皆城総士になってしまった… (望夢)
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番外編
皆城総士になってしまった…UX01


劇場版艦これ見たら、無性にHAEを見てしまい、プロット的に普通のHAEができないから無理やりねじ込んでいくスタイル。

総×芹が尊過ぎてもうなんだろう。何も感じなくなって……パリンッ


 

 目が覚めたら、そこはあたしの知らない竜宮島でした。

 

 フェストゥム以外にもたくさんの敵が居て、そして一騎先輩たちは人とも戦っていた。

 

 それは仕方のない事なのかもしれない。島をフェストゥム以外の敵からも守るためには、仕方のなかったことなのかもしれない。

 

 だから人と戦わないと言っていた真壁司令は、とても辛い決断をしたのかもしれない。

 

 そんな竜宮島。

 

 あたしたちには関係ないのかもしれないけど。でもこの島だって、乙姫ちゃんの島だから。

 

 だからあたしが守るんだ。

 

「止せ、立上! ノートゥング・モデルでは同化現象は…!」

 

「それでも。あたしはやります」

 

 明日の平和が欲しいのなら、今ある命を使うしかない。

 

「あたしが、守るんだ。乙姫ちゃんの島をっ」

 

 いつもと変わらない。乙姫ちゃんの島を傷つけるのなら、あたしがその敵をやっつけるんだ。

 

「これが、あたしの…」

 

「ザインと同じ、存在を意味する機体だ」

 

 手にしたのは、救世主の英雄の力。

 

「総士先輩!!」

 

「僕に構うなっ」

 

 対するのは虚無の力。それでも、あたしは負けない。負けられない。

 

 スーパーロボット大戦UX with皆城総士になってしまった。

 

 あたしは、ここにいるよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 世界が異なろうとも、人は同じ過ちを繰り返す。

 

 戦いが終わっても、憎しみが消えるわけではない。

 

 終わりのない憎しみの連鎖は、平和になった竜宮島にも襲い掛かった。

 

 異邦人である僕たちには関係のない事であるかもしれない。

 

 だが、この島は竜宮島だ。僕の帰るべき場所だ。

 

 傷つく家族を守るためならば、僕はこの手に剣を手にしよう。

 

「総士……なのか…!?」

 

「僕の名は皆城総士。君の知る皆城総士ではない。だが僕も、皆城総士だ」

 

 そう、僕は皆城総士。未来の為に戦う決意をした、皆城総士であって皆城総士ではない者。だが、それでも僕はこの島の未来の為に戦う。たとえどんな姿や形になっても、竜宮島は僕の故郷なのだから。

 

「空が綺麗だと、思ったことはあるか?」

 

「君も思うんだ。空が綺麗だって」

 

 その問いをされた相手に、問いを返す。

 

 島の空を奪い、島を殺し、家族を傷つけるというのならば。

 

「ザインと同じ、存在を意味する英雄だ」

 

「これであたしも戦えます。あたしの戦いを」

 

「僕も行く。島の空を取り戻すぞ」

 

 スーパーロボット大戦UX with皆城総士になってしまった。

 

 君は知るだろう。

 

 世界を超えても魂の絆は確かにそこにあることを。

 

 その絆によって更なる犠牲を強いられようとも、僕たちは止まらない。守りたいものがそこにあるかぎり。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 目が覚めたら、アルヴィスの医務室だった。

 

 どうして医務室に居るのがわからない。確か昨日も普通に総士先輩と一緒に寝たはずなのに。

 

「目が覚めたのね。気分はどう?」

 

「遠見先生……。なんで、あたし…」

 

「…。皆城君の部屋で倒れていたのよ。あなたたちは」

 

「倒れて…?」

 

 遠見先生からそう聞かされても、倒れるような事をした覚えはない。里奈みたいにSDPの同化現象で眠ってしまう事もあたしにはない。もしそうなったらあたしの場合は身の回りのものを同化するから。自分の命を守ろうとして。

 

「あ、待って。今、真壁司令をお呼びするから」

 

「え? 真壁司令をですか?」

 

 そんななにか深刻な事をした覚えもない。身体だって昨日と何処も変わらないのに。

 

 でも真壁司令が来ると言うのなら、このまま待っているしかない。

 

「あの、遠見先生。あたし、なにかしちゃったんでしょうか…?」

 

「え、いいえ。そうではないのだけれど…」

 

 どう伝えれば良いのかと迷う様な感じの遠見先生に、あたしは良くない方に物事を考えてしまう。

 

 まさか意識していない間になにかを同化しちゃったのかとも。

 

 しばらくして、真壁司令がやって来た。総士先輩も一緒だった。

 

「目が覚めた様だね」

 

「あ、はい。…あの、あたしはなにかしちゃったんでしょうか?」

 

「いや。そうではない。だが…」

 

 真壁司令も、遠見先生と同じ様な表情を浮かべる。すると総士先輩が1歩前に出て口を開いた。

 

「立上はなにもしてはいない。だが事態はそれよりも深刻だ」

 

「はい?」

 

 なにもしていないのに、とても真剣な表情の総士先輩に、あたしは話が見えてこなかった。

 

「僕と立上は、僕たちの世界とは異なる世界の竜宮島に居るということだ」

 

「どういう意味ですか?」

 

 総士先輩から聞かされたのは、あたしには想像を絶する程の話だった。

 

 地球の支配を狙う様々な敵。フェストゥム以外にもたくさんの敵が居る世界。

 

 あたしたちの世界とは違って、この世界はもう北極のミールとの決着がついていると言うことだった。

 

 そしてこの世界の総士先輩はいなくなっているという事だった。

 

 あたしが呑み込みやすい様に、話された内容は主に島に関係する事ばかりだった。

 

 それはあたしの知る未来、或いは過去の世界の竜宮島の辿った軌跡に良く似ている。

 

 でも違う部分もある。

 

 羽佐間先輩も、道生さんも、いなくなってしまったと思ったら実は生きていた。

 

 春日井先輩や小楯先輩、要先輩の未来は変わっていなかったりと、変わらないところもある。

 

「どうやら僕たちは、異なる可能性を歩む地平に来てしまったらしい」

 

「……帰れますよね?」

 

「なんとも言えない。だが、必ず帰る方法を見つけ出す」

 

「わかりました」

 

 不安は、実はとってもいっぱい感じてる。島に帰らないと、総士先輩が居なければマークニヒトを動かせない。あたしも島の為ならアザゼル型とも戦える。戦力として外せない総士先輩の居ない竜宮島。一騎先輩も今は戦えないのに。ザインとニヒトが戦えないまま、四年後を迎えてしまったら目も当てられない。だからそれまでにはあたしたちの島に帰らないとならない。

 

 あたしに出来ることはなにもありそうにない。だから信じて待つだけ。必ず総士先輩なら見つけられるって。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルヴィスの首脳部が会議室に集まっていた。その議題は突如として現れた皆城総士と立上芹を名乗る二人の少年と少女についてだった。

 

「それにしても、また厄介なものを拾っちまったな」

 

「彼らに害意はない。遺伝子的にも本人たちだと断定されてはいる」

 

「新国連のスパイ。だとしても認識チップは一点物でコピーは無理だからな」

 

 史彦の言葉に、新国連のスパイを疑う溝口だったが、総士と芹の身体にはアルヴィスの人間に埋め込まれている認識チップが存在している。

 

 二人が見つかったのも、居なくなったはずの総士の認識IDの反応が突然アルヴィスの皆城総士の部屋に検出されたからだ。

 

 そして地上と地下に、立上芹のID反応が存在している事実もある。文字通り同じ人間が存在しているのだ。

 

 見掛けは異なってはいるが。

 

「両名の証言によれば、昨日は共にアルヴィスで就寝し、目覚めたら皆城君の部屋に居たそうです」

 

「平行世界から、気づいたらやって来ていた。昔の漫画とかであったりする設定だが、そんな事が実際に有り得るのか?」

 

 千鶴の報告に保が口を挟む。漫画家である保が読んだ知識と、総士の証言を照らし合わせて推察するものの、それこそ漫画の読みすぎだと言われかねない妄想だった。だが別世界からやって来た例がないわけではない。

 

「だが彼らの話では、未だ彼らは北極のミールと決戦を控えている最中であるらしい。そして人類の敵はフェストゥムだけであり、日本列島は沖縄と北海道の一部を残し、消滅しているそうだ。人類軍の核攻撃によって」

 

 会議室に居る大人たちは息を飲んだ。日本列島が消滅している。自らの生まれ故郷がなくなっているという言葉は簡単には呑み込めなかった。

 

「彼ら両名も既にファフナーのパイロットとして実戦に参加しているということだ」

 

「待て真壁。それじゃあなんだ。もうひとりの総士君はファフナーに乗れるのか?」

 

 自分達の知る皆城総士はファフナーに乗ることが出来なかった。左目の傷は同じだが、元々乗れたのか或いは乗れる様になったのか、乗らなければならなくなったのか。一番最後の理由だけは出来れば考えたくはないものだった。

 

「ああ。シュミレーターだが、起動に成功し、Sランクも軽々しくクリアしていった。両名ともな」

 

 Sランクのシュミレーターは、敵にザルヴァートル・モデルが奪われた事態を鑑みて付け足された特別プログラムだが、現時点のパイロットたちでさえ対抗するのがやっとの程のものを朝飯前の様に軽くクリアした光景は史彦の記憶に先程刻み付けられたばかりだ。

 

「身柄を保護する対価として、有事の際の戦闘への協力も申し出てきた。その為の新型ファフナーの設計図も添えてな」

 

 立体モニターで映し出されたファフナーの名はアルゴノート・モデル。英雄たちの乗った船の名をつける程の性能がそのファフナーにはあった。

 

「ベースはノートゥング・モデルらしいが、ジークフリード・システム内蔵に、無人機の管制システム? 指揮官機って感じの性能だな。それにコアも二つも使うってのは豪勢なもんだ」

 

「でもこんなもの、いったい誰が動かせるのかしら」

 

 アルゴノート・モデルの設計図を見て、保はそこから想定される性能を想像して舌を巻く。しかしコアを二つも使うファフナーなど、ザルヴァートル・モデルよりも危険な物に容子は思えてならなかった。

 

「現に彼らでも実践配備出来ているのは一機だけらしい。もう一機はパイロットに合わせた調整に難航していると言うことだ」

 

 これだけパイロットに負担を掛けながらも、高性能となる機体を用いて戦わなければならないほどの敵が、北極ミールとの決戦前に存在している。そう考えると末恐ろしくて堪らない面々だった。

 

 そういった存在として、アザゼル型とディアブロ型のデータも、総士から提供されていた。

 

 それを見れば、アルゴノート・モデルの存在も納得できるものだった。

 

 さらにはザルヴァートル・モデルも3機保有していると知れば、彼らがどの様な過酷な状況で戦っているのか想像も出来なかった。

 

「それで。彼らの処遇はどうしますか?」

 

 様々な情報に一旦会議を切り上げて整理する頃合いに。澄美が総士と芹の扱いをどうするのかと纏めに入る。

 

「不自由な生活を強いる事になるだろうが、彼らの要望は出来得る限りで答えたいと思う。世界は違えど、彼らも同じ島を守るために戦っている我々の同胞だ。彼らの帰るべき場所へ返す為に、我々の全力を尽くそう」

 

 ファフナーに対する技術力でならば彼らが先を行っているかもしれないが、それ以外の技術で協力出来る事もあるだろう。

 

 事情を察する事が出来る分。史彦の決定に反対する者は居なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 会議が行われている間。総士と芹の二人は数あるアルヴィスの居住区の部屋に居た。二人にそれぞれ個室は用意されているが、総士の傍を離れられない芹は当然の様に総士が宛がわれた部屋に居た。

 

「どうなっちゃうんでしょうか。あたしたち」

 

 総士の肩に身を預け、服の端を握っている芹は不安から服を握る力は強かった。

 

「悪いようにはされない。とは思っている」

 

 そんな彼女に総士は言葉を返すしかなかった。

 

 世界情勢は違えども、同じ島に住み、ファフナーでフェストゥムとも戦っている自分達。そして島の人間であるから行動は制限されるだろうが、悪いようにはされないだろうという楽観が、総士に余裕を持たせていた。

 

「……乙姫ちゃん」

 

 芹が呟いた。部屋の隅に、赤子を抱いている皆城乙姫が居た。だが、その身体は透けていた。

 

『ようこそ。わたしの島へ』

 

「乙姫ちゃん…。あたし、あたしたちね」

 

「乙姫。お前が僕たちを呼んだのか?」

 

『ううん。わたしはなにもしていない』

 

「そんな……」

 

 皆城乙姫ならば或いはなにかを知っているのではないか。そんな期待を込めた質問への返答に、芹は深く気を落としてしまう。

 

「この島に居る限りは、僕たちに出来ることがあれば言ってくれ」

 

『……あなたは、それで良いの?』

 

「たとえ世界が違えども、お前は僕の妹だ。そして姪も居る。万が一の時は、守ってみせるさ」

 

『……ありがとう』

 

 総士の言葉に僅かに目を見開いて、礼を口にすると彼女は消えていった。

 

「総士先輩……」

 

「以前の僕には、妹が辛いときに、傍に居てやることが出来なかった」

 

 その罪滅ぼしではないが、自分も皆城総士として妹を守ることになんら躊躇いはなかった。

 

「……あたしも。あの時は、傍に居てあげる事しか出来ませんでした。恐くて、悲しいのに。あたしは、それを追い払う事が出来なかった」

 

 痛い。助けて。

 

 そう言葉では発せなくても、助けを求めていたフェストゥムたち。エウロス型は、痛みに苦しんで、助けを求めていた。フェストゥムも生きている。

 

 それでも。戦わないと守れない命の為に、躊躇わない。

 

「あたしも守ります。乙姫ちゃんと、織姫ちゃんを」

 

「ああ」

 

 確かに不安を感じても仕方がない状況だ。だが今は目の前でこれからの戦いに不安を感じている大切な存在がそこにいる。

 

 彼女たちを守るためなら戦うことに躊躇いはない。

 

 息を吹き返した芹に、総士は柔らかい笑みを浮かべた。

 

 たとえ世界が違えども、そこにいる存在を守るためなら戦える。そうでなければ今まで戦っていた意味が無意味になってしまう。

 

 君は知るだろう。

 

 僕たちが存在と無を繰り返して出逢う果て。たとえ違う相手や自分であっても、魂の絆は確かにそこにある事を。

 

 

 

 

to be continued…

 



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皆城総士になってしまった…UX02

今年最後の更新。1月にはビヨンドが待っている。

芹ちゃん殿ビヨンドにも出るよね?

王子さまとお姫さまが二人っきりでひとつの部屋にいる。なにも起こらないわけがない!

でも総士じゃないけど総士だからなぁ。ぶっちゃけ第二の一騎枠になってきてる?


 

 先輩が調べた限りだと、この世界の竜宮島は、あたしの知る本来辿る未来を進んでいた。

 

 犠牲を払いながら勝ち取った未来。

 

 でも。砕け散ったミールの欠片がアザゼル型となって人を襲うようになる。

 

 北極のミールとの決戦を終えてまだ3ヶ月の竜宮島。総士先輩も、アザゼル型のことは伝えていたけれど、それが砕け散ったミールの欠片から生まれることは告げていない。でないとまだ北極の決戦を終えていないあたしたちが何故アザゼル型と戦ったのかという矛盾が生じてしまうから。

 

 必要以上に島の人たちとの接触をしない様にか、あたしも総士先輩も、その行動範囲はアルヴィスの居住区周りだけになっている。行動時間も、午前中は自由でも午後は外出を控える様に言われている。

 

 時間的に、こっちの世界のあたしたちと鉢合わせしない様に考えられているみたい。

 

 でも、朝イチであたしは織姫ちゃんに毎朝言葉を掛けに行っていた。ここでも鉢合わせしない様に気をつける。

 

 部屋から殆ど出ることもないから、自分が別世界の竜宮島にいるなんて実感が湧かない。

 

 戦い以外で役に立てない今のあたし。

 

 来主くん達がやって来るまでは2年も先のこと。だからこっちの世界でフェストゥムと戦うことはないかもしれない。

 

 ひょっとしたらすぐに総士先輩が元の世界に帰る方法を見つけてくれるかもしれない。でも、もしそうじゃない時。あたしは、人を相手に戦えるのだろうか。

 

 たぶん、戦える、と思う。

 

 島に悪意を持って攻めてくる人間が相手なら、戦えると思う。戦わなくちゃならないときはきっと来る。

 

「織姫ちゃん…」

 

 あたしの記憶にある未来は、ずっと織姫ちゃんと一緒に居るために、ツヴォルフの中で眠りについたところまで。

 

 それはあたしがした約束じゃない。でも、あたしも織姫ちゃんは大好きだから、同じ事をすると思う。

 

 総士先輩が居なくても、あたしの傍には必ず乙姫ちゃんか織姫ちゃんが居た。だから怖くなかった。寂しくもなかった。

 

 でも今は、誰もいない。 

 

 総士先輩は出来る事も多いから毎日部屋を空けている。あたしには出来ない事をして、島の人たちに受け入れて貰おうとしている。

 

 あたしなら何が出来るのか考えて。でも答えが出てこない。今のあたしには、本当に戦うしか取り柄がない。

 

「人には不得意な物もある。焦ることはない」

 

「でも…」

 

 湯船に浸かりながら、背中を預ける総士先輩の言葉に、あたしは素直に納得が出来なかった。せめて何か手伝える事はないのかと考えても、なにも湧いてこない。

 

 改めて考えると、あたしは総士先輩に甘えてばかりだ。

 

「そう自分を追い詰めるな。僕としては君が居てくれるだけでも意味がある」

 

「あたしが、ですか…?」

 

 顔を上げて、総士先輩に振り向くと、先輩は少しだけ申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

 

「僕ひとりでは、別世界からやって来たという確証には弱かっただろう」

 

 この世界の竜宮島では、総士先輩はフェストゥムの側にいる。本来の総士先輩が帰って来たかもしれないとみんなに思わせてしまうかもしれない。或いはフェストゥム側のスパイと思わせてしまうかもしれない。総士先輩はそう言った。

 

 本当だったら今はまだ普通のファフナーパイロットの候補生だったあたしがここにいるから、総士先輩とあたしが別世界からやって来た人間という事実により説得力を持たせる事が出来る。

 

 乙姫ちゃんも織姫ちゃんも居なくて不安を感じてばかりのあたしとは違って、総士先輩は凄い。

 

「僕ひとりでなら、黙々と帰るための術を探していた。目的を果たすためならばそれでも構わないだろう」

 

「そんなこと…、ないと思いますけど」

 

 記憶にある総士先輩よりも、総士先輩は乙姫ちゃんとの時間を大切にしている。織姫ちゃんとの時間を大切にしている。

 

 どっちの総士先輩も乙姫ちゃんを大切にしているのはわかる。ただ総士先輩がちょっと過保護になっていて、乙姫ちゃんも普通に総士先輩に甘えるようになって、普通の兄妹になろうとしているだけ。

 

 それ以上に自分に素直な織姫ちゃんの影に隠れているけれど、たぶん総士先輩と乙姫ちゃんの間にはあたしたちが踏み入れられない絆がある。

 

 だからこっちの世界の乙姫ちゃんに言ったように、乙姫ちゃんが危ないときは総士先輩も戦っていると思う。

 

 あたしも、たぶん同じだと思う。でも、あたしだけだったら、心細くてダメだったと思う。こうして総士先輩が居てくれるから、あたしも普段通りでいられるんだと思う。

 

「あたしが一緒でも、迷惑じゃないですか?」

 

「僕の事を知っているのは、この世界では立上だけだ。心強いと思っている」

 

「そうですか…」

 

 総士先輩からそんなことを言われて、気持ちが楽になった。なにも出来ないあたしでも、一緒に居ても良いんだって、そう思えるから。

 

 背中を預けていた格好から、向き合う形に身体を動かして、総士先輩の背中に腕を回して、胸に耳を当てる様に身体を預ける。

 

「暖かいですね」

 

「風呂の中だからな」

 

「違いますよ…」

 

「そうか」

 

 最近。総士先輩の胸の中は織姫ちゃんに占領されちゃっていたから、久し振りに総士先輩の胸の中に居る。とっても落ち着けて、総士先輩と二人きりの今を、不謹慎だけどもう少し感じたいと思っているあたしは悪い子だ。

 

 なのに総士先輩は優しく頭を撫でてくれる。それが気持ちよくて、うとうとして眠くなってくる。

 

「寝るならそろそろ出るぞ」

 

「もう少し。このままが良いです」

 

「…10分だけだ」

 

「はい…」

 

 総士先輩が望むなら、あたしはなんでもする。

 

 今だけは、一騎先輩でも、乙姫ちゃんでも、織姫ちゃんでもない。あたしが総士先輩の願いを叶えられるんだ。

 

 だから代わりに今だけは、いつも以上に総士先輩を独り占めにしたい。一緒に居ても良いのなら、どこまでも一緒に行きます。

 

「もう少し、ぎゅって、してくれますか…?」

 

「最近は落ち着いたと思っていたのだがな」

 

「織姫ちゃんが居ましたから、あたし我慢してたんですよ? 褒めてくださいよ」

 

「どう褒めれば良い」

 

「もっと甘やかして欲しいです」

 

「難易度の高い要求だな」

 

 それでも受け入れてくれる総士先輩だから、あたしもすべてを任せられる。きっと、一騎先輩も同じなのかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あたしも総士先輩に着いて部屋から出るようになった。

 

 総士先輩が外に居る間にしていた事は、ファフナーの整備だった。

 

 北極の決戦でボロボロになった先輩たちのファフナーを直したり、こっちの世界のあたしたちが乗るファフナーの整備をしたり。総士先輩はどこに居ても総士先輩なんだなって思った。

 

「先輩。この機体…」

 

「道生さんの乗っていたマークアインだ。今は前線を退き、空席になっている」

 

 ショットガン・ホーンと大型スラスター、イージスを装備されているグレーのノートゥング・モデル。そのセッティングはあたしのファフナーのセッティングだった。

 

「面白い装備だなぁ」

 

「小楯さん」

 

 マークアインに装備が搭載されていく中で、小楯さんがやって来てマークアインを見上げた。

 

「立上の適性に合わせた装備です。頭部の装備はこちらの彼女にも必要になるでしょう。これがその仕様書です」

 

 小楯さんにタブレットを渡しながら説明する総士先輩。目を通しながら一目あたしに視線を送る小楯さん。やっぱり頭で攻撃するのって、変ですかね。

 

 でも戦ってる時はそんなことを気にしていられなくて、気づいたら頭から敵に突っ込んでる事が多くて。変性意識で、あたしはそんな風になっちゃうから気をつけたくても気をつけられない。

 

 それが変わったのはアルゴノート・モデルに乗ってから。

 

 SDPを使えるようになって、フェストゥムをたくさん同化したくなった。フェストゥムに食欲が湧くなんてどうかしてる。でも、乙姫ちゃんも織姫ちゃんも、総士先輩も、そんなあたしを変わらずに受け入れてくれる。だからあたしは怖くなかった。

 

「次の訓練で出てもらうことになる。出来るか?」

 

「やります。総士先輩が望むなら、あたしが」

 

「わかった。だが無理はするな。僕たちの島に帰るためにも」

 

「わかっています」

 

 それでも、必要ならあたしは無理をするかもしれない。島を守るために。

 

 マークアインの整備を終えたあと、総士先輩はマークザインを見上げていた。

 

 マークザインの中にはマークニヒトが封じられている。

 

 前までのあたしならなにも感じなかったのかもしれない。でも、今のあたしにならわかる。マークザインの中になにかが居る。

 

「……居るんですよね。この中に」

 

「ああ。だが、僕にはどうすることも出来ない」

 

 傍に居るだけでも胸が苦しくなってくる。これが憎しみと虚無によって生まれたマークニヒトの気配。

 

「大丈夫、ですよね」

 

「今は、な。だがいずれは外に出てくる」

 

 それは未来で訪れること。でも、マークニヒトがなければ、未来にたどり着けない。

 

「……辛いですよね。未来の為に、なにも出来ないなんて」

 

「だが出来ることはある」

 

 そう言った総士先輩の横顔を見ても、あたしには先輩が何を考えているのかはわからなかった。

 

 北極の決戦を終えて3ヶ月。この時期に実機での、この世界のあたしたちの訓練がある。

 

 本来辿る未来なら、2年の間は平和でいられたからあたしたちも平和に暮らしていられたのに。

 

「準備は良いな? 立上」

 

「は、はい。…大丈夫です」

 

 訓練を前に、あたしと総士先輩はこっちの世界のあたしたちと顔を合わせることになった。

 

 でも自分と顔を合わせるのなんてなんだか緊張する。こっちの世界の総士先輩はいなくなってるから余計に顔を会わせ辛いと思うのに堂々としてる。

 

「不安なら、僕の手を握っていると良い」

 

「はい…。そうします」

 

 総士先輩と手を繋いで、ちょっとだけ緊張が和らぐ。

 

「大丈夫かね?」

 

「は、はい! すみません」

 

 真壁司令にも気遣われて、申し訳なくて、恥ずかしくなって総士先輩の背中に隠れながらブルクに入る。

 

 総士先輩の肩越しに、こっちの世界のファフナーパイロットたちを見る。近藤先輩に遠見先輩、カノン先輩。要先輩もシナジェティック・スーツを着ている。そして先輩たちに向かい合っているこっちの世界のあたしたちの姿もあった。

 

 真壁司令がブルクにやって来る事なんてないからみんな驚いている。

 

「驚かせてすまない。皆に本日から共に島を守る仲間を紹介するために来た」

 

 真壁司令が横にずれると、みんな目を見開いた。

 

「紹介に預かった。皆城総士だ」

 

「ほ、ほんとに、皆城君?」

 

「い、いつ帰って来たんだよお前…!」

 

 総士先輩が自己紹介をすると、遠見先輩と近藤先輩が幽霊でも見る様に総士先輩を見る。

 

「彼は我々の知る皆城総士ではない。フロンティア船団と同じく、別の世界からやって来た」

 

「べ、別の世界から…?」

 

 カノン先輩がみんなの思っているだろうことを口にする。そう思われても仕方がない。いきなり信じるのも難しい話だと思う。

 

「こちらの世界での皆城総士については僕も聞いている。戸惑いもあるだろう。受け入れろとも言わない。だが有事の際には共に戦う事を了解して欲しい」

 

 そう言うと、総士先輩が横にずれる。いやまだあたし気構えが出来てないんですけど!?

 

 総士先輩は面影があるからみんな一目で誰かわかるけど、あたしの場合は変わりすぎて誰だかわからないだろう。実際みんな誰だって顔をしてる。サッと総士先輩の影に隠れる。

 

「どうしたんだ?」

 

「なんか楽しんでませんか?」

 

「さてな」

 

 絶対楽しんでる。顔がニヤけてるもん。総士先輩の鬼! 悪魔!

 

 ダメだ。ファフナーに乗っている時の総士先輩は鬼だし悪魔だから貶しても効果がない。

 

「……立上芹です。よろしくお願いします」

 

 総士先輩の背中から顔を出して挨拶をすると、みんな目を見開いた。ちょっと驚き過ぎじゃないかな。

 

「え? うそ、あたし!?」

 

 自分を指差して驚いているこっちのあたし。

 

「なんか、全然面影なくてビックリしたって言うか」

 

「別世界の自分と一緒に戦うなんてマンガみてーだな! そっちの世界のおれとかどんななんだろ? なぁ、芹、教えてくれよ!」

 

「か、変わってないよ。ていうか、あたしが変わりすぎというか……」

 

「こちらの立上は事情があってこの姿だが、君たちと同い年だ」

 

「同い年!? なにがあったらそんなボンッキュッボンッになるんですか!?」

 

 あたしが同い年と知って一番驚いてるのは里奈だった。

 

「今でだってこんなおっきいのにぃっ」

 

「ひゃあっ!? なにすんのよっ、里奈!」

 

 向こうのあたしの胸を背後から鷲掴みにしながらこっちを睨んでくる里奈。その視線から逃げるように総士先輩の影に隠れる。

 

「皆城君も雰囲気が違うよね」

 

 遠見先輩の言葉で、視線があたしから総士先輩に移る。里奈はあたしに肘鉄を受けていた。

 

「話してもあまり楽しい出来事ではないが、こちらも色々あった。そして僕たちもそこにいる事を選んだ結果だ」

 

「そうなんだ。なんだか不思議だね。でも皆城君は皆城君なんだね」

 

「どういう意味だ?」

 

「芹ちゃんを守ってる。あたしたちを守るみたいに。だから皆城君は変わらないんだって思ったの」

 

 鋭い洞察力を持つ遠見先輩は、総士先輩が本来の総士先輩とは違う事を見抜いているらしい。確かに総士先輩は本来の総士先輩よりも軟らかい人だ。それが親しみ易くてあたしは好きだけど、総士先輩は本来の総士先輩よりも痛みに弱いことを気にしてる節もある。辛いときはあたしに甘えてくれても良いのになぁ。

 

「パイロットを守るのは僕の仕事だ。だが立上にはプライベードでも世話になっている。僕個人の意思でも、彼女を守ることに疑問はない」

 

「……やっぱり、あたしたちの知る皆城君とはちょっと違うかも」

 

「そうなのか? 事実を口にしたまでだが」

 

 そこで首を傾げちゃう辺りが先輩ですよね。でも恥ずかしいけど、ちょっと嬉しかった。

 

「と、とりあえずアレよ。総士が居るんだったら、指揮は任せても良いんじゃないの?」

 

 要先輩がそう言ったものの、総士先輩は首を振って指揮権の受け取りを拒否した。

 

「いや。有事の際は僕もファフナーで出ることになる」

 

「ファフナーに乗れんのか!?」

 

 総士先輩の受け答えに、近藤先輩が驚いた。割りと早い段階からファフナーに乗って戦っていたから忘れそうになるけど、本来の総士先輩はファフナーに乗れなかったんだよね。こっちの世界の総士先輩もそうだったみたいだから、近藤先輩が驚くのもわかる。

 

「ああ。それにいつ僕たちももとの世界に帰るかわからない。ファフナー部隊の指揮は剣司が中心となって進めると良い。遠見とカノンでサポートしてやってくれ」

 

「ちょっと総士。なんでアタシにはなにもないのよ」

 

「要は遊撃戦力として専念した方が良いからだ。経験のない空戦中に指揮が出来るか?」

 

「ぐっ。やっぱりアンタは総士だわ。そう言われちゃ言い返せないっての」

 

 世界は違っても、根本的に先輩たちも人が変わっている様子もなくて良かった。やり辛さはあるかもしれないけれど、なんとかやっていけると思う。

 

「話したいことはまだあるだろうが、予定時刻だ。各員ファフナーへ搭乗。訓練を始めてくれ」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 真壁司令が纏めてくれて、漸く視線から解放された。

 

 実際のファフナーに乗るのは初めての後輩組に、近藤先輩が中心になって訓練を始めていく。こっちの世界のマークツヴォルフには総士先輩が作っていたショットガン・ホーンが装備されている。そして変性意識の所為でマークアハトに頭から突っ込んでいくマークツヴォルフを見ながら、あたしはマークアインに乗って軽く機体の動きを確かめた。

 

 マークアインもマークツヴォルフと同型で、総士先輩がセッティングしてくれたからか動きに違和感を感じなかった。

 

「っ、なに? 誰か居るの…?」

 

 誰かに呼ばれた気がした。その声は来主くんの声だった。

 

 ここにいる。確かにそう聞こえて、灯台の方を見ると、灯台の上に来主くんが居た。

 

「来主くん…?」

 

 近づこうと機体を向けた時だった。

 

 フェストゥムが沿岸部に現れた。

 

 そして海面を割ってマークゼクスが飛び立った。

 

「マークゼクス!? 羽佐間先輩?」

 

 マークゼクスの識別コードが出るとクロッシングが行われた。

 

『僕だ。立上』

 

「総士先輩?」

 

 マークゼクスに乗っていたのは総士先輩だった。でも姿がアルヴィスの制服のままだった。スーツ無しで、ファフナーに乗っているってこと?

 

『こちらの羽佐間が来る前に拝借した』

 

「怒られても知りませんよ?」

 

『謝罪はあとでしておく。ファーストエンゲージ、良いな?』

 

「良いんですか?」

 

 あたしも総士先輩も、普通のフェストゥムが相手なら負けるような事はない。訓練中のあたしたちを抱えていても、先輩たちなら余裕だと思う。なによりフェストゥムと戦う経験を積ませる為に良い機会だと思うけど。

 

『突然の奇襲で島民の避難はこれからだ。それに先程僕は声を聞いた』

 

「来主くんの声…」

 

 総士先輩も聞いていた。来主くんの声と一緒にフェストゥムがやって来た。

 

 そこから考えた事が、総士先輩の考えと同じものだった。

 

「でも、まだ3ヶ月ですよ!?」

 

『現実を受け止めろ。被害が出る前に島を守るんだ』

 

「っ、了解!」

 

 フェストゥムに一番近いのはあたしのマークアインだ。あたしが行かなきゃ、島の誰かがいなくなる。

 

 直ぐ様機体を駆けつけさせる。

 

 住宅地に入ってくるグレンデル型を踏みつけ、装備してきたレヴィンソードを構える。

 

「はああああああっ」

 

 突進する勢いで降り下ろしたレヴィンソードで、グレンデル型を生むアルヘノテルス型を切り裂く。

 

 空かさずコアを掴み取った。

 

「ちょうだい。あなたの存在(いのち)……」

 

 手が結晶に包まれる。

 

 この島にはゴルディアス結晶はまだない。だからSDPも使えない。

 

 でも、だったらあたしが直接同化すれば良い。総士先輩が生身でフェストゥムの力を使うように。

 

 結晶が腕を覆っていく。あたしを逆に同化しようとしている。存在と無の綱引き。

 

 でも、アザゼル型に比べればどうってこともない。

 

「んっ…。ごちそうさま…」

 

 結晶が弾けて、存在(いのち)があたしに同化したのを感じる。

 

 レヴィンソードを別のアルヘノテルス型に投げつける。

 

『あなたは…そこにいますか?』

 

 スフィンクス型が問い掛けてくる。

 

「あたしは、ここにいるよ」

 

 ショットガン・ホーンを展開。スラスター全開で、あたしを見下ろすスフィンクス型の胸に飛び込む。

 

「だからもっとちょうだい。あなたたちの生命を…」

 

 ショットガン・ホーンの突き刺さったスフィンクス型を同化しながら、レヴィンソードを突き刺したアルヘノテルス型も同化する。

 

 結晶に包まれたアルヘノテルス型を通して、島の市街地を結晶が覆っていく。そしてグレンデル型だけを同化して、すべての結晶が弾ける。

 

「さぁ。次にあたしに食べられたいのはだれ…?」

 

 まだまだあたしはたくさん食べたい。フェストゥムたちを睨みながら、あたしは口許に笑みを浮かべながらそう口走っていた。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…UX03

何故か芹ちゃんが出てくる夢を見ました。

何故か芹ちゃんを押し倒してる体勢で、慌てて退こうとしたら芹ちゃんが芹ちゃん殿になって押し倒される体勢になって、身体を同化されながら「なんであたしを放っておいたんですか?」って言われながら色んな意味で食べられた夢でした。

恐くなったのでお話は進まないものの投稿致します。だからお願い芹ちゃん殿赦してください(パリーン


 

 後輩組の訓練の最中。島に来主の気配を感じた。

 

 乙姫を通して僕は島のミールと繋がっている。

 

 島のミールが異なるミールの使者を察知すれば、同時に僕もそれを知ることになる。

 

 ブルクのファフナーで動かせる機体はマークゼクスのみだった。他にはマークフィアーもあるが、フィアーはコアが内蔵されていない為、対フェストゥム戦闘には使うことが出来ない。

 

「ちょっと、何をするの皆城君!」

 

「敵が来ます! マークゼクスの起動をお願いします」

 

 上着を脱ぎ、コックピットブロックに乗り込む。

 

「ぐぅっ。改良されているとはいえ、シナジェティック・スーツがなければこんなものか…っ」

 

 接続時に感じる痛み。その痛みに生理的な涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて耐える。スーツを着ていれば痛みも軽減されるが、スーツ無しでの接続はかなりの痛みを伴った。

 

 コックピットブロックがファフナーに送還され、機体との接続が始まる。

 

 起動は問題なく成功した。

 

「お前たちなのか? 来主」

 

 記憶にある本来の未来。北極の決戦後に訪れる対話の時。

 

 それは本来ならば2年後の話だが、この世界はなにが起こるか予想がつかない。

 

 なにしろ日野美羽が生後2ヶ月にして既に2才児程度に育っているのだ。ミールが彼女の成長を促したのか。それを確かめる術はない。

 

 だが、彼らが来るというのならば、何れにしろ戦わなければならないだろう。

 

 ルガーランスを装備して発進する。

 

 海面を割って飛び立ち、上空からフェストゥムのもとへ向かう。

 

 敵はグレンデル型、アルヘノテルス型、スフィンクスA型種とD型種を確認している。

 

 一番近い立上のマークアインとクロッシングし、彼女を現場に急行させた。

 

 レヴィンソードでアルヘノテルス型を切り裂いたマークアインは、そのコアを掴み取って同化していた。

 

 SDPは使えないはずのこちら側のファフナーで敵を同化する。どの様なトリックを使っているのか一瞬考えたが、考えるよりも先に彼女を止める方が先決だった。

 

「止せ、立上! ノートゥング・モデルでは同化現象は…!」

 

 通常の同化現象に合わせて、SDPは新たな同化現象も引き起こす。そして今の立上は自身のミールの因子を活性化させ、SDPを発動させているのだろう。

 

 それは人の道から自ら外れるものだ。

 

『あたしも守ります。世界が違っても、ここは乙姫ちゃんの島だから…っ』

 

「だが…」

 

 その選択は尊重したい。だが、なにも立上が生命を削ってでも成すべき事ではないはずだ。

 

『それでも。あたしはやります』

 

 スフィンクスD型種を同化し、立上はひとりでフェストゥムを一掃した。ノートゥング・モデルでもSDPが使えれば、マークザインと同等の戦力になる。それが立上の強みだ。だが、SDPをノートゥング・モデルで使用すれば、立上自身どうなるのかわかっているはずだ。

 

「大丈夫か、立上」

 

『平気です。心配してくれるんですか?』

 

「当たり前だ。僕たちは帰らなければならない場所がある。君がいなくなれば、乙姫と織姫は深く悲しむだろう」

 

『総士先輩は、悲しいと思ってくれないんですか?』

 

 少し意地悪な聞き方だろう。なにも思わない他人とプライベートまで付き合う様な人間じゃないことは立上もわかっているはずだ。だが互いに思うことを言葉にしなければ不安に思い、時にはすれ違うのが人間だ。

 

「……僕も、悲しいと感じる時はある」

 

 相変わらず自分でも回りくどい言い方しか出来ないと思う。立上がいなくなると考えると、心がざわつく。僕にも仲間を想う感情はある。

 

 一騎の居ない現状で、それでも普段通りでいられるのは立上が居るからだ。

 

 彼女は僕に甘えていると言うが、僕も少なからず彼女に甘えているところがある。

 

 その戦闘能力は当然として、僕は一騎に頼るよりも、事情を共有している立上に頼る事が多い。最近の僕はそれがより顕著だ。

 

『ふふっ。大丈夫ですよ。あたしはいなくなったりしませんから』

 

 そんな保証など何処にもない。だが立上は確信を込めてそう言い放ってきた。

 

 確かに立上の場合はそう言えるのだろう。だが、果たしてそれで良いものかという不安もある。

 

「ん…?」

 

 機体の識別コードが新たに加わった。

 

『マークザイン…。こっちの一騎先輩?』

 

「…………」

 

 あえて接触を避けていた相手。こちら側の一騎は、記憶にある本来の未来の一騎に近い状態だろう。

 

 僕自身。一騎の不在で不安定な部分もある。立上に甘えているのはそういうところだ。

 

 自分は皆城総士ではないが、皆城総士である。

 

 そんな自分が、一騎ではないが、真壁一騎である存在を前にして、どう接して行けば良いのかわからなかった。

 

 敵はすべて退けたものの、マークザインが出てきた訳。恐らくそれは敵がまだ退いていない事を示している。感じるのだ、ミールを通して、別のミールの気配を。

 

『総士先輩…』

 

「ああ。まだこれからだ」

 

 再びスフィンクス型が現れた。スフィンクス型の1体がマークザインの目の前で姿を変える。

 

 エウロス型。個体能力ではリミッター付きのマークザインと同等。ディアブロ型と双璧を成す個体だろう。

 

 単体でならば問題はないだろうが、見た限り増援のスフィンクス型すべてがエウロス型へと変化した。

 

 エウロス型相手にファフナー部隊は苦戦し始めた。初陣の後輩組を庇うために、剣司たち先輩組は奔走しなければならず、己の持ち味を生かしきれていない。

 

 そしてマークザインも動きが鈍い。

 

 いや、マークザインの中にいるマークニヒトを抑える事で精一杯のはずの一騎が、戦闘の負荷で急激な同化現象に襲われているからだろう。

 

「っぅ…っ」

 

『総士先輩…!?』

 

「なんでもない。マークザインを援護する。エウロス型はこちらで引き受けるぞ」

 

『わ、わかりました!』

 

 立上に指示を出しながら、痛みの走った自分の腕を見てみれば、僅かに結晶が見えた。

 

 肉体が結晶化するには随分と早すぎる。ファフナーに乗っている事で起こるものではないと瞬時に判断し、思考を戦闘に振り向ける。

 

 マークザインを攻撃するエウロス型に何者かの攻撃が突き刺さる。

 

 エネルギー系の兵装だったが、それらの兵装を持つのは現状ではマークフュンフのゲーグナーか、マークドライツェンのルガーランスだが、どちらもエウロス型からの攻撃を避けるので手一杯だった。

 

 そして現れたのは赤い戦闘機と、青い人型機動兵器だった。

 

 二機の連携攻撃で、マークザインを襲っていたエウロス型は倒されたが、青い人型機動兵器は空間を砕いた様にも見えた。

 

 そして空中に浮く戦艦から様々な人型機動兵器が現れた。

 

 あれがアルティメット・クロス――UXと呼ばれている混成部隊か。

 

 フェストゥムを相手に通常兵器で対抗できる特殊部隊。

 

 強い意思を感じる者たちだった。

 

 しかしエウロス型の波状砲撃の弾幕によって思うように前には出れないらしい。フェストゥムが人類の兵器を使うというのはそれほどの衝撃を与えるものだ。

 

 立上のマークアインがエウロス型に切り込むが、レヴィンソードを捕まられて身動きを止めていた。

 

「使え、立上!」

 

 ルガーランスを投げ、立上が相対するエウロス型の胸に突き刺さる。

 

『うおおおおおっ!!』

 

 その衝撃の隙を突き、ショットガン・ホーンを突き刺して砲撃し、エウロス型を吹き飛ばした立上は、吹き飛ばされるエウロス型に突き刺さるルガーランスを掴み、レヴィンソードと合わせた二刀流で上段からエウロス型に降り下ろした。

 

 ライフルに変化した右腕で防御するエウロス型だったが、その防御を打ち払い、ショットガン・ホーンをエウロス型の胸に突き立てて地面に押し倒した。

 

『…大丈夫だよ。痛いのも、怖いのも。すぐに終わるから』

 

 もがき暴れるエウロス型を同化する立上は何を思ってそう呟いたのか。

 

 そして立ち上がるマークアインがルガーランスを掲げ、展開した刃から光を放ち、その光に触れたエウロス型が次々に結晶化していく。

 

「…っ」

 

 腕の痛みが引いていく。だが内心穏やかではいられない。この現象がどの様にして行われているのかを知っているからだ。

 

「増援だと? まだ来るのか」

 

 沿岸部にエウロス型の増援が現れる。腕をライフルに変化させたエウロス型による遠距離砲撃に機動部隊も足並みを乱される。

 

「ぐぅっ」

 

 さらに島にダメージを与える攻撃に、身体に激痛が走る。

 

『総士…!』

 

 クロッシングしている乙姫の声が聞こえてくる。

 

「心配するな。僕は、平気だ…っ」

 

 島の痛みを、乙姫と織姫を守る為ならば、僕はいくらでもこの身を犠牲にしよう。それは世界が異なろうとも変わらない。

 

 弾幕を張るエウロス型が攻撃の手を止め、撤退していく。

 

 エウロス型が退き、そして島に来主が現れ対話を求めて来た事で戦闘は終わった。ファフナー部隊は自動操縦で島に帰投する。

 

 コックピットの中で、僕は身体から生えている結晶を振り払う。エウロス型の攻撃による島への負荷を肩代わりした程度で、痛みに喘いでいたらこの先が思いやられる。皆城総士だったのなら、この痛みにすら耐える事が出来たのだろうか。

 

 コックピット・ブロックのハッチが開くと、立上が待っていて、不安を浮かべた表情でこちらを覗き込んできた。

 

「…総士先輩」

 

「あまり無茶をするな」

 

「総士先輩だって。他人のこと言えませんよ」

 

 そう言いながら、立上は僕の腕を掴んできた。何故だかその視線に咎められている気分になる。

 

「島の痛みを、乙姫ちゃんと織姫ちゃんの負担を肩代わりするなんて」

 

「…それは君も同じだろう」

 

 僕の感じた痛みさえ同化してしまった立上には言われたくはなかった。

 

 ファフナーの、ノートゥング・モデルの性能を超えているSDPの行使は、着実に立上の人としての存在を削ったものだろう。

 

「あたしは良いんです。あたしは死なないから。でも、総士先輩はそうはいかないんです。だからあたしに任せてください。痛みはあたしが背負いますから」

 

「立上……」

 

 自分は死なない。そう言う立上に、なにもしてやれない僕は申し訳なさでいっぱいだった。その役目は僕がしなければならない事だ。なのに僕の弱さが、彼女に負担を掛けてしまう。それが申し訳なかった。

 

「立上。僕に出来ることはないか?」

 

 だから僕に出来ることは立上の望みを叶えてやるくらいのものだ。痛みを背負わせてしまっている彼女にはそれでも足りないだろう。

 

「いつも通りで、あたしは満足ですよ」

 

 コックピット・ブロックから立上に引き上げられる。僕自身そこまで軽いわけでもないのだが、彼女は軽々しく僕を引き上げた。そして柔らかい笑みを浮かべながら、彼女は僕の胸に頭を預けてくる。

 

「でも。そう言ってくれるなら、ひとつお願いしても良いですか?」

 

「僕の出来る範囲で全力を尽くそう」

 

「じゃあ…」

 

 そう言いながら立上は僕の腰に腕をまわしてくる。

 

「抱き締めながら、頭を撫でて貰えますか? 乙姫ちゃんにするみたいに」

 

「わかった…」

 

 そう言いながら身体を預けてきたということは、今この場でして欲しいのだろう。ある程度事情が知れ渡っている僕たちの島でなら構わないのだが、ここは僕たちの島ではない。

 

 しかし出来ることはすると言ったのは僕だ。

 

「ん…っ」

 

「これで良いか?」

 

「はい…。とっても、安心できます」

 

 いつも僕が洗っている指通りの良い髪の毛を撫でる。手入れに関してはいずれ乙姫の世話を出来る様にする為に自分の髪の毛を伸ばして研究してきた甲斐あって我ながら満足できる仕上がりだ。

 

「大丈夫か?」

 

 僅かに震えている立上に声を掛ける。彼女がこうも場所を選ばずに甘えてくる理由があるのを僕は察して、その理由を問い掛ける。

 

「はい。でも、もうちょっとだけ、このままで」

 

「わかった…」

 

 立上の頭を撫でてやりながら、僕は出歯亀をしている面々になんと説明しようかと思い悩む。

 

「ちょっとちょっと。向こうのあんたと総士先輩ってやっぱりそういう仲なわけ?」

 

「あ、あたしに訊かれてもわかんないよぉ…」

 

 里奈がこちらの立上に訊ねているが、答えられないのも仕方がない。なにしろ僕自身ですら立上をどう扱いたいのか、扱って接するのが正しいのかわからないのだから。

 

 赤の他人ではない。妹と姪の親友。学校の後輩。ファフナーのパイロット。未来を知る者同士。

 

 僕たちの関係は改めて考えても言葉にするのは難しい物だ。ただ立上か傍に居るのは既に僕にとっては当たり前の日常になっている。だから失いたくはない存在である事は間違いない。

 

「まったく、なにやってんだか」

 

「でもちょっと様子が違うような気がするけど」

 

 要の呆れたような声と、洞察力の鋭い遠見の声も聞こえる。

 

「立上。そろそろ良いか?」

 

「いやです。もうちょっとだけ」

 

 どうやら今の立上は普段より我が儘であるらしい。普段は乙姫や織姫が居るから何処か遠慮をしている彼女だが、二人きりの時は乙姫よりも甘えてくる傾向がある。その辺り乙姫は聞き分けが良い。織姫は、あとで埋め合わせする必要があるが渋々受け入れてくれる。

 

 普段遠慮がある分、一度こうなると中々立上は離れたがらない。PTSDを患った時に甘く接しすぎたのがいけなかったのだろうか。しかし僕にはもう彼女を冷たく引き離す事は出来ない。彼女の好意を知るからこそ、歪な想いを抱かせてしまったからこそ。僕は立上の敵になってはいけないのだ。もしそうなった時、彼女は壊れてしまうだろう。だから僕は何があろうとも彼女の存在を肯定し続ける義務がある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 島の負担を肩代わりして痛みを背負う総士先輩が心配で、ちゃんと総士先輩がここにいる事を感じる為に甘えるだけ甘えたあと、あたしはここが自分達の島じゃないことを思い出した。でも早いか遅いかの違いしかない。

 

 総士先輩があたしたちを覗き見ていたみんなに、あたしがPTSDを患っている事を話すと、一様に空気が暗くなってしまった。

 

「あの、それって、あたしもなっちゃったりするんですか?」

 

 そう不安そうに手を上げて総士先輩に質問したのはこっちの世界のあたしだった。

 

「まったくならない、とは僕にも断言は出来ない。PTSDを発症するのはその人間それぞれだ。立場も状況も違えば発症しないとは言い切れないものだ」

 

 そう総士先輩は伝えた。あたしはただ、あたしだけの恐怖心だけじゃない。乙姫ちゃんが感じた恐怖も一緒だった。

 

 あたしは総士先輩に支えてもらうことでその恐怖を誤魔化した。優しく接してくれる総士先輩の温かさに触れる事で生まれる安心感で恐怖を忘れる。

 

 それはあたしが乙姫ちゃんとクロッシングしていたから感じた想いで、あたしの想いの半分は乙姫ちゃんの物だった。

 

 でも今は、違う。この想いはあたしだけの物だって胸を張って言える。だってあたしは決めたから。未来のあたしから記憶を受け取った時、あたしは乙姫ちゃんや織姫ちゃんだけじゃない、総士先輩だって守るんだって。

 

「でも少しは人目を気にしなって。見てるこっちが恥ずかしくなるっての」

 

「なるべく善処はする。だがある種の治療行為の様なものだ。大目に見てくれると助かる」

 

「そりゃ、そうかも知んないけど」

 

 傍から見ると、やっぱり人目を気にしないで抱き合ってるようにしか見えないのは仕方がないと思う。確かに要先輩の言いたいことはわかる。今までそういう事を言われることもなかったから気にしなかった。でも普段から人目を気にしていないわけじゃない。今回は総士先輩が無茶をしたから悪い。あたしは悪くない。

 

「ま、まぁ、なんにせよだ。取り敢えず着替えようぜ。総士だっていつまでもそんな格好じゃアレだろ?」

 

「そうだな。検査も控えている。この場は解散としよう」

 

 シナジェティック・スーツなしでファフナーに乗った総士先輩はアルヴィスの制服を新しく着替えないとならないし、総士先輩の言うように検査もあるし、いつまでもシナジェティック・スーツのままじゃいられない。

 

 近藤先輩が提案してくれたことで取り敢えず解散になってブルクから移動する事になった。

 

「……やっぱり、迷惑でした?」

 

「気にする必要はない。言い出したのは僕だ」

 

 でも、それに甘えたのはあたしだ。

 

 そんなあたしを、総士先輩は何も言わずに受け入れてくれる。

 

 だからあたしは、そんな総士先輩に甘える。その代わりにあたしは戦う事が出来る。

 

 恐くても、総士先輩が居るから恐くない。乙姫ちゃんと織姫ちゃんの島を守るために戦える。

 

 総士先輩の、乙姫ちゃんの、織姫ちゃんの英雄として、あたしは戦えるんだ。この生命が尽きたとしても、あたしは死なないから。戦い続ける事が出来る。

 

 痛みだって、あたしが背負う事が出来るんだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 初めての実戦は、なんかあっという間に終わっちゃって、戦った実感もほとんどなかった。

 

「なんか、あっちの芹は色々凄いのね」

 

「うん。そうだね…」

 

 里奈の言葉にあたしは頷いた。

 

 同じノートゥング・モデルに乗ってるのに、まるで別の機体の様な戦い方をする別世界のあたし。

 

 見た目はまったく違うのに、歳は同じなんていうのも信じられない。それに総士先輩と抱き合っている時のあたしはとても幸せそうだった。髪型があたしの知ってる総士先輩に似ているからか、総士先輩に抱き着いているあっちのあたしがなんでか乙姫ちゃんに見えた気がした。

 

「だがPTSDを抱える者を戦場に立たせるのは、あまり賛成ではない。言ってしまえばいつ動けなくなるかわからん味方が部隊に居ると言うことだからな」

 

 元々人類軍だったカノン先輩がそう零した。トラウマを抱えてでも戦わないとならない。だからあっちのあたしはあんなに強いのかと考えてしまう。

 

「もしそうなった時は助けてあげれば大丈夫だよ。あたしたちの戦いは、みんなで痛みを背負って生き残る事なんだから」

 

「まぁ。その辺りはなるようになるでしょ。白馬の王子さまも居るようだし」

 

 心配してもしもの時は助けてあげようと提案する遠見先輩。それはあたしも賛成。違う世界から来てもあたしはあたし。あたしだから危ないときは助ける事に異論はない。

 

 にやにやする要先輩があたしを見てくる。いや見られても反応に困ります。

 

「見てて砂糖吐けそうですよね。芹もあと5、6年したらあんな風になんのかぁ」

 

「なっ、ならないよっ」

 

 バカ里奈にそう言い返すけど、ちょっぴり羨ましいかなって思ったりはした。

 

 でもいったい何がどうなってあっちのあたしは総士先輩とあんなにも仲が良いのか疑問に思う。やっぱり付き合ってたりするのかな? でも一騎先輩一直線の総士先輩をどうやって振り向かせたんだろう。そう考えると急に恥ずかしくなってきた。自分の事じゃないのに、余計なことまで考えるのはあっちのあたしが色んな意味ですごいからかもしれない。やっぱり人前で気にせず抱き合っちゃうくらいだから、恋人なのかな。でもなぜかそう思えない。それはあっちのあたしをまるで乙姫ちゃんみたいだからと思った所為なのか。

 

 結局、考えても答えなんて出なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 立上の検査は少し長引いた。通常の検査に加えて、SDPによる影響が現れていないか確かめる為だ。

 

 立上の場合は新同化現象が起きると周囲のものを同化してしまう。とはいえ、それは島がパイロットの命を守ろうとして発症するものだ。ゴルディアス結晶のないこの島ではどういった形で現れるのかは未知数だ。

 

 念入りに調べて大げさとは言えない。それが同化現象だ。

 

 しかしいつまでもノートゥング・モデルで戦わせていたら立上の存在は消えてなくなってしまうかもしれない。或いは甲洋や、島の祝福を授けた一騎の様な存在となってしまうだろう。

 

「SDP――超次元現象、か」

 

「はい。立上の場合は単独でザルヴァートル・モデルが行使する能力。敵の同化、武器との同化による性能強化、機体の再生を行えます」

 

「その代償は人であることから外れること、か」

 

 僕は真壁司令にSDPについての説明をしていた。今回の戦闘で立上の見せたSDPによる戦闘。ふたりの立上が居て、その両名が同じノートゥング・モデルに搭乗していてあれほどの戦闘能力の差を発揮するともなれば、機体ではなくパイロットが注目されるのは不思議な事ではない。

 

「彼女の戦闘能力を充分に発揮する為にはアルゴノート・モデルが必要です。現状でエウロス型に対抗出来てはいますが、その分機体とパイロットに多大な負荷を掛けています」

 

「アルゴノート・モデルはその為の機体であると?」

 

「はい」

 

 アルゴノート・モデルを作ったのはSDPによる負荷を軽減させる為に、より効率良く力を引き出す為だった。

 

 機体をミールと同質の存在とする事で、関係性を機体とパイロットで完結させる。それによってパイロットの、島のミールとのクロッシングの負担を減らすことが出来る。だがそれは結局は乗りやすくなったザルヴァートル・モデルに乗っているだけに過ぎない。同化現象は過酷だ。それを島のミールが命を守る特性を利用して同化現象を抑えさせていた。

 

 この島のミールと、現状保管されているコアでは同じようには行かないだろう。しかしそれでも、彼女を守る力にはなるはずだ。

 

 そして、いずれ現れるだろうマークニヒトに対する対抗手段にもなる事が出来る。

 

「更なる敵襲来に備え、戦力を強化する必要もあるか。よかろう、アルゴノート・モデルの建造を許可しよう」

 

「ありがとうございます」

 

 許可を貰えたことで、僕は感謝を込めて真壁司令に深く頭を下げた。

 

「君の齎した力は、いずれ我々の力になる時が来るやも知れん。なら、現状でその扱い方を理解している君たちが居る間にその力を見極めさせてもらいたい」

 

「了解しました」

 

 その言葉を聞きながら、僕は建造スケジュールを組み立てる。組み立ては僕自身が出来るとしても、パーツに関しては保さんとも相談しなければならない。

 

「君は来主操をどう思う」

 

 そんな僕に真壁司令が問いかけて来た。来主の言葉は全島民に中継されていた。

 

 僕にとっては来主は既に共に戦う仲間ではあるが、こちらの来主はまだ人間を理解している最中だ。

 

「敵ではない、と思っています」

 

 むしろ来主たちボレアリオスは被害者だ。彼らは争いを望んでいない。だがそれを無差別に人類軍が攻撃してしまった。

 

 その所為で人類に敵意を持っていない彼らを憎しみに染めてしまった。

 

「人類軍の核攻撃が、彼らを憎しみと憎悪に向かわせてしまった。しかし、まだ引き返せるでしょう。その為に、彼らとの対話の道を切り開く必要があると思います」

 

「彼らが我々に使者を送ったように、我々にも彼らと対話する使者を送る事が出来ると?」

 

「はい。しかし、それにはおそらく乙姫以上に我々の言葉を彼らに伝える事の出来る存在が必要でしょう」

 

「ふむ…」

 

 本来ならば、このことを伝えるのはこちらの世界の皆城総士の役目であるが、この世界の事情を考えると、僕の知る未来に辿り着けない可能性もある。憎しみに駆られた彼らとの対話は、皆城総士の言う様に賭けに近い。

 

 今の現状で出せるヒントはこれが精いっぱいだ。何故なら僕たちはこちらの真壁司令には過去の人間であるという認識だからだ。なのに彼らとの対話の手段を口にしてしまえば余計な混乱と疑念を生んでしまうだろう。

 

 エスペラントである日野美羽。彼女が希望であると伝えられない歯痒さ。

 

 だから、その答えが導かれるまで、島を守れる力を僕は欲した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 総士先輩が真壁司令に呼び出されてしまったから特に予定なんてないあたしは、岩戸に来ていた。

 

 まだ赤ん坊の織姫ちゃん。赤ん坊だけど、この島を守っている。いつも泣きたいのを我慢して、島を守っていた。

 

「守るよ、必ず。あたしが守るから」

 

『芹ちゃん…』

 

 織姫ちゃんを抱いた乙姫ちゃんが姿を現した。その顔は心配そうで、悲しそうだった。

 

「乙姫ちゃん…」

 

『ごめんね。芹ちゃんには関係ない事なのに』

 

「関係なくなんてないよ」

 

 あたしはそう言いながら、乙姫ちゃんに歩み寄って、膝を着くとその身体を抱きしめた。

 

 感じる。乙姫ちゃんと織姫ちゃんの存在(いのち)を。

 

『芹…ちゃん?』

 

「大丈夫だから。必ず守るから。恐くなんてないから」

 

 だから笑っていて欲しい。悲しい顔なんてしないで欲しい。世界は違っても、乙姫ちゃんは乙姫ちゃんで、乙姫ちゃんが悲しいと、あたしも悲しいから。

 

「ねぇ、乙姫ちゃん――」

 

 あたしに出来る事は少ないけれど、戦う事しかできないけれど。総士先輩に出来たのなら、総士先輩に負けないくらい乙姫ちゃんを想ってるあたしにも出来ないはずがないんだから。

 

 だってあたしは、乙姫ちゃんに幸せになって欲しいから。あたしの知ってる乙姫ちゃんや織姫ちゃんみたいに、笑っていて欲しいから。だから乙姫ちゃんを救いたい身勝手なあたしを許してなんて言わないから。

 

 

 

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…UX04

とても久々過ぎてキレが悪いけど許して。




 

 来主から語られた共存の道。

 

 しかしそれは島にとっては到底受け入れられない物だった。

 

 核の炎で痛みを増やす人類や、他のフェストゥムの群れと共に戦う。戦う力を相手から奪うことで戦えなくする。そうすれば全てが平和になると来主は語った。その為に来主が島のミールを同化する。痛みを消す為に。

 

 対話か、或いは戦いか。

 

「一騎、お前があの存在と対話しろ」

 

「俺が…?」

 

「命を費やすだけが戦いではない。残された時間の中で島を救う術を探れ」

 

「わかったよ、父さん」

 

 世界は違えども、対話で道を切り開く選択を選ぶ真壁司令の言葉に安堵する。

 

 だからこそ世界は違えども島を守る事に迷いはない。

 

 話が一段落ついた真壁司令が僕らの事をUXに紹介してくれた。

 

「まさか島がピンチの時に別世界の総士がやってくるなんてな。まるでマンガだけどナイスな展開じゃないか!」

 

 そう溢したのはラインバレルのパイロット、早瀬浩一だった。どうにも衛に通じる物を感じる。

 

「ま、同じ総士だって言っても見掛けは違うから紛らわしさはないわな」

 

 そう言うのはガンダムマイスターの1人、ロックオン・ストラトスだった。

 

「でも良かったの? 君たちには君たちの戦いがあるはずなのに」

 

 そうこちらを慮るのはストライクフリーダムのパイロットであるキラ・ヤマト。

 

「それでも島を守る事が僕の義務であり、僕個人の意思です。たとえ違う世界の竜宮島であっても、此処は僕が帰るべき場所であることに変わりはありません」

 

 気遣いを嬉しく思いながらも、しかし戦う意思を告げる。島を守る事が僕の義務であることは本当の事だ。そして皆城総士にとって竜宮島が帰るべき場所であるのだから、皆城総士である僕にもこの竜宮島を守る理由がある。

 

「でも無理するなよ? 俺たちも出来ることは手伝うからさ」

 

 そう言うのはデスティニーガンダムのパイロット、シン・アスカだ。此方を気遣うその言葉の色が将陵先輩と被って見えた。

 

 この世界の皆城総士が築いて来た絆に感謝すると同時に、言ってしまえば名が同じだけでその厚意を受けてしまう事に後ろ髪を引かれるが、その分、自分に出来ることで彼らに返そうと思う。

 

 喋れる様になった暉が戦いを軽んじている風な様子だったが、それを咎めるのは森次玲二室長や三國志の武将と同じ名を持つ三璃紗の武人孫権。ああして咎めてくれる人が居ることも良い傾向だ。

 

 しかしMSが人間である世界とは不思議な異世界もあったものだ。

 

「うっ、ぐぅっ…!」

 

「総士!?」

 

 胸が締め付けられる様な苦しさに襲われて、呻きが漏れ、膝を着きそうになるのを目の前に居たアスカさんが支えてくれた。

 

「島の空が、奪われた…っ」

 

「島の空? どう言うことだ、総士」

 

 ボレアリオスが島のミールを弱らせる為に空を覆った。それがオーロラとなって現れている。

 

「うっ……! ごほ、ごほごほっ!」

 

「真壁司令!?」

 

「父さん! どうしたんだ父さん!?」

 

 その所為で真壁司令も咳き込んで踞ってしまう。

 

 胸が締め付けられて息苦しい。こんな苦しみを耐えていたというのか。

 

「させるものか……っ」

 

「総士!?」

 

 痛みを負ってでも存在し続ける事が僕の祝福だ。

 

『ダメ! やめて総士!! あなたがいなくなるっ』

 

「いなくなりはしない…。僕が僕である限り、僕は存在する」

 

「総士、さっきから何を言っているんだ?」

 

 せっかく心配して支えてくれたアスカさんには申し訳無いが、その身体を突き飛ばす。

 

「そ、総士!? なっ!?」

 

「まさか、同化現象!?」

 

 アスカさんとその恋人のルナマリアさんが僕の身に起こった結晶化現象に驚いているが心配は要らない。

 

 ミールと深く自分を同化させる。

 

 乙姫が僕のしようとしている事を止めようとしているが、妹と姪を守るのは僕の役目だ。

 

「そうやっていつもひとりで抱え込もうとするのが総士の悪いところね」

 

 僕の手を温かい手が包む。

 

「織姫……?」

 

 僕の耳に聴こえたのは織姫の声だった。今も手を伝って織姫の存在を感じる。

 

「わたしはあなたがいるから存在する。芹ちゃんにばかり良いカッコはさせないよ?」

 

 結晶が砕け散り、崩れそうになる身体を誰かが背後で受け止めてくれる。いや、誰かがなんて確認しなくても僕には判る。だが、何故織姫がここに──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 島のミールの負担を──皆城乙姫と、この島のわたしの負荷を肩代わりするためにミールと深くクロッシングした総士は疲れて眠ってしまった。──わたしが眠らせた。

 

 総士がいるところにわたしはいる。だって総士が存在している事がわたしが存在する証だから。

 

「皆城、乙姫…!?」

 

「ウソ、乙姫ちゃん…なの?」

 

 総士を受け止めたわたしの姿に、シンとこの世界の芹ちゃんが驚いている。

 

「わたしをその名で呼ばないで。わたしは皆城乙姫じゃない」

 

 そう。わたしは皆城乙姫じゃない。わたしはわたし。総士が望んで産まれた存在だ。

 

「と、とにかく落ち着けよ。総士だって今同化される所だったんだしさ」

 

 剣司が割って入ってわたしを宥めようとする。別にわたしは落ち着いている。ただ皆城乙姫と同じだと言われることに我慢ならないだけ。

 

「君は、彼と同じ並行世界の存在か」

 

「そうよ。わたしは総士から産まれたコア。総士が望んで、わたしがいる。総士が存在するからわたしが存在する。皆城乙姫から分岐した存在よ」

 

 話が解りそうな玲二の問いに答える。ある程度の情報は教えておかないと後々面倒になるから。

 

「この島の、皆城乙姫から産まれたコアと同等の存在か」

 

「その認識で構わないわ。でもわたしはこの島のわたしとも違うことを覚えていて。わたしはわたし、この島のわたしとわたしは既に同じわたしじゃない」

 

「じゃ、じゃあ、なんて呼べば良いのかな…?」

 

 この世界の芹ちゃんがわたしの名前を訊こうとする。名乗っても良いけれど、そうするとこの島のわたしに不都合が生まれる。

 

「それよりも今は史彦と総士をメディカルルームに運びなさい。総士はともかく、史彦は身体が持たなくなるわよ」

 

 そうする事で話をはぐらかす。史彦が危険なのは本当のこと。今はまだ、史彦にいなくなってもらうわけにはいかない。

 

 たとえどんなに痛みを背負っても。

 

 総士をメディカルルームに連れていくと芹ちゃんもやって来た。

 

「織姫ちゃんもこの島に来たんだ」

 

「まるでわたしがいると悪いみたいな言い方ね、芹」

 

「そ、そんなことないよ」

 

「どうだか。わたしや皆城乙姫がいないから総士を独り占めに出来るとか思ってたんでしょ?」

 

「そ、それはぁ…、あはは…」

 

 ホラやっぱり。でも芹ちゃんだからこれくらいで赦してあげる。

 

「総士先輩、どうしちゃったの?」

 

「ボレアリオスからの負担を受け持とうとしたの。その為にこの島のミールと深く繋がった」

 

「……大丈夫、だよね」

 

 わたしの言葉に芹ちゃんが不安そうにする。それも仕方がない。わたしだってそう思う。違う世界の存在なのだからそんなに身を擲つ様なことしなくて良いのに。

 

 それでもやっぱり総士だから皆城乙姫やわたしの為に無理をする。嬉しいけれど、やっぱり無理はして欲しくない。

 

「っ、く…っ」

 

「そ、総士先輩? ダメですよ動いたら」

 

 目が覚めてそのまま身体を起こそうとする総士を芹ちゃんが横たわらせ様とする。でも総士は身体を起こした。

 

「彼らが来るわ」

 

「ああ。わかっている」

 

「なら、あたしが行きます」

 

 そう言い残して芹ちゃんは行ってしまう。

 

 芹ちゃんを見送った総士は重い腰を上げる様に立ち上がる。島のミールと同化してこの島の皆城乙姫やわたしの負担を肩代わりしているからボレアリオスの悪影響で身体が弱っている。本当ならベッドから起き上がれる様な身体じゃないのに。

 

「織姫…?」

 

「わたしは総士がいるから存在出来る。こんなことで総士の存在を使わせたくない」

 

 総士の手にわたしは手を重ねてこの島のミールと繋がる。

 

「良いのか、織姫」

 

「わたしは総士がいる限り存在する事が出来る。だから良い。そして、教えてあげなさい。彼らと、この島のミールに、あなたが選んだ道を。存在と無の地平線の先にある答えを」

 

「わかった…」

 

 頷いた総士と額を付け合わせてわたしと総士は跳ぶ。

 

「な、なんだ!? 総士君…!? それに、皆城…、乙姫?」

 

 いきなり現れたわたしと総士に保が驚いているけれど構ってはいられない。

 

「ありがとう織姫。あとは自分で行ける」

 

「あなたの作る道は未来に繋がる。それは信じて良い未来よ、総士」

 

「ああ。行ってくる」

 

 そのまま総士はコックピット・ブロックのシートに身を預けた。

 

 コックピットが向かう先は、この島の果林の器だったもの。

 

 一騎の器の為に空席になっていたけれど、甲洋の器と共に新たに用意されていた器。

 

 彼らが生を学ぶ為に島を襲うのなら、総士と芹ちゃんなら伝える事が出来る。

 

 存在と無の地平線を越え、痛みを背負っても存在を選び続ける事を選んだ総士と、生と死の狭間で生命(いのち)を選んだ芹ちゃんなら。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 島にフェストゥムがやって来た。

 

 僕はマークツヴァイのコックピットに居る。

 

 フェストゥムが出撃ハッチを攻撃したが、僕にはその程度の事は関係がない。

 

「使わせて貰うぞ蔵前。お前の器を」

 

 自分のフェストゥム因子を励起させてSDPを目覚めさせる。

 

「跳べ、マークツヴァイ!」

 

 ブルクを傷つけない様に出撃ゲートの中でワームを使って空間跳躍を行う。

 

 すると既に三璃紗の三國志でも有名な曹操将軍と劉備、孫権が戦っていた。彼らは人とあまり変わらない大きさとあって出撃ハッチが塞がれても人間用の通路や出入口を使えば出陣は容易いという事か。中々便利だな。

 

「来たな、立上」

 

 出撃ハッチの瓦礫を退けて地表に出たプトレマイオスから出撃する各機動部隊の中からマークアインが此方に向かってくる。

 

『総士先輩、なんで先に行っちゃうんですか!』

 

「僕にも島を守る義務がある」

 

『だからって。あたしを置いて行かなくても良いじゃないですか』

 

「僕が行こうとすれば止めるだろう?」

 

『それは、…だって、倒れたばっかりで戦うなんて言い出したら止めますよ』

 

「だからだ」

 

『心配するあたしの身にもなってくださいよね』

 

 互いにクロッシングで会話しながらも問題なく敵は倒していく。

 

 立上の場合は触れた相手は問答無用で同化していく。触れたらアウトというのは中々にシビアなものだ。

 

 それに比べれば僕はアームブレードを突き立て、広がる傷口に手を突き込み、敵のコアを同化するやり方だ。

 

 スフィンクス型へアームブレードを突き刺すと、その頭部に顔が現れ口を動かす。

 

「痛いか。それが生命(いのち)だ、いなくなることへの恐怖だ、フェストゥム!」

 

『あなたたちの生命(いのち)は無駄にはしないよ。だから、いただきます』

 

 この世界の立上は、フェストゥムが何を言っているのか理解したらしい。痛みがあり、助けてと発する彼らに自分たち人間と変わらない生命であると定義し、涙した。存在は生命であり、それを奪うことに悲しみを抱く。それが彼女のフェストゥムへの祝福だったのだろう。

 

 それでも島を襲うのなら戦うしかない。戦わなければ守れない。生きるために戦う。

 

 青い空が見たいと涙を流す彼女の言葉には僕も同意見だ。

 

「天とは…己が魂で観るべきもの!」

 

 戦場に響き渡る何者かの声。

 

 機体のデータが何者であるかを教えてくれる。それは三璃紗の暴将呂布。

 

「命が始まりならば、死もまた始まり…。生は、死によってこそ輝く。ならば、生と死の渾沌(まろかれ)こそが、天へと通ずる魂の道…」

 

 その呂布の言葉に、僕も思うものはあった。

 

 生と死の渾沌──その繰り返す輪廻が天へと通ずる道だと彼は言っている。

 

 存在と無の地平線の先にあるもの、それは信じられる未来だと織姫は言った。

 

 なら無の先に存在があり、存在の先に無がある、その地平線はなにも無く、しかしあらゆるすべてがそこに在る、可能性への道。

 

「選べというのか、織姫」

 

 フェストゥムたちが呂布へと向かっていく。彼らは『答え』を欲している、命とはなんなのか。

 

 生み出されても、産み出すことを、命を育む事がわからない今の彼らは生命の答えを探している。

 

 その意思が、魂を懸ける呂布に引き寄せられている。

 

 フェストゥムたちが答えを得ようと呂布へと向かい、そして倒されていく。命を理解しようとして消されていく。

 

 それを止めようと劉備が呂布に切りかかるが、逆に呂布の反撃に合い海へと沈んでいった。

 

「そう。生命の輝きは誰もが持っている。それをどうするかはその人次第」

 

『織姫ちゃん!? なんで外に、危ないよ!』

 

「生命の『答え』。知りたいのならば教えてやるぞ、フェストゥム」

 

『総士先輩!?』

 

 フェストゥムの群れの中心へ僕はマークツヴァイを転移させた。

 

『あなたは…そこにいますか?』

 

 フェストゥムが僕へと問う。左目が痛みを発する。僕の答えは変わらない。僕が僕で在る限り。

 

「ああ、いるぞ。僕はここにいる」

 

 スフィンクス型がマークツヴァイへと触れてくる。機体から翠色の結晶が生えてくる。

 

「たとえ痛みに満ちた生であっても、僕は存在する事を選び続ける。それが僕がお前たちに与える祝福だ、フェストゥム」

 

 両腕を広げて、空を仰ぐ。

 

 次々とフェストゥムが僕を同化しようと近付いてくる。呂布へと向かっていたフェストゥムたちも、僕の方へと向かってくる。

 

 身体を包む結晶を通してフェストゥムの生命を同化する。

 

 命の答えを知りたいというのならば、先ずは生まれる事を学べ。すべてはそこからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 総士先輩のマークツヴァイがフェストゥムに群がられていく。

 

「行ってはダメ」

 

「どうして!? このままじゃ総士先輩が」

 

「総士は彼らに生命の『答え』を学ばせるの。だから邪魔をしてはダメ」

 

 今すぐに総士先輩を助けに飛んで行きたいのに、織姫ちゃんはダメって言う。

 

『総士先輩に何をさせる気なの?』

 

「黙って見てなさい。総士が進む未来(あした)を」

 

 戦場にやって来たフェストゥムがすべて集まって結晶に包まれていく。同化が始まった。

 

 それでもあたしには見守るだけしか出来ないなんて。そんなの辛すぎるよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「存在と、無の地平線か…」

 

 光と闇、生と死、存在と無の狭間に僕は居た。

 

 無の中に目に傷を持つ皆城総士が居る。おそらく、この世界の皆城総士だ。

 

『集え、始まりのもとへ』

 

「可能性の先にある場所か」

 

『そうだ。この世界の可能性の先へ進め。お前ならそれが出来る』

 

「僕は僕の意思で存在を選び続ける。お前と僕は違う。辿り着きたいのならば、自分で辿り着け。皆がお前を待っている」

 

 それだけを言い残して前へと歩き出す。果ての無い地平線の先にあるものを信じて。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 結晶が砕け散って、眩い光が暗い空を照らし出す。

 

 それだけじゃない。海からも光が立ち上って、劉備が天の力を得た。

 

「おかえり、総士」

 

 光が晴れたそこにいるのは新しい器。

 

「マークエクジスト──。“存在”を選んだ総士の器」

 

 その姿はザインでありながらニヒト、ニヒトでありながらザインとも呼べる形をしている。その色は濃紺、果林から受け継がれて一騎のものとなった器と同じなのは総士らしい。機体の至る所に翠色のパーツが使われているのは総士の中にある力としてのイメージがニヒトである印象が強かったからだろう。

 

「いなくなってない。みんな、あの中にいる。なんで? 同化されたはずなのに」

 

 操が新しい総士の器を見てワケがわからないと言う風に声を漏らす。

 

「同化しながら自らを保つ。それが存在を選び続ける器。総士が選んだ“存在”の形」

 

 両腕を空へと掲げる。両手が結晶に包まれる。

 

『島の痛みが、なくなっていく』

 

「俺たちのミールを同化する気!?」

 

「違う。痛みを背負っても存在を選び続ける総士がこの島のミールとあなたたちのミールに伝えているだけ」

 

 ボレアリオスから空を取り戻す迄には至らなかったけれど、彼らの痛みを退ける事は叶った。

 

 これでこの島のわたしへの負担は大きく減る事になる。

 

 総士が彼らに生命の『答え』を示す傍らで、天の力を得た劉備と魂を懸ける呂布との戦いも決着した。

 

 生の先にあるもの。それは死ではない。始まりと終わりの先にある新たな生命がその『答え』。

 

 存在と無の地平線の先へと進む総士だからこそ彼らに生命の『答え』を示す事が出来る。

 

 生命の終わりは無ではなく、未来へと繋がる始まりであることを。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…UX05

世間はシン・エヴァで盛り上がっててお陰でまたエヴァSSが増えてるけど、そんな世の流れに逆らって私はファフナー書いてる。それくらいBEYONDが悲しみと痛みで満ちていたということで。ホント心が痛いの。アニメで泣いたのカノン以来だぞ。

だから私は自らを祝福することで痛みを消すのだ。


 

 マークエクジスト──。

 

 ザインと同じく存在を意味する名を持ったファフナー。

 

 これが僕の祝福の答えだった。

 

「あれだけの事があっても、検査の結果、同化現象の進行は見られないわ」

 

 そう口にする遠見先生も腑に落ちないという、自分の口にしている言葉が信じられないといった様子だった。

 

「それは総士の器がミールと等しい存在になったから。島のミールがあなたたちを生かす様に、総士が存在を選ぶ限り器が総士を生かし続ける」

 

 そんな遠見先生に言葉を返したのは織姫だった。

 

 僕自身深いことは察する事しか出来ないそれを織姫は的確に説明してくれる。

 

 僕が存在を選ぶ限り生き続ける生命か。そうでなくなれば僕も人として命を終えることが出来るのだろうかと考えるが、僕の存在が織姫の存在を保っているのならばそう簡単にはいかない。織姫を消す事を僕は望まないからだ。

 

「総士の事は心配要らないけれど、彼らからコアの命を守る方法を考えなさい。彼らのミールの障害は取り除けても、彼らの攻撃は確実にコアの命を脅かすわ」

 

「織姫、それは」

 

「甘やかしすぎてもダメよ総士。これはこの島の問題で、あなただけが背負うべき問題じゃない」

 

 僕としては構わなかった事ではあるが、そう織姫に言われてしまっては口を挟む事が出来ない。僕が織姫を否定出来ないことを知っていて言葉を先回りするのは些か卑怯に思うが、織姫も意地悪で言っているワケではないことも伝わっている。だから僕にはこれ以上の言葉はなかった。

 

「そうね。あなたの言う通り、この問題は私たちで解決しなければならないものだわ」

 

 ただコアへの負荷を軽減させる方法などそうありはしない。

 

 今の僕が島と繋がり、この島のコアへの負担を肩代わりしているような方法以外には。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦いが終ったあと、あたしはこの世界のあたしが居るだろう場所へと向かっていた。

 

 倒したフェストゥムのお墓を作ること。

 

 フェストゥムも同じ生命(いのち)であることを胸に刻んだ最初の場所。

 

「あなたは…」

 

「こんにちは」

 

「えっと、こ、こんにちは…」

 

 自分に対してこんにちはなんて少し不思議な感覚だった。戦いが終わってすぐにお墓を作っていたから元気がない──同じ命を奪うことに心が疲れてしまっている。

 

「私も手伝って良い?」

 

「え、えっと…、はい…」

 

「ありがとう」

 

 この世界だとあたしひとりじゃなくて他にも何人か手伝ってくれる人が居た。フェストゥムが同じ命だと思ってくれる人が居ることに心が和らぐ。

 

「…その、あなたも、同じことをしたの…?」

 

「あたしは、自分の事で精一杯でお墓を作るなんて事をしなかった。それよりも乙姫ちゃんを、織姫ちゃんを守ることに精一杯で。そして今は総士先輩の為に戦うことに精一杯」

 

 だから戦うことで悼む心を持つことの出来る目の前のあたしを、あたしは尊敬する。

 

「あたしは、そんな風に一生懸命に戦ってないからダメなのかな」

 

「そんなことないよ。生命を弔う心を忘れないで。そして生命に感謝を忘れないで」

 

「生命への感謝……?」

 

「そう。誰もが持つことの出来る心。あたしは生きているけれど、他の生命に生かされてもいることを忘れないで」

 

 だからごちそうさまって、あたしはフェストゥムを同化した時に言うのかもしれない。それが生命を貰って生きている証だから。

 

 そのあと、真壁司令がやって来てこの世界のあたしと話をした。

 

 空のオーロラは無くなったけれど、曇った空は晴れないまま。この島の空が、まだ来主くんたちのミールに奪われたままだということ。

 

 この島の織姫ちゃんへの負担は総士先輩が肩代わりしているけれど、戦闘の負担まではまた別だって織姫ちゃんが言っていた。

 

 だからやっぱりコアへの負担を代替する存在が必要になる。

 

 あたしが、やってあげてもよかったけれど、それはダメだと織姫ちゃんに言われた。この島の可能性を閉ざさない為には、この島の人たちに選んで貰わないとダメだって。

 

 だからあたしに出来ることは敵と戦うこと。

 

 戦うことで守れるのなら、乙姫ちゃんの島を守れるのなら、あたしは戦うことを迷わない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 旧JUDA本社が加藤機関に襲撃を受けたということでUXは緊急出撃で日本に向かった。

 

 僕はその間、彼らに代わって島を守るために残った。来主もUXに同行したのだが。

 

「やはり手薄になった隙を狙うか」

 

「あたしが守る。この島には織姫ちゃんも居るんだから」

 

「あまり気負い過ぎないで、芹」

 

 戦える戦力はマークエクジスト、マークアイン、マークツヴォルフの三機。

 

 ただパイロットが僕たちであれば留守を守るには充分過ぎる。

 

「スカラベ型から潰す! 彼らの帰る場所を、僕たちで守るぞ」

 

「了解!」

 

「あなたたちに教えてあげる。わたしたちの戦い方を」

 

 マークエクジストの右腕を結晶が包み、被せる様にライフルが現れる。エウロス型も同化していた為、同じ様に武器が使える。

 

「遠見の様にはいかないが、当ててみせる!」

 

 枯れ葉剤の様なものを撒き散らしながら飛行するスカラベJ型を狙ったが、周りにいるスフィンクスA型が盾になることでスカラベJ型を庇う。

 

「ちょうだい、あなたたちの生命を」

 

 スカラベJ型を庇うスフィンクスA型の排除へとこの世界の立上がコアの代替者になることで空席となったマークツヴォルフを駆る立上が動く。

 

「はぁぁぁああああ!!」

 

 レヴィンソードを突き刺したスフィンクス型を同化しながら別のスフィンクス型へとショットガンホーンを突き刺し同化、さらには別のスフィンクス型へもレージングカッターで絡めとりワイヤーを引き戻してアームソードを突き刺して同化する。

 

「んっ…。ごちそうさま」

 

 一瞬の内に3体の敵を同化するとは、心配になりながらも心強いのは確かだった。

 

「痛みを増やしてばかりで痛みを消したいだなんてふざけた事を言わないで」

 

 エウロス型に組み付き、その身体を押し倒して馬乗りになったのは織姫の駆るマークアインだ。

 

「教えてあげる。生命を奪われる“恐怖”を」

 

 そのまま貫手でエウロス型の胸部を貫いたマークアインは敵のコアを引き摺り出した。そのまま力を込めて同化しながら握り砕いた。

 

「生命が脅かされる“痛み”を」

 

 スカラベJ型の真上に転移したマークアインは両腕のアームソードをその背に突き立てしがみつくと、ショットガンホーンを展開し、その砲口にワームを生成すると周りのスフィンクス型ごと存在を呑み込んだ。

 

「それがいなくなることへの“絶望”よ」

 

 変性意識の影響か、いつもの織姫よりも冷たく攻撃的な性格になっているようだ。

 

「あとは爆撃している個体か」

 

 そちらにも護衛の様にスフィンクスA型が複数随伴していた。

 

 背中のアンカーが分離する。その数はニヒトや変化する前のザインと同じだが、ケーブルで繋がってはいない。ひとつひとつが独立機動する端末。アンカービットというものだ。

 

 ケーブルという制約から解き放たれたアンカーは自由自在に動き周り、随伴するスフィンクスA型に突き刺さってはその存在を同化する。またはアンカーが展開して砲身となってワームを放ち、さらには電撃まで放つ。

 

 そして丸裸になったスフィンクスE型を排除する為に左腕からアームソードを伸ばす。その全長はルガーランスに匹敵する。

 

「無に、還れえええええ!!」

 

 刀身が中心で割れて展開し砲身を形成。エクジストのエネルギーを直接放出して薙ぎ払う。

 

 此方の消耗を狙う程度の襲撃ならば退ける事は容易い。

 

 だが退けるだけでは意味がない。目指すべきは対話の道だ。

 

 ただ、対話の道を切り拓くために力が必要なのも確かな事だった。

 

「日野美羽と?」

 

「彼らの言葉でわたしたちの思いを伝えられる存在。あなた自身が彼女との対話で得るべきものがあるわ」

 

「しかし僕にエスペラントの素質はないぞ」

 

「無いと決めつけてしまうことは可能性の否定よ。今さらそんなこともわからないなんて言わないわよね?」

 

 織姫から言われた日野美羽との対話。

 

 言葉にするのは容易いが弓子先生が許してくれるかどうか。それを先ず相談するのなら真壁司令と、この世界ではいなくならなかった道夫さんからだろう。

 

「お時間を取っていただき感謝します」

 

「気にすんなって。引退した俺は基本暇人だからな。それにしても随分苦労を乗り越えてきたみたいだな」

 

「恐縮です」

 

「君の側のコアが、君と日野美羽との対話を提言したと言ったが。目的はわかるかね?」

 

「自分にもわかりません。ただ彼女は僕が彼女と対話する事で得るものがあると言っていました」

 

「つっても、まぁちょいと感受性が高いってだけで普通の子供と変わらんぜ?」

 

 エスペラントであり、この島では数ヶ月で既に幼児にまで成長した日野美羽を普通の子供と受け入れている道夫さんの親としての覚悟には頭が下がる。

 

 だからあまり積極的に日野美羽と関わるべきではないと僕も思うのだが、意味の無いことを織姫が口にするとも思えない。

 

「真壁司令としてのご判断は如何ですか?」

 

「私はその対話によって何れかの道が拓けるのではないかと思ってはいるが。子を持つ父親として道夫君の判断で決めて貰って構わない」

 

 判断を任された道夫さんは一度弓子先生と美羽ちゃんとも話して決めるということで解散になった。これが竜宮島であるから出来る互いの存在を尊重するやり方だ。

 

 その返答を待つ間に、UXは加藤機関と共同態勢を構築し、ヒトマキナを退け、その本拠地を攻撃。デウスエクスマキナという神にも等しい存在を退け島に帰ってきた。

 

「どうして君はこの島を守るの」

 

 そしてUXに同行していた来主も帰って早々に僕にそんな質問を投げ掛けてくる。

 

「それが僕の役目であり、義務であるからだ」

 

 僕がこの島を守るのはこの場所が皆城総士の還るべき場所であるからだ。それでも戦うことを選ぶのは僕個人の意思だ。

 

「君のミールが、そう命令しているの?」

 

「いや。たとえ定められた道であっても自ら選ぶことをしただけだ。それは僕個人の意思であり、僕が僕であることの理由であり、存在することの証だからだ」

 

「俺にはどうしたら良いのかわからない。人間は神様に逆らってまで自分の意思を持って戦うことが出来る。でもそんなこと、俺には無理だよ。俺には、俺の神様に逆らうことなんて出来ない」

 

 フェストゥムである来主にとってミールというのは絶対的な存在だ。それに逆らうことが何れ程の意味を持つかなど計り知れないだろう。

 

 僕からすれば乙姫や一騎を否定される事も同義だ。

 

「空が綺麗だと、思ったことはあるか?」

 

「あるよ。俺は綺麗な空を見ていたい」

 

「それが“答え”だ」

 

「え?」

 

「空を奪われる事の辛さを、お前の神様に教えてやれば良い」

 

「空を奪われる事の辛さ……」

 

 僕に出来ることはここまでだろう。あとは来主次第だ。

 

 それでも一朝一夕に神様に逆らうなどというのは難しいことだ。だが、来主は既に自らの中に答えを持っている。それを自覚して言葉にするだけだ。

 

 その自覚が中々難しいことなのだがな。

 

「憎しみの器が解き放たれた」

 

「ああ。行ってくる」

 

「気をつけて、総士」

 

 放っておいてもこの島の一騎がどうにかするのだろうが、それを知っていてわざわざ見ているだけということを僕が出来るわけがないだろう。

 

 織姫に見送られながら島の外で暴れるマークニヒトのもとへ跳び、そしてマークエクジストを喚び寄せる。

 

「お前の中に既に答えはあるはずだ。何故それを伝えない」

 

「総士…っ」

 

「総士……、そのファフナーは…」

 

 マークニヒトに触れていることで一騎の存在が消えようとしている。

 

「お前はまだここにいろ」

 

「総、士……」

 

 マークザインに触れ、一騎を蝕む“無”を取り込む。

 

「何をしたの……。一騎の存在が、満たされた……? そんなこと…」

 

「これが生命(いのち)だ。痛みを背負う事になろうとも存在することを選び続ける僕の祝福だ」

 

 次はマークニヒトに触れようとするが、ワームスフィアを放って来る。背中のアンカービットを展開してフォーメーションを作りシールドを起動。『壁』の力でその攻撃を防御する。

 

「やめてミール!! 憎しみを俺に押し付けないでっ」

 

「くっ」

 

 デタラメにワームを放つマークニヒトのお陰で島がダメージを受ける。

 

『うぉぉぉおおおおっ!!』

 

「一騎!?」

 

 そんなマークニヒトへとしがみついて飛び立つマークザイン。僕も慌ててあとを追う。

 

『待て一騎、戻ってこい!』

 

 僕たちを追って島からデスティニーガンダムが追ってくる。

 

『総士…』

 

 クロッシングで一騎の意思が伝わってくる。

 

 マークニヒトに触れているマークザインから結晶が生えている。

 

「だ、だめだ、ミール…!」

 

 来主が同化しているわけではない。今の来主はもうただ乗せられているだけの存在だ。その向こう側にボレアリオスの存在を感じる。ボレアリオスがマークニヒトを通じて一騎を同化しようとしている。

 

「させるものかっ」

 

 アンカービットを展開してフォーメーションを組み、シールドでニヒトとザインを閉じ込める。

 

「…僕は、お前だ」

 

 一騎を同化しようとするボレアリオスに僕は語りかける。

 

 それは自らの存在を相手に同調させる言葉だ。

 

「お前は、僕だ…!」

 

 マークザインを包んでいた結晶が砕けると共に、マークニヒトを結晶が包むが、ボレアリオスの支配を脱する前にマークニヒトには空間跳躍で逃げられてしまった。

 

 マークザインを受け止め、一騎の存在を感じることに安堵する。

 

『総士、お前……』

 

「一騎は無事です。機体の回収をお願いします」

 

 MSはクロッシングを行えないためやり取りは必然的に双方向通信になるのだが、モニターを切るのを忘れていた。今、僕の目は強烈な痛みを発しているおそらくは金色に光っているだろう。

 

 だからそれを見たアスカさんも息を飲むような固い声になるのも仕方の無いことだろう。

 

『大丈夫なのか、お前は』

 

「ええ。これが僕の選んだものですから」

 

 心が痛いのは耐えられないが、身体の痛みくらいならばいくらでも耐えてやる。

 

 やはりミール相手ともなると一筋縄にはいかないということがわかったが感覚は掴めた。次は上手くやってみせる。

 

 そう決意した僕は島に戻ると検査を受けたあとに待っていたのは日野美羽との対話だった。

 

「はじめまして」

 

「ああ。はじめまして。僕は皆城総士。君の名前は?」

 

「みわはね、みわっていうの」

 

「そうか。美羽ちゃん、そう呼んでも良いかな?」

 

「うん、いいよ!」

 

 対話の席には道夫さんと弓子先生も同伴しているが、2人とも珍しいものを見るような目を僕に向けてくる。いや、僕でも幼児に対する言葉遣いは心得ているつもりですが。

 

「あのね、おっきなおふねがね、いたいっていってるの! あとね、おにいちゃんもいたいってないてるの。みんな、いたいんだって」

 

 エスペラントである日野美羽はボレアリオスとも繋がっていたのだろう。ボレアリオスや来主が痛みに苦しんでいることを僕に伝えてくれる。

 

「おっきなおふねがね、とってもこわいの。でもね、それはおっきいひのせいなの。みわ、おっきなおふねと“おはなし”したい。どんなふうにいたくて、うれしいのか“おはなし”できるよ」

 

「そうか。君はすごいな」

 

「そうしおにいちゃんも“おはなし”できるよ」

 

「僕が?」

 

 美羽ちゃんが僕に身を乗り出して両手を伸ばす。

 

 その小さな手が僕の頬に添えられると、美羽ちゃんが僕の額に自分の額を合わせる。

 

 その瞬間に脳裡を駆け抜けるのは核の炎で焼かれるフェストゥムと彼らの島。そして痛みに満ちる彼らの意思、感情。だがそれだけではない。彼らの感じている憎しみを痛みだと教えている存在が居た。

 

「そう。彼らは憎しみと痛みに満ちている」

 

「乙姫……」

 

 いつの間にか僕はキールブロックに居た。

 

 そして赤ん坊を抱く乙姫と、そんな乙姫に寄り添う立上が居る。

 

「こんなことを頼めるわけじゃないのはわかってる。でもお願い、一緒に伝えて欲しいの、生まれる事の喜びを。世界には痛みや憎しみだけじゃないことを」

 

「ああ。わかっている」

 

 視線を下に落とせば僕は美羽ちゃんと手を握っていた。そんな美羽ちゃんは僕を見上げて笑っている。

 

 もう一度僕は乙姫へと向き直った。

 

「島の事は任せろ。対話の道を、僕たちが切り拓く」

 

「…ありがとう、総士」

 

 ゆっくりと意識が薄れ、再び聴取室に景色が戻る。

 

 能動的に呼ばれるのではなく対話をしに行く感覚か、難しいがやってやれなくはない、かもしれない。

 

「なにか見たのか?」

 

 不安そうにしている弓子先生の手を握っている道夫さんが僕に問い掛けてくる。

 

「彼らがやって来ます。対話には美羽ちゃんが必要です。その為の道は僕たちで切り拓きます」

 

「そうか…」

 

 道夫さんは僕の言葉を聞き、目を伏せる。当たり前だ、こんな小さな子を戦場へと連れ出さなければならないのだから。両親である道夫さんと弓子先生からすれば僕は悪魔にでも見えても仕方がない。

 

「美羽は、どうしたいんだ?」

 

「みわも、“おはなし”したい」

 

「そっか。ふぅ…」

 

 一息吐いて道夫さんは僕の目を真っ直ぐ見詰めてくる。

 

「ちゃんと俺たちのもとに連れて帰ってくる事が交換条件だ」

 

「ちょっと、道夫!」

 

「このままじゃこの島が死んじまうってんなら、美羽のやりたいようにさせてやろうぜ。な? 弓子」

 

「それは、でも……」

 

「だいじょうぶだよママ。そうしおにいちゃんがまもってくれるよ」

 

「美羽…」

 

 美羽ちゃんの言葉を聞いて弓子先生は不安と悲しみが入り交じる表情を浮かべながら彼女を抱き締めて僕を見詰めてくる。

 

「約束して皆城君。美羽を私たちのもとに返してくれるって」

 

「約束します。この命に換えても」

 

 僕は2人に誓いを立て、日野美羽はボレアリオスと対話に挑む事になった。

 

 決戦を控え、僕は立上を伴ってブルクに来ていた。

 

「これは…」

 

 そこには島のファフナーとは別の外観を持つファフナーがあったが、立上ならこのファフナーがなんであるのかを知っている。

 

「これが、あたしの…」

 

「ザインと同じ、存在を冠する機体だ。名はベルクロス」

 

 パーツはノートゥング・モデルの予備を拝借しているが、アルゴノート・モデルとして問題なく完成している。色は彼女の好きな空の色をイメージして群青にさせて貰った。

 

 武装はレルネーアと同じく左腕のクローユニットやバスターソード・ライフル、イージス、ショットガン・ホーンだ。シンプルに近接格闘型の方が彼女の適性に合っているからだ。

 

「ありがとうございます。これであたしも、ちゃんと戦えます。あたしの戦いを」

 

「僕もいる。共に島の空を取り戻そう」

 

「はい…!」

 

 対話の時はすぐそこまで迫っていた。

 

 君は知るだろう。

 

 生命の意味を知ることは苦しく辛いものだが、同時に喜びに満ちている事を。

 

 忘れてはならない。対話の為の戦いを。痛みを伴おうとも相手を理解しようとする心を捨ててはならないのだと。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…UX06

天地とかUXのプレイ動画見返してたら遅くなった。あと色々と絡ませるの難しくてというかそこまでの労力を割く余裕や技術が私に無かったんでUXでやる意味無くなってるけど、元々普通には出来なさそうな天地の内容やりたくて精一杯書いたから許してかれるかな?

EXOやBEYOND見てると天地が希望に満ちてる次に繋がる物語だとつくづく思わされる。

EXOは毎週胃がキリキリしてたけど、BEYONDは胃が限界を迎えて痛かったよ。ホント痛かったよ。

そして年内にBEYONDのクライマックスが先行上映決まったらしい。頼むからもう誰もいなくならないでくれよ……。


 

 そこは不思議な場所だった。

 

 暗闇に思えて、でも光がある場所。

 

 俺はこの場所を知っている。

 

 北極でマークニヒトを同化した時にも俺はここに来た事がある。

 

「存在と無の地平線──ここはその狭間だ」

 

「総士…!」

 

 総士がいた。暗闇へと落ちていく総士が。

 

「待ってくれ総士! 俺も…!」

 

 総士ひとりにいかせはしない。総士を追い掛けようとした俺の肩に誰かが触れた。

 

「お前はまだここにいろ」

 

「まだいなくなるには早いよ、一騎」

 

「総士…、それに、甲洋…?」

 

 俺に触れたのはもうひとりの総士と、甲洋だった。

 

「皆城総士の還る場所をお前が守れ。お前がいる限り、皆城総士は還る。存在と無の循環を繰り返して」

 

「だから一騎はいなくなったらダメだ」

 

 暗闇に落ちていく総士は笑っていた。胸が苦しい。でももうひとりの総士が言うように、俺が存在することが総士の為になるのなら。

 

 身体が光へと浮いていく。存在へと、俺は昇っていく。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「すまないな。還って来たばかりで」

 

「良いんだ。それで一騎を助けられるのなら」

 

 僕は今、この世界の甲洋と話していた。

 

 この世界でも蓬莱島の一件で同化され、そしてフェストゥムの側へ行った甲洋。

 

 意識が存在と無の地平線へと落ちようとしていた一騎を存在の側へ連れ戻す為に協力して貰った。

 

 そして僕が祝福を与え、甲洋は存在を得るに至った。

 

「それに、俺の方こそ総士に感謝してる。お陰でこの島を守ることが出来る」

 

「僕の祝福は存在を選ぶ者に与えられる切っ掛けに過ぎない。選んだのは君だ甲洋。君の意志を貫けば良い」

 

「…世界は違っても総士は総士、かな?」

 

「皆城総士であることを選んだ時から僕は僕だ。それ以外の何者でもないさ」

 

「そういう意味じゃないんだけどなぁ…」

 

 甲洋の言葉に適切な返答をしているはずなのだが、甲洋は腑に落ちない様子だ。間違った事を言った覚えはないのだが。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「う…っ、ここ、は…」

 

「目が覚めたか」

 

「そう、し…、こう、よう……」

 

 眩しさに目を細めながら総士と甲洋の姿を見ることが出来る。

 

「目が……」

 

 明るいからじゃない。ハッキリと総士と甲洋の姿が視える。

 

 その後検査を受けた結果、俺の目は視力を取り戻したばかりか、同化現象すら快調していた。

 

「大丈夫なのか、お前は」

 

「僕が僕で在る限り僕の存在は無くならない。心配するな。それよりもお前は皆城総士の還る場所を守ることを考えろ」

 

 もうひとりの総士はそうは言ってもやっぱり心配になる。俺たちの為に痛みを背負う必要なんてないのに、やっぱり総士は総士なんだろう。

 

「この島の空を取り戻せ。彼らに存在することの意味を伝えろ。お前ならそれが出来る」

 

「ああ」

 

 違う世界でも総士は総士だから、その言葉を俺は信じる。

 

 この身体のお礼だってしたい。

 

 その為にも来主のミールとの『対話』を実現してみせる。

 

 そして、もうひとりの総士たちが島に帰る為の方法も見つけてみせる。それが俺に出来る恩返しだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あたしは岩戸に来ていた。

 

 総士先輩がミールへの負担を肩代わりしているからこの島の乙姫ちゃんや織姫ちゃん、もうひとりのあたしも負担は軽いものだけど決して負担が掛かっていないわけじゃない。

 

 だからあたしがその痛みを同化する。これはあたしが勝手にやっている事だから乙姫ちゃんは悲しい顔をする必要なんてないのに。

 

「あたしの存在は、この程度じゃ無くなったりしないよ」

 

『そうじゃないよ。そうじゃないんだよ芹ちゃん。総士にも芹ちゃんにも、こんなことまで背負って欲しいわけじゃなかったのに』

 

 たとえあたしがやらなくても総士先輩がやっていただろうし、あたしはやりたくてやっているだけだから乙姫ちゃんが悲しむ事なんてないのに。

 

「悲しまないで乙姫ちゃん。あたしは乙姫ちゃんの笑顔が見たいな」

 

『芹ちゃん…』

 

 だからあたしは笑みを浮かべて乙姫ちゃんを抱き締める。

 

「あたしは、あたしに出来ることをしているだけだよ」

 

 誰かの為に誰かが立ち上がる。それがあたしたちの戦い。だからこの島の乙姫ちゃんと織姫ちゃんを守りたいのもあたしの意志だ。

 

「乙姫ちゃんたちをお願い」

 

『うん。あたしが乙姫ちゃんたちを守るから』

 

 もうひとりのあたしと言葉を交わす言葉は一言で充分だ。何故ならあたしももうひとりのあたしも想いは同じだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「総士も芹ちゃんも甘やかし過ぎだよ」

 

 2人はなんともないと言うけれど、その分自分の存在を削っている。

 

「これ以上、総士と芹ちゃんの存在は奪わせない」

 

 あの2人が皆城乙姫の為なら自分の存在を擲つのは解るけれど、それはせめてわたしの島の皆城乙姫になら我慢出来る。

 

 でも別の世界ともなると話しは変わる。

 

 確かにその選択が総士が新しい可能性へと進む道標になるとしても、総士には必要以上に痛みを抱えて欲しくない。

 

 芹ちゃんの生命を削って欲しくない。

 

 だからわたしは来た。けれどそれで足りないというのならわたしにも考えがある。

 

「あなたが存在する理由が総士にあるのなら、わたしの声に応えてみせなさい」

 

 だからわたしは呼び掛ける。もうひとつの“存在”へ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ボレアリオスとの決戦が始まった。

 

 数えるのがバカらしい数のフェストゥムが居るが、大半がスフィンクス型である為か策謀を捏ねくり回すウォーカーやアビエイター等のアザゼル型と比べたら数頼みで来る今のボレアリオスは対応し易いと思う僕の感覚が少し麻痺しているのだろうか。

 

「やれるか? 立上」

 

「はい。やります」

 

 クロッシングで僕の思考を受け取った立上は、機体をフェストゥムの群れのど真ん中に転移させる。

 

「ちょうだい、みんなの生命を!!」

 

 マークベルクロスがバスターソード・ライフルを掲げて、展開した刀身に光が宿る。

 

 その光が戦場全体へと広がり、フェストゥムたちを根こそぎ同化していく。

 

「はぁ……。ごちそうさま…」

 

 残るのは同化耐性の高いエウロス型などだが、敵の第一波は壊滅したも同然だ。

 

「ボレアリオスへの進路は確保した! ゼロファフナーはポイント更新! シールドを破れっ」

 

『『了解!』』

 

 立上のお陰で切り開いたボレアリオスへの進路。残っているエウロス型を迎撃しながら西尾姉弟が駆るゼロファフナーへ指示を出す。

 

 だが彼らもエウロス型を新たに戦場に展開する事でこちらの行く手を阻む。1体1体がザルヴァートル・モデルにも引けを取らない個体だ。それが群れとなっているのだから簡単にはいかない。

 

 そして、マークニヒトまでも現れたとなればいよいよ本腰を入れなければならなくなった。

 

「マークニヒト、憎しみと虚無の器が存在を否定しに来たか」

 

「ミールは君たちを恐れているんだ。どうして傷ついても存在を選べるの!?」

 

「それが僕が僕であることの証だからだ。痛みを伴おうとも存在を選び続ける事が僕の祝福だ!」

 

「わからないよ。痛みを背負っても存在を選ぶなんて、苦しくて辛いだけなのに」

 

「それだけじゃないよ。楽しいことも、嬉しいこともちゃんとあるの。だからあたしたちはそこにいることを選び続ける事が出来るんだよ」

 

「自分の存在に耳を傾けなさい。あなたはもう答えを持っているのだから」

 

「俺の存在の答え……。そんなの、どこにあるっていうんだ!」

 

 マークニヒトの放つワームをアンカービットのシールドで防御する。

 

 その隙を突いて立上のマークベルクロスがバスターソード・ライフルを振り下ろすが、その刃をマークニヒトは掴んで受け止める。

 

 だがそれも囮だ。

 

 織姫のマークアインがショットガン・ホーンをマークニヒトの背中に突き立て、砲撃を撃ち込む。

 

「うぐっ、やめて…、そんな憎しみ背負わせないで!」

 

 だがマークニヒトはその程度では止まらない。

 

「うわぁぁぁああああ!!!!」

 

 広範囲に無差別にワームを放つマークニヒト。

 

 エルシャンクを守るためにアンカービットを使う為に自分自身の防御は疎かになる。

 

「くっ、避けきれるか?」

 

 空間位相を計測して攻撃座標を割り出して回避するが、ボレアリオスか、あるいはマークニヒトが、よほどこの機体か或いは僕を気に入らないのか。攻撃の密度が他よりも桁違いで回避する余裕すらほぼ無い。しかしそれでアンカービットを呼び戻せばエルシャンクに被害が及ぶ。

 

 一発や二発受けた程度でどうにかなるわけではないが。

 

 被弾を覚悟して防御体勢を取るが、機体には全くダメージが無い。

 

 システムに新たに機体情報が表示される。

 

「間に合った…」

 

 イージスを展開する機体が僕を庇った。そしてクロッシングから伝わる意識に、口縁が自然に上がるのを自覚する。

 

「手間を掛けたな、ミツヒロ」

 

「あなたを守るためならばこの程度」

 

 表示された機体コードはマークレゾン。存在する理由を見出だしたミツヒロの器だ。

 

「いきなりですまないが、マークニヒトを抑え込む。守りを任せられるか?」

 

「了解! ミワが居るのなら、守ってみせます!」

 

 『壁』の力を解放し、強固なシールドで完全にマークニヒトの攻撃をマークレゾンは防ぎきっている。頼もしい限りだ。

 

『総士先輩、アレ!』

 

 立上が示す先。ボレアリオスが結晶の柱を上空へと伸ばしていた。

 

『あたしが行きます!』

 

「わかった。頼む」

 

 立上のマークベルクロスがボレアリオスへと向かっていく。

 

「俺たちのミールを、やらせない…!」

 

「それはこっちのセリフ。芹ちゃんはやらせないっ」

 

 立上のマークベルクロスを追おうとするマークニヒトに、織姫のマークアインが割って入る。

 

「目覚めなさい、島の守り人たち!」

 

 いつの間にか従えていた複数のノルンが結晶に包まれて、弾けた中からトルーパーが現れた。

 

 しかも『増殖』のSDPまで発現させているのか、その数は次々に増えていく。

 

「な、なに、この力は…?」

 

「これがわたしの島の力。総士が求めた希望を紡ぐ為の力よ!」

 

 イージスを展開しながらトルーパーたちがマークニヒトに群がり、その行く手を阻む。

 

「っ、ぐぅっ、うわぁぁぁああ!!」

 

 だがパワーが違うマークニヒトは手足を振り払うだけでトルーパーの拘束から抜け出してしまう。

 

「逃がさないっ」

 

 マークアインの持つルガーランスの刀身が展開し、ワームを刃として纏う。甲洋の『毒』の力か。

 

「はぁぁあああっ」

 

「ぐああああああ!!!!」

 

 トルーパーを振り払ってボレアリオスへと向かおうとするマークニヒトの背中へマークアインは容赦なくワームを纏ったルガーランスを突き立てた。

 

「痛いっ、なんで、なにこれ…。どうして痛みばかり増やせるの!?」

 

「痛みは存在することの証よ。痛みから逃げるあなたに教えてあげる。生命の痛みを」

 

「い、嫌だ。来ないでよ! うわあああああ!!!!」

 

 織姫を拒絶する為に再びマークニヒトは広範囲にワームを放つ。

 

「当たらないわよ」

 

 だがマークアインには掠りもせずに回避する。それはまるで未来が見えているのではないかという最適な動きだった。

 

 立上のマークベルクロスがボレアリオスから伸びる結晶の柱に取り付いた。

 

「うぉぉぉおおあああ!!!!」

 

 バスターソード・ライフルを柱に突き立て、結晶が柱を覆っていく。

 

「あたしが守る、乙姫ちゃんの島を!!!!」

 

 しかし相手はミール。立上が同化した結晶が翠から赤に転じて逆にマークベルクロスを侵食する。

 

「立上!」

 

「させるかあああっ」

 

 マークレゾンが背中のバスターソード・ライフルを展開し、放たれた高出力ビームが結晶の柱の上部を消し飛ばした。

 

『『うぉぉぉおおおお!!!!』』

 

 そしてゼロファフナーが結晶の柱に取り付き、その両腕を突き入れ、振動共鳴波で柱を完全に破壊した。

 

「そう、生命は痛くて苦しいけど、それだけじゃないよ」

 

 ミールの結晶から解き放たれたマークベルクロスがバスターソード・ライフルをボレアリオスの上で掲げ、光がボレアリオスを包んでいく。

 

『うれしいことも、たのしいことも、いっぱいあるよ』

 

 クロッシングで日野美羽の意思が伝わってくる。

 

 マークニヒトに取り付いて一気に上空へと飛び立つ。

 

『総士!』

 

「上空へ行く! このままでは『対話』の妨げになるっ」

 

 一騎のマークザインが僕の後を追ってくる。

 

 分厚い雲──ボレアリオスが支配するフィールドの先。空の上へ。

 

「くっ」

 

 マークニヒトが離れ、ルガーランスからビームを放って来るのを回避する。

 

「なんで何も止めない、なんで諦める! 嫌いなものは全部消すだけかっ」

 

 一騎のマークザインがその攻撃を掻い潜ってマークニヒトへと向かっていく。

 

「俺たちのミールは新しく生まれるハズだった! 君たち人類の火が何もかも変えたんだっ」

 

 マークザインがルガーランスを突き立てるが、マークニヒトの障壁に阻まれる。

 

 ザインにはリミッターが施されているが、ニヒトも来主が戦いたくはないという意思でその力を抑えられ、結果拮抗している。

 

 その均衡を崩すには──。

 

 マークニヒトの障壁にアンカービットとアームソードを突き立てる。

 

「総士!」

 

「互いに異なる波長でやれ! 殻を突き破るぞ」

 

「ああ!」

 

 アザゼル型並みの個体防壁でも、マークザインとマークエクジスト、存在を肯定するふたつの器なら突破出来る。

 

「なに? どうしてっ」

 

 防壁を破った、しかし武器で攻撃するのではなく、ニヒトに直接接触する。

 

「お前がもう一度変えれば良い。ミールは声を聞き逃したりはしない」

 

 そう、願うことで変えることが出来る。僕の島のミールや、この世界の島のミールが変わった様に、彼らのミールも願いによって変わることが出来るのだから。

 

「そうだ。お前がもう一度変えろ。その為に総士はお前と俺たちを出会わせた。お前たちを変えるためにっ」

 

 ニヒトに触れた箇所から結晶が生えていく。だがニヒトがそれに拮抗して結晶が赤くなり、こちらへと逆侵食を始める。

 

「俺はもう選ばされたんだ! 君たちを傷つけて、今さらどう変われるんだ!!」

 

「ぐっ。これが、憎しみか…っ」

 

「うぐっ」

 

 憎しみと虚無が僕たちを否定しようとするが、この程度で僕や一騎が折れる事はない。

 

「…俺も、総士に傷を負わせた。でもあいつは、俺を信じてくれた」

 

「たとえ苦しみに満ちた生であっても存在を選べ。痛みの向こう側に在る、生まれてきた事への喜びを知るからこそ、苦しいからと諦めるな。そこにいることを選び続けろ」

 

「思ったんだろ? 空が綺麗だって。お前はもう知っているんだ、生命の儚さを、尊さを。それをお前の神様に教えてやれっ」

 

「俺は…、俺はっ、うっ、うぅぅ、うわあああああ!!!!」

 

 マークニヒトから電撃が放たれ、僕たちはマークニヒトから放れざる得なかった。

 

「存在を否定する怪物がっ。邪魔をするなあああ!!」

 

「待ってろ来主! 今そこから出してやるっ」

 

 もう一度、マークニヒトへと向かっていく。だがマークニヒトは今までよりも激しく攻撃を加えてくる。ワームは勿論、電撃やホーミングレーザー、ルガーランスによる射撃も加えて僕たちを寄せ付けようとはしない。

 

「もう来ないで! ミールは戦いをやめようとしない! このままじゃ、君たちを消してしまう!」

 

「戦いたがっているのはお前たちのミールだけだ! お前なら止められるはずだ、来主!」

 

「俺には何も背負えない! 選ぶ事は出来ないんだよ!」

 

「自分の強さを信じろ! 総士が賭けたお前は無力じゃない!」

 

「諦める前に選んでみせろ。何度でも、そこにいるのならば変えられるはずだ!」

 

 ザインとエクジストの射撃は障壁で防御されてしまう。もう一度接近戦に持ち込むしかない。

 

「自分を信じられないというのなら、マカベやミナシロが信じるお前を信じてみろ!」

 

 マークレゾンがフィールドの中から現れ、バスターソード・ライフルから高出力ビームを放つ。

 

「もうひとつの“存在”の器、君はなんなんだっ」

 

 マークニヒトがワームを放つが、マークレゾンの前には通用しない。『壁』の力を突破するのは容易な事ではないのだ。

 

「おれもミナシロたちに傷を負わせた。それでもおれを信じてくれた。おれが存在する“理由”を与えてくれた。お前がそこにいる理由を見つければミールは応えてくれるはずだ!」

 

 マークザイン、マークレゾン、そしてマークエクジスト。

 

 それぞれが“存在”を意味するファフナーが揃ってマークニヒトと対峙する。

 

「うぉぉぉおおおお!!!!」

 

 イージスを展開し、マークレゾンがマークニヒトへと体当たりする。しかしマークニヒトの障壁に阻まれてしまうが、それがミツヒロの狙いだ。

 

「殻を打ち破れ、ミツヒロ!」

 

「了解! やってみせます!!」

 

 マークレゾンの機体に触れ、同化して出力を高める。そしてアンカービットも放ち、マークニヒトの障壁へと干渉して波長を狂わせれば、障壁を打ち消した。

 

「行け、一騎!」

 

「うぉぉぉおおおお!!」

 

 マークニヒトへとマークザインが向かっていく。

 

 手を伸ばすマークザインへ、マークニヒトは拳で迎え打つ。

 

「ぐぅっ」

 

「やめて一騎! これ以上君を傷つけさせないでっ」

 

 マークニヒトの拳に、マークザインの伸ばした手が砕かれる。

 

「その感情を伝えろ! お前の痛みを、ミールへと叫べっ」

 

「うぅ、うわああああっ」

 

「マカベ!」

 

 再び拳を振るおうとするマークニヒトの前にマークレゾンが割って入ってイージスで受け止める。

 

『やめてぇっ』

 

 クロッシングで日野美羽の意思が伝わってくる。彼女は泣いていた。

 

『もうやめて、おにいちゃん。みわと“おはなし”しようよ! いっぱいいっぱい、“おはなし”しよう!』

 

「……お、俺は…君たちのようには…」

 

「総士が言っただろ。諦めないで、何度でも選んで、変われば良い。そこにいるんだ、お前は。なら、そこにいることを選び続けられるはずだ」

 

「お前もおれたちと同じだ。そこにいることを悩み、迷い、苦しんでいる。だから見つけられるはずだ、そこにいることの理由を」

 

「俺が、君たちと、同じ…?」

 

 動きの止まったマークニヒトへと、マークザイン、マークレゾン、マークエクジストの三つの存在の器が触れる。

 

「俺は、お前だ…」

 

「お前の心は、そこにいる」

 

「お前は、僕だ…」

 

 三つの“存在”による干渉がニヒトの憎しみを鎮め、来主を縛るミールの楔を解き放つ。

 

「俺は……、ミール…俺はもう、戦いたくない…!」

 

 来主の“声”が、ミールへと届いた。

 

 ミールから、敵意が無くなっていく。

 

『わかるよ、おにいちゃん。やっと、かみさまと“おはなし”できたんだね』

 

 そしてそれをクロッシングで日野美羽も感じていた。

 

 彼らとの『対話』。それを成し遂げる事が出来た。

 

 空が晴れていく。

 

 だが一息吐くのはまたあとだ。

 

 レーダーに複数の機影が映る。

 

 データ照合。奇械島の敵機体と判明。だがその様子が奇妙だ。生体反応はあっても人の意思で動いている様には思えない。

 

 パイロットが機体が勝手に動くと叫んでエルシャンクへと体当たりして爆発した。

 

『気に入ってくれたかね、UXの諸君!』

 

 通信回線が開かれ、初めて見る男が姿を現す。

 

 ハザード・パシャ──人類軍の総司令となっているが、皆城総士の記憶にはない人物だ。

 

『そいつらは、アルカトラズを脱獄した囚人どもでな。生きていても仕方のない、生かしておいては、世のため人のためにならないクズどもだ』

 

 マークニヒトから憎しみが再び溢れ出そうとしている。

 

「そうだ。この人間が俺たちの島を焼いたんだ。この人間の所為で、俺たちのミールは変えられてしまったんだ」

 

「命をなんだと思っているんだ。こんなこと、人間のすることじゃないだろう!」

 

 一騎が珍しく怒りを発露している。たとえ敵でも命である事には変わりない。敵でも、命に対する敬意を忘れてはならない。

 

 人間を爆弾にするような行いは、命に対する冒涜であり、人の尊厳を冒す下道だ。

 

『これは新天地を目指すワシらからの、ささやかな祝福だ』

 

 その言葉に僕も我慢の限界へと到達しそうだった。こんなものが『祝福』であって良いわけがあるものか!

