Fate/stay another world (レッサーパンダ)
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第一章 1-1 運命待つ異世界

 士郎が学校から家へと帰って来たのは既に日が完全に沈んだ後であった。頼まれた面倒ごとに思ったよりも時間を取られたためである。

士郎は食事を済ませると何時ものようにお蔵に行くと魔術の鍛錬を始めた。

 

 (ここに来るとセイバーのことをどうしても思い出しちまうな)

 

 士郎は心の中でぼやいた。

 第五次聖杯戦争で共に戦った自分のサーヴァントであるセイバー、歴史に名を刻む大英雄、アーサー王その人であった。

 士郎はセイバーと別れた後にアーサー王の伝説を軽くではあるが調べた。士郎はその伝説を調べたことを後悔した、アーサー王の悲しい生涯を見て心が締め付けられた。

 

 (俺と別れる時のセイバーの顔は晴れやかだったよな?)

 

 士郎はセイバーと別れた時のことを思い出した。そして自分はセイバーに安らぎの様なモノを与えられたのだろうかと自問自答した。

 士郎は聖杯戦争の後も魔術の鍛錬を前以上に励んでいた、それは万が一にでもまたセイバーと会うことがあるならば今度はもっと力になりたい、セイバーを守ってあげられるぐらいに成りたいと思っての気持ちがあった。

 モチロン、どれだけ鍛錬しようとも自分が英雄たちと肩を並べることなど出来ないと心の中で士郎は分かってはいたが。

 

 「っと、もうこんな時間か」

 

 士郎は時計に目をやると何時もより大分長く鍛錬していたことに気付いた。流石に寝なくては明日に差し支えると士郎は立ち上がろうとした。

 その時立ち上がろうとした足が体を支えられずにその場に士郎は倒れ込んだ。

 魔術の鍛錬をやり過ぎたのであろうか? 士郎は急激な眠気に襲われた。

 こんな所で寝たら大変だ、せめて布団まで行かなくてはと士郎は睡魔と戦ったが睡魔は手強く士郎はその場で深い眠りに落ちた。

 

 「しまった、もう朝か」

 

 士郎は顔に吹き付ける風と瞼(まぶた)に差し込む光で朝であることを感じて声に出した。しかし士郎は疑問を感じた、お蔵の中にいるのに瞼を閉じた状態で何故日の光を感じるのかと。

 士郎の疑問は目を開けて辺りを見回すとスグに解けた、何故なら自分は外にいたのである。それも見渡す限り草が生い茂る草原だ。

 

 (何処だここは? 寝てる間に何があったんだ?)

 

 士郎は自分の置かれた状況を理解出来ずに混乱した。そんな混乱した中で鉄と鉄がぶつかり合う音が少し離れた場所から聞こえてきた。

 士郎はその音の方へと向かうと自分の目を疑った、音のする音は武器と武器がぶつかり合う音、そして武器を操る片方は金髪の幼い綺麗な顔立ち、第五次聖杯戦争で共に戦ったセイバーであったのだ。

 

 「どう言うことだ、俺は夢でも見ているのか?」

 

 士郎は信じられない状況を目の前にして自分に問い掛けた。

 しかし呆けている場合では無いことに士郎は気付く、セイバーが押されているのだ。セイバーほどの者が押されているなど士郎には信じられなかった。

 しかし良く見るとセイバーが押されている理由は単純なモノであった、セイバーの後ろには小さい男の子、そしてその母親であろうか?親子を庇いながら戦っているからである。

 後ろの親子を庇っているためにセイバーは攻撃できずに敵の攻撃に防戦一方になっていた。

 

 「トレース オン」

 

 士郎は魔術で武器を生成した、創り出した弓の弦に武器を置き引き絞る。そして士郎の手元から弓矢、いや剣がセイバーと対峙する敵へと一直線に飛んで行った。

 敵は直前で自身に飛んでくる剣に気付きヒラリと躱すと武器の発射された方向に目を向けた。武器を放った士郎を敵は睨み付けた。

 士郎は敵に睨み付けられた瞬間に冷や汗が流れた、自分が攻撃を仕掛けた敵が自分では敵わない化物であると瞬時に理解した。まるで第五次聖杯戦争のサーヴァントのような歴史に名を刻む英雄と同じ超越した存在だと。

 しかし敵が士郎を攻撃することはなかった、一瞬の注意が逸れた瞬間にセイバーの剣で一刀両断されたのだ。

 

 「我が…復讐が…」

 

 セイバーと対峙していた敵はそう言うと地面に転がり物言わぬ骸となった。

 敵を倒して佇(たたず)むセイバーに士郎は駆け寄った。セイバーと再び出会えた喜びに士郎は胸が踊った。しかし、セイバーから予想外の言葉を士郎は聞いた。

 

 「どなたか存じぬが助かった、助力に感謝する」

 

 「セイバー?」

 

 セイバーの言葉を聞いた士郎はセイバーの名前を口にした。

 しかしセイバーはキョトンとした顔をしている。

 

 「どなたかと勘違いしているようだが私の名はアルトリア、いや、アーサー・ペンドラゴン。人々は私をアーサー王と呼ぶ」

 

 士郎はセイバーが自分を覚えていないことに愕然とした。



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1-2 再び回り始めた運命の歯車

 セイバーの言葉を聞いて士郎は呆然と立ち尽くした。

 セイバー、いやアーサー王はそんな士郎の様子を不思議そうに眺めた。

 

 「ありがとうございます。アーサー王」

 

 そんな時にアーサー王が敵から守っていた親子の母親らしき女性がアーサー王に深々と頭を下げて感謝の言葉を述べた。

 母親の横に居た小さな男の子もアーサー王にお礼を述べる、そして何時か自分もアーサー王に使える騎士になるのだと鼻息を荒くした。

 そんな小さな男の子の頭にアーサー王は軽く手を置いた。

 

 「それは心強いな、だけど強くなったならまず母親を守るんだ。

  自分の大切な人を守れ、そして余裕があるなら困ってる人を助けるんだ。

  私はこの国に住む全ての民を守らなくてはならない、何故なら私は王だからだ。

  しかし全てを助けるのは難しい、だから私を守る騎士ではなく私が手の届かない誰か

  を少年が守ってくれる方が私は嬉しいんだ」

 

 小さな男の子に語るセイバーを見て士郎は確信した。目の前に居る王様が自分と出会ったセイバーでなくとも、優しく、気高く、そして真の強さを持つ自分が知っているセイバーなのだと。

 

 「王よー、アーサー王よー、ご無事ですかー」

 

 鎧を着こみ馬に乗ってこちらに数人が大声で駆け寄って来る者たちが現れた。

 アーサー王の前で強面の厳(いか)つい男が騎馬から降りるとアーサー王に頭を垂れて恭(うやうや)しく膝を地面に着けた。遅れて四~五人の鎧を着込んだ兵士も強面の男と同様に馬から降りてアーサー王にかしづいた。

 

 「陛下、お怪我はございませんか」

 

 「心配は無用だ、アグラヴェイン。私が賊に後れでも取ると思ったか?」

 

 強面の男はアグラヴェインという名らしい。アグラヴェインはアーサー王を心配する素振りを見せたがアーサー王は日課の散歩でも済ました程度の平穏な様子であった。

 刺客と思わしき者に襲われた後だというのに平然としている姿に士郎は流石セイバーだと感心した。

 

 「賊の奴も考えがあって此処に私を誘き出したようだがな、そこの親子を私が守るのを見越して此処で私を討とうとしたようだ。少々防戦一方になったのは事実だがな」

 

 アーサー王の言葉を聞いたアグラヴェインは親子をギロリと睨んだ。

 親子はアグラヴェインの怒りを感じ取り恐怖で身を震わした。

 

 「陛下、貴方様は私や、ましてや民草とは違うのです。万が一にでも陛下の身に何かあったらどうしますか」

 

 「アグラヴェイン」

 

 アグラヴェインはアーサー王に苦言を伝えるために声を強めた、しかし、アグラヴェインの言葉を聞いたアーサー王の声はアグラヴェインの声よりも強く、そして辺りを支配するかのような力を持っていた。

 現にアグラヴェインも、そして士郎を含むその場の全ての者が息をするのも忘れてアーサー王の次の言葉を待った。

 

 「私の代わりは居ないだろう。だがそれはソナタも、そしてあの親子も同じだ。

  あの親子の母親が死ねば他の誰であろうとあの小さな少年の母親の代わりには決してなれぬハズだ、違うか?」

 

 「失言でした、お許しください」

 

 「よい、私の身を案じた故の言葉なのは理解している」

 

 アーサー王とアグラヴェインのやり取りを聞いていて士郎は少しセイバーに違和感を覚えた。

 そして士郎は目の前のアーサー王が自分の知っているセイバーとの違和感の正体に気付いた。目の前アーサー王は何処か人間味が無く感じるのだ、しかし士郎は自分が最初にセイバーと出会った時の印象に似ているのではなかろうか士郎は思った。

 そんなことを考えつつ士郎はアーサー王が倒した賊に視線を移す、すると士郎は驚くべきモノを目にした。

  士郎がアーサー王の倒した賊に視線を移すと賊が消えていた。いや、消え始めていた。

 地面に横たわる賊の体が少しづつ消えていく姿と似た光景を士郎は過去に見たことがあった、それは第五次聖杯戦争のサーヴァントが敗れた時と非常に似ていた。

 

 「セイバー」

 

 士郎は慌ててアーサー王に声を掛けた。

 アーサー王は自分はセイバーなどでは無いと訂正しつつも士郎の慌てぶりに士郎の視線の先をアーサー王も目で追った、するとアーサー王が賊の居た所を見た時には既に賊の姿は完全に消えた後であった。

 アーサー王は敵が逃げたと思い急いで辺りを見回した、そしてアグラヴェインたち家臣に急いで辺りの捜索を命じた。

 

 「違う、逃げたんじゃない、死んだから消えたんだ」

 

 士郎は一人小さく呟いた。

 士郎は現在自分が置かれた状況を完全には理解出来ていなかった。しかし、今自分が置かれている状況が第五次聖杯戦争と酷似している気が士郎はした。

 かつて冬木の地で時代の違う英雄たちがサーヴァントとして召喚された、自分はセイバーを召喚した、そして今度は自分が呼ばれたのではないか? 士郎はそんな考えが頭を過った。

 

 今、運命の歯車が再び回り始めた。

 



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1-3 アーサー王の秘密

 アーサー王は士郎の呟きが僅かに耳に届いていた、アーサー王は士郎が何か知っているのではと士郎に詰め寄った。

 士郎はアーサー王に自分が知っていることを全て話した、第五次聖杯戦争で自分がアーサー王を召喚して他の英雄たちと戦った経緯を。そして自分の名前と何故セイバーと呼ぶのかを。

 

 「そんな話を信じろと?」

 

 士郎の話を聞いたアーサー王は士郎に辛辣な言葉を返した。

 アーサー王は士郎に対する印象を自分を助けた人物から、頭のオカシイ妄言を吐く人物と変わっていた。

 アーサー王が不審な目で自分のことを見ていることに気付いた士郎は何とか信用して貰おうとしたが手段がなかった。

 

 「信じてくれセイバー、俺は嘘なんて言ってないんだ」

 

 「私の名はセイバーなどではない、妄言も大概にせよ」

 

 士郎の訴えはアーサー王に届くことはなかった。それでも士郎は必死に食い下がりセイバーと戦ったこと、一緒に暮らした記憶を喋り続けた。

 士郎の頑張りが徒労に終わるかと思われた、しかし士郎の口からでた{キーワード}にアーサー王は顔色を変え、急いで士郎の口に手を当て塞いだ。

 アーサー王はキョロキョロと周りを見渡した、アグラヴェインと数名の部下たちは賊の行方を追ってこの場には居なく、少し離れた所にアーサー王が助けた親子が居るだけだ。

 アーサー王は士郎に顔を近付けると小声で喋った。

 

 「何故私が女である秘密を君は知っているんだ」

 

 アーサー王の慌てぶりに士郎は困惑した。実はアーサー王が女性であることはアーサー王の側近ともいえる円卓の騎士たちでさえその事実を知るのは極一部であるほどの秘密であった。

 士郎はアーサー王からその事実を口止めされた、そしてアーサー王は自分の秘密を知る士郎という人物の先ほどの眉唾話を全てではないが多少は信じようかと考えた。そんな時、

 

 「アーサー王、申し訳ございませんが賊を取り逃がしました」

 

 探索が空振りに終わったアグラヴェインとその部下がアーサー王の元へと戻って来た。

 アーサー王は賊の探索を打ち切ることをアグラヴェインたちに告げると自身の城のあるキャメロットへと戻ることを言い渡した。そして助けた親子を自宅まで無事に送ることと、自身を助けた士郎を城を招くことを伝え。

 それを聞いたアグラヴェインは士郎をジロリと睨みつけた。

士郎は自分があからさまに歓迎されてないことが分かった、しかし気付かぬフリをしてアーサー王の城への招待を承諾した。

 

 「陛下、信用の置けぬ者を身近に置くなど危険です。どうかご再考を」

 

 「王として、いや、人として恩を受けた相手にはそれ相応の待遇をするべきだ。

  違うか? アグラヴェイン」

 

 自身の進言を聞いては貰えぬと悟ったアグラヴェインは士郎が客人として城に来ることを承諾した。

 士郎は城があるキャメロットへと辿り着くまで終始アグラヴェインの厳しい監視の目を受け、生きた心地のしないまま何とかキャメロットへと辿り着いた。

 士郎は城に着くとそのままアーサー王が自分の後を付いて来るように命じた。

 

 「陛下、その者を円卓の会議の場に同席させるのですか?」

 

アグラヴェインはアーサー王の言葉を聞いて口を挟んだが、アーサー王は士郎を連れて行くことを曲げなかった。

 アーサー王が扉を開けると部屋には丸いテーブルと椅子が用意されていた。

そこには既に数人が座っており、扉から入ってくるアーサー王とアグラヴェイン、そして士郎に視線を注いだ。

士郎は既に椅子に腰掛けている者たちを見てゴクリと唾を飲み込んだ。その場に居る者たちが第五次聖杯戦争の英雄たちと同等か、それ以上であることを士郎は直感で感じた。

 

 こうして士郎は伝説のアーサー王と円卓の騎士たちの会議に同席することとなった。

 



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1-4 モードレッド

 アーサー王とアグラヴェインは開いている椅子へと腰かけた。

 士郎は自分も座っていいのか迷ったが空いているので構わないだろうと腰掛けようとした、それをアーサー王が止める。

 

 「待て、士郎。別の椅子を用意させる」

 

 アーサー王が何故止めたのか士郎は理解出来なかったが素直に指示に従って別の椅子を用意されるのを立って待つことにした。

 

 「構わないんじゃないですかアーサー王。任務から帰って来て知らない人間が自分の席に座っていた時の奴の顔を是非見たいもんです」

 

 「ケイ卿、王に対して軽口が過ぎるのでは」

 

 少し軽いチャラそうな騎士が冗談を言うと、別の騎士がそれを窘(たしな)めた。

 ケイと呼ばれた人物は軽い冗談だろと手をヒラヒラさせた。

 

 「スイマセン、この円卓の席には魔法が掛けられていて認められた騎士以外は座れないようになってるんです。空いている数席は任務でキャメロットを離れている騎士の席です。

  心苦しいですが別の椅子を用意するまで少々お待ちください」

 

 感じの良い隻腕の騎士は丁寧に士郎に説明した。

 士郎は円卓のテーブルから少し離れた所に用意された椅子に腰掛け様子を伺った。

 

 「それでこれより円卓会議を始める」

 

 「待てよ、それより先に王とお前が連れてきた小僧の説明を先にしてくれ。気になって話に集中出来ないんでね」

 

 アグラヴェインが会議の開始を口にした、しかしそこで先ほどアーサー王にチャチャを入れたケイと言う騎士が口を挟んだ。

 ケイの言うことはもっともと捉えたアグラヴェインが士郎を城に招き入れた経緯を他の円卓の騎士たちに説明をした。

 

 「何やってんだアグラヴェイン、父上の命を狙ったクソ野郎を逃しておいておめおめと戻って来やがったのかテメー。

  俺が今から草の根分けてでも探し出してやる、そして手足を切り落として父上の前でその首を刎(は)ねてやる」

 

 アグラヴェインの話を聞いた全身に鎧を着込んだ騎士が大声で怒鳴ると席を勢いよく立った。

 しかし士郎はそれよりも気になる言葉があった、鎧を全身に着込んだ騎士はアーサー王のことを父上と言っていたような気がした。

 

 「モードレッド卿、賊の捜索を打ち切る判断をされたのは陛下だ。そして貴公の言動は円卓の騎士にそぐわぬ、貴公だけでなく父君であるアーサー王の顔に泥を塗る行為であることを自覚せよ」

 

 全身に鎧を着込んだモードレッドと呼ばれた騎士はアグラヴェインの言葉にあからさまな怒りを表した。

 しかし士郎にとってそんなことはどうでも良く、アグラヴェインの言葉を聞いて目の前が一瞬真っ暗になった。士郎はセイバーに特別な感情を持っていた。

 

 「アーサー王の子供ってことはセイバーが、いや、アーサー王が生んだ子だってことか」

 

 士郎は座っていた椅子からを勢いよく立つと大声で叫んでいた。

 

 「アッハッハッハ、アーサー王が生んだ子でなくて産ませた子だろが客人。

  それにモードレッドはアーサー王の姉上が産んだ子だ、子供のいないアーサー王が養子として引き取ったんだよ」

 

 ケイは士郎の勘違いを正した。しかし士郎の先ほどの発言、アーサー王が子を産んだという言葉を口にした時にケイは険しい表情をしたことを士郎も、そして他の円卓の騎士も気付くことは無かったが。

 ケイの話を聞いた士郎はホッと胸を撫で下ろし椅子に座り直した。しかし士郎は冷静を取り戻すと第五次聖杯戦争の後にざっと読んだアーサー王の話を思い出して再び椅子から立つと大声でモードレッドの名前を叫んだ。

 

 「モードレッドだって?」

 

 士郎の先ほどからの可笑しな行動に円卓の騎士の中で笑いを堪えてる者と、苛立ちを覚える者の二通りに別れた。

 モードレッドはモチロン後者であった。

 

 「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねー。お前みたいなモヤシが父上の危機を救った何て俺は信じねえぞ」

 

 モードレッドはテーブルを強く叩くと士郎に怒鳴った。

 モードレッドは大声を出して頭に血が昇り熱くなったので兜を外した。兜を外した顔を見て士郎は驚きの表情を浮かべ声を漏らした。

 

 「女…の子?」

 

 士郎の言葉を聞いたモードレッドは怒りで顔を歪めて剣の柄に手を伸ばした。

 それに見た騎士の一人が声を出して止める。

 

 「止せ、モードレッド卿。貴殿が女であることを民で知る者は少ない、円卓の騎士の中に女性が居ることに客人は驚いただけだろ。些細な事で目くじらを立てるな」

 

 「うるせーぞガウェイン、横から口を出すんじゃねえ」

 

 モードレッドを止めるために声を出した騎士、ガウェインにモードレッドは噛みついた。

 

 「普段がそんな言動だから驚かれるんだ、いっそ何も身に着けずに町中を歩けば国中の民がモードレッドは女だと知るさ。ついでに痴女だなんて言われるかもな、ハハッ」

 

 「伯父上、アンタの軽口にはウンザリしてんだ。二度と軽口が叩けないように首と胴体を切り離してやろうか俺が」

 

 ケイがモードレッドにチャチャを入れるとモードレッドは今度はガウェインからケイへと怒りの矛先を変えた。

 そんなやり取りで他の騎士たちもざわつき収拾がつかない状況となってきた、アグラヴェインが場を鎮めようとするがアグラヴェインの言葉に耳を傾ける者は少数であった。

 そんな折その場を一瞬で鎮める者が居た。

 

 「静粛にせよ」

 

 アーサー王が口を開くと全ての者が口を閉じ静まりかえった。

 王のたった一言で先ほどまでの喧騒とした状況は一変して静寂が場を支配した。

 

 「モードレッドよ、私がこの場に招いた客人は危機を救った。その私の言葉は信用できぬか?」

 

 アーサー王の言葉にモードレッドは口ごもった。

 先ほどまでと同じ人物とは思えぬ借りた猫のようにおとなしくなっていた。

 その場は思い空気で誰も口を開けずにいたが、一人の騎士が静寂を破り口を開いた。

 

 「王よ、円卓の席とは上も下も無い平等な場でしたな」

 

 「その通りだ、ケイよ」

 

 「ならば無礼を承知で言おう、王を疑う者などこの場には一人として居ないだろう。

  しかし、目の前の客人が王の危機を救った実力者だとこの目で見ないことには納得が出来ない。

  そこで提案なのだが、客人の実力を我々の前で披露するために模擬戦をするのはどうだろうか、例えばモードレッドを相手にして」

 

 ケイはアーサー王に士郎とモードレッドの模擬戦を提案した。アーサー王は多少考える素振りを見せて士郎の方へと向いた。

 

 「ケイの考えは最もである、士郎が承諾するなら模擬戦をしようと考えている。

  模擬刀を使い無論モードレッドには手加減をさせよう、どうであろう士郎?」

 

 「真剣で構わない。それに手加減も無用だ、その代わり俺がモードレッドを殺してもお咎めは無しにしてくれ」

 

 アーサー王の問いに士郎は強気な答えを口にした。

 士郎の発言を聞いたモードレッドは顔を歪ませて笑った。

 

 「面白れぇセリフだ、片腕でも切り落とした後にも同じセリフが吐けるか試してやるよ」

 

 モードレッドの言葉に士郎は冷や汗が流れるのを感じた。しかし、士郎は拳を握り締めてモードレッドを睨みつけた。

士郎はアーサー王の物語を読んで知っていた、モードレッドがアーサー王に弓を引くことを。そしてそれが原因でアーサー王が倒れることも。

 士郎は此処で自分がモードレッドを殺せばアーサー王の、いや、セイバーの辿るべき悲劇の運命を変えられるのでは、と思いこの戦いを承諾したのだ。

 

 こうして士郎とモードレッドの戦いが始まろうとした。



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1-5 埋められぬ実力差

 士郎とモードレッドは城の中庭へと出た。

 アーサー王と円卓の騎士たちも戦いを見届けるために中庭へと出て二人を遠巻きに眺めていた。

 士郎のもとへ円卓の騎士の一人である隻腕の男が近づいて来て話しかけて来た。士郎が丸腰で武器を所持していないので何か武器を用意してくれようとしたのだ。

 しかし、士郎は隻腕の騎士の申し出を断ると大きく深呼吸をすると自身の中の魔術回路を動かした。

 

 「トレース・オン」

 

 士郎がそう口にすると士郎の両手に剣が出現した。それを見た隻腕の騎士は少し驚いた表情を見せると士郎が魔術師であることを理解した。

 隻腕の騎士は首を振って士郎に諭すように語り掛けた。

 

 「君がどれ程の魔術師かは分からない、がモードレッド卿を一魔術師がどうにか出来る相手じゃない。危険だと思ったらすぐにギブアップするんだ、その時は微力ながら私がモードレッド卿と君の間に割って入ろう」

 

 「随分(ずいぶん)と俺を気にかけてくれるんだな?」

 

 「我が王の危機に手助けをした者を気に掛けるのは当然さ、まあ、アーサー王があの剣を所持している限りかすり傷一つ負うことはないんだけどね」

 

 隻腕の騎士はそう言うとその場から離れて士郎とモードレッドの戦いを見届けようとしているアーサー王と、円卓の騎士たちが居る場所へと戻って行った。

 隻腕の騎士が円卓の騎士の輪に加わったのを見てアーサー王は手を上に上げる、数秒の沈黙が辺りを支配した。

 アーサー王が手を振り下ろし開始の合図を口にした。

 

 「始め」

 

 アーサー王の戦いを告げる声を聞いた士郎は一直線にモードレッドを目指して駆けた、両手に手にした剣を強く握り締め。

 士郎はモードレッドが自分よりも数段格上であることは理解していた、そのモードレッドを殺すためにはモードレッドが自分を侮り油断している早い段階で勝負を決めるしかない、そう考えていた。しかし、士郎はモードレッドの顔を見ると決心が鈍るのを感じた。

 モードレッドは女の子で自分と同い年か少し上くらいであろう、そんな相手の命を自分は奪おうとしているのだ。

 士郎は人の命を救うためならどんな危険の中にも飛び込むような人間であった。逆に言えば士郎が人の命を奪うなどまず有り得ないことである、そんな士郎が今剣を振るう理由はアーサー王、いやセイバーを救いたい一心であった。

 

 「うおぉぉぉー」

 

 士郎は大声を出して自分の中の迷いを振り払うように右手の剣をモードレッドへと振り下す、モードレッドは自らの剣でそれを防いだ。

 士郎はすぐさま左手に握る剣で切りかかる、しかしそれもあっさりとモードレッドに防がれた。士郎は後ろに飛びのき距離を開ける、それに追従してモードレッドは士郎を追いかけて距離を詰めようとした。

 士郎は両手の剣をモードレッド目掛けて投げつけた、モードレッドは剣でそれを切り落とした。

 

 「バカが、剣を手放しやがって」

 

 モードレッドは吐き捨てるようにそう言うと丸腰の士郎に切りかかろうとした、しかし士郎の手には先ほど投げつけたハズの剣がその手にあった。

 一瞬の虚を突かれたモードレッドに士郎は更に右手の剣をモードレッドにもう一度投げつけた、モードレッドがそれを躱(かわ)すがその隙に士郎は接近して両手の剣でモードレッドに攻撃を仕掛けた。

 チッ、モードレッドは舌打ちをして剣を横殴りに振った。士郎の攻撃がモードレッドに届くよりも早く、モードレッドの剣が先に士郎へと襲いかかった。

 士郎は両手の剣でモードレッドの攻撃を防いで反撃にでようとした、しかしモードレッドの剣の一撃は重く、士郎の剣のガードごと士郎を後方へと大きく弾き飛ばした。

 後ろに大きく弾き飛ばされた士郎にモードレッドは追撃を掛けようと距離を詰める。

 

 「トレース・オン」

 

 士郎は体勢を立て直すとモードレッドの迎撃に備えた。

 剣の技量でモードレッドに傷を付けることを難しいと考えた士郎は今度は弓を精製した、かつて第五次聖杯戦争で遠坂凛が使役したサーヴァントであるアーチャーが創り出した武器をイメージしながら。

 士郎が精製した弓の矢は螺旋状の槍のような武器であった、その武器を弓の弦で引き絞りモードレッドへと放った。

 モードレッドは士郎が放った螺旋状の矢を叩き落そうとした、しかしモードレッドの予想よりも遥かに威力を有したその矢を叩き落とすのは容易ではなく、モードレッドは剣で矢の軌道を逸らして直撃を何とか逸らした。

 士郎が放った矢の軌道を後ろに逸らした際にモードレッドは顔に傷を負った。傷と言っても左頬を軽く切っただけであったが。しかし、傷を負わされたモードレッドは怒りで体をプルプルと震わせていた。

 

 「貴様、よくも父上の前で…」

 

 モードレッドはそう言うと鬼のような形相で士郎へと襲いかかった。

 士郎は渾身の一撃でさえモードレッドにかすり傷を負わせることが精一杯であったことに動揺を隠せずにいた。

 士郎はその同様で一瞬の判断が遅れるとモードレッドは既に士郎との距離を詰めていた。

 モードレッドは距離を詰めると剣の柄で士郎の頭を殴打した、士郎はバットで頭を殴られたような衝撃で痛みで意識がとびかけた。

 倒れた士郎にモードレッドは更に腹に強い蹴りを叩き込んだ、士郎は胃液が込み上げ息が出来ずにいた。悶(もだ)え苦しむ士郎の頭をモードレッドは上から強く踏みつけた。

 モードレッドは倒れた士郎に更に蹴りを何度か叩き込み士郎の顔を腫れ上がり別人のようになっていた。士郎は既に意識が飛びかけて朦朧(もうろう)としていた。

 

 「雑魚の分際でよくも父上の前で醜態を晒させてくれたな」

 

 モードレッドはアーサー王の見ている前で傷を負わされたことに激しい怒りを覚え、頭に血が上っていた。

 モードレッドは剣を上に振り上げるとその剣を士郎へと振り下ろした。

 モードレッドの剣が士郎に届く刹那、ガキンっと音を立てて別の剣がモードレッドの振り下ろした剣を止めた。士郎の危機を救ったのは意外な人物だった。

 

 「決闘の邪魔だてするとはどういう了見だ、伯父上」

 

 「決着は付いた、剣を収めろモードレッド」

 

 士郎とモードレッドの戦いに割って入ったのはケイであった。

 ケイはモードレッドの剣を止めはしたがジリジリと押されて差し込まれる状況である、ケイは大きく息を吐いて一気にモードレッドの剣を押しのけ跳ね返した。

 ケイはモードレッドの剣を何とか退けたが手に痺れが残っている、モードレッドと本気で戦えば相手に分があることをケイ自身が誰よりも理解していた。それでもケイには士郎を殺(や)らせる訳にはいけない理由があった。

 

 (何で俺が何処の馬の骨かも分からん奴のために体を張らなきゃならないんだかな)

 

 ケイは心の中で士郎をチラリと見て毒づいた。

 モードレッドの怒りは収まらず剣を鞘に収めはしなかった、モードレッドは剣を頭上に掲げると剣が光を帯びて輝き始めた。

 チッ、ケイはモードレッドが本気で宝具《必殺技》を使おうとしていることに焦りを見せた。ケイは自身の後ろに居る士郎を逃がそうとしたが士郎は自分で動ける状態ではなかった、ケイは覚悟を決めて自身も宝具《必殺技》を出して応戦しようとした。

 両者の宝具《必殺技》がぶつかればケイは自分が押し負ける可能性が高いことは分かっていた、それでも互いの宝具《必殺技》が相殺して威力が減れば死にはしないだろ、ケイはそう自分に言い聞かせるようにして覚悟を決めた。

 ケイが普段見せている人を小馬鹿にするような笑みは消え、鋭い眼光がモードレッドに向けられた。

 モードレッドは普段見せない本気の表情のケイを見て背筋をゾクりとさせた、しかし父親の見ている前で傷を負う醜態を晒されたモードレッドに引く選択しなどなかった。

 

 「うおぉぉぉー」

 

 互いが大声を出して宝具《必殺技》がぶつかり合う刹那、一人の男が間に割って入った。



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1-6 宮廷魔術師

 ケイとモードレッドの宝具《必殺技》がぶつかり合う刹那、一人の男によってそれは回避された。モードレッドはその男に言葉を吐き捨てる。

 

 「貴様も邪魔をするのか、ガウェイン」

 

 二人の間に割って入った人物はガウェインであった。

 ガウェインは片方に剣を突き付けて、もう片方には手で攻撃させないように押しとどめた。

 

 「モードレッド卿、ケイ卿の言う通り貴公の勝ちで決着は付いてるハズだ」

 

 「ガウェイン、退かぬなら貴様も殺すぞ」

 

 「太陽の位置をよく見ておけモードレッド卿、今の私と対等に戦える奴など居はしないぞ」

 

 モードレッドは太陽の位置が真上に上る少し前であることを確認すると一瞬、躊躇(ちゅうちょ)を見せた。

 ガウェインは午前九時と午後三時からの三時間の間は力が三倍になるという力を授かっていた、モードレッドも円卓の騎士の中でトップクラスの実力者であるが力が三倍になったガウェインを相手にするには分が悪いことは明白であった。

 

 「面白れぇ、力が三倍の状態のテメエを倒せば円卓最強は俺になるってことだろ」

 

 モードレッドはガウェインを前にしても剣を引かずに戦う姿勢を崩さなかった。

 ガウェインはやれやれといった表情でモードレッドと向かい合い、対峙する姿勢を取った。

 

 「そこまでだ」

 

 モードレッドとガウェインが一触即発の状態の時、ここまで沈黙していたアーサー王がようやく重い腰を上げ声を出した。

 今まで誰が来ようとも剣を収めようとしなかったモードレッドであったが、アーサー王の静止の声には渋々ながら剣を収めて従った。

 円卓の騎士たち同士の避けられぬと思われた戦いは、アーサー王の一言によってあっけなく場を収めた。

 意識が混濁(こんだく)している士郎には何が起こっているのか理解することは出来なかったが。

 

 「急いで其処に倒れてるガキを治療室に運んどけ」

 

 ケイは一般の兵士に士郎の介抱を命ずるとケイ自身も士郎と一緒に付いて行った。

 他の円卓の騎士たちも士郎とモードレッドの戦いに納得がいったのか? はたまた元よりアーサー王の意向に逆らう気がなかった者が大半であったのか? 士郎を客人と迎え入れることに納得をしてその場を引き上げていった。ただ一人、モードレッドのみが納得出来ない様子でいたが。

 

 

 士郎はある一室で意識を取り戻した。士郎の周りにはローブのような物を身にまとった魔術師たちが取り囲んでいた。

 士郎は何事かと驚き起き上がろうとした、しかし自分を取り囲む魔術師たちは自分の治療を魔術でしていることが分かると士郎は黙って治療を受け続けた。

 

 「治療が終わったらそのガキを置いて他の者はこの場から退出しろ」

 

 椅子に座っている男がそう言うと士郎を治療していた魔術師たちは士郎を残して退出した。魔術師たちに命令をした椅子に座って男はケイであった。

 ケイは士郎の方にツカツカと近づいて行くと剣を士郎の喉元に突き付けた。

 

 「お前はアルトリアのことをどこまで知ってるんだ?」

 

 ケイの質問に士郎は困惑した。ケイの言うアルトリアとはアーサー王であることを士郎は理解したが、ケイの質問の意図を理解出来ずにいた。

 士郎はモードレッドとの戦いでケイが自分を助けたことを知っていた、意識が混濁していたが何となくではあるがあの場の状況を士郎は見聞きしていた。

 士郎は自身を助けたケイが今、今度は自分の命を奪おうと喉元に剣を突き付けている理由を必死で脳を動かし答えを探した。

 士郎が答えを見つけるよりも早く、士郎たちが居る部屋の扉が開きある人物が部屋へと入って来た。

 

 「剣を収めよケイ、士郎は私が女であることを知っている」

 

 士郎たちがいる部屋へと入って来たのはアーサー王であった。アーサー王の言葉を聞いたケイはアーサー王をギロリ睨み付けた。

 

 「アルトリア、お前がコイツにその秘密を話したのか?」

 

 「いや、士郎は元より私の秘密を知っていたのだ」

 

 アーサー王の言葉を聞いたケイは再度士郎を問い詰めた、アーサー王が女であることは円卓の騎士たちですら知る者は一部の極秘事項である。よそ者である士郎がその事実を知っていることにケイは焦りを覚えた。

 万が一にでもアーサー王の秘密が知れ渡れば民草に動揺が広がり、アーサー王を失墜させようとする者、アーサー王を侮り国に攻めてくる他国が増えることは明白であった。

 女であると言う下らない理由だけでアーサー王を低く評価する愚か者が現れるのは男性社会であるこの時代においては避けようがない事実であった、ケイはそれを危惧した。

 

 「言え、貴様は何者で何処でその事実を知った?」

 

 ケイは凄い剣幕士郎に詰め寄った、士郎はアーサー王に説明したように自分が遠い未来の人間で第五次聖杯戦争に参加した時にセイバー、つまりアーサー王をサーヴァントとして共に戦ったことをケイに話した。

 士郎の話を聞いたケイはあからさまに士郎に疑いの眼差しを向けた。士郎は信じて貰えないことを始めから覚悟していたので落胆は少なかった。

 

 「士郎の話が全部本当であると信じるのは私も難しい、しかし士郎が私を欺き騙そうとしているとはどうしても思えないのだ。

  士郎には秘密を公言しないように言ってある、今後も客人として扱うつもりだ」

 

 アーサー王の言葉を聞いたケイは納得はいっていないようであったが、アーサー王の意向に従う仕方なく従うむねを首を縦に軽く振って見せた。

 アーサー王はそう言うと忙しそうに扉を開けて部屋を出て行こうとした、しかし思い出したように振り返り口を開いた。

 

 「今日の円卓の会議で話し合う予定であった{マーリン}失踪の件は後日改めて行う」

 

 アーサー王はそう言い残すと今後こそ本当に部屋を後にして士郎とケイは二人だけ部屋に取り残された。

 

 「{マーリン}の奴が居ればこのガキが本当に信用できるかも簡単に分かっただろうにな、肝心な時に居やがらねえからなアイツは」

 

 ケイはそう誰ともなしに愚痴った。

 士郎は{マーリン}という名に聞き覚えがあった、アーサー王伝説の話を読んだ時に確かそんな名前が出て来たと頭の中の記憶を探った。

 しかし士郎はセイバー、いやアーサー王のこと以外は記憶に余り残っていなくどうしても思い出せないのでケイに{マーリン}のことを尋ねた。

 

 「{マーリン}てのはアルトリア、つまりアーサー王に使えている宮廷魔術師だ。その{マーリン}が何者かの襲撃にあって今は行方が掴めずにいるんだよ」

 

 ケイは面倒くさそうに士郎に説明をした。

 

 

 アーサー王や円卓の騎士たち、ましてや士郎も知る由はなかった。{マーリン}の襲撃をした者たちが円卓の騎士の崩壊を目論み、アーサー王を失墜させようとしている者たちの最初の一手であったことを。



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1-7 理想という名の呪縛

 士郎は{マーリン}の説明をケイから聞いた後で気になっていたことがもう一つあったので士郎はケイに再度質問をした。

 

 「何で俺が危ない所を救ってくれたんだ?」

 

 士郎は先ほどまでのやり取りでケイが自分を歓迎していないことは分かった。そのケイが何故モードレッドに殺されそうになっていた自分を助けたのか士郎は気になっていた。

 士郎の質問にケイは面倒くさそうにではあるが答えた。

 

 「お前を助けた理由は二つだ、一つはアルトリアの秘密を知っているかも知れないと思ったからだ。お前がアルトリアの秘密を知っているならその情報の出所を知っておく必要があったから生かした。

  もう一つは……アルトリア自身のためだ」

 

 士郎はケイの説明の前者は理解出来た、自分が他の誰かからアーサー王の秘密を聞いたならば自分に教えた人物の存在も知る必要があったということだ。

 しかし後者の発言の意味を士郎は理解出来ずにケイに聞いた。

 ケイは士郎がモードレッドにボコボコにされていた時のアーサー王の様子を語った。

 アーサー王は平静を装っていたが地面に突き立てた剣の柄を強く握り締めて耐えていた、アーサー王は自分の提案で士郎が命を落とすかも知れない状況に心を痛めていたとケイは士郎に語った。

 

 「それでもアルトリアは戦いに手を出さなかっただろうな、どちらかに肩入れをすれば公平を欠くことになる、王としてそれは許されざることだからだ

  お前が死ねばアルトリアは一人で誰にも悟られぬように後悔を胸に抱くだろう、そんなアルトリアを見たくなかっただけだ」

 

 ケイはそう言うとアーサー王が王となってのこれまでのことを士郎に語った。

 アーサー王は{選定の剣}を岩から引き抜いたことで王となった、しかしアーサー王は何か失敗をする度に自分でない他の誰かが{選定の剣}を引き抜いていたらと後悔をしない日はなかった。

 そしてアーサー王は決して間違いを犯さず、皆が理想であると思い描く王となる様にアーサー王は自分の感情を殺し、理想の王を演じるようになったのだと。実際にはアーサー王ほど素晴らしき王は世界中探してもそうは居ないだろうに。

 アーサー王は今も何か上手く行かないことがあれば一人で自室に籠り自責の念で苦しんでいる、しかし人にその弱い姿を見せることは無く完璧である姿のみを外に見せている。

 そんなアーサー王を中には人の心を持ち合わせぬ冷酷な王と捉える者たちも居た。

 

 「アルトリアは{選定の剣}を引き抜いた時から理想の王という名の呪縛に取り憑かれている。{選定の剣}を抜いてからアルトリアの笑った顔は一度として見ることは無くなった」

 

 ケイは表情を曇らせてそう語った。

 士郎はアーサー王に付いて誰よりも深く理解しているケイとアーサー王の関係が気になって質問をした。

 

 「俺はアルトリアの兄だ、まあ血は繋がってないがな。ちなみに他の奴が居る時や民衆の前ではちゃんとアーサー王と呼んでるぞ」

 

 ケイは笑いながら士郎に自分とアーサー王の関係を説明した。そしてケイは自分とアーサー王は家臣と主君の関係になったことで、アーサー王の重荷を軽くすることは自分ではもう出来ないのだと。そういうしがらみの無い士郎に期待はしていないが居ないよりはマシだろうと。

 ケイは言いたいことを言うと士郎を残して部屋を出ようとした、しかし振り返りるとケイは士郎に一言釘を刺した。

 

 「お前はアルトリアのことを女と知っている数少ない一人だ、可愛い妹をイヤらしい目で見たらお前の下半身に付いてる粗末な物を切り落とすからそのつもりでいろよ」

 

 そう言い残すとケイは部屋を出て行った。

 士郎は口は悪いがアーサー王を大事に思うケイに最初とは違い悪い印象を受けなくなっていた。

 こうして士郎とセイバーが再び出会った最初の長い一日がようやく終わりを告げた。



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第裏一章 1=1 裏で蠢く者たち

ここから敵側視点の話になります。

エミヤと表記する衛宮士郎は抑止力となった後の衛宮士郎です。

士郎と表記する衛宮士郎はアーサー王側にいる衛宮士郎となっています、分かりづらくてスイマセン。



 一人の男が立っていた、その男の出で立ちは赤いジャケットを羽織り、浅黒い肌に白い髪が印象的な若い男であった。

 その男は世界の均衡を保つためにこの時代に派遣された抑止力の役割を担っていた。男の生前の名前は衛宮士郎、かつてヒーローになることを夢見て生涯を費やした真っ直ぐ純真で透明なガラスの様な男だった。

 エミヤは今回の任務に少々頭を抱えていた、今まで幾つもの任務をこなしてきたエミヤであったが今回は今までと多少事情が違っていた。

 いつもと違った事情というのは今回は自分が何をするべきなのかエミヤは分からなかったのだ。今まででそんなことはマズ有り得なかった。

 

 (まあ、第五次聖杯戦争の時のような自分のことすら思い出せない状況よりはマシか)

 

 エミヤはかつて遠坂凛のサーヴァントとして召喚され、アーチャーとして戦った第五次聖杯戦争の時のことを思い出して苦笑した。(※第五次聖杯戦争の時はサーヴァントと呼ばれて今回は抑止力の役割を担っているので多少事情が違うが)

 

 「初めまして抑止力殿、いや衛宮士郎、もしくはアーチャーと呼んだ方がいいのかな?

  どのようにお呼びしましょうか?」

 

 一人の男が笑いながらエミヤに近づいて来るとエミヤに突然話しかけてきた。

 エミヤは自分の素性を知る謎の男に警戒の態勢を取る、謎の男は敵意が無いのを表現するように両手を上げる仕草を取った。

 エミヤは自分のことを知る謎の男を良く観察した、身長は自分よりも頭一つ分から二つ分は低い。体格は華奢(きゃしゃ)で雰囲気からも自分が脅威と感じるような強い敵であるとエミヤは思えなかった。

 しかし謎の男が持つ妙な自信にエミヤは警戒を解かなかった。

 

 「衛宮士郎殿、貴方がこの時代に来た目的と私がやろうとしていることは同じと言っていい。我々は協力関係を築けるはずだ」

 

 「良いだろう、話だけは聞いてやる。但し俺はとうの昔に衛宮士郎の名は捨てた。その名前以外で好きなように呼べ」

 

 謎の男の提案をエミヤは承諾した。謎の男が話の続きをするにあたって仲間の待つ場所へとエミヤに移動を願い出た。

 エミヤは罠の可能性を考慮に入れつつも現状の把握のために謎の男の後を付いて行った、謎の男は人が寄り付きそうもない洞窟まで行くと足を止めた。

 エミヤは洞窟内に三~四人程度の人の気配を感じた、人の潜む気配の方向に目を凝らした。

 

 「ようやく戻ったのか{選定者}、後ろの連れてる奴が新しい仲間と言うことか?」

 

 「これは義経殿、出迎えありがとうございます」

 

 洞窟の暗がりから現れたのはエミヤよりも頭二つ分以上も背が低い男? いや女であろうか? 義経と呼ばれた者がエミヤと謎の男の出迎えに姿を見せた。

 エミヤは義経と呼ばれた者の出で立ちを見て違和感を覚えた。義経が着る鎧はこの時代の人間の着る鎧というよりは昔の日本の武将が着るような甲冑である。

 出で立ちと名前からエミヤはこの場に居るはずの無い歴史上の日本の人物、源義経が頭を過った。

 

 「貴方の想像通りですよ抑止力殿。義経殿は本来ならこの場に居るはずの無い人物、国を超え、時代を超えて私が召喚した英霊の一人です」

 

 エミヤの考えを見透かすようにエミヤを連れて来た謎の男、いや義経が{選定者}と呼ぶ男はエミヤに喋り掛けてきた。

 エミヤは{選定者}の言葉を聞いて耳を疑った、冬木の聖杯戦争のようなシステム化された状態でもない限り時を越えて人を召喚するような大魔術などおいそれとは出来ない。それも目の前の男は複数人の英霊を召喚した口振りである。

 エミヤは最初に{選定者}に抱いた印象は脅威となり得ない取るに足らない相手であった、しかしその考えを改める必要性があるとエミヤは考えを変えた。

 

 「それでお前たちの目的とやらは聞かせて貰おうか?」

 

 「我々、というよりは私の目的はアーサー王を殺すことさ。目的の一つに過ぎないがね」

 

 エミヤの質問に{選定者}は喜々として自分の目的を語った。

 歴史に名を残し称賛された王たちが本当にそれ程の実力を持った存在なのか? 本当に素晴らしき王ならば自分などと言う障害を撥ね退けるハズだ、それが出来ない王ならば偶々運よく過大評価されただけのハリボテの王である。

自分は時代を超えてそんな王たちを殺し選定する者、だから{選定者}なのだとエミヤに説明をした。

 

 「抑止力殿、貴方が何故この時代に呼ばれたのか私なら大体の予想が付きます」

 

 エミヤは{選定者}の言葉の続きを黙って促し、{選定者}は更に説明を続けた。

 本来ならば抑止力がこの時代に現れる必要はなかった、しかし世界のバランスを崩す可能性の芽が生まれたのだと。

 本来の歴史ならばアーサー王は途中でその命を落とす。しかし、もしもアーサー王と円卓の騎士が存命していたら? アーサー王率いる勢力は世界の勢力図を大きく塗り替えるであろうと。

 エミヤは{選定者}の話を聞いて多少の納得をした。もしもアーサー王が命を落とさず他の国との戦いを続けて行けば世界のバランスを崩しかねない事態になりかねない。

 しかしエミヤは何故その情報を自分は知らないのか、今までの抑止力として訪れた時は自分の果たす役割を始めから分かっているのが普通であるハズなのに。

 自分の中の疑問を冷静に分析しようとしていたエミヤだったが、{選定者}の次の言葉にエミヤは何も考えられない程の衝撃を受けた。

 

 「そうそう、本来なら命を落とすハズのアーサー王が何故存命の可能性が生まれたのかの説明をしてませんでしたね。

  歴史という泉に波紋を広げた小石の名前は衛宮士郎、抑止力殿は嫌と言う程聞いた名前ですよね」

 

 {選定者}の言葉にエミヤの体は一瞬硬直した。



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1=2 聖杯戦争を知る者

 エミヤは{選定者}の言葉に脳の動きが一瞬止まった。そして次の瞬間に笑いが込み上げきた。

 かつて第五次聖杯戦争で凛とセイバーを守るためにバーサーカーの前に立ちはだかり、唯一のチャンスを自ら捨てた。

 エミヤは凛とセイバーを守った選択に後悔は無い。しかし、もしも自分を縛るこの呪縛から解き放たれる事が出来たなら、世界の均衡を保つシステムの一部となった自分を唯一開放するかもしれ知れない可能性。

 殺したところで自分が今の役目から開放される可能性は万に一つであろう、それでも万に一つの可能性を得ることが出来たのだとエミヤは笑った。

 

 「どうやら協力関係を築けそうですね。こちらとしても{マーリン}という一番厄介な障害を取り除いた直後に新たな不確定要素の出現に多少頭を抱えていたので助かりますよ」

 

 {選定者}の{マーリン}を取り除いたという言葉には続きがあった、{マーリン}を殺すために召喚した魔術師殺しのエキスパートが{マーリン}の始末に向かったが命を奪うことには失敗したのだ。

 だが{マーリン}は深手を負い姿を眩ませた、流石は伝説の魔術師だと{マーリン}のことを{選定者}は称賛した。しかし{魔術師殺しのエキスパート}が{マーリン}を追っているので{マーリン}がアーサー王たちと合流して我々の邪魔になることは無いと自身を持って{選定者}は口にした。

 

 「それでどうアーサー王を殺すのか我々も聞いてないので、早く段取りの説明を願いたいんだがな」

 

 洞窟の奥から線の細い背の高い男が{選定者}に質問を投げかけた。

 {選定者}はその質問を無視して線の細い背の高い男のことをエミヤに紹介をした。

 

 「こちらは宋江(そうこう)殿、かつて梁山泊という豪傑たちの頭領であった英雄です」

 

 {選定者}は新たに現れた宋江のことをエミヤに簡潔に説明をすると洞窟の奥の光の届かない方向にチラリと視線を送った。

 エミヤも洞窟の奥の方にもう一人誰かいることは気配で分かっていた、そしてその人物が只者ではないということも。

 

 「他は出払っていますがもう一人仲間がいるのですが、気難しい方なので紹介は今度にしましょう。義経殿や宋江殿以上の英雄なんですがね。

  一人殺せば殺人者で百人殺せば英雄と言うのであれば、奥に居られる方は40万人の人間を殺した大英雄ですからね」

 

 エミヤは{選定者}の言葉に多少驚きの表情を見せた、40万人もの人間を殺した人物など一部の独裁者か有史以前の神話の人物くらいしか思い浮かばなかった。

 奥の人物に多少の興味は覚えたがエミヤはどうでもいいことだと洞窟の奥の人物のことよりも今後の{選定者}の行動について質問をした。

 

 「アーサー王を殺す計画は着実に進めているのでご心配には及びません。先走ってアーサー王に殺された者が一人いましたがね。

  アーサー王と円卓の騎士たちは英雄の中でも別格です、あなた方ですら一対一の戦いでは厳しいでしょうからね」

 

 {選定者}は笑いながら仲間の死とどうでもよさそうに話した。そして他の者にアーサー王と円卓の騎士と許可なく戦わないように言った。

 

 「確認するがアーサー王とやらを殺すことに成功したら約束はちゃんと守って貰えるんだろうな」

 

 「モチロンですよ、アーサー王を殺した暁(あかつき)にはあなた方の願いはちゃんと叶えるのでご心配なく」

 

 義経は{選定者}に確認を取ると納得したのかそれ以上は何も言わなかった。

 エミヤは義経たちと{選定者}が交わした約束とやらについて{選定者}に尋ねる、すると{選定者}は自身が呼び出した義経たちサーヴァントのことについて説明をした。

 

 「私が呼び出しほとんどの英雄たちにはある共通点がありましてね、義経殿も宋江殿もその例に漏れずなんですよ。

  その共通点は主と言うべき存在に裏切られているんです、そして約束とはその主に対する復讐です」

 

 {選定者}の話を聞いてエミヤは自身の記憶を確かめる、義経は兄である頼朝に献身的に仕えたが最後はその兄に殺された。

 そして梁山泊は最初こそ自国に敵対していたが後に自国の為に外敵と戦うが最後は自国に裏切られた。洞窟の奥の40万人を殺した人物も裏切りにあった人物なのであろうかとエミヤは再度洞窟の奥を見た。

 

 「英雄を召喚して願いを叶えるか、まるで冬木の聖杯そのものだな」

 

 エミヤは冗談交じりで{選定者}を皮肉めいた。

 

 「私は聖杯と関係があるのかもしれませんよ。極東の地である冬木市の聖杯戦争を私はよく知ってます、第四次と第五次聖杯戦争については特にね」

 

{選定者}はエミヤに怪しい笑みを見せた。



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1=3 選定者の自信

 {選定者}はエミヤに第四次、第五次聖杯戦争について語った。

 聖杯戦争についてまるで当事者のように詳しく知る{選定者}と名乗った男の正体にエミヤは興味を覚えた。

 エミヤは{選定者}に聖杯戦争との関わりがあったのかを問うた。

 

 「どうなんでしょうね、冬木の聖杯に関係があったのか?それとも何も無かったのか?」

 

 {選定者}の答えをはぐらかすような言葉にエミヤは苛立ちを見せた。{選定者}はそんなエミヤの態度を読み取り先ほどの発言に言葉を足した。

 

 「私自身過去を覚えていないのですよ、気付いた時には時代を渡って歴史に名を刻んだ王や王女を殺す存在だったのです。そして何故か冬木の地で行われた聖杯戦争についての記憶を持っていたのです」

 

 エミヤは{選定者}の言葉を素直に信じる気にはなれなかったが確認の取りようがないと、今は{選定者}の言葉を信じておくことにした。

 

 「聖杯戦争のことを知っている私は過去に聖杯に関わりを持っていたのか?

  または誰かが聖杯に願った末に生まれた存在なのか?多少の興味はあるんですがね」

 

 {選定者}は自分と言う存在の出生に多少の興味を持つ発言をした。

 {選定者}の話にエミヤは興味を持って聞いていたが、その場に居る他の二人は興味がなさそうに早くアーサー王を討つための作戦の内容を話すように{選定者}に催促をした。

 義経と宋江の催促に{選定者}はしばらくの間待機するように命じた、時期にアーサー王が納める国に奇襲をかけて貰う予定だとだけ話して。

 義経と宋江は早く事を済ませて自身の復讐を一刻も早く行いたかったが仕方なく{選定者}の言葉に従った。

 

 「聖杯戦争を知っている者としては、命令を従わせる令呪があればどれ程便利かと思ってしまいますよねエミヤ殿」

 

 {選定者}はコソッとエミヤにだけ聞こえるように呟いた。

 どうやら{選定者}は自身が呼び出したサーヴァントたちの行動を縛るような力は無いようであった、あくまで義経たちは自身の願いを叶えるために{選定者}の命令を聞いているだけのようであった。

 

 「セイバー、いや、アーサー王を討つなら第五次聖杯戦争と同じだと思っていたら痛い目をみるぞ。あの時のアーサー王は未熟なマスターのせいで本来の力を出せずにいたからな」

 

 「ご忠告痛み入ります、ですがご心配には及びませんよ。アーサー王がたとめ神の如き力を持っていようとも王である以上、私には絶対に勝てないのですからね。

  むしろ円卓の騎士たちの存在が今回の作戦の邪魔なんですよ」

 

 エミヤの忠告に{選定者}はアーサー王に対して何か秘策があるのか絶対の自信を覗かせた。

 {選定者}はそう言い残して洞窟にエミヤたちを残して何処かへと歩いて行ってしまった。

 エミヤたちは仕方なく洞窟で待機をすることにした。

 

 

 {選定者}は洞窟から少し離れた森に着くと足を止めて落ち合う手筈の人物を待ち、辺りをキョロキョロと見渡した。目的の人物以外がその場に居ないかを確認をするために。

 

「お久しぶり~、誰にも付けられてないから安心してねん」

 

 派手な見た目な女が{選定者}の近くまで来ると明るく挨拶をしてきた。

 

 「計画は順調に進行しているんだろうな、妲己(だっき)」

 

 {選定者}は今までエミヤたちと話していた口調とは変わっていた、そして今までと違う強い口調で目の前に現れた妲己という女と会話を続けた。

 妲己は胸を張って自分が{選定者}の命じられた任務をそつなくこなしていることを自慢げに語って。

 妲己に与えられた任務とは二つあった、一つはアーサー王の王妃であるギネヴィアの侍女となりギネヴィアに近づくこと。もう一つはアーサー王の姉であるモルガンに接触することであった。

 

 「今回の作戦の要である円卓の騎士の崩壊は貴様の手に掛かっていることを忘れるなよ」

 

 「任せといてん☆(キラッ)、{傾国の美女}の異名に恥じない働きをするつもりよん」

 

 妲己は軽い口調で答えた。

 

 「分かっているさ、貴様の恐ろしさは他の誰よりもな」

 

 {選定者}はそう漏らすと妲己に二つの新たなことを命じた。一つはモルガンと自分を引き合わせる手筈を整えるように指示をした。

 そしてもう一つは円卓の騎士の一人であるランスロットと王妃のギネヴィアを引き合わせることであった。

 {選定者}は最低限のことを妲己に伝えるとエミヤたちの待つ洞窟へと踵(きびす)を返した。



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第二章 2-1 円卓会議

 士郎はアーサー王の生きた時代に訪れてから丸一日の時間が過ぎていた。士郎は豪華なベッドの上で目を覚ました、モードレッドと戦いその治療を受けた後個室を与えられて朝まで泥のように士郎は深く眠っていた。

 士郎は余程疲れていたのかまだ眠っていたかったが、扉をノックする音で仕方なく起きることにした。

 扉を開けると鎧を着込んだ兵士が士郎の前に立っていた、士郎はその兵士に急かされるようにある部屋へと案内をされた。その部屋は昨日も訪れた円卓の騎士たちの話し合いがされた場所であった。

 士郎の前を歩く兵士が部屋の扉を開けると士郎は部屋へと入室をした、そこには昨日と同じ顔触れが円卓のテーブルに腰を掛けて座っている。

 

 「士郎、昨日は良く眠れたか?」

 

 アーサー王が士郎に声を掛けた、士郎はお陰で良く眠れたよとアーサー王に返事をする。

 士郎の言動にアグラヴェインは声を荒げて王に対して非礼であると激怒した、士郎は冬木の地でセイバーに接するような言葉づかいを慌ててテレビドラマで見かけたことのあるような王様に対する、見よう見まねでたどたどしい対応でアーサー王に改めて返事をした。

 

 「良い、士郎。

其方は客人だ、話しやすいように話せばよい」

 

 アーサー王の言葉にアグラヴェインは抗議の声を上げようとしたが、アーサー王が手を上げひと睨みするとアグラヴェイは出掛かった言葉を飲み込んだ。アグラヴェインは眉間のシワをますます険しくしている。

 士郎を見る円卓の騎士たちは様々であった、士郎を嫌悪する者、敵のスパイではないかと疑う者、全く興味がなさそうな者、唯一好意的に接してくれるのは人当たりの良さそうな隻腕の騎士、くらいである。

 

 「では昨日の会議の続きを始める、{マーリン}の行方についてだ」

 

 アーサー王がそう言うと、引き続きの進行はアグラヴェインが取り仕切った。

 士郎はケイから治療の時に聞いた話を思い出していた、昨日の会議の続きに何故自分も同席(円卓の騎士たちが座るテーブルから少し離れた椅子に座っているが)をしているか士郎はよく分からなかったが黙って会議に耳を傾けた。

 

 「だから怪しい奴を片っ端から拷問にかけりゃいいだろうが」

 

 モードレッド大声で過激な発言をする。

 士郎は円卓の騎士たちの話し合いを聞いていると、モードレッドが感情を優先させる騎士であることが窺(うかが)えた。

 会議に参加している円卓の騎士たちはアーサー王を除くと全部で七人である、会議の進行をするアグラヴェイン、アーサー王の義兄であるケイ、そしてモードレッドとガウェイン、そして会議の話を聞いていると隻腕の騎士の名前はベディヴィエールと呼ばれていた。

 そして髪の長い騎士はトリスタン、短い髪を立てている少し釣り目の騎士はランスロットと呼ばれていた。

 

 「{マーリン}はこの国になくてはならない人物だ、何としてでも行方を掴むのだ」

 

 アーサー王は他の騎士たちに告げた。

 

 「しかしあの{マーリン}が敵に殺されたり捕まったなど俄(にわ)かには信じられないがな」

 

 ガウェインは未だに信じられないといった口調である、ガウェインだけに限らず他の騎士たちもあの{マーリン}を殺すこと出来る人物がいるなど俄かに信じられずにいた。

 

 「敵はそれほどに危険な存在の可能性があると言うことですね、生きているならば{マーリン}殿を何としてでも救い出さなくては、この国の平和の為に」

 

 ベディヴィエールは深刻そう言った。

 

 「まあ平和の時に居ると平和を乱しかねない奴だけどな」

 

 ケイは笑いながら冗談を言う、アーサー王はケイを睨むとケイは軽い冗談だろと首をかるく横に振った。

 他の騎士たちも{マーリン}が実力を兼ね備えた偉大な魔術師であることは周知の事実であったが、性格の方に若干の難があることは重々承知していた。自由奔放な性格は度々厄介事を発生させることもある、しかしアーサー王の信頼も厚く円卓の騎士という地位に居る彼らとて{マーリン}のことを口に出して悪く言える者などいなかった、ケイを除いてだが。

({マーリン}のことを厄介に思っても嫌いと思う者は騎士の中には居なかったが)

 

 「{マーリン}の捜索は最大限の力を持ってあたれ、但し水面下でだ」

 

 アグラヴェインは他の騎士たちに{マーリン}の捜索を命じた、敵対国にキャメロットの宮廷魔術師が襲われたなどと知れれば自国の防衛能力を侮り攻撃を仕掛けてくる敵を懸念(けねん)しての動きであった。

 捜索の協力要請は円卓の外部顧問監査官でもあるペリノア王にも通達することが円卓会議で決定した。

 

 (どうしても思い出せないんだよな)

 

 円卓会議が進む最中に士郎は全く別のことを考えていた。

 アーサー王の生涯を綴(つづ)ったアーサー王伝説、その本をざっとではあるが読んだハズの士郎はアーサー王にこの先何が起こるのかうろ覚えであった。

 モードレッドがアーサー王に反旗を翻(ひるがえ)したことでアーサー王は命を落とす、しかしその前に何か円卓の騎士を崩壊させるような出来事が起こったような気がした。

 士郎はそのことがどうしても思い出せずにいた。元々覚えていなかったのか?それともこの世界に召喚された際に記憶の一部が飛んでしまったのかは定かではなかったが。

 

 「これにて会議は終了する、捜索に割り当てられた者は速やかに兵士を連れて{マーリン}の捜索に迎え」

 

 アーサー王の号令で会議は終わり騎士たちは各々の与えられた役割に動き出した。

 そんな慌ただしい中で士郎は必死に記憶の糸を辿ったが思い出せずにいた、士郎が必死に思い出そうとしている円卓の騎士崩壊の最大の原因が着々と現実に近づいていることなどこの場の誰も知る由はなかったが。



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2-2 襲撃

 円卓会議から二日の時が過ぎた、円卓の騎士の一人であるトリスタンはこの日キャメロット周辺の警備を担当していた。

 {マーリン}が襲撃された疑いがあった日からログレスの都と外を隔てる大きな高い門の中に入国する者は厳重の検査を受けることとなっていた。

 そんな高い門の外を警備していたトリスタンのもとに部下の兵士が慌てた様子で駆けてきた。

 

 「大変ですトリスタン様、賊と思わしき男が向こう側の門の方に攻め行ってきました」

 

 部下の兵士の報告を受けたトリスタンは急いでその場に向かった。現場に向かう最中に部下の話を聞くと襲撃してきた敵は一人のみとのことであった。

 トリスタンは陽動であることを懸念したが部下の兵士たちはその一人に苦戦をしいられているとのことで、トリスタンは仕方なくその場に向かった。

 

 「円卓の騎士が来たか、ならば出し惜しみしている場合ではないようだな」

 

 トリスタンがこちらに向かって来たことを確認した賊、{選定者}の仲間の一人である宋江はそう呟いた。

 

 「我が宝具を見よ、|百八人の豪傑<<梁山泊>>」

 

 宋江の周りに突然百七人の人間が現れた。その一人一人が腕の立つ男たちでトリスタンの部下の兵士たちは押されていた。

 トリスタンのもとへ四人の男が襲いかかった、しかしトリスタンが弓の弦を指で一瞬引いた瞬間にトリスタンに襲いかかった四人の男の首が飛んだ。

 

 「私は悲しい、偉大な王に未だに歯向かう愚か者が居ることが」

 

 「梁山泊の豪傑を一瞬で四人も屠るか、思った以上に厄介な集団のようだな」

 

