごめんと念話を入れながら障害者や先天性疾患の人の話を始めた。生まれながら心臓の一部が普通より小さい人や、足が動かない人、足や足の神経自体ない人。そういった人間に必要なのは健康な心臓のような「人としてのパーツ」を受け取るか作ることであり、手術や移植ではない治療という方法ではどうしようもないということを簡単に説明していく。

 

「…なるほど、確かにそうね。」

 

タバサとは逆にルイズは表情に陰りを見せるが、それでもと、シャマルの手を握ってお願いをするのだった。

 

「確かにそうかもしれないけれど、貴方の言う通りまずは会ってみなければどうしようもないわ!! だから、今度診てみてちょうだい、お願い。」

 

「はい。必ず。」

 

そんなルイズの手を握り返すシャマルは、願わくばこの子の姉が自分の力で助けられるようにと、この世界の神に祈った。

 

「……タバサさんは?」

 

隣の席に居て、一人会話から離れていたはやてが、ふたりを見つめたまま動かないタバサにぽそりと耳打ちをする。

 

「今は、まだ彼女にそんな無茶をさせられない。」

 

まだ信頼を得たわけではないのだから、そう思っていたタバサにはやては思わず苦笑いして、さらにそのまま喋る。

 

「そないなこと、気にしなくてええんですよ? 朝食の時私を何度も助けてくれてるじゃないですか。気楽にいつでも言って頂ければ、シャマルの用事がない時ならお貸ししますからね。」

 

すこし近くなった声で耳がむず痒いタバサだったが、彼女の気遣いがそれもこそばゆくて、思わずはやての頭を撫でて誤魔化した。

 

「わ、わわ…なんや恥ずかしいですって。」

 

「………。」

 

不思議とタバサの心が落ち着いていく。ここ数年、人に優しさをここまで伝えることが少なかった彼女の心に、少し暖かな何かが灯った。

 

ヴィータがそんなふたりを、シルフィードの上でのルイズとのやり取りの時みたいな嫉妬めいた目で見ていたが、それは今回も気にしている者はいなかった。

 

一同は食事を済またあと一度何人かでそれぞれ別行動をして、お土産にいくつかのお菓子や本、アクセサリーなど各々の欲したものを買った後に集まり、学院へと帰っていく。

 

辿り着いた学園には、何故か巨大なゴーレムが待っていた。




街編おしまい
だいぶ駆け足にしたつもりですがようやく次からフーケ編です。

血縁者まで盗ったのかは解りません。
もしそうなら、もしくは本編後にそんなことがあればいつかまた虚無が生まれるときにツェルプストー家からからもあり得る…?
そうしたらそこからゲルマニアの皇帝目指す話とか妄想が膨らみますよね。


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第13話 ものごとへの姿勢と認められたルイズ

お待たせしました。

日常や脱線の小ネタを考えつつ本編もある程度進めていかねばーと先の会話やシーンを考えながら書いてたら袋小路に陥っていました。申し訳ない。

2ndA'sグラーフアイゼンのラケーテンフォルム変形過程が私の実力だとこんなふうにしか文字でできない!
シーンの動画を見てるともっと長々書くことあるのですがそんなとこまでいいよ!ってなってしまったり…。
変形動画を見れる人、もしくは覚えている人いましたらダレカタスケテー

そしてアイゼンの火はアフターバーナーなのか、それともロケットエンジンなのか。
形的にはアフターバーナーのように思える気もするのですが皆さまはどう思われますでしょうか。
どうでもいいことかもですが一度気になると止まらない…。


「何よあれ!?」

 

「何やあれ!?」

 

はやてとルイズ、主人と使い魔のふたりがそろって声を上げる。視線の先には見たことないほどの量の土の塊が人の形を成して屹立していた。

 

トリステイン魔法学院の中央塔に、30メイルはあるであろう土のゴーレムが居たのだ。

 

ゴーレム。土の魔法でギーシュが作ってみせたワルキューレと同じ魔法によってつくられた、術者の命令に従う命無き操り人形だ。もっとも、その恐ろしさはギーシュのとは比べ物ならない。

 

いくら「土」の塊とはいえ、これほどの質量をもつ物を加速を付けて叩きつけられればワルキューレのように叩かれて骨折、のような生きていられる怪我では済まない。良くても悪くても致命傷、運次第では血しぶきだけになって飛びちる運命をたどることになる。

 

そんな相対するのも恐ろしいゴーレムが現在中央塔をがんがんと殴っている。魔法だろうか、不思議と風を伝わる振動や地響きこそあれど、音はしていなかった。

 

「たぶん、フーケ。」

 

タバサがぽそりと呟く。ルイズは誰の事か良く解らないようだが、フーケの名を聞いてキュルケははっとした。よく見るとゴーレムの肩には、黒いフードをかぶった人影が見える…恐らく今土くれのフーケと言われた術者であろう。

 

「確か…最近ここら辺を騒がせている盗賊よね。ってなによルイズその顔は。アナタまさか…トリステインの国民なのに知らないの?」

 

恋にかまけている私でも知っているのに? とにやにやとした目で見て言うキュルケに、ぐぬぬと知らないのものは知らないので、迂闊なことが言えず唸るだけのルイズ。もっともキュルケ自身も、つい最近その微熱に浮かされた男たちから危ないと言われて知ったことなのだが。

 

「ん…? てことはまずいんちゃうか!? あの泥棒はんは学校の何かを盗みに来たってことやろ!?」

 

『そういうことだな、はやての嬢ちゃん。でもよ…なんか様子がおかしいぜ。』

 

慌てるはやてに同意するデルフリンガーだが、彼の声に焦りはない。

 

そんなはやてを見て、ゴーレムが傍に立つ塔へとタバサが杖を向けた。

 

「狙っているのは宝物庫、でも大丈夫。」

 

その言葉に男達から聞いた情報と照らし合わせて何かを納得するキュルケと、やはり理由を知らず可愛い顔で頭の上に?マークを浮かべるルイズ。勉学と自己の魔法にひたむきに努力を続けていた彼女は、噂話などといった学業の時間外の情報にひどく疎いのだ。

 

「確かに…中央塔はただでさえ他より強い固定化の魔法がかかってるし、宝物庫はさらに強力に重ねがけをされてるって聞いたわ。一人のメイジじゃ、仮にスクウェアクラスでもどうにもできないでしょうね。」

 

タバサとキュルケの話をきいてほっと胸をなでおろしたはやてだったが、そんな彼女の前に杖をもって主ルイズが前に出る。

 

「何言ってるのよ、なら次はあのゴーレムをなんとかしなきゃ!」

 

「ど、どうしてなん…ルイズお姉ちゃん?」

 

ルイズはシグナム達に叱られたりして、今日学んだこと…用心と、先を見ることを活かして考えていた。意地っ張りにフーケのことを知ってるとうそぶかなかったのも、情報を得るためである。ツェルプストーに笑われるのは非常に悔しかったことだが…なんとか耐えた。

 

鋭い目でしっかりとゴーレムを警戒しているその姿には、先程のおいてけ堀な表情と油断はもうない。

 

「塔は壊せない、なら次はフーケは何をするのか考えてみなさいはやて! 開かないなら開けさせればいい…今あそこを開けさせるために必要なものは何!?」

 

「え、え~っと…開けさせるのなら、鍵を探すとか?」

 

そんなことを言われても、平和な日本育ちのはやてである。本を読むことが趣味のひとつとはいえ、現在非日常真っ只中で半パニックな彼女に推理をしろというのは、とてもではないが不可能なことだった。そしてキュルケよりも先に、タバサが小さく口を開く。恐らくはこういう思考をすることになれていて、なおかつ座学も優秀なのだろう、あっという間にルイズの考えを理解した。

 

「違う…たぶん人質。開けられる人に、開けさせれば良い。」

 

タバサが答えを言った瞬間に、ゴーレムはルイズたちへ狙ったかのようなタイミングで振り返った。ガリアとゲルマニアの留学生と侯爵家三女、そして…闇の書で呪われたはやて。彼女たちとはやては、事情を知るオスマンにはこれ以上ない最高の人質となり得るだろう。

 

フーケ自身は後半のことは知らないだろうが、それでも異国の人間を預かっておきながら大けがをさせるような行動をとれば、最悪の場合国際問題。十分な交渉材料だ。

 

「私たちじゃなくても、学園の誰かがそうなることなんて、そんなの私は許せないわ!!」

 

ぎりりと杖を握るルイズの指に力がこもる。

 

「それに何よりはやて! 平民の貴女を守れなくて何が貴族よ!!」

 

そういってルーンを唱え始めようとしたルイズを、キュルケが止める。

 

「ちょっと、何してるのよルイズ! だからってゼロのアナタじゃ無理よ!?」

 

「うるさいわよツェルプストー! 貴族は魔法が使えるから貴族なんじゃないわ…敵に後ろを見せない者を貴族と言うのよ!!」

 

ルイズが魔法を使う。そのことに何かが引っかかったはやては、彼女が唱えるルーンを聞きながら記憶を掘り返していく。魔法が失敗してしまう事ではない、爆発の凄まじい威力のことでもない、でも何かが引っ掛かる…。あれやろか? これやろか? と、考えつくした先に彼女は自分の騎士がかわいらしく喋った時の言葉を思い出す。

 

――固定化や封鎖結界とか結界魔法のようなものを打ち消すような感触がどーたらこーたら。

 

そしてタバサが落ち着かせるために言ってくれた言葉。

 

――宝物庫には、固定化がかけられている。

 

あかん。はやての顔がさっと青ざめた。

 

「ルイズお姉ちゃん! だめや!!」

 

「ファイヤー・ボール!」

 

はやての制止も間に合わず、掲げていた杖を目標に向けて振りおろしてルイズが魔法を放った。

 

ファイヤー・ボールと言われたルイズの魔法は…呪文の名前の通り火の玉が出ることもなく、目標としていたゴーレムの肩の人影にも、ゴーレムの本体にも当たることもなく、魔法学院の塔へと当たったのか、宝物庫の壁を爆発させて―――

 

綺麗に整えられていたその壁に、ひびを入れてしまった。

 

「あっちゃあ…止めるの間にあわへんかった。というより、すごいけど最悪のパターンや。」

 

そう言って手で顔を隠すはやて。キュルケとタバサは、信じられないようなものを見たように目が点になる程に驚いている。

 

「な、何よ最悪って! 貴女を守りたいから私はこうしてるのに! それにちょっと外しただけじゃない、みてなさい…次こそはちゃんと当ててやるんだから!!」

 

はやてのしぐさをこの程度で大げさだと言わんばかりのルイズは、誰かに力強く肩を引かれて、尻もちをつく形で座らされた。そしてその直後、頭頂部に拳骨を入れられる。ルイズは突然の思わぬ痛みでうずくまり、涙を眼に浮かべて次の魔法の詠唱を止める。

 

誰がこんなことをと怒りながら顔をあげると、ヴィータが呆れた顔でルイズを見ていた。

 

「このバカルイズ、気づいてないのかよ…。あーあ、さっきまでのお前は悪くなかったのになー。」

 

そう言ってヴィータがさす指先の方向、ひび割れた宝物庫辺りの壁を見た。それがどういうことかとしばらく考えてから、ルイズも目が点になった。

 

「嘘…。」

 

「嘘じゃねーよ、シャマルからこの前言われたんだろ? 爆発には効果があるかもって。次からはもう少し向き考えて魔法打てよなおめーは。視界に入れておかなければこうはならないだろうから…多分だけど。」

 

はぁー…大きなため息をついたヴィータだったが、どこか彼女は嬉しそうに薄く笑みを浮かべていた。決してルイズをバカにした笑みではないが、それを見る余裕も理由を知る時間もなくなっていた4人と、唯一それに気づいた1匹はヴィータ共々あわれフーケの人質に…などということはなく、ゴーレムは再び振り返って中央塔へ向けて歩き出した。

 

当然である。ひびが入ったということ…それはつまり固定化が解けて傷が入れられるようになったということ。もう人質に用は無い。

 

「ど、どどどどど…どうしよう! わ、わたわたわたしの爆発でこんなことになるなんて!」

 

落ちこぼれ、ゼロのルイズの不名誉な二つ名をもつ彼女は、知らなかったとはいえここまで強い結界を壊して、こんなことになるなんて全く予想していなかったのだろう。そもそも彼女の心の中では、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの理論で攻めようとしていただけである。はやてを守りたくて。

 

「スクウェアメイジ複数の固定化なのに…すごいわよルイズ。誰にもたぶん真似できないわ。」

 

「びっくり。」

 

失敗でパニックになって思考停止したルイズに、こちらも混乱しているのか煽りと称賛を混ぜたことを言うキュルケ。そして感想だけを告げるタバサ。ゴーレムは無情にもそんな彼女達に悩む時間すら与えず、そのひびめがけて今拳を振り下ろそうとしている。

 

(やれやれ…さて、どうすんだはやて? あたしがギガントで叩きつぶすか?)

 

顔を赤くしたり青くしたりしているルイズを除いた八神家の面々へ、事態の解決を図ろうとヴィータが念話で語りかける。

 

(待てヴィータ。何をしようとしているのか知らんが、これ以上あまり単騎で大きな力を見せるな。この世界の人間たちに何を思われるかわからん。揉め事か何かは知らんがやるのならばザフィーラと二人でやれ。)

 

まだ馬で帰路半ばあたりのシグナムが、ヴィータ達の念話に忠告をする。個人が常軌を逸した力を持っているのが解ると、その力で本人も周囲も人間は歪む。そんなものをヴォルケンリッターたちは数えきれないほど見てきている。それがはやてとルイズを巻き込む厄災、問題となりかねない以上、なるべく避けたいのは言われたヴィータも同じだった。

 

(なんだかよく知らねえけど盗賊だってよ。シグナム達が来るまでは待ってられねー…てか、もう今すぐにでも急がねえとまずい。現在相手はルイズが盗賊を狙って外した失敗魔法で、固定化をふっとばしちまった開いた宝物庫に入って、品定めする直前って感じ。)

 

(………。)

 

また何てことをしたのかとシグナムが頭を抱えているようだ。沈黙が続いているのに、どこか彼女の唸るような思念が流れ込んでくる。

 

(そーカリカリすんなよシグナム。しょうがねえだろ。)

 

少しけらけらという音が聞こえてきそうな口調で、ヴィータはシグナムを慰めている。しかしこんな珍しいヴィータをシグナムは訝しみ、余計に悩みの種が増えたのだった。

 

(お前…いくらあのぬいぐるみが見つかったとはいえ機嫌が良すぎやしないか? 甘やかしていては主の主ルイズの為にならんし、それが理由だというのならば、いつまでお前は浮かれているんだ。)

 

ルイズを庇うヴィータ。シグナムにその異様な光景は考えられない。昨日までのヴィータを見ても、いや…ついさっきまでのヴィータでも考えられないだろう。なにせ揚げ足を取るわ、はやての世話をするルイズに嫉妬するわ、どう考えても敵意の方が今までのヴィータには強かったのだから。

 

(優しいとかそういうのじゃねーよ。浮かれてるわけでもねえ…一発今ぶん殴っちまったし。ただあたしはほんの少し、本当にちょっぴりだけど嬉しかっただけだぞ。)

 

(嬉しいだと?)

 

そう、今のヴィータは殴った後もルイズをみてにやりとだが笑っている。それは単に嬉しい、それだけの理由だった。

 

(そうだよ。こいつさっきよ、自分ではやてを守るって言ったんだぜ。助けてでも、あたしたちにやれでもねえ。使い魔の代わりをしろってあたしたちに言っておいて、それでもまず先に自分から前に出てくれたんだ。)

 

(…何が言いたいんだお前は。一刻を争うのだろう、早く言え。)

 

性格か、それともルイズを見て嬉しいと思えたのが少し恥ずかしいのか。のらりくらりと話を進めていくヴィータの念話に、シグナムはピリピリとしびれをきらしていく。

 

(だーかーら、はやてのために戦おうとしてくれたのが嬉しい。ただそれだけだっての。それってつまりさ、闇の書を使うとか命令する側じゃなくて、あたしたちに近い方に立ってくれてるってことだろ? さて、それじゃ今はまだそんな力をもってない仲間の為に…ちょっくら手助けと行きますかね! ザフィーラ!!)

 

(心得た。)

 

デバイスに変化させアイゼンを構えるヴィータと、掴んでいる手を放すようシルフィードへ催促するザフィーラ。同時に、振り下ろされたゴーレムの拳が宝物庫の外壁を破壊する。

 

「わ、わ、わ! ヴィータ、ザフィーラ、お願いや!!」

 

「おうよ!」  「承知した。」

 

慌ててはやてが二人の騎士へ出撃を命じ、鉄槌の騎士と蒼き狼は空を駆ける。飛び立つ直前、ヴィータはルイズの方を振り返ると今度は頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 

「ルイズ、お前の事ちょっとだけだけど気にいったぜ。ちょっとだけだけどな。」

 

言われたルイズは罪の意識が心の中にはいっぱいだったため、何のことか解らなかったが、心苦しい気持ちがその疑問のおかげで少しだけ楽になった。

 

そんな二人のやり取りの間にザフィーラの体が光で包まれて人型へと変わる。手甲の纏った拳を力強く握り、力と魔力を右手に込めて、宝物庫へと続く伸びたゴーレムの腕へと放った。

 

「でぇおああぁっ!!」

 

咆哮と共に打ち出された拳圧が、ゴーレムの腕を穿つ。穴が中心に空いて脆くなったそれは、ザフィーラの左手より繰り出された更なる拳圧によって吹き飛ばされた。

 

突然の事態に驚き、無くなった手を見つめているかのようだったゴーレムは二人を敵とみなしたのか、着地した二人の騎士の前に立ちはだかり、ぺしゃんこに踏みつぶそうと襲いかかってくる。

 

「珍しく派手にいくじゃん、ザフィーラ。」

 

にやりと幼く悪戯心ある顔を向けて、ヴィータが笑う。

 

「既にキュルケとタバサには事情を知られている。だが、他の奴らにまであまり知られるわけにはいかん。ならば…多少派手でもさっさと済ませるに越したことは無い。」

 

「はっ、それもそうだな! こっちもいくぜ…グラーフアイゼン、ロードカートリッジ!!」

 

Explosion――グラーフアイゼンの声と共に鎚の先より少し下、柄にもなる鉄棒の部分と頭を繋ぐ赤い留め具の様な部分が伸びる。よく見るとそこは外側と内側の二層、ピストン構造になって内側が突き出ることで伸びていた。何かを装填するような音と共に、内側の層が外側の層へと飲み込まれて戻っていく。するとどうしたことか、煙を吹いて赤い魔力光を帯びながらグラーフアイゼンの形が変わっていく。

 

"Raketenform(ラケーテンフォルム)."

 

鎚の殴打する左右の円柱部、その片方の先に、貫くように伸びた四角錐が内側から生える。その錐の先端は叩きつけた鎧ごと内側の肉体にまで突き刺さりそうな鋭さである。そして反対の部分は円柱の内側、側面、外側をパーツとしてYの字の三つに割れたかと思うと、捻子のように回転しながら更に形を変えていく。三つが更に細かい部品へと変化、分割されると金色に一部を輝かせながら、ジェットエンジンのノズルのような形となった。最後にそんな各パーツをがっちりと固定して、変形が完了する。

 

ラケーテンフォルム、ヴィータの持つグラーフアイゼンの形態の一つで強襲用の形態だ。火を噴きながら後方から噴き出る推進力に乗って、面ではなく点から始まるようになった攻撃は、ギーシュを殴り飛ばした時のハンマーフォルムとはその威力も、早さも比べ物にならない。

 

「ラケーテ!」

 

剣道の八相の構えのように縦にグラーフアイゼンを持って、しっかりとヴィータが柄を握った瞬間に三つのノズルが火を噴いた。ノズルの部分からロケットエンジンやアフターバーナーのような魔力のエネルギーが溢れて、推力へと変わる。その推力に引っ張られるようにしてヴィータが体を宙に浮かせ、踏みつけようとしてきたゴーレムの足へと一目散に突っ込んで行った。

 

「危ない!」

 

「無茶よヴィータ!!」

 

自身の失敗がこの事態を招いてしまい、罪悪感にとらわれて俯いていたルイズが悲鳴を上げ、キュルケが叫ぶ。

 

「ハンマァアアアーーーッ!!」

 

ルイズとキュルケがヴィータの無謀と思える行為と飛び散る土煙に対して思わず目を伏せたが、激突した後に見えた光景は、そんな彼女たちの予想を大きく上回っていた。

 

叩きつけられたゴーレムの片足が消し飛び、ヴィータの持つアイゼンは未だ勢いを保ったままである。力のぶつかり合いを制したのはヴィータの方だったのだ。その小さな体と一つの鎚で、ゴーレムを上回ったのである。しかも飛び出てきたヴィータには、八重歯をむき出しにしながら笑う余裕すらうかがえる。

 

「嘘…。」

 

ヴィータはそんな彼女達の言葉を無視して勢いのまま一度ゴーレムを飛び越すと、その場で傾いたコマのようにして空中でくるくると勢いを付けてから、先ほどと同じようにまた一直線にゴーレムの胴めがけて突っ込んで行った。

 

「うおらあぁあぁーーーっ!」

 

ゴーレムの残った腕から胴、そして一つになってもなんとか立っているその足へと。ゴーレムの体を滑り落ちるように、ヴィータがアイゼンを叩きこんだまま突き進む。まるで袈裟斬りのように体を潰されながら削り取られたゴーレムは、もう片方の腕と、足の付け根もえぐられてだるまになり倒れた。

 

「とどめ、やっちまえザフィーラ!」

 

「縛れ、鋼の軛!!」

 

倒れたゴーレムへ追い討ちをザフィーラがかける、鋼の軛――昼間にスリを捕まえるために撃ったものと同じ魔法だが今回は目的も形も違う。先の鋭い杭のようになった鋼の軛が、大地からではなく空よりゴーレムの体めがけて降り注ぎ、地面へ磔にしていく。

 

手、足、体と自身の限界を超えて砕かれたのか、形を保てなくなったゴーレムは活動を停止してただの土の塊へと崩れた。

 

「障害は片づけた。宝物庫へ急ぐぞ。」

 

「おうよ。」

 

ゴーレムに有無を言わさずに片づけ、そのまま空を翔けて穴の開いた宝物庫へと入ったふたり。だが、既にそこにはしんと静まり返っており人の気配はない。良く解らないガラクタに見える物や、どうみても高価そうなきらめきを持つ物が、玉石混淆ながらも清潔綺麗に整えられて置かれているだけだった。

 

「やられたぜ…くそっ。」

 

「……片方は術者を追うべきだったか。」

 

歯噛みするヴィータたちの見つめる部屋の壁には、彼女たちには読めないハルケギニアの文字でこう書かれていた。

 

秘蔵の破壊の杖、確かに領収しました。―― 土くれのフーケ ―― と。

 

「わりい、間に合わなかった。」

 

シルフィードの上へと飛んで戻ってきたヴィータが全員に向けて謝るが、それをまともに、もしくは真面目に受け取ってくれたのは主のはやてだけだった。

 

「ええんよ、ご苦労様。ありがとなヴィータ、ザフィーラもっ。」

 

そう言って笑顔を返すはやて以外の面々は、どこかおかしい様子だ。

 

ルイズは再び俯いていて、ぶつぶつと何かを言いながら青い顔をしている。口がものすごく早く動いて呟いているせいで、残像でおもわず人間のできない形に見えた気がするほどだ。

 

キュルケは胸の前で両手の指を組んで、狼に戻ったザフィーラを何やら非常に潤んだ瞳で見ている。熱視線がその瞳からは強く向けられており、思わずザフィーラがたじろぐ威力を放っているほどである。

 

タバサはぽそぽそとダメだとか、まだ早いとか、解らないのに迂闊とか言いながら、杖でぽこぽことシルフィードの頭を叩いて止まらない。

 

「…なにやってんだこいつら。」

 

「あはは…なんやろ、どうないしたんやろなあ? みんな。」

 

ひくひくとひきつった笑顔の後に、はあとため息をついてヴィータは彼女の主の主、今回の事の被害が拡大した原因であるルイズへと近づくと、ぺしぺしと頭を、拳骨の時とぽんぽんと叩いた時の中間程度でたたき始めた。まるでバスケットボールのように、ルイズの頭が弾む。

 

「おいルイズ、ル~イ~ズ~!」

 

しかし、ルイズは未だ下を向いたままである。

 

「だー! おいルイズっ!!」

 

すこーんと、ハンマーフォルムへと戻ったグラーフアイゼンを軽く振り、インパクトの直前に手首を引いて寸止めをすることで、怪我をさせない範囲でルイズを叩いた。

 

「あ痛ぅっ…もう、ヴィータ! 何すんのよ…私はねぇっ!!」

 

「考え事して自分を責めてたって、何にもなんねーぞ?」

 

宝物庫を壊されるきっかけとなった自責の念か、それとも再びヴィータに強く叩かれて浮かんだものかは解らないが、目に涙を浮かべて睨みつけてきたルイズの目が見開かれる。ヴィータとしばらく視線を重ねてから、やがて悩んでいても何にもならないことを悟ったのか、ごしごしと制服のシャツで目をこする。そしてそこにはいつものめげない、プライドの高いルイズの顔が戻っていた。

 

それをよしと判断したのか。ヴィータはにやっと笑ってアイゼンを待機形態に戻すと、はやてとルイズの間へ割り込んで座り直し、背中をはやてへと傾かせて預けた。

 

「くよくよ考えてても始まらねーんだ。次にお前が出来ることをしろよ。ほら、どうすんだよ。」

 

そういって自分の役目は終わったとばかりにルイズの方を向いたまま、終いにはやての膝で寝そべってしまった。一応取り逃がしたのはヴィータたちが詰めを誤ったせいでもあるのだが、そんなことは知らないと言わんばかりである。

 

「ヴィータ…なにも出来んままフォロー頼んだ私が言うのもなんやけど、逃げられちゃったのはルイズお姉ちゃんのせいだけやないだろ。」

 

ふにふにとヴィータの柔らかそうなほっぺをつつきながら、はやてが笑って言う。ヴィータ自身は、はやてにつつかれていても特に嫌ではないのか、されているがままで薄く目を開いて、ルイズの方を見た。

 

「うー…わあってるよはやて。でも…パス、こういうのをどうするか考えるのは、ルイズがぴったりだからな~。」

 

これも嬉しかったことの影響だろうか? それともルイズが得られた信頼なのだろうか? ヴィータはルイズに結局丸投げした。

 

そんな気持ちを感じ取ることが出来たのだろうか。それとも単純なだけだったのだろうか。ヴィータにそう言われて一層気合が入り、自分のできることをしないと! と…そうプライドの戻った顔に更に一喝、ぴしゃりと自分の頬を両手で叩くと、鳶色の目にさらに強く光を宿して、ルイズはそれを活力に口を開いた。

 

「タバサ、とりあえず降ろして。学院長に報告しに行くわよ。」

 

「…学院長は今日は留守。居たら中央塔が殴られているのに出て来ないはずがない。」

 

……彼女の意気込みは空回りに終わった。せっかく燃え上がった気力が削がれ、削ぎ落ちたいくつかの決意がいらいらへと変わっていく。

 

仕方なく宿直のシュヴルーズへとフーケの件、最後に自分の失敗魔法で宝物庫の壁の固定化が解けてしまったということを正直に報告してから、ルイズは眠りについた。

 

疲れてもう余裕がなかったのか、お風呂に入るのも忘れて泥のように眠るルイズ、はやてだったが…騎士たちはそのまま、部屋のテーブルを囲んで座り何かを話している。

 

「学院の宝を盗まれたか…我らにお鉢が回ってくるのは避けられんだろうな。主の主の責任でもあるしな。」

 

シグナムが寝る前にはやてが入れてくれたお茶と作ったクッキーを軽く食べながら話を進めて、シャマルがそれに頷くと魔法陣を展開していく。

 

「そうね、だったら面倒なことになる前に取り返しちゃわないと…。」

 

そう言って彼女の魔法、遠見の鏡と探査魔法を用いて奪われた宝を回収しようとしたところで、ヴィータに手を掴まれて止められた。

 

「ヴィータちゃん?」

 

何か意見があるのか、ヴィータはシャマルに魔法の行使を止めさせる。

 

「まー待てよみんな。あたしらが何でもしてやってたらルイズの為にならねえだろ。アイツはシャマルとは違った意味で頭は回るけれど、それをしてもらうだけじゃ駄目だしな。せめて自分の身くらいは、はやてと一緒でもまとめて守れるようになって貰わなくっちゃな。」

 

「お前、まさかわざと盗賊を逃がしたんじゃないだろうな?」

 

そう言って悪巧みの様でもあり、どこか楽しそうな顔をするヴィータを、やはりシグナムが悩みの種のような顔で見たが一理あると思えたのか。話の続きを促すように姿勢を戻した。

 

「せっかくだからさ、この事件を使ってルイズにできる戦い方を教えて…鍛えてやろうぜ。」

 

そう言うとヴィータは全員に念話で自分のたくらみを話し始めたのだった。




ちょっと違うタイミングや助言を重ねていくだけで、ルイズは色々考え方が変わっていくと思うんですよね。

そして読み返すとフーケのゴーレムについてあれ?と思える点が一つ。些細な内容ではありますがね次で活かせればなと思います。
それと、ルイズの失敗爆発魔法についても屁理屈や言葉遊びかもしれませんが面白そうなところが一つ。
長々悩んでいましたが、どうにか続きを書けそうです。

お待ちいただけた方々、そしてまた読んでいただけた方々、ここまでお読みいただきありがとうございます。

次は再戦、舞踏会あたりまで書ければと思います。ではまた。


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第14話 ルイズをあたしが染め上げる

ヴィータによる、はやてという妹ができたことで、少し優しくなったり賢くなったルイズの育成計画(`・ω・´)

韻を踏むって難しい


「なるほど、お前の考えは良く解った…しかし私は反対だな。」

 

シグナムは一理ある、なんて思ったことを後悔していた。こめかみに手を当てて目を閉じてため息。却下という気持ちのオンパレードだ。

 

「うむ、お前の推測はどちらも一度しか見たことのない事だ。そして保証も確証もない。我が主を結果危険に晒したらどうするつもりなのだ?」

 

シグナムと同様に、ヴィータの内容に否定の意見を述べたのはリインフォース。軽率だと、どこか子供を叱りつけているような顔をしている。

 

どちらかと言えば見守ったり、はやてと自分達が仕える…そんなふさわしい主へとなってもらう為、教育や試しをしていたつもりのシグナム。しかしそれは、あくまでこちらが見守ることで安全だからであって、危険に飛び込むようなことをさせるつもりは彼女には無いのだ。

 

「だーかーら、そうならねえ為にあたしが一緒に行くんだろうが。」

 

逆に、多少怪我してもある程度強くなって貰おう。そう思っているのがヴィータである。彼女はどうやらルイズを自分のもとで磨くつもりのようだ。

 

「ふん、つい数日前に両手両足を捥いで連れて行く…みたいなことを言った奴の発言とは思えんな。」

 

「うっせ。」

 

シグナムの皮肉に対して、ジトっとした目で言い返してからそっぽを向いたヴィータは、なにか言いにくいのか、しばらくもじもじとしてからそのまま呟き始めた。

 

「だってよ…ルイズが可哀そうだって思ったんだ、思っちまえたんだからしょーがねーだろ。」

 

本当に、先ほどの脅しや今日の昼あたりまで嫉妬や敵対心を振りまいていた人とは思えない。そんなヴィータの発言に否定派の二人どころか、思わずシャマルまでもが訝しんだ。

 

「ヴィータちゃん…何か悪いものでもお昼に食べたの?」

 

「だぁーっ!! なんだよなんだよシャマルまで…いや解ってる、あたしらしくねーこと言ってるのは…けどよ!」

 

少しだけ俯いてから、ヴィータはすやすやと寝息を立てている自分の主と、今日のことで疲れたのか、少し寝息の荒い主の主を見た。

 

「はやてが、こうして欲しいってあたしには思えるんだ。」

 

それはヴィータが、主であるはやての優しさできっと一番救われていて、子供の姿をしているからか、一番自由があるからこそ感じたことだった。

 

「そりゃあ、ルイズが死んだら大変なことになっちまう。だから勿論、自殺に行くようなことなんかはさせられねえ。でもさ…あたし達みたいにさ、はやてを今日みたいに思ってくれて、守ろうとしてくれるのなら…さ? そんな人をはやては自分の都合で縛ってほしいとは思わねーと、あたしは思う。」

 

あの時のルイズを見てヴィータは、からかい混じりの言葉を彼女に言ったものの、心での評価を一気に改めていた。

 

「だってあれってさ、ルイズはつまり…あたしたち騎士と同じことをしてくれようとした人ってことじゃんかよ。」

 

原因はルイズ自身だけどな。と半笑いながらにヴィータは言った。ヴォルケンリッター達…使い魔の下僕と同じなど、ルイズが聞いたら怒ること間違いない言葉だ。そんな彼女は現在気が付けば寝返りをうったのか、はやてを抱き枕のようにして腕で包んで今も寝ているので、何も気にせずヴィータは話を続けていく。

 

「あいつはあたし達と違って人間だから脆くてすぐに死んじまう。でも、そうならない様になるべくしてやることは出来るだろ。ルイズのやつはきっと責任感から、明日からフーケを追う…はやてが納得できる方法、説得とかで止められると思うか?」

 

(…無理だろうな。出会ってまだ数日だがっ、今日の態度でもう十分に思い知らされた…っ!!)

