初恋ジュースはお湯割りで (ポラーシュターン)
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甘くて初々しく
弄りがいのある神機とあの人


その区画は神機を調整する整備士たちにとっては仕事場だが、

一日のほとんどをそこで過ごす彼女は、そこが自室よりも落ち着けるとまで言っていた。

 

かくいう自分も、ここの雰囲気は嫌いではない。

 

そこかしこから響いてくる、がちゃんがちゃんと喧しい駆動音も、

慣れてくれば下手な静寂よりも心地良いし、

つんと鼻をつく機械油の匂いも、

活気という言葉を想起させ、どことなく気分が高揚してくるような気がする。

 

そして、その一角をほぼ私物化してしまっている彼女は、いつも通り作業に没頭していた。

 

彼女は一心不乱に何かを弄っていて、すぐ傍まで自分が近づいても反応がない程だったが、

ふと呆けたような顔でこちらを振り向き、そこで来訪者に気がついた。

 

「ん?・・・ああ、キミか!どうしたのこんなところに」

 

極東の筆頭整備士、リッカの顔は、いつにも増してオイルで真っ黒だった。

 

 

 

大抵顔のどこかしらにオイルの跡をつけている彼女だが、

よほど夢中だったのか、その顔は煤と機械油で満遍なく真っ黒になってしまっていて、

くっきりと目だけが白い。

 

その有様に、くす、とつい笑ってしまうと、リッカがきょとんとする。

 

そして何か思い当たるところがあったのか、きょろきょろと服や肌を確認した後、

傍にある神機に映る自分を見て、そこでようやく己の惨状に気が付いたらしかった。

 

「う、気づかなかった・・・普段からガサツだって自覚はあるけど、さ、流石にこれは・・・

酷いなあ・・・」

 

とはいえ、煤はともかくオイルはそうそう取れるものでもなく、

両手にはめた革手袋も同様なので、下手に触ると被害が拡大しかねない。

 

対照的なまでにピカピカに磨かれた神機とにらめっこを続け、

幾分恥ずかしそうにしている彼女に笑ってしまったことを謝り、何をしていたのか訊いてみる。

 

「ん?ああ、うん、神機の調整と研究だよ・・・新型のね」

 

目を丸くすると、リッカはニッと笑って頷く。

新型という言葉に対する自分の反応は、どうやら彼女の期待通りだったようだ。

 

リッカは手元にあった神機のパーツを拾い上げ、弄りながら解説をしてくれる。

 

「設計思想もまだ固まっちゃいないけど・・・新型、第四世代神機が完成した暁には、

間違いなく、キミたちの名前がずっと残ることになるよ」

 

と言うと、と首を傾げる。

するとリッカは、説明するのがいかにも楽しいという風に笑って続けてくれた。

 

「キミたちブラッドの血の力と、アラガミが起こす感応現象・・・

そこに神機を介することで、さらにその効果を増幅、あるいは応用できないかっていうのが、

今の基本思想だからね」

 

見ればリッカが座り込んでいる周囲には、ブラッド隊員の戦闘データや神機のスペック、

様々なアラガミの特殊能力を記載したファイルが散らばっている。

 

それだけでなく、そのそばの壁や床には、リッカが思いつく度に残したとおぼしき、

メモや落書きの類がそこかしこに書き込まれていた。

 

それは神機に並々ならぬ熱意を向け続ける彼女の描く小宇宙であり、

もっと言えば、ゴッドイーターの未来予想図だ。

 

そのほとんどは何が描かれているのか分からなかったが、

「適合率」「安全性」といった単語が要所要所に散見されることから、

ただ神機に関する思いつきだけを書き連ねているわけではないことだけは分かる。

 

彼女のそういう所が、ゴッドイーター達から整備班としての信頼を勝ち得ている最たる要因だ。

 

前線に向かう人物のことを考えてくれている彼女だからこそ、

自分達は安心して己の神機を任せられるのだ。

 

そんな彼女が考えた設計ならば、きっと素敵なものになるだろうと思う。

 

「え、ええ?なんだか照れくさいな・・・というか、それもこれもキミのおかげなんだけどね」

今度はこちらがきょとんとする番だった。

「まあ、もう聞き飽きちゃうぐらい言ったと思うけど。

キミの力のおかげで、いろんなことが分かったんだからね」

 

これ見よがしに、自分の血の力・・・・『喚起』のことが記載された紙束を振って見せるリッカ。

 

「現状キミとキミの神機だけが成せる技、ブラッドレイジシステム。

あれは理論を組み立てたらそれをそのまま実証されちゃった、まさしく奇跡の産物だけど・・・

それはこれまでの集大成にして、言うなれば、これからの神機で実現し得る機能の先駆け。

言ってみれば、未来の形そのものなんだよ」

 

そこまで大仰に言われると今度はこちらが照れくさくて、つい頬を掻いてそっぽを向いてしまう。

 

してやったりとばかりにリッカは含み笑いをしてから、ふう、とひとつ溜め息をついてみせた。

 

「でもま、ちょっと休憩かな・・・分からないことが多すぎてね、大変なんだ。楽しいけどね」

 

どれくらい?と聞くと、最高、という返答。

 

真っ黒な顔で微笑むその様子に、リッカらしい、とつい言ってしまうが、

彼女にとってはそれこそ誉め言葉のようだった。

 

そんな彼女とひとしきり笑い合ってから、上階で買ってきたドリンクを手渡して、こつんと乾杯。

 

そのまま、束の間の休憩タイムの御相伴に預かることになった。



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神機に弄りがいを感じる人

「え?最近ギルがどうしてるかって?」

 

ふと思い立って訊いたのは、ギルバートのことだった。

 

「それはブラッドの隊長さんの方がよく知ってるんじゃ・・・

って、彼がここによく来るから?ああ、そうだね」

 

リッカは、傍のスタンドに立てかけられている神機・・・

彼女に調整してもらった自分の相棒―――を指差して言う。

 

「ここに来るのは専ら、神機のメンテのためだよ。

自分の神機は自分で面倒を見るって言ってね」

 

以前ならば、彼はまたそういう棘のある言い方を、と一瞬思ったかもしれない。

 

だが、彼の人となりと最近の変化を知る人物には、

それが微笑ましい意味合いであることを察することができる。

 

「うん、私たちにとってはむしろ嬉しいことなんだ。

自分で面倒を見るためには、神機を理解しなくちゃならない。

でもそれが出来れば、戦いにおいて神機とそれを扱う者の繋がりは、

ずっと強いものになるからね」

 

なんだかんだ神機の仕組みを分かってない人って多いし、

と苦笑しながらリッカは言う。

 

私もあんまり分かってない、と言うと、それはない、と一蹴されてしまった。

 

ブラッドレイジを使いこなせるのがその証拠、とリッカは主張するが、

じゃあギルは?という問いには、曖昧な表情で唸りだす。

 

「うーん・・・でもまあ、直感で本質を把握するのと、

知識として構造を理解するのは違うってのはあるかな。

・・・その点、キミは断然前者だね」

 

遠回しに・・・否、かなり直截的に馬鹿にされたような気がするが、

まったくもってその通りなので何も言わない。

 

しかし顔はしっかりとむくれっ面だったようで、

それを見ていたリッカはこらえきれなかったように笑い出した。

 

当然わざと言っていたわけだが、ひとしきり笑ってから、謝罪を一つ挟むリッカ。

 

 

ただ、実際はちゃんと褒めているつもりもある、と改めて彼女は言う。

 

「ぶっちゃけ、キミが神機やアラガミについて把握していること、

そのほとんどを、私たちは理解してないんだ。

ブラッドレイジがその筆頭だけどね・・・」

 

感応波によるオラクルの活性化や、逆に突然の神機の機能不全といった現象。

 

それは神機にもともと備わっている機能ではなく、

感応種のアラガミや、血の力を発現したブラッドに

神機が呼応しているという所の方が大きい。

 

ブラッドレイジはその極致とも言える、

血の力を介した神機とゴッドイーターとの一体化だ。

 

もちろんその制御システムはリッカが開発したものだが、

それはあくまで、無理が通らないように道理を通させているだけ、という形に近い。

ブラッドレイジ発動中の神機は限界までリミッターを外した暴れ馬に等しく、

用意したのは言わば、その手綱だ。

 

そして自分がその手綱をどうやって握っているのかというのは実際のところ、不明のままというのが現状なのだ。

 

 

と、リッカは急に遠い目になる。

 

「キミが起こした現象を後から私たちが分析して、

なんとか出した結論も、ほとんどが推測と後付け・・・

もう、メカニックの面目が立たないったらない。

うん、まったくもって不本意だよ」

 

ふてくされたようにぶつぶつとそんなことを言うリッカ。

 

「・・・作り手側が把握してない能力を次々に発揮しちゃうんだから、

ほんとに忙しいんだよ?」

 

・・・その八つ当たり気味で不満げな顔は、ちょっとわざとらしい。

 

 

そんなことを言われても、と困った顔をするのは彼女の思うつぼ。

 

ここはあえて、楽しいでしょ?と笑顔で問い返すのが一番だ。

 

「もう!」

 

悔しがるような声を上げたリッカは、なんとか怒った顔をつくろうとしていた。

しかし、その意に反して口元だけが笑っていて。

 

最高に楽しい、と彼女が口にしたままの表情を形作っていたのだった。



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弄りがいのある人

「あーあ、どうしても神機の話になっちゃうなあ。ごめんね?」

 

両手をついて天井を仰ぐように見上げ、ちらっとこちらを見て、

リッカはそんなことを言う。

 

何故謝るのかまるで分からないが、

リッカから神機を取り上げたら何が残るんだ、と思う。

 

「あーっ、ひどいなぁ!」

・・・思っただけのつもりが口に出ていたらしく、

しまった、と口を抑えるも時すでに遅し。

 

「流石に傷つくなぁ、私だってこれでも・・・」

と何か言いかけたが、今の顔がオイルで黒白なのを思い出したのか、

「説得力ないか・・・」と肩を落としている。

 

彼女の仕事であり趣味である整備士としての諸々は、

そのまま彼女のアイデンティティになっていると思う。

 

決してそれが悪いとかそういう意味ではないのだが、彼女としては複雑なようで。

 

「・・・いいよ、どうせ神機弄りしかすることのない無趣味な整備士だよ・・・」

と、そのうち完全にへそを曲げてしまった。

 

自分も神機が好きだし、と弁解にならない弁解を試みるも、

「どういう意味かなあ・・・」とアンニュイに呟くリッカ。

 

どうも本気で落ち込ませてしまったらしい、しまった、

言い過ぎたと慌てて謝るが、無反応。

 

これはいよいよまずいのでは、と焦り始めたのだが、

その辺りで、ふふ、と彼女の口端から笑い声が漏れた。

 

「・・・キミってやっぱり、面白いね?」

悪戯っぽく微笑むリッカ。

 

してやられた、と苦笑してしまう。

 

途中からは、こちらを焦らせるためのお芝居だったようだった。

 

 

ただそのうち幾らかは本気だったろうし、どのみち失言なのは間違いなかったので、

それでもと一応謝っておく。

 

 

「大丈夫、気にしてないって・・・っていうか、事実だしね?」

 

彼女が神機に触らない日はない。

 

それは彼女の仕事であり趣味でもあって、彼女のアイデンティティの大半でもある。

 

ただ、それならば、と思うことがある。

 

実際のところ、彼女の方から神機以外の話が振られることはほとんどない。

 

 

なので、あえてそれとはかけ離れた話題をこちらから振ってみたらどうなのだろう。

 

 

そしてかけ離れた話題とは、即ち。

 

「へ、話を戻すって・・・? あ、あぁ、ギルがどうしてるかって話か。

そうだね、いつの間にかキミの話にシフトしちゃったけど・・・」

 

先程まで作業していた新型神機のことが頭に残っているらしいこともあってか、

リッカはついつい神機やアラガミの未知の部分に興味が飛んでいく傾向にある。

 

ただ、それと関連する話題であることに間違いはないので、

彼女も不思議そうな顔はしない。

ギルも神機弄りが趣味だよね、と呼び水としてそんなことを口にする。

 

「そうだね・・・活性化してる神機に触れるのは結局、持ち主だけだからね」

 

ギルの神機のチューニングに付き合っていた時も、確かそんな話をしていたと思う。

 

「私たちが戦場についていくことは出来ないし、その場でもし不調が出ても、

自分でなんとかできるっていうのは素晴らしいことだと思う・・・

もちろん、そうならないように整備しておくのが私たちの仕事だけど」

 

と、また仕事の話に逸れていくリッカに苦笑しながら、最近のことを訊く。

 

「うん?うん、ギルともこういうことはたまに話すよ」

極東に来てから神機に興味を持ったというギルは、

神機のメンテナンスのこともそうだが、

最近はリッカにもあれこれ質問している姿をよく見かける。

 

今となっては、感覚的にしか分からない自分より、

神機の仕組みについてはよほど詳しく、話も合うだろう。

 

「え、うん・・・うん?」

 

なので、神機繋がりで、他の話題と言えば、と思い、

そういうつもりで訊いたのだが。

 

リッカはこの段になって、ようやくその趣旨を理解したようだった。

 

「え・・・え、うえぇっ?!」

 

そのオイル塗れの真っ黒な顔では分からなかったが、

しかしその時、耳までが赤くなったのを確かに見た。

 

「いやっ、その・・・そりゃ、神機の調整のことはよく話すし、

第四世代の感応制御の設計の話とかまで出来るのは、

ゴッドイーターのみんなはもちろん、整備班を含めてもギル、ぐらい、だけど・・・」

 

やはりその手の話には疎いらしく、リッカはしどろもどろにそんなことを言う。

 

「う、え、ええと・・・そんなこと、考えたことなかったな・・・」

 

概ね予想通りではあったが、予想以上に新鮮な反応を見せるリッカが微笑ましくて、

つい横顔を眺めてしまう。

 

「うーん・・・っていうかなんでキミにそんな事心配されなきゃ・・・

よりによって・・・いや、そうじゃなくて」

 

と、しばらく悶々としていたらしいリッカ。

 

そして彼女は恨めしげにこちらを一瞥した後、

深々と溜め息をついて。

 

「はあ・・・喋っているのはだいたい私の方なのに、

なんでいつも主導権、取られちゃうかなあ・・・」

 

そんなことをぼやいていた。

 

確かに、こと神機の話を中心として語り役なのは基本的にリッカの方だし、

極東支部のお悩み相談所と化しつつある自分は、いつも聞き手に回る事の方が多い。

 

しかし、リッカが言うほど会話の主導権を握ってなどいるだろうか。

 

今まで特にそれを意識したことがなかったので、こちらとしては反応に窮してしまう。

 

急に矛先を向けられ、困惑するこちらの様子を、リッカはどこか不思議そうに見ていた。

 

しかしやがて、彼女はふっと息を漏らして苦笑する。

 

「ま、それもキミだからかな・・」

 

と、目を細め、何やら諦めたような風に呟いていた。

 

どういうことかと尋ねると、秘密、とだけ言われてしまった。

 

 

含みのあるその笑みはしかし、先程よりは幾分、穏やかな色の方が多く含まれている。

 

 

何を言われたのかはよく分からなかったが、その横顔はどこか吹っ切れたように

晴れ晴れとして見えたので、不思議と悪い気はしなかったのだった。



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幸運を呼ぶ整備士

「それにしても・・・今度ギルに会ったときにどんな顔したらいいのか・・・

困ったな。恨むよ?」

 

ごめんなさい、と謝るしかない。

 

数日後にギルから「何か悪いことをしてしまっただろうか」

と相談されてしまう光景も浮かんだので、

火種を撒いてしまった責任は慎重に果たさなければならないと心に留めておく。

 

しかし、リッカはさほど怒っている様子ではない。

 

というより、何かを言うか言うまいか悩んでいるかのように、目を泳がせている。

 

しばし迷うような素振りを見せた後、彼女は頬を掻きつつ、

なんでもないことのように言った。

 

「それにね、神機の話って言ったら・・・キミともよくしてるよ」

 

そうだね、と頷く。

今しがたも、八割方は結局神機の話題だったように思う。

 

「だから・・・その」

言い淀みながら、若干の上目遣いでこちらをほんの少しだけ見るリッカ。

 

いつも快活に喋る彼女にしては、言葉に詰まるというのがまず珍しく思った。

 

「?」と首を傾げると、なぜか狼狽えたリッカには結局、

「なんでもないっ」とそっぽを向かれてしまった。

 

不思議に思ったが、

頑なにこちらに視線を戻さない彼女に問い質すのもどうかと思い直し、前を向く。

 

どことなく奇妙な空気が続いたものの、

リッカが一人悶々している様子だったので、待ちの姿勢を続ける。

 

それはなんとなく話を逸らすかどうか、お任せするという意思表示。

 

