「君の名は。サヤチン」 (日夏孝朗)
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1話

 

 

 

「君の名は。サヤチン」

 

 

 

 朝、目が覚めて私、名取早耶香は不思議に思った。

「…………あれ? どうして、私は三葉ちゃんの部屋で寝て………」

 自分の部屋で眠ったはずなのに、どうしてなのか、私は三葉ちゃんの部屋で、三葉ちゃんの布団で寝ていたみたい。まあ、いいや、とりあえず起きよう。あ、鏡に三葉ちゃんの姿が映ってる。

「おはよう、三葉ちゃん。夕べ、私、ここに泊めてもらう流れに、どうしてなったっけ?」

 って、質問したのに三葉ちゃんの姿は答えてくれないで、私と同じ口調で唇を動かして、こっちを見てる。あれ? 三葉ちゃん、どこにいるの? 背後?

「……誰もいない……」

 振り返ったけれど、誰もいなくて、また鏡を見ると動くタイミングまで私と同じに三葉ちゃんの姿が動いてる。

「…え? ………三葉ちゃん……に……、……なってる?!」

 私が顔を触ると、鏡の中の三葉ちゃんも顔を触るし、胸を触ると、いつも重くて大変なのに今日は軽くて小さい、そしてウェストが理想的にスッキリとしていて私は確信した。

「私……私は三葉ちゃんに……なってる」

 鏡に映ってる三葉ちゃんの姿が、いまの自分なんだって理解した。

「…………どうしよう? …………とりあえず、私のケータイに電話かけてみたら…」

 私は枕元にあったスマフォを手にした。高校へ入学するとき、三葉ちゃんと二人で同じスマフォを買ったから、操作はわかる。機種も色も同じだから自分のスマフォかと思うほどだけど、モニターに映った壁紙が違うから、やっぱり三葉ちゃんのだとわかる。ちょっと借りるね。私は履歴からサヤチンを探して、そこへ電話をかけてみた。

「もしもし! 三葉ちゃん?!」

「……ん~……おはよう、サヤチン」

 眠たそうな声で返事してくれたけど、その声が、私の声だ。自分で聞くと恥ずかしい私の声がする。

「やっぱり、三葉ちゃんに私がなってる……。三葉ちゃん! 私たち入れ替わってるよ!!」

「あ~……そうみたいだね。やっぱり同じ機種にするもんじゃないね。色も同じだから、つい、うっかりサヤチンのを持ってきたのかも」

 まだ寝惚けた声で答えてくれる。きっと、着信番号で表示された氏名を見て、たんにスマフォを取り違えたんだと思ってる。そんな普通のことじゃないんだよ、私は事態の重大さを伝えるために叫ぶ。

「入れ替わってるのはケータイじゃなくて私たち!!」

「うっ……サヤチン、声、大きい。もう起きてるから」

「鏡みて! 鏡!」

「鏡ぃ? ……あれ? どうして私、サヤチンの部屋で寝て………」

「とにかく鏡を見て、本棚のとこにあるから」

「うん。あ、これか。…………ええあああ?!」

「どう? 私になってる?」

「なんで私がサヤチンなの?!」

「やっぱり……」

「なにこれ?! どうなってるの?! ねえ?!」

「わからないよ。私も起きたら、こうなってたの」

「どうしよう?!」

「とにかく落ち着いて、鳥居のところで会おう」

「うん、わかった、すぐ行く」

 電話を切って寝間着を脱ぐ。

「やっぱり三葉ちゃんの身体……」

 顔だけじゃなくて、鏡に映る身体も三葉ちゃんの身体だった。

「急ごう」

 制服は同じだから着方もわかるし、三葉ちゃんのタンスのどこに靴下が入ってるかも知ってるから勝手に出して履く。たぶん、三葉ちゃんの方も私のタンスを知ってるから着替えは苦労しないはず。着替え終わって部屋を飛び出したら、四葉ちゃんが起きてきた。

「お、お姉ちゃん、今朝は早いね」

「う、うん。ちょっと急いでるから」

 四葉ちゃんへ余計なことは言わない方がいいかな、と思って私は軽くポンポンと四葉ちゃんの頭を撫でて、階段を降りて外へ出る。靴も、どれが三葉ちゃんの靴か知ってるから迷わなかった。待ち合わせに指定した神社の鳥居へ駆けつけると、すぐに私の家の方向から私の身体が走ってきた。

「やっぱり、私になってるのが三葉ちゃんで、この三葉ちゃんが私……」

「ハァ! ハァハァ! わ、私だ! 私がいる!」

 お互い、自分の姿を自分じゃない視点から見るのは、すごく違和感あって、なんとも言えない恥ずかしさもある。それは三葉ちゃんも同じようで駆け寄ってくると、恥ずかしそうに言ってくる。

「ああ~ん、もお、ちゃんと寝癖を直してから出てきてよ。私、寝癖すごいから」

「……そんな場合じゃないかと……」

 そう言いながら、思わず私は三葉ちゃんの手を伸ばして、私の頬へ触れた。同時に私の手が伸びてきて三葉ちゃんの寝癖のついた髪へ触ってくる。

「「……………」」

 お互いに触り合って、しばらくして確信した。

「「私たち入れ替わってる」」

 見つめ合うと、私の目が私を見てくる。その違和感がとんでもなくて、きっと、三葉ちゃんの方も自分の目に見つめられて、ものすごい違和感があると思うから、二人とも黙り込んでしまう。

「「………………………」」

 長く感じた沈黙を先に破ったのは、私が発した三葉ちゃんの声だった。

「これ、あんまり他人には言わない方がいいかも」

「そうだね……変に思われそうだし」

「っていうか、たぶん言っても信じないんじゃないかな。私と三葉ちゃんの二人で、ふざけてるだけだと思われそう」

「うん、ふざけてるにしては、面白く無いし」

「一応、四葉ちゃんとかにも、まだ話してないけど、私の家族に何か言った?」

「う~ん………おはようございます、って言ったかも。あとは急いで出てきたから何も言ってないはず」

「そのくらいなら平気そうだね」

「でもさ、黙っておくのはいいとして。これ、ずっと私はサヤチンなの?」

「………どうなんだろう……私は、ずっと三葉ちゃんなのかな……」

 ちょっと未来を想像してみる。ずっと、入れ替わったままだと想像すると、絶望的な人生とは思わないけど、やっぱり急に自分が自分で無くなってしまうのは困惑する。もちろん、家族も友達も、すぐそばにいて会える。けど、立場が変わるし、それに慣れたとしたら、もう私は私でなくなって三葉ちゃんとして生きていくことになりそうだし、三葉ちゃんは三葉ちゃんで私として生きていくことになる。三葉ちゃんも悩んでるみたいで、私の首を傾げて私の腕を組んでる。

「ずっと、サヤチンでいるとなると…………う~ん……もし、ずっとだったら、やっぱり家族に説明して寝るところとかチェンジしてもらう?」

「う~ん……生活環境さえ戻れば……あとは外見だけど、三葉ちゃん可愛いし、ちょっと得した気分」

「え~、サヤチンの方が可愛いよ。声もキレイで羨ましかったし。おっぱいだって大きいし」

「屋外でモミモミしないで。人が見たら変な女に見えるから」

 神社の鳥居を待ち合わせに指定したのは、この時間帯は人通りが少ないからだけど、やっぱり自分の手が嬉しそうに自分のおっぱいを揉んでるのは恥ずかしい。なのに、三葉ちゃんは私の手で私のおっぱいを揉み続けて、なんだか自慢げにしてる。

「大きいねぇ。重いねぇ。柔らかくて、いい感触。私も、これくらいのおっぱいが欲しかったよ、まだ成長するかなぁ」

「やめないと、このスカートめくったまま通りを歩くよ」

 しつこいので私は三葉ちゃんの手で、三葉ちゃんのスカートの裾をつまむと全開にあげた。周囲に誰もいないのは確認したけど、それを見て、私の顔が真っ赤になる。

「やめてやめて! 自分にセクハラしないで!」

「先にやったのは、そっちでしょ」

「テヘへ、ごめん、ごめん」

「そろそろ学校に行く時間だし、とりあえずお互い普通に過ごして様子をみよう。戻れる方法があるといいけど」

「そうだね。テッシーのムーとかに書いてないかな」

「あれに書いてあっても信用できないよ」

 一度別れて、お互いそれぞれの身体が所属してる家へ戻る。台所から一葉お婆さんが声をかけてきた。

「三葉、おはよう。なんで外に出とったん?」

「あ、おはようござ…おはよう。…お婆ちゃん。うん、ちょっと三葉ちゃ……ん、じゃなくて。サヤチンとケータイを取り違えてたから交換に」

 あやうく自分で自分へ、ちゃん付けする痛い子になるとこだった。注意しないと、今の私は三葉ちゃんなんだから、三葉ちゃんとして行動しなきゃ。

「お姉ちゃん、これを並べて。お味噌汁を用意して」

「あ、うん」

 四葉ちゃん、お手伝いしてえらいなぁ、と感心しつつ、お味噌汁をお椀へ入れる。この家には何度も泊めてもらったことがあるから、だいたいわかるから大丈夫。きっと、名取家でも同じように三葉ちゃんも苦労はしないはず………けど……うちは両親そろってるから……そのことで三葉ちゃんが傷ついて無いといいけど…………今だって一葉お婆さん、町の選挙放送が始まった瞬間、音量最小にしたし……ご家庭の事情はそれぞれなんだろうけど……うちは普通の家庭だなぁ……パパとママがいて、お姉ちゃんがいて……、私は気を利かせてテレビのチャンネルを変えてみる。

「…アフガニスタンでは市街地で銃撃戦が続き、少なくとも900人が犠牲に…」

「「「いただきます」」」

 三人で朝食を食べて、学校のカバンを持って、いつも通りの通学路に出てみた。ちょうど私の身体に入ってる三葉ちゃんと勅使河原克彦、テッシーも来てくれて、いつもの三人がそろった。

「おう、おはよう。三葉、サヤチン」

「「おはよう。………」」

 うっかり呼び間違えないように、いっそ呼ばないことにしたのは三葉ちゃんも同じみたい。けど、私の顔が悲しそうに泣いていたから心配になる。

「どうかした? ……サヤチン」

 呼び間違えないように三葉ちゃんを呼ぶと、こちらを見た私の瞳が涙を零した。

「なんでもない……ぅっ……ひっく……お母さん…」

 なんでもないって言ったけど、こちらを見て三葉ちゃんの顔を視てる私の目が泣いたまま、私の手を伸ばしてる。それで意味がわかった。三葉ちゃんはお母さんとよく似てきたから、この顔を見て自分より、お母さんを想い出すんだ。この様子だと、私の家でも何かあったのかもしれない。私は私の身体へ駆けよりながら、テッシーに頼む。

「ごめん、テッシー、ちょっと離れてて」

「お…おう…」

 テッシーが2メートルくらい距離をとってくれたので私が問う。

「家で何かあったんでしょ?」

「うんっ…ひっく……ごめん……、朝ご飯のとき、おはよう、お父さん、お母さん、って言ったら泣けてきて……ごめん……変に思われた……ぐすっ…う~っぅ…こんなことで泣いちゃいけないのに…」

「三葉ちゃん……」

 両親そろっての朝ご飯が三葉ちゃんを泣かせてしまったのは、わかる。だって、それは私にとって、ごく普通のことなのに、三葉ちゃんにとっては永遠に体験できないこと。うちへ三葉ちゃんが泊まりに来たときだって、それは友達として振る舞ってるから平気でも、今朝は娘のフリをして、お父さん、お母さんって呼んだら、泣けてきて当然だよ。私は三葉ちゃんの手で私の身体を抱きしめた。

「泣いていいよ。好きなだけ」

「うっ…ひっく……うん……3分だけ……」

 私の顔が頷いて、三葉ちゃんの胸にくっついてくる。

「ううっ……ひううっっ…」

「よしよし」

 泣きじゃくる私の頭を三葉ちゃんの手で撫でてると、心配したテッシーが訊いてくる。

「おい、サヤチンに何かあったのか?」

「……うん。まあ……女の子には色々あるんだよ。………話せる時が来たら話すかもしれないから、今は、そっとしておいて」

「そうか……わかった」

 こんな説明で納得してくれるテッシーが好き。

「ぐすっ……ありがとう、もう平気」

 言ったとおり遅刻しないように3分で泣きやんでくれたから歩き出して三人で登校する。しばらく歩いてると、広場で三葉ちゃんのお父さんの宮水俊樹さんが選挙演説をしてた。

「この糸守町は小さい! けれど、素晴らしい町です! 町民が一致団結して…」

「「「……………」」」

 三人で無視して通り過ぎようとしたのに、俊樹さんが注意してくる。

「三葉! もっと胸を張りなさい!」

「……、あ、…私か…」

 一応、言われた通りに胸を張ってみる。そしたら、隣を歩いていた私の顔が恥ずかしそうに伏せられた。

「「ん?」」

 俊樹さんとテッシーが少し違和感を覚えてるけど、違和感の正体はつかめずにいるから、そのまま歩いて選挙カーが見えなくなると、私は習慣と好奇心でテッシーへねだった。

「テッシー、ちょっと乗せて」

「お……おう…」

 押していた自転車の後部へ、三葉ちゃんのお尻が乗るのを許可してくれた。

「うん、楽ちん楽ちん」

「珍しいな、三葉が乗りたがるの」

「たまにはね」

 いつもなら、すぐに降りろって言われるのに、そのままテッシーは坂の上にある校門まで自転車を押してくれた。

「ありがとう、テッシー。疲れたでしょ」

「平気平気、三葉は軽いからな。誰かと違って」

「……」

 ムカっ、思わず三葉ちゃんの手がテッシーのわき腹をつねる。

「痛っ…、って、そこ三葉が怒るとこかよ?」

「え……えっと、……レディーに対して失礼でしょ?」

「そうそう! おっぱいが重いと歩くのも大変なんだから」

「そこも強調しないで」

「はい、ごめんなさい」

「はははは! 二人とも、なんか今朝は面白いな」

 三人で校舎へ入って、うっかり自分が座るべき席を間違えないように腰を下ろすと、あとは何の支障もなく授業が始まる。けれど、一時間目の途中でスマフォが振動して、サヤチンと表示してる。先生に気づかれないようにメッセージを開いた。

「トイレ行きたい」

 って書いてある。私の席を見ると、かなり我慢してる姿勢だった。実は私も我慢してる。今朝バタバタしてトイレに入れなかったし、なんとなく、いくら女同士で親友でもパンツおろしてしまうのは気が引けたから。けど、このまま我慢してたら、きっと授業中に漏らしそう。それは二人とも絶対に避けたい。だから、私もメッセージを送る。

「私も行きたい。いっしょに行こう」

「うん。手を挙げてくれる?」

「はいはい」

 三葉ちゃんは恥ずかしがりなところがあるから、代わりに手を挙げるけど、今の場合、この手が三葉ちゃんの手で、クラスみんなの注目が三葉ちゃんの身体に集まるんだけどね。

「宮水さん、どうしました?」

「少し気分が悪いので」

「わかりました。誰か…」

「サヤチン、お願い」

「うん」

 三葉ちゃんが私の身体で立ち上がったから、二人で女子トイレへ向かう。

「「……………」」

 授業中の静かな廊下を二人で歩いていく。やや恥ずかしい。これから、することを考えると、なかなかに羞恥心が疼く。

「じゃ」

「うん」

 二人で別々の個室へ入って、それぞれにパンツをおろして洋式便器に座った。

「あ! サヤチン! じゃなくて宮水さん! っていうか、三葉ちゃん!」

 盛大に呼び間違えながら三葉ちゃんが個室の壁越しに声をかけてくる。

「どうしたの?」

「私、けっこう前に飛ぶから便座の奥に座って前屈み気味になってね」

「え? きゃあ?! ……うぅ……そういうことは早く言ってよ。パンツ、濡れちゃったじゃない」

「サヤチンは、しっかり下に落ちるんだね。ふーん……こういう風になってるのか……私のと、ちょっと違う」

「こっちも写メ撮って送ってあげようか?」

「うう、やめてください。ジロジロ見ません」

 二人ともトイレットペーパーで拭いてから、私は濡らしてしまった三葉ちゃんのパンツのことを相談する。

「パンツ、けっこう、おもらしみたいに派手に濡らしちゃったんだけど、どうしよう?」

「う~……早く言うべきだった……」

「ノーパンもスカート丈的に、きついよね」

「体操服の短パンを取ってくるから、それ着て」

「誰のカバンから取ってくるか、間違えないでね」

「は~い」

 三葉ちゃんが持ってきてくれた三葉ちゃんの短パンをスカートの中に履いて教室に戻る。そのまま昼休みまで授業を受けて、テッシーと三人で校庭の木陰でランチにする。

「いい天気ね」

「三葉ちゃん、その卵焼きと、これ交換しよ」

「そうだね。サヤチン、これ好きだもんね」

 もう呼び間違えないくらいに慣れてきたけど、お弁当の中身は私が食べたい物と、三葉ちゃんの食べたい物で微妙に違うのに、私は三葉ちゃんのお弁当を持ってるし、三葉ちゃんは私のお弁当を持ってる。何回か、オカズを交換してるうちに面倒になってきた。

「サヤチン、今日はお弁当ごと交換しない?」

「うん、それいいね。はい」

「お前ら仲いいな。あいかわらず」

「「まあね」」

 食べ終えてから私はテッシーが読んでるムーを覗いてみる。この雑誌に興味があるわけじゃないけど、こうすると距離を縮められるかなって想うから。

「……三葉、面白いか?」

「うん、まあまあ」

「今度、貸してやろうか」

「それは、いい。ちょこっと覗いてるだけで十分だよ」

「私も見てみたい! ねぇ、テッシー! 人格が入れ替わる現象の治し方とか書いてない?」

「はぁ? サヤチン、お前は何言ってんだ?」

「うっ、テッシーが冷たい目で見た」

「変なこと言うからだろ。あっち行け」

「人を邪魔者みたいにぃ」

 怒った三葉ちゃんが私の身体で教室へ戻っていく。テッシー………今のは、ちょっと露骨だよ………邪魔者にされたのが自分の身体だと思うと、けっこう悲しい。

「なあ、三葉」

「…なに?」

「…………」

 珍しくテッシーが何か迷ってる顔してる。まさか、入れ替わってることに気づいてきたのかな。

「…………」

「…………」

「今度の休みによ、遊園地に行かないか?」

「うん! 行く! 嬉しい!」

 って返事してから私が誘われてないことに気づいた。

「サヤチンは、どうするの?」

「優待券があるんだけど2人分だからさ」

「そっか…………………考えておくね」

 あ……やばい……泣きそう……私……フラれた……追い払ったのは、こういうことだったんだ、ずっと誘うタイミングを計ってたんだ……、泣いてしまう前に私はお弁当箱を持った。

「サヤチンと相談してから決めるよ」

 ずるい答えを吐いてから、泣かないうちに教室へ戻った。放課後になって家の近くでテッシーを見送って別れる。

「「じゃあね、テッシー!」」

「おう、また明日な」

 テッシーが見えなくなったので話すべきことを話しておく。

「お昼休みにさ、私、三葉ちゃんがテッシーから遊園地に誘われたんだよ」

「ふーん……二人で行くの? ……ん? ………私は?」

「それが、どの私か、わからないけど、誘われたのは宮水三葉で、誘われてないのは名取早耶香なの。で、優待券は2人分なんだってさ」

「そっか……………。優待券無くても、三人でワリカンすればいいじゃん」

 ありがとう、たしかに、その手はあるけどね………それはテッシーの狙いじゃないんだよ……わざわざ2人分って言って、名取早耶香がいないタイミングで声をかけたんだから。

「…………」

「…………」

「はぁ……」

「……ねぇ、今夜、それぞれの家で寝る?」

 三葉ちゃんが私の口で訊いてきた。少し考えて答える。

「まあ、それが無難でしょ」

「…そうだね…じゃ。わからないことが、あったら、お互い連絡しよ」

「うん」

 道で別れて、私は宮水家に入った。

「ただいま」

「「おかえり」」

 一葉お婆さんと四葉ちゃんが迎えくれる。高齢のお婆さんを四葉ちゃんと手伝って夕食を用意して三人で食べる。うちだとお父さん、お母さん、時間帯によってはお姉ちゃんもいるから、ここの三人は少し淋しいかな。だから、テレビもつけっぱなしで食べるのかも。

「…中国の河南省でビル火災がありパーティー中だった若い男女が200人以上犠牲に…」

「「「いただきます」」」

 美味しく食べ終わって三葉ちゃんの部屋へあがってゴロゴロとしてみる。

「………このまま三葉ちゃんで生きていくなんてこと………そうなったら………」

 すごく疲れていて眠りそうになってくると、スマフォが鳴って表示がサヤチンだった。

「もしもし?」

「ぐすっ……ひっく……そっち泊まっていい?」

 ボロボロと泣いてる私の声が響いてくるから、泣いてるのは三葉ちゃん。

「いいかもしれないけど。何かあった?」

「サヤチンのお母さんに、お母さんって言うの……ひっく……まだ無理……ぐすっ…ぅううぅ…あうぅうっ…言う度に……泣けてきて…ひっく…お願い、そっち泊めて」

「うん。そうだよね………お婆さんに訊いてみる」

 私は一階へ降りて、一葉お婆さんから友達を泊める許可をもらって、表通りに熊避けの鈴を持って出る。この時間帯、糸守町には不審者も変質者も、まず出没しないけど熊と猪は出る。ちょっと待ってると、私の家の方から鈴の音が近づいてくる。

「…ぐすっ……ひっく……」

「そんなボロボロ泣いてたら四葉ちゃんに心配されるからさ。泣くのは後にしよ」

「うん……」

 まだ私の身体も入浴してなかったみたいだから、お婆さんに断ってから、泣き顔を誤魔化すためにも二人でお風呂に入った。慰めるために三葉ちゃんの手で私の身体を洗ってあげる。

「悲しいこと考えないでさ。別のこと考えてみよ」

「うん………じゃあ、やっぱり、おっぱい大きいね」

「そこかい」

 洗い場の鏡で私の目が羨ましそうに私のおっぱいを見てる。だから、私は羨ましく三葉ちゃんのウエストと腿を触った。

「私は、ほっそりした三葉ちゃんの脚とウエスト、最高だと思うなぁ」

「でも、おっぱいイマイチ小さいし」

「これは、これで需要あるよ」

「今度は私が洗ってあげる」

「ありがとう」

 私の手が三葉ちゃんの身体を洗ってくれる。どこをどう洗うと気持ちいいか知ってる本人の洗い方だけあって、すごく気持ちいい。

「私のおっぱい小さいね」

 また、その話題ですか。私の手が三葉ちゃんのおっぱいを残念そうに揉んでくる。だから、揉み返してやる。

「大きいと重くて肩凝るでしょ」

「うん、凝るねぇ。飛んだり走ったりすると、もうボヨンボヨン邪魔になるし。力入れたらブラとか弾け飛ばせたし」

 こいつ、いろいろ試したな、揉む力を強くすると、向こうも強く揉んでくる。

「このこの!」

「うりゃうりゃ!」

 二人で遊んでいたら、四葉ちゃんが裸で風呂場の扉を開けてきた。

「あ、ごめん。まだ入ってた。サヤチンさん、いらっしゃ……い……。そんなに自分らの、おっぱい好き?」

「「……いえ……つい」」

 洗い場を四葉ちゃんに譲って二人で温まってから三葉ちゃんの部屋へ客用の布団も敷いて並んで横になる。私は長い三葉ちゃんの髪をまとめつつ布団に寝たまま鏡を見る。

「キレイで長い髪だよね。私も伸ばそうかなぁ」

「……………」

「どうしたの?」

 振り返ると、三葉ちゃんが私の目で泣いてた。

「ごめん……ぐすっ……後ろ姿……お母さんに、そっくりで……その寝間着も、お母さんのだから……ひっく! お母さんと寝てるみたいで…ひぐぅうう…」

 そう言って抱きついてくるから抱き返した。

「よしよし。泣いていいよ。ただし、四葉ちゃんに聞こえないようにね」

「うん……ぐすっ……お母さん……お母さん……」

 甘えて泣きついてくるから、したいようにさせる。一時間くらい抱いていたら、うとうとしながら寝間着の上から、おっぱいを吸いたそうに何度も唇で噛んでくるから、迷う。

「…………、おっぱい、吸いたい?」

「うん……お母さん…」

「……いいよ。ほら」

 寝間着の襟元をゆるめて、三葉ちゃんの乳首を出すと、私の唇が吸いついてきた。

「…………」

「……お母さん……」

 この子が、おっぱいにこだわるの、大きさが羨ましいだけじゃないかも、仕方ないのかな、まだ甘えたいうちに亡くなったもんね。三葉ちゃんの手で、私の涙をぬぐって抱きしめた。

 

 

 

 



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2話

 

 

 朝、私は目が覚めて自分の身体に戻っていることに気づいた。そう、私、名取早耶香は名取早耶香としての身体に戻っていた。

「………」

 布団の中で三葉ちゃんの身体に抱かれたまま眠っていた。目の前に、おっぱいが見える。三葉ちゃんの乳首も見えるし、何度も私の唇が吸ったせいか、ちょっと赤くなってる。

「…………」

 私は静かに寝返りして離れた。そして、鏡を見る。

「……………戻ってる。………よかったァァ…」

 心の底から安心した。いくら相手が三葉ちゃんでも、ずっと三葉ちゃんで生きていくとなると、どうしようかと思っていたから。

「……いったい、何だったのかな……」

「ん~……」

 三葉ちゃんの身体が寝返りした。おっぱいが出しっぱなしなので寝間着を直して隠してあげると、目を覚ました。

「……あ、サヤチン、おはよう」

「うん、そうだよ、私が早耶香」

「ん? ………あ!!」

 三葉ちゃんが飛び起きて鏡を見る。

「っ! 戻ってる!!」

「そうだよ! 戻ってるみたい!」

「よかった!!」

「うん!」

 三葉ちゃんが抱きついてきたので抱き返して頷き合った。

「戻ってるよ、私の手だ! 私が三葉だよ!」

「そうだね、戻ってるね。私の身体に戻ってる!」

 お互い、かなり不安もあったので元に戻って嬉しいし、すごく安心して抱き合ったまま喜んでいた。

「あ~……よかった。サヤチンがサヤチンだし、私が私に戻ってる」

「夕べは、どうなるかと思ったね」

「うん、あのままだったら、どうしようかと。……うっ、なんか乳首が痛い」

「さんざん吸ってきたからよ。寝ちゃった後は噛んできたし」

「赤くなってる」

 三葉ちゃんが寝間着をめくって自分の乳首を見て、それから、いつのまにか四葉ちゃんが戸を開けて、こちらを見ていたのに二人して気づいた。

「「あ………」」

「…………」

 四葉ちゃんの瞳に布団の上で抱き合う私たちが映ってる。その瞳が遠い目になっていく。

「……お姉ちゃん……サヤチンさん………目覚めたんだ」

「うん、起きたよ。おはよう、四葉」

「「………」」

 目覚めたの意味が三葉ちゃんにはわかってない。けど、むしろ四葉ちゃんの方がすごいと思う。まだ小学4年生のはずなのに。とにかく何事もなかったように挨拶しておこ。

「おはよう、四葉ちゃん」

 私は誤解されないように三葉ちゃんから離れて立ち上がったけれど、四葉ちゃんは静かに戸を閉めて一階へおりていった。

「四葉、なんか変な顔してなかった?」

「普通、友達の乳首は吸わないからね」

「っ………」

 三葉ちゃんが夕べのことを想い出して真っ赤になった。甘えて、赤ちゃんみたいに乳首を吸っていたことは、やっぱり恥ずかしいみたい。しかも甘えたのは自分の身体へ、だし。どれだけ自分のおっぱい好きよって話。まあ、自分の身体へ、というよりはお母さんに似てる自分の身体へ、ってことだけど。今まで亡くなったお母さんのことは、ほとんど言わなかったのに昨日は、お母さんお母さんって泣いてたのも想い出してる感じの顔。そんな三葉ちゃんが私にすがってくる。

「お願い誰にも言わないで!」

「言わないよ。そろそろ着替えてお婆さんを手伝おうよ」

 二人とも制服を着て、家事を手伝って朝ご飯をいただいてから通学路に出た。

「「おはよう、テッシー」」

「おう、おはよう、三葉。サヤチン、なんで三葉と、いっしょなんだ?」

 出てきた方向が普段と違うから訊いてくれた。

「夕べ、三葉ちゃんの家に泊まったから」

「そうか」

「で、テッシーにお願いがあるんだけど」

「何だよ」

「お弁当を取りに行くから、私んちまで送って」

 スマフォにメールでお母さんから、お弁当を取りに寄りなさい、と連絡があったからテッシーに乗せてほしいって頼んでみた。学校とは逆方向の、ちょっとした寄り道になる。

「え~……一人で行けよ」

「乗せてほしいな」

「……チャリ貸してやるから、行ってこい」

「ぶ~っ…じゃ、ちょっと借りるね。ありがとう」

 テッシーに自転車を借りて家まで走る。

「ただいま」

 朝から、ただいまも変かと思いつつ台所へあがると、テーブルに私のお弁当箱があった。

「ありがとう、お母さん」

「早耶香、ちょっと」

「ん?」

「………」

 お母さんが私の顔を見つめてくる。

「どうしたの? お母さん」

「早耶香、昨日、なにか思い詰めた顔をしていたでしょう? もう大丈夫なの?」

「あ……うん。もう平気、ありがとう、心配してくれて」

 きっと、お母さんって呼ぶ度に三葉ちゃんが泣いたからだとわかったから、私は笑顔を返して安心してもらう。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 家を出て急いでテッシーと三葉ちゃんを追いかけた。自転車なので、すぐに追いつけた。

「テッシー、ありがとう」

「おう」

 テッシーに自転車を返して、そのまま後部に座ってみる。

「降りろ」

「言うと思った」

 諦めて降りた。校門まで乗せていってくれることはないみたい。三葉ちゃんが訊いてくる。

「サヤチン、サヤチンのお母さんに何か言われた?」

「少しだけ、昨日はどうかしたの、って訊かれたけど、平気だよって答えて、それで安心してくれたから大丈夫だよ」

「よかった。ごめんね」

「…………」

 テッシーが何かあったのかな、って顔してるから話題を変えて誤魔化しておく。

「やっぱり乗せてほしいな」

「三葉なら乗せてやってもいいぞ」

「「………」」

 けっこうグサっとくる、こういうの。

「乗るか? 三葉」

「……いい、遠慮する」

 三葉ちゃんがテッシーから30センチくらい離れた。たぶん三葉ちゃんはテッシーのことを友達以上には想ってないはず。少なくとも今のところ。やや普段より重い空気感で登校した。授業を受けて3時間目が終わった後、私が女子トイレへ向かうと、三葉ちゃんもついてきた。トイレの個室へ入る前に私が言う。