 トリスタンはアーサー王に盾突く者が未だに居ることを嘆き、宋江は驚愕した。

 宋江はトリスタンの桁違いの実力に{選定者}が言った言葉を思い出した。円卓の騎士たちとは一対一で戦うなと、数ある英雄の中でも彼らは別格の存在だと言う言葉を。

 宋江は今まで{選定者}が大袈裟に言っていると思っていたがあながち嘘ではないとこの瞬間に理解した。

 トリスタンの実力を目の当たりにした宋江であったが更に梁山泊のメンバーをトリスタンにけしかけた。今度は六人の男たちがトリスタンに襲いかかった。

 トリスタンが先ほどと同じように弓の弦を引く、すると梁山泊の豪傑たちの四人の首が再び飛んだ。しかしトリスタンの攻撃を掻い潜り攻撃を仕掛けた梁山泊の者が二人居た。

 トリスタンは一人の攻撃を躱(かわ)し、もう一人の攻撃を自身の弓で防御をした。

 

 「やれやれ、危ない所でした」

 

 トリスタンは攻撃を仕掛けてきた二人から距離を取った、二人のうち一人は棍棒を武器にしていてもう一人は顔に痣(あざ)が在り剣を武器にしている。梁山泊の中でもその二人の実力は抜きん出ていた。

 

 「林冲(りんちゅう)と楊志(ようし)を同時に相手して命があるとは流石円卓の騎士と言ったところか」

 

 宋江は梁山泊の中でもトップクラスの実力を持つ二人を相手に凌いだトリスタンに賞賛の言葉を送った。

そして宋江は二人に再び攻撃の命令を下した。宋江の命令で再び林冲と楊志がトリスタンに襲いかかった。流石のトリスタンも二人の攻撃に手を焼き防戦に回された。

 トリスタンの部下たちも他の梁山泊の者たちに押されていた、それを見たトリスタンは二人を相手にしつつ部下たちの負担を減らすべく他の梁山泊の者の首を一つ、二つと飛ばした。

 

 「目の前の奴が化物なのか、はたまた円卓の騎士とやらは全員目の前の化物と同じなのか?」

 

 宋江は林冲と楊志を相手に防戦しつつ他の梁山泊の者を討つトリスタンに対して戦慄を覚えた。円卓の騎士とやらが全員同じような実力を要するなら自分たちがアーサー王とやらを殺すのは絶望的ではないかと宋江は考えた。

 宋江は{選定者}の自信のあるような素振りはハッタリではないかと{選定者}の言う通りに動いていいものか{選定者}に疑問を抱き始めた。

 その時宋江の横を誰かが通り過ぎた、速すぎて宋江にはただ風が吹いただけかと思ったが次の瞬間にトリスタンの首筋から血が流れた。

 

 「流石ですね、今の攻撃を弓で防ぎ首の皮一枚で凌(しの)ぐとは正直驚きです」

 

 トリスタンに傷を与えた者はこの戦場では一番背が低く、顔は白く小さい、まるで戦場に場違いな人物が紛れ込んだようであった。

 トリスタンに傷を負わせたのは{選定者}の仲間の一人である源義経であった。

 義経(よしつね)の剣から先ほどトリスタンの首の皮一枚を切り付いた血が剣先から地面へポタリと落ちた。

 

 「やれやれ、厄介な敵がもう一人増えてしまいましたか」

 

 状況的には窮地に追いやられているハズのトリスタンは自分の首の血を軽く手で触れると首を左右に振りヤレヤレと言った表情で、軽い困り事があるような態度を取るだけであった。自身が命の危機にあるというのに取るに足らない小事であるように。



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2-3 弓兵

 トリスタンは義経たちの攻撃を何とかしのいでいた。しかし防戦一方で身を守るハズのトリスタンに焦りは見当たらなかった、逆にいつまでもトリスタンを討てぬことに敵である宋江が苛立っている。

 

 「一人を相手に何を手間取っているんだ」

 

 宋江はそう怒鳴ると自身も攻撃に加わるようにトリスタンに近づこうとした、しかし梁山泊の一人でトリスタンと交戦をしている林冲が武器である棍棒を突き出し首を横に振る、宋江がトリスタンに近づくのを拒んだ。

 宋江自身の戦闘力は決して高くはなかった、林冲は宋江が戦い加わりトリスタンを討つ可能性よりも宋江がトリスタンに殺される可能性が高いと判断し宋江を止めた。事実トリスタンに宋江が近づいていたらトリスタンは攻撃を食らう覚悟で宋江を射殺していたであろう。

 宋江はトリスタンと距離を置き義経たちがトリスタンを討つのを指をくわえて見ている他なかった。

 

 「やれやれ、多勢に無勢なのであまり気が乗らなかったがどうやらそのようなことを言っては言られないか。本気で御相手しよう」

 

 義経はそう言うと自身が履いていた下駄(げた)を脱ぐと素足になり剣を一度鞘に収めると構えた。

 トリスタンは義経から先ほどまでより危険な何かを感じ取り警戒を強めた、義経がトリスタンに切りかかろうとした直前にトリスタンの部下たちと梁山泊たちが交戦をしている後方で大きな爆発が起こった。

 その爆発に巻き込まれ梁山泊の多くが打ち取られた。

 

 「珍しいなトリスタン、君が手こずる姿を久しぶりに見た気がする」

 

 トリスタンはそう喋り掛けてきたのは円卓の騎士の一人であるガウェインであった。

 ガウェインは梁山泊の猛者共を一撃で十数人近くを葬った、ガウェインの部下たちも戦いに加わり劣勢であった状況は円卓の騎士側が有利な状況へと変わった。

 トリスタンが防戦一方になっていたのはあえて危険を冒して敵を討つよりも、キャメロットの近くでの戦いなので仲間の増援がすぐに駆けつけるであろうと見込んでいたからであった。トリスタンの冷静な判断により敵を生かして捕らえる可能性はグッと上がった。

 

 「さて、それでは貴方たちには他の仲間かもしくは裏で糸を引く者のことを聞かせて頂きましょう。そして{マーリン}殿のことについてもね」

 

 トリスタンはそう言うと宋江たちの方に詰め寄る、しかしトリスタンは慎重であった。ガウェインが加勢に来たことで自分たちが優位に立ったとはいえ相手は腕の立つ連中である。油断をすればこちらが命を落としかねないとトリスタンはじっくりと戦おうと考えていた。

そんな時に新たな声が戦場に響き渡った。

 

 「そんな連中に何を手こずってんだよテメーら、円卓の騎士ともあろう者が二人も雁(がん)首揃えてよ。俺様がまとめて殺してやるよ」

 

 新たに現れたのは円卓の騎士のモードレッドであった、モードレッドは有無を言わさず宝具を使い敵を一掃しようとする。

 ガウェインはモードレッドを止めようと声を掛け静止させようとしたが無駄であった、トリスタンは急いで周りに居る部下たちに退避を命じた。

 爆音とともに辺りは爆発に包まれる、モードレッドの宝具によって梁山泊の半数近くの者が命を落とした。幸いなことにトリスタンたちの部下たちは巻き込まれずに済んだ。

 

 「仲間まで殺す気か、何を考えてるんだモードレッド」

 

 「ギャーギャーうるせえな、戦いに犠牲は付きもんだろうが。何甘ったれたこと言ってんだ」

 

 ガウェインはモードレッドに詰め寄ったがモードレッドはどこ吹く風であった。

 トリスタンはやれやれという感じで二人のやり取りを眺めていた。しかしモードレッドの実力を知るトリスタンはモードレッドが(性格には問題があるが)戦闘に加わったことで敵との戦力差は決定的なものとなったことを確信した。

 しかし次の瞬間に円卓の騎士の三人に向かって矢のようなモノが向かってきた。その攻撃に逸(いち)早く気付いたのはトリスタンであった、トリスタンは自分たちに向かってくる矢に向かって自身も弓で矢を放った。

 矢と矢は空中でぶつかるとその威力をものがたるように空中で大きな爆発を起こした。

 

 「チッ、敵にも増援が現れたのか?」

 

 ガウェインは先ほど自分たちに向けられた攻撃を義経たちの仲間によるものだと判断した。

 トリスタンは攻撃をしてきた方向に目を凝らすと人影が辛うじて見て取れた。そしてトリスタンは自分たちを遠くから狙撃してきた者のもとへと走り出した。

 

 「申し訳ないガウェイン卿、この場は任せました」

 

 トリスタンはそう言い残すと人影の方向に走り出しながら弓で矢を放つ、遠くに居る人影も矢を放ち再び空中で爆発が起こる。

 トリスタンは先ほどまで戦っていた義経たちよりも、はるか遠くから自分たちに致命傷を与えかねない攻撃を放った人影を脅威を捉えて人影の排除を優先した。

 

 「やれやれ、円卓の騎士とまともに正面から戦って100%勝てると思える程に私は自信家ではないんでね。この場は引かせてもらうとしようか」

 

 そう言ってトリスタンたちに攻撃を放った人影の人物はその場を後にした。

 その人物は浅黒い肌に白い髪、赤いジャケットを羽織った人物、抑止力であるエミヤに他ならなかった。

 エミヤがその場から逃げるのをトリスタンは感じた、この距離で自分が追っている人物を捕らえることは難しいであろうことはトリスタンも理解はしていた。しかしあれ程の距離からあれ程危険な攻撃を出来る人物を見過ごせるハズはなかった。

 今この場で始末しなくては円卓の騎士だけではなくアーサー王の命を危険に晒す可能性すら有り得るとトリスタンは危惧した。

 こうしてトリスタンとエミヤの追走劇が始まった。



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2-4 伏兵

 「私は悲しい、まんまと敵の思惑通りことを運ばれてしまいましたか」

 

 トリスタンはエミヤの後を追ったが結局エミヤに追いつけなかった。トリスタンはエミヤの逃走ルートから敵の本拠地の位置を掴めないかとも考えた、しかしエミヤは様々なデタラメな方角に度々変えていたことから敵の居所を捜しだすのは無理であると諦めた。

 もともと敵であるエミヤが自分たち(円卓の騎士)の戦力を分断させることが目的であることをトリスタンは考慮していた、それでも目の前の敵である義経たちよりもエミヤの存在の方が脅威に映ったトリスタンはエミヤを追うしか選択肢はなかった。

 

 「やれやれ、既に戦闘は終わっているとは思いますがガウェイン卿たちが居る場所に戻るとしますか」

 

トリスタンは自身が最初に戦っていた場所、今はガウェインとモードレッドたちが戦っているであろう場所へと戻っていった。

 

 

 ガウェインとモードレッドは突然の別の敵からの攻撃とトリスタンの行動に多少の困惑の表情を見せたがすぐに事態の状況を理解すると、目の前の敵の義経と宋江に集中することにした。

 ガウェインは義経と剣を交え、モードレッドは宋江と梁山泊の連中と戦いを繰り広げた。

 状況はガウェインたち円卓の騎士が優勢で義経たちは押され気味である。

 

 「もう役目を果たしたから引きたいところだが、どうやら逃げるのも難しそうだな」

 

 宋江は義経に語りかけたが義経は悠長に会話をしている程の余裕は無かった。宋江も自身の宝具である梁山泊≪108人の豪傑≫の数を確実に削られていく。

 義経と宋江はこの場から離脱するために多少危険な賭けに出る必要があった、二人は自身の復讐を果たすまで死ぬつもりは無く相手を囮にしてでも生き残ろうとお互いに考えていた。義経と宋江を含む{選定者}が召喚した英霊たちは仲間であって仲間ではない関係で成り立っている。

 

 「さて、そろそろこの戦いを終わりにしようか」

 

 ガウェインはそう言って戦いを終わらせようとした、義経と宋江もこの場を離脱するために仕方なく命掛けで戦う覚悟を決める。

 しかし、その瞬間に別に存在が戦いに介入した。

 

 「長平の大虐殺≪40万人の死霊≫」

 

 何処からか宝具を使う声が響くとガウェインたちの前に何万、いや何十万の生気なき兵士が辺りを埋め尽くした。

 ガウェインとモードレッドは突如現れた死霊の兵と刀を交えた、死霊の兵の一人一人の実力はたいしたことは無く問題ではなかった。しかし辺りを埋め尽くした死霊の兵で敵の中枢メンバーと思われる義経と宋江の姿を視認出来なくなっていた。

 

 「クソっ」

 

 ガウェインは突如現れた死霊の兵のせいで義経たちを取り逃がす可能性が高まったことに苛立ちをつい口にした。

 ガウェインは視認出来なくなった義経と宋江の位置を現状ではまだ把握していたが、時間が経てば義経たちが何処に居るのか把握できなくなることは明白であった。そんなことを考えていたガウェインは突如近くで急激な力の高まりを感じその方向に目を向ける。そこには宝具を放とうとしていたモードレッドがいた。

 

 「雑魚どもが、ウザってえんだよー」

 

 「待て、モードレッド」

 

 ガウェインの静止を聞かずにモードレッドが宝具の一撃で死霊の兵を数千人、いや一万人以上も葬り去った。しかしまだ死霊の兵の数は巨万(ごまん)と残っていた。

 モードレッドは再び宝具で辺りの敵を一掃する、モードレッドの宝具で数十万は居た敵の数が半数近くまで減っていた。それだけにとどまらずモードレッドの攻撃は周辺の地形を変える程の威力であった。

 敵の数が半数近く減ったその時に突如死霊の兵たちの姿が消えた、介入してきた敵がモードレッドの猛攻で宝具を維持できなくなったのか、はたまた目的を遂げたので敵が自ら宝具を止めたのかは定かではなかったが。

 義経と宋江の姿は既に見当たらず荒れた地形だけがガウェインとモードレッドの前にあるだけであった。

 

 「何故攻撃を辞めなかったモードレッド、敵を逃がしてしまったぞ」

 

 ガウェインはモードレッドに詰め寄った、モードレッドの攻撃で敵の数は確かに減ったがその代償に敵の中枢メンバーと思われる義経と宋江の位置をガウェインは見失ってしまった。そしてその隙に義経と宋江はこの場から離脱をしたのだ。

 

 「じゃあテメエはあの状態で敵を捕らえらたってのかよ?」

 

 モードレッドの反論にガウェインは言葉を詰まらせる。モードレッドの言う通りあの状態を打破するには宝具を使った攻撃で敵の数を大幅に減らす以外になかったかも知れない、しかしもっと慎重にことを進め、的確な時に宝具を使えば敵を捕らえて情報を聞き出す可能性は十分にあったとガウェインは考えた。

 モードレッドが自分の言葉に耳を傾けていれば少しは状況は変わったかも知れない、今までの自分勝手な振る舞いのモードレッドにガウェインは苛立ちを多少募(つの)らせていた。そして今回のことでその苛立ちは限界を迎えた。

 

 「この際どっちが上かハッキリとさせようじゃねえか」

 

 「いい機会だ、少しお灸を据えてやろうモードレッド」

 

 モードレッドがガウェインに剣を突き付ける、普段のガウェインなら相手にはしなかったかも知れないが今回はモードレッドの挑発に乗ってガウェインも剣を抜いた。

 ガウェインとモードレッドの部下の兵士もその場に居た、しかし円卓の騎士であるガウェインとモードレッド、その二人が本気でぶつかり合うのを止められる者など存在するハズはなかった。

 アーサー王の敵を屠る剣であるハズの円卓の騎士、その二人の剣は敵ではなく同じ円卓の騎士同士に向けられぶつかり合い火花を散らした。



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2-5 戦いを止める者

 ガウェインとモードレッドの壮絶な戦いは既に五分近くは続いていた。

 部下の兵士たちはその戦いに巻き込まれないように遠巻きにその戦いを見守っているしか手立てはなかった。

兵士の中の一部はキャメロットへとこの事態を何とかしてもらおうと伝えに走った者も若干はいたが、大半の兵士は円卓の騎士同士のその戦いに目を奪われていた。

 

 「これが人間の戦いなのか?」

 

 一人の兵士が思わずポロリと口から言葉をこぼした。その場に居る全ての兵士が同じことを思っていた、自分たちとて厳しい練兵を耐え抜いてきた猛者である。過酷過ぎる練兵で命を落とした兵士たちも多くいる、それを耐え抜きキャメロットを、そしてアーサー王を守る兵士に選ばれた自分たちの力に自負を持っていた。しかしそんな兵士たちから見ても円卓の騎士同士の戦いは人間の範疇を超えた戦いに思えてならなかった。

 兵士たちはガウェインとモードレッドの強さに羨望の眼差しを向ける者、恐怖を抱く者、様々な思いを抱いていたがその全てが戦いを見守るだけのギャラリーでしかなかった。

 

 「何をやっているんですガウェイン卿、モードレッド卿」

 

 そんな状況を打破する存在がようやく(とは言っても戦いが始まってから数分程しか経ってはいなかったが)現れた。

 その声の主は隻腕の円卓の騎士、ベディヴィエールのものであった。

 ベディヴィエールの声で二人の戦いは一瞬止まった、しかしほんの一瞬でしかなかった。モードレッドは構わず戦いを続ける、ガウェインもそれに応戦するように斬撃をモードレッドへと繰り出す。

 ベディヴィエールは二人の戦いを見かねて二人の間に割って入った、そしてようやく戦いが止まった。

 

 「仲間同士で本気で戦うなど正気ですか? ガウェイン卿、貴方(あなた)程の方が居て何故この様な状況になっているのです」

 

 「邪魔だぞベディヴィエール、何なら二人まとめて相手しても俺は構わねーぞ」

 

 ベディヴィエールは話をすることで状況を少しでも落ち着かせようとした。しかしモードレッドは交戦的な態度でそれに応じた。

 

 「分かっただろうベディヴィエール卿、コイツには力尽くで分からせる必要があるのさ」

 

 ガウェインも交戦的になっていた、これにはベディヴィエールも驚いた。いつものガウェイン卿であれば自分の言葉に耳を貸して事態を収めてくれる、そう考えていたベディヴィエールはあてが外れた状態になった。

 

 「お二人の行為は円卓の騎士の名を汚す行為です。戦いを辞めぬのであれば命掛けでお二人の戦いを止めさせていただく。

 

 「青二才が、テメーごときに俺様が止められるかよ」

 

 ベディヴィエールも剣を抜き二人の戦いを止める努力をしたが、モードレッドは耳を貸さずに戦う姿勢を貫いた。いや、戦う姿勢を貫いたのはモードレッドだけではなくガウェインもであった。

 

 「邪魔だてすれば命を落としかねないぞ、引っ込んでいろベディヴィエール卿」

 

 ガウェインはベディヴィエールに忠告をしたがベディヴィエールは二人の戦いを止める為に命を懸ける覚悟であった。自分では一対一だったとしてもガウェインとモードレッドに勝つのは難しいとベディヴィエールは理解しつつも。

 ガウェインとモードレッドが再び剣と剣で鍔(つば)迫り合いを始める、ベディヴィエールが二人の間に割って入ろうとした瞬間、この戦いを終わらせる声が響き渡った。

 

 「そこまでだ愚か者ども、これ以上戦いたいのなら私が相手をしてやるぞ」

 

 その聞き覚えのある声の方向に円卓の騎士の三人が目を向ける、其処に立っていたのはアーサー王であった。

 アーサー王は円卓の騎士たちを冷たく睨み付けた。その鋭い眼光に睨み付けられた円卓の騎士たちは蛇に睨まれた蛙のように身動き出来ずにいた。

 そんな時にエミヤの追跡を諦めたトリスタンがその場へと現れる。トリスタンは状況が理解出来ずにいたが、アーサー王の態度からあまり良い状況でないことは察した。

 

 「すぐに逃走した敵を追う部隊を編成せよ、その陣頭指揮はベディヴィエール、貴殿に一任する」

 

 アーサー王はすぐに的確な指示を与えた。そのアーサー王の指示にモードレッドが口を挟む。

 

 「父上、敵を追うなら俺に任せてくれ。必ず敵の首を父上の前に持ってきてみせる」

 

 「モードレッド、今回の大まかな概要は事態を知らせに来た兵士から聞いている。

  今回警備に就いていた者はキャメロットの私の玉座へと来られよ、そこで今回の失態の処遇を言い渡す」

 

 アーサー王はそう言い残すとマントを翻(ひるがえ)してキャメロットへと戻って行った。

 トリスタンは敵を取り逃がしたことだけでアーサー王があの様な態度を取っているとは思えなかった、自分が敵を追走している間にこの場で何があったのかトリスタンには想像出来なかった。自分はこの場から動くべきではなかったのかとトリスタンは自問自答した、が矢を放った弓兵と思わしき敵は見過ごすことの出来ない脅威であることを思い出すと何度同じ状況になろうとも自分は敵を追ったであろうと自分を納得させた。

 そしてトリスタン、ガウェイン、モードレッドもアーサー王の後を追うようにキャメロットへと帰路した。



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2-6 亀裂

 円卓の騎士たちから逃走に成功した義経と宋江は現在の位置から一番近いアジトへと向かっていた。

 義経と宋江は自分たちが付けられていないか周辺に注意を払いながらも急いでアジトを目指していた。再び円卓の騎士と対峙したら次は命を落とす可能性が高いことを二人は実際に戦って肌で感じたのである。

 

 「まさか円卓の騎士があれ程とはな、{選定者}の言葉など話半分程度に聞いていたが話以上の化物とはな」

 

 宋江は義経にウンザリしたような口調で喋りかけた。

 義経は宋江の話に相槌(あいづち)を打つ、義経も{選定者}の話は多少の誇張が含んでいると思っていたが{選定者}の言葉通りに正面から一対一で戦って勝つのは難しいと義経は考えを新たにした。

 

 「白起(はくき)殿のおかげで危機を脱したな、後で礼を言っておかねば」

 

 宋江は自分たちを逃がすために数十万の死霊の兵を呼び出した仲間の一人の名前を口にした。今回の襲撃の目的はアーサー王側にこちらの力を見せつけるためのものであった。

 その為に{選定者}はあらかじめ危機的状況に陥った時のための伏兵を忍ばせていた、それが白起と呼ばれる{選定者}が召喚した英霊の一人であった。

 

 「アーサー王を討つのは容易ではないようだ、それでも私は復讐を果たすためにアーサー王の首を絶対に落としてみせる」

 

 義経は歯を食いしばって決意を口にする、宋江も同じ思いなので頷いた。

 

 「アーサー王には何の恨みもないが我ら梁山泊を裏切った国に、そして王に復讐を果たすために死んでもらわねばな。

  そして願わくば我ら梁山泊が国を治める世としたいところだが」

 

 宋江を含む{選定者}が呼び出した英雄たちの多くは自分たちの生きた時代の王に恨みを持っていた。{選定者}に協力する見返りは自分たちが憎む王を殺すことである、しかし王を殺した後の自分たちの処遇については{選定者}は呼び出した英雄たちに何の説明もしていなかった。

 宋江は願わくば王を殺した後は自分たち梁山泊の者で国を治めたかった。そうすれば賄賂が横行し、権力者や金のある者が弱者から一方的に搾取するような世の中にはならぬと考えていたからである。

 

 「国を治めるか、私は御免だな。権力は人を醜い化物へと変える、少なくとも私の兄である頼朝はそうであった」

 

 義経はかつて仕えた兄を思い出すと吐き捨てるように言った。

 

 「父の仇である平清盛は鬼であった、それでも幼子に手をかけることまではなかった。

  権力の座に就いた頼朝は清盛以上の鬼となった、敵とはいえ何の罪も無い幼子まで殺したのだ」

 

 義経は怒りを露(あらわ)にして言い放った。しかし宋江は義経に賛同する気にはなれなかった。

 

 「幼子とはいえ敵の子であろう、禍根の芽を摘み取るのは当然のことだ。戦を知らぬ女、子供の意見でもあるまいに」

 

 宋江の後半の言葉に義経はピクリと反応したが移動しながらの会話で僅かな反応のために宋江は気付きはしなかったが。

 

 「ふざけるな!」

 

 義経の急な強い語気に宋江は一瞬たじろいだ。

 

 「この世の何処を探しても罪も無い幼子を殺して良い理由などあるハズがなかろう。

  自身が撒いた種ならば禍根の芽が出ようと構わぬ、私が殺した敵の子が私を憎むなら、私はこの首をその子に差し出すこともいとわぬ」

 

 義経の言葉に宋江は絶句した。今まで戦場をいくつも経験してきたであろう者がそんな青臭いセリフを吐いたことを信じられずにいた。

 宋江は義経の実力を先の戦闘で目の当たりにしている、実力は申し分ない。しかしこの様な青臭い考えの者が味方にいることは危険ではなかろうか?

 アジトに帰る途中の義経との会話が宋江の心に暗い影を落とした。



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2-7 謹慎処分

 キャメロットへと戻って来たトリスタン、ガウェイン、モードレッドの三人はアーサー王が座る玉座の前で片膝を付き顔を伏せていた。

 アーサー王の横にはアグラヴェインが付き従うように立っている、他の円卓の騎士数人も少し離れたところで立っていた。

アーサー王が片手を上げて三人に顔を上げるように声をかける、そして重々しく口を開いた。

 

 「今回の件の処遇を言い渡す。貴殿ら三人は私の赦しが出るまで自室から一歩も出ることを禁ずる、その間に円卓の騎士の称号を名乗ることを許さぬ。

  しばらくの間は円卓の騎士は貴殿らを除く十人のみとする」

 

 アーサー王の言葉を聞いた三人は口から言葉を出そうとしたがアーサー王が睨み付けると三人の誰も抗議の声を出すことが出来なかった。

 

 「敵を取り逃がしたことを責めるつもりは無い。ただ逃がした敵を追うこともなく、あまつさえ味方同士で殺し合いを始めるなど言語道断だ。恥を知れ」

 

 アーサー王は処遇を三人に伝えると席から立ち上がり扉から外にと出た、後を追うようにアグラヴェインがアーサー王の後に付いて扉から退席した。

 

 「私は悲しい、何故私まで」

 

 トリスタンは自分まで謹慎処分とされたことを嘆いた。自分が敵を取り逃した落ち度は確かにあるが、アーサー王がご立腹となった原因の円卓の騎士同士の戦いに自分は関わっておらず、近くには居なかったため止めることも不可能だったというに。そんなトリスタンに円卓の騎士の一人がトリスタンに声を掛けた。

 

 「諦めるんだなトリスタン、馬鹿どもの近くに居た自分の不運を嘆くんだな」

 

 ケイはそう言うとガウェインとモードレッドの方をチラリと見た。

 ガウェインはバツが悪そうに顔を横に向ける、モードレッドは対照的に悪びれもせずにまるで他人事のようであった。

 ケイはトコトコとランスロットとの近くまで歩いて行くと周りに聞こえるわざと大きな声でランスロットとに話しかけた。

 

 「ランスロット、見失った敵の捜索を続けているベディヴィエールが足取りを掴んだらしい。アーサー王は兵士を連れてベディヴィエールのもとへ向かうようだ、護衛役としてアーサー王はお前を御指名だ」

 

 ケイはランスロットそう伝えるとランスロットは頷き部下の兵に行軍の準備をすぐにするように伝えた。

 扉から出て行こうするランスロットをトリスタンが呼び止めた。トリスタンはランスロットに近づくと小さく耳打ちをした。

 

 「敵の一人に危険な弓兵がいます」

 

 トリスタンは自分が先の戦いで追っていた弓兵に付いてランスロットに忠告をした。

 アーサー王を護衛する際にかなり遠くまで警戒をするようにと、その弓兵は視認するのが難しい距離からこちらに致命傷になりかねない攻撃手段を用いる敵であることを伝えた。

 {エクスカリバー}の鞘を持つアーサー王には無用な心配事かもしれないがと一言付け加え。

 

 「たとえ無意味であろうと敵の矢がアーサー王に触れるなど許しはしないさ、この身を盾にしてでもアーサー王には汚れ一つ付けさせはしない」

 

 ランスロットはそう言うと旅の準備のために扉から出て行った。トリスタンはランスロットが王の護衛であれば心配は無いであろうと胸を撫で下ろす。

 ケイもランスロットに続き部屋から出て行こうとしたが足を止めると振り返って大きな声で独り言を口にする。

 

 「さーて俺も任務に行くかな、この人手の足りない時に部屋でゆっくり出来る奴らが羨ましいぜ。」

 

 ケイはガウェインとモードレッドの方に再び視線を送る。

 

 「王様の護衛もランスロットが同行するなら心配は無いだろうな、逆に人数が居ても味方同士で戦う馬鹿が居たらかえって王様の命が危なくなる。馬鹿は部屋でおとなしくしてるのが一番ってことだ」

 

 ケイは嫌味たっぷりで皮肉を言うと笑いながら部屋を後にした。

 

 「今なら奴を痛い目に合わせるためならお前とでも手を組めそうだ」

 

 「奇遇だなガウェイン、俺様も同意見だぜ」

 

 ガウェインの言葉にモードレッドはケイの後姿を睨み付けながら同意した。

 それを見ていたトリスタンは関心するようにその状況を眺めていた。ケイの言動でいがみ合っていた二人の怒りはケイへと移った、ケイが憎まれ役を買って出たことで二人の間の亀裂がこれ以上は広がらないようにしたのだろうとトリスタンは察した。

 いや、もしかしたらケイは本当に何も考えずに嫌味を言っただけではなかろうか、普段のケイの言動を思い浮かべるとトリスタンはそんな疑問が頭を掠(かす)めたが考えないようにした。

 トリスタンは自分の周りに居る者たちを好きでいた。合う者、合わぬ者と居るが尊敬するアーサー王と円卓の騎士たちとこれからも居られることを望んだ。悲しみの子と名付けられた自分がそんな考えを持っていることにトリスタンは自嘲(じちょう)した。

 

 「何が可笑しいんだ」

 

 ガウェインとモードレッドが同時に言葉にする、トリスタンが自嘲して笑ったのをケイの嫌味で自分たちを笑ったのだと勘違いしたのだ。

 トリスタンは二人の怒りの矛先が自分に向かったらたまらないと扉から出て部屋を後にした。アーサー王の赦しが出るまで大人しくしておこう、そう考えてトリスタンは自室の椅子に座り気長に待つことにした。



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2-8 出立

 士郎は突如アーサー王に呼び出された。その理由は敵を探索する部隊の一人に士郎も同行してほしいとのことをアーサー王から告げられた。

 士郎はセイバー(アーサー王)の力になれるのならと二つ返事で了承した。

 しかしその場に居合わせた円卓の騎士の一人、アグラヴェインが猛反対をした。

 アグラヴェインは未だに士郎を信用していなかった、それだけでなく敵の内通者でないかと未だにアグラヴェインは考えていた。

 その場には他にランスロットとケイも居た、ランスロットも士郎を信用はしていなかったがアーサー王が決めたことにランスロットは口出しする気はなかった。

 

 「まあお前の心配も当然だがランスロットも同行するし他の兵士も居るんだ、万が一も在り得んさ」

 

 以外なことにケイが士郎を同行することに助け舟を出した。しかし、アグラヴェインの態度は頑(かたく)なであった。

 アーサー王が言ったことを撤回するハズが無い、だが今回はアグラヴェインも引かなかった。ケイもランスロットも仮に士郎が敵であったとしてもアーサー王の身に何か起こるなど万が一にも在り得ないと分かっていた。しかし、その万が一在り得ないことでさえ考慮するのがアグラヴェインという男であった。

 アグラヴェインの性格は良く言えば真面目、悪く言えば融通の利かない堅物である。その性格ゆえに円卓の騎士内でも彼を好かない者は多かった。

 

 「どうしてもその者を連れて行くというのなら、私も同行することをお許しください陛下」

 

 アグラヴェインの申し出にアーサー王は少し考える素振りを見せた、しかしアーサー王はアグラヴェインの申し出を受け入れて自身の護衛に加えることにした。

 アーサー王の言葉を聞いたケイが慌てて反対をする、アグラヴェインは国を運営するのに様々なことをしていた。物資調達や手配、それだけでなく目まぐるしい仕事を一人でこなしている。アグラヴェインが一人が居ないだけで国の機能が二~三割は低下すると言う批評家まで居る程であった。

 現在任務でキャメロットとに居ない者、謹慎処分を言い渡された者、その上アグラヴェインまでキャメロットから離れればその負担で自分が寝る暇すら無くなることをケイには分かっていた。

 

 「一時間後に出立する、各自急いで用意をしろ」

 

 アーサー王はケイの反対を無視して号令を出すと玉座から立ち上がり扉から出て行った。それに続いて士郎、ランスロット、アグラヴェインも扉から出て行きケイは一人その場に取り残された。

 ケイは天井を見上げて呟く、今回の騒動で一番の貧乏くじを引いたのは自分だろうと。

 

 

 アーサー王の命令からまだ三十分も経ってはいなかったが皆準備を済ませて城の外でアーサー王が出て来るのを待機していた。そして程なくしてアーサー王が現れると予定より早いがアーサー王が出立の号令を出す。

 人数は全部で百人、馬は三十頭用意され残りの者は歩兵として徒歩で行軍しなくてはならなかった。幸運なことに士郎にも馬は用意されていた。

 しかし現代で生きてきた士郎に馬に乗る機会などそうあろうハズも無く士郎は困惑の表情をする。士郎が馬に乗れぬことを気付く者は無く士郎は気まずそうにセイバー(アーサー王)に自分が馬に乗れないことを打ち明けた。

 

 「そうか」

 

 アーサー王はそう言うと士郎に手を差し伸べて言った、客人を歩かせる訳にはゆかぬであろう。士郎はセイバー(アーサー王)の手を取ろうとしたがアグラヴェインがそれを邪魔する。

 

 「陛下と同じ馬に騎乗するなど許されることではありません」

 

 アグラヴェインがそう言うとアーサー王は他に誰が士郎を乗せるのかと問うた。鎧を着込んでいる状態で他の者を馬に乗せたいと思う者は居ないであろう、それならば士郎の動向を提案した自分の馬に乗せるべきであろうとアーサー王はアグラヴェインを諭した。

 

 「陛下の馬に乗せるくらいならば我が馬に乗せましょう」

 

 アグラヴェインは嫌そうにそう提案した。それならばとアーサー王はあっさりとその提案を受け入れた。

 アグラヴェインは嫌そうに士郎を自分の馬へと乗せる、士郎もアグラヴェインと同じ馬に騎乗するなど遠慮したかったが拒否出来る立場でもないため仕方なく受け入れた。

 こうして士郎にとって地獄のようなアグラヴェインとの馬の騎乗は二日間にも及ぶのであった。



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2-9 敵の痕跡

 士郎を含むアーサー王一行は小休止を挟みながら丸二日間掛けてとある地点まで辿り着くと其処には鎧を着込んだ男が二人居た。

 その男たちはアーサー王を目視すると片膝を地面に着けて仰々しく頭を下げてアーサー王が近づいて来るのを待った。その男たちは敵を追跡している円卓の騎士の一人であるベディヴィエールの部下の兵士であった。

 

 「良い、顔を上げよ」

 

 アーサー王の赦しが出ると男たちは顔を上げてこれまでの経過をアーサー王に報告した。

 襲撃をしてきた二人組の敵はこの付近で別れると別々の逃走ルートをとったようである、ベディヴィエールは少数である自身の隊を分けることを危険と考えて敵の片方の追跡に専念することにした。そしてもう片方の敵を後から来るアーサー王に任せたのだ。

 報告を済ませるとベディヴィエールの部下たちはベディヴィエールのもとに駆けつけようとその場を後にしようとした、それをアーサー王が呼び止める。

 

 「ベディヴィエールの隊は少数であろう? こちらの隊の半数をベディヴィエールのもとへ向かわせる、その先導をせよ」

 

 アーサー王はベディヴィエールの部下たちにそう告げたが部下の兵士たちはそれを拒否した。

 

 「ベディヴィエール様はアーサー王が自身の護衛の兵をこちら側に割(さ)こうとしても必要ないと伝えるように言われています。

  我らも必要であればアーサー王と共に行けと言われています、しかし我らは死ぬときはベディヴィエール様と共に逝きたいと思います。どうか我らだけベディヴィエール様のもとへ行くことをお許しください。王様」

 

 ベディヴィエールの部下たちの言葉を聞いてアグラヴェインは無言で頷いた。自分がベディヴィエールの立場でも同じことをしたであろう、その行動に同じ円卓の騎士の一人としてアグラヴェインは心中で敬意の念を払った。

 しかし、アーサー王はそれを良しとはしなかった。

 

 「ならぬ、王である私の命令だ」

 

 アーサー王とベディヴィエールの隊では十倍近い数の差である、片方が王の率いる隊であることを考えると当然かも知れない。しかしアーサー王はそれを許しはしなかった。

 アグラヴェインはアーサー王に考え直すように言ったがアーサー王の意見は変わらなかった、もう一人の円卓の騎士であるランスロットは黙ってその様子を傍観しているだけであった。

 アーサー王はアグラヴェインとランスロットにどちらかベディヴィエールのもとへ救援に行く気があるか尋ねた。二人は首を横に振った。

 

 「私の護衛には円卓の騎士二人が居る、そしてあのモードレッドに一太刀浴びせた士郎も居る、それでもなお百近い兵が居なければ私を守れぬと抜かす腰抜けなのかお前たちは」

 

 アーサー王の怒声が辺りに響き渡った。アーサー王は続け様に自身の隊から騎兵十五と歩兵の四十をベディヴィエールのもとへ送るように命令した。アーサー王の命令に口を挟む者はその場にはいなくなっていた。

士郎はベディヴィエールの方に兵を送る口実とはいえ、円卓の騎士の次に自分の名を出されたのには気恥ずかしさを覚えた。

 ベディヴィエールの部下の兵士二人はアーサー王に恭(うやうや)しく一礼すると増援の兵を連れて主であるベディヴィエールのもとへと向かった。

 アーサー王たちも敵の片方が逃げたと思われる方向に進路を変えて再び動きだした。

 再びの行軍に士郎は心身ともに疲弊していた、馬に相乗りしているだけの士郎であるが乗り慣れない馬に四六時中乗っているのは想像以上にしんどいものであった。

 特に目を見張るのは今回の行軍に付いて来ている歩兵たちである(もちろん行軍は歩兵に合わせたスピードだがそのスピードは鎧を着込んだ兵士の移動速度にしては大分早いものであった)。そのことに一人一人の兵士の練度(れんど)の高さが伺い知れた。

 

 「此処で一度休憩を取る」

 

 アーサー王はそう言うと歩兵は休ませた。馬に騎乗していた兵は馬から降りて馬を休みませる、馬を休ませている間に騎乗していた兵は敵の痕跡を探すために周辺の様子を探索しに行った。円卓の騎士であるランスロットとアグラヴェインも敵の手掛かりの探索に加わっていた。

 流石に王であるアーサー王は歩兵たちと一緒に休憩をしていた、客人である士郎も休憩することを許された(アグラヴェイはアーサー王と士郎が近くに居ることを快くは思わなかったが)。

 周りの歩兵はアーサー王に対して色々と気遣いを見せたが、アーサー王は自分を気にせず休むように促した。しかし、王が近くに居て気兼ねなく休むことの出来る兵士などいるハズもなかった。アーサー王は考えた末に休んでいる歩兵たちと少し距離を開けた。

 アーサー王が離れるのを見て近づこうとして兵士たちもいたが、アーサー王が気にせずに休んでいるように言うと兵士たちもその王の言葉に従った。

 アーサー王は休んでいる兵士たちから少し距離を置くと士郎を手招きして自分の近くに呼んだ。

 

 「どうしたんだセイバー、っじゃなくてアーサー王」

 

 「近くに他の者が居ない時は私のことは好きに呼べばよい」

 

 アーサー王はそう言うと士郎に質問をした。士郎は第五次聖杯戦争についてアーサー王に説明した数日後に思い出したようにアーサー王とこの世界で最初に出会った時にいた敵が逃げたのでは無く光の粒となって消えたことを話した。

 アーサー王はその様に死ぬ者など見たことが無かった、そして第五次聖杯戦争でサーヴァントと呼ばれる者たちもまた消える際に光の粒のようであったと士郎から聞かされたアーサー王は今回の敵と士郎が参加したという聖杯戦争とやらに何か関係があるのではないかと士郎を今回同行させたのであった。

 アーサー王は士郎に今回の敵について何か気付いたことはあるかと聞いたが士郎は首を横に振った。

 

 「そうか」

 

アーサー王はそう言うと少し肩を落とした様に士郎には見えた。

 士郎はセイバー(アーサー王)がそこまで安否を気に掛ける{マーリン}という男がどうしても気になり、セイバーと{マーリン}の関係についてセイバーに聞いてみることにした。

 アーサー王は少し考える素振りを見せてから口を開いた。

 

 「奴は私を王へと導いた。変な奴ではあるが私にとっては特別な存在だ」

 

 アーサー王そう言うと{マーリン}との出会いについて話し始めようとした。

 しかしその時に敵の痕跡を探していた一人の兵士が慌てて戻って来ると王に矢継ぎ早に自身が見た情報を伝えた。

 

 「敵のアジトと思わしき場所を発見しました」

 

 アーサー王は散っていた騎兵を呼び戻し歩兵たちを集めると報告をしにきた兵士の案内のもと敵の根城へと向かった。

 



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2-10 アーサー王に迫る刺客

 アーサー王たちは敵のアジトと思わしき場所に訪れたがその場に敵の姿はなかった。

 しかし敵のアジトの一つと思われる屋敷の壁には其処らかしこに紙が貼り付けられていた、その紙に書かれていたのはアーサー王についてや円卓の騎士たち、そしてアーサー王に味方している人間や敵対国について、更には一般の兵士やその配偶者や家族の事までこと細かに詳細が紙には書かれていた。

 敵は自分たちが思っていたよりも予想以上にこちら側のことを詳細に調べていたのである

 

 「ふざけた真似を」

 

 アグラヴェインは険しい顔を更に険しく、眉間にシワを寄せて自分たちの詳細が書かれている紙を睨み付けた。

 敵がこちら側のことを調べていることは分かったが敵側の情報については対して残されてはいなかった。そんな時に一人の兵士がある部屋で食べかけの食事を発見した、その残されていた食事はまだ温かく先ほどまで誰かが居たことを物語っている。まるでこちらにわざと見せつけるように。

 敵がまだ近くにいる可能性が高いと判断したアーサー王は敵の屋敷と思われる建物から外に出る、ついで騎馬隊を先に行かせて道を封鎖するように指示した。

 歩兵の兵士たちには辺りに敵が潜んでいないか調べるように指示をする、兵士は辺りの捜索に散らばった。

 アグラヴェインとランスロットも敵の探索に乗り出そうとしたが、一人はアーサー王の護衛に残る必要があった。ランスロットはアグラヴェインをチラリと見るとアグラヴェインは士郎を睨んでいる。

 アグラヴェインは士郎がアーサー王の近くにいる限りアーサー王から離れるつもりは無いだろう、ランスロットは敵の捜索に行こうとその場から離れようとした。その時。

 

 「誰だっ」

 

 ランスロットは言葉を言うよりも早く自身の剣を鞘から抜いた、剣を持つ腕に衝撃が走る。敵のアーサー王を狙った攻撃をランスロットが紙一重で防いだ。

 

 「今の一撃を防ぐとは、流石に名高き円卓の騎士と言ったところか。だが、我が目的の為にアーサー王の首を頂戴させていただく」

 

 切りかかってきた敵はそう声高に叫んだ。敵の体格は小柄で色白、ツリ目でその鋭い目には力強い意志を感じさせた。女性モノの衣服を着ていれば美女と見間違えるであろうその敵は源義経であった。

 義経はキャメロット付近でランスロットたちと戦っていた時とは格好が少し違った。履物(ゲタ)は始めから履いておらず素足、鎧は外して武具は最低限の身軽な格好である。

 義経は再度アーサー王を目掛けて襲いかかった。ランスロットが再び義経の前に立ちはだかる、義経はランスロットを大きく迂回してアーサー王の背後へと回った。そのスピードはランスロットを上回りランスロットは後手に回った。義経の刀がアーサー王に振り下ろされる。

 

 「ガァキィィィン」

 

 金属と金属がぶつかる音と共に義経が大きく後ろに吹っ飛ばされる。

 アーサー王は義経の刀が届くより早く自身の剣を抜き放ち身を守った。

アーサー王が鞘から抜いた剣は刀身が無かった。しかし、士郎と円卓の騎士である二人は知っていた、無いのではなく不可視の魔法が掛けられていて刀身が見えぬのであると。

 アーサー王程の技量を持つ者は僅かである、そして仮に同じ技量を持つ者同士の戦いになれば戦いにおいて間合いの重要度極めて高い、今のアーサー王相手に五分で戦える者などこの世で数人程度であろう。

 しかし、ランスロットとアグラヴェインは王の前に立ち敵の前に立ちはだかった。如何にアーサー王が強くとも王を前線に立たせる訳にはいかなかった。

 

 「二人は下がっていろ、敵は一人だ。私も一人で相手をするのが礼儀であろう」

 

 アーサー王と義経は剣を交えた瞬間に互いに相手に自分に似たものを感じた。

ランスロットはアーサー王の言葉に素直に従ったがアグラヴェインは拒んだ。アーサー王が負けることなど万に一つも無いであろう、それどころかアーサー王がエクスカリバーの鞘を所持している以上は傷一つ付けることすら不可能であろう。

ランスロットでなくとも他の円卓の騎士であれば素直にアーサー王の命を聞いたであろう、アグラヴェインもアーサー王の力を信じていない訳ではない。しかし、アーサー王に何かあれば全てが終わるのである、他の者が代わりに戦えるのであるならば他の者に戦わせるべきだとアグラヴェインは考えていた。

 

 「もう一度は言わぬぞ、下がれ」

 

 アーサー王は言うとアグラヴェインは仕方なく下がり戦いを傍観する立場となった。

 アグラヴェインはランスロットを憎々しげに睨んだ、ランスロットが自分に加担したところでアーサー王は意見を変える可能性は低いであろう、しかしランスロットが言えば王も意見を聞き入れるかも知れなかったのだ。

 ランスロットはアグラヴェインの怒りのこもった視線に気付いていたが無視をしてアーサー王の戦いの行方に集中した。

 

 「何故私の首を狙うのだ?」

 

 アーサー王は義経に自分を狙う理由を尋ねた。

 

 「礼には礼を持って答えるべきであろう。貴女(あなた)の質問に答えるには少々私の昔話に付き合ってもらう必要があるな」

 

 義経は自分についての昔話をその場に居る者に聞かせた。



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2-11 決着の時

 義経は数的有利でありながら自分と一対一の戦いを提供したアーサー王に対して礼を尽くすために何故命を狙うのかの説明をした。

 義経はまず自身の過去について語った、かつて共に戦った兄である頼朝(よりとも)に裏切られ自身は命を落としたのだと。その頼朝の首を切り落とすためには{選定者}という時間移動が出来る男の協力が不可欠であった、その{選定者}が協力するための提示した見返りがアーサー王を殺すことなのだと。

 

 「その{選定者}とやらは何者だ?」

 

 アーサー王を自身を狙う者について尋ねた。

 

 「さあな、知りもしなければ興味も無い。ただ分かっているのは頼朝に復讐を果たすために奴の力が必要なこと、そして奴は虫の好かぬ男であると言うことだけだ」

 

 義経は{選定者}のことについて深くは知らなかった、ただ{選定者}に対して不快感を持っている口振りであった。

 義経は話は終わりだとばかりに刀を構える、それに呼応するようにアーサー王も剣を構えた。そして戦いの火蓋は切られた。

 最初に仕掛けたのは義経だ、義経は真っ直ぐアーサー王の懐に飛び込みすれ違い様に刀を振るう。そのスピードは速く辛うじて目で追うことが出来る程である、しかしそのスピードにもアーサー王しっかり反応した。

 アーサー王は義経の一撃を剣で防ぐと反撃に出ようとした、しかし次の瞬間義経はアーサー王の背後に回っており刀を再度振るう。その攻撃もアーサー王は防ぐが義経の猛攻は止まることをしらなかった。

 縦横無尽に場を駆け巡る義経はすれ違い様に刀を振るう、速すぎる義経の動きは残像を残しまるで複数の敵と交戦しているような錯覚を起こす程であった。

 義経の速すぎる動きはアーサー王の攻撃する機会を奪った、間合いを計らせぬ不可視の剣も防戦に回ってはその利点を活かすことを出来はしなかった。

 しかし、攻撃を凌ぎ続けるアーサー王の剣が徐々に義経の動きを捉え始めた。そして次の瞬間にアーサー王の剣と義経の刀が強く衝突をした、その結果義経は後方に大きく弾け飛ばされた。

 

 「ちっ」

 

 義経は小さく舌打ちをした。

 スピードで僅かに上回っているが力ではアーサー王が上であることを義経は認めざるを得なかった。

 アーサー王から距離が離れた義経は刀を自身の目の前に掲げて目を閉じ、大きく深呼吸をするとゆっくりと目を開けた。

 義経は一連の動作で自身の集中力を高めると、低く構えて再度アーサー王に仕掛ける体制を取った。

 

 「天狗より修練を受け、磨き続けた我が力を見よ、アーサー王。≪八艘跳び≫」

 

 義経はそう言うとアーサー王に突撃した、義経のスピードは確かに先ほどよりも僅かにだが早くなったが、義経のスピードに慣れ始めたアーサー王にとっては脅威とはなり得なかった。

 しかし更に義経はスピードを上げていった、それでもアーサー王は義経の攻撃を二度、三度と防ぐ。そして四度目の義経攻撃の際にアーサー王の剣が義経の刀とぶつかり義経は空中に飛ばされた。

 身動きが効かぬ空中に身を晒した義経の着地を狙って、アーサー王は決着の一撃を打ち込もうとした。しかし、義経はまるで空中に地面でもあるかのように空気を蹴って更に加速を続ける。

 

 「!?」

 

 義経の空中からの加速にアーサー王は意表を突かれた、それでもアーサー王は義経の攻撃を何とか身を捩(よじ)って躱(かわ)す。

 義経の先ほどまでの攻撃は四方からのみであったが今は地面を除くまさに四方八方からの攻撃がアーサー王を襲う。そしてそのスピードは上がり続けていた。

 士郎はもとより義経の動きを目で捉え切れていなかったが、今のスピードはランスロットやアグラヴェインでさえ目で追い切れぬスピードとなっていた。

 その結果、義経の攻撃を剣で受け続けていたアーサー王も義経の刀が鎧に、そして皮膚や髪の数本を切りつけた。それでも義経のスピードは速さを増していく。

 

 (クソっ)

 

 そう心の中で毒づいたのは意外なことに義経であった。

 義経は自身のトップスピードに近い速さまで近づいてもアーサー王を倒すどころか深い傷を与えられていないことに焦りを覚えていた。

 義経は今のスピードを何十分も維持できないことを分かっていた、そしてトップスピードで動き続けていては攻撃に正確性がかけるのである。現に義経は焦りのせいもあるが気付いていなかった、切りつけているハズのアーサー王の皮膚から血が流れていないだけではなく、傷すらも残っていないことに。(その理由はアーサー王の持つエクスカリバーの鞘の力であることに義経は{選定者}から聞かされてはいなかった)

 

 「今だ」

 

 義経の猛攻の末にアーサー王が体勢を僅かに崩した、その隙を義経は見逃しはしなかった。義経は一撃で決めるために鎧の隙間を縫うようにアーサー王の心臓に刀を突き刺しにいった。

 しかし義経の刀がアーサー王に届く瞬間にアーサー王を身を捩ると義経の刀はアーサー王の脇腹へと刺さった。

 義経は慌てて引き抜き二撃目を行おうとしたがアーサー王は力を入れると義経は刀の動きを一瞬奪われた、その瞬間にアーサー王は左手で義経の刀を掴むと自身の剣を握る右手を下へと振り下ろす動作に入った。

 

 「これで終わりだ」

 

 アーサー王がそう言った時に義経はようやく先ほどのアーサー王が見せた隙が自分を誘う罠だったと気づいた。

 義経は剣を離して距離を取ろうとしたが既に時遅くアーサー王の剣が義経へと振り下ろされた。

 義経の体から噴水のように血が吹き出し空中に赤い花が咲いた。



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2-12 源義経

 アーサー王の振り下ろされた剣によって義経は自身の血で着物が真紅に染まる。

 そして驚くことに義経の着物の下から大きな乳房が姿を現した、それを目撃した士郎は思わず、女の子? と驚きの声を上げた。

 驚いたのは士郎だけでは無くランスロットとアグラヴェインも驚きの表情を隠しきれぬ程であった。しかし、アーサー王だけは驚いた様子は無く小さな声で「やはりか」、と小さく呟いた。

 

 「まだだ…、まだ終わる訳には、いかぬ…のだ」

 

 義経はそう言うとアーサー王によって大きな深手を受けたハズが崩れ落ちるのを必死で抗う様に剣を地面に突き刺して倒れることを拒んだ。

 しかし誰が見ても明らかなように義経は戦える状態とは言えなかった。

 確かな手応えを感じたアーサー王は多少の驚きの表情を見せた、が義経の目を見ると義経を支えているモノが精神面での執念であるものが窺(うかが)えた。

 

 「それほど、頼朝とやらが憎いのか?」

 

 アーサー王は今の状態の義経が自らを支える執念である、頼朝への復讐の念を聞かずにはいられなかった。

 

 「頼朝が憎いかだと? そんな感情はとうの昔に消えたさ、今は権力のために血を分けた者さえ手にかけたあの男に憐れみすら覚えている」

 

 義経の答えは意外なものであった、義経は兄である頼朝に抱いていた憎しみは既に存在しなかったのである。

 アーサー王は義経に再度問うた、ならば何故頼朝を討つ為にそこまでの執念を燃やすのかと?

 

 「私は家臣たちにまともな禄(ほうび)を与えてやることが出来なかった。それでも彼らは最も危険な戦地へと行く私を支え戦ってくれた、そして敵である平家を打倒した彼らに待っていたのは何だと思う? 仲間の、総大将の裏切りの刃だぞ

 私は、いや私たちは民が戦火に巻き込まれない平和な世を望んだだけだったのに」

 

 義経はそう言いながら悔しさで体を震わせていた。

 義経はかつて源氏の総大将、頼朝の弟として活躍をした。強すぎる光はある者たちに濃い影を生み出したのだ、その活躍ぶりを快く思わぬ者たちは頼朝の側近たちにも多く居たのだ。

 しかし、頼朝も最初は義経の活躍を素直に喜んだ。側近たちの義経に対する悪い噂や謀反の兆しなどの戯言に耳を傾けることはなかった。

 しかし、日増しに義経の存在は大きくなっていく。次第に頼朝は義経に対して側近たちの言葉を受け入れて過酷な戦地に送ることが多くなった、しかし義経は過酷な戦地でも機転を効かして十二分の働きをし続けた。

 そして義経の存在は民衆にとって頼朝以上の存在となっていき、頼朝と義経の確執は如実に表れていったのだ。

 

 「何も与えてやることの出来なかった私に今更死んだ家臣たちに何をしてやれる、せめて仇である頼朝の首を家臣の墓に捧げてやるしかないではないか!!

  だから私は、負ける訳にはいかぬのだ」

 

 義経は自分に喝を入れると自身を支える刀を地面から引き抜き再び構える。

 アーサー王は義経の言葉と態度を見ていて気付いてしまった、義経が何より憎んでいるのは自分自身なのであると。義経が頼朝とやらに復讐をする理由は部下に対する贖罪なのだと。

 

 「済まぬが貴女(そなた)の願いを叶えてやる訳にはいかぬ、私には進まなければならぬ道があるのだ」

 

 アーサー王も剣を構える、既に戦える状況とは言えぬ義経を相手にアーサー王は微塵も油断はしていなかった。

アーサー王は知っていた、幾人もの強者と戦い続けていく中で死ぬ瞬間まで油断できぬ相手が居ることを、それは今の義経のような目に執念の光を宿す者だと。そしてアーサー王は義経の攻撃を警戒しつつ距離を詰めると剣を振り上げる、アーサー王の剣が義経の命を刈り取るその瞬間に待ったをかける声がアーサー王の剣を止めた。

 

 「待ってくれ、セイバー」

 

 それは士郎の声であった、士郎の静止の声でアーサー王の剣は義経の手前でピタリと止まった。アーサー王は士郎が何故止めたのか問うた。

 ちなみに士郎がセイバーと呼んでアーサー王が剣を止めたことにランスロットはアグラヴェインはセイバーとは誰のことなのか疑問を持った顔をしていたので、士郎は慌ててアーサー王、待ってくれと言い直した。

 士郎はアーサー王の問いに答える代わりに義経の近くへと歩みを進めた。

 

 「待て、士郎」

 

 アーサー王は士郎が義経に近づいて行くので止まる様に声で静止を促した。アーサー王は手負いである義経だが士郎を殺すことくらいは容易に出来ることは分かっていた、士郎はアーサー王の静止を無視して義経の刀の届く範囲まで近づいた。

 アーサー王は義経が士郎に攻撃を仕掛ける素振りを見せたら義経の刀が士郎へ届く前に義経の前でピタリと止めている自分の剣で義経を切り捨てようと義経の動きに注意を払った。

 

 「俺の名は衛宮士郎。義経、アンタが生きていた時代のずっと未来の日本から来た者だ」

 

 士郎は何を思ったのか義経の前で自分のことを語り出した。



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2-13 優しき将

 士郎の突然の発言に周りの者たちは何を頭のオカシイことを言っているのだと困惑の表情を浮かべた。アーサー王だけは士郎からその話を聞かされていたので驚きはしなかったが。

 

 「何をふざけたことを言っているのだ」

 

 当然士郎の言葉を信じられない義経は怒りの声を上げた。

 義経はその可笑しな発言をした士郎と名乗った若者に怒りの籠った目で睨み付け、更に罵声を浴びせようとした。しかし、士郎の目を見た義経は言葉を飲み込んだ。

 義経は士郎が自分を謀(たばか)ろうと嘘を並べているわけでは無いと士郎の真っ直ぐな瞳を見て悟った。かつて自分は同じような目を知っている、そしてその誰もが噓偽りを持つ者ではなかったことを。

 

 「信じられないかも知れない、でも信じて俺の言葉を聞いてくれ。アンタは民衆のために戦ったと言ったよな?」

 

 「そうだ、私は父の仇である清盛を討つ為に刀を握った。しかし源氏と平家の戦いで一番傷付き、色々な物を奪われていくのは普通に暮らす民衆であったのだ。

  だから私は何時しか民衆のためにと刀を振るうようになった」

 

 士郎の質問に義経は答えた。

 義経は生前の戦いで源氏側であった。そして源氏が平家を討つ大義名分の一つとして、平家にあらずんば人にあらず、その言葉の通り平家の振る舞いに民衆は苦しみ平家の没落を望む者たちもいた。

 人々の願いとばかりに源氏は平家に戦いを挑み戦争が始まった。しかし、いざ戦争が始まれば痛みは民衆(弱き者たち)を襲った。

 戦いで敗れた側の兵士たちは野盗となり村々を襲い食料や女を奪う者たちで溢れた。

 戦いを優勢に進めた源氏側でも勢力が強大になるにつれて次第に傲慢になり集落から平家打倒を口実に食料などを無理矢理徴収した。

 その様子に心を痛めた義経は民のことを考えて行動をした、その為には戦争の早期終結を第一と考えた義経の戦いは時に周りから無茶であると思われるような作戦を実行に移して多大な功績を上げる。

 

 そして戦争は源氏側が勝利を収めて義経は民衆にとっての英雄と称えられた。その存在に目を付けた時の権力者(法皇)は義経を取り込もうと画策を始めた。

 権力に興味など無い義経であったが褒美を貰えるのであれば、大して報いることの出来なかった家臣たちにその褒美を全て与えたいと思った。

 その行動が兄である頼朝の耳に入ると二人の間を壊す決定的なモノとなってしまった、義経が誤解を解く書状を送るが頼朝は聞き入れずに兄妹である義経に兵を差し向けた。そして法皇も義経の立場が危うくなると自身の保身の為に自らも義経討伐を訴えた。

 義経を逃がすために家臣たちは命掛けで奮闘するが最後には義経は悲運の最期を遂げてその生涯を閉じたのである。

 民衆のために戦い、家臣の労に報いる褒美を、そう願っただけのハズであったのに。

 そんな生前の義経のことを知ってか知らずか士郎は言葉を続ける。

 

 「俺が居た未来でも世界中が平和とは言えなかった、でも日本では明日の命を心配することのない平和な場所だった。アンタや過去の人間たちが積み上げた功績だろ」

 

 「そうか、未来の日ノ本は民が不遇に苦しむような場所ではないのだな」

 

 士郎の話を聞いた義経はどこかホッとした表情を垣間見せた。しかし、義経にとってそれ以上に大切な者たちが居た。

 

 「それならばなおのこと、私の考えに賛同して戦った家臣たちのために頼朝の首を取らねば家臣たちに申し開きできぬわ」

 

 士郎は自分以外の誰かのために戦い続ける義経がこのまま無念の内に死んで行くことをどうしても許容出来なかった。だからたとえ自分の命を危険に晒そうとも義経の刀の届く距離まで近づいて話をした、自分も命懸けで語ることで言葉が相手に少しでも届くようになるならと考えて。

 今なお傷付きながら刀を支えに立っている義経を見て士郎は湧き上がってきた言葉をそのまま吐いた。

 

 「義経、アンタの家臣たちは褒美が欲しくてアンタに従ってたのか?

  自分たちの仇を討つために義経が傷付くようなことを望むような奴らだったのか?

  俺なら幸せに生きて欲しいと願う、アンタの家臣もそうじゃないのかよ」

 

 士郎はそう言うとチラリとアーサー王の方に視線が動いた。

 義経は士郎の視線の動きで士郎の後半の言葉はアーサー王に向けて言われていると何となくであるが察した。

 

 「もう分からぬさ、死んだ者たちはもう答えてはくれぬ、だから私は…」

 

 義経は自身を支えている地面の刀を抜き構えを取る、その刀を持つ腕は小刻みに震えていた、もう刀を構える力すらまともに義経に残っていないことが窺(うかが)えた。

 義経は士郎の言葉に心を揺り動かされつつあった、しかし簡単にその言葉を受け入れられる程義経の味わってきた苦痛は軽くはなかった。

 

 「主のために死ぬは騎士の誇りであろう、悔やむことがあるとしたら主を守り切れなかったことであったろう。少なくとも我ら円卓の騎士は皆そうだ。

  東方の将よ、貴殿を見ていれば貴殿に仕えていた者たちのことも窺える、その者たちを信じられぬなど裏切り行為に等しいと思わんのか」

 

 その声は士郎たちの後方で戦いを静観していたランスロットのものであった。

 ランスロットはアグラヴェインの方をチラリと見た。

 

 「素晴らしき王に仕える騎士ならば当然だ、貴様がそれ程の器であったかどうかは知らぬがな」

 

 アグラヴェインはぶっきらぼうに言った。アーサー王に剣を向けた義経に怒りを表して皮肉交じりの言葉であったが。

 義経はランスロットとアグラヴェインの言葉を聞くと遠い昔に家臣たちとの最後が頭の中でフラッシュバックした。

 

 「義経様、貴方(あなた)様に仕えられたことが最高の宝でした。どうかご武運を」

 

 義経を逃がすために死んで行った家臣たちは皆同じようなことを口にした。死を目の前に嘘を言うことは容易では無い、家臣たちは義経に仕えたことを本当に誇りに思い死んで行ったのだ。

 

 「私にとってお前たちは最高の家臣であり、友であった。ありがとう」

 

 義経は死にゆく家臣たちを止めたかった、一緒に戦い死にたかった。しかし家臣たちはそれを望んではいなかった、拳を握り、涙を堪えて義経は家臣たちの望みである敗走を忸怩(じくじ)たる思いを押さえて選んだのだ。

 義経は家臣たちとの最後を思い出すと涙が溢れ出た。

 

 「何故、忘れていたのかな」

 

 義経はそう小さく呟く。遠い過去ゆえに時間が記憶を風化させたのか? はたまた復讐に取り憑かれた心がその記憶を封じ込めていたのか?

 しかし今はハッキリと言えた、家臣たちがこの身を砕いてまで復讐などを望んではいないことを。

 義経は士郎の方に顔を向けると願い事を申し出た。

 

 「少年、いや士郎よ。一つ願いを聞いてはくれないか?