彼女もそれが分かってか、安心したように吐息を漏らし、顔には笑みが戻っていた。

 

そして、ほどなくして。

 

 

落ち着きを取り戻したリッカが、再び口を開こうとする。

 

その時のことだった。

突然、傍の加圧式ドアがスライドする音がして、そこから第三者の足音が近づいてきた。

 

「なあ、忙しいところ悪いんだが、ちょっと聞きたいことが・・・」

 

そして物陰から現れたのは、リッカがいると分かっているらしい声の主。

来訪者は、よりにもよってギルバートだった。

「!」

 

リッカがびくりと身を竦め、つい二人そろって慌てた表情でそちらを見てしまう。

 

するとなぜか、ギルの表情も驚きに変わった。

 

「なっ・・・?!」

 

「?・・・?」

 

ギルは何故か、リッカを見て硬直している。

 

先程まで話していたのがギルのことだったので、

何かが伝わったのか、いやまさか、という焦りから当惑するリッカ。

 

気まずい沈黙が一瞬降りたのだが、

ギルは次いで、はっと我に返ったかのような顔になり。

 

帽子に手を当て首を振り、なぜか最初に、謝罪を口にした。

 

「・・・だよな、いや・・・気のせいだ、悪い」

 

そして、露骨に目を逸らす。

 

なんとも不可解な言動。

 

どうしたの?と訊くと、

ギルはばつが悪そうに「なんでもない」と言う。

 

ただあからさまに奇妙な反応をしてしまった手前、

それだけでは言い逃れできそうにないと思ったらしい。

 

彼はなおも言いにくそうに、こんなことを口にした。

 

「いや・・・アバドン」

「?」

 

アバドン。

 

希少な素材を運んでいる不思議な小型のアラガミ、アバドン。

 

何故突然その名前が出てきたのか分からなかった二人はそろって首を傾げる。

 

ギルはその真意に気づいて欲しくなさそうだったが、二人分の視線に気圧されたのか、

観念したように一息ついて。

 

そして、申し訳なさそうに、ギルがいつになく小さな、とても小さな声で、

それを言った。

 

「・・・・・・・・・アバドンに見えた」

 

 

 

その言葉に、少し考えた後。

 

 

・・・つい、リッカの顔を見てしまった。

 

そこできょとんとしているのは、神機弄りに夢中だった整備士の顔。

 

オイル塗れで真っ黒の、目の周りだけが真っ白で、

口元はほんのりと朱に彩られたそのコントラスト。

 

・・・なるほど。

 

「・・・」

長い沈黙が降りた。

 

深く納得し、頷いてしまった自分。

 

しばらく遅れてその意味を受け取り、とてもいい表情で頷き返してくれるリッカ。

 

あ、これ、まずいな、と二人はそれを見て直感した。

 

そして、先程までの乙女らしい一面を見せた彼女はどこへやら。

 

優秀な整備士であるほど汚れてぼろぼろになると言われる、

年季の入った革手袋をぎゅっと握り締めて、

 

「・・・二人とも、一回だけパンチしてもいいかな?」

と笑顔で言ったのだった。

その後、ブラッド区画へ戻ってきたギルの姿を見たロミオが、

びっくりしたような顔で尋ねてきた。

 

「なになに、どうしたんだよそれ、誰かとまた喧嘩でもしたの?」

 

そして、隣で曖昧な表情をしているこちらを尻目に、

「・・・俺が怒らせたから、殴られた。それだけだ・・・」

 

頬にリッカそっくりのオイル痕をつけたギルは、憮然とそう答えたのだった。



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不器用な人たち

前回分で当初の構想が終わっているので、後日談的な、少々雰囲気の異なるものになります。投稿間隔も変動。
蛇足とかいわない。




それは、ラウンジで軽食を取ろうかとカウンターに腰かけていた時のことだった。

「なあ、隊長」

振り向けば、そこにはギルがいた。

そして、その微妙な表情を見ただけで、

何を言わんとしているのかが大体分かってしまう。

先んじて、アバドンさんのことか、と苦笑しながら言ってみた。

するとギルは口元をひきつらせ、

「・・・やめてくれ、マジに反省してるんだ」

と呻いていた。

 

一言詫びてから、ギルへ同席を勧める。

数瞬だけ迷ってから、隣の席に座ったギル。

そしてギルは、落ち着くなり、溜め息をついていた。

 

「いや、悪いな・・・だが、どうもうまくいかなくてな・・・」

 

何が、と問うまでもない。

 

先日リッカにちょっと失礼なことを言ってしまったギルは、

あれ以来、彼女に頭が上がらないらしかった。

 

「神機の新設計のことで話したいことがあってな、

話にいくんだが・・・どうにも気まずい」

本来であれば、ちょっとした笑い話で済むはずだったのだ。

例えば、言ったのがギルでなく、ロミオやエミールであったなら。

 

あるいは、言われたのがナナやエリナであったなら、

それこそ殴り飛ばして終わりだったろう。

 

そもそも、リッカはどちらかと言えばユーモアの分かる人柄で、

その程度は笑って流せる大人の女性でもある。

 

しかし今回に限っては、なんといっても間が悪かった。

 

その時のリッカと自分は、ちょうど所謂「その手の話題」をしていて、

意識がいつもと違う方へ向いていた。

 

それゆえ、その時の彼女の心が、

普段よりも「乙女的センチメンタリズム」――――

それとなく相談してみた際、真壁ハルオミが恥ずかしげもなくそう呼んだ心理状態――――

であったために、本来微笑ましい類であったはずの失言はその場で解消しきれず、

なんとなく禍根を残す形になってしまったのだ。

むしろアバドンってかわいいし、そう言ってあげたら?と提案してみる。

女性の顔を一瞬にせよアラガミと見間違ったという点でやはり問題なのだろうが、

コンゴウやらオウガテイルやらに比べれば、アバドンはかなり愛らしい造形をしている。

しかしギルは閉口して、

 

「・・・それじゃなんのフォローにもなってないだろ、茶化すんじゃない」

という反応。

 

半ば以上本気の助言だったのだが、そう言われては仕方ない。

そして何より、ギルは十割は本気で悩んでいた。

 

「向こうも、そこまで根に持っているわけじゃないみたいなんだが・・・」

 

というよりはむしろ、珍しく感情任せの態度に出てしまったことを、

彼女の方が悔やんでいる節さえあった。

 

つまりは、怒り慣れていないのだ。

 

彼女の視点からすれば至極当然の反応であったと自分もギルも思っているし、

 

女性陣に今回の件を知られたら、「あのリッカさんになんてことを言うのか」

と外野からも鉄拳制裁されかねない案件だというのが共通見解なのだが、

そこは常識人ゆえの苦悩なのかもしれない。

 

それゆえ余計にこじれているというか、お互いにどうしたものかと燻っている状態だ。

 

ギルもどちらかと言えば自身に非を探し、見かけによらず抱え込むタイプでもあるので、

むしろ思いきり怒ってくれた方が謝りやすいと思うのだろう。

色々と不運が重なった結果ではあるが、この場合どこに非があるかと言えば、

自分達二人の連帯責任である、と言うこともできる。

 

・・・むしろ、デリカシーに欠けるやり取りを繰り返していた自分の方が

罪深いと言われても仕方がない。

なので、自分は全面的に協力しなければならない、一緒に解決しよう、

という旨をギルに告げる。

「ああ・・・お前と彼女がどんな話をしてたのかは知らないが、

まあ、そう言ってくれると助かる」

 

まさかギルのことで唆していたとは言えない。

 

「言い訳したくはないが・・・俺は、こういうのは本当に駄目だからな。

ハルさんほど上手くなりたいとも思わないが」

 

同意しておく。

 

「ただ、少なくとも・・・世話になっている人には礼を尽くしたい。協力してくれ」

 

ギルの目に強い光が灯り、それに呼応してみせるように、力強く頷く。

そうして、わだかまりを解消するための、ちょっと大袈裟で回りくどい、

不器用な報謝作戦は始まった。

軽食を作ってきてくれた千倉ムツミが、

決意を秘めた神妙な表情で頷き合っている二人を見て、不思議そうな顔をしたのだった。



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仲直りのスペシャリスト

楠リッカ改め、燻るリッカに機嫌を直してもらう。

 

そういう名目で始まった自分とギルの、

謝罪と、埋め合わせと、日頃の恩返しと、その他諸々を兼ねた感謝計画。

ちょっとしたことで大袈裟なという気もするが、

誰かの悩みや困り事の度に、いくらでも派手に騒ぎを引き起こし、

そのうちに細かいことがどうでもよくなるような結果を叩き出すのが、

極東らしいやり方だ。

まさか自分達にそれを当て嵌めることになるとは思わなかったが、

自らを突き動かすのは、そうするのが一番だという漠然とした直感だった。

ところがそこには思い違いとすれ違いによる、

妙ちくりんに拗れた事情が立ちはだかっている。

先ず、ギルは自分の失言こそが悪いと思っているが、

実際にリッカが気にしているのはそうでもないということ。

それはささやかな一撃でもって解消されているはずで、

彼女がもやもやしているのは別問題。

そしてその大本は、もちろん自分があれこれ言ったせいであることだが、

内心の葛藤について、おそらくは、

その理由の全てを本人さえも分かっていないであろうということ。

なので、ただ謝るだけでは解決しない。

 

が、お互いそんな心境を説明もしづらい。

 

かといって、このままなんとなくふんわりとしているのも気まずい。

 

では、どうしたものか。

どこかに、乱麻を断つ快刀はありはしないだろうか。

その手のことに疎い二人が知恵を絞っても、

発想に限界があるという結論に行き着いた自分達は方針を見出す。

 

 

 

・・・・・・それは所謂、聞き込みという名の地道な前段階だった。

 

「ええ~?リッカさんを怒らせたぁ?」

 

その素っ頓狂な声に、慌てて二人がかりでその口を抑えていた。

「もごもご」

最初の相談相手・・・香月ナナは、興味津々という顔でギルと自分を見比べつつ、

そんな状態でもお構いなしに何事かを喋ろうとしていた。

 

人聞きが悪いと咄嗟に出た行動だったが、よくよく考えると、

相手はリッカ以上に開放的な出で立ちをしたナナ。

 

それを二人で取り押さえているのはどこからどう見ても犯罪的な光景だったので、

慌ててその手を離す。

 

「ぷは」

 

と、半目になって、ナナ。

 

「いやはや・・・いったい、二人そろって何をやらかしちゃったのかな~?」

 

語尾を伸ばしてそう訊いてくるその顔は、あからさまにニヤついていた。

 

なにせ怒ったというのが、普段そんな姿を見ることのないリッカで、

怒られたというのがブラッドの隊長と兄貴分なのだ。

 

ナナから見て、そんな話が面白くないわけがない。

ギルが苦い表情をしながら、かいつまんでその事情を説明していく。

真っ黒な顔のくだりで、

「夢中なリッカさんってかわいいよねえ」

とナナも笑っていたが、

 

そこから先はあまりゴシップ向きでもないビターな内容で、

それもギルが真面目な顔で相談しにきていると知って、

意地悪げな表情をやめ、素直に相槌を打っていた。

 

「ふーん・・・?」

 

大体のところを聞き終えたナナは、頬に指をあてながら、

しばらく不思議そうに顎を上げている。

 

そして目をくるりと回し、一言。

 

「なんだか、隊長さん達らしくない失敗だねぇ」

 

誰の何が良いでも悪いでもなく、らしくない、

という彼女の率直な言い方は、なんとも的確だった。

 

「・・・面目ない。だからこそ困ってるってのも、ある」

「あはは、なんか新鮮~」

 

ぐうの音も出ない二人を見てナナは朗らかに笑う。

 

そして、そんな様子を見かねてか、ぽん、と手を叩いて彼女は言った。

 

「ようし、ではこの香月ナナが、そんなお二人に助太刀しちゃいましょう!」

 

ナナがこんなに頼もしく見えるとは、と後にギルは語る。

 

誰とでも仲良くなれる性格の彼女が立ち上がると、

なんだか急にお姉さんになったような雰囲気だった。

 

「仲直りの秘訣はその気持ちを伝えること!これに限る!」

 

指を立て、ナナは得意げに講釈する。

 

「でも、なんだかややこしくなっちゃったときは、言葉だけじゃあいけないよー」

 

こくこく、と子供のように頷く二人。

 

その内容はすんなりと納得のいくものではあったが、

その時点で二人は、次にナナが何を口にするかを察していた。

 

「気持ちを伝えるのにベストなアイテム!

それは幸せになれる、美味しいもの!そう、なんといっても、お――――」

「悪いが、おでんパンはナシだ」

「ええー!!」

 

・・・ギルのにべもない一言で、ナナ、絶叫。

彼女の猫耳めいた髪が、その心境を表すかのように、ぴーん、と立っていた。

 

「私からおでんパンとったら何も残らないよー?!」

 

自分で言うか、と笑いそうになりながら、

この世の終わりのような顔をしているナナをなだめ、落ち着かせる。

 

ギルも少々申し訳なさそうに、

「聞いておいてなんだが、それを渡しても彼女は喜ば・・・

いや、あー、喜びはするだろうが、解決にならない。

・・・というか、持っていくのがおでんパンじゃ誰の口添えかバレバレだろう」

 

「そっかぁ・・・リッカさん、美味しそうに食べてくれるんだけど、ダメかぁ」

 

お互いの好物をシェアするナナとリッカの光景が思い浮かぶ。

 

おでんパンと、冷やしカレードリンク。

 

意外と合うのかもしれない、と思わなくもない。

 

「うーん、そうだよねぇ・・・おでんパンには私の気持ちが100パーセント!

・・・だけど、渡したいのは隊長さんとギルで100パーセントにしなくちゃだよねー」

「ああ・・・少し違うが、まあその通りだ。すまないが」

「しょうがないかー」

 

と、ナナはすんなりと引き下がり、はてどうしたものかと考え込んでくれる。

 

その割り切りの良さは見習いたい、としみじみ思う。

 

ところがそんな感慨を抱いている間に、

うーんと唸っていた彼女は急にぱっと顔を輝かせ、こんなことを言った。

 

「わかった!それなら私が、それとなーくリッカさんに聞いてみるね!」

 

「な、なに?」

「こういうのはモヤモヤしてちゃ始まらないよ!」

確かにそれはそうだが、と狼狽している間にナナは迷いなく立ち上がる。

「何か良いこと聞けたら教えるから、任せてねー!」

 

そう言って彼女は止める間もなく、ラウンジから飛び出していってしまった。

 

慌てて、その背中を呼び止めようとする。

 

しかしその前に、意外にもギルにそれを制止された。

 

神妙な顔で、ギルは首を振ってみせる。

 

「いや、あれは止めても無駄な時のナナだ・・・

それに、ああいう時のあいつの行動は、そう悪いことにはならない」

と、ちょっと不安げにも見えたが、ギルはそんな事を言う。

 

確かに、一見突飛に見えても、ナナの行動力は不思議と正解に辿り着くことの方が多い。

その行動力を自分達の為に発揮してくれたナナには感謝しておかなくては、

と走り去っていった方を見て、そう思いなおすことにした。

 

「あいつにもそのうち礼をしなくちゃな・・・

だが、俺たちは俺たちでやれることを続けよう」

 

待ちの姿勢ではそれこそ面目が立たない。

二人は聞き込み調査を続けることにした。

 

 

・・・曲者揃いの極東支部の面々にそうした相談をすることが、

どんな事態を引き起こすことになるか気づかないまま。



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先輩最低です

 

「土下座しかないんじゃないですか」

 

 

 

頼れる後輩、エリナが口にしたのは、情け容赦のない一言だった。

 

「・・・土下座か」

「はい、土下座です」

 

その取り付く島もない答えに、流石のギルも閉口している。

 

エリナはまるで自分がその被害を受けたかのように、腕組みをし、

じとっとした冷たい目線で、二人を低い場所から見下ろしていた。

 

「・・・極東は優しい人ばっかりなので、誰もお二人を責めないと思いますけど。

だからこそ、私があえてその役目を務めさせてもらいますね」

「・・・」

 

返す言葉もなく、ギルも自分も、肩身の狭い思いをして縮こまっていた。

ここで並んで正座した方が良いかもしれない。

 

それぐらい、エリナは辛辣な態度を貫いていた。

 

 

「すごく罪の重いことをしたって、分かってますよね」

後輩として丁寧語が板についてきたエリナだが、それ故か、

あるいはエリナが意図的にそうしているのか。

その口調は普段より格段に硬く冷たいものに感じる。

 

「・・・・・・ああ、とても失礼なことを言った」

「それだけじゃないんですけど」

という、エリナの素っ気ない呟きには、思わずといった様子でギルが顔を上げていた。

 

目が合ったエリナは、女教官のようにすっと目を細めて、さらに厳しい表情に。

 