 

聞こえてくるのは念話によるザフィーラの声。しかし、彼はさっきまでとは違いどういうわけか、今はここに居なかった。再度の襲来を警戒して狼の姿に戻り、外の警備へと向かったのだ。しかしどうしてだろう? 聞こえてくる声は焦燥が混じっていて、なにやら赤い髪の女性や青い竜から外で逃げているような声だ。

 

「…主はやてが止めてくれるだろう。」

 

「さっきも、はやてはそうしようとしてたけどさ…ルイズは言うことなんて聞かなかったぜ? シグナム。」

 

勝ち誇ったかのようにふふんと笑うヴィータ。現場を見ていたヴィータだからこそ、ルイズの信念をザフィーラ同様に理解していた。

 

「あたしがやろうとしてるのは、別にあたしの我儘ってわけじゃねえんだ。こうすることがきっと…今のこの"家族"にとって一番いいって思えるから、全員で笑っていられると思うからみんなに聞いてもらったんだよ。」

 

家族…もしそう例えられるほどの存在であるのならば、そんな相手のしたいことや夢を縛るなんてことは、誰もができるだけしたくないことだろう。現に地球に居たときのはやては、多少の寂しさを感じてこそいても…シグナムにも、シャマルにも、ヴィータにも、ザフィーラにも、彼らがしたいことをしようと外へ出るのを止めなかった。

 

「そうか…そうだなヴィータ。お前は多感で心の機微に聡いからな…お前がそう言うのならば、きっとこれが一番私たちの関係にとって良いことになるのだろう。」

 

否定派だった一人のリインフォースが感銘を受けたのか、ヴィータへと賛同した。シャマルもうなずいて、最後にシグナムが折れた。

 

「主はやての為、か。確かにこの方は私達と主の主であるルイズが、いがみ合う光景など見たくはないだろうな。」

 

「そうだよシグナム。それに…あたしらみたいとか、自由で居てほしいなんて言ったけどさ…別にルイズははやての騎士ってわけじゃない。いちおーは、いちおーは命の恩人で…あたしらのもう一人の主人なんだ。そいつのやりたいことを護ってやるのもあたしたちの仕事、だろ?」

 

「ルイズ様は、はやてちゃんを守ろうとしてくれる。だからルイズ様のしたいことはさせてあげたい。そしてルイズ様は私達の主の主…その道を守るのもまた騎士の務め……そういうことよね、ヴィータちゃん。」

 

長々と話すことになったことをシャマルがまとめ上げると、全員の考えは等しくなった。

 

「しかしヴィータ。そこまで言うのなら一つ、たった一つだけある…とても難しい懸念はお前に任せていいのだろうな?」

 

責任をとれよ、と言うつもりなのか…少しだけ彼女にしては珍しく悪そうな顔で笑うシグナム。

 

「心配ねえよシグナム、あたし一人で十分ルイズは守ってやるさ。」

 

「…そのことではない。というより、一人で行くつもりかお前…?」

 

は? と言った顔でヴィータの口が開く。

 

「当たり前だろ…もちろんシャマルやシグナムにはいざって時のバックアップに待機しといてもらうけどよ。ってか、じゃあなんだよおい、懸念って。」

 

「最後の否定派、我が主はやての説得だ。優しい主の事、間違いなく…こちらもそう簡単には折れんぞ? ヴィータ。」

 

さっきの意趣返しのようにふふんと笑ってから、会議は終わりだといわんばかりにシグナムは眠りに入っていった。

 

「そうね、大変だと思うけど、そこはちゃんと言いだしっぺがやらないと…ね? それじゃあヴィータちゃん、おやすみなさぁい♪」

 

シャマルも服を脱いでシグナムやルイズ、はやてのいる大きなベッドへと向かっていく。

 

「先ほどの私達へ言ったあの気持ちがあれば、きっと我が主も納得して下さるだろう。ヴィータ…任せたぞ。」

 

二人と違ってただ一人、本当に真面目にヴィータの顔を見てから、どこで覚えたのかぐっと両手でガッツポーズに似た構えをするリインフォース。ファイトとか、頑張れとかのエールが、脇をしめているそのポーズで強調された胸からぽわぽわと伝わってきそうだった。

 

しばらくして、応援の気持ちは送り届けきったのか、固まったヴィータから離れてリインフォースも寝床についた。

 

「………何いーーーーーっ!?」

 

鉄槌の騎士の悲鳴が、明けの明星のような、ハルケギニアの宵明けに輝いて見えるどこかの星へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

「そうか…ミス・ヴァリエールの魔法が、まさか宝物庫の固定化すら打ち破るとはのう。」

 

翌朝、報告を聞いたオスマンは教師たちと、目撃者であるルイズとキュルケ、タバサにはやて、そしてヴィータを呼び出していた。ザフィーラは居ない。キュルケとタバサには内緒ということをこの前の食事で誓わせていたし、何より無駄に騒ぎの種を作ったり、秘密を公開したくなかったのである。

 

そして昨日のゴーレム騒ぎをシュヴルーズより聞きつけて、すぐに調べに行ったと言われるオスマンの秘書のロングビルが、息を切らして学院長室に戻ってくると、彼女の口から驚愕の言葉が出てきた。

 

「フーケの居場所が解りましたわ!」

 

肩で息をしながら、更にロングビルは事の詳細を付け足していく。

 

「ここから先の森の奥、馬で4時間ほどの距離にある小屋の近くで、怪しげな黒いローブを着た人影を見たという人が居りまし

た。手に何か長い箱のようなものを抱えていたとの報告もあります。」

 

「黒いローブ、抱えていたもの…間違いねえ、きっとそれはフーケだな。」

 

証人の一人であるヴィータがロングビルの証言を肯定して、事態は次のステップへと駆け足に進む。

 

「オールド・オスマン! 一刻も早くまずは王室へ連絡しましょう!!」

 

「これはゆゆしき事態です。ミス・ヴァリエールの責任もあります、いったいどうされるおつもりか!!」

 

そうまくしたてて視線を向けた教員たちに、ルイズはいたたまれない気持ちになったが堪える。その責任は破壊の杖を取り返して果たすつもりだったからだ。しかしそんな罵声をさっと手で遮る者が居る。それは杖を盗まれたここの学院長本人だった。

 

「たわけどもが! 一刻も早くというのならば儂らで今すぐに取りに行かねばなるまいが!! お主らは自身のメイジの杖をなんだと思っておる!」

 

普段の飄々とした雰囲気とは違う、真剣なオスマンの表情に思わずたじろぐ教員と、それを見て顔に笑みを浮かべるヴィータ。

 

「それに、生徒の責任とするとは何たることか。確かにミス・ヴァリエールにも責任はある。じゃが責任と言うのであれば、夜とはいえ、まだ帳が下りきる時間でもないのに誰一人として気づけなかったお主らも同罪じゃ。宿直が誰だとか、そういった問題ではない。あれほど巨大な影を落とすゴーレムと、フーケの気配に誰ひとりとして気づけんかったのじゃからのう…。そしてもちろん、そんな平和ボケになるようにお主らを戒めきれなかった儂にもな。」

 

助けられたことの感動も相まって、その姿はまさしくルイズの理想とする貴族像の一つだった。が、いつもこうならいいのにどうして普段はああなのか…という気持ちが彼女の心の震えをだんだんと小さくしていった。

 

「さあ、貴族としての務めを果たそうではないか。我と思う者は杖を掲げよ!!」

 

そして最後の所で人頼みなの!? と、ここまで言うものだからてっきりオスマン自身も赴くと、そう思っていたルイズの心の震えは完全に止まると、今度は別の怒りの震えが沸いてきた。

 

なぜなら教員は誰も、杖を掲げなかったから。

 

ルイズの震える心が、狂える炎のように力強くなっていく。はやてを守ろうと、民を守り秩序を守り信念を貫こうとした少女の心はもう我慢がならなかった。

 

もとよりそのつもりだ、そう思って自身の杖を掲げようとした時にルイズ自身の腕は上がった。勝手に。そう、勝手に。

 

「ミス・ヴァリエール…ん!?」

 

「ヴィータ!?」

 

ルイズの杖を持っている方の腕はヴィータによって持ち上げられていたのだ。

 

「あ、あんた…なにご主人様の腕を勝手に掴んでんのよ!?」

 

「っせーな、どうせこうするつもりだったんだろ?」

 

だったらいいじゃねえかとにやけ顔でヴィータが腕を離すと、下がりそうになった腕を今度はルイズ自身で掲げた。それは、まぎれもない彼女の意志だった。

 

「ミス・ヴァリエール、君は生徒じゃないか…一体どうして!」

 

「誰も大人たちは杖を掲げないじゃないですか!! それにおおまかな責任は私にあると思っています。だから私に…ヴァリエール家の名誉回復のチャンスを頂きたいと思います!!」

 

そうして教師たちの意見を突っぱねてルイズは杖を掲げ続けると、はやてが車椅子で寄ってきた。

 

「なんで? なんでお姉ちゃんがそこまでせなあかんの……? ルイズお姉ちゃん、やめてえな」

 

「ごめんなさい、いくらはやてのお願いでもこれだげは譲れないわ。これはね…あなたが私にリインフォース達、ヴォルケンリッターのことでお願いをしたように、私が私で居るためにどうしても曲げられないことなのよ。」

 

そう言ってはやてを宥めようとするが、優しい…今この場で言えば場違いで、平和ボケという言葉が学院の人間たち以上にふさわしい彼女にはルイズの言葉がどうしても納得できなかった。

 

「なんで…謝らないけんのはわかる。でも、生徒であるルイズお姉ちゃんがどないして…? 死んでしまうかもしれへんのに、何で?」

 

「貴族にはね、自分の命より大切なものがあるのよ。」

 

そう言ってしゃがんではやての目を見るルイズ。

 

「あんただって、本当は解ってるんでしょ?」

 

なんのこと? そう聞き返すような青い瞳を向けるはやてにルイズは鳶色の、はやてと反対の色の様な瞳で見つめ返す。何度目かの瞳を交えたやり取りだが、今回は初めての、ルイズがはやてに教えを説くような形だった。

 

「リインフォースに聞いた話だけどはやて、彼女が「あっち」で見るだけしか出来なかった時、あなたは自分の命や病気を治せるかもしれない手段があった。なのにそれは多くの人に迷惑がかかるからって、しようとしなかったそうじゃない。それこそ命の危機にまで病気が進んでも、苦しいとも痛いとも…生きたいとも言わなかったって聞いたわよ? それってあなたにとって、自分の命より…彼女たちの名誉が大切だったからじゃないの?」

 

それは自身の名誉ではなく誰かの名誉の為という違いがあるし、本人はそこまで考えてなくて、ただ大切な人たちを犯罪者にしたくなかっただけの、子供な願いだったかもしれない。

 

「はやてがそうしていたのに、私がそうしたら駄目なんてのはおかしいわ。」

 

それでも、それは誰かの為や、何かの為に自分の命を捧げられたのは間違いなかった。

 

「それは、だってそれは悪いことやん! お姉ちゃんがしようとしている…正しいこととはちゃう、ちゃうやろ…? 私と違うて正しいことに、どうして命かけなきゃいかんの…っ!?」

 

本質的には善悪の差があるとはやては主張する。そうして後ろめたい気持ちで押しとどまるのとは違うと彼女は思っているようだ。

 

しかしルイズはそれをも否定して、よりはやてを追い詰めていく。

 

「正しいことならそのままでも良いわね? でも、私のだって悪いことなのよ? だってひびを入れたのは、まだ正直信じられないけど私なんだから。このままじゃあ学院全体にも、私の家の公爵家にも迷惑がかかったままよ。だからね? 私はその責任を果たすために命を張らなきゃあいけないのよ。幼いはやてが迷惑にならないよう命を伸ばさなかったのと、学生の私が迷惑にならないよう命を懸けるのは、なにか違うかしら?」

 

「それは…だって…なぁヴィータぁ……。」

 

本当に珍しく、年相応に子供らしく言いくるめられて、はやてはヴィータに頼った。しかし彼女はちょっと複雑な顔で笑い返すだけで、助けてはくれない。

 

むしろ内心ではルイズがはやての説得をしてくれるから、ヴィータなんか嫌いや! とか一時的な怒りからでも言われなくてほっと胸を撫で下ろしたいくらいである。

 

だから、今この場に限っての彼女はいけいけルイズ! と、応援していた。

 

「ごめん、ほんっとごめんはやて…。でも、あたしはルイズの言うことも間違いじゃないと思う。それに、はやてのこと言われるとあたしはちょっとどうしようもできない。…なあに心配するな、あたしが昨日みたいにルイズを守ってやるさ!」

 

「そんなあ…うう。でも、嫌や。」 

 

そう言って言葉が出なくなって、それでも抵抗を止めないはやてを、最後にぎゅっとルイズが抱きしめた。

 

「もう、駄々っ子は駄目よはやて。それに、死ぬ気なんてさらさらないわ。ちゃんと生きて帰って、私はこれからもはやて達と過ごすんだから。」

 

はやてだって本当は解っている。半ば自分との運命共同体のような存在となってしまったのに、それでも自分を恨まないような人間のルイズが、死にに行こうとしているわけはないことくらい。それでも、戦いとは無縁だった彼女にとっては昨日の光景が忘れられず、あんな小さなビルの様なものに人のルイズが挑むことが怖くて、不安で仕方がないのだ。

 

「うう…絶対やで? 絶対にちゃんと帰ってきてな…ルイズお姉ちゃん!」

 

「ええっ、もちろん。私とはやての約束よ!」

 

そう言って少し目を潤ませながらも小指を突き出してきたはやてに、良くわからないままだがルイズは同じように指を出して絡めた。そうしていると、どこからかまたざわめきが起きる。

 

声のする方を見上げてみれば、今度はキュルケが杖を掲げていた。

 

「ミス・ツェルプストー! 君まで何を…っ!?」

 

「ヴァリエールには負けられませんもの。そ・れ・に…。」

 

そう言ってはやての方を見てキュルケは薄く微笑んだ。

 

「命を投げ出してでも大切なことをしようとする、守ろうとする。それをこんなにいたいけな、幼い平民のはやてすらしたことがあるのに、アタシがしてない…いえ、出来ないなんてそれこそ許せませんわ。」

 

さらに上がるもう一つの、この学院ではとても珍しい大きな杖が上がる。

 

「ミス・タバサ…君まで!!」

 

「ふたりが心配。」

 

フーケ襲撃を見ていた最後のメイジが杖を掲げると、オスマンは穏やかな笑みをしながら3人を見た。

 

「ふむ。切磋琢磨するのも、仲良きことも美しきかな…今のこの3人には、並大抵のメイジでは敵わぬじゃろうて。」

 

「おっと、待ちなオスマンのじーちゃん。あたしも一緒だから忘れんなよ。」

 

いつの間にか取り出したアイゼンをハンマーフォルムのまま掲げて、ヴィータが3人の前に立った。横柄な態度と言葉に思わず顔をしかめる者も居たが、オスマンの笑顔は変わらない。

 

「おお、そうじゃったな鉄槌の騎士よ。お主もいるのであればなおの事…見事やり遂げるじゃろうて、ほっほ。」

 

「そんな…まさか本当にこんな子供まで向かわせるというのですか学院長!?」

 

ヴィータの参戦に、教師の一人であるシュヴルーズから流石に声が上がったが、彼女の実力を知るオスマンはもちろん止めなかった。そして、ならば君たちが行くかねと教員たちに告げて、誰も手が上がらなかったことでようやく笑みがため息とともに消えた。

 

「では、魔法学院は諸君らの活躍に期待する。頼むぞ、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、そして鉄槌の騎士よ。」

 

「杖にかけて!」

 

3人が掲げる杖に、にっこりと犬歯を出して笑うヴィータがアイゼンを重ねて誓いを立てた。それから若きメイジ3人たちはそのままに、ヴィータはハヤテの車椅子を押しながら案内を頼まれたロングビルと共に部屋を出て行った。

 

 

 

 

「はあ、何で私アタシがよりにもよって泥棒退治なんか…。ダーリンもいないし~。」

 

屋根もない牧草を運ぶためのような馬車で森の小屋への移動中、先程の張り合いはどこへやら。キュルケはその荷台の中で、だらーんとだらしなく大の字の様に手と足を広げて座っていた。戦う前から燃え尽きた人間のようになっている。

 

「誰よダーリンって! 大体あんたが勝手にあげてついてきたんじゃないの!!」

 

「…あなたが死んだらはやてが悲しむから、わざわざそうならないようにアタシが来てあげてんでしょ『ゼロ』のルイズ。」

 

あの発言はなんだったのか、いや…人間にとって一時の感動などはこんなものなのかもしれない。本当の意味で心が感銘を受けることなど人生数えるくらいのこと。

 

はやての命の物語より、どちらかと言えばキュルケはルイズへの対抗心の方があのときは強かったのかもしれない。

 

「だー! おまえら喧嘩は帰ってからにしろ!! これからルイズにはな、言っとかなきゃなんねーことがあるんだ!」

 

ったく…とぶつぶつ言いながら両手で二人を制して、ヴィータはルイズの方に向かって隣へどかっとあぐらで座り直す。

 

「さて、じゃーフーケの所に行くわけだがルイズ。ピンポンパーン、第一問。」

 

「え。」

 

なげやりきわまりない効果音を棒読みしながらヴィータがルイズに問いかけていく。

 

「今回の責任を果たすってことはどういうことだ?」

 

「そりゃあ、フーケを倒すことでしょ?」

 

当たり前じゃないという顔をするルイズにしかめっつらのヴィータ。

 

「な、なによその顔は! 間違ってないじゃない!!」

 

「破壊の杖の奪還。」

 

横から小さな声が風にのって二人の耳に届く。

 

「タバサのねーちゃんが正解。」

 

「何よ! 一緒じゃないのヴィータっ!!」

 

とんちの話でもしてるのかと怒るルイズに、やれやれと大きくうなだれてから、きゃんきゃんと叫ぶルイズの口をひとさし指で塞いでからヴィータはルイズの目を見た。

 

おちょくるでもなく、怒るでもなければあきれるでもない真面目な瞳だった。

 

「おめーもあの場のはやてとの約束や、本質…見失ってんじゃねー。」

 

思わず声が止まったルイズを確認してからひとさし指を少し離してヴィータは説明する。

 

「いいか? これはオスマンのじーちゃんに頼まれたことでもあるんだ。だから一番にしなきゃならねえのは、破壊の杖ってのをあたしたちでちゃんと持って帰って、元通りにすることだ。」

 

でも、と言おうとしたルイズを話はまだ終わってないヴィータの言葉が遮る。

 

「確かにフーケを倒すことでも責任は果たせるけど、それは別にあたしらじゃあなくたっていいじゃん。王室のやつらにあとで任せてもいいんだ。まぁ…昨日はあたしも最近暴れてなかったから、戦いに夢中で考えるの忘れてたんだけどさ。」

 

真面目な顔のまま少しだけ反省をして、それでも目を離さないままだ。

 

「覚えとけ。自分がこうすること、こうしたいことで責任を果たせるんだって思ってることは、必ずしも周りのしてほしい責任のかたちとは限らねえんだ。」

 

「…解ったわよ。」

 

いやいやにぶすくれて言うルイズを見て、ヴィータは確信した。

 

「お前…やっぱフーケを倒すことで、ついでに自分に箔をつけよう! とか、これなら杖だけ持って逃げた奴って馬鹿にされないでしょ! とか考えてただろう?」

 

ぎくり。ルイズの目がそれた、図星だったようだ。

 

「はぁ…仮に杖だけ持って帰ってきたって、はやてやオスマンのじーちゃんが解ってくれるんだから、変なとこに見栄張るなよなほんとにさぁ。マリなんとかとか言う奴等みたいな、解ってないアホをいちいち全部気にしてたらきりがなねえよ……。」

 

「五月蝿いわね! そんなこと解ってるわよ…でも、でもねぇっ!」

 

普段のけなす相手への鬱憤や反骨心が溜まっているのだろう。ルイズはどうしてもそれを成し遂げたいようだ。

 

「自分から格下相手のとこまでわざわざ降りるなっての。」

 

しかし、あくまで何も知らないでルイズをけなす奴が下、という形でヴィータは説得する。心なしか口角が上がった気がした。

 

「それに、もし杖だけを持って帰ってからそういう奴がいても、すぐに誰もお前をバカにできなくなるぜ。」

 

「はあ? 何をどうやったらそうなるって言うのぶぎゅ!」

 

怒鳴り付けて迫るルイズのほっぺを、片手で押さえつけるようにつまんで、ふっふっふと笑いながらヴィータは、口から離していた手の指を中指もあげてチョキにした。

 

「今からアタシが教えるこの第二問と、戦い方でお前が強くなるからだ。」

 

「私が、強く…?」

 

正直自分のメイジとしての駄目さ具合、その自覚が本当はあるルイズには、ヴィータの言いたいことが解らなかった。

 

「ま、それは本番必要になった時のお楽しみだけどな。」

 

昨日の睡眠不足とはやてへの説得案の試行錯誤のせいか。そう言ったヴィータは目を閉じると、あっという間に眠ってしまった。

 

「ちょっと寝るんじゃないわよ! 何で今言わないのよ!! 教えなさいよヴィータぁっ!」

 

肝心のところは真面目さがあるけれど、全体としてどこか緊張感がない。

 

そんな雰囲気で、30メイルもあるゴーレムを操るメイジへと挑みに行くという、ハルケギニアの人からはとても思えない、馬車の上のヴィータだった。

 

ゴーレム相手に昨晩あれほど終始優勢だったのだから、無理もないかもしれない。

 

そして、こうしてルイズにあれこれ教えてあげる彼女の姿は、本来の歴史でなるはずだった、教導官としての才能の片鱗かもしれなかった。




遅れまくりんぐ。
忙しすぎて。それこそ、まだ届いたReflection見る暇がないほど。


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第15話 染め上った破壊の杖

まだリフレクション見る暇ない。悲しい。
タグの独自解釈全開


リイン「最近私の出番がないな。」

シグナム「もともとお前も我々も主はやてのおまけだからな、仕方が無かろう。」

はやて「戦闘では私が小さな事ならともかく、しっかりと活躍できるようなるんは正直だいぶ先になりそうやなぁ。」

シャマル「ふふ、日常面で私たちは頑張りましょうよはやてちゃん。」

ザフィーラ「だが…それでもお前が料理をするのはやめておけ。」


「起きなさいよヴィータぁっ!! 本当に全力に寝てるんじゃないわよ全く!」

 

「あでっ!?」

 

暗闇から意識を覚醒させられたヴィータは目を開いても何も見えず、星がちかちかと飛んでいた。ルイズが目的地近くに到着したのにまだ起きないヴィータに、息を吐きかけてから振りかぶって全力で拳骨を叩きこんだからだ。少女の細腕からどうやってこれほどの威力が出たのかは乙女の秘密である。

 

「くぅ~っ…なんつー拳骨してやがんだお前! シグナムに殴られたくらい痛かったじゃねえか!」

 

「アンタが起きないのが悪いんでしょうがぁ! 大体…たまに私が朝起きないとアイゼンでスコンスコン叩いてるアンタが何を言ってんのよ!」

 

ふたりして現在の任務や作戦すら忘れて、ルイズとヴィータが馬車の荷台の上で押し問答をしてころころと転がる。

 

殴り合いやらにならないあたり、どちらも本気ではないはずなのだが…両者ともに心の不満は強いのか、激しく罵声が飛び交っていた。そんな二人の光景がよほど滑稽に見えたのか、それとも罵声の内容が幼すぎるのか、普段は本来こういった光景の担当者に近いと周りから思われているキュルケが、髪をかきあげて呆れ返る。

 

「あーもう、アンタ達何やってんのよ。ヴァリエール! さっきの言葉そのまま返すわ、貴族の誇りやらと任務に対する態度はどうしたのよ。ついでにヴィータにも返すわね、喧嘩は後にしなさい!」

 

「ぐぬっ…!」

 

二人して押し黙った。ヴィータもルイズも、先ほどの自分のことを棚に上げてまで、こんなことを続けていることはできないようだ。馬車の荷台から少し申し訳なさそうにして降りてくる。

 

「ここからは歩いていく。ミス・ロングビルの提案。」

 

タバサがそんな二人の前に立って軽く説明を始めた。このまま荷台の喧しい車輪の音を立てて近づけば、フーケに気付かれて逃げられるかもしけれない故の処置だということと、草木の中を歩いて小屋に近づくことで、視覚の方からも気づかれないようにするためだということだった。

 

「なるほどね。わかったわ…ちょっと草むらは蚊が出そうで嫌だけど仕方ないわね。」

 

「お前なぁ…まぁ、あたしは刺されねーから良いけど。」

 

厳密には人間ではないヴィータ。仮に森に蚊がいたとしてもまず彼女より先に、他の人間が狙われるだろう。

 

「な!? ずるいわよアンタ! っていうか、子供が一番よく刺されるって言うんだし狙われるのならアンタが一番最初のはずでしょ!?」

 

「へへっ、体質(・・)でアタシは蚊に刺されたりしねーからな、残念だったなルイズ。その理屈ならあたしも少し知ってるけど、多分一番最初に刺されるのはルイズだな。蚊ってのは熱くなったりして出る汗や、匂いとかに寄って来たはずだからなー…タバサのねーちゃんより少し大きくても、ルイズが先に刺されるぜきっと。」

 

ルイズの顔がひくつく。

 

「ねえヴィータ、どーいう意味かしらそれ…?」

 

先ほどのように怒鳴らないのは体温をあげて、蚊かせ寄ってこないようにするためだろうか。なんともな理由で必死に自身の怒りを発汗等と共に抑えているルイズをさらにヴィータはゲラゲラと笑った。

 

そんなすごく些細ながら、不思議で乙女としては羨ましい体質のヴィータを周りは気になっていたが、人でないことを知っているルイズだけは、単にずるいとだけ思いながら怒りを募らせていた。

 

なお、一応ヴィータの…と言うよりはヴォルケンリッター達の力の一つ、封鎖結界を使うことでどうにかなる。この結界は目標や条件に該当する者や物と自分たち、それ以外の生命にまずは分ける。そしてそのふたつを現実の空間と、それに似た現実に干渉しない空間、結界内部に隔絶することが出来るのだ。しかし、いくらなんでも蚊や虫の為にそれを発動するつもりはヴィータには無かった。

 

「嫌ならとっとと抜けて終わらせちまおう、早く帰ってはやてを安心させてやろうぜルイズ。」

 

ただし封鎖結界を発動することは、任務の遂行と言う点だけで見れば決して悪手ではなかった。フーケではなくここの誰全員と自分たちを対象にして発動。小屋の前まで封鎖結界の空間を歩き、そこで結界を解いて現実世界に戻ってから奇襲…という方法も取れたからである。

 

「あ。だから…誰のせいで遅れたと思ってるのよもう!」

 

フーケと出会ってから使う手もあった。こちらは結界内部からの破壊が非常に困難と来ているために、逃走防止に役に立つ。しかし、ヴォルケンリッターをある程度理解してくれているルイズはどうかは解らないが、タバサやキュルケはこの結界をただ便利とは思わないだろう。畏怖するかもしれない、少なくともヴィータたちの存在やデタラメ具合に、更に疑問を強く持ってしまうのは間違いなかった。

 

「両方。」

 

「ほんとにね。」

 

そしてヴィータは先日のシグナムとの念話で、必要以上の力を見せることを戒めている。この手法は "ある程度の距離を誰にも気づかれずに近づいて、奇襲を仕掛けられる" 魔法。もしくは "敵を一人に絞り、許可した人間たちでタコ殴りにする" ことが可能な魔法。そして相手は"術者を倒すか宝物庫にかかった固定化以上の力がないと出られない"というルールが叩きつけられる。 

 

こんなものをハルケギニアの人間が知った日には、間違いなく碌なことにならない。ヴォルケンリッターどころか、はやてのことを考えると、ちょっと思考が狭まるリインフォースでも気づけることだろう。

 

そんな感じの事をヴィータは大雑把に考えながら先頭を歩き、しばらくすると小屋が見える位置にまでたどり着いた。

 

「アレか?」

 

振り返ってみんなに確認を取るヴィータ。蚊には結局誰も刺されていない。

 

「はい。情報によると、フーケの隠れ家はあそこだとのことです。」

 

「ふーむ…どうすっかな。」

 

作戦なんて考えず、取りあえず叩き壊しちまおうかと思ったヴィータが、アイゼンでコメート・フリーゲンを打ち出そうとして3人に全力で止められた。

 

「バカヴィータ! 破壊の杖まで壊れたらどうするつもりよ!! アンタが言ったのよ、オールド・オスマンからの依頼の方が大事って!?」

 

「ぐぐぐ…だー! めんどくせぇ!! さっさとぶちのめして帰るぞコラ!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶヴィータを見て、ルイズは移動中の会話をちゃんと覚えているか思わず不安になった。

 

聡い子とリインに言われるように、ヴィータは馬鹿ではない。更に言い足せば彼女は性格や口調、態度に反して本来戦闘狂でもないし、好戦的でもない。

 

しかし彼女の基準はちょっと常人離れしている。いくらはやてが地球で平和な世界を教えてくれていても、ここは平和でも魔法の世界ハルケギニア。彼女としては、かつて戦いの日々を過ごしていた古代ベルカの頃の感覚で考えてしまうことが強いのだ。

 

そんな彼女が宝物庫に納められるような大層な杖といわれて、思い浮かべたのはデバイスもしくはロストロギア辺りである。

 

そんなものならこの程度なら壊れないだろうとの考えだったが、もちろんその判断を他のみんなが良いと言うわけがない。

 