  もしも未来の日ノ本に帰ったならば伝えて欲しい、源義経は愚かな武将であるが家臣たちは違うと。歴史に名を残す誇れる者たちであったと」

 

 「約束するよ、俺なんかが伝えなくても十分に知れ渡ってるだろうけど。

  源義経の家臣たちは素晴らしい人物だったと、そして源義経は誰よりも優しい将であったって」

 

 士郎の言葉を聞くと義経は小さく、ありがとう、そう言って刀を落とすと地面に倒れ込んだ。もう立っていることさえ限界だったのだ。

 倒れた義経の体がゆっくりと光の粒へと変わり消えようとしていた。

 義経は消えゆく前にすべきことがあると口を開いた。

 

 「アーサー王よ、私が知る{選定者}について。そしてその{選定者}が率いる敵の規模について教えよう」



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2-14 敵側の戦力

 義経の体が小さな光の粒となって少しづつ消えていく。その光景を見たランスロットとアグラヴェインは初めて見る現象に多少の戸惑いを見せた。

 アーサー王も士郎から話を聞いてはいたが、人が光の粒となっていくのを見るのは初めてであった。

 義経はもう時間が無いことを知り矢継ぎ早に話をし始めた。

 

 「私は{選定者}によってこの世界に呼び出された、その時に呼び出されたのは私を含めて七人の人間(サーヴァント)であった」

 

 義経はアーサー王に自身が知る戦力は{選定者}を含めると八人しか居ないのだと語った。

 そして召喚されたサーヴァントたちが最初は{選定者}を疑っていたが、召喚された一人がかつて{選定者}に別の時代に呼ばれて復讐を果たした者がいたことによりその場の者たちは{選定者}を信じることにした。(皆が本当に信じた訳では無かったが復讐を果たすのに他に方法が無かったからの理由も大きいが)

 そして途中から新たに一人{選定者}に協力する者が加わったと義経は話すと、そこで口を閉じて少し考える素振りを見せた。

 

 「その途中で加わった男の名前は…」

 

 義経はそこで話を切ると士郎の方をチラリと見た。

 義経は{選定者}がその男の名前を呼んでいるのを聞いていた、その男は{選定者}から様々な呼び名で呼ばれていた。

その一つに衛宮士郎という呼び名で呼ばれていたことを思い出した。そう、義経の今目の前に居る少年と同じ名前なのだ!

 義経はあの男の顔を思い出しながら目の前の少年と比較していた。

 

 (確かに面影を感じられる、しかし…)

 

 義経は心の中で葛藤していた。そして徐(おもむろ)に途中で加わった男の名前を口にした。

 

 「抑止力、もしくはアーチャーなどと{選定者}はその男を呼んでいた」

 

 義経はその男が衛宮士郎と呼ばれていたことは伏せることにした。確かに両者には似ていると感じた部分がある、しかし両者から受ける印象はまるで違った。

 目の前の少年は人の心を動かす何か特別な熱のようなものを感じる、はたまた{選定者}に協力したあの男は何か冷めた絶望を心に抱えているようであった。

 それに何より{選定者}に協力している男が目の前の少年と同じ名前であることを伝えれば、目の前の少年にあらぬ疑いが係り、迷惑が及ぶかも知れないと義経は士郎を気遣った。

 

 「敵の数はたったのそれだけなのか?」

 

 義経の話を聞いてアグラヴェインは多少驚きを見せた。まさかアーサー王と円卓の騎士を相手にそんな戦力で戦いを挑む馬鹿がこの世にいるとは思いもしなかったのだ。

 義経は既にアーサー王が一人敵を倒していて、自分も敗北した今{選定者}側の戦力は{選定者}を含めて僅か七人だと伝えた。

 そして思い出したように{マーリン}という魔術師の動きを封じ込めたが、命までは奪えず生きていることをアーサー王に話した。

 そのことを聞くとアーサー王はホッとした表情を見せた。

 

 「何故我々に情報を寄越すのだ?」

 

 アーサー王は敵である自分たちに自軍の戦力を打ち明けた義経に質問をした。

 義経は僅か顔を上げてアーサー王の方を見ると軽く微笑み言った。

 

 「家臣たちが傷付き苦しむ姿しか記憶に残っていなかった、だがその少年(士郎)がきっかけで家臣たちとの輝かしい記憶を思い出せた。その礼がわりだ」

 

 「情報、感謝する」

 

 アーサー王は凛と感謝の弁を言葉にした。

 しかしアーサー王の礼に義経は首を横に振った。義経は{選定者}に付いての大まかな情報は教えたが召喚されたサーヴァントたちの詳しい情報を義経は教えようとしなかった。

 義経はサーヴァントたちの全員ではないが数人の真名と宝具を知ってはいたが、仲間と言える間柄では無いにしても共に行動を共にした者たちを売るようなマネはしたくないとアーサー王に謝罪した。

 今度はアーサー王が首を横に振った、義経の行動をアーサー王は別に構わぬと許容した。

 

 「最後に質問しても構わないかな? アーサー王。

  権力を手にした貴女(あなた)は私欲のために権力を行使したことはあるか?」

 

 「私欲で動く王に誰が心から従う、王とは己を捨ててでも国をより良くするためにあるのだ。少なくとも私はそう思っている」

 

 義経はアーサー王の答えを聞くと消えゆく体を何とか動かし、アーサー王に頭を下げて傅(かしず)く様な格好を取った。

 

 「次に仕えるならば貴女(あなた)のような王のために戦いたものだな、アーサー王。

  偉大なる王にご武運が在らんことを」

 

 最後に義経はそう言うと光の粒となって完全に消えてしまった。

 アーサー王は義経が居た今は何も無い場所を見てポツリと呟いた。

 

 「貴女(ソナタ)のような者なら喜んで歓迎しよう」

 

 アーサー王はマントを翻(ひるがえ)して自身の馬の背に乗った。そしてアグラヴェインに散った兵士たちを呼び戻すように伝える。

 兵士たちが全員集まるとアーサー王たちは急いで城へと帰路した。敵の勢力が把握出来た現状では城に戻り敵を殲滅するための計画を練ることにしたのだ。

 しかしキャメロット城へと戻ったアーサー王は知ることになる、こちらが倒した敵の戦力以上に多大な戦力を奪われたことに。

 アーサー王が城に戻った時に聞いたのは重要人物の訃報であった。



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第裏二章 2=1 各々の思惑

 時間は戻りアーサー王が士郎、ランスロット、アグラヴェインたちを引き連れてキャメロット城から出立した日の夜のことである。

{選定者}はアーサー王の王妃であるグィネヴィアの従者として潜り込んでいた妲己の手引きでキャメロット城のある一室に訪れた、そこである人物と会うために。

 {選定者}はとある一室で女が座る対面へと座ると口を開いた。

 

 「お会い出来て光栄です。偉大なる女王であられるモーガン様」

 

 {選定者}が妲己に指示して会う段取りをした人物とはモーガンであった。

 モーガンとはアーサー王の姉であるが、同時にアーサー王を憎みその王の地位から追い落とそうとしている人物であった。

 {選定者}はアーサー王を殺す条件でモーガンへと近づき協力関係を申し込んできた。

 

 「貴様が{選定者}か。私と手を組むに値するとは到底思えないのだがな」

 

 モーガンは何処の馬の骨とも分からぬ{選定者}をまるで信用していない態度であった。

 それでもモーガンが{選定者}と会うことを了承したのは、{マーリン}をアーサー王から引き離すことに成功したという話を耳にしたからである。

 無論モーガンはその話を信じた訳ではなかった、あの{マーリン}をどうこう出来る者がこの世にそう居るとは思えなかったからだ。しかし、現在の時点で{マーリン}がアーサー王の近くから消えたことは事実である。ゆえに無駄とは思いつつもモーガンは{選定者}と会うことに決めたのだ。

 

 「{マーリン}を排除したのは貴様らしいな? ならば証拠に{マーリン}の首を持ってまいれ。そうすれば貴様の話を聞いてやろう」

 

 「申し訳ないモーガン様、{マーリン}の動きの封じ込めには成功しましたがそれが限界でして、殺すのは難しいかと」

 

 モーガンの申し入れを{選定者}はやんわりと無理であると伝えた。

 モーガンは目の前の男に失望は感じなかった、元々期待などしていなかったからだ。やはり{マーリン}が現状アーサー王のもとを離れているのは目の前の男とは関係が無いのかと、モーガンは{選定者}に興味を失いかけた。しかし、次の{選定者}の言葉にモーガンは興味を示すことになる。

 

 「{マーリン}の首を差し出すことは出来ませんが、代わりにそれに代わる者の首をモーガン様に差し出しましょう。ペリノア王の首は如何(いか)がでしょうか?」

 

 「ほー、あのペリノア王を貴様が殺すと言うのか?」

 

 {選定者}の言葉にモーガンは口の端を少し上げてニヤリと妖艶に笑った。その笑みは艶めかしく、普通の男性であればモーガンの言いなりとなっても可笑しくない程に魅力的であった。

 魔術を使った魅了(チャーム)を使用しているのではないかと疑うほどだ。もしくは元々備わっている美貌ゆえなのか? モーガンが巷の陰で魔女などと言われる原因の一つなのは間違いないことだろう。

 

 「質問でーす。ペリノア王って誰ですかしらぁん?」

 

 ここで初めて妲己が話へと加わってきた。ペリノア王という人物について知らない妲己はその凄さが全く伝わらなかった。

 

 「他国がアーサー王を脅威と捉えるのはアーサー王自身が率いる円卓の騎士という存在、そしてアーサー王を支える両翼である{マーリン}とペリノア王の二人よ」

 

 モーガンは何とはなしに妲己に説明をした。そしてついでにペリノア王が如何に邪魔な存在であるかについて話した。

 ペリノア王は円卓の騎士の顧問監督官という立ち位置であり、ペリノア王自身が一国を治める王ゆえにアーサー王とは対等な立場のように見えるが実際はアーサー王に従う者だ。

 かつてペリノア王はアーサー王と敵対関係にあり剣を交えた間柄であった、その武は凄まじく円卓の騎士たちですら容易に勝てる相手では無かったのだ。

 そしてついにペリノア王はアーサー王と直接剣を交えた結果、アーサー王が勝利を収めてペリノア王はアーサー王に下る形となったのだ。

 

 「あらぁん、結局はアーサー王に負けた相手ですのねぇん」

 

 モーガンの説明受けた妲己はペリノア王の評価はただの敗北者としか聞こえなかった。

 

 「確かにペリノア王は負けたわ、しかしアーサー王もそれ相応の代償を払うこととなったのよ」

 

 モーガンの話ではアーサー王を最強とたらしめている大きな要因は三つ武器(宝具)を有していることが大きいと語った。

 一つはエクスカリバー、そしてもう一つがロンゴミニアド、そして最後の一つが選定の剣(カリバーン)であると。

 アーサー王はペリノア王との戦いでその一つであるカリバーンを破壊されたのであった。(カリバーンは折られて武器としては使えなくなったが、未だにアーサー王の成長を止めている力は失われてはいない)

そのことからペリノア王の武の力は伺い知れた、円卓の騎士たちと同等かそれ以上であるとさえ言う者すら居た。

モーガンにとってはアーサー王に加担する邪魔者の一人であったのだ。

 

 「他の者が居ると厄介なのでペリノア王一人を呼び出して頂きたい」

 

 モーガンが妲己にペリノア王についての説明が終わると{選定者}はモーガンにペリノア王を誘き出すことを願い出た。

 

 「簡単に言ってくれるな、一国の王を単身で誘い出せとわ」

 

 「ガウェインの名を出せばそう難しいことも無いでしょう?」

 

 {選定者}の言葉にモーガンは目を細めた。

 {選定者}の言う通りガウェインの名を騙(かた)った書状を送ればペリノア王は単身でも出向いて来るであろう。何故ならばペリノア王はガウェインに対して負い目があった。

 その負い目とはガウェインの父であるロット王を殺したためである、ロット王はアーサー王と敵対したためにペリノア王は打ち取ったのだ。

 ガウェインたちは仕方のないことだと、そのことでペリノア王に対して何の恨みも抱いてはいなかったがペリノア王自身はロット王の子たちに負い目を感じていたのである。

 モーガンは{選定者}がそのことを知っていることに多少は驚いたが{選定者}の言う通りに事を進めることにした。

 

 「それではこれにて失礼させて頂きます。モーガン様」

 

 そう言って{選定者}は部屋を後にした。

 {選定者}が部屋から出て行くのを見計らって妲己はモーガンへと近寄った、そして小声でモーガンに囁いた。

 

 「では改めて聞きますが妾(わらわ)の計画に乗って下さるかしらぁん?」

 

 「いいだろう、但し貴様が{選定者}よりも使えるのであればだ。それならば貴様はアーサー王殺すために私に協力し、私は{選定者}を殺すために貴様に協力をしようではないか」

 

 妲己は{選定者}が訪れる前にモーガンにある提案を持ちかけたのだ。そう、妲己は自身を召喚した{選定者}を裏切る計画を内々に画策していたのだった。




 アーサー王(セイバー)はエクスカリバー、カリバーン、ロンゴミニアド以外にも宝具級の道具(防具など)があったみたいですがここではアーサー王が持つ宝具(武器)は有名な三つの武器のみで話を進めさせて頂きます。

 Fate版のアーサー王伝説ではカリバーン(選定の剣)が失われた理由が明確でないため、普通のアーサー王伝説のペリノア王との戦いでカリバーンが壊れたていで物語を進めて行きます。
 違和感などがある場合はご了承ください。

 ※ちなみにカリバーンが壊れた理由はアーサー王が私欲で剣を振るった為、とアーサー王伝説ではありますが、私欲でアーサー王(セイバー)が剣を振るうのは違和感が出るのでペリノア王の武力によって剣を破壊したこととなります。


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2=2 最も愚かな王

 ペリノア王のもとに一通の書状が届いた。そこには「会って話がしたい」、そう短く書いてあるのと、時間と落ち合う場所が書いてあるだけであった。

 ペリノア王はその書状の差し出し人がガウェインでなければ気にも留めずに破り捨てたであろう、しかしガウェインが本当に差し出したのであれば無視をする訳にも行くまいとペリノア王は一人出掛ける準備をした。

 

 「王よ、このような夜更けに何処へ行かれるのですか?」

 

 ペリノア王が出掛けるのを目撃した兵がペリノア王を止めようとした、しかしペリノア王は目的を語らずに兵を払いのける。兵はせめて護衛をお付けするように嘆願したが、ペリノア王は無用であるといい残すと馬に乗り一人で書状に書かれた場所へと向かった。

 馬で2~3時間駆けるとペリノア王は目的の場所へと着いた。ペリノア王は慎重に辺りの様子を窺う、約束の場所は開けた場所で伏兵などを隠すのは難しそうであることをペリノア王は確認をした。そして周りに人が潜んで居る気配も無かった。

 ペリノア王は暗闇の中に一人佇(たたず)む者が居る場所へと近づく、しかし月明かりがその者の顔を照らすとペリノア王は足を止めた。

 

 「いい度胸だ、ガウェイン卿の名を騙り私を呼び付けるとは覚悟はできているのだろうな」

 

 ペリノア王は怒りの籠った声で語り掛けた。

 月明かりが照らした男の顔はガウェインではなかった、それどころかペリノア王が見たことも無い人物であった。

 

 「初めましてペリノア王、私は{選定者}。いや、これから死ぬ貴方(あなた)には我が真名を告げるのが礼儀かな。

  我が名は……。この世で最も愚かな王様さ」

 

 {選定者}と名乗った男は自身の真名をペリノア王に告げたが、ペリノア王は初めて聞くその名にピンときてはいない様であった。

 ペリノア王にとっては相手に対した興味など無かった、ただガウェインの名を騙った愚か者に死の鉄槌を下そうと剣を引き抜いた。

 互いの剣と剣がぶつかり合う、その時ペリノア王は自身の体に妙な違和感覚えた。

 

 

 一方、{選定者}とペリノア王が戦っている場所から少し離れた位置(戦いを肉眼で見ることが出来ない程度)にモーガンと妲己と白起が居た。

 白起とは{選定者}が召喚した七騎の内の一人である。白起はかつて紀元前三百年頃の中国に居た昭襄王(しょうじょうおう)に仕えていた武人であった。

 

 「残念ですゎん、せっかく{選定者}様の戦う勇姿を拝めるチャンスですのにぃ」

 

 妲己は残念だとばかりに体を軽くくねらせて白起の方を見た。妲己は実際に{選定者}が戦うなどと信じてはいなかった、{選定者}は裏で計画を練り自身が前に出るタイプでは無いし、前線で戦う力があるとは妲己には思えなかった。

 なので妲己は{選定者}がペリノア王を討つのに隠しているであろう戦力が知りたかった、{選定者}が召喚した者たちの居場所を妲己は把握しているのでこの場に自分たち以外のサーヴァントがいないことは確認済みだ、ならば{選定者}が隠している戦力をこの機会に把握しておきたかったのだ。

 

 「ならん、{選定者}の奴が自身の戦いを見られることを嫌っているからな」

 

 白起は妲己の提案をピシャリと拒絶した。

 妲己は白起が{選定者}に絶対の忠誠を誓っているとは思えなかった、なので白起を自分側に取り込めないかと探りを入れる。

 しかし、白起は{選定者}の言うことを決して破らずに従う意思を表した。

 

 「奴に従っていれば我を自害に追い込んだ王に復讐が出来る、そして何より再び戦場を提供した{選定者}に従わぬ道理がないわ」

 

 白起は戦いの場を用意した{選定者}に不満を持ってはいなかった。妲己は自身の反旗を悟られることを嫌って、白起を自分の側に引き入れるのを断念した。

 そんな話をしている中に{選定者}が血塗れでこの場に戻ってきた。

 {選定者}は血塗れであったが自身の傷ではなく全て返り血であった、その様子を見てモーガンは{選定者}に声を掛けた。

 

 「本当にあのペリノア王を殺したのか?」

 

 「ええ、モーガン様。死体は向こうの方に転がっていますので好きに確認をしてください」

 

 {選定者}の答えにモーガンは驚きを表にした。{選定者}は血塗れだが大した傷を負っているようには見えない、ペリノア王を相手に大した傷も負わずに勝つなど円卓の騎士はおろか、アーサー王とて不可能であろう。

 モーガンは{選定者}に対して評価を改めることにした、そしてモーガンは{選定者}に手を差し出す、協力関係を了承した合図だ。

 {選定者}は片膝を着き差し出したモーガンの手に口付けをした。

 

 「モーガン様には色々と細かな協力をして貰いますが、何よりもまずアーサー王が持つエクスカリバーの鞘を排除して頂きたい」

 

 {選定者}の言葉を聞いたモーガンはエクスカリバーの鞘が邪魔なことはモチロン理解していた、だがアーサー王が目を離すことなど無いであろう。モーガンは難しいだろう、と答えたが{選定者}は首を横に振る。

 

 「これよりアーサー王の周りで大事件が起こるでしょう。その機に乗じてエクスカリバーの鞘を偽物にすり替えてください。

  何も心配はありません、全ては{決まっている}ことなのですから」

 

 {選定者}そう言い残すと次の作戦の準備のためとその場を後にした。妲己と白起もその後に続く。

 モーガンはペリノア王の死を確認するために戦いの後地へと移動した、其処には確かに血の海に横たわるペリノア王の死体が転がっていた。



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2=3 ペリノア王

 ペリノア王は{選定者}に負けて絶命する前に走馬灯であろうか、アーサー王と出会った時のことを思い出していた。

 ペリノア王はアーサー王と戦い敗れた、しかし、アーサー王に負けたペリノア王の心は今まで生きた中で一番と言っていいほど晴れやかであった。

 自身を打ち負かした武に驚嘆し、その気高き心に自然とペリノア王は平服した。

 

 「私の理想の実現に力を貸してはくれまいか? 老練なる王よ」

 

 アーサー王はそう言うと、ペリノア王は一回り、いや二回り以上も自身より若い王の下に就くことを了承した。

 ペリノア王はアーサー王が打診せずとも自ら下に就こうと考えていた、人並み外れた、いや人並みを超越した力と心を持つアーサー王の理想とやらの実現をその目で見たくなったのだ。

 その後ペリノア王はアーサー王のもとで多大な戦果を上げる、ペリノア王にとって唯一の楽しみはアーサー王が描く理想を見届けることあった、がそれももう出来はしない。

 

 (奴は何者なのだ?)

 

 ペリノア王は心の中で疑問を投げかけた。自身が正面から戦い敗れるなどアーサー王以来のことである、そしてアーサー王と戦った時はその強さを十分に肌で感じた。

しかし{選定者}、いや……と名乗ったあの男は決して強いとペリノア王は感じなかった、それなのに自分が負けて殺されることにペリノア王は疑問を抱かずにはいられなかった。

それにあの男は気になる言葉を最後に残した。

 

 「さようならペリノア王、何も悔やむことは無い。何故なら全ては{決まっている}ことなのだから」

 

 あの男は危険であるとペリノア王は感じた、が余計な心配であると思い直した。アーサー王と円卓の騎士たちが負けるところなど想像出来はしない、あの男が不思議な力を有していようとアーサー王は自身の理想をきっと実現するであろう。

 悔やむべきはそれを自身の目で見届けることが出来ないことだな、そう思いながらペリノア王の意識はこの世から離れて行った。二度と目覚めることの無い、深い、深い闇へと。

 

 

 ペリノア王が事切れてからしばらく後にモーガンがペリノア王の死体の場所に現れた。

 モーガンはペリノア王が死んでいることを確認すると、

 

 「アルトリアに協力などするからだ」

 

 そう言って憎きアーサー王の協力者が死んだことにモーガンは顔を歪めて愉悦(ゆえつ)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~此処から先は文字数が規定数に達しなかったための水増しですので読む必要は全くありません。

次回の更新では千文字以上書きますのでご勘弁を。



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2=4 証明するために

 {選定者}はペリノア王を殺害した後にとある一つのアジトへと戻っていた。

 其処には{選定者}の他に、エミヤ、宋江、白起の計四人が情報を共有するために集まっていた。

 まず{選定者}は仲間の一人である義経がアーサー王に討たれ、リタイアしたことを告げた。しかし、この後の計画に変更は無く必要になれば命令を下すので待機しているように{選定者}は他の者たちに伝えた。

 宋江は何か言おうとしたが思い直したのか、何も言わずにその場を後にした。

 

 「それで私の戦える戦場は何時用意してくれるんだ、{選定者}」

 

 白起は待ちきれんとばかりに{選定者}に催促をした。

 {選定者}は首を振ると時期が来ればご用意をしますと言うだけであった。不満を感じている白起に{選定者}は言葉を継ぎ足した。

 

 「円卓の騎士たちは皆化物揃いです。白起将軍と言えども一対一の戦いでは分が悪いかと、兵を率いて戦いであれば白起将軍が有利であるでしょうがね。

  残念ながら、まだ大規模な戦いは悪手となるので暫(しば)しの辛抱を」

 

 白起は不満であったが戦いにおいて動く時期を見誤れば、有利な戦いとて負けることを多くの戦(いくさ)から知っていた白起はこの時代で一番情報を有している{選定者}の意見に仕方なく従うことにした。

 

 「それとアーサー王を討てば昭襄王(しょうじょうおう)に復讐を果たすことは確かであろうな?」

 

 「モチロンお約束します。昭襄王も歴史に名と功績を残した賢王と言えるでしょう、私が殺すべき王たちの一人ですので」

 

 {選定者}の答えを聞いて納得したかは分からぬが、白起もその場を後にして次の指示を待つことにした。

 

 

 昭襄王とは、有名と言える程の王ではないかもしれないが中国において最も名高い王の一人である始皇帝(嬴政・えいせい)の二つ前の王である。

 始皇帝が誰も成し遂げたことの無い中華統一を成し遂げられたのも、昭襄王が自身の時代に国土を広げて兵力を他の六国から比べて多大に有していたからである。

 始皇帝自身の才覚もモチロンであるが、始皇帝の偉業は昭襄王の作った土台があってこそ実現したと言っても過言ではないであろう、歴史に名を残した王の一人である。

 

 

 {選定者}とエミヤは二人きりとなった、それを機にエミヤが{選定者}に話掛けた。

 

 「ペリノア王を殺したらしいな、それ程の実力がある故にアーサー王と戦っても勝てると豪語しているのか?」

 

 「アーサー王と私が戦えば必ず私が勝ちます、それは間違いない。しかし、その場に円卓の騎士が一人でも居れば私は一瞬で殺されることも、揺るぎの無い事実ですがね」

 

 エミヤは{選定者}の言い回し違和感を覚えた。アーサー王と戦おうと勝つ自信があると言うのに、円卓の騎士には歯が立たないと言っていることに。

 そしてもう一つエミヤが抱いた違和感は{選定者}に全く脅威を感じないことである。

 幾つもの戦場を経験したエミヤにとって目の前の人物が脅威になるかどうか勘が働く、しかし{選定者}を前にしてもそれが全く無いのである。

 

 「ペリノア王を殺したのは良いが、こちらも戦力を一人削られたようだな」

 

 エミヤは話題を変えてリタイアした義経のことを話した。すると{選定者}はニヤリと笑って話した。

 

 「抑止力殿ならチェスや将棋知っているでしょう、勝敗を決める絶対のルールは王を討つことです。他の駒をいくら失おうと大した問題ではない」

 

 その言葉の通りに{選定者}は自身が呼んだサーヴァントのことなど便利な道具程度にしか思ってはいなかった。

 サーヴァントたちも{選定者}のそんな考えを知ってか知らずか、忠誠心などは無く、双方は利害関係でのみ行動を共にしているだけなのであった。

 

 「おっと、モチロン抑止力殿は別ですからご安心を」

 

 {選定者}は取って付けた様な言葉をエミヤに投げたが、エミヤは無視をした。

 エミヤはもう一つ気になったことを{選定者}に質問した。それは呼んだサーヴァントたちのクラスについてだ。

 エミヤが顔を合わせたサーヴァントたちの中にはバーサーカーと思われるようなサーヴァントを見かけなかったので尋ねたのだ。

 

 「私が呼ぶサーヴァントたちには令呪とクラスなど無いんですよ。時代を渡りサーヴァントを呼んで歴史に名を残した王を殺す、その時に呼ぶサーヴァントの数はキッチリ七騎。

  今まで幾人もの王を殺したがその例が漏れたことは無いんですよ」

 

 そして{選定者}はもう一つ重要なことを話した。

 目的の王を殺すと現在呼んでいるサーヴァントは消えると、そして別の時代に渡り再びサーヴァントを呼び出す、そして呼び出すサーヴァントたちを{選定者}が選べる訳ではなくランダムなのだと。

 しかし、目的の王を殺すのに必要なサーヴァントは必ず含まれていると語った。

 

 「何故、そうまでして王を殺すんだ?」

 

 エミヤは{選定者}が執着する理由を尋ねた。

 今まで作って貼り付けた様な笑顔の{選定者}の顔が真顔になった。

 

 「歴史に愚王と称され貶められる王たちと、賢王ともてはやされる王たち、いったい何が違うと思う?」

 

 {選定者}は逆にエミヤに尋ねた。{選定者}の話し方が微妙に変わっていることにエミヤは気付いていたが、指摘をするつもりはなかった。

 エミヤは無数に答えを用意出来る問いに少し頭を悩ませて口を開こうとした、しかし{選定者}の目を見ると言葉を飲み込んだ。自分が何を答えても{選定者}は納得しないとエミヤは悟った、{選定者}が既に用意している答え以外は認めるつもりがないのだと。

 エミヤは{選定者}が喋り出すのを待った、{選定者}は早く言いたかったとばかりに早口で言葉を吐き出す。

 

  「聡明な頭脳か? 敵を打ち倒す力か? それとも崇高な心だとでも言うのか? 

そのどれでも無い、賢王と愚王を分けた物はたった一つ。

  それは{運}だけだ」

 

 エミヤは{選定者}の言葉に唖然とした、全ての責任を{運}と言う言葉に押し付けようとする{選定者}の幼稚さに。

 

 「だから私は歴史に偉大だと名を残した王を全て殺して証明しなければならない、私が劣っていたのでは無いと。全ては{運}のせいだったのだと証明をする為に」

 

 {選定者}は食って掛かる勢いでエミヤへと喋った、その今までとは違う豹変ぶりにエミヤは面を食らったがすぐに理解した、{選定者}という男の本性は今目の前で激昂している男の方なのだと。

 {選定者}は頭に血が上り冷静さを失っていることに自身で気付くと、今まで通りの表面上は相手を敬うような態度に戻った。

 

 (オカシイ、何故…)

 

 {選定者}は自身の心の内をエミヤ相手に見せてしまったことに内心戸惑った、計画が順調に進んでいることで気を緩めたのか。

 はたまたエミヤの立場上対立関係にならぬと思ってか、もしくは、エミヤ自身に自分がどこかで心を許しているとでも言うのか?

 {選定者}は自身の過去を知らない、気が付くと荒れ果てた場所で歴史に名を残した偉大な王たちを殺さなくてはならぬ、という使命にも似た感覚と自身が何者であるかを知っているだけであった。自身が知らない過去に何か理由があるのだろうか?

 {選定者}は自身も知らない過去を探ることを辞めた、それを知るべきでは無いと感じて自身を諌(いさ)めると、自分が信じることの証明のために偉大と語り継がれる王たちを殺すことだけに集中した。



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第三章 3-1 円卓会議2

 アーサー王と円卓の騎士たちは緊急会議を開いていた。

 アーサー王は義経を討った後にキャメロット城へと凱旋して待っていたのは思いもよらぬ一報であった。それはペリノア王の死の報告であった。

 その報告を受けたアーサー王はすぐに詳しい状況を調べさせると、円卓の騎士たちを急遽収集することにした。

 

 「さて、この問題をどうすべきか」

 

 アーサー王は他の者たちに意見を求めた。

 

 「待ってくれアーサー王、私は断じてそんなことをしていない」

 

 ガウェインは声を大にして広まっている噂について否定した。その噂とはペリノア王を殺害したのは他ならぬガウェインであるという噂であった。

 

 「やるなら上手くやれよなガウェイン、何なら手伝ってやったのによ」

 

 「場をわきまえよ、冗談が過ぎるぞ、ケイ」

 

 ケイが冗談でガウェインを茶化すとアーサー王は怒りの声を上げた。ケイは場を和ませる冗談だろ、と言って悪びれる様子はまるで無い。

 ケイの発言で場の空気が和むどころか更に悪くなったが、他の騎士たちはケイの言動にに馴れっこのため誰も気にする者はいなかった。

 アーサー王は改まって話を元に戻した。

 

 「無論、私もこの場に居る全員もそんなデタラメを信じている者などいない。しかし、その噂を信じる者が居ることが問題なのだ」

 

 事の発端はペリノア王の家臣が一通の手紙を見つけたことからこの噂が広まった、ペリノア王の殺害の後すぐにペリノア王の家臣たちは犯人捜しを始めた。そしてペリノア王を呼び出したと思わしき手紙が発見される、その差し出し人の名がガウェインなのであった。

 証拠というにはあまりにもお粗末なものである、しかし、ガウェインには父親であるロット王を殺されたという動機があるのが問題であった。

 ガウェインのことを知っている者であればガウェインがその様なことをするハズは無い、そう断言出来るが、ガウェインのことをよく知らぬ者ならば信じる者も出てくるのも仕方なかった。

 ペリノア王の家臣たちの大半もガウェイン卿に罪を着せる策略と見る者が大半であった、しかし少なからずガウェインに猜疑心(さいぎしん)を抱く者も居るのは事実であった。

 

 「正直無実を証明するのは難しいでしょうね、我々がガウェイン卿のアリバイを証言しようと口裏合わせだと勘繰る者は居るでしょうから」

 

 ベディヴィエールは悲しそうに話した。

 ペリノア王の死は深刻な問題を生み出していた、それはペリノア王という強大な力を持つ協力者を失ったことで近辺諸国が動き出す隙を与えかねないことである。

 ペリノア王が死んだとはいえアーサー王と円卓の騎士が居るので普通なら周辺の国は動くことは無かったであろう、問題は身内の者がペリノア王を殺したかも? ということである。

 アーサー王が率いる化物じみた力を持つ集団であろうと、内輪揉めをしているならばアーサー王討つ好機(チャンス)と考え動き出す国が出て来てもオカシクはないことが問題であった

 

 「他の国に対する防衛の兵力を暫くは強化して様子を見た方がいいかと」

 

 アグラヴェインが進言をするとアーサー王も同意してすぐに伝令を送り、各所に警備の強化を促した。

 どこか一国が仮に攻めて来たとしてもアーサー王たちならば難無く打ち払うであろう、アーサー王が危惧していたのは複数の国が同時に進軍してきた場合であった。

 流石のアーサー王と円卓の騎士たちとはいえ、複数の国を同時に相手にするのは容易では無い。そしてもう一つ気掛かりがあった。

 

 「ペリノア王を殺した人物に誰か心当たりは思い当たらぬか」

 

 アーサー王は円卓の騎士たちに質問をした。

ペリノア王を殺すことが出来る程の者など皆簡単には思い浮かばないようであった、仮にそれ程の力を持つ者ならばペリノア王を打ち取ったのにその功績を自身の名前で触れ回らずにいることも妙であった。

 ガウェインの名を騙って殺した理由があるとすればやはり自分たちの内輪揉めを装って他国が攻める機会を作りだそうとしていると考えるのが妥当であろうと話し合いで結論付けられた。

 そしてアーサー王は自身の考えを他の者に伝えた。

 

 「今回の件について私は{選定者}とやらが関わっていると睨んでいる、敵は少数だが他の国が動く時に一緒に動かれては面倒だ。

  それゆえにまず、{選定者}とやらたちを叩き潰す」

 

 アーサー王は他の者たちに高らかに宣言した。しかし問題は{選定者}率いる敵の足取りが掴めていないことである。

 敵の一人である宋江を追跡したが逃したベディヴィエールは申し訳なさそうにアーサー王に謝罪する、アーサー王はベディヴィエールに落ち度は無いと攻めることはなかった。

 現状では打開策の無い状態であるがアーサー王には何か考えがあるようであった、皆はアーサー王がその案を口にするのを神妙にして待った。

 

 「{選定者}の居所が分からぬなら誘い出すまでだ、狙いが私の首なら方法は簡単だ。私自身を囮として{選定者}を誘き出せば良い」

 

 アーサー王は自身を囮とする案を口にする、それを聞いた円卓の騎士全員がアーサー王に考え直すように話したがアーサー王は考えを変えなかった。

 アーサー王は女たちを引き連れて王の道楽で漫遊(まんゆう)しているように見せ、敵を誘い出すことにしようとしていた。

アーサー王は更に敵を誘き出し易くするために円卓の騎士たちの一切の同行を禁止した。

 

 「いくら何でもそれは危険過ぎます王よ、どうかお考え直し下さい」

 

 ベディヴィエールはアーサー王の危険な賭けに猛反対した。

 今回ばかりは円卓の騎士の全員がアーサー王の考えに反対した、円卓の騎士を一人も連れずに、しかも戦闘の出来ない女たちを連れて僅かの兵士を連れて旅をするなど無茶苦茶である。

 ペリノア王を殺したのが本当に{選定者}たちであれば、アーサー王は護衛も付けずに{選定者}側の残り七人の敵と一人戦うことになりかねないのである。

 

 「父上、俺も連れてってくれ。女たちを多く連れてあるくなら俺が紛れこんでも敵も気付かねえだろ」

 

 モードレッドは王が道楽で連れ歩く女たちの一人に潜り込んで護衛をすると言ったのだ。

 アーサー王は少し考えると、モードレッドの提案を受け入れた。ただし顔を隠して鎧などは着込まずに剣の帯刀も禁じた。

 円卓の騎士の中で女であるモードレッドが同行を許されたことにアグラヴェインはすぐさま伝令役の兵士を呼び付けると、命令を下した。

 

 「現在任務に就いているガレスに至急キャメロットまで戻るように伝えろ」

 

 円卓の騎士たちの中でモードレッドを除けばもう一人だけ女性の騎士が居た(アーサー王を女性と知る者は極僅かのため含まない)、それがガレスであった。

 アグラヴェインはガレスがキャメロットに戻って来るまで出発を遅らせるように懇願したが、アーサー王は受け入れず準備が整いしだい出立することをこの場に居る者たちに伝えた。

 アグラヴェインは何とか準備を先延ばしにして時間を稼ごうとするが、長くても二~三日が精一杯であろう。それに引き換え伝令がガレスに伝わりガレスがキャメロットにすぐに向かったとして、少なくとも十日以上はかかる距離である。

 ガレスがアーサー王の出立に間に合う可能性は皆無であった。



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3-2 士郎と謎の美少女

 士郎はアーサー王たちがキャメロット城に帰る際に、アーサー王から今回の旅での功績を労(ねぎら)うために金貨の入った袋を渡されて城下町で骨休めをしてくればどうだ、と言われて現在士郎はアーサー王が納める国の城下町のようなところで観光をしていた。

 

 「出来ればセイバーと色々と見て回りたかったんだけどな」

 

 士郎は活気がある露店を見て回りながら残念そうに愚痴を溢した。

 アーサー王たちが城に帰るとペリノア王の訃報を聞き、てんやわんやしていることなど知らずに士郎は一人観光を楽しんでいた。

 最初は案内役として兵士を一人付けられていた士郎だったが、この活気溢れる人混みの中で案内役の兵士と逸(はぐ)れてしまった。しかし士郎はたいして慌てることも無かった、この時代に飛ばされた時から言葉は通じるのでキャメロット城までの道のりは誰かに聞けば良いだろうと観光をのん気に続けていた。

 

 「見たこと無い食材だな、買って帰って調理したらセイバー喜んでくれるかな~」

 

 士郎はこの時代に来てから調理をしていなかったので久しぶりに腕を振るいたかった、そしてセイバーが自分の料理を食べる姿を想像すると士郎は嬉しくなった。食材に付いて店主に色々と聞いて買い物を終えると士郎はついでにキャメロット城までの経路を聞くとセイバーの居る城に帰ろうとした。

 しかし帰り道で士郎は人通りの少ない道を通っていると悲鳴が聞こえてきた。

 士郎は急いで女性の悲鳴が聞こえた方へと走り出す。

 

 「こいつは上玉じゃねえか、高く売り捌(さば)けそうだ」

 

 士郎が駆け付けるとフードを被った小柄な人物が柄の悪そうな三人の男たちに囲まれていた。

 先ほどの悲鳴が男たちに絡まれているフードの人物ならば女性であろう、そして男たちの会話を聞くと人攫(さら)いに連れ去られそうな現場に自分は鉢合わせたのだろうと士郎は考えた。

 

 「その子を離せ、さもなければ俺が相手になるぞ」

 

 士郎は人攫いと思わしき男たちにそう言い放った。

 男たちは自分たちの邪魔をしにきた士郎の方に振り返る、士郎の姿を見た男たちは笑って士郎を馬鹿にした発言を口にする。

 男たちの中の一人がナイフの様な短剣を抜くと、士郎を侮ったのか一人で士郎に切りかかってきた。

 

 「トレース・オン」

 

 士郎は両手に剣を生製すると片方の剣で相手の剣を受け止め、もう片方の剣を握る部分で相手の顎を思い切り殴りつけた。

男は顎に強い衝撃を受けたためかその場に倒れ込む。それを見ていた残りの二人も剣を抜くと士郎に襲いかかって来た。

 士郎は襲いかかって来た男二人も難なく打ち倒すと、倒れている男たちに剣の切っ先を近付けた。

 

 「これ以上やるなら手加減するつもりはないぞ」

 

 士郎が男たちにそう言うと、男たちは捨てゼリフを吐いて慌てて士郎に背を向けて逃げて行った。

 攫われそうになっていたフードを被った女性はそれをワナワナと体を震わせて見ていた。士郎は恐怖で体を震わせているのであろうとその女性に優しく声を掛けた。

 

 「もう心配ないよ、まだ怖ければ安全な場所まで送ろうか?」

 

 士郎の言葉を聞いたフードを被った女は口をパクパクさせている、恐怖でまで上手く喋れないのであろうか? 士郎はそう思い相手が落ち着くのを待った。

 すると次の瞬間にフードを被った女は士郎の胸ぐらを掴むと自分の方へとグイと引っ張った。

 

 「何してくれてんのよアンタ、せっかく奴らのアジトまで行って一網打尽にするチャンスが台無しじゃない」

 

 士郎はてっきりお礼でも言われると思っていたので予想外の言葉に士郎は暫し固まった。

 そして相手が怒っているようなのでゴメン、と素直に謝った。

 フードを被った女は士郎が善意で助けにきたであろうことや、素直に謝罪したことでそれ以上は士郎に怒るのは理不尽と思ったのか、士郎の胸ぐらを離すと男たちが逃げて行った方向に男たちを追い掛けに行った。

 しかし途中で止まると振り返って士郎に忠告をする。

 

 「少し腕が立つからって厄介事に首を突っ込んでたら、命をそのうち落とすわよー。

  今度からは巡回してる兵士を呼びなさい、この国の兵士は皆ちゃんと鍛えてやってるんだからー」

 

 フードを被った女は大きな声で士郎にそう言うと、再び逃げた男たちの方へと走って行った。

 士郎はその姿を見送ると床に置いていた食材の袋を抱え直し、自身もセイバーの居る城へと再び帰ろうとした。しかし、十五分程歩いた帰り道で先ほど逃げたハズの男が士郎の前に立ちはだかった。

 

 「俺たちを舐めたこと後悔させてやるよ」

 

 その男はそう言うと男の仲間と思わしき柄の悪そうな男たちがぞろぞろと出てきた。

 数は十二~三人程であろうか、士郎を取り囲むと得物を取り出して今にも襲いかかってくるような雰囲気である。

 

 「痛い目に遭わないと分かんないようだな」

 

 士郎はそう言うと再び自身の魔術回路から両手に剣を作り出した。



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3-3 謎の美少女再び

 士郎は双剣を構えるとチンピラのような男の一人が士郎に襲いかかった、士郎はその男を難なく叩きのめすとそれを見て頭に血が上った仲間の男が更に二~三人士郎に襲いかかって来た。

 士郎は後続の襲いかかって来た男たちも殺さないように手加減をして叩きのめす、士郎を取り囲むチンピラたちが堰(せき)を切ったように一斉に襲いかかってこようとしたが、ボスらしき男がそれを止める。

 

 「待て、テメーら」

 

 チンピラたちのボスが倒れてる男の近くに行くと倒れてる仲間に手を差し伸べて抱き起す、そしてボスは先ほどまで倒れていた男に何か耳打ちすると他の仲間たちと同じように士郎を取り囲む輪の中に戻るように指示した。

 

 「なかなかやるじゃねえか小僧、俺様が特別に一対一(タイマン)で相手をしてやるよ」

 

 チンピラたちのボスの提案に士郎も応じた、全員を相手にするよりはずっといいと士郎は考えた。

 士郎とチンピラたちのボスが対峙をする、手下たちがそれを取り囲んで士郎に向かって野次を飛ばしながらボスの戦いを観戦していた。

 流石にボスを張るだけあってそこそこ腕は立つようである、士郎は先ほどまで相手にしていた奴らよりは若干手こずった。しかし士郎の方が力は上であるようでボスの男は士郎に押されて仲間が取り囲む輪の場所まで押し込まれた。

 ボスの男は手下から何かを受け取るのを士郎は見逃さなかった。

ボスは部下から受け取った武器を士郎に投げつけた、それは目では確認しづらい程小さな鋭利な武器、暗器であった。

 事前に攻撃を察知してなければ避けるのは難しい攻撃だが、敵の小さな行動を見逃さなかった士郎はその攻撃を避けてボスとの距離を詰めた。

 

 「今だ」

 

 ボスがそう言うと先ほど耳打ちをした男が士郎の足に飛びつき士郎の動きを止めようとした、士郎は引き剥がそうとしたがボスが士郎に剣を振り上げる、士郎は足に張り付いた敵を引き剥がすよりもボスの攻撃を先に凌(しの)ぐことを選択した。

 しかしボスの攻撃は士郎の予想外の場所を突き刺した。それは士郎の足に張り付いている部下の腕ごと士郎の足を突き刺したのだ。

 

 「ぎゃぁぁぁー」

 

 部下はボスに自分の腕を貫かれて痛みで士郎から離れて転げ回っている。

 士郎の足からも剣を突き刺された場所からドクドクと血が流れ出る、士郎はたまらず膝を地面に着けた。

 

 「小僧、テメエの足に張り付いたあのバカをすぐさま殺してれば避けれた攻撃だ。

  どれだけ腕が立とうがテメーみたいなアマちゃんは怖くねえんだよ」

 

 チンピラたちのボスは士郎が相手を殺さなかった甘さを見抜き、そこに付け込んだ戦いをしたのだ。

 ボスの男は士郎の強さを目の当たりにして全員で士郎に襲いかかっても勝てる確証を持てなかったので、より確実に士郎に攻撃を与えるために部下ごと士郎に攻撃を加える冷酷な行動を選んだ。

 

 「血生臭い戦場を経験してればそこそこ名の知れた男になってたかもな? 小僧。

  もう手遅れだけどな」

 

 ボスの男はそう言ってニヤリと笑うと見物させていた部下たちに士郎を殺すように命じた、士郎が足に大きな手傷を負った状態でもボスの男は士郎の力を脅威に感じて自身は安全なところに身を置いた。

 チンピラたちが士郎に一斉に攻撃を仕掛けてこようとしていた、足に大怪我を負った士郎は機動力を失ったためにその囲みから逃げることは難しかった。

 士郎は未だに血が流れ続けている足で無理やり立ち上がると構えを取る。しかし四方からの攻撃に手負いの士郎は追い込まれた、そして追い詰められた時にその状況を一変する人物が現れた。

 

 「いやーツイてるわね。取り逃がしたと思った誘拐グループの奴らにバッタリ会うなんてね」

 

 そこに現れたのは先ほど士郎が助けた? フードを被った少女であった。

 フードを被った少女は剣を抜くとその剣をチンピラたちに突き付けて降伏するように語り掛けた。

 しかしチンピラは小柄な少女の言うことなど聞くハズもなく、その内の一人が少女に襲いかかって来た。

 襲いかかって来たチンピラ相手に少女は剣を振るうと、チンピラの男の体は縦に一刀両断されて左右に分かれた。

 

 「誘拐された人たちの居場所を知る必要があるから、一人は生かしといてあげるけどそれ以外は抵抗するなら容赦しないわよ」

 

 少女はそう言うと一刀両断したチンピラの返り血が顔にまでかかったので、返り血を手で拭った。その際に少女のフードが外れて少女の顔が見えた。

 少女の顔はまだ幼く士郎と同じくらいか、士郎よりも若いくらいであった。

 その少女の顔を見たチンピラたちのボスは顔色を変える、そして背を向けると部下たちを置いて走って逃げようとした。

 それを見た少女は剣を振るう、少女が振った剣はその風圧で地面を割りその斬撃はボスの横を通り過ぎて遠く離れた壁にヒビを入れた。

 剣を振るっただけで遠く離れた壁にまでヒビを入れたその威力にボスの男は腰を抜かして命乞いをした。

 

 「た、頼む、命だけは助けてくれ」

 

 士郎相手にイキっていたボスの男は少女の顔を見るや怯(おび)える子犬のように震えている。

 部下たちはボスの様子に困惑していた、年端もいかぬ少女に従うのは癪であったがその実力とボスの様子から部下たちもおとなしく降伏した。

 少女は士郎の方に近づくと布を取り出して士郎の足を強く縛(しば)った。

 

 「今度は私が助けてあげたからこれで貸し借りは無しよね」

 

 少女はそう言うと人懐っこい笑顔でニッコリと笑った。

 少女は笛の様なモノを鳴らすと暫(しばら)くして兵士がやってきた、少女は兵士に誘拐グループのチンピラたちと士郎のことを頼むとその場を後にして何処かに行ってしまった。

 駆け付けた兵士は仲間の兵士を呼ぶとその中の一人に士郎とはぐれた案内役の兵士も居た、その兵士に士郎は肩を借りてキャメロット城へと帰路した。

 士郎は治療を受けそれが終わるとセイバー(アーサー王)に呼ばれたのでセイバーが居る部屋へと案内された。

 士郎は扉の前に立つと扉をノックする。

 

 「構わぬ、入れ」

 

 セイバーの許可する声が聞こえると士郎を部屋まで案内した兵士が扉を開けて部屋の中へと通される。

 すると部屋の中にはセイバーと円卓の騎士の面々、そして先ほど自分のピンチを救ってくれた少女も何故かその場に居た。



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3-4 円卓の花(自称)、登場

 アーサー王は士郎に今回の敵を誘い出す旅の説明をした。そしてその旅の同行に士郎も一緒に来て欲しいとアーサー王は士郎に頼んだ。

 士郎はモチロン喜んで協力するつもりでいた、セイバー(アーサー王)の力になれることを士郎は嬉しかった。しかし、士郎は気掛かりがあった、士郎はアグラヴェインの方をチラリと見る。

 アグラヴェインの顔は相変わらず仏頂面である、士郎の同行に賛成しているのか、反対しているのか表情から察することは難しかった。

 アグラヴェインは士郎のことを未だに疑ってはいたが、今回の旅は護衛が少ないことと、前回の義経を討った旅で士郎に対して若干ではあるが認めたのかアグラヴェインは士郎の同行を賛成していた。

 

 「いやー、さっき会った君が我らが王様のピンチを救って、モードレッドに手傷を負わせた客人だったなんて思いもしなかったわ。宜しくね」

 

 そう言うと先ほど自分のピンチを救った少女は士郎に握手を求めてきた。

 士郎は握手に応じたが、未だに目の前の少女が一体何者なのか分からずにいた。

 

 「ふざけんな!誰がこんな野郎に手傷を負わされるかよ、たまたま攻撃がカスッただけだ」

 

 モードレッドは少女の言葉を聞いて反論した、モードレッドは士郎にかすり傷程度とはいえ傷を負わされたことを未だに根に持っていた。

 

 「モードレッドに傷を負わせる何て円卓の私たちでも簡単じゃないよ、モードレッドの強さは皆知ってるしね」

 

 少女はそう言うとモードレッドは少し顔を赤くして、

 

 「あたりめーだ」

 

 と言って顔をソッポに向けた。先ほどのモードレッドの怒りは消えて照れ隠しで怒っているように士郎には見えた。

 どうやら少女はモードレッドの扱いに慣れている手際の良さである。

 士郎は先ほどの少女の言葉に疑問を持って少女に質問をした。

 

 「私たち円卓の騎士ってことは、まさか君も?」

 

 「あれ? まだ自己紹介してなかったっけ、私は円卓の騎士の花。ことガレスよ、気軽にガレスちゃんて呼んでいいからね」

 

 士郎は目の前の自分よりも若そうな少女が円卓の騎士の一人であることに驚きを露(あらわ)にした。

 そして今回の{選定者}とやらを誘き出す旅に同行する円卓の騎士がモードレッドだけでないことに士郎は少し安堵した。

 士郎はモードレッドに警戒を怠らないようにしていた、セイバー(アーサー王)に刃を向ける反逆の騎士、しかしその警戒心とは裏腹にモードレッドがセイバーに剣を向ける様子などまるで無かった。

 

 「それにしても早く戻って来たよなガレス。アグラヴェインの野郎の話じゃキャメロットに戻って来るのは十日以上かかるなんて言ってたからな、アグラヴェインの言うことも当てになんねえよなあ」

 

 「えっ」

 

 モードレッドは口うるさく融通の利かないアグラヴェインを嫌っていた、そのアグラヴェインの言うことが間違っていたのが嬉しくてたまらない様子でガレスに話を振った。

 ガレスはモードレッドの言葉にあからさまにギクリとした態度を取った。

 

 「確かに大分早い戻りであったな、任務に赴(おもむ)いた場所からは距離がかなりあったハズだが?」

 

 アーサー王はモードレッドの言葉を聞いて疑問に思いガレスに質問をした。

 ガレスはサッと目を横に逸らした。

 

 「いやー、虫の知らせと言いますか何と言いましょうか、嫌な予感がしたような、しないような気がしたんでガヘリスに言うと任務は自分に任せてキャメロットに帰って良いと言われたのものでー」

 

 ガレスは目を逸らしたまま少し慌てた様子でアーサー王に説明をした。

 

 「ガヘリスの奴は我が弟ながら頼りになる奴だからな、何でもやってくれる奴だ」

 

 ガウェインはガレスに同意すると自身の弟であるガヘリスのことを褒めた。

 しかし、その様子を見て他の騎士たちは状況を理解した。ガレスは任務に飽きたので適当に理由を付けてガヘリスに全て押し付けてキャメロットに勝手に帰ってきたのであると。

 

 「ガレス卿はガウェイン卿の妹なんです。

  そしてガヘリス卿とはガレス卿の兄でガウェイン卿の弟なんです」

 

 事態をあまり飲み込めない士郎にベディヴィエールは優しく耳元で説明をした。

 ガレスは兄であるガウェインと兄妹だけあって性格が少し似ているのだと、逆に同じ兄弟であるガヘリスは寡黙で二人とは性格が真逆であるとのことらしい。

 ガレスは自由奔放、天真爛漫で少し我儘(わがまま)のように見えたりするが、誰もよりも優しく、円卓の騎士たちの中で彼女を嫌う者は皆無であると。

 むしろ円卓の騎士たちの中で諍(いさか)いは珍しくなく、騎士同士の衝突も不思議と彼女が居ると諍いを鎮静してくれる円卓の騎士の中のムードメーカーの様な欠かすこと出来ない一人なのだとベディヴィエールは士郎に説明をした。

 

 

 