「・・・もしかして、分かってませんか」

「・・・・・・悪い」

 

頭二つ分は低いのではというエリナから放たれる眼光に負けてしまったギル。

直後、エリナは急に気が抜けたかのように、はあ、と大きな溜め息をついていた。

 

「あっきれた・・・先輩方も、そういうとこはエミールとあんまり変わんないか・・・」

 

そんな独り言を呟いてから、蔑みを通り越して、哀れみの表情を向けてくるエリナ。

あまりにあまりな言い方だが、

何と言われようと、きっとエリナの方が正しいのだろうという漠然とした諦念があって、

二人は何の反論もせず、しょんぼりとするほかなかった。

女性って強い。

口には出さなくとも、俯いた顔でエリナを横目に視線を交わしたので、

ギルもまったく同じことを考えているのが分かったのだった。

 

 

「・・・正直、男の人にそれが理解できると思えないんだよね」

何故こうまで話が拗れたのか、

自分達よりも遥かに理解しているらしいエリナにそれを問うと、

髪の毛を弄りながら、物憂げにそんな事を言われてしまった。

 

さもありなんという感じではあったが、

当事者としてはそれで頷いてしまうわけにはいかない。

 

それでも、と食い下がってみると、エリナは少し困ったような顔で唸った。

 

理由を訊くと、どう言ったものかと数瞬考えるような素振り。

 

先輩のプライドなど元からあってないようなものなので、半ば自棄になって聞き込む。

 

出来の悪い教え子にも分かりやすく、と自虐的に言ってみると、

それには流石のエリナも吹き出して笑っていた。

 

しかし「そうじゃないよ先輩」と彼女は言って、迷っていた理由を告げる。

 

その答えは思いがけないものだった。

 

「理解されたらされたで、リッカさんが可哀想だから」

「な・・・」

 

内容は分からないが、それを知るべきではない、ということだ。

本人へ謝るために聞き込みをしていたら、

本人のために答えは知るなと言われてしまったのだ。

 

唯一の解答だと思っていたら先が行き止まりだった状況に、

流石のギルも途方に暮れたようだった。

 

「じゃあ、どうすればいいんだ・・・?」

「分からないなりにやってみるしかないと思うけど」

 

一応、愛想が尽きたというわけではないらしく、エリナは色々と教えてくれる。

 

 

・・・曰く、蒸し返すな。曰く、言外に伝えろ。などなど。

 

 

ただ、やはりその内容はわざと理由をぼかしていて、

具体的なことは言わないようにしているようだった。

 

そこは他人に教えてもらったり、見様見真似だけでは意味はないから、

後は自分で考えろ、ということなのだろう。

 

御尤もだった。

 

 

そしてエリナは最後にまとめを告げる。

 

「何かしたいって気持ちは褒めていいとこだから、まずは方向修正した方がいいよ。

謝るとかじゃなくて、その件とは無関係に何かしてあげること」

 

含蓄のある教えを後輩から授かった二人は、その後もあれこれと駄目出しをされてから、

後はなんとかなるはずというお言葉を頂戴した。

 

 

二人はひとまず礼を言って、内心では首を傾げながらその場を立ち去ることになる。

 

曖昧ながらも不思議と的を射ているように聞こえたエリナの言葉は、

ある意味でやはり最も解決に近い助言だったのは、後々になって分かったことだった。

 

腕組みをしてその背中を見送るエリナは、情けない兄に呆れたような眼ではありながら、

慣れないことに奮闘する弟を応援するかのように、淡い苦笑を浮かべているのだった。

 

「・・・ふむ、珍しい顔つきをしているなエリナ。まるで慈母神のようだ。

いつも荒れ狂う戦乙女の如く戦場を駆ける君に、

どのような奇跡が起きればそうした表情へと至るのか、俄然興味がある。

ラウンジで紅茶でも飲みながら是非聴かせてもら――――」

 

「アンタは誰よりもデリカシーを勉強しろ!!」



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甘口

「やっほーリッカさん、こんにちはー」

「あ、いらっしゃい。珍しいね」

 

ナナが訪問したとき、リッカはスパナをくるくると回して、

どこか手持ち無沙汰にしている様子だった。

 

笑顔で出迎えてくれた彼女に、

ナナは満面の笑みを返してから、肩から提げていた袋を下ろす。

 

そして慣れた手つきで袋から取り出したる、それを進呈。

 

「はいこれ差し入れです!おでんパン!」

「ありがと。うん、ちょっと待っててね」

 

革手袋を外して脇に重ね、隅に移動するリッカ。

 

そして屈みこみ、何かを漁る仕草の後、スポーツドリンクの容器を2つ持ってくる。

 

リッカの私用スペースと化したその部屋の角には、

整備区画にはかなり場違いな家電製品、小型の冷蔵庫が備え付けられているのだ。

 

区画内の余分な電力を活用した設備であり、

自室やラウンジまで移動するより遥かに手軽なため、仕事仲間もたまに利用している。

 

が、大量に保存されたカレードリンクに手をつけるのは、今のところ一人だけだ。

 

「はい、どうぞ」

「いただきます!」

 

カレーうどんならぬ、カレーおでん。

人参、大根や里芋といった、カレーの具とは近いようで遠い各種おでんだねは、

カレードリンクと合わさり、和洋を跨いだ独特なハーモニーとなって喉を潤す。

それはそもそもが好物なリッカとナナに限らず、

隊長たちがなんとなく想像した通りの味である。

 

「やっぱり美味しい!プレゼントは美味しいものに限るよ~」

「うん・・・ん、プレゼント?」

「あ、いえいえー、なんでもありません、ハイ」

 

きょとんとリッカは首を傾げていたが、

ナナのへらっとした笑みに、曖昧に頷き返している。

 

 

まあいいか、と気を取り直したリッカは、ドリンクを飲み干しながら笑顔で言った。

「最近色んな人が来るものだから、いろんな話ができて楽しいよ」

「えへへ、お邪魔しちゃってゴメンナサイ」

 

「ううん、そんなことない、もちろん歓迎だよ。普

段ここでやってるのは趣味の方だしね」

 

ナナは笑い返してから、ちらっと横目でリッカの顔色を確認しつつ、一言。

 

「色んな人って、例えば、隊長とかギルとか?」

「ん?うん、二人はいつもよく来てくれるよ」

 

その言葉には何の含みも無さそうだった。

念のためそれとなく探りを入れたナナだったが、

思った通り、やはり二人は考えすぎのようだった。

 

わざわざ改まって謝ることもないんじゃないか、とナナも感じていたのだ。

ナナが事情を既に知っていると気づく素振りがまるでなかったので、

思い切って聞き込んでみることにした。

 

「どんな話か訊いてもいーですか?」

「うん、まあ、大体、私が神機の話をしてばっかりだけど・・・ああ、こないだね」

 

お、とナナは耳を傾ける。

 

次にナナが見てとったのは、どこかくすぐったそうに笑うリッカの表情だった。

 

「二人ったら、おかしいんだ。あんなに気分がふわふわしたの、何時以来かな・・・」

 

その先の説明は少し予想外なほどに、

ただ楽しい思い出を語り聞かせるような、柔らかい口調だった。

 

曰く、二人がちょっと聞き捨てならない事を言ったこと。

 

なので然るべき制裁として、オイルで汚れた革手袋で全力のパンチ・・・ではなく、

その頬っぺたをぐりぐり、ごしごしとしてやったこと。

 

そして、深々と平謝りする二人に、とある事情から、

普段通り接するのが少しこそばゆくて・・・つい、怒ったふりをしてしまったこと。

 

「・・・ふふ、私って悪いヤツかな」

 

「いや~・・・隊長たち頑丈だし、宣言通りゲンコツでもよかったのに」

「あはは・・・手は小さいけどさ、これでも整備士だから、ほら、結構痛いと思うよ?」

 

会話の内容までは知らないはずのナナが口を滑らせたことには気づかなかったようで、

リッカはぎゅっと拳を握って見せてくれる。

 

なるほど、握り締めているのに、ほとんど手が震えないその様子から、

力を入れ慣れているのが分かる。

 

そしてリッカは力を抜くと同時に、ふにゃりと表情も崩して、その胸中を明かす。

 

「で、まあ、その時は楽しかったんだけどね。

それ以来、二人ともあんまり来なくなっちゃって・・・

悪いことしたなあって思うんだけど」

 

「あー・・・」

ナナも予想していた通り、そういうすれ違いが起きているようだった。

早い話が、あの二人がいつも通りに接すれば解決するのだ。

 

「リッカさんはもう怒ってないんですか?」

「え、うん・・・というか、あんまり慣れてないやり取りで舞い上がっちゃっただけ」

 

彼女の方がよほど自身を理解しているようだった。

 

さもありなん、とナナは苦笑しつつ、一方で気になっていたことを訊く。

 

「それにしては、ちょっとだけ元気ないみたいに見えますよ?」

「え・・・」

というのも、ナナが挨拶する直前の曲がり角で、

微かにリッカが溜め息をついていたのが聞こえたのだ。

 

それは整備や開発で悩んでいる、という風ではなかった。

彼女にしては珍しいことだ。

 

すると、思い当たるところがあったのか、リッカは途端に目を泳がせる。

 

「・・・ああ、いや・・・まあ、うん」

と、頬を掻きながら、歯切れの悪い反応。

 

ナナに似て、彼女は本当に言いたくないこと以外ははっきりと言葉にする。

なので、やっぱりなんでもないです、と止めようかと思ったのだが、その前に。

 

彼女は目を逸らしながら、照れくさそうに口を開いた。

 

「恥ずかしいんだけど・・・」

 

 

首を傾げるナナを横目に、再び明後日の方向を向いて。

 

そしてその続きは、消え入りそうな声で言った。

 

 

「作業に、集中できなくてさ・・・・・・今日は、来ないかなって」

 

その時の心境を、後にナナはこう表現する。

「ときめきグレネード20個分!!」

 

なんてことのないように装ってはいたが、その顔は心なしか赤かったし、

男達よりも遥かに上位のセンサーを備えた女の子が、それに気づかないはずがなかった。

 

そして、何より微笑ましく思ったことが一つある。

 

・・・それはリッカ自身の方が、

本当の意味でそれに気づいているようには見えなかったことだった。

聞きたいこと以上のことを大体聞いてしまったナナは、

横を向いているリッカに向け、満面の笑みで一言。

 

「ごちそうさまです!!」

 

突然のナナの声に、びっくりした顔を向けるリッカ。

 

「え?・・・珍しいね、まだおでんパンが残って・・・」

「あ、うん、こっちはまだいただきます!」

 

「??」

急に上機嫌になり、怒涛の勢いでパンを頬張り始めたナナを、

リッカは不思議そうに眺めていた。



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らしくない人

それは聞き込み調査中の一幕。

「放射ですか? すみません、あまり考えたことがなくて・・・

私は射線に入れて撃つだけとしか言えないんですが~・・・」

 

「・・・いや、報謝・・・なんでもない。妙なことを聞いた。すまない」

 

片手で応じて、ギルはその場を立ち去る。

台場カノンは不思議そうな顔をしていたが、

「気にしないで」と苦笑しながら自分も後に続く。

 

・・・射線に「何を」入れて撃っているのか、

恐らく本人も普段考えてはいないのだろうなと、

しみじみと思ったのだった。

 

「・・・結局は、当たって砕けろしかないってことか」

憔悴した表情で、ギルがそう呟いたのが聞こえた。

 

その日の聞き込みを終え、ラウンジに戻ってきたギルと自分は、

倦怠感に襲われ、椅子の上に身体を投げていた。

 

カウンターに力なく背を預けながら、ギルがぼやく。

 

「アラガミと戦うのより何倍も疲れるってのはどういうことなんだ」

 

その言葉に苦笑する。

それはリッカへ報いるための悩み云々ではなく、極東支部の面々への聞き込みが、

思いのほか難航したことへのぼやきだろう。

シエルとリヴィはなにやら熱心に話し込んでいたので聞けなかったのだが、

相談したメンバーが返してくれた大抵の答えは、

いつも通り接すればいいという端的ながら尤もな意見か、

 

ナナのように各々の好物を持参してきて、

これをプレゼントするべしという分かりやすい提案だった。

 

そのほとんどは独特すぎる代物だったために断らせてもらったが、

その方向性自体は全員共通している。

 

なのでおよそ、その選択肢については間違いないものだと思えた。

 

「贈るもの・・・贈るものか・・・」

天井を仰ぎながら、ギルが呟く。

 

確かに、彼がそんなに真剣に悩んでいるのは珍しいように思えた。

 

ハルオミなら迷いなく花束の一つでも持っていくのだろうが、

そこまで気障ったらしい真似はお互いできないだろうと二人は考えていた。

 

そうなれば、さて、贈るものといえば何が候補に挙がるだろうか。

 

普段なら、神機の強化パーツに使う資材やら、

アラガミの珍しい素材やらを頼まれるようなことはよくあるが。

 

「どっちも目がないだろうとは思うが・・・・・・」

 

――――――お詫びの品に、レトロオラクル細胞をどうぞ。

 

・・・あまりにも、無骨すぎる。

 

「ないな・・・思い切ってハルさんに倣うか・・・

あるいは、身に付けられる品か何かか?」

 

と、半ば独り言のようにギルが呟いていると。

 

 

「それこそないだろう」

 

唐突に横からそんな口を挟まれて、二人ともぎくりとそちらを振り向いてしまった。

 

そこにいたのは。

 

「下手に装飾品なんかを渡して・・・次の任務で、

うっかり消息不明にでもなってみろ。形見のように思われる」

 

ソーマ・シックザール。

 

そういうイメージとはあまりにもかけ離れ過ぎていたせいで、

相談先の候補に頭から入っていなかった人が、

意外すぎるタイミングで現れ、そんなことを言っていたのだった。

 

「ソ、ソーマさん・・・知ってるんですか」

「あ?」

自分達の悩んでいることについて、と付け加えると、ソーマは「ああ」と頷いた。

 

「エリナたちが言い争っていてな。それはいつも通りだが・・・

あんまり喧しかったんで理由を問い質した」

 

「ああ・・・」

「・・・安心しろ、そう細かい事情までは聞いていないし、あいつも言っていない」

 

そう言いながら、ソーマは自分を挟んでギルの反対の席へと座る。

 

まさかの人物の登場に、ギルも自分も面食らっていた。

 

ソーマはそれを意に介することもなく、先程口にした忠告に補足を付け加える。

 

「最近はそう苦戦することもない、気を抜くのも分かるがな・・・。

たまには思い出せ。俺たちは、いつも必ず無事でいられるわけじゃない」

 

悲観的な、とは言えない。

 

ソーマはそれが厳然たる事実であると誰よりも知っている人物だし、

自分達だって、決して他人事にはできない経験をしてきている。

 

「その時に喜ばれるのはいい・・・

だが、もしもの時に、それが反転するような事にはしたくないだろう」

 

そう言ったソーマの鋭い眼光の中に、いたわるような色を見て、

自分もギルも、はっとした。

脳裏にそんな光景がよぎる。

 

・・・自分が渡したものを両手で握り締め、見ていられない顔をして祈っている、その人の姿。

冥利に尽きる、というものかもしれなかったが、それは紛れもなく自分本位だ。

そんな事態を想定するなら不適切だ、と言ったソーマの言葉は、一理あるように思えた。

溜め息混じりに、素っ気なくソーマは言った。

 

「形のないものにしておけ。あるいは、残らないものをな」

 

「えっと・・・ありがとうございます」

 

おずおずと二人で礼を言うと、

ソーマはしばらく動きを止めた後に、「ふん」と鼻を鳴らしてから席を立った。

 

「らしくないことはするもんじゃない・・・

だが、お前らがらしくないことで悩んでいると聞いて、つい、な」

 

そう言い訳するかのように呟いて、彼は来た時と同じように唐突に去っていった。

 

コウタやリンドウさんがいる場所では決して見せない

その振る舞いは、確かにらしくなかった。

 

しかし彼らしい視点で語られた話は、

エリナと同じように、他に誰もそんなことは言うまいと思って、

助言してくれたものなのだろう。

 

話は大袈裟に過ぎたかもしれないが、それは確かに腑に落ちる、という感覚があった。

「なあ、隊長・・・一応、ひとつ思いついたんだが」

 

ギルがそう言って、視線を交わす。

 

これまでもらったアドバイスから考えだされたそれを聞いて、悪くない、と頷く。

 

慣れないことをしてくれたソーマに倣って、

慣れないことをしてみるのもいいかもしれない、と思ったのだ。

 

「あのぅ」

 

とそこへちょうどやってきた、小さなラウンジの主の声がした。

 

「ふたりとも、なんだか疲れてるみたいだから、良ければこれをどうぞ・・・どうしたんですか?」

 