「ホント昨日は、どうなるかと思ったね」

「うん、相手がサヤチンで良かったよ、もしも違う人だったら、どうなってたんだろう」

 隣の個室へ三葉ちゃんが入った。それぞれにショーツをおろして洋式便器に座る。

「ぜんぜん知らない相手と入れ替わるってこと?」

「そうそう。とくに男の人とだったら……………超悲惨だよ」

「それは地獄だね。ぜんぜん知らない男に自分の身体と入れ替わられるって、それ死にたくなるほどイヤでしょ。おしっことか、お風呂とか、考えただけでゾッとする」

 おしっこを気持ちよく出しながら、気持ちの悪いことを想像してしまった。

「うん、ありえないよ。ホント、サヤチンが相手でよかった。私たちって特別な関係なのかな?」

「え? 何それ、どういう意味?」

「だから、入れ替わりなんて起こるってことは……たとえば、私とサヤチンには何か運命があるとか」

「運命って、また………けっこう乙女チックなこと考えるのね」

 トイレットペーパーで乙女な部分を拭いてからショーツをあげる。

「サヤチンは、どう思うの?」

「どうって、……たまたま偶然じゃない? ちょっとした事故みたいなものかなって。まあ、それを言い出したら、たまたまぶつかった相手が運命の恋人っていうのも、偶然だったのか運命だったのか、結果が決まってからだとニワトリ卵みたいなもんかもしれないけど」

「ニワトリ卵?」

「たとえ話よ。ニワトリは卵が先に存在してニワトリになったのか、ニワトリが先に存在して卵を産んだのか、っていう堂々巡りな話」

「ふーん……」

 二人で手を洗って、髪の毛を整えると教室へ戻った。昼休みになって、いつも通り三人で校庭の木陰に座った。お弁当を食べていると、テッシーが言ってくる。

「今日は、交換しないのか?」

「「……クスっ…じゃあ、これ」」

 三葉ちゃんとオカズを一つ交換した。それからテッシーにも訊いてみる。

「テッシーにも、これあげる」

 同じオカズをテッシーにもあげようとした。

「オレは、いいって!」

「……そう…」

 そう言うとは思ったけど、やっぱり昨日と距離を感じる。理由はわかるよ。昨日は私、三葉ちゃんの身体だったもん。きっと、今も相手が三葉ちゃんだったら喜んでもらったんだと思う。結局、そういうことだよ。自分が好きな相手には関心あるし近づきたいし大切だけど、そうじゃない相手は、どうでもいいってこと。もしも、入れ替わったまま今日も私が三葉ちゃんの身体だったら、テッシーと仲良く……何それ、情けない私。

「サヤチン……」

 三葉ちゃんがハンカチを差し出してくる。いつのまにか、涙を零していたみたいで視界が歪んでる。

「ありがとう……ちょっと、辛すぎだよ、この肉巻き」

 泣いてしまった理由を誤魔化してお弁当を食べ終えると、三葉ちゃんが誘ってくる。

「ちょっとトイレ行こうよ」

「え? ……うん…」

 何か話がある雰囲気だったから頷いてテッシーを置いて校門近くにある屋外トイレに向かった。内緒話という共通認識ができていたから、二人で一つの個室へ入った。

「………」

「………」

 三葉ちゃんが見つめてくる。

「………何? おっぱいなら吸わせないよ」

「っ! 違うよ! そんな話じゃないもん! っていうか、あの話は、もうしないでよ! お願い、あれは忘れて!」

「ごめん、ごめん。それで?」

「私ね。気づいたの」

 三葉ちゃんが言いにくそうに言葉を選ぶ表情になった。

「もしかしたら、なんだけど……私の勘違いかもしれないけど………こんなこと言うと、自惚れって笑われるかもしれないけど…………テッシーって私のこと好きなんじゃないかな?」

「…………」

 それを否定することも、肯定してあげることも、できない。答えられなくて私は質問に質問を返していた。

「だったら何?」

「っ……ごめん」

 自分でも驚くほど、冷たい声を吐いていたから三葉ちゃんが身を竦めた。

「…………」

「…………」

 三葉ちゃんが恐る恐る私の顔色を見てくる。私は無表情を頑張って装った。

「……………」

「も…もう一つ……サヤチンって………テッシーのこと好き?」

「………………。どうして、そう思うの?」

 もともと、そんなこと女なら勘でわかってたでしょうに、どうして今さら再確認してくるのか、かなり苛立たしい。

「き、昨日、入れ替わっていて感じたの……テッシーの態度とか……言い方とかで」

「……………」

 そうね、そうでしょうね、私も入れ替わって思い知ったわ、前々からわかってたことだけど、ほんの一日だったけど、テッシーが接してくる感じ、ぜんぜん違ったもの、悔しいくらい……っていうか、悔しい……悔しい……、泣いたら、もっと悔しいってわかってるのに泣けてきて、涙を止められない。

「…っ…うっ…」

「サヤチン、私はサヤチンを応援したいよ」

「……三葉ちゃん?」

「だって、私はテッシーのこと友達としか想ってないもん」

「………」

 それも、わかってはいたけど。

「だから、サヤチンを応援したいの」

「………ありがとう……」

「だから………どうしたらいいかな? どうしたら、応援になる? 私、何でもするよ。遊園地に誘われたのも断って、サヤチンと行くように言ってみたらいいかな?」

「………やめて……余計なことしないで……」

「でも……」

「三葉ちゃんの気持ちは嬉しいよ。でも、テッシーの気持ちだってあるわけだから、そんな簡単に、はい、そうですかと、好きな相手を変えられるもんじゃないよ。三葉ちゃん、

恋したことある?」

「……ない」

「でしょ。だったら、急に不自然な態度を取ったりしないで。今まで通りにしておいて」

「……うん………でも、……遊園地は、どうするの?」

「それは、また考えるから………」

 どうしようかと悩んでいるうちに昼休みが終わった。放課後になって、二人とも今まで通りの自然な態度でテッシーと帰宅して、家に帰ると本当に今まで通りの自分の家なので何事もなく眠った。

 

 

 

 朝、私はサヤチンの部屋で目が覚めて叫んだ。

「わっ?! またサヤチンになってる?!」

 鏡を見ると、そこにサヤチンが映ってて、なのに動きは私が動いた通りに動く。

「このおっぱい。やっぱり、すごいなぁ……テッシーだって、こっちの方が、絶対いいのに」

 着替えるのにパジャマを脱いだら、やっぱり大きくて嬉しくなる。

「これだけの、おっぱいがあるんだから、サヤチンも告白しちゃえばいいのに。ホント、すごい……何か挟めるんじゃないかな」

 手近にあったスマフォを、おっぱいで挟んでみる。

「挟める、挟める! すごい、すごい! このまま落とさないように……おおっ、すごい! 落ちない」

 おっぱいでスマフォを挟んだまま、前屈みになったけど、しっかり挟めてるから落ちない。

「これは自信もっていいと思うなぁ」

 おっぱいでスマフォを挟んだまま鏡を見てたら、スマフォが振動した。

「きゃひゃ?!」

 くすぐったくて落としそうになったスマフォを慌ててキャッチして着信相手を見る。私の名前が表示されてた。

「も…もしもし?」

「私だけど……え~っと、名取早耶香なんだけど、身体は三葉ちゃんな私。そっちは、どうかな?」

「私もまた身体はサヤチンだよ。三葉だけど」

「そっか。一回で終わらないんだ……」

「そうみたいだね………どうしよう?」

「う~ん………とりあえず普通に学校へ行こ」

「そうだね」

 電話を切って、制服に着替える。一階へおりて、おしっこしてから洗面台へ行く。バスルームからシャワーの音がするから、お姉さんが朝シャンしてるみたい。サヤチンの家って新しくて羨ましい。お風呂も広いし、台所もシステムキッチンだし。何より、お母さんもいるし、お父さんもいて………って、これを考えると、また泣いちゃうから、考えないようにしないと。サヤチンの歯ブラシを探してると、バスルームの扉が開いた。

「あ、おはよう、早耶香」

「は、はい。おはようござ…おはよう、お…お姉ちゃん」

 いつも四葉から言われてる、お姉ちゃんって言葉も自分が言うとなると、なんだか少し恥ずかしい。しかも、サヤチンのお姉さんも、おっぱい大きい。

「…大きい……どうしたら、そこまで大きくなるの?」

「……。あんたも似たようなもんでしょ」

「そ…それは、そうだけど」

「あ、しまった。腋を剃るの忘れた」

 お姉さんが洗面台の鏡の前で腕をあげてチェックしながら、訊いてくる。

「早耶香、今、何分?」

「えっと…」

 制服のポケットからスマフォを出してお姉さんに向けた。

「サンキュっ、ぎりぎり間に合いそう」

 急いでカミソリを持ったお姉さんが、またバスルームに入っていった。勤務先は役場だからノースリーブは着ないはず。気になって訊いてみる。

「もしかしてデート?」

「まあね」

 あっさり肯定された。やっぱり大人だ。仕事帰りにデートしてるなんてカッコいい。どんな彼氏なのかな。でも、これ以上質問したら悪いよね。私はサヤチンの顔を洗って歯を磨いてからキッチンに入った。そして、心の準備をしてからサヤチンのお母さんに挨拶する。

「おはよう、…お母さん…」

「おはよう、早耶香」

「……」

 泣かない、泣かないんだから、でも胸が熱くなってくる。顔を見られないように背中を向けて冷蔵庫を開けてみた。

「…お母さん…、牛乳、飲んでいい?」

「ええ」

 サヤチンの家には、けっこう牛乳が常備されてる。これが、おっぱい成長の秘訣なのかもしれない、と思うほど私は子供ではない。もし、そんな簡単に、おっぱいが大きくなるなら、きっと、世の中から悩む女子はいなくなる。とりあえず、美味しく牛乳を飲んでから朝ご飯の支度を手伝って、みんなで食べる。お母さんとお父さん、お姉さんとの朝ご飯を今回は泣いたりしないで、落ち着いて食べられた。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 通学路に出ると、テッシーがいた。

「おはよう、テッシー」

「おう」

「………」

 えーっ……その一言だけなの………もう少し愛想良くしてよ、私は悔しいので作戦を考えた。そっと胸のボタンを2つ外してから、テッシーの前に回って前屈みになる。この大きなおっぱいの魅力に気づかせてやる。

「テッシー、今朝は暑いねぇ」

「そうか? ……」

 テッシーが一瞬だけ、前屈みになってるサヤチンの胸元を見て目をそらしてる。よしよし、このまま、もっと、おっぱいを見せつけて…

「へぐっ?!」

 いきなり頭を何かに殴られた。この衝撃は、たぶんチョップだよ。

「痛ぅぅ……」

「朝から何してんの?」

 頭を押さえながら見上げると、私がいた。中身がサヤチンの私だ。しかも目が怒ってる。すごく怒ってる。お母さんが怒ってたときと同じ目で、けっこう怖い。

「………」

「ご……ごめんなさい」

「………」

 サヤチンは黙ったまま、私の手が私のスカートを握って、めくろうとする。

「ああっ?! やめてやめて!」

「次やったら、ノーパンノーブラで登校するから」

「はい、もうやりません!」

「まったく……」

 私の目が、こっちを睨んでた状態からテッシーの方を見て恥ずかしそうに泳いで言う。

「な、なんでもないよ、テッシー。おはよう」

「…そ…そうか…、おはよう、三葉」

 テッシーも赤くなってる。たぶん、私のパンツはギリギリ見られてないはず。

「ぃ、行こうぜ」

「「うん」」

 学校へ歩きながら、テッシーが言う。

「今朝は、お前ら変だな」

「「……ごめん」」

 私は胸のボタンをとめておく。けど、もったいないよ、サヤチンは、もっと自分に自信をもてばいいのに。恋したことない私には、わからないのかもしれないけど、積極的にアピールすれば、なんとかなるんじゃないのかな。ってことを考えてると、私の目が怖いくらい、こっちを睨んだ。

「………」

「………」

 はい、わかってます、おっぱい出したりしません、ブラチラもしません。私は別の話題を考えながら歩いたけれど、何も思いつけない。テッシーも同じみたいで、しばらく三人で沈黙のまま学校へ向かってると、サヤチンが私の口でテッシーに言う。

「遊園地の件なんだけど………私の気分次第ってことでいい?」

「……三葉の? それは、もちろん、お前の気持ち次第だけど……どういう意味で?」

「行く日の朝、私がテッシーと二人で行きたいなって思ったら優待券の枚数通りに二人で行くし、やっぱり三人で行きたいなと思ったら、三人でワリカンで行く。そんな感じの気分次第」

「「………」」

 それって、サヤチンの……名取早耶香の立場と気持ちからしたら、すごく私、宮水三葉が勝手な女に感じられるんだけど、気のせい? 気分次第で決定される日の朝が不安で仕方ないような気がする。なのに、私の目は申し訳なさそうに目で謝ってきた。あとで説明してくれそうだったから、一時間目が終わった休み時間に二人で女子トイレの個室に入って話す。ここなら、私の身体をサヤチンと呼んでも大丈夫そうだから、そう訊く。

「サヤチン、遊園地のこと、あれでいいの?」

「いいの。っていうか、ごめん。私が考えてること、けっこう卑怯」

 サヤチンが私の両手を合わせて謝るように頭を下げた。

「卑怯? なんで?」

「だって、もし、その日の朝、私が私だったら三人で行くって、三葉ちゃんの口で言ってほしいし。もしも、その日の朝、私が三葉ちゃんの身体でいるなら……テッシーと二人で行ってみたいから………ダメ?」

「え、え~っと……私が私だったら……三人で。……私がサヤチンだったら……二人で? …………うん……いいけど、……むしろ、サヤチンはいいの? 私の身体でテッシーと出かけて……二人っきりで、それでいいの? っていうか、入れ替わり、三回目も起こるのが前提?」

「二度あることは三度あるって言うし。一度でいいから、テッシーと二人でデートしてみたいの。たとえ、三葉ちゃんの身体だったとしても。………それに、テッシーだって好きな人とデートした想い出ができるのは、いいことだと想えるから」

「……サヤチン、優しいんだね。相手のことまで考えて」

「ううん、私は最低だよ」

「あ! いいこと考えた!」

「どんなこと?」

「そのデートの前半は、いい想い出をつくって。後半では私の身体はテッシーに嫌われるように行動するっていうの、どう? 三人で行く場合なら一日中、私は嫌なヤツになるの。そしたら、テッシー、あきれて私を好きでいるのをやめるかもよ?」

「……嫌なヤツって、どんな風に?」

「うっ……、う~ん……わがまま言ったり、行儀が悪かったり? 女の子として、こいつどうかなって男の子に思われるような行動とか?」

「それ、パンツ丸出しで歩いたり、おっぱい強調したりするってことだよ?」

「うっ………それは、やめて。あと重ねて、ごめんなさい。でも、おっぱいを自慢するのは、いいと思うよ。絶対、自信もった方がいいって! ボタン2つくらい外して誘惑するの! さっきだってテッシー、チラっと見たもん」

「やっぱり口で言ってもわからないみたいね」

 サヤチンが私のスカートを短くするために、ウエストのところで巻いていく。

「ちょっ……そんなに短くしないでよ。それじゃ、ギリギリ」

「今日一日、これね」

「あうぅぅ…」

 もともと校則指導されないギリギリまでつめてあるから、自転車で立ち漕ぎしたら後ろから見えるくらいにしてあるのに、ウエストで巻かれたら、もう立ってる状態でもギリギリで座ったら正面からパンツが見えるし、たぶん階段でも後ろから見えるくらいにされて私は私の身体に抱きついて止める。

「お願いです、やめてください。そんな短くして外を歩かないで」

「………わかればよろしい。っていうか、この入れ替わりって、けっこう女同士でも危険ね。なんか、羞恥心が相手持ちにならない?」

「…た………たしかに……自分で自分のおっぱい強調したいとは、あんまり思わないかも……けど、でも、これだけ立派なおっぱいなら、自信もって自慢すればいいと思うよ」

「そうね。これだけ細くてキレイな太腿だから一日中見せびらかして自慢することにするよ」

「あわわっ!」

 止めるまもなく私の身体が個室を出て行く。運悪くチャイムも鳴ってしまって、そのまま授業を受けることになっちゃう。しかもユキちゃん先生に私があてられてる。

「宮水さん、この問題をやってみてください」

「はい。……」

 サヤチンはスカートの裾を気にしてから立ち上がってくれたけど、超ギリギリだから歩かれるだけでも恥ずかしいのに、黒板の前に立たれると、きっと前列の男子からパンツが見えちゃう。サヤチンは私の右手で黒板に答えを書きながら、私の左手でスカートから見えそうになるパンツの後ろを隠してる。それでも短すぎてユキちゃん先生が注意してきた。

「宮水さん、そのスカート、短すぎるわよ」

「はい、すみません。明日には直してきます」

「必ずですよ。もう席に戻りなさい」

 巻いてるだけなんだから、今すぐ直してよぉぉ。

「「………」」

 席に戻るサヤチンと目があった。サヤチンは、ぜんぜん恥ずかしそうじゃない。私は、こんなに恥ずかしいのに。昼休みになってテッシーと、ご飯を食べてるときも、そのままだったからチラチラ見られるし。っていうか、テッシーもエロすぎ、どんだけチラ見してんのよ、見るなら、このおっぱいを見ればいいのにィ。そして放課後になって、もっと悪いことが起こった。三人で家に帰る途中、通り過ぎた黒塗りの高そうな自動車が停車してからバックして戻ってくる。あれは、糸守町役場にある町長専用車、もう嫌な予感しかしない。案の定、お父さんが降りてきて私の身体に近づいて叱ってくる。

「三葉、なんだ、そのスカートは」

「…ぇ…。……」

 サヤチンが返答を迷って、こっちを見てくる。私も素直にお父さんの言うことをきく気持ちは普段から無い。こんな勝手な男に、私の生活をあれこれ言う資格があるとは思ってない。もちろん、今回のスカートは直してほしいけど、それでも、この人に言われると反抗したくなる。私が、どう言い返してもらうか考えていたのに、お父さんが手をあげた。

 パシンっ…

 痛そうに私の頬が叩かれて、音が響く。

「っ……」

「目が覚めたか? 恥を知れ」

「……ごめん…なさい…」

 私の目が、こっちを見て謝ってくる。その謝罪がお父さんに向けられたものじゃなくて、私に向けられたものだったから、私はカッとなって怒鳴った。

「いきなり叩くことないじゃない!!」

「なっ……、こ、これは家庭の問題だ! 君は黙っていなさい」

「家庭?! ふざけないで!! あなたは家庭の外にいるでしょ?!」

「むっ………」

「私や四葉が、どんな思いで…、三葉ちゃんや四葉ちゃんが、どんな思いでいるか、考えたことがあるの?! 親のいない家で食べるご飯が、どんなに淋しいか!! 家族そろってる家が、どんなに温かいか!!」

 あんまりにも腹が立って、いつのまにかサヤチンの手でお父さんのネクタイをつかんでいた。

「むむっ………、君の言いたいことはわかった。離してくれ」

「……くっ……」

 手を離したけれど、悔しくて泣けてくる。わかってない、きっと、わかってないよ。

「君が泣くようなことではないだろう。……だが、すまなかった」

「「「…………」」」

 私もサヤチンもテッシーも言葉が出なくて黙っていると、お父さんは立ち去り際に言う。

「三葉は、いい友達をもったな。だが、そのスカートは直しておきなさい」

「……はい」

 サヤチンが代返してくれて、お父さんは町長専用車で行った。サヤチンは黙って私のスカートを巻いていたのを戻した。三人で静かに家へ帰る。サヤチンが私の身体で宮水家に帰っていくと、少しだけテッシーと二人きりになる時間がある。テッシーが言った。

「ちょっとサヤチンを見なおしたぜ」

「……え?」

「三葉のために、あれだけオヤジさんに言ってやれるなんてな。やっぱり、お前ら本当に仲がいいな」

「………どうなのかな……」

 今回は、そういうことじゃない。むしろ、私が私の感情でサヤチンの身体で怒鳴ってしまった。サヤチンに迷惑だったと思う。テッシーが肩を叩いてくれた。

「そんな顔するなって。言うべきことを言ったと思うぜ。サヤチンはさ」

「…うん……ありがとう…」

 私は卑怯だ。言うべきことだったかもしれないけど、私の口で言うべきことだった。勢いでサヤチンの口で言ったのは卑怯だと思う。テッシーと別れて名取家に入る前に、私のスマフォへ電話をかけた。

「もしもし」

 沈んだ私の声でサヤチンが応答してくれたから、すぐに謝る。

「さっきは、ごめんなさい」

「ううん。私こそ、ごめん。調子に乗りすぎた」

「ううん、私こそ」

「………じゃあ、おあいこで」

「うん」

「今夜は、どうする? こっち来て泊まる?」

「う~ん、あんまり頻繁だと迷惑……ううん! うちは迷惑じゃないけど! 迷惑をかける気がすることが迷惑っていうか……あれ? えっと……」

「きゃははは、言いたいことはわかるよ。変に遠慮しないでいいって。私が言うことじゃないかもしれないけど。でも、あんまり頻繁だと、お婆さんたちにも本当に迷惑だと思うし、それぞれに寝よう。三葉ちゃんが大丈夫なら。それとも名取の家で二人で寝る?」

「ううん、もう大丈夫だと思うから。お泊まりは、もっと困ったことがあったときにしよ」

「そうだね。じゃぁ」

「じゃぁ」

 電話を終わって、名取家に入った。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 サヤチンのお母さんが迎えてくれる。お母さんを手伝って、夕ご飯はお父さんと三人で食べた。

「早耶香、お風呂に入ってらっしゃい」

「はーい」

 一人で広いバスルームに入った。かなり新しいサヤチンちのお風呂はテレビのCMで見るみたいな楕円形のゆったり浸かれるバスで本当に羨ましい。シャワーの出方も、なんか違うから気持ちいいし。

「………この、おっぱい……見せつけて歩きたいくらいなのに………」

 鏡に映るおっぱいも本当に羨ましい。

「けど、私の太腿を出すのはやめてほしい……自信と羞恥心って、どういう仕組みなのかなぁ……」

 お湯に浸かりながら考えてみる。

「お風呂だと裸でも、ぜんぜん平気だけど、教室だと死ぬほど恥ずかしい……でも、この身体だと、その半分くらいかも……。おっぱいも、自分のおっぱい出すのはイヤだけど、サヤチンのおっぱいだと立派だし……立派ならいいのかな? う~ん……」

 のぼせないうちに揚がってリビングのソファに座った。

「お先です」

「うむ」

 サヤチンのお父さんがテレビでニュースを見てる。

「シエラレオネ共和国では50年に一度の大干魃により食糧不足が懸念されWFOの予測では3万人の餓死者が…」

 時計を見ると、もう9時過ぎ。私は気になることを訊いてみる。

「お姉ちゃんは?」

「………あいつは、帰ってくるのか?」

「外泊するってメールがあったわ」

 洗い物をしながら、お母さんが普通に答えた。

「……。そうか」

「それって、男の人と?」

「…………そうなのか? 母さん」

「早耶香、もう寝なさい」

「はーい」

 訊いてはいけないことだったのかも、サヤチン、ごめん。私は二階へあがってサヤチンのベッドに潜り込んだ。

「……お母さんとお父さんがいて、新しい家で、お姉ちゃんも頼もしくて……おっぱいも大きくて……声も可愛いし……。他人がもってるものって、……つい羨ましくなるよ。巫女もやらなくていいし……町長の娘とか言われないし……私、この家の子に生まれたかったかも。………あとはテッシーさえ、こっちを好きになってくれたら、サヤチンの人生、満点ホームランじゃん」

 ベッドが体温で温まってきたので、もう目を閉じて眠った。

 

 

 

 朝、私は私の部屋にいた。

「戻ってる。………小さな、おっぱいに…」

 おっぱいの大きさで自己同一性を確認できてしまうのが悲しい。

「……小さい……けど、なんとかスマフォを挟んだりできるかな」

 枕元のスマフォを挟んでみる。

「ううぅ……痛い…」

 無理矢理によせて手で押さえつけると、挟んで挟めなくはない。

「でも、これじゃ挟めてるとは言えないよね。はぁぁ…」

 スマフォを布団の上へ落とすと、振動してる。見るとサヤチンからのメッセージが届いてる。

「戻ってる? こっちは戻ってるよ」

「うん、こっちも戻ってる」

 と返信した。

「じゃ、普通に生活しよ」

「そうだね」

 今日は土曜日、どうしようかな、と思っているとテッシーからメールが着た。

「明日、天気が良かったら、遊園地に行こうぜ」

 って誘ってる。

「………私のこと……好きでいてくれるんだ……いつからなのかな……」

 考えると、ちょっと落ち着かない。しかも、サヤチンはテッシーのこと好きだから余計に落ち着かない。こんなとき、妹じゃなくてお姉ちゃんでもいてくれれば、いい相談相手になってくれたんだろうなァ。

「二度寝しようかなァ」

 テッシーへの返事を考えるのが億劫で、もう一度、布団に潜り込んだら、恋愛相談相手にはならない四葉が戸を開けた。

「休みやからって寝てると、また月曜に起きられんよ」

「……わかってるもん」

 二度寝を見抜かれたので仕方なく起きる。四葉が先に生まれて年上だったら私ボロカス言われたかも。四葉は、すごい怖い姉になりそう。起きて顔を洗って天気を見ると、微妙だった。

「明日は晴れるのかな」

 雨が降りそうな、それでいて晴れそうな微妙な天気、テッシーが誘ってくれてる遊園地は愛知県の方だから、スマフォで天気予報をチェックしてみる。

「……明日は晴れか……、私の身体は行くこと決定だから早寝早起きしないと」

 山奥の糸守町から愛知県の遊園地へ遊びに行くんだと、できれば始発に乗りたい。

「四葉に起こしてもらって正解だったかな。宿題も、今日のうちにしとこ」

 天気も微妙だし、外に出ても山奥だからコンビニしかないし。家の中で地味に宿題をしながら、山奥でもスマフォのおかげで可能になった恋愛相談をしてみる。もちろん、匿名で新規アカウントを作成して、私とサヤチン、テッシーみたいな関係を、どう解決するのがベストかを、ネット上で質問してみた。

「なるほど……」

 お昼ご飯を食べ終えて見てみると、いくつか回答がもらえていた。

「一番最低なのは、私まで彼を好きになったとか言い出して友達を裏切ることか……そりゃそうだよね。後から何を言い出してんだよ、って感じだもん。ベストなのは、やっぱり友達と彼が結ばれて、それを祝福してあげるポジションか。………追加で質問してみよ」

 私は追記して問う。

「彼からデートに誘われてるけど、一回、想い出づくりに行くのは、どうでしょうか。それとも三人で行くのがいいでしょうか」

 追記して、すぐに回答が増えた。

「……波乱の予感w……すでに、お前は彼を狙ってる……もうダメじゃん、友情おわり乙……」

 二人で行くことには、かなり否定的な回答がきてる。

「ああ~ん! 違うの! そういう意味じゃなくて、二人で行く場合は私にサヤチンが入ってる状態でってことなの! この質問、消去して入れ替わりのことも含めて相談してみよ。どうせ、捨てアカウントだし」

 どこの誰か、お互い不明なネット上だから、入れ替わりのことを書いてみても大丈夫かなって、質問全体を書き直して投稿したら、また素早く回答がもらえた。

「………病院が来い……アホ女子高生出現……真性の電波少女……夢見がちな年齢……なんのかんの言って彼を盗りたいだけ……友情ご臨終w……この女、さっき似たような質問あげてベストアンサー決めずに削除しやがったから、もう相手しなくてよし……うう~っ…みんな辛口だなぁ……」

 誰一人として入れ替わりを信じてくれないし、それを言い訳にして私がテッシーを盗ろうとしてるって誤解されてる。

「違うのに……あ、この回答は真剣に考えてくれてる雰囲気。君が入れ替わりだと感じるのは、彼を好きになってはいけないという気持ちと、好きになってしまった自分の気持ちがせめぎ合う結果だよ。自分を誤魔化すのは良くない。好きなら好きと、はっきりと友達にも伝えてしまいなさい。君は友達を甘く見すぎている。君の友達だって正直に話せば祝福してくれる可能性もあるから。……う~…結局は、入れ替わりのこと信じてくれてない。私の思い込みだって考えて……まあ、そんなもんかなぁ……このアカウントだと、もう真剣に回答してもらえないかも」

 私はアカウントを破棄して、質問するサイトも変えて、入れ替わりのことは相談しないでテッシーから誘われてるデートを二人で行くことにしているのを当日朝にサヤチンとテッシーだけで行くことになるようドタキャンするのは、ありなのか質問してみた。

「………、あなたは余計なことはしないのが良い。いいアイデアだと思っても、その友達にしたら御節介かもしれないし、それで彼が怒ったりしたら目も当てられない。その友達に一生恨まれたりする危険性あり。あなたは成り行きにまかせて静観しましょう。きっと、その友達は、あなた以上に思い悩んでいますから、ささいなことで感情的になる場面もあるかもしれませんが、我慢強く穏やかに接してあげましょう。……うん! そうしよう!」

 誰だか知らない人に感謝して私は恋愛相談を終わった。

 

 



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3話

 

 

 私は目が覚めて、三葉ちゃんになっていたことを理解して複雑な気持ちになった。

「……これからテッシーと……二人で……」

 今日は約束の日、そして気分次第で二人で行くか、三人で行くか、決めていい立場に私はいる。

「急がないと始発に間に合わない」

 そして、もう結論は出していたようなもので、私は三葉ちゃんの服を着て身支度すると朝食も摂らずに駅へ向かった。まだ、外は暗い。でも、始発で遊びに行かないと時間が無くなる。それくらい私たちは山奥に住んでいるから。

「………」

 複雑な気持ちだった。私はテッシーと二人でデートを楽しめる、けれど、それは三葉ちゃんの身体とテッシーが遊びに行くということ。

「………この選択でいいのかな………でも、行きたい……」

 迷いはあった、けれど、突き進むことにした。たぶん、三葉ちゃんは電話をかけて起こさない限り、まだまだ私の身体で寝ていると思う。駅に着くと、テッシーがいた。今まで見たこともないくらいカッコいい服を着ている。新しいズボンと、カッターシャツも襟のデザインがカッコいいのを選んできてる。いつも、ムーばっかり見てるから、服装のセンスなんて無いかと思ってたけど、意外なくらい似合ってるから、ドキドキする。

「おはよう。三葉」

「……。うん、おはよう。テッシー」

「行こうか」

「……。うん」

 サヤチンはどうするのか、って訊いてもくれないんだ。ここに私一人で現れたってことは、テッシーの理解の仕方は間違ってないけれど、やっぱり淋しい。でも、テッシーにとっては嬉しいこと、なんだろうなぁ。二人で電車に乗って愛知県へ向かった。北陸に近い山奥から太平洋側の海に近い遊園地へ行くまでに何度か乗り換える。道中で私は三葉ちゃんのスマフォから私のスマフォへメッセージを送った。

「テッシーと二人で行ってくるよ。ごめんね」

 そのメッセージに、すぐに返信は来なかった。糸守町を出たときは余裕で座れたけど、だんだん都会に近づくと車内が混雑してくる。もうすぐ遊園地という駅までくると、超満員になってテッシーと身体がピッタリくっついた。

「………」

「……ごめんな……苦しいか?」

「ううん、平気……ありがとう」

 都会の電車内は知ってはいたけれど、ものすごく混んでる。くっついてるのはテッシーとだけじゃなくて隣のカップルや家族連れとも、くっついてる。みんな遊園地に遊びに行く雰囲気の人たち。あまりに混みすぎて、まったく身動きできない。そんな中でテッシーは私を………三葉ちゃんの身体を守ろうと、かばってくれてる。それが嬉しいと同時に羨ましい。まさか、デートの始めから、こんなに密着するなんて思わなかったよ。もう、ほとんど抱かれてるみたいな感じ。