 

『ありがたく受け取ってくれたまえ! ぐわーっはっはっはっ!』

 

 そうして通信は切られた。

 

 特攻させられる機体が外部からの遠隔操作によるものならば直接制御を乗っ取れば事は済む。

 

「いけ、アンカービット!」

 

 アンカービットを射出し、『増殖』の力でその数を次々と増やして特攻して来る機体に取り付かせて片っ端から制御系を同化して機能を停止させる。

 

 だがそうして特攻を止めても本命があることを忘れてはいない。

 

 核ミサイルがボレアリオスへと迫っていた。爆発すれば島にも被害が及ぶ。

 

『こわいよママぁー!!』

 

「彼女を消すな、ミーーールッ」

 

「やめろぉぉぉおおおお!!!!」

 

「ミツヒロ!」

 

「了解!!」

 

 ミツヒロのマークレゾンに『壁』を作らせ、核ミサイルへ向かうマークニヒトとマークザインを追う。

 

 マークニヒトの中からスフィンクス型へと姿を変えた来主が現れ、核ミサイルを受け止める。

 

 エウロス型も集まってきて彼と共に核の炎を抑え込んでいる。

 

 脳裡に、来主の記憶が流れ込む。

 

 ぼろぼろの身体で、痛みを感じながらも輝く海と空を見た来主の、空が綺麗だと想う心が伝わってくる。

 

 彼らが抑えても核の炎はそれを超えてくる。

 

 マークニヒトがマークザインを核の炎から庇う。それをさらにマークエクジストで庇う。障壁を展開して核の炎を防ぐ。それは僕も皆城総士であるから、一騎を守りたいと願う心は同じだからだ。

 

『生まれよう、一緒に…』

 

 来主の存在が、ミールとひとつになった。

 

 彼らのミールが大気となり、核の炎と、その汚染を防いだ。

 

『総士!!』

 

 織姫の声が響く。フェンリルのパワーはファフナーでは防げないと言った手前、核ミサイルも中々防ぐのは厳しいものだった。

 

 機体を包んでいた結晶が弾けて無傷のマークエクジストが姿を現す。

 

 機体の中にあった彼らの“存在”が僕を守ってくれた。

 

 その生命に感謝して、雲の晴れた空を見上げた。

 

 いつ見ても空は綺麗だと僕も思った。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…UX07

インターミッションで他のUXキャラと絡ませようとして何度も書き直した結果がこれ。


 

 ボレアリオスとの『対話』を終えても、僕たちの存在が還る事はなかった。

 

 それは僕たちがまだこの世界でやることがあるということを示唆しているのだろうか。

 

「まさか君までこの世界にやって来るとはな。だが良いタイミングだった」

 

 実際、ミツヒロがマークレゾンと共にこの世界に来てくれた事は戦力的にも心強いことだった。

 

「オリヒメの“声”がおれを導いてくれました」

 

「そうだったのか」

 

 織姫を見れば得意気に胸を張っていた。

 

「しかし見掛けないファフナーに乗っていましたね。マークザインと思えばマークニヒトの特徴もある」

 

「此方の世界で新たに生まれた機体だ。分類としてはザルヴァートル・モデルと言っても過言はないだろう」

 

「ニヒトでもザインでもレゾンでもない、第四の救世主ですか」

 

「ああ。エクジスト、存在を意味する機体だ」

 

「ザインと同じ…」

 

 ミツヒロがマークエクジストを見上げて一瞥すると僕へと視線を戻した。

 

「ボレアリオスとの『対話』の真っ只中でしたが、ここは“過去”という事でしょうか?」

 

「純粋に過去というわけではない。可能性のひとつを歩む並行世界だ。現に、日本は滅びることなく健在だ。しかしフェストゥム以外の敵も存在する複雑な世界であり、彼らとの『対話』を経た今、しかし僕らが存在する理由は不明だ。役目を終えれば島に帰れるとも思ったが」

 

「そうではなく、あるいは未だに何かの役目があるのか。それとも…」

 

「帰ることを諦めるつもりはないが、最悪の場合この世界でアルタイルを迎える覚悟も必要になるかもしれない」

 

 しかしそんなにも此方の世界で過ごしてしまっては僕たちの島が危うい。レゾンが此処に在り、僕も此処にいる上に一騎がまだ眠り続けているのだからザルヴァートル・モデルを1機も動かせないという戦力不足に悩まされる。

 

 通常のフェストゥムならば対応は可能だが、アトランティスのコアが相手ともなるとそうはいかないだろう。出来るだけ早急に僕たちは僕たちの島への帰還を果たさなければならない。

 

「一仕事終えた後ですまないが、真壁司令にレゾンとミツヒロの事を報告する。疲れているなら僕だけで構わないが」

 

「いいえ、問題ありません。行きましょう」

 

「わかった。立上と織姫はどうする」

 

「あたしは、岩戸に降りようかと」

 

「ならわたしは芹と行くわ」

 

「わかった。また後でな」

 

 立上と織姫と別れて、僕はミツヒロを伴って作戦会議室へと向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「織姫ちゃんは、あたしのやろうとしてること怒る?」

 

「怒って欲しいのなら、怒ってあげる」

 

 ワルキューレの岩戸へと向かう途中で、あたしは織姫ちゃんにそう言葉を掛けた。それは織姫ちゃんが仏頂面であたしを見ていたからだった。

 

 織姫ちゃんは納得はいかないっていう雰囲気を出している。

 

 それでも止めた方が良いという言葉が出てこないのなら、あたしのやろうとしていることは問題ないのかもしれないと勝手に判断する。

 

「わたしの島の皆城乙姫の為ならまだ我慢してあげる。でもこの島の皆城乙姫の為にあなたが存在を削ってまでするべき事だとは思わない」

 

「それでもあたしは、乙姫ちゃんにここにいて欲しいんだ。乙姫ちゃんには人としてもっと多くの時間を過ごして欲しいの」

 

 ワルキューレの岩戸に入ると、遠見先生たちが、コアの代替者をミールと繋げるための機材を片付けているところだった。

 

「立上さん? それに…」

 

「少しだけ邪魔するわ、千鶴」

 

「え…?」

 

「すみません。ほんの少しだけお邪魔します」

 

 織姫ちゃんと手を繋ぐと、この島のミールと繋がった事が解る。

 

 キールブロックへとあたしの意識はやって来た。

 

「芹ちゃん……?」

 

「良かった。まだ間に合った」

 

「え…?」

 

 あたしは乙姫ちゃんに歩み寄ると、膝を曲げて視線を合わせた。

 

「さ、帰ろう、乙姫ちゃん」

 

「帰るって、そんなこと出来ないよ芹ちゃん。わたしの存在はもうミールの中に還ってしまうもの」

 

「でも、乙姫ちゃんだって島に居たいんでしょ? ミールはもう、生命の循環を学んだから、乙姫ちゃんがいなくなることなんてないんだよ」

 

「ダメだよ。わたしが戻ったらミールが正しい生命の廻りを勘違いしてしまう。芹ちゃんの気持ちは嬉しいけれど、皆の為にわたしは戻るわけにはいかないの」

 

 それでも悲しそうな顔をする乙姫ちゃん。この世界では乙姫ちゃんがミールに生と死の循環を学ばせる存在だった。

 

 でも、数ヶ月だけの存在なんて、それは生命のほんの少しだけしか理解させられないと思う。そして、あたしの島の乙姫ちゃんの様に、この島の乙姫ちゃんにももっとたくさん笑って欲しいから。

 

「既にミールは生命の循環を学んだ。還りたいのなら好きにしなさい。その方が芹を煩わせないで済むから」

 

「意地悪言っちゃダメだよ織姫ちゃん」

 

「意地悪じゃないわ。うじうじしてる母親に腹が立ってるだけ」

 

「母親……。そう、あなたは…」

 

「血筋上母親というだけよ。わたしの存在は総士から生まれた。総士が望んで、わたしの存在がある。総士だけがわたしの存在の親よ」

 

 織姫ちゃんの言葉から問題ない事を確信して、あたしは乙姫ちゃんの身体を抱き締めた。

 

「帰るのがダメなら、もう1度生まれよう? 来主くんや、来主くんのミールの様に」

 

「もう1度、生まれる…?」

 

「うん。もう1度、乙姫ちゃんとして生まれるの。総士先輩の様に」

 

 総士先輩がフェストゥムの側で自分の存在を生まれ変わらせた様に。織姫ちゃんとしてではなく、乙姫ちゃんとしてもう1度存在を生まれ変わらせる事が出来るはず。

 

「いいの…? わたしが、わたしの存在を選んでも……」

 

「存在を選ぶことが生命の祝福だから。あたしが、乙姫ちゃんに居て欲しいから」

 

「存在したいのなら選びなさい。未練たらたらな母親なんて見てるだけで恥ずかしいから」

 

「もう、織姫ちゃん」

 

「ふん!」

 

 乙姫ちゃんには当たりが強い織姫ちゃんだけど、今日は更に輪をかけて当たりが強かった。

 

「わたし…帰りたい。島に…、帰りたいよ……」

 

「帰ろう、乙姫ちゃん。乙姫ちゃんの島に」

 

 意識がキールブロックから、岩戸へと戻る。

 

 結晶が砕ける音と共に眼を開ければ、腕の中に乙姫ちゃんが居る。

 

「芹ちゃん……」

 

「お帰り、乙姫ちゃん」

 

「ありがとう、芹ちゃん…」

 

 乙姫ちゃんの鼓動を感じながら、あたしはもう1度乙姫ちゃんを抱き締めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ジョナサン・ミツヒロ・バートランド。ミツヒロに息子が居たとはな」

 

「彼は我々の島の同胞です。マークレゾンと共に島の為に戦ってくれています」

 

「先の戦闘でもその点に関しての疑いはない。君の同胞であるのなら、我々の同胞であることに変わりはない。我々の島への到来を歓迎しよう」

 

「ありがとうございます。マカベ司令」

 

 僕の味方であることを説明すれば、ミツヒロの存在を真壁司令は受け入れてくれた。しかしそれだけで話しは終わらなかった。

 

「遠見先生から、皆城乙姫が帰ってきたと連絡があった。君の側の立上芹と島のコアがやったと聞いたが、何の為にミールとひとつとなった彼女を甦らせたのかね?」

 

「甦らせたというのとは違うと思います。肉体は同化されても意識はまだこの島と完全には一体化してはいなかった。皆城乙姫の存在を皆城乙姫として新しく生まれ変わらせたのでしょう。理由はただ皆城乙姫に人としての時間を過ごして欲しいという立上のわがままではないかと思います。自分の監督不届きです」

 

「いや。不都合がなければ構わないが。君たちはいなくなった存在を再び甦らせる力があるのか?」

 

「あくまでも存在を選ぶことが僕たちの祝福です。いなくなってしまった者を甦らせるというのとは異なります」

 

「そうか。いずれにせよ、君たちがその力を悪意に使う様な存在ではないことは承知している。皆城乙姫の件、そして島への助力の恩は君たちの帰還する術を全力で支援する事で返させてくれ」

 

「はい。ですが未だ、この世界に敵が多いことも事実です。我々にも出来ることがあれば申し付けてください」

 

「承知した。ならば早速で悪いのだが」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「マークザインの回収は終わったが、問題はコイツだな」

 

 防護服を身につけた保さんが溢す。

 

 マークザインを庇ったマークニヒトは消滅することなく島の海岸に鎮座していた。

 

「戦力として使わないのならば封印してしまう方が良いでしょう」

 

「そもそもコイツを扱えるパイロットが居るのかって話だが。君の方の島だとコイツも扱ってたんだろ?」

 

「ええ。僕がマークニヒトのパイロットをしていました」

 

 保さんの言葉にそう返答するが、僕の乗っていたマークニヒトは正確には目の前にあるものとは異なる生まれをした器だ。

 

 本当の意味で憎しみと虚無の器であるマークニヒトに僕が乗ることが出来るのかどうかは試さなければわからない。

 

 今は僕と一騎とミツヒロの3人で鎮めたから小康状態といったところだが、パイロットを乗せることで活性化をすれば容赦なく憎しみと虚無の渦の中へ引き摺り込むだろう。

 

 放置しても危険だが、戦力として使うのもまた危険。封印処置をするかどうかはこれから決まる。

 

 真壁司令に相談されたのは目の前の怪物の始末についてだ。

 

 マークニヒトを運用していた事は、この島の真壁司令にも話している。此方にお鉢が回ってくるのは自然の事だろう。

 

「ミツヒロ、頼む」

 

『了解』

 

 ミツヒロの乗るマークレゾンがマークニヒトに触れると、触れた先から結晶が機体の手に生えてマークレゾンを同化しようとする。

 

『虚無に囚われた憎しみか…。だがもうおれは囚われない!』

 

 その言葉と共に結晶が弾ける。マークニヒトの憎しみをミツヒロは振り払った。

 

「パイロットが乗っていないのに同化するのか」

 

「見た目はファフナーであってもミールに等しい存在ですからね。パイロットはあくまでも力に指向性を与える存在に過ぎません」

 

 マークレゾンに抱えられて、マークニヒトは臨時の露天ケージへと移される。

 

 シナジェティック・スーツに身を包む僕はコックピット・ブロックへ搭乗し、身を預ける。

 

 万が一に備えてマークレゾンが待機している前で、マークニヒトの起動を行う。

 

 ニーベルングに指を通し、機体と接続を開始する。

 

「っ…ぐぅ…」

 

 ニーベルングと接続する腕から結晶が生え、痛みが駆け巡る。

 

 マークニヒトに囚われている意思が憎しみを僕へと囁いてくる。

 

 ニクイ、ニクイ、ニクイ──。

 

 ただ憎いという言葉と共に僕を憎しみに染め上げようとする。

 

 確かに強い憎しみだ。だが理由すらない憎しみに僕が屈するわけがない。

 

「静まれ亡霊どもっ、この怪物を支配する力を、僕に与えろ…!」

 

 理由のない憎しみを捩じ伏せる。ワームが機体を包むが、存在と無の鬩ぎ合いの中で存在を僕は選び続ける。痛みを知り、いなくなることへの恐怖を知るこのマークニヒトならば消失を否定し、無でありながら存在することを望む器となる事が出来る。

 

 ワームが晴れた景色。警戒しているマークレゾンが映る。

 

『ミナシロ!』

 

「心配するな。僕はここにいる」

 

 腕を覆っていた結晶は既に砕けていた。

 

 マークニヒトの起動は成功したが、理由のない憎しみというものは骨の折れる相手だった。

 

 起動には成功したが、ニヒトの処遇は真壁司令に委ねられるだろう。

 

「マークニヒトに乗ったって。大丈夫だったんですか?」

 

「検査結果も問題ない。極めて良好だ」

 

「そう意味じゃなくてですね…」

 

 マークニヒトの同化を受けたが為に一応検査をしたが、同化現象はそれ程重いものではなく治療を受ければ直ぐに回復する程度のものだった。

 

 それに、マークエクジストが存在することを選び続ける事で存在するのであるならば軽度の同化現象はさほど心配するものでもないだろう。

 

「君の方こそ、島のミールとクロッシングしただろう?」

 

「あたしは。ただ乙姫ちゃんに居て欲しかったから」

 

 とはいえ、検査を受けて患者服を着ているのなら治療が必要だと判断されたということだ。

 

 病室のドアが開き、織姫と、この島の皆城乙姫と皆城総士が入ってきた。

 

「君の側の彼女から話を聞いた。島の為に戦ってくれたらしいな」

 

「皆城総士であるのだから島の為に戦うのは当然の事だ。なにもおかしな事はない」

 

「だが島を守ってくれた事は事実だ。その事について礼を言いに来た」

 

「律儀だな。今日くらい、乙姫や一騎たちとの時間を優先しても文句は言われないさ」

 

「……乙姫の事も、感謝する」

 

「僕ではなく立上の判断だ。礼なら彼女に言ってくれ」

 

「そうか。……マークニヒトを制御したらしいな。使うつもりか?」

 

「必要であるのならばな。あれは皆城総士の為の器だ。僕がやらずとも、いつか君がやっただろう事だ。それでも、今は必要な力だ。君はどうする」

 

「この身体の事も含めて今はまだ僕には時間が必要だが、戦術指揮官として仲間と共にUXに合流するつもりだ。そちらはどうする」

 

「同じだ。ボレアリオスとの対話はほんの一区切りに過ぎない。未だ戦わなければならない相手が居るのならば、僕たちも戦うまでだ」

 

「そうか。君たちが島に帰還できるよう、こちらも最善を尽くそう」

 

「ああ。僕たちも、この世界が平和になるための最善を尽くそう」

 

「そうか。……一騎が彼らとの対話を終えた祝いに楽園でパーティーを開くそうだ。来るか?」

 

「一騎からの誘いを僕が断るとでも?」

 

「愚問だったな。なら検査で遅れることだけ伝えておこう」

 

「ああ」

 

 互いに皆城総士であるから必要以上の言葉は必要ない。

 

 会話は質素なもので終わり、皆城総士は病室を出ていった。

 

「総士が全部伝えてしまったけれど、わたしからもあなたたちにお礼を言わせて。島の為に戦ってくれてありがとう」

 

「妹の為に身体を張るのが兄の勤めだ。礼など要らないさ」

 

「あたしも、島を守りたかったから乙姫ちゃんが畏まる事なんてないよ」

 

「わたしは総士と芹が戦うから戦ったまでよ。その生命を全うすることがわたしたちへの恩返しと思いなさい」

 

 僕も立上も自分のしたいことをしたまでだ。しかし織姫はいつになく上から目線だ。なにかあったのだろうか。

 

「別に。総士が気にすることじゃないわ。でもそうね、抱っこしてくれたら良いわ」

 

「わかった」

 

 これは話す気がないらしい事が窺えるが、必要ならば織姫から言うだろう。

 

 織姫を横抱きに抱えると、首筋に顔を寄せてくる。

 

「甘えん坊なんだね、あなたたちの新しいコアは」

 

「自分の感情に素直になってるだけよ。わたしは総士を愛してるからそれを伝えているだけ」

 

 僕の頬に自分の頬を寄せて言い放つ織姫。

 

 まるで僕たちの島に居る時と同じ様に乙姫に対する当たりが強い。いや普段よりもトゲがあるな。

 

「人として生きるのなら自分の心に素直になることを覚えなさい。わたしに言えるのはそれだけよ。それを忘れてコアとして生きるのならわたしはあなたを許さない」

 

「わかった。ちょっと難しいけど頑張ってみる」

 

 それは人としての生を歩む先達としての祝福だったのだろう。

 

 乙姫へと当たりが強かったのはおそらく照れ隠しか。

 

 喫茶楽園へと出向き、世界は違えども一騎のカレーは変わることなく同じ味だった。

 

 他にはミツヒロのカレーも振る舞われた。もちろん僕もシチューを作らせて貰った。

 

 どちらも好評の様でなによりだ。

 

「料理出来たんだな、総士って」

 

 そう僕と皆城総士を見比べて溢したのは剣司だった。

 

「蔵前と当番制で食事を作っているからな」

 

 僕が僕となった時から存在する他者の“平和”の記憶。島のミールが憶えているそれらの記憶の知識を駆使すれば人並みには料理もこなす事が可能だった。

 

「……蔵前もいるのか、君の島には」

 

「ああ。ファフナーにはもう乗れなくなったが、今も彼女は島にいる」

 

「そうか…。君の島の仲間が戦いを生き残れる事を祈ろう」

 

「守ってみせるさ。僕の存在に懸けても」

 

 そう胸に誓って止まっていた食事を再開する。

 

 平和を噛み締められるからこそ、僕たち人間は次の戦いに望むことが出来る。

 

 しかし次の戦いは僕たちに休む暇を与えず迫っていた。

 

 地球外変異性金属体(ELS)が地球圏へと移動を開始し、火星圏で人類は防衛線を構築。その最前線へ特化戦力であるUXは出撃が決まった。

 

 竜宮島のファフナー部隊もUXへ合流。僕たちもまたUXへと合流する事にした。

 

 ELSは群体性の相手であり、果てしない数の群団であるため、広域殲滅能力の高いマークニヒトが早速必要となった。

 

「マークニヒトか。大丈夫なのか?」

 

 ブルクのケージに固定されているマークニヒトを見上げてそう僕に訪ねて来たのはアスカさんだった。

 

 二度もUXと敵として対峙した機体だ。思うところはあって当然だ。

 

「万が一は僕らで処理します。とはいえ、この器の力が必要である事も事実です。あれだけの群団を相手にするのにマークニヒトは適した機体です」

 

 危険であっても必要ならば使うしかない。ファフナーはその最も足る兵器だ。

 

「力はただ力でしかない。人の心が力を正しくさせるものだと僕は思う。例え危険な力でも君が正しく使ってあげれば、マークニヒトも人の為の力になると思うよ」

 

 そう言ってくれたのはキラ・ヤマトだった。彼の言う通り、力は使う者の心次第でどの様にも変化するものだと僕も同意見だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 総士がこの世界の無の器に乗ることを選んだ。本当の憎しみの器を知ることも、総士には必要な事だった。

 

 総士がマークニヒトに乗るのなら、総士が生み出した器が空席になる。

 

「ふふ……総士に包まれてるみたい…」

 

 これは芹ちゃんは乗せられないなぁ。

 

 そう思えるくらいこの器は思っていたよりも強力で、総士だけの器だった。総士が生んだ器なのだから総士の為に存在していて当たり前だ。

 

 感じるのは圧倒的な存在感と、絶対的な肯定。総士に自らの存在を肯定されているわたしや芹ちゃんだとこの機体に乗っているだけで総士とひとつになりたいという願望が剥き出しになるだろう。

 

 だって総士の器に乗るということは、自分が総士で総士が自分ということになる。

 

 こんなものに芹ちゃんが乗った日には大変な事になるんじゃないかな。それくらいこの機体はある意味危険でもあった。

 

 起動試験でこれだから戦うためにより深く同期した時が今から楽しみだった。

 

「コアであるあなたまでファフナーに乗るなんて、ちょっと意外」

 

 この島の皆城乙姫がわたしに話し掛けてきた。この島の芹ちゃんがツヴォルフの調整をしているからその付き添いでブルクに皆城乙姫は居た。

 

「誰かの為に誰かが立ち上がるのがわたしたちの戦いだもの。必要なら乗るし、わたしの側の皆城乙姫も乗っているわ」

 

「コアでありながら人としての存在を望まれたわたし、ね」

 

 島のミールを通じてわたしと皆城乙姫はクロッシングしている。

 

 島の機能を使うためでもあり、総士や芹ちゃんの為にそうする必要があった。ミツヒロとレゾンを呼び込む為でもあった。

 

 だからわたしの情報は皆城乙姫に伝わるし、伝わってしまう。

 

 そしてわたしは皆城織姫でありながら皆城乙姫でもある。

 

 総士が望んだわたしたちの存在は、この島のわたしや皆城乙姫とは異なる分岐を与えたことも伝わっている。

 

「まぁ、精々人として悩みながら生きてみなさい。わたしが言えるのはそれだけよ」

 

「あなたは逆に悩まなさすぎだと思うよ」

 

「総士は許してくれるから良いのよ」

 

 そもそもコアであるから人であることを悩むなんてバカらしい事をしている暇があるのなら、わたしは総士と一緒に居ることを選ぶだけ。

 

 総士はわたしの事を肯定してくれる。だからわたしも、総士の望む未来を肯定する。

 

「お待たせ乙姫ちゃん」

 

「ううん。お疲れ様、芹ちゃん」

 

 ツヴォルフの調整を終えたこの島の芹ちゃんが機体から降りてきた。

 

「それじゃ、わたしは行くわ」

 

「あ、待って…!」

 

「なに?」

 

 呼び止められて脚を止める。

 

「あなたの名前、まだ聞いてなかったから」

 

「聞いてどうするの? 必要以上に馴れ合う意味をわたしは感じない」

 

「そんなこと…」

 

 この島の芹ちゃんが悲しげに表情を陰らせるけれども、織姫という名はわたしにとってただ七夕の日に外に出たからという意味だけの名前じゃない。

 

「何をしているんだ? 織姫」

 

「……もう。総士のバーカ」

 

「なんだ。いきなり」

 

 そんな気遣いを一言で全部総士が台無しにした。

 

「あ、総士先輩、その…名前を聞こうと思って」

 

「名前を? 教えてなかったのか」

 

「まだ外に出られないわたしに配慮したつもりだったのに。総士のお陰で台無し」

 

「そうだったのか、すまなかった。だが、織姫は織姫だ。同じ名であっても、僕の目の前に居る織姫が僕にとっての皆城織姫であることに変わりはないだろう?」

 

「……はぁ。ホントに、もう…」

 

 直ぐそうやってわたしが欲しい言葉をくれて骨抜きにしようとする。もう抜かれる骨も筋も残ってないよ。

 

「行くよ総士。シャワー浴びたいから洗って」

 

「仕方がないな」

 

 取り敢えず総士のお陰で台無しになった気苦労を癒して貰おうと総士の手を引っ張ってシャワーを浴びに向かう。

 

「え? あ、え? いやいや、ちょっと待とうよ2人とも!」

 

「なに?」

 

「なんだ?」

 

 この島の芹ちゃんに呼び止められてわたしと総士は揃って足を止める。

 

「いや、シャワー浴びるって、一緒に入るみたいに聞こえたんですけど」

 

「そうよ。別に構わないじゃない」

 

「いや構おうよ。恥ずかしくないの?」

 

「別に。総士だから見られたって別に構わないもの」

 

「えぇぇ~。というか総士先輩も普通に受け入れないでくださいよ」

 

「すまないが僕には」

 

「こっちの側の芹とも総士はお風呂入ってるから今更よ」

 

「え゛っ?」

 

 わたしの言葉を聞いて、この島の芹ちゃんは女の子が出しちゃいけない声を上げる。

 

 とはいっても一緒にお風呂くらいわたしたちにとっては今更なもの。でも一向に手を出したりしないんだから、まったく総士はどうなっているんだか。

 

「おかしいな乙姫ちゃん、あたしなんか間違ってること言ってる?」

 

「…わたしも、総士と入ってみようかな」

 

「乙姫ちゃん!?」

 

「だって、今まで一緒にお風呂入ったことないし。兄妹なのに」

 

「兄妹でも流石に混浴制限あるよね!? ていうかなんでもうひとりのあたしとも平気で入っちゃうんですか!」

 

「色々とあるんだ。色々と…」

 

 この島の芹ちゃんに詰め寄られて困った顔を浮かべる総士。うん、少しはわたしの気苦労を味わってくれたかな。

 

「総士先輩、お待たせしました」

 

「あ、あぁ。ご苦労だった立上」

 

 そこへベルクロスの調整を終えた芹ちゃんがやって来ると、この島の芹ちゃんがズイッと芹ちゃんに詰め寄った。

 

「ど、どうかしたの…?」

 

「総士先輩とお風呂に入ってるってホント?」

 

「あ、うん。総士先輩髪の毛洗うの上手で気持ちいいんだぁ」

 

「そうじゃなくて…、恥ずかしくないの?」

 

「別に? 総士先輩になら見られても良いし。というか見て欲しいというか…、うん。ね?」

 

「ね?って、……総士先輩と付き合ってたりするの?」

 

「え? 付き合ってないと一緒にお風呂入るのってダメなの」

 

「……わかんない。同じあたしのハズなのにあたしの考えがわかんない」

 

「し、心配しなくても、えっ、エッチなこととかしてないよ?」

 

「もうそんなんじゃないよぉ…」

 

 同じ人間であっても世界が違えばこうも違う。芹ちゃんは特にその1人だと思う。頭を抱えて項垂れるこの島の芹ちゃんと、何かおかしいかなと顔に書いて首を傾げる芹ちゃん。まぁ、いつも通り。

 

「芹も居ることだからお風呂に切り替えね」

 

「この空気で僕に同伴を求めるのか」

 

「頑張って戦ったわたしと芹へのご褒美。最近忙しくてお風呂もご飯も別々だったし」

 

「……僕の敗けだ」

 

「絶対変なことしちゃダメですからね!」

 

「しないさ。ただ髪と身体を洗って湯船に浸かるだけだ」

 

 この島の芹ちゃんが釘を刺すけれども、本当にそれだけなのがわたしは不満。でも総士がわたしや芹ちゃんの事を大切にしているのは解っているから今は仕方がない。それでも直接総士が手で触れてくれるだけでもご褒美ではあることだし。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「なんだか災難でしたね」

 

「いや。彼女の反応が先ず普通だ」

 

 湯船に浸かりながら総士先輩に背中を預ける。ちょっと乙姫ちゃんには悪いと思いながら、前後に織姫ちゃんと総士先輩に挟まれててまるで天国みたいな気分だった。

 

「先輩はあたしと入るのはイヤですか?」

 

「だったら一緒には入らないさ」

 

 うん。総士先輩ならそう返してくれるってわかっているけれど、改めて正しい事を突き付けられると、やっぱり間違っているって自覚が襲ってくる。

 

「芹ちゃんは気にし過ぎ。わたしたちにはわたしたちのコミュニケーションの仕方があるってだけ」

 

「そう、かなぁ…」

 

 でも甘えてばかりじゃ総士先輩にだって悪いし。

 

「じゃあ、総士はわたしが独り占めして良いよね?」

 

 そう言って織姫ちゃんがあたしの身体を押し退けて総士先輩に身体を寄せてくる。

 

「立上が狭苦しいだろう」

 

「別に良いでしょ? 芹ちゃん、総士とちょっと離れたいみたいだし」

 

 そう織姫ちゃんに言われると胸がキュウって苦しくなる。

 

「やだ」

 

「ん? 芹ちゃんなにか言った?」

 

「総士先輩取っちゃやだっ」

 

 あたしも織姫ちゃんに負けじと総士先輩に身体を寄せた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あまり立上を煽るな、織姫」

 

「素直じゃない芹ちゃんが悪いんだもーん」

 

「うぅー、総士せんぱぁーい」

 

 総士の首筋に鼻を擦り付ける芹ちゃんはすっかり甘えん坊モードに変わった。普段我慢してるから一度スイッチが入ると芹ちゃんはこんな風になる。

 

「心配するな立上、僕は何処にも行ったりしない」

 

「んー…、えへへ、総士せんぱぁい」

 

 総士に頭を撫でられるとトロトロになる芹ちゃんは、正直押し倒したいくらいカワイイ。

 

「わたしもぉ」

 

「わかったわかった」

 

 でも芹ちゃんばっかりに掛かりっきりは寂しいからわたしも総士におねだりすると、ちゃんと総士はわたしも構ってくれる。

 

 総士の手は大きくて、優しくて、温かくて、気持ち良くて。

 

 これをこの島の芹ちゃんは知らないからあんな事言えちゃうんだろうなぁ。

 

 と言っても、この島の総士は総士みたいに甘やかし上手じゃないからこんなことはしないし、やったとしても皆城乙姫にだけくらいだと思う。

 

 ボレアリオスとの戦いで忙しかった代わりにうんと甘えて、そして次の戦いに備える。

 

「ん…っ、はぁぁ……。…良し」

 

 マークエクジストと一体化して総士の存在の器を受け入れる。

 

 まるで総士とひとつになっているみたいに感じる。総士の温もりに包まれているみたいな多幸感が全身を駆け巡る。

 

 意識を切り換える。

 

 戦力差は1万対1の戦いにもならない戦いに、わたしは身を投じる。

 

「ゴウバイン・コンバット、始動ぉぉっ」

 

『そんなものはない』

 

 総士がクロッシングで突っ込みを入れて来るけれども、人間は感情の昂りで力を発揮出来る生き物だ。

 

 わたしの闘争心に呼応する様に従えているトルーパーがイージスから強固な『壁』の力を展開してELSの群れを押さえ込んだ。

 

 彼らもなにかを叫んでいる。けれども彼らと『対話』をする存在の準備には今少しの時間が要る。

 

 その為の時間を稼ぐための戦いが始まった。

 

 

 

 

to be continued…



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総士Withエヴァ

リハビリ兼ねてやってみたかった事をやってみました。


 

「ここは何処だ?」

 

 いつものように自室で寝て、暑苦しさに起きたのは見知らぬ電車の中だ。

 

「どうなっているんだ、これは」

 

 先ず違和感を感じたのは視線の高さだ。そして手の大きさがいつもより細かった。いや、それだけではなかった。

 

「誰も居ないのか?」

 

 駅に停まっているらしいが、人の気配がまるでないことに首を傾げる。

 

 ともかく座っていても仕方がない為、情報収集を兼ねて駅を出ることにした。

 

「日本か。しかし関東全域に特別非常事態宣言とはどう言うことだ?」

 

 日本列島の本州は人類軍の核攻撃で消滅している筈だ。

 

 それなのに指定のシェルターに避難しろと言っている。人っ子1人見当たらないのもその為か。

 

「いや、居たな」

 

 公衆電話を何処かに掛けている人影があった。

 

「君、すまないが少し良いか?」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

 近づけばその人影が少年だとわかると言えども中学生くらいだ。そんな彼と目線がそんなに変わらないと言うことはそういうことなのだろう。だが今は、その事を議論している時ではないだろう。

 

「この非常事態宣言とやらはなんなんだ? 知っていることがあれば教えてくれ」

 

「あ、えっと、ぼ、僕にもわからなくて。それで今待ち合わせの人に電話したんだけど、非常事態宣言で電話も繋がらなくて」

 

「そうか。ならばシェルターへ避難しろと言うのだからそうするしかないか。場所はわかるか?」

 

「ご、ごめんなさい。僕もこの辺りの人間じゃないからわからなくて」

 

「そうか。なら駅に引き返して地図でも見つけるか」

 

「え、駅員さんに訊いてみるとか?」

 

「僕が見た時は受け付けも無人だった。おそらく避難したあとなのだろう」

 

「そ、そうなんだ」

 

「ああ。とりあえず自己紹介といこう。皆城総士だ」

 

「い、碇シンジ、です」

 

 自己紹介を兼ねて手を伸ばしたのだが、彼の手はぎこちなく伸びてきて固かった。内向的な性格なのだろう。強いて言えば羽佐間に似ていなくもないか。

 

「歳もそう変わらないだろう。遠慮はしなくて良い」

 

「そ、そうかな。良くわからないや」

 

 頬を掻くシンジのぎこちない顔からあまり人とも関わるのは苦手なのだろうと分析する。何処と無く以前の一騎を思い出した。

 

「うわっ」

 

「なっ、なんだ!」

 

 いきなり耳を苛む爆音に2人して耳を塞ぐ。それは頭上をミサイルが飛んでいく音だった。

 

 そのミサイルが向かった先は、黒い人型の物体だった。

 

「フェストゥム…、ではないか。しかし」

 

 首の無い人型は仮面状の顔を持ち、その仮面の下に紅く光る光球を有していた。そして直感的に察する。あの紅い光球がヤツの本体(コア)だと。

 

 そしてまた頭上をミサイルが過ぎ去っていく。人気の無い街が一瞬で戦場と化した。

 

 しかしミサイルを何発食らっても効果がない様に見える。何らかの防御手段を持っているのか、はたまた純粋に生物としての外皮が分厚いのか。

 

 返礼とも言わんばかりに黒い人型はその手を空中のVTOLに向けると、光の槍を突き出して片翼のエンジンを吹き飛ばした。そして撃墜された機体はなんと此方に向かって墜ちてきた。

 

「不味い…!」

 

「うわあああ!!」

 

 しかもご丁寧に黒い人型は何らかの力で浮遊すると、その脚で撃墜したVTOLを踏み潰した。

 

 シンジの身を庇って伏せたのだが、そんな僕たちの前に一台の車が滑り込んで爆風から庇ってくれた。

 

「ごっめ~ん、お待たせ♡」

 

 こんな非常時に軽い人だと思いながら、どうやらシンジの待ち合わせ人らしい。

 

「とにかく逃げるわ。早く乗って!」

 

「乗るぞシンジ!」

 

「あ、待ってよ!」

 

 助手席側、座椅子を倒して自分は先に乗り込み、シンジに前の席を譲る。

 

 下に生きている人間がいるのにお構いなしに攻撃を続けるVTOLの編隊に思うことはあるが、避難指示が出ているのに従わなかった此方も悪かったという事でおあいこか。

 

 バックで急発進し、そのままターンしてアクセル全開で黒い人型のもとを放れた。しかしバックしてるときに黒い人型の足が迫ってきた時は冷や汗を掻いた。

 

 難を逃れて道端に車を停めて、双眼鏡であの黒い人型を観察する女性。

 

「ちょっとまさかっ、N2地雷を使うワケ!? 伏せて!!」

 

 彼女のただならない様子に伏せると直ぐ様衝撃波が車を襲って、車体はくるくると回転していく。先程地雷と言ったが、生半可な威力じゃない。戦略核にも匹敵し得る破壊力だろう。

 

「大丈夫だった?」

 

「ええ。口の中がしゃりしゃりしますけど」

 

「そいつは結構。そっちの君は? ケガはない?」

 

「ええ。何ヵ所か打ちましたけど、許容範囲内です」

 

「オッケー。んじゃ、車起こしましょっか」

 

 爆発の衝撃波で転がされた車を3人で協力して車体を起こす。

 

「ありがとう、助かったわ」

 

「いえ、僕の方こそ。葛城さん」

 

「ミサト、で良いわよ? 改めてよろしくね。碇シンジ君」

 

「はい」

 

 僕の時よりも好感触で自己紹介が進んだのは隠せない明るさを持つ葛城さんの人柄だろう。

 

「そっちの君は、お名前聞かせてくれる?」

 

「皆城総士です。改めて、危ないところを助けていただきありがとうございます」

 

「あらやだ、丁寧に畏まらなくったって良いのよ。それよりこれから私たちは行かなければならないところがあるんだけど、基本関係者以外入れられない場所でね。とはいえさっきのN2地雷で付近のシェルターは使い物にならないだろうし。特務機関NERVの権限であなたを保護します。だから悪いんだけど、付き合って貰うわよ?」

 

「構いません。ここで放り出されても困ってしまいますから」

 

 特務機関ネルフという組織の一員らしい葛城さんの言葉に今は従うのが得策だろう。

 

 とりあえず車を動かせるように修理する為に他の車からバッテリーを拝借するとかしたのだが、葛城さん曰く国際公務員だから万事OKらしい。

 

 そこから車はゲートを潜ってカートレインとやらに乗り込んだ。

 

「特務機関NERV?」

 

「そ。国連直属の非公開組織」

 

「父の居るところですね」

 

「まっねー。お父さんの仕事ってなんだか知ってる?」

 

「人類を守る大切な仕事だって、先生からは聞いてます」

 

「なるほどね。あ、そう言えばお父さんからID貰ってない?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 シンジが葛城さんに手渡したのは殴り書きで「来い」とだけ書かれたくしゃくしゃで1度は破かれたがテープで復元した手紙とも言えない物だった。

 

「ありがと。じゃあ、これ、読んどいてね」

 

 その手紙を見て、葛城さんはようこそNERV江と書かれた冊子をシンジに手渡した。

 

「ネルフ? 何かするんですか?僕が」

 

「…………」

 

「そうですよね。用もないのに父さんが手紙をくれる筈、ないですもんね」

 

「そっか…。苦手なのねお父さんが。私と同じね」

 

「え?」

 

 葛城さんの言葉に興味を持ったらしいシンジだが、次に真っ暗だった景色が変わってそちらへ気を取られた。

 

「スゴい! ホントにジオフロントだ!」

 

「あれが私たちの秘密基地、NERV本部。世界再建の要、人類の砦となるところよ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 本部施設にたどり着いたまでは良かったが、その先の途中から葛城さんは迷子になったらしい。

 

 開いたエレベーターの先から金髪に白衣という出で立ちの女性が現れた。

 

「あ、あら、リツコ」

 

「到着予定時刻を17分もオーバー。ミサト、人手も無ければ時間もないのよ? それに部外者を中に入れるなんて処罰物よ?」

 

「ゴミン。それにN2で周りのシェルターも使えなくて仕方なかったのよ」

 

「はぁ。それで、彼が例の男の子ね」

 

「そ」

 

「技術開発局、E計画担当責任者、赤木リツコよ。よろしくね」

 

「あ、はい」

 

「もう1人の彼は保安部に任せたかったところだけど、今は時間が惜しいわ。このままケイジに向かうわ」

 

 そう音頭を取った赤木さんの案内で僕らは暗闇の支配する部屋へと案内された。

 

「顔!? 巨大ロボット!?」

 

「探しても見つからないわ」

 

「え?」

 

 電気が点き、部屋ではなく格納庫であった場所で鎮座する紫色の厳つい顔のロボットの顔を見て、シンジは冊子から情報を探すが、無意味だと赤木さんは言う。

 

「人の造り出した、究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。開発は極秘裏に行われた。我々人類、最後の切り札よ」

 

「これが父の仕事ですか?」

 

「そうだ…。久しぶりだな」

 

「父さん…」

「出撃」

 

「出撃!? 零号機は凍結中でしょ!? まさか、初号機を使うつもりなの!?」

 

「他に方法はないわ。碇シンジ君」

 

「は、はい」

 

「あなたが乗るのよ」

 

「え?」

 

 本人が知らぬところでパイロットとしての召集が決まる。見覚えのある光景だ。

 

 メモリージングや事前に訓練を受けているのならばまだしも、本当に初見のロボットを動かし戦うのなど、漫画やアニメだけの特権だそれは。

 

 出来るわけない。乗れるわけない。戦うのなんて無理だ。

 

 シンジの悲痛な訴えを聞くと、かつての僕は一騎に甘えていたのだと自覚させられる。

 

「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」

 

 初号機の頭上の部屋から此方を見下ろすシンジの父親のその言葉には、息子を心配する温かみは感じられなかった。

 

「シンジ」

 

「ッ、君まで、僕に乗れって言うの! あんな怪物と戦えっていうの!?」

 

「事実を並べ立てるならそうだ。今出来るのが君しかいないんだ。だから乗ってくれとしか僕には言えない。だが、1人にはしないとだけは言える」

 

 そう言って僕はこの場でもっともこのロボットの事に詳しそうな赤木さんを向く。

 

「この機体、2人乗りは可能ですか?」

 

「インテリアに余裕はあるけれど、ダブルエントリーなんて前代未聞よ。起動確率を低くする要因はあまり入れたくないし、何よりあなたは部外者でしょ」

 

「ええ。ですが何とかしてシンジに乗って貰う他道はないのなら、その道を共にする覚悟が僕にはあります。だからシンジ、僕たち2人なら出来ると信じるんだ」

 

「皆城、君…」

 

 全てを拒絶して揺れていた瞳に光が戻った。僕の言葉が少しでもシンジに届いたと思いたい。

 

「……わかったよ。皆城君の言葉、信じてみるよ。乗ります。僕がやります…!」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 シンジが乗ると言ったら簡単な操縦方法だけを教わり、エントリープラグというコックピットに乗せられた。

 

 しかし取り込めば直接血液に酸素を送る謎の液体か、興味深い。操縦形式もファフナーと同じ思考制御がメインだと言う。ならば引き出しはいくらでもある。

 

「シンジ、エヴァンゲリオンが自分の身体だと受け入れてみろ」

 

「僕が、このロボット?」

 

「そうだ。両腕、両足、両手、そして両目までありとあらゆる感覚を感じろ。一体化するんだ」

 

「僕がロボットで、ロボットが僕……」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「シンクロ率、37.4%から64.7%へ上昇! スゴいですね彼ら」

 

 後輩の伊吹マヤからの報告にリツコは有り得ない物でも見ている気分だった。

 

「部外者の彼のお陰? そんなまさか。ならあのアドバイスはいったい」

 

 エヴァの秘密を探るスパイだと思っていた少年、皆城総士。シンジも今日偶々出会って行動を共にしたと、簡単なレクチャーをしていた時に話してくれた。

 

 エヴァに乗るのを拒絶していたシンジをその気にさせた手腕も去ることながら、まるでエヴァに乗ったことがあるかのようにシステムについて確信に迫るアドバイスを言ってみせたりもして、いったい何処の組織の一員なのか見当もつかないが、今はエヴァが動くのを有難いと思うしかない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 射出されたのは敵の真ん前となって、いささかシンジの表情が固くなった。

 

《最終安全装置解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!》

 

 安全装置が解除された事で機体の重心に重みが乗るのを感じる。人造人間と言っていたから人工筋肉と機械の差があるのだろう。それでもファフナーの操縦技術は応用出来る筈だ。

 

《良いわね? シンジ君、先ずは歩く事から考えて》

 

「あ、歩く…」

 

 口に出すのは無自覚だろう。それでも一歩を踏み出して発令所が沸き立った。一歩歩いてこれは行き先が不安になる。

 

「ゆっくりで良い。2歩目は下がって、ヤツと一定の距離を保て」

 

「う、うん」

 

 もう一度、エヴァは踏み出した一歩を下げて、そのまま足を引き摺る様に後ろへと下がる。

 

「ケーブルに気をつけろ」

 

「わかった」

 

「葛城さん、武器はなにかないのか?」

 

《それなら肩のウェポンコンテナにナイフがあるからそれを使って!》

 

「了解。しかしナイフ1本とは。マインブレードか」

 

 ファフナーと変わらない巨体のロボットをそう都合良く用意出来るとは思えない。ならばあの怪物──使徒と言うらしいものの襲来はある程度予想されていたのではないかと推測するが、武器がナイフ1本なのは如何なものだろうか。それとも急な敵の襲来で武器が間に合っていなかったのかと推察するが、考えても武器は増えないのだから今ある武器でどうにかするしかない。

 

「シンジ、落ち着いて聞け。敵の弱点はおそらく胸の紅い光球だ。そこを破壊できれば倒せるハズだ」

 

「わ、わかったよ。でもどうやって…」

 

「痛みに耐えるのは得意か?」

 

「痛いのは、嫌だな」

 

「僕もだ。だがやらなければならない」

 

「皆城君…」

 

 このロボットの操縦方式なら最悪、ダメージがフィードバックする可能性がある。

 

「シンジ、前だ!」

 

「え? いっ、ぐああああっ」

 

「っぐ、やはり、そうかっ」

 

 使徒の仮面の両目が光った瞬間、初号機の胸部が爆発し、ダメージが痛みとなって襲ってくる。

 

「痛い、なんで、なんで痛いんだよっ」

 

「それが戦うことの痛みだ。痛みから逃げるなシンジ」

 

「そんなむちゃくちゃな…!」

 

「その道理は男の無理で抉じ開けるまでさ」

 

 痛みの中でも存在し続けるのが僕の祝福だが、それを伝えても何の事だかさっぱりだろう。しかし、戦いに対する姿勢を教えることは出来るだろう。

 

「余計なダメージは受けられない。一撃で仕留めることを考えるんだ」

 

「一撃で……」

 

「そうだ。先ずはヤツの動きを止めるんだ」

 

「やってやる。やってやるぞ…!」

 

 引け腰だったシンジの声に張りが出た。このまま戦意を保てれば御の字だが、

 

「うおおおおッ!!」

 

 初号機を使徒へと走らせるシンジ。無謀に見えるが、戦いを知らない新兵ならば仕方のない事か。

 

 使徒へタックルを決めた初号機は、そのまま使徒を押し倒した。マウントポジションだ。

 

「こ、これでっ」

 

 肩のウェポンコンテナからナイフを装備した初号機が、その刃を振り下ろすと、オレンジ色の防壁の様なものに受け止められた。

 

「なるほど、攻撃が効かないのはこの防壁の所為かっ」

 

「うわっ」

 

「不味いっ」

 

 使徒が腕を振るって、ナイフを掴む手を弾かれてしまうと、ナイフを初号機は手放してしまった。

 

 すると使徒は初号機の顔を掴むと、光の槍を初号機の顔に叩き込んだ。

 

「うっぐ、あぐっ、あああっ」

 

「ぐあっ、ぐぅぅっ」

 

 フィードバックによる強烈な痛みに呻くのが精一杯だった。だが使徒は止まらず続けて顔面への攻撃を敢行。初号機は頭部を貫かれてしまう。

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

「ぐぅぅぅっ」

 

 ただ便乗している自分と違って、メインパイロットのシンジには想像を絶する痛みが襲ったのだろう。

 

 初号機はビルに叩き付けられて身動きを止めてしまう。パイロットのシンジが気絶したのだから当たり前だ。

 

 絶対絶命の危機に、僕は──。

 

「来い、マークニヒト!!」

 

 

 

 

 

つづく



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本編
皆城総士になってしまった…


総士の誕生日なんでふと思いついた。逆行とかアスカ先輩とか色々と読んだけど総士に憑依した系ってなくない?という発想から生まれた。ホントは0時に上げたかった。


 

「僕の名は皆城総士。君が誰かを、僕は知らない。だがこの言葉を君が聞いている時、もう僕はこの世に居ないだろう」

 

 まさか僕がこの言葉を残す側になるとは思わなかった。

 

 僕自身、定められた路であっても、その通りに事が進むとも思っていなかった。

 

 僕は皆城総士。いや、皆城総士に()()()()()()()()だ。

 

 自分でもおかしな事を言っている自覚はある。だが事実だ。

 

 僕の最も古い記憶は痛みだった。左目を襲う痛み。あまりの痛みに声を出す事もなく左目を押さえ呻くだけだった。叫ばなかった自分を褒めてもいい。何故ならば僕は皆城総士ではないから痛みも普通に人並みに痛い。

 

 目の前には血の着いた小枝を手に持ち、震えている男の子がいた。いきなりの出来事過ぎてその子が慌てて駆け去るのを見送るしかなかった。

 

 ようやく落ち着けて自分の名が皆城総士であることを知る。ケガの治療は出来たものの、以後は左目の視力は著しく低下してしまった。

 

 それならまだ良かったのかもしれない。ただ、何故僕は皆城総士になってしまったのだろうか。疑問は尽きない。もしこれが神の仕業だとでもいうのなら、僕はその神に虚無の申し子を全力で差し向ける所存だ。

 

「残された時間は、決して多くはない。だから僕は君にこの言葉を遺そう。楽園と呼ばれる島は確かにあった事を。竜宮島という素晴らしい島があった事を」

 

 レコーダーに向けて思い出す様に僕は言葉を紡いでいく。この先長くない自分の命が終わる時、次に生まれる皆城総士の為に僕は僕たちの戦いを伝えるために今ここにいる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 慶樹島からボートに揺られて竜宮島に向かう。

 

 とうとうこの日がやって来てしまったのかという憂鬱な気分が込み上げてくる。しかし嘆いてもいられない。知っていて犠牲にした先輩たちの為にも、これからの戦いを乗り越えて行かなければならない。

 

 戦いたくても戦えないもどかしさがこんなにも辛いものだったとは思わなかった。

 

 ちなみに僕はファフナーに乗ることは出来る。だがファフナーとの一体化に皆城総士とは別の意味で致命的な欠点を抱えていた。

 

 本来の皆城総士が目が見えてしまう事を受け入れられずにファフナーの起動が出来なかった。

 

 僕の場合はまた別だ。

 

 僕は皆城総士という存在になってしまった別の人間だ。以前の記憶は思い出せない事も多い。それでも僕はこの世界の未来を知っていて、そして皆城総士とは別の人間だったという自覚があった。

 

 それ故だろう。ファフナーとの一体化、つまり違う自分になる事が受け入れられないのだ。自分が変わってしまって、果たして僕自身はどうなってしまうかがわからなくて、怖くなってしまう。自己保身に走る無意識の防衛本能が邪魔をする。変性意識で思考防壁を作る対フェストゥム戦闘という観点で考えるとファフナーのパイロットとしてこれ程使えない人材は居ないだろう。

 

 思考を読まれない様に付けられた機能を使えないパイロットなど使えない。故に僕もまた、ジークフリード・システムに乗ることになった。

 

 見送る事しか出来ず、仲間が戦う戦場に赴けない自分を情けなく思う。

 

 父への挨拶を済ませ、教室に向かう。保さんに頼まれた雑誌を届ける為だ。

 

 道すがら、僕はこれからの事に頭を悩ませていた。正確な日時はわからずとも、恐らく今日、竜宮島にフェストゥムはやって来る。そしてファフナーに乗る前に蔵前果林――僕にとっての数少ない身内を喪うことになる。

 

 数度の起動実験で既に同化現象の初期症状が出始めてしまっている為、あまり長く戦えないだろう。だとしても家族であり、気心知れた相手を亡くす事は辛い。死ぬとわかっているなら尚更見捨てられない。

 

 なんの力もなく、先輩たちを助ける事も出来なかった自分が言えた義理じゃないだろう。

 

 だが蔵前の事に関しては力がなくともどうにか出来る術はある。

 

 雑誌を届けて直ぐに蔵前を連れて慶樹島にとんぼ返りすればきっと間に合う。

 

 ファフナーの調整という理由をつければ蔵前を連れていく事は出来る。その為の船も出して貰えるだろう。

 

 だがそうすると最悪帰りにフェストゥムと鉢合わせる危険もある。

 

 もしもの時は剣司もシステムに乗れるが、訓練もなしに指揮は執れないだろう。あれは四年という歳月の実戦経験があればこそ出来た事だろう。

 

 最悪の場合は僕もファフナーで出るしかないだろう。起動指数ギリギリのコード形成数値なら変性意識もさほどなく動かすだけならば出来るだろう。どのみち変性意識とジークフリード・システムとのクロッシングがなければフェストゥムの読心能力は完全には防げない。

 

 初陣での一騎やニヒトと戦った時の道生さんが動きを読まれたのもその為だろうと僕は考えている。たとえ蔵前をファフナーに乗せても、システムとのクロッシングがなければ一騎と同じく敵に動きを読まれてしまうだろう。

 

 ファフナーに乗りながらシステムを使う。ゼロファフナーやティターンモデルは、そう言った意味ではとても効率的で、その設計思想はより多くの敵を倒す事に向いているのかもしれない。

 

 アクティビオンが開発され、同化現象への対策が出来ればシステムとファフナーの二重負荷が掛かっても戦えるのだが、ないものねだりをしても仕方がない。今出来る最善を尽くす事が僕の戦いだ。

 

 教室に着いたらやはり蔵前とぶつかってしまった。片目が見えない生活は長いとはいえ、どうしても死角は常人よりも増えてしまう。

 

「ごめん。上手く見えなかった」

 

「皆城くん、帰ってたんだ」

 

「ああ。今朝に」

 

 実際帰ってきたのは今朝だ。ただ報告書を纏めていたら午後になって、父さんへの挨拶をしていたら放課後になってしまった。

 

 ぶつかって落ちてしまった紙袋を蔵前が拾って手渡してくれる。

 

「おお!? それは、麗しの最新号! 待ってたぜー!」

 

 紙袋が書店のものと知る衛が目敏く気づき、興奮しだした。ゴウバインを愛する衛は毎回この漫画雑誌を欠かさず買っている。島唯一の漫画雑誌だから気持ちはわかる。僕もゴウバインは単行本の出版を提案して読み揃えている。漢のロマンがわかっている保さんには尊敬の念を禁じ得ない。

 

「ねぇ、皆城くん。東京どうだった?」

 

「東京?」

 

 そんな事を思っていたら遠見に訊かれた。何故東京の話が出てくるのだろうか? いや、確かに半年ほど慶樹島かアルヴィスに缶詰めで学校にも来ていなかったが。

 

 すると蔵前が思わせ振りに眼鏡をクイっとあげ直した。確かそう言えばそうだったか。要点を覚えていても細かいところは色々と忘れてしまっているらしい。余りに長い休みだったから蔵前が気を利かせてくれたんだろう。

 

「思ったよりも人が多い場所だったよ」

 

 ただ、僕の場合は実際の東京がまだ人の街として栄えていたのを知っている立場だったから、皆城総士よりも極めてリアリティがあり不自然さを感じさせない感想を口に出来ただろう。

 

「そうなんだぁ。ねぇねぇ、芸能人とかに会えた?」

 

「…いや。そういう人とは会えなかった」

 

「なーんだ。残念」

 

 田舎という設定の竜宮島の子からしたら都会の東京はひとつの憧れみたいなところもある。僕からしたらこの竜宮島の暮らしにこそ憧れの感情を抱いていたが、今はそれどころじゃない。

 

 視線で教室を軽く見渡しても一騎は居なかった。おそらく剣司と校舎裏で決闘しているんだろう。将陵先輩の懸けが当たるまではもう何ヵ月か先だ。……その時、僕はどうしているだろうか。

 

「遠見。一騎は何処に?」

 

「一騎くん? 授業が終わったら近藤くんと出ていったけど」

 

「そうか。ありがとう」

 

 やはり一騎は剣司との決闘らしい。――蔵前を連れていく序でに一騎も連れていきたかったが……。

 

「蔵前。少し付き合ってくれ」

 

「え? う、うん。いいけど」

 

 リスクが先か後か、どちらも変わらないのなら最善を選ぶ。それが僕の戦いだ。だから僕は先のリスクを選択した。

 

 蔵前も普通に答えれば良いだろうに、変に吃るから教室から黄色い声が上がる。お前たち僕たちが義理とはいえ姉弟なのは知っているだろう。義理だから問題ない? アニメの観すぎだ。そもそも竜宮島でそんな深夜枠のアニメがやっているわけがないだろう。さらに言うなら蔵前が好きなのは将陵先輩だ。

 

「ごめん皆城くん」

 

「いや」

 

 茶化されたのは気にしていない。ああいう年頃は得てして他人の恋バナというのは気になって仕方がなくて不思議と盛り上がるものだ。僕も以前経験した。再び中学生生活を無邪気に満喫しきれないのが小さな悔いだが、何も知らないままではいられない。僕は島を守らなければならないからだ。

 

「でもびっくりした。皆城くんから誘われるなんて思わなくて」

 

 皆城総士も不器用な一騎にまで不器用と言われるほど不器用オブ不器用だったが、僕にもその不器用な部分は残っている。……いや、敢えてあまり人を寄せ付けないだけかもしれない。それは皆城総士に対しての僕なりの贖罪だ。僕が皆城総士であるかぎり他人を好く資格などない。何故なら本当なら皆城総士が紡ぐべき絆であって、僕が紡ぐものじゃない。

 

 話はするが、ほぼ必要最低限な事が多い。ただあまり敵を作らないように程度には皆城総士よりも紡ぐ言葉は多いかもしれない。僕たち島の子供すべてがファフナーのパイロット候補なのだ。円滑な作戦行動に備えて、所謂角の立たない程度の会話はしている。

 

 そういう会話をしたい相手が一番心が遠いのが皮肉だ。

 

 僕の目を傷つけて以来、一騎とは疎遠だ。皆城総士にとって親友であり、共に無へと還りたかった相手。それほどまでに気心を許していた相手。僕にとっては物語の主人公の一人であり、皆城総士の局所的な交友関係上無視できる相手でもない。

 

 だから何度か会話をしてみようとした。だが実際、一騎に対して何を話したら良いのかわからない。だから言葉を掛けられず対面しても互いに何も喋らず擦れ違う事が多い。好きな相手に告白したくても出来ずに何も言えなくなってしまう女子でもあるまいし。

 

 しかしこれからは違う。違う様に努力しよう。新しい価値観を、感情も痛みも共有する事で少しでも一騎を理解できる様になるかもしれない。

 

「一騎にファフナーを見せる」

 

「真壁くんに!? そんな、なんで…!」

 

 人が少なくなってきた廊下で蔵前に本題を話す。

 

 だがその内容に彼女は予想外だったのだろう。歩みを止めてその理由を問う。

 

「戦闘指揮官としての判断だ。パイロット候補の中で群を抜いたコード形成数値を遊ばせておくつもりはない」

 

「でもファフナーは!」

 

「先輩たちのくれた時間を無駄にするわけにはいかないんだ」

 

「っ、皆城…くん……」

 

 卑怯な言葉だろう。だが事実でもある。先輩たちのお陰で、ファフナーの運用に関する貴重なデータを手に入れる事が出来た。今までフェストゥムは水の中に入る事は出来なかった。それがフェストゥム襲来から30年間の常識だった。フェストゥムから逃れる為にファフナーはゼロファフナーたるエーギルモデルの時点で水中行動が考慮された設計がされている。

 

 だがその常識は崩れ去った。さらに数年後、フェストゥムの統括者であるミールの一部であるアザゼル型が海にコアを隠すまでになった。

 

 水の中にも敵がいる今、ピンチになれば海に逃げるという手段は使えない。現状一人しかいないパイロットで複数の敵が攻めてくればアウトだ。それはマークゼクスという犠牲で証明されている。

 

 皆城総士ではないが、ジークフリード・システム内の全パイロットの生命は何がなんでも僕が守ってみせるつもりだ。

 

 だから初陣でいきなりまともな説明もなく一人で戦わせるつもりもない。蔵前のサポートがあれば初陣でも一騎なら戦えるはずだ。

 

 すべてを救えると思うほど傲慢じゃないつもりだ。でも手の届く範囲の者を救う事くらいは許して欲しい。僕も人並みには家族や友達を大事に想っているのだから。

 

 だから勝算を上げ、なるべく犠牲の出ない方法を捜し、あとは選んで進むだけだ。

 

「敵が一体だけで攻めてくるとも限らない。出来るときに戦力の増強はやっておくべきだと僕は思っている」

 

「でもそれなら真壁くんだけじゃなく、他のみんなだって。第一それじゃなんのために先輩たちも戦ったのか」

 

 確かに僕の言い方では一騎だけを特別扱いする様に聞こえる。なにも一騎だけでなく、他のパイロット候補も連れていって然るべきだ。

 

 でもそれではダメだ。

 

「ただ平和にこのまま過ごせる事に越したことはない。だが敵が来ない保証はどこにもない。だから出来るときに出来る最善を選ぶ。今この瞬間だって、誰かが戦って得た平和(じかん)を分けて貰っているんだ」

 

 そこまで言って僕はまた歩き出す。誰かが勝ち取った平和。先輩たちの戦いで半年という時間を貰った。ノートゥング・モデルの開発も、先輩たちのくれた時間がなければ間に合わなかった。

 

 竜宮島でティターン・モデルによる防衛戦などという状況は考えたくもない。

 

 確実にパイロットの数が足りなくなる消耗戦の末、竜宮島は落ちる未来しか見えない。

 

 そのノートゥング・モデルにしてもシステム分の負荷がなくなっただけで、依然同化現象の危険性は解消できていない。こればかりは蓬莱島や真壁紅音のデータがなければどうにもできない事だ。

 

 校舎裏にやって来ると、一騎と剣司の姿があった。果敢に挑む剣司だが、すべてが一騎に見切られている。

 

 一騎は基本反撃はしない。ただ避け続けて、相手がバテるのを待つだけだ。理由は何となくだが想像はつく。

 

 剣司には悪いが先を急ぐ。

 

「…か……」

 

 だがいざ実際、一騎に声を掛けようとして言葉に詰まる。一騎になんと言って着いてきて貰うかだ。

 

 いや普通に着いてきて欲しい。或いは用があると一言言えば良いだけだ。なのにそれが出来ない。何故だ。何故こうも一騎相手になると途端に口が開けなくなる。

 

「……剣司!」

 

「んあ? げっ、総士…!?」

 

 なんで居るんだと言わんばかりのジト目を剣司に向けられる。

 

「一騎に用がある。良いか?」

 

 また逃げてしまったと思いながら剣司に用件を告げる。他人を挟めば問題なく言葉に出来る自分がひどく嫌になる。

 

「お、おう…」

 

 剣司はバカ息子呼ばわりされるが、バカじゃない。少しお調子者ということだけで決してバカじゃない。バカじゃないが、ああもあしらわれたらムキになっても仕方がないだろう。男なら尚更だ。

 

「…総士……」

 

「………………」 

 

 こうして対面するとやはり言葉が告げられなくなる。一騎もまた、僕の名を口にするが直ぐに顔を背けられてしまい気まずい雰囲気が場を支配する。しかし流石に今は一刻の猶予すら惜しい。

 

「……か、っ、……一騎。一緒に、来て欲しい」

 

「…ああ」

 

 4年振りのマトモな言葉。僕から初めての彼に向けた言葉はたったのそれだけだった。それでも一騎は何処か安心した様な表情を浮かべて頷いた。ただ一瞬だけ酷く自分を忌ましめる様な表情を浮かべたのを蔵前や剣司は気づいていない様だった。

 

 

「っぐ!?」

 

 いきなり左目に激痛が走り、咄嗟に目を押さえて踞ってしまう。

 

「っッ」

 

「皆城くん!?」

 

「おい、大丈夫か総士!」

 

 そんな僕を気遣って蔵前と剣司が声を掛けてくれるが、せっかく、ようやく、やっと、一騎に言葉を掛けられたのに、デリケートな場所をデリケートな相手に向けて――『あなたは――そこにいますか?』……潰してやるぞ、フェストゥム!

 

 

  

◇◇◇◇◇

 

 

 

 緊急事態の為、バーンツヴェックの使用許可が降りた。

 

 せめてファフナーに乗る所くらいは見届けたかったが、時間がない。今から慶樹島に向かって帰ってくる時間の間にいったいどれだけの時間が使えるか。

 

「蔵前、あとを頼む」

 

「…うん」

 

 蔵前は少し沈んだ表情で返事を返してきた。ここに来る前に一悶着あった所為だろう。蔵前と一騎を連れて真っ先にアルヴィスに降りたからだろう。避難が最優先とはいえ一騎まで連れていく意味を訊かれたとき、僕は一騎をブルクまで連れていく旨を伝えた。まだ認識制限コードが低く軽く混乱していそうな一騎を連れていく意味を蔵前に解かれたが、一騎をファフナーに乗せる可能性があると説明すると、彼女にしては珍しく噛みつかれた。

 

 気持ちはわかるつもりだ。しかし個人の復讐心や自尊心に構っていられるほど敵は甘くはない。

 

 蔵前のデータは可もなく不可もなくというレベルだ。それこそ平均的な能力であり、ファフナーでの戦闘シミュレーションでも僕より成績は下だ。シミュレーションなら動かすだけで思考防壁を張る変性意識も関係ないなら実戦よりは幾分か動かし易い。基の皆城総士がフェストゥムに同化された純フェストゥムとも言えるマークニヒトを乗り回せる程だ。その皆城総士の身体を持つ僕がデータ上なら蔵前を上回っていて当然であり、つまり何重のハンデもある僕に勝てず、そんな僕が制限なしの状態と同レベルでファフナーを乗り回せる一騎の可能性をデータ的に示せば彼女はなにも言い返せなかった。

 

 テストパイロットという、蔵前からすれば屈辱に近い言葉を口にして黙らせた。

 

「……今夜は僕が作る。リクエストを考えておいてくれ」

 

 だから別れ際にそんな言葉を遺した。それには無事に帰って来て欲しいという僕自身の願望もあった。

 

「……アップルパイ」

 

「それはデザートだろう…」

 

 甘いものが好きな女子の例に漏れず、蔵前も甘いものが好きだ。趣味で色々と作っているから偶に作ると喜ばれる。御門さんの店には足元にも及ばないがな。

 

 少し明るくなった蔵前と未だ混乱状態でそわそわと落ち着かない一騎を見送り、僕も走り出した。向かう先はCDC。そこが僕の戦う場所だ。

 

 CDCに駆け込み一瞬だけ立ち止まるが、僕も覚悟を決める為に声を張り上げた。

 

全統括(ジークフリード)システム、入ります!」

 

「総士。――頼んだぞ」

 

「はい。――父さん」

 

 閉まる扉の向こう。父の背中は遠く、システムから出た時、再びそこに変わらずその背中がある事を僕は祈った。

 

 ジークフリード・システムはファフナーとのクロッシングで全機体の管制を担っている。皆城総士の天才症候群の並列処理能力は違和感なく使える僕もジークフリード・システムの適性は高い。

 

「ニーベルング接続を確認。対数スパイラル形成問題なし。ファフナー・マークエルフ起動!」

 

 初のファフナー搭乗とあってマークエルフの準備は此方で進める。蔵前も無事にブルクに辿り着けた様だ。マークツヴァイの起動ログがシステムに上がる。

 

「マークツヴァイ。行けるか?」

 

『……大丈夫。出るのは初めてじゃないもの』

 

 シナジェティック・スーツに身を包んだ蔵前の声が頭に響いてくる。クロッシングで互いに感情を共有するのは否応に互いの心は筒抜けと同義だ。

 

「マークツヴァイは待機。マークエルフの起動を進める」

 

『了解――』

 

 マークツヴァイからマークエルフにリンクを切り替える。まだ目を覚ましていないらしい。

 

「……一騎」

 

 不思議と自然に声が出た。

 

「…一騎」

 

『…総士? なんでここに……』

 

 一騎の意識が戻り、本格的にクロッシングが始まる。なにもない闇でふたりきりだ。でも恐怖は感じない。寧ろ温かさと安心を感じる。

 

「ジークフリード・システム内の僕と、ファフナー内のお前は直接脳で繋がっている状態だ。先ずは目を開けろ。ファフナーの目が、一騎(おまえ)の目だ」

 

 言い聞かせる様に一騎へと語りかける。視界が開き、真っ暗闇から光の中へと還る。一騎の視界を通して同じ景色を僕も見ている。左目が見えるのは久方だったが、その感覚は問題なく受け入れられた。今の僕の左目は一騎の左目だからだ。

 

「先ずは武器を取れ」

 

『武器? これか…』

 

 ジークフリード・システムから格納庫にアクセスして封印から外れている武器を呼び出す。

 

 ティターン・モデルの使っていたガンドレイクのプロトタイプだ。他には演習用のペイントガンとハンドガンのデュランダルだ。此方は蔵前のマークツヴァイに回す。

 

 マークエルフの起動が済んだ事でマークツヴァイにも再びクロッシングを接続する。

 

『どういうこと? 皆城くん』

 

 変性意識で些か強気になっている蔵前の低い声が聞こえる。

 

「マークツヴァイはバックス。フォワードはマークエルフに担当させる」

 

『どうして!? 武器の扱いなら――』

 

「素人にいきなり射撃は無理だ。蔵前の腕をアテにしている」

 

『でもペイントガンでどうしろって――』

 

「だからサポートに回って欲しい。マークエルフの切り込む道を作ってくれ」

 

『……わかったわ』

 

 やはりどうしても先行したい気概が蔵前を荒げさせるが、ひとつひとつ理由を並べれば理解はしてくれる。攻撃するのに理想的な意識か。内向きか外向きかで違いは出るし千差万別十人十色とは良く言うものだ。初めて剣司と咲良と衛のトリプルドックを指揮した皆城総士の苦労が少しわかる気がする。

 

「マークエルフはマークツヴァイの援護のもと、敵を直接叩く。いいな」

 

『ああ。わかった』

 

 一騎の方は普段と変わらない様子にホッとする。だがそれがとても危ういものだと真壁司令も仄めかしていた。積極的な自己否定の先にある絶対的な肯定。僕は一騎に対してそんな存在になれるのだろうか。

 

『CDCよりシステムへ。ファフナー発進を許可する』

 

「了解。第二、及び第十一ナイトヘーレ、開門!」

 

 CDCから出撃許可が降りた。二機のファフナーが降下して射出態勢に移行する。

 

「ファフナー・マークツヴァイ、マークエルフ、発進!!」

 

 これが最初の、始まりの合図だった。長い旅の始まり。平和を取り戻そうと歩み始めた、最初の一歩だった。もしも僕たちが生き延びることが出来たのなら、今日の事を忘れないでいよう。誰かから平和を譲って貰うのではなく、僕たちが誰かに平和を譲る側に立った、この日の事を。

 

 

 

 

to be continued… 



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皆城総士になってしまった… 02

ちょっとした無印のリメイク気分で書いてみました。今のファフナーでリメイクとかしてくれませんかねぇ。


 

 腕から生える結晶。遂に時間が差し迫ってきた。

 

『頼む。ベイクラントを止めてくれ、おまえたちしか居ないっ』

 

 辛そうな顔で剣司が僕に告げる。傷を癒すとは聞こえが良いが、その為に剣司自身の寿命をどれだけ削っている事か。

 

 剣司のSDPにより漸く機体が修復される。もう自力で機体を治す力すら残っていない。

 

「最後の仕上げだ……。マークニヒト」

 

 飛び立つスピードも遅い。身体/機体が重い。動きが鈍い。

 

 宇宙から落とされたアザゼル型ベイクラントが地を這いながらアショーカへと向かっている。

 

「消えるのが恐いか? マークニヒト」

 

 虚無の申し子。島にとっても絶望と否定の存在だったはずの存在が、今はこうして世界の瀬戸際で未来の為に戦っている。消えることの恐怖を知っているこの機体は僕の器として次の皆城総士に受け継がれるのだろう。

 

「僕もだ」

 

 消えることの恐怖を誤魔化す事など出来ない。皆城総士となってしまった者である自分の存在は失われたらそれでお終いだろう。だから僕はこのマークニヒトにメッセージを遺した。僕が、確かにここにいた証。

 

 まだ5年前だというのに酷く昔の出来事のように、僕は初めてフェストゥムと戦った時を思い出していた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 二機のファフナーが出撃した。まだ敵は慶樹島にまでは来ていない。

 

『ここは……』

 

 いったいどこなんだという一騎の思考が流れてくる。

 

「慶樹島だ。ここはファフナー関連の格納庫になっている」

 

 今のうちに一騎に最低限の慣らしをさせる。つまり『歩け』という事だ。

 

『歩け、……歩けば良いんだな?』

 

「ああ。先ずはファフナーでの動きを掴め。ファフナーが自分で、自分が()()()()()()()()事を受け入れろ」

 

『俺がファフナーで、ファフナーが俺……』

 

 ガンドレイクを手に歩き始めたマークエルフは訓練なしの初搭乗という事を感じさせない程軽快だった。

 

 僕も蔵前も最初は歩かせるだけでも精一杯だったが、やはり才能の壁というものはどうしようもなく努力の前に立ち塞がる。

 

「よし。マークツヴァイ、マークエルフはポイント更進。迎撃態勢に移れ!」

 

 マップでマーカーを設定する。向こうは攻めてくる側で、此方はホームグラウンドである竜宮島での迎撃だ。ファフナーを支援する為の施設は無尽蔵だ。

 

 L計画の為、ギリギリまで島の防御システムを封印した為に万全の状態とは言えないが。それでも僕は現状で最高の指揮と支援をしなければならない。

 

「敵はスフィンクス型と断定。剛瑠島のEPMが突破されれば奴はこちらに向かってくるだろう」

 

 既に走って移動を開始している二機のファフナーに向けて把握出来ている現状を伝える。

 

「剛瑠島部隊は滑走路をやられて追加出撃は出来ない。ファーストアタックはマークツヴァイに任せる」

 

『了解! これでやっと……』

 

「今は余計な感情は持ち込むな。感傷に浸るのはあとでいくらでも出来る」

 

 蔵前の興奮がクロッシングで伝わってくる。想いは同じだが、フェストゥムに復讐しようという彼女の思考には同意できない。復讐――憎しみをフェストゥムに向けた所で録な事にはならないからだ。それが世界を救う救世主の一面でもあるのだから皮肉な話だ。

 

 マークニヒト、マークレゾン、マークザインはともかく他の二機のザルヴァートル・モデルに関しては完全な破壊か封印、或いは建造フラグを叩き折る必要がある。

 

 だがあれほどの犠牲を出した未来が一番希望に満ちた未来だと織姫は言っていた。彼女が観測できないイレギュラー。つまり僕という存在が皆城総士に成り代わった事で生じる未来の偏差に賭けるほどの博打は打てない。下手を打てばザルヴァートル・モデル抜きで島を守らなければならない事態に陥るかもしれない。

 

 未来を取捨選択し、希望を見出だしたカノン。この世界の住人となり、ある意味で彼女と同じ境遇に立つからこそわかる。未来を選ぶことの難しさを。

 

 エインヘリアル・モデルについても設計思想を基に構想は立てているものの、現状技術的に再現は不可能。そもそも今の状態の島のミールでは命の循環を学べていない。あのシステムは命の循環を学んだミールが相手だからこそ成り立っているのだろう。そしてエスペラントとの接触がなければゴルディアス結晶が生まれる変化を促すことも出来なかっただろう。

 

 ファフナーに関する技術を学ぶ事は無駄ではないにしろ、学べば学ぶ程、知っている技術には未だ遠すぎてどうにも出来ないのだと打ちのめされる。

 

 だから僕は皆城総士と同じようにジークフリード・システムに乗っている。今はここが僕の戦場なのだと言われているような気がしてならない。

 

『敵、慶樹島へ向け進行!』

 

「ヴェルシールド再展開。バトルフィールド形成!」

 

 弓子さんの声が聞こえる。いよいよ本番だ。対フェストゥム戦闘が開始される。だがこれはただの対フェストゥム戦闘ではない。知識だけならどう戦えば良いかわかっているぞ、フェストゥム!

 

「ファフナー・ツインドック、エンゲージ!」

 

『これが……本物の…』

 

『敵……』

 

 蔵前が一瞬我を忘れて魅入る程に、本物のフェストゥムは美しい姿をしていた。彼等は彼等の善意で行動しているが、それが人類にとっては破滅であることを彼等は知らない。だから残酷なまでに美しいのだろう。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

 スフィンクス型が二機のファフナーに問い掛けてくる。人類が宇宙へ向けて放った希望へのメッセージは、今はフェストゥムたちの放つ絶望のメッセージに変わってしまった。 

 

「ああ。居るさ……」

 

 マークツヴァイ、そしてマークエルフを通して見るフェストゥムに向かって僕は答えた。

 

「僕たちは、ここにいるぞ! フェストゥム!」

 

 フェストゥムがゆっくりと近づいてくる。フェストゥムの習性は、同化を肯定する者と否定する者に対して対応が変わる。

 

 肯定する者には同化を、否定する者には敵対者として排除を。

 

 今、僕は蔵前と一騎のふたりとクロッシングしている。僕の言葉も二人が発したと同義に捉えられた様だ。

 

「マークツヴァイ、ターゲットアタック!」

 

『了解!』

 

 マークツヴァイがスフィンクス型に向けてペイントガンを放つ。ペイント弾とも言えど、衝撃はある。それでフェストゥムの注意くらいは引けるだろう。

 

『くっ』

 

 思った通り、スフィンクス型はマークツヴァイを攻撃対象としてワームスフィアを放った。それを飛び退いて回避するマークツヴァイ。

 

「マークエルフ、セプターゴォー!!」

 

『でえええええやああ!!』

 

 スフィンクス型の注意がマークツヴァイに向いている隙に、マークエルフを吶喊させる。

 

 ガンドレイクの切っ先がスフィンクス型に迫る。だが障壁の様な物に阻まれてしまった。

 

『弾かれた!?』

 

『落ち着け。被同化状態なら入り込める。マークツヴァイ、フォロー。ライン03まで一時後退、態勢を立て直す。支援砲撃開始!』

 

 慶樹島の岩肌を割って現れるミサイル車両や戦車がスフィンクス型へ向けて砲撃を開始する。無論無人操縦で制御系はこちらもジークフリード・システムで統括している。ファフナーに乗れない僕の代わりの手足だ。

 

 支援砲撃により少しでもスフィンクス型の注意を引き付ける。いくつか車両がやられるが無人機であるため被害はある程度無視出来る。

 

「マークエルフ、フォードアタック!」

 

『今度こそ!!』

 

 支援砲撃に切れ目を作り、マークエルフを再び向かわせる。

 

「マークツヴァイ、ターゲットフォロー!」

 

『わかってる!』

 

 マークエルフの突撃に合わせてマークツヴァイもデュランダルも装備した二挺スタイルで援護に入る。だがデュランダルの弾丸も大して効いていない様だ。

 

 マークエルフの突き出した刃がスフィンクス型に突き刺さる。このままガンドレイクで敵のコアを破壊すれば勝ちだ。

 

「一騎、敵のコアを破壊しろ!」

 

 フェストゥムのコアと攻撃のイメージを合わせて一騎の脳内に直接送る。

 

 グギギとガンドレイクの刀身が展開する。だが命を奪われる事を由としないスフィンクス型も暴れる。こう至近距離では援護も出来ない。

 

 スフィンクス型は藻掻くように様に暴れ、ワームスフィアを無秩序に放った。

 

『きゃあああっ』

 

「ぐぁあっ、マ、マークツヴァイ、ペインブロック(痛覚遮断)作動!」

 

 メチャクチャに放たれたワームスフィアがマークツヴァイの右足を捩じ切って持っていった。

 

 ファフナーの対フェストゥム機構の内、ワームスフィアに対しても出来得る対処はしていたがやはり最初期のノートゥング・モデルでは万全とはいえない。

 

 吐き気を覚えそうな痛みに正直涙が出そうだ。こんな痛みをしかも酷い時は複数人分も感じなければならないとはある意味拷問だろう。

 

『い゛っ、っあああああ!!』

 

「ぐぅっ、マークエルフ、ペインブロック(痛覚遮断)作動。右腕切断っ」

 

 ガンドレイクを握る右腕をスフィンクス型に切り裂かれ、マークエルフが倒れ込む。脚を捩じ切られ腕を切り裂かれ、そんな痛みを一度に感じてシステムのニーベルングから指を引き抜きたい衝動に駆られるが気合いで耐える。

 

『くそ、動かない! どうなっちまってるんだ総士!』

 

「不味い、脱出しろ一騎!」

 

 スフィンクス型がマークエルフに接触し、同化を試み始めていた。

 

 マークエルフの胸から結晶が生えてくる。

 

 離脱を援護しようにも両者の位置が近すぎて巻き込む危険性もある。マークツヴァイも脚をやられて動けない。どうすればいい。機体が横たわっている為にコックピットブロックは射出出来ない。離脱させようにも機体も動かない様だ。だがこのまま一騎を失うならば――。

 

『総士!』

 

 マークエルフごと攻撃し、どうにかフェストゥムの同化行動から離脱する隙を作ろうとした時。システム内に響く声。威厳に満ちた男性の声。

 

「父さん!? 何故――」

 

『今からポッドをヤツに撃ち込む。中のレールガンを使え! ファフナーからの電力供給が出来ないから一発勝負だが、……頼んだぞ』

 

 システムにリンドブルムのカタパルトの起動サインが表示される。

 

「父さん!!」

 

 カタパルトからポッドが射出され、それはスフィンクス型に突き刺さった。

 

 よろめき、マークエルフへの同化行動を中断したスフィンクス型の背中が光る。黒く、全てを無に帰すフェストゥムのワーム現象。

 

 リンドブルムのカタパルトが黒い球体に抉られる様を、僕は黙って見ているしか出来なかった。

 

「――ッ、一騎! レールガンを!!」

 

 感傷に浸っている暇などなかった。ポッドにアクセスし、格納されているレールガンを射出させる。

 

 マークエルフがレールガンを掴み、スフィンクス型に突き刺す。ガンドレイクで穿たれた傷口へ捩じ込まれる銃身。レールガンが発射された瞬間にマークエルフのコックピットブロックを射出させる。

 

 ワームスフィアに呑まれるスフィンクス型とマークエルフ。

 

 敵は消滅し、マークエルフの残骸が残るが、パイロットである一騎の生存は確認している。

 

 マークツヴァイは小破。脚を直せばすぐにでも戦えるが、問題はマークエルフだ。両腕と頭部消失に機体装甲も融解している。コアが無事なのが幸いだが廃棄した方が早いだろう。

 

 スフィンクスA型種一体でこの被害である。結局は被害が増えただけで未来を変えることは出来なかった。

 

「一騎ごと撃てば良かったとでもいうのか……っ」

 

 ゲームではないのだ。現れた選択肢に何時までも悩んではいられない。僕が迷えば、未来はそのままに進むとでも言わんばかりに、或いはもっと酷くなると言われた気分だった。

 

 ジークフリード・システムを降りて、大人たちの痛ましい視線を無視してCDCを出る。

 

「くっ……!」

 

 ガンっと、行き場のない感情を壁にぶつける。迷った所為で父さんが死んだ。父さんを殺したのは――僕だ。

 

 一騎も蔵前も検査があるだろうし、機体の回収を入れたら一時間は時間があるだろう。

 

 気持ちの整理をつける意味も含めて、僕は足早にとある場所に向かう。

 

 エレベーターで向かう前は下層ブロック。エレベーターを降り、徒歩でいくつかの通路を曲がり、そして階段を降りていく。

 

 聳える巨大な扉が開く。ワルキューレの岩戸。乙姫が眠る場所だ。

 

 人工子宮に触れ、僕は口を開いた。

 

「…おはよう、乙姫」

 

 だが彼女は答えない。まだ眠っているからだ。

 

「今日、フェストゥムが遂にやって来た。……父さんを、救えなかった」

 

 蔵前を救った代わりに父さんがいなくなった。厳しい人だったが、その立派な背中を見習って自分も父の様な大人になりたいと思える人だった。

 

「僕の路は正しいのだろうか。未来を変えることは傲慢なのだろうか。僕がそう思う事が痴がましいのだろうか」

 

 独白であり、自分に言い聞かせる様な言葉を紡ぐ。許しを乞う様に僕は乙姫を見詰める。

 

「……僕はここにいて、いいのだろうか。乙姫」

 

 島のコアは答えない。その時が来るまで彼女と言葉を交わすこともないのだろう。

 

『……あなたは……そこに、……いる?』

 

「っ!?」

 

 声が聞こえた。聞き違いでなければ今のは皆城乙姫の声だった。

 

「乙姫…!」

 

 彼女の瞳が僕を見据えていた。だがそこには非難する様な感情を感じられない。まだ眠そうな寝ぼけ眼でも優しく全てを包む様な表情に、心が軽くなった様な気がした。

 

 また眠る様に瞳を閉じる乙姫。最初から眠っていて、僕に声をかけたのが夢であったかの様に。

 

「ああ、居るさ。僕はここにいる」

 

 軟らかい声で僕は彼女の問いに答えた。踵を返してワルキューレの岩戸を出る。

 

 妹に慰められて背中を押される情けない兄(仮)だが、少しだけ楽にはなれた。

 

 蔵前を迎えに行こう。父さんがいなくなったことも告げないとならない。

 

 ありがとう。僕は大丈夫だ、乙姫。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…03

明けましておめでとうございます。今回は短くて話も進みませんでした。


 

 乙姫のもとをあとにして、僕は自宅に向かった。皆城総士はフェストゥムが竜宮島にやって来た夜、自分の家は今日なくなったと言っていた。義姉と父を一日に1度に失って、妹はいつ会えるかわからない状態で家族を失ってしまったという比喩かと思っていたらまさかの物理的に家がなくなっていた。

 

 ワームスフィアで抉られた家。体の悪い虫食い家の様だった。

 

 辛うじて無事とは言い難いが、僕の部屋からバッグやリュック等を取り出して最低限の荷物を集める。別のバッグには蔵前の部屋から下着を中心に何着か着替えも用意する。

 

 もしファフナーに乗れるのなら、僕はこの憎しみをぶつけていたことだろう。

 

「ささやかな楽しみだったのに。マークニヒトがこんなにも恋しくなるとはな」

 

 ちょうど僕の部屋の本棚があった場所。脇には机もある――はずだったが、キレイに抉られている。机の上に置いてあった雑誌もない。ゴウバインの最新話を読む前にフェストゥムに奪われるとは思わなかった。

 

 衛に借りるか。しかし今日読みたかったのだ。新必殺技のゴウスパークを読みたかったのだ!

 

「この恨み、十一倍にして返すぞ。フェストゥム!」

 

 これは憎しみではない。極めて正当な怒りだ。

 

 着替えで膨れたバッグを持って家をあとにする。あの状態なら新築した方が速い。しかし島の復興にも人手は要る。皆城総士の様にアルヴィスに住めば良いのだから、家の修復は後回しだ。

 

 アルヴィスに戻ればちょうど良い時間だった。蔵前と鉢合わせる。表情が暗いということは、そういうことなのだろう。

 

「皆城くん……」

 

「……今日からアルヴィスに住むことになる。適当にだが、着替えを持ってきた」

 

「これ……。私の部屋に入ったの?」

 

「半分以上が抉れていた。後日使える調度品を回収に向かう。服の組み合わせが気に入らないだろうが、我慢してくれ」

 

 それでも残っていた大半の服は持ってきたつもりだ。ボストンバッグに詰められた量なら普通に一週間を着回せる数はあるはずだ。

 

「そ、そうじゃなくて! し、下着とか」

 

「下着も一緒に持ってきた。数は問題ないはずだ」

 

「だから違うってば! 皆城くんのバカ、鈍感!」

 

「今さら姉弟で恥ずかしがることもないだろう」

 

 別に同年代の女子の下着で騒ぐほどバカじゃない。しかも姉弟なのだから気心は知れていてもそういう恥じらいもない。それに蔵前は将陵先輩の事を好いていた。ならそういう恥じらいはそういう異性に向けるべきだろう。先輩はもういないが、一緒に住んでいる僕に男女の恥じらいは要らないといっても言い。水道代の無駄だからな。

 

「そういうんじゃないの、恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

 

 思春期の女子というものはわからないことだらけだ。もう何年も一緒に暮らしているのに、今年に入ってから急にコレである。……つまり、今年に入って春に生徒会に入ってから将陵先輩の事が好きになって自分の性を意識しだしたという事か。

 

 性を意識すれば異性が気になって仕方がないのが思春期だ。……遠い昔に思春期を置いてきた僕には確かにわからない感覚だな。

 

「部屋は既に申請してある。好きに使って構わない」

 

「ちょっと、皆城くん!」

 

 という訳で僕は自販機から徒歩11歩の距離にある部屋を選ぶ。質素な作りだが、皆城総士の部屋よりはこれから物が増えるだろう。

 

 少しからかいが過ぎただろうか。だが鬱ぎ込んでいるよりかはマシだろう。

 

 皆城総士の様に一騎に事情を話しに行った方が良いのかも知れないが、それは明日にでも出来るし、色々あった日に無理に世界の真実を伝えることもないだろう。それに優先された分岐もある。

 

 アルヴィスの食堂で設備を借り、夕食を作る。別に温度計やタイマーとかは使わない。その辺りは僕の影響が色濃く、すべては経験と目分量だ。

 

 周囲の大人たちの視線が痛い。父さんがいなくなったことは既に大人たちには周知されているのだろう。

 

 とはいえ、喪に服すのは明日の葬儀場で充分だろう。父さんならそれよりも今やるべき事をしろと言うはずだ。

 

 なら僕のやる事は蔵前と約束した夕食を作ることだ。

 

 メニューは無難に――パスタにしよう。

 

 はいそこ。皆城パスタと思った良い子にはもれなく虚無の申し子に巣食う亡霊の一部にしてやろう。

 

 パスタは僕が皆城総士になる以前からの得意料理だ。というより料理に関してはすべて僕の知識と経験頼りだ。それほど量は使わないが故に色々な香辛料を食料プラントで作って貰っている。

 

 一口サイズに切った鶏肉をオリーブオイルで炒めながら唐辛子をハサミで輪切りにし、種ごと入れる。かなり辛くなるが種が焼ける香ばしさが食欲を唆る。茹でるのは1.3 mmの細いパスタだ。個人的にはこの細さが今から作るパスタには合う。5分程度の茹で時間なのも魅力だ。明日が葬儀でなければ手の込んだものも作れるのだが今日は我慢して欲しい。

 

 茹で上がった麺を入れ、乾燥させたバジルの葉をすり鉢ですり砕いたバジリコをまぶし、塩とひとつまみのコショウで味と風味を整える。好みや気分でコンソメか醤油で味付けするが、今日はシンプルに塩だ。これでもオリーブオイルの風味と鶏肉の味で充分味はある。

 

 蔵前にジト目で睨まれたが、明日を考えてニンニクは使っていないから問題ないと答えたら枕を投げられた。まだ引きずっていた様だ。養子だったからというのもあるのだろう。生真面目な本人は遠慮してあまりお洒落はしないから下着も質素な物が大半だった。ブルマは文化として受け継がれているが勝負下着という概念は受け継がれていないようだ。

 

 一夜が明け、僕は早めにアルヴィスの中を歩いていた。竜宮島の数ある区画には建設当初に造られてからまったく使われていない区画や存在を忘れられている区画がある。そんな区画の1つを僕は自分の研究室として使っている。

 

 研究室には窓があり、そこから見えるワインレッドの巨体。ノートゥング・モデルよりも大きな体躯を持つこの機体は本来ならもう存在しない機体だ。だが今こうして僕の目の前にある。それは先輩たちの戦いが真実そこにあった事を物語っている。

 

 L計画――。竜宮島からフェストゥムの目を逸らすための危機回避計画。

 

 竜宮島を救うために戦った者たちの記録がこの機体には遺されている。

 

 生還することを信じて戦い続けた彼らの記録に、島の大人たちは皆涙を流した。そんな彼らの記録を遺すために、保さんの協力を得つつ僕はこの機体を修復した。

 

 将陵先輩はあまり学校には来れない人だったが、学校行事で生徒会長の出番があるときはどんなに調子が悪くても学校に来て生徒会長の務めを果たしていた。必要以上に他人と会話しない僕にも良く声をかけてくれる人だった。

 

 将陵先輩に生駒先輩、蔵前と僕の四人の生徒会というのも僕なりに楽しかった。

 

 そんな先輩たちに僕が出来た事は何もなかった。助けることも出来なかった。

 

 あの時の悔しさは忘れる事など出来ないだろう。だから皆城総士の気持ちもわかる。彼と同じ様に僕も誓いを立てた。ジークフリード・システム内の全パイロットの生命を僕が守ると。

 

 その為には様々な準備が要る。未来がわかっているならそれに備えることも僕の戦いだ。

 

 リンドブルムは保さんたちに任せるとして、武装関連の整備は最優先だ。先日は仕方がないとしても、ファフナーを丸腰で出撃させる等という事はしない。

 

 羽佐間も甲洋も必ず救ってみせる。甲洋がフェストゥムの側に行かない事でどの様なことが起こるかわからないが、かといって見捨てる事は出来ない。

 

 未来がわかっているということもやりにくい。最善手が選ばれていた未来を変えることは、下手をすればその未来よりも悪い未来を引き当ててしまう可能性すらある。

 

 しかも僕はカノンと違って一発勝負だ。未来は知っているだけで、カノンの様にいくつもの未来から選べる権利はない。結果を知り過程を求めていくという意味では同じだろう。だが選べる未来の数を僕は知らない。そして最善の未来を知るからこそ極めて難易度が高い。

 

 未来とは過去と現在の積み重ねたと僕は考えている。だから僕は僕に出来ることを積み重ねてきた。今を救えないことも多かった。だから未来を救い未来を更に選べる様にするしかない。

 

 無駄だとわかっていてもエインヘリアル・モデルについて研究していることもそうだ。未来でカノンが戦う負担を減らすことが出来ればという祈りでしかないが、それが少しでも未来に繋がればと僕は思っている。

 

 合同葬儀が行われ、蔵前は父の死に涙を流していた。蔵前が泣いてくれているから僕は毅然として父の死を送り出す事が出来た。

 

「……少し良いか? 一騎」

 

「え?」

 

 葬儀が終わり、皆心を痛める帰りに僕は一騎に声をかけた。クロッシングの影響だろうか、以前よりスムーズに一騎へ言葉を掛けられる様になった。

 

「よろしいでしょうか? 真壁司令」

 

「ああ。君の口から説明してやってくれ」

 

 おそらく真壁司令からはあまり説明を受けていないのだろう。

 

 一騎を連れて、僕は鈴村神社にやって来た。長い階段を登る途中で一騎に声を掛けられた。

 

「何処まで行くんだ? 総士」

 

「僕の始まりの場所さ」

 

 僕の始まりの場所。鈴村神社は皆城総士にとっても僕にとっても共通の大切な場所だ。

 

 あの木の前に立つ僕と、その背には一騎が居る。今一騎がどんな表情を浮かべているかなど僕にはわからない。

 

「総士……」

 

「ファフナーに乗った気分はどうだ」

 

「……いや。別に」

 

 僕が乗れと言った訳じゃない。だから一騎は戸惑いながらもファフナーに乗ったはずだ。なのに答えはそれだけだった。

 

「じゃあ、日本がもう滅んでいるという話ならどうだ?」

 

「え? 日本が!?」

 

 さすがにこの話題には食いついた。竜宮島から遠く離れた日本にいつか行く事が島の子供たちにとって細やかな目標だったりする。

 

「28年も前のことらしい。フェストゥムと、そのフェストゥムを滅ぼそうとした人類の核攻撃で、日本列島の8割以上が消滅した」

 

「核攻撃って……」

 

 ファフナーもなかった時代。フェストゥムの読心能力に対抗する術もなく多くの人間が犠牲になった。その事については溝口さんが道夫さんとの会話の中で触れていた。

 

「世界中の国が滅んだ。昨日までこの島だけが唯一戦いもなく平和な楽園だった」

 

「この島だけ……」

 

 そんな竜宮島でも敵の襲来に対応出来ずに数十人もの犠牲者が出た。

 

「スフィンクス型の襲来によって、この島の存在もフェストゥムに知られた。彼らはまた来る。その為のファフナーだ」

 

「……俺に、出来るのか?」

 

「お前だけじゃない」

 

 一騎ひとりに戦わせる事はない。皆で島を守らなければ意味がない。

 

「僕や蔵前、島の大人たちも居る」

 

 それに直ぐにパイロットの候補生も集まり、少しずつ仲間も増えるだろう。ただ、今はそれは告げる事ではない。

 

「僕と一緒に、戦ってくれるか? 一騎」

 

「ああ」

 

 既にフェストゥムと戦っているからだろうか。この申し出に対しては何も迷うことなく即答されてしまった。

 

「……良いのか? 訊いておいて今更だが死ぬ可能性もないとは言い切れないんだぞ」

 

 死なせる事の無いように全力をあげるつもりだが、世の中に絶対はない。

 

「お前が戦うなら、俺も戦う」

 

「……そうか。ありがとう、一騎」

 

 僕が言ったから、か。今の一騎は僕の目を傷つけた負い目に自分の存在を常に否定している。僕が一騎の事を糾弾すれば良かったわけでもない。あれは皆城総士が事の発端であり、傷つけられたのも僕じゃない。

 

 だから僕がどうこう言える立場じゃない。

 

 それでも一緒に戦ってくれる事の礼くらいなら言っても良いだろう。

 

「明日、迎えに行く」

 

「え?」

 

「おかしいか? まだアルヴィスの何処になにがあるか知らないだろう? 中で迷子になりたいなら別だが」

 

「い、いや。…ただ、久しぶりだなって」

 

「四年振りになるな」

 

 僕の記憶は四年前から始まっている。その四年間、一騎の家には立ち寄ってはいない。それ以前は両親も懇意だった為一騎とは良く遊んでいただろう。四年より以前の記憶のない僕には想像するしかないが。

 

「……総士」

 

「なんだ…?」

 

 何かを言いたそうな一騎。視線の向く先は僕の左目だ。言いたい、いや、聞きたいのだろう。何故目を傷つけた事をずっと黙っているのか。

 

「……僕はお前に感謝している」

 

「っ、な、なにを……」

 

 この話題は皆城総士とするべきであって、僕にする内容じゃない。だから僕は僕に出来る話をする。

 

「お前が戦ってくれたから島を守る事が出来た。ファフナーに乗れない僕の代わりにお前を危険に晒してしまう事を僕は申し訳なく思っている」

 

「それは…っ、……俺は…別に」

 

 これは僕の本音だった。僕がファフナーに乗れれば一騎の苦労だって減らせるのに、僕は自分が変わることが怖くてファフナーに乗れない。自己保身の為に一騎を犠牲にしている。皆城総士が聞いたら、僕を恨むだろう。それを承知で僕はこうしている。皆を守りながら皆城総士が帰ってくる方法を模索している。そのひとつに一騎が危険だとわかっていてファフナーに乗せることも含んでいる僕は最低な人間だ。

 

「明日に響く前に、今日は帰るか」

 

 まだ筋肉痛で身体が少し痛いのだろう。ここに来るまで身体の動きがぎこちなかった。なのに神社まで連れてくる僕も大概だが。

 

「総士」

 

「なんだ?」

 

「……昼、まだだろ? うちで食べて行かないか」

 

 まさかの誘いに僕は今までにないほど目を見開いているだろう。気まずくてちゃんと会話も出来なかった僕を昼食に誘うことの意図を図りかねていた。

 

「ハンバーグカレーなら、考えても良い」

 

 だから少し面倒な注文を出したが、僕の言葉を肯定の意思と取ったのだろう。わかりやすい程に顔を微笑ませる一騎の笑顔はとても綺麗なものに思えた。

 

 

 

 

 

to be continued… 

 

 

 

 

 

 



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皆城総士になってしまった…04

総士であって総士でない。そんな彼を書くことの難しさを犇々と感じています。


 

 両親に赤紙が配られた。パイロット候補生は6人。

 

 当分は訓練になるだろうが、何れは皆が戦場に立つ。8人の仲間たち。そのすべてを、僕に守れるだろうか。

 

「やはりダメか……」

 

 ファフナーのコックピットでシナジェティックスーツを着込み、マークアインの中に居る。

 

 左目を抑えて、天を仰ぎ見る。

 

 起動は出来ても変性意識は相変わらず受け入れられない。自分が変わることを受け入れられない。

 

 一騎とのクロッシングで一騎との会話も少しは出来る様になった。だからファフナーにも乗れるのではないかと思ったが、やはりダメだ。どのみち今、ジークフリード・システムに乗れるのは僕しか居ない。ファフナーに乗ることはないだろうが、いざ乗りたい時に乗れないのでは意味がない。

 

 変性意識を受け入れて、自分が変わることを受け入れてファフナーに皆は乗っているのに。その指揮を執る僕が自分が変わることを受け入れられないとは笑い物だ。

 

 もし、僕が変性意識を受け入れた時、皆城総士は帰ってくるのだろうか。だから僕は自分が変わることを受け入れられないのか。

 

「ニーベルング再接続。対数スパイラル形成、コア同期確認。ファフナー・マークアイン、起動!」

 

 ファフナーが起動する。身体の感覚がファフナーになっていく。ファフナーが自分で、自分がファフナーになる。

 

 ここまでは出来る。この状態からファフナーは動かせる。だが変性意識による思考防壁はない為人類軍のファフナーの様に読心能力への抵抗力はあってないものだ。

 

「対フェストゥム機構起動」

 

 ここからだ。ここからフェストゥムに抗うための力が得られる。

 

 左目が疼く。思考の海に沈む。

 

 すべての光と音が遮られていく。

 

 光のない闇の中。自分の存在が曖昧になっていく。闇の中に融けていく。

 

 自分という存在が、居なくなる。

 

 もっとだ。もっと深く。深層意識まで深く。自分が変わることを受け入れろ。

 

 あなたは、そこにいますか――?

 

「僕は、皆城総士だ。僕はここにいる」

 

 暗闇の中で自分の存在を強く意識して自分の意味を形作る。

 

「違う……。お前は皆城総士じゃない」

 

 闇の中に現れたのは、左目に傷のない自分だ。

 

「皆城総士は、この僕だ」

 

「僕は僕だ。この傷が、僕が僕である証だ」

 

「違う。その(いたみ)は僕のものだ」

 

 この傷を負わされたのは確かに皆城総士だったのかもしれない。痛かったのも皆城総士だったのかもしれない。

 

 ならば、何故皆城総士はここに居ない

 

「わかるぞ。お前の心が」

 

「僕の存在を取り戻したいならお前は大人しく僕とひとつになればいい」

 

 島と、乙姫の為に自分の生命があって。他の誰かや自分の為に生きてはいけないといわれ、なら一騎と一緒に無に還る事を望み、一騎と同化して消えようとした。

 

 一騎に負わされた痛みで自分は自分だと、痛みを感じる事で自分という存在を確立出来た皆城総士。

 

 だがこれはひとつの賭けだ。痛みを負っても自分の存在を確立出来なかったその時は一騎と一緒に消えていた。

 

 だから僕は一騎を消させない為に自分を消した。僕が僕でなくなっても一騎には生きていて欲しいと願った僕が居た。

 

 何度生まれ変わっても存在と無の彼方で出逢い続けるために。

 

 だから僕は変われない。僕が僕でいる事を選ばなかったから、僕は違う自分になれなかった僕とひとつになれない。

 

 意識が上がっていく。今はまだその時ではない。

 

 対話の時はまだ先だ。僕自身もまだ僕を受け入れるには未熟だから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「総士が倒れた?」

 

 今日、迎えにくると言っていた総士がやってこなかった。代わりに俺を迎えに来た蔵前から聞いた。

 

「色々、疲れてたのかも。なんでもかんでも、一人で抱えようとするから」

 

 昔は、総士の事をなんでもわかっていた。未だに好きなものが変わらなくて少し安心した。

 

 でも俺の知らない総士を蔵前は知っていて。あの日、総士の目を傷つけて逃げたその日から、俺たちの時間は止まったままだ。

 

 何度も聞こうと思っていた。何故目の怪我の事を黙っているのか。でもその度に怖くなった。それを聞いたら今よりも酷い関係になるんじゃないかって。

 

 お前を傷つけた自分が恐くて。逃げて、なのに誰も俺を責めなくて。その事に安心してしまった自分が嫌いになった。だから――。

 

「蔵前は、知ってたのか? 島のこと」

 

「ええ、結構前から。でも皆城くんはもっと前から。物心がついた時から、島の秘密を知ってた」

 

 そんなに前から総士は島のことを知っていて、俺と遊んでいた頃から何かを背負っていたのか。

 

 そんな事も知らないで、俺は総士の左目を奪ったのか。

 

 そして、そんな小さな頃から島のことを知っていた事を俺は知らない。

 

「蔵前。総士には会えるのか?」

 

「疲れて眠ってるだけだから面会は出来るって遠見先生は言っていたけど」

 

 寝ていても、起きていても良い。今すぐに総士に会いたかった。

 

 時間が経ちすぎて今更目の事を謝る勇気はまだ持てない。それでも総士の左目の代わりをすること位だったら出来る。

 

 俺の所為で、総士は倒れたんだ。俺が総士の左目を奪わなければ、総士は無駄な苦労だってすることはなかったはずだ。無駄な疲れだってしなくて良いはずだったんだ。

 

 だから例え寝ていても構わない。起きたときに総士の左目の代わりになれるなら。総士の為に出来ることがあるのなら。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ここは……」

 

 無機質な天井とカーテンで遮られたベッド。

 

「僕は――」

 

 マークアインとの接続テストで変性意識のテストをしていたはずだ。いつもなら心が変わるところで嫌悪感を感じて本能的に違う自分になることを拒絶していた。

 

 今回はそれを受け入れようとした。皆が戦うために訓練を受けるなら、僕もファフナーに乗って戦える様にならなければと思った。でなければ皆を指揮する立場の僕が立つ瀬がない。

 

「その結果が、この有り様か……っ!? か、一騎!?」

 

 身体を起こすと、何故か椅子に座って上半身は僕の眠っているベッドに横たわらせて寝息を掻いている一騎の姿があった。いったいどういう状況なんだこれは。

 

「一騎。……一騎」

 

「んっ……んぁ…、総士…?」

 

 僕が声をかけて身体を揺らすと、目を擦り起き上がった。なんだこのかわいい男子は。女子力ストップ高もいい加減にしろ。思わずドキリとしたぞ。

 

「どうしてここにいるんだ?」

 

「え、いや……、いちゃ、だめ…なのか」

 

 何故一騎と皆城総士が男同士なのかわかる気がする。どちらかが異性だったら確実にどちらかが堕ちる。

 

「いや。そうじゃない。理由を聞きたいだけだ」

 

 言葉が足りない僕も悪いのだろうが、しょげて上目使いで不安げな声で僕に問うな。何故かわからないが猛烈に抱き締めたくなる。皆城総士の庇護欲がそうさせようとしているのか?