 一方、遠い地で任務に就いているガヘリスはうなだれていた。

 任務の打ち合わせをする為にガレスの所に行くとその姿が見当たらないのである、そして机に置手紙が置いてあるだけであった。

 その手紙の内容は短くこう記載されていた。

 

 ~~~何も無い場所で飽きたのでキャメロットに帰ります。後の任務はお願いね。

 

                            可愛い妹より~~~

 

 「だからガレスと組むのは嫌なんだ」

 

 ガヘリスは深いため息を吐いて愚痴を溢した。

 本来は二人で当たる任務を自分一人でやらなくてはならなくなった、そして今回のようなことは珍しくなく度々のことであった。キャメロットに自分が帰れるのは大分先になるであろう。

 しかし押し付けられたとはいえキッチリと完璧に任務をこなすところにガヘリスの性格が伺い知れた。



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3-5 外なる敵と内なる敵

 {選定者}の仲間の一人である義経を討ち取ってから一週間も経たぬ内にアーサー王がまた遠征に出るとの噂は既に広まっていた。

 度重なる遠征に民の間に多少の不安も広がっていた、今までならば常勝街道を突き進むアーサー王に不安を抱く民などはいなかった(一部の民衆はアーサー王のやり方に反感を抱く層はいたが)。

 しかし、同盟国とも言えるペリノア王の死がその絶対なるアーサー王の土台を揺るがせしまったのだ。

 

 「陛下、旅の支度が整いました」

 

 アグラヴェインの深々と頭を下げてアーサー王に旅の準備が出来たことを告げる。

 

 「では後のことは任せたぞ」

 

 アーサー王は留守にする自国のことをアグラヴェインとその他の騎士たちに任せてキャメロットを後にした。

 アーサー王は五~六人兵士と二十人以上は居るであろう女たちを引き連れて出立した。

 その光景を見た者は戦いに行くのでは無く、王が娯楽に興じる旅であると一目で分かる光景である。

 アーサー王が今回の漫遊の旅に出るという情報はできうる限り伏せていた、情報を伏せることで情報に信憑性を持たせる狙いがあった。

しかし情報を完全に遮断などは出来るハズも無く、他国に、そして{選定者}たちの耳に入ることであろう。

 そしてアーサー王が私的な娯楽に現を抜かしていると分かれば必ず動き出すハズである、それこそがアーサー王の狙いであった。

 

 他国がブリテンに進軍をしたとしても国を挙げた全力の進軍では無く、アーサー王の力を計るため様子見であるとアーサー王たちは読んでいた。

国境に配備されている円卓の騎士たちが他国の軍を完膚なきまでに打ち倒すことでペリノア王無き後もアーサー王率いる円卓の騎士の力は未だ健在であると知らしめようとアーサー王は考えていた。

 そして{選定者}たちは護衛の少ないアーサー王を狙いに来るであろう、それを逆に討ち取ることで今後の憂いを払うことが出来れば今回の旅は成功したと言えるであろう。

 

 「陛下の御身は死んでも守るのだぞ」

 

 アグラヴェインは同行するモードレッドとガレスに念を押した。

 

 「テメーに言われるまでもねえ、父上は俺様が守ってみせるぜ」

 

 「前回の任務は退屈だったけど、今回は楽しめそうだなー。

えっ、大丈夫、大丈夫、ちゃんと話聞いてたよ」

 

 モードレッドはアグラヴェインの言葉にうっとおしそうに答えた、ガレスに至っては話を聞いていたのかすら怪しい反応である。

 アグラヴェインは何故護衛の役がこの二人であるのかと頭を抱えた、性格に難はあるが実力は申し分ないのだとアグラヴェインは自身に言い聞かせた。

 それに大した役に立つか分からないが士郎とかいう小僧も居る、自分は王が留守にしている間にやるべきことは山ほどある、アグラヴェインは自身がやるべきことに集中をするために不安を振り払うことにした。

 

 

 「今頃王様は美女を侍(はべ)らせてお楽しみとは羨ましい限りだ、是非俺も御一緒したかったもんだ」

 

 アーサー王たちがキャメロットを出立してから数時間後のこと、ケイはアグラヴェインに話しかけた。

 

 「陛下は御身を危険に晒して敵を炙り出そうとしているのだぞ」

 

 アグラヴェインはケイの冗談に面白みの無い返答で口にしてケイを睨んだ。

 ケイの冗談が通じないのか、はたまた冗談に付き合っている時間が無いからなのか、冷たい反応をするアグラヴェインに対してケイは首を横に振りヤレヤレだといった態度を取った。

 

 「貴殿も他国の国境の防衛の強化に向かったらどうだ? 他の奴ら(円卓の騎士)は既に皆動いているのだがな」

 

 「優秀な上官は下を上手く使うもんだろ、部下の騎士たちに仕事はほとんど任せたから心配するな。何かあれば部下たちのミスだから全部部下のせいに出来て楽なもんだ」

 

 ケイは一度として任務のミスなどを部下に押し付けたことなど無い、しかし口では思ってもいないことを口にすることが多い困り者であった。

アグラヴェインはケイの言動に深いため息を吐いた。

 アグラヴェインは堅物過ぎる性格のため他の一般兵士からも苦手な存在とされていた、逆にアグラヴェインが嫌っているのでは無く、苦手とする人物はそんなに多くはなかった。

 そんなアグラヴェインが苦手とする人物の筆頭とも言えるのが目の前に居るケイ、そしてアーサー王の旅に同行しているガレスであった。

 ガレスが苦手な理由は自由奔放でいるが愛嬌があるため誰からも好かれる、自分(アグラヴェイン)に対してもそのノリで絡んでくるので下手に嫌いになれないため、ガレスといると疲れるのである。

 そしてアーサー王の義兄であるケイは、口の悪さもさることながら全てに対して飄々としていて本心を悟らせないその言動が、相手をしていると途轍(とてつ)もなく疲れるからである。

 

 「私は喋っている時間すら惜しいのでこれで失礼する」

 

 アグラヴェインは仕事が山程あるのでケイを相手に時間と体力を無駄に使いたくなかったので、その場から逃げる様に離れようとした。

 

 「ペリノア王の送られた手紙に付いて少し話がしたかったんだがな。

ガウェインの名を騙(かた)ったとはいえ一般の人間が差出人のモノが王のもとに届くなんてそう有り得ることじゃないだろ?」

 

 ケイの言葉を聞いてアグラヴェインは足を止めた。

 アグラヴェインもペリノア王に送られた手紙に付いて疑問を抱いていた、仮にも王である人物に直接モノを届けるなど余程の権力者でもない限りは難しいであろう。

 そしてそれ程の力を持ちアーサー王を憎む人物でアグラヴェインは最初に頭に浮かんだ人物が居た。

 

 「獅子身中の虫をこれ以上野放しには出来ないだろ、モーガンのことは俺に任せろ。

  忙しい身のお前が片手間に行動を監視出来る程奴は甘い相手じゃないからな」

 

 ケイはアグラヴェインにそう言うとスタスタと歩いて行った。

 ケイの言う通りアグラヴェインはモーガンの監視を部下の兵士にさせていた、しかしそれでもペリノア王に送られた手紙に付いてモーガンが動いたなどとの報告は一切無かった。

 モーガンはペリノア王の事件に本当に関わっていないのか? それとも監視の目を掻(か)い潜って行動したのであれば、自身が片時も目を離さずに監視でもしない限りはモーガンの裏切り行為を押さえることは不可能であろうとアグラヴェインも考えていた。

 

 「陛下の最強の楯は貴殿であったな」

 

 アグラヴェインはそう呟いた。ケイは円卓の騎士の中で力で言えば上位には入れぬであろう、しかしアーサー王の危険に対してのアンテナの感度は円卓の騎士随一であろうとアグラヴェインはケイを評価していた。

 かつてモーガンは今までにもアーサー王に刺客を送っていた。その中にはアグラヴェイン自身も居たのだ。

 しかし、アーサー王のカリスマ性とでも言おうか、王の器にアグラヴェインは頭を垂れてアーサー王に忠誠を誓ったのだ(最初は国を導くお飾り程度でも構わぬと考えていたが)。

 その時自分がモーガンの刺客としてアーサー王に近づいた時に誰よりも早く自分の危険性に気付いたのは、他ならぬケイであった。

 あの時の自分に向けられたケイの殺気には寒気を覚えた、ケイが苦手な理由はあの時の自身に向けられた殺気を今でも覚えていることも理由の一つなのかも知れないなとアグラヴェインはふと思った。



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3-6 絶対なる信頼

 アーサー王たちが敵を誘き出すためにキャメロット城を出立してから丸一日が経った。

 今回の旅で士郎は一人で馬に乗っていた、急ぐ旅では無いため馬の走らせるスピードもゆっくりであるため士郎も何とか自分一人で手綱を握っていた。

 人数こそ三十人近くは居るが、男は護衛の兵士五~六人と士郎のみである。

 

 「いやー、美女に囲まれての旅という役得に居るのに浮かない顔だね、士郎」

 

 士郎をからかう様な口調でガレスが士郎に話しかけてきた。

 ガレスも他の女性と同様に踊り子が着る様な薄い布地でキラキラとしていて、フリルの様なモノが着いた衣装である。顔を半分隠してはいるが体の方は露出の多いデザインに士郎はなるべく体を直視しないように顔を背ける。

 

 「出来ることなら誰かと変わって欲しいくらいさ」

 

 士郎は疲れた声でガレスに答えた。

 昨夜は大きなテントを張り宿舎として寝泊まりをした。旅の道中は村でも無い限りはそうして寝泊まりをする、割かし何処でも寝られる士郎にとってはそれは苦にはならなかった。

 そんなことよりも士郎は客人としての待遇ということでテントを一つ与えられた、そして女性が二人士郎のテントに寄越されたのだ。

 士郎は断ったが敵が監視をどこでしているか分からないため、士郎には客人のもてなしをしなければ逆に怪しまれるため士郎は仕方なく諦めた。

 

 「では失礼しますね」

 

 そう言うと二人居る女性の片方が士郎の服を脱がそうとした。士郎は慌てて振り解(ほど)くと着替え位は自分でやると断った。

 士郎は着替えようとすると客人の世話役として寄越された二人の女性も着替えようとしたので士郎は慌てて後ろを向いた。

 着替え終えて寝ようとする士郎に世話役の二人も士郎を挟んで寄り添う様に寝ようとした。すると女性の手が士郎の体を這うように伸びる。

 

 「それでどうしましょうか士郎様?」

 

 女性たちは士郎の体を手でまさぐると士郎の要望を聞いた。

 どうやら世話役とは夜の世話も兼ねているようなのであった。士郎は慌てて、

 

 「何もしなくていいから、普通に寝てくれ頼むから」

 

 士郎の慌てた様子で世話役の女性二人に言った。

 二人はポカンとした顔でお互いを見ると、クスリと笑った。

 

 「仰せの通りに、士郎様」

 

 そう言うと世話役の女性たちは眠りに落ちた。

 士郎も寝ようとしたが寝付けず、隣に寝ている女性たちを起こさないようにテントを抜け出すとテントから余り離れないように外で寝ることにした。

 

 「こっちの方がよっぽど落ち着いて寝られそうだ」

 

 士郎はそう言うと枕だけ持ち出していたのでそれを頭に敷くと、せっかく与えられた宿舎ではなく外で一夜を明かした。

 

 

 その昨夜の話を士郎はガレスに話すとガレスは大声で笑った。

 この時代は戦争も当たり前で、それ以外でも何時命を落とすか分からない。士郎くらいの年齢であろうと女をあてがえば行為に及ぶのが普通である。

 

 「恋人でも無い相手にそんなことしようとする方がオカシイだろ」

 

 士郎がそう言うとガレスは腹を抱えて笑った。そして士郎の背中をバシバシと叩いた。

 

 「君って奴は、優しいと言うか紳士的と言うか、どことなくベディヴィエール卿に少し似ているのかもね。

  気に入ったから何かあったらアーサー王の次に優先して守って上げるよ」

 

 士郎はガレスの発言を聞くと自分の身くらいは自分で守るから、連れている女性たちを守って上げてくれと言った。

 するとガレスは今回の旅に連れている女性たちはそこそこ腕に覚えのある連中を選んでいると説明をした。

今回の旅は敵が襲撃してくる可能性の高さを考慮に入れて選出している、いざという時は逃げても良いので自身の命を優先しろとの命令をアーサー王が今回の旅に同行する女たちに伝えているとのことだ。

 

 「そんな訳だけど王様からは女性たちと士郎、君の安全を優先してくれって言われてるんだよね。まあ王様事態が私より強い上にモードレッドも王様の近くに居るしね」

 

 そう言うとガレスは先頭の方で馬に跨るアーサー王とモードレッドを指差す。

 アーサー王は隊列の先頭に居た、そしてそれに離れずピッタリとモードレッドがくっついている。

 逆に士郎とガレスは隊列の最後方、殿(しんがり)の位置に居た。ガレスは後方からの襲撃の場合に備えて後ろに配列されたのだが、士郎は最初アーサー王の近くに居ようとした、しかしモードレッドが士郎を毛嫌いした為にモードレッドから最も離れた最後方に配置されるハメになったのである。

 

 「本当にモードレッドは困った奴だよね、粗暴だし後先考えない性格だから他の騎士ともしょっちゅう険悪な関係になっちゃうんだよね。でも、思った程悪い奴じゃ無いんだよ。

  良い意味でも、悪い意味でも純真なだけなのよね」

 

 友達を庇う様な口調でガレスはモードレッドに付いて語った。

 しかし、士郎にとってモードレッドを好きになれるハズはなかった。セイバー(アーサー王)に反逆をしてセイバーを悲運な運命へと導いた悪者でしかないのである。

 士郎はモードレッドから離れているこの機会にガレスに尋ねてみることにした。

 

 「モードレッドはセイ、じゃなくてアーサー王の近くに居るけど万が一モードレッドがアーサー王の命を狙ったらどうする、殿(しんがり)は俺に任せてガレスもアーサー王の近くに居た方がいいんじゃないのか?」

 

 士郎はモードレッドがセイバーの近くに居ることが不安なので万が一に備えて、同じ円卓の一人であるガレスをセイバーの護衛としてセイバーの近くに居て欲しかった。

 しかしガレスの口からは士郎にとって意外な一言を聞くこととなった。

 

 「モードレッドがアーサー王を剣を向ける? そんなこと死んでも有り得ないわ」

 

 ガレスは先ほどまでとは違った真剣な表情に士郎は一瞬ドキリとした。

 

 「私たち円卓の騎士はアーサー王の為なら喜んで命を懸けるわ、差異はあっても皆アーサー王を尊敬し、敬愛してるから。

  特にモードレッドに至っては尊敬や敬愛と言うよりも信仰に近いくらいよ」

 

 士郎の心境を知らないガレスは士郎が下らない冗談を言っているとしか思えなかった。

 そしてその冗談はアーサー王に仕える自分たちにとって気持ちの良いモノではなかった。

 

 「私たちの中でアーサー王に刃を向ける人間は一人も居ないわ、絶対に。

  中でもモードレッドがなんて天地がひっくり返りでもしない限りわよー」

 

 ガレスは士郎に向かってそう言い放った。最初は少し怒っていた様子のガレスだったが、後半にはキャメロットに来たばかりの士郎が自分たち円卓の騎士とアーサー王の関係など知るハズないのだから仕方ないと思ってか、何時もの口調と表情に戻っていた。

 その後ガレスは士郎に取り留めのない話題を振って会話をしたが士郎の頭は考え事で一杯となり、耳から耳へ素通りするだけであった。

 

 (どういう事なんだ? 歴史に残されたモードレッドの反乱は間違いなのだろうか?

  それとも俺が知っている歴史とは違う世界に来たとでもいうのか?)

 

 士郎は頭の中で色々と考えたが答えなど分かるハズも無かった。

 ガレスの絶対の自信と今までのモードレッドの様子を見るに士郎にもモードレッドがセイバーを殺そうとするなどと考えられず、間違った歴史が伝えられたのではと士郎も頭の中で疑問を抱いた。

 

 (まあ、セイバーが自分の人生に後悔を抱くようなことにならないならそれが一番か)

 

 士郎は考えが自分の中である程度まとまるとガレスが自分に話をしていることに気付いた。士郎はガレスの次に行く場所は何々の料理が上手いなどという他愛のない会話にようやく耳を傾けると相槌を打った。



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第裏三章 3=1 平凡な少女

アーサー王(アルトリア)の姉に当たるモーガンですが、Fateではモルガンが正しい表記でした。

モーガン=モルガン

今後はモルガンと表記します。今までモーガンと書いてたのは今後はモルガンと書きますが同一人物です、既に投稿している箇所も暇な時に訂正しておきます。

ちなみにアーサー王の妻である王妃のグィネヴィアですが、Fateではギネヴィアが正しい表記のようです。

グィネヴィア=ギネヴィア

今後も気付かないで打ち間違えて投稿してしまうこともあるかも知れませんが同一人物ですので、その認識でお読みください。

混乱された方が居たら申し訳ありませんでした。


 アーサー王たちが旅立ってから数日の時間が過ぎた、皆が忙しく動き回る中でキャメロットで唯一暇を持て余している人物がいた。

 

 「はあっ、私にも何か手伝えることがあればいいのに」

 

 自分の無力を嚙み締めるように呟いたのは王妃であるギネヴィアであった。

 同じ女であるアルトリア(アーサー王)は性別を偽り、全てを捧げて民や国の為に戦うアルトリアをギネヴィアは尊敬をしていた。

 ギネヴィアはアルトリアの力になりたいと常々思っていたが、ギネヴィアには敵を打ち倒す力も、画期的な作戦を考えるような頭も持ち合わせていなかった。

 ギネヴィアは自分の無力さをアルトリアに愚痴ることもあったが、アルトリアは決まって同じ言葉を口にした。

 

 「私は十分感謝している。理想の実現の為に私の秘密を抱えて妻を演じてくれているだけで十分過ぎるくらいだ。

  本当ならば子を産み女としての幸せを与えられぬ私を許して欲しい」

 

 アルトリアはそう言ってギネヴィアに謝罪をした。

 アルトリアの理想にギネヴィアは賛同していた、その理想の実現の為に協力できることを誇らしく思う反面、何もせずにいる自分は置物と何の違いがあるのだろうと悩んでいた。

 ギネヴィアはアルトリアが理想の為に戦い生きる意味のある人生に引き替え、自分の人生はただそれを城の中から見るだけの無意味な人生と最近は思う様になり仕方なかった。

 アルトリアの秘密を守る為に誰にも相談など出来ない、アルトリア自身に話しても気を遣わせるだけだとギネヴィアは一人、自身の胸に抱え込んだ。

 

 「どうしたんでぇすー、暗い顔をして。せっかくの綺麗な顔が台無しですわぁん」

 

 ギネヴィアにそう話し掛けてきたのは最近女中として雇われた妲己という女であった。

 ギネヴィアは妲己を気に入り自分の身の周りの世話を任せる一人に任命した、働き始めてすぐに王妃の世話役になるなど女中たちの中では噂の人物となっていた(女中の噂などアーサー王や、円卓の騎士たちの耳になど届くことはなかったが)。

 

 「心配してくれてありがとう。何でも無いのよ」

 

 ギネヴィアは慌てて元気があるフリをして取り繕った。するとギネヴィアは妲己の抱えている数冊の本に目が行った。

 

 「まあ、また持ってきてくれたのね、嬉しいわ」

 

 ギネヴィアは妲己の持ってきた本に飛びついた、その本とはありがちな騎士とお姫様、もしくは騎士と普通の村娘が恋に落ちる恋愛小説のようなものであった。

 最近のギネヴィアに取っては本の中で繰り広げられる恋の物語が唯一の楽しみとなっていた。

 

 「王妃様といっても普通の女の子ですのねぇん、ギネヴィア様も」

 

 「ええ、この手の本を読むと胸がドキドキするの、まるで自分がおとぎ話の中の女性になったようで」

 

 妲己の言葉にギネヴィアは少し照れながら正直な感想を話した。

 

 「やぁっぱり女と生まれたからには全てを捨ててでも構わないと思えるような恋をしてみたいものですわぁねん」

 

 「やっぱり恋って良いモノなのかしら?」

 

 ギネヴィアは妲己に尋ねる。

 

 「当然ですわぁん、身を焦がす様な恋こそ女の最大の幸せですわぁ。って、王妃様にはアーサー王がいらっしゃるから釈迦に説法でしたわねぇ」

 

 「……ええっ、モチロンよ、愛しのアーサー様が私にはいるからねっ」

 

 妲己の言葉にギネヴィアは慌てて答えた。

 その様子を見た妲己はギネヴィアに見えないように顔を少し逸らすとニヤリと笑って自身の唇をペロリと舐めた。

 ギネヴィアの分かり易い態度に妲己は欲情する気持ちを抑えきれずにいた。

 

 (可愛い小娘ですわねぇ。その汚れの知らない自身の行動が、国を亡ぼすきっかけになると知った時のこの子の顔を想像するだけで堪(たま)りませんわぁ)

 

 妲己は心の中でこれから起こる事を想像すると身震いがした。

 妲己はこれから起こる事の顛末を{選定者}から聞かされていた。そしてその作戦の為の自身の役割を、その結果ギネヴィアが自分の行(おこな)いに絶望するのか? それともたった一度の恋を神に感謝するのであろうか? 想像するだけでは我慢出来ずに妲己は早くその光景を見たくて仕方なかった。

 

 「そうですわぁギネヴィア様、少し外に出ましょうよぉ。民衆も不安がっていますしぃ王妃が城下街で民に顔を見せるだけで民は不安が減りますわぁん」

 

 妲己は色々と理由を付けてギネヴィアを外に連れ出そうとした、ギネヴィアも妲己の口車に乗せられ、自分が民の為に何か出来るならと外出することを決めた。

 そして妲己の目論見通り円卓の騎士から一人護衛を付けられることになった。その護衛の人物にランスロットが選ばれた。



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3=2 王妃の護衛役

 アグラヴェインは多忙の中で食事をする暇すらない中で、王妃であるギネヴィアが城下街を見て歩きたいと仰られています、と女中の一人から伝えられた。

 

 「この非常時に何をバカなことを」

 

 アグラヴェインは忌々し気に独り言を溢す。

 ギネヴィアが外に出るなら護衛を用意しなくてはならない、何か起こった時の為に一般の兵士だけでは不安なので円卓の騎士を一人は付けなくてはならない。

 現在の状況は国境の警備の強化の為に円卓の騎士は全員多忙を極めていた。

 

 「仕方ないだろう、ギネヴィア様も部屋に閉じこめられていれば気も滅入ってしまう」

 

 状況の報告などの為に一旦帰還していたランスロットがギネヴィアのフォローを入れる。

 

 「現在の状況でその様なことを言うなど何を考えているのだ」

 

 アグラヴェイン苛立ちながら言葉を吐いた。

これだから女という奴は、そんな言葉が出かかったがアグラヴェインは口には出さずに飲み込んだ。仮にも王妃に向かってそんな言葉を使えば問題になりかねない。

 アグラヴェインは王妃が、と言うより女性全般に対して余り良い感情を持ち合わせていなかった。

 

 「まあ仕方ないだろ、何とか調整して円卓の中から一人護衛を付けねーとな」

 

 椅子に座りながら他人事のようにケイがそう口にした。

 アグラヴェインはモルガンの監視を自分から引き継いだクセに、何故かよく暇そうにしている姿を見かけるケイをジッと睨み付けた。

 働いているように見えなくとも、仕事はキッチリとこなす男であるから心配は無用だ、そうアグラヴェインは自身に言い聞かせた。

 

 「私は悲しい、王妃の気まぐれでこれ以上忙しくなるなどとは」

 

 ランスロットと同じように一度キャメロットへと戻っていたトリスタンが嘆(なげ)いた。

 幸か不幸かこの場に円卓の騎士が四人居た、この中の誰か一人を王妃の護衛に付けて抜けた穴を他の騎士たちでフォローすることになった。

 問題は誰が王妃の護衛に付くかであった。

 

 「まあ妥当に考えるならランスロットだろうな。アグラヴェインの代わりを他の奴がやるのは難しいし、何よりアグラヴェインの仏頂面を終日見てたら王妃はかえってストレス溜まるだろうしな」

 

 ケイは笑いながらそう言うと言葉を更に続けた。

 

 「俺もやる事があるし、トリスタンみたいな根の暗い奴が一緒じゃ王妃も気の毒だ」

 

 「私は悲しい、貴方(アナタ)にそのように思われていたなんて」

 

 ケイの言葉にトリスタンは嘆いた。

 

 「私もランスロット卿が適任だと思いますよ。間違ってもケイ卿が王妃の護衛に付いたらケイ卿の口の悪さが原因で、王妃が二度と部屋から出てこなくなっても困りますしね」

 

 「言ってくれるじゃねーかトリスタン。さっきの意趣返しのつもりかよ、全く本当に根暗な奴だな」

 

 トリスタンは素直に思ったことを口にしただけであったが、ケイはトリスタン言葉を自身への嫌味と受け取った様で、ヤレヤレといった様子で首を横に振る。

 トリスタンは何か言おうとしたが口でケイに勝てる人間など国中を探しても見つからないだろうと諦めた。

 話を聞いていたランスロットとアグラヴェインも、王妃の護衛にケイだけは辞めた方がいいと思ったが、口には出さずに心に思うに留めた。

 

 「ではギネヴィア様の護衛は私が付いて行こう」

 

 「今の状況じゃ誰が何処で狙っているか分からねえ、気を付けろよ」

 

 「命に代えようとも、ギネヴィア様の身は私が守る」

 

 ケイはランスロットに忠告すると、ランスロットはその決意を言葉にした。

 もともとケイも他の二人もそれ程の心配はしていなかった、性格うんぬんを抜きにしてもこの場で王妃の護衛に付くのはランスロットかトリスタンのどちらかであろう。

 円卓の騎士の中でもランスロットの力は一~二を争う実力者だ、そして競う程の相手はガウェイン、そして過去にランスロットと互角の戦いを繰り広げたトリスタンくらいであろう。

 王妃に何かあれば大問題である、それゆえ力と性格、そして王からの信頼も厚いランスロットはこれまでも円卓の騎士の中で一番多く王妃であるギネヴィアの護衛を任されていた。

 ランスロットは数人の部下の兵士を連れるとギネヴィアの下へと向かった。

 

 

 騎士の中の騎士などと人々から称されるランスロットをアーサー王だけでなく円卓の騎士の騎士、ひいては一般の兵士たち殆どが信頼を寄せていた。

 それ故にこの先に起こることをアーサー王側の人間で予想出来た人間など一人も居なかった、仮に予想出来る人物が居たとしたらこの場に居ない{マーリン}くらいであっただろう。



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3=3 恋は突然に

 ギネヴィアは身支度を整えると自分に仕える侍女たちを数人連れてランスロットが待つ場所に歩いて向かおうとした。

 

 「本当にアナタは来なくていいの、妲己?」

 

 「申し訳ありませぇんギネヴィア様、体調が優れないので城で待機しておりますわぁん」

 

 ギネヴィアは妲己が一緒に行けないことを非常に残念そうにしていた。

 

 「ギネヴィア様ん、行く前にどうかコレをお飲みくださぁい」

 

 妲己はギネヴィアに飲み物を手渡した。

 ギネヴィアは妲己に礼を言うと渡された飲み物を飲み干した、ギネヴィアが飲み物を飲み干すのを見て妲己はニヤリと笑う。

 

 「まあ、とても美味しいわね」

 

 「ギネヴィア様のために作った特別せいですものぉん」

 

 ギネヴィアは部屋の扉を侍女が開けるとその扉から侍女たちと共にランスロットが待つ廊下へと出て行った。

 ギネヴィアが部屋から出て行くのを見送ると、妲己は小さく呟いた。

 

 「美味しいハズですわん、良薬は口に苦し、それならぁ毒はとても甘いハズぅ。それが恋へと落ちる毒なら尚更ですものねぇ」

 

 妲己はそう言うとペロリと上唇を舐めて、ニヤリと妖艶に笑う。後は自分が渡した飲み物に仕込んでいた薬の効果が表れるのを楽しみにした。

 

 

 ギネヴィアと侍女たちはランスロットとその部下たちにエスコートされて城の外にある馬車へと乗り込む。

 ランスロットは馬に乗り城下街へと繰り出した。

 馬車の中で侍女たちはハシャいでいた、護衛に付いたのがランスロットであったことに侍女たちは黄色い声を上げる。

 

 「嬉しいわ、ランスロット様が同行してくださるなんて」

 

 「あら、私はガウェイン様が良かったわ」

 

 侍女たちは円卓の騎士の中で誰が好みかで盛り上がっている。

 侍女たちの中での人気はランスロットとガウェインの二大勢力である、ランスロットのクールな感じが良いだの、ガウェインの気さくな物腰が最高だの侍女たちは楽しそうであった。

 身分違いの恋に夢見る侍女たちは興奮してか声が大きくなっていた。

 

 「ガウェイン様と結婚出来るなら死んでもいいわ」

 

 「私はランスロット様の方がいいわ」

 

 「あら、ランスロット様には既に奥様が居るじゃないのよ」

 

 「そうね、それなら一夜の関係だけでもいいわよっ」

 

 侍女たちのそんな会話を黙って聞いていたギネヴィアが此処で初めて口を開いた。

 

 「アナタたち、妻の居る方に対してまでその様な話をするなんて、淑女(レディー)としての自覚を持ちなさい」

 

 ギネヴィアは侍女たちを窘(たしな)める、すると侍女たちも王妃の前でついハシャギ過ぎたと反省して口を閉じた。

 しかし、ギネヴィアの本心ではそんな風にハシャグ侍女たちを羨ましく思っていた。自分は王妃としての立場上そんな下賤な話に加わる訳にはいかないと、本心ではそんな話を自分も誰かと出来たらと思っていたが。

 

 「私は歩いて見て周りたいんだけど、駄目かしら?」

 

 ギネヴィアは馬車から降りて自分の足で歩いて行きたいとランスロットに願い出た。

 ギネヴィアは妲己に自分の顔を馬車からでなく直接民に見せるために歩くと良いと提案していた、ギネヴィアは疑う事を知らずに妲己の言葉を信じた。

 ランスロットは警護状の理由で馬車から降りることを渋ったが、ギネヴィアにしつこくお願いをされて仕方なく折れた。

 

 「皆の者、警戒を常に怠るな」

 

 一般の厩舎(きゅうしゃ)を借りて馬を繋いで徒歩に切り替えると、ランスロットは部下たちに念を押して警戒を強めた。

 騎士団が警戒態勢で街を歩いている姿は人目を引いた、民衆は何事かと注目するとそこには王妃が歩いてる姿が目に飛び込む。

 

 「何で王妃様がこんな所に、しかも馬車にも乗らずに」

 

 「どうせ暇つぶしの物見遊山だろ」

 

 ギネヴィアが通り過ぎるのを民衆は深々と頭を下げて見送った、その陰でコソコソと話しながら。

 民たちに取ってギネヴィアは人気がある訳でも無く、かと言って嫌われている訳でも無かった。アーサー王という偉大な王の妻、その以上でも無ければ以下でも無かった。

 そんな折にランスロットは妙な視線に気付いた。様々な方向から自分たちに敵意のある視線を感じる、ランスロットは剣に手を掛けて辺りを注意深く探った。

 

 「贅沢な暮らしをしている報いを受けろー」

 

 そんな声を発しながらギネヴィアのもとに鍬(くわ)などの農作業に使う道具を持った人間が突っ込んで来た。

 襲いかかって来た暴漢の恰好はみすぼらしくボロボロの衣服などを纏(まと)っている、そして動きも訓練など受けたことのない素人の動きであった。

 ランスロットは動きから相手の力量を悟ると殺さずに暴漢たちを打ち倒した。

 

 「皆の者、王妃様を守れ」

 

 ランスロットの声を聞くと部下の兵士たちは王妃を囲むように壁となって、王妃に指一本触れられない様に陣形を取る。

 暴漢の数は何十人と居たが、ランスロットは殺す事無くに瞬く間に殆どの者を打ち倒す。

 突然の集団の暴漢が現れたことで辺りに居た民たちはその場から逃げようとパニックとなった、その際に運悪く子供が人混みに押し出されるように暴漢が襲いかかる場へと弾き出されてしまった。

 それを見たギネヴィアは自分を守る兵たちの横をすり抜けて子供のもとへと向かった、そして子供を庇うように子供に覆い被さる。

 そこに暴漢の一人が手に持つ武器をギネヴィアへと振り下ろそうとした。

 

 (もうダメっ)

 

 ギネヴィアは心の中でそう叫ぶと目をつぶりギュッと体に力を入れて子供だけでも守ろうと覚悟を決めた。

 ギネヴィアを守っていた兵士たちも、まさか自分から暴漢の前に飛び出るなどと思っていなかった為に行動が遅れる。

 そんな中誰よりも早く駆け付けたのはランスロットであった、ランスロットは暴漢の振り下ろした鍬を素手で掴み取ると、瞬時に王妃に武器を振り下した暴漢を切り捨てた。

 

 「大丈夫ですか、ギネヴィア様」

 

 ランスロットの声にギネヴィアは恐る恐る目を開ける、目の前のランスロットを見てどうやら自分をランスロットが助けてくれたのだと理解した。

 

 「ええ、ありがとうございます。ランスロット様」

 

 ギネヴィアはランスロットお礼を述べた。

 ギネヴィアが庇った子供に怪我は無かったが、余りの恐怖に礼も言わずに母の下へと走って行ってしまった。

 子供の母がギネヴィアの前に走って駆け寄ると、頭を地面に擦り付けてギネヴィアに謝罪と感謝を告げる。

 ギネヴィアは自分が勝手にやったことなので気にする事はないと母親を諭した。

 

 「ギネヴィア様、お手を怪我してますよ」

 

 ランスロットはそう言うと自身の服を破って、ギネヴィアの手へと巻いた。

 子供を庇う時にギネヴィアは手の甲を少しすりむいていた、血も出て無ければ怪我などという程のモノではなかったが。

 ふとギネヴィアはランスロットの左手が視界に入るとその手から血が出ていることに気付いた。

 ランスロットがギネヴィアを守る際に振り下ろされる鍬を素手で掴んだ為に手から血が流れていたのだ。

 

 「この様な粗末な手当てで心苦しいですが、城に戻った際にはすぐに治療をさせますので」

 

 ランスロットはそう言うと王妃に対する粗末な手当てを謝罪した。

 ギネヴィアはランスロットの方が怪我をしているのに、自身の怪我よりもずっと大したことのない自分の怪我ともいえぬ怪我を心配してくれるランスロットの紳士的な態度に胸の鼓動が早くなるのを感じた。

 ギネヴィアは先ほどまで見ていたハズのランスロットの顔から視線を逸らす、ランスロットの顔を見ているだけで今は何故か胸が高鳴り、顔が赤く、そして熱くなっていた。

 

 (私は一体どうしてしまったんだろう?)

 

 ギネヴィアは初めての経験に戸惑った。

その自身の初めての経験が恋であると知るのはもっと後になってからの事であった。



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3=4 破滅へのカウントダウン

 「ハァー」

 

 ギネヴィアは窓の外を眺めて大きなため息を吐いた。

 一週間前に城下街へと繰り出してからギネヴィアは何をしていてもランスロットの事が頭から離れなくなっていた。

 

 「やっぱり王妃様は先日の暴漢襲われた恐怖がまだ抜けないのよ」

 

 「そうよね、あの日から王妃様の様子がオカシイものね」

 

ギネヴィアの普段と違う様子に侍女たちはひそひそと小声でその原因であろう先日の出来事に付いて話していた。

 しかし、侍女たちの心配とは裏腹にギネヴィアは自身が襲われた記憶など既に頭に無く、ランスロットの顔が脳裏にチラついた。

 

 「先日の暴漢たちはアグラヴェイン様が既に処刑したんでしょ?」

 

 「ええ、そうらしいわよ」

 

 侍女たちは自分たちを襲った暴漢が処刑されたという話を耳にしていた。

 暴漢たちは捉えられるとすぐにアグラヴェインを主導として尋問が行われた。

 誰かに命令されたのか? その背後関係を探ったが有力な情報は全くと言っていいほど出てはこなかった。

 暴漢たちの正体は国の民であった、多くの者はアーサー王の命令で廃村とした村の人間たちであることから、アグラヴェインは逆恨みに近い復讐と断定すると暴漢たちを処刑して事態の収集を図った。

 

 

 アーサー王が納めるブリテンは様々な問題を現在抱えていた。

 その問題の一つが食料の問題であった。アーサー王の居るキャメロット周辺は大分マシであったが、キャメロットから離れれば離れる程に村々の状況は悲惨さを増していた。

 そんな理由も在りアーサー王は自身の目の届く範囲に民を集めて効率化を計り、少しでも餓死などといった望まぬ死者を出さぬようにと断腸の思いで村を取り潰した。

 しかし取り潰された村で生まれ、そして育った者たちの中には自分たちの村を取り潰すことを快く思わぬ者は少なからず居た。

 そしてその様な輩の中には血も涙も無い王だ、などと陰でアーサー王を悪くいう者もいたのである。

 

 

 王に対する恨みで今回の襲撃をしたと暴漢たちは供述した。

 しかし不思議なことに何故返り討ちに会うと分かり切っているような無謀な襲撃をしたのか、襲った本人たちも不思議そうにしていた。

 

 「ある女と話をしていたら王を許せないと思う感情が抑えきれなくなった。

  その女が王妃を襲えばいいと助言したんだ、するとそれはまるで神の啓示のように聞こえたんだ」

 

 ギネヴィアを襲った暴漢たちは皆、口を揃えて同じことを口にした。

 アグラヴェインはその暴漢たちが証言した女の手掛かりを探したが、何一つとしてその女に関することは分からずに終わった。

 そうして一部の謎を残つつも、一応ではあるが王妃襲撃の事態は収拾を見せた。

 

 

 ギネヴィアは裏でそんなことが起こっているとも知らずにランスロットに思いを馳せて長いため息を吐いていた。

 

 (ランスロット様は今何をしていらっしゃるのかしら)

 

 ギネヴィアは心の中でランスロットが何をしていて、何処に居るのか考えただけで胸が苦しくなった。

 ギネヴィアは気を紛らわせるために妲己が持ってきた本を読む、騎士と普通の村娘、または騎士と姫の恋の物語、そんな本を読むと知らず知らずのうちにギネヴィアは自分とランスロットを重ねて感情移入をして本を読んでいた。

 少し前までは登場するヒロインの少女に感情移入することはあっても、相手の騎士は何時も顔のぼやけたイメージしかなかったのに、今はランスロットの顔しか浮かび上がってこなかった。

 

 (私もこの本のヒロインの様になれるなら何も要らないのに)

 

 本を読み終わったギネヴィアは心の中でそんなことを思うと、一筋の涙が頬を伝ってベッドのシーツへと零(こぼ)れ落ちた。

 

 「あらあらぁ、どうしましたのギネヴィア様。何か悲しい事でもありましたのかしらん?」

 

 妲己はそう言ってギネヴィアに駆け寄った。

 ギネヴィアは最近のおかしな自分の感情に付いて妲己へと語った。

 

 「駄目ですわぁんギネヴィア様、今の話を他の誰にも言ってはいけませんわよ。

  何故ならギネヴィア様はランスロット様に恋をしてるんですものん」

 

 妲己の言葉にギネヴィアは衝撃を受けた、自分が初めて抱いた感情が恋だと知って。そして王妃の立場の自分にはそれが決して許されざることだという事実にギネヴィアはボロボロと涙を流して泣いた。

 妲己はギネヴィアを抱擁すると背中を軽くさすった、ギネヴィア声を殺して泣いた、嗚咽と涙を暫く流すと少しだけ落ち着いた。

 それでもギネヴィアの心は晴れることは無かった。

 

 「ギネヴィア様ん、どうかこれをお飲みになってください」

 

 妲己はそう言うとギネヴィアに飲み物を差し出した。

 ギネヴィアはそれを飲み干すと妲己は口の端を上げてニヤリと笑う。

 

 「ありがとう妲己、貴女(アナタ)が居てくれて本当に助けられてるわ」

 

 「とんでもごさいませんわぁ、それと一つ忠告をしますわねぇ。

溜め込み過ぎても駄目ですからランスロット様を呼んでお話をするといいですわん、でもそれ以上のラインを越えては駄目ですわよん、どうしても心が苦しい時には言ってくださいね、心が落ち着く特別な飲み物を用意しますからぁん」

 

 妲己はそう言うとギネヴィアを一人残して部屋から出て行った。

 

 「下準備は完了ですわん、あの人間たちを嗾(けしか)けたのが良い切っ掛けを作ってくれたわねん。

  一度芽吹いた恋の炎は燃え続けるだけですわぁ、それに必死に抗っても妾(わらわ)の特性のお薬の入った飲み物を口にすれば抗える人間なんていないですしねぇ♡」

 

 自分の思い通りに事が運ぶのを見て妲己上機嫌で独り言を口にした。

 

 「後は{選定者}の奴を出し抜く切り札(取っておきのカード)を用意出来れば最高ですわねん」

 

 妲己は自分が{選定者}から与えられた任務をこなすと、{選定者}の寝首を搔くための切り札は何かないかと考えるのであった。

 それからというものギネヴィアはランスロットを部屋に度々呼ぶと他愛の無い会話に胸を躍らせた。

 ランスロットも暴漢に襲われたギネヴィアの事を心配して暇を見つけてはギネヴィアのもとへと訪れる様にしていた。

 幸か不幸か、円卓の騎士たちの多忙な日々は落ち着きを取り戻しつつあった。その理由はペリノア王の死でアーサー王が納めるブリテンへと進軍をした敵国を、国境を守る円卓の騎士たちが完膚なきまでに叩いたからである。

 

 「何処が弱っていると言うのだ、あんな化物共を相手にしていられか。撤退だー」

 

 そう言って攻め入った敵国は次々と引き上げて行った。

 ブリテンの強固な守りに身をもって知った敵国の多くは自らが攻め入って貧乏クジを引くよりも、他の国が攻めて弱ったところを攻める方が利口だと考えて全軍が撤退した。

 アーサー王がキャメロットから離れて居ない状態ですらその状態のブリテンに、敵対する国の殆どが逆に今まで以上に自国の守りを固めてアーサー王たちが攻めて来ないことを願う始末であった。

 円卓の騎士たちも敵国の動きを察知すると徐々にではあるが国境の警戒を今まで通りに戻して行った。

 

 「ギネヴィア様、お加減はいかかでしょうか?」

 

 「まあ♪ ランスロット様」

 

 ランスロットがギネヴィアを訪ねるとギネヴィア嬉しそうに迎え入れた。

 ギネヴィアとランスロットの会う回数が増えて行くのを見た妲己は侍女たちにある噂を流した。

 その噂は密かに広まっていった、そしてギネヴィアとランスロットの会う回数の多さにその噂は徐々に疑惑へと変わって行くのに時間はそう掛からなかった。



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第四章 4-1 噂

 士郎はアーサー王たちと共にキャメロットへと帰って来た。

 キャメロットから出立して二ヶ月もの時間を掛けたその成果は、金品の強奪を狙った盗賊に何度か襲われたことと、そして{選定者}の仲間の一人である宋江を打ち倒した程度であった。

 {選定者}の戦力を一人削ったが、義経の時とは違い{選定者}に対して有用な情報を得られることは無かった。

 

 「うーん、ようやく我が家に帰って来た気分だわ」

 

 ガレスは伸びをしながら眠そうに士郎に話かけた。

 

 「ハハハっ、俺には我が家って感じはしないけど大分懐かしくは感じるよ」

 

 士郎はガレスとこの旅で大分打ち解けていた。

今回の旅で士郎が一番多く会話を交わしたのはガレスであった。士郎はセイバー(アーサー王)とも色々と話したかったが、モードレッドが士郎を近くに寄せ付けないようにしていたり、王と言う立場上士郎も他の人間の目を気にして気軽に話しかけられずにいた。

 それでも長い期間の旅だけあって、多少はセイバーと何気無い会話をする機会があったことを士郎は素直に嬉しかった。

 

 「お帰りなさいませ、陛下」

 

 アグラヴェインは片膝を地面に付けて跪(ひざまず)いて王の凱旋を出迎えた。

 

「私がキャメロットを離れている間に何か変わりはなかったか?」

 

 「陛下が居ない間の出来事は後で報告致します。

それよりもまず、陛下のご帰還を祝うために豪華な食事と宴を用意しておりますので」

 

 「必要ない、王と言えども現状で贅沢をする余裕があるならそれをまともに食も行き渡らぬ者たちに届けよ」

 

 アグラヴェインが用意した宴の準備をアーサー王は拒んだ。

 アグラヴェインは王が贅沢な暮らしをしてこそ民も王の権威を実感する、王が質素な生活をすべきでは無いと意見した。

 しかし、それでもアーサー王は首を縦に動かすことは無かった。

 

 「分かりました、しかし既に用意している食事は捨てる訳にもいきません。

  どうか用意された食事だけでもお召し上がりください」

 

 「分かった、しかし用意した食事の半分は城で働く者たちに振る舞え」

 

 アーサー王の言葉にアグラヴェインは素直に従った。モチロン城に居る者たちに食事振る舞う際には王の寛大なお心遣いに感謝せよと念を押したが。

 こうしてアーサー王と、今は城に居る円卓の騎士たちは食卓の席へと着いた。そして士郎もその食卓に着くことを許された。

 

 「やっとまともな食事に有り付けるー、長い旅路を頑張ったご褒美よね」

 

 ガレスは目を輝かせながら言った。

ガレスはこの二ヶ月間の旅の食事に陰で士郎に愚痴(ぐち)を言っていた、表立って文句を言えなかったのは王が文句を言わずに食べていたからである。

 王が文句を言わずに食べているモノに自分が文句を言う訳にもいかないので、ガレスは食べ物を黙って口へと運んでいた(裏で士郎にブーたれていたが)。

 士郎も旅での食事を余り旨いとは思えなかった、士郎は料理を手伝おうとしたが、客人である方にさせる訳にはいかないとやんわり断られた。

 それ以上は士郎もでしゃばったマネをしては迷惑かも知れないと思い、出された料理を黙って食べていた。

 

 「うん、美味い」

 

 「そうでしょー、そうでしょー」

 

 士郎は料理を口にすると思わず声を出した。

 ガレスは自分が作った訳でもないのに自慢げに士郎に胸を張る。

 実際に士郎が旅の最中に口にしていた食事と比べると格段に美味しかった、しかし士郎が居た時代の食と比べるとどうしても一つ物足りなさがある、士郎はセイバーにまた自分の手料理を振る舞えたらなと考えていた。

 

 「ギャーギャーうるせーぞ」

 

 モードレッドが士郎に文句を言う。

 

 「何よモードレッド、怒鳴って怒る程のことじゃないでしょ」

 

 「なんでそんな野郎の肩持つんだよ、ガレス」

 

 ガレスがモードレッドに文句を言う、するとモードレッドは士郎に味方するガレスに苛立った。そして二人が言い合いを始めてしまった。

 それを聞いていたアーサー王が静かに口を開いた。

 

 「二人とも場を弁(わきま)えよ、食事中だぞ」

 

 アーサー王の声で二人は黙ると他の円卓の騎士たち同様に静かに食事を続けた。

 食事を終えるとアーサー王はアグラヴェインを呼んで自分が留守の間に起こった近況を聞いた。

 士郎は久しぶりのまともな食事の余韻に浸るように与えられた自室に戻りゆっくりと休んだ。

 モードレッドも自室に戻り横になった、美味いモノを食べたというのにモードレッドはムカムカしていた。

 

 (何で父上(アーサー王)もガレスもあんなガキ(士郎)に良くしてやるんだよ)

 

 モードレッドは苛立ちの解消の為に剣を振るおうと自室から出て外へと向かおうとした、そこで外に向かう途中で女中たちが何やら話しているのが耳に入った。

 モードレッドはまた下らない噂話にしているんだろう、そう思って通り過ぎようとした。しかし、そこで気になることを聞き女中の一人に詰め寄った。

 

 「おい、今の話は本当か?」

 

 凄い剣幕で詰め寄るモードレッドに女中たちは怯えた。

 女中たちは下らない噂話をしていたことを必死にモードレッドに向かって謝った、しかしモードレッドに取っては先ほど自分の耳に入った言葉が聞き違いでないのかを知りたいのである。

 モードレッドは女中たちに向かって先ほど自分が耳にした言葉を口にする。

 

 「ランスロットの野郎とギネヴィアが父上に隠れて逢引(あいびき)してるってのは本当かって聞いてるんだよっ」

 

 怯えて震えている女中たちにモードレッドは苛立ちを隠しきれずに怒鳴った。

 女中たちはコクリと頷いた、そして決して自分たちが噂を流したわけでも無いし、信じてもいないのだと弁明をした。

 女中たちは自分たちが罰せられないように必死に弁明を口にするが、モードレッドの耳には入っていなかった。

 先ほどまで士郎に抱いていた苛立ちは消え、今はランスロットとギネヴィアに対しての怒りで身が震えるのをモードレッドは感じていた。



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4-2 抑えられた現場

 アグラヴェインはアーサー王が留守中の出来事を簡潔に王に報告を終えると、次の仕事の為に足早に移動していた。

 その途中の廊下でモードレッドが女中たちと揉めているのが目に飛び込んで。

 

 (何をやっているのだモードレッドの奴は)

 

 アグラヴェインは頭を抱えて胸中でボヤいた。

他の者では捌(さば)ききれない程の仕事を日々抱えているアグラヴェインは自分から面倒事に首を突っ込んだりはしないのだが、モルガンに刺客としてアーサー王に近づいたモードレッドに多少の既視感を覚えて仕方なく駆け寄る。

 

 「何を騒いでいるんだ」

 

 アグラヴェインはそう言ってモードレッドに尋ねたが、モードレッドはチラリとアグラヴェインに目をやるが無視して女中を更に問い詰めた。

 女中はモードレッドの剣幕に恐れをなして震えているだけである。

 こんな廊下で女中に迫っている姿を他の者が見れば自身の評判が更に悪くなるのは分かり切っているだろうに、アグラヴェインはモードレッドの心配をするととりあえず、モードレッドと女中を引き離そうと近づく。

 

 「ランスロットが父上を裏切ったのが本当か聞いてんだ」

 

 「私たちはただ噂を聞いただけです、事実かどうかなど」

 

 するとモードレッドと女中の言葉にアグラヴェインは体をピタリと止めた。

 あのランスロットがアーサー王を裏切る? アグラヴェインはその言葉をにわかには信じられなかった。

 アグラヴェインが状況を頭の中で整理しようと一瞬止まっていると、モードレッドは女中を突き飛ばして何処かへと向かおうと歩き出した。

 

 「なら俺様が確かめてきてやるよ」

 

 そう言ってモードレッドはランスロットか、もしくはギネヴィアのもとへと向かった。

 アグラヴェインは女中に何があったか聞いた、女中はモードレッドから解放されたが恐怖でまだ体を震わしていた。

 アグラヴェインは苛立ち声を荒げる。

 

 「さっさと言え」

 

 女中はモードレッドという恐怖からやっと解放されたのに、アグラヴェインの怖い顔で問い詰められて女中は泣きそうになりながらモードレッドに話した内容をアグラヴェインに話した。

 アグラヴェインは急いでモードレッドの後を追いかけた。

 

 (バカな、何故そんな噂が広まっていると言うのだ)

 

 女中の話ではランスロットとギネヴィアの件は噂好きの連中の間に密かに広まっているらしい。それもキャメロットの周辺だけでは無く、国中でそう言った噂を好む者たちには今や知らない者は居ないくらいであろうと。

 

 (クソッ、何故このタイミングで)

 

アグラヴェインは悔やんでいた、普段のアグラヴェインであれば城下街や村にも諜報員を派遣して情報収集をしていた。

 しかし、ここ最近は自国の情報収集するための力を全て他国への情報収集に回していた。

 その理由はペリノア王の死により他国の進軍を警戒したからだ、普段から他国への情報収集は勿論しているが、今回の様な事態ではより綿密に情報を集める必要があった。

 その為に自国の諜報員を進軍してくる可能性の高い国へと割いた、その甲斐があってか他国の進軍をいち早く察知したアグラヴェインの指示によって国境を守る円卓の騎士たちが他国の軍を自国へと深く進攻させる前に叩けた。

 

 (少しでも噂の時期がズレていればここまで広まる前に手を打てたと言うのに)

 

 アグラヴェインは噂の広まった時期がまるで自分が自国の諜報員を他国へと割いたのを見計らったような出来過ぎなタイミングに少し違和感を覚えた。

 自国の諜報員が噂を聞いていればスグにアグラヴェインの下へと届いて噂が広まる前に封じ込めもできた。

 しかしここまで広まってはただの噂とはいえ面倒になるであろうとアグラヴェインは頭を抱えた。

 

(いや、もしもその噂が本当であったら?)

 

 アグラヴェインの頭に一瞬そんな疑惑が過(よぎ)ったがスグに有り得ぬことだと否定した。あのランスロットに限って、よもやその様な馬鹿なことをしでかすハズは無いだろうと。

 そんなことを考えているとようやくモードレッドの姿をアグラヴェインは捉えた。

 モードレッドはランスロットの部屋へと行ったが誰も居なかったので、王妃が居る部屋へと向かっているところであった。

 モードレッドは王妃の部屋の前まで行くとドアを丁度開けようとしているところであった、アグラヴェインは何時もなら居るハズのドアの前の兵士が居ないことに疑問を抱いたがとりあえずモードレッドを止めようと駆け寄った。

 

 「バンっ」

 

 アグラヴェインは間に合わずにモードレッドが勢いよく王妃であるギネヴィアの部屋の扉を開ける音が響いた。

 そこでモードレッドとアグラヴェインの目に飛び込んで来たのは、ギネヴィアとランスロットが口付けを交わしている姿であった。



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4-3 抑えきれぬこの思い

 アーサー王の帰還を祝っての会食を終えるとランスロットはギネヴィアに呼ばれていたので、ギネヴィアの部屋へと訪れてた。

 ギネヴィアはアーサー王の無事の帰還を喜んだ、しかし素直に喜べない気持ちも僅かにあった。

 

 (もうランスロット様とこうした頻度で会うことは出来ないかも知れないわね)

 

 ギネヴィアはアーサー王が戻って来た以上はこれ以上ランスロットと度々二人きりで会うことは辞めなければならないと考えていた。

 最後にまた二人で他愛のない話をしてこの気持ちを胸の奥に閉まって生きよう、そうギネヴィアは決意した。

 しかし、自分自身でこの胸の中で高鳴る感情を抑える自身が無かったギネヴィアは妲己から渡された薬を飲んだ。

 

 (これで大丈夫、私の初めての恋は打ち明けること無く終わりにするのよ)

 

 そんな決意を胸にギネヴィアはランスロットを自身の部屋へと招き入れた、そして何時もと同じように他愛の無い会話を交わす。

 しかしギネヴィアは妲己から渡された薬を飲んだというのにその気持ちの昂(たかぶ)りを抑えられずにいた。

 いや、むしろその胸の昂りは今までよりも更に高鳴った。

 ギネヴィアはランスロットの顔を、目を、唇を、舐めるように見回した。ギネヴィアは駄目だと思いつつもある言葉を口にした。

 

 「目を瞑って頂けますでしょうか、ランスロット様」

 

 ギネヴィアがそう言うとランスロットは目を閉じた。

 次の瞬間に口に何か柔らかいモノが押し当てられるのをランスロットは感じた、ランスロットは目を開けると目の前にはギネヴィアの顔がアップで映し出された。

 そして自身の口に押し当てられた柔らかいモノがギネヴィアの唇であるとランスロットは分かった、しかしギネヴィアの今まで胸に秘めていた思いを知らないランスロットは、何故今の様な現状になっているのか理解出来ずにいた。

 突然の出来事にランスロットの脳はフリーズをして暫し硬直していた。

 そんな時にドアが勢いよくドンっ、と音を立てて開いた。

 

 「テメーら、噂は本当だったんだな」

 

 モードレッドは怒りを露にした声で二人に向かって吐き捨てた。

 モードレッドたちの乱入でギネヴィアはランスロットの唇から唇を離すとモードレッドに向かって言った。

 

 「無礼ですよモードレッド、突然部屋に入って来るなど」

 

 「無礼だと、このアバズレが。父上を裏切った罪をその命で贖(あがな)え」

 

 モードレッドはそう言って剣を抜きギネヴィアへと切りかかった。

 

 「ガキンっ」

 

 金属と金属がぶつかり合う音が部屋に響く。

 モードレッドの剣はギネヴィアに届く前にランスロットが防いで邪魔をした。

 

 「そうか、テメーから先に死にたいようだなランスロット」

 

 モードレッドは憎々しそうにランスロットを睨み付ける。

 父上を裏切ったギネヴィアも憎いが、父上から多大な信頼を寄せられながらも裏切ったランスロットにモードレッドは激しい怒りをぶつけずにはいられなかった。

 

 「待て、モードレッド。落ち着いて話を聞け」

 

 「話がしてえだと? あの世でたっぷりとほざいてろ」

 

 ランスロットの言葉に耳を貸さずにモードレッドは剣に魔力を込める。

 モードレッドが宝具を放とうとするのを察知して、ランスロットも自身の剣に魔力を込める。

 室内で宝具同士をぶつければどうなるかランスロットは分かっていた、しかし黙ってモードレッドが宝具を放つのを見ていれば自分だけでは無く、後ろのギネヴィアは間違いなく命を失うであろう。

 最悪の事態を招くことになると解りつつもランスロットも宝具を放つ準備をした。

 しかし、最悪の結果は回避するこことなった、アグラヴェインがこの場に居たことによって。

 

 「剣を納めろ、モードレッド」

 

 アグラヴェインが二人の間に割って入るとモードレッドを説得する。

 

 「邪魔をするならテメーも殺すぞアグラヴェイン、父上を裏切ったコイツらを許すつもりはねえ」

 

 「そうだ、アーサー王を裏切ったのならばアーサー王ご自身がこの二人を裁く。

  我々が王の許しなく勝手をしては王の名を貶めることになると言うことだぞ」

 

 アグラヴェインがアーサー王の名を出したことでモードレッドは完全には納得してはいなかったが、放とうとしていた宝具を解除した。

 モードレッドが宝具を解除するのを見るとランスロットも剣を鞘に収めた。

 アグラヴェインはギネヴィアの方を向くと険しい顔と口調で問い質した。

 

 「ギネヴィア王妃よ、貴女(アナタ)の不貞の様をこの目でしかと見たぞ、何か申し開きはあるか」

 

 「私(わたくし)は不貞を働いたつもりはありません。私がこの世でお慕いする男性はランスロット様、唯一人です」

 

 ギネヴィアは目を逸らさずに真っ直ぐとアグラヴェインを見ると力強い口調で答えた。

 そんなギネヴィアの態度にアグラヴェインは苛立ちを覚えてギネヴィアを激しく罵りたい気持ちに駆られたが、自分までも冷静さを欠いては事態が混乱するだけであると怒りを必死に押し殺した。

 しかし、アグラヴェインの心の中では不貞を働きながらも開き直った態度を取るギネヴィアを前にアグラヴェインの女性に対する侮蔑の念は更に深まるばかりであった。

 

 「ランスロットよ、貴様は何か弁明はないのか?」

 

 ランスロットはアグラヴェインの言葉に口を開いたが、スグに閉じて再度口を開くと小さく口惜しそうに答えた。

 

 「私(わたし)から弁明することは…何も無い」

 

 ランスロットは何とか誤解を解きたかったがキスをする所を見てられ、更にはギネヴィアが自分を愛していると言葉にしてしまった状態で誤解を解くなど不可能である。

 もしも自分が弁明をしたら全ての罪をギネヴィア一人に押し付けることとなるだろう、ランスロットはそんな事が出来る人間ではなかった。

 誤解を解くことは無理、弁明をすればギネヴィア一人が悪者となる、どちらも出来ぬランスロットはただ口を閉ざすしかなかった。

 ギネヴィアの思いをこの場で初めて知ったランスロットは戸惑いを見せつつも、流れに身を任せることにした。

 こうしてモードレッドとアグラヴェインはギネヴィアとランスロットをアーサー王が居る部屋へと連行した。




 本来の物語(歴史)では此処でアグラヴェインはランスロットに切り殺されます。

 しかしこの物語(アナザーワールド)では実際の物語(歴史)とは異なる展開が多々在ります、士郎がこの世界に来たことで歴史が変わったのか?はたまた別の理由があるのか?

 その答えは物語の最後で分かりますので、どうかお付き合いいただけたら幸いです。

 意図して変えてある箇所も在りますが、勘違いで間違っている箇所もあるとは思いますので細かい間違いなどはご勘弁を。


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4-4 非情なる決断

 アーサー王は玉座に座っていると突如兵士が慌てた様子でアグラヴェインから重要な謁見があると伝えられた。

 明らかに尋常では無い様子でアグラヴェインがアーサー王へと耳打ちをした。

 アグラヴェインから事の経緯を聞いたアーサー王は動揺を表に出さぬ様に務めたが、心の中では激しい戸惑いを見せていた。

 

 「陛下、どうかこの二人に判決を」

 

 アグラヴェインはアーサー王に二人の処遇を尋ねた。

 アーサー王はアグラヴェインの話が未だに信じられずにランスロットとギネヴィアを見た。

 ランスロットは王が視線を送ると目を逸らしてアーサー王と目を合わせることを避けた。

 ギネヴィアはアーサー王に向かって口を目立たぬ様に動かす、アーサー王はその口の動きからギネヴィアの伝えた言葉を読んだ。

 

 (ご、め、ん、な、さ、い。 ア、ル、ト、リ、ア。)

 

 それはギネヴィアからの謝罪の言葉であった。それを見たアーサー王はアグラヴェインの伝えたことが事実であると受け入れざるを得なかった。

 ギネヴィアはアルトリア(アーサー王)の理想の実現の為に協力するという誓いを破ったことを謝ったが、ギネヴィアの顔は晴れやかで後悔を感じさせることのない顔であった。

 

 「父上、コイツラの首をこの場で刎(は)ねさせてくれ」

 

 モードレッドの言葉にアーサー王は唇をギュッと噛んだ。

 アルトリアとしては二人を祝福したいくらいであった。しかし、アーサー王の立場としては王を裏切った妻と、王の妻を寝取った部下を断罪しない訳にはいかなかった。

 アルトリアに取って二人は大切な存在であった、ギネヴィアはアーサー王が女と知ってもなお理想の為に生きるアルトリアに尽くそうとしてくれた。

 ランスロットはその身を捧げて尽くしてくれた、家臣という枠を超えて友に近い存在である。

 アルトリアは身をねじ切られる様な苦痛を感じた。

 

 (私は、王様なのだ)

 

 アルトリアは今までも様々な非情な決断を強(し)いられてきた、それはより多くの民を守る為に、救う為に心を殺して決断をしてきたのだ。

 アルトリアは心が押し潰されそうになるのを感じながら、アーサー王としての決断を毅然とした態度で口にした。

 

 「二人を…処刑する」

 

 アーサー王の言葉にモードレッドは二人をこの場で殺そうと剣を抜いた、しかしそれをアグラヴェインが止めた。

 

 「この二人の首を刎ねるのは公の場でだ、噂は既に国中へと広まっている。

  公の場で二人の首を刎ねることでアーサー王に対して良からぬ事をすればこの様な末路が待っていると皆に示すためだ」

 

 アグラヴェインがそう言うと、モードレッドはチッと舌打ちをして剣を収めた。

 アグラヴェインが二人の処刑の日取りをアーサー王に尋ねると、アーサー王は後日追って連絡すると小さく答えた。

 アグラヴェインは兵士たちに命令してギネヴィアとランスロットを牢屋へと連れて行かせた。

 兵士たちは戸惑いながらも二人を丁寧に連行しようとした。

 ギネヴィアは連れて行かれる前にランスロットに小さく耳打ちをした。その声は他の者には聞こえずにランスロットの耳にだけ届いた。

 ギネヴィアから耳打ちされたランスロットは驚きの表情を浮かべてアーサー王を見た。

 

 「まさかっ」

 

 ランスロットは小さく呟くとアーサー王の顔を暫く見つめ続けた。

 そして二人が連行されるとアグラヴェインはなるべく早く二人を処刑して民にそれを見せつけるべきだと主張をしたが、アーサー王は後日決めると伝えるとアグラヴェインとモードレッドを追い払った。

 アルトリアは早く横になりたかった、何も考えずにただ横に。二人の親しい人間の死を宣告したという事実を考えることをしなくていいように。

 

 

そしてギネヴィアとランスロットの処刑の話はその日の内に国中へと広がった、ランスロットは民からも人望を集めていた、特に兵士たちからの人望は円卓の騎士の中でも一、二を争う程に。

 二人の処刑で事態が収集するとアグラヴェインは考えていたが、事態は更に大きなうねりを見せて混乱を招くこととなる。



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4-5 心無き王

 アーサー王がランスロットとギネヴィアに処刑の決断を下した二日後、ランスロットを除くキャメロットに現在居る円卓の騎士が全員集められた。今回の件に付いての円卓会議が開催された。

 士郎は今まで呼ばれていたので今回も同席するものとばかり思っていたが、セイバー(アーサー王)から今回の円卓会議の参加は遠慮してくれと言われたのでこの場に士郎の姿はなかった。

 

 「では、これよりランスロットとギネヴィア王妃の処刑の日取りを決めたいと思う」

 

 アグラヴェインは何時も通りに会議の進行役を務めた。

 

 「ちょっと待って、処刑と決めつけるなんて私は納得出来ないよ」

 

 アグラヴェインの最初の議題に待ったをかけたのはガレスであった。

 ガレス今回の件に付いて処遇について納得していない様子である。いや、ガレスだけではない、多くの兵士から今回の件に付いての不満や反対の声がそこかしこから上がっていた。

 

 「何の問題があると言うのだ? 不貞を働いた輩が処刑されることに」

 

 「私は今回の件が事実だったって信じられないって言ってるの」

 

 アグラヴェインは苛立ちの声を上げる、しかしガレスも負けずと声を張り上げて反論する。

 他の円卓の騎士たちの多くもガレスの意見に頷いた。ランスロットに限ってその様なことを起こすなど信じられぬ様子であった。

 

 「俺様はこの目でちゃんと見たんだぞ、俺様の言葉は信用出来ないってのかよガレス」

 

 「そうじゃないわよ、モードレッド。

でもやっぱり私は納得出来ないのよ、ランスロット卿のことを知ってる人間なら皆そうでしょ?」

 

 モードレッドは自分の言葉を疑うようなガレスに怒りを見せた。

ガレスはモードレッドの言葉を疑っている訳ではなかったが、ランスロットがその様な王を裏切る行為をするとは思えなかった、もしそうならば何か理由があるハズであると信じていた。

 他の円卓の騎士たちも複数の人間が見ている以上モードレッドの言葉が嘘であるとは思っていなかった、しかしランスロットという人間を知っているからこそ、にわかには信じられずにいた。

 この場でもランスロットを擁護する意見の方が多く、会議の場がざわつき始めた。

 

 「ならば何故ランスロットは弁明をしないのだ、事実だからではないのか?」

 

 ランスロットを擁護する声を打ち砕くアグラヴェインの言葉がこの場に響いた。

 アグラヴェインの意見はもっともであった、潔白(けっぱく)であるなら何故弁明をしないのか、自ら事実であると認めているようなものである。

 ガレスはそれでもアグラヴェインに反論するために口を開きかけたが、ガレスが声を上げるよりも早くアーサー王が言葉を発した。

 

 「皆の者、静粛(せいしゅく)にせよ」

 

 アーサー王の言葉で先ほどまでのざわつきが嘘の様に静まり返った。するとアーサー王は続けて言葉を続けた。

 

 「今回の件で二人から弁明は無かった、ならば今回の件は事実であったと私は考える。

  そして事実であるならば法に従い二人を処刑する、これは王である私が決めたことだ」

 

 「待って下さい、アーサー王。

  ランスロット卿は今まで誰よりも王様に献身的に使えてきたんですよ」

 

 アーサー王は感情を込めずに冷淡に喋った。その言葉はまるで氷を直に肌に押し付けるような冷たさを感じさせた。

 それでもガレスは何とか言葉を口にした、しかしそれは先ほどまでアグラヴェインに対しての様な力の籠った声では無く、まるで慈悲にすがりつくようなか弱い声であった。

 ガレスの言葉を聞いたその場に居る者たちはアーサー王がガレスにどのように答えるのか息を呑んで待った。

 

 「私が二人を特別に許せば民はどう思うだろうか? 心優しき王だとでも言うか?

  否、王の妻だから罰しなかったのだと、王の親しい部下だから法を曲げたのだと民は思うであろう」

 

 アーサー王の氷の様に冷たい言葉は続いた。

 

 「罪を犯した者が法に従い裁かれるときに今回の二人が許されたと知ればどう思うか?

  王が自分の近しい者を許すのが法なのだと、その様な法に誰が納得して裁かれようか。

  法とは唯一人の例外も無く、公平に、公正に裁かれなくてはならぬ。そこに感情の差し挟む余地などは無い」

 

 アーサー王の言葉に誰も物音一つ立てられなかった。

 ガレスはそれでも必死に何か口から言葉を出そうとした、しかし声がかすれて言葉にならなかった。

 場の空気が物音一つ立てることすら許され雰囲気の中、一人の男が声を上げた。

 

 「王よ、どうか一つ願いを聞いて頂きたい。代償に我が命を差し出します」

 

 そう言ったのはトリスタンであった。

 トリスタンの言葉を聞いたその場に居る者たちは自身の命と引き換えにランスロットの命を懇願すると誰もが思った。

 しかし、トリスタンの言葉は違った。

 

 「どうか我が命と引き換えにギネヴィア様の命はお救い下さい」

 

 トリスタンの言葉にその場に居る者は耳を疑った。トリスタンはギネヴィアと親しい間柄でも無いのに何故ランスロットではなく、ギネヴィアの命の嘆願をしたのかを。

 

 「ランスロット卿は王の決断で自身が死ぬことに何の未練も無いでしょう。

しかし自分のせいでギネヴィア様も死ぬとあっては後悔を残して死ぬ様な男です、ならば共に戦った友として後悔の無い最後にしたいのです。

その代わりに私の首をお切り下さい」

 

 トリスタンはランスロットが悔いを残さぬ様にギネヴィアの命を助けようとしたのだ、そしてその代わりに自分が死ぬことになろうとも。

 

 「何をバカなことを言っているのだ、トリスタン」

 

 アグラヴェインが声を出して反対をした。

 ランスロットは罪を犯したので失うのは仕方ないと諦めたアグラヴェインであったが、更にトリスタンまで失うことになれば損失は計り知れないとアグラヴェインは焦った。

 円卓の騎士の中でもトップグループの力の持ち主を二人も同時に失えば他国との均衡が崩れ、攻めて来る国が多く出てきかねないとアグラヴェインは心配し、トリスタンに考え直すようにと言った。

 

 「トリスタンよ、貴殿(きでん)がこの場で首を落とそうとも私の考えは変わらぬ。

  どんな後悔を残す事になろうとも犯した罪には法に従った罰が与えられる、誰であろうと例外は無い」

 

 アーサー王はトリスタンの命を掛けた訴えを冷たくあしらった。

 トリスタンは顔を上げて王の目を見た、アーサー王は躊躇なく処刑をするであろうことをその目を見てトリスタンは感じた。

 

 「私は悲しい、王よ、貴方(アナタ)には人の心が無いのですか? だから人の心が分からぬのではないか」

 

 トリスタンはこの時、アーサー王との間に拭(ぬぐ)えぬ溝を感じた。

 トリスタンの言葉に腹を立てたモードレッドは席から立つとトリスタンに掴みかかろうとした、しかしモードレッドよりも早くケイがトリスタンの胸ぐらを掴んだ。

 

 「もう一度言ってみろトリスタン」

 

 ケイは普段のふざけた態度からかけ離れた表情でトリスタンに迫った。

 胸ぐらを掴まれたトリスタンは自身の武器に手を伸ばした、するとケイも自身の武器に手を伸ばす。

 一触即発の様な空気に包まれたがベディヴィエールが二人を諭した。

 

 「ケイ卿、この場は話し合いの為の場のハズです。反論は口頭のみでお願いします。

  トリスタン卿、先ほどの発言は王に対して些か無礼過ぎではありませんか?」

 

 ベディヴィエールの言葉でトリスタンは考え込んだ素振りをするとアーサー王に対して片膝を床につけると謝罪した。

 

 「王よ、過ぎた言葉を申しました。罰せられようと文句はありません」

 

 「構わぬ。この場(円卓の席)では対等に発言する権利が皆にある。咎めることも罰することもせぬ」

 

 ただならぬ雰囲気であったがベディヴィエールの仲裁でひとまずは落ち着きを取り戻した。しかし、再び話し合いをするには難しかった。

 仕方なく今日の会談はここまでとして、明日に話し合いの続きをすることとなった。

 会談が終わるとトリスタンは一番に扉から出て行き部屋を後にした。

 それを見ていたベディヴィエールは何故かトリスタンの後ろ姿が目に焼き付き忘れられずにいた。

 

 そして、この日を境に、この場に居る者がトリスタンの姿を見ることは二度となかった。



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4-6 トリスタン

 翌日再び円卓会議のために円卓の騎士たちが集められた。しかし、そこにトリスタンの姿だけは無かった。

 アグラヴェインは兵士にトリスタンを呼びに行かせたがトリスタンの自室にトリスタンの姿は無かった。

机に一枚の置手紙が置いてあっただけでした、と兵士は言ってアグラヴェインにその手紙を渡した。

アグラヴェインは封を開封して中身を読むと怒りで身を震わした。

 

 「トリスタンめ、この様な時に何を考えているのだ」

 

 アグラヴェインはそう吐き捨てると手紙をアーサー王に渡した。

 トリスタンの残した手紙にはこう書き記されていた。

 

 「私が仕えた王の中で貴方は最も偉大で崇高な王様でありました。

 

  アーサー王の為ならばこの命を捨てることに唯一つの迷いも無い、しかし崇高過ぎる

 

故に貴方には人の心が分からぬ。

 

悲しいことだが私の行動が王の心に何か変化を与えることを願い、王の下を去ります。

 

私がこの世で最も偉大と信じる王、アーサー王へ

 

                               トリスタンより」

 

 アグラヴェインは他の円卓の騎士たちにも手紙の内容を伝える。そして兵士に命令をしてトリスタンを連れ戻すように命じた。

 アグラヴェインから命令を受けた兵士は困惑した、トリスタンを力づくで連れ戻すなど兵士を何人連れて行こうが不可能である。

 トリスタンを力づくで連れ戻すのであれば円卓の騎士、それも一対一ならば互角に渡り合えるのはガウェインかランスロットくらいであろう。

 そう考えてアグラヴェインは複数の円卓の騎士を連れてトリスタンのもとへ行こうとしたが、アーサー王がアグラヴェインを止めた。

 

 「構わぬ、私の考えに賛同できぬのであれば去るのは本人の自由だ」

 

 アーサー王はそう冷たく言うとランスロットとギネヴィアの処刑の話に戻すようにアグラヴェインに命じた。

 アグラヴェインは少し不服そうであったが万が一トリスタンを無理にどうにかしようとし、これ以上円卓の騎士の誰かが離反するような事態を恐れて現在の一番の問題であるランスロットと王妃であるギネヴィアの処刑を急いだ。

 しかし、ランスロットを処刑することに反対する者が未だ多く居る現状であった。

 結局この日もランスロットとギネヴィアの処刑の日取りは決まらなかった、アグラヴェインは苛立ちを見せたが、強引に処刑を進めれば最悪国が割れかねないと何とか自身を落ち着かせる。

 

 「アーサー王、少し休まれてはどうですか。顔色が余り優れないようですが」

 

 ベディヴィエールはアーサー王を気遣い声を掛けた。

 ベディヴィエールの言葉を聞いて他の円卓の騎士たちもアーサー王の顔を見たが、ベディヴィエール以外の者にはその違いを分かる者は居なかった。

 アーサー王は問題無い、そう言うとアーサー王は次の仕事に取り掛かる為に部屋を後にした。そんなアーサー王をベディヴィエールは心配そうに見送った。

 

 

 陽も沈み暗闇が世界を支配する夜の時間にアーサー王は一人自室の椅子に座り頭を抱えていた。

 今まで感情を殺して、本当の自分を殺して、理想の王様を演じてきたアーサー王だが心は疲弊し続けていた。

 そんな最中にランスロットとギネヴィアの処刑でアーサー王の心は限界を迎えていた、幸い自身の異変に違和感を覚えたのはベディヴィエールだけであったが、たとえベディヴィエールといえども悟られる訳にはいかないとアーサー王は自身の気を引き締めた。

 

 (私は王なのだ、だから迷ってはいけない。

   私は王なのだ、だから弱い姿など見せてはいけない。

    私は王なのだ、だから…)

 

 アーサー王は自分を鼓舞するように何度も自身の心の中で理想の王様を思い描き、それに近づくように自分に言い聞かせた。

 そんな折に部屋の扉を叩く音がした。

 アーサー王は一人になりたいので誰も近づけないように兵士に言い聞かせていた、それを破って兵士が自身の部屋に訪れたので余程の事が起こったのかとアーサー王は椅子から立ち上がった。

 

 「どうしたのだ?」

 

 アーサー王は扉越しに兵士に尋ねた。

 

 「申し訳ございません、夜分遅くに。客人である士郎様がどうしてもアーサー王に会いたいと言って聞かないものでして」

 

 「構わぬ、通せ」

 

 アーサー王がそう言うと兵士はホッと胸をなで下ろした。客人を手荒に扱う訳にもいかないので士郎を連れて来たものの、部屋に近づくなとのアーサー王の命令に背いたことで罰せられないかと士郎を連れて来た兵士は戦々恐々としていた。

 兵士は士郎を部屋に通すと陛下の怒りを買わない内にとスグにその場を離れた。

 

 「どうしたのだ士郎、この様な夜更けに」

 

 「セイバー、ランスロットとギネヴィアさんのことで話があるんだ」

 

 士郎の口から出た言葉にセイバー(アーサー王)の顔が険しいものとなった。

 セイバーの顔を照らす蝋燭(ろうそく)の火がユラユラと揺れている、あたかも命の無いハズの蝋燭がセイバーに恐れて身震いする様に。



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4-7 その手のひらから零れ落ちるモノがあるのなら

 士郎はランスロットとギネヴィアの問題で円卓の皆が会議している時に、一人で街の中で一般の人たちにランスロットとギネヴィアの処遇に付いて聞き回っていた。

 士郎はこの時代の常識などは知らなかった、だからそこで暮らす多くの民衆の気持ちを知りたかったのだ。

 そして多くの人に意見を聞いた士郎は自身の気持ちを固めてセイバー(アーサー王)の下に訪れたのだ。

 

 「ランスロットたちの問題は内々の問題だ、口出しは遠慮していただこう」

 

 セイバーは士郎を突き放す様に厳しい口調で話した。

 それでも士郎は引き下がらなかった、そしてこの国で暮らす多くの人がランスロットの死を望んでいないことをセイバーに伝えた。

 しかし、セイバーは感情で事を決めるべきでは無いと語った。感情という不確かなモノで国の方針を決めれば簡単に国は壊れるだろう、だから法という指針によって全てを決めなくてはならないのだと。

 

 「セイバーはそれでいいのか? 俺はこの時代やこの国に付いて何も知らない、でも少なくともセイバーが苦しむ様な選択を俺はして欲しくないんだ」

 

 「私は王だ。どんな苦しみも、どんな業も背負う覚悟はとうの昔に出来ている」

 

 「何でも一人で背負うのか、やっぱりセイバーはセイバー何だな」

 

 全てを一人で背負い込むセイバーに士郎は何処か寂しそうな、それでいて自分が知っているセイバーであることが少し嬉しそうな感情が入り混じった表情をした。

 士郎は自分をこの時代に誰がどのような理由で呼んだのから分からない、しかし確かなことは自分はセイバーの力になる為に此処にいるのだと士郎は思いたかった。

 士郎はセイバーの目を真っ直ぐに見るとセイバーに問うた。

 

 「セイバーは本当にそれでいいのか? セイバーはそれを本当に望んでいるのか?」

 

 士郎の問いにセイバーは拳を握り歯を噛み締めて必死に耐えていた、しかし咳を切ったように口を開いた。

 

 「私がそれを望むかだと? 望むわけが無いであろう。

  ギネヴィアは私が女と知りつつも私の理想の為に女の幸せを諦めてくれた。

  ランスロットは私の理想の為にその身の全てを捧げて仕えてくれた、どうしてその二人の死を望めるか。それでも私は国の王だ、だから私は…」

 

 セイバーは決して誰にも漏らさなかった胸の内をさらけ出した。

家臣や民の前では絶対的な王で在り続ける必要があった、しかし不思議と士郎を前にするとセイバーはその本音が顔を出した。

 

 「なら二人を助ければいい」

 

 士郎はセイバーにそう提案した。しかし二人を許せば法は意味を失い、民は法を守らなくてもよいモノだと考える者も出るとセイバーは二人の処刑は必要な事だと士郎に説明した。

 そこで士郎は二人を殺さずに民を納得させる方法を提案した。

 それは二人を表面状だけ処刑したことにし、二人は誰も知らない場所に生きていけば良いのだと。

 

 「もしもその様な企てが露見したらどうなる? それこそ王の権威は失いかねん」

 

 セイバーは士郎の提案を否定した。万が一にでも士郎の作戦が民に知れ渡ってしまった時のリスクを懸念したのだ。

 

 「全てを救うことなどできはしない、その様なモノは絵本の中にしか無い絵空事だ。

  だから私は多くを救う為に少数を犠牲にしてきた、それこそが現実に存在しうる理想

の王なのだから…」

 

 セイバーはそう言うと今までの過去の事を士郎に話した。

 かつてはセイバーも全てを救おうと奔走した、{マーリン}はそんなアーサー王(セイバー)に少数を犠牲にする案を進言したが、アーサー王は多くを救おうと{マーリン}の助言を聞き入れなかった。

 それにより多くの人間が死んだ、自身の甘い考えを悔いたアーサー王はそれ以来{マーリン}の助言を聞き入れて少数を犠牲にする行動を取った。

 そのことでアーサー王は血も涙も無い王だと非難する者も居たが、アーサー王は{マーリン}の言葉に従った。そうする事がより多くの命を救うことになると分かっていたから。

 しかし、そんなアーサー王の真意を知る者は極めて少数であった。

 セイバーの話を聞いて士郎は決意を固めて口を開いた。

 

 「それでも俺は、セイバーには目の前の全てを救う王様で在って欲しい。

  セイバーになら出来ると俺は信じているから」

 

 士郎の発言にセイバーは苛立ちを覚えた。戦場を知らない非現実な考えであると。

 しかし、士郎の言葉はまだ終わりではなかった。

 

 「もしもセイバーが目の前の全てを救い上げようとしてその手から零れ落ちるモノが有るのなら、俺がその零れ落ちたモノを拾い上げてみせる」

 

 士郎がそう言うとセイバーは呆気(あっけ)に取られていた。

 あの{マーリン}ですら全てを救えぬと言うのに、目の前の自分よりも遥かに力の劣る少年は全てを救うと言い切ったのである。

 セイバーは笑いがこみ上げてきた。それは士郎の甘さを笑うのでは無く、その言葉にまだ夢を見る少女の様な気持ちを持っていた自分自身を笑うものであった。

 しかし、士郎の言葉には不思議と信じてみたくなる気持ちにさせる力があったことは事実であった。

 

 「俺の力は大したこと無いけどガレスやベディヴィエール、それだけじゃなくてセイバーを支えてくれる凄い奴らは大勢居るからさ」

 

 士郎は慌てた様子でガレスたちの名前を出した。

 セイバーの笑いの原因が、大きな事を言うくせに力の無い自分に対してかと頭を過ぎり不安になったのだ。

 

 「貴方(アナタ)は不思議だな士郎。他の者から同じことを言われても私は応じなかっただろう。しかし今は不思議と二人を救う気持ちにさせられている」

 

 セイバーはそう言うと士郎が提案したように二人を表向きでは処刑したことにして何処か遠くに逃がすことにした。

 話が何処から漏れるか分からないので細心の注意を払い行動することにした。そのため今回の計画は円卓の騎士たちにのみ話すことにした。

 

 「最初からこうしていればトリスタンも私を見限ることは無かったのであろうな」

 

 セイバーは普段は決して他の者には見せない様な少し寂しそうな表情でポツリと呟いた。

 

 「きっとトリスタンもまたセイバーの下に戻ってくるさ」

 

 何の根拠も無い士郎であったが、きっとセイバーの思いは伝わると信じていた。

後数時間もしたら朝日が顔を出すような時間帯であった、なのでランスロットとギネヴィアの偽の処刑計画の詳しい話は後日することにして士郎は少しでも仮眠を取るために自室へ戻ろうと部屋を出た。

 すると士郎は扉を開けた時に一瞬誰かが居たような気がした。しかし周りを見渡しても人影すら見当たらない。

 士郎は気のせいかと思い廊下を歩いて自室へと向かった。

 

 「まさかあのガキがアルトリアの考えを変えるとはな」

 

 ケイはポツリと呟いた。

 ケイはアルトリア(アーサー王)が苦しんでいると思い少しでも紛らわせようとアルトリアの部屋の近くまで来ていた。

 しかし士郎がアルトリアの部屋に入って行くのを見るとケイは話の内容に聞き耳を立てた。

 そして驚くことにアルトリアが考えを変えたのである、話が終わり士郎が部屋から出て行こうするのでケイは慌てて身を隠したのであった。

 

 「これでアルトリアの奴もランスロットとギネヴィアの死の重荷を背負わずに済むな」

 

 ケイは安堵したため息をついた。

 ケイは最初アルトリアが女であるという秘密を知る士郎をアルトリアの都合の良い話し相手になればと思って士郎を招き入れた。

 アルトリアは民や家臣の前で決して心を休めることはないだろう、だからそのどちらでも無い士郎を使って少しでもアルトリアの気が紛れれば程度に考えていた。

 それが他の円卓の騎士たちですら無理であったアルトリアを説き伏せるなどケイも予想外であった。

 

 「チッ、喜ばしいハズなんだがな」

 

 ケイはアルトリアの重荷を軽くしてやることが出来るとしたら、小さい頃のアルトリアを知っている自分だけだと思っていた。

 しかし長年それは叶わずにいた、それを突然現れた士郎がやってのけたことに自分の不甲斐なさと、それをやってのけた士郎に対して腹立たしさを感じずにはいられなかった。



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4-8 ガレスとガヘリス

 アーサー王が士郎の提案を受け入れた同日の昼頃にランスロットとギネヴィアの偽の処刑の計画のためにギネヴィアを別の場所に移すことにした。

 その理由は魔術でランスロットとギネヴィアの偽物を作り民衆の前で処刑するためであった。

 ランスロットは牢に入れられ、ギネヴィアはある部屋の一室で軟禁状態である。まずはギネヴィアを先に移送することにアーサー王は決めた。

 そしてギネヴィアの移送に同行する者としてアーサー王は円卓の騎士を二人付けることにした。

 

 「お久しぶりです、ギネヴィア様。今回の護衛役として私ガレスちゃんが同行させて頂きます。」

 

 ガレスはなるべく明るい口調でギネヴィアに話掛けた。

 ギネヴィアの移送する円卓の騎士の二人とはガレスとガヘリスであった。

 ガヘリスは任務から帰還していた、ガヘリスがキャメロットへと戻ってきたのはほんの少し前で、丁度トリスタンがキャメロットを出て行った時に入れ違いの形となった。

 

 「では参りましょうギネヴィア様」

 

 ガヘリスはそう言うと恭(うやうや)しく頭を下げて丁重にギネヴィアをエスコートした。

 ガレスとガヘリスに連れられてギネヴィアは歩き出した。

 するとギネヴィアは二人の格好に違和感を覚えてガレスに質問をした。

 

 「お二人は何故鎧も着ずに剣も帯刀していないの?」

 

 ギネヴィアの質問は最もであった。ガレスとガヘリスは何処かに散歩に行く様な格好で剣さえも帯刀してないのは明らかに以上であった。

 

 「鎧や剣があったらまるで罪人の移送じゃないですか。私たちはあくまでそんなつもりはないですから」

 

 ガレスたちはギネヴィアの移送の際に民衆の目に罪人を連行する様に映らないように気を使ったのである。

 そしてそれはアーサー王に対するランスロットとギネヴィアの処刑に反対する無言の抗議でもあった。

 この時まだガレスたちはアーサー王からランスロットたちを救出する計画を知らされてはいなかった。

 アーサー王はガレスに伝えればギネヴィアにも伝わる、そしてギネヴィアの言動が変化すればそれに違和感を持つ者が現れないとは言い切れない、その為に偽の処刑の計画はなるべくギリギリに伝えようとアーサー王は考えていた。

 

 「ありがとう、貴女は優しいのね」

 

 ギネヴィアはガレスの気遣いに感謝の言葉を述べた。

 するとガレスは今回の案はガヘリスが考え付いた案なのだと説明した。ギネヴィアはガヘリスにも感謝の言葉を送った。

 

 「私は自分が正しいと思ったことをしているだけです、王妃が臣下に礼など無用です」

 

 ガヘリスはギネヴィアに素っ気ない対応であった。

 ガレスは未だに暗い表情のギネヴィアに何か楽しい話でもしようと懸命に頭を捻った。

 そしてガレスはガヘリスがキャメロットに戻って来た時の話をギネヴィアにすることにした。

 ガヘリスはキャメロットに戻るとすぐに円卓会議に出席させられた、話を聞くとランスロットとギネヴィアを処刑するという耳を疑う状況であった。

 その上トリスタンまでもがこの国を離れたと言う話を会議で突然聞かされたガヘリスは話を頭に入れるだけで一杯であった。

 結局ガヘリスは会議中に一言も話すことなく終わった。

 そして次の日にガレスはガヘリスと共に王妃であるギネヴィアのもとに向かう途中でモードレッドに会うと、モードレッドはガヘリスに言った。

 

 「あれ、何時の間に戻ってたんだよガヘリス。久し振りに顔(ツラ)を見たぜ」

 

 ガレスは笑いながらその話をギネヴィアにした。

 ギネヴィアはガヘリスの手前、笑っていいのか微妙な顔をしてガレスの話を聞いていた。

 

 「本当に笑っちゃうよねー、会議の時にモードレッドの隣にガヘリスは座ってたっていうのにさ」

 

 ガレスは余程ツボにハマったのか笑いが止まらない様であった。

 そんな様子にガヘリスは、はた目には分かりづらいが眉間にシワを寄せて青筋を立てていた。

 ガヘリスはモードレッドの発言に若干だが傷付いていた。しかし、それよりもガレスに対しての不満があった。

 

 (そもそもガレスの奴が任務を押し付けなければこんな事態の最中にキャメロットに戻ってくることもなかったぞ)

 

 ガヘリスは自分の不幸を心の中で愚痴った。グッと口に出掛かるがそれを口にするのは恥と思い心の中で留めた。

 実際ガレスと共に任務に付いていればガヘリスはもっと早くにキャメロットに戻ってこれていたのは事実であろうが。

 ガヘリスに多少の不満はありつつも一行は和やかな雰囲気で目的地へと向かっていた。

 

 

 