「やっと着いたな」

「うん……はぁぁ……」

 ホームに到着すると、みんな我先にと遊園地の入場ゲートへ向かってるけど、田舎育ちの私たちは体力はあっても混雑慣れしてなくて、とても疲れていたから一息ついてから入場した。

「三葉は何から乗りたい?」

「えっとねぇ」

 場内マップを見て考える。

「テッシーは何がいい?」

「オレは何でもいいぞ。三葉が乗りたいので」

「…………」

「三葉?」

 三葉、三葉か……そうだよね、三葉だもんね……、でも、このまま一日、ずっと三葉って呼ばれるのは、つらい。私は小手先の手段だとわかっていても頼んでみる。

「……。ねぇ、このデートの間、少しだけお願いがあるの」

「ああ、どうした? 何でもいいぞ」

「私はテッシーのことを克彦って呼ぶから、克彦は私のこと、君か、お前って呼んでほしい」

「……君か、お前で? ………いいけど、なんで?」

「そういう気分なの。私って恥ずかしがり屋なの知ってるでしょ?」

「ああ……そうだな…」

「なんか、名前で呼ばれるの恥ずかしくて。君か、お前がいいの」

「わかった。………それなのに、オレは名前なのか?」

「うん。私って気分屋だから。ね、お願い」

「ああ、いいぜ。じゃ、君は何に乗りたい?」

「お化け屋敷以外の全部♪」

「お化け屋敷以外か……サヤチンみたいなこと言うよな」

 ぎくっ……、克彦がククっと笑った。

「ククっ、小学5年の頃にさ、サヤチンの家族と、うちの家族で富士急ハイランドへ行ったんだ。そんとき、サヤチンとお化け屋敷に入ったら、怖くて途中で漏らしたんだぜ。ククっ、これ話したっけ?」

「……ぅ~……それさ! 町に帰っても絶対誰にも言わない約束をサヤチンとしてない?!」

「な……なぜ、それを知って……」

「バカっ!」

「お前が怒ることないだろ?」

「口の軽い男は嫌いです~ぅ!」

 私は克彦を置いて、すぐ近くのアトラクションに並ぶ。どうせ、全部に乗りたいんだから、近いところから制覇していくことにした。置いてきた克彦も、すぐに追いかけてきてくれた。

「いきなり絶叫系か」

「怖いの?」

「オレは平気だけど、三葉…、じゃなくて、君は絶叫系は苦手とか、言ってなかった?」

「あ……」

 そういえば、三葉ちゃんは絶叫系が苦手だったかもしれない。ジェットコースターとかで、あんまり激しく揺すられると魂がぬけそうになるとか言って………実際、魂ぬけて私と入れ替わってるし。でも、乗りたいし、私は平気というか、むしろ楽しい方だもん。

「うん……まあ、苦手だったかもしれないけど、何事も挑戦だよ。っていうかさ、この遊園地に来て絶叫系を避けたら乗る物が半分になるから」

「それも、そうだな。スターライトメテオか」

 克彦が並んでるアトラクションを見上げる。ジェットコースター系だけど、とくに落下を売り物にしててコース上で、ほぼ垂直に落ちる部分もある。それが名称にも表れてるアトラクションだった。順番を待ってる間に克彦が何かを思い出したみたいで言ってくる。

「そういえば、あと何ヶ月かで地球へ近づいてくる彗星があったよな」

「あ、うん。…ティ……なんとか?」

「ティアマト彗星だったかな。あれって、ちょうど糸守町の直上を通り過ぎるらしいぞ」

「ふーん……」

「祭りの日だったかもな。お、そろそろオレたちの番だな」

 幸運なことに私たちはコースターの一番先頭だった。乗り込むと安全バーがおろされ、いよいよ出発になる。

「……緊張するよな、このタイミングは」

「うん。でも、楽しみ。………」

 そう言ったけど、ちょっとだけ不安になった。思いっきり揺すられて三葉ちゃんが恐れてたみたいに魂ぬけたら、どうしよう。ぬけて糸守町にいる私の身体へ戻るなら、まだいいけど、後ろの席の人と入れ替わったりとか、変なことが起きないか、やや不安。

「大丈夫か? 顔色、ちょっと悪いぞ」

「……うん……今さら、どうにもならないし」

 コースターは出発して登り始めてるから、もう止まらない。行くしかない。私は笑顔をつくって、それから頼む。

「手、握ってて」

「ああ」

 克彦が手を握ってくれる。私も握り返して、万が一にも魂がぬけないように構える。コースターが落下し始めた。

「うおおおっ!」

「きゃはははは♪」

 やっぱり楽しい。下へ、上へ、右へ左へ、グルグルと身体がもっていかれる感覚が楽しくて私は笑った。そして、魂はぬけなくて、私は三葉ちゃんの身体にいるままだった。

「はーっ! 楽しかった! 次、あれに乗ろうよ!」

「ぜんぜん平気そうだな」

 握り合っていて、汗ばんだ手を離してコースターをおりる。けど、もう一度、自然に握り合って園内を巡った。お昼ご飯の時間になって、いつまでも三葉ちゃんから返信がないので心配になった。どうしたんだろう、何かあったのかな、それとも、やっぱり二人きりで遊園地に出かけたこと、怒ってるのかな、そんな風に気にかかっていたら、やっと返信が入った。

「おはよう。もう着いてる?」

「とっくに着いてるよ。返信が遅いから心配したけど、そっちは何かあった?」

 と送ったら。

「二度寝してた。テヘ」

「おい」

「だって、いつも四葉に邪魔されるもん。久しぶりに最高の二度寝ができたよ」

「二度寝に最高、最低があるんだ。まあ、いいよ。ごめんね、置いていって」

「ううん、気にしないで楽しんできて」

「ありがとう。じゃ」

 やり取りが終わる頃、克彦がホットドックのランチセットを持ってきてくれた。いっしょに食べながら話す。

「誰とメールしてたんだ?」

「サヤチンだよ」

「そうか」

「……。サヤチン、置いてきて、悪いことしたかも」

「…………」

 克彦が黙ってホットドックを囓る。

「………」

「………」

 私も黙ってウーロン茶を飲んだ。そして、言ってみたくなった。顔が赤くならないよう気持ちを静めて、訊いてみる。

「サヤチンはさ、もしかしたら、克彦のこと好きかもしれないよ? どうする?」

「……どうって言われても、……」

「…………」

「…………」

「サヤチンに好きって言われたら、どうする?」

「………。オレは、お前が好きだから」

「っ…」

 まっすぐ見つめられて告白された。その対象が本当は私じゃないって、わかってるのに顔が赤くなってくるのがわかる。私はポテトを囓ってから文句を言うような声色で言った。

「そんな話……お昼ご飯のタイミングで、しなくても……」

「ごめん。……けど、そういうことだから」

「…………」

「好きな男、いるのか?」

「……………いないよ。私には」

「オレと付き合ってくれ」

「…………考えておくよ……」

 ただのデートのつもりだったのに、克彦は、しっかり告白してくれた。どうしよう。どう返事しよう。そのことを考えていたから、午後からのアトラクションは、あんまり記憶に残らなかった。閉園が近くなって、克彦が誘ってくる。

「観覧車に乗らないか」

「…うん…いいよ…」

 デートの締めくくりが二人きりで、ゆっくり会話できる、そして密室になる観覧車を選ぶのは、他のカップルも同じみたいだったけど、私たちは混み合う前に並んだから、すぐに乗れた。

「これでお化け屋敷以外、全部、制覇できたな」

「そうだね」

「…………」

 克彦から告白の答えを待ってる気配を感じて、私は目をそらして海を見た。

「海が見えるね」

「ああ……」

「また、今度、海にも遊びに行きたいね」

 曖昧だけど、肯定的な答えにもとれる返事をした。

「そうだな。また、君と二人で行きたいな」

「……………」

 また海を見て誤魔化す。このタイミング、イエスならキスするタイミングだし、それを狙ってるのが、なんとなくわかる。今の私には、キスしたい気持ちと、絶対にしたくない気持ちがあるし、そもそも、この唇は三葉ちゃんの唇なんだから、しちゃいけないって気持ちもある。いろいろ考えて誤魔化してるうちに、観覧車が終わってしまった。

「…………」

「…………」

 沈黙が長くならないうちに克彦が時間を確認した。

「あと20分で閉園か」

「そっか……楽しかった。……あっという間だったね」

「せっかくだし、あれに入って。完全制覇にしないか?」

 克彦がお化け屋敷を指してる。

「え~………しかも、日暮れ時に…」

「ジェットコースターは、ぜんぜん平気だったろ? 何事も挑戦とか言って」

「まあ…ね」

 小学5年で、おもらししたトラウマがあるから、あれ以来、この手のアトラクションには入ったことがない。さすがに、高校生になって漏らすとは思わないけど、万が一、三葉ちゃんの身体で漏らしたら……。けど、克彦は完全制覇したいみたい。お昼ご飯もおごってもらったから、ここは付き合おうかな。私も一生、お化け屋敷をさけて生きていくのもなんだから。

「トイレに行ってからね」

「じゃあ、先に並んでおくぞ」

 克彦が並んでいてくれるので手早くトイレを済ませて、お化け屋敷に入った。並んでいるうちからも、怖い雰囲気だったけど、中に入って、すごく後悔した。

「絶対、手を離さないでよ」

「わかってるって」

 いきなり最初の部屋から、完全に真っ暗で何も見えない状態で、すごく怖い。しかも、お化け屋敷のくせに、しっかりとテーマがあって、それが変にリアルで怖い。テーマは一人の男を巡って二人の女が争い合う。その舞台は男が経営するイタリアンレストランで、片方の女が毒殺されかけて身体がボロボロになって、その恨みで毒をもった方を呪い殺すっていう嫉妬と怨恨の連鎖。

「…ハァ……ハァ…」

「そんなに怖いか? まだ、暗い廊下が続いてるだけじゃないか?」

「暗いだけじゃないよ。血とか、人とか倒れてるもん!」

 真っ暗な最初の部屋から、レストランの廊下へ歩いて進むと、壁に血のりがあったり、人形が倒れていたりして、雰囲気と演出がすごくて私は克彦の腕に抱きついて歩いてる。「…ハァ…やっぱり入るんじゃなかったよ…」

「大丈夫だって、オレがいるからさ」

「しかも黄昏時って、本当にお化けが出る時刻なんだよぉ。ムーとか、読むから知ってるでしょ?!」

「もし、出たらムーに報告記事を投稿しないとな。ちょっ、あんまり抱きつかれると歩けないから」

 かなり嬉しそうに克彦が言ってるけど、それどころじゃないくらい、怖い。私はもう克彦の腕じゃなくて腰に抱きつきながら、次の部屋へ進む。そこはレストランらしくテーブルが並んでいて、イスには何人も座っているけれど、顔色が悪かったり、突っ伏して死んでいたりして見るだけでも怖いのに私たちが近づくと動く。

 ガタガタガタっ!

「ひっ?!」

「センサーとモーターで振動しただけだから」

 死体が動いたように思えて私は震え上がったのに、克彦は平気そうに頭を撫でてくれる。これ、一人だったら、絶対無理。足が竦みそうになりながら体重の半分を克彦に支えてもらって進む。次のテーブルに突っ伏していた人形は動かなかった。けど、その次のテーブルにも倒れている死体があって、それが立ち上がって襲ってきた。

「殺してやる!!」

「きゃああああ!!」

「うおっ?! ビビった。人か……人が演じてるのか……ビビったぁ」

 克彦まで驚いてるから、私の方は、もっと怖い。なのに、襲ってきた死体は、ゆっくり追ってくる。

「待て……待て……殺してやる……うわあああ!!」

「ひぃぃっ……」

「こっちのドアから進める! 移動したら追ってこないさ!」

 歩けなくなった私を克彦が運ぶようにして次の部屋へ進んだ。そこはまた暗い廊下だった。

「もうヤダもうヤダ! リタイヤしようよ!」

「富士急と違って、ここはリタイヤシステムが無さそうだぞ。入って、すぐにキャンセルする以外はさ」

「ううっ……やっぱり、入るんじゃなかった……ぐすっ…」

 怖くて泣けてくる。

「…ぅぅっ…ひっく…」

「泣くほど怖いか? ジェットコースターは、あんなに喜んでたじゃないか?」

「コースターは先が読めるからいいの! ぜんぜん違うよ!」

「わかった、わかった。オレが先頭に立つからさ」

「後ろから来るかもしれないから、横にいてよぉ!」

 案の定、廊下を進んでいたら、後ろから何かが追いかけてくる。

 シャーーーっ!

「ひぃい?!」

「これが、毒殺されかけた女の方か……キモい人形を作るもんだなぁ。ほら、どうせ、オレたちには衝突しないように安全装置があって手前で止まるから」

 克彦が観察するみたいに、ゆっくりと人形を見てる。とても気持ち悪い人形でテーマの通り、毒を盛られて皮膚が爛れて美人だったのが、見ることもできないような姿になったもので、私は一目見ただけで二度と見たくない。

「…ハァ……ハァ…」

 トイレに行っておいて、よかった。下手したら、漏らしそうなほど怖いよ。その後も調理室っぽいところや食材室っぽい部屋があって、牛の死体なのか人間の死体なのか、いろんな物が吊されていて突然に動いたりするから気が休まらない。

「…ひぅぅ…ぐすっ…もう……ヤダよぉ……」

「広さ的に、そろそろ終わるから。外から見た感じの建物の広さと歩行距離からして構造は入り組んでるけど、もう終わりなはずだから」

 さすが建設会社の息子って思うけど、よくそんな冷静でいられる。

「ほら、終わった」

「お疲れ様でした」

 やっと終わったみたいでカーテンの向こうに入ると小部屋があって、すぐそこに出口が見えて、血のりの塗装とかがされて無い普通のウェイトレス姿のスタッフさんが笑顔で言ってくれる。

「カップルのお客様には女性の方へ、サービスのお菓子がございます。どうぞ、そちらのディッシュカバーをあげて、お取りください」

 小さなテーブルの上に銀色のお皿あって、同じく銀色のドーム形の蓋がされていた。サービスのお菓子と聞いて私が素直に手を伸ばした時だった。

 ガタン!

 テーブルの奥の壁が開いて、あの毒殺されかけて皮膚が爛れた女が現れて叫んできた。

「私の身体を返せぇ!!!」

「っ……」

 悲鳴をあげることもできないくらい私は驚いて腰が抜けた。

 ペタン…

 その場に座り込んでしまう。

「…ひっ…ハァ…ひっ…ハァ…」

「最後の最後まで、きついな。しかも、これも人が演じてるのか」

 克彦が代わりに、お菓子を取ってくれてる。皮膚が爛れた女は冷静な克彦を無視して私を睨みながら壁の奥へ引っ込んでいった。

「立てるか?」

「…ぅぅ………無理…」

 立とうとして、お尻をあげたけど、すぐに力が抜けて、また座り込んでしまう。

 ジワっ…

 あ……やだ……漏らしてる……下着が生温かく濡れてしまう。

「ぐすっ……ひっく……」

 けど、本当にトイレへ行っておいてよかった。漏らしたのは、ほんの少しだけで克彦にも気づかれてないし、まだ笑顔で私たちを見てるウェイトレス姿のスタッフさんにも気づかれてない。このスタッフさんは最後の罠にハマって私みたいになった女の子を何人も見てきたんだと思うと、ちょっと憎らしい。

「…ぅうう…ぐすっ……ひどすぎる、お化け屋敷だよ……ひっく…」

「立てないなら、抱き上げていいか?」

「え……うん……お願い」

「よっ」

 克彦が立てない私をお姫様抱っこしてくれた。そして、やっと本当に外に出られた。

「ぐすっ……ごめんね……重いでしょ」

「いい筋トレになるさ」

「……ありがとう」

 私は克彦の腕に負担をかけすぎないよう彼の首へ両手を回して抱きつく。これで体重の何割分かは楽になってくれたはず。もう閉園なので、まだ歩けそうにない私を抱いたまま克彦は退園口まで行ってくれた。

「ふーっ…」

 重かったと思うのに、控え目な吐息をついて、克彦は私を退園口にあったベンチへ、ゆっくりとおろしてくれた。

「ごめんね……疲れたでしょ」

「いや、オレの方こそ、ごめん。イヤがってたのにお化け屋敷に入れて。あんなに怖がると思わなくて」

「……すごい……怖かったよ……」

 でも、お姫様抱っこされたのは、いい想い出になるかな。かなり周囲の人たちから見られて恥ずかしかったけど、いい彼氏になるよ、克彦は。

「最後は怖かったけど、でも一日、ずっと楽しかったよ。ありがとう、克彦」

「ぉ、おう! オレも楽しかったぜ」

 そろそろ立てるかな、私はベンチから立ち上がってみる。ちょっと、フラついたら克彦が支えてくれた。

「歩けそうか?」

「うん、もう急がないと糸守まで帰れないよね」

 まだ午後5時だけど、ここから山奥に帰るとなると、今すぐ電車に乗らないと、どこかで泊まることになっちゃう。さすがに、この三葉ちゃんの身体で克彦と外泊はないよね。

「しまった!」

「どうしたの?」

「……いや、せっかくだから記念に何か買おうかと思ってたのに……あ! あそこの売店なら、まだ開いてる。ちょっと待っててくれ!」

 克彦が走って退園口そばにある売店へ駆け込むと、迷いながら急いで買い物して戻ってきた。

「ハァハァ…、こんなんで、よければさ。もらってくれよ」

「………嬉しい」

 克彦が差し出してくれたのは、この遊園地のマスコットキャラがデザインされた可愛い腕時計だった。

「大事にするよ」

「喜んでくれてオレも嬉しい。けど、もう帰らないとな」

「うん」

 すぐに腕時計を手首へ巻いて、駅に向かった。また混み合う電車に乗って克彦と密着することになったけど、朝と違った気持ちだった。朝も嬉しかったけど、とっても緊張した。なのに、今は変な緊張はなくて、ただ心地いい。二人の距離が近くなった気がする。それは克彦も同じように感じてくれてるみたいで、私を守って抱いてくれてる腕が頼もしい。このまま、ずっと抱かれていたい。

「…………」

「…………」

 同じように感じてくれてたみたいで、だんだん田舎に近づいて電車が空いてきても、ずっと抱いていてくれた。けど、最後の乗り換えをすると、もう車内はガラガラで余裕で座れる。二人並んで座ってると、早朝からの長旅だったから身体は疲れていて眠くなる。でも、寝たくない。一分でも一秒でも、今の時間を大切に味わいたい。克彦と手をつないで、克彦の肩に頭をもたげて、静かに座っていられるこの時間は、あと数十分で終わってしまう。

「……このまま時間が止まればいいのに……」

「ん? 何か言ったか?」

「本当に楽しい一日だったよ、ありがとう」

「ああ、オレも………」

 そう言った克彦が見つめてくる。もう車内には私たちしか乗っていない。

「………」

「………」

 見つめてくれていた克彦が顔を近づけてくるから、私は目を閉じた。

「……」

「……」

 キスされる。嬉しい。目まいがするくらい幸せ。

「………」

「………オレは三葉が好きだ」

「っ…」

 夢から覚めた。そうだった、私は私じゃなかった。

「……………」

「オレと付き合ってくれるよな?」

 キスしたんだから当然って流れで言われるけど、それはできない。どうしよう。

「三葉?」

「………今日一日、お前か、君って約束だったのに…」

「あ………ごめん……つい」

「もう魔法が解けてしまったよ」

「………何を言ってるんだよ?」

「……………」

 どうしよう、なんて言って誤魔化そう、三葉ちゃんの唇でファーストキスまでしちゃったよ、この記憶、このことを、なんとかしないと。この記憶は私と克彦のもの、だから、克彦が黙ってれば三葉ちゃんにはわからない。

「……オレと付き合っては……くれないのか?」

「…………うん……ごめん」

「そうか…………今日のデートは、お情けか……さっきのキスも……」

「そういうわけじゃ……」

「もういいっ!」

 克彦が私から10センチ離れて、顔を背けた。すごく克彦を傷つけてしまった。顔を背けてるけど、車窓に反射して見える表情が今にも泣きそう。胸が痛い。私は克彦の肩に抱きついた。

「ごめん、そういうわけでもないの!」

「…………」

「あ! そうそう! 言ったでしょ! 私、かなり気分屋なの!」

「………」

「だから、克彦のこと好きって気分のときもあれば、ぜんぜん、そうじゃない気分のときもあるの! 日によってね、ガラっと気分が変わっちゃうの」

「……そういえば、……ここのところ…」

「でしょ。だから、お願いがあるの。聞いて」

「あ…ああ…、何だよ?」

「私がね、この腕時計をしてるときは克彦のことを好きって気分のとき、そして腕時計をしてないときは克彦のことを友達としか思ってないとき。だから、腕時計をしてない私にはキスした話とかは絶対にしないで。恥ずかしくて逆に克彦のことを嫌いになっちゃうかもしれないから。今日のデートのことも詳しくは思い出したくないかもしれないくらい。でも、腕時計をしてるときは今みたいに仲良くしたいの。ただ、それも誰も見てないときに限って。とくにサヤチンには絶対見られたくないの。それを、わかってほしい」

「………腕時計をしてるときと……してないとき……か…」

「ごめんなさい、こんな極端な気分屋で………でも、今は克彦のこと……好き、だから」

「三葉……」

「ぅ……恥ずかしいから、腕時計をしてるときは、君か、お前にして」

「……わかったよ。そうする」

 もう糸守駅に着いてしまった。遅い時間だけど、町の誰かに見られるかもしれないと思うと、克彦と手をつないで歩くことはできない。夢の時間は終わり、この入れ替わり現象は神さまが私にプレゼントしてくれた儚い夢なのかもしれない。

「……克彦」

 私は駅前に誰もいないことを確認してから克彦を見つめて目を閉じて言う。

「ごめんなさい。きっと気分屋な私は、明日は腕時計をしてないと思うから」

「……オレは君が好きだ。……少々、気分屋でも」

 もう一度、短いキスをしてから二人で帰宅する。うっかり名取家への道に入って克彦が訊いてくる。

「どこに行くんだよ?」

「あ………、えっと、……サヤチンに会おうかなって……ま、もう遅いし電話にするよ」

「サヤチンと仲いいな……、もう遅いから家の前まで送るよ」

「ありがとう」

 克彦に宮水家の前まで送ってもらった。不審者はいないけど、猪や猿が出るからね。家に入って、遅い夕食をいただいて、お風呂にも入ってから、電話で三葉ちゃんと話す。とくに腕時計のことは言っておかないと、まずい。でも、どう言い出そう。迷ってると三葉ちゃんが私の声で訊いてくる。

「どうだった? 今日のデート、楽しかった?」

「うん、楽しかったよ、ありがとう。ごめんね、置いていって」

「それはいいよ。……っていうか、私の方がサヤチンの身体で、とんでもないことしたから謝らないといけないかも」

「え………何したの? 三度寝、とか?」

「さすがに、あれから起きたよ。そしたら、お父さんがドライブしようって高速道路で大垣まで行って和牛食べ放題の焼肉店に入ったの」

「……食べたのね……思いっきり……」

「ごめん。……最初は遠慮したんだよ。あんまり食べたら太るからって、でも、お姉ちゃんもお母さんも、食べ放題なんだから、もったいないから食べられるだけ食べなさいって言うし。……すごく美味しいし……」

「……はぁぁ……」

「ごめん」

「そのくらいならいいよ。その状況なら私でも食べるし」

「あ…あとね……夜はお寿司だったの。ホントごめん。サヤチンがするはずだった美味しい思いをしちゃって」

「………。お父さん、ずいぶん景気いいけど、何か言ってた?」

「FXなんとかでユーロがどうの、ドル円が、どうのって、よくわからないけど、儲かったから、らしいよ」

「ああ、外国為替のあれ」

「ごめんね、美味しい思いを私がしたのにカロリーはサヤチン持ちで……。けど、クルマのある家って、ホントいいね。お昼からフラッと出かけても糸守が山奥って思えないくらい、さっさと大垣まで出られるし、また、ちょっと走ってアウトレットまで行けるし」

 そういえば、三葉ちゃんちはお父さん不在だから、交通手段が限られるかも。糸守で電車しか交通手段がないと、今日の私たちみたいに早朝の始発に早起きして乗って、帰りの終電に乗るために夕飯も摂らないで移動したりするかも。

「つまり、今日の名取早耶香の身体は二度寝して、大垣で焼き肉を食べて、アウトレットを巡って、お寿司を食べて帰ってきたのね。ってことは帰ってきたのは一時間くらい前?」

「うん、そのくらい。ちょうど、高速道路をおりたクルマから、私の身体とテッシーが駅から出てきたとこ、見えたよ」

「……そ……そう……ニアミスだったね」

 この様子だとキスしたことは見られてないはず、このことは隠し通さないと。勝手に三葉ちゃんのファーストキスを済ませたなんて、とんでもないこと、とても言えない。けど、やっぱり言うべきなのかな……どうしよう……さっきは夢見心地で克彦とキスしてしまって……けど、三葉ちゃんの唇だったのに………これって、取り返しのつかないことじゃ………。

「どうしたの? 急に黙って……やっぱり、食べ過ぎだって、怒ってる?」

「……ううん……そうじゃなくて………私も……とんでもないこと……三葉ちゃんの身体でしちゃったかも……ごめん」

「え………なに食べたの?」

「…………」

 言うべきかな……言わない方が、いいかな……。

「愛知県だからエビフライとか? もっと濃いもの?」

「…………」

 言ったら……どんな反応を………。

「あ、でも遊園地だから……う~ん、わかんないよ、何だったの?」

「……食べ物じゃないの……」

 食欲じゃないんだよ………出来心と申しますか………魔が差したと言いますか……。

「食べ物じゃない、とんでもないことって?」

 私の声が不安そうな声色になってくる。やっぱり、とても言えない。私は誤魔化すことにした。今日の出来事を克彦と話し合ったりして、ボロが出ないためにも、大きな嘘をついて隠したいことを隠すことにする。

「お化け屋敷に入ったの」

「……苦手じゃなかった?」

「うん。それで、すごく怖くて……おしっこ漏らしたの……ごめん」

「えええ?! 私の身体で?!」

「うん……ごめん」

「ごめんって?! 私たち高校生なんだよ?!」

「ホントごめん」

「もう学校いけないよ!!」

「でも、見られたのは克彦だけだから。絶対誰にも言わないでって約束してあるから大丈夫なはず。むしろ、このことは忘れて二度と思い出さないでって」

「うぅぅ……女子高生なのに、おもらしなんて……小学5年生の、おもらしとは違うんだよ。サヤチン、お化け屋敷が苦手なら入らないでよ。また漏らしてるなんて…」

「ちょっ?! なんで、それ知ってるの?!」

「テッシーから聞いたもん」

「いつ?!」

「小学5年生のとき、富士急から帰ってきて、お土産もらったとき」

「それ速攻じゃない! そんな速攻で私との約束を破ってたの?!」

「あ………ここだけの話って、テッシーが言ってたから……聞かなかったことに、できる?」

「ううっ……そもそも無かったことにしたい……」

「小学5年でも、それだけイヤなことなんだよ……もう高校2年だよ……17歳だよ。ぐすっ…恥ずかしくてテッシーに会えないよ。町の人たちに知られたら生きていけない」

「ホント、ごめん。ちゃんと誰にも言わないでって約束したから」

「……信用できないじゃん」

「小学5年のとき、なんで克彦は喋ったの? なんで、そういう話の流れになったの?」

「えっと……あれは……たしか、……あ、思い出した。けど、恥ずかしいから、あんまり言いたくない」

「………言ってよ。そこまで言われると気になるから」

「う~……私とサヤチンの仲だから言うけどさ。羨ましくて、私が泣き出したの」

「……おもらしが?」

「そんなの羨ましくないよ! して欲しくないよ!」

「じゃあ、何が羨ましかったの?」

「ぐすっ……だって、サヤチンっちもテッシーんちも両親いてさ。仲良く計画して二泊三日で遊園地に行っちゃうんだもん。うちも誘ってもらえたけど、お婆ちゃんが断っちゃうし。で、帰ってきたテッシーがお土産くれて、いろいろな乗り物があって楽しかったとか言われたら、私ぼろぼろ泣けてきて。そしたら、テッシーが楽しいことばっかりじゃなくてサヤチンは怖がって漏らして泣いたから、三葉は来なくてよかったかもよ、とか言ってくれて……そんな感じの話の流れだよ」

「そっか……三葉ちゃんを慰めるために……」

 私との約束を………。

「小学生のころは本当に羨ましかったんだよ。すごい妬んでた」

「……ごめんね…」

「テッシーは今回も、すぐに言っちゃうかな……言われたら私、学校いけないよ」

「それは大丈夫だよ。確実に記憶から消してって、しっかり頼んだから」

 実は、そもそも克彦にはバレてないし。ホント入る前にトイレ行っておいてよかった。けど、この話より、もっと大切なことを三葉ちゃんにも認識してもらわないと、いけない。

「あと一つ大事な話があるの」

「ううっ……また、とんでもないこと?」

「ううん……、そうじゃなくて……ただ、克彦との関係」

「あ、そういえば、テッシーのこと名前で呼んでるの?」

「……」

 やっと、気づいたの………けっこう女として鈍いね、三葉ちゃん。

「そうしたい気分だったから」

 もともと勅使河原克彦をテッシーって呼び出したのは三葉ちゃん。その理由は宮水俊樹さんをトッシーって二葉さんが呼んでたのを真似して。だから、私は本当のところテッシーって呼び名を好きじゃなかったりする。

「じゃあ、明日から私もテッシーのこと、克彦って呼んだ方がいいの?」

「そうして、二人は付き合うの?」

「っ?! そんなつもり、ぜんぜんないよ!!」

「だよね……」

「ぅぅ……けっこう人間関係、大変かも……一回のデートで、なんか変わってきてる」

「それは入れ替わりを認識してない克彦の方が、つらいと思う。私たちは知ってるから。知ってる私でも、好きな人に、素っ気なくされるのと、好きな人の好きな人でいるのは、ぜんぜん違うから」

「………私は……どうしたら……」

「今まで通りでいいように、克彦へ言ったの。宮水三葉は、とても気分屋で、克彦と仲良くしたいときもあれば、友達としか思ってない日もあるって。その見分け方も教えた」

「見分け方? ……スカート短くするとかは、やめてよ」

「フフ、それもいいね」

「よくない!!」

「安心して。スカート丈じゃないよ。今日ね、克彦から腕時計をプレゼントされたの」

「へぇ、よかったね」

「……もらったのは宮水三葉よ」

「…そっか……ごめん…」

「ううん、私こそ、つい言い方が、きつくなって、ごめん。嫉妬してるね……。でも、嫉妬は抑えにくいの………この腕時計をもらったのは宮水三葉だけど、三葉ちゃんが三葉ちゃんでいるときに着けてほしくない。私が三葉ちゃんでいるときだけ、着けたい」

「それでいいよ」

「ありがとう。実は、それを前提に克彦へ言ってあるの。克彦と仲良くしたいときは、もらった腕時計を着けてる。着けてないときは、友達としか思ってないとき、そのくらい気分屋だからって………ある意味で、これは私が克彦を好きな気持ちを表す象徴みたいなもの」