仮に固定化が入っていてもあんなものを当てれば、下手すれば壊れるというのがルイズ達側の判断だった。

 

「まずは中の偵察。火を噴いて加速できるアナタが最適。」

 

そう言って、すばしっこさやラケーテンフォルムによる突進力、離脱力から選ばれたヴィータを見つめ、偵察の指示をタバサがする。

 

「そうねヴィータ、お願いしていい?」

 

「構わねーけど…あたしもあんま得意ってわけじゃないぞ。」

 

ヴィータは別に隠密行動が得意という訳ではないことを告げながらも、ある程度型に入った動きで小屋へと向かった。

 

「ん…タバサのねーちゃんも来るのか?」

 

「そのための補助。」

 

先行して罠の確認、破壊や回避を担当するヴィータと、安全の確保後に素早く周りを調べるタバサの赤と青の小さなふたりは、体格から受け取るイメージ通りすばしっこく進んでいく。

 

ふたりが無事小屋のひとつしかない扉の前に辿り着くと、タバサが小屋にディテクト・マジックーー探査の魔法を軽く杖を振ってかけ、室内や魔法の反応を確かめたが反応は何もなかった。

 

「罠は無い、人もいない。」

 

「うし、じゃあ開けるか…。」

 

扉のノブをヴィータが握ると鍵もなくするりと開き、簡単に室内へ入ることに成功した。侵入後も特に罠は無く、中にはほこり被ったがらくたと思われる物ばかりがあるだけである。

 

特に問題はなしとみて、ルイズとキュルケ、ロングビルをふたりは呼んで部屋の調査を開始した。

 

小屋周りをルイズが、さらにその周辺の警戒をロングビルが、最後にキュルケが破壊の杖の外観を知ってるとのことなので、タバサ達の調査に加わった。

 

「うげ、なんだこりゃ…こんなとこに本当に人がいたのかよ?」

 

「けほっ! やあねもう、髪の毛やお肌が痛むじゃないの。」

 

そう言ってほこり臭さに愚痴りながら、ヴィータとキュルケはそれらしきものは何かないかと必死に探しているものの、破壊の杖らしきものは無かった。

 

もう出ようかと赤髪の大小ふたりでうなずいて振り返ると、タバサが破壊の杖と思われるものを箱から取り出して、斜めに抱くように持っていた。

 

「破壊の杖。」

 

「お、おう…どこにあったんだ?」

 

さんざん探して見つからなかったものをあっさり見つけるタバサに、ヴィータ尋ねずにはいられなかった。

 

「押しあけた扉の裏。箱が立てかけてあった。」

 

キュルケとヴィータはほこりまみれになりながら奥へと進み探していたというのに、あんまりな位置である。

 

「ねえヴィータ? アタシたち…フーケに馬鹿にされてるのかしら。」

 

「奇遇だなキュルケのねーちゃん、あたしもそうなんじゃねえかって思えてきたよ。」

 

まるでひっかけクイズにまんまと騙されたような苛立ちが二人を襲ったが、ヴィータは破壊の杖の全体像を見ていると、怒りがみるみる驚きに塗りつぶされていった。

 

「おい、それホントに破壊の杖なのか…?」

 

「そうね、アタシが前見た通りのものだし、間違いないはずよ。」

 

キュルケの肯定が、ヴィータの頭の中に今度は疑問を詰め込んでいく。

 

「何でこいつがここに。」

 

「…これを知って居るの?」

 

そう言われるのも気にせずに訝しげな表情のままタバサに近づき、確認のために破壊の杖を軽く握って魔力を通そうとしたヴィータは目を見開いた。

 

「いや、似てるけど違うか? なんだコレ……混ざったのか? それとも…まがいもんって奴か?」

 

破壊の杖が何であるかを知っているようなヴィータの態度を見て、最初は期待を感じていたタバサとキュルケだったが、だんだんと確信から外れて頭から煙を上げていきそうな、混乱したまま渋い顔に変わっていくヴィータを見ていると、彼女たちの心の高まりも下がっていった。

 

「うーん…もとのままなら使い方も一緒だとは思うんだけどな。はやてなら武器詳しいから解るかもしんねえ。」

 

トリスタニアでのガンダールヴの特性を誤魔化した時を思い出しながら、ヴィータが言う。

 

「そういえばそんなこと言ってたわね、まあなんにせよ見つかったのなら解決よ。ちょっと拍子抜けだけど早く帰りましょ。早く帰ってお風呂に入りたいわ!」

 

「考えるのは後。」

 

そういって三人が部屋を出ようとしたところで、外からルイズの悲鳴が聞こえてきた。

 

「っち、やっぱそううまくはいかねえか。」

 

ヴィータが外に出れると、ルイズの前に相対する大きなゴーレムが見える。ゆっくりと巨大な腕を振り下ろすゴーレムに、昨夜と違い見上げる形で対することになったからか、ルイズは動けないでいた。

 

ゴーレムが繰り出そうとしている攻撃は、昨夜のよりはいささか大きさが低いが、人を一撃で殺せる質量なのは間違いなかった。

 

「笑いながら言うことじゃないわよヴィータ! 危ないルイズ!!」

 

キュルケが慌ててゴーレムの腕に潰されそうなルイズの方へ駆け、その手をとって引くと同時に振り下ろされている手へ魔法を放つ。

 

「フレイム・ボール!」

 

彼女の杖から放たれた炎の火球がゴーレムの腕に当たると、包み込むように炎が拡がり、腕全体を焼いたが土塊は止まらない。

 

「ラナ・デル・ウィンデ…エア・ハンマー……!」

 

今度は後方から放たれた突風がゴーレムの腕に叩きつけられる。タバサの放ったエアハンマーだが、それでもゴーレムの腕の質量を吹き飛ばしきれない。

 

「くっ…、無理よこんなの! 逃げるわよルイズ!!」

 

「そうでもねえよ。行くぜルイズ!! さっき言ったことをあたしが教えてやる!」

 

否定するキュルケと未だ攻撃を促すヴィータ。なんだかんだで闘い方を教えてくれるというヴィータへの期待と、自身が強くなれるという言葉を思い返して、もとより貴族としてのプライドが強いルイズは、ヴィータの心に乗った。

 

怯えて動けなかった先刻の自分を叱り飛ばして激を入れ、叫んだ。

 

「ヴィータ! 私は何をすればいいの!?」

 

乗ってきたルイズに歯を出して笑うヴィータが鉄球を生成すると、ゴーレムの腕めがけてアイゼンで打ち出してめり込ませた。

 

「ルイズ、あの鉄球を錬金しろ!!」

 

「何で―――くっ!」

 

何で錬金なんだと言おうとしていたルイズ達の目の前まで、もう拳は迫ってきていた。問答をしている暇はなく、ルイズは信じるか、信じないか更に選択を迫られる。

 

「信じるわよヴィータ…錬金!」

 

拳の先端にある鉄球に強く精神を集中して唱え、素早く杖を向ける。

 

何かの金属を正しくイメージしていたわけでもない錬金の魔法が、正しい形に帰結するわけもなく、当然のように錬金の魔法は失敗して大爆発。ゴーレムの拳に位置する土塊を全て吹き飛ばした。

 

「げほっ…げほっ…。」

 

「けほ…成程…ヴァリエールのこれなら確かに威力だけはあるわね。」

 

気合いが入って居なくても教室を煤だらけ。はやてたちが来てからの時のように気合を入れたのなら、床に亀裂を入れたりと更に激しく吹き飛ばす威力の爆発である。ただの土塊程度なら木端微塵に吹き飛ばすことはわけなかった。

 

「っさいわね…ツェルプストー、私だってこんな使い方なんてーー」

 

「ぼさっとすんな、まだだルイズ!」

 

しかし、痛覚の無いゴーレムはこの程度で止まることは無い。

 

「えっ…。」

 

ヴィータの叫びに呼応するかのように、ゴーレムはもう一つの腕を空高く振り上げると、今度は全体を鉄へと錬金されてから振り下ろしてきた。鉄塊となった腕は流石に錬金の爆破程度ではどうにもならなそうだ。

 

成す術がないままのルイズ達だったが、その拳が彼女達に当たることは無かった。タバサがゴーレムが現れた時点で呼び寄せていた使い魔、風竜のシルフィードが彼女とキュルケを、そしてヴィータがルイズをそれぞれ抱えて空へと舞いあがったことで、迫りくる死の鉄塊を回避したからだ。

 

「…っ!」

 

しかし、咄嗟の回避で正しい形をとれるとは限らない。タバサは風竜につかまれて空へと引っ張られる力に耐えきれず、手から破壊の杖を落とした。

 

「破壊の杖が!」

 

「今はいいルイズ! 今度はあの鉄になった腕にファイアー・ボールを唱えろ!!」

 

次にヴィータに言われたのはファイヤアー・ボール、これも昨夜失敗した魔法の一つだ。当たらず見当違いの方へ飛んでいく不安がルイズを蝕む。ヴィータの狙いは解らないが、ルイズは彼女の指示通りにできる自信がなかった。

 

「無理よ…ちゃんと狙い通りのとこになんて当てられないわ!」

 

そう言って不安げなルイズの肩に、抱えるようにして飛んでいたヴィータの顔が乗る。頬が触れ合うような距離から、彼女の力強い言葉がルイズの耳に響いていく。

 

「心配すんな、打ち込むときにはあたしが近づいてやる。こんだけでかくて、視界いっぱいになるまで近づけばルイズでも当てられんだろ?」

 

「ヴィータ…。」

 

彼女の声がルイズに勇気を戻す。口角が上がり、思わず笑みがこぼれる。

 

「もう、どうせアンタが狙っているのは私の失敗魔法なんでしょ?」

 

「へへ…悪いな、その通りだ。でもファイアー・ボールじゃなきゃダメだ。」

 

未だ説明をしてくれないヴィータにむず痒さが残るルイズだったが、彼女の迷いと不安はもうなかった。

 

「良いわよ…やってるわよ!」

 

追撃を迫るゴーレムの腕はヴィータが回避してくれる。そんな背中の頼もしい小さな騎士を信じて、ルイズがルーンを唱えていく。ヴィータは昨日聞いたルーンの終わりの言葉に合わせて、ゴーレムの鉄腕の攻撃を避けながらまとわりつくようにして近づいた。

 

「ぶちかませ、ルイズ!」

 

「ファイアー・ボール!」

 

視界いっぱいの鉄塊に解き放たれるのは、当然爆発。しかし先ほどの錬金の様な威力は無い。爆発による煙が起きてる以上一切の効果がなかったという訳ではないが、腕を吹き飛ばすような期待はできなかった。ルイズは俯いて己の無力を嘆く。

 

「くうっ…! やっぱり駄目……攻撃魔法の失敗でも、あの腕を壊すなんて無理よ!!」

 

「いや、これでいいはずだルイズ。」

 

そういうヴィータの声を聞いて、顔をあげて煙が晴れた視界に広がっていたものが、ルイズは目で見えている現実とは信じられなかった。

 

「なっ…!?」

 

そこにあるのはやはり拳のように吹き飛ぶほどではなかったのか、多少欠けているだけのゴーレムの腕。

 

しかし、それは鉄塊ではなく土塊へと戻っていた。

 

「よっし、ちょっと不安だったけど…大成功!」

 

「どどどどういうことなの!? ってかヴィータ不安だったってどういうことよ!」

 

何がどうしてそうなったのか、まったく理解が出来ないルイズと無邪気に結果を見て喜ぶヴィータ。タバサとキュルケも手が止まったまま驚いている。

 

「いーじゃねえか、成功したんだし。ほら次いくぜルイズ。」

 

まだまだ攻撃の手を緩める気がないのか、そう言ってヴィータはルイズの前に鉄球をいくつか生成する。しかし、今度はヴィータは撃ち込まない。ルイズを抱えている以上、アイゼンを握りしめていても腕を動かすことが出来ないのだ。

 

「あたしは今お前を抱えてるから手が出せねぇ。」

 

鉄球がルイズの腕に集まり、抱えられる。

 

「お前が投げて、錬金で吹き飛ばすんだ、やってやれ!」

 

「……ええっ!」

 

そう言われてルイズは細い腕で振りかぶり、鉄球をゴーレムめがけて投げ、コツンと当たる瞬間に呪文を唱える。

 

「錬金!」

 

三度目の爆発、今度も威力は一発目と同様に凄まじく、残っていたゴーレムの腕が吹き飛んだ。

 

「えいっ…錬金! このっ…錬金!!」

 

肩、関節、足と投げられた鉄球が当たっては錬金で爆発していく。一見するとすごく可愛らしい、箱入り娘が雪合戦をしているような仕草だが、その行動から起こされる結果は恐ろしいものがある。

 

なにせ数十メイルあったゴーレムの手や足が吹き飛んで行き、あの夜のヴィータとザフィーラがしたようにダルマにしていくのだから。

 

しかも硬化、固定化、錬金で鉄や上位の高度の素材で防御しようにも、それを解除されてしまう。これでは回避以外の方法で彼女の爆発を防ぐことはできない。

 

「やった…やったわヴィータ!」

 

しばらくするどころか、あっという間に四肢のほとんどを吹き飛ばされてゴーレムは倒れた。

 

「おう、やるじゃんルイズ。」

 

「失敗で倒したってのは癪だけど…私の魔法にこんな使い方があったなんて思いもしなかったわ。」

 

失敗魔法で敵を討つなどと、貴族としてはいささか気恥ずかしいことのように思えるルイズだが、どんな形であれど彼女の力でゴーレムを倒し、ヴィータと同じようにはやてや平民たちを守る力があると実感できたことが、今の彼女には何よりも嬉しかった。

 

「物は使いようってな。失敗って言われるのも、ゼロって言われるのも恥ずかしいかもしれないけどよ、戦いの中気取って自己満足を抱えて死んでいく奴よりさーー」

 

すごく近くにあるヴィータの顔が、笑顔になってルイズの方へと向いた。

 

「そんな恥を晒してでも、守りたい人を守りきる奴の方がよっぽど格好いいってあたしは思うな。」

 

「ヴィータ…そう、そうよね。…貴族は魔法が使えるから貴族なんじゃないもの。」

 

そんなヴィータのルイズへの評価が、彼女のコンプレックスを少し溶かして心に余裕を作っていく。

 

静寂が戻った森の空、笑顔で笑いあう小さな二人とは反対の方向、シルフィードの背に乗り直して始終を見ていたキュルケとタバサは、目の前の光景からいまだ驚きを隠せなかった。

 

「まさかあのルイズがここまでするなんて…すごいわ。」

 

「過程はどんな形であれ、あの魔法は凄まじい。」

 

回避や行動をヴィータに任せているとはいえ、トライアングル二人でどうにもできなかったゴーレムを吹き飛ばしたのはまぎれもない彼女である。それも昨夜のヴィータたちと同じような結末、戦闘面においてはスクウェア相当かそれ以上の実力と思われているヴォルケンリッター達と、同じようなことが出来るという事実がひたすらに二人を驚かせていた。

 

「ふふふふ…それでこそアタシのライバルのヴァリエール家よ。まだまだ…負けてられないわ!」

 

「……。」

 

そう言って燃え上がるキュルケを見ながら、タバサはふたりが協力して戦ったことで生まれて結果を反芻していた。

 

私も一人ではなく、誰かと戦うことでより高みへと行けるのだろうか? そんな思いと、自分の力を求める気持ちや向ける相手に他者を巻き込むことは出来ないという思いが、彼女の中でせめぎあっていることに、誰も気づいていない。

 

勝利の感慨にひとしきり浸った後、ルイズとヴィータのふたりは破壊の杖を回収し地上へと降りる。

 

「よし、これで今度こそ任務完了だな。」

 

ヴィータはアイゼンを待機形態に戻して破壊の杖を抱えると、地面が震えた。

 

「んなっ!?」

 

「そんな・・!?」

 

なんと、ゴーレムが再生し始めたのだ。あっという間に腕と足を修復して、再びヴィータとルイズへと向かい、鋼鉄の蹴りがヴィータより少し離れているルイズに襲い掛かる。

 

まずいと、ヴィータは自身の甘さを呪った。殴られても自分自身だけならば、ヴォルケンリッターの中で一二を争う頑強さを持つ彼女はどうとでもなる。アイゼンを再びハンマーフォルムにして、コメートフリーゲンの鉄球を叩きこんでやれば吹き飛ばすことも出来るだろう。

 

しかし、ルイズがそれでは助からない。シールドも、プロテクションも障壁もヴィータは他者の前に向けられるほど器用ではないし、鉄塊になってる以上簡単な防御結界ではここまでの威力だと防げるか怪しい。盾の守護獣を名乗るザフィーラやベルカ式ではなくミッド式の防御魔法であれば、他者へもしっかりと防御力のある施しを出来たかもしれないが、ヴィータには適わなかった。

 

もうルイズを掴んで飛んで逃げようとしても、完全回避できるか怪しい。迫る鉄塊にかすればきっとルイズの四肢が千切れ飛んでしまう。内部まで詰められた鉄の塊は地球にあるトラックやバス以上に重たく、危険な物として迫ってきているのだから。

 

魔法兵器や光学兵器ではなく質量兵器である以上、ルイズの前に立って防いでも二人して吹き飛ばされてしまう。吹き飛ばされて後方の樹木に叩きつけられれば、やはりルイズは内臓を痛めて死にかねない。

 

(どうするばいい…どうすればっ!? クソっ、ちくしょう! ルイズに自分自身を守れるようにしようと特訓させてたのに、それで一生モノの怪我させましたなんてことになったら、あたしがあたしを許せねえぞっ!?)

 

腕に力が入り、破壊の杖に意識が向く。

 

『助けたい、守りたい!』

 

破壊の杖の持ち主だったと思われる、白いバリアジャケットを着たはやてと同じ歳の少女が、ヴィータの脳裏には浮かんでいた。

 

もしこれがアレならきっと…きっとルイズを助けることが出来るだろう。いや、咄嗟にできるのはもうこれしかない。

 

(だったらはやての命綱の、こいつを守って見せやがれ!)

 

大分理不尽な想いを破壊の杖にぶつけて、ヴィータの心が叫んだ。

 

「色が違ってもお前のはお前のだろう、高町なんと…かぁっ!?」

 

魔力を込めようとして、ヴィータは込められなかった。ベルカ式、ミッド式関係なく破損覚悟でなら魔力を込める程度だけなら出来るはずなのに、目の前の破壊の杖は魔法に一切の反応を示さない。

 

(なんだこれは…ミッド式のデバイスですらねぇ!? ホントにわけわかんねぇ、どうなってやがるんだこのデバイスは!?)

 

しかし、先ほどのルイズ同様もう相手は彼女の目の前。迷ってる暇はなかった。

 

「でぇぇぇい! もう知るか!! 喰らいやがれデカブツ!」

 

ヴィータは破壊の杖の先端をゴーレムの足と胴体が直線状になるよう、射線を結んで構えて、杖の中腹よりやや上で横から伸びているトリガーに指をかけた。

 

「ディバイン…バスタァーーーーっ!!」

 

黄色い稲妻を纏った閃光が、空を貫いた。

 

「ぐううううっ!」

 

「きゃああああっ!!」

 

ゴーレムの鉄塊と動体を吹き飛ばした衝撃がルイズとヴィータを襲うが、なんとかふたりして踏ん張ってこらえると、体を失ったことで再生できなくなったのか崩れゆくゴーレムと、雲を吹き飛ばされて拡がる青空が見えた。

 

「ははは…もう知らね、考えたくもねえ。」

 

なんとかなったことで気が抜けたのだろうか、ぺたんと腰を抜かしたように崩れて破壊の杖を落とし、ヴィータはうなだれる。しかし直後に彼女は再びその甘さを呪う羽目になった。

 

「きゃあああぁっ!?」

 

「ルイズ!?」

 

前方に居たルイズが、杖を叩き落とされて誰かに羽交い絞めされている。ルイズの首筋に杖で錬金したナイフを作り出して押し当てたことと、被っている黒いフードからフーケであることは間違いないだろう。

 

「てめえっ!」

 

だが、そのフードの奥に差し込んだ太陽の光が見せる顔は、良く見知った人の顔だった。ミス・ロングビルの顔がフードの奥から覗いている、彼女の正体こそ悪名高い盗族のフーケだった。

 

「ミスロングビル…アナタまさか!」

 

「…はめられた。」

 

遠目からでも解る緑色の、印象ある髪からタバサとキュルケも疑惑を確信へと変える。

 

「お前が、フーケだったのかよ…っ!」

 

見抜けなかった悔しさと、甘さにいら立ちを隠せないヴィータは、今にもルイズを助けようと飛びかからんばかりだ。

 

「そうさその通り。動くんじゃないよ! 動けばこのお嬢ちゃんが死ぬことになる。空で見てるアンタらもだよ!! さっさと降りてきて、杖を私の前に捨てな!!」

 

「ぐっ…。」

 

ルイズを殺されるわけにはいかない。彼女が今死ねば、暴走したナハトヴァールによって学院で帰りを待つはやてが死にかねない。何より、もうはやてとの約束を破ることをヴィータは許せなかった。

 

仕方なく言われるがままに、ヴィータはアイゼンと破壊の杖を、タバサとキュルケは自分の愛用の杖をフーケの前に置いた。

 

「…ルイズを解放しやがれ。」

 

「ふふん、いいさ。でも動くんじゃないよ? 破壊の杖はもうあんたたちをいつでも撃てるように捉えているんだからね。」

 

そう言ってルイズを解放すると同時に、フーケは破壊の杖を構えた。ヴィータたちのもとへと駆けるルイズの背中へと照準を合わせている。咄嗟にヴィータはそのルイズの前に庇うように出た。

 

「へえ、流石使い魔の使い魔。主の主にも見上げた忠誠心を見せてくれるじゃないか。」

 

「なんたってこんなことしやがる、目的はなんだ!」

 

くだらない挑発には乗らず、ヴィータは申し訳なさと不安げな瞳で見つめるルイズを背に庇ったまま、フーケの動機を探った。

 

既に杖を持ってないメイジなど恐るるに足らずと、そんな余裕があるからかペラペラとフーケは語り出した。

 

「なあに、簡単なことさ。盗んだはいいがこの破壊の杖、使い方が解らなくてね。撃鉄みたいなものがあるから銃みたいなものかと思って握ったんだけど、それでも出てくるのは大した威力の無い光の線しかでなかったのさ。」

 

でも…と、フーケは嫌な笑みを浮かべた顔で見下しながらヴィータを嗤った。

 

「アンタのおかげで使い方が解ったよ。必要なのは合言葉だったみたいだね。ははっ、私のゴーレムを一撃で消し飛ばすなんて…まさに破壊の杖に相応しい威力じゃないか!」

 

「………。」

 

沈黙したヴィータに策がうまくはまり、勝ちを確信したのか、フーケはとうとう、この自身が作り出した自作自演の茶番劇を締めくくるべく、破壊の杖を構えた。

 

「冥土の土産話にはなったかい? それじゃあ、さようなら!」

 

「ルイズ…! 危ねぇ、逃げろっ!!」

 

そう言ってヴィータはルイズをキュルケ達の方へ力強く、多少無茶をしてでも距離が開くように突き飛ばした。

 

とっさに宙に浮きそうなほど突き飛ばされたルイズをキュルケとタバサがキャッチするようにして支える。

 

「ヴィータ!!」

 

「ディバイン・バスター!」

 

ヴィータに黄色い光が襲いかかった。土砂が吹き飛び、土煙が舞い、雷の熱で大気が燃えたのか、ヴィータの居たところに炎が吹き上がる。

 

「嫌ああぁっ! ヴィータあぁっ!!」

 

「駄目よルイズ! ヴィータの行為を無駄にしたら!!」

 

自分たちの盾になり、逃走を促したヴィータの死が受け入れられないルイズの悲鳴が木霊する。そのまま拡がる火の中に飛び込みそうなルイズを、必死にキュルケが抑えていた。

 

「離して、離してよツェルプストー! ヴィータが…ヴィータがぁっ!!」

 

「駄目。今のうちに撤退する…。」

 

タバサとキュルケは自分たちも悔しさを噛みしめながら、ルイズを無理やり引きずり逃げる。

 

寄ってきたシルフィードは三人を乗せると、大急ぎで空へと舞い上がった。

 

しかし、空に昇る途中で土煙より覗いた杖にその体をこわばらせた。フーケが再び杖を構えて、死の光を当てようと狙いを定めているのだ。

 

「きゅいぃっ!?」

 

「はっ…逃がすと思うかい? アンタたちもすぐに…あのチビの所へ送ってやるよ。」

 

そう言って再びヴィータを撃った時のように、トリガーの指に力を籠めてフーケはほくそ笑んだ。

 

「ディバインーー」

 

合言葉と思われる言葉を言われ、トリガーを引かれてもはやこれまでかと思われたが、その最後の時がくることは無かった。

 

「バス…ぎゃあぁっ!!」

 

トリガーにあったフーケの人差し指をひしゃげるように、鉄球が叩き込まれていたからである。

 

「これは…どこから……ぐあぁっ!」

 

続けざまに飛んでくる鉄球が、フーケの二の腕やあばらに飛び込んでいく。たまらず破壊の杖を落とすフーケは、未だ燃え盛る炎の中に目を向けた。

 

「悪いな…あたしは魔法の発動に杖は必要ってわけじゃねえんだ。」

 

炎からゆらめいて見える影は、先ほど殺したはずの少女。

 

闘うために一部を加工したかの様な不思議な深紅の服に、同じく深紅の帽子を被って、涼しげといわんばかりに何事も無く、炎の中から歩いてくる鉄槌の騎士。

 

はやてがデザインしてくれた騎士甲冑を纏ったヴィータが、そこに居た。

 

「これで終わりだ!」

 

一つ大きめの、握りこぶしより大きい鉄球を生成したヴィータは手を振ると、その鉄球が目にもとまらぬ速さでフーケの顎めがけて叩きこまれた。

 

「あ…悪魔。」

 

顎に強烈な一撃を叩きつけられたフーケは、脳を揺らされて意識を静めていく中、得体のしれないヴィータをそう呼ぶことしかできなかった。

 

「誰が悪魔だ、誰が。あたしは騎士だ、はやてと…危ない時はルイズのな。」

 

今度こそ漸く、この事件に終止符が打たれた。




ヴィータちゃん、本来の歴史では同じような状況でセットアップされて、自分が言うことを言われるの図。バリアジャケットと違い多分騎士甲冑ってデバイス要らないよね?(多分バリアジャケットも補助させてるだけでしようと思えば単身でも出来るとは思われますが。)

前回一方的にズタボロのぼろ雑巾にされたまま再戦とはいかないので、フーケさんは原作仕様のゴーレムではなく、再生するアニメ仕様の力を取り入れました。

ちょっと無理やり登場した黒くなった悪魔と呼ばれたりしちゃった人の杖っぽいモノの詳細は次回にルイズの爆発に細かな指示を飛ばした理由と合わせて

最初は真っ白のままとか、轟熱滅砕な人の赤紫なのにしようと思いましたが、白い方はこの後の話でちょっとだけ、本当に大した理由ではありませんが足りないものがあったり、赤紫の方はディバイン打てないなと思ったりしまして、黒くなりました。


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第16話 杖を持つ者のカタチ

脇道にそれた( ;´・ω・`)

モット伯のことはアニオリなの忘れてました。

今回ハルケギニアはおいてけぼりのシャマヴィー無双ですが、まぁ外伝ならこのくらいはありだよね?