 ~~~同時刻、ランスロット~~~

 

 ランスロットは牢に鎖で繋がれている。その鎖には多くの魔術師たちが魔術によって人間では壊せない程の力があった。

 しかしランスロットは元々牢から逃げ出そうなどと微塵も考えてはいなかった。

 ランスロットは別れ際にギネヴィアに耳元で囁かれた言葉を頭の中で半数していた。

 

 「私(わたくし)が愛しているのはランスロット様だけです、何故ならアーサー王は女性なのですから」

 

 ギネヴィアはランスロットそう告げた、ランスロットは未だにその事実を真実と受け入れることは難しかった。

 あのアーサー王が女性であったなどと、しかしギネヴィアの目には噓偽りが在るようにランスロットには見えなかった。

 ランスロットはアーサー王が女性であろうともその忠義心は決して揺らぐことなど無い、しかし今まで多くの民を、そして国という重きを女性に全て背負わせていたことにランスロットは激しい後悔の念に駆られた。

 そんな葛藤に苦しむランスロットに誰かが近づいて来た。それはランスロットの部下の一人であった。

 

 「ランスロット様、スグにここからお逃げください」

 

 部下であった兵士はそう言うと鍵で牢を開けるとランスロットを繋いでいる鎖の鍵を取り出した。

 ランスロットは牢から出るつもりなど無かった、しかし次の兵士の言葉でランスロットの考えを覆すこととなる。

 

 「ギネヴィア様が今日、処刑されます」

 

 部下であった兵士の言葉にランスロットは凍りついた。

 兵士は自分にその事を伝えに来たという女性もこの場に居るといって言うと、奥から一人の女が近づいて来た。

 

 「大変ですわぁんランスロット様、私の仕えるギネヴィア様がもうじき殺されてしまいますのよぉ」

 

 緊迫した声とは程遠い口調で一人の女が近づいて来る、それは妲己であった。

 ランスロットは妲己のことをギネヴィアに仕える侍女としか知らなかった、妲己が{選定者}の仲間であるなどと知る由も無い。

 

 

妲己の言葉によってランスロット自身がこの後に起こす事態がキャメロットを崩壊させる最大の要因になるなどと、ランスロットはこの時夢にも思わなかった。



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4-9 振り下ろされた刃

 ランスロットはギネヴィアの侍女だと名乗る妲己からギネヴィアを助けてくれるように懇願(こんがん)された。

 ランスロットはスグにギネヴィアを救出しようと外に出ようとした、しかしその前に自身の部下であった兵士からランスロットに飲み物を差し出された。

 ランスロットは牢屋に入れられてからというもの、まともな食事はおろか水分すら摂取していなかったのだ。食事はもちろん出てはいたがランスロット自身が己を戒める為に食事を拒んでいたのだ。

 

 「済まない」

 

 ランスロットはそう言うと部下であった兵士が差し出した飲み物を飲み干した。そして牢屋から出てギネヴィアを救出しに行こうとしたランスロットに妲己は近づいて耳元で何かを囁いた。

 するとランスロットは頭が割れる様な痛みが走り目の前の景色がグニャりと歪んだ。

 ランスロットはその場で膝を付くと頭を抱えた。

 

 「あらぁ、大丈夫ですかランスロット様ぁん。急にモノを口にしたから体が驚いたのかしらぁん?」

 

 妲己はそう言うとランスロットの体を支えて立ち上がらせた。

 ランスロットは起き上がると部下であった兵士がランスロットの剣と鎧を持ってきていたので急いで身に付けた。

 そしてランスロットは表に出ると部下であった兵士が用意していた馬に乗る、そしてギネヴィアが居る方角を聞くとランスロットは急いでギネヴィアの救出に向かおうとした。

 しかしランスロットはその場を離れる前に謝罪をした。

 

 「済まない、お前たちも巻き込んでしまったな」

 

 ランスロットがそう言うと、部下であった兵士は首を横に振った。

 

 「自分で選んだことです、ランスロット様もどうかご無事で」

 

 部下であった兵士はそう言うと自分もランスロットを脱獄させた罪を犯したので、この国から離れることをランスロットに告げた。

 ランスロットは自分を脱獄させた二人の身も心配であったが、今はギネヴィアの方が先決であった。

 ランスロットは二人のこの後の無事を祈りながらギネヴィアの下へと馬を走らせた。

 

 「あらぁん、ランスロットはギネヴィアの下に向かったようね。これで全部計画通りだわぁん」

 

 妲己はランスロットがこの場を離れるのを見送ると、一人呟いた。

 そしてランスロットの部下であった兵士に近づくと妖艶に笑った。

 

 「貴方の役目はもう終わりよぉん、後は分かりわねぇん」

 

 「はい、妲己様」

 

 ランスロットの部下であった兵士は自身の剣を抜くと自分の喉をその剣で貫いた。

 喉を貫いた兵士は体をピクピクと数十秒痙攣(けいれん)させた後に動かなくなった、 ランスロットの部下であった兵士は妲己によって既に操り人形となっていたのだ。

 

 「死人に口なしねぇん」

 

 ランスロットを脱獄させた罪を全て被せたスケープゴートを用意した、これで自分に疑いがかかることは無いであろうと妲己は考えた。

 そして妲己は何食わぬ顔で悠々(ゆうゆう)とキャメロット城へと戻って行った。

 

 「これからこの国が辿る未来を考えると堪らなく興奮するわぁん♡」

 

 妲己は脱獄させたランスロットがこれから何をするか{選定者}から聞かされていた。

 自身の言動で人を操り、そして国が滅びていくのを見ることが妲己にとっては何事にも代えがたい最高の快楽であった。

 ブリテンという国が壊れゆくのを妲己は楽しみに待つことにした。

 

 

 

 

 ランスロットは馬を走らせてギネヴィアの向かっている場所へと急いだ。ギネヴィアが処刑されることは何としてでも止めたかった。

 アーサー王が女であるという事実を隠す為には不義を働いた王妃ギネヴィアを断罪しなくてはならない、女であるアーサー王に対してギネヴィアはその嘘を守るために今まで秘密を抱えてアーサー王に尽くしてきたというのに。

 

 (アーサー王、それでは余りではないか)

 

 ランスロットはギネヴィアの不憫(ふびん)な境遇を嘆いた。しかし同時にアーサー王がそうしなければならない気持ちを考えるとアーサー王を責める気持ちになどなれなかった。

 アーサー王といい、ギネヴィアといい、女性とは何故にこれ程強いのであろうかとランスロットは自分に問い掛けた。

 何とか二人を救いたいと思う一方でランスロットには打開策などあろうハズもなかった、唯一出来ることなど自分の命を差し出してギネヴィアの助命を乞う他思いつかない。

 しかし、元々処刑される自分の命にそんな力があろうハズが無いことは誰よりランスロットが一番分かっていた。

 それでも今は処刑されようとしているギネヴィアの下へとランスロットは向かうのであった。

 

 「あれは」

 

 ランスロットはギネヴィアの後ろ姿らしきモノを遠目で確認をした、ギネヴィアと分かったといっても服装でギネヴィアだと判断しただけである。それ程まだ距離があったのだ。

 そしてギネヴィアの両脇に居る二人の人物を目を細めて確認しようとしたその時にランスロットは激しい頭痛に襲われた。

 ランスロットは牢屋でギネヴィアの侍女と名乗る女に耳元で囁かれた時と同じ様な症状に襲われた。

 目の前が歪んで辺りの景色がグニャリと歪んで見える、頭の痛みが引くと視界は戻った。

 そしてギネヴィアの方に目をやると、ギネヴィアの両脇に居る二人の兵士らしき者たちはランスロットの見たことの無い柄の悪そうな二人組であった。

 

 「きゃあぁぁぁぁー」

 

 ギネヴィアが悲鳴を上げると二人組の者たちはギネヴィアの衣服を破り乱暴を働こうとしていた。

 ランスロットの耳に届いた二人組の言葉は信じられないものだった、どうせ処刑されるのだからその前に自分たちが楽しもうとギネヴィアを襲ったのである。

 王の妻であるギネヴィアにそのような不埒(ふらち)な行いをする者が、アーサー王に仕える兵士に居ることにランスロットは激しい怒りを覚えた。

 

 「この騎士の面汚しがぁー」

 

 激怒したランスロットは剣を抜くとその二人組に切りかかった。

一人を一振りで切り殺すともう一人の方にも剣を振り上げた、相手は何かを言っているようであったがランスロットの耳にはよく聞き取れなかった。

 ランスロットは命乞いでもしているのだろうと構わず剣を振り下ろす、すると相手はギネヴィアを突き飛ばした。

 ギネヴィアを人質にでも取ろうとして失敗したのであろう二人組の残った方もランスロットは切り殺した。

 するとランスロットはまた激しい頭痛に目の前が歪む、次に目を開けると目の前には血の海に横たわる見知った二人の男女が倒れていた。

 

 「ガレス? ガヘリス?」

 

 ランスロットは状況が全く理解出来ずにいた。

 ギネヴィアを襲う見知らぬ二人組を切り殺したハズが、目の前には自分と同じ円卓の騎士である二人が血塗れで倒れているのである。

 ランスロットは自分の顔に熱い液体が付いていることに気付いた、それは戦場で何度も味わったことのある返り血であることはすぐに分かった。

 自分の剣を見るとその剣は血で真っ赤に濡れている、その事実から自分が二人を切り殺したであろうことが窺(うかが)えた。

 

 「何がどうなっていると言うんだ?」

 

 ランスロットは事態を飲み込めずにいた。いや、理解することを拒んだ。

 ランスロットは妲己によって薬の入った飲み物を飲み、そして妲己の呪詛によって幻覚を見ていたのだった。

 普段のランスロットであれば妲己の呪詛に耐えれたであろう、しかし牢屋に居る間、アーサー王への贖罪(しょくざい)のつもりかランスロットは食事はおろか水分もまともに取っていなかった為にその体は衰弱していた。

 ランスロットはギネヴィアが襲われるという幻覚に襲われ、まずガヘリスを切り殺してしまったのである。

 次にガレスに切りかかろうした、ガレスは必死にランスロットに呼び掛けたがランスロットの目は正常の者の目で無いことをガレスは悟ると、ギネヴィアだけでもランスロットの剣の範囲から逃がそうとギネヴィアを突き飛ばしたのである。

 そんなガレスの思いも知らずにランスロットは剣を振り下ろしたのだ。

 

 「ランスロットーーー」

 

 辺りを震わせる程の怒声が鳴り響く、その声の主はガウェインのものであった。

 ガウェインは妹と弟が切り殺される瞬間を目撃してしまったのである、ガウェインは怒りの形相でランスロットのもとへと走り向かった。

 ランスロットは呆然とガウェインが向かって来るのを眺めていた、もし本当に二人を殺したのが自分であるならばランスロットは殺されて当然であると受け入れたのである。

 

 「ランスロット様」

 

 ギネヴィアがか細く声を出した。

 ランスロットはギネヴィアを見ると、今自分が死ねばギネヴィアはどうなるという事が頭を過った。

 しかしこの場を離れることなど出来ようハズもないとランスロットは頭を抱えた。

 するとギネヴィアの声よりも更に弱弱しい声が聞こえてきた。

 

 「逃げ…て。此処…に居たら、二人とも…」

 

 その声の主はガレスのものであった。ガレスはまだ辛うじて命を取り留めていたのだ。

 しかしその命がもう間もなく消えることは明白であった。

 ランスロットはガレスに駆け寄ったが何と言えばいいのか言葉が無かった、どんな言葉を喋ることも自分には許されないことのように感じられた。

 しかしそんなランスロットにガレスは喋ることすら辛い中で必死に声を出して伝えようとした。

 

 「だい…じょうぶ…だから。私…は、信じ…てる…から」

 

 ガレスはそう言うとギネヴィアを指差して、ギネヴィアを連れて逃げるよう仕草で伝えた。

 ガレスは自分を切ったランスロットと、その元凶を作ったギネヴィアを救おうとしていたのである、自分の命が尽きるであろうその瞬間に。

 そんなガレスを見たランスロットは今この場で自分の剣で、自分を殺したい衝動に駆られた。

 しかし、ランスロットは馬に乗るとギネヴィアを抱えてその場から離れた、ガレスの優しさを踏みにじってしまわぬように。

 

 「済まない、済まない、済まない」

 

 ランスロットはギネヴィアを抱えながらガレスとガヘリスに何度も何度も謝罪をした、今ほど死んでしまえたらと思ったことは生涯で無かったであろうという程に。

 馬に乗って逃げるランスロットたちをガウェインは追いかけようとしなかった、相手が幾ら二人乗りであろうと徒歩では追い付くのは難しかったからだけではなく、ガウェインは妹と弟の身を案じたからだ。

 しかしガウェインがガレスとガヘリスのもとに辿り着いた時には二人はもう息をしていなかった、そんな温かい二人の体を抱きしめてガウェインは身を震わした。

 

 「絶対に許さんぞ、ランスロット。貴様だけは…絶対に」

 

 血塗れの妹と弟を抱くガウェインの目は復讐の炎で燃え盛っていた。



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4-10 予兆

 ランスロットがガレスとガヘリスを切り殺し、ギネヴィアを連れて逃げたことはすぐに国中へと知れ渡った。

 妹と弟を殺されたガウェインは暫くガレスたちの遺体の前で涙を流していたが、他の兵士たちがその場に駆け付けるとガレスたちの遺体を丁重に埋葬することを指示してアーサー王の下へと向かった。

 

 「アーサー王、ランスロット討伐の先方は私にやらせてくれ」

 

 ガウェインはキャメロット城に戻るとアーサー王に鬼気迫る様子で詰め寄った。

 既にランスロット逃亡の話を聞いて他の円卓の騎士たちもその場へと集合していた。

この場にいない円卓の騎士はアーサー王に別れを告げたトリスタン、死んだガレスとガヘリス、そして任務(聖杯探索)にて連絡すらも容易に取れぬギャラハッドたちであった。

 

 「すぐに兵を出すことはならぬ」

 

 アーサー王のその言葉にガウェインはアーサー王に掴みかかる勢いで迫ったが、他の円卓の騎士たちがそれを何とか押し止めた。

 ランスロットの逃亡した先にはその場に居る者たちはある程度予想が付いていた。

 ランスロットといえどもアーサー王が国を挙げて追ってを差し向ければ振り切るのは簡単ではない、その上ギネヴィアを守りながらでは不可能であろう。

 ならば強大な力を持つ国に身を寄せるのが妥当である、そしてランスロットと深い関わりがある国といえば答えは一つであった。ランスロットの生まれ故郷であるフランスである。

 頭に血が上っているガウェイン以外はアーサー王がすぐに挙兵しない理由は察しが付いていた。

 

 「今すぐにフランスに攻め込めばコチラが理由無き侵略者と罵られよう」

 

 アーサー王はフランスに向けて既に書状を持たせた兵を送り付けていた。

 ガウェインはそれでも怒りを抑えきれないのか、一人でフランスまでランスロットを追いに行こうとその場を立ち去ろうとする。

 しかしアーサー王と円卓の騎士たちにより何とかガウェインを説得した。

 アーサー王はフランスがランスロットを引き渡さない場合は全軍を持ってランスロットとそれに肩入れしたフランスを全て一人残らず殺すとまで言ったことで、ガウェインは納得せざるを得なかった。

 そしてフランスからの便りが届いたのは三日も時間が経ってからであった。

 

 「ようやく来たか」

 

 ガウェインは怒りを抑えきれずに伝令の兵士に大声を出して手紙の内容を早く読むように急かした。

 フランスはランスロットのことなど知らぬ存ぜぬを通した。

 ランスロットの痕跡(足取り)を調べていたアーサー王側はそれが嘘であることは分かっていた、アーサー王はフランスを追及する手紙を再度送り付けた。

 フランスはあの手この手で時間を引き延ばそうとしているのは明らかである、ガウェインはアーサー王に鬼気迫る勢いで直談判をした。

 アーサー王はもうガウェインを抑えるのは無理であると悟った、むしろこれまで怒りを抑えていたことが奇跡である。

 アーサー王はフランスに最後の通達をした、ランスロットの引き渡しが無い場合は貴国を滅ぼすと。

 結局フランスはしらを切った、アーサー王はアグラヴェインに既に命じていた軍の編成の最終準備を急がした。

 

 「また、多くの血が流れるのか」

 

 アーサー王は小さく一人呟いた。この手を血で汚すことを躊躇(ためら)いは無い、それでもそれが必要であるならばだ。

 アーサー王は自分の選択を後悔していた、自分などが王でなければガレスとガヘリスは死ぬことはなかったのではないかと自問自答をして。

 過去は変えられぬと天井を仰ぎ目を閉じた、そしてアーサー王は椅子から腰を上げると外で待つ兵たちの前に行こうと扉を出ようとした。

 そして扉を出るとそこには士郎が立っていた。

 

 「セイバー、俺も一緒に連れて行ってくれ」

 

 士郎はセイバー(アーサー王)に戦への同行を懇願した。

 しかしセイバーは士郎の同行を既に拒否していた、士郎はそれが納得出来ずに戦場に赴(おもむ)く前にセイバーに再び願い出たのだ。

 

 「前にも言ったハズだ士郎、この戦いは私たちの都合だ。アナタを巻き込みたくはない」

 

 セイバーはそう言うとその場を立ち去ろうした。しかし、士郎はセイバーの進路を塞ぐように立ちはだかった。

 士郎はどうあっても戦場に付いて行こうとした、見かねたセイバーは兵士数名呼ぶと士郎をその場に押さえつけて身動きを封じた。

 

 「今回の戦場では多くの血が流れるだろう、アナタにはその様な場所に居て欲しくない。

済まない士郎、これは私のワガママだ」

 

 セイバーは少し悲しそうに笑うその場を立ち去った。

 士郎は何度もセイバーの名を叫んだが、セイバーは振り返らずに戦の準備を整えて出発を待つ兵士たちの前えと出て行った。

 

 「準備は整っています、どうかお気を付けて」

 

 アグラヴェインはそう言ってアーサー王の前で頭を下げた。

 

 「後の事は頼んだぞアグラヴェイン。モードレッドの補佐は手を焼くかも知れぬが」

 

 今回の戦争には多くの兵を動員した、敵国もまた強大な力を有している為である。

 しかし守りを疎かにすることはできない、他国が攻め込んで来る可能性は常に存在しているのだ。

 アーサー王は自分が国を空ける間のことはモードレッドに任せることにした、しかしモードレッド一人で国を全て任せるには荷が重いと考え、アグラヴェインを補佐に付けることにした。

 

 「よろしいのですか陛下? モードレッドに国の留守を任せるより共に戦場に連れた方が役に立つかと思われますが」

 

 「思慮が足りぬのは経験が浅いからだ、経験を積めばモードレッドもまた国をどう治めていくかも学ぼう。

  私に万が一何かあろうとも、私の理想を継ぐ誰かがブリテンを導くなら私に悔いは無い」

 

 アーサー王は今回の戦いに何か嫌な予感がしたのかも知れない、自分に万が一のことがあった時のことをアグラヴェインに話した。

 アグラヴェインはブリテンを治めるのはアーサー王以外あり得ません、そう言うとアーサー王も理想の道半ばで自分も死ぬつもりは無いと言った。

 しかし何があるかなど誰も分かりはしないのだ。

 

 「陛下、どうかご武運」

 

 アグラヴェインはそう言うとキャメロット城を出るアーサー王が門の外に出るのを見送った。

 アーサー王が外に出ると見渡す限りの兵が一面に敷き詰められていた。

 アーサー王はおもむろに剣を抜くと剣を空に掲げた。

 

 「これより我らをランスロット討伐に向かう、ランスロットの凶刃に倒れたガレスとガヘリスの無念を晴らす為にも邪魔だてするものに容赦はするな」

 

 アーサー王の激励に兵士たちの間にオオーと大きな歓声が響き渡った。

 しかし場の雰囲気に酔っている者たちの中にもランスロットのことを未だに慕っている者たちは居た。

 そんな中アーサー王は軍を率いてフランスへと攻め行くのであった。

 

 

 

 しかし、ある異変に誰も気付いていなかった。

 平時であればモードレッドがアーサー王に居残りを命じられたことを素直に従うなどオカシイと誰もが思ったであろう、しかし混乱の最中では多少の違和感を気にする余裕のある者など居なかった。



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第裏四章 4=1 最後の仕掛け

 ランスロットがガレスとガヘリスを殺害したことにより国は混乱の最中にあった。

 その混乱に乗じて{選定者}と妲己、そしてモルガンは次の作戦を行うために密会していた。

 

 「ご足労感謝致します、モルガン様」

 

 {選定者}はそう言って恭(うやうや)しく頭(こうべ)を垂れた。

 モルガンは{選定者}に楽にする様に促(うなが)す。

モルガンは最初こそ{選定者}の胡散臭い雰囲気に警戒の色を露(あらわ)にしていたが、{選定者}の助言によってアルトリア(アーサー王)が窮地に追い込まれて行く様を見ることで、モルガンの{選定者}に対する態度は変わっていった。

 とは言ってもモルガンは{選定者}を心から信用している訳ではなかった、使える存在なので利用しているに過ぎないのだが。

 

 「それで次の段取りはどうなっているのだ?」

 

 モルガンは{選定者}に尋ねた。

 {選定者}はニヤリと笑うと次の行動を話し始めた。

 

 「次がアーサー王を悲劇の運命へと導く最後の仕上げとなります」

 

 {選定者}の言葉にモルガンは身を乗り出して話の続きを急かした。

 現在の時点で既にアルトリア(アーサー王)を十分に追い詰めている状態であった、更にこれ以上アルトリアの狼狽(ろうばい)した姿を見れるのかとモルガンは喜々とした表情を浮かべた。

 

 「モードレッドをコチラ側に引き入れます」

 

 {選定者}の言葉にモルガンの喜々とした表情に陰りが差した。

 モードレッドは元々モルガンがアルトリアを殺す為に産んだ存在であった、しかしモルガンの思いとは裏腹にモードレッドはアルトリア(アーサー王)に心酔することとなった。

 その心酔した対象であるアルトリアを殺す側に引き入れるという不可能な{選定者}の言葉にモルガンは失望の色を露にした。

 モルガンは不機嫌そうに{選定者}に話しかけた。

 

 「モードレッドはアルトリアにではなく、王を殺そうとする我々に剣を向けるのは明白であろう」

 

 モルガンは{選定者}の間の抜けた計画を馬鹿馬鹿しいと一蹴した。

 しかし、{選定者}はモルガンに顔を近付けて口を開いた。

 

 「いいえ、モードレッドは必ずアーサー王に剣を向けます。全ては{決まっている}ことなのだから」

 

 {選定者}の言葉には確信めいた自信を窺わせていた。

 モルガンはにわかには信じられなかったが、今までの{選定者}の実績を鑑(かんが)みるに何か手があるのかも知れないと考え、{選定者}に任せることにした。

 

 「話は変わるがエクスカリバーの鞘の件は既に手を打っておいたぞ、安心するがよい」

 

 モルガンはふと思い出したように{選定者}から頼まれていた、エクスカリバーの鞘の話をした。

 モルガンはアーサー王が此度の件で動揺している隙に、エクスカリバーの鞘を偽物とすり替えていたのだ。

 

 「その鞘って特別な物ではありませんのぅ? すり替えて気づかれないものなのかしらぁん」

 

 妲己がモルガンの鞘のすり替えに疑問の声を上げた。

 モルガンは顎を少し上げて上から見下ろすように、自信をタップリと含ませて語った。

 エクスカリバーの鞘は妖精の手によって作られた特別な物であると、その鞘の力には所有者の全ての傷を癒す人知を超えた力がある。

 そして自分(モルガン)が作りし偽の鞘にも持ち主の傷を癒す力を与えたのだと、しかしその力は時間と共に薄れゆく、そして偽物だと気付いた時には既に本物は何処かに売り飛ばされて行方を掴むのは不可能であると。

 

 「一時とはいえ妖精の作りし鞘と同じ力を持ったモノを作れるなど、人間で私以外に二人と居ないであろうな」

 

 モルガンは上から見下すように言い放った。

 モルガンの言葉通りそれ程の道具を作れる魔術師など世界中探そうともそう居るものでは無かった、モルガンはまごう事無き大魔術士であることがそれからも窺えた。

 しかし、それ程のモノであろうとアーサー王が平時の時であれば気付いたであろう、アーサー王の状況が此処まで酷い状態でなければ。

 

 「選定の剣(カリバーン)を破壊したのはペリノア王だ、しかし選定の剣の破壊にも私は関わっているのだからな」

 

 モルガンは自慢するようにかつての選定の剣(カリバーン)の破壊の話をした。

 選定の剣はペリノア王の手により折られたのだが、実は選定の剣にはモルガンが呪詛を仕込んでいたのだ。

 選定の剣は特別な剣であった、もしも万全な状態であればペリノア王とて破壊できたかは分からない。勿論モルガンの呪詛だけでも選定の剣を破壊することは出来なかった。

 モルガンの呪詛と、ペリノア王の力によって初めて破壊を可能にしたのだ。

 故にモルガンは選定の剣を排除できたのは自分の手柄でもあると語った。

 

 「流石はモルガン様です、ではモードレッドと我々を引き合わせる段取りをお願い致します」

 

 {選定者}はそう言い残してその場を後にした。

そして後日モルガンの手引きによってモードレッドと{選定者}たちは引き合わされた。



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4=2 憎悪の種

 モードレッドは部屋で一人居ると誰かが訪ねて来た。それが母であるモルガンであることを知ると追い返そうとしたが、アーサー王に付いての大事な話があると言うのでモードレッドは仕方なしに部屋へと入れた。

 モルガンの後ろには二人の見知らぬ人物を連れている、一人は妙に派手やかな女で、もう一人はローブを纏っているので顔は分からなかった。

 

 「お初にお目にかかります、モードレッド様」

 

 ローブを纏った人物が恭(うやうや)しく頭を垂れた。

 その声からローブを纏っている人物が男であることがモードレッドには分かった、そしてそのローブの男が信用のならない胡散臭い奴であるということも。

 モードレッドは剣を抜くとローブの男に剣を突き付ける、モードレッドは自身の直感がこの男を信用してはならないと告げたのだ。

 

 「私が連れて来た者に対して無礼ではないのか? 愛しい我が子よ」

 

 モルガンがモードレッドを窘(たしな)める。

 モードレッドはこの女(母親)が嫌いであったが仮にも母親であるモルガンの言葉に一瞬の躊躇を見せた。

 その瞬間にローブの男は喋り始めた。

 

 「自己紹介がまだでしたね、モードレッド様。私の名は{選定者}と言います」

 

 ローブの男は自らの名を{選定者}と名乗った。

 モードレッドは何処かで聞いたことがあったような気がして記憶の糸を辿った、そして糸の先の記憶が蘇(よみがえ)る。

 父上(アーサー王)が義経という敵から聞いた親玉の名前であることをモードレッドは思い出した。

 

 「テメーは父上の敵だな?」

 

 「その通りです、私はアーサー王の敵です。故にモードレッド様、貴女(アナタ)の味方なのです」

 

 モードレッドは質問の返答に帰ってきた{選定者}の言葉の意味が分からずに混乱した。

 父上の敵であるなら自分に対しても敵に決まっているハズであろうと。

 

 「モードレッド様、貴女は何も知らないのですね? 貴女が本当に刃を向ける相手が誰であるのか」

 

 {選定者}はそう言うと妲己の方にチラリと視線を投げかけた。

 ここから先の話は妲己の口から説明させるのが一番であると{選定者}は考えた。何故なら妲己の言葉には人の心の中へと染み渡る力があるからだ。

 

 「モードレッド様ん、アーサー王にとって貴女がどういう存在か妾(わらわ)が教えて上げますまぁん」

 

 モードレッドは近づいて来る妲己に剣を向けると切り付けようとした、しかし妲己の口から出た言葉にピタリと剣が止まった。

 

 「アーサー王は本当は女性なのですわぁん」

 

 妲己の言葉にモードレッドは目を丸くした。

 そしてモルガンがモードレッドに近づくと水晶玉をモードレッドの顔の近くに近づける、そこには魔術によって映像が映し出されている。

 そこには部屋で着替えるアーサー王の女体が映し出されていた。

 しかし魔術の映像を見せられたモードレッドだが素直にそれを信じようとはしなかった、母上(モルガン)ならば平然と嘘の情報で自分とアーサー王を仲違いさせようとする可能性は十分に考えられるからである。

 そんなモードレッドに妲己は耳元で囁いた。

 

 「信じられないのは無理ありませぇんわぁ、ならばご自分の目で確かめて見るといいですわぁ」

 

 妲己の言う通り確かめればスグに分かることだ、ならば父上(アーサー王)が女性であるという事は本当なのかも知れないとモードレッドは考えた。

 しかし、たとえ父上が女性であろうともモードレッドはアーサー王を尊敬する気持ちに一切の変化は無いではないかと自身に言い聞かせた。

 

 「可哀想なモードレッド様ん、円卓の騎士の中で唯一人だけその事実を知らされていなかったんですものねぇん」

 

 実際は円卓の騎士でその事実を知るのは極僅かである、しかしモードレッドはそんなこと知る由も無い。

 何故自分だけに知らされていなかったのかとモードレッドがショックを受ける中で、妲己は更にモードレッドを追いつめる為に言葉を続けた。

 

 「何故その秘密を知らされなかったのか分かりますかしらぁん?

  それはモードレッド様が信頼されてなかったからですわぁん、だって貴女はアーサー王にとって、ただの捨て駒なのですからぁん」

 

 妲己はアーサー王にとってのモードレッドの存在価値を説明した。

 アーサー王にとってモードレッドを子として認めているのは、自らが失策をした時の為の身代わりとして傍に置いているのだと。

 アーサー王が何か失敗をしてその責任を問われた時に実の子を処断すれば民の溜飲も下がるであろう、モードレッドはアーサー王にとってはただの人身御供として利用しようとしているに過ぎないと。

 

 「嘘だ、父上にとって俺がそんな存在なわけがねえ」

 

 モードレッドは妲己の言葉を強く否定した。

 しかしモードレッドはアーサー王が自分に対する態度を思い返す、自分がどんなに尽くそうとも父上はその少しでも自分を気に掛けたことがあったであろうか? 自分は父上から愛されていないのではないかと。

 

 「嘘だ、嘘だ、嘘だ」

 

 モードレッドは必死に、自分に言い聞かせるように強く否定する。

 勿論モードレッドは誰とも分からぬ目の前の人物を完全に信じた訳ではない、それでもモードレッドの心にアーサー王にとっての小さな疑心暗鬼の心が生まれた。

 

 「どんな強固な関係も、小さな猜疑心(さいぎしん)一つで壊れゆく。

  やっぱり人間は堪りませんわぁん」

 

 妲己は自分の言葉一つで激変する人の心に堪らない快感を感じていた。

 その光景を見て{選定者}はゆっくりと部屋から出て行く。

 

 「種は蒔(ま)いた、後は妲己の言葉と、それで足りなければモルガンの魔術と薬物を使えばモードレッドの憎悪はかってに燃え上がる」

 

 {選定者}は満足そうにポツリと呟いた。

 アーサー王がランスロットを討伐に出立するのにまだ数日要するであろう、そしてアーサー王がブリテンから離れた隙にモードレッドの憎悪を更に燃え上がらせようとしていた。

 その憎悪の業火がアーサー王とブリテンを焼き尽くすと{選定者}は知っていた。

 この時代に居ないハズの異物(衛宮士郎)が現れたことで{選定者}は多少の懸念を抱いていたが、所詮はただの杞憂でしかなかったと思い直した。

 

 「所詮誰も逃れることなど出来ぬのだ、{運命}という名の鎖からはな」

 

 {選定者}は最後の仕掛けを終えると、アジトの一つへと帰路した。



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4=3 {運命}

 エミヤは{選定者}たちが使っているアジトに戻るとそこには{選定者}本人が一人椅子に座っていた。

 {選定者}はエミヤ気が付くと声を掛けてきた。

 

 「これは抑止力殿、色々とお忙しそうですね」

 

 「裏でコソコソと動き回っているお前ほどでは無いがな」

 

 エミヤの言葉に{選定者}は自分がやるべき仕掛けは全て終わったと満足そうに言った。

 そして{選定者}はエミヤが何をやっているのかと問い掛けた。

 

 「私は本来この時代にいるハズの無い衛宮士郎に付いて色々と調べてたものでね」

 

 エミヤは衛宮士郎に付いて調べていた、その理由はこの時代に現れた衛宮士郎を殺せば第五次聖杯戦争で出来なかった自身の悲願を達成することが出来るかということであった。

 仮に第五次聖杯戦争で衛宮士郎を殺したとしてもエミヤ自身が世界の守護者という悲運から解放される可能性は低いであろう、それでも後悔しか残らなかった人生に終止符を打てる可能性があるのならとエミヤは願った。

 

 「それでは抑止力殿は衛宮士郎を殺すのですね」

 

 「いや、此処で奴を殺すつもりは無い」

 

 エミヤの言葉に{選定者}は耳を疑った。

 {選定者}は衛宮士郎を生かす理由をエミヤに問うた。

 するとエミヤはこの時代に現れた衛宮士郎に付いて、自分が調べたことを話した。

 今この時代に居る衛宮士郎を殺した所で衛宮士郎が本当に死ぬ訳ではない様であると、元の時代にただ戻るだけであろうと。

 この時代に現れた衛宮士郎は聖杯戦争に参加した英霊たちに近い生身の人間とは違うものだと。

 

 「この時代から異物が消えるだけで私は良かったのですがね。

まあ、今となっては私にとってはどうでも存在ですよ、小石一つ投げ込まれたところで氾濫(はんらん)した川の流れが変わることなど絶対にないのだから」

 

 {選定者}はエミヤの説明を聞いたがどうでも良いことだと笑った。

 そして{選定者}はエミヤが今後どう動くのであろうかエミヤに質問した。{選定者}としてはこの時代に居るハズの無い人間の行動はなるべく把握しておく必要があったからだ。

 

 「第五次聖杯戦争の時とは状況が変わった、衛宮士郎を殺したところで意味は無い。

  ならば私のやることは衛宮士郎の生き方(考え方)を変えることだ、その歪な考えを変えることで、後悔しか残らない最後に向かわせないために」

 

 この時代に現れた衛宮士郎の生き方を変えたところでエミヤ自身の悲運が変わる可能性は極めて低いであろう、それでもエミヤにはその可能性に掛けるしかなかった。

 エミヤの話を聞くと{選定者}は大きな声を立てて笑った、そして{選定者}はエミヤに自身の顔を近付けて目を覗きこんで話した。

 

 「愚かだな抑止力、いや世界の守護者、いいや衛宮士郎」

 

 {選定者}は普段の態度と喋りを変えてきた、いやこれが{選定者}本来の姿なのであろう。エミヤはそう思った。

 そして{選定者}は言葉を続けた。

 

 「どう足掻(あが)こうとも何も変わりはしないさ、絶望を前に人が出来る唯一の救いは諦めることだけなのだから」

 

 {選定者}は嘲(あざけ)笑いその後も言葉を続けた、後悔とは過去に違う選択をしていたら別の未来が待っているかもという思いから生まれるモノだと。

 しかし、{選定者}曰(いわ)くどの様な選択をしようと全ては無駄であると。何故なら人が産まれいずる前から全ては{運命}によって決まっているのだからと。

 

 「前にも言っただろ、歴史に名を残した賢王と言われる王と、愚王と嘲(あざけ)られる王の違いは{運}だと。

  そう、全ては{運命}さ。どんな歴史に名を残した英雄たちも特別だから名を残したのでは無い、ただ{運命}にそう選ばれただけの駒でしかないのだ」

 

 {選定者}は言った、人は{運命}という鎖に繋がれた奴隷であると。

 だから絶望を前に人は諦め、そして受け入れるしかないのだと。どう抗おうとも全ては{運命}によって決められている定めなのだから。

 

 「大災害に巻き込まれたことも、衛宮切嗣という人間に救われたことも、そして今のお前

の現状も全ては避けようがない{運命}という始めから決められた決定事項なのさ。

  だから諦めるしかないのさ、それが人に出来るたった一つの事なのだからね」

 

 {選定者}はそう言うと誰も居ない方向へと向いてまるで舞台の上の役者の様に大袈裟な立ち振る舞いをする。

 

「私は他の王たちから劣っていたのでは無い、ただ{運命}からそう決められたからだ、それを証明する為に最も愚かな王で在る私が他の王たちを殺そう、全ては{運命}という存在を証明するために」

 

{選定者}の言葉はエミヤに言ったのか? それとも自分に言い聞かせているのか? 

はたまたこの場に居ない誰かに語りかけているかの様な判断しづらいモノであった。

 エミヤは{選定者}の言う通りこの世の全てが決まっていることならばそれは自分にとって救いだろうか? それとも、

 エミヤは天を仰いだがそこには暗い洞窟の天井があるだけであった。



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第五章 5-1 苦渋の決断

 フランスへと亡命したランスロットはフランスの王にある要求を迫られていた。

 それはブリテン(アーサー王)が軍を上げてフランスへと進軍してきた、それを迎撃する為の軍の指揮官の一人にランスロットも出撃するように迫られたのだ。

 ランスロットはアーサー王と袂(たもと)を分かつ事となった、しかしそれでもかつての友や仲間と剣を交えたくは無いという気持ちは当然であった。

 

 「アーサー王が我が国に攻め入ってくるのはランスロット、お主を保護したことが原因だ。

お主の選択は我らと共に戦うか、この国を去るかだ」

 

 フランスの王は口では好きに選べと言ったがランスロットがフランスから出て行くことは無い、そう確信をしていた。

 何故なら、ランスロットにはギネヴィアという足枷がある以上ブリテンという強国からギネヴィアを守れる別の強国の庇護が絶対に必要だからである。

 ランスロットは苦悩したが結局ギネヴィアを守るためにかつての仲間たちと剣を交える道を選ぶしかなかった。

 

 「私は一体どこまでアーサー王に不義を重ねるのかな」

 

 ランスロットは自身の境遇を皮肉って笑った、それでも自分が進む道はもう一つしかないのだ、そう覚悟を決めると剣を携えてかつての仲間たちと戦うために戦場へと向かった。

 ランスロットは心の中で奇妙な違和感を覚えていた、今の自分の境遇はまるで何者かの意志でこうなるように仕向けられたのではないかという思いが。

 それは人では推し量ることの出来ない何か、言うなれば{運命}のような存在を感じた。

 ランスロットは頭を横に振ると馬鹿な考えを追い払った、戦場に向かうのに余計なことに気を取られれば命を落としかねない。

 ランスロットは自分の命など今更どうでも良かったが死ぬわけにはいかなかった、ギネヴィアを守る為に。

 

 

 

 アーサー王がフランスの領土へと足を踏み入れると、そこには国境を守るフランスの兵との交戦が始まった。

 国境を守る兵たちは必死に抵抗を見せたがアーサー王が率いる屈強のブリテン軍の前に簡単に突破されてしまった。

 その後もアーサー王の進軍をフランス兵が止めに入るがアーサー王たちの進軍のスピードを緩めることさえ叶わなかった。

 

 「王よ、ブリテン軍の強さは異常です、このままでは我が国は滅ぼされてしまいますぞ」

 

 フランス王に仕える家臣たちは慌てふためき混乱していた。

 そんな家臣たちが慌てふためく中でもフランスの王は一人冷静に椅子に座り、慌てる様子は全くなかった。

 そんなフランスの王を見て家臣たちも落ち着きを折り戻しつつあった、何故なら家臣たちは自分たちが仕える王は勝算の無い戦いをする王ではないことを知っているからである。

 家臣たちは静まり一同が王を注視した、そしてフランスの王はゆっくりと口を開いた。

 

 「安心せよ皆の者、全ては想定内だ」

 

 フランスの王はそう言うと自国の兵士たちの多くを自国の深くで集める様に家臣たちに通達した。兵力を一ヶ所に集めて進軍するブリテン軍と正面衝突する道をフランスの王は選択した。

 兵の数で言えばフランス軍の方が多かった、アーサー王が率いるブリテン軍は城の守りの為に全軍の四分の一をキャメロット城へと置いてきたからである。

 その上攻めるブリテン軍は普通ならば守るフランス軍の二~三倍の兵力を必要とする、それでもまともに戦えばフランスの王は自国が負けると読んでいた、フランスの王はそれ程までにアーサー王(ブリテン)の軍力を評価していた。

 しかし、それでもフランスの王は余裕の笑みで笑った。その絶対の自信がまもなく明らかになろうとしていた。

 

 

 

 アーサー王たちはフランスの軍の抵抗が弱くなったのを感じた、それを逃さずに進軍速度を速めたがある地点でブリテン軍は足を止めた。

 

 「全軍、足を止めよ」

 

 アーサー王はそう言うとブリテンの兵たちはその場で行軍を止めた。

 フランス領土の深くまで入ったところでアーサー王は見渡す限りのフランス兵が目に入った、そこでフランスは此処を決戦の場とすることをアーサー王は悟り慎重に相手の出方を窺(うかが)っているのだ。

 フランス兵は陣形を変えてブリテン軍の迎撃態勢を取った、そのフランス兵の先頭には隊を指揮する隊長らしき者たちが見受けられた。

 そしてその中の一人にアーサー王たちが見知った人物が一人居た、ランスロットである。

 

 「どこまで騎士の名を貶めて恥を晒す気だ、ランスロット」

 

 アーサー王の横に控えるガウェインは大声で怒りを込み上げながらランスロットをなじった。

 敵国の兵として現れたランスロットにガウェインは怒りを露(あらわ)にするが、他の兵たちには動揺が広がっていた。

 ランスロットが国を追われる身になったこと知っていようとも、敵として自分たちの前に立ちふさがるとは大半の兵は思わなかったのだ。

 ブリテン兵の大半の者は未だにランスロットを尊敬している者、好意を持つ者が多くいた。

 ブリテン軍の強さの秘密の一つであるアーサー王による一枚岩の団結力に小さなヒビが入る音がどこからか聞こえた気がした。



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5-2 離反兵

 ブリテン軍とフランス軍の戦いは拮抗していた。

 当初のブリテン軍の勢いから戦いは一方的になるかと思われた、しかしフランスにも名立たる将は多く居た、そこにランスロットも加わったことでフランス軍の戦力は強大なモノとなっていた。

 それでもブリテン軍の方が戦力としては上であるハズだった、それが拮抗している理由の一つにランスロットの出現で未だにブリテン軍の兵たちの動揺が収まりきらずにいたことも理由の一つであった。

 

 「皆の者進め、大義は我らに在り」

 

 アーサー王の掛け声で士気は上がったが、ランスロットが敵側に回ったことの動揺を完全に打ち消すことまでは出来なかった。

 アーサー王は自軍の兵を三つに分けると人数を一番多く攻撃の軸とする主軍を自身で率いた、アーサー王の補佐としてベディヴィエールもその軍に組み込まれた。

 そして残り二つの軍はそれぞれ円卓の騎士であるガウェインとケイに指揮を任せた。

 それに合わせるようにフランス側もブリテン軍と同様に軍を三つに分けて戦った。

 

 「チッ、フランス兵も思ったよりもやるじゃねえか」

 

 ケイは愚痴を吐きながらも戦っていた。

 数で劣りランスロットの出現で兵の混乱も残る中、それでも互角の戦況を維持するだけでも称賛ものであるが、拮抗する状況にケイは苛立ちながら剣を振るった。

 ケイが率いる軍とアーサー王が率いる軍の二つはフランス軍と互角の戦いを繰り広げていたが、ガウェインが率いる軍はフランス軍を押し込んでいた。

 

 「何処にいるランスロットー、私の前に出てこい」

 

 ランスロットに対する怒りを胸に燃やすガウェインの猛攻を前に敵対するフランス兵も尻込みをする気迫であった。

 そんなガウェインの勢いに引っ張られるようにガウェインが率いる軍も勢いを増してフランス兵に襲いかかった。

 しかし誰も止められないと思える程のガウェインの猛攻を止める者が現れた、その男はガウェインの振りかぶった剣を自身の剣でピタリと止めた。

 

 「ようやく現れたな、ランスロット」

 

 ガウェインの剣を止めたのはかつては同じ円卓の騎士で有り友であったランスロットである。

 ガウェインとランスロットの剣が激しくぶつかり合う、ガウェインの勢いを止められるとガウェインが率いていた軍も勢いを失いフランス兵が押し戻し戦況は互角に近い状態になった。

 

 「何故ガレスとガヘリスを殺した、二人はお前を誰よりも尊敬していたんだぞ」

 

 ガウェインの怒声が戦場に響き渡る。

その声には怒りが込められている様で、まるで悲しみ嘆いている様でもあった。

 ガウェインの言葉を聞いたランスロットは戦いの最中だというのにガウェインから顔を逸らした、罪の意識でガウェインの顔をまともに見れなかったのだ。

 それでもランスロットは剣を強く握り絞めると剣を振るった。

 

 「どんな言葉を口にしようと私が二人を手にかけた事実は変わらない。

  それでも、今の私には死ねない理由がある」

 

 ランスロットはガウェインが自分を殺して少しでも心が楽になるなら殺されても構わなかった。しかし、今のランスロットにはギネヴィアを守る役目がある。

 ランスロットにはもう自分の意志で戦いの舞台から降りることは出来なくなっていた。

 

 「何て戦いだ、人間とは思えないぞ」

 

 ガウェインとランスロットの戦いを遠巻きに見る兵士はそんなことを口にした。

 二人の戦いに割って入り、その首を手柄にしようとした兵が居たがものの数秒も持たずに死体へと変わった。

 ブリテン兵とフランス兵は乱戦となっていたが、誰も二人が戦う半径数メートルには近寄らなかった。

 ガウェインとランスロットが戦う周りに誰も居ない空間が数メートルでき、その外側で敵味方入り乱れる乱戦となる少し異様な光景がそこには広がっていた。

 そんな戦いが数時間にも及んだ、そして日が落ちると両軍から撤退の合図が響き渡る。

 

 「ガウェイン様、撤退の合図です」

 

 日が落ちガウェインとランスロットが戦う軍以外では既に撤退が始まっていた、しかし三つの内の一つの軍を預かる将であるガウェインが引かないことには兵も引くことが出来なかった。

 ランスロットもフランス側から撤退しろとの命令が下ったが、ガウェインが手を休まずに攻撃を繰り返す中でそんな余裕があるハズもなかった。

 両軍の兵士たちも流石に撤退命令が下る中で戦う自軍の将を止めに入った。

 その隙をついてランスロットは馬を走らせてその場を離脱した、そしてフランス軍の本陣へと馬を走らせた。

 ランスロットが引くのを見るとフランス兵も本陣へと帰還する、しかしガウェインは尚もランスロットを追い掛けようとした。

 

 「駄目です、ガウェイン様」

 

 ガウェインがランスロットを追い掛けようとするのを他の兵士が止めようとするが、ガウェインはランスロットの後を追った。

 このまま行けばガウェインは僅かな兵でフランス軍の本陣へと突撃することとなる、殺してくれと言わんばかりに。

 ガウェインの部下は何とかガウェインを止めようと必死になるが、力及ばずガウェインは部下を振り払いランスロットの後を追いかけようとする。

 そこに聞き覚えのある声がガウェインを止めに入った。

 

 「落ち着いて下さいガウェイン卿」

 

 「無駄だベディヴィエール、このバカ頭に血が上ってやがる」

 

 円卓の騎士であるベディヴィエールとケイがガウェインを連れ戻しにきたのである。

 円卓の騎士が二人掛かりでようやくガウェインをアーサー王が待つブリテン軍の本陣へと連れ戻すことに成功した。

 こうして戦いは次の日へと持ち越された。

 

 

 太陽が上るとブリテンとフランスの戦いが再び始まった、激しい戦いは日が上る度に二~三日と続いたその後に異変は起こった。

 ブリテン兵の中でフランス側、いや、正確にはランスロットに味方しようとする離反兵が出たのである。

 ランスロットの兵士に対する人望の深さが伺い知れた。

 そして離反兵が出たことでアーサー王が率いるブリテン軍はフランス軍に対して、苦境へと立たされる事となった。



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5-3 最大の誤算

 事の始まりは数人の兵士から始まった。

 アーサー王が率いるブリテン軍とフランス軍の戦いは次第にブリテン軍が徐々に押し始めていた。時間が経つ程にブリテン側の情勢が有利になりつつある状況で異変は起きた。

 

 「今こそランスロット様に恩義を返す時だー」

 

 大声でそう叫ぶ数人のブリテン兵は仲間であるブリテン兵へと切りかかった。

 反旗を起こした数人のブリテン兵たちは過去にランスロットに命を助けられたりなどで、ランスロットに恩義を感じていた兵士たちであった。

 たかが数人の兵士の反乱など戦況に与える影響など些細なモノであるハズだった、しかし数人の兵士に感化されたのかランスロットに加勢しようとする者がポツポツと現れた。

 王であるアーサー王よりも一兵士のランスロットを選ぶ者は徐々に増えて行くとブリテン軍は軍としての維持が難しくなった。

 

 「アーサー王、一旦引いて下さい」

 

 ベディヴィエールは王の身の安全を考えて一旦引くように願い出た。

 勿論それを黙って見ているフランス軍でなかったが、フランス軍の猛攻をベディヴィエールが殿(しんがり)となって防いだ。

 アーサー王はブリテン軍と共に数キロ後退した、そして殿で敵を食い止めていたベディヴィエールもアーサー王と合流した。

 離反兵が出たのはアーサー王が率いる軍だけではなかった、ガウェインとケイが率いるブリテン軍にもランスロットに寝返る兵が出たことでガウェインとケイもアーサー王たち合流して軍の編成の立て直しを図(はか)った。

 

 「これ以上無理をすれば取り返しの付かない事態になりかねないぞ」

 

 ケイはそう言うとアーサー王に撤退も考慮するように進言した。

 ケイの発言を聞いたガウェインはその意見に猛反対の態度を示す。

 アーサー王は馬上で目を瞑り今後のことを思案している、アーサー王は目を開けると今日はフランス軍の攻撃に警戒しつつ、しっかりと休むように命令を下した。

 そしてその後についての説明に口を開いた。

 

 「明日の戦いで私とガウェインが先頭に立ち敵兵の数を減らす」

 

 アーサー王は明日に備えてガウェインにしっかりと休むように命令した。

 そして日が上るとアーサー王とガウェインは軍の先頭へと身をさらけ出し、自身が持つ聖剣エクスカリバーとガウェインが持つ剣、ガラティーンの一振りで大量のフランス兵の死体の山が出来上がった。