温かい紅茶を運んできてくれた千倉ムツミは、二人分の視線を受けて首を傾げていた。

 

「ありがとう」と礼を言いつつ、いつになく神妙な顔でその旨を告げるギル。

 

「すまない、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが」

「はい?・・・はい、どうぞ?」

 

彼女は不思議そうな顔ながらも、こくりと可愛らしく頷いてくれたのだった。



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おかしな二人

差し出されたそれが何なのか、楠リッカはしばらく頭の中で答えがつながらないでいた。

 

ギル達が持ってきたそれはあまりに突拍子もなく、想像もつかないものだったのだ。

しかし、それがお詫びやらなんやらを兼ねた品だという説明を聞いて、リッカは。

 

 

「ぷふっ・・・あははははは!」

 

・・・吹き出してしまった。

 

 

お腹が痛い。

 

こんなに笑ってしまったのはいつぶりだろうか。

 

失礼だと頭の片隅で思わないでもなかったが、

やめようと思ってすぐやめられるレベルではなかった。

 

それぐらい笑ってしまった。

 

「いや・・・ごめん、ごめん。だって二人があんまり・・・ふふ、あははは」

まだ笑いの波に苛まれながら、リッカは懸命に詫びる。

 

二人は変わらず一つのものを差し出している。

 

可愛らしくラッピングされたその小袋には、小麦色をした円形の何かが数枚入っている。

 

リッカが笑ってしまったのはその、あんまりにも「らしくない」チョイスだった。

 

しばらく顔を見せないと思ったら、という意外性がさらに面白い。

 

未だにちょっと信じられなかったリッカは、目端に涙を浮かべながらその袋を指して、

 

「だって・・・手作りのお菓子? 二人が? 私に?」

 

と訊いた。

 

 

二人が持ってきたのは、千倉ムツミより作り方を教わったクッキーだった。

 

後腐れなく、食べればなくなってしまうが、想いは込められるもの。

 

そんな発想で選んだ、手作りのお菓子という選択肢。

 

・・・なんとまあ、可愛らしいことか。

 

男女が逆転したかのようだった。

 

 

「ふ、ふふ・・・」

やっと笑いが収まってきたリッカは、二人の顔を窺う。

 

笑われたのが心外というわけでもなく、甘んじて笑われましたという神妙な表情。

 

それを見たリッカはなんとなく、その心中を察した。

 

そして今度は、呆れからくる苦笑いが浮かぶ。

 

流石に、大真面目にそれを選んだわけではないらしい。

思えばなんだか、元から覚悟して来ているような顔だったのだ。

 

「・・・あのさ、二人とも狙ってきてるでしょ?」

 

その言葉で、リッカの苦笑は二人に伝播したらしかった。

 

 

二人は、リッカにただクッキーを受け取ってもらおうとしたのではない。

 

・・・ちょっとした埋め合わせのために、

手作りクッキーなんかを渡そうとする自分達がどんなに滑稽か。

 

そのおかしさ自体を、リッカに()()取ってもらおうとしたのだ。

 

 

「はは、ずっるいなあ・・・笑わないわけないじゃない」

 

リッカは目元を拭いながら、それを受け取る。

 

二人の様子から、苦肉の策でそうしたらしい、というのがありありと分かって、

それもまた、くすぐったくなるような感覚にさせられる。

 

悔しいが、大成功、というわけだった。

 

捨て身のプレゼントを終えたギルが、

リッカの反応に安堵してか、ふうと息をついていた。

 

「・・・顔から火が出そうだ。こういうのは、これっきりにしたい」

 

「いやあ、何度でも笑っちゃいそうだから、いつだっていいよ?」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべてやると、ギルは顔を引きつらせていた。

 

 

思いもよらぬ贈り物に、リッカは上機嫌でそれを眺めていた。

 

「これってまさか、アバドンの件の埋め合わせ? やりすぎだよ~」

 

元から気にしていないのに、そういう暴挙に出るところがまたおかしい。

 

幸運を呼ぶアラガミというのはあながち間違いでもない、とリッカは思う。

 

名前を使っただけでこんなサプライズを呼び込むことになるのであれば、大したものだ。

 

「・・・・喜んでくれたようで、何よりだ」

 

ギルはそう言って微笑んでいたが、それは若干疲れたような色も混じった表情だった。

 

それに微笑み返してから、リッカは両手で持ったその袋を見下ろして、

「これ、食べていいかな?」

と訊く。

 

するとギルと隊長、二人分の「どうぞ」が返ってくる。

 

「もちろんだが、味は保証しないぞ」

「ふふ、いただきます」

リボンを解いて、中からクッキーを一つつまんで、かじる。

 

さく、という食感と、ほの甘い風味が広がる。

残りは、エミールかムツミちゃんの淹れてくれた紅茶と一緒に食べたい、と思った。

 

「うん、美味しいよ」

と言った時、二人が安心したように顔を見合わせていたのを、リッカは見た。

 

 

・・・その時、どんな表情を浮かべただろう。

 

思い返しても、よく覚えていない。

 

ただ、口をついて出たのは、自分でも少し驚くほど声の上ずった、

気持ちを乗せた言葉だった。

 

 

「あ、言ってなかったね・・・ありがとう!」

それからは、久しぶりに神機やアラガミ、

そして仲間たちの話題に華が咲いて、つい時間も忘れて語り合っていた。

 

途中から自作のお菓子を持ってきたナナ、

エリナやエミールも様子を見にやってきて、その場はちょっとしたお茶会の様を呈した。

二人がクッキーの件を必死に隠そうとしているのがまた面白かった。

 

聞けば、なんやかんやと悩みぬいた末の贈り物だったらしい。

 

もはや何にもやもやとしていたのか分からないぐらいの事に、

そこまで全力で報いようとしてしまう人達の、

底抜けのお人好しぶりに感謝し、呆れ、笑ってしまう。

 

 

それこそが、一番の贈り物なのに。

リッカは頭の片隅で、そんなことを思っていたのだった。




別視点から描く喋らない主人公は死ぬほど空気だって今気づきました。
次回からはちょっとゴッドイーターらしく。


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閑話・誤解を呼ぶアラガミ

 

・・・ひそひそ。

 

 

「・・・それは本当なのか」

「はい・・・間違いないかと」

 

 

ひそひそ。

 

 

ラウンジの片隅で、小声で会話する二人がいた。

 

誰にも聞かれないようにとばかりに顔を寄せ合い、

真剣な面持ちで何事かを話し合っている。

 

その様子が尋常ならぬ深刻さを漂わせていたので、

逆に皆が配慮して、あえてその傍に近づかないような状態だった。

 

それは隊長とギルも例外ではなく、例の件で相談することもなかったのだが。

「信じられない・・・・・・隊長と、ギルが・・・」

・・・二人が話していること自体は他ならぬ、そんな二人についてのことだった。

 

ごくり、と喉を鳴らして、彼女は言った。

 

「・・・成す術もなくやられた、だって?」

「・・・はい、私も信じたくありませんが、そう聞きました」

 

 

 

・・・シエルとリヴィは、極めて真面目に話し合っていた。

 

 

 

「ジュリウスと並んで、ブラッドで最も腕の確かな二人じゃないか・・・いったい・・・」

 

隊長とギルが何者かにボコボコにされたらしい。

 

シエルからそんな噂を聞かされたリヴィは、当然の想像として、

 

「・・・いったい、どんなアラガミが?」

と、そういう疑問を抱いていた。

 

シエルはこの世の終わりのような顔で言う。

 

「分かりませんが・・・数日前にロミオが、

やつれて帰ってきたギルを見たそうなので」

 

「そうか・・・・・・ロミオが言っていたなら、間違いないな」

 

リヴィもそれを深刻に受け止めていた。

 

その様子を実際に見ていれば、

少なくともアラガミの仕業ではなかったことは明らかだったのだが、

二人は唯一の証言者の脚色を真に受けてしまっていた。

 

「それで・・・最近、お二人はその対策を皆さんに聞いて回っているそうです」

「まさか・・・?」

 

つまりその時だけ油断したというわけでもなく、

明確に対策を必要とするほどの強敵ということだった。

 

リヴィも絶句して、そんなアラガミの姿を幻視してしまう。

 

脳裏に浮かぶのは、二人をぼろ雑巾のように吹き飛ばすほど太い腕を何本も生やした、

恐ろしく邪悪なアラガミのシルエットだ。

 

リヴィは思わず身震いをして、

「そんなアラガミ、聞いたことがない」

と呟いてしまっていた。

 

わずかに怯えたような顔で「私もです」とシエルも頷き返し、

未だ遭遇していないことが幸運なのか、とそんな事態に慄く。

 

しかし、もしそんな存在が本当にいるのなら、

既に周知されていて然るべきではないのか。

 

「もしかすると、本部も詳細を確認できていないのかもしれません」

「となると相手は当然、新種ということになるか・・・」

 

憶測が憶測を呼び、シエルとリヴィの中ではそんな図式が出来上がっていく。

ギル達が全く異なるものと戦っているとは露ほどにも思っていない二人は、

前提から間違っているということには考えが至らないようだった。

 

「この場合、お二人に訊いてみた方が良いのでしょうか?」

 

シエルの問いかけに、リヴィは少し考えてから、首を振った。

 

「・・・いや、必要ならもう教えてくれているはずだ。

そうしないということは、何か理由があるのだと思う」

 

「・・・・・・なるほど、そうですね」

 

信頼が空回りしていた。

 

「・・・二人は今、任務に出ていないよな?」

「はい、今はお休みしているかと」

「じゃあ・・・少し思いついたことがあるんだ」

 

と、リヴィの提案にシエルは一度目を丸くしてから、

「流石ですね」と微笑み頷いていた。

 

 

 

足を運んだのは整備区画。

 

「失礼します」

「いらっしゃい・・・あれ、珍しい組み合わせじゃない?」

 

シエルとリヴィに気がついたリッカが、そんな声をかけてくる。

 

彼女はいつもの飲み物と、なぜかナナ印のおでんパンを手に休憩中のようだった。

 

「はい・・・お休みのところ申し訳ありません、

あの、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

「問題ないよ。なにかな」

 

頷くリッカ。

 

隣のリヴィが口にしたのは、隊長とギルの神機を見せて欲しいというお願いだった。

 

 

二人が撤退しなければならないほどの激戦があったなら、

神機にもその痕跡が残っているはずだ。

 

そう当たりをつけた二人は、リッカに頼んでそれを検分させてもらおうとしたのだ。

 

しかし見たところ、特にそんな傷は見つけられない。

 

あの二人が戦わずして逃げるとは思えないのだが、

まさか、そう決断せざるを得ないような相手だったのか。

 

と、後ろからそれを眺めていたリッカが問いかけてくる。

「なんだか面白そうな事をしているね。どうしたの?」

 

もしかすると、もう整備済みで補修されてしまったのかもしれない。

 

当惑していたシエルは、そのままその疑問をぶつけてみることにした。

 

「あの・・・実は、とある噂がありまして・・・」

 

神機についた傷から、それがどんな戦いだったのかも分かるというリッカなら、

何か知っているかもしれない。

 

 

そう思って聞いたのだが、リッカが返したのはさらに二人の混乱を呼ぶものだった。

 

 

「へ・・・ああ~・・・ああ、まあ・・・うん、確かにその通りだね」

 

リッカは目線を泳がせた後、確かに苦笑しながら頷いたのだ。

 

「やはり本当なのか!?」

とリヴィが驚嘆の声を上げる。

 

確かな証言を得てしまったと二人はいよいよ本気で戦慄して、

どんなアラガミかご存知ですか、と勢い込んで問いかけていた。

 

 

そして、リッカは微笑んでから、事も無げに答える。

 

 

 

 

「二人がやられた相手はね、アバドンだよ」

 

 

 

 

 

「・・・は?」

 

シエルとリヴィは、きゅうきゅうと可愛らしく鳴くアバドンの顔を思い浮かべて、

目が点になるのだった。

 

 





あとがき:
いい加減に引っ張り続けたこのネタもおしまいです。怒らない人を怒らせるのって難しい。

でもアバドン帽子を被ったリッカさんのイメージが頭から離れない(アバドン帽だけに)


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無に道を敷いて
例えばこんな新世代


前回で引っ張っていた展開は終了のため、だいぶ毛色の違うお話になります。

リッカさんの周囲に視点を置いていることに変わりはありませんが、
妄想分が多く、ゴッドイーターの世界観や設定に興味がないと厳しいかもしれません。

あるいは台詞部分だけざっくり読んでみてから、興味があればどうぞという形で、どうぞ。



 

「今いるアラガミの中で、最も厄介なのって何かな?」

 

ある時、リッカがそんな質問をしてきた。

 

「・・・あ、もし無神経な質問だったらごめんね。

キミなら感情論抜きで話してくれるかと思って」

 

きょとんとしてしまったせいか、彼女が慌ててそう謝ってくる。

 

大丈夫、でもどうして急に、と問い返すと、

リッカは手に持っている資料をひらひらさせながら言った。

 

「今度ね、特定のアラガミだけに対して、

特に有効な性質をもった神機を作れないか、っていう話が進んでるんだ」

 

なるほど、と相槌を打つ。

 

度重なる研究によって、神機は次の段階へ進みつつある。

 

しかし革新的な進化ばかりでなく、横向きに幅を広げることも大切だというわけだ。

 

それならば既存の技術だけで対応可能だし、

未来の前に現在を守れなくては元も子もない。

 

「キミは相手に合わせていろんなパーツを使ってるでしょ?

だから、そういう知識は誰よりも豊富だと思ってさ」

 

そんなことないよ、と謙遜しつつも、なるほどリッカの見解も間違いではないと思う。

 

ほとんどの人はずっと同じ形の神機を使い続けている。

 

それは最も手に馴染む神機に愛着が湧くからというのは勿論、

適合率という実際の数字にも現れる。

 

ギルも自ら神機に調整を重ねているが、

それは形を変えずに、より洗練するという方向性でのカスタマイズだ。

 

自分のように、パーツ単位を丸ごと換装して使うような

ゴッドイーターはあまりいない。

 

 

自分の場合、うまくハマればかなり戦いやすいのだが、

扱い慣れない刀身を振るっているところへ思わぬアラガミの乱入などがあると、

いつもより被弾が増えてしまう部分があるのは否めない。

一長一短というわけだ。

 

 

リッカはその企画書らしいものをボードに貼り付けながら続ける。

 

「まあ、どれぐらいその方向に特化させるかとかはまだ未定なんだけどね。

極端な話、コアから・・・つまりは、ゴッドイーターとの適合前から、

そのコンセプトで作るって計画もあるんだ」

 

刀身、銃身、盾のパーツは取り換えることができるが、

神機の命にあたる基幹部分は、その神機が起動した瞬間から固有のものとなる。

 

それは引継ぎなどの特殊な事例を除いて、

適合するゴッドイーターと1:1の関係にある。

 

となると当然、その時点で特別な神機ということは、

それに適合できるゴッドイーターも特別・・・

つまり、「対ヴァジュラ特化ゴッドイーター」というような人物が

誕生してしまう訳だ。

 

「ただ聞いただけだと、面白そうではあるけど・・・

いざという時にそれが裏目に出ることもあるだろうし、

そこまでやるようなら私は反対なんだけどね・・・」

 

それに、持ち主ごと部品扱いするみたいでね、とリッカは憂鬱そうに言う。

 

確かに、炎属性しか使えないゴッドイーターが、

ガルムやラーヴァナに出会ってしまったら目も当てられない。

 

予めそれに合わせた任務を割り振れば良いのかもしれないが、

ことアラガミとの戦いにおいて不測の事態は免れない。

 

少なくとも、多種多様なアラガミが入り乱れ、

むしろ未知の事象が起きることの方が多い此処、極東支部で運用するには、

およそ現実的でない案のように思えた。

 

「そうだねー。逆に、堕天種ばかりが棲息する、熱帯とか雪山とか、

局地戦が多い支部でなら・・・とも思うけど」

 

どのみち、採算が合うかは怪しいだろうというのが共通の見解だった。

 

 

まあ、その件は後々詰めていくよ、と言って、リッカは話を戻していた。

 

「で、せっかくなら今、最も苦戦するアラガミに焦点を絞って、

もしあっという間に倒せちゃう神機を作れるなら、と思ったんだ。どうかな?」

 

と訊かれ、考えてみる。

 

あえて挙げるなら接触禁忌種のどれかだろうかとはじめに思った。

 

しかしその中で一つとなると難しく、

当然、どのアラガミにも何かしら厄介な習性はある。

 

 

「一応ね、他の人にも聞いたんだけどさ・・・訊いたのは、アリサ」

 

というリッカの苦笑を見て、どういう答えが返ってきたのか大体分かってしまった。

 

「ピター」

 

一切迷わず、彼女は真顔で言ったそうだった。

 