「さぁて帰るか…と、言いたいところなんだが、悪いルイズ。あたしはまだ用事があるから先に行っといてくれ。」

 

フーケを縄で縛りながら言うヴィータの発言に、残りの三人が揃って待ったをかけた。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 用事って何よ!?」

 

「ヴィータ、あなたのその服はなに!?」

 

「シルフィードが、精霊は力を貸してないといっている…なのに杖なしで魔法が使えるのはどうして?」

 

三人がそれぞれ待ったをかける理由は異なったが、その全員からのにじりよる凄まじい気迫にヴィータは怯んだ。

 

「お、落ち着けよ。説明するから…。」

 

「ならまずアタシからよ、その服は何よヴィータ…あなたさっきまでシャツに短パンだったのに…。」

 

そういって彼女は炎の中から出てきたヴィータの服、深紅の騎士甲冑に目をやる。

 

「この服はあたしの魔法で作った服だよ、ほら。」

 

そういって彼女は騎士甲冑を解除すると、そこから出てきたのは先程と変わらない、のろうさマークの白いワイシャツと短パン、縞ニーソックスにブーツスタイルのヴィータが現れた。

 

服の錬金とも思える魔法に、ハルケギニアのルイズ以外の二人が目を丸くする。

 

「簡単に言えば、この服は肌も含めて固定化した鎧みてーなもんだよ。この時のあたしなら、ある程度の攻撃は痛くも痒くもねえんだ。」

 

火の海から来たのに火傷ひとつ無いだろと、半袖シャツを脇までまくり露になった彼女の体と、帽子しかついてなかった顔は、きゅっきゅと滑る音が聞こえそうな幼子特有の卵肌。火傷どころか赤くなっている腫れのひとつもない。

 

「……。」

 

なんだそれはと、キュルケはヴィータの魔法の使い方を羨んだ。

 

乙女の肌はとっても大切なものなのだ。酷く俗物的な理由かもしれないが、本人にとっては非常に大真面目な話だった。

 

「…杖なしで魔法を使ったのは?」

 

「異端扱いされるから黙ってただけだよ。タネはこの前言ったあたしたちの魔法と体の仕組みの違い。」

 

「…?」

 

「あたしらの体には魔法用の肺みたいなところがあって、そこで周りの魔法の素みたいなものを取り入れては吐き出すことで魔法を使ってる。そっちほど融通は利かないけどな。」

 

「!」

 

なんだそれはと、タバサはヴィータの魔法の利便さを妬んだ。

 

彼女は騎士である。戦闘の機会の多いタバサからすれば、ヴィータの魔法の方がよほど便利だ。

 

彼女の持つ大きな節榑立つ杖は、タバサにとってとても大切なものではあると同時に、機動力を重視する彼女の戦いかたに合っているものかと言われれば、ムダが強いものでもあるのだ。かといって、もっとも彼女が魔法を…精神力を通しやすく使う上で良い結果が出たのも、またこの杖なので小型の取り回しのよいものにするわけにもいかない。

 

そんな彼女から見て手放しで魔法が打てるなど、実用性を重視する者からすればそれはたまらなく欲しいものだろう。

 

「ならあなたの杖?は、何のためにあるの。」

 

「アイゼンがないと射撃の魔法とか精密なコントロールとかはできねえからな。こういうところ含めてあたしらの魔法は、不便なんだよ。」

 

この言葉でタバサはヴィータの魔法の一部を彼女なりに理解した。ヴィータのアイゼンは杖であって杖ではない。どちらかといえばむしろヴィータ自身が杖であり、アイゼンは銃などの照準、そしてそのまま使うこともできる武器なのだと彼女は思った。

 

改めてヴィータの魔法や戦術をなんとかものに出来ないかと、タバサが思いを巡らせていると、ルイズが最後にノシノシとヴィータの前にまでやって来る。

 

「それで? 用事ってのは何よ…?」

 

ジロリと半目で睨むルイズ。

 

「勝手に前に出て、あんたが死んじゃったと思って散々心配したのに…今度はまた勝手にどこ行くつもりよ!?」

 

「え、え~っとそれはだな?」

 

相当気を揉んだルイズのうっすら浮かんだ涙を見て、うまく言葉にできず頬をかいてはぐらかそうとするヴィータ。

 

どう説明したものかと悩んでいたが、正直飛んできた"念話"の内容からして急いでここを離れたかったのでーー

 

「だ~っ! めんどくせぇ!! 後ではやてに聞いてくれよ!!」

 

彼女は考えることをやめた。

 

そうして大急ぎでアイゼンを持ち、騎士甲冑を展開して飛び立つその瞬間、大地から離れた足を何かが掴んだ。

 

「逃がさないわよ!」

 

「げっ!? 何やってんだルイズ!」

 

話しながらもどんどんヴィータは空高く、遠くへと飛んでいく。

 

しばらくして見えなくなるほど小さくなった頃、キュルケとタバサはため息をついて、シルフィードでフーケを運ぶのだった。

 

「受け渡しをサボられたわ。」

 

「…変わりに主であるはやてに責任をとってもらう。ご飯で。」

 

「ついでにあのお風呂、今度入れさせてもらいましょ。」

 

コクリと、タバサが頷いた。

 

 

 

そしてこちらは空をかけるヴィータと、その両足をいまだなんとか両手で掴んだままのルイズ。だがそろそろ限界が近いのか、ルイズの腕が震え始めていた。

 

「ふふ、残念だったわねヴィータ。さて…この手を離したら私死んじゃうわよ?」

 

座学が優秀な桃色髪のメイジは、なんとこの自身の危険を好機とみて状況を利用しはじめた。

 

「んなっ!?」

 

「ふふ、ゆっくり降ろそうとしても離すわよ? そうしたらはやても…どうなるかしら。」

 

自分の言葉が怖いのか、震えながらもニヤリと犬歯を出してルイズは笑う。

 

それはかわいい虚仮威し。されど当人たちには死活問題。

 

「お、お前なぁ……っ!」

 

余りの滅茶苦茶なルイズに、もうヴィータはどうすることもできなかった。

 

正確には、彼女の実力からすれば無理矢理どうにかできるだろう、しかしそれは体面だけだ。

 

なんともふざけた言動だが、逆に見ればルイズのヴィータへの心配は、それこそ"こんな馬鹿げたこと"をするほどだ、ということなのである。

 

そのことを蔑ろにすれば、はやてを介さずに縮まったお互いの心の距離はどうなるか解らない。

 

仕方なく折れたヴィータは、ルイズを背にのせて目的地へと向かって行った。

 

「ふん、初めから私もしっかり連れてけば良いのよ。」

 

「なあルイズ…帰るなら今のうちだぜ。」

 

「…あんた、一体何しにどこへ行くのよ。」

 

使い魔がなにか不良行動でもするのかと思ったが、はやてに隠れてそれはないだろうとすぐに間違いに気づく。

 

この世界に来る前に彼女たちははやてにとてつもない嘘をついて、もうしないと誓ったのだ。そんなことをするはずがないとルイズ考え、さっきの言葉を思い出した。

 

「そうよ! だいたいはやてに聞けって…あの子が知ってて何で私が知らないのよ!」

 

「なあ、ルイズ。」

 

声のトーンがひとつ落ちて、ヴィータの顔が真剣な物へと変わっていく。

 

ルイズからは見ることはできないが、雰囲気が真面目なものへとシフトしたことに彼女も気づいた。

 

「法律を守らない悪い貴族ってお前はどう思う?」

 

「そんなの、最低よ。許されるわけが無いじゃない!」

 

「じゃあ、その証拠が見つけられたらお前はどうすんだ?」

 

「王宮につき出すわよ! 首を跳ねられる前も後も言い訳なんか聞いてやらないんだから!!」

 

「首を跳ねられたらもう文句なんか言えねえよ。ふ~ん…ちなみに証拠は必ずそこに有ると解ってるのなら、押収してもいいと思うか?」

 

「えっ? そうね、国家や王家に対してやましいことを隠してること自体が罪なんだから、いいんじゃないかしら。」

 

何の話かとルイズが疑問に思っていると、さっき彼女がしたような悪い笑みをヴィータが浮かべていた。

 

「言質、とったからな!」

 

「えっ…な、きゃあぁっ!?」

 

ヴィータは飛行の速度をあげて目的地へと足をはやめた。

 

どうやら真面目な話の雰囲気はルイズを一蓮托生にする為の罠だったようだ。

 

「シャマル~聞いてたんだろ? これで何も問題無しだ。主の主のお墨付きだぜ。」

 

"はぁ、全くもう…ルイズ様まで巻き込んで……。"

 

聞こえてきた念話にルイズは思わず手を離してまっ逆さまに落ちかけてしまう。

 

まだ彼女は念話が飛んでくることになれていないのだ。返信もできないため、言いたいことや聞きたいことがあればおまけでイライラも積る。

 

「おいおい危ねえよ、ちゃんと掴まってろ。」

 

「ちょっと、シャマルまで関わってるの!? あんたたち本当にどこに……あれは!」

 

話してるうちに青い屋根と大きな門が見えてきた。

 

その主の属性の力強さを象徴するかのように、中庭には大きな噴水が見えている。

 

「まさかあれって…。」

 

「お、さすがルイズ。誰の家か解ってんじゃねえか。」

 

「モット伯の家…ちょっと待って! 彼は王宮勅使よ!? 確かに好色で悪い噂が多いけれどその証拠なんてなんにもーー」

 

「あるんだなこれが。お、いたいた。シャーマールー!」

 

そういってモット邸の近くの森に降り立つと、見知った金髪の女性、泉の騎士シャマルが立っていた。

 

彼女の後に降り立つと、なにやら不思議な鏡のようなものをクラールヴィントを展開して作り出している。

 

「何あれ。」

 

「旅の鏡って魔法だ、遠くを覗けてしかもそこにあるものを触ったり出来る。まあサモン・サーヴァントみたいなもんだな。」

 

「じゃあ、あそこに映ってるのがつまり…。」

 

「当たり。モットって奴の悪さの証拠。」

 

なんだそれはと、フーケがここにいたら今度は彼女が思っただろう。シャマルの前では、ハルケギニアの人は何も隠せないのだ。サイレントや固定化の倉庫などの物理的な干渉を遮断する力は、この世界の魔法にもある。しかし彼女の魔法は文字通り空間を越えてくる。探査の魔法で空間の座標や構造を把握されれば、このような密室や未踏の部屋すら丸裸だ。

 

そんな仮想のフーケと同じ気持ちになっていたルイズが呆けていると、シャマルが旅の鏡に手を入れて何かを取り出すと、それをルイズへと渡してきた。

 

「何これ? 日記……?」

 

何冊かあるモットのサインがついた日記帳のようなものをぱらぱらとめくり、ルイズは絶句した。

 

「……っ!」

 

そこにあったのは、言うなれば作戦帳。いかに理由をつけて容姿の良い平民の女性を、自分の屋敷のものとするか。あの手この手で王宮へと打診し、どんな狂言や進言をするか。そんなことが書かれていた。

 

わなわなと自国の勅使という重役貴族の腐敗に震えていたルイズだったが、しばらくするとヴィータとシャマルに向かって顔をあげ、悔しそうな態度で言い放った。

 

「これが証拠って訳ね。 確かに、女としてはこんなふざけた奴をいつまでも貴族で居させて良いはずないわ。でもヴィータ、シャマル。相手が平民である以上これだけじゃあモット伯を裁くことはできないわよ!」

 

本当に悔しそうな、そんな顔でルイズは叫んだ。彼女の誠実さにこの男の立場を利用した所業は、あまりに辛い自国の恥だったのである。

 

「ルイズ様、気持ちはわかるけれど、もう一度落ち着いて読んでみて?」

 

「……?」

 

シャマルがそんなルイズをなだめて、再度そのノートの文字に目を通す。

 

「……そっか。」

 

シャマルの言いたかったことを理解して納得したのか、ルイズの顔に気力が戻ってきていた。

 

「連れ去られたのは平民だけど…その口実で国の機関や官僚たち、王宮を謀ったことは事実というわけね。」

 

「正解よルイズ様。」

 

にっこり笑顔のシャマルがルイズの頭を撫でた。そんなシャマルの手を無礼ともルイズは思ったが、久しくなかった頭上の暖かみ……誰かに誉められて得られる喜びに免じて許し、話を続ける。

 

「でも、やっぱりこれだけじゃ足りないわよ。それに…。」

 

ルイズにはその先の言葉が出せなかった。言えばせっかく取り戻した気力をなくし、また俯いてしまいそうだったから。

 

いくらなんでも王宮もこの事を薄々は感づいている筈だ。なのに何も言われていない。つまりそれは悲しい話だが、暗に容認されている様なものなのだ。

 

悔しい、悔しい…悪事を前にして見逃さねばならないことが堪らなかったが、そんな気持ちを泉の騎士の運ぶ風が癒し、吹き飛ばす。

 

「ふふん、大丈夫よルイズ様。」

 

「…シャマル?」

 

撫でられた手が離れて見上げたルイズの先に居たのは、シグナムやヴィータとは違いどうやっても迫力が出そうにない女性。

 

「シャマル先生もそれくらいは解ってますから! そんなことはばっちり解決してみせます!」

 

そんな彼女が、年齢と見た目より幼い仕草で威張る子供のごとく、ふんぞり返るポーズをして居た。

 

今の雰囲気にひどく似つかわしくなく、滑稽とも思えるほどのその彼女の言動が、ルイズの不安を薄め、思わず吹き出す息がこぼれた。

 

「ちょっとシャマル…私は今すごく真面目な話をしてるのに……あんたねぇ!」

 

奇妙な笑顔がルイズに宿るのを見ると、効果はあったようだ。そう、間違いなくあったのだが…どうやらシャマル本人の意図したものとは違うようだ。

 

「先生って、先生って! あはっ…こんな時にふざけてんじゃないわよぉ!!」

 

「え、ええっ! ルイズ様ちょっと待ってーー」

 

怒りの言葉を言いながら笑うルイズに、シャマルがうろたえた。おかしい、自分は今頼れるお姉さんのはずなのに、何で、どうしてこうなったと彼女のマルチタスクが原因をひどく真面目に探している。

 

「シャマル…素かよ。」

 

ヴィータのため息が静寂の中で、こっそりルイズの笑い声にまじっていた。

 

 

「流石癒しと補助が本領の泉の騎士。ストレスのメンタルケアもお手のものか。」

 

「酷いわヴィータちゃん…わたしは大真面目だったのに!」

 

天然ボケで心をリフレッシュした一同は、日記帳を囲んで腰を草原に落として会議を再開した。

 

「はぁ、もう…やだわほんと。なら言いなさいよシャマル、主の主である私を安心させてちょうだい。あ、でもその前に…なんでこんなことしてるのか、まずは教えなさい。」

 

「簡単ですよルイズ様、黙認されてるのなら…できなくさせるまでです。シャマル先生の参謀講座~!」

 

伸びたクラールヴィントを教鞭がわりにしたシャマルの何かが始まった。

 

「いや、シャマルはそんな作戦とかはともかく参謀って感じのこと得意じゃねーじゃん。」

 

開き直ったのか、ヴィータの突っ込みを無視してシャマルはそのままほぼ勢いで、たとえふざけて見えていても構わず話し始める。

 

「ちょっと、私は先にあんたたちがここに来た理由を知りたいのに…。」

 

「さて、では問題ですルイズ様。なぜ王宮は黙認をしていることが出来るんでしょう?」

 

「え、無視なの? というか、モット伯ではなく王宮の方…?」

 

「はい、素敵な回答をお待ちしております。」

 

ぽむと両手を会わせて顔の頬に添えるシャマルを、ルイズはジト目で睨んだ。

 

「何よ…理由、教えてはくれないの?」

 

「ルイズ様なら解ってもらえると思っているので♪ 正解者には、私たちがここにいる理由をプレゼント。」

 

先程の証拠の本とは違い、答えろと言ったのに答えないどころか、はぐらかしてクイズを出すシャマル。突然言われた問い…今は半ばやけくそでも、もし本当にシャマルが真面目でもあるのだとすれば、これも立派な主になるための試しということなのだろうか。シグナムではなく彼女がそうしてくるとは正直思わなかった。

 

そうルイズは思い、思考を再び走らせた。

 

今日は頭を使ってばかりだとルイズは思う。

 

しかし同時に、考えることが楽しくもある。フーケのゴーレムを失敗魔法でどうにかする戦術、咄嗟に思い付いた、自分も連れていかせるためのヴィータへのブラフと駆け引き、そして今の目の前の悪事を解決するための作戦。全部座学でどれだけ学んでも教われなかっただろう問題であり、それがルイズの頭を刺激していた。

 

彼女は普段聞かない全く新しい問題に、何かヒントはないかと、他の今日の初体験な出来事を思い返す。

 

失敗魔法を失敗と考えない。自分の不利益すら何事もないように交渉にのせる。このように問題を逆に考えたり、他人事のように扱うことで見えてくるものはないかと考えた。

 

他人の視点で外から見る。黙認するということは、黙認を出来てしまうということ。

 

まだ狭い気がする。黙認されるのは、その王宮の省庁や官僚とだけのやり取りだから。

 

「あっ…まって、解っちゃったかも。」

 

さらに拡げよう。黙認している部分の周りには他に何がある?

 

国があった、その中には姫様、他の貴族そしてーー

 

「もうちょっと待ってねシャマル、答え言うのは無しよ!」

 

「誰も制限時間なんてつけてねえよ…。」

 

シャマルのノリにつられて、不謹慎と思いながらも楽しくなってきたルイズはここで逆に考えた。なら黙認できない状態とは? その中以外のやり取りならどうなる? やり取りじゃ無くても良い。中以外の人が知れば、きっと黙認はできないのでは?

 

ルイズは答えにたどり着いた。

 

「姫様や、多くの人、国民が知らないから?」

 

「はい正解。だからその辺をどうにかしてあげれば良いのよ、ルイズ様。」

 

「どうするって…どうやって?」

 

いざ答えに辿り着けても、ルイズにはどうすれば良いのか思い付かなかった。

 

「それをどうにかするために、あたしらが居るのさ。」

 

「そうそう、シエスタちゃんが酷い目にあわないようにね。」

 

突如不思議な名前が出てきて、ルイズは思わず眉を潜める。

 

「シエスタ? それってこの前ギーシュに苛められてたメイドじゃないの。何で彼女の名前が出てくるのよ。」

 

「あー…実はな? あの後ではやてたちがオスマンじーちゃんの部屋でさ、ナハトのことの進展がないかって、話をしてたら突然モットってやつが来たらしくて、手続きをしてシエスタを持っていっちまったらしいんだ。」

 

「ええっ…!? つまりそれって!」

 

ルイズは思わずさっきの本をめくり、文字が記されているページの最後を見た。

 

ある。確かにシエスタを学院から引き取る作戦がそこには記されている。

 

「あの子はこの前はやてと、あんたに助けられたばかりじゃない! それなのに…!」

 

「そう。そんでオスマンのじーちゃんがはやての前で、思わず今お前が言ったようなことをぼやいちまった。理不尽な話を聞いたはやては、思わずあたしらに何とか出来ないかって、シャマルを頼ったんだよ。」

 

つまりこの作戦は、平民のシエスタをはやてが助けたい為に起きたことということか。

 

相変わらず無茶をするとルイズは思い、何もなかったらどうやって取り返すつもりだったのか、後で少しお説教だと姉の対応をとることに決めた。

 

「あたしとしてはメイドがどうなろうと、そんなことよりもはやてが無事な方が、やっぱ大事だけどさ…そのはやてが悲しむんじゃ、なんとかしなくちゃなんだよ。」

 

そう言ってヴィータはアイゼンを構えて、モット伯の館へと歩き始めた。

 

「ちょっと、何する気よヴィータ!?」

 

「ん? 決まってんだろ。そろそろ時間もないし、モットの館を叩き潰すんだよ。」

 

「だ…ダメよ! あんたの正体がばれたらこの国が黙ってないわよ!? モット伯の罪がどうであれ、平民やその従者が勝手なことをしちゃったら、はやてだってどうなるか解らないじゃない!」

 

断罪を望んでいたはずのルイズから聞こえてきたのは制止。

 

ルイズの心配を驚きながらも、それをヴィータは笑顔で受け止めた。

 

「てっきりお前は悪者を裁けることに、荷台の上でのフーケの時のように倒すことに目が行って、やってしまいなさい! 何て言うかと思ったんだけどなぁ。」

 

「あんたが私の使い魔で、他にいるのが私だけなら確かにそうするかもしれないわ。だけど、これは私だけの問題じゃないもの。妹みたいなはやてのことを考えたら……だけど、でも……。」

 

貴族ならば、いかなる時も堂々真っ向と。硬い鉄のようなそれが、ルイズの信念で心の有り様でもある。後ろめたい宝物庫の壁を壊したことを自己申告したことからも、それが彼女の本心なのがはっきりと解る。

 

しかし咄嗟に出た言の葉は、飾ったものや信じてること以上に本音で漏れることもある。はやてのことを思って呼び止めたこともまた、今の彼女の本心だった。

 

良くも悪くも、身近に背負うものができたルイズにはその重さが、まっすぐな気持ちを押さえ込んでしまって葛藤させているのだ。

 

「心配すんなルイズ。」

 

そんなルイズの葛藤をどうにかしようと、鉄鎚の騎士は声をかける。

 

「お前に言われなくたって、あたしがはやてが危なくなるようなことするなんて、はやての頼みでもやるわけねーだろ。」

 

そう言って頭を帽子ごしにかいてから、ヴィータはルイズに申し訳ない顔をした。

 

「ただな…だから、この事でお前の名前を出すわけにもいかねえんだ。貴族としては辛いかもしれないけど、はやての姉貴分としてどうか解ってくれ、頼む。」

 

ルイズの葛藤を消させるために、ヴィータは貴族としてではなく、はやての姉として考えてほしいと提案したのだ。

 

そうして突然頭を下げるヴィータに今度はルイズか驚かされた。

 

だから、自分をここに連れて行きたくなかったのだと同時に理解する。

 

今から起こそうとしていることを誰がしたか知らなければ、ルイズはこれにはやてが関わっていたことに気づかなかっただろう。帰ったときにはやてが何か誤魔化していれば、ただ不正をした貴族が世間の風にその身を追われただけ、そんな事件としか後に知っても思わなかったはずだ。

 

しかし、こうして知ってしまうとそうもいかない。

 

どうしたものかと返答に困っていると思い出したのは、彼女の姉のことだった。

 

かつて貴族らしくない振る舞いをしたルイズが、彼女のもとへ逃げ込んだ時に二女の姉、カトレアは匿ってくれたのだ。

 

その行いは、貴族として正しいかと言われればそんなことはなかったが、それでも彼女は大好きな妹を助けたのである。

 

そして、そのことでルイズの心が救われたこともまた思い出していた。

 

ならば、そんな大好きな姉に倣ってみるのも良いだろう。

 

自分が少し迷惑を被ることで妹が救われるのなら悪くない。そう思ったルイズにもう迷いはなかった。

 

「…いいわよ。」

 

「おおっ! マジかルイズ、サンキュー!」

 

「でも、今回は特別なんだからね。いつもいつもわがまま聞いてあげたら、はやてのためにもならないもの。」

 

そう言うルイズの顔は、とてもカトレアに近い…普段の彼女とは違う優しい雰囲気の笑顔だった。

 

 

 

そうして、作戦決行の時は来た。

 

「許可はしたけど、絶対にばれたらダメなんだからね。やるからには徹底的に、ちゃんとしなさいよヴィータ。」

 

「解ってるよ、んじゃ始めようぜシャマル。」

 

モット伯邸から少し離れた草原で、ろくでなしな貴族への鉄槌が放たれた。

 

"ーーモット邸のメイドのみなさん。"

 

シャマルがシエスタ、そしてモット伯のメイド達に念話を飛ばした。

 

突然のことに思わずバケツを落としたり、悲鳴をあげたメイドも居たが、シャマルが次の言葉を言うとみながその動きを止めた。

 

"もとの生活に、帰りたくはないかしら?"

 

その願いはメイド達誰もが思っていることだ。ここにいるメイドは全て彼の悪事によって大切な仕事仲間や、家族から引き離されて連れてこられた者だったのだから。

 

"……みんなそう思ってるみたいね。それなら、馬車の中のあなた以外は中庭に集まって。安心して、今日でその忌々しい屋敷はおしまいよ。"

 

怪しくも、天のお告げのような何処か透き通った声に、ひとりのメイドがわずかな可能性でもあるならと信じて動くと、またひとり、ふたりとメイドが続き、最後には全てのメイドが集まった。

 

衛兵たちが何事かと周りから見ているが、彼女たちはそこから動かない。

 

すると、空から本が一冊降ってきた。さっきのモットの作戦張である。

 

"今からあなたたちを町に帰してあげる。町についたら、その本を文字が読める平民の人に渡しなさい。"

 

本を受け取ったメイド長と思われる子は、空に向かって頷いた。

 

「良し…いくわよ!」

 

シャマルがクラールヴィントを振るい、魔力を放つ。

 

対象となるのは旅人の鏡で庭から見えるメイドたち。

「長距離転送! 目標、トリスタニアの噴水広場!!」

 

「なっ…!?」

 

そんなこと出来るわけがないと、あまりの言葉に思わずルイズが絶句するが、次の瞬間、彼女は更なる現実を目の当たりにする。

 

「えぇーーーーいっ!」

 

メイド達の下に、緑の魔法陣が現れて光を放つ。旅人の鏡からメイド達を見れなくなるほど目映い緑の光が収まると、そこに映っているのはトリスタニアの噴水広場にいるメイドたちだった。

 

「はっ…はああぁっ!?」

 

顎が外れそうな勢いでルイズは叫んだ。本当に外れかけそうになって慌てて口を戻して、頬をつねり、更に手をつねってみたが何も変わることはなかった。

 

たった今起きたことは現実なのだと理解するも、ルイズには納得できそうにない、無理もない…彼女にとっては完全な未知の魔法なのだから。

 

「おいルイズ、最初で驚いてたらキリがないぜ?」

 

「そ、そんなこと言ったって…無理よ、こんなの…驚くなって方が絶対無理よお!!」

 

この気持ちをどこへどう向けたら良いのかわからず、ルイズは思わずパニックに陥ったが、時間はそんなルイズに優しくはなかった。

 

「後がつかえてんだ、驚くのは後。」

 

「は? つ、つつつ次はいったい何する気なのよ!?」

 

期待と、驚きの眼差しでルイズはシャマルに視線を戻すと、そこには黒髪のメイドーーシエスタが立っていた。

 

「ミス・ヴァリエール…? それにヴィータちゃんとシャマルさんまで、これはいったい……?」

 

シャマルが同じようにして、学院から帰るモット伯の馬車の中のシエスタを、ここまで転送したのだ。

 

「シエスタちゃん、学院にあなたも帰りたいわよね?」

 

そう言うシャマルに、まだ現状がのみこめていないシエスタだが頷いた。

 

「なら、これからここですることを、絶対に話しちゃダメよ。それができるのなら、また学院にいられるように帰してあげるから…ね?」

 

優しい言葉なのに、救いの言葉なのに、何処か冷え冷えとするシャマルの言葉にたじろぐも、再び頷くシエスタ。

 

しかし、どうも迫力の薄いシャマルでは足りないと感じたのか、今度はヴィータがシエスタの前に立ち、アイゼンを彼女の鼻先に向けた。

 

「重ねて言っとくけど、絶対だかんな! 誰かに話したらあたしがこいつでぶっ叩きに行く…いいな!?」

 

そして優しさも何もないヴィータの言葉に、彼女はさらに涙を浮かべて頷いた。

 

シグナムとの喧嘩と、この前殺されかけたギーシュを知る彼女には、それが冗談に聞こえなかったのである。

 

「宜しい♪ じゃあはい、これ持って行ってね。」

 

「これは、本ですか?」

 

「ええ、それを今から会う人に見せてあげて? そうね…フーケからって。」

 

突然出てきた名前にルイズとシエスタが目を点にする。

 

「ちょっと、何でフーケーー」

 

「長距離転送!」

 

シャマルがルイズを無視して術式を展開する。

 

「あのっ、私いったい誰にーー」

 

「目標、お姫さまの寝室♪」

 

「「はいぃ!?」」

 

シエスタの戸惑いも気にせずに魔法陣の光が彼女を包んだ。

 

「それっ転送!」

 

そうして残ったのは、最初のメンバーの三人たちだけだった。

 

「ちょっとシャマル、何考えてんのよ! 姫様のお部屋に平民を、しかも何でフーケからなのよ!」

 

「そうしないとまた揉み消されるからだよ。それと、フーケの方はな…あたしの代わりになってもらうのさ。」

 

「代わりって何よ!? これ以上まだ何かする気なのあんたたち!」

 

余りのやりたい放題の作戦に、ルイズは思わず許可をしたことを後悔した。こんなもの、愛しのカトレアですら笑って済ませるか怪しいと思い、同時に貴族に二言はないという言葉も思い出して思考停止、もはやうなだれるしかなかった。

 

「おいおい、まだ最後があるってのに大丈夫かよ。って、おいシャマル…どうしたんだよ。」

 

ルイズをからかった後にシャマルを見ると、何やら彼女は納得のいかないような、困った顔をしていた。

 

「え、あ、ううん…何でもないわよヴィータちゃん。」

 

何かを考えているような仕草をしていたが、すぐにそれを取り払い任務に集中し直す。

 

「それじゃ、最後はお願いね?」

 

「解ってる…でも、後でちゃんと話せよな。」

 

「…うん。本当に大したことじゃないけれど、それは皆で居るときにね?」

 

「おう。」

 

ヴィータがそう言うと、シャマルが茫然としていたルイズを抱えて、ヴィータと共に転移した。

 

転移先は、モット伯の館の目と鼻の先だ。

 

「この時間帯ならここは誰も見ていないはずよ…ヴィータちゃん、おもいっきりやっちゃって!」

 

「っとーーその前に、おいルイズ。」

 

「な、何よ…。」

 

意識をはっきりとしたルイズはまた期待半分、そして今度は何が来るのかという苦悩半分でヴィータを見た。

 

シャマルがあれほどのことをしでかしたのだ。この子だって、まだなにか隠してることがあるに違いないというルイズの疑いは、もはや確信へと変わっている。

 

「見てな、これがお前が呼び出した使い魔が従える鉄鎚の騎士のーー切り札のひとつだ。」

 

"Gigantform"

 

ヴィータの鉄槌、グラーフアイゼンが呟き、カートリッジ2本の魔力を連続で取り込むと、殴打部が人の胴回りよりも太く、大きく変わる。

 

「轟天…っ!」

 

ヴィータがアイゼンを振るう。その度にみるみる柄がどこまでも果てしなく、数十メイル先の草原まで延びていくのをルイズはただ見ていた。

 

「爆・砕・!!」

 

そして彼女は、その先がおかしいことに気づいた。

 

その先だけ地平線がない。延びた柄の先にあるのは、灰色の四角だ。

 

よく見ると、何やらその長四角の壁のはしにはそれぞれ金色の襷のような何かがかけられている。

 

ルイズは、その塊を先ほど見たような気がした。

 

そう、延びる前の…ヴィータの大槌が、確かそんな形をしていなかっただろうか?