 

「総士が倒れたってきいて。見舞いにきただけで」

 

 見舞いにきたなら寝ている僕を見て帰っても良いだろうに。

 

「総士。なにか出来ることないか?」

 

「あ、ああ。そうだな…」

 

 身を乗り出してきて僕に問う一騎。何があってこうなっているんだ? 極めて意味不明だ。

 

 ただこれは何かを頼まないと引き下がらないだろう。不要だと返すことも出来るが、一騎に僕がそんなことを言ってみろ。その瞬間世界は破滅するぞ。

 

「食事を作ってくれ。お腹が空いている」

 

「よし、わかった。すぐ作ってくる」

 

 僕が頼むと花が咲いた様な笑みを浮かべて一騎は病室から出ていった。その後ろ姿に犬の尻尾かついていた様に見えたのは僕の気のせいだろう。

 

 気を失って既に半日が経っていたと聞かされて我ながら深い眠りに呆れてしまった。

 

「なにかあったら言ってくれ。なんでもするから」

 

 半日も寝ていれば既に夜だった。一騎は泊まる気でいたようだが、真壁司令の夕食を奪うわけにもいかない。だから渋る一騎の背を押して帰らせる。

 

「ああ。その時は頼む」

 

「ああ。おやすみ」

 

「ああ。…おやすみ」

 

 一騎が去り、静寂が訪れた病室が寂しいと思うのは気のせいだろうか。ああ見えて皆城総士は仲間を大切にしている。言葉が足りないから伝わり難いだろうが、マークゼクスが自爆する時も最後までフェンリルの解除とコックピットブロックの脱出を試みていた。甲洋の時も、心が消える瞬間までクロッシングしていた。クロッシングしているからこそわかる。もし僕が同じ状況になって果たしてクロッシングし続けられるだろうか。

 

 パイロットとの一体化。他人の心が入ることを受け入れられなければクロッシングは成立しない。

 

 一騎を受け入れられたから自分自身も受け入れられるだろうと思った認識が足りなかった。結果意識を失うという無様を晒した。

 

「一騎……」

 

 次からは倒れる様な無茶は控えようと思った。看病されたのは有り難かったが、少しいきなりすぎて驚きながら恐怖も感じた。過保護という言葉が当てはまるくらいに一騎は僕の体調を気にしていた。

 

 なにが一騎をそうさせているのか。原因は僕だろうが心当たりはない。あんな一騎は始めて見るが、僕という存在が一騎の重荷になっているのは確かだろう。皆城総士が倒れたことなど一度もないのに僕が倒れた所為で余計な心配をかけてしまったようだ。

 

 翌日、1日遅れで僕は一騎とマークエルフの戦闘システムテストに挑んだ。

 

 マークエルフは大破状態だったが、それでもコアは無事だった為修復される事となった。パーツの幾分かをマークアインから移植する形で作業は進んでいる。

 

 蔵前が健在である為マークツヴァイは修復には回せず、同型機でパイロットが乗れないマークアインが宛てられるのは順当な選択だ。

 

 機体の外装をマークアインのものからマークエルフの水色の装甲へ換装作業の最中、マークエルフの中に居る一騎とのクロッシング調整を行う。

 

 シナジェティックスーツのお陰でクロッシングもよりしやすくなったが、スーツがなくても高い領域でクロッシング出来る一騎と皆城総士である僕にはあるもないもあまり変わりはない。

 

 ただ一騎がどうしてあの様な過保護に行動に出た理由が少し気になった。

 

 一騎から感じるのは義務感だった。ファフナーに乗ることを義務に思うやつじゃないのは僕も知っている。今の一騎は僕が乗れというから乗るだけだ。乗るなと言えば乗らないだろう。

 

 ならこの義務感は何処にあるのだろうか。

 

 表層的な部分はクロッシングで読み取れても、心の深い部分を知るには相手に受け入れて貰わなければならない。それは僕も同じだが、僕の場合はあまり深くクロッシングすると知られたくない事まで共有してしまう。

 

 この世界の未来を知っている事を誰かに知られるわけにはいかない。これは僕だけが背負うべきものだ。こんな重荷(いたみ)は、僕だけで充分だ。

 

 戦闘システムテストが終わったあと、パイロット候補である6人と合流した。

 

「もう大丈夫なのか? 総士」

 

「な、なにがだ?」

 

「なにがって。倒れたって聞いたぜ? あの総士が倒れたなんてよっぽどだって心配してたんだぜみんな」

 

「今度は僕たちも一緒だからあまり無理しないでね、総士」

 

 甲洋、剣司、衛にそう言葉を掛けられて、僕は少しだけ心が軽くなった気がした。僕も現金な人間らしい。

 

 一騎に余計な心配をかけてしまったが。こうして皆の中にも僕の存在する場所があることを嬉しく思った。

 

 記念写真も、この時に撮った。その写真は部屋に飾る事にした。

 

 何処にも居ない。居てはいけないと思っていた僕にも確かに居場所があるのだという大切な証として。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…05

 

 僕の1日は先ず乙姫の所に赴く所から始まる。昨日なにがあったかを話す事が僕の日課だった。島のミールを通して島のすべてを知っている乙姫には要らないことかもしれないが、だからといって妹を蔑ろにする理由はない。

 

 そして僕が唯一弱音を言えるのもまた、乙姫だけだった。

 

 妹に弱音を言う兄という情けない構図だが、乙姫なら受け入れてくれるだろうという僕の甘えだった。

 

 乙姫のもとをあとにした僕の次の行動は当番によって分岐する。

 

 朝食当番なら僕はこのまま朝食を作りにいく。アルヴィス内の食堂でも良いのだが、食堂の味と家庭の味は別だ。僕も蔵前も忙しいとき以外は基本的に自炊する様にしている。

 

 今日は蔵前が当番の為、もう少しゆっくりしていられる。その時間で僕はファフナー関連の武装を製造と調整をしていく。

 

 今回はイージスシステムが完成した為、順次生産していく。

 

 イージスシステムは防御特化型と砲撃可能型の二種類を用意した。マークフュンフ以外のファフナーにも装備する事で生存性を上げる目的がある。

 

 運用コスト? パイロットの生命が掛かっているんだ。出し惜しみはしない。

 

 とはいえ砲撃型はマークフュンフへ。他はマークツヴァイとマークドライに先ずは回す事になるだろう。一騎のマークエルフには却って邪魔になるだろうから装備は見送ることにする。

 

「ご馳走さま。行ってくる」

 

「ちょ、ちょっと皆城くん!? 昨日倒れたばかりなのにまだ休んでなくちゃ」

 

「充分な睡眠は確保している。問題ない」

 

「大有りだってば! また倒れちゃうよ」

 

 朝食を終えてすぐに動き出そうとする僕に蔵前が待ったをかける。正直1日を無駄にしてしまった遅れを僕は取り戻したかった。

 

 蔵前の気遣いも有り難いが、今の僕は時間との勝負だ。せめてスフィンクスC型が島に襲来するその時まで時間は無駄にできない。

 

「遠見先生だって今日は寝てた方が良いって」

 

「今日になっても調子が悪ければの話だ。僕はなんともない」

 

 過労で倒れた訳ではないのだから気にしすぎだ。

 

「私が言っても説得力ないけど。無理してないよね?」

 

 クロッシングで蔵前の感情は把握している。義務感と劣等感が割りを閉めていた。彼女自身自分の能力の限界を感じてわかっているから余計劣等感に苛まれて、それをどうにかしたいと努力しても自分の能力が頭打ちでどうにもできずまた劣等感に苛まれるという良くない流れに囚われている。無理をしている自覚があるという意味が言葉に隠しきれていない。

 

 僕がファフナーに乗れないから蔵前には抱えきれない無理をさせてしまっている。だから僕は立ち止まっていられない。

 

「ああ。君程はしていないつもりだ」

 

 身近に自分よりも無理をしている人をみると休めないのが人間だ。それが家族なら尚更だろう。

 

「私は……これしかないから」

 

 先輩たちの分も島を守る。それが蔵前の義務感の動機だ。それは僕も同じつもりだ。

 

 この島を守りたい。僕はその想いだけでここにいる事を選んでいる。

 

「……僕にも、これしかないだけだ」

 

 そう。僕はこれしかない。島を守る事が僕が存在している理由だと思っている。皆城総士ではなく、僕がここにいる意味はきっとそれなのだから。

 

 シミュレータールームに赴き、心配されながらも大丈夫であることを伝えた羽佐間先生から羽佐間と一騎の事を任された。ファフナーの訓練は僕が受け持つ事になった。

 

「今からの訓練は僕が受け持つ事になった」

 

「総士。本当に大丈夫なんだな?」

 

 皆の前でも、羽佐間先生にも大丈夫だと言ったのだが、尚も一騎には心配される。あまり良くない傾向だが今はどうしようもない。原因はわかっても理由がわからないからだ。

 

「大丈夫だ。それより今は心配する相手が別に居る」

 

「別って……」

 

 そんなことないと言いたげな一騎から視線を外して壁の影から此方を見る視線に声を掛ける。

 

「恥ずかしいのはわかっているが出てきてくれないか? 訓練が始められない」

 

「――――っ」

 

 息を呑み、覚悟を決めたと言わんばかりにきびきびと姿を表したのは、一言で言えば儚い少女。

 

 羽佐間翔子が僕たちの前に姿を現した。

 

「羽佐間……どうして?」

 

「…………っぅ」 

 

 一騎に声を掛けられ、今の自分を認識されてよっぽど恥ずかしいのだろう。僕の後ろに隠れてしまった。僕は平気で一騎がダメなのは実に羽佐間らしい。

 

「ファフナーの運用はツインドックが最低限推奨されている。一騎、羽佐間がお前のパートナーだ」

 

「でも、羽佐間は身体が。……総士、俺はひとりでも」

 

「一騎、お前だけ」

 

「っ、私、がんばるから!」

 

 ひとりで戦おうとする一騎に僕が言葉をかけようとするのに被せて羽佐間が声を発した。

 

「一騎くんをサポート出来るように、がんばるから」

 

 普段自分の意思を前面に出す様には見えない羽佐間の言葉と勢いに一騎はなにも言えなくなってしまったようだ。その光景を少しだけ微笑ましく思う。羽佐間が居れば一騎も無茶はしないだろう。とはいえ最終的には誰がなんと言おうと止まらないのが一騎なんだが。

 

「二人ともコックピットブロックに入れ。訓練を開始する」

 

 一騎が先に入り、漸く動き出す羽佐間に僕は声を掛けた。

 

「ありがとう、羽佐間」

 

「え?」

 

 いったいなにがと立ち止まる羽佐間。ただその理由を僕は告げない。

 

「感謝したくなった。ただそれだけさ」

 

 そう言い残して僕もコントロールルームに向かう。

 

 羽佐間が居るから一騎もひとりじゃない。それは今伝えてもわけがわからないだろうから。

 

 ファフナーの訓練は順調と言えた。一騎は言わずもがな、羽佐間も即戦力レベルで機体を動かしていた。

 

 ただ痛みに対するテストで羽佐間が異常レベルの素質があった事だ。

 

 自分が想像したことに対する自己没入の素質が異常過ぎる。だからファフナーになる事も、違う自分になる事も迷わずに受け入れる。何故なら彼女のなかでは既にその状態であると思い込んで自分を落とし込んで当て嵌めるだけなのだ。ファフナーに乗る上でこの上ない素質だ。恐らく羽佐間ならザルヴァートル・モデルすら動かせるだろう。彼女のその素質が少し羨ましく感じた。

 

 あまりに羽佐間の適正テストが早く済んでしまった為、やることがなくなり早めの解散となった。

 

 ジークフリード・システムとの接続テストもしたかったが、今日いきなりでそれは性急過ぎるだろうと思い止めておいた。それに元気が良すぎて忘れそうだが羽佐間は病人だ。負担を増やさず早めに休めるのも身体には良い筈だ。

 

「今日はここまでだ。帰って身体を休めておけ」

 

「え、もう?」

 

 自分ひとりの時はまだ長かったからだろう。一騎が疑問を口にするが、羽佐間の前では悪手だ。

 

「わ、私ならまだやれるからっ」

 

 と、自分の所為で早く終わってしまったのだと余計な勘繰りをさせてしまうからだ。

 

「今日の予定はすべて消化した。また明日、訓練は続く。その為に今日は帰って休め。戦闘指揮官としての僕の命令だ。良いな? 羽佐間」

 

「は、はい……」

 

 羽佐間に言い聞かせる様に言葉を口にすれば、俯きながらも彼女は返事を返してくれた。

 

「きゃっ」

 

「羽佐間を送り届けてやれ。一騎」

 

 そんな羽佐間の肩に手を置き、回れ右をさせて一騎に向き直らせて、一騎に彼女を送るように言い渡す。その方が羽佐間も喜ぶだろう。

 

「総士は帰らないのか?」

 

「僕はまだやることがある」

 

 今日のデータを纏めなければならないし、寧ろここからが僕の仕事だ。

 

「また明日、今日と同じ時間で待っている」

 

 そう言い残して僕はコントロールルームに戻った。あとは一騎に任せて平気だろう。

 

「お疲れ様。皆城くん」

 

「蔵前か」

 

 蔵前は羽佐間先生と他のパイロット候補たちの訓練をみてもらっていた。僕の身体がひとつしかないからあちらもこちらも知るためには誰かの力を借りなければならない。その分、蔵前の好意に甘えられる僕は皆城総士よりも余裕があるのだろう。

 

「そっちはどうだ?」

 

「まだ時間掛かりそう。みんな違う自分になることを受け入れられないみたい」

 

 遺伝子を弄っているとはいえ心まではどうにも出来ない。それは皆が向き合って変わることを受け入れなければならないから。僕が言えた立場じゃないな。

 

「皆城くんの方は?」

 

「一騎に関しては問題ない。ただ羽佐間は少し恐いくらいにもうファフナーを動かしている」

 

「翔子ちゃんが?」

 

「ああ。機体の調整と本人の調子次第では次の出撃にも召集されるだろうレベルだ」

 

 未来を知る事を抜きにしても羽佐間の能力は抜きん出ていた。ある意味で先が楽しみだ。彼女を生き残らせられれば戦いが楽になるだろう事は目に見えている。一騎並みにファフナーを動かせるパイロットは貴重だ。

 

「……ねぇ。どうしてこんなにパイロットが必要なの」

 

「……先輩たちでさえ、八人のパイロットを揃えても同化現象には抗えなかった」

 

「でもあれはティターン・モデルだったから」

 

「ノートゥング・モデルも同じだ。それは君が良く知っているだろう」

 

 既に蔵前は同化現象の初期症状で目の色が変わっている。視力補正に日常的に眼鏡を掛けていたから、眼鏡に細工を施し目の色を誤魔化しているが、肉体は着実に同化現象に蝕まれている。

 

 だからパイロットの人数が必要だ。必要なら第二世代パイロットの召集も僕は考えているくらいだ。

 

 同化現象への対策が出来なければ蔵前と要は北極とのミールの決戦を待たずに戦線離脱は充分有り得ると僕は思っている。

 

 だからパイロットの数を揃えて各々の負担を減らさなければならない。それは急務だ。

 

「ねぇ、皆城くん。今夜はなにが良い?」

 

「……オムライス」

 

「ふふ、皆城くんの好みっていつも子供っぽいね」

 

 蔵前から献立を聞かれて素直にたべたいものを口にしたら笑われた。子供の好みだというのは僕自身も把握している。だが食の好みは僕も皆城総士もあまり変わらないもので、食べたいものは無意識に思い浮かぶものだった。

 

「わるいか?」

 

「ううん。皆城くんのそういう所を見ると安心するの」

 

「安心?」

 

 ただ好みの食を言うだけで何故安心されるのだろうか?

 

「いつも大人っぽい皆城くんも私達と同じなんだなぁって」

 

 大人っぽいというより無理にでも大人にならなければやっていけない立場に僕はいる。いつまでも子供で居たら島を守る事など出来ない。

 

「変更しよう。僕が作る」

 

「え? 別に良いよ」

 

「昨日は自分で作ったんだろう? なら僕がやろう」

 

「良いってば。皆城くん休んでてよ」

 

「遠慮は要らない。麻婆豆腐というものを教えよう」

 

 麻婆豆腐という単語を聞いて蔵前の顔から血の気が引く。

 

「きゃあああ!! ごめん皆城くん、謝るから赦して!」

 

「遠慮する事はない。本格中華麻婆豆腐だぞ?」

 

「今日は麻婆豆腐って気分じゃないから。ね? ね?」

 

 必死に僕を止めようとする蔵前。だってそうだろう。蔵前は辛いものが苦手だ。ピリ辛程度なら食べられるが、僕が作るのは本格派の激辛麻婆豆腐だ。つまり蔵前が当然食べられないものを作ろうとしているのだ。べつに子供っぽいと言われた事を気にしているわけではない。

 

 すがりつくように懇願する蔵前とそれを断固拒否する僕は他人にはどう映るのだろうか? 少しは家族らしく見えているのだろうか。

  

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…06

メインキャストがようやく揃う。

無印版と劇場版や二期の戦闘描写の差は対フェストゥム機構の差ではないかと私は思っています。


 

 島の上空を新国連の探査機が飛来するようになった。

 

 偽装鏡面で島の姿は隠されている為に易々と見つかる事はないが、フェストゥムとの戦闘中に来られたら見つかってしまう。今はまだヴェルシールドと偽装鏡面の同時展開は出来ないからだ。さすがの僕でもブリュンヒルデシステムと島の防衛システムにまでは手を出せなかった。それよりもファフナー関連の技術を最優先で身につけて来たからだ。

 

 今日もまた研究室でファフナー関連の技術開発を進めるものの、島の技術だけでは限界も見えている。ザルヴァートル・モデルの研究データが舞い込む事で僕ではどうにも出来ない事柄も進むのだろうか。

 

 せめて同化現象を抑制する技術進歩が出来れば良いのだが、これも蓬来島のデータが欲しい所だ。情けない事に現状手の打ちようがない。

 

 全くなにも思い浮かばない思考を打ち切り天井を仰ぎ見る。そろそろ朝食だと腰を上げた所でふと背後に気配を感じた。

 

「乙姫……!」

 

 島のミールを通して意識だけを飛ばしているのだろう。幻惑の様に揺らめく姿で彼女はそこにいた。

 

 左目が疼く。皆城総士も妹の事が気掛かりなのだろうか。

 

 まだ起き抜けで眠そうな彼女の幻惑に手を伸ばした。

 

 触れられるはずはないが、幻惑の輪郭に合わせて手を彼女の頬に添える。

 

 ――――温かかった。幻であるはずなのに温もりを感じた。

 

 強く左目が疼く。気安く妹に触れるなと怒っているのか?

 

 乙姫の頬を撫でていると、乙姫も僕に向けて手を伸ばしてきた。僕と同じ様に左の頬に触れ、その細い指が僕の傷痕に触れた時だった。

 

『総士――』

 

 乙姫が僕の名を呼ぶ。

 

「乙姫…?」

 

 いや、そんな事は有り得ない。まだ乙姫は目覚める前の筈だ。

 

 それだけではなかった。僕はいつの間にかウルドの泉に居た。

 

「ここは…」

 

「ようこそ」

 

 そこには乙姫が居た。何故だ。まだ目覚めてもいない。まだ人として生きることすら選んでいない、人格さえまだない筈だ。

 

「島の未来を占う場所へ」

 

 乙姫の声よりも堅い声がした。僕を挟んでふたりの乙姫が存在していた。いや、ひとりは違う。乙姫じゃない。

 

「おり、ひめ…?」

 

 皆城織姫。乙姫がミールへ命の循環を教え誕生する新たなコアであり乙姫の子、皆城総士には姪に当たる存在であり僕にとっては未来で出逢うだろう存在だ。

 

「はじめまして、総士」

 

「…わたしも言わないとダメ?」

 

「言葉を交わすのは互いがここにいる証だよ? 織姫」

 

 身成はそっくりな双子であるが、いくぶんか織姫の方が幼く見える。それを堅い表情で取り繕っているのを僕は知っている。

 

「どうして織姫が……。いや何故乙姫が」

 

 さすがの僕も混乱せずにはいられなかった。このふたりは決して出逢うことがない。乙姫がミールへ還る事で織姫が産まれてくるのだから。それだけではない、織姫は別としても乙姫にもう明確な人格と価値観が生まれている様に見える。乙姫を目覚めさせたのは一騎のマークエルフのコアだと言っていた。今はまだその時ではないだろうと思うが。

 

「総士が総士でいる事を選んだからだよ」

 

「僕が僕である事を?」

 

「一騎とひとつになろうとした総士は、一騎に傷つけられてもひとつになろうとした。でもそれを総士は許せなかった」

 

「たとえ自分の存在が消えても一騎に消えて欲しくなかった。でも総士も消えて欲しくなかった」

 

 いつの間にか景色は鈴村神社の境内に変わり、乙姫と織姫が交互に僕に向けて言葉を紡ぐ。

 

「だから僕が生まれたというのか? 日野美羽が弓子先生の存在を望んだ様に」

 

「そうとも言えるけど、そうじゃないとも言える」

 

「あなたは自分で選んだ。ここにいることを」

 

 僕は明確な答えが欲しかった。自分が何者なのか。皆城総士は僕である証が欲しかった。しかし織姫も乙姫も未だその答えをくれない。

 

「教えてくれ。僕はどうすれば良い」

 

「その答えは自分で見つけなさい、総士」

 

「その答えはもうあなたの中にあるよ、総士」

 

 織姫は突き放す様に、乙姫は優しくもやはり自分で探させる言葉を紡ぐ。

 

「いつまでも妹に甘えてちゃダメだよ? 総士」

 

 身を乗り出して上目使いに僕を下から覗き込む乙姫。

 

 当たり前だったかもしれないが、知られていることを気恥ずかしくなって一歩足を下げようとする僕を誰かが後ろから抱き締めた。

 

「わたしの未来とあなたの未来は同じものになるかは、わたしにもまだわからない」

 

 織姫の声はどこかもの悲しげだった。織姫には無理をさせてばかりだった。立上がいてくれたが、彼女を甘えさせる事を僕はしてやれなかった。

 

「でもあなたの未来が希望に満ちていることを祈ることはできる」

 

「織姫……」

 

「答えはいつも自分の中にある。それを忘れないで、総士」

 

「乙姫」

 

 前から乙姫にも抱き締められる。僕を挟んで抱き合う親子。決して交わることのないふたりの運命。それを想うと僕も哀しさが込み上げてくる。

 

「「総士…?」」

 

 似た者親子がやんわりと抱擁から抜け出した僕を不思議がって首を傾げた。

 

 そんなふたりを今度は僕が抱き締めた。僕という壁が抜け、直接ふたりの肌が触れ合う。

 

「僕が僕である事の意味を僕はまだ見出だせない。それでも――」

 

 僕のしている事は必ず未来に続くことだと信じている事に疑いはない。それは確信ではなく祈りや願いといった不確かなものしかなくとも、僕にはこうする事でしか自分の存在を意味のあるものだと思えない。

 

「共に未来を見れる様に尽力する」

 

「それは――」

 

「無理とは言わせない。僕が乙姫を未来に連れていく。だから未来で待っていてくれ、織姫」

 

「総士……」

 

 小さな親子を抱き締めて僕はまたひとつの誓いを立てた。無茶苦茶な事を言っている自覚はある。ミールが命の循環を学ぶために乙姫の犠牲が必要だとしてもそれを受け入れて諦める道理はない。そんな道理は僕が無理をして抉じ開けてやる。

 

 いなくなりたくない。ここにいたいと涙を流した乙姫を犠牲にするくらいなら僕が犠牲になる。

 

「それはわがままだよ、総士」

 

「定められた未来を認められずに抗っている時点で我が儘なのは承知の上だ」

 

 仲間の未来を想うなら、妹の未来を想うことも不平等ではない筈だ。

 

 ふたりから身を離して立ち上がった僕は神社から見える島の風景を見渡す。

 

 世界を相手にしているのだ。今さら島そのものが相手でも対して変わりはしない。寧ろ存在している島を相手にする方がまだ気が楽だと思う自分がいる。

 

「まだ自分とも向き合えないお前に出来ると思うか?」

 

 乙姫と織姫とは違う気配が僕の背後に現れた。振り向かずとも相手が誰なのか僕にはわかっている。

 

「痛みを感じても変わることをしなかった自分には言われたくない」

 

 僕は足を踏み出した。長い階段の先は真っ暗だ。真っ暗な穴が風景を塗り潰す様に現れている。

 

「僕は未来と戦った仲間を知っている。彼女に出来て僕に出来ないわけはない」

 

 身体が闇に沈んでいく。それでも歩みを止めない。これもひとつの選択なのだろう。見慣れた景色は未来を示唆していて、僕を包む闇は不明確な未来を表しているのではないだろうか。たとえどんな未来でも歩めるかと試されているのかもしれない。だから歩みは止めない。

 

「勝手なことしてごめんね。総士」

 

 乙姫でも織姫でも、自分の声でもない、別の誰かの声を背に僕は意識が浮かんでいくのを感じた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 酷い倦怠感を感じながら頭を起こす。見える天井はつい先日見たばかりのものだった。

 

 やってしまったと思いながらどう蔵前を言い包め様か無駄に思考を割きつつ身体を起こした。

 

「……………どういう状況だ? これは」

 

 一騎がまた椅子に座りつつ身体はベッドに預けて眠っている。それはいい。良くはないがいい。蔵前が椅子の上で船を漕ぎながら眠気と戦っているがほぼ落ちかけている。それはいい。良くはないがいい。

 

 一騎がいる右側の反対。左目が死角だった為気付かなかったが、今の僕はかつてない程極めて混乱している。

 

 一騎と同じ様に椅子に座りつつ身体はベッドに預けて眠っている黒髪の少女。一瞬羽佐間かと思ったが、それはそれでまたここまで思考が止まるほどではないが驚くだろうが、羽佐間は蔵前の肩に頭を預けて熟睡していた。

 

 良い加減現実を先ず認識しよう。そのあとはもうどうにでもなってしまえ。

 

「乙姫……。乙姫」

 

 つい先日一騎にそうした様に、僕は何故かここにいる乙姫の肩を揺さぶって起こす。誰かが着せたのだろう。アルヴィスの制服に身を包む乙姫は見慣れた姿であり、この手でもちゃんと触れることが出来ている。

 

「ん……。んぁ……総士…?」

 

 僕よりも一騎と乙姫が並んだ方が兄妹に見えるのではないかと思うほどに同じ様な反応につい笑いそうになってしまう。

 

 目元を擦りながらまだ眠そうな彼女は僕を見ると花が咲いた様な笑顔を向けて言葉を紡ぐ。

 

「おはよう、総士」

 

 その後、乙姫の声で起きた蔵前が物凄い剣幕で僕を責め立てた。人の言うことを聞かないからまた倒れるのだと。どうやら僕は研究室で眠ってしまったらしい。

 

 さんざん探し回っても見つからない僕を目覚めた乙姫の導きで探し当てたのだとか。

 

 しかし目覚めただけでなく岩戸を出ることすら早すぎる。これでは乙姫は――。

 

「それにしても総士に妹が居たなんて」

 

「あ、あぁ。事情があってずっとアルヴィスに居たからな」

 

 親友でありこの中での仲は一番長い一騎に問われるが、僕も嘘ではないが濁した事実を述べるしかなかった。コアである乙姫に関しては竜宮島でもトップクラスの機密事項だ。狩谷先生や新国連の息が掛かっている人間も少なくない今の竜宮島で乙姫が外にいる事は極めて危険だ。

 

「今日はこのまま医務室で過ごそうと思う。羽佐間も空いているベッドを使って休むと良い」

 

 時間はもう深夜を回っているらしい。アルヴィスの中に住んでいる僕たちはともかく、一騎と羽佐間は帰らないと親が心配するだろう。特に真壁家は一騎が家事を担当している。真壁司令に恨まれたくないんだが。

 

「一度帰って晩飯は作って来たから大丈夫だ」

 

「なら羽佐間を連れて送り届ける位は出来ただろう。元気に見えても彼女は病人だぞ」

 

「い、いいの皆城くん。わ、私が皆城くんを見てるって一騎くんに言ったの」

 

 病人の羽佐間を付き合わせる事はなかっただろうと一騎を咎め様とした僕に羽佐間が間に入って一騎を庇って来た。羽佐間がそう言うと僕には何も言えなくなってしまう。

 

 理由を聞きたかったが、視線を羽佐間に向けると彼女は俯いて黙ってしまう。べつに怒っている訳じゃないのだが。

 

「気遣いは有り難いが、もう少し自分の身体は労るべきだ」

 

「お前が言うなよ」

 

「そうそう。今の皆城くんに他人をどうこう言える資格はありません」

 

 おかしい。正論を述べた筈だ。なのに一騎と蔵前に言い返されてしまった。過労で倒れている訳ではないのは遠見先生の診察結果でも明らかだ。かといって今の一騎や蔵前に伝えても意味がわからないだろう。

 

「総士。なにかして欲しいことはないか?」

 

「いや。今日は大丈夫だ」

 

「そっか。お腹も空いてないか?」

 

「ああ。済まないこんな時間まで」

 

「良いんだ。俺がしたいからしてるだけだから」

 

 一騎の優しさは嬉しいが、それをもう少し他の皆にも向けられないのかと思いもする。

 

「はいはい。ふたりの世界を作ってないで、今日は解散にしよう?」

 

 と蔵前が切り出したことでお開きになった。とはいえ――。

 

「みんなでお泊まりって楽しいね、総士」

 

「何故こうなった……」

 

「なんか、凄いんだな。お前の妹って」

 

 もう今から竜宮島に帰るよりもアルヴィスの中で泊まった方が良いと思った僕は蔵前に一騎を居住区の空いている部屋に案内して貰おうかと思った。

 

 しかし乙姫がみんなでこのまま医務室に泊まれば良いと言い出し、そんな乙姫に僕が逆らえるはずもなく。僕が否を唱えないなら一騎は肯定票であり、身体を気遣えば羽佐間も医務室に泊まらせる方が良い。つまり正しく蔵前は男女七歳にして同衾せずを唱えたが、乙姫のお願いには断る事は出来なかった。

 

 ベッドを3つ繋げる大仕事を終え、僕は一騎と乙姫に挟まれて寝る事になった。ちなみに乙姫の向こう側に羽佐間とそのまた向こう側に蔵前という寝方だ。勝手にベッドを動かして遠見先生に怒られないだろうか。

 

「ふふふ」

 

「どうかしたのか?」

 

 僕の腕を枕にしながら笑う乙姫に小さな声で訊ねる。

 

「ううん。みんなで一緒に居るだけで楽しいなって。今まで出来なかった事が出来て。これからもたくさん出来るのかなって考えたら、つい」

 

 乙姫は目覚めてからもアルヴィスの中で僕とは別々の部屋で寝泊まりしていた。

 

 かつては乙姫もミールに命の循環を教え、フェストゥムにも人の感情を教えようとしていた。織姫とはまた違いながらも島のコアとして振舞い、ただの妹として振る舞うことをあまりしなかった。

 

 僕が僕である事で乙姫は目覚めたと言っていた。それがどう影響を及ぼすのか僕にはわからない。それでも乙姫が望むなら少しは兄妹らしく触れ合うのも良いだろう。

 

「なんか、懐かしいな」

 

「なにがだ?」

 

 今度は一騎が溢した言葉に声をかけた。

 

「昔、こうやって一緒の布団で横になって眠くなるまで話したりしたこと」

 

「……そんなこともあったか」

 

 と言っても僕には身に覚えのない、皆城総士がまだいた時の話だろう。自分がいなくなっても一騎にはいなくならないで欲しい。

 

 僕が痛みを感じて自分を認識する合間に皆城総士の中で何があったのか僕は知らない。それをいつか僕は知るときが来るのだろうか。

 

「最初は互いに色々話してて、気づいたら総士が先に寝てて。寝顔をちょっと見てから俺も寝てたっけ」

 

「小さい頃の皆城くんか。寝顔とかかわいいんだろうなぁ」

 

 一騎の思い出語りに蔵前が乗る。もう寝るのに何故そうも元気に話に加わろうとするんだ。

 

「ちょっと羨ましいかな。私、友達の家に泊まったこともないから」

 

 羽佐間までも加わってくる。明日も早い事をわかっているのだろうか。

 

「翔子も今はここにいるよ。生まれてはじめてのお泊まり」

 

「乙姫ちゃん……。うん。ありがとう」

 

「お泊まりか。私もしたことなかったかも」

 

「果林ちゃんも?」

 

「うん。まぁ、そこまで仲の良い友達も居なかったから」

 

 女子は女子で会話に花が咲いたらしい。対する僕らは無言だ。

 

「なんだ?」

 

「いや。べつに」

 

 べつにと言いつつ一騎が僕の方に寄ってくる。端だから狭いのだろうか。

 

「昔は身体をくっつけて寝てたっけなって」

 

「昔は昔だろう」

 

 あまり詰め寄られても僕が窮屈になるだけだ。

 

「総士の身体。温かくて安心するんだよね? 一騎」

 

「ん、まぁ、そうだな。こう、ちょうど良い体温、かな」

 

「僕は湯たんぽか……」

 

 意味もなくくだらなくとりとめもない会話ばかりが続き、ひとり、またひとりと寝息を立てていく。皆城総士は必要以上に悲しみを感じない様に必要以上にパイロットが親交を築く事に否定的だったが、僕はそうは思わない。僕たちの強さは互いに守りあうことだからだ。誰かの為に誰かが立ち上がる。僕たちはそうして戦っていった。

 

「おやすみ、総士」

 

「ああ。おやすみ、乙姫」

 

 乙姫の頭を撫でながら僕はもう瞳を閉じる。この楽しい時間の事を想いながら、その時間が未来でも続くことを祈りながら。

 

 

 

 

to be continued… 



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皆城総士になってしまった…07

日常と戦闘をわけようとしたら短くなった。


 

 パイロット候補生の訓練が始まってから3週間。遠見の適正データを少し触り、新型武装の開発とテスト、一騎と羽佐間の訓練、そしてマークゼクスの調整と、フェストゥムが竜宮島に襲来してから一月。次の襲来はなく島は落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 乙姫の身体の事だが、診察の結果は異常なし。極めて健康であるということらしい。つまり3ヶ月しか生きられないという事はないのだろう。

 

「おはよう、総士」

 

「ああ。おはよう、乙姫」

 

 布団で兄妹で寝ることにも大分慣れたものだ。最初は蔵前に男女七歳にして同衾せずと言われたが、そもそも乙姫はある意味で産まれたばかりでまだ一歳でもなくしかも甘えたがりだからと説き伏せる事に成功した。

 

 ……そう。何故か乙姫は甘えたがりなのだ。

 

「総士の身体、温かいね」

 

「乙姫の身体が冷たいだけだ」

 

 人とフェストゥムの融合独立個体であるコア型であるからなのか、乙姫の身体は少し冷たい気もする。それでも健康には異常はないらしい。

 

「今日は僕が朝食当番だ。何が食べたい?」

 

「オムライスが食べたいな」

 

 なんとも朝からヘビーな要求だ。さすがに朝からオムライスは承服出来ない。

 

「却下だ。朝からそんな重たいものは食べるべきじゃない」

 

「ぶー。食べたいものを訊いてきたのは総士なのに」

 

「限度というものがある。オムレツで手を打とう」

 

 表情が増えたというか、これが乙姫の自然体なのだろうか。いや、別に問うまい。これが乙姫の望む事なら僕が言う事はなにもない。のだが。

 

「それは流石に甘やかし過ぎると思うよ皆城くん」

 

「そうか」

 

 この3週間。乙姫は僕を親鳥のあとを追う雛鳥の様に着いてくるのが日常だった。流石に訓練の時間や打ち合わせの時間などには着いてこないが、それ以外の時間は大抵乙姫は僕と共に過ごしていた。

 

「ご飯は良いとして。寝るのも……まぁ、仕方ないとしても、お風呂は流石にダメだよ」

 

「最初は僕もそう言ったんだがな」

 

 さすがの僕でも如何に兄妹でも、外見は年頃に差し掛かる男女が一緒に風呂に入るのもどうかとは思ったのだが、乙姫のお願いを僕に断れる訳がない。

 

「兄妹だから甘くなっちゃうのもわからなくはないし、乙姫ちゃんも色々と事情が事情だから仕方がないとしてもちゃんと言わないと」

 

「わかっているつもり……なんだがな」

 

 拗ねる程度なら良いのだが、乙姫の顔に陰りが指すとどうも胸が痛くなる。皆城総士が怒っているのだろうか。そんな乙姫の顔は見たくないと、どうも僕は乙姫を甘やかしてしまう。

 

「総士!」

 

「乙姫……っと」

 

 蔵前との話は結局僕の意思しだいという事で落ち着いた。コントロールルームを出ると乙姫が胸に飛び込んで来た。それを受け止めて横抱きにするのも手慣れてきた。落ちないように首に腕を回してくる乙姫の顔はいつも嬉しそうに笑っている。……済まない蔵前。やはり僕には無理だ。背中で蔵前の吐いた溜め息が耳に痛い。

 

「総士はわたしと居るのはイヤ?」

 

「いや、そんな事はない」

 

 家族みんなで暮らすことは叶わぬとも、兄妹としての暮らしは出来ているのかもしれない。それは皆城総士か或いは乙姫が望んでいた暮らし。それを僕が過ごしていて果たして良いのだろうかと思わなくはない。だがそれで乙姫が喜ぶのなら僕はどんな事でも甘んじて受けよう。

 

「近い内に島を動かす事になるだろう」

 

「知ってる」

 

「……新国連と接触せず、島だけで隠れ過ごすことを何度も考えた」

 

「知ってる」

 

 新国連と接触することなく島だけで隠れ続けた未来はどうなるのだろうと幾度も考えた。しかし蓬莱島の様に敵に奪われる未来しか僕には想像出来なかった。マークニヒトが、あるいはモルドヴァでマークザインが敵に奪われたら竜宮島の戦力で対抗するのは難しい。

 

「ザルヴァートル・モデルなくしてアザゼル型に対抗する事は出来ないと僕は思っている」

 

 どうにかしてエインヘリアル・モデルを造り上げられたとしても、ウォーカーを相手にするので精一杯だろう。マークザインとマークニヒトの2機掛かりで撃退するのもやっとだったロードランナー、そのロードランナーを吸収したアビエイター、マークニヒトでも苦戦するクロウラー、そしてベイクラント。対話が出来なければボレアリオスさえ敵になるかもしれない。

 

 あらゆる可能性を考えても、ザルヴァートル・モデルは出来れば手に入れたい力だ。

 

「アザゼル型が生まれない可能性だってあるんだよ?」

 

「人類軍だけで北極のミールを相手にすることは出来ないと僕は思っている。ザルヴァートル・モデルが敵に奪われたら世界は終わるだろう」

 

「総士はどうしたいの?」

 

「島を危険に晒すとわかっていも、新国連と接触する許可が欲しい」

 

 一騎の選択が島を救ったのだろう。だが島を危険に晒す以上、僕は乙姫にその許可を貰わなければならない。この島は乙姫そのものでもあるのだから。

 

「総士がそうしたいのなら、わたしは止めない。あなたの信じる未来を生きなさい。総士」

 

 まるで織姫の様に固い口調で僕に告げる乙姫。その表情もコアとしての彼女のものだった。

 

「あなたはここにいる。それを忘れないで、総士」

 

「ああ。わかっているさ」

 

 ここにいることを選び続ける。悲しくても辛くても、存在することが僕が出来る事だ。

 

 ほどなくして新国連の探査機の目から逃れるために島を移動する事が決定した。

 

 乙姫が目覚めているため、既にブリュンヒルデ・システムも立ち上がっている状態だ。いつでも島は動かせるが、島民の準備もあるため出発は明日の昼になった。

 

 ブルクではマークゼクスに次いでリンドブルムの調整が行われていた。

 

 不思議と羽佐間が体調を崩す事はなくファフナーの訓練は順調だった。しかしいつ体調が急変するとも限らないため、リンドブルムの調整を僕が真壁司令に提言して受理された。

 

 不思議と言えば、ファフナーの訓練を行うほど羽佐間のバイタルが安定する傾向にあるらしいと遠見先生から報告が上がって来ていた。つい先日は彼女が乗る予定のマークゼクスとの接続テストも行い経過を見たが、今までのコード形成訓練よりも劇的に変化が見受けられたと今朝伝えられた。

 

 ファフナーに乗ることで体調が良くなる。彼女にとっては良いことなのだが手放しに喜べないのがファフナーという存在だ。ゴルディアス結晶もない今の島のファフナーがパイロットに影響を及ぼすのか。仮説は立てられるが証拠がない。今の島の対同化現象対策レベルで新同化現象に晒されたら救う術は無いに等しい。

 

 変化が羽佐間だけであれば良いのだが、一騎の方はなんら変わりはないため今はなんとも言えないが。なにも起こらないことを祈るしか僕には出来ない。

 

「これも僕がここにいる事を選んだ結果だとでも言うのか? 織姫」

 

 手のひらに収まる小さな結晶体。ワルキューレの岩戸の人工子宮コアギュラの中に残されていたものだ。

 

 この結晶の事を知っているのは僕と乙姫だけだ。乙姫から直接手渡されたものだ。これがなんなのか乙姫は僕に教えてくれなかった。ただ肌身離さず持ち歩くように言われただけだ。

 

 解析の結果は人の思考に良く似た波形が現れるという事だ。

 

 ゴルディアス結晶……。その名が頭から離れない。だがキールブロックのウルドの泉ではなんの変化もなかった。ゴルディアス結晶もなく、コアが生まれているということもなかった。

 

 謎が謎を呼び謎だらけだが、不思議とこの結晶が害を及ぼす存在ではないと僕は思っている。

 

「ジークフリード・システム、起動」

 

 島の移動に合わせるかの様にソロモンに反応が現れた。

 

 フェストゥムが現れた。進行は真っ直ぐ竜宮島へ向かっている。

 

 新国連の探査機からの発見を防ぐ為、フェストゥムが島に到来する前に海上での迎撃ということになった。

 

『ごめんなさい皆城くん。まだファフナーとリンドブルムの連動制御プログラム調整が終わってないの。今回はシステムから操縦サポートしてあげて』

 

「わかりました」

 

 羽佐間先生の説明に返事を返しつつ、リンドブルムの操縦系にシステムをリンクさせる。

 

『総士君。出来るだけのことはしたが、何分時間がなくてハズレのエンジンが載ったままになっている。急に噴かすとエンジンブローを起こすかもしれんから操縦に気を使ってくれ』

 

「なるべくやってはみます」

 

 保さんからも申し訳ないと書かれた顔で通信が入った。何分僕の提言も急だった為、それでも使えるところまで仕上げてくれた保さんたち整備員には感謝している。

 

 マークエルフとリンドブルムがドッキングし、各種チェックはオールグリーン。マークエルフの一騎に意識を向ける。

 

「恐いか? 一騎」

 

『いや。でも最初に言っとく。俺は飛んだことないからな』

 

 それは一騎の訓練を受け持っている僕が一番よく知っている。だが今回はリンドブルムの操縦は僕が受け持つ。一騎はただリンドブルムに吊るされているだけで良い。

 

「飛べるさ、僕たちふたりなら。そう思うだろう?」

 

 少しでも一騎が安心出来るように僕は一騎へそう言葉をかけた。かつてと変わらず、そしてこの先も変わらない僕たちの絆を表す様な言葉。ひとりではダメでも一騎とふたりでならどんな事でも乗り越えて行ける。僕はそう思って疑わない。

 

『総士――』

 

 一騎の心に安堵が感じられるのを感じて、僕は、僕たちの翼に火を入れた。

 

「リンドブルム、エンジンスタート。カタパルト展開、60…、80…、90…、エンジン出力安定。リンドブルム、発進!」

 

 カタパルトによって射出されるリンドブルム。大海の水平線が広がる蒼穹へ、僕たちはその翼を広げた。

 

『あがれええええええ!!!!』

 

 風を掴まえ、リンドブルムは大空に飛び立つ。

 

 輝く空は僕らの今を語る様に澄み渡っていた。安穏ですべてを包み込んでくれるかの様に。たとえ先の見えない道であっても、どこまでも見渡せる様に明るい空だった。 

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…08

 

 リンドブルムを飛ばす事にはひとまず成功した。だが戦闘に耐えられるかは未知数だ。巡航速度で飛んでいる分には問題ないが戦闘機動でエンジンに負荷を掛ければ最悪エンジンが止まる。

 

 またそれだけではない。

 

「いいな一騎。単騎で無茶な要求だが無駄な時間を割いている暇がない」

 

 やはり新国連の探査機が迫っている。故意に接触する気はない。見たいなら勝手に見ていけというつもりだが、それでも不自然さがないように戦うというのも気を使う話だ。しかも発見を防ぐ為に島の援護も出来ない。歯痒いものだ。

 

『どうして同じ人間から隠れないとならないんだ』

 

 そして最もな疑問を一騎が問い掛けてきた。同じ人間からも隠れる理由。それを話せば一騎は納得するだろうか。実感のない僕たち子供では納得出来ないだろう。僕でさえ人類軍の強行的なやり方を知らなければ疑問を抱いただろう。核で国を焼かれた大人たちは骨身に染みている話だ。

 

 島の存在を知られれば新国連は間違いなく島のファフナーを要求するだろう。乙姫を人質に僕たちを従わせることもするだろう。海神島の惨状。人に襲われた島。人類軍も新国連も平気でそういう事をしてくる連中である事を一騎はまだ知らないだけだ。

 

 良心を持つ人間も居る事も忘れていないが、基本的に新国連と人類軍は敵と見て相違ないだろう。

 

「今はまだ、知らなくてもいい」

 

 だがそのすべてを説明することも出来ない。今の一騎には敵を倒すことに集中して貰わなければならない。

 

『総士――』

 

「敵と接触する。集中しろ、一騎」

 

『…あぁ』

 

 返事が1拍間があったが、無理もないか。しかし今は目の前の敵が先だ。

 

 スフィンクスA型種。今はこいつ1体を倒すことすら気を抜けない。一騎でなければ今現状のパイロットたちで単独出撃などさせられない。

 

 雲もあまりない澄み渡る空。フェストゥムの輝く身体はよく目立つ。

 

「リンドブルム、ターゲットエンゲージ」

 

 先ずは牽制でミサイルを放つ。だが対フェストゥム機構である被同化状態ではない現状。こちらの攻撃はフェストゥムの持つ高次元障壁によって防がれてしまう。あれを貫くには貫通力の高いドラゴントゥースやレールガンの様な、物体が捻じ曲げられる前に障壁を突破する必要がある。それ以外はやはりファフナーでの接近戦しかない。

 

 フェストゥムの背中が光る。ワームスフィア現象。その攻撃を避けることは困難だが出来ないわけじゃない。フェストゥムは偏差を計算に入れない。ワームスフィアを放った時点での対象物の場所を攻撃する。

 

 それにこちらで空間歪相を把握していればさらに回避は容易い。

 

 問題は僕がリンドブルムを操縦している今は敵の攻撃が来る位置がわかること。しかしそれをファフナーのパイロットに理解させて回避させるにはより深いクロッシングが必要だ。それこそ深層意識レベルで。それは僕の秘密すべてを明かすことになる。そういう意味では僕は皆城総士よりも秘密を抱えていて、クロッシングをしても皆城総士と一騎の様に心を通わせることは出来ない。この秘密だけは僕が抱えて命を終えるべきだ。

 

 どうあっても僕は他人と真の意味で理解しあえない。それが僕の罪か。

 

『効いてないのか…?』

 

 一騎も僕と同じことを考えていた。やはり一騎の目から見ても効果があるようには思えないか。

 

『どうするんだ、総士?』

 

「遠距離攻撃では分が悪い。直接ヤツのコアを叩く必要がある」

 

 しかしそれにはマークエルフを敵の懐に飛び込ませなければならない。リンドブルムに積んであるファフナーの武装はレールガンとルガーランス、オールレンジで対応は可能だ。

 

『総士!』

 

「……見つかったか」

 

 システムのウィンドウに通信要請が入る。見たことのないコードだが、人類軍の通信コードだろう。

 

 レーダーに反応。新国連の高速探査機に捕捉された。元々島を探す為に駆り出されているのだ。電子装備はかなりのものだろうし、爆発物を使う空中戦をしていれば見つかるだろうことは予測済みだ。

 

「一度離脱するぞ」

 

『え、なんで』

 

「姿は見られたが、接触する理由はない」

 

 リンドブルムを旋回させ、急降下させる。フェストゥムはまだ距離の近い此方を狙って追ってきた。後方に向かって200mmレーザー砲を放つが、やはりフェストゥムの高次元障壁を抜けない。

 

「一騎、マークエルフを海中に投下する」

 

『海の中?』

 

「僕がリンドブルムでフェストゥムを誘き寄せる。トドメは一騎、お前がやれ」

 

『…ああ。わかった』

 

 僕がやれと命じれば今の一騎はそこに自分の意思を挟むことなくやる。皆城総士の為にただ皆城総士の願いを叶えるだけで良いと思っている今の一騎は。

 

 ルガーランスを装備させ、海面スレスレを飛行しながら水飛沫の中へ隠すようにマークエルフを投下する。

 

 機首を上げ、上昇する。ファフナーを積載する分の負荷が減った事でエンジンのステータスにも余裕が出来た。飛んで直ぐにイエローステータスになるとは思わなかった。この状況で戦闘機動を取れば直ぐにエンジンがダメになっていただろう。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

「くっ」

 

 フェストゥムの問い。リンドブルムのシステムを通しているはずなのに左目が疼く。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

「黙れっ」

 

 それはフェストゥムに向けたものではなく、フェストゥムの問いに疼く左目に向けたものだ。

 

「ここにいるのは僕だ。皆城総士はこの僕だ!」

 

 お前になにができる。僕だから出来ることがある。だから僕は存在している。

 

 上昇するリンドブルムを反転させて急降下。スフィンクス型がワームスフィアを放ってくるが、どこに攻撃が来るかわかっているから回避は容易い。

 

 クローを展開。壊れることもお構い無しにスフィンクス型に取りつく。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

「一騎ぃぃっ!!」

 

 上からスフィンクス型を押し込みながら一騎に叫ぶ。対フェストゥム機構などない通常兵器のリンドブルムは高次元障壁も同化現象にも対抗できない。

 

 クローアームはひしゃげ、機体からは結晶が生えてくる。

 

『でやああああ!!』

 

 海の中から飛び出してくるマークエルフ。スフィンクス型の背中に向けて突き刺さるルガーランス。

 

 痛みにもがく様に暴れるスフィンクス型。ワームスフィアをデタラメに放つ。

 

「ちっ」

 

 リンドブルムに直撃。左エンジンから火が上がる。

 

「一騎!」

 

 ルガーランスの刃が展開する。銃身となる刀身が荷電する。援護する為に200mmレーザー砲を撃ち込む。マークエルフのお陰で此方の攻撃も通る様になったが、爆発の衝撃で歪みながらもスフィンクス型を押さえていたクローが砕け、リンドブルムが弾け飛ぶ。

 

 墜落する機体を立て直しながらマークエルフを見る。背中から突き刺した刃が捻れ、使い物にならなくなる。

 

『総士!』

 

「跳べ、一騎!」

 

 機体が落ちる前に一騎に命令する。リンドブルムをスフィンクス型へ向け、スフィンクス型の頭上を飛び越えてきたマークエルフのその上を擦れ違う。

 

「レールガンを使え!」

 

 投下されたレールガンをマークエルフが掴むのを確認し、ルガーランスの刃が突き刺さったスフィンクス型の背中に向けて200mmレーザー砲を撃ち込む。衝撃で姿勢を崩したスフィンクス型へ向けてマークエルフがマインブレードを突き刺した。

 

 マークエルフを振り払う様に暴れるスフィンクス型。だがマークエルフは突き刺さったマインブレードから手を離すことはなくしがみつく。レージングカッターを射出し、スフィンクス型の身体をワイヤーが雁字搦めにする。

 

「ぐっ。一騎、なにを」

 

『こうすれば、離れられないだろ!』

 

 自分ごと敵をワイヤーで固定する姿に僕は薄ら寒いものを背筋に感じた。

 

 ワイヤーを断ち切る為に暴れるスフィンクス型。その背中が怪しく光る。ワームスフィアが至る所に出現する。

 

「っ、島が偽装鏡面を解いた?」

 

 いつの間にか島の進路上で戦っていたらしい。これで新国連に島の所在が知れた。あとはスフィンクス型を倒して帰るだけだ。

 

「一騎!?」

 

『ぐ、あああああああ!!!!』

 

 マークエルフのステータスに同化警報。スフィンクス型が取り付いたマークエルフを同化しようとしている。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

『ぐぅぅぅっ』

 

「一騎! フェストゥムを拒絶しろ、耳を傾けるな!!」

 

 助けようにもコックピットブロックが射出出来ない。同化に抗うことは今の一騎には出来ない。

 

「くっ」

 

 なにが知られたくないだ。知られたくないと、秘密を抱えて隠して。その所為で一騎を守れないというのなら。

 

『総士……っ』

 

 クロッシング深度を引き上げる。一騎の心に入り込もうとするフェストゥムを感じる。左目が疼く。

 

「去れ! お前に一騎の心は渡すものか!!」

 

 一騎の代わりにスフィンクス型の同化を振り払う。いや、逃がしはしない。僕は半分フェストゥムといっても過言ではない。左目が痛みを放つ。だから自分の存在がわからなくなって一騎と同化してひとつになりたかった。

 

「寄越せ、お前の生命(そんざい)を!!」

 

 マークエルフに生えていた結晶が砕け、今度はスフィンクス型の身体から結晶が生える。

 

「一騎、今だ!」

 

『っ、これで…、最後だあああっ』

 

 レールガンの銃身をスフィンクス型に突き付け、弾丸が発射された。ゼロ距離で放たれた弾丸はスフィンクス型を貫き、ワームスフィアに呑まれていった。

 

「一騎!?」

 

 ワイヤーで共に拘束されていたマークエルフもワームスフィアに呑まれた。身体中が痛む。こんな痛みを一騎は感じていて平気なのか。平気なはずがない。生理的に溢れそうになる涙を堪えてマークエルフのステータスを確認する。幸い目立った損傷はない。装甲は交換すれば直ぐにでも直せる。だが身体の痛みは残る。

 

「一騎! 返事は出来るか? 一騎!」

 

『…あ……あぁ…』

 

 一騎の声を聞けて、肩から力が抜ける。同化現象の影響も見受けられないが、身体の痛みが酷すぎる。奥歯を噛み締めてなければ僕も呻き声のひとつかふたつは漏らしていただろう。

 

「意識を喪失(ブランク)させろ。もう休め、一騎」

 

 一騎の意識が眠ったことで身体から痛みが引いていく。戦えない自分がせめて痛みだけでも背負えたらと思う。

 

 海に落ちる前にマークエルフを自動操縦でリンドブルムとドッキングさせる。エンジンが悲鳴を上げているが、島に帰るくらい迄なら保つだろう。せめて一騎は僕の手で島に帰してやりたい。

 

 墜落はしなかったが、島にリンドブルムを帰投させて気が緩んだ僕もシステムの中で眠ってしまった。

 

 未来を変えたいと思いながら、変えたくない未来を掴みたくて、結局は未来を変えられずに僕たちはその代償を払うことをこの時はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 



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皆城総士になってしまった…09

ちょい運営に指摘されてボーイズラブの項目を付けました。一騎と総士の関係って一般的なBLとは違うから難しいですな。


 

「またここか…」

 

 最近医務室で目を覚ます事が多くなっている気がする。そして乙姫が布団に身体を預けて眠っていた。

 

 僕が倒れる度にこんな寝させ方をさせていたら却って身体に負担をかけてしまうのではないか。

 

「乙姫…。乙姫」

 

 乙姫の肩に触れて揺り起こす。心配してくれるのは有り難いが風邪をひかれたら申し訳ない。……コア型は風邪をひくのだろうか?

 

「ん……、んぁ…総士?」

 

 似たようなやり取りをこの前もした様な気がする。しかし今日は乙姫だけなのだろうか。

 

「今回は面会謝絶。わたしだから総士の傍に居られるんだよ」

 

「面会謝絶?」

 

 そんな深刻な状況だったのだろうかと思っていたら服の中が何やらごりごりと痛い。

 

「っ、なんだ?」

 

 身体を起こして服をたくし上げると、パラパラと石が落ちてくる。輝きを失った翠の石。それがなにか僕は知っている。

 

「同化現象……」

 

「フェストゥムの力を使ったんだね」

 

「……ああ」

 

 咎められているわけではない。母の様に子供に何故そうしたのかを問う様に乙姫は僕に訊いてくる。

 

 一騎を助ける為にはああするべきだと僕は判断した迄だ。

 

「一騎に影響は?」

 

 僕のことよりも一騎の方が心配だ。フェストゥムの同化現象に初めて犯された一騎のメンタル面は大丈夫なのだろうか。それにクロッシング状態で僕はフェストゥムの力を使った。それが一騎になにか影響を及ぼしていないかの方が余程心配だ。

 

「一騎なら大丈夫。帰ってきたら自分でちゃんと歩けてたから」

 

「そうか…」

 

 それを聞いて酷く安堵した。一騎がなんともないならそれでいい。たとえ自分の生命が削れていたとしても。自分が人のものではない力を使おうとも。

 

「僕はどうなっていたんだ?」

 

「身体が結晶に包まれていたからわたしが助け出したの。今はまだ、わたし以外には触れられないから」

 

「周りのものを同化する危険性はないのか?」

 

 具体的には立上の様に周囲のものを同化してしまわないか。僕は自分自身を制御出来ているのかの確証が欲しかった。

 

「今回は大丈夫。あなたがフェストゥムの力を使っても芹ちゃんみたいにはならないよ」

 

 乙姫の言葉を聞いて肩の力が抜ける。皆に害を成す存在になっては本末転倒だ。

 

「シャワーを浴びてくる。乙姫はどうする?」

 

 ベッドから起き上がるとパラパラとまだ結晶が落ちてくる。まだ服の中に残っている感覚もある。これは服もクリーニングに出した方が良いな。

 

「わたしも一緒に入ろっかな?」

 

 半ば予想はしていたが、やはり一緒に入りたがる乙姫へ向けて僕は言葉を投げる。

 

「こう僕が言うのもなんだが。乙姫は恥ずかしくないのか?」

 

「どうして? 総士はお兄さんでわたしは妹だよ? 一緒にお風呂に入るくらい普通だよ」

 

「普通……なのか?」

 

 同性同士ならまだわからなくないが、僕たちは一応異性の男女だ。対外的な印象ではあまり褒められたものではないだろう。

 

「それとも総士はわたしといるのがイヤ?」

 

「そんなことは…ない」

 

 蔵前。やはり僕には乙姫を突き放すことは出来そうにない。僕が少しでも乙姫を引き離そうとすると酷く悲し気な表情を浮かべる乙姫を僕は見ていられない。

 

 しかし何故なんだ。皆城総士にも僕の様に接していた様には見えなかった。甘えているのを隠そうとしていない。僕の知る皆城乙姫と目の前の乙姫は顔と名前が同じだけの別人に見えてしまう。

 

「それはあなたがわたしを目覚めさせたから。あなたの存在が、わたしに違う分岐を与えた」

 

「違う分岐?」

 

 僕の存在が乙姫を変えた? 僕にそんな事が出来るのか? 僕はただ皆城総士の存在を間借りしている存在に過ぎないというのに。

 

「みんな、今を生きることに必死であることは決して悪いことじゃない。でもあなたは今と戦いながら未来とも戦っている」

 

「未来を考えてなにかをすることで、未来からなにかが届いているというのか? カノンがしていた様に」

 

「ううん。カノンの力とあなたの力は違う。あなたのしていることは未来を手繰り寄せるのとはまた違う。あなたがしているのは未来を作っていることなんだよ。総士」

 

「僕が、未来を作る?」

 

「そう。誰にでも出来る、誰もが持つ力。未来を想ってそこに向かう。ただそれだけなんだよ」

 

 なら何故乙姫は目覚めた。ミールに生命の循環を教えるにはどうすれば良い。乙姫を犠牲にせずに生命を学ばせる方法があるというのか。 

 

「ミールは今、島を通して生命を学んでいる。総士は心配しないで。それはわたしにしか出来ないことだから」

 

「だが…」

 

「あなたがいるからわたしがいる。それを忘れないで、総士」

 

 僕がいるから乙姫が存在している。僕がいなければ乙姫の目覚めも早まることもなかったということだ。僕がいたから乙姫に無理をさせてはいないだろうか。

 

「あなたがわたしの存在を望んでくれたから、わたしは生きていられるんだよ。総士」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕たちが新国連の探査機と接触したことで島の所在が知れた。新国連の言い分はファフナー一機の譲渡。戦略ミサイルを抱えた潜水艦をアルヴィスの後方に待機させた状態で交渉など良く言える。島を守る為に真壁司令はファフナーの譲渡を決定した。彼らが欲しがっているのはノートゥング・モデルもそうだが、良質なコアを求めているのだ。ザルヴァートル・モデルに使う為のコアを。

 

 研究室で僕はとある開発の最終調整をしていた。

 

「これで少しは一騎たちに楽をさせられれば良いんだが」

 

 ノートゥング・モデルよりも一回り以上に小さな人型。戦車やミサイル車両、島の防衛機構では一騎たちファフナーパイロットを守るには限界があるのはわかっていたことだ。故に僕はひとつのプロジェクトを進めていた。ファフナーを守るためのファフナーの開発。無人機(トルーパー・モデル)の開発だ。

 

 コアは残念ながらノートゥング・モデルに回さなければならないため、対フェストゥム機構は完全とは言いがたいが、それでもそれが竜宮島の外の常識。人類軍製ファフナーはコアを載せずに戦っている。それと同じ事をトルーパー・モデルが受け持つだけだ。

 

 防御、牽制、囮をトルーパー・モデルが受け持ち、直接攻撃はノートゥング・モデルが受け持つ。そうすればもう少しパイロットの負担を減らせるだろうと考えた結果だ。コアがないとはいえ、トルーパー・モデルの有用性は既に未来で実証されている。

 

「どうしてなの皆城くん!」

 

 覚悟していたことだが、いざ言われると僕もどう言葉を掛ければ良いのかわからない。物凄い形相の蔵前が僕の目の前にいた。

 

「どうして私のマークツヴァイを新国連に渡さなくちゃならないの!?」

 

「真壁司令の決定だ。僕に意見できる権限はない」

 

 ウソだ。マークツヴァイを選んだのは僕だ。要因は色々あるが、先ずは羽佐間の健康状態が極めて良好であることだ。最近は痛みを感じることもないらしい。故にマークゼクスを渡す理由がない。マークアインは原型は残っているがパーツのあちこちがマークエルフの修理に使われた為、どう見ても渡して納得させられる状態じゃない。マークエルフも言わずもがな。なら完品状態で今渡せる機体がマークツヴァイだけになっただけだ。

 

「……私のコード形成数値が下がってるのは承知よ。でも私はまだ戦える!」

 

 そう。一番の要因はそれだ。同化現象の進行も心配だが、ファフナーのパイロットとして一番重要なシナジェティック・コードの形成数値が落ちているのだ。コード形成数値が低ければファフナーを意のままに動かすことが出来なくなる。カノンもシナジェティック・コードの形成数値は低い方だったが、彼女はそれを実戦経験で覆す程の下地と技量があった。だが蔵前にはそれがない。そんな状態で蔵前をファフナーには乗せられない。だから新国連へ渡すファフナーに僕はマークツヴァイを提言した。

 

「生命を費やす事だけが戦いじゃない」

 

「どういうことよ、それ……」

 

「僕も皆と前線で戦いたい。それでも僕はシステムに乗っている。その気になればシステムをファフナーに搭載して戦えるにも関わらずに」

 

「システムをファフナーに搭載してって、無茶よ! なんのためにノートゥング・モデルが造られたのか皆城くんだって知って」

 

「だから僕はシステムで戦う。それが今の僕の戦いだからだ。蔵前、きみはどうして戦うんだ?」

 

 一騎は皆城総士の分もファフナーで戦うことで島を守ろうとした。だが真壁司令は一騎に戦う以外の戦う路を示した。

 

 蔵前の戦う理由を僕は知っている。だが憎しみや怒りでフェストゥムと戦っていてはダメだ。そして蔵前にも戦う以外の路を探してほしいと僕は思っている。でなければミツヒロ・バートランドの様に憎しみ以外で戦えなくなってしまう。

 

 先輩たちが生きていたら蔵前を良い方向に導いてあげられたのだろうか。あの日常のささやかな平穏を感じられる生徒会が今も続いていたのなら、蔵前はフェストゥムに憎しみを抱くこともなかったのだろうか。

 

 僕もフェストゥムを赦せるかはわからない。だが来主の様に人を理解しようとするフェストゥムもいる。

 

 一騎を失った時はどうなるかはわからないが、僕はフェストゥムに対して憎しみで戦いたくはないと常日頃思っている。

 

「私は、先輩たちの守った平和を守りたいから」

 

 蔵前もそう思う程、先輩たちの存在は――将陵先輩の存在は大きなものだった。だから先輩たちを奪ったフェストゥムに対しての憎しみもより大きい。

 

 そういう意味では僕は冷たい人間に思えるのだろう。何故自分達から大切なものを奪うフェストゥムが憎くないのだろうかと。

 

 もしそう問われたら僕には返す言葉がない。何故なら僕のフェストゥムを憎まない理由は未来の事実を基にした予防策でしかないからだ。真壁紅音の様にフェストゥムを理解しようとしているわけでもないからだ。

 

 だから僕は感情論で蔵前を納得させることは出来ないのだろう。

 

「その想いはきみがそこにいてこそのものだ。いなくなったらその想いさえなくなってしまう」

 

「皆城くん……」

 

 ゴルディアス結晶は記憶は遺しても想いはその個人のものだ。蔵前がそこにいるから先輩たちの守った平和を守ろうという想いは彼女だけのものだ。

 

「きみまで僕の前からいなくならないでくれ」

 

 それは僕の素直な想いだ。蔵前までいなくなったら僕はあのささやかな平穏を感じられる生徒会の事を思い出すことさえ辛くなるだろう。

 

「皆城くん、もしかして熱とかだしてない?」

 

「熱? いや、体調管理は徹底している。極めて健康だ」

 

 何故熱があるか問われなければならないのだろうか? 僕の額に手を置く蔵前を見ながら首を傾げるしかなかった。

 

 蔵前と別れて一騎を迎えに行く途中、僕は甲洋の姿を見つけて声を掛けた。

 

「こんなところでどうしたんだ。甲洋」

 

「総士? もう大丈夫なのか? また倒れたって一騎が騒いでたけど」

 

「あ、あぁ。もう大丈夫だ。それより甲洋はどうしたんだ。シミュレータールームは上の階層だろう」

 

 これから一騎に対してのフォローに些かげんなりしつつ、あの甲洋が道に迷うはずがないと思ってシミュレータールームよりも下の階層に居る意味を訊いてみた。

 

「あ、いや。…羽佐間が倒れて医務室まで運んだんだ」

 

「羽佐間が?」

 

 初耳だ。だということは倒れてまだ時間は経っていないと言うことだ。しかし近頃健康そのものだった羽佐間が倒れたとは。疲労蓄積の予想計算が甘かったか。修正が必要だな。

 

「わかった。今日は羽佐間は休ませる。気になるとは思うが今は訓練に集中するんだ」

 

「あぁ。……それとさ、総士。訓練が終わったら羽佐間のお見舞いに行っても良いか?」

 

「パイロット同士の交流に口を挟む権利はないが、程々にな。あとは御門さんのところでショートケーキでも買ってくると良い。手配はしておこう」

 

 甲洋の申し出に僕は反対はなかった。皆城総士ならあまり仲良くなり過ぎてパイロットの心が傷つかない様にこの手の提案にはこの頃の彼は乗り気ではないだろうが、僕は別にパイロット同士が仲良くなり固い結束が結ばれるのなら反対はない。一騎たちの世代は互いに想い合うから強いと僕は思っている。個々の力とチームワークで敵を退ける。衛と剣司と要のトリプルドックを見ているとそう思う。互いを思い合う思いで作りは大切な事だ。

 

「うん。ありがとうな総士。でもそういう気遣いをもう少し他人に向けても良いんじゃないか?」

 

「不特定多数に向ける余裕がないだけさ」

 

 甲洋が言わんとすることはわかる。だが僕は人気が欲しくて誰にでも分け隔てなく接しているわけではない。ただ将来、なにか間違って大量にパイロットが召集される時が来る可能性もないとは言い切れない。その時も考慮して僕は角が立たない様な対応をしているだけだ。僕に恋愛なんて事に余計な時間を割いている余裕も、権利もない。

 

 恋愛に時間を割くくらいなら仲間たちの為にその時間を僕は使う。その分僕はこうして様々な事に対して先手を打てる。

 

 L計画には間に合わせられなかった分。今間に合わせられる最善を僕はしなければならない。

 

 今出せるトルーパーの数は2機。これからテスト運用で問題がなければ数を増やす予定だ。コアがない為いきなり量産化ともいかないのが歯痒い。コアさえあれば完璧な形でのトルーパーの実戦配備でパイロットの消耗も防ぐ事が出来る。アザゼル型やディアブロ型の様な特殊な敵でなければトルーパーで対応可能なのも未来で実証されている。乙姫に相談してみるのもありか。

 

「総士!」

 

「一騎…」

 

「大丈夫なのか? なんともないよな?」

 

 ぺたぺたと触診するかの様に僕の身体を触る一騎に些か大袈裟だと思いながらその気遣いが少しだけ嬉しくもある。

 

「僕は大丈夫だ。それより一騎こそなんともないのか?」

 

 乙姫は大丈夫だと言っていたが、やはり本人の口から聞きたかった。

 

「俺は…、平気だ」

 

「本当だな?」

 

「ああ」

 

「そうか。なら良い」

 

 僕に対して隠し事が出来ないだろう一騎だから念を押しても大丈夫と言うのなら平気なのだろう。

 

「今日の訓練は休みだ。お前も身体を休めておけ」

 

「休みって。良いのか?」

 

「今日のプログラムは羽佐間との連携訓練だからな。どうしてもと言うならストレッチと武装関連の仕様書は渡せるが」

 

 単機の方が一騎は強いのは知っているが、やはりそれはマークザインに乗ってからだ。マークエルフに乗っている時は性能以上の能力はない。だから出来るだけペアの羽佐間と違う訓練はさせないつもりでいる。

 

「ならそれでもいい」

 

 とはいえ今は少しでも強くなりたい一騎の気持ちもわからなくはない。僕の左目の代わりになろうと一騎も必死だから。

 

 一騎にトレーニングメニューと武装関連の仕様書を渡した僕は羽佐間の見舞に向かった。

 

「ごめんなさい皆城くん。私の所為で迷惑かけて」

 

 羽佐間の第一声は謝罪だった。

 

「いや。僕の方こそ疲労蓄積に対する計算が甘かった。羽佐間が気にすることじゃない」

 

 あまりに元気すぎて羽佐間の元々病弱で体力面が不安である事をもう少し計算に入れておかなかった僕の失態だ。

 

「無理をする必要はない。今無理をして戦いたい時に戦えなくなる後悔はしたくないだろう」

 

「うん。ありがとう、皆城くん」

 

 少し気弱だが、羽佐間が思ったよりも元気そうで良かった。

 

「でも良かったの? 皆城くんだって忙しいのに私のお見舞いなんて」

 

「パイロットの健康管理もアルヴィス内では僕の仕事だ。健康が損なわれる要因は可能な限り排除する」

 

「私のお見舞いも皆城くんの仕事の内なの?」

 

「寂しさは病人の心理に悪影響なのは証明されている。一騎たちの訓練が終わるまでは僕が傍に居るだけだ」

 

「…、皆城くんって、不器用って言われない?」

 

「テクニカルな治療法を実践しているまでだ」

 

 皆城総士ほど不器用ではないと僕は自負している。今出来る仕事は片付けているし、一騎たちの訓練が終わるまでの時間は確保してきた。僕がここに居ることはなにも問題はない。

 

「総士は翔子と仲良くなりたいんだよ」

 

「ふぇ!? つ、乙姫ちゃん」

 

「気配を消して入ってくるな。乙姫」

 

「邪魔したら悪いかなぁって」

 

「なんのことだ?」

 

 僕の腰にしがみつきながら乙姫が羽佐間に声を掛けた。声が聞こえるまでまるで気配を感じなかった。さすがは島のコアか。乙姫が本気で隠れたら誰も見つけられないだろうな。

 

「ジークフリード・システムの搭乗者とパイロットの親交が深ければクロッシングも容易くなる。相互理解はそのまま僕たちの戦う力になる」

 

「皆城くんは私の事を知りたいの?」

 

「簡潔に言えばそうなる」

 

「素直じゃないな総士は」

 

「なんのことだ?」

 

 他意があるわけじゃない。ただ僕は羽佐間の事を知っていることしかしらない。遠見の様に友達というわけじゃない。だが死なせずに生かし、そしてこれから共に戦っていくのだから相互理解は必要なことだと思っただけだ。

 

「ふふ。皆城くんって、乙姫ちゃんの前だと形なしなんだね」

 

「総士ってね、みんなには隠してるけどとっても甘えん坊なんだよ」

 

「それはお前の方だろう乙姫」

 

「わたしは隠してないから良いんだもーん」

 

「なにが良いんだ…」

 

「うふふふ」

 

 結局僕と乙姫の会話を聞いて羽佐間が笑う事がほとんどだったが、少しでも羽佐間の寂しさが紛れたのならそれで良いとしよう。思わぬメンタル疲労は被ったが。

 

 笑いあえる平和。それを勝ち取る事が僕たちの戦いだった。ただその為に無理をする彼女を僕は見抜く事を出来なかった。後で悔いると書いて後悔と読む。僕がそれに気づいた時は、もう後悔すら通り過ぎた時だった。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…10

ファフナーのSSで序盤の山場ともあって筆が乗っとります


 

 翌日には羽佐間もまた元気になったが、様子を見てもう1日休ませる事にした。羽佐間は申し訳なさそうにしていたが、羽佐間と一騎の訓練を見ないで済む分僕も他の事に時間が使える為お互さまだ。

 

「ジークフリード・システム、起動。トルーパー並列起動問題なし。スレイプニール・システム接続。トルーパー各ステータス、オールグリーン」

 

 トルーパー・モデルのテスト起動に問題はない。イージス装備も理論値ではワームスフィアの直撃も防げる。手持ち武器がガンドレイクとピラムを装備させるくらいか。あとはトルーパーが使うには機体に負荷が掛かる。

 

 問題はどこまでトルーパーが通用するかは実戦で試してみないことにはわからない。それでも今まで以上に自由な手足を手に入れられたのは確かだ。

 

 トルーパーのテストを終えた僕は乙姫の部屋に向かった。寝泊まりも食事も大抵は僕と一緒だが、それでも一応乙姫個人の部屋は設けてある。僕が仕事をしている間は乙姫は部屋で待っているから仕事終わりに迎えに行く必要がある。

 

「乙姫。居るのか?」

 

「空いてるよ、総士」

 

 兄妹でも了承があるまでは入らない。乙姫はお構いなしに入ってくるがな。

 

「入るぞ」

 

 自動ドアが開き、乙姫の部屋は僕の部屋の間取りと同じだ。

 

 いつもならベッドで横になって暇を持て余している乙姫だが、今日は少し違っていた。

 

「お疲れ様、総士」

 

「あ、あぁ…」

 

「お、おじゃましています……」

 

 自分がこんなところにいて良いのかと表情を隠せない一人の少女が居た。

 

 立上 芹。乙姫にとっての初めての友達だ。いつの間に親交があったんだ?

 

「最近総士が朝から仕事ばっかりだから、ちょっとした反抗」

 

 てへっと舌を出して詫びれもなくそんな事を言う乙姫と身を縮こませる立上。いや別に僕は怒っているわけじゃないが、いくら乙姫でも軽率だ。

 

「あ、あの。乙姫ちゃんって、総士先輩の」

 

「妹だ。事情があってずっと地下暮らしだった」

 

 当たり障りのない事実を伝えつつ、どう乙姫と出逢ったのか訊いてみた。

 

 乙姫は朝の少ない時間で外出する様になったらしい。それは朝起きてから朝食の間の時間。僕が今まで朝乙姫のもとに赴いていた時間だ。いつでも会えるようになったし、トルーパー・モデルの仕上げの追い込みがあったから朝も仕事の時間に当てた僕への乙姫なりの反抗であるらしい。

 

 そして早朝、虫取に来ていて足を挫いた立上を乙姫が助けたのが交流の始まりらしい。

 

 僕はそれを聞いて安堵した。僕が乙姫を早く目覚めさせてしまった所為で立上と乙姫の友好関係に余計な事をしてしまったのではないかと危惧していたが、それは杞憂だったようだ。皆城総士にとっての一騎がそうである様に、乙姫にとって立上はとても大切な親友である事は変わりないらしい。

 

「こんな事を僕が頼むのもおかしいが。これからも乙姫と仲良くして欲しい」

 

「は、はい! それはもう!」

 

「まるで娘をお嫁さんに出すお父さんみたいだよ総士」

 

「つ、つばきちゃん!?」

 

「変なものの例えを言うな。立上が混乱しているだろう」

 

「テクニカルな例を上げたまでだよ総士」

 

 テクニカルの使い所が違うのだが、心境的には似たようなものなのか? 立上なら問題ないだろうが、僕の所為で目覚めが早まった影響か乙姫は誰にでも分け隔てなく接して、さらにからかうこともする。まるで普通の女の子の様に。それを微笑ましく思う僕も僕で過保護が過ぎるのだろうか。それを話せばまた蔵前に溜め息を吐かれそうだ。

 

 そんなこともありつつ少しの平和は終わり一気にアルヴィスでは緊張感が高まっていた。

 

 もし未来が変わらないのなら新国連の艦隊と島にフェストゥムの同時侵攻が起こる。マークエルフは新国連の艦隊救援に向かわせなければならない。その間、ノルンとトルーパーで島を守りきらなければならない。

 

「大丈夫だよ、総士」

 

「乙姫?」

 

「戦っているのはあなただけじゃないよ」

 

 CDCで新国連艦隊の動向を見守る僕の手を握り、言葉を掛けてくれる乙姫。乙姫もまた島を守る為に戦うひとりだ。それに僕たちだけが戦うわけじゃない。島の大人たちも戦っている。だが僕は今回ばかりはきっとどんな言葉を掛けられても安心できない。ある意味この時が未来への最初の分岐点だ。しかしなにがあっても羽佐間は犠牲にさせない。その為のトルーパー・モデルだ。

 

「新国連艦隊、アルヴィス後方300Kmでフェストゥムと交戦中!」

 

 とうとう来た。この時が。

 

「……行ってくる」

 

「無理しないでね? 総士」

 

「ああ」

 

 乙姫に見送られて僕はジークフリード・システムに入る。マークエルフはリンドブルム装備で新国連艦隊の救援に出撃する事になった。

 

「良いな一騎。今回の目的は新国連の艦隊を救助に向かう。相手はスフィンクス型1体だ。お前なら出来る」

 

『人が襲われているのか!?』

 

「ああ。彼らにフェストゥムに抗う力はない。だから僕たちが救助に向かうんだ」

 

『わかった!』

 

 クロッシングを通して一騎のやる気が伝わってくるが、新国連の恐さを知らない一騎に僕はそれ以上の言葉を持たなかった。新国連について話す暇を設けなかった僕が悪いのだが、言葉で伝えるのは限界がある。今はまだ。

 

「リンドブルム発進後、操縦は自分で出来るな?」

 

『大丈夫だ。総士みたいには出来ないけど、訓練は一通りしたし』

 

「なら操縦系はお前に預ける」

 

 この日の為にそう訓練はさせてきた。リンドブルムとマークゼクスでの連携も戦術を広げられる。それはマークドライとマークジーベンが実証済みだ。

 

「スレイプニール・システム接続。トルーパー・モデル起動!」

 

 トルーパー・モデルが慶樹島の地表に現れる。たった2機だが戦車とは比べ物にならない程に頼もしい僕の新たな駒だ。

 

『マークエルフ、新国連輸送艦隊救援に到着。迎撃行動開始します!』

 

 弓子先生の声が通信越しに聞こえる。そろそろ次のフェストゥムが島にやって来る頃合いだ。

 

 マークエルフの留守を狙っても此方にはまだ手札は残っているぞ、フェストゥム!

 

『更にソロモンの応答!?』

 

『出現位置は何処だ!』

 

『竜宮島直上1万メートル、急降下して来ます!』

 

『第二ヴェルシールドまで直ちに展開!!』

 

 近藤先生と真壁司令の焦った声が聞こえる。

 

 スフィンクスC型種。宇宙での行動のため、硬い外殻と巨体を持つスフィンクス型の異種だ。その戦闘能力は高い。今の島のファフナーでは苦戦は免れない相手だ。

 

『敵、第二ヴェルシールド到達! 突破まであと2秒…、敵、シールド突破! 質量計算間に合いません!』

 

『総員衝撃に備えろ!!』

 

 スフィンクスC型種の竜宮島直接侵攻。そして本島への墜落。物凄い衝撃を覚悟し、身構えた僕だったが、衝突の衝撃とは全く異なるものが僕を襲った。

 

「ぐぅっっ、かはっ!!」

 

 揺れと同時に走った、胸の辺りを鉄球かなにかがぶつかったような衝撃と痛み。

 

 慌ててマークエルフのステータスを確認したが異常はない。なら今の痛みはなんだ?

 

『目標、本島中央ブロックに降下!』

 

『被害状況確認! フェストゥムは!?』

 

 ジークフリード・システム内のウィンドウのひとつにスフィンクスC型種の姿が映る。

 

「トルーパーで迎撃、展開します! 一騎!」

 

『竜宮島に敵!?』

 

 口で伝えるよりも先に一騎に思考が伝わる。こういうときクロッシングは楽でいい。

 

「島は僕が何とかする。お前は目の前の敵に集中しろ!」

 

『わかった。……大丈夫なのか? 総士』

 

「お前が帰るまでは意地でも保たせるが、あまり悠長にはいかないぞ」

 

『なら、早く片付けて直ぐに帰る!』

 

 一騎から意識を戻して2機のトルーパーに集中する。既にノルンが防衛展開中だが、ノルンのレーザーはスフィンクスC型種には届いていない。フェストゥムの高次元障壁の前に弾かれてしまっている。

 

『総士!』

 

「乙姫!?」

 

 頭の中に乙姫の声が聞こえる。ミールを通してシステムとクロッシングしたのか?

 

『ダメ。ノルンじゃ抑えきれない』

 

「トルーパーを向かわせる。少しでもヤツを足止めする! っ、ぐぅぅっ」

 

 トルーパーを慶樹島から竜宮島に向かわせるが、その間も胸の辺りを抉るような痛みが絶えない。システムの中で痛みを感じる要因はファフナーが攻撃される以外にないはずなのに何故こうも痛みが襲ってくる。

 

「っ、ぐっ、まさか…っ、ぅっ」

 

 痛みを感じる度に僕はスフィンクスC型種が島を攻撃しているのを目にした。島の痛みが僕にも伝わっているのか? 島を攻撃させられる度に乙姫もこんな痛みを感じていたというのか。

 

「っっ、させるかああああ!!!!」

 

 そんな現実を認めた時、左目がかつてない痛みを放つが無視だ。

 

 トルーパーのイージス装備を起動させ、スフィンクスC型種に体当たりをさせる。たった2機では質量差で推し負けて弾かれてしまう。

 

「これ以上島をやらせてたまるか!!」

 

 スフィンクスC型種と島の間にトルーパーを滑り込ませイージス装備を全開でワームスフィアを防ぐ。

 

 ワームスフィアを防ぎきり、ガンドレイクを構えてスフィンクスC型種に突き刺すが、刃を展開する前に小柄なトルーパーは振り払われてしまう。

 

「クソッ」

 

 突き刺さったガンドレイクを同化し、スフィンクスC型種は腕を剣に変えて次のワームスフィアに備えて待機させていたトルーパーを凪ぎ払った。ダメージ甚大、戦闘不能か。

 

 ノルンがフォーメーションを組み、スフィンクスC型種を閉じ込めるが時間稼ぎが関の山だ。コアを破壊するにはやはりファフナーでなければ無理だ。

 

「一騎、早く戻ってきてくれ」

 

 現有戦力での最大限での遅延戦闘を模索するが今の島の装備ではそれほど長い時間足止めは出来ない。せめて一機でも出せるファフナーがあれば――。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 竜宮島に直接フェストゥムに上陸されたのを知って私は直ぐにブルクに向かった。

 

 先輩たちが命をかけて守った島をこれ以上好きにはさせたくなかった。自分でもわかっている。大した戦力にもならないし、もうファフナーをまともに動かせなくなって来ていることだって自分が一番知っている。でもね、だからって大人しく戦いを辞めることなんて出来ない。だって先輩たちは戦いたくなくたって戦わなければならなかったんだから。ファフナーに乗れなくなるまでは乗る。あの時先輩たちを助けられなかった私にはもうそうするしかないから。

 

「翔子ちゃん?」

 

「蔵前さん……」

 

 更衣室に入ると服を脱いでいる翔子ちゃんと出会した。何故翔子ちゃんがここに居るの?

 

「翔子ちゃん、なにをする気なの?」

 

 問い掛けても答えはわかっている。この更衣室に居る意味はそういう事だ。

 

「私も、あいつと戦うわ」

 

「まだ訓練だって途中でしょ」

 

「でも、一騎くんと約束したんだもの。島を守るって」

 

 私は翔子ちゃんの意思の固い目を見て説得を早々に諦めた。時折皆城くんも見せる目と同じだった。こういう目をした人は何を言っても自分の意思を曲げないんだもの。

 

「わかったわ。でも無茶はダメよ。皆城くんを悲しませる事をしたら私は翔子ちゃんを赦さないから」

 

「皆城くんが? どうして…」

 

「仲間がいなくなることが大嫌いなのよ。皆城くんって」

 

 将陵先輩が遺したメッセージを聞きながら、声を漏らすことはなくても大粒の涙を流していた皆城くんの表情は今でも忘れられない。自分をとても責めているかの様な表情で先輩たちに謝りながら涙を流していた皆城くんはきっと私たちの誰かがいなくなったら同じように自分を責めるんだろう。そんな涙を皆城くんには流させたくない。だから私たちの誰一人いなくなることはしちゃいけない。

 

「だから約束して。絶対生きて帰るの」

 

「……うん」

 

 翔子ちゃんが力強く頷くのを見て私たちは急いでシナジェティック・スーツに着替えてブルクに上がった。翔子ちゃんが羽佐間先生と何か話していたけど、仕方ないよね、身体の弱い翔子ちゃんを戦わせたくないのは私だって思う。でも翔子ちゃんはそれでも戦う意思を変えない。だって好きな人の為に戦う気持ちが私にもわかるから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「コックピット・ブロック搬入? マークツヴァイとマークゼクスだと?」

 

 残ったトルーパーを操りながらノルンと連携してスフィンクスC型種を封じ込めるが、ノルンは次々に撃墜され。新品だったトルーパーも機体の至るところがガタガタになっていた。そんな中でシステムにコックピットブロックがファフナーに送還されているとウィンドウが表示する。

 

『お願い皆城くん! 翔子を止めて!!』

 

 やはりマークゼクスには羽佐間が乗っているのか。無理もない。島を守りたい気持ちは彼女だって持っているのだ。

 

「島を守るのが僕たちの任務です。本人に戦う意思があるのなら、僕に止める権利はありません」

 

『でも翔子は――』

 

 羽佐間先生からの通信を切り、マークゼクスの羽佐間とクロッシングし、意識を向ける。

 

「出撃だ羽佐間。準備は良いな?」

 

『うん。ありがとう、皆城くん』

 

 羽佐間から伝わってくるのは固い決意。島を守り、生き残る事を強く思っている。

 

「蔵前」

 

『なに? 皆城くん。言っとくけど私は降りないから』

 

「いや、むしろ頼る事になる。無理に倒す必要はない。一騎が戻るまで持ち堪えてくれ」

 

『真壁くん、真壁くん。皆城くんはいつもそう』

 

 蔵前から感じるのは羽佐間と同じく決意だ。島を守り、生き残る事を強く思っている。それに足して怒りと嫉妬も感じる。

 

『私だって、ファフナーのパイロットなのよ? 別に真壁くんが帰って来る前に倒しちゃっても良いんでしょ?』

 

『…良いんだよね? 皆城くん』

 

 何故竜宮島のファフナー女子はこうも女子力をかなぐり捨てて漢らしく勇ましさを身に付けるのだろうか。

 

 ただそんな二人の言葉が頼もしいのも事実だ。

 

「良いだろう。だが作戦行動は僕に従ってもらう。勝手な行動を取った時はコックピットから叩き出すからな!」

 

『『了解!』』

 

 マークツヴァイとマークゼクスが門を抜けて戦場に躍り出る。漆黒の体躯で地を踏み締めるマークツヴァイ、白亜の翼を広げ飛び立つマークゼクス。

 

 ふたりの仲間に島を託す。運命を乗り越えることは自分だけでは出来ないと言われた様な気がした。仲間がいなくなることが嫌で、でも仲間を頼らないと島を守れない。この時ほど僕は己の無力さを呪わずにはいられなかった。そして僕も覚悟を決めた。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…11

今回の展開は色々と悩みました。あとなんか果林ちゃんのヒロイン度が勝手に爆上げして大丈夫かと思いつつとりあえず収まったから良いかなって。ちなみに総士()のヒロイン候補は複数いたりしますが、まぁまともな恋愛模様にはなりませんね。だって総士でなくとも総士だもん。


 

 スフィンクスC型種と対峙する黒と白のファフナー。その姿に存在と無の存在を幻視したのは僕の気のせいだろうか。

 

 いや、気のせいではないのだろう。今この瞬間、確かにこの二人が島を守る英雄であり救世主といえるだろう。

 

「蔵前。僕は羽佐間のフォローに回る。フォワードは君だ」

 

『私の事は気にしないで。翔子ちゃんをしっかりエスコートしてあげて』

 

 ファフナーに乗って2度目の実戦だからだろうか。蔵前の心はとても落ち着いていた。変性意識で蔵前も攻撃的になるはずなのだが、何か心境に変化があったのか?

 

「羽佐間。君は実機の搭乗も実戦も初めてだ。今回は蔵前のフォローに回ればいい」

 

『うん。でも、一騎くんも同じだったんでしょ? なら私もやってみる』

 

 羽佐間の適性なら一騎の様に動けるが、その役目は羽佐間の役目じゃない。

 

「マークツヴァイ、フォワードレディ!」

 

『っ、はあああああ!!』

 

 マークツヴァイの武装はロングソード。伸縮式の刀身にプラズマ刃が出力する非実体剣だ。だがさすがはスフィンクスC型種という所か。被同化状態でも個体防壁が強力だ。マークツヴァイの刃が通らない。

 

「僕のイメージをトレースするんだ」

 

『やってみる!』

 

 しっかりした戦闘訓練までは終えていない羽佐間だが、確かに何も知らずに初陣だった一騎よりはマシだとはいえどう戦えば良いかは此方で指示する必要がある。本人の闘争本能に任せたら未来の二の舞だ。

 

 マークゼクスにはレールガンを装備させた。アマテラスの様なトリッキーな動きをさせるよりも堅実さを求めての判断だ。そしてレールガンを装備させた空戦型ファフナーなら彼女の身近に居る親友がその戦い方のモデルをしてくれている。

 

『これは……真矢?』

 

 スフィンクスC型種へ向けて電磁加速された弾丸を放つマークゼクス。高次元障壁を突破し、弾丸は直撃したがコアへのダメージには至っていない。

 

「不味い、離れろマークツヴァイ!」

 

 スフィンクスC型種の背中が光る。空間歪相を把握している僕だから見抜けるフェストゥムの攻撃地点。しかしいくらクロッシングをしていてもわずかばかりのタイムラグは生まれてしまう。そして僕の言葉に反応して機体を動かす反射神経でも一瞬の時間はどうしても掛かる。

 

『ぐぅぅっ』

 

「っ、ペインブロック作動、左腕切断」

 

 スフィンクスC型種のワームスフィアを左腕を犠牲にやり過ごすマークツヴァイ。一旦離れたものの、再びロングソードをスフィンクスC型種に向けて突き刺す。

 

「マークゼクス、フォロー!」

 

『了解っ』

 

 マインブレードを抜き、スフィンクスC型種に吶喊するマークゼクス。レールガンではなく敢えてマインブレードでの攻撃をさせたのは高次元障壁を破る為だ。マークゼクスも被同化状態になれば2機で1体の個体防壁を突破することができる。

 

「互いに波長を合わせろ、一点突破だ!」

 

『はあああああ!!』

 

『っ、あああああ!!』

 

 先にスフィンクスC型種の高次元障壁を突破したのはマークゼクスだった。マークゼクスの握るマインブレードがスフィンクスC型種の背中に突き刺さる。

 

「今だ。撃て、羽佐間!!」

 

『当たれえええっ』

 

 マインブレードを突き刺した瞬間、機体を離脱させてレールガンを構える。マインブレードは刃が爆弾になっている武器だ。カッターナイフの様に横に力を入れると簡単に折れ、中の予備の刃に切り替わるノートゥング・モデルの標準装備のひとつだ。

 

 そんな爆弾の塊をレールガンで撃ち抜けば爆発するのは当然の事。コアを破壊するには充分な爆発を起こす刃が予備を含めてそこにある。スフィンクスC型種の巨体をよろめかす程度の爆発は生まれたが、背中側からではまだコアへのダメージにはならない。

 

 そしてロングソードを突き刺せたマークツヴァイもマインブレードをスフィンクスC型種の人型の胸に突き刺せた。

 

 刃が折れ、爆発を起こす。

 

「敵のコアを確認した! 蔵前っ」

 

 今一番敵のコアに近いのはマークツヴァイだ。そのままトドメを任せようとした時だった。

 

 振り上げた黒い腕と交差する金色の腕。

 

 蒼い刀身の切っ先が届く前、金色の剣が胸を刺し貫いた。

 

「かはっっ」

 

 心臓を刺し貫かれる様な痛みに呻きが漏れる。マークツヴァイ、コア・ブロックに被害、パイロットバイタルに異常、戦闘不能。

 

「っぐ、羽佐間ァっ!!」

 

『蔵前さんを放して!!』

 

 痛みで意識がブラックアウトしそうなのを気合いで耐え、羽佐間とより深くクロッシングで敵への対処を送る。

 

 レージングカッターで剣に変化していない腕の部分を縛り上げ、ワイヤーの締め付けで切断する。

 

 スフィンクスC型種がワームスフィアで攻撃して来るが、僕が攻撃の来る位置を瞬時に特定し、深層意識レベルでクロッシングしている羽佐間にほぼノータイムで伝達。完璧な調整を施したマークゼクスはその機動力を遺憾無く発揮し、ワームスフィアを難なく回避しながらレールガンで反撃さえしてみせている。

 

 しかしいくら羽佐間でも初めての実戦だ。そして確かに動きは僕のイメージする遠見のマークジーベンの様にキレがあるが、射撃に関してはそう簡単にはいかない。高機動戦闘での射撃は高い技量を要求される。攻撃を当てている時点で羽佐間の才能の高さを伺えるが、やはり遠見の様に精密射撃は難しい。敵のコアは見えているのに当たらない。高次元障壁の所為もあって着弾点もズレているらしい。ファフナー2機でようやく破れたスフィンクスC型種の防壁。もう一度破るには一騎が戻って来なければ無理だ。だが一騎も慣れない防衛戦で梃子摺っている。新国連の輸送艦隊に被害がいかないように戦っているため自由な戦闘行動が取れないでいる苛立ちが伝わってくる。

 

『はぁ…はぁ…はぁ……』

 

 それに羽佐間にも疲れが出始めている。訓練の時とは比べ物にならない身体的な負担が、虚弱な羽佐間の身体を痛めつけている。

 

「乙姫」

 

『総士?』

 

「頼みたいことがある」

 

 僕はクロッシングで繋がり続けている乙姫に声を掛ける。乙姫にしか頼めない。妹に頼りきりで兄としての面目丸潰れだが。面目を潰して仲間が守れるのなら僕は仲間を守る事に迷いはしない。ジークフリード・システム内の全パイロットの生命を守る事が僕の戦いなのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「うっ、……私」

 

 戦闘は……終わったのかな。周りは真っ暗でなにもわからない。機体のダメージが大きすぎてシステムが落ちてるのかな。

 

 やっぱり私はいてもいなくてもなにも変わらない。フェストゥムにトドメを刺す事さえ出来なかった。

 

「悔しい。もっと力があれば島を守れるのに」

 

 先輩たちの分も島を守るって決めたのに。なのに私の力は全然役に立たない。ファフナーに乗っているのに皆城くんの役にも立てない。

 

 将陵先輩のメッセージを聞いた時。俯いて顔は見せなかったけど膝の上に大粒の涙を溢していた皆城くん。それが初めて見た皆城くんの涙だった。私のように悲しくて泣いているのとはまた違う。自分を責めて赦しを請う様な、そんな声で先輩たちに謝りながら泣いていた。

 

 島を守るためになにもかもひとりで背負っていても決して見た事のない弱い皆城くんは触れたら呆気なく砕け散ってしまいそうな程に弱く見えた。

 

 私の方が少しお姉さんだから少しでも皆城くんの代わりに戦おうと思った。先輩たちの分も戦おうと思った。

 

 でももう私には無理なんだ。私がファフナーに乗って戦っても無意味なんだ。こんな敵に負け続けるパイロットなんて、皆城くんだって要らないよね。

 

『総士はそう思ってないと思うぞ、蔵前』

 

「将陵先輩……」

 

 いなくなったはずの将陵先輩が居る。まだ私は夢の中なのかな。

 

『あいつ不器用だからさ。でも不器用なりに蔵前の事を大切に思ってるよ。だから別に蔵前が要らない存在なんて事はない』

 

「そうなんですかね。なにも役に立てない私なのに」

 

『総士が言ってたろ? そこにいることが大事だって。だから蔵前、もう少しだけ頑張ってみないか?』

 

「もう少しだけ、ですか?」

 

 将陵先輩にそう言われたら、少しだけ、もう少しだけは頑張ってみようと思った。

 

「わかりました。もう少しだけ、頑張ってみます」

 

『おう、頑張れ。そうしたら俺たちが助けにいくから』

 

 真っ暗な闇を照らすように光が溢れてくる。もっと将陵先輩と話したいのに将陵先輩は遠くなるだけで私の手は届かない。

 

『頑張れよ、蔵前』

 

「先輩!!……っは!?」

 

 先輩に伸ばした手は届かなかった。ニーベルングから抜けた手が宙を掴む。

 

「っ、戦いは!?」

 

 ニーベルング・システムに接続。ファフナーを再起動させる。

 

「ぐっっ、あがああああっ」

 

 胸を切り裂く様な激しい痛みに生理的な悲鳴が上がる。思い出した。私はフェストゥムに胸を貫かれたんだ。

 

「ぐぅぅっ」

 

 そして胸から生えてくる結晶。これが同化現象。胸の中から石の杭が生えてくる様な痛みを感じるのに、少しずつ痛みが引いていく。

 

「っ、マークツヴァイは渡さないっ。これは私の力だから!」

 

 胸に刺さるフェストゥムの一部が機体を侵食している。機体を乗っ取られる前に対処しなければならない。

 

「うっ、あうっ、ぐあっっ」

 

 胸に刺さる剣を右手で掴む。胸が痛い。痛みだけで死んでしまいそうになる。それでも――!

 

「皆城くんに比べたらっ」

 

 パイロット全員の痛みを背負う皆城くんに比べたら私は自分の痛みを我慢すれば良いだけだ。

 

「うっ、おおおあああああっっっ」

 

 水銀の蒼い血を噴きながら胸から黄金の剣を抜き、投げ捨てれば、美しい剣はただの土になった。

 

「はぁ…はぁ…っ、はぁ…、ま、マークゼクスは?」

 

 一緒に戦っていた仲間。好きな人の為に島を守ろうと戦う健気な女の子の姿を探した。

 

 よろよろと飛ぶマークゼクスに向かって、フェストゥムが腕を槍の様に尖らせて突き刺そうとしていた。

 

「させない!」

 

 レージングカッターでフェストゥムの腕を巻き取り、攻撃の矛先を逸らす。マークゼクスが膝を着いて着地する。四つん這いで肩で息をする様に動くマークゼクス。思考操縦・体感操縦式のファフナーだから表れる挙動。それほど翔子ちゃんは辛くても戦っていたんだ。

 

 フェストゥムの背中が光る。ファフナーを動かそうにもダメージの所為が上手く動いてくれない。

 

「……ごめん、皆城くん」

 

 レージングカッターのワイヤーを巻き上げ、引き摺られる機体をなんとか立たせてフェストゥムにしがみ付く。

 

 フェストゥムの背中が一際輝く。黒い光がマークツヴァイを包み込む。

 

「きゃあああああ!!」

 

 全身が焼かれて捩じ切れる様な痛みが襲う。それでもフェストゥムを離さない。これが私の意地だから。

 

「せん、ぱい…、わた、し…がんばれ、た…かな……?」

 

『コード認証。フェンリル起動』

 

 これならわたしでもてきをたおせる。

 

『蔵前!!』

 

 地を割って現れる巨体がフェストゥムを突き飛ばした。

 

 地面を踏み締めて着地するワインレッドの機体。

 

「将陵……先輩…」

 

 その機体は失われたはずだった。島を守るために散った巨人。ファフナー・ティターンモデル。

 

『済まない。遅くなった…』

 

「ファフナーに乗ったの…? 皆城くん」

 

 クロッシングで皆城くんの存在を感じた。ただそれだけで頭の中から死の恐怖が消えていく。

 

 フェンリルのシステムがロックされる。

 

 ファフナーに乗れないはずの皆城くんがファフナーに乗って助けに来てくれた。ティターンモデルに乗って。

 

 どれだけ無茶をしているんだろう。システムとファフナーの二重負荷で確実に身体は同化現象に襲われるのに。あとでお説教しなきゃ…。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ノートゥング・モデルよりも高い視点。ティターンモデルの感覚を僕は問題なく受け入れていた。

 

 システムとファフナーの二重負荷で戦闘制限時間は10分に設定してある。ティターンモデルは機体間のジークフリード・システムによるクロッシングでフェストゥムの読心能力を防いでいた。

 

『大丈夫? 総士』

 

「…あぁ。僕は大丈夫だ」

 

 僕よりも我が儘に付き合わせてしまった乙姫の方が心配だ。

 

 そして蔵前にも無理をさせ過ぎた。フェンリルでの自爆攻撃など僕の目の黒い内は決してさせない。

 

 崩れ落ちるマークツヴァイ。機体はボロボロだ。修理にも時間が掛かるだろう。

 

「まだ動けるか? 羽佐間」

 

『はぁ…、はぁ…、う、うん。まだ、やれるからっ』

 

 肩で息をしながら立ち上がるマークゼクス。羽佐間も無理をさせられないが、たった一撃を入れる隙を作ってくれるだけでいい。

 

 空に飛び上がるマークゼクスはレールガンを構えた。同時に僕も駆け出す。

 

『真矢みたいに……当てる!』

 

 電磁加速された弾丸は塞がり始めていたスフィンクスC型種の胸の傷口を覆う外殻を破壊した。

 

 その傷口向かって、僕は手を突き入れた。

 

「感じるか…痛いか……お前たちにこの痛みが理解出来るか!」

 

 左目の激しい痛み。右手のニーベルングを包む結晶。傷口に突き入れたティターンモデルの右手も結晶に包まれていく。

 

 コアを掴む右手に力を込めれば藻掻く様にスフィンクスC型種は暴れるが、残った左手で抑え込む。ティターンモデルの巨体だからこそ出来る事だ。

 

「貰うぞ、お前の心臓(そんざい)を!!」

 

 スフィンクスC型種の胸の中から腕を引き抜く。引き抜かれたティターンモデルの右手にはフェストゥムの存在であるコアが握られていた。

 

 藻掻き苦しむ様に足掻くスフィンクスC型種だったが、存在であるコアが身体から離れた事で黄金の身体は黒ずみ土に還った。

 

 右手にあるフェストゥムのコア。無機質な手触りだが温かさを感じる。結晶が腕を覆う。存在を得る為にティターンモデルを同化する気だ。

 

 変わらない。命を得たいから他者を取り込む。人間と同じだ。

 

 右手を包む結晶が大きくなる。結晶に包まれたコアが砕け散り、右手を覆っていた結晶も砕けた。

 

『総士! …総士!!』

 

「ん……、あぁ…、大丈夫だ」

 

 乙姫の声で我に返る。少し呆けていたらしい。

 

「僕はここにいる」

 

 たとえ奪われようとしても奪うまでだ。奪い続けなければ僕はここにいられない。

 

 見上げた空は何処までも続く水平線に消えていく。漂う雲と相まって美しい空だった。

 

「綺麗な空だな…」

 

 誰に向けてでもなく僕は呟いた。この思いを理解出来る存在へ届けと。

 

 それが最初の分岐だった。未来を変えられた事に安堵した。だからこそ忘れてはならなかった。本来、未来とは不明確であることを。その事を忘れた時、世界は容赦なく代償を支払わせるものであることを。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…12

最序盤の山場を抜けた所為か書き上げるのに若干苦労した。ちなみに果林ちゃんがいなくなるかならないかはえんぴつをコロコロして決めたなんて言えないくらい悩んだ。


 

 スフィンクスC型種の消滅が確認されたあと、僕は速やかにティターンモデルを帰投させた。必要以上に新国連に島の情報を与えることもないだろう。

 

 一騎も無事に帰ってきた。ひとりで戦わせてしまって申し訳なく思いつつも、一騎なら戦えると思っていたから任せた。いや、これは僕の甘えだな。一騎なら出来ると押し付けてしまっている。気をつけよう。

 

 ティターンモデルから降りると予想していた通り、有無を言わせぬ蔵前に手を引かれてメディカルルームに放り込まれた。

 

 一番最初に検査を受けるべきは蔵前や羽佐間であるはずなのだが、一番最初に検査を受けるべきなのは僕だと言われてしまい検査を受けることになった。

 

「前回の検査と比べて明らかに染色体への変化が見られるわ。……皆城くん。出来ることならもうティターンモデルには」

 

「ティターンモデルの負荷については承知しています。ただあの状況ではああする事が一番効果的だと判断しました」

 

 遠見先生の心配も尤もだが、蔵前と羽佐間の二人掛かりでも苦戦したスフィンクスC型種。

 

 虎の子のトルーパーですらどうにもできないなら、切り札たるファフナーを出すだけだ。その為に僕はティターンモデルを再建した。ノートゥング・モデルでは変性意識の影響で戦えないのなら、変性意識を使わないティターンモデルが唯一僕の乗れるファフナーだ。

 

 ティターンモデルはシナジェティック・コードを形成する為に攻撃的にはなるが、変性意識がない為、戦闘時で性格が変わる事はない。その状態で敵の読心能力を防ぐには他のジークフリード・システムとのクロッシングで思考を共有しフェストゥムに読まれない様にしていた。第一次蒼穹作戦、第二次蒼穹作戦、またシステムの恩恵を受けられない遠征組みのファフナーもそうして各パイロット間のクロッシングを行う事でフェストゥムの読心能力を防いでいた。今回はその役割を乙姫に代行してもらった。

 

「総士!」

 

「皆城くん…」

 

「一騎、羽佐間…?」

 

 検査を終えて検査室から出ると一騎と羽佐間、そして羽佐間先生が待ち合い用の椅子に座っていた。いや僕が一番最初に検査を受けたのだから検査の結果待ちか。

 

 検査室に入る羽佐間親子。羽佐間先生に頭を下げて見送ると、一騎が声を掛けてきた。

 

「ファフナーに乗って、戦ったって聞いた」

 

「ああ。今回は非常時だったからな」

 

 マークニヒトに乗っているよりはマシではあっても、今の竜宮島の同化現象に対する治療技術ではティターンモデルに乗り続けると数ヵ月が限度なのは変わりない。だがそれでも保険にはなる。

 

 一騎の目は不安に揺れていた。一騎は僕がファフナーに乗れないのは左目の傷の所為だと思っている。

 

「大丈夫なのか?」

 

「ああ。問題はない」

 

 僕が無理してファフナーに乗ったと思っているのだろう。だから大丈夫だと一騎には言っておく。でなければ心配して気が気でないだろう。

 

「……俺が、もっと早く敵を倒せれば」

 

「島と違って周りの被害も考えながらの戦闘だ。慣れないシチュエーションで良く戦ってくれた」

 

「別に、俺は……」

 

 今の一騎の悪い所は僕が言った事は自分が出来て当然と思っている事だ。日常的に自己否定している一騎は承認要求がない。ないわけではないが、それでも自分の存在をいなくなって当然だと思っている。それをどうにかしたいが、今の僕にはどうすることも出来ない。平和な竜宮島の事しか知らない今の一騎には。

 

「大勢の人命を守った。それで良いじゃないか。それともお前は僕が命令すれば彼等を見捨てて島に戻って来れたか?」

 

「そっ、それは……」

 

 僕の問いに一騎は顔を背けた。つまりそれは僕の命令よりも人命を優先したいという思いがあるということだ。それを見て僕は安心した。その思いはとても大切なことだ。

 

「一騎くん。次、一騎くんの番だって」

 

「あ、あぁ。じゃあ総士。またあとで」

 

「ああ」

 

 羽佐間と入れ違いで検査室に入る一騎を見送った。

 

「それじゃあ母さんまだ仕事があるから、医務室でちゃんと休ませて貰いなさい」

 

「うん。でも大丈夫。もう元気一杯だから」

 

 心配する羽佐間先生を他所に、羽佐間の顔色は良く元気なのをアピールする様に小さくガッツポーズまでしていた。とはいえ初の実戦で疲れは溜まっているはずだ。

 

「元気なのも良いが、大事をとって直ぐに休むべきだ」

 

「皆城くん…」

 

「皆城くんのいう通りよ翔子。…皆城くん、翔子を頼めるかしら?」

 

 羽佐間先生も出来れば一騎に頼みたいところだろうが、少しでも休ませるには一騎よりも僕に頼むほうが早い。娘を止めてという言葉を無視した僕にあとを頼む。母親とは強かだな。

 

「わかりました」

 

「いってらっしゃい。お母さん」

 

「ええ。行ってくるわ、翔子」

 

 羽佐間先生を見送り、僕は羽佐間に視線を向けた。母親が安心して仕事に向かうのを見送ると辛そうな表情を浮かべ始めた。

 

「少し休んでから行こう。一騎が出てくるまで待っても良い」

 

「……うん。ありがとう、皆城くん」

 

 羽佐間に肩を貸し、待ち合い用の椅子に座らせる。我慢強いのも良いが、ああいう時は素直に母親に甘えても良いと思うのだが。心配かけたくないという思いが強いのだろう。

 

「ねぇ、皆城くん」

 

「なんだ?」

 

「私、頑張るから」

 

 強い決意を感じる眼差し。普段の気弱な彼女とは違う強気さに気圧されてしまう。

 

「真矢みたいに戦うのはまだ難しいけど、頑張って一騎くんと一緒に島を守るから」

 

「羽佐間…」

 

 遠見の戦い方を確かに僕は羽佐間に見せた。だが見せたのはマークジーベンの戦い方で、マークジーベンのパイロットが遠見だと伝えた覚えはない。遠見は弓子先生のデータ改竄で今はCDC勤務でオペレーター見習いをしている。ファフナーの訓練もしていない為、遠見がマークジーベンに乗ることは僕くらいしか知らないことだ。

 

「私を助けてくれて、ありがとう。皆城くんのお陰で、私はここにいるよ」

 

「……あぁ。これからもよろしく頼む」

 

「うん」

 

 どちらともなく僕たちは手を差し出し合い、固い握手を交わした。儚げな少女の手は見た目以上に細く、力を入れてしまえば折れてしまいそうだった。そんな手にも武器を持たせて島を守って貰わなければならない。

 

「皆城くん…?」

 

「いや。もう少し栄養を取ったほうが良いかもしれないな」

 

「あまり動かないから太っちゃうよ」

 

「テクニカルな助言をしたまでだ」

 

 その点も含めて羽佐間先生は栄養接種に気をつけているのだろう。ミールが命を学べば、羽佐間の病も癒してくれるのだろうか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「明日の訓練は休みにしておく。ゆっくり休め」

 

「また明日な、翔子」

 

「一騎くんも皆城くんも、ありがとう」

 

 部屋を出ていく一騎くんと皆城くん。真矢と春日井くんも来てくれたみたいだけど、皆城くんが追い返してしまった。

 

 また明日もある。今夜はもう休ませてやれ――。

 

「明日……か…」

 

 明日。私の明日があるのは皆城くんのお陰。

 

 私は今日――いなくなるはずだった。  

 

 皆城くんとのクロッシングで、皆城くんの心を見た。いくつもの心が――たくさんの事を皆城くんは抱えていて、その中には私を死なせないために必死の皆城くん。私に戦い方を教えてくれる皆城くん。そして、島の未来の事を皆城くんは知っていた。

 

 将陵先輩が島に居ない理由も知った。皆城くんが乗っていた赤いファフナーに乗って、なにも知らない私たちの平和を守るために戦っていなくなったことを。

 

 皆城くんも、将陵先輩たちみたいにみんなの知らない所でひとりで戦っている。

 

「こんばんは、翔子」

 

「乙姫ちゃん」

 

 医務室の扉が開いて乙姫ちゃんが入ってきた。多分来るかもしれないと思ってた。

 

 乙姫ちゃんは私の横になっているベッドの横に来ると椅子に座った。私も身体を起こそうとするけど乙姫ちゃんに身体を押さえられて横にさせられてしまう。

 

「横になったままで良いよ。あ、総士には内緒だよ? 知られたら怒られちゃうから」

 

 イタズラを隠す様に悪い顔をしながら私の口に人差し指を置く乙姫ちゃんは私なんかより大人の女の子に見えた。そんな乙姫ちゃんに私は頷いた。

 

 一度ニコッと笑った乙姫ちゃんはまるで別人になったかの様に表情を変えた。

 

「総士の心に触れた感想はどう?」

 

「ど、どうって……」

 

 どう答えたら良いのだろうかと思っていると、乙姫ちゃんは言葉を続けた。

 

「あなたに未来を背負う覚悟はある?」

 

 普段見ている優しくて明るい乙姫ちゃんの見る影もなく、今の乙姫ちゃんはとても恐かった。

 

「私は……」

 

「あなたが未来を背負えないならそれでも構わない。余計な事は忘れてもらうだけだから」

 

 乙姫ちゃんの声も表情も全部本気なのが伝わってくる。未来を皆城くんは知っていて、それをすべてじゃないけど私も知った。だから乙姫ちゃんは私を試す為に来たのかもしれない。

 

「総士の痛みは他人が背負えきれるものじゃない。この痛みは一騎にだって背負えない。背負えるのはわたしと総士のふたりだけ」

 

「乙姫ちゃん……」

 

 とても悲し気に私に向かって言葉を紡ぐ乙姫ちゃんが全く恐くなくなった。かわいいと思った私はちょっとおかしいかな。

 

「乙姫ちゃんは皆城くんの事が大好きなんだね」

 

「当たり前よ。総士はわたしたちの為に戦ってくれてる。だからわたしたちも総士の為に出来ることをするだけ」

 

 乙姫ちゃんが少し羨ましい。誰かを好きな事を恥ずかしげもなく断言できるのはその人の事が好きだと胸を張れる証拠。私にはとても真似出来ない強さが乙姫ちゃんにはある。

 

「……乙姫ちゃんみたいには出来ないかもしれないけど、私も、この未来を背負おうと思う」

 

 忘れる事は簡単で、知らない方が苦しいことだってないと思う。でもそれで一騎くんの役に立てなくなるのはいやだった。私が戦える様になれば皆城くんの負担も減らせると思う。未来を守る為に私も戦いたい。そう思う。

 

「犠牲によって勝ち取る未来を、あなたは耐えられるの?」

 

「そうさせない為に皆城くんは戦っているんでしょ? なら私も戦う。一騎くんの帰る場所を守る為に」  

 

 私の願いは一騎くんの帰る場所を守ること。その為には私だけじゃ出来ない。皆城くんの力も必要だから、この未来を背負って皆城くんのお手伝いをしたい。私なんかがなんの役に立つかはわからないけど、強くなってきっと役に立つから、この未来(きおく)を奪われたくない。

 

「……いいわ。その覚悟を忘れない限り、わたしはあなたから記憶(みらい)を奪わない」

 

 目を閉じながら立ち上がる乙姫ちゃん。その顔は私からは見えない。

 

「あなたの未来はあなた自身のもの。未来を切り開く力はあなたにもある事を忘れないで、翔子」

 

 部屋を出ていく乙姫ちゃんの声はいつもの優しい乙姫ちゃんのものだった。……許して貰えたのかな?

 

「未来を切り開く力……」

 

 私にそんな力があるのだろうか。ううん、手に入れなくちゃ。一騎くんの為にも。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 新国連へのファフナーの引き渡しは中止になった。というより渡せるファフナーがないのも実情だ。

 

 マークツヴァイは大破。新品だったトルーパーも新造する方が早い有り様。最高戦力たる一騎のマークエルフは渡せない。同じ理由でマークゼクスも渡せない。戦闘のどさくさに紛れて偽装鏡面を展開した竜宮島を新国連は見つけられずに退くしかなかった。またフェストゥムに襲われたら次は終わりだとわかっているからだ。

 

 スフィンクスC型種を倒してから雨が続くが、島は平和だった。羽佐間が健在の為、皆の顔もいつも通りだ。

 

 いつも通り焦っている。焦りは良い結果を生まない。辛うじて甲洋が蔵前のシミュレーション結果を超え始めたくらいだがまだ実戦には出せない。

 

「ジークフリード・システム、起動!」

 

「ニーベルング接続。対数スパイラル形成、コア同期確認。ティターンモデル、起動!!」

 

 僕の直ぐ足元のシートに座り機体を起動する背中。癖っ毛の髪はいつも見ているものだ。

 

 同化現象に身体を一番蝕まれているのに尚も戦う彼女を止める術は僕にはない。

 

「ノートゥング・モデルより身体が大きい。これがティターンモデル…」

 

「大丈夫か? 蔵前」

 

 ティターンモデルを起動した蔵前の背中に僕は問う。なにか異常があれば接続を解除するつもりだが、今の所は見た目に異常はない。

 

「大丈夫よ皆城くん。先輩が着いてるから」

 

 ティターンモデルに乗れたからか、蔵前の声は生き生きしていた。

 

 敵は此方の都合を考えてはくれない。変わらずフェストゥムは島にやって来る。

 

「ナイトヘーレ、開門! ティターンモデル、発進!!」

 

 カタパルトレールに沿って地上に向けて上がっていくティターンモデル。

 

「トリプルドッグ、エンゲージ!」

 

 蒼と白のファフナーを従え僕らは行く。残された時間の使い方。なにも出来ない僕にその使い方を否定することは出来ない。それでも願わくば砕け散ることなく明日を迎えられる事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…13

今回は短めデス。


 

 最近寝起きが凄まじく苦しい時がある。ただの息苦しさというよりなにか重石が体の上に乗っているそんな感覚。

 

「んぐ……ぅっ…んぁ?」

 

「…すぅ……すぅ…」

 

 その理由はとてつもなく簡単なことだった。如何に軽くても人がひとり仰向けになっている自分の上に寝ていれば寝苦しくて当たり前だ。

 

「またか……」

 

 乙姫が目覚めてから今まで添い寝だったのだが数日前から僕の体の上に乗って寝ている事が多くなった。お陰で息苦しくて起きることが暫く続いている。

 

 美少女の妹が体の上で眠っているんだからむしろご褒美だと? よろしい。ならば家族に目覚ましに30Kgの米俵を乗せてもらうと良い。完全にとは言いがたいが僕と同じ気分を味わえるだろう。

 

「乙姫…、乙姫」

 

「んんぅ……あと5分…」

 

 まるで朝起きられない低血圧の人間の様な文句を言う乙姫。寝ている間はいざ知らず、起きてしまっているとなるともう苦しさは誤魔化せない。

 

「きゃっ。…んもう、総士ぃ……」

 

「流石に5分は待てない。だから実力行使をさせてもらう」

 

 仰向けの身体を横向きにさせて乙姫を体の上から排除する。これで息苦しくはなくなったな。

 

 ただこのままだと乙姫がへそを曲げそうであるからあと5分、乙姫の身体を抱きながら頭を撫でたり髪を手櫛で鋤いたりと、機嫌を取る。髪の毛を手櫛で鋤くという行為は僕が僕になる前に母親にやってもらっていた事だ。まだ親と寝ていた時分。毎日の様にせがんでいた。子守唄代わりの子供の寝かしつけ方。どんなに眠くなくても手櫛の気持ちよさでいつの間にか眠ってしまうのだ。

 

「んぅ……気持ち良いよ、総士」

 

「そうか」

 

 乙姫の長い髪はサラサラで手櫛でも絡むことなく鋤き心地も良い。痛んでいる様な枝毛もない。一応髪の毛のケアに関しては僕も自分の髪で勉強した。

 

 皆城総士の髪の毛が長いからといって僕も自分の髪を伸ばす必要性はあまり感じられなかったが、将来乙姫の髪の毛を手入れ出来る様にと思って髪を伸ばして長い髪の保ち方とケアの仕方を実践した。そのお陰で乙姫の髪には細心の注意を払える。どう洗うと髪にダメージがないのか、どの成分のシャンプーを使えば髪に良いのか、顕微鏡を使ってまで昔は経過を見ていた。不思議がる蔵前に見せてと邪魔されたり髪の毛を顕微鏡で見るなんていうニッチな事に父さんは微笑んでいた。その時の夏休みの自由研究枠に使えたのは嬉しい誤算だったが。

 

 そんなことを思い出していたらもう5分は過ぎていた。

 

「乙姫?」

 

「…すぅ……すぅ…」

 

 どうやらまた寝てしまった様だ。まだ寝ていられる時間だし、今日は立上も虫取はしていない様だ。立上が朝方に虫取をしている時の乙姫の起床は僕より早い時もあるし、のんびりと朝眠っていないからだ。

 

 しかし二人で寝ているならまだ大丈夫だが、これが3人になると窮屈だろう。いずれはもう少し大きなベッドのある部屋に移るか作るか、あるいは家を修復しなければならないだろう。いや、まだ織姫まで一緒に寝るとは限らないか。3人で寝るなど、その時には僕もいい加減妹離れをしていなければならない。……甘えきっている僕が出来るのだろうか。妹離れ。

 

 乙姫を置いて僕は起きる。寝間着の端を掴まれるという典型的なことをされたが、今日の朝食当番は僕だ。乙姫に構いすぎて蔵前に注意される前に作らなければならない。寝間着を掴む指を丁寧に外し、髪の掛かる額を掻き分けて軽い口づけをする。こうすると乙姫の機嫌が良くなるのもここ最近の経験から来るものだ。日本人だから抵抗があるだろうが、外国では頬や額への口づけは挨拶の様なものらしい。だから別に他意はない。……こういう事をしているから蔵前に乙姫を甘やかしすぎだと注意されるのだからいい加減学べとも言われそうだが。

 

「…んにゃ……そう、しぃ…」

 

 こう幸せそうな寝顔を見せられると、止めてしまうことも憚られる。

 

 口許に笑みが浮かぶのを自覚しながら軽く頭を撫でて僕はシャワーを浴びにバスルームに向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 偽装鏡面で姿を隠しながら航行を続ける竜宮島。

 

 姿を隠しているといっても全く敵の襲来が無いわけではない。

 

「これでっ」

 

 ガンドレイクを突き刺すティターンモデル。刀身が開き、傷口を広げ、スフィンクス型のコアを電磁加速された弾丸が破壊する。ティターンモデルに乗ってからというもの、蔵前の調子は飛躍的に向上している。今までのデータとはまるで別人だ。なにかあったのかと問えば、

 

 将陵先輩が教えてくれるのよ。敵とどう戦えば良いのか――。

 

 そんな事を蔵前は言う。普通なら危ない人間の戯れ言と言われるのだろうが、こと僕の立場から見ればそうも言えない。

 

 慌ててウルドの泉を見に行ったが、ゴルディアス結晶の存在は見当たらなかった。

 

「貰うぞ、お前のコア(そんざい)を!」

 

 僕の場合はルガーランスやガンドレイクを使うときもあるが、基本は無手だ。なにも持たずに戦うのは僕の戦闘イメージが皆城総士の駆るマークニヒトが起源だからだろう。

 

 ティターンモデルのパワーにものをいわせてスフィンクス型の胸に貫手を刺し込み、コアを引き摺り出す。その戦いかたが猟奇的だと蔵前に注意されるが、この戦い方が僕には合うのだから仕方がない。それに、そうでないと奪えない。

 

 手の中で結晶に包まれる敵のコア。命の温かささえ感じるそれが手の中で砕け散る。翠色の結晶が砕け散る様はとても幻想的でもあった。

 

 ティターンモデルは僕と蔵前の二人乗りで負担を軽減している。更に10分の戦闘時間を5分ずつで分けている。ジークフリード・システムの負荷があるため僕の時は二重負荷が掛かっているだろうが、たった5分なら直ちに問題はない。蔵前は10分フルで戦いたいらしいが、少しでも彼女の時間を遺すために僕が妥協出来る状況が今の状態だ。

 

 そのお陰か。ノートゥング・モデルに乗っているときよりも大分同化現象の進行は遅い。負担を分けているといってもそれで説明はつかないほどだ。何かが起こっている。そう思わずにはいられない今日この頃。

 

 要と甲洋から実機を使った模擬訓練の申し立てが入り込んだ。……羽佐間が健在なのにどうしてだ?