「あ~、なるほど、そうすれば、テッシーも混乱が少ないかも」

「ごめんなさい、こんな卑怯なやり方」

「そんなことないよ、なんとか、この入れ替わり現象を二人で乗り切っていこう」

「ありがとう、三葉ちゃん」

「こちらこそ」

 電話を終わって、布団に入って楽しかった一日を振り返りながら寝ようとしたときだった。

 ブブブッ…

 スマフォが振動してる。手にとって見た。

「九州地方で火山性の地震……犠牲者が数十人以上……」

 私には関係ないニュースだったのでスマフォを置いて寝た。

 

 



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4話

 

 

 私は朝起きて、サヤチンの部屋じゃなくて自分の部屋にいたから、自分が自分なんだろうって、おっぱいの大きさで確かめた。

「……小さい……、お腹すいた……サヤチン、ありがとう、あんまり食べないで過ごしてくれたんだ……それに引き替え、私は焼肉食べ放題の後に、お寿司まで……ホント、ごめん。…あ! でも、私の身体で、おもらしなんかして……ぅうっ……テッシーに、どんな顔して会えばいいんだよぉ………テッシー、ちゃんと約束通りに黙っててくれるかなぁ……学校で笑い話なんかにされたら、もう学校いけなくなるよぉ……人前で漏らしたなんて、恥ずかしすぎ……」

 悩んでると、寝てる間も着けてたらしい腕時計に気づいた。

「これをプレゼントされたんだ………テッシーからサヤチンに……? ……私に? う~ん……複雑だなぁ……とにかく、これはサヤチンが私でいるときだけ使うものだから、片付けておこう」

 私は机の一番上の引き出しへ腕時計を入れて、そのことを忘れないうちにスマフォで送ってから、着替えて一階におりた。

「おはよう、四葉、お婆ちゃん」

「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、三葉」

「………」

 四葉もお婆ちゃんも、この頃の私が、ときどきサヤチンになってることに気づいてない感じ。サヤチンとは小さい頃からの友達だから、うっかり呼び間違えない限り、けっこうお互いに成りきれるもんね。お腹すいた、朝ご飯、朝ご飯。

「「「いただきます」」」

「今朝のニュースをお伝えします。まず、海外から、アルゼンチンで起きた暴動では2500人以上の死傷者が出たとのことです」

「この卵焼き、美味しい。これ、四葉が作ったの?」

「そうだよ。隠し味にバターを入れてみたの」

「すごく美味しいよ。また作ってね」

「いいけど、微妙にお姉ちゃん、当番をサボるよねぇ」

「ごめん、ごめん」

「昨夜未明、長野県内の高速道路にてトラックと乗用車の事故があり、乗用車に乗っていた家族連れ4人が亡くなったとのことです。一家は東京のテーマパークを訪れた後、深夜に帰宅しているところを事故に遭ったとのことで、長野県警では事故の原因を詳しく調べ…」

 四葉が箸を置いてテレビを見た。

「遊園地に行った帰りかぁ……両親と姉弟……みんな死んじゃったんだ……かわいそう」

「うん、こういうのが一番、かわいそう。でも……せめて行きじゃなくて帰りだから……最期に遊べたんだねぇ」

 私もテレビを見て言うと、お婆ちゃんも箸を止めた。

「ほんにね。せめて、苦しまんと一瞬で済んでおったらねぇ……。三葉、四葉、はよう食べて、学校に行き。もう時間よ」

「「はーい」」

 お代わりしたいくらい、お腹がすいてたけど、せっかくサヤチンが食べないでいてくれたから、我慢する。きっと電車での移動が長かったから、夕飯が遅くなって遠慮してくれたんだと思うし。遊園地では何を食べたのかな、訊いてみよ。カバンを持って通学路に出たら、テッシーとサヤチンに会った。

「おはよう、三葉。…………」

「おはよう、三葉ちゃん。………」

 二人の視線が私の左手首に集まってくる。テッシーが残念そうな顔をして、サヤチンが安心した顔をしてくれた。

「うん、おはよう、サヤチン、……テッシー」

 テッシーに言っておかなくちゃ、絶対、昨日の出来事を学校で言わないように。今なら私たちしか近くにいないから、釘を刺しておける。

「テッシー、昨日のこと学校で誰かに言ったら、ヤダよ!」

「……。あ……ああ、……わかったよ……」

 返事の歯切れが悪いから、すごく不安になる。私は怖い顔をつくって真剣に言う。

「ホントに言わないでよ! 言ったら絶交だから! 超怒るから!!」

「ああ……言わないよ……昨日は、何もなかった……そう想っておくから……」

「三葉ちゃんとテッシー、昨日、何かあったの?」

 サヤチンが訊いてくる。知ってて訊いてくるなんて、ひどいよ、っていうか、サヤチンじゃん、お化け屋敷でおもらししたの。う~っ……この羞恥心とカロリーが相手持ちになる入れ替わり現象、なんとかならないのかな。

「ねぇ、ねぇ、何かあったの? ここは訊くタイミングだよね?」

 ぐぅぅ……、たしかに表面的な会話の流れだと、訊く方が自然だけど、知ってるくせにぃぃぃ、っていうか、自分が漏らしたくせにぃい。

「何もないから! そうだよね?! テッシー!」

「…ああ、……とくに何も無かった。……遊園地に行って帰ってきただけだ……。悪かったな、サヤチン。優待券が2枚しか無くてさ。ごめん」

 そんな悲しそうな顔して、よっぽど、昨日のことを学校で面白可笑しく言うつもりだったのかな、ホント、釘を刺しておいて良かったよ。

「いいよ、気にしないで。私の家はドライブに出かけたし」

「そうか。どこに行ったんだ?」

「えっと……焼肉と…お寿司…だったかな」

「おおっ、豪勢だな。美味かったか?」

「うん、美味しかったよ」

 たぶんね、って顔をされた。はい、美味しかったですよ、ごめんなさい。学校に着いて女子トイレに入ったタイミングで訊いてみる。

「私の身体は、昨日は何を食べたの?」

「朝は電車の中でオニギリと飲み物。お昼は克彦におごってもらってホットドックのランチで、夕食は帰ってから残り物を軽くだよ」

「そっか……ごめんね。……体重、増えてなかった?」

「怖いから、まだ計ってない」

「……ホントごめん」

「もういいよ。私も、とんでもないことしたし」

 サヤチンが思い出して恥ずかしくなったみたいに顔を赤くして口元を手で押さえた。

「克彦に学校で言わないよう釘を刺してくれて、ちょうど良かったよ」

「ぅぅ………言われたら私、学校に来れなくなるよ」

「クスっ…ごめんね。それはそうと、今日と明日、実力テストあるよね、それが終わったら修学旅行」

「うん、そうだね」

「入れ替わりが起こると、ややこしそうだね」

「……たしかに……」

 そう言ってるうちにチャイムが鳴って、私とサヤチンは教室へ戻って実力テストを受けた。実力テストは期末テストと違って、実力で受けるものだ、っていう考え方が糸守では一般的だから、とくに準備はしない。今日は3教科、明日は2教科で、その後は修学旅行への準備になる。今は自分の身体だから、いつも通りに3教科を受けて、放課後になって三人で帰りながら話す。

「三葉とサヤチンは、どうだった?」

「私は、まあまあ」

「私も、まあまあ」

 サヤチンと私の成績は、あんまり変わらない。テッシーも似たようなもの。

「そうか。そう言われると、オレも、まあまあだ」

「「明日は…」」

 サヤチンと同時に言いかけたから、譲る。

「「どうぞ。…………いやいや、そっちが、どうぞ」」

「お前ら、面白いな。ははは!」

 テッシーが笑ってくれた、今日一日なんか暗い顔してたから、よかった。

 

 

 

 翌朝、また私はサヤチンになってた。もう半分、住んでる気になってくるサヤチンの部屋で起きて、朝シャンしてるお姉さんの横で顔を洗って、学校へ向かう。通学路で出会ったテッシーに挨拶した。

「おはよう、テッシー」

「おう、おはよう。今日も実力テストだな」

「そうだね。………」

 実力テスト、私が受けるのは名取早耶香の分になるんだよね、いいのかな、そんなことで、なるべく頑張ろう。あ、私が来た。やっぱり、お母さんに似てる。

「おはよう、三葉。……」

「おはよう、三葉ちゃん」

「おはよう、克彦、サヤチン」

 あの腕時計が私の左手首に巻かれてる。私の顔が、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。

「これ、ありがとうね。気に入ってるよ」

「お…おう! 気に入ってくれて、よかったぜ!」

 二人の想い出になってるみたいで、よかった、よかった。学校に着くと、サヤチンが話があるからって、二人で女子トイレの個室に入った。ここなら、呼び間違えを気にしないで、お互い話せる。もちろん、あんまり大きな声で、サヤチンの声なのにサヤチンって呼んだり、私の声が三葉ちゃんって呼んでると、個室の外まで響くと、聴いた人が違和感もつから、小声で話してる。

「サヤチン、何?」

「今日の実力テストなんだけどさ、さっき思いついたんだけど、氏名の欄にお互いの名前を書けば、それで自分の分は自分で評価されない?」

「あ! そっか! そうだよね!」

「まあ、似たような成績だけどさ、これでフェアだよね」

「うん、サヤチン、頭いい!」

 作戦会議を終了して個室から出ると、他の女子から言われる。

「この頃、よく二人で個室に入ってるよね。なんか怪しい関係?」

「別に、何もないよ」

 さらっとサヤチンが私の声で答えた。なのに、まだ、からかってくる。

「実は秘密でキスしてたりして」

「っ、まさか。そうだとしてもトイレじゃ雰囲気ないよね」

「おっぱい、吸ったり吸わせたりかな? 授乳室が無いから、トイレになるのかな?」

 ドキッとして、慌てて言っておく。

「そんなことしてないよ! あるわけないじゃん!!」

「「………」」

「もう高校生なんだから、おっぱい恋しいはずないよ!」

「……サヤチン、そんな力説しなくていいから。冗談だから」

「………ぅぅ……」

 力説したから逆に疑われたでしょ、って目で見られた。しかも自分の目に。からかった女子は、もう行ってしまったから、小声で釘を刺される。

「あんなカマかけにもなってない冗談にのって自白みたいに言ったら、変な噂を立てられるよ。そうでなくても克彦との距離感がビミョーに難しいんだしさ」

「う、うん。ごめん」

 あの夜以来、もちろん、おっぱいを吸いたいとは思ってない。あの夜は特別、お母さんが恋しくて気がついたら、そうなってた。なんて恥ずかしい記憶、いっそ消してほしい。

「ほら、そんな真っ赤にならないの」

「…ごめん……」

「クスっ、また吸いたいの?」

 サヤチンが私の唇で怪しく微笑んで、私のおっぱいを手で持ち上げて見せた。

「ぅぅ……からかわないで……もう、そんな気持ちないよ…」

「よかった。本気で吸いたいって言われたら、どうしようかと思うから」

 トイレを出て、いよいよ実力テストを受ける。作戦通り、私たちは氏名のところにお互いの名前を書いて2教科とも提出したけれど、お昼から修学旅行の準備で班ごとに別れての話し合い中にユキちゃん先生へ職員室へ呼ばれた。

「宮水さん、名取さん、ちょっと訊きたいことがあるの」

「「はい」」

「あなたたち、このテスト、何か不正をしてない?」

 ユキちゃん先生が午前中に受けた実力テストを机の上に出してる。私は怖くなって背中に汗が浮いたけど、サヤチンは落ち着いて答えてくれる。

「いえ、何も。どこか、おかしいですか?」

「筆跡は、どちらも似ているけれど……集めたときの席順と列から考えて、名取さんの用紙を宮水さんが書いて、宮水さんの用紙を名取さんが書いて出したように感じられるの。しかも、2教科とも」

 ぎくっ……しまった……そっか、回収するときの席の位置があったよ……どうしよう、素直に謝ったら許してくれるかな。筆跡は、もともと似てたし、さらにお互いの身体に入ってると、ほとんど私たちでも見分けがつかないけど、席順はナ行とマ行だから、けっこう遠い。列ごとに集めるから、束の中での位置で検討がつくんだ、どうしよう。謝ってしまう方がいいかな、でも入れ替わりなんて信じてくれないから余計にふざけてるって思われるかも、どうしよう、どうしよう。

「先生、それは偶然じゃないですか?」

「宮水さん、偶然というのは2度は生じにくいものですよ」

「一度あったことですし、二度もあるかもしれませんよ。集める人が何か寄り道して私や名取さんの分をテテコにしたか」

「……そういうことも……あるかもしれませんが……」

「それに、自己採点の結果で、私は87点と82点でしたけど。サヤチンは、何点だったっけ?」

「え、えっと……83点と85点かな」

「先生、二人の差は1点です。こんな不正をする意味があるんですか?」

 サヤチン、すごい、うまい。先生が考え込んでる。

「……そうですね……わかりました。もう、いいです。変な疑いをかけて、ごめんなさい。教室に戻ってください」

「はい」

「はいっ!」

 私たちは教室に戻る途中で女子トイレに入った。まわりに人がいないことを確認してから個室に入って抱き合う。

「サヤチンすごい! 嘘つきの天才!」

「はぁぁ、びっくりしたね! 席の位置は盲点だったよ!」

「うん! 私なんて、もう白状して謝ろうかって思ってたもん!」

「こういう嘘はつくなら、最期までつき通さないとね。ま、うちは役場勤めの家系だし、官僚的テクニックって感じかな」

「サヤチン、冷静ですごいよ。私なんて冷や汗かいたもん!」

「私も汗はかいたよ。ほら」

 言われてみると、私の身体も汗をかいて制服が少し濡れてる。匂いが、お母さんと同じ匂い。いい匂いがする。

「匂いまで嗅がなくていいから」

「テヘッ…」

「次からは、もうやめないとね。これから、入れ替わりが続くなら、同じくらいの成績になるよう、同じくらい勉強するか、だね」

「そうだねぇ、いつまで続くのかな……終わるのかな? 終わらなかったら困るような……淋しいような」

「そうだね。続くのも困るけど……終わるのも淋しいね……」

 サヤチンが手首の腕時計を見つめて言う。

「そろそろ出ようか、あんまり個室に入ってると、また変な疑いを受けるし」

「うん」

 たしかに、内緒話するときに個室に入るのは普通のことだけど、これだけ頻繁だと周りが変に思うのも当たり前かもしれない。私たちは教室に戻って班での打ち合わせを再開する。班は6人でテッシーもいて、他の3人は仲が悪くもないけど、良くもない普通のクラスメートだけど、その3人同士は仲がいい。だから、たぶん自由行動では班は二手に分かれて、いつもの3人って感じになるはず。しばらく話し合いが進めてたとき、サヤチンが席を立った。

「ちょっと買い出しにコンビニまで行ってくるよ。荷物持ちに男子一人、ついてきて」

 そう言ってテッシーの肩に私の手をおいた。

「おう、わかった」

「じゃあね、サヤチン。何か欲しいものあったら、メールして」

「あ、うん。私も行こうか?」

「二人で十分だよ。残って、打ち合わせの続きしておいて。私たち3人の全権代理として」

「そうだね。一人は残らないとね」

 二手に分かれるとしても、あんまりバラバラじゃダメだから、私たちの意見を反映する役割もいる。私は、その役割をこなして行きたいところを言っていく。一時間くらいして、だいたい決まった。

「テッシーと三葉ちゃん、遅いなァ……」

「「「…………」」」

 他の班員が私を見て、すぐに地図を見る。さらに一時間くらいして二人が帰ってきた。

「ただいま、遅くなって、ごめんね」

「遅いよ、コンビニだけじゃなかったの?」

 注文したジュースを受け取りながら言った。

「ごめんごめん。ついつい」

「悪いな、サヤチン。ちょっと立ち読みしたりしてさ」

「またムーでしょ?」

「いやいや、コンビニにムーは置いてないぞ。あれは某サイトから注文してるんだ。そしてオレはムーを立ち読みしない。必ず買う」

「はぁぁ……もういいよ。だいたい行き先、決めたけど、これでいい?」

 二人に見せた行程表に頷いてくれたから、今日の仕事は、だいたい終わりだった。

 

 

 

 朝、私は自分の部屋の天井を見上げて理解した。

「今日は名取早耶香というわけ……」

 本来の自分なのに、なんだか淋しい。とくに手首に巻く腕時計が無いのが、淋しい。その想いは克彦も別の意味で感じてくれるみたいで、通学路で三人が出会ったとき、三葉ちゃんの手首を見て、淋しそうな顔を一瞬だけした。

「…。おはよう、三葉」

「うん、おはよう、テッシー」

「おはよう、三葉ちゃん」

「おはよう、サヤチン」

 いよいよ明日から修学旅行。最終的な準備をする日。一応は学習の機会なので、行き先のことを図書館で調べたりとか、そんな準備の日だけど、結局はみんな遊び気分だから教室で話したり、コンビニへ行ったりと、のんびりになる。

「オレ、買い出しに行くけど、三葉、いっしょに来ないか?」

「う~ん……また、立ち読みで遅くならない?」

「……。いや、……そうは……ならないようにするけど…」

 昨日、別に立ち読みなんかしてない。二人で公園で話していただけ。ついつい楽しくて二時間も経ってしまったから、とっさに克彦が思いついた言い訳が立ち読みだっただけ。だから、三葉ちゃんの質問は克彦には変に思えるかもしれない。

「…そうか。……まあ、今日は、そんな気分じゃないのか……そうだよな……」

「立ち読みは、お店の人に迷惑だよ」

「……そうだな……」

 あんまりにも淋しそうだから、私が言う。

「今日は私が、いっしょに行きたい」

「……ただの買い出しだぞ?」

「昨日、留守番させられたもん。だから、行きたい」

 ごめん、三葉ちゃん、今日も留守番してください、って視線を三葉ちゃんは受け取ってくれた。

「二人で行ってきたら。私は、ちょっと身体がダルいし、動くのヤダ」

「そうか。………じゃあ、行こうか、サヤチン。三葉、注文あったら送れよ」

「うん、よろしく」

「ごめんね、行ってくる」

「ゆっくりでいいよ」

 気をつかってくれた三葉ちゃんに目線でも謝ってから、克彦とコンビニへ向かった。けど、昨日、二人で話し込んだ公園へ誘ってみる。

「ちょっと寄り道しようよ」

「……まあ、いいか…急ぎの用はないし…」

 克彦と公園に入って、昨日と同じブランコに座ったら、克彦が目を擦った。

「うわっ……既視感……デジャヴ……」

「どうしたの?」

「いや、昨日と、そっくり同じように見えて……ちょうど、三葉が、そんな風にブランコに座ったから」

「……そうなんだ。二人で寄り道してたんだ?」

「ぅっ……ちょっとだけな」

「克彦は嘘が下手だねぇ。あ…」

 うっかり、呼び方を間違えてしまった。克彦も違和感をもって、こっちを見る。

「ん?」

「………ってね! そろそろ高校生だしテッシーって呼び方、微妙に子供っぽくない?」

「まあ……そうだな……ネッシーに似てて気に入ってるけどな」

「………」

 違うよ、三葉ちゃんが考えたから気に入ってるんだよ。

「私はね、自分のアダ名、あんまり気に入ってないよ」

「そうなのか?」

「だって、女の子にチンはないと思わない?」

「……それは、……そうかもな……」

「できれば、そろそろ卒業したい。どうせ、呼ぶなら、早耶香って名前か、それがダメなら、君とか、お前とかの方がいいよ。サヤチンは、卒業したい。考えておいて」

「……ぉ…おう……わかった。そろそろ行こうぜ。いつまでも公園にいたって、しょうがない」

「そうだね」

 昨日は二時間も、いっしょにいてくれたのに。それでも、いっしょにコンビニに行けるだけで嬉しい。でも、手をつないだら、もっと嬉しいんだろうな、私の手で。

「なあ。サヤチ……」

「変なところで止めなくていいよ。気をつかってくれて、ありがとう。どうしたの?」

「三葉のことなんだけどさ」

「…うん、三葉ちゃんが、どうしたの?」

「あいつ、あそこまで気分屋だったか? 前から」

「…………どうなのかな………」

 ごめんなさい、克彦、それは、あなたを好きでいる人格と、友達としか思ってない人格の違いだよ、とてもとても大きな違いだよ。困惑させて、ごめん。

「いらっしゃいませ」

 コンビニ店員のおばちゃんが挨拶してくれる。そして余計なことを言う。

「あら、昨日と今日で彼女が違うのね。さすが、御曹司」

「おばちゃん、御曹司はやめてくれって」

 糸守町のコンビニで働いてる人は、みんな顔見知りだったりするから、おばちゃんたちも遠慮がない。オーナーのおじさんまで話に乗ってくる。

「いつも両手に花で羨ましいね」

「もう、いいから、仕事しててくれよ」

 あんまり色々言われるのは私もイヤだから、ささっと商品を買って店を出た。学校に戻ると、三葉ちゃんがダルそうに机で寝てた。

 

 

 

 翌朝、また私は三葉ちゃんになってた。今まで以上に慣れ親しんだ三葉ちゃんの部屋で起きる。

「修学旅行の初日に三葉ちゃんで行くのか……幸運なのか、そうじゃないのか……」

 私は机の引き出しから腕時計を出して、それを三葉ちゃんの左手首に巻いた。そして、目まい、腹痛、軽い頭痛、下腹部の気持ち悪さを覚えて、机に手をついた。

「ううっ……この感じ……二日目かな……」

 同じ女子なので、わかる。月経だよ、この感じ、しかも三葉ちゃんは正確に28日周期でくるけど、症状が重い方で、つらい。

「ついてないなぁ……旅行初日が二日目なんて……」

 三葉ちゃんが不運なのか、私が不運なのか、とりあえず枕元にあった鎮痛剤を飲んで、ナプキンも枕元に置いていてくれたから、それをトイレで交換してから着替えた。この入れ替わり現象、女同士で起こってるからいいようなものの、もしも男と入れ替わってたら、破滅的に最悪なんじゃないかな、ホント。

「うう~……」

「あ、お姉ちゃん。あの日?」

 一目でわかりますか、小学4年生。

「……う~……四葉って、もう来てたっけ?」

「まだだよ。大変そうだね、毎月毎月」

「あぁぁ……痛い……ダルい……」

 私の月経の3倍、ううん、5倍くらい症状がきついかな。いつも三葉ちゃんが苦しそうにしてたのが、わかるよ。結局、痛みって、その本人にならないと、わかんないよね。男には絶対、わからないよ。

「はぁぁ……」

「今日から修学旅行なのに、ついてないね」

「ホント最悪。温泉も入れないし」

 私は三葉ちゃんの身体を引きずって大きなバックを持って外に出た。ちょっと遅かったから、すでに克彦と三葉ちゃんが私の身体で待っててくれた。二人とも修学旅行のための大きなバックを持ってる。

「おはよう、三葉。………」

「おはよう、三葉ちゃん。バック持ってあげるよ」

 元気そうな私の身体で三葉ちゃんがバックを持ってくれた。それでも私がフラつくと克彦が支えてくれた。

「大丈夫か? ……君、顔色悪いぞ」

 ちゃんと、約束通りに君って呼んでくれて嬉しいけど、今はそれどころじゃないくらい、しんどい。

「…うう~……痛い……」

「どうしたんだ? 修学旅行、大丈夫か?」

「うん、ただの、あの日だから心配しないで」

「うわわっ?! そういうこと男の子に言わないでよ!」

 私の顔が真っ赤になって恥じらってる。三葉ちゃんはホント恥ずかしがり。

「…ハァ…ハァ…どうせ、すぐバレるし……言わないと心配かけるでしょ…。それに、いつも、だいたいバレてるよ…ハァ…」

「お前、ホントに今回、とくにつらそうだな」

「…ハァ……ハァ…」

 うん、ある意味で初体験、初潮ですから。

「チャリに乗せてやるからさ。おい、サヤチン、悪いけど、二人分の荷物をもって歩けるか?」

「うん、頑張る! カロリー燃やすよォ!」

 三葉ちゃんが気合いを入れて、左右の私の肩へ、修学旅行用の大きなバックを二つ、担いでくれる。宮水三葉と名取早耶香の荷物を三葉ちゃんが持ってくれて、克彦の荷物はチャリの前に載ってる。こういうとき、たいてい男子の方が荷物が少ない。私は月経による体調の悪さで、どうにも歩くのもつらいから、二人の好意に甘えた。

「よし、じゃ、オレら先に行くぞ」

 克彦が私を乗せてくれて、学校に向かってくれる。私はフラつかないように克彦の腰へ腕を回した。ああ、ここに抱きつくの、お化け屋敷以来だよ、つらいけど、幸せ。でも、幸せな時間って、すぐに終わってしまう。克彦が頑張ってくれたおかげで、学校に到着して、本当は校庭に整列して点呼しなきゃいけないけど、私は事情をユキちゃん先生に話して、バスに乗せてもらって座ることができた。

「……ハァ……ちょっと薬が効いてきたかな……」

 やっと鎮痛剤が効いてくれたかもしれない。症状が半分くらいになった。しばらくして、点呼が終わったクラスメートたちが乗り込んでくる。

「お前、調子は、どうだ?」

「三葉ちゃん、大丈夫?」

 克彦と三葉ちゃんが心配してくれる。とくに、三葉ちゃんは自分の月経の重さを知ってるから、とても申し訳なさそうに目で謝ってくれた。

「うん、なんとか。……克彦、隣に座って。バスが揺れたら支えてほしい」

「わかった」

 バスの座席数には、全体的に余裕があるから左右2列ずつに一人か、二人が座るんだけど、私が窓際に座っていて、その隣に克彦が座ってくれて、通路の向こうに三葉ちゃんが3人分の手荷物といっしょに座ってくれた。おかげで糸守町から京都まで克彦と過ごすことができる。バスが岐阜県を出る頃には、克彦が上着をかけてくれたから、その下で克彦と手をつないだ。旅行用のバスだから背もたれが高くて前後の席からは私たちの様子が見えないし、通路の向こうに座ってる三葉ちゃんも気づいてない。だんだん眠くなったみたいで私の目が閉じていく。私は鎮痛剤のおかげで眠気を覚えるけど、手をつないでることが嬉しくて寝るどころじゃないし、それは克彦も同じ気持ちでいてくれてるみたい。

「………」

「………」

 三葉ちゃんが完全に寝てしまったことを確認して、それから前後の席にいるクラスメートからも見られてないことを確認してから、克彦を見つめてから目を閉じた。

「「………」」

 キスしてくれた。すごくドキドキする。嬉しい、嬉しい。身体は、つらいけど、気持ちは天国。

「………」

「………」

 まだ三葉ちゃんは私の身体で寝たまま、周りも私たちに気づいてない。もう一度、キスしてほしい、そう想って目を閉じたのにユキちゃん先生がマイクで言った。

「サービスエリアに入ります。お手洗いを済ませた人は、すぐに戻ってきてください」

「「………」」

 克彦も残念そうな顔をしてくれる。三葉ちゃんが起きた。

「ん~っ……お腹すいた。先生! サービスエリアで何か食べてもいいですか?」

「名取さん、ちゃんと話を聴いていませんでしたね。お手洗いだけです!」

「は~い。………三葉ちゃん、おりる?」

「どうしようかな?」

 もしも、みんながおりたら克彦と二人っきりになれるかもしれない。

「おりないの?」

「う~ん……でも、おりないで、おもらししたら大変かな?」

「絶対おりよう!」

 私の手が三葉ちゃんの手を強く引いた。まあ、ここは、おりるしかないよね、二重の意味で生理現象的に。私は手荷物からポーチを出してからおりた。月経の二日目なんだから、ちゃんと交換しておかないと大変なことになるし。女子トイレで必要なことをしてから個室を出ると、三葉ちゃんが小声で謝ってくれる。

「ごめんね、こんなタイミングで……つらいのも、サヤチンに体験させて。来ないといいなって思ってたのに、きっちり昨日の夕方から始まったの」

「気にしないで。仕方ないことだよ。私だって来週くらいには、来る予定だし。あ、私、むしろ軽いから予兆がないの。うっかり服を汚したり、脚に垂れるまで気づかないっての、やめてね」

「うん、気をつけるよ。予定日、スマフォに入れとく。あと、もう、おもらしは絶対にしないでね。お互い、サービスエリアでは、きっちり済ませよう」

 おもらしを絶対に回避したいって三葉ちゃんが拘るのには理由がある。中学の時、古事記を習った課程で、イザナミが産んだ神さまにミヅハノメカミという名があって、それが三葉ちゃんと音韻がかぶる。それだけなら、いい偶然だね、で済むんだけど、その神さまは火之神カグツチを産んだときの火傷で苦しむイザナミが漏らしてしまった尿から産まれてる。おかげで、おもらしの化身みたいな話になって、ちょうど中学で思春期に入ってきた頃で、唾液から口噛み酒を造るだけでも恥ずかしがってた三葉ちゃんは気にしてたりもするから。唾液からお酒を造ったり、おもらしの化身と名前かぶったり、涙ぐむことが多かったり、けっこう三葉ちゃんは水に関わることが多い。何より、男子や女子の一部から、からかわれるのを気にしている。でもね、からかわれるのには理由があるんだよ、町長の娘で、巫女で、おまけに美人とくれば、そりゃァ、やっかみも受けるよ。

「ねぇ、聴いてる?」

「うん。それより、この身体って今日は食欲もないんだけど、食べた方がいいの? 食べない方がいいの? 食べたらバスで吐いたりする?」

「う~ん……乗り物酔いはしないけど、控え目の方がいいかも」

「そうだね、吐いたら、また口噛み酒にかぶせて何か言われそうだしね」

「ううっ……巫女なんか、やめたいよ……せめて、普通の御守りを販売したり、境内の掃き掃除するだけくらいの巫女がよかった」

 二人で話しながらバスに戻ったら、男子の方が早く戻っていて、克彦がムーを読んでた。

「「修学旅行にまで、持ってきたんだ、それ」」

「まあな」

 誇らしげに答えてくれたけど、なぜ、誇らしいのか、男子の考えることは、わからない部分も多い。けど、また隣りに座って上着の下で手をつなぐと、もうムーは片付けてくれた。

「…………」

「…………」

 また、キスしたいなァ。

「あ、見てみて! あれ琵琶湖じゃない?! ほら、テッシー! サヤ…三葉ちゃん!」

 三葉ちゃんが呼び間違えかけながら、車窓から見える大きな湖を指してる。三葉ちゃんは、けっこう、うっかり屋さんだったりもする。とくに日付への注意力が低くて、よく夏服と冬服の入れ替え期日を間違えたり、ひどい時なんか年を気にしなくて四月に下級生の教室へ登校しようとしたりするし。今も自分が名取早耶香であって、こっちのことを三葉ちゃんと呼ばなきゃいけないことを、うっかり忘れてるし。