 

「…ま、まさか!」

 

そう、ルイズの目の前に写ったのはその大槌だ。ただし、20メイルに届くかというほどに巨大化しているそれを鎚や槌と呼んで良いのかは、もはや疑問であるが。

 

そして、それはだんだんとこちらへと近づいてきた。否、ヴィータかそれを小さな体躯で振り回しているのである。

 

「ギガント、シュラァアーーーク!!」

 

横に薙ぎ風を切りながらルイズとシャマルを超え、ヴィータを軸に廻る巨大な塊は、モット伯の館の外壁を砕き、その先の館すら横から圧し潰し、反対の外壁まで吹き飛ばすと、ようやくその役目を終えて止まる。

 

「今だシャマル! 字は覚えてるな!?」

 

「大丈夫、任せて!」

 

吹き飛ばした瓦礫の土煙が晴れる前に、ヴィータの掛け声でシャマルが旅人の鏡を開き、そこに腕を入れて何かを施した。

 

「高町なんとかの時みたいに間違えんなよ!」

 

「ちょ、ま…間違えてないわよ。大丈夫、うん!」

 

「よしっ帰るぞルイズ!!」

 

がしりとルイズの腕をつかんでシャマルの近くへヴィータが飛ぶ。

 

「え? あ、うん。」

 

フーケのゴーレムが霞むような一撃に、思考停止どころか意識を手放しかけていたルイズは現実へと引き戻されると、それでもまだ頭が追い付かず、されるがままにシャマルたちと共に転移魔法でトリスタニアへと帰っていった。

 

後に残されたのは、ちり取りへ掃く前の集められたゴミのようになったモット伯の館の残骸。メイドとその消失につられて外に出てそれを眺めていた衛兵たち。正面は非殺傷設定の魔法で、背面の壁に当たる衝撃はシャマルのバックアップで、なんとか死なずに済んだものの、瓦礫に埋まる館の中に居たモットの部下のメイジたちだけだった。

 

そして、土煙が晴れた中庭の地面にはこう書かれていたのである。

 

"トリステインの勅使の恥とその証拠、確かに領収いたしました ~土くれのフーケ~"

 

と。




闇の書の闇がだいたい30~50メートルトラック位かなと思っていたり。

なのでギガントシュラーク時は20メートル位かなと。

屋敷は横は100メートルはあるのではと思い、流石にぺしゃんこに叩き潰すのでは無理そうなので横凪ぎで。

次回は飛ばされたメイド達のその後とフリッグの舞踏会まで終わらせたいですね。

やっと1巻分が終わりそう!
理屈っぽくなりすぎてちょっとよくない傾向ですね、もっとさらっと進めないと。
平時シャマル本当しぐさや性格の傾向がなかなかつかめない( ;´・ω・`)


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第17話 形変わる繋り

(追記・いつも誤字報告ありがとうございます。)

なのは特有の若者の人間離れ(主に頭脳や精神面)

舞踏会が遠いなあ!(前も似たこと言った気が)

他の作品呼んでばかりいると自分の物語の世界線のルイズの性格が変になりそうで何回か自分で読み返したり…やっぱり素直な良い子になりすぎてしまった感がありますが、これはこれでどうでしょうか。


「な、何者ですあなたは!!」

 

「あ、あわあわ、あのあのあのわた…わたしは!」

 

トリステイン王宮内、その中でも最たる厳重な警備体制の整っているであろう奥地にて、それは起きていた。

 

突如自分の寝室に現れた黒髪のメイドに驚いているのは、この国の王女であるアンリエッタ・ド・トリステイン。

 

そしてシャマルに飛ばされた黒髪のメイドことシエスタがそこには居た。

 

「えう、えうえうえう…。」

 

「………。」

 

賊が忍び込んだと最初は考えたアンリエッタだが、その忍び込んだ相手は腰を抜かし、メソメソと泣き、しゃっくりをあげている。

 

とても何かできるような状態でもなく、その意思も感じ取れなかった。無理もない、彼女自身は単に王室内、王女の御前でこうなっているだけなのだから。一平民の心にこの場所は重たすぎるのだ。

 

「落ち着きなさい。あなたは誰で、どうやってここに来たのですか?」

 

泣き崩れて動けないシエスタの元に寄り、しゃがみこんで彼女の顔を覗くアンリエッタの行動は迂闊や、女王あるまじき行為とも取れるかもしれないが、その歩みよりが少しだけシエスタの心をほぐした。

 

「あ、あの…っ、わたしは…トリステイン魔法学院の給仕のシエスタと、も…もうします!」

 

そう言って彼女はおずおずと手に持っていた本、モットの作戦書をアンリエッタの前に出し、勇気で震える唇を更に動かす。

 

「ミスーー"おい"~っ!?」

 

誰からのものか言おうとしたところを、どこからか聞こえてきたヴィータの声が止めた。トリステイン到着後、こっそり路地裏で旅の鏡で様子を見ていたルイズ達の、ヴィータ本人からの念話である。

 

「どうしました、大丈夫?」

 

突然冷や汗を吹き出したメイドに慌てるアンリエッタだが、しばらくするとシエスタは、カタカタと震えなが再び口を開いた。

 

「つーー」

 

「つ?」

 

「土くれのフーケが、これをあなた様にお渡しするようにと…!」

 

「なーーっ!?」

 

言われてアンリエッタは本をはたき落すと、シエスタから離れて杖を向けた。

 

「ひいいいっ!?」

 

もう既に立てなくなっているシエスタは、動くことができずに目をつむり、その場でガタガタと怯えてしまうがアンリエッタの緊張は解けない。

 

彼女はディテクトマジックを使い、本に罠がないと解るとそれを手に取り、杖をシエスタへと向けたままに机へと移ってから本を覗くと、そこに書いてあることに驚愕した。

 

「これはっ!?」

 

そこにあった内容に、次第に顔の険しくなるアンリエッタ。

 

やがてすべてを読み終え、最後の頁にシエスタの名前を見つけ、魔法学院から引き抜くモットの作戦を読み終えると、彼女は杖をしまい再びシエスタの方へと歩み寄った。

 

「フーケは平民の英雄と聞いておりましたが、まさかこのようなこともするとは思いませんでした。」

 

「あっ…?」

 

ふいに、シエスタを温もりが包む。彼女を軽く包容し、背中を優しくアンリエッタが叩いていた。

 

「辛い思いをしたのでしょう…申し訳ありません。わたくしが、国がふがいないばかりにモットのような貴族をのさばらせ、あなた達守るべき民をこのような目に遭わせてしまうなんて…。」

 

「え、あの…そんなっ!」

 

何をどう言えばよいのかわからず、シエスタが更にパニックに旅立つ前に、彼女の頭は限界を迎え…パタリとその意識を手放した。

 

「あら、だ、大丈夫ですか!?」

 

シエスタを起こそうとしていると、寝室のドアが勢いよく開けられた。

 

「無礼をお許しください女王陛下! 緊急事態で…むっ、その者は!?」

 

「お気になさらず、近くで単に給仕が一人倒れていたので介護していただけです。それよりどうしたというのですか? ノックもなしにこの部屋の扉を開けるなど。」

 

「はっ、トリスタニアの広場を中心に、メイドたちが突然現れて妙な本を周りの市民に見せ、それを見た市民たちが騒ぎ始めています!」

 

メイド、本…アンリエッタはもしやと思いつつも確認をとる。

 

「まさか、それはフーケからのモット伯の本とのことではありませんか?」

 

「な!? ご存知でしたか…その通りです。しかしどこでその噂を?」

 

そう言って不思議な顔をする兵士に、アンリエッタはシエスタが持ってきた本を手渡す。

 

「これは…では、もしやこのメイドも!?」

 

「ええ。恐らくフーケよりモット伯から『盗まれた』メイドなのでしょう。あなたは、すぐにマザリーニ枢機卿に連絡を。それと…モット伯の最近サインした書類と、メイドたちが持つという本を枢機卿にここまで持って来させなさい。」

 

アンリエッタは手近なペンを取り出して何枚かの書類を書き、サインをすると駆けつけた兵に手渡した。

 

「は? 姫様の御寝室にでございますか?」

 

「そうです。このようなこと…わたくしは知りませんでしたし、許した覚えもありません。勅使という立場を利用して何たることを! 貴族だという立場だからしても良いということでは…断じてありません!!」

 

蝶よ花よと育てられていた、麗しの王女の初めて見る怒りに染まった顔に、兵士は思わずうろたえた。

 

「誰かが私の耳に入らぬようにしているのでしょう、そのような工作が入らぬよう、わたくしが直接判断します。良いですね!!」

 

女としての尊厳を、身分差をいいことに踏み躙るモットの行動に、アンリエッタは相当頭に来たようである。世間知らずだった彼女は今、きっかけは何であれそれを脱ぎ捨て、自ら国の中へと踏み込む一歩を踏んだのだ。

 

その姿を見た兵士は彼女の思いを感じとると、しっかりと姿勢を正して敬礼を取る。

 

「畏まりました! …市民の方はいかがなさいますか? このままだと暴動の可能性もございますが。」

 

アンリエッタは逡巡してから、決断を下した。

 

「恥ずべきことですが…やむをえません。衛兵で押さえきれなさそうになるのであれば軍隊の派遣を。私の名のもとに暴れるものは鎮圧、メイドから調書を取った後に本を回収しなさい。」

 

そうして、また一歩、一歩と彼女は進む。

 

アンリエッタの行動は怒りと、入ってきた情報を直接得たことによる勢いが強いだろう。それはきっと大局で見たり、国の対応としては必ずしも適切ではないのだろう。何せ彼女はまだその世界を何も知らないのだ。

 

「ただしーー絶対に町の民を殺してはなりません! この度の問題はもしこれが本当であれば私たち王宮と、貴族の不始末によるもの。なのに民を殺め、これ以上民にわが国への不信と不満を募らせてはなりません。」

 

しかしそれでも、これは彼女が考えて国を思い、民を思い取った行動なのは間違いなかった。

 

「はっ!」

 

言われた兵士は再度一礼をすると、扉を出て駆けていく。

 

残されたシエスタをアンリエッタは長い高級なソファに、レビテーションで運ぶと窓を見てため息をついた。

 

「はぁ、これがフーケなどではなく…どこかの貴族であれば、私の近衛の一人にしたい程の成果ですのに。」

 

最近、王宮内に他国へ傅いてる裏切り者がいる。このことは別の件で枢機卿のマザリーニより、既に聞いていたことだ。

 

しかし今回のものは違うだろうと、アンリエッタは思う。なぜならこの話は国外に繋がっているものとは思えないからだ。

 

しかし、裏切っていないと本人は思っているであろう貴族ですら、このモットのような体たらく。

 

味方はどこに…貴族たる心を持ったものはどこにいるのか、もはやアンリエッタには解らなくなり、今回の件が更に不信感に拍車をかけた。

 

そうして思い出すのは、自身の幼馴染みの桃色の髪をした少女。

 

「ルイズ…。」

 

彼女はただひとり、間違いなく味方と信頼できる人間の名前を呟いてから、頭を振ると何かを考えるかのようにベッドに横たわり、肩腕を頭に載せるとひとり呟いた。

 

「いっそ…信じられるだけの相手ならば、貴族やランクにこだわる必要はないのかもしれません…。」

 

それはたとえ魔法がうまく使えなくても、正しきことを貫き通す親友の姿から思えた、彼女の新しい考えだった。

 

――後に彼女の命令通り死者も無く、怒り狂いかけていた平民たちは無事に鎮められた。

 

アンリエッタ直々に、モット伯の平民の女性にして行われた行為にもの申すという…そんな兵士たちが平民に流した噂が更に再発の防止となり、街に平和が戻る。

 

そして馬車の中からメイドが消え、瓦礫の山となった家へ戻ったモット伯は、直後に飛竜で飛んできた王宮の使いに連れられてトリスタニアへと向い、そこで王女直々にその勅使の地位と爵位を剥奪され、ただの貴族の一人と成り下がったのである。

 

その数日後、更に今度は魔法学院よりフーケ捕縛の知らせが届く。

 

そのせいでこの事件は、フーケが己の逃亡の限界と近いうちに拿捕されることを悟り、最後に何かひとつ、自身の矜持に乗っ取ったもので善行をすることで、絞首刑を免れるためにしたことなのでは…とトリスタニアでは新たな噂となった。

 

そんなフーケを市民の英雄とする声と、前日の騒動がまた起きる危険性、そしてアンリエッタの考えが重なって、実際にフーケへの判決は無期懲役で留められることになる。

 

しかし実はこの結果が、メイドを助けたいという自分の頼みを聞いた騎士を使い、例え大泥棒でも死刑になってほしくなかったと思った少女が、その作戦と自分達の素性を気づかれないための、ついでに思い付いただけのことだと知るものは、王都には誰一人としていなかった。

 

八神はやて。彼女もまた作戦や策謀といった本来の歴史と同じ才能を、この世界でも宿している様である。

 

 

 

 

「流石です、我が主!」

 

時は戻ってシエスタが飛ばされてきた頃。そんな頭脳を働かせた少女、はやては自慢の部下に称賛されていた。

 

「えへへ、ありがとうリインフォース。でも…私だけやないんよ? シャマルもめいっぱい考えてくれたから、こういう作戦ができたんやで。」

 

破壊の杖を取り戻し、オールドオスマンの学院長室へと戻ったキュルケとタバサが、ヴィータが途中で明後日の方向へルイズと共に飛んでいった理由を聞いて絶句していた。

 

転移魔法のことは伝えていないし、基本チャートだけを話しメイドへの念話等は誤魔化したが、八神家の面々はそれぞれ念話ができるということだけは、でっちあげきれず言わざるを得なかった。

 

「何というか末恐ろしい子ね。それにしても、あんなに離れていても伝令が要らなかったり…本当に彼女達の魔法は戦闘向きなのね。」

 

「同感。」

 

もともとタバサはあまり喋らないが、彼女からも目をみれば驚きが解る。

 

「ホッホッホ…本当にのう。王宮におったら恐らく、姫殿下が参謀や近衛、はたまた諜報員にスカウトに来るじゃろうて。」

 

「でも、よろしいのですか? こんなことをして…。」

 

「なあに、宮内の問題を解決し、平民達の心も晴れる。こっそり国に貢献しただけじゃよ。」

 

全ては些事とはオスマンの口癖だが、彼は文字通り今回の事件をそう丸めてしまったのだった。

 

最近は王宮内も何やら不穏な気配があるし、その一手となると良いのうと他国の人間の二人に危うく言いかけて…咳払いをする。そして、だからこのことは秘密じゃぞと話題をそこで終わらせると、彼は姿勢を正してからキュルケとタバサに向き合った。

 

「恩人の杖を取り戻してくれて、例をいう。ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーのふたりにはシュバリエの爵位を、既にもっとるミス・タバサには精霊勲章を申請しておこう。」

 

「本当ですか!?」

 

キュルケが思いもよらない大きな報酬にはねあがりそうな勢いで喜ぶ。

 

「うむ。数日中にはフーケ捕縛も含めて、王宮に書を出すでの。」

 

武門の家系で戦による名誉が誇らしいのか、やったあと嬉々として声を上げるキュルケと、相変わらずの無表情なタバサはまさに正反対で、他人から見るとどうしてこの相反した性格の二人は、仲がいいのだろうかと改めて思える光景だった。

 

それを見て孫への送りものをしたかの様に楽しそうな、もしくは嬉しそうな笑顔をして頷いたオスマンは、最後にヴィータの主でありルイズの使い魔であるはやてを見た。

 

「…すまんがヴィータ君の報酬はミス・ヴァリエールの分と合わせてじゃ。彼女は貴族ではないし、あまり東方の魔法を広めるわけにもいかんからのう。」

 

「お礼なんてええんです、無事に帰ってきてくれれば私はそれで。ただ…もしもオスマン校長先生がよければ、今度ヴィータの遊び相手にでもなったげてください。あの子、向こうでもお年寄りと結構仲良く遊んでいたんです。」

 

ヴィータがオスマンとゲートボールをしたいと言っていたのを思い出して、はやてはそれだけをお願いをする。

 

「そうじゃのお…しばらくは秘書もおらんようになってしまったし、暇ができたらそういう気分転換も悪くないかの。」

 

そう言って約束をオスマンがすると、彼は手を叩いて再び話を区切った。

 

「さあさあ、話はこの辺でおしまいじゃ。今宵ははフリッグの舞踏会じゃし、ミス・ツェルプストーもミス・タバサも、はやて君もそろそろ準備にはいるがよかろう。」

 

そう言われてふたりが退出していくと、後にはリインフォースとシグナムに、はやてだけが残った。

 

「おや、まだ何かあったかの?」

 

「いえ、ただ少し前にヴィータから連絡がありまして。その破壊の杖…私のルーンの力で調べて欲しいとのことなんですが、よろしいでしょうか?」

 

「ふむ…これは恩人の形見でのう。じゃがまあ、壊さないでくれるというのならよかろう。」

 

「ありがとうございます。それじゃ失礼して…よっと。」

 

はやてが破壊の杖に触れると、ガンダールヴのルーンが輝き彼女にその情報を送った。

 

「えっ…?」

 

あまりの不思議な情報に、はやては思わず声が止まる。

 

「我が主…どうなさいました?」

 

「何やの…これ。」

 

自分はその単語は解るのに、そんなものは見たことがない。何か解っても理解できないと言う意味不明な感覚、そんな複雑な表情がはやての顔には浮かんでいた。

 

「RH-01…ライトニングブラックバージョン。地球の仮想体感型ゲーム、ブレイブテュエルで全国ランキングプレイヤー上位のカード。高町なのはとフェイト・テスタロッサのカードをユニゾンリライズすることで、新しく手に入るカードの初期装備であり、もとはテスト時代のゲームの特訓中に高町なのはが生み出した新たなユニゾン…あのっ!」

 

あまりに不可思議な武器。はやてはオスマンへどうやってこの武器を手に入れたのかを尋ねると、彼は遠い昔話と言い、自分の失敗の話をし始めた。

 

「昔まだワシが若い頃のことじゃ…とある村で、ワイバーンが悪さをしておると聞いてのう。まだ血気盛んだったワシは己の力の誇示と、欲のためにその村へと討伐に出向いたんじゃ。結果としては見事にワシは村で悪さをするワイバーンを倒した。ところがのう、そのワイバーンはまだ幼生でな…礼を受け取り、村から帰る途中の林道にて、今度は親の二匹が襲いかかってきたのじゃ。ワシは何とか精神力を振り絞り、もう一体を討つことに成功したのじゃが、そこが心身ともに限界でのう。もう駄目かと思ったがその時、どこからか黄色の閃光と桃色の閃光がもう一体のワイバーンを討ち、ワシを救ってくれたのじゃよ。ワシの目の前でワイバーンがどっと倒れ土煙があがるなか、ワシは少女のようなふたりの声を聞いたのじゃ。」

 

「ほえ、女の子の声です?」

 

その言葉にますますゲームであるという可能性が強くなっていくが、未だ詳細ははやてには解らない。

 

「うむ、確かあの子達はこう言っておったよ。」

 

"あれ~? アインハルトさん、困ってる人を助けたのにクエストが始まりません~。"

 

"本当ですね。てっきりお約束でこれが開始のスイッチだと思っていたのですが…え? あ、はい…は? スカリエッティさん?"

 

"もう、アインハルトさん…こういうときはドクターって言わないとダメですってば、って…えええぇっ!? "

 

"い、異世界ですか…装置のエラーで。え、代わりに実体化のデータがとれた? はあ…。"

 

"まさか、時間の次は次元を飛び越えちゃうなんて…しかもまたわたしたちふたりが~!?"

 

"え、あぁはい。今回はもうすぐにでも戻れると…ほっ。良かったですねヴィヴィオさん!"

 

"うぷ、そうですね…アインハルトさん……。"

 

"どうしました、何で急に杖を落として青い顔を…ひっ、ドドドクター!早く、早く転送を!"

 

"あ、透けてきた…ってちょっと待ってください! 杖、私の杖~‼ せっかくママたちから借りてきたのに、なくしたら怒られちゃうよお~‼"

 

"だ、大丈夫ですヴィヴィオさん! カードはそのままなのですから、なくすものはありません!"

 

"あ、そっか…じゃ、じゃあはやく、ドクターはやくぅ! これ以上見たり嗅いでたら…本当に吐いちゃいます。"

 

"勘違いとはいえ、こんな無惨に生き物を殺してしまうなど…申し訳ありませんでしたねーーー。"

 

「そう声が聞こえ終わると、残ったのは腹と頭半分を撃ち抜かれたワイバーンの死体とわし、そして破壊の杖だけじゃった。するとしばらくして、破壊の杖が透けて消え始めたのでな。ワシは大急ぎで最後の力で固定化をかけてそれの消失を防いだのじゃよ。固定化でそれをどうにかできるかは賭けじゃったが、無事にこうして命の恩人の品として残すことができたという訳じゃ。お主達に話をしていて思い出したが、なるほど…会話から察するに、彼女達もまた何処かの世界からか来た子じゃったということか……。」

 

そうしてオスマンの話は終わった。

 

話を聞き終えても、はやて達も、そのまま念話で話を中継されてたルイズたちにも、この杖がどうできているのかはよくわからなかった。

 

その子達の会話から解るのは、時間と次元を跳躍するような装置をゲームに組み込めるような世界の人間、そんな天才が地球に生まれたということだけだった。

 

"未来の地球の人やったんやろうか?"

 

"でもよー、間違いなくその杖の形は高町なんとかと、シグナムに付きまとってた金髪のをくっつけたような感じだよはやて。こんな偶然あんのかなぁ?"

 

頭の回る少女たちでも思えたことは、せいぜいこの程度だった。

 

"確かに、テスタロッサのデバイスの色や性質、魔力光をもつ高町なのはのデバイスだ。しかし、これがゲームというのはどういうことなのだろうな。"

 

"管理世界になった地球と、非殺傷設定がより発展して生まれたスポーツみたいなもの…なんてことはないかしら?"

 

会議に更にふたりの女性が加わる。

 

"それでは仮想体感型ゲームという主はやて言葉の意味が消える。ガンダールヴのルーンで読み取っている以上、嘘はないだろう。それに、実体化のデータという言葉も気になる。"

 

"ならば私の…闇の書の力のように夢をみせることができる、そんなゲームということか? しかも事故のように聞こえるとはいえ、そこで見る夢を実体化させたというのか。そんなロストロギアのようなことが出来てしまう可能性のあるものを、果たして監理局が許すのか? そもそもどういう原理でこれの魔法は放たれているのだ…。"

 

一家総動員で考えたが、結局答えはでなかった。

 

「すみません、オスマン校長先生。私にもこれは何なのかは、結局良く解りません。ただ、固定化?の魔法がかけてあるうちは、ずっと使える武器だと思います。」

 

「そうか…。あいや、使い方が解っただけでも十分じゃよ。いざというときには国を守る切り札のひとつにもなろう。」

 

破壊の杖は結局一部の神秘を残したままに、再び宝物庫へと戻されて一同は今度こそ解散となり、はやて達はルイズ達の帰りを待つべく部屋へと戻った。

 

彼女達は知らない。今の彼女達の魔法が全て空想と妄想の産物の、ゲームとなった地球の平行世界があることを。

 

そこではルイズ以外の八神家の人間が不自由なく幸せに暮らし、家族全員が地球の人類で、本当の家族になっているということを。

 

そして、その世界の未来に生まれた偏屈の天才が、あるゲームの装置で時間を跳躍どころか、未来と過去の通信を可能にし、挙げ句にはその過去の施設からでも送還さえさせてしまうことも知るよしは無かった。

 

そんなものを作り出してしまう天才が、今回もたまたま失敗より生み出した…前後だけではなく左右にも空間を飛び越えた奇跡による出合い。それが今ここに破壊の杖があることの理由である。

 

人間という情報を移動し生成してしまう奇跡と、移動先のハルケギニアが現実を捻じ曲げることが出来る世界だったために、情報であるデータの物質化を今回偶然に生み出した。そしてその捻じ曲げることで起きる現象、系統魔法を仕えるメイジの精神力より放たれて世界が歪むロジック。これが、ブレイブデュエルの仮想空間で考えを反映する思いの力のプログラムに酷似していたのだ。

 

このことにより、破壊の杖に現実空間で同じプロセスを踏ませることで魔砲を放てたのが、今回の真相であるのだが、それを知るものはここには誰もおらず、また知る必要もなかった。

 

 

 

 

さて、同時刻、まだ騒動が本格化する前のトリスタニアに転移してきたルイズ達が何をしていたのかと言うと――

 

「おいルイズ、どこに行くんだよ?」

 

破壊の杖会議が終わり、またシエスタの無事と民衆の火種がくすぶるのを見届け、学園への帰路につこうとしていたはずなのに突然ルイズが思い出したように足を止め、この前のブラジャーと服を仕立てた店へと踵を返して歩き始めたのだ。

 

「服屋よ、まったく、肝心なことを忘れていたわ。」

 

そうルイズはヴィータとシャマルに言ってから軽く説明をする。本日はフリッグの舞踏会。しかし、ルイズにはドレスが無かったのだ。彼女のではない…彼女の大切な妹のドレスが無いのである。

 

「はやての?」

 

「ええ、そうよ。昨日の買い出しでもうあまり余裕がないからあなたたち全員分ってわけにはいかないけれど…まだはやての分くらいはあったはずだから。」

 

そう歩きながら後ろを振り返るルイズの視線にあるのはシャマルの顔。

 

「というわけでシャマル、鏡だしてあたしの部屋から金貨袋とって。」

 

「はあ!? お前、あたし達の魔法を何だと思ってんだ!」

 

まるでファミレスで食事中に、そこのティッシュとってというノリのルイズにヴィータは眉根を寄せた。

 

「いいのよヴィータちゃん。下手に戦闘で使おうと思われるよりも、こういう使われ方のがむしろ平和でうれしい。それに……ほら?」

 

シャマルが意地の悪そうな笑みを浮かべてヴィータを見る。

 

「シグナムのレヴァンティンを、湯沸し器にさせたヴィータちゃんが言えたことじゃないんじゃないかしら♪」

 

「ぐ…っ。」

 

言い返せなくなって、眉根だけでなく顔全体で不機嫌を表すヴィータを無視してシャマルは鏡を小さくこっそりと展開、ルイズの金貨袋をとりだした。

 

「はい、ルイズ様。でも…あまり目立つ使い方はさせないでくださいね? 私の魔法は便利に思われるかもしれませんが…しょっちゅう使っていると嗅ぎまわる人もきっと出てきますから。」

 

「ん、そうね。はやてのこと考えたらその通りだわ、ごめんなさい。」

 

姉力の高まってる今のルイズははやての模範足らんと振る舞うので良し悪しに分別がきく、絶賛素直である。

 

「はい。それじゃはやてちゃんのドレス、買いに行きましょうか。」

 

三人は目的の服屋へと歩き出す。

 

「ヴィータにも、ドレスをあげられたら良いんだけどね。」

 

「うえ、何だよ急に気持ち悪い。」

 

そんな道中、ルイズの似合わない発言に即座にヴィータが引いて反応する。

 

「ちょっとあんたねえ……だって、今回助けてくれたじゃない。だから…そのお礼にと思ったんだけどーー」

 

「だけど?」

 

「このお金、ほとんどがこの前あんたがくれた残りなのよ。あたしのはボロ剣かった辺りでもう大分なくなっちゃって。」

 

「………。」

 

スリ相手に昨日一稼ぎした時に、のろうさを買ってきた後に渡してくれたものが、ルイズの財布の財の半分以上を占めていた。メイジのスリ相手も多く含まれており、その報酬の金額はなかなかのものである。

 

「まあ、あたしは着たいわけじゃねえし、それをはやてに使ってくれるだけで十分だよ。てか、お礼って何だ?」

 

「だ、だからフーケの討伐についてきてくれたこととか、戦い方を教えてくれたのとか…失敗でも倒す方が格好いいと言ってくれた事とかよ! ……私一人だったらきっと…あんたが居なかったら私は今頃、こうしていられなかったと思うから。」

 

少しもじもじとしながらルイズは答えた。そしてそんな恥ずかしさの中に、わずかに苦味が彼女にあった。

 

まるではしばみ草が隠し味に使われたような、そんな料理を食べたときの苦味だった。隠し味なので大した刺激ではないが、それでも口の中でずっと残り続けているような、そんな感じでが心をつつき続けているのである。

 

理由は単純に彼女が今最後にぼそりと吐き出した、一人だったらどうなっていたかという感情だ。出発前にはやてに伝えたことは彼女にとって本当に譲れないもので、どんな状況だろうと曲げることはなかっただろう。

 

しかし、ルイズのとった行動は一人だったのならば恐らくまともに戦い方も解らず、任務は成功せずに結果も下手すれば最悪のものになっていたと、ルイズは気づけたのだ。

 

「それ、お礼いるのか?」

 

「えっ。」

 

しかし、ヴィータはそんなルイズの意見を受け入れなかった。というより理解できないという顔をしている。

 

「いや、手を挙げさせたのあたしだしさ…それに、お前が一度決めたらもう止まりそうにない人間ってのは、出会ってから今日までですげー理解できてたし。」

 

ぐっ…とルイズが顔をしかめた。

 

「なによ、初めて会った時、はやての困ることをしたら私をダルマ?とかいう状態にして、監禁するって言った子とは思えないこと言うじゃない。」

 

ぐっ…とヴィータも顔をしかめた。

 

「だってよ、ほら…う~、あのときはしょーがねーだろ! お前、あからさまに便利な手駒が来たって感じにしかあたし達のこと、見てなさそうだったし。」

 

「そ、そんなこと…っ!」

 

「でもよ…ルイズははやてのこと、ちゃんといろいろ考えてくれてたじゃん。だからあたしも考えを変えたんだよ。」

 

「えっ。」

 

ないとは言えない…そう良い淀み、出会ったときの図星をさされた後に来る優しい声に、ルイズは味方にはとことん頼もしい、そんなヴィータの優しさを見た。

 

それはつまり、ルイズが少なくともヴィータに認められた証なのだろう。ヴィータはそのままルイズへの感想をどんどん述べていく。

 

「教室ではやてのことを守ろうとしてくれたこと、すげー嬉しかった。はやてを妹みたいに可愛がってくれたことも、めっちゃ嬉しかった。」

 

何よりーーと、すこしの間をおいてから、林檎のように顔を赤くしながら笑顔でヴィータはルイズを見た。

 

「昨日の夜の宝物庫のやつ…あたしらに頼らないで、先にはやてを守ろうとしてくれた気持ちが一番嬉しかったんだ。会ってまだ数日しか経ってないのにさ…。」

 

そう言われて、今度はルイズの顔が染まる。薄く白い肌の彼女は、林檎ではなく桃のように変わりながら、顔を熱くしてしまう。

 

「な、ななななな!」

 

誉められ慣れてないルイズは何も答えられない。

 

「まー確かに結果を考えるとどれも無謀だけどな。」

 

「うぅっ…何よ、結局そこに帰結するんじゃない。」

 

「でも、そんなの仲間がどうにでもしてやれる。」

 

「えっ。」

 

仲間とはっきり言ったヴィータの言葉が、ルイズは信じられなかった。思わず自分とヴィータを何回か見返して、ようやく小さな言葉が出ただけだ。

 

「仲間…。」

 

「繰り返すんじゃねー! …恥ずかしいだろ。」

 

そういう台詞を家族の者たち以外に向けたことがないのとか、怒鳴り付けた後に、また小さな声になるヴィータはどこか愛くるしく、年相応の幼子が背伸びをしているよう見える。

 

「とにかく! あたし達に大事なのは、ルイズがはやてを思ってくれた方なんだよ。だから、他はどうでも良いんだ!」

 

「で、でもそれじゃ間違ったままじゃない! やっぱりそんなのダメ、主としてらしくないわ。」

 

「まあな。だから、もし間違ってたらひっぱたいてでも止める。お前はあたし達の守るべき相手でもあるから。けどなルイズーー」

 

横で話してたヴィータはルイズの目の前にくると、まだ少し染めている頬をそのままに、真剣な目でいうのだった。

 

「あたしたちの仲間のしたいことは、なるべくしてやりたいのも今のあたしの本音だ。」

 

「仲間…。」

 

「だから言い返すなって! 言っとくけど調子に乗るなよ!! 度が過ぎた無茶なわがままは、本当に殴ってでも止めるかんな!」

 

そう指を指をさして、ヴィータが恥ずかしがりつつも言ってくれたことが嬉しくて、そして何より、彼女に仲間と認めてもらえたことがもっと嬉しくて、ルイズは微笑みを浮かべる。

 

上気していた頬の赤みがほどよく薄くなり、花が咲いたように見える彼女はとても愛おしく見えた。

 

「もう、昨日と今日であんたは態度が変わりすぎよ…本当は何か隠してんじゃないでしょうね?」

 

ほんの少しだけ素直になれない心から思わずからかうルイズの言葉に、ヴィータは必死な表情で返す。

 

「な、なんも無えよっ、人の好意を勘ぐんな!」

 

そんな相手が面白くて、良い気分のままにルイズはヴィータをからかい続けて止まない。

 

しかしどうしたことか、次のルイズの一言が状況を変えた。

 

「そうかしら? 今朝だってあんなにはやてを庇わずにすんなり私の話を受け入れてくれたなんてやっぱり怪しいわ…あら?」

 

「………。」

 

今朝のこと、そう言われてあからさまにヴィータの反応が変わったのだ。汗が滝のように流れ、さっきまでまっすぐルイズの瞳を見つめた目は逸れて、怪しく泳いでいる。

 

「え、ちょっと待って…あんたまさか本当に……。」

 

「そ、そんなことねえよ! あの時お前がしたいことをさせたかったのは本当だ!! た、ただ……。」

 

「ただ?」

 

「……訓練にもちょうど良いなって思ったから、もとからそうさせるつもりだったんだよ。ほ、ほら! あたしがついてけば十分安全だっろ?」

 

素直なヴィータの企みの告白にルイズは顔がひきつった。ひくひくと口の片方が笑顔のまま固まっている。

 

「ねえヴィータ、あたしその"訓練"のゴーレムで死にかけたんだけど?」

 

「で…でもあたしの手伝いと指導でどうにかしただろ!」

 

特に太陽の向きもなにも変わっていないのに、ルイズの笑顔に陰がかかったように見える。

 

「破壊の杖にも殺されかけたわよね?」

 

「そ、それもあたしがどうにかしたしたじゃんか…。」

 

必死の弁解をするヴィータに肩を震わせどんどんルイズの回りの空気が寒くなっていくような錯覚を覚える。

 

「ふ、ふふふふふ…。」

 

「ル、ルイズ?」

 

「ふっざけんじゃないわよぉ! 何よそれぇ! ひ、人の名誉回復のチャンスを訓練に利用してたって…あんた貴族の誇りをなんだと思ってんの!? し、ししししかも…仲間の提案したその訓練に殺されかけるなんて!」

 

やや理不尽に、ルイズはとうとう爆発した。素直になっても別に怒らないわけではないし、短期が直ったわけでもないのだ。

 

「何だよ! お前今さっきまで感謝してた癖に! だったら良いだろ別に!!」

 

「良いわけないでしょ! 決めたわ、このことははやてに言いつけるんだからねっ!!」

 

「はあ!? ざけんなこらぁ! 仲間として考えてこうしてやったのになんだよそれ! 結局一人でも行くつもりだったみてえだし、お前あたしが居なかったら死んでんだぞ!!」

 

「あら? 私のその過ちは仲間が支えてくれるか、正してくれるから気にしなくて良いって言ったのは、ど・こ・の誰だったかしら!? だったら、あとは死なせかけたあんたの罰だけじゃない。」

「て…てめぇ! 都合の良いとこだけ守られる人としての立場を利用してんじゃねぇ!!」

 

「うるさいうるさいうるさい! 何よもう…せっかくの喜びに水をさされたわ!」

 

ぎゃんぎゃんとふたりの喧嘩は止まらないが、シャマルは手を出さない。なぜなら彼女は気づいていて、今の光景が微笑ましいものにしかならなかったからだ。

 

ヴィータにお礼をしようとしたこと。

 

爆発後でもルイズが使い魔や部下ではなく仲間に殺されかけたと言ったこと。

 

二人とも手を出さず口でしか攻撃していないこと。

 

そして、結局口論しながらも、暫く続けているとどこかそれを楽しむような顔を、二人ともしていること。

 

それら全てが、ルイズもヴィータも険悪なムードに逆戻りしていない、関係が進んだことの証だった。

 

「あぁ…でもマジではやてには言わないでくれ、頼む。」

 

肩で息をしあう程に言い合った後、ヴィータが手を合わせて拝むように頭を下げた。それは申し訳なさではなく、ただはやてに嫌われたくないからだけの感情が飛んでくる念のようなものとして感じとれたが、ルイズは今度は爆発しなかった。

 

「…解ってるわよ。わ、私だってああ言われたからって、ホントに感謝を全くしなくなるような、そんな都合でよたよたする貴族になりたいわけじゃないもの。」

 

ヴィータがルイズにこの日くれたものは、使い魔として当然のことだとか、そんな風にプライドで突っぱねて言えるような程度の恩ではないことを彼女自身が一番感じ取っている。そんな恩人を無碍に扱うことはやはり心根の正しい彼女には無理なことなのだ。

 

尤もそれは、はやてやヴィータがルイズより幼い体をしていて、無意識に尊敬する姉のようにまた振る舞おうとしていたことから出た行動なのかもしれないが、どんな形であれ今のルイズの本心には違いない。

 

そのヴィータの手に、さらにルイズが手を重ねて彼女は言う。

 

「はやてのことを思う仲間でも、はやての代わりの使い魔としてでも、恩には恩を…が貴族として当然のことよ。だからはやてには言わないわ。それと…やっぱりありがとうヴィータ。」

 

「なんなんだよ、結局…。」

 

「ふふ…だってその事を聞いてからでも、嬉しい気持ちの方が全然大きいんだもの。だから素直に受け取りなさいよ。私だって今は、素直に言うの頑張ってるんだから。」

 

「……おう。」

 

こうして最後に一波乱あったものの、無事に二人の間の全ての隠し事は消え、心のわだかまりもなくなり、綺麗なまま彼女達の仲は深まったーーーのだが、問題はまだ終わらない。

 

「あの~、ふたりとも? 仲良くなるのは良いんだけど…。」

 

止めなかったシャマル少し後悔と申し訳なさそうに手をあげて二人に声をかけた。

 

「もう少し周りのことも気にした方が良いかなーって、シャマル先生は思うわよ?」

 

そう、昨日の今日で桃色の髪と赤色の髪の人間の、幼い二人がまた騒ぎを起こしているのである。

 

人目につかないはずがないのだ。

 

ルイズとヴィータの周りには、昨日以上の人だかりができていた。見覚えのある光景に人かが集まり、更にそれで人が集まり、そのままに劇のワンシーンのような二人を多くの人々が良い話を見たような目で見つめている。

 

「~~~っ!」

 

もともとあまり目立つこと、というより外見のせいか人から奇異や、好奇の目で見られるのが嫌いなヴィータと…繰り返しになるが誉められてないルイズが、そんな視線を耐えられるわけもなく――

 

 

 

二人はまた顔を真っ赤にすると、大慌てでそそくさと服屋へ逃げ込むように走り去っていった。




黒レイハだった理由は、私がなのセント世界もからめたかったから、というよりヴィヴィアインを少しでいいので出したかったからです。前言した通りすっごく小さい理由です。
そのためにスカえもんを随分と、文字通りスカえもんにしてしまった気もします。

そしてアンリエったさま、少し強くなる(`・ω・´)

ルイズとヴィータの関係はもう少しツンツンのぶつかり合いにしてうまくできた気もします…うーん、やっぱりお話を作るのって難しい。

舞踏会も一波乱ありそう…かな?