 

「ファフナーがどういうものかわかっていての申し出だな?」

 

「いつまでも訓練ばかりで、翔子や一騎たちにばかり負担は掛けさせられないって思って」

 

 だから甲洋に僕が、要には蔵前が事情を聞くことになった。

 

 仲間思いの甲洋からすれば妥当な意見だが。やはり羽佐間の事が心配なのだろう。一騎への嫉妬がないとも言えないだろうが。

 

「確約は出来ないが申請は出しておこう」

 

「わかった。ありがとう総士」

 

 羽佐間が健在であることで本来の気遣いが出来る優しい甲洋のまま一騎との溝が生まれる事はないが、僕から見ても甲洋が焦っているのはわかる。

 

 本当ならもう少し訓練を積んでから実戦に出てもらいたい。パイロットが増えるほど戦闘時間も短縮できるだろうし、戦術も増える。撹乱と偵察向けのスピード型のマークフィアーが加わるのは心強いが、それでもまだ甲洋も要も漸く適正数値を超え始めたばかりで一騎や羽佐間には程遠い。

 

 10分の限定だがティターンモデルも出撃出来る上、トルーパーもその個体防御力を認められて順次量産が正式に決定した。――みんなを守ることなら出来る。だから焦らないで欲しいと思うのは僕の我が儘だ。

 

 医者としての観点から遠見先生に反対されたが、模擬訓練の実施する有用性はあると真壁司令が認めてくれた。

 

 シナジェティック・スーツに身を包み、僕はティターンモデルで模擬訓練を行う慶樹島の崖に立っていた。

 

 確かめたい事があった為、今回は僕がひとりで乗っている。とはいえ今は自動操縦でジークフリード・システムしか接続はしていないが。

 

 あいにくの雨模様だが悲しみを隠す雨ではないだけでとても気分は楽だった。

 

「クロッシング完了。ファフナー、オールスタンバイ」

 

『了解。ファフナー搭乗員は今一度、保有する全ての弾がペイント弾であることを確認してください』

 

『マークエルフ、確認完了』

 

『マークドライ、確認』

 

『マークフィアー、確認』

 

 システムでも確認している。要からは好戦的な感情が伝わってくる。甲洋からはやはり焦りの幅が大きい。

 

 マークドライとマークフィアーがスタートした。

 

 甲洋のファフナーに乗りたい理由が焦りなら要の理由はやはり父親の復讐だった。

 

 憎しみをフェストゥムに向けてそれを学習してしまわないかの危惧はある。だが仇討ちをするなとは言えない。それが感情を持つ人の心の正しさだ。

 

 フェストゥムが怒りと悲しみを学べばあるいは海神島のコアも理由のない憎しみという破綻した存在にはならなかったのだろうか。彼らに学ぶ時間がなく、また彼らは最悪の形で憎しみを獲得してしまったのだから。

 

 もし僕が狩谷先生の様に目の前で、しかも自分の手で乙姫や一騎を殺させられてはフェストゥムに憎しみを抱かないかと聞かれても首を縦には降れない。

 

 マークエルフが先行する二機のファフナーを追い始めた。今までシミュレーター漬けとあって初動は甲洋も要も先ず先ずだ。

 

 マークエルフのあとを僕も追う。模擬訓練は1ステージは15分のタイム性だ。その第一ステージ、僕はティターンモデルとコード形成を行い、ティターンモデルに乗る上での同化現象の進行度合いを計測するつもりだ。これでも同化現象の進行が緩やかなら確実に何かがティターンモデルに起こっている。

 

 模擬訓練に関しては僕の知る未来と変わらず、甲洋と要の惨敗だが、マークエルフの脹ら脛辺りに一発のペイント弾が当たっていた。当てたのは甲洋のマークフィアーだった。

 

「前回と比べてシステムとファフナーの二重負荷だから正確な比較は出来ないけど、同化現象の進行はとても緩やかだわ」

 

「そうでしたか」

 

 これで決まった。やはりファフナーに何かが起こっている。

 

 出来れば西尾博士の意見も聞きたいが、第一線を退いている博士に訊ねることは大人たちもあまり歓迎されている雰囲気ではなかった。ただティターンモデルが現時点で何らかの変化を見せているのは確かだった。これは折を見て西尾博士に相談する事にしよう。

 

 模擬訓練の翌週。ついに蓬莱島を見つけた。海神島は人類に襲われ、コアも新国連に接収され、ファフナー用のコアを産み出すプラントにされていた。

 

 蓬莱島も表向きには新国連に編入とあったが、フェストゥムに滅ぼされたのはそのあとということだろうか。

 

 どのみち蓬莱島のデータがなければ同化現象に対する治療技術の頭打ちは解消されないだろう。

 

 陣頭指揮は狩谷先生が勤める事になった。

 

 参加させるファフナーはマークエルフ、マークゼクス、マークフィアー、そしてトルーパーが二機。

 

 遠見も参加する事になった理由は、蓬莱島のコアを見つけ、一緒にミツヒロ・バートランドのもとに送るためだったのではないかと考えるのは僕の深読みのし過ぎだろうか。

 

 未来をその手に掴めると思った。運命を変えられると浮かれていた。ただ僕は知るべきだった。慢心は足元を掬うと誰かがいった。この時の僕はそんな偉人の言葉さえ頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 

to be continued… 

 



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皆城総士になってしまった…14

月曜日は雪予報なので皆さん気を付けましょう。

angelaのmemoriesという歌を聴きながら書いたらこうなっちゃいました。当時知らずに良い歌だなぁと思っていたらまさかのangelaだったのをつい最近知りましたビックリですよね。次は「ホライズン」か「暗夜航路」か「さよならの時くらい微笑んで」か「Separation[Pf]」のどれを聞いて書こうかなぁ(パリーン


 

 島外派遣の日程の調整。ファフナーを出撃させる為、調査隊での僕の権限は狩谷先生の次に指揮権がある。戦闘になれば此方の指揮権が優先される事にもなっている。真壁司令は最高指揮官であるから別として、ことファフナーにおける指揮権を僕は誰にも譲るつもりはない。その為に父さんがまだいた時に、戦闘時の指揮権の優先権を貰えるように提言し、それを真壁司令も承諾してくれている。その為に大量の仕事が舞い込んできて来ても、それがファフナーを、パイロットの命を守ることに繋がるのなら僕は喜んで引き受けよう。

 

 ただアルヴィスに引きこもり続けるのも健康に良くはない。だから僕は散歩に出掛けた。久し振りの快晴だ。明日に島外派遣を控えている時にこの晴れ模様は気持ちいいものだ。

 

「綺麗だな……」

 

 鈴村神社の鳥居からは島を一望出来る絶景スポットだ。今日は久し振りの快晴ということもあって乙姫も立上の所にお邪魔している。良い友人関係を築けている様で何よりだ。島外派遣で大人たちは忙しいとはいえ、いつ何処で乙姫を狙われるかはわからない。だから僕が付き添っている。最悪僕なら襲ってきた者たちを同化出来る。……あまりやりたくはない対処法だ。フェストゥムの力を使うということは、それだけフェストゥムの側に近くなるということだ。

 

 自分の存在が変わることを受け入れられずノートゥング・モデルに乗れない僕が、皆城総士が否定したフェストゥムの側の存在になることに躊躇いがない。理由はあるのだが、僕も歪んでいるな。

 

 それでも乙姫を守れるなら安いと思ってしまう。乙姫を守り、織姫に逢わせてやりたい。僕が目指す未来のひとつの指針だ。それを見失うわけにはいかない。兄妹愛にしては酷く(いびつ)で行き過ぎているかもしれないが誓いを破りたくはない。そう思うだけだ。

 

 最近過激になりつつある乙姫の甘え方の対処も考えたいが、これは蔵前に言ったらアウト案件なのは僕でもわかる。身の周りに妹を持つ兄の立場の人間が居ないことが悔やまれる。しかも周りに乙姫の存在を知る人間が少ないことも僕の頭を悩ませる。誰にどう相談するべきか。西尾姉弟の姉である里奈に相談出来れば良いのだが、今の僕は彼女との接点はない。同じ理由で暉にも話は聞けない以前に今の暉はまだ喋る事が出来ない。

 

 これもティターンモデルと同じで機会を待つ必要がある案件の様だ。そう言えば里奈は羽佐間がCDC勤務でない事から近くオペレーターとして召集が掛かる予定だ。それを期に、暉、立上、広登も合わせてファフナーのパイロット候補として召集出来ないか真壁司令と交渉中だ。

 

 スカラベ型の件もある。生身でいるより万が一の時はファフナーに乗っていられる方が危険は却って少ないこともある。道生さんとカノンが島に合流するか確定されていない以上、島の中で戦力を増やす事の必要性は真壁司令も理解していらっしゃることだ。僕に出来る事はパイロットの命を守ること。召集のこともそうだ。同化現象の危険性はあっても、ファフナーに乗れるか乗れないかで身の安全性は天地の差が開く。自分の身を守る術もない島の外の人間に比べたら僕たちは恵まれた環境に生まれたといっても過言ではないのだから。

 

「皆城くん?」

 

「総士? どうしたんだ、こんなところで」

 

「羽佐間、甲洋」

 

 海と空を見て呆けていた僕に掛かる声。羽佐間と甲洋が連れ立って境内に上がってきた。それなりに相当な階段の数があるはずなのだが、登りきったのか羽佐間。

 

「犬?」

 

「わんわん!」

 

 甲洋の手から伸びる紐の先を追っていくとまだ子犬のショコラが繋がれていた。成る程。

 

「お散歩デートというやつか」

 

「デッ!?」

 

 少しからかおうとしただけだが、あの甲洋が面白い程目を見開いて固まってしまった。

 

「久し振りに晴れたから、ショコラのお散歩しようって春日井くんに声をかけたの」

 

 だが羽佐間は普通にこの状況の経緯を話してくれた。皆城総士から見ても分かりやすかった甲洋と羽佐間の恋心は複雑に擦れ違わない。甲洋は羽佐間を好いていて、羽佐間は一騎を好いていて、一騎はそれに気づいていない。一歩間違えれば竜宮島でサスペンス劇場が繰り広げられかねないが、優しい甲洋が身を退いてそうはならない可能性が自然と考えられる辺り僕も非情だな。

 

 僕が言ったデートという部分を華麗にスルーした羽佐間に、甲洋も肩を落としていた。哀れ甲洋、いくら僕でも羽佐間に対するアプローチにテクニカルな助言をしようにも言葉が思いつかない。あとで僕がガトーショコラでも作ってやろう。御門さん家程の腕はないがな。

 

「確かに外出する事は健康にも良いが。大丈夫なのか羽佐間」

 

「皆城くんも春日井くんも心配し過ぎだよ。大丈夫。最近身体の調子は良いの」

 

 前回羽佐間が倒れた時に訓練行程を見直し、羽佐間の身体に疲れが残らない様な行程に変えた。まだ手探りだが以来羽佐間が体調を崩した様子はない。しかしそれでも身体的ハンデを抱えているのは変わりはない。遠見先生からも最近の羽佐間は大分症状が安定してきているとのこと。

 

 羽佐間が元気になり始めたのもファフナーに触れる様になってからだ。ティターンモデルだけでなく、ノートゥング・モデルまで変化が現れているのか。或いは――。

 

「どうかしたの? 皆城くん」

 

「いや、なんでもない。考え事をしていただけだ」

 

「島外派遣のこと?」

 

「ああ」

 

 本当は別の事を考えていたが、僕の考えていることは確証も証拠もないただの心配事だ。しかしそれで態々羽佐間を不安にさせることもないだろう。

 

「お、おいショコラ」

 

「わうわう!」

 

 ショコラに引かれて境内を駆けずり回る甲洋。竜宮島の犬は名犬ばかりだ。甲洋が離れたことで羽佐間が然り気無く僕の隣に寄ると、甲洋には聞こえない声で僕に言った。

 

「大丈夫。春日井くんは私が必ず助けるから」

 

「羽佐間…」

 

 頼もしいが。やはりその手の言葉を羽佐間の口から聞きたくはなかった。

 

 僕の罪。羽佐間に未来を背負わせてしまった。それは僕の弱さだ。心の何処かで望んでしまった理解者が欲しいという僕の思いに彼女を巻き込んでしまった。

 

 羽佐間を救う為に、遠見の戦い方をイメージに乗せた。だが羽佐間を死なせない為に必死過ぎた僕は彼女の精神の奥深くに入り込んだ。

 

 羽佐間の一騎への想いを感じ、その想いで島を守ろうと戦場に立った。乙姫や仲間の為に島を守ろうと戦う皆城総士や僕と同じだ。大切な人の為に戦うという共通意識の強さがより強いクロッシングをする事に繋がった。羽佐間が何を見たのか理解出来る程に。

 

「君が背負う必要はないんだぞ?」

 

「うん。わかってる。ありがとう、皆城くん」

 

 僕に微笑む彼女の横顔はとても穏やかで綺麗だった。そんな綺麗な笑顔を向けられる事がより僕の罪を見せつけられている様に思った。

 

「おからハンバーグでも作ろうか?」

 

「おからハンバーグ?」

 

「肉、好物だろう。羽佐間の」

 

「でも、私は」

 

「使うのは鳥の挽き肉だし、量も7割はおからだ。ひじきも入れるから極めて健康に良い」

 

 少しでもなにか出来ないかと思い提案を出したのだが、羽佐間はそんな僕に小さく吹き出した。

 

「な、なんだ?」

 

「皆城くん、お母さんみたいだなって」

 

「感謝の気持ちを示そうとしただけだ」

 

 笑われるとは思わなかった為、面食らってしまった。ただ感謝したいのも本当だった。羽佐間の存在は僕も心強いからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 大型輸送機でのファフナーの輸送。350km離れた場所での作戦行動。内密に溝口さんには改めて注意を配って貰えるように進言した。

 

 少し久しく感じるCDCのジークフリード・システムのシートに身を預けつつトルーパー・モデルで輸送機を護衛する。パイロット3人にはコード形成をさせずブランクモードで待機して貰っている。可能な限り消耗を抑える為だ。

 

 敵が蓬莱島を滅ぼし、罠を張っているのは承知の上で島外派遣に挑む。その危険性を犯しても、この島には僕たちにとって有益なデータがあるだろう。

 

 一騎、羽佐間、甲洋。3人のバイタルも精神も落ち着いている。甲洋が若干興奮気味だが、緊張の所為だろう。

 

 羽佐間は健在。一騎と甲洋に溝はない。未来の通りに事が進んでも遠見と溝口さん、そして甲洋は必ず助ける。

 

 蓬莱島に到着、ファフナーを起動させる。先行してトルーパーが島に上陸し、安全確認を行う。敵影はなく、揚陸艇が上陸。調査隊はテントを設営しつつ島の調査に乗り出す。

 

 トルーパーで調査隊を護衛しつつ僕もデータを吸い上げる。戦闘記録や医療記録。ありとあらゆる情報を見ていく。

 

 この蓬莱島も竜宮島と同型とあって同じ形をしていたが、今はその見る影もなく、両舷のボートはない、剛瑠島と慶樹島に当たる島もない。敵に奪われながらフェンリルを使い続けて本島を守ってきたらしい。何かを間違えれば竜宮島にも訪れるような未来をこの蓬莱島は経験し、そして滅んだ。

 

 第二次蒼穹作戦、第三次蒼穹作戦は下手をすれば島が滅んでいたかもしれない。カノンの戦いがあって第三次蒼穹作戦は成功出来たが、エインヘリアル・モデルだけではダメだった。甲洋が帰ってきてくれたからウォーカーを撃退する事が出来た。

 

 僕はそれ以上の未来を目指さなければならない。誰も犠牲になることなく、皆がここにいる未来を。

 

 そんな未来を僕は作れるのだろうか? いや、作ってみせる。そのために僕はここにいるのだから。

 

『私たちの島も、間違えたらこうなってしまうのね』

 

 クロッシングしている羽佐間から悲しさと恐怖が伝わってくる。空を飛べるマークゼクスは上空から島を調べて貰っている。竜宮島と同じく自然と人の暮らしが調和した島。だが明らかにフェストゥムに襲われた形跡が、この島が滅んだ理由を物語っていた。

 

『罠…、なんだよね?』

 

「ああ。僕たちの様な存在を引き寄せる為のな」

 

 フェストゥムがそんな戦術の様な行動を取り始めた。目立つ餌を用意しこちらを誘き寄せて襲う。生物的な狩猟本能にも近いものを感じるが。モルドヴァでは情報戦を理解し、皆城総士の知識から消耗戦を学び、ボレアリオスミールは真壁紅音の知識から戦い方を学んだ。ロードランナーは後方の輸送基地という兵站の概念さえ理解した。

 

 それを思えば今回の待ち伏せはまだかわいいものなのだろう。

 

「フェンリルのアクセスコードは手に入れた。必要ならいつでも吹き飛ばせる」

 

『真矢を地下に行かせない方法、なにかないかな皆城くん』

 

 難しい問題だが、遠見は医療班として派遣されている関係上、ケガ人が出れば向かわなければならない。流石に地下ブルクにトルーパーは向かわせられない。崩落の原因は地下の岩戸の扉を爆破したからだと推察出来るが、調査隊の指揮が狩谷先生にある以上僕にはどうにも出来ない。

 

「警戒を続けるしかない。すまない、羽佐間」

 

『謝らないでいいよ。無理を言っているのは私だから』

 

 無理をさせているのは寧ろ僕の方だ。羽佐間は謝ることはない。

 

 どう考えても対処法が見つからない。崩落事故の原因というより遠因はわかっているのに今回のことは対処が出来ない。こういう事は現地に赴けなければ難しい問題だが、現地に居たとして自分に何が出来るのか考えても出来ることは甲洋の代わりに海に潜るくらいか。

 

『総士!!』

 

 僕が考えを巡らせていると、それを乙姫が吹き飛ばした。

 

「乙姫!? 敵だと!?」

 

『皆城くん!?』

 

 ソロモンよりも早く敵を乙姫が感じたらしい。その思考がクロッシングで僕が感じ、さらに僕の思った敵の出現という思考が羽佐間に伝わった。

 

「避難はトルーパーと一騎たちで対応させる」

 

『私が敵を倒せば良いのね』

 

「頼む」

 

 深い領域でクロッシングしているからだろう。反射的に言葉を出すが、それすら必要ない程に互いの思考を共有していた。

 

 理解者がいることが頼もしい。それに嘘はない。それは彼女の力を信じているからだ。だがそれは彼女に重荷を背負わせてしまっていることに他ならない。それでも僕は彼女の好意に甘えた。それが僕のひとつ目の罪だった。

 

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…15

急にクローズアップするとやべーのは古今東西昔からそうだけど、ファフナーはもうお察しレベルで数え役満だったりする。


 

 蓬莱島にフェストゥムが現れた。狩谷先生の配下の部隊が、島のコアに擬態したヤツを目覚めさせた。

 

 アルヘノテルス型と、そこから産まれるグレンデル型。調査隊の避難の為、トルーパーを急行させる。

 

 だがそこにいる敵はその二種だけではなかった。

 

『皆城くん!』

 

「新手だと!? こちらの機体特性に合わせてきたか…っ」

 

 そこには本来いない敵までが居た。戦闘機の様な姿を持つ小型種――シーモータル型を産み出すウーシア型が居た。

 

 本来存在しないはずのマークゼクスを抑える為の個体か。敵が此方の手を読み、その対抗する種を送った。未来を変えた弊害だとでもいうのか。

 

『あいつは私がやるから、皆城くんは一騎くんたちを』

 

「わかった。無理はするな、羽佐間」

 

『大丈夫。倒し方はわかるから』

 

 レールガンで正確にシーモータル型を撃ち落としていくマークゼクスの姿に心配は要らないだろうが、それでも、だからこそ油断なく対処して欲しい。

 

「空の敵はマークゼクスが対処する。マークフィアー、マークエルフはグレンデル型を排除しつつ調査隊の撤退まで揚陸艇と輸送機を守れ!」

 

『マークフィアー、了解!』

 

『総士! 逃げ遅れた人は居ないのか?』

 

「今調べている。命令を復唱しろ一騎」

 

『…マークエルフ、了解』

 

 命令の復唱よりも先に人命を気にするのは人として良いことだが、今は戦闘中だ。命令の復唱はその命令を聞いているかどうかの判断には欠かせないのだ。

 

 地表作業員は未だ撤退中。これにはファフナー2機に加えてトルーパーも配備出来ているお陰か目立った被害はない。ただ地下の作業員は絶望的だ。……地表作業員の中に遠見の姿はなかった。

 

 やはり救護班として地下に降りているらしい。

 

 溝口さんが地下に降りている事は復旧させたセンサー類で確認している。僕がデータを取りながらした事は蓬莱島のシステムの復旧だ。

 

 CDCのシステムにアクセスし、センサー類の復旧は済ませた。隔壁のシステムも掌握したかったが、それはブリュンヒルデシステムに絡む為手を出せなかった。敵になるべく気づかれずに出来たのはそれくらいだった。

 

「溝口さん、聞こえますか?」

 

『おう、聞こえてるぞ。なにかあったか?』

 

「こちらで逃げ遅れた作業員へ誘導します。救助を頼みます」

 

『よしきた。ちゃんとエスコートは頼むぜ?』

 

「了解。300m先、七つ目の十字路を右に曲がってください。そこから階段で地下に向かいます」

 

『うへぇ。おじさんに階段はキツいぜ』

 

 軽口の溝口さんだが、その頼もしさは僕もよく知っている。溝口さんに救えなかったら誰も遠見は救えない。僕が出来るのは可及的速やかに遠見のもとへ溝口さんを辿り着かせることだ。しかし何時までも溝口さんに掛かりきりにはなれない。分割思考はこういうときには便利だ。最大24機のファフナーを運用予定だった竜宮島でシステムに乗る僕はこの程度の分割思考は苦でもない。

 

 本隊が攻めてこない。ウーシア型もアルヘノテルス型も動かずにシーモータル型とグレンデル型による物量戦。ファフナーの脅威ではないから助かってはいるが。

 

 海岸は防衛線を構築できている。退避状況も順調だ。たった2機だがトルーパーを投入している甲斐がある。その小回りの良さで作業員を守りながら敵を排除出来ている。空も、マークゼクスは順調にシーモータル型を迎撃出来ている。戦場は膠着状態といったところか。

 

 思考のひとつ、マークドライに意識を向ける。

 

「リンドブルムの操縦は今回僕が担当する。発進後、最大戦速で現場に急行する。コックピットブロックの対Gシステムを上回るスピードでGが掛かる。舌を噛まないよう注意しろ」

 

『何でも良いわ。敵を倒せるならそれで良いから速くして!』

 

 島で留守番をさせて敵が竜宮島でなく蓬莱島に出た所為か、今の要は酷く気が立っている。

 

「リンドブルム、発進!」

 

『くぅっ、ぐぅぅぅぅっっ』

 

 カタパルトから射出されるリンドブルム。空に飛び上がると上昇する時間も惜しむようにエンジンの推力は前進に注ぎ込む。エンジン臨界手前まで出力を上げる。帰ったらオーバーホールものだろうがそれで間に合うのなら始末書の山なんぞいくらでも戦ってやる。

 

 意識を蓬莱島のマークエルフに向ける。

 

「竜宮島からマークドライがリンドブルムで急行する。それまでなんとしても守り通せ!」

 

『わかった』

 

 ゲーグナーで着実にグレンデル型の数を減らしていくマークエルフ、そしてマークフィアー。この調子なら地表作業員の避難は大丈夫だろう。

 

『総士君』

 

「真壁司令?」

 

『やってもらいたいことがある』

 

 狩谷先生から蓬莱島のフェンリルを作動させる提案が出された。それに溝口さんを向かわせる。そして海から溝口さんと遠見を救出する作戦を任された。

 

『皆城くん! どうして私は待機のままなの?』

 

 ブルクから通信。相手は蔵前だった。

 

「今島のファフナーすべてを出撃させるわけにはいかない。万が一竜宮島にも敵が現れた場合どう対処するつもりだ」

 

『わかってるけど…っ。でも!』

 

「わかっているなら待機だ。いいな」

 

 蔵前には悪いが今島にはティターンモデルしかファフナーが残っていない。蓬莱島を囮に竜宮島を手薄にさせて本丸を襲ってこない理由は何処にもないのだ。今ある戦力で島を守らなければならないのだ。未来を変えた所為で何かが変わるかなんてわからない。だから未来では大丈夫だからという考えのもとに動く事は危険過ぎる。その為の保険がティターンモデルだ。

 

 通信を切り、溝口さんに通信を繋ぐ。

 

「聞こえますか、溝口さん」

 

『聞こえてるよぉ。作動コードはめっかったかい?』

 

「既に入手しています。最短ルートを案内します」

 

『あいよ。それと嬢ちゃんも無事だから安心しな』

 

 意識は向けられなかったが、溝口さんは無事遠見と合流出来たのは確認できている。今はなるべくグレンデル型と接触しないルートを案内しているが絶対いないわけじゃない。ライフルでグレンデル型を倒しながら進む溝口さんのあとを遠見も必死に走っているのだろう。

 

 遠見が無事であることに安堵しつつ溝口さんに最短ルートを伝える。

 

「フェンリルの設定は45分で設定してください」

 

『45分ね。それだけありゃ充分だ』

 

「マークフィアーを海中からの回収に向かわせます。狩谷先生が45分よりも早い時間を指定しても無視してください」

 

『戦闘指揮官さまの命令ってやつか。りょーかい』

 

 溝口さんの方から意識を切り替えて甲洋のマークフィアーと一騎のマークエルフに向ける。

 

「地下に残っている要救助者をマークフィアー、お前に任せる」

 

『な、待ってくれ総士! それなら俺が行く』

 

「機体適正上、マークフィアーの方が水中行動に向いている。だから甲洋、僕は君に命令する」

 

『わかった。どうすればいい』

 

「海に潜って非常用脱出ポートに潜水艇を接続し要救助者を回収する」

 

 一騎なら行きたがると思ったが、僕はそれを無視して海に潜る役目を甲洋に任せる。ここでマークエルフを海に向かわせれば確実だが、それでは防衛線を維持できない。今はまだ一騎の方が戦闘に関して一日の長がある。だから皆城総士も一騎には地上に残って貰ったのだろう。トルーパーがいるからマシかとも思うがそれでもグレンデル型の侵攻は続いている。

 

『総士! せめて敵がいないことを確認してくれ。海の中で戦ったことなんてないんだぞ。もし敵に襲われたら…』

 

「その為の陽動として僕は一騎、お前に命令する」

 

 システムを通して僕はコックピットのウィンドウに次々と映像を映す。

 

「敵の本隊に攻撃する。敵の注意をこちらに向かせるんだ」

 

『これを全部……』

 

 出来るのか。一瞬一騎の感情が揺らいだが、直ぐに持ち直した。

 

「やれるか? 一騎」

 

『ああ。わかった』

 

 ゲーグナーを構え、まずはグレンデル型の排除に専念させる。そして意識をマークフィアーに向ける。

 

「援護はない。お前一人だ。万が一ファフナーを失う危険があれば救助は中止する」

 

 予定を繰り上げられるだけ繰り上げ、最善を尽くしているが、ウーシア型が現れた事で未来も確定されたものではなく変化するものだと改めて実感した。羽佐間を救っておいて今更だろうが、変化は僕たちだけでフェストゥムまで及ぶとは思わなかった。だからこそ僕は最大限の注意を払わなければならない。

 

『俺の腕しだいってことだろ?』

 

「ああ。そういうことになる」

 

 こういう時、仲間に頼るしかない。信じるしかない。皆城総士もきっと同じだったんだろう。

 

『必ず助ける。俺が必ず』

 

「頼む」

 

 マークフィアーが戦列から離れ、火線が甘くなった所からグレンデル型が浸透しようとしてきたが、トルーパーにカバーさせる。退避ももう終わる。そうすれば最悪浜辺を駆けずり回って機動防御に変えることも出来る。一騎はその方が良い。

 

『あうううっっ』

 

「っあ゛、くっ、マークゼクスにダメージ? 内部に侵食、ペインブロック不能だと!?」

 

 マークゼクスの右腕。そこに数体のシーモータル型が取り付き、マークゼクスの腕が結晶に包まれていく。

 

 すまない羽佐間――!

 

「強制崩壊、右腕部ネクローシス!」

 

『い゛っ、あ゛ぅ゛ぅっっ』

 

 ファフナーの機体の強制崩壊機能。ペインブロックが作動しない事例から生まれた緊急処置機能。このときのファフナーにはまだ実装されていないのだが、備えておいて正解だった。ただ強制崩壊機能はパイロットへの痛みが強い機能だ。

 

「大丈夫か羽佐間!?」

 

『っ、はぁ…はぁ…はぁ……、だ、大丈、夫っ。まだ、左手が、あるからっ』

 

 痛みが強くて精神グラフが乱れている。腕を引きちぎられる痛みを受けて平気な人間がいるものか。

 

「無理はするな。武器もない。一度さがれ」

 

『ダメっ。そんなことしたら、一騎くんに迷惑がかかっちゃう』

 

 デュランダルを装備し、シーモータル型を撃ち落とし始めるマークゼクス。

 

「命令だ。まともな武器もないのに戦えるものじゃない」

 

『そんなのイヤ。一騎くんに負担はかけたくないの!』

 

 会話のドッジボールだ。羽佐間は僕の話に耳を傾けていない。

 

「君を喪えば、一騎は悲しむ。一騎にそんな思いをさせるつもりか羽佐間」

 

『っ、みなしろ、くん……』

 

 羽佐間も知っているはずだ。羽佐間がいなくなって皆が悲しむことを。

 

「マークゼクス、ポイント更新。いいな」

 

『わかったわ。……ごめんなさい皆城くん』

 

「わかればそれで良い」

 

 そうだ。無理に戦うこともない。それでファフナーを失うくらいなら、態勢を立て直す時間のリスクを僕は選ぶ。

 

 予備の武器も幾つか持ってきているが片手で扱える武器ともなれば、弾倉交換の必要ないゲーグナーくらいか。

 

「っ、……この程度の痛み、耐えてみせろ」

 

 同じ痛みをパイロットたちは戦う度にその身に受けるのだ。戦うことの出来ない僕に出来る唯一の事はこの痛みを共に背負うことだけだ。

 

 泣きそうな程の痛み、逃げ出したくなる程の痛み、それに耐えて皆は戦っているんだ。僕が痛みに負けるわけにはいかない。それでもやはり痛いものは痛い。

 

『痛みは総士の祝福。総士だから耐えられた。でもあなたは違う。だから無理しないで、痛みをすべてを受け止めなくて良いの』

 

「……ダメだ。それでは僕は皆城総士にはなれない。僕は皆城総士だ。皆城総士でいなければならない」

 

『総士……』

 

 クロッシングで乙姫の思いが伝わってくる。僕を思い心配してくれるのは有り難いが、僕が皆城総士でいるために痛みは必要な絶対的なファクターだ。

 

 痛みは生きていることの証だ。それを捨てたとき、僕は僕でいる意味がなくなってしまう。

 

「乙姫っ!」

 

『それでも人は、痛みばかりじゃないよ』

 

 痛みが消えていく。ダメだ乙姫、僕から痛み(いみ)を奪うなっ。

 

『痛みは癒えて、それが生命だよ。それを忘れないで、総士』

 

「乙姫…」

 

 乙姫の意識が薄れていく。いや、僕の意識が違う方に向くからだ。…結局僕は乙姫に甘えてばかりだ。

 

『これを持って潜ればいいんだな?』

 

「そうだ。タイムリミットは10分だ。今一度確認するが、ファフナーを失う危険があると判断すれば、作戦は中止する」

 

『――必ず、助ける。そこに助けを待つ命があるなら、必ず守るっ』

 

「甲洋……。急げ、マークフィアー」

 

『わかった』

 

 マークフィアーが潜水艇を持って海に潜る。あとは甲洋に託すしかない。

 

『総士! マークゼクスがっ』

 

 マークゼクスが輸送機に戻って武器を装備してまた飛び立ったのを見たのだろう。一騎から不安が伝わってくる。

 

「マークゼクスなら心配ない。今は自分のことを考えるんだ」

 

『でもマークゼクスの腕がっ』

 

「羽佐間の戦闘力なら心配はない。それよりお前の方が状況は不利なんだぞ」

 

『くっ、…俺は、平気だ…っ』

 

 一番形勢が不利なのは一騎だ。揚陸艇と輸送機を守る防衛線だ。トルーパーがイージスで敵の侵攻を食い止めているが、マークエルフだけで複数のアルヘノテルス型と戦う負担は相当なもののはずだ。

 

 それでも自分が傷つくことなど平気だと一騎は受け入れてしまう。

 

 それに一騎が心配するほどファフナーに乗る彼女は弱くはない。

 

 彼女もまた自分の病から日常的に自己否定を繰り返し、一騎と同レベルのファフナーとの一体化を可能としている。そして僕の所為で強くなることに貪欲だ。そんな羽佐間が弱いはずがない。

 

『やああああああ!!!!』

 

 ゲーグナーで弾幕を張り、シーモータル型を撃ち落とし、レージングカッターを振り回し断ち切り打ち払い、ウーシア型へ突撃するマークゼクス。ウーシア型の放つワームスフィアもすべて僕が見切っている。だからマークゼクスには当たらない。

 

『あなたはここから消えて!!』

 

 マインブレードを装備し、ウーシア型の胸に突き立て、刃が折れた瞬間に爆発する。その時間は0.2秒。姿が見えるコア。

 

「羽佐間、敵のコアを撃ち抜け!!」

 

『狙い…、撃つ!!』

 

 ゲーグナーの一撃でコアを破壊する羽佐間。その動きも熟練した鮮やかさを見るものに感じさせるだろう。

 

 今の竜宮島のエースは一騎だと皆が口にするが、僕は羽佐間こそが今の竜宮島のエースだと思っている。確かに周りが見えなくなる時もあるが、それでもこうしてクロッシングでの意志疎通において一番安心して戦闘を任せられるのは羽佐間だった。

 

『総士…』

 

「前を向け、マークエルフ。戦いはまだ終わっていない」

 

『ああ』

 

 一番頼れるのが羽佐間でも、最後まで信じられるのは一騎である事に代わりはない。どんなことでも一騎は僕の事を裏切らない。だから安心して信じられる。

 

 マークフィアーが遠見と溝口さんを救出した。揚陸艇も輸送機に入った。

 

 異常はない。あとはみんなで帰るだけだ。

 

「救助者2名の搭乗を確認した。頼んだぞ、マークフィアー」 

 

『っ、ふぅ…。マークフィアー、帰還します。』

 

 甲洋から安堵が伝わってくる。機体のセンサーにも動体反応はない。油断は出来ないが無事に甲洋も帰れそうだ。

 

「帰るまでが作戦だ。気を抜くな、甲洋」

 

『あ、ああ。……なぁ、総士』

 

「なんだ?」

 

『俺でも、役に立てたよな?』

 

 甲洋から伝わる不安。それは誰もが持つ不安だった。

 

『俺、ファフナーに乗れて、役に立てたよな?』

 

「ああ。お前のお陰で遠見と溝口さんを救えた。胸を張れ、それでもお前を罵るものが居るなら言え。自分は仲間を救ったんだと」

 

『っ、……あぁ。ありがとう、総士』

 

「……いや」

 

 男の涙など見てやるものじゃないだろう。島に帰ったら夕食に甲洋も誘ってやろう。テクニカルな助言は出来ないが、場を整えてやることくらいなら僕にも出来る。あとは甲洋の努力しだいだ。

 

 浮上するマークフィアー。各種センサーに依然反応はない。もうすぐ浮上だ。甲洋も無事に島に返せる。

 

 そう思って肩の力を幾分か緩めた時だった。

 

『うわっ!!』

 

「どうした甲洋!」

 

 地下構造物外壁から触手が伸び、マークフィアーを絡め取っていた。

 

『フェ、フェストゥム!?』

 

「コアギュラ型!?」

 

 今の今になって襲ってきたコアギュラ型。まさか此方の気の緩んだ瞬間に襲って来るとはなんてやつだ。

 

「振りほどけ、マークフィアー!」

 

『くそっ、身動きが!』

 

 真後ろを取られてマークフィアーはコアギュラ型を振りほどけないでいる。

 

『総士!』

 

『皆城くん!』

 

 一騎と羽佐間の二人からも意識を向けられる。

 

 アルヘノテルス型とグレンデル型がファフナーを無視し始めた。輸送機を狙う気か。

 

「マークエルフはポイント更新! 輸送機機上から敵を攻撃。マークゼクスは上空援護! 離陸を邪魔させるな。攻撃はトルーパーで防ぐ!」

 

 フェストゥムが攻勢に出始めた。何故だ、何が起こっている。

 

『ぐあ゛あっ』

 

「ぐっ、甲洋っ」

 

 背中を突き抜ける痛み。マークフィアーに同化警報。クソッ、あれほど警戒していたのにっ。

 

 アルヘノテルス型がワームスフィアを次々に輸送機に向けて放つ。その対処にトルーパーは掛かりっきりだ。

 

 マークエルフもグレンデル型を輸送機に近付けまいと迎撃中。マークゼクスもアルヘノテルス型を減らすために奮闘している。マークドライもまだ間に合わない。

 

 輸送機が発進した。マークフィアーが浮上し、潜水艇を掴んだ左手を掲げている。

 

『甲洋!!』

 

 マークフィアーの腕を掴むマークエルフ。だがその背にはコアギュラ型の姿。胸から生える結晶。

 

『たしかに…、たすけたぞ……。一…騎――』

 

 宿主が居ないと存在が出来ないコアギュラ型が、マークフィアーの左腕を切り離した。この器はもう自分のものだと言わんばかりに。

 

『甲洋っ、甲洋ぉぉおおお!!!!』

 

 海に落ちるマークフィアー。一騎の叫びが響く。

 

 輸送機と擦れ違う様にマークドライが現場に到着する。

 

『待ってな甲洋! いま助けるからっ』

 

 マインブレードを装備するマークドライ。不味い、要はコアギュラ型の特性を知らないで攻撃しようとしている。

 

「よせマークドライ! 迂闊に手を出すな」

 

『なっ、甲洋を見捨てろっての!?』

 

「違う! コアギュラ型は同化能力に特化した個体だ。同化をしかけてきても、手を出さなければ攻撃はしてこない」

 

『そんなことどうでも良いから早く甲洋を助ける方法を教えな!』

 

 フェストゥムへの憎しみよりも仲間を優先する。変性意識で扱い難いが甲洋を助ける事には協力して貰えそうだ。

 

「マークフィアーの腹部を開き、コックピットを回収する」

 

『なっ…腹部って』

 

「急げ! 間に合わなくなるぞ!!」

 

 ファフナーという機体特性上、ダメージが痛みとしてパイロットを襲う。そんな助け方をすればどうなるか考えてしまった要を怒鳴るように急かす。

 

 僕はマークフィアーに意識を向けた。

 

「甲洋!! 今から救出する、もう少しの辛抱だ!」

 

『おれは…、なにを…したんだ?』

 

「っ!?」

 

 甲洋の心が……きえていく。クロッシングをしているのに、感情がつたわって……こない。

 

「自分を見失うなっ。心を保て甲洋!!」

 

『おしえてくれ……、おれは…、なにを…したんだ……?』

 

「遠見と溝口さんを助けたんだ…っ」

 

『とお、み……だれ、だっ、け……』

 

「甲洋っっ」

 

『なにも……おもいだせない…。……うれしいことが、あったはず…なの、に……』

 

「っ、甲洋おおお!!」

 

『…………おれ……、役に立てたよな? 総士――』

 

 マークフィアーのステータス表示が強制的にログアウトする。ファフナーを通してシステムを奪われない為のセーフティーだ。それがなにを意味するのか。システムに座る僕には充分だった。

 

「―――――――――!!!!」

 

 誰も聞く相手のいないシステムの中で、僕は仲間の名を叫んだ。でもその声は誰にも届かない。その名は、もう、奪われてしまったから。

 

 救いたい命があった。救わなければならない命があった。彼ならきっと、両方を救えただろう。だが僕にはそれが出来なかった。救いたい命と救わなければならない命を天秤にかけ、僕は救わなければならない命を選んだ。それが僕の、ふたつ目の罪だった。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…16

前回は私の技量不足で色々とすみませんでした。そんな中で特大の爆弾投下だ!


 

 マークドライがマークフィアーのコックピットを回収。同時にマークゼクスは撤退。蓬莱島はフェンリルによって消滅した。

 

 リンドブルムとドッキングしたマークドライが竜宮島島へと帰還した。マークゼクスはトルーパーと共に輸送機を護衛して帰ってくる。今は一騎のフォローを任せた。

 

 行方不明者は8名。ファフナー一機を消失。パイロットの救出に成功、集中治療室へ搬送。

 

 結果から見れば犠牲は最小限だ。だがそんな結果、僕にはなんの慰みにもならない。

 

 甲洋を救えなかった。甲洋に忠告した僕自身があの時気を緩めてしまった。結果、コアギュラ型への対処が間に合わなかった。

 

 今回は完全に僕の失態だ。僕の気の緩みが甲洋から人としての人生を奪ってしまった。甲洋がフェストゥムの側の存在として存在出来る可能性もある意味賭けだ。そんな危ない橋を渡らせないために救おうと決めたはずだ。ジークフリード・システム内のすべてのパイロットの命を守ると誓ったはずだ。

 

「くっ…!!」

 

 握り締めた拳。爪が食い込み血が流れ出す。だがこんな程度の痛み、なんの罰にもならない。償えない。贖えない。

 

「僕は……っ」

 

 額を壁にぶつける。この程度、痛みの内に入らない。コアギュラ型に傷つけられた甲洋の痛みはこんなものじゃなかった。

 

「甲洋っっ」

 

 拳で壁を殴りつける。皮が裂けて血が出るが、この痛みでさえ程遠い。

 

 左目が疼く。嘲笑っているのか、僕を。僕では所詮仲間は救えないと。

 

「僕はどうしたらいい。甲洋を救えなかった僕が、皆の命を背負う権利があるのか…っ」

 

 未来ではマークフィアーが襲われたのは遠見と溝口さんを救出し浮上を開始した直後だった。その時はまだ神経を張り詰めて警戒していた。浮上間近。そこまで来ればもう大丈夫だと思っていた。思ってしまった。だが島その物が同化されているのだから、何処からでも敵は現れる可能性を考慮しておくべきだったのだ。

 

 未来の知識に頼りすぎた僕の責任だ。未来で襲われる場面になっても襲われず、このまま無事に帰れると思ってしまった僕の甘さが招いた結果だ。こんな僕に皆の命を預かる権利などない。

 

「1度失敗したからって、逃げるの? 総士」

 

「乙姫……」

 

 乙姫に声を掛けられたが、僕には乙姫に答える言葉を持たなかった。

 

「……逃げたいのなら、それでもいい。あなたは総士じゃないんだもの。あなたに痛みは背負えない」

 

 第一声はとても厳しく冷たい声だった。続けて放たれた第二声はとても柔らかく包み込んでくれる様な声だった。

 

「でも逃げた先でいったい何があるの。皆城乙姫を未来に連れていく約束は嘘なの?」

 

「僕は……」

 

 また、冷たい声だった。僕に失望しているかの様に一切の暖かさはない。僕を責め立てるのならそうしてくれ、そうしてくれた方がまだ気が楽だ。

 

「あなたが望んだから皆城乙姫はそこにいる。あなたが逃げたら皆城乙姫はどうなると思う? そんなことで破るような約束なら最初からしないで!」

 

 妹に怒られる情けない兄だ。仲間を守れなくて当然だな。

 

「その時は、わたしの命は岩戸に還るだけ。それがわたしの運命だから」

 

 優しげな声で乙姫は僕に言う。そうだ。それが嫌だと僕は乙姫を未来に連れていくと言ったんだ。

 

 仲間の命を守れなかった僕に妹の未来を背負う価値があるのだろうか。

 

「そんなことはさせない。させたくない。乙姫、君はここにいるべきだ」

 

 批判でもなんでも受けよう。それが僕の責任だ。戦闘指揮官として皆の命を預かる僕の仕事だ。

 

「痛みは皆城総士の祝福なら、僕の祝福は苦痛かもしれないな」

 

「総士……」

 

 未来の為に苦しんでも悩んで、悩んで悩んで悩み抜いて、選択した答えを選ぶ。

 

 それに痛みが伴うと言うのならば甘んじて受けよう。甲洋を守れなかった。その事を忘れず皆の命を今度こそ守ろう。

 

「甲洋の所にいく」

 

 それでも甲洋にしてやれることが僕にもあるはずだ。甲洋はまだ戦っている。心がなくなっても記憶はなくならない。甲洋の時間はまだ止まっちゃいない。

 

「……それがあなたの選ぶ道なんだね」

 

「何が出来るかわからない。なにも出来ないかもしれない。それでもなにか出来るかもしれない。選択肢を潰すのは簡単な事だ。選ばなければいい。だが僕はそれをするつもりはない」

 

「島が甲洋を祝福するとしても?」

 

「人の心を取り戻せるかは賭けだ。ならその為の楔を打ちにいくだけだ」

 

 自分の存在が人から外れる行為だとしても、それで少しでも何かが変えられるのなら、僕はその道を行く。人の心を忘れない限り、たとえフェストゥムの側の存在になったとしても人であり続ける事は出来るのだから。

 

 悲しげな目をする乙姫に背を向け、僕は下層ブロックに降りるエレベーターを目指す。だがそんな僕の服を掴まれた。

 

「その前に千鶴の所にいこ? そんな姿で行ったら甲洋もびっくりしちゃうよ」

 

「え?」

 

 乙姫に言われて気付いた。ぽたぽたと滴り落ちる赤い液体。額から流れているそれ。

 

「うっ、がああああっっ」

 

「っ!? 総士!!」

 

 頭の中を駆け巡る映像(ヴィジョン)。小さな男の子がふたり、並び合っていた。

 

「ダメっ、いっちゃダメ総士!! 帰ってきて総士!!」

 

 乙姫の声が遠退く。身体の感覚がなくなっていく、自分の存在がきえていく……。ああ、知っている。このかんかく……、甲…洋……。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 甲洋に会いにいくと言った総士。総士が選んだ未来。それが一番総士を苦しめている。

 

 身体が結晶に包まれていく総士を抱き締める。総士を守るために。身体を結晶が傷つけても、身体が共に結晶に包まれていっても、わたしだけは総士と一緒に最後まで存在する。この命は総士がいるから存在出来ている。だから総士がいなくなるなら、わたしの命も一緒にいなくなるだけ。

 

「総士……」

 

 総士の心が消えていく。総士は自分の存在がいなくなる事を望んでしまった。それでも存在する事を選ぶことで総士の存在は保たれていた。切っ掛けはきっと血だ。流した血。総士が流した血は傷の証し。総士が総士である証し。傷が総士である証しだから、総士が総士を同化している。そんなことはさせない。わたしは総士だから守りたい。わたしは総士だから未来を託したい。わたしたちは総士だから一緒にいたい。

 

「総士っ!」

 

 身体の大部分が結晶に包まれていく。総士の心を取り戻す何かがあれば総士に総士を同化させずに総士を取り戻せるのに。

 

『……総士、それを拒んで』

 

「あなたは」

 

 誰かが総士の肩に手を触れると、総士とわたしたちを包んでいた結晶が砕け散り、わたしに総士の身体が凭れ掛かる。……総士の心を感じる。よかった。

 

『ごめん。おれが勝手な事をしたから、総士に重荷を背負わせた』

 

 総士に似ている顔の存在。髪の色も似ている。その体格さえ総士に似ている。

 

「どうしてあなたがここにいるの」

 

『……ただおれはもう一度、総士と一緒に空は綺麗だって思いたかっただけなんだ』

 

 ミールが不在のままその存在を求められた存在。

 

『総士に勝手な事をしたのはおれなんだ。痛みを広げない為に。でもその所為でたくさんの痛みを背負わせた』

 

 後悔する様に、懺悔する様に、目の前の彼はわたしに言葉を紡ぐ。涙さえ流しながら。

 

『その時が来るまで見守るつもりだったけど……』

 

 警報が鳴り響く。感じる。強い存在が島に近付いている。

 

「総士をどうする気」

 

 目の前の存在を睨みながら問う。総士になにかするつもりなら敵として対処する。総士はわたしたちが守る。

 

『なにもしないよ。ただおれは総士を痛みから守りたいだけ』

 

 防衛圏内に現れる1体のスフィンクス型。

 

『話そ。君たちとまた話せるのは嬉しい!』

 

 総士に似た顔で、総士が浮かべない様な無邪気な顔で、目の前の彼はわたしたちにそう言った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「おれの名前は、来主 操。戦いに来たわけじゃないよ」

 

 まるで人間の様に話す目の前の少年。だがその少年が普通の存在でないことを我々は目の当たりにしている。

 

「来主 操。同化した人間の名か?」

 

 ソロモンの解析ではスフィンクス型であるらしいが、フェストゥムとは思えない程流暢に人の言葉を口にしている。同化された人間も見てきたが、それでも話す言葉は片言であった。

 

 フェストゥムとの対話。まさかこの様な形で実現しようとは。

 

「違うよ。皆城総士の知識を使って、おれの存在を君たちの言葉に当て嵌めるとそうなるんだ」

 

「お前の存在だと? お前たちに個性があるのか?」

 

 フェストゥムのことに関しては未だ謎は多い。この対話で少しでも何かが掴めると確信がある。しかし総士君の知識を使ったと言った。それはどういう事なのだろうか?

 

「お前は皆城総士とどういった関係になる」

 

「おれと同じ心を持つ存在。ねぇ、おれも質問していい?」

 

「あ、あぁ…」

 

 まさかフェストゥムに質問をされる事になるとはな。紅音がいたらどう思うのだろうか。

 

「空が綺麗だって、思ったことある?」

 

「空? あ、あぁ…」

 

「それが答えだよ。空が綺麗だって思った仲間を探したら、彼がいたんだ」

 

「どういう事だ。皆城総士がお前たちの側の存在と対話していたというのか」

 

「そうでもあるし、そうともいえない。でも今の人類で一番おれたちの事を理解しているのは彼だよ。でもその所為で苦しんで、今その存在が消えようとしている。だからおれは来たんだ。彼にいなくなって欲しくないから」

 

 悲しげに、そして何かを悔いる様な表情を浮かべる来主操。まさかフェストゥムが人の感情を獲得するまでに至ったとでもいうのか?

 

「彼を痛みから守りたい。それがおれの望むことだよ」

 

「痛みから守る…? 戦いから遠ざけると?」

 

「違う。痛みから遠ざけたら彼は消えてしまう。だからおれが守るんだ。おれなら痛みから彼を守ることが出来る」

 

 フェストゥムが個性を持ち、その個体が個人を守る。彼の言う痛みが戦いという意味とは少し違うのだろうということは読み取れたが。その痛みが何であるかはまだ掴めない。しかしまるで人間と対話しているかのように話はスムーズに進んだ。

 

「お前がこの島にいて、お前たちがこの島の所在を掴むのではないか?」

 

「完全に、とはいえないけど。おれの存在はミールとはまた別だからあまりかわらないと思う。それでも信じられないなら渡せるものを渡すよ」

 

「渡す? 何をだ」

 

「今の君たちにはないもの。彼が欲しがっているもの」

 

 今一要領を得ないが、こちらの疑いに対して提供品で敵意を削ぎ妥協案を引き出そうとしている。これも総士君から知識を得た影響か。

 

「お前の様な存在は他にもいるのか?」

 

「おれは少し特別。だけど個性を持ち始めている存在もいるよ」

 

 フェストゥムがこの星にやって来て30年は経つ。多くの血が流れたが、ようやくフェストゥムと人が歩み寄れる日が近付いているのだろう。

 

「お前との対話は引き続き可能か?」

 

「うん。君たちと話せるのは嬉しい」

 

 無邪気という言葉が当てはまる笑みを浮かべる来主操。いったいこの短い時間で何れ程のフェストゥムの進歩を目の当たりにしたのだろうか。

 

「っ!?」

 

「どうした?」

 

 無邪気な顔が一変し、何処か彼方を見つめる来主操。まるで楽しい時を邪魔されて不機嫌になった人間そのものだ。

 

「来るよ。痛みをしらないのに痛みを広げようとする彼らが」

 

「フェストゥムが来るのか!?」

 

 ソロモンよりも早く敵の出現が感じられるのは同族だからだろう。警報が鳴り響く。そして来主操は立ち上がった。

 

「おれがいくよ。君たちに見せれば信じてくれるでしょ?」

 

「仲間と戦う気か?」

 

 フェストゥム同士で戦うなど有り得ない事だった。だが目の前の存在は個性を持っている。

 

「彼らは違う。痛みを知らないのに痛みを広げるんだ。おれは嫌いだよ、そんなの」

 

 まるで人間の様に、気に入らない存在を拒絶する言葉を残して来主操は消えた。

 

 人とフェストゥムとの共存。彼は我々の目指すその目標に適う存在であるのだろうか。

 

 

 

 

 

to be continued



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皆城総士になってしまった…17

やっと第三のヒロインを書けることに筆がノリノリです。なおこっちの来主も総士病を患っているもよう。

今回のイメージBGMは「禁忌」って所ですかね。あの曲癖になってついリピートで聴いちゃうんですよね。


 

 今日は二度も立て続けに警報が鳴った。なのに――。

 

「出撃しなくて良いって、どういうことなんだ父さん!」

 

『……総士君が倒れてシステムに乗れる者がいない。システムとのクロッシングがなければフェストゥムの読心能力に対抗出来ん。よってお前たちの出撃は見送る』

 

「じゃあ誰が島を守るんだ!」

 

 総士が倒れたなんて聞いてない。今すぐにでも様子を見に行きたい。甲洋の事もあって昨日はまともに話せなかったし顔も見てない。なにかケガでもしたのか? 体調が良くないのか? 甲洋の事で気が滅入って倒れたのか? 今すぐ総士の所に行きたい。でも敵が来てるなら戦わないと、総士の代わりに俺が戦わないと。

 

『みんなはそのままでいて』

 

 頭の中に声が響く。総士の妹――乙姫の声だ。

 

「そのままって、どうして」

 

『わたしが代わりに行くからだよ、一騎』

 

 モニターに映る黒い機体。何度か一緒に戦ったファフナーだ。

 

「なんで、マークツヴァイが!?」

 

 そうだ。マークツヴァイのパイロットは蔵前だ。でもその蔵前も今ここにいる。なら誰が動かしているんだ?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 果林には悪いけど今私が使える器はこれしかない。

 

 シナジェティック・スーツはないから結構痛かった。しかも総士に選んで貰った下着もダメになって少し不機嫌。でも流石に脱いだりして接続するのは違う気がするし、見せるのは総士と芹ちゃんくらいって決めてるもん。

 

 わたしのマークツヴァイの隣に降りてくる強い力を感じる存在。赤いフェストゥム。

 

「あなたスフィンクス型だったはずよね?」

 

 わたしの記憶が間違っていなければスフィンクス型の個体だったはず。わたしは総士の又聞きの様な感じで未来を知っている様なものだから総士程物事を細かく覚えているわけじゃない。

 

『そうだよ。でも器が弱いと総士を守れない。だから新しく生まれたんだ』

 

 エウロス型。強力な同化能力と人類のものを模倣した武器を使うフェストゥム。ディアブロ型とは違う方向性に進化したフェストゥム側のザルヴァートル・モデルに近い存在。複数で集まればアザゼル型にすら対抗し、リミッターが着いていて一騎がハンデを抱えていたといっても、マークザインと互角に戦える個体。

 

「総士を守るのはわたしの役目よ。勝手にでしゃばらないで」

 

『でも君じゃ痛みを癒せても痛みからは守れない。でしょ?』

 

 現れた敵はスフィンクス型。顔はないけれど太い四肢を持つその特徴のある個体は知っている。

 

「力押しで来る気?」

 

『彼らも試しているんだ。どうすれば島を同化できるのか』

 

「そんなことはさせない。わたしたちの島に手は出させない!」

 

 ルガーランスと同化する。自分の腕が武器であることを受け入れる。人には出来ないけどわたしなら出来る。総士の為にどうありたいのか、わたしにはそんなこと簡単すぎる。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

 スフィンクス型の問い。その声に答える人間はいない。

 

『いるよ。おれはここにいる!』

 

「見ればわかるでしょ!!」

 

 だから答える。自分は確かにここにいるのだと。

 

 彼の姿が消える。ゼロ次元移動。

 

「跳びなさい、マークツヴァイ!」

 

 ファフナーはミールの欠片をコアとして使っている。人の造ったフェストゥムとも言える存在。人が扱うために力をかなり制限されてしまっているけれど、人でないものが使えば絶大な力を発揮できる。

 

 わたしのような人でありながらフェストゥムでもある存在が乗ることでどの様になるかは目の前にいた存在が証明している。そしてわたしの力なら超次元現象を扱うことさえ出来る。ただその為には同化を繰り返しながら個体であることを保てる存在でなければここまでの力は発揮できない。

 

 シールド圏外でスフィンクス型を迎え撃つ。彼が腕をライフルに変えて攻撃している。

 

『無駄にすばしっこい…っ』

 

「その程度で本当に総士が守れるの?」

 

 ルガーランスが展開する。プラズマが銃身の中を荒れ狂いエネルギーが剣となる。

 

「やあああああっ」

 

 巨大なプラズマ刃を形成したルガーランスを降り下ろした。スフィンクス型はその図太い体躯に見会わない早さでこちらの攻撃を避けた。でも右腕は貰った。

 

『消えた?』

 

「隠れただけよ。でも見つけかたは知ってる。構わないからミサイルを撃って!」

 

『……あまりコレは撃ちたくないんだけどなぁ』

 

「総士を守るって言ったならずべこべ言わずにやりなさい!」

 

『君、なんだか感じが恐いよ……』

 

 彼がミサイルをあらゆる方向に放つ。核ミサイル程じゃなくても大きな爆発が至るところで起こる。もしこのスフィンクス型がわたしの知る存在ならこの方法で見つけられるはず。

 

「光学…熱…、電子、電波、音波探査……反応なし。なら気圧変化、見つけた!」

 

 ルガーランスを投げ槍の要領で投げる。パワーもみんなが乗っているときの数倍はある。投げつけたルガーランスがスフィンクス型の胸に突き刺さる。でもコアは外した。

 

「今よ、撃ちなさい!」

 

『彼の記憶だと、こうだね!』

 

 腕をライフルに変化させるのではなく態々両手で構えてスナイパーの様に銃口を彼は向けた。

 

『狙い撃つよ!!』

 

 放たれた弾丸がスフィンクス型の胸。コアのある部分を撃ち抜いた。それでもまだコアを破壊できていない。

 

『撃ち抜けなかった!?』

 

「問題ないわ…」

 

 傷口は作った。マークツヴァイを疾走らせる。ほぼ飛んでいる様な速さで。

 

「そう言えば、芹ちゃんがお世話になったね」

 

 スフィンクス型の傷口に向けて右手を捩じ込む。

 

 もがき苦しむ様に暴れるスフィンクス型がその図太い腕で殴ってきた。でもその攻撃を余っている左手で受け止め、踵落としをスフィンクス型の腕にキメ、その腕を引き千切る。

 

「痛い? でも芹ちゃんはもっと痛かったよきっと」

 

 ニーベルングに接続している右手が結晶に包まれていく。

 

「わたしがやる。総士が出来ないなら、わたしが命を保つ。だから――」

 

 コアを鷲掴み、スフィンクス型の胸から引き抜く。

 

「貰うよ。あなたの生命(そんざい)を!」

 

 スフィンクス型のコアが砕け散る。生命を得る感覚……総士と一緒。あぁ…、こんなに気持ちいいんだ。

 

『敵はいなくなったよ。とりあえずは』

 

「そう。なら帰るわよ」

 

『君ってそんな感じだったっけ?』

 

「わたしはわたしよ。あなたこそもっと子供みたいでよく喋る存在だった」

 

『おれはおれだよ…』

 

 互いに噛み合わない会話をしながらマークツヴァイを帰還させた。乗るときは人目を盗んで行ったけど、帰りはそうもいかない…か。

 

 人の姿に戻った彼を連れて地上エレベーターからブルクに機体を戻せば大人たちが集合していた。

 

「本当に皆城乙姫が乗っていたのか」

 

 保がわたしの姿を見て信じられないといった顔をしていた。といっても前例がないわけじゃない。

 

「コアが自ら戦場に立つ様になるとはな」

 

「戦える人が戦う。この島はいつもそうやって来た。今回はわたしの番だっただけ」

 

 史彦の言葉にわたしはそう返した。甲洋の事で一騎も元気がない。翔子も隠しているけど元気はないし総士とクロッシングしているからあの強さがある。総士が大まかなイメージを翔子に送ってそれをもとに翔子は戦っている。だから今はまだ翔子一人で戦わせることもできない。一騎と翔子を戦わせられないなら他のみんなが戦ってどうにかなるものでもない。だから少しでも未来を知っているわたしたちが戦う方が犠牲を出さずに済む。

 

 この島はいつだってそうだった。誰かのために誰かが戦って平和を勝ち取ってきた。

 

 わたしだって総士を痛みから守ることくらい出来る。

 

「彼に会わせて。まだ彼がいなくなる前に」

 

「着いてきて」

 

 大人たちがあけた道をわたしは彼を連れて歩き出す。医療ブロックのカプセルの中で総士は眠っている。

 

 カプセルを開けると彼は総士の身体に触れた。そして二人の身体が結晶に包まれていく。

 

「なにをしているの」

 

「総士を眠らせているんだ。総士は彼の心の隙間を突いて彼を同化しようとした。だから今彼を起こしてもまた同化が始まってしまう」

 

「どうにか出来ないの?」

 

「これは彼と総士の問題だからおれたちにはどうにも出来ない。総士を消してしまったら彼も消えてしまう。そんなの嫌でしょ? おれだって嫌だ。やっと彼と話せるんだから、話さないで消えて欲しくない」

 

「無に還りたがるフェストゥムの言葉とは思えないわね」

 

「産まれる嬉しさを知っているからね」

 

 日野美羽によって産まれる事を学んだミール。存在することの苦悩を知るフェストゥム。

 

 わたしでも観測仕切れない未来が訪れ始めている。

 

 その未来が希望に満ちている事をわたしは祈るしかない。

 

「だから守ってみせる。総士の分まで総士の未来はわたしが守る」

 

 それがわたしがここにいる理由だから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 総士がどうしておれたちの側にやって来たのかはわからなかった。でも総士が無の中に消えてしまいそうだった。それが嫌で、おれは総士を助けたいと思った。一騎と一緒に空を見ていて欲しかったから。そして総士や一騎が少しだけでも痛みを感じない様に贈り物を送った。痛みを消したいわけじゃない。痛みは生命の証しだから。でも痛みを感じなくて済むのならそれは一騎たちにとってもいいことだと思った。

 

 総士を無の中から助けたのに総士は総士じゃなかった。総士がおれたちの側にやって来た理由がわかった。総士がおれたちの側の存在になってしまったから、一騎を同化するくらいなら自分の存在が消える事を選んだ。でもおれは総士に消えて欲しくなかったから、心を消した総士に心を与えた。その結果彼という存在が生まれた。

 

 総士だけど総士じゃない総士が生まれた。そんな総士におれは痛みを背負わせた。その所為でたくさんの痛みをさらに背負わせた。

 

 彼は総士として存在しながらおれをどう思うんだろう。逃げたい、恐い、でもこれはおれが負うべき痛みだから。

 

「こんにちは、一騎」

 

「なんで、俺の名前を」

 

「総士に聞いたんだ。一番仲の良い友達だって」

 

「…そうか」

 

 一騎から伝わってくるのは喜びだった。総士が一番仲の良い友達っていうのはおれが思っただけだけど、多分間違いはないと思う。

 

「ねぇ、聞いても良い?」

 

「あ、あぁ…」

 

「空が綺麗だって、思ったことある?」

 

「空? ああ。あるよ。空って、綺麗なところなんだ」

 

「そっか。空が綺麗だって、思ってくれて嬉しい」

 

 前は短い時間しか話せなかったけど、でも今はたくさん話す時間がある。

 

「お前も思うのか? フェストゥムなのに空が綺麗だって」

 

「うん。空は綺麗なんだ。でもおれの仲間はそんなこと誰も思わない。だから空が綺麗だって思う仲間を探した。そうしたら総士が居たんだ」

 

「総士が…?」

 

 彼も空が綺麗だって思う存在だった。総士の人としての存在をもとに生まれた存在だから総士と同じ様に空を綺麗だって思ってくれるとは思ったけど、彼は総士だけど総士じゃない。おれがおれだけど新しく生まれたように。皆城乙姫が皆城乙姫だけど皆城織姫として生まれたように。

 

「お前、変わったやつなのか?」

 

「人の言葉で表現するならたぶんそうなる」

 

「どうして総士を守るんだ?」

 

「彼に消えて欲しくないからだよ」

 

「消えるって、総士に何かあったのか?」

 

 今の一騎になにをどう伝えたら良いかおれにはわからない。それを伝えるのは総士の役目だから。

 

「それはおれには話せない。それは総士が一騎に伝えることだから」

 

「総士が、俺に?」

 

 目が見える一騎と話せて嬉しい。でもまだ存在の力を手にしていない一騎は目を離したら消えてしまいそうな感じだった。

 

「君は、そこにいる? 一騎」

 

「俺は……」

 

 おれの知っている一騎ならそこにいると答える。でも今の一騎は自分の存在に悩んでいる。消えてしまいたいと思っている。でも総士の為に存在したいと思っている。だからいるだけ。どこにもいないのにそこにいる。誰かが一騎の存在を繋ぎ止めないと一騎は平気でいなくなろうとする。

 

「どうして総士だったんだ? 他にもたくさん人間はいるのに」

 

「彼がおれたちを理解した人間だからだよ」

 

 おれが背負わせた痛み。でも彼はその痛みを喜んだ。喜んで、その痛みからおれたちを理解した人間。この島のミールにさえも影響を及ぼす程の存在になった。

 

「お前たちを、総士が?」

 

「そうだよ」

 

 一騎の母親。真壁紅音もおれたちを理解した最初の人間だった。でもそれも今は伝えることじゃない。

 

「どうして総士なんだ。総士はなにをして、なにを知ったんだ」

 

 一騎は総士の事を知りたがっている。でも言葉で伝えても総士の事は理解できない。島にいるだけじゃわからない。どうして総士がこの島を楽園だといったことを。

 

「総士は外の世界を知ってる。総士を理解したいのなら、先ずはそこからだよ。一騎」

 

「外の世界……」

 

 総士みたいに痛みを背負わせることをおれには出来ない。それは総士が決めたことだから。でも一騎が総士を理解したい気持ちもわかる。おれも皆城総士を理解したかったから。そして彼を理解したいから。

 

 だから一騎も知る必要がある。島以外の世界を。なにをもってこの島は特別なのかを。それは今のままの一騎じゃ出来ないことだから。

 

 行く先が闇でも、光を追い求めた。ただ前を見て歩き続けた。人を理解したくて、傷つけて、傷を負わせて、痛みを広げて。だから生まれてきた意味を少し理解できた。生きることの苦しさと産まれることの嬉しさをしった。だから進むことを止めない。だってそれが生命になることだから。

 

 

 

 

to be continued…




来主「ねぇねぇ、総士。どうだった? 上手くできた?」

総士()「極めて平凡だ」

来主「えー……、皆城総士の知識を使って頑張って考えたのに…」

総士()「仕方がない。ポエムの書き方を教えよう」

乙姫「皆城総士のテクニカルなポエム。毎月11日に竜宮島書店にて500円で発売中だよ♪ あ、でもかなり人気があるから買うには整理券を受け取ってね」

来主「おれも買ってこようかな?」





スパロボ中断メッセ時空だとこんな感じかな。


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皆城総士になってしまった…18

1話進ませるだけでどれだけ話数を使うのか想像もつきませんわ。1話5000文字がちょうどいいと言われているしちょうどそれくらいが纏まりつくんですが、そのわりには内面描写で文字を使い結局はあまり進まないというジレンマ。




 

 闇の中に漂う意識。何処からが自分で、何処までが自分なのか曖昧な世界。

 

 ここはいったいどこだ……。僕はいったい……。

 

「ここは存在と無の地平線。その先にある場所だ」

 

「お前は……」

 

 そこには僕が……いや。僕じゃない。左目に傷を持つ存在。

 

「皆城総士……」

 

 今の僕よりも大人である彼。5年後。生存限界の中で戦った虚無の担い手。

 

「それは君もだ。皆城総士」

 

「僕が……、皆城総士…?」

 

 違う。僕は皆城総士じゃない。僕は彼とは違う存在だ。

 

「そこにいることを選んだとき、存在は生命(いみ)を持つ。君は選んだんだろう? 皆城総士でいることを」

 

「僕は……」

 

 そうだ。僕は皆城総士になることを望んだ。未来を知っているから、皆城総士になってしまったのなら、僕に出来ることは皆を守ることだけだ。

 

「それでも甲洋を犠牲にした……」

 

「それでも守れた命は多い」

 

 だからなんだ。皆を救えないと意味がない。皆を守れなければ意味がない。僕が存在している理由はただそれだけなのだから。

 

「生命を救う事は正しいことだ。だがすべての命を救えるはずがない。僕たちが存在と無の力を手にしていても多くの命を救えなかった様に」

 

「割り切れというのか? 犠牲は仕方がないことだと割り切れと!」

 

「違う。歩みを止めるなと言いたいだけだ。選べ、何度でも。そこにいることを選び続けろ」

 

「選ぶ……僕が…?」

 

 それは一騎が来主に送った言葉だ。悲しいからと諦めないで、()()にいることを選び続ける。

 

「世界に満ちる果てしない痛み。そのすべてに還る場所がある。お前の還るべき場所もそこにある」

 

「僕の……還る場所…」

 

 僕の還る場所。……帰りたい場所。

 

 たとえ皆城総士でなくなったとしても、僕には帰りたい場所がある。

 

「くっ…!」

 

 身体に結晶が生えてくる。同化現象……。

 

「苦しみに満ちた生でも、そこにいることを選び続けることが出来るのか?」

 

「ぐぅっ!!」

 

 傷を持たない皆城総士がいる。フェストゥムの側、無の中にいる皆城総士。一騎とひとつになりたいと思った皆城総士。

 

「それの何がいけない。人はひとりでは生きてはいけない。他者を求めるのは人の本質だ」

 

「なら何故一騎を同化しようとした」

 

 僕にはわかる。自分の存在がわからない。だけど僕を僕として必要としてくれる存在がいる。だから僕は僕でいようとした。皆城総士として皆を守り、皆城総士として皆と戦い、皆城総士として存在することを。

 

「一騎に傷つけられても共にいなくなりたかった。何故お前はそれを選んだ」

 

「いけないことか? 自分を理解してくれる者とひとつになりたいと思うことは、生命をもつ者が思う本能だ」

 

「ひとつになって消えることが相手を想うことだというのなら、僕は存在し続けることを選ぶ。痛みを伴っても存在し続けることが他人を感じられる唯一の方法だ」

 

 ひとつになりたいと思うことは確かに人が持つ感情だ。だがそれで本当にひとつになってしまっては相手の存在を感じることは出来ない。自分の存在を感じてくれる相手がいるから互いにひとつになれる喜びを得られるのだから。

 

「お前とはわかりあえない」

 

「対話を放棄する事は存在を否定する事と同じだ」

 

 虚無の担い手であっても、自身がその虚無そのものになることは違う。虚無の担い手であってもそこにいることを選び続けるから、虚無に呑まれることもなく無の力を手にする事が出来たのだと僕は思う。

 

 身体を包む結晶の侵食が止まる。左目が疼く。

 

「僕はここにいる。お前はどこにいる」

 

「前はいた。今はもういない」

 

「なら何故会話をする。お前は何故そこにいる。いないのなら何故お前はここにいる」

 

「ぐあっ」

 

 傷を持たない皆城総士の胸に結晶が生える。痛みを堪えるように胸に手を当てる皆城総士。

 

「痛みから逃げて、存在する事を拒んだお前に、僕を同化出来ると思うな!」

 

「ぐっっ」

 

 身体を包んでいた結晶が砕け散る。左目が痛む。それでもこの痛みは僕の存在の証しだ。

 

「痛みは僕の祝福だ。君はどう世界を祝福する」

 

「僕は――ここにいる事を選ぶ。痛みを伴おうとも存在を選び続ける。還る場所がそこにある限り、僕は何度でもそこに帰る」

 

「ぐあああああああ!!!!」

 

 傷のない僕が胸から生えた結晶に身体を侵食されていく。

 

「存在を選ぶ事が僕の祝福だ!」

 

 結晶が砕け散る。傷のない僕が消えた。いや、違う。

 

「これが、同化か」

 

 左目が突き刺さる様な痛みを発する。瞳から流れ出すもの。……涙ではなかった。

 

 赤い滴。命である証し。だが血が通っているから命というわけではない。血が通っていなくてもひとつの生命(そんざい)として存在し、存在する事を苦悩して答えを出した存在を僕は知っている。

 

 存在する事が生命になるということだと僕は思う。だから彼もひとつの生命だったのだろう。僕が皆城総士でなくても存在する事を選んで今日まで生きてきた様に。

 

「存在と無の共生。その道を選ばせる為に僕は君にあらゆる記憶を与えた」

 

「僕が他の存在だった記憶も作り物だったと?」

 

 皆城総士と向かい合って僕は会話をする。

 

「確かに竜宮島は楽園だった。だがそれ以上に平和を知る心が、平和を尊ぶ心が必要だった」

 

「無に抗う為か……」

 

「そうだ」

 

 自分の存在の根源がなにもない作られた存在だったとしても、僕はここにいることを選び続ける。その答えを得た。

 

「存在を選び続ける事が僕の祝福だ。もう無に囚われたりはしない」

 

「…僕は君にたくさんの痛みを背負わせた。今までも、そしてこれからも」

 

 先輩たちを救う事は出来なかった。その悔しさを胸に蔵前や羽佐間を救った。甲洋の事は僕の責任だ。だから僕は存在する事を選ぶ。いなくなることで痛みから逃げない為に。

 

「それでも存在する事を選ぶさ。僕の還る場所を守る為に」

 

「そうか……」

 

 皆城総士の存在が薄れていく。代わりに胸の中に温かい物を感じた。肌身離さず持っていた結晶に生命の暖かさを感じる。

 

「お前はどこにいくんだ?」

 

「僕の生命は既に受け継がれた。ここには最後の忘れ物を届けに来た様なものだ」

 

「存在と無の循環。その廻りの中で何度でも一騎と出逢う為に、か……」

 

「君がその存在に至る事はないだろう。存在を選び続ける限り、君は存在し続ける」

 

 まるで僕が望む限り死がやってこない様な言い振りを皆城総士は僕に言った。永遠の存在。それに僕がなるというのか。

 

「ゾッとしないな。僕は皆と生命を終えたい。人は何時か生命を終えて次に託すものだ。僕も乙姫もそうである様に」

 

 だがその時までは僕はこの祝福と共に行き続けよう。自分の存在が変わったとしても存在し続けよう。皆と生きる為に、皆を守る為に。皆と帰る為に。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの島から帰ってきてから春日井くんも皆城くんも姿を見せない。

 

 知っていたのに、私は目の前のことで精一杯で。春日井くんを助けられなかった。

 

 みんなで春日井くんのお見舞いに行った。ショコラも連れて。春日井くんとお散歩に行った日に、私はショコラを春日井くんから預かった。帰ってきたらまた一緒にショコラのお散歩をしようねって約束したのに、私はその約束を守る為に頑張らなかった。

 

 こんな痛みを、皆城くんはひとりで背負っていたんだ。

 

「まだ彼の心は消えていないよ」

 

「来主…?」

 

「アンタっ」

 

 春日井くんのお見舞いをしている私たちの前にあの子が現れた。来主 操。フェストゥムなのに心を持った存在のあの子が。

 

「お願い来主くん。春日井くんを治して」

 

「そうだ……、来主、お前なら甲洋を治せないのか?」

 

「治せるならさっさと治しなさいよ! アンタたちがやったことでしょ!」

 

 みんなの視線が来主くんに向く。それに来主くんは申し訳なさそうな顔を浮かべて答えた。

 

「おれには出来ない」

 

「っっ!!」

 

「咲良!」

 

 出来ない。それは治せないという現実を私たちに突きつけた。咲良がそれに凄い剣幕で来主くんに掴みかかろうとするのを一騎くんが止めた。

 

「離しな一騎! こいつらの所為で甲洋はっ、父さんは!!」

 

 今にも殴りかかろうと一騎くんに止められながらも暴れる咲良。咲良はフェストゥムが島を襲った日にお父さんを亡くした。そのお父さんの仇を討つ為にファフナーに乗っている。だから人の姿をしていても来主くんが憎くて堪らないんだろう。

 

「君はおれに憎しみを感じるの?」

 

「当たり前よ!! アンタたちが居なければ父さんは死ななかった! 甲洋もこんなことにはならなかった!」

 

 憎しみを来主くんに向ける咲良に私はハラハラしながら二人を交互に見ていると、真矢がもう一度来主くんに言った。

 

「春日井くんのこと。本当に治せないの?」

 

「うん。彼の存在は同化されて存在と無の地平線に居る。今治しても彼はただそこにいる存在になってしまう。彼が存在の側に来たときはじめて彼を取り戻す事が出来る」

 

 来主くんの言葉にみんな理解が追いつけていなくて言葉をなくしている。仕方がないよね。認識制限コードの所為だけじゃない。私たちはまだフェストゥムについて知らないことが多すぎるから、来主くんのいう言葉の意味を理解できない。

 

「今治しても、一生寝たままだっていうのか?」

 

 近藤くんの言葉にみんなの目が今度は近藤くんに向く。

 

「皆城総士の知識に当て嵌めて表現するなら彼のいう通りだよ。彼の人としての心は同化されてしまった。今治しても心のない存在になってしまう。人の心は本当に難しいんだ。だから彼自身が自分の存在を望んだ時でなければダメなんだ」

 

 私だけが今、来主くんの言葉の意味をわかっている。でもそれは春日井くんの人としての人生を歩めない時がやって来ることになる。皆城くんはそれが嫌で春日井くんを守ろうとしていた。それにどんな変化が未来で起きてもみんな一緒でなら乗り越えられると信じて。

 

 そこからみんな言葉もなくて解散になった。真矢に一緒に帰ろうと誘われたけど、私は聞きたいことがあったから残ることにした。

 

「来主くん。皆城くんはどこにいるの」

 

 訓練にも姿を見せなくて、果林ちゃんも姿を見ていなくて、見掛けたら教えてとも頼まれる程皆城くんは何処にも姿がない。だから来主くんに訊くことにした。この子なら皆城くんの居場所も知っていると思ったから。

 

「無の中。今、総士はそこで戦っているよ」

 

「無の中って……」

 

 皆城くんに何があったのか。どうしてそんな所で戦っているのか。またひとりで全部背負っているの?

 

「存在と無の共生。総士が総士である為に総士は戦っているんだよ」

 

 皆城くんが、皆城くんであるために。その言葉の意味を私には理解できない。でも存在と無の共生という気になる言葉を来主くんは口にした。

 

「皆城くんは何をしているの?」

 

「自分の存在を取り戻しているんだ。その結果、自分の存在が消えてしまうとしても、対話の先に総士の未来があるから」

 

 とても辛くて、悲しげな顔を来主くんは浮かべている。皆城くんを庇い続けて、同化じゃなく、一緒に存在する事を選んだ来主くん。そんな来主くんが、少し羨ましい。

 

「来主くんは皆城くんが好きなんだね」

 

「すき…? 好きって、どういう事?」

 

「え、えーっと…」

 

 身を乗り出して私に「好き」という意味を訊いてくる来主くん。

 

 嬉しい。悲しい。人の感情を持ってもまだ来主くんは人の感情すべてを理解しているのわけじゃないみたい。

 

「相手の事を考えると嬉しくなったり、一緒に居たいって気持ち……かな?」

 

 あとは胸がドキドキするとかもあるけど、そこまでいうと私には説明出来そうにないから、わかりやすい例え話しで来主くんに「好き」という感覚を私なりに伝えてみた。皆城くんならもっと上手く出来たのかな?

 

「…好き……好き……おれは、総士が好き……?」

 

 好きということがまだわからなくて首を傾げる来主くん。でも皆城くんを守っていた来主くんならきっとその気持ちもわかると思う。

 

「来主くんは嫌いって思いはわかる?」

 

「それならわかるよ。人類の火も今のおれの仲間も嫌いだ」

 

 嫌いという感情がわかるなら、好きという感情は伝えられる。

 

「その反対が好きっていう感情なの。その相手と一緒に居たい。一緒にいると嬉しい。その相手の為に何かしてあげたい。それが好きっていう心なの」

 

 私が一騎くんを想う様に、真矢が一騎くんを想う様に、一騎くんが皆城くんを想う様に、乙姫ちゃんが皆城くんを想う様に。

 

「好き……それが、人の心…。これが、好きっていう感情…」

 

 今はまだ小さな変化かも知れない。でも彼等が人の感情を理解した時、争いはきっとなくなると思う。たとえ彼等が憎しみを学んでしまったとしても、愛する事を学べば生命の大切さを学んでくれる。私はそう思うことでしか世界を祝福できないから。

 

 

 

 

 

to be continued…

 

 




翔子「ど、どうかな? 皆城くん」

総士()「要点は押さえている。先ず先ずの出来だ」

来主「なんでおれは褒めてくれないの~!」

総士()「ポエムとは1日にしてならずだ。お前のポエムは希望に向かう言葉で締め括る癖がある。修正が必要だ」

来主「おれにはわからないよ。だって人って希望の為に生きているんでしょ?」

総士()「希望だけ並べ立てても希望にはならない。希望を強調する表現が必要だ」

来主「人の心はやっぱり難しいよ」

乙姫「月刊少年冒険キングに隔月掲載の皆城ポエム指南もよろしくね!」




中断メッセ風その2。


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皆城総士になってしまった…19

もう乙姫ちゃん手遅れ過ぎて結晶しか生えませんわ(パリーン

なんでヒロイン書くと私はこういう重い愛になるんだろうへんだなーふしぎだなー(シャイニー☆

そんな事を理解するか同化するか存在を調和出来る方は前に進め!身体が無事でも、心が保たない!


 

 会議室に各部署の主要人物が集まっていた。今回来主 操からもたらされたデータだ。

 

「まさかフェストゥムからこんな事を教わることになるとはな」

 

 フェストゥムの攻撃から機体を守る方法。ファフナーの対フェストゥム機構は長年研究され、ミールの欠片たるコアの力で通常兵器とは比べ物にならない程の対抗力を持つに至ったが、しかし未だフェストゥムのゼロ次元歪曲現象に対抗するには足りない部分も多かった。

 

「ひとりでも多くの兵士を生き残らせる。日野洋治の設計思想そのままだ」

 

「加えて同化現象の治療薬についても、あの島で手に入れたデータと合わせてこれから研究段階のものばかりです」

 

 チーフメカニックの保の言葉から懐かしい名を聞き、遠見先生からも希望のある言葉が漏れる。

 

 ファフナーを運用する上で彼女が一番頭を悩ませていた肉体の同化現象を抑える特効薬。これが我々になく、総士君が欲しがっていたものの正体という事か。

 

「一番症状の重い蔵前果林さんに投与したところ、短時間で効果が現れました。他のパイロットに関しても順次投与。確実に彼らの生命を守ってくれるでしょう」

 

 そうである事を願うまでだ。来主操。彼の言葉には嘘も欺瞞もない。己の思った事をそのまま言葉にしている。我々を騙そうとする魂胆はないようだ。

 

「しかしそれを春日井君と皆城君に使うなというのが解せません」

 

 近藤先生が二つのモニターを開きながら言葉を口にする。

 

 モニターに映るのは医療カプセルに入っている甲洋君。そしてキールブロックのウルドの泉に結晶に包まれて安置されている総士君の姿がある。あの人類の兵器を使うエウロス型という個体が総士君を守るように佇んでいる。

 

「それに関しては皆城乙姫からも提言がありました。時が来るまで決して手は触れてはいけないと」

 

 大人の仲では皆城乙姫と親交が深い遠見先生が彼女の言葉を伝える。

 

「春日井の息子はともかく、皆城総士に関しては彼女の言いつけを守るしかないね」

 

 オブザーバーとして参加して貰った西尾博士の言葉に我々は異見を挟めなかった。ミールの研究に関する第一人者である博士が、キールブロックに総士君が安置された意味を考えその言葉を出したのだろう。あの場所が皆城家にとって深い意味のある場所である事を知っての推察だろう。

 

「ファフナーの改良については今すぐ始められるものから順次各機体に実装予定です」

 

「最優先はマークツヴァイとマークゼクス、というリクエストを皆城乙姫直々にオーダーされたがどうする?」

 

「加えてマークノイン、マークツェーン、マークツヴォルフの建造とフュンフタイプの2号機の建造まで要望がありました」

 

 保と羽佐間先生からも皆城乙姫の言葉を聞かされる。来主操の到来で事態が動こうとしている。何より島のコアが力を求めたがっている発言をしている。

 

 ならば何故、マークエルフの名前が上がらない。なにかあるのか? 機体か……或いはパイロットか。

 

「島のコアが力を求めたがっている。それほどの敵が島を襲うというのでしょうか」

 

 要先生の言葉が皆が考えている不安を浮き彫りにさせる。たとえそうだとしても、その為に行動するのが我々の責務だ。

 

「皆城乙姫の提言に関してはすべて実行を。人員に関しては他部署からも引き抜いて貰って構わない。我々のコアの導きが。その言葉がこの島の未来を作る事を願おう」

 

 その言葉で本日の会議は解散となった。

 

「あの、真壁さん」

 

「なんでしょう遠見先生」

 

 退出する面々を見送っていると遠見先生に声を掛けられた。

 

「少し、ご相談があって。乙姫ちゃんのことで」

 

 ここでは話し難い話題なのだろう。なにより皆城乙姫個人の事なのだろう。彼女が皆城乙姫を名前で呼ぶことはそういう事なのだ。

 

「わかりました。メディカルルームでよろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

 ついでに一騎の容態についても聞いておこう。同化現象の治療薬。子供たちを犠牲にしなければならない時間が増えた事を嘆くべきが、より長い時間彼等が生きれる事を喜ぶべきか。

 

 場所をメディカルルームに移し、遠見先生から一騎の容態を聞いたあとに遠見先生からの相談の話を切り出す。

 

「真壁さんも薄々気づいているとは思いますが。乙姫ちゃんの皆城くんへの執着のことで」

 

「ふむ」

 

 それに関しては難しい問題だった。皆城乙姫と総士君の関係はただの兄妹という表現では収まりがつかないものを抱えている。

 

 島のコアと、そのコアを守るために存在する人生。

 

 そんな存在を歩まなければならない二人が普通の兄妹でいられるとは思えない。あれはうちの一騎と総士君の関係に近い。相互存在を補填しあっている様にも見える。だがそれだけならば遠見先生もそこまでの危惧を抱かないはずだ。

 

「乙姫ちゃんの中にいるもう一人の乙姫ちゃん。彼女が乙姫ちゃん以上に皆城くんを求めています。その言動は先の戦闘にも表れていました」

 

「二重人格……ということですか?」

 

「いいえ。彼女たちはひとつの器の中にふたつの存在を持っていると言っています。互いに同化しながらも存在を調和し、皆城くんの為に生きる存在だと」

 

 互いが互いに互のために存在している。並々ならぬ事情になりつつあるようだ。

 

 しかしひとつの身体にふたつの人格。二重人格とは言えない存在。互いが互いを認識している特殊なケースもなくはないが、その言葉のままに皆城乙姫の中にはもう一人の皆城乙姫が居るのだろう。

 

「もう一人の乙姫ちゃんの皆城くんへの執着は異常とも言えます。兄妹愛と表すにはあまりにも」

 

 皆城兄妹の姿は食堂を中心にアルヴィス内で周知されている。仲の良い兄妹に見えるが、それでも何処へ行くにも皆城乙姫は総士君の腕を抱いて離さない。必ず左側に立っている。唯一一騎が総士君の左側に居るときは右側に移るらしいが。

 

「遠見先生はその事を?」

 

「ええ。ですがもう一人の乙姫ちゃんだけでなく乙姫ちゃんにも言われました。皆城くんが自分達の存在を望んでくれた。そんな彼とひとつになりたいと思う事がいけないことなのかと」

 

「難しいことですね」

 

 普通の子供なら遠見先生も接し方を心得ている。遠見先生はこの島唯一の診療所を構え、島のすべての子供たちの日常の健康を守ってきた人だ。

 

 だが皆城乙姫はそんな普通の子供とは違う。彼女のその言葉がいったいどちらの側の存在として放たれた言葉か。

 

「きっと、大丈夫でしょう」

 

「え?」

 

 こういう問題は下手に大人が介入するべきではない。大人の世界にルールがあるように、子供たちは自分達の世界のルールがあるように、皆城乙姫と総士君にも互のなにかがあるのだろう。そこに他者が踏み込んでも良い結果になるとも限らない。

 

「身近な存在と会えなくて落ち着かないのでしょう」

 

 うちの一騎もこの頃は妙に落ち着きがなく集中力のないことが多い。総士君の事が気になって仕方がないのだろうが、今の総士君の状態は我々にも理解出来ないものだ。そんな状態の事を一騎に話して余計不安にさせることもないだろう。

 

「今はまだ、見守ってあげてください」

 

「……はい」

 

 皆城乙姫が自己の肯定に総士君を必要としている様に、母親として遠見先生を必要としている。我々の知らない皆城乙姫のことを遠見先生が知っていることはそういうことだ。

 

 人とフェストゥムの融合存在。そんな彼女が心を持ち、人を想う。フェストゥムである存在が心を持ち、人を想う。

 

 人と変わらず他者を想える存在になりつつあろうとしている。その先に人とフェストゥムの両者が共存できる未来がある。そうなのだろう、紅音。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「総士……」

 

 総士の部屋。総士の布団にくるまって、サイズの合わない総士の服を着て自分を慰める。

 

 でも1日が過ぎる度に、半日が過ぎる度に、一時間が過ぎる度に、一分一秒が過ぎる度に、総士がいないことに気が狂いそうになる。

 

 総士の部屋で総士の布団の中で総士の服を着ているのに、総士の温もりが感じられない。

 

 わたしが、わたしたちが甘える度に、しかたない。困ったやつだと、苦笑いを浮かべたり呆れた溜め息も時々吐きながら、それでもわたしたちを受け入れてくれた総士がいない。

 

 大丈夫。必ず帰ってくると自分に言い聞かせても平常心を取り戻せない。こんなわたしじゃ、芹ちゃんにも会えない。

 

「あいたいよぉ……総士ぃ…」

 

 会いたい。今すぐに総士に会いたい。

 

 コン、コン――。

 

 総士の部屋でゴロゴロしていたわたしの耳にノック音が聞こえた。

 

「乙姫、居るか?」

 

 珍しい。一騎がわたしを訪ねてきた。……なんで総士じゃないんだろうって、つい思いながらドアを開けながら部屋の電気を点ける。

 

「よかった。いた」

 

「珍しいね。一騎がわたしを訪ねてくるなんて」

 

 たぶん初めてのことだと思う。一騎とはまだわたしが岩戸の中に居た時に呼んだけど、まだあのときは話せなかったから。

 

「乙姫が居るなら総士の部屋だろうって、来主が言ってたから」

 

「そっか」

 

 ちょっと苦手。わたしとは別でハッキリと未来を知っている存在だから。総士に存在が近いから。

 

「総士も乙姫もアルヴィスの中に住んでたんだな」

 

「出撃には便利だからね。さ、入って。立ち話も疲れるよ」

 

「あ、えっと、お邪魔します」

 

 総士じゃなくてわたしが総士の部屋に一騎を入れる事になるなんて思わなかった。総士の不器用なお部屋紹介。わたしも好きなんだけどなぁ。だから総士がどうやって一騎にお部屋紹介するのか興味があったのに。総士のバカ。

 

「着替えなくていいのか?」

 

「あ、そうだね。着替えてくるからちょっと待ってて」

 

 あまりに一騎がなにも言わないから忘れていたけど、今のわたしは総士のシャツを一枚着ているだけだった。でも恥ずかしいとは思わないのはきっと一騎だからかな。

 

 手早く着替えて一騎の所に戻る。

 

「それで、一騎はわたしに何か用があって来たんでしょ?」

 

「あ、ああ。まぁ…」

 

「総士のことでしょ?」

 

「……うん」

 

 この頃の一騎はすべてが総士の為にあった。総士の左目になろうとして、総士の言うままに戦っていた。でも一騎は総士の知らないことが増えすぎて総士がわからなくなって擦れ違いが生まれた。それは総士も悪いけどね。言葉にしないと相手には伝わらない。対話は人にとって大切なことだから。

 

「頼む。総士に会わせて欲しい」

 

 居場所を教えて欲しいじゃなくて会わせて欲しい。彼は一騎になにか余計なことを言ったのか。

 

「今の一騎じゃ、総士になにもしてあげられないよ」

 

 存在の力を手にしているのなら総士に語りかけることも出来たけど、今の一騎にその力はない。だから会ってもなにも出来ない。

 

「それでも構わない。なにも出来ないかもしれないけど、でも会いたいんだ」

 

 ただ会いたいから会いに行く。自分になにも出来ないとしても傍にいることは出来る。か……。敵わないなぁ、一騎には。

 

「いいよ。特別に会わせてあげる」

 

「ありがとう、乙姫」

 

 会いたいから会いに行く。そんなこともわたしは気づかなかったんだ。ただ総士の邪魔をしたくないからわたしは総士から距離を置いた。

 

 そうだよね。会いたいなら会えばいいんだ。

 

 一騎を連れてわたしはキールブロックに降りた。

 

「これは……!?」

 

 キールブロックの様子に驚く一騎からわたしは前に出て振り返った。

 

「ようこそ。島の未来が生まれる場所へ」

 

 コアが産まれては浮いている。そのすべてがコアギュラの結晶の中で眠る総士の周りに集まっては漂って、互いに同化しながらも調和し存在を増やしていく。

 

「なにが起こってるんだ……? 総士はなにをしているんだ!」

 

「それはわたしにもわからない」

 

 そう。なんでこんな事になっているのかわたしにもわからない。ただ起こっている事実だけしかわたしにはわからない。

 

 ただ未来でシステムが置かれる場所を包む結晶の山。そこにコアが集まっては結晶となって結晶を大きく育てていく。そしてウルドの泉、その通路の上。システムに入るためのエレベーターの前に総士の眠る結晶は安置されていて、そこの背からまるで木の様な結晶が生えていて、実を作る様にそこでもコアが産まれている。

 

 このウルドの泉が生命で溢れていた。

 

「総士を通してミールは命を学んだ。来主操を通してミールは命が生まれる喜びを知った。わたしを通して命の育み方を理解した」

 

「乙姫…?」

 

 コアのひとつがわたしの身体に触れ、わたしの身体とひとつになった。感じる。生命の鼓動を。

 

「選んだんだね、総士。自分の未来を」

 

 また総士に会える時も近い。だから帰ろう。邪魔をしてしまうから。

 

「帰るよ一騎」

 

「えっ、で、でも」

 

「わたしがいるからいいけど、ここにいたらあなたの身体は瞬く間に砕け散る。だから今は帰るの。心配しないで、総士はそこにいるから」

 

「総士……」

 

 一騎の手を引いて強引に連れていく。一騎がいなくなったら総士に嫌われちゃう。だから一騎を連れてわたしはキールブロックをあとにした。

 

 生命が産まれたとき、何故泣くのだろう。だってそれは守られていた場所からの離別だから。だから生命は産まれて泣くの。でもわたしは知っている。産まれてきて良かったと。だからわたしは知っている。生命が理解できなくて無の道を選んだものたちを。

 

 あなたは知る事になる。すべての生命にとって生まれる事が喜びになるとは限らないことを。だからわたしたちは彼らに伝えなければならない。生命が奪われることの悲しさを。

 

 

 

 

 

to be continued…




乙姫「むふーん♪ どう総士?」

総士()「流石だな。僕よりセンスがある」

乙姫「えへへー、だってわたしは総士の妹だもん」

来主「うわーんっ、総士のばかぁぁあ!!もっと褒めてよぉ! ポエムの書き方教えてよぉぉ!!」

総士()「…仕方がない。今夜は寝れると思うな」

来主「ホント!? 総士とたくさん勉強出来るの!? 嬉しい!」

乙姫「泣き落とし……そういうのもあるのね…」





中断メッセその3。少し来主が二代目に?



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皆城総士になってしまった…20

なーんかホントにスラスラ書けるときに一気に書いてます。このスラスラ感がなくなると恐いんだよなぁ。


 

「今日はここまでにしましょう。焦って強くなろうとしても空回りするだけだわ」

 

『了解』

 

『…了解』

 

『っ、了解…っ』

 

 翔子に一騎君に咲良ちゃん、今実践配備されている3人のパイロットの連携はバラバラ。咲良ちゃんはとにかく前に出たがって、一騎君もスタンドプレーが目立つし、そんな二人を援護しようとしてどっち付かずの距離を保つからマークゼクスの機動力が殺されてしまう。

 

 良くバラバラな戦いかたをする皆を纏めあげられると皆城君には感心してしまう。

 

 翔子も咲良ちゃんも焦っていて上手く動けていない。一騎君は集中力が散漫としている。敵は倒せるけど明らかに動きが鈍い。皆城君の存在がみんなにとってどれ程大きな存在だったのかが改めてわかる。昔からみんなの中心に居た子だものね。だからみんな皆城君を信じて戦えるのかもしれない。

 

「お疲れ様。みんな今日は上がって大丈夫よ。明日に備えてゆっくり休んで」

 

「…はい」

 

「わかりました…」

 

「それじゃあお母さん、またあとでね」

 

 元気のない一騎君と疲れもあってシミュレーション時とはうって変わって大人しい咲良ちゃんを翔子が引っ張っていく。翔子が元気になって嬉しいけれど、それがファフナーに乗るようになってからというのを考えると、素直に喜べない。

 

 技術スタッフの頑張りもあって、ファフナーの改良は順調。マークツヴァイとマークゼクスに関して最優先と言われていた理由がこうして皆城君が居ない子供たちを見るとわかる。

 

 あんな調子で戦場に出せるわけがないわよね。

 

 引っ込み思案だった翔子が引っ張る側にまわらなければならないほどに今の子供たちの精神面は危うい。だから皆城君。出来ることなら早く帰ってきてあげて。

 

「こんばんわ、容子」

 

「乙姫ちゃん?」

 

 乙姫ちゃんがこんなところまで来るのも珍しい。なにかあったのかしら。

 

「マークツヴァイのこと、容子にも感謝しておこうって思って」

 

「ああ、マークツヴァイのことね」

 

 マークツヴァイには乙姫ちゃんのリクエストで独自改良が施されている。追加の大型スラスターを私が、追加武装のショットガン・ホーンを小楯さんが製作してマークツヴァイに装備されている。ファフナーで頭突きをする戦い方なんてどう考えたらそういう発想になるのか不思議だけど、怖いのはそういうことも想定していた皆城君ね。ショットガン・ホーンの基礎設計案は皆城君の武装開発部門で試作型が作られていたものを小楯さんが手直ししたものだった。他にもファフナーの武装はすべて皆城君が取り持って設計開発を進めていた。バスターソード・ライフルなんていう大剣の中にプラズマ砲を備えた武器もあった。ルガーランスやガンドレイク系統の武器だけど、子供ってホントに考え方が柔軟で時々恐いわ。

 

 ルガーランスもマークツヴァイ用に新調され、内蔵火器がレールガンから核融合プラズマ砲に変更されて強度が落ちた代わりに射撃が可能になった新武装も配備されている。

 

「無理しなくて良いのよ? 乙姫ちゃん、あなただけが戦っているんじゃないのよ?」

 

 マークツヴァイに乗るようになった乙姫ちゃん。島のコアが戦うことの危険性もあるけれど、こんな小さな子にまで戦いを背負わせなければならない大人として出来ることは完璧な状態の機体と武器を用意して無理しないように声をかけて、帰りを信じて送り出すしかない。

 

「うん。ありがとう。でも今はわたしが戦わないとならないの。総士が帰る場所をわたしが守るの」

 

 とても穏やかで、優しく愛情に溢れた顔で乙姫ちゃんがそう言った。初めてファフナーに乗って出撃した時の翔子も同じ顔をしていた。こういう顔をしている女の子ってなにを言っても止まらないのよね。特に好きな男の子の事が絡んでいるときは。

 

 この島が平和という文化を守って、そのお陰で子供たちは平和という文化を受け継いでくれて。そしてその平和を守ろうとコアまでが戦ってくれる。

 

 手探りで始めた私たちの行いも無駄なことではなかった事が嬉しかった。まさか放送室に立て籠るとまでは思わなかったけど。そんな今日は平和という文化が島で大切にされている事を実感する日だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 一騎のいう通り、わたしはキールブロックに通う様になった。生命が生まれ、生命に溢れている場所。そして総士が選んだことで新たな存在が生まれようとしている場所。

 

「狩谷由紀恵の仕業ね」

 

 キールブロックの入り口。そこに飛び散る結晶の欠片。エレベーターホールからひとつ扉を潜れば、そこはもう普通の人間が踏み込める場所ではなくなっている。総士が目覚めれば大丈夫だとは思う。今はミールが総士を悪意から守っているから。

 

「んっ……」

 

 もうひとつわたしがここに来る理由がある。わたしに宿る生命がここに来たがるから。

 

 近いうちに1度岩戸に入らないとならないかもしれない。なるべく総士が目覚めたあとに岩戸に入りたいけど、わたしが先か総士が先かはわからない。出来れば総士が先に目覚めて欲しい。そうすれば少しの間だけは岩戸に入っていても大丈夫だと思うから。

 

「早く起きて総士。またわたしたちを抱き締めて、わたしたちを見て、わたしたちを感じて」

 

 わたしが入るのは入り口まで。そこから先は総士の邪魔をしたくないから。

 

「今日はね、芹ちゃんと海に行く約束をしたんだよ? 最近暑いし、フェストゥムも大人しいから」

 

 でも近いうちにまたフェストゥムがやって来そうな気がする。でもわたしとマークツヴァイがいるからみんなに手は出させない。わたしが総士の帰るこの島を守るから。

 

「っ、噂をすれば影……か。折角芹ちゃんと出掛けられると思ったのに」

 

 こういうときは空気が読めてないっていうんだよね。

 

「いってくるね、総士」

 

 わたしはそう言い残して走り出した。今戦えるのはわたしたちしかいないから。

 

「乙姫ちゃん!」

 

 ロッカーに行くと翔子と果林が居た。

 

「私たちも行くわ」

 

「ダメ。総士がいないからみんなには戦わせてあげられない」

 

 システムの援護がない今のみんなじゃ、フェストゥムの力に対抗できない。その為にマークツヴァイを強くして貰ったのだから。

 

「でも、私だって島を守りたいの」

 

「総士がいないのに、あの動きが出来るの? 翔子」

 

「それは…」

 

 今のみんなは総士という柱が抜けて瓦解寸前の状態。せめてシステムを分割状態でファフナーに乗せた改良が終わるまでは出させられない。

 

「でも乙姫ちゃんはそれでも戦う気なんでしょ? だったら私も」

 

「わたしとあなたたちは違うんだよ果林。わたしにはフェストゥムの力は働かない」

 

 わたしは二人に背を向けて歩き出す。

 

 服を脱いで殺菌灯の光を浴びて、シナジェティック・スーツを身に纏う。改良が施され、よりファフナーとの一体化が出来る新しいシナジェティック・スーツ。

 

 来主操が島にやって来てだいたい2年の技術のブレイクスルーが起きている。わたしの戦い方は5年程先の戦い方になっているけど、これが生命を学んだ島の力だから。総士が育てた力。わたしだから出来る戦い方。

 

「やっぱりひとりで出るのね」

 

「それが生命を守ることに繋がるから、わたしは行くんだよ。容子」

 

「無事に帰ってきて。私たちみんな、あなたの無事を願っているわ」

 

「うん」

 

 コックピットブロックに乗り込み、わたしはファフナーの中に送還させられる。わたしという生命を宿してファフナーは目覚める。

 

「ニーベリング接続、対数スパイラル形成。コア同期確認。ジークフリード・システム、対フェストゥム機構接続、オールクリア。ファフナー・マークツヴァイ、起動!」

 

 マークツヴァイの目に光が点る。外で大人たちがわたしを見上げていた。

 

『固定軸解除。右舷整備塔移動!』

 

『同じく左舷整備塔移動!』

 

『一番から五番までの安全装置解除! ナイトヘーレ開門まであと5秒!』

 

 ファフナーを出撃させるために大勢の大人たちが動いている。わかっているよ容子。みんなそれぞれの場所で戦っていることを。

 

「マークツヴァイ、発進!」

 

 マークツヴァイが射出される。海中へ飛び出し海面へそのまま躍り出る。機体を覆っていた衝撃吸収剤をルガーランスで切り裂くように振り払う。

 

 敵の迎撃は彦島で行われる。マークツヴァイに新たに装備された大型スラスターは、わたしに空を飛ぶ為の翼をくれる。メインスラスターと合わせれば低高度であれば飛行が出来る。

 

 彦島には既にバトルフィールドが設定されている。

 

 シールドが一部解除され、マークツヴァイが彦島に降り立つ。

 

 既に彼もエウロス型となって戦い始めている。

 

 やって来た敵はスフィンクス型B型種とC型種。どちらもパワータイプ。普通なら少し厄介だと思う。

 

『でもあまり早く倒すと意味がないよ』

 

「わかってる」

 

 敵はわたしたちの島の力を量って、それを攻略するための存在を送ってくる。だからあまり強く圧倒的に倒すと、その圧倒的な力に対抗できる存在を送り込む。

 

 わたしたちなら平気だけど、その分敵を強くするとみんなが戦うときに危ない。みんなが対処できない存在を呼び込むつもりはない。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

「前はどこにもいなかった」

 

 そう。総士と出逢うまで、わたしは何処にもいなかった。自分の存在が何処にもなかった。

 

「でも今は、ここにいる!」

 

 総士が毎日わたしのところに来て、何があったのか話してくれた。最初は自分の存在に戸惑っていた。でも次第に落ち着いて、みんなを守るためにファフナーの事を勉強し始めたこと、果林の為にお菓子作りを始めたこと、一騎に声を掛けられなくてもやもやすること。中学校に上がって生徒会に入ったこと。ラブレターが増えて困っていること。遼たちになにもしてあげられなかったこと……。いろんな事を話してくれた。

 

 そして総士がわたしたちの存在を望んでくれたからわたしたちはここにいられる。

 

 スフィンクスC型種のワームスフィアを肩のイージスで防ぐ。ルガーランスの射撃で反撃する。……手加減してもこの程度だと倒さないで攻撃するのが難しい。元々強くなったのに強化したからマークツヴァイが強くなりすぎて敵が弱すぎて困る。

 

 しなる鞭の腕もルガーランスで難なく切り払う。

 

『うわっ、また消えた!』

 

「探せば見つかるよ、操」

 

『探せばって。ワームで隠れてるならこれで!』

 

 ライフルから黒い弾丸をデタラメに放つ彼。こっちにも飛んできて危ないんだけど。

 

 デタラメに撃った弾が空中のなにかに当たって黒い球体を作る。スフィンクスB型種の片腕がなくなっていた。ワームを弾丸にして撃ったの?

 

『これでえええっ』

 

 左腕からルガーランスを生み出してスフィンクスB型種に突っ込む彼。その刃でスフィンクスB型種の分厚い身体を切り裂く。薙ぎ払い、突き刺し、そしてライフルを被せている右手を向けた。

 

『ここからいなくなれ!』

 

 ワームスフィアを次々と放ってスフィンクスB型種の身体を削り取っていく。

 

『貰うよ。きみの生命』

 

 そして残ったコアを掴んで同化した。

 

 次はわたしの番だ。

 

「一緒に行くよ、芹ちゃん」

 

 まだファフナーには乗っていない芹ちゃんを思いながらショットガン・ホーンを展開する。

 

 スフィンクスC型種が触手を突き刺そうとするけれど、突撃の為に身を低くしたマークツヴァイの両肩のイージスと頭部のショットガン・ホーンのエネルギーフィールドは、その程度の攻撃を通さない。今度マークツヴォルフも同じ様にしてもらおう。

 

「っ、はあああああ!!」

 

 芹ちゃんみたいに叫びながら、ショットガン・ホーンをスフィンクスC型種の胸に突き刺し、内蔵されているプラズマ砲を撃つ。

 

「超必殺、ゴウスパーク!!」

 

 プラズマ砲を撃ち込んだ反動で離れた所に、イージスのエネルギーフィールドの端でスフィンクスC型種の胴体を切り裂く。

 

「ゴウバインプログラム、コンプリート…!」

 

 スフィンクスC型種に背中を向けて地面に降り立ち、展開していたショットガン・ホーンとイージスを格納する。そんなマークツヴァイの背中でスフィンクスC型種はワームスフィアに呑まれて消えた。

 

『なに? そのゴーバインプログラムって』

 

 コアを同化する前にコアごと破壊してしまった。次はもっと手加減出来る方法を考えないと。

 

「ゴウバインを極めた者にだけ使える特殊攻撃コマンドだよ」

 

 TVアニメ機動侍ゴウバイン。来月水曜日夜6時30分から放送開始!

 

 全26話。制作・作画監督大粒あんこ。原作・月刊少年冒険キング機動侍ゴウバイン。脚本・一士カレー、大粒あんこ。美術監督・一士カレー。

 

「敵は……。もういないみたいかな」

 

『うん。彼らの存在はもう感じないよ』

 

 彼が人の姿に戻ったと言うことは、もう大丈夫だということだ。

 

 気を付けないと、足元を掬われちゃうかもね。

 

 ファフナーが強くなった。その影響でパイロットのみんなの空気が緩まないか、それだけが心配だった。

 

 そして次の日の朝、一騎が島から出ていった。

 

 力を手にした時。人はその力に縋るしかなかった。たとえ存在が無くなってしまうとしても、その力を使うしかなかった。

 

 あなたは知る事になる。その力は誰かの犠牲によって生まれた事を。その事を忘れた時、その力が牙を剥く事を。

 

 

 

 

 

to be continued…




 
乙姫「ゴーーーバインッ」

来主「ねぇ、総士。ゴーバインプログラムってなに?」

総士()「そんなプログラムはない……」

衛「元祖ゴウバイン、参上!」

広登「二代目ゴウバイン、見参!!」

美三香「三代目ゴウバイン、推参ッ!」

三人「「「ゴウバインプログラム、起動!!」」」

剣司「だからねぇって、そんなプログラム……」



中断メッセ風3。こんな中断メッセいつか実現しませんかね?


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皆城総士になってしまった…21

マークザインはまだか!!ごめんまだだったよ。まだ辿り着けないのにもうHAEの構想とプロットが出来始めてるよ!!

この小説がHAEまで続くようにみんなじゃんじゃん感想送って私を祝福して!(露骨な物乞い

ちなみに気づいているかもだが、時間はバラバラでも○時11分は意識してやっているので、感想返しされた次の11分には新しい投稿があると思って♪(露骨な宣伝


 

 一騎が島から出ていった。親として監督不届きだな。

 

 狩谷由紀恵の手引きか。彼女も今朝から行方知れず。リンドブルムのモニターにはコックピットに生体反応が確認された。IDは狩谷由紀恵。状況から見て一騎と狩谷由紀恵が共にいる事は明白だろう。

 

 島を出ていくほどのなにかがあった。あるいは言葉巧みに狩谷由紀恵が一騎を唆したか。――ありえん、とも言い難いが、それが総士君の話題だったらなんとも言えん。

 

 子の様子を計りきれなかった。親失格だな。春日井を笑えん。

 

「……島の怒りか」

 

 春日井夫妻はマークフィアーの責任を取らせる為に島外追放という事になっているが、実は違う。

 

 甲洋君の医療カプセルの生命維持処置が切られそうになる事態があった。犯人は春日井夫妻だろう。アルベリヒド機関への申請も甲洋君が存命と判断されて棄却されている。だから甲洋君を亡きものにして新しい里子を預かるつもりだったのだろう。すべては憶測だが外れてはいないだろう。あの親からあんな心優しい少年が育ち、優秀なパイロットへと成長した。まだ一騎が幼い頃に春日井の店に通っていた為に甲洋君も総士君の様に親しい子だ。自分が言えたものではないが、それでも甲洋君を自分達が島に居るための道具とくらいしか思っていなかった扱いは腹立たしいものだった。

 

 昔、甲洋君に聞いたこともあるのだ。家で辛いことはないかと。だが彼は首を横に振った。この家にいたいと。両親といたいと。あんな親でも甲洋君にとっては大切な親だったのだろう。それなのにこの仕打ちだ。だからスパイ行為の罪状も含めて島外追放という処置をとろうとしたわけだが。

 

「あるいは甲洋君を守ったか。それは考えすぎか」

 

 春日井夫妻は結晶を残して消えた。来主操は、生命の大切さを理解していないから消えたといった。島のミールが甲洋君を守った様にも聞こえるが、やはり少しばかり気にはなった。

 

 新国連のスパイと目されるものたちも日に日に姿を消す様になった。溝口もそれは関与を否定している。

 

 皆城乙姫が言った。ミールが総士君を悪意から守っていると。島のミールが人の悪意を感じるほどに学習しているということか。

 

 この1年でフェストゥムは急激な変化を遂げ始めた。1年前は海にも入れなかった彼ら。それが30年間の常識だったものが海中でも存在し活動する存在となり、そして今、人の心を理解しようとしている。近いうちになにかが起こるのだろう。そう予感がしてならない。

 

「今は、島の心配をしなければな」

 

 一騎が島の外で何を見て、何を学んで来るかはわからない。ただあいつの帰る場所を守るため、自分に出来ることをするまでだ。

 

 マークフュンフとマークアハトの実戦配備が可能となった。フェストゥムの読心能力に対抗する為、分割したジークフリード・システムをファフナーに内蔵。相互クロッシングによる思考防壁でフェストゥムに対抗する。ティターンモデルで使われた技術を再び使うことになった。しかし同化現象の緩和薬のお陰でパイロットの負荷は過去にないほどに最小限度に抑えられている。

 

 敵の読心能力に対抗する術。分割式ジークフリード・システムの内蔵案も総士君が技術開発をしていたものだった。

 

 彼は予測していたというのか。自分がシステムに乗れなくなる可能性を。そして皆城乙姫もまた、一騎が島を出ていく事を予見していたかの様にマークエルフに改良を加えなかった。

 

 無事に帰ってくる事を祈るしかない。島の外は戦いばかりだろう。違う世界を見て、そして思うのだろう。この島だけが人類に残された唯一の楽園(へいわ)であることを。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「海で泳ぐのって、楽しいの?」

 

「なに? 突然」

 

 今日、前回流れてしまった芹ちゃんとの約束を果たそうと良い気分だったのに彼にそんな事を言われて少し気分が削がれた。

 

「あなたの仲間も海にいるでしょう」

 

 リヴァイアサン型やプレアデス型が水の中でも適正が高い個体だったはず。

 

「おれたちがそこにいるのはそこにいられるようになっただけ。そこにいることが楽しいなんて誰も思わない」

 

 心を持つフェストゥムの悩み。彼は以前のわたしの様に伝えようとしている。美羽の様に彼らの言葉で、わたし以上に伝えられる存在がフェストゥムに伝えている。人がどういうものかを。

 

 あなたは、そこにいますか――?

