この破壊の龍帝に祝福を! (超人類DX)
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皮肉な転生
こんなん書いてたんだなぁ……と振り返る
そう……確か俺はアロガント・スパークの猛練習をして物凄く疲れて家に帰って風呂入って寝ていた筈だ。
だからこそ解せないし、これが例え夢だとしても薄ら笑いを常に浮かべる女が適当にイメージとして作った何処ぞの教室空間じゃないのも解せない。
というかだ……。
「残念ながら貴方達は大変笑える――いえ、不幸な死を遂げてしまいました」
お前は誰だ?
「いや、何なんだよアンタ? つーか此所何処だよ?」
お前も誰だ? アイツの分身…………じゃないな気配的に。
「それを今から説明するから黙って聞きなさい、全くめんどくさい……」
「何なんだよこの女……」
「…………」
見知らぬ男と女……。
一人はそこら辺に居そうな日本人の子供で、もう一人が逆に日本人――いや、人間とは思えない雰囲気とそれを裏付けさせる髪と瞳の色を持つ小娘。
うん、全然知らん顔だね。
「佐藤和真さん、アナタはまず見知らぬ女性が車両に轢かれそうになったところをらしからぬ無駄な良心で助けようとして突き飛ばしましたが、その女性は大怪我をし、アナタは代わりに轢き殺されて死にました。おめでとうございます」
「なっ!? ………いや、待て、そういえばそんな記憶が……」
小娘の言葉に佐藤和真と呼ばれた小僧が頭を抱えながらショックを受けた顔をする。
よくわからんが、人助けが仇になって自分がくたばっちまった不幸を味わったらしい……何ともご愁傷さまだな。
「ぷっくっくっ! ウケるんですけど、引きこもりの癖に変な正義感に駆られて挙げ句死ぬとかマジ笑えるんですけど!」
「う、うるせぇ! さっきから何で俺の後悔しかしてねぇ行動を事細かに知ってるんだ!?」
「当たり前よ、だって私は女神様! ですもの」
「あぁ!?」
女神? ……天使の上位に位置するアレか? チッ、まだその手の類いが生きていやがったのか――――って、うん? ちょっと待て。
「あー……あのさ、お取り込み中の所悪いんだけど、キミ達の会話を聞いてる限りじゃ、もしかして俺死んだ……なんて事無いよな?」
そう、今まで何と無く聞き流していたが、この見知らぬ少年と見た目は少女である彼女の会話を聞いてると、まるで此所に居る俺も死んでます的な話前提な気がしてならないので、取り敢えずギャーギャー騒ぐ間に口を挟んで俺の今の状況を聞いてみる。
すると女神……と、自称した水色髪の少女は妙に小馬鹿にした顔で俺を見ると……。
「当たり前じゃない。アンタも死んだのよ兵藤一誠君?」
死という現実をオートで常に否定してる筈の俺に死んだとハッキリと言ってきた。
「お、おお! お前も死んだのか、正直何も喋らないからちょっと忘れてたぜ」
「そりゃあどうも……で、何故俺は死んだんだ?」
「極限の疲労で寝ていた所に、アナタを恨む数多の勢力が一斉に攻撃したからね。
というか、アンタの世界って規格外だらけよねー? 私達女神も触らぬ神に祟りなしで触れずに居たつもりだったんだけど……」
「………」
「は、話が見えねぇ……」
「アンタみたいな引きニートとは違う死に様だったのよ。ついでに言うと佐藤和真さんと兵藤一誠さんは異なる世界に住む存在よ」
「はぁ!? つまり漫画でいう所の平行世界があるとでもいうのかよ!? で、コイツがその平行世界の……」
「そうよ。
まあ、ボンクラにはどう足掻いても平行世界を渡る事なんて出来ないけどねー?」
死んだだと? 佐藤和真とやらがオーバーに驚いてるのを自称女神がご丁寧に説明している横で俺は少しばかりショックを受けた。
確かに色々あって色んな連中から恨みは買われていたが、だからといってそんな連中から寝てる間に総攻撃を食らった程度でくたばるなんて……。
「まあ、どちらにせよアンタ達は死んだ。人生はおしまい。おわかりかしら?」
「ふざけんな! そんな言い方されて納得できかってんだ!」
「……………」
なるほど、今まで如何に死んだつもりになっていたのかがよーく分かる。
死ぬとよくわからん女神が出てくるなんて今まで経験が無かったからな……なるほどなるほど。
「というわけでちゃっちゃと進むわよ佐藤和真さん。そして兵藤一誠さん。
私の名前はアクア、日本において若くして死んだ人間を導く女神よ。
さてしょうもない理由で死んだ面白いあなたがたは、二つの選択があります」
「あ?」
「………」
………。死因は知ってる癖に、何だこのまるで地獄行きか別の道に連れて行く的な話は? まあ、死体験のついでだし聞くだけ聞いてみようと思って耳だけ傾けておく。
そして女神アクアから聞かされた話は……昔そんな事をほざいていたクズ野郎が経験したそれに非常に酷似していた。
「転生だと?」
「そ、異世界で魔王を倒す為の転生。
若くして死んだ未練タラタラな人なんかを、肉体と記憶はそのままで送ってあげようって話」
「それ、俺の生前世界に居た転生者とやらと同じか?」
「は? 何よそれ、アンタの居た世界に送り込む女神なんて居ないわよ。
二度目になるけど、アンタの世界は特殊なのと私達以上の神々が蔓延る世紀末みたいな世界なのよ? 寧ろそこに送った誰かはとてつもなく鬼畜ね」
「………」
「お前、どんな世界に居たんだよ?」
嘘は……言ってないか。
チッ、あのクソ野郎達を送り込んだのが自分達とほざいてたら、刹那でズタズタにしてやったのに……。
「話は分かったが、俺は別に転生なんざしないぞ。つーか帰らせて貰う。人が幸せに寝てる間に殺してくれたゴミ共をぶっ殺さねぇと気が済まねぇ」
まあ、ずいぶん前に生前の姿に戻してやった後、思う存分殴り殺してやったどうでも良い存在なんぞ今更良い。
この女神とやらの言ってる事が本当なら今すぐ否定して蘇り、さっさと報復しに行かないとね。
つまり転生とやらはしない。
「はぁ? だからアンタは死んだの。まったく、ここに来て現実逃避だなんてめんどくさいわねぇ?」
「な、なぁ。よくわからねーけど、マジで死んだっぽいしそこだけは受け入れた方が……」
「いや、何を勘違いしてるか知らないが、俺は死んでも何とかできる手段がある」
「はぁ!?」
驚く佐藤和真とやら。
まあ、神器もスキルも気配からして無さそうな一般少年からすれば、俺の言葉は信じられんだろうな。
ただ、女神とやらの表情がちと気になる……。
「復活なんかできないわよ? 事前に調べさせて貰ったけど、確かにアンタの現実から逃げる力を使えば死を偽装できるかもしれない。けどね、まごう事なく死んでこうして管轄外である私が出張ってる時点で、アンタはもうその力は使えないわ」
「!?」
アクアってのから言われた言葉に俺は今此所で初めて心の底から驚愕するのと同時に、知っていた上で使えないという事実にそんな馬鹿なと自分の胸に手を置いて目を閉じる。
「…………………なん……だと……?」
「お、おいどうした?」
自分の一部、いや自分そのものといっても過言じゃない……生まれた時からある筈だったそれが自分の中からごっそりと消えている。
あまりにも『それが当たり前であった』せいか、言われて初めて喪っている事に気付くなんて、愚かにも程があるが、それは仕方ないのかもしれない。
何せ喪っているのは現実から逃げるスキルだけで、その他のものは俺の中に残っているのだから。
「…………。貴様の仕業か?」
となるとだ、俺は自動的にこの女神とやらが何かしたのかと疑う訳で……。
「起きてるだろドライグ……起きろ」
『既に起きている。
こっちは忘れられているとちと心配したぞイッセー』
「うぇ!? な、何だ!? お、オッサンみたいな声が聞こえたかと思ったら左腕に変なものが……」
生まれた時から一緒だったものの一つであり、相棒でもあるドラゴンの力を腕に纏い、横で仰天してる少年を無視してちょっとだけ目を見開いている女神に殺意を込めて睨み付ける。
「ちょ、あ、アンタ何で神滅具を!?
宿主が死ねば自動的に次の宿主に宿るまで赤い龍は眠りにつく筈なのに……」
『ほう、この小娘は女神を自称するだけあって俺達の事情を知っているらしい。
だが誤算だったな、貴様がイッセーをこの空間に呼び寄せたせいか、俺自身とイッセー自身のもう一つのスキルもセットで憑いてこれたのさ』
「それは誤算だったわね……いや、私にとってはある意味都合は良いのかしら? 無駄な労力も必要ないみたいだし」
驚くアクアとやらにドライグが妙にドヤ声で説明すると、途端に納得した様に頷き始める。
何だ……? コイツが俺に何かした訳じゃないのか? 確かにもう一つはドライグと一緒に残っているが……。
「落ち着きなさい。私がアンタにした事は砕けて出てきた精神を呼び寄せただけ。
そもそもアナタのそのスキルとやらについては私達は全く理解できない未知の力なのよ? 器用に一つだけ消すなんて芸当なんて出来ないし、する意味だって無いわ」
「………」
『この小娘の言うことは恐らく本当だ。
多分だが、俺達の居た世界でお前は『生きる気力』を失っていた。
それが影響して奴等の攻撃で死んでしまってもオートで発動もしなかった―――多分あの時点でお前のマイナス側のスキルは生きる気力の喪失と共に失われたのだと思う……』
疑う俺に左腕の赤い籠手からドライグが補足する。
……言われてみれば確かに毎日毎日恨み買った連中をぶちのめし続ける毎日に辟易していた部分もあったし、精神依存であるスキルがそれに呼応して失ったというのも頷けなくもない話だ。
「ごめん」
だからこの場は取り敢えずドライグの言葉に納得し、神器を仕舞って女神に頭を下げておく。
どちらにせよ、もう一つと――何より相棒のドライグが居るんだ……マイナスが消えた程度で不安になる要素は無い。
「さ……さっぱり解らない。お前達の言ってることが……」
「引きニートやってたアンタと違って、コイツは修羅場を潜ってたってだけよ。
で、どうするの? 言っておくけど元の世界に帰すなんて出来ないわよ?」
「……。どうするドライグ?」
『何時だって決めるのはお前で俺はそれに付き合う……それが俺達のやり方だろう?』
やれやれと脱力する……様に見えて若干ビビってたのか震えてる女神と、顔を真っ青にしてる……佐藤和真? だったかを横目にドライグに相談を持ち掛け、何時もの返事を受けた俺は一人考える。
転生……か。それをやったと自称していたゴミ共のお陰でで人生が180°変わってしまった俺自身が転生だなんてとんだ皮肉だ。
「俺は地獄行きなんだろどうせ?」
「まぁそうね……正直アンタは他者を殺め過ぎてるし、転生をしないとなれば地獄行きだったんだけど……」
やっぱり地獄行きか……と思っていたらアクアとやらが困った様に続ける。
「二天龍……だったかしら? 神すら殺せる力を持ち、尚且つ宿主であるアンタ自身の喪われてないもう片方の力を考えたら、地獄にすら送るのは無理になるわね」
「なに? どういう事だ?」
「私達が管轄する地獄じゃ、アンタ達を御せないって事。
アンタ自身と赤い龍の力を何かしらの手で消したらそりゃあ何とかなるかもしれないけど、めんどくさい事に私だけじゃアンタ達の力は消せそうも無いのよねー? ほんと何で力を残したままのよ……怠い」
『……。随分な言われようだな、つまり俺達は貴様の言う通りに転生しなければならんのか?』
「そうよ。もうめんどうだから佐藤和真君も一緒にね」
「はぁ!?」
怠惰な女神だな。
転生させてそれで何が解決するのか知らんが、半分巻き込まれてる佐藤君には悪い事をした気分だぜ。
いやそんな事より段々と思い出して来ちゃった訳だが…………。
女神アクアは正直崖っぷちだった。
(や、ヤバイわどうしよう……。コイツには死んだと同時に力なんて失ったと思ったのに、一つしか無くしてないとか……)
一般人佐藤和真に関しては何の問題もない。適当に言いくるめて異世界に送り込めばそれで終わりなのだから。
しかし問題は、転生の話に対して何やら考え込んでいる男……兵藤一誠だ。
彼は和真の様に一般人とは到底かけ離れた……自分達女神系統からも干渉をさせなかった修羅の国みたいな世界の中でも、突然変異とも云うべき凶悪な力を持つ存在なのだ。
干渉が出きる様になったのも、何を隠そう兵藤一誠が修羅の世界の悪魔やら妖怪やら神々をぶちのめしてしまったからであり、本当なら死んだ時点で問答無用の地獄行きの筈だったのだ。
が、自分達の管轄する地獄に送ってしまったとしても彼の力なら容易に地獄を更に地獄にすることが考えられるし、何よりその地獄から余裕で抜け出して自分達を報復で殺す可能性すらある。
だからこそ上司達からの命は『兵藤一誠を管轄する異世界に飛ばし、そこで何とか大人しくして貰う』というのを背に、所謂捨て駒―――世界の一つに生け贄になって貰う予定だった。
が……死と同時に消えた筈の力が現役で備わってるに加え、先程の殺意からして女神である己をマジで殺そうとしていた。
(くぅ、めんどくさい……! さっさと異世界に転生してとっとと切りたいわ……!)
事前調査で超一級品の危険人物と判断しているアクアにしてみれば、以上の理由からとっとと生け贄に選んだ異世界に飛ばして二度と関わりたくない……と思っており、先程から必死になって異世界に転生しろと言えと念じている。
その近くで一般人が喚いているが、アクアにしてみれば寧ろどうでもよく、お前も生け贄になれとすら思っていた。
「つーか死んだのかぁ……マジかぁ……」
そんなアクアの怨念じみた念を知らずに、一誠はといえば改めて己が正真正銘に死んだ事にちょっと――――いやかなり凹んでいた。
アクアの事前調査は所詮一誠のやらかした暴れっぷりのみなのだが、実の所この兵藤一誠という男……。
「俺童貞のまま死んだのかよぉぉぉっ!! 最悪なんですけどぉぉぉっ!!!」
「……」
「お、おう……」
寧ろやらかした事は副産物であり、本来の彼の性格は女の子好きの変態チックな男子であった。
「マジかよー……うわ、マジっすかー……童貞のまま死ぬとかマジないわー……死にてぇよ……あ、今まさに死んでるのか……うわー」
生前、ストライクゾーンが狭いというか単なる我が儘のせいで結局女子と御近づきになる事すら皆無のまま死を迎えてしまったという現実に、現実逃避が文字通り出来なくなってしまった一誠は、かなり本気で凹んでいた。
それはもう、さっきから色々と話についていけない和真が思わず自分の事を棚に上げて同情し、アクアも肩透かしを喰らってしまう。
『だから選り好みするなって言ったんだ。まあ、そうでなくても出会いもへったくれも無かったが』
「だよなー……会う奴みんな人間じゃねぇ雌ばっかで、ぶちのめしてたからなぁ。
いやでもさ、人間じゃない雌に欲情なんてできねーだろ?」
『お前の場合は先に嫌悪があったからだろ。ほら、例の転生者だったか? 奴があらゆる種族を味方に付けて敵に回ったせいで』
「まぁな……どいつもこいつもクソ野郎に愛されたい(笑)が為に俺を殺しに来るんだもんよ……」
「ま、マジで壮絶な生き方してるんだな……」
「だからその転生者ってのは何者なのよ……」
うわぁぁ……と盛大に項垂れながら出てくる一誠の半生の一部に、平行世界の人間と先に知らされていた和真もドン引きし、アクアはアクアでその自分達の知らない転生者とやらが地味に何者か気になる様子。
が、この緩んだ空気を利用しない手は無いと思ったのか、アクアは項垂れる一誠に近寄りながら悪魔の囁きの如くこう言った。
「異世界に転生すればアンタを恨んでる輩はゼロになるし、当然女の子もたくさんいるわよ?」
「ぬ!?」
『おい、女で釣られるなよ……いや別に良いけど』
アクアの……裏がありまくりな慈愛にみちた微笑みと共に紡がれた言葉に一誠はハッと顔をあげる。
そうだ、異世界という事は生前の時とは違って自分の事を知らないのが当たり前になる。
という事は、ナンパの最中に襲撃という名前の邪魔も無いし、思う存分口説き文句を言える……いやもっと言えばちょっとしたお触りも可能かもしれない。
「女……オンな……!」
「どうするの?」
「あの女神、露骨に誘導してやがる……」
ニコニコとしながら転生させようとする腹をチラチラ見せるアクアに和真は引いていた。
「やる、転生……女……!!」
「よろしい。じゃあ佐藤和真君もセットでね?」
「お、おい……俺をどう聞いてもファンタジー世界出身の奴と同じ世界に飛ばす気かよ!?」
「当然じゃないいちいち別々なんてめんどくさくてやってらんないわ。
でも良いじゃない、コイツの力はかなり強いし、異世界に転生してもある意味安全安心な生活が送れるわよ……………………多分、きっと」
「テメェふざけんな! ちゃんと目ェ合わせろや!!」
「っさいわね!! こっちはとっととアンタ等送ってお菓子が食べたいの!!」
「それが本音がゴラ!!」
このアマ……何とかしてギャフンと言わせてやりてぇ……。
女、女、女……とキモい笑み浮かべて一人別世界に意識を飛ばしてる危険人物の烙印確定の一誠と正直一緒なんて嫌だと思っている和真は、本音ぶちまける自称女神に何とかして精神的報復が出来ないとかと、何時もの倍冴えてる気がする脳を活性化させる。
(この駄女神は兵藤を厄介払いする為に異世界に飛ばそうとしている……兵藤が自分の手元から離れる事を第一に望んでるって訳だ。
つまり兵藤がもしこの駄女神の手元に何かしらの事故があって残ったとしたらそれだけで…………ん、待てよ?)
普段さ自堕落な生活を送っていた和真だが、この時だけは某『その時・・・っ! 閃く・・・! 圧倒的閃き・・・!!』という、一誠の左腕に出てきた真っ赤な籠手みたいなソレから聞こえたオッサンボイスが流れ………そして。
「わかったよ……大人しく転生するさ」
「っし! これでポテチが食える!!」
「本当にムカつくな、女神なんて信じられねーぜ……」
アクアに呆れるフリ………………を、しつつ腹の中で極悪人宜しくな笑みを浮かべていた。
(馬鹿、バーカ、ヴァァァカが!! 大人しく転生させられてやるかっつーの!!)
意外にズル賢い性格の和真は内心めっちゃアクアを嘲嗤う。
それもその筈だ、さっきは何と無く聞き流していたが、転生する際についての説明の時にアクア自身は言っていたのだ……。
「じゃあ異世界に旅立つ前に何か一つだけ力を授けるわ。
兵藤一誠………は、必要ないわね、寧ろ与えたくないわ」
「女、うひひ……ムチムチボインのおんにゃのこ……うへへへ!」
『貴様の思い通りになるのは癪だが、まあそれで良い。寧ろ貴様から与えられる力が邪魔になるだろうしな』
「チッ、一々ムカつくわね。まぁその顔を見るのもこれで最後だし慈愛の心で流してあげるわ。
さて、では佐藤和真さん? アナタはどんな力を望むの?」
来た! 和真はこの時点で凶悪笑みを思わず浮かびかけた。しかし必死こいて我慢した。
(ま、まだだ……まだ笑うな……! 言ってから……この駄目な自称女神にこれを言い切ってから勝ちを宣言してやる!)
それはまるで某新世界の神を目指して失敗した天才の様な気分だったと後に和真は語る。
「決まってるぜ、女神アクア……お前を案内役にして一緒に道連れじゃぁぁっ!!」
「な!?」
「わーっはははは!!! 俺の勝ちだぁぁぁっ!!」
「そ、そんな話応じる訳無いでしょうが! 無効よ無効―――へ!? な、何ですって!? ちょっと待ちなさいこの馬鹿ニートの言ったのは無効―――」
そう、アクア自身が生け贄世界と決定した異世界へ……和真によって道連れにされる形での転送であった。
アホ女神に一矢報いた時点で満足だった俺は、その瞬間意識を失った。
そして目が覚めた先に広がるわ、異世界バリバリだと主張する広大な草原だった……そう、まるでRPGの様な。
「マジで異世界に来たのか俺……」
こうしてそよぎ風を全身に受ける事でハッキリと理解する異世界の地……は、良いのだが、そういや道連れにしてやった自称女神や、ファンタジー世界出身らしき俺と歳の変わらなそうな男はちゃんと――
『Boost!!』
「ドラゴン波ァッ!!」
あ、うん……居るわ。ちゃんと居るわ……先に起きてたのか知らんけど、それが当たり前とばかりに手からかめはめ波みたいな体勢でビーム出して崖クラスの巨大な岩粉々に吹っ飛ばしてやがる……。
「……。チッ、参ったなドライグ……かなり弱くなってるぞこれ」
『あぁ、平原全土を吹っ飛ばすつもりがあんな小石しか破壊できなかった所を見ると、恐らく転生させた女神とやらが俺達より力が遥かに劣っていたからだろう。まあ、また鍛えれば良いだろ』
「だーな。まあ、真の目的はムチムチなおんにゃことの熱い一時なんだけどな! ふははは!」
……。おい今あいつ…てか兵藤だったか? 今アイツあんな巨大な岩粉々にしておきながら『弱くなった』って言ったよな?
お、オイオイオイオイ……話を聞くだけじゃ荒唐無稽だと思ってたが、兵藤の力ってマジで神様越えてたのかも……。
「あ、あのー……」
どうしよう、よく見たら道連れにした自称女神が呑気に寝てるし、これってやっぱり俺が話しかけないといけないのか? そう思いながら手頃な岩を苦もなくビームでぶっ壊しては首を傾げてる兵藤に話し掛けてみる。
「ん? あー……えっと佐藤君だっけ?」
「あ、はい」
……。あれ、普通にフレンドリー……?
「ごめんごめん、そういや自己紹介してなかったね。俺は兵藤一誠でコイツが相棒の……」
『
お、おぉふ……こうして左腕全体を覆ってる真っ赤な籠手みたいなものを見せられると、コイツはマジで俺とは違う世界の人間なんだなって思うわ。
見た目は俺と歳の変わらそうな奴なのに……。
「よ、よろしくお願いします……」
「? 何で敬語? 別にタメ口構わないぜ? 俺はそのつもりで行くし」
「あ、お、おう……」
……。結構普通じゃん。誰だよコイツを血に餓えた野獣だなんて言ったの……あぁ、足元で寝てる馬鹿女神だったな。
「しっかし異世界って聞いたから若干覚悟してたけど、コンビニとか期待出来そうも無いな」
「多分な……そんな事よりそろそろコイツ起こさねぇ?」
平行世界同士だが、文明の進み具合はどうやら俺の元の世界とそんなに変わらないらしく、コンビニという単語を聞いた瞬間、俺は何故か妙な安心感を覚えてしまう。
「え? ………あれ、何で居るのこの子?」
「いや……旅は道連れというか、この世界の事に詳しそうだから……」
「あーなるほど」
まさかお前絡みに於ける道連れ……と言う訳にもいかず、それっぽい理由を咄嗟に口に出しながら、何だっけ……そうアクアを兵藤が起こす。
「おーい起きろよ。起きないとダブルアームスープレックスしちまうぞー?」
「むにゃむにゃ………ハッ!? ここは何処!?」
ペチペチと頬を叩かれ、パッと目を開けたアクアがガバッと身体を起こして辺りを見渡す……。
「う、嘘よ……こんなの嘘よ」
「? 何が?」
「アンタ等と同じ世界に来ちゃった事よ!!」
そして状況を把握したのか、一気に絶望の底に突き落とされた顔をしながら兵藤――いや俺を今すぐ絞め殺してやりたいと言った形相で睨んでくる。
「女神としての力もほぼ失ってるし、どうしてくれるのよ!」
「さぁな、でもテメーだけ高見の見物なんて許される訳が無いだろ? 俺なら許さない」
「ふざけんなゴラァァァッ!!!」
「ぶべ!? やりやがったなこの似非女神が!!」
「私は本物の女神よ!!!」
女神であるなら掴み掛かって髪を引っ張る真似なんてするかよ……やべ、つーかコイツ地味に強い……!?
「わーん!! 帰してよぉぉぉ!!!」
「知らねーよ!」
遂には泣き出してしまい、俺は思わず突っぱねる様に言ったが、若干罪悪感が沸いてきた……。
いやまぁ確かに道連れにしたのは俺だけど、かと言って帰せと言われても俺にそんな力なんて無い。
「え、泣いてる所を見ると本人の了解無しで連れてきたの?」
「いやほら……転生直前で言ったから……」
「ふーん、あっそ……」
「ぐすっ……地獄に叩き落としてやる……」
一瞬何か言われるのかと身構えたが、どうやらこの兵藤って奴は興味無い相手には結構ドライな性格らしく、女神の力が云々と無くアクアを前にしても割りとどうでも良さげな態度だった。
そういや転生理由が女である筈なのに、アクアに対してどうでも良さげなのはどうしてなんだ?
「俺の好みはムチムチしてる女の子………の、前に人間が絶対条件なんだよ。
後ろに女神だの悪魔だと天使だの堕天使だの神だと付く輩は基本嫌だ」
「…………あ、そう」
『コイツは生前そういう輩共と敵対していたからな』
「マジかよ……」
スゲーな、然り気無く悪魔だの堕天使だのと口走ってたけど、それが存在するのが当たり前な世界に居たのか……何だろ、文明は俺の元の世界と変わらないって分かってるだけにちょっと想像ができないな。
「くすん……」
「まぁそういう訳だ、わざわざこの女神らしき子の話に乗って、異世界に来たんだ。
目指せ普通のおんにゃのこハーレム王だぜ!」
まあどちらにせよ、手からビームぶっぱなせる男だし、組めば命の保証だけは確約されたも同然かもしれないな。
「つー訳で……えーっと、アクアって言ったか? 何時までも泣いてないでさっさと町か何か探すぞ」
「何よその言い方! 私は被害者なのに!」
「雷にでも打たれたと思って諦めるんだね。一応俺もかなり力が弱まってるし」
「え、そうなの? ……………。今気付いたけど、それなら周りにある多数のクレーターは?」
「あぁ、試運転だよ試運転。けど結果はこの様だ。一回の倍加でこの程度の出力しか出せなかったぜ」
何て言いながら左腕の籠手らしきものを撫でる兵藤に、アクアは泣くのを止めて何とも言えない顔だった。
「あんなのを何発も撃って平然としてるのに弱体化って……」
それは俺も思う。弱体化してなかったらあれじゃ済まされないんだろ? 化け物だろそんなの。
「女神なら寧ろこれくらい普通だろ? 俺の知ってる神って付く輩なんか星を平然とぶっ壊せる出力とか出してたぜ?」
「それはアンタの世界が修羅の世界だからよ……ハァ、何かもうどうでも良くなってきたかも」
「お、流石女神。切り替えが早くて素晴らしいね。んじゃあまだ見ぬおんにゃのこ目指してレッツラゴーしようぜ!」
そう言ってすたすたと歩き出す兵藤に、俺とアクアは慌てて後を追う。
何か、頼りになるけど微妙に前途多難だな……。
終わり
女神を道連れにして異世界へと転生したカズマ君。
しかし町を見つけて辿り着き、得た情報を元にやって来た場所にて早速異世界からの洗礼を受けてしまう。
「え、冒険者になるにはお金が必要?」
「はい、お連れのお二人と合わせて三千エリスになります」
「………」
金が無い。ゲームの様に王様からしょぼい剣と宿代にもなりゃしないはした金すら無い。
カズマ達の異世界での最初の行動はギルド登録費の確保だった。
しかし……。
「そこのプーリスト! 私はあの女神アクアよ! だからお金を恵んでください……」
「ごめんなさい、私エリス教徒なので……」
「あ、はい……」
女神である事を利用して金を巻き上げようとしても失敗してしまう。
それを見ていた一誠はカズマとトボトボ戻ってきたアクアを呼び寄せ、円陣を組むように肩を組ながら言った。
「良い方法があるぜ? この中からガラが悪くて短気そうな奴を探す。そして見つけたらわざと強めに肩にぶつかる。すると短気だからそいつは恐らく『ちょっと待てよ』とか言い出すに加え、新参者である俺達を馬鹿にしてくる言動を吐くだろう。
そこで俺達が適当に挑発して怒らせ、一発向こうから殴らせ…………正当防衛としてソイツを適当にボコボコにし、短気は損気であることをわからせてやる。
するとあら不思議、ソイツは涙を流しながら短気である自分を改める決心を付け、それに気づかせてくれた俺達に泣いてお礼を言って有り金全部を献上する筈……どうだ? 完璧だろ?」
自信満々に作戦を伝える一誠だが、ぶっちゃけ内容はゲスそのものだった。
が……。
「イッセー……野蛮な男だと思ってたけど、アナタ天才よ!」
残念な女神はそんなゲス作戦を本気で褒め称え……。
「……。まあ、カツアゲじゃなくて正当防衛なら仕方ないか?」
基本ゲス寄りのカズマも乗ってしまった。
で、何やかんやで無事に登録料を献上して登録した訳だが、所謂ステータス確認の際、ちょっとした騒ぎが起こる。
「ええっと、イッセーさんのステータスは……え?」
「はい? 何ですかおねーさん? お仕事終わったら俺とデートをする気になったとか?」
「いえそれはお断りしますが、それよりもイッセーさんのステータスなのですが……」
「? イッセーがどうしたのよ? まさか計測不能だなんて言わないわよね?」
「い、いえ……その逆というか……ある意味レアというか……全ステータス数値がちゃんと書かれないというか……」
「「「は?」」」
受付のおねーさん……それも一誠がナンパして三秒で玉砕したおねーさんから渡されたギルドカードを三人は揃って覗くように確認する。
するとそこに書かれていたのは……。
ヒョウドウ イッセー
筋力……ライバル
俊敏性……けつばん
生命力……オジゾウバッヂ
魔力……かいがらバッヂ
器用度……ブルーブルーホホ
etc……
「…………。え、なにこれ?」
「さ、さぁ……私も何分初めてといいますか……」
「ライバルってなんだよ? つーか全部数値表示されてねぇし」
「何と無く理由はわかる様な気がするわ」
数値で計れないプライスレスな男……一誠くんは取り敢えず職業無しの所謂すっぴんで誤魔化す事にした。
が、問題はまだまだ山積みだった……。
「えー? 俺が鉱石掘るのかよ……めんどくせぇ」
「いやでもイッセーじゃないとあの洞窟入れないし……それに俺達だとやられちまう……」
「だからって女の子の欠片もなさそうな暗穴でもくもくと石堀なんてやだわぁ……」
まずイッセーは女の子のナンパしかせず、ギルドの仕事はほぼ手を付けようとしない。
金に困った時……しかも自分がそれなりに贅沢する分だけをいつの間にか稼いでくるもんだから、底辺生活を余儀なくされてるアクアは既にイッセーにプライドを捨ててすり寄り始める。
「ご主人様……! 靴を舐めるから何卒お恵みを!!」
「……。プライドの欠片もねーなこの子」
「元からそんな性格だったんだろ……」
とはいえカズマもアクアも何と無く見捨てられず、何やかんやで二人の分のマネーも稼ぐ為に働くイッセー君。
「お? 何だこの年代物くせぇ剣は? 売れば金になるか?」
「っ!? そ、それはアタシが探していた……」
「んあ?」
掘ると簡単に良質の鉱物がザクザクと手に入るからつい洞窟の奥まで適当に探索していたイッセーが偶然手にした剣を、冒険者らしき女の子が欲しがるような眼差しで見ていた。
これがもしボインでムチムチな女の子であるなら、多分イッセーは刹那で譲ってからナンパしただろう。しかし今目の前にいる少女は……。
「何、これ欲しいの?」
「え、く、くれるの?」
「別に良いぜ、剣なんて興味ねーし……ほら―――」
「あーげた!!!(剣を頭上に掲げる)」
論外だった為、イッセーは譲るより売って金にする事にした。
が、思いの外良い子なのか、そんなイッセーの子供じみた態度に苦笑いで対応すると、どういう訳かちょろちょろとイッセーの後を付いて来はじめる。
「なに? ボインでムチムチなおんにゃこに追い回されるのはウェルカムだけど、キミみたいな子はぶっちゃけ興味無いから鬱陶しいんだけど」
「は、ハッキリ言うね。
いや、此所って並みの冒険者じゃすぐにやられちゃうモンスターだらけの洞窟なのに、一人で何をやってるのかなーって……」
「あぁ、金が欲しいからこうして鉱物を採取してるんだよ。何でもここは良質なもんが取れるらしいし」
「モンスターは?」
「あ? あんなの一発殴れば黙るだろ。キミだってそんな感覚だから此処に来てるんだろ?」
「いや……まぁ、うん……」
事も無さげに……というか背後から襲ってきたドラゴンタイプのモンスターを裏拳で絶命させる姿に、少女は内に『とある理由での警戒心』抱きながらも、まるで観察するかの如くザクザクとツルハシで掘りまくるイッセーを眺めていた。
そして……。
「起きろドライグ、たまには使わないと鈍っちまうぜ」
『低級の蜥蜴か……小娘達曰くバラバラにしては討伐にカウントされないらしいから一応気を付けろ』
「わーってるよ……ったく、これでアイツ等がちゃんと働いて無かったらしばき倒してやるぜ」
「……!?」
自分達が干渉できなかった世界の神器……それも神をも滅するドラゴンの力を宿したその力を目にした少女は、イッセーという少年をもっと強く監視しないといけないことを誓う。
「ねぇねぇ、もし良かったらアタシを仲間にしてみない? 見ての通りソロでこの洞窟を探索出来るレベルではあるし、お買い得だと思うよ?」
「え、嫌だ、仲間にするならCカップ以上、黒髪、そして大和撫子の様な女の子が良いから他当たってくれ」
「………………」
前途多難だが……。
この破壊の龍帝に女神の祝福を……!
続かない。
補足
彼の世界は転生者
なのでシリーズ中一番『普通の女の子』に強い拘りがあり、また性格もかなり粗暴な面が強くなってます。
人間じゃなければ女子供関係なく殴り飛ばすくらいに……
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異世界の沙汰も金次第
テンプレの如く金に困る……のか?
赤龍帝・兵藤一誠。渾名は破壊の龍帝。
ひょんな事から力を喪っていた事に気付かずに、不意討ちを喰らって命を落とした彼は、同じく命を落とした平行世界の少年と共に女神アクアによって異世界へと転生する事になった。
その転生の際に色々と騒ぎがあったものの、無事女神諸とも異世界へ降り立った一誠は、取り敢えず人が集まる町か何かでも目指そうとクレーターだらけにした平原を後にしようとしたのだが……。
「ちょっと待ちなさいよ! 何普通に飛んで行こうとしてるの!!」
「俺はそんな武空術みたいな真似できねーよ!!」
それが当たり前ですとばかりに空をジェット機の如く飛ぼうと宙に浮かび始めた瞬間、ちょっとした縁で一緒に居る一般少年と力のほぼ全てを失った女神により出鼻を挫かれる結果となってしまう。
「ん?」
『何だアイツ等……小僧は分かるが、女神を自称していたあの小娘は飛べんのか?』
「そういえばあのアクアってのは女神としての力をほぼ失ったとか言ってたねぇ……。仕方ねぇ、たまには足腰の運動の為に歩くとするか」
『そうする他無いか。あまりにもこの世界の事を知らないしな』
滅茶苦茶焦りながら必死こいて自分を呼び止めようとする二人に対し、生前殺意しか向けられない人生ばっかりだった一誠は妙に新鮮な気分を味わいつつ、取り敢えず地上に降りる。
「あ、焦ったわ……そういえばアンタ飛べたのよね」
「飛ぶとは違うぞ。
こう……大気を足場にして空中を歩くって言った方が正しい。
まあ、ドライグを使えば飛ぶ事も可能だけど」
「ま……マジでありえねぇ」
兵藤一誠……異世界生活を開始してまだ二十分。
焦った……。
兵藤の奴町探そうぜとか言うのと同時に普通に飛ぼうとするもんだから、危うく置いてけぼりを喰らう羽目になる所だった。
「この街道を進めばアクセルという町に着くぞい」
「本当か!? おいじーさん、その町は黒髪でおっぱいボインで、大和撫子の様なおんにゃのことか居るのか!?」
「ヤマトナデシコは知らんが、探せば居るんじゃないかのぉ? 何せあの町は冒険者の集う町だしの」
「お、おぉ……サンキューじーさん! っしゃあ! 行くぞオラァッ!!」
「だからそんな速く走れないっつーの!!」
よくは知らないけど、俺とそんなに歳が変わらない筈なのに、生前かなりの修羅場を経験したらしい兵藤は、すれ違うこの世界初の住人相手に町があるという情報を獲るや否や、俺の世界じゃ間違いなく世界新記録を樹立出来るだろう速度で走り出そうとする。
幸いアクアの奴がまた必死こいて止めたから何とか止まってくれたけど、コイツの基本スペックのヤバさはある意味この先頼りになる気がしてならねぇ。
「チッ、俺は早くおんにゃのこをナンパしたいのに」
「アンタねぇ……そんながっついても失敗するのがオチよ」
「ケッ、元女神風情に人間のおんにゃのこの何がわかるってんだ」
「今でも私は女神よ!」
「ちょ、待て……お前ら歩くの速い……!」
だが俺は本当の意味で普通の人間だ。
力を失ったとはいえ元は女神らしいアクアとも、自称弱体化を名乗ってる癖に巨大な岩をビームで何回も破壊してる兵藤とは違って、ただ歩くだけでもそのスペックの差は大きい。
だからあの二人にとっては普通でも、俺にとっては多大な労力なのだ。
「なぁに? まだ最初の町にすら着いてないのにもうへばった訳ぇ? ったくこれだら引きニートは……」
「う、うるせぇ! 俺は生前平和に生きてたんだよ!」
「俺としては佐藤君の様な生き方がしたかったな……。
うん、良いよ、確かに急いだってしょうがないし、ゆっくり歩こう」
力を失ってる癖にまだ俺を見下すアクアとは正反対に、何を思ったのか急に俺に合わせると言い出す兵藤に俺もアクアもちょっと驚く。
「私と随分態度が違うのね」
「だってキミは女神なんだろ? でも佐藤君は普通の人間だ……俺も分類上は人間だし、同じ人間同士仲良くはしないとね」
「え、お前人間だったの? ていうか、お前の生きてた世界じゃ手からビーム出したし変な籠手出すのが人間なのか?」
『そんな訳無いだろ。コイツが人間の中でも突然変異的な存在なだけで、その他は基本的に貴様と同じくらいだ』
同じ人間同士という言葉に地味に驚く俺に……ええっと、赤い龍? ってのが兵藤の左腕に出てきて説明をしてくれる。
どうやら兵藤の世界でも普通の人間は俺等と何ら変わらないだけで兵藤がおかしいだけらしい。
「そういえば兵藤に両親は?」
そんな男の両親もさぞおかしな奴だったんだろうなぁ……と軽い気持ちで聞いてみる。
すると兵藤はほんの一瞬だけその表情を冷たいものへと変えると……。
「知らね。
餓鬼の頃の俺を気持ち悪いからって理由で精神病院に無理矢理入院させた後、どっか消えちまったよ」
「……わ、悪い」
「割りとヘビーなのね、アンタの人生」
『? 何だ小娘、お前の事だから知ってると思ったが』
「私が知ってるのはコイツが化け物相手に殺生しまくったって事ぐらいよ」
な、何か空気が悪くなってしまって。いや俺のせいだけど。
本当、俺とは真逆の人生だったんだな……。
うーん、兵藤一誠……あーもうめんどうだからイッセーで良いわ。
コイツ、確かに気性は荒めかもしれないけど生前は碌でも無い人生だったみたいね。
親に捨てられる気持ちなんてのは女神である私には分からないけど、佐藤和真……じゃなくてカズマに両親の話を触れられた時に一瞬見せたあの何とも言えない表情を考えても、今のイッセーの人格を形成する要因なのは間違いないわね。
「つーか俺の事なんてどうでも良くね? んな事より佐藤君の世界はどんなんだったんだよ?」
「どう……どうって……普通? 多分兵藤の世界と文明も変わらないし、悪魔ってのも堕天使ってのも天使ってのもドラゴンってのも空想の存在であるぐらいで後は変わらねーかな」
「へー? ドライグみたいな存在が空想かぁ……慣れすぎちゃってるからちと想像付かねぇな」
『俺達の居た世界でも普通の人間共の思考はこの小僧と同じだろ』
正直コイツは一刻も早く縁を切りたい。だけどのこのクソ引きニートのせいでこんな状況になったというのであるなら、仕方ない。
コイツのこの全盛期から遠退いたとはいえ、規格外な力を利用し、楽をしながら何としてでも女神としての力と地位を取り戻さないとね。
だから精々私の為に蟻の様に働いて貰うわよ……くーっくっくっく!
と、悪どい顔してカズマとくっ喋るイッセーを眺めるアクアだが、その考えは直ぐに失敗する事となる。
所謂RPGゲームで言うところの始まりの町であるアクセルなる場所へと到着した異世界人三人組。
「……。コンビニは本当に期待できそうも無いな。ゲームも無理だなこりゃ。つーかTVとかも無さそうだぜ」
「来た時点で何と無く覚悟はしてたけどな……つーか、諸にゲームっぽい町だわ」
「チッ、つーか見てるとぶっ殺したくなる種族がぞろぞろ居るじゃねーか……」
中世のヨーロッパっぽい町並みを見て、現代っ子筆頭のイッセーとカズマはこの時点で現代っ子必需品の確保は不可能と肩を落としつつ、取り敢えず適当にブラブラするのだが、すれ違う町人の中に結構な割合で混ざっているエルフっぽい何かやら獣耳を付けた人間じゃない種族に、カズマは改めて異世界に来たのだと思い、逆にイッセーは微妙に嫌な思い出しか無い他種族に対して小さく物騒な事を呟いていた。
「猫の耳……猫妖怪か何かか? クソが、そういやクズ野郎の寵愛(笑)が受けたくて俺を殺しに来たゴミ共の中に姉妹だかなんだかで居たなぁ……」
「マジかよ」
「ああ、不意討ちかましてきた礼に全身を粉々にしてから顔面剥いで送り主に送り返してやったがね……」
「お、おぅ……グロい」
「その気性の荒さをこの世界では控えなさいよ。
言っとくけど、アンタの世界とは違ってこの世界の人々は基本善良でアンタに悪感情なんて無いんだから」
「あーそうだった……うーん、どうも身構えちまうな。
エルフとかならまだ大丈夫なんだが、猫はどうしてもね」
「どんだけ嫌いなんだよ猫が」
生前、とある猫妖怪に散々悪だなんだと罵倒され、あげく不意討ちで殺されそうになった思い出があるせいか、猫耳……いや獣耳に対して異常な嫌悪感を示すイッセー
まあ、獣耳種族だけに足らず……人間以外の種族は基本何でもかんでも殺してしまってたので、他種族は異世界に来ても好きになれそうも無かった。
とはいえ、そんな物騒な台詞を平然と吐いてるイッセーに対して引きはしても距離を置こうとはしない辺り、アクアもカズマもある意味ぶっ飛んでるのだが。
「ここが冒険者の集まるギルドね」
「みたいだな……やっぱり登録とかするのか? 正直兵藤が今すぐ魔王ってのを倒しに行ったらそれで終わりな気がするんだが……」
「嫌だよめんどくさい。今更魔王なんざ飽きるくらいぶちのめしたし、第一冒険者ってのにならんと金があんまり稼げないんだろ? 登録しといて損は無いだろ」
カズマの言葉にイッセーがめんどくさそうに……されど然り気無く凄い事を言いながら、この世界じゃそんなに暴れるつもりは無いと先に宣言する。
「え!? アンタ魔王倒さないの!? じゃあどうやって私は女神に戻るのよ?」
「………あー、じゃあ気が進んだらね。うん」
「それじゃ困るのよ! アンタなら多分余裕で倒せると思ったからわざわざ私が付き合ってやってるのに!」
「んな事言われたって、俺の目的は普通のおんにゃのこのハーレム王だし、魔王なんて興味ねーよ。つーか、待ってたらその内誰か倒すんじゃねーの?」
「そんな気長に待てるか! 今すぐ登録して行ってこい!!」
「あ? 行ってくださいだろ? このアマ、俺が動かねぇと自分のアイデンティティー取り戻せねぇ癖に偉そうだなぁオイ?」
「し、しまった……! ぐっ……も、もう良いわよ!!」
一刻も早く女神の職に復帰したいアクアは、涙目になってギルドの扉を乱暴に開けた。
イッセーが魔王を討伐して世界に平和をもたらせば、その時点で目的を果たした事になって女神として復帰できるという、あまり根拠の無い期待をしていたのに、本人はまさかのやる気無し。
あくまでも異世界に転生した理由が『ハーレム王』であり、その他はどうでも良いという考えは楽してさっさと女神に戻りたいアクアにしてみれば誤算でしかなく、ついつい感情的に詰め寄ってしまった。
が、見た目だけなら怖さもへったくれもない小娘であり、そもそも女神相手に利用されてやるつもりも一切無かったイッセーの凄味入りチンピラ口調に圧されてしまったアクアは、内心ちょっと怖かったとビビってしまい、結局イッセーの言う『その内』を待たないといけない現実に泣き寝入りの形で退いてしまった。
「お、おい良いのか?」
「良いんだよ、あんな雌の言うことをホイホイ聞く義理なんざ無い。
それにアレに女神としての力を取り戻させたら、間違いなくキミや俺を見下し始めるぜ? それはそれでムカつくだろ?」
「まあ確かに……」
「だろう? だったらあの青雌も存分に働いて貰おうぜ、案内人としてキミが道連れにした分をたっぷりとなぁ?」
『バカだなあの小娘。イッセーは引く程のサドなのに』
先にギルドの扉を潜って行ってしまったアクアに対して、『ケーッケケケケケ!!』と嗤うイッセーにさしものゲス寄りのカズマも若干引いた。
自分も良い奴とは到底思えない性格だが、正直イッセーよりはマシな気がする。
「まあ、チート使ってゲームクリアしてもつまんねーし、何より力を取り戻したあの駄女神が俺達に何て言うか簡単に想像できてムカつくのも同意出来る。
うん、此処は兵藤の言うとおり精々道案内の仕事をこなして貰うかぁ……」
まあ、それでもゲス寄りなのでカズマもカズマなのだが。
「と、登録料……?」
「はい、冒険者として当ギルドに登録するには登録料金としてお一人一千エリスが必要となります」
そんなこんなでとっとと女神職を取り戻せると鷹を括っていたのを本人に拒否られて涙目のアクアは、悔しさやら何やらで怒りながら涙を流し、受け付け嬢にギョッとされつつ登録申請をしたのだが、早速とばかりに異世界にて女神の力を失った後の洗礼を受けていた。
「おいどうした?」
登録しようとしたら金が掛かる。しかも一人千エリスだから三人で三千エリス。
その事実に更に凹みながらギルド内をトボトボ歩くアクアに、遅れてイッセーと共に入ってきたカズマが声を掛ける。
「お金掛かるんだって、ギルドに登録するのに……」
「え、マジ? おい参ったぞ兵藤、金を稼ぐ前に今すぐ登録料を稼がないといけない――――って、あれ兵藤?」
てっきり横に居るのかと思っていたイッセーが居ない。
はてとアクアと一緒に冒険者集まるギルド内をキョロキョロ見渡すと……イッセーは直ぐに見つかった。
「そこの麗しのお嬢さん、俺は新参者の冒険者希望なのだが……その前にキミのような子と出会えてぶっちゃけ冒険者がどうでも良くなった。
どうだい、今から俺と将来設計と墓入りを前提にデートを」
「え、あ、あの……」
「おいコラ! うちのパーティメンバーを口説くな!」
「何をしてるのあのバカは?」
「……。こんないきなりとは俺も予想外だぜ」
プリーストらしき女の子に、同じパーティを組んでるらしき騎士っぽい男の怒鳴りも無視して早速とばかりにナンパをしていた。
それはもう、下手くそ過ぎるナンパで……。
「テメェそれ以上ほざくなら……」
「うっせぇボケ!! 俺はこの子に用があって、テメーみてーな汗臭い野郎なんざ用はねぇ!! 消え失せろ!!」
「んだとぉ!!」
そして気付けばオロオロしているプリースト横に騎士っぽい男と取っ組み合いの喧嘩に発展。
困ったことに冒険者というのは騒ぎが好きなのか、他の冒険者が『やんややんや』と捲し立てるだけで止めようともしない。
なので……。
「オラァッ!! ――――え?」
「何だその蚊みてーなパンチはぁ?」
「こ、この……うわっ!?」
「完武・兜砕きーっ!!!」
「ぎゃふ!?」
元の世界じゃ破壊の龍帝と嫌われていた男に単なる冒険者が勝てるわけも無く、騎士っぽい男の頭部をブルドッキングヘッドロックのように捉え、自分の膝に当ててその膝を抱え上げると、そのまま一気に膝を叩きつけていた。
それはイッセーの得意とする物理法則完全無視の殺人技なのだが、流石に手加減はしているのか騎士っぽい男の頭部が砕けるという事は無いまま気絶にとどめいた。
「ふん、雑魚め……さて続きを――ってあれ!? さっきの女の子は!?」
「あぁ、さっきのプリーストならお前を怖がって出てったぞ?」
「なぬぅ!? くっ……いきなり失敗か」
「そんな事より冒険者にもなってないのに強いなお前! 登録したらウチのパーティ入れよ!」
だが一連の騒動が他の冒険者の目に留まったのか、よく分からないが勧誘までされ始めていた。
「お、おい早く呼ばないとアイツ別のパーティに行くんじゃねーか!?」
「ま、マズイわ! アンタみたいな引きニートならどうでも良いけど、アイツは性格はともかく使える男、さっさと引っ張るわよ!」
「一言余計だ!」
それを遠巻きで見ていたアクアとカズマは焦りながらイッセーに群がる冒険者の山を掻き分け、今度は別の女の子冒険者をナンパしていたイッセーを無理矢理引っ張って連れ出す。
「あんだよ、折角ナンパしていたのに……」
「うっさい! 女ナンパする前に登録料を何とかするのよ! じゃないと冒険者になれないの!」
「つーかお前凄いな、よくあんな下手な台詞がぺらぺら出るもんだ」
「え!? へ、下手なの? …………あ、そう」
『だから迫りすぎなんだよお前は……そら、この小娘の言うとおりとっととギルドとやらの登録料を何とかしてやれ』
「お、おう……」
未だ注目を集める中、登録するのに金が必要なのとナンパ下手を指摘されて地味に傷ついたイッセーは、ドライグに言われるがまま登録料を何とかしようと、こっちを見ていた適当な冒険者に話し掛ける。
「ねぇ、今金が無くてギルドに登録できないみたいなんだ。後で返すから三人分……で、良いのか、登録料貸してくんね?」
「何だお前? そんな事も知らないで来たのかよ? アホだなぁ……まあ、良いもん見せて貰ったし三人分の登録料くらいは出してやるよ」
「おおっマジか!? アンタ良い奴だな!!」
「え、アイツ凄くね? 今会った奴から金貰ってるし」
「あの暴れっぷりが功を奏したみたいね……チッ、ムカつくわホント」
呆気なく他の冒険者から金を手に入れるイッセーにカズマは『兵藤はもしかしなくてもコミュ力が凄いのか?』と若干負けた気分になり、アクアは先程受けた屈辱を引きずってるのか、卑屈な態度だった。
そして割りとあっさり三千エリスを確保したイッセーが戻ってきたのだが……。
「はい、佐藤君の分ね」
「あざっす!」
「ふん、気性の荒さがこんな状況を常に生むなんて考えないことね、ま、褒めて遣わすわ」
素直に頭まで下げながら受け取ったカズマと違い、上から目線のアクアの台詞がいけなかった。
「……………。あ、ごめんさっきの人、千エリスは返すわ、コイツは働き者だから自分で稼いで登録するんだと」
「!? ちょ、待ちなさい!!!」
アクアに渡そうとした千エリスをそのままそっくり先程の冒険者に返そうと回れ右をしたイッセーに、アクアはギョッとしつつも慌てて引き留めようとする。
「待たない。考えてみたら佐藤君は良いけど、お前の為に何で金持ってこないといけないんだ? つーか、そんな事ほざくならテメーで金作れ」
「あ、アレはちょっとした冗談よ! ほ、ほら私って口悪いから……ね、わかるでしょ?」
「わからねぇな? 俺は短気でバカで気性が荒いからよぉ……?」
「い!? い、いや……ぐぅ……わ、わかったわ、さっき言ったのは訂正するわ。だから意地悪しないで私の分も……」
「……って、お前の背中に必死こいてしがみついてる子は言ってるけど大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫大丈夫、ほら返すよ……そして今度何か奢るぜ」
「イッセーさん……いやイッセー様!! この卑しく駄目な私にも何卒お慈悲をお慈悲をくださぃぃぃぃっ!!!!」
何を言っても、冒険者に返そうとするのを見ていようよヤバイと思ったのか、遂にイッセーの脚にしがみつきながら、元女神もへったくれもない台詞で媚だしたアクア。
「い、いや俺は良いから取っといてやれよ……なんか可哀想だぞ……」
「はぁ……じゃあ飯でも食うかなー?」
「ご、ご飯代は登録してからすぐ私が稼ぎに参りますから! 何卒! 何卒ぉぉぉっ!!!」
「……………。お前、ドSだろ。さっきから物凄いアレな顔して笑ってるし」
「そうかなぁ? こんなしょうもねぇ女なんかどーでも良いんだけどなぁ? クククク!」
ヒッヒッヒッ! とアクアに見えない所で嗤うイッセーにお金をくれた冒険者がかなり引いている。
結局こんなやり取りを挟みつつ、アクアも無事に登録料を手に出来た訳だが……。
「ありがどうございます! ありがとうございましゅぅぅ!」
「鬱陶しい、離れろうざってぇ」
「はい!」
「スゲー……生の調教する奴初めて見た」
アクアとイッセー間の上下関係だけはハッキリ決まってしまった様だと、カズマは改めてこの男だけは敵にしたくないと畏怖とほんの少しの尊敬の念を覚えるのだった。
まあ、この数分後にはアクアも元に戻ってイッセーに何時か復讐してやると思う程度にメンタルを戻すのだが。
終わり。
登録を済まし、早速とばかりにクエストを開始する凸凹トリオだが、レベルやらステータスやら要領が悪すぎる二人は稼いだ金を考えなしに使って直ぐに貧乏になる。
故に宿も最底辺の馬小屋になってしまうのかと思われたのだが……。
「この世界の良いところは、簡単に金が稼げるってところだな。
ふふふ、人間のおんにゃのことトークできる店も選び放題だぜ」
基本的にスペックがおかしい龍帝の少年が、暫く余裕で遊んで暮らせるだけの金を半日で稼いで来てしまったからさぁ大変だ。
「おねげーします! おねげーしますご主人様! 私も高級宿で宿泊出来る工面を何卒ぉぉ!!」
「あ? んだよ、また無駄に金使ったわけ?」
「すまん、このバカが昼間っからシュワシュワやら飯を食いまくって金を……しかも俺の分まで」
「寄生虫より最低だなこの女。はぁ……まぁ良いや、佐藤君が可哀想だし良いぜ別に」
毎日毎日稼ぎ頭のイッセーにプライド捨てまくりの駄女神。
そしてイッセーもイッセーで数週間共に色々とやって来たせいなのか、最初の頃と比べてアクアに対してもわりと優しくなってしまったのか、ため息混じりで甘やかしてしまう。
「あのさ、もう殆どイッセーに世話になってる身分でこんな事言うのも変だけど、このバカだけは更正させるべきだと思うぜ」
『それは俺も同意する。小娘の為にならん』
ドライグに知らされたイッセーの特性『情を持った相手には打って変わって献身的になってしまう』というのを今のアクアに対する対応を見て少しばかり危惧したカズマがドライグと共に忠告する。
しかし……。
「何で俺がこんな雌甘やかさなきゃなんねーんだよ?