 

「うーん、仮にディアウス・ピターを目標としたら、まあ・・・、

弱点属性を持ったショートブレードかチャージスピア・・・ってことになるのかな」

言いながら、リッカはあまり得心のいかないような顔をしていた。

 

「でも、今回の計画はなんていうか、

そういうのじゃないんだよね・・・単にそういう神機なら既にいくつもある。

ただパーツを換えればいいって話じゃなくて・・・」

 

 

なんとなく言いたいことは分かる。

 

ただ弱点を突ける神機を用意することは容易いが、

結局その刃が相手に届かなければ意味がない。

 

相手の強みを抑え、使い手の力量をカバーするような設計を求められているのだ。

 

その点、ディアウス・ピターは俊敏性などの純粋な強さという面で格が違うため、

ハードルが高いように思えた。

 

 

数あるアラガミを思い浮かべながら、リッカと共に黙考する。

そして思いついたものとして、仮想敵に一つの案を挙げてみた。

 



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丸い四角をさがして

「デミウルゴス?」

 

リッカはオウム返しに一度その名を口にして、なるほど、と頷いた。

 

「全身の硬い装甲と、逆にすごく柔らかいけど狙いにくい筋肉・・・

そうだね、特徴がはっきりしてて良いかもしれない」

 

悩んでいたリッカの顔が心なしか晴れる。

 

単純な強い弱いではなく、厄介という点で言えば、

奴の有する特徴はかなり面倒な部類だ。

 

「極東のみんなにとってはもう大した相手じゃないけど、

新米ゴッドイーターが初見で戦うには厳しいよね」

 

あまり効き目がないのに表面に攻撃を加え続けてしまったり。

 

無理に弱点を狙おうとして、鈍重ながらも強力な攻撃に直撃してしまったり。

 

あるいは、複数人で狭い範囲へ攻撃を集中させてしまいがちなため、

接近しにいった味方を誤射してしまったり。

 

「他のアラガミと一緒だと時間もかかるし・・・

なんだか、ものすっごく強い個体が現れたこともあるって聞いたし」

 

まさしく、そういう相手を容易く倒せるならどうかという話なのだ。

 

「いいね。じゃあ、ここからは私の出番だね」

 

俄然やる気が出てきた、とばかりにリッカは袖を直して立ち上がった。

 

神機の構想などを書き込むときのボードの前に立って、

彼女は教師みたいにかつんとそれを叩く。

 

 

「まず、あのアラガミの弱点はなんといっても、足の駆動部分にある筋繊維。

歩行や攻撃の度に伸縮する、ここを集中的に攻撃するのが定石だね」

 

貼りつけたデミウルゴスの写真、その前脚部分をこつこつと叩いてリッカは言う。

 

任務のミーティングのような雰囲気になり、

ちょっと楽しくなってきたのでつい深く頷いてしまう。

 

彼女も同様に楽しげに微笑んでから、写真の横のボードに対応策を書き加えていく。

 

「そういう小さい部位を狙いやすいのは自然と、攻撃が線のロングやサイズ。

それよりも、攻撃が点のショートやスピアになるね」

 

流石はそれを見慣れた整備士なだけあってか、

驚くほど上手に神機の絵を描いていくリッカ。

 

自分にとっても馴染み深い、各クロガネ装備のシルエットだ。

 

「ただ大きなダメージを与えるという点では、

バスターやハンマーのような、衝撃を与える攻撃の方が有効だと分かっている」

 

どかん、とデミウルゴスの足にハンマーをぶつけているイラストを書き加えて、

リッカはそれに丸印をつけた。

 

「ただ、両方とも取り回しが悪いし、どうしても面の攻撃になるハンマーは、

外縁の堅い所に当てちゃうことも多いはずだよ」

 

渾身のブラッドアーツを思いっきり膝部分にぶつけてしまったナナが

「腕がしびれるるる」と呻いていたのを思い出す。

 

以来、彼女は攻撃位置の分散も兼ねて、頭部分を集中的に狙うことで妥協している。

 

「・・・つまり私たちから見た課題は、小さい部分も狙いやすく、

打撃を与えることのできる神機のデザインだね」

 

そう言ってボードを眺めていたリッカの口元から、

ふふふ、とそのうちに笑いがこぼれる。

 

「ようし・・・楽しくなってきたよ!」

 

と、袖がないのに腕まくりの仕草をするリッカが微笑ましくて、

ついつられて笑いそうになるのだった。

 

 

問題提起が終わったところで、二人は考え込みながら神機の案を出し合っていた。

 

「うーん、既にそういうパーツもあるといえばあるんだけど。

どれも貴重な素材を使ったものだし、扱いが独特すぎるよね」

 

斬るのが目的でないロングブレードを振るったこともあるが、

それは仕組みがロングなだけのバスターに近い代物だった。

 

バスターやハンマーがアラガミの強固な装甲にもダメージを与えられるのは、

やはりそれ自体に重量があるためなのだ。

 

「有効な打撃を与えるには結局重くしないと・・・

でも、それに速度を乗せることができれば、ある程度は軽量化も図れるかも」

 

重いと強く、速いともっと強い、という発想で生まれたのがブーストハンマーだ。

 

すると、威力は落ちるかもしれないが、そこから重さを削ればどうだろう、

という安直な発想がまず浮かぶ。

 

「うーん・・・単純にそれだけだと、逆に安定性も落ちちゃうかな。

あれはバランスを取るのに遠心力も一役買っているから、

軽いとどこに飛んでいくか分からなくなっちゃうかもしれない」

 

拳大の鉄球が、ひゅんひゅんと弧を描いて、

ネズミ花火の如く高速回転する様を想像して、思わず身震いする。

 

確かに、それには近づきたくない。

 

「かといってあんまり速くても、小さいと貫通しちゃうから、

重い意味もないし・・・うん、意外と難題だね」

 

近いようで遠く、目的と用途が見事に噛み合っていないもどかしさがある。

 

悩ましげではあったが、

まったく困った様子のないリッカの意欲は流石だと思わざるを得ない。

 

そんなことを思いながら、

やはり、振るのではなく突く形にしてはどうか、と提案してみる。

 

「重さと速度を乗せて、となると、刺突というよりは打突か・・・

発想としては、チャージスピアに近いのかな?」

 

しかし、チャージスピアはむしろ、常に軽くなるように改良が続けられている。

 

ポール系で唯一縦の動作を要するチャージスピアは、

重量が両手にダイレクトにかかる負担となるのだ。

 

鋭利な先端の貫通力に、

噴進機構による加速力を乗せるのがチャージスピアの真骨頂であり、

そこに重さはさほど必要ない。

 

やはり単純な話ではなさそうだったが、

しかし同時に、方向性としてはあながち的外れでもないように思えた。

 

少なくとも、振り回すよりは安定感があるだろうという漠然としたイメージだ。

 

リッカもなんとなくそういう感覚があったようで、

ふむ、と呟いてから、こちらに視線を向けて一言。

 

 

「せっかくだし、聞いてみようか?」

どこか悪戯っぽい表情で、リッカはチャージスピア使いの二人を呼び出すのだった。

 



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華麗なる槍捌き

「オスカーで、打撃・・・ですか・・・?」

 

エリナは自分とリッカの話を聞いても、いまいちピンとこない様子だった。

 

意見を聞くのはもちろん、やはり使っているところを見せてもらった方が、

インスピレーションも得られるかということで、場所は訓練用スペースへ移っていた。

 

その中心で愛機たるチャージスピア、

オスカーと名付けている神機を大事そうに抱えたエリナは、

モニタールームから聞こえてくるリッカの声に首を傾げていた。

 

自分は同じ訓練スペースに同室していられるが、

訓練中は原則としてゴッドイーター以外は入れない。

 

しかし、リッカのその声色から、

スピーカー越しでも彼女が幾分わくわくしているのが分かった。

 

『うん、まあ、それは整備士の戯れ言だと思ってくれていいからさ。

まずは普通にスピアの扱いを見せて欲しいんだ』

「はあ・・・」

 

言われるままに、おずおずとオスカーを構えるエリナ。

 

『じゃ、ダミーを出すよ』

 

貫き通すこと一辺倒のチャージスピアに、打撃用途とは何を考えているのだろう。

エミールにでも任せりゃいいのに。

 

エリナの顔にはありありとそう書いてあったが、まずは普通にということで、

神機を構え、生成途中の訓練用ダミーを見つめるエリナ。

 

特に気負う事なく、肩の力を抜いたその立ち姿はなかなか様になっていて、

頼もしく見える。

 

と、その様子をモニターしているリッカの声。

 

『いやー、なんだか懐かしいね。初めてチャージスピアを握ってテストしてくれた、

昔のエリナを思い出すよ』

 

ぎくり、とエリナの肩が強張るのが後ろで見ていても分かった。

 

その頃というと、自分はフライアにいるかどうかという時期だ。

つまりゴッドイーター歴は、実はエリナとはほとんど変わらないことになるし、

少なくともチャージスピアの使用経験で言えば、間違いなくエリナの方が先輩なのだ。

 

そう思うと確かに感慨深いものがあって、エリナの背中をまじまじと眺めてしまう。

 

たまらず、エリナが恥ずかしそうに叫んだ。

 

「そ、その時のことは忘れてください!」

 

ところがリッカは全く意に介さず、

その時の思い出をこちらに語って聞かせるように言う。

 

『ふふ、キミは知ってる?

初めてチャージグライド機構を使ったとき、

エリナったら、その勢いに身体を持っていかれてね。

思いっきり訓練場の壁に激突しておっきな穴を――――』

 

「わ、わー!わー!!」

 

苦難の過去を暴露されたエリナが慌てて大声でそれを遮ろうとしていた。

 

まだ実戦配備前だったチャージスピアの試験運用に際し、

エリナはだいぶ頑張ったのだと聞いている。

 

そしてリッカが調整面でかなり苦労したとも聞いていて、

その件で、エリナはリッカに頭が上がらないのだそうだった。

 

「せっ、先輩聞かないで!聞くなー!」

 

そんな苦い記憶を掘り返され、エリナが顔を真っ赤にして喚いている。

 

・・・そこへちょうど、オウガテイルの形をした訓練用ダミーが目の前に現れた。

 

途端、その時の自分の行動と重ねたのか。

あるいは、そんな過去そのものを打ち破らんとでもしたのか。

 

エリナが凄まじい勢いで足を踏み出し、

同時に握りしめたオスカーから、溜めに溜めたオラクルが迸った。

 

 

「あぁもおおおおっ・・・もうあの頃の!わたしじゃ!なぁーいッ!!」

 

 

・・・オラクルと一緒に、色々なフラストレーションを解放したに違いない。

そんなエリナの渾身のチャージグライドが、ダミーアラガミの中心を貫いた。

 

その迫力たるや、ダミーとはいえオウガテイルがちょっと可哀想になるほどのもの。

 

 

・・・と、それを眺めていた自分とリッカから、思わず似たような声が漏れた。

 

ブラッドアーツに匹敵するのではという威力で放たれたそれにも感心だったが、

驚くのはそこではなかったのだ。

 

 

何より目を引いたのは、その後に見せたエリナの所作だった。

 

チャージに用いたオラクルが尾を引き、

エリナは塵と化したダミーを通り抜け、一瞬で訓練場の反対側まで飛んでいる。

 

明らかに中型や大型を相手にしたときに使うような、

高出力チャージグライドを放った神機はまだ余力を残していて、

このままでは昔の再現が如く、向かいの壁に激突してしまう。

・・・と思った、瞬間のことだった。

 

エリナは突撃姿勢を解きつつ、だん、と訓練場の床を蹴り込み、

同時に穂先を僅かに下に傾けた。

 

ジャンプしかけたエリナを、下向きに働いたスピアの推進力が床に縫い止める。

 

そのままブレーキをかける気なのか、片足の負担が大きすぎるのでは、

と危惧したのも束の間。

 

エリナは上半身と腕を捻り、スピアの力を横方向のベクトルに転換していた。

 

あえて軸を傾け、神機に引っ張られたエリナの身体はくるんと回転する。

 

そして今度は両手で神機を回し、

一方向へ勢いがつかないように腕の中でくるりくるりと上手に力を逃がして、

ちょうどそれを終え、自身が真後ろを向いた頃に両足が接地。

 

少し、ずざあ、という擦過音がしたが、

その時点でスピアの推進力はほとんど消費されていた。

 

最後に、ポールを一回転させつつ展開状態を終了させ、

神機内部に残された余分なオラクルを吐き出す。

 

・・・一連の動作が終わったその時、

やっとダミーが消滅したというマーカーが床に表示されていた。

 

 

そして、ふしゅう、と神機オスカーが出力を落とし。

同時に、ふう、とエリナが息を吐く。

 

 

・・・その、残心にも似た間を待って。

 

 

『お見事』

 

というリッカの声と共に、

二人だけのギャラリーはスピーカー越しと訓練場の反対側から、

大きな拍手を送っていた。

 

「ぅえ・・・?」

エリナは目を丸くして狼狽えていた。

 

『申し分ない威力のチャージグライドはもちろん、今の無駄のないブレーキ動作! 

素晴らしかったよ、エリナ』

 

「え、あ、はい、ありがとう、ございます・・・?」

 

そこまで手放しで称賛されると思っていなかったのか、

いまいち反応の薄い礼を返すエリナ。

 

本人にとっては、何度もチャージグライドの推力に振り回されているうちに、

自然と身に付けただけの動きのようだった。

 

しかしあれなら、通り過ぎた直後でも相手の動きにすぐ反応できるし、

すぐさま次のチャージに移ることもできる。

 

なによりいくつもの曲線を描いたその事後動作は、

神機から放出されるオラクルの軌跡も相まって、華麗だった。

 

そんな繕いのない本音を告げると、

エリナはようやく実感が追いついてきたようで、こくん、とわずかに喉を鳴らし。

 

「ありがとっ、先輩っ!」

と嬉しそうに言った。

 




あとがき:
the 2nd break3巻のネタがちらほら。露骨なエリナ軸のお話、あしからず。
くどめな描写では、スローモーションで舞うオスカーとか、帽子についてるひらひらとか、視線を吸い寄せる白い何かとかそこらへんを想起してくれると嬉しいです。



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先ずは道理が其処にあり

『うんうん、ちょっとメンタルが不安定でもあの動き。

成長したねエリナ。感動だよ~』

 

「・・・リッカさん、それ込みであんなこと言ったんですか」

 

恨めしげにスピーカーを睨みつけるエリナに苦笑し、リッカを窘める。

 

『あはは、懐かしかったのは本当だよ。

君とその神機はいわば、極東の期待の星だったからね』

 

エリナとエミールは共に、極東支部におけるポール型神機の第一号使用者だった。

 

配属、配備されたのが同時期ともなれば、愛着が湧くのも当然だろうと思えた。

 

『というか、あの時エリナに苦労させちゃったのは初期の調整不足もあるからさ。

私にとっても恥ずかしい話でね』

 

「どっちにしろ壁に突っ込んだのはわたしなんですけど・・・」

げんなりと言うエリナに、リッカの笑い声。

 

『なんにしても、見違えたね。ギルもそう思うでしょ?』

「へ」

と、エリナが間抜けな声を上げた。

 

直後、スピーカーからは別の声が聞こえてきた。

 

それは、至極真面目な調子でエリナを評価する、ギルの声だった。

 

『ああ・・・あの動作は俺にはできないな・・・普通は無理やり足で止める。

自分の体型としなやかさを、上手く活かした力の逃がし方だ』

 

『あ、その発言は査問委員会ものだよ~?』

 

『なっ・・・ハ、ハルさんと一緒にしないでくれ』

 

と、途中から何やら言い合いに発展しているのが聞こえてくる。

 

そんなやりとりを聞きながら、ふとエリナを見ると、

何やら肩をぷるぷると震わせていた。

 

次いで、うう、という唸り声が漏れ聞こえたかと思うと。

 

「わたしの過去知ってる人をムダに増やすなぁー!!」

 

広い訓練場に、そんな絶叫が反響したのだった。

 

 

 

『・・・で、まあ、これからが本題なんだけどね。

二人に来てもらったのは、チャージスピアの可能性について意見を聞きたくてなんだ』

 

「はあ。打撃がどうとかって聞きましたけど」

と、エリナがいまいち想像できていないという顔で応じる。

 

テストにあたり技量は申し分なしということで、

そのままエリナは訓練場、ギルはモニタールームの方で

意見を述べるという形となった。

 

『うん、さっきのを見せてもらって分かったけど、

やっぱりチャージスピアは物を貫くことに特化しているよね』

 

「そりゃあ・・・それは、リッカさんが一番よく知ってるんじゃないですか」

 

『はは、買い被り過ぎだよ。私は神機を振ったことないからね、

戦う感覚は持ち主だけのものさ』

 