 

 フェストゥムたちが他者を同化する為に問うその言葉。でも彼は違う。

 

 空は綺麗だって、思ったことある?

 

 相手の感性に訴えるようなその言葉で、彼はフェストゥムに問う。でも心がないフェストゥムにはまだその言葉の意味さえわかっていない。だから今は存在を同化する事しか出来ない。

 

「なら、あなたが伝えればいい」

 

「伝える? なにを」

 

「海で泳ぐことがどれだけ楽しいのかを」

 

 本当は芹ちゃんとの二人っきりが良かったけど、総士も一騎もいないからわたしが代わりに彼を変えてあげなければならない。代金は総士のハグが良いかな。

 

 だから操を連れて芹ちゃんと待ち合わせの海岸に行った。僚と祐未が泳いでいた場所。

 

「お待たせ、芹ちゃん」

 

「乙姫ちゃん! っと、あなたは……」

 

「こんにちは」

 

「大丈夫だよ芹ちゃん。彼はこの島のみんなを同化する事を嫌っているから」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 やっぱりいきなり連れてくるのは急すぎたかな?

 

「ねぇねぇ、早く泳ごうよ~」

 

「だ、ダメだよ! 準備運動してからじゃないと危ないよ!」

 

 もう待ちきれないと服を脱いで海に入ろうとする操を芹ちゃんが呼び止める。……フェストゥムの作った身体が吊るとかいう症状がでるのかな。

 

「準備運動?」

 

「そ、そうそう。準備運動しないと固いままの身体で入ったら身体がびっくりしちゃって足とか腕を吊っちゃったりして危ないんだよ?」

 

「足と腕がつる? それって痛いの?」

 

「け、結構痛いけど……」

 

 知識はあるけど経験がない操は、頭だけが良い子供みたいなもの。だからいろんなものを吸収していろんなことを経験して、そしてそれをフェストゥムに伝えようとしている。心を伝える事が限界だったわたし以上に生命を彼らにも伝えようとしている。

 

「痛いのはイヤだな。ねぇ、準備運動を教えて!」

 

「あ、う、うん…」

 

 芹ちゃんならわたしを育ててくれたから、こういう事にも向いていると思う。もっと芹ちゃんと仲良くなりたいけど今日は仕方がない。代金は総士と芹ちゃんのサンドウィッチで我慢しよう。

 

 総士の知識があるから操の呑み込みは早かった。準備体操をして服を脱いで水着に着替える。

 

「な、なに? 乙姫ちゃん」

 

「じー…………」

 

 ないわけじゃない。ないわけじゃないけど、芹ちゃんを見ると物凄く惨めになる。総士も芹ちゃんみたいな子が良いのかな。総士は総士じゃないから総士が好きだった真矢に総士は友達以上の感情を向けていない。その分の弱味をわたしに向けている。その分の甘えをわたしと果林に向けている。最近は翔子の方に甘えているけど、翔子は特別だからそこは仕方がない。でも翔子が一騎の事を好きなのを知っているから総士の翔子に向ける気持ちは頼れる仲間以上のものはない。

 

 総士は誰が好きなのか。そこはわたしたちにもわからない。特定の誰かが好きなこともない。一騎は特別枠だから考えないものとする。総士が総士でなくても総士だから一騎には勝てない。だから二番目でも全然構わないくらいの気持ちを持てないとやっていけない。真矢も翔子もカノンも、きっとそれはわかっていて、でも一騎が好きなんだろうなぁ。

 

 そういう意味で、一騎にも総士にも甘えられてた真矢はふたりの心の支えだったのかもしれない。

 

 総士が未来を変えようとして変わった人の繋がり。この現在(いま)もかなり総士と一騎を取り巻く人間模様は複雑。なのに本人たちは両思いなのがちょっと不満。たとえどんな姿になってもあのふたりは何度も出逢い続ける。それが世界の祝福だから。

 

「よーし、これで海に入れる!」

 

「乙姫ちゃん、アレ…」

 

「放っておいて。なにを言っても聞かないの」

 

 水着でいるわたしと芹ちゃん、でも普通に学校のスクール水着なのに操だけがダイバースーツだった。タンクとマスクに足ヘラまで用意する徹底振り。

 

「なにかおかしい? 皆城総士の知識を使って用意してもらったのに」

 

 総士の知識がテクニカル過ぎて頭が痛い。でも海に潜るならこれでも良いのかな。代金は総士にお風呂で身体を洗ってもらおう。

 

「うん。取り合えず海に入ろう」

 

「そ、そうだね……」

 

 もう芹ちゃんも言葉がなくて操を気にしない様にしたらしい。

 

 わたしたちが普通に海に入るのに対して、操はやっぱりテクニカルにズレた事をしてくれた。

 

「よーし、エントリーーー!!」

 

 高い岩の上から飛び込んだ。……大丈夫かな、あの子。

 

「ぶはっっ、や、やだ!! な、なにこれ!? やだ、恐いよ総士! 助けてっ」

 

 泳ぎ方を知らないとかいうまさかの展開だった。そもそも海が冷たいという感覚すら知らなかった? そんなバカな……。

 

「ごめん芹ちゃん、手伝って」

 

「う、うん。って、早く助けなきゃ! 溺れちゃう」

 

 多分フェストゥムだから溺れても大丈夫じゃないかな?

 

「なんなのアレ!? 身体が痛いよ! なんだったのアレ!」

 

「あ、あのぉ……」

 

 もう涙を流して芹ちゃんにしがみついている操。芹ちゃんの母性に包まれて羨ましい。わたしだってそんなに芹ちゃんに甘えたことなかったのに。

 

「あなた冷たいって感覚を知らないの?」

 

「つめたい? つめたいってなに? 痛みの仲間?」

 

 お願い総士、早く帰ってきて。わたしにはこの子の面倒は荷が重すぎる。

 

「えっと、海は冷たくて、確かに痛い時もあるかなぁ…?」

 

「あんな痛み、はじめてだった。あんな所にいるのが楽しいの?」

 

「人は特別な力なんてないから。だから普段出来ないことをするのが楽しいの。空を飛んだり、海で泳いだり」

 

「人の心って、本当に難しい……。今も痛いのに痛みが消えていく」

 

 それは芹ちゃんに抱き着いていたら暖かくなって冷たさが抜けていくのは当たり前だけど、操には暖かいも冷たいもまだわからないのか。

 

 何れは核の炎や海を凍てつかせる冷気すら操るフェストゥムが、ね。

 

「今は、多分暖かいって事かな。人の身体は暖かくて、自分の体温で冷たい熱を和らげるの」

 

 見た目は自分達とあまり歳は変わらないのに中身が本当に子供みたいな存在だと芹ちゃんもわかったんだろう。最初は操に恥ずかしがってたのに、今の芹ちゃんはわたしの知る優しい芹ちゃんだった。

 

 真壁紅音、そして一騎に次ぐ島でフェストゥムの事を理解しようとした存在。芹ちゃんだから、わたしも感情を手に入れられた。わたしたちにとって、芹ちゃんは大切な友達で、千鶴とはまた違ったわたしたちのお母さん。

 

「もう一度入ってみよう? 今度はゆっくり入って、身体を冷たさに慣らすの」

 

「恐いよ。少しずつ痛い」

 

「大丈夫。私が着いてるから」

 

 操の手を握りながら少しずつ海に入っていく芹ちゃん。そんな優しい芹ちゃんだからわたしも芹ちゃんが大好きなんだ。総士と同じくらい大切で、だから守りたいんだ。総士と芹ちゃんがいるこの島を。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 狩谷先生に騙されて、俺は人類軍に捕まった。

 

 島を出た事に後悔はない。俺も総士が見たものを見たかった。そうすれば総士の事がもっとわかるんじゃないかと思った。

 

 でも外の世界は何処にも人が住んでいなくて、あの島みたいに滅んでいた。総士が言っていた、世界中の国が滅んだって言葉は本当だった。

 

 なのに人間同士で戦わなくちゃならないのか? 同じファフナーであるはずなのに襲われて、でもファフナーなら攻撃したら痛いんじゃないかって思ったら、攻撃する事なんて出来なかった。

 

 腕を斬られた痛み。今まで感じた事のない激痛に気絶してしまった。総士がいないだけでこんなに痛いのか。なら総士は今まで俺たちの痛みを背負っていたのか。

 

「総士……っ」

 

 総士に会いたい。今までなにもわかっていなくて、ただ総士の言葉通りに戦っていた自分がバカみたいだ。

 

「総士…」

 

 総士が欲しかったのは左目の代わりじゃなかった。

 

「総士っ」

 

 本当に欲しかったのは、この痛みを一緒に背負ってくれる相手だったんじゃないか。

 

「総士!」

 

 必ず逃げ出して島に帰る。だから今はまだ大人しくしているしかない。早く島に帰る為に何でもしよう。島に帰る為ならどんな敵でも倒してやるっ。

 

「総士っ!!」

 

 だから今はお前の名前を呼んで、少しでもお前の存在を近くに感じていたかった。

 

 痛みを知ること。それは生きることの第一歩だ。人は痛みがあるから生きていける。己の生命を実感できる。互いに傷つけあう事すら、互いがそこにいる証だった。

 

 君は知るだろう。世界に痛みが満ちていようとも、そこには確かに生命があり、想いやる心があることを。だがその心が時に、世界を破滅に導く鍵になることを。

 

 

 

 

 

to be continued…




総士()「まぁ、こんなものか」

来主「絶望ばかりなのに希望があって絶望がある。これがデスポエム?」

総士()「僕もはじめは出来なかった。だから経験を積み重ねるしかない。経験から学ぶことが生命の特権だ」

乙姫「月刊少年冒険キング、機動侍ゴウバインアニメ放送特別別冊附録は皆城総士の特別ポエム集と大粒あんこ先生のメカニック設定原画! たとえ勝てる可能性が0%でも、明日の勝利を信じて戦う。それが、機動侍!!」

総士()「妹がロボットアニメに目覚めて兄としては喜ばしくも不安な今日この頃」

乙姫「明日をその手に掴んでみせろ! 超必殺、ゴウフラッシャー・スペシャル!!」

総士()「そんな技はない!!」

来主「ゴウバイン……これがこの島の強さの源?」

総士()「変なことを学ぶな! 思考を侵食されるぞっ」




中断メッセ4。苦労人総士()。なお本人が保さんより一番浪漫を理解している模様。


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皆城総士になってしまった…22

色々フライングしてるからこんなフライングもありっちゃあり。ファフナー放送当時もファフナーを書いていた。でも情報量が足りずに在り来たりな黒歴史となった。ここまでファフナーの世界がが広がり、その世界を借りて表現出来ることに感謝を。

だからもっと私を祝福()して!!


 

 新しく剣司と衛がファフナーの正式パイロットに任命された。

 

 咲良、剣司、衛のトリプルドッグを組むことになった。

 

 訓練時からの適正と、そして普段から一緒にいる三人なら自然な連携がとれるだろうという総士のレポート付きで。

 

 わたしと操は大体ツインドッグという名のローンドッグで好きに動く派。果林と翔子はやっぱり総士がいないと恐いから出してあげられない。ブレーキ役が居ないとあのふたりは危なっかしすぎるから。

 

 敵がやって来た。今回、わたしたちは基本見学。新しいファフナーの性能テスト。今のうちならまだ大丈夫。未来でも強化されていないファフナーでみんな戦ってきた。改良された今のファフナーならきっと大丈夫。

 

 迎撃は島の外にある小島ですることになった。遠距離型のスフィンクスD型種。ジークフリード・システムを内蔵したファフナーなら相手の読心能力を防げる。

 

 ただ問題なのは総士がいないから指揮を執る人がいないこと。

 

「ジークフリード・システム、起動」

 

 総士の代わりにわたしがシステムの中にいるみんなを守る。

 

『そ、総士の妹?』

 

『なんだっていい。早く戦わせてっ』

 

『行くぞ、ゴウバイン!!』

 

 怯えて恐がっている剣司がマシなくらい変性意識で性格が変わっている。

 

 怯え、憎しみ、使命。こんなバラバラなイメージを総士は統括していたんだね。

 

「総士の代わりにわたしがシステムでみんなを守るよ。だからわたしのいうことはちゃんと聞いて」

 

 って言っても聞かないのはわかっている。

 

『剣司、咲良、聞いてくれ。俺に考えがある』

 

 だから未来の通りに進めるしかない。同じ道筋を辿るなら、ファフナーが強くなっている今ならきっと勝てるはず。

 

 マークフュンフをフォワード。フォローをマークアハト。インターセプターをマークドライに勤めてもらう。

 

『行くぞっ。ワン!!』

 

 スフィンクスD型種の砲撃を完璧に防ぎ切るマークフュンフ。

 

『ツ、ツー!』

 

 レールガンでスフィンクスD型種を撃ち、注意を引き付けるマークアハト。ワームスフィアで反撃されてしまっても、マークアハトは無傷だった。

 

『スリィー!!』

 

 ピラムをスフィンクスD型種の背中に突き刺して電撃を流しながら空から地表に引きずり落とす。

 

『はああああああ!!』

 

 エネルギーフィンガーの貫手でスフィンクスD型種の胸を貫いて引き抜くマークドライ。

 

 マークドライが飛び退いた所にマークフュンフが割って入る。ジークフリード・システムを内蔵しているからみんな互いの動きの先がわかって上手く連携が出来ている。

 

『ゴウバイン、スマーーッシュ!!』

 

 スフィンクスD型種の身体を掴み、回転を加えて投げ飛ばす元祖ゴウバインスマッシュでスフィンクスD型種は一人悲しくワームスフィアに呑まれて消えた。

 

「……作戦終了。全機帰投せよ」

 

『マークツヴァイへ! 新たな敵の出現を確認!』

 

『敵!?』

 

『ど、何処からくるんだよぉ…』

 

『上等だ! やってやるっ』

 

 CDCから報告が来る。それより早くわたしは彼らが近づいて来るのがわかっていた。

 

「ダメよ。あなたたちは撤退しなさい。操!」

 

『わかってる。ワームで跳ぶよ!』

 

 システム側から3人のファフナーに自動操縦で撤退させる。そして海を割って現れる巨大な存在。巡洋艦を容易く飲み込む大きさのフェストゥム。

 

 イージスを展開。「壁」の力でリヴァイアサン型の口を閉じない様に防ぐ。

 

「っ、撤退まで30秒。操!」

 

『コッチも大変なんだよ!』

 

 もう1体現れたリヴァイアサン型。スフィンクスD型種を囮に2体のリヴァイアサン型でファフナー部隊を呑み込むつもりだったらしい。本当に原始的でもフェストゥムが戦う方法を身に付け始めた。

 

 情報戦という戦略を学び、消耗戦という戦術を学び、真壁紅音から数多くの戦い方を学んだフェストゥム。

 

 そのまた異なる兆しが現れているのかもしれない。わたしたちが総士を通して変わった様に。

 

 操が相手をしているリヴァイアサン型が同化されて砕け散った。エウロス型はザイン並みの個体。そんな存在を体内に入れたら逆に同化されて当たり前だ。

 

「今日は貰うよ…、あなたの生命」

 

 ショットガン・ホーンを展開する。その銃口にワームが形成される。

 

「だからもう、消えていいよ!」

 

 リヴァイアサン型、その身体に向かってワームの砲撃を放つ。身体に大きな穴の空いたそこにマークツヴァイを突入させる。

 

 砲撃を外したコアに向けて貫手を放つ。触れた右腕が結晶に包まれる。でも結晶に包まれるのはコアが先だった。

 

「んっ……、ごちそうさま…」

 

 結晶が砕け散り、生命を同化する。生命をいただいたらごちそうさま。人の持つ他者の存在を取り込む事の感謝の気持ち。

 

 生命が取り込まれていくこの心地よさがクセになりそう。総士に怒られそうだから我慢してるけど、今は総士に見られてないからセーフ。 

 

 操が戻ってきて人の姿に戻ったことで戦闘は終わりを告げた。いくらなんでもいきなりリヴァイアサン型2体は荷が重いだろうから未来の通りにスフィンクスD型種の相手は任せた。それ以外は予定外。だから予定外のわたしたちが相手をしないとならない。それが生き残る為の最善の方法。

 

初めての実戦でケガもなく帰ってきた。それが3人の自信に繋がれば良いけど。ちなみにリヴァイアサン型の相手をさせなかったのはわたしの指示に従わなかった罰という事にした。

 

 今日もまた、わたしは総士の所に足を運ぶ。

 

「きっと、今日、世界の運命が動き出すと思う」

 

 大きく育った結晶の樹。今も生命を産んで、そして新しい存在になろうとしている。

 

「一騎が選んだ時、あなたが目覚めることを祈っているよ。総士」

 

 遥か彼方の場所で存在が目覚めようとしている。島のミールの一部でもあるから、わたしには感じる。

 

「人がたくさん来るけど、彼らを同化してはダメ。それは総士が望むことじゃないから」

 

 この島のミールは、生命の循環を学び、生命の大切さを学んだ。だから生命を奪おうとする存在が赦せない。でも無差別に悪意が来るからといって同化してはならない。それは憎しみを覚えたフェストゥムと変わりはないから。

 

 未来と違ってわたしの存在が既に外に出ていることは知られている。

 

「芹ちゃんを迎えにいかなくちゃ」

 

 逃げ遅れた時、迷子になっていた芹ちゃん。だから取り敢えず迎えに行こう。芹ちゃんを人質にとられないとも限らないから。

 

「いってくるね、総士」

 

 いつもの様に総士に言葉を残して、ミールを通して芹ちゃんの居場所を探し始めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう身体の隅から隅まで調べつくされた感覚だ。モルドヴァ基地。道生さんと島の外で再会するとは思わなかった。島の話をたくさんした。道生さんからも話を聞いた。そしてマークエルフの腕を斬ったカノンってやつとも少ない言葉だけど話した。

 

 そして俺は日野のおじさんからある言葉を貰った。

 

「戦う以外の道……」

 

 今まで戦うくらいしか考えてなかった。でも来主が島にやって来て、あいつと話して、フェストゥムでも言葉が通じれば分かりあえると思った自分もいた。

 

 戦う以外の道。戦うこと以外でなにか道が開けるのなら、それもいいかもしれないと思った。

 

 それでも外の世界は戦いばかりだ。

 

 日野のおじさんは言った。戦うか、戦うやつを助けるか、諦めて敵に襲われるか。

 

 それが外の世界の日常。竜宮島とは違う世界。そんな世界にしないために、お前はずっと戦っていたんだな、総士。

 

 人類軍のファフナーに乗って戦う。マークエルフがあればもっと戦えた。それでも今はこれしかない。これでもひとりでも人を助けたい。

 

『下がってくれマカベ! 突出し過ぎだっ』

 

「敵が入り込んでるんだ! 早く倒さないと、基地の中にいる人たちが危ない」

 

 相手は1度戦ったことがある。アルヘノテルス型、そいつから生まれるグレンデル型。グレンデル型はこのグノーシスモデルというファフナーでも簡単に倒せる。でもアルヘノテルス型相手だとそうはいかない。

 

「右は任せる。俺は左をやる!」

 

『了解! 全機、マカベに続けぇ!!』

 

 道生さんが乗っていたやつと同じファフナーに乗って戦う仲間。他は同じグノーシスモデルの中でその機体だけが存在感を放っていた。パイロットはジョナサン・ミツヒロ・バートランド。

 

 たしか遠見の父さんの名前だったっけ? でもミツヒロのことを俺は知らない。なのにミツヒロは俺のことを何故か心配してくれる。そして周りのやつを指揮しながら戦っている。まるで総士みたいだ。

 

 ミツヒロのファフナーがその手に握る剣をフェストゥムに突き刺すと、刃が展開して弾丸が撃ち込まれる。ルガーランスやガンドレイクみたいな武器か。

 

「っ、危ない! 散れっ」

 

 天井が抉れて、今まで見たことのないフェストゥムが降ってきた。2機のグノーシスモデルが下敷きになった。

 

「脱出しろ!!」

 

『……ダメだ。もういない…』

 

「っ!?」

 

 同化。日野のおじさんに映像で見せて貰った。敵に同化されたら、敵の一部になるか、結晶になって砕け散る。そこにいた証しがなくなる。でもフェストゥムはそれが祝福なのだと日野のおじさんは言った。

 

 存在を消すことが祝福なんてバカげてる。俺たちみんな、ここにいるんだ!!

 

「顔!?」

 

 天井から降ってきたやつの頭の部分に歪な配置の目と口があった。人間のことがちゃんとわかってないのに、なのにその生命を奪うことが祝福なのか。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

「ああ、いるさ。ここにな!!」

 

 そうだ。俺たちは生きているんだ。生きているから嬉しかったり悲しかったりするんだ。それを奪われることがどんなに辛いことか、お前たちに教えてやる!

 

『避けろマカベ!!』

 

 ミツヒロの声が響く。でもマークエルフより動きが鈍い機体に咄嗟の動きが鈍い。

 

 フェストゥムの口から伸びた触手に機体が貫かれ、両腕まで貫かれて切り離された。

 

「くそっ、動かない!!」

 

『全機マカベを支援! 絶対に死なせるな!!』

 

 死ぬもんか。俺は島に帰るんだ。総士の所に帰るんだ!

 

 地面を突き破って光が触手を断ち切った。

 

「あれは……」

 

『ザルヴァートル・モデルッ!?』

 

 土煙を割って現れる白いファフナー。マークゼクスかと思ったが違う。翼の生えた天使みたいな機体。背中から赤い光を何本も放ってフェストゥムを倒した。

 

 白いファフナーが俺の前に降りると、モニターが消えて衝撃が襲う。外が見えた。

 

 白いファフナーを見上げる。その影から人が浮いてきた。

 

「そん…な……」

 

 顔はほとんど覚えていない。でもその顔はいつも見ていた。

 

「母、さん……」

 

 なんで、母さんが。死んだって、ウソだったのか……?

 

「私は、日野洋治によってこのマークザインをお前に渡す」

 

「マーク…ザイン…」

 

「私はお前というアルヴィスの子にミールの器を渡す。乗れ。私はいなくなる」

 

「待ってくれ母さん!! 母さんなんだろ!?」

 

 今までどこにいたのか。なんでここにいるのか。なんで島にいなかったのか。聞きたいことは山ほどあるのに母さんはそんなことを一言も話してくれない。

 

「真壁紅音はもういない。私はお前たちがフェストゥムと呼ぶ存在だ」

 

「っ!?」

 

 やっぱり、母さんはもういないのか。目の前にいるのに、もう。母さんが…。

 

 母さんが消えた。母さんと会えたのに母さんは母さんじゃなかった。もう何を信じたらいいんだ。教えてくれっ、総士。

 

『マークザインに乗るのか? マカベ』

 

 近くに来たミツヒロが俺に問う。

 

 確かに母さんじゃなのかもしれない。でも母さんが持ってきてくれたファフナーだ。誰にも渡したくないと思う。

 

 乗り方はマークエルフと同じだった。だけど身体の感覚が全然違う。マークエルフの感覚が補助輪が着いていた自転車の様に思えてしまう程、身体が軽い。

 

 さっき母さんが倒したフェストゥムと母さんが向かいあっていた。フェストゥムが結晶を歯の様に並び立てて口を開けていた。

 

「やっ、やめろーーーーー!!!!」

 

 身体が動くのは間に合わず、言葉だけしか飛び出せなかった。

 

 母さんを呑み込み、咀嚼する様に口を動かすフェストゥム。

 

「喰った……、母さんをっ、喰った…っ」

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 ようやく会えたのに、もっと話したかったのに、母さんでなくったって、言葉が話せるなら母さんのことが聞けると思った。なのに……っ。

 

「うわああああああああ!!!!」

 

『マカベ迂闊だ!!』

 

 フェストゥムを押し倒す。

 

「母さんを、よくも母さんを喰ったなああああ!!」

 

 怒りに任せてフェストゥムを殴る。他のことなんて考えられなかった。

 

 人にとって初めての他人。母親。ひとつだった存在から別れて生命になる。

 

 生まれる生命は何を思うのだろうか。暁の空に、存在は何を思うのか。それを今は、誰も知らない。それでも思うのだろう。茜色に染まる空も、綺麗だと思うのだろう。

 

 

 

 

to be continued…




総士()「今日はキレが悪いな」

一騎「お疲れ様、総士」

総士()「一騎か。お疲れ」

一騎「新しく配合を変えてみたんだ。良かったら食べないか?」

総士()「ほう、新商品か…!」

一騎「相変わらずカレーに目がないな、お前」

総士()「…僕好みの味だ。お前も僕の好みを熟知しているな」

一騎「そりゃ、いつも一緒にいたから。カレーばっかり食べてたし」

乙姫「喫茶楽園新装開店記念! 一騎カレーが一杯580円で食べられる! 限定20食だからお早めに♪」

総士()「極めて美味だ」


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皆城総士になってしまった…23

なんかもう、燃え尽きそう。ここからは独自解釈とかホント多くなるので、おれはお前だ、お前はおれだという魔法の言葉で世界を祝福出来る方のみ同化されてゴルディアス結晶を育てよう。

核万歳人類派の方も同化されてもええんやで?

だからこの世界を祝福して!


 

 いくつもの可能性を見た。希望に溢れている未来もあった。だが絶望に沈んだ未来もまたある。

 

 存在と無は表裏一体。どちらかがあるからどちらかがある。存在なくして無はなく、無なくして存在はない。

 

 存在と無の循環はそういうものだ。

 

 誰か(ミール)がその存在を覚えている限り、その存在がそこにいたことはなくならない。

 

 誰かが覚えている限り、その存在は生き続ける。

 

 痛みを伴っても存在し続けることが辛いからと存在を諦めてしまった時、存在は意味を持たず無に還る。

 

 無に還りたいと思うのは生命の回帰本能だ。

 

「お前は、どう世界を祝福する。一騎」

 

 僕は選んだ。たとえ苦しみに満ちた生でも、そこに存在することを。悲しいことも苦しいこともたくさんあるだろう。だからといってその痛みを否定したくない。その痛みはその生命がそこにあった証だからだ。

 

「やっと、お前の答えを見つけられたんだな? 総士」

 

「先輩……」

 

 僕は先輩たちを救えなかった。僕は答えを出すのが遅すぎた。

 

「そんなことないさ。お前が俺たちを忘れない限り、俺たちもここにいる。島の生命としてな」

 

「生まれ変わるという事ですか?」

 

「わからない。それを決めるのは俺たちじゃないからな」

 

 先輩の手が僕の胸に触れる。生命の鼓動を示す場所に。

 

「お前はそこにいることを選んだんだろ?」

 

「はい」

 

「なら大丈夫さ。一騎だって、お前と同じ気持ちのはずさ」

 

 果てしなく広がる可能性。その可能性の中に先輩たちを犠牲にしない未来もあるのだろうか。

 

「過去に戻ることは出来ない。たとえ戻れてもお前はそれをしちゃいけない。それは俺たちやみんなが戦った覚悟を裏切る事だ」

 

「未来を変えることは同じことでは?」

 

「人によったらそういう考えもあるかもしれないけど、俺はそうは思わない。過去は既に過ぎた事だ。でも未来はこれから訪れるものだろ? 選ぶことが出来るんだ。それを選ぶのは今を生きるお前たちだ。文句は未来の誰かに言わせとけ」

 

 先輩の言うことも一理ある。確かに未来を変えて非難されるとしたら未来を生きるものたちからだろう。何故なら今を生きる者に未来などわからないのだから。

 

「みんなを頼むぞ。お前なら変えられるはずだ」

 

「……はい」

 

 だが先ずは一騎の選択がすべての始まりになるだろう。一騎が存在ではなく無を選ぶことはないとは思っているが、それでもその時は僕が一騎を無から引き上げてやれば良い。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「本当は行きたいんでしょ? 僚」

 

「祐未…」

 

 総士を見送った俺に声を掛けてくるのは祐未だった。

 

「でも俺たちはもういなくなった存在だ。そんなやつらが出ていったらみんなびっくりするだろ」

 

 未来を作るのは生きているやつの仕事だ。本当は俺が総士や蔵前に声をかけているのだってやり過ぎなくらいなんだ。

 

「それでも私は島に帰りたいよ…今でも…」

 

「祐未……」

 

 島を守るために俺は祐未の願いを無碍にした。そうしないと島が危険だから。俺たちが戦った意味がなくなってしまうから。

 

「よくある話よ。死んだはずの先輩が生き返って、迷っている後輩を叱咤して、生きてて良かったってみんなで笑顔で終わるの」

 

「少年マンガみたいなノリだな。てか、それ実は死んでなかったネタだから俺たちは使えないって」

 

 あの真面目な祐未がそういう話題を持ち出すなんて思わなかった。これも総士の影響かな。あいつ生徒会室に色々マンガ持ち込んでたしな。

 

 学校という子供の夢を育む場所において必要なものだって。……戦争のない世界を目指して戦ったロボットものの話は好きだったな。人と人が誤解なくわかりあえる世界を目指して、最後は地球外金属生命体なんていう存在とすらわかりあう物語。

 

 この世界とは反対だな。人と人よりも早く人とフェストゥムがわかりあおうとしている。

 

「それでもまだあの子たちは迷っている。だから迷子にならないように大人たちじゃない人生の先輩が必要なのよ」

 

「あいつらともう歳は変わらないだろ」

 

「でも戦った時間は私たちの方が先輩よ。その分の人生経験もね。仲間がいなくなっても希望を信じて戦った私たちの経験は、必ずあの子たちにも必要になるわ」

 

「まだ誰かがいなくなるって思っているのか?」

 

 総士も頑張っている。あいつが及ぼした影響が島を守っているのに、これ以上の犠牲は出さない様に。なのに祐未はそんなことを俺に言う。

 

「危機管理能力の話よ。あなたが皆城君の味方なら、私は皆城君の敵。生徒会でもそうだったでしょ?」

 

 そういえば意見の対立は大抵が総士と祐未だったな。総士が肯定派に立って、祐未が否定派に立って議論するのは生徒会の暗黙の了解事項だった。

 

 ほんと不器用だなあいつは。答えなんて、もう自分の中に持っていたじゃないか。

 

「あの子たちを支えてあげて。皆城君は強がっているけどある意味あの子たちのなかでは一番の子供なのよ」

 

 未来を認められなくてわがままで世界と戦っている総士。犠牲が出るのは嫌だと、戦いなら犠牲は付いて回るものを認めたくなくて抗っている総士。

 

 確かに見ていて無理をしてるよな、あいつは。

 

「祐未は、それで良いのか?」

 

 一緒にいられるのに、俺がいなくなっても平気なのか。

 

「存在と無の循環はそういうものよ。皆城君の言葉を借りるなら、祝福の彼方で会いましょう。何度でも」

 

「祐未……」

 

 寄り添う祐未を抱き締める。確かにある暖かさ。でもそれも総士がいるから感じられる。あいつがいるから島に生命が溢れている。

 

 あいつを消させない為か……。もう一度、島を守るために俺は――。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「一騎くん……」

 

「心配ないよ。一騎はただ選びに行っただけだから」

 

 シートに腰掛けながら後ろから身を乗り出して私に声を掛けてくれる来主くんに振り返る。

 

「うん。一騎くんなら大丈夫だって、信じてるから」

 

 溝口さんが操縦する戦闘機で私は一騎くんのいる場所に向かっていた。来主くんが付き添いに来てくれた。フェストゥムなのにフェストゥムと戦ってくれる彼が、私を守るために。

 

「おれの仲間は生命の大切さを知らない。だから君がいなくならない様に守るよ。君がいなくなったらみんなが悲しむ」

 

 来主くんは何が悲しいのか知っている。それがフェストゥムと戦わないで済む未来に繋がっているのなら、そうであってほしい。

 

「たくさんの存在を感じる。みんな恐いんだ」

 

「え?」

 

「お前さんがいるとレーダー要らずだな。モルドヴァを逃げ出した連中さ。もうじき一騎に会えるからな、口説き文句考えておきな嬢ちゃん」

 

「く、口説き文句って……」

 

 一騎くんになんて言ったら良いのかなんて、私にはわからない。本当に来てほしい人は、私じゃない。本当に来たがったのは、私じゃない。

 

 そんな私が、一騎くんにかけてあげられる言葉なんて……。

 

「言葉はそこにいる証し。君は一騎と話したい? 話したくない?」

 

「それは……」

 

「話すことは嬉しいよ。だって相手がそこにいるんだから」

 

「そうだね……。うん、そうだよね」

 

 一騎くんは変わる前の自分を覚えていて欲しいって、言っていた。だからそれを覚えている為に会話は必要なこと。だって話さなかったらどう変わったのかすらわからないもの。

 

 日野のおじさんに一騎くんのいる場所を教えてもらった。日野のおじさんはいなくなった。知っている人が、もうこの世にいないことがとても悲しい。でもそれが外の世界の常識で、生命なんて簡単になくなっちゃう。だからお母さんたちは必死で島を守ってきたんだって、本当の意味でわかったんだ。

 

 マークザイン。一騎くんが乗っているファフナーがフェストゥムと戦っている。赤い光に包まれてみんな熔けていく。

 

『そこの機体、止まれ!』

 

「ちっ、見つかっちまったか!」

 

 ファフナーが私たちの乗る戦闘機を掴んで離れようとする。

 

『ここは危険だ。これから生命の同化が始まる』

 

 生命の同化?

 

「危ない!」

 

 来主くんが身を乗り出して叫んだ。目の前に広がる赤い手が迫っていた。

 

「おわっ」

 

「きゃあっ」

 

『掴まれ!!』

 

 溶岩の様にどろどろで赤い手が伸びてきた。ファフナーが戦闘機を抱えて空に逃げてくれる。

 

「ふぅ、助かったぜ」

 

『礼には及びません。マカベに助けられた我々はあなた方を守る義務があります』

 

「そりゃありがとさん。竜宮島の溝口だ。お礼にお前さんの名前を聞かせてくれ」

 

『人類軍参謀本部直属技術開発部所属。ジョナサン・ミツヒロ・バートランドです』

 

 ミツヒロって、お父さんの……?

 

「お前……」

 

 溝口さんも同じ事を思っているみたい。世界が広いと言っても、ミツヒロ・バートランドなんていう名前の人が他にいるのかな。

 

『あの男から島の事は聞いていました。だからといってあなた方を害する気持ちは自分にはありません。マカベの代わりに俺があなた方を守ります』

 

 お父さんとどういう関係何だろう。私たちを守ってくれるのなら、悪い人じゃないよね。

 

「彼も選んだんだね。憎しみの中にある可能性を。それでも存在を選ぶことを」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 なにもない闇の中。仄暗い闇。僅かな赤い光が自分の輪郭をたしかめることが出来る光源の世界。

 

「総士……なんで?」

 

 目の前に総士が居た。でも子供の頃の総士だ。包帯を巻いて左目を隠していた。その包帯が解けて左目の傷が現れる。

 

『総士君の目どうしたの!?』

 

『ひとりで遊んでいて転んだんですって…』

 

『かわいそうに…』

 

 違う……。

 

『総士君の目、やっぱり回復は難しいそうよ』

 

『あんなひどい傷…。転んだなんて本当かしら』

 

『まさか誰かが?』

 

「俺がやったんだ……」

 

 あの日、総士を傷つけた。それが怖くなって逃げたんだ。

 

 痛がる総士を置いて、俺は自分の事だけしか考えられずに逃げたんだ。

 

「なんで俺がやったって言わなかったんだ!!」

 

 そんなつもりはなかった。傷つけるつもりなんてなかった!

 

 総士はなにも答えてはくれない。ただ言葉だけが口を突いて漏れ出していく。今まで溜め込んでいたものを吐き出すように。

 

 一言で良かったんだ。その目の傷は俺がやったんだって、言ってくれれば良かったんだ。

 

「なのに、なんでお前は俺を責めないんだ!? 」

 

 総士が言わないなら自分で言えば良かったんだ。でも出来なかった。総士を傷つけた事を知っているのは自分だけで、傷を負ったのは誰も俺の所為だなんて思っていない。

 

 その事に安堵した自分が自分の罪を告白出来なかった。

 

 だから自分の殻に閉じ籠った。無言で責められているような気持ちを自分で感じていたかったんだ。

 

「その傷の所為で、お前はファフナーに乗れないんだろ!!」

 

 ファフナーに乗れない理由。俺たちと違うのは左目の傷。ティターンモデルに乗ることがどういうことなのか蔵前に聞いた。

 

「俺の所為で、お前はしなくて良い無理をしているんだろ!!」

 

 何度も倒れて、負担がかかるファフナーじゃないと戦えなくて、みんなの痛みをひとりで背負って。

 

「俺が逃げたからか!」

 

 総士のこと、なんでもわかっているつもりだった。好きなことも嫌いなことも全部知っているのと思っていた。でもそうじゃなかった。

 

 総士はたくさんの秘密を抱えていて、俺たちがなにも知らない頃から島を守っていた。その事も知らないで俺は総士から左目を奪ったんだ。そして逃げた。

 

「俺があの時、お前を置いて逃げたからか!!」

 

 だから総士は俺になにも言わずに守ろうとしたのか。俺は総士の左目の代わりに……総士と一緒に、背負いたかったのに。

 

「お前は俺を怒っているんだろ。憎んでいるんだろ?」

 

 総士を裏切った。総士を傷つけた。総士から逃げたから。

 

「だからお前は俺に、戦って死ねって言いたいんだろ!? 総士!!」

 

 総士はいなくなっていた。俺のことなんか、どうでも良いんだ。総士…っ。

 

「ずっと、いなくなりたかった」

 

 総士から左目を奪った自分がなんでなんの罰を受けることなく生きているんだって、ずっとそう思っていた。

 

「俺なんか、いなくなればいいって……」

 

 ありがとう、一騎。お前がいてくれたから、島を守ることができた――。

 

「でも…せめて、お前に謝りたくて……」

 

 俺がいることに感謝してくれた。だから総士の為になんでもしようって思った。なにも出来なくても、一緒にいることは出来るって。でも総士の気持ちをもっと知りたくて、総士と同じ目線に立ちたくて、だから島を出て世界を見てみたかったんだ。

 

「この傷が、僕を僕にした」

 

「総士……っ」

 

 目の前に総士がまた現れてくれた。でも俺が知っている総士じゃない。

 

「僕は痛みを得る事で、人としての道を。存在する側の道を選ぶ事が出来た」

 

「僕は一騎とひとつになりたかった」

 

 今度は俺の知っている総士が現れた。でも左目に傷がない。それはいいことのはずなのに、総士なのに総士じゃない感じがした。

 

「僕は島を守るために生きている。自分のために生きることは許されない。だからお前とひとつになって生きたかった」

 

 身体から結晶が生えてくる。傷のない総士の右手にも結晶が生えている。総士が……なんで。

 

「はじめての痛み」

 

「乙姫?」

 

 乙姫が俺と傷のない総士の間に立ち塞がる様に現れた。

 

「総士が総士として存在する為に必要な痛み、大事な傷。総士はね、一騎に感謝しているんだよ?」

 

「感謝……?」

 

 あんなひどい傷を負わせたのに、なんで総士は俺に感謝するんだ?

 

「人の持つ回帰本能。自分の存在を否定された時、人は自らを肯定してくれる存在を求める。回帰本能がミールの因子を呼び覚まして、僕は一騎と共に無に還る事を望んだ」

 

「無に還るって……」

 

「すべてを無に帰すのが彼らの祝福だ。存在を消すことが彼らの祝福だ」

 

 なんで総士がそうなったんだ。なんで総士だったんだ。

 

「僕は初めからどこにもいないんだ。だからお前とひとつになれる場所に帰りたい……。共に生きよう、一騎」

 

「総士…お前…!?」

 

 傷のない総士と俺の身体の同じところに結晶が生えて来る。

 

「まだお前には理解出来ないかも知れないが、いずれわかるときが来る。お前はどうする? 一騎」

 

「俺は……っ」

 

「あなたは、そこにいる?」

 

 島を出る前に来主に言われた言葉。あの時答える事が出来なかった言葉。 

 

「それとも、いなくなりたい?」

 

「俺は……!」

 

 総士と一緒に居たいと思う事は総士と同じだ。

 

 でもっ。

 

「俺は総士に、ちゃんと、もう一度、話がしたいっ」

 

 身体の結晶が砕け散る。傷のない総士が消えてしまった。

 

「総士……!?」

 

「あなたはここにいることを選んだんだよ」

 

「俺が…?」

 

 ずっといなくなりたいと思っていた俺が、ここにいることを選んだ…?

 

「会話は相手がいなければ成立しない。言葉は相手が存在してこそ意味を持つ。お前は対話という方法で存在を選んだんだ」

 

 相手がそこにいるから、会話は成り立つ……か。

 

「コアに進むべき道を示してくれて、ありがとう」

 

「世界の未来を選んだ事に、感謝する」

 

 乙姫と、俺の知らない総士が消えていく。

 

「総士……」

 

「…僕は待っている。お前が帰るべき場所で、ずっと」

 

 待っていてくれ総士。そして帰ったら話をしよう。今まで出来なかった分、たくさん話そう。

 

 

 

 

 

to be continued…

 




来主「総士!」

総士()「なんだ?」

来主「なんでもない! ただ呼んだだけ」

総士()「???」

来主「総士は一騎が好きなのはどうして?」

総士()「なんだ? 藪から棒に」

来主「好きって感情は難しいよ。おれは総士のことも一騎のことも、みんなの事が好きって事になる」

総士()「それはこれから学べばいい。だから難しく考えるな」

来主「総士……」

総士()「僕は君の事を好ましく思っている」

来主「ホント? 総士がおれの事を好きで嬉し!」

乙姫「本人たちが天然だから良いけどこれはみんなには聞かせてあげられない。ただでさえ学校の裏の即売会で最近ネタにされているのに」

僚「難儀だな。妹ってやつも」



中断メッセ。好きってなに?


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皆城総士になってしまった…24

仕事を挟んだので少し文章が少なのの投稿。タグに「みんなここにいる」を追加しようか悩むところ。

そしてジョナミツの総士病発症まであと……。総士()は珪素キラーだから仕方がないよね。


 

 おれの名はジョナサン・ミツヒロ・バートランド。

 

 新国連のファフナー開発を取仕切るミツヒロ・バートランドの息子だ。……そういう記憶を与えられた人形だ。

 

 パペットと呼ばれる存在だ。やがて世界を滅ぼそうとする存在になる。

 

 最初はおれもいなくなろうとした。だが、おれを信じてくれたマカベの為にも、おれはひとりでも多くの誰かを助けようと決めた。その時が来るまで、何処かの誰かの平和の為に、おれが戦う事で、少しでもDアイランドに平和が訪れる様に。

 

 あの男がモルドヴァで進めていたザルヴァートル・モデルの開発に参加した。だがおれにザルヴァートル・モデルは扱えなかった。コアの問題もあるのだろう。このコアはマカベのファフナーから移植されたコアだ。だからマカベ以外には動かせられないのだろう。

 

 あれだけ皆を苦しめたマークレゾンが時々恋しくなる時がある。世界中で生命を救うために戦った。だが救えない生命も多かった。人類軍で最強のファフナーであるメガセリオンに乗っていても、救える生命に限りがあった。ザルヴァートル・モデルであれば救える生命を救えなかった。

 

 マークザインが生まれる場所に居合わせられたことはこの上なく幸運だった。だがマヤまでも同化するところだった。こんな時にマヤにも会えて良かった。偽りの繋がりでも、彼女はおれを家族として迎い入れて、おれの為に涙を流してくれた。だからマヤだけは憎めなかった。

 

 マカベと話終わったマヤがおれのところにやって来た。

 

「ありがとう、助けてくれて」

 

「いや。そうしたかっただけだ」

 

「そう。……ねぇ、お父さんは元気?」

 

「ああ。……フェストゥムに復讐する為にファフナーの開発ばかりしている」

 

「そうなんだ……」

 

 最初はやはりぎこちない。それも仕方がない。明らかに歳が近い。ならそういう事かも知れないとマヤは考えてしまうのだろう。

 

「こんにちは!」

 

「っ!? お前は!!」

 

「きゃっ、ミ、ミツヒロ!?」

 

 あわててマヤを背中に庇い、銃を向ける。何故お前がここにいる。

 

「君はおれに憎しみを感じるの?」

 

「フェストゥムが何故ここにいる。なにを企んでいる!」

 

 マヤが着ている対Gスーツと同じものを着ている。見たところマヤはコイツを警戒していないが、コイツはボレアリオスのコアだ。それが何故今マヤたちと行動を共にしている。

 

「痛みを減らす為に、おれはここにいるんだ」

 

「痛みを減らす……だと?」

 

「君もそうでしょ? 痛みを減らす為に戦ってる」

 

 その言葉を聞いて銃を構える腕が下がる。その腕をマヤが押さえてさらに下げてくれた。

 

「なんだかよくわからないけど、皆城くんを守る為に来主くんは島にいるんだって。もう何度も私たちの為に戦ってくれたの」

 

「ミナシロが?」

 

 ミナシロになにがあったのか? 話されてなかっただけかも知れないが、この時期にミナシロに何かがあった等知らない。

 

 だからボレアリオスのコアが島にいるのか?

 

「それより早く島に帰ろう。島がおれの仲間に襲われる」

 

「本当か来主?」

 

「一騎くん?」

 

 マヤに肩を借りていたマカベがマークザインに戻ろうとする。

 

「行かなきゃ。島を守らないと」

 

「でも、一騎くん疲れてるのに」

 

「頼む遠見。今行かなきゃ、きっと後悔する」

 

 島を守るために、マカベは迷いはないだろう。かつてのおれがミワやエメリー、エスペラントを守ることに迷いがなかった様に。

 

「わかった。気を付けてね、一騎くん」

 

「ああ。ありがとな、遠見」

 

 マークザインに乗って飛び立つマカベ。世界の救世主が島を守るために飛び立った。きっと島は大丈夫だろう。

 

「さて、俺らも帰るか」

 

 派遣部隊の指揮官だったミゾグチの言葉にマヤとボレアリオスのコアが頷いた。

 

「君も来る?」

 

「おれは……」

 

 マカベたちと戦ったおれに、Dアイランドの地を踏む権利があるのか。

 

「おれも一騎たちに痛みを与えた。でも今は、こうして総士を守るために島にいる。君にもあるよ。島にいる理由が」

 

「おれは……」

 

 ボレアリオスのコアが居れば大丈夫だろうが万が一もある。

 

「マヤたちを島に送り届ける為に同行しよう」

 

 それが今のおれに用意できる精一杯の理由だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうしよう、島が占領されちゃったよ。お父さんお母さん大丈夫かな」

 

「大丈夫。二人ともシェルターにいるから」

 

「そう。良かった……」

 

 芹ちゃんの両親。真幸と鈴奈はシェルターにいることを伝えると、芹ちゃんは安心してくれた。

 

 一騎は選んだ。きっと総士も目覚める。でもその前に彼らがやって来るのが早い。

 

 もう日は沈んだ。ソロモンのセンサー外で存在が増え続けているのを感じる。

 

 もうすぐ彼らがやって来る。

 

「芹ちゃんはファフナーを動かせるよね?」

 

「う、うん。とりあえず接続テストはしたから一応は動かせるけど」

 

 シェルターに連れていくことも考えたけど、今はそれ以上に安全な場所がある。

 

「もしかして、フェストゥムが来るの?」

 

「うん。そう遠くない内に」

 

 でも芹ちゃんが戦う必要はないよ。戦うのは私の役目だから。マークツヴォルフは完成しているけれど、まだ芹ちゃんは実機訓練もしていない。いきなり戦わせるのに相手がプレアデス型なのはかわいそうだよ。

 

 マークツヴォルフはマークツヴァイと同じ様にショットガン・ホーンとイージスを装備しているから守りは硬い。だからシェルターにいるよりも安全な場所だ。慶樹島のブルクは押さえられてしまったけど、本島のブルクにはまだ人は来ていない。そこは秘密のブルクで、行き方を知っている人間はそういない。私たちの他には多分史彦くらいしか知らないブルクにマークツヴァイとツヴォルフは隠した。

 

「行こう。他の人に見つからない様にするからゆっくりになるから」

 

「つ、乙姫ちゃん……?」

 

 通風口の格子を外して中に入る。さすがに通風口からアルヴィスに入るとは思われないよね。

 

 ちょっと埃っぽいけど我慢する。空気はミールが浄化してくれている。

 

「乙姫ちゃん、どこ行くの?」

 

「わたしたちの秘密基地、かな?」

 

 四つん這いになって下へ続くルートを行く。点検用の作業通路にもさすがに人はいない。

 

「アルヴィスの中にこんなところがあるなんて」

 

「普段はエレベーターとか使っちゃうからね」

 

 普通に生活していたり、パイロットなら先ずは立ち入らない場所。

 

「ちょっとびっくりするかも知れないけど、気にしないでね」

 

「え?」

 

 キールブロックに入る。エレベーターホールとキールブロックの入り口の通路の通風口から外に出てキールブロックの入り口を跨ぐ。やっぱり総士にちょっかいを出そうとしてた。

 

「皆城……っ、乙姫!」

 

「こんにちは、由紀恵」

 

 少し苦しそうに膝を着いている由紀恵。無理もない。彼女は島の人間で遺伝子操作もされているからその程度で済んでいる。でなければ彼女と一緒にいた人間みたいに同化されている。

 

「ちょうど、良かったわ。私と一緒に、来てもらうわ」

 

「島を棄てたあなたに、わたしは触れない。ミールがわたしを守っているから」

 

「くっ…!」

 

 余計苦しそうに呻く由紀恵。わたしを害そうとする存在をミールが拒んでいる。

 

「総士には手を出さない方が良いよ。でなければあなたの存在はここで消える」

 

「脅しの、つもり?」

 

「脅しじゃないよ。事実を伝えただけ」

 

 芹ちゃんの手を引いて先を急ぐ。キールブロックの通路をわたってジークフリード・システムに乗り込むエレベーターに向かう。

 

「待ちなさいっ」

 

 立ち上がろうとして、一歩を踏み出した由紀恵の靴が結晶に包まれる。

 

「それ以上は本当に進まない方が良いよ。生きていれば会えるけど、いなくなったらもう会えなくなるから」

 

「ッ、ミツヒロさん…っ」

 

 由紀恵は唇を噛み締めながら足を退く。結晶が砕けてなんともない様に見える。それを見届けてわたしは総士の前にやってくる。

 

「総士先輩……なんで…?」

 

「時が来るまで眠っているだけ。自分の器を育てながら」

 

 コアたちがわたしたちの近くにやってくる。

 

「暖かい。でもこれって」

 

 芹ちゃんにコアが触れる。だけどわたしみたいに身体に一体化したりはしない。

 

 ファフナーのパイロット候補として訓練を始めてる芹ちゃんにも、コアがなんなのかはわかっているみたい。

 

「この島の生命そのもの。今この島は生命を産み続けているの」

 

「生命を……」

 

 でもただ産むだけじゃダメ。その育みかたを教えないと。だから総士もコアたちを使って器を作っている。わたしも生命を育もうとしている。

 

「行こう、芹ちゃん。彼らがやって来る」

 

「うん。生命を守るために、乙姫ちゃんは戦ってるんだね」

 

 そんな芹ちゃんの言葉に微笑みかけながらエレベーターに入る。この直ぐ下が総士の研究室兼秘密のブルク。

 

「最初は痛いけど、我慢してね」

 

「うん。平気だよ。乙姫ちゃんと一緒なら、あたし、我慢できるから」

 

 ちょっと緊張していそうな芹ちゃんに声をかけてからわたしはコックピットブロックに入って先に機体を起動させる。ジークフリード・システムで芹ちゃんのマークツヴォルフの起動を手伝うために。

 

「クロッシング完了。芹ちゃん、用意は良い?」

 

『うん。お願いします!』

 

 気合いが入ったところで、芹ちゃんがニーベルングに指を通した。

 

『ん゛っっ、あ゛あ゛あ゛ああああ!!!!』

 

 最初は結構痛いし、シナジェティック・スーツも着てないからかなりの痛みがあったはず。

 

 ごめんね芹ちゃん。でもこれは芹ちゃんを守るためだから。

 

「ニーベルング接続確認。ジークフリード・システム起動。対数スパイラル形成、コア同期確認。ファフナー・マークツヴォルフ、起動!」

 

 マークツヴォルフは無事起動した。対フェストゥム機構も問題ない。武装はやっぱりレヴィンソードかな?でも長物なら丁度良いのがあったかな。

 

「芹ちゃんはこっちを使って」

 

『これ、データにないんだけど……』

 

 分厚い鉄の塊みたいな剣。総士が造った試作武装バスターソード・ライフル。

 

 ルガーランスを改良する為に造ったプラズマ核融合弾砲の試作品。そこで質量系の大剣を造っちゃうところがわたしにはわからないけど。

 

「使い方はルガーランスと一緒だから芹ちゃんでも使えるよ」

 

 レヴィンソードで一刀両断に敵を切り捨てる芹ちゃんなら多分扱えると思った。

 

「ナイトヘーレ、開門!」

 

 マークツヴァイとマークツヴォルフがサーキットに移動する。わたしも今回の武器はバスターソード・ライフルの試作で造ったバスターソードを装備した。CDCにバレないように機体を出すからどうしても武器が限られてしまう。あとはゲーグナーも装備して行く。

 

「マークツヴァイ、マークツヴォルフ、発進!!」

 

 衝撃吸収剤に包まれたわたしたちのファフナーが射出される。海面を飛び出し、向島に着地する。

 

『これが……戦争っ』

 

「芹ちゃんは自分の身を守ることだけ考えて」

 

『乙姫ちゃんは!?』

 

「わたしは島を守るっ」

 

 こちらの姿を見つけて群がってくるプレアデス型の子をバスターソードで薙ぎ払う。

 

「わたしの島で、勝手なことはさせない!!」

 

 それが戦いの第二幕の始まりだった。あらゆる可能性が集い、希望に満ちた始まり。もしこの戦いを終えられたのなら、今日までの日々を覚えていよう。まだ無邪気だったあの楽園に帰る日々を願っていた事を。空想の中に浸れていた自由だったあの日々を。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 




真矢「生命。生まれることの痛み、存在することの苦しみ。いなくなることへの恐怖。それをすべて無に帰そうとする存在が島に現れる」

「私ハ認メナイ…」

真矢「目覚めるのは虚無の力。帰るのは存在の力」

「いくぞ、マークニヒト!!」

「クロッシングがしたい。マークエルフと同じ様にできるはずだ」

「よっ、後輩!」

「っっ、せん…ぱい…っ」

真矢「次回、蒼穹のファフナー。第3746話、生誕の序曲。あなたは、そこにいますか…?」


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皆城総士になってしまった…25

予定は未定だ。(パリーン

今回ご都合主義注意報。そんなご都合という世界の祝福を受け入れられる珪素人間の方はそのまま永遠の戦士の祝福を受けてね♪

頭の中で乙姫ちゃん→総士はもう連日寝る前とかもんもんしちゃうんだけど、織姫→総士もわかる。ただ乙姫(織姫)×芹ちゃん、まだわかる。なのに芹ちゃん→総士の妄想が止まらないのなんで!? 総士病は何処まで感染すれば気が済むん? あ、ちなみに一騎×総士は総士攻めより一騎攻めの方が竜宮島即売会で人気の様です。総士×来主は総士が攻めの様です。総士×ジョナミツとか生まれそうなこの竜宮島は魔境すぎてコワイ。


 

 はじめてのファフナーでの実戦。あたしなんかに戦えるのかなって、思っていた。

 

「当たれっ」

 

 大剣が割れて砲身が露出する。プラズマの弾丸が発射される。小さなフェストゥムは狙いにくいけど、3発の弾丸の内2発は当てられた。

 

 砲身を閉じて大剣で残った一匹を切り裂く。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ、乙姫ちゃんは!?」

 

『やあああああ!!』

 

 大剣を振り回し、返す刀でさえ切り裂き、小さな台風の様に寄ってくるフェストゥムを蹴散らしていた。

 

『わたしの心配より、自分の心配をして芹ちゃん』

 

 なにかあってもイージスを展開してちゃんと攻撃を防ぐように乙姫ちゃんは言った。

 

 向島から移って今は竜宮山頂で戦っている。たくさんの群れが襲ってきても乙姫ちゃんひとりでなんとかなっている。あたしはただ、稀に乙姫ちゃんの攻撃から逃れているフェストゥムを倒すくらいで、もう息が上がっている。

 

「あたしは、大丈夫っ」

 

 乙姫ちゃんに心配させないように強がりでも大丈夫だと伝える。

 

 緊張が抜けきらなくて余計に身体を疲れさせているのはわかってる。でも乙姫ちゃんがあたしをファフナーに乗せた意味はきっとあると思うから。

 

「はああああっ」

 

 またこっちに向かってきたフェストゥムを切り裂く。遠心力に逆らわないで第二撃で迫ってきた3匹を切り裂く。

 

『やっぱり子を倒してもキリがない。頭を倒さないと』

 

「でも敵の本体なんて何処にも見えないよ?」

 

 竜宮島で一番高い場所から島の様子を見ているのに、それらしい敵の姿が見えない。

 

『海の中に隠れているんだよ。だからみつけられないの』

 

「海の中……」

 

 確かに群れは海の中から現れている。三つ目の群れが島の南西に現れた。

 

「乙姫ちゃん!」

 

『防ぎきってみせる!』

 

 イージスを展開する乙姫ちゃんのマークツヴァイ。そこから青い壁が一面に広がる。小さなフェストゥムの群れが次々とあたしたちの居るこの場所に向かってくる。

 

『島に痛みは与えない! 総士はわたしが守るっ』

 

 壁にぶつかって次々と消えていくフェストゥム。

 

 乙姫ちゃんはスゴいんだなぁ。あたしにはあんなこと出来ない。

 

 頭の角? マークツヴォルフにもあるショットガン・ホーンを展開して、その先に黒い球体が生まれる。

 

『総士を傷つけさせない。消えて!!』

 

 黒い球体が発射されて新しい群れを呑み込んだ。今のフェストゥムの攻撃……?

 

 乙姫ちゃんが頑張っているけど、群れは途切れる事を知らないで竜宮島山頂に集まって尖った山を造った。

 

『うがぅっ』

 

「ぅぅ゛っ、つ、乙姫、ちゃん……!」

 

 集まったフェストゥムたちが自爆した時。胸を突き抜ける激痛。乙姫ちゃんの呻き声とタイミングは一緒だった。

 

『ご、ごめんね、芹ちゃん。クロッシング切れば良かった…』

 

 機体間の相互クロッシングの唯一の弱点は痛みを共有してしまうこと。なら今の痛みは乙姫ちゃんの痛み? 島のコアだから島が傷ついたら乙姫ちゃんも傷つくの?

 

「良いのっ、このままで良い」

 

『芹ちゃん…?』

 

 乙姫ちゃんだけに痛みは背負わせない。だってあたしは乙姫ちゃんの友達だもの。戦いで大して役に立てないならせめて乙姫ちゃんの痛みを一緒に背負いたい。

 

「あたしも守る。乙姫ちゃんの島をっ」

 

『芹ちゃん……』

 

 バスターソード・ライフルでまた集まってくる敵を切り裂き、撃ち抜いて、薙ぎ払う。

 

「あたしが守る! 乙姫ちゃんを守るんだあああ!!」

 

 ショットガン・ホーンからプラズマ弾を撃つ。まだ手数が足りない。レージングカッターを振り回してフェストゥムを切り裂く。

 

 乙姫ちゃんに比べたら何も出来ていないかも知れないけど、それでも一緒に傍で戦うことは出来るから。

 

「一緒に戦わせて、乙姫ちゃん」

 

『……うん。ありがとう、芹ちゃん』

 

 システムを通して乙姫ちゃんと心が繋がっていくことがわかる。……乙姫ちゃんの親友か。嬉しいな、そんな風に思っていてくれるなんて。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 機械を使って人の心を覗いて、それで人を理解したことになるのか。わたしたちが未来と呼ぶ可能性の中で真矢が総士に言った言葉。

 

 でもクロッシングもバカには出来ないよ、真矢。

 

 システムを通して芹ちゃんの心が伝わってくる。本気で一緒に戦ってくれようとしている。それを感じるだけでわたしは嬉しいと思う。

 

 それにしても敵の群れが多すぎる。いくらプレアデス型でも増殖出来る数もスピードも限りがあるのにまるで勢いが収まらない。

 

『乙姫ちゃん!』

 

「くっ」

 

 「壁」の力で敵を食い止めるけど、漏れは生まれてしまう。ノートゥング・モデルじゃ限界がある。これがザルヴァートル・モデルやエインヘリアル・モデルならもっと強力な壁が作れるのに。

 

『きゃあっ』

 

「芹ちゃん!」

 

 プレアデス型の子がマークツヴォルフに衝突して自爆した。五体満足だけど機体にダメージが残っている。

 

「芹ちゃん逃げて!」

 

 わたしひとりならまだなんとかなる。でもまだ芹ちゃんにはまだ荷が重い。やっぱりシェルターに避難させておくべきだったかな。

 

 ううん。違う。そうじゃないよね。多分わたしも恐かったから芹ちゃんと一緒にいてほしかったんだ。総士がいないから、総士がいない分の穴を芹ちゃんに埋めてほしくてわたしがワガママでファフナーに乗せた。

 

「芹ちゃんは、わたしが守る!」

 

 強固な壁。「壁」の力を強く意識する。壁を打ち出してプレアデス型の子を押し潰す。

 

『乙姫ちゃん右!!』

 

「くっ」

 

 だけどプレアデス型の子の数が多すぎて対処が仕切れない。右から足と身体にプレアデス型の子が取り付いた。まずい、今自爆されて擱座したら芹ちゃんを守れない。

 

「総士っ」

 

 お願い。助けて、総士!

 

『乙姫ちゃん!』

 

 足と身体に取り付いたプレアデス型の子が撃ち抜かれた。ワームスフィアに呑み込まれるプレアデス型の子。新たに加わるクロッシング。

 

「翔子?」

 

 マークゼクスがわたしたちの前に降り立った。装備したレールガンが展開されている。今のは翔子がやったの?

 

『ごめんね、待たせちゃって。ファフナーに乗るのに時間掛かっちゃって』

 

 戦いながら島のみんなをわたしは導いていた。みんなが欲しいものを与えるのがわたしの役目。でも本当にそれが欲しいのかを選ぶのはみんなの選択。

 

 総士が選び続けて今がある。一騎が選んで明日がある。存在と虚無の祝福が、世界を祝福する。そんな未来に繋がった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 翔子ちゃんを、私は見送るしか出来なかった。ティターンモデルの中で、私は動けずにいた。

 

「なんで……なんでよっ」

 

 ファフナーが起動しない。セーフティが掛かる。ティターンモデルを起動する為のシナジェティック・コードの形成数値が足りない……。

 

「今まで、皆城くんが居たから動いていたっていうの…っ」

 

 ニーベルングが指に食い込んで痛い程手を握り締める。

 

 やっと同化現象のリスクが解消されたのに、これでもっと長くファフナーに乗って戦えると思ったのに。

 

 先輩の代わりに、島を守れると思ったのにっ。

 

 なのに私は、ひとりじゃもうファフナーを動かせない。私は、なんのためにここにいるの?

 

 ティターンモデルで戦っていると、いつも先輩を感じられた。先輩が私に戦い方を教えてくれた。メモリージングされた知識を呼び起こす様に意識しないで声に身を任せて戦えた。

 

 でももう、何も聞こえない。ファフナーに乗れないなら先輩の声を聞く資格さえないの?

 

 このままじゃ島が危ないのに。先輩たちが生命を捨ててまで守ってくれた島を私が守らなくちゃならないのにっ。

 

「動いてよ…っ。今やらなきゃ、みんないなくなるのよ」

 

 ニーベルングに接続してもファフナーは応えてくれない。

 

「今動かなきゃなんにもならないのよ…っ。先輩たちが戦った意味がなくなっちゃう」

 

 呼び掛けても、ファフナーは応えてくれない。

 

「もう、あんな思いはしたくない。先輩たちを助けられなかった。だからせめて先輩たちの守った島を守りたいの」

 

 手の届く場所にいたのに、その手を掴めなかった。大切な人がいなくなる。もうあんな思いだけはしたくない。させたくない。だから――。

 

「だから、動いてよ!!」

 

 ピーッと、システムが再起動する。

 

 ニーベルング再接続。シナジェティック・コード形成値規定値を突破。対数スパイラル形成、コア同期確認。

 

「いったい……なんで…」

 

 そんな火事場のバカ力が通用する様な簡単な兵器じゃない。私のシナジェティック・コード形成数値じゃもう起動しないのはわかってるのに。

 

「よっ、後輩!」

 

「っ!?」

 

 背中から聞こえた声。おかしいな。私、とうとうバカになっちゃったのかな?

 

「そんな背負い込むなよ。お前ひとりで戦っているんじゃないんだからさ」

 

 恐る恐る、顔を背中に向ける。これは夢? 非常事態でどうにもならない私の頭が見せてる夢なの?

 

「今まで良く頑張ったな、蔵前」

 

「っっ、先…輩……っ」

 

 勝手に涙が溢れてくる。いなくなったはずの先輩が、ここにいる。お願い神様。これがもし夢だというなら覚まさせないで。

 

「席、代わってくれるか? どうにもこっちは座り心地悪くてさ」

 

「っ、はいっ!」

 

 泣くのはあとだ。先輩に腕を引いてもらって、……わかってはいるけど、だけど今少しだけ、先輩に甘えても良いよね? 皆城くん。

 

「お、おい、蔵前…?」

 

「5秒だけ、5秒だけ…っ、こうさせてください…」

 

 暖かい。ちゃんと先輩はここにいる。

 

「仕方ない。5秒だけだぞ?」

 

「はい…」

 

 長くて短い5秒という時間だけで、一生分の幸せを貰った気がした。もう、何も恐くない。だって先輩がいてくれるんだもの。

 

「ティターンモデル、またこいつの席に座ることになるなんてな」

 

「あの、将陵先輩」

 

「なんだ? 蔵前」

 

 これが夢じゃないなら、私は先輩に聞きたいことがあった。

 

「L計画のこと、もっと教えてください。何があったのか、どんな戦いがあったのか、どんな痛さと恐さ先輩たちが感じていたのか」

 

 私たちは、その事をもっと知らないとならない。これからの戦い、その事を背負って行ける様に。

 

「ああ。この戦いが終わったらな。いくらでも聞かせてやるよ。俺たちの戦いを」

 

 ティターンモデルがケージアウト、エレベーターで地表に上がっていく。

 

 地表のエレベーターの入り口が開き、レールが伸びてエレベーターパレットが止まる。安全装置が解除され、ティターンモデルが1歩を踏み出す。

 

「竜宮島……。帰ってきたぞ、祐未」

 

 

 

 

to be continued…

 




真矢「帰る生命。目覚めの鼓動。そして無の力」

「おはよう、総士」

「アザゼル型並みか、大した個体能力だ」

真矢「無の道を選んだ者と、虚無の中でも存在を選ぶ力がぶつかりあう。わかりあえないのなら、互いに奪い合うしかない」

「一騎! 敵のコアを滅ぼせ!!」

真矢「次回、蒼穹のファフナー。第3746話、暗闇の中の光。あなたは、そこにいますか…?」


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皆城総士になってしまった…26

さぁ、みなさんお待ちかね!今回はフェストゥムを一方的にボコる時に流れてる曲を聞いて世界を祝福してね…?

僚の立ち位置が決まったんだけどさ。なんで総士のヒーローポジに落ち着きそうなんだろう。いやまぁ先輩だから、道生さんよりも歳近いからかもしんないけどさ。この竜宮島即売会に僚×総士僚攻め総士受けが生まれそうでヤバい。

そして乙姫ちゃんの総士病がLv5(雛見沢的な末期)になる。


 

 あの日、ティターンモデルに乗って初めて敵と戦った日。

 

 あの時も、こんな夜だった。

 

 たくさんの仲間が居た。40人にも満たない全員が島の為に戦った。

 

 俺が今、ここにいるのは仲間たちの戦いを伝えるためだ。

 

「俺は……、俺たちは、ここにいるぞ!!」

 

 ガンドレイクを振るい、迫ってきた小型のフェストゥムを切り裂く。小さいからやりにくいが、一撃で倒れてくれるのはありがたい。

 

「先輩! 敵の本体が見つかりました。島の西側です!」

 

「西なら東側だな」

 

 偽装鏡面で光を反射して姿を隠していた竜宮島は、方角が真逆になっている。戦闘時で西と言われたら頭の地図で東を目指さないと見当違いのところに行ってしまう。まぁ、システムのコンパスに従えば良いから迷わないけどな。

 

「俺たちは海からいく。その方が速い」

 

「了解!」

 

 システム担当者をわけてパイロットは操縦に専念させる。うまく考えたシステムだ。これなら負担は軽いし、システム担当者とパイロットとのクロッシングがあるからフェストゥムの読心能力に単機でも対抗できる。

 

 俺たちの時にこういうシステムがあれば良かったと思うのは総士には酷な話か。

 

 もうティターンモデルは島に必要ないだろうに、こうしてティターンモデルで島の土を踏んで駆けられるのが、不謹慎だと祐未に言われるだろうが嬉しかった。

 

 ただこのシステムも欠点がある。パイロットとシステム担当者のクロッシングが上手くいかないと成立しない。つまりティターンモデルのパイロット同士のクロッシングで敵に対抗していたのを単機に完結させたシステムであるらしい。

 

 蔵前とは付き合いがあったからこういきなりでも上手くいっている。……俺には祐未がいるんだけどな。それもわかっていて、蔵前は強いよほんと。

 

「将陵先輩!」

 

「ああ。海の中にも居やがったか…!」

 

 システムからの情報。プレアデス型。群れを作るタイプ。俺たちの戦ったウーシア型と同じタイプか。

 

「アイツは俺たちでやるぞ」

 

「はい! スレイプニール・システム接続、トルーパー出撃!」

 

 別方向から海の中を進む機体があった。ティターンモデルの二回り近く小さい機体だった。噂のトルーパー・モデルってやつか。

 

 4機のトルーパーがプレアデス型の親に襲い掛かっていた。海の中にも適した個体か。動きが速すぎる。

 

「蔵前! アイツを陸地に揚げるぞ」

 

「最寄りは慶樹島です。トルーパーで追い込みます!」

 

「任せる」

 

 ファフナーで戦うことが恐かった。敵よりも、武器であるはずのファフナーが。

 

 だがファフナーでなければ敵と戦えない。だから恐くても乗るしかなかった。恐くても、祐未がいてくれたから最後まで戦えた。

 

「先輩……」

 

「島に帰れないかも知れないって、何処かで覚悟はあった」

 

 祐未の父さんの立てたL計画は、参加者全員が生きて帰れることを考えられていた。だから俺も、生きて帰れることを信じていた。だけど海の中にもフェストゥムが居た。約30年、海に入れなかったはずのフェストゥムがだ。

 

 祐未は帰りたがった。最後の最後まで帰る気でいたのは祐未の方だった。……だから止められたんだろうな。万が一に島を守れるブレーキ役が要る。パートナーのバランスは、きっとそう組まれたんだろう。

 

「すみませんでした。先輩たちを、助けられませんでした」

 

「そんなことないさ。今、助けてもらってる」

 

「私は、先輩たちに生きてもう一度島に帰ってきて欲しかったです」 

 

「なら、この戦いに勝たないとな」

 

 ファフナーで島の土を踏み締めた。みんなを島に帰せた。だから今度は自分も島に帰る。存在するものとして、去り行くものたちの代表として、島に帰る。……こういうのは祐未が向いてるんだけどな。

 

「あのとき、先輩たちだけ海の底に置き去りにして……私はっ」

 

 どいつもこいつも勝手に責任感じて、勝手に重くして、勝手に背負い込んで。もう少し肩の力抜いた方が人生は楽しくなるんだぞ?

 

「俺たちだけじゃないさ。祐未がいなくなったあと、俺がいなくなるまで総士が一緒に居てくれたんだ」

 

「皆城くんが…?」

 

 システムを通じてクロッシングしていた。敵に島が見つかるリスクもあるのに、アイツは梃子でも動きそうにない顔で最後まで一緒に居てくれた。

 

「いなくなるまで、アイツは島のことを聞かせてくれた。みんな平和だって。俺たちの戦いに、目に見える意味をくれたんだ」

 

「皆城くん…」

 

「泣きながら感謝して謝られて、あの総士が泣いてるんだぜ? これからいなくなるってのにそんなこと気にしてられなかった」

 

 最後の最後まで、島のやつと話せたことが救いだった。お陰で未練もなかった。……いや、剣司と一騎の勝負が気になるな。剣司は一騎に一本くらい取れてるかなぁ。

 

 バレたら総士が怒られるから黙っているつもりだったけど、まぁ、いいよな?

 

「トルーパー上陸! 敵を誘き寄せました」

 

「よし、いくぞ!」

 

 タイムリミットはあと5分を切っていた。3分でコイツを倒さなくちゃならないのか。シビアだな。Lボートなら出撃してすぐに戦えたけど竜宮島じゃ広すぎて移動に時間を使う。

 

「……このタイマー、もう意味ないよな」

 

 慶樹島に上陸しながらふと思った。島にいるのに時間制限用のタイマーなんて使わないんじゃないかって。

 

「皆城くんが設定したんです。10分という短い時間で戦うことの難しさと過酷さを知らないとならないって」

 

 ガンドレイクで生まれたばかりのプレアデス型の子を切り裂く。刃を展開してプラズマ弾を放つ。

 

 直撃、プレアデス型の親が吹き飛ぶ。

 

 腕からバルカンとミサイルを放って弾幕を張る。当たったミサイルが爆発してプレアデス型の親の姿を隠した瞬間にジャンプする。ティターンモデルが居た場所を稲妻が過ぎ去る。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

 プレアデス型の親を踏み潰しながら地面に倒す。身体にある一つ目が怪しく光った。

 

「先輩!」

 

 蔵前が気づくより前に身体が反射で動いた。ティターンモデルが仰け反り、胸の前を稲妻が通り去る。

 

「貫けええ!!」

 

 仰け反った反動を利用しての一つ目に向かってガンドレイクを突き刺す。刃を展開して体内にプラズマ弾を直接撃ち込む。プレアデス型の親の身体が紫に変色する。慌てず素早く飛び退けばプレアデス型の親はワームスフィアに呑まれ消え、子も活動を停止した。残り時間30秒。先ず先ずかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「僚が帰ってきた……」

 

 今、ティターンモデルに乗っているのは果林じゃない。

 

『果林ちゃん!』

 

『大丈夫、先輩と一緒だから!』

 

 島の記憶が、もう一度僚に生命を与えた? 生命の循環を狂わせる様なことをどうして。

 

『乙姫ちゃん…?』

 

「なんでもないよ。芹ちゃんは下がって、わたしはもう大丈夫だから」

 

 芹ちゃんに声を掛けられて我に帰りながら芹ちゃんを後退させる為に言葉を返した。

 

『あたしも行くよ。島に住んでいるひとりとして…、ううん。乙姫ちゃんの友達だから、一緒に行きたいの』

 

「芹ちゃん」

 

 芹ちゃんはズルいよ。そうやっていつもわたしの心のなかに入ってくる。

 

「言ったからにはちゃんと着いてきて、芹」

 

『乙姫ちゃん…?』

 

 今はわたしも皆城乙姫だから我慢する。だから、ねぇ、早く起きて総士。でないとわたしが生まれる事が出来ないよ。早く総士や芹ちゃんと、ちゃんと触れあいたいの。

 

「敵の本体を引きずり出す。翔子はわたしと芹を守りなさい」

 

『わかった。お願い、乙姫ちゃん!』

 

 飛び立つマークゼクス。デュランダルの一発一発がプレアデス型の子をしっかり撃ち抜いている。

 

 そしてレールガンの射線を合わせて複数のプレアデス型の子を一発で撃ち抜いている。真矢みたいな狙撃じゃないけど、真矢みたいに射撃を磨きあげてきている。

 

「芹!」

 

『は、はい!』

 

 わたしの雰囲気が変わったから、芹ちゃんの空気も固くなった。でもそれでいい。飴と鞭っていうもの。戦っている間くらいは気を引き締めて貰わないと。

 

「わたしとマークツヴァイを任せるわ」

 

『…うん。乙姫ちゃんは絶対守るから』

 

 守るならわたしが一番防御に優れているけれど、これはわたしにしか出来ないから。

 

「西に移動する。ここじゃ戦い難いから」

 

『りょ、了解っ』

 

『道は私が作るから、先に行って!』

 

 マークゼクスがレールガンを撃ち、弾丸が通り抜けたところにいたプレアデス型の子は皆撃たれて消えた。

 

「イージス展開! 正面から食い破るよ」

 

『了解!』

 

 ショットガン・ホーンとイージスを展開してエネルギーフィールドを纏って強引に戦場を突き抜ける。

 

『倒すっ。どんな敵でも倒してみせる!』

 

『恐いよぉ……母ちゃん…』

 

『うおおおお!! ゴウバインッ』

 

 皆もファフナーに乗った。システムを通じてみんなに集合する様指示を出す。

 

 皆は迂回したり敵の群れを躱しながら来るがら一直線で進んでいる私たちが一番最初に西海岸に到着する。

 

『でも乙姫ちゃん。敵を引きずり出すって、どうやって…』

 

「今からあなたがわたしたちを守りなさい。芹」

 

『あっ、はい!』

 

 意識を集中してミールを通して海に意識を傾ける。

 

「……わたしは、ここにいるよ」

 

 わたしの存在を感じて海の中からプレアデス型の親が現れた。

 

 プレアデス型の親がゆっくりとわたしの方にやって来る。違う道を行くミールの側の存在に、当て嵌まる言葉を選ぶなら戸惑い。無に還るのではなく存在を選ぶミールがわからなくて、それを理解しようとわたしの方にやって来る。わたしのマークツヴァイの前にマークツヴォルフが割って入る。

 

「手は出さないで、芹」

 

『で、でも…』

 

「いいから」

 

 わたしも知らないとならない。彼らが選んだ道を。わたしたちが変わった様に、彼らもなにかが変わりはじめているかもしれない。

 

 海中からミサイルが飛び出してきた。史彦たちが島を取り戻した。

 

 攻撃されたプレアデス型の親は先程とはまるで違う素早さで海岸を目指す。

 

『ゴウバインッ、参上!!』

 

 マークフュンフが浜に現れてイージスを展開。プレアデス型の親を食い止める。

 

『今だ剣司!!』

 

『お、おうよ!』

 

 レールガンを展開したマークアハトがプレアデス型の親を攻撃するものの、高次元障壁を破れずダメージにならない。反撃でプレアデス型の親が放った稲妻に四肢を貫かれてマークアハトが倒れる。

 

『剣司!! よくもぉぉっ』

 

 マークドライがピラムを打ち込もうとする。でもプレアデス型の親はその切っ先を避けて、マークドライを稲妻で貫いた。

 

『え?』

 

 そしてマークフュンフのイージスを貫いて、プレアデス型の親が放った稲妻がマークフュンフの頭部を破壊した。

 

 改良されたファフナーなのに、プレアデス型が圧倒的過ぎる。

 

 そんなファフナーで敵わないのなら、道生のメガセリオンもカノンのベイバロンも敵わず、脚と腕をやられて蹴散らされてしまう。

 

 島を落とす為に彼らが選んだのは圧倒的な力。力ですべてを捩じ伏せようとしている。

 

「……あなたたちは変わらず選ぶんだね。会話のない、無の道を」

 

『つ、乙姫ちゃんは、あたしが守る!』

 

『一騎くんの島は、私が守るっ』

 

 マークツヴォルフとマークゼクスが立ちはだかる。翔子は強い決意があるから平気だけど、芹ちゃんは今日はじめて戦うのにあんな圧倒的な戦いを見て怯えてしまっている。

 

 わたしも恐い。だって改良されたファフナーでも対抗出来ない強さを彼らはぶつけてきた。

 

 わたしは平気でも、翔子と芹ちゃんはSDPを使えない。このまま戦って芹ちゃんがいなくなるんじゃないかって、考えてしまったらあとが終わらない。

 

『私が敵の注意を引き付けるから、芹ちゃんはトドメをお願い』

 

『わかりました。羽佐間先輩』

 

 マークゼクスが仕掛ける。レールガンを撃つ。でもプレアデス型の親には効いていない。反撃の稲妻は機動力で避けるマークゼクス。稲妻ではダメだと学んだプレアデス型の親は子を産み出してマークゼクスを襲わせる。

 

『くっ、こんなに、たくさん…!』

 

 レールガンとゲーグナーでプレアデス型の子を倒すマークゼクス。でも小回りはプレアデス型の子に軍配が上がった。

 

『きゃああああっっ』

 

 多勢に無勢の状況でプレアデス型の子がマークゼクスの背中と右脚、右肩に取り付いて爆発する。

 

 マークゼクスは森の木々を盛大に薙ぎ倒して墜ちた。

 

 それを目の当たりにした芹ちゃんはバスターソード・ライフルを構えたまま身動きが取れずにいる。

 

 恐い。このままじゃ芹ちゃん(あたし)まで。

 

 システムで繋がっている心が同じことを考えて、その感情を倍増させてしまう。ニーベルング・システムで闘争心を煽られても、それを超える恐怖の前には意味がない。

 

 助けて……。

 

 誰か(総士)、助けて…っ。

 

 プレアデス型の親がわたしたちの前に立ち塞がる。その一つ目がわたしたちを捉えて、怪しく光る。

 

「総士ぃぃぃいいいいいい!!!!」

 

 稲妻が放たれるその瞬間。わたしたちとプレアデス型の親の前にワームスフィアが現れて稲妻を吸収して消えた。

 

『総、士……せん、ぱい?』

 

 ワームスフィアが消えたあとにはアルヴィスの制服を纏いながら長い髪を靡かせて、わたしたちに背中を向ける総士がいた。

 

「総士……」

 

「遅れてすまない。乙姫」

 

 総士の声だ。少しの間だったのに、もうずっと聞けなかったと思うくらい待ち侘びた総士の声だ。

 

「総士っ、総士っ!!」

 

 総士がいる。総士がいるだけで安心して涙が流れ落ちる。

 

「僕はここにいる。だから安心しろ、乙姫」

 

「うん…っ。うん、うん…!」

 

 芹ちゃんには見せられないくらい涙でぐしゃぐしゃになった顔で、総士の言葉に頷く。何度も、何度も。総士がそこにいるのを、総士の言葉を何度も頭に巡らせながら。

 

「……去れ。でなければ虚無の申し子がお前たちを無に帰すぞっ」

 

 底冷えしそうな程の低い総士の声。思わずびくびくしそうになる身体を抑える。

 

 安心しているのに、その感情はわたしたちに向けられていないのに、近くに居るだけで当てられそうな総士の怒り。

 

 それに身を捩るプレアデス型の親は子を産み出して総士を呑み込み尖った山を作った。

 

『ふたりとも逃げて!!』

 

 翔子がそれを見て意味を知っているから、わたしたちに叫んだ。

 

 でも大丈夫。だって総士だから。

 

 赤く光る山。その光が内部に向かって消えていく。

 

『なにをしているの? 皆城くん…』

 

 総士は選んだ。たとえ痛みを伴おうと存在することを。

 

「なるほど、()()も選んだのか。対話のない無の世界を」

 

 プレアデス型の子の山が内側から溢れる結晶に包まれていく。

 

「ならばお前を無に帰そう……。この虚無の申し子がな!!」

 

 結晶が砕け散り、わたしたちに降り注ぐ。月の光に照らされてきらきらと輝く結晶のなかには、闇を溶かして固めたような色をした荒々しい竜の巨人の姿。

 

『ファフナー……なの…?』

 

『そんな。あのファフナーは…』

 

 芹ちゃんも翔子も驚くのも仕方がない。だってその存在は未だ生まれざる存在だから。

 

 それでも総士はその力を求めた。救うために、変える為に、その虚無の力を。

 

「行くぞ。マークニヒト!!」

 

 両手を広げ、月明かりを浴びる虚無の申し子が産声を上げた。

 

 力がないのが悔しかった。だからすべてを無に帰す力であっても、それを求めた。その力で皆の未来を守れるのならと。たとえ相手のすべてを奪おうとも、守りたいものがそこにあった。

 

 

 

 

to be continued…




 
来主「咲良は痛みを感じるの?」

咲良「痛みって……あー、その、あれよ。苦手なだけだっての」

来主「にがて? にがてってなに?」

咲良「苦手っていうのは、その。近づきたくないとか、嫌いっていう意味よ」

来主「咲良はおれがにがて? 嫌い、憎いから」

咲良「あんたは……、まぁ、認めてやらないこともない、かな…?」

来主「ほんと? ありがとう咲良! 好きだよ」

咲良「バッ!? あんたなんてこと言ってんのよ!!」

来主「一緒に居るのが好きなら、一緒に居てもいいっていうのも好きじゃないの?」

咲良「誰よこいつに間違った知識教えたのは!!」




中断メッセ風。苦手ってなに?


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皆城総士になってしまった…27

もうなんもかんも出し切って出涸らしも出てこんよ。これがやりたかった。

推奨BGMは「その時、蒼穹へ」か、「vestigeーヴェスティージー」か、「君は僕に似ている」、「Life Goes On」、「僕たちの行方」、「Reason」あたりか。なんか飛鳥先輩のところの曲も結構ファフナーに合うな。

総士の一騎病Lvが3に上がった。そして世界を祝福するとき、みんなは「Lv3でコレ!? という」つまりLv5はもうなんかヤバい。


 

 目覚めたばかりでまだ状況が掴みきれていないが。タイミングはよかったらしい。

 

 目の前にはプレアデス型の親。コイツならファフナー部隊を壊滅に追いやっても納得は出来る。

 

 そしてマークツヴァイに乗っているのは乙姫だった。

 

 マークツヴォルフの姿もある。……いったい、僕のいない間に何が島に起こった?

 

 2年寝過ごしたわけではないのは確かだ。

 

 だが剣司たちだけじゃなく、羽佐間までやられ、乙姫とマークツヴォルフの立上まで居て倒せないのは少しおかしい。……いや、理由はある。

 

「恐いか? いなくなることが恐いか? フェストゥム…!」

 

 マークニヒトが腕を伸ばす。だがプレアデス型の親は子を産み出しながら逃れていく。

 

「逃がすな、マークニヒト!」

 

 マークニヒトがプレアデス型の子を同化しながら親を追う。中々素早いが。

 

「追い詰めろ!!」

 

 背中のホーミング・レーザー発振器からレーザーを次々に撃ち出して逃げ場をコントロールする。

 

「掴まえたぞ」

 

 プレアデス型の親の尻尾を掴み、引き寄せ、胴体に掴みかかる。

 

「っ、同化する気か…」

 

 胴体を掴むマークニヒトの右手が結晶に包まれようとしているが、マークニヒトの手はなんともない。

 

「この虚無の申し子がただの憎しみと虚無の塊だと思うな……」

 

 島のミールの記憶。生きたいと願う存在への渇望とフェストゥムへの憎しみで育ったこのマークニヒトは虚無の申し子でありながら存在することを至上とする器だ。

 

 プレアデス型の親がぶくぶくと膨れて気味の悪い蠢きかたをする。

 

「なんだ!?」

 

 あまりの暴れっぷりに、マークニヒトが手を放してしまう程だった。

 

 不気味な蠢き。腹を裂くように現れた存在を僕は知っている。

 

「マークニヒトに惹かれたか…、或いは」

 

『私ハ、認メナイ…』

 

 モルドヴァでマークザインに同化されたはずのマスター型のスフィンクス型だ。

 

 人類軍で開発されていたマークニヒトを同化し、人を滅ぼすためにその術を獲得しようと竜宮島を襲った存在が今目の前にいる。

 

 ちょうどいい。今お前を倒せば生じる可能性はさらに広がる。フェストゥムが憎しみを学ばない可能性すらある。感情は、来主が学ぶだろう。僕が彼と直接話せるのは2年後か或いは5年後か。

 

『私ハモウヒトツノ我々ヲ認メナイ…』

 

 コイツも個を確立しつつある存在だ。だが真壁紅音を同化した存在と違ってコイツはなにもない。なにもないから無に還りたがる。そこに存在することを選ばない。存在するということを理解できない。

 

「それはお前自身の拒絶だ…」

 

『私ハ、我々ダ…!』

 

 個を認めようとするとムキになるのが、もう個として存在しはじめている証拠だ。

 

 マスター型スフィンクスが腕を伸ばして襲い掛かってくるが、マークニヒトはその腕を打ち払う。

 

「お前はそこにいるだろう…!」

 

『アノ時ノ我々ト同ジカ……、認メナイ。我々以外ノ我々ヲ、私ハ認メナイ…!』

 

「くっ、怯むな、マークニヒト!!」

 

 正面から力比べ。手を組み合い、腕の力で押し合う。

 

 腕の神経が軋みをあげる。機体が無事でも身体が保たないか。なるほど、確かにそうだな。

 

「どうしたマークニヒト。虚無の申し子が無に負けてどうする!!」

 

 マークニヒトの力がマスター型スフィンクスの力を押し込み始める。まだ生まれたばかりで力を充分使えないが、それでもコイツは僕らでなければ相手を出来ない。

 

 わざと力を抜き、前に倒れるマスター型スフィンクスを蹴り飛ばし、距離が開いた所に背中のアンカーケーブルを打ち込む。だが高次元障壁がアンカーケーブルの切っ先を阻む。

 

「アザゼル型並みか。たいした個体能力だ…」

 

 マスター型すべてがそうなのかはわからないが、少なくとも目の前のマスター型はそれほどの強さがあるのをマークニヒトが教えてくれる。

 

 マークニヒトだけで突破は厳しいか。身体を気にしなければ行けるが、コアギュラにトンボ返りは出来れば勘弁願いたい。

 

 押すか引くかを考えていた時、横合いからなにかがマスター型スフィンクスを蹴り飛ばした。

 

 蹴られた勢いで後退するマスター型スフィンクス。堤防と道を踏み砕いて着地する一機のファフナー。

 

「マークザイン……。一騎か」

 

 マークニヒトのジークフリード・システムを通してマークザインに接触する。

 

「そこにいるな。一騎」

 

『総士!? そのファフナーに乗ってるのか? 左目は良いのか?』

 

 僕がファフナーに乗れなかったのは理由が別にあったが。皆城総士が左目が見える事を受け入れられなくてファフナーに乗れなかったと僕は考えていたが、それは間違いだった。

 

 左目が見える事を恐れ、以前の一騎を同化しようとしたフェストゥムの側の自分を恐れていたわけじゃない。

 

 左目が見えることが、自分が自分でなくなってしまうことを受け入れられなかったからファフナーに乗れなかったのだ。

 

 僕もそうした意味では同じだった。変わってしまう事で僕が皆城総士でなくなってしまう事を恐れていた。だが今は、もう、恐れはしない。

 

「1度失われ、戻った。もうお前だけを戦わせはしない」

 

『総士……。俺は、お前を裏切った』

 

「………………」

 

『お前がなにを思って、なにを考えて戦っていたのか。俺はただお前に言われた通りに戦っていて、それを知ろうとしなかった』

 

 ベイバロンが落としたルガーランスをマークザインが拾い上げる。

 

 マークニヒトの手の平からもルガーランスが生えて、それを握る。

 

『でも今は、少しだけ、わかった気がする』

 

「…なにがわかった」

 

『お前が、苦しんでいたことが』

 

 クロッシングはしていないのに、一騎の言葉に思い遣りを感じる。その思い遣りを感じて嬉しくなる僕もまた皆城総士なのだろう。

 

『お前ひとりで痛みを背負っていた。背負わせていた…。俺が逃げたあの日からっ』

 

 あの日のことは今でも覚えている。僕が僕になった日だ。一騎に祝福を受けて、僕は生まれることが出来たんだ。

 

「僕はお前に感謝している」

 

『俺はお前に、ただ謝りたかったっ』

 

 マスター型スフィンクスが動き出した。プレアデス型を同化したのだろう。プレアデス型の子を産み出してこちらの様子を見るらしい。

 

 ルガーランスを展開。ワームの刃を形成、毒を持つその刃を震い、プレアデス型の子を一撃で薙ぎ払う。

 

「ありがとう一騎。お前のお陰で、僕はここにいる」

 

『ごめん、総士。でももう一度だけ、俺を信じてくれっ』

 

 マークザインにマスター型スフィンクスが腕を伸ばす。絡みつかれて触手に締め上げられるマークザイン。だがびくともしない。

 

 マークザインを縛る触手が結晶化して砕け散る。

 

「僕はお前と――」

 

『俺はお前と――』

 

 マークニヒトとマークザインが共に飛び立つ。マスター型スフィンクスの高次元障壁がルガーランスの切っ先を阻む。

 

「「ここにいる!!」」

 

 システムを接続する。機体コード、マークザイン。

 

「一騎!」

 

『総士!』

 

 言葉は要らない。()たちの心はひとつだから。

 

 異なる波長でマスター型スフィンクスの高次元障壁に干渉する。被同化状態。こんな力強い個体相手だと並大抵のパイロットや機体なら同化される危険性は極めて高いが、()たちふたりならやれる!

 

 高次元障壁に亀裂が走る。1度切っ先が沈めばあとは打ち破るだけだ。

 

『コレハ、アノ時ノ我々……。マダ存在シテイタカ――!』

 

『言葉!?』

 

「コイツもひとつの個になりつつある」

 

『来主みたいにか?』

 

「それも可能性のひとつだった。だが選んだのは対話のない無の道だ」

 

『わかりあえないのか……?』

 

「無を選び、自らさえミールを否定していることもわかっていない。なにを言おうと無に帰すことに思考が直結している。倒さなければ島が沈む」

 

『…そうか』

 

 マークザインのパワーが上がる。それに呼応してマークニヒトのパワーも上がる。

 

『私ハ、我々ダ――!!』

 

『還りな、自分の居場所に……』

 

「キサマを無に帰してやるぞっ」

 

 高次元障壁が砕け散り、ルガーランスがマスター型スフィンクスの身体に突き刺さる。

 

「同化は無理か…! コイツの情報を読む。5秒待て!」

 

『わかった!』

 

 暴れるマスター型スフィンクスを2機掛かりで抑え込む。

 

「コアの位置が判明…っ、まずい!」

 

『私ヲ無へ、戻セェェエエエ!!!!』

 

 マスター型スフィンクスが稲妻とワームスフィアをデタラメに放ち始めた。その波動でマークニヒトもマークザインも吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ、がああっ、っあ゛あ゛」

 

『総士!!』

 

 島の痛みが伝わってくる。こんな痛みを、乙姫に背負わせるものか!!

 

『総士!』

 

「一騎ぃぃぃいい!!」

 

 マークザインがマークニヒトを庇ってワームを吸収する。

 

 その背中から飛び出し、ルガーランスをコアのある胸に向かって突き刺すが、ギリギリで躱されてしまう。マスター型スフィンクスの脇を過ぎながらも、その背中にアンカーケーブルを打ち込む。

 

『でやああああああ!!!!』

 

 マークニヒトのすぐあとに続いていたマークザインが、マスター型スフィンクスの胸にルガーランスを突き立てた。

 

 マークニヒトをマークザインの後ろに回り込ませて、マークザインの両肩を掴んで同化する。

 

「一騎、敵のコアを滅ぼせ!!」

 

『これで、最後だああああ!!』

 

 ルガーランスを同化し、刀身を展開。マークザインとマークニヒトのエネルギーを流し込む。

 

 眩い閃光が放たれた。夜だというのに闇を照らす太陽のような輝きが海を奔り、大気を灼き、大爆発を引き起こす。

 

 マークザインとマークニヒトは無事だ。

 

『倒したのか……?』

 

「………………いや」

 

 コアの消滅を感じなかった。間一髪で取り逃がしたらしい。

 

『それでもまたやって来たら、相手をすればいいだろ?』

 

 そこで倒すという発想が出てこないんだから、一騎はフェストゥムを理解できる人間なんだな。

 

「…被害は甚大だ。事後処理もファフナーでやる必要があるな」

 

『手伝うよ』

 

「いや。お前はまず降りろ。その機体の同化現象は過酷なはずだ」

 

『お前が降りるなら降りるさ』

 

「お前というやつは…」

 

 リミッターのついていないマークザインに長時間乗せてはおけない。アクティビオンのない今の島で同化現象に襲われたら助ける術がない。

 

 仕方がない。一度降りてトルーパーを使うか。

 

 しかしティターンモデルのパイロットIDが蔵前でなく、何故将陵先輩のIDなんだ。

 

『よ、総士』

 

「っっ!?」

 

 一騎とのリンクを切っておいてよかった。こんな感情は今の一騎に知られると少し恥ずかしい。

 

「将陵…、先輩…?」

 

 何故ティターンモデルとクロッシングしたら将陵先輩の存在を感じるんだ?

 

 忘れるはずもない。僕が将陵先輩と生駒先輩がいなくなるのを最後まで見守ったんだ。先輩の存在を感じ間違うはずがあるものかっ。

 

『久し振り。髪伸びたな!』

 

「いえ、これは…」

 

 今の僕は5年後の皆城総士くらい髪が伸びている。少々鬱陶しい。

 

『にしてもスゴいファフナーだな。これなら島は大丈夫そうだな』

 

「っ、待ってください!!」

 

 もう失うものか。あんな悔しさはもう真っ平ごめんだ!

 

『そう怒鳴るなよ。……俺もここにいる』

 

「先輩…、っ、紛らわしいことを言わないでください」

 

『お前が早とちりなんだ』

 

 またこうして先輩と話せるなど夢にも思わなかった。訊きたいことは山ほどあるが、先ず何よりも言わなければならないことがある。

 

「おかえりなさい。先輩」

 

『ああ。ただいま』

 

 一度は失われたもの。再び戻ったもの。存在を選ぶことが僕たちの祝福だった。たとえ痛みに満ちた世界でも、そこにいることを選べば、そこは何時だって楽園だった。だって、僕たちは生きているのだから。

 

 だから無がすべてを引きずり込もうとも耐えることが出来た。存在することは僕の祝福だから。

 

 

 

 

to be continued…




そのうちRoL編も書けりゃいいが、原作沿いで総士の描写になると思うから文章が稼げそうにないのがなぁ。

見たい?(パリーン


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皆城総士になってしまった…28

これでしばらく総士病患者は落ち着くだろうと思いたい。


 

 事後処理はトルーパーに任せた。あれは自立起動型だからある程度は任せていられる。今度はコアも内蔵してやろう。

 

 ブルクの中にマークザイン、マークニヒト、ティターンモデルが並ぶ。マークツヴァイとマークツヴォルフはノルンの格納庫で一時待機だ。さすがに人類軍がいるのに慶樹島のブルクは使えなかった。今真壁司令が人類軍の指揮官と話をつけに行ったところだろう。

 

 ティターンモデルから蔵前をつれて将陵先輩が降りてきた。

 

「改めておかえりなさい。先輩」

 

「ああ。ただいま、総士」

 

 本当なら1年前、この言葉をかけたかった。

 

「蔵前。一騎を頼む」

 

「もう。私も先輩とはなしたいけど、仕方がないか」

 

 マークザインをケージに固定したあと、一騎は気を失うように眠りについた。疲れもあったのは明白だ。僕も少し疲れた。

 

 蔵前がいなくなったのを期に、僕は先輩に訊ねた。

 

「還ってきたのは、先輩だけですか?」

 

「ああ。みんなの代表って感じかな? こういうのは祐未が向いてんだけどな」

 

 確かに将陵先輩よりも生駒先輩の方がこういう説明やらを纏めるのは上手いだろう。

 

「そうですね」

 

「あ、やっぱり?」

 

 軽く会話をしてもいつも通りの先輩だった。フェストゥムが化けているということはないようだ。

 

「……他の方々は」

 

「無の中だ。俺はみんなが望んでくれたからここにいる」

 

 先輩の目が黄金色に輝いていた。身体は人のものではないのだろう。

 

「フェストゥムの側に行ったんですか?」

 

「近いかな。あの時、俺も末期症状だった」

 

「覚えていますよ」

 

 末期症状。身体が結晶化して砕け散ってしまう。同化現象の終焉と考えられている。

 

「お前が島のミールに存在と無の循環を教えた。ミールの記憶を頼りに、俺は自分の存在を再び作り出した。まぁ、みんなに手伝ってもらったんだけどな。お前が島のミールを変えた。だからここにいる」

 

「先輩…」

 

 存在と無の循環は生命の循環そのものに当て嵌まる。人は生まれ、そして死ぬ。だがその遺伝子は次の世代に受け継がれる。そうやって存在は循環していく。それが生命の営みだ。

 

 始まりは終わりで、終わりは始まりであることを乙姫は島のミールに伝えた。

 

 僕にもそれが出来たというのか? 僕はなにもしていないのに。なにも出来なかったのに。

 

「お前は選んでたろ? 皆城総士としてここにいることをずっと」

 

「先輩…」

 

 誰でもなく将陵先輩にそういってもらえて改めて実感できる喜びがある。

 

「だからあまり難しく考えるなよ。いまここにいる。それでいいじゃないか」

 

「そうですね…」

 

 流されてしまった様な気がしなくもないが、先輩がそれで良いのならこれ以上は追求しても答えて貰えないだろう。

 

 だがこれから問題も山積みだな。

 

「蓬莱島のデータのお陰で目覚めたL計画唯一の生き残り、そう処理します」

 

「俺に客寄せパンダになれってか?」

 

「そうでなければ先輩のことを納得しないでしょう。ですので今まで秘匿情報扱いということにします」

 

「嫌なやつになったな」

 

「パイロットの安全を守るのが僕の戦いですから」

 

 つまらないことで先輩に何らかの被害が行かないようにするには、先輩に注目の的になってもらう必要がある。そうすれば簡単に手は出せなくなるだろう。……この島にそんな悲しいことをする人は居ないと思うが。保険は必要だ。

 

「そっか。頑張ってるんだな、お前も」

 

 僕の言葉を聞いた先輩は何故か僕の頭を撫でる。若干癖っ毛になっている部分もあるから指通しはあまりよくはないと思う。

 

「なんですか?」

 

「頑張ってる後輩にご褒美ってやつ」

 

「やめてください。子供じゃないんです」

 

「子供さ。未来が認められなくて駄々こねて足掻いてる子供さ。お前は」

 

「将陵先輩……」

 

 もう同い年の様なものなのに、先輩には頭が上がらない。こうしていつも先輩は僕の事を気にかけてくれていた。

 

「プクを世話してたからな。気持ちいいだろ?」

 

 確かに、もう少し続けて欲しいと思ったが。いま聞き捨てならない言葉を聞いた。

 

「僕は犬ですか?」

 

「目元弛んでたぞ? もっとみんなに表情見せたらどうだ?」

 

「不特定多数に向ける余裕はありません」

 

 そんなバカみたいな顔を僕がしているわけがない。……気持ちがいいのは否定しないが。

 

「バッカお前、仲間にはもう少し歩み寄れって意味さ」

 

「歩み寄る……」

 

 歩み寄る、か。……今なら少しは前に踏み出せるだろう。

 

 一騎を迎えに行った遠見が溝口さんと帰ってきた。

 

 予想外の客人を連れて。

 

「総士!」

 

「来主……!?」

 

 いや待て。ちょっと待て。少し待て。

 

 疲れすぎて僕は幻覚でも見ているのだろうか? 何故来主がここにいる。

 

「やっと総士とも話せる。総士と話せるのは嬉しい!」

 

「あ、あぁ……」

 

 この来主はどういう存在だ? そんな疑問は尽きないが、それよりも優先した方が良さそうな案件もあった。

 

「遠見と溝口さんを送り届けてくれたことに感謝する」

 

「い、いえ、自分は、そうしたいと思ったことをしたまでです」

 

 メガセリオンから降りてきたパイロット。ジョナサン・ミツヒロ・バートランド。あの操り人形となってしまった存在だ。

 

「………………」

 

「………………」

 

 続く言葉が、僕もミツヒロも見当たらなかった。だが僕はミツヒロの目を見つめ続けた。

 

「お前はこれからどうする」

 

「どう、とは……」

 

「明朝。人類軍は撤退するが、負傷兵や一部の人員は島に残る方の潜水艦で待機の予定だ」

 

「おれは……」

 

 僕のその言葉を聞いて、ミツヒロの表情に迷いがあるのを見逃さなかった。

 

「……お前は人形じゃないだろう」

 

「っ、おれは…」

 

 自分が操り人形である自覚はあるようだ。もう少し踏み込めるか?

 

「お前はなにを選ぶ? ミツヒロ、お前はそこにいるのか?」

 

「おれは……っ、ミナシロ、おれは…!」

 

 まるで迷子の子供を見ているようだった。進むべき道がわからなくて、誰かにそれを教えてほしくて泣いている子供。

 

「一騎はお前を信じた。お前の人としての心を。僕もお前を信じよう」

 

 一騎のお陰で人の心を取り戻したミツヒロは涙を流していた。たとえ与えられた人格と記憶であっても、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドという存在は確かにそこにいた。

 

「…っ、おれは、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドっ、人類軍の兵士だ…!」

 

 絞り出す様にミツヒロは言葉にした。それが精一杯の存在の主張だと、人であることの存在証明。自己啓発。そして選択だ。

 

「手を出せ、ミツヒロ」

 

「手を…?」

 

 固く握り締めるミツヒロの手を取り、解してやる。

 

「僕はお前だ。お前は僕だ」

 

 憎しみと虚無のなかでも、最後に人としての心を取り戻せたお前にならできるはずだ。既に答えはお前の中にあるはずだ、ミツヒロ。

 

「これは…っ」

 

 僕とミツヒロの手が結晶に包まれていく。

 

「っっ」

 

 だが結晶は翠色から赤に変わり、僕の手を傷つけた。

 

「ミナシロ!?」

 

「選べ、ミツヒロ」

 

「選ぶ? おれが……? 選ぶ…?」

 

 血が流れ落ちる。深い痛み。だが痛みは僕の祝福でもある。痛みが伴おうとも存在を選ぶのが僕の祝福だ。

 

「お前の理由を見つけろ。そこにいる意味を見つけろ、ミツヒロ」

 

「意味を、理由を……っ」

 

 レゾンデートルという言葉がある。マークレゾンの語源にもなっている言葉だ。

 

 存在理由、あるいは存在意義を表す言葉だ。レゾンは「理由」という意味で扱われていた。だが僕はもうひとつの意味で祝福しよう。

 

「お前はそこにいるだろ!! ミツヒロ!」

 

「おれは、あなた方に痛みを与えた。そんなおれが、またあなた方に痛みを与えない保証がないっ」

 

 結晶が深く、僕の手を傷つける。

 

「それはまだ可能性だ。たとえ強いられる未来であったとしても、自分で選ぶことに意味がある。僕がそうであるように、お前にも自分の存在(みち)があるはずだ。ミツヒロ」

 

「おれの、道……っ、ああああああ!!!!」

 

「ぐっ、これが痛みか…っ」

 

 腕が赤い結晶で包まれ出す。内側から石の礫に貫かれるような痛みが襲う。これがミツヒロの抱える痛みか。

 

「総士…! ダメだよ、君がいなくなる!」

 

「止めるな来主っ」

 

「で、でも、総士にいなくなって欲しくない…っ」

 

 僕に触れようとした来主を止める。これは僕の戦いだ。ミツヒロを救えるか、それとも救えないのか。今このときがその分水嶺だ。

 

『みんな、いなくなればいいのに……』

 

「出てきたか…っ」

 

「ぐっ、がああああああ!!!!」

 

「っ、ぐぅ、自分を保てミツヒロ…っ」

 

 海神島のコア。新国連ではプロメテウスの岩戸に安置され、パぺットとベイクラントを操る生体コアとなってしまっている存在だ。

 

 人類軍に海神島を滅ぼされ接収され、憎しみのままに島を滅ぼそうとした。

 

 今はまだ目覚めてはいないが、それでも強い痛みと憎しみを感じる。乙姫とは大違いの存在だが、僕たちが滅びを迎えたら乙姫もこうなってしまうだろうことの反面だった。そうはさせない。だから僕は存在を選び続けるのだから。

 

「僕はお前に…、お前は僕に…」

 

 さっきは接触のために能動的だった同化を受動的に切り替える。乙姫が得意としていた、相手の感性に語り掛けるように。

 

 結晶の進行が進む。僕とミツヒロの手に誰かの手が触れた。

 

「来主!?」

 

「おれはみんなに痛みを与えた。でもみんな、おれを受け入れてくれた。この島は痛みも憎しみも受け入れて存在を与えてくれる」

 

 来主の腕にも赤い結晶が生えていく。

 

「うぐっ。たくさんの痛みと憎しみっ。でも今なら痛みも憎しみも背負うことが出来る。だから――」

 

 結晶の色が赤から翠に変わっていく。それは最初は来主の側だけの変化だったが、それが手を伝って僕とミツヒロにも広がっていく。

 

「生まれよう? 生まれることは、嬉しいんだ」

 

 結晶が砕け散った。……コアの幻影は消えていた。

 

「ハッ!? ミナシロ……」

 

 コアに抗っていたミツヒロの意識が戻った。自分の手を見つめて震えている。感覚でわかるだろうが、それを言葉にすることが大切だ。

 

「ミールの枷を解いた。もうお前は自由だ」

 

「おれが、自由…? おれが、そんなっ」

 

 今のミツヒロは世界の運命から外れた存在になった。ジョナサン・ミツヒロ・バートランドとして、生まれた。

 

 それが存在として感じているのだろう。ミツヒロの瞳から涙が溢れ出してくる。それから僕は目を逸らさない。気遣いも大事だが、前はそれで失敗して、仲間に痛みを背負わせてしまった。

 

「泣くことを我慢するな。泣けるときに泣け。泣けることは、存在(こころ)がそこにあるということだ」

 

「うっ、ふぐっ、ミ、ミナシロっ、うあ、ぅぁあああああああああああああああああ!!!!」

 

 人目など憚ることなくミツヒロはあらんかぎりの声を上げて泣いた。それが生まれたことへの喜びだと僕は思いたい。

 

「お前はもう、人形じゃない。ひとりの人間だ」

 

「ああああああっ、ミナシロっ、ミナシロっっ」

 

 遠見先生の様に出来ているかはわからないが。僕はミツヒロをあやす様に身体を抱いて頭を撫でてやった。泣き止むまで、満足するまで、安心するまで。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「許しが貰えるなら、おれも島に残りたい」

 

 泣き腫らした目元が痛いが、戦い以外の痛みはきっとはじめてのことだろう。

 

 いつもどこかにあった不安。パペット――人形であるおれはいつか、島に踏み込んだ時も不安で仕方がなかった。マヤを傷つけるのではないか? Dアイランドの平和を壊すのではないかと不安だった。

 

 だが今は、嘘のように心が軽い。涙と共に今まで溜め込んでいたものも吐き出したらしい。ミナシロに顔を向けられない。そう恥じるほど大泣きをした。あんなに泣いた記憶は、おれにはなかった。

 

 新しい存在(いのち)を貰った。許されるのなら、この命は島の平和を守るために使いたい。

 

「僕に異論はない。乙姫も許してくれるだろう」

 

「ありがとう……」

 

 おれはこんな涙脆かっただろうか? ミナシロの一言だけでまた涙が流れそうだった。

 

「島に帰ろう。明日を過ぎたらみんなに紹介も出来る」

 

「ミナシロ。残った潜水艦には」

 

 ビリーは知らなかった。いや、末端の兵士に知る術はないといったらまたふざけるなと怒られるだろう。だがおれはペルセウス中隊ファフナー隊隊長として、そしてバートランドの息子として、知る権限があった。

 

 明日。島に残った潜水艦がフェンリルを使用する。それを伝えたかった。

 

「それは一騎がどうにかするだろう。僕たちは戦略ミサイルの事を考えればいい」

 

「人類の火…か。あれは嫌いだな」

 

 未来を知る味方が多い事がこんなにも頼もしいことだとは思わなかった。ずっと自分だけで抱えるべきだと胸に誓ってきた。だが彼らとなら、少しだけ、この秘密を共有することを許して貰えるだろうか。

 

 ずっと自分の意味を探していた。変わってしまうことを恐れて、変わることを拒んでいた。だが自分の意味を理解した時、人は変わることが出来る。変わることは恐い。しかし変われること、生まれることの喜びは変わることでしか手に入れられない。

 

 変わることをうけいれられなくても構わない。無理に変わる必要もない。ただ少しずつだけ、変わっていけばいいのだから。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…29

特に戦闘してないのにこうも文章がわいてくる。世界の祝福が私にあるうちに、この物語を書き上げたい。

※今回わりとギリギリ攻めていますので、苦手な方は深呼吸してから同化してください。


 

 ミツヒロと話したあと、僕はミツヒロのメガセリオンをノルンの格納庫に誘導し、マークツヴァイとマークツヴォルフのもとに向かった。

 

 ふたりともまだ眠っているといいんだが。

 

 戦闘後、マークニヒトからシステムを経由して立上と乙姫の意識は喪失(ブランク)させた。

 

 心理グラフは危険域だった立上は当然のこと、立上とのクロッシングで影響を受けていた乙姫も休ませる為だ。

 

 先にマークツヴァイにコックピット・ブロック排出信号を送る。

 

 僕が眠っていたのは一月程か。乙姫には寂しい思いをさせてしまったな。

 

 コックピット・ブロックのハッチが開く。中を覗き込めば、穏やかな寝息を立てる乙姫がいた。

 

 来主はいったい島になにをもたらしたんだ。マークツヴォルフはわかるとしても、マークツヴァイにもショットガン・ホーン等という立上以外には扱い辛い武装まで装備されている。

 

 現状を把握したい欲求に駆られるが、今は乙姫と立上を医務室に運ぶのが先だ。

 

 ニーベルングシステムとの接続を切り、乙姫を抱えようと身を屈めた時だった。

 

「捕まえた……」

 

「なに…?」

 

 ぐっと身体を引き寄せられ、コックピット・ブロックのハッチが閉まる。

 

「なにがどうなって。開かない…っ」

 

 ニーベルングシステムのコンソールを触るが、反応はない。

 

「やっと、会えた……」

 

 首に腕を回してくる乙姫。今はそんな状況じゃないが、あれこれやってもハッチが開かない原因は目の前の妹くらいしか思い当たらない。

 

「目を覚ましたか乙姫。どういうつもりだ」

 

「ふたりっきりになりたかったからだよ。お兄ちゃん…」

 

 首筋に顔を埋めて耳元で囁く様に言葉を紡ぐ乙姫。いつも以上に距離の近い乙姫。この様な行動に出るような乙姫ではなかったはずだ。

 

「ぐっ、乙姫、寝惚けているのか…?」

 

「……わたしを、皆城乙姫と呼ばないでっ」

 

 ヘッドロックに近い形で、首に回されていた腕が頭を締め付ける。地味に痛い。

 

「待て乙姫。痛いぞ…っ」

 

 だが力が余計に掛かり、痛みが増すばかりだった。

 

「総士のバカ。イジワル。わたしがこんなに総士のことを想っているのに」

 

「乙姫? っ、い…!」

 

 耳元でカリッという音がして、耳に痛みが走る。

 

「ん……はぁ…、…総士の味……おいしい…」

 

「乙姫っ、やめろ…っ」

 

 耳を噛まれて、血を舐める乙姫の様子は普通ではなかった。

 

「なにがあった。答えろ乙姫」

 

 出来るだけ優しく乙姫に問う。理解が追いついていない所為で正直頭が混乱しないようにするのが精一杯だが、乙姫になにがあったのか知る必要がある。

 

「まだわからないの? いっぱいヒントをあげてるのに、悲しいなぁ。お兄ちゃん…」

 

 甘えるように甘い吐息と共に僕の耳に囁く乙姫。いや、乙姫ではないな。

 

「……織姫、か」

 

 ぎゅっと抱きつく力が増す。だが痛みを与えるような暴力的なものではない。優しく包み込むような、そんな抱擁だ。

 

 コアギュラから目覚めた僕は、島が人類軍に占領されているのを知り、そしてプレアデス型が島を襲っているのを知った。だがそれ以上は知らない。

 

 敵と戦おうとした僕の目の前に、キールブロックの壁面を多い尽くしていた結晶を砕いて中から現れたマークニヒト。島のミールを通じて乙姫の危機を知り、僕は跳んだ。そしてマークニヒトを呼び出したまでだ。

 

 将陵先輩が帰ってきたことも、来主が居るだけでも驚きだった。そしてミツヒロがこんなにも早く島に来たことも驚いたが。

 

「何故、織姫が」

 

「わたしの存在を、総士が望んでくれたからだよ」

 

「僕が?」

 

 僕が織姫の存在を望んだとはどういうことだ。

 

 先輩も乙姫も、織姫も、僕が望んだからここにいるというのか。

 

「最初はそう。切っ掛けは総士が総士でいることを選んだから。そして可能性は生まれた」

 

 僕が僕でいることを、皆城総士になることを決めてから、すべては始まっていたらしい。

 

「でも可能性は可能性のまま。それを選ぶことで、可能性は現実になるんだよ。総士」

 

「お前も選んだのか。織姫」

 

 織姫がなにを選んだのか。僕にはわからない。だが織姫が望むのなら、僕に出来ることはなんでもしよう。乙姫にしているように、織姫もまた、僕の家族なのだから。

 

「わたしは、ここにいるよ」

 

 僕の手を取って、自分(乙姫)のお腹に手を当てる織姫。

 

 暖かい。人の体温を感じる。生きている証しだ。

 

 だがそれ以外のものを感じる。そこに生きる生命の鼓動も。

 

「そろそろ、岩戸に戻らないと…」

 

「……大丈夫なのか?」

 

 島のミールは存在と無の循環を学んだと将陵先輩は言っていた。生命の循環を学んだミールなら、乙姫を犠牲にすることもないだろうと思うが。

 

「……ホントはね。ちょっとだけ、恐いの」

 

 僕に抱きつく乙姫の身体が震えていた。

 

「…でもわたしは、ちゃんと総士と触れあいたい」

 

 少しだけ震えが治まった。いや、我慢しているだけだ。織姫はいつも耐えていた。

 

「だからわたしたちに勇気をちょうだい。もう一度、総士と逢える様に」

 

 乙姫の腕がまた、首にまわされる。身を起こせる様になった僕は、乙姫の顔を――織姫の顔をようやく見ることが出来た。

 

 不安で恐がっている顔を――そんな不安を見せまいと我慢している顔を。

 

「大丈夫だ」

 

 両頬に手を添えて、両目の視線を交わした。

 

「存在を選ぶ限り、お前もここにいる。必ず、もう一度会える」

 

「総士……」

 

 顔を近付けて、額に口づけをする。

 

 唇を離した表情は不服そうだった。

 

「そこは唇にする雰囲気だったよ。総士」

 

「僕は兄で、妹と姪だぞ。僕を社会的に抹殺するつもりか?」

 

 こんな人口2000人規模のコミュニティでそんなことをしてみろ。僕は島中で笑い者だ。

 

「意気地無し…」

 

「だからこれが精一杯だ」

 

 身体を抱いて、頭を撫でてやる。恐怖も不安も、落ち着くように。

 

「もう少し、強く抱いて欲しいな」

 

「ああ…」

 

 兄妹でこんなこと、普通はおかしいのだろうが。乙姫も織姫も、こんなことをすることも、させることもなく、僕は見送ることしか出来なかった。

 

 だから気が済むまで、ふたりの好きにさせよう。僕に出来るのは。それしかないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「少し熱いね。総士」

 

「密閉空間で密着していたからな。まだ頭がボーッとする」

 

 少しだけ顔の赤い乙姫が手で顔を扇いでいた。僕も上着を脱いで身体の熱気を逃がす。

 

「立てるか?」

 

「うん。大丈夫だから、総士は芹ちゃんを運んであげて」

 

「立上を? いいのか?」

 

「さすがにわたしじゃ、芹ちゃんを運んであげられないから。悔しいけど」

 

 確かに乙姫の体格だと、立上は運べないな。……おんぶなら出来そうだが医務室までは運べないな。

 

「じゃあわたし、先に行ってシャワー浴びてくるから」

 

「ああ。風邪、ひかないようにな」

 

 乙姫が近頃寝相が悪い原因がわかった。あれは織姫が悪かったらしい。

 

「大丈夫。わたし風邪ひかないから」

 

「半分は人間なんだ。油断はするな」

 

 人とフェストゥムの融合存在でも半分は人間なのだ。疲れはするのだから風邪をひかない保証はない。

 

「心配性だなぁ、総士は」

 

「家族を心配しない兄がどこにいる」

 

「家族、か……」

 

 嬉しそうに、でも少し残念そうに乙姫は僕に背中を向けた。

 

「わたしが生まれたら、もうそんなことを言っている暇はないよ? 総士」

 

「ああ。楽しみにしている」

 

「…、総士も芹ちゃんも、ホントにわたしの心を弄ぶのが上手だよね」

 

「織姫……」

 

「……じゃあ。またあとで」

 

「ああ」

 

 去り行く乙姫(織姫)を見送り、僕はマークツヴォルフのコックピットブロックの排出信号を送る。

 

 コックピット・ブロックのハッチが開くと、中の立上はまだ眠っていた。

 

「感謝する。立上」

 

 乙姫のことも、織姫のことも、本来僕がやるべきことを立上に背負わせてしまっている。これでは兄失格だな。

 

 上着を掛けてやりながら立上の身体を抱き上げると、小刻みに震えていた。額を合わせても熱が出ている様な熱さはない。極めて平温だ。

 

 ……無理もないか。

 

 いきなりの実戦で味方部隊の全滅に死の恐怖まで感じるような敵の襲来。絶体絶命。

 

 立上の心に傷が残らなければ良いのだが。

 

「んっ……っっ、…!? そ、総士先輩!?」

 

 どうやら目覚めたらしい。

 

「目が覚めたか。立上」

 

「な、なんであたし、総士先輩にっ!?」

 

 運ぶ体勢が不味かっただろうか。だが背負う方がもっと不味いと思うが。

 

「背負われる方が良かったか? 手が何処に当たっても責任は取れないが」

 

「い、今のままで、お願いします……」

 

「了解した」

 

 そこで降ろしてくれと言わない辺り、今自分が歩けそうにないことくらいは理解しているようだ。下手に暴れられて怪我をさせたら乙姫と織姫に怒られてしまうからな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 目が覚めて、総士先輩の顔が目の前にあった時は思わずびっくりしちゃった。それに気を遣ってくれたのに聞かなくていいことも聞いちゃって、恥ずかしい。……お、重くないよね?