別に何にも変わってねーよ」
「……マジかコイツ?
気付いてないとかどういう事だよドライグ?」
『イッセーは他人に頼られる事を知らなかったからな、ましてや悪感情を常に向けられる人生だったんだ。
お前やあの小娘に頼られてる、そして悪感情を向けられてないという状況に無意識に行動してしまうんだろう』
「二度目になるけどマジか……。もしかしてイッセーは駄目人間製造機か……アレは人間じゃなくて女神だけど」
発覚する駄目人間及び駄女神生成気質、それも無自覚。
確かにカズマ自身も『魔王? んな事より今の生活が楽でしょうがない』と低レベルで安全なクエストしかしない状況ではあるが……。
「イッセ~ お腹空いた~」
「あ? チッ……じゃあギルド場で飯でも食うか」
「わーい、あ、でも歩くの怠い~」
「はぁ!? テメェ歩くくらい……あーもう良いや、ほら」
「わーいわーい、イッセーのおんぶ~」
「アレは無いだろいくら何でも」
『あぁ、この先が流石に不安すぎる』
女神としての力を失ってしまったのがあるのか、上位職に着いているのに失敗するアクアやカズマをフォローしまくる内に気付けば二人に対して無自覚に過保護化してしまったイッセーが心配で仕方なかった。
その内自分達の組むパーティに入ったメンバーにもこうなってしまうのかと……。
だから取り敢えず体を動かすクエストを受注する。
「ジャイアントトードねぇ……こんなの適当に」
「いやぁぁぁっ!! 食べられちゃうぅ! 助けてイッセー!!!」
「チッ、上位職じゃねーのかよあのアマ! ドライグ!!」
『Boost!!』
「喰らえ! 地獄のメリーゴーランド!!」
「スゲー……そこら辺の枝二本でジャイアントトードを切り刻んでら……」
カズマに言われて見ていただけのイッセーだが、アクアが巨大蛙に丸飲みにさせられる際に助けを求められてしまうもんだから、悪態を付きつつもつい助けてしまう。
「うぇぇぇん……気持ち悪いよぉ」
「エグい臭いだなおい……はぁ……仕方ねーな、戻って風呂入れよ……ったく、手間の掛かる」
「で、でもイッセーの服が汚れる……」
「洗えば良いだろんなもん、おら行くぞ」
「ぐすん……」
「あれ、失敗かもしれない」
『大失敗だな』
クエストは成功しても、生活パターン改善は大失敗。
そんなクエストの帰り道……。
「ふっふっふっ、見てましたよ!
我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」
中二病っぽい格好の少女と出くわす。
そしてあろうことかイッセーが巨大蛙を赤龍帝の籠手を使用して討伐するのを見ていたらしく……。
「わかりますよ! 貴方も私の仲間ですね!」
イッセーの赤龍帝の籠手に同類と勘違いしてキラキラした目で寄ってきた……。
しかし……。
「あなたなら私と同じ爆裂魔法を――」
「邪魔だクソガキ!! 俺はアクアを風呂に連れて行くのに忙しいんじゃボケ!!!」
「」
「ひ、ヒデェ……」
見た目からして『あり得ない』イッセーは、寧ろそんな少女に対して失せろとチンピラ口調で怒鳴り散らすと固まる彼女の横をアッサリ通りすぎて去ってしまった。
無意識の内に見知らぬ少女よりパーティ組んでるアクアの方が優先順位が高かったが故の酷すぎるオチだが、見ていて流石に不憫に思ったのか、カズマは半べそかいてた少女を連れていく事にした。
それが失敗だったと後に後悔するのだが……。
終わり
補足
とまあ、こんな感じに無駄にスペックがあるせいでこういう事に……。
その2
オマケでチョロっとやりましたが、それがこのイッセーのシリーズ共通の長所である短所でもあります。
駄目人間製造機……及び駄女神製造機。
その3
しかし、めぐみんには――いやほら……ロリっ子やし仕方ないんだよ……うん
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紆余曲折
ロリっ子の出番は無しです。確か次だった気がします
結局アクアの分も無事に登録する事で落ち着いたのだけど、ここに来てまたしても騒ぎを既に起こしていたイッセーに別の意味で注目の集まる事が起きた。
「名前と身長と体重……と」
金を献上して登録にまでこじつけたカズマ、アクア、イッセーは其々受け付け嬢から渡されたカードに自身の簡潔な情報を記す。
受け付け嬢曰くそれで個人のステータスが測れるとの事らしく、イッセーとカズマは何と無くRPGゲームのステータス画面的なものを思い出す。
「えっと、サトウカズマさんですね?
ふむふむ、基本ステータスがほぼ平均的で……あら幸運の数値が高いですね」
「運が高い? ……死んだのにか?」
「そこはもう深く考えない方が良いと思うぞ佐藤君。
良いじゃん、運が良いに越した事はねーだろ」
ふむふむと受け付け嬢が割り出されたステータスを軽く評価する横で、カズマとイッセーは自分の背景を思い返し微妙な表情だ。
死んで異世界に飛ばされたというのに、それで幸運ステータスが高いと言われても、正直実感がまるで沸かないのだ。
「と言っても運が高いだけで後は平均以下ですので、職業がかなり限られるというか……正直冒険者じゃなくて商人の方が適正かもしれませんね。
サトウカズマさんは基本職の冒険者……ぐらいでしょうか?」
「わぁお……じゃあその冒険者でいいっす」
スペックが運以外平均以下とハッキリ言われた挙げ句、基本職ぐらいしか無いとまで言われたカズマはちょっと凹みながらも、商人なんてやりたく無かったので仕方なく冒険者職で登録を済ます。
然り気無くメンタルが戻ってたアクアが失笑していたりするが、カズマは敢えて無視した。
「良いじゃん冒険者。
殆どの他の職のスキルが覚えられるんだろ? 器用じゃん」
「絶対器用の後ろに貧乏が付くだろ。
聞けば他職のスキルを覚えるのにスキルポイントが基本倍使うらしいし……」
「ホイホイとポイントを無駄遣いせず厳選すりゃ良いんじゃね?」
「まぁな………」
イッセーのフォローが返って更に凹む要素になるとカズマは更にテンションが落ちたままギルドカードを受け取る。
というのも、どうせイッセーのあの化け物じみた力を考えたらステータスも高いし職も選び放題なんだろうと考えていたからだ。
ならばいっそ自分の次にステータス評価を受けてるアクアみたいに軽く笑い飛ばしてくれた方が気が楽だった……と、カズマは少し卑屈になっていた。
「凄いですよこの数値は!
知力が平均値より低く幸運が最低レベル以外は残り全てのステータスが平均値を軽く超えてます!
特に魔力が尋常じゃないんですが、あなたは何者なんですか!?」
そんな気分を隠しつつアクアが評価を受けているのを聞いていた訳だが、どうやら力を失ってしまったとしても女神だけあったのか、受け付け嬢が驚く程の基礎能力を備えていた様だ。
その証拠に既にイッセーの件で注目を集めていた他の冒険者達が若干アクアに向けてどよめいていた。
「凄いですよこれは、このステータスなら知力を必須とする魔法使いは無理にしても殆どの職を選べます!」
「ふーん? それなら一番私に合ってそうなのはこのアークプリーストかしら?」
「はい! 早速登録しましょう!」
ふふん……と流し目にカズマを見下すような表情を見せながら、ざわざわしてるギルド内にて堂々と上級職に着くアクア。
そのあまりにも腹の立つドヤ顔に思わず後ろからドロップキックでも噛ましてやりたくなる衝動に駆られたカズマだが、今はグッと耐えた。
「アクアさんはアークプリーストとなります!」
「ま、当然よねー?」
イッセーに精神的に潰された癖に……と僻むカズマ。
既にアークプリーストが確約された新人冒険者という事でアクアはかなり注目されている訳だが、そんな空気の中をいよいよお待ちかね……イッセーの基本スペック評価の番だった。
「さて、最後はヒョウドウイッセーさんですが―――――え?」
既にアクアの件でちょっと興奮していた受け付け嬢さんだったが、最後であるイッセーのカードに浮かび上がったステータス数値を見て完全に固まった。
「? どうしたのおねーさん? もしかして俺とデートでも……」
「いや、しませんけど……え?」
「何よ、何かあったの?」
然り気無く口説こうとするイッセーを軽く流し、イッセーの情報が入ってる筈のギルドカードを眺めて固まる受け付け嬢さんに、カズマもアクアも気になって身を乗り出す。
イッセーの基礎スペックの事は今のところ彼の中に宿る二天龍を抜かせばアクアとカズマしか知らない。
なのでまさか異常過ぎる数値が計測されて絶句でもしたのか? とやや心配になってしまう。
「い、いえ……あのヒョウドウイッセーさんはちゃんとご自身の情報を書かれましたよね?」
「? そりゃもう……お姉さんに俺の事を知って欲しいですから?」
「何なのよ、ハッキリ言いなさいよ、まさかコイツの数値が異常に高いの?」
「その……いえ、見て貰えれば分かるのですが……」
そう言ってギルドカードを三人に見せる受け付け嬢。
そこまで困惑するならさぞ変な事でも書かれているのか? とアクアとカズマは興味本意でそのカードを確認するのだが……。
ヒョウドウ・イッセー
筋力……ライバル
俊敏性……けつばん
生命力……オジゾウバッヂ
魔力……かいがらバッヂ
器用度……ブルーブルーホホ
幸運……インドメタシン
知力……ベアビヲ9
以下全て解析不能文字
「「……」」
「なにこれ?」
「さ、さぁ?」
アクアもカズマも思わずポカンとしてしまう訳のわからない文字の羅列が、ステータス数値の代わりとして書かれていた。
「身分を偽装したとしてもこんな結果にはならないし、一体全体何が……」
アクアが注目を集めてくれたお陰で他の冒険者達にみられる事は無かったが、受け付け嬢もこれには何て言えば分からない様子であった。
何せ聞いた事もない文字が殆どで占められてるのだ……これでは適正のジョブを紹介する以前にイッセーの基礎スペックの評価すら下せない。
「あの……一応もう一度このカードを破棄して登録し直してみましょうか?」
「あ、はい」
なのでもう一度登録のやり直しをしてみたのだが……。
「変わりません……ね」
「そっすね」
「「………」」
結果は同じく、数値化不能で訳のわからない文字の羅列のままだった。
「あの……登録自体は出来るのでそこは大丈夫なのですが、そのヒョウドウさんの場合はジョブを冒険者すら選べないと思います」
「えっと、その場合はどうすれば?」
「一応、冒険者以下となる『すっぴん』というものがあります。
ですが、すっぴんの場合はスキルは覚えられず、経験値の習得も不可能で、クエストが受注できるだけの一般人と言いますか……。
こうなると冒険者になるのはオススメ出来ないですね……」
すっぴんという、ギルド歴史史上『取り敢えず作っとけ』的なノリで作られたクエスト受注権利だけを獲るある意味幻の職業があると紹介され、同時に冒険者になるのはオススメ出来ないと言われた。
当たり前だ、いくらモンスターを倒しても経験値は入らないしスキルポイントも手に入らない。
事実上『お前は冒険者としての全ての才能が欠落してる』と言われるのと同じ意味でもあるのだ……受け付け嬢としてもオススメなんて出来る訳が無い。
アクアとカズマもまさか基礎スペックが規格外のイッセーにそんな欠点があるなんて思いも寄らず、また流石に笑えなかった。
「ふーん……? じゃあすっぴんでお願いしまーす」
しかしイッセーはといえば呑気に受け付け嬢さんに向かってすっぴんでの登録を申請した。
「え!? よ、よろしいのですか? 先程のサトウカズマさんと違って経験値もスキルも無いままずっとですよ?」
「全然いいっすよ、俺これでもちょっとは強いんで」
「い、いえ確かに先程騎士の方を倒してましたけど……本当に良いんですね?」
「はい、登録しないとお姉さんと会えないし、俺にとっちゃそっちのが重要っすわ」
にっひっひっひっ! と笑いながら受け付け嬢さんの忠告を突っぱねて登録を申し出るイッセー。
それを受けて受け付け嬢もこれ以上忠告しても無駄だと悟ったのか、そのまま登録を完了させる。
「は、はい登録を完了しました。
それではようこそ……」
「はーい! 俺頑張りまーす!」
「「………」」
だが受け付け嬢は知らないのだ。
何故イッセーのステータスが解析不能なのか。
そしてその潜在能力を……。
この世界には存在しない、されど一誠をアクア達女神すら修羅の世界と距離を置いてきた世界にて最強最悪の存在にまで押し上げた力があるからこそ……。
「で、早速なんですけど軽く金が入るクエストとかあります?」
「へ!? さ、早速ですか? え、ええっと……」
「あれ、低いからじゃないよな絶対?」
「二天龍ってだけでもヤバイのに、アイツ自身の持つもうひとつの力がああさせたわね……多分」
イッセーはすっぴんなのだ。
兵藤一誠
ギルド職……冒険者以下のすっぴん
ステータス……解析不能
備考…現赤龍帝にて無限進化のスキル保持者。
解析出来ない、数値化できない。
まあ、イッセーのあのふざけたスペックを考えれば納得は出来るわね。
寧ろおかしな数値叩き出して大騒ぎされるよりは、解析不能で誤魔化せただけマシかもしれないわ。
「で、イッセーはまだ帰って来ないの??」
「『外行ってくる』と行ったきりだよ」
そんなイッセーだが、ギルドに登録してからは暫く一緒に収入の少ないクエストをやっていた。
すっぴんと冒険者……そんな理由で金回りの良い仕事にありつけず、やってる事と言えばもっぱら町の住人から与えられる雑用。
お陰で満足の行く宿には泊まれないわ、美味しいご飯も食べられないわで、絶賛貧乏生活を強いられちゃってる。
それもこれもこのカズマとイッセーが私の足を引っ張ってるに他ならない訳で……。
「テメーゴラ!! 昼間っからシュワシュワなんて飲んでんじゃねぇ!! 只でさえ金が無いのに!」
「うっさいわね!! こちとらアンタ等のせいでこんな惨めな生活させられてんのよ! シュワシュワの5杯くらいでガタガタ抜かすな!」
女神である私の生活レベルは底辺にまで落ちていて、たまのシュワシュワですらヒキニートに文句言われる始末。
ホント……こんな状況で飲まずにやってられるか。
「というかイッセーは何処なのよ? またナンパなんて無駄な事して働いてないわけ?」
「いや、ナンパしてたらすぐ分かるし、多分町の外じゃ――だから無駄に飲んでんじゃねぇ!!」
「けっ! こっちは足を引っ張るアンタ等に合わせてるせいで馬小屋生活させられてんのよ? これくらいで文句言うな」
「テメーが無駄遣いするから馬小屋なんだろうが!」
ケッ、一々煩いわね。
そもそもコイツが私を道連れにしたせいで―――ん?
「お! すっぴん君が戻ってきたぞ!」
「よぉすっぴん!」
ギルド場の入り口が騒がしくなるのが奥に居た私達の耳に入る。
「すっぴん……イッセーが来たのか!?」
「あのナンパ野郎……私達の苦労を他所に……!!!」
規格外過ぎてすっぴんなんて事実上冒険者として終わってる評価を下されてるにも関わらず登録したバカなんてイッセー以外存在する訳も無く、騒がれ具合からしてイッセーが何処ぞから帰って来たのだと思った私は、人の波を潜って数日ぶりに姿を見せて穀潰しを思いきり睨む。
「イッセー!」
「あ、カズマにアクアじゃん。何だよ、昼間っから飲んでるのか?」
私と居ると文句ばっか抜かすカズマが、イッセーを呼ぶや否や心の底から安堵した顔をする。
だが私は違う……こんなフラフラと勝手な真似して遊んでるバカが来ても怒りしか沸かない。
「誰のせいでこんな事になってると思ってるのよ……! 熱湯頭からぶっかけるわよ……!?」
「は? 何怒ってんだコレは?」
ヘラヘラした態度が癪に触る。いくら睨んでも平然としてるのが尚気に入らない。
挙げ句の果てには何で怒ってるのかすら解ってない……あームカツクゥ!!
「いやほら……数日帰らなかったから……」
「は? あー……それは悪かったが、別に遊んでた訳じゃねーぞ?」
「あ゛? じゃあクエストでもしてたのかしら? 私達とパーティ組まなきゃクエストなんて受注できないお荷物の癖に!!」
そう、イッセーはすっぴんであるが故にきちんとしたジョブを持つ他の冒険者と組まないとクエストを受注出来ない。
身なりが綺麗な時点でコイツがクエストなんてやってる訳も無く、どうせそこら辺で女ナンパしてたんだろうと私は半分になったシュワシュワの入ったジョッキを投げ付けてやろうかとイッセー目掛けて振りかぶった――
「おう、だから『個人的な散歩』で売れるもんを取ってきたんだよ……ほれ」
まま、私は固まる。
ケタケタとムカつく顔して笑うイッセーが、懐から金銀財宝が詰められた袋を……少なくとも10袋はテーブルの上に置いたからだ。
「は? な、なにこれ?」
「見てわかるだろ? 売れそうな石やら金貨だよ」
「いや、それはわかるが、お前こんなのどっから取ってきたんだよ? お、おいまさか金持ちからカツアゲ――」
「そんな事するかよ。普通に散歩ついでに良さげな洞窟やら鉱山で掘りまくったんだよ」
そう言って私達と同じテーブルに座ったイッセーは、唖然とするカズマや他の冒険者達を無視して呑気に注文をしている。
「いやおいすっぴん君、宝石は良いがこれ……祖龍の紅玉じゃないか?」
「はぁ!? う、嘘だろ!? …………い、いやマジだ……図鑑で見たものとまんま同じだ……」
「え? あぁ、これそういう名前なの? 何か無駄にでかいトカゲをぶちのめしたら目から落としたんだよ」
そんなイッセーに冒険者が宝石の中に混じる何かを見て大騒ぎする。
祖龍の紅玉……え、祖龍の紅玉?
「イッセー? アンタどこ行ってたの?」
今更コイツが規格外なのは知っている。
しかしそんなものを平然ともって帰って来るという事は、コイツが散歩と表して行ってきた土地は――
「ええっと……何だっけ? 竜王の圏域?」
この世界では普通の手段じゃまず……いや寧ろ魔王ですら手出し不可能の幻と呼ばれる土地という事になるわね……。
「アンタ……どうやって行ったのよ」
「どうやって? 確かドライグの奴が急に『ドラゴンの気配を上に感じる』って言うからさ、言われたまんま上に飛んだら変な大陸があって………か?」
『な、なにぃぃぃぃっ!?!?』
……。うん、まあコイツを知らない連中からすれば驚くわね。
何せ竜王の圏域ってこの世界にて誰も到達出来ない異空間みたいな所なんだから。
「いやいやいや待て待て待て待て! お前それマジか!?」
当然聞き耳を立てていた冒険者が大騒ぎしながらシュワシュワをグビグビ飲み始めるイッセーに詰め寄る。
「多分ね、何か普通に喋る蜥蜴がそう言ってたし」
「そ、それって竜王・バハムート……?」
「あー……そんな名前だったかな……?
宝石乱獲したくて邪魔だったし直ぐ殴り倒しちまったからあんま覚えてねぇや……ヒック」
「……。よ、酔ってるだけか? つかすっぴんなのにありえねーだろ」
「た、多分アレも俺の見間違いかもしれねぇ……」
けどあまりにも荒唐無稽過ぎるのか、すっぴんというのもあってイッセー自身の見間違いであるという結論に至る他の冒険者達は、後ろ髪を引っ張られる様な顔して離れていく。
「なぁ、ひょっとしてイッセーはゲームで言うところのラスボス後の隠しダンジョンをクリアーしちまったんじゃ……」
「多分ね。アンタ風に考えるなら、竜王の圏域は文献でしか出ないお伽噺みたいなものだし」
「何でお前が知ってるんだよ?」
「一応調べたから」
「ヒック、ヒック」
怒りが冷めたわ。
まさかコイツ、何も知らないで幻の土地に踏み込んで普通に生還するなんて……。
いやまぁコイツのスペック考えたらあり得ない話じゃないけど……。
「取り敢えずよぉ、そのどうでも良い話は抜きにして、これだけありゃあ暫くは遊んで暮らせるんだな……けけけけ」
「!? まさかアンタ、私の為に――」
「あ? 何で俺がテメーみてーな雌の為に金稼がなきゃなんねーんだよ。
こりゃお姉さんと楽しいトークする為に持ってきたんだよ……うぃ」
と、思ったけどムカつくニヤケ顔をした瞬間また怒りが沸いてきた。
コイツ、こんだけ稼いで来たのに私に少しも渡さないと言ったのだ。
そんなの勿論カズマだって納得できる訳――
「あ、これカズマの分な?」
「!?」
「え!? い、良いのか!?」
と、思ったらこの鬼畜野郎はカズマにパンパンに詰められた宝石袋を二つもカズマに渡した。
「当たり前だろ、つーか元々そのつもりで散歩したんだし」
「お、おぉ……す、スゲェ……ちょっと泣きそうなんだけど俺」
「ちょ、ちょっと私には!?」
感激するカズマなんてどうでも良いというか、何で私には無いんだとイッセーに詰め寄ってみる。
コイツが良くて私が良くないとかそんなのあり得ないのだ……逆ならわかるけど。
「は? 俺は人間じゃねぇ雌相手に施しくれてやるほどの慈悲なんてねーよ。
けっ、昼間っから飲んだくれるだけの余裕があるならそれで良いだろ?」
「よ、よくないわよ! 私だってギリギリなんだから寄越せ!!」
「嫌だね。『すっぴんの役立たず』なんて言われちゃ、渡したくなくなるわ」
「うっ!? そ、それは……わ、わかったわ、すっぴんの足手まといなんて言ったのは訂正するわ。
訂正するから私にも――」
「あ、そうだカズマ。折角だし今日はこの町一番の高級宿でも取ってどんちゃん騒ぎしねぇ?」
「おう! うぅ……これで馬小屋とおさらばできる……!」
私にも寄越せと言ってるにも拘わらず、それを無視してカズマと一緒に高級宿に行こうと席を立つイッセーは、残りの宝石袋を仕舞うと……。
「女神なんだろ? 女神様なんだろ? じゃあ自分で頑張るんだな……俺は役立たずのすっぴんだからよ?」
物凄く根に持ってたと分かる言い方で私に顔を近付かせながらニタァと嗤うと、そのまま肩を震わせて感激に涙するカズマと肩を組ながらギルド場を出ていこうと歩いてしまう。
…………………………。
『すっぴんなんて、いくら無駄に化け物みたいな力を持っててもこれじゃあ私の足手まといよ!』
そうアクアに罵倒されたのがギルド登録してから直ぐの事だった。
確かにすっぴんという職は一般冒険者よりも融通は効かないし足手纏いと言われても仕方ないボンクラ職ではあった。
しかし稼いだ金を三人分も無駄遣いし、挙げ句自業自得で馬小屋生活を強いられている状況まで八つ当たり気味に罵倒されたとなれば、イッセーとしてもカチンとする訳で……。
「ドライグ、散歩するぞ」
『金目の物を集めるつもりか? なら町を出てから真上に飛べ。
この前から上空にドラゴンの気配を感じる』
思いきり見返してやると、ギルドを通さない個人的な収集を開始……ドライグに言われるがままにドラゴンの気配とやらを辿って知らない場所へとたどり着く。
「うひょう! めっちゃ売れそうなもんがあるじゃねーか!!」
『手付かずの土地みたいだな…中々都合が良いぞ』
そして着くや否や、金目の宝石を乱獲しまくり……。
「へぇ、マシそうな蜥蜴じゃねーの」
『我の眠りを妨げるのは―――!? 貴様……何者だ?』
『ほう、俺を感じるか異世界のドラゴン。
なら腕試しの実験台になってもらおうか……行くぞイッセー』
「
『Welsh Dragon balance brake!!』
特に用も脅威も感じない幻の竜をぶちのめし……。
「よーし、これくらいアレばカズマの苦労も少しはフォローできるぜ」
『問題は小娘だが……小娘にも渡すのか?』
「態度次第だな……嘗めた事ほざいたら捨ててやる」
幻の竜の土地から平然と生還。
これが事の真相だった。
「ま、待ちなさい! 待って……ま、待ってください!」
「お、おい……アクアが泣きながら追い掛けて来たけど」
「あーん? 聞こえんなぁ?」
『いきなり地雷を踏んだからなあの小娘は。学習せん奴だ』
真相は結局周囲に理解されぬまま、ギルド場をカズマと共に出たイッセーは、この町一番の高級宿目指して換金して暖かい懐を胸にゆったりと歩いていた。
すると案の定というか、アクアが必死こいた形相で追い掛けて来て、登録料の時と同じくイッセーの脚にしがみついた。
「謝るから! 役立たずと言ったのは謝るから! わ、私にも高級宿に……何卒高級にぃぃぃっ!!」
ズルズルと脚にしがみつてるせいで服が物凄い勢いで汚れてしまっても何のその、馬小屋から高級宿暮らしへと変わる事を思えば、今のアクアにはプライドなんぞゴミ以下だった。
「思うんだけどさ、宿暮らしじゃいくらこんだけ金確保しても無くなっちまうと思うんだ。
だから適当に家でも買わね?」
「あ、おう……。(アクアが泥だらけになってる……)」
しかしそこはドS
生前が生前のせいか、人として色々とぶっ壊れてるイッセーはそんなアクアを無視し、カズマに爽やかな笑みを浮かべていた。
これにはカズマもアクアにちょっとだけ同情を覚えてしまう。
「お願いよぉぉ!! 馬小屋はやらぁぁぁ!」
元女神とはとても思えない情けない姿。
カズマに道連れにされてからは色々と終わってしまってるアクアは、涙やら鼻水やらで顔がエライ事になってしまってる情況の中、町の人々にドン引きされながらも必死にイッセーにすがりつく。
「ごめんなしゃぃぃ! もう二度と言わないからたしゅけてよぉぉ!!」
「な、なぁイッセー? もう良いんじゃねーか? 俺も流石に心が痛いし……」
それを最早見てられなくなったカズマは、もう一度イッセーに許してやればと切り出す。
「………………。ハァ」
それを受けたイッセーも、そろそろ煩いと思ったのか怠そうにため息を吐くと……。
「鬱陶しい」
「あぅ……!」
しがみつくアクアを軽く蹴っ飛ばした。
そして泥だらけのグチャグチャになってるアクアに目線を合わせる様に屈むと……。
「テメーにはビタ一文やらねぇ」
「ふぇぇ……」
「が、宿代くらいは出してやる……カズマに感謝するんだな」
「ふぇぇぇぇ!!!」
と、漸くのお許しの言葉を受けたアクアは、叫び声なのか鳴き声なのかよくわからない声を発しながら、イッセーとカズマに何度も土下座しまくったのだった。
「これで良いか?」
「あ、あぁ……それにしても本当お前人外嫌いというか……」
「人間じゃねぇ輩に良い想い出が無いだけだよ」
『それもあるが、イッセー自身が小娘をなじるのを楽しんでるだけだろ』
「まあ、チョーシこいた馬鹿を絶望させるのは楽しいよ確かに」
「ありがとぅ……うぅ……」
泥だらけのアクアを無理矢理立たせ、それでも尚鬼畜な台詞を吐くイッセーはそのまま歩き出し、カズマも泣きまくりなアクアもそれに続く。
そう、これが本当の意味での始まりである事を知らずに……。
それから二週間後。
遊んで暮らせる資金を元手に安い家を購入し、そこに共同で住む事になった凸凹トリオ。
アクアもイッセーを見下す台詞を口にする事も無く、またカズマも無駄に豊富な資金で特注させた装備でそれなりの異世界生活を送り、イッセーは資金を稼ぎまくる。
ある意味隙の無い三人組に昇華した訳だが、その代償なる問題が出て来てしまった。
「あのさ……」
「んー?」
家を購入し、すっぴんの癖に稼ぎ頭のイッセーのお陰で馬小屋生活とすっかりおさらば出来たある朝食時。
すっかり健康的かつイッセーに甘えまくりな生活に浸透してしまったカズマは、ある意味生前の時よもしっかりしてしまったのか、意を決した表情で呑気にフルーツジュースを飲むイッセーに言った。
「殆どイッセーに世話になってる身分でこんな事言うのも変なんだが……」
「?」
家の世話までして貰った、金の心配も解決して貰った。食事の心配も無くなった。
それもこれも全てはすっぴんのイッセーがギルドからの保証無しによる単独行動での資金稼ぎのお陰であり、それに思いきり甘えてる自分が今更イッセーに口出しするのもおこがましいと思っていた。
しかし……しかしだ、一週間前から変化したとある情況だけはイッセーの為にも言わなければいけない……その想いを胸にカズマは重々しく切り出した。
「イッセ~ ミルクほしー」
「このバカだけは更正させるべきだと思うぜ」
『それは俺も同意する、小娘の為にならん』
気付けばアクアに対するイッセーの異様な過保護化について……ミルクが欲しいと一々イッセーにせがむ、駄目を通り越した何かになってしまったアクアを横目に、イッセーの腕から勝手に出てきたドライグと共に進言したカズマ。
「ごくごく……」
「これを更生させるのは同意だけど、今更どうしたんだよ二人して?」
「いや、ほら……」
『お前、自分のやってることがわからんのか?』
「おいしー」
「だから何が? っておい、コラ、口に付いてるから拭け」
「むみゅ……」
ミルクを口回りに付けるアクアにわざわざクロスを使って拭いてやりながら、イッセーは何を今更と首を傾げる。
そう……己のやっとる事に対しての自覚が全く無いとばかりに。
『そんな状況が皆無だったからというのもあるが、やはりこうなったか……』
「言われた時は信じられなかったが……これは無いわ。甘やかし過ぎだぜ」
本気で解ってない様子のイッセーを見て、ドライグに知らされたイッセーの特性『情を持った相手には打って変わって献身的になってしまう』というのを今のアクアに対する対応を見て何とも言えない気分になってしまう。
「何言ってんだよ?
何で俺がこんな雌甘やかさなきゃなんねーんだ? 別に何にも変わってねーよ」
「……。マジかコイツ?
気付いてないとかどいう事だよドライグ?」
『イッセーは他人に頼られる事を知らなかったからな、ましてや悪感情を常に向けられる人生だったんだ。
お前やあの小娘に頼られてる、そして悪感情を向けられてないという状況に無意識に行動してしまうんだろう』
「二度目になるけどマジか……。もしかしてイッセーは駄目人間製造機か……アレは人間じゃなくて女神だけど」
発覚する駄目人間及び駄女神生成気質、それも無自覚。
確かにカズマ自身も『魔王? んな事より今の生活が楽でしょうがない』と低レベルで安全なクエストしかしない状況ではあるが、それにしても人外嫌いのイッセーがよもやアクアにここまでするなんて……。
どんだけ他人に餓えてたんだと改めてドライグ以外信用できる存在が居ない人生を送ってきた背景を感じ取るカズマ。
「こんな雌を甘やかすなんて無いから安心しろ。さて、今日はちゃんとしたクエストをやるから、二人とも準備しろよな?」
「おう……」
「ギルド場まで歩くの疲れる~」
「あん? ふざけた事言ってねーでさっさと――」
「イッセーおんぶしてぇ~?」
「あぁっ!? テメェふざけた事ほざいてんじゃ――――あーもう良いや、おぶってやるからちゃんとしたクエスト受注しろよな?」
「うん、するー!
わーいわーい、イッセーのおんぶ~」
「チッ」
「アレは無いだろいくら何でも」
『あぁ、この先が流石に不安すぎる』
女神のとしての力を失ってしまったのがあるのか、上位職に着いているのに失敗するアクアやカズマをフォローしまくる内に気付けば二人に対して無自覚に過保護化してしまったイッセーが心配で仕方なかった。
「マジでおんぶするのかよ?」
「じゃないとコイツ動こうとしねーんだよ……ったく」
『少し前ならぶっとばしてただろ……』
「いやもう、それやるのも、コイツ見てるとバカらしくなってよ……ハァ」
「わーい、イッセーあったかぁい……」
弱点というか短所というべき一面を。
「おい、もぞもぞすんなよ、うざいな」
「だって落ちそうだっから……」
「じゃあもうちょいしがみつけよ。動かれるとかったるいわ」
「うん」
駄目人間製造機……イッセー君。
補足
然り気無くオリ隠しダンジョン的な所に到達して片手間に終わらせてしまったイッセーくん。
しかし世界はまだまだ広い……(棒)
その2
で、そんなこんなでアクアさんを気付けば甘やかしまくってしまってるイッセー君なのだった。
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短気な赤龍帝
人外じゃない、普通でボインで黒髪でおしとやかな女の子。
これを踏まえてどうぞ。
他人を甘やかす事に対して一切の自覚が無いという、驚きの駄目人間製造才能が実はあったりしたイッセー。
それもこれも生前世界にて転生者により『孤独』である事を強いられて来たのが大きな原因であり、意識の中でやり取りするドライグとは違って、生身の知り合いが出来たせいか、その本来彼の持つ『心を許した相手に対する献身』がこの世界にて開花してしまったのだ。
「ジャイアント・トードが繁殖期にて作物やら家畜を食い荒らすので、それの討伐を行うべし……か。
一体につき与えられる金も結構良いし、蛙ならお前等にとっても良い経験値になる。おしカズマにアクア、これ受注しようぜ?」
「おう、無駄に揃えた装備をやっと使う時が来たぜ!」
「さっさと終わらせてご飯食べるわ」
その相手が元引きニートと駄女神という辺り、微妙に勿体無いと誰かは思うのだろうが、自覚が無いので指摘したところで無意味だ。
「それでは何時もの様に、イッセーさんには一切の経験値は入りませんが報酬は入ります。よろしいですね?」
「おっす。経験値はどうでも良いから、クエスト終わったらお姉さんとデートを……」
「ナンパは後でにしろよ、早く行くぞ」
「あ、ちょっと……お姉さーん!!!」
「は、はは……本当に変わったすっぴんさんだわ」
何せ、分類上は人外となるアクアにすら甘やかしてしまってるのだから……。
経験値が入らない、職柄スキルが覚えられないしポイントも手に入らない。
そんな理由からか、イッセーは前々から討伐に挑む際について俺と完璧駄女神にこう言っていた。
「俺は見てるだけだ。だって倒しても経験値が手に入らねぇ……まあ、死ぬ手前まで弱らせた後お前達にトドメを刺すってやり方なら協力できるけどな。後危なかったらすぐ言え」
言ってる事は過保護な父親のソレに近いものを感じる訳だけど、イッセーのステータスが解析不能で冒険者としてはある意味落ちこぼれ以下である事とその弊害を考えたら、俺もアクアも金に関する全ての心配事を解決してくれたイッセーに文句なんてある訳も無く、寧ろどんな危険生物の討伐をレベル考えずに受けようが、安全を確約されてると思えば実にイージーゲーである。
ま、今回のクエスト内容は巨大蛙なので命の危険というものはそんなに無いんだけどね。
ほら、俺装備だけは無駄に金掛けて凄いし――
「ぜぇ! ぜぇ! ぜぇ!!」
なんて思っていた時が俺にもありましたよ……うん。
「ちょっとカズマ! アンタもうへばった訳!?」
「う、うるせぇ! あの蛙共……ボーッとしてると思ってたのに意外と素早いんだよ!」
「それじゃあ装備にお金掛けた意味が無いでしょうが! 宝の持ち腐れよ!」
ゲームでもそうだが、いくらメタルキングの剣クラスの装備で固めようが、使用者が途方もなく雑魚ならあんまり意味が無い……という基本的な事を俺は不覚にも忘れていた。
当たれば多分一撃でのせる筈なのに、俺はさっきから固めた装備の重量がリアルに重くて満足に動けず、まるで装備に装備させられてる……みたいな情けない状況に陥っていた。
「はっはっはっ、頑張れよカズマ~」
『今更こんなナマモノを始末した所でイッセーの修行にはならんな』
質素な平原にて増殖しまくったジャイアント・トードの討伐。
ハッキリ言ってレベルで言えば裏ボスである竜王とやらと比べるのも烏滸がましい程の初心者モンスターなのだが、情けない事に俺は一体倒すのに何十分と掛けていた。
「ひぃ、ひぃ、ぜぇ……」
「ったく情けないわねー」
「茶がうめぇ……」
『餓鬼の頃のイッセーを思い出すなぁ』
イッセーとイッセーに宿る赤い龍ことドライグは小さな岩の上で俺達を見守っている。
くそ、情けねぇ……自覚なんてとっくにあったが、これじゃあイッセーに寄生してるだけじゃねぇか。
「ふん、私はカズマとは違うわ。
女神の力を――ひゃあ!?」
挙げ句の果てには駄目が更に駄目になったアクアも……。
「ひぇぇぇ!? た、食べられちゃうぅぅ!?」
「な、何やってんだばか野郎!」
「た、助けてイッセ―――」
「駄女神ィィィィッ!?!?」
アークプリーストの分際で何を勘違いしたのか、ジャイアント・トードに殴りかかったらそののま伸びた舌で捕らえられ、丸呑みにされてしまった。
「や、やべぇ! アクアが食われちまった!」
「んだよあのバカ! 上位職じゃねーのかよ!?」
『回復専門が後ろにつくな』
どうしようと焦る俺に、小岩の上に座ってたイッセーが顔付きを若干変えて立ち上がり、岩を降りる。
「ったく……あれで女神だと未だに言い張れるのが信じられねぇよ」
そして適当に拾った……そのまま土に還る予定だっただろう小さな枯れ枝を二本拾い上げ、二刀流の様に両手に持つと。
「喰らえぃっ!! 地獄のメリーゴーランド!!!」
前宙を繰り返しながらジャイアント・トードに突進し、そのまま枯れ枝で切り裂いた。
「す、スゲー……枯れ枝で切り裂いてるし」
無駄に装備に金掛けて、高性能の剣を持ってる自分が恥ずかしくなってくる。
アレがこの前ドライグが言っていたイッセーの真骨頂のひとつ『ありふれた物を武器にする』というものなのだろうと改めて思い知る訳だけど……。
「うぇぇぇん!」
「生きてたか……」
ビームソードやら何やらより、ぶっちゃけイッセーの持つ戦闘技術の方を俺は覚えられたら覚えたいぜ……。
持っていた成金剣の柄を強く握りながら、俺はイッセーとの差にモヤモヤした感情を覚えるのだった。
例の物理法則無視技の一つでジャイアント・トードの一匹を三枚下ろしにし、丸呑みにされたアクアを引きずり出したイッセーだが、蛙の胃液……いや粘膜なのだろうか、ベチョベチョのヌメヌメになって体育座りしながらメソメソ泣くアクアに対し、粘膜の異臭が半端ないと顔をしかめていた。
「えぐい臭いだなオイ」
スプラッター状態になってるジャイアント・トードを横に、メソメソと泣くアクアにどうしようかと考えるイッセーに、群れの一匹である蛙がまとめて丸呑みにしてやろうと襲い掛かって来た。
『Boost!』
「ドラゴン波ァァァッ!!!」
しかし運が悪いことに、今イッセーは『アクアが丸呑みにされた』辺りから急激に機嫌が何故か悪くなってしまっており、左腕に纏った
『おい、お前が殺しても意味ないぞ』
「あ……」
どうやら自分が倒しては意味がない事を忘れてしまう程度にはカチンと来ていたらしく、呆れた声で指摘するドライグにイッセーはハッとした顔を浮かべる。
「や、やば……ごめんカズマ。消し飛ばしちゃった」
「あ、うん……蛙どころか平原が荒れ地になっちゃったけど、問題ないだろ多分……」
「おう……しかし、何で俺はイラついてたんだろ?」
経験値稼ぎをさせるつもりだったのに獲物を取ってしまったと、カズマに謝りつつイッセーは先程まで抱いていたイラつきについて自分でも分からず首を傾げていた。
しかし考えても考えても答えは導き出せず、結局はメソメソ泣き続けるアクアを何とかしないといけないという事情も重なり、取り敢えず三人は町に戻ることになった。
「ヌメヌメが気持ち悪いよぉ」
「絶対に風呂入れ……ったく、しょうがねぇ……オラ乗れ」
「ぇ……で、でもイッセーの服が汚れちゃう……」
「んなもん洗えば良いだろ。何時までもそこでメソメソされても困るんだよ……おら、早くしろ」
「うん」
怠そうにヌメヌメのアクアを背負うイッセー
此処に来て最初の頃ならまずこんな真似はしようとも考えなかっただろう事を考えると、やはりカズマとドライグの懸念は間違ってないのかもしれない。
「これは失敗だな」
『あぁ……それも大が付くな』
アクアの更生も視野に入れてのクエストが、気付けば余計甘やかす結果になってしまったとカズマとドライグはため息を吐く。
「は? 二人して何だよ?」
「いや……うん、結局お前に寄生してるんだなぁとつくづく」
「寄生? あぁ、コイツの事か? 遺憾だが慣れちまったよもう……」
甘やかしまくるイッセーの性質改善も失敗であった。
「ねぇ臭わないの?」
「吐きそうだが、殺しまくって腸ぶちまけた死体の山で暫く寝泊まりしてた経験もあるし、それに比べたらまだマシだ」
「うぇ……そんな事までしてたのかよお前?」
『俺達のヤサを破壊した連中から目をくらます為に、暫くそうしてたんだ。
勿論それ相応の報復はしたがな』
「サバイバルだなぁ」
結局討伐した分の金だけしか獲られないというオチを抱えたまま、町を目指して街道を歩くイッセーとカズマ……そしてイッセーにおんぶされるアクア。
然り気無くアクアが奇跡的に自分のナリを気にしてイッセーにおずおずとした態度で聞くという展開があったのだが、イッセーからしたら腐敗した死骸の山を隣に暫く衣食住の経験をしていた為、今更この程度で吐くだなんて事はせず、ぶっきらぼうに答えていた。
「なんかすまねぇ……結局碌に経験値も獲られそうないし」
「良いさ良いさ、地道にやりゃあ問題無いし失敗の一つや二つで今更どうとも思わんよ」
はっはっはっ! と笑って済ませるイッセーだが、この世界に来て――そしてイッセーとアクアというある意味で自分より別ベクトルで駄目な二人を間近に見てきたせいか、生前よりも精神的に成長しており、すっかり自分とアクアにだけは異様に甘い対応をするイッセーに対してかなり申し訳ない気分で一杯だった。
クエストは成功しても、生活パターン改善は大失敗……。
このままじゃ元から駄目なアクアはともかくイッセーが駄目になってしまうとカズマはカズマなりに日頃の恩を返すつもりで動こうとしたが、結局はこの様。
自分の弱さが実に情けないとカズマは小さくため息を吐いた。
「あ、いました!」
が、しかし忘れてはいけない。
「ん?」
「あ?」
「ふぇ?」
『なんだ?』
イッセーは確かに駄目な部分が異世界に転生して初めて浮き彫りになったのかもしれない。
しかしそれでも、駄目な部分がカズマとアクアにだけ出てくるだけで、後は殆ど変わっていないという事を。
「ふっふっふっ、アナタ方――というより、今お仲間を背負っている人の事を見ていました! お見事です!」
それが……カズマにとってはある意味久々になるイッセーの対応を見る事になる。
そう、赤い瞳、黒くて肩口まで届くか届かないかの長さである黒髪の、黒マントと黒いローブを羽織った『如何にも』な魔法使いの格好の少女という『生け贄』によって。
「……。いや、誰?」
「俺が知るわけ無いだろ? おい、アクア……お前の知り合いか?」
「ふぇ? ええっと…………あれ、アナタもしかして紅魔族?」
すっかりメンタルが壊れて、文字通りイッセーにおんぶに抱っこ状態のアクアが、イッセーの背中から顔を出して少女を見る。
そして何かに気づいた様に、アクアが少女に問い掛けると、少女は妙に満足そうな笑みを浮かべながら……。
「如何にも!