そんな飄々とした返事。

 

それは、確かにそうかもしれない、

とエリナはオスカーの穂先を見上げ、何か感じ入るものがあったようだった。

 

リッカの説明は続く。

『それでね、私たちが今のところ実現したいと思っているのは、

刺突じゃなく、打突・・・衝撃を与えることができるチャージスピアの開発なんだ』

 

「へえ・・・そんなことができるんですか」

 

『できると思う?』

「えっ」

 

てっきり、どうすればそんな仕組みが出来るのか、

という解説がそのまま続くと思っていたのだろう。

 

まさか自分に振られると思っていなかったエリナは、あからさまに慌てていた。

 

正直に、と横で言ってやると、

エリナはちらちらと此方とスピーカーを交互に見ながらも、おずおずと、

「えっと、その・・・無理だと思うんですけど」

と言った。

 

『あはは』

対して、リッカは笑うだけ。

 

探求する者は、周りから不可能だ、と言われることに慣れているのだ。

 

むしろ最初は、本人が不可能だと思っている節がある。

 

『そうだよね。貫く時、相手に衝撃はほとんど伝わってないからね』

 

と、それをすんなり肯定もしてしまうリッカの言に、エリナは目を白黒させていた。

 

「あの・・・それで、どうするんですか?」

 

『うん、そこで君にお願いがあるんだ』

 

その言葉と同時に、訓練場の中央の床が、がこんという音と共に開く。

 

え、あんな仕組みあったの、とエリナが驚いた顔をしているうちに、

その下から何かがせり上がってきた。

 

・・・それは複雑な造形を描いた、丸みを帯びた金属質の板状のもの。

 

そして全体が見えてくるにつれて、そのデザインが何を模しているのかが分かる。

 

般若か、鬼のような顔に見えるそれは、

できればあまり対面したくないアラガミのものだった。

 

「ぼっ・・・ボルグ・カムラン!?」

 

『・・・の、盾の部分だよ』

と、リッカの注釈が入る。

 

がしょん、という小気味よい音がして、盾の全体像が訓練場の真ん中に登場する。

 

中型種ダミーまでしか想定されていないこの訓練場で、

その硬そうな強面はかなりの威圧感を放っていた。

 

サンプルとして、アラガミの素材を出来るだけ完全な形で持ち帰る。

 

そういう試みが比較的安全なエリアで行われる事はこれまで何度かあったが、

こんな巨大な部位を分解させずにそのまま保管していたことには驚きだった。

 

しかもそれを訓練場で目にすることになるとは、

と自分もエリナも思わず呆けてそれを見上げてしまう。

 

そして圧倒されているエリナに、スピーカーから届けられたリッカの注文は、

さらに彼女をぞっとさせるのに十分なものだった。

 

『さて・・・この貫通するのが極めて難しい装甲を、何とか破壊してみて!』

「え・・・ええええっ?!」

 



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無謀な無茶も無駄でなく

 

がきーん。

 

がっきーん。

 

数分はそんな音が続いていたと思う。

 

それはボルグ・カムランの盾を叩き続ける、オスカーの奏でる金属音。

 

しかしその高い音は響きこそ耳に心地よいものの、

それゆえにぶつかっているもの同士が欠けることも削れることもなく、

派手に弾かれあっていることを示している。

 

やがて一歩引いたエリナが、溜め息をついてオスカーを下ろす。

 

 

そしてその苦々しい表情から、口をついて出たのは、

「・・・無理。ぜったい無理」

という、妥当な諦めの言葉だった。

 

 

その言葉通り、奮闘も空しく、目の前の盾には傷一つついていなかった。

 

『オーケー、ごめんね、そこまでで良いよ。オスカーは大丈夫?』

と、スピーカーからそんな声がする。

 

あんまり無茶な使い方をしては神機に負荷がかかってしまうので、程々に。

 

というのがエリナに付け加えられた条件だった。

 

「はい、まあ・・・チャージグライドも使ってないですし」

 

はじめから無理っぽい空気を感じていたエリナも、

愛機を傷つけないようにと、いくらか表面を突いてみただけだ。

 

ただその時点で、仮に全力を出しても結果は明らかだろうという、

確かな手ごたえを得てしまっていたのだった。

 

『普通、ボルグ・カムランと戦う時は当然、盾を避ける・・・

ハンマーやバスター、あるいはショットガンなんかで破壊してもらった後、

結合の弱まった部分に突き込むといいダメージになったりもするが』

 

『そうだね。つまりこの手の装甲には、

本来ショートブレードやチャージスピアでは有効なダメージを与えられない。

・・・じゃ、どうするかって話だけど』

 

チャージスピアの使い手と整備士の、冷静な考察が聞こえてくる。

 

エリナはそんな話を聞きながら、

そびえ立つボルグ・カムランの盾を見上げ、胡乱げな表情を浮かべていた。

 

チャージスピアの扱いは格段に上達したエリナだが、

それ故に、己の神機ができる範疇では無理だと分かってしまっているのだ。

 

その判断は決して間違いではなく、

そもそもリッカの無茶振りも、事実の再確認という意味合いが強かった。

 

 

しかし新しい挑戦のためには、時にそんな常識から外れたことをする必要がある。

 

 

『ということで、キミの出番だよ』

 

「・・・先輩?」

 

エリナが振り向いた時、自分はちょうど自前の神機を持ってきたところだった。

 

そしてその神機を見て、エリナがあんぐりと口を開ける。

 

「せ、んぱい・・・なに、それ」

 

唖然とした、むしろちょっと引き気味の表情でエリナが指を指す。

 

チャージスピアに換装してきた己の神機には、

およそそれとは思えない即席のカスタマイズが施されていたのだ。

 

『うん、とりあえずで考案したチャージスピアの派生品だよ』

なんということもないようにリッカが解説する。

 

それを聞いても、依然エリナの口元は引きつっていた。

 

「・・・派生っていうか・・・」

 

そして、言って良いのか悪いのか迷った挙句、つい口から出てしまったという風に、

 

 

「・・・・・・・・・魔改造なんですけど」

 

と、呟いた。

 

自分も複雑な表情でその穂先を見上げる。

 

全体としてはチャージスピア。

 

しかし、鋭利な刃でもって敵を貫くはずのそこには。

 

 

・・・頭部を上向きにしただけの、クロガネ型ブーストハンマー。

 

その鎚部分が、槍の先端にそのまま突き刺さっているのだ。

 

 

 

あまりの異様に、絶句、という様子のエリナ。

「・・・オ、オスカぁー・・・」

 

無意識にか、彼女はそんな悲壮な声を上げ、

両手で抱くように己の愛機に寄りかかっている。

 

その顔には、オスカーにはあんな風になって欲しくない、

という切なる思いが滲んでいた。

 

流石にちょっと心外だったが、

これも一時的な、研究のための犠牲だろうと割り切ることにする。

 

というよりはそうしないとやっていられないので、

気持ちを切り替え、気を引き締めてボルグ盾の前に立った。

 

実験として、この槍だか鎚だかよく分からない神機でこれを壊そうというのだ。

 

自分考案、リッカデザインの試行錯誤の結晶・・・ではないものの、

アイディアの卵、原石といっていい試作神機である。

 

しかし横から見るとやはりというか、かなり異様な光景らしく、

エリナが視界の端で「え、本当にそれでやるの?」

というニュアンスの表情を浮かべていた。

 

『あ、正直安定性とか度外視だから気をつけてね。

流石に折れたりはしないだろうけど、振り回すのはナシだよ』

 

そんな物騒な忠告を耳にして青ざめつつ、神機を構える。

 

・・・それだけで、嗚呼これは振り回すとかやりたくても無理だな、と実感した。

 

ブーストハンマー以上にフロントウェイトなその形状では、

正直スピアの形に構え続けるのも厳しいのだ。

 

ハンマー部分のブースターに点火できない仕様のこの状態で横に振ろうとすれば、

 

そのまま重心を持っていかれて手からすっぽ抜けるか、

代わりに自分が飛んでいくだけだろう。

 

意地で姿勢を維持し、視界を何割か覆ってしまう神機のシルエット越しに、

ボルグ盾の般若面を睨みつける。

 

『じゃ、手始めに一発、景気のいいのをよろしくね』

『ケガするなよ』

という激励を貰って、無理やり気合充填。

 

ぐっと腰を落とし、片足を踏み出した直後。

 

その重さに負けないように、両手をできるだけ勢いよく前に出す。

 

盾に描かれた顔の眉間辺りをまっすぐに突き上げたつもりだったが、

その狙いは、途中から重すぎる先端部分に引っ張られるような形で下に落ちた。

 

結果的に、そのスピアともハンマーともつかぬ神機は、山なりの軌道を描きつつ、

意図していなかった落下の勢いを加えて、盾の口辺りに激突した。

 

・・・そして同時に、踏み込み、

途中から引っ張られていた勢いが急に手元から消えてしまったせいで、手が滑った。

 

 

ごぉん。ごちん!

 

「わっ!」

『・・・ありゃー』

 

・・・踏鞴を踏んだ自分は、

神機と一緒に追撃するような形で、盾に頭突きをかましていた。

 

 

「ちょ・・・先輩、大丈夫?!」

おでこをさすりながら、大丈夫、と駆け寄ってきたエリナに告げる。

 

華麗にブレーキを決めてみせたエリナの手前、情けないな、と笑ってしまうと、

エリナは気の毒そうに首を振った。

 

「いや、いくら先輩でも無理ないよ・・・だって、これじゃん」

 

指を差して示すのは、もちろん足元に転がった、

チャージハンマーとでも言うべきゲテモノ神機だった。

『いやあ、いい音がしたね・・・あ、神機の方ね』

 

というのがリッカの感想。

 

そんな呑気な、と横でエリナが呆れた顔をしている。

 

ギルもちょっと気まずそうに、

『ああ、まあ・・・予想通りではあったが』

と評していた。

 

 

その後、リッカは乾いた笑いでその結果を記録していた。

 

『あはは、改良が必要なのは・・・まあ、誰が見ても明らかなのは置いといて。

・・・やってみて、どうだった?』

 

感想を訊かれ、ボルグ盾を見上げる。

 

チャージハンマーで殴打した場所には、

くっきりと擦過痕が残っているが、へこみというほどの傷はなかった。

 

かなり間抜けな構図だったので、

それを見ていた三人も今頃、中々のがっかり感に襲われているだろう。

 

 

しかし、今のが全力かというと、そうではない。

実際にやった感覚というのは、確かに見ている時とは思いのほか違うことを、

その時、自分は痛感していた。

 

・・・なんとなく、何か掴めそうな気がする。

 

「え、先輩・・・ホントに?」

目を丸くしたエリナに笑いかけて、もうちょっとやらせて、と神機に手を伸ばす。

 

見えていなくても、「そうでなきゃ」と

リッカがいまごろ不敵な笑みを浮かべているだろうな、と思ったのだった。

 



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道理の上を無理が突く

「えっ、ちょっ待、それ先輩無茶!無茶だって!」

 

エリナが洒落にならないとばかりに必死に止めようとしていたが、

やろうとしていることが危なすぎて近づけないでいる。

 

ぎゅおん。ぎゅおん。

 

『うーん・・・まあ、そういう発想になるよねえ』

『・・・止めなくていいのか、あれは』

 

ぎゅおんぎゅおん、ぎゅるおおん。

 

神機から異様な音がするが、まだいけるという手応えが伝わってくる。

 

それはチャージスピアの持つ機能・・・チャージグライドの為の、

オラクルを溜める機構から発されている音だった。

 

先端がハンマーになったゲテモノスピアも、

それ以外はチャージスピアなのだから当然、チャージグライドが出来る。

 

問題は、その形状でやったらどうなるか、というところだ。

 

『さっき普通に突いても、つんのめってたし・・・

あれって基本、通り過ぎることを前提とした出力だからさ・・・』

 

『つまり、ぶつかった時点で破砕できなければ隊長は・・・・・・トマトか』

 

「せ、せんぱーい!!」

 

流石に心配そうなその解説と、

それを耳にしたエリナの若干涙声なシャウトが聞こえてくる。

 

 

が、漠然と、いけると感じていた。

 

形をどんなに変えても、自分の神機、そのコア部分は唯一のものだ。

 

それが、これくらいは問題ない、と訴えかけてくる。

 

少なくとも、衝撃の過負荷で破損するのは急造で取り付けたハンマー部分で、

替えの利かない主軸部分は問題ないという確信があった。

 

本気で止めようとしないリッカやギルもそんな予測を立てているのだろう。

 

・・・自分の身に関しては、何かしら考えがあるはず、

という信頼を寄せてもらっているのだと思いたい。

 

そして、それは概ね間違いではない。

 

むしろ近くにいてはエリナの方が危ないので、離れて、と注意してから前を見据える。

 

ボルグ・カムランの盾の表面で、憎たらしい顔が歯を剥いている。

 

これを派手に砕いてやる、と意気込みを腕に込める。

 

すると、うぉん、と手の中の相棒が一瞬強く振動したのを感じて、

自然と笑みが浮かんできた。

 

 

なにも、自分が飛んでいく必要はないのだ。

 

打撃面を広くして、充分な質量に加速をつけ叩きつける。

 

神機にそれができるパワーがあることは既に実証済みなので、

あとは安全性、安定感の問題。

 

であれば。

 

 

 

『あ』

と、リッカが声を上げた。

 

それは今まさに身構え、全力で突撃するものだと思っていた神機使いが、

 

・・・てこてこと何気なく歩いて。

 

限界まで力を蓄えた神機。その先端を、こつん、と盾に押し付けたからだった。

 

そして一度接触した神機は、盾の表面からほんの僅かに先端が離れる。

 

その間には、拳一つ分の空隙ができる。

 

 

・・・その瞬間。

 

 

ボルグ・カムランの盾は、凄まじい爆音と共に放射状に弾け飛んでいた。

 

 

「~~~~っ?!」

声にならない悲鳴を上げて、エリナが両耳を塞いでいた。

 

 

しかしそれも、砕けた盾の一部が散弾のように飛び、

反対の壁に派手にぶつかる轟音で掻き消される。

 

・・・ようやく静寂が訪れた時、辺りには砕け散った破片と、

それらが個々のオラクル細胞となって霧散していく黒い煙がいくつも立ち上っていた。

 

そして、その衝撃が過ぎ去った直後。

 

『完璧!!』

 

急に響いたそんな声に、放心していたエリナが、びくーんと肩をすくませていた。

 

『今の、すごく参考になるよ!二人ともちょっと上がってきて!』

 

というリッカの興奮した呼びかけに急かされて、

エリナが慌てて立ち上がり、当惑顔で自分の隣についてくる。

 

そしてモニタールームへ集合すると、

リッカとギルが今のリプレイ映像を、食い入るように見つめているのだった。

 

 

 

「てっ・・・手を離したぁ?!」

 

素っ頓狂な声を上げたのは、エリナ。

 

どうやってあれを壊したのか・・・というか、何をしたのか。

 

そう訊かれて答えた方法は、極めて単純なものだった。

 

「信じらんない・・・それであんなことになるの・・・?」

「でも・・・なるほどね。それならチャージグライドに使うエネルギーを、

余すことなく対象に伝えられる・・・」

 

突撃するのではなく・・・その距離を可能な限り短くし、

溜めた力を一瞬にして解き放つ。

 

ただしそれを持ったままでは腕ごと持っていかれてしまう危険があるので、

その瞬間、ポールを握る手をゆるめておく。

 

すると、神機は手の中を滑り、

僅かな距離を高速でスライドして目の前の物体を思いきり叩く。

・・・という、単純な構図だ。

 

「進まず、ただ突くためのチャージグライド・・・

そうか、そういうブラッドアーツを、隊長は使ったことがあったな」

と、ギルが合点がいったように言ったので、それには微笑んで頷き返していた。

 

仕組み的にはその通りなのだ。

ただ重すぎるために、腕で突き出すことを諦め、

勢い全てを神機任せにしたのが今回のアレンジだった。

 

「その結果があれで・・・これか」

 

ギルが複雑そうな表情でその手元を見る。

 

そこにはクロガネ型のチャージスピア・・・

その先端がひしゃげてしまった、自分の神機がある。

 

「うーん・・・外装は見たまんまだし、出力系にもかなりの負荷がかかったから、

ちょっと休めないとダメだねこれは」

 

と、検分していたリッカが結論付ける。

 

予想通り、取り付けていたハンマー部分は、衝突の際に吹き飛んでしまっていた。

 

そのため刀身部分はフレームごとがたがただが、

基幹部分に損傷はないとのことだった。

 

リッカ曰く、ブラッドレイジ終了時のように、

全力を出し切った反動・・・いわば、バテている状態らしい。

たった一度の突きでそこまでなのだから、

よほど無茶をさせてしまったのだろうと、苦笑せざるを得ない。

 