 

「気にするな。乙姫に比べたら仕方がないが、負担は掛かっていない。9キロの誤差程度気にすることでもない」

 

「な、なんであたしの体重…」

 

 どうしよう。またびっくりして恥ずかしいこと言っちゃってるよあたし。

 

「パイロットのデータは把握している。候補生の選抜も僕がしている。フィジカル面とメンタル面の把握は第一記録事項だ」

 

 事務的に返されて、少しだけ恥ずかしがったあたしがバカみたいで。でもそのお陰で落ち着けた。これが学校で総士先輩が人気の理由のひとつだったりする。

 

 恥ずかしいこととか言いにくいことも、事務的に返してくれるからわかりやすくて相談しやすくて、結果もちゃんと言ってくれるから。でも、学校のみんなはそれ以上の総士先輩を知らない。

 

 総士先輩がこんなに優しく包み込む様に抱えてくれることも、総士先輩の優しくて静かな鼓動も、上着を掛けてくれる気遣いも。学校のみんなは知らないんだ。

 

「なんだ?」

 

「い、いえ。別に」

 

「そうか。……シャワーは浴びれそうか?」

 

「は……はい…」

 

 シャワールームに着いて、総士先輩に身体を降ろして貰う。

 

「ひぁっ」

 

「っと。……ダメそうだな」

 

「……すみません」

 

 まだ、足腰に力が入らない。倒れそうになったあたしの身体を、総士先輩が支えてくれる。バレエとかで二人で踊ったりする時の最後のポーズ。あんな感じで総士先輩があたしの身体を支えてくれている。ほぼ床と平行になっているあたしの身体を支える為に目の前に総士先輩の顔がある。改めて考えると今のあたし、物凄い格好になっちゃってる…?

 

 身動きすれば鼻がぶつかってしまいそうな距離にある総士先輩の顔に、恥ずかしいと感じる前に目を引くものが映る。

 

 ……左目の傷。近くで見るととっても痛そう。それにキレイな紅い目。あれ? 総士先輩の左目って、紅かったっけ?

 

「気持ち悪いかもしれないが、今日は寝た方が良い。明日乙姫に頼んで、シャワーを浴びると良い」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 声を間近で掛けられた所為で認識が現実に追い付いて、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「大丈夫か立上? 顔が真っ赤だぞ」

 

「ふぁぃ……」

 

 半分以上、総士先輩の言葉が頭に入ってなかった。

 

 なんであたしここにいるんだっけ? そうだ。シャワー浴びに来たんだ。熱いし汗かいてるし、早く服脱いでシャワー浴びちゃお。

 

「なにをしているんだ?」

 

「服が邪魔ですから」

 

「……僕の言ったことを聞いていたか? 一人で浴びられないだろう」

 

「先輩が手伝ってくださいよ……」

 

 服の肩紐から腕を抜く。でも手が震えて、上手く服を掴めない。

 

「すまない。僕の目覚めがもう少し早ければ。いや、僕が僕に囚われなければ、立上にこんな思いはさせなかった」

 

 あたしの手を掴んで、総士先輩は優しく震える手を揉みほぐしてくれた。気持ち良い。

 

「もっとしてくれますか…? 震えが、少しだけ治まるんです」

 

「……少し待っていろ。今なにか」

 

 背中を向けようとする総士先輩の胸に倒れ込む。今のあたし、どうかしちゃってる。総士先輩が行っちゃうって思っただけで、身体の震えがまたひどくなって、泣きそうになって、恐くなってくる。自分で自分がわからなくて、恐いよ…。

 

「いかないで、ください……」

 

「立上…?」

 

「いっちゃ、いやです…っ」

 

 総士先輩の服を掴んだまま、総士先輩の胸に顔を埋める。きっとあたし、今は人に見せられないひどい顔をしてる。

 

「ここにいて、くださいっ」

 

 総士先輩とは乙姫ちゃんを通じて話す様になったけど、それでも友達のお兄さんなのに、学校だと遠巻きで見かけることのある先輩というくらいあまり接点もないのに。

 

「すまなかった。立上」

 

 総士先輩に頭を撫でられただけで、すごく安心する。

 

 総士先輩の胸の音を聞くだけで、すごく落ち着いてくる。

 

 乙姫ちゃんもきっと、あたしと同じなんだろうなぁ。

 

「……シャワー浴びるの、手伝ってください」

 

「良いのか?」

 

 総士先輩が言いたいことが、わかっているけど、なんかどうでも良いかな。総士先輩なら、大丈夫だって、思える。だから――。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 立上にシャワーを浴びせたあと。患者服を着せるのも一苦労だった。一ミリたりとも離れたくないという無言の圧力を耐えながらバスタオルで身体を拭き、患者服を着させ、ベッドに横にさせた。服を固く掴まれたまま根負けした僕も添い寝をしながら端末を使って最低限出来ることはしておいた。

 

 ファフナー部隊は壊滅。マークザインとマークニヒトがあるとはいえ楽観視はしない。

 

 一番損傷の軽いマークフュンフと、一番損傷のひどいマークアハトを同時に修理する。マークフュンフは頭部ユニットの換装くらいで終わりそうなのが不幸中の幸いか。だがパイロットのダメージが酷すぎる。痛みが治まるまで、衛と剣司は絶対安静だ。

 

 マークフュンフの次はマークゼクスの修理だ。マークゼクスがいないと制空権に不安が残る。平行してマークツヴォルフの装甲交換もある。

 

 必然的に要のマークドライの修理が一番最後になってしまった。これはまた要の小言を聞かなければならないな。

 

 マークノイン、マークツェーン、そしてフュンフタイプの2号機の建造。ツヴォルフが完成が速かったのは近接格闘タイプであるマークエルフの為に予備パーツがあったからだ。マークエルフが島から出たことで余った補修パーツでマークツヴォルフが一番に組上がったようだ。マークアインもようやく組み上げられる。

 

 そしてメガセリオンの解析とザルヴァートル・モデルの研究データもこちらに回してくれるように手配しておく。問題は来主の乗るファフナーをどうするかだが。そちらについては案があるもののまた後日にしよう。僕も疲れた。

 

 一騎と会話をしたかったが、今日はもう無理そうだ。

 

 また明日。一騎を訪ねれば良いだけだ。

 

「…つば、き……、ちゃん…」

 

 寝言を漏らす立上の髪を手で鋤き、僕も横になる。

 

 しっかりものに見えて、その実まだ僕たちよりひとつ下の後輩なんだ。甘えたくなるときもあるだろう。

 

 胸のなかに身体を寄せて眠っている立上に布団をかけ直して僕も眠りについた。

 

 焦る必要はない。僕たちはここにいる。ここにいる限り、明日は必ずやって来る。

 

 

 

 

to be continued…




活動報告版も作ってみましたので何かあればそちらにもどうぞ。ただ荒し行為や誹謗中傷はお止めください。

ポエムのネタがなくなってきたからネタが欲しくなったとかそんなんじゃ決してないからな(パリーン


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皆城総士になってしまった…30

今日明日は更新速度が落ちる模様。来月から仕事が忙しくなるのよねぇ。

事後処理が終わらんが、次はようやくカノンと一騎の地雷原でタップダンスが書けるかな?




 

 怒濤の1日から一夜が明けた。

 

「…そう、し……」

 

「…つ、ばき…ちゃ、ん……」

 

「……どういう状況だ」

 

 立上に添い寝をした覚えはあるが、いつの間にか僕が真ん中にいて胸のなかには立上。背中に来主がいる。

 

「起きているか? 来主」

 

「ん…っ、ふぁ……。おはよう、総士」

 

「ああ。で? どうしてここにいる」

 

 最近物事が僕の知らないところで動き過ぎている所がある。一月眠ってしまった僕が悪いのだが。やはり把握出来ていない事態は注意が必要だ。

 

「朝から一緒に居れば、たくさん話せるでしょ?」

 

 なんというか。来主らしい物言いだ。

 

「立上が寝ているからな。あまり大きな声は出すな」

 

「うん。やっと総士と話せてうれしい」

 

 背中にしがみつかれて身体が動きそうになるが耐える。立上が居るからな。会話がしやすい様にだろう、来主が僕の耳元に顔を寄せてくる。

 

 僕も来主とは話したいことが山ほどあった。立上には悪いが、今は来主と会話することを選んだ。

 

「何故島に来たんだ?」

 

 そもそも何故来主が存在しているのも気になったが、頭が情報処理でパンク気味だ。だから簡単な質問から切り込む。

 

「総士を守るため。総士が痛みを背負ったのはおれの所為なんだ。勝手なことしてごめん。でもおれはみんなの痛みを減らしたかったんだ」

 

 痛みをなくすのではなく減らす。その違いの価値観がよくわからなかった。

 

「痛みを消すのではなく、か」

 

「痛みは消したくない。痛みは生命の証しだから。生まれる嬉しさを知るなら、痛みも知らないと」

 

 驚いたな。来主はもう生命がどういうものかわかっているらしい。

 

「みんなにいなくなって欲しくないから、おれはここにいるよ」

 

 来主のお陰でアクティビオンが完成している。それも2年後の効果の高いものだ。これならパイロットを同化現象から守ることが出来る。痛みを減らすという意味が少し見えてきた。

 

「島を守ってくれたことに感謝する」

 

「おれが望んだことだから、気にしなくて良いよ」

 

 それでも来主が来てくれたお陰で希望が見えてきた。

 

「お前の存在はどうなっている」

 

「おれのコアもここにある。今のおれは仲間にとっては理解できない異物でしかないから。真壁紅音でも理解するのは難しいと思う」

 

 個を獲得し始めたばかりのフェストゥムにとって、個性を持ち、心を持った来主は理解できないものなのだろう。彼らがもとは同じだった島のミールや乙姫を理解できなかった様に。

 

「だからおれはおれを理解してくれるこの島が好き」

 

「……今、なんと言った?」

 

 物凄い一言を僕は聞いたような気がするんだが。

 

「島が好きってこと? 変かな。みんな驚くけど」

 

「……いや。変じゃないさ」

 

 好意を持つにまで来主は学習しているらしい。ナレイン将軍が見たら目を見開くだろうな。

 

「ミツヒロのことは助かった。感謝する」

 

 ミツヒロを海神島のコアの支配から解放できたのは来主の助力が大きい。あのままならどちらが同化で打ち勝つかという勝負になっただろう。

 

 だが来主はミツヒロに語り掛けて存在の側へと導いた。すべてを無に帰すフェストゥムが、生まれることを促す。

 

 人とフェストゥムとの共存の道は案外近くに見えているかもしれない。

 

「でもあの憎しみのコアが消えたわけじゃないから気をつけて。そして無を選んだ彼も」

 

 海神島のコアは今のところ手はつけられないだろう。それに岩戸がなければ人類はこの先疲弊する戦いの中で滅びを迎えてしまう。僕たちの都合だけで世界を犠牲にするわけにはいかない。

 

 だがあのマスター型だけは引き続き警戒が必要だ。マークニヒトを奪って再び島に来たときが勝負の時だ。

 

「……起きているな? 立上」

 

「ひゃ、ひゃぃ…っ、……」

 

 来主と話している途中から立上の体温上昇は感じていた。昨日は立上も少々変わっていたが、一晩眠ったことで余裕が出来たのだろう。理解が現実に追い付いて赤面しているのだろう。

 

「そろそろ起きるぞ。朝食の時間もある」

 

「あ、あの……」

 

「なんだ?」

 

 身体を起こそうとする僕に立上が声を掛けてきた。心配しなくても昨夜の事を言い触らすつもりは僕にはない。

 

「まだ、……立てそうになくて…」

 

 羞恥心が落ち着くとまだ恐怖が振り返すらしい。心的外傷に発展しなければ良いのだが。

 

 身体を起こしながら立上の身体にも腕を回して共に身体を起こしてやる。中々腹筋を使う動作だが、僕の身体能力は一騎という特例を除けばパイロットよりも上だ。この程度ならまだ大丈夫だ。

 

「恐いか?」

 

「…わかりません。まだ、勝手に身体が震えちゃって」

 

 僕に身体を預けて胸に顔を埋める立上に、乙姫の姿が重なった。だから乙姫にする様に背中に腕を回して頭を撫でてみる。

 

「……優しいんですね。先輩の手、安心します」

 

「そうか…」

 

 最悪、立上はファフナーのパイロットから外す必要がある。心的外傷を抱えたまま戦場に出れば立上だけでなく他のパイロットにも被害が及ぶ可能性がある。

 

「総士も芹もどうしたの? 起きないの?」

 

 来主が僕たちを不思議そうに覗き込む。感情を学びながらもデリカシーに関してはまだまだの様だ。

 

「人の心は難しいことだということさ」

 

 立上の背中と膝の裏に腕を回して抱えあげる。

 

「そ、総士先輩!?」

 

「朝食に遅れると蔵前に怒られるからな。効率的な移動手段を取るまでだ」

 

「ま、待ってくださいっ、じ、自分で…っ」

 

「立てるのか?」

 

 落ち着いてはいても身体の震えはまだ伝わってくる。ここまでひどい理由が見当つかないが、また倒れそうになってケガをされても大変だ。そういう可能性も排除するのが僕の役目だ。

 

「ひぁっ」

 

「っと……まだ無理だな」

 

「……すみません」

 

 とりあえず立たせてみようと降ろしてみたが、生まれたばかりの小鹿の様に上手く立てずに腰が砕け落ちそうなのを支え直す。……これは私生活にも重大な障害を与えかねないな。カウンセリングに遠見先生に相談することも予定に組み込まなければ。

 

「おはよう!」

 

「おはよう、総士。芹ちゃん。操」

 

「おはよう、乙姫」

 

「つ、乙姫ちゃん!? お、おはよう…っ」

 

 食堂へ行く前に乙姫を迎えに行く道すがら乙姫に声を掛けられた。

 

「つ、乙姫ちゃん、あのね、これはね」

 

「大丈夫だよ芹ちゃん。芹ちゃんのことはわたしもよくわかってるから」

 

「乙姫ちゃん……」

 

 その言葉の選び方はあまり褒められないぞ乙姫。たとえ互いに理解していても、言葉を交わさなければ擦れ違ってしまう。僕と一騎の様に。

 

「丁度良い。立上を着替えさせたい」

 

「アルヴィスの制服なら用意できてるから、持ってきたよ」

 

 そう言って紙袋を見せる乙姫。用意がいいな。だがアルヴィスの制服を着せる意味を乙姫が知らないはずがない。どうあっても乙姫は立上に関わらせるつもりか。

 

 僕はそれが出来なくてきっと一騎と一緒にいるために一騎を同化しようとしたのだろうな。

 

 これもお前の選択か、乙姫。

 

「一番近いのは僕の部屋か」

 

「そうだね。着替えはさすがにわたしが手伝うよ」

 

「ああ。立上もそれでいいか?」

 

「は、はい…っ」

 

 震えは少し治まったが、今度は身体ががちがちに硬くなった。心配しなくても、部屋に連れ込んでとって食べるつもりはないから安心しろ。

 

 そういうことで僕たちは僕の部屋に移動した。

 

「総士の部屋だ! 懐かしいなぁ。なにもない部屋のままだ」

 

「ベッドとテーブルとソファと机と壁には写真もあって、コンパクトなバスルームもあるだろう」

 

「そういう意味じゃないと思うよ? 総士」

 

 ベッドに飛び込む来主に向けて部屋の調度品をあげていく僕に乙姫が言う。わかっているさ乙姫。だが前置きは大切な事だ。

 

「聞いて驚け来主。枕元には新たにコンパクトな本棚を増設した!」

 

「おおおっ!!」

 

 フッ。あまりの変化に来主も目を見開いて感動しているようだな。

 

「手元を照らすライトも増設した。極めて便利だ」

 

「すごいすごい!!」

 

「総士先輩って、子供っぽいんですね」

 

「そこが総士のかわいいところなんだよ。芹ちゃん」

 

 来主に本棚を自慢するのはさておき、立上の着替えだったな。

 

 立上をベッドに降ろして離れようとするが、首に回された立上の腕から脱け出せない。

 

「……立上?」

 

「ご、ごめんなさい…っ。あ、あれ? おかしいな…?」

 

 これは真剣に考えた方がいいかもしれないな。

 

「大丈夫だよ芹ちゃん。今は大丈夫だから」

 

「あれ? 取れた…」

 

 乙姫が立上に何かしたのか? 立上の腕が簡単に外れた。

 

「じゃあ、着替えが終わったらまた呼ぶから」

 

「ああ。行くぞ来主」

 

「あ、待ってよ総士!」

 

 ベッドから慌てて抜け出してきた来主を連れて僕は部屋を出た。一騎とはまた違うが、来主も犬に見えて仕方がない。

 

「おはようございます。ミナシロ」

 

「ミツヒロか。おはよう」

 

「おはよう!」

 

「あ、あぁ……。…本当に人と話しているみたいだ」

 

 ミツヒロに挨拶を返すと、来主の返事に彼はまだ驚きを隠せないと言った具合だった。

 

「少し窮屈だろうが、我慢してくれ」

 

「いえ。島に残ることを許してもらえた。それだけで充分です」

 

 一騎に対しては特にそうだったが、ミツヒロは僕たちを神聖視している所がある。それもこれから関わる中で落ち着けば良いが。

 

「今日の事だが。ミサイルの迎撃には道生さんも来るとは思うが、出来るだけ僕たちで迎撃する心構えでいてくれ」

 

「ミチオが? いや、彼はそう言えば」

 

「道生さんが戦う理由は弓子先生の為だ。島に戦略ミサイルが撃たれると知れば道生さんは飛んでくるだろう」

 

 狩谷先生も道生さんと弓子先生には甘い部分がある。彼女が島の危機を道生さんに告げれば道生さんは島に来てくれるだろう。だが可能性にかけてなにもしないというわけにもいかない。

 

「あなたに貰ったこの生命に替えても、島は守ります」

 

「違うな。間違っているぞ、ミツヒロ」

 

 確かにナレイン将軍は人類とフェストゥムの共存に理解のある方だったが、根本的な部分で島とは違うやり方なのだ。

 

「生命を懸けることは間違いじゃない。でもそれで生命を捨ててもならない。最後の一瞬まで生きる事を模索して諦めないのが僕らの戦い方だ」

 

「ミナシロ……」

 

「お前はここにいる。だから生命を捨てるな。生命の大切さと、生きて得る平和を島で学べ」

 

 ミツヒロの胸に手を当てながら、ミツヒロの存在そのものに言い聞かせる様に僕は言葉を伝えた。

 

「了解…っ」

 

 その言葉にミツヒロは身を正して敬礼で答えた。僕の言葉の意味をわかっているのか否かは、これからの戦いの中にある。それを見守らせてもらおう。

 

「お、青春してるな。お前ら」

 

「将陵先輩…。おはようございます」

 

「よ、総士。んで、こっちがフェストゥムで、こっちが総士が勧誘した真矢ちゃんの弟か」

 

「はじめまして!」

 

「ミナシロ。この方は?」

 

 これもひとつの可能性か。

 

「彼は将陵 僚。僕たちの先輩でファフナーのパイロットだ」

 

「そうか。…ジョナサン・ミツヒロ・バートランド。ファフナー・メガセリオンモデルのパイロットです」

 

「よろしくな、ふたりとも」

 

「はい!」

 

 将陵先輩と握手を結ぶミツヒロ。僕の言葉から本来ならいなくなっていた人だと察した様だ。5年後の島に、ファフナーのパイロットなのに出会わなかったことから推察したんだろう。

 

「来主 操。よろしくね。あのね、ききたいことがあるんだ!」

 

「ああ。なんでも訊いていいぞ」

 

 来主の質問を快く受ける先輩。質問の内容はアレだろう。

 

「空が綺麗だって。思ったことある?」

 

 身を乗り出すくらい興味津々に先輩に訊ねる来主。これが来主の相手への問い掛けだ。人の感情を理解しながらスフィンクス型らしく来主は僕らに質問するのだ。

 

「あるよ。この島から見える空は最高なんだぜ。今度空が綺麗に見える場所を教えてやるよ」

 

「ほんと!? うれしい!!」

 

 先輩の言葉にはしゃぐ来主。先輩と来主の相性もよろしいようで安心した。

 

「蔵前がお前のこと探してたぞ総士」

 

 苦笑いしながら僕に蔵前が呼んでいる事を伝えてくれる先輩からあまりよろしくない雰囲気を感じた。覚悟を決めるか。

 

「わかりました。自分は先に行きますので、ここで妹と後輩を待っていてください」

 

 男手が3人も居るなら僕が抜けても問題ないと思って踵を返そうとしたら先輩に呼び止められた。

 

「待った総士。やっぱり俺が行くよ」

 

「蔵前が用があるのは僕なのでは?」

 

「朝飯何人分なのか知りたがってたみたいだからな。それくらいなら俺も出来るよ。この身体なら、ファフナーに乗ってなくても走れるんだぜ?」

 

 それは僕に身体のことは心配するなということなのだろうが、その身体のことの方が僕は心配であったりする。

 

「心配すんな。俺はここにいるから」

 

「…はい」

 

 先輩は僕の頭をくしゃりと撫でると走って行ってしまった。……本当に大丈夫なのだろうか。

 

 学校行事は欠かさず来ていた人だったが、休みが多い時に平気な顔をして行事の挨拶に来ていた人だ。その辛さを隠していた人だから尚の事心配だ。

 

「ミナシロ。彼は」

 

「1年前に、島の為に戦っていなくなった」

 

「島のミールが生命を与えた? ユミコさんやエメリーの様に」

 

「断定は出来ないがな」

 

 だから僕は願うしかない。先輩もちゃんとここに存在し続けることを。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 

 



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皆城総士になってしまった…31

今回は内面描写に関して結構憶測とからそんな感じのも入ってますから実際そう思っているかは私にもわかりません。あくまでこの小説の中ではこうだというわけで。


 

 朝食を終えて、僕は秘密ブルクに向かった。ここでウルドの泉から採取したコアをトルーパーに搭載する作業が進められていた。これでトルーパーもフェストゥムに対する攻勢を掛けられる。今までは同化の危険性もあって近接戦闘はファフナーがフェストゥムの高次元障壁を破る被同化状態でなければ攻撃出来なかった。

 

 コアを搭載することでファフナーと同じく被同化状態となりトルーパーでもフェストゥムの高次元障壁を突破出来るようになる。

 

「生命の産まれる場所か」

 

 ウルドの泉がコアで溢れていた。そのひとつひとつに生命の鼓動を感じる。

 

 コアが僕のもとに集まってくる。普通に手で触れても、僕を同化することはない。

 

 コアたちが樹を成長させていく。そしてまた樹は生命を生み、そのサイクルを。生命の循環を身につけていた。

 

 そして僕たちを生かすためにコアが産まれている。

 

 樹に触れた。今はあまり無理しなくてもいい。ミールの力を使わずとも戦う方法を僕が探そう。

 

「準備できたよ。総士」

 

「ああ」

 

 来主が僕を呼びに来た。今日も忙しいのだが、乙姫が望んだことだ。僕はその意思に従うまでだ。

 

乙姫(織姫)を頼む」

 

 この島のミールが生命の循環を学んでいるならば、人の命もまた循環し、受け継がれるものであることを学んで欲しい。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ごめんね千鶴。無理言って」

 

「いいのよ。あなたに出来ることは、これくらいしかないわ」

 

 朝から千鶴はわたしを岩戸に帰す為の準備を進めてくれた。わたしが今岩戸に戻りたいのは、総士がくれた勇気が薄れないうちに岩戸に戻りたかったから。

 

「コアが生命を生む。島のミールが生命を学んだと思いたいけど」

 

 千鶴が心配そうにわたしに言う。わたしも不安だもの、千鶴が不安なわけがないよね。

 

「ミールはまだ生命を学んだばかり。生命の循環を学んだけど、その命が次に受け継がれることを、わたしは教えないとならない」

 

「あなたが無事に帰ってくることを、祈ってるわ」

 

「うん。ありがとう、千鶴」

 

 千鶴の身体は総士とまた違う暖かさがある。総士がどんなに変わっても、千鶴みたいなお母さんみたいにはなれない。だからこの暖かさは千鶴だけが持っているもの。その暖かさで、わたしもこの島を祝福した。

 

 織姫と美羽が、もっと多くの生命が届く様に、わたしはいく。

 

「乙姫ちゃん」

 

「ほんのちょっとだけのお別れだね、芹ちゃん」

 

「あたし、待ってるから。乙姫ちゃんが帰ってこれるように、この島を守りながら」

 

 芹ちゃんから恐いという感情が伝わってくる。芹ちゃんとクロッシングしているわたしには芹ちゃんの想いが伝わってくる。恐いけど、それでももっと恐いことを避ける為に恐いことと戦おうとしてる。

 

 総士に一騎がいる様に、わたしには芹ちゃんがいる。

 

 だから絶対に帰ってくるよ。芹ちゃん。

 

「心配ないわ。だからあなたもあなたの戦いをしなさい芹。でもひとつだけ約束して」

 

「は、はい…っ」

 

 わたしが変わったから、芹ちゃんも身を正して聞く姿勢になった。……わたしが生まれたら、そんな態度取らせなくしてあげるよ。

 

「次は、わたしを織姫と呼びなさい」

 

「織姫……ちゃん…?」

 

「ちゃんと呼びなさい」

 

「…織姫ちゃん」

 

 芹ちゃんがわたしを呼んでくれた。芹ちゃんがくれた、大切なわたしの名前。今回は七夕の日に生まれることが出来ないから、それでもこの名前だけはわたしの存在の証しだから変えたくなかった。

 

「いきましょう千鶴」

 

「ええ。……立上さん、少し手伝って貰えないかしら

 

「あの、これ…」

 

「わたしと岩戸を繋ぐものよ」

 

 千鶴が芹ちゃんにケーブルの束を渡した。それを持って芹ちゃんはなにかを思うように瞳を閉じた。

 

「……乙姫ちゃんがいるから、あたしたちは島で生きていられる。だからあたしは乙姫ちゃんを守るよ」

 

「…いくわよ、芹」

 

「うん。織姫ちゃん」

 

 芹ちゃんがわたしを想ってくれる。だから恐くないよ。芹ちゃんはわたしにいつも勇気をくれるから。総士がくれた勇気と芹ちゃんがくれた勇気。たくさんの勇気があるから、わたしは恐くないよ。

 

「乙姫」

 

「いってくるよ。総士」

 

 岩戸のコアギュラの前で総士は待っていた。そんな総士にわたしは短い別れを告げる。ただ少しお散歩をしてくるような感覚で。

 

「島は任せろ。だから帰ってこい。織姫と共に」

 

 わたしがコアギュラに繋がれる間、総士が話し相手になってくれる。そしてわたしたちの存在を望んでくれる。

 

「総士がくれた生命がある。だから必ずまた帰ってくるよ。総士」

 

 だから大丈夫。必ず総士のところに帰るから。

 

「ああ。待っているよ、織姫」

 

 わたしを抱き締めてくれる総士。千鶴と違うけど、優しくて暖かい総士から最後の勇気を貰う。

 

「総士……?」

 

「…ここがするときだと思った。だから…、それだけだ」

 

 少しだけ総士の頬が赤かった。唇に残る暖かさを確かめる様に指で触れた。少しだけ、濡れていた。

 

 なにがあっても絶対、帰ってこなきゃ。

 

「帰ったら、続きをしようね? 総士」

 

「大人のキスの続きか。僕たちは兄妹だぞ」

 

「関係ないよ。わたしはわたしで、総士は総士だもん」

 

「そうか…」

 

 総士は穏やかに、でも少しだけ心配そうにコアギュラの中に入ったわたしを見上げる。

 

「コアの同期を始めます」

 

「乙姫ちゃん……」

 

 足元から保護液に浸かっていく。わたしの生命を守って、ミールとの同期を補助するもの。

 

 感じる。生命で溢れている島の鼓動を。

 

『っ!? 総士!』

 

「ああ。心配するな。島は必ず守る」

 

「総士先輩? っ!? 乙姫ちゃん、島はあたしが守るから!」

 

 彼らがやってくる。それを感じたわたしの心を総士が感じて岩戸から出ていく。遅れて芹ちゃんが走っていく。

 

「皆城君! 立上さん! まさか!?」

 

『止めないで千鶴』

 

「でも危険よ!」

 

 総士と芹ちゃんの様子から敵襲を察した千鶴がわたしの同期を止めようとする。でも大丈夫。総士がいるから。

 

『大丈夫。虚無の力が島を守るから』

 

 でも気をつけて。彼らから憎しみを感じる。まだそこまでは強くはないけど、彼らも強くなるよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「行けるのか? 立上」

 

「乙姫ちゃんと約束しましたから。島を守るって」

 

「そうか。だがあまり無理はするな」

 

「はい!」

 

 岩戸を出た僕を追い掛けてくる立上に確認を取る。恐怖で身体が震えていた立上が戦えるかはわからないが、それでも本人の意思は尊重したい。いざとなればマークニヒトで彼女を守るだけだ。

 

「総士!」

 

「来主はマークツヴァイを使え!」

 

 来主がエウロス型になるのは報告が上がっているが、出来れば人の姿のままが良いのは間違いではないだろう。来主ならファフナーに乗ることも問題はない。

 

「島の力を使う器。大切に使うね」

 

 来主がマークツヴァイのコックピット・ブロックに乗り込むとミツヒロもやって来た。

 

「ミナシロ!」

 

「お前もエスペラントだったな」

 

「……おれは」

 

 シナジェティック・スーツに着替えているミツヒロ。警報よりも早くミツヒロもフェストゥムの接近を感じるのだろう。

 

「共に島を守ってくれ」

 

「必ず。あなたに与えられたこの生命に誓って」

 

 ミツヒロもコックピット・ブロックに乗り込む。立上も既にファフナーへコックピット・ブロックを送還していた。

 

「……やるぞ。マークニヒト」

 

 コックピット・ブロックに身を預け、ニーベルングシステムと接続する。マークニヒトから感じる痛みと憎しみ。はやく戦わせろとせがまれている気分だ。

 

「ジークフリード・システム、起動。ファフナー全機、発進!」

 

『『『了解!』』』

 

 ブルクの中にマークザインの姿がなかった。カノンを説得するために出撃したのか。

 

 まさかそんな時に敵が攻めてくるとは思わなかった。何かか少しずつ変わろうとしている証拠だとでも言うのか。

 

「CDC、状況を!」

 

『総士君か』

 

 CDCに通信を繋げると真壁司令が答えてくれた。

 

「申し訳ありませんでした。皆城総士、戦線に復帰します」

 

『許可する。現在一騎が潜水艦と自爆しようとしている人類軍ファフナーを説得中だ。また島に戦略ミサイルが10分後に着弾予定だ』

 

「フェストゥムも来ます。我々でフェストゥムを防衛します。一騎には引き続き説得に集中させてください。ただ」

 

『わかっている。一騎には敵襲は伝えん』

 

「ありがとうございます」

 

 CDCとの通信を切り、状況を整理する。

 

『すまないミナシロ。人類軍がこんなことを』

 

「お前が謝ることじゃない。来主、ミサイルを任せられるか?」

 

『任せて。島は守るから』

 

「立上は来主の援護。ドラゴントゥースを使え」

 

『了解!』

 

『おれはフェストゥムを迎撃すればよろしいのですね』

 

「ああ。僕とミツヒロと――」

 

 各ポジション確認を進めていた所に、地面が割れてガイドレールが伸びる。カタパルトパレットに乗ったティターンモデルが地表に現れた。

 

『俺たちも忘れるなよ? 総士』

 

『お待たせ、皆城くん!』

 

「将陵先輩と蔵前で対処する」

 

 これだけの仲間がいる。こんなにも頼もしい仲間たちがいる。だから負けられない。島を必ず守る。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 マークザインに乗って、俺はカノンを説得しに来た。

 

 自爆して島を沈めようだなんて。それが人のやることなのか? どうして同じ人間で争わないとならないんだ。

 

「カノン、お前と話がしたい!」

 

 話すことでしか人はわかりあえない。俺が総士を、言葉がなくてもわかった気でいた。でもそうじゃない。言葉がないとわかりあえなかった。

 

 だからカノンとも話をして、こんなことをやめさせてやる。

 

『なんの話だ?』

 

「え、えっと……なんか話そう」

 

 カノンのこと、道生さんから名前は聞いたけど、それ以外は知らない。俺のマークエルフの腕を切ったくらいしかしらない。

 

 話をするのに相手のことを知らないんじゃ話も出来ないじゃないか。

 

『お前と話すことなどない』

 

「ま、まて! …お前、何処から来たんだ?」

 

 そうだ。知らないなら、今から知れば良いじゃないか。俺がカノンを知らないように、カノンも俺を知らない。なら今から知っていけばいい。

 

『モルドヴァ基地だ』

 

「違う。そういうんじゃない。お前の、故郷(ふるさと)は?」

 

『4年前まで、ダブリンという街があった』

 

「ダブリン…? …えっと……」

 

『(アイルランドだ…)』

 

「アイルランド……?」

 

 頭に総士の声が響いてきた。クロッシング? まさか敵が!?

 

『そうだ。だが今はもうない』

 

『(お前はそちらに集中しろ。それがお前の戦いだ)』

 

「そうなのか…。家族は居ないのか?」

 

『前はいた。今はもういない』

 

 家族は、いないのか。……母さんが目の前でフェストゥムに喰われた。父さんまでいなくなるのは、考えたくないな。

 

「友達は…?」

 

『みんな。フェストゥムに喰われた』

 

 友達まで……。これが、世界の本当の姿なのか。この島にあるものが、みんな世界にはないのか。

 

「お前、なんでこんなことをするんだ?」

 

『理由などない。命令だ』

 

「命令? 自分で決めたんじゃないのか?」

 

 それが命令なら。死ねって命令されているのになんで。

 

「命令されたら、なんでもやるのか?」

 

『そうだ』

 

「そうだって……」

 

 少しだけ、カノンのことがわかった。

 

「お前はどこにいるんだ?」

 

『前はいた。今はもういない』

 

「……最低だ。お前」

 

『なんだと!?』

 

 命令されたからなんでもやって。どこにもいない自分なんて。そんなの、総士と擦れ違っていた時の俺と同じじゃないか。自分なんか、いなくなればいいと思っていた俺と同じじゃないか。

 

「島を見ろよ。たくさん人が住んでいるだろ? 俺の大切な人達、みんなここにいるんだぞ」

 

 カノンにだってわかるはずだ。おれと同じだったお前なら。俺の気持ちも伝わるはずだ。

 

『私になんの関係がある!』

 

「だれもいないからそんなこと言えるんだ! …自分なんか、どこにもいないって思っているから」

 

 自分なんか、どこにもいる場所なんてないと思ってた。でも、みんなが。仲間が、友達が、俺の居場所を作ってくれていた。それに気づかないで、気づかないふりをしていた。でも、だから俺はこの島が大切なんだ。みんながみんなの居場所を守って、俺はそこにいられるんだ。

 

 だから――。

 

「命令された時。お前、安心しただろ。ずっと誰かに命令されるの待ってて、自分じゃ、なにも決められずに。ずっと、いなくなりたいと思ってただけだろ!」

 

 俺もそうだった。居場所はあるのに、それに気づかないふりをして、目を背けて。自分が居心地のいい場所に居た。総士の言葉だけを聞いているだけの自分が良かった。なにも考えなくていいから。総士に傷を負わせたことも、その傷のことで責められなかったことの安心感も、それを感じた罪悪感も考えなくていいから。だから総士に命令されるのを待っていた。

 

 でも違う。今は違う。痛みも乗り越えて、総士と一緒にいることを選んだ俺は、もう前の俺は赦せない。そこに居場所があるのに自分の殻に閉じ籠っていた自分を俺は赦しちゃいけない。もう逃げないように。俺はここにいるんだ。

 

 視界に青いファフナーが映った。

 

「あれは…」

 

666(トリプルシックス)!?』

 

 道生さんなのか。なんで道生さんが?

 

『(島がミサイルで狙われている。対処は任せろ)』

 

「わかったよ。総士」

 

 道生さんも、島を守るために来てくれたんだ。

 

『トリプルシックスが、何故…!? 誰の命令だ…』

 

「…お前、本当にわからないのか?」

 

『え?』

 

 本当にわからないわけがない。今はいなくても、前はいたのなら。

 

『近づくな!』

 

「離れていちゃ、顔も見えないだろ!」

 

 回線に割り込んで通信に接続する。通信画面が開いてカノンの顔が見える。

 

「お前、いるじゃないか。そこに…」

 

『な…っ』

 

「3分やる。スイッチを入れたきゃ、入れろよ!」

 

 そこにいるなら決められるはずだ。自分がどうしたいのか。

 

『一騎!? なにを』

 

「あいつ。本当に自分で決められないんだ」

 

 前の俺みたいに。どこにもいなかった俺みたいに。ただ言われるままで、居場所があったのにそれを見ないふりをして自分の殻に閉じ籠っていた俺みたいに、自分で決められないんだ。

 

「3分経って、決められないなら。…俺がお前を、消してやる」

 

『なにを言っているんだ……お前』

 

 それが島を守るためなら。でも俺は、お前を信じるよ。カノン。

 

『やめろ。フェンリルのエネルギーは、ファフナーでは防げない。機体は無事でも、お前の身体が保たない!』

 

 総士の焦った声が聞こえる。心配してくれるんだな。総士と話せて良かった。だから今がある。総士が心配してくれる。でも大丈夫だ。

 

「だから信じるさ」

 

『なんだと!?』

 

 お前が俺を信じてくれたように。俺はカノンを信じる。自分で決められることを。

 

『なんのつもりだ! 今、私がスイッチを入れたら…っ』

 

 カノンの声が聞こえる。さっきみたいに突き放す様な声じゃない。迷っているんだ。ほら、お前はそこにいるじゃないか。

 

「お前がそう決めたんなら、一緒に消えてやる」

 

 それをお前が選ぶなら。俺が一緒にいてやる。

 

「それまで、もう少し話そう」

 

『話す……?』

 

「なにを話そうか?」

 

 いつまでも聞いてばかりだ。そこに相手がいるなら会話をしないと意味がない。

 

『わ、私に聞くな…!』

 

「カノン……。そうだ、その名前。カノンの意味は?」

 

 名前には意味があるって、翔子から聞いたことがある。翔子が大空を羽ばたくような元気な子になって欲しいという意味が込められてるって聞いた。

 

 ならカノンの名前にも意味があるはずだ。その存在を表す意味が。

 

『お、音楽の…一種、だ……』

 

「どんな音楽なんだ?」

 

 意味があるのなら思い出せるはずだ。自分がそこにいることを。

 

『メロディーが、少しずつ生まれ変わる、そういう音楽だと…っ、母さんが……っっ』

 

 なら、生まれ変われば良いじゃないか。その意味を込められた名前の様に、変われるはずだ。カノン。

 

『お前、いったいっ、私になにをさせたいんだ!!』

 

「自分で決めるんだ。カノン」

 

 母親のことを思い出して、もう会えないその人のことを想って、涙を流して。お前の心はそこにあるじゃないか。

 

『決める…っ? 私が…?』

 

「あと10秒だ! お前が決めろ、カノン!!」

 

『私っ、私が…っ』

 

「お前はそこにいるだろ! カノン!!」

 

『ぅっ、ぅぅうううううっっ』

 

 ……空で、爆発が起こった。でも――。

 

『なぜ、私が…っ、切った……。フェンリルの、コントロールを、何故…』

 

 選んだんだな。お前も。よく頑張ったな、カノン。

 

『お前っ、私を消すと言ったくせに!! なぜやらなかったっ』

 

「お前が決めなかったらって、言ったろ?」

 

『ッ!?』

 

「自分で、決めたんだろ?」

 

 そこにいることを選んだんだ。だったら、消す理由もないだろ。

 

『まて…っ、…はなしをっ、きけ……、私の…っ、はなしを……、ぅぅ――』

 

 通信を切る。今は、そっとしておいてやるべきだと思ったから。

 

「そっちは大丈夫か? 総士」

 

『ああ。こっちは大丈夫だ。一応、彼女を見ておいてやれ』

 

「ああ」

 

 でも、ちょっと肝が冷えたかなぁ……。カノンが選んでくれて、良かった。

 

 

 

 

to be continued…




カノンと剣司はファフナーを見ていてホントに成長を感じられる子で。カノンがいなくなったときガチで一週間ヘコみました。


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皆城総士になってしまった…32

ちょい短いですが、区切りがよかったので。

私は同化現象の末期患者かもしれない。みんなもっと同化してこの祝福に耐えてみせて♪


 

 ミサイルの迎撃は来主と立上に任せた。マークニヒトを駆る僕は島の東から来るフェストゥムを慶樹島で迎え撃つ。

 

『こいつはっ!?』

 

『知ってるのか? ミツヒロ』

 

 なにがあったのかはわからないが。ミツヒロが息を呑む理由もわかる。何故このフェストゥムがここにいる。

 

 より人に近い姿。そして右腕は剣状の腕をしている存在。

 

『何故、ディアブロ型が!?』

 

「あれは機体のコックピットを狙うタイプです。注意してください」

 

『わかった。っても、戦ってる間に気を付けられればな!』

 

『迎撃システムアクセス! 弾幕展開します』

 

 蔵前がジークフリード・システムで迎撃システムにアクセスしたらしい。ミサイルがディアブロ型に飛んでいくが、高次元防壁に防がれている。通常兵器でどうにかなる程、生易しい相手ではないか。

 

「あれは自分とミツヒロでやります。先輩は下がってください」

 

『お前たちだけで戦うつもりか?』

 

「自分達ならアレに対する戦いを知っています。万が一は先輩、あとを頼みます」

 

 最悪、僕かミツヒロが同化されたら、先輩に僕たちを消してもらおう。

 

「いいなミツヒロ!」

 

『はい! ディアブロ型、必ず倒しますっ』

 

 ベヨネットを装備するミツヒロのメガセリオン。本人の要望でレヴィンソードも装備している。

 

 3体のディアブロ型。マークニヒトの相手ではないが、今のマークニヒトで相手出来るかはやってみなければわからない。

 

 ルガーランスを装備し、ディアブロ型に向けて突撃する。

 

 ホーミング・レーザーで牽制をかけながら、1体のディアブロ型と接触する。

 

「やはりディアブロ型。アザゼル型やマスター型程ではないが、大した個体防壁だ」

 

 ルガーランスを受け止めるディアブロ型の高次元障壁。アンカーケーブルも突き刺し、一気に決めようとするが、背中から別のディアブロ型がその腕の剣でコックピット部を突き刺し、衝撃で機体が揺れる。そして正面のディアブロ型もコックピットを貫いてきた。

 

『ミナシロ!!』

 

 ミツヒロの声が聞こえるが、心配はいらない。ただ、慶樹島の方が心配だな。力は抑える気でいるが。

 

「やはりお前たちも変わらずにコックピットを狙うのか……」

 

 目の前で切っ先の止まっているディアブロ型の腕。僕を同化するつもりか。だが――。

 

「で、それだけか……?」

 

 僕たちは変わった。なのにお前たちは変わらずに同じ道を辿るというのか。

 

「同化能力なら……、こちらにもあるぞ!!」

 

 アンカーケーブルを背中に向けて射出し、背中側のディアブロ型を串刺しにする。

 

 正面のディアブロ型を掴もうとしたら慌てて逃げ出された。……逃げるくらいなら、最初から襲って来るなっ。

 

「そちらは平気か? ミツヒロ」

 

『大丈夫です! やってみせます』

 

 レヴィンソードでディアブロ型の剣と打ち合い、切り払ったところでがら空きになった懐にベヨネットを突き刺し、弾丸を撃ち込むミツヒロのメガセリオン。

 

 やはり中々の腕だな。しかしコアを破壊できなかったのだろう。ディアブロ型が追撃から逃げようと飛び退いた所に、そのディアブロ型に突き刺さるガンドレイク。

 

『ミツヒロ!!』

 

『っ、これでえええ!!』

 

 ディアブロ型の胸に突き刺さったガンドレイクに手をかけながらベヨネットをさらに突き刺す。

 

 二つの刃に突き刺され、二発の弾丸を受け、ディアブロ型は消滅した。

 

『マサオカ!!』

 

『大丈夫だ……』

 

 無手になったティターンモデルを襲おうとするディアブロ型に向けて丸鋸型のワームを放つ。

 

 切り刻まれたディアブロ型が地に落ちる。そこに向かって将陵先輩はミサイルと機関砲を撃ち込んだ。ディアブロ型が消滅する。

 

「あとはお前だけだ……」

 

 アンカーケーブルで串刺しにしたままのディアブロ型。こいつを同化すればこいつの情報を読める。

 

『ア・ナ・タ・ハ、ソ・コ・ニ、イ・マ・ス、カ――?』

 

「何度でも答えよう。僕はここにいる!」

 

 同化しようとした時、ディアブロ型が言葉を発した口がニヤリと厭らしく笑い。ディアブロ型の身体が赤く光を発した。

 

「なっ!?」

 

 目の前で大爆発。視界が閃光に染まる。……ディアブロ型が自爆した?

 

『ミナシロ!』

 

『総士!』

 

『皆城くん!』

 

 ミツヒロと先輩、蔵前の声が聞こえた。だが僕は別のことを考えていた。

 

 助からないとわかって自爆した? 情報を読まれない為に、人間のように。

 

 僕の考え過ぎか。いや、それほどまでに彼らが学習したというのか?

 

「更なる警戒が必要だな」

 

 僕たちが変わった影響が彼らにも現れ始めたというのか。だとしたら島の戦力の増強を急がなければならない。今後ディアブロ型が再び、しかも複数あらわれたとしたらノートゥング・モデルではやられてしまう可能性がある。エインヘリアル・モデルですら、ディアブロ型の相手は厳しいものがある。マークザインの研究データが上がったら早急に取り掛かる必要がある。島を守るためなら、僕はなんでもする。それが僕の覚悟た。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「以上が、戦闘結果報告となります」

 

 総士君から渡された戦闘結果報告資料のデータ。新たに出現したディアブロ型という敵の詳細データ。一度の戦闘で3体も現れたにしてはデータが整い過ぎている。

 

 敵を同化して情報を得たとは言われたが。それを信じるには最後の自爆が気になる。こちらに情報を渡さない為の自爆だとしたら、彼らは戦い方を学びつつあるということだ。

 

「そうか。……君の提案だが、その様な敵が現れたのなら致し方あるまい。だが乗れる者がいるのかね?」

 

 総士君の提案。島を守るためなら致し方がないが、シミュレーションの結果では扱えるパイロットは居なかった。

 

「来主とミツヒロならば確実に」

 

 だが総士君はなんの疑いもなく、まるで事実として知っているかの様に話した。

 

「フェストゥムと人類軍の少年を信じろと?」

 

「彼らは島の為に戦う仲間です。万が一の場合は僕が責任を取ります」

 

 我々は未だにあのフェストゥムの少年を全面的には信じられていない。あのバートランドの名を持つ少年も。

 

 だが総士君の目には二人に対する疑いが一切ない。

 

 フェストゥムの少年とそれほどの繋がりがあるのか。バートランドの名を持つ少年と以前から繋がっていたのか。

 

「……よかろう。早急に進めてくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 踵を返す総士君を見送り、彼の姿が見えなくなったところで肩の力を抜く。

 

「お前なら、自分の息子をどう信じる。皆城」

 

 皆城とも懇意だった為、総士君も半分は自分の息子の様なものだと思っている。だが本当の親ではない。そんな彼を何処まで信じられるかが、人のしての器量を試されているようで敵わない。

 

「フェストゥムを理解しながら、フェストゥムを倒す、か。息子はお前の先を行き始めたぞ」

 

 今は亡き友に告げ、残った仕事に戻ることにした。

 

 今は彼の選択が、島に有益であることを願うまでだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「まさかディアブロ型が現れるなんて……」

 

 戦い方を知っていたから勝てたが、1体で部隊が壊滅する様な化け物だ。それにまだアイツは他の能力を隠している。

 

「恐らくマークニヒトと同じで未来の記憶から作ったものだろう。だがまだ力が足りていない」

 

「憎しみが足りていないと?」

 

「憶測に過ぎないが、マークニヒトも力が弱くなっている。可能性としては充分にある」

 

 しかしミナシロの言葉には説得力もある。でなければメガセリオンで、あんな簡単に倒せるわけがない。

 

「もしフェストゥムが憎しみを学んだら」

 

「その時はその時だな」

 

 投げやりに聞こえるが、ミナシロの言葉は重い。つまりおれの仮説を肯定するものだ。

 

「だから真壁司令に進言して、力をつけることになった」

 

「力……」

 

 ディアブロ型とも渡り合える力はそう多くはない。今のファフナー技術でそんなことを出来るとしたら。

 

「まさか…っ」

 

 おれの言葉に、ミナシロは頷いた。だがアレに乗れるパイロットなどマカベとミナシロくらいしか居ないはずだ。

 

「僕の目の前にもいるだろう」

 

「なっ…!?」

 

 ミナシロには驚かされてばかりだが、今回は心底驚かされた。ミナシロはわかっていて言っているのか? 第一島に来たばかりのおれにアレを与える理由もなにも。

 

「島を守れるなら僕は迷わない。万が一の場合は、僕がお前を消してやる」

 

「ミナシロ……」

 

「僕を信じろ。ミツヒロ」

 

 マカベもミナシロも、どうして敵だったおれをそんなに信じられるんだ。確かに呪縛から解放してくれた事に感謝している。だが、それで絶対敵にならない保証はどこにもないのに何故。

 

「なにも知らないものを信じる事は難しい。だが僕は以前と今のお前を知っている。そして心を取り戻したお前を一騎は信じた。だから信じる。自分が信じられないのなら、お前を信じる僕を信じろ。ミツヒロ」

 

「おれを信じる、ミナシロを……」

 

 自分を信じられないのなら、自分を信じている相手を信じろと。…むちゃくちゃな考えだが、確かに信じられる言葉だ。自分を信じられなくても、ミナシロの事は信じられる。

 

「わかった。おれはミナシロを信じる」

 

「それでいい」

 

 拳を打ち合わせあう。こういう自分の信じかたもあるのか。悪くはないな。

 

「完成までは現状のまま、メガセリオンで戦って貰う事になる」

 

「心配要りません。メガセリオンは慣れていますから」

 

 今のおれの技量ならメガセリオンでもディアブロ型と戦える。敵が強くなったらわからないが、余計な労力を割くくらいなら力をつけることに集中して欲しい。

 

「この話は来主にも伝えておく。あいつもアレには乗れるからな」

 

「フェストゥムであるが故、ですか?」

 

 自分が言えた義理じゃないが。フェストゥムの彼にあの力を渡すことに不安はないのだろうか?

 

「信じているからさ。お前のことも来主のことも」

 

「ミナシロ……」

 

 何故そんなにも他人を信じられるのか。その答えはきっとこの島の生活が育てたものなのだろう。おれたち島の外のものにはわからない心。それをおれは学べるのだろうか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「憎しみと虚無の塊……」

 

 あの憎しみのコアが送り込んできた存在。でもまだ、おれの仲間は……彼らは憎しみを知らない。憎しみがどういうものかわからない。だからまだ力が弱い。

 

 でも彼らが憎しみを学んだとき、その力はとても強いものになる。

 

「だからお願い。憎しみだけを学ばないで。人は、憎しみだけじゃないんだ。ミール」

 

 世界に痛みが広がっていく。人を同化するだけじゃない。ただ人を殺すことをし始めた。

 

「そんな痛み、世界に広げないで!」

 

 仲間に頼んで、世界の痛みを減らす。みんな、ごめんな。でも痛みを減らす為に力を貸して。人もきっと、おれたちのことをわかってくれるから。

 

「うぐっ…!」

 

 みんなの痛みが伝わってくる。今ならわかる。総士の気持ちがわかる。だから仲間の痛みはおれが背負うんだ。

 

 ミールの欠片を乗せて、おれたちの島を作ろう。仲間を増やして、世界の痛みを消すために。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…33

会議で忙しくて書く暇もないわ。二月はそんな日が多くなるかもしれない。

今回も色々とぶちこんだけど、総士()は総士だった。


 

 ここ最近の日課は立上を連れて乙姫の様子を見に来る事が多い。乙姫と共にコアギュラの中にいる小さい子供。一週間前はまだ胎児だったのにもう小学生くらいの大きさにまで成長している。1日でひとつ歳をとる様に成長している様だ。もう一週間程度で乙姫と同じくらいに成長するが、そんな急激に成長して大丈夫なのだろうか。

 

「こんばんは、乙姫ちゃん。織姫ちゃん」

 

 コアギュラに手を触れながら、立上が二人に声をかけた。立上は片手でコアギュラに触れながら、もう片手は僕の服を掴んでいる。遠見先生の診断ではやはり心的外傷――PTSDと診断された。ファフナーに乗っていたり、僕と一緒にいるときは平気らしいが、それ以外だと鎮静剤がないと生活が出来なくなってしまった。乙姫には黙っていて欲しいと言われたが、乙姫のことだ。筒抜けだろう。

 

 朝と夜の二回、立上は岩戸を訪れる。昼間は学校に行っていたり、ファフナーの訓練を受け続けている。学校にいるときは一時限が終わる度に廊下で立上と話している。鎮静剤で耐えながら、僕にも会うことでどうにか誤魔化しているらしい。乙姫が目覚めれば教室に乙姫が居るだろうからもう少しマシになるとは思うのだが、そんなになってまで立上が島を守るのも、乙姫の為だ。

 

 僕と同じ理由で戦っている彼女を僕に止めることなど出来ない。だから無理しないように彼女を支える事が僕に出来ることだ。

 

 立上は今日、学校であったことを話すのが日課になっている。里奈や広登とのバカ話や、授業の課題が難しかったなど。その日その日にあった他愛のないことを話している。まるで昔の僕のようだ。

 

 話終わった立上はスッキリとした顔になっているが、それでも僕の服は離さない。

 

「お待たせしました。総士先輩」

 

「いや。構わないさ」

 

 僕の代わりに外の事を立上が伝えてくれるのはこちらとしても有り難いものだ。今の僕の話題と言えばファフナー開発の事ばかりになってしまう。そんな事を伝えても乙姫も織姫も面白くはないだろう。

 

「いつもありがとう、立上」 

 

「いえ。乙姫ちゃんと織姫ちゃんに会いたいのは、あたしの方ですから」

 

 優しい笑みを浮かべる立上の手を取る。そこでようやく立上が僕の服を握る手を離した。

 

「すまない。君に不自由な生活を強いる事になってしまった」

 

「総士先輩が気にすることじゃありませんよ。あたしが望んだ事ですから。それに恐くても、総士先輩が居てくれれば恐くありませんから」

 

「そうか…」

 

 あまりよくはないのだろうが、立上の頭を撫でてやる。目を細めて立上はそれを受け入れる。繋いだ手から伝わる震えが和らいだ。…根本的な治療法を早く探さなければ。これでは立上を縛りつける事になってしまう。

 

 一番可能性があるとしたらやはり乙姫とのクロッシングだろう。あの夜の戦闘ログを調べてみたが、やはり立上の恐怖を乙姫が感じて乙姫の恐怖を立上も共有して負の連鎖となっていた。

 

 乙姫とのクロッシングで恐怖を払拭出来れば恐らく立上の症状も治まるだろう。

 

「あの、総士先輩。今日も課題見てもらえますか?」

 

「良いだろう。それくらいは可能だ」

 

 こちらも片付けられる仕事を片付けながらで片手間だが、それくらいのことはしてやれる。

 

 部屋に戻るといつも先客が居るのもここ最近の見慣れた光景だ。

 

「おかえり! 総士、芹」

 

「ただいま、来主くん」

 

 ナチュラルに挨拶をしているが、一応僕の部屋だ。最近来主は僕の漫画を読み漁っている。お気に入りはゴウバインと対話がテーマの機動戦士だ。

 

「人がおれたちと同じ力を持っていれば良いのに」

 

「互いに心がわかる世界か。だが誤解なくわかりあえたとしても、会話が減りそうだな」

 

「そうなのかな?」

 

「人は効率を求める生き物だ。言葉が要らない社会になれば会話が減るだろう。会話をしなくてもお互いの感情や思考が伝わるのなら」

 

「……それはイヤだな。おれはみんなと話したい」

 

「だから人は不完全だからこそ言葉という手段で他者を理解しようとする。たとえわかりあえなくても、わかりあえない事を理解できる。そしてわかりあえる相手を探す。それは世界を作り、人の壁となるが、でなければ人は生きていけない。人は個を大切にする生き物だからな」

 

「人って、やっぱり難しいよ」

 

「ゆっくり学べばいい。努力は裏切らないからな」

 

 人を理解しようと苦悩する来主。まだ人を学び始めたばかりなのだ。人類の歴史のなかで複雑に進化してきた人の心が生まれて1年もしない来主が理解しきる事が出来るわけがない。だからこそ学ぶ努力は裏切らないと教える。人との生活を教える。人の営みを教える。……乙姫が目覚めたら学校に通わすのもいいな。いつまでもアルヴィスの中だけじゃない、違う世界を来主にも学んで欲しい。乙姫を受け入れた立上のクラスなら、来主も受け入れてくれるだろう。

 

 ソファに座って立上の課題を見てやる。端末を弄りながら見るつもりだったが、今日もそれは無理そうだ。

 

「僕が見る必要がないと思うが…」

 

「そ、そんなことないですって、総士先輩の説明わかりやすくて助かります」

 

 僕の足の間に座っている立上。テーブルの手元を見るのにどうしても密着して覆い被さるような姿勢になってしまう。窮屈だろうが、身体から震えを感じない。これで正解なのか?

 

「ふぅ……。終わりました」

 

「そうか。シャワーを浴びてくるか?」

 

「あ、はい……あの、総士先輩」

 

「僕が居ないことにも慣れる必要がある。学校でも出来ている。なら大丈夫だ」

 

「が、学校は、ひとりじゃ…ない、ですから……」

 

 ひとりにしようとすると途端に震え始める立上の身体。いつまでも僕と一緒に居るわけにもいかないのだが、こういった場合は無理をさせない方が良いと遠見先生も言っていた。

 

「毎度思うが、恥ずかしくはないのか?」

 

「は、恥ずかしいです、けど。総士先輩…ですから……」

 

 乙姫もそうだが立上も、もう少し僕を異性だと意識した方が良いのではないかと時々思う。乙姫は妹だからまだ良いのだろうが、立上とは他人だ。既にここ最近は立上がシャワーを浴びるときに同行しているが、それでも学校の先輩と後輩の関係だ。変な噂をされても立上が困るだけだろう。

 

「お願い、です……ひとりに、しないで…ください……」

 

 わかっているのだが。立上の表情が乙姫と重なって、結局は僕も断りきれないのが悪いのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あたしもこのままじゃだめだろうなって、わかってはいるんだけど。総士先輩が一緒にいてくれるだけで安心できる。本当は学校でも一緒に居ないだけで結構辛い。里奈がいるし、バカ広登とのやり取りも、平和なんだなぁって安心は出来るけど、それはそれでいつ敵が来るかわからないという恐さがある。

 

 ファフナーの訓練をしているときはそんな恐さも感じない。ファフナーに乗っている時のあたしは、乙姫ちゃんの島を守ることでたぶん頭がいっぱいだから。他の事を考えている余裕がないから。

 

 でもファフナーを降りるとそんなこともなくなって恐くなる。ひとりでいることが耐えられない。だから総士先輩を頼ってしまう。総士先輩だって忙しいのに、嫌な顔ひとつしないであたしの事を色々と考えて、落ち着かせてくれる。

 

 こんなに優しくされたら、頼りたくなっちゃうよ。

 

 恥ずかしいけど、総士先輩なら安心できるからお風呂も一緒に入って貰ってる。さすがにお手洗いの時は頑張っているけど、終わったあとは胸が痛くて、総士先輩が優しく背中とか頭を撫でてくれてようやく落ち着けるくらい。

 

「あったかい…」

 

「温度は自動調整で管理されているからな」

 

「違いますよ。総士先輩の手ですよ…」

 

「そうなのか? 自分じゃわからないな」

 

 タオル一枚だけの姿で、総士先輩が背中を洗ってくれる。…恥ずかしげもなく真剣な顔で洗ってくれるから最初は恥ずかしかったけど、今はなんか、ちょっと違う。慣れ、とはまた、少し違うかも。

 

「気になるところはないか?」

 

「いいえ。優しくて、気持ちいいです…」

 

 柔肌を触る様な柔らかくて優しい触り方に最初はびっくりしたけど、乙姫ちゃんと一緒にお風呂に入っていたと聞いて納得しちゃった。

 

「総士先輩の手は、暖かくて、優しくて。安心できるんです…」

 

「僕の手が……か…」

 

「…総士先輩?」

 

 鏡越しに総士先輩を見れば、総士先輩は自分の右手を見つめて固まっていた。

 

「いや。なんでもない…」

 

 あたし、なにか余計な事を言っちゃったかな。

 

「立上…?」

 

 まるで消えてしまいそうな目をしていたから、あたしは振り向いて総士先輩の手を取っていた。

 

「総士先輩の手は、あたしを助けてくれます…」

 

 総士先輩の手を胸に抱いて、言い聞かせる様にあたしは伝える。

 

「乙姫ちゃんや織姫ちゃんも、総士先輩の手が大好きです…」

 

 あたしにはわかる。乙姫ちゃんの心が伝わってくるあたしには。

 

 総士先輩の全部が好きだけど、自分を受け入れて抱き締めてくれる総士先輩の手が大好きなのを。

 

「そんな優しくて大きな総士先輩の手だから、あたしも安心できるんです…」

 

 胸に抱いていた総士先輩の手にあたしは手を重ねてグッと握る。この手を離さない様に。今だけは、学校のみんなが誰も知らない、あたしだけが知っている総士先輩の事を。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 最近、総士と話せてない気がする。いや、仕方ないよな。総士だって忙しいのかもしれないし。

 

 俺がカノンを説得している間も敵と戦ってたみたいだし。心配するなって総士は言うけど、またひとりで無理してないか心配だ。

 

「総士、ちょっといいか?」

 

「手短にな。人を待たせている」

 

「あっ、ならいいんだ…」

 

「…そうか。なら僕は行く」

 

 敵の攻撃が激しくなってきて、学校は週3回。日曜休みで他の3日はみんなアルヴィスで何らかの任務に着いたり訓練とかしている。

 

 最近は訓練にも顔を出してくれない。俺たちの訓練は将陵先輩と蔵前が見ていてくれる。だけど総士が居ないのは寂しい。

 

 学校で見掛けても休み時間の度にいつの間にか居なくなっている。朝も朝礼5分前に教室に入って来るから声を掛けられないし、放課後もやっぱり気づいたら居なくなっている。

 

 やっぱり忙しいんだろうな。今だって人を待たせているって急いでいたみたいだし、これは総士が落ち着くまで待つしかないよな。

 

「まーたフラれたな。一騎!」

 

「剣司、お前なぁ…」

 

 絡んでくる剣司に溜め息を吐く。別にフラれたわけじゃないだろう。ていうかそういう表現を使われるのはなんかイヤだ。

 

「知ってるか? 一騎」

 

「何をだよ…」

 

 首に腕を回してくる剣司。重いし逃がすつもりもないなら離してくれ。普通に聞くから。

 

「総士に彼女が出来たんだってさ…!」

 

「彼女…? ……総士がっ!?」

 

 なんというか、人生で一番驚いた気がする。それほど衝撃的な言葉を剣司から聞いた。

 

「総士が……。うそだろ…?」

 

「ウソじゃねぇって。下級生の間じゃ、結構噂になってんだって…!」

 

 確かに総士は人は良いし、優しいし、みんなを見ているし、人気者だし。今でも下駄箱にラブレターが5枚入っているのはザラだし、料理は得意だし、裁縫も出来るし、カッコいいけどさ。

 

「本当なのか……? 総士に、好きなやつがいる?」

 

 なんだ。この足元が崩れ落ちそうな感覚。今まで信じてものが一気に崩れ去る様な感じは。

 

「総士……!」

 

 教室を出て、総士を追い掛ける。右か、左か。総士なら右に行く!

 

 下級生の教室は下だったな。

 

「総士…!」

 

 総士の背中が非常階段の方に入っていく。非常階段? 普段鍵が閉まっているのに。総士なら開けられて当然か。

 

 さすがに非常階段に入っていくとバレる。下から柵を越えて非常階段に入るか? 非常階段の出入り口で待ち伏せるか。

 

 早いのは廊下の窓から外に出て非常階段を登るルートか。高さは2階――。なんとかなるだろ。

 

 窓を開けて枠に脚を掛けて飛ぼうとしたら首根っこを掴まれた。

 

「ぐっっ」

 

「…何をしているんだ? 一騎」

 

「そう、し……?」

 

 勢いが着いていたから苦しかったけど、それよりも総士に見つかったことの方が言葉が出なかった。

 

「ただ、総士が気になって……」

 

 無言の圧力に負けて理由を話した。ただ総士に訊きたかったんだ。

 

「総士が付き合ってるって、剣司に聞いて」

 

「なに?」

 

「下級生と、彼女がいるって……!」

 

 言葉が少し変だったけど、総士に意味は伝わったらしい。

 

「次の訓練は課題を倍にしてやる……」

 

 総士は溜め息を吐いて、俺の額を小突いた。

 

「噂を鵜呑みにするな。事実無根だ」

 

「でもお前人気あるし…」

 

 別に総士が誰と付き合っていても関係ない。俺には関係ない。関係ない……けど。

 

「たとえそうだとしても、僕にそんなことに時間を割いている暇はない」

 

 なんでこんなにモヤモヤするんだ…。

 

「総士先輩……?」

 

 少しあきれ顔、そんな総士の背中からひょっこり顔を覗かせたのは新しいファフナーのパイロットだ。

 

「一騎先輩…?」

 

「立上……?」

 

 立上芹だ。乙姫とも仲が良い友達の。

 

「ひとりで行けそうか? 立上」

 

「っ、……はい、なんとか…」

 

 総士の服を掴む立上。そんな立上に総士は優しく声を掛けて頭を撫でた。……剣司の嘘つき。今度の勝負は手加減しない。

 

「それじゃ、先輩…、またアルヴィスで」

 

「ああ」

 

 立上を見送った総士が俺に顔を向けた。皆まで言うなよ。

 

「そういうことだ」

 

「ああ」

 

 なにか事情があるのは立上を見てわかったし、総士のあの接し方でなんとなくわかった。

 

「……このあと、サボらないか?」

 

「難しいことをいうな…」

 

 やれやれと言った様子の総士の服を掴む。

 

「……仕方ないな。今日だけだ」

 

 無言で総士の服を掴んでいたら総士が折れた。

 

「屋上に行くぞ。今日は良い空が見えそうだ」

 

「ああ!」

 

 予鈴はとっくに鳴っていて生徒が誰もいない廊下を俺と総士は歩いて屋上に向かった。一応授業が始まるから息を殺して静かにバレないように。

 

 それがなんだか子どもの頃に戻ったみたいで、嬉しかった。

 

 訪れた束の間の平和。この島だけの日常。緩やかに過ぎる時間。そのすべては尊いものだ。

 

 だがその時間が過ごせる理由を忘れてはならない。それは彼らから奪った時間なのだから。

 

 だから僕らはその時間が続くように、より多くの時間を奪い続ける。みんなの時間さえも。

 

 君は知るだろう。時間というものは生命の時間と引き替えに手に入れられるものだと。

 

 

 

 

to be continued…

 

 



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皆城総士になってしまった…34

今回はジョナミツ視点です。ジョナミツほんと好き。だから救われてよ。


 

「おはよ、ミツヒロ」

 

「あ、あぁ……おはよう、マヤ…」

 

 マヤの家。かつて父がいた家に、おれは住む事になった。ミナシロが話を通してくれた。マヤが誘ってくれた。チズルさんもユミコさんも、おれを歓迎してくれた。

 

 この島の人達は優しい。こんなおれでも受け入れてくれる。ついこの間まで戦いばかりの世界に居たことが、遠い昔に感じるかの様に毎日が平和で溢れ、充実している。

 

「今日はなにを作ってるの?」

 

「ベーコンソテー……かな…?」

 

 ベーコンとホウレンソウを炒めたシンプルな料理だ。ミナシロに教わったものだ。あとは外でも作っていたミネストローネだ。パンにしようかと思ったが、ハクマイがあるのならそちらの方が良いだろう。ミネストローネと合わせればリゾットにもなる。

 

「ミツヒロも料理上手だよねぇ。一騎くんみたい」

 

「マカベに比べればまだ足元にも及ばない」

 

 カレー作りには挑戦しているが、やはりあのカズキカレーの味にはまだ遠い。更なる研究が必要だ。

 

 しかしマヤが料理が苦手だったのは意外だった。ユミコさんの料理は美味しかった。チズルさんの料理は優しい味がした。作られた記憶だろうとも、母親の味がした。

 

「一騎くんの料理、食べたことあるの?」

 

「ああ。カレーをご馳走になった」

 

 ミナシロに誘われてマカベの家でカレーを食べさせて貰った。毎週金曜日はミナシロの夕食はカレーらしい。その日はマカベの家でカレーを作るということでおれも誘われた。相変わらずマカベのカレーはおいしかった。

 

 だからマヤにも作ってもらおうとしたが、ユミコさんに止められた。いや、まだ修行中なのだろう。5年経てばきっとマカベに勝るとも劣らない料理を作れる様になっているはずだ。……こんなおれが、未来のことをこんな風に考えられる様になるとはな。

 

「ミツヒロは髪は切ったりしないの?」

 

「最近は切っていないな…」

 

 子どもの頃から伸ばしていたから今は5年後とあまり変わらない長さだ。はじめからこの長さだったかもしれない。ただ、世界中を飛び回って戦う様になってからは確かに切った覚えはないな。

 

「皆城くんもそうだけど。男の子で長い髪って、邪魔に思ったりしない?」

 

「さぁ、いつもこうだったから……」

 

 ミナシロはわからないが、おれはもうこの髪の長さに慣れているからどうとも思わない。

 

 それにミナシロやマカベが信じてくれた自分を変えたくないとも思っている。だから髪は長いままでいいと思っている。

 

「だがいいんだ。このままで」

 

「そっか。ごめん、変なこと聞いて」

 

「いや。こちらこそ気にして貰えて嬉しかった」

 

「そ、そうかな? まぁ、弟だから気にするよ」

 

「弟……か…」

 

 マヤの言葉を口にして飲み込む。もうマヤの中ではおれは弟として存在しているらしい。それが少し照れる。いや、嬉しいのか。

 

「どうかした?」

 

「いや。ただ、マヤにそう思われていることが嬉しいと思った」

 

 そんなおれにマヤが訊いてきた。おれは首を横に振りながら答えた。

 

「当たり前だよ。家族だもん」

 

「家族……か…」

 

 マヤは当たり前といった。だがおれにとっては望んでも手に入らないものだった。すべて与えられた紛い物の記憶だ。

 

 ミナシロのお陰で、おれはここにいる。だから守りたい。守らせてくれ。この島とこの平和を感じられる楽園を。

 

 朝食を終えて片づけたあと、おれは島を巡り歩いていた。以前の時は島に上陸してもあまり自由行動は出来なかった。それでもマカベ司令はおれたちにかなりの自由行動を与えてくれた。マカベと出逢わなければ、おれは戻ってこれなかっただろう。

 

「ここは……」

 

 マカベの店だ。楽園という意味の日本語の店。

 

「へーい、いらっしゃ――なんだお前さんか」

 

「ミゾグチ?」

 

 店にいたのはミゾグチだった。マカベはいないのか?

 

「どうだい? 島の生活には慣れたか?」

 

「お陰さまで。時々、戦いを忘れそうな程にこの島は平和だ」

 

「確かにな。世界じゃいまも何処かでドンパチやっちゃいるが、この島は暢気なもんさ」

 

 あくびをしながら身体を伸ばすミゾグチ。パイロットが集まっていた賑やかさとは正反対の静寂さがどこか寂しい。強い思いも感じない。それどころか何処か近寄り難い雰囲気さえ感じる。ミゾグチが原因じゃないな。

 

「あまり客はこないのか?」

 

「すっぱり言うねぇ。ま、開店休業状態なのは確かさ。俺の前任が小難しい夫婦でよ」

 

「はぁ…」

 

 そのまま愚痴に付き合わされ、気づいたら昼だが客は来なかった。

 

「……お前さん、ここで働く気はないか?」

 

「え?」

 

 この店ならカレーだと思い、ミゾグチの許しを得てカレーを作ったらそう言われた。彼の鋭い眼光がおれを睨んで放さない。

 

「どうも男の料理になっちまってな。だからお前さんの腕を見込んで頼む。まだ第二種勤務、決めてないんだろ?」

 

「おれは…」

 

 いいのか? 人類軍だったおれが、マカベの店でマカベには届かない料理を出しても。

 

「おれには……まだ…」

 

「納得いかないって顔だな? この腕だ。数(こな)しゃあもんだいねぇよ。な?」

 

 ミゾグチに肩を叩かれた。これはもう断る空気じゃないのだが。

 

「いいのだろうか。おれがここにいても…」

 

「むしろここにこいよ。お前さんならこの店を島1の店に出来るのもめじゃねーよ。俺が保証する!」

 

 そう言われることが嬉しかった。こんなおれでも、この島には居場所がある。……マカベ。マカベの店で料理を出すことを許してくれ。だから必ずカズキカレーは完成させてみせる。

 

「わかりました。よろしくお願いします!」

 

「決まりだな。んま、普段は学校で放課後のアルバイトって感じだな」

 

「学校? おれが…?」

 

 朝から働く気で意気込んでいたのに、急にそんなことを言われても実感はわかない。軍人になるべく訓練はした。一般教養も植え付けられた知識だが、おれにはある。学校に通えなんて。そんなこと……。

 

「子供には義務教育ってのが昔の習わしだ。だからお前も学校行ってこい! 行って友達作って、ついでに彼女も見つけてこい。そんでもって行き場なかったらウチに来な」

 

「それはデートコースの意味ですよね…?」

 

「さぁ~て、おじさんにはなんのことやら?」

 

 真面目な人だと思っていたらこういうところもあるのか。おれはまだまだ彼らの表面的なことしか知らないらしい。

 

 ……彼女、か。

 

 おれがここにいる限り、アイやビリーには会えないだろうな。それどころか人を殺すこともあるだろう。島の人を守るためならおれは引き金を引ける。今までも同化された味方に引き金を引いてきた。島の人には引きたくないが、島の人を危険に晒すのならば、おれは相手が顔見知りだろうが爆撃機だろうが撃つ。たとえダスティンでもキースが相手でも。……ビリーやアイが敵になっても、おれはおれに居場所をくれるこの島の為に引き金を引くことを厭わない。

 

「そうだ。おれはその為に、ここにいる」

 

 メガセリオンのコックピット。ベヨネットとガンドレイクをスフィンクス型に突き刺して引き金を引く。

 

 まだファフナー部隊の修復は終わっていない。出ている機体はザルヴァートル・モデルの2機と、ティターンモデル、マークツヴァイ、マークツヴォルフ、そしておれのメガセリオンだ。

 

 頭部で攻撃する機体がツヴォルフ以外にもあったのか。さすがはDアイランドだ。一見奇抜だが、あのツノにはプラズマ砲も内蔵されている。両手が塞がっていても攻撃できるのは強みだ。

 

『守るんだ…っ、乙姫ちゃんの島を!!』

 

 スフィンクス型に頭から跳んで突っ込んだツヴォルフ。そして突き刺したツノからプラズマ砲を撃ち、敵を倒した。

 

 単機で敵を倒せる事が何れ程難易度が高いことか。だがノートゥング・モデルはそれを可能とする。この時期のファフナー乗りは単機で敵を倒せればスーパーの称号を欲しいものにしていた。そのひとりがミチオだった。

 

 だがこの島では単機で敵を倒せて当たり前だ。

 

 ガンドレイクを突き刺し、コアを破壊するティターンモデル。

 

 4体のトルーパー・モデルに群がれ、串刺しにされるスフィンクス型。

 

 「壁」の力と「消失」の力、「毒」の力と、島の力を使い戦うツヴァイ。パイロットはボレアリオスのコアだからだろう。ファフナーの姿をしたフェストゥムの様に戦っている。敵のコアを同化して砕いた。

 

 だがそんなデタラメファフナーの上を行くのがザルヴァートル・モデルだ。

 

『消え去れえええ!!』

 

 ワームスフィアを放ち、フェストゥムを消滅させるマークニヒト。

 

『これで、どうだあああっ』

 

 巨大なエネルギー刃を纏うルガーランスの一振りで複数の敵を両断するマークザイン。

 

 やはりあの力こそが人類救済の力……。

 

 ザルヴァートル・モデル――。

 

 島に来て2度目の戦闘は呆気ないほどだった。スフィンクス型ばかりで、ディアブロ型がいなかったからだろう。

 

 戦闘後、地下ブルクに呼ばれた。

 

 この地下ブルクはミナシロのラボが併設されている。見たことのない武器もいくつか使われず飾られている。

 

「おれになにか用ですか? ミナシロ」

 

「ああ。呼び出してすまないな」

 

 返事は返しながらも、端末を素早い速度で操作するミナシロは手を止めてイスから立ち上がった。

 

「待たせたな。今日呼び出したのは見てもらいたいものがあるからだ」

 

「見てもらいたいもの? まさか!」

 

 いくらなんでも早すぎる。おれが島に来てようやくひと月しか経たないんだぞ。

 

「素体が組上がってな。いずれお前の機体になるから見てもらおうと思った」

 

 重苦しくゲートが開いていく。固定ロックに繋がれた威容は、力強くもその姿はおれの罪を見せつけていた。

 

「ミナシロ……。これは…、なぜ」

 

「それがお前がここにいる理由だ。お前の存在している理由を、こいつと一緒に探せ。そしてその理由を見つけたのなら、何があっても忘れるな。そうすればそこにいる理由になる」

 

 鈍い金色に血の様な真紅。イージスを装備し、守りを意識した重装甲の機体。

 

「建造途中だったマークフュンフタイプの2号機をベースに造り上げたお前の救世主だ」

 

「マーク、レゾン……」

 

 それがおれの罪にして、おれが求めて止まない力。おれだけのザルヴァートル・モデル。

 

「起動試験、やってみるか?」

 

「是非、お願いしたい!」

 

 おれだけの救世主。そして、おれの存在理由となる機体。

 

『ニーベルング接続問題なし、同化現象の予兆なし。シナジェティック・コード、対数スパイラル形成。コア同期確認。対フェストゥム機構接続――』

 

「マークレゾン、起動!!」

 

 ファフナーとの一体化。だがこのレベルの一体化は久し振りで心地がいい。メガセリオンとは比べ物にならないほどの力強さを感じる。身体に馴染む。おれの為に設えたような感覚だ。今ならなんだって出来る気がする。

 

「おれにも乗れるぞ…っ、ザルヴァートル・モデルが!」

 

 あのときは憎しみがすべてだった。だが今は違う。今のおれは竜宮島を守るために存在する平和という宝を守る竜の巨人だ。

 

 この全能感。これが真のザルヴァートル・モデルか。

 

 守り人の力を受け継いだ竜は今度こそ宝物庫の守り手になれるのだろうか。敵に力を与えただけではないかと囁く思考を擲ち、僕は信じるだけだった。この器の担い手ならばきっと存在する理由を見つけられると信じて。

 

 

 

 

to be continued… 

 

 



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皆城総士になってしまった…35

手動で投稿したら1分ずれてしまった。修正が必要だ。

今回は羽佐間姉妹の話しだ。だがカノンはまだ悩んでいるらしい。


 

 私の家に、新しい家族が増えました。

 

「おはよう、カノン」

 

「お、おはよう…。翔、子…」

 

 うちで預かることになった女の子。カノンは私の妹になるのかな?

 

 皆城くんが推薦してくれたみたい。私がここにいるからカノンがどうなるのか心配だったけど、それは皆城くんも気にかけていたみたい。

 

 お母さんもまだカノンとの距離の取り方に迷ってるみたいだけど、これからきっと仲良くなってくれるよね。

 

 真矢のところにもミツヒロくんが住むことになって、同じ時期に弟と妹が出来たから話題はついそのことばかりになっちゃう。ミツヒロくんは料理が得意なんだって。カノンが料理しているところはまだ見たことないからちょっと気になる。……早く切ることを最優先でジャガイモを大雑把に切ったりしてたら、ゆっくり作っても大丈夫なのを教えてあげよう。

 

 でも大変なのはこれからかな。カノンの生命を消さないようにするにはどうすればいいのか。

 

 5年後。カノンは島のみんなの未来を紡いでいなくなる。でもそんなことはさせたくない。

 

 未来に触れる力はカノンのものだけど、カノンが居なくなったらみんなが悲しむことになる。

 

 だから皆城くんは、きっともっと早い段階から未来を選び始めて戦っている。その結果、敵が強くなってもみんながここにいる未来を、皆城くんは必死で探している。

 

 未来を背負う覚悟を決めても、たいして役には立てていない私がどうすれば未来の為に、一騎くんの帰る島を守る為に戦えるのかずっと悩み続けていた。

 

 私にも、島の力が使えれば良いのに。

 

 どういう力になるかなんてわからない。でもひとつでもなにか特別な事が私にもあれば、一騎くんを助ける事が出来るかもしれない。

 

 でも今はその前にやることがある。

 

「ショコラのお散歩に行くけど、カノンも行こうよ」

 

「それは命令か?」

 

 カノンはまだ自分に言われた言葉を命令かそうじゃないかで区別する。

 

「ううん。命令じゃないよ。提案だよ」

 

 ショコラは優しい子だから元気でもまだ体力のない私の事を考えて歩いてくれるからお散歩も苦じゃない。でもこう口実がないとずっとカノンは部屋に籠ってそうなんだもん。

 

「……命令でなければ、どうしていいのかわからなくなる」

 

「自分で決めていいんだよ。カノン」

 

「…私が、決める」

 

 もしカノンにも祝福があるのならそれは「選択」だと思う。カノンは選んで選んで選び抜いて、……一騎くんと一緒に生きる未来を捨ててまで島のみんなの未来を選んで、自分の生命を使う事を、残りの時間の使い方を選んだ。

 

 凄いよカノンは。……私だったらきっと一騎くんを選んでしまうだろうから。

 

 そんな「選択」をし続けたカノンはここにいる事を選んだ。そして今は私とお散歩に行くかを選んでいる。

 

「…上官の提案に従う」

 

「私は上官じゃないよ。あなたの家族だよ、カノン」

 

「か、ぞく……」

 

 家族を失ったカノンにまた家族を作ることが抵抗がないわけがない。

 

 今はまだ早すぎちゃったかな。

 

 でも少し強引でも踏み込まないと今のカノンとは仲良くなれないかもしれない。

 

「行こう。カノン」

 

「…了解」

 

「あっ、せっかくだから着替えようよ」

 

「着替える? 服はこれしか持ち合わせがないが」

 

 島に来たばかりだから仕方がないとしても、女の子が制服だけなんてダメだよ。

 

「カノンにぴったりの服があるから、待ってて」

 

「私には、合わない。と、思う…」

 

「そんなことないと思うよ」

 

 本当はお母さんからカノンにして欲しかったけど、一緒にお散歩に行くんだもの。一緒に似たような服を着て、一緒に歩きたいのは私のワガママ。

 

 ライム色のワンピースに着替えたカノンは思った通りかわいい。

 

「や、やっぱり、私には…合わない……」

 

 身体をもじもじさせて恥ずかしがっているカノンに頬が緩む。

 

「ううん。そんなことないよ、カノン」

 

「あ、お、おい……!」

 

 そんなカノンの手を引いて外に出る。お揃いの帽子も忘れないで。

 

 カノンの門出を祝ってくれるように、玄関から出た瞬間に見えた空はキレイな青空だった。

 

「うわぁ! キレイな空」

 

「……そうだな」

 

 カノンは空を見ながら少し辛そうな顔を浮かべていた。

 

「私は島を消そうとした。命令に従って。ただそれだけで。そんな私が、この島にいていいのかと思っている」

 

「…私は嬉しいよ。カノンがいてくれて」

 

「翔子…」

 

 一人っ子だった私に妹が出来て、まだ身体が悪い頃は兄弟が欲しいと思ってた。そうすればひとりの寂しさもなくなるのかなって。

 

 毎日真矢が来てくれたから寂しくはなかったけど、やっぱりひとりは寂しい。今は私も身体が元気だから学校に行けて毎日が楽しいからもう平気だけど、やっぱりカノンがいてくれて嬉しいのはホントのこと。だってこうしてお揃いの服を着て出掛けられるから。

 

「よ、羽佐間と、カノンだっけか」

 

「こんにちは、将陵先輩」

 

 ショコラのお散歩していたら将陵先輩と出会った。木の木陰で休んでいたから一瞬具合悪いのかなって思ったけど、顔を見ると大丈夫そうだった。

 

「カノンは羽佐間の家に住んでるんだな」

 

「あ、あぁ……」

 

「良かったじゃないか。そうして並んでいると姉妹みたいだぞ」

 

「私がお姉ちゃんです!」

 

 カノンの腕を抱いて身を寄せながらちょっと胸を張ってみる。そうしたら将陵先輩は笑った。

 

「はは、良かったな羽佐間。これでもう寂しくないな」

 

「…はい」

 

 私はお母さんもカノンも居るから大丈夫。だけど一番寂しいのはきっと将陵先輩。

 

 私たちも木陰で休むことにすると、ショコラが将陵先輩にじゃれつき始めた。

 

「はは、いい子いい子」

 

「すみません。遊んでもらっちゃって」

 

「いいっていいって。俺、ヒマだし」

 

 将陵先輩が帰ってきたことで島の大人たちは多かれ少なかれ衝撃が走った。

 

「……聞かせてくれますか? L計画のこと」

 

「蔵前にも言われたけど、あんま面白い話じゃないぞ?」

 

 面白い面白くないじゃないと思う。ただ、聞かなければならないと思う。こうして私たちが今も島にいられるのは、将陵先輩たちが戦ってくれたからだ。

 

「L計画…?」

 

「1年前に行われた作戦さ。敵から島を守るための囮作戦だよ」

 

 私たちがここにいるのは先輩たちが戦ってくれたから。先輩たちの犠牲があって、竜宮島は生きている。苦渋の犠牲を払って、竜宮島の平和がある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「島の平和を守るために誰かが戦う。敵を倒すだけじゃない。生きるために、俺たちは戦ってるんだ」

 

 リョウから話を聞いた。私にはわからない。この島の人間ではない私でさえ、この島に帰りたい理由は察せられる。だがそんな感情を押し殺してまで何故戦えるのか聞いた答えが、それだった。

 

 戦う理由が見つけられない私には、この島に居る理由がない。

 

「そんな深く考えなくても、もっと軽い気持ちで考えればいいんだよ。襲われるから生きるために戦えばいい。今生きている場所が、お前がここにいる理由になるだろ?」

 

「私の、生きている場所が……?」

 

「お前だって、いなくなりたいわけじゃないだろ、カノン」

 

「私は……」

 

 一騎に言われた。ずっといなくなりたかった。それをリョウにも言われた。

 

 私がわかりやすいのか。それとも一騎もリョウも生きる為に戦っているから、戦うことさえ命令だから戦っていた私には、存在する理由さえ自分で持っていなかったから、私はいなくなりたかった事がわかってしまうのか。

 

「私は、ここにいる。だが、それが戦う理由になるのか、私にはわからない」

 

「まぁ、悩める内に悩めば良いさ。お前は生きているんだからさ」

 

 ただここにいるだけの私が生きているのだろうか。

 

「戦う理由なんて人それぞれだから、お前の戦う理由を見つけろ。それまではいなくならない為に戦うくらいの気持ちだって充分だ」

 

「いなくならない為に、戦う……」

 

 それなら、私でもわかる戦う理由になる。戦う理由がわからなくても、この生命を奴らにくれてやる理由はない。

 

「リョウは何故戦う」

 

「島を守るためさ。みんなの分まで。そして悩める後輩に先輩として教えてやる為かな?」

 

「新兵に戦いの厳しさを教える為か?」

 

「違うよ。戦う意味の大切さってやつかな。戦う意味を見失わなければ、辛い戦いだって乗り越えられる」

 

「戦いを終えても、戦いが終わるわけじゃない。戦い続ける事を恐れないためか?」

 

「戦いばかりじゃないさ。戦いと戦いの間にある平和な時間を楽しめ。そうすれば自然とわかってくるさ。俺はカノンに命令してやる。もう少しバカになれ、お前は真面目過ぎだ」

 

「バカになる……か。高度なミッションだな……」

 

 私が島に居る理由か。見つけられるのか? 私に。

 

「将陵先輩はすごいですけど、怠けすぎですよ」

 

「肩の力を抜いてるだけさ。四六時中張り詰めていたらプッツンしちまうよ」

 

 生きるために戦う。いなくならない為に戦う。……奪われない為に戦うということか。

 

「そういや羽佐間、一騎とはどうなんだ?」

 

「ふぇっ!? ど、どういう意味ですか?」

 

「告白したりチューしたかって意味♪」

 

「こっ!? ここ、こここ、ちゅ、ぅ……きゅぅ――」

 

「あ、こりゃまだだな」

 

「翔子はどうしたんだ?」

 

「まぁ、そっとしておいてやれ」

 

 頭から煙を出してリョウの肩に倒れた翔子はなにかをうわ言の様に言いながら意識はない様子だ。眠かったのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「これで良かったんだよな? 祐未」

 

 復活した羽佐間とカノンを見送って、俺は相変わらず日陰で座っていた。

 

『最後のはデリカシーがないわよ』

 

「青春って、いいよなぁ」

 

『なにいってんのよ。あなただって現役でしょ』

 

「お前がいないと意味ないだろ?」

 

『ばっ!? バカっ!!』

 

「はは、顔が瞬間湯沸し器みてぇになってるぜ?」

 

『だっ、誰の所為よ! バカっ』

 

 こうして話すことは出来ても、触れられない。存在と無の循環を島のミールが学んでも、もう居ない者を存在させるにはそれ相応の犠牲が要る。

 

『無理はしてない?』

 

「してないさ。総士が望む限り、俺も存在はなくならない」

 

『痛みを伴っても存在し続ける皆城君の祝福。それによって永遠の存在となる島の祝福が生命を生かし続ける。生命の循環からは外れた存在か……』

 

 一騎がなるはずだった存在に総士がなった。その影響が何処まで出るのか。

 

「守るさ。お前の分も、この世界を」

 

『僚……』

 

 肩に祐未が身を寄せてくる。重さは感じないけど、暖かさは感じる。祐未の魂はここにいる。

 

『私も、必ず帰るから。島に、そしてあなたのもとに。必ず…!』

 

「あぁ。俺は待ってる。ずっと…」

 

 島が沈んだとしても、俺は待ってる。ずっと、永遠に。

 

 永遠を人は求めたがる。美しさ、富み、生命。手に入るものではないからこそ、人は焦がれて追う。

 

 だがそれは永遠である事の苦痛を知らないからだろう。

 

 永遠である代わりに失い続ける痛みを知らないからこそ、痛みを知るものが耐える痛みを羨むのだろう。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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皆城総士になってしまった…36

仕事が忙しくなりはじめて投稿が遅れてきた。

いや、世界が祝福に追いついた。あるいは世界が私の祝福を邪魔しに来たか。文才の神がいなくならないよう、みんなの祝福で世界を照らしてくれ。祝福が世界に溢れるように、私も世界を祝福し続けよう。


 

 気持ちのいい空。なにもない空は何処までも広がっていて、海と地平線の彼方で混ざり合う。

 

「また。痛みが増えた……」

 

 人を殺す存在に、人類は神様に与えられた火を使った。

 

 人の火は嫌いだ。痛みを広げていくばかりだ。

 

 人も、おれたちも関係なく、大きな炎はすべてを焼いていく。

 

 そして人を殺す存在は憎しみを集めていく。器を造る為か、あるいは新たな存在を生む為か。

 

「皆城総士も、きっとこんな気持ちだったのかな」

 

 仲間だけを戦わせなければならない痛み。人は苦痛って呼ぶ痛み。おれにはまだわからない痛み。でも痛みは感じる。

 

「だから総士は力を産み出した。みんなと一緒にいるために」

 

 無の力を真似て産まれた虚無の力。それが総士の器。

 

「新しい力が、芽生えようとしてる」

 

 痛みを増やすために、痛みを生み出さないために。

 

「……憎しみを強くしても、痛みは増えるだけだよ」

 

 それを憎しみのコアにもわかって欲しい。でもその憎しみを抱く理由もわかる。島を奪われたコアが憎しみを抱いたことも人類のやったことだ。

 

 どうして人はこの島の人みたいになれないのだろうか。人が人の為に戦っているのに、何故この島だけは違うの。

 

 同じ生命なのに、どうしてここまで感情が違うの。

 

「わかりあえないなんて、悲しいよ…」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ファフナー部隊の修理が完了した。徹夜に近いスケジュールで働いてくれた整備部の人たちに感謝だ。

 

「…さすがですね」

 

『んま。ちょいーと訓練が要るのは仕方ねぇけどな』

 

 通信で溝口さんとのやり取り。

 

 マークレゾンを完成させた僕は平行して進めていた計画を一気に最終段階へと押し上げた。

 

 様子を伺っていた整備部の大人たちも皆安堵の息を溢していた。

 

 僕が提出したファフナー開発計画。

 

 ワンオフ機であるザルヴァートル・モデルの建造と量産型ファフナーの開発計画だった。

 

 現状、フェストゥムに対抗出来るのはファフナー以外は先ず無理だと言っていい。小型種などは戦闘機や戦車でも相手は出来るが、フェストゥムは小型種よりもファフナーと同程度か、ファフナーよりも巨体な種が多い。

 

 ノートゥング・モデルやザルヴァートル・モデルならば正面から相手にできるものの、パイロットの負担を極力減らす事は至上課題だった。

 

 トルーパー・モデルはその第一弾だ。コアを内蔵出来たことで5年後のトルーパーと同程度の性能を獲得するに至った。

 

 だがその統轄をするスレイプニール・システムにもコアが使われている。その統轄者にもファフナー搭乗と同じ負担。つまり同化現象の負担がかかってしまう。

 

 ファフナーに乗るよりも負担は軽いが、それでも負担は掛かるのだ。

 

 そこで注目したのがグノーシス・モデルだ。

 

 この時期の人類軍製ファフナーはコアを内蔵されていない。そして擬似シナジェティック・コードによって大人でも訓練すればファフナーに乗ることが出来る。

 

 人類軍がプレアデス型との戦闘で破壊され、放棄されたグノーシス・モデルを回収。元人類軍の整備士の力を借りてレストアした機体を今、溝口さんが操縦していた。

 

 ただグノーシス・モデルと違うのは腕にマニュピレーターが着いている事だ。ニーベルング・システムによる体感操作はかわらないが、ノートゥング・モデルに比べて反応伝達はかなり鈍い。しかし戦車や戦闘機に乗るよりも敵を倒せる人類でも貴重な量産型ファフナーだ。

 

 腕が武器のままなら溝口さんも直ぐに乗り回せたが、指を動かすのにはやはりそれ相応の訓練が要る。

 

「あとは実戦で使い物になるかどうかだな」

 

 保さんの言葉が皆の不安を代弁していた。

 

 部品規格は出来るだけトルーパーと共通にした為、実戦でも通用することになれば剛瑠島にも配備されるだろう。

 

 今は全領域対応型の設計を始めている。島という限られた陸地にアルヴィスの戦闘領域は大部分が海だ。

 

 空も飛べなければ戦場に急行できない。

 

「週明けにはテスト機として候補生を乗せて、連動試験に入る予定です」

 

「グノーシス・モデルを練習機として使うのか。同化現象の心配もないから、実機訓練もしやすくなるな」

 

 保さんの言葉に大人たちも喜んでいる。

 

 グノーシス・モデルの最大の特徴は、性能が低くコアも内蔵されていない代わりに同化現象のリスクが全くない点にある。ファフナーのパイロットとして一番ネックである生命の時間を無駄に浪費させなくて済むのは大きいところだ。

 

 グノーシス・モデルが本格的に使えるようになれば、グノーシス・モデルとトルーパー・モデルの技術を合わせて新たなファフナーを造る計画も進行中だ。20mという35mから50mが平均のファフナーよりも小柄なグノーシス・モデルならば従来の戦い方とは別の方法での運用も可能だろう。

 

 戦車に対する随伴歩兵の様な位置付けも期待できる。さらには小柄と軽さを活かした機動防御戦。トルーパーのマニュピレータに換装すればイージス装備での緊急防御も可能だ。可能性が広がると開発者としての血が騒ぐ。運用コストが安いのはいい事だ。

 

 武装に関してはトルーパーと共用に出来るため、新規製造も合わせて開発中だが当分はガンドレイクと本来の装備を流用したレールガンになるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「召集? 広登たちをですか?」

 

 総士先輩にお風呂に入りながらそんなことを言われた。

 

「候補者の機体が組上がったからな。練習機のテストを兼ねて召集が決まった。明日にでも正式通達が行くだろう」

 

 でもそんな大事な話をあたしが聞いちゃってもいいのだろうか。

 

「問題ない。候補者は立上のクラスメイトだ。先輩として彼らを助けてやってくれ」

 

「先輩って。あたしなんてまだまだで」

 

 ファフナーに乗ってまだ2ヶ月も経っていないのに先輩だなんて言えない。それを言ったら一騎先輩や将陵先輩の方が大先輩だよ。

 

「当日は僕もティターンモデルで出る。ツヴォルフで万が一に備えて現場待機を頼みたい」

 

「万が一って、フェストゥムですよね?」

 

 竜宮島は平和だけど、敵が来ないだなんて事はない。確かに万が一に備えておくことは大切だよね。

 

「そうだ。最悪の場合は候補者を連れて島に撤退させて欲しい」

 

「総士先輩はどうするんですか?」

 

「その場合は留まって可能な限り敵を迎撃する」

 

「そんな、あたしも残ります!」

 

 背中に居る総士先輩に振り返って反論を口にする。確かに総士先輩はあたしが足元にも及ばない程強いけど、でもひとりで敵を相手にするなんて万が一のことがあったら。

 

「心配は要らない。……心配は、立上たちが無事に島に撤退出来るかどうかの方だ」

 

「自分の心配をしてくださいよ」

 

 総士先輩はいつもそうだ。みんなの心配ばかりして、自分のことは二の次にして。そんなだから乙姫ちゃんもあたしも総士先輩が心配で心配で、堪らなく心配で。

 

「た、立上…?」

 

 湯船の背凭れに身体を預けて逃げ場はない総士先輩に身体を凭れ掛けて、総士先輩の胸に身体を預ける。

 

「総士先輩がみんなの心配ばかりするのは変えられないですから我慢します。でもちゃんと帰ってきてください。乙姫ちゃんも織姫ちゃんも、待っていますから」

 

「……あぁ」

 

 乙姫ちゃんも織姫ちゃんも、……あたしも、総士先輩が無事に帰ってくるのを願っている。

 

 誰よりも優しい人だとあたしは知っている。総士先輩だからあたしはなにもかも預けることが出来てしまう。まるで一騎先輩の様に、あたしは総士先輩になにもかも委ねてしまう。

 

 だからあたしも頼って欲しい。頼りないかもしれないけど、でも一騎先輩には出来ないこともきっとあたしにはあるかもしれない。あたしに出来ることをするだけのことだ。

 

「今夜のおかずはなんですか?」

 

「サバが売っていたから、サバの切り身の塩焼きかな…?」

 

「味噌煮にはしないんですか?」

 

 骨まで食べれるから結構好きなんだよなぁ。総士先輩の作るサバの味噌煮は味噌が濃いからご飯も結構進んじゃう。……総士先輩と暮らしはじめて体重が2キロ増えたのは絶対総士先輩の食事が美味しい所為だ。でも悔しい、やめられないよ…!

 

「最近は魚の収穫があまりよろしくないらしい。一部はアルヴィスでの緊急用の養殖魚を卸している」

 

「そうなんですか。お魚さんがこの辺りは少ないんですか?」

 

「まだわからないが、酷いようならまた島を動かすことになるだろうな」

 

 島を動かせばまた魚の居るところで漁をすればいい。でもなにかが引っ掛かる。まるで魚の骨が喉に刺さっているような、そんな引っ掛かり。

 

 だって総士先輩の目が言っている。なにかがあるんじゃないかって。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日は来主も居ない。どうやら一騎の家で泊まるらしい。一騎のカレーを食べさせた辺りから、一騎の家に泊まることをしはじめた。

 

 ものを食べて、その居場所に定着する。普通に人間の様だ。フェストゥムであることを忘れそうになるほど、来主は自然的に人の生活に溶け込めている。そろそろ例の計画も実行に移せるだろう。

 

「……何事も、なければ良いのだがな」

 

 漁が不作であることは決して悪いことではない。そういう日もある。だが前回のディアブロ型との戦闘から徐々に不作である日が増えていた。

 

 可能性を考えたくはないが、否定出来る材料もない。楽観視は決して出来ないのが今のこの世界だ。

 

 可能性を求めているのは僕たちだけではないということか。

 

「…すぅ……すぅ…すぅ……」

 

 寝息を立てて眠っている立上に視線を移す。幸せそうな寝顔だ。夢でも見ているのか、顔も嬉しそうだ。

 

「……すき…、です…」

 

「立上……」

 

 僕が乙姫を変えたことで生じた僕の罪。広登に想いを寄せていた立上に、その可能性を奪うようなことをしてしまっているし、させてしまっている。

 

「…そう、し……せんぱ、い…」

 

 有り得てはならない。だがそんな有り得ない可能性を選ばなければ未来を変えることなど出来ないのだろう。

 

 世界が未来を祝福しないのならば、僕が世界を祝福しよう。

 

 皆が生きる未来を僕が祝福しよう。それが僕がここにいる理由だ。

 

「…ごはん……おか、わ…り……」

 

「次から少し献立の修正が必要だな」

 

 立上が体重が増えて悲鳴をあげたのは記憶に新しい。だが見る限りウェストに変化はない。むしろファフナーに乗り始めてから引き締まり始めている。ヒップも変わっていない。言葉を飾らないなら、増えたのはバストだ。胸筋が増えた所為だろう。体脂肪率もあまり上下している様子は見受けられない。ブラジャーが少しキツくなったとも溢していたな。遠見先生に相談しよう。こういうことは男の僕よりも、女性である遠見先生が適任だ。

 

 しかし胸筋だけで2センチも増えるものなのだろうか? 揉めば増えるとは聞くが、別段そのような処置をしているわけはない。風呂に入る時に洗う時くらいしか触れていない。……原因は僕か。

 

「すまない、立上」

 

 詫びにはならないが、頭を撫でてやる。立上の髪も乙姫に似て触り心地が良い。

 

 立上に布団をかけ直して僕も就寝態勢に入る。この時間が唯一頭を休められる時間だ。しっかり頭を休ませなければ。

 

 失いたくないものがある。それを奪われないよう戦うのが僕の戦いだった。それが皆の安らぎになるのならと、僕は進むしかなかった。

 

 君は知るだろう。たとえ正しいと進んだ道であっても、あるいは正しくなかった道でもあることを。

 

 

 

 

to be continued…




総士()「グノーシス・モデルのテスト中に訪れる敵襲。奔る閃光の先に彼女の見たものとは。次回、蒼穹のファフナー第3746話。覚醒、聖戦士。憎しみの空を切り裂け、ゼクスバイン!」

ショウ=コハ「ひっさつ、ハイパーオーラ斬りぃぃぃ!!」



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皆城総士になってしまった…37

今日中にあと1話くらいは投稿したい。

執筆意欲をオーバーロードさせる為にEXO観ながら書いてたら、最終話だけは作業止まって魅入って泣いた。もう島が沈むところと織姫ちゃんが泣くところで泣ける。何度でも最終話だけは泣ける。早く島に帰りたいよ。


 

 広登と里奈、暉までが召集された。里奈はCDC勤務だからアルヴィスに入るのは普段からしてるし、広登もファフナーのパイロット候補生として最近はアルヴィスに来てるから慣れてる様子だけど、暉はちょっと不安そうに里奈にくっついてる。……普段のあたしもあんな風に見えるのかな。

 

「今日集まって貰ったのは他でもない。今日はお前たちにファフナーでの実機訓練をしてもらうためだ」

 

「ファフナーに乗れるんスか!?」

 

「ああ。訓練機だが、実際にファフナーに乗る感覚を身につけて貰うためだ。異議ある者は居るか」

 

 総士先輩がみんなの前で今日の説明をしている。その様子に広登は興奮してる。そりゃファフナーはロボットだから広登なら興奮するよね。

 

「今日乗ってもらう機体は量産計画の試作機だ。これで実際のファフナーの動きを一通り確認してもらう」

 

 身体が青、四肢が水色、両肩と膝がオレンジ色に塗られたファフナーが並んでいた。オレンジなのは昔から日本では練習機という意味で塗られていた色だと総士先輩は言ってた。ひとつおりこうさんになりました。

 

「なんか変な色~」

 

「練習機だからな。実際は青と水色に塗装される」

 

「じゃあ、一人前になったら」

 

「その時はノートゥング・モデルに乗ることになるが、実機訓練で使う分には青と水色の機体になる」

 

 確かに変な色だけど里奈キッパリ言い過ぎ。それに怒ることもなく苦笑いで答える総士先輩流石です。そして総士先輩の言葉を聞いた広登は――。

 

「マジっすか!? くぅ~! 専用機だぜ専用機!! 俄然やる気出てきたぜっ」

 

 やっぱり思った通り興奮してる。ファフナーはその機体がパイロット専用機として調整されているから別に興奮することもないのに。

 

「うるさいなぁ、バカ広登。…総士先輩、わたしCDC勤務なんですけど、大丈夫でしょうか?」

 

 確かに里奈はCDC勤務でオペレーターをしている。でも総士先輩のことだから考えていないわけがないわけで。

 

「元々は里奈もパイロット候補生として召集したのだったが。人手不足と機体がなかったからな。CDC勤務は一時的な処置だ。他に質問は」

 

「喋れない暉がファフナーに乗れるとは思えません」

 

 確かに里奈の言うことは気にするよね。暉の喋ってるところ見たことないもん。

 

「本人の意思は確認している。情報伝達もジークフリード・システムのサポートがあれば可能だ」

 

 里奈に総士先輩は的確に反論を潰していく。あたしたちが考えることを総士先輩が考えていないわけがない。言葉で総士先輩に勝てるわけがないよ里奈。

 

「…わかりましたぁ。でも足手纏いだったら容赦なく切り捨ててください」

 

「あぁ。その時はそうしよう」

 

 一応里奈は納得したみたいだけど、多分総士先輩は暉を見捨てたりしないだろうなぁ。だって優しい目で里奈と暉見てるもん。

 

「各自シナジェティック・スーツに着替え、30分後に再集合だ。いいな」

 

「うっす!」

 

「りょーかい」

 

「……コクリ」

 

 三者三様で総士先輩に返す広登たち。でも里奈、もう少し真面目にやろうよ。

 

「立上。彼らを案内してやってくれ」

 

「は、はい…っ」

 

 総士先輩の傍から離れるのは今でもやっぱりダメだけど、今のあたしは総士先輩に頼まれたんだ。だからその言葉にあたしは応えなくちゃ。

 

 3人を連れてロッカールームに辿り着く。広登に暉を任せて、あたしは里奈と一緒に着替え始めた。

 

「芹って、総士先輩と付き合ってるの?」

 

「きゅ、急になに!?」

 

「知らないはずがないでしょ? わたしたちの学年じゃ結構噂になってるの」

 

「そ、それは……」

 

 あまりあたしの耳には入ってこないけど、そういう噂があることは知ってる。

 

「好きなの? 総士先輩のこと」

 

「す、すきって、だからそんなんじゃ…っ」

 

 ……実際、あたしは総士先輩をどう思ってるんだろう。

 

 恐いから、ひとりになることも。この恐い感情が何故なのか、あたしにはわかる。乙姫ちゃんの恐さがあたしに伝わってるから。あたしを通じて、乙姫ちゃんは恐さを耐えてるんだ。

 

 こんなこと、総士先輩には伝えられないよ。

 

 伝えたら、きっと総士先輩はあたしに負い目を感じてずっとその事を気にして背負ってしまうだろうから。

 

「どうなのよぉ、芹~?」

 

 里奈があたしを肘で突いてにやにやしてる。女好きの里奈でもこういう話が気になるところは普通に女の子なんだよなぁ。

 

「そうだね……」

 

 あたしの気持ちはどうなんだろう。

 

 乙姫ちゃんが目覚めたら、総士先輩ともごはん食べたり、一緒に学校行ったり、休み時間に話したり、一緒にお昼ごはん食べたり、一緒に学校から帰ったり、一緒に遊んだり、一緒に戦ったり、一緒に夜ごはん作ったり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりも、出来なくなるのかなぁ。

 

「好きかどうか。わからないや」

 

 今のままで、ずっと一緒に居たい。

 

 乙姫ちゃんと織姫ちゃんが居るなら、あたしがいる必要なんてないよね。乙姫ちゃんは総士先輩のこと大好きだし、織姫ちゃんもきっと総士先輩のこと大好きだし、来主くんだって総士先輩のこと好きだし。

 

 ……あたしが、総士先輩のことを好きなら、一緒にいられるのかな。

 

 でも、どうしてだろうなぁ……。

 

「だって、そんな気持ち――」

 

 乙姫ちゃんの気持ちが伝わってるから。織姫ちゃんの気持ちが伝わってるから。あたしはただ……。

 

 それが乙姫ちゃんの気持ちでも、織姫ちゃんの気持ちでも、あたしの気持ちは。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「全員居るな」

 

「はい!」

 

「うっす!」

 

「……コクリ」

 

 立上、広登、暉から返事が返ってくる。広登はまだともかく、立上と暉は覚悟のある目をしている。……暉の生命を失わせたくはないが、なのに今から僕は暉をファフナーに乗せようとしている。

 

 守るために生命を使わせる。

 

 矛盾しているが、戦えなければ守れないものもある。だから生命を無駄にさせないために僕のやるべきことは全力でやるつもりだ。

 

「何かあったのか? 里奈」

 

「うぇっ!? い、いえ、なんでも!」

 

 少々上の空だった里奈に声を掛けたが、大丈夫だろうか。無理もないか。広登や暉と違って里奈はオペレーターとして戦闘に関わっている。だが実際戦場にこれから立つ立場にならんとしている。緊張するのも無理はない。

 

「心配するな。なにがあろうとジークフリード・システム内の全パイロットの命は僕が守る。だから安心しろ」

 

「総士先輩……。はい!」

 

「良い返事だ」

 

 里奈も顔を引き締めた。誰だって戦うことは恐い。それは生きるために必要な感情だ。だからその恐さをみんなで背負えば良い。

 

「そうひとりで気張るなよ? 総士」

 

「先輩…? ……重いのですが」

 

「いやほら。ひとりで突っ走りそうな後輩を引き止める為にな?」

 

 将陵先輩が僕の肩に肘を掛けて寄り掛かってくる。地味に重い。

 

「みんな恐くて当たり前だ。だからみんなでみんなを守りあえ。最後に生きてりゃ、それで勝ちだ。戦ってみんなを守れても、いなくなちまったら意味がないからな?」

 

「「「はい!」」」

 

「…コクコク」

 

 将陵先輩の言葉に後輩たちは真剣に聞き入り、返事を返した。……将陵先輩は人を導く才がある人だ。だから自然と人が将陵先輩の周りに集まって、先輩の場所を作っていた。皆が先輩を忘れない。人望が厚いとはそういうことなのだろう。僕などより指揮官として向いている。

 

「というわけで、今日は俺たちが面倒見てるからなにも心配すんな」

 

「将陵先輩も来る気ですか?」

 

「おいおい総士。ティターンモデルは俺たちの機体だぞ? 使うなら俺も行くさ」

 

 還ってきたとはいえ、将陵先輩にもいたずらに時間を使ってほしくはないのだが、ティターンモデルは確かに将陵先輩の機体だ。そう言われてしまうと僕は反論できない。

 

「将陵先輩……」

 

「将陵先輩だけじゃないよ? 皆城くん」

 

「羽佐間?」

 

 羽佐間までもシナジェティック・スーツを着て現れた。今日のテストがあることはパイロット間に周知されているが、今日の羽佐間は一騎との連携訓練のはずだ。何故ブルクに居る。

 

「いつも皆城くんばかり頑張ってるから、私もたまには皆城くんの役に立ちたいの」

 

「羽佐間…」

 

 一騎の為に島を守りたい。ただそれだけで良かった彼女に余計なものを背負わせてしまったのは僕だ。

 

「こんなことでしか役にはたてないけど、空は任せて」

 

 真っ直ぐ僕を見詰める羽佐間の目は、初めてマークゼクスに乗った時と同じ目をしていた。これはなにをいっても止めない目だ。

 

「おれも行かせてください。ミナシロ」

 

「ミツヒロまでもか」

 

 楽園で働き始め、島でも話題になりつつあるミツヒロの作る料理は、平和を学んでさらに磨きが掛かっている。なのに自ら戦おうとする意思は捨てない。

 

「あなたのお陰で、おれはここにいるんです」

 

 ミツヒロ、羽佐間、将陵先輩の視線が僕に突き刺さる。

 

 羽佐間は僕が救いたかった生命だ。将陵先輩は僕が救えなかった生命だ。ミツヒロは僕が怪物として切り捨てた生命だ。

 

 だがいまは、ここにいる。

 

 ……仲間か。

 

 こんな僕にも、仲間がいてくれるのか。

 

「わかった。メガセリオンなら同化現象の心配はない。羽佐間と空を任せる」

 

「あなたに貰ったこの生命に誓って」

 

「空を頼む。羽佐間」

 

「うん。任せて!」

 

「総員ファフナーに搭乗! テストを始めるぞ」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 僕の掛け声と共に、皆は各々返事を返してファフナーに乗り込む。前線で戦えず、皆を送り出すことしか出来ないと僕は思っていた。

 

「んな? ちょっと歩み寄れば、仲間なんてたくさん居るんだよ。お前には」

 

「僕には過ぎた仲間ですよ」

 

 だが今は違う。僕は自らの意思で皆と共にいる道を選んだ。たとえ自らの生命の時間がなくなっていこうとも、皆といる時間が、僕には掛け替えのない時間だ。

 

 消させない。いかせない。奪わせない。

 

 たとえ僕の生命を使うことになろうとも、必ず守る。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 世界では主力兵器として非力であっても戦いを支え続けた機体が、今、島の戦いを支える存在になろうとしている。

 

 彼等から奪い続けようとした人類軍として、これで少しは役に立てるだろうか。そう願って止まない。 

 

『ジークフリード・システム、起動。スレイプニール・システム、並列起動認証。全ファフナー、クロッシング完了。オールスタンバイ』

 

 ミナシロの存在を感じる。ザルヴァートル・モデルに乗ってからその存在を顕著に感じる。

 

 海神島のコアから解放されたおれは、以前にも増して島のミールの存在を感じるようになった。こんなおれでも島は受け入れてくれる。だからおれはこの島の戦いたい。この島の平和を守るためなら引き金を引くことを躊躇わない。

 

 マヤに背負わせた過ちを誰にも背負わせたりはしない。人を撃つのなら、おれが撃つ。

 

『30分は自由に動け。どうすればどう動くのか身体で覚えろ。ファフナーの操縦は習うより慣れた方が格段に早い』

 

『自由って、急に言われても』

 

『なにしても良いんですか!?』

 

『構わないぞ。歩くも走るも跳ぶもよし。なんだったらじゃんけんしてあっちむいてほいでも構わない』

 

『はは。まぁ、それくらい自由に動けってことさ』

 

 ミナシロとマサオカの乗る赤いファフナーが彦島の岩場を軽快に走っている。生き生きとした動きは正しく人のそれだ。

 

 今の人類軍にここまで滑らかに動く機体はない。

 

『将陵先輩、はしゃいでるのよ』

 

「はしゃぐ? マサオカが…?」

 

 軽くても真面目な感じのあの人がまるで子供が駆けずりまわる様に機体を走らせていた。

 

『私も将陵先輩も病気で、思いっきり運動出来ないの。ファフナーに乗っている時だけ、みんなみたいに走ることが出来るの』

 

「ショウコ……」

 

 病を抱えてまで戦うとは。いや、その気持ちはわかる。同じ立場でも島を守るためならおれも迷わないだろう。

 

『今は元気になったけど、やっぱり体力はなくて。ファフナーに乗っている時だけは、私も走れるから将陵先輩の気持ちがわかるの』

 

 病を抱えていても、戦える者が立ち上がり平和を守る島。

 

 自らの強い意思で戦う竜宮島の戦士たち。おれもなれるだろうか。彼らの様に、使命でもなんでもなく島を守りたいから守るという島への愛の為に立ち上がれる戦士に。

 

『なれるよ…。ミツヒロくんなら、島を守れるよ』

 

「ショウコ…」

 

 島を守るために戦っていなくなるはずだった彼女がここにいる。島を守っていなくなったマサオカがここにいる。島を消そうとしたおれがここにいる。

 

 すべてミナシロが戦った結果だろう。

 

 あの時、ショウコもマサオカもおれと同じくミナシロを見ていた。ミナシロのお陰でここにいるおれと同じく。

 

「ショウコも同じか……。おれのように」

 

『……ミツヒロくんがみんなと戦ったのはあなたの意思じゃないもの。一騎くんが、皆城くんが信じるなら、私もあなたを信じる』

 

「……ありがとう」

 

 おれがここにいる理由をくれた。マカベとミナシロには返しても返し尽くせないものを貰った。

 

「っ!? ミナシロ!!」

 

『……あぁ。どうやら来たらしいな』

 

 奴らの気配を感じた。おれが声を掛けるとミナシロも感じたらしい。

 

 ミナシロにもわかるなら何故おれが先にわかった。いや、その理由を考えるのは後回しだ。

 

「迎撃態勢に移行する! ショウコは上空警戒を厳に。おれが先行する」

 

『任せる。候補者はマークツヴォルフを目印に即時集合!』

 

『空からも敵がくる。海からも!』

 

 海にフィールドが現れ、そこからフェストゥムが出現する。スフィンクスB型種多数に――。

 

「気をつけろみんな! ディアブロ型だ!!」

 

 こいつらが近づいてきた気配を感じたのがおれだった意味がわかった。

 

 あのコアが送り込んだ存在なら、おれが先に感じられても不思議じゃない。

 

『後続のファフナーも直ぐに来る! 無理はするな!!』

 

「了解!」

 

 ミナシロの言葉に答えるが、相手はディアブロ型だ。万が一の場合は1体でも道連れにしてやる。

 

『あなたは、そこに、いますか――?』

 

「ああ、いるぞ。おれはここにいるぞ!!」

 

 スフィンクスB型種の問いに答えながら、ベヨネットを胸に突き刺し、コアを撃ち抜く。

 

「こい! おれは、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドだ!!」

 

 ディアブロ型へ向けてベヨネットの射撃を放つ。やらせはしない。島の平和をお前たちにやらせるものか!