「おお、大きいな。あれで湖か」

 克彦が車窓を見たから、私も見る。

「わぁ…海みたいだね」

「すっごいね! 糸守にある湖より、ずっと大きい!」

 その大きな湖が見えなくなると、いよいよ京都に着いて、バスは二条城に駐まった。克彦が心配して訊いてくれる。

「君は歩けそう?」

「う~………どうかなぁ…」

「君が行けないなら、オレも待機していようか。一人にはさせられないし」

「それなら、私が待ってるよ」

 三葉ちゃんが気をつかってくれたけど、私は首を横に振った。

「ううん、サヤチンは行ってきて。そうだ、いろいろ写真を撮ってきてよ。それで見た気分になるから」

「わかった。そうする」

 三葉ちゃんとクラスメートたちが出て行って、私は克彦と二人っきりになった。静かな車内はエンジンとエアコンの音だけ。運転手さんも、外でタバコを吸ってる。

「体調は、どう?」

「だんだんマシになっては、いるよ……けど、今日は、ずっと、こんな感じかも」

「そうか、かわいそうにな」

「ありがとう……克彦……ねぇ、キスして」

「……ああ」

 もう誰もいないから、何回もキスした。

「……嬉しい……。大好きだよ、克彦」

「ああ、オレも君が好きだ」

 またキスする。だんだん深いキスをして、腕でも抱き合って、そのことに夢中になっていたから、私も克彦も近づいてくる足音と気配に気づかなかった。

「なにしてるの?!」

「「っ?!」」

 心臓が飛び出るほど、驚いた。

「心配で来てみれば!!」

「「す…すいません…」」

 私と克彦は叱ってくるユキちゃん先生に謝った。

「修学旅行は遊びではありません!」

「「はい」」

「宮水さんは体調が悪いのでしょう?!」

「はい」

「なら、おとなしくしていなさい!」

「はい」

「勅使河原くんはバスを出なさい! 宮水さんは私が看ています!」

「はい」

 立ち上がって出て行く克彦の背中へ、ユキちゃん先生は念を押す。

「修学旅行中は消灯後、客室から出てはいけませんよ!」

「はい」

「消灯前でも女子の部屋へ男子が入ること、男子の部屋へ女子が入ることも禁止されています。いいですね?!」

「「はい」」

 克彦が出ていて、先生と二人になる。なんて気まずい空気。

「………」

「………」

 でも、先生へ言っておかないといけないことがある。

「先生」

「何ですか?」

「……さっき、私と克彦がしていたこと、誰にも言わないでください。絶対」

「え? ……ええ、……それは、……もともと言うつもりはないけれど……ひょっとして、宮水さん、彼に強引にされたの?」

「いえ! 違います!」

「そう……それなら、いいけれど……いえ、良くありませんが。と、ともかく、もしも、不本意な行為を迫られているのなら、ちゃんと助けを求めなさいね」

「…はい……ありがとうございます」

「……キスまではいいと、女の子が思っていても、男の人が止まらなくなることもありますからね」

「…はい…」

「あと、修学旅行中は、キスでもダメですよ」

「…は~い」

 しばらくして全員が戻ってきた。できるだけ何事もなかった顔で克彦を迎える。

「克彦も少しは二条城、見られた?」

「まあ、ちょっと」

「三葉ちゃん、ちゃんと写真を撮ってきたよ。見てみて」

「ありがとう」

 写真を見せてもらっているうちにバスは出発して、今度は清水寺に着いた。

「今度は、どうする? 歩けそうか?」

「う~ん……」

「宮水さん、無理でなければ、ここでは集合写真を撮りますので、おりた方がいいですよ」

 ユキちゃん先生が様子を見に来てくれた。たしかに、集合写真に私だけ写れないのは淋しい。そして、私じゃなくて宮水三葉だけ写らないことになってしまうのは、かわいそう。だから、ダルい身体で立ち上がってみた。

「先生、集合写真だけ撮って戻るって、できますか?」

「バスに一人でいるのは……私も、ここでは引率があって……集合写真があるから、すべての先生方も……」

「じゃあ今度は、私が三葉ちゃんと、いっしょに留守番します」

 三葉ちゃんが提案してくれたけど遠慮する。

「ううん、悪いよ。せっかくの清水の舞台だから、清水の舞台から飛び降りるつもりで見てきて」

「「死ぬじゃん!!」」

 克彦と三葉ちゃんがボケに反応して、つっこみをくれた。こういうところは幼馴染みって気がする。

「冗談だよ。でも、もったいないよ。見てきて。そうだ、克彦とサヤチン、二人で写真を撮ってきてよ。そんな写真を見たいな。清水の舞台の奥にね、地主神社ってところがあるの。その鳥居の前で二人で写った写真を撮ってきて。なるべく笑顔で」

「ふ~ん、そんな神社があるのか。寺なのに」

「「………」」

 三葉ちゃんとユキちゃん先生から複雑な視線が来る。克彦は知らないみたいだけど、この二人は地主神社が縁結びの神さまだって知ってるみたい。とくに、ユキちゃん先生からは、あなたは、それでいいの、どういうこと? っていう視線。でも、あんまり生徒の恋愛関係には立ち入らないでくれたし、時間もないので私たちはバスをおりて、ゆるい坂道だったけど、今の身体にはキツイ坂道を登って、清水寺の正面で集合写真を撮ると、私は近くに座った。

「じゃ、いってらっしゃい」

「おう。達者でな」

「行ってくるよ。気分が悪くなったら、電話して、すぐ戻ってくるから」

 そう言った三葉ちゃんは小声で付け足す。

「できるだけ、いい写真を撮ってくるよ」

「ありがとう」

 二人を見送ってから一時間ほどで全員が戻ってきた。そして、三葉ちゃんは小声で言ってくれた。

「ちゃんと撮れたよ。あと、これ、宮水三葉から、名取早耶香にプレゼントね。だから、この財布から抜いておくよ。で、今は、このまま身につけてるから」

 縁結びの御守りを見せてくれて、それを名取早耶香のスマフォに着けて、その代金を宮水三葉の手荷物にある財布から抜いて、名取早耶香の財布に補給してくれたから、すごく感動して泣きそうになった。

「っ…本当に、ありがとう。大事にするよ」

「御利益があるといいね」

 バスが動き出して本能寺の近くにあるホテルに到着した。

「やっと、落ち着ける」

 まだまだダルい身体で客室に入ると、ベッドに倒れ込んだ。

「う~…ダルい……つらい…」

「宮水さん、あの日?」

「うん、そう」

 他の女子も気づいてくれる。三葉ちゃんが恥ずかしそうにしてるけど、この部屋には女子しかいない。四人一部屋で、普通なら夜中まで恋話で盛り上がるところだけど、そんな気分じゃないし、うっかり話すとややこしくなるから、夕飯を軽く食べて、温泉にも入らずに寝た。明日の朝、私の身体に戻ってたら、出発前に露天風呂には行きたいなぁ、と思いながら。

 

 

 

 修学旅行2日目の朝、私は私に戻ってた。一番つらい月経2日目はサヤチンが過ごしてくれたけど3日目も、まだまだダルいし痛い。そして気持ち悪い。起きたくないくらい重い身体で、仕方なく起きて客室のトイレに入ってナプキンを交換した。

「ぅぅ……痛い……薬も飲もう……あ、この腕時計も外しておかないと」

 外した腕時計を手荷物にしてるリュックの紐に巻きつけて、いつも通りの盛大な寝癖を直す。

「う~……お風呂も入れなかったから……髪がベタついて……身体も気持ち悪いし」

 夕べは、サヤチンに悪いと思いつつも温泉に入って、さっぱりして寝たのに、今は自分の身体が気持ち悪い。

「はぁぁ……」

 タメ息をついてたら、サヤチンがサヤチンの身体で浴衣を着て、客室に入ってきた。

「おはよう。サヤチン、どこか行ってたの?」

「うん、露天風呂! 超気持ちよかったよ」

 気持ちよさそうにピースしてくれた。それで、他の女子が気の毒そうにしてくれる。

「宮水さん、かわいそうにね。名取さん、意外と残酷」

「……。あはは、ごめん、ごめん」

 入れ替わりをわかってないと、生理中の私へ、今のサヤチンの言葉はひどいけど、私たちはわかり合ってる。昨日は私が温泉を楽しめたし、今はサヤチンが温泉に入れた。むしろ、入れ替わりがなかったら、私の修学旅行はダークに終わったかもしれないので、そこはサヤチンに感謝しつつ、悪いとも思う。

「いいよ、いいよ、気にしないで。ここの露天風呂、寝湯があっていいよね」

「「「……………」」」

 あ、しまった、みんなが入浴してないはずの私が、なぜ、それを知ってるって顔になってる。

「え、えっと! ずっと前に来たことがあるの! うん! だから、今回は入れなくても、ぜんぜん平気だよ!」

「そうなんだ。宮水さん、体調は、どう?」

「まあまあかな。私、重いから3日目でも、しんどいよ」

 このまま寝ていたいけど、そうもいかないから着替えて、広間で朝食を全員で食べる。テッシーに会った。

「おはよう。………三葉」

「うん……おはよう…」

「ダルそうだな」

「まあね」

「そんなに、つらいものなのか、……あれって」

「……………そういうこと男の子に話したくない」

 生理のせいでイラつきやすいからかな、けっこう怒った声で返事してしまった。

「……すまん……気をつける……」

 謝ったテッシーが離れていった。

「ごちそうさま」

 私は卵焼きと梅干し、ご飯を半分だけ食べて部屋に戻って少し寝る。

「三葉ちゃん、あと15分で集合時刻だよ」

「…うん……ギリギリに、起こして」

「はいはい」

 サヤチンは元気そうでいいなぁ。あっという間に15分が過ぎたみたいで起こされる。

「三葉ちゃん、起きて。荷物はもってあげるから、身体は自分で持ってきて」

「は~い……」

 起き上がってバスに向かう。もう他のクラスメートは座ってて、空いてる席は昨日と同じ位置だけ。テッシーも昨日と同じところに座ってて、その流れだと、横に座るのが自然だけど、私は通路の反対側に座った。すぐに大きな荷物をバスの下部に入れてくれたサヤチンが二人分の手荷物をもって乗ってくる。

「はい、これ」

「ありがとう」

 リュックを受け取った。それを、隣の席に置くと、もともと置かれてたテッシーの荷物と並んだ。さらにサヤチンの手荷物もあるから、私のリュックの上に置いてもらう。そうしてから、思いついた。

「私さ、この手荷物を肘枕にして体重かけてもいい?」

「あ、うん。いいよ」

「いいぜ。……三葉、そっちに座るのか、一人で」

「うん、広く使いたい。ごめん」

 これでサヤチンがテッシーと並んで座れるよね。そして、ダルい私は、のんびり座れる。昨日と身体の位置を入れ替わって座ったけど、それは身体だけの話で、主観的には同じ位置だったりもする。ややこしい話だよ、今は生理の方がダルくてイヤだけど。

「……ダルい……寝るから、着いたら起こして」

「三葉ちゃん、今日は歩けそう?」

「……着いてから考えるよ…」

 そう答えて、もうダルいから手荷物にもたれて、目を閉じた。隣からはサヤチンがテッシーへ話しかけて何か盛り上がってる気配がするから作戦成功みたいで良かった。

「三葉ちゃん、金閣寺に着いたよ。歩けそう?」

「ぅぅ………どうしようかな……でも…」

 トイレには行きたい、おしっこよりもナプキンの交換はできるときにしておかないと、次は奈良県の東大寺に行く予定だから、途中の休憩場所が少ないって先生が言ってた気もするし。仕方なく私は立った。

「行ってみるよ」

「リュックを持ってあげるね」

「オレが持ってやるよ」

「「………」」

 いえ、その中にナプキンが入ってるので、持たないでください。

「ごめん、サヤチンが持っていて」

「うん」

 バスをおりてサヤチンと女子トイレに入った。用を済ませてサヤチンに言う。

「ここも無理そう。マップを見たら、けっこう歩くよね。金閣寺の周囲を」

「そうだね」

「お昼からの奈良での自由行動に体力を残しておきたいから、私は駐車場のベンチにいるよ。売店でアイスでも食べてるから、テッシーと行ってきて」

「ありがとう……でも、私と克彦のことに気を回して遠慮してるなら……そこまで気をつかってくれなくていいよ。せっかくの修学旅行なんだし、金閣寺、見てみたいなら、いっしょに行こうよ?」

「う~ん……気を回してないわけじゃないけど、歩くのがつらいのも本当なんだよ。金閣寺も写真でいいよ。二人で行ってきて」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

 私はリュックを受け取ってベンチに座って、ぼんやりとする。そうしてる間にも、次々と観光バスが入ってきて、ものすごい数の人が流れていく。

「……人間って、こんなにいるんだ……」

 人口1500人の糸守から出てくると、人の多さにびっくりするし、疲れる。今ここに駐まってるバスに乗ってた人の数だけで糸守町を超えそう。

「やっぱり修学旅行が多いなぁ」

 金閣寺が定番中の定番だから、学生が多い。あと、外国人。

「それぞれの学校に、それぞれの恋愛があって、いろいろあるんだろうな………私も、いつか誰かを好きになるのかなぁ……」

 座って他校生を見てると、やっぱりカップルはカップルってわかるし、女同士、男同士のグループも仲の良さとか、だいたい見てわかる。

「スカート丈も学校によって、いろいろだなぁ……うわっ、あそこまで短くても、先生に注意されないんだ……、もうパンツ見えてるじゃん。恥ずかしくないのかな」

 私の視線を感じたのか、睨まれたから、目をそらしてアイスを囓る。

「退屈だなぁ……行けば良かったかな……あ、戻ってきた」

 サヤチンとテッシーが早めに戻ってきてくれた。二人が歩いてる姿はカップルに見えなくもないけど、やっぱり距離があるかな。もう少し縮められるといいのに。

「おかえり、どうだった? やっぱり金色だった?」

「おう。金ピカだったぞ」

「でも、いい写真が撮れる場所、すごく少なくて大混雑で大変だったよ。三葉ちゃん、来なくて正解だったかも。しかも、その場所が終わったら、ほとんど金閣寺が見えなくなって、ただの庭だったもん」

「そっか」

「まだ時間あるから、お土産屋さんを見て回ろうよ」

「そうだね。ちょっと淋しかったし」

 三人で金閣寺周辺のお店を見て回って、それからバスに戻った。バスが動き出すと、お弁当が配られる。次の奈良県までに食べて、東大寺の駐車場でおりた。鹿がいっぱいいる。

「ここの鹿は愛されてるんだね」

「糸守だと嫌われ者なのにな」

 テッシーが猟銃を撃つ構えを取った。男の子って鉄砲とか爆弾が好きだよね、なぜか。そして、糸守だと鹿は愛される者でも神獣でもなくて、憎まれ殺される者だったりする。畑を荒らすから。私も、たまにお肉を猟に行った人からいただいて、新鮮だとお刺身にするし、焼肉とか、お鍋とかにもする。あの赤身肉は、けっこう美味しい。って、こんな感覚はド田舎の女子高生だけで、きっと都会の学生に話したらドン引きされるのかも。

「勅使河原くん、宮水さん、名取さん。班行動だけど、二手に分かれて回って、ここに集合しないか?」

 班員の一人が予定通りの提案をしてくるから、私たちは頷いた。原則は班行動だけど、二手に分かれるくらいなら先生を誤魔化せるし、問題ないから。結局、いつもの三人で行動して、お寺を見て回るより、鹿と遊ぶのを優先した。しばらくエサをやったりして楽しんでたら、テッシーが言う。

「オレ、鹿を捕まえられないか、本気で追いかけてみるぜ」

「「無理だと思うよ」」

 他のグループの男子も挑戦してるけど、いよいよ人間が捕まえようとすると、鹿たちは走るスピードをあげて逃げちゃうから。

「フフフ、短距離で勝負を決めず、じっくり追い続けてやるんだ。集合時刻までには戻るから、オレが見えなくなっても心配しないでくれ」

「「見えなくなるほど遠くまで追うつもりなんだ……頑張ってね」」

 奈良公園は広いから、本気で鹿を追いかけて走っていくテッシーは、だんだん見えなくなった。

「男の子ってバカなことするよね。サヤチンはテッシーのああいうところも好き? あとムーとか読んだりするところも」

「別に、すべてが好きってわけじゃないから。いいところが好きだし、そうじゃないところは、まあ、そのままでいいんじゃないかな、って」

「なるほど……恋は奥深いなぁ…」

「そうなるときがくれば、三葉ちゃんも、そうなるよ」

「う~ん……なるかなぁ……それはそうと、テッシーは鹿に勝てると思う?」

「無理だと思うよ。相手は馬に近い、走るのが専門の動物だし」

「だよね」

「馬鹿より、バカかもね」

「意外と言うね。好きな人なのに」

「ムー読んでるところも、そんな感じだよ。逆に私が、そこも好きって言い出したら、それは、それで怖くない?」

「たしかに。二人して、どっぷりムーにハマってたら、このカップルは大丈夫なのか、って思うし……、そろそろ時間…え?!」

 スマフォを出すのが面倒でリュックへ着けたはずの腕時計を見ようとして、それが無かったから、私は声をあげて驚いた。

「どうしたの?」

「ないの! あの腕時計が!」

「それって克彦から、もらった?」

「うん! そう! リュックの紐に巻きつけたはずなのに、ないの!」

「そ……そんな……どこで落としたの?!」

「わかんない!」

「……いつから無いの?!」

「えっと………」

 思い出そうとするけれど、時刻を確認するのにスマフォを使ったのか、腕時計を見たのか、ほとんど覚えてない。もともと私って日付や時刻への認識が、いい加減でテキトーだから、下手すると年がわかってることさえ気づかないで一学期の初日に前年度の教室に行っちゃうくらい。

「ちゃんと思い出してよぉ!」

 サヤチンが悲しそうな声で言ってくる。

「えっと……えっと……リュックに巻きつけたのがホテル………そこからは、よく……わからない。ごめん……」

「……それじゃあ……京都から奈良までの………」

「………ホントに、ごめん……」

 無くしたのが糸守町なら、見つかる可能性は、すごく高い。行動範囲も人の数もしれてるから、誰かが拾ってくれても、すぐに話がつく。けど、今は絶望的なくらい行動範囲が広くて人が多い。財布ならともかく腕時計くらいだと拾っても警察へ届けてくれないかもしれない。

「「とにかく探そう!」」

 二人で探し始める。あるとしたら、私の行動した道程だから、覚えてる限り奈良公園の中を今までとは逆に歩いて足元を探す。サヤチンは探しながら泊まったホテルと金閣寺へ電話をかけてくれてる。けど、ホテルにも金閣寺の事務所にも届いて無くて、交番と警察署も検索して電話をかけてるけど、見つからないみたい。私は探しながら、お土産屋の店員さんなんかにも訊いてみたけど、見つからない。そのうちに集合時刻になってしまって、もうバスに戻らないといけなくなった。

「サヤチン、もうバスに戻らないと………ホントに、ごめん。ごめんなさい」

「………ぅっ……くっ……うわあああん!」

 サヤチンが声をあげて泣き出したから、周りの人が驚いて見てる。こんなに泣くなんて、すごく罪悪感を覚える。

「ごめん、サヤチン。落ち着いて」

「なんでよぉ! なんで、無くすのよぉ!」

「ごめんなさい。落ちると思わなくて……ごめん……私が悪かった…」

 本当に私が悪い。腕時計はベルトを腕に巻く設計だから、リュックの紐なんかに巻きつけたら、何かの拍子に金具がゆるんで外れてしまうかもしれない。そのくらいのこと、考えるべきだった。うかつにも、ほどがある。

「ごめん、ごめんなさい。……明日、また電話すれば、届いてるかもしれないから…」

「…ひっく…ぐすっ…ぅっ…うぐっ…」

「本当に、ごめんなさい。……もう、バスに戻らないと……」

 泣きじゃくるサヤチンを連れて、私はバスに戻った。もう遅刻していて、ユキちゃん先生が怒った顔でバスの前にいる。

「遅いですよ。……なにか、あったのですか? 名取さん」

「…ぐすっ…、…………」

 答えに困ってるから私が代返する。

「大事な物を無くしてしまったんです」

「そうですか。それは、気の毒に。……警察には届け出ましたか?」

「はい」

「では、朗報を待ちましょう。もうバスに乗って。あなた達のために5分、遅れているのよ」

「「すみません」」

 謝ってバスに乗ったら、すぐに朗報が迎えてくれた。先にバスに戻って座ってたテッシーが腕時計を私に向けてくる。

「これ、バスの中に落ちてたって」

「あったんだ! よかった! テッシー、ナイス!」

「お…おう……もう落とさないでくれよ」

「うん、気をつけるよ。ごめん」

 受け取った腕時計を見て、また私は罪悪感を覚えた。バスの中で、何度か踏まれたり蹴られてしまったのかもしれない、壊れてはいないけど傷だらけになってる。

「……………」

「……ぐすっ………」

 サヤチンが一瞬だけ、こっちを見て座席に座った。まだ目が赤いから、テッシーが心配する。

「どうしたんだ? 何か、あったのか?」

「「………」」

 答えに困る。この腕時計を無くして泣くのは私の立場なはず、けど想い入れがあるのはサヤチンだから。説明に困って沈黙してるうちにバスが動き出した。明日の目的地が大阪のUSJだから、宿泊地も大阪府内になってる。暗くなっていく道路をバスが走る。私は気分が悪くなってきた。生理中だったのに、腕時計を探して動き回ったからかもしれないし、サヤチンへの罪悪感からかもしれない。

「………」

 一応、吐いたときのために目の前にあるビニール袋を触って、いざというとき、すぐに開けるようにしたら、テッシーが心配してくる。

「吐きそうなのか?」

「……たぶん……大丈夫……」

 身体がダルいから、三人の手荷物を、また肘枕にして気づいた。そっか、こうやって私が体重をかけたりしたから、腕時計のベルトがゆるんで落ちたのかもしれない。私ってバカだなぁ。

「……………」

 今は手に持ってる腕時計を見つめた。

「………」

 重い。

「…………」

 これを持ってるのが、重い。

「………………」

 他人の大切なものを持ってるのが、とても重いよ。もしも、また無くしたりしたら、なんて謝ればいいのか。たまたまバスの中で落ちたから、よかったようなものの、駐車場だったら他のバスに轢かれて粉微塵だったかもしれないし、他の人に拾われて、そのまま返ってこないかもしれない。リュックの底にでも入れれば大丈夫かもしれないけど、それだって100%じゃない。リュックごと忘れたり無くしたりするかもしれない。スカートのポケットだって、何かの拍子に落とすかもしれない。

「…………」

 結局、腕時計は腕に巻いてないと、無くしやすいよ。巻いてるべきだよ、これは。私は腕時計を手首に巻くことにした。

「サヤチン、ちょっと左手を出して」

「え? ………」

「今は、あんまり、この時計をする気分じゃないけど、また無くすと困るから、ちょっと使ってて」

「……でも……それは……」

 サヤチンがテッシーの顔を見る。サヤチンは窓際にいて、テッシーは隣、私は通路の反対だから、ちょうどテッシーを間に挟んでる。私は目的のために演技をして不機嫌な声で言っておく。

「今日は気分じゃないから、サヤチンが持ってて」

「………けど……」

「三葉……それは……オレが、……お前に…」

「気分じゃないから」

「「……………」」

「サヤチン、手を貸して。早く」

「…………」

 サヤチンが迷いながら、左手を出してくれた。それをテッシーの目の前でサヤチンに巻いておく。そうだよ、本来、こうするべきなんだよ、これは。

「じゃ、そういうことだから」

「「…………」」

「………」

 二人から視線を感じるけど、もう私は座り直して気分が悪いから、目を閉じた。バスの中は静かで、他のクラスメートたちも疲れてる感じで、そのまま大阪に着いたし、宿泊先は狭いビジネスホテルだったから、あまり誰とも話す機会が無いまま、寝た。

 



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5話

 

 

 修学旅行3日目、私は目が覚めて、また三葉ちゃんだった。隣のベッドで私の身体が寝てる。その手首には、あの腕時計が巻かれてる。

「………とりあえず、シャワー浴びよう」

 さすがに月経も山場を過ぎてくれて、症状も軽くなってる。今日はUSJを楽しめそう。京都と奈良が先でよかったよ。シャワーを浴びて出てくると、三葉ちゃんも起きてた。そして、腕時計を私に差し出してくる。

「これ………今日は、サヤチンがしてる……べき? かな?」

「私は宮水三葉ですけどね」

「ややこしいね」

 腕時計を受け取って手首に巻いた。幸い二人部屋だから、周りを気にせず会話できる。

「サヤチン、私の身体の調子は、どう? USJで遊べそう?」

「だいぶ、いいよ。たぶん大丈夫」

「よかったァ」

「USJだけは這ってでも行きたいからね」

「そうそう」

 清水寺も金閣寺も東大寺も、女子高生にとって、かなりどうでもいい。最終日の今日こそがメインと言っていい。そのメインで三葉ちゃんの身体なことはラッキーなのか、アンラッキーなのか、もう、いちいち考えないことにして楽しむことにした。二階のレストランへ朝食を摂りにおりたら克彦に出会った。

「おはよう、克彦」

「お…、おはよう………」

 克彦の視線を手首に感じるから、私は謝る。

「ごめんなさい。この腕時計を傷だらけにして。でも時間は、ちゃんと刻んでくれてるから。許して」

「あ…ああ……もう、いいよ。………今日は機嫌、いいんだな?」

「うん」

「そうか。……体調は?」

「まあまあ、いい方だよ」

「それは、よかったな」

 朝食を終わってバスでUSJに行った。入園して、すぐに三葉ちゃんが私の口で言った。

「私は一人で回ろうかな」

「「………」」

 また気を回してくれてるけど、それはそれで淋しいでしょ。宮水三葉の心も淋しいし、一人で歩き回る名取早耶香の身体も淋しいって。

「サヤチン、そんなこと言わないで3人で楽しもうよ。ね?」

「……うん! そうしよ!」

「ああ、そうだよな」

 三人の同意が形成されたから、一日楽しくUSJで遊ぶ。絶叫マシーンでは克彦と行った名古屋の遊園地に劣るけど、テーマがしっかりしてて造り込みも映像処理もすごくて、何より三人で遊ぶのが楽しくて、きっと一生の想い出に残る日になるって感じた。

「楽しかったねぇ。USJ、また行きたいね」

 三葉ちゃんが私の声で言って、私が三葉ちゃんの声で答える。

「うん、本当に。最高の一日だった」

「建物も、すごかったなぁ」

 そう言ってる克彦と上着の下で手をつないだ。今は帰りのバスの中。自然と私たちは今までと同じ位置に着席してる。私が窓際で、その隣が克彦、そして通路の反対側に三葉ちゃん。三葉ちゃんやクラスメートたちから見られないように手をつないだまま、故郷へ帰る。大阪から京都までは三葉ちゃんも起きてたけど、他のクラスメートも眠ってしまった後、私は克彦と何度もキスをした。ユキちゃん先生も眠っていたから、本当に何度も、何度も、キスをして糸守に着かなければいいって想う時間を二人で過ごした。

 

 

 

 夏休み初日、私は私、名取早耶香として目覚めたのに、ちょっと焦った。

「今日、私が私ってことは明日は、かなりの確率で私は三葉ちゃんに……」

 この入れ替わり現象が始まって、もう三ヶ月は経ってる。そして、入れ替わりは連続で起こったことがないから、明日の夏祭りに巫女として出仕しなくちゃならない宮水三葉の中身が私である可能性が、けっこうある。

「とりあえず、三葉ちゃんと対策を相談しよう」

 まだ寝てるかもしれない三葉ちゃんへメールを送って、朝ご飯を食べてると宅配便が届いた。

「名取早耶香さんへのお荷物です」

「ご苦労様です」

 注文しておいた品だったので私が受け取っていると、お姉ちゃんが覗いてくる。

「何を買ったの?」

「1000ピースのパズルだよ。夏休みに友達とつくるの」

「克彦くんと?」

「三葉ちゃんと三人でね」

「まだ三角関係、続けてるんだ。もう17才の夏だよ、そろそろ決めなさいって」

「はいはい」

 これは夏休み中に克彦と会うための口実でもあるんだから、私は私で努力してるんですよ、お姉ちゃんには余計な反論はしないで届いたパズルを持って三葉ちゃんの家に行く。案の定、まだ寝てたので四葉ちゃんに挨拶してから部屋にあがった。

「三葉ちゃん、おはよう。起きて」

「……う~………おっぱいが軽い……私のか……」

 三葉ちゃんが自分のおっぱいを揉みながら起きた。その確認方法は、どうかと思うなぁ。

「おはよう、サヤチン。早いね。ってか、学校ないのに、ホント早いね」

「ちょっと相談しなきゃいけないことが二つあるし」

「……眠い………とりあえず、これ」

 三葉ちゃんが腕時計を外して私へ渡してくれる。すぐに私は自分の手首に巻いた。その間に、三葉ちゃんがパズルの入った大きな箱に気づいた。

「なにそれ?」

「1000ピースのパズルだよ」

「ふーん……時間のかかりそうな……そんな趣味があったっけ?」

「ゆっくり克彦と過ごすための口実なの」

「ああ、なるほど」

「で、お願いがあるんだけど、これを克彦と三葉ちゃんと私の三人でつくろう、って三葉ちゃんから提案してほしいの。場所は克彦の部屋で」

「なるほどォ、サヤチン、ホントに考えるね。あ、それなら、サヤチンがサヤチンでいるときはサヤチンが行けばいいし、サヤチンが私でいるときは私が行けばいいんじゃない?」

「……うん……そのつもり……ごめん……仲間外れっぽいよね。ごめん」

 そう、私の作戦は入れ替わりを前提にして、夏休み毎日、私が克彦と二人で過ごすためのもの。三人でといっても、克彦の部屋に行くのは交代交代というか、いつも私の意識が行くことになるプラン。

「いいよ、いいよ。私、パズルとか好きじゃないし。テッシーと、ゆっくり過ごして。相談って、この話?」

「一つはね」

「もう一つは?」

「明日の夏祭り、かなりの確率で私が宮水三葉として舞台にあがらなきゃいけない気がするんだけど……どうしよう?」

「あ、そうか。今日、自分自身だから、明日は……どうしよう?」

「だから、どうしよう」

「う~……サボるのは?」

「それってアリなの?」

「無しです。一度、脱走したら山狩りされた。仮病も見抜かれるし」

「そういえば、三葉ちゃん、中学生になった頃、真剣に嫌がって逃げてたね」

「今だってイヤだよ。お米を口に入れて、ヨダレといっしょに吐き出すんだよ? かっこ悪いし、冷やかされるし」

「そっちもあるけど、舞いの方が、このさい私だった場合に問題だと思うの」

「たしかに……」

「どうしよう?」

「………覚えていただけますか?」

「やっぱり、そうなるよね……」

「お願いします」

「こんなことなら、もっと前から練習すればよかった」

「毎回、見ててくれてるから、だいたいわかるでしょ?」

「見てるだけと自分がやるのは、かなり違うって」

 もう時間が無いので私たちは神社の舞台に向かった。

「私だと、巫女服もちゃんと着られないかも」

「それは着付けのとき手伝うよ」

「そうすると、やっぱり舞いかぁ」

「夏の舞いは暑いから短めなんだよ」

「え? あれって四季で違うの?」

「違うよ。夏祭り、秋祭り、新年祭、田植え祭り、全部、所作が違う」

「うう~っ……見てるようで見てないのかも……自信ないよ」

「ごめん、お願い」

「……仕方ないよね」

 私たちは舞台で練習を始めた。暑いのでダラダラと汗がでるけど、本当に時間が限られてるので頑張る。しばらくして四葉ちゃんが私たちに気づいて来た。

「お姉ちゃんたち、何してるの?」

「見てわかるでしょ」

「………サヤチンさんに練習させて、どうする気?」

「「あ……」」

 たしかに、それは疑問に思って当然かもしれない。三葉ちゃんが焦る。

「え、えっと………」

「もしかして、お姉ちゃん、また脱走しようとか考えてる? サヤチンさんを身代わりにすれば山狩りされないかも、とか」

「「………」」

「お婆ちゃーん! お姉ちゃんが! うぐっ…」

 大きな声を出そうとした四葉ちゃんを三葉ちゃんが羽交い締めにして口を塞いだ。

「ううーう!」

「四葉、違うよ! 勘違いだよ! えっと……あ! ちょっと伝統文化の自由研究をしてただけ」

「そ、そうそう! 私たち、自由研究で宮水神社のことを取り上げようと思ってたから! 舞いの一つ一つの動作に意味があるなんて知らなかったよ! 勉強してるうちに、私も習得したくなっちゃって!」