 アーサー王とガウェインの持つ武器、いや兵器と呼ぶべきその威力によってブリテン軍は再びフランス軍との戦況を拮抗状態へと戻した。

 しかし無茶をした代償としてアーサー王とガウェインは疲弊の色が濃かった。日が暮れて戦いの幕が一旦降りると二人は倒れるように眠りに就いた。

 

 

 

 「クソっ、腰抜けの国々め」

 

 フランスの王は酒の入ったグラスを床に叩き付けると恨めしそうに他の国々を毒づいた。

 ブリテン軍とフランス軍の戦いはアーサー王とガウェインの活躍によって再び拮抗状態、いや、むしろブリテン軍が押している形となっていた。

 途中まではフランス王の目論見通りであった、ランスロットに寝返るブリテン兵がでることも、そしてそれによりブリテン軍が混乱に陥ることも。

 しかし、フランス王の予想と反することが二つあった、一つ目はブリテン軍がフランス王の予想以上の力を持っていたことだ。

 

 「まさかブリテンの力がこれ程とは」

 

 フランス王はブリテン軍の力を予想よりも高めに見積もっていたつもりであった、しかしそれでもなおフランス王の予想以上であったのだ。

 そして二つ目、これがフランス王の最も大きな誤算であった。

 それはブリテンがここまで追い詰められているのに他の国が全く動かないことであった。

 

 「この好機を逃せばブリテンを滅ぼす機会など二度と訪れぬかも知れないと言うのが分からんのか」

 

 フランス王の予定通りに事が運べば他の国がこの機にブリテンのキャメロット城へと攻撃を仕掛けると踏んでいた。

 キャメロット城を落とせなかったとしても他の国が自国の城を攻撃されたとあれば、ブリテン兵の戦の士気も落ちるのは明白である。

 むしろ複数の国がキャメロット城を責めれば落とせる可能性すらあるのだ、帰る城を失った兵など打ち取るは容易いことである。

 しかしフランス王の目論見は外れた、他の国は全く動こうとはしないのである。

 他の国々はペリノア王の訃報を聞いた時にブリテンに攻め入った際にことごとく返り討ちにあったのが余程応えていたのだ。

 

 「このままでは我が国が…」

 

 フランス王は既に今回の戦の落としどころを検討していた。

 このままブリテンと戦えばフランスが勝ったとしてもその代償は計り知れない。ブリテンを打ち負かした名誉を手に入れようとも、国力が低下してその後に他の国が攻めてきた時に防衛する力が無く国が滅びれば意味がないのである。

 フランス王はアーサー王との和睦に考えを巡らせるが問題はタイミングであった、自分の国が不利な状態で和睦を願い出れば足元を見られるからである。

 早すぎれば不利な条件を飲まされる、遅すぎれば国を維持するだけの軍事力を維持出来なくなってしまう。

 頭を悩ませるフランス王に伝令の兵が慌てた様子で報告に来た。

 

 「何事だ」

 

 フランス王は不機嫌そうに伝令の兵を問い質す。

 

 「キャメロット城に火の手が上がった模様です」

 

 「それはまことか?」

 

 伝令兵の報告にフランス王は驚き玉座から勢いよく立ち上がった。

 しかし他の国が軍を動かしたという報告は届いていない、フランス王は訝(いぶか)しんだ様子で伝令兵に何処の国が攻めたのか問い質した。

 伝令兵の口からはフランス王が全く予想しない言葉が飛び出した。

 

 「円卓の騎士、モードレッドによる反乱とのことです」

 

 フランス王は思わず自身の口角が上がるのを感じた。フランス王に取って誤算続きの今回の戦で、最後にこれ以上無い誤算が起こった。

 フランス王に取ってこれ以上嬉しいことの無い誤算である。まさか外からでは無く、内から勝手に滅びてくれようとは。

 フランス王は大声で笑うと玉座に悠々と座ると酒を持ってくるように部下に命じた。

 フランス王に取ってこれ以上無い朗報が、そしてアーサー王に取ってこれ以上無い悲報が届けられたのであった。



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第裏五章 5=1 反乱の最初の犠牲者

 アグラヴェインは椅子に座ると五分程目を閉じて体を休めた。

 彼は円卓の騎士の中で、いやブリテン中を探してもアグラヴェイン程多忙の人物は居ないであろう。

 アグラヴェインは日に二時間程しか睡眠時間を取っていない、その上起きている間は常に仕事に追われていた。それでも過労で倒れないのは一日に数分間の睡眠を何度も取っているからである。

 そんなアグラヴェインに部下の兵士が慌てた様子で急報を告げに現れた。

 

 「何事だ?」

 

 アグラヴェインは慌てふためく部下に端的に質問をした。

 部下の慌てた様子を見てアグラヴェインは他の国が動き出したかと思った、しかし予(あらかじ)めブリテンに攻め入ってきそうな国との国境には強い兵士を配備している、どの国が攻め入って来ようとも防衛する準備は完璧であった。

 それを知っているハズの部下が他の国が攻めてきた程度でこれ程取り乱すとは思えなかった、アグラヴェインは嫌な予感がした。

 

 「反乱です、モードレッド様が謀反を起こしました」

 

 部下の言葉にアグラヴェインは耳を疑った。

 様々な事態を想定して動いていたアグラヴェインであったが、モードレッドが謀反を起こすなど完全な想定外だった。

 アーサー王を誰よりも崇拝していると言ってもよいモードレッドに限って馬鹿なと思う他なかった。

 そんな思いと裏腹に城の一部から火の手が上がっているのがアグラヴェインの目に飛び込んできた。

 

 「私が直接出向く、先ほどの指示通り他の兵士に伝えよ」

 

 アグラヴェインは先ほど火の手が上がったモードレッドが居ると聞かされた場所へと足早に向かった。

 仮にモードレッドが謀反を起こしたとしてもアグラヴェインはそれを鎮圧する自信があった、と言っても自分が武力でモードレッドに太刀打ちできないことは百も承知である。

 アグラヴェインはモードレッドに始めから打ち負かそうと思ってなどいなかった、ただモードレッドを足止めするだけで反乱を鎮圧するのは十分だと考えていた。

 現場に到着したアグラヴェインの目に飛び込んだのは血塗れで倒れる兵士たちと、返り血で染まった剣を握るモードレッドであった。

 

 「血迷ったかモードレッド?」

 

 アグラヴェインはそう言うと剣を構えて身構えた。何か理由があるのか? はたまた誰かに操られているのではないかとモードレッドの様子を窺った。

 

 「憎い、にくい、ニクイ」

 

 壊れたラジオの様にそう繰り返すモードレッドを見て正気の状態ではないことはアグラヴェインにもスグに分かった。

 アグラヴェインはモードレッドを取り押さえる、もしくは最悪殺さねばならないと考えた。

 取り押さえるとなれば武力では上のモードレッド相手に手加減などする余裕など普通は無いハズだ、しかしアグラヴェインには十分な勝算があった。

 それは今回の謀反でモードレッドに加担する兵は決して多くは無いと分かっていたからだ。

 モードレッドをこの場で足止めすれば城の兵士たち、そして城の外を守る兵士たちが駆け付ける。そうなれば幾ら武力に優れたモードレッドといえども捉えることは難しくないとアグラヴェインは考えていた。

 

 「憎い、裏切った、父上、にくい」

 

 モードレッドはまともに喋られる状態では無かった。ただ同じ様な単語を繰り返しているだけである。

 そんなモードレッドが自身の前に立ちはだかるアグラヴェインに剣を振りかざす、アグラヴェインは防御に専念して時間を稼ごうと立ち回る予定であった。

 しかし、そんなアグラヴェインの考えは一瞬で意味の無いものとなった。

 モードレッドの振り下ろされた剣はアグラヴェインの防御しようとした剣を叩き折り、剣の勢いはそのままアグラヴェインの鎧と、アグラヴェイン自身の肉を切り裂いた。

 

 (バカな、この私が一撃で)

 

 アグラヴェインはモードレッドの一振りで床に倒れこみ自身から流れ出る血の海に横たわっていた。

 アグラヴェインはモードレッドと本気の殺し合いなどしたことは無い、それでもモードレッドの実力をある程度把握しているつもりであった。

 しかし、モードレッドの力はアグラヴェインの予想を凌駕していた。

 

 (有り得ぬ、ランスロットやガウェインと同等。いや、それ以上ではないか)

 

 モードレッドの一撃を受けたアグラヴェインはその武力を円卓の騎士で最も秀でた二人、それを凌駕すると肌で感じた。

 アグラヴェインはモードレッドの身に何が起こったのかと重症の中で必死に答えを探した、そんな時に近づいて来る足音が聞こえた。

 

 「良くやったわねモードレッド。私のカワイイ子」

 

 アグラヴェインは力を振り絞り顔を上げて声の主が誰か確かめた。

 その声の主はモードレッドとアグラヴェイン自身の母親である、モルガンであった。

 アグラヴェインはモルガンの姿を見て全てを理解した。

 

 「騙されるなモードレッド、その女を信じるな」

 

 アグラヴェインは最後の力を振り絞り必死にモードレッドに語り掛ける。

 

 「目を覚ませ、我々が仕える方はアーサー王、唯一人だと言うこと……」

 

 アグラヴェインが言葉を最後まで言い終える前にモードレッドの剣がアグラヴェインへと突き立てられた。

 モードレッドの剣に貫かれたアグラヴェインはもう二度と話すことはなかった。

 アグラヴェインの体からはまだ大量の血が床へと広がり血の海を広げていた。

 

 「馬鹿な子ね、あんな小娘(アルトリア)に味方しなければ死ぬことも無かったのでしょうにね」

 

 モルガンは愚か者を見るようにアグラヴェインを見下ろすと吐き捨てるように言った。

 

 「うおぉぉぉー、憎い、父上、殺す、アーサー王」

 

 モードレッドが雄叫びを上げて同じような言葉を繰り返す。

 城の留守を任された円卓の騎士二人、その内の一人が反乱を起こし、もう一人が殺された。

 城に残された者たちはモードレッドの強さを目の当たりにし、逆らおうとする兵士は一人も居なかった。

 元々モルガンが根回しをして味方に付けていた若干の兵士たちがモードレッドに忠誠を誓うと、他の兵士たちもモードレッドに恐怖して従う他なかった。

 王に謀反を起こした逆賊が目の前に居る。しかし、キャメロット城でモードレッドと戦おうとする者は居なかった、たった一人を除いて。



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5=2 モードレッドVS士郎

 キャメロット城は完全にモードレッドの支配下になっていた。

 ただ実際にキャメロット城を運営(動かしていた)していたのはモルガンである、モードレッドはただ玉座にて動かず憎きアーサー王が現れるのを待っているだけであった。

 

 「此度の働きは見事であったぞ{選定者}よ」

 

 「お褒めの言葉感謝致します、モルガン様」

 

 モルガンはモードレッドを玉座に座らせることに成功し、アーサー王を追いつめる要因を作った{選定者}を少なからず信用し始めていた。

 しかし、モルガンにはまだ一抹の不安があった。それは{マーリン}の存在である。

 

 「本当に{マーリン}は抑えておけるのだな?」

 

 モルガンは未だに{マーリン}の存在を懸念していた、この絶望的な状況であろうともあの男なら覆しかねないと考えている。

 事実{マーリン}が現れればこの状況ですらアーサー王を勝利に導くだけの力があった、未来を見通す{マーリン}の存在はそれ程にモルガンにとって脅威であった。

 

 「ご安心をモルガン様、{マーリン}の対峙する相手はかつて何百、何千人の偽物、本物を合わせた魔女を殺した魔術士にとっては天敵と言える奴ですので」

 

 {選定者}はモルガンに{マーリン}と対峙している相手の存在を説明した。

 かつて魔女狩りにて多くの魔女(魔術士)を殺したその逸話によって、死後に魔術士に対して特化した特別な力を持つに至ったと。

 モルガンにとっては魔女狩りはまだ未来の話である、{選定者}の話はイマイチ理解に苦しむものであったがこれまでの功績を信じて{選定者}の言い分をモルガンは信じて{マーリン}については全てを任せた。

 

 「それとアーサー王が客人として招き入れた少年の姿は未だに見つかってないようです」

 

 「そんな矮小な存在などどうでもよい」

 

 モードレッドが反乱を起こしてキャメロット城を手中に収めてからもう二日が経つのに士郎の姿を{選定者}たちは捉えられずにいた。

 しかしモルガンにとっては弱小の魔術士一人どうでもいいという感じである。

 {選定者}はまだやることがあると言ってモルガンとモードレッドと妲己の前から姿を消した。

 

 「さて、ここまでくれば邪魔な存在にはそろそろ退場を願おうか」

 

 誰にも聞こえない小さな声で{選定者}はそう言い残して。

 

 

 

 士郎はキャメロット城の片隅で息を殺して身を潜めていた。

 士郎が今回の騒ぎを知った時には既にアグラヴェインがモードレッドによって殺された後であった、城の大半は既にモルガンが掌握していた為、士郎に残された選択は二つしかなかった。

 敵の手に落ちたキャメロット城から逃げ出すか、敵から身を隠し反撃の機会を窺うかである。そして士郎は後者を選択した。

 少量の食料を確保すると兵士に見つからない様にモードレッドの行動を今までずっと監視していた。

 

 「狙いは決まった、後はいつやるかだ」

 

 士郎がモードレッドを監視していた期間はそう長くは無かった。しかし、時間をかければ自分が見つかる可能性の方が高いと士郎は考えて今までの中で一番モードレッドが隙を作る時に狙いを定めた。

 士郎が今まで監視していた中でモードレッドを討つ一番の可能性を感じたのは食事の最中では無く、寝ている時でも無い、それはモードレッドがセイバー(アーサー王)の持ち物などを見つけて怒りで我を忘れる程怒り狂う時であった。

 モードレッドがセイバーの事で怒り狂い辺りのモノを壊していた時が明らかに警戒が薄れていた。

 

(本当に俺に出来るのか?)

 

 士郎は不安に押しつぶされになりながらも必死に拳を握り絞めて覚悟を決めた。

 このままではいずれモードレッドによってセイバーは傷を負うことになるであろうと、それにモードレッドを此処で討つことが出来れば今回の反乱もスグに鎮圧される。

 モードレッドをこの場で討つことがセイバーにとって何より有り難いことなのだ。

 士郎はモードレッドがセイバーのことで頭に血が上る状況を息を潜めて待ち続けた。

 

そしてその時は訪れた、民の一部の人間がアーサー王の留守中に謀反を起こしたモードレッドを批判したのがモードレッドの耳に届いてしまったのだ。

 モードレッドは怒り狂い自分を批判した者たちを兵士に特定させるとその民たちを捉える様に兵士に命令した、そして怒りの余り自分自身もキャメロット城の外まで行き、アーサー王の名を口にする者たちを片っ端から切り殺すと憤怒した。

 

 「殺す、殺す、アーサー王に味方する人間は全員」

 

 流石に民を殺して回るモードレッドを兵士の一人が止めようと諌(いさ)めた、しかし次の瞬間にその兵士の首はモードレッドによって跳ね飛ばされた。

 それを見た他の兵士は恐怖から誰もモードレッドに近寄ろうとすらしない。

 

 「お前たちも俺様を騙すのか? 父上の様に、俺様を陰で笑っているのだろっ」

 

 モードレッドはそう言うと近くの兵士たちを切り殺した。

会話もまともに成立しないモードレッドに兵士たちは困惑の色を見せた、兵士たちは唯一モードレッドが言うことを聞くモルガンに縋るように願い出た。

 

 「大丈夫よモードレッド、憎いアーサー王を殺すのはもうすぐだからね」

 

 そう言ってモルガンはモードレッドを落ち着かせる、モードレッドは完全にではないが兵士たちを殺すのを辞めた。それを見た兵士たちは恐怖が過ぎ去ったと安堵の表情を覗かせた。

 しかしモードレッドは怒りが収まらないのか、周りのモノを切り壊していた。

 そんな中士郎はモードレッドに照準を合わせると弓を引き絞った。

 モードレッドを殺そうとする士郎の頭にふいにガレスの言葉が過る。

 

 「モードレッドがアーサー王を裏切ることは絶対にないわよ」

 

 ガレスの言葉を思い出した士郎は弓を引く手が途中で止まる。

 士郎の目から見てもモードレッドの様子は明らかに変であった、もしかしたら誰かに操られている可能性はないのかと士郎は疑問に思う。

 

 (本当にここでモードレッドを殺すべきなのか?)

 

 士郎の甘い性格が顔を覗かせた。モードレッドがセイバー(アーサー王)を敬愛しているのは近くで見ていた士郎も痛いほど実感していたのだ。

 モードレッドを殺すことはセイバーにとって本当に必要なことなのだろうか?

 士郎の心に土壇場で迷いが生まれた。

 

 「誰だ? 其処に居るのは?」

 

 士郎は心の葛藤に夢中になり辺りの警戒を怠っていた、その結果兵士の一人に見つかったのだ。

 兵士の大声にモードレッドも士郎が居る方向に視線を移す。

 士郎はこの好機を逃したらセイバーが危険だと思い直すとモードレッドに弓を引き放った。

 モードレッドがこちらに気付いたことで躱されるか、または剣で防がれることを士郎は考慮して二射撃目を構える。

 モードレッドが躱したなら左右に逃げたその場所に二撃目を打ち込もう、あるいは剣で防いだなら、防いだその瞬間に出来る隙に二撃目を打ち込もうと士郎は考えていた。

 しかし、モードレッドは士郎の予想に無い行動を取った。

 

 「バっ、バカな」

 

 士郎は自分が見ている光景が信じられず目を疑った。

 モードレッドは士郎が弓から放った武器を素手で掴み取った、そしてそのまま素手で武器を握り潰したのである。

 武器を握り潰したモードレッドは士郎の方向へとダッシュで距離を詰めに来た。

 士郎はスグに次の攻撃に移ろうとした、しかし体が動かなかった。

 モードレッドが放つ殺気で士郎は身動きが出来ずにいたのだ、それはまるで蛇に睨まれた蛙のように。

 像が蟻に本気で殺しにかかってきたら逃れることは不可能である、なまじ英霊の力を知る士郎の脳は逃れられない死にフリーズしたのだ。

 

 「殺す、殺す、殺す」

 

 モードレッドそう口にすると士郎との距離をアッという間に詰めた、そして手に持つ剣を士郎目掛けて振り下ろした。

 しかしモードレッドは今の力を完全にコントロール出来ずに、距離を詰め過ぎると剣の刃の部分ではなく、柄の部分で士郎の頭を殴る形となった。

 柄で殴られた士郎は四~五メートル程吹き飛ぶと頭から血があふれ出した。

 士郎の頭は殴られた場所が凹んでいるように見える、余りの衝撃に頭の骨が陥没したのだ。

 士郎は立ち上がるどころか、目もまともに見えていなかった。目の前はただ血で赤く染まっているだけである。

 

 「憎い、俺から父上を奪った、お前が現れなければ」

 

 モードレッドはカタコトのようにそう口にすると剣を振りかざして今度こそ士郎の命を奪おうと振り下ろした。

 しかしモードレッドの剣は士郎に届くことはなかった。

 

 「悪いがコイツに今死なれては困るのでな」

 

 そう口にした男の剣がモードレッドの剣を止めた。

 その男は白い髪に浅黒い肌、そして赤いマントを羽織っている。モードレッドの剣を止めたのはエミヤの双剣であった。



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5=3 モードレッドVSエミヤ

 頭から血を流し昏迷する士郎にモードレッドの剣が振り下ろされた。

 だがその剣が士郎に届く前にエミヤが双剣でそれを防ぐ。しかし、モードレッドの剣をエミヤは完全に防げた訳ではなかった。

 モードレッドの剣の刃先がエミヤの肩に少しばかり食い込んでいた。

 

 「殺す、殺す、殺す」

 

 モードレッドはそう口にすると更に剣に力を入れる、モードレッドの剣は徐々にエミヤの肩に深くめり込んでいく。

 

 「チッ、出鱈目(でたらめ)な力だな」

 

 モードレッドは片手で剣を扱っている、一方エミヤは両手で双剣を使いモードレッドの剣を止めているが片手のモードレッドに力負けをしている状況であった。

 モードレッドの膂力(りょりょく)は今までエミヤが戦ってきた敵の中でも一、二を争う程のモノであることをエミヤは認めざるおえなかった。

 エミヤは自分の後ろをチラリと見る、モードレッドから距離を取りたいエミヤであったが後ろに士郎が倒れている以上、エミヤがこの場から飛びのけばモードレッドの剣が士郎を切り裂くだろう。

 さりとて士郎を抱えて距離を取ろうとしても自分一人ならいざ知らず、人を一人抱えた状態では隙が出来る、その隙をモードレッドは見逃すとは思えなかった。

 

 「やれやれ、妙なことになってるようだな」

 

 モードレッドとエミヤの戦いを少し離れた所で見ていた{選定者}が呟いた。

 

 「彼にはまだ役割があるので死んで貰っては困りますね、なので彼女を止めてもらえないでしょうかね。モルガン様」

 

 {選定者}はモードレッドを止めるようにモルガンに懇願した、しかしモルガンは気だるそうに気の無い返事を返した。

 モードレッドが現在言うことを聞くのはモルガンだけであった、そのモルガンですらモードレッドを思い通りに動かせている訳ではなかった。そんな苦労をしてまでモルガンはエミヤを助けることにメリットを感じない為{選定者}の話を聞き流していた。

 

 「I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)」

 

 エミヤは現状を打破する為に詠唱を始めた。

 辺りの空気が変わったのをその場に居る全員が感じ取った、モードレッドは目の前の男を危険と感じ取り剣を両手に持ち変えてエミヤを殺そうと剣に力を込める。

 片手ですら力負けしていたエミヤであったが両手に持ち替えたモードレッドの検圧にエミヤは必死に対抗して、詠唱を続けた。

 

 「モードレッド、もう十分だから引きなさい」

 

 モルガンはエミヤの詠唱を聞くと敵対するのは危険と判断してモードレッドに引くように命じた。

 しかし、モードレッドは目の前の男(エミヤ)とその奥で横たわる男(士郎)を殺そうとモルガンの言葉を無視した。

 

 「モードレッド様、憎きアーサー王を殺す為にあの男にはエサとして生かしておく必要がございます」

 

 {選定者}はそう言うとモードレッドは剣に込める力を一瞬弱めた。

 それを見たモルガンはすかさずにモードレッドにアーサー王を殺す為に必要な事だと説き伏せて、モードレッドに引くように命じた。

 

 「憎い、殺す、アーサー王」

 

 モードレッドはそう言うと剣を引いて元居た玉座へと踵(きびす)を返した。

 今のモードレッドは普通の状態ではなかったが、思考する力が完全に無い訳でもなかった。

 剣を引いたモードレッドを見てエミヤも詠唱を途中で中断する。

 

 「まさかお前に救われるとはな」

 

 「我々は同じ目的を持つ同士なのですから、当然ですよ、抑止力殿」

 

 エミヤと{選定者}は言葉を交わす。

 モルガンが横たわる男(士郎)の処遇をどうするのかとエミヤに尋ねた。

 アーサー王が招き入れた自分には脅威になり得ぬ男のことなどモルガンはどうでもよかった、それよりも目の前の男(エミヤ)を敵に回すのは面倒だと考えたのだ。

 無論モルガンはモードレッドが負けるなどとは微塵も思ってはいなかった。しかし、アルトリア(アーサー王)との対決を前にモードレッドが要らぬ怪我を負うのを避けたかった。

 モルガンはエミヤの詠唱を聞いて、エミヤがやろうとしていた事は自分たちの脅威となる力を秘めていた事に同じ魔術士であるモルガンは瞬時に悟ったのだ。

 

 「命さえあればその男の待遇など私の関知することではない、牢屋にでもぶち込んで置けばいいのでは?」

 

 エミヤの言葉を聞いたモルガンは一瞬驚いた、命掛けで助けた人間なのでエミヤに取って大切な人間かと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。

 モルガンも自分に取って横たわる男はアルトリアを誘い出す為のエサ程度でしかない為、兵士に命じて乱暴に士郎を牢屋へと突っ込んでおくように命じた。

 

 

 

 最低限の手当てだけされて士郎は牢屋に入れられて鎖で繋がれていた。

 その士郎が囚われている牢屋の前に一人エミヤは無言で立ち尽くす。

 

 「まだ諦めていないんですね、抑止力殿」

 

 そう言って{選定者}はエミヤにゆっくりと歩いて近づいて来た。

 エミヤは{選定者}をチラリと見たが言葉を返さず、ただ無言で未だに意識の戻らぬ士郎を眺めていた。

 

 「無駄ですよ、どれだけ足掻こうとも何も変わりはしない。{運命}によって全ては決まっているのですから」

 

 エミヤは自身も過去の自分(士郎)の考えを変えた所で枠組みから外れた自分の役割から解放される可能性は低いと分かっていた、それでも後悔しか残らない馬鹿な生き方をする過去の自分をそのままに許容出来ずにいた。

 そんな{運命}にあらがおうとするエミヤに、{選定者}は近づくと語り始めた。

 

 「もしも、アーサー王が女でなかったらモルガンもあそこまで憎しみを持つことは無かったかも知れない?」

 

 {選定者}はモルガンがアーサー王を憎むのは、同じ女でありながら自分では無くアルトリアをブリテンの王としようとした先代のブリテンの王、ウーサー王(アーサー王とモルガンの父親)との確執が原因だと{選定者}は考えていた。

 

 「もしもアーサー王が男であったなら、モルガンもこれ程アーサー王を憎まなかったかも知れない?

  だがアーサー王は女として生まれた、{運命}がそうさせたのさ」

 

 {選定者}はエミヤの周りを歩きながら尚も自分が持つ持論を離し続ける。

 

 「仮に、アーサー王が男として生まれても別の理由でモルガンはアーサー王を憎んだであろう。

  もし仮に、私がこの時代に現れなくても他の誰かが、他の理由が、アーサー王を同じような窮地へと導いたハズだ。

  この世界は{運命}によって始めから結果が決まっているのさ。過程をどれ程変えようともね」

 

 {選定者}の演説のようなモノを聞いていたエミヤは{選定者}に質問をした。

 

 「何故お前は私にそれほど突っかかってくるんだ?」

 

 エミヤの言葉を聞いた{選定者}はエミヤに近づき耳元で囁いた。

 

 「私が一番嫌いなことは、{運命}に抗おうとする奴を見ることだからさ」

 

 {選定者}はそう言うと歪んだ顔で笑った。

 そして思い出したように{選定者}はエミヤに用事があったことを告げる、それはこの時代に混乱を招こうとしている者が居るというものであった。

 

 「世界の守護者たる抑止力殿の耳に入れときたいことがありましてね、ある人物がこの時代で余計なことをしようとしています。

  その人物の排除のお手伝いをお願いしたくて抑止力殿のもとへ足を運んだのですよ」

 

 {選定者}はそう言うとその人物に付いての説明をエミヤに始めた。



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5=4 {~の王様}

 「あらぁ~、妾(わらわ)に何か御用かしらぁ~{選定者}様ぁん」

 

 何処かに行こうとする妲己を{選定者}は呼び止めた。

 {選定者}はゆっくりと妲己の近くへと近づいた。

 

 「思った通りだな、お前がそろそろこの国の事柄に飽きる頃だと」

 

 {選定者}の言葉を聞いて妲己は袖で口元を隠しながら口角を上げて妖艶に笑った。

 

 「流石に妾のことを良く分かっているわねぇ、貴方の言う通りもうこの国に妾は興味がないのぉ」

 

 妲己はアーサー王が納めるブリテンを自分の言動で壊れていくのを見ることに堪らない快感を覚えていた。

 しかし、現時点で妲己は既にブリテンという国に興味を無くしていた。

 

 「だから妾は別の国に行くのよぉん、妾の言動でまた安定した国を傾けるの、考えただけでゾクゾクしちゃうわぁん」

 

 妲己はブリテンから離れてまた別の国に行き、王など国の権力者を己の美貌で魅了しようと考えていた。

 かつて生前に殷の最後の王、帝辛(ていしん)、またの名を紂王(ちゅうおう)を魅了し国を滅亡まで導いたように。

 

 「悪いが勝手な行動を取られると私が困るのでね、邪魔な者には舞台から退場を願おうか」

 

 {選定者}の言葉に妲己は声を高らかにして笑った。

 

 「貴方に妾をどうにか出来ないわぁん、力尽くで妾をどうにかしようとも貴方の力は妾以下でしょう?

  それに別の理由でも妾を傷付けることは出来ないでしょぉん」

 

 妲己は{選定者}の正体に付いて自分なりに予想していた。そしてそれが間違っていないと確信に近い何かを感じ取っていたのだ。

 それ故に妲己は{選定者}が自分の邪魔を出来ないと読んでいた。

 妲己は{選定者}の前から立ち去ろうとその場を跳躍しようと宙に飛んだ。

 しかし、次の瞬間に妲己の体を何かが貫いた。

 

 「?」

 

 妲己は状況が理解出来ずに自分の腹を貫いた武器が発射された方向に目を向けた。

 そこには弓を構えた男が一人立っていた。白い髪に浅黒い肌、妲己に武器を射かけたのはエミヤであった。

 腹に穴を開けられて横たわる妲己に{選定者}は近づいて囁いた。

 

 「確かに私にはお前を殺す力は無い、だがお前を殺すのを躊躇(ためら)う私ではない」

 

 「貴方が妾を見る目を何処かで見たと思ったのに妾の思い違いだったようねぇん」

 

 妲己は{選定者}の正体をかつて自分を愛した紂王だと考えていた、しかし紂王ならば自分を傷付ける事など絶対に無い。

 妲己は{選定者}の正体を読み間違えたのだ。

 

 「妲己、お前の考察は正しく無い。だが、間違っている訳でも無い。

  私はお前を愛して国を滅ぼした紂王で無いが、全く違うという訳でもないからな」

 

 {選定者}は含みのある言い方をした。

 

 「今回のブリテン崩壊の最大の功績者であるお前には最後に私の真名(な)を教えよう。

  私の真名は{~の王様}、王を殺す為に生まれた愚かな王様さ」

 

「ああ、そういうこと。貴方がどういう存在かようやく分かりましたわぁん」

 

 妲己はそう言い残すとその体は徐々に消えていった。

 妲己は{選定者}の名乗った名前を聞いたことは無かった、が言葉のやり取りの中で{選定者}がどういう存在であるかを妲己は理解した。

 妲己は不敵に笑いながらも数秒後にはその姿は完全にこの世から消え去った。

 

 「私の役目はもう終わりかな? どうやらいい様に利用されたようだがな」

 

 「利用とは人聞きが悪いですね、抑止力殿。私は世界に害のある人物を排除するお手伝いをしただけですよ。

  まあ、私にとっても邪魔な存在であったことは否定しませんがね」

 

 エミヤは{選定者}に近づいて皮肉を言った。

 {選定者}は笑いながら否定をすると何処かへと一人歩いてその場から姿を消した。

 

 「{~の王様}か、ガキの時に聞いた名前を此処で聞くことになるとはな」

 

 エミヤは妲己と{選定者}の最後の会話が聞こえていた。

 そしてエミヤは{選定者}が名乗った真名を知っていた、日本で暮らす子供なら一度は聞いたことのある名前だ。

 いや、世界中でも広く有名な王様。

年端もいかぬ子供が知るバカで愚かな王様の代名詞。

 

 「奴は何者だ?」

 

 エミヤは呟いた。

 {~の王様}、史実に存在することの無い王様。しかし、{選定者}はこの世に存在している。

 ならば{選定者}とは何者なのか? 

 エミヤは興味のなかったハズの{選定者}という存在が、頭から離れない不気味な存在へと変わっていた。



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第六章 6-1 前進か後退か

 モードレッドの反逆によってキャメロット城が陥落した現状況でアーサー王は二つの選択を迫られた。

 一つはキャメロット城を取り戻す為に自国へと戻りモードレッドを討伐すること、もう一つは現在交戦しているフランスを攻め滅ぼして国を奪い取る道。

 どちらにせよ帰る場所を失ったブリテン兵には足場となる場所が必要であった。

 

 「それで、どうするんだ我らがアーサー王?」

 

 ケイは今後の展開をアーサー王に若干皮肉って尋ねた。

 この場にはアーサー王、ケイ、ガウェイン、ベディヴィエールの四人が居た、円卓の騎士の三人はアーサー王の決断を静かに待った。

 普通であれば自国であるキャメロット城の奪還に向かうべきである、しかし、キャメロット城へ戻ろうとすると背後のフランスはここぞとばかりに追撃を掛けるであろう。

 アーサー王は窮地へと立たされていた。

 

 「明日、全力でフランスを攻め入る」

 

 「お待ちくださいアーサー王、自国を奪われたままにするなど…」

 

 アーサー王の決断にベディヴィエールが異論を唱えようとした、しかしアーサー王は鋭い目でベディヴィエールがそれ以上喋るのを遮った。

 アーサー王の話をまだ終わりではなかった。

 

 「フランスを攻めた後、夜に闇に紛れてキャメロット城へと反転する」

 

 アーサー王は明日に全力でフランスを攻める、そしてフランスにアーサー王はフランスを奪い取る道を選んだと思わせる必要があった。

 そしてフランスが防衛に力を入れたところでキャメロット城へ進路を変えるのだ、勿論フランス軍に悟られぬようにアーサー王はそれなりの兵を残してフランスに気付かれない様に戦は続けることもしなければならなかった。

 それに明日の全力の攻撃で兵の数は更に減るであろう、その上フランス軍に備えて兵を残していくことを考えるとキャメロット城のモードレッドを倒すのは大分勝ち目の薄い戦いと言わざるを得なかった。

 

 「やれやれ、忙しくなりそうだな」

 

 ケイは天幕の天井を見上げてぼやいた。

 ガウェインはアーサー王の決断を聞くとそのまま黙って天幕を出て行った、今回のフランスとの戦いはガウェインが一番望んでいたことであった、妹と弟を殺したランスロットを討つために。

 ケイとベディヴィエールはガウェインの苛立ちを感じ取ったが、この状況では仕方ないとガウェインには諦めてもらう他は無いと考えた。

 そして日も沈みかけ皆が明日の総攻撃にかけて準備をする中、ガウェインは一人戦場の地から少し離れた場所へと馬を走らせた。

 

 「どうやら騎士としての最低限の誇りはまだ残っていたか、ちゃんと一人でこの場に来るとはな」

 

 ガウェインは自分の目の前に現れた男に皮肉を言った。

 

 「私を呼び出した要件を聞こうか、ガウェイン」

 

 そう口にしたのはランスロットであった。

 ガウェインはモードレッドの反逆のためにランスロットを討つ機会を失った、キャメロット城へと引き返せばもうランスロットを討つ機会は二度と訪れないかも知れない。

 そう考えたガウェインはランスロットを呼び出して、一対一で決着を付けようとしたのだった。



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6-2 ガウェイン

 両陣営は知らなかった、明日の大きな戦いの前にガウェインとランスロットが人知れず剣を交えていたことに。

 ガウェインの激しい猛攻にランスロットは防戦一方であった、既に陽は落ちているハズなのにガウェインがランスロットを圧倒していた。

 本来ならば陽が出ている間ならばガウェインが優勢であったかも知れない、しかし陽が落ちている現在ならばランスロットの方が優勢であるハズであった。

 

 (私には守らなければならないモノがあるのだ)

 

 ランスロットは心の中で自分を叱(しか)りつけた。しかし、それでもランスロットの体は重く普段の力を出せずにいた。

 その理由はランスロットの妹(ガレス)と弟(ガヘリス)を殺したことによる罪悪感のせいであった。

 それに引き換えガウェインは妹たちを殺されたことにより怒りを剣に乗せるように激しくランスロットに切りかかっていた。

 

 「どうしたランスロット、貴様の力はその程度か?」

 

 ガウェインは何故か不甲斐ない戦いをするランスロットを叱りつけた。

 ランスロットは剣を強く握り絞めて剣を振るう、しかし、本来のランスロットの動きには遠く及ばない。

 

 (此処で私が倒れる訳にはいかないのだ)

 

 ランスロットは自分が背負っているものを再確認する。自分が倒れればフランスはギネヴィアを守ろうとはしないであろう、そしてアーサー王を裏切り自分に味方したブリテンの兵士たちも行き場を失うであろうことを。

 ランスロットは自分の肩に背負う命の重さを再確認すると剣を振るってガウェインの猛攻を跳ね除ける、一転してランスロットが優勢に立ったがそれは長くは続かなかった。

 ガレスとガヘリスを切り殺したことが未だにランスロットの心を蝕(むしば)む、あまつさえガレスたちは自らを切り殺したランスロットの身を案じてその場を逃げる様に促したのだ。

 ランスロットは如何に自分に守る者が出来たとはいえ、ガレスたちに犯した過ちを忘れされる程、冷酷な人間にはなりきれなかった。

 

 「っ!?」

 

 ガウェインとランスロットの戦いは数分か、はたまた数十分は続いた。

 その間ランスロットは終始ガウェインの猛攻を受け続けていた、そしてランスロットは遂に体勢を崩す、その瞬間を逃さずにガウェインがランスロットの頭上に剣を振り下ろした。

 ガウェインの攻撃を防ぐことも避けることも出来ないと判断したランスロットは咄嗟にガウェインに剣を突き出した。

 タイミング的にガウェインの剣が先にランスロットに届くハズであった、しかし先に届いたのはランスロットの剣であった。

 ランスロットの剣はガウェインの体をブスリと貫いて貫通していた。

 

 「何のつもりだガウェイン?」

 

 本来なら先に届いたハズのガウェインの剣はランスロットの頭を掠めて地面に深々と突き刺さっていた。

 ランスロットはガウェインがミスをしたのでは無く、わざと外したことが分かった。

 それ故にガウェインへと問い質したのだ。

 

 「お前が理由も無くアーサー王を裏切るなど、ガレスたちをその手に掛けるなどあるハズが無いと分かっていたさ」

 

 ガウェインが話しをする間にもガウェインの体からは血が流れ続けていた。

 

 「それでも目の前でガレスとガヘリスを殺された私はお前を許すことが出来なかった。

  私かお前のどちらかが死ななければ納得のしようがなかった、だから、私が死ぬ方を選んだというだけだ」

 

 ガウェインはそう言うとランスロットの肩をガシリと掴んだ。そしてキャメロット城がモードレッドによって奪われたことを話す。

 この時ランスロットはキャメロット城で起こった出来事を知らずにいた、フランス王が万が一にでもランスロットがそのことを知り、心変わりをしないとも限らないと情報を伏せていたのだ。

 

 「フランスの王を説得してアーサー王に加勢するように説き伏せてくれ、これはお前にしか出来ないことだ。だからお前が生きる方を私は選んだのだ」

 

 ガウェインはその命と引き換えにフランス軍を味方にしようとした。

 今日まで戦っていた敵にいきなり味方に付けなど無茶苦茶である、それでもガウェインはそうしなければならないと考えた、いや直感でそう感じたのだ。

 このままアーサー王がモードレッドと戦うことにガウェインは不安を覚えた、このまま戦えばアーサー王の身が危険だと直感がしたのだ。

 

 「この命に掛けて、必ず約束しよう」

 

 ランスロットは命を懸けたガウェインの気持ちを汲み取り、実現させるには難しいと言わざるを得ない約束を口にした。

 それを聞いてガウェインは自身の体を貫いていたランスロットの剣を引き抜こうとした、ランスロットが止めようとするのも構わずに剣を引き抜くとランスロットへと返す。

 ガウェインは持っていた布を傷口に無理やり押し込む、出血は多少和らいだが、手当てとも言えない乱暴なやり方であった。

 ガウェインはもう自分の命が残り少ないことを分かっていたのだ。ガウェインは颯爽と自分の馬に跨(またが)るとアーサー王が居るテントへと馬を走らせた。

 

 「ガウェイン様がお戻りになられました」

 

 兵士がアーサー王にそう告げるとガウェインに自分の所に来るようにアーサー王は兵士に言った。その場には明日の軍の動きについての話をしていたので、ケイとベディヴィエールも居た。

 兵士がガウェインの下へ行く前にガウェインがアーサー王の天幕へと直接出向いた。

 アーサー王は目の前に現れたガウェインの傷口を見て顔をしかめた。

 

 「何があったのだ?」

 

 アーサー王はガウェインに尋ねた、ガウェインはランスロットとのことをかいつまんで説明をする。

 ガウェインが話をする間にもガウェインの傷口から血は流れ続けていた、傷口に押し込んだ布は既に真っ赤に染められている。

 

 「アーサー王、ランスロットがフランス軍の援軍の連れて来るまで決してモードレッドと戦わないで下さい」

 

 ガウェインはアーサー王にそう進言した。

 ガウェインは直感で何か嫌なモノを感じたのだ、このままアーサー王がモードレッドと戦えばアーサー王の身に何か良からぬことが起こる気がした。

 ベディヴィエールはガウェインの傷口を気にしてすぐに治療をするように医療班を手配しようとしたが、ガウェインはそれを止めた。

 既にガウェインは自分の命が終わることを分かっていたのだ。

 

 「約束しよう、その命と引き換えにフランス軍の脅威を取り除いたことに礼を言う。

  大義であったなガウェイン、ゆっくりと休め」

 

 アーサー王がそう言うとガウェインはその場に崩れ落ちた、既にガウェインの体から流れ出た出血の量は致死量をとっくに超えていた。それを気力で何とか耐えていたのだ。

 ガウェインはゆっくりと目を閉じると最後にアーサー王に言った。

 

 「最後まで共に戦うことが出来ずに申し訳ない、ですがアーサー王、貴方に今まで仕えられたことを私は誇りに思います」

 

 ガウェインはそう言い残すと二度とその目と口を開くことは無かった。

 アーサー王はガウェインの死を見届けると自身の口の中を歯で噛み締めた、口内から血が流れたがそれを全て飲み込んだ。

 傍目(はため)には自分の近しい人間が死んでも悲しみもしないことに兵士の目には冷酷な王に映ったであろう、でもそれは決して揺るがない王を演じていただけであった。

 アーサー王は拳を握り絞めることすら我慢した、他の者に家臣の一人が死んだ程度で狼狽する王だと思われないように。

 本当は大声を出してガウェインの死を嘆きたかった、しかし、口の中を噛みちぎり必死に耐えた。自分の口の中から溢れ出そうになる血を飲み込み続けて。



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6-3 果たされぬ約束

 ガウェインの働きによってフランス軍への総攻撃は中止となった。

 アーサー王は兵士たちの動揺を抑えるためにガウェインの死を伝えなかった、ガウェインの死を知るのはアーサー王、ケイ、ベディヴィエール、そしてガウェインの部下達と一部の兵士のみであった。

 ガウェインの死を知った兵士たちは涙を流してガウェインの死を嘆いた。

 

 「さて、どうしたものか」

 

 ケイはアーサー王に尋ねた、アーサー王は静かにフランスの出方を待つしかなかった。

 ランスロットがフランス王を説得しきれてない内にキャメロット城に向かえばフランスが背後を襲うであろう。

 全てはランスロットの働きに掛かっているのであった。

 

 

 

 一方その頃のフランス領内~~~

ランスロットはフランス王に謁見するとアーサー王の援軍を願い出た、その場には他の家臣たちも王の傍でランスロットの話を聞いていた。

 

 「何を馬鹿な事を」

 

 フランス王の家臣たちはランスロットの話を笑い飛ばした。

 今まで戦っていたブリテンが窮地に陥ったのに、その敵に助け舟を出す者など何処にいるのだと言って。

 それでもランスロットは王から目を逸らさずに睨み続けた。

 

 「今、私がアーサー王に攻撃を仕掛けたらどうするというのだランスロットよ?」

 

 「その時は私がフランス兵を止めます、たとえ殺すことになっても」

 

 ランスロットの言葉に辺りの家臣たちはどよめいた。

 先ほどまで自軍の頼りになる兵が突如王に宣戦布告をしたのだ、そのランスロットの言動に怒り出す家臣も居た。

 ランスロットに怒りの感情を持つ家臣の気持ちも最もである、アーサー王に追われて亡命した身でありながら、今度はアーサー王を助けなければ我らがフランス王に剣を向けると口にするランスロットの身勝手な振る舞いに怒る家臣も当然であった。

 フランス王はランスロットをじっくりと観察していた。

 

 「覚悟は出来ているのであろうなランスロット? 此処に居られなくなればお主だけでなく、ギネヴィア王妃の命も危険になるのだぞ?」

 

 フランス王はそう口にするとランスロットの体の動きを注意深く観察した。

 ランスロットからは一切の動揺を感じられない。

 ランスロットはギネヴィアの方向を向くと口を開いた。

 

 「申し訳ありませんギネヴィア様、我が命を掛けてギネヴィア様をお守りしますが、守り切れぬかもしれません」

 

 ランスロットは凛とした声でギネヴィアに謝罪を口にする。

 その言葉を聞いてギネヴィアは首を横に振った。

 

 「ランスロット様と共に居られるのであれば、例え地獄へ続く道であろうと私は嬉しく思います」

 

 ギネヴィアの言葉を聞くとランスロットは再びフランス王の目をジッと見て、フランス王の返答を待った。

 フランス王はランスロットが決してその胸の思いを曲げぬであろうと早々に分かっていた。

 フランス王は武勇が優れている訳でも無く、かといって特別な政治手腕やカリスマを持ち合わせているとは言えなかった。

 それでも強国ひしめく中で自国を他の国に負けない強国にしたのは、フランス王が人の心の機微を読み取るのに長けていて、人を上手く操る力が秀でているからであった。

 そのフランス王もランスロットには匙を投げた。

仮に今、アーサー王を攻撃すればランスロットは間違いなく敵になる、そしてランスロットを敵に回すと言うことは、ランスロットを慕ってブリテンを裏切った兵たちも全員敵に回すことになるのだ。

 アーサー王率いるブリテン軍と激しい戦いをしていたフランスには、もう余分な戦力などは残っていなかった。

 

 (さてどうしたものか? あのアーサー王を打ち取る好機が目の前にある、しかしランスロットと今戦うことになれば他国からの攻撃に耐えうる兵力を残して置くことさえ困難であろう)

 

 フランス王は心の中で葛藤していた、誰も成し遂げることなど不可能に思えたアーサー王を打ち取る栄誉、しかしその反面、ランスロットたちと戦い、そして更にアーサー王と戦った時にどれ程の戦力が残るであろうかと。

 アーサー王を討ち取った後に他の国からの進行を押し返す兵力など残らないであろうとフランス王は分かっていた。

 フランス王は仕方なくランスロットの要求を呑むことにした。

 

 (まあ良い、此処でアーサー王に大きな貸しを作るのも一つの手か)

 

 フランス王はアーサー王に援軍を送ることを決意した、そしてフランス王は恩を売るならばアーサー王が最も追い詰められている状態で助ける方が後々のことを考えるならば都合が良いと考え、アーサー王に援軍を送るのを引き延ばした。

 実際問題、昨日まで戦っていたブリテンに援軍を送ることを反対する家臣は半数近く居た。

 一般の兵の中にもブリテンへの援軍を心良く思わない者は多く居た。戦争だから仕方ないとはいえブリテン兵に仲間を多く殺されているのだ、その憎い相手のピンチを助けるなどゴメンだと考えるのは当然のことであった。

 フランス王は家臣や兵の心情をランスロットに説明をして時間を稼いだ、それでも援軍を送ることを約束するとそれをブリテン側であるアーサー王にも伝えた。

 

 (これで良い、反逆者(モードレッド)が長くキャメロット城を支配すればアーサー王がキャメロット城を取り戻したとしても国力の低下は免れないであろう)

 

 フランス王は援軍を送ると言ったが内心ではブリテンを恐れていた、そのためにブリテンの力をなるべく削ぐことを考えていた。

 しかし援軍を送る以上はブリテンに滅びてもらっても困るとフランス王は思っていた、

理想としては自国よりも多少国力が劣るが他国の脅威となるだけの力を持つ同盟国であることがフランス王の望みである。

 そのためにフランス王はアーサー王(ブリテン)がより追い詰められている状態で援軍を送るタイミングを計っていた。

 フランスが援軍を送る前にアーサー王が開戦するなどとフランス王は微塵も考えていなかった。負ければ国が亡びるリスクを抱えているのだ、普通の王であればそう考えるハズであった。

 しかし、この時に既にフランス王は読み間違えをしていた。

アーサー王という人間が国として一番重きを置いていることが民であるということを。

 

 

 結果、アーサー王がガウェインと交わした約束は果たされることは無かった。

 フランス軍の援軍が来る前にアーサー王とモードレッドの戦いの火蓋が切られたのだ。



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6-4 国と民

 アーサー王たちはフランスの援軍をただひたすら待ち続けるしかなかった。

 ガウェインの死から三日の時が経ったがフランスからの返答はまだこなかった、そこにキャメロット城の状況を調べに行っていた兵士が戻って来るとキャメロット城の現在の状況をアーサー王に報告した。

 モードレッドはキャメロット城を力と恐怖で支配するだけでなく、その周りの街に住む民たちも恐怖で蹂躙していた。

 

 「モードレッドの馬鹿は何を考えてやがる」

 

 状況を報告に来た兵士の話を聞いたケイはモードレッドの行動に怒りを露にした。

 モードレッドは民たちに重い税を掛けて金品を奪い、民を兵として無理やり徴兵して兵力の増員をしていた。

 少しでも逆らう者やアーサー王の帰りを望む様な発言をしたものは容赦なく殺した。

 モードレッドは力と恐怖でブリテンを治めるというには歪で、支配するという言葉がピッタリであった。

もちろんモードレッドがそうする様に仕向けたのはモルガンであるが。

 

 「分かった」

 

 兵士の報告を聞いたアーサー王は短くそう答えるだけであった。

 引き続きアーサー王はフランスの返答を待った、そして程なくしてフランス王から援軍を送ると言う使者が訪れた。

 しかしフランスからの援軍は三日経っても、四日経っても来る様子は無かった。

 アーサー王が催促の使者を送ってもフランスは時間が掛かると言って、微動だに動こうとはしなかった。

 フランスは少し前まで戦っていた相手に援軍を送ることへの周囲の反発などが有り難しく、時間が掛かると説明するだけであった。

 その間にもブリテンで行われているモードレッドの残虐な行動は毎日報告されていた。

 

 「どうかお助け下さい、アーサー王様」

 

 何時もの様にキャメロット城の様子を報告に来た兵士の後に傷だらけの中年の男がアーサー王の前に現れた。

 その男はブリテンに住む何処にでも居る普通の民の一人であった。その男はこのままではいずれ妻と子供を殺されると思い意を決してブリテンから逃げ出してアーサー王に救いを求めに来たのだ。

 男は深い傷を負っている状態で無理をしたせいで治療の甲斐も無くアーサー王と会った二時間後に息を引き取った。

 死んだ男は最後の瞬間まで妻と子供、そしてモードレッドの非道の行いに苦しむブリテンを救ってくれと、譫言(うわごと)のように呟いていた。

 

 「スグに出立の準備を整えよ」

 

 アーサー王は兵士たちにそう言った。

 

 「お待ちくださいアーサー王、今動けば相手の思う壺です」

 

 ベディヴィエールがアーサー王に考え直す様に進言した。

 ケイもベディヴィエールと一緒にアーサー王を何とか止めようと試みた。

 モードレッドの悪政や非道な行いは全てアーサー王をブリテンへと誘き出すためにモルガンが意図的にやっていることであった。

 傷だらけになりながらもアーサー王の前に現れた男もモルガンはわざと見逃してアーサー王の下へやったのだ、ベディヴィエールもケイもそれを分かっていたからアーサー王を止めようとしていた。

 

 「私は王だ」

 

 アーサー王は突然当たり前のことを口にした。

 

 「王とは国があるからこそ存在出来る、そして国とは民が居て初めて国なのだ。

  我らが勝ったとしても其処に民が居なくなっていては意味など無い、民が苦しんでいるのなら私は剣を取らねばならぬ。

  それがあの日{選定の剣}を引き抜き王となった私の責任なのだから」

 

 アーサー王もモルガンの魂胆は分かっていた、分かった上で危険に身を晒して国を、民を救いに行こうとしていたのだ。

 

 「分かりました、たとえ地獄であろうとお供致します」

 

 アーサー王の言葉を聞くとベディヴィエールは少し笑い、片膝を付いて傅(かしず)きアーサー王と共に行くことを口にした。

 アーサー王がこういう方だからこそ自分は、そして皆が付いて行くのだとベディヴィエールは思い出した。

 ケイもアーサー王の言葉を聞くと仕方なく折れた、何よりこうなったアーサー王は止まらない事は一番長い付き合いのケイが一番良く分かっていた。

 

 「馬鹿は死ななきゃ治らねえか」

 

 「王様に対して流石にそれは言い過ぎですよ」

 

 ケイが皮肉を言うとベディヴィエールは少し笑いながらもケイを注意した。

 ケイの口の悪さも今となっては同じ円卓の騎士のベディヴィエールしか注意出来る者は居なかった。

 アーサー王に仕える円卓の騎士も聖杯探索に出た者を除けば今やベディヴィエールとケイの二人だけなのだから。



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6-5 足止め

 アーサー王は一部の兵を残してモードレッドとモルガンが手ぐすねを引いて待つキャメロット城へと行軍を開始した。

 一部の兵を残した理由はフランスの中で未だにアーサー王を討つべきだと声を上げる者たちが居るからだ。

 アーサー王がキャメロット城に向かう背後を襲う兵たちへの抑止力として一部の兵を残さざるを得なかった。

 

 「では、アーサー王のことを頼みます。ケイ卿」

 

 「俺は他の奴らと違って自分の腕に自信を持つ程強くないからな、心配ならお前が早くアーサー王の下に来い。

  まあ、それまでの露(つゆ)払いくらいは俺がやっておいてやるよ」

 

 ベディヴィエールの言葉に怠そうにケイは答えた。

 アーサー王に攻撃を仕掛けようとする者たちの抑止力として名だけで相手を思い止ませる為に、円卓の騎士であるベディヴィエールとその部下がアーサー王の背後を守る為にこの場に残ることになった。

 本来であれば今の何十倍もの兵を残してキャメロット城に向かわなければならなかったアーサー王にとって、ガウェインが残したフランスとの停戦はどれ程の恩賞を与えても足りない位の功績と言えた。

 

 「逆賊モードレッドを討ち我らが祖国ブリテンを取り戻す。我に続け」

 

 アーサー王がそう言って先頭で馬を走らせると他の騎乗した兵士たちもその後に続いた。

 アーサー王の行軍のスピードは騎乗している兵士たちは問題無くとも、歩兵である兵士たちにとっては速すぎるスピードであった。

 しかし、一人もその速すぎる行軍に遅れる者はでなかった。その事からもアーサー王に仕える兵士たちの兵の質の高さが伺い知れた。

 

 「そろそろペースを落とすべきだぞ」

 

 速すぎる行軍に歩兵は何とか付いて行ってはいたが明らかに無理をしているのを察してケイがアーサー王に進言した。

 この場でアーサー王に意見出来る者など今やケイを除いて他にいなかった。

 アーサー王は早く民たちをモードレッドの恐怖から救いたかったが、このままでは戦いにすらならないことは分かっていたので仕方なくペースを落として歩兵の足に合わせることにした。

 そして行軍のスピードを落とした理由としてはもう一つ理由があった、キャメロット城に近づいていたので伏兵にも注意する必要性が高まった為、斥候の数を増やして敵兵の襲撃に備えたからだ。

 

 「アーサー王様、此処より西南に敵二千近くを確認しました」

 

 キャメロット城までもう少しで着くというところで斥候から敵発見の報告を受けた。

 そしてその二千の敵の中にはモルガンの姿が見つかった。

 キャメロット城のモードレッドと戦うのにモルガンが率いる二千の数は無視できない存在であった、このままキャメロット城を責めれば背後からモルガンが攻撃をするのは明らかだった。

 しかし、先にモルガンの方を叩こうと兵を動かせば今度はキャメロット城に居るモードレッドがアーサー王の背後から襲って来るのは目に見えていた。

 兵力の分散を避けたかったが仕方なくアーサー王は軍を二つに分けようとしたところにケイが口を出してきた。

 

 「兵を五十人程借りるぞ、モルガンの方は俺が足止めしとく」

 

 ケイは僅か五十ばかりで二千近い敵を足止めすると申し出た、如何に円卓の騎士に名を連ねるケイとはいえ無謀に思える提案であった。

 

 「無理はするなよケイ」

 

 「俺が無理をしてまで頑張るキャラかよ。適当に足止めするだけだからモードレッドの馬鹿を懲らしめたらさっさと助けに来てくれ」

 

 そう言って軽口を叩くと自分の部下である兵士五十人を連れてモルガンが待ち構える場所まで馬で掛けて行った。

 アーサー王は去りゆくケイの背中を見て何故か胸騒ぎがした。



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6-6 ケイvsモルガン

 モルガンが率いる二千近くいる敵の大部分はモルガンが雇入れした傭兵たちによって構成されていた。

 実際にモルガンの部下となるのは五十人程の魔術士たちだけであった、モルガンが雇入れした傭兵たちの頭目と思しき男がモルガンに近づいて来ると報告を始めた。

 

 「敵さんは百にも満たない騎兵のみだそうだ」

 

 傭兵の頭目はバカにするように笑いながらモルガンに敵の数を報告した。

 自分が率いる部下の数に対して余りに少ない数で戦いに挑んできたケイを傭兵の頭目はバカにしていたのだ。

 

 「舐めてかかるな、アレも一応は円卓という化物たちの一人に名を連ねる者だ」

 

 モルガンはケイを舐めてかかる傭兵の頭目に注意を促した、しかし傭兵の頭目はモルガンの忠告をまともには聞いていなかった。

 そんな中でケイがモルガンたちに先に攻撃を仕掛けた。数で圧倒的に劣るケイは受けに回れば瞬く間に敗北すると考えたからだ。

 

 「どうやら敵さんが攻めて来るようだな」

 

 斥候に出していた傭兵の一人が旗を掲げてケイが攻めて来るのを頭目へと伝えた。

 傭兵の頭目は動かなくて済むから楽だなどと言ってニヤつきながらケイを迎え撃とうと陣形を組んだ。

 ケイの攻撃は騎馬を活かしたヒット&アウェイの戦法でモルガンたちを攻撃した、攻撃を加えるとスグに馬で距離を取り反撃の隙を与えなかった。

 ケイの攻撃が二~三度と続いた、その時には傭兵の頭目からはニヤついた笑いは消えていた。

 

 「依頼主様の言う通り、どうやら化物じみた強さのようですな」

 

 ケイたちの攻撃は一度で自分たちと同じ数である五十人程を葬った。

そんな攻撃を三度も食らい百五十人程の傭兵たちを殺したのに対して、ケイが率いる騎馬隊の損害はゼロであった。

傭兵たちがケイの存在に恐怖を感じ始めた時にモルガンがポツリと呟いた。

 

 「あれでも円卓の中ならば秀でた武力を持つ方では無いがな」

 

 モルガンの言葉を聞いた傭兵の頭目は声を出して笑った。噂に聞く円卓の騎士とやらの評判が尾ひれの付いた噂話でなかったことに、傭兵の頭目は笑わずにはいられなかった。

 

 「そいじゃあこちらもお仕事を始めますか。

  このまま一方的にやられたなんて噂が広まれば今後おまんまの食い上げなんでね」

 

 ケイの力を目の当たりにした傭兵の頭目であったがどこかまだ余裕を持っているようであった。

 最初と違って数の少ないケイたちを侮る気持ちは無くなっているが、それでも自分たちが勝つという自信が頭目にはあったのだ。

 傭兵と言えば野盗に毛が生えた程度のイメージであるがモルガンの雇った傭兵たちは戦場でそこそこ名の知れた男であった。

 戦で飯を食う傭兵たちは国に仕える騎士たちとは異なるが、ある意味でそれ以上の戦いのプロであることをこの後ケイは知るハメになる。

 

 「ケイ様、奴らが動き出しました」

 

 

ケイと傭兵たちの距離はそれ程離れていなかった、ケイはわざと手が届く距離で傭兵たちが自分たちを追ってくるようにする為に距離を取り過ぎない様に気を付けていたのだ。  

てっきりケイは自分たちを叩こうと動いたと思ったが傭兵たちは全く別の方向に進軍していく。

 傭兵たちが進む方向に何があるかケイは瞬時に悟った。

 

 「チッ」

 

 ケイは舌打ちをするとスグに部下たちを連れて傭兵の後を追い掛けた。

 傭兵たちの進む方向にはアーサー王、つまり本陣へ攻撃をしようとしていたのだ。

 アーサー王が既にモードレッドの軍と戦っていたら後ろから強襲される形となる、ケイは馬を走らせて傭兵たちに攻撃を仕掛けようと試みた。

 ケイが傭兵たちを攻撃しようと近づくと傭兵の頭目が指笛を吹く、すると傭兵たちは急に向きを変えるとケイたちに襲いかかって来た。

 傭兵たちがアーサー王への攻撃は見せたのはケイをつり出す為の罠であった、ケイもその可能性を十分に知っていたが行くしかなかった。

 ケイが傭兵たちに攻撃を仕掛けなければ傭兵たちは本当に本陣に攻撃を仕掛けただろう、そうなれば本陣は不意の後ろからの攻撃で多大な損害を出すことになったであろう。

 本陣への被害は防いだが代償は大きかった。

 

 「どれだけ兵を失った?」

 

 ケイは傭兵たちの攻撃から何とか距離を取ると先ほどの自分たちの損害を部下に報告させた。

 部下は重そうに口を開くと二十三人の兵を失ったと報告した。

 こちらから仕掛けた攻撃では敵を百五十人以上葬って損害はゼロだったのに対して、敵が待ち構えた攻撃ではたった一度の戦闘でおよそ半数近くの損害を受けたのだ。

 ケイは苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 敵はまた同じようにアーサー王の居る本陣を攻撃しようとするだろう、そうしたらそれを止めに自分たちはまた傭兵たちの待ち構える所に攻撃を仕掛けなくてはならないのだ。

 ケイは思い詰めたような表情で口を開いた。

 

 「悪いなお前たち、柄じゃないが泥臭く血塗れになる戦いをすることになる。

  死にたくない奴は去れ、万が一にも生き残れる可能性は無い」

 

 ケイは部下たちにそう言うと部下たちは頷いて口を開く。

 

 「ここで逃げたら後で死ぬよりも恐ろしい罵詈雑言を浴びせられるでしょ」

 

 「ケイ様の場合、死んでも枕元で一生悪口を囁きそうだしな」

 

 部下たちは明るく冗談めいた口調で話した。皆が普段から不満があるのか色々と口にする、しかし死を前にしてもその場を去ろうとする者は居なかった。

 ケイは普段聞かない部下たちの自分の悪口を聞くとニヤっと笑った。

 

 「俺は円卓の中で腕っぷしはある方じゃない。

俺が円卓の中で一番と言えるのは弁舌くらいだろうな。

ただ、部下の精強さなら円卓の中でも随一だと言うことをモルガンに見せつけるぞオメーラ」

  

 ケイはそう言うと剣を引き抜き馬を走らせた。部下たちもケイの後を追って傭兵たちが居る場所へと突っ込んで行く。

 ケイは自分たちの命と引き換えにモルガンと傭兵の頭目の命を絶とうと二十倍以上の敵陣へと攻撃を仕掛けた。



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6-7 兄として

 傭兵の頭目は上機嫌であった、敵であるケイを上手く誘い出して一回の攻撃で半分ちかくを減らしたのだ。

 再び傭兵の頭目はアーサー王が率いる本陣を攻撃するフリをしてケイを再び自分たちの前に誘い出そうと動こうとした。

 アーサー王を攻撃しようとすればケイは出て来ざるを得ない、それがどう足掻いても全滅を逃れられない圧倒的な戦力差であろうとも。

 しかし傭兵の頭目が動く前にケイたちが先に攻撃を仕掛けてきた。

 

 「馬鹿が」

 

 傭兵の頭目はケイの行動を嘲笑った。こちらがアーサー王を攻撃する前に自分たちが攻撃を繰り返してこちらをこの場に足止めしようと考えることは傭兵の頭目も想定済みであった。

 ケイたちが攻撃を繰り返そうとも寡兵(かへい)であるケイたちは立ち止まっての攻撃では無く馬で距離を取らなくてはならない、足を止めて戦えば瞬く間に勝敗決してしまうぁらだ。

 ケイたちが馬で距離を取る間に傭兵の頭目はアーサー王の居る本陣へと距離を詰めるつもりであった、ケイたちの攻撃を四~五回も凌(しの)げばアーサー王の姿が見える距離まで行けるであろうと。

 そうなればケイたちは悠長に距離取って戦ってなどいられないと傭兵の頭目は考えていた。

 

「何っ?」

 

 しかし傭兵の頭目の予想とは裏腹にケイたちはヒット&アウェイの戦法ではなく、一点突破でモルガンと傭兵の頭目が居る敵陣中央に攻め込んで来たのだ。

 傭兵の頭目はケイの無謀な行動に声を出して笑った、いくら何でも自分たちの力を過信していると。

 あの寡兵で此処まで辿り着くことは無いと傭兵の頭目は高を括っていた。

 しかしスグに傭兵の頭目の顔色は青ざめた。

 馬で最短に来たとはいえ傭兵の頭目の目には、遠目に既にケイの姿を捉えていたかである。

 

 「図に乗るなよ若造が」

 

 傭兵の頭目は迫り来るケイに舌打ちをしながらも剣を引き抜いて戦う姿勢を見せた。

 少数のケイが敵の中枢まで行くには無理をするしかなかった、ケイが進む道を切り開く為にケイの部下たちがその身を盾にしながらケイを傭兵の頭目とモルガンの居る場所まで命を賭して導いた。

 ケイが敵の中枢まで辿り着いた時には部下の数は僅か五人にまで減っていた。

 ケイの乗る馬も剣や槍などが突き刺さり絶命寸前であったがその命が燃え尽きる瞬間まで足を前に運び傭兵の頭目の前まで来ると役目を終えたことを悟る様に崩れ落ちた。

 

 「良くやった、流石俺の愛馬だ」

 

 ケイはそう言って倒れゆく馬の頭を軽く撫でると馬から飛び降り傭兵の頭目と剣が届く距離まで近づいた。

 周りを取り囲む傭兵たちがケイに襲い掛かるのを部下たちがその身を盾に一瞬食い止める。

 

 「身の程知らずの馬鹿が」

 

 傭兵の頭目はそう言うとケイに切りかかった、傭兵の頭目は今まで数々の戦場で生き抜いて来た自信から円卓の騎士といえとも多少は渡り合えると踏んでいた。

 そしてケイを含めて既に六人しか居ない敵など数分で殲滅出来るハズだった。

 しかし、ケイの攻撃を数秒間耐えることすら傭兵の頭目は叶わなかった。

 ケイの攻撃を二~三度凌いだがその次のケイの攻撃で傭兵の頭目の首は胴体と切り離された。

 傭兵たちは絶対の信頼を置く自分たちのボスが殺されたことに動揺が走る、そしてケイたちの鬼気迫る戦いぶりに完全に飲まれていた。

 モルガンはそれを瞬時に読み取るとその場から距離を取り部下である魔術師たちに合図を送る、するとケイたちが居る場所に強い生まれ次の瞬間に大きな爆発が起こった。

 

 「奴らも捨て駒程度には役に立ったか」

 

 モルガンは自分が雇入れた傭兵たちを巻き込むことも承知でケイたちもろとも部下に呪文で攻撃をさせた。

 傭兵たちはボスを失い統率を失うと数人の者が逃げ出す、数人が逃げ出すのを見て更にその何倍という傭兵たちが逃げ出した。

 そうなると歯止めが効かなくなった傭兵たちの大半が逃げ出してしまったのだ。

 モルガンはそれをどうでもいい様に見ていた。

 アーサー王を挟み撃ちする兵力は無くなったが円卓の騎士を一人始末できただけで金で雇った傭兵たちにしては上出来であろうと考えていた。

 モルガンはモードレッドの待つキャメロット城に戻りアーサー王をどう料理しようかと考えていた。

 

 「ぎゃあっ」

 

 モルガンの部下である魔術師たちが大声を上げた。

 部下たちの方にモルガンは視線を移すと殺したと思ったケイがモルガンの部下たちを攻撃していたのだ。

 モルガンの部下たちは優秀な魔術師たちであったが懐近くに接近された円卓の騎士を前にはどうしようもなかった。

 そして瞬く間にモルガンの部下の大半を切り殺した、ケイは返り血でその身を真っ赤に染め上げて。

 そんなケイを見て逃げ出す者もいたがケイは逃げ出すモルガンの部下を放って攻撃を仕掛けようとする奴だけを更に切り殺した。

 

 「良くあの攻撃で死ななかったものね?」

 

 「優秀な部下たちのおかげでな」

 

 モルガンが悠長にケイと交わした時には既にこの場にはケイとモルガンしか残っていなかった。

 ケイがモルガンの部下たち数十人者の魔術の攻撃を食らって生きていたのは、ケイの部下たちがケイに覆いかぶさって攻撃の直撃を避けれたからであった。

 しかし直撃を避けれたとはいってもケイのその身はボロボロであった、そして部下たちはケイを庇い全員死んでしまった。

 

 「その傷でまだ戦う気かしら? 寝返るならば相応の地位を用意してあげるわよ」

 

 モルガンはケイに自分の下につくように誘った。ケイは勿論モルガンの誘いを鼻で笑って一蹴したが。

 

 「私の父といいあんな小娘(アルトリア)に期待して馬鹿ばかりよねえ?」

 

 モルガンは自身の父であるブリテンの先代の王であるウーサー王やアルトリアに味方する者たちを理解出来ないと言った口調で語った。

 

 「モードレッドの馬鹿を唆(そそのか)して座れなかった玉座を奪おうって腹積もりか?」

 

 「アルトリアの座った玉座になど興味は無いわ、同じ女の身であるアルトリアに玉座を譲ったお父様の節穴の目を証明したかっただけよ。

  アルトリアが王になったせいでブリテンは滅びるわ、あんなのを王に祀り上げて従う馬鹿な家臣も民も滅びてしまえばいいわ」

 

 モルガンの言葉を聞いてケイは怒りでその身を震わせていた。

 

 「アルトリアはお前の血の繋がった妹だろ? 