我が名はめぐみん、アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」
こう、カズマにとっては馴染みがあるようで無い言葉……『中二病』全開にひり出した無駄なポーズと共に、少女……めぐみんとやらは名乗り出た。
「え、めぐみん? まさかそれが本名な訳……」
「本名ですけど?」
「嘘ぉ!?」
驚くカズマにめぐみんの名乗る少女は少し心外だといった表情を浮かべながらも自分のギルドカードを見せる。
そこには確かに名前がめぐみんだった。
「紅魔族というのは、生まれついて高い知力と強い魔力を持ち、大抵は魔法使いのエキスパートになる素質を秘めているの。
ほら、紅魔という種族の名前の由来となっている赤い瞳が特徴よ。で、それぞれが妙ちくりんな名前を持っているわ」
「へぇ、じゃあ本当にめぐみんってのが本名なんだな」
「はい。けど私からすればアナタ達の名前の方が変な響きに感じますけどね」
「種族間のギャップって奴か……」
気の抜けそうな名前に聞こえるが、アクアが説明した紅魔族とやらの間では立派な名前なのだろう……と内心一応納得するカズマだが、なら何故その紅魔族とやらが一応弱小扱いの自分達の前に現れたのか? と考えていると……。
「それよりアナタ、先程は凄い魔法を使ってましたよね!?」
めぐみんはアクアをおんぶするイッセーにキラキラとした表情を再び向けた。
そう、どうやら……いや、あろうことかイッセーが巨大蛙を赤龍帝の籠手を使用して討伐するのを見ていたらしく……。
「わかりますよ! 貴方も私の仲間ですね!」
「は?」
「何を言ってるのこの子は?」
「………」
変なシンパシー……つまり同類意識を感じて近づいて来たと、めぐみんはそれはそれはハイテンションであった。
「あの赤い籠手の様な武具! そして爆裂魔法に匹敵する魔法! 今は赤い籠手は見えませんが、間違いなくアナタは私の仲間です!」
「あー……」
なるほどとカズマはさっきから無言のイッセーに視線を向けながら納得した。
このめぐみんとやらは、見た目からして中二病を患ってそうなイメージだったが、どうやらマジらしく、自分でも中二心を擽る赤龍帝の籠手……そして魔法と勘違いしてるビームを何処からか覗き見して、同類と勘違いしてしまった様だ……と、カズマはヤレヤレとため息を吐く。
「アナタとなら良いパーティを組めそうです、なので私は決心しました! 私をアナタのパーティに入れてください!」
「いや、あのめぐみんだったか? それは止めといた方が……」
「むむ、何でですか? 先程見てましたけど、そちらのアークプリーストさんと……ええっと冒険者さんでしたっけ? お二人と組んでいるなら私を入れても損は無いと思いますけど?」
「いや、確かにそうだけど……」
言われてみれば確かに攻撃魔法を扱う者は今仲間に居ない。
だが問題はそこじゃないのだと、カズマはさっきから本当に無言のイッセーを見る。
「それに、あなたなら私と同じ爆裂魔法を覚えられる筈、そうすれば爆裂魔法×爆裂魔法で無敵です!」
「………」
「なので是非私を! あ、それと先程左腕に出していた紅き籠手を近くで見せて――」
問題はそう……。
「さっきからガタガタうるせぇし邪魔だクソガキァ!! 俺はアクアを風呂に連れて行くのに忙しいんじゃボケ!!!」
「……!(ビクゥ)」
アクアで忘れがちだが、イッセーは基本、『無い』と思った相手には塩を通り越したハバネロ対応なのだ。
「え……あ……」
近寄ろうとしためぐみんに、それまで黙ってたイッセーがまるでヤクザのソレと何ら変わらない口調で怒鳴り付けると、めぐみんはビクッ! と硬直し一瞬でキラキラした表情を引っ込めてしまう。
「くだらねぇ事をゴチャゴチャと……。ガキは小便してとっとと寝てろドカスが! ぺっ!!」
「」
子供は別に好きでも嫌いでもない。
しかし図々しくて邪魔な奴は誰だろうと嫌い。
アクアを風呂に連れていく所を邪魔するガキ……という認識で完全に固まってしまったイッセーは、ショックまで受けて固まるめぐみんに対し、地面に唾を吐きながら消えろとまで言うと、そのまま通りすぎて行ってしまった。
「ひ、ひでぇ……予想通りだったけどこれは酷い」
予想していたからこそ、めぐみんに対して忠告をしていたつもりのカズマも久々に見たイッセーの人外嫌いに、つくづく自分とアクアは運が良かったのだと思い知る。
「ふ、ふぇ……ど、どなられたぁ……!」
「いや、その……アイツ好みの女と普通の人間以外を嫌ってるからさ……言おうと思ったんだけど間に合わなかったわ」
本気で怒鳴られ、見た目相応に泣き出してしまっためぐみんを放置……という訳にもいかずに、先に行ってしまうイッセーとアクアとを見比べながら困り果てるカズマが一応フォローはするが、あんまりフォローにはなってない。
寧ろ『お前は仲間にはなれない』と事実上の拒否をしたのと同義な為、折角勇気まで出して来ためぐみんのメンタルは粉々だった。
「うぇぇん! な、なにがいけなかったんでしょう!」
「さ、最初からかな……多分」
「そ、そんなぁ……ひっく、せっかくなかまができるとおもったのにぃ……!」
「ま、うん……アイツの力は確かにアレだしな……」
無意識の内に見知らぬ少女よりパーティ組んでるアクアの方が優先順位が高かったが故の酷すぎるオチ。
「と、取り敢えず町に戻って連れを風呂場に連れていくからさ……そこまで送るよ」
「ぐすん……はい……」
見ていて流石に不憫に思ったのか、カズマは泣いているめぐみんを連れていく事にした。
「タイミングが悪すぎたからよ……これはリカバリーが難しいし、諦めて他を当たるべきだぜ?」
「………くすん」
それが失敗だったと後に後悔するのだが……。
そして……。
「ね、ねぇ……良いの?」
「なにが?」
「いやほら……私もアンタの嫌いな人外だし」
「あ? そうだが、テメーの場合アホと間抜けさ具合が上を行ってるからなぁ」
「ふーん?」
「ま、単なる雌って認識は変わらねーけど。くははは」
幼女泣かしの男は呑気だった。
「変な奴よねアンタ。誰彼構わず殺して回るケダモノみたいな奴だと思ってたのに」
「そうしなければ生きていけなかったんだよ俺は……な、ドライグ?」
『まぁな……俺としてはお前のその甘やかし癖を何とかしてほしいが』
「だから別に甘やかしてなんてねーって。粘液だらけの雌なんて放置する方が衛生的によくねーだろ?」
そして相変わらず自覚してなかった。
「風呂入ったら飯だ飯。
アレだ、失敗なんて誰でもするし、気にせずカズマとどんちゃん騒ぎして忘れちまえ。わっはっはっは!」
「……変な奴」
『元からこういう奴なんだ……まさか貴様にまで適応するとは思わなかったが』
「うん、私も予想外」
終わり
アクアを風呂に投げ捨て、服を着替えたイッセーは出てきたアクアと一緒にご飯を食べようとしたのだが。
「何でそんなの連れてきたの?」
「い、いや……見てて本気で憐れに思ってよ? め、飯食うだけなら良いだろ?」
「まぁ、別に良いけど……おいガキ、俺はテメーのくだらねぇ質問に答えるつもりもねぇ。
それが嫌ならとっとと――」
「オーケーオーケー!! 飯行こう飯!」
めぐみんを連れてきてしまったカズマと合流し、嫌すぎる空気での晩餐がスタート。
「唐揚げもっとたべたーい」
「あぁ? チッ、おら口開けろ」
「あーん……んっ、おいしー!」
「………。何ですかあのお二人のやり取り。気持ち悪いんですけど」
「やっぱそう思うか? そうだよな、それが普通だよ――」
「あ、おいカズマも食えよ、ほれ口開けろ」
「え? あーいや……んぐ!? ……。もぐもぐ……」
イッセーの二人に対する甘やかしっぷり。
それはめぐみんすらドン引きするレベル。
「あ、あの……先程は……」
「しゅわしゅわのみたーい」
「それぐらいテメーで飲めや!…………ったく、俺は何時から親鳥に……そら!」
「ごくごく……おいちー」
タイミングが図れず無視されるめぐみん。
「地獄の九所封じのその1! 大雪山落としー!!!」
「あぁ……土くれが本物の土くれに……」
「わぁ……!」
しかしイッセーから迸る同類っぷりが、めぐみんのメンタルをある意味鍛えまくる。
「ぜ、是非私の爆裂魔法を見てください! 見てるだけで良いので!」
「だってさ、見てやれよ……」
「チッ、時間の無駄なのに」
「エ、エクスプロージョン!!」
そして見せる爆裂魔法。
だがめぐみんは一発で倒れてしまうという弱点があった。
これにはカズマもフォローができない。
「あ、あははは……張り切りすぎちゃって……」
「だ、だってさイッセー 緊張してたんだろうし……な?」
「………」
しかしイッセー、ぶっ倒れるめぐみんと必死になって内心『何で俺がこんな事を……』と思いつつもフォローするカズマを横に、何を思ったのか……。
「ガキ、立て」
魔力すっからかんで立てないめぐみんを無理矢理立たせるという鬼畜所業を開始。
「う……な、なにを―――っ!?」
「
そして生前使うことの無かった力を生まれて初めて使用、すっからかんの少女に己の力を分け与える。
「こ、これは……!?」
「おい、もう一度やれ……全力で」
「へ? あ、は、はい――エクスプロー―――」
言われるがままにタンク満タンになった力で爆裂魔法を放っためぐみん。
すると結果は……。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁっ!?!?」
質素ながらも広大な森が……軽い都市レベルの範囲が単なる荒野と化した。
「こ、これは一体……」
「………。必要無いと思ってたものだが、ガキ、お前を実験台にして正解だったぜ、くくく、これでカズマとアクアをフォローできるぜ……くくく!」
イッセー君、めぐみんを使ってサポート能力開花。
「ほ、本物です、わ、私の爆裂魔法がイッセーさんの力で最強に!? や、やっぱり仲間にしてください!」
「ぺっ!」
「嫌です! 仲間にしてくださいぃぃぃっ!!」
めぐみん、爆裂魔法の更なる領域を感じなにが何でも仲間にしろとただこねる。
嘘予報、終わり
補足
しょうがない……だってロリッ子だもの。
その2
無意識にカズマ君とアクア様が危なくなると出張って皆殺しにする危険すぎる保護者になりつつあるイッセー君なのだった。
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爆裂魔法と赤龍帝
アクアもカズマも、実の所自らパーティメンバーの募集をした事も無ければ、他のパーティからの誘いに対して応じた事も無い。
理由としては、お察しの通り『そんな事しなくても問題無い戦力が一人居る』からだった。
しかもそれだけには飽きたらず、このすっぴんの最高戦力保持者は、アクアとカズマに無自覚に甘かった。
当初はそんな事が無くて寧ろアクアに風当たりが強いくらいだったのに、気付けば過保護なまでに二人に対して甘やかしていた。
なのでカズマもアクアも『イッセー居るしもう大丈夫じゃね?』という理由で仲間の募集というものをした事すら無かったのだ。
「アークウィザードは上位職だし、別に良いんじゃないの? イッセーが問題だけど」
「確かにイッセーが何て言うかだよなー」
「うぅ」
なので、この度アークウィザードという上位職保持者からのまさかのパーティ入り申請に、アクアもカズマもどうしようかとイッセーの資金にて注文された比較的高級な料理を食しながら、つい先程イッセー自身に思いきり怒鳴り散らされてしまったアークウィザードのめぐみんを加え、話し合うのであった。
「ちなみに私がお風呂に入ってる間に居なくなってたアイツは何処なの?」
「あー……例の如くナンパしに行ったぜ? 多分もう少ししたら――」
「ちきしょう……!! まさか人妻だったとは」
「ほら来た」
ジャイアント・トード討伐のクエストを成功したけど失敗したというオチで迎えた凸凹トリオは、先に風呂場に投げ捨てて来たアクアと合流し、着替えを済ませてからいつの間にか姿を消していたイッセーが、何やらブツブツと人妻と知らずにナンパ仕掛けて失敗した的な事を言いながら合流してきた。
「また失敗か?」
「あぁ……人妻とは知らずにナンパしたらその人の旦那にめっちゃ怒られたわぁ」
「バカねぇアンタ」
「ナンパって……」
凹んだ様子でアクアの隣に腰を下ろすイッセー。
カズマが不憫に思って連れてきためぐみんの存在にはまだ気づいてない様子。
「おねーさん、シュワシュワの大くださーい」
この世界に来てからというもの、生前世界と違って自分を消そうとする鬱陶しい輩共にも邪魔されず、フリーダムにのほほんとナンパライフを楽しんでいるイッセーだが、既に敗北回数が二桁に到達するとなると流石に凹むのか、頼んだシュワシュワを受けとるや否やガブガブと水の様に飲み干す。
「中々居ないなぁ……黒髪でボインで大和撫子みたいなおんにゃのこは」
「世界観が違うしな、というかそんな気質の女なんてレアだろ」
「何で私を見ながら言うのよ?」
「………」
イッセーのシュワシュワ一気飲みをトリガーに始まる何時もの晩餐。
出された料理を次々と平らげる辺りは、食い意地は三人してかなり悪いのかもしれない。
「………」
そんな中をカズマによって連れてこられためぐみんは、お腹を鳴らしながらゴクリと唾を飲み込む。
実は色々あって上位職なのに仲間が居なかったり、またその理由があって割りと貧乏であったりするめぐみんにとって、目の前で三人がムシャムシャと平らげては追加する料理はお腹にとっての毒であった。
「? おいどうしたロリっ子? 食欲が無いのか?」
故に隣に座っていたカズマに蛙だったかの唐揚げを食しながら、声を掛けられると期待という言葉で余計にお腹の虫が鳴り響く。
「え、食べて良いんですか?」
「別に良いぞ、なぁイッセー?」
「ん? ………………は? 何でこれが居るの?」
「あぅ……」
食うくらいで何を遠慮してるのやら……と思いつつ然り気無くイッセーにめぐみんの存在についてのフォローを入れるカズマに、漸くここに来て初めて気付いたのか、イッセーは対面するめぐみんに対してどうでも良さそうな対応であった。
「いやほら、見てて憐れに思えてよ」
「一応アークウィザードだし、自分から仲間にしてくれなんて私たちに言うなんて珍しいじゃない? だから連れてきたのよ」
「ほーん?」
「あ、あのぅ……先程はとんだご無礼を――」
「チッ、つまらん……。
寸胴の糞ガキなんぞ視界に入れて飯食ったってただただ萎えるぜ」
「」
どうでも良いというか、好みの対象外である時点でそこら辺に生えてる雑草といった認識であることを平然と口にしてしまう。
「う、うぅ……寸胴でごめんなさい……」
「お前……ひでぇぞいくら何でも」
「そこだけは本当にブレないわね」
先程の件で既にメンタルがボロボロのめぐみんは、自分の体型について生きててごめんなさいクラスの謝罪をしながら再び涙目になる。
勇気を出して、ある意味で周囲から注目されていた凸凹パーティの前に出てみれば、自分と同類の匂いがする男には思いきり怒鳴り散らされ、挙げ句今は視界入れるだけで軽く舌打ちまでされる始末。
めぐみんのメンタルはズタボロだった。
「……そ、そういや爆裂魔法ってどんなのなんだ?」
そんなやり取りを見て、『あ、こりゃダメだ』と肌で感じたカズマは、別にしなくても良いフォローの為に話題逸らしという意味を込めてめぐみんに爆裂魔法について聞いてみる。
ぶっちゃけカズマとしても『何で俺がこんなフォローを……』ととは思うが、タイミングが悪いとはいえ悪意が無いロリっ子が怒鳴り散らされるのを見るのは忍びないのだ。
「ば、爆裂魔法にご興味が!?」
「ちょっとは……俺冒険者の職だけど魔法使えないし」
だからこそ、アークウィザードであるらしいめぐみんに専門職の魔法について敢えて聞いて、少しでもメンタルを回復させる事に専念するカズマの頑張りが功を奏したのか、それまでイッセーにボロクソになじられて涙目だっためぐみんが途端に――それこそ待ってましたとばかりに目を輝かせる。
「冒険者ならスキルポイントを貯めれば私と同じ爆裂魔法が使える筈です! ですので、ご興味がおありなら是非――」
「お、おう……でも見てみないと何とも言えないな」
「それならご飯を食べ終えたら直ぐに見せましょう! 危険なので町の外で!」
余程自信があるのか、今までのが何だったんだと思う程に興奮しながら捲し立てるめぐみん。
「で、で、出来ればそちらの方も――」
そしてこのテンションを利用して然り気無く本命の彼もと、若干緊張しながらイッセーへと眼帯で片方を隠した紅い瞳を向けたのだが……。
「ごくごく……シュワシュワがおいちー」
「チッ……俺は何時から親鳥になったんだ? そら、溢すな」
全然、一切、全く聞いてる様子が無く、堕落状態になったアクアの口にせっせと料理や飲み物を与えていた。
「…………。何ですかあれ?」
聞いてないのもそうだが、それ以上に良い歳の若者……に見える二人が親子みたいなやり取りをしているという、カズマにとっては慣れきってしまった光景に、初見のめぐみんは引いてしまう。
「いやその……色々あったんだよ。色々と……」
どう見てもアクアを甘やかしてる様にしか見えないイッセーに対して、フォローが出来ないカズマは曖昧に答える。
こればかりは浮上したイッセーの悪癖を改善しないといけない事なので、フォローのしようが無いのだ。
「その内直すから、適当に解釈してくれ」
「は、はぁ……」
だから何も知らないめぐみんにはこう言うしか無いわけで……。
恐らくめぐみんが居る手前、表に出られないドライグも何とも云えない気分なんだろうなぁ……と思いつつ、カズマは皿に残っていた肉きれを口に運ぶのだった。
アクセルには変わった冒険者で固められたパーティがある。
そんな噂が広まり始めたのはまだ最近の事であるのだが、アクセルに滞在する者達の殆どが、それが誰なのか分かっていた。
「うむむ、アークウィザードの少女が例のすっぴんに接触した様だな……」
「みたいだね。あの独特で、入る余地が全く感じられない三人の空気の中に入ろうとするなんて、勇気あるよねー?」
このとある冒険者二人のその内の一人であり、彗星のごとく現れては、特にたいした活躍も無いくせに無駄に注目されていた冒険者、アークプリースト……そして冒険者の中でも最低の落ちこぼれの烙印がおされるすっぴんの三人組が、アークウィザードの少女と共にギルド場を出ていく様子を他のテーブルから窺っていた。
「しかし、なんと言うか……あのアクアって人とカズマって人に対して甘いというか、凄いよね……いっそ仲良過ぎて気持ち悪いや」
「うむ……確かにな。最初は寧ろあのすっぴんの男はアークプリーストの彼女にかなりゾクゾクする――えふんえふん! 辛辣だったのになぁ」
「一体何があったからああなったのか……金回りも何故か良いみたいだし」
「噂によると、あのすっぴん男が色々な場所から売れる鉱石を採掘してくるらしい」
「ふーん? あ、行っちゃうけどどうする?」
とある理由で知り合った同士の金髪と銀髪の冒険者は、どうやら町の外へと向かう凸凹トリオ+αの様子を見てどうしようかと相談する。
「うーむ、あの男二人からそこはかとなく感じる素晴らしき――おほん! 鬼畜なオーラはもしかしたら悪徳冒険者の可能性も高い……そう思って暫く観察してみて良ければ鬼畜な目に合わせて貰う……じゃなくて正す為に近付く機会を窺っていたが、あのアークウィザードの少女に先を越されてしまった」
「もうそこまで言うなら隠さなくても良いんじゃないの? でも確かにアークウィザードの子がああして近づけたという事はアタシ達にもチャンスはあるかもね」
この二人はどうやら凸凹トリオに対して興味本意で近付いてみたい様だ。
金髪の……騎士の様な軽鎧を身に纏う冒険者は、さっきから様子が変で、銀髪の軽装な冒険者は呆れつつも、もしかしたらチャンスかもしれない……。
(破壊の龍帝……)
特に銀髪の冒険者は、腹の中に抱くこの世界の人々が知り得ない筈の言葉を繰り返しながら……。
「見物してみようか?」
「い、行くのか!? も、もしかしたらいきなりビンタでもされちゃうかもしれないのに!?」
「いやいくら何でもいきなりそんな事はされないと思うけど……」
「そ、そうなのか……いやしかし、何事も挑戦だし……行ってるか!」
「はは……。(かつてあらゆる神々を殺した龍帝……ですか)」
二人の冒険者は席を立つのだった。
めぐみんの爆裂魔法が見たいという、カズマの希望により嫌々ながらも町の外へと出たイッセーは、アクアを何時もの様におんぶしながら、本日成功したけど失敗したジャイアント・トードの群れが居た湿地地帯へとやって来た。
「お、何匹かまた出てきてるじゃん」
「これなら私の爆裂魔法を見せられますね!」
ドラゴン波による小規模の破壊跡が残る湿地地帯に再びやって来れば、取りこぼしたジャイアント・トードが何匹かのそのそとしているのが確認される。
それを見てめぐみんが異様に張り切りながら持っていた杖をクルクル回し始めるのをカズマは苦笑いしながら見守る中、嫌々付いてきたイッセーはといえば……。
「おら、着いたから降ろすぞ?」
「いーやーだー! おんぶしたまんまが良い~!」
「このアマ……めんどくせぇ」
完全に駄女神モードに入ってしまったアクアに駄々をこねられながら全力でしがみ付かれていた。
しかし口では悪態をつくものの、無理矢理引き剥がすといった行為はせず、結局はアクアをおんぶしたままに留める辺り、本当に甘くなったといえよう。
「では早速私の爆裂魔法をお見せします!」
「おう、期待してるぜ」
「はい! えっと……そちらの方も見てほしいなぁ……なんて」
「わかったから早くしろめんどくせぇ」
同類の仲間が欲しいめぐみんとしては、取り敢えずイッセーちゃんと見てもらいたいのか、おずおずとした態度で話し掛ける。
けどイッセーの対応はいっそ清々しいまでの辛辣さであった。
「は、はい……!」
「あれぇ?」
しかし何故かめぐみんの表情は輝いていており、それを見ていたカズマは『はて?』と首を傾げた。
それこそカズマは知らないが、ほぼ無視か罵倒しかされてなかったせいか、辛辣ながらもまともに返答をされたというだけで、今のめぐみんは自分でも理解不能な程に『嬉しかった』のだ。
なので、イッセーが返答をしてくれたという小さすぎて悲しくなる理由で一気にメンタルを満タンにしためぐみんは、持っていた杖を振りかざし……内に宿る魔力を爆発させ――
「エクスプロージョン!!!」
己が最強と信じてやまない爆裂魔法を、ボーッと鎮座していたジャイアントトード目掛けて炸裂させた。
「うぉっ!?」
詠唱の瞬間、一瞬の静寂を挟みめぐみんの杖から閃光が放たれる。
そして照準を向けたジャイアント・トードに閃光が突き刺さり、爆裂という言葉に恥じぬ破壊力共に轟音が鳴り響く。
「お~」
そしてジャイアント・トードは跡形も無く消し飛び、残ったのは大きなクレーターであった。
「中々すげーなオイ」
これには純粋にカズマも驚いた。
ぶっちゃけイッセーの放つビームに慣れたせいであんまり新鮮味は無かったが、それでもこんな小さな少女がそれに準じる破壊力を持った魔法を放った事は、素直に感心したのだ。
「すげーなめぐみん、確かに爆裂魔法というだけはある………って、あれ?」
これはイッセーも流石に何か思うところもあるだろう……なんて思いつつふとめぐみんに視線を移すカズマは固まってしまった。
「なにしてんだ?」
「あ、いえ……私、爆裂魔法は一発しか撃てませんので……」
「はい?」
何とめぐみんは爆裂魔法を撃った後、その場に崩れ落ちてしまったのだ。
いやそれどころか、この破壊力を秘めた爆裂魔法は一発しか撃てないというオマケまでカミングアウトされたのだ。
「一発しか撃てないんじゃ意味がねーだろ! ほ、他の魔法はよ!?」
「使えません。私、この爆裂魔法しか使わないので」
「はぁ!?」
これにはカズマも呆れてしまう。
フォローにフォローを重ねてやったのに、オチは一発限界の魔法しか使えませんなのだから。
これでは折角嫌がるイッセーを連れ出してやった甲斐が全く無い。
「で、でも凄いでしょう?」
「いや確かに凄いけど! ……ぶっちゃけイッセーで見慣れてるから新鮮味が」
「ふぇ? そういえば先程ジャイアントトードを爆殺してましたけど、あれが全力じゃあ無いのですか?」
ぶっ倒れて服が地味に泥だらけになるめぐみんが、目を見開いてシラケた顔でアクアをおんぶするイッセーを見るが、イッセーは答えるつもりが無いのか無言だった。
「見せてやりなさいよ、折角だし」
「はぁ? 何でそんな無駄な事を……」
「良いじゃない、ここまでしてアンタに見せたがる子なんだし」
「チッ……」
しかしアクアが此処に来てまさかのフォローを始めたのが効いたのか、嫌々に倒れてるめぐみんの横にたったイッセーは、アクアをおんぶしたまま左手を翳す。
「起きろ、ドライグ」
『おーう』
「へ!? い、今知らない声が……!?』
どっかのマダオボイスがイッセーの左腕全体を覆う真っ赤な籠手と共に聞こえ、ビックリするめぐみんを無視して1段階の倍加を掛ける。
すると鮮血の様な真っ赤に輝く球体がイッセーの左掌に集束し、やがて野球ボールサイズの大きさに纏まると……。
「おっと、空じゃないとまずいな」
ポイッと……まるでごみ箱に空き缶を投げ捨てるかの様な感覚で空に向かって投げた。
「おー飛んだ飛んだ」
等と呑気な声を出してる一誠とは裏腹に、投げられた球体は強烈なスピードで掛けあがり、やがて小さな星を思わせる距離にまで到達し一瞬輝きを増すと、めぐみんの爆裂魔法を凌駕する……さながら核爆発を思わせる巨大な茸雲と共に空を鮮血の色に染め上げた。
「あ、あぁ……!」
「すっげー……普段如何に加減してるのかがよくわかるぜ」
「アレでもまだ本気じゃないんでしょ? 本当に修羅よねアンタって」
「あれでも相当力が落ちてるんだけどな」
巨大な茸雲、そして鮮血に染まる空を暫く眺めつつ、三人はのほほんとした会話を繰り広げ、めぐみんはといえばよくわからない歓喜に倒れた姿で全身を震わせていた。
「さっきジャイアントトードを爆殺してるお姿を見てましたがやっぱり爆裂魔法じゃないんですよね!?」
同類処じゃない、ある意味自分の目指す最終型だとこれにて完全に確信しためぐみんは、ビチビチと陸に打ち上げられたマグロの如く地面にのたうち回りながら、シラケた顔のイッセーの足元に近付く。
「私を是非弟子にしてください! 何でもしますから何卒師匠と呼ばせてください!!!」
逃がしてなるものか。最早罵倒されても構わない。
理想とするパワーを平然と見せたばかりか、自分の様に倒れる素振りすら無くアクアをおんぶし続けるイッセーにめぐみんは、必死になって――まるで初めの頃のアクアを思わせるスタイルでその足にしがみつく。
「嫌だ」
が、イッセーは淡々とした声でそんなしがみつくめぐみんを振り払いながら断る。
「ムチムチボディのおんにゃのこならともかく、テメーみたいな糞ガキなんて真っ平ごめんだぜ」
「しょ、将来は師匠の理想体型に成長しますから! お、お願いです! お願いですぅぅぅ!!」
「うっさいわボケェ!! 小便臭いガキはガキのまんまなんだよぉ!!!」
「ぐぴゃ!? い、嫌ですぅ!! 絶対に仲間になるです!!!」
しかしめぐみんは嫌な覚醒でもしたのか、今回はやけに強かった。
蹴っ飛ばされても、踏まれても、まるで麦の様にしぶとくイッセーの足にしがみついては泥だらけの姿で弟子になることを懇願する。
「ええぃ、鬱陶しい!! そもそも根本的に力の種類が違うんだよ!」
「ぐふふ、逃がしてなるものか……」
この時点でイッセーは内心本気でめぐみんの身を貫いて殺してしまおうかと思ったが、カズマとアクアがいる手前それを躊躇ってしまう。
「良いじゃない、ぷぷっ! 弟子にしてあげれば?」
「テメー今笑ったな? 明らかに俺に面倒な話が舞い降りたと笑いやがったなこの野郎!!」
「でもアークウィザードって上位職だし、仲間にしたらもっと良いクエストとか受けられるんじゃねーか?」
「!? た、確かにそれはそうだがよ……でもだからってこれを仲間にしなくても良いじゃんよ……」
ひぃひぃしながらそれでも足にしがみつくめぐみんを見て、アクアとカズマがフォローするせいかイッセーが珍しく圧されてしまう。
で、結局……。
「く、クソ……」
「我が名はめぐみん!
アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法である爆裂魔法を操る者であり、赤き帝王の一番弟子!!」
勝手に弟子にさせられてしまうのだった。
「あ……ところで全然動けないので、出来たら抱えてくれるとありがたいです」
「知るかクソガキ!」
終わり
そんなノリで勝手に弟子宣言されてしまったイッセーなのだが……。
「お、おい……見たか?」
「う、うん……ヤバイねあのすっぴん君」
こっそりとギルド場なら後を付けていた金髪と銀髪の冒険者は、ギャーギャーと騒がしい四人組を……いや、イッセーを物陰から見つめながら戦慄していた。
「すっぴんなのに手から魔法らしきものを放っていた。
しかもあれほどの規模なのに、あのアークウィザードと違って平然としているなんて……」
「そうだね……。(赤龍帝の籠手……まさかこれ程とは……)」
規格外の破壊力を秘めた魔法らしきなにか。
そしてそれを撃っても本人は平然としているポテンシャルに、金髪も銀髪も其々程度は違えどただただ戦慄していた。
そう……。
「しかもあのアークウィザードに対する鬼畜な所業……なんて素晴らしいんだ!」
「言うと思った……」
特に金髪の方は、別の意味で戦慄していたらしく妙にクネクネしながらギャーギャー騒いでる四人組を眺めている。
銀髪はそれに呆れるが、彼女としては彼の持つ危険すぎるその力にどう対処すべきかを1人思案していた。
が、その時点で甘かった。
ポーヒー!
「」
「」
赤い閃光が隠れていた二人の間をすり抜け、その後ろで大爆発を起こす。
「…………。さっきからコソコソと鬱陶しいと思ってたが、五数える内に出てこい。でなければ今すぐバラバラにしてやる」
そう、尾行が完全にばれてしまっていたのだ。
しかもめぐみんの件でかなりイライラしていたのか、既にイッセーは赤龍帝の籠手を装備した状態で強烈な殺意を放っている。
これには敵対意思は無いと金髪と銀髪の冒険者は慌てて茂みから姿を現すのだが……。
「い、いやすまない……偶々君たちの事を見てて……」
「敵じゃないから勘弁して欲しいかな――」
「うひょぉぉぉっ!? ナイスボイン発見!」
銀髪………は無視し、金髪の方をガン見していたイッセーは、おんぶしていたアクアに降りて貰い、それまでの殺意が嘘の様なアホでだらしない表情で金髪の方に迫りまくる。
「黒髪じゃないけど良いねキミ。くふふふ、名前はなんて言うの?」
「へ? えーっと……ダクネスだが……」
ハイテンションでダクネスと名乗る女性に迫るイッセー
「あの、アタシも自己紹介――」
「うっせぇ
後にしろ、今忙しいんじゃ!!」
「……。(ヒクヒク)」
そして案の定蔑ろにされた銀髪。
「む……ちょっとイッセー? 早く戻るわよ」
「そうですよ、お話なら町に戻ってからでも出来ます」
「露骨だなぁオイ」
ダクネスなる女性に対して露骨なのに微妙に納得できないアクアとめぐみん……そして苦笑いのカズマ。
「そっかぁダクネスさんかぁ……ふひゃひゃひゃ! 良いね良いね! 黒髪じゃないけど最高だねぇ!!」
「……。あれ、今のイッセー見てると異常にムカつくわ」
「私なんて罵倒しかされてないのに……」
「………。(な、何でバレたのですか!?)」
世の中はどこでも不条理なのである。
終わり
補足
こんなめぐみんの目の前で禁手化やら覇龍詠唱なんてしてみなさい。神扱いされること請け合いで懐き度もカンストするぜ!! ……………ロリっ子やけど。
その2
カズマくん、どんどんしっかり者になっていく。
そら、堕落女神やら無自覚で堕落女神を更に堕落させるアホが居ればこうもなるさ……。
その3
本能的に銀髪さんに対して塩対応。
多分本来の姿になってもスカウターは見抜いて更に扱いが……………それこそめぐみん以上に。
その4
打って変わってダクネスさんは金髪だけど初めからチョコ対応。
しかし露骨過ぎて結局上手くいかないフラグびんびん。
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IFからの呪い
強いて言うなら、ボインに好かれようとしても空回りして代わりに……。
何度も述べるが、イッセーは巨乳フェチである。
誰が何と言おうが巨乳が好きなのだ。
喩えその後ろに『おしとやかで、黒髪の』が付いてて我が儘だとしても、それだけは譲れないのだ。
「確かに悪いことしまくってきたさ、けどだからといってこんな罰ゲームはあるかよ? だろカズマ?」
「俺に振られても困るんだけど、別に良いじゃん害は無いんだから」
「やかましいガキって時点で害にしかならないんだけど。師匠とか勘弁して欲しいわ」
そう……数多のIF世界によるロリペタ引き付け体質を持ってたとしても、彼はムチムチを求めるのだ。
カズマとアクアの意見一致に逆らえず、結局なし崩し的にめぐみんを仲間に迎える事になった。
イッセーはその流れと勝手に弟子を自称するめぐみんを心底嫌がっていたのだが、カズマとアクアに圧される形で仕方なく面倒を見る羽目になってしまった。
「何処に行くんですか?」
「お前が居ない所だよこのクソガキ! ケッ!」
只でさえナンパは上手く行かず、めぐみんをなし崩し的に仲間に加えた帰りに知り合った銀髪と金髪の冒険者に対して色々と『失敗』した気分にさせられ、挙げ句その日を境にチョロチョロと付きまとわれる始末。
アクアとカズマの三人で地味な日々を過ごしていた方が、面倒と思うことは多けれど気が楽だったと、イッセーはナンパに出掛けようとする己に付いてこようとしためぐみんに怒鳴り、そのまま大股で商店エリアへと行ってしまう。
「クソが、バカなアクアはともかく人間じゃねぇ奴なんか信用できるか……!」
『あの小娘も基本アホだし、アクアと然程変わらんと思うが?』
「それ以上に小うるせぇガキは嫌いなんだよ……ケッ!!」
『そうか……。
だがお前が罵倒した時、あの小娘半泣きだったぞ?』
「知るか! 泣きたきゃ死ぬまで泣いてろってんだ!!」
それが、とある世界の『眼鏡貧乳』やら『黒髪ロングロリ』やら『白髪猫ロリ』につきまとまれるもしもの自分と同じかもしれないとは知らずに……。
「うぅ、師匠が冷たい……」
すっぴんで魔法なんて使えない男が、不思議な力を持っている噂を聞き、それを間近で見た時の興奮は間違いない。
そして、空に放った太陽を思わせるパワーも一生涯忘れないし、彼の弟子になれば自分の爆裂魔法はもっと強くなれる確信もあった。
だが、その師匠であるイッセーは知り合ってパーティに加えて貰ってからまだ三日だが、未だに自分を毛嫌いしている態度であった。
「あら、イッセーはどこ?」
「商店のあるエリアに怒りながら行っちゃいました……」
「怒りながら? 何かあったの?」
「いえその……師匠――じゃなくてイッセーさんがお出掛けするので付いて行くって言ったら怒鳴られて……」
「あー……そういう事」
「やっぱり無理矢理は駄目だったのでしょうか……?」
「別に大丈夫でしょう。本気で嫌なら今頃めぐみんさんの事を(この世から)追い出してるし」
イッセーのマネーで購入したらしい家にトボトボと戻ると、今まで寝ていたのか、アクアが寝癖を付けた状態で欠伸をしながらリビングに相当する部屋でだらけており、イッセーの不在についてめぐみんから話を伺い、微妙に納得した顔をしつつフォローを入れる。
「イッセーは気性が荒いだけだし、その内落ち着くと思うわ。
寧ろこの山場を乗り越えればある程度マシな態度になる……筈」
「ほ、本当でしょうか? この前のクルセイダーさんに対する態度を見てると、とてもそうは思えないというか……」
「あぁ、ダクネスさんだっけ? あの露骨な態度は確かに見てて何故かムカッとしたわねぇ」
「逆にあのクリスさんって人は私とほぼ同じでしたけど」
「イッセーは変態だから、体型でしか相手を判断しないのよ………あと種族」
「純粋な人間以外は嫌いって奴ですか?」
「選り好みし過ぎというか我が儘なだけね」
人外嫌いというこの世界に住む者としてはネック過ぎるイッセーの性質。
その理由をアクアはある程度把握してるのだが、最近めっきりその人外である筈の自分にだけはカズマとドライグ曰く『最初と正反対の対応』を受けており、アクア自身もそれは自覚していた。
理由はなんでも『確かにそうだけど、それ以上にアホっぽい』なんて理由で殺意を抱くのもアホらしいとの事らしく、正直馬鹿にしかされてない気分だったのだが、最近アクア自身も思うのだ……。
「アイツ……気性は荒いけど、それを回避すると割りと献身的なのよねー……」
「え? 何か言いました?」
「いえ、何でもないわ……ほほほほ」
生前、数えきれない数の種族を殺し、根絶やし寸前まで追い込む程の危険な人間だった事は間違いない。
だが本人とドライグの話を聞いてると、どうも『育った環境』がそうさせた様に思えてならない。
何処の誰が送り込んだかわからない転生者に人生を滅茶苦茶にされ、その報復として転生者に与する種族や神々を殺したのが本当だとしたら、無駄に殺意を振り撒くだけのサイコパスという訳では無いと思えなくもない。
「カズマは?」
「えーっと、この前の聖騎士さんと盗賊さんを探しにギルド場にと言ってました。
何でも『スキル』について教えて貰うんだとか……」
「へー? 最近妙に張り切ってるわね、何が――」
「チキショー!!! 彼氏居るなら先に言ってくれよぉぉ!!!!」
「」
「」
まあ、乱暴者で選べる立場じゃない癖に女の好みに一々煩い男という認識は変わらないのだが。
「随分早いお帰りね」
「く、クソォ……この前のダクネスって子と同じくらいの子だったのにぃぃ……!」
「だ、大丈夫ですかイッセーさん?」
「くだらねぇ慰めなんか要らねぇぜクソッレェェ!!」
すっぴんだけどチートなイッセー、力を失えど上位職なので一応高い駄女神、そして色々あって仲間にすることにしたアークウィザードのめぐみん。
中身はどうであれ、全員能力の高い三人と違い、俺は平凡でどうしようもないくらいに弱い冒険者だ。
イッセーが居てくれる時点でこんな事をしても無駄なのかもしれないとは分かってる……分かってるが、それでも俺までアイツにおんぶに抱っこは流石に情けないと思う。
だから俺は今、この前めぐみんを仲間にした帰りに知り合った聖騎士と盗賊の二人に、色々と冒険者について教えて貰っていた。
「と、まぁこんな感じかな。
冒険者って職は器用貧乏だけど見聞きさえすれば他の職のスキルを覚えられる。ただし、本職に比べて修得する必要ポイントが多くなっちゃうけど」
「ふむふむ」
「私としては防御系のスキルをおすすめするぞ? 敵に囲まれて百叩きにされてもこれならより気持ちさを楽しめるからな!」
「……。それはお前だけだから黙ってろ変態騎士」
「はぁんっ!? や、やはりカズマは才能の塊だなぁ……くふふふふ!」
ギルド場の裏にある簡素な広場。
そこに俺は、この前イッセーがナンパして爆死した聖騎士のダクネスと、うって変わって貧乳は消えろと罵倒した盗賊のクリスにスキルのシステムとおすすめについてを教えて貰っていた。
ポイント貯めればポイントを消費して修得できる様々なスキル。イッセーはすっぴんに加えて、今更そんなものを修得せずとも手からビーム出したり、物理法則を完全に無視したプロレス技を使うので必要ないものだが、俺は逆にこういったもので少しでも平均以下のスペックを底上げしないと、この先ますますイッセーの足手まといにしかならない。
なので、勝手に悶えてるダクネスとクリスから、こうして色々と財布の中身を消費しながら厳選をしている訳だ。
「スキルポイントポーションを飲みまくってポイントを貯めるとかどうかな? 確か彼が裏で稼いでてお金には困って無いんだろ?」
「それは真っ先に考えたけど、これ以上イッセーの稼いだ金を浪費するのは申し訳ないというか、そんな手で底上げしても……」
「あーなるほど……出来ればこれ以上彼の世話にはなりたくないと……」
「弱いくせに何偉そうな事言ってんだって話だけど、大体そんな感じだ」
クリスに盗賊スキルについての説明を受けてる最中、ゲームの作業に使いそうな手を提案された俺は、非効率である事を覚悟してその話を却下する。
確かにポイントはそれで貯められるし、覚えられるスキルも多くはなるが、それ以上にレベルとステータスの貧弱さを先に解決しなければ、いくら強力なスキルを覚えても宝の持ち腐れだ。
そこら辺で拾った小枝で鋼鉄の塊を三枚下ろしにしてしまうイッセーを見ているせいか、スキルだけが全てじゃないと俺は思うのだ。
「中々熱心な心掛けじゃない」
「うむ、それなら大量発生したモンスターを討伐するクエストを探して受注し、モンスターに傷つけられて精神と肉体を鍛える修行でも一緒にしようか!」
「それはお前の好みだろうが! 1人でやってろ!」
「つれないなぁ……しかしその蔑む瞳はゾクゾクするぞ」
クリスという盗賊の冒険者は、一つ誰にも言ってない秘密がある。
その秘密というのは、知られたらまず大騒ぎになる事間違いない大きくて壮大な秘密なのだが、そんな秘密を抱えながらも1冒険者として居るのは、最近先輩が迎えた1人の転生者の『動向』にあった。
「ところでさ、イッセーさんは今どうしてるの?」
「イッセー? アイツなら今家で寝てるんじゃねーか? それか町に出てナンパして玉砕してるとか」
「ふーん……?」
「何だクリス? 彼が気になるのか? 確かに彼は肉体的にも精神的にも鬼畜という才能はあるが、それを私に向けてくれない辺りが惜しい」
「そういう意味で気になってる訳じゃないんだけどね……」
ドS通り越して鬼畜な少年が、自分には何もしないという点に不満そうな顔をするダクネスにクリスはカズマと共に何とも言えない表情を浮かべつつ、内心静かにその男とのクリスとして接触した初めてを思い返す。
『あ? ……………………………………。テメェは『何だ?』』
ダクネスとは真逆に、明らかに自分の胸を見てから『どうでも』良い顔になるという失礼過ぎる態度。
『……。ふん、
いっそ温厚のつもりである自分も殴りたくなる態度。
しかしそれよりもクリスが気になったのは、最初に自分を見た時に僅かに発した明確な『殺意』だった。
「どうもアタシは彼に嫌われてるみたいだからねぇ……。何で嫌われてるのかちょっと気になる感じ?」
「そりゃあ…………いや、何でもねぇ……」
「あはははは、何でアタシの胸を見てから目を逸らすのかなカズマくんは?」
「ゴミ呼ばわりとは、なんて羨ま―――いや酷い奴だ!」
身を斬り刻まれてしまったと錯覚する程の、胃を引きずり出される感覚すら覚える濃厚な殺意。
クリスはそれが忘れられないでおり、何も知らないカズマとダクネスに対して適当にかわしながら、一つの仮説を立てる。
(報告によれば、彼は人間以外の知的生命体を嫌悪している……。
そして転生者という言葉にも異常な程の拒絶反応を見せる……それは彼が転生者という存在を知っている事であり、またあの時私を見た際に見せた『嫌悪』の表情はまさに…………『私』という中身を端的に見抜いた……)
カズマ達と話す口調とは違う……どこか威厳を感じさせる口調を脳内にて展開させ、ダクネスとふざけあってる姿を見つめつつクリスは、イッセーがあの時点で自分を『自分』であると見抜いていると結論付ける。
この世界に広く浸透している……慈愛の女神としての自分を……。
「あ、居た居た!」
「カズマさーん! ダクネスさーん! クリスさーん!」
「ん? お、アクアにめぐみん……それに噂をすればイッセー」
「あ? 何だ噂って?」
「………………………。(そのわりには何故女神の先輩には普通の態度なのでしょうか)」
アホな理由で堕ちた先輩女神をお決まりの様におんぶしながら姿を見せる破壊の龍帝と呼ばれた男を鋭く見据えがら、クリスは微妙に納得できない気分に浸るのだった。
「やぁイッセー、そろそろ決意は固まったか?」
「っ……ダクネス……」
「ちなみに私はとっくに覚悟はできてる! 殴るのか? 蹴るのか? それとも踏むのか!?」
「い、いや……くっ、や、やっぱりできねぇ!! こんなボインのおんにゃのこにそんな酷い事なんてできねぇ!!」
「意外な弱点だよな」
「微妙に納得できないです」
「っせぇ!! 小便くせぇクソガキとダクネスを比べる事自体失礼なんだよ!!」
「うぅ……」
「違う! そういう罵倒は私に言えよ!? めぐみんじゃなくて私にだ!」
「俺には出来ません!!」
クリスとイッセーは顔を合わせても一切会話をしない…………というのは、既にのほほんとつるむ様になったアクア達の中では周知の事実であった。
「ねぇねぇ、すっぴんの理由ってステータスの数値がおかしかったからって話は本当なの?」
「……………………唐揚げうめぇ」
「っ……。アタシの分の唐揚げもあげるから、少しは答えて欲しいかなぁ?」
「……………………葉っぱうめぇ」
「な、何という放置プレイ。
クリスの奴め、あんな真似までされて……」
「イッセーは何がそんなにクリスを気に入らないんだろうな? あれじゃあある意味めぐみんよりエグいぜ」
「と、という事はクリスさんには勝ってるんですね私は!?」
この様に、食事の席に於いても、クリスから振られる話の全てを視線すら寄越さずにガン無視する様は、ダクネスを震わせ、カズマは疑問に、めぐみんはどんぐりの背比べの勝利に喜び、アクアは――――
「イッセー、それちょーだい?」
「んぁ? あぁ……ほら」
マイペースにお世話されていた。
クリスが無視されてるのはちゃんと知ってるが、甘やかされ過ぎて、このやり取りが無いと嫌に思う所までアクアは堕ちていたのだ。
「蜥蜴の尻尾って昔焼いて食ってクソ不味かった思い出だったが、ここのは普通に美味いな」
「ねー?」
「…………。アクアさんは自立心を失ったのかい?」
微妙すぎる空気の中でも、平然と世話されてるアクアを見てクリスが引いた顔して問う。
「自立心? なにそれ美味しいの?」
そんなクリスの質問に、いよいよアホの極みに達したアクアは、せっせと食べさせてくれるイッセーに満足そうな顔して笑みを浮かべ、アホ過ぎる回答をする。
合流して日が浅い――いや、それ以前からそんな性格だったのは知っていたが、まさか一番警戒をしなければならない男に此処まで堕落させられるなんて、アホ通り越して愚かにすら思えて仕方ない。
いや、それ以前に正体を知ってるアクアに対してこんね破格な対応してるイッセーに寧ろ驚くべき事なのだが、それ以上にこれは酷かった。
「あのさ、イッセーもあんまり甘やかすのは――」
「カズマも食えよ、ほら」
「い、いや俺そこまでガキじゃ――んぐ!? ………もぐもぐ」
「あー! い、イッセーさん私には!?」
「頭から大皿ごと食わせられてぇなら良いが?」
「う……ひとりで食べます……くすん」
「はぁはぁ、わ、私には何か無いのか!?」
「き、キミは特に無いや……ははは」
「……。(イラッ☆)」
そして自分だけ罵倒するも無く、完全に無関心ときた。
これには慈愛を心掛けたかったクリスもカチンと来てしまった。
「わかった、わかったよイッセーさん。
そんなにアタシが気にくわないなら、納得できる話をしようじゃないか!」
もうこうなったら、いっそイッセーに本来の姿を晒し、その上で色々と話をしてやる。
ジョッキに残っていたしゅわしゅわ系統のドリンクを一気に飲み干したクリスは、テーブルに勢いよくそれを叩きつけながらおもむろに立ち上がると、ピシッ! と指を差しながらイッセーに勝負を仕掛けた。
「食べ終えたら二人で腹を割って話そう! アタシの何が気にくわないかとか含めて全部聞いてあげようじゃない!」
そもそも、最初から自分の胸をゴミ扱いしたし、アクアには妙に甘いしで、色々と気に入らないのは自分も同じだった。
だったらいっそ自分から色々と晒し、その上で自分のやってる事を知って、納得して貰う。
「おお!? 盗賊のねーちゃんがすっぴんを誘ったぞ!?」
「最近妙に集まりがいいと思ってたらそういう事かよ! やるじゃねぇかすっぴんの癖に!」
「なっ!? ち、違っ……!!」
その意気込みを慎ましい胸に秘めながら、クリスはデカい声で割りと誤解を受ける台詞を叫んだせいで、周囲で聞いていた他のお客……すっぴんのイッセーを知る連中から盛大な勘違いをされてしまう。
「え、マジか……アイツもダクネスみたいなタイプだったのか……? 普通だと思ったのに……」
「む……」
「むむ……」
「な、何!? クリスも罵倒されたかったのか!? そ、それならカズマも加えて鬼畜パーティでも開こうか!」
「だ、だから違うって! アタシはそういう意味で言った訳じゃ……」
お世話して貰うつもりのアクアと、何故かよくわからないままのめぐみんが慌てて否定しようとするクリスに対してムッなる。
しかし当の本人はといえば……。
「寝言は死んでから言うんだな…………えぐれ胸」
「」
ゴミを見るような目でクリスを一瞥し、吐き捨てる様に罵倒の言葉を浴びせると、再びアクアとカズマに過保護な保護者の如くあれ食えこれこれ食えとお世話に戻るのだった。
「え、えぐれ胸って……え、えぐれてないよアタシは!?」
「うっせーうっせー、そもそもツラからして気に食わねぇんだよテメーは。
話すことなんて一言も無いし、『腹に一物抱えたまま』勝手にしろ」
「っ!? い、今なんて……!」
終わり
神なんてものは居なくても世界は成立する。
それをかつての事で学んだからこそ、アホさが勝ってるアクアを除いて全てが嫌いだった。
「女神エリス、ね……」
「こ、この姿をこの世界の人々に見せる訳にはいかなかった……なので、クリスとして活動していて……」
神によって人生をねじ曲げられ、神が落とした者によって『壊され』、その憎悪を糧に全てを殺してきた。
それが例え、関係ない女神であったとしても……。
「ぺっ! 相変わらず腹の立つ感覚だ。
アホでバカなアクアが可愛く思えるくらいだぜ……神器の回収だぁ? くくく、テメーごときにドライグは死んでも渡さねぇよ……!!」
「ま、待ってください! 私が言っている神器とアナタの
『? 待てイッセー、この小娘の言ってることはどうやら嘘では無いらしいぞ?』
人外嫌いの元凶とも言うべき神の存在を否定したがる男、イッセーの殺意は……慈愛の女神であるエリスも尻込みさせる程のものだった。
しかしドライグというストッパーが、エリスを本気で消そうとするイッセーを止める。
「信用できるか。そもそも胸すらくだらねぇ詰め物で盛ってる様な奴だぞ?」
「っ!? そ、それは今関係ないでしょうが!!」
「うっさいボケ!! えぐれ胸は無駄な抵抗してないで隅で大人しく朽ち果ててろカスが!!」
そして始まる女神との熱い口喧嘩。
レベルは小学生。
「おやおやぁ? どうしましたぁ? えぐれ胸指摘されて逆ギレですかぁ?」
「だ、だからえぐれてません! こ、この女好き! 変態!」
「残念でしたぁ、無駄な抵抗してる雌ごときに言われてもちっとも悔しくありませぇん!」
「こ、この……! アクア先輩は贔屓する癖に……!」
「あ? アレも単なる雌だろ、くだらねぇな」
しかしそれでも……多分平和だった。
後日
「あ、足がすべっちゃったー? でもアタシと話したくないイッセーだし、許してくれるよねー?」
「………………。ぶっ殺すぞボケがぁぁっ!!!」
「あっははは! 反応するんだ? 話す事なんて無い(キリッ)とか言った癖に?」
「ドライグゥゥ!!! バランスブレイクだぁぁっ!!!」
『こんな事で禁手化なんて俺は嫌だぞ』
「……。何があったし?」
「わ、私も混ぜて欲しいぞ!」
「……。やっぱり何故かムカつくわ」
「……。はい、何故か私もムカムカします」
町中を鬼の形相で追い回すすっぴんと、妙に楽しそうに逃げる盗賊が居たそうな。
「おい、あのえぐれ胸……ぶっ殺して良いっすか?」
「お、落ち着けよ……どっちもどっちなんだから……」
「そうよ、というか最初はアンタが原因じゃない」
「くっ……!」
結果、イッセーはクリスが無関心から『嫌い』になった。
殺してやろうかと思ったけど、アクアとカズマと居たせいか妙な偽善感情に苛まれ、本来ならとっくに捕まえてから首を捻切る事だってできたのに、何がどうなってるのか、どうしても殺す気が起きない。
「でもアンタも変わったわね。来たばかりなら一々私やカズマに同意なんて求めないで勝手に殺りそうなものなのに……」
「!?」
その気分が……指摘されて初めて自覚し始めた気分がどうしても許せない。
「赤龍帝からの贈り物……」
「お、お、おわー! こ、この内から沸き上がる力! これなら何発でも爆裂魔法が撃てますよ!」
「あ、そ……まぁ精々頑張ってくれ――あれ?」
罵倒しまくってた筈のめぐみんに対しても、気付けば爆裂魔法の練習に付き合ってやってる自分が。
「…………。元々アナタはそういう方なんですね?」
「テメーに俺の何が……!」
「わかりませんよそんなの、けど、今の貴方は変わろうとしている」
「…………!」
許せない……許してはいけない。
甘さを持ってはいけない……そう思って生きてきた少年は、今の自分が分からなくなってしまう。
「………」
だから、その日偶々アクセルへと進行してきた魔王軍の幹部に……イッセーは――
「突然だが死ね……。
『Welsh Dragon balance brake!!』
裏ボスを意図せず潰した時の力を、大衆が見ている前で解放する。
かつて血に染めた龍帝の鎧を。
その凶悪なまでの威圧は、そんな理由で来たつもりじゃなかった魔王軍の幹部を戦慄させ、一気に戦闘体制に入らせたのだが……。
「完璧弐式奥義・アロガント・スパーク!!!」
「がばぁぁぉっ!?!?」
赤き鎧を纏った少年は殺意の固まりと言われた奥義で呆気なく葬った。
それこそ、周囲の者達をも黙らせるほどの凶悪な力で。
そうだ、これこそが自分。
相棒と共に築き上げた力。
今更善人を気取るな……今更殺しをした奴が……。
「ぐ……がはぁっ!? な、なんだ……と……!?」
「「イッセー!?」」
「イッセーさん!?」
「な、なんだ? 急に吐血して……」
「そんな事言ってる場合じゃないよ! あんな量の血を吐くなんて……!」
慈悲を持つことは許されない。
そう思って放った殺意の奥義は、生前世界では完全な成功を収めた筈なのに――失敗した。
「ぐ、がは……な、なんて奴だ……きょ、今日のところは引き上げだ!」
殺意という確かな力を失う事で……。
「いっでぇぇぇぇぇ!?!?!?」
その代償は、全治三日の全身筋肉痛だったとさ。
ちなみに魔王軍は逃げました。
「さ、最悪だ……あの時は完璧成功してたのに、何で失敗したんだ!?」
「よ、よくわからんけど、あんな無理な体勢で落下したらそりゃそうなるんじゃないのか?」
「で、でも凄かったですよ! 何と言いますか、肉体のおりなす芸術といいますか! あ、あとあの鎧は何ですか!?」
「いだだだだだ!?!? 触るな触れるな近寄るなクソガキィ!!」
イッセー君……今更『尊大な火花』を放つ資格を失う。
「きょ、今日は付き合えないから、ひ、1人でやってろ……」
「いいえ! 今日はイッセーさんの看病をしてあげます! 何だか最近お悩みを抱えてそうですし、いっそこの場でぶちまけてみましょうよ!」
「は、はぁ……? ふざけんな、俺は小便臭いガキに世話されるほど落ちぶれちゃいねぇっつーの」
そして毛嫌いしていたロリっ子にまで看病されたとか……。
「くそ、頭に来るぜ……訳がわからねぇ……」
補足
初見で看破してました。そしてその後本来の姿で邂逅したら即殺しの手前まで発展したけど、なんやかんやで小学生レベルの小競り合いに落ち着いたとさ。
その2
アクア様の駄目度はもはやカンスト手前……いや、無限進化突入。
女神? そんな事よりイッセーにお世話されてる方が楽とか言い出したら最早末期。
その3
めぐみんはここからどうなるか? 某白猫っぽいなったらそれはそれで皮肉である。
数々のIFによるロリやらひんぬーやらの呪いは強い。
何せ笑えない数だもの……。
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女神と龍帝とボッチさんと……
先に説明するなら答えは『NO』です。
いえ寧ろ肉体的には生前世界の最期より別次元に進化してます。
そう、肉体的には……。
何故イッセーがすっぴんなのか。
その理由は彼の中に宿る赤い龍が関係しているのかもしれない。
しかし、それと同等にイッセーは絶望の果てに得た『異常なまでの力の欲求』という精神力と共に得た異常の中でもとりわけ変態じみた異常性が関係しているのかもしれない。
「ドーラーゴーンー―――――」
『explosion!』
「波ァァァァァッ!!!!!」
今よりもっと先の力を。今の領域から更に上の領域へ。歴代の誰もが成し遂げられなかった絶対なる赤龍帝に。人間であることを忘れずに、蔓延る有象無象生物をぶちのめせる最強の生命体へ。
「と、まあ……体内の精神エネルギーを倍加して爆発させる感じかな。これならカズマも簡単だろ?」
「無茶言うなよ!? つーか山が消し飛んじまったじゃねーか!!」
「あ、やっべー……まあ、何の気配も無かったし、地図を描き直すだけで済むし大丈夫っしょ?」
「あるかそんな事! めぐみん以上にそれは禁止にすべきだ!」
「えー……?」
つまり何が言いたいのかというと……。
「アイツ、この前より別次元の強さになってる……」
「ド、ドラゴン波なんて魔法は聞いた事がありません! け、けど凄い……凄すぎる!」
イッセーは既に『弱体化した分のパワー』を取り戻し、そこから更なる進化を開始していた。
本人曰く『完全な名前負け』らしい宇宙を思わせる異常性。同じ『性質』を持ち、転生者に与したとある龍神を食い殺す事で奪い取り、異常性として取り込む事で獲た理不尽な力。
そしてその自念に基づいた強烈無比なエゴ。
「良いか、これは勝手な持論だし、ドライグの受け売りでしか無いけどこれだけは言っておく。
『男は喧嘩に敗けた奴が敗者になるんじゃない。最後まで張り続けられなかった奴が敗ける』」
「お、おう……」
「ま、要するに生き残ったもん勝ちで、ゾンビの如く這い上がってソイツの頸動脈を掻き切れって事だな」
「さ、流石修羅で生きた男だな……」
「腕もがれたら蹴り殺せ。脚をちぎられたら噛み殺せ。歯を砕かれたら睨み殺せ。目を喪ったら呪い殺せ。とにかく何があっても心を折るな。虚勢だって何だって構わないから『張り続ける』事が大事なんだぜ」
それが例え理解されない信念であろうとも、イッセーはカズマに伝える。
「負けても相手が二度と自分と戦いたくないと思わせたら勝ちだ……聞き分けの無いガキの様に我儘になるのだー!」
自分が打ち立てた精神を……。
イッセーの強さの根底にあるのは、相手に対する勝利への異常な執着心と殺意にある。
全てを一度失い、そこから地獄の様な仕打ちを受けても尚這い上がった際に完成されたその精神が、アイツを押し上げたといっても過言ではない。
『………』
「イッセーさん! ドラゴン波と爆裂魔法のコラボレーションはどうですか!?」
「要らねーよ、一発撃ってぶっ倒れる奴となんて足手まといなだけだ」
『……………』
しかし、妙な経験を経てこの妙に緩い世界で生活する様になってから、イッセーは自覚をしていないがその精神が塗り替えら始めている事に気付いていない。
「えー……そんなぁ……」
「へ、くだらねぇ」
イッセーをガキの頃から見てきた俺はそれが不安でならない。
カズマという小僧とアクアとかいう女神の力を今は失ってる小娘の二人に影響されたコイツは確かに肉体的には進化し続けてはいる。
「ええぃ鬱陶しい! 寄るなクソガキァッ!!」
「へぶ!?」
この紅魔族とかいった種族の小娘にしたってそうだ。
以前のイッセーならもうとっくに殺してる筈なのに……。
「あーめんどくせぇ……!」
「い、痛い……拳骨なんて酷い……」
なぁ、気付いているかイッセー? お前は――
おんぶに抱っこという訳には何時までもいかない。
という訳で、本日はイッセーに悪いと思いつつ、俺とアクアとめぐみんの三人でとある洞窟に住み着いてしまった火竜の退治を行いたいと思う。
「イッセーが居ないと果てしなく不安というか、何でわざわざイッセーを抜けさせるのよ……」
「爆裂魔法を見てもらえないし、やる気が……」
「ばか野郎! めぐみんはともかくとして、オメーは何時までもイッセーにおんぶに抱っこで恥ずかしくねーのかよ!」
「えぇ…? 何この人……ヒキニートの癖に熱いんですけど」
少し肌寒いと感じる洞窟に隠れ住むとされる火竜。
そいつはどうやらかなり狂暴な性格をしているらしく、時折外に出ては人を襲ったり家畜を食い荒らし、その強さも今まで何人かの冒険者を返り討ちにしているレベルらしい。
だからこそ、少し無理があるかもしれないが、何時までもイッセーに頼りっぱなしは駄目と、めんどくさがるアクアやらやる気が全然無くなってるめぐみんを引っ張って、火竜を探している。
これでも俺は『戦い方』をイッセーに教えられてはいる……最初の時とは違って足がすくむということも無くなってきた。
後は、アイツに頼りっぱなしでは無いという証さえ手に出来たら俺は……。
『WRYYYYYYYYYーー!!!!』
「「「ギャース!」」」
………。ふっ、まぁそんな世の中上手くいかないくはい分かってたさ……あははは。
「グルルル……」
「あ、あっれー? おかしいな……聞いてたのと強さが違い過ぎね?」
「多分、産卵間近で気が立ってるのでしょう。
確か繁殖期の雌の火竜は雄を食べちゃうくらい狂暴になるとか。いやー報酬が割高だから変だなーとは思ってましてけど、こんなカラクリがあったなんてビックリです」
「だからイッセーに見て貰うべきだったのよバカー!! どうするのよ!? あの火竜確実に私達を食い殺してやるって様子じゃない!」
「い、いやめぐみんの魔法で牽制しつつ、急所を突けば俺達だって――」
『無ゥ駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!』
「「「キェェェェアァァァァッ!?? シャベッタァァァァッ!?!?」」」
くぅ、こんな事なら囮役にダクネスとか、翻弄させる役にクリスとかも連れてくれば良かった……。
何故か喋りながら火の塊を口から乱射しまくる火竜から全力で逃走しながら、つくづく俺は駄目だなと思うのだった。
カズマ達から『おんぶに抱っこ過ぎるのも悪いし、たまには俺達だけでクエストやって来るぜ』と言われ、渋々街に残る事にしたイッセーはというと、ナンパもする気が全く起こらず、腑抜け顔でギルド場の隅っこでボーッとしていた。
『お前は本当変わったなこの世界に来てから。以前なら暇になっててもギラギラしていたのに』
「おう」
『というか、小僧共だって子供じゃないんだ。一々心配してたらキリがないだろ?』
「おう」
『………。こりゃあ駄目だ』
顔見知りの冒険者に声を掛けられても返答が上の空丸出し。
ドライグに話しかけられても同じく上の空。
とにかく全部に対して心此処に在らずであるイッセーは、すっぴん故に他のクエストを単独で受注する事も出来ないので、こうしてカズマ達が無事に戻ってくるのをまるで忠犬ハチ公の如く待っているのだ。
来る日も来る日も転生者を自称する男に与したあらゆる種族の生物を殺しまくり、悪と罵倒されてもそれを自覚した上で女だろうが子供だろうがその手に掛けた男が、人間の小僧と力を失った女神……そして最近は小娘を相手に温くなっている。
ドライグはそれを決して悪いことだとは思っていないが、それにしたって一人になった途端腑抜けになるイッセーを見たくは無かったので結構複雑だった。
『たまには掲示板に張られてるパーティ出撃のクエストでもやってみたらどうだ? その方が暇潰しになるだろう』
「えー……?」
『えー? じゃない。
ハッキリ言って今のお前はあのアクアとそんな変わらんぞ? 方向性は違えどな』
「はぁ? おいおい、俺をあの堕落しまくりの雌と一緒にすんなし、俺別に堕落なんてしてねーし」
『だから方向性が違うと言っただろ。
俺やカズマからすればお前等のやってる事は一緒なんだよ……ったく、自覚してない分質が悪いったらありゃしねぇ』
「むぅ……」
気付け代わりに提案された見知らぬ者とのクエストについて、当初アクアばりにやる気の無い顔で嫌がるイッセーだったが、ドライグに指摘されて一緒にされるのが嫌だったのか、ノソノソとその場から立ち上がると、受け付けの隣に大きく設置されている掲示板の前に立つ。
『そうそう、折角前の塵共との鬱陶しい因縁も無くなったんだ。ボーッとしてるだけじゃ損だぞ?』
「んな事言ったってよ……ええっと、大量発生した肉食魚の討伐は……パス、この前やったばかりだ」
まるで父親みたいにアレコレと言ってくるドライグにイッセーは鬱陶しいとは思わずとも、かったるそうな態度を崩さず、多くのパーティメンバーとして張り出されてる項目を端からチェックしていく。
ソロで受けられたら一々こんなチェックなんてしなくて済むのだが、生憎イッセーの職業柄、ソロ受注というのが不可能だった。
『これなんかどうだ? 猪モンスターの狩り』
「狩って毛皮のコートでも作れってか? 微妙過ぎるぜ」
めぐみんやらアクアやらカズマと組んでた為、今までその様な弊害に不便を感じなかったが、改めて『すっぴん』という事実上『冒険者として終わってる』職業に若干の鬱陶しさを感じるイッセーは、内に宿るドライグがお父さんの如く『あれはどうだ?』だの『これはどうだ?』だのと語りかける中、ふと一つの張り紙……それも掲示板の端に小さく張り出されていた紙を見る。
「んだこれ? 何々……『パーティ募集。当方、パーティ経験無し。職業はアークウィザードで、お話ししたりクエストをやってみたいです』―――なんだこの友達募集みたいな感じ」
『他と比べて確かに変わってるな。募集するわりにはかなり目立たん場所に貼ってるし』
何のクエストをやるから募集という訳じゃなく、単純にパーティだけを募集しているといった載せかたに妙なものを感じたイッセーは、貼ってあったその紙を何となく手に取ってジーッと読む。
「うーん……」
『いっそそれにしたらどうだ? 他のはどうもパッとしないしな』
「いや、そもそも俺見るだけのつもりだったんだけど――まあ、良いか、どうせこの募集主とも一回きりの付き合いなんだろうし」
結果、一回きりの話だからとイッセーはこの募集主を探す事にした。
所詮自分にとってはカズマ達が帰ってくるまでの暇潰しだし、あのクリスとかいう雌と鉢合わせしない確率を上げられるのであればそれに越した事は無い。
「あの騙し雌野郎と鉢合わせしないのであれば、それに越した事はねぇ……」
『あぁ、あの銀髪か……』
「あぁ、俺はハッキリと奴が存在ごと嫌いだよ。
というか、神だなんだと、テメーが何でも出来ると思ってる奴は全部ぶっ殺してやりてぇ」
『……。そういう輩に昔は散々殺されかけたからな……お前の言わんとしてる事は解るぞイッセー
だが――』
「わかってるよ。俺達が今まで殺してやったゴミ共と、アクアやあの……エリスとか言った神は違うんだろ? 解ってはやるよ、でも嫌いなもんは嫌いなんだよ」
『………』
張り紙に記載された場所に向かい、キョロキョロと書いた本人を探しながら、イッセーはドライグに神という存在の全てが気に入らない内をぶちまける。
あの日、ダクネスと一緒に居たクリスという盗賊の女が一人で夜の町にてナンパしてる所を邪魔するばかりか、勝手に人気の無いところで見せられた真の姿と正体。
『これが私の本当の姿です。
初めまして兵藤一誠さん、そして二天龍ア・ドライグ・ゴッホ。私は女神エリス』
『………』
『コイツ、俺の名前を……』
クリスとは正反対とも言える女神エリスとしての姿を見せられた時、いの一番にイッセーが感じたのは……。
『女神エリス……ねぇ?』
かつて殺した神共と同じく……殺意だった。
『私の役割はこの世界に散らばった神器の回収と、事情によって不在になった先輩女神のお仕事です。
えっと、誤解ないように言って置きますけど、神器と言っても貴方の
『オーケー大体わかった……じゃあ死ね』
『っ!?』
そしてせっかちな男は、エリスの言葉を待たずしてエリスを街の外まで殴り飛ばす。
『くっ……!? い、いきなり何を……!?』
神の席に着くだけあり、牽制気味に貰った右ストレート……食らえば即死級のパンチを咄嗟に両腕でガードしたエリスは、衝撃と威力を殺せず街の外まで吹っ飛ばされ、クレーターを作りながら着地する。
『くくくっ! おいドライグ? アクアの時は自分の状況に混乱してて沸かなかったが、こうして落ち着いて相対してみると、やっぱりぶっ殺したくなるぜ……神って名乗るボケは』
『殺るのか?』
『当たり前だ』
いきなりの先制パンチに怯みながらも、殺意に満ち溢れた形相で嗤うイッセーは、この時点で目の前の女神を本気で存在ごと消そうと決めていた。
『う、噂に違わぬ力ですね。
ですが待ってください! 私は貴方に何かをするつもりは――』
『言い訳は死んでからするんだな。もっとも、そんな声なぞ俺には聞こえないけどな!!』
一撃で片腕をへし折られたのか、右腕がひしゃげながらも必死に敵対意思が無いことを訴えようとするエリス。
しかしイッセーはその言葉を全てはね除け、禁手化を発動して鎧を全身に纏う。
『くっ……! 人外の中でも取り分け神を憎悪しているのは知ってましたが、話くらい聞いてくれたって良いじゃないですか……!』
『嘘吐きの話なんて聞くだけ無駄だ……死ねぇっ!!』
『Boost! Boost! Boost!!!』
折れた腕を咄嗟に回復させ、隕石を思わせる速度で襲ってきたイッセーに対抗して目の前に障壁を張るエリスは、人外嫌いの度合いが此処まで酷いのかと若干正体を明かした事を後悔していた。
『そんな薄皮一枚張って凌いだ気になってんなよボケが!! 赤龍帝の鎧+硬度10ダイアモンドパワー!!』
『きゃあ!?』
そして何よりも殺意を剥き出しにする修羅の世界でも最強レベルの少年は、恐ろしく強かった。
並みの生物では突破不可能なバリアーを紙屑の様に殴り破る様は、少年の鎧が掛け声と共にダイアモンドを思わせる輝きを放つのと相まって修羅そのものだった。
『地獄の九所封じその一・大雪山落としー!!!』
『がっ!? せ、背中の感覚が――!?』
『その二、その三! スピン・ダブルアームソルト!!』
『がはっ!? ほ、ほんとに待っ――』
『その四とその五、ダブル・ニー・クラッシャー!!』
それは最早ギャグテイストすら感じる程に清々しい容赦の無さだった。
それこそ、今この場でもしダクネスが見てたらハァハァしちゃうくらいに……イッセーはエリスの両肩やら背中から両脚を封じながら尚も攻撃の手を緩めなかった。
『その六、兜割りぃぃ!!』
『ひぎぃ!? は、話を聞いてぇ……ひっく……』
それでも生きてる辺り、流石は女神だけあるエリスだが、ここまで一方的にボコボコにされても尚、話を聞いてくれと半泣きで懇願する辺りが結構シュールだ。
『その七、ストマッククラッシュ!!』
『げふ!?』
でもイッセーは止めない。
それはそれは覆った鎧の下でドSな笑み全快で、兜割りなる技でエリスを地面に叩きつけた後続けざまに飛び上がり、そのまま頭部から落下してエリスの腹部に頭突きを噛ます。
『ひっく……酷い……』
『おっと? まだ死なんのか?