「…………」

 四葉ちゃんが疑わしい目で三葉ちゃんと私を見てる。この子、勘が良さそうだし、しっかりもので頭もいいから、子供騙しが効きにくそう。それでも三葉ちゃんが言い募る。

「だいたい、身代わりなんてお婆ちゃんが認めないよ」

「………」

「サヤチンにも悪いし、そんなことするわけないじゃん」

「……………」

「考えてもみなよ、いくら巫女の仕事がイヤだからって友達を身代わりにして逃げるほど、私も落ちぶれてないから!」

「………………自由研究……本当ですか?」

 また小学4年生の瞳が私を見る。にっこりと微笑み返して答えてみる。

「本当だよ」

「本当だって!」

「………わかったよ、離して。暑苦しいから」

「お婆ちゃんに余計なこと言わないでよ。ちゃんと明日の祭りは、私こと宮水三葉が出仕するからさ」

 中身が名取早耶香かもしれませんけどね。

「あ、でも、ちょっと四葉にお願いがあるの。もしかしたら、明日、トチルかもしれないし、なんか自信がないから、今もサヤチンを練習相手にしてたけど、明日もミスしまくるかも。そんなときはフォローしてね」 

「………なんか怪しいなぁ……」

「ということで、一度、サヤチンと四葉が合わせてみてよ。それを見て私も復習しつつ、自由研究するからさ」

「…………」

「お願い、あとでアイス買ってあげるから」

「298円のやつね」

「……はい」

「私もアイスほしいなぁ」

「………はい。………テッシーに買ってきてもらうのは?」

「それもいいかもね」

 三葉ちゃんがスマフォで注文を送り、私は四葉ちゃんと舞いを始める。本番では、この子と合わせることになるから、いいタイミングで来てくれたよ、ホント。四葉ちゃんと3回ほど舞いを通しでやった頃、克彦がコンビニの袋を持って駆けつけてくれた。

「なんで、サヤチンが舞いをやってるんだ?」

 当然の疑問ですよね、それは。

「「自由研究だよ」」

「ふーん……とりあえず、これ。あ、しまった。四葉ちゃん、いたのか」

 克彦に注文したのは、ちょっと高価なアイスが二つ。だから、克彦は私と三葉ちゃんが食べると思って、さらに自分の分を買った上で、とても気を利かせて飲み物まで買ってきてくれたけど、四葉ちゃんがいるなんてことを予知できるはずもなくて、飲み物も3つで、アイスも3つ。

「私とサヤチンで一つのアイスを食べるから、アイスの数は、それでいいんだよ」

「暑いから飲み物も買ってきたけどさ。………どう分ける?」

 克彦が買ってきたのは三葉ちゃんが好きなジャスミンティーのペットボトルと、誰もが知ってるメジャーな炭酸飲料と、男らしく大きめの麦茶のペットボトル。けど、ジャスミンティーは私も克彦も香りが苦手だったりする。

「とりあえず、四葉ちゃんには、これと、これあげよう」

「ありがとう、テッシーさん」

 四葉ちゃんがアイスと炭酸飲料を受け取った。

「で……オレはアイスだけでいいや」

 克彦は安くて大きな棒付きアイスを自分に買ってきてる。それを食べ始めた。残るのは三葉ちゃんしか好みじゃないジャスミンティーと、誰でも飲める麦茶。

「それなら、三葉ちゃんがジャスミンを飲んで。私と克彦で麦茶を飲もうよ」

「……まあ……それでもいいけど……」

 きっと克彦も喉が渇いてるはずだし、アイスの後はさっぱりしたいはず、と思って言ったら、克彦の視線が私の手首にある腕時計を見て、それから三葉ちゃんの手首と顔を見る。その視線の意味を三葉ちゃんもわかって、答えてくれる。

「それでいいんじゃない。買い出し、ありがとう。これ、お金」

 三葉ちゃんが精算して私とアイスを食べ始める。そして私は克彦と麦茶を分け合った。休憩が終わると、もう一回、四葉ちゃんと舞いを合わせた。

「へぇぇ、サヤチンでも様になるんだな」

「ありがとう。これ、人に見られてると思うと緊張するね」

 とくに克彦からの視線だと、とっても。

「でしょ! すっごい緊張する! 毎回毎回緊張しまくりだよ!」

 三葉ちゃんが力説してるけど、四葉ちゃんがタメ息をついた。

「はぁぁ……慣れようよ。年に4回、もう何回も経験してるんだしさ」

「四葉も思春期になったら、わかるよ。この苦痛が」

「はいはい。私もう行くね。ごちそうさまでした」

 四葉ちゃんがアイスと炭酸飲料のお礼を言って、家に戻った。少し静かになると、克彦がパズルの箱に気づいた。

「なんだよ、それ?」

「これは、…えっと…」

「三葉ちゃんと私、克彦の三人で、これをつくろうかと思って」

「ふーん……パズルかぁ……オレは、あんまり…」

「……」

 克彦が乗り気じゃないけど、三葉ちゃんが言い添えてくれる。

「夏休み中、学校もないしさ。これをテッシーの部屋でつくりたい。私も気分が乗ったとき行くから」

「オレの部屋でか……まあ、スペースはなくもないけど……」

「「じゃあ、よろしくね」」

「わかったよ。けど、一つ条件がある」

「「どんな?」」

「せっかくだし、三葉とサヤチンが合わせて舞うところが見たい」

「「……………まあ、いいよ」」

 リクエストにお答えして私たちは二人で舞った。

 

 

 

 夏祭りの日、私はサヤチンになってたから、はじめてお祭りを楽しいって思えた。サヤチンが私の身体で巫女服を着るのを手伝ってからは、私に役割は無い。いつも、いつも巫女として、お祭りの始めから終わりまで、いろいろあるのに、今日は着付けを手伝った後は、まったくのフリー。

「自由だァ!!」

「お前、やたら嬉しそうだな」

「だって…」

 一回、お祭りをお客さんとして味わってみたかったんだもん。屋台を回って、神事を舞台の下から眺めて、また屋台を回って、そんな機会は一度もなかったから。

「ね、いっしょに回ろうよ」

「そうだな。……」

 テッシーの視線が手首にくる。今夜だけは腕時計を私がサヤチンなのに巻いてる。なにしろ、巫女服を着てるときは腕時計みたいな目立つものはおろか、ブラジャーもショーツも着けてなかったりする。これを男子に知られると、また色々言われそうでイヤだから秘密にしてるけど、サヤチンには知られてしまった。まあ、いいけど、ね、サヤチンが言いふらすわけないから。そして、もしまた腕時計を無くすと大変だから、サヤチンと相談して今は私がサヤチンの手首に巻いている。

「今夜は全部の屋台を制覇しようよ!」

「全部って……価格は良心的だけど、お腹の方がもたないだろ」

「あ、そっか。またカロリーオーバーは、まずいよね」

 お祭りの屋台は外部からは来ない。全部、糸守の人が運営してるから、とっても安い。幸か不幸か、これだけ山奥だから外部の屋台を呼ぼうにも採算が合わないって断られるから。舞いが始まるまで、私はテッシーとお祭りを楽しんで、想った。

「………」

 テッシーが彼氏だったら、もっと楽しかったかも、って。

「ありえないよね……今から好きだとか言い出したら、ホント最低だし。超泥沼」

「ん? 何か言ったか?」

「一人言」

 やっぱりテッシーは幼馴染みだよ、いつか、本当に好きになれる人と出会えたらいいなァ。

「そろそろ三葉の出番だぞ」

「もう、そんな時間かァ……」

 私とテッシーは舞台がよく見える場所に移動した。

「………」

 たくさんの人が集まってる。そして、舞台の上から見るのと、下から眺めるのでは、やっぱり違うなァ。舞台の上にいるサヤチンは緊張してるみたいで、表情が無い。私も、あんな感じなのかな。なのに、四葉は落ち着いてる。

 ドン!

 お婆ちゃんが太鼓を鳴らした。舞いが始まる。

「………キレイ……私じゃないみたい……」

「お前じゃないだろ」

「……そうだけど…」

「しかも、今回やたらミスが多いな。三葉、体調でも悪いのか……」

「………」

 よく頑張ってるよ、あれだけの練習で、ちゃんと形になってる。そして、やっぱり、お母さん、そっくり。まるで、お母さんが生き返ったみたい。

「………お母さん……」

「なにを泣いてるんだ?」

「ぐすっ……何でもない…」

「………」

「……………私、糸守に産まれて、よかったよ。………こんなに、いいお祭りだと、想わなかった」

「そ、そうか。……そうだな。いい祭りだな」

 舞いが終わってサヤチンと四葉が口噛み酒を造る。いつもイヤなことを言う女子が、また何か言ってるけど、サヤチンは集中してるからなのか、気にしてないし、そして私も次からは気にならないと思う。私も、この祭りを誇りに思えるから。

「そろそろ帰ろうか」

「うん」

 一度、テッシーと帰るフリをしてから、一人で戻った。着付けも大変だけど、脱ぐのも初めてだと一人では難しいから。

「こんばんわ。お邪魔しまーす」

 自分の家に挨拶してあがる。祭りの時は、なにかとバタバタして人の出入りも遅くまで多いから、着替えは二階の自分の部屋でしてる。あがってみるとサヤチンが脱がずに待っててくれた。

「お疲れ様、ありがとう」

「……はぁぁ……ごめん、ミスしまくりで……」

「ううん! すっごく良かったよ! 本当に、ありがとう!」

 私が抱きつくと、サヤチンは力尽きたみたいに体重をまかせてくるから受け止めた。

「あぁぁ……疲れた………寝たい。脱がせて」

「了解です」

 脱ぐだけじゃなくて、きちんと片付けないといけない巫女服を手順通りに脱がせて裸にする。

「……ああぁ……やっと楽になったよ……おやすみ…」

「せめて、パンツは、はいてください」

 いくら四葉とお婆ちゃんしかいない家でも、今夜は一階は誰か出入りするかもしれないんだから、今にも寝そうな私の身体にパンツをはかせて寝間着も着せた。

「お風呂はどうする?」

「もう無理。パスしていい? 明日、入っておいて」

「うん、じゃあ、おやすみ」

 巫女服を片付けてから、電気も消して戸を閉めた。

「あ…腕時計を………もう寝てるかな」

 そっと戸を開けると、目があった。

「「腕時計……」」

 明日、また入れ替わってるかもしれないけど、ちゃんとサヤチンに返しておいた。

 

 

 

 夏休みが始まって一週間くらい、私は私の部屋で起きた。目を開けると、すぐそこにサヤチンが座って待ってる。

「サヤチン、おはよう」

「おはよう、三葉ちゃん」

 もう午前10時過ぎ、私は用件がわかってるので、すぐに腕時計を外して渡した。

「はい」

「ありがとう」

 受け取ったサヤチンは腕時計を巻くと出て行く。行き先はテッシーの家、二人でパズルをつくるために行った。

「もう一週間かぁ……パズル進んだのかなぁ……ちょっと淋しいな」

 テッシーからすれば、毎日交代で宮水三葉か、名取早耶香がパズルをつくりに来て、いっしょに夕方まで過ごすの繰り返し、サヤチンからすれば毎日テッシーの部屋で過ごすの繰り返し、そして私は毎日一人。

「……けっこう淋しい……仲良し3人組で、彼氏彼女ができると、余った一人は、けっこう淋しいもんなんだなぁ………私にも彼氏できないかなぁ……眠い。寝よう。夢の中で彼氏ができるかも…」

 二度寝しようとしたら四葉が戸を開けた。

「せっかくサヤチンさんが起こしてくれたんだから二度寝しないの!」

「……は~い……」

 仕方なく起きて、朝ご飯を食べる。テレビがニュースを流してた。

「ジンバブエ共和国では反政府派の市民が虐殺され、少なくとも2万人以上が行方不明扱いとされていますが実質的には…」

「お姉ちゃん、今日は日曜日だから、お賽銭を集めて数えておいてよ」

「は~い……日曜日かぁ……夏休みになると曜日の感覚って、どうでもよくなるね」

「お姉ちゃんは夏休みじゃなくても曜日の感覚、かなりテキトーだよ」

「そうかな?」

「曜日どころか、年の感覚もテキトーだし」

「そんなことないよ」

「じゃあ、今が何年か、知ってる?」

 そう質問すると同時に四葉が壁にあるカレンダーの年のところを手で隠した。

「う~ん………2010年以上……2020年未満かな」

「2013年! しっかりしようよ、このくらいのこと!」

「四葉が、しっかりしすぎなんだよ。だいたい合ってればいいんだよ、年なんて」

 朝ご飯を食べたら、お賽銭を数えて、お昼ご飯を食べて、宿題してテレビを見て、夕飯を食べて寝た。

 

 

 

 朝起きて、私は三葉ちゃんになっていたから身支度をして家を出る。出る前に四葉ちゃんに会った。

「今朝は、ちゃんと起きるんだ。パズルつくるの、そんなに楽しいの?」

「楽しいよ」

「ふ~ん……」

「行ってきます」

 まだ小学生には好きな男の子と過ごす一日が、どれだけ楽しいかなんてわからないよね。実際、パズルは、あんまり進んでない。克彦とは話をしたり、キスをしたり、そんな風に時間を過ごしているから、パズルそのものは口実にすぎない。家を出て、自分の家、名取家を訪ねる。

「おはようございます。お邪魔します」

 もともと、お互いに慣れた関係だから挨拶して上がり込む。二階の部屋で、私の顔が幸せそうに寝てた。

「………もう起こすのも、かわいそうかな」

 腕時計さえ受け取ればいいから、寝てるままの手首から腕時計を外した。

「じゃ、行ってくるね」

「……ん~……」

 明らかに二度寝する気だったけど、そのまま家を出る。そして克彦の家にあがる。

「おはようございます」

「おはよう。今日は三葉ちゃんが来てくれたのね。毎日、交代で熱心やね」

 克彦のお母さんと挨拶を交わして、二階へあがった。克彦の部屋に入るとベッドの上でヒマそうにムーを読んでた。

「おはよう、克彦」

「おう、おはよう」

「ムーって、そんなに楽しい?」

 ベッドに座って訊く。

「おう、楽しいぞ。最高だ」

「……私より?」

 そう質問して頬へキスをしたらムーを置いてくれた。

「お前の方が、ずっと最高だ」

「うれしい♪」

 今度は深いキスをする。ちゃんとパズルをつくっていたのは最初の3日くらい。けど、朝からキスをしたのは今日が初めて。さすがに、三葉ちゃんの身体で、これ以上のことはダメってわかってるから、キスだけにしておこう、そう思っていたのに今朝の克彦は違った。キスしている間に、優しく胸に触れてきた。

「…んっ……」

 どうしよう、三葉ちゃんのおっぱいを本人に断り無く、克彦に触らせるのは、ちょっとマズいかも。迷っているうちに、おっぱいを揉まれる。

「………」

「………」

 おっぱいを揉ませるくらいなら、いいかな。ごめんね、三葉ちゃん。

「…………」

「…………」

 おっぱいを揉まれるのって、気持ちいい。相手が克彦だからなのかな、すごく幸せな感じがする。そう想っていたら、いつのまにかベッドに寝されていた。

「胸、見ていいか?」

「……ダメ…」

 断ると引き下がってくれて、また深いキスをしてくれる。そしてキスしながら克彦の手が膝を撫でてくる。

「………」

「………」

 克彦の手は男らしくて、ぶ厚くて頼もしい。そんな手で撫でられると、とても安らぐし嬉しいしドキドキする。膝を撫でてくれてた手が太腿も撫でてくる。だんだん手がスカートの中に入ってきて股間を触ろうとしてきたからギリギリのところで寝返りして逃げた。

「……克彦のエッチ……」

「…………。お前が好きだから」

「っ……、もう一回、言って」

「お前が好きだ」

「……うれしい……すごく、うれしいよ…」

 舞い上がりそうなほど嬉しくて、またキスをされているうちに股間を触られていて、身体の芯が熱くなるのを感じた。何度もショーツの上から股間を触られて、もう頭が蕩けそう。でも、ショーツを脱がされそうになって、かろうじて拒否する。

「……脱がせるのは……ダメ……」

「…………」

 すごく残念そうな顔をされて、胸が切ないから、妥協する。

「胸なら、……見せてあげるから」

 ごめんね、三葉ちゃん。心の中で謝って、克彦に胸を向ける。すぐにボタンを外されてブラジャーも脱がされて、揉まれた後に吸われた。

「……見せるだけのつもり……だったのに……んっ…んぅ…」

 おっぱいが熱い、吸われるのが、こんなに気持ちいいって思わなかった。三葉ちゃんが私の唇で吸ったときとは、ぜんぜん違う感じに熱くて、熱くて、反対の乳首も吸われているうちに身体から力が抜けて、もうショーツを脱がされることにも抵抗しなかった。

「…ハァ…ハァ…」

「ハァ…ハァ…」

 裸になって克彦と抱き合って、一つになってしまった。夢みたいな時間だった。

「…………ぐすっ…」

 どうしよう、取り返しのつかないことをしてしまった。

「そんなに泣かないでくれよ。……ごめん、強引だった」

「……ぐすっ……克彦は悪くないから……」

 強引でもないし、紳士的だったよ。けど、私は取り返しのつかないことをした。これは、もう謝って済む問題じゃない。三葉ちゃんのバージンを勝手に克彦へ。

「…………帰る」

 私は立ち上がって逃げるように部屋を出ようとして、思いとどまった。

「……こんな顔で外を歩けないよ……もう少し、ここにいる」

「ずっと、オレのそばにいてくれ」

「…………」

 返事はしなかった。けど、抱きしめられて身をまかせた。落ち着くまでベッドに二人でいて、また何度もキスをした。そうしているうちに、また克彦と一つになって抱き合った。これはもう隠し通すしかないよ、三葉ちゃんに言えるわけがない、キスのことも隠してるように、ずっと隠しておこう。

「克彦、もう一度、約束してね。この腕時計をつけてる私は、あなたのこと好きだけど、つけてない私は今日のことだって思い出したくないくらいなの。だから、つけてない私にはキスのことも言わないで。お願いだよ」

「………、ああ……わかったよ。お前って、ホント気分屋だな」

「ごめんなさい」

「………この腕時計………サヤチンにも貸してるよな……」

「うん……ごめん…」

「………あいつは………オレのこと……やっぱり……好きでいてくれるのか?」

「………………それは本人へ訊いてみたら?」

 そう言ってから大切なことに気づいた。

「もし、訊くなら、サヤチンも、この腕時計をつけてるときに、訊くようにして。そして、つけてないサヤチンには私とのキスやエッチのことも話題にしないで、お願い」

「………わかった………」

「もう帰るね。………今日のこと……イヤじゃなかったけど……どうしていいか、わからないよ……ごめん」

 克彦の家を出て、うっかり名取の家に帰りそうになるほど混乱してたけど、三葉ちゃんの部屋に帰って、とにかく気持ちを落ち着けて、どう対応していくのがいいか、深く考えた。

 



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6話

 

 

 翌朝、自分の部屋で起きた私は腕時計を受け取りにいくより大切なことがあるから、かなり早めに三葉ちゃんの家に行った。

「あ、サヤチンさん、おはよう。お姉ちゃんなら、まだ寝てますよ。きっと」

「ありがとう、四葉ちゃん」

「夕べ遅くまで、なんかやってたし。お風呂も二回も入ってたし。夜に洗濯機も回すし」

「……」

 それは私です。三葉ちゃんの部屋に入ってみると、穏やかに寝ていてくれた。

「…………」

「……すーっ……すーっ……」

 何も知らないで寝てる。まさか、もう自分がバージンじゃないなんて知ったら……。

「…すーっ……すーっ……」

 手首には腕時計。でも、今は、もっと大切なことは克彦とエッチしてしまったことを気づかせないこと。夕べ、二回もお風呂に入って身体も奥まで洗ったし、おりものとは違う感じに汚してしまったショーツも洗ってある。やっぱり処女だったからショーツに血も着いてたけど、その血も夕方には止まってたし、もう痛みは無いはず。何もかも、完璧に隠蔽工作したはずだけど、本当に大丈夫なのか、すごく不安。

「…すーっ……」

「………」

 でも、こうやって起きるまで様子を見てるのも、いつもと違うって違和感を持たれるかもしれないから、いつも通りに振る舞ってみる。そっと手首から腕時計を外して、自分に巻いた。

「…ん? ああ……サヤチン、……おはよう…」

「おはよう、三葉ちゃん」

「じゃあね」

 二度寝する気で寝返りしてる。

「………」

「……ん~……」

 三葉ちゃんが寝返りした後、腕時計の無くなった手で下腹部を撫でた。

「………変な感じ………生理、まだのはずなのに……」

「ど、どうかしたの?」

「なんとなく……痛いような……痛くないような……お腹、冷えたのかな……夏だから、布団きてないし…」

「冷えたのかもね。はい、タオルケット」

 タオルケットを渡すと、ありがとう、と言って二度寝し始めた。

「……………」

 うん、この様子だと大丈夫そう。バレそうにない。よかった。いつまでも寝顔を観察してると、いつも通りじゃなくなるから、静かに部屋を出た。

「……いつも通りなら……これから克彦の部屋に…」

 克彦は、どんな様子なのかな、昨日三葉ちゃんとエッチしたことで私への反応は変わるのかな、それも不安。一度、家に戻って、いつも通りの時間になるまで待ってから、克彦の家に行った。

「おはようございます」

「おはよう。……。今日は早耶香ちゃんが来てくれたのね。……」

「はい、お邪魔します」

「どうぞ、ゆっくりしていってね。……」

 いつも通りに挨拶して家に入ったけど、克彦のお母さんの様子が、いつもと違った。いつもより優しい感じだけど、なんだか間がある。何かを知ってるというか、気づいてる感じがする、まさか克彦が喋ったのかな、けど普通お母さんに話すことかな、いつかは話すにしても昨日の今日で話すような内容でもないし。とにかく克彦に会ってみよう、いつも通りに。克彦の部屋のドアを開けた。

「おはよう、克彦」

「おう、おはよう。お前も飽きないな」

 いつも通りの克彦はムーを読んでたから、私もいつも通りにベッドに座ってパズルへ視線を向ける。

「パズルも、やってみると、なかなか面白いね」

「そうか? 三葉が言い出したのに、結局、やってるの、お前だけだぞ」

「ふーん……」

 そりゃあ、三葉ちゃんの身体で来たときは、キスしたりイチャついたりするから、パズルなんて、どうでもいいよね。私が私の身体で来た場合は、間をもたせるのに、ちょうどいいんだよ、このパズルは。ちょっと探りを入れてみよう。

「パズルしてないなら、三葉ちゃんとは何してるの?」

「…な……なにも……なんとなく話して……パズルも、ちょっとイジるだけ、かな」

「ふーん……」

 ちゃんと黙っててくれるみたいね。でも、お母さんには話したのかな、そんなマザコンには見えないし、そもそもマザコンなら、ママ今日ボク童貞を卒業したよ、なんてことも言わないだろうし。でも、克彦のお母さん、何か気づいてる感じ。

「………さてと…」

 私はパズルを1ピースもって進めるフリをしながら室内を観察して気づいた。

「っ…」

 昨日とベッドのシーツが違う。

「………」

 昨日まではライトグリーンだったはずなのに、今日はブラウンのシーツになってる。毎日は交換しないはずだから、わざわざ今朝か夕べ、交換したんだ。しまった、血で汚してたのかもしれない、あのときは、そこまで気が回らなかった。血で汚してたとしたら、克彦が洗ってくれって、お母さんに頼んだか、お母さんが掃除に来て気づいたか、どっちか。

「……………」

 かといって、それを克彦に質問するのは、私の立場ではおかしい。ここは気づかないフリをして様子を見よう。

「……はぁぁ……やっぱり1000ピースもあると、面白いけど、大変」

 言いながら座っていたベッドに倒れ込んだ。あいかわらず克彦はムーを読んでる。

「そんなに、ムーって面白い?」

「おう、面白いぞ、最高だ」

「……」

 私より? って問う勇気はない。

「宿題やってる?」

「まあまあ」

「そっか………」

 倒れ込んだベッドで寝返りしてみる。寝返りしたから、スカートの裾が乱れて克彦からは下着が見えるか、見えないか、ギリギリくらいになるはず。

「………」

「………」

 なんとなく太腿に視線を感じる。興味はもってくれるんだよね。まあ、昨日の今日で私まで抱いてこようとしたら、それはそれで悲しいけど。あんまり見られないうちに、スカートの裾を直して、ピースを眺める。

「お前、本当にパズルを楽しんでるか?」

「……まあまあ」

「この分だと夏休み中に終わらないかもな」

「そーだねぇ」

 起き上がってパズル全体を見下ろす。はじめの一週間で外側の四辺だけは完成したけど、あとは進みが悪い。今日は少し頑張ろう。ムーを読む克彦と、ときどき会話しながらパズルをしているうちに、お昼前になったから部屋を出る。

「ちょっと、お手伝いしてくるよ」

「おう」

 一階におりて、克彦のお母さんが昼食を作るのを手伝う。夏休み中に克彦の家に通うようになって、だいたいお昼はごちそうになってるから、私も家から一品もってきて、準備と後片付けを手伝っていたりする。今日はオムライスみたい、私が持ってきたのはキュウリのサラダ。

「ありがとう、早耶香ちゃん。気を遣わなくていいのよ」

「いえ、毎日ごちそうになってますし」

「毎日?」

「あ、えっと…毎日のように、来て。すいません」

「三葉ちゃんと二人で交代で来るわね。………」

 そう言った克彦のお母さんが外に干してあるライトグリーンのシーツに視線を向けた。これは、たぶん、気づいてる。息子が童貞じゃなくなったことに気づいてる。そして、私に同情するような目を向けてくれた。まるで恋の敗者を哀れむような目。

「早耶香ちゃんは、いい子ね」

「いえ……」

「ちゃんと、お手伝いしてくれるし、気を遣うこともできて。………三葉ちゃんは意外と気の回らない子ね」

「……そう…ですか…」

「私は早耶香ちゃんの方が好きよ」

「…ありがとう……ございます…」

 そういえば、三葉ちゃんの身体で来てるときは、克彦とイチャつくのに夢中で、お手伝いしてないし、一品もってくるのも、私の家からだから遠慮無く持ち出してるけど、三葉ちゃんの家から持ち出すことはしてないから、克彦のお母さんから見ると、印象が変わるのかも。私としては、ときどき手伝ってるつもりが、克彦のお母さんからの視点だと、毎回手伝う名取早耶香と、一度も手伝わない宮水三葉になるのかも。今から息子の嫁候補をチェックしてるとか、やっぱり女って怖い。きっと、私にはお姉ちゃんがいて、三葉ちゃんにも妹がいて、どっちも一人娘じゃないから、勅使河原姓にしやすい、って計算までされてそう。

「亡くなった人のことを言うのも、あれだけど、三葉ちゃんのお母さんも美人で顔はよかったけれど、ずいぶん自分勝手な人だったわ」

「…そう…だったんですか?」

「ええ、急に変なことを言い出したり。自分がしたことなのに、すっかり覚えてないフリをしたり。なのに、何もかも自分一人が解決しているような顔をしていて。人として、あまり好きになれなかった」

「………」

 前の世代にも、色々あったのかな。

「もうご飯できるから、克彦を呼んできてちょうだい」

「はい」

 二階にいる克彦を呼んで、三人で食べてから後片付けを手伝って、また克彦の部屋で二人になった。

「宿題でもする?」

「そうだな」

 二人で宿題を進めていると、3時過ぎにドアがノックされて、克彦のお母さんがお茶を用意してくれた。そういえば、三葉ちゃんの身体で来てるときに、お茶は出なかった気がする。にこやかさは同じなのに微妙な二面性が怖いですよ、お母さん。

「ゆっくりしていってね、早耶香ちゃん」

「ありがとうございます」

「克彦、早耶香ちゃんに変なことするんじゃないよ」

「しねぇよ!」

 釘は刺された。私は、いつも通り5時まで克彦の家にいて帰る。帰る途中で心配だったから三葉ちゃんの家に寄った。

「お姉ちゃんなら、神社で掃き掃除してるよ」

「ありがとう」

 神社に行ってみると、三葉ちゃんは嫌そうに掃き掃除してた。箒を振り回して一人言を漏らしてる。

「ああ、もう! なんで、こんなに広いかな~ぁ!」

「この広さは大変だね」

「あ、サヤチン、お帰り。今日もテッシーと楽しく過ごせた?」

「おかげさまでね。ありがとう」

「それは良かったよ」

「………」

 ごめん、ごめんなさい、ぜんぜん気づいてないけど、本当に、ごめん。

「サヤチン、なんで泣いてるの? テッシーと何かあった?」

「ううん、目にゴミが入っただけ」

 このまま隠し通そう、絶対に。

 

 

 

 サヤチンの部屋で目が覚めたから、今日はサヤチンの日みたい。たまには二度寝しないで、ちゃんと起きよう。

「……おっぱいが重い……」

 起き上がると、おっぱいの重さを感じる。おっぱいが大きいのも慣れてくると、自慢っていうより、重いってことの方が負担かも。暑いと、下に汗が溜まるってのも新発見だったし。

「おはよう、私」

 腕時計を受け取りに来たサヤチンが私の身体で挨拶してくれる。

「うん、おはよう。もう一人の私。この入れ替わり現象も慣れてくると、どっちも自分って気がしてくるね。もうサヤチンちの冷蔵庫を開けるのに、遠慮もしないし」

「……。私の身体で、宮水さんちの冷蔵庫を遠慮なく開けないでよ」

「そうだね。それは気をつけないとね。はい、腕時計」

「ありがとう」

 サヤチンが私の身体でテッシーに会いに行くと、ヒマになる。

「ヒマだなぁ……バイトでもあればいいけど、お店も何もないし……」

 この町にはバイト先もない。夜には閉まるコンビニも固定したアルバイトとパートさんで回ってるから、夏休みの高校生は部活がないと、やることがない。

「サヤチンとテッシーとも遊べないし……四葉と遊ぶのも、この身体だとボロがでそうだし」

 もう一度、ベッドに寝転がった。

「やっぱり、二度寝しよ」

 サヤチンの家はエアコンがよく効いて最高なんだよね。このまま、名取早耶香として生きたいよ、私は。

 

 

 

 暑い、暑さで目が覚めて、私は私の部屋だと気づいた。

「私のターンか……うちのエアコンは微妙に効きが悪いし、家全体が古いから……」

 起きると、すぐにサヤチンに腕時計を渡して二度寝しようとしたけれど、四葉に起こされた。

「お姉ちゃん、今日は雨乞いあるから、ちゃんと起きて」

「え~……別に水不足でもないのに、雨乞いしなくてもいいと思わない?」

「定例祭は決まってるんだから、仕方ないよ」

「はぁぁ……」

 町の人が知ってる大きな祭りの他に、小さな小さな祭りが、いくつもある。誰も見物人がいないのに、わざわざ巫女服に着替えて、神社で祝詞を唱えたりする。

「……この暑いのに……、いっそ裸祭りにしてくれれば…」

「そんなのあったら、お姉ちゃんは泣いて嫌がるよ」

「………わかってるよ……はぁぁ……水遊び祭りならいいのにね? 水着でさ」

「早う布団から起きい!」

 四葉に怒られた。

 