 

 皆がここにいる。そんな未来を僕は目指した。

 

 痛みでさえ、通じあえば何処まででも行けると信じた。

 

 互いに助け合うことで、僕らは闇の中でも光を求め続けられるのだと。

 

 

 

 

to be continued… 



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皆城総士になってしまった…38

もう38話目になるのにパパミツが島に帰ってくるどころか水着回にすら辿り着けない。私が目指した楽園は欲望を抑えきれずに空想に塗れていてあとを絶たない。

芹ちゃんリョナものとか想像して興奮したので、スフィンクスB型種の腹パン喰らってきます。


 

 テスト中での敵の襲来。遠くの竜宮島本島から鳴り響く警報。遠目にブァッフェラーデンの防壁が住宅を守るために迫り上がっている。機体にもジークフリード・システムを介してソロモンのデータが表示される。

 

『ね、ねぇ、まさか敵が攻めてきたの?』

 

『テスト中に敵の襲来なんて燃える展開じゃないか!』

 

「バカ広登! さっさとこっちに合流して!!」

 

 ファフナーはすべて量子通信とジークフリード・システムによって双方向通信が確立されている。

 

 通信プロトコルを読まれない様にジークフリード・システムを介した通信のみがあたしたちを繋いでいる。

 

 コレがシステムを内蔵したファフナー同士ならクロッシングが出来るけど、人類軍製のファフナーはそうもいかない。それでも不完全でもシステムと繋がることは出来るから指示を聞くことくらいは出来る。全部総士先輩の受け売りだけどね。

 

 あたしを信じて、総士先輩はみんなを任せてくれたんだ。なら果たして見せなくちゃ。みんなはあたしが守る。

 

『あれが、フェストゥム……』

 

『綺麗だ……』

 

「ぼさっとしてないで早く来て! みんな丸腰なんだよ!?」

 

 敵は私たちの前にも現れた。アルヘノテルス型がグレンデル型を生み出して襲ってくる。

 

「飽和攻撃を要請!! ラインBー2からFー4まで!」

 

 ジークフリード・システムを内蔵されていると島のシステムにアクセスして防衛機構を作動させることも出来る。

 

 ミサイルがあたしたちが駆け抜けた道を吹き飛ばしていく。それでグレンデル型はどうにかなるけど、アルヘノテルス型はやっぱり倒せない。

 

『芹、前っ!!』

 

 前にもアルヘノテルス型が現れて、その背中が怪しく光る。

 

「イージス装備全開! 突き抜けるよっ」

 

 肩のイージス装備、そして腕に装備した実体シールドがスライドしてフィールド発生器を露出させて新たにイージス・シールドを展開する。

 

 左右と前方の防御を厚くして、ショットガン・ホーンを展開する。

 

「この角は見掛け倒しなんかじゃないよ!」

 

 アルヘノテルス型の放ったワームスフィアを突き抜けて、エネルギー・フィールドを纏った角を突き刺す。

 

「うぉぉおおおおお!!!!」

 

 カブトムシが相手を角で投げる様に、アルヘノテルス型を空に打ち上げる。

 

「これで、いなくなって!!」

 

 腕のレールに連結していたバスターソード・ライフルを、腕に装着したまま突き刺す。突き刺さった刀身が展開して、砲門が露出する。荷電する銃身からプラズマ弾を撃ち込み、コアを破壊する。

 

 相手をしている間に追いついてきたアルヘノテルス型に振り返って、ショットガン・ホーンのプラズマ弾を撃つ。

 

 攻撃が当たってよろめいたアルヘノテルス型に空かさずレージングカッターを放ってワイヤーが巻きつくと、思いっきり引き寄せる。

 

 ワイヤーを巻き上げながら引き寄せたアルヘノテルス型に向けてバスターソード・ライフルを捩じ込み、コアに向かってプラズマ弾を撃ち込んで破壊する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

『す、すげぇ……』

 

『芹……あんた…』

 

 バカ広登と里奈が感心してるけど、この程度先輩たちの足元にも及ばない。総士先輩や将陵先輩、翔子先輩の戦いかたはもっと凄い。

 

「総士先輩たちが敵を引き付けていてくれるから。あたしたちは早く島に戻って総士先輩たちを安心させなきゃ」

 

 そうすれば先輩たちは前だけを気にして戦える。あたしたちが足手纏になっちゃいけないんだ。

 

 みんなが乗っているグノーシス・モデルは手が着いているタイプで、両腕にトルーパーと同じイージス・システムが装備されている。まだ武器がないけど、自分の身を守って撤退するくらいなら出来る。

 

「バカ広登は前! その後ろに里奈と暉が続いて」

 

『芹はどうするんだよ!』

 

「あたしは良いから行って! 守りながら隊列なんて組めっこないんだから」

 

 グノーシス・モデルよりも大きいノートゥング・モデルの方が小回りはともかく、直線距離ならこっちの方が速い。

 

 それに武器がないから今は逃げることだけに集中させる。……多分総士先輩も敢えてそうしたんだ。武器を持てば戦えると思わせる思考を持たせないように、武器がないなら逃げるしかない様に思考を誘導させる。さすが総士先輩。

 

 だから迎撃はあたしが一手に引き受ける。

 

 また新手が来る。スフィンクスB型種。顔に不気味な目と口を持つ今までみたことのないフェストゥム。

 

 それが3体もなんて。

 

『ア・ナ・タ・ハ・ソ・コ・ニ・イ・マ・ス・カ?』

 

『ひっ!?』

 

『くそっ。万事休すってやつか…!』

 

 生で聞くその問いに里奈は怯えて、広登は勝手に自分追い込んで。暉は喋らないからわからないけど、身構えている。

 

 答えれば同化され、答えなければ攻撃されるフェストゥムの問い。

 

「いるよ。あたしは――っ」

 

 だからこそ答えるんだ。先輩たちはそこにいることをフェストゥムに教えるために。そこに生きる生命があることを伝えるために。

 

「ここにいるぅぅううう!!」

 

 バスターソード・ライフルを腕のレールから抜き、両手で構え肩に担ぎながら走る。

 

 スフィンクスB型種の1体が前に出て腕を剣に変化させて襲い掛かってくる。

 

 それを掻い潜りながらカウンターを合わせて、バスターソード・ライフルで胴体を横に真っ二つに切り裂く。

 

「あたしが、守るんだっ。乙姫ちゃんの島を! みんなを!!」

 

 次に出てきたスフィンクスB型種は拳を振りかぶって襲ってきた。イージス装備で防御。一撃が重くて衝撃で機体が後ろに吹き飛びそうになる。

 

 脚を踏ん張って耐える。バスターソード・ライフルの刀身を展開させる。スフィンクスB型種がイージス・シールドを殴って次を殴る瞬間にシールドを解除。甘い脇に掻い潜って展開した刃を突き刺す。

 

 でもスフィンクスB型種はお腹を硬い腹筋で防御する様に柔らかくも硬い腹部でバスターソード・ライフルの切っ先を阻んだ。だけどあたしが放ったのは突き。突き刺すため、突き抜ける為の貫きだ。

 

 砲門からプラズマが迸り、刀身を覆うプラズマ刃がスフィンクスB型種の表面を焼き、炭化した部分から突き抜ける刃を上に向かって切り上げ、コアを破壊する。

 

 最後のスフィンクスB型種はシールドを張って飛び込んできた。

 

「くっ」

 

 こちらもイージス装備を展開して受け止める。

 

『さがれ立上! 無理に相手をする必要はない』

 

「っ、でも!」

 

 このフェストゥムを放っておいても良いことなんて何もない。

 

『お前の任務は、候補者を無事に島に送り届けることだ。マークツヴォルフ』

 

「了解…っ」

 

 あたしがもっと早く仕留められていたら、総士先輩の気を煩わせることもなかった。

 

 シールドで競り合っているスフィンクスB型種から離れてあたしは通信に向かって叫ぶ。

 

「グノーシス部隊はポイント更新! 真っ直ぐ島に向かってっ」

 

 バスターソード・ライフルの射撃モードで牽制射撃。倒さないで敵の足を止める。

 

 総士先輩が戦いかたをあたしに教えてくれる。

 

『芹を置いて逃げろってのか!?』

 

 バカ広登が反論してくるけど、今の広登たちが居ても何もできないのをわかって欲しい。

 

「足手纏だから速く行ってって言わないとわかんないかな!?」

 

 キツい言葉の言い方になるけど、こうでもしないとバカ広登は動かないし、今くだらないことで口論してる暇なんてないのに。

 

「くあっ」

 

 強い衝撃が連続で襲う。スフィンクスB型種が腕から連続してワームスフィアを砲弾の様に撃ってくる。

 

「ぐぅっ」

 

 機体のエネルギーをシールドにまわして。

 

『芹!』

 

「里奈! バカ広登と暉をお願いっ」

 

 里奈に叫びながらスフィンクスB型種の攻撃を耐える。

 

 攻撃の隙を突いてショットガン・ホーンのプラズマ弾を放っても瞬時に防御される。こっちの戦いかたに合わせて学習しているんだ。

 

 接近戦特化のあたしに合わせて戦いかたを変えた。絶対に懐に入り込ませないように。

 

「何してるの! 里奈!!」

 

『で、でも…、芹を置いていったら』

 

 むしろ置いていってくれた方が自由に動き回れて助かるんだけど。それをどうやって説明しよう。今の里奈も戦場の空気に呑まれて、なにを言っても要らないことまで考えそうだし。

 

『〈行こう里奈、広登〉』

 

『チャット? 暉!』

 

 暉からチャットで言葉が送られてきた。確かに喋れないけど、暉だってバカじゃないんだ。こういうやり取りなら声が出なくても会話は出来る。

 

『〈今のおれたちじゃ足手纏だ。芹にも迷惑が掛かってる。芹のことを考えるなら早く島に戻らなくちゃ〉』

 

『暉…、あんた……』

 

『………それで、良いんだな。芹…』

 

 一番大人しいと思われていた暉が二人を引っ張ろうとしていることに、広登も里奈も冷静に物事を見ようとしている。

 

「あたしなら平気だから。っ、行って!!」

 

 腕のシールドが限界に近い。ショットガン・ホーンと同じくエネルギー・フィールドを纏ったバスターソード・ライフルでワームスフィアを切り裂く。

 

 ショットガン・ホーンのプラズマ弾を放ち、みんなを撤退させる為にスフィンクスB型種の意識を釘づけにする。

 

『必ず、帰ってきてよ! 芹っ』

 

『……すまない。次は必ず、お前を守れる様に強くなるからっ』

 

『〈無理はしないで…〉』

 

 3人のグノーシス・モデルが動き始める。

 

 それをスフィンクスB型種が視線を向ける。腕を広登たちに向けた。

 

「はあああああ!!!!」

 

 その隙を突いて、スラスターの出力を全開にして体当たりする様に機体を突っ込ませた。

 

「なに!?」

 

 降り下ろしたバスターソード・ライフルを、スフィンクスB型種が受け止めた。砲口から拳に変わった腕で、プラズマ刃を纏ったバスターソード・ライフルに耐えている。

 

「あうっ、っ、しま…っ」

 

 バスターソード・ライフルを打ち上げられ、握っていた腕もそれに釣られて無防備な姿を晒してしまう。

 

 肩と脇の下から先が剣になった腕を生やしたスフィンクスB型種が、あたしに向けてその剣を突き刺した。

 

「っづ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 肩、胸、お腹、突き刺された痛みが心臓を締め付ける。

 

 乙姫ちゃんの痛みとは違う。これが自分が傷つけられる痛み。こんなに、泣きたいほど痛い。死んじゃいそうな程痛い。

 

 でも――。

 

「つか、まえた、ぁあああ!!」

 

 ショットガン・ホーンを展開。もう逃げられないし、腕があたしに刺さっているから、身動きもとれない。

 

「あたし、がっ、守る…! 乙姫ちゃんのっ、島を……っ」

 

 機体から血が溢れる。御構い無しにスラスターの出力を全開にして頭にある角をスフィンクスB型種の胸に向ける。

 

「守るぅぅううううっっ!!!!」

 

 エネルギー・フィールドを纏ったショットガン・ホーンの切っ先がスフィンクスB型種の胸に向かう。

 

 ぐしゃりと嫌な音が聞こえた。いつものタイミングでプラズマ弾を放とうとしてもエラーになる。

 

 なんで、どうして――。

 

「っ!?」

 

 スフィンクスB型種の腕が、あたしの角を握り潰していた。

 

 スローで見えるボディブローが突き刺さる。

 

 ファフナーの耳じゃない。自分自身の耳で、鉄が拉げる音が聞こえた。

 

 お腹を殴られた。骨まで砕かれたみたいな痛み。だめ、お腹が潰れちゃったら――。

 

 ガラスが弾ける音。全身に走る痛み、腕が……潰れた。足が……裂けた。胸が……刺さった。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…39

だれも芹ちゃんの命の心配をしてなくて結晶生える。これがEXOでなくHAEの時代だったらもう「芹ちゃんが死んだ!?」ってみんなビックリしたんだろうなぁ。

正直最近芹ちゃん殿に劣情抱きまくりそうでヤバいのでまたスフィンクスB型種の腹パン喰らってきます。


 

 戦闘開始からそれなりの時間が経つのに、私は敵を未だに倒せていなかった。

 

「私との戦いかたを知ってるの?」

 

 ウーシア型を撃とうと最適な射撃位置に着こうとするとシーモータル型に妨害される。

 

「武器はなげないけど」

 

 さっきから武器を奪おうとしつこくシーモータル型がレールガンを握る右腕を狙ってくる。

 

「このっ」

 

 群れを撃っても焼け石に水の様に数が減らないどころか、失った数以上の群れをウーシア型が生み出す。

 

 近づこうとすると武器を失う可能性もある。逆に近づかないと親を撃てない。ウーシア型を倒せばシーモータル型も倒せる。シーモータル型を倒せばウーシア型への道も開けるけど、そのどちらもされないように彼らは考えている。互いに互いを守りあって攻め難い戦いかたは普通のフェストゥムの群れじゃない。私たちとの戦う方法を知ってる。

 

『距離を取れ羽佐間』

 

「でも!」

 

 今、私がここを離れたら敵を島に行かせることになる。

 

 レージングカッターを振り回して近付いてくるシーモータル型を切り裂く。

 

 デュランダルとレールガンの二挺拳銃で弾幕を張る。

 

『なにをする気だ…?』

 

「あいつは、私が倒すから」

 

 弾幕を張りながらシーモータル型を生み出すウーシア型へ向かっていく。

 

『よせ! マークゼクス単機ではこの群れを掻い潜るのは無理だっ』

 

 確かに私だけじゃ。わたしの腕じゃ、この群れの中を進むのに無傷じゃいられない。

 

 でも、傷を負う覚悟でなら届くはず。

 

『待て、後続のファフナーが来れば地上を片付けて空の援護に行ける』

 

 皆城くんはそういうけど、空を気にしなくて済むなら、それが絶対いいはず。

 

「それまで空をあいつらに奪わせたままにしたくないの」

 

 そう、空は私の戦う場所なんだ。一騎くんと一緒に翔ぶ世界を奪わせたりはしないっ。

 

「っ!?」

 

 鋭角的な姿のシーモータル型に混じって、大きな目玉と翼に腕を生やした嫌悪感を感じる形のシーモータル型が楔形のワームを放ってきた。

 

「でも、見える!」

 

 ワームスフィアはいつ何処を攻撃されるか分かりにくい。でも見える攻撃なら避けやすくなる。

 

 システムから新しいシーモータル型の情報が更新される。シーモータルB型種。楔形の強力なワームを放つ個体。今までのはA型種と表示される。

 

「この島の空を、好きにはさせないっ」

 

 レールガンでシーモータル型の群れを射つ。道を作って、レージングカッターを振り回して道を抉じ開ける。

 

「くっ」

 

 それでも無理矢理抜けようとする私をシーモータルB型種がワームウェッジを撃ちながら飛行ルートを妨害する。

 

「邪魔を…、しないで!」

 

 デュランダルでシーモータルB型種を撃ち抜く。ウーシア型に向けてレージングカッターを放つ。

 

「きゃあああ!!」

 

 ウーシア型に気を取られた時を狙ってシーモータルA型種が機体の左足を削り取っていった。

 

 膝の関節を削り取られる痛み。でもこんな痛みで足を止めていられない。

 

「うわあああああっ」

 

 痛みを誤魔化す様に叫びながらありったけのレールガンの弾を撃ち込む。シーモータル型の群れが攻撃の盾になっていく。

 

「これでっ」

 

 もう一度見えたウーシア型への道にレージングカッターを撃ち込む。

 

 ワイヤーがウーシア型を捉えて雁字搦めにしていく。

 

 ワイヤーを巻き戻しながらウーシア型に突撃する。ゼロ距離でコアを破壊すれば邪魔はされない――。

 

「ひぁっ!?」

 

 ウーシア型が動きを変えた。空から真っ直ぐ海に向かって急降下していく。突然引っ張られた所為で機体のバランスが立ち直れない。

 

 このまま海にぶつけるつもり?

 

 ワイヤーを切り離せば助かる。でも折角手に入れたチャンスなのにっ。

 

「ぐっ、ああああああ!!!!」

 

 身体がバラバラになりそうな程の衝撃と激痛。揺れる身体を抑えながらワイヤーを巻き戻す。

 

「きゃああああっ」

 

 でもワイヤーを巻き戻していた左腕が何かに切り落とされた。

 

『ア・ナ・タ・ハ・ソ・コ・ニ・イ・マ・ス・カ?』

 

 気付いた時には目の前に金色の切っ先が迫っていて、お腹を刺されていた。

 

「かふ…っ」

 

 水がコックピットの中に入ってくる。動きたいのに身体が動かない。胸から下の感覚がない。

 

「な、に、こ…れ……」

 

 機体が刺されたんじゃない。――わたしが、刺されてる……? 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「くっ!」

 

 スフィンクスB型種の拳を掻い潜り、ベヨネットを突き刺してコアを破壊する。

 

「キリがない…っ」

 

 倒しても倒しても沸いて出てくる。どうにか倒せているが、メガセリオンでは限界もある。

 

「ちっ、またか…!」

 

 こちらの反応に対して機体が一呼吸遅れることが頻発し始めた。どうにか誤魔化して戦っているが、それも何時まで続けられるか。

 

 マークレゾンに乗ってからだろうか。今まで手足の様に動かせていたメガセリオンが物足りなく感じてきてしまったのだ。

 

 ザルヴァートル・モデルであるマークレゾンは防御特化であるため動きが軽いという訳ではないが、それでもメガセリオンでは感じられない一体感は自分の思った通りに動いてくれた。

 

「このォ!!」

 

 スフィンクスB型種に向けてレヴィンソードを振るう。真っ二つになった身体が結晶化し、複数に分裂した。

 

「ぐっ、があああああ!!!!」

 

 1体のスフィンクスB型種に背中を取られ、羽交い締めにされる機体の四肢を他の分身したスフィンクスB型種に抑え込まれて身動きが出来ない。

 

「こ、コイツらぁぁあああ!!」

 

 どう力を入れてもメキメキというイヤな音が聞こえるだけで全く抜け出せない。

 

『ア・ナ・タ・ハ・ソ・コ・ニ・イ・マ・ス・カ?』

 

「っ!? ディアブロ型……!」

 

 おれの前に降り立つディアブロ型。今の時代にはいないはずの怪物。明らかに存在が強くなっているのを感じる。

 

「おれはおれだ! ジョナサン・ミツヒロ・バートランド。喫茶店の料理長だ!!」

 

 人類軍でなくなったおれに出来た新たな居場所。この島がくれた今の居場所が、おれが示せる存在理由だ。

 

「ぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ」

 

 身体に赤い結晶が生えてくる。敵の同化だ。

 

『お前は僕のものだ! 僕の器としての枷からは逃れられない』

 

 目の前に現れた幻影。海神島のコアであり、ベイクラントのコアでもあった存在。理由もなくただ憎しみを振り撒いた破滅のコア。

 

「うる、さいっ。おれはっ、とらわれ、ない…!」

 

 マカベが信じてくれた。ミナシロが信じてくれた。人形であるおれの人の心を信じてくれたんだ。

 

 自分のことは信じられない。未だこうして干渉を受けてしまう自分を信じることは出来ないのだろう。だが――。

 

「おれは、おれを信じてくれたミナシロを信じる!!」

 

 結晶が進行を止めた。

 

『僕の憎しみを同化しろ! 僕とひとつになれっ』

 

「おまえ……」

 

 憎い敵であるはずだ。ベイクラントのお陰でたくさんの仲間や人々を失った。

 

 なのに何故だ。憎しみではなく哀れみが込み上げてくる。目の前の存在が、ただ寂しくて泣いている子供に見えてくる。

 

 ディアブロ型がメガセリオンに触れ、再び同化が進行する。だが不思議と心に焦りはなく、とても穏やかになっていく。

 

「……おれは、お前だ」

 

『こっ、これは…!?』

 

 ただ敵を倒すだけでは得られないものをおれは知った。ただ戦うだけで平和は作れない。平和を手に入れても作ることをおれたちの様な外の人間には出来ない。だがそれをおれはこの島で学び始めた。平和を作るということを。

 

『存在の力!? 何故だっ』

 

「おまえは……おれだ!」

 

『ぐっ!!』

 

 憎しみしか知らないのなら、おれが教えてやる。人は憎しみだけじゃない。悲しみも苦しみも怒りもある。だがそこには確かにフェストゥムとだって解りあおうとする確かな優しさと喜びも持っている。

 

『あああああああっっ』

 

 胸を抑えながらコアの幻影が消えた。ディアブロ型が腕の剣を振りかぶってメガセリオンのコックピットを突き刺そうとする。

 

 だがそのディアブロ型はメガセリオンに触れていた手から結晶を生やして身動きを止めた。それだけじゃない。メガセリオンを中心に結晶が生え、機体を抑えていたスフィンクスB型種さえも包んでいく。

 

『そう。受け入れることも、強さのひとつだよ』

 

「島のコア。これが……」

 

 身体の赤い結晶が翠に変わっていく。

 

 システムが書き換わっていく。いや、別の存在が呑み込んでいく。

 

「おれがここにいる理由は示したぞ。目覚めろ、マークレゾン!!」

 

 結晶が弾け飛び、メガセリオンだった機体がマークレゾンに変わっていた。

 

 マークレゾンが機体ごとおれを取り込んだのだ。

 

「おれはここにいる。ここにいるぞ、フェストゥム!!」

 

 海から飛び出してきたウーシア型がシーモータル型の群れを引き連れて向かってくる。イージスを展開し、「壁」の力でウーシア型ごとシーモータル型の群れを受け止める。

 

「島はやらせん! それがおれがここにいる理由だ!!」

 

 壁の前にシーモータル型は次々と消えていく。背中のバスターソード・ライフルを2本とも引き抜き、武器にエネルギーを送り込む。

 

「うおおおおおっっ」

 

 バスターソード・ライフルの刀身が開き、銃身から巨大なエネルギー刃が刀身を包みながら形成される。

 

 それを見て危険を察知したのだろうウーシア型が逃げ出すが、逃がしはしない。

 

「でえええええいっっ」

 

 壁を解除し、二つの刃を束ねて巨大になった光の剣を降り下ろし、空に残るシーモータル型の群れごと一刀で切り捨てる。

 

 バスターソード・ライフルを背中に戻しながら、落ちていたベヨネットを拾う。長年使いなれている武器の方が安心する。だがこの機体の存在感はさらに自分を安心させてくれる。

 

「やっと戦えるぞ。世界を救うために」

 

 救世主の名を持ちながら人類を守るために振るえなかった力をようやく救うために振るえる高揚感が身体を駆け巡る。

 

「やはり居たか…」

 

 海にフィールドを張り、どこからでも戦力を送り込める島の天敵とも言える存在。

 

「ディアブロ型だけでなく、アザゼル型までも……」

 

 姿を現したアザゼル型ウォーカー。本体は海の中に隠した今までのフェストゥムの常識を破壊する様な驚愕的な方法を取った存在。

 

「だが、今のおれにならできるはずだ」

 

 マークレゾンをウォーカーに向かわせる。

 

 ロードランナーは核の炎を学び、その強さもザルヴァートル・モデル2機掛かりでようやくだった。

 

 だがマカベはひとりでロードランナーを取り込んだアビエイターを撃破した。ならおれにもウォーカーを相手に戦えるはずだ。

 

 ウォーカーがワームスフィアを打ち出してくるが、イージスで防ぎ、その力を跳ね返す。

 

 ウォーカーの左腕を捩じ切る。

 

「無理矢理産み出した憎しみの器か。そんなもので、おれとマークレゾンを止められるものか!!」

 

 本体を攻撃するには15万tもの海水を一撃で蒸発させる様な攻撃か、コアだけを海水から摘出して破壊するしかないが。

 

 影への攻撃も一応はダメージになるらしい。

 

 ベヨネットを展開し、「毒」の力を使う。

 

「おまえとの戦いかたは知っているぞ!」

 

 海ごとウォーカーの身体を切りつける。本体が海水と同化しているのなら、海水に的確な攻撃すればダメージを与えられるはずだ。学習しているのはお前たちだけじゃないぞ。

 

 硬い障壁に阻まれるが、その障壁をワームで侵す。

 

 突き刺した毒の刃が障壁に浸透していく。

 

 海を割って現れるディアブロ型。

 

「遅い!!」

 

 イージスでディアブロ型の突きを受け止め、両肩のホーミングレーザー発振器から丸鋸状のワームを撃ち出してディアブロ型を小間切れに切断する。

 

 切断されたディアブロ型の頭を掴みながら振り向いてウォーカーの障壁に叩き付ける。ディアブロ型のコアが輝いて大爆発を起こす。

 

「はああああああ!!」

 

 だがマークレゾンはびくともせずに煙を突き破って、ウォーカーの胸にベヨネットを突き立てた。

 

 展開するベヨネットの刀身が荷電してエネルギー刃を作り出す。

 

 巨大なエネルギー刃でウォーカーの身体を引き裂き、トドメとばかりに高出力のプラズマ弾を撃ち放つ。

 

 ウォーカーの身体を貫き、海水を蒸発させた大爆発。

 

 水蒸気が晴れたときにはもうウォーカーの姿はなかった。これで少しは時間が稼げれば良いのだが。

 

 欲しかったものは、自分がそこにいる理由だった。

 

 だがそれを示した所で相手が居なければ意味がない。

 

 相手がいるからこそ、そこに存在する理由を認めて貰えるのだから。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…40

今ごろ普通に茶番裁判も終わっててマークゴルゴさんが御光臨召されていてもおかしくないのに全然進まず、私のプロットにもない強化をされていく島の戦士たち。もう何がなんだかわからないよ。

芹ちゃんが芹ちゃん殿に進化して果てしない色気を獲得したら総士()も食べられちゃうのだろうかってくらい芹ちゃん殿書いていて楽しいれす(パリーン


 

 海にフィールドを作り、次々とフェストゥムを送ってくる戦法。

 

「こんのォ!!」

 

 ガンドレイクの斬撃をシールドで防ぐスフィンクスB型種。そしてその影から飛び出して腕を剣に変えた別のスフィンクスB型種が襲ってくる。

 

 こちらのスタイルに合わせて戦いかたを変えてくる。

 

 まさか…。居るわけがないだろう。あれはミールの欠片が変異して生まれるフェストゥムだ。しかしそう思わなければ理解できない程、高い戦術を使われている。

 

 竜宮本島にも敵襲。犠牲が出ても構わない勢いで僕たちは今、彦島で孤立している。

 

 犠牲を払って敵を分断する。皆城総士が彼らに教えた戦法だ。

 

 マークゼクスは中破。マークツヴォルフが大破。パイロットのバイタルは共にゼロ。

 

「(立上、羽佐間……っ)」

 

 それが意味することは最悪の事態を想定しなければならない。コックピット・ブロック排出履歴もない。まだファフナーの中にコックピットがあり、その状態でパイロットのバイタルがゼロになったということだ。

 

「くっ」

 

 奥歯を噛み締めながらこの危機的状況を打破する術を探る。

 

 トルーパーも駆使し、どうにか戦線は維持出来ているが、着実に膠着状態に持ち込まれつつある。

 

 竜宮本島では後続のファフナー部隊が足止めをされている。要、剣司、衛のトリプルドッグと道生さんとカノンのツインドッグが島を防衛してくれている。

 

 そして一騎が島の空を守っていた。

 

 敵はウーシア型、アルヘノテルス型、プレアデス型といった群れを作るタイプで固められ、攻勢には出ずに足止めに徹している。やつらの狙いはなんだ?

 

「このままじゃヤバいな。どうする総士?」

 

 将陵先輩の声に意識を向ける。

 

 竜宮本島に比べてこちらへの攻撃は激しい。スフィンクスB型種を中心にディアブロ型までも確認されている。

 

 今もディアブロ型の1体と将陵先輩は切り結んでいる。だが素早い動きにティターンモデルが振り回されている。それでも接触を許さない立ち回りは経験値の差だろう。しかし何時まで保つか。

 

 最悪、彦島を分離させてフェンリルを使うしかなくなるだろう。だがそれは最後の手段だ。

 

 ミツヒロのメガセリオンにも通信が出来ない。電波妨害もされているのか。

 

 通信を遮断し、孤立した敵を叩く。退路さえ塞ぎ、確実に仕止める為の戦力を投入してくる。まるで人間の様に攻めてくる。

 

 スフィンクスC型種も現れ、爆弾を次々と落としていく。遂に空爆までも始めた。

 

「ぐぅっ」

 

 本島程ではないが、身体に島の痛みが伝わってくる。

 

「乙姫……っ」

 

 島にも攻撃が始まったのか。敵の狙いがどこにあるのかまったくわからない。

 

 厭らしい戦いかたをする。しかし思い通りに行かないのは向こうも同じなのだろう。でなければ島の攻略に特化した個体が居ないことが不気味だ。

 

「いけよ、総士」

 

「先輩…?」

 

 ディアブロ型のコアを撃ち抜き、消滅させた将陵先輩からそんな声が掛かる。

 

「島を守るためには虚無の力も必要だろ?」

 

 ここまで敵が多くなると、いくらザルヴァートル・モデルであっても、一騎の身体を考えてリミッターが施されたマークザインでは対応するのに時間が掛かる。

 

 それに広域殲滅能力はニヒトの領分だ。

 

「わかりました…」

 

 余計な言葉は不要だと物語る先輩の背中に返事を返しながら、僕は跳ぶ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ここは俺に任せろってね…」

 

 総士の気配が消える。人の心を持ちながら、フェストゥムの力を使うことを厭わない。別の意味で、アイツも逞しくなっちまったもんだ。

 

「これが、コイツの同化現象か…」

 

 本体を倒してもなくならない強力な同化能力。なるほど、悪魔とはよく言ったもんだ。

 

 身体に結晶が生えてくる。赤い結晶が、島の力を妨害する。

 

「島の戦士を殺す術まで獲得したのか。…お前たちの進化には、毎度驚かされる」

 

 海に入ることが出来なかったフェストゥムが、そのコアを海と同化して隠す迄に至った。

 

 海になるって、命の源にもなれるってことだろ?

 

 身体の結晶が赤から翠になって砕け散る。

 

『感心してる場合じゃないでしょ?』

 

「祐未? なんで…」

 

 祐未とのクロッシング。祐未の存在を感じる。

 

「やめろ祐未! こんなことしてたらお前は…」

 

『あなたがいなくなったら、私が還る意味がないでしょ』

 

 それでもこんなことで一々クロッシングしていたらお前の存在だって消えてしまう。そんなこと、俺だって望んでないってわかるだろ!

 

『だったらさっさと敵を倒して、私を安心させてよ』

 

「っ、無茶言うなって…!」

 

 それでも、俺も現金な人間だ。祐未が近くに居るだけで戦う力が湧いてくる。

 

 ディアブロ型がさらに2体も現れる。普通なら泣きを見る様な相手だが、祐未が居るなら負けてらんないよな!!

 

『右! 先に来るわよ』

 

「おう! その調子で頼むぞっ」

 

 剣を振りかぶりながら突撃してくるディアブロ型を避け、あとから来るもう1体のディアブロ型をガンドレイクで切り結ぶ。

 

 切り結んだディアブロ型の胸倉を掴みながら押し倒して、その胸に掴んでいた手の爪を突き立てる。鉤爪であるティターンモデルの指は深くディアブロ型の胸に沈み込んでいく。

 

『僚、うしろ!』

 

「ちっ」

 

 胸倉を鷲掴みにしたディアブロ型を、後ろから戻ってくるディアブロ型に叩きつける。

 

「ぐあっ」

 

 だが後ろから戻って来たディアブロ型に、胸倉を鷲掴みにしたディアブロ型ごと腕を剣で貫かれる。

 

 味方を盾にしてでも確実に仕留めに来やがった。

 

 ディアブロ型を掴んでいた左手が結晶に包まれていく。

 

『まだよ。まだ私たちの命は――』

 

「ここにあるぞ!」

 

 結晶が砕け散り、胸を鷲掴みにしたディアブロ型が結晶に包まれていく。

 

 剣を突き刺したディアブロ型も必死に逃げようとするが、腕でもある剣を掴んでいるから逃がすわけがない。

 

「これで!」

 

『断ち切る!』

 

 結晶に包まれたディアブロ型が砕け散り、刀身を展開したガンドレイクが帯電しながらプラズマ刃を形成した。

 

 腕を突き刺した剣も結晶に包まれる。腕が結晶化したのを無理矢理引きちぎって逃げるディアブロ型だが、それを見逃すわけもなく。

 

 巨大化するプラズマ刃の一降りで逃げるディアブロ型を両断した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 少し疲れを感じながらもどうにか敵は倒せた。

 

「ありがとう、祐未」

 

 振り向いても祐未の姿はない。それでも祐未は俺の中に居る。俺の中で生き続けている。

 

「待つさ。お前が帰ってくるまで。何時までも」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あたし、どうなったんだろう……。

 

 フェストゥムにやられちゃって……、あたし、死んじゃったのかな?

 

「っ、……あたし、は……」

 

 暗闇の中。でもほんのりと明かりがある。まるでファフナーのコックピットの中みたいに。

 

「あなたはまだ死んでないよ」

 

「だれ…?」

 

 声が響いた。でもあたしは身動きが出来ない。だって動けるほどの身体じゃないから。

 

「う゛っ……!」

 

 ポタポタと血が流れ出す。頭から、口から、腕から、足から、お腹から、胸から。

 

「時間がないから急で戸惑うだろうけど、あなたは選ぶときが来たの」

 

「えら、ぶ…?」

 

 口の中に血が溜まってうまく喋れない。

 

「このまま、人として命を終えるか。島を守るために祝福を受けるか」

 

「しゅく、ふ、く…?」

 

 このままならきっと死んじゃうのはあたしにもわかる。でも祝福ってなんだろう。祝福を受けたら、総士先輩や乙姫ちゃんとも、ずっと一緒にいられるのかな?

 

「ずっと一緒にはいられるかはわからない。でも、島を守るために命は守られるから」

 

 命は守られる。それは死なないってこと?

 

「未来は不確定で、今はいいかもしれないけど。ふとした拍子に悪い方向に変わってしまうかもしれない」

 

 そんなこと……。ないとは言えない。そうならないようにみんな戦ってるけど、あたしはこの様だし。

 

「死なないなら、あたしは自分の命を使ってでも島を守る。乙姫ちゃんの島を、あたしが守る」

 

 乙姫ちゃんの島を守って、また総士先輩と一緒に毎日を過ごして。乙姫ちゃんや来主くん、織姫ちゃんと毎日笑って過ごしたい。あたしが作る未来は、そういう未来だ。

 

「……なにかが変われば、人は変われる、か。すごいなぁ、今のあたしは……」

 

「乙姫ちゃんと出逢ったから、あたしは変わった。でもそれを苦だなんて思ってないよ」

 

 身体が結晶に包まれていく。でも恐くない。痛くもない。優しく包み込んでくれる暖かさがある。

 

「島があなたを祝福した。でも忘れないで。島は命を守ってくれるけど」

 

「大丈夫。あたしは信じてるから」

 

 乙姫ちゃんと、乙姫ちゃんの島を、あたしは信じているから。だから恐くない。人でなくなっちゃうとしても、守るためならあたしは戦えるから。

 

 結晶が砕け散り、髪の毛がはらりと落ちてくる。今は気にする時じゃない。

 

「守るよ、あたし。みんなを」

 

 ニーベルング再接続。機体を再起動。

 

 見える景色は変わっていない。敵が逃げた里奈たちを追おうとしている。行かせはしないっ。

 

 レージングカッターを放ってスフィンクスB型種を絡めとる。

 

「行かせないよ!」

 

 力任せに思いっきり引っ張る。でも力はスフィンクスB型種の方が上でびくともしない。だからワイヤーを巻き上げながらジャンプする。

 

 ワイヤーを巻き上げる勢いを利用して、スフィンクスB型種に突進する。

 

 スフィンクスB型種はワイヤーを引き千切って、シールドで防御する構えだ。

 

「うぉぉおおおお!!!!」

 

 ショットガン・ホーンを展開して、正面からシールドにぶつかる。

 

「くっ、はああああああ!!!!」

 

 波長を合わせてシールドの内側にショットガン・ホーンの切っ先が沈んだ瞬間にエネルギー・フィールドを展開する。

 

 シールドを抉じ開けて、エネルギー・フィールドがショットガン・ホーンの切っ先ごとスフィンクスB型種の胸に突き刺さる。

 

「ちょうだい。あなたの生命を」

 

 コアを撃ち抜き、スフィンクスB型種の身体が結晶に包まれて、砕け散る。生命が取り込まれたのがわかる。

 

「んっ……ごちそうさま…」

 

 お腹が少し熱くなった。ちょっとだけ気持ちよかった。生命を取り込むって、こんな感覚なんだ。

 

「もっと……欲しいなぁ…」

 

 込み上げてくる飢餓感。生命がもっと欲しくなる。

 

 里奈たちを感じる。島が教えてくれる。

 

「跳んで!!」

 

 景色が一瞬で変わる。目の前にはまたスフィンクスB型種。

 

「ちょうだい!! あなたの生命をっ」

 

 バスターソード・ライフルを地面に突き立てる。翠の結晶が地面を覆って、フェストゥムたちを包み込んでいく。

 

 スフィンクス型も地面の中に居たフェストゥムも、姿を消して待ち構えていたディアブロ型も、すべての生命を取り込む。

 

「んんっ……気持ちいい…」

 

 たくさんの生命を食べて気分も落ち着いたけど、身体が熱くなってくる。お腹も熱い。けどまだまだ敵はいっぱいいる。……もっと、食べられるんだ…。

 

『せ、芹……?』

 

 里奈の怯えた声が聞こえてくる。

 

『お前……今の…』

 

 バカ広登も呆けている。

 

 これがあたしの選んだ道だから。生命が有る限り、島を守れればそれでいいから。

 

 バスターソード・ライフルを地面から抜いて、マークツヴォルフを宙に浮かせながら天に刃を掲げる。

 

 開いた刀身から光が溢れて、島の大気を伝ってあたしの力が広がっていく。

 

『選んだんだね。芹ちゃんも……』

 

「あたしはここにいるよ。ずっと、乙姫ちゃんと織姫ちゃんの傍にいるよ」

 

『芹ちゃん……』

 

 だからそんな悲しい顔をしないで。笑って。乙姫ちゃんと織姫ちゃんの笑顔が、あたしに力をくれるから。

 

 島の生命を奪うのなら、あたしが生命を脅かす存在から守るから。

 

「だからもっとちょうだい。あなたたちの生命、全部…!」

 

 すべての生命を取り込む。海の中に居る命は、もっと大きな生命に守られていて食べられなかったけど。

 

「あとは任せます。先輩…」

 

 取り込んだ生命を全身で感じながら、あたしはその言葉を送った。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 

 



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皆城総士になってしまった…41

なんでか知らんが芹ちゃんが芹ちゃん殿に進化したまでは良いんだが、珪素ガールになったからって全力全壊シャイニー☆状態で無双するのなんでなん?もうこの娘、私の手にも負えない。

そしていよいよお待ちかね。聖戦士殿の出番であるぞ!


 

 マークニヒトを起動させる。左目が疼くが、今は無視だ。

 

 地表に向かうエレベーターを選択し、竜宮本島の空に舞う。敵は正面からの消耗戦の構えだ。だからどうにか対応出来ている。

 

「マークツヴォルフが再起動…? どうやって」

 

 機体コンディションはどうやっても再起動出来るような損傷ではなかったはずだ。なのにジークフリード・システムから送られてくる情報には、マークツヴォルフが損傷していた形跡が綺麗になくなっている。

 

「まさか、SDPか…!?」

 

 立上のSDPである「再生」の力であれば、機体の損傷どころかパイロットの致命傷すら再生してみせる。

 

 だがその所為で自らの生命を保つ為に周りの生命を同化してしまう。

 

「僕は……っ」

 

 守ると誓っても、だれひとり守れない自身に怒りを感じながら島の空を守るマークザインに近付く。

 

「無事だな、一騎」

 

『総士!』

 

 背中合わせで周囲を見渡す。群れを作るタイプの包囲網を破るために、この力は出し惜しみはしない。

 

「敵の包囲網を破る! 5秒稼げ」

 

『わかった!』

 

 ルガーランスからビームを照射しながら薙ぎ払うマークザイン。しかし出力が足りずに多くの敵は倒せていない。

 

 マークニヒトの両手にワームが集まる。丸鋸状の巨大なワームを作り、それを投げつける。

 

 3つに別れたワームは各々の子を生み出す親に向かっていく。それを子がワームに群がって盾になり威力を落としていく。

 

「味方を盾にするのか」

 

『どうする? 総士』

 

 敵が盾になって本隊に攻撃が通らないのなら、その攻撃を無理矢理にでも通してやればいい。

 

「一騎。お前の生命を僕に預けられるか?」

 

『出来るさ。お前が望むなら』

 

 マークザインが近付いてくる。その肩に手を置き、同化する。マークザインのリミッターを解除、マークニヒトとのエネルギーラインを構築。

 

「一騎、敵をすべて滅ぼせぇぇっ」

 

『っ、でやああああああ!!!!』

 

 先程とは比べ物にならないほどの砲撃をルガーランスから放つマークザイン。負荷は此方で受け持っているが、一騎の身体に負担が掛からないわけじゃない。

 

 薙ぎ払う砲撃は群れを呑み込み、それを生み出す親も呑み込んでいく。

 

「この力は……」

 

 島のミールを伝って、なにかが島を包んでいる。今の一撃を逃れた群れが結晶化して消えていく。ワームに呑み込まれるのではなく結晶化した。

 

「立上…!?」

 

 力のもとを辿ると、存在がマークツヴォルフに向かって流れ込むのを感じる。マークツヴォルフが生命で溢れ返っている。

 

「やめろ立上!!」

 

 ノートゥング・モデルではそんな大量の生命を抱えられる程の器はない。このままでは戻れなくなる。

 

『良いんです。これがあたしが選んだ道ですから……』

 

「立上……」

 

 システムを伝わって感じる立上の覚悟は生半可なものではなかった。島に生命を守られようと、自分が変わってしまっても存在する事を選んだ覚悟は、僕にはどうにも出来ない。

 

「ここは任せるぞ、一騎!」

 

『総士?』

 

 マークザインとの同化を解き、僕は彦島に向かう。システムに新たな機体の登録があった。

 

 マークレゾンが起動している。ミツヒロが起動させたのか?

 

 やはりお前だったか……。

 

 アザゼル型までも生み出した海神島のコア。

 

 確かにウォーカーならば僕たちとの戦い方を知っているだろう。だがそれはこちらも同じことだ。

 

「スカラベ型…? 伏せていたのか」

 

 スカラベ型がフィールドを張り、結晶の柱を空に伸ばしていた。

 

「させるか!」

 

 ルガーランスを構えながらスカラベ型に突撃する。

 

「くっ、なかなか硬いな」

 

 切っ先を障壁で受け止められた。だがスカラベ型程度でこのマークニヒトは止められない。

 

「貫けぇっ」

 

 力任せにルガーランスの刃を押し込み、障壁に切っ先が沈むと刀身を展開して抉じ開けたそこからプラズマ弾を放つ。

 

 アンカーケーブルを打ち込み、スカラベ型を同化する。

 

「自らの力で滅ぶがいい!!」

 

 島に干渉しようとしていたスカラベ型のフィールドの先を海の中に居るウォーカーの本体に向ける。

 

「感じるぞ。お前の苦しみを!!」

 

 だがそれをまだフェストゥムは痛みに一括りにしてしまっている。痛みはひとつだけではない。苦しさも辛さもあることを学べ!!

 

「ぐっ、がああああっ」

 

 しかし相手は腐ってもアザゼル型だ。アンカーケーブルを通してマークニヒトを――僕を同化しようとしてくる。左目が熱を持ち始め、なにかが流れ出す。

 

「うぐっ、どうしたマークニヒト……、虚無の申し子がこの程度か!!」

 

 マークニヒトのパワーが上がる。ウォーカーから力を吸い上げていく。こちらに干渉して同化するというのならば、こちらにも同化能力はあるぞ!

 

 一騎は北極のミールの意思も、アザゼル型の2体分の存在さえ同化した。なら、僕にもアザゼル型の1体程度同化できるはずだ。

 

「無に還れ……っ、おまえは、まだ存在していてはならない存在だ!!」

 

 マークニヒトが結晶に包まれていく。だがまだだ。まだ僕の生命はここにあるぞ、フェストゥム!!

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ」

 

 身体を突き抜ける痛み。皆城総士であっても、皆城総士とは別の道を選んだ僕は皆城総士よりも痛みに弱い。この程度の痛みにすら声をあげてしまう。

 

 それでも、痛みを伴おうとも、僕はここにいることを選び続ける。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 コックピットの中が水で満たされていく。潮の香り。冷たい水の中に沈んでいく。なのに身体は動かない。身体を突き抜ける金色の刃に縫い付けられた身体は少しも動かない。

 

 身体に金色の結晶が生えてくる。私を同化する気なんだ。

 

「ごぼっ」

 

 身体を同化されながら水に溺れさせる。本当に人を殺すことだけに長けている。

 

 フェンリルも起動出来ない。このままじゃ、一騎くんに迷惑をかけちゃう。そんなのは絶対にイヤ。

 

 左手をニーベルングから外して金色の刃に触れる。

 

 触れた左手が金色の結晶に包まれていく。

 

『ア・ナ・タ・ハ・ソ・コ・ニ・イ・マ・ス・カ?』

 

 フェストゥムの問い。それに答えれば同化を、否定すれば攻撃を。

 

「あなたたちは、だれも愛したことがないの…?」

 

 金色の結晶が少しずつ生えてくる早さが遅くなる。

 

 来主くんは人の心を学んでいつもわからない感情に悩んで理解しようと頑張っているのに。

 

「憎しみばかりを学んで、それ以外を知ろうともしないで」

 

 フェストゥムの心が入ってくる。なにもない、なにも感じない虚無が心を塗り潰そうとしてくる。すべてを奪おうとする。

 

 ふざけないで――。

 

「っ、奪わせない! 一騎くんへの、私の想いまで消させないっ」

 

 金色の結晶が翠に変わっていく。手で触れている金色の刃が結晶に包まれていく。

 

「皆城くんが望んでくれた私の生命。あなたに奪われるわけにはいかないの」

 

 刃が砕けて身体の感覚が戻ってくる。

 

 ニーベルング再接続。機体を再起動。

 

「だから私は、この生命を島を守ることに使うの!」

 

 レージングカッターを放って、ディアブロ型を捕まえる。

 

 マインブレードを装備して、ワイヤーを巻き上げながら近づいていく。機体の傷が結晶に包まれて再生していく。

 

「これが、私のっ」

 

 マインブレードに白い光が集まっていく。

 

 ディアブロ型が丸鋸状のワームを放ってくる。レージングカッターを切り裂かれる。でももう勢いはこっちにある。

 

 スラスターを全開にして斬り込む。

 

「生命の、力だああああ!!」

 

 光の刃が伸び、海の水ごとディアブロ型を断ち切る。

 

 海が割れて見えた空に向かって飛び立つ。

 

 まだ生きているディアブロ型に向かって、空から急降下する。

 

「やあああああああ!!!!」

 

 両手で握ったマインブレードにさらに光が集まって力強い刃になる。

 

 突き刺す刃が障壁に防がれる。でも、今の私ならやれる。

 

「ひとつでダメならっ」

 

 もう一本のマインブレードを抜き、二本目の光の刃を突き刺して壁を抉じ開ける。

 

「おちてよぉぉおおお!!」

 

 ディアブロ型に突き刺さる右の刃でそのまま縦に切り裂き、返す左の刃で横に切り裂く十文字切り。

 

 コアを切り裂かれ、ワームスフィアに呑まれて消滅したディアブロ型。

 

「はぁ…、やったよ。一騎くん……」

 

 空を取り戻せたことを安堵しながら、海に向かって二本の光の刃を降り下ろす。

 

「今の私なら、皆城くんの役にも立てる!」

 

 わかる。海の中に居る存在の生命を感じる。

 

 皆城くんの生命を食い荒らそうとしている。

 

 だから私の生命の力で、海の存在の生命を弱らせる。

 

 海に向かってなにかが突き刺さる。赤い剣だ。

 

 その赤い剣を中心に翠の結晶が海を呑み込んでいく。

 

「生命を食べてるの?」

 

 海の存在の生命が急に減っていく。海を丸ごと食べる勢いで生命の力が広がって、海の存在の生命を奪っていく。

 

『羽佐間先輩!』

 

「芹ちゃん?」

 

 マークツヴォルフが剣を掴むと、さらに生命が奪われていく。

 

 私も力を入れて海の存在の生命を弱らせる。

 

 皆城くんに生命を送る。そうすれば今よりも強く皆城くんは力を使える。

 

 私の生命を望んでくれた皆城くんの為なら、私の生命を使って敵を倒せるならそれでも構わない。

 

「だから倒して! 一騎くんの島を守るためにっ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅっ、ぐぅ……」

 

 同化しながら同化される。気を抜けば此方が喰われる。一騎はこんなヤツを相手に同化したのか。虚無の力では出来ない。存在の力が存在を望む心に応えた故なのか。

 

「負けるなっ、マークニヒト……。虚無の申し子がっ、無の力に負けて、なるものか!!」

 

 この場でウォーカーを倒さなければ、後に何をされるかわからない。だから倒す。意地でも今ここで。

 

「っ、なんだ…!?」

 

 身体の結晶が砕け散っていく。身体に活力が溢れていく。

 

『総士先輩!』

 

『皆城くん…!』

 

「立上? 羽佐間まで」

 

 感じる。二人の生命の力が僕に流れ込んできている。そしてウォーカーの生命を奪っていく。

 

「食い尽くせ、マークニヒト!!」

 

 アンカーケーブルを海にも打ち込む。海を覆う結晶と同化し、立上の力を増幅させる。

 

『総士先輩?』

 

「喰らい尽くせ、立上!!」

 

『っ、はい!!』

 

 マークツヴォルフがバスターソード・ライフルをさらに海に沈める。さらに結晶が海を包む。

 

『ふたりとも、私の生命を使って!!』

 

 マークゼクスが蒼白い光に包まれていく。その光が海を浸透して、さらに結晶を育てる。

 

 マークゼクスから火花が散り、背中の飛行ユニットが爆発する。機体が負荷に耐えられていないというのか?

 

「よせ羽佐間! これ以上は機体が保たないっ」

 

『私は大丈夫だから』

 

 結晶の上に降り立ちながらも光の刃を手放さない羽佐間。脚のスラスターが爆発する。

 

『私は、私の生命が有る限り死なないから…』

 

 マークゼクスが結晶に包まれていく。敵の同化がマークゼクスを喰おうとしている。

 

『させるものかあああああ!!!!』

 

 マークレゾンが現れ、マークゼクスの機体に触れると、マークゼクスを覆う結晶が砕け散る。

 

『ミナシロ!!』

 

「っ、奪い尽くせ、マークニヒト!!」

 

 アンカーケーブルを通じて電流を流し、さらにウォーカーを弱らせる。

 

「っ!? しまった……!」

 

 だがその電流にスカラベ型の身体が保たずに砕け散り、ウォーカーもまた自身を蝕む最大の要因が消えたことでその存在を眩ました。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……っ」

 

 ウォーカーの気配はもう感じない。遠くに逃げたのだろう。

 

 海の結晶も弾け、生命が僕の中にも流れ込んでくる。

 

 ウォーカーも大分弱らせられたと思いたい。だが仕止めきることが出来なかったツケはいつか払わなければならないだろう。

 

「無事か……、みんな?」

 

『はい……、あたしは』

 

『私もここにいるよ…』

 

『……すまない。仕止められなかった』

 

 皆の声が聞こえるだけで、それで良い。生きていてくれるのだから、今はこの疲労感を感じながら身を任せてしまおう。

 

 脅威を退け、安堵した。それが一時的なものではあっても確かに平和を手に入れられたのだから。

 

 だから今は眠ろう。再び次の戦いに挑むために。微睡みに身を預けて、僕は深い闇へと身を任せた。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…42

ようやくメインヒロインの帰還。やっぱこの娘が居ないと総士()周りの調和が保たれません。

新型のファフナーを造ろうかザルヴァートル・モデルを増やすか悩むなぁ。あ、聖戦士殿には是非オーラファフナーを与えたいのだが如何だろうか?


 

 アザゼル型のウォーカーを退けたものの、倒すには至らず、結果的にこちらの手をさらしてしまった痛み分けに近い結果だろう。

 

「大丈夫か? 立上」

 

『ええ。いつもと変わりはありません』

 

 マークツヴォルフに乗る立上に声を掛ける。昨日の今日でなら敵も襲ってこないだろうと、二日目のテストを実施。里奈も広登も暉も、改めて意思を聞いたが全員ファフナーを降りることはなかった。

 

 万が一に備えて僕もマークニヒトに乗って現場で待機している。機体を慣らす為にミツヒロもマークレゾンで現場に居る。

 

 グノーシス部隊の慣らしが終わった次はトルーパーとの模擬戦を行う。そして連携テストを含めて、強大な敵との遭遇を想定したマークレゾンとの模擬戦も組んだ。

 

 トルーパーとの模擬戦では個々の力で挑むためわからなかったが、連携テストになるとやはり個々で戦うようなきらいが里奈たちにある。5年後に多少はマシになるのだろうが、それでも要に言われるほど、戦いが激しくなると連携をしなくなるというか、互いを助け合うより自分の目の前の敵を倒すことを優先してしまう。

 

 立上が機体特性に合わないままフォローにまわるが、里奈か暉が崩されて総崩れになる展開が多い。その点広登はマークフュンフに乗ることを想定して堅実に味方の守りとして動いている。

 

 里奈と暉がマークノインとマークツェーンのパイロットなのもわかる気がする。これでマークツヴォルフのような近接戦闘型に乗せた日には生命がいくつあっても足りない。

 

 しばらくはグノーシス・モデルで訓練を積み重ねて、ノートゥング・モデルの搭乗はまだ先になるだろう。

 

 そして問題は里奈たちだけではなかった。

 

「なにかわかりましたか?」

 

「いや。機械的にはさっぱりだ」

 

 保さんもお手上げなのがマークゼクスに起こった現象だ。羽佐間が獲得したのだろうSDP。

 

 SDPはフェストゥムの力そのものと思っていたが、羽佐間のSDPは特殊過ぎた。

 

 機体に負荷が掛かる程の強力な力。生命の力が働いていることは僕も感じていたことだが、科学では解明しきれていない人の生命の力がSDPとして発現したとでもいうのか。

 

「パイロットのバイタルデータも異常は見当たらなかったわ。逆に活性化して行くほどよ」

 

 羽佐間先生も娘が正体不明の力を発揮したことに心配せずにはいられないだろう。だからこそ、羽佐間のSDPをなんとしても解明する必要がある。

 

「羽佐間は生命の力という言葉に拘ります。人が解明できていない力。気や生命力、そういった類いの力ではないかと僕は思っています」

 

 仮説でしかないが、あながち間違いだとも思わない。僕が感じた羽佐間の生命の力は、まだ僕の中にも残っている。

 

「生態エネルギーを力に変える力か。あまり使い過ぎない方が良いぞ」

 

 ロマンを理解している保さんは話が早い。僕の言葉で懸念を理解した。

 

「もしくは使っても、負担を掛けない物を作るしかありません」

 

 少しの力でも、その力を増幅させる特殊な機材があれば、少しでも羽佐間の負担が減らせるはずだ。

 

「皆城くんには宛があるの?」

 

 羽佐間先生が縋るような視線を向けてくる。ないこともないが、その研究に関しては僕もまだ未知の領域だ。

 

「ミールの欠片を使って、パイロットのSDPを増幅させます」

 

 カノンは島のミールとのクロッシングを促す機構を造り上げて、パイロットのSDPを強化した。パイロットが単体で島の力を引き出していた負担を大幅に軽減させた。だがその機構に関して僕は未だに辿り着けない。

 

 僕に出来ることはミールの欠片を直接機体に乗せて島のミールとの交換器にすることで、パイロットの負担を減らそうという手だ。

 

「しかしそうなると、今のノートゥング・モデルじゃ機体が保つかどうか」

 

 保さんの懸念は最もで、そして恐らく機体は保たないだろう。ただでさえ、マークゼクスは羽佐間のSDPの負荷に耐えられていない。

 

 SDPにも耐えられる新たなファフナーが必要になった。

 

 ザルヴァートル・モデルを宛がうのが順当だが、あの機体もミールに等しい存在だ。

 

 羽佐間のことを考えれば全く新しいファフナーを用意するのが懸命だろう。

 

 生命を使いきらせはしない。たとえ何があっても。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「大丈夫? 翔子」

 

「うん。ちょっと張り切りすぎちゃっただけだから」

 

 真矢がお見舞いに来るのも久し振りな気がする。そう感じるほど、最近の私は身体の調子が良かったから。

 

 昨日の戦闘のあと、気を失った私はアルヴィスで一晩を過ごして今も医務室に居る。

 

 私が手にいれた力。私だけの力。この力があれば一騎くんの島を守る事が出来る。

 

「強いよね、翔子は」

 

「そんなことないよ。真矢の方が、強いよ」

 

 真矢が暗い表情で私に言う。ファフナーに乗れない自分を責めている様に私には見えた。

 

 真矢がファフナーに乗れないのは弓子先生が真矢のデータを改竄したから。皆城くんもそれを知っているはずなのに未だに真矢をファフナーに乗せないのはなにか考えがあるからかもしれないから、私からは真矢が本当はファフナーに乗れることを伝えられない。

 

「私、いつも見ているしか出来なくて。みんながいなくならないように祈るしか出来なくて」

 

「真矢……」

 

 それがどれだけ大切なことなのか、もっと真矢は胸を張っていいの。だってそれは私たちのことを忘れないように、ここにいることを望んでいてくれているもの。

 

「みんなが傷ついているのに、私はなにも出来なくて。私もファフナーに乗れたらって、私も戦えたらって」

 

 私は出来ることなら真矢にファフナーには乗って欲しくない。私には、一騎くんが帰りたいと思う場所にはなれないから。だから私は一騎くんの帰る場所を守るから、真矢には一騎くんの帰る場所になって欲しいの。

 

 戦う前のみんなを覚えていて欲しいの。変わらずに、帰る場所であって欲しいの。

 

 その為に、私は私の生命を使う。だから真矢は急がなくていいの。今はまだ、戦いに踏み込まなくてもいいの。

 

「真矢はまだ、そこにいて」

 

「っ、翔…子……?」

 

 どうしてそんなことをいうのかという見捨てられた子供みたいな表情を浮かべる真矢を見ると少し辛い。

 

 でもこれは私のワガママでもあるから。

 

「真矢にはまだ、そこにいて欲しいの。戦いだけじゃない。みんながそこにいることを真矢には見ていて欲しいの」

 

「翔子…」

 

 寂しげな目を向けてくる真矢の手を握る。強く、強く、私がまだここにいる事を伝える様に。

 

「私はここにいるから。ここにいて、島を守るから」

 

「っ、翔子!!」

 

 真矢が覆い被さって涙を流す。真矢には辛い思いをさせちゃうけど、今はまだ、私に島を守らせて欲しいの。

 

 一騎くんの為に、真矢の為に、私の戦いがちゃんと島を守っていることを実感したいから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはよう、乙姫ちゃん」

 

「おはよう、芹ちゃん」

 

 岩戸から目覚めた乙姫ちゃんを、あたしは出迎えた。でも他に出迎える人は居ない。乙姫ちゃんがあたしだけを呼び出したから。

 

「織姫ちゃんは?」

 

 岩戸の中にはまだ織姫ちゃんが眠っていた。

 

「織姫はまだ、生命が足りていないから。その時が来るまで、まだ眠っているの」

 

「織姫ちゃんに何かあったの?」

 

 島が攻撃されると、コアに負担が掛かるのは遠見先生や総士先輩から聞いている。昨日の戦闘で何かあったのか考えてしまう。

 

「ううん。大丈夫だよ。ただ元々存在があったわたしと違って大分無理をしているから、その分休ませているの」

 

「そっか…」

 

 理屈はわからないけど、でもなんとなく乙姫ちゃんの言いたいことはわかる。でもなんだか……。

 

「「変わったね、乙姫ちゃん/芹ちゃん」」

 

 もうクロッシングはしていないのに、あたしと乙姫ちゃんはまったく同じ言葉をまったく同じタイミングで口にした。

 

「っ、ふふ」

 

「あ、ははっ」

 

 どちらともなくあたしたちは笑った。あたしも変わったんだ。あたしが乙姫ちゃんを変わったと思うように。

 

「良かったの? 芹ちゃん」

 

「うん。あたしが決めたことだから」

 

 あたしはあたしが望む未来を作るために変わることを躊躇わない。

 

「島に居る限りは、島が芹ちゃんの生命を守るけど。守るのは生命だけ」

 

「人のカタチまでは守ってくれない。でしょ?」

 

 あたしから教えられたあたしの未来。でも恐くないよ。だってあたしはあたしで選んだから。

 

 今はまだ抑えていられるけど、あの飢餓感が抑えきれなくなった時が、あたしが人でいられる時間の終わりなんだろう。

 

「乙姫ちゃん……?」

 

「芹ちゃんがどんなに変わっても、わたしがずっと傍にいるから」

 

 乙姫ちゃんがあたしの身体を抱き締めてくれた。肩が震えているのは泣いているから。

 

「泣かないで乙姫ちゃん。あたしは乙姫ちゃんの笑顔が見たいな」

 

「芹ちゃん……」

 

 あたしを見上げる乙姫ちゃんの目元を親指で拭って、髪の毛を掻き分けて、乙姫ちゃんのおでこにキスをする。なにがあってもお姫様を守る騎士の様に。

 

「守るよ。なにがあっても。乙姫ちゃんも、乙姫ちゃんの島も、みんなも」

 

「芹ちゃんっっ」

 

 乙姫ちゃんに押し倒されて、わんわん泣かれちゃった。ごめんって何度も口にする乙姫ちゃんの髪を撫でながら、失敗したかなぁって思いながら視線を上げると、織姫ちゃんの顔が少し飽きれ顔に見えたのはあたしの気のせいかな?

 

 大丈夫だよ。織姫ちゃんのことも、あたしが守るから。

 

『芹ちゃんのバカ…』

 

 乙姫ちゃんと同じ声だけど、乙姫ちゃんと違ってトゲのある声で織姫ちゃんは言った。でも知ってるよ。織姫ちゃんも乙姫ちゃんと同じくらいみんなのことを好きだってこと。

 

『……芹ちゃんのバカ』

 

 それはあたしじゃないあたしに向けられた言葉。織姫ちゃんもたくさん頑張って戦ったんだから、もう頑張らなくても良いんだよ。少しは甘えてくれても良いんだよ。あたしも総士先輩も、それを望んでいる。織姫ちゃんも乙姫ちゃんも普通の女の子として過ごせる日常を作るために戦っているんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ただいま。総士」

 

「おかえり。乙姫」

 

 また総士と会えた。総士は変わらずにわたしを出迎えてくれた。それが日常の延長のように。朝家を出て、夜家に帰って来たかの様に。特別感はない当たり前の出迎え方。でもそれがわたしにとってとても大切なこと。

 

「今週末にはパイロット同士の親睦を深めるために海水浴学習を行うことになった」

 

「知ってる」

 

「間に合ってよかった」

 

「それはどっちの意味で?」

 

 だから変わらずにちょっと総士にいじわるする様に言う。特別なことは芹ちゃんといっぱいしてきたから、総士とはいつもと変わらない感じがわたしにとって特別になるの。

 

「両方の意味で、と言いたいが。この場合は前者の意味であることを強く希望する」

 

「そこは普通にわたしとも一緒に海に行けて嬉しいってことだけで女の子は嬉しいものなんだよ? 総士」

 

「僕にそういったことは向かない。性分なんだ」

 

 幾分か器用にはなったけど、別の意味で不器用を加速させてしまっている総士。これはフェストゥムに感情を教えるよりも難航だよ、織姫。

 

「……そこはウソでも一緒に海に行けて嬉しいって言って」

 

「…素直な気持ちを口にしているまでだ」

 

「ぜんっぜん、違う! もっと総士は女の子の気持ちを学ぶべきよっ」

 

「難しいことをいうな、織姫」

 

 こうしてわたしたちが変わっていることは一目で見分けがつくのに、わたしたちの気持ちもしらないで。総士のバカ…っ。

 

「な、なにをする織姫!?」

 

「お風呂。芹ちゃんとも一緒に入っているのも知ってるんだから。だからお風呂。髪の毛だけじゃなくて身体も洗って」

 

「あれは不可抗力だ…」

 

 知ってる。でももう芹ちゃんは自分で身体を洗えるのに態々総士に洗ってもらってるのを総士は知らない。だからわたしも総士に身体も全部洗ってもらう。

 

 わたしが先に総士にして貰いたかったのに、まさか芹ちゃんがなんて考えが足りていなかったわたしの敗因だ。でもまだ巻き返せる。

 

「身体は乙姫のものだろう」

 

「わたしは皆城乙姫でもある存在だから問題ない」

 

「乙姫として扱うと怒るクセによくも言える」

 

「アレはわたしをわたしとして見てもらう為の方便よ。それに総士はちゃんとわたしたちを見てくれるからいいの」

 

 総士はちゃんとわたしたちを見てくれる。だからわたしも気にせず皆城乙姫の身体でいてもわたしを見失わないの。

 

 わたしも、織姫とひとつの器を使っていても、総士がわたしと織姫をちゃんと見分けてくれるから、わたしも恐くないんだよ? それがどれだけわたしたちの心を支えてくれているか、総士はもう少しわかってほしいな。

 

「だからわたしの身体も洗ってくれるよね? 総士」

 

「……はぁ。僕の敗けだ。だが立上も同伴だぞ? 2回に分けて入り直すのも非効率的だ」

 

「芹ちゃんなら一回家に帰るって」

 

「……大丈夫なのか?」

 

 服のサイズが合わなくなったから新しい服を取りに行った芹ちゃん。生命の取り込みすぎで身体が保たないのを生命を守るためにミールが芹ちゃんの身体を成長させているから。総士はまだ見てないからわからないだろうけど、結構強敵は芹ちゃんだよね。

 

「大丈夫だって。わたしも送り届けたから。だから今日は家に泊まって明日来るって」

 

「そうか…」

 

 そこで残念に思わずに安心しちゃうのが総士だよね。普通なら芹ちゃんみたいな女の子と一緒にお風呂に入れなくてガッカリするのが男の子だと思うのに。

 

「なにしてる? 早く入らないと蔵前に小言を言われるぞ」

 

「はーい」

 

 バスタオルと着替えを腕に掛けた総士に呼ばれてわたしもバスルームに向かう。

 

 平和が帰って来たことを噛み締めながら日常を過ごす。

 

 その日常が次の戦いを戦い抜く活力になるから。

 

 だから今はこの平和な日常を胸に刻みつけよう。

 

 この思い出があれば、どんな痛みにも耐えられるから。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…43

水着回に移りたいものの、査問会のネタが思いつかん。てか弄れないよなぁあの査問会は完璧すぎて。

新型ファフナーのお披露目はコアギュラ回になるかも。


 

 非常警戒体制が解除されて久し振りの平和な登校。と言ってもまた日曜日を挟んで次に学校があるのは火曜日だけどな。

 

「学校かぁ。どんなところなんだろう」

 

 最近はうちに住み着くようになった来主も俺の隣を歩いている。なんでかわからないけど、来主も学校に行く俺に着いてくる。でもなんでアルヴィスの制服なんだ?

 

「総士の服だからかな? もっと彼を理解できれば、君たちのことも理解出来ると思うから」

 

 答えになりそうで答えになっていない答えが帰って来た。

 

 総士を理解したいのはわかる。でも総士を理解することがどうして俺たちを理解することに繋がるんだ?

 

「わからないな。でも総士はわからないことを伝えてくれる。おれの疑問にもわかるように答えてくれる。わからないことも多いけど、総士は教えてくれる」

 

 来主との会話はこうして意味がわからないことも多い。でもそれもまた勉強だと父さんは言っていた。最近は父さんも妙に器を作るのが上手くなってきたし、なにか父さんも変わってきた感じだ。

 

「皆城乙姫が言ったんだ。人を理解するなら人と触れ合うことも大切だって」

 

「……大丈夫なのか?」

 

 来主は島中にフェストゥムであることを知られている。フェストゥムとの戦いで家族を亡くしたやつも学校に少なからずいるのに。イジメられたりしないか少し心配だ。

 

「君たちがおれに憎しみを感じるのは仕方がない。でも安心して。おれは君たちを同化するのはイヤなんだ」

 

 フェストゥムが同化したくない。来主は本当に変わったフェストゥムだ。フェストゥムじゃなかったら、来主とだってもっとわかりあえるのだろうか。

 

「ならもっと話そう。きみと話せるのは嬉しい!」

 

「あぁ。そうだな」

 

 心を読むなとは言っても、来主が言う事を纏めれば心を読むのは無意識のクセみたいな物らしい。だから来主との過ごし方は心が読まれるのを許容できるやつじゃないと少し難しいかも知れない。

 

「なにかあったら、隠さず言えよ?」

 

「一騎はおれの事を心配してくれるの?」

 

「当たり前だろ。一応、一緒に住んでるんだし」

 

 来主と総士は似てないのに、でも何処か似ているからか、最近は料理するのも楽しく思ってる。俺も父さんも話す方じゃないから食事の時は静かな食卓にマシンガンの様に言葉を発する来主が居て、その言葉に俺か父さんも答えるから、前よりか夕食も賑やかになった。

 

 だからもし来主がイジメとか受けたら心配だし、助けたいって思う。

 

「あ、一騎くん、来主くん、おはよう」

 

「おはよう、真矢!」

 

「おはよう、遠見」

 

 自転車を押しながら歩いている遠見に声を掛けられて、俺と来主も返事を返す。

 

「おはようございます。マカベ」

 

「ミツヒロ?」

 

 ただいつもと違うのは遠見と一緒にミツヒロも居た事だ。確かミツヒロも遠見の家に住んでるんだったっけ? 男一人で女所帯の家に住むのも大変そうだな。

 

「自分も今日から学校に通うことになりました。よろしくお願いします」

 

「あ、あぁ。よろしく、ミツヒロ」

 

 なんでかわからないけど、ミツヒロは俺に対してかなり畏まった態度を取る。モルドヴァで一緒に戦った時からそうだけど、ミツヒロにとって俺はどう見えているんだ?

 

「ミツヒロも居るなら今日は俺が翔子を迎えに行こうか?」

 

 翔子が学校に通えるようになってからいつの間にか始まった翔子の朝の迎えは俺か遠見がやっていた。元気になっても体力まではそうは行かず、体育の授業も最後まではやれていないらしい事を遠見から聞く。その辺りの事を翔子は教えてくれないから。

 

「あ、それなんだけどね」

 

「おはよー、一騎くんっ」

 

 遠見がなにかを言おうとした時。丁度話していた翔子の声が聞こえた。

 

 でもなんで声が上から聞こえるんだ?

 

「一騎くーん、真矢ー!」

 

「しょ、翔子!?」

 

「……この島はなんでもアリだな」

 

「うわぁ、楽しそう!」

 

 ファフナーの手に乗って手を振っている翔子が居る。いやなんでだよ。

 

『あまり身を乗り出すな。落ちるぞ』

 

 ファフナーからはカノンの声が聞こえた。このファフナーに乗っているのはカノンなのか?

 

「なにやってるんだ?」

 

『皆城総士に言われただけだ。グノーシス・モデルの実働データを取るためだ』

 

「カノンも今日から学校に通うことになったの!」

 

 そうなのか。カノンは翔子の家に住んでるんだったっけ。それにしても総士はまた俺たちに黙って色々してるのか。

 

 もう少し俺たちに相談してくれたって良いのに。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 カノンとミツヒロ、来主と乙姫。1日に四人もの転入生が来ればイヤでも学校は騒がしいだろう。

 

 だが僕はそんな騒がしくなるだろう日常とは無縁の場所にいる。本来なら僕もその場所にいるのだが、カノンには羽佐間が、ミツヒロには遠見と一騎も居る。来主には乙姫と立上も居るから心配はしていない。乙姫を受け入れられたクラスなら来主も受け入れられるだろう。

 

 そんな平和を守る為に僕は僕に出来る戦いに全力を振り向けるだけだ。……少々頭痛が痛いが、許容範囲だ。

 

 新型のファフナーに関してはザルヴァートル・モデルの研究データを含めて進めていたエインヘリアル・モデルの現時点での開発成果を転用させる事で進むことになった。

 

 外と違ってファフナーの生産ラインも多くはないため、新しいファフナーを造るとしても供給できるパーツはノートゥング・モデルの物が大半だ。

 

 パーツが限られているなら、機体の性能を上げるのは設計思想の見直しからだ。

 

 1体でも多くの敵を倒す。マークニヒトやティターンモデル、人類軍製のファフナーの設計思想は此方だ。

 

 1人でも多くの兵士を救う。マークザインやノートゥング・モデルの設計思想は此方だ。

 

 そこに新しい設計思想をカノンは生んだ。1分でも長くファフナーに乗せる機体がエインヘリアル・モデルだ。

 

 僕の設計思想は1分でも多くの時間を残すことだ。その為に可能な限りの同化現象対策を施しながら、発現するSDPをザルヴァートル・モデル並みに高め、敵を早期に倒し、ひとりでも多くの仲間を守る機体だ。

 

 アルゴノート・モデル――。

 

 英雄たちという意味を持ち、その名の由来の如く、苦難を乗り越えても必ず帰ってくる事を願いに込めた機体だ。

 

 1号機と2号機は既に組み上げが完了しつつある。これはマークノインとマークツェーンからパーツを持ってきた為の早さだ。里奈たちには悪いが、3人をまだ正式パイロットとしてファフナーに乗せられない以上、機体を遊ばせておくくらいなら新たな戦力を用意するのが島にとって急務であるからだ。

 

 1号機は羽佐間の、2号機は立上の機体にする予定だ。

 

 ベースはノートゥング・モデルだが、メガセリオンやベイバロン、ザルヴァートル・モデルの機体設計も盛り込まれた機体であるため、見掛けは人類軍がこれから造るだろうトローンズ・モデルやドミニオンズ・モデルに近い物がある。

 

 特に羽佐間の1号機はスラスター兼用スカートアーマーと推力偏向ノズルを備えた羽根状のスラスターユニット、大出力のスーパーバーニアを備えた新型飛行ユニットを装備している為、トローンズ・モデルよりも変化する前のザルヴァートル・モデルの様なシルエットになっている。

 

 立上の2号機はマークツヴォルフから装備を引き継ぐ為に陸戦型の色が強いが、それでも空は飛べるようにとバーニアの強化が施されている。見た目はマークドライツェンに近くなりながらトローンズ・モデルの面影がある機体に仕上がっている。シールド兼用のクローユニットを備え、直線での突進力は全ファフナー随一を誇っている。

 

 だからといってシールドに杭打ち機を仕込むか仕込まないかという議論に発展しないでください。ただでさえショットガン・ホーンやバスターソード・ライフルでクセの強い武器を使っているんですから、ここは安全対策を第一に考えてくださいよ保さん。

 

 SDPの強化に関しても問題はないだろう。ただ機体のコアの他にもSDPを強化する為にコアを乗せる為、パイロットへの負担も懸念されたが、それは遠見先生の研究の成果と、島のミールがパイロットの生命を守る特性を利用した同化現象への対抗によって負担も最小限に抑えられている。

 

 しかしコアの二重同期という未知の機構がパイロットにどの様な影響を及ぼして行くのかは僕にも未知数だ。SDPを使えばコアの増殖も有り得る。既にアルゴノート・モデルの2機は永劫伝導回路を構築しつつある。元々はザルヴァートル・モデルの量産検討機として開発を進めていたともあったとはいえ、難儀な兵器だ。

 

 だがそんな難儀な武器を使ってでも、僕たちは戦わなければならない。新たな島の巨人が、島の戦士を無事に守ってくれることを祈るしかない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日は土曜日で本当なら学校に行かなくちゃダメなのに、そんな気分じゃなかった。

 

「ダメなのね。もう」

 

 シナジェティック・コードの形成数値の低下。ファフナーに乗るために産まれてきたのに、私はその産まれてきた理由であるファフナーにすら乗れなくなってきてしまった。訓練用のシミュレーターの中で肩を落とす。

 

 ティターンモデルよりも要求されるシナジェティック・コードの形成数値のボーダーラインが低いはずのノートゥング・モデルにすら、もう私は乗る事が出来ない。

 

 終わるときは呆気ないものだと思いながら、心の何処かでは覚悟していたから思ったよりもショックは少なくて済んだ。

 

 だから私に出来る戦いは先輩の背中を守ることなのに。

 

「よ、蔵前。どうしたんだ? 今日はまだ学校だろ」

 

「将陵先輩」

 

 将陵先輩こそ学校はと思ったものの、将陵先輩はもう卒業していて学校は関係ないんだった。

 

「優等生の蔵前でもサボるんだな」

 

「今日はなんだか、行く気がしなくて」

 

 自分の居場所がなくなった様な気がして、でも世界はそんなこと気にせずにいつも通りで、私がいなくなったくらいじゃなにもかわらずに日常は過ぎるんだろうなって、そう思い始めたらなんだか全部どうでもよくなっちゃって。

 

「そっか。まぁ、そういう時もあるさ」

 

 先輩はいつもと変わらない様子で、ちょっと軽い感じて私にそう返した。そんな先輩の軽い明るさが、私は羨ましかった。

 

「……先輩なら、もし自分の居場所がなくなってしまったら、どうしますか?」

 

 だから私は先輩にそんな事を聞いた。先輩なら、私の悩みなんて軽く吹き飛ばしてくれると思ったから。

 

「そうだな。その時は自分に出来ることで自分の居場所を探すかもな」

 

「自分の出来ることで……」

 

 当たり前の様に先輩は言った。でも先輩は少し悲しそうな顔だった。

 

「島のみんなは誰かが居た事を忘れないから、居場所がなくなることなんてないさ」

 

「でも、私はもうファフナーに乗れません……」

 

 ファフナーに乗るために産まれてきたのに、ファフナーに乗せられないなら生きている意味なんて。島を守れないなら私に存在する価値なんて…。

 

「ファフナーに乗れない私なんか……」

 

「総士が蔵前にそう言ったか?」

 

「いいえ…」

 

 皆城くんはなにも言わない。ファフナーに乗せられない私にはもう興味もないのかもしれない。

 

「ファフナーに乗れる乗れないでそいつの価値が決まるのなら、島の子達の大半が無価値になっちまう」

 

「私は、そんなつもりじゃ…」

 

 下を見ればキリがない。そんな言い方は卑怯ですよ。

 

「ファフナーに乗るだけじゃないと思うぜ? 蔵前は家庭を守ってるだろ」

 

「家庭を守るって…」

 

 結婚したつもりはないけど、確かに最近朝昼晩、炊事は私がやっている。皆城くんが忙しいからいつの間にか炊事は私がやっている。皆城くんの代わりに芹ちゃんもたまに作ってくれるけど、芹ちゃんはあまり皆城くんから離れられないから頻度は少ない。乙姫ちゃんも芹ちゃんと一緒に作ってくれるけど、やっぱり私が作るときは皆城くんと一緒にいるから私がひとりで作っている。

 

 私、いつの間に専業主婦みたいになってたんだろう。

 

「今は総士も忙しいからな。だから蔵前が支えてやんないとな」

 

 私の価値がまだあるのかな。料理を作るくらい、未だに皆城くんの方が美味いのに。

 

「蔵前がいなくなったら相当ショック起こすぞ。あいつ、自分の周りから誰かがいなくなるのとことん嫌うタイプだから」

 

 それは私にもわかる。先輩たちがいなくなった時、1日システムに籠ったまま出てこなかったもの。

 

 春日井くんの時も、自分を責めてとんでもないファフナーを作っちゃうくらいだし。

 

「だから蔵前も無理しないで、そこにいるだけでも意味があるんだよ」

 

「そうですかね…」

 

 そうであったとしても、やっぱり戦えないのは辛いですよ。だって私は先輩の分も島を守る為に戦いたかったんですから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう鏡の前で何回も自分の格好が変じゃないか確かめる。髪型も大丈夫。服もお母さんに新調して貰ったし。窮屈だった下着も変えたし。うん、きっと大丈夫……な、はず。うん。

 

『何度確認してももう変えようがないわよ。芹』

 

「うっ。で、でも、急にこんな身体になったら変に思われないかな?」

 

 あたしが未来を作るために選んだ道。その力を使うために選んだ姿。でもこれはちょっと変わりすぎな様な気がする。髪型は前の総士先輩の面影があるし、身体なんか色々大きくなっちゃうしで。もう昨日も今日も成長痛であちこち痛くて地獄を見たし。

 

『力を使うために、ミールがあなたを守った結果よ。でなかったら今頃結晶化していなくなってた』

 

「恐いこといわないでよぉ、織姫ちゃん」

 

 身体はまだ目覚めていないけど、意識だけは目覚めている織姫ちゃんとクロッシングすることで、こうして会話することは出来る。はやくちゃんと織姫ちゃんともお話したいなぁ。

 

『これ以上は時間の無駄よ。行くならはやくしなさい』

 

「……うん。わかった」

 

 鎮静剤も効いてきたし、織姫ちゃんも居るから身体の震えは殆どない。でも久し振りの自分の家で、自分の部屋で寝たのに殆ど寝つけなかった。

 

 いつもなら感じる総士先輩の暖かさがないだけでこんなに落ち着かなくなるなんて、あたしも思わなかった。

 

 総士先輩が好きかどうか、里奈に聞かれたけど。

 

 あたしはもうそんなこと、感じる間も無く通り過ぎていて。あたしが総士先輩を好きだと思える時はもう乙姫ちゃんと織姫ちゃんのクロッシングで感じる間も無く過ぎていて、もう総士先輩の隣に居ることが当たり前で、総士先輩がいない生活が逆に違和感どころか早く会いたくて仕方がなくて。

 

 好きとかもうわからない程、総士先輩が居ることが当たり前すぎて、それがあたしの気持ちに当て嵌めるなら。

 

 好きを通り越した先にある感情。ひとつになりたいほどに、あたしは総士先輩と一緒にいたい。

 

「っ……」

 

 自分を抑えていないと、総士先輩への同化欲求を抑えられない程、あたしは総士先輩とひとつになりたいんだ。

 

 手のなかに生えた結晶を握り潰す。パラパラと落ちる結晶の破片は、もうあたしが普通の人間じゃないことを物語っていて、でもそれが乙姫ちゃんと織姫ちゃんを守るための力で、総士先輩と一緒にいられる力なら、あたしは恐くない。もっと力が欲しい。もっと総士先輩と一緒にいるために。乙姫ちゃんの島を守る為に力が欲しい。

 

「はぁぁ……ふぅ……。平常心平常心。自分を抑えなくちゃ」

 

 足元にも結晶が広がりそうだった。力を上手く扱わないと総士先輩とも一緒に居られなくなる。それだけは絶対にイヤだ。

 

「今、行きますから。総士先輩」

 

 逸る気持ちを抑えながら、あたしは玄関から脚を踏み出した。

 

「んっ……気持ちの良い風」

 

 風に靡く髪を抑えながら、綺麗な蒼い空を見上げる。

 

 この空も、島も、海も、あたしが守るから。

 

 だから安心して織姫ちゃん。あたしがいつも傍にいるから。

 

 

 

 

to be continued…  



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皆城総士になってしまった…44

平和な平和な水着回なのに査問委員会という急展開。でも島の戦い方が強調されている回だとも思いました。誰かの為に誰かが立ち上がって守りあうのが竜宮島の戦い方ですもの。

そんな完成度の高い回をいじり回せる力量が私にはなかったのでこんな感じになりました。


 

「こうしてると、祐未と海に来たの思い出すなぁ」

 

 はしゃぐ後輩たちの声を聞きながら日陰でその様子を見守る。

 

「将陵先輩は泳がないんですか?」

 

 それは俺の隣に座る羽佐間にも言える台詞だけど、羽佐間も俺も同じ病気だっただけに、互いに体力のなさは共感出来る事柄だ。でも今の羽佐間は少し泳いできたところだった。カノンに支えて貰いながら日焼けしない日陰に避難してきたところってやつだな。

 

「お前の泳ぎ見てたら、自信なくしたよ」

 

 短い距離でも流れのある海でちゃんと羽佐間は泳いでたからなぁ。俺も泳げるけど、やっぱりそんなには泳いでいられない。

 

 病気は取り除かれても体力だけはどうにもならなかったのがこの身体だからな。

 

「泳ぐのが上手いんだな、羽佐間は」

 

「この間の戦いからまた身体の調子が良くって。今日も泳げると思ったら泳げて。少し自分でもびっくりで」

 

「翔子は泳げなかったのか?」

 

「うん。今まで殆ど泳いだこともなかったから」

 

 綺麗な泳ぎっぷりに泳いだこともなかったなんて知らなかったカノンが疑問を口にする。

 

 うん。まぁ、昔の羽佐間を知らないカノンからしたらそう思うよな。

 

 これも羽佐間の特質か。自分は泳げると、泳げる自分を自分の中に作ってあとはそこに自分を落とし込めば良いだけだからな。

 

 ファフナーに乗る上でかなり重要な素質だが、これもかなり危ない力だ。自分は出来ると思い込んでしまえば、自分の限界を自分で取っ払える。それこそ肉体の限界すら容易に。それに本人が気付いていないのも怖い話だが、かといって教えると逆に危ないのは総士も言っていたな。だから敢えて教えていないとも。

 

「あそこ。皆城総士が溺れていないか?」

 

「皆城くん運動神経抜群だからそんなこと――」

 

「いや――」

 

 カノンが指を指す方向。あの総士が溺れるなんて有り得ない事だが確かに普通に泳ぐのとは違う水飛沫が上がっている。

 

「総士!!」

 

 それに気付いた一騎が猛スピードで上がったばかりの海に引き返した。

 

 直ぐに一騎が助けに行ったこともあって総士は溺れずに済んだが。

 

「総士! 大丈夫なのか!? 総士!」

 

「大丈夫だ。心配し過ぎだ。脚を吊って驚いただけだ」

 

 一騎が物凄い形相で総士の身体を隅から隅までペタペタ触って異常がないか確かめていた。

 

「立てますか? 総士先輩」

 

「ああ。…っ」

 

 立上に促され手を引かれながら立ち上がった総士。でも足の痛みでバランスを崩したところを立上が支えた。

 

「無理しないでください。私が支えますから」

 

「あ、あぁ。済まない」

 

「俺も支えるよ。総士」

 

「いや、流石に両方から支えてもらわなくても」

 

「良いから任せろって」

 

 一騎と立上に支えられながら日陰までやって来る総士。ちゃんと人に頼ることもこれから学んでいかないとな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 不覚を取った。まさか足の痛みで溺れかけるとはな。

 

「まだ痛むか?」

 

「いや。大分楽になってきた」

 

 浜に上がってから一騎が甲斐甲斐しく面倒を診てくれる。今も足をマッサージしてくれる。

 

「飲み物持ってきましたよ」

 

「すまないな。立上」

 

「いいんですよ。あたしがしたいだけですから」

 

 立上も一騎と同じくらい僕の面倒を見てくれる。さっきまではミツヒロと来主と乙姫も居たが、人数が多いと却って邪魔になると、ミツヒロが二人を連れて今はバーベキューに勤しんでいる。溺れかけただけでこんなにも周りから心配される。不謹慎だが良い気分だ。僕にも居場所がある事を実感できる。

 

 でもまさか立上にも支えられるとは思わなかった。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや。逞しくなったなと」

 

「…逞しいだけじゃないですよ?」

 

「失言だった。綺麗にもなったな」

 

「はい。赦してあげます」

 

 見慣れていた後輩としての姿から、今の立上は島を守る戦士として成長していた。見下ろしていた身長が追いつかれるとはな。

 

 だがその姿になる為に人としての存在をどれほど代償にしたのかは、僕にはわからない。

 

「大丈夫ですよ。あたしの命は島が守ってくれますから」

 

 だが守られるのは命だけだ。人としての存在を守るわけじゃない。

 

「乙姫ちゃんも織姫ちゃんも居ますから。それに総士先輩も」

 

「立上…」

 

 口ではそういうが。それでも恐いものは恐いのだろう。人目があるのに甘えるように僕の肩に身を寄せるのはその証拠だろう。

 

「させはしないさ。そうならないように僕が居る」

 

「ひとりで抱え込まないでください。その為にあたしが居ますから」

 

 互いに気づかいあうからこそ、そんな言葉が交差する。だが立上が本来なら背負うべきではないことまでも僕は彼女に背負わせてしまっている。今の姿もそうだ。時間をかけて人は成長するものを、彼女はその理から外れても戦おうとしている。そういう役割は僕だけで充分だというのに。

 

「あたしじゃダメですか? あたしじゃ、総士先輩の支えにはなれませんか?」

 

「そんなことは……」

 

 僕は立上になんと答えるべきか。確かに立上の戦闘力は祝福を受けた一騎並みのものがあるだろう。

 

 それが今の島にとってどれほど頼もしいものか。

 

 だが立上が欲しい答えはそうじゃないだろう。しかしそれに答えてしまった時、僕は立上にも一騎と同じ様に甘えてしまうだろう。無意識のうちに、一騎や乙姫に甘えている僕が言えた言葉じゃないが、そんな役割までも立上に背負わせるべきではないだろう。

 

「今でも充分支えてもらっているさ」

 

 だから僕は彼女の問いから逃げるような言葉を紡いだ。

 

「そうですか…」

 

 幾分肩を落とした様な立上の声に申し訳なく思いつつも、立上の手が浜に手を着く僕の手に重なる。

 

「あたし、もっと強くなりますから。強くなって、総士先輩も守りますから」

 

「いや。立上…」

 

 返答を間違えたらしい。引き下がると思ったが、逆に彼女のなにかを後押ししてしまったらしい。

 

 横目で見た立上の表情はまるで乙姫の様に見えたのは髪型だけの所為じゃない。すべてを包み込んで抱き締めるような包容力を感じる大人びた綺麗な表情だった。

 

「総士。肉と野菜、どっちから食べる?」

 

 焼けた肉と野菜を紙皿に乗せた一騎の声で現実に意識が戻ってくる。再度見た立上の表情はいつも通りの顔だった。

 

 そして平和な時間というものはあっという間に過ぎてしまうもので、解散となった帰りに僕はミツヒロの肩を借りて帰ることになった。一騎も送ると言ってきたが、帰る方向が正反対の為遠慮した。なら何故ミツヒロは連れてきたのかと言えば。

 

「真矢から聞いたが。まさかこの島に居たとはな。ジョナサン」

 

 ミツヒロ・バートランドと僕の知らないところで鉢合わせないようにするためだ。

 

「父さん……」

 

「まだ私を父と呼ぶか。人形風情が」

 

「くっ…」

 

 バートランドは明らかにミツヒロを見下している。いや。パペットなのだから父親とすら思っていないだろう。

 

「なんの用ですか。あなたは島を出ていった身でしょう」

 

「父親が子供に会いに来る理由が要るのかな?」

 

「ミツヒロを人とも思っていないあなたが言う言葉ではありませんね」

 

 ミツヒロの肩から腕を外して、彼を庇う様に前に出る。

 

 島を捨てた人間に、島を守る人間になったミツヒロは渡さない。

 

「ミナシロ……」

 

「フッ、随分と溶け込めて居るようだが。君はソイツがスパイであることを知っているのか?」

 

「承知の上で僕は彼を信じています。彼の人としての心を」

 

 僕の返しが予想外だったのか、僅かにバートランドの目元が動くが、直ぐに余裕のある顔に戻った。

 

「くだらん。所詮用済みになれば記憶も人格も消される人形に過ぎん。何故そうも庇う」

 

「彼が島の為に戦う仲間だからです」

 

 僕は信じると決めた。だから何があっても信じる事を貫き通す。父親以上に僕はミツヒロの事を知っている自負もある。人形としてしか見ていなかった人間に、ミツヒロの何がわかるというのだ。

 

「仲間などと。所詮は偽りの馴れ合いに過ぎん。欲しいのならばくれてやる。代わりはいくらでも居るのだからな」

 

 そう言い残して去っていくバートランドの背を睨み付けながら見送る。その背が見えなくなったところでミツヒロに振り向けば、硬く拳を握り、俯くミツヒロの姿があった。

 

「ミツヒロ…」

 

「いいんです。覚悟はしていましたから」

 

 とはいえ、心のどこかでは父親に対しての期待があったからこそそんな顔をするのだろう。

 

 だから僕は敢えてなにも言わずにミツヒロが落ち着くのを待つことにした。

 

 その日の夜に、僕は乙姫から呼び出された。

 

 リクライニング・ルームで話すのは態々その話題に関する事である暗喩なのだろう。

 

「もし本当はファフナーに乗れるのに、その事を隠している人がいたら。総士はどうする?」

 

「データ隠蔽は、重大な裏切り行為だ。だが、罪に問うかは場合による」

 

 だから僕もわかっていてその言葉を返した。僕の中では既にこのことに関しては問題足り得ない。弓子さんがしなくとも僕がしていただろう。

 

 遠見の能力は必要だ。人を撃たせる痛みを背負わせない為に早期にファフナーのパイロットとして戦ってもらうことも考えたが。後の影響を考えて僕は敢えて遠見のことは未来にある通りに進めようと思った。

 

「だと思った。良いよ。だから」

 

 乙姫がなにかを言おうとした時、リクライニング・ルームのドアが開いた。

 

「私たちも、お手伝いするわ。皆城くん」

 

「羽佐間? ミツヒロまで」

 

 開いたドアの向こうに居たのは羽佐間とミツヒロだった。

 

「ショウコから聞きました。マヤはおれの家族です。おれにも手伝わせてください、ミナシロ」

 

 既に吹っ切った様な覚悟のあるミツヒロに、僕はなにも聞かずに頷く。ミツヒロの中で整理が着いているのならば僕からなにも言うことはない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 父がユミコさんとチヅルさんを査問委員会に告発した。狙いはマヤと、チヅルさんの技術か。

 

 マヤは島に必要だ。チヅルさんも居なければ島のパイロットが同化現象に襲われてしまう。ユミコさんが居なければミワも産まれない。この査問委員会を成立させるわけにはいかない。

 

 ミナシロや島のコアだけじゃない。ショウコやマカベ、マヤの仲間がみんな自分の意思でマヤのパイロット適正データを改竄したと査問委員会で答弁した。

 

 もちろんおれもそのひとりだ。

 

 マヤがファフナーに乗れば、何れ人を撃たせてしまうだろう。だからその意味も込めておれはマヤには戦って欲しくなかった事を答弁した。家族には安全な場所に居て欲しいという理由にして。

 

「人形が。毒されたか」

 

「おれは自分の意思で、ここにいることを選びます」

 

 輸送機に乗り込む父の背に、おれは最後の言葉を送った。おそらくもう話すこともないだろう父親との会話は恐ろしく冷めたものだった。

 

「あなたはどこにいるんですか」

 

「敵を倒せればなにも要らん。お前も何れ知ることになるだろう」

 

 知っているとも。憎しみはなにも生まないことも。だからこそ、おれはここにいる。今度こそ間違わないために。憎しみに囚われず、憎しみに打ち勝つために。

 

 父親との決別。憎しみの道を行くというのならば、おれは別の道を行くと決めた。存在する理由があるのならば、おれはここに居続ける。それがおれの戦いだ。

 

「さようなら、父さん」

 

 ミツヒロ・バートランドの息子から、おれはただのジョナサン・ミツヒロ・バートランドとなった日。家族がひとり、戦う覚悟を決めた日でもあった。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…45

平和ななかにもやっぱり戦いはあり。

もう芹ちゃん殿の制御は諦めました(パリーン


 

「がくえんさいってなに?」

 

「なんだ。説明を聞いていなかったのか?」

 

「聞いてたけど、よくわからない」

 

 放課後の廊下。立上と乙姫を迎えに来た僕に来主が訊ねてきた。そういったことはふたりからも教えて貰えると思うんだが。

 

「だって総士に教えてもらいたかったんだもん」

 

 来主はフェストゥムであるが、人としてはまだまだ未成熟なところもあって、時折こうして意固地になることもある。そう言われてもこういうことは立上の方が上手く教えられそうだが。

 

 今日が身体が変化してからの初登校ともあって未だにクラスの女子からは質問攻めにあっているらしい。クラス中の視線を釘付けにしているどころか、他のクラスや学年からも立上の姿を見に来ている生徒も多い。

 

 確かにこれでは立上に質問する以前の問題だな。

 

「学園祭というのは学校で生徒主導で行われる祭りのことだ。発表会や出店、様々な催しが当日は行われる」

 

「まつり? まつりってなに?」

 

 僕の知識を持っているのならば祭もわかっていても不思議ではないのだが、本人のなかでは必要以上に僕の知識を使いたがらないのか、こうして一般教養に関しても質問されることが多々ある。

 

「みんなで集まって神様に祈りを捧げたりするのが一般的だが。この場合は集まって楽しいことをするという認識で良い」

 

「楽しいこと? なら、『かふぇ』って楽しいこと?」

 

「かふぇ? 喫茶店のことか?」

 

 2年生ではもう出し物を決め始めているのか。やはり中学2年生というのはそういう気風が強いらしい。勢い任せと言ってしまえばそれまでだが、ふざけて出し物が決まらない3年生よりもマシだろう。

 

 ちなみにうちのクラスの出し物は……男女逆転喫茶と普通の喫茶店(ミツヒロ&一騎+僕が調理)の激しい投票の結果。1票差で普通の喫茶店になったが、負けた男女逆転喫茶側の激しい猛抗議の結果、一騎や僕等の一部の男女が制服を逆転させて作業することになった。やはり僕が生徒会長をやるべきだったか。剣司がまさか男女逆転喫茶派筆頭の羽佐間に言い包められてしまうとは計算外だった。明日の課題は倍にしてやるぞ剣司。

 

 いや、ここは興奮のし過ぎで貧血になるほどの勢いだった羽佐間に称賛を送るべきか。

 

 とにかくそういった犠牲もありながら当日の出し物は決定してしまったわけだ。

 

「喫茶店って、一騎カレーのある所?」

 

「まぁ。間違ってはいないな」

 

 今はミツヒロが料理長を勤めている喫茶『楽園』ではミツヒロカレーが有名になりつつあるが、一騎カレーの威力を知るが故だろう。ミツヒロが週末に一騎に声をかけて、週末ランチは運が良ければ一騎カレーを食せるのだ。

 

 金曜日の夕食に定期的にカレーを作り一騎カレーも食している僕からすれば無益な争いの場に態々出向く気は起きないが。一騎カレーの売れ行きも凄まじいものらしい。今度差し入れにシチューでも持っていってやるか。

 

「一騎カレーが食べられるの!?」

 

「それは僕たちのクラスでの話だ。このクラスでの出てくる食事に対して口を挟む権利は僕にはない」

 

「学校で食べる一騎カレーも楽しみだなぁ」

 

 一騎カレーの事で頭がいっぱいらしい来主は既に僕の言葉を聞いてはいなかった。仕方がないことだが。フェストゥムに一騎カレーを食べさせたら世界が平和になったりはしないだろうかと思わずにはいられないくらい、来主は一騎カレーが大好物だ。

 

「しかしな来主。君は知るだろう。一騎カレーをも上回る最強のカレーがあることを!」

 

「一騎カレーよりすごいカレー!? なにそれ教えて!!」

 

 一騎カレーの話題になると来主が戻ってきた。仮にもエウロス型にまでなったフェストゥムがそれで良いのかと思いつつ、しかしこれは企業秘密で此処では明かせない。

 

「一騎に今晩聞いてみると良い。あまり知られては特別感がなくなるからな」

 

「片方は知っていて、片方は知らない。これが人の持つ可能性の分岐?」

 

 来主の思考が小難しい事を考えている様だが、人の感情的には簡単な話だ。特別なものは独り占めしたいという当たり前の独占欲だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 みんなに朝から色々と質問されてるけど、身体が変わった理由はファフナーで戦ったからって事で誤魔化してる。島のミールのことやゴルディアス結晶のこと、SDPの事をみんなに話してもわかってもらえないだろうから。

 

 カレーの話題で盛り上がってる総士先輩と来主くん。見た目はそっくりだし、髪型も同じで長いか短いかで背格好も同じだから並ぶと双子の兄弟みたいに見えるんだよねぇ。そんなふたりがカレーの話で盛り上がってる。総士先輩も意外と子供っぽい所があるのは学校では知られていないけど、来主くんが相手だったから気が緩んじゃったのかな?

 

 あたしが席から立ち上がるとみんながサッと道を開けてくれる。なんか恐いよ。

 

「乙姫ちゃん、里奈、広登、行くよ」

 

 アルヴィスに向かう3人に声をかけて、あたしは先に総士先輩と来主くんに近寄る。

 

「お疲れ様です。総士先輩」

 

「立上か。大丈夫そうか?」

 

「はい。まぁ、何日かはしかたがないですね」

 

 あたしだって例えば乙姫ちゃんがいきなりお姉さんみたいな姿になったらビックリするし色々と訊きたくなるからしょうがないよね。ただやっぱりジロジロ見られるのはなんかイヤだなぁ。

 

「アルヴィスで勉強するという手もあるが」

 

 確かにあまりひどいようならそれも良いかな。乙姫ちゃんや里奈とはアルヴィスでも会えるし。ただ乙姫ちゃんと来主くんが心配だら本当によっぽどならって時かな?

 

「その時は総士先輩が勉強みてくれるんですよね?」

 

「……その時は努力しよう」

 

 最近は忙しくて総士先輩に課題を見て貰ってないし、お風呂も乙姫ちゃんや来主くんと入るばかりで、総士先輩と入れてない。その理由を知っているからあたしも我慢してるけどね。

 

 あたしと羽佐間先輩の為に、総士先輩が新しいファフナーを用意してくれている。

 

 マークツヴォルフよりも動かしやすくて強いファフナー。ザルヴァートル・モデル並みに強いSDPも使える機体。あたしの場合は一騎先輩みたいに機体の再生や武器との同化。フェストゥムを同化して吸収出来る。多分やろうと思えば同化された人も助けられると思う。あたしが願った力はそういう力だから。

 

 総士先輩の力と対になれるように。一騎先輩と同じ所に先ず立たないと、総士先輩を支えることは出来ないから。

 

「僕に出来ることは君が無事に帰れるように全力を尽くすだけだ」

 

「はい。だから信じられるんです。総士先輩が造った新しいファフナーも」

 

 いつもみんなの事を考えてくれている総士先輩だから、あたしは総士先輩に身を任せる事が出来る。きっと、一騎先輩もあたしと同じで総士先輩を信じているから、総士先輩の言葉を疑わずに飛び出せるんだろう。

 

「持ち上げすぎた。なにか違和感を感じたら必ず言え。君にいなくなられるわけにはいかない」

 

「それは乙姫ちゃんと織姫ちゃんのためですか?」

 

 だからちょっとだけ意地悪な言い方をして、総士先輩の意識をあたしに向けてもらう。ズルい女の子でごめんなさい。でもあたしは乙姫ちゃんや織姫ちゃんみたいに血の繋がりはないし、一騎先輩みたいに昔から一緒だったわけじゃないから。

 

「僕個人の思いでもある」

 

 こんな風にあたしが欲しい言葉を誘導して口にして貰う。あたしにも来主くんみたいな無邪気さか乙姫ちゃんみたいな素直さがあれば良いのに。

 

「総士先輩?」

 

 総士先輩があたしの頭を撫でてくれた。あたしなにもしていないのに。

 

「僕もそこまで、人の心がわからない人間じゃないさ。だから今はこれで赦して欲しい」

 

 あたしが総士先輩にどんな感情を抱いているのか、薄々はわかっていても、総士先輩は多分全部わかってない。好きだとかそういう物差しで計れないくらいにあたしの想いは強くて。今も昂る自分を抑えるので精一杯で、みんなが居るのにきっと見せられないくらいふやけた顔をしちゃってる自覚がある。

 

 でもそんな風に言われちゃったら、女の子は赦すしかないじゃないですか。

 

 総士先輩の手を取って、頬に当てる。総士先輩の大きくて優しい暖かい手が触れているだけで安心出来て、昂っていた気持ちも落ち着いていく。

 

「行きましょうか。総士先輩」

 

「ああ」

 

 総士先輩の手を充分堪能してゆっくり頬から降ろしながらも、総士先輩の手は離さないで両手で包みながら総士先輩の手を引く。

 

「ん?」

 

「っ」

 

「くる…」

 

「え? なに…?」

 

 来主くん、総士先輩、乙姫ちゃんの声がいやに耳に響いた。あたしも何かが近づいてくるのを感じた。あたしはともかく来主くん、総士先輩、乙姫ちゃんの3人が感じたのならもう答えは出ている。

 

「クラス委員は点呼を取りつつこの場で待機! 指示に従いシェルターへ避難!」

 

 総士先輩の指示で教室が慌ただしくなると同時に警報が鳴り響く。

 

「行くぞ立上!」

 

「はい!!」

 

 総士先輩に手を引かれながら、あたしは駆け出す。

 

「あ、待ってよ総士ー!」

 

 あたしたちの後ろを来主くんが走ってくる。

 

「里奈ちゃんと広登も避難して!」

 

 そして遅れて乙姫ちゃんも教室から飛び出してくる。そのまま先頭を走る総士先輩に追いついて、総士先輩の手を引いて走り出す。

 

「待て乙姫! こっちに地下の入り口は」

 

「ブロックを入れ換えて直通の最短ルートを作ったの」

 

 非常階段から外に出て直ぐにエレベーターが待っていた。カードリーダーを通さずに扉が開く。

 

 あたしたちが乗り込むと直ぐに扉は閉まって、エレベーターは地下に向かう。

 

「立上、行けるか?」

 

 エレベーターに敵の解析結果が映る。敵はスフィンクス型。A型種にD型種が何体か居るらしい。総数は15。

 

 相手が厄介なスフィンクスB型種が居ないのならと、総士先輩はあたしに何をさせたいのかわかる。

 

「はい! やれますっ」

 

「来主はどうする」

 

「空いている器があれば。それでも良いよ」

 

「ならマークツヴォルフを使ってくれ。コアがないが、行けるか?」

 

「うん。器さえあれば大丈夫だから」

 

「乙姫はマークツヴァイだな?」

 

「うん。わたしもみんなを守りたいのは一緒だから」

 

 総士先輩が各々のファフナーを確認する。

 

 総士先輩が造ったアルゴノート・モデルの初陣だ。絶対に無傷で勝ってみせる。

 

 エレベーターが到着して、直ぐ様シナジェティック・スーツに着替える。サイズも新調したから大丈夫。でもやっぱりちょっと胸がキツいからやっぱり再調整かな?