まあ、カミサマなんて名乗るんだ……そう来なくちゃ面白くない』
七の時点で漸く攻撃の手を止めたイッセーは、クレーターになった地面のど真ん中で土に汚れて泣いているエリスに久々に耐久性に優れた木偶である事を喜びながら、急にエリスの手を掴んで無理矢理気味に立たせる。
『その八握手……といっても今の俺には幻実逃否は無いのでそのままの意味での握手だがね。
さて、どんな気分だ女神様よぉ?』
『だ、だから……はなしを……聞いて……う、うぅ……ふぇぇん……』
『………。おいイッセー……小娘が泣いてるんだが』
『へっ、知るか、泣きたきゃ泣いたまま死ね』
握手の体勢で泣き出したエリスに、ドライグが若干怪訝そうな声でイッセーに語りかけるが、イッセーはそれを無視する。
所詮、女神は女神……人間じゃない生物に慈悲なぞくれてやるものか。
そう言い聞かせる様に己の中で繰り返したイッセーは、そのままエリスをスピン・ダブルアームの体勢に固めると、最も得意で最も気に入っていた技を発動させる。
『じゃあなクソ神! 地獄の九所封じのラストワン!!』
『っ……ううっ!?』
グルグル勢いよくエリスを固めたまま回転し、そのまま上空に投げ飛ばす。
そして自分も飛び上がり、逆さになっていたエリスの首に自分の膝を引っ掛けると……。
『地獄の断頭台ーっっ!!!!』
ニードロップの要領でそのまま地面に激しく激突させるのだった。
この時点でイッセーは確実にエリスの首をへし折って殺したと確信していた。
何せこのフルコースは、人外の女が自分によくわからない理由で貸してくれた漫画のキャラが使ってた地獄のフルコースであり、イッセーが最初に全力で完全コピーし、あらゆる生物を撃破した技なのだ。
なのでエリスも例外無くこれで仕留めた……と思っていたのだ。
『話を……聞いて……ごほ……!』
『なっ!?』
『生きてる……だと?』
そう、虫の息とはいえ、生きてるエリスをその目で見るまでは……。
『あ、貴方が人外を憎悪する理由は……わかって……る、つもりです。
け、けど……は、話くらい聞いたって、良いじゃ……ありませんか』
『コイツ……!』
淡い光をその身に纏い、受けたダメージを瞬く間に回復させるエリスが、徐々にイッセーに近寄る。
『こ、これでも一応女神を名乗ってるんです……聞いて貰うまで死んでやりませんからね……!!』
そしてエリスはちょっとだけ狼狽えるイッセーにそう啖呵を切ると……。
『ぐぅ……』
『っ!?』
限界だったのか、そのまま力尽きる様にイッセーにもたれかかる様にして意識を手放した。
当然イッセーは受け止めるなんて真似はせず、そのまま前のめりに倒れたエリスと自分の掌を交互に見合わせながら信じられない様な表情を浮かべてる。
『な、何でだ? もうとっくにアクアのせいで弱体化した力も鍛え直して取り戻したし、寧ろ進化すらしてるのに……何で殺せない……!?』
それは困惑だった。
イッセーがドライグと共に特に求めてもない最強という存在になった一因でもある無限進化の異常性によりとっくに全盛期を取り戻したどころか、そこから更なる進化まで果たしていた。
なのに何だこの結果は……? イッセーはすかさず倒れていたエリスにトドメを刺そうと拳を振り上げようとしたが……。
『チッ……!』
やらなかった。いや『出来なかった』。
『……。殺さないのか?』
『!』
禁手化を解除し、忌々しげに倒れているエリスを睨むイッセーにドライグが少し穏やかな声で問い掛ける。
『俺はどうしたんだろドライグ? 何で、殺せないんだ?』
まるで親にすがり付く様にイッセーは内に宿る唯一の親友であるドライグに問う。
肉体的には強くなっているのに、何故かエリスを殺せない……その理由が全くわからない。
子供の様に困惑するイッセーにドライグは言った……。
『さてな、だが、知って受け入れればお前は更に強くなれると思うとだけは言っておく』
答えを教えないではぐらかしたドライグにイッセーは無言で自分の掌を見つめる。
昔からの暗黙の了解……答えを直接教えられない時は己で見つける。
親友であり相棒であるドラゴンの言葉を受けたイッセーはその曖昧な返事に怒る事は無く、されど不満そうに舌打ちをすると、アクアの後輩と自称していたエリスを乱暴に担ぎ……そのまま街へと戻る。
『ほう、生かすのか? お前にしては珍しいじゃないかイッセー? もう答えがわかったのか?』
『わかる訳無いだろ。だが、この女神を修行に付き合わせれば、俺はもっと強くなれるかもしれない……そう思っただけだよ』
『フッ、そうか……俺には『アクアの後輩だから殺すのを躊躇った』という風に感じるがな』
『冗談じゃない。何で俺がそんなくだらねぇ理由で殺すのを躊躇うんだよ……アホらしい、そんな訳あるか』
『そうか……。
ま、精々悩むんだな……くくく』
『チッ、何時にも増して意地の悪いドライグだぜ……』
これがクリスを嫌う真相であり、未だ掴めない理由。
エリスの姿は何と無く隠さないといけない気がすると思い、意識を戻すまで町外れの小汚い小屋で何と一晩共に過ごすという展開もあり、クリスとしての姿に戻ったエリスに散々キレられ、逆ギレして胸を盛ってる事を指摘して口喧嘩に発展し、挙げ句互いに小学生レベルの小競り合いをやる関係になり……と、たった数日で意味不明な関係になってしまったイッセーとクリス。
「あのクソアマ……俺がシカトすると持ち物パクるわ、足は踏むわでマジ害虫だぜ」
『その程度に留めてる辺り、寧ろあの女神とやらは相当に器のデカい奴だと思うが……』
「ケッ、冗談じゃねぇ。
あのアマ……カズマ達が見てる前でそれをやってくるんだぜ? 全部計算の上でやって来るんだならそれはねーわ」
挑発して来ては楽しそうに逃げるクリスに最初はもう殺すと、追いかけ回して捕まえたりもした。
だが厄介な事に捕まえて頭潰そうとすると痴漢呼ばわりしてわざとらしい悲鳴をあげるせいで、最近じゃ何故か自分がクリスに迫ってる残念男というふざけた風評が広まってしまってる。
「チッ、何処に居るんだよ? ガセか?」
故にイッセーはクリスに極力近付かず、エリスになれば今度こそ殺してやると息巻き、普段は顔を合わせるのを避け、この時も只待っててクリスと鉢合わせしてしまうのを防ごうと、わざわざ顔もしらない相手と適当なクエストと小遣い稼ぎに勤しむつもりなのだった。
「おいマジでガセなんじゃねーかこれ? うわ、それはそれで腹立つなオイ」
と、エリスとの妙な因縁はさておき、先程から気紛れで手にした募集の張り紙を手にギルド場の中を募集主を探していたイッセーは、探しても探してもそれらしき人物が居ない事にガセの予感を感じて若干イライラし始めていた。
『もしくは既に先客がこの募集主と組んでクエストにでも行ったとかな』
「あー……」
ドライグの言葉にイッセーはイライラを引っ込め、少し納得した様な声を出す。
考えてみれば掲示板に貼ってるという事は他の冒険者も見ている訳であり、既にその誰かがこの募集主と共にパーティ組んでクエストに出向いた可能性がある……いや寧ろこれだけ探してもそれらしき人物が見当たらない辺りそう考えた方が妥当だ。
「なんでぇ、変な募集だったからどんな奴だと見てやろうと思ったのにつまんねーの」
『何だ、結局やめるのか?』
「だって今のでやる気失せたし」
大方隅っこ過ぎて職員も回収し忘れたのだろう……とか何とか適当に納得して持っていた紙を適当に放り捨てようとしながら、アクア達を待ってるだけに留めようと元の場所に戻ろうと考え始めたイッセーが、踵を返そうとしたその時だった……。
『む? おいイッセー、あの隅っこで体育座りしてる奴、お前の弟子になりたがる小娘と同じ波動を感じるのだが、アレじゃないか?』
「は?」
イッセーが見たものはドライグにも伝わる。
デフォルトで感覚まで共有しているお陰で注意力の足らないイッセーのアシストにもなっていたりする便利特性が此処に来て効果を発揮したのか、ドライグが募集主らしき人物はアレじゃないかと、イッセーに対して促す。
「何だよあのガキと同じ波動って……嫌な予感しかしねぇよ」
『そう言うな、ほらアレだ……』
「あー?」
めぐみんと同じ波動……という言葉のせいか、若干――いやかなり嫌そうな顔を一瞬浮かべたものの、ドライグに言われて仕方なく賑やかなギルド場の隅っこ……掃除する時以外留まる理由がなさそうなヵ所を見てみると、確かに一人でポツンと体育座りなんかしてるウィザードっぽい格好の人物がいる。
「………。何してんのあれ? 女か?」
『だな……心なしかあの小娘と似てる格好に見えるぞ』
「えぇ……?」
めぐみんと格好が似てるというドライグの言葉にイッセーはいよいよ嫌な予感しかしなかったのと同時に、この時点で掲示板では何も見なかった事にしてこのまま去ろうとすら考えていた。
『……あ、すれ違う奴を募集してきた奴と勘違いしたのか、違うとわかってまた俯いたぞ』
「…………。おい、まさかこの妙ちくりんな募集の理由って、パーティを組むコミュニケーション能力が死んでるからとかじゃねぇよな?」
『大体そんなもんだろ。あの姿を見ればな』
「えぇ……?」
めぐみんと同じ波動というドライグの言葉で既に嫌な予感しかしてないイッセーはどうしようかと考えた。
見なかった。見つけられなかった……という事にしてこの紙を元あった場所にそっと戻してカズマ達を待つべきか、それともドライグの言うとおりたまには見知らぬ誰かとのクエストを経験しておくべきか……。
割りと迷った結果、イッセーはゆっくり歩みだした……。
「…………。ねぇ、キミがこの募集した人?」
「え……?」
そう、地雷臭予感ぷんぷんな募集主の元へ……。
「えっとこれ……」
めぐみんと同じ波動を感じるというドライグに言われた通り、顔をあげた少女の瞳はめぐみんに似た色をしていた。
が、めぐみんとは決定的な違いがあった……。
(と、特盛……だと?)
『そこかよ……』
呆れた声のドライグを横に、イッセーは目を泳がせる少女の胸元を見てびっくりした。
何せこの少女……歳はわからないが、デカいのだ……胸が。
(特盛だけど……何だろ、あんまりそんな気になれないな)
『あ、そ』
しかしイッセーは不思議と少女に対して食指が動かず、何時ものような掌返しも発動しなければ、下手くそなナンパ台詞も口から出ることはなかった。
一瞬性癖がおかしくなったのか? と不安になるが、頭の中でダクネスの胸を妄想すればちゃんと心が踊る為、それは無かったと安心しつつ、さっきから目を合わせようともしないで『あの……』だの『その……』だのしか言わない少女にイッセーから仕方なく話を振る事にした。
「あー……あのね? 俺って『すっぴん』な訳よ? だからさ、誰かとパーティ組んでその人に受注して貰わないとクエストに行けないんだよね。で、困ったことに何時も組んで貰ってる人達は今別のクエストに行っちゃっててさぁ? もう暇で暇で仕方ないというか………まあ、キミの思った通りの奴じゃなくて実に悪いというか……」
「す、すっぴん? は、初めてすっぴんで冒険者をやってる人を見ました……」
「あ、うん……ちょっと事情があってというか、それでもやってみたかったというか。まぁ色々あってね……で、やっぱりすっぴんなんて嫌だ?」
…………。何でこんな下手に喋ってるんだろうか俺は。と、内心この前から妙におかしくなってる自分に困惑しつつ、先程から顔や姿は見えないものの、それでも分かる『生温い視線』を中から向けるドライグに居心地の悪さを覚えつつ、すっぴんでも冒険者をやっている事に驚く少女に話を振るイッセー
どうもこの少女は『それなりに』よくも悪くも『顔が割れてる』自分を知らない様で、ものの見事に市民の格好をしているイッセーにちょっと驚いている様子だったが、嫌だよね? という振りにハッとしたのか、途端に……首がぶっ飛ぶんじゃ無かろうかと思う勢いで横に振りだす。
「い、いえいえ! や、やっと募集してくれた方に断るなんてそんな……! あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「…………。おう」
『変わった娘だな……コミュ障って奴か?』
ドライグが中から少女には聞こえない声を出す通り、どうもこの少女は他人とのコミュニケーションに馴れてないのか、一々反応が大袈裟というかテンパってる。
それはある意味イッセーにしてみれば新鮮な気分にさせるものであり、如何に今まで顔馴染みになった連中の自己主張が激しかったのかを再認識できる程、わたわたする目の前の少女の態度は『新しかった』。
「名前教えとくよ。俺はイッセー……職はすっぴん、キミは?」
取り敢えずそのまま帰る気も無くしたイッセーは、自分の名前と悲しき職を教え、少女の名前を聞いてみる。
コミュ障相手にどう立ち回るかなんて未経験な為知らないが、そこはもう他種族の敵を殺す際に培った無駄な煽りと、潜在的に高いコミュ力のアドリブでゴリ押しする事にする。
「えっと……えっと……その、変かもしれないですけど……」
「?」
そんはイッセーに少女はまた目をあちこち泳がせながら、かなり言い辛そうな表情となる。
名前を言いたくないのか? と一瞬勘ぐったイッセーだが、どうやらそうでは無いらしく……。
「わ、我が名はゆんゆん。アークウィザードにして上級魔法を操る者。そして紅魔族の長となる者……!」
死ぬほど恥ずかしいと誰が見てもわかるくらいに顔を真っ赤にしながら、めぐみんと同じ種族らしい少女はその名前……ゆんゆんと名乗るのであった。
「あ、あの……やっぱり変ですよね? で、でも私の故郷だとこういう名乗りをしないと逆に変人扱いされるから……」
「あー……いや、うん、別に変とは思わないよ」
恥ずかしいそうに俯くゆんゆんの名乗り文句にて出てきた紅魔族という言葉を耳にした瞬間、イッセーの中で『やっぱりあのガキの同族か……』と確信するのと同時に何で食指が動かないのかも納得した。
要するに、そういう対象じゃ無いという事だった。
「人種の違いなんて其々だしね。まあ、それを主張して他人に押し付けようとするんだったら嫌だけど」
「そ、そんな事はしません! ぜ、ぜったいに……」
しかしそれでもめぐみんと対応が真逆なのは、ゆんゆんという少女の気性がイッセーにとって新鮮に感じるのと、見た目だけなら合格ラインをぶっちぎっていたからという最低な理由である。
「アークウィザードなら割りと上位のクエスト受注できるだろ?」
「は、た、多分……」
「取り敢えず何かやろうぜ? さっきも言った通り連れが戻るまでもう暇で暇で……内容は任せるよ」
「あ、は、はい!」
スタスタと受け付けに行こうとするイッセーに慌てて返事をしながら追い掛けるゆんゆん。
実はライバルが彼の弟子になりたがって騒いでたとは知らずに……運命とは中々よくできているものである。
色々な理由でボッチ気質が高い紅魔族のゆんゆんは、正直すっぴんで冒険者をやる存在が居る事じたいに驚きを隠せないでいたし、また彼が『そこそこ顔が割れてる』冒険者である事も知らなかった。
なので最初は『例えすっぴんでも、パーティ組んで行けるだけ大きな前進』だと割りと素直にイッセーからの募集に喜び、そして張り切ってそれなりのクエストを受注してみた。
「マンティコアとグリフォンの討伐って……これ二人体制じゃヤバイんじゃねーの?」
「うっ……ご、ごめんなさい。初めてパーティを組めたと舞い上がってしまって……」
その内容はマンティコアとグリフォンの討伐・捕獲という上位どころか二人体制じゃよほどの高レベルじゃなければ難しいとされるクエストを、舞い上がってたゆんゆんは受けてしまったのだ。
「いや別に良いけどさ……」
「あ、あの本当にごめんなさい……い、いざとなったら私が囮になりますから、その間に逃げてください……」
舞い上がって受注してからはたと気付いたゆんゆんは最初即にキャンセルをしようと受け付けのお姉さんに頭を下げに戻った。
が、何故か受け付けのお姉さんは自分を……いや、その後ろに居たイッセーを見るなり妙に納得した顔をすると……。
『この前みたいに地図を描き直す嵌めになる真似はしないでくださいね? 偽装工作も楽じゃありませんので』
『ひゅう、さっすがお姉さん。できたらその優しさを夜のベッドの中で教えて――』
『ハイハイ行った行った』
『おう、ツレないお姉さんも素敵!』
あっさりと許可し、送り出されてしまった。
「砂漠ってやっぱりあっちーな」
「は、はい……あ、あのお水は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、寧ろやるよこの水。俺要らねーし」
間違いなく自分のレベルを確認したからとかではなく、すっぴんであるイッセーを見て大丈夫という判断を受け付けのお姉さんはしていた。
とすれば、高レベルモンスターが生息し、砂漠地帯という過酷な環境のど真ん中でも自分より平然と二体のモンスターを探してるイッセーに『なにかがある』とゆんゆんは勘ぐっていた。
(……。すっぴんという時点でおかしいし、何があるんだろうこの人は……?)
(……。居た……四時の方向5㎞先に生物同士のぶつかり合いがある)
日が容赦無く照らす過酷な空間でも平然としていて、自分を気遣う余裕すら見せている。
しかも今も何のつもりか、その場にしゃがんで軽く拳で砂の地面を叩き、目を閉じている。
まさか熱中症……? と思ったゆんゆんは先程無理矢理渡された水筒を返そうとするが、静かに目を開けたイッセーに体調の変化は微塵も感じられなかった。
「見つけたよ。図鑑の通りならマンティコアもグリフォンもこの先で運良く互いに潰しあってる」
「え!? この先って……何も見えないんですけど……」
「行けばわかる……さて、早いとこ済ませんとキミがへばってしまう」
何も見えずに目を凝らすゆんゆんに、イッセーは素っ気なさげにそう返すと、ちょっと顔色がすぐれなくなっているゆんゆんを無遠慮に抱える。
「っ!?!?!? な、ななな、何を!?」
「一人にする訳にはいかないだろ? あ、あとあんまり喋ると舌噛むから気を付けろよ?」
「な、なんのこ――――とぉ!?」
そしてそのままジェット機の如くその場からジャンプし、互いに争う二体のモンスター目掛けて一直線に突撃する。
「な、なにがぁぁぁっ!?!?!?」
強烈な速度だが、不思議な事に空気の抵抗を感じないゆんゆんが、びっくりパワーを発揮して飛んでるイッセーに困惑全開で叫ぶ。
すっぴんで何のスキルも覚えられない筈なのに、この男の人はそれがどうしたんだとばかりに平然とこの速度を維持して飛んでいる。
というか、何の原理でこんな状況なのかもわかりゃしない……とパニックにすらなるゆんゆんだが、イッセーはその全てに答える事は無く……。
「みーっけ、金づるぅぅぅぅ!!!!」
「きゃぁぁぁっ!!」
お目当てのモンスター二匹が争う間に突っ込んでいくのだった。
『グルァァァァッ!!!』
『シャァァァァッ!!!』
「良いねぇ良いねぇ……くくく、やる気十分って訳かい」
「も、物凄く怒ってますね……」
二体のモンスターは争っていた。
しかしその間に邪魔者が割って入ってきた。
となれば二体のやることはまず、その邪魔者を排除する事であり、それまで威嚇しあっていた幻想の獣……グリフォンとマンティコアは、小さくか弱い生物二匹に獣の雄叫びをあげる。
「っ!? や、やっぱりやめた方が良かったかも……ご、ごめんなさい私のせいで」
その内一匹は明らかに怯えた表情を浮かべた。
だが、もう一匹は……。
「うるせぇぞ、獣如きが」
『ギッ!?』
その背に巨大な赤い龍の幻影が二匹の目に映る程の凶悪な殺意をむき出しに、自分達を睨んでいた。
『が……っ!』
『じ……!』
その瞬間、二匹の王者は本能的に悟った。
目の前のちっぽけな身体をした奴には勝てないと。
そして逃げなければ自分達が殺されると。
『ギャォォォォッ!!!』
『ジャァァァァッ!!!』
悟った瞬間、二匹の王者は形振り構わず逃走を選択し、その場から全力で背を向けて走る。
勝てない、殺される……それは王者の獣二匹が感じなかった明確な恐怖。
しかしその恐怖の主は、自分達を逃がしてはくれなかった。
「おいおい、逃げんなよ犬ころ? そりゃねーだろ?」
『『!?』』
「は、速っ!?」
並んで逃走をした獣二匹はあっさりと回り込まれた。
そして尚尽きない恐怖を振り撒くちっぽけな人間は、動かない――いや動けないグリフォンとマンティコア二匹の頭を殴り付ける。
『『ギャイン!?』』
それはまさしく犬ころの様な鳴き声だった。
あの幻獣種が犬の様な鳴き声と共に砂漠の海に頭から突っ込み、辛うじて命を繋いだものの、たったその一撃でピクピク痙攣して動かなくなってしまった。
「え、え……?」
その様子を見ていたゆんゆんはといえば、援護のつもりで構えた杖を落としそうにしながら、ポカーンと犬神家よろしくに頭から地面にめり込んでる幻獣2匹を眺めていた。
「…………。あ、しまった。この子の目的果たしてねーし」
「い、いえ……それよりも一体全体何が何だか……」
自分の見せ場が無いなんてどうでも良いとすら感じていたゆんゆんは、二匹の幻獣を軽々と足を掴んで引き摺りながら戻ってきたイッセーにただただ困惑した表情を浮かべる。
すっぴんな筈なのに、異常な速度で飛ぶは、幻獣2匹を拳骨で地面にめり込ませてあっさり捕獲するわ……今も死にかけてる幻獣を平然と引き摺りながら、自分に対してちょっと申し訳なさそうにしてるわ。
ゆんゆんは取り敢えず訳がわからなかった。
「す、凄い……ですね……」
「あ、うん……」
が、良くはわからないが、目の前の男の人が普通に凄いのだけは理解できたのか、やがて困惑の表情から妙にキラキラと……羨望じみた眼差しに変化させるゆんゆんにイッセーは内心『ちっ、余計な真似だったか』と舌打ちをする。
「あ、あの……! す、凄いです! な、何でとか良くわかりませんけど、と、とと、とにかく凄いです!」
「あ、うん……」
さっきから『あ、うん……』としか返さないイッセーだが、それでも興奮の方が勝ってるのか、ゆんゆんは妙にハイテンションだった。
「あ、ご、ごめんなさい……その、変な意味じゃなくて常識外の光景を見てつい……」
「あ、うん……別に良いよ。でもあんまり言い触らしては欲しくないかも……」
「そ、それは……わかってます! せ、折角これからも仲間として一緒に働くのですから、それはもう当然私の胸の中に……」
「え?」
「え?」
互いに微妙な食い違いが浮上し、ある意味そこからが本番だとしても、ゆんゆんは久し振りにテンションが上がっていた。
仲間? 何仲間って……? そう真顔で言われた時、私は何かに心臓をひと突きされた気持ちでした。
「え、だ、だって……募集内容に毎日楽しくクエストやったりご飯食べたりって……」
「え? は? ………………あ、ホントだ」
「え、み、見て無かったんですか?」
「いやほら……そのツレが戻ってくるまでの暇潰しのつもりだったというか」
この方――イッセーさんが目を逸らしながら言う。
どうやらイッセーさん的には一度きりのパーティのつもりだったらしいです。
「そ、そうですよね……ふふ、碌に他人とお話も出来ない人となんて毎日居たくありませんよね。あははは、何はしゃいでるんだろ私って……あははは」
「うっ!?」
そうですよね、イッセーさんは既にお仲間も居るし、私みたいなぼっちなんてどうでも良いですよね。
ええ、わかってますよ……あはは、あれ、なんだろ……涙が出てきちゃう。
「ご、ごめんなさい……私なんかと仲間になっても楽しくないですよね? 変な事言ってごめんなさぃぃ……!」
「え、あ、いや……あ、あれぇ?」
挙げ句の果てには勝手に泣いてイッセーさんを困らせる始末。
ふふ、私なんてそこら辺の雑草に生まれればよかったんだ……。
「あ、わ、わかった……わーったよ。キミの見せ場奪ってはしゃいだのは俺だし、その……あれだ、連れと組んでくれるなら……」
「え? い、いいんですか?」
「連れ三人の内二人がバカとガキだけど……それで良ければ……」
だけど、ちょっと言い淀みつつも、私なんてしょうもない生物を誘ってくれたイッセーさんに私はフワァとした気分になった。
「ふ、ふつつかものですが、す、末永くお願いします!」
これしかチャンスはもうない! そう思った私は自分でもびっくりするくらいの勢いでその言葉に飛び付いた。
一人はもう嫌だ……惨めな気分で楽しそうにパーティを組む人達を眺めるだけの自分は嫌だ。そんな気持ちを抱きながら、私はイッセーさんの仲間にして欲しいとただ懇願した。
「……。やっべーなんて説明すりゃ良いんだろ……」
「あは、仲間……あはははは!」
「何か、ラリってるし……あぁ、めんどくせー……」
そう……。
「め、めぐみん!? な、何でアナタが!?」
「それはこっちの台詞ですよ! 何でゆんゆんがイッセーさんとグリフォンとマンティコアの捕獲のクエストしてるんですか!」
知り合いがその中に居た事にびっくりと世間の狭さを感じたけど。
「おま、グリフォンとマンティコアの捕獲なんてスゲーな……いや、今更か?」
「あ、おう……お前ら戻ってくるまで暇だったからつい……つーか、知り合いだったんだな、あのガキとゆんゆんって子は」
「彼女も紅魔族みたいだけど……それにしても凄い額ねぇ……。ね、ね、私に色々買ってくれるんでしょ?」
「あ? …………あ、うん……良いよべつに」
「っしゃあ! セレブ気分で買い物よ!!!」
終わり
おまけ・嬉しくない修羅場。
本人は正直かなりうんざりしてたのだが、やっと出来た仲間ないし師匠の取り合いに同族の少女は互いに揉めに揉めていた。
「イッセーさんは私の師匠です! ゆんゆんには渡しませんよ!」
「なっ……! わ、私はイッセーさんの仲間になって、ゆくゆくはお友だちになるのよ! アナタに邪魔される訳にはいかないわ!」
「おい、勝手に修羅場になってるけど良いのか?」
「知らね……あのガキの知り合いならガキに任せて――」
「ねぇイッセーさん! ゆんゆんより私の方を優先してくれますよね!? 私の方が付き合い長いし!」
「あ、あの……わ、私じゃダメ……ですか?」
「……………………」
「お、良かったな。お望みのハーレムだぜ? そんな苦虫噛み潰した顔しないで喜べよ?」
「下手な罰ゲームより最悪だわこんなの! えぇぃ、どっちも離れろ!」
ガキに好かれても全然嬉しくない。
心の底からそう思ったイッセーは、寄ってきたゆんゆんとめぐみんをひっ剥がしたのだが……。
「そ、そうですよね……こんな私よりめぐみんの方が良いですよね………」
「う……!」
自己主張が控えめに加え、すぐ卑屈になるゆんゆんに対し、イッセーは怒鳴り散らすというめぐみんに対する対応が使えず言葉に詰まってしまう。
「いや……あ、わかった……うん、どっちとかそんなのべつに無いから……ほ、ほら……言ってた通り買い物いこうぜ? な?」
「(パァ!)は、はい! ふふふ……♪」
「むっ……!」
なのでつい激レアで、めぐみんとは全然違う対応をゆんゆんにしたイッセーに見ていた本人は、妙に嬉しそうにはにかむゆんゆんを見て面白くない気分になる。
「い、イッセーさん、わ、私は!? 私には何か一言ありますか!?」
だからこそ、やばい弟子ポジが取られると危惧して詰め寄るめぐみんに、イッセーは疲れた様に……。
「なぁ、頼むからさ……」
「ぁ……」
そっと、本気でげんなりした表情で何を思ったのかめぐみんの頬を軽く撫でながら言うのだ。
「一々騒ぐなよ……な?」
頼むから、本当に頼むから俺の事で一々騒ぐなと。
イッセーにしてみればこの行為自体に意味も無く、怒鳴り付けるのもめんどくさいからといった理由だったに過ぎない。
しかし、毎日突撃しては拳骨か怒鳴られていためぐみんにしては寧ろべつの効果があった様で……。
「あ、あうあう……は、はいです」
ポーッとした表情のまま、コクコクと頷くのだったとか。
「ハァ……めんどくせぇ。受け付けのお姉さんだったら騒いでもテンション上がるのに……」
「……。絶対逆効果だろ……あれ」
「は? 何が……?」
「いや……アメと鞭的な意味で」
そう……。
「えへ、えへへへへ……」
撫でられた箇所に触れ、異様に幸福を全面に出した笑みを浮かべてるという辺り、多分イッセーの対応は合ってるけど間違ってしまったかもしれない。
「ふふーん、見ました今の? イッセーさんに撫でられちゃいました~ えへ、えへへへ」
「…………。ふ、ふん、う、羨ましくなんかない……う、羨ましくなんか……」
「ほら、ドライグ的にはどうよ?」
『大爆死だ。コイツは他人の扱い方を知らんからな』
「どうでも良いけど早く私を背負いなさいよ」
「は? 何急に怒ってんだテメーは?」
「知らないわよ、ただ急にムカムカするだけよ……ほら早く!」
「……。意味わかんねーなどいつもこいつも……」
そういう星の下の本来は生きる男は異世界にてその無駄な性質が開花したのだ。
補足
エリス様に罰当たり極まりないというか、ぶち殺されても何の文句も言えない真似をするイッセー。
元ネタは勿論将軍様で、ドライグとシンクロすることでダイアモンドパワーを再現可能に。
まぁ、本物の将軍様は最近硬度10#に進化されましたけど。
意気込みについての元ネタは某久瀬の兄貴。
ほ、ほら……カズマって名前的にね?
その2
んな事があって、エリス様は嫌いなのですが、エリス様……というかクリスさんは意地もあってか一々喧嘩売ってくる真似をし始めるのだった。
その3
フライングゆんゆん。
そしてフライング高位クエスト。
気づけば妙に懐かれ、嬉しくない修羅場を作り……そして意外な事にイッセーの言うことを割りと聞かせられるかもしれない潜在能力が……。
その4
めぐみん……この歳でアメと鞭に嵌まってしまう。
IF世界のロリ達の呪いというべきか、徐々におかしな方向に行ってしまったとしても、それはもう彼の対応が悉く失敗したせいということで、諦めてロリコンでも目覚めてしまえば良いと他人事の様に応援してあげましょう。
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苦手な女神
地獄のフルコースで殺し損ねてしまった以降、エリス――いやクリスとイッセーは顔を突き合わせるだけで独特な空気を放つ様になった。
「Fuck you」
「いきなりのご挨拶だね……まだ根に持ってるの? 小さい男だねー?」
「Go to hell」
いや、分かりやすいかもしれない。
何せ姿を見た瞬間、イッセーが中指立てながら罵倒の言葉を発してる辺り、やたらとクリスを嫌ってるのがよく分かる。
「なぁ、なんでクリスにそんな風当たり強いわけ?」
「顔がムカつくから」
「ひでぇ……」
流石のダクネスも若干気圧されてるのか、何時もの台詞も無く妙な空気全開のテーブルに加わる中、その張本人であるイッセーはカズマの質問に対し淡々と……されど普通に酷い台詞に微妙な空気は更に加速する。
「顔がムカつくからって理由なんて随分と子供というか、ふふ……頭撫でてよしよしでもしてあげようか? んん?」
「お、おいクリス!?」
しかしクリスもクリスでニタニタしながら水を飲むイッセーに寄ると、どう聞いても煽ってるとしか思えない態度で撫で撫でとその頭を撫でた。
「……………死ねやボケがぁぁぁっ!!」
当然その瞬間、イッセーはクリスに殴りかかる。
周囲のギョッとした様子なぞどうでもよく、取り敢えず目の前のムカつく雌を一刻も早くぶちのめしたかった。
「おっとと危ない危ない」
鬼の様な形相で大振りなハイキックを避けながらおどけて見せるクリスにイッセーはそののまま軸足でバランスを取りながら腕を伸ばす。
「テメェ……俺が何時までも温厚だと思ったら大間違い――」
「キャァァァッ! イッセーがアタシの胸触ってるー!!」
「な……!?」
胸ぐらを掴みそのまま地面に叩きつけてやろうとした瞬間、クリスが一瞬だけニヤリと笑ってから大袈裟な悲鳴をあげた。
周囲の注目を十二分に集める程の声で……。
「おいおいすっぴん君、ナンパが成功しないからって無理矢理は駄目だろー?」
「同じ男としてわからんでもないがね」
「なっ!? ち、違う! このクソアマのデタラメ――」
「ひ、酷い……『べつに小さくても良いや』なんて言って鷲掴みにしといて……およよ」
「今この場でぶっ殺してやらぁぁぁっ!!」
以上の理由があり、あの日殺し損ねてしまった以降、イッセーはエリスが死ぬほど嫌いになったのだった。
閑話休題
すっぴんと冒険者とアークプリーストの凸凹トリオも気付けば色んな冒険者が集まっていた。
それはカズマの運の高さと、イッセーの『悪運』の強さがツープラトンの如く合わさったからなのかもしれないが……。
「悪かったよ。ちょっとアタシも調子に乗り過ぎた」
「黙れ、半径二メートル圏内に入るな」
すっぴんは盗賊を死ぬほど毛嫌いしていた。
「なんで私の後ろに隠れるのよ……」
「なるべく視界にもいれたくない。頼む、近くに居てくれ……お前等も」
「は、はぁ……」
「イッセーさんが苦手に思うなんて相当ですね」
それこそ、アクア、めぐみん、ゆんゆんを盾にして視界に入れないよう工夫すらする程に。
「あっちゃー……少しお返しが過ぎちゃったかな」
「クリスはイッセーに何かされたのか?」
「まぁ、色々とね」
「あれか!? 本当に身動きが取れないところをあーんなこーんな事されたのか!?」
「当たらずも遠からずかな……ふふ、本人の名誉の為にも黙秘するけど」
「……。何したんだよイッセーは?」
精神成長が著しい冒険者、高位のアークプリースト、ドM鉄壁クルセイダー、超攻撃型とバランス型アークウィザード、最強最悪のすっぴん……そしてそのすっぴんを逃げ腰にさせる盗賊。
凸凹に凸凹が増えてよくわからなくなる集まりとなっている彼等は、只今一つのクエストをやっていた。
「タワーブリッチ!!」
「ゲェーーッ!?」
「レッグラリアート!!!」
「グゲェ!?」
「アルティメット・スカー・バスター!!!!」
「ゴベェ!?」
「マッスル・インフェルノ!!」
「ベゲェ!?」
「ナパーム・ストレッチ!!!」
「ゴバァッ!?」
「マッスル・グラヴィティ!!」
「わーお、ゴブリン達が憐れな事に……」
「お尻を地面に激突させてるけど、アレ自分が痛くないのかしら?」
「はぁはぁ……原理はわからんが、アレを私が喰らうと思うと震えが止まらない!!!」
「う……と、トラウマが……」
ゴブリンモンスターの討伐という火竜やグリフォン&マンティコアに比べたら無難なクエストを、クリスとダクネスを加えた人数で行っていたのだが、始まって数分でゴブリン達の屍の山が発生していた。
そう、物理法則を完璧に無視したプロレス技のフルコースにより。
「す、すご……ドラゴン波もそうですが、あんな摩訶不思議な技まで……」
「ドラゴン波? なにそれ?」
「あらら、ゆんゆんは知らないんですか? 地図すら描き直さなければならないほどの威力を誇るイッセーさんの必殺技を!」
「……。なんでそんな偉そうなのよ」
「そりゃあ、私はイッセーさんの弟子にて無敵爆裂魔法 を極める者ですから?」
若干クリスが顔を青くするのも無視し、めぐみんが目をキラキラさせるのも無視し、とにかく無視しまくりでひたすらにゴブリン相手にストレス発散をしまくるイッセー
「次は誰じゃあ!!!」
余程ストレスを溜めていたのか、屍となってるゴブリン達の肉体の一部が大変な事になってる山を背に、イッセーはとっくに逃げ出したゴブリン達に気づく事無く、まるで現実世界のヤクザが如く、雄叫びをあげる。
「い、イッセーさんって結構激しいんですね……」
「そうですよ? 私なんて怒鳴られるか拳骨ばっかりです――――あれ、知らなかったんですか?」
「……。まぁ、うん」
『誰か俺を殺せる奴はいねぇのか!? ウィィィッーー!!!』と、マイクパフォーマンスっぽく挑発の雄叫びをあげるイッセーの姿にゆんゆんは逆に此方に新鮮さを感じていたらしく、妙に勝ち誇った顔を向けるめぐみんに頷きながら言った。
「お買い物に付き合ってくれたり、お話する時のイッセーさんしか知らないから」
「なるほど、イッセーさんとお買い物したり――は?」
せい、っと杖でゴブリン以外の低級モンスターを叩いて倒していためぐみんが、爆裂魔法以外も習得して効率よく低級モンスターを処理しているゆんゆんに信じられないと云った表情を向ける。
「何ですかそのお買い物に付き合って貰ってるというのは? 私それ知らないんですけど?」
「だってめぐみんに言ってないし」
「いやいやいや、何で言わないんですか? というか何然り気無いことしちゃってるんですか? ムッツリですか?」
「違うわよ! い、イッセーさんにお願いして付き合って貰ってるだけで……」
「いやだから! 何で人の師匠に色目使うんですか? 私に負けまくってた癖に」
「それは関係ないでしょう!?」
良くも悪くも恩も恨みも忘れない……いや、律儀な性格をしているというべきか。
ゆんゆんが仲間を欲しがってた理由を知り、流れで仲間に迎えてたからのイッセーは、募集紙に小さく書かれたゆんゆんの望みに毎日付き合っていた。
それも下心一切無しで。
「いやいやいや待ってくださいよ、ちょ待てよ。私、基本イッセーさんにひっぱたかれるか怒鳴られるんですけど? 何でゆんゆんだけ違うんですか? 意味不明なんですけど?」
「そ、そんなの私が知るわけないじゃない……」
勿論それを聞いてしまっためぐみんは自分との差に納得できないといった様子だった。
「よし……イッセーさん!」
だからめぐみんは、半分ほどストレス解消を完了させて戻ってきたイッセーに言う。
「わ、私と町をブラブラしましょう!」
ゆんゆんが良いなら自分も体験させろと……。
しかし……。
「嫌だ、ダルい」
「」
呆気なく、そして非情にすら聞こえる一言で断ると、スタスタとアクアとカズマの元へと行ってしまった。
「な、なんでですかぁ……」
「…………ふっ」
「んが! い、今笑ったな!? 私に負けっぱなしのゆんゆんの癖に今笑いましたね!?」
「だ、だって『怠い』って……ぷぷ……」
「あー!! 笑うな! い、今のはタイミングが悪かっただけですから!!」
涙目で騒ぐめぐみん。
しかし仕方ないのかもしれない、何せめぐみんはゆんゆんと違って見た目すらイッセーにとって『無い』のだから……。
ロリには塩対応……それがイッセーという男なのだ。
「ゴブリン二十体程度でいくらくらいだろ? まあ、数えんでも暫くセレブ生活できるくらい金はあるけどね」
「40万エリスくらいかな。
残りは逃げちまったし……イッセーの暴れっぷりで」
「じゃあ晩飯はリッチ確定だな」
「ホント!? フルコース蟹オーケー!?」
「おう良いぞ。カズマの為に特注武器を作らせてもやりたい」
その代わり、カズマとアクアにそれまでの凶暴キャラが嘘の様に甘く、見ていたダクネスやクリス……特にクリスは内に秘めるものを抱えながら、当たり前の様にもたれてきたアクアをおんぶするイッセーに、無視されるかもしれずに聞いてみる。
「ねぇ、イッセーって何でかアクアさんに甘いよね? 何で?」
「テメーには関係ない」
「関係ないかもしれないけど気になるよ。だってさ……アタシの言いたい事わかるでしょ?」
意味深な視線をイッセー……そして堕落しきってるアクアに向けるクリス。
「はぁ、楽ちん楽ちん。さぁ行きなさいイッセー号、私を丁重に運びなさい!」
「コイツ……最近ますますイッセーに寄生して駄目に拍車がかかってやがる」
討伐完了し、街に戻る道中……いや行きも帰りもイッセーを足に使うアクアに普通に従ってるのが不思議で仕方ない。
だってアクアだって自分と同じ女神な筈なのに……クリスとして今はこの場に居るエリスは、妙な差別感を覚えつつしつこく聞いていく。
「だって『同じ』じゃない? なのにアクアさんだけは妙に態度が違うから疑問なんだよね?」
遠回しの言葉に意図がわからないカズマは首を傾げる中、後ろで何やら言い争ってるゆんゆんとめぐみんのせいで考えることに集中できない中……。
「テメーより、アクアの方が好きだからだよ」
イッセーは平然とした顔で、されどめぐみんの爆裂魔法レベルの発言を噛ました。
「ふーん……アタシよりアクアさんが好き―――――は?」
「え?」
「おう?」
「な、なんですと?」
「What's!?」
あんまりにも自然に言われて一瞬納得しかけたクリスだったが、言葉を頭の中で復唱してから固まってしまった。
無論、カズマも流れで聞いていたダクネスも、めぐみんもゆんゆんも同様に、イッセーの発言にびっくらこいていた。
「いや好き……え?」
「お、おいイッセー! お、お前マジか!? これをか!? ていうか普通の人が好みだって言ってたじゃん!」
「なるほど、やけに甘やかすと思ったらそんな想いがあったのか……浮気性の気があるが」
「あ、アクアさんが……?
うっ!? な、なんですかこの急に私の胸を襲う痛みは!? ま、まさか封印された邪神が解き放たれようと……」
「………」
それぞれ反応は異なるが、その中でもカズマは特に驚いており、いの一番にイッセーにそれは駄目だと反対する。
「や、やめとけイッセー! こんな奴の為に人生棒に振るべきじゃないぜお前は!」
「は?」
「そ、そうそう……アタシも報われない恋なんてやめとくべきだと思う」
イッセーが別の意味でダメ男になってる一番の原因がアクアにある事を知ってるカズマは、イッセーの将来を本気で案じた意味でやめとけと忠告し、然り気無くショック気味のクリスも『そんな意味』でやめとけと忠告する。
「は、恋? 何言ってんだ?」
「「は?」」
しかしイッセーは珍しくクリスの発言に反応し、『何おかしな事を言ってるの?』といった表情で逆に見返す。
「え、だ、だって今アクアさんが好きだって」
「あぁ、言ったが……それが?」
「それがって……好きって意味知らない訳じゃないだろ?」
「当たり前だろ、俺そんなアホに見えるの?」
あれ、話が食い違ってね? クリスとカズマは思わず互いに顔を見合わせると、イッセーは首を傾げつつもこう言った。
「そこのこそ泥えぐれ胸盗賊よりアクアの方が付き合い長いんだから、そらどっちと言われたらアクアの方が好きと思うに決まってんだろ? そもそも俺このアマ嫌いだし」
「あ、あぁ……そゆこと」
「………」
つまり、クリスとアクアのどっちに好感を持ってるかに限りという話でアクアの方が好きという話であり、イッセーはアクアにそんな感情はなかった。
それを漸く本人の口から聞けたカズマは理解しつつホッとし、クリスは無言のままイッセー……じゃなく、その後ろに背負われていつの間にかスヤスヤ寝ていたアクアを見つめる。
(……。いや、それでも解せないんですけど。私殺されかけてるんですけど。なのにアクア先輩は普通に甘やかされてるんですけど)
スヤスヤ寝てるアクアに妙な理不尽さを感じるクリス……いやエリス。
「な、なーんだ! イッセーさんも人が悪いですね! お陰で封印した邪神が解き放たれそうになっちゃいましたよ!」
「…………。何で今ホッとしたんだろ」
「うーむ、焦らし方も上手い……なのに私には何もしてこないなんてこれも一種の方向性なのか?」
「いや……寧ろ騒ぐお前らの方が意味不明だわ、つーか俺がこんな雌にそんなこと思うわけねーだろ」
「だ、だよなぁ! ははは、良かった……俺はてっきりイッセーがダメ女に目覚めて取り返しの付かない場所に沈んでしまったかと……」
「ダメ女でも普通の子だったら大歓迎だがな……はは」
ヘラヘラ笑うイッセーが女神を憎悪しているのは身をもって知ってる。
だというのに、同じ女神であるアクアには我が儘も聞くし今みたいにおんぶまでしてやる。
「ふみゅ? もうついたの?」
「まだだよアホ。ちゃんと掴まれ、落ちるぞ」
「んー……何か話してたの?」
「おう、オメーはバカでアホだけど皆嫌いじゃねーってさ」
「んふふー当然じゃない、だって私よ?」
「ほら見ろこの傲慢さ。
本当アホだわぁ……またどん底にでも突き落としてやりてぇ」
女神なのに。
「本当お前、そんな対象じゃないけど嫌いじゃねぇわ」
「なにその上から目線? その台詞は私がアンタに言うべき台詞じゃない。寧ろアクア様と膝づく気位でも――」
「そうか、じゃあ小遣いもいらないよな……お前には?」
「えへへへへ、イッセーさん、いやイッセー様素敵! この寄生虫にも施しをして頂けるなんてモテモテ街道まっしぐらです!」
「ほらな……コイツのアホさ、マジ好きだわぁ」
「……。本当にそういう意味じゃねーよな? ドライグ共々俺は心配なんだけど……」
(……。微妙に納得できません)
何が違うから此処まで差別されなきゃいけないのか。
エリスは自然と笑ってアクアとじゃれてるイッセーを見つめながら考えた。
(先輩はだらしない……)
考えて考えて、そして……。
(そして彼の力を前にしてもずけずけと物を言う)
チクタクチクタク……。
ぴこーん!!
(そうですよ! 私も駄目と罵られる様になればいいんですね!?)