そうそう、やっと買っておいたリフレクション見ました!
シャマルフィンガー!! もしくはシャマルフィスト!!
思わず変な顔に…。しかし物理干渉があそこまで強くできるとは…意外な性能を見てしまった感じがします。おかげで頭の中で浮かぶ戦術に幅が広がりました。だいぶ先ですがどこかで使おうかなって。

すっごく面白かったですけど欲を言えばもう少し必殺技を言ったり叫ぶシーンをくどくしてほしかった…とか贅沢なこと言ってみます。
なのは映画は前者2つがクオリティ高すぎてどうしても、どこまで良くできていてもより良い物を望んでしまいますね(・ω・;`)


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第18話 繋いだ手、繋ぎ直す手

難産が続きます。
心理フェイズはただでさえ難しいのに次から次へと現れて終わりがない…。


はやてのドレスを買い、彼女にあげたときの反応の楽しみと、そして勝手した無茶な作戦の危険や考えの過ちをどう解ってもらえるように叱ったものかと、転移魔法で魔法学院の近くまで戻り、そこから先はばれないように歩いていたルイズは思案していた。

 

「そういえば…肝心なことをまだ聞いてなかったわ。」

 

モットやら町中での騒ぎやら、驚きと焦りのあまりすっかり忘れていた事だが、これを聞いておかねば今後もはやてを守れないじゃないと、ルイズがはやてのドレスの包みを大切そうに持つヴィータに振り向いた。

 

「ねえ、ヴィータ? どうしてあの時、練金とファイアーボールだったのよ?」

 

「ん? ああー、そのことか。」

 

忘れてはいても、ゴーレム戦の時に使う魔法を指定されたことがルイズにとっては大きな疑問となっていた。爆発に頼るだけならば、それこそコモンスペルのアンロックでも、咄嗟な攻撃に便利でルーンが少なく、かつ成功すれば不可視の攻撃にも繋がる風の魔法とかでも良かったはずなのに、どうして錬金やら指定があるんだろうかと、彼女の疑問もある意味当然である。

 

「ファイアー・ボールはともかく、他の呪文では何故ダメなのよ? し、失敗魔法をあてにしてたってのは解るけど…じゃあ逆にどれでも良いんじゃないのかしら。」

 

誰かを守れたり、倒すことの力は示せた。とはいえ、彼女の中ではいまだ失敗魔法は、失敗魔法のまま。その抵抗感は言葉からありありと見てとれたが、ヴィータはそんな悩みは知らねーとばかりに話を進める。

 

「単にルイズの失敗魔法の中で、結果が解ってるのがそれしかなかったからな。」

 

「け、結果って…。」

 

「そーそー、失敗魔法がどんな風に失敗するか、それが大事だったんだよ。」

 

まさか、失敗の仕方が大切だなどと言われるなんて、それが理由だなんて! そんなことを思っていなかったルイズは思わず立ち眩んだ。

 

その発言がメイジにとってどういう事か、我々で例えるのならば、自転車に乗れない人が教官に助言を乞うと、転けるときに右にずっこけろとか左にずっこけろとか、すごくどうでも良いところを言われたようなものである。そんなことはどうでも良いから、もっと自転車に乗るための解決方を教えろと言いたくなるものである。

 

しかし、魔法が使えるようになった訳ではないルイズはそうもいかない。彼女の場合は自転車のハンドルの形すら解らないのだ。そんなルイズは仕方なく、心でぐっとこらえてその意味を伺った。

 

「怖い顔すんなって、錬金の授業思い出せよ。」

 

両手を前に出して、ドレスの入った布の袋をぽふっと当てて、迫りそうなルイズをどうどうと嗜めるヴィータ。

 

「お前がはやての前でやる気になって、錬金を小石に当てたら教室の机とか、全部木端微塵に吹っ飛ぶ失敗魔法が出たんだろ?」

 

ルイズは出会った次の日の、シャマルとはやてと一緒に受けた授業で小石に錬金をかけたときの事を思い出した。あたり一面、それはもう怪我人が出なかったのが奇跡の、背景だけなら大惨事の光景だった。

 

「確かに…そんなこともあったわね。」

 

「でも、練金は石に当たってたって話じゃねえか。だったら、それってスゲー強い失敗魔法じゃね?」

 

「そうかもしれないけど、ねえ…アンタほめてんのそれ?」

 

あたりめーだろと言いながら不思議な顔をするヴィータ。

彼女はルイズにとって、失敗魔法という言葉がNGワードということに、全く気づいていないのだ。聡い子は、深刻なことでない時は意外と抜けているようだ。

 

「んでんで、次はファイアー・ボールの失敗魔法の方な。あっちはそこまで壊れないけど、宝物庫という強い固定化を完全解除したじゃんか。」

 

「ちょっと、さっきから古傷えぐらないでよ…。」

 

失敗魔法が、もうそういう名前の魔法という感覚になってしまったヴィータは、さらにそれの結果を伝えなければ説明ができないため、ルイズの失敗談を思い返していく。もちろんそれはルイズに見えない何かを、どんどん…こうブスリブスリと刺していくのだが、やはりヴィータは話を止めない。仕方ないと言えば仕方のないことだが、何処かコメディチックにこの単語が出る度、体が少し震えるルイズをシャマルが苦笑しながら哀れんだ。

 

「あっちは狙いなんてつけられない。でも、なにか後から付け足した魔法を吹っ飛ばす力は一級品だ。だから、鉄に変わったゴーレムの手とか解除出来るんじゃねって思って使った。絶対当たるよう目一杯近づく必要があるのがキツイけどな。」

 

それでだと、今度は指をひとつ立てて、脇に荷物を抱えてポーズをとるヴィータ。

 

「だから、ルイズの失敗魔法は…何かをとにかくなげーこと唱えるほど狙いがずれるけど、魔法そのものにダメージを与える。逆に唱えるものが短いほど正確に狙えて、ある程度物質にダメージを与えるんじゃねえの?」

 

ルーンの無いコモンマジックってのまでどうなるかは、あたしはしらねーけどよと、言いながらヴィータの失敗魔法の区分けと考察が終わった。

 

その説明が、頬をひくつかせて憤っていたような顔から、目を開いた驚愕の顔へとルイズを変える。目を背け、結果をただそのまま受け取り、今まで忌避していたものの中に一番のヒントがあったとはなんということだろう。

 

何も解らなかったものが、ある日結界破壊魔法のようなものがあると言われ、さらにその力加減をする方法が今回で解ったことは、とても大きな進歩で、もしかしたら、そのことから自分の系統が割り出せないか…そして今後、そう調べていこうと指標を立てることの出来る喜びに、ルイズはうたれていた。

 

しかし、そんなことよりもーー

 

「お、おい…何で泣くんだよ!?」

 

ぽろぽろと、ルイズの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 

「だって…だってぇ!」

 

がむしゃらで、ひたむきな気持ちだけではない。しっかりとした形ある力と使い方で、誰かや何かを守れる。そう確信できたことが彼女には何よりも嬉しかった。

 

ゴーレムの時のヴィータの言葉は、いわば励ましだった。魔法への考えを変えることは出来ても、ルイズの中では結局やってみなくちゃ解らない、諦めずに敵や問題に立ち向かって、成功するまで魔法で挑み続けるというスタンスが変わらなかった。心構えを認められて、胸の奥が熱を持つほど嬉しかったのは紛れもない事実だが、それ以上にはならず、彼女の現実に反映される何かが変わるわけではなかった。

 

しかしこの法則を知れたことが、それを一変させる。

 

自分は何をすれば、何が出来るかを知れたということ。それは、メイジがドットになってはじめて系統魔法を使えた時の喜びと同じではないだろうか?

 

それが、トライアングルメイジのゴーレムに打ち勝てる可能性を秘めたものなら、ひとしお大きな喜びだろう。

 

確かに、きれいな魔法かと言われればそんなことはない。トリステインでは尚更認められにくいだろう。

 

それでも彼女は今日、自分の理想たる形の貴族の雛となれたのだった。

 

「だー、もうなんつー顔になってんだよルイズ。」

 

破顔したルイズの顔をどうにかしてやろうと思ったヴィータだが、ハンカチなど彼女はもっていなかった。

 

「しゃあねえ、シャマルー癒しの風~。」

 

「えぇ…ダメよヴィータちゃん。」

 

「んなっ…!?」

 

さっきの財布に旅人の鏡のノリでシャマルに頼んだヴィータの提案は、彼女からあっけなく却下された。

 

ハンカチでルイズの顔の涙を拭いながら、シャマルは答える。

 

「そんなことに癒しの風は使うものじゃないもの。さ、ルイズ様。顔を洗ってはやてちゃんの所へ行きましょ?」

 

そういって、シャマルはヴィータを置いて、ルイズと井戸のある方へと向かっていってしまった。

 

「き、基準がわっかんねえ…つか、あたしを置いてくんじゃねえ!」

 

先に戻って、ドレスの包みをはやてにフライングして渡すわけにもいかず…結局ゴーレムの砂ぼこりやら、デバイスの一撃やらで少し煤けているヴィータも、顔を洗おうとふたりに続くのだった。

 

 

 

さて、どうしたものか…先程は自分への喜びで満たされていた。しかし、そのせいで考える余裕がなくなっていたとルイズは悩む。

 

そう、はやてへの説教をである。

 

他のイベントが次々と、矢継早どころか、この世界にはない機関銃レベルで、しかも自身の考えや生き方に関わるものばかり起きて、いささかないがしろになっていた。しかし、ルイズは決してこの事を軽視してはいない。

 

とはいえ、別に何か悪いことをしたから咎める…と言ったタイプのお説教ではないのだ。しかし、その事が余計にルイズを悩ませてしまう。

 

何よりはっきりと言ってしまえば、これから言うことは説教でもあるが、それにかこつけたルイズの我が儘も含まれている。

 

どうしたものかと考えて、結局それほど上手くまとめきれそうもなかったルイズは、出たとこ勝負へと移行する。

 

意を決し、自室の扉に手をかけた。

 

「ただいまはやて。」

 

「あ、お姉ちゃん! おかえり~。」

 

そんな気持ちの中の夕方、トリステインより帰りその扉を開くと、笑顔の使い魔が出迎える。無事に帰ってきたことか嬉しくてたまらないのか、前のめりになりすぎて急いだ車椅子から思わずこけてしまいそうな勢いだ。

 

「えいっ。」

 

主人の帰りを待った、子犬のように喜んでいるはやての出迎えに、まずは一手目としてルイズは手刀を見舞った。

 

「あたっ! る、ルイズお姉ちゃん…なして?」

 

「どうしてもこうしてもないわよ、はやて。どうしてモット伯の事、私に言ってくれなかったの?」

 

段階を踏んで、ゆっくりと話を進める。ルイズにとってはある意味、本日最大の難関かもしれなかった。

 

なにせ、顔は平静、心は少し鬼にしつつ、更に頭で説教の段取りを考え、納得できる言葉ではやての説得を試みなければならないのだ。まるで魔法詠唱時のマルチタスクの脳内の様である。

 

様々な面で不器用な彼女には、なかなかに難しい。それでもなんとか、この子にみっともないところを見せまいと奮い立つ。

 

「だって…お姉ちゃんは念話の会議聞こえても参加出来へんやないの。」

 

ルイズがそんな胸中の中、はやてから飛んできたのはその通りなことだが、着眼点が異なる答えが帰ってきていた。

 

そういうことじゃないのよと思いつつこめかみを押え、大切な使い魔兼義妹に、どうしても言っておかなければならないことがあるルイズは、釘を刺すことにする。

 

同時に、彼女は妹のごとき愛しさ故受け入れ過ぎてしまっていた、今も近くにあるはやての体と心を少し離さなければならないのが辛かった。

 

「それでもよ、一度私にちゃんと話をしなさい。大体、なんでそんなことをしたのよ?」

 

「…ルイズお姉ちゃんみたいに私もしただけやん。」

 

なにか、はやての態度はそっけない。誉められるより先に叱られていることが不服なのかもしれない。

 

「何でそんなことをするのよ。」

 

「だから、ルイズお姉ちゃんの使い魔の私が、お姉ちゃんみたいに悪い人を懲らしめただけやん。なのに何で叩くん?」

 

「ていっ。」

 

「おぶっ!?」

 

ルイズが両の手の平で、はやての柔らかい頬を挟んでむにむにと、上下に動かす。

 

「はやては、貴族じゃないでしょうがぁ…!」

 

むにむに、ぐにぐに。

 

「せ、せひゃかて…つかひまひゃもん!」

 

む、んむ、う、とほっぺをこねる度にはやてが面白い悲鳴をあげるが、その目はルイズを捉えたまま離さない。その瞳がルイズを尚更苦しめていた。

 

はやてが悪いことをしたのかと言われれば、身分を省みずに出しゃばったこと以外は別に無く、成し得た成果も素晴らしいものだ。

 

良くやった、さすが私の使い魔ね! と、本当はルイズも今すぐ言ってやりたい。

 

「はやて。」

 

しかし、今はそれはできない。ルイズはしてはいけない事だと思っていた。

 

「ねえはやて、私がああ言ってフーケの件で動いたからって、あなたは感化されなくて良いのよ?」

 

「えっ…感化?」

 

「今からちょっと、酷いことを聞くわ。」

 

そうするのが心苦しいような顔をしてから、はやての顔から離した手を自分の胸に当てて、瞳を閉じる。深呼吸をして目を見開いて、再びルイズははやての顔を見た。

 

「どうしてシエスタを助けたの?」

 

「えっ…!? だって、そんなの…。」

 

思いもよらない、まさかそれが本当に悪いことなのだろうかという質問に、はやては戸惑いが隠せない。

 

「どうしてあなたは自分でどうにかしようとしてしまったの?」

 

「それは…フーケを倒しに行くときのお姉ちゃんの姿勢に倣おて、使い魔としてらしくあろうと…。ううん、違う。私もそうせなあかんって思ったし…それに! 私だって理不尽な理由で泣いてる人を見過ごすなんて、出来んもん!! 私、何も悪うことなんてーー」

 

「そうね、はやて。貴女がは何も悪いことはしてないわ。」

 

「せやったら…。」

 

「でも、貴女がそれをしてはいけないわ。」

 

まだ夕方なのに、真夜中の空気のような、時が止まったような…そんな静けさがルイズの部屋を支配した。

 

「…どうしてそないなこと、言うん? ねえ、何で!?」

 

「解らないの? はやて。」

 

「解らへんよ! ルイズお姉ちゃんがそうあるように、朝のこと言われて、私なりにあれから考えて、私だって頑張って、そうなろうって思ったのに、どうしてや! せめて頭で何か役に立とうって…何でそれをダメ言うん? 私が子供だからなん? それとも、足が動かないから!?」

 

珍しく癇癪を起こしたように感情のままに叫ぶはやて。

 

そういうはやての頬にルイズの片手が触れた。また何かされるのかと、思わずビクリと肩が震える。

 

ルイズは頬を撫でただけだった。

 

「はやて、私はその思いを悪いとは言わないわ。むしろ、嬉しいくらい。」

 

「……?」

 

「でもね、助けたのは…貴女じゃなかったでしょう?」

 

「え…。」

 

「まだ解らない?」

 

コクリとはやてが頷く。少しの間を置いた後に、ルイズはまっすぐとはやての瞳の奥を覗いたままにーー

 

「貴女が自分で、はやてにとって家族で大切なあの子達を戦いに向かわせたことを、私は怒ってるのよ。」

 

ルイズは地球でとても優しかった少女が、ハルケギニアの気高い貴族に当てられて、いつのまにか忘れてしまった気持ちを思い出させた。

 

「貴女、言ってたじゃない。私に彼女たちを人殺しにさせてほしくないって。でも、本当はそれだけじゃないはずよ。」

 

そう、地球で自分と居る時みたいに、最初はこの世界でも本当は、戦って欲しくすらなかった。

 

でも、それはこの世界で許されない事だと解ってしまったから、彼女はお願いして、どうしてもして欲しくないことだけを何とか約束させた。

 

あの時、命の恩人だった目の前の人は、大切なはやての家族が戦ってくれることを望んでいたのに、なのに、今日のこの人は何を言っているのだろうか。先ほどからの、正しいことだけどしてはいけない。して欲しいけどさせなくて良い。相反する答えを言うルイズに、はやての頭は真っ白になってしまった。

 

「せやけど…せやけど! そんなこと無理やん!! 今朝のヴィータみたいに、お姉ちゃんは何かあれば皆を連れて戦いに行くやろ!?」

 

「そうね。私はそうするわ。それが私の義務で、はやての代わりをしている彼女たちに私が望んだ仕事だもの。」

 

「だったらーー」

 

「けれど、それは私がしなくてはいけないのよ…はやて。」

 

言い方の異なる何度目かの、"はやて"がしてはいけないという発言。繰り返し言われる内容に少しずつだが、はやてにも理解が及んできた。

 

「貴女が言えば、きっとみんなは気にしないで命令を実行してくれる。はやてからなら、それを嫌とも多分思わないわ。でも、だからこそダメなのよ。」

 

ルイズは苦しそうに笑う。

 

「ごめんなさいね、我が儘なお姉ちゃんで…出会ってから数日だけど、貴女が今朝の私で少し変わってしまったように、はやて達と出会ってからのここ数日で、大分私も変わってしまったのよ。」

 

本当に、信じられないほど変わってしまったわと、ルイズは内心驚いている。

 

彼女の貫きたい信念が何も変わったわけではないが、ルイズのそれに対する姿勢、視点、発想、何もかもがここ数日で塗り替えられた。というよりは、拡げられた気分だった。

 

それはひょっとするとお姉さんぶっているだけで、はやてを失えばまたもとに戻ってしまう。そんな程度の変化なのかもしれないが、それでもルイズは自身の変化を自覚していた。

 

そんな今の彼女だからこそ、数日前のその時とは違う気持ちで思えることもある。

 

「貴女が少し前の私みたいになってしまったら、ヴィータ達が可哀相じゃない。」

 

ルイズが言いたかったのは、たったそれだけ。

 

「貴女はね、はやて…彼女たちの安らぎであるべきじゃないかしら?」

 

それが彼女の我が儘。何も生活のスタイルは変わらない。変わるのは、はやてとルイズのヴィータ達ヴォルケンリッターへの気持ちの向け方だけだ。

 

「だから、まず私に言いなさいって言ったのよ。確かに、結果としては変わらないまま、どうしようもなく彼女たちの力を借りる事態になることも、きっとたくさんあるわよ。その時は私は迷い無くそうさせるし、そこは変わらないわ。」

 

しかし、その我が儘には…ヴィータがルイズにしてくれた事と同じモノが籠められていた。

 

「でも、貴女がまず私を通すことで…変えられることもあるのよ。ヴィータ達を無理に動かさなくても良い時だって、きっとね。」

 

絆がある人の為にできることは、何かしてあげたい。その気持ちが、はやてをあの日の朝の自分のように、ヴィータ達を使い、その強さに価値を見出だそうとする人間にさせたくないと、強く熱を持っている。

 

これははやての心の在り方のためだけではない。ヴィータ達のためを思って、ルイズがとった行動だったのだ。

 

「解って…貰えないかしら?」

 

はやての顔を覗きこもうとしたルイズを避け、俯いてしばらくしてから、はやては答えた。

 

 

 

「よし、それじゃあそんなはやてに御褒美よ。」

 

そういってルイズがヴィータに促し、ヴィータは持っていた包みをはやてに渡した。

 

「なんやの、これ?」

 

「ふふっ、それはね…ドレスよ。はやての。」

 

思わず言われたことが何か解らずぽかんとなるはやて。

 

「私のドレス…何のための?」

 

「決まってるじゃない、これからあるフリッグの舞踏会のための物よ!」

 

「え、ええっ!? 舞踏会のドレス…そ、それって!」

 

「そうよはやて、あんたも今日は舞踏会に出なさい。ヴァリエール家の使い魔として、色々と見て、体験して、らしくあれるように学ぶのよ。」

 

「そんな、どうして私が!? あ、あれやん…? 本日の主役っちゅうたらフーケの事だって私じゃなくてヴィータの分があるべきやない!?」

 

いきなり未体験の、しかも身分の異なる世界に突っ込まれかけたはやては、今日の功労者に視線を向ける。

 

「いやぁ、あたしはそうゆーのめんどいしパス。第一…昨日自分で稼いだ金でドレス買って出るなんて何かいかにもすぎてなー…半分近くか?」

 

功労者は今朝と同じ様に味方になってはくれなかった。はやてに対して珍しく、嫌ですとニヤニヤと笑いながら肩を竦めてアピールする、意地悪なヴィータがそこに立っている。

 

「てかさ…はやて。つまりこれはあたしの金も出して買った物なんだぜ~?」

 

意地悪な小悪魔は義理の姉と揃って似た顔をして、普段余りはやてには使わない口調を使いながら彼女を見る。本当に息ぴったりの主と使い魔の様な感じで、少しはやての胸がちりついた。

 

「なんやの二人とも…ずるいわあ。そなこと言われたら、断れへんやないの。」

 

渋々折れるはやてに、ルイズとヴィータがおもわず手と手をタッチした。片方の身長が足りないので、胸の辺りと顔の横辺りから手をつきだしながらだが。

 

「むう。」

 

何だか叱られたり、してやられっぱなしで面白くない。そんなはやては歳相応の膨れっ面になり、反撃を試みる。

 

「ヴィータも随分お姉ちゃんと仲良うなって、私助けんで…反抗期みたいでなんかちょお寂しいで?」

 

尤もそれは本心からの膨れっ面でもあった。今日は朝から何だかヴィータが自分よりルイズに懐いているようで、今の彼女にはそれが少し面白くないのだ。はやてを優先せずにやりたいことを見つけるのは自由だと、地球では散々みんなに言っていたはやてだが、自分より上の一番の人ができてしまうのは歯がゆいものがあるようだ。命の危機がない今では尚更だろう。

 

「ああ、それさ…はやて。」

 

さらっとヴィータが受け流す。あれ、狼狽えへんなあ? まさか本当に一番ではなくなってしもたんやろかと、思い描いた反応と目の前のヴィータの光景が違い、はやてが逆に狼狽えた。

 

「助けなかったってのはまあともかく、今はやてに意地悪したのはきっと、あたしとはやてに何か切り詰めたり、切羽詰まるものが無くなったからだよ。」

 

「……はい?」

 

意地悪した理由にしては、大分おかしい事を言ってのけるヴィータだった。

 

「だからさ、前のはやてって体悪いし死んじゃいそうで、実は本当に死にかけてて、とにかくそんなはやてに嫌な思い…はちょっと違うな。えっと、そう! からかったりとかは出来なかったから。」

 

「え、気ぃ使うてたん?」

 

あれで? と思わず思い至るところがある気もしなくもないが、言われてみるとからかわれた事は、どれもすぐ終わるおふざけ程度で、後は軽いわがままを言ったり食べ物をおねだりしてきた程度しか、確かにヴィータに困らされたことはなかった。

 

困る度合いならむしろ後から合流するために出ていった、ルイズたちの方にいる泉の騎士の、上達しない料理に対する努力の姿勢のフォローのが大変だったかもしれない程だ。

 

「まー…あたしなりには。でもさ、はやては元気になった訳じゃないけど、何も無ければルイズが死ぬまで生きられるほど今の時点でもう長生きじゃん。」

 

「まぁ、せやな。」

 

「で、あたし達も管理局に出頭したり、最悪そこで封印されるかもなんて思ってたけど、そんな必要は無くなって今ここに居る。」

 

「うん、うん…!? そないな目になるような犯罪をしてたんみんな!?」

 

はやてはもしこの世界が、ヴィータ達が言う、自身は未だ良く知らない監理局という人達に見つかる可能性を恐れた。

 

「そんなことはないわ、はやてちゃん。でも、闇の書の危険性を考えると…そうなる可能性は多分にあり得たことなの。」

 

シャマルが告げる、例え罪状だけなら殺人等は犯していなくとも、ヴィータ達はその存在、ロストロギアの第一級手配書として、そうなる可能性を否定しきれなかった故の話だった。

 

「話がそれちゃったな、えっとね…はやて。」

 

「う、うん。」

 

「だからさ…あの頃だとはやての為に必死で…はやてが死ぬなんて考えたこと無いけど、とにかくあたし達がはやてから居なくなっても良いようにさーー幸せな思い出をいっぱい、作ってあげておきたかったんだ。」

 

別の意味で、はやてにまた電気が走った。

 

それは、はやてが体調を崩しはじめてから誓ったこと。

 

ヴィータ達が幸せで満たされるまで、自分に出会う前のような、また次の酷な扱いをする主のもとへと転生したとしても、自分との思い出があれば生きていける力になると願って…そうなるまで死ぬ訳にはいかないと、彼女は生きると誓った。

 

そんなはやての気持ちと同じように、ヴィータ達もまたはやてのことを考えていた。ただ大切にする気持ちというだけではなく…例え自分達が離れることになってまた一人になったとしても、治ったその足で歩いていけるようにしたいと願っていたのだ。

 

「でも、今はそれだけじゃなくていい。」

 

だから、変な思い出とかも作っていこうとしてみたと、鉄槌の騎士ははにかんだ。

 

「…困ったなあ、ほんまに反抗期やん。」

 

自らの意思で敢えてそうしている、それは確かに反抗と言える行為だろう。しかし、本当に困ったことはそこではない。

 

だから、そういうのはずるいって言うとるのに…。

 

軽い気持ちでちょっとつつき返したら、思いもよらないことを言われてしまった。

 

はやての目頭が熱くなる。今日は何かと貰って打ちのめされてばかりで…それが嬉しくて、もどかしくて、はやてにはたまらなかった。




女泣かせヴィータちゃん(違
舞踏会がry!
みんなでごめんなさいしよ? を、する事になって無いはやてとしては、やっぱりこうあるべきではないかなと言う私のわがままを、姉気取りなルイズの過保護な欲にのせて。
あと一個だけ、あと一個アルビオン前、というよりは舞踏会前にしたかった事をして、舞踏会内で一波乱おこしたら一巻分が終わります!
まとめて次の話でできる…はず。

感想で言ってもらえた立ち絵やらはもう少しお時間を…少し前の所も付け足しますので。


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第19話 手に掴む自由と剣

まだ絵はない
少しはっちゃけて好き勝手


「ほんなら私も…何か新しくやりたい。」

 

ヴィータの話を聞いて感極まっていたはやてが、落ち着くと不思議なことを言いだした。

 

それを見てルイズは固まる。何故って、はやてが黒かったんですものと…後に彼女は言う。

 

そう、はやてが今度はどこか悪い顔をしていたのだ。ヴィータも後に言う。はやての頭から狸の耳が生えていたと。

 

「……仲間のしたいことは、なるべくさせてあげたい。」

 

びくりと、ヴィータの肩が震えた。なぜその発言をはやてが知ってんだ!? そう思い唯一流れそうな情報源、泉の騎士の方を見ると彼女はそっぽを向いた。あの後に内緒とした話は、はやてがヴィータを怒らない所を見ると検閲をかけてくれたようだ…が、どうやらある程度のやり取りも中継していたようだ。

 

「ええ言葉やって、しみじみ私も思うた…そこでや。」

 

黒い笑顔のままに、車椅子を動かしながら彼女は言う。

 

「私も何か、新しい家族や、自分より弱い人の為にそうしたいって思うんよ。ねえ…ルイズお姉ちゃん?」

 

「そ、そそそそうね! そ、それはとても素晴らしい事だと思うわ!?」

 

言っていることは正にその通りなのだが、はやてに張り付いた黒い頬笑みからは何を考えているのか、真意が読めない。

 

私のはやてにしたい事、してほしい事は…はやてには、なるべく綺麗なと言うよりは、ちい姉さまの様に無垢なままで居て欲しい事だと、そう考えているルイズだが彼女の顔は恐らく、その反対の事を言うのだろう。そうとしか思えない顔だった。