 

 

 今日も私は三葉ちゃんの身体で克彦に会いに来た。

「おはようございます」

「おはよう」

 にこやかに克彦のお母さんが迎えてくれる。

「今日は三葉ちゃんの番なのね」

「はい、お邪魔します」

「どうぞ」

 今までと、まったく同じ雰囲気で迎えてくれるのが逆に怖い。確実に息子とエッチしたことを知ってるはずなのに、そのことを、まったく感じさせないなんて、本当に女って怖いなぁ。

「おはよう、克彦」

「おう、おはよう」

 克彦の部屋に入ってベッドじゃなくて椅子に座った。まさか二度も三葉ちゃんの身体でエッチするわけにはいかないから、一昨日もキスと、おっぱいだけにとどめてる。今日も二人で過ごしたいけれど、エッチはしないつもり。

「………」

「………」

 そう決めてキスしてたのに、だんだん抱かれたくなってしまってベッドの上で服を着たまま抱き合った。それでも下着を脱いだりはしないで、お昼前に一階へおりて、克彦のお母さんを手伝った。

「お手伝いします」

「あら、気を遣わなくてもいいのよ。早耶香ちゃんに何か言われた?」

「…いえ…なんとなく…」

 探りの入れ方が絶妙ですよ、お母さん。

「いつも、ごちそうになって、すいません」

「そんなこと気にしなくていいのに」

 昼食の準備を手伝って克彦を呼んで三人で食べる。今日は居間のテレビがついたままだった。

「お昼のニュースをお伝えします。内戦の続くパプア・ニューギニアでは独立派による無差別攻撃によって3000人以上の市民が犠牲になる…」

「「「いただきます」」」

 食べ始めてから、克彦のお母さんが言う。

「克彦、テレビを切ってちょうだい」

「あいよ」

 静かになると、食べながら訊かれる。

「三人とも、よく飽きずにパズルを続けてるわね」

「はい…まあ…」

「やりだすと面白いんだよ」

 克彦のウソは見抜かれたのか、見抜かれてないのか、わからないけど、我ながらパズルという口実の選択は賢かったと思う。食べ終わって片付けも手伝ってから、克彦と二人きりになった。

「宿題する? それともパズル?」

 私の質問にはキスが返ってきて、またベッドの上で抱き合った。服は脱がないようにしよう、おっぱいまでにしよう、そう決めていたのに、一昨日は克彦も、それで満足してくれたのに、克彦も私も、抱き合っているうちに我慢できなくなって服を脱いで、また一つになってしまった。とうとう二度も、三葉ちゃんの身体で克彦とエッチしてしまった。血は出なくて、前回より気持ちよくて、泣いたりはしなかったけど、口止めだけは繰り返ししておいた。

 

 

 

 朝、私は私の身体で三葉ちゃんの部屋に腕時計を取りに行って言われた。

「たまにはサヤチンとテッシーと遊びたいよ。ずっと、会えなくて淋しい」

「そうだよね。ごめん」

 毎日、朝に腕時計を受け取って終わるから、三葉ちゃんとしては生活に変化が無くて淋しいのはわかる。今日は、お互い、自分の身体だから、問題ないかな、と克彦の家へ二人で行った。

「「おはようございます」」

「おはよう。今日は二人なのね」

「「お邪魔します」」

「どうぞ」

 二人で行っても克彦のお母さんは、にこやかに迎えてくれて、克彦の部屋に入ると、むしろ克彦の方が驚いた。

「お…おう。お前ら、二人で来たのか」

「うん、たまには会い…、…たまには二人でね!」

 たまには会いたくて、と言いそうになった三葉ちゃんのうかつさに違和感を持つよりも、克彦の視線は私の手首にある腕時計にきてる。

「そうか。まあ、座れよ」

「ありがと」

 三葉ちゃんが椅子に座ったから、私には選択肢が無くて、克彦がいるベッドに座った。三葉ちゃんがテーブルにあるパズルを見て言う。

「パズル、あんまり進んでないねぇ」

「昨日も見ただろう?」

「「………」」

 うかつ過ぎだよ、三葉ちゃん。なんだか、不安。まあ、その注意力の無さのおかげで二度も克彦とエッチしたことが、バレてないのかもしれないけど。

「き、昨日に比べてってことだよ。テッシーが一人で夜にでも頑張るかなぁ、って」

「基本、ほとんど早耶香がやってるよな」

「うんっ!」

 嬉しい、ときどき頼んでる呼び方の変更が、だんだん定着してきてる。

「そっかぁ。私もパズル、やっていい?」

「「………、どうぞ」」

 うかつ過ぎるよ、っていうか、状況がわかってない。ほとんど名取早耶香の手がやってるけど、昨日は普通に宮水三葉の手が触ってるんだよ、そのパズルに。ダメだ、夏休みの間に、かなり会ってないから、状況認識がズレてる。しかも夏休みボケまでしてる感じ。それでもなんとか、フォローしながら、お昼前まで三人でパズルを囲んで克彦のお母さんが昼食の準備をする前に解散した。克彦の家を離れてから言う。

「三葉ちゃん、うかつ過ぎだよ。いろいろと」

「ごめんごめん。油断した」

「わきが甘いっていうかさ。一言一言、もう少し考えようよ」

「うん、そうする。親しい仲だけど、ちょっと会わないうちに、なんか変わるね」

「……そうかもね。お昼ご飯、どうする?」

「それぞれに食べて、もう一回、会おうよ。宿題でもしよ」

「そうだね。どこでする?」

「サヤチンの家! 涼しいから!」

「はいはい。それなら、うちでご飯も食べてよ。お母さんに頼むし」

「うん、ありがとう! サヤチンのお母さん、料理うまいもん! 大好き!」

「一葉お婆さんも、うまいよ。とっても美味しい」

「美味しいけど、微妙にカロリーが軽いというか、ボリュームが無いというか」

 三葉ちゃんの視線が私のおっぱいにくる。いやいや、食べると、おっぱいだけじゃないんだよ、つくのは。

「ボリュームが無いのは、お歳のせいもあるかもね。あれで十分、三葉ちゃんと四葉ちゃんの好みも考えてくれてる感じだけど、どうしても10代と80代だと、食べる物は、かなり違うもんね」

 ここ数ヶ月、朝昼晩と、お互いの家庭料理を知り尽くしてるので、そんなことを話ながら三葉ちゃんと夕方まで過ごしてから別れた。

 

 

 

 朝、というか昼、起きたらサヤチンの身体だった。もう腕時計は朝のうちに持っていってくれたみたい。顔を洗ってリビングのソファに座ったら、お姉ちゃんがテレビを見てた。

「お姉ちゃん、仕事は?」

「有給」

「……デートしないの?」

「あいつは仕事」

「甲子園、第7試合は都立神宮高校をくだし…」

 テレビが甲子園をやってる。

「岐阜県は、どこの高校が出てるの?」

「知らないよ。あんた、現役高校生なんだから、知らないの?」

「興味ないし。糸守高校じゃないことは、たしかだよ」

「糸守高だったら、町全員が知ってるし、こんなとこでテレビ見てないで甲子園に全職員で行ってるよ、きっと」

「全職員で行くんだ?」

「当番のこしてね」

「役場って当番あるの? 何の?」

「婚姻届とか、常に対応しなくちゃいけない届出もあるんだよ、あとは災害かな」

「ロマンティックなのと、現実的で、あってほしくないのだねぇ……」

「婚姻届も、いざ書類になると、ぜんぜんロマンティックじゃないよ。面倒なだけ」

「お昼のニュースをお伝えします。広島県で発生した50年に一度の豪雨により行方不明となった方が発見され、これで今回の豪雨による犠牲者は36名と…」

「ほら、こういうのへの対応だよ」

「なるほど。………50年に一度かぁ……最近、よく、そういう言い方しない?」

「するね。まあ、行政的な言い訳にもなるんだよ、100年に一度、1000年に一度の災害だったら、想定外でした。防災計画もありませんでした、そんな、めったにない災害のために予算組んでませんから、って」

「1000年に一度だと、どれくらいの災害になるの?」

「う~ん……コレラかペスト……あれは伝染病だから、地震だと……まあ、万単位で人間が死ねば、そういうレベルかな。ちなみに死者数で言うと、地震って飛行機なみに人が死なないよ。マラリアの方が、ずっと多くの人が犠牲になってる、今でも。ただ、先進国では問題にならないから、あんまりニュースにもならないけどね。人間を、もっとも多く殺すのはマラリアを運ぶカだよ。日本には、まず関係ないけど」

「へぇぇ……お姉ちゃん、物知り」

「公務員試験には、いろんな一般教養が出るからね。最後の面接は縁故が効くけど、最低限の点数は取らないといけないから」

「じゃあ、一万年に一度の災害は、どんなの?」

「………あんた、ヒマなんでしょ?」

「うん!」

「花の17才が……まあ、いいわ。一万年に一度ねぇ………人口が半減するような飢饉とか、火山活動による寒冷化かな」

「じゃあ、一億年に一度」

「あんたは小学生か!」

「エヘへ」

「だいたい人類の歴史が5万年前後しかないんだから、億単位となると、もう恐竜を絶滅させた隕石落下くらいじゃない。あれが2億年前だったはず」

「10億年は?」

「十億単位になったら、それはもう地球そのもの滅亡だよ。まあ、あと60億年もすれば太陽が巨大化して全部おしまい」

「………逃げられないの?」

「若い恒星まで移動できる技術があれば、生き残れるんじゃないかな。私たちの遠い子孫が」

「頑張ってほしいね」

「…………あんた、本当にヒマなのね。海でも行く?」

「うん!! え? でも、海って、どうやって? この時間から?」

「クルマでよ、このくらいの時間からの方が、日焼けが軽くていいの。行く?」

「うん、行きたい!」

「よし、行こう。5分で朝ご飯を食べておきなさい。私は準備するから」

「はーい」

 冷蔵庫から卵をもらって、卵かけご飯を食べてる間に、サヤチンのお姉ちゃんが準備を終えたから、クルマに乗った。高速道路にのってから、ちょっと後悔した。サヤチンのお姉ちゃんは平均130キロ、速いと160キロまでスピードを出すから。そして、石川県の海岸に到着して、私のために持ってきたっていう水着を渡されて、もっと後悔した。

「お姉ちゃん……この水着、ほとんど紐だよ……」

「大事なところは隠れるから、まあ着てみなよ」

「ぅぅ……」

「ここまで来て、海に入れないのは残念でしょ」

「……罠だ……これは罠だ……」

 入れ替わりが始まった当初は羞恥心が少なかったけど、だんだん、このサヤチンの身体も自分の身体みたいに感じてきてるし、ブラチラくらいなら平気だけど、こんな紐みたいな水着で海岸を歩くなんて。

「さっさと着ないと、置いて帰るよ」

「……ぅぅ……わかりました…」

 仕方なく着た。

「うん、なかなか似合うじゃん」

「……ぅぅ……お姉ちゃんの水着の方が、まだ露出が少ない。ずるいよ」

 サヤチンのお姉ちゃんが着てるのも紐ビキニだけど、貸してくれた水着の倍くらいは布面積がある。

「それ、去年、買ったけど、さすがに露出多くてお蔵入りしてたから」

「って! 自分で着れなかったから私に着せたの?!」

「まあねン」

「……ひどい……」

 姉妹関係って、いろいろなんだ。私と四葉じゃ、どうなっても、こうならないよ。ごめん、サヤチン、こんなカッコで海岸を歩いて、そして、お姉ちゃんのナンパに付き合わされて、ごめん。

「お姉ちゃん、泳ぎにきたんじゃないの?」

「海ってナンパされに来るところだよ」

「……彼氏いるんじゃないの?」

「それと、これは別だし。どうせ、ナンパしてくる男なんて、ろくなのいないから、ちょっと会話して終わりだよ。もしかしたら、砂浜からダイヤモンドが見つかるかもしれないって確率くらいで、いい男がいるかもしれないけど、基本は全部パス。あんたも、いい経験になるから付き合いなさい」

「ぅ~……」

 夕日がキレイな砂浜で何組かの男の人にナンパされる。水着が水着だから、どんどん声をかけられるけど、おっぱいも脚もジロジロ見られるし、落ち着かない。

「日が暮れたね。早耶香、もう帰りたい? それとも片町にでも行く?」

「カタマチって?」

「金沢の繁華街」

「う~ん………行きたいような……怖いような……」

 迷ってると、お姉ちゃんがタメ息をついた。

「あんた、月経、始まってるよ」

「え? うわっ?!」

 足元を見ると、思いっきり経血が垂れて脚が汚れてる。

「女としての基本でしょ。どうも、さっきから男どもの視線が、早耶香の脚ばっか見てると思ったら……はぁぁ…」

「ううっ……ぜんぜん症状がなくて…」

「早耶香は、とくに軽いもんね」

「恥ずかしいよぉ……助けて、お姉ちゃん…」

 サヤチンの生理は、すっごく軽い。二日目でも、ちょっと身体がダルいくらいで一日目なんて、ぜんぜんわからない。なのに、私の身体みたいに28日で、きっちり来るんじゃなくて、けっこう日がバラつく。

「ほら、あっちで有料の温水シャワーあるから。ナプキンは?」

「持ってきてないの」

「タオルで押さえて、コンビニ行こう。片町は、また今度にして、帰ろうか?」

「ぐすっ…ごめんなさい。帰りたい」

「よしよし」

「…ぅぅ…」

 ごめん、サヤチン、こんなカッコで砂浜を歩いてナンパされて、生理まで失敗して、本当に、ごめんなさい。でも、半分はサヤチンのお姉ちゃんが悪いんだからね、そこんとこ、よろしく。

 

 

 

 翌朝、私は私の部屋で起きると、もうサヤチンが来てた。生理二日目なのに、きっちり起きられるなんて、羨ましい。

「…ということが、ありました。ごめんなさい」

 昨日のことを説明して謝った。

「そう。この日焼けの痕は、それなのね。まったく、あの外弁慶姉はァ…」

「そとべんけい?」

「うちのお姉ちゃん、町にいるとき猫かぶってるの。で、町を出ると猫を脱いで虎になるの。さらに岐阜県を出ると、弁慶になるの。だから、外弁慶」

「へぇぇ……そういえば、高速道路でスピードアップしたのも、岐阜県を出てからだったかも」

「岐阜県警に捕まるのがイヤなんでしょ。立場上」

「なるほど」

 感心しつつ腕時計を渡す。

「サヤチンの方は、どう? テッシーと仲良くしてる?」

「うん、ありがとう。仲良くしてるよ」

「そっか。よかった」

 いきなりの海は大変だったけど、サヤチンに怒られなくてホッとしたよ。よかった。

 

 



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7話

 

 

 もう夏休みが終わってしまう、あっという間だった。私は克彦の部屋で昼寝から目覚めて、腕時計を見つめた。身につけているのは、この腕時計だけ、あとは裸。

「ねぇ、克彦」

「ん?」

 いっしょに寝てた克彦も起きた。

「私と何回、エッチしたか、覚えてる?」

「………さ…さあ…」

「今日で13回目だよ」

「……そうか…」

「…………」

 最初から3回目くらいまでは躊躇いと罪悪感があった。三葉ちゃんの身体なのにって。でも、ついつい克彦に求められると応じてしまっていた。夏休みの後半は、ただエッチするために会ってた。

「明日から二学期だね」

「ああ……」

「今、このまま、この時間が、ここで止まればいいのに」

「……そうだな…」

 もう一度、抱き合っているうちに夕方になる。

「……帰りたくないなぁ……パズルも、あと少しだし」

「早耶香が頑張ってくれたからな」

 一つだけ名取早耶香に、この夏の進展があるとしたら、ようやく克彦が早耶香って呼んでくれるようになったこと、それを繰り返し、私の口からも三葉ちゃんの口からも求めておいたから、やっと定着してきてる。私は嬉しくなってピースを一つ持つと、あと少しのパズルに向かった。

「う~……あと少しなのに…」

「……………そうやってると、お前と早耶香、そっくりだな」

「そう? そうかもね」

 中身は同じですから。

「あ、ここかな。よし、ハマった。あと5つ、今日中に終わりそう!」

「………それさ、ラストは早耶香にやらせてやれよ」

「ん~? ……なんで?」

「ほとんど9割以上、あいつがつくったんだしさ。ラストを決めたいだろ」

「優しいんだね。ん~……でも、明日は始業式だしさ。……今すぐにでも……ほら、あと3つ」

 夏休みの前半には進みが悪かったパズルも私がピースを見る目を養えたことと、だんだん進むにつれ、残りのピースの山からの選択肢が減る分、進む速度があがっていて、今にも終わりそう。克彦が譲ってやれっていうのは、わかるけど、その完成を今までつくってた私が、今、やりたいんだよ。あと1つ。

「あと1つになっちゃった。1つくらい残しておいても、しょうがないし。今日完成させてこそ、夏休み中に終わったって言えるから。はい、おしまい。完成! ヤッター!」

「………意外と残酷なことするなァ……」

「いいじゃん。終わらせたい気分だったの。きっと、そんなに残念がらないよ。いっしょに喜んでくれるはず」

 今、私が嬉しいですから。夏休み最後になるキスをしてから克彦と別れて、宮水の家に帰った。

「お帰り、お姉ちゃん。今日は遅かったね。パズル完成した?」

「フフ、したよ。やっと完成!」

「よかったね。でも、夕ご飯の当番サボったから、明日やってよね」

「…はい…ごめんなさい」

 ごめん、三葉ちゃん。

「あと、ゴミ出し」

「はーい」

 しっかりした妹さんだこと。この子がいなかったら、両親不在で、どうなってたんだろう。お婆さんは頭はしっかりしてるけど、足腰にきてるし。四葉ちゃんと一葉お婆さんが用意してくれた夕食をいただきながらテレビを見る。うちの家は、あんまり食事中にテレビはかけない。この家は、やっぱり家族が欠けてて淋しいのかも。

「北朝鮮では食糧不足から、飢餓に苦しむ子供の数が毎年2万人から3万人…」

「お姉ちゃん、お魚の焼き方、まずかった?」

「ううん、そんなことないよ」

「ならいいけど。不味そうな顔してるから」

「四葉は、美味しい?」

「自分で焼いたからね。美味しいよ」

「ホント、えらいね」

 夕食が終わると、四葉ちゃんがお風呂に呼んでくれる。

「お姉ちゃん、そろそろお風呂に入ろう」

「う~ん……今日も一人で入りたいかな」

 エッチの後だから、しっかり身体を洗いたいし、そういうところを妹さんに見られるのは避けたい。あと洗濯物も。

「四葉、洗濯は私がするから、洗った方がいいもの。放り込んでおいて」

「はーい」

 四葉ちゃんのお風呂が終わるのを待ってから交替で脱衣所に入って裸になる。脱いだショーツに貼りつけてあったナプキンを見た。

「…………月経、…まだ、来ないの……」

 たしか、お盆の終わりくらいが月経予定日だったはずなのに、まだ月経が来てない。まあ、このくらいのズレは私だと、ときどきあるし、こんなものじゃないかな。ナプキンをしていたおかげでショーツのクロッチは汚れてないから、そのまま洗濯機に入れられるし。克彦とのエッチの痕跡で汚してしまったナプキンは、しっかり丸めて袋に入れて捨てる。

「これで、よし」

 洗濯機を回してから、浴室に入ったときだった。

「ぅっ……」

 お湯の匂いというか、水の匂いというか、その湯気の匂いが鼻に入った瞬間、猛烈に気持ち悪くなってきた。さらに小学生女子の匂いも残っていて、今まで一度も気持ち悪いと思ったことないはずなのに、吐き気がするほど臭い。

「…ぅっ……ぅっ……うえっ! うええええ!」

 浴室の中で嘔吐してしまった。せめて手桶の中に吐こうとしたけど、その余裕もないくらい急激で強烈な吐き気が続く。

「うええ! うえええええ! ハァハァ! うえええ!」

「お姉ちゃん、大丈夫? どうかした?」

 脱衣所の外から四葉ちゃんの声。

「…な…なんでもない! 平気! ぅっ…ぅえ…ぅえええ!」

「吐いてるの?」

「何でもないから!」

「……ふーん……」

「…ハァ……ハァ…」

 まだ吐き気はするけど、もう胃に何もない。夕飯だった焼き魚と白米、お味噌汁、トマトとキュウリが浴室の床に拡がってる。

「……ハァ……お風呂場でよかった……」

 風邪とか乗り物酔いで吐いたときに比べて、本当に一瞬で一気に来る吐き気で、しかも吐いてる間も次々と吐き気の波が来て、ものすごく苦しかった。周りを汚さないように手桶に吐こうとか、一カ所に吐こうってことができないくらい苦しくて、吐き散らかしてしまった。せめて、お風呂場だったのが幸いで後片付けはしやすい。自分が吐いた物の匂いにも苦しみつつ、洗い流して片付けた。

「…………焼き魚……古かったのかな………きっと、そうだよ……こんな山奥だし……海から運んでくるのに時間かかるから……」

 違う、自分でわかってる、トラックなら富山湾で朝獲れた魚がお昼過ぎには糸守へも来る、古くないはず、四葉ちゃんも美味しそうに食べてた。でも、私はなんだか臭いなぁ、って思いながら食べた。お湯の匂いさえ、ムッときたし。四葉ちゃんの匂いが残り香だったのに臭かった。味覚と臭覚が、変わってる気がする。そして、まだ月経が来ない。三葉ちゃんの身体は28日で、しっかり来るはずなのに。

「……まさか……まさかね」

 お湯に浸かったのに寒気がして身震いした。

「………そんなはずない……ちゃんと避妊だって……」

 当たり前だけど避妊はしてる。そこは絶対、守ってる。でも、最初の1回、2回目、3回目までは、エッチするつもりじゃなかったのに、気がついたらエッチしてたから、避妊もしてない。

「…たった3回くらいで……」

 どうしよう、どうしよう。お風呂の中なのに冷や汗が噴き出してくる。

「………お願い……来て……お願いだから来てよ。ね?」

 三葉ちゃんの下腹部にお願いしてみたけれど、返事は無かった。

 

 

 

 朝起きて、今日は自分自身だった。夏休みの宿題をカバンに入れて、通学路に出ると、克彦に出会う。

「おはよう、克彦」

「おう、おはよう、早耶香」

「暑いね」

「暑いな。……夕べ、パズルが完成したの、三葉から聞いたか?」

「ううん、完成したの?」

 ヤバイ、月経が無いことに動揺して、三葉ちゃんに、そのことを伝えてない。今からメールしても読まずに通学路に出てくる確率の方が大きい。

「いや、まあ、一応、三葉が完成させたんだけど、その後、オレが、うっかり引っかけて一部を壊してしまったんだ。そこそこ直したけど、まだ完璧じゃない。始業式が終わったら手伝ってくれないか?」

「うん、いいよ!」

 これはウソなのかな、わざと壊してくれたのかな、それとも、うっかり本当に壊したのかな、どっちにしても嬉しい。もう完成してしまったから克彦の部屋へ行く口実が無いから。

「三葉のやつ、遅いな」

「そうだね……」

 通学路で待ってるけど、まだ三葉ちゃんは来ない。そろそろギリギリ。

「夏休みボケか……お、来た」

 三葉ちゃんが眠そうに四葉ちゃんに手を引かれて来た。まだ、目が半分、寝てる。

「おはよう、三葉、四葉ちゃん」

「おはよう、三葉ちゃん、四葉ちゃん」

「おはようございます。じゃ、これ、よろしく」

「四葉、ありがとう……ん~……眠い……この頃、やたら眠くてさ……ううっ……もっと夏休みが続けばいいのに……」

 フラフラと、まだ眠たそうな三葉ちゃんを支えるように克彦が抱いた。

「ん~……ありがとう……っ?!」

 お礼を言ってから、男子に抱かれたことに気づいて三葉ちゃんが弾け飛ぶみたいに離れた。

「やめてよ! いきなり!」

「「………」」

「あ、そっか。これ」

 三葉ちゃんが腕時計を私へ渡してくれる。

「…三葉………」

「今日は気分じゃない日だから私に近づかないで」

「……わかったよ……」

「「…………」」

 あまり会話なく、学校まで行った。おかげでパズルのことを克彦に気づかれずメールで伝えたけど、問題は始業式の最中に起こった。蒸し暑い体育館に全校生徒が整列して、校長先生からの話を聴いているとき、列の後ろの方で誰かが吐いた。

「ぅっ…ぅえええ! うえええ!」

「宮水さん、どうしたの?」

「うっ…うええ! うえええ!」

 体育館の床に朝食だった嘔吐物が拡がって、三葉ちゃんが苦しんでる。ユキちゃん先生が駆け寄って介抱する。

「誰か宮水さんを保健室へ! 保健委員の人は?!」

「私が行きます!」

 私は手を挙げて言った。

「じゃあ、名取さん、お願いね。他のみんなは列に戻りなさい。後片付けは先生がします」

「三葉ちゃん、歩ける?」

「…うん……ハァ…ぅっ…ぅえ……ハァ…」

 まだ吐き気が続いてる三葉ちゃんを連れて保健室へ行こうとしたとき、男子の誰かが言った。

「妊娠してたりしてな」

「「っ……」」

 それは冗談だったけれど、私も三葉ちゃんも過剰に反応してしまってビクッとなった。女性としてユキちゃん先生が怒ってくれる。

「冗談でも、そんなことを言うのは非礼ですよ!! 体調の悪い女子に向かって、なんてことを言うんですかっ!!」

「ぃ、行こう、三葉ちゃん」

「…うん…」

 とにかく体育館を離れて、保健室へ二人で行った。保健室に着く頃には吐き気も治まってくれた様子で汚れた口元を濡れタオルで拭いただけで処置は終わる。

「……………」

「……………」

「……ねぇ……サヤチン……」

「………うん……」

「…………」

「……どこかで……二人で話す?」

「…………うん…」

 保健室だと、先生と他に数人、寝てる人がいたから私たちは学校内で二人きりになれそうなところを探して結局、女子トイレの個室に入った。

「………………」

「………………」

「………私……生理……来てないんだよ……」

「…み……みたい……だね…」

「……もう2週間………こんなに遅れたこと……ないのに…」

 そこまで言った三葉ちゃんが涙を零した。両目から、はらはらと涙の粒を零すから、つられて私まで泣けてくる。泣いてしまったら、もう隠し通せないのに、泣けてきて止まらない。

「…ぅっ……ひっく…」

「ぅぅ……うっ…」

「……サヤチン……テッシーと……ぅっ……私の身体で……何して……」

「ごめんなさい!! ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!!」

 謝って何度も頭を下げてるうちに、私はトイレの床に両手をついて土下座していた。

「…………ウソだよね? ……サヤチン……ねぇ……」

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさいいい!」

 泣きながら謝ってると、三葉ちゃんは腰が抜けたみたいに、床へ座り込む。

「……私………の………身体…………、……妊娠して………。………私……バージン……じゃ……ウソ…………ウソだよ…ね………ねぇ……ウソだって……ぅっ…ぅっ、ううっ、うわあああん! うわああああん!」

 ショックが大きすぎて三葉ちゃんが大声をあげて泣き出したから、その口を手で塞いだ。

「大きな声を出さないで! みんなにバレちゃうよ!」

「ぅぅうっ……ぅう……ぐすっ……ひっく…」

 今は女子トイレ内に誰もいない気配だけど、大声で泣かれると、誰かに聴かれるかもしれない。それをわかってくれた三葉ちゃんは声を殺して泣く。

「…ぅぅ……ぅううぅ……」

「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」

「…ひぅぅ……ひどぃぃ……ひどい…」

「三葉ちゃん、ごめん、ごめんなさい。本当に、ごめん」

「…ぅうう……ぅううぅ…」

 声を殺して泣き続ける三葉ちゃんを抱きしめて、私は謝り続けた。なんとか落ち着いてくれるまで、どのくらい時間がかかったのか、何度か、他の女子がトイレを出入りする気配もあったけど、声をあげずに泣いてくれたおかげで誰にも気づかれずに済んでる。始業式が終われば、部活の無い生徒は帰ってしまう。校舎全体が静かになってきた。

「…ぐすっ……ひっく……」

 それでも三葉ちゃんの涙は止まらないし、身体は震えてる。

「…三葉ちゃん………」

「ぅぅうぅ…ひぅぅ……」

「…………」

 本当に悪いことしたって、思う。本人の知らないうちに男子とエッチして、妊娠までさせてしまった。なんで、こんなことになったんだろう、なんて、うかつなんだろう、私は。この責任………この責任を取る方法なんて………。

「落ち着いて聴いて。三葉ちゃんは何も考えなくていいから。これから、どうするかは、私が私の責任で決めるから、だから、三葉ちゃんは……どうか、落ち着いて」

「ぅぅっ……責任……どうする……気なの?」

「…………、方法は一つしかないよ。でも、三葉ちゃんは落ち着いて………私が三葉ちゃんになってる日に……ぜんぶ、終わらせるから」

「……終わらせるって?」

「…………言わないと……わからない? ……妊娠を終わらせるコトだよ」

「……それって……」

「悪いのは全部、私、三葉ちゃんは罪悪感なんて感じなくていい……悪いのは私。決めたのも私」

「……………赤ちゃん……」

 三葉ちゃんが下腹部を撫でた。

「……三葉ちゃんは、なにもしなくていいから……考えなくていいから。全部、私が責任を取るよ」

「…………………」

「立てる?」

 三葉ちゃんを支えてトイレの床から立ち上がらせた。

「………ぐすっ………ひっく……ぅううっ! うあああああん!」

「…………」

 また泣き出した三葉ちゃんを抱きしめて、なんとか落ち着ける。今度は5分くらいで泣きやんでくれた。

「よく聴いて。さっき、三葉ちゃんが体育館で吐いたのは、夏バテ、ただの夏バテだから」

「…ぐすっ……」

「だから、今日は家に帰って、ゆっくり休もう。あとは私が考えるから。ね?」

「………うん……」

 女子トイレの手洗いで二人とも顔を洗って、静かになった校舎から出る。昇降口の下駄箱のところで克彦が待っていた。

「三葉、体調、悪いのか?」

「………」

「たいしたことないよ、ただの夏バテだって」

「そうか。それなら、よかった」

「っ、よくない!! ぜんぜん、よくない!!」

 三葉ちゃんが叫んだから、克彦が目を丸くして驚いてる。

「三葉……」

「二度と私に触らないで!! 私に近づかないで!!」

 叫んだ三葉ちゃんが私の手首にある腕時計を指した。

「これも二度としない!! もう絶対!! テッシーは私に近づかないで!! ずっと大嫌いな気分だから!! こんな時計!! サヤチンにあげる!!! だから絶対っ、私に触らないで!!」