おつかれさん、と心の中で労いの言葉をかけてから、

休眠状態のそれをリッカに預けることにしたのだった。

 




あとがき:
やっと主人公らしい無茶をして頂きました。多分チャージドライバー系列の黒BA。


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形を成すは無限の浪漫

偶然とはいえ成功例が生まれたことで、その後の話はとてもスムーズだった。

 

「先輩なんでも出来ちゃうね・・・」

 

と、色々通り越して呆れ気味のエリナが、

椅子にもたれかかりつつそんなことを呟いていた。

 

無計画に無茶なことをするより、

エリナのように、基本から成長し、洗練されていく方が素晴らしいと思う。

そう告げると、エリナは何やら口をもごもごさせつつ、

顔を背けて「別に嬉しくないし」とかなんとか言っていた。

 

苦笑してから、リッカとギルの談義に意識を戻す。

 

「つまり、事前動作に関わらず、

オラクルの噴出によって瞬間的に神機を叩きつけるのは有効で、

それも充分実現可能な範囲だと分かった。

あの試作品をよりスリムアップさせるだけでも、かなりの成果が見込めるはずだよ」

 

「ああ・・・ただ正直言って、

あれはチャージスピアのコンセプトからだいぶ外れている。

隊長がやってみせたような動きをする機構を、新しく作る必要があるんじゃないか」

 

そんな調子で、だいぶ議論は盛り上がっていた。

 

ギルの提案に、リッカは楽しくてたまらないという様子で頷いている。

 

「そうだね・・・イメージは出来てるんだけど、

うん、これをどう言ったらいいかな?」

「至近距離から相手を穿つ、打突用の神機か・・・」

 

検証より先に想像が膨らんでしまっているらしく、

気の早い二人はもうそのネーミングに入っていた。

 

開発者らしい拘りを見せて唸りだす二人。

 

そこへぽつりと投げられた言葉が一つ。

 

「・・・なんか、アレみたいだったな」

というエリナのつぶやきに、リッカもギルもそちらを向いていた。

 

「え、あ、なんでもない・・・」

「いや、いいよ、詳しく言って?」

 

前のめりにリッカが問うので、エリナはちょっと気圧されながら答える。

 

「えーっと・・・避難民のキャンプで、見た事があるんですけど・・・

こう、地面にどすっ、って刺す、金属の棒・・・テントの足になってるやつ?」

 

そこで、リッカの目が輝いた。

 

「・・・杭だね」

 

棒状のもので、板に打ち付け、

あるいは地面に打ち込み、ある時は岩を穿ち、割り砕く。

 

と言えば、それは杭だ。

 

「確かにあの時、盾に打ち込まれた神機全体が、一本の杭みたいだった」

うんうん、と頷きながらリッカは言う。

 

そんな彼女の表情は、

頭の中で次々と閃きが浮かんでいるかのように、華やいだ笑顔へと変わっていく。

 

「それでいこう。もしかしたら、

まったく新しい神機ができちゃうかもしれない・・・!」

 

そして、彼女の目にはもう、そのイメージしか映っていないようだった。

 

リッカは我慢できないとばかりに、

部屋を飛び出す勢いで駆け出し、その足は整備区画へと向いている。

 

そして振り向きざま、彼女は手を振ってお礼を告げる。

 

「二人とも協力ありがとう!お礼は期待してて!ギルもね!」

俺はおまけか、と帽子の下でギルが苦笑しているのが見えた。

 

そんなリッカの勢いに翻弄され気味で、

いまいち何が役に立ったのか分からないという表情のエリナ。

 

もちろん、チャージスピアの可能性を切り拓くのに、

エリナのお手本が参考になったことは言うまでもない。

 

そう微笑みかけると、なんとなく誇っていいことは察したようで、

照れくさそうに頬を掻いていた。

 

意気揚々と駆けていくリッカの背中に、

自分とギルはお互い似たような笑みを浮かべつつ、ひらひらと手を振る。

 

 

そうして、第一回の神機研究会は、

予想外に目覚ましい成果を上げて幕を下ろしたのだった。

 

 

リッカとギルはその後いろいろと試行錯誤していたが、

神機全体を動かすと持っている腕が危ないということで、

対象を穿つための打突部分だけを、

オラクル機構によって飛び出させる仕組みにしようという結論に至ったらしい。

 

杭打ち神機と呼ばれたそれは、

完成さえすれば、デミウルゴスの弱点を打ち貫くどころか、

当初はそこに当てないようにと画策していたはずの、

その硬い外装ごとぶち抜いてしまうほどの威力を発揮できるらしかった。

 

諸々の認可が下りるまではかなりの期間待たねばならず、

形にするにもまだまだとのことだった。

しかし、その程度で二人の熱意は冷めないようだった。

 

 

エリナにその話をすると、

「試験運用するときはエミールでお願い」

とどこか怯えるような顔で言ったのが印象的だった。

 

 

・・・何故かと問うと、答えは単純で。

 

「・・・あれ、怖いから!」

あんなものを持ってあんなことをさせられるのは御免だ、

と首をぷるぷる振りながら言うのが、

普段オスカーを握っている時の安心したような表情と対照的で、

なんとなく微笑ましかったのだった。

 




あとがき:
考えるだけで楽しい、ということはままあるもので、
リッカさんたちもそういう楽しみ方はするタイプかな、と思いました。

GE3では二刀型神機とか出るそうですが、
適合するのは二機一対のハイブリッド?とか、色々考えられて楽しいですね。


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情熱に息継ぎを

リッカが悩んでいる。

それに気づいたのはギルが最初だった。

 

彼曰く、

最初は漠然とした違和感だったのだが、

最近になって、やはりいつもと違う、と思い始めたのだそうだ。

 

次いで、

ダミアンさんから「そういえばたまに憂鬱そうにしている」という話を聞いて、

その違和感は確信へと至る。

 

そういう視点で思い返すと、自分も心当たりがある。

 

ふとした時、彼女が愛想笑いをする。

 

それだけ聞くと、それぐらいおかしくはないと思う。

もちろん、誰だってそういった振る舞いをすることはある。

 

しかしそれが決まって神機の話で盛り上がっている時だ、となると、

なるほど彼女に限ってそれはおかしい、となる。

 

彼女が本当に熱意を込めているはずの事に関して、

そういう表情を見せるようになったのだ。

 

そして何より奇妙なのは、

憂鬱そうにしている、というほど分かりやすい違和感ではなかったこと。

 

ナナに訊いてみた時には、

「二人ならとっくに相談に乗っていると思っていた」という驚きを返されてしまった。

 

それほどリッカの変調は周囲に分かりやすく、

最近気づいたというのはむしろ、自分達だけのことらしかった。

 

それは、彼女が自らの変化を分かっていて、

自分とギルには隠そうとしているという事だった。

 

 

果たして、それは何故なのか。

 

 

「あちゃ・・・伝わっちゃったか。二人とも鋭いね」

悩んでも仕方が無いと、二人は率直にそう訊いていた。

 

そして彼女は、最初に片手を額に当てている。

 

それは思いのほか軽い調子ではあったものの、

隠し事がばれてしまった、という素振りだ。

 

「あー・・・自分でも、らしくないとは思ったんだけどね・・・

やっぱり変に意識すると余計にダメだね」

 

と、彼女は独白する。

 

隣で話を聞いているギルも、心配そうにそんな彼女の仕草を見つめている。

 

「実は・・・」

そしてリッカは、一つ深呼吸をしてから、

少しの微笑を浮かべ、あっけらかんと言った。

 

「・・・新世代神機の開発をね、やめた方がいいんじゃないかって思ってるんだ」

 

 

「ん、な」

ギルが絶句して、身を乗り出していた。

 

信じられない。それが本心だった。

 

「急に、どうしたんだ」

「急にじゃないよ。ずっと考えてた」

とリッカは笑顔で言う。

 

その笑みが、

神機を弄って楽しそうにするいつものリッカと変わらないものだったので、

二人はますます混乱する。

 

三度の飯より冷やしカレー、それより神機を愛するのがリッカではなかったのか。

 

そう言うと、リッカは驚く二人を面白そうに見てから、

「もちろん作ってみたいとは思ってるよ」

と言った。

 

「最終的な目標にしているのは変わらない。

ただ、やめた方がいいっていうのは、一時的にでも・・・うん、

今の計画については、凍結させるべきじゃないかって話。

・・・あ、こないだ協力してもらったのとはまた別件だよ?

あっちは絶賛考案中さ」

 

完全に諦めたわけではないと知って、

ギルが、自分のことのように肩を落として安堵しているのが見えた。

 

とはいえ、不可解であることに変わりはない。

 

興味と好奇心を燃料に、これまでひたすらに邁進してきたリッカなのだ。

 

自分もギルも、それに少なからず関わっているからこそ、その情熱を知っている。

それがここへきて、急に冷え込んだとは思えなかった。

 

「うん、まあ・・・言い方が悪かったかな。

ただ、ここで一度立ち止まって、振り返ろうって思っただけだよ」

 

なんでもないことのように言うが、それで納得できる話でもない。

 

「理由を聞かせてくれないか」

「・・・うーん」

 

リッカは頬をかいて迷う仕草をする。

 

それは不思議と、言いたくない、という素振りには見えない。

 

それよりかは、二人に聞かせたくはないという配慮からきているように見えた。

 

「バレちゃったし、仕方ないね・・・」

 

リッカはそこまで聞かれて尚はぐらかすのも逆に不安にさせると思ったのか、

白状するように溜め息をついて、言った。

 

ただ、楽しい話にはなりそうにないよ、と彼女は前置きをする。

 

そうしてから、リッカは二人を交互に見比べつつ、話し出す。

 

「今、もっとも期待されている神機の可能性、

それはどんな風になっていくか。ギルはもちろん知ってるよね」

 

「・・・ああ。レトロオラクル細胞を使った、より高度で複雑な制御システムだ」

と、ギルが頷いて、不敵な笑みを浮かべる。

 

非常に個体数の少ないアラガミ、キュウビが持つ特殊なオラクル細胞は、

これまでの技術に革命をもたらすと言われている。

 

それを神機に組み込んだら、という話をしていたギルが、

とても活き活きとしていたのをよく覚えている。

 

リッカもそれを聞いて、うんうん、と頷いている。

 

「そう、それが実現できるのは、持ち手の意志を汲み取った、

神機の自律駆動・・・自ら考えて動く神機。

・・・それはね、それは、素晴らしい機能だと思うよ。今すぐ作ってみたい」

 

だが彼女は「でも」と言った。

 

「・・・これは、もしこんなアラガミが現れたら?という仮想敵を想定した話だよ。

なんなら妄想だと思ってくれても構わない」

 

いつの間にか、リッカは好奇を覗かせる開発者の顔から、

ゴッドイーターの命を預かる、整備士の顔になっていた。

 

そして、彼女はそれを口にし、自分もギルもその内容に、言葉を失う。

 

「神機をアラガミにするアラガミ」

「―――――」

 

すでに、使い手に血の力がなければ神機を停止させる、

という力を持ったアラガミは存在している。

 

しかも、その現象を引き起こすのは限られた個体ではない。

感応種、その全てである。

 

ならばその性質に特化した感応種が現れるという可能性は、充分すぎるほどにある。

 

それどころか。

 

今の極東には、神融種、と呼ばれるアラガミがいる。

 

神機を喰い、自らの身体の一部として取り込むことで、

限定的にせよその力を振るうことを可能としたアラガミ。

 

それらに類するアラガミは、広義で言えばまさしく、

リッカが危惧する能力を既に手にしているのではないだろうか。

 

即ち・・・「己の手足」という形で()()()()()()()()()()()()種として。

 

 

「堕天種にはじまり、感応種、神融種・・・アラガミは進化し続け、

時が経つほどに多様化も進んでいる。それに対して私たちはこれまで、

ずっと後手に回ってきた」

 

新種のアラガミが現れる度に、ゴッドイーターは危険に晒される。

そんな事を何度も繰り返し、

・・・彼女はそんな現場を、その結果を何度も見てきたのだろう。

 

リッカは遠い目をしていた。

 

「だから今度こそは、と思うんだ。

現れうるアラガミの能力を、あらかじめ想定した設計を」

 




あとがき:
吸ってばかりでは続かず、一度息継ぎを挟むからこそ次が美味しい。
それはリッカさんの情熱もそうだろうし、甘ったるい話もそうかと思いまして。


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鋼鉄に息づきを

 

例えば。

 

手下として、脆弱ながらも即席のアラガミを生成する力を持った感応種、

イェン・ツィーというアラガミがいる。

 

それが神融種になったとしたら。

 

そしてもしも神融種の特性を、その感応能力にも応用できるとしたら。

 

つまりは・・・神機を自身の一部とするだけではなく、

また手下の生成に周囲のオラクルを利用するのではなく。

 

()()()()()()()()()()()()()能力を手にしてしまったら。

 

 

それはゴッドイーターの手にする唯一つの武器が、

その場で敵へ寝返ることを意味する。

 

 

感応種が神融種へと変じた前例はないが、

神融種が血の力に似た感応能力を得た事例は既にある。

 

リッカは、そういう事も在り得ると言う。

 

ほんの僅かにでも可能性があるのならば、その危険を無視することは出来ないと。

 

 

「私たちの技術も進んでいる。でもそれは本質的には戦っている相手と同じもの・・・

神機が、人の手に収まるアラガミであることは変わらない。最初から、今でもね」

 

神機は偏食因子によって並大抵のことではアラガミに捕喰されず、

また使い手のゴッドイーターを捕喰してしまうようなことのない性質を持っている。

しかしその設計に「神機が自ら変質することを選ぶ」ような事態は想定されていない。

 

・・・もちろん、万全の状態からそのような事は起き得ない。

 

だがなんであれ、外的要因という例外は存在する。

 

「これまでになかった要因・・・感応波に対する対策を、私たちは施し切れていない。

そこに追加した機能によって、

より危険な目に遭うようなことには絶対にしたくないんだ。

ただでさえ・・・神機はそのリスクを孕んでいるから」

 

ギルがわずかに身じろぎしたのが視界の端に映った。

 

そのリスクが顕在化するのを、彼は自身の眼で見たゴッドイーターであり、

その結果に関わりもしたのだ。

 

・・・腕輪の破損という、最も容易に起き得る外的要因が生み出した結末に。

 

 

「方向性が間違っているっていう意味じゃないよ。とっても魅力的だ。

・・・本音のところをいえば、いますぐ思いつきを実行に移してみたいよ」

 

そのためには、今のこの設計思想は諸刃の剣なのだ。

そうリッカは結論付けていた。

 

創作意欲を懸命に自制しているという風に、リッカは半笑いの表情で語る。

 

「私たちはね、既に経験として学んでいるんだ。

先に進むことのみに技術を費やしたものが、どうなるかを」

 

今度はギルだけでなく、自分も身体を揺らすことになった。

 

 

神機兵。

 

誰も傷つかずに済むようにと設計されたはずのそれが何をもたらしたかを、

ブラッドは知っている。

 

そしてその末路は今、アラガミの一部として極東を徘徊している。

 

 

「だから、その方向に進むにはもっと知識が必要なんだ。

神機が持ち主に牙を剥くようなことが絶対にないように・・・

何重にもセーフティ機能を施して、はじめて使えるものにすべきだと思う」

 

自分もギルも、それに口を挟むことなどできようはずもなかった。

 

作り手としての矜持と熱意を、リッカは天秤の上に乗せている。

 

ただ面白いというだけで、それを片方に傾けることはできないのだ。

 

 

「・・・ね、楽しい話じゃなかったでしょ?」

と、リッカは眉を下げた表情で笑って、申し訳なさそうに言った。

 

 

自分もギルも顔を見合わせてから、いや、と同じような顔を浮かべる。

 

確かに、楽しい話ではなかったかもしれない。

 

だが聞いて後悔はしていない。

 

むしろ、彼女の熱意が浮ついたものではなく、そして消えたわけでもなく。

今も確かに、静かに燃え続けていることを再確認できて、安心していた。

 

 

「うん、ありがとう・・・って、いや、お礼を言うのもヘンだね・・・」

 

頬をかきながら、リッカがそんなことを言っていた。

 

そんな様に笑いながら、元気づけるようにギルが言う。

 

「先見の明、と言うんだろうな。流石だと思う」

 

いやあそれほどでも、というリッカのへらっとした返し。

 

「・・・だが、そんなに悲観することばかりでもないだろ」

 

ギルがそう言ったのを聞いて、リッカはその目を細め、

口端に薄い笑みを浮かべていた。

 

それはまさしく、そう言ってもらいたかった、という、嬉しそうな表情だった。

 

 

確かに、神機とアラガミ、その境界は今やあやふやなもので、

ゴッドイーターの手の内にあるそれが、

突然その境を跨いでしまうような危険をも内包してしまっているのかもしれない。

 

 

でも。と思う。

 

使い手は、作り手の考えを知らなかった。

だが、作り手も知らないことを、使い手は知っている。

 

そして、たとえ誰も実態を知らなくとも、確かにそれを感じ取ったことはあるのだ。

 

ブラッドレイジシステムを使い、己の神機と、感応波で心を交わした自分が。

あの日、休眠状態だったはずのロミオの神機に助けられた極東支部の皆が、

それを知っている。

 

神機は自分達と一緒に戦ってくれている。

 

それは強制しているわけでもなければ、

ちょっとのことで裏切られるようなものでもない。

 

その絆を繋いでいるのは他ならぬ、彼ら自身の意志でもあるのだと。

 

「・・・いつか私も、ちゃんと彼らの声を聴けたらいいな」

と、リッカが神機保管庫の扉を眺めながら、情感的に呟いていた。

 

彼女は眠っている神機にしか触れた事がない。

 

ひょっとすると、そちらの方が彼女にとっては切なる願いなのかもしれない。

 

もしそれが叶ったら、それはもっと素敵な未来を呼び込むのだろうな、と思った。

 

「うーん・・・間接的でもいいから、どうにか出来ないかな?