 

「そうやんね? 流石ルイズお姉ちゃん…話がわかるわぁ♡」

 

はやてがぎゅ~っと、ルイズに抱きついた。顔をお腹辺りに埋めてきたその行為。それはルイズにはまさに甘える妹の理想像で、本来ならばとても嬉しいはずのものだった。

 

しかし、この時ばかりはそんな思いなど微塵もない。

 

まるで今の発言をしたルイズを逃がさないような、抱きつくというよりは捕まえる行為にしか、ルイズには感じ取れれなかった。

 

「はやーーてっ…!?」

 

案の定。

 

「うーふふ♪」

 

上目使いでお腹から出てきた顔の瞳は、ぎょろりとどこまでも冥い。

 

「言質とったかんね、お姉ちゃん♡」

 

そういって彼女は体を離し、また車イスを器用にターンさせて別の方を向く。

 

「げ、言質を例え取ったって、無茶なお願いは認められないわよ!?」

 

「うん、ちゃあんと…解っとるよ? 私だって大した力なんて無い。でも何も出来ない家族になら、してあげられそうやなって思うただけやもん。」

 

その言い方に、かちんと来るルイズ。かわいく頬を膨らますのではなく、鋭くはやてを睨んだ辺りに怒りの度合いがみてとれる。

 

「なによその言い方。まるで私がはやてから施しを受けないと、何も出来ないみたいじゃないのよ。」

 

ゼロのルイズであろうと、力を示す事が今日にようやく出来た彼女に、その言い方は強く響くいていた。

 

いくら義妹でも限度がある。しつけが本当に必要かとルイズが思ったその時、背中を見せていたはやてがクスリと笑ったような気がした。

 

「ルイズお姉ちゃん、何勘違いしとん?」

 

「えっ。」

 

振り替える彼女の手には、自信の身長と同じくらいの大剣。

 

「私が助けてあげるのはこの子…デル君やで。」

 

ぼんやり光っていたガンダールヴのルーンを手から眩く光らせて、軽々とデルフリンガーを持ち上げるはやてがそこには居た。

 

「おう!? 俺かい?」

 

思いもよらなかった人選に本人、もとい本剣すら驚いた声をあげる。

 

「せやで? だってデル君は剣なのに、私とルイズお姉ちゃん守るためだけのレーダーで、振って貰えないなんて可哀相やわあ。」

 

そういって演技のようなしぐさでひしっと束と鞘を抱いてから、頬をデルフの鞘にあてて頬擦りするはやて。

 

「あんまりやと思わへん? デル君は足どころか手もない。自分で動くことさえ出来んのに、そのまま動かしてあげないなんて!」

 

「おぉ…ちっこいの、いや…相棒! そこまで俺の事を……!!」

 

単純なのか、それとも握られているからはやての考えが解るのか。デルフリンガーは彼女の進めようとする物語の舞台上に、自身を置いていく。

 

「せやから私が振って訓練して、強くなったらきっと…ちゃあんと剣としてもな? 働けるようになると思うんよ。」

 

「え、えっと…はやて?」

 

それは今後頼まず、自分でどうにか出来ることはしてしまおうという事ではないだろうか…これはまずいと、思わずルイズがはやての独立運動の下準備へ待ったをかけた。

 

「そんなのダメ! はやてが自分から闘いに行くなんて事、私は許さないわ!!」

 

「おやぁ? ルイズお姉ちゃんせっかちさんやで。私は何も闘いに行くなんて、ひとことも言っとらんのに、物騒やん~♡」

 

また演技じみた仕草を取りつつ、なーデル君? と狸娘が剣に話しかける。

 

「そうだなぁ…俺っちとしてはやっぱ戦場で使って欲しいけどよ、ちゃんと俺っちに合う力を磨いてくれて、桃色娘っこの護衛でただ振ってくれるってだけでも、今の所は大満足、大感激だぜ。」

 

二人して露骨にそんなことはしないというアピールをとる。だが、ルイズには…いやルイズでなく誰であろうとも、それは仮初の誓いに過ぎないというのは目に見えて明らかだろう。

 

せっかちとか、今の所はとか…本音が隠しきれていないのよ! ルイズはそう思った。これが思考と判断をルイズから奪い、怒りと慌てる心を呼び覚ます、そんなはやての作戦と気づかないままに。

 

「だ、ダメよ…駄目ったら駄目!」

 

そんなひくついたルイズを見て、今だとはやては爆弾を一つ放つ。

 

「あらあら、ええのん? ヴァリエール家とあろうものが、使い魔のお願い一つも聞かない狭量な人で。」

 

都合の良い形なので、今は妹から使い魔の立場になり、さらに一つ。

 

「何よりも…自身の使い魔を猫かわいがりして戦わせんなんて…貴族やメイジとしてどうなんかなぁ?」

 

黒い陰こそ顔から薄れても、いまだはやての目はにまにまと悪戯っ子の顏のままに、ルイズにと向き合う。

 

「まぁ…それでも、どうしても駄目ってお姉ちゃんが言うのなら…せや、仕方ないから――」

 

そう思案するはやてに、ルイズは思わず折衷案か、妥協案。最高のパターンとはいかずとも、自分から折れてくれるのではないかという幻を脳裏に描いた。

 

「この子達と共に実家に帰らせてもらいますわ。」

 

しかし、帰ってきた言葉は全く逆。

 

「あんたは実家に戻ったらこの子達は牢屋なんでしょうがああああ! 大体っ、どおやって帰るって言うのよ!?」

 

落ち着きや心の優しさを得て、精神が安定していたルイズでも流石に怒鳴り散らした。それはもう、初めてであった日かそれ以前の頃の彼女の様だ。目を吊り上げて、叫んだ後に肩で息をする。あまりの怒気が熱を伝えたのか、後ろ髪がわなわなと逆立つかのように揺れている。

 

「あははは、違うでお姉ちゃん。今のはな? 夫婦が別れる時に出て行きますいう時に出てくる決まり文句や。まあ、せやかてなあ…。」

 

ふっと溜息をひとつついて、はやては遠くを見る目をする。

 

「やりたいこともできんまま…ただ可愛がられて終わる世界なんて、悲しすぎるやないの。」

 

今度は正攻法で訴えるはやて。そんなことを言った後に彼女は諦観した目を窓の星空へと向けた。

 

「それくらいならいっそ、みんなと一緒に私も封印された方が…幸せや。」

 

そうしてはやてはさめざめと泣きだしてしまっう。どこまで本当かは解らないが、その目尻には一粒の涙が浮かんでいる。これが小学生の演技だとすればまさに狸娘である。

 

これは流石にまずい、何とかしろとヴィータが一方通行な念話をルイズに飛ばし、ヴォルケンリッターやリインフォースといった八神家の面々も渋い顔になっていく。

 

勿論ルイズだってそこまでされてしまうのは論外な話だ。

 

メイジと貴族としての誇り、家の名誉、自分という人間の器量、使い魔とその従者の権利、そして守るべき民をみすみす不幸にしてしまう事…はやて自身の身柄さえはやてに人質にされ、どうしたら良いかと悩みあぐねていたルイズだが、直前の発言にわずかなほころびを見出す。

 

ヴィータ達まで心配させるのは良くないわの、そうでしょうはやて! こう思い、そしてなんとか妹をそのままにしたい思いで動揺しつつも、ルイズは言葉を紡ぐ。

 

「ま、待ちなさいよはやて…。私だって別に全部しちゃ駄目なんて言ってないのよ? ただね、ほら。危ないことはヴィータ達に代わりにさせてる以上、使い魔のはやてにはさせなくても良いのよ。彼女たちもあなたが戦うのは心配しているし、だからほら別の事を…ね?」

 

そんな決意から出てきたもの、ルイズが取った行為は、まるで欲しい玩具の前で駄々をこねる子供に、少し安い玩具を買って宥める母親の様な作戦だった。まさしくこれこそ妥協案である。どちらかと言えば…ルイズがはやてに折れている構図ではないだろうか。

 

「じゃあお姉ちゃんは、デル君はそのままでいいって言うん!? さっきの言葉も嘘なん!?」

 

しかしそんなことは置いておかれ、はやてに新たに別角度から、更に剣の人生(?)を問われて人質(?)にとられてしまう。

 

「そんなことないわよ? ほら、シグナムとかみんなに…そうよ、リインだって基本的にはやてにくっついて一緒に居るんだから、彼女に振ってもらえば良いじゃない? 何もはやてが救わなくたって、いくらでも方法はあるわっ。」

 

なんとか、案を咄嗟に浮かべ反論するルイズ。ヴォルケンリッター達もある意味今は味方…ではなくとも、静観に近い立場に変わった今、ならこれでもうどこにも逃げ場はないと思った。

 

「嫌だね、オイラを使うのは「使い手」の、ガンダールヴって昔から決まってんだ。」

 

尤も、そんな思いは介護先の者から抗議が上がり、打ち砕かれてしまったのだが。

 

「我が儘言えた立場かしらこのボロ剣! 選り好んでんじゃあ無いわよぉっ!!」

 

「うるせー! そこのレバ剣だってその姐さん以外に振られるのなんて嫌だろうが!!」

 

"勿論です。"

 

レヴァンティンへと思われる抗議をあげる、自称伝説の剣に炎の魔剣は、さらりと素直に答えてしまった。戦闘に思考が特化気味のアームド・デバイスではなく、インテリジェント・デバイスならもう少しルイズと持ち主の肩を持ってくれたかもしれない。

 

「ちょっ…。」

 

「へっへーん、持ち主が剣を選ぶように剣もまた、主を選ぶんだよ!!」

 

「このっ…。」

 

ぴくぴくとルイズのこめかみの欠陥が脈打つ。怒り爆発数秒前。これはさすがに危ないとはやては判断して、さっとデルフを手元に引き寄せた。

 

「それに俺っちの希望を飲まねえなら、桃色の娘っ子の時だけ狙われてても助けてやんねー!」

 

「デル君、そこまで言うたらあかん!」

 

プチりと、何か嫌な音が聞こえた気がする。

 

「ふ、ふふ…。」

 

そこには先ほどの狸娘とは質が違うが、同等かそれ以上の黒い笑みを携えて、桃色の小鬼が立っていた。

 

「なぁんか、勘違いしているみたいねぇボロ剣? ねえあなた、解っているのかしら。」

 

「な、何を言ってーー」

 

「私はね?」

 

すっとルイズの杖が掲げられる。

 

「あんたは、別に! はやてほど大事な存在と思ってなんてないのよぉ!! 壊す! 私の錬金であんたを叩き壊してあげるわ! そうすればほら…はやてだってもう、誰かのために何かをする必要なんて…なくなるでっしょうがぁっ!!」

 

「あかん、デル君…逃げるで!」

 

そういってはやてはーー

 

「主はやて!?」

 

「我が主!?」

 

ルーンの力を働かせてーー

 

「はやてちゃん!?」

 

「はやて!?」

 

窓から何と車椅子でジャンプして飛び降りた。

 

「は、はやてええぇっ!?」

 

振り上げた大切な杖を、床に放り出すほどに狼狽したルイズが窓から見下ろすと、そこにあるのは一枚の白い魔法陣。

 

「えっ…!?」

 

それははやてが生み出した、スプリングのように跳ねて落下の衝撃を軽減する…ミッド式の魔導師が、空から落ちた時の受け身に使うものに似ていた。

 

それもそのはず。何も彼女は咄嗟に今、それを感覚で生み出したのではない。

 

「ふ、ふふ…や、闇の書の力はある程度なら…別にリイン介さなくても、わ、私でも使えるんやで。」

 

その手には闇の書。そしてガンダールヴのルーンは武器の情報を引き出す。それは戦闘機に触れただけで付随する機銃の使い方まで理解できるのと同じように、闇の書に触れてそこに蒐集して刻まれた魔法までも、同じようにはやてに理解をさせたのだ。良くみると、その魔法陣は丸いミッド式魔法陣。つまり似ていたのではなく、蒐集された全く同じ魔法だったのである。

 

蒐集行使…これは本来の世界では、はやてにとってとても大切な贈り物なのだが、どうやら武器である闇の書から引きずり出したらしい。

 

だが当然、そんなあらゆる意味であんまりな使い方を、不安定かつ機能障害に近い形のリンカー・コアで用いて、はやてが平気なはずもなく、額には脂汗が浮かんでいる。なんというか、女の子としてちょっとどうかと思うような、薬を決めちゃったのを誤魔化しているような、酷い顔をしながら笑っていた。

 

「ふ、ふふふ。これくらい、どうってこと…あ、あああ、あらへん…よ。」

 

「いや、すっげーやばそうな顔になってるじゃんはやて! 何考えてんだよ!!」

 

ルイズの上に乗り出すようにしてはやてを見ていたヴィータが、それでも強がるはやてに思わずつっこんだ。

 

「何って…決まってるやろヴィータ。わ、私の…大切な、守るべき子を守った。それだけ…や。」

 

はぁはぁと肩で息をしながらも、はやてはまだ強がるのをやめないままに、ルイズに向けて指さした。

 

「け、決闘やで、ぜー、はー…る、ルイズお姉ちゃん!」

 

「は、はああぁ~っ!?」

 

そしてはやては、更に自分から謎めいた死地を作っていく。ルイズはこのはやての、どうしてここまで逆らうのかしらという、理解しがたい行動に開いた口が塞がらない。こちらもまた、女の子としてはどうかという顔になっていた。

 

「ルールは簡単や。もうすぐ日がくれるまで、私が逃げる。それを捕まえるか、動けなくさせらればお姉ちゃんの勝ちや。さっき言うた事は私の力不足と思って諦めたる。」

 

日は大分傾いて、日没まであと30分もあるかどうかと言った感じである。

 

「…そのことに、嘘偽りはないわね。」

 

「勿論やで。でもそれまで逃げ切れたら、私にもちょっとは才能があるってことで、デル君握って少しは頑張ることを認めて欲しい。」

 

「良いわよ、解ったわよ。二言はなしよ、良いわね。」

 

「ええよ、ほんなら…」

 

スタートや、そういった直後にはやての横から何かの門が開いた。

 

「相棒、左後ろだ!」

 

「な!? とととっ!」

 

ガンダールヴの腕力で普段の何倍もの力で素早く、そしてアクロバテイックに車イスを動かしてはやては緑の紐を回避した。

 

「今のは、シャマルの!? …ルイズお姉ちゃん!?」

 

窓からルイズは身を乗り出したままだが、その顔はしてやったりと言った顔をしている。

 

「もう、何を驚いているのよはやて。私はね? メイジなのよ。なら…メイジはメイジらしく使い魔で戦わせてもらうわ。」

 

「なっ…。」

 

あっさりとルイズがそれを引き受けたのは、どうやら必勝の見込みがあったからのようだ。それは使い魔の行使、そしてはやてが出来ないことをする…使い魔の代行たる者の一人、シャマルの力を借りた半ばいかさまじみたものだった。

 

「な、なら…私も騎士達の主として同じ事する! シグナム!」

 

"お断りします。"

 

「え゙!?」

 

念話から帰ってきたのは、まさかの拒絶。しかもあのはやてには何でも…それこそ胸を揉ませてと言えば、直立して胸を差し出すような、そんなことまでさせてしまう。あのシグナムの拒絶である。

 

「じゃ、じゃあヴィータ!」

 

"やだ。"

 

拒絶。

 

「ザフィーラ!」

 

"申し訳ありませんが…。"

 

拒絶。

 

「えっと…シャマル?」

 

"ごめんなさ~い。"

 

拒絶。

 

「な、なら…リインフォース!!」

 

"え、えっと…シャ、シャマル! 何をする…も、もがー!!"

 

「捕まっとる! そしてパニクっとる!? 念話までモゴモゴ言うてるやん!」

 

騎士による四面楚歌+主+捕虜が一冊。

 

「あ、あれ~? もしかして、大ピンチやったりする?」

 

"正直さ…はやてに怪我してほしくない。"

 

ヴィータのまさかの我が儘。しかしそれもまた、主思っての意見のぶつけ合いだった。

 

"私も同意見です。傷つくあなたをみたくはありません。"

 

"本当に実戦まで考えてるのならちょっと、私も今回は…。"

 

何処かでキュルケと、シルフィードから逃げているザフィーラと、すでに臨戦態勢のシャマルが続く。

 

"主はやて、あなたはまだ若い。そういった義務や努力は…この世界でも、もとの世界でもまだ早いと私は思います。ですから…。"

 

最後に、シグナムが本気で心配する声で、はやてへ念話を送った。

 

「そんな…それがみんなの意見なん? 私には…みんなの輪に入ること、させてくれへんの?」

 

それが、本当のはやての狙い。自己解決のための鍛練も、人助けも、すべては口実。

 

どうしようもなく頼った時も後ろで無事を祈り、危ない時に指を咥えているだけではなく、はやてもそこへ混じり全員で支え合って笑い合う。それが彼女が欲したこの世界でやりたい事だった。

 

だが闇の書の事や、はやての力量の未熟さや不安定さに危うさを考えれば、ルイズの戦地へ赴くこと同様、二つ返事で許可して良いことではないものでもあった。それが、まさかの騎士達の反抗へと繋がっている。

 

くたびれたボロ剣以外、誰一人味方の居ない状況で…それでもはやては笑った。

 

「上等やないか…っ!」

 

「ちょ、相棒マジかよ!? 俺っちとしては嬉しいが…こいつは下手すりゃその辺のメイジを相手にするより遥かにきっついぜ?」

 

「構わへん。みんなかそう疑ったり、心配するんなら私は…主としても使い魔としても、そんなことないって皆に勝ってそれを証明したる!!」

 

はやては車椅子の電源をオンにして、更にその車輪を強く手で回すと、どれ程の力と思いで回しているのか、バイクのような速度で駆け出した。

 

かくして守りたいものを守るためと、届けたい思いを貫き通すための戦いが始まる。

 

「相棒、こんどは斜め右前だ!」

 

「よっ、ほいっ…!」

 

旅人の鏡から出てくるクラール・ヴィントをかわしつつ、はやては車椅子で外をかけていく。

 

「ちょ、何なのあの子! あんなに素早く動くなんて!!」

 

「おそらく、ルーンの力かと…。」

 

「でも、車椅子は武器じゃないのに! なのに何でよ…!?」

 

車椅子は果たして武器なのか…と言われれば、はやてにとってそれはない。

 

しかし、武器以上に彼女にとっては慣れ親しんだ、体の一部に近いのだ。

 

パラリンピックの選手が、普通の人間より素早くそれぞれの器具で、人の動作をするように…はやてもまた、動かす力さえあれば人間顔負けの動きをしただろう。ガンダールヴの力を用いているそれが今である。

 

「正直、窓から飛び出てたりするなんて…あの子がこんなにやんちゃとは、ちょっと思ってなかったわ。」

 

それは、ひょっとしたら先も見えず、はしゃぐことも出来なかった地球での反動かもしれない。それでもルイズは、一度もしたことないであろう事を咄嗟にするその胆力と、今の状況でも逃げ出さないで立ち向かう、はやての勇気に少し感嘆の念を抱いていた。

 

「シャマル、もっと捕獲の縄を増やせないのっ!?」

 

「出来なくはないですが…ルイズ様。」

 

シャマルはちらりと、もうひとつの手で使っているクラール・ヴィントのバインドで、喋れなくなり物理的にも魔術的にも拘束されている者、リインフォースを見た。彼女は少し暴れながらも二人を睨んでいる。

 

「以外だな、正直お前が一番…主はやてに反対すると思っていたぞ。」

 

"確かに以前の私ならば、そして死の運命から逃れられない頃の我が主なれば…囲われた鳥籠の中の幸せを与えたり、まどろみの中安らぐ夢へと連れていっただろう。しかし、今の我が主は生を謳歌できている。問題の解決こそまだ出来てはいないが…ヴィータ、お前が先程言ったように、いろいろな思い出が作れるのだ。ならば頭ごなしに歳だけで否定することなど、私にはできない。お前達と対峙した…あの少女の魔導師達もまた、我が主の歳で誰かやお前達を、救おうとしていたのだからな。"

 

「………。」

 

音速のような速度で駆け巡り、自信の目をもってしても見切ることができない事もあった。地球でのライバルと認めた少女の話が…シグナムの決心を鈍らせる。

 

そしてこの言い方から、どうやらリインフォースはこちらにつくことはなく、下手するとはやて側につきかねない。ともすれば、シャマルはクラール・ヴィントから解放するわけにはいかなかった。彼女がはやて側につけば、最悪負担こそ強くても日没までなら保つだろうと、ユニゾンさえも今のはやてはしてしまいかねない。

 

「さて、んじゃあそろそろ…あたしも行ってくっか。」

 

"ヴィータ、お前も我が主の思いに反対なのか?"

 

「…反対って訳じゃねえ。確かにお前のいう通りに高町なんとかも、金髪のやつも戦ってた。あたしだって…どっちって言われたらだけどよ、はやてが横にいたり一緒に戦えたりしたら、すっごく嬉しい。守らなきゃって…きっと力も沸いてくる。でもなリインフォース。」

 

そう言って窓から出る前のヴィータの顔は、物悲しそうに見える表情だった。

 

「それ以上にはやてが痛いのも、苦しむのも嫌なんだ。あたしの嬉しい事のために、偶然だけど手にいれたこの世界で、はやてがまた危ない立場になったりするなんて、嫌なんだよ…。」

 

たとえそれが、はやても望んでいることかもしれなくても、あえてそうしない。そんな心苦しさがヴィータにはあった。だから今回は止めると彼女は言い、窓から飛んでいく。

 

「ヴィ…ヴィータっ!」

 

「ごめん、はやて! でもあたしは、はやてが危ない目に遭うのは嫌なんだ!!」

 

「ふふっ、ありがとさんな…でも、勝負は勝負! 私が買ったときはちゃんと認めてもらうで!!」

 

「うん、そこまで出来たなら…してもいいって思うし、ちゃんとあたしが守って見せるさ!」

 

しかし、いざ襲来したものの、ヴィータは攻めあぐねていた。

 

実体弾じゃ替えの利かない車椅子まで直せないほどに壊しかねねぇ…と、そんな苦悩を抱えていたのだ。ヴィータの得意とする質量や物量を活かした戦法が、この鬼ごっこでは使えないのである。

 

「ちょっと苦手だし…あいつみたいでなんか嫌だけど、仕方ねえ。」

 

そう言ってヴィータが作り出したのは、魔力弾。

 

「はやて、ごめん…これでおしまいだ!」

 

手は抜かない。そんな気持ちでヴィータはアイゼンをそれに叩きつけて、魔力弾を全速力で撃つ。

 

非殺傷による魔力によるノックアウト、そして捕獲とするつもりらしい。所詮早くとも100キロにも満たないはやてに、この弾を避ける術はない。

 

「思い出したあ!」

 

はずだった。

 

「相棒、俺をあの弾に向かって構えな!!」

 

「で、デル君?」

 

「時間がねぇ、急げ!!」

 

「う、うん…解った!」

 

そう言ってはやてが、ヴィータの魔力弾にデルフリンガーを向けると、辺りを閃光が包んだ。

 

そして視界が晴れると、何もなかったかのように魔力弾が消え去り、被害を受けていないはやてと…彼女が持つ光輝く、美しい片刃の魔剣がそこにはあった。

 

「へへ…相棒があんな必死に心を震わせてるってのによ、俺っちだけあんな姿で怠けていたら…バチが当たるってもんだぜ。」

 

「で、デル君? その姿どないしたん!?」

 

「これが俺っち、ガンダールヴの盾ことデルフリンガーさまの本当の姿よ! いやー、使い手には巡り会えねえし? 世界の剣士はどいつもこいつもつまんねえ心の持ち主ばかり。振るわれるのが嫌になって、握られないために自分から錆びてたのをすっかり忘れていたぜ!!」

 

ガンダールヴのはやての心に動かされて、デルフリンガーが本来の姿へと戻ったのだった。

 

「へへ、安心しな相棒。さっきの弾みてえな軽い魔法の攻撃なら、 全部おいらが吸いとってやらあ!」

 

「な、なぁにぃ~っ!?」

 

「っと…危ねえ。止まんな相棒、下だ!」

 

そういわれたはやては咄嗟に片輪を回し、ターンをする。そして下から伸びた、シャマルのバインドにデルフリンガーを思わず一閃。緑の縄はまたたく間に、デルフリンガーの刃へと吸われ消えていった。

 

「おわっとと…すっごいなあデル君!」

 

せっかく怪我をさせない道という隙間を通して、安全に捕まえる策をとっているのに、それを塞いできた思わぬ強敵に、ヴィータはまたも攻撃の手段を考えさせられていた。

 

「くっそ、シャマルのバインドも斬るのかよ…どうする!?」

 

「ーーならば、直接この手でとらえるしかあるまい。」

 

ぞくりと、悪寒がはやての背筋に走った。

 

「シグナーー」

 

「紫電一閃。」

 

言い終わる間もなく空から手を開き、はやてを掴もうとシグナムが降ってきた。

 

…とても危ない技の発言をしていたように思えるが、どうやらあくまで型のようであり、レヴァンティンがもうひとつの手にあるわけでもなければ、魔力変換による炎を帯びた拳もなかった。

 

「くうっ! ああっ…!?」

 

間一髪避けることには成功したはやてだが、ほぼ詰みである。シグナムが降ってきた時に車椅子が跳ね、その瞬間にグリップにできる部分を手に取ることが出来ず、その身が地面へと投げ出されてしまったのだ。

 

「げほっ…こほっ!」

 

「相棒…しっかりしやがれ、まだだ!」

 

咳き込みながら、はやてはこうなる瞬間にあのシグナムが抱き止めてくれなかった事が、信じられなかった。普段の彼女ならばはやてを弾き飛ばしつつも、傷ひとつつけないで彼女を捕まえただろう。そんな余裕がない全力ではやてを止めに来る彼女など、はやてへ手をあげる彼女など…一度も見たことがなかった。

 

そんなシグナムの行動にはやてが感じたものは、嬉しさ。口角を少しだけあげつつも、眉に力は入れたままにして、冷や汗をかきながらシグナムを見た。シグナムにとって大事と思うもの…はやてがこの世界の揉め事へ参戦する事を止める為に、それと比べて小事と思うもの…主であるはやてに手をあげないという戒めを、彼女は自ら破りとても苦しそうな顔をしている。

 

「こないな鬼ごっこなんかで、そないな顔しながら、そうまでするなんて…ふふ。」

 

私は本当に皆から愛されてるんやなあ。

 

その思いがたまらなく嬉しい。心苦しくも言いたいことや思いをぶつけ合う…腹を割って話をする人達のようでもあり、ルイズがはやてに向けたような愛情のようでもある。そんな形をシグナムがはやてにとってくれたこと。そんなことがあっただけでも、この戦いには彼女には意味があったと言えるだろう。

 

「…綺麗な顔が台無しやな。」

 

だがそうする事がはやてには嬉しくても、根っからの武人気質なシグナムにとっては、とても苦しいものだ。そんなになるまで苦しむシグナムに申し訳なさを思いつつ、それでも憎まれ口を彼女は言ってみた。

 

それがはやてにできる相手の思いへの、最後の抵抗だった。シグナムは、ヴィータやシャマルのように気を使っていない。足がなければ、彼女という鋭い意思を避けることは出来ず、防ぐこともまた出来ないのだから。

 

「申し訳ありません、主はやて。主に対する無礼な行いの罪は後ほどいくらでも…ですが、どうか今だけはーー」

 

拳法の正拳突きのような構えをシグナムが取り、一足飛びではやてを捕まえようと迫り来る。

 

「私の願いを…貴女に平和な日々を過ごしてほしいこの思いを、届けさせて頂きます。」

 

ああ、こんなにも強い思いになら負けてもいいか。

 

そうはやてが思い、ガンダールヴのルーンの光が弱まりかけたその時、最後の札が切られる。

 

「相棒、諦めんじゃねえ!」

 

せやかて、デル君…これは無理や。

 

「こいつらが相棒に辛い目に遭って欲しくないのとおんなじ様に…てめえもこいつらが傷ついたり、力を振るうのが嫌で、少しでも平和でいて欲しい。負担を減らしてやりたい。そう思ったから、自分も強くなろうって考えたんだろ!」

 

その通りや。私かて自分が輪に入りたいだけやない。

 

「だったら諦めんな! そんな相棒になら、俺っちも相棒に力をかしてやらぁ!!」

 

言われたことは、守ろうとした剣からの助け。そして、その声に再びはやての意思が戻り、ルーンが光を放った瞬間に体が勝手に動いた。

 

「なっ…!?」

 

はやてが体を後ろにそらして低く寝かし、シグナムの腕をかわすと服の襟を掴み…投げた。

 

「えっ…?」

 

「は…!?」

 

その光景を見ていた者、仕掛けた者、全員が驚きを隠せなかった。

 

何故ならばこの投げの形は、巴投げ。足を用いて行う投げ技なのである。

 

「私、今…わわっ!?」

 

更なる驚愕が彼女達を襲う。

 

投げの姿勢から足を素早く回して勢いをつけながら、再び剣を構え直す。そう、はやては自分の足で立ち上がったのだ。

 

「はやてが…立って、る。」

 

「主はやて…いったい何が……。」

 

突然のあり得ない事態に誰もの時が止まり、世界の時だけが流れていた。

 

「私…立っとる!? な、何で? どしてや!?」

 

「へっへっへっ。」

 

したり顔のような声が、はやての手元から聞こえた。

 

「俺っちの吸いとった魔力はどこに行くと思う?」

 

「デル君…。」

 

語り、全員の時を戻したのは先程力を取り戻した伝説の魔剣。

 

「これが俺っちのもうひとつの能力。吸った魔力の分だけだが…俺を振るう奴が例え死にかけていたって、全力で逃げさせたり動かすことが出来んのさ!!」

 

それはいわば、デルフリンガーの奥の手。

 

はやての足は無いのではない。ただ蝕む力による締め付けが、彼女からの命令を伝えることを阻害しているにすぎない。血も神経も通っている。

 

でははやての意思を介さない、つまりは外から動かしたのならばどうなるのか。当然誰かが強く足を引けば伸びるし痛い、強く押せば膝から曲がってお腹が苦しいだろう。

 

ならば、瀕死となった体の人間では出来るとは、とても思えない行動を起こさせる…つまり操り人形の如く動かすとさえ豪語したデルフリンガーの力を使えば、はやての足を動かすことは、決して不可能ではないのだろう。

 

「ま、動かしているのは俺なんでな。相棒に足の感覚はないだろうし、好きに出来るわけでもないんだが…とにかくこれで俺っちたちの勝ちだな!」

 

「あはは、信じられへん…本当に勝ってしもた。それに…世界がいつもより高いところから見えとる。これ、夢やないん?」

 

いくつもの涙の粒がはやてからこぼれて光り、そして消えた。

 

日が沈んだ瞬間だった。

 

「まさか…本当に逃げ切るなんて。」

 

シャマルに抱えられて空から降りてきたルイズが、はやての前に立つ。

 

「えへへ…私たちの勝ちやで。ルイズお姉ちゃん。」

 

「ええ、そうね。ここまで出来るのなら、もう言わないわよ、約束だし…ただし! あんたが言ったことも守ってもらうわよ!!」

 

あくまでデルフリンガーを用いた、身の回りの用心のために剣を振るうこと。それは事前にはやてが言っていたこと、破ることは許されない。

 

「それから皆に迷惑かけたり、それで心配かけさせるのだってダメなんだからねっ! わかった!?」

 