天啓とばかりに導き出した答えが、残念すぎる物だった。
生真面目過ぎるせいか、はたまた元々残念なのでアホの子要素があるのか知らないけど……。
「ねぇねぇイッセー、アタシ疲れちゃったから足揉んでほしーな?」
「ペッ! 寝言は死んでから言えゴミ」
空回りするのだけは間違いないだろう。
補足
真面目やから……真面目だから斜め上の結論がでちゃったんだよ……仕方ないね。
その2
精神変化はほぼカズマくんとこのアクア様の影響です。
そして困った事に、アクア様を甘やかし過ぎてダメ男街道を爆走……。
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赤龍帝からの贈り物
魔王を倒して世界を救う為に転生をしてしまった俺こと佐藤和真は、偉そうにしていた女神・アクアを道連れに、そして俺とは違う世界から同じく転生する事となった兵藤一誠と異世界生活を始めた。
とはいえ、女神の力を失ったアクアや本来貰う筈の転生特典をアクア道連れに使って一般人でしか無い俺とは違い、女神曰く『修羅の世界』とドン引きされてる世界にて魔王だろうが神だろうが捻り潰してきた人生を送っていた一誠なら転生生活から半日もせず魔王を倒せる筈だった。
が、本人がわざわざ人間以外嫌いを押し殺して転生に応じた理由は『女の子とラブラブしたい』という、何とも俗っぽき理由の為、魔王を討伐する意思はゼロ。
魔王討伐をすれば女神として復帰出来ると踏んでいた女神――いや性格から何から駄女神だったアクアは最初当然そんなイッセーに文句を言ったのだけど、異世界に転生した影響で弱体化したと自称するイッセーは取り合わず、異世界の人間のみに絞ってのナンパに精を出す始末で、駄女神の目論みは始まる前に潰された。
そしてイッセーは弱体化したと自称するという件についてなのだが、その弱体化がどれ程なのかは知らないが、ハッキリ言ってその弱体化状態でも余裕で魔王を倒せるんじゃないかというスペックをまざまざと俺達は見せつけられた。
例えば、魔王飛び越えて裏ボスをシレッと倒してくる。
金が無くてこの世界における職業紹介施設に値するギルドに登録すら出来ない所をあっさり金を確保する手腕。
貧弱冒険者こと俺、上位の職だけど運が悪いのかポンコツの駄女神という構成でその日の金すら稼ぐのすら儘ならない状況を、逆にスペックがおかしすぎて最低職でしか登録出来なかったイッセーが未開の地に平然と赴いて金目の物を取ってきて稼ぎ頭になる等々。
気紛れで魔王を潰さないだけで、多分やる気になったら直ぐにでも消し飛ばせるだろう龍の力を元から持っていた男におんぶに抱っこな生活を送る内に、俺と駄女神はすっかりイッセーに頼りっぱなしな生活となってしまったばかりか、駄女神に関しては完全にイッセーに甘えてしまってる始末。
そしてイッセーもイッセーで、中に宿る赤い龍ことドライグ曰く、人外嫌いな筈なのにアクアを無自覚で甘やかしてしまっており、魔王云々の事はどうでも良くすらなってる気がしてならない。
果たして俺達は本当に魔王を倒せるのか……てか、倒しても終わりが見える気がしないこの異世界生活は如何に……。
以上、佐藤和真のこれまでの回想。
キャベツの収穫があるらしい。
しかしそのキャベツというは、イッセーとカズマが馴染みのあるキャベツとは違う様で、何でも飛んだり跳ねたりするらしい。
そんなものを採ってどうするのかと疑問に思ったのだが、理由を聞いてある程度納得した。
てのも、今期のキャベツは質が良いとか何とかで、一個取る毎に一万エリスで買い取って貰えるらしい。
金欠に悩む冒険者にしてみれば他の冒険者よりも多くと目の色を変えるのも無理の無い話……なのだが。
「今俺達って金に困ってるか?」
「無いわね。イッセーが稼いでくるし」
イッセーが何処ぞの未開の地から金になる鉱物やらアイテムを取ってきては換金する作業のお陰で割りとリッチな生活を保証されていたカズマとアクアにしてみれば、あんまりにも魅力の無い話だった。
「イッセーもどっか行っちゃって移動も出来ないし、私はパ~ス」
「お前、イッセーを自分の足代わりにするなよ……」
「それにしてもイッセーさんとめぐみんは何処に行ったのでしょうか……」
なのでアクアはダラダラとイッセーが留守のせいで余計に怠け者となり、カズマは金は良いので経験だけは一応しようと、流れで仲間になったゆんゆんと共に外へ出る。
今日もカズマ一行の思考に魔王は存在しないのであった。
女神としての正体を晒したエリスを殺し切れずに生かしてしまった……という事実を、実の所困惑と共にかなり気にしていたイッセーは、『自分で考えて答えを導き出せ』と教えてくれないドライグの言うとおりに考えた結果――
「弱体化した分の力を取り戻せば、多分全部元に戻る」
『あー……まあ、やってみれば良いんじゃないか?』
弱体化した分の力を取り戻し、そこから更に進化を果たせば全ては元に戻る。
そう結論付けたイッセーはカズマやアクア達に内緒で町の外へと出て一人修行の場所を探し回っていた。
ドライグが微妙に呆れた声を出していた気がするけど、イッセーにその意図は伝わってない。
兎に角力さえ全部取り戻し、そこから更に進化を果たせば女神を殺し損ねたあの戸惑う気持ちも何もかもが無くなる筈だからと、あくまで力不足が原因だとしかし思ってないイッセーにはドライグの考えは解らない。
「で、何でお前が付いてくるんだ?」
力こそ正義を地で行く人生を送ってきた為に、それ以外の感情が分かってないが故の結論を掲げ、修行に適した場所を探して平原をさ迷うイッセーの声が、視線は前を向いたまますぐ後ろへと向けられる。
本当の所、金稼ぎに利用している地にでもと行こうと思っていたのだけど、そこで力を出しきった修行をしてまだ採掘してない金目のものまでぶっ飛んだら困ると思った為、特に金目の物も無く、地形が変形しても困らない場所をこうして探していたのだが、町の外へと出ていく姿を見られでもしたのか、イッセーは今後ろに一人お供の如く付いてこられていた。
「修行をするとの事ですので、ついでに私もと思って」
紅魔族のアークウィザードにして、最近押し掛け気味に仲間に加わってきた見た目ロリことめぐみんに……。
「かえって邪魔なんだけど。てか、あんだけ俺に言われても懲りないって何なのお前?」
「それはやはり私のお師匠様ですからね!」
「………」
まず純粋人間じゃない時点で、そして見た目からして全てが対象外が故にイッセーは当初からこのめぐみんに対して厳しい通り越して親でも殺されたのかと思う酷い対応ばかりをしてきた。
にも関わらず、このめぐみんはイッセーの力を目の当たりにしてから師匠と言い出し、蹴りだそうとしたもひょこひょこと後を追ってくる様になった。
勿論人外嫌いが拗れてしまってるイッセーは、本気で物理的に消す考えもあったのだが、アクアに始まり、今も自分で理解出来ない妙な感情が働いてしまうせいか、その嫌いな筈の半人外を追い返そうとせず、半ば諦めた様にため息を吐きながらそのまま勝手に付いてこさせていた。
「どうしちゃったんだ俺は……」
『……』
「ふふーん♪ 師匠の爆裂魔法~」
どうしてそうさせているのか、自分がわからなくなってるイッセーのぼやきにドライグはただ静かに、イッセーの中から静観する。
自分で気付き、それを受け入れるか否かを選択し、どちらにせよ進化してくれる事を信じて……。
「あ、ちょうど良い爆裂魔法の的が……」
「あ?」
いっそ事故でも装ってそのまま吹っ飛ばしてやるか? と、只の好意で付いてきてるだけのめぐみんに対してかなり物騒な事を思い始めていたイッセーが、そのめぐみんの声に反応し、彼女が指した指の先の方向を見る。
「城だな」
「多分廃城だと思います。あそこなら人も居ないでしょうし、爆裂魔法のコントロールの修行に良いのでは?」
ふふん、としたり顔でこっちを見るめぐみんにイッセーは『コイツの修行になるだけじゃねーか』と毒づくものの、今居るこの場所自体も何も無い開けた場所だったので取り敢えず何も言わず修行の準備に取りかかる。
といっても、単に上着を脱ぐだけなのだが。
「あの、お師匠様。いきなりで申し訳ないんですけど、まず私の爆裂魔法を見て貰えますか? 今ちょうどあの廃城に向かって撃ちますので」
「…………」
『見てやればどうだ?』
「……。チッ、見るだけ見てはやるが、お前のその爆裂魔法だか何だかを見せられても俺が口を挟めることなんざ無いぞ」
ドライグに言われて仕方なく一度見ためぐみんの爆裂魔法を見てやる事にしたイッセーは、ゴキゴキと首の関節を鳴らしながら崖の上に聳え立つ城を見据えて構えを取るめぐみんを文字通りに見る。
「行きます……エクスプロージョン!!」
相変わらず魔女っ娘みたいな格好だし、どこぞの『ウィッシュ☆』って言うイケメンバンドマンみたいなグローブだし、眼帯だしと属性てんこもりなのだが、そんなものよりおっぱいであるイッセーには何の感慨も浮かばず、若干緊張した面持ちのめぐみんが、気合いの籠った爆裂魔法が放たれ、城に直撃する過程をやる気の無い目で見守った。
「どうですかお師匠様……?」
そして撃ち終えたと同時にスタミナ切れでその場に倒れためぐみんが感想を聞いてきたイッセーは、『別に特に……』と答える。
というか、畑の違う力について感想を問われても本気でそうとしか返せないのだ。
魔力にしても悪魔とかその他との殺し合いで一応知ってはいるものの、扱った事は無いので指導して欲しいと言われても困るだけだ。
「そのスタミナを何とかしろよ……としか言えねぇや」
「そ、そうですか……ですよね……あははは」
それでも一応わかる範囲で言う辺り、かつての頃と比べたら信じられないレベルで甘くなった対応だが、その事に気付いてすら居ないイッセーにしてみれば自分の言った事に対して内心戸惑うだけだ。
『倍加した力を譲渡する方法があるが、それは使えんのか?』
「は? それって一度も使った事が無い奴だし、そもそも畑が違うんだからコイツに適応するのかよ?」
『わからんが、試してみる価値はあるんじゃないか? これから先は独りで何でもかんでもって訳にはいかんだろうしな』
そんな戸惑いの最中、軽い調子でイッセーの左腕に神器として出てきたドライグの提案。
それは倍加した己の力を他人に与える技術の一つなのだが、力のベクトルが違うかもしれない相手に与えても意味が無いんじゃないかというイッセーの主張をドライグがお父さんの様に宥めつつ推すせいで、取り敢えず実験という形で試してみる事にした。
「おいガキ、試したい事があるからお前を使わせろ」
「へ? 使うって何を? あの、ドライグさんとボソボソ何か話してましたけど……」
めっちゃ乱暴な口調のイッセーだが、そこの所を気にした様子も無いめぐみんは、仲間に強引に加わって知ったイッセーの宿す力の意思との会話で若干不安そうな眼差しを倒れた体勢で向ける。
だがイッセーはそんな不安な眼差しのめぐみんを無視し、左腕に纏わせた赤龍帝の籠手の基本能力である倍加を三段階程発動させると、倒れてた拍子に取れてしまった帽子から溢れる黒髪の頭に手を乗せると、急にピタリと黙ってしまった。
「なに?」
「あ、いえ……お師匠の手が私の頭に……」
「すぐ終わる」
なんだ、髪にでも触れられたくなかったか? と急に黙り出すめぐみんに対して的はずれな事を考えるイッセーが自身に掛けて倍加させた力を左腕に集中させ、小さく……そして覚えてはいたけど使うことのなかった赤龍帝の技能を解放した。
「
「!?」
力の一時的な譲渡。
ずっとドライグとの二人三脚でやってきたイッセーにとっては使うことのなかった使い方を今始めて、めぐみんに対して使う。
赤く具現化したイッセーの力がめぐみんの小さな身体に注がれていく訳だが、その瞬間めぐみんはカッと目を見開くのと同時に身体がビクンビクンと打ち上げられた鮪の如く激しく痙攣する。
「や……あぁっ!?」
「!? し、失敗したのか?」
『いや、違う……これは」
注がれた力がめぐみんの全身に渡り、尚の事激しく……拒絶反応の様に身体を捩らせるめぐみんに、ほんの少し不安になってきたイッセーが思わずドライグに訪ねると、ドライグは失敗では無いと言いつつも少し驚きの声を出す。
「は、はぁ……はぁ……うぅ……」
「お、おい……」
与えてから1分近くは苦しそうな声を出していためぐみんから徐々に声の勢いが無くなる。
どうやら小康状態になった様だが、この時点でイッセーの中では完全に失敗したと思っており、やるべきじゃなかったと後悔していたのだが。
「身体が凄く軽い……それに物凄く力が沸きます!!」
「あ、あぁ?」
倒れていためぐみんが勢いよくイッセーの目の前で立ち上がったかと思ったから、イッセーの予想とは真逆のハツラツさで、自分の症状を訴えた……ハイテンションで。
「凄いです、爆裂魔法で空っぽになった力が元に――いえ、それを越えた遥かな力を感じますよ!」
「なに? せ、成功なのかじゃあ……」
『あぁ、そうだよ』
まるで世紀末のモヒカンが略奪する時の様なテンションを維持しながら、イッセーの与えた力をオーラの如く身に纏わせるめぐみんに対してドライグが得意気になって成功と言いきる。
『想定以上にな』
「想定以上?」
『あぁ、どうやら俺達の力はこの小娘に対して余程親和性が高いみたいでな、譲渡した力の軽く倍分の力となって小娘の中へと入っていったぞ』
「なんだと?」
与えた力を越えて自分の糧にしたらしいめぐみんに、ドライグは珍しいものが見れたと満足した様に軽く笑い、与えた分以上の力を取られてないイッセーは単純に驚く。
『紅魔族とやらだからなのかもしれん。もしかしたらもう一人の小娘にも同じ事が起きるかもしれんな』
「……嘘だろ」
与えた力を糧にそれ以上の力として昇華するなど、聞いたことも無いイッセーとしてはめぐみんやゆんゆんの種族である紅魔族と親和性のある存在だなんて認めたくは無く、若干嫌そうに顔をしかめた。
が、目の前で見せられるめぐみんのハイテンションさに裏付けされた与えた以上の力を見てると、そうでは無いかと思えてしまう訳で……。
「我、目覚めるは、覇の理を神より奪いし破壊の龍帝の下僕なり!
無限を超越し、夢幻を破壊せん!
我、赤き龍の覇王の使途と成りてを紅蓮の煉獄に沈めよう――――
ハイテンションの勢いでめぐみんが知ってる筈も無い覇龍化に似た詠唱と共に放たれた紅蓮の爆裂魔法は、先程廃城を半壊させた威力を遥かに超越し、イッセーが前に空へと放ったビームを彷彿とさせる大爆発と共に、城は文字通りに消え去った。
「………………」
『ほう、小娘も中々やるな』
軽い譲渡のつもりが、意味のわからんレベルにまで爆裂魔法を跳ね上げさせたのは最早疑いようも無く、まためぐみんに対して自分達の力は余程親和性が高いこともこれで完全に証明されてしまった。
これでもしそれなりの力を譲渡してたら、めぐみんは間違いなく爆破兵器となっていたと思うと、イッセーとしては微妙に複雑だった。
「す、凄い……凄すぎます! お師匠様から貰った力が私の爆裂魔法を更なる領域に! やっぱりお師匠様と私は頗る相性が良いんですよ!!」
「………」
譲渡した力が消えたのか、めぐみんを覆っていた赤いオーラが消えた後も倒れる事無く、大はしゃぎしながらイッセーに飛び付く。
色んな事が一度に飛び込んで割りと困惑していたイッセーはそんなめぐみんに対して避けるもせずに思わずそのまま抱き着かれる体勢となったが、それを見て驚く面子は居ないので、ただただ風がそよぐ平原にて二人のやり取りは続いた。
「ゆんゆんに自慢しちゃおっと! ふふふ、お師匠様との相性が良すぎるなんで、運命ですねこれは!」
「………」
そして萎えて修行すらやる気になれなくなったイッセーは死ぬほど嬉しそうな笑顔のめぐみんに手を繋がれながら町へと帰るのだった。
「―――――と、いうことがありまして、結論から申しますと、お師匠様と私は最早前世では深い繋がりがあったのでは無いかと思うくらいの相性の良さが確認されました!」
「力の譲渡って……そんな事もできたのかよ?」
「……。今までが今までだから使うことは無かったんだけどな……」
町に戻り、ギルドの食堂で自慢気に語るめぐみんを横目に、キャベツ狩りを経て出くわしたクリスとダクネス相手に自分なりの鍛練をしていたカズマに聞かれたイッセーが、何とも言えない顔をしながら肯定する。
「へぇ、力の譲渡なんてする気になったんだ? イッセーらしくないじゃない?」
「…………」
ある意味で最悪のイッセー被害者であるクリスが意味深に笑みを浮かべながらイッセーに絡むが、それに対して反論する気も失せてるのか、本人は舌打ち一つで無視する。
「そもそもなんでめぐみんさんを連れて修行なんかしたのよ? お陰で足が無くて困ってたのよ?」
「勝手に付いてきたんだよ。で、ドライグに言われて実験台にしたらあんな事に……」
「じ、実験台だと? それはもしかしたら失敗したら酷い事になってたかもしれないのだな!? なんて良さそうな――んんっ、酷い事を……!」
相変わらずのアクアに足呼ばわりされてるにも拘わらず、それに対しても特に何も言わないで若干後悔したように返す。その更に隣でハァハァ言ってるダクネスが居たけど誰も突っ込まない。
それよりも人外一族との親和性が高いなんて本人にしてみれば知りたくもなかった事実だし、凹みっぷりが半端ないのだ。
「という事でこれからの私はお師匠様と完全なる
「何よそれ、イッセーさんはそれを認めた訳じゃないのに……」
「ふふん、今はそうかもしれませんが、何れはそうなるんです。ゆんゆんには悪いですけど、相性の良さだけは覆りませんよ!」
「………」
そう得意気にゆんゆんに対して勝ち誇ってるめぐみん。
しかし、そこに来てイッセーの中に居たドライグが表に出てきて神器越しに話し出す。
『いや、そこの小娘も貴様と同族なんだろう? だったら同じ様に親和性は高いかもしれんぞ』
「え?」
「へ?」
「おい、何勝手にしゃべってんだ……!」
聞こえるドライグの声に目を丸くするめぐみんとゆんゆんにイッセーが慌ててドライグを自分の中の奥へと押し込む。
しかしそれも既に遅く、何故かイッセーに対して期待するような眼差しを送り出すゆんゆんと、逆に慌てたような顔をするめぐみん。
「ま、待ってくださいお師匠様! た、確かに紅魔族自体とお師匠様の相性は良いのかもしれませんけど、それをわざわざ増やす意味なんて無いんじゃ……」
「増やすも何もテメーだけにやるなんて一言も言ってないだろ」
誰が好き好んで自分の力を与えなきゃならんのだ、それもこんなちんちくりんにと返すイッセーにカズマは『頑なな奴……』と苦笑いしながら聞きつつ、ふとクリスがじーっと探る様な眼差しをイッセーに向けてる事に気づく。
「俺はお前の外付け魔力タンクじゃねーんだよ。そのスタミナの無さくらいテメーで克服してろ」
「むー! それならスタミナを克服したらペアになってくれるんですね!?」
「嫌だよ。つーか何だよペアって、冗談じゃねぇ」
「良いじゃないですか! ペアになってくださいよぉ~!」
「ええぃまとわりつくなクソガキィ!!」
「………」
「おい、クリス? どうかしたのか?」
「………。いや、別に何でもないよ………ふふ」
その視線と含み笑いの意味は何なのか、カズマには分からなかった。
「あの、イッセーさん……それって私にも試したりは……」
「え……いや、え、試さないと駄目なの?」
「………………で、できれば」
「あ、じゃあアタシにも試してみてよというか、いっそ皆にも試したら? パーティ強化になるし」
終わり
偶発的にめぐみんとの相性が力の性質上よかった事に気付かされてしまったイッセーは、その日を境に余計にめぐみんからだだっ子の様にすり寄られる日々となるのだが、その前にその事実が発覚した際に粉々になった廃城と思われていたあの城に主が存在していたらしい。
「俺の城を粉々にしたのは貴様等かぁぁぁっ!!!」
そう、とある魔王軍の幹部っぽい魔物のお城だったようだ。
「既に誰がやったのかも知ってる、そこの男と小娘だとな!! 何のつもりだ貴様等! おかげであの日以降部下共々野宿生活なんだぞ!!」
「って、言ってるけど身に覚えは?」
「俺じゃない。譲渡した際にハイテンションになったこのバカが勝手にぶっ壊しただけだ」
「ふふん、最強の領域へとなった紅蓮の爆裂魔法の前には敵は無しですよ!」
しかし本人達に反省の色は無く、その態度にキレたデュラハンなる魔物は部下と共にアクセルを侵略しようと攻めてきた―――
――――――そう、攻めてきちゃったのだ。
「あ、そう。じゃあ死ね」
人外嫌いの極みたる男が拠点にしていたその町を。
お陰でめぐみんの爆裂魔法で城は壊されても奇跡的に生きていたデュラハンやデュラハンの部下は――
「持て余し気味だったから、テメーで発散させて貰うか……この完成体・修羅龍でな!!」
「う、うそーん……?」
溢れ出る力を形に変え、真っ赤な天狗を思わせる巨人を作り出したその力を目の当たりにしてしまう……。
終わり
補足
魔力タンクどころか、一種の進化的な現象になるレベルでめぐみんと相性が良すぎるという事実。
本人にとってはまことに皮肉な話でありますがね。
おかげで『すっぴんロリコン冒険者』――と、呼ばれるかは知らん。
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オーバーキル
クリスさん(エリスさん)はやはり苦手らしい
赤い龍ことドライグ曰く、イッセーの性格がこの世界に転生する前と比べでかなりマイルドになったとの事だが、アイツの過ごしてきた人生を聞いていると確かにそうなのかもしれないと、少ない付き合いながらだが俺は思う。
とにかく人間じゃない知的生命体を嫌悪し、向こうから売られた喧嘩とはいえ容赦無くぶちのめしてたと考えれば、その人間に近いけど厳密には人間じゃない奴に対しての態度はマイルドになってる……と思う。
アクアに始まり、めぐみんにゆんゆん……。
クリスに対しては人間種族の筈なのにあんな対応なのかが解せないが、少しだけ変わって来てる筈だ。
殺伐とした修羅と呼ばれる世界でそうならざるを得なかった性格が……。
赤龍帝という
先輩から引き継ぐ形でこの世界の管理をしている私は勿論、先輩が唆してしまった事で転生してしまった彼の監視もしなければならないし、試しに正体を明かしたら殺され掛けたりもした。
ハッキリ言いましょう……彼の力は修羅世界の神々や人外を倒して頂点に近い所にまで登り詰めただけあり、単純に赤龍帝としての力を越えてしまっているし、恐らく私たち女神の力を総動員させて排除に掛かろうとも、彼なら嗤いながら返り討ちにするばかりか、重苦しい殺意と憎悪を向けながら残酷に殺してしまうだろう。
現にエリスである私が身をもって、それでも弱体化したらしい彼に何も出来ずに殺され掛けたのだ。今こうして生きているのが不思議だと思うくらいですね。
「なぁイッセー……俺がもしお前に鍛えてくれって頼んで鍛えて貰ったら強くなれるか?」
「は? どうしたんだよ突然?」
「いや、最近自分の立ち位置に情けなさをだな……」
「あら、引きニートがやる気出しちゃってるんですけど? 何なの急に?」
「っせーな、その引きニート以下に成り下がってるお前に言われたかねーよ。……で、どうなんだ? やっぱり無理か?」
「やる気あるならいけるんじゃないの? 俺だって元々只のガキからスタートしたし」
『ただし、無神臓があったがな』
しかしこの世界へと転生した変化、彼自身にも変化はちゃんとあった。
まず、蛇蝎の如く嫌っていた筈の人じゃない種族に対する対応の僅かな変化。
先輩のだらしなさが知らぬ内に変えたのでしょう、今の彼は見てると相当にマイルドな対応となったと思うというか、私を殺せず戸惑ってたのでそれは間違いないでしょう。
今だってクリスとしてこの場に居る私が見てる中、ギルド裏の広場で彼はタクシー代わりと言うアクア先輩をおんぶしたまま、カズマさんに自分の戦闘技術についてあれこれ語ってますし。
「冒険者ってスキルポイントが割り増しの代わりにあらゆる職のスキルが会得できるんだろ? それを厳選して会得して応用を効かせたら或いは……かもな。コイツみたいに宴会芸スキルなんか取らなければ」
「なるほど……」
「宴会芸って失礼ね。あれのおかげで少しはお金を手に入れられるんだから」
転生前の記録上、彼は単独行動が当たり前、他人に対しての思いやり皆無、人じゃない生物に対しては容赦無く殺害する等々本来なら転生云々無く問答無用で地獄行きになる所業を繰り返してきたのが、まさか先輩によって此処まで変化するとは……。
言ってもないし、言ったら多分増長するので本人には言ってませんけど、他の女神や神々からの評価が実の所かなり上昇してたりするんですよね。
『修羅世界の存在を徐々に更生させてる』
………なんて。
多分本人――特にイッセーさんが聞いたら即座に殺しに行きそうな話になってる事を知らずに、おんぶしてる側とされてる側であるお二人はそれなりに楽しそうに見えなくもない。
しかしながら、それだからこそ解せないんですよ。
アクア先輩の後輩で敵意が無いと訴えてるにも関わらず、同じ女神であるこの私に対しての、未だに変化の兆しが見えない彼の――イッセーさんの態度が。
「カズマよ、横から口を挟むようで恐縮だが、出来れば攻撃的なスキルを覚えるべきだぞ」
「……。その心は?」
「勿論、私との鍛練でそのスキルをぶつけて貰うためだ! 考えるだけで震えが止まらんよぉ……ふふふ!」
「いいえ、カズマさんには私と同じ爆裂魔法を覚えるべきですね! そしてお師匠様と三人で爆裂魔法道を広めるのだー!!」
「広めてどうするんだよ……テロ組織でも作れってか」
「ある程度サポート系のスキルも覚えた方が良いかも……」
「ゆんゆんだけはまともだ……」
わいわいと、自然と集まった面子の中に、クリスとして私も加わる。
「この前言ったと思うけど、アタシ的には盗賊系のスキルもおすすめかな。
結構便利だし」
「盗賊系か……スティールだっけ?」
「そうそう、モンスターの持ち物を傷つけずに先に奪えば、気にせず討伐とかできるでしょう?」
「確かにアイテム確保は大事かもしれない……うーん、悩む」
クリスとしての口調を忘れない様にと努めつつ、先輩をおんぶしながら別の方向をボーッと見ているイッセーさんに然り気無く振ってみようと声を掛ける。
「でしょ、イッセー君?」
「盗賊系ね……ペテン師野郎にはお似合いだな」
が、やはり私に対してだけは一切軟化した様子は無く、警戒心と嫌悪丸出しの顔で吐き捨てる様に言われてしまった。
「相変わらずクリスさんに対しては妙に噛みつくわね。何かあったの?」
「別に……」
「あ、良いの良いの。もう慣れたし、イッセー君ってさ、多分照れ屋さんなんだよ」
「………………殺すぞお前」
軽い冗談すら言ったら殺意と共に睨まれる。
めぐみんさんやゆんゆんさん、それからアクア先輩にはマイルドになってきてるのに、どうしても私にはそのマイルドさが一切向けられない。
一体何が駄目なのか……私にはまだわかりません。
何れはアクア先輩みたいなマイルドさを向けて貰えることを期待したいのですが……。
「あっち行け、シッシッ!」
「アタシは野良犬じゃないんだけどな?」
「んなもん見ればわかる。野良犬の方が一京倍マシだってな」
「酷いなぁ……」
先はまだまだ長そうですね……はぁ。
エリスがイッセーに野良猫みたいに懐かれずに内心ため息を吐いたその時だった。
「緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦備体制となって街の正門に集まって下さいっ!!」
何時もイッセーが突撃しては玉砕している相手であるギルド嬢の慌てた様な声が聞こえ、基礎的なトレーニングをしていたカズマ達は何事かと思いつつ、他の冒険者達に混じってゾロゾロと街の正門前へと向かう。
「何だ何だ? またキャベツの収穫か?」
「いや、様子からして違うだろうな、空気が張り詰めている」
「張り詰めてないのがすぐ隣にいるけどね……」
流れがこの前のキャベツ収穫と似てたので勘違いするカズマにダクネスがそれなりに真面目なトーンで説明しつつ、クリスが微妙な顔をしてその『隣』に視線を向ける。
「微妙に腹へったな……」
「さっき食べとくべきだったわね……失敗したわ」
「あぁ、だからそろそろ自分で歩けよいい加減」
「嫌よ。こんな楽なタクシーがあるのに何で降りなくちゃならないのよ?」
「あ、あのイッセーさん……その、このクエストが終わったらご飯食べませんか? 良いお店を見つけて……」
「あー! 何お師匠様を誘ってるんですかゆんゆんは! お師匠様はこの後私に稽古をつけてくれるんですー!!」
腹へったとぼやきながらアクアに降りろと呑気なイッセー
同意しつつ、降りるのを拒否し、降ろされてたまるかとギュッとしがみつくアクア。
然り気無くイッセーと楽しい時間があったらと食事に誘うゆんゆんに、それを聞いて喚くめぐみん。
緊急クエスト前というのに、他の冒険者と比べるまでもなく呑気なやり取りをし続けるせいで周囲から完全に浮いてるが、本人達にその自覚は無さそうだ。
「いや、寧ろイッセーが真面目だったらこの緊急クエスト誰もクリア不可能だろ。それを考えたらまだああしてた方が良いと思う」
「程よい緊張感は必要だが、緊張しすぎるのも良くないからな」
「まあ、確かにそうなんだけどさ……」
最近妙に馬が合ってるカズマとダクネスに言われてクリスは釈然としない表情で一応納得する。
見事に後ろも右も左も人じゃない種族で通ってる面子だというのに、その態度が当初と比べたら相当マシなのと、その対応が一切自分に向かれないのが実に納得できないとクリスは思っていたのだ。
「あ? 何だオラ、こっち見んな」
「わかったわかった。ったく、アタシに見られて照れるからってそんな言い方しなくても――」
「このアマァ……大概にしとけよゴラァ!!」
だからこそ、こう……小学生みたいな攻防劇をしてしまうのも無理は無いわけで――
「お、落ち着けってイッセー! クリスも挑発するなよな!」
「フシャー!!!」
「どうどうイッセー、一応闇の力が正門の向こうに感じるし、猫じゃないんだから威嚇しないの」
「べーっだ」
キレた猫状態のイッセーにあっかんべーをするクリスというやり取りで結局どこよりも目立ってしまうのだった。
そしてその二人のやり取りと同時に正門が開けられる。
そしてアクアが言った通り、街の外門前にはこれまでのモンスターとは一線を画する威圧感を放つモンスターと思われる鎧騎士が居た。
「デュラハン……」
どうやらデュラハンというモンスターらしく、イッセーにおんぶされたまんまのアクアは特にカズマに対して
説明する。
デュラハン。それは人に死の宣告を行い、絶望を与える首なしの騎士。
種族としてはアンデットとなり、生前を凌駕する肉体と特殊能力を手に入れたモンスターらしい。
明らかにこれまでのモンスターとは違うというのを説明と感じる威圧感で理解したカズマがゴクリと生唾を飲み込む最中、正門前に仁王立ちしていた漆黒の鎧を着た騎士は、兜越しのくぐもった声を放つ。
「俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の者だが」
魔王軍という言葉に冒険者達の顔色が変わる。
まさか侵略でもしようというのか……そう考えていた冒険者達だが、どこかこのデュラハンの様子はそういったものは感じられない。
それどころか、やがて首無し騎士というアピールのつもりだったのか、自分の脇に抱えていた首がプルプルとまるで怒りな前触れだと云わんばかりに震え出し――
「俺の城を……お、俺の城を粉々にしたのは誰だぁぁぁっ!!!」
怒りの咆哮をあげた。
「おかげであの日以降部下共々野宿生活なんだぞ!! 誰がやったぁぁぁっ!! てかこの低級の街で何故あんな力を持つ奴がいるんだ!!!」
『………』
どうやら自分の根城をどこかの誰かが破壊した怒りでやって来た……というのは怒鳴り声でわかる。
しかし集まった冒険者の誰しもが身に覚えのない事であり、逆に困惑してしまう。
「あぁ、あれ廃城じゃなかったんだ」
「でもあんな所に立ってたら爆裂魔法の的にしてくださいって言ってるようなものですよね?」
「ぬ!?」
『………』
しかし思いの外犯人は直ぐに……てかほぼ自白した形で割れ、多くの冒険者達の視線とデュラハン騎士の視線がそちらへと向く。
「貴様等か……!」
それはというか、イッセーとめぐみんだった。
すっぴん冒険者とアークウィザードの二人組の仕業とわかり、アクセル冒険者達の多くは微妙に納得しつつの生ぬるい視線を送る。
勿論その中にはカズマ達も混ざっていた。
「お前等かよ!!」
「いや、元を正せばこのガキが廃城だからって的にしたんだよ」
「否定はしません! えっへん!!」
イッセーに軽く小突かれためぐみんが胸を張って得意気になる。
どうやらどちらも反省の色はないようだ。
「そうか……どうやってあんな力を使ったのかは知らんが、犯人が分かったのなら――」
そして思いの外あっさり犯人を特定できたデュラハン……名をベルディアが威圧を込めた瞬間だった。
「分かったら? 何だゴミクズ? 断罪ってか?」
誰よりも、それこそ人外嫌い故に対応が酷いめぐみん、クリス等が可愛く思える程に冷酷な表情で一言、ベルディアに向かって吐き捨てた。
「っ!? 貴様……今俺に何と――」
「聞こえなかったか? あぁ、首の機能が失せてる欠陥だからか? 良いぜゆっくり言ってやるよ―――――――――だから何だよドカス」
何度も言う、イッセーは人外が嫌いだ。
女子供関係なく、人じゃなければその生きた環境故に態度に出てしまう程に大嫌いだ。
それはいくらマイルドになっても変わらない、イッセーが一皮向けられない大きな理由だった。
「城が壊されましたから人間様の住まう都に来ました? くくく、良いよお前……この世界の人間じゃない生物で『俺の知ってるボケ』を見たのは久々だぜオイ」
「何を言ってるんだお前は……! いや、そんな事よりこの俺を侮辱したのだ! それ相応の覚悟は出来て――」
「くくくくく………くくくくくっ………………げげげげげげ!!!」
最初に気付いたのはアクアと隣に居ためぐみん、そしてイッセーの監視をしていたクリスの三人だった。
ベルディアの言葉を無視し、ひとり狂った様にやがて変わった嗤い声を放ち出した瞬間、イッセーの放つオーラが変質したのだ。
「侮辱? したぜ? オーケーオーケー――じゃあ死ね」
『!? アレを使う気かイッセー!?』
「っ!?」
ギラリとした獣の瞳に睨まれ、身体が硬直するベルディアに見える、イッセーの左腕。
それは真っ赤な鎧を思わせる籠手であり、その力は中身を知らないベルディアの中にある感情を植え付ける。
『ヤバイ』
と……。
「アクア、ガキ……別にそのまんまで良いが、離れた方が色々と楽だぜ?」
「は?」
「あ、あのお師匠様……それは一体―――ふぇ?」
だが気付いた時には全てが遅かった。
魔族すら持ち得ない極大なる殺意と憎悪を放つイッセーの全身に鮮血を思わせる真っ赤な、魔力にも似た力が炎の様に溢れ、それはやがて髑髏の上半身を思わせる形へと変貌……。
「な、何だありゃ!? 例のすっぴんが何かスゲーぞ!?」
「ま、魔力? いや、違う……何だあれは……!」
すっぴんだけど何か色々とふっ飛んでるのをある程度知るアクセルの冒険者達がどよめく。
勿論、初めて見るイッセーの力の形を目にしたカズマ達もだった。
「イッセーの技……なのか?」
「まるで骸の骨みたいだが……」
「イッセーさん……」
「赤龍帝のオーラ……ヤバイかも」
驚くカズマやダクネスやゆんゆんの横で、イッセーの大半を知るクリスが焦りながらも聞こえない様にイッセーが起こしてる現象について小さく呟く。
そして離れる事無くイッセーが生成したオーラを形にした髑髏の上半身内に入ってしまっていたアクアとめぐみんも、イッセーの力に守られる形になって驚いていた。
「これは……」
「お、おお……こ、これがお師匠様の力……」
殺意しか感じられないギラギラした目をしながら嗤うイッセーの隣やおぶられてるという、正直怖すぎる場所に居るアクアとめぐみん。
しかし抜けてるのか、そんな殺意に対してよりもめぐみんはその力により魅せられ、アクアは呑気に『この分じゃ早く終わるわねー、お腹減った』といった感じだった。
「き、貴様……その力は何だ。その腕は何だ!?」
久方に感じる本能的な恐怖を圧し殺し、ベルディアが大剣を構えながら吠える。
やばい、まずい、下手こいた。
アクセルという低レベル冒険者の街にこんな……こんな……力を持った男が居たなんて聞いてないと。
「最近力を持て余してたんだよ……。そこにお前というサンドバッグが来てくれた。本当なら例の魔王をぶっ殺せば終わるんだろうけど……くく、なぁ、魔王にも恐怖って感情はあるのかい?」
だが後悔したところで、スイッチの入ったイッセーは止まるわけもない。
武者震い通り越した恐怖を抱くベルディアにニタァと嗤ったイッセーは、生成した上半身の髑髏により力を注ぎ込み、山をも越える巨大な修練僧を思わせる形へと変化させた。
「だからお前でまずは試させてくれよ、この、完成体・修羅龍でな」
「う、うそーん……?」
ここまで来るとベルディアにしてみればいっそ笑うしかできない。
他の冒険者達が驚きの声を上げながら見上げるその先には、このデカブツを作り出したイッセーが、修練僧の形をした巨人の頭部にある頭襟を模した五角形のパーツの中にアクアとめぐみんを連れたまんま立っている。
「おいすっぴんの奴もっとスゲー事してるじゃねーか!!」
「おいこれ勝てるだろ! 確か討伐したら五億エリスだし大金持ちじゃねーか!!」
よくは分からないけど、勝てる気しかしない状況に沸き立つ他の冒険者達と、唖然とするカズマ達。
「あ、あれで弱体化してるって……。
マジかよ。鍛えてくれって言ったのが恥ずかしいんだけど……」
「あ、あの巨体に踏まれたらどうなるのだろうか? き、きっと物凄い事になるのか!?」
「いや死ぬから、やめとこう?(歴代の赤龍帝とは全く違う進化を遂げたと聞いてましたが、ここまでとは……)」
そんな面々と街を背に、然り気無く街の外まで出ていたイッセーは、めぐみんとアクアをそれぞれ隣と後ろに置いたまま、小さくなったベルディアを見下ろしながら更なる領域へと進む。
「まだだ………定まれ……!!」
「うっ……!?」
純粋なる力を形に変え、それを巨大化させた―――だけでは無かったイッセーが握りこぶしを作る。
するとそれまで巨大化して安定してなかったイッセーの力はその形を変え――――
「は、はは、は……そ、そんなアホな……力が完全に安定した、だと……?」
ベルディアを見下ろす巨大な……天狗の仮面を被った巨人へと変化した。
『一誠お前……わざわざ何で使うんだ、完全にオーバーキルだぞこれでは』
ベルディアがその手に持っていた剣を落とし、呆然としてるだろう様子で見上げてる姿を一誠の中から見ていたドライグが呆れ混じりの声を出す。
だがイッセーはそれに答える事無く、どうしたら良いか分からなくなってる様子のベルディアを見下しながら宣言する。
「お前の知るところじゃないが、今俺はかなり弱体化してる。相棒と至った最終モードにはなれないし、多分今のままだと昔ぶっ殺した奴にも負ける」
何の事だか殆どわかってないベルディアに向かってそう言い始めたのと同時に、巨人の手にあった巨大な太刀が手に掛けられた。
「けどそれも却ってテメーにとっては良かったのかもしれない……」
それは破壊の龍帝と呼ばれた様々な理由の一つである純粋な破壊。
「何故なら……」
「っっっ!?!?!?」
太刀が鞘から半分ほど抜かれ、そこから勢い良く抜刀された瞬間、破壊の龍帝の力は異世界にて今示された。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
「うおっ!?」
抜刀と同時に地面が抉れ、地面を伝いながら遠くにあった山を破壊する。
その余波にベルディアは当たりはしなかったけどぶっ飛び、後ろに『守られる』形となっていたカズマ達他の冒険者を襲う。
だが器用なのか、カズマ達や街はその抜刀にて発生した激しい突風で多少の木々を吹き飛ばされただけで街自体には何の傷も付けられず、もっといえばカズマ達自身の誰もが無事だった。
「ぐ……な、なんだ―――――う……!?」
そして数十メートルはぶっ飛んだベルディアはというと、ギリギリの所で首を守りながら吹っ飛んだ事で胴体と離れ離れになる事はなかったものの、巨人が起こしたそれを目の当たりにして絶句してしまう。
この場所から割りと遠くにあった山々が完全に消し飛び、平地へとなったその場所を。
「や、山が消え……た?」
もう訳がわからないベルディア。
城を破壊した輩にお灸を据えてやろうとしたら、出てきたのは意味不明の化け物で、その化け物はどうしたら良いのかわからない自分に向かって言うのだ。
「ここまで弱体化なら、ここら辺の地形が多少変形する程度で済みそうだな」
本気になるまでもなく自分を殺せると。
「な、何ですかお師匠様! 何なんですかアナタという人は!? 凄すぎてよくわからなくなりました!」
「確かにこれはオーバーキルね……」
『運が悪かったな、アレは』
破壊そのものとなる力。
赤龍帝としての力を極限まで高めた結果至った一つの道。
オーバーキル確定の力。
「ほら、掛かってこいよ魔王軍? 暫く好きにさせてやるから何でもしてみろや?」
「う……うぐぐ……! き、貴様卑怯だぞ! 降りて戦え!!」
「じゃあ降ろしてみろよ……!」
ベルディアの明日はどっちなのか……。
終わり
そんな訳でアホみたいな力を示して魔王軍を蹴散らしたイッセーはすっかり有名化した。
おかげで各所からパーティーの勧誘が来るのだが……。
「もう定員オーバーなんです! お師匠様は渡しませんから!」
「アイツは私の足なの! 居なくなったら困るのよ!」
「や、やっと出来たお友達と離れ離れになるのは嫌なので……」
イッセーが他に行ったら楽できない。
爆裂魔法道が極められない。
やっとできたお友達(と、思ってる)を失いたくない等々で三人の娘さんが相当必死こいてガードする。
皮肉にも人外に。
「黒神ファントム?」
「おう、カズマなら出来そうかもしれないんだけど、覚えてみる?」
「い、良いのか!? それなら是非!」
そしてますます自分が情けなくなり、生前にはあり得なかった向上心を芽生えさせたカズマは、地味にイッセーによって別方向にレベルアップしていく。
「この前の力、頼むからあんまり使って欲しくないんだけど……」
「アンタに言われなくても分かってる。あの時は溜まってた何かを吐き出したかったからな……。あ、言っとくが別にお前に従った訳じゃねーからな」
「わかったわかった……それなら良いけど、なんというかキミって変な意味じゃないけど可愛いよね、意固地な所とか」
「やっぱり喧嘩売ってるだろテメー……!」
秘密に話し合うイッセーとクリスのやり取りはそんなに変わらない。
「黒神……ファントム!!」
「は、速っ――ぶへ!?」
「!? わ、悪いダクネス! だ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……じゃない。な、何だこの全身に走る衝撃は……? た、頼むカズマ、もっとやってくれ!」
修行すればするほど勝手に調教されていくダクネス。
曲者だらけのパーティーは今日も平和だったとか。
そして――
「イッセ~ ふくらはぎ揉んで~」
「テメー全然歩かないで俺に背負わせてじゃねーかよ!! ……………ったくもう」
「あへぇ……気持ちいい~ もっとやってよ~」
「チッ……!」
「日を追うごとに甘やかし具合が半端なくなってるんだけど……」
「今日なんてアクアさん一切地面に足付けないでいたしね……」
「うぐぅ……毎度毎度お師匠様とアクアさんを見てると釈然としないんですけど、何か嫌なんですけど」
「そこだけは気が合うわねめぐみん……」
「うーん、踏みつけるとかはしないのか?」
駄女神はもっと駄目になり、発覚した駄目男はもっと駄目になっていくのだとか。
終わり
補足
元ネタは某柱間ァ!! の人ですよ。
で、再現できた理由が転生者の一人がその系統の力を使ってチョーシこいてたのを猿真似したからです。
その2
力を発散する事が最近無かったので、ちょっとしたストレス解消の意味でこんな事を。
オーバーキルでしたけど。
その3
駄女神さんを更に無自覚で駄目にする駄目男、それがイッセーちゃん。
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龍帝とボッチちゃん
結論から言うと、ベルデアは巨人の一太刀により『消息不明』になった。
見ていた者達によれば、あれは多分粉々になってしまったのだろうとの事だが、真相はその巨人……森羅万象を破壊する修羅を操るイッセーにしかわからない。
とにかくどうであれ魔王軍の幹部を蹴散らしたという事実に変わりは無いし、晴れてよりイッセーにはベルデアに掛けられていた懸賞金である五億エリスが与えられる――
「え、懸賞金が出ない?」
予定が、出ないというオチへと変わってしまっていた。
「何でよ!? アンタ達だって見たでしょうが! イッセーがあのデュラハンを討伐したのを!」
「そ、それは確かに我々も目にしてましたわ……目立ってましたし」
「なら何で……」
「その、まことに申しにくいのですが、イッセーさんは『すっぴん』の職業ですよね? すっぴんの性質上、討伐したモンスターがギルドカードにカウントされないので、あの時の状況……つまりデュラハンを討伐した『物的証拠』が存在しないため、懸賞金が出せないと……」
「アレっすか、生首でも持ってきてたら良かったと?」
「え、えぇ……申し訳ないのですが……」
すっぴんという性質による弊害。
すっぴんしか適正がなければ冒険者にならないほうが良いと言われた理由が此処にきて浮き彫りになってしまったが故の懸賞金無しというオチに、特に色々とがめついアクアは自分の事の様に怒り出すが、当の本人であるイッセーはといえば、別に特に残念がる様子もなかった。
「そっすか、なら良いっすわ」
「い、イッセー!? アンタ何を……むが!?」
「良いから黙ってろ。おら、行くぞ」
「もがもがー!!!」
別に金が欲しくてやったという訳でも無く、言ってしまえば最近自分の中にある理解できない感情に苛々していたそのストレスの解消目的でやっていただけだったので、別に金が出ないなら出ないでどうでも良かった。
一応生活に困らない程度の貯蓄もあったので。
「ぷは!? 駄目よイッセー五億エリスよ五億エリス!! それだけあれば遊んで暮らせるのにそんな簡単に――」
「しょうがないだろ、すっぴんなんだから。そういうのも覚悟で俺は一応登録したんだ。今更文句言ってもしょうがねーだろ、なぁカズマ?」
「ま、まぁな。でも五億エリスって聞くとかなり後ろ髪を引かれる思いはするぜ……」
「確かにそれは否定できないな。五億もありゃニートできるし」
「なら今からでもお上に抗議を……」
「だが別に貧乏って訳じゃねーだろ?」
「そりゃイッセーがお宝を拾いまくってるからなー……俺たちゃそれに寄生してる形だから文句なんて言えないぜ」
「う……」
まだ何かを言おうとするアクアに対して意味深な視線を向けながら言ったカズマの言葉に、アクアは言葉を詰まらせてしまう。
いくら自堕落となっても、流石にイッセーの稼いだ金でわりと悠々自適な生活が出来てるんだという自覚はあったらしい。
「わ、わかったわよ。元々デュラハンを蹴散らしたのはイッセーだし、今までイッセーのお金で生活出来てたし、もう言わないわ」
漸く矛先を納めたアクアは、多少納得できないもののイッセーの判断に了承するのだった。
「何だお前、寄生してる自覚はあったんだな」
「るっさいわね! アンタも一緒でしょーが!」
以上、懸賞金おじゃんの小話。
そんなこんなでドリームジャンボ・五億エリスは夢へと消えてしまったカズマ御一行は、明くる日から別の意味での苦労をしていた。
「頼む、あのすっぴん君を是非ウチのパーティーに……!!」
「金ならいくらでも出そう! だからすっぴん君を――」
「ええぃ、駄目よ駄目よ駄目よ!! 彼はウチのパーティーの要なの! この私の手となり足となり働く為のね!」
「……。本人が聞いてたらぶっ飛ばされるぞ」
そう、冒険者の適正無しのすっぴんにも関わらず登録した変な奴という意味でもちょっとは有名イッセーの名前が完全にアクセルの街どころか近隣まで響いてしまったらしく、連日この様にイッセーを引き抜こうとする冒険者達が後を立たなくなっていた。
勿論、流れでそのまんまパーティーに加えてるという事にしていたアクア達はそんな連中に対して突っぱねてる訳だが、アクアが断る理由がまた酷いものだった。
「大体懸賞金は出なかったけど、デュラハンを蹴散らしたのは事実なのよ。だったらこんなはした金じゃなくて100億エリスは持ってきなさい!」
がめつさがこれでもかと表に出まくるアクアの提示に聞いていたカズマは『地獄に落ちるぞこの駄女神』と軽蔑した眼差しを送る。
一応この台詞のお陰で引き抜こうと目の色が変わってる冒険者達は散ってはいくにしても、もっとこう他の言い方くらいあんじゃないのかと思ってしまう程、アクアは金金とうるさかった。
「今日も本人が居ないところで人気者だね」
「例の魔王軍との件で一気にイッセーの名前が浸透したからな……凶悪すっぴん男って」
「広まるのも無理はないだろう。何せ魔王軍の幹部を倒したのだしな」
「でもそういえばお師匠様は何処に? ゆんゆんは何か知らない?」
「いや私も……ギルド場まで一緒だったのに急に居なくなっちゃったから……」
絶妙なタイミングと精神バランスのおかげで、体の良い小間使い化してるイッセーを手離すのが惜しいという欲が丸見えのアクアを見て苦笑いするクリス達の言うとおり、只今イッセーはカズマ達にも黙ってフラフラと何処かへと消えてしまっている。
人間種族でな無いゆんゆんがめぐみん達の目を盗んでイッセーと街で買い物をしたりするので、めぐみんが何か言いたげな顔で聞くが、ゆんゆんは知らないと答える。
すると――
「……………」
噂をすればなんとやら、そのイッセーが以前に増して周囲から視線を向けられながらという形で登場、何やら険しい顔つきでカズマ達の元へと寄ってくると、無言で近くにあった席に座り出す。
「どうしたんだよイッセー?」
「………。ウェイトレスさん、水貰えます?」
すっごい不機嫌そうな顔をしながら、偶々近くを通ってたウェイトレスに水を貰うイッセーが、カズマ達の質問に答える事無くガブガブとやけ酒の様に飲み干し、コップをテーブルに勢い良く置いた。
「…………………………ちきしょう」
「は? 何がちきしょうなのよ?」
「ちきしょう……」
「お師匠様? ですから何をそんなに悔しがられて……」
「ちきしょう……! ちきしょう……!!」
まるでどこかの『ぶるぁ!』と吠える人造人間がマジギレした野菜人と地球人のハーフであるショタに覚醒されてボッコボコにされた時を思わせる怒りを孕んだ区やし声を唸る様に何度も何度も呟く姿に、アクアやカズマ達が首を捻ってると……。
「ちきしょぉぉぉぉう!!!! おんにゃのこをお誘いしてみたけど何時も通りに断られたぁぁぁっ!!!!!」
その理由をテーブルに突っ伏したのと同時に叫んだ。
どうやらナンパに行って大失敗したらしい。
「クソが! 変に顔が割れてて、ポジティブな印象持たれてたからそれを利用しただけなのに、何時もと変わりゃしねぇ! クソォォォッ!!」
「イッセーさん……」
「何だ、何時もの事じゃない」
「言ってやるなよ……」
心底絶望した様に咆哮するイッセーに心配して損したと呆れるアクア達。
この男は、戦闘力は破壊的だが、異性に対するストライクゾーンが広い様で狭い……というか我が儘なせいで圧倒的にモテない。
アクセル常住の人間の女性全てに当たっては砕けてる程度に。
「ちきしょう、何が駄目なんだ……受付のお姉さんにも拒否られたしよぉ……」
機嫌が悪いと勘違いされたのか、勧誘しようとしていた他の冒険者が離れていく中、悔し涙まで流し始めてるイッセーがグチグチと愚痴を垂れ流す。
「断られる理由とか聞いてるだろ?」
「一応聞いては居るけど、それが納得できねぇっつーか、否定してるのに信じて貰えない」
気づけば凹んでるイッセーを取り囲んで愚痴を聞くカズマ達にイッセーが言う。
「誰の事か知らんけど、何故か俺は複数の女の子取っ替え引っ替えに侍らせてるイメージがあるんだってよ。
何の事だか全然わかんねーよ」
「……。あー」
「複数の女の子……」
「ですか……」
俺そんな事してねーのに……と、災害とまで揶揄されていた破壊男がボロボロと泣きながら話す『拒否の理由』にカズマは察した様にチラッとその誤解される原因となる三人に視線を移す。
最近の殆どが文字通りの意味でイッセーにおんぶに抱っこ化してるアクア。
了承もされてないのに師匠とひっついてるめぐみん。
こっそりイッセーと街に行っては楽しく遊ぶゆんゆん。
確かに最近のイッセーは『女の子を取っ替え引っ替えに侍らせてる』と思われても仕方ない位置に居る。
しかも最新ではこのクリスにおちょくられてはキレて街中に逃げるのを追い掛け回してるというのも加われば『取っ替え引っ替え』とも言えなくもないし、思われても仕方ないのかもしれない。本人がそんな意思が無いにせよだ。
「アンタが女の子を見る目が嫌らしいのよ。私はもう慣れちゃったけど、露骨というか」
「あ? 誰が何時お前みたいな雌にそんな目向けたよ? 悪いがな、俺は普通の人間のおんにゃのこしか――」
「あーはいはい! とにかくイッセーはちょっとがっつき過ぎなんだよ。
ダクネスだってそう思うだろ?」
人間の女の子以外の雌なんぞに興味の欠片もねぇ。
と、言い出しそうな所に無理矢理口を挟んだカズマが逸らそうと割りとイッセーからの好感度が普通に高いダクネスに振る。
イッセーと友達になれて心底嬉しそうにしてるゆんゆんを知ってるので、もし此処で聞いたら凹むどころか精神的に再起不能になりかねないという、自分以上に濃いメンツの中に揉まれて然り気無く精神的に成長したカズマなりの気遣いだった。
「毎日毎日街に繰り出ては同じ事を繰り返していればそう思われても仕方ないのかもしれんな」
「う、ダクネスに言われると凹むわぁ……」
見た目から何から全てがドストライクゾーンのダクネスからの一言に割りと本気で肩をがっくり落とすイッセー
悲しいかな、ダクネスはイッセーの鬼畜さにアレ的な思考は持つものの、そういった感情はゼロそのままだった。
つくづく自分の好みとは正反対の人種に寄られる男である。
「でもダクネスの言うとおり、これからは少し控えてみたら――」
「シャラップ、ぺてん師」
クリスに対してはやはり相変わらずの態度。
女神エリスの仮初めの姿とこの中で唯一知ってるからこその態度なのだが、それを知らないカズマ達にしてみれば人間である筈なのにクリスにだけは厳しいと不思議に思ってしまう。
「もう慣れたけどさ、何でイッセーってクリスにはそんな対応なんだ? 人間なのに」
「見た目が気に食わねぇ。その内まな板にコンプレックスでも抱いて胸にパッド詰めて盛って盗賊から詐欺師に転向しそうだし」
「わーお、改めて全否定されちゃったよ――――って、ちょっと待ってくださいイッセーさん、な、何でそれを知ってるんですか!?」
「何故急に敬語?」
ある種、秘密を共有してる同士なのにイッセーは心底クリス――いや、エリスが嫌いだった。
ナンパをしているとイッセーさんはフラフラ一人で何処かに行ってしまう事が多いのは知ってるけど、実際私はイッセーさんがナンパしてる所を見たことがない。
それは、私がイッセーさんに対してお友達同士が普段する様な事をして貰ってる時でも見たことがない。
「今日は何するよ? 良いぜ、何時もの様に行きたい所を言ってみな」
「えーっと……」
思うにイッセーさんは律儀だと思う。
純粋な人間種族以外は嫌悪を抱いてる……というのは流石に私だって見ていて解るのに、紅魔族である私にそれを一切向けないし、何処かに行きたいと言えば嫌な顔もしないで付き合ってくれる。
だから少しだけ今日は我が儘を言ってみようと、勇気を出してみる。
「あ、あの……イッセーさんに決めて欲しい、です」
「え、俺?」
「はい、い、いえその……嫌なら良いんですけど、その、イッセーさんに連れてって貰いたいなって……」
所謂リードされたいという意味でイッセーさんにお願いしてみる。
もしこれで下手こいてしまい、イッセーさんが怒って帰ってしまうと思うと怖いけど……。
「良いけど、俺に付いてきてもつまんねーと思うぞ?」
イッセーさんは応じてくれた。
その瞬間、私の胸の中はよくわからない満ち足りた気持ちになってしまい、思わず頬が弛んでしまう。
ありがとうカズマさん、邪魔しようとするめぐみんを抑えるばかりか、この提案までしてくれて……。
「んじゃ行くか、街の外だけど大丈夫だよな?」
「はい、今日はイッセーさんに付いていきます……!」
わくわく? いや、それとは少し違い……暖かい気持ちに心地よさを感じながら、私はイッセーさんの隣を歩く…。
『ほう、この小娘の頼みは聞くんだな。まあ、あの女神に対してもほぼほぼそうだが』
(よくわからんけど、この子ちょっと変わってるんだよ。何故か断ったら変な罪悪感が……)
紅魔族のゆんゆんという少女と偶然的に知り合ってからというものの、これまで一度もエリス的な態度をしてなかったりするイッセーは、ドライグに半ば茶化されるものの、それに対して不機嫌になる事もなく、横を心底嬉しそうに微笑みながら歩く少女に視線を向けながら、何故か突っぱねられないと返す。
「本当につまんねーぞ? それこそ適当に街の外出てフラフラしてるだけっていう無計画な感じだし」
「全然良いです。イッセーさんとなら何でも楽しいですから」
「あ……そう」
『驚く程に懐いたな……』
(普段の俺を見てどうとも思わないのは只の天然なのか?)