その妹が苦しんでいるのを見てお前は何とも思わないのかよ」

 

 ケイは叫ぶようにモルガンに問い掛けた。

 ケイとアルトリア(アーサー王)は本当の兄妹ではない、幼い頃にアルトリアが素性を隠してケイの家に引き取られたのだ。

 ケイは心の何処かで自分が本当の兄ならばもっとアルトリアの力になれたのでは? 本当の兄であればアルトリアの苦しみを少しは肩代わり出来たのではと悔やんでいた。

 それ故に血の繋がったモルガンのアルトリアに対する行(おこない)が誰よりも許せなかったのだ。

 

 「身の程を弁(わきま)えずに玉座に着いた当然の報いだわ。

  お父様に見せつけられないのが残念よ、お父様の節穴の目で選んだアルトリアのせいでブリテンと言う国が亡ぶのだから」

 

 モルガンはこの最悪の状況を先代の王、ウーサー王と{マーリン}がアルトリアを王に仕立て上げたことが原因だとほのめかした。

 モルガンにとって同じ女の身でありながらアルトリアを次の王にしようとした父の行動は自分を認めず(必要とせず)、アルトリアだけを認めたというモルガンにとってこの上ない屈辱であった。

 

 「アンタはブリテン、いや世界中でも数える程しかいない優秀な人間だろうな。

  だがアンタの曇った目にはアルトリア、いやアーサー王が愚かな王だと映ったのならアンタは所詮その程度の器だったと言うことだな」

 

 「何が言いたいのかしら?」

 

 「お前は所詮アーサー王の足元にも及ばない三下だって言ってるんだよモルガン」

 

 ケイの言葉にモルガンは嫌悪の表情を露にした。モルガンにとってアルトリアの足元にも及ばないなどと言われるのは我慢がならなかった。

 

 「死にぞこないの分際で、息の根を止めてくれるわ」

 

 モルガンは強大な魔術を展開した、強大な魔術にはそれ相応の時間を要するものだがモルガンにとっては短時間で発動させることなど朝飯前である。

 ケイの居た場所が強大な魔術で爆発を起こしその爆発がケイを飲み込んだ。

 モルガンはケイが跡形も無く消えたと思ったが、ケイがその爆発の中を剣で切り裂きモルガンの目の前に現れた。

 そしてケイの剣はそのままモルガンの胸へと深く突き刺せられた。

 

 「この私が…こんな…ところで」

 

 モルガンは自分の状況を信じられずに呟いた。

 モルガンにとってケイは厄介な存在ではあったが脅威とまでは映らなかった。

 ケイの実力を把握していたつもりであったモルガンであったが、ケイがアルトリアのこととなるとそれ以上の力を発揮することを見落としていた。

 

 「モルガン、アンタ程の奴がアルトリアに力を貸してくれてればどんな国にも負けなかったろうにな」

 

 ケイにとってモルガンは決して許せない存在であったが、その実力は誰よりも認めていた。そしてモルガンの力だけでなく血の繋がった姉が味方であればアルトリアにとってどれ程の助けになったかと思うとケイは悔やまずにはいられなかった。

 

 「私はここまでだけど…ブリテンは亡ぶわ…アルトリアにあの子(モードレッド)は止められない…」

 

 「アルトリアを舐めるなよ、モードレッドの馬鹿がいくら強くてもアルトリアに勝てるかよ」

 

 モードレッドに対するモルガンの自信がケイは気にならずにはいられなかった。

 

 「あの子(モードレッド)の潜在能力はアルトリア以上よ…

余計な感情をそぎ落とした今のあの子(モードレッド)は…ガウェインやランスロットをも凌ぐ力があるわ…。

それにアルトリアにはもう…不死の力を持つエクスカリバーの鞘は無いのだからっ」

 

 モルガンはそう言い残すと物言わぬ骸(むくろ)となった。

 モルガンの言葉を聞いたケイは急いでアルトリアの下に向かおうとした、しかしケイはもう立ち上がることすら出来ぬ状態であった。

 ケイは這いつくばってなお手だけで先に進もうと進んだ、しかしすぐに手の感覚すら無くなり、目もかすみ前も見えない状態となって死がスグそこまで来ていることを悟った。

 

 「後は頼むぞ、ベディヴィエール」

 

 ケイはポツリと呟いた。

 ベディヴィエールならきっとアルトリアの下に向かってアルトリアの力になるとケイは信じていた。

 今のアルトリアは不死の力を持つ鞘の無い状態である、それでもアルトリアは民の為に無茶な戦いをするだろうとケイは心配していた。

 

 「昔から無茶をする奴だったからな」

 

 ケイは昔のアルトリアを思い出すと苦笑した。

 ケイはアーサー王に仕える家臣として誇り持っていた。しかし、それ以上に兄としてアルトリアの力になりたいという思いの方が強い自分に気付いた。

 そんな折にふとケイは士郎とか言う小僧の顔が脳裏に過った。

 

 「藁(わら)にも縋(すが)る心境か」

 

 (あんな小僧にまで縋るようじゃ本当におしまいだな)

 

 ケイは心の中で自分自身を皮肉った。

 それでも万が一にでもアルトリアの力になってくれるならとケイは祈るようだった。

 ケイはもう目の見えない薄れゆく意識の中で最後に思い浮かんだのは幼き日のアルトリアの屈託のない笑顔であった。

 

 (どうかアルトリアが昔のような笑顔が出来る日が来るように)

 

そんなことを願いながらケイという男の生涯は幕を閉じた。



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6-8 カムランの丘

 モルガンの襲撃をケイが部下と共に少数で防ぐ間にアーサー王はモードレッドが待つキャメロット城へと辿り着いた。

 キャメロット城に到着したアーサー王であったがスグに開戦することは出来なかった。

 長距離の行軍で兵が疲れていたこともあるが何よりも、この場でスグに開戦をすれば国の民たちまで巻き込まれることをアーサー王は懸念していた。

 アーサー王はどうにか戦場を国民の被害の及ばぬ場所に移そうと必死に考えているのだった。

 

 「何とかモードレッドを引きずり出す他はないか」

 

 アーサー王には時間が無かった、これまで様々な問題が続き更にはモードレッドによる反乱によってブリテンの国力は明らかに低迷していた。

 既に内外にブリテンという国が危機的状況であることは知れ渡っていた、モードレッドの反乱を早急に鎮(しず)めて民を安心させ、隣国にブリテンの力を見せつける必要があった。

 侮られた国が亡びる末路をアーサー王は嫌と言うほど見て来たのだ、それ故にアーサー王は早急に片を付けるべく危険な賭けに打って出た。

 

 「お止め下さいアーサー王、余りに危険過ぎます」

 

 アーサー王の作戦に兵士たちは異議を唱えたがアーサー王は頑として聞き入れなかった。

 その作戦とはアーサー王自身を囮として敵をキャメロット城から外へと誘い出し作戦であった、万が一にでもアーサー王が討たれればその時点で全てが終わりを意味していた。

 しかし一度決めたことをアーサー王が覆すことは無いと兵士たちも分かってはいた。

 

 「円卓の騎士さえいれば」

 

 一人の兵士がポツリと呟いた。

 呟いた兵士もたとえ円卓の騎士であろうとアーサー王が決めたことを覆すことは難しいと分かっていた、それでも兵士である自分たちが異を唱えるよりも円卓の騎士が声を上げた方がアーサー王も耳を貸すだろうと兵士たちは考えていた。

 それにいざ作戦を始めたとしても円卓の騎士がアーサー王の近くで護衛をすれば兵士たちの安心感も雲泥の差である。

 アーサー王を除く円卓の騎士はバラバラとなりこの場にはもはや一人も居ないのだ。いや一人だけ存在した、最悪なことに現在敵としてアーサー王を殺そうとしているモードレッドが。

 

 「皆の者、敵が外に出てこようと交戦は避け、敵をこの地から離すことを優先せよ」

 

 アーサー王はそう言うと作戦を実行に移すべく一人でキャメロット城付近まで馬で近づいた。

 アーサー王自身今回の作戦がどれ程危険であるかは承知していた。何よりアーサー王は自身が持つエクスカリバーの鞘が既に偽物にすり替えられていることを知っているのだから。

 アーサー王がそれに気づいたのはフランスへと行軍するためにキャメロット城を出発する時であった、鞘の偽物は大変精巧な作りで持ち主であるアーサー王自身もすぐには気付かない程であった。

 その精巧さゆえに偽物を作った人物をアーサー王はすぐに察知した、そしてモルガンならば既に本物の鞘は二度と手に届かないであろう海の彼方へと廃棄したであろうこともアーサー王は理解した。

 

 「アーサー王が一人でこちらに近づいて来ます」

 

 キャメロット城の見張り役の兵士はモードレッドにそう伝えた。

 モードレッドはキャメロット城からアーサー王の姿が確認出来る場所まで移動する、アーサー王はモードレッドを目視で確認をするとモードレッドを罵った。

 今のモードレッドにその言葉が届いているかは定かではなかったが、アーサー王の憎しみに支配された今のモードレッドにはアーサー王の姿を見るだけでこの手で殺さなければという思いですぐに城中の兵士にアーサー王を殺すように全軍に出撃の命令を下した。

 

 「出て来たか」

 

 アーサー王は敵が場外に出て来たのを確認すると馬を走らせてその場を離脱した。

 逃げるアーサー王を追う様にモードレッドを先頭としてキャメロット城に居た兵士たちはアーサー王を追撃した。

 本来ならあからさまな罠であるがモードレッドたちは構わずアーサー王を追ってキャメロット城を出た。たとえ罠であろうとアーサー王が目の前に現れて討てるチャンスを見逃すのは難しいであろう、王を囮にするなど危険すぎる行為だがその行動のおかげでモードレッドを場外に出すことに成功した。

 

 「王を何としても守るんだ」

 

 モードレッドたちを外に出すことに成功はしたが敵の剣はアーサー王に届く程の距離に迫っていた。

 兵士たちはその身を文字通り盾にして敵の攻撃をアーサー王に当たる前に何とか防いでいた。

 数で劣るアーサー王たちはそのせいで更に数を減らしていく、その高い代償と引き換えに民たちが巻き込まれない場所まで行くとアーサー王たちは足を止めて剣を抜きモードレッドたちに切りかかった。

 アーサー王とモードレッドの決着を付ける戦いは人々がカムランと呼ばれる地で開始された。



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6-9 王の下へ

 アーサー王がキャメロット城へと到着した最中、ベディヴィエールは万が一フランスが約束を破り攻め込んだ際の為にフランスとの国境付近に残っていた。

 フランス王が約束を破りアーサー王を攻撃すれば他国からフランス王は避難されるであろうしフランス王の言葉は信用が出来ないと他国の王たちも考える、しかしそのデメリット以上にアーサー王を討つメリットの方が自国に有益だと判断すれば約束を保護する可能性も十分に考慮する必要があった。

 そんなフランスとの国境付近に居るベディヴィエールの下に馬で駆け寄って来る者たちがいた。

 

 「待たせて済まない、ベディヴィエール」

 

 そう謝罪して近寄って来たのはランスロットであった。

 

 「いえ、来てくれたことに感謝します。これで私はアーサー王の下へ向かえます」

 

 ベディヴィエールはフランス軍の万が一の攻撃の為に仕方なく残っていたが本心ではスグにでもアーサー王の下へと駆け付けたかった。

 ランスロットが来たことによりベディヴィエールは万が一のフランス軍が攻撃してきた際の楯の役割をランスロットに任せたのだ。

 

 「私を信用してくれるのか?」

 

 ランスロットはベディヴィエールへと尋(たず)ねた。

 一度裏切ったという自責の念があるランスロットはそれでも信じてこの場を任せるベディヴィエールに困惑をしていた。

 ベディヴィエールは昔と変わらぬ普段通りの笑顔で口を開いた。

 

 「私はランスロット卿を信じています。私だけで無くたとえこの場に他の円卓の騎士が居たとしてもそう言うでしょう」

 

 ベディヴィエールのその言葉にランスロットは胸が締め付けられる思い出あった。

 実際に他の円卓の騎士が事の発端であるランスロットのことをにベディヴィエール同様に信じるかは定かではないが。

 

 「必ずフランス軍を連れてアーサー王の援軍に行く、それまでアーサー王のことを頼む」

 

 「お願いします。それまでアーサー王の身はこの命を盾にしようとも守ってみせます」

 

 未だに軍を動かさないフランスの事を申し訳なさそうランスロットが言うと、ベディヴィエールはアーサー王を守る事を誓いその場を後にした。

 ベディヴィエールはアーサー王の下へ駆け付けるために馬を全速力で走らせたかった、しかしその気持ちを必死に抑えた。

 馬が走ることに特化した生き物といえども全力で走ればそこまでの長い距離を走ることは出来ない、七~八割の抑えた力で走れば馬は長い時間走ることが出来る。結果的にその方が目的地に早く着くのでベディヴィエールは馬を全力で走らせたいのを必死に堪えてアーサー王の下を目指した。

そんな先を目指すベディヴィエールたちの前に大量の生気無き兵士たちが大量に現れた。

 

 「何だこれは!?」

 

 突然現れた生気無き兵士たちが目の前に現れてベディヴィエールの部下たちに動揺が走った。

 ベディヴィエールは目の前に現れた敵に心当たりがあった、過去にガウェインとモードレッドが戦った義経と宋江、その二人を逃がす為に突然現れたという死霊兵。

 ベディヴィエールは自分たちの目の前に現れた死霊兵はアーサー王と合流を妨げる狙いであるとスグに理解した、そして敵は未だに姿を見せぬ{選定者}と言う人物の仲間であることも。

 ベディヴィエールは自分の部下たちに素早く指示を出すと部下たちは陣形を作り替えた。

 そしてベディヴィエールを先頭にして小さく密集した陣形を取ると、錐で穴を開けるように死霊兵たちの大軍を一点突破で置き去りにした。

 

 「良く練兵された兵と優れた指揮官、私が戦うに相応しい敵に感謝しよう{選定者}」

 

 白起は自分との約束を守ったこの場に居ない{選定者}に礼を口にするとベディヴィエールと対峙するべく先回りをする為に馬を走らせた。



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6-10 立ちふさがる障害

ベディヴィエールは何者かが自分たちがアーサー王の所へ行く邪魔をしようとしていると気付くと馬が潰れない様に気遣いながら馬を急がせた。

 しかし白起はそんなベディヴィエールたちの前に現れる、白起は替えの馬を用意して馬を全力で走らせ何頭もの馬を潰すことでベディヴィエールの先回りをしたのだ。

 突然自分たちの前に単独で現れた白起を見たベディヴィエールはスグに白起が敵である事を悟ると部下たちに戦闘態勢を取らせて陣形を指示した。

 

 「私が一人でも油断をせぬか、先ほどの死霊兵たちが私の術であると理解しているのだな。

  頭がキレて状況の把握も正確、悪くない相手だ」

 

 白起は嬉しそうに笑うと自身の宝具を展開してかつて自らが殺した兵、死霊兵たちを呼び出した。

 

 「我が名は白起、{選定者}の命により参った。さあ、存分に血が湧き立つような戦い(殺し合い)を始めようではないか」

 

 白起は自身の名前をベディヴィエールに伝えるとベディヴィエールたちの十倍程度の死霊兵を従えて戦う姿勢を見せた。

 ベディヴィエールは敵の数に違和感を覚えた、敵の数がこちらの十倍は居るであろうがその少なさに。

 白起はベディヴィエールの心を読んだかの如くそのベディヴィエールの抱いた疑問に答えた。

 

 「そちらの戦力は先ほどの戦いで把握した、貴殿の抱える兵力と私の兵力はおおよそ同じ位にしている。

同等の兵力でこそ指揮官の腕の見せ所であろうからな」

 

 白起はあえて自身の兵力を絞り同程度の兵力でベディヴィエールと戦おうとしていた。

 その理由は白起自身が戦いを楽しむ為であることが大きかったが、もう一つの理由としては死霊兵を増やし過ぎると細かな動きが出来ないからであった。

 白起が生前で指揮していた部下であれば何万でも手足の様に自在に操れたが、死霊兵では数が多くなるにつれて精密な戦術の動きをするのは難しかった。

 ベディヴィエール程の者ならその隙を突いて突破される危険性がある為に白起はあえて死霊兵の数を絞ったのである。

 

 「アナタには悪いが先を急いでいるのでアナタを楽しませるつもりはありませんよ」

 

 ベディヴィエールはそう言うと素早く攻撃に行動を移した。

 部下もベディヴィエールの小さな動作でどう動くかを察すると電光石火の如く白起に襲い掛かった。

 しかし白起はベディヴィエールがどう動くのか始めから分かっていたようにベディヴィエールたちの攻撃をアッサリといなしてみせた。

 白起のその動きにベディヴィエールも白起が相当の強者であることを悟った。

 それでもベディヴィエールは足を止めることなく次々と陣形を変えて白起を攻撃するが、その悉(ことごと)くが白起は揺らりと柳(やなぎ)の様にいなし続けてベディヴィエールたちはダメージを与えられずにいた。

 

 「この時間の無い時に」

 

 ベディヴィエールは珍しく目の前の敵に苛立ちを見せた。

 白起はベディヴィエールの怒涛(どとう)の攻撃を躱(かわ)し続けた、そしてベディヴィエールたちが攻め疲れて一瞬動きが鈍る瞬間を逃さずに白起は攻撃を仕掛けてベディヴィエールたちにダメージを与えた。

 戦況はベディヴィエールたちが押している様に見えたが実際にダメージが大きいのはベディヴィエールたちの方であった。

 

 「残念だな、同じ条件ならもっと楽しめるものを」

 

 白起は残念そうに呟いた。

 ベディヴィエールたちはアーサー王の下に急ぐ為に早期の戦いの決着を望んでいた、その為に戦い方の幅を狭めていた。白起はそれを読んで戦術を組み立てていたのだ。

 ベディヴィエールがじっくりと目の前の敵と対峙することが出来れば戦況も好転する可能性は有る、しかし先を急ぐベディヴィエールにその選択肢は無かった。

 

 「悪いが今回は強引な手で行くぞ」

 

 ベディヴィエールは部下たちにそう言うと陣形を変えた。

 ベディヴィエールは兵をなるべく密集させて陣形を小さく纏めた、そしてそのまま敵将の白起を目掛けて突っ込んだ。

 ベディヴィエールは強引に力技で白起と死霊兵たちを突破する方法を選んだ、その方法ではベディヴィエールたちも被害が大きくなるので避けたかったが他に手段がないので苦渋の決断である。

 アーサー王の下へ多くの兵を届けたかったベディヴィエールはなるべく被害を抑えたかった、しかしそれが難しいとみるとベディヴィエールは覚悟を決めて肉を切らせて骨を断つ作戦に変えた。

 

 「そう来るのも想定内だ」

 

 ベディヴィエールたちは無理矢理の突破をしようと馬を走らせたが、白起は自身の手を大地に着けると突然数十メートルの巨大な穴が白起の目の前に現れた。

 馬で飛び越えるのは無理と判断するとベディヴィエールは馬の足を止めて強行突破を中止した。

 白起は久しぶりの全力を出して戦える相手を前に満足そうに笑みを浮かべている、ベディヴィエールはそんな白起を睨み付けながら次の手をどうするか考えていた。

 ベディヴィエールに先を急がなければいけない足枷があるとは言え、現段階では戦術眼という点に於いては白起がベディヴィエールの上をいっていた。



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6-11 戦いを手段とする者、目的とする者

 ベディヴィエールは何度も突破を試みるがその全てを白起によって阻まれた。

 しかしその何度か挑戦を続けるなかでベディヴィエールはある一つの事に気付く、ベディヴィエールは隊を四つに分けると四ケ所から白起の突破を試みた。

 ベディヴィエール本人は白起から遠い位置の隊に組み込む、白起も死霊兵たちを扇の様に広く広げてベディヴィエールたちの突破を邪魔しようとしたがアッサリと包囲を突破した。

 四ケ所に分けた一つだけは白起が目の前に出現させた大きな穴の為に突破を断念したが。

 

 「裏を取られたか」

 

 白起は後ろを振り向くとベディヴィエールは突破した三つの隊を纏めてそのまま白起を置き去りに走り続けた。

 四つに分けた一つの隊は置き去りにする形となったがベディヴィエールは白起を突破した。

 

 「私の作る穴の特性に気付いていたか」

 

 白起はそう言うと急いでベディヴィエールたちの後を追い掛けた。

 白起が作る大穴には白起自身の近くにしか出来なかった、ベディヴィエールはそれに気付くと死霊兵たちを突破できるギリギリの兵力を保ち、なるべく多くの隊を作ったのだ。

 目的である足止めを失敗した白起はベディヴィエールの後を追うしかなかった。

 

 「反転しろ」

 

 ベディヴィエールはそう言うと隊を反転して自分たちを追って来る白起に襲い掛かった。

 始めからベディヴィエールはそのままアーサー王の下へ行くつもりは無かった、白起がこのままベディヴィエールたちを追い別の戦場に連れて行けばアーサー王に迷惑をかけかねない。

 ベディヴィエールは此処で白起を完全に討伐して憂いを断ってからアーサー王の下へ行くつもりであった。

 突然の攻撃に白起を討てないまでも追い込めるとベディヴィエールは考えていた。

 しかし、ベディヴィエールの虚を突いた攻撃を前に白起は余裕の笑みを見せた。

 

 「優れた指揮官なればこそ次の行動の予測も容易である」

 

 白起はベディヴィエールを全力で追うフリをしてベディヴィエールを欺(あざむ)いた、実際は余力を残していた白起はベディヴィエールの突然の反転からの攻撃に待ち構えて逆にベディヴィエールを懐に呼び込み策に絡めとる。

 結果としてベディヴィエールの攻撃は白起を打ち取るどころかベディヴィエールたちの兵力をさらに削る結果となった。

 

 「まるでこちらの心を見透かされているようだな」

 

 ベディヴィエールは歯痒そうに白起の戦の上手さを褒めた。そしてベディヴィエールは腹を決めてこの場で白起を完全に討つことを決めた。

 アーサー王が戦っているであろう場所は人数も多い、兵の数が多い戦場で白起という人物は危険だとベディヴィエールは判断した。

 ベディヴィエールの戦が変わると白起も苦戦を強いられた、ベディヴィエールは白起の戦力を堅実に削ることにした。

 白起が様々な誘いをするがベディヴィエールは実直な戦い方を貫き通した。

 

 「兵の質の差は如何ともしがたいか」

 

 白起優勢であった戦況は次第に拮抗状態へとなっていた、戦いがこのまま行けば次第に戦況はベディヴィエールの方に傾くであろうことは白起も分かってはいたが誘いに乗って来ない相手に下手に策を弄すれば危険が高まるだけだと白起は手をこまねいた。

 そんな中で白起はベディヴィエールの戦いを注意深く観察する中でベディヴィエールについて策を思いついた。

 すると白起はベディヴィエールが居る場所へと死霊兵を連れて攻め行った。

 こちらに向かって来る白起にベディヴィエールも討ち取る好機と剣を構えて突撃をした。

 ベディヴィエールと白起は互いの得物で相手を切りつける、互いの攻撃は徐々に皮膚を切り裂き急所近くへと攻撃の精度を増していく。

 

 「ここだ」

 

 ベディヴィエールはそう言うと剣を振るう、そしてその一撃が白起の片腕を切り飛ばした。

 ベディヴィエールとその部下、そして白起とその死霊兵たちが入り乱れる乱戦の中でベディヴィエールの力は頭一つ抜け出ていた。

 白起は片腕を切り飛ばされたが残った片方でベディヴィエールに反撃を試みた、しかしその攻撃はベディヴィエールの横を通り過ぎる。

 ベディヴィエールは自身が避ける必要すら無い攻撃の先に視線を移す、白起の攻撃の先にはベディヴィエールの部下の一人がそこに居た。

 ベディヴィエールは咄嗟(とっさ)に剣を振って部下へと迫る白起の攻撃を弾く、しかし無理をした体勢を取った攻撃の為にベディヴィエールは大きくバランスを崩した。

 

 「私は相手の力や技だけではなく、その人物がどういう性格かすらも織り込んで戦うのだよ。貴殿が部下を庇うために多少の無理をすることも分かっていた、優秀だが優しすぎる指揮官とね」

 

 白起はそう言いながら得物をバランスの崩したベディヴィエール目掛けて突き出した、部下の為に無理をしたベディヴィエールの隙は白起の攻撃を躱すことも防ぐことも出来ない状態であった。

 ベディヴィエールは敵の攻撃をどうすることも出来ないと瞬時に判断すると、白起の攻撃が自身を貫いた瞬間に相打ちでせめて白起の命も奪おうと覚悟を決めた。

 しかし、白起の攻撃がベディヴィエールに届くことはなかった。

 

 「生前でもこれ程優れた敵はまれであった、故に喜び相手に集中をし過ぎたようだ」

 

 そう言った白起の背中には槍が突き刺さっていた。

 白起に槍を突き刺したのは白起自身が召喚したハズの死霊兵であった、他の死霊兵たちも次から次へと白起目掛けて槍を突き刺す。白起の体には何本もの槍が貫通してまるでハリネズミの様な体へとなった。

 ベディヴィエールはその状況を飲み込めずに困惑な表情を浮かべているだけであった。

 

 「私が召喚した兵たちは生前に私が生き埋めにして殺した敵兵たちだ、故にコントロールを怠ると奴らは私を殺そうとするんだよ。実に皮肉な宝具を背負わされたものだ」

 

 白起は愉快そうに笑った。

 ベディヴィエールは白起の心境を理解出来ずに問い質した。

 

 「生前の最後に比べれば遥かにマシである。信じた主に疑われ、戦場とは遠く離れた場所で命を終えた。

  どのような形であれ戦場で終わりを迎えるのであれば十分だ、戦場で生まれ戦場に生き、そして戦場で死ぬ。それこそが武人であろう」

 

 ベディヴィエールには白起の心境が理解出来なかった。

 ベディヴィエールにとって戦いとはあくまでも目的を達成する為の最終手段であるという考えである。むしろ争いが好きでないベディヴィエールにとって戦わずに済むならばそれが一番だ。

 しかし白起にとっては戦いこそが目的であった、戦場でその命を燃やすことにこそ意味を持っていた。

 戦乱が当たり前の時代に生まれた白起にとって戦争は、そして殺し合いは当然のものであった。その時代に生まれた者全てがそうであるかはその時代の者にしか分からぬことであったが。

 

 「どうやら貴方とは分かり合えることはなさそうですね」

 

 ベディヴィエールそう言うとスグに馬に跨り先を急ごうとした。

 すると突如大きな穴が生まれてその場に居る全ての者を飲み込んだ。

 

 「っ!?」

 

 突如生まれた大きな穴は数百メートルの大きさ、そして深さも数十メートルもの巨大な穴でベディヴィエールとその部下たち、そして白起と死霊兵全てが穴に落ちると一瞬で土が埋まり生き埋め状態となった。

 

 「貴殿はこれしきでは死なぬであろう、しかし我が命が尽きるまでは何人もこの穴からは出られはせぬ。

  与えられた命(めい)もこなせぬでは我が名折れ故に悪いが我が命尽きるまで足止めさせてもらうとしようか」

 

 白起の最後の悪あがきにベディヴィエールはその場に封印をされるような形となった。

 最後の力で白起はその場に居る全ての者を生き埋めとした。

 ベディヴィエールは辛うじて生きてはいた、しかしベディヴィエールの部下たちは生き埋めとなった状態で生きれる程は強くは無かった、部下たちは次第にその命が消えて行く。

 戦いに勝利したベディヴィエールであったがアーサー王の下へ行くという目的は白起によって阻まれたのであった。



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第七章 7-1 モードレッドの最後

 アーサー王とモードレッドの戦いは時間が経つにつれ激しさを増していった。

 数の上ではモードレッドが多少は上回っていたが、モードレッドが率いる軍には致命的な欠落が見て取れた。

 

 「殺す、殺す、殺す」

 

 モードレッドは憎しみに取り憑かれたように剣を振るいアーサー王を目指して切り進んで行く。その強さは脅威的であったが軍として動きを見ると余りにも統率が取れていなかったのだ。

 今の憎しみに呑まれて理性を失ったモードレッドには軍を率いるには無理があった、モードレッドを唯一制御して参謀として軍を動かせる母であるモルガンを失ったモードレッドが率いる軍にはただ力によりゴリ押しをすることしか出来なかった。

 

 「右側の部隊を回り込ませて挟みこんで討て」

 

 一方アーサー王側の軍はアーサー王の指揮によって有利に展開を進めて行く、数の上では不利なアーサー王が率いる軍の方が一方的にモードレッドを討つかに思われたがモードレッド軍の異様さがそれを簡単にはさせなかった。

 現在モードレッドの下で戦う兵士たちは二種類しかいなかった、モードレッドの力による恐怖で戦うことを強制された兵士、そしてモードレッドの超越した力に魅了されて崇拝するようにモードレッドに従う者たち。

 モードレッドが率いる軍はモードレッドによるたった一つの絶対なる力によるカリスマによって動く異様な軍と言わざるを得なかった。

 

 「殺せ、殺せ、目の前の敵を一人残らず殺し尽くせー」

 

 モードレッド側の兵士たちも口々に相手を殺そうと叫び出した、モードレッドによる狂気が兵士たちにも伝染するように兵士たちは凶暴な獣へと変わっていった。

 一方アーサー王側の兵士たちには戸惑いや躊躇(ちゅうちょ)が存在した、元は同じ国の兵士たちの為に敵側に知り合いや過去に同じ戦いを潜り抜けてきた戦友たちがいるので当然の反応とも言えた、その差が本来ならば優勢であるハズのアーサー王側が苦戦を強いられている原因の一つとなった。

 戦いは次第に泥沼とも言える状況になっていった、互いの陣営は時間と共に死体の山を築いた。

 

 「これがお前が望んだ状況だと言うのかモードレッド」

 

アーサー王がモードレッドにそう問い質した時には既に戦いは最終局面であった、カムランの丘を埋める程の死体の山がそこには広がっている。

大量の死体から流れる血は溢れかえりまるで川のように流れていた、今のカムランの丘は死体と丘から零れ落ちる程の血の海でまるで地獄の様な光景へと変貌していた。

そしてカムランの丘に立っているのはアーサー王とモードレッドの二人だけとなっていた。

 

 「憎い、憎い」

 

 モードレッドはそう言うとアーサー王へと襲い掛かった、アーサー王も自身が持つエクスカリバーで応戦する。

 剣戟による互いの剣と剣がぶつかり合う音が辺りへと響き渡る、長いような、短いようなどれ程の時間戦っているのかアーサー王は分からなくなっていた。

 しかし次第にモードレッドの強力な剣の一撃を受けるアーサー王の腕は痺れて感覚を失わせていた。

 次のモードレッドの攻撃でアーサー王の剣が弾き飛ばされる、アーサー王は地面に突き刺していたもう一つの自信の武器である槍(ロンゴミニアド)を取るとモードレッドへと槍を突き出した。

 しかし武器を持ち替えたアーサー王よりも早くモードレッドの剣がアーサー王へと届きモードレッドの剣がアーサー王の体へとめり込んだ、その瞬間にモードレッドが一瞬動きを止めた。

 

 「バカ者が」

 

 アーサー王は小さくそう呟いた。

 アーサー王の槍はモードレッドの体を貫いていた、手に残る自身の子を殺したその感触はアーサー王は決して忘れることは出来ないであろう。

 最後にモードレッドが動きを止める原因となったのは頭から流れる血が目に入ったことかとアーサー王は思った、しかし疑問が生じた、モードレッドが自分との戦いで頭に負傷を負った様な素振りは無かったハズと。

 まるでモードレッドは自身の行いを後悔するように血の涙を流したようにアーサー王には見えたのだ、その真相がどうであったか知ることはもう二度と無いが。

 

 「オカ…シイナ…」

 

 槍で体を貫かれたモードレッドは途切れ途切れであるが言葉を口にした、そのモードレッドの目には先ほどまでとは違い目に光が戻っていた。

 

 「俺は…ただ父上に…認めて…貰いたくて。

  ただ褒めて…もらいたかった…だけだったハズなのに。

  何で…こんな風に…なっちまった…んだ……ろ………」

 

 モードレッドはそう言うと力なく地面へと倒れた。

国を二つに割る程の騒動を起こしたモードレッドの動機は余りにも純真で単純なものであった。

親に褒められたい、認められたいという子供が親に持つ当たり前の感情である。それが皮肉にも国を滅亡へと導いたのだ。

アーサー王は天を仰いで見上げた。

 

 「大バカ者が」

 

 アーサー王は震えた声で呟いた、アーサー王は天を見上げてモードレッドを必死に見ない様にした。

 今地面に横たわる変わり果てたモードレッドの姿を見たら今まで抑え込んでいた様々なモノが溢れかえってしまうと分かっていたから。

 

 「私には、まだやるべきことがある」

 

 アーサー王はそう言うと剣(エクスカリバー)を拾いキャメロット城の方角を見る。

 モードレッドの体を貫いた槍をアーサー王は引き抜こうとはしなかった、槍を引き抜いたところで死んでいるモードレッドに苦痛が生じる訳では無いと分かっていたがアーサー王は槍をその場へと残した。

 槍を引き抜きモードレッドから血が流れ出るのを見たくなかった、これ以上モードレッドが傷付く姿を見るのが辛かったのだ。

 部下も馬も失ったアーサー王は唯一人キャメロット城へと向かい歩き出しその場を後にした。



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7-2 真名

 キャメロット城を目指すアーサー王の足取りは重かった。

 アーサー王自身も今の自分に多くのことは出来ないことは分かっていた、それでも今の状態のブリテンを他国が黙って静観はしていないだろうと。

 弱い国は滅びる、そして滅びた国の領土を、そして人を奪おうと他国は虎視眈々と狙っているのだから。

 だからこそアーサー王はキャメロット城に戻りブリテンを守る為に何かしようと帰路を目指すのだった。

 

 「モードレッド」

 

 アーサー王は小さくポツリと呟いた。

 モードレッドが最後に口にした言葉がアーサー王の頭から離れなかった、モードレッドはただ自分に認められたい一心で動いていたことに。

 

 (もしも、私がモードレッドの、他の者たちの気持ちを汲んでいたらこんなことにならなかったのだろうか?)

 

アーサー王は心の中で自問自答をしていた、自分が今まで国の為に、民の為にやってきたことは間違っていたのだろうかと。

 今までアーサー王は円卓の騎士たちを含む家臣(兵士)たちと距離を置いてきた、モチロン戦果を上げればそれに相応しい褒美を取らせたがそれ以上は踏み込もうとしなかった。

 その理由は誰か特定の者に目をかければ、優遇をすれば恩恵を受けられなかった者たちに不満が生まれるからである。

 故にアーサー王は他の者たちから距離を置いた、王として公平で公正にいるために。

 しかしその結果がモードレッドに悲惨な最後を迎えさせる原因となったかと。

 

 (私は何処かで間違えたのだろうか?)

 

 アーサー王の頭に今までのことが頭を駆け巡る、正しいと思い感情に蓋をして、心を殺して行(おこな)ってきた行動が間違いだったとするなら自分の今までの人生に意味はあったのかと。

 

 (もしも時間を戻せるならば、あの時{選定の剣}を抜いた自分を)

 

 アーサー王の心には後悔の念が渦巻いていた、いっそこの場で倒れて最後を迎えられたらどんなに楽であろうか?

 そんな誘惑がアーサー王の頭をかすめる、それでもアーサー王はキャメロット城へと歩み続ける、ブリテンの民が他国の侵略者たちに蹂躙されているかも知れない? 王として民を守るという責任がアーサー王の足を動かし続けた。

 国と民の為にその全てを捧げるアーサー王の行為はどこか異様にすら思える程に。

 

 「ボロボロではないですか、そんな状態でまだ{運命}に抗おうとするつもりですか?

  アーサー王殿」

 

 キャメロット城を目指すアーサー王に岩に腰かけたフードを目深に被った男が声をかけてきた。

 アーサー王は得体の知れぬ男の相手をしている暇は無いと言わんばかりに先を急ぐと言って男を素通りした。

 しかしフードの男はアーサー王を先には行かせまいと道を塞ぐ。

 

 「無駄ですよ、ブリテンは滅びる{運命}です。

  それに貴方は私の手で殺さなければならない、何故なら私は王を殺す為に生まれた存在なのだから」

 

 フードの男は剣を抜くとアーサー王も剣を抜いて対峙した。

 先を急ぐアーサー王は行く手を阻むフードの男に問答無用で切りかかった、しかしフードの男はアーサー王の攻撃を難無く凌いだ。

 アーサー王の体はボロボロであった、それにモードレッドから受けた傷も決して浅いとは言えない傷である、しかしそのことを差し引いてもアーサー王は自身の体に違和感を覚えた。

 

 「失礼、まだ名を名乗っていませんでしたね。私は{選定者}、今回のブリテンの騒動を引き起こした者と言った方が分かりやすいですかね」

 

 ボロボロのアーサー王とは反対に、{選定者}は余裕を含んだ態度で自己紹介を始めた。

 {選定者}の言葉を聞いたアーサー王は剣を握りしめて{選定者}に襲い掛かった。目の前にブリテンを最悪の状況へと招いた元凶がいるのだから当然の行動であった。

 {選定者}はアーサー王の攻撃を苦も無く防いで見せた。

 

 「これから死にゆく貴方には私の真名を言うのが礼儀でしょう。

  我が真名(な)は{裸の王様}、一人の英霊を依代(よりしろ)に後世で蔑まれた愚かな王たちの怨念が集まりて生まれた王を殺す為の王様さ」

 

 {選定者}、いや{裸の王様}と名乗った目の前の男はそう言って邪悪な笑みを見せた。



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7-3 王を射抜く剣(や)

{裸の王様}と名乗った男はアーサー王の攻撃を苦も無く受けながらアーサー王へと話しかけた。

 

 「{運命}を君は信じるかい? アーサー王」

 

 {裸の王様}の問いをアーサー王は無視をして攻撃を続けた、しかしアーサー王の攻撃はどれも相手には通じなかった。

 アーサー王は相手に違和感を覚えていた、目の前の{裸の王様}と言う男からは強いという印象を受けなかった。

 アーサー王程の者なら強さを隠そうとも相手がかもし出す雰囲気、体捌(さば)きなどからおのずと戦いの経験や実力などが読み取れる、しかし目の前の男からは自分の攻撃を受けきるだけの実力があるとは到底思えなかった。

 アーサー王は{裸の王様}から距離を取ると剣を頭上へと掲げた。

 

 「エクスカリバー<<約束された勝利の剣>>」

 

 アーサー王は剣を振り下ろすが剣はただ空を切るだけだった。

本来ならば剣からアーサー王が持つ膨大な魔力が射出され目の前の敵を一瞬で屠(ほふ)るハズの宝具が発動されなかった。

 

 「無駄だよアーサー王、王で在る君も、そしてどれ程強力な武器であろうとも王が保有する武器では私を討つことは出来ないからね」

 

 {裸の王様}は距離を取ったアーサー王にゆっくりと近づいて笑みを浮かべる。

 

 「私は文字通り何も持たぬ王様だ、歴史に名を残した英雄たちが持つような強力な道具など有してはいない。

  それでも私が持つ力を君たちの様に宝具とあえて呼ぶならば、

  我が宝具の名は  裸の王様<<剝ぎ取る権力>>」

 

 {裸の王様}は自身の持つ宝具の説明をアーサー王にした、例え説明をしようとも自分の不利になることは無いと確信をして。

 その力は王(または王女)が持つ力はモチロンのこと、王が保有する武器や防具、そして王が持っていたという逸話を含んだ武器までもその力を奪い、自分(裸の王様)以下の力へと貶(おとし)める能力であった。

 

 「仮にこの場に君の家臣である兵士の一人でも居たのなら私を討つことも容易に出来たであろう、だが君は一人だ。何故なら全ては{運命}によって決められていたことだから」

 

 {裸の王様}は剣を一旦収めると、アーサー王に更に喋り掛けた。

 

 「例え私が居なくとも別の誰かが、別の理由が、他の何かしらがアーサー王を窮地へと追い込み、そしてブリテンは滅ぼす。

  何故ならそう{運命}によってそう決められているからさ」

 

 {裸の王様}はまるで高説を垂れる政治家の様にアーサー王へと語る。

 

 「人が何をしようとも何も変わりはしない、{運命}によって全ては決められているのだから、ただ全てを受け入れ諦めれば良い。

  人は、いや神話の神々たちですらも{運命}という物語のために用意された駒でしかないはずなのだから」

 

 {裸の王様}はアーサー王に近づくと手を差し伸べた。

 

 「アーサー王、いやアルトリア・ペンドラゴン。

全てを捧げ最善を尽くしてきたのに悲劇の結末を迎える君ならば私の気持ちを理解出来るハズだろ?

もしも別の選択をしていたら? もしも別の道を歩んでいたら? 幸せな結末を迎えられたとでも言うのだろうか? そんな事があるハズが無い、あって良いハズがないのだ。

どの様な選択をしようとも全ては{運命}によって決められた着地点へと導かれる。

だから後悔する必要など無い、今までの悲劇も仕方のないことだと諦めて死を受け入れろ、そうすればもう苦しまなくて済む」

 

 {裸の王様}は最初こそまるで師が弟子にモノを教える様に高説を垂れていた、しかし最後の方にはまるで自分の考えを受け入れてくれと懇願する様な表情でアーサー王に手を差し伸べて同意を求めていた。

 アーサー王は{裸の王様}が差し伸べた手を目掛けて剣を振るった。

 {裸の王様}は咄嗟に躱したが剣が腕を掠めて腕から血が流れた。

 

 「仮に全てが決まっていたとしようとも私は勝手に剣を置くことも、勝手に足を止めることも許されはしない。

  私は王として、人の上に立つ者として、民を幸せにしなくてはならないのだ。

  だから私は死ぬその瞬間まで足搔き、抗わなくてはいけない。それがあの日{選定の剣}を抜き王となった私の責任なのだから」

 

 アーサー王の言葉を聞いた{裸の王様}は表情を歪める、その表情からは激しい憎悪と敵意が窺(うかが)えた。

 

 「やはり歴史に名を残した王たちは傲慢(ごうまん)だな、神すらも抗えぬ{運命}に抗おうなどと」

 

 {裸の王様}は激しい怒りに声を震わせて剣を再び抜いた。

 

 「人は不条理な事にも神が与えた試練だと耐えてきた、しかし時代が進み神の存在が希薄になった時代にその身に降りかかる不幸をどうすればよい?

  どうしようもない天災に大切な者を奪われた時、身勝手な逆恨みから大切な者を殺された時、自分に何か出来たかも知れないなどと苦しまぬために{運命}とはなくてはならないのだ」

 

 {裸の王様}はそう言うとアーサー王に近づき剣を振るう、アーサー王も相手を討とうと剣を振るうが{裸の王様}の方が優勢でアーサー王は仰向けに倒された。

 {裸の王様}はアーサー王の腹を鎧の上から足で踏みつけると剣を振り上げる。

 

 「{運命}に楯突いたお前は簡単には殺さんぞ、その顔を剣で刻みアーサー王であると分からなくして四肢を切り落としてやる。

  そして抵抗出来ないお前を穴さえあれば構わぬという戦場で飢えた男たちの慰み者にしてやろう、さぞ屈辱的だろう。

  {運命}を受け入れていれば楽に殺してやったのにな」

 

 {裸の王様}はそう言い終えると剣をアーサー王の顔目掛けて振り下ろした。

 しかし剣がアーサー王に届く前に{裸の王様}は突然の衝撃を腹に受けて後ろに吹き飛ばされた。

 何が起きたのか理解出来ずに{裸の王様}は先ほど衝撃を受けた自身の腹に手を伸ばす、すると手に生温かい液体が血であることを理解した。

 先ほどの腹に受けた衝撃は武器により受けた攻撃だったのだ。

 {裸の王様}は自身の腹を見ると剣の柄だけが宙に浮いてる様に見えた、しかしよく見ると自身から流れ出る血で形を現す。

柄の先にある自身の腹に突き刺さっている剣の刀身がガラスで出来た透明な剣であることがようやく理解出来た。

{裸の王様}はその剣が放たれた方向に目を向けるとその剣を射出したであろう男の名を憎々し気に叫んだ。

 

 「衛宮、士郎ォォォォー」

 

 {裸の王様}の視線の先には先ほど自身の腹を貫いた剣を射出したと思われる弓を構える士郎の姿がそこにはあった。



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7-4 立ちはだかる未来

 ~時間は少し戻りアーサー王がその身を囮にモードレッドをキャメロット城から外へと誘い出したカムランの丘へと向かう時へと戻る。

 

 

 

 キャメロット城の牢屋で鎖に繋がれた士郎は外の騒音に目を覚ます、しかし両腕だけでなく足まで鎖で繋がれた士郎はどうすることも出来なかった。

 腕を切り落としてでもセイバーの下へ向かいたい士郎であったが武器を作り出しても鎖で固定された士郎は自身の腕を切り落とし行為すら出来ない状態であった。

 

 「クソッ」

 

 士郎は必死にもがくが魔法も付与された鎖はビクともしなかった。

 そんな時に士郎の牢屋の前に誰かが近寄って来る足音が聞こえた、そしてその足音の主は士郎の牢屋の前に来ると牢屋の鍵を開けて中へと入ってきた。

 その足音の主は若く士郎と同じか少し上くらいの少年と呼ぶか青年と呼ぶか迷う若い鎧を着た男であった。

 その男は士郎に近づくと士郎が繋がれた鎖の鍵を使い士郎を鎖の呪縛から解いた。

 

 「お前は誰だ?」

 

 士郎は鎖を解いてくれた若い兵士に尋ねた。

 その兵士は自分の名前とその行動の理由を説明した、その兵士はまだ見習いのブリテンの兵士であった。

 そしてその若い兵士は2~3年前に宮廷魔術師である{マーリン}にこの牢屋と鎖の鍵を渡されたと言う。

 {マーリン}は何時かこの鍵を必要とする時がくるかも知れないと言ったそうだ。

 

 「その時は{マーリン}様が私などに話しかけてくれた事にただ感激してこの鍵は宝物として大事に取って置いたのです」

 

 若い兵士はそう言うと士郎に頭を下げて懇願した。

 

 「どうかアーサー王をお救い下さい」

 

 若い兵士は士郎がアーサー王を救った客人として迎えられたことは知っていた、しかし今更この状況を士郎がどうにか出来ると思っている訳では無かった。

 それでも少しでもアーサー王の力になってくれるならと願ったのだ。

 

 「モードレッド卿は変わられてしまいました、今のモードレッド卿を前にその言葉を聞くと恐怖で命令に従ってしまうのです。

  ですがアーサー王の為に私もモードレッド卿に従うフリをしてこの剣でどれ程の手傷を負わせられるか疑問ですがやってみようと思っています」

 

 若い兵士はそう言うと士郎の鎖を全部解くと急いでアーサー王とモードレッドの後を追いキャメロット城を後にした。

 士郎も急いでその若い兵士の後を追うが痛みで立ちくらみがして膝を地面に着ける。

 人質として最低限の治療をしたとは言え士郎の体はボロボロであった、頭を押さえて士郎は何とか立ち上がった。

 その時に士郎は自分の顔の半分側に渇いた血が大量に付いていることに気付くが気にせずに若い兵士に教えて貰った馬が繋がれた場所へと急いだ。

 キャメロット城にある程度在中したとはいえ士郎は少し迷いながら馬の場所に辿り着く、そこに若い兵士の姿は既に無く大量の馬の足跡を目印にアーサー王とモードレッドの場所へと馬を走らせた。

 

 「無事でいろよセイバー」

 

 自分の体もボロボロであるが士郎はセイバーのその身を案じた、そして大量の馬の足跡を追い掛けて士郎はカムランの丘の方へと馬を走らせていた。

 その途中で広い草原に出ると突如攻撃が士郎の馬の前に降り注いだ。

 その攻撃に馬は驚き前足を上げて暴れる、士郎は何とか振り落とされないようにしがみ付き馬を落ち着かせる。

 馬を落ち着かせると士郎は攻撃のされた方向に目を向ける、すると見覚えのある顔が士郎の目に飛び込んだ。

 

 「アーチャーなのか?」

 

 士郎の疑問を浮かべながら問い掛けた。

 それは第五次聖杯戦争で凛のサーヴァントとして呼び出されていたアーチャーがそこには立っていた。

 士郎は様々な疑問が浮かんだが今はセイバーの下へ急ごうとする気持ちが上で馬を走らせてアーチャーを置き去りにしようとした。

 しかし、アーチャーの攻撃が再び馬の前に落ちて馬は足を止める。

 

 「馬から降りろ、さもなくばその馬を射殺すぞ」

 

 アーチャーは冷静な声で警告をした。

 第五次聖杯戦争でその実力を目にしていた士郎はアーチャーが簡単に走る馬を殺す力を持っていることを知っていたので仕方なくアーチャー指示に従い馬を降りた。

 馬は自身を攻撃してきたアーチャーを恐れてか何処かへと走り出して行った。

 広い草原で馬を繋いで置く場所も無いために士郎は黙ってそれを見送った。

 

 「何のつもりだアーチャー」

 

 士郎の問いにアーチャーは手短に答えた。

 

 「聖杯戦争でやるはずだったことをやりに来ただけだ」

 

 アーチャーの答えを士郎は理解出来ずにいた。

 士郎はアーチャーのことが苦手であった、理由は様々であろうが士郎自身がアーチャーが自分を好いてはいない事は十分理解していた。

 それでも聖杯戦争でその身を犠牲にしてバーサーカー(ヘラクレス)から自分たちを逃したことに士郎は感謝をしていた、それが何故今自分の前に立ちふさがるかを士郎に分かるハズもなかった。

 

 「お前にも分かるように少し私の昔話をしてやろう」

 

 アーチャーはそう言うと士郎に自分が歩んだ人生を話始めた。

 

 「私は大災害で死にかけていたところを一人の男によって命を救われた、そしてその男に憧れてその男の様に誰かを救える人間になろうと身の程もわきまえずに戦場へと旅立った」

 

 先を急いでいた士郎であったがアーチャーの話から耳を離せずにアーチャーの話を聞いた。

 

 「戦場で体は傷つき心が砕けようとも私は傷ついた体を引きずり砕けた心を必死に拾い集めて{正義の味方}であり続けようとした。

  しかし私の力で救える人間など極僅かでしかなかった、そして私は自分の力の無さを嘆いた。

そして力を求めて死後も{正義の味方}であろうと人の領分を超えた存在へと自ら進んでなったのだ」

 

 アーチャーはそう言うと続きの言葉を歯を強く噛み締めて悔やむ様に話を続けた。

 

 「しかし、私を待っていたのは私が望んでいたハズの者から大きく離れた存在だった。

  世界の為に少数を犠牲にして大多数を救った、時には世界が必要とする人間を救う為に何の罪も無い人間も多く殺した、その中には年端もいかぬ子供も居た。

  気付けば私は{正義の味方}どころか薄汚い殺し屋風情(ふぜい)となり果てていたのさ。

  生涯と、その死後すら捧げた私に残されたのは後悔だけだった」

 

 アーチャーの話に士郎は妙な親近感を覚えた。最初の体験が自分と酷似していたからである。

 そしてアーチャーの次の話に士郎は耳を疑った。

 

 「私を災害から救った男の名は衛宮切嗣、そして私、いや俺が生前に呼ばれていた名は衛宮士郎。

  お前がこれから歩んだ先の未来(成れの果て)だ」

 

 アーチャー、いやエミヤの言葉が士郎の頭に響き渡った。



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7-5 過去vs未来

 エミヤはそうして自身が歩んだ人生を語ると士郎に自分の目的告げた。

 エミヤは自分を縛り続ける世界の守護者たる存在を消そうとした、それは極僅かな可能性そしてその方法が過去の自分を殺す事であった。

 しかしこの時代に居る士郎の肉体は本来の肉体では無く霊体の様なもので、仮に今の士郎を殺したところで本来の時代の士郎の下に帰るだけであることをエミヤは説明した。

 故にエミヤは士郎を殺すのではなく自身が選んだ道とは別の道を士郎に選択させることで、自身の存在を上書きしようと考えたのだ。

 

 「馬鹿な幻想を抱きその生涯を後悔で終わらせるな、誰かと寄り添い子をなし普通に生きろ。それが未来(愚かな末路)の俺からの忠告だ」

 

 エミヤ自身士郎が別の道を歩もうとも自分が世界の守護者たる存在から解放されることなど無いであろうと内心は分かっていた。

 それでも今のエミヤにとっては細すぎるその希望の糸に縋(すが)るしかなかったのだ。

 

 「お前は自分の選択に後悔したのか?」

 

 士郎はエミヤに問い掛けた。

 エミヤは最初と変わらずに自分の人生は後悔の人生だと答えた、後悔だけしか残らない人生だったと。

 それを聞いた士郎はエミヤの目を見つめて口を開いた。

 

 「悪いな、どうやら俺とお前は別人のようだ。

  俺は自分の考えを変えるつもりも、その進んだ道を後悔するつもりもない」

 

 士郎の答えを聞いたエミヤは深いため息を吐いた、愚かで馬鹿な過去の自分を見てため息を吐かずはいられなかった。

エミヤは内心では士郎がそう答えるのを分かっていた、過去の自分もきっとそう答えるであろうと知っていたから。

 しかし、そんなエミヤも戦場(地獄)を見続けて変わってしまった。いずれは目の前の過去の自分も変わるであろうことをエミヤは分かっている、青臭く愚かな過去の自分を見るのはエミヤにとって苦痛に他ならなかった。

 

 「口で理解するなどと期待はしていなかったさ、トレース・オン」

 

 エミヤは双剣の武器を生成するとそれを手に取った。

 

 「理解するまでその身を嬲(なぶ)ってやろう、それでも理解出来ぬのであれば殺さずに精神(心)を壊し廃人としてその後を生きることになるぞ」

 

 エミヤが戦闘態勢になるのを見て士郎も武器を生成して迎え討つ態勢を取った。

 両者の剣と剣がぶつかり合う、しかし実力には圧倒的な差があった。

大人と子供ほど、もしくは英雄と多少戦いをかじったことのある凡人ほどの実力差であった。

士郎は対峙して痛感した、目の前に居る未来の自分と名乗るエミヤは紛れもなく第五次聖杯戦争で見た歴史に名を刻んだ英雄たちと肩を並べる力を持つ化け物であると。

 

 「理解したか? お前如きの実力で何かを為(な)すなどと世迷言だと言うことを」

 

 エミヤは圧倒的な実力差を見せつけると士郎に己の無力さを突き付けた。

 それでも士郎の心は折れずにエミヤに挑み続ける。

 

 「俺が力不足なんてことは分かっていたさ、それでも俺は剣を振るう。足らない実力はこの命で埋めてやる」

 

 士郎は絶対に引かない覚悟を口にした、しかしその士郎の言葉を聞いたエミヤの眉間にシワが寄った。

 

 「お前如きの命一つで何かが変わってくれるほど、世界は優しくも、甘くもないぞ」

 

 エミヤの言葉にはかつて自分に向けられた言葉のようであった。

 今の士郎と同じようにエミヤも思いそして実行して歩んで来た。その果てにエミヤは痛感させられたのだった、戦場という地獄の中で己の無力さを。

 そしてエミヤは自分の歩んだ道が無意味と悟った、そして其処に残ったのは後悔という感情だけであったのだ。

 

 「それでもあの災害の時に救われた俺は救わなくちゃならないんだ、俺があの日切嗣に救われたように。今度は俺が」

 

 「散々這いずり回ったあげく、死にかけのガキを一人救うだけしか出来なかったあの馬鹿な男の様になりたいと?」

 

 士郎の言葉にエミヤは鼻で笑ってバカにしたように返した。

 エミヤの言葉を聞いた士郎は怒りが込み上げて来るのを抑えられなかった、あの日自分たちを救った切嗣を目の前の男は馬鹿にするように笑ったことが。

 士郎は怒りで剣を振るうが怒りはかえって士郎の太刀筋を鈍らせてエミヤの前に歯が立たなかった。

 

 「お前よりも俺の方が切嗣がどういう人間だったかよく知っている、切嗣が裏で何をしていたかも。

  結局切嗣は死にかけのガキを一人救うことした出来なかった英雄になりそこなった偽物だ」

 

 エミヤは士郎に向かってそう言い放った、そして苦しむように歯を食いしばって言葉を続けた。

 

 「そんな男に憧れたガキの結末など分かり切っていたことだ、俺たちは偽物にすらも劣る紛い者。あの日、あの災害で、衛宮士郎という人間は死ぬべき存在だったのさ」

 

 エミヤの言葉を聞いた士郎はエミヤを睨み付けると一つの質問をした。

 

 「お前は後悔しか残らなかったと言ったよな? お前が救った命もあったハズだろ、その救った命も意味がなかったって言うつもりかよ」

 

 士郎の言葉にエミヤは一瞬心がざわつくのを感じた、しかしエミヤは冷たく意味などなかったと口にした。その時のエミヤの目には何処か悲しみが宿っていた。

 

 「やっぱりお前と俺は別人だな。何十人、何百人、何千人の命が失われたとしても、そこに一つでも救われた命があればそれが無意味であるハズがない。

  たった一つの命を救ったところでと言われたら救われた人間はどうすればいい。

  あの日、切嗣が流した涙は別の意味があったのかも知れない。それでもあの日俺が生きてたことを切嗣が祝福してくれたからこそ俺は生きててもいいんだと思えたんだ」

 

 士郎はそう言って剣を強く握り絞めると再びエミヤに切りかかった。

 エミヤは士郎の剣を自身の剣で難なく防ぐ、士郎は剣を振るいながらも口を開いた。

 

 「聖杯戦争に呼ばれたお前は英雄なのかも知れない。

それでもたとえ世界が、歴史がお前を英雄だと認めても俺はお前を認めない。

  救った命に意味が無かったというお前を俺は絶対に認めちゃいけない」

 

 士郎の剣がエミヤの頬を少し掠めてエミヤの髪が数本切り裂かれた。

 この時初めてエミヤは驚きの表情をすると士郎から距離を取った、士郎とエミヤの実力は未だに圧倒的な差があった。

 エミヤが驚いたのは士郎の成長スピードであった、ほんの少しの時間しか経っていないのにも関わらず士郎は有り得ないスピードで力を伸ばしているのだ。

 その違和感にエミヤはピンときた、士郎が持つ自分と同じ武器を目にしてエミヤは有り得ない士郎の急激な力を得た理由を。

 過去と未来の違いはあれども二人は同じ人物である、士郎はこの戦いで未来の自分であるエミヤの力に剣という触媒を通して近づいていた。

 それはまるで未来の自分を今に霊媒するように、そしてそれは戦いが長引けば士郎が自分と同じ力量まで辿り着くことを意味していた。

 額から頬にかけて汗が一筋落ちるのをエミヤは感じた。



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7-6 因果を穿つ槍

 エミヤは士郎との戦いの中で過去の記憶を思い出していた。

 エミヤがまだ世界の守護者となる前の衛宮士郎だった時の戦場での記憶である。

 過去の記憶をエミヤは全て覚えている訳では無い、むしろ人という枠組みから外れたエミヤは過去の記憶はおぼろげなモノの方が多いくらいであった。

 そんな中で青臭い理想を掲げる過去の自分にあの時の自分自身の記憶を呼び起こされるように過去の一場面を思い出した。

 

 「助けて頂きありがとうございます。

  え~と、衛宮士郎さんですよね? ずっと衛宮さんに憧れてたんです」

 

 エミヤにそう言って感謝の言葉を口にしたのはまだ二十歳にもならない十五~六歳位に見える少年であった。

 その少年の名前をエミヤは覚えてはいない、ただその少年はエミヤと同じように戦場で戦う兵士の一人であった。

 戦場に立つ兵士の大半は好きで戦場に来た者ではなく、来ざるを得ない者たちであった。ただその少年は珍しく自分から危険な戦場へと歩み出たのだ(エミヤもそうであるが)。

 

 「自らのための行いは死と共に消えるが、人や世界のための行いは永遠に生き続ける」

 

その少年は過去の偉人が残した言葉を口にした、少年はその言葉を残した人物と偶然にも名が一緒だったこともありその言葉に感銘を受け、人をためにと戦場へと出て来たらしい。

 そしてこの頃には戦場で少し有名になり始めていたエミヤの名前を聞き、そしてエミヤが人を助けてることからこの少年はエミヤを英雄のように憧れていたと語った。

 

 「どんなに地位と金を得ようとも自分のことしか考えない人ではなく、ちっぽけでも誰か人のために生きられる人に僕はなりたいんです」

 

 そんな青臭い理想を口にした少年はまだ戦場に出たばかりで他人どころか、自分の命を守ることすら危うかった。

 エミヤは誰かのためにと理想を語った少年と別れた、その数日後に少年が死んだという話を耳にした。

 戦場に置いて死は身近にあった、その少年も覚悟を持って戦場に来ていたのだろうとエミヤは自分を無理矢理に納得させると戦場で今日も銃を構えた。

 一人の人間の死を深く悲しんでいられる程の余裕は戦場に無かったのだ。

 

 (人や世界のための行いは永遠に生き続けるか、そんな世界ならこの世はもっとましだったのかもな?)