・・・例えば、そう、偏食因子を表面にだけ組み込んだ、偏食手袋とか・・・」

 

自分で言った傍から、何を考えているのやら。

 

呆れつつ、安心もする。

 

「・・・それこそ、きちんとセーフティを考えて作ってくれよ」

 

心配そうに言ったギルの言葉に一度きょとんとした後、

リッカが最初に、くす、と笑みを零して。

 

 

・・・束の間、三人で朗らかに笑い合ったのだった。

 



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衣と食
自家製カレーは甘口で


 

「・・・ねえ、ちょっと、キミ!」

 

資源回収の任務に出ようとしていた矢先のこと。

 

後ろから何者かに急に襟元を掴まれたかと思ったら、

がくんと首に負荷がかかり、思わず、ぐえ、と呻いてしまった。

 

というのも、その人物との身長差のせいで、

かなり急角度な斜め下に襟を引っ張られたからだ。

 

ついでに急に海老反りになったため、腰のあたりでごきりと小気味よい音がした。

 

「あゴメン。ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」

 

複数の痛みに苦悶している自分をさておいて、彼女はそんなことを言う。

 

出撃ゲート前で声をかけてくるのも珍しければ、

割とこちらに遠慮のないその様子も珍しかった。

 

抗議するよりも先にそれを不思議に思ったのだが、

次に彼女、楠リッカが投げてきた問いは、

そういう態度になるのもむべなるかな、という類のものだった。

 

「あのさ・・・こないだ、キミ達ブラッドでカレーパーティーしたって本当?」

 

ぐえ。

 

別の意味で呻きそうになったのを、彼女は見逃さない。

 

「ふぅん・・・」

 

顎を上げ、リッカは低いところからこちらを見下ろしてくる。

 

「どうして私を呼んでくれなかったのかな?」

 

目を細め、そんな質問をするリッカ・・・リッカさんは、中々に威圧感を放っていた。

 

・・・あれは聖域で採れた作物を使った初めての料理でして。

という弁解も効果はないように思えた。

 

「私の好物・・・もちろんキミは知ってるよね?」

 

何度か御相伴に与っているので、はい、と頷く。

 

いつになくにじり寄ってくる彼女がちょっと怖かったので、

両手で制止のジェスチャーを取りつつ、引きつった笑みを返していた。

 

 

彼女はしばし半目でそれを眺めていたが、ふと眉を下げ、息を吐く。

 

「まあ・・・そりゃあ、スケジュールが合わないこともあるし・・・

ブラッドの皆でつくった畑なんだから最初は、っていうのも勿論分かるけどさ」

 

急にしおらしくなったかと思うと、ごにょごにょとそんなことを呟いていた。

 

煮え切らない様子でぼやく彼女は、自分でその理由を全部納得しているようだった。

 

が、彼女はどうにも自分を抑えきれていない。

 

不満を口にするのがお門違いと分かっていても、それを言わずにはいられない。

 

 

カレーを食べたい、という気持ちで暴走するそんな彼女の姿は、

その背格好も相まって、まるきり子供のようだった。

 

 

確かに、最初のカレーは食べ損ねさせてしまったかもしれない。

が、別にそれが最後というわけではない。

 

「あ、うん、そうだよね・・・まだあるんだよね?」

 

ころころと表情を変え、物凄く期待した眼差しで見上げてくるリッカ。

 

僅かに潤んだ眼に気圧され、欲しいのはカレーと心を落ち着かせながら応じる。

 

 

するとリッカはようやくいつもの笑みを口端に浮かべて、

「うん、じゃあ、今度ね、私にも作ってくれないかな・・・本物のカレー!」

と有無を言わせぬ調子で言ったのだった。

 

 

 

・・・すごい剣幕で念を押されてしまった。

 

約束だよ、と言いながら立ち去った彼女の後姿を、頭を掻きながら見送る。

 

娯楽の少ない極東支部・・・誰しも、

食のこと、好物のことになると人が変わるものだ。

 

そんなことを思っているとそこへ、横から突然声をかけられた。

 

「よう、いいもん見せてもらったよ」

 

そこにいたのは、出撃ゲートから戻ってきたらしい、真壁ハルオミだった。

 

「いやあ悪い悪い、盗み聞きするつもりはなかったんだ・・・

なんだか来るのが遅いんで、どうしたんだと思って見に来たんだよ」

 

そういえば共に任務に向かう予定だった、と思い出す。

 

すぐに行くと言うと、彼は片手をひらひらさせながら言う。

 

「ああ、それはいいんだ。それより・・・さっきの彼女との会話なんだが」

 

疑問符を頭に浮かべる間もなく、がしっ、と片腕が首に回されてくる。

 

眼前に、極めて真面目な顔をしたハルオミが迫る。

 

そして彼は問う。

「お前、どう思った?」

 

何をどう思えと。

そう顔に書いて伝えると、ハルオミは何かを期待するようにしてさらに迫る。

 

「・・・何か、突き動かされるような衝撃がなかったか?

それをこう、感想として俺に叫んでみたくならないか?」

 

ひょっとしてそういうことか、と思い当たる何かが、ないわけではなかった。

 

だが、それは胸の内に湧くふわふわとした何かでしかなく、

言葉にできるほど確かな感情ではない。

 

それに何やら熱くなっているハルオミに、心から同意するのは正直、癪だった。

 

そういう意図が伝わったのか伝わらないのか。

 

ハルオミはしばし顔を見据えた後、盛大に溜め息をつきながら、

やれやれと首を振っていた。

 

「青い、青いな・・・」

 

ハルオミは遠い目をして、

「だが、無理もない・・・この感覚は確かに共有しにくい、深淵なものさ。

俺は責めないよお前のことを・・・」

などとのたまっていたが、それが迂遠な前置きであることはその時点で明らかだった。

 

ハルオミは感慨深げにその続きを言う。

 

「彼女には俺もお世話になってる・・・いやもちろん、神機の調整でだ。

だが、今しがた彼女がお前に見せたような表情はついぞお目にかかったことがない。

この意味が分かるか」

 

あ、本題が来るだろう、という直感があった。

 

そしてハルオミ、いやハルさんは、流し目を決めつつ告げた。

 

 

「・・・甘えられてんだよ」

 

 

 

 

※ここから煉獄の地下街3(炎の舞 -終わらない旅-)

 

 

 

 

「理性よりも溢れた衝動を、ついぶつけてしまう・・・そりゃあつまりだ、

そういう緩みを見せるほど、気を許していることに他ならない」

 

ハルさんはフッと笑う。

 

彼は燃え上がる。

 

「彼女が普段見せる魅力については今更語るまでもないな。

というより下手に語るとスパナが飛んでくるんでそこは割愛させてもらうんだが、

ここで重要なのはやはりギャップ、そう、普段とのギャップこそ、

今もっとも語るべき所だ。

ご飯を作ってくれ。

いいじゃないか、端的に言おう。可愛い。

どこぞのおでんパン娘もそうだが、食べ物に目がない女の子は微笑ましいな。

見ていて飽きない。

食欲にタガが外れるその姿は愛らしいを超えて、

いっそ煽情的ですらあると言ってもいい。

それが普段見せない姿なら尚更だな。そう、それこそギャップだ」

 

リッカさんは普段から自分の欲求には忠実な方だと思うのだが、

という突っ込みを挟む隙がハルさんに無い。

 

「何より自分で用意するのではなく、他人にそれを欲するところがポイントだな。

食事ってのはどんな生き物にとっても隙が出来る行為で、

本能的に隠したい事なんだが、もう隙だらけだ。

そんな姿を見せてもいいって思われてる、つまりは甘えられてるってことさ。

冥利に尽きるね。

それが奢ってくれだとまたニュアンスは変わるだろうが、

手料理を作ってくれときたら最上級だ。

彼女、料理が全くできないってわけでもないだろ?

それなのにお前に用意して欲しいってのはもう、

お前の作ったものに特別な価値を感じてるってことだ。

無意識だけどな多分。だがそれがいい。それこそが良いって奴もいるな。

俺はお互い計算づくってのもそれはそれで、いやそれはいい。

もっと言えば、カレーとは家庭の料理の王者・・・即ち、

それを振舞ってくれという女性からの頼みとは・・・分かるだろ?

つまりはそういうことだ」

 

どういうことだ、と半目になってハルさんを眺めていたが、彼はそれを意に介さない。

 

一通り語り終えて満足したらしいハルさんはふうと一息ついて、

いつもののらりくらりとした態度に戻り、ぽんぽんと肩を叩いてくる。

 

「いいじゃあないかあ、お前も隅に置けな・・・いや、茶化すのはよそう。

その先は・・・俺の出る幕じゃあない」

 

詩的にそんな事を呟くハルさんについていけなくなりつつ、

何が言いたいのか先を促す。

 

それを意欲的なものと受け取ったらしいハルさんは上機嫌で、

「そう、今俺が語ったのは、いつもお前に付き合ってもらっていた、

普遍的な真理を求める旅路じゃあない・・・これは、お前だけの近道だ」

と重ねて前置きしてから、

 

「だが俺から言えることは一つ。女性に求められた時、それに応える。

それは男として当然だってことだ」

 

そんなことを言う。

 

内心、大袈裟な、と思いはしたが、あえて否定するような内容でもない。

 

「せっかく求められたんだ、全力で答えてやるべきだろ。

ぶつけてやれお前の情熱を・・・至高の、カレーをな!」

 

結局、話の中心はそこである。

 

辛くて熱いものに対する熱さについて熱く語られ、汗が出てきそうだった。

 

確かにリッカのカレーにかける情熱も中々だが、

ハルさんのこの暑苦しさには負けるだろうな、と思ったのだった。

 

 

 

まあ頑張ってみますよ、

となあなあの返事をして去っていった青年の背中を見送りながら、

ハルは溜め息をついていた。

 

「あー・・・こんだけ背中を押してもまだ分かってなさそうだなあ。

罪深いぜ、まったく」

 

やれやれ、と首を振りながら、まあそれもいいか、と思う。

 

ハルオミに言わせれば、傍から見ていてもどかしいが、

そういう雰囲気も当人たちにとっては心地良いものだろうし、

そんなところまで首を突っ込むのは野暮に過ぎる。

 

彼らのことだから、誰が何をしようと、

そう悪い結果にはなるまいという信頼感もある。

 

今の所は、こうしてたまに刺激を与えてやるぐらいが丁度良い。

 

ハルは応援しているもう一人の友を思い浮かべながら、

青春だねぇ、と年寄りじみた感想を抱いた自分を笑う。

 

なにはともあれ、願わくば、それぞれが己の真理を見つけてくれることを、

ハルはその行く末に想いを馳せる。

 

「さて、俺も新たなる探求へ赴くとするか・・・」

 

いいことをした、とばかりにハルオミは一人そう呟いて、

神機を担ぎ、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

・・・数時間後、資源回収の任務を忘れていた二人は揃ってヒバリさんに怒られた。

 





あとがき:
リッカさんが去ったところで一息ついて、
ちょっと味気ないなとハルさんを足したら文字数が3倍になった。何故だ。


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銀糸を梳いて夢見れば

 

「え?髪型?」

 

設計図から顔を上げて、リッカはこちらと目を合わせた。

 

その拍子に、後ろで束ねた髪がぴょんと跳ねる。

 

リッカはそれに手をやってから、先程投げかけられた質問に、ああ、と声を漏らす。

 

「あー、うん。ちょっと前はこうしてなかったよ。それがどうかした?」

 

イメチェン?と訊くと、リッカは何を言っているのかまるで分からない、という顔。

やはりというか、彼女はそういうことに関して無頓着だった。

 

「いや、単に伸びたからまとめたっていうか・・・ヒバリもそうでしょ?」

 

でしょ、と言われても自分は見たことがないが、

そういえば大森タツミが何か言っていた気がする。

 

今のヒバリちゃんもいいけど昔のヒバリちゃんもそれはもう、どうたらこうたら。

 

「はは、彼らしいね」

リッカは楽しげに言う。

 

ただ、ヒバリの場合はリッカと違う理由なのでは?と思わなくもない。

 

「え、あー、ヒバリが結んでるのは元からか・・・

じゃあ彼女の場合はイメチェン、だったのかな」

リッカはいまいちピンとこない様子でそう呟いていた。

 

 

自分の場合、伸ばす予定はあるのか、と訊いてみた。

 

「ん?伸ばす?」

 

察しの良いリッカにしては珍しいことに、この話題だとやりとりが一つ分遅れる。

 

「いや、そのつもりはないかな。こうしてるのも仕事の邪魔になるからだし・・・」

と、束ねた髪をいじくりながら彼女は言う。

 

その眼には、なんでそんなことを?という不思議そうな色が浮かんでいる。

 

「・・・え、似合うと思うって? ・・・はは、いーや、騙されないよ」

ちょっと動きを止めてから、リッカは可笑しそうに笑っていた。

 

全く冗談ではないのだが、彼女にとっては考えも及ばない姿らしい。

 

頬を掻きながら、どことなく視線を泳がせていたリッカが、

ふと意地悪そうな目つきをしてくる。

 

「・・・というか、ひょっとして、キミの好みってそういう感じ?」

 

 

今の俺のムーブメントは・・・髪、だ。

 

・・・ではなく、単にちょっと思っただけだと弁解するのだが、

彼女は矛先を変えない。

 

「極東には髪の長い人って少ないけど・・・ああ、ユノさんとか、まさにだね?」

 

極東の歌姫の姿を思い返し、確かに、と思うが、素直にそれに頷くのは罠だ。

 

断固として無反応を貫き通すと、リッカは楽しげに肩を揺らす。

 

「ごめんごめん。でも君って普段そういう話しないからさ、つい、ね?」

 

お手上げのポーズをすると、リッカは「あはは」と声を上げて笑っていた。

 

 

「ああでも、ユノさんで思い出したけど・・・私も小さい頃は、

お姫様みたいな恰好に憧れてたかな」

 

小さい頃?と訊き返すと、

「うん、何か言いたいことでもあるのかな?」とにっこり笑顔を返された。

 

謝辞。

 

「うん、よろしい。というわけで私も、まったく気にしていないわけじゃないよ?

・・・ライフスタイルと合わないだけで」

 

さもありなん、とリッカの苦笑に合わせる。

 

「まあ、いつか引退したら・・・とは思わなくもないけど、ね?」

 

自分で言いながら、それは想像できない、という半笑いの表情だった。

 

同じく、リッカが整備士をやめた姿など想像もつかない。

 

だがそれがまた前向きな姿なら、それはそれで見てみたい気もする。

 

「んん? んー・・・それじゃあ、まあ、キミにも長生きしてもらわないとね?」

 

リッカはちょっと困ったようにも見える笑顔で言った。

 

確かに、整備士とゴッドイーターの平均寿命を比べたら、その差は歴然だろう。

単にそういう事を言っているのかと思ったら、

彼女は壁を見つめ、照れくさそうに呟いていた。

 

「・・・ふふ、引退後か・・・その時、キミが私の近くにいるんだ?」

 

考えたことのない未来予想図。

それはことのほか、彼女にとって心くすぐるものがあったらしい。

 

保証はできないけど、努力はするよ、と言うと、

現実主義だなあ、と呆れられてしまった。

 

「でもま、何事も現実的じゃないとね・・・お姫様は無理でも・・・・・・」

と、言葉を濁して、視線をくるりと一回転させてから。

 

「まあ・・・その時、キミがどうしてもって言うんだったら、考えてみてもいいよ?」

 

・・・前髪をつまみながら言ったリッカの横顔には、

その時が楽しみだ、と書かれているようにも見えた。

 



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