毒気すら引っこ抜かれる笑顔をするゆんゆんに、イッセーはむず痒い気持ちになりながら、感心するドライグとゆんゆんについての評価を下す。
引っ込み思案、基本ネガティブ、友達居なさすぎて自分みたいな奴でも喜ぶ変な子。
それがイッセーがゆんゆんに対する印象だった。
(まあ、カズマやアクアも居るし、あのガキ―――もう良いや、めぐみんとも知り合いだったみてーだから、これから親睦でも深めたらその内俺が頭のおかしな奴と敬遠するだろうから、それまでは付き合ってやるさ)
『どうかな、世界が違うからというのもあるが、まずこの世界の住人共はどうにも抜けてる所がある。
この前例のよくわからん雑魚に対してオーバーキルを噛ました時だって、誰も恐怖は抱かなかっただろう?』
(……)
外へと続く門を目指して、様々な人種が往来する街中を、ある程度顔が割れてるともあって振り返られる事も多々ありつつ歩き、自然とゆんゆんを見ながらドライグと会話するイッセーは、その一言に少し黙り込んでしまう。
化け物が! 気持ち悪いんだよ!
ひっ!? 来ないで!
死ね! 貴様の様な化け物は人ではない!!
キミなんか存在すら許されないんだよ、だから排除する。
俺の踏み台になった分際でゴキブリみたいにしぶといなぁ? 本気で死ねよお前。
誰もお前に味方なんて居ない。人も神も悪魔も……誰もがお前を嫌悪してる…そうさ、お前はこの世界に必要ない。
生前の世界にて向けられた様々な負の感情と言葉。
その言葉を子守唄に生きてきたからこそ、イッセーは人外が嫌いだった。
『人間を襲う輩から守っても、その人間から恐怖され続けたお前にしてみれば新鮮だろう?』
(……。否定はしないさ)
『だがそれでもお前は人間が好きだと言った時は頭がおかしいと思ったものだ。守ってやった人間達からすら嫌悪されていたというのに……』
(…………)
だけどそれでもイッセーは人間が好きだった。
どんなに恐怖されても、どんなに嫌われても、どんなに化け物と罵られても。
それでもイッセーは進化しても変わらない自分という人間であるが為に、快楽や利用する人外達から人間を密かに守りつつ、復讐を果たした。
『皮肉なもんだな、転生者を嫌悪していた俺たちがその転生者になってしまうなんて。
だからあのカズマの小僧を気遣うのか?』
(そんなじゃない。カズマは俺と違って普通だったのに今この世界で自分なりに頑張ってる。
アクアから本来貰う特典とやらも貰えずにな……あのゴミ野郎とは違う)
『それは確かにだな』
自分の欲だけで、時には他人の恋人や女房すらとも寝た様な転生者とカズマを比べるのは失礼だと言うイッセーにドライグも同意する。
そしてカズマという別の転生者を見たからこそ、転生者にも十人十色あるという事を知ったイッセーは以前ほど転生者に対しての嫌悪感は薄れていた。
まあ、イッセーがかつて殺した転生者みたいな輩ならもれなくぶち殺し確定なのは全然変わってないのだが。
「イッセーさん?」
「ん?」
「あの、何かありました? さっきからずっと黙ってるので……やっぱり私となんて嫌でした?」
「あぁ、違う違う……ちょっと考え事してただけ。
そんなネガティブになるなよ、ほら行こう」
カズマという同期。アクアという女神らしさゼロの女神。自分の力を見ても逆にはしゃぐめぐみん。友達になりたがるゆんゆん。変な騎士ダクネス。
殺伐通り越して普通なら自殺ものである生前世界を生きて来たイッセーのこの出会いは、果たしてイッセーをこれからどんな道へ――どんな進化をもたらすのか。
『だがあのエリスという女神には辛口なのは変わらんのか?』
(わかんね、先入観ありすぎてどうもな……)
それはまだ今の『自分』に気付けていないイッセーにすらわからない。
「さてと、取り敢えず飛ぶか」
「え、飛ぶってまさかマンティコアとグリフォンの捕獲クエストをした時みたいな……」
「違う違う、普通にゆっくり飛ぶだけだけど……あ、そうか、ゆんゆんは飛べないんだっけ?」
「え、えぇまぁ……」
さて話は戻り、街の外へ出たイッセーが飛ぶと言い出した時、ゆんゆんは実に不安そうな眼差しを送る。
というのも、出会って最初に早速行った捕獲クエストの時みたいな飛ばれ方をされると、ちょっと怖いのだ。
だがイッセーはそんなゆんゆんの心配に対して、戦闘じゃないし普通にゆっくり飛ぶだけだと言うと、飛べないゆんゆんに確認する意味で聞く。
「おんぶされることに抵抗は?」
「え、いや……ありません、けど」
おんぶという言葉にゆんゆんは即座に理解する。
要するに普段のアクアにしている感じで自分をおんぶして飛ぼうというのだ。
しかしおんぶとなると、それはアクアの二番煎じじゃないか? と、自分でも良くわからないアクアに対する対抗心が芽生えたゆんゆんは、『なら背中に乗りな』と背を向けようとしたイッセーに、かなりの勇気を振り絞って言った。
「あ、あの、おんぶじゃなくて他の抱え方って出来たりしませんか……?」
「んぁ?」
背を向けかけたイッセーが、帽子を被ってなかったりする、俯き加減のゆんゆんに振り返る。
「他のって何?」
「えっと、ほ、ほらグリフォンとマンティコアのクエストの時みたいな……!」
良くわからないけど嘗て無い程に緊張し、心臓バクバクで例のクエストの時の事を引き合いに出すゆんゆんにイッセーは『あの時?』と一瞬思い出す様に思案する。
「ええっと確か~…………そうだそうだ、こんな感じだっけ?」
「ふあ!?」
そして思い出しでもしたのか、ポンと手を叩いたイッセーは緊張して俯いていたゆんゆんをひょいと横抱き……つまりお姫様的な抱え方をした。
「あ……あぅ……」
「そういや時間惜しんでこんな事したなぁ。考えてみたらこれ、まだ見ぬ恋人さんにする予定だったのに」
「こ、恋人……あ、あのごめんなさい。私なんかが……」
「あー良いさ良いさ。アクアに比べたらキミのお願いは楽なもんだし、へっ、そもそも本当に恋人さんが出来るのかも自信無いし……」
後半、若干凹み気味に言ったその言葉にゆんゆんの胸の中にズキリとした痛みが走る。
だけどその正体はわからないし、考えれば考える程寂しい気持ちになるので、ゆんゆんは無理矢理考えるのを止め、クエストの時とは違って本当にゆっくりと静かに飛翔し始めるイッセーの腕の中へと身を委ねた。
「飛ぶって言ってもドライグ無しじゃ大気を足場にして走ってるみたいなもんなんだけどね」
「あ……すごい、こんなに高く……」
衝撃も空気の抵抗も感じず、本当に飛んでいるのかと暫くイッセーの『傷』がチラリと見える胸元を見ていたゆんゆんは、首を傾けた時に飛び込んできた光景に壮大な気持ちを受けた。
「街も山も湖もこんなに小さく……」
未体験というのもあり、少しだけ空に居る怖さもあったけど、それよりも飛び込む景色にゆんゆんは感激してしまう。
「その内飽きるぜこれ? まあでもキミが楽しいならそれで良いけどね」
「あ、ありがとうござ――」
ヘラヘラ笑うイッセーの声に反応し、抱えられた体勢で見上げる様にイッセーの顔を見たゆんゆんの声がピタリと止まる。
「んあ、どうしたん?」
「ぁ……い、いえ……な、なんでも……ありません……」
不思議に思って聞くイッセーから思わず目を逸らしたゆんゆん。
(そ、そっか……今私、イッセーさんと密着してたんだ。こ、こんな近くにイッセーさんが……)
「? まあ、なんでも無いなら良いけど……お、行商の馬車じゃんアレ」
トクン……トクン……と心臓が規則的ながらも大きく鼓動し、全身が熱くなる。
人外嫌いと知った後、友達にはなれないと絶望した自分に何も言わずに街を一緒に歩くのに付き合ってくれ、今はこうして抱き抱えられながら空を飛んでる。
よーく考えたらこのシチュエーションって普通に友達という距離感を越えちゃってる………と、今更ながらに気付いたゆんゆんは緊張とは別に恥ずかしくなってイッセーが直視できなくなってしまったのだ。
「しっかしこうして見ると前時代的というか―――あの、大丈夫? もしかして高所恐怖症だった?」
「だ、だ、だだ、大丈夫です。な、何でもないですから……!」
「? あ、そう……変な子だなキミも」
「へ、変ですか? 私……めぐみんみたいに?」
「あれは只のアホだろ。俺の事を師匠とか言うなんてアホ以外の何物でも無いしな。
が、俺も最近自分がわからなくなってるから、おあいこかもしれねぇ。前ならキミとも関わろうとはしなかったのにさ」
変な子呼ばわりされた若干ショックを受けつつめぐみんを引き合いに出すゆんゆんに、めぐみんはアホの子と返しながら自分もおかしくなってると話すイッセー
「俺の態度でわかると思うけど、俺は人間という種族以外が本気で大嫌いだった。
まあ、その理由も向こうから嫌われてたってのもあるけど」
「そ、そんなの、私はイッセーさんの事嫌いじゃ――」
「そう、それ。キミといい、あのめぐみんというアホといい……初見で俺を嫌わなかったのは初めてだったんだよね。普通なら俺を見た瞬間人間なのに人間にそぐわない力を持ってると嫌悪して殺しに掛かるっつーのに、キミもあのガキもそれをしなかった」
「………」
「なぁ、何で俺に嫌悪感を抱かないんだ? 気持ち悪くないのか? 魔法やスキルとは違う力を持ってる俺に拒否反応は起こらないのか? 俺はわからないんだよ……」
じっと、真っ直ぐ……無垢な子供が大人に質問する様な顔となって問くイッセーに、ゆんゆんは気付く。
他人からの好意を心の底で信じられないという、イッセーが受けたその人生の一部を。
「わ、私にもわかりません……。イッセーさんがどうして人間の方以外を嫌ってたのも今分かったどんくささですから」
「ま、そりゃそう――」
「でも! でも……! 私は、人間とは違う種族の私なのに友達みたいに接してくれたイッセーさんが嫌いになんてなれません! こ、これまでも……これからも!」
「……!」
『…………。ほう?』
恥ずかしさも忘れ、ぶつかるように放ったゆんゆんの言葉にイッセーは思わず目を見開き言葉を失う。
「それは、違うだろ……。
俺はもしかしたらキミに仕方なく付き合ってただけかもしれないんだぞ? いや、実際そうだ……何か妙に断り辛かったから――」
「そ、それでも良いです……! 私はそれでも嬉しいんです……!」
「なっ……! か、変わってるぞキミもやっぱり」
「今、自覚しました」
風に撫でられながら空に立つイッセーに抱えられながらゆんゆんは、自分でもよく分からない感情赴くままに放たれた言葉はイッセーを生前に捨てた筈の感情の一つを揺り動す。
それが何かはまだわからない。
けど……。
「ホントにキミ相手だと調子が狂うぜ……けど、くく、げげげ……何だこの新しい気分は。
思わず叫びたいぜ―――新しいィィィィ!!!! ってな」
「ご、ごめんなさい、偉そうに言って。
う、うぅ……顔が熱い……」
「いや良いさ。
そっか、友達かー……俺も今まで親友と言えるのはドライグだけだったからな。
そっかそっか、それでも友達になりたいってか……はははは! 変な子だよやっぱり!」
「わ、笑わないでくださいよ。段々恥ずかしくなってるんですからぁ……」
イッセーは今、久々に『新しさ』を感じていた。
「そろそろ降りよう。んでだ、礼に何か好きなもん買ってやるよ」
「え、わ、私別にそんなつもりで言ったんじゃ――」
「わーってるわーってる! 何か知らんけど礼ってのがしたいんだよキミに。
只の自己満足だから気にするな。ほら何が良いんだ? アイテムか? 武器か?」
生前で失った、新たな進化の可能性が小さく芽生えたかは別にしても。
そして――
「何ですかゆんゆんそのネックレスは?」
「えーっと、イッセーさんにプレゼントして貰った」
「……………はぁ!? ど、どどどどういう事ですかお師匠様!? 何でゆんゆんに!?」
「気分が乗ったからだよ。何か文句あんのか? 良いだろ別に俺の金で買ったんだから」
「そ、それが嫌なんですー! な、納得できないんですよー!!」
「知るかよ、俺が誰に何かしようがお前に何の関係があるんだよ?」
「そ、それはそうですけど……うー……何時もながらゆんゆんだけアクアさん並みにずるい……」
「何かあったのかゆんゆんと?」
「まーな、あの子が変だって気付いただけさ」
「の、割りには少し憑き物が落ちてスッキリした顔だけど……まさかアンタ、女にモテないのを拗らせてあの子にスケベな事を――」
「するかバカ。お前は俺を何だと思ってんだ……」
行きと帰りでびっくり変化を遂げたイッセーに騒ぐのはデフォルトだった。
「あぁ、ちなみにそのネックレスって魔力を多少溜められるみたいだから、それ応用してドライグの力を譲渡してある。
空になったら補充しなきゃならんけど、紅魔族のゆんゆんならガキ――あ、いや、めぐみんと同じく親和性の高さで使いこなせるだろう」
「え!? そ、そんな大盤振る舞いまで………って、お、お師匠様? い、今私のことガキじゃなくて名前で――」
「あん? 嫌なのか? なら戻すが――」
「あ、あは……な、名前で呼んでくれた……あはあはははは」
「…………変な奴」
「いやイッセー? お前マジで何があった? に、偽物じゃねーよな?」
ただ、露骨に変わってるので偽者と疑われたりした。
というか――
「おい偽乳」
「ぎ、偽乳って……。何か?」
「…………………。お前とサシで話したい。今晩ちょっと付き合え」
「はいはい、どーせアタシは―――――――――――はぇ!?」
「ちょ、お前どうした!? もしかしてドッペルゲンガーか!?」
「頭でも打ったの!? おかしいわよアンタ!」
偽者を疑われても多分仕方ないのかもしれない。
しかし断っとくが人外嫌いは変わってないし、単にゆんゆんの話でほんの少しだけ此方から歩み寄って見ようという実験的な意味があったというだけの話だった。
「それとガキ……あ、悪いめぐみん。お前とも明日サシで話したいから時間を空けて欲しい」
「ふぇ?」
「おーい! ポーションはどこだ!? 万能薬はどこだぁ!!」
「そ、それってもしかしてゆんゆんみたいに……とか?」
「どっちでも良いが、お前的には魔法の特訓に付き合う方が良いんじゃないのか?」
「そ、それは是非もう! や、やったぁ!!!」
だがもしイッセーが近しい人外にアクアの様に多少の心を許したとするなら……アクアが量産される懸念はあるのかもしれない。
元々イッセーは本来『認めた相手に献身的になる』という欠陥なのかよく分からない特性が浮上してるので。
終わり
補足
なんてこった、イッセーがロリコンになっちまう……! なんて事はわかりませんが、少なくとも『仲間』となった人外に対して軟化するフラグ手前まで引き抜いた彼女はマジで凄い筈。
やっぱりタイミングって重要よね。
その2
が、それでも人外嫌いは別に変わってない。
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アクアンキラー
よくドライグとは眠った後の精神世界で話をする。
赤い龍ってなだけあってまんまドラゴンなんだけど、思うによく俺のちっぽけな身体にこんなデカいのが入ったなぁとは思う。神器として封印されちゃったとはいえな。
「自分の感情をコントロールするって、こんなに大変だったんだな……例の雌女神と『まとも』に喋る度に頭の中が沸騰しそうになるのを何度静めたもんか」
『怒りを糧にしてきたからな。最初はそんなもんだろ。で、どうなんだ?』
「どうも何も無かったろ。やっぱりムカつくし首の骨でもへし折ってやりたいのは変わらない。
けど、ドライグの言う通り、俺達は所詮外様の存在だ。昔みたいに赴くままに怒りをぶちまける訳にはいかない――――ってのは何となくわかったぜ」
『ほう、癇癪坊主が随分と大人になったもんだ。俺は嬉しいぞ相棒?』
「茶化すなって。俺だって何時までもガキで要られないくらいは分かってるつもりだよ。
例のエリスって女神が――いや、すべての女神が俺を殺しに来ない限り、俺は俺なりに『我慢』して『理解』をしようと努力してみるよ。
ドライグの言うとおり、俺等の知る役立たず共とは違うみたいだしな」
ドライグにだけは俺は隠し事ができない。そしてする気もない。
俺がちっぽけだった子供の時からずっと見ていてくれた唯一の存在であり、俺が本当に信頼する人間じゃない生物。
有り体に言えばアレか……保護者みたいなもんだなドライグは。
だから俺は神とやらの封印をとっくの昔に今は失ったもう一つのスキルで否定してやった。
けれどドライグは今も俺と一緒に居てくれる……それが嬉しくて、安心して……俺は俺で在り続けられる。
「なードライグ、神器としての封印は否定して逃げさせたってのに、なんで今も俺の我儘に付き合ってくれるんだ? その気になれば俺の中から出て自由になれるってのによ」
『今更過ぎる質問だな一誠よ? 前にも言っただろ俺がお前から離れんのは、お前のこの先を見てみたいだけだ。
何だ、まさか俺を追い出したいのか?』
「おいおい、変な聞き方したのは謝るけど、そんな意地悪な事聞くなよな……。
追い出したいなんて欠片も思ってないさ――ていうか、もしお前が俺から抜けてどっか行っちゃったら、地の果てまで追いかけてやるぜ?」
『俺にそんな台詞吐いて気持ち悪くないのかよ……』
「そりゃあそうだが……もしもドライグが雌のドラゴンだったら多分俺は割りとマジで口説いて―――――うへぇ、ごめん、ドライグが頭にリボン乗っけてる姿想像したら気持ち悪くなってきたわ。萌えボイスが全然想像できないおっさん声のまんまだし」
『俺も今自分で想像したら震えが止まらんぞ……』
ドライグは人間じゃない。けど俺はドライグが好きだ。
考えみたら俺……人外は嫌いって喚いてる割りにはずっと昔からドライグと一緒だったんだよな。
これぞまさに矛盾してるって奴だよな……はは。
『最終的にどの道に進むかの判断はお前が決めろ。
その選択が間違いだろうが、そうで無かろうが、俺はお前の味方である事を誓おう。
まあ、酷い場合は口を挟むがな』
「ったくよ、逆に俺が女だったらお前に抱かれたいくらいだぜ。……ありがとうドライグ」
『フン、寒気のする台詞はやめろ』
毛色の違う人外を知ってみる……か。クズ共の掃除をした時以上に難解だなぁ。
サシで話したいと言い、何だか心配になる俺達に『大丈夫、流石に殴る真似はしない』とヘラヘラ笑ってまずはクリスと共に外へと出ていったイッセー。
異常なまでに嫌ってたので、俺はどっちかというとクリスが心配になっちゃったりもしたんだけど、どちらも無傷で帰ってきたのでホッとしたもんだ。
「何を話したんだよクリスと?」
「あーいや……。
いがみ合いするのもちょっと飽きたから、こう……普通にやり取りするのに努めてみましょい……的な。
いやまあ気にくわないのは変わらないんだけどな?」
「嘘だろ……あんだけ殺意向けてたイッセーが……」
早速次の日朝食の席にて話を伺ってみた所、何とマジで殺す気で追いかけ回してさえいたイッセーが、物凄い譲歩した様な事を言ったもんだから、俺達はただただ驚いた。
「それ本当かよクリス?」
「えーっと……うん」
信じられずに思わず朝食に集まってきたクリスにも聞いてみると、彼女は少し曖昧気味に頷く。
いや、うん……昨日ゆんゆんとどっか行ってからのこの怒濤の展開に俺はもうビックリしかしねぇ。
「ふーん、あんだけ人外嫌いだったのがどういった風の吹き回しかしら?」
「いや……俺は所詮この地じゃ外様だろ? なのに自分が生きてきた世界で物を計ってたのを少しだけ変えてみようかなーって。ほら、郷に入りては郷に従えって奴だ」
「お馬鹿なアンタにそんな言葉が使えたなんて驚きねぇ?」
「っせーな、言っとくが俺は別に人外嫌いは変わって無いんだぞこの野郎……おいこれ食うか?」
「でしょーね。……あーん」
「………」
俺達にしてみれば驚愕だけど、考えてみたらこの駄目に駄目が二乗した女神にしてみればそんな変わらないのかもしれない。
何せこう言う前からすでにイッセーに甘やかされてたし。
「ミルク飲ませて~」
「両手くらい使えや。俺は親鳥かってんだ……ったくもう、ほら溢すなよ?」
「ごくごく」
「相変わらず気持ち悪いくらいアクアさんには甘いね……未だにわかんないけどなんで?」
「イッセーに宿ってるドラゴン……つまりドライグ曰く『孤独拗らせた影響で、他人に頼られる経験が無く、ああいう駄目女だろうと『頼られてる』ってのが無意識に嬉しいらしい。だからあぁなるんだと」
「ふーん……。(じゃあ先輩はうってつけだったんですか。なんという偶然……)」
そういった意味ではアクアはある意味快挙に近い事をしたのかもしれないとは思えるけど、イッセーにおんぶに抱っこ(物理)なのはちょっと引くわ……俺もアクアの事は言えんけど。
最近ふと思う。
『アレ? 女神の業務より楽じゃね?』と。
「お前さ、何で俺に散々言われてるのに師匠って言うの?」
「だってお師匠様は人間とは違う種族が嫌いでしょう? ならそこは仕方ないと割りきって、その上でお師匠様とお呼びしたいんです」
「ゆんゆんといい、お前も相当変わってるな」
「えー? お師匠様も結構変わってますけどねー?」
修羅世界の中でも人格破綻者の烙印をも押されてもっとも危険視されていた男を転生させてからの私は女神としての力をもう一人転生させた引きニート男のせいでほぼ消てえしまい、惨めな生活を送らされる羽目になっちゃったと当初は恨んだりもしたけど……。
「ですのでお師匠様! 是非とも私とペアになって爆裂魔法道を極めつつ進化させましょう!」
「それは嫌だわ」
「んが!」
人格破綻者と呼ばれていた方の転生者であるイッセーが、思いの外どころかかなり使える男だった。
それはもう、女神時代ですら無かった程に楽は出来るわ、痒いところに手は届くは……。
「大体ペアになる意味がわからねぇ。なってどうなるんだ? 形式上じゃ同じパーティなのに」
「それは勿論、ペアとなることでより連携を深めつつ故郷にご招待して父と母にお師匠様だと紹介して……」
「は?」
「イッセーさん、ペアは止めた方が良いです。多分引きずり込まれます」
「失礼ですねゆんゆんは。どーせ同じ事考えてる癖に」
「………」
「何でお前の故郷に行かなきゃならねーんだし」
役に立つという言い方はアレかもしれないけど、イッセーは確かに有能なのかもしれないと少なくとも私は思う。
馬小屋生活から脱却させてくれるし、お金に困らないくらいには稼いでくるし、戦闘力は多分この世界に於て完全なオーバーキルなレベルだし。
スケベな性格さえ無ければこれ程に使える奴は他に居ない。
「うーん、人間じゃない生物を理解するのはムズいな」
「別に難しい事言ってなくね?」
これでもし失ったマイナスを持ってたら最早天然のチートで、今頃とっくに私は女神として復帰して――――
「どうしたのアクアさん?」
「へ? あ、いや……何時までイッセーは私を歩かせるつもりなのかしらと……」
「クエストなんだし目的地まで徒歩なのは仕方ないだろうに……甘えすぎじゃないか?」
「でも今まではずっとイッセーに足になって貰ってたわよ? てか当然じゃない?」
「それはいくら何でも引くよアクアさん……」
……。仮に今私は女神として復活したら、どうなるのだろう? 戻って死人を転生させるか天国に行かせるかの仕事に戻る? ………………あれ、何か違うって思ってるの私は? え、何で? あれだけ女神に戻りたいって今でも思ってるのに……。
「なーにをシケたツラしてんだよ? あぁ、元々シケたツラだったな」
何よ、何なのよ。戻りたいに決まってるじゃない。
戻りさえすれば、有能だけど一々嘗めた事言ってくるコイツとも、引きニートともおさらばして、上位世界から見下せるんだから戻りたいと思うに決まってるじゃない。
「……。何よ、話は終わったの?」
なのに何なのよ、この複雑な気分は? イッセーのせいなの?
「一応話は纏まったという意味では終わったけど……
え、何コイツ? 何でこんなフキゲンなの?」
「もう歩きたくないらしい」
「ほら、何時もはイッセー君がおんぶしてたから……」
「そんな距離も無いのに歩きたくないって……どこまで堕落してんだよ……この駄女神は」
あぁ、そうよ、コイツだわコイツのせいだわ。
女神である私は敬わないし、バカだし、スケベだし、すぐナンパしようとするし、少しでも有能と思った自分がバカだったわ。
「チッ、何だまたか……? ったくしょうがねーな、ほれ、乗れよ?」
「お、おいおい、その流れで普通おんぶするかよ? 何時も言ってるけどコイツの為にならないぜ?」
「だってしょうがないじゃん。コイツ臍曲げるとひたすら怠いし。
てかもう駄目なのは元からだし、こりゃ更正なんて無理だ無理」
ほら、こうやって女神様たる私の額を指で小突きながら嘗めた事言うし。
「アンタに私の何が分かるのよ……!」
「ただの怠け者」
私を恐れもせずヘラヘラと笑って見せるし。
「で? 乗るのか乗らないのかハッキリしろよ。別に俺はどっちでも良いけど」
「…………。乗る」
「乗るんかい、少しは遠慮してみろよ」
「うっさいわね、アンタは黙って私の足になれることを光栄に思えば良いのよ! ほら早く!」
「へーへー、減らず口ばっかりだなお前は」
私を小バカにする様に笑いながらしゃがんんだその背に身体を預けながら、私は戻った暁にはもっとコキ使ってやろうと心に決めた。
「はぁ……楽だわぁ。後で足のマッサージでもしなさいよね」
「はぁ?」
「良いじゃない。この私の生足に触れられるんだから、寧ろ光栄に思いなさい」
「笑わせるな、豚足の間違いだろ」
「お前ホントいい加減にしないとイッセーだって切れるぞ!?」
「切れる? キレてみれば? 私は全然怖いと思わないから」
「こ、この駄女神が……!
イッセー! いっそ一回ガツンってやっちまえ!!」
「何だよカズマ? 今更そんな怒る事なくね? あ、もしかしてカズマもおんぶして欲しいのか? 別に良いぞ?」
「いや違うし! あーもう、聞こえてるだろドライグ もっとこの二人駄目になっちまってんぞ!?」
『うーむ……俺もまさかここまでになるとは思わなかった』
生きる為に破壊をしてきた野獣に人である事を教えて感謝させるのも悪くないしね。
この日カズマご一行はとあるクエストの為に、とある湖へとやって来た。
その道中、急に不機嫌になったアクアがめぐみんと割りと普通の会話を終わらせる事で例の堕落モードになり、それを我慢ならんとキレたカズマとで騒いだ道中もあったが、今日のクエストと要は浄化の魔法が使えるアークプリーストたるアクアだった。
「湖の浄化ってどれくらい掛かるんだ?」
「えっと、半日くらい?」
「長げーよ」
「うっさいわね! じゃあこのメンツで私よりも早く浄化出きるっての!? やれるもんならやってみなさいよ!」
湖の水質改善とそこに住み着いたモンスターの討伐というクエストの要はアクアなのだが、思いの外掛かる浄化の作業時間にカズマが文句を言うと、アクアはイッセーにおんぶされた状態のままぷりぷりと怒る。
だが確かにこの規模の湖を浄化させられる魔法を使えるのはアクアだけだし、残りは完全に殲滅型やらドM防御型やら、器用貧乏型やら盗賊型やら、破壊型なのでサポート回復型のアクアにしかできない作業だった。
「アクアさんが浄化をする間に住み着いたモンスターが襲ってくる可能性がありますので、その時は私の爆裂魔法の出番です」
「そんなの使ったら湖がぶっ飛ぶだろうが……」
「あ、それなら私の雷魔法で……」
「下手したらアクアが感電死するな」
浄化の時間は掛かるものの何とかなるという流れになった訳だが、意外な事に問題は住み着いたモンスターをどう仕留めるかだった。
というのもカズマご一行のオフェンスチームは、はっきり言ってしまうと火力が半端ないのだ。
「え~? では私の出番は無いんですか? つまんないです」
「アクアさんの周囲を警戒すれば良いと思う」
「いや、簡単な方法があるぞ、素潜りで仕留めりゃ良い」
となると大規模な攻撃は駄目となり、爆裂魔法をぶっぱなしたかっためぐみんは残念がる訳だが、そこに来て一番火力がおかしいイッセーが軽い調子でそう言い出しながら上着を脱ぎ始める。
「水中でも何時も通り動ける鍛練はガキの頃には既にやってたからな。自慢じゃないがトビウオより素早いぜ俺は」
水質が悪くなった湖というのに、平然と飛び込むつもりで居るイッセーにカズマ以外の女性人の顔が驚きに固まる。
「アンタ、服の下そうなってたの?」
「は?」
「いえその……この前チラッとは見えたんですけど、そんなに沢山傷跡があったなんて……」
「んー? あぁ、このしょうも無い傷の事か? バカみたいにだせーだろ?」
「いえ、ダサいとは思いませんけど……うわー……」
身体中に刻まれる無数の傷跡を初めて見た女性陣は、何故イッセーがアレほどの力を持っていたのかを何となく理解した。
アクアとクリスですら、これ程の傷跡があることを今知ったくらいだった。
「んじゃ取り敢えず全滅させてくるから、浄化の方は頼んだぜアクア?」
「……ええ」
刃物で切られた、抉り取られた様な、貫かれた様な……もうとにかく傷だらけだけど彫刻の様に鍛え込まれた身体を晒しながらイッセーは湖へと飛び込む。
「あの傷ってもしかして、全部人じゃない種族にやられたのかな……」
「だからお師匠様は嫌いだと?」
「うん……だってそう考えると一番納得できるし」
「まるで戦争からの帰還兵みたいだったな……。
けど、一体どんな攻撃だったのだろうか……痛いのか?
それとも苦しいのかな? ハァハァ……!」
「お前のその考えに俺はある意味感心すら覚えるわ。てか空気読めやこのドM」
「……………浄化を開始するわ」
潜ったまま浮上する気配が無い湖を眺めながら、残された面々は一気にお通夜状態になってしまったのは云うまでも無かった。
『ぎゃおおお!?!?』
「シャオラァ!! 鞄にされてーかこのワニ公共が!!!」
本人は全然普通なのだが。
それから約3分足らずで文字通り湖の水質を変化させた原因である住み着いたモンスターを完全に殲滅したイッセーは、陸に打ち上げといたワニっぽいモンスターの山を前に焚き火で身体と着用していた衣服を乾かしながら、何と殲滅させたモンスターを焼いて食ってた。
「あ、これ普通に美味いわ」
「多少の油っこさが有るけど、確かに美味いな」
イッセーに影響でもされたのか、現代っ子だったカズマもすっかりサバイバルな生活に慣れたらしく、生体もよくわからないワニっぽい生物を普通に焼いて食いながら、湖のほとりで地味に浄化作業をしてるアクアを見ている。
「ブルートゥースアリゲーターだっけこれ?」
「違う違う、ブルータスアリゲーターだろ」
「どっちも違うからね? ブルータルアリゲーダーだよ」
「そうそうそれそれ、そのワニ公の皮って売れるのか? ほら、ブランドバッグとかに加工してよ?」
「うーん……微妙な所かも」
イッセーの傷については敢えて触れず、アクアを残して勝手に盛り上がる面々。
サシで話した夜以降、それなりにクリスとも『まとも』な会話をしてるせいで、一人地味に浄化作業をしてるアクアは疎外感が半端ない。
「思ったんだけど、カズマもゆんゆんみたいに魔力の類いが溜まられるアクセサリーを持ったらどうよ? そうしたらドライグの力を譲渡できるし」
「え、良いの?」
「おう、そうすればある程度修行の効率も上がるし」
「えーっ!? お師匠様私には!?」
「お前に与えると調子こきそうだから駄目だ」
「そんなぁ……。
ゆんゆんが良くて私が駄目なんて納得できないですよぉ……」
「そらこの子の方が真面目だから当たり前だろ」
「……………ふふん」
「い、今私の事を鼻で笑いましたよねゆんゆん?」
「さぁ? 私には何の事だか…………フッ」
「今また笑った! 絶対笑った!!」
「それと、それなりに身体が出来てきたカズマに教えてみたい技的なもんがあるんだけど、覚えてみるか?」
「え? 俺に……?」
「………」
わいわいと楽しげにワニの死骸の山を肴に盛り上がる面々……とは裏腹に地味に浄化作業中のアクア。
「まず全身の力を抜く、そして脱力の極致に達した瞬間、全身の筋肉をフル稼働させる…………と!!!」
「うわ!?」
「っ!?」
途中空気が破裂するような音でビクッとしてしまうアクアだけど、振り向いて見ても誰も此方に意識を向けておらずイッセーが少し離れた所で巨木を粉々にしてた。
多分何かやったのだろうとは思ったが、浄化中故に会話に加われない。
「名を黒神ファントム。むかーし、一度きり会った変な女に教えられた技術のひとつなんだけど、これをカズマに教えようと思う。…………覚える気はあるか?」
「お、俺にできるのか……? そんな凄そうなの……」
「途中で投げ出さなければいける。ガキの頃の俺でも出来たんだ、カズマにだって可能さ」
「お、お師匠様の引き出しの多さにはただただビックリです……」
「凄い……」
「ここまで来ると笑っちゃうよ」
「是非覚えるべきだカズマ! 修行相手は私に任せろ! というか私を木偶人形として扱ってくれ!」
「……………………」
アクアはもう我慢限界だった。
「ちょっとぉぉぉぉっ!! 私今物凄く頑張ってるんですけどぉぉぉ!!! 何でアンタ等だけで楽しくやってるのよぉぉぉっ!!!」
怠けるのは好きだが、誰かが怠けてる横で仕事をするのが嫌いなアクアが怒号をあげる。
それでも浄化魔法を継続してる辺りは妙なプロ意識を感じる。
「何なのよさっきから勝手に盛り上がって! 仕事しろ仕事を!」
うがー! と吠えるアクアが特にカズマとイッセーに対して怒鳴り散らす。
だがイッセーもカズマも平然としている。
「仕事も何もこのワニ公の山を見ろよ? ちゃんとしたじゃん」
「う……じゃあ暇ならこう、サポートするとかあるでしょう!?」
「何しろってんだよ? 三三七拍子でもやれってか」
「それくらい考えなさい! だからアンタは引きニート
なのよ!!」
「引きニートはオメーのせいでとっくに卒業しとるわ!!」
未だに自分の現状を棚にあげてカズマを引きニート呼ばわりするアクアにむきになって言い返すカズマ。
しかし確かにアクアの浄化が終わるまで遊んで感は否めなかった。
何せモンスター処理はイッセーがすぐやっちゃったせいで。
「てかオメーはイッセーに寄生してんだから半日程度働くくらいで文句言うな!」
「はぁ!? アンタに言われたくなんですけど!?」
「俺は俺でやれるだけやってますぅ! イッセーにちょっとだけど生活費渡してますぅ!!」
「え、そうなんですか?」
「おう、貰ってるよ。俺はカズマだし自分の小遣いにしろって言ってるんだけどな。
てか、そこら辺はダクネスが知ってるだろ?」
「うむ、よく私とクエストしてる」
「いつの間にそんな事してたんだ……へー?」
「ほーらな!」
「偉そうに……! きぃぃっ!!」
勝ち誇った顔をアクアに向けるカズマにめちゃんこ悔しがりつつもプロ根性で浄化を続ける。
知らん間にチマチマとクエストをやって小金を稼いでイッセーに渡してたなんて知らなかったとはいえ、よりにもよってカズマに見下されるのは嫌でしょうがなかった。
だがそれを知らされて納得できる程大人じゃなかったアクアはとにかく自分を差し置いて遊んでるのが許せず、とにかく文句をポンポコと吐きまくってた時だった。
「きゃあ!?」
女神の癖にバチでも当たったのか、子供みたいな癇癪を起こしていたアクアが足を滑らせ、まだ浄化の済んでない緑掛かった色の湖へと転落してしまったのだ。
「わぷっわぷっ!?」
「何やってんだよあの駄女神は」
「コントみたいな落ち方してやんの……ばっかでー」
バチャバチャと湖に落ちてもがくアクアをケタケタと笑う男の子コンビ。
しかしその内文句を言いながら上がってくるのだろうと思ってたのに、さっきからガボガボと何かを訴えながら徐々に沈んで行くアクアの姿に違和感を覚える。
「アクアって何か水が得意って言ってなかった? てか、ルーツだろ?」
「その筈なんだけど……あるぇ?」
「ちょ、ちょっと二人とも、ほ、本当に溺れてない?」
「いや、溺れてるだろ」
「カナヅチじゃない感じといいますか……」
「もしかして足をつった……とか?」
やがてブクブクと完全に沈み、全く浮上して来ないのを眺めていたゆんゆんの小さい声に、カズマ達は一瞬無言になり――
「おいおい、水を司る云々言ってたのに溺死とか笑えないギャグに昇華させるなし……ったくもう!」
風の如くスピードでイッセーが飛び出すと、先程モンスターを始末する際に湖に入った時の『仕込み』も忘れ、沈んだアクアを助けるために飛び込むのだった。
「もう嫌ぁ……アオコだらけでヌメヌメになるし」
「はぁ……」
不慮の事故で落ちた所を引き上げて救出したイッセーは、アクアと揃ってアオコだらけでヌメヌメになってしまっていた。
「さっきブルータルアリゲーダーを討伐した時に服が不自然な程に濡れてなかったのは、デュラハンで見せたあの力を使ってたからなんだね」
「あぁ……だがそれも無意味だったがな」
「ひっく……ひっく……早くお家に帰りたぁい!」
それでもメソメソと泣くアクアを引っ張り、やりたくなった力の譲渡でブーストさせるという裏技で湖の浄化自体は予定の3分の1で済んだが、アオコっぽいものは取れたけど同じくヌメヌメと臭いが取れずにすっかり気分が落ちていた。
「ぐすん……」
一応ブーストさせたアクアの浄化魔法で帰り道には既に元には戻っていたが、それでもアクア的にメンタルが砕けたのか、イッセーにおんぶされた状態でまだメソメソしてた。
「普段まともに歩かないからこうなるんだろ……」
「くすん……」
足をつった理由も容易に想像出来た為、同情はしつつも何気に厳しい一言を貰うアクアに言い返す気力は無さそうだ。
「大丈夫かー?」
「全然大丈夫じゃない」
「だろうな、水が得意のお前が足つって溺れたんだから、精神的ショックは結構デカい。
なるほどね、そこんところは俺と変わらないらしいねお前は」
「………くすん」
そんなアクアをイッセーは人外嫌いが嘘の様に、妙に優しく子供にするかの如くあやしている。
出会って僅か一週間足らずで人外嫌いそのまんまの中、理由不明な程に例外的扱いをされてるというからなのか、軽く下手くそに歌まで歌い始めたイッセーにカズマ達は微妙に気恥ずかしい気分になる。
「泣かないでアクア~♪ お前は傲慢くらいが調度良いし、見た目だけなはまぁまぁだかるぁ~♪」
「ぐすん……な、何よその歌?」
「今即興で作ったアクアの歌。
どーよ、中々だろ?」
「……下手くそ」
「自立心を覚えさせるために苦労してあの駄女神引っ張り出したのに、完全に失敗しちまった……」
「どうしても裏目に出るよね……まるで何かしらの加護でもされてるみたいに」
「お師匠様ってアクアに何かする時が一番楽しそうな――うっ!? な、何ですかこの胸の痛みは……!? も、もしや私の中に隠されてる闇の力が増幅を……!?」
「や、やめてよめぐみん、私も段々……うぅ……」
「うーむ、鬼畜さが足りん」
アクアの図々しさと、イッセーの妙な献身さが上手く噛み合い過ぎて気持ち悪い事になってる姿を見て、カズマは軽く頭痛がするとばかりに額を押さえ、未だに解決の兆し無しな駄女神と、ある意味駄目男を仲間達と生ぬるく見るのだった。
湖浄化クエスト(裏テーマ・アクアの堕落改善作戦)
成功したけど……失敗。
だがこの時は知らなかった。
街に戻った時に偶々出くわしたとある少年が無謀にも……。
「女神様! キミ、女神様に何をしたんだ!?」
「は? 何って……おんぶ?」
「そんな事は聞いてない! 何故女神様をおんぶなんてしてるのかと聞いてるんだ!!」
「むにゃむにゃ……」
うっかり間違って地雷でも踏みそうな男子君がよりにもよって割りと普通に困惑してるイッセーにいきなし絡みだしたせいで、カズマ達は別の意味でハラハラする事となったとか。
多分次回に続く。
街に戻るや否や、いきなし見覚えのない明るい茶髪の男に絡まれたカズマ一行……というよりアクアをおんぶしてるイッセー。
どうやら話を聞いてみると、彼はアクアによってこの世界に転生した転生者らしいのだが……。
「何でって言われても、コイツがやれって言うから……」
「コイツとは何だ! 女神様に向かって!!」
よくはわかないが、どうやらアクアの信者らしい。
イッセーの立ち位置に文句を付けてくる美少女連れの転生者に取り敢えずイッセーは怒りもせずにかわそうとする。
「おいアクア、お前に転生させて貰った奴が何か言ってるんだけど」
「むにゃむにゃ……ふぇ?」
途中で面倒になり、取り敢えずいつの間にか下手くそと罵ってたイッセーの即興アクア応援ソングですやすや眠ってた所を起こして事情を説明させようとしたのだが……。
「誰よあんた?」
「へ?」
アクアはどうやら覚えてなかったらしい。
「え、おんぶの理由? そんなのイッセーにおぶって貰った方が楽チンだからだけど? それがなにか?」
「あ、い、いえ……」
そしてアクアに言われて何も言えなくなった転生者は……。
「一対一の勝負だ!」
「……………………」
連れの美少女二人に応援されながら、何とよりもよってカズマじゃなくてイッセーに勝負を挑んだのだ。
「もし俺が勝ったら女神様は貰う!」
「ば、ばか野郎! どういう相手なのかも見切れないのか! 親切心で言うけどやめとけ!!」
「レベルすら上げられないすっぴんでパーティーに寄生してるような男に俺は負けない!!」
「バカなのかアイツ!? てかバカだろ!」
「て、彼は言ってるけど、どうする? このままお前が彼の所に加われば解決しそうだけど」
「はぁ? 嫌に決まってるでしょうが。アンタをコキ使えるこの環境から抜ける意味がわからないし」
「でもあの様子じゃ楽させてくれそうだがな……」
「う……、そ、それでもよ! 良くわからないけど嫌なの! 良いから手加減気味にパパッと片付けなさい! そして足のマッサージをしろ!!」
「お前ってホント……くく、おかしいよな? 人間じゃないのに最初からずっとお前に何言われても腹が全然立たねぇや。
オーケーオーケー……ならパパッとやるさ」
ヒヒッと嫌な笑みを浮かべたイッセーにカズマ達があちゃーと片手で顔を覆うしぐさをする。
そう……終わったなと。
終わり
補足
ドライグがめちゃ大好きなイッセー君。
若干キモいレベルになってるけど、仲良しなので問題なし。
その2
エリスさんに対して、びっくりレベルにまともに対応しようと頑張ってみる事にしたイッセーくん。
まあ、人外嫌いなのは別に変わっちゃいないので微妙ですけど。
その3
だというのに、ほぼ初期からイッセーに色々とめちゃくちゃな事を言っては、普通に応じてもらえるアクアさん。
女神らしからぬ性格故に波長が面白い程に合っちゃったらしい……と、ドライグの見解。
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自分の状況が状況なのであんまり強気になれない赤龍帝
もっと前にアクアさんみたいな神様と出会ってたら、イッセーも違っていたのかもしれない。
チート転生者ってのは良く聞く話だけど、思うにイッセーの場合は果たしてチート転生者の位置付けになるのだろうか?
転生数日でしれっと裏ボスをぶっ倒す。
手からオーバーキルなビーム出す。
魔王軍の幹部を魔力に似た力で作った巨人で粉微塵にする。
更に言えばその力を他人に譲渡して一時的にブーストもさせられる。
等々、聞くだけならもろにチート転生者なのだけど、何故か俺は嫌悪感はない。
それは多分、アクアの話によって知った神に匙を投げられた世界の出身で自分自身で開化させた結果チートに見える力と知ってるからなんだろう。
でなければ生き残る事すら出来ない世界では生きられなかったのと、そのチート転生者に人生をめちゃくちゃにされたという経験をしていると聞いたからってのもあるのかもしれない。
あと、性癖っつーか女の好みが我が儘に加えてその好みのタイプからは圧倒的にモテないのも大きいのかもしれない。
何せナンパしては玉砕してる様な奴だし。
つまり何が言いたいのかというと――
「女神様!? 女神様じゃありませんか!!」
イッセーの中にある地雷は踏んじゃダメ・ゼッタイ。
だからマジで頼む、めぐみんの再来にならないでくれ……。
街に戻るや否や、いきなし見覚えのない明るい茶髪の男に絡まれ出したカズマ御一行――というよりは、湖浄化クエストの帰り道ずっとアクアをおんぶしていたイッセー。
全然見覚えも会った事もない高そうな鎧に身を包む男にイッセーも軽くびっくりしたのだが、それも一瞬の事だった。
「ちょっとごめん、いきなり何なんだよって言いたいけど、その前に声のトーンを下げてくれるか?
臍曲げた連れがやっと落ち着いて寝てるんだ」
「すぴー……すぴー……」
「っ!? そ、そうなのか、す、すまない」
タイミングの問題だったのか、めぐみんの時とは違って比較的穏やかに話すイッセーに、男は反射的に頭を下げると、横からカズマが訝しげな顔で口を開く。
「アンタ誰だ? 今アクアを女神様って言ったが……」
女神を自称してるから多少なりともそう認識されてるとはいえ、ほとんど信じて貰えてないアクアの事をハッキリ女神様と宣った明るめの茶髪で顔立ち良しな男にカズマがイッセーの割りと普通な態度に内心ホッとしつつ問いかける。
てのも、めぐみんの時みたいに『ぶっ殺すぞガキャァ!!』と、ド三流のチンピラみたいに怒鳴り散らしてトラブルに発展すると思ってたからであり、現にその被害者第一号のめぐみんは微妙に解せないって顔をしてる。
「む、そういうキミこそ何者――――もしかして二人は転生者か?」
男の口にした言葉にカズマは『やっぱりな』と内心ごちる。
イッセーも既に確信はしていたが、その顔は相当に嫌そうな顔だった。
「うっわ、改めて転生者って立場と自覚するだけで、こんな凹む気分になるとはね」
転生者に復讐した自分が、その転生者そのものになってるというと改めて自覚させられ、そんな自分に軽い嫌悪感を抱いてしまったらしい。
「取り敢えず女神様に挨拶をしたいのだが……というかキミ、何で女神様を背負ってる?」
「何でって、コイツがやれって言うからだけど」
「コイツだと? 女神様に向かって何て傲慢な口の聞き方を……!」
転生者らしい男がイッセーのアクアに対してのコイツ呼ばわりに目くじらを立てながら更に絡み始めた。
イッセーを知ってる者からしたらハラハラしてしまうのだが、無知というのは素晴らしいものらしく、めんどくさそうにかわそうとするイッセーに食いつく転生者の男。
「キミだって女神様によって転生できたのだろう? だったら敬って然るべきだというか、そうやって気安く密着すべきでは無いと思うぞ?」
「………」
「ちょっとオイ、親切心で言うがそれ以上言うのはやめろって……」
「キミに話して無い、ちょっと黙っててくれ」
どう見ても気持ち良さそうにすやすやと呑気に寝てるアクアをおんぶしながら、見知らぬ男に説教されるイッセーが何を思ってるのか読めず、ハラハラしながらも割りと本気の親切心で忠告するカズマだが、転生者男は全然聞く耳を持ちやしない。
「おいアクア、ちょっと起きろ」
「うへへ……そうそう、背中流しなさいよイッセー……うぇへへへ」
「なんちゅー寝言を……」
いい加減鬱陶しくなってきたイッセーは、取り敢えずアクアを起こして対応させようと、おんぶから下ろしてペチペチと頬を叩いて起こす。
その行為に転生者の顔つきがまた変わるのだが、そこはもう無視し、夢でも見てるのかアホな寝言を言ってるアクアが間抜けな顔で目を覚ます。
「ふぇ……? にゃに? お風呂は?」
「風呂なんか入ってねーよ。それよりお前を知ってる男が居るんだが、何とかしてくれ」
「私を……誰よ?」
「お久しぶりです女神様、僕です御剣響夜です!」
ねむねむ……と目を擦ってるアクアに御剣響夜だったらしい名前の転生者男が張り切り気味に挨拶をするのだが……。
「? どなた?」
「はい?」
悲しい事にアクアは御剣を覚えてすら居なかったらしく、めっちゃ真顔で誰と返した。
それこそまるでコントみたいなタイミングだった為に思わずカズマ達は吹き出してしまう。
「そんな! 僕ですよ女神様! 御剣響夜ですよ、この魔剣グラムを女神様より頂いた……!」
「あー……そういや居たわねそんな奴。今まで数多くを転生させたのと、イッセーのインパクトが大きすぎて忘れてたわ」
「イッセー……? というとこの二人のどっちかの事ですか?」
完全に忘れられてた事に軽いショックを受けつつも、アクアにとって一番印象に残ってるらしいイッセーという名前の転生者が二人の男のどっちかだと踏んだ御剣がカズマと――
「そこのお嬢さん二人、俺の名前は兵藤一誠ってんだが、実に可愛いらしくて俺のハートはどっきゅんこしちゃったよ! ねぇねぇ、二人の事もっと知りたい、だから軽くお食事でも――」
御剣に引っ付いていた美少女二人にいつの間にかナンパしてたイッセーを見て……絶句してしまった。
「お、おい! 人の仲間に何をする気だ!?」
さっきまでのローテンションが嘘の様にハイテンションになってるイッセーに御剣が突っかかる。だがイッセーは無視して美少女二人のナンパをやめない。
「ちょ、ごめん後にして! ………あ、俺の事はイッセーって呼んでほちぃな? いや呼んでくれ! それだけでテンションが上がるから――」
と、御剣をガン無視して取り巻きの美少女をナンパするイッセーだが、何故失敗するのかが実によく分かるナンパのやり方であり、それを見ていたカズマ達でも特にめぐみんとゆんゆんと、それから何故かアクアが不満気味な顔をしてるのにも気付かない。
そして――
「キモい! 寄るな!」
「キョウヤじゃない男が近付くな!!」
御剣大好き美少女二人にあっさり拒否されてしまったのもお約束だった。てか罵倒までされた。
「…………………き、キモい……。
ふっ、でっすよねー? あ、あははは、ごめんよ? あはははははは」
美少女に罵倒されて一発でへし折れたイッセーは、睨み付ける美少女に涙声で謝ると、最初は仲間に唾つけようとする奴と怒った御剣すらも若干同情するレベルで凹むと、そのまま少し離れた所で体育座りをし始める。
「お、お師匠様大丈夫ですか?」
「フッ……わかってるよ、何度も玉砕してるんだから自覚してらぁ……どーせ俺はキモいさ……ふへへへへ」
「そんな、キモいなんて思いませんよ私は……!」
「変な所のメンタルが弱いねイッセー君は……」
今まではやんわり拒否られてたのでダメージは少なかったが、今回ばかりはガチガチの拒否を受けたせいか、珍しくイッセーが凹んだ時のアクアみたいな事になってしまい、そんなイッセーに意外な気持ちと共に変な気分を感じながらよしよしとクリス、めぐみん、ゆんゆんがメンタル回復ケアをしている。
それがまた驚く事に、然り気無く頭を撫でてみてもイッセーはその手を叩き落とそうとはしなかった。
「キモいって言うのはひどいだろいくら何でも……お前の仲間」
「い、いやまぁ確かにそうかもしれないけど、いきなりあんな真似を女性にする彼の態度もいけないだろ」
「否定はできないわね、全くバカねぇイッセーは」
良くはわからないが、拒否られたイッセーを見て微妙にホッとするアクアが、体育座りしながら丸まってる姿を軽く笑う。
結局彼が体育座りを止めるまで暫く停戦となったのは云うまでも無い。
「しかしキミはどうやら女性好きらしいな。キミが勝手に凹んでる間に街での噂を聞いたのだが、女性を取っ替え引っ替えに侍らせてるとか」
「…………………」
メンタルが多少回復したイッセーに対し、取り巻きの美少女を背中で守りつつ話す御剣にイッセーは否定するのも疲れたのか無言だった。
「それに女神様に湖の浄化をさせておいて自分達は見てただけなのも許せない。キミ達の職はなんだ?」
「冒険者だが……」
「すっぴん」
「最弱の冒険者に冒険者以前のすっぴん。
なるほど、しかし仲間はアークプリーストにクルセイダー、アークウィザード二人にシーフか。
中々パーティメンバーには恵まれているのに君達は最弱職となれば、寄生してるとしか思えないな」
「「………」」
やがでカズマにまで飛び火し、軽くディスられてしまうのに対し、何かもう色々とめんどくさくて言い返す気力もわかなった。
「おいお前、先程から私の仲間に随分な言い方だな。他所から来たのかは知らんが、よく知りもせず勝手な事を言うのはやめてもらおうか?」
「む……」
だがそんな二人を庇うように、何時もの様子が成りを潜めていたダクネスが御剣を睨む。
だが御剣にしてみればどうにもこの男二人の立ち位置が立ち位置だけにそれが信用できない様子。
「わかった、なら少し手合わせ願おうか。さっき仲間に唾付けようとしたそこのキミの実力を確かめさせて貰おう」
「は?」
「!?」
だからこそ御剣は、そこまで言うならと手合わせを申し出て来たわけだが、よりにもよって指定した相手がイッセーという奈落の落とし穴。
「お前、それはやめろ、てかどういう相手なのかも見切れないのかよ?」
「見切ってるつもりだし、心配しなくても手加減はするさ。が、もし僕が勝ったら女神様を貰うが……」
「は? 何で私が……」
「だってそこの男は僕の仲間をナンパするようなスケベ男なんですよ? 女神様の身が危ないじゃないですか! 大丈夫です、僕は必ずや勝利して女神様をお守りします!」
スケベは否定できないが、人外嫌い故にアクアに対してそんな感情ゼロという事を知らない御剣が軽く自分に酔うようにアクアに跪く。
その後ろで取り巻きの美少女二人が不満そうにしてのにも気づいてない。
「という訳だスケベ君。僕と戦って貰おうか」
「……………………………。果てしなく俺にメリットが無いんだけど……おい、どうするアクア?