 

『実機での初回起動になる。進行は僕がやろう』

 

「わかりました」

 

 総士先輩がしてくれるならなにも心配なく任せられる。だからあたしはただシートに座ってニーベルングに指を通す。

 

『ニーベルング接続確認。シナジェティック・コード形成数値規定値クリア。対数スパイラル形成確認、コア同期確認。SDPエクストラクター接続問題なし』

 

「ファフナー・マークレルネーア、起動!!」

 

 強い力を感じる。身体の感覚が、マークツヴォルフと全然違う。身体が軽くて、これならどんなやつが相手でも恐くない。

 

 バスターソード・ライフルを装備して、左手のクロー一体型のシールドの感触も確かめる。使い勝手はシミュレーターで確認しているけれど、実際に使えるかどうかはやってみないとわからない。

 

『ナイトヘーレ、開門!』

 

 機体がサーキットに移動して地上に向かってカタパルトレールに沿ってカタパルトパレットに乗ったまま地上に出る。

 

『最終安全装置、解除。ファフナー・マークレルネーア、リフト・オフ!』

 

 最後に肩を固定していた安全装置が解除されて一歩を踏み出す。

 

 そのままスラスターに点火して竜宮島の土を踏み締めて飛び出す。

 

 敵は島の多数の方向から攻めてくる。正面はあたしのレルネーアと総士先輩のマークニヒトが迎撃することになった。

 

 島のミールの欠片からSDPを引き出して増幅させるSDPエクストラクターの所為だろうか、機体の力が上がっていく気がする。この力なら、あたしも一騎先輩みたいに総士先輩と一緒に戦えるよね?

 

『アルゴノート・モデルの初実戦だ。無理はするな、立上』

 

 システムとのクロッシングを通して総士先輩が心配してくれる気持ちが伝わってくる。

 

 それが嬉しくて、あたしは昂る自分を抑えずにバスターソード・ライフルを射撃モードで構えた。

 

「大丈夫ですよ。総士先輩」

 

 敵はもう第一ヴェルシールドを破ってきた。第二ヴェルシールドに接触しているスフィンクスA型種に狙いを定める。

 

「あたしは、乙姫ちゃんの島の」

 

 バスターソード・ライフルの刀身にエネルギーが溜まっていく。

 

「総士先輩の英雄になりますから…!」

 

 溜まったエネルギーを撃ち出して、スフィンクスA型種を撃ち抜きながら腕を振るって他のスフィンクスA型種も纏めて倒す。

 

 今の一撃でスフィンクスA型種5体を倒した。まだD型種が後方に控えているから、島の防空圏よりも外にいる個体を倒しに行かなくちゃならないけど。

 

「跳ぶよ、レルネーア!!」

 

 機体から力を感じる。機体自体から島のミールの力を感じる。ファフナー自体がミールなんだ。まるでザルヴァートル・モデルみたいに。だから出来る。跳べる!!

 

 機体が翠色の光と一緒に空間を跳ぶ。目の前にはスフィンクスD型種の姿がある。

 

「こんのぉぉぉ!!」

 

 左手のクローを展開してスフィンクスD型種に突き刺す。そのまま振り回して投げ飛ばした先にもう一度跳んで、エネルギー刃を形成したバスターソード・ライフルで真っ二つに切り裂く。

 

 やれる。この新しいファフナーでなら、どんな敵が相手でも。

 

「だからちょうだい。あなたの生命を」

 

 そこから近くに居た別のスフィンクスD型種に向かってバスターソード・ライフルを投げて突き刺す。突き刺さったバスターソード・ライフルの柄を握って、一瞬で結晶化したスフィンクスD型種は砕け散った。

 

「んっ……。ごちそうさま」

 

 生命が身体を廻っていく。この時に感じるお腹に熱が溜まる感じも好き。

 

「だからもっと食べさせて。あなたの生命を」

 

 ワームショットを放ってくるスフィンクスD型種の攻撃をイージスで防ぐ。

 

 ワームショットはタイムラグが長い攻撃だ。だから攻撃が終わった瞬間にはもうレルネーアはスフィンクスD型種の懐に飛び込んでいて、ショットガン・ホーンを突き刺し終わっていた。

 

 ショットガン・ホーンを突き刺されたスフィンクスD型種も結晶化して砕け散った。

 

「はぁぁ……きもちいぃ…」

 

 生命を取り込む気持ちよさに酔いながら次の敵を探す。さぁ! 次にあたしの相手をしてくれるのはダレ!?

 

 

 

 

to be continued…

 

 



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皆城総士になってしまった…46

咲良や剣司、衛に視点を置きたいけど何故か珪素メンバーにしか視点が置けない私の未熟さを許してくれ。

でも急に視点置かれると危ないのがファフナーなんだよなぁ……。オルガさんの辺りとかも一期から見てるともうヤバいんだよなぁ。


 

 正面は立上の独壇場だった。今回の襲撃は北極のミール側の群れの攻撃だろう。

 

 何故そう思えるのか。これがもし海神島のコアやウォーカーの放つ群れだったのなら何かしらのこちらの動きにあわせたなにかがあるはずなのだ。だが今のところそれは見られない。敢えて隠している可能性もないわけではない為、警戒は怠らない。

 

 真紅の閃光の様にフェストゥムを倒して行くマークレルネーアの姿を見守る。

 

 立上はアルゴノート・モデルの力を僕の予想以上に発揮している。

 

 SDPエクストラクターの調子も良好の様だ。

 

 カノン式アクセラレーターがパイロットと島のミールのクロッシングを行わせてより強いSDPを引き出していたのに対して、SDPエクストラクターはSDPの発現もとである島のミールの欠片を直接機体に内蔵することで、機体そのものを島のミールの子機と化して島の力を機体から直接引き出せる様にしたものだ。

 

 機体そのものが島のミールの小ミールであり、機体単体で島のミールの特性を持ち、パイロットの生命を守ってくれる。

 

 だがアルゴノート・モデルにも欠点はある。

 

 それはザルヴァートル・モデルと同じで違うモノになる事を受け入れなければならないこと。島のミールとのクロッシングを受け入れなければならないこと。

 

 立上と羽佐間はその点をクリアしたからアルゴノート・モデルに乗ることが出来る。

 

 強い力を制御して人が操れる様にした結果がこの搭乗素質の高い要求であった。

 

 ザルヴァートル・モデルを量産しようと思えばこうもなるという実例にもなった。

 

 ならばザルヴァートル・モデルのままふたりに機体を造ることも出来ただろうといわれるが、ザルヴァートル・モデルとアルゴノート・モデルの違いは身体に掛かる負担の違いが雲泥の差であることにある。

 

 アルゴノート・モデルの設計思想は1分でもパイロットの生命の時間を残す事に最大限の努力をしている。対同化現象に対して最大限の処置を施してある。

 

 性能はザルヴァートル・モデルに一歩及ばないもの、パイロットのSDP次第でザルヴァートル・モデルと同じ様な事をしていてもパイロットに掛かる負担は比べ物にならないほど軽くなっている。

 

 ただそれもSDPエクストラクターに使われているミールの欠片の力と、立上と羽佐間というSDPに目覚めたパイロットだからだろう。

 

 島のミールとのクロッシングが出来るSDP覚醒者は島のミールの祝福を受け、生命は守られる。

 

 だがSDPに目覚めていないパイロットがSDPエクストラクターを搭載したファフナーに乗った場合。コアの二重同期に耐えられないだろうシミュレーション結果も出ている。

 

 カノン式アクセラレーターの仕組みがわかっても設計が未だに浮かばない現状、エインヘリアル・モデルも造れない。

 

 これはやはりカノンが造ることでしかエインヘリアル・モデルは生まれないということなのだろうか。

 

 カノンを犠牲にして手に入れる力。そんな力は誰も望んでいないだろう。カノンがいなくなれば皆が悲しむ。今でさえ、羽佐間は悲しむだろう。羽佐間と仲の良い遠見も、教室でカノンと話しているのを見掛ける。何れは要とも話すようになって仲良くなるのだろう。

 

 だれひとりとしていなくなっていい者などいない。だれもいなくならないように戦うのが僕の戦いだ。

 

『あなたは、そこにいますか――?』

 

 スフィンクスA型種が目前まで近づいていた。

 

 左目が疼くが、構わずに僕はマークニヒトを駆る。

 

「何度問われようとかわらない。僕はここにいるぞ」

 

 スフィンクスA型種がマークニヒトを同化しようと手を伸ばすが。マークニヒトに触れた瞬間同化されたのはスフィンクスA型種の方だった。

 

 正面の敵は片付いた。

 

 スフィンクスA型種1体に苦戦していた頃がまるでウソの様だが。それと引き換えに失ったものも多い。

 

 人としての存在を代償に島のミールの祝福を授けた。

 

 僕だけが背負うべきだったものを無関係な者たちにも背負わせてしまった。

 

 その責任は必ず取るつもりだ。だから僕は何があっても皆を守る義務がある。

 

 ファーストエンゲージから3分足らずで15体のスフィンクス型を撃破。最多撃破数は立上の10体だった。

 

 敵が追撃で来る様子もなく、しばらく様子を見た後で撤収となった。

 

 検査の結果も良好だった。アルゴノート・モデルに乗っていた立上は、搭乗時に同化現象の抑制剤を過剰投与した時と同じ状態になっていた。狙い通り島が立上の生命を守ってくれている。

 

 ただ問題なのは、島のミールの影響が遠く及ばないだろう島外派遣にアルゴノート・モデルが対応出来るかどうかだ。

 

 SDPは機体自体が島のミールの小ミールである為問題ないだろうが、パイロットの生命をどれほど守ってくれるか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「大丈夫か? 立上」

 

「お疲れ様です。総士先輩」

 

 戦闘の後。いつもより長い検査を終えて、医務室のベッドに身を投げ出していたあたしに総士先輩が声を掛けてくれた。

 

「もう少し服をちゃんと着たらどうだ?」

 

「いや。なんだか身体が火照っちゃって」

 

 患者服1枚でも身体が少し暑くて、帯を緩めて胸元も少し開いているみっともない状態だけど、相手が総士先輩だからあたしも気にしない。これが広登とかだったら枕くらい投げてるのかな?

 

「アレに乗った気分はどうだ?」

 

「スゴい……の、一言ですかね。あのファフナーならみんなを守れるって、そう思いました」

 

 マークツヴォルフの時はただ必死で守らなきゃって意気込んでいたのに、マークレルネーアに乗った途端に沸き上がってきたのは確信と高揚感。そして今のあたしならなんでも出来るって思う全能感。

 

 多分今のあたしならアザゼル型が相手でも同化出来る気がする。

 

「そうか。だが今のアルゴノート・モデルも初期段階の機体だ。これから少し改良も入る。違和感を感じたら直ぐに言え」

 

「……アレで完成じゃないんですか?」

 

 今のままでも物凄いのに、これよりももっと強くなったらあたしどうにかなっちゃいそうなんですけど。

 

「今のアルゴノート・モデルは完成を急いだからな。これから今の改良型ノートゥング・モデルと同じ様にアップデート作業もある。それに実践データを踏まえた改良も可能だ。……そんな機体に乗せて戦場へ送り出すことしか出来ないことを謝罪する。すまなかった」

 

「そんな。謝られても困ります」

 

 だってあたしは今のままでも総士先輩に感謝しか出来ないのに。これ以上色々されてもあたしに出来ることは――。

 

「今日は徹夜になる。来主も一騎の所に行くだろう。乙姫の事を頼みたい」

 

「は、はい……」

 

「すまないな。だが立上がいてくれるから乙姫にも寂しい思いをさせなくて済む。ありがとう」

 

 そう言い残して踵を返す総士先輩の背中に、あたしは飛びつくようにしがみついた。

 

「た、立上…!?」

 

 慌てて立ち上がって、勢いもあったから結構凄い格好になっていて人前には出られない姿になっているけど、同じくらいの背丈になっても広く感じる総士先輩の背中があたしのそんな姿を隠してくれる。

 

「まだ、時間はありますか?」

 

 乙姫ちゃんと一緒にいることはあたしも大歓迎だけれど、乙姫ちゃんは寂しくなくてもあたしは寂しいと思うんですよ? 総士先輩。

 

「汗かいちゃいましたから。一緒にお風呂、入りませんか?」

 

 なんだかんだ、この身体になってから総士先輩とは一緒にシャワーすら浴びていない。ちょっとの間しか空いてないのに、やっぱり総士先輩と一緒にいられないのは寂しいし。置いていかれちゃうんじゃないかって恐くなる。……それが乙姫ちゃんと織姫ちゃんが一番恐がっていたことだから。

 

「……頑張って30分が限度だな」 

 

 忙しいのに、30分もあたしの為に時間を取ってくれた総士先輩。その後多分一睡もしないで仕事をするんだろうと簡単に想像出来るけど、悪い女の子のあたしはその30分だけでも総士先輩の事を独り占めしたいと思ってしまう。

 

「じゃあ、30分だけ。総士先輩の時間をあたしにください」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日、新しい力が目覚めた。生命の力が島の新しい力になった。新しいミールの器が生まれた。代わりにまた、痛みが増えた。

 

「痛みを減らしたいのに、違う痛みが増えていく……」

 

 この島のみんなは、誰かが痛みを背負うなら自分が痛みを背負おうとする。痛みなんて進んで背負うものじゃないのに、いったいどうしてこの島のみんなは痛みを簡単に背負おうとするの?

 

『それが人間なのさ。痛みだけしか生まない。憎しみだけしか生まない生き物なんだ』

 

「みんなは君とは違うよ」

 

 僕の前に現れた憎しみに囚われたコア。この島のコアと同じ様にたくさんの生命と過ごしていたのに、憎しみだけしか生まないコア。

 

『おまえにもぼくの気持ちがわかるはずだ。彼らがおまえの島を攻撃した時、おまえは彼らをどう思った?』

 

「おれは痛みを理解した。人の感情を理解した。そう言うのはね、お互い様なんだって。互いに痛みはイヤだと思っても、互いに痛みを与えてしまっても、赦せるのが人の心なんだ」

 

 だからおれは総士を助ける。この島を痛みから守る。みんな痛みを背負って、今は互いに傷つけあうことしか出来ないから。互いにわかりあえる時が来るまで、みんなを消させないために。

 

『憎かったはずだ。島を攻撃した人間も、仲間が痛みを背負うことも、人間が存在しているから憎しみが生まれるのさ』

 

「違う。憎しみを生んでいるのはおれたちの方だ。人間が憎しみを生まない生き物だなんて言わないけど、それでもこの島のみんなはおれを受け入れてくれる。きみだってそうじゃなかったの?」

 

『人間が島のみんなを奪った。大きな炎ですべてを焼いた。泣いても叫んでもすべて奪って憎しみを与えたのは人間たちだ!!』

 

「ぐっっ」

 

 言葉と一緒に、大きな炎に焼かれる生命の悲鳴を感じる。おれも知ってる悲鳴だ。ただ静かに暮らしたかっただけなのに、人類が憎しみを振り撒いてしまった。

 

「それでもおれは憎しみをなくす! 君たちが憎しみを振り撒くなら、おれが止める! 一騎や総士みたいにっ」

 

 一騎も総士も、おれたちを理解してくれる人間だ。この島のみんなだっておれたちを理解してくれる人間がたくさんいる。

 

 おれたちに憎しみを持つ人間もいるけど、それで憎しみを向けたってなにも生まれない。

 

 生まれることの嬉しさを知っているおれが、なにも生まない道を選ぶわけにはいかないんだ。

 

『無の器はぼくが手に入れる。そしておまえたちより先に新たなミールを迎える。おまえたちはミールの欠片の力で滅ぶ』

 

「星からミールの欠片を引き寄せても、存在と無の力が。英雄の力がこの島を守る。そしておれもここにいる!」

 

 皆城総士の知識を使って今のおれの感情を言葉に当て嵌めるのなら、これは宣戦布告だ。

 

 話し合いで解決出来ないなら、戦うしかない。失わないために、奪わせないために。

 

『星の目はまだなくても、おまえたちを滅ぼすことは出来る』

 

「おれたちの島はなくても、今はここがおれの島だ。だから守る!」

 

 互いに引けないにらみ合いって、こういうことなんだろうな。でも一歩も引かない。だから始まった。

 

「海のミールの存在? だけど、だからって負けられない!」

 

 人は暗くなるとみんな休憩の時間になる。人は休まないと生きていけないから。

 

 だからみんなが来るまでおれが島を守る。

 

「お願い、マークニヒト。力を貸して」

 

 おれだけの力じゃ、海のミールを止められない。だから総士が産み出した、皆城総士が遺してくれた無の存在に語りかける。

 

 ワームの中から顕れる虚無の存在の中に入る。

 

「力を貸してくれるんだね」

 

 無の存在を感じながらおれは憎しみを振り撒く存在に向かって飛ぶ。

 

 話し合いで解決出来るなら、互いに歩み寄ることも出来るけど、それが出来ない相手がいるなら力で言うことを聞かせるしかない。

 

 だからおれたちは平和を作れないって一騎は言ったんだ。だから平和を作るのはみんながやって。

 

 おれはその為に力で戦うから。

 

 

 

 

to be continued…



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皆城総士になってしまった…47

ホント味方が多くて苦労するって嬉しい悲鳴だけど、敵もその分嬉しい悲鳴をあげるぞ。

気付いた人もいるだろうけど新型ファフナーの由来のアニメ見返してたらなんかちょっとヤバい感じの事を思いついて。たぶんウォーカーさんは泣いていい。


 

「状況は?」

 

 CDCに来ると既に要先生と近藤先生が配置に着き、敵の情報を解析していた。

 

「すみません、遅くなりました!」

 

 遅れて弓子君も入ってくるが、皆アルヴィスの制服ではなくエプロンや割烹着姿だった。まさかフェストゥムが1日の内に2度も、しかも時間差で攻めてくるとは思いもよらずしかも夕食時だ。火消し忘れの二次災害が出ないことを祈りつつ、状況を整理する。

 

「ソロモンの解析によれば敵はアザゼル型ウォーカーと断定。竜宮島海域にフィールドの発生を確認。ヴェルシールド展開済みですが既に第一ヴェルシールドは突破されました」

 

「敵は彦島に陣地を確保。現在マークニヒトが迎撃中。しかしパイロットが不明です」

 

「パイロットは総士君ではないと?」

 

 近藤先生が敵の詳細を、要先生が現状を伝えてくれる。

 

 ザルヴァートル・モデルに乗れるのは一騎と総士君、そしてミツヒロの息子の3人だけだと思っていたが、他にも乗れるパイロットは――。

 

「先発のファフナー部隊出撃します!」

 

 弓子君の報告と共に出撃したファフナーは、新型のアルゴノート・モデルの2号機と、ノートゥング・モデルのマークアインだった。マークアイン……こちらに総士君が乗っているのか?

 

「マークアインに通信を」

 

「了解。回線開きます」

 

 直ぐ様マークアインとの通信が開かれ、モニターにはやはり総士君の姿が映った。

 

『真壁司令…?』

 

「マークニヒトに乗っているのは来主操だな?」

 

『はい。来主が現在マークニヒトでの迎撃展開中です』

 

 来主操は既に島を守る為に幾度も戦っている。今さら疑うようなこともしないが。

 

「大丈夫かね?」

 

『僕は彼を信じていますから』

 

 疑いようもなく即返事を返した総士君は、それほどまでに彼を信頼しているという証だ。

 

 来主操と共に生活するようになって幾日も経つが。人らしくないところもありながら下手な人間よりも人間らしいその在り方に好感を抱くのにはそれほど難しくはなかった。見た目が総士君に似ているからだろう。一騎も警戒はしていないのならば、彼は敵ではなく島の住人として申し分ない存在だろう。

 

「数が必要だ。グノーシスも出す」

 

『溝口さんはともかくパイロット候補生は』

 

「わかっている。だが敵はこれまでにない大攻勢を島に掛けている。責任は私が取る」

 

 敵の数がこれまでにないほど多い。出せる戦力は少しでも多い方が良い。島をやつらにくれてやるわけには行かないのならば、未だ未熟な戦士たちですら駆り出さなければならない。その責務は司令官である自分が果たさなければならない。

 

『直ぐに対応出来るよう、展開は竜宮本島でお願いします』

 

「了解した。後方支援はこちらに任せたまえ」

 

『ありがとうございます』

 

 マークアインとの通信が閉じる。前線で戦いながら指揮を取る事に集中する為だろう。背中は任されているのだから、その信頼に応えるのが我々の仕事だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「聞こえるか、来主」

 

 マークアインからマークニヒトに向けてクロッシングで呼び掛ける。無線通信も使いたい所だが、ディアブロ型が居る場所で電波通信は自殺行為だ。

 

『ごめん総士! でも――』

 

「状況は察している。そのままマークニヒトで敵の本隊を相手出来るか?」

 

『やってみせるよ! マークニヒトがおれに力を貸してくれてる』

 

 来主は以前、マークニヒトに乗って戦ったこともある。僕よりもフェストゥムである来主の方が、マークニヒトの力をより強く引き出せるだろう。

 

「雑魚はこちらに任せろ。立上!」

 

『はい!!』

 

 立上のマークレルネーアがバスターソード・ライフルを構え、射撃モードで敵のスフィンクスB型種を薙ぎ払う。

 

 レヴィンソードを構え、スフィンクスA型種を切り裂く。

 

 レージングカッターを脇を過ぎ去るウーシア型に打ち込み、ワイヤーを巻き上げながらレヴィンソードでコアを貫き破壊する。

 

「よし。動かせる」

 

 左目が疼くが、許容範囲内だ。

 

「後続のファフナー部隊はまだか…」

 

 時間は夕食時とあって突然の敵襲だ。僕と立上もアルヴィスの中に居たから最初に出て来られただけだ。

 

 スカラベJ型が向かってくるが、それをジャンプして避けながら装備してきたゲーグナーを撃ち、レヴィンソードで傷口から切っ先を抉り込み、真っ二つに切り裂く。

 

 マークニヒトよりも人の戦い方をする分、違う自分になることを求められる。違うモノになる方が穏やかさを感じるとは。僕もまだ自分を御しきれていない証拠か。

 

『総士!』

 

「乙姫!」

 

 乙姫のマークツヴァイが海から飛び出しながらルガーランスを投げてくる。僕もマークツヴァイに向けてレヴィンソードを投げる。

 

 レヴィンソードはマークツヴァイの背後から現れたプレアデス型を貫き、マークツヴァイの投げたルガーランスは僕の背後から迫っていたスフィンクスB型種の胸に突き刺さった。

 

 ルガーランスの柄を掴み、そのままスフィンクスB型種のコアをプラズマ弾で撃ち抜いて破壊する。

 

 乙姫の方も、レヴィンソードでプレアデス型を倒してそのまま背中合わせに機体を寄せる。

 

「いったいどうなっている…」

 

『憎しみのコアが、海の存在を使い潰してでも島を沈めようとしてる』

 

「弱った手駒に用はないというわけか」

 

 竜宮島に特化した戦い方を出来るウォーカーを捨て駒にする程の何かをしようと言うのか? その意図が読めないが、島を沈めるというのならば対応するまでだ。

 

『う゛っ、ああっ』

 

「ぐっ。…島の、痛みか」

 

 彦島は今激しい戦いが繰り広げられている。島の痛みが僕たちに伝わってくる程に。

 

「空までもか……」

 

 空を覆うオーロラ。確実に島を殺しに来ているようだ。

 

「ぐあっ」

 

『総士!!』

 

 っ、スフィンクスB型種が伏せていたか。

 

 なにもない空間から触手だけが伸び、左肩を貫いていた。侵食が近い。本体に入られるっ。

 

『ごめんっ、総士!』

 

 肩口が焼ききられる痛みを感じながら逆手に持ち替えたルガーランスで上の虚空に向かって刃を突き刺す。

 

 だが障壁によって突き出した切っ先は受け止められた。

 

「くそっ。…乙姫!!」

 

『総士の中から出て行って!!』

 

 マークツヴァイが僕の肩に突き刺したレヴィンソードから結晶が生えて内部侵食を同化する。結晶が触手を伝って、虚空からスフィンクスB型種が姿を現しながらルガーランスの上に落ちてきた。胸に突き刺さったルガーランスのプラズマ弾を浴びてスフィンクスB型種は消えた。

 

『大丈夫!? 総士』

 

「ああ。僕は平気だ」

 

 改良前のノートゥング・モデルであるマークアインであったから侵食速度が思ったより早かった。乙姫のお陰で命拾いをしたな。

 

 油断も隙もない戦い方は間違いなくウォーカーの群れのフェストゥムの戦い方だ。

 

『ミナシロ!』

 

『総士!!』

 

「一騎、ミツヒロ」

 

 マークザインとマークレゾンも出撃した。3機のザルヴァートル・モデルならばアザゼル型でも倒せるだろう。

 

「ウォーカーが攻勢を仕掛けてきた。ヤツを倒さなければ島が沈む」

 

『ウォーカーが!? かなり弱らせたはずなのに』

 

 あれだけ弱らせてからまだ時間は経っていない。つまりかなり無理をして来ているはずだ。ならばここで倒せれば後顧の憂いを絶つことも出来る。

 

「未だ姿は見せていないが、存在は感じられる。海のフィールドを破壊して敵を減らすぞ」

 

『島の守りはどうする?』

 

「それは僕たちに任せろ。一騎、お前は敵フィールドを破壊しろ」

 

『わかった』

 

 マークザインが飛び立つ。リミッターが施されている分、性能は落ちるが、それでも敵のフィールドを破壊するくらいなら今の一騎でも充分こなせるだろう。

 

「ミツヒロは来主のもとへ。敵の策に対抗してもらう」

 

『了解!』

 

 ワームによる転移で跳ぶマークレゾンを見送ると立上のマークレルネーアが帰ってきた。

 

『倒してもキリがありませんね』

 

「敵は消耗戦に移行しつつある。無理せず勢いはセーブしろ」

 

『了解。でも、全然まだやれますから。必要なら遠慮なく言ってください』

 

「なら少し休め。……長丁場になるかもしれないからな」

 

 圧倒的物量があるのにも関わらず、その攻め方は消極的だ。彦島に陣地を確保しているといっても、ウォーカーはその気になればアルヴィス周囲15万tの海水の何処からでもフェストゥムを送り込んで来れる。

 

 島全体をカバーするにはファフナーの数が足りない可能性もある。

 

 転移移動できるマークレゾンとマークレルネーアの運用には細心の注意を払う必要があるが、最大戦力であるザルヴァートル・モデルのマークレゾンを遊ばせておくわけにもいかず、立上に頼るしか今は出来ないことが歯痒い。

 

『皆城くん!』

 

『待たせたな!』

 

『これより指揮下に入る』

 

 マークゼクス、メガセリオン、ベイバロンが戦闘配置に着いた。

 

 クロッシング完了。双方向量子通信接続。

 

「羽佐間、聞こえるか」

 

『うん。…私が島の空を守るから』

 

 未だ制空権を掌握される程敵の姿はないが、マークゼクスで出てきてしまった以上無理はさせない戦い方を考えなければならない。

 

「マークゼクスでは君の力には耐えられない。万が一には退いて貰うぞ」

 

『うん。ありがとう。いつも心配してくれて』

 

「君がいなくなると皆も悲しむ。だからそうならないために気を配るのが僕の仕事だ」

 

 羽佐間との会話を終えて僕はメガセリオンとベイバロンに通信を開く。

 

「メガセリオンとベイバロンには本島直掩を要請。グノーシス部隊と共に島に上陸する敵を任せます」

 

『了解した。…グノーシス部隊ってのは島で用意した方か?』

 

「ええ。ルーキーではありますが、ファフナーパイロットとして訓練をして来ました。最低限の作戦行動は取れるでしょう」

 

『ルーキーを抱えたまま戦えと?』

 

 軍人であるカノンからすればルーキーを抱えたまま敵の大群と戦うかもしれない戦場は不確定要素だらけで嫌がるだろう。

 

「隊長機は百戦錬磨の猛者だ。余裕があれば気にする程度で大丈夫だ」

 

『百戦錬磨……?』

 

『おいおい、新米のおじさんをあまりいじめないでくれよ』

 

 カノンと話していると横から通信に割り込みが入った。グノーシス部隊も出撃した。ファフナーパイロットとしては新米でも、その戦場を渡り歩いた経験は僕たちにはない貴重な物だ。

 

『なるほど。溝口さんなら納得だ』

 

『ファフナーパイロットとしてはそっちが先輩だ。頼りにしてるぜ?』

 

 大人たちの落ち着いた会話で広登たちも落ち着ければ良いのだが。

 

「広登、里奈、暉。聞こえるな」

 

『は、はい!』

 

『き、聞こえます!』

 

『〈聞こえます〉』

 

「戦闘指揮官として命令する。必ず生きて戻る事を最優先事項として設定。良いな!」

 

 僕たちの戦いは島を守りながらも、生きて帰る事が最低限の条件だ。それを守ることを第一に行動する事をこの戦いで学んで貰う必要がある。

 

『『了解!』』

 

『〈了解!〉』

 

 配置を終えたところにようやく要たちも出撃した。

 

「来たか!」

 

『遅れてすまないね。剣司のバカを連れて来るのに手間取ったよ!』

 

『恐いよぉ、眠いよぉ…、帰りたいよぉ……』

 

『うぉぉぉおお!! ゴウバイン、参上!』

 

 寝ていた剣司を叩き起こしに行っていたらしい。近藤先生はCDCに居るのに。いや、先生が家に帰っていなかった可能性もあるか。

 

「マークドライ、フュンフ、アハトはトリプルドッグで慶樹島に展開。防衛線に上陸する敵を迎撃!」

 

『了解! さぁ、どんどん掛かってきな!!』

 

『止めてよ姉御ぉ…、戦いたくないよぉ』

 

『行くぞ、ゴウバイン!!』

 

 いつも通りの3人組に安堵しつつ、これ程の仲間をすべて僕が守る。その重圧を感じつつも、それが僕の守るべきものだと改めて実感する。

 

「ティターンモデルに動きがない? なにかあったのか」

 

 ティターンモデルのコックピット・ブロックの収容は確認しているのに起動が出来ていない。

 

「将陵先輩…」

 

 こちらの通信も応じない。なにかが起こっているのか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「…もう一度……お願い、します…っ」

 

 これで四度目の再起動。でもティターンモデルは起動してくれない。

 

 スレイプニール・システムにも小型のコアが使われている。機体のコアとの同調させて並列起動させる為に、スレイプニール・システムを起動させるのにもシナジェティック・コードの形成が必要になる。

 

 シナジェティック・コードの形成数値が落ちている私は、とうとう先輩の背中を守ることも出来なくなった。

 

「蔵前……」

 

「次は、…次は必ず起動させます!」

 

 三度目の正直は既に終わっているけど、だからって降りられない。降りるわけには行かない。

 

「……もういい蔵前。今すぐ降りろ」

 

「っ、そんな、待ってくださいっ」

 

 私はまだここにいるのに降りられるわけないじゃないですか。

 

「このまま起動出来たとしてもお前がいなくなるだけだ」

 

「それは先輩だって」

 

 私が降りても先輩ひとりで機体とシステムの三重負荷状態で同化現象が加速してしまう。ジークフリード・システムだって部隊管制用の負荷が重いものを載せていて、二人乗りが前提だって皆城くんも。

 

「お前は充分戦ってくれたよ蔵前」

 

「そんな、そんなこと、言わないでくださいっ」

 

 私は充分戦えていない。島の為に戦えていない。先輩の為に戦えていない。みんな戦ってるのになんで私だけ。

 

「身体の中のミールの因子を減らすことで、ミールがお前を守っているんだ」

 

「ミールが……なんで…」

 

 ミールが私の生命を守る為に私の中のミールの因子を減らすって、ファフナーに乗れなくなったのはその所為?

 

「でなかったら末期症状でもうお前の生命がなくなっていた」

 

「私の、生命が……」

 

 同化現象の末期症状。身体が結晶化して砕け散る。私がいなくなっていた。

 

「祝福を与えてミールは力をくれる。そして生命を守る」

 

 将陵先輩が私を振り向く。その目がまるでフェストゥムの様に金色に光っていた。

 

「戦えないことを悔やまなくていい。蔵前は充分戦ったんだって、ミールが判断したんだ」

 

 ティターンモデルのコックピット・ブロックが排出されてハッチが開く。シートから立ち上がった将陵先輩が私に手を差し出した。

 

「私は……」

 

 この手を取ってしまえば、私はもう二度とファフナーに乗れないかもしれない。

 

「そんなのイヤです。だって私は…」

 

 もう先輩にいなくなって欲しくないからたたかっていたのに。

 

『僚なら大丈夫よ』

 

「え?」

 

「祐未…」

 

 将陵先輩の隣に祐未先輩が見える。なんで? どうして。

 

『果林ちゃんの気持ちもわかるわ。でも今は島を守らないとならないの』

 

「祐未先輩……」

 

 祐未先輩にそんな事を言われたら、私が逆らえるわけないじゃないですか。

 

『島は私たちが守るから』

 

「っ、……はい」

 

 将陵先輩の脇を通り過ぎて、コックピットから出て振り返った。

 

「必ず、帰ってきてください」

 

見送るしか私には出来ない。今も、この前も。ただ無事に先輩が帰ってくることを。

 

「ああ」

 

『こんどはちゃんと帰ってくるから。心配しないで』

 

 コックピット・ブロックが格納されてあっさり起動したティターンモデルがエレベーターでリフト・アップされるのを見送る。

 

「ずるいですよ。祐未先輩」

 

 いなくなっても、将陵先輩の事を想い続けて。

 

「バカみたい。勝てっこないよ……」

 

 それでもせめて笑顔で先輩を見送ろう。泣くのはあとでも出来るんだから。

 

 

 

 

to be continued…



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バレンタインデーになってしまった

バレンタインデーに間に合わなかった。今週忙しすぎだってよさ。

その代わり砂糖多めにして戦いもない平和な島の風景をお届けします。なおキャラ崩壊注意報と1話じゃ終わらない模様。


 

 様々な意味で悩ましいこの日を今年も迎えることになった。

 

 所謂バレンタインデーと呼ばれる日だ。

 

 平和という文化を受け継ぎ守る為にあるこの竜宮島でも、春夏冬休みは存在し、クリスマスお正月ゴールデンウィークも存在するのだから当然と言わんばかりにバレンタインとホワイトデーまで存在した。

 

 僕は将来に備えて身の周りの子供たちと角が立たない当たり障りのない対応を努めてきた。

 

 結果広く浅く僕は島の子供に認知されている。小中一貫性の学校の校長が父であったことも十二分に影響はあるだろうが。

 

 そういった意味でもこの時期は毎年悩ましいのだ。

 

 小学生なら軽い小物やクッキーのプレゼントくらいで済んでいるが。

 

 中学生となると思春期真っ盛りとあってプレゼントのグレードが一気に上がって困るのだ。

 

「……………」

 

 下駄箱の前で持参した紙袋を広げる。

 

 パカッと下駄箱を開けるとドサッと落ちてくる小包の数々。小さなものが多いのは何かの暗黙の了解でもあるのかと思うほどに小さい手紙と共に下駄箱の中に詰め込まれていて、甘ったるい匂いが周囲に広がった。

 

「なんか、スゴいですね。総士先輩」

 

「立上か」

 

 下駄箱の中の小包を丁寧に移しながら隣から身を乗り出してきた立上を見る。彼女からも僅かに甘い香りが漂ってくる。

 

「毎年どう消化したものか悩む」

 

「それほど慕われているってことですよ」

 

「慕われる理由がない」

 

 何故当たり障りのない行動を取っていただけで、こうも重いものを背負わなければならないのか。

 

 一方的に強い想いを抱かれても戸惑うだけだ。

 

 一騎たちみたいに正式なファフナーパイロットであったり、乙姫の様に身内からでならば理解できるのだが。

 

 ふと気になって立上の方に視線を向けた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 総士先輩があたしの方を見て止まった。口はなんとも言わないけれど、視線ではあたしはどうだったのかと問われている視線だった。……やっぱりチョコの匂いは誤魔化せなかったか。

 

「あたしは別に…」

 

 とはいいつつも、下駄箱の中には総士先輩程ではないけどいくつかチョコが包まれている小包や包装が入っていた。

 

 ただうん。何個か女の子からのものがあるのがびっくり。

 

「要もボヤいていたな。何故女子からもチョコレートが贈られてくるのだと」

 

「あぁ……」

 

 要先輩の話題を聞いて納得してしまった。姉御肌って言うんだっけ? 要先輩カッコいいから。

 

 柔道強くてスポーツも万能で。学校の女子の中なら間違いなく要先輩は一番だ。でもなんであたしにまで来るんだろう?

 

「うっ……」

 

 試しに手紙を開いてみたんだけど、あまりのガチさに頭が痛くなりそう。

 

「『親愛なる立上様へ。わたしは貴女を一目見た時から貴女の顔が忘れられません。朝も昼も夜も毎日貴女の事を考えてしまい、学校で見掛ける度につい視線で追ってしまう程、貴女の凛々しさに心を奪われてしまいました』」

 

「総士先輩、あたしと付き合ってください」

 

「気持ちはわかるが落ち着け立上。まだ女子からの手紙だとは限らない」

 

 あたしが無言で差し出した手紙を受け取り、内容を音読し始めた総士先輩の言葉が区切れたところで背筋に震えが走ったあたしは総士先輩に救いを求めたものの、その言葉はスルーされてしまった。

 

「ピンクの包装紙に手紙のレターシールもハートマークの時点でアウトですって!」

 

 冷静に分析しようとする総士先輩に突っ込みを入れつつ、あたしはこの手紙の差出人について心当たりはないか記憶を辿るものの、それらしい生徒は引っ掛からない。まさかストーカー!?

 

「おい立上」

 

「だって身に覚えないですよ。ストーカーですよ絶対!」

 

 バッと総士先輩の腕にしがみつきながら前後左右を確認するくど、こっちを見張るような視線は見受けられない。

 

「この小さな島でストーカー事件など起こってたまるか…」

 

 若干飽きれつつも、また手紙を読み返す総士先輩。あたしに配慮してか、今度は言葉だけでなく目で読んでいる。なにか手懸かりはないかと真剣に読んでいる総士先輩の横顔がとても頼もしい。

 

 総士先輩の肩に頭を乗せながら顔を付き合わせる。

 

「文字の筆跡は所々丸い所謂女子文字というものか」

 

「もうギルティですよ……」

 

 身体が変わってから色々な視線を向けられた。興味がある感じとか、男子のバレバレな視線とか。残念、この服の中を知っているのは総士先輩と乙姫ちゃんと来主くんだけだ。

 

 確かに女子のちょっと危ない感じの視線もあるというか体育の授業での着替えなんかだと里奈をはじめクラスの女の子に揉みくちゃに合うけど、あれも半分は女子のじゃれ合いみたいなものだし。ファフナーに乗ったら大きくなるとか変な勘違いをされて総士先輩に紹介してなんてことも言われるけど、この身体の変化だってある意味寿命を縮めている様なものだし、ファフナーは間接的な要素であって直接の関係はミールにあるから誰でも成れるわけじゃない。

 

 その辺りを説明してもみんなまだ理解できないから説明出来ないし。

 

 だってチョコだって去年までは里奈との友チョコ交換とか広登になんとなくあげてただけだし。

 

 なんというか露骨すぎて感動もへったくれもない。

 

「それにこういうのって普通は放課後に校舎裏で待ってますとかで締めるじゃないですか」

 

「一般論としてはそうだな。『わたしは貴女をいつも見ています』そう締め括られているな」

 

「絶対にストーカーです。あたしに同性愛なんて特殊性癖はありませんので。総士先輩、付き合ってください」

 

「学校での噂は耳にしている。見ないフリをするか対応するかは立上が決めろ」

 

「……あたしのこと、守ってくれますか?」

 

「立上に危害が及ぶようなら、僕のできる限りで力になることを約束しよう」

 

 こういうことはさらりと言えちゃう辺りが総士先輩が総士先輩である由縁なんだろうなぁ。

 

「先ずはこの手紙を鑑識にまわして指紋採取と筆跡を島のデータベースに照らし合わせれば1日でケリはつけられる」

 

「それはなんだか卑怯な感じがする上に負けた気がするので最後の手段にしてください」

 

 いくらあたしでもこの手紙を書いた娘を公開処刑にするのは偲びないので出来れば穏便に済ませたいんです。そんな手を使ったらあたしまで大人たちに公開処刑の目にあいますから。

 

「ならばミールの力で」

 

「お願いですから人間としての範疇で片付けましょう」

 

 さすがにそれは公開処刑にはならなくても人として負けた気になるのでやめてください。

 

「仕方がない。なるべく穏便に済ませたいのならば選択肢は限られるぞ」

 

「それでも構いません」

 

 総士先輩が動く気がしたから肩から頭を起こして向き直る。

 

「この手紙の差出人は立上に好意を向けていることは先ず間違いない。故にその好意を逆手に取る」

 

「どうやってですか?」

 

「僕と立上が親密であると相手に思わせ、嫉妬心を煽り、我慢できずに飛び出してくるのを待つ方法だ」

 

「……総士先輩って思考がサディストですよね」

 

「テクニカルな対処法を提示したまでだ」

 

 でもそれなら今でも時々普通の男女のカップルよりもスゴいことはしてる気がする。主にあたしが総士先輩に甘えてるだけだけど。

 

 そして総士先輩は丁寧に包装された小箱を鞄から取り出した。

 

「放課後に渡そうとした物だが。これを立上に渡そう」

 

「え?」

 

 差し出された小箱。総士先輩の性格が良く出てるきっちりとした赤色の包装に白いレースのリボンが巻かれたちょっとすごい小箱。

 

 総士先輩から小箱を受け取る。おかしな気配も視線も感じない。

 

「これ。あたしに?」

 

「そうだが? ビターだが味は保証しよう」

 

 ボンッと音が鳴りそうなくらい一気に顔が熱くなった。

 

 総士先輩があたしにチョコをくれた。しかも言い方の雰囲気的に手作りのチョコを。

 

「た、立上…?」

 

「……ごめんなさい、総士先輩」

 

 ばさばさと手から吊るした紙袋が乱暴に揺れる。

 

 総士先輩に飛び掛かる勢いで総士先輩の首に腕をまわして抱き着いた。

 

 でも今、総士先輩に顔を見られるわけにはいかない。だって嬉しさが感極まって目の前は涙でぼやけているし、顔だって多分情けないくらいには真っ赤だし。

 

 それが落ち着くまでは総士先輩からは離れられない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 登校すると昇降口はいつもより騒がしく感じた。

 

「なんだろう。甘い匂いがいっぱい」

 

「ああ。来主は知らないんだな」

 

「知らない? 何を」

 

 バレンタインデーなんてフェストゥムの来主が知るわけもなく、お世話になった人や、想いを寄せる好きな人に日頃の感謝や告白と一緒にチョコを渡す日だと簡単に説明した。

 

「だから一騎も甘い匂いがするんだ。一騎は総士にあげるの?」

 

「あぁ。まぁ……」

 

 4年ぶりにちゃんと話せているし。俺が敵と戦って帰ってこれるのも総士のお陰だし。こんな日にチョコを渡すなんて総士も困るだろうけど、でもこうじゃないと日頃の言えない言葉も出せないし。

 

「総士と芹だ」

 

 来主の声で現実に戻って来ると、下駄箱の前の廊下で。総士に抱き着いている立上の姿があった。昇降口が中々人がいなくならないわけがなんとなくわかった。

 

 またなにかあったのか?

 

「総士」

 

「一騎か」

 

「か、一騎先輩!?」

 

 俺が総士に声をかけたら立上は驚いた様に身体を跳ねさせながら少しだけ総士から離れてこっちを見た。総士はいつもと変わらない。

 

「こんなところでだと目立つぞ?」

 

 俺がそう言うと立上は耳まで赤くさせる勢いで赤くなって総士の顔に隠すように影に隠れた。乙姫もだけど、仲良いんだな立上も。

 

「そうだな。少しだけ考えなければならない案件があってな」

 

「なにかあったのか?」

 

 この事を一騎に話すかどうか一考する。相手は決まったわけではないが、恐らく女子だろう。

 

 三人寄れば文殊の知恵とはいうが、相手は女子だとして男子ふたりと女子ひとりで考えても良い答えは出ないだろう。

 

「いや。この案件は僕の方で解決できることだ。一騎が気にする程でもない」

 

「そうか。なんかあったら言えよ?」

 

「ああ。ありがとう」

 

 一騎の申し出を断るのは偲びないが、この問題は僕と一騎が組んだとして、解決は出来るだろうが穏便に済ませたい立上の意向には沿えないだろう。

 

 故に力になれず心なしか肩を降ろしている一騎に痛む心を抑えつつ誰に相談を持ち掛けるべきか考える。

 

「とても強い心を感じる。それはなに? 総士」

 

 一騎の脇から身を乗り出してきた来主。フェストゥムの来主がそう感じるのならば並みならない想いが込められた手紙であるのだろう。

 

「来主くんもこう言っていますから。この手紙は燃しましょう。お焚きあげしましょう…!」

 

 ただのラブレターがお札と同列扱いとは如何なものか。

 

「HRも始まる。来主が居れば人の悪意がわかるだろう。来主、立上と一緒に教室に向かってくれ」

 

「うん。いいよ。行こう芹」

 

「う、うん。…総士先輩」

 

 まだ不安そうな立上の頭を少々乱暴目にくしゃりと撫でてやる。

 

「心配するな。放課後までには対策を考えておく」

 

「はい…」

 

 とりあえずそれで納得させて立上と来主を送り出す。

 

「僕たちも行こう。HRに遅れる」

 

「あぁ。……本当にいいのか? 総士」

 

「頼るときには頼らせてもらうさ」

 

 一騎と肩を並べて教室に向かう。教室からも漏れる程甘い匂いが立ち込めている。この時期は仕方のないことで、大人たちもこの時期は見て見ぬフリをしている。

 

「おはよ、一騎くん、皆城くん」

 

「おはよう、遠見」

 

「おはよう」

 

 教室に入ると遠見は腕を後ろに隠しながらニコニコと笑みを浮かべて近付いてきた。

 

「はい。一騎くん、皆城くんにも」

 

 そう言いながら手渡されたのはクッキーが入っているだろう小包だった。

 

「あ、ありがとう遠見」

 

「いつも悪いな」

 

「今回は美味く出来てると思うから。あとで感想聞かせてね?」

 

 毎年遠見からこうしてクッキーを貰っている。

 

 本命は一騎だろう。僕の場合はこのクッキーの作りを教えた義理だろう。

 

 僕のはあとで渡しても構わないだろう。彼女も義理堅いな。

 

「お前も遠見から貰ってたんだな」

 

 この4年間。一騎との距離を計れなかった僕は、一騎の知らないことを沢山抱えた。これもそのひとつだ。

 

 料理について僕は教えてはいないが、クッキー作りを教えたのは僕だ。3年前のバレンタインデーに便乗してどうにか一騎との関係修繕が出来ないかとトチ狂った僕は最高のバタークッキーを作ろうと躍起になっていたが、そのクッキー作りの練習時間を僅かでも確保する為に学校の家庭科室で練習していたのだ。

 

 それを遠見に見られてから味見をしてもらい何故か作り方の教えを請われたのが始まりだった。

 

 それ以来バレンタインデーや誰かの誕生日にクッキーを焼くときにこうして手渡される。

 

 羽佐間先生が教室に入ってきた。今日も長い一日になりそうだ。

 

 

 

 

to be continued… 

 

  

 




バレンタインデーである程度視点は自由に出来るので、活動報告辺りに「このキャラとの絡みが見たいななんてのがあれば気兼ねなくどうぞ。

正直頭痛くなるくらい仕事で頭使ってるからネタが考えられなくてインスピレーションが欲しいんですよ。


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バレンタインデーになってしまった 2

久し振りの更新が季節外れのバレンタインデーネタで身体から結晶が生えそうだけど。

BEYONDが来年の1月から12話で先行上映されるらしい。

まだ砕け散るには早い……。BEYONDを見終わるまではまだ私はここにいることを選び続けるだろう。


 

「珍しいじゃん。総士があたしに相談なんてさ」

 

「早急に解決しなければならない案件なんだ。だが僕でも妙案が浮かばなかった。その為に意見を求めるならば要が最も適していると判断した」

 

 昼休み。咲良は総士に声を掛けて教室の隅で話していた。

 

 この時期で男女の密会というのは色々と余計な事を勘繰られてしまうが、ファフナーの指揮官とパイロットである。そういった繋がりのお陰でふたりに聞き耳を立てている気配はなかった。

 

「……なにこれ」

 

「なにも聞かずに先ずは読んでみてくれ」

 

 総士が差し出した件のラブレターを怪訝な表情で見詰める咲良。

 

 咲良からすれば似合わないことをしている総士はどうかしたかと思ってしまったが、真剣な表情に取り敢えずラブレターにしか見えない手紙を受け取った。

 

 そして読んでみて、別の意味で面倒ごとの舞い込みに咲良は肩を落としながら言葉を紡いだ。

 

「事情はなんとなく読み込めたけど、あたしからどうこう言えたもんじゃないわよ?」

 

「率直な意見として、その手紙の差出人に立上を諦めさせるのにはどうしたらいい」

 

 立上 芹。

 

 新人ファフナーパイロットとしてはずば抜けた能力を持っていて、自分のひとつ下なのが嘘のように思える美人な後輩。というのが咲良の持つ芹の評価だった。

 

「そうねぇ。ていうかあんたが立上と付き合っちゃえば万事解決な気がするけど?」

 

 普段あれほど見ている側が恥ずかしくなる様なやり取りをしていて付き合っていない男女の仲というのが咲良は信じられなかった。

 

「やはりそうして相手を誘き出す作戦が最も有効か」

 

「だからなんでそうなるってのよ」

 

 不器用ながらもコミュニケーション能力は一定力有している総士だが。恋愛脳が死滅しているのではないかと思わずにはいられない考えにたどり着く作戦指揮官に咲良は頭痛を覚えそうだった。

 

「まぁ。あんだけ人目も憚らずにイチャコラしていてこんな手紙を出してくるってことは、相手も本気だってわけ」

 

「なるほど」

 

 本当にわかっているのかと思いながらもあの総士から意見を求められていることに少し気分が良かった咲良は少しだけ付き合ってやる事にした。

 

「一応下級生の間だとあんたたち付き合ってる事になってるくらい噂になってるけど。そこんところどうなのよ?」

 

「別に僕は立上と交際しているわけじゃない」

 

 じゃああの砂糖が吐けそうな程の普段の行いがスキンシップとでも言えるのだろうかと咲良はジト目で総士を睨む。

 

「要の言いたい事はわかる。だが僕は彼女からの好意を受け取れる様な人間じゃない」

 

「どういうことよ」

 

 好意に気づいているのなら朴念仁というわけでもない。なのにのらりくらりと女の子の好意を躱しながらもあんな風に接しているのはある意味最低な男だ。でもそこまで総士がバカではない事も咲良はわかっている。

 

「僕の所為だ…」

 

 ただその一言で締め括られた。そうなると喋る気はないのは咲良も察せられる。

 

「まぁ。あんたたちの間に何があったか深くは聞かないけど。これをどうするかって所よね」

 

「要は普段はどうしている」

 

「あたし? 別になんもしてないわよ。まぁ、付き合ってくださいとかって言うわけでもないからね。応援してますとか、憧れですとか、そんなもんよ」

 

「そうか」

 

 そこで少しホッとしている総士を見るが、咲良もその総士の気持ちを少なからず読み取れた。

 

 小さな島の小さなコミュニティーでストーカーが出るというのも考えたくないという意味である。

 

 しかしそれに発展しかねないくらいには危ない文章のラブレターが咲良の手元にあるわけだが。

 

「取り敢えず誰がこの手紙を書いたかって言うのがわかれば、あとの解決はトントンよ」

 

「そうだな」

 

 相手がわかればあとは芹から直接言葉で伝えてもらえば良いのだ。

 

「ま、乗り掛かった船だしね。あたしの方でも相手探し手伝って上げるよ」

 

「助かる。今度何か礼をしよう」

 

「なら次の出撃はあたしのマークドライも先発に加えな。それでチャラよ」

 

「いいだろう」

 

 女子コミュニティーの頂点とも言える咲良の協力を得られた事は総士にとっては心強い味方だった。

 

 放課後になって芹たちの教室に向かった総士。すると来主が総士に飛び掛からん勢いで近付いてきた。

 

「総士見て見て! おれもチョコレート貰ったんだよ!」

 

「そ、そうか。良かったな」

 

 口の端にチョコを着けながら両手で貰ったのだろうそれなりの数のチョコレートを抱えて自慢してくる来主の姿は微笑ましかった。

 

「うん! だからさ総士。おれにチョコレートの作り方教えてよ!」

 

「チョコレートのお返しか。ならクッキーの焼き方を教えよう」

 

「ほんと? 約束だよ総士!」

 

「ああ」

 

 見掛けも似通っている総士と来主のやり取りは嬉しいことを報告する弟と、それを受ける兄の様に周りには映っていた。来主は言葉が拙くとも身体で表現するので、言葉を並べるよりも相手に気持ちが伝わり易い利点がある。

 

「お疲れ様です、先輩。それで、どうでしたか?」

 

「ああ。要の協力を得られた。相手がわかればあとは立上の仕事だ」

 

「そうですか。それ以外になにかわかりましたか?」

 

「文脈から相手も本気だろうという事は要も言っていた」

 

「うっ。やっぱり…」

 

 総士の言葉に肩を落とす芹。それも仕方のない事なのかもしれない。

 

「どうかしたの? 芹ちゃん」

 

「乙姫ちゃん…。ううん。なんでもないの」

 

 とは言いつつ苦笑いを浮かべる芹がなんでもないと言ったところで説得力は皆無だった。

 

「ねぇ、はやく帰ってクッキーの作り方教えてよ総士!」

 

「あ、あぁ。そうだな」

 

「クッキー作るの? 総士」

 

「来主がチョコレートのお返しに作るためにな」

 

 話題が総士に逸れた事で芹はホッと肩を撫で下ろした。乙姫には知られたくはないらしい。

 

「じゃあわたしにもクッキー作ってよ総士!」

 

「そうだな。わかった。夕食前になるからあまり量は作れないがな」

 

「やった! だから総士大好きだよ」

 

「おれだって総士のこと好きだよ!」

 

「お、おい。お前たち」

 

「ふふ。仲が良いですね」

 

 両脇から乙姫と来主に引っ付かれる総士は倒れないように踏ん張り。そんな仲の良い兄()を見ながら、芹は総士の背後にまわって抱き着いた。

 

「あたしも。仲間に入れてくれますか?」

 

「芹ちゃんなら良いよね? 総士」

 

「みんなでクッキー作ろうよ総士!」

 

「……ああ。そうだな」

 

 団子になって動き辛さを感じつつも、決して離せとは言わない辺り総士自身も今の状況を受け入れていた。

 

 平和な時間の贅沢な悩み。それを総士は自覚していた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「渡せなかったなぁ…」

 

 放課後に気づいたら姿がなかった総士。昼休みにも咲良と話していたから渡せなかった。だから放課後に渡そうかと思っていたものの、その機会すら逃していた。

 

「どうかしたの? 一騎くん」

 

「翔子? あ、いや。別に」

 

 あとはアルヴィスの総士の部屋に出向いて渡そうかと考えていた所に翔子から声を掛けられた。

 

「なにか用か?」

 

「う、うん。…あ、あのね。コレ、受け取って欲しいの」

 

「チョコレート?」

 

 蒼い包装に白いリボンが巻かれた小包。まるで空をイメージした色合いに翔子らしいと思った。

 

「はじめて作ったから形はちょっとあれなんだけど。味は大丈夫だから」

 

「…ありがとな、翔子」

 

「う、うん。…そ、それじゃ、また、明日ね!」

 

 返事を返す前に翔子は走って教室を出ていった。そんなに急ぎの用があったのか。なんだか悪いことをした様な気分だったものの、それでもチョコレートだけは手渡しで持ってきた翔子を少し尊敬した。

 

「やっぱり渡しに行こう」

 

 そう思って動こうとした所に肘鉄が飛んできた。

 

「っ、なんだ。剣司か」

 

「なんだ剣司か、じゃねーよ! なんで一騎ばっかそんな色々な奴から貰ってんだよ!!」

 

「そんな貰ってないぞ」

 

 貰ってる個数で言えば総士の方が貰ってる。

 

「直接女子から手渡しで貰ってるだろ! っかー! なんで自覚ねぇかなこの朴念仁は!」

 

 ていうか生徒会長の俺にもチョコがひとつくらいあっても良いじゃんかよー!って叫んでる剣司。

 

 それは日頃の行いの所為なんじゃないだろうか。

 

 そう思いながら、早く総士の所に向かうために絡もうとしてくる剣司を避ける。

 

「ちょ、逃げんな一騎!」

 

「悪いけど、忙しいんだよ俺も。じゃあな!」

 

「あ、おい、一騎!」

 

 剣司から逃げる様に走り出す。総士も色々と忙しいかもしれない。それでもチョコレートを渡すくらいの時間くらいはあると思う。

 

 急いで廊下を走って、昇降口を出た所で総士を見つけた。

 

「総士!」

 

「一騎?」

 

 乙姫と来主、立上に引っ付かれて歩いている総士は少し歩きにくそうだった。ちょっと羨ましいなと思った。

 

「……歩き難くないのか?」

 

「…実は言うととても歩き辛い」

 

「そ、そうですよね。ごめんなさい」

 

「それは言わぬが花ってものだよ。総士」

 

「一騎も一緒にクッキー作る?」

 

「クッキー?」

 

 クッキーで総士の方を向くと、来主がチョコレートのお返しにクッキーを作るために練習するそうだ。

 

 遠見から貰ったクッキーも美味しかったのを思い出して、それが総士から作り方を教わったものだった。

 

「俺も行っても良いか?」

 

「そうだよ。一騎にも覚えてもらえば良いんだ!」

 

 来主に腕を組まれて引っ張られる。空いているもう片方の腕は総士の腕と組まれている。

 

「確かに一騎にも覚えてもらえば、来主がいつでも練習できるわけか」

 

 そんな風に真剣に考えている総士を見て。来主の面倒を押し付ける気だとわかるものの、総士も忙しいから仕方がないかと思う。

 

「材料の買い出しから始める。付き合ってくれ、一騎」

 

「ああ」

 

 これだけの人数でクッキー作りともなると材料も色々と必要なんだろう。大丈夫だ。荷物持ちなら任せろ。

 

「あ、総士。これ」

 

「チョコレート?」

 

 濃い紫の包装と緑色のリボンが巻かれた小包を総士に渡す。

 

「いつも世話になってるから」

 

「……世話になってるのは僕の方さ」

 

「え?」

 

「なんでもない。行くぞ」

 

「ああ」

 

 立上が離れた事で少しだけ歩きやすくなった総士が歩き出すと、来主によって腕が繋がっているから一緒に歩くことになる。

 

「わたしが居るのに一騎と二人だけの世界に入っちゃうなんて。ひどいよ総士」

 

「そうは言われてもな」

 

「今夜はオムライスが良いなぁ」

 

「仕方がない。それで手を打とう」

 

「やった!」

 

 総士と乙姫は本当に仲が良いと思いながら、自分も昔みたいに遠慮もなにもない様に出来たらと考えつつ。

 

 今は一緒に歩けるだけでも良いかと思った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 一騎先輩も加わってクッキー作りをしたわけだけども。

 

 改めて一騎先輩の料理の腕を見て。負けてると実感する。総士先輩も料理が上手い。そんな二人から料理を教わっているからか来主くんの手際も良かった。

 

 乙姫ちゃんは専ら食べる専門。

 

「わたしは総士に養ってもらうから必要ないもん」

 

 それは女の子としてどうなのかな乙姫ちゃん。

 

 夕食はそのまま総士先輩がオムライスを作ってくれた。しかも玉子が上にただ被せてあるだけじゃなくて、オムレツみたいな形の玉子をスプーンで割るとトロトロの中身が出てくるちょっとスゴいオムライスだった。デミグラスソースまて手作りって。

 

 お菓子作れて料理も得意で面倒見も良いって。総士先輩女子力高過ぎますよ。

 

 そんな平和な時間が何時までも続いてくれれば良いのにと思いながら、アルタイルの事を考えてしまう。

 

 アルタイルを眠らせる為に島に残った織姫ちゃん。

 

 でも織姫ちゃんにももっと平和な時間を過ごして欲しい。そして今度は織姫ちゃんも一緒に島を出れる方法を探さないとならない。

 

「どうすれば良いのかな……」

 

「なにがだ?」

 

 そんなあたしの呟きはお風呂の中だから小さくても反響して、髪の毛を洗っている総士先輩の耳にも届いてしまったらしい。

 

「え、いや。その。あの手紙の事です」

 

 今は考えても答えは出ないから咄嗟に手紙の話題に切り替えた。ナイスあたし。

 

「暫くは様子を見るしかない。それでも動きがないのなら気にすることもないだろう」

 

「そうですね」

 

 それでも少しだけ不安になるのは相手が女の子だからだろうか。それとも別の気持ちがあるからだろうか。

 

「不安に思う事はない。相手が見つかれば話し合う事も可能だ。対話が充分になされれば理解しあう事もできる。受け入れるにしろ拒絶するにしろ、先ずは話し合う事だ。充分な対話もなく互いに擦れ違ったままでは必要以上の代償を支払う可能性もある」

 

「対話……ですか」

 

 総士先輩のその言葉にはとても重い現実感が込められていた。そんな総士先輩は何処か遠くを見つめていた。

 

「今度は織姫ちゃんも一緒に連れていきます。必ず」

 

「そうだな。織姫だけを残しはしない」

 

「総士先輩も、居なくなっちゃダメですからね」

 

「……善処しよう」

 

「ダメです。約束してください」

 

「無茶を言う」

 

 まだ北極のミールとの戦いも終えていない。

 

 前は沢山の人が居なくなった。

 

 だから今度は誰ひとり居なくならないようにしなくちゃならない。

 

 その為にあたしは命を使う事を選んだんだから。

 

「勝手に背負うな。なんの為に僕たちが居る。痛みを互いに背負うのが僕たちの戦い方だ」

 

 そうは言っても総士先輩はひとりで多くの痛みを背負っているのに人のことは言えないと思う。でもそれを先輩は表に出したりはしないから。

 

 だから支えてあげることしか出来ない事が少し辛い。

 

 だから本当は、もっとあたしに甘えて欲しい。弱いところも、辛いところも。もっとあたしに見せて欲しい。

 

 それを言葉には出さない。それが総士先輩を余計に引き締めてしまうとわかっているから。

 

「ともかく。なにか変わった事があれば直ぐに知らせてくれ」

 

「はい…」

 

 取り敢えずその日はそんな感じで終わって。何時ものように総士先輩と乙姫ちゃん、今日は来主くんも一緒になって眠った。

 

 もうこんな感じで寝ることが当たり前で。

 

 だからこそ。やっぱり織姫ちゃんにも傍に居られる日が早く来ることを願った。

 

 そうして毎日が過ぎて結局なにも変わらない日常は過ぎて。ラブレターの事はすっかり頭の中から抜けてしまった。

 

 

 

 

to be continued… 



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皆城総士になってしまった…48

ようやく正当な続きを投下。

そして我々は私によって思うだろう。

もうお前ら結婚しろよ!と。




 

「何を考えている…」

 

 スフィンクス型を倒し、これで倒した数は30を超えた。だが、これ程の数を倒しても海から新たな敵が現れるものの、積極的な攻勢を相手は掛けてこない。まるでわざと倒されに来ているような節さえ見受けられる不自然さがある。

 

 かといって敵のラインに踏み込もうとすれば嘘のように激しい攻撃に晒される。何かを企んでいるのは明白だとして、その企みがわからないまま時間が過ぎる。

 

 かなりの改善が施されているとはいえ、ファフナーに乗っている間は同化現象のリスクを背負うことに代わりはない。時間が経てば数を限られ、そして人間であるから疲労する此方が不利になっていく。あるいはそれが狙いか?

 

 だがあのウォーカーやアトランティスのコアがそんな消極的な戦い方をするものだろうか。

 

 マークニヒトがいつもよりも攻撃が穏やかに見える。広域に雷撃やワームを放つことなく戦っているが、やはりあのマークニヒトはミナシロでなければ扱い切れないのか?

 

「邪魔だ!」

 

 バスターソード・ライフルでウーシア型を薙ぎ倒し、ワームスラッシャーを放ってシーモータル型の群れを細切れにし、マークニヒトに近付こうとするが、プレアデス型の群れが割って入ってくる。

 

 イージスを展開し、壁の力で群れを受け止め、防御を反転。攻勢防御で群れを呑み込み消滅させる。

 

 マークニヒトへ近付こうとするとこうして足止めされる。まさか敵の狙いはマークニヒトか?

 

「ミナシロ!」

 

『それを僕も考えていたが、それにしてはやはり妙だ』

 

 ジークフリード・システムを介してミナシロに問い掛けるが、ミナシロの言う通り妙に感じる。

 

 マークニヒトもマークレゾンも完全孤立には程遠い包囲網の中だ。ザルヴァートル・モデルの力であれば突破は容易だ。

 

 先程から手応えがない敵。此方から仕掛けなければ手を出してこないまでもある。

 

 マークレゾンをこの場に留めるのが目的か?

 

 その気になれば空間跳躍で離脱も可能だが、その僅かな一瞬を向こうが見逃すかどうか。

 

「なんだ。この気持ちの悪さは…」

 

 明確な悪意、こちらを陥れる罠、厭らしい思惑も感じないこの現状が不安を煽る。

 

 このままなにも起きないわけもないが、なにも起きない事を祈りながらさらにスフィンクス型数体をホーミングレーザーで撃ち貫く。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 マークニヒトの力は強すぎておれに扱える力はそんなに多くはないけど、それでも他の存在を倒すくらいなら大丈夫。

 

 だけどあのコアのやろうとしている事をこのままさせるのもダメだ。なんとかして邪魔したいけど。

 

「どいて。おれを行かせて!」

 

 振るう刃で切り裂く。呼び掛けても応えてはくれないなら、倒すしかない。

 

「きみたちの命、貰うから!」

 

 背中のアンカーケーブルを次々に撃ち込んで同化する。

 

 命を取り込んで力を増していく。

 

 島の力を強くできても、それは向こうもおなじことだった。

 

『来主!』

 

「総士?」

 

 総士がやって来た。でもどうして? 総士は忙しいはずなのに。

 

 次々とフェストゥムを切り裂いて行くマークアイン。

 

 器の力を超えた能力。それを引き出しているのは総士自身の力。

 

「ダメだよ総士!」

 

『相手の狙いが不明瞭だ。このまま停滞するよりも一気に決める必要がある。此方に対応される前にな』

 

 有線回線で直接総士が話に来た理由が来主にはわからなかった。 

 

『出来るな、来主』

 

「……うん」

 

 マークニヒトの力が上がっていく。

 

 おれが乗ったマークニヒトと同じなのに違う。おれが居なくなりそうなくらいにマークニヒトの中は強い力で溢れてる。

 

『力を抑えつける必要はない。指向性を明確にすれば良い』

 

「そうは言っても…っ」

 

 マークニヒトから稲妻が放たれる。

 

 それが次々とフェストゥムを焼いて行く。

 

「やっぱり。おれじゃ扱いきれなくなってる……」

 

 基本的に言うことは聞いてくれる。それでも少しでも力を使おうとすると勝手に動き出そうとする。それが恐くて来主は全力でマークニヒトの力を振るうことが出来なかった。

 

「うわっ」

 

 マークニヒトの腕をスフィンクスB型種が2体掛かりで抑えつける。

 

「な、なに!? ぐっ」

 

 振りほどこうにも、腕を振るって電撃を浴びせる。

 

『ぐっ』

 

「総士!」

 

 クロッシングで伝わってくる総士の痛み。島を傷つけないように戦うのはマークニヒトでは難しい。

 

「総士、やっぱり――」

 

『戦闘中にそれは難しいだろうな』

 

 マークニヒトから降りて総士に乗って貰う事も考えた。それでも総士はそれは出来ないと言う。

 

 マークアインがマークニヒトに取りついたスフィンクスB型種をレヴィンソードで背中から貫き、マインブレードをさらにその傷口に捩じ込み、腕を引き抜いた所で爆発が起き、スフィンクスB型種がワームに呑まれて消滅する。

 

『くっ。孤立させられたか』

 

「総士…」

 

 次々とマークアインとマークニヒトの周りに現れるフェストゥム。

 

 スカラベ型から伸びる触手が2機のファフナーを呑み込もうとする。

 

『ぐあっ、くっぅぅ』

 

「総士!」

 

 アンカーを打ち込み、スカラベ型を同化する。それでも数が多くマークアインがスカラベ型の触手に呑み込まれる。

 

「総士を連れていく気なの!?」

 

 下手に攻撃すれば総士を傷つけてしまう。

 

 そう考えてしまうと来主は下手な事が出来なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 敵の群れを突破し。来主のもとへやって来たものの。

 

 敵の狙いが不明瞭であるならば動かれる前に諸共に粉砕しようとして、敵に包囲されるという状況に陥った。

 

 スカラベ型の触手がマークアインを拘束する様に突き刺さる。触手で覆われ身動きが出来ない状況。機体が軋みを上げる嫌な音も聞こえてくる。

 

「どうする。ここから」

 

 今の状況から脱する最善の道を模索するものの。機体に侵食も受け始め、コントロールが効かなくなってきている。

 

「君は何故、そこにいるの」

 

「フェストゥムの、侵食か…」

 

 僕の目の前に現れたのは幼い姿の僕だった。

 

 抑えつけていたフェストゥムの側の僕の存在が息を吹き返した。

 

「僕が居るべき場所に、何故君は居るの?」

 

「痛みから逃げたお前に、この場に居る権利はない」

 

 僕という存在は、確かに皆城総士にとって異物だったかもしれない。

 

 それでも僕はここに居ることを選んだ。自分で居る事を選んだ。

 

 たとえそれが、別の痛みを産み出しても。それを背負う覚悟を僕は決めた。

 

 痛みを感じても、一騎を同化する事で痛みを与えた相手を消そうとした皆城総士に。痛みを無くすことに逃げた自分に。ここにいる資格などない。

 

『なら、君の憎しみはボクが貰っていくよ』

 

「なんだと!?」

 

 アトランティスのコアだった存在が、幼い僕を背中から包むように抱き締めた。

 

「すべての悪感情を憎しみとしか感じられない存在が。僕の恐怖を同化出来ると思うな!」

 

 そう。フェストゥムの側の僕は恐かったのだ。

 

 自分がどこにもいてはいけない現実に恐怖し。だから一騎を同化して消えようとした。

 

 自分の存在を一番理解してくれる相手とひとつになることで、恐怖を消そうとしたのだ。

 

『無駄だよ。コレには抗うような力がない』

 

 幼い僕が赤い結晶に包まれて行き、僕の胸にも赤い結晶が生えてくる。そこから流れ込んでくる憎しみという感情。理由もなく、ただ憎いと思う感情だけが溢れてくる。

 

「くっ。憎しみの理由さえ忘れた化け物が!」

 

 マークニヒトであれば力任せに振り払う事もできるのだが、それがマークアインには出来ない。

 

「ぐっ、ぅぅっ」

 

 ニーベルングからも結晶が腕を覆うように生え始める。

 

「機体から僕を同化するつもりか…!」

 

 同化に抗うが、それも何処まで保つか。

 

 内臓から掻き乱される様な嫌な感じだ。

 

 機体システムも半分以上がダウンしている。クロッシングは既にリンクを切ってある。

 

『フェンリル、起動認証。認証には認証コードが必要です――』

 

 残されている手段はフェンリルでの自爆だ。ゼロ次元跳躍で跳べるかどうかという不安もある。

 

 だがこのまま同化されるわけにもいかない。

 

 そう考えれば、迷いはない。

 

『フェンリル、起動認証。解放レベルMAX設定』

 

「この僕の存在を、奪わせて堪るものか!」

 

 意識を自分の内側に向ける。自分を構成するミールの因子を伝って、島のミールを感じ取る。

 

『総士!!』

 

「……織姫」

 

 岩戸の中で眠っている織姫の存在を感じた。

 

 手を伸ばす織姫に向かって、僕も自分の手を伸ばした。

 

『フェンリル、解放――』

 

 視界が真っ白に染まっていく。だが恐怖はない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「総士!!」

 

 総士の存在が消えた。

 

「なんで…っ」

 

 真っ白になった世界でマークニヒトが揺れる。

 

 総士がいなくなった……?

 

「な、なに?」

 

 空間が歪んで。ワームの中からファフナーが現れた。

 

 金色のファフナー。その内側には果てしない憎しみを感じる。普通のファフナーじゃない。そして何故か総士の存在も感じた。

 

 マークザインやマークニヒトに似た姿の、金色のファフナー。

 

 その禍々しい力に来主は気圧されそうになる。

 

「なんて憎しみ。こんなのが動き出したら…」

 

 マークニヒトから稲妻が放たれ、金色のファフナーを捉える。しかし、金色のファフナーは腕を振るってその稲妻の檻を打ち払った。

 

 そして金色のファフナーの周りに現れたワームの中からシーモータル型が現れる。

 

「くっ」

 

 ホーミングレーザーを放ってシーモータル型を撃ち落とすものの。金色のファフナーには効果が見られなかった。

 

 未だ動きが鈍い金色のファフナーを連れて、マークニヒトは空へ昇っていく。

 

「でえええやああああ!!!!」

 

 それを一騎のマークザインが、行く手のフェストゥムを蹴散らしながら追っていく。

 

「マカベ!」

 

 それを追おうとミツヒロも飛び立とうとするが。巨大な手がマークレゾンを阻んだ。

 

「っ、…ウォーカーか!!」

 

「はああああああ!!!!」

 

「やああああああ!!!!」

 

 だがウォーカーに斬りかかる2機のファフナーの姿があった。

 

「ここは私たちが抑えるから」

 

「総士先輩を助けにいって!」

 

「…わかった」

 

 マークゼクス、マークレルネーア。

 

 ショウコとセリのふたりから任されたとならやらなければならない。

 

 ミツヒロは直ぐ様マークニヒトとマークザインを追って上空へ飛び立った。

 

「っ、何がおかしいの!」

 

 その様子を見て、ウォーカーが不気味に笑った事を芹は目撃する。なにか企んでいるのかもしれない。

 

「っ、ああああああ!!!!」

 

「羽佐間先輩!!」

 

 ウォーカーがその手にマークゼクスを握り締め、同化しようというのか、白い機体に翠色の結晶が生えていく。

 

「させるかあああ!!!!」

 

 バスターソード・ライフルからエネルギー刃を形成し。ウォーカーの防壁を力尽くで打ち破り、そのままマークゼクスを拘束しているウォーカーの手を切り落とす。

 

「っぐ。えやあああああ!!!!」

 

 マインブレードを抜き、オーラの様な光を身に纏ってマークゼクスはウォーカーの額にマインブレードを突き立てた。

 

 そして刀身をへし折った瞬間に、ウォーカーの頭部が半分程吹き飛ぶ大爆発を生み出した。

 

「芹ちゃん!!」

 

「はあああああ!!!!」

 

 そしてマークレルネーアがウォーカーの胸にバスターソード・ライフルの刃を突き刺し、根本まで沈む様に抉り込む。

 

「食べさせて。あなたの生命を!!」

 

 バスターソード・ライフルから広がるようにウォーカーの身体が結晶に包まれていく。それどころかウォーカーの脚を伝って結晶は海にまで及んでいく。

 

「ぐっ、あがっ。くぅぅぅっ」

 

「芹ちゃん!」

 

 芹の様子がおかしい事に気づいた翔子は直ぐ様マークゼクスをマークレルネーアに取りつかせる。

 

 アザゼル型ともなると存在が大きすぎて芹であっても食べきる事が出来なかった。

 

 それを察した翔子も自らの力で芹の手助けをする。

 

 だが新型のアルゴノート・モデルであっても処理しきれない強大な負荷が、マークゼクスに襲い掛かる。

 

「ぐっぅぅ。ぁあああっ」

 

「は、羽佐間…せんばい…!」

 

 マークゼクスのあちこちから火花が散り、機体に亀裂が走っていく。

 

「機体が…!」

 

「私が、守る…! 一騎くんの、島をっ」

 

 翔子の言葉にシンパシーを感じる芹だったが。しかし実際問題としてこのままでは機体がもたない。

 

「やれやれ。あんまムリすんなよ羽佐間」

 

「ま、将陵先輩…」

 

「よ! 後輩のピンチに颯爽登場ってな」

 

 ティターン・モデルがバスターソード・ライフルの柄に触れた瞬間。一気に負荷がなくなるのを芹と翔子は感じた。

 

「これなら!!」

 

「お願い芹ちゃん!!」

 

「そのまま喰っちまえ!」

 

「おおおおおああっ」

 

 結晶が弾け、バスターソード・ライフルの切っ先に刺さった巨大なコアが露になった。

 

 空かさず芹はそのコアを逃がすまいと直接両手で掴み、コア自体を同化して平らげる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……っ。ご、ごちそうさま」

 

 いつもより苦しさを感じながら、アザゼル型を同化する事の大変さを芹はその身で深く味わったのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 竜宮島上空。雲よりも高い場所でマークニヒトは金色のファフナーと戦っていた。シーモータル型を産み出し、ホーミングレーザーを放ってくる中距離戦闘。そして近づこうとすればワームスフィアを放ってくる。

 

 それらの攻撃をすべて避け、金色のファフナーにマークザインが向かっていく。

 

「返せ! 総士を返せええええ!!!!」

 

 ルガーランスを突き立てるマークザイン。

 

 だが金色のファフナーはその一撃を防壁で防ぎ、刃は届かない。

 

「返せえええええ!!!!」

 

 だが、マークザインが刃を押し込む事で防壁に亀裂が走る。僅かだが沈んだ刃で無理矢理防壁を抉じ開ける様に、さらに刃を押し込む。

 

 迫るルガーランスの刃に腕を伸ばす金色のファフナー。しかしそれすらも貫き、切っ先は金色のファフナーの胸に突き刺さった。

 

 刃を展開しプラズマ弾を放つ瞬間にルガーランスの刀身が折れる。

 

 狙いのずれたプラズマはあらぬ方向に飛んでいく。

 

 体勢の崩れたマークザインに向かって金色のファフナーが拳を振り被る。それに対してマークザインも拳を突き出すものの、かち合ったマークザインの拳が砕けてしまう。

 

「マカベ!!」

 

 背中からバスターソード・ライフルを抜いたマークレゾンがその切っ先を金色のファフナーに突き立てる。

 

「くたばれええええっ」

 

 金色のファフナーの腹部に突き刺さったバスターソード・ライフルのトリガーをミツヒロは引く。

 

 刀身が展開し、プラズマ弾が撃ち込まれる。

 

 だが金色のファフナーはその攻撃を受け身体を黒く発色させ、ワームで周りを呑み込まんとする。

 

「マズい!」

 

 反射的にミツヒロはマークレゾンを下げる。敵の消滅時のワームに呑まれないように動くそれは、もはやファフナーパイロットとしての癖の様なものだ。

 

 だがそれでも構わずに金色のファフナーに向かっていくマークザインの姿があった。

 

「マカベ!?」

 

「一騎!!」

 

 ミツヒロと来主がそれに気付くものの、マークザインは金色のファフナーの広げたワームに呑まれ、姿を消してしまった。 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ここは……」

 

 目覚めた場所は、キールブロックだった。

 

「総士!!」

 

 名を呼ばれ、振り向けばそこには一騎が居た。

 

「一騎?」

 

「総士! 良かった…。いるんだな、ここに」

 

「あ、あぁ…」

 

 此方の手を握って涙を浮かべる一騎に困惑しながら、自分の最後の記憶を辿ると確かに心配されても仕方がない。

 

「ここ。アルヴィスの中だよな」

 

「ああ」

 

 自分達がキールブロックに居る理由。

 

 自分ならまだわかる。だが一騎が居る理由がわからなかった。

 

「待ってたよ。総士」

 

「織姫」

 

「乙姫……。じゃ、ないのか」

 

 そこには織姫が居た。

 

「あなたとははじめてね、一騎」

 

「あ、あぁ…。君は」

 

「皆城 織姫。皆城 乙姫の次を担うために生まれたコアよ」

 

「そ、そうか…」

 

 織姫の自己紹介を聞いて返事を返した一騎だったが、半分は理解出来ていないのだろう。それでも乙姫とは別の存在であると理解出来れば良い。

 

「アトランティスのコアが器を得た」

 

「知ってる。だからあなたを呼んだ」

 

「ああ。だが……」

 

 何故一騎がここに居るのかという視線を織姫に向けた。

 

「選ぶか選ばないかは、個人の選択。それはあなたもよ。総士」

 

「僕の答えは決まっている。だが…」

 

 すべてを知っていて覚悟を決められる自分と異なり、一騎はまだなにも知らない。

 

「……総士」

 

「一騎…」

 

 一騎に呼ばれ。僕は一騎に振り向く。その瞳は真っ直ぐ僕を向いている。

 

 そして一騎はそっと僕の手を取って握り締めた。

 

「一騎?」

 

「俺も、お前と戦う。はじめてフェストゥムと戦った日から、それは変わらない。お前がやるなら、俺もやる」

 

「だが…」

 

 こればかりは本人の意志で決めて欲しい。後悔のないように。この選択は、そういうものだ。

 

「ひとりで背負うな。俺じゃ、お前の背負っているものを背負えないのか」

 

「一騎、これは…」

 

「俺とお前ならなんだって出来ると俺は信じてる。ひとりずつじゃ難しくても、俺たちなら。俺たちはいつも一緒だろ?」

 

「一騎……」

 

 真っ直ぐ見詰められながら紡がれる一騎の言葉に心が揺らぐ。

 

「たとえ人でなくなるとしても、そう言えるのか?」

 

「言える」

 

「何故だ」

 

「総士と一緒だからだ」

 

 なんの疑いもなく言い切る一騎に、織姫が僕たちに近寄ってきた。

 

「あなたの負けよ。総士」

 

「織姫。しかし…」

 

「一騎はもう選んでる。あなたが拒んでも止められない」

 

「僕は良い。だが一騎は」

 

 永遠の存在になる事は、僕自信望むことでもあった。

 

 一騎に、その様なものを背負わせるくらいならば構わない。

 

 一騎に握り締められた手が、さらに握る力を増した。

 

「俺は、お前だ。お前は、俺だ」

 

「一騎…」

 

 乙姫から一騎が継いだ存在を受け入れる言葉。

 

「俺なら平気だ。俺じゃダメなのか、総士!」

 

 一騎以外にその役目を果たせる人間は居ないだろう。存在を受け入れる事は、一騎と乙姫の力だ。

 

 僕に出来るのは、奪う事だ。

 

「人と違う時間を歩む事になるぞ」

 

「ああ。でも、総士も一緒だろ?」

 

「ああ」

 

「なら、大丈夫だ。俺とお前なら」

 

 何が大丈夫なのかの基準がわからないが。一騎と共にならば、確かにどうにかなりそうだ。

 

「すまない。一騎」

 

「謝ることじゃないだろ」

 

 だが謝らずにはいられなかった。この様に巻き込む形で選ばせたくなかった。

 

「島のミールが、あなたたちを守るわ」

 

「ありがとう、織姫」

 

「迷わず進みなさい、一騎。未来はあなたが作るしかないの」

 

「ああ」

 

 一騎と織姫の会話を聞きながら、僕はふたりを見守っていた。

 

 そして織姫が僕の所にやって来た。

 

「織姫」

 

「心配性ね。でも、総士が思っているほど、一騎は弱くない」

 

「ああ…」

 

 弱いのは僕だ。臆病で、卑怯なのも。

 

 だから僕は最善の方法を選び続けた。

 

 苦しくても、辛くても。それが未来を作る道であると信じていた。

 

 たが、その選択が正しかったかどうかを決めるのは自分ではない。

 

 そうして僕は、最も大切にしなければならなかったものを、見落としていた。

 

 

 

 

to be continued…

 



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皆城総士になってしまった…49

やっと、という感じかな?


 

「皆城織姫、か…」

 

 アルヴィス首脳陣の今回の議題は、新たに現れた島のコアの少女に関するものだった。

 

「皆城乙姫の言葉と、皆城織姫本人の言葉を合わせると、ふたりは親子関係であると言うことです」

 

「親子って。皆城乙姫だってまだそんな歳の子じゃないでしょうに」

 

「見た目じゃ双子だもんな」

 

「問題は、皆城織姫もコアとしての能力を有している事か」

 

「はい。両名とも、島のコアである事に変わりはないと」

 

「ブリュンヒルデ・システム自体に問題はありませんが」

 

「皆城乙姫がファフナーで戦っているから、万が一を考えて代わりを用意した。そういう事なのか?」

 

「不明です。ただ、皆城織姫は自らが目覚める必要があったから目覚めたと言っています」

 

「必要がある、か。あの金色のファフナーに関係があるのか……」

 

 ひとつの島に二つのコア。

 

 そんな前例のない自体に会議はあまり進む様子はなかった。

 

 皆城乙姫も、皆城織姫も、何を考えているのか大人たちにはさっぱりではあるが、元々皆城乙姫の中にもうひとりの存在を察知していた史彦は、ふたりが何かを知っている事を確信していた。

 

 そしてそれは総士に対しても同じことだった。最初は父の皆城公蔵の遺した指示があるのではないかと思っていたが。ここ最近の総士の活動には総士本人の意志しか見えなかった。

 

 アザゼル型という強大な存在。それを打ち破るファフナーの開発。そしてマークザインとマークニヒト、マークレゾンの関係。

 

 ザルヴァートル・モデルを基にしたアルゴノート・モデル。

 

 目覚めた皆城織姫。

 

 すべてがなにかで繋がっている様な、そんな感覚を史彦は感じていた。

 

「真壁一騎と皆城総士、立上芹についてはどうなっている」

 

 皆城姉妹の話から次は史彦個人としても気を揉む内容に移った。

 

「一騎君については皆城織姫の提言通りにキールブロックに移送しました。皆城君は医務室で現在も眠っています。立上さんに関しても本人の要望通りに特殊隔離室で待機して貰っています」

 

 千鶴の報告は大人たちの表情を険しくさせた。

 

 戦闘後に現れたマークザインから救出された一騎は結晶の中に身体を横たわらせていた。

 

 そして総士もキールブロックの中で倒れていたのを発見された。

 

 芹も戦闘後に周囲の有機物を同化してしまうという事態に本人から隔離室に入る事を提言された。

 

 一騎に関しては織姫が。総士に関しては乙姫が対応した。

 

 まるでこうなることがわかっていた様に各自の行動は早かった。

 

 史彦としても息子がどうなっているのかを知りたかったが、アルヴィスの司令として優先すべき事を間違えるわけにはいかなかった。

 

「立上芹の同化現象についての関連性は?」

 

「戦闘記録を見る限りでは、強大な存在を同化した影響としか。彼女の能力は未だ未知数の部分が多すぎて結論が出せません」

 

「機体に関しては特に異常はないが。システム中枢は総士君でなけりゃ詳しいことがわからん」

 

 アルゴノート・モデルはノートゥング・モデルをベースにザルヴァートル・モデルのデータを反映させて発展させた機体となっているが、中枢システムは総士の独自設計になっていた。

 

 メカニックとして保は容子と共に全容の把握を急いでいるが、ザルヴァートル・モデルと同じく独自のシステムが組まれていれ解明に時間が掛かっていた。

 

 アルゴノート・モデルの整備も調整も総士が抱え込んでやっていた事であったためだ。

 

 ファフナーの数と種類も増えてメカニックの手が足りなかったというのは言い訳にしかならなかった。

 

 ともかくアルゴノート・モデルのシステムの解明。消滅ではなく消えた金色のファフナー。更なる敵襲来への備え。やることは山積みだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 キールブロックに移送された一騎は、まるで棺の様な結晶の中で眠っていた。

 

 その様子を見守るのは皆城織姫。

 

 未来を見据える島のコアだった。

 

 命で溢れているキールブロック。ここが一番島のミールによる力が働く場所だった。

 

 キールブロックに聳える結晶の柱。

 

 命を力に変えるそれが現れたのは芹の力に島のミールが呼応したからだ。

 

 総士の傍に居たかったものの。総士の代わりに一騎を見る役割は自分でなければ勤まらない。だから癪なものの、総士と芹の事は母親に任せたのだ。

 

 数多く浮かんでは漂うコアに触れ、手元で遊ぶ。

 

 もう少し眠っているつもりだったものの、憎しみの理由さえ忘れた絶望のコアが器を得てしまったのなら話は別だ。

 

「奪わせはしない。今度は」

 

 島の命を奪わせないための戦い。ひとつひとつの命を守ることで紡がれる可能性。

 

 未来は別の道に向かって歩み出した。その未来を守るために自分はここにいる事を選んだ。

 

 踵を返して、織姫はキールブロックを出る。

 

 やれることはやった。あとは一騎次第で自分に出来る事はない。

 

 それよりも今は総士に逢いたくて仕方がなかった。

 

「王子さまのキスで目覚めるお姫さまが居るなら、反対も居るよね」

 

 今まで自分の身体じゃなかった為に我慢していた。でも、もう今は我慢しなくても良い。何故なら足から髪の毛先まで至るまですべてが自分の身体なのだから。

 

「芹ちゃんには負けるけど、愛さえあれば問題ないよね」

 

 何しろ自分は姪っ子。妹よりも遠慮なしに振る舞える。

 

「総士、総士、総士…、総士…っ、総士っ、総士! 総士!! 総士っ!!」

 

 ずっと逢いたかった。やっと会える。もう我慢する必要もない。皆城乙姫ではなく、皆城織姫として愛してくれる。皆城織姫として見てくれる。皆城乙姫を通してではなく皆城織姫として触れ合える。

 

「総士――っ」

 

 医務室に飛び込めば、ベッドで眠っている総士の姿がある。

 

 周りには誰も居ない。乙姫は芹の所に居る。そして千鶴もメディカルルームの方だ。

 

 それでも周囲に全く誰も居ない事を確認して、再度確認する。大事なことなので三回は確認した。

 

 誰も居ない事を確認して、掛け布団を捲り、総士に寄り添うように身体を布団に忍ばせる。

 

「温かぁい……」

 

 人肌で温められたベッドは殺人的な温もりだった。

 

 それだけじゃない。

 

「そーし……おーきて…」

 

 声にならず空気の霞む音で総士の耳元で囁く。

 

「おきないと……いたずらするよ~?」

 

 総士の身体の上に横たわり、重ねあった胸から鼓動が伝わってくる。そんな心地のよい鼓動を感じながら、総士の腕を取って、手を頬を撫でる様に宛がう。

 

「えへへ…。そーしぃ……」

 

 やっと触れた。それだけで顔が蕩けてしまいそうだ。

 

「もー、おきてよ、そーしぃ~」

 

 それでも本気で起こすつもりはない。

 

「もう、いいよね。我慢しなくても」

 

 馬乗りになるようにベッドに手を着き、そのまま顔を総士に近づける。

 

 髪の毛が額に触れる。吐息が頬に触れる。

 

「好きだよ、総士……」

 

 もう少し、あと数センチ…。数ミリ。

 

「……なにしてるの、織姫」

 

「っ!?」

 

 誰も居ないはずの医務室に声が響き、ガバッと振り向けばそこには人影があった。

 

「皆城乙姫……っ」

 

「ダメだよ。寝込みを襲うなんてズルいことしちゃ」

 

 悪いことをした子を叱るような態度で乙姫は指摘する。

 

「あなたの許可が必要なの? 総士は私のものよ。娘の楽しみを奪うなんて、情けない母親」

 

 それに対する様に睨み付ける。

 

「総士は誰のものじゃないよ。それは総士が決めること」

 

「だから私のものだって言ってるの! せっかく良い所だったのに邪魔しないでっ」

 

「つ、乙姫ちゃん。織姫ちゃんも、ね? 総士先輩寝てるし。ケンカはやめようよ」

 

「甘いわね芹! これはケンカじゃない。総士を賭けた女の戦いよ」

 

「今まで散々わたしを通して総士に甘えてたくせに。わたしがどれだけ苦労したのかわかる?」

 

「だったらもう苦労しなくて良いんだもの。良かったわね? だから出ていってよ!」

 

「ふ、ふたりとも。一旦落ち着こう、ね?」

 

「私は落ち着いてる。空気の読めない母親にイラついてるだけ」

 

「大丈夫だよ芹ちゃん。ちょっと聞き分けのない子を叱るだけだから」

 

 どちらも譲る気がない事に、唯一どうにか出来そうな存在である総士を芹は見るものの、それなりに騒いでいるのに総士は全く目覚める様子もなく眠っていた。

 

「ずっと好きなときに触れたんだから良いでしょ!」

 

「それで、起きた総士に何て言うの? 総士がどう受け取るかわからないなんて言わせない」

 

「乙姫だけいっぱい総士に触ってたんだから、私だって総士に触って欲しい! 総士だけ、総士だから、総士だったからっ」

 

「織姫ちゃん……」

 

 総士に覆い被さって、顔だけを後ろに向けながら親の仇でも見るような鋭い視線を織姫は浴びせていた。

 

「芹ちゃんでも総士は渡さない。皆城乙姫にだって渡さない。総士は私の、すべてなんだから!!」

 

 涙を溢れさせながら総士の胸に顔を隠す織姫を見て、芹は事情をわかっていそうな乙姫に視線を向けた。

 

 表面的には自分の知っている皆城織姫に見えて、何かが根本的に違うような気がしたからだ。

 

「わたしはお母さんから生まれた。それは既に確定していた事象で、過去がある。でも織姫は、総士が望んだから生まれた」

 

「総士先輩が、織姫ちゃんを?」

 

「総士はね、わたしだけじゃなくて、織姫も普通に過ごせる未来を望んだ。皆城織姫は総士の願いから生まれた。だからわたしや一騎以上に、自分に総士という存在が必要なの。それはわたしや芹ちゃんが総士を必要とさせるようにするくらい強い想いだった。存在が生まれても、本来ならばまだ産まれていない存在を産み出すまで、織姫はわたしを通して世界に触れていた。芹ちゃんが総士を必要としたのは、わたしとのクロッシングで織姫の影響を受けてしまったから。…ごめんね、芹ちゃん」

 

「あたしは…、別に。それでも、今は自分の意志で、総士先輩の傍に居たいと思うから」

 

 たとえ影響された事であっても、結果的に島を守るための力を得ることが出来た。その力を振るう覚悟も持てた。

 

 だから後悔もない。別に恨みもしない。

 

「泣くな。織姫」

 

「そ、うし…」

 

「……おはよう、総士」

 

「ああ」

 

 織姫ちゃんを胸に抱きながら腹筋だけで身体を起こす総士。その胸の中で織姫は借りてきた猫の様に大人しくなった。そんな織姫の背中を総士は優しく撫でていた。

 

「そうやって甘やかすと、止まらなくなるよ?」

 

「かと言って、僕は織姫を突き放す様な事はしない」

 

「もう。総士は甘いんだから」

 

 そう言いながら乙姫も総士の座るベッドに腰を落ち着ける。手を握る芹もそれに合わせて総士に近づく事になる。

 

「……大丈夫なのか、立上」

 

 スッと、総士の目が細められて芹に向けられた。

 

「取り込んだ相手が相手だから、暫く存在を同化しないで生命力が落ち着けば元通りになるよ」

 

「そうか…」

 

 乙姫の言葉に肩を撫で下ろす総士。流石に四六時中乙姫か織姫が傍にいなければ普段の生活も儘ならない様な事にならなかった事に安堵した。

 

「すみません。心配をおかけして」

 

「別に構わない。立上がなんともないのなら」

 

「総士先輩……」

 

 心配されて嬉しいという不謹慎な事を考えてしまいながら、芹は総士の起き上がった枕元を這って、乙姫とは反対側に腰掛けた。

 

「……正直言うと、少しだけ怖かったんです。誰かを同化しちゃうんじゃないかって。ずっとこのままなんじゃないかって」

 

「ああ」

 

「乙姫ちゃんや織姫ちゃんを守れるならそれでも頑張れるんです。でも、あたしは甘えられる相手が居るから、脇が甘いんです」

 

 身体を総士の側に倒して、芹は総士の肩に身体を預けた。

 

「織姫ちゃんが、ちょっと羨ましい」

 

「芹ちゃん…」

 

 総士の胸から顔を上げた織姫が芹の名を呟きながら顔を見る。

 

「すまない。立上」

 

「良いんです。代わりに、こうして甘えさせて貰えればそれで」

 

「ああ。これくらいで良いのなら」

 

 織姫を抱いていた腕を、芹が寄り掛かる右腕を動かして、総士は芹の頭を撫でた。

 

「ん、……総士先輩の手、いつも優しくて好きです」

 

「そうか」

 

「はい…、もっと触って欲しいっていう織姫ちゃんの気持ちは、あたしもわかりますから」

 

 総士の身体に身を委ねながら、頭に触れられる感覚をより感じる為に瞳を閉じる芹。

 

 ポフっと総士の背中に衝撃が伝わる。

 

「わたしも、ここに居るんだよ。総士」

 

「忘れちゃいないさ」

 

「知ってる。でも、ちょっとジェラシー」

 

「どうしろと言うんだ?」

 

 両腕とも塞がっている総士からすれば流石に三本目の腕が生えたりはしないため、乙姫の要望は答えられる範囲で応じようと思った。

 

「じゃあ、チュー、しよ?」

 

「ダメだよ乙姫ちゃん!」

 

「そうよダメよ。総士は私のものなんだから」

 

「そうじゃないよ織姫ちゃん! 兄妹でそんなことしちゃダメなんだからっ」

 

「大丈夫だよ芹ちゃん。ほっぺとかおでこなら、外国の挨拶みたいなものだから。家族でもやる様なことだよ?」

 

「うぇ!? あ、えっと、そ、それなら、良いの、かな?」

 

「なに押されてるの芹。ダメに決まってるでしょ。総士のはじめても私のものなんだから」

 

「独占欲が強すぎると嫌われるよ? ねぇ、総士?」

 

「どんな返事を期待して居るんだ」

 

 さすがの総士でも、今この瞬間に下手な事を言うのはマズいと理解していた。

 

 こういう時に来主の様な純真無垢な空気クラッシャーの存在が恋しくなった。

 

「これもひとつの、平和の代償…か」

 

 だが悪くはないと、総士は思いながら妹と姪の果てしない言い争いの地平に耳を傾けながら、身体を預けたまま眠ってしまった妹の様な後輩の頭を撫で続けるのだった。

 

 君は知るだろう。ただそこにある平和を手にした時こそ、それが零れ落ちないようにするために更なる犠牲を払う事を。

 

 

 

to be continued…

 



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皆城総士になってしまった…50

50話使ってるのに盆祭りにも到達しない脆弱作者ですまない。

年末に見たROLはとても衝撃的だった。そして泣いた。絶対に戻らないものだからこそ、失うときの刹那さと悲しさがROLにはあった。

だからEXOで島が沈んでいくときも涙が出た。だからいつかきっと、必ず竜宮島に帰りたい。


 

 ここ数日。総士は毎日の様にキールブロックに通っていた。

 

「一騎…」

 

 まるで棺のように横たわる結晶の中で眠る一騎に、総士の心は穏やかではなかった。

 

 人でなくなるのは自分だけで良かったはずだ。上手く立ち回れれば、甲洋も、翔子も、芹も、一騎も、余計な物を背負わせることなどなかった。

 

「すまない。一騎」

 

 一騎にこの道を選ばせてしまった。自身の不甲斐なさと無力さを突きつけられている様に感じた。

 

 未来を変えるために出来る事をしてきた。だがそれの所為で変わりはじめた現実は、こんなはずじゃなかった。

 

 誰もがここにいることをただ望んだだけだった。

 

 だが、それが。却ってさらなる困難を引き寄せ、その結果さらなる犠牲を払うのではないか。

 

 未来を生きるためには今ある命を使うしかない。

 

 もう動き出してしまった運命を止める術を、総士は知らない。

 

「一騎…」

 

 すべて自分で片付けたかった。未来を変えることで生じる不具合が自身に降りかかるのならば望むところだった。どの様な犠牲も支払う覚悟もある。

 

 しかし。それが他人に降りかかる事は許容できない。その為に力を求めた。だが、次々と現れる新たな敵に、総士は自らの歩む道が果たしてこのまま歩き続けて、それで良いものかと考えてしまう。

 

「僕だけで良いはずだ。なのに、何故…お前が」

 

 来主のお陰で同化現象に対する治療も、拮抗薬も生まれた。

 

 命のタイムリミットも大分引き伸ばされた。

 

 なのに、未来を良くしたいと思えば思う程に、なにかを失っている。

 

 果林を助ければ父は救えなかった。

 

 翔子を救えても甲洋を救えなかった。

 

 力を求めれば敵も強くなる。

 

 そして今もまた、一騎に人としての時間を失わせて、自分が得たものはなんだったのか。

 

「教えてくれ。僕はどうすればいい」

 

 皆城総士であれば、この痛みも心の内に閉まって耐え続けられるのだろう。

 

 だが総士は皆城総士であって皆城総士ではない。 

 

 皆城総士ならば出来た事が、自分には出来ない。

 

 痛みを耐える事が出来ない。皆城総士として欠けてしまっているから。

 

 だが、フェストゥムの側の自分を肯定する気はない。あれは自分の弱さだ。

 

「そこに居ても、一騎は目覚めないよ? 総士」

 

「織姫」

 

 声のする方を振り向けば、そこには皆城織姫が居た。

 

「…一騎が居ないと、総士はダメだね。それは総士も総士だから仕方がないけど、ちょっと悔しいかな」

 

 総士に歩み寄った織姫は、そう言いながら総士の腰に腕を回して身を寄せた。

 

「総士を想ってくれる人はたくさんいるよ。総士はひとりじゃない。私や芹ちゃん、皆城乙姫も居る。確かにとても大変で、辛い道かもしれない。けど、信じて良い未来だよ。総士」

 

「織姫…」

 

 織姫の能力を、総士は詳しくはしらない。ただ、未来を見る力に関係している事だろうという推察はついている。

 

 その織姫の零した辛い道という言葉。

 

 どの様な未来を選ぼうとも、犠牲を払わなければ辿り着けない。それが未来。

 

 希望を信じて歩もうとも、人は長く険しい道の中で、何故歩き出したのかさえ忘れてしまう事もある。何故自分は歩いているのだろうと。

 

「運命に抗う事で見出だされる希望。それが僕たちを犠牲へと駆り立てるというのなら」

 

 希望の為に戦っているのに、皆を犠牲にせず、誰一人として居なくならない未来を欲しがって、その為には犠牲を払わなければ辿り着けない。

 

 戦わなければ守れない。だが戦えば犠牲を払わなければならない。希望を目指すのにさえ犠牲を払わなければならない。その犠牲を無くしたいと思っても、世界は更なる犠牲を強要してくる。結果として更なる犠牲を払わなければならない。

 

 後戻りは出来ない。だがこのまま進めば更なる犠牲を払う事になる。立ち止まればすべてを失う。

 

 弓子が零した、失うために戦っているのか。そう思う気持ちを総士は実感していた。

 

 だが自分よりも辛い姪を前にして、これ以上弱音は言えなかった。

 

「……すまない。織姫」

 

「え?」

 

 腰を落とし、織姫の背に腕を回す。

 

 総士が知る未来はひとつの可能性だ。

 

 だが織姫はあらゆる未来を知っているはずだ。総士自身が変えた事で変わった未来さえ。

 

 それを見据えて、自分の背を押してくれる織姫の事を強い娘だと思いながら感謝と謝罪を表して抱き締めた。

 

「私は総士が居るから大丈夫。芹ちゃんも居てくれる。だから大丈夫」

 

 それでも織姫は総士の背中に腕を回す。その言葉が自分に言い聞かせているように総士は感じていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 皆城家の朝食はそれなりに大所帯だ。

 

 総士と皆城乙姫、そして皆城織姫という皆城三兄妹に、総士からしてひとつ上の姉のような存在の蔵前果林。兄の様に慕う将陵僚。そして来主操と、皆城姉妹の親友である立上芹。

 

 島が平和だった時の倍以上の人数。だが基本的に食事は静かに食べるもの。さらには積極的に話すような性格の人間が皆無なので、真壁家にお邪魔している来主が居なければ静かなものなのだが、最近は来主も皆城家で食事をしているので毎日が騒がしい。

 

 ボレアリオスのコアとして生まれた来主操とは違い、スフィンクス型だった来主は、コアの来主操が子供っぽいのに対して比較的大人しめだ。

 

 だが無知なのには変わりがない。子供っぽい訳とは異なるが、やはりあれこれ新しい料理が出てくる度にあれやこれやを根掘り葉掘り聞いて味に感動して舌鼓を打つ。

 

 しかしそれでも朝は静かに食べたい織姫からすれば騒がしいと思う。だから来主の分のおかずに箸を伸ばして横取りをして、それに来主が喚いてケンカになる。

 

 それを仲裁して果林が来主におかずを分ける。だから最近来主が来るときの、小分けのおかずの量が多いのは総士も知っている。

 

 だがそれでも織姫を咎めない。咎めるのは果林がしているからだ。むしろ食事でケンカをする来主を見て良い傾向だと観察する。憎しみと怒りの違いがわからないという来主だったが、本質はもう理解している様に思える。なにより意地悪で他人を傷つける様な事を織姫はしないだろうと思っている。そして総士は織姫を否定する事だけはしてはならないと思っている。それが彼女の存在を望んだ自身のただひとつの罪だ。

 

 食事を終えたあと、総士は食器を洗っていた。

 

「大丈夫か?」

 

「なにが、ですか?」

 

 そんな総士のもとに新しく食器を僚が運んできた。

 

「一騎が倒れてから元気がなかったからな」

 

「……今は、もう大丈夫です。ご心配を掛けました」

 

「ちっとも大丈夫な様に見えねぇぞ? 」

 

 洗い終わった皿を持ちながら手を止めた総士から、僚は皿を取り上げてタオルで水分を拭く。

 

「何でもそうだ。ひとりじゃ出来ることだって限られてる」

 

「先輩…」

 

「ホラ、次がまだまだあるぞ」

 

「…はい」

 

 そのまま総士が洗った皿を僚が拭いて重ねていく。

 

「先輩は、何故最後まで戦えたんですか?」

 

 不躾だが、総士は聞きたかったのだ。いくら想像できても、やはり当人の言葉で直接聞きたかった。

 

 L計画という絶望の中で、生存という希望を信じて、犠牲を払いながら戦い抜いたその強さを。

 

「……。ひとりじゃ、ダメだったろうな」

 

「ひとりじゃ…」

 

「色んな人に助けられた。お前は強いから一人で敵を倒せる。でも、それだけじゃないだろ? 怖いし辛いし。挫けそうになった。でも、支えてくれる誰かが居たから戦えた。みんなで島に帰るんだって、明確な目的もあったからな」

 

 総士の頭をくしゃくしゃと僚は撫でる。

 

「お前も頼れる仲間は居るし、目標もあるんだ。あとはみんなで頑張るだけさ」

 

「それで誰かがいなくなっても、ですか…?」

 

「……そいつの分も、目的を果たすしかない。でなかったらいなくなったやつの想いも戦いも無駄になる。俺はそうやって誤魔化したよ」

 

 そう思う事を悪いとは思わない。でなければ心が磨り減って、戦いどころではなくなってしまうだろう。

 

「それより。盆祭りは誰と行くんだ?」

 

「いきなり唐突ですね」

 

「話さなくっても、お前はもう答えを持ってるからな」

 

 急な話題の切り替え。答えを持っていると言うよりは、立ち止まれないからただ前に歩いていくしかない自分を不甲斐ないだけだった。 

 

「乙姫と織姫。立上と来主、蔵前も連れて行く事になると思います」

 

「違うって。好きな女の子とか居ないのかって話だ」

 

「居ませんよ」

 

「……悪い。訊いた俺がバカだった」

 

「それはなんとなく腹に据えかねる言葉ですね」

 

 質問した僚は、総士の返答に訊いた自分が愚かだったと発言をするまでもなかったという顔で返した。

 

 総士自身、恋愛などわからないし、する暇もない。興味もない。そもそも戦い抜いた先で、自分に未来があるのかさえわからないのだ。

 

 それでも想いを向けられているのは理解している。ただ返しかたがわからない。

 

 芹の場合は事情が特殊すぎる。

 

 織姫の場合は血筋的には姪である。社会的に抹殺される。

 

 乙姫は妹だ。それにこれは兄妹愛だからまた違う。

 

 果林はそもそも僚の事が好きなので考慮外。

 

 真矢は皆城総士が好きだったのであって、総士からすればクラスメイトで菓子つくりを教えた女子の友人だ。

 

 パッと自身の身の回りの女子を思い出してみるが、僚の言う意味で好いている相手は、皆無だった。

 

「一騎…」

 

「一騎がどうかしたのか?」

 

「…いえ」

 

 僚に答えながら、悟られないように、しかし一騎から盆祭りの時間を奪ってしまった事に総士は気を落とす。

 

 自分も祭りなどに現を抜かす場合ではないのだが、両親の燈籠を流す役目がある。

 

「ま、心配しなくても一騎の代わりに戦って島を守るくらいなら俺だって出来るさ」

 

「あまり無茶をしないでください」

 

 ティターンモデルも改良を加えられ、同化現象も極力抑制しているものの、やはりノートゥング・モデルより負担が掛かっているのは変わらない。

 

 だがノートゥング・モデルよりパワーが上である為に戦力になっているのも確かだった。

 

 ザルヴァートル・モデルもアルゴノート・モデルも乗る人間を選んでしまう機体だ。強力である分量産が出来ない。

 

 エインヘリアル・モデルはSDPがあるが故の強力さがある。SDPがなければ現状の改良型ノートゥング・モデルのマイナー・チェンジ程度の差でしかないだろう。

 

 だがエインヘリアル・モデルなくしてSDPに目覚めてしまえば、パイロットは新同化現象にも襲われ、更なる犠牲を払う事になる。

 

 なにかを得る為にはなにかを対価にしなければならないのは世の常だ。しかしその犠牲を許容出来ないのが現状だ。悩みの種は尽きることがなく、時間だけが過ぎる毎日だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日も敵はやって来た。相手はスフィンクス型のA型種やC型種が面な構成だった。

 

 4日に1度は攻めてくる敵。

 

 あのコアを警戒して総士は連日、マークニヒトで出撃していたが、それ以外のメンバーはローテーションを組んでの出撃体制になっていた。

 

 一騎とマークザインが出撃出来なくとも、残った特化戦力であるザルヴァートル・モデルとアルゴノート・モデルの戦闘力であれば余程のトラブルがなければ対処は可能だった。

 

 トルーパーも数が増えてきた為、有人機を必要以上に出撃させてパイロットを無闇に消耗させるという事も極力抑える事が出来はじめた。

 

 だがそれでも無人機だけで戦線を構築するのはまだ程遠い。あくまでも有人機の補助。或いは遅延戦闘が限界だった。スレイプニール・システムを搭載した指揮機が居なければ真価を発揮出来ないのもネックだった。現状スレイプニール・システムを搭載したファフナーはティターンモデルの他にはない。搭載機を増やそうにも現時点でトルーパーを指揮しながら戦えるパイロットは総士以外にはいない。

 

 そして敵もまたそんなトルーパーに対処する為、アルヘノテルス型やウーシア型の様に群れを生む存在を編成に加えはじめた。

 

 増える群れへの対処にトルーパーを割けば、島の防衛網に穴が開く。結果としてノートゥング・モデルを出さなければならない。

 

 パイロットが消耗して倒れたりする前に現状を脱しなければならない。だが良い案も特には思いつかない。

 

 さすがの総士もお手上げ状態で、結局はマークニヒトやマークレゾンの殲滅力で押しきり、戦闘時間を可能な限り短縮する事しか出来なかった。

 

 そんなあるときだった。敵の編成ががらりと変わったのは。

 

 ソロモンが敵と認定しない敵。コアギュラ型がやって来た。

 

 今までローテーション体制で出撃していたのが全機出撃体制となり、島の各地にファフナーが展開する。

 

 コアギュラ型は5体。数は変わってはいない。

 

 ならば充分対処は可能だ。

 

『総士君。マークジーベンを例の装備で島の中央に位置させる』

 

「マークジーベンをですか? しかし遠見はまだ」

 

『数が必要だ。最悪の場合、島を放棄しなければならんだろう』

 

「…させませんよ。絶対」

 

 脅威的な同化能力を持つコアギュラ型だからこそ、史彦の警戒に、総士もいつも以上に警戒してまだ訓練を終えていない真矢を戦闘に出す事を躊躇う。だが司令の命令であれば仕方がない。

 

「ミツヒロ、羽佐間」

 

『ミナシロ?』

 

『どうしたの? 皆城君』 

 

 ジークフリード・システムを通して、総士はミツヒロと翔子を呼び出した。

 

「遠見が出撃する。直掩に着いてくれ」

 

『了解しました!』

 

『…良いの? 皆城君』

 

 どちらも真矢の強さを知るふたりだったが、返事は対照的だった。

 

 いくら真矢でも、ルーキーではと、直掩要請を疑問を持たずに引き受けたミツヒロ。

 

 翔子は真矢が最初から単独狙撃が出来る事を総士とのクロッシングで知っている。それなのにミツヒロのマークレゾンだけでも充分な護衛であるにも関わらず、自分まで下がって大丈夫なのかと心配しての事だった。

 

「一騎が居ない分、君が遠見を支えてやってくれ」

 

『…わかった』

 

 戦いよりも真矢への気遣いをしてくれるのは翔子も嬉しかった。ただ代わりに総士が無理をしてはいないかも心配だった。

 

 総士はマークニヒトの中から戦闘の様子を見守っていた。

 

 ファーストエンゲージはノルンが担当していた。

 

 学校の校庭に位置するマークニヒトの中から屋上に目を向ければ、そこには織姫と来主が居た。

 

 ノルンを制御しているのは織姫だろう。

 

 レーザーで打撃を与え、落下するコアギュラ型。

 

『総士…』

 

「ああ」

 

 クロッシングする乙姫の声を聞きながら、落下した砂浜の砂と同化して人形を作ったコアギュラ型に攻撃を加えたノルンがコアギュラ型の触手に捕まり瞬時に同化されたのを見たあとで、ファフナー各機に接近戦厳禁を指示する。

 

 マークドライはトリプルドッグを組んでいるから先行はしないだろうと思いながらシステムを介して様子を見守る。

 

 乙姫と芹はSDPが使える。カノンと道生も戦闘経験は豊富。真矢はミツヒロと翔子に任せてある。

 

 気にかけるのはひとりで相手をする僚と、3人で一人前の咲良と剣司と衛だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はあああああっ」

 

 バスターソード・ライフルからエネルギーの刃を纏わせて、芹はコアギュラ型の作った人形を切り裂く。

 

 接近戦は厳禁だと言われているが、マークレルネーアもマークツヴァイも近接型のファフナーだ。

 

 だから攻撃するのにも近接戦闘になる。クロスドッグでも近接戦闘担当である芹は射撃よりも格闘戦の方が得意だった。そして自身のSDPを最大限に引き出してくれるアルゴノート・モデルで負ける様な事はないと確信していた。

 

 降り下ろして屈んだ背後からルガーランスの刃が伸びてくる。

 

『芹ちゃん!』

 

 クロッシングで乙姫の声を聞いた芹は返事よりも先に身体が動いていた。

 

 両肩のイージスを展開。真っ二つに裂けても修復する砂の人形の再生を妨げ、抉じ開ける様に前に出る。

 

 そしてコアギュラ型に突き刺さっているルガーランスの切り開いた傷口に合わせて、ショットガン・ホーンを突き刺す。

 

「うわあああああっっ」

 

 コアギュラ型のコアに突き刺したショットガン・ホーンから結晶がコアギュラ型を包み、砕け散った。

 

「ごちそうさま…」

 

 戦いながら存在を食べる。大分慣れてきたものの、フェストゥムを同化して満たされる。そんな自分が人間じゃない感覚に僅かながらの恐怖を感じながらも、それで変わるのならば乙姫や織姫、総士の様になるのならば構わないと芹は積極的にSDPを使っていた。

 

 だがアザゼル型を同化した所為か、スフィンクス型では同化しても満たされる感覚が薄れてきていた。

 

 今回のコアギュラ型は悪くない方だった。しかしやはりアザゼル型には程遠かった。

 

「もっと、欲しいなぁ……」

 

 はっきりいって不完全燃焼な感覚がここのところの芹の心を陰らせていた。もっとたくさん同化したい。

 

 だから芹は次の目標を定めた。同じ様に接近戦用の武器しか持たないティターン・モデルへの援護だった。

 

 その背を、乙姫はただみつめて追い掛けた。

 

 平和を願いながら戦い、だが平和の為の戦いは対価に僕たちからなにかを奪っていく。

 

 君は知るだろう。

 

 その平和の価値は、誰かがなにかを犠牲にしたことではじめて手に入れられたものだと。

 

 

 

 

to be continued…



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