練習の時も一人で行動しないこと。護衛の際、敵がどこかへ向かってもそれを一人で追わないこと。とにかく誰かの監視下のもとで剣を振るう、そんな色々な制約も課せられたがはやては構わなかった。立っていられる喜びと、勝ち取った権利の喜びが彼女を満たしていたからだ。

 

「うん、うん…わかった。えっと、みんなごめんな?」

 

そんな彼女を見た面々は、仕方なくもどこか力量を認め心許す顔をしている。

 

「…こっちも約束は約束だしさ。ルイズの言ったことを守ってくれるのなら…はやての事はあたしが守ってみせるよ。」

 

「根本的不安は消えないけれども…ヴィータちゃんが言うように一人で動かないなら私も、はやてちゃんを応援するるわ。」

 

"…頑張ってください主はやて。移動のお力が必要な時はなんなりと私に。"

 

「……正直、予想外でしたが勝負は勝負。力添えはあったとはいえ、あれだけの事がお一人で出来るのでしたらば…私も……。」

 

四人の騎士達が祝福の声をあげてくれることを喜びながらも、はやては見抜いていた。本当はまだまだ不安な烈火の将と、静観していたが盾の守護獣もまた、自分の上にいない時は不安で仕方がなさそうだということを。

 

「あはは、そんなこと言いながらザフィーラ、今何処におんのや? シグナム、不安で仕方ないですって顔のままやで?」

 

"ぐっ…。"

 

「うぐ…。」

 

からかわれ指摘されて、言葉のつまる二人をに微笑むはやてだが、どうやら限界を迎えたのか、力が抜け倒れていく。

 

「悪い、相棒。魔力切れだ。」

 

「主はやて!」

 

ぺたんと尻餅をつくはやてを、慌てて駆け寄ったシグナムが抱きあげた。魔力切れで立てなくなっただけではないのだろう、うっすら汗の浮かぶはやての顔に血の気がない。初めての激しい運動や魔力、ルーンの行使、純粋にあらゆる面で疲れたのだろう。

 

「あはは、やっぱシグナムの抱っこは落ち着くなぁ。」

 

体の力を抜いて、シグナムに預ける。そんなはやての信頼し甘えてくるような動作に、シグナムの心も少しだが平静を取り戻した。

 

「シグナム達には苦しい思いをさせてしまうけれど、これが私のこの世界でしたいことなんよ。」

 

「はい…解っております。」

 

「でも約束する。」

 

「約束、ですか?」

 

「そう、約束や。私はそれでも…絶対にみんなを悲しませることはせえへん。」

 

そういって、頬をシグナムにすり寄せるはやては、疲れながらもハッキリとした目と口調で告げた。

 

「みんなが心配するように、私もみんなを心配する。みんなが倒れたら悲しむように、私が倒れたらみんなが悲しむ。だから、私はそれだけはしないって約束する。」

 

「主はやて…。」

 

「皆がそうならないよう、私の思いに応えてくれるように…私も皆の思いに応えて無理は絶対にしないから…信じて欲しい。これでも、シグナムはまだ不安やろか?」

 

主の、騎士への約束という珍事。しかしシグナムはそれが自信の不安を取り去っていくのを感じていた。ここまで頑固な、思いを貫き通したはやてが言うのだ。信ずるには十分だった。

 

「いいえ。そういうことでしたらば…信じましょう。」

 

「あはは、主の誇りにかけて、や。」

 

「そ、その形だと…私たちのようにいずれ裏切られてしまうのですがっ!」

 

「あははは、勿論…絶対にこれだけはーー破らへん…よ。」

 

そういうとはやては眠りに落ちた。限界だったのだろう。

 

「全く…なんでお説教からこうなるのよ。」

 

ルイズはシグナムに抱かれたはやての顔をつついた。

 

「言ったこと…守りなさいよね。私も悲しませたら、許さないんだから。」

 

説教、ふざけあい、喧嘩、そして全力勝負と目まぐるしく、激しくなっていった時間は終わりを告げた。

 

 

 

その夜のフリッグの舞踏会、フーケを倒した主役の一人は、室内でのダンスに参加せず…剣を携えドレスを着た不思議な格好の使い魔と共に、テラスで楽しく踊っていたという。




これで一巻分おしまい(`・ω・´)
難産と生活苦による時間のとれなさがたありましたが…これでなんとか続きへ進めます


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第20話 シエスタの再就職~みんなで考えるんや~

お久しぶりです。

土くれのフーケのあとに使い魔の品評会!?
時がおかしい! 時空監理局が来るぞ!(来ません)


「えっと、私の知っていることは…以上です。」

 

ヴィータ達が短時間なれど、壮絶な追いかけっこをしていた頃…シエスタはアンリエッタと枢機卿の前で尋問を受けて焦燥しきっていた。あまりに疲れはてて、死んだその目はせっかくの黒髪に白髪でも出来たらどうしようとか、明日のメニューは海草サラダにしましょうとかそんな現実逃避を始めそうな勢いだ。

 

気がついてからも再び腰を抜かして動けない彼女は、枢機卿もこの部屋に来ていたために仕方なくそのまま、ここで取り調べを受けることになったのだ。

 

地球の日本で例えるのならば、誘拐された私立高の清掃員や、学食のおばちゃんが突然皇室に連れていかれて、天皇陛下と総理大臣にことのあらましを訪ねられるようなものだろうか。心が疲れないわけがない。

 

国の象徴足る者の御前、一市民にすぎない彼女に嘘をつくことは許されない。されど、ヴィータとの約束を守らねば学院に戻ったあとどうなるか、少なくとも今も彼女たちに見られているかどうか、シエスタの視点からではわからないのだ。

 

そして、市民や一部の貴族を除いた者達に後に流れる話とは異なる、王宮のなかでの秘事がこれから始まる。

 

「緊急です!」

 

「今度はなんだなんだ騒々しい、王女の御前であるぞ。」

 

先刻の街での緊急を告げた兵士が、またもノックなしに扉を開けて訪れた。急いでいると、この兵士はマナーを頭の隅に吹き飛ばしてしまうタイプか、根本的におっちょこちょいな人間の可能性が出てきた。

 

「フーケが逮捕されました!」

 

「何だと!? 自首か?」

 

「いえ、町にいた魔法学院の生徒からの報せです。間違いありません!」

 

そのせいで大急ぎで、街へと向かった兵がひとり、東の門前にいた兵士を連れて戻ってきたのだという。

 

「何と…どういうことだそれは?」

 

フーケ捕縛のことを王宮が知ったのは、数日後ではなかったのだ。

 

これは何も、別にオスマンがミスをしたのではない。彼は今ごろ秘書のいなくなった学院長室で、シュヴァリエ申請のための王宮への打診する書類や、自身の手紙だという印や封蝋の為の璽を探したりと、まだ一文字もかけていなかったりしている。

 

ただ、舞踏会まで箝口令をしかなかったり、普段仕事を秘書任せにしたりしていた彼にも問題はあった。

 

フーケ捕縛は、フリッグの舞踏会でその討伐志願したメンバー達が主役に取り上げらる程の、偉業だ。そして、密命というわけではなかった以上、先に帰ってきた二人……タバサはともかく、キュルケがその話をルイズが戻ってくるまでや、舞踏会までしないでいられるだろうか。

 

そして、そんな目出度い事を聞き付けたり知ってしまった生徒達が、誰一人としておめかしの為に午後の授業をサボって、街に繰り出さないなどあり得るだろうか。

 

主役となる貴族の少女たち。その三人に取り入ろうとするような人間は、少しでも興味をもってもらえるようにと、より自分を装飾で輝かせて着飾ろうとしないか、足りないものを買い足しに街へと赴かないか、それを授業と天秤にかけて授業をとれるだろうか……答えはノーである。

 

そんなわけでルイズ達にとっては不運重なって…()()()()()()()()()()()が、現時点で既にトリスタニアで騒動となっている渦中の人物の話をながら、大通りを歩いていた。そのせいで、モット伯の事件伝令のためにあくせくと働き、街の拠点と王宮を行き来していた兵が街の門まで向かう途中に、それを聞いた城へと向かうと兵と出会い混乱が起きてしまったというわけである。

 

「どういうことなのでしょうか?」

 

王女アンリエッタは困惑していた。ならば今起きている事件は何だというのだろうか。土くれのフーケが捕まったのを話す時間と、このメイド騒動の始まった時間はほぼ同じである。

 

「考えられるのはどちらかが嘘ということになりますな…。そのフーケをとらえた者達の名前は?」

 

「はっ、ヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ。そしてゲルマニアの貴族のツェルプストー。最後はガリア貴族のタバサと名乗る者との事です。」

 

信じられない者の名前を聞いたアンリエッタが、思わず立ち上がって机から身を乗り出す。

 

「ルイズ!? まさかあの子がフーケを捕まえたというの!?」

 

「は、はい!」

 

思わぬアンリエッタの行動に本日、兵士はもう一度驚かされた。勿論そんな状況は真面目な枢機卿、マザリーニが咎めないはずがない。

 

「おほん、姫?」

 

「あ……し、失礼しました! ご報告ありがとうございます、もう下がっても良いですよ。」

 

「お待ちください。今この噂を流されては、せっかく収まった民の怒りにもう一度火がつきかねません。ひとまず兵達にはフーケ捕縛の話を民に流さぬよう、徹底させましょう。お主、各隊長にこの書類を。」

 

中央の噴水広場前と、端の門から起きているゆえまだ噂は飛びきらず、繋がってはいないが、このままでは更なる混乱へと発展しかねない。そう思ったマザリーニは自身のサインを、アンリエッタには印を押させて、兵達に余計な情報を流さぬよう書類を作り、扉を開けた兵に手渡し退出させた。

 

「さて……ヴァリエール家の名や他国の貴族の名を騙って訳の解らぬホラをふくとはとても思えませんな。」

 

「確かに……で、あればおかしいのはメイド達ということですか。」

 

二人の視線がシエスタに刺さる。その肌にのし掛かってくる圧が、彼女をげっそりとした顔のまま現実へと引き戻した。今の三人の会話を思い出していくほど、彼女からだらだらと、涙と汗が流れていく…。

 

「お前、何を隠している。」

 

「あ…う……。」

 

もはやシエスタは声もでない。喉から何かをしゃべろうとしても動いてくれないのだ。

 

「かは…。」

 

息までつまり口は乾くのに、その苦しさで、鼻からは水が出そうになる。そんなはしたない顔になりかけていく中で、またもアンリエッタが彼女を抱きしめて背中を叩いた。今度はシエスタも気絶はしなかった。

 

「落ち着いて? マザリーニも威圧するのはお止めなさい。これでは話もできません。」

 

「しかし、姫様。」

 

「先程私はこの子とお話をしましたが、悪人とは思えませんでした。きっと、何か話せなかった別の理由があるのでしょう。まずはその理由から教えていたたけませんか?」

 

これ以上隠し事をしたままに詰問されては、股からも何かを流しかねなかったシエスタは一にも二にもその言葉にすがり頷いた。

 

「ひっく、理由は……解りません。ですがその方達は決して、自分達がやったということを言うなと言われました。」

 

そう言って語り始めたシエスタの話は、にわかには信じがたいものだった。真相の方の人物達は訳のわからない魔法で、自分や証拠となる本をトリスタニアまで転送したり、巨大な鉄槌ひとつでモット伯の屋敷を砕いたというもので、ふたりは思わず人間よりはるかに強いと言われた種族の、エルフが犯人なのではないのかと疑ったほどだ。

 

「理解に苦しむな。その力量や魔法自体もだが、やり方に問題はあれどその勇気は称賛されるべきものとも、言えなくもない。だというのに……盗賊の手柄になどして何になるというのだ?」

 

「……隠す為ではないでしょうか。」

 

「何?」

 

恐る恐る震える唇でシエスタが枢機卿に意見を申し立てた。

 

「彼女達はいつも、なんだか平和な時間を楽しんでいるようでした。そんな安らぎを与えてくれる人を主にして、戦いたいとか、名誉とかそういうものは求めていなかったように思えます。」

 

「いつも? あなた……まさかその人達と知り合いなの?」

 

アンリエッタは素直な疑問を口にしただけだったが、これがシエスタの逃れられる最後の道を、自爆したシエスタと二人で叩き崩した。

 

「ひっ……。」

 

しまった。シエスタは自分の軽率さを呪う。殺される……そう思って思わず身を竦めたが、なにも起きることも、聞こえることもなかった。

 

「あ……あれ?」

 

「ど、どうしたの?」

 

しかし、待てどもその人生最期の時は来ない。冷静に考えてみれば鎚だのなんだのと、もう既にかなり込み入った話をしていたのに、途中何も止められることはなかった。

 

もしかするともう見られていないのではないか、その安堵がシエスタを包んで、少しだけ心の平静を取り戻させる。

 

「えっと、いえ……なんでもありません。」

 

「そう? それなら……教えてくださらないかしら、その勇敢なメイジ達の名前を。」

 

「ええと……それだけは……あの。」

 

それは流石にまずい。今見られてなくてもばれれば、その鎚で間違いなくぶん殴られる。、恐らくこの情報の出所はあの現場で唯一の他人だった自分しかおらず、間違いなく、死ぬ。はやてが絶対に止めるし、何よりデバイスの非殺傷設定はギガントシュラークですら、しっかりと機能していたので骨折はしても死ねないだろうが、それを知らないヴィータの怖さを知るシエスタには死だけが浮かんでいた。

 

「言えば、わたしが……殺されてしまいます。」

 

それだけはごめん被りたかった。非殺傷設定を知らない彼女からしてみれば、普通の鎚で叩かれたら内蔵破裂か胴体切断、でかい方で叩かれれば棺桶に入れられるものは髪の毛くらいしか形を残さないぺしゃんこの刑。そんな目に遭うのは下手に首を落とされるより辛い。

 

「なるほど。どうやら口止めをされているようですな? 言えばただでは済まさぬと。」

 

「安心して、私の名に懸けてあなたをそんな目に、遭わせたりはしませんわ。」

 

ぎゅっと両手を握られる。この国の姫であるアンリエッタにそんな言葉を言われれば、いち国民のシエスタはもう、話さないわけにはいかなかった。拒めば今度はここの近衛兵に拷問されそうで、八方塞がりながらなんとか一秒でも生きようとシエスタはもがく。家の稼ぎのために、彼女はまだ死ねないのだ。

 

「……ミス・ヴァリエールの使い魔の方々です。」

 

「ルイズ!? でもルイズはフーケを……。」

 

「詳しいことは私には解りません。ですが、モット伯の屋敷を壊したのと、連れていかれそうになっていた私や、お屋敷のメイドたちを証拠を見つけて助けてくれたのは……ミス・ヴァリエールの召喚された平民を主とする騎士達、です。その中のふたり…一桁の歳くらいの小さな女の子と二十歳くらいの女性が、私たちを救ってくれた本当の人たちです。」

 

ひとりは名をヴィータと言い、自分は以前も助けられたこと。ドットとはいえ学生の貴族を一撃で瀕死にしてしまったこと。鎚を魔法のようなもので巨大化させて、屋敷を瓦礫の山にしたのは彼女だということを話した。

 

もうひとりの名をシャマルと言い、その瀕死になった貴族を水の秘薬も無しに、さっと治してしまったことと、モット伯の館からトリスタニアまで、自分達を魔法で一瞬のうちに移動させてしまったことを話した。

 

「ルイズが…平民、いえ魔法を使う人間を呼び出して……その子が更に人間を四人も呼び出すなんて。」

 

「これは、一度詳しく調べる必要がおありのようですな。ですが……争いを嫌うというものたちだからこそ、我らのような国という存在が調べていると、悟られるわけにはいきませぬ。その鎚を王宮にいきなり来て振るわれでもしたのならば、大惨事になってしまいます。」

 

その頼もしさに魅力を感じながらも、下手にその者の安らぎ、眠りを妨げればたちまち牙を剥く獰猛な獣のような危険さを、マザリーニは感じ取っていた。

 

「そうですわね。であれば……この子もすぐに学院に戻すわけにはいきませんわ。」

 

アンリエッタもそこまで言われれば解っているようで、そんなものが居る巣である魔法学院へ、目の前の弱き人間を返すことを躊躇った。

 

「確かに。私も見ていて確信しましたが、ここまで嘘が苦手な素直な子では、すぐにこの事がばれてしまうでしょう。そうなれば……問題はこの子だけではすまなくなります。」

 

どうしたものかと悩む二人に、自分の命のために、シエスタがどうすれば良いかと無言ながら加わり、知恵を巡らせる。

 

しばらくして、アンリエッタがポンと手を叩いた。

 

「そうですわ! ではこうしたらいかがかしらマザリーニ。」

アンリエッタは、シエスタに任せておきなさいと言いたげな視線をちらりと送って、何やらマザリーニとひそひそと話を始める。そんなアンリエッタに、シエスタは首をかしげることしかできなかった。

 

しばらくして、ふたりは振り返った。片方は笑みを浮かべ、片方は何やら疲れた顔をしているようにシエスタには見える。恐らくなにか無茶か我儘を姫が言い、枢機卿は仕方なくそれを認めたのだろう。今までの姫の行動を考えると、蝶よ花よと育てられたというわりには、以外とお転婆なところがあるのかもしれないと、不敬ながらも彼女には思わずにはいられなかった。

 

「ねえ、シエスタ……だったかしら?」

 

「は、はいっ!」

 

急に名前を呼ばれて思わず座ったままだが姿勢をただした。まだ腰は抜けている。

 

「あなた…しばらく私のお着きのメイドにならないかしら?」

 

「もし受けるのならば、今日はもう遅いからな。早速姫の夕食を水のメイジに毒の有無を見てもらってからここへ――む?」

 

「あ、あらっ!?」

 

メイドは再び意識を手放した。ロイヤルメイドなど、まして今日から貴女の職場は()の横ねなどと直接言われて、小心な平民の心が意識を保てるはずがなかった。

 

 

 

 

 

「使い魔の品評会?」

 

「ええ…すっかり忘れていたわ。」

 

それから、シエスタがなんとか姫のメイドに慣れてきた程度の月日が経過した日の夜。 魔法学院で新しい部屋に慣れてきたルイズが、突然そんなことを寝る前、ベッドの上で言い出したのである。

 

「何すりゃ良いんだ?」

 

そういって受け持つ気満々のヴィータを、ルイズは首をゆっくりとふりながら手で制した。

 

「基本的に自信の使い魔の優れたところをアピールするんだけど…ちょっと問題があるの。」

 

そういって向けるルイズの視線の先は、感覚こそ無い上オートマチックながら、最近は少しの間だけ立った世界を見ることができるようになった、彼女の妹兼使い魔。

 

「国で行われる正当な行事だから、これはちゃんとはやて本人が出なきゃいけないんだけれど…あくまで使い魔の力量を示すものなのよ。」

 

「悪い……もう少し分かりやすく頼む、ルイズ。」

 

はあとため息をはいてからルイズは一言。

 

「基本的に主以外は手助け禁止なのよ。」

 

「えっとごめんな? ルイズお姉ちゃんが何でそれを問題としているのか私にも解らへん。」

 

「えっとね、つまり会場で無礼をすることは許されないのよ、はやて。」

 

「そりゃまあ、そうやろなあ。」

 

指をたてて話すルイズにこくこくと頷くはやてを、リインフォースが申し訳無さそうに止めた。

 

「すみませんが我が主、まだ髪を乾かし終わっていないので動かれるのは…。」

 

「ルイズ様も、大切なことなのは解りますけれど抑えてくださいね。」

 

ルイズの方の髪を担当をして、櫛で髪を梳いていたシャマルも同じように促す。どうやら全員が湯上がりの時の話だったようで、そこかしこに花の香りやシャンプーの香りが漂っていた。

 

「しっかしシャマルは髪がなげールイズの方をやってて、もう髪をとかしてんのになー。リインフォースはまだタオルではやての髪の水気をとってる最中って…。」

 

自分のの髪を適当にワシャワシャとタオルで拭いた後にそのまま巻いたヴィータが意地悪な笑みを浮かべて、管制人格を笑う。

 

「お前、ほんとなーんもかんもダメダメなんだな。」

 

「うぐっ…。」

 

ぶすりと石化の槍がリインフォースを貫き、文字通り固まった。どこか抜けているリインフォースにとって、こういうこと全般をこなせないことが彼女の最近の悩みの種なのである。管制人格としての機能以外、彼女にはほとんどの機能が記憶に残っていなかったのだ。もしかしたら最初からないものも存在し、表情による感情表現が乏しいのも、ひょっとしたらこのせいなのかもしれない。

 

「あははは、しゃあないよヴィータ。リインはユニゾンデバイスだからか、あんま家事とかのプログラムされておらへんかったみたいやし。ゆっくり覚えていってくれればええよ~。」

 

「我が主…。」

 

そう言って続きを促すはやてに救われた管制人格はまた、しどろもどろながらも、丁寧な気持ちを込めて彼女の髪を拭き始めた。

 

「そうよヴィータちゃん。それにリインフォースは、今私と一緒に料理とかも頑張ってはやてちゃんから覚えているんだし、そんなこと言っちゃいけないわ。」

 

「いや、シャマル。お前は逆にそろそろリインフォース抜かれないように危機感を覚えた方が良いと思うぞ。」

 

「あ、ひっどーいシグナム! 私だってちょっとは、少しずつ…多分だけど! 良くなっていってるのに~!!」

 

話に入っていなかったシグナムが思わず突っ込む。というのも、ルイズは普通にはやてとお昼、ヴィータは最近オスマンとゲートボールをしてから食堂へと行くので、まかない変わりに作られるシャマルとリインフォースの料理の被害に会うのが彼女なのだ。ザフィーラは獣でいられることを良いことに、うまく逃げている。

 

「だぁ~もうっ……あんたたちは話をどこまでそらすのよ!」

 

女三人よれば姦しい。六人いればそれはもう、まともな話などできるはずがない。しかし、それでは困ると、ルイズがベッドの上で立ち上がった。

 

「 あぁ……せやったせやった。 ほいでルイズお姉ちゃん、 いったい何が問題なん?」

 

「はやて、あなた品評会と聞いてそこで何が出来るか、言ってみなさい。」

 

「読書。」

 

「それ特技ですらないわよ、趣味よ。」

 

「で、デル君振り回したりとか!」

 

「魔法吸収させてから舞台に上がる気? 最初の挨拶で抜き身の剣持ったままでいられるわけ、ないでしょ。」

 

「それなら、料理……。」

 

「そうね。それは私も考えているわ。」

 

でもねと、座り直してシャマルに髪をまた任せるルイズが、腕を君ではやてをにらむ。

 

「問題はどうやって私とあなた二人で、そこで料理を作るかなのよ!」

 

そう、はやて単体でしっかり出来るものはこれが一番だろうとは、ルイズも思い至ってはいた。何せその味は才能といわざるを得ない領域なのだ。

 

この前はやてが立てるようになったことで、散々ヴィータの自慢するはやてのギガウマ飯とやらを食べる機会に恵まれたのだが、厨房にてデルフ片手に作られた簡単なサンドイッチですら自分だけではなく、他国の貴族のタバサやキュルケの舌までが美味しいと言わせたほどの出来映えだ。より美味しくするには卵などを半熟にすることが大切なのだそうだが、この国の卵では食中毒になりかねないらしく、今は出来ないがいずれ何とかしたいとのことだった。

 

一人辺りにおける披露の時間や、調理の制限時間的にもあのサンドイッチが恐らく品評会では限界だが、彼女の料理は万人に受けやすい。審査員たちの舌をまとめてがっちりと虜にするだろう。

 

問題は過程と、舞台だ。

 

鍋やらの用意は最悪どうにでもなる。肝心なのは、それをはやてに使わせる方法だ。

 

「どうしたら、はやてを立たせられるかなのよ。」

 

「そんなものお前の錬金を、デルフにぶち当ててやれば良いんじゃねーの?」

 

錬金による戦いかたを教えたヴィータが、さも当然のようにルイズに言う。

 

「それがね、デルフは私の魔法だけ何だか吸いきれない時があるのよ。もしもそうやって本番で、料理の前に爆発なんてしたらどうするの? 煤まみれの料理なんて出せる訳がないし、爆発しただけで不評を買いかねないわ。」

 

じっとそのボロではなくなった輝く刀身……は、ボロい鞘で見えないデルフリンガーへとルイズか視線を飛ばす。

 

「痛いだの喚いて、叫ばないとも限らないし。」

 

「まあなぁ……俺っちも何でか解んねえけど、娘っこの爆発は痛くて叶わねぇんだ。おすすめは出来ないね。」

 

本人もとい本剣より返事を受け取りため息をついて、ルイズがまた全員へ視線を向けた。

 

そういうわけで、知恵を貸してちょうだいと。

 

「ふうむ……。」

 

腕を組んで考えていく八神家の面々とともに、呟きながらルイズも目を閉じて唸っている。

 

「今回だけは……今回だけは……。」

 

「ルイズお姉ちゃん……今回だけって、どうしてそんな気合い入れてるん?」

 

負けず嫌いなのはわかるけれど、どちらかと言えば必死さや、追い詰められているようにはやてはルイズが見えた。

 

そんな顔した唸りながらの呟きに、リインフォースがようやく髪を乾かし終えたお陰で、ベッドに来たはやてがルイズの横まで寝転び、彼女の顔をじっと見る。

 

はしたないと、はやてを軽くこづいてからルイズは彼女に向かって語りだす。

 

「……今回の審査員のひとりに、アンリエッタ王女が来るのよ。」

 

「お姫様?」

 

「ええ。幼少の頃おそれ多くもお友だちとして側に居させてもらったの。だから、姫様の前で情けないところは見せたくないのよ。」

 

「はは~、なるほどぉ……。」

 

「……。」

 

それは本心だったが、本当はもうひとつルイズには狙いがある。

 

はやてを認めさせたいのだ。

 

彼女を本心から認めてくれているのなんて、生徒たちの中ではギーシュ程度だろう。

 

彼とヴィータの決闘。あの騒動から随分と日が経ったせいか、土くれのフーケの件ではやての従者と主ばかりが活躍したせいか、またはやては軽んじられ始めている。

 

ヴォルケンリッターたちが恐ろしく誰も口にしては言わないが、そういう雰囲気は何となく、それでも解ってしまうものだ。渦中のはやてが気づいていないわけがない。

 

そんなはやてを、形や記録として残る物を以て認めさせたいと、ルイズは思っていた。それならばもう、こうなることもなくなるはずだからと。

 

ただ、それを恥ずかしい気がするルイズは言わない。なにより、アンリエッタの後でそれを言うのは何だか、はやてについでのように思われそうで、それも嫌だった。

 

「そっか~。ほなら私も、気合い籠めんと……な?」

 

自分の料理が王女に食べられるかと解ったからか、幼いながらも真剣に考えた少女は、やがて何かを思い付いたのか、恐る恐るルイズをみた。

 

「あ、あのなルイズお姉ちゃん……予算ってある?」

 

土くれのフーケの報酬はルイズの称号と勲章でひとまとめにされてしまった。そのため最近のお金の稼ぎ先と言えば、もっぱらヴィータのスリ捕縛であるが――

 

「最近むしろあたしのせいで、子供を狙った犯罪が減っちまって……悪い。」

 

今は羽振りがよくないと、先回りしてヴィータが割り込んできた。

 

ヴィータの言ってることがどこかおかしいので、寝ながらに苦笑するはやてが頬をかく。

 

「何かおかしいなあヴィータ……それ謝ることちゃうで? でも、えへへそっかぁ。そんなに捕まえてるんやなあ、えらいえらい。」

 

「にへへ……んふふふ。」

 

そう言って挙げたはやての手に、ヴィータが自分から頭を寄せてきた。タオルををゆっくりと取って撫でると、甘い声をヴィータがあげる。

 

「……何かに使うの? 今月のおこづかいはもう届いているしまあ、少し位なら大丈夫よ。ヴィータのそれと合わせれば大抵のことはできるんじゃないかしら。」

 

そんな目の前で行われる二人のやりとりに対抗して、安心させるようにルイズがはやてのおでこに手を置いて、落ち着かせるように軽く撫でる。

 

「うん?ちょう(少し)ワイルドな事して、料理しながらパフォーマンスできれば思うてな? アイディア一応浮かんだんやけど、私のこの案……機材やら器材やら、いろいろ必要なんよ。デル君にも少し、汚れてもらわないとあかんし。」

 

「うん? 魔法吸収させねーのに、俺っちを使うのかい?」

 

「せや。包丁でも別にええんやけど、ちゃんと相棒さんにも出番をいれんと~て思うたら、そんな役になってしもたんよ。」

 

「俺っちを包丁に? うーん、確かにそりゃあワイルドだし……いろいろ汚れそうだな。」

 

「使う前も使うた後も、もちろん綺麗にしてあげるさかい、引き受けてほしいんやけど……。」

 

ヴィータの頭をなで終えて、ぐりんと首だけ少し曲げたはやてが、デルフリンガーを見る。

 

「良いわよ。」

 

「おい娘っ子、俺はまだうんとは――」

 

ベッドの近くに置くのは汚いから駄目と、鏡台のある机に立て掛けられたデルフリンガーが悩んでいたが、それを無視して相棒の主が話を進めてしまった。

 

それでも、だれも解決案が出てない以上、聞いてみる価値はあると思った全員が止めず、ルイズはその話に興味あります的な、くりくりした目で続きを求めてきた。

 

「話してみなさいはやて。」

 

「うん。えっとな……私が小さいから料理が出来ないんやから――」

 

寝転がるはやてを囲むように、五人の少女たちが集まってくる。

 

――――――

 

――――

 

――

 

「それは……確かに成功すれば素敵な出し物になるかもしれませんね、主はやて。」

 

「使い捨てにならないところも素敵よ、はやてちゃん!」

 

内容を聞き終えて、シグナムとシャマルがはやてを誉める。

 

「流石です我が主!」

 

「お前いつもそればっかりだな、なんか改善案とかねーのかよ。」

 

「うぐ……そ、そうだな。むむむ……あっ。恐れながら申し上げます、我が主。その、車輪などあると……便利で良いのではないでしょうか。」

 

続いてリインフォースがテンプレを返し、ヴィータがつっこむと今回はそれで終わらず、返された彼女は更に話を発展させていった。

 

「おお? それはええなあリインフォース! 確かにそれがあれば……色んなとこで出きるさかい、ピクニックとかにでも持っていって、みんなにあつあつを食べてもらえそうや!」

 

「はやてのご飯が……ピクニックでも、ですって?」

 

そして、家族の案におおはしゃぎして喜ぶはやてと、そんなはやてのギガウマ飯にすっかり虜になった主がそこにいる。

 

「月始め早々にちょっときつい出費だけど……これは悪くない、悪くないわ!」

 

むしろはやてのご飯はその金に勝ると、ルイズがゴーサインを出して、品評会への準備始まった。

 

「やれやれ、俺っちの意思は無視かよ相棒……。」

 

ひとり、彼女たちと違い熱気に充てられていなかった手も足も出せない家族がごちるなか、6人の少女たちは、キャミソール姿のままに続けた長話のせいで肌寒さを感じ始め、二つくっつけた大型ベッドへともぐると、州の字で眠りにつく。

 

そして、更に月日は経ち、ルイズの十日ぶんのお小遣いを使い作られた"それ"を用いて、はやての品評会の幕が開ける……。




アルビオン編のプロット全然進まなくて……。

暗い話でならすぐに浮かんだのですが……ルイズ、アンリエッタ、はやてたちの関係をなるべくギスギスにしたくないんですよね。
なるべく明るくリリカルマジカルに、動かせればいいなと思っています。


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