この彼はどうやらお前が欲しくてしょうがねーんだと。加わってやったら?」
「嫌よ、アンタをコキ使えるこの現状から抜ける意味がわからないわ」
久々に真正面から喧嘩を売られたイッセーがめんどうそうにアクアの意思を耳打ちで聞くと、本人は嫌だと言い切った。
それどころか身の危険を感じるとばかりに自分の身を庇っていた。
「早く帰ってお風呂入ってマッサージしてもらってご飯食べたい。だからとっとと終わらせなさい」
「お前ってホント……くく、不思議だな、何でか知らねーがお前に嘗めた事言われても全然腹が立たないや」
「少しは私に対する信仰心でも芽生えたんじゃないの?」
「それとは違うが……ま、良いや仰せの通りに」
減らず口が減らないアクアにクスクスと笑ったイッセーは、既に魔剣を構えて戦闘体勢に入っていた御剣と向かい合い、自然体のままその場に立つ。
「ふわぁ………あ。良いよ、好きなタイミングで来な」
「バカにしてるのか?」
最弱以下のすっぴんのやる気の無さに少しムッとする御剣。
そんな彼に対してイッセーは……。
「家畜を殺して食うのに、嘗めるもヘッタクレも無いだろ」
「……!」
嘗める嘗めない以前に相手にもしてないと、家畜を食う人間の気持ちを例えに言い放ったその瞬間、カッとなった御剣が転生により強くなった力を全力で振るうために、目にも止まらぬ速さに見える速度で棒立ちしてるイッセーに肉薄し、大きく跳躍した。
「テヤァァァッ!!!」
タイミング、速度、何から何までドンピシャでイッセーは反応すらしてない様子で勝ちを確信した御剣は、つい手加減するのを忘れて魔剣を全力で振り下ろした。
だが――
「………え?」
「ふわぁ……」
振り下ろされた剣からボキッと折れる音と共に振り下ろした剣が急激に軽くなった。
一瞬の出来事に目を見開く御剣は着地し、切り裂いた筈のイッセー……そして自分の持っていた剣とを交互に見ながらショックを受ける。
まず、イッセーを切り裂いた筈なのに本人は変わらず怠そうに欠伸をしていた。
まさか避けたのか? と一瞬勘ぐった御剣だったが、そうじゃなく、ちゃんと当たってはいたのだ。
だが当たったというだけであり、更に言えばイッセーは無傷だし、御剣の持っていた魔剣は――
「あーあ、折れちゃった?」
「う、嘘……だろ……?」
中程が見事に折れ、御剣の目の前へと軽い金属音と共に転がっていた。
「ぼ、僕の魔剣がぁぁっ!?!?」
当然発狂する御剣と、心配して寄り添う取り巻きの美少女二人。
そんな二人を無言で見下ろすイッセーの視線に、やっと気付いた恐怖に怯えた顔で後ずさる。
「な、なにをした!? 女神様から頂いた特典能力か!?」
「カズマも俺もそこのアクアを道連れにしたせいで、んなもん貰っちゃいない。
これは俺がこの世界に来る前から鍛えて手にした――――って言っても信じられないか? キミの世界には悪魔も堕天使も天使も、妖怪も、神も、神器を宿した人間も居なさそうだしな」
「な、なにを……!」
御剣を血祭りに上げずに済みそうでよかったとホッとしてるカズマと自分に与えられたもんは何も無いと教えるイッセーは、剣を折られて取り乱す御剣に向かって続ける。
「心配しなくても俺はキミに何にもしない。まあ、この世界に来る前なら殺っちまってたかもしれんが、皮肉な事に俺も転生者になっちまった。
自分の事を棚に上げて転生者はクソだなんて言える訳も無いだろ?」
「う……」
ニコニコと、違和感しか感じない笑顔に恐怖を更に加速させる御剣と、そんな男をさっきまで罵倒してしまったと顔を青くする美少女二人は後悔した。
「でも今俺は何故か知らないけど、妙にムカムカしてる。
で、何故かと考えた結果、キミはさっきあのアクアを『自分が勝ったら寄越せ』とか何とか言ったよな?」
「い、言った……」
「よなぁ? まあ、確かに人間じゃない生物に人権があるとは思えないが、今までアクアとカズマに始まり、ダクネスやらクリスやらめぐみんやらゆんゆんやらとそれなりに楽しーくやって来たんだわ。
その結果――」
ニコ~っとしていたイッセーがここで冷血的な真顔になる。
「アクアを物呼ばわりされたら、意味わかんねーくらいムカついた」
そして怯える三人に例の赤い髑髏の上半身……未完成型の赤修羅を見せると。
「だからさぁ……この意味不明なムカつきを何とかしてくれよ……頼むぜ? なぁ?」
「「「ひぎゃぁぁぁっ!?!?」」」
御剣達の断末魔が街全体を響かせたのであった。
「アルティメット・阿修羅・バスター!!!!」
そう、赤修羅を器用に自分の脇腹に腕だけ展開させて完成させたマッスル技で。
結論から述べるとイッセーはマッスル技を一回使って撃破した後、御剣を見逃した。
別に恨みも無かったし、剣をへし折られてメンタルも折れちゃってたので追撃するのもちょっと可哀想かもしれないと思ったのも大きいし、二度と会うことも無いと思ってたからだ。
「あへぇ……気持ちいぃ~」
「俺は何時からマッサージ屋になっちまったんだろうか……」
「とは言いつつお師匠様は何時もアクアを甘やかしますよね……微妙に納得できません」
「わ、私もちょっとやって欲しい……かも」
金を叩いて買った家は既にかなりの人数となっており、今日もアクアが占領してる部屋にて、実に悦な顔でだらけてるアクアがうつぶせでベッドに横になってる所に、イッセーは本当に言われた通りマッサージをしてやっていた。
「そういえばカズマさんは何処に言ったんですかね? ダクネスも居ませんが……」
「あぁ、カズマなら湖の時に教えた黒神ファントムの特訓だとさ。
理論とかは教えたから後は実践で掴むしか無いんだ」
「あの高速移動技ですか……カズマさんが覚えたら凄そう……」
「あへぇ……ひへぇ……」
もう何かだらしなさ通り越した顔でご満悦なアクアの上に股がりながら、背中やら腰まで律儀にマッサージしてるその体勢はどうなんだ? という突っ込みをしたくてたまらないめぐみんとゆんゆんは我慢しつつ、ダクネス相手に特訓しに行ったカズマについてを語り合うついでにクリスも居ないことに気付く。
「クリスも居ませんよね?」
「あ、そういえば。でもよく一人で何処か行っちゃうし……」
「あー……アレは多分野暮用でもあんだろ。ほっとけ」
エリスとして上司に色々と報告にでも行ってるんだろうよ……と内心ごちながら絶妙な力加減でマッサージを続けるイッセーは、そろそろ終わりにしようかとアへ顔にすらなり始めてたアクアに話しかける。
「おい、もう終わりで良いか?」
「やだー! もっとぉ……」
が、アクアはまだ足りないらしく、微妙に甘ったれたイントネーションで続行を促す。
すると流石にムッとなっためぐみんがアクアに文句を言う。
「お師匠様に甘えすぎですよアクア! 普通にずるいんですよ!」
元から知ってるとはいえ、最近ますます頼りっきりなアクアと、それに何やかんやで応じるイッセーの気色悪さすら覚える関係に不満爆発のめぐみん。
よく見ると声には出してないがゆんゆんもそんな表情だった。
「嫌よ~ だって楽なんだも~ん。うへへへ」
「ぐぬ! お、お師匠様もそろそろ断ってみたりすべきです!」
「断るっても、コイツすぐ臍曲げるしな。だったら応じてた方が楽っつーか……もう凝ってる箇所が全然無いんだけど」
怒るめぐみんに全然堪えずなアクアと、断る方がめんどくさいと返すイッセーにめぐみんは悔しそうにぐぬぬと唸ってる。
というか、うつ伏せのアクアの上に馬乗りになって股がってるという絵面が、見てるとイライラしてしまう。
「じゃあお尻もやってぇ~」
「尻だと? おい、お前仮にも雌だよな? 俺もお前に欲情なんざしないけど、流石にそれは駄目じゃねーのか?」
「べっつにー? スケベなのは知ってるから抵抗感なんてないもーん」
「本気で頭来るんですけど! いい加減にしてくださいよアクア!!」
「イッセーさんの言うとおり、それは流石に無いと思います」
御剣なる男とのやり取りで、アクアが物みたいな言い方をされた際にイッセーが、軽く頭に来たというのもそうだし、アクアに対して異様に甘すぎるのが我慢ならないめぐみんとゆんゆんがそれだけはとイッセーを説得する。
「逆にお師匠様をマッサージしてあげますよ! 普段お世話になってますし! ね、ゆんゆん!」
「え、えっと……は、はい」
「いや俺別に要らない――」
「じゃあもうアクアのマッサージはやめて私と何かしましょう! テーブルゲームとか!!」
「ちょっと待ちなさい! この後まだ色々として貰う事があるのよ!」
「あるって……なにをさせるつもりだよ?」
「絵本読んで貰ったりとか! お菓子を食べさせて貰うとか!」
「ガキかお前は……」
これでイッセー本人に自覚が殆ど無いというのだから、始末に終えない話である。
そして――
「脱力の極致ってなんだろ? こうか?」
「それはただ顔に出してるだけだろ。アレだ、私が四つん這いになって椅子になるから、背中に座って軽く瞑想すれば良いと思う――いや、すべきだな!!」
「脱力と関係ねーだろそれ! お前の願望だろうがこのドM騎士!」
「あぁん! その蔑んだ目が堪らないぞ!!」
ダクネス相手に黒神ファントム会得の修行を開始したカズマは、取り敢えず相手をしてくれるドM騎士に四苦八苦してたようだ。
終わり
補足
アクアさんが賞品扱いされて、軽くムカッとしたらしい。
これがまだ生前時代だったら屁にも思わなかった事を考えたら、これは成長してるのだろうか…………というよりは自分も同じで軽く自己嫌悪しちゃってるから強気になれてないと思われる。
その2
割りとマジなマッサージになってしまったのは、アクアさんが段々エスカレートして足だけじゃ嫌だーと言い出したのを例によって……
『ったく、しょうがねぇな……』
と言って応じちゃったからです。
その3
ダクネスさん相手に黒神ファントムの特訓を開始したカズマさん。
頑張れ、もしかしたらキレて暴れるイッセーを止められる男になれるかもしれんぞ!
少しだけ反応が欲しい乞食気分……
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現実と夢の狭間から這い寄るマイナス
タイトル通りというか、そろそろ匹敵レベルを出そうかなぁ……みたいな?
今存在する現実を否定し、己の描いた夢へと逃げ込むマイナス。
出る杭を地面に埋め込み、二度と出ないように釘をぶっ刺すという意味合いも込められたマイナスは、クズ共を始末するに大いに役に立った――いや、というか役に立てざるを得なかったというべきなのかもしれない。
じゃないと、半分を失った俺はとっくに死んでいたのだから……。
不思議な人間。
『彼女』が最初に抱いた印象はまさにそれであった。
「ぐぅ……な、何とか生き残れたが、一体何じゃここは?」
その日、彼女は日課となっていたある事をする為に、何時も通う墓地へとやって来た。
理由は現世をさ迷う成仏できない霊を昇天させるという金にもならない真似事なのだが、これは単に彼女の性格がそうするだけの謂わば善行みたいなものであり、所属している組織でも幹部位置にいるのに抜けてると言われてる原因でもあった。
「薄気味悪い所だなオイ……」
なので彼女は、墓地のど真ん中にぽっかりと空いた大穴から這い出て来たその人物を前につい思わず物影に隠れながら様子を眺めていた。
「失ってピンチになっちまったから、ヤケクソになってゴミ共を全部否定した後までは記憶にあるけど、一体全体俺は何でこんな墓地っぽい場所に?
まさか知らん間に殺されてくたばったのか? でもこんな俺にわざわざ墓なんざ立てる親切な輩は居ない筈だし……」
(……?)
耳をすませてみると、どうやらこの場所に居ること自体が解せないらしく、口調からして少々の粗暴さを感じる少年と思われる人間の男を観察していた訳だが、彼の周囲に成仏出来てない霊達がうようよ沸いてる事について教えてあげるべきなのか微妙に迷っていた。
「くそ、それもこれもあの襲撃で一回死んだのを否定した際にアイツとスキルの大半が消えちまったせいだ……ったくもう、微妙に薄気味悪いし」
というかそもそもあの彼は見えているのだろうか? さっきから魂が唸りながら旋回してるのだけど……と、若干迷っていると。
「っ!?
嘘だろ、ゴミ共の気配がまだある? いや、待て……寧ろ殺し尽くす前より増えてるのか!?」
暫く周囲を見渡しながらぶつぶつ言っていた少年が何かに気付いた様にハッとすると、やがて冷たい殺気を放ち始めた。
「おいおい冗談じゃないぜ。
力の殆どを原因不明のまま失った後、このままじゃ直接始末できないと全部を否定した筈なのに……マイナスは欠陥だけど決してポンコツじゃない俺がポカしたのか?」
それは『あってはならないミス』をしてしまった時に見る絶望にも似た……ある種『自分達』が好みそうな感情だった。
だが、彼女が感じたのはそれだけでは無かった。
「折角人が寝てる所を襲撃しくさったクズ共を粉々にしてやったのに、今度は訳のわからんワープと来たもんだ。
奴等の生き残りが仕掛けた罠なのか、それとも何かの現象か……まあ、それはこれから多くを感じるゴミの掃除をしながら考えるとするか――」
圧倒的な……人が持つにはあまりにもおぞましき
そして悟る――彼をこれ以上ここから覗いてたら間違いなく良からぬ事が起こると。
だから彼女はこっそりと、成仏させる時間をずらそうと墓地から帰ろうとしたのだが――
「―――――ねぇ? そこん所どう思うかな? 意見をお聞かせ願いたいなー?」
「っっ!?」
「やぁ、そこの変なおねーさん? 何処に行くのかな?」
墓地の真ん中に居た筈の少年の声が自分の背後から聞こえた瞬間、自分は下手こいたんだと悟ってしまった。
「あ、あの……」
「おねーさんどう見ても人間じゃないよね? 悪魔? いや違うな、悪魔に属した種族かな? あ、動かないでねおねーさん、動いたら思わず全身を串刺しにしたくなっちゃうからさー? 穏便に行こうぜお互いに」
「……!」
チクリと何か先端が尖ったもを背に突き付けられながら、少年は放つ殺意とは真逆の子供っぽいイントネーションで脅しをかける。
その脅しに、そしてどん臭いとはいえ自分の背後をあっさり取ったその身体能力に女性は抵抗するつもりは無いと声を出そうとするのだが……。
「わ私は今ここに来て、そしたらアナタが……」
「じゃあこの場所がどんな所だか知ってるんだね? あ、今さら下手くそな嘘は良いぜおねーさん、正直に頼む―――――――お前が仕掛けたのか?」
「……」
完全に何かを誤解してる様子の少年の声が怖いくらいに低くなる。
「ゴミ共がどうやって否定から逃れたのか実に興味あるな? お願いだから俺に教えてよおねーさん?」
「な、何の事を言ってるのか全然……そもそもアナタは一体……?」
「おおっと、そこに来て面白いジョークを言うとはおねーさん中々ユーモアじゃん? 俺これでも結構おねーさん側達には有名だぜ? 赤龍帝としてね」
クスクスと背後から微笑と共に言われた聞き覚えの無い単語に女性は頭に大量のハテナを生産する。
「赤龍……帝? えっと、何でしょうそれは?」
「……………は?」
全然聞いた事もない、通り名と思われるその名を知らないと返されたのが意外だったのか、ここに来て少年の声が年相応に困惑したものになる。
「え、ちょ……知らない? 嘘だろ? なら今俺は知らないおねーさんに偉そうに語ってたの? なにそれ、クソ恥ずかしいんですけど」
「な、何だかよくわかりませんけど、ごめんなさい?」
「………………………。少~しだけおねーさんに聞く事が出来たみたいだな」
自分の悪名を知らないと返されたのがそんなに意外だったのか、殺気を霧散させた少年は女性に対して此方を向けと言う。
それに対して下手に逃げたら危ないかもしれないと感じた女性は、言われた通りに振り返る。
「おーねさん人間じゃ無いみたいだ……………けど、なんちゅー特盛!!?」
「へ?」
「いや、何でも無い」
その際、自分より頭ひとつ分程背の高い少年に上から下までジロジロと見られ、特盛と訳のわからんことを言われてキョトンとしてしまう中、気を取り直しでもしたのか、少年は軽装の丸腰の姿で一言……。
「とりあえず駒王町はどこ?」
「? ? ?」
茶髪で少しあどけなさを残す容姿の少年は、これまた全然聞いた事もない地名と思われる場所を質問し、女性の方はただただ訳がわからないと困惑するのだったとか。
より混沌へと溶け込むマイナスを持つ不思議な少年に―――
最初に彼を街で見掛けた時、そして彼が同僚の体であるベルディアを粉々にした話を聞いた時、驚きつつもその事を聞いたりもした。
「それやったのどうせドライグと無神臓を持つ側の俺の半身だろ。
まったく、自分の事とはいえ、やることが一々派手だねぇ」
「は、半身? それって最近ギルドに現れたすっぴんの方の……」
「そうそれ。そいつは完全に俺の半身。
前に言ったと思うが、俺はマイナスと鍛えた身体と経験以外の力の大半を失ってる。
原因はそれまでわからなかったが、この世界とやらに半身の俺が存在してるおかげで全部の合点がいった。
表で派手に遊んでるのはドライグと無神臓を持つ俺自身だってね」
最初の邂逅から結構な時が流れたこの日、城が粉々になったという理由で街にやってきた同僚が、今目の前で街に出ていた自分の代わりに店番していた少年そっくりの少年に粉々にされたという事を受け、急いで戻って真偽を確かめてみた所、どうやらベルディアを粉々にしたのは少年が失ってた多くの力を持つもう一人の少年の仕業であって自分じゃ無いらしい。
「じゃあアナタじゃないのね?」
「まーね、そのベルディアっての俺会った時無いし」
「そ、そう……よ、良かった」
ガチャガチャと投棄されていた魔法具を修理してる茶髪の少年の言葉に魔法具店の女店主兼リッチー兼魔王軍幹部のウィズはホッと胸を撫で下ろす。
ついにこの人外嫌いが自分に黙って魔王軍を絶滅させようとしたのかと思ってたので。
「第一俺ってこの場所から殆ど出歩かないじゃない」
だが本人はやってないと主張してる……。
基本色々と曲者だが、彼は嘘だけは言わないとわかってたので、ウィズもそれを信じて釘と杭を投棄された魔導具に刺し、手をパンパンと二回叩く少年を見つめながら椅子に腰掛ける。
「よし、リサイクル完了。
ま、3000エリスってところだな、原価なんて無いし売れたら丸儲けだ」
王都なら軽く万単位だろう魔導具に破格すぎる値段を付ける少年。
「何と言いますか、毎日見ても全然飽きない凄い力ですね……。
現実を否定して思い描いた夢へと書き換える力でしたっけ?」
「万能に見えて負万能だから履き違えられても困るね。
あと、また敬語口調になってるよ」
「あ……」
「ったく、どうであれ一応はアンタの方が年上なんだから、そのむず痒い口調は止めてくれ」
「ご、ごめんなさい」
「だから謝る意味が………チッ、この世界の人間外生物はよくわからんね。調子が狂う狂う」
「あの、アナタが居た世界の私達みたいな人達は一体どんな事を?」
「まず人間様を食い物にする。それと見下す。あと前に話した転生者ってのに呆気なく堕ち、ソイツの粗◯ンぶちこまれて悦んでる単細胞」
「そちっ……!? あ、そ、そう……」
「まあ、他種族と平気で寝られる神経が俺にはわからないからどーでも良かったけどそこら辺は」
「………」
カチャカチャとまた別の魔導具を修理の作業をし始める少年を見ながらウィズは罰の悪そうな顔をする。
この少年と邂逅し、何やかんやというか……三度は殺されかけたというやり取りを経て、今じゃ奇跡的に自分の経営するお店の住み込みの店員として居る訳だが、どうもこの少年は今自分で言った様に人間ではない生物がめちゃくちゃに嫌いらしく、顔を隠して街に繰り出す度、獣人を見ると顔をしかめる程だった。露骨に。
「しかしでも驚いたよ。まさか殆どを持ってる方の俺が人間じゃない生物と楽しそうにしてたなんてよ……。
ったく、何があったんだか知らんが随分と甘くなってやんの」
「前に紅魔族のアークウィザードとよく街をフラフラしてるのを何度か見た時はアナタと思った……」
「あ、そうそうそれ。
力の大半が向こうにある分、俺以上に聞き分けが無い筈なのに、一体何が原因なのか……本当に不思議な世界だよここは。何せ俺も何やかんやアンタとこんな商売やってるし」
「………」
クスッと笑いながら再び釘と杭を刺して手を叩き、一瞬にして壊れた魔導具を再生させる少年の手腕を見ながらウィズは最近思った事をおずおずと聞いてみる。
「その……半身という事はつまり何時かは一人に戻るの?」
「半身の俺が俺に気付いたらね」
ウィズの質問に修理した魔導具の機能テストをしていた半身――つまりマイナス・イッセーの手が一瞬だけ止まりつつも軽く返す。
「俺も半身の俺も元々は兵藤一誠という一人の人間だったんだぜ?
ていうか、こんな形で分離する事自体ありえない想定外な現象だし、そりゃあ勿論一人の人間として戻るさ」
「じゃ、じゃあもし戻ったらアナタはどうなるの……?」
不安げに問い掛けるウィズに、あの時とは違って自分が背を向けた状態となってマイナス・イッセーはその質問にこう返す。
「さぁ? それは戻ってみないとわからないな。
まぁでも多分力の殆どを持つ向こう側の俺がベースとなり、俺はマイナスとしての切っ掛けとして消滅でもするんじゃないの? どう考えたって俺が出涸らしみたいなもんだし」
あっさりと、自分が無くなる事に何も疑問も恐怖も無いとばかりにマイナス・イッセーは平然と答えた。
「最近それと似たり寄ったりな事を聞くねアンタって。
なぁに? もしかして俺に消えて貰いたくないの? あぁ、商売下手のアンタにしちゃリサイクル品で利益だしてる俺を手離すのは惜しいよねそりゃあ?」
「そ、そういう訳じゃないけど……怖くないの? 自我が消える事に」
「べっつにー? どーせ俺は半身の俺以上に必要無い存在だし、そもそも
コントロールは出来るけど、所詮はそれだけだし」
一休みとお茶を飲みながらマイナス・イッセーは淡々と自分が消える事に対して語る。
半身側……つまりアブノーマルとドライグの力を持つ側のイッセーを基本ベースと捉え、回帰する事になんの不満も無いと言い切れるこの投げ捨ててる感は流石負完全化してるとも言える。
「寧ろ回帰する方が安心するっつーの?」
「そんな……」
が、それはこの世界で誰とも関わる事無く一人で半身の居場所を突き止めた時の場合であり、本人は全然気付くこと無いが、それに疑問というか違うというか、そうあって欲しくないと思ってしまってる者が一人だけ出て来てしまったのだ。
「あ、あの……こう、上手く力だけを明け渡すって事はできない?」
それがこのウィズであった。
粗暴、野蛮、あと人外嫌いで『幼馴染みの仮面付けた魔王軍幹部』をイラッとしたからという理由で串刺しにしたあげく、完全に殺し掛けたりもした程に嫌悪した場合の行動が過激で、割りとその幼馴染みにビビられてもするが、彼はマイナスの塊を自称するにはあまりにも――
「そんな事をする意味も無いっつーか、マイナスだけ返したら俺は正真正銘の出涸らしになってこうやってアンタの店の売り上げにも貢献できねーぞ? なんだ、ヒモになれってか? 人間の女の子に頼まれたら吝かじゃないけど、嫌だよそんなの」
献身的だった。
それは多分、失う事で捩曲がってしまう前の……本来持つ少年の優しさなのかもしれない。
最初こそ世界について知るだけ知った自分を用済みとばかりに始末してこようとしたのかもしれないけど、結局の所自分はこうして生きてるし、何より日を追う毎に少年は自分に対しての態度が軟化していった。
「空のスキルポーションの入れ物に対し、『空である現実を否定し、新品だった頃の状態へと書き換える』………よし、成功。くくく、原価0で売りさばけてウハウハだぜこんちくしょーめ……あひゃひゃひゃ!」
それこそ、利益赤字のこの店を黒字にして見せるくらいに。
「俺は確かに力の大半を持つ側の俺程に人外に対して悪感情は持ってないのかもしれない。
けど、それは単に向こうの俺が力の大半を――人外生物に完全な見限りを抱いた際に覚醒した
だから一人としての俺に戻り、この世界から消え、俺が居た世界へと帰り全てを終わらせる。それが俺の目的であり役割」
「う……」
「寧ろ何でアンタにどうしてそこまで引き留められるのかがわからないね俺は。
アンタとて、急に気が変わった俺に串刺しにされるかもしれないってハラハラする様な現状は嫌でしょうに?」
ベルディアを粉々にしてから割りと顔が割れてしまった半身の為に、表を出歩く時はわざわざどこぞのフレンチクルーラードーナツを思わせるグルグルのお面を付けるマイナス・イッセーはこの日、奇跡的にも同じ街を拠点にしていた半身の様子を確かめるため、こそこそと付いてきたウィズを横に、わいわいやってる自分の半身と、その脇を固める殆ど人外のパーティを見て微妙な気持ちになっていた。
「あのカズマっつー奴と、ダクネスっていう黒髪じゃない以外はドストライクな女の子以外の仲間が全員人外生物って、マジで俺の大半の癖にどうしちまったんだろうか?」
自分はあくまで
出涸らしと自称するマイナス・イッセー。
しかしその力は果たして本当に出涸らしなのかと問われると、この抜けてる世界においてはかなり凄いとも言えなくもない。
まあ、スキルだけはだけども。
「完成体の修羅龍が使えるとなると、やっぱ8割り向こうの俺の方が強いな。まいったね、軽く喧嘩売っても負けるぜこりゃ」
「あのベルディアを粉々にした巨人のこと?」
「そう。あれって基本的に攻防兼ね備えてる技だから、メテオクラスの魔法でも傷つけられるかどうか…………てか水色髪の女をめっちゃ甘やかしてるらしいけど、マジで俺かアレは?」
ベルディアを粉々にしてから割りと顔が割れてしまった半身の為に、表を出歩く時はわざわざどこぞのフレンチクルーラードーナツを思わせるグルグルのお面を付けるマイナス・イッセーはこの日、奇跡的にも同じ街を拠点にしていた半身の様子を確かめるため、こそこそと付いてきたウィズを横に、わいわいやってる自分の半身と、その脇を固める殆ど人外のパーティを見て微妙な気持ちになっていた。
「うーん、目視だけでも人じゃない方が多いなあのパーティー」
「…………」
アクアをおんぶしている半身の自分に違和感しか感じないマイナス・イッセーの物影に隠れながらの独り言に、ぴったりとひっつきながら隠れていたウィズは内心『アナタもそう変わらない様な……』と最近すっかりリッチー種族の自分と行動している事に抵抗感を見せなくなったマイナス・イッセーに対して思う。
「ちょっとウィズさんや、もうちょい脇に退いてくれないか? このフレンチクルーラみたいな面だと片眼しか見えないからこの位置だと微妙に見えない」
「あ、はい……こう?」
「違うから、何で退けって言ってるのに引っ付くんだよ? 逆だっての」
「はい」
「だから違うってば! 何でこっちに詰めるんだよ――あ、やべ……聞こえちゃう」
質が悪いことに、無神臓側のイッセー同様、マイナス・イッセーも変な所に自覚してない面があるらしく、最初の頃と比べても大分マイルドになっており、もっと言ってしまえばその変化も向こうのイッセーよりも遥かに速かった。
「ったくもう、アンタって何か抜けてるっつーか、まぁ良いや……俺も半身の俺もどうも多少なりともこの妙ちくりんな世界に影響されたっぽいっつーか――おおっと? 美少女連れの勇者っぽいイケメン君の剣へし折ってら」
「……。その場に立ってただけなのに、逆に相手の武器を破壊するって……」
端から見たら只の変質者の二人組にしか見えず、気付いた街の住人の何人かが、ギョッとしているにも気付かず、みっちり密着した体勢で向こうの側のイッセーがヘラヘラ笑って怯える少年少女に何かを話してる様子を覗き見をしながら、ウィズの疑問に答える。
「ありゃあ、破壊の
うーん、修羅龍の事もあるし、もしかしてマイナス以外は殆ど変わってないのかな? 考えてみたら向こうの俺って無神臓で無限に進化し続けるし」
「! そ、それならわざわざ一人に戻らなくても良いんじゃ……」
御剣少年に何かを言ってる無限進化イッセーに対してボソッと呟いたマイナス・イッセーにウィズはいきり立つ様にして言うが……。
「それを推すねアンタって。そんなにマイナスのスキル持ちの俺をコキ使いたいのかい? 大人しい顔して結構そこは魔物らしいのね」
「こ、心は人間のつもりですから……!」
が、相手にされずにマイナス・イッセーは冗談っぽく仮面越しにケタケタ笑う。
「お、修羅龍の腕を脇腹に……アレはアレかな?」
日に日にあちら側の彼との距離が狭まってきている事にウィズはかなり焦っており、わざと向こうの彼や彼のパーティの人達と鉢合わせしないように避けてきたのも、この隣の彼が元の一人へと戻るのを少しでも先伸ばしにしようと考えてたからであった。
「お! やっぱりアルティメット・阿修羅バスターだ。はは、こうして客観的に見ると派手だねぇ」
「あ、あれって自分のお尻が痛くなるような……」
「そこは気合いと謎理論で乗り越えるのさ……ふふ、俺も元の一人に戻ったらやっと完成したアロガント・スパークでもやりてぇもんだぜ」
だがこのように本人は戻るつもり満々。
奇妙な引き合わせにより、共に行動してから日に日にその態度が軟化していくマイナス・イッセーを……ハッキリ言ってしまえば向こうの彼の一部として組み込まれたくないと思ってるウィズは実にモヤモヤした気分になるのであったとか。
「へへ、早く俺を見つけてくれよ俺の半身? 元に戻って、さっさと元の世界に戻って完全に根絶やしにしようぜ? くっくっくっくっ!」
「………」
そして関係ないがこれを期にひとつ発覚した事が。
「あ、イケメン君と美少女が泣きながら逃げた。へぇ、見逃したなんて珍しいな俺にしては。あのタイミングだとバラバラにするんだけどな……」
「あちら側のアナタはかなり気性が荒いみたいだけど……」
「おいおい、それじゃあ俺は違うみたいな言い方じゃないか? 俺も向こうの俺も同じなんだぜ?」
どうやらイッセーという男は皮肉にも、人間より人外を引き付ける天然の何かがあるようだ。
それは本来なら悪魔から始まる彼の別の人生を思わせるものなのかもしれない……。
ヒョウドウ イッセー
通称・過負荷イッセー
生前世界に残された
備考・ほぼほぼ持ってるイッセーと違い、まだ人外に対しての嫌悪感は少なく、ドジ踏む商才の欠片無しのウィズ個人に、無神臓側のイッセー同様の理由で気づけば世話焼きしてる男。
実力・マイナスがヤバイだけで普段は、野良の子猫にすら負ける程度。
「さーて向こうも帰ったし俺も帰るかな。
あ、でもせっかくだし何か食べて帰る? この前旅の商人との商談で儲けたし、奢ってあげるよ」
「ええっと、じゃああの人達が居ないところでなら……」
「? あぁ、一応魔王軍の幹部だもんなアンタ。まぁ俺もいきなり姿晒すつもりも無いから、別の街にでも行くか」
最近負った怪我。
偶々降ってきた岩に下敷きになった。
バニルなる存在と結構マジでガチタイマンしてギリギリ勝った時に負った傷(否定して即復活)
試しに別の街で女の子ナンパしようとしたら背後からマジ気味の氷の魔法で氷付けにされた。
ドジって転んだウィズの頭が諸に顔面に入って鼻の骨が折れた。
ドジってひっくり返りそうなウィズを本能的に助けようと動いたらそのまま肘がボディにめり込んで肋が折れた。
ヤバそうな魔導具を再生して機能テストしたら爆発の魔導具で腕が吹っ飛んだ。
またドジったウィズがスッ転びそうになった所をまた本能的に助けようと動いたら、そのまま一緒に崖から堕ち、ウィズを庇いながら自分が下敷きになって全身の骨が粉々になった。
しかしその際特盛を顔面に貰ったので別に良いやで済ませつつ幻実逃否で即復活。
バニルなる存在からの評価……『アイツ怖い』
「よーっし、街に着いたらちょっくら人間のおんにゃのこナンパしよーっと!」
「……………どうせ失敗すると思う」
「……………………………。だよねぇ……もう300回は気味悪いって拒否られたしなぁ」
追伸……。
「何がダメなんだろ? アンタって一応女の人だしわかる?」
「え? それは多分、迫り過ぎ……?」
「迫り過ぎ? 前にアンタにシミュレーションした時、アンタ別に何にも言わなかったじゃん」
「だ、だってその時は別に悪いとは思わなかったから―――きゃ……!?」
「ちょ、危なっ―――ぐへぇ!?」
「うぅ……ご、ごめんなさ……い?」
「お、おごぉ……あ、アンタの膝が俺の未来の子孫を作る箇所に……!
死ぬほど痛くてこ、呼吸ができないし、てか、これ不能になりそう……あががが……!」
「あわわ! ごめんなさい! 今すぐ治療をするから見せて――」
「!? アホかアンタ!? こんな所でんな真似したら捕まるわい! あいででで!? ど、怒鳴ると響く……!」
「だ、だって私のせいで……ど、何処ぶつけちゃったの?」
「あ、アンタに無いもんだよ……ぐへぇ……」
またドジってひっくり返りそうになったウィズを、またしても自然と動いたら、男にしかわからない箇所に上手く膝が入って地獄を見る。
続く?
補足
単純戦闘能力はまず雑魚ですが、ハッキリ言ってそれが有り余るレベルとヤバさがある。
しかし、やっぱり半身だけあって根は似てるのか、何かもうアクアさん対応みたいな事を彼女にしてるらしい。
しかも商い下手な彼女をフォローしてるお陰で、割りと黒字らしい。
その2
マイナスだから運をステータス化するとマイナスにカンストしてるので、否定して傷は何とかなるものの、生傷が割りと絶えないらしい。
主にドジ踏んだ彼女のフォローで。
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生傷だらけの過負荷
ドライグと無神臓を失い、マイナスの側面がそのまま具現化している俺は、何というべきかその……運が頗る悪い。
か
運悪く岩は頭に落ちるし、運悪くスッ転んだらそこが坂でそのままゴロゴロ転がって生傷だらけになるし、挙げ句の果てには……。
「ご主人、今日は何を仕入れたんだね?」
「へぇ、お客様。
今日は王都から仕入れたブースト系のポーションを取り揃えております。お値段なんと王都の10分の1でさぁ……………ところでご主人とは?」
「? それは勿論、この店の店主さんの婿になったという意味でのご主人と――」
「ワッツ!?」
時が来たらとっととお別れするつもりでしかないドジな女の男と勝手に浸透しとるは。
力を失った原因が分離したと知ってからの俺はどうにもかうにも不運続きだぜバッキャロー。
「いやいやいや、お客さん?
ここの店主とは私そんな関係じゃ無いんですけど」
「またまた惚けなくてもよろしいでしょう? 街で噂になってますよ? ウィズさんが婿さん取ったって」
「ジーザス! 誰だよそれ広めたの!?」
そして思う。まさか俺の半身もこんな緩い空気のせいで変なこじつけでも受け、この前見たみたいに人外と組まざるを得なくなってるのか……と。
だとしたら俺は近い内に向かい合うだろう半身に対して言ってやりたい。
「てっきり不審者呼ばわりされてると思ってたのに、アンタの婿さんで通ってるんだってさ俺。笑えないと思わね?」
「で、でもその体なら色々と都合が良いというか、少しは動きやすくなるんじゃ……」
「冗談言わんでくれよウィズさんや。アンタは確かに元は人間で、クソみたいな理由で魔物になっちまったって俺は一応信じちゃいるし、何ならその現実全部を否定してやって良い。けどアンタそれ断ってあくまで魔物と人間を交互に取り混ぜて生きようと思ってんだろ? 俺の美学から外れとるわい」
「だ、だってそうじゃないとアナタ残して私だけ先に死んじゃうから……」
「確かに俺は自分の寿命と老いの概念を否定しておかしな方向に行ったからこの先このままの姿で固定されちゃいるけど、何でアンタとそんな長い時間居るって事になってんだよ? そんなより前に俺は半身と元に戻っとるわい」
『あぁ、だからか……』
って、肩でも軽く叩きながら同情してやりたいよ。ホント。
最初に感じたのは憎悪、嫌悪、それから――ドロドロとした真っ暗闇だった。
「淫魔の店?」
「へい、顔を隠していられるのですが、出で立ちからしてお若いと見る。どうです? サービスは保証しますぜ?」
負の塊というべきなのか、人間でありながら普通なら持ち得る筈もない絶大なマイナス精神を持つ……自らをマイナス側のヒョウドウ イッセーと名乗る彼とあのお墓で出会ってから月日は早いもので経っている。
最初こそリッチーとなっていて、魔王にスカウトされた上で籍を置いてる魔王軍の幹部という肩書きで露骨に嫌われていたけど、彼は……イッセーとも今じゃこれなりに楽しく生活してると思う……いや、思いたい。
「それって人間の女の子はいないんすか?」
「人間? 居ませんよ? 全部サキュバスですし――」
「あ、じゃあ良いっす、俺童貞だし初めては人間の女の子って決めてるんで……あでゆー」
人間だけが大好きで、人間相手だと優しくて、人間の女性しか興味無くて等々、ある意味中途半端になってる私よりも徹底してる彼のその思想の根底は、奪われた恨みと復讐で成り立っていて、基本的に世界が違えど人間以外の人達とは一定の距離を保って引いている。
曰くそれでも『一人の兵藤一誠の時なら問答無用で殺してた』と、ヘラヘラ笑っていってたけど、私にはとて
も半身同士で分離したイッセーを見ていてそうは思えない。
「ったく、サキュバスだぁ? あんなのによくまあ何かして貰おうとだなんて思えるね。
いくら俺が分離した影響でそんなに悪感情が無いとはいえ、それだけは理解できないぜ」
「………」
「って、ウィズさんじゃん。何時から居たの?」
「ちょうどアナタがお店の人に表で話し掛けられてた辺りに……」
「あ、そう。サキュバスの店ってかなり人気あるけどさ、ウィズさん入ったことある?」
「あ、あるわけないじゃない……!」
「でしょうね。
あるって言ったら逆に引くわ、はっはっはっ!」
思えない……いや、思いたくないといった方が正しいのかもしれない。
事情があって顔を変なお面で隠していても想像できる笑い方をしてるイッセーが本当に人以外の方々を殺し回る様になってしまうなんて。
「さてと、例の墓地に行くんだろ? とっとと行って霊魂でも何でも沈めようぜ」
「……うん」
やっぱり思いたくない。そして、何時も彼が言ってる元の一人に戻って欲しくない。
だから私はこれまで冒険者として活動してる方の彼の存在が発覚し、それも同じ街に居るとわかった時、然り気無く、分からないように努めながらイッセーが半身側の彼と接触するのを少しでも先伸ばしにしようとした。
その先延ばしの間にイッセーが自分の自我を殺してまで元の一人に戻るのを躊躇してくれたら良いな……なんて思いながら。
「あ、あの……イッセー? 今日はこのままお店に帰らない? 何か嫌な予感が……」
「は? アンタの金にならん日課なのに止めるってどうしたの?」
「今日行ったら嫌な事が起きそうで……」
「んな訳無いだろ。アンタ強いじゃん」
「そういう意味じゃなくて……」
「もう良いから行こうぜ。あの墓地変なの拾えるから俺的に行く意味はあったりするし」
元の一人に戻った時、自分という人格はマイナスとして組み込まれる形で消えるというのを知ってて見送るには、あまりにも私はイッセーと一緒に居すぎたから……。
嫌な予感がする。
そうしきりに主張して墓地に行きたがらないウィズを引っ張り、ゴミ回収という名のお宝採掘へとやってきたマイナス・イッセーは、しぶしぶと墓地をさ迷う地縛霊を黄泉へと送る作業をし始めるを見守りつつ、誰かが不法投棄したろうアイテムの残骸回収をしていた。
「お、コイツは復元してみる価値アリだな」
すっかりアイテム屋家業に染まっていたマイナス・イッセーは復元した売りさばいた後の金の山を想像してニヤニヤしながら、背負ってた篭にホイホイと他の者にしてみればガラクタになってるゴミを入れまくる。
幽霊が出るという理由で殆ど人も寄り付かない墓地なのに、何故かこうしたゴミだけは捨てられるのを拾ってるという理由からなのか、実の所ここの地縛霊に地味に懐かれてもいたりする訳だけど、本人にしてみればどうだって良い話だし、ふよふよと人魂っぽいのがマイナスイッセーの周りを楽しそうに旋回していれば、それを素手で付かんで儀式を行ってるウィズの目掛けて投げつける。
「おい、邪魔だゾンビ野郎」
「おうおう!」
「はい? 何時もご苦労様だって? 別にゾンビの為にやっちゃいねーわい」
「わふわふ!」
「なに? 俺に惚れた娘がいる? それって確実にゾンビ女なんだろうが、嫌だとでも言っとけこの野郎」
「ぐぇぐぇ!」
「は? ……………だから違うってんだよ! この世界はあれか! 男女一組で行動してるだけで夫婦扱いか! ったく、そもそもウィズさんがんな事思うわきゃないだろうにどいつもこいつも……! おら退け退けぃ!!」
「ウボァ!!」
「!? 冒険者がアンタ等の仲間を? あぁ、仕方ないだろ、アンタ等ゾンビだし――は? 追っ払え? ふざけんなこの野郎、俺に死ねってか」
異なる世界にたどり着いた事で気付いた二人のイッセーにとっての最大の皮肉である人外を引き付ける才能が、モンスターたるゾンビにすら適応されているせいか、ウィズに付き合ってこの地に訪れる度に、此処等近辺のゾンビモンスターに歓迎すらされるマイナスイッセーは、最初こそ何度か串刺しにしていたのだが、気付けば言語の壁を乗り越えて世間話までし始めていた。
これはマイナス側のイッセーが無神臓とドライグの力を持つ側のイッセーよりも嫌いとはいえまだ人外に対しての悪感情が少ないから故だったりするのだが、今日はどうやらそのゾンビから唸り声にしか聞こえない声で懇願されていた。
そう……自分達を討伐しに来たらしい冒険者の撃退を。
「確かに俺は立ち位置的に冒険者側じゃないけどよ、だからといってお前らの味方になるなんて言ってねーぞ。
つーかそもそも、俺はキミ達と敵対してる人間なんだぜ?」
「うぁぁぁ……」
「は? 『でも旦那は違う』だと? いやいや何も違わないし……ったく、めんどくさいなー」
当初こそ渋ってたというか完全にお断りしていたマイナスイッセーだが、多くのゾンビモンスター達に、ゾンビなのに土下座されまくったのと、無神臓&ドライグ――以下、陽側のイッセーと同じが故か、元の世界では目覚める事が無かった『変な面倒見のよさ』が発動し、ゾンビ達が拾った金目も物品で手を打つ事となったマイナス・イッセーは、墓地から大分離れた薄暗い森を引き返し、ついてきたゾンビ達を引き連れてる様な絵面となっていた。
本人は嫌がるだろうが、此処等辺りのアンデッド系のモンスターの間ではカリスマ化してるのだった。
「ったくもー」
普通なら迷うだろう森を慣れた様子で引き返したマイナス・イッセーはまだブー垂れてたのだが、墓地に戻るや否や念のために被り直していたフレンチクルーラーみたいな仮面越しに飛び込んできた状況に固まってしまった。
「オラオラ! 浄化しちまいなさい!!」
「うぅ……待機中の魂が……」
それはあの程度なら恐らく普通に反撃できる筈のウィズが防戦一方でゾンビ達の言ってただろう冒険者達……特にその中のアークプリーストの浄化魔法に成仏前だった魂を消されつつ、自分も消され掛かっているという状況。
そして――
「退け、消し飛ばした方が早い」
『Boost!』
今まさに物理的な意味で此処等ごと破壊しようと、自分にとっては失って久しい相棒を左腕に纏う自分そっくりな少年。
「何だろ、良いのかな? あのリッチーって言ってた人に悪意が感じられないんだけど……」
多分先んじて出てきていただろうアンデッド達を、何故か自分にとってもよく知ってるけど未完成な『音速移動技』で撃破してる少年とその仲間達。
「………………。チッ、ゾンビ共、死にたくなければとっとと逃げろ」
それを物陰から引き連れたゾンビと共に見ていたマイナス・イッセーは、第三者として見ることで今初めて『うわ、俺って相当嫌な奴だったんだな』と気づきつつ、本当なら言う必要もない撤退を促す。
「うがぁ?」
「……。おう、あの俺そっくりな人間は俺の半身だ。前に愚痴ったろ? 奴は俺以上に聞き分けが無いんだよ。だから早く仲間でも何でもつれて逃げろ。時間くらいなら俺が稼ぐ」
別にこのアンデッド共が半身の自分に消される事にどうとも思っちゃいない。
しかしさっきからアークプリーストの女に無抵抗になりつつ、ドライグを持つ半身側の自分にトドメを……それも破壊という形で刺されそうになってるウィズを見ていると、言い知れぬ不愉快さを覚えて仕方ない。
それが何なのかなんて知らないし、考える暇も無い。
だからマイナス・イッセーは、久々に沸き上がる『際限なきドロドロしたマイナスを剥き出し』にし、仮面を被りながらウィズにトドメを刺そうとしたその間に飛び込み。
「……ぐぶ……!!?」
「!?」
「な、なに!?」
身を呈してウィズの盾になった。
「…………。援軍って所かな? おっと、もう死にかけだけど」
「……っ」
声を聞かせてはならないと、ウィズの代わりに受けて片腕がもがれながれ、勢いよく墓石に全身を打ち付けたマイナス・イッセーは『自分という存在に気付いてない』様子の、初めて向かい合った陽のイッセーの『絶対殺すまん』な顔を見て仮面越しに苦笑いする。
(うっわ……俺なのに超嫌な顔……)
第三者視点となって初めてわかる己自身の殺意に対し、マイナス・イッセーはもがれた片腕から流れ出る自分の血を壊れた墓石に染み込ませながら、フラフラと立ち上がる。
(……。なるほど、なるほどね……)
「な、何か不気味な奴ね……」
「というか誰だ? モンスター……なのか?」
「変わったお面をつけてますね」
「……。あれ、でも身近に感じる気配がする?」
「片腕がもがれる程のパワーを受けて立てる……はぁはぁ、あれが私にと思うと――」
「発作起こすには早いぜダクネス……」
突然の乱入で消されかけていたウィズから自分へと意識を向けられたのには成功した。
しかし単純な戦闘力ならまず返り討ちなんて無理なマイナス・イッセーにどっかの主人公みたいに華麗に女の子をお助けする力などありはしない。
あるとするなら――
『くくっ、間抜け共め。その女は囮だボケ』
声をどこぞの『クレイジーでサイコでホモでゾンビ』な低くよく通る声に偽装し、挑発する事ぐらい。
「…………。何だテメー?」
それが成功したのか、ウィズからマイナス・イッセーへと標的を変えた陽のイッセーが殺意を込める。
どうやら『何かがあって今日の彼は実に不機嫌』らしい。
だがそんな事はマイナス・イッセーはしらないし、何より『自分が何者なのか』に気付いてない様子の陽側に、偽装してるとはいえ軽くガッカリしてしまう……。
『そこの女の……なんだろうな、ボディーガードであり、店員であり……その他諸々だ』
失血死を防ぐため、密かにもがれた箇所にマイナスを発動させて止血しながら、声を変えてるマイナスイッセーは頭に浮かんできた答えをそのままに返す。
『一応、この女は、どことは言わんが街で店開いててね。俺はその店員で、この墓地に居たのも……誰も浄化しない霊共を無償で黄泉に還してやってるだけだ……』
「え……じゃあ俺達無実の人を襲ってたのかよ……?」
「「……」」
「目を逸らすなイッセーとアクア」
「だ、だってリッチーだし! 普通倒すでしょ!?」
「サキュバス共が絡んできてイライラしてたから……」
『………』
こんな得たいの知れない存在化してる自分の主張をあっさり飲み込むのは確かに陽のイッセーも変わってるみたいだと改めて認識するマイナス・イッセー。
だがそれでも陽側のイッセーは人外嫌いではあるらしく……。
「だが邪魔だから消すのは間違ってないし、いっそ殺っちまった方が良いだろ?」
『………』
多少の良心の呵責を感じる程度には影響されてるのか、微妙な顔をしながら再び自分とウィズを始末してやろうと構えだした。
「そもそも人間じゃない生物で、ましてや縁も所縁も無い奴なんだ……! これ以上譲歩なんざできるかよぉ!!」
『………。フッ』
だが十分に時間は稼げたとマイナス・イッセーは生まれて初めて赤龍帝と向かい合う感覚を覚えながら小さくほくそ笑むと……。
「it's reality escape!!!!」
「なっ!?」
何処からともなく空から降ってきた数百の釘と杭を陽側のイッセー達に向けて放つと。
「俺はやっぱり間抜けだなオイ! ウィズ!!」
「イッセー……!!」
下半身が既に透けていたウィズへと走る。
「うわ!?」
「な、なんだこれ!?」
「くっ……!」
「私に任せろ!!」
用途不明の巨大な釘と杭の雨にカズ達が怯む中、刺さる事無く棒立ちしていた陽側のイッセーは、その声に……そして杭と釘に固まってしまう。
「ってぇ……ここに来て怪我ばっかりだ―――
恐らく二度とは使えない心理を利用した不意討ちの隙にアクアとイッセーによって傷ついていたウィズの負った全てを否定したマイナス・イッセーは、その拍子にフレンチクルーラの仮面を地面に落とす。
「なっ!? イッセーが二人!?」
「う、嘘だろ……」
「そ、そっくりですね……」
「姿を変えられるモンスター……じゃなさそう」
外れた瞬間露になったその容姿に驚愕するアクア達。しかしそのリアクションに答える暇なんて無かったマイナス・イッセーは。
「気づけよお前……俺のルーツだろうが……!!」
『!?』
持っていた閃光を発するアイテムを地面に叩き付け、ウィズ共々撤退を成功した。
「ごほ! げほ!!」
「い、イッセー……!」
「ち、ちきしょう……破壊のスタイルなんざ使いやがって、今すぐ否定もできやしない」
何とか逃げ仰せたイッセーは、途中ウィズを火事場の馬鹿力で抱えていた体力のタンクも切れ、森から出て暫くした湿地帯にて力尽きる様に倒れてしまった。
「い、今治療を……」
ウィズは慌てて倒れたマイナスイッセーを助け起こし、近くの大木に座らせながら傷の治療をしようとするが、マイナス・イッセーはそれを断る。
「無駄だよ。もろに破壊のスタイルでくらったんだ……今知った事実で俺自身だからか、多少の耐性があって二度と治らないって事は無いみたいだけど、多分三日はこのまんまだ」
「そ、そんな……」
半身同士だから何とかギリギリで治ると言ってヘラヘラ笑うマイナス・イッセーだが、ウィズから見てもこのままでは間違いなく死ぬ重症。
そんな力を自分が食らう筈だった事もあり、ウィズはマイナス・イッセーに対してひたすら謝る事しか出来ない。
「ごめんなさい……私のせいで……私が……!」
再び腕がもがれた箇所から流れる血が手に掛かりながら、ウィズは子供の様に謝る。
自分がさっさと逃げれば良かった。イッセーの存在をとっとと向こうのイッセーに教えてればもっと穏便に済んだのかもしれない。
だというのに、教えたら向こうのイッセーと元の一人に戻ってしまうと思い、曖昧な事しか言えず消され掛けた挙げ句、マイナス・イッセーが負うべきでは無い大ケガまでさせてしまった。
全て自分のわがままだとウィズは泣き始めた。
「あの聞き分けの無さなら、何言ったって無駄だよ。
ったく、我ながらああして他人目線で見ると、相当嫌な奴だったんだなぁ……俺って……あははは――っぐ!?」
しかしマイナス・イッセーはそんなウィズの肩を片方の手でポンポンと軽く叩きながら気にするなと言うと、自嘲したように、かつての自分が如何に頑固だったんだと理解した様に笑う。
散々人外を殺意と嫌悪で殺しまくっていたそのバチが今更になって降ってきただけ……と。
「そ、そんな事よりこりゃマズイな。暫く店の仕事ができない」
「そ、そんなのやらなくて良い! わ、私が出来る限りの看病をするから……!!」
流れる血が止められず、霞んだ目でそれでもヘラヘラしようとするマイナス・イッセーの逆の手を握りながら必死になるウィズ。
働かせる? こんな傷を負った人を働かせる訳無いのだ。
「で、でもどうしてあの時私を……?」
「さ、最初は……ゾンビ共が俺にアンタが襲われてるって言ってたのを聞いた。
で、行ってみたら……よりにもよって……俺の半身に殺されかけてるアンタを見た……んだ……」
呼吸が小さくなっていくマイナス・イッセーは、ウィズを庇った理由を絶え絶えに話す。
「あ、アンタが……殺られそうになってんの見たら……し、知らんけど勝手に身体が動いた。
ほ、ほら何時もドジばっかするのと一緒……だぜ……」
「うぅ……」
既に片目に光がなくなってるマイナスイッセーが強がる様に笑い、ウィズはまた泣きそうになる。
そしてマイナス・イッセーは言った。
「ひとつ、思い出した……昔、変な女に、技術を教えられた時に、言われた……マイナスって……惚れっぽいんだって………。たぶん、それ……が」
「い、イッセー……? イッセー……!!」
分離した事で純・過負荷となって出てしまった特性。
「アンタ、殺そうとした俺に……や、やさしくするから……だよ……ちきしょう、どうしてくれんだ……。
アンタ庇った時から……元に戻るのを躊躇……して……う……」
過負荷は惚れっぽい。ただ、それだけの理由でマイナス・イッセーは元に戻るチャンスを台無しにしてしまったと、『笑いながら』ウィズの頭をポンとひとつ叩き、そのまま眠る様に……。
「み、三日程有休くださいな……店主さ……ん……」
力尽きた。
「イッセー……」
眠る様に力尽きたイッセーが息はまだしていると確認したウィズはその身を抱え、立ち上がる。
その目は何かを決意した様に強く……。
「アナタは怒るかもしれないけど、元の一人に戻さない……」
陽側のイッセーへの敵意を滲ませていた。
補足
マイナスとしての自分の我を持ち始めたのと、その特性がここで出てしまった。
皆さんも過負荷にやさしくするときは気を付けましょう。
惚れられます。
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運命
半身同士でもプラスとマイナスに別れてるせいか細かい違いはある。
例えば――
取り乱したという意味では、俺は何度か取り乱したイッセーを見たことはある。
だけど、今回ばかりは勝手が違う。
「幻実逃否を使う俺と同じ顔をした男なんて決まりきってるがどういう事だ! おいアクア! お前が何かやったのか!?」
「ち、違うわよ! 私だって何が何だかわからないわ!」
「ならばクリスゥ!! 何処に居る!!」
「な、何でクリス?」
狼狽、焦り、混乱。
恐らくそういった感情で支配されているだろうイッセーは今までに無い姿だった。
だがそれも無理は無いのかもしれない。
何せあの時俺達全員は確かに見たんだ……。
「イッセーと同じ顔をした男は何故リッチーの女と一緒なのだろうか? そもそも彼は何者だ?」
「人外がお嫌いなお師匠様とそっくりなだけに違和感ばかりですよね。もしかしたらあのそっくりさんは人以外の方に抵抗が無いのかも」
「でも、それだとイッセーさんじゃないような……」
不意を狙い、リッチーの人を庇った際に落ちた変な仮面の下に隠された……イッセーと同じ顔をした男であることを。
そしてその男は、イッセーが死してアクアに引っ張られた際には失っていたらしい力を持っていた事……。
「それにしても現実を否定して無かったことにして、自分の思い描く夢を現実に捩じ曲げるスキルって……反則も良いところだろそんな力」
「うむ、まさに夢の力というべきだ。