 

 エミヤは誰ともなしに心の中で毒づいた。どれだけ善行を積もうとも理不尽な結末を強いられるのがこの世の中であるとエミヤは戦場で見せつけられてきた。

 エミヤ自身は自分に見返りが無くても構わなかった、ただ自分の様に他の人間を救おうと頑張る者には幸せであって欲しかった。

 そんな矛盾した思いを抱き、他の誰かを助けようとする人間もエミヤは救いたかった。

 それは人が持つには余りにも歪すぎる感情だと気づかぬままに。

 

 「うぉぉぉー」

 

 士郎の雄叫びと共に振るう剣を防ぐとエミヤは我に返った。

 剣と剣がぶつかり合いその度に士郎は少しづつであるが力をエミヤへと近づけていく、そんな状況でエミヤは士郎に再び問うた。

 

 「その道を進めば後悔以外何も残らぬ人生だと何故理解しない?」

 

 エミヤは士郎に再び説得の言葉を投げかけるが士郎はその意思を曲げようとはしなかった。

 エミヤは自分の話を理解せずに青臭いセリフを口にする士郎に怒りと哀れさを感じた。結局どう足掻こうと過去も未来も何も変える事など出来ぬと言った{選定者}の言葉はその通りなのかも知れないとエミヤは思い始めていた。

 

 「誰かを助けたいなどと思う自分の気持ちがニセモノだと何故気付かん。

  お前も俺も所詮は本物など持ち合わせて無い偽物だと」

 

 エミヤの言葉に士郎はピクリと反応すると攻撃の手が止まる。

 士郎自身も分かっていた、自分の誰かを助けたいという気持ちがあの災害を生き残ったこと、環境、自分を救ってくれた者への憧れ、そうした外からの影響に過ぎぬと。

 士郎の胸の内から湧き上がる想いは決して自身から生まれた本物とは言えないことに。

 それでも士郎はエミヤの目を真っ直ぐと見据えて答えた。

 

 「この想いが例えニセモノだとしても構わない。

本物に及ばなくてもこの想いが別の誰かの胸に残ってくれるなら。

そしてその誰かが他の人を救いまた受け継がれるなら、決して本物に負けない、劣らない、ニセモノだと胸を張ってみせる」

 

 士郎の言葉を聞いたエミヤはため息を吐いた。

 士郎が言うようなそんな子供が抱える様な理想は現実では有り得ないと、この世に続くものがあるとするならば、それは負の連鎖だけであるからだ。

 エミヤは士郎を見て過去の自分もそんな幻想を夢見ていたことに腹立たしさを覚えた。

 そして士郎が再びエミヤへ剣を構えて突っ込んで行く。

 

 「ぐっ」

 

 士郎のうめき声が口から漏れた。

 エミヤは戦い方を変えた、士郎が振り下ろす剣を受けるではなく躱すと膝で士郎の腹に蹴り込んだ。そして手に持つ剣の柄で士郎の頭を強打した。

 剣と剣がぶつかり合うことで士郎はエミヤへと力を近づけて行く、裏を返せばそれが出来なければ士郎がエミヤとの実力を埋める術はないのだ。

 そして剣を直接使わなくてもエミヤは士郎を打ちのめすだけの実力差が二人にはあった。

 

 「どんな理想も力を持たぬ者が言ったところで意味などないぞ」

 

 エミヤはそう言うと立て続けに士郎へと攻撃を続けた、剣を使わずともエミヤは士郎をボコボコに打ちのめすのに支障はなかった。

 何十回、何百回とまして何千回と戦おうともエミヤは士郎相手に一度も負けること無く完勝するだけの実力差があった。パワー、スピード、魔力、全てでエミヤが士郎を上回っていた。

 それでも仮にパワーなどで士郎がエミヤを上回ることがあってもエミヤは勝つ自信があった、エミヤと士郎の間で決定的に埋められぬ差は戦闘経験であるからだ。

 

 「聖杯戦争とはいえ、たった一度の戦場を経験しただけのお前が俺に勝てる道理などありはしない」

 

 エミヤは生前だけでも何十、何百という戦場を経験している。そして守護者となってからも合わせるならばその回数は千を優に超えた。

 他の英霊と比べてもエミヤは戦闘経験という点においては群を抜いていた。

 例え格上の英霊を相手にしてもエミヤは手段を選ばなければ互角以上の戦いを出来るだけの英霊と言えた、そんなエミヤ相手に士郎が勝つことなど万に一つも有り得なかった。

 

 「俺は絶対に後悔なんてしない」

 

 ボロボロになりながらも士郎はエミヤのようになりはしないと何度も口にした。

 しかしエミヤには分かっていた、どんな強い想いもすり減り薄れ、そして何時かは消えて行くと。過去の自分がそうであったように。

 この世に同じであり続けるモノなど在りはしないと。

 

 「後悔する、いや後悔しか残りはしない。

お前と同じ道を歩んだ未来の自分自身がそう言っているんだぞ」

 

 「後悔したと口にするお前は俺じゃない、衛宮士郎では絶対に。

  俺が後悔したらあの日、切嗣が俺を救ってくれた行為が無駄になってしまうから」

 

 理解しようとしない士郎にエミヤは怒鳴り散らすように言葉を吐く、それを聞いても士郎の心は揺れずに反論した。そして言葉を続ける。

 

 「俺が後悔したら、これから(未来で)救う命が無意味だと言うことになってしまうから。

  だから俺は後悔しない、しちゃいけない。

  切嗣の思いを、これから救う誰かの命を、意味があったのだと俺が証明する為に。

  ……たとえその先の未来にどんな結末が待ち受けていようとも」

 

 エミヤは一瞬たじろいだ。

士郎の揺らがぬ決意を秘めた目にエミヤは一瞬呑まれてしまったのだ、その士郎の強い想いを秘めた目に一瞬とはいえ怯んでしまったエミヤは自分自身に怒りを覚えた。

 そしてエミヤは理解した、目の前の過去の自分(士郎)はたとえ死を前にしようとも絶対に自分が歩く道を行く救いようの無い愚か者であると。

 

 「そうか、ならば死ね。そして俺と同じ道を行きそしてその未来に絶望しろ」

 

 エミヤは諦めた、過去の自分は何をしても変わらないと。

 そして本気で士郎を殺そうとエミヤは士郎にキバをむけた。士郎はエミヤが纏う空気が変わり空気がヒリつくのをその肌で感じた。

 

 (どうすれば奴に勝てる?)

 

 士郎は心の中で自分に問い掛ける。どう足掻こうと勝つためのビジョンが見えない士郎は必死に考えた。

 自分が動くよりも先に相手は動く、自分の剣が届くよりも先に相手の剣がこちらに届く、全てに置いて上回る相手に勝つための方法はないかと士郎は考え続けた。そして一つの武器が士郎の頭を過ぎった。

 

 「トレース・オン」

 

 士郎は両手に持つ剣を地面に突き立てると別の武器を生成しようとした。

 

 (思い出せ、セイバーを追い詰めたアイツの武器を。思い出せ、自分を貫いたあの槍を)

 

 士郎は記憶を頼りに一つの武器を生成する、魔術回路が焼けるように熱くなるのを必死に耐えながら。

士郎をかつて貫いたそれは宝具ではなかったがあの男が持っていた槍には違いなかった。

 セイバーを貫いたその槍は因果すらも捻じ曲げる宝具であった。

 

 「…それは」

 

 エミヤが士郎の生成した武器を見て小さく言葉を漏らした。

 士郎の手には一つの槍が握り締められている、それはかつてセイバーすらも追い詰めた程の武器。

 その武器を持つ男は第五次聖杯戦争で名立たる英霊たちの一人、ケルト神話の大英雄、クー・フーリンが持っていた宝具。ゲイボルグであった。




補足ですが士郎の生成したゲイボルグはモチロン本物よりも数段劣る劣化品です。

それと本文の方で出てきた「自らのための行い~」の言葉はアルバート・パインという19世紀の作家の方が残した言葉です。


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7-7 それぞれの英雄

 エミヤは士郎が生成した武器に一瞬意表を突かれたがそれだけであった。

 エミヤは士郎の行為を鼻で嘲笑うと自身が持つ双剣を手放しエミヤも武器を生成した。

 

 「トレース・オン」

 

 エミヤの手の中には士郎と同じ魔槍・ゲイボルグが生み出された。

 

 「俺(未来)に出来てお前(過去)に出来ぬことは山ほどあるが、お前に出来て俺に出来ぬことなど何一つ在りはしないと知れ」

 

 士郎が必死になって生成したゲイボルグをエミヤはいとも簡単に生成した、エミヤが本気になれば本物であるゲイボルグに極めて近い性能を持つ武器を作ることも可能であったがそれをすればエミヤ自身が危険であるためにそれは避けた。

 エミヤが生み出したゲイボルグは士郎と大差の無い力である、武器の性能が同じであれば結局はそれを扱う者の差で勝敗は決する。

 士郎が苦肉の策で編み出したエミヤを倒す算段はあっけなく露と消えた。

 それでも士郎は一縷(いちる)の望みを掛けてゲイボルグでエミヤに戦いを仕掛けようとしていた。

 

 「俺がお前に勝てる見込みが少ないことなど承知の上だ、それでも俺はセイバーの下に行かなきゃならない。

  散々助けられてきたセイバーの助けに少しでもなるなら俺の命くらい掛けてやるさ」

 

 士郎は時間が無いことを分かっていた、たとえ危険だとしても自分の命を懸けることに何の迷いもなかった。

 セイバーの力になれる可能性が僅かでもあるのならと士郎は玉砕覚悟の突撃に出ようとした。

 

 「言ったはずだぞ、お前如きの命では何も変わりはしないと。

  アーサー王は死に、そしてお前は後悔しか残らぬ未来を歩む。自身の愚かさを知ることになるだけだ」

 

 エミヤは士郎の説得を諦めると士郎を返り討ちにしようと身構える。

 本来ならばエミヤは士郎を殺すつもりならば距離の離れた今の状況であろうと殺す事は出来た、しかしそれを何故かしようとは思わなかった。

 士郎は知りえなかったがゲイボルグはその手から離れようとも相手を殺すだけの力があった、本来の性能から落ちる偽物とは言えゲイボルグには投擲(とうてき)して相手を殺す方法もあるのだ。

 しかし第五次聖杯戦争で士郎はクー・フーリンがゲイボルグを投擲して使う姿を一度として見てはいない。それ故に士郎はそんな使い方があると知りはしなかった。

 

 「あの日切嗣が俺たちを助けなければ俺たちはそこで終われたんだ、凡人が英雄の真似事をしたところで悲劇しか生まれはしない。

  俺がやってきたこと、そしてお前がこれからやろうとしていることもそれと同じさ」

 

 エミヤは切嗣を批判した、しかしその言葉は歯切れが悪く何処か寂しそうに士郎の目には映った。

 

 「俺はお前を英雄とは認めない。それでも、世界や歴史なんて関係なくお前が助けた人たちに取ってお前は英雄だ。

  あの日俺を助けてくれた切嗣は俺にとってはどんな歴史の英雄にも負けない英雄だから、これから先に何があろうとも。

  お前だって同じハズじゃないのかよ?」

 

 士郎はそう言うと覚悟を決めて駆け出した。

 セイバーの下に行くために障壁となる未来の自分を打ち倒そうと。

 士郎が突っ込んで来るのにエミヤは一瞬反応が遅れた、士郎の言葉を聞いたエミヤの脳裏に見たことも無い人々の顔がフラッシュバックしたからだ。

 エミヤは戦いの最中に雑念を抱いた自分を 責するとゲイボルグを構えて士郎を迎え討とうとした。

 

 (初動が遅れようとお前に勝ち目など無い)

 

 エミヤは戦いの最中に他に気を取られた自分を恥じたが士郎に負ける可能性は皆無であると思っていた。

 どれだけ後手に回ろうともそれを覆す程の実力差があると分かっていた、自分が士郎(過去の自分)に負けることなど万に一つも無いと。

 それは士郎にも分かっているハズである、それでも何の迷いなく突っ込んで来る士郎の目を見てエミヤは先ほど士郎の言葉を聞いて頭にチラついた人々が誰であったかを思い出した。

 

 (そうか、あれは昔俺が戦場で救った人たちか)

 

 エミヤは士郎を見て過去の自分を思い出した、身一つで戦場を駆け回りそこで苦しむ人を救おうと這いずり回った自分自身を。

 救えぬ命の方が遥かに多かった、それでも僅かであるが救うことの出来た人の顔をエミヤは思い出していた。

 エミヤはゲイボルグを強く握り絞めると士郎に向かって突き出した。

 

 「ゲイボルグ」

 

 士郎とエミヤの声が重なり槍が繰り出される。

 そして因果を穿つ魔槍・ゲイボルグが心臓を貫いた。



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7-8 月明かりの下の約束

 「なんでだよっ!?」

 

 士郎は疑問の声を上げた。

 互いにゲイボルグを繰り出そうとした刹那、エミヤはその手を止めたのだ。

 そして士郎のゲイボルグのみがエミヤの心臓を貫いた。

 

 (何故俺は?)

 

 エミヤは自分自身の行動に驚きを受けた、何故自分は攻撃を止めてしまったのかと。

 しかしエミヤは苦笑した、本当はその理由はとっくに気付いていたからだ。そしてその理由に苦笑せずにはいられなかった。

 

 (そうか、俺は…)

 

 エミヤは自分の心の奥底にあった気持ちに気付くと自分に呆れていた。

 戦場で嫌と言う程悲惨な現実を見せられてきた、そして甘い考えなどとうの昔に捨てたハズのモノであった。そうエミヤは思っていた。

 しかし心の奥底では違っていたらしい。

 

 (願ってしまったのか、今の俺ではなく過去の馬鹿で青い理想を思い描いていた自分が勝つことを)

 

 エミヤは士郎に手を出すように命じた。

 士郎はエミヤの言葉に素直に従うと手を差し出した、するとエミヤはその差し出された手を掴むと小さく呟いた。

 

 「トレース・オン」

 

 エミヤのその言葉と共にエミヤの魔術回路から士郎の魔術回路へと何かが流れ込んで来た。

 それが何らかの武器であると士郎にも分かった。

 

 「餞別(せんべつ)だ、アーサー王、いやセイバーを救うのだろう?

  自身を{選定者}などと嘯(うそぶ)くあの偽りの王を止めてみせろ、奴は王を選定する気などは無い。

  ただ全ての王を否定することで自分自身を正当化しようとしているだけの偽り王だ」

 

 エミヤはそう言うと斜め後ろの方向を指差した。

 そのエミヤの指差した方向にセイバーが居るのだと士郎にも伝わった。

 そして士郎はエミヤが指差した方向へと走り出した、エミヤが何故攻撃の手を止めたのかは士郎には分からず終いであったがセイバーの下に一刻でも早く行こうと士郎はそのことを無視して走り出した。

 

 「行ってこい。そしてお前がこれから歩む道の先が俺と同じ結末か、それとも…」

 

 エミヤはそう言いかけてまた苦笑する。

 士郎がこれから歩む道は自分がかつて進んだ道だ、ならばその結末も自分と同じであるに決まっている。

 それなのにエミヤはもしかしたらアイツならば別の結末を迎えるのではと僅かに期待を抱いていた、そんな自分自身の甘い考えに笑わずにはいられなかったのだ。

 

 「俺がこんなに甘い奴だとはな。

いや、切嗣に救われ、そして憧れを抱いた時から本当は変わっていなかったのか。

俺にとっても切嗣は特別な英雄だったんだからな」

 

 エミヤは空を見上げると昼間だというのに珍しいことに薄暗く月が顔を覗かせていた。

 その月を見てエミヤは昔縁側で切嗣と交わした約束を思い出していた。

 

 「ヒーロー(正義の味方)になれるのは期間限定でね、大人になると名乗るのが難しくなるのさ。もっと早く気付けば良かった」

 

「しょうがないから俺がじいさん(切嗣)の代わりになってやるよ、正義の味方って奴にさ」

 

 幼い子供が交わした約束、切嗣の見た夢の続きを代わりに叶えようと、そうすれば切嗣が喜んでくれると幼い少年は考えた。

 それがどんなに大変であることかも分からずに、それがこの先どんな結末を迎えるかなど考えもせずに、ただ幼い少年にとって大切な人に喜んで貰いたかった。

 そんな純粋で稚拙な願いを望んだ遠い昔をエミヤは思い出していた。

 

 (確かに、正義の味方なんて馬鹿げたモノは何も知らない子供の時にしか見れないな)

 

 切嗣がそうだったようにエミヤも大人になり現実を知った、そうして正義の味方などといった幻想を追い掛けることを諦めた。

 正義の味方は何も知らない馬鹿な子供のうちにしか見れない儚い夢であると。

 

 「違ったよじいさん、大人になろうとも正義の味方でいるのは簡単だったみたいだ。

  子供の頃に抱いた気持ちが胸にあり続けるだけで良かったんだ。

  じいさん(切嗣)や俺には無理だったけど、もしかしたらアイツなら…」

 

 エミヤはまるでここには居ない誰かに話しかけるように小さくそう呟いた。

その時強い風が吹き草原の草が高く宙へと舞った、そして草が地面へと落ちた時には先ほどまで月を見上げていた男の姿はもう何処にもなかった。



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7-9 八人目の英霊

 士郎はボロボロの体が悲鳴を上げるのを無視して走り続けた。

 肺が破れそうに苦しくとも足が痛みで感覚が鈍くなろうとも懸命に、それでも人には限界がある、その限界を既に超えている士郎の体はいつ動けなくなってもおかしくはなかった。

 そんなギリギリの状態の中で一頭の馬が士郎の方へと駆け寄ってきた、それはエミヤの威嚇射撃でその場を立ち去った士郎が乗っていた馬である。

 偶然かはたまた士郎を待っていたのかその馬は士郎に駆け寄ると足を止めた、士郎はその偶然と馬に感謝すると馬に飛び乗りセイバーの下を目指した。

 馬に乗ることもボロボロの士郎にとってはキツイことであったが士郎は何とか馬にしがみ付き目的の場所へと急いだ。

 

 「セイバー!?」

 

 遠くでおぼろげながらセイバーらしき倒れた人影と、セイバーに剣を振り落ろそうとする敵と思わしき人影が遠目であるが士郎には見て取れた。

 士郎はこのままでは間に合わないと咄嗟に判断すると馬から降り、(降りたと言うより落馬に近い形であったが)その場ですぐに構えた。

 

 「トレース・オン」

 

 士郎は咄嗟にエミヤが託した別れ際に魔術回路を通して流れ込んできた武器を生成した。

 その武器は剣であった、しかし刀身が何も無く柄から下の部分は鉄で出来ていた。鉄で出来ている部分には血潮のような赤い装飾が添えられて。

 何も無いと思われた刀身には透明で透き通るようなガラスで出来た刃があることに士郎は気付いた。

 そしてその武器はまるでエミヤ(未来の自分)がその生涯の生き様を表すような武器であると士郎には感じられた。

 士郎は弓を引き絞りその名前の無いガラスと鉄で出来た剣を{裸の王様}へと射出した。

 

 「ぐぅぁっ」

 

 {裸の王様}は口から小さなうめき声を漏らして剣が刺さった勢いで後ろに吹き飛んだ。

 そして突然自分に向かってきた武器の方向を見るとその武器を放ったと思われる一人の男が目に飛び込んだ。

 

 「衛宮、士郎ォォォォー」

 

 {裸の王様}は憎しみを込めて士郎の名前を叫んだ。

 本来ならばこの場に居ないハズの士郎が自分の邪魔をしたことに{裸の王様}は激昂した、そして士郎の足止めをするハズのエミヤへの怒りでもあった。

 

 「この様な、宝具とすら呼べぬ武器で私が殺されてなるものかぁー」

 

 「この武器は歴史に名を残した英雄たちが持つ武器には遠く及びはしないだろう、それでもこの武器は一人のバカな男が正義の味方になろうと、誰かを救おうとその生涯を掛けて生きた証だ。

 お前を討つには過ぎた代物だ、偽りの王」

 

 {裸の王様}は腹に剣が刺さった状態でアーサー王に近づくとアーサー王の息の根を止めようと再び剣を振り上げる。

 しかし剣を振り下ろす前に更に士郎が再び同じ剣を生成して放つ、そしてその剣は再び{裸の王様}の腹付近に突き刺さるとその衝撃で後ろに転げた。

 

 「大丈夫か? セイバー」

 

 士郎はそう言ってアーサー王の居る場所へと駆け寄った。

 

 「済まない、助かった。私は大丈夫だ」

 

 アーサー王は士郎に短く礼を口にすると決して浅くはない傷を負っていたが士郎に心配を掛けまいと平気なフリをした。

 そしてアーサー王は立ち上がると腹に剣が二本刺さった状態でヨロヨロとこの場から逃げようとする{裸の王様}に視線を移した。

 士郎とアーサー王は逃げる{裸の王様}の後を追い掛けた。二人の体はボロボロで早くは動ける状態ではなかった、しかし腹に二本の剣が刺さった{裸の王様}はそれよりもずっと酷い状態で赤子が歩くよりも遅いペースでその足取りを見失う心配は無かった。

 

 「有り得ない…私が…こんな所で終わるなど。

  私は…運命の存在を、証明するのだ…ならば…運命が私を…生かすハズだろ?

  嘘だ、有り得ない……」

 

 {裸の王様}はブツブツと一人ごとを呟きながら必死にこの場から逃げようとした。

 そして限界の状態が近い{裸の王様}の頭の中は混乱していた。

 

 「嘘だ…私は…こんな所で終わるハズがない。

  だって私は……{願ったのだから、聖杯に}」

 

 混乱する{裸の王様}は自分が口に出した言葉の意味を理解していなかった。

 それは{裸の王様}自身が知らない記憶、{裸の王様}となる前の依代となった人物の記憶であったがそれを{裸の王様}が知ることはなかった。

 絶望する中でそれでも必死に抗おうとする{裸の王様}は最後の魔力を必死に絞り出していた、その最後の足掻きが天に通じたのか{裸の王様}の目の前の空間が魔力による影響で歪んだ。

 そして今まで幾人もの王を殺したがどんな時も七人までしか召喚出来なかった英霊を{裸の王様}はこの土壇場で八人目の英霊の召喚を果たした。

 

 「これこそが{運命}の答えだ。やはり{運命}は私にこれからも王たちを殺せと、{運命}の存在を証明せよと言っているのだっ」

 

 瀕死に近い状態の{裸の王様}は自分の深手を忘れているかのように歓喜にその身を震わせていた。

 {裸の王様}が新たに召喚した八人目の英霊はアーサー王がよく知る人物であった。

 

 「長い時間が経ったような? それともあっという間の短い時間なのかな?

  何だか不思議な感覚だぜ、それでも再びアンタに会えたことを天にでも感謝したい気持ちだぜ。父上、いやアーサー王」

 

 {裸の王様}が八人目に召喚した英霊、それは皮肉にもアーサー王が最も戦いたくはない相手であった。

 反逆の騎士モードレッドがアーサー王と士郎の前に立ちはだかった。



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7-10 全ての始まりの地

 全ての元凶である{裸の王様}を追い詰めたアーサー王と士郎の前にモードレッドが立ちふさがった。

 アーサー王は士郎に後ろに下がるように指示をした、士郎ではモードレッドに歯が立たないからである。

 士郎自身も万全の状態でもまるで敵わないモードレッド相手に今のボロボロの自分が役に立つとは思えなかった。

 しかし、士郎は後ろに下がろうとはしなかった。

 士郎はセイバー(アーサー王)が自分と同じ、いやそれ以上にボロボロの状態であることに気付いていたからである。

 

 「邪魔だガキ、俺と父上、いやアーサー王の戦いにテメーごときが割って入れるなんて勘違いしてんじゃねぞ」

 

 モードレッドは自分とアーサー王の戦いに参加をしようとしている士郎をまるで虫けらでも見るような侮蔑の目を向けると、何処へでも消えろと手で追い払う素振りを見せた。

 

 「何をしている、二人纏めて殺せモードレッド」

 

 {裸の王様}はモードレッドが士郎を歯牙にもかけずにこの場から消えろと言って焦った、{裸の王様}にとって王であるアーサー王よりも、むしろ士郎は自分を殺すだけの力を持っている邪魔な存在だからだ。

 しかし{裸の王様}の言葉にウザそうにモードレッドは口を開いた。

 

 「そこのガキもテメーも消えろ、俺様とアーサー王の戦いにテメーらごときが口を挟むんじゃねえ」

 

 {裸の王様}は困惑した、モードレッドにとってアーサー王以外はどうでもいいと言う言葉に。

 しかし士郎は決してその場から引かずにモードレッドを睨み付けた。

 モードレッドの怒りは傍目に見ても分かる程の怒りを顕(あら)わにしていた。

 

 「俺が一瞬でも隙を作る、セイバーはその一瞬の隙でモードレッドを何とかしてくれ」

 

 士郎の言葉にアーサー王は反論をしたが士郎はガンとして聞かなかった、士郎はアーサー王に自分がこの時代で命を落としても元の時代に戻るだけだと簡潔に説明をした。

 エミヤが言っていた言葉が本当かどうか士郎に取って確かめようなどなかった、仮に本当に命を落とすことになろうとも士郎は同じ選択をしたであろう。

 士郎がこの時代でセイバーを悲劇の結末から救いたかった、しかし士郎に出来たことなど、何かを変えれたことなど何一つとしてなかったと士郎は悔やんでいる。

 第五次聖杯戦争から鍛錬を限界までやってきた、それでも聖杯戦争と同じで無力な自分に士郎は歯痒さを感じ続けていた。

 もしもこの場に居るのが未来の自分なら、エミヤならばセイバーの助けになれたであろうにと。

 

 「そうだ、そうだ二人纏めて殺せモードレッド。

 {運命}を変えようなどと身の程知らずなガキも、{運命}に抗おうとする無能で家臣に裏切られたバカなアーサー王も殺……」

 

 {裸の王様}が言葉を最後まで喋ることはなかった、言葉を言い終える前に{裸の王様}の首が胴体から離れて宙を舞ったからだ。

 

 「言ったハズだ、俺様とアーサー王の会話にテメー如きが口を挟むんじゃねえとな、三下野郎」

 

 モードレッドの鞘から抜かれた剣は後ろで興奮してが鳴り声を上げていた{裸の王様}の首を一瞬にして刎(は)ねた。

 {裸の王様}は一瞬の出来事に脳の処理が追いつかず、ただ空中で回る頭は激しく回る景色だけが目に映った。

 {裸の王様}はその最後の瞬間に走馬灯であろうか? 自身が初めて目覚めた時のことを思い出していた。

 それは荒廃した町で崩れた家やビルが多くの人を飲み込み、火災で辺りは火の海となった地獄の様な光景であった。

 

 「此処は何処だ…?」

 

 {裸の王様}は衣服すら身に着けていない状態で泥のような中から這い出した。

 自分が何者で何を目的としているかは分かった、しかしこの場所が何処か、そして何故自分がこんな場所に居るのかは不明であった。

 {裸の王様}は火と瓦礫の荒廃した街を後に時空を渡り自分の目的である歴史に名を残した偉大な王たちを殺す旅に出た。

 

 

 {裸の王様}は知らない、自身が最初に目覚めた地が極東の小さな島国に日本であったことを。

 {裸の王様}は知らない、自身が目覚めた地こそ聖杯戦争が行われていた冬木市であったことを。

 

 

 宙に舞っていた{裸の王様}の首が地面に落ちると目の前が暗くなり{裸の王様}の意識は二度と目覚めることのない深い暗い闇の底へと消えた。

 {裸の王様}の最後は自身が召喚した英霊によってその命を絶たれるといったマヌケな最後でその生涯の幕を閉じた。



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7-11 たとえ、想い描いた理想とは違っても…

 自身の召喚者である{裸の王様}の首を刎ねたモードレッドの体が光の粒となりモードレッドは消えようとしていた。

 

 「モードレッド、何故…?」

 

 「俺様を見損なうじゃねえ、今のボロボロのアンタに勝ったところで何の自慢にもなりゃしねえからな」

 

 アーサー王の疑問にモードレッドは顔を横にしてそっぽを向いて言った。

 

 「俺様が勝ちたいのはブリテンを統治していた強く、偉大なアーサー王だ。

  何時か俺様はアンタを超える、その時まで他の奴に負けたら承知しねえからな」

 

 モードレッドはアーサー王の顔を見つめてそう宣言した。

 かつてのモードレッドは苦痛に顔を歪めてその生涯の最後の幕を閉じた、ただ親に認めて貰いたかっただけだったと悔しそうに言葉を残して。

 しかし今のモードレッドはアーサー王を、親を超えるのだとスッキリとした顔で言い放った。それは自信家で傲慢なそんなアーサー王がよく知るモードレッドの顔であった。

 

 「いつかまた剣を交える時まで精々達者で暮らすんだな、あばよ父上」

 

 モードレッドは少し恥ずかしそうにそう言うとモードレッドの体の半分以上は光となって消えようとしていた。

 

 「ああ、何時でも相手になろう王として、そしてお前の父親として」

 

 アーサー王がそう言うとモードレッドは少し笑ったような顔で光となって消えた。

 アーサー王は光が消えてもそこにまだモードレッドが居るかの様にモードレッドが居た場所を見つめ続けた。

 

 「セイバー、これで終わったのか?」

 

 士郎はそんなアーサー王に質問を投げかけた。

 アーサー王は首を横に振ると、王として自分にまだやることがあると口にした。

 

 「私にはまだ国の為に、そして民の為にやらなければならないことがある」

 

 アーサー王はそう言うとキャメロット城がある方向へと顔を向けて言った。

 ブリテンは既に崩壊をしているのを他国が黙って見ているハズがなかった、ブリテンの領土を、そしてそこに住まう人々を奪おうと複数の国の魔の手がブリテンへと迫っていた。

 士郎にもセイバーがまだ剣を振るい戦い続けるのだと分かった。

 

 「なら俺にも手伝わせてくれ」

 

 士郎はアーサー王の力になろうと協力を申し出た。

 しかし、その時に異変が起きた。士郎の体も光の粒となって消えようとしていたのだ。

 それは士郎がこの世界に来た役目を終えた証なのか士郎もまたかつての聖杯戦争のセイバーの様に光の粒となって元の時代に戻ろうとしていた。

 

 「ふざけるな! 俺はまだセイバーの為に何も出来てない、何の力にもなってないのに」

 

 士郎が悔しそうに叫ぶとその言葉を聞いたアーサー王は首を横に振った。

 

 「私はずっと後悔しながら生きてきた、何かを決断する度に多くの命を奪ってきたのだ。

  それでも国の為に、国に住まう民の為に最善を考えて決断を下してきたつもりだが常に疑問が頭を掠(かす)めた。

  あの日{選定の剣}を引き抜いたのが私でなければ、別の誰かが王になっていれば民はもっと幸せになれたのではないか?

  私と関わり持った者たちも不幸に死ぬことは無かったのではないかと」

 

 アーサー王は寂しげな目をして士郎にそう語った。

 士郎はセイバーの言葉を否定しようと口を開こうとしたがアーサー王の目が士郎の言葉を止めた。

 士郎は黙ってセイバーの続きの言葉を静かに聞こうと口に出掛かった言葉を飲み込んだ。

 

 「もしも願いが一つ叶うなら私はあの日に戻り王となることを拒むであろう、そうすれば私などの為に命を落とす者も救われる。

  私が王になったせいで多くの者を不幸にしなくて済む、私の人生はそんな後悔しか残らない人生だ」

 

 アーサー王はそう語りながら目を瞑ると多くの自分と関わった者たちの顔を頭に思い浮かべた。

 自分を信じ集まった兵士や民、自分が滅ぼした国や敵、そして自分を支えた円卓の騎士たち。そんな円卓の騎士たちもその大半を自分のエゴで殺したのだとアーサー王は拳を握り絞めた。

 士郎はセイバーの言葉を否定しようと声を出し掛けたが途中で止めた、セイバーの目を見るとそこには凛とした揺るぎない力強い目を見たからだ。

アーサー王はゆっくりと目を開くと言葉を続けた。

 

 「私の人生は決して満足できると言えないだろう、それでも私は自分の人生に納得しようと思う。

そうしなければ私を信じ命を掛けた者たちの気持ちまでもを否定することになってしまうから。

そう思えたのは士郎、アナタに会えたからだと私は思っている。

だから感謝の言葉を言わせてくれないか?」

 

 アーサー王はそう口にすると片膝を付いて剣を士郎に捧げるように掲げた。

 

 「我が名はアルトリア・ペンドラゴン。

我が騎士道に掛けて、聖杯戦争で汝の剣となりこの身を捧げることを此処に誓う。

我がマスター士郎よ」

 

 それはアーサー王という身分では決して取ることのない誰かを主とする忠誠の近いであった。

 士郎は涙が溢れそうになった。しかしそれはセイバーの今の言動だけが理由では無く、士郎が感じていた違和感に気付いてしまったからだ。

 アーサー王が士郎に言った言葉で士郎はセイバーと最初にあった時の違和感にこの時ようやく合点がいった。

 

 (そうか、此処は俺が知ってるセイバーと、聖杯戦争で共に戦ったセイバーとは別の世界なのか)

 

 士郎はアーサー王の言葉を聞いて今目の前に居るセイバーは聖杯戦争で会ったセイバーとは別人であることが分かった。

 アーサー王は自分の人生に納得すると言ったのだ、その言葉が真実ならば聖杯戦争といった願いを叶える戦いに参戦する理由が無いのだ。

 それはつまり今目の前に居るセイバーは聖杯戦争に参加したセイバーとは別人であることを意味していた。

 

 「ありがとう、頼りにしてるぜセイバー」

 

 士郎は本当の事をセイバーに伝えずに自分の胸にしまう事にした。

 その選択が正しかったのか士郎には分からない、しかし目の前に居るセイバーの顔を見たらそれが間違いでは無いと思えた。

 士郎の目の前に居るセイバーの顔はあの日、聖杯戦争を終えて消え去るセイバーの笑顔と全く同じであったからだ。

 士郎が聖杯戦争の最後に見たセイバーの笑顔が心の底からの本物だったとするならば、今目の前に居る別のセイバーもきっとそうなのだと士郎は信じたかった。

 士郎もかつての聖杯戦争の時のセイバーと同じように笑顔をで別れようと精一杯の笑顔で別れを告げた。

かつてのセイバーが最後に最高の笑顔で別れることで士郎は救われた気持ちになった、だから今度は士郎が最高の笑顔で行く番だと思った。

 

 「ありがとう、士郎」

 

 光の粒となって消えた士郎が居た場所を見つめてアーサー王は嚙み締めるように口にした。

 そしてアーサー王は士郎が乗ってきた馬に跨(またが)るとキャメロット城のある場所へと馬を走らせた。

 王として最後に自分がやるべきことをしようとアーサー王はたった一人、様々な国の軍が押し寄せる最後の戦場へと向かうのであった。




 ここまで読んで頂きありがとうございます。
 最後の方で書きましたが士郎が召喚されたブリテンは士郎が居る世界の過去では無く、とても似た並行世界の過去でしたという話です。
 なので円卓の騎士の死に方やその他諸々、多少の違いなどがありますがとても似た並行世界なので色々と違ってますよと言った感じになります。

 とりあえずこの後の投稿はエピローグという形でお送り致します。
 エピローグ・アルトリア編で2~3回の投稿。
 エピローグ・マーリン編で短いのを1回。
 エピローグ・士郎編で2~3回の投稿で完結となりますので最後まで読んでもらえるとありがたいです。


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エピローグ アルトリア編(前編)

 士郎との別れの後にアーサー王はキャメロット城へと馬を走らせた。

 そしてキャメロット城に辿り着いたアーサー王の目に飛び込んだのは自国の民たちが蹂躙され、陵辱されている姿であった。

 アーサー王は覚悟をしていたとはいえその光景に腸(はらわた)が煮えくり返る思いであった。

 

 (私が王になどならなければ)

 

 アーサー王の心に今まで幾度も訪れた後悔の感情が顔を覗かせる。

 しかしアーサー王は歯を食いしばる、王として今やるべきことをやるのだと。そう士郎に言った自分の言葉に己を奮い立たせた。

 アーサー王は自身の聖剣を抜くとその剣に魔力を込めた。

 

 「エクスカリバー<<約束された勝利の剣>>」

 

 アーサー王は国民を巻き込まぬようにエクスカリバーの攻撃を空へと放った。

 国民に襲い掛かる敵国の兵士たちを狙えば混雑とした今の状況で自国の民たちも多く巻き込んでしまうからだ。

 空に放った一撃に他国の兵士たちがそちらに視線を移した、するとアーサー王の姿を見て他国の兵士たちは馬鹿にするように笑う者たちが大半であった。

 

 「今更何の用だあの王様は、もう国が崩壊したアーサー王などに何が出来るんだ」

 

 他国の兵士たちはアーサー王を中傷し、笑い者とした。

 かつては恐れていた存在が落ちぶれた様を見て他国の兵士たちはまるで自分がアーサー王よりも強い存在になったかのように振る舞う。

 そしてアーサー王の首を取ろうと素早く動く部隊がアーサー王に迫った、百以上はいる兵士を無駄な無く統率された動きから良く練兵された部隊であることが他の他国の兵士たちからも見て取れた。

 

 「その首貰ったぞアーサー王」

 

 部隊の隊長と思わしき先頭の男がアーサー王を討とうとあと少しで剣が届きそうな距離まで詰めると叫んだ。

 たとえ滅び掛けの国の王とはいえアーサー王の首を取ればその名誉は計り知れない、後れを取った他国の兵士たちもアーサー王を討とうとその後に続こうとしたがピタリと動きを止めた。

 

 「エクスカリバー<<約束された勝利の剣>>」

 

 アーサー王が放った一振りで眼前に迫った百以上は居たであろう部隊は塵も残さずに消滅した。

 それを見た他国の兵士たちは目の前で起こったことがまるで現実か疑うように目をパチクリとさせている。

 

 「我が名はアーサー王、我がブリテンの民たちに仇なす敵にはこの体が首だけになろうともその敵を噛み殺そう」

 

 アーサー王はそう叫ぶと他国の兵士たちをギロリと睨んだ。

 ブリテンの民から金品を奪おうとする兵士、女を犯そうと服を剥ぎ取ろうとしていた兵士たちはアーサー王の言葉を聞くと民たちからパッと離れた。

 先ほどまで他国の兵士たちはアーサー王など今更恐れる対象ではではないと高を括っていた、しかしたったの一振りでその考えは払拭された。

 この状況ではアーサー王といえども、いやどんな英雄であろうとどうにか出来る状況では無い。

 現に他国の兵士たちが一斉にまたブリテンの民たちに乱暴をすればアーサー王一人では対処の仕様など無いであろう、それでも兵士たちがブリテンの民に手を出そうとはしなかった。

 彼らの本能がアーサー王逆らってはいけないと、命が危険だと訴えかけていた。

 

 「真に恐ろしいのはアーサー王である」

 

 他国の兵士たちの中の指揮官と思わしき男たちはポツリ、ポツリとそんな言葉を口にした。

 それはかつて大国の王がアーサー王を評価した言葉であった。

 当時その言葉を聞いた他国の国々や位の高い者たちは強大な力を持つブリテンの王に向けた世辞でしかないと誰もが思っていた。

 その言葉を残した王は言った、ブリテンは強大だ、兵士一人一人の質が高くそれを指揮する円卓の騎士たちはまさに我が国の脅威であると。

 しかし私が何よりも脅威と捉えているのはアーサー王というたった一人の王であると。

 その言葉は真に受ける者は居なかった、その言葉を残した王の家臣たちですらただの社交辞令であろうと思っていた程である。

 その大国の王が残した言葉が一切の誇張の無い言葉であると今この場に居る者たちは初めて理解した。

 

 「ブリテンの領土は貴様たちにくれてやろう。

ただしブリテンの民を傷付けるならば私は地獄の底からでも這い出よう。

  ゆめゆめ忘れるな、我が名はアーサー王、ブリテンの民を守護する者なり」

 

 そう言い残すとアーサー王はその場を後にした。

 実際はアーサー王はモードレッドから受けた傷により剣を振るうことすら激しい痛みを伴っていた。

 しかしその場に居た者でアーサー王が深い傷を受けているなど感づく者など居なかった。

 そしてアーサー王がその場を去ろうともブリテンの民たちに危害を加えようなどとする者はもう一人として現れなかった。



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エピローグ アルトリア編(中編)

 アーサー王が混乱を鎮圧したのも束の間のことでしかなかった。

 キャメロット城を中心とした周辺はアーサー王の出現で様々な敵国の兵士たちは恐怖で動きを止めたがそれはアーサー王の姿を見た者たちだけでしかなかった。

 今もなおブリテンを侵略しようと敵国の軍はブリテンへと進行していた。

 

 「アーサー王の恩義に報いる為に命を掛けて敵を食い止めろー」

 

 国境ではなおも攻め込む敵国の侵略を防ごうとブリテンの兵士たちは戦っていた。

 ブリテンの国の状況は国境を守る兵士たちも知っていた、そしてそれはブリテンからの援軍が来ないであろうことも。

 それでも国境を守り続けていることは奇跡に近かった。しかしその防衛線も崩壊するのはもう時間の問題であった。

 現に既に国境を越えて進行する軍の部隊が多く出始めていた、国を守る国境の網目は既に穴だらけと言わざるを得なかった。

 

 「何をしている、早く進まぬか」

 

 国境の防衛を抜けた敵国の軍の先発隊の指揮官が苛立ちを露にした。

 他の国に後れを取るまいとキャメロット城を目指していたが突然部隊の足が止まったことに違和感を覚えて指揮官が前に出る。

 すると一人の長髪で弓を持つ男が部隊の前に立ちはだかっていたのだ。

 

 「邪魔をするならさっさと殺してしまえ」

 

 部隊の指揮官の叱責が飛ぶと前方の兵たちは戸惑いを見せながらも目の前の立ちはだかる男に突撃をした。

 

 「私は悲しい」

 

 長髪で細めの男がそう言って弓の弦に指をかけると近づいた兵士たちの首は花弁がポトリと落ちるように胴体から首が転げ落ちた。

 兵士たちに恐怖の色が色濃く満ちて動揺が広がっている。

 長髪の男の足元には既に多くの首が転がっていた、部隊の足が止まり兵士に恐怖の色が見えたのは既にその男の恐怖を先に進んでいた者たちは見ているからであった。

 指揮官の男はたった一人に百を超える部隊が足止めを食らっては自分の恥になると兵士たちに再度突撃を命令する、しかし結果は同じであった。

指揮官の男はその長髪で目の細い男に見覚えがある必死に記憶の糸を辿った。

 

 「バカな、貴様はアーサー王と袂(たもと)を別ったハズでは?」

 

 その強さとあっけなく命を刈り取る様から戦場では死神などと恐れられている円卓の騎士の一人、トリスタンだと指揮官の男はすぐに分かった。

 指揮官の男はトリスタンの力を目の前で見ると自分の下に付けばアーサー王に仕えていた時以上の地位と金を与えるとトリスタンに持ち掛けた。

 

 「私は悲しい、我が王と私の関係をそんなものでしか見ていないとは」

 

 そう言うとトリスタンは弓に手を掛けると指揮官の男の片耳が飛んだ。

 指揮官の男は激しい痛みと怒りで兵士たちにトリスタンを殺すように命じたが兵士たちはトリスタンの恐怖と命令に逆らうことが出来ないジレンマからその場を動けずにいた。

 するとトリスタンが再び指が弓へと向かう、指揮官の男の残った耳がポトリと落ちた。

 

 「次はその首を落としてあげましょうか」

 

 トリスタンがそう言うと指揮官の男は恐怖からその場から馬を走らせて逃走した、それを見た部隊の兵士たちも蜘蛛の子を散らすように敗走をした。

 指揮官だった男は今回の恐怖から二度と戦場に立てなくなったという噂は後日風の噂でトリスタンは耳にした。

 そしてトリスタンはこの後も二~三度キャメロットを目指す敵国の兵士たちを追い払うと何処かへと消えて行った

 

 

 一方フランスではランスロットがフランスの王の説得を試みていた。

 ブリテンの為にランスロットは己の出来ることに奔走した、そしてその甲斐もありランスロットはフランスの王を説得させてブリテンの民たちの安全を約束した。

 

 (面倒ではあるが仕方あるまい)

 

 フランスの王はメリットとデメリットを天秤に掛けてランスロットの要求を呑んだ。

 もしもランスロットが敵に回ればランスロットに付いてきたブリテンの兵士たちもランスロット同様にフランスにキバを向けるであろう、それならばランスロットたちが持つ戦力を手元に置いておくことをフランスの王は選んだ。

 大国であるフランスがそうしたことで他国も同様にブリテンの侵略を中止した。

 ブリテンの領土と財宝などを分けることで他国は納得をした、中にはそれを良しとしない国もあったがフランスと争う事、そして今尚も残るブリテン残存勢力と戦い自国の軍事力を削られることを嫌って仕方なくブリテンの侵略を中止した。

 そしてブリテンの民を自国に住まわせる際に自国の民たちと同じ扱いを約束させた。

 誰も口にしなかったがそれを納得した理由として消えたアーサー王を今尚恐れている者が多く居たことも大きかった。

 

 「これで私の罪が無くなる訳ではない、それでも少しでもあのお方の力になれたのならば」

 

 ランスロットはそう言うと何処かへ消えたというアーサー王に対して思いを馳せた。

 ブリテンという国は滅びたが滅んだ国としては異例といえる程の好待遇であった、滅んだ国の民たちは多くが奴隷などになるのが普通であるのにブリテンの民たちはそうならずに済んだのだ。

 ブリテンという国は滅んだ後も尚その影響力を強く残した、それはランスロットたちなどによる生き残った者たちの手柄とも言えたが、ブリテンという強大な力を持つ国の過去の恐怖が他国の者たちに強く残っていたからであろう。

 それ故に他国の者たちはブリテンという国を早く忘れようとした、そして時が経つにつれてブリテンという国は本当に存在をしたのか定かではない不確かな幻の国として現代に語り継がれるのであった。



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エピローグ アルトリア編(後編)

 ベディヴィエールは白起との戦いの際に白起の最後の抵抗にあって足止めを食らっていた。

 それでも何とか白起の最後の足掻きである足止めから抜け出すとアーサー王を探してベディヴィエールは奔走をした。

 情報を集めてアーサー王が赴いたと思わしき場所を追って最後の目撃情報であるキャメロット城の周辺まで辿り着くとアーサー王の足取りは途絶えた。

 ベディヴィエールはそれでも諦めずに少ない痕跡から奇跡的にアーサー王の足取りを掴むと馬を全速力で走らせた、そして木々が生い茂る森へ行きついた。

 そして奥に進むとそこには木に寄り掛かり息も絶え絶えなアーサー王の姿がベディヴィエールの目に飛び込んだ。

 

 「お待たせして申し訳ございません。アーサー王」

 

 ベディヴィエールはそう言うと片膝を付いて頭を下げて傅(かしず)いた。

 

 「私の最後には必ず貴公が駆け付けると思っていた、誰よりも忠義心が厚いベディヴィエールという男ならばと」

 

 アーサー王はベディヴィエールの方を向くと少し笑った様な顔を見せた。

 ベディヴィエールはここまで疲弊したアーサー王を見たのは初めてであった、そして何よりベディヴィエールが驚いたのはアーサー王の表情である。

 ベディヴィエールが知るアーサー王は常に厳格を身に纏(まと)いその表情は険しく他者を寄せ付けないものであった。

 しかし今目の前に居るアーサー王には威厳や厳格も備えているが、それとは別に優しさが見て取れたのだ。

 

 「ベディヴィエールよ、私の王としての最後の命を下す。この剣(エクスカリバー)を泉の精霊へと返してきてくれないか」

 

 アーサー王がこの森に来たのはエクスカリバーを精霊へと返すことが目的であった。

 しかしまともに動けないアーサー王はベディヴィエールにその役割を頼んだのだ。

 ベディヴィエールはエクスカリバーを受け取ると精霊が居る泉へと進んだ、しかしベディヴィエールは途中で引き返すとアーサー王の下に戻って来た。

 

 「どうか傷を癒してアーサー王御自身の手で剣を返しては頂けないでしょうか」

 

 ベディヴィエールは剣を返す為にアーサー王が必死に死に抗っていることを分かっていた、自分が剣を精霊へと返せばアーサー王を繋ぎ止めているモノが消えるのではと危惧していた。

 しかし、アーサー王は首を横に振ると再びベディヴィエールに剣を精霊へと返すように言ってベディヴィエールは精霊の下へと向かわせた。

 ベディヴィエールはアーサー王が考えを変えないことを分かっていたが懇願せずにはいられなかった。

 

 「剣(エクスカリバー)を精霊の下へと返しました」

 

 ベディヴィエールはアーサー王にそう伝えたが、実は一度目と同じように途中で踵(きびす)を返すと嘘の報告をした。

 鞘には傷を癒す力があった、剣自体に傷を癒す力は無いハズであったが万が一にでもアーサー王の傷を軽くしてくれないかとベディヴィエールは淡い期待を抱き、剣をアーサー王の近くに置いておきたかったのだ。

 アーサー王の命令を無視してでもアーサー王に生きて欲しいというベディヴィエールの願いであった。

 しかし、アーサー王はベディヴィエールの嘘を見抜くとベディヴィエールを優しく諭した。

 

 「強大な力(エクスカリバー)は新たな争いを生む火種となる、どうか私のせいでこれ以上多くの血が流れることの無いようにしてくれないか」

 

 ベディヴィエールはアーサー王の思いをこれ以上無下には出来ないと三度目にしてようやく断腸の思いで剣を泉へと返した。

 そしてベディヴィエールはアーサー王の下へと戻るとそこには既に息を引き取ったアーサー王が最初と変わらずに木に寄り掛かった状態で居た。

 

 「アーサー王?」

 

 ベディヴィエールは小さくそう言葉を漏らした。

 そこに居るアーサー王はまるで木漏れ日の中でうたた寝をする幼い少女のようにベディヴィエールの目には映った。そしてそれこそが本当の姿であると悟った。

 ベディヴィエールはアーサー王と離れていた間に誰かがアーサー王の心の重く硬い鎖を解いたのだと分かった、その時に何故か一人の少年の姿が頭に浮かんだ。

 

 (ありがとう、我が王の力となってくれて)

 

 ベディヴィエールは心の中で少年に礼を言うとアーサー王の下へ静かに近寄り繊細で壊れやすい人形を抱く様に片腕で器用にアーサー王を抱えると森の奥へと姿を消した。

 それ以降アーサー王の姿を見た者は誰もいない。

 

 

 ブリテンの民でアーサー王がまた現れるのを待つ者の間で噂が流れた、アーサー王は伝説の島であるアヴァロンで傷を癒していつの日にかまた我々の前に姿を見せてくれると。

 そんなまことしやかな噂話はアーサー王を再び望む民たちの希望が産んだ願いだったのかも知れない。



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エピローグ マーリン編

 時間は遡りアーサー王と{選定者}が戦っている時に遠く離れた地で別の戦いが繰り広げられていた。

 一人はブリテンが誇る大魔術師マーリン、そしてもう一人が{選定者}が召喚した英霊であった。

 

 「化け物め」

 

 これまで長くマーリンを抑え込んでいた男は憎々しそうに吐き捨てた。

 {選定者}が呼んだこの男はかつて魔女狩りと言われる悪行が行われていた時代に誰よりも多くの魔術師たちを殺した男である。

 魔女狩りとはすなわち魔術師たちを惨殺するために行われた手段であった、強大な力を持つ魔術協会の力を恐れた他の複数の教会と個人的に魔術師たちに恨みを持つ者たちによって起こされた悲劇であった。

 

 「貴様ら魔術師はこの世界の害悪だ、この地上から一人残らず消してやる」

 

 ボロボロになりながらもマーリンと対峙する男は激しい憎しみを宿していた。

 かつてこの男は最愛の恋人をある非道な一人の魔術師によって人体実験をされて殺された、最愛の恋人の変わり果てた亡骸を目にしたこの男はその魔術師に復讐をするために魔女狩りへと参加をしたのだ。

 しかしその魔術師を見つけ出せず何時しかその憎しみはこの世の全ての魔術師たちへと標的を変えていった。

 そして死後に英霊の座に着いたこの男は生前の行いと、魔術師たちの怒りによって特殊な力を備え召喚された。

 その力は魔術師にのみ有効な限定的なものであったがそれ故に協力であった、しかしその力を持ってしてもマーリンと五分と五分の状況に、いや既にマーリンの方が優勢といえる状況に押し込まれていた。

 

 「悪いが君の個人的な恨みにこれ以上付き合うつもりは無いよ、私にはやるべきことがあるんでね」

 

 マーリンはそう言うと長い戦いを終わらせようと勝負を決めに出ようとした。

 

 「黙れ、汚らわしい魔術師め。絶対に殺してくれる」

 

 敵も怒りを糧に最後の反撃に出ようと力を溜めた、そして最後の攻防が始まろうとした時に異変は起きた。

 敵の体が光の粒となって消えようとしているのだ。

 

 「{選定者}の奴め、デカい口を叩きながら下手を打ったのか?」

 

 此処から離れた地で戦う{選定者}がモードレッドによって首を刎ねられた時であった、{選定者}に召喚された英霊たちも{選定者}の死によって現世に留まる術を失い消えようとしていた。

 

 「いずれ貴様ら魔術師をこの世から消してやる、俺の手で絶対に復讐を…」

 

 そう言いかけて目の前の男は光の粒となって消えていった。

 マーリンはアーサー王が居る方角を見ると小さく呟いた。

 

 「間に合わなかったのか」

 

 マーリンはアーサー王だけでなくそれまでのブリテンの王たちにも仕えていた、それも全てはアーサー王という歴史の中でも稀有な全てを統べる可能性を持つ王を導く為に。

 本来であればアーサー王は世界の全てを治め世界を一つの国と出来る可能性を持つとマーリンは考えていた、それだけの力と王の器、そしてアーサー王を慕い集まった力ある者たち(円卓の騎士など)ならば世界を統一して国同士の争いの起こらぬ世界を生み出せるとマーリンは思い描いていた。

 その為に非常な決断をアーサー王に進言した、その結果アーサー王は血塗られた非情の王であると言う陰口を叩く者たちも大勢いた。

 全ては世界を一つの国として無駄な争いを終わらせるためであった。しかし、結果はそうはならなかった。

 

 「結局は私もちっぽけな一個人でしかなかったのかも知れないな」

 

 マーリンは自身を皮肉った。

 マーリン自身、自分の力を驕ったつもりなどなかった。それでも自分の力が人の範疇を大きく超えるモノであると考えていた。現にマーリン程の魔術師は長い歴史の中でも片手で数える位しかいない。

 そんなマーリンとアーサー王、そしてアーサー王に劣らぬ力を持つ円卓の騎士たちが居ても結局はブリテンという国は滅んだのである。

 それはまるで何か大きな見えない力が働いたかのように、この世界自身が世界を統べる一人の王など要らぬと排除するようにすらマーリンには感じられた。

 

 「せめて私が召喚した何者かが彼女の力になってくれたと信じよう」

 

 マーリンは自身が召喚した人物を知らなかった、敵と戦う中で隙を見てアーサー王の助けとなるようにアーサー王と縁のある者を召喚していたのだ。

 それこそが士郎であったことをマーリン自身知るよしもなかった。

 

 「私も退場するとしようか」

 

 マーリンはそう言うとある場所へと向かった。

 それはとある妖精の居る場所であった、その妖精はマーリンに好意を寄せていた。そしてその妖精の場所に行けば何処にも行けないよう閉じ込められると分かっていた、この世界との関わりの断絶をマーリンは知っていたがそれで良いとマーリンは考えそこに向かった。

 マーリンならばそこいらの凡夫ですら一国の王にすることも容易い力を持っている、しかしマーリンはもう誰かに仕えようなどという気はなかった。

 一人の少女(アルトリア)を茨の道へと導いた罪を背負う様にマーリンはこの世界との決別を決めるとその場を後にした。



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エピローグ 士郎編

 士郎は目覚めると暗闇の中に居た、暗闇に目が慣れてくると今居る場所が何時も鍛錬をしている蔵の中であることが分かった。

 そして隙間から太陽の光が若干だが差し込み現在が朝か昼の時間帯であることがうかがえた。

 

 「全部夢だったのか?」

 

 士郎は一瞬全ては自分がセイバーに会いたい一心で夢を見ていたのではないかと頭を過った。

 士郎は魔力回路を開いて小さく呟いた。

 

 「トレース・オン」

 

 すると士郎の手の中にはあの時にセイバーと対峙していた敵である{選定者}を討った剣が具現化された。

 それはアーチャーから、つまり未来の自分自身(衛宮士郎)から渡された武器である。

 アーチャーが何故それを自分へと渡したのか士郎には分からなかった、それでもその剣はアーチャーの、未来の衛宮士郎が歩んだ道を現したモノであると士郎には感じられた。

 士郎はその剣を強く握り絞めた。

 

 「あー、士郎こんな所にいたー」

 

 蔵の扉が開くと少女の高い声が蔵の中に響いた。

 その声の少女はかつて聖杯戦争で士郎や凛とバーサーカーのクラスのサーヴァントを使役し戦った魔術師の一人、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンであった。

 

 「イリヤ」

 

 士郎は共に暮らす少女の名前を口にした。

 そしてイリヤが居る蔵の扉の前に行き空を見ると既に太陽が真上まで上がっていた。

 イリヤは何故か少し怒っているように士郎の目に映った、士郎はその少女を怒らせるようなことをした覚えがないのでどうしたのかイリヤに尋ねた。

 

 「もう士郎が居なくなって皆心配したんだから」

 

 するとイリヤの口から士郎が別の世界(並行世界)に行っていた間に起きたことを説明した。

 士郎は今が昼間であることから前日の夜から自分は半日ほど姿を消していたと思っていたが実際に士郎が姿を消したのは、一昨日の夜からであった。

 そして昨日の時点で学校に無断で欠席をして心配した桜(士郎の後輩で凛の妹)と藤ねぇ(士郎の高校の教師で士郎の保護者の藤村大河)が学校が終わり家に訪れたらしい。

 桜と藤ねぇは前日の夜に士郎の家で一緒に食事をしていたことから突然今日になって士郎が消えたことからイリヤに士郎の居場所を尋ねたがイリヤも知らずに皆が困惑した。

 

 「大河なんて士郎が不良になったーて、騒いで大変だったのよ。士郎を見つけたら道場で腐った根性を叩き直すって朝まで竹刀もって士郎の帰り待ってたんだから」

 

 イリヤの話を聞くと士郎は藤ねぇに会った時にどう言い訳をしようか苦笑いをした。

 そして心配した桜も朝まで士郎の家に居てそこから学校へと向かったのだと聞くと士郎は桜に多少の罪悪感を覚えた。

 

 「でも警察を呼んだりして大事になってなくて良かったよ」

 

 士郎はこれ以上周りを巻き込んで迷惑を掛けていないことに少し安堵した、しかし桜と大河は警察に連絡をしようとしていたとイリヤが説明をした。

 それに待ったを掛けたのが凛であった、桜から話を聞いた凛も昨夜士郎の家に来ていたのだ。

 そして藤ねぇたちに少し心当たりがあるので警察への連絡を待って欲しいと言ったのだと。

 

 「どうせ衛宮君のことだから厄介事に首を突っ込んだ可能性が高いわね、私の情報網で何か事件がなかったか調べるわ。

  下手したら他の魔術師が絡んでる可能性もあるから警察が動くと返って衛宮君が危険になるかも知れないしね」

 

 凛はイリヤにだけそう耳打ちすると情報を集める為に凛はすぐに何処かへと向かったのだとイリヤは士郎に説明した。

 士郎は凛にまでまた迷惑を掛けたのかと頭に手を置いて何と詫びようか頭を抱えた。

 イリヤは凛に士郎が見つかったことを伝えると言って自分の部屋に魔術の式神を急いで取りに行った。

 

 「俺も急いで学校に行って桜と藤ねぇを安心させないとな」

 

 士郎はそう言うと急いで制服に着替えると学校に向かおうと革靴を履いた。

 すると家を出ようとする士郎にイリヤが慌てた様子で玄関に来ると皿の上に乗った不格好な形をしたおにぎりを差し出した。

 

 「士郎が戻った時にお腹が空いてるかもと思って作って置いたの、あんまり形は良くないけど」

 

 イリヤはそう言うと士郎はイリヤの頭に手を置くとありがとう、と感謝の言葉を伝えた。

 

 「イリヤ、今日の夜に食べたい物を考えといてくれ。迷惑かけたお詫びに今日は皆に精一杯腕を振るうからさ」

 

 士郎はそう言うとイリヤが作った不格好なおにぎりを口に詰め込むと学校へと急いで走りだした。

 士郎は走りながら今晩の夕食の献立に頭を巡らせていた、長い間調理することから離れていた士郎は今晩は存分に腕を振るうつもりでいた、家にある食材だけでは物足りず学校の帰りにどんな食材を買おうかと悩みながら。

 

 (桜と藤ねぇ、それと遠坂と…)

 

 今回のことで心配を掛けた桜と大河、そして迷惑を掛けたであろう凛を食事に招こうとしていた。それだけではなく他にも誰かを呼ぼうと士郎は今晩の食事に呼ぶ相手を考えていた。

 

 (美綴と一成も誘ってみるか)

 

 士郎は一成(士郎の友人で士郎の通う学校の生徒会長)と美綴(士郎が元居た弓道部の部長)も夕食に招こうと思った。

 士郎は様々な料理を想像して作るつもりでいたが流石に全員を呼んでも食べきれないかも知れない、と疑問が過ったが残った分は次の朝にでも回せば問題ないだろうと考え直した。

 今日は今まで世話になった皆に自分が作った料理を士郎は振る舞いたかった、これから先にその機会がないかも知れないと思いつつ。

 士郎はこの時、既に高校を出た後の進路をどうするかを決めていた。

 そんな時ふと今晩の食卓を囲むイメージの中に一人だけ絶対に居ない人物を想像して士郎は苦笑した。

 

 (そしたら食事が残るどころかまた藤ねぇとおかずの取り合いになっちまうか)

 

 士郎はその食卓に一番居て欲しい少女の姿を想像した、だがそれは決して叶わないことを士郎は知っている。

 その声を聞くことも、その姿を見ることも二度と無いであろう、そう思うと士郎は拳をギュッと握り閉めて走るスピードを上げた。

 

 (それでも、二度と会えないとしても、俺の中にずっと消えないセイバーが残してくれたモノが確かにある)

 

 士郎はどれだけ疲れようとも学校まで一度も足を止めることなく駆けて行った。

 平和な昼下がりに暖かい風が町に吹く、また季節が一つ変わっていくことを知らせるように。




次回の投稿で最後となります。

今回までの話が本編で次回に投稿する話がエピローグの予定でしたが、やっぱり士郎とセイバーが居てこそFateと思う私は士郎とセイバーが別々になった時点で全てエピローグとする形にしました。

プロローグが長くて申し訳ないですが、次で終わりますので最後まで読んで下さると嬉しいです。


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