しかしイッセーは『そんな都合の良い力じゃない』と言ってたぞ?」
「あぁ、『使っても碌でもない事にしかならない』って言ってたし、あの時の様子だとイッセー程の物理的な力は無さそうだ」
使い方次第じゃ残機無限状態の人生等々、応用の幅がえげつない魔法みたいなスキルを持つ代わりに、見た限りだと身体的な力は寧ろ弱いのかもしれないという予測を立てながら、ブツブツと両肩を掴んでこれでもかと揺さぶりまくってたアクアから離れて何かを言ってるイッセーの様子を伺う。
この様子だと直ぐにでもそっくりを探しに行きそうな勢いを感じる訳だが、俺個人としてもあのイッセーそっくりな男の正体が気になるので探すべきだと思っている。
幸い、あのそっくりから聞いた話が本当だとすれば、冒険者では無くて店か何かを経営しているみたいだし、どの街かまではわからないにせよ、情報を集める手立ては色々とある。
あの探るまでも無く感じた『独特過ぎるドロドロとした雰囲気』も未だに肌に貼りつく様に覚えている。
案外近くに居たりする……かもしれない。
目が覚めた時、目の前に広がるは知らない天井―――じゃなくて普通に知ってる天井と、最近慣れた匂いだった。
どうやら猛毒にも近い苦しみである破壊の技術によるダメージがやっと消えたらしい……というのは全身包帯まみれで片腕が無い惨めったらしい姿で身体を起こせば何となく理解できる。
「ベルディアを粉々にした冒険者とひと悶着あったと聞いて来てみたが、取り敢えず一言良いかね? ……………………ザマァ見さらせ」
「あ、ごめーん、キミって誰かな? 何かこう、記憶の隅を探ると、串刺しにされた挙げ句俺に向かって額を地面に擦り付けてた能無しだった気がするんだけど……」
「……………………………………。その話はもう良いだろ蒸し返さないでくれ」
「うん、『俺は悪くない。』」
無い腕のお陰で身体のバランスが微妙に片方にズレる感覚を覚えつつ、何時から居て大の男の寝顔を覗いていたのかはよく分からない仮面を付けた男に対して顔を合わせるや否や軽い嫌味合戦をするレベルにまでは既に心身ともに回復してるんだと、自覚したマイナス側の……謂わば陰と陽で云うところの陰に当たるマイナスのイッセーは、目元辺りを隠した仮面を被る男の苦々しそうな表情を見るだけで一気に気分が良くなっていた。
「それで? わざわざ大が後ろに付くクソみたいな悪魔さんは今日どのようなご用で? 見ての通り只今自分は店主さんから有休休暇貰ってのんびり寝てたのですがねぇ?」
「我輩だって好き好んで貴様の顔なぞ見たくは無い。
が、それがそうも言ってられなくなったのだ」
「へぇ? どこぞのお家に忍び込んで女性用下着でも盗んだのがバレたのかい?」
「貴様と一緒にするなその2だし、我輩はそんな事はしないわっ! チッ、発するオーラは我々にとっても極上の馳走なのに、どうしてこう貴様の性格は腐ってるのか……」
「その筆頭主のアンタに言われちゃおしまいだな」
「……。まぁ良い、我輩は魔王からの伝言を預かったのでそれを伝える。
だからまずは貴様を店もほっぽって三日三晩付きっきりだったそこのドジを起こせ」
「んぁ?」
互いが互いを牽制する言葉という名のジャブをしつつ、先に旗色が悪いと話題を逸らした仮面の男……魔王軍幹部……という体になってる本物の大悪魔ことバニルがベッドに上半身を起こして横になってるマイナスのイッセーから、少しだけ視線をずらす。
「すー……すー……」
どこまでも暗く、そして濁っているマイナスイッセーの瞳に映るは、看病疲れをしてスヤスヤと寝ていたウィズ。
「同じ顔をした男によって満身創痍となった貴様を運び、寝ずに看病をしていたらしいぞ」
「ふーん?」
「すぴー……すぴー……」
バニルからウィズの行動を聞かされ、気の無い声を出すマイナスイッセーが無意識に眠ってるウィズの頭に手を伸ばし掛けたが、そのまま触れること無く肩を揺さぶる。
「セーイセイ、ウィズさんや。街で下着泥やらかした変態が起きろってよー?」
「次また言ったら我輩のリンチ入るからな?」
「ん……んぅ……?」
イラッとした様子のバニルを無視し、無事な方の腕で軽く身体を揺らして起こすマイナスイッセーにウィズはゆっくりと目を開ける。
「イッセー……?」
「どーも、有休ごちそうさんでした」
「………イッセー!!」
「ぐべぇ!?」
最初こそ寝ぼけ眼だったウィズが、ヘラヘラと軽口を叩くイッセーが『意識を取り戻してる』と認識した瞬間、思わずという様にバッと身体を起こすと、びっくりな勢いでマイナスイッセーに抱き着く。
「良かった……良かったっ……!」
「うひょー! 特盛さんが当たって………がが、がぇぇ!?!?」
「おい、折角看病した相手がもう死にそうになってるから離れてやれ」
「? バニル……?」
人じゃない云々抜かせば陰陽どちらのイッセーにとってもドストライクとも言えるウィズの肢体を身に受けて一瞬の幸福を感じたのもつかの間、あっという間に全身の骨がメリメリと砕けそうな悲鳴をあげ、苦しそうに呻くはめになったマイナスイッセーは、然り気無くバニルが止めに入った事を今だけは感謝した。
「単刀直入に言う。魔王はベルディアが消えた後釜を貴様にやって貰いたいらしい」
「はぁ?」
「イッセーが?」
色々と落ち着き、三日振りになる食事を口に運びながら、バニルからの予想したくもなかった話を受けていた。
「良い度胸してるよねあの魔王って? ひょっとしなくてもバカだろ? いやバカだったわ」
「否定はせん、アホなのはな」
バニルによって伝えられた魔王軍参入話にマイナス・イッセーは果てしないバカだと、この世界の魔王に向かって毒づきつつ、一旦食事を止めてウィズの手伝いで全身に巻かれた包帯をはずす。
「よいしょっ……と」
破壊の技術によりズタズタになった全身から、オートで発動していたスキルがやっと効力を取り戻したのか、包帯の下にあった治らない筈の傷は全て消えており、まるで重い荷物を持つ様な掛け声を放つと、その瞬間もがれて失った片腕が一瞬で、それこそ『最初から失ってなど無かった』かの様に復活する。
「よぉし、
「相変わらずふざけた能力だ」
「良かった、イッセーの腕がちゃんと元通りになって」
己の受けたダメージ全てを否定し、全て夢物語であった現実へと捩曲げる事でその全てを無かった事へとするスキル・
「俺はもうほぼ目的を達成しているし、魔王に力なんて貸すわけが無いだろう?」
「それを知ってて魔王はお前に頼みたいらしい、奴……お前の半身だったかの男に対しての『抑止力』になって貰いたいだとか……」
「抑止力だぁ?」
あんまり聞かない言葉にマイナスイッセーは失っていた方の肩の関節をポキポキと鳴らしながら訝しげにバニルを見る。
「貴様は奴と元々は一つの存在だったらしく、戻ることを望んでいる……だったか?」
「……。ちょっと待てぃ、誰からその話を……」
「コイツ」
「セーイセイセイ!? ウィズさんや、何故話しちゃう?」
「だ、だって嬉しかったから……」
「文句は後で言え、話を戻すぞ。その元の人間に戻った場合、貴様は自身の人格が完全に消滅すると睨んでいるのだろう?」
「……………はぁ」
「そ、そんな顔しないで……」
思いの外ウィズがバニルにベラベラと喋っていた事を知り、責めはしないものの無言でウィズを見つつ小さくため息を吐く。
「寧ろ元に戻った方が厄介者が消えてアンタや魔王にとっては良いことだらけじゃないのかい?」
「逆だ。貴様――いや、お前の人格が消えてもし向こうのお前の性格が強く残った場合我々は確実に絶滅させられる。
幻の大地に踏み入り竜王を倒した男にいくら数で掛かろうが返り討ちだろう」
「まあ、俺と違って向こうの俺は人外に対する嫌悪感は強いだろうね。異常性がある以上は―――――最近ちょっと疑わしいけど」
「だからこそ、お前には今暫く一人に戻るのを……願わくばこのまま永遠に戻ることを止めてもらいたい。
個人的に我輩もお前には仕返しをしなければならん借りもある」
「…………」
「それに、お前にこのままで居て貰いたいのが居ることだしな」
「は?」
そう意味深に口をニヤつかせながらバニルはウィズをへと視線を寄越しながら――
「お前、ウィズに惚れたのか?」
見通す悪魔らしく、マイナスイッセーが抱える
「死にさらせやクソボケ野郎が!!!」
その瞬間、基本煽る側のマイナス・イッセーが1900W電子レンジでチンの如く激昂し、右と左の手に其々巨大な釘と杭を持ちながらテーブルを蹴ってひっくり返すと、ニヤ付くバニルの額と喉元目掛けて刺してやろうと突貫する。
「おっと、落ち着けイッセーよ。
別に笑うつもりは無いんだぞ我輩は?」
「お、落ち着いてイッセー!」
「ふしゃーっ!!!」
キレた猫を連想させるようた怒りを放ちながら、咄嗟に後ろからウィズに羽交い締めにされながらマイナスイッセーはヘラヘラしてるバニルを睨み付ける。
本人曰く笑ってないらしいが……
「人間以外は嫌いと宣ってたのに、よりにもよって……ぷっくくく!」
「キャオラッ!!」
愉快極まりないとばかりに笑っていた。
以前してやられた仕返しとばかりに、これでもかとそれはそれは笑っていたのであった。
「あのガキァ、言うだけ言って帰りやがって!」
「ま、まぁまぁ……」
「てかそもそもウィズさんがベラベラと喋りすぎなんだっつーの!」
ゲラゲラと笑うだけ笑って去っていったバニルに、今度顔みたらハリセンボンにしてからホモバーにでも投げつけてやる……と復讐の念をふつふつ燃やすマイナスイッセーは、事の発端……というには微妙なウィズに対して文句を言う。
確かに意識が飛ぶ寸前に変な事を口走った記憶はあるにはあるけど、それを他人に話す内容かというと違う。
ていうか地味に恥ずかしい。
「思い返してみると確かにあの時色々と口走った様な気はしますけどねぇ、ありゃ別にそういう意味じゃないって事くらいわかります?」
「え、わかんない。そのままの意味じゃ……」
「…………。じゃあもう良いっすよそれで……」
若干気弱になっていたからというのもあったかもしれないけど、それにしたって今になって思い出すとナンパしてる時には感じない妙な恥ずかしさで変な汗が止まらないイッセーは、自分の言葉にショックを受けた顔をするウィズから目を逸らし、諦めた様に項垂れた。
「そもそも抑止力になれるかっつーの、真正面から仮にぶつかったら虫けらみたいに捻り殺されるわ」
一人の兵藤一誠の時は経験すら無かった為に抱かなかった妙な情。
その情がここまで自分を戸惑わせるとは……マイナスとはやはり肝心な所では勝てないのか……イッセーはため息を再び吐いてしまう。
「それで、店はどうなってんすか?」
「イッセーが倒れてからずっとお休みしてるけど……」
「そう……なら明日から出ないと」
惚れやすくなるけど気を付けるんだね。と随分昔に変な女に言われた時は当時一人の兵藤一誠として鼻で笑ってやってたが、まさかこんな異世界でその体験をしてしまうとは……しかも相手は元人間のリッチーときた。
「俺が死にかけてる間、向こうの俺やその連れは来なかった?」
「来てないわ」
「来てないのか……変だなそれも」
休業中の立て札が店の外に貼ってあるウィズの店内を一緒に掃除しつつ、近い内にこの場所を突き止めて来るだろう陽側のイッセーにどう対応しようかと悩む。
「向こうのアナタがコチラに気付かないとは思わないのだけど……」
「だろうね、そろそろ突き止めて来る筈」
「そうしたらどうするの……? まさか戻るの?」
「……。それを今迷っちゃってるんすよ、アンタのせいで」
この感情に苛まれる前は何と言われようが即座に一人に戻り、次元を破壊してこの世界から去ってやろうと考えていた。
しかし向こうの自分といい、己といい、どうにもこの世界に対して妙な愛着が沸いてしまってる感は否めないし、自分に至っては一番抱いてはいけない感情を芽生えさせてしまった。
「あ、イッセーはまだ病み上がりだから休憩してて、残りは私がやりますから」
「いや別に疲労から何からさっき全部『否定』したから平気――」
「良いから、座ってて!」
「あ、はい」
故に今のマイナス・イッセーは元の一人に戻って自我を消す事を微妙に躊躇ってしまっている。
「~♪」
「流石に棚の品をひっくり返す程間抜けじゃないのは知ってるけど―――う……どうしよう。あの時の気の迷いって思ってたのに全然迷いとかじゃないかも」
せっせと叩きで商品の埃をはたくウィズの後ろ姿を見てマイナスイッセーは、ナンパの時にはまず抱かない変な緊張を持ちつつ、自分の胸を押さえる。
「昔あの女に言われた通り、人であろうが無かろうが、そう思った相手にのめり込んでしまうって意味なのかな……」
「あの女って、前々から言ってたけどそれって誰なの?」
今更になってこんな感情に苛まれるなんてつくづく上手く行かないと、かつて忠告(?)をした名も良く覚えてない変な女の事を思い出し、つい口に出した時だった。
それまで商品を床にぶちまけないようにとしながらハタキを使っていたウィズの手が止まり、何と言うか、微妙に不機嫌そうな顔でこちらへと振り向き、マイナス・イッセーの言う変な女について問い詰めてきた。
「お友だち?」
その雰囲気たるや、陽側のイッセーに半殺しにされる時以前にはまず見なかったので、微妙に驚いてしまうものの、べつに隠す事でも無かったので普通のトーンで話す。
「昔、まだ一人の頃に夢……っての? とにかく夢に何度か出てきて俺に色々な話を聞かせてくれた髪の長い若い女」
「美人だったの?」
「美人……? いや美人っつーよりは可愛い顔はしてたかなー……多分。何せドラゴンのドライグが惚れ掛けたし。あ、あと一人称が僕だったっけか……アレだアレ所謂ボクっ娘?」
「ふーん?」
今にして思えばあの女ってなんだったんだろうか……と特にどうとも思わず考えながら答えるマイナス・イッセーにウィズは更に不満げな態度だった。
「その人はイッセーの好みの女性だったの?」
「いーや、おっぱいも少なかったし、当時まだガキだったからどうとも思わなかったんだけど、果たしてあの女は実在した女だったのだろうか……? うーん、これぞミステリー」
基本的にウィズは用事で別の街に行く度にはしゃいでナンパに出掛けるイッセーを見るのがたまらなく辛かった。
何故辛かったのかは最近になって自覚したのだが、その自覚でますますイッセーが呪いでリッチーとなってしまった自分を放置してヘラヘラと街娘に片っ端から声を掛けるのを見るのがますます嫌で、一度背後から氷付けにしてしまった事もあった。
なのでマイナス・イッセーからポンと別の女の話が出てくると嫌で嫌で仕方なく、それが例え本人が興味無かったとしても、此度貰えた言葉もあって少々嫉妬深くなってしまっていた。
「私とどっちが見た目が好み?」
「何すかその質問?」
寧ろ元の一人に戻る事に大反対のウィズからじーっと見つめられながら質問にマイナス・イッセーはポカンとする。
「だ……だから、その変な女の人と私は、種族とか関係無しにどっちがイッセーの好みなのかなーって……」
最初は殆ど敬語口調だったのもマイナス・イッセーが嫌がって矯正することで大分無くなっていたウィズがもじもじしながら自分とその女のどちらが見た目好みなのかと聞かれたイッセーは、そのウィズの挙動にドキッと内心しながら、答えようとすると同時に沸き上がる羞恥心を押し殺しながら答えた。
「いや、まあ……ウィズさん?」
……。何だこの公開処刑を受けた気分は? と小うるさい自分の心臓に釘でもぶっ刺したい気分になりつつ、ウィズと答えた瞬間、もじもじしていた彼女はそれはそれは花が咲いた様に嬉しそうにはにかんだ。
「そ、そう? ふふふ……♪」
「……。なんなんすか」
げ、やばい今の可愛い……と内心思うだけで口が裂けても言わないように努めながら、一気にテンションが上がったウィズを訝しげに見るマイナス・イッセー
「何だよ、この頭が悪そうなカップルみたいな会話……。恥ずかしくなるからやめません? てか掃除やめて気晴らしに人間のおんにゃのこのリハビリ・ナンパでも―――」
「…………」
「――――――あ、はい。軽いジョークですから……ははは」
「……♪」
自我を犠牲に元に戻るにはあまりにも多くを手にし過ぎたと、ナンパはやめると言った途端機嫌が回復したウィズのニコニコ顔を見てマイナス・イッセーは何度目になるかわからないため息を吐くのだった。
「見て、商品落とさずにお掃除できたわ?」
「はぁ、そりゃ凄いっすねー?」
「……それだけ?」
「それ以上何を言えってんだよ?」
「ええっと、言ってほしいというより、あの時みたいに頬を撫でて欲しいなとか……」
「………………………。これで良いんすか? いや、もう何この空気? ヤバイんすけど」
「ふふ……♪」
これから来るだろう、半身の自分の事も含めて。
補足
こんな事積み重ねると本当に元の一人に戻ることを躊躇してしまう。けど、頼まれたら断れなくなってしまっており、彼女にしてあげる事に嫌悪感がほぼ薄れ掛かってる為、ジレンマだらけ。
その2
最後のやり取りをパパラッチされてしまってもしょうがない。
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膠着
久々ですね。
需要もねーのに何をやっとるんだか……
会うのを躊躇ってると指摘されてしまえば否定が難しい。
だからこそお互いに探そうとはしていない。
きっと元の状態に戻ってしまえば全てを壊してしまうから。
陰と陽が混ざり合えば全ては終わってしまう。
「…………。わざとだな」
イッセーが復帰してからというもの、私は何時向こう側のイッセーが来てしまうのかとハラハラしていたのだけど、待てど暮らせど向こう側のイッセーが店にやって来る事は無かった。
「大体わかる。わざと探そうともしてないぜ」
イッセー曰く、その理由はわざと探そうともせず避けてるとの事だけど、私にしてみたらそうであって欲しいと思う訳で。
「それならそれで良いじゃない……?」
店のカウンターに座りながら指を叩いてるイッセーに私は無理に会う事は無いのではと然り気無く言ってみる。
「いや、それはそれで何か気持ち悪い。
普通に考えてもみなよ? 同じ顔した奴が目の前に現れたと思ったら逃げたんだぜ? 探るなりなんなりするだろってか俺ならそうする。
けどここ数日わざとらしく素顔で表を出歩いてても接触も無いし、知らん人妻の旦那にめっちゃ睨まれるだけ。
ハッキリ言って俺の半身なのかとすら疑うぜ」
まるで自分の事の様に――いえ、実際の所話を聞く限りその通りなのだけど、自分と同じ考えを持ってない事に違和感を感じてる様子で話しながら、手持ち無沙汰なのか先日修理した魔道具を解体し始めるイッセー
とある理由で純粋な人間以外の全ての種族に嫌悪感を抱いているイッセー。
それはきっとイッセーという人格と力の大半を担う向こう側のイッセーの方がより強く嫌悪感を持ってる筈で、現に私は危うくあのアークプリーストと共に消されかけた。
あの時イッセーが死にかける怪我をしてまで私を逃がしてくらなければ、ベルディアを文字通り消滅させる程の力を持つ向こう側イッセーによりこの世から消えていた筈。
それを思えば私の知るこちら側のイッセーは自分でも言ってた通り、まだ人以外の生物に対してマシな対応をしていると思えるし、実際問題優しかった……。
しかしそれと同時に私は思っている、向こう側のイッセーが果たして本当に人以外の生物に対して本気で嫌悪してるのかと。
何故ならあの時彼の仲間には純粋な人間では無い種族の者も確かに居たのだから。
「向こう側のアナタももしかしたらそこまで嫌悪をしてないのかも……?」
「それはそうかもしれないけど、だからといって自分そっくりの人間が何の突拍子もなく現れたんだぜ? 気になってマジ探しすると思うんだけどな……」
「それは多分、アナタと同じで元の一人に戻るのを何処かで躊躇っているとか?」
「えぇ……? 無神臓とドライグを持つ方の俺がそんな殊勝な考えを持つかなぁ。
今の俺ですら軽く嫌だと思うのに」
「私は嫌なんだ……」
「あ、はい……ウィズさん以外はね」
「ふふ……!」
「やりにくい……」
こちらのイッセーが私やバニルと話せる様に、きっと向こう側のイッセーも……そう思えば不思議でも何でもない。
別に理由があるからとかでは無く、ただただ自然とそう思う様になったといった方が正しいのか、ちょっと変で怖くてスケベな少年との唐突に始まった生活はウィズにとってとても大切なものへと昇華していた。
「うちは魔道具専門であって武器屋じゃあ無いんですよね」
「っ!? き、キミはこの前の!? な、なななっ、何故ここに!?」
「は?」
とどのつまり、陰側のイッセーに陽側との一体化はして欲しくないというのがウィズの持つ数少ない欲というものであり、叶うならずっとこんな調子で細々と店を続けて生活していきたいと思っている。
「……失礼ですがお客様? 誰かと勘違いされているのでは?」
「か、勘違い!? そんな訳無いだろ! 僕の魔剣を折ったばかりか、あんな意味不明の技まで掛けて来て……!」
「はい?」
「あ、あれから武器を失った僕はクエストにすら恐怖を抱く様になってしまったんだ! だ、だからこうして使えそうな道具や武器を一から集め直して……うぅ……!」
「はぁ……」
店にやって来て武器の有無を問う見知らぬ青年が自分の顔を見るなり怯え、そして泣き言を吐かれて微妙に理由を悟り始めたマイナス・イッセーは、どう説明したものかと隣でオロオロしてるウィズを一瞥しながらも取り敢えず商売を優先する。
「武器はともかく扱ってる道具は一部店主の意味不明なものを除けば色々と取り揃えてはいますので、取り敢えず何か買いませんか?」
「だ、だったら僕のこのへし折れてしまった魔剣を――いやキミがへし折った剣をなんとかする魔道具を!」
「ありません」
そういえばこの顔、どこかで見たかもしれないと思ったら、向こう側の自分にアルティメット阿修羅バスターを掛けられてた名も知らぬ青年だったと思い出したイッセーは、多分その流れで折られただろう剣をカウンターに出す青年に対して無理と返す。
「た、頼む! もうキミの気に触れる真似はしないからどうか!」
「いえですから私はお客様とは初対面なんですよ。
誰かと勘違いなされてますってば。そもそもその折った方とやらは冒険者ではありませんか?」
「………はっ! そ、そういえば魔道具屋を営んでるのはおかしい……」
「でしょう?」
「だ、だがどこからどうみても同じ顔だし……」
「それは恐らく他人の空似というものですよ。
世の中にはそっくりな顔をした者が少なくとも三人は居るというでしょう?」
「き、聞いたことはあるが……だがあまりにも……」
「噂には私も聞いてますよ。
曰く魔王軍の幹部を消し炭にしたとか、街中の女子にナンパ仕掛けたりとか。
余程似てるお陰げで私は謂れの無いナンパ師扱いされた事もありましたよ」
「そ、そう……なのか? す、すまなかった……僕の早とちりなようで……」
「いえいえ、誤解が解けて私も何よりです。
で、お客様? 何をご所望で?」
「あ、じゃあえっと……このスキルポーションと―――これは?」
「ほう、お客様もお目が高い。
そのグローブは世に滅多に出回らないレア物の魔道具でしてね、なんと魔法やスキルを二回まで記憶させ、任意で扱える代物なんですよ」
「なっ!? なん……だと? ち、ちなみに値段は?」
「会員様なら――――いくらで売っても良いかな?」
「え? えーっと……2000エリスくらい?」
「安っ!? ち、ちなみに非会員の場合は?」
「んー……5000エリスくらいで良いかなウィズさん?」
「多分それが妥当かな……?」
「買った!!!」
適当に拾って幻実逃否で新品にねじ曲げた魔道具をチャッカリ売りつつ、ヘイトを受け流す。
別に向けられた所でどうという事も無いが、向こう側の自分のやった恨みをこっちに向けられても面倒なだけなので、適当に気を良くさせてさっさと帰って貰うほうが色々と無駄にはならないのだ。
「ちなみにセットでこの敵の寝癖があるか分かる望遠鏡と、真水をキャベツ風味に変える薬もございます。
お値段なんと持ってけ泥棒破格の300エリス」
「買ったぁ!!」
この際だからウィズのセンスで仕入れた用途不明の魔道具も売ってしまえと、どこぞの通販番組の様に売り付ける。
先に赤字確定の値段のレア物で釣り、それ以上に無意味な商品で利益を出す。
この青年に恨みは無いが、さっきから自分を見て妙に怯える仲間と思われる美少女二人を連れてる時点で妬みも入ってた為、罪悪感は全く無かった。
「ふっふっふっ、見ろウィズさん。
何だかんだ原価にしたらしめて5000エリスにも満たないガラクタを6万エリスにして買わせてやったぜ」
「も、物凄く悪い気が……」
「商売とはそういうものさ。
第一こっちだってうん十万エリスはするレア物を数千単位で提供してやったんだ、高々6万くらいせしめてもバチは当たらないぜ」
意気揚々と店を後にした青年と最後までこっちを見て怯えていた美少女が居なくなった後、途端にニヤニヤと悪い顔をしながら金を数え始めるイッセーにウィズはその人の良さのせいで罪悪感を抱いた顔をしているが、これでイッセーが向こう側の自分の事を少しでも忘れてくれるならとそれ以上は言わない事にした。
「にしてもあの彼、可愛い子達を連れてたなぁ……良いよなぁ……」
「…………」
忘れすぎてこういう所に走るのは嫌だが。
先程の客の連れの女の子二人についたデレデレした顔をするイッセーにウィズは怒るでも無くジーっと見つめ続ける。
「えっと……なに?」
「…………っ」
「ヘァッ!? な、何で泣く!? か、軽いジョークですって!」
「うぅ……」
「ご、ごめんなさい」
あーだこーだ言いながら優しくしてくれた異界からやって来た少年にほだされる程チョロくなかったつもりなのに、ギョッとして慌てるイッセーにポロポロと涙を流しながらウィズは何かを訴えるかの様にただただ見つめ続けるのだった。
補足
ぼったくられた彼の明日は果たして……。
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駄目少女街道
ドライグと念入りに話し合い、事情を知りそうな女神に確認した結果、鏡を前にしたかの如く俺と同じ姿形をした男は間違いなく俺自身である事を確信した。
それもただの同じでは無く、アクアによって引きずり込まれる直前まで――生きる理由を無くした結果無意識に手離したマイナスを持つ――――謂わば分離した人格の俺自身である事を。
何故マイナスが独りでに形を作ってこの世界に居るのかは、残念ながらエリスにすら分からないらしいので不明だけど、それでも確信できる事は、もう一度顔を合わせ、そして再び一人の人間として元に戻れば全ての力が取り戻せるという事、そして軸がブレた俺の価値観全てがあの時の頃に戻るという事。
――この世界を壊すという意味で……。
誰もが気になる。しかし誰もがその話題に触れることは無かった。
触れたら何もかもが壊れてしまうかもしれないから。
「チッ、一々付いてくんなよ」
「独りでにフラフラしたあげく、永遠にお別れになるかもしれないので虫の様に付かせて貰います!」
ある意味イッセーを抜かした仲間達の中で建てられた暗黙の了解。
あの日リッチー種族の女性を助ける様にして現れたイッセーにそっくり過ぎる青年については触れず、敢えて普段通りに接する。
アクアは相変わらずのおんぶに抱っこだし、カズマはそんなアクアみたいにはならないと自分を鍛え、そして弟子を公言するめぐみんは、フラフラと何処かへと行くイッセーの後を懐いた子犬の如くついていく。
「今日はどこへ?」
「何処だって良いだろ、早く帰れよ」
「此処まで付いてきて帰るのは嫌ですよー」
「このガキ……」
変わらないし変えない。
あれから自ら自分そっくりな男を探す気配が無い以上、イッセーなりに何か思う所があるのかもしれない。
ならば自分達も触れずに普段通りイッセーに接すれば良いじゃないか……という、妙に真面目ぶったカズマに言われて全員が同意した通りに、今日も邪険にしてくるイッセーの後をひょこひょことついていくめぐみん。
「言っとくが、ドライグの力を貸すつもりはねぇ」
「嫌だなぁお師匠様~! 私は別にそんなつもりでお師匠様についてきた訳じゃないですって~ ゆんゆんにだけ妙に優しいから腹立ててる訳でもありませんしー」
『ある意味でタフだなこの小娘は』
「バカらしい」
ある意味で自分の目指す爆裂魔法道の理想の究極系に位置するイッセーの力を上手いことモノにしたい。
そうすれば爆裂魔法コンビとして世界に名を轟かせる事だって夢なんかでは無くなる。
ついでに
何か知らないけどいつの間にか知り合ったばかりか、妙に優しくされてる気がしないでも無いし、こういう所で点数稼ぎをしないと、只でさえこんな見た目のせいで邪魔な子供扱いされてるので、なんとしてでも一番弟子の位置だけは死守だ。
と、めぐみんは舌打ちしまくりなイッセーの後を犬の様に平原を歩くその背をついていく。
「はぁーぁ、カズマは良いよなぁ、ダクネスみたいな子と楽しく修行でよぉ。
こっちは何度ナンパをしても上手くいかないばかりか砂利ばかり……」
『日頃の行いだな。諦めろ』
「ドライグも冷たいし……はぁ……」
「私はカズマもお師匠も皆大好きですよ?」
「うっせー、慰めなんか要らねぇよ……王都辺りにでも行こうかなマジで」
てくてくてくてくと、本当なら飛んで簡単にめぐみんを引き離せるのだが、遂に街でブラックリストに載ったせいかナンパが一切通用しなくなってしまった現状に憂いて王都やら別の町に繰り出そうかと愚痴るイッセーに、ナンパが死ぬほど下手くそな事を知ってるめぐみんは内心、別の地に行っても成功しないだろうし瞬く間にブラックリスト入りだろうな……と、自分とは真逆の体型の女性にデレデレと下心満載な顔でナンパしているのを思い出して若干ムッとなる。
黙っていればカズマもそうだがそこそこな容姿なのに、どうしてこうもがっつくというか……まあ、それがある意味でイッセーらしいのかもしれないが。
「ビッグバン・ドラゴン波……は、どうよ?」
『往年の兆分の一での威力ならギリギリだな。やはりそれをカバーするだけの身体能力が著しく低下しているぞ』
「そうか」
「びっぐばんどらごんはとは?」
「あ? 別に――」
『お遊び無しで戦う際に使うイッセーの……まぁ、お前の使う爆裂魔法的なものだ』
「! ほほう? それはかなり気になりますね!」
「チッ、余計な事を……」
開けた平原にたどり着き、赤龍帝の籠手を纏ったイッセー。
どうやらナンパに繰り出すために別の町に行こうした訳では無く、一人でこっそり修行をするつもりだったらしい。
「修羅龍――つーか本当はアスラらしいが、あの首無しを殺った時、全身が悲鳴をあげた。
つまり今の俺が使うとその内全身の細胞が破壊されるリスクがある訳で……」
『あぁ、技術をわざわざ俺達に教えたあの女曰く、プラスとマイナスを持って初めてリスクを克服できる力だからな。
今後は使わないほうが良い』
「と、なれば本来の戦い方に戻すべきで……」
全身から赤いオーラを放ちながら、何やらリスクがどうとかめぐみんにはよくわからない事をドライグと話し合っているせいで会話に混ざれないと、若干寂しそうに地面に落ちていた小石を蹴っている。
「ビッグバン! ドー……ラー……ゴー……ンー……」
だがその寂しさは、赤いオーラをバーナーの様に激しく放ち始めたイッセーが空に向けて両手を前に出し、巨大なエネルギーをタメ始めた姿を見て吹き飛ぶ。
「波ァァァッ!!!!」
「きゃ!?」
溜めたエネルギーが空へと向かって打ち出される。
その力は雲を切り裂き、地上に向けられれば地を破壊するだろう極大な力。
打ち出された余波で吹っ飛んでしまっためぐみんはゴロゴロと転がりながらも確かに見た。
「う……ぐぇぇぇ! 一発撃っただけでめっちゃ身体が怠い……!」
爆裂魔法の更なる理想を。
『おい、小娘が吹っ飛んだぞ?』
「え? ……だから付いて来るなって言ったのに」
「いたたた、頭をぶつけて星が目の前にぃぃ……」
地面を転がり、岩に激突して目を回すめぐみんに舌打ちするイッセー。
力の低下を深刻に思い、本来の戦い方に戻そうとリハビリをするのが今回の目的だったのだが、どうやらめぐみんを無駄に喜ばせるだけに終わりそうなのと、想定以上に自分自身の力が弱まっているのを知ってしまい、肩で息をしながら千鳥足になって転びそうになっているめぐみんの腕を掴んで立たせる。
「い、今のは何ですか? 以前の巨人さんとは違いますよね?」
「……………」
『俺の力を使って倍加させたエネルギーをそのまま撃ち出すだけの技術だ。
技名はイッセーがガキの頃に偶々見たアニメの主人公の必殺技を拝借した』
「あにめ?」
「……。何で一々教えちゃうんだよ……」
妙に口の軽いドライグに顔を顰めるイッセー
おかげでまためぐみんが妙に目をキラキラさせ始めるので、鬱陶しそうに掴んでいたその腕を離す。
『良いだろう別に、減るものでもあるまいし』
「割り増しで鬱陶しくなるのが嫌なんだよ。
どうせならムチムチの女の子に鬱陶しくされたいのに……」
半分諦めの感情はあるものの、それでも妙に絡んでくるめぐみんのせいでナンパが上手く行かないと思い込んでいるイッセーのため息交じりに愚痴る。
その件は絶対私のせいではないと思うけど……とイッセーのド下手過ぎるナンパ行為を決まって町娘だの、子供が居そうな住人に対して行う姿を見てきためぐみんは、口には出さずに心の中で呟くが、多分言ったら機嫌を損ねてしまうので敢えて何も言わなかった。
「黒髪で、普通の人間で、おしとやかで、でもちょっとエロい女の子と俺は果たして出会えるのか不安になって来たぜ。
少なくともアクセルには居ないし……つーかむっちゃ身体怠いし……」
『敵が敵なだけに今までまともに確かめやしなかったが、やはりアクアの小娘に肉体を再構築されたせいか弱体化が深刻らしいな。
いや、この場合身体が物凄く鈍っている感覚と一緒か?』
「それだな多分。鈍った経験は無いけど、この分じゃベッドの中でもすぐバテそうだぜ」
一回の全力で威力共々弱体化した事を改めて身に染みたイッセーが疲れた様に首を回しながら軽口を叩く。
「全部を戻すにはやっぱり幻実逃否が―――いや、何でもない」
『……』
「大丈夫ですかお師匠様? 何だか凄くお疲れの様に……」
全てを戻すには、あの日他種族ながらもものっそいムチムチしてそうな女を庇う様に現れて出会した幻実逃否を使う自分と同じ顔をした男―――いや、マイナスを持つ自分自身と再統合出来れば一番早いのだが、その場合確実に元の世界に居た時の人格まで復活してしまう為、イッセーは無意識にその方法は避ける。
もし元の人格になれば間違いなくこの世界を――さっきから自分に罵倒の言葉を向けられてる癖に心配してくる紅魔族のめぐみんやゆんゆん、自分をこの世界に送りつけたアクア等を殺して―――
「―――――別にお前に心配されるほど落ちぶれちゃいないぜ俺は。
ふん、だが怠いのは変わりないし、しょうがねーからオメーの魔法の修行に付き合ってやんよ?」
「え!? い、良いんですか!?」
「あぁ……怠くなった身体回復させるまでの間はな」
あってしまう未来を想像しそうになり、それを消そうと軽く頭を振り、誤魔化す様にぶっきらぼうな言い方で何を言っても弟子を公言しまくるタフなのかよくわからないめぐみんの修行に付き合うとイッセーが言う。
情なんか持ち合わせてるつもりは無いけど、本当の力を取り戻した場合、自分が何を仕出かすくらいは簡単に想像できるし、向こうの自分も何やら人間じゃない種族の女を庇うという行動に出てる以上、一定の何かを持ってるとみて良い。
ならば別に、何故分離した人格がこの世界に居るのかは云々な疑問を考える事も、わざわざ探し出してやる理由も無い。
それに折角持った人格を捨てるのも勿体無いのだ―――と、誰に対してなのかもわからない言い訳じみた事を考えてると、修行に付き合うと言われたのがそんなに嬉しいのか、慎ましい胸に手を置きながら妙に紅潮した顔をするめぐみん。
「や、やだ。たまにお師匠様って優しくしますけど、そんな急に優しくされると胸がキュンってなっちゃう……」
『DVの駄目男と別れられない駄目女の素質があるぞお前』
どうやら普段が普段なせいか、誤魔化しつもりの言葉とは知らないめぐみんにとっては、この程度で優しくされたと思ってるらしく、本当に嬉しそうにはにかんでいる。
それをイッセーの中から見ていたドライグが、どこで獲た知識なのか、ある意味真理を突いた例えをしながらめぐみんに呆れる。
なんというか、やはりこの世界の住人は三周くらい回っておかしい。
「赤龍帝からの贈り物……」
「ビッグバン・ドラゴン・エクスプロージョン!!」
『あ、小娘の魔法の威力が更に上がった。
うーむ、どうやらお前に褒められると異様に進化するらしい』
「えぇ……?」
修行つもりで譲渡した力を、渡した分の倍以上に昇華させるという赤と紅繋がりだか何だか分からない理由で、イッセーの様に全身から鮮血のごとき赤いオーラを纏っためぐみんの爆裂魔法の進化した威力にイッセーは解せないといった顔をしながら、倒れもせずさっきから連発しまくりなそのちっちゃい後ろ姿を眺める。
『おい、物試しになんでもいいから誉めるか応援してみろよ? 更に上がるんじゃないか?』
「はぁ? そんなアホな―――おい、チビ、ドライグをびっくりさせる威力出したら………えーっとどうすっかな、あ、街の露店で何か買ってやるぜ――」
「!? 100倍ビッグバン・ドラゴン・エクスプロージョン!!!」
「―――――――――――うっわ」
『この分だとその内星ごと破壊する威力になるだろこれ。軽く引いたぞ俺も』
更に威力を跳ね上げて見せためぐみんに逆に引いてしまうくらい親和性が高すぎる。
これが普通の人間でムチムチ女子なら泣いて喜んでたのに………と、イッセーは改めて軽く凹むのだった。
「ど、どうでした!? お師匠様から魔力? を貰ったおかげで倒れてません!」
「あ、あぁ……そだね」
「えへへ、安物でも良いからおお師匠様が選んだ物が欲しいです!」
「……………………。何故そこまで」
本当にドライグの言うとおり、普段は罵倒されるか軽く投げ飛ばされるばかりされててとっくに毛嫌いするか殺意すら向けてきてもおかしくないのに、それでも師匠だとひっつくは、軽く優しくすると相当喜ぶめぐみんはアクアとは別ベクトルに駄目な少女なのかもしれない。
街に戻るまでの間、安物だろうと与えられたら恐らく本気で喜んで大切にするだろうめぐみんに手を繋がれるイッセーはただただ訳が分からなかった。
補足
陰と陽のどちらも、元のひとりに戻ったら確実に他種族への殺戮衝動が極限化して、仲間に手を出してしまうのを無意識に恐れて避けてます。
その2
イッセーの中からドロドロの昼メロ愛憎劇を見ていたドライグは、今のイッセーとめぐみんに重なるものがあるとか。
特にたまにイッセーが優しくした際のめぐみんの反応がまんま過ぎるとか。
その3
何気に無神臓による引き上げがめぐみんに対して適応して始まってる気がしないでもない
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接触
あの衝撃的な光景を目の当たりにしてからというもの、イッセーの様子は少し変わった。
何かを考えるかの様にボーッとしたり、この前なんかボーッとし過ぎてモンスターに頭から食われたりもした。
まあ、お察しの通り腹を引き裂いて何事も無く出てきたけど。
「本当に何も知らないんだな?」
「しつこいわね、本当に知らないわよ。そもそもアイツが元の世界で失った力が人の形になって歩いてるだなんていくら私でも想定外よ。しかもこの世界で妙な女と一緒に行動してるなんて」
「そりゃまぁ確かに」
ボーッとする原因は分かってる。
少し前に墓地で見掛けたイッセーと姿形が全く一緒の男。
リッチーなる種族の女を文字通り自分の身を挺して庇い、得体の知れない雰囲気を醸し出していた謎の男。
それが誰なのかは当然俺達が知るわけが無い。
しかしイッセーとドライグは自分そっくりのその男が放った
つまりあのイッセーそっくりの男は紛れもなくイッセー自身であり、言うなればイッセーから分離した半身ともいえる存在。
「あれから暫く経つが、イッセー自身に向こう側のイッセーを追う気配は無いが……」
「本人にその意思が無いのなら私達がどうこう言う事じゃあ無いわね。
何時も通り私の手足となって働くイッセーでいい」
「お前、ホント何時か痛い目見るぞ……」
確かにこの駄女神の言うとおり、分離したという事は元のひとりに戻れる可能性もある。
もしそうなったら俺達の知るイッセーでは無くなり、前にチョロッと聞いた人格と完全な力の取り戻しになる。
いくらバカな俺でももしそうなったらどうなるか分からない。
只でさえこの緩い世界の影響で微妙に緩和されてる感は否めないものの、元々イッセーは人間以外の種族に対して警戒心が異様に強い。
その状態で元の一人の人格に戻ったらきっと…………………いや、考えるのはよそう。
確かに出会い方から何から唐突だったけど、アイツは一人として認めた相手には誰だろうが献身的になる面もちゃんとあるのは俺達がよく知ってる。
あのマイナス側とやらのイッセーがどんな性格をしてるのか知らないが、リッチーを庇ったのだ……根は一緒だと俺は思いたい。
だったら俺達は何時も通り俺達の知るイッセーと接してやればいい。結果それがどうなってしまおうが、仲間である俺達が止められたら――――いいな。
「バカでしょアンタ。
私が転生させたせいで生前より相当弱体化してるとはいえ、その気になれば地図を書き換えなければならないくらいの攻撃力を持ったイッセーをアンタが止められる訳無いじゃない」
「正論だがお前に言われると死ぬほどムカつく」
ちくしょう、人が折角それっぽい覚悟決めようとしたのにこの駄女神め……。
アクアにバカにされては居るものの、イッセーから教えられた戦闘技術をそれっぽく習得しようと、生前ニートが信じられないくらい心のあり方を変化させたカズマは今日もダクネスと共にクエストを回り、モンスターを相手にレベルアップを図っていた。
「オリャア!!!」
今日のクエストは前イッセーの件でやり損ねた大量発生したゾンビ退治であり、人型だったり犬型だったりその他だったりと、まるで昔やったゲームの主人公な気分で次々と仕留めていくカズマの姿は、転生当初とは比べ物にならないくらい逞しくなっていた。
「ファントム!」
背後から襲い掛かるゾンビを裏拳で叩き、足元から喉元へと飛びかかる犬ゾンビを蹴り飛ばし、残った数体目掛けて湖の浄化クエストの際イッセーに見せられた黒神ファントムで沈める。
「ふぅ……」
空砲の様な音と共に数体のゾンビを一斉に吹き飛ばし、土へと還るのを背に構えを解いたカズマは小さく息を整えながら反動で震える自分の手を見つめながらグッと拳を握る。
「反動がまだキツイな。この分じゃまだ二回使えるのが精一杯だ」
「だがここまで見事に再現出来た。やったなカズマ」
「あぁ、お前が練習相手になってくれたお陰だぜダクネス」
「なぁに、こんな凄まじい攻撃をカズマが習得できるのなら寧ろ喜んで付き合うさ! うへへへ……!」
礼を言うカズマに対して微笑みながら返すダクネス。
それだけなら美談だが、うへらうへらと未完成の黒神ファントムの練習台に受けた痛みを思い出して口の端から涎が出ててるせいで台無しだ。
「…………。これで片付けた筈だし、そろそろ降りるか。
結局あのリッチーと向こう側のイッセーの姿も無かったし」
「無視か? ここにきて無視とは酷い! ナチュラルにこの私のツボを抑える辺りカズマも成長したなぁ!」
わざわざ受注し直したのは、ひょっとしたらという考えがあっての事だったが、以前見たリッチーもマイナス側のイッセーも結局見つからず、後ろで無駄にクネクネしてるマゾ騎士の首根っこを掴みながら墓地を後にする。
「こ、こんな犬みたいに私を……あはぁん♡」
「…………」
何でこう、気は良いのに変な連中しか縁が無いのか。
ゆんゆんはまだマシだが、彼女も彼女で変にネガティブ過ぎる所があってイッセーじゃないがやりづらいし……。
「おい、街着いたから歩け」
「こ、今度は命令か……う、うむわかったぞ……ふふふ♪」
「………」
首根っこを掴まれて一人トリップしてるダクネスを一瞥してため息をはきながら街へと戻ったカズマは取り敢えず彼女を普通に歩かせ、ギルドに完了報告をしようと露店エリアを通っていたその時だった。
「!」
「ぶっ!?」
露店エリアをを抜ける少し手前の通りを歩いていたカズマの足がピタリと止まり、後ろを歩いていたダクネスが思いきり顔面がカズマの背とぶつかってしまう。
「ど、どうしたカズマ? は、鼻を打ってしまったが、これもカズマ流なのか?」
「………」
「? カズマ?」
多くの人が行き交う中、突然止まって何かを凝視しているカズマの様子が変だと鼻を抑えながらダクネスはその視線を追い、そして目を見開く。
「ねぇ、悪いことは言わないからやめとこうぜウィズさん? 飯なら厄介になった時から俺が作ってんだからさ……」
「た、たまには私が……!」
「いや、アンタがそうやって張り切る時って高確率でポカやらかしちゃうだろ?」
「だ、大丈夫だから!」
その姿は朝も見た仲間のイッセーにとてもよく似た――いや最早そのものとも言って良い青年の姿。
これだけなら単にイッセーがこの場所に来て買い物でもしてるのかと思うのが普通だが、生憎ついこの前カズマ達はイッセーに似すぎな青年と出会しているし、何より彼が仲の深さを感じられる口調で何やら真剣な眼差しで食材選びをしてる見知らぬ女性が、彼を仲間のイッセーでは無いことを結論付かせる証拠になった。
「ちょ、ちょっとちょっと! そんなグロい色したカエルなんか買って何しようってのさ!?」
「ビフテキ風の料理でもと……」
「素材にヤドクカエルみたいな色したカエルを使う意味がわからないんだけど!?」
「……………。こんな近くに潜んでたのか」
「あの二人はあの時の二人組で間違いないよな?」
「あぁ、イッセーが探すつもりも無かったから敢えて俺達も探しやしなかったが、何処に住んでるんだ?」
「少し追ってみるか?」
「おう……住んでる場所くらい知っといて損は無いだろうしな」
発見してしまった以上、気になって仕方ないカズマはダクネスの提案に頷き、リッチーの女性と共に人混みの中へと溶け込んでいくマイナス側のイッセーを悟られないように注意しながらこっそりと後を付けていく。
そして付いていった先は小さな店だった。
「み、店か?」
「店だな」
「この街に居るばかりか店だと? リッチーってどっちかというと敵的存在だろ? 良いのかよ?」
「事情は解らんが、どうやら魔道具を扱ってる様だ。ほら見ろ看板がある」
軒先に吊るされた看板を指差すダクネスの言うとおり、どうやら魔道具を扱う店らしく、あのリッチーとマイナス側のイッセーが働いてる店である事に驚きつつもさてどうしたものかと暫く立ち尽くしていると………。
「あ! キミは!!」
後ろから聞こえる大きな声にカズマとダクネスは振り向くと、そこに居たのはいつぞやイッセーにプロレス技を食らって泣きながら逃げていった―――
「「すまん、誰だっけ?」」
名前は全く覚えてない青年だった。
「御剣響夜だ!!」
あんまりにも二人にとって印象に残らなすぎた結果から来る反応に本人は憤慨しながら名を名乗るが、果たして二人が覚えるかどうか……は置いておいて、名乗ったミツルギに対して二人揃って生返事みたいな反応を返す。
「そのミツルギが何でこんな所に居るんだよ?」
「決まってるだろ、この店に用があるからさ」
「何?」
マイナス側のイッセーとリッチーの女性が入っていった店を指差して答えるミツルギにカズマの顔が訝しげなものへと変わる。
「お前この店はよく使うのか?」
「これで三回目だがそれが何だい? そんな事よりキミ達こそ――――あ、あの男は居ないだろうな?」
「いや、イッセーなら今別行動だが……」
「そ、そうか……」
イッセーが居ない事を知ってホッとするミツルギにますますカズマとダクネスは解せない。
店をこれまで二回利用し、今もまた入ろうとしている。
それこそ今明らかに恐れていたイッセーとまんま同じ顔した男がこの店で働いてると知らなければこの恐れ方からして利用する訳が無い筈なのに。
「冒険者のキミにはわからないと思うが、この店の品質は初心者の街とは思えないくらい高いものを揃えているんだ」
「それはわかったが。お前この店で働いてる従業員の顔を見たこと無いのか?」
「? 店主の女性の事か? それとも――――ははぁん? もしかしてキミ達はこの店で働くもう一人の従業員の容姿がキミの仲間の彼に似てる事をどこかで知ったんだな?」
「! やはりこの店には――」
「あぁ、だが残念ながら俺はすでにこの彼とこの店で働く彼が別人な事をちゃんと知ってるし、彼は中々親切なんだ。
だから顔が似てるからって俺は恐れたりはしないぞ?」
「「………」」
妙にドヤ顔で怖くないと言うミツルギを無視してカズマとダクネスは互いに顔を見合わせる。
間違いない、もう一人のイッセーはこの店を根城にしている。
「……どうする?」
「……素知らぬ顔して入ってみるか? 少し気にはなるし」
「? 何をコソコソと話しているんだ? おっと、そろそろ失礼するよ。
モタモタしていたら新しい商品を取り逃がしてしまう」
入ってみるべきか、それともこのまま見なかった事にして帰るかで迷う二人に首を傾げながらも、コピーグローブを手に入れて以降、新商品のチェックをしに来るリピーターと化していたミツルギは古い喫茶店みたいな扉を開けて店の中へと入ってしまう。
それを見たカズマは考えるよりも先に無意識に身体が動いてミツルギに続いて店内へと入ってしまい、ダクネスもつられて入ってしまう。
「マコトくん! 新しい品は入ったかい?」
「あぁ、ミツルギさんですか。
折角いらして頂いたのに申し訳ありませんが、あなたのお眼鏡に叶いそうな品は特に入荷してませんね」
店の中は小さいながらも割りと小綺麗で、そこら辺の店では見ない様な魔道具が所狭しと並べられてあって思わずダクネスと二人でキョロキョロとしていると、妙に馴れ馴れしい口調でミツルギがカウンターで茶を飲んでいたイッセーに似すぎな青年と話していた。
「今日は違うお連れ様を?」
「? あ、いやこの二人はなんと言うか偶然店の前で鉢合わせした――ほら、例のキミにそっくりな男とパーティーを組んでる……」
「…………………。あぁ、なるほど」
「「…………」」
ミツルギの説明にマイナス側のイッセーの視線がカズマとダクネスに向けられ、意味深な笑みを浮かべる。
その視線に二人は少し居心地が悪そうに身体を揺する中、あれこれと――どう見ても使う用途が狭すぎるガラクタみたいな魔道具をミツルギに売り付け始め、何の疑いもなくそれを買って店を出て行ったのを確認するや否や……。
「やっと来たね。まぁ本人は居ないみたいだけど」
「イッセー? お客さんはまだ――――あ……」
自分達の知るイッセーと似てるけどどこか底冷えする様な笑みを浮かべ、二人の来店を歓迎し始める。
その際、リッチーの女性が店の奥から顔を出し、二人を見るや否や表情が固まる。
「俺個人に対してのお客だよウィズさん。
お茶、出して貰えるかな?」
「で、でも……」
「大丈夫だ、向こうの俺本人が来てないって事は偶々俺達の姿を発見したんだろう。………でしょう二人とも?」
「あ、あぁ……」
「私達の知る方のイッセーとは別行動中でね」
「………へぇ、ある程度俺達の事情も知ってるか。随分とお喋りなんだな、向こうの俺は?」
物凄く警戒し始めるリッチーの女性を宥めながら、話が早いとばかりに椅子を用意してその場に座らせたマイナス側のイッセー。
こうして向かい合って話す事自体イッセーですらまだでカズマとダクネスが初となる訳だが、なんというか……やはり雰囲気が違えどイッセーそのものだった。
「取り敢えずさ―――キミなんて名前なの!? もう最高に可愛いね!」
「え!? え、ええっと……」
「あ、コイツ間違いなくイッセーだわ」
特にダクネスに突撃噛ます辺りが自分達の知るイッセーとまんま同じ行動で、カズマはここで完全に確信した。
「いやぁもうこんな所にこんなかわいい子来ちゃって俺実はさっきからテンション上がりっぱでさぁ? ほら、向こうの俺っていうか、キミ達とつるんでる方の俺がこよ街でナンパしまくったせいで俺自身顔が同じだから警戒されちゃってよぉ? 言っといてくんね? お前のお陰で俺のナンパが全くうまくいかないって」
「お前もかよ!! 変に緊張して損したわっ!!」
ヘラヘラ笑いながらカズマ側のイッセーに自分の為にナンパを控えろと言えと宣うマイナス側のイッセーに一気に緊張が消え失せたカズマはあまりにも思考回路が同じ過ぎてつい突っ込んでしまいながら、ふとニヤニヤしながらこれも全く同じくらいド下手なナンパを戸惑うダクネスに対してし始めるイッセーの背後の存在に気付き、あ……と声が漏れた。
「な、なぁ……もう一人のイッセー?」
「向こうの俺と違ってもっとソフトなデートをキミに申し込みたい――――――ってなぁに?」
このイッセーは気付いてないらしく、軽く引いてるダクネスにグイグイ行きまくりながら声を掛けてきたカズマに顔を向けるので、取り敢えず目配せする様に背後を指してあげる。
「ん、後ろ?」
その視線に気づいてマイナス側のイッセーが振り返ると……。
「………………」
そこにはダクネスに突撃噛ましてる現場を見せられて既に涙目になってるリッチー――つまりウィズが二人に汲んできたお茶を乗せたお盆を持ちながら立っていた。
「う……うぅぅ……」
「あ、いや……これは掴みを円滑に進めるための軽いジョークだから……」
「そ、そのわりにはデレデレしてた……あぅ……」
「いやだって金髪だけども他全部がドストライク―――あー嘘嘘嘘!! 流石にこればかりは冗談ですから!!」
いっそ激怒して蹴り飛ばしてくれるか氷付けにでもしてくれた方が楽なのだが、最近のウィズはマイナス側のイッセーが他のイッセーにデレデレすると怒らずに本気で泣き出す事が多くなっており、今も持っていたお盆を落としそうになりながら涙を流しており、慌てたイッセーはお盆をカウンターに置かせながらアタフタしていた。
「ごめんなさい……こんな私で……」
「知った上だから大丈夫だって……」
取り敢えず泣き止ませようとウィズを抱き寄せて頭をポンポン撫でるマイナス側のイッセー。
本人はこの上無く真剣にただ泣き止ませようとしてるだけなのだが、目の前でそんな光景を見せ付けられてる気がしてならないカズマとダクネスは……。
「何で目の前でイチャイチャしてる姿見せられなきゃならねーんだよ」
「不真面目はよくないと思う」
微妙に居たたまれなかったとか。
補足
何気に戦闘力がニートじゃ無くなってるという。
でもメンバー中じゃこれでも最弱だからどんだけおかしなバランスのパーティなんだか……。
その2
性癖から好み全部が一緒で、思わずダクネスさんに突撃取材をかましたけど、ウィズさんの涙には勝てなかったらしい。
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