「三葉……」

「三葉ちゃん……」

「大っ嫌い!!!」

 叫んだ三葉ちゃんが走っていく。克彦が茫然としてる。

「……三葉………なんで………」

「克彦………」

「…………オレ……あいつに嫌われるようなこと……したか?」

「………………」

「……三葉………あいつ……何を考えてるんだよ………チクショー……」

 克彦が泣きそうになってるから、その背中を撫でた。

「……わけ、わかんねぇよ……三葉…」

「………………」

「…ぐすっ………」

 泣きそうになったけど、克彦は泣かなかった。こういうところは男子なんだなって想う。

「…………」

「…………」

 無言で克彦が帰り始めるから、私もついていく。ずっと、何も話さなかったけど、お互いの家への別れ道で、私は克彦の家へ向かう方へ脚を進めた。

「なんで、ついてくんだよ?」

「………パズル、完成させたいから……ダメ?」

「……そうだったな。いいよ、完成させてくれ」

 克彦の部屋にあがると、少しだけ壊れたパズルがあった。うっかり引っかけたのか、わざと壊してくれたのか、よくわからないけど、すぐに直せる程度にしか、壊れてないし、もう絵柄は完成してるから、あっという間に直せた。たぶん、克彦が直そうとしても、すぐに直ったと思うから、私のために完成をとっておいてくれたんだって感じた。

「……完成。……ヤッタ……できたよ……」

「そうか、よかったな」

「……………」

「……………」

「………ねぇ……」

「なんだ?」

「次のパズルを買って挑戦してもいい? この部屋で」

「………いいけど……自分の部屋でしないのかよ?」

「ごめん、一人だと淋しい」

「……………まあ、いいぞ……」

 克彦はOKをくれた。

 

 

 

 朝、私はサヤチンの部屋で目が覚めて、つわりの気持ち悪さからは解放されたけど、気持ちの重さは同じだった。

「…………」

 あの腕時計は、手首には巻かれて無くて、大切そうに机の上にあった。

「……………」

 もう二度と、巻きたくない。この入れ替わり現象は最悪だよ。スマフォが鳴ってる。私のスマフォからの着信。

「…もしもし」

「もしもし、…私です」

「………サヤチン、その私の身体で、もう絶対にテッシーに近づかないで」

「わかってる。本当に、ごめん」

「…………」

「体調は、どう?」

「……この身体は平気。……そっちこそ、どうなの?」

「うん……それなりに……匂いが、こたえる。いろんな物の匂いが……きつい…」

「そう……」

「学校、どうする? 気持ちが落ち着かないなら、休んでくれていいよ」

「………そうさせてもらっていい?」

「うん」

「…………サヤチンは、どうするの? 私として出席できるの?」

「そうしておく方がいいと思うの。あとで何日か欠席しないといけないかもしれないし。ただの夏バテだって、みんなに思ってもらえるよう、頑張るよ」

「……そう……じゃあ、そうして……でも、絶対にテッシーに近づかないでよ」

「うん、本当に、ごめん。………腕時計も巻かないから、克彦とは会話もしないようにするよ」

「約束だからね」

「はい」

 電話を切って、サヤチンのお母さんに気分が悪いから欠席するって言って、またベッドに戻った。

「………………」

 何も考えたくない。

「……………ぐすっ……ぅぅ…」

 泣いたって、何も解決しないけど、泣けてくる。

「……ひどい………ひどいよ………サヤチン……」

 声をあげて泣くと、サヤチンのお母さんに心配かけるから、ずっと静かに泣いてたら、放課後になって私の身体が訪ねてきた。心配そうに訊いてくれる。

「……調子は、どう? 気分は?」

「………よくないよ……。身体は元気だけど………そっちこそ、学校で吐いたりしなかった?」

「食べる物に気をつけてみたら、なんとか」

「そう……それより、テッシーと何もしてないよね?」

「それは誓って」

「信用してるからね」

「本当に、何もしてないよ。目も合わせないようにしてたから」

「……ありがとう」

「お礼なんて言わないで……悪いのは私だから」

「…………」

「あと、これから、お姉ちゃんが仕事から帰ってきたら、お金を貸してくれるの。それを借りておいて」

「お金? なんで?」

「………必要だからだよ。私の貯金もあるけど、お姉ちゃんから10万円、借りるの」

「10万円も?」

「そのくらい要るんだよ。堕ろすのに」

「………………」

「本当に、ごめんなさい」

「…………。サヤチンのお姉ちゃんには、話したの?」

「話してはない。お姉ちゃんへは、何も言わずに10万円貸してください。パパとママにも言わないで、このことは誰にも言わないで、必ず返しますって」

「…………いい……お姉さんなんだ……」

 私は四葉に、そう言われて貸せるかな………っていうか、そのとき、それだけの貯金があるかな、そんなことが四葉に起こらなければいいけど、万が一に備えておこうかな。

「じゃあ、もう帰るね。自分の家の匂いなのに、きつい。新築のせいかな、吐きそう」

「………ゆっくり休んで……四葉やお婆ちゃんに心配かけないようにしてよ」

「うん、じゃあ」

 サヤチンが私の身体で帰っていった。

「…………いくら、いるんだろう」

 サヤチンのスマフォで調べてみたら12万円前後だった。

「………………私の身体………」

 もう、あんまり考えたくない。何も考えたくない。このサヤチンの身体なのに食欲もない。また涙を流してると、7時過ぎに、お姉ちゃんが部屋に来た。

「はい、これ」

 糸守信用金庫の封筒を差し出してくれる。

「向こう3年間、無利子だけど、4年目から17%の利息をつけるよ」

「……はい、ありがとうございます…」

「ここにサインして」

 封筒とは別に借用証書って紙があった。なるべくサヤチンの筆跡になるよう署名した。しっかりもののお姉さんだ。きっと、四葉から私が借りても書類と利息はありそう。

「早耶香、泣いてたの?」

「なんでもないです」

「………そのお金、まさか、あんたが妊娠してるわけじゃないよね?」

「っ、違う! 違うから!! 妊娠なんて言った?!」

「言わなくても、わかるよ。何も言わずに10万円って、女子高生の妹が切実な顔で言ってきたら、それしかないから」

「…………」

「本当に、早耶香が妊娠してるわけじゃないのね?」

「はい、私じゃないです」

 信じてもらえるよう、お姉ちゃんの目を見て言った。

「そう、ならいいけど。………宮水さんなの?」

「っ、なんでわかるの?!」

「………あんたの交友関係で、お金出してまでって彼女しかいないし」

「お願い! 誰にも言わないでください!」

「わかってるよ。逆に忠告してあげる、秘密にするつもりなら、まず産婦人科も遠くに行きなさい。うっかり麓の市にある病院なんか行ったら即バレだから。糸守には産婦人科がないから、みんな町外に受診してるのよ。誰に見られるか、わかったもんじゃないし。あと、制服で行くようなバカ真似もやめなさい。顔も隠して、服装も気をつけて、できれば岐阜県外の産婦人科に。けど、富山と金沢市は微妙に近いから、そこへ受診してる妊婦も多いから避けた方がいいよ。あと未成年は保護者の同意が要るから、それも考えなさい」

「……保護者の……同意……」

「…………。偽造するケースも多いけど、厳密には有印私文書偽造って罪になるから、たとえ宮水さんに頼まれても早耶香が宮水俊樹とか、宮水一葉ってサインをしちゃダメだよ。あとあと、問題になったとき、あんたまでヤバくなるから」

「……はい…」

「普通、母親のいる家庭なら、父親に黙って堕ろすこともあるかもしれないけど、宮水さんとこは……、町長……機嫌悪くなるだろうなぁ……私たちにまで、とばっちり来るかなぁ……あのオッサン、イライラすると職員に……」

「お父さん……、………保護者の同意……」

「くれぐれも、早耶香が書類にサインするのは、やめてよね。うちまで巻き込まれるから!」

「……はい…」

「あと、心配だから付き添うってのも、危険だよ。さっき言った変装だって、二人そろって移動してると目立つし、最悪、噂されるとき勘違いされて早耶香が堕ろしたって話が拡がるかもしれないから、あの子、一人で行かせなさい」

「…はい…」

「だいたい、うちの妹に頼るって……まあ、あんたが友達想いなのは、いいことかもしれないけど、限度ってものがあるしね。お金を貸してあげたら、あとは自分で、ちゃんとしなって突き放すくらいでいいから、わかった?!」

「…はいっ…」

「借用書もちゃんと取るんだよ! この私がつくった借用書を参考に利息は5%にして。踏み倒されないように。ちゃんと避妊もしないようなダラしない子は、うかうかしてると秘密なのをいいことに借金まで踏み倒してくるから。だいたい、あの家系は他人から、お金をもらって当たり前くらいに思って生きてるよ。神社と寺の連中なんて、そんなもん。お金にも下半身にも汚いんだから! とくに、あのオッサンなんか娘を放り出して選挙に出るようなヤツなんだから、まともに子育てしようって意識がないのよ。そんな親なら、子も子だから、子供を捨てるってことが平気でできるの。早耶香も付き合う友達は選びなさい。欠陥ある家庭の子は、だいたい本人も欠陥あるから」

「はい…ぅっ…ぅっく…ひっく……ぅぅうう…」

「……早耶香が泣くことないでしょ。悪いのは、あの子なんだから」

 そう言ったお姉ちゃんが抱きしめてくれて、頭が変になりそうなくらい切ないのに、抱きしめてくれる温かさが、肉親として本当に妹を心配してくれてるお姉ちゃんの温かさだったから、心のどこかが引き裂かれるくらい痛いのに、心の別のところは慰められて、甘えて泣いた。

 

 

 

 つわりのある私の身体で目が覚めた。

「…………」

 吐き気がする。気持ち悪い。何も考えたくない。

「三葉ちゃん、水分だけは、摂ろう。脱水症状になると病院に行くことになるし、そうなるとバレるから」

「……ありがとう……」

 今が何時で、学校があるのか、ないのか、休むのか、行くのか、それも考えたくない。でも、サヤチンのお姉ちゃんにもらったアドバイスは伝えておかないと。私は教えてもらったことをサヤチンに話した。

「……遠方で………あとは同意か……わかった、なんとかする」

「………サヤチンがサインしちゃダメだよ……迷惑かかるから…」

「ありがとう。……迷惑かけたのは、私だよ、本当に、ごめん」

 謝ってくれたサヤチンがスマフォで色々調べながら、背中を撫でてくれたから、ちょっとだけ吐き気がマシになった。



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8話

 

 

 早朝、三葉ちゃんと私のスマフォが二重奏のアラーム音を鳴らして、私と三葉ちゃんを起こした。

「ぅぅ……死にそう…」

「………おはよう……大丈夫?」

 三葉ちゃんが私の口で問う。そして私は、つわりのある三葉ちゃんの身体で起き上がるけど、頭がグラグラして吐き気もする。それでなくても糸守発の始発電車に乗るための早起きは、つらいのに身体が重くて、このまま寝ていたい気持ちが布団に身体を縫いつけようとするみたいだけど、三葉ちゃんが私の手で支えてくれた。

「ありがとう…」

「やっぱり……つらい? 行くのやめる? ……赤ちゃん……」

「ううん……行く。……私が行く。私が悪いから……」

 夕べ、お互いが入れ替わることを見越して、二人で私の家に泊まってる。四葉ちゃんや一葉お婆さんに心配をかけないために。

「…ごめん……着替えを手伝って…」

「うん……」

 三葉ちゃんが持っている服の中でも気に入っていない、ほとんど着ない衣服を着て、髪型も全部おろして、帽子をかぶって、マスクもした。これで誰かに看られても、すぐに宮水三葉だとはわからないはず。あとは用意しておいた現金を持って、ヨロヨロと家を出た。

「…ハァ…ハァ…」

 駅までが遠い。まだ、名取家の敷地を出てないのに、駅まで歩くかと思うと気が遠くなる。つわりって個人差あるらしいけど、こんなに、つらいものなの。三葉ちゃんの身体は月経も重いから、そうなのかな、気絶しそうなほど、つらい。三葉ちゃんが私の身体で肩を貸してくれようとする。

「駅まで送るよ」

「ううん……それは…目立つかも…しれないから……」

 断ってると、私のお姉ちゃんが玄関から出てきた。

「隣町の駅まで、送ってあげる。帰りも糸守駅じゃなくて、一つ前で降りて電話しなよ。迎えに行ってあげるから」

「「ありがとうございます」」

「さっさと乗りなさい」

「はい」

 お姉ちゃんのクルマの助手席に座った。お姉ちゃんが運転席に座って言ってくる。

「シートを倒して、外から見えないように隠れなさい。この時間でも農家の軽トラとか、対向車はあるから」

「はい……ありがとうございます…」

 お姉ちゃんにお礼を言ってシートを倒して、寝そべる。クルマが動き出す前にビニール袋を渡された。

「吐いてシートを汚したりしたら、マジで弁償させるよ。このクルマは350万円だから」

「…はい…気をつけます…」

 まだ、ローンが半分も残ってますもんね。わかってます、絶対、汚しません。車外から心配そうに覗き込んでくる私の顔へ手を振って、別れた。ゆっくりと、お姉ちゃんが運転してくれる。いつも、町外へ出ると運転が荒くなるのに、今は振動させないように優しい運転をしてくれて、一つ山を越えて、隣町の駅に着いた。ここなら、顔見知りは少ないし、変装もしてるから大丈夫。

「ありがとうございました」

「言っておくけど、これ以上、うちの妹に迷惑をかけたら許さないから。あと、お金を返さなかった場合、あんたが堕ろしたこと、秘密にしておくとは限らないよ。覚えておきなさい」

「はい……」

 見たことないほど怖い顔をしたお姉ちゃんに頭を下げて電車に乗った。乗ってから、お姉ちゃんの気遣いを心からありがたいって感じた。やっぱり、始発には糸守駅からも何人か乗っていて、知っている顔だったから。それでも、私が隣町の駅から乗ったし、変装もしてるから宮水三葉とは気づかれてない。このまま顔を伏せて、隅っこに座っていよう。

「………ぅ……ぅぇ…」

 だんだん、いろんな人が乗ってくると、その匂いで吐きそうになるけど、もともと胃の中は空っぽだから、えづくだけで吐くことはなかった。名古屋に着いて新幹線で大阪まで移動する。遠いし交通費もかかるけど、仕方ない。お姉ちゃんが言ってた保護者の同意の問題をクリアするために、私がスマフォで調べた診療所は大阪にある。そこなら保護者の同意なしで中絶手術してくれるって、ネット上で回答してもらった。

「……ハァ……ハァ……」

 脱水状態にならないように、そして吐かないように、少しずつペットボトルのお茶を飲みながら、知らない大阪の街をスマフォのマップを頼りに歩いて、その診療所に着いた。

「……ここなのかな……本当に……」

 一階はペットショップ、二階は動物病院、そして三階が目的地だけど、ネットで教えてもらった通り、看板は出てないし、入口もわかりにくい。全体的に薄暗い感じのビルで、入りにくい。けど、私と同じ目的で来たっぽい女性が一人、ビルに入って行くから、その後ろに続いた。細くて暗い階段をあがると、本当に、ここなのか、疑わしくなるほど入口がわかりにくくて、関係者以外立入禁止なんじゃないかって思うような扉があって、恐る恐る入ってみると、外れてはいなかった。受付なのか、待合室なのか、とにかく女性ばっかりが何人も座っていて、みんな私と同じ目的だって空気感の重さで伝わってくる。

「…………」

 私が立ちつくしてると、奥にいた浅黒い中年の太った女性が、こっちを見て手招きしてる。そっと近づいて訊いてみる。

「……あの……ここで……手術……してもらえるって……本当ですか?」

「ええ」

「………お願いします」

「コースは、どっちにする? 麻酔のある方と、ない方。ある方は15万円、ない方は8万円」

「…………」

 麻酔なし、なんて………でも、15万円を払うと帰りの交通費もギリギリになるし、カウンターに置いてある精神安定剤と痛み止め薬も買って帰りたいのに。

「早く決めなさい」

「……ない方で、お願いします」

 これは罰なのかもしれない、私が受けるべき罰で、償いを求められてるのかも。私は痛い想いをする覚悟をした。

「なら、8万円、前払いだよ」

「はい……これで」

 私は8万円を出した。しっかりと数を数えるだけじゃなくて、太った女性は紙幣が本物なのか確かめるように一枚一枚見つめてから、金庫に入れた。それから札を渡される。

「あなたは、これから38番よ、呼ばれたら、それで反応して。説明は全部、日本語で大丈夫ね?」

「は…はい…。……あんまり難しい専門用語でなければ…」

 言われてみると、カウンターには外国語で書かれた用紙があって、英語もあるけど、英語以外の知らないアルファベッドでの言葉や、中国語、韓国語っぽい用紙もある。たぶん、この太った女性が外国語を話せないから、この用紙を渡して説明の代わりにするんだと感じた。

「順番が来るまで待ってなさい」

「はい」

 私は空いていた丸イスに座った。同じように座って待ってる女性の6割は一目見て外国人だってわかった。ロシア人かもしれないし、フィリピンの人やベトナムの人っぽい顔立ちをしてる人もいる。あとの4割は日本人かもしれないし、韓国人か、中国人かもしれない。どっちか、わかりにくい。私と同じ女子高生くらいの子は一人、あとは雰囲気とお化粧で、なんとなく水商売の人だって感じた。

「…………」

 こんなところに私が来ることになるなんて。

「…………」

 この人たちは、いつもテレビの向こうにいる人たち。

「…………」

 私とは違う世界の人たちのはずなのに、今は私が、ここにいる。

「……………」

 なんで、私が、こんなところに。

「……………」

 こんな汚いビルの、待合室だって丸イスがあるだけの。

「…………」

 すごく不安になる。

「…………」

 逃げ出したい。

「………」

 助けてほしい、誰かに、ここから救い出してほしい。

「……」

 けど、一つだけ安心したのは、後から来た人たちも、だいたいは、麻酔なしの方を選んで8万円を払っていたこと。

「…………」

「38番」

「……………」

「38番は?! スリーエイト! サンハチ!」

「あ、はい!」

「こっち」

「…はい…」

 いよいよ呼ばれて、足が竦みそうになったけど、立ち上がって奥に行った。奥に入ると、もともとバーかスナックか何かだったみたいで、明らかに飲食店の造りなのに、医療器具が置いてあって、ものすごく違和感がある。スナックなら、糸守にもあるけど、狭苦しさが都会っぽくて息が詰まる。すぐにスタッフっぽい青白い痩せた女性が私にステンレスの桶やタオルを渡してくる。

「財布やパスポート、携帯電話、貴重品は、そこの金庫に入れて鍵は自分で管理して。裸になって浣腸して5分は我慢してから、あそこのトイレに入ってください。我慢できないときは、この桶に出してトイレに流して」

「……はい」

 狭い部屋に、いくつも金庫が積み重ねられていて、その一つを選んで財布やスマフォを入れて、脱いだ服は置いてあったカゴに入れた。タオルを腰に巻いて、訊く。

「あの……浣腸は……どこで?」

「今、トイレがつまってるから、そこでしてください。ゴミは、そこに」

「………。はい…」

 床にあるゴミ箱には、いくつも使用済みの浣腸があって、こんなスナックのカウンターみたいなところで、させられるんだって、わかった。渡された3本の浣腸を自分でして、我慢する。

「……ぅぅ……くぅ……」

 お腹が痛い。もともと、つわりで苦しいのに、浣腸までしたから、冷や汗が出てくる。

「ハァ…ハァ…あと何分……」

 スマフォを金庫に入れたから時間がわからない。困ってると、青白い痩せた女性が私の前に砂時計を置いた。

「これが落ちきったらトイレに入って。それまでに我慢できないときは桶に」

 そう言って、今度はトイレのドアをノックしてる。

「37番! そろそろ手術台へ移動してください」

 呼ばれても中から返事がないみたい。かすかに啜り泣いてる声が聞こえてくるから、もしかしたら怖くなって出られないのかも。

「…ぅぅ……くぅぅう…」

 けど、私も他人の心配どころじゃない、お腹が痛くて今にも漏らしそう。

「ハァ…はぅ…」

「…………。床は汚さないでください」

 私の顔色を見た青白い痩せた女性が、ステンレスの桶を足元に移動させてくれた。

「…ぅぅ…くぅ…」

「37番! トイレから出てください! キャンセルされますか?!」

 やっと、砂時計が全部おちてくれた。なのに、一つしかないトイレが空かない。結局、我慢できなくて桶に跨った。なんて情けない。情けなくて、泣けてくる。

「ぐすっ…」

「…ひっく…ぅぅ…」

 トイレに籠もってた女性が出てきて、泣きながら帰っていく。

「キャンセルでも、料金は返還しませんよ」

「……ぐすっ…」

 帰っていく女性と、私は目を合わさないようにした。

「38番、トイレでお尻を洗ってから手術台へ。桶も洗って流しておいてください」

「…はい……」

 人間扱いされてない、名前は伏せられてるっていうより、記録する気もないし、出入りするのは全部女性でも、裸のままなのにプライバシーも何もない。やっと入れたトイレも狭くて汚い。けど、その狭くて汚い便座に似つかわしくないほど最新のウォッシュレットが装着されていて、お尻を洗うことが重要視されてるのがわかったから、しっかりとキレイに洗った。

「38番、そろそろ出てください。次が待ってますから」

「はい……」

 怖い。

 さっきの人は、ここで怖くなったんだ。

 でも、キャンセルしても、お金は戻ってこない。

 何より、まさか、克彦と三葉ちゃんの子供を、三葉ちゃんに産ませるわけにはいかない。私は勇気を振り絞って、トイレを出た。

「38番、あちらへ」

「…はい……」

 元スナックの奥にある個室へ入った。たぶん、もともとはカラオケ設備があった個室には、分娩台みたいな脚を拡げて座るタイプの手術台があって、白衣の男性がいた。

「そこに乗っておいて。タバコを吸ってくるから」

 疲れた目をした白衣の男性は個室を出て、すぐそこでタバコを吸い始めた。

「…………」

 言われた通りに手術台に乗ると、青白い痩せた女性がベルトで身体を固定してくる。腰と胸を太いベルトで巻かれて動けなくなり、腿と足首も1センチも動けないくらい、強く縛られて、手首まで腰の横で固定されて、何一つできなくなった。

「ハァ…ハァ……ハァ…ひっく…」

 怖くて、泣けてくる。

「…ハァ……ハァ…」

 ヤダ、逃げたい。

「これを咥えて」

「…はい…はふっ…」

 丸めたハンドタオルを咥えさせられて、それが白い医療テープで頬に固定される。

「…ぅう……ふうぅ…」

 もう言葉も話せない。口で呼吸もできない。

「痛くても、あまり歯を食いしばると、歯が折れますよ」

「っ…ふうっ…ふうぅ…」

 そんな?! そんなに、痛いの?! イヤだ、ヤダ!

「無理にもがくと、肩や股関節が外れますから、できるだけ力を抜いていなさい」

「ふっ…ふうぅ…」

 イヤ! イヤ! イヤ! 助けて! 助けて! ごめんなさい! ごめんなさい! 私が悪かったから、どうか、助けて! 助けて!! 涙で何も見えなくなった。手足が震えてるのに、固定されてるから、まったく動かない。

「先生、準備できました」

「はじめようか。今、何番?」

「38番です」

「今日も忙しいなァ、お昼休憩あるのか、オレに」

「自分の患者に睡眠薬をもって17人も強姦したような精神科医に、お昼休憩なんて贅沢ですよ」

「痛いとこを、つくね」

 ガチャンと乱暴に手術道具を置いてる音がして、次の瞬間から地獄の苦痛が襲ってきた。冷たくて硬い器具が身体に入ってくる。身体の奥の、奥まで。

「んぐぐぅぅうう!!」

 その激痛で、頭の中が真っ赤になった。痛い、痛い、痛い、お腹の中を引っ掻き回される痛さで、おしっこを漏らしながら、なんで浣腸なんかされたのか理解した。きっと、出しておかないと手術中に漏らして邪魔になるからだって。おしっこだって出しておいたのに痛すぎて、怖すぎて、少し垂らしてしまってる。

「んんんぅううう!!」

「昼飯、どうしようかな。また出前かなぁ。君は?」

「私は拒食症だから」

「食べないと、そのうち死ぬよ」

「点滴してもらいます」

「んんぐううう!!」

「点滴だと、栄養足りないよ。君は優秀だから死なないでほしいなァ」

「優秀じゃなきゃ、いらないんですね」

「そんなものだよ、人間なんて。他人の痛みなんて、どうでもいい」

「先生、この患者、日本語を理解してますから気をつけてください」

「そっか。どうせ、耳に入っても記憶も残らないほど痛いさ。バカな女だ」

「んううううっ!!」

 いっそ、気絶してしまいたいのに、痛みを感じ続けて苦しんだ。後半、苦しんでる私を優しく撫でながら、青白い痩せた女性は子守歌みたいな何かを歌ってくれたけど、それは外国語で意味はわからなかったし、きっと日本語だったとしても理解する余裕なんてなかったと思う。何時間にも感じた地獄の十数分が終わった。

「はい、終わりましたよ。よく頑張ったね」

 口を塞いでいたハンドタオルを外してもらえる。

「…ぅう…ぅう…痛いぃ…」

「身体も外しますね。落ちないでください」

 固定されてたベルトが外された。

「しばらく出血しますから、オムツをあてます」

「…ぐすっ…」

 大人用の紙オムツをされた。

「隣の部屋で15分間、休憩して、異常が無ければ終了です。お疲れ様でした」

「…ぅう…ぅう…ハァ……ぐぅう…」

 痛い、まだ、猛烈に痛い。とても歩けそうにないのに、さっさと立ち上がれとばかりに追い出されて隣室にあったソファベッドに寝た。私が来たことで、先に寝てた人が追い出されてたから、きっと私も15分後には追い出されるんだ。なんて、ひどい対応。

「ぐすっ…ぅうっ…」

「痛み止めと精神安定剤、お買いになりますか?」

 まだ10才くらいのフィリピン人っぽい顔をした女の子がカゴに入れた薬を売りに来る。薬は紙袋にも入って無くて、パッケージそのままを輪ゴムで止めただけ。それでも、買っておかないと、私も苦しむし、明日、三葉ちゃんが苦しむことになる。

「多めにください」

「オオメニー?」

「……」

 あんまり日本語が、わかってない感じ。

「2人分ください」

「はい、お買い上げありがとうございます。1万円です」

 けっこう高い。けど、大量にくれた。まだズキズキと焼けるように下腹部が痛いから、おまけでくれたミネラルウォーターのペットボトルで痛み止め薬と精神安定剤を飲んだ。

「ハァ…ハァ…」

 あっという間に10分が過ぎて、売り子の女の子が新しい紙オムツをもって私のところへ来た。

「これに履き替えてください」

「……はい……ここで?」

「ここで」

「…………」

 言われるとおりに履き替えると、私が脱いだ汚れたオムツを見て、女の子が血の量を確かめて頷いた。

「大丈夫です」

「……」

 この子が判断するの……この10才くらいの四葉ちゃんと同い歳くらいの、日本語も完全じゃなさそうな子が………。

「あと3分で休憩おわりです。金庫から貴重品を出して帰ってください」

「………はい…」

「外で休憩されるなら、斜め向かいにあるネットカフェがいいです」

「……ありがとう……」

 もう気力が無くて追い出されるまま、ビルを出て教えてもらったネットカフェに入ってみた。紹介してくれるだけあってネットカフェの店員も私の顔色を見て、すぐに察してくれる。ネットを使わないという条件でなら、身分証明書無しで半個室タイプのスペースが2時間1000円だったから、そこで横になる。

「…………ネットカフェ難民って……こんなところで暮らすんだ……」

 テレビで見たことがあるけれど、横になってみると女性の身体でも狭い。寝返りもできないくらい。不安だったから財布をしっかり握って休憩する。寝てしまうと、糸守に帰る時間が無くなるから2時間と決めて安静にする。

「……だんだん痛みがマシに……」

 痛み止め薬の効果なのか、傷が落ち着いたのか、だんだん痛みが減ってくる。

「…………匂いも平気に……」

 ネットカフェの中は臭かった。食べ物の匂いと、ジュースの匂い、それに人の体臭がして臭い。なのに、吐き気はほとんどない。驚くほど、あっさりと、つわりは終わってる感じ。そろそろ2時間というところで、トイレに入ってオムツを確かめた。

「……血は止まってるのかな……まだ、少し出てるのかな……」

 出血量はひどくない、と思う。日帰りしなきゃいけないから、もう大阪から糸守へ向かって電車に乗った。

「ぅぅ……揺れると、痛いかも……」

 ネットカフェで寝てるのと違って大阪の地下鉄で揺られると、また痛みが出てきた。スマフォで調べて、もらった痛み止めは2倍、3倍くらいに飲んでも大丈夫と書いてあったので、追加で飲んだ。地下鉄から新幹線に乗ると、楽になった。ちょっと贅沢だったけど指定席にして安静にしてるとマシ。名古屋に着いて、また在来線に乗り換えると、つらいから精神安定剤も追加で飲んだ。

「………マシになってきたかな……」

 薬のおかげなのか、痛みは減って、暗い気持ちも回復してきてくれる。

「……私……頑張ったよね……一人で……こんな、つらいこと……成し遂げた……」

 だんだん達成感が湧いてきた。

「……私………よくやったよ……怖かったし、痛かったけど、ちゃんと終わらせた」

 ハレバレとした気分にさえなってくるほど、気持ちが軽くなってきた。

「よし! 私えらい! 責任を果たして、ちゃんとした。もう大丈夫、三葉ちゃんにも安心してもらえる。フフ、フフフ、やったよ、えらいよ、すごいよ、私」

 なんだか、とっても愉快、こんなに愉快になるはずがない出来事のあとなのに、精神安定剤のおかげなのかな、すごくウキウキする。

「そうだ。克彦の部屋でするパズル、注文しておかなきゃ。しまった、名古屋で買えばよかった。せっかく出かけたのに堕ろしただけで終わって。お土産も買ってない。あ、お土産はいらないか、秘密なんだし。そうそう、糸守駅まで乗っちゃダメなんだ。お姉ちゃんタクシー呼ばないと」

 三葉ちゃんのスマフォから私のスマフォへメールして、それをお姉ちゃんへ転送してもらうと、到着時刻に迎えに来てくれることになった。電車を降りて駅から出ると、見慣れたクルマが待っていてくれた。

「ただいま戻りました」

「………、よく、そんなケロっとした顔してられるね。さっさと乗りなよ」

「はーい」

 助手席に座った。

「シートを倒して隠れなさい」

「あ、そうだった」

 すっかり終わった気分でいたけど、このお出かけは極秘事項なんだった。運転しながら、お姉ちゃんが訊いてくる。

「で、どこの病院で堕ろしたの? 保護者の同意は、どうしたの?」

「それはね、ちゃんとしたよ」

 私が大阪での体験を話すと、前を見ていたお姉ちゃんは一瞬、こっちを軽蔑するような目で見た。

「そんな場末の闇診療所に行ったの………まあ、あんたの身体だから、どうなろうと知ったことじゃないけど。女子高生の無知って怖いわぁ……。そんな非合法な……不衛生っぽい……しかも動物病院の上って……、少しは自分の身体のこと大切に……。あ、私は妹に頼まれて、あんたが、どこに行くか知らず、駅まで送り迎えしただけだから。堕ろすなんて話、聞いてなかったから。そう思っておきなさい」

「はーい。お姉ちゃん、なんか官僚っぽいね、その言い方」

「………あんたに、お姉ちゃんなんて呼ばれたくない。虫酸が走るわ。やめてよね」

「あ、……そうだった」

 つい、三葉ちゃんの身体でいることを忘れてしまった。そのくらい、なんだかハイテンションな気分になってる、これって明らかに精神安定剤の影響だよ。よく考えたら、こんな愉快な気分であるはずないのに、すごくハイ。

「太陽の風♪ 背に受けて♪ 千二百羽ばたこう♪」

 思わず糸守民謡の鼻歌を歌ったら、お姉ちゃんが舌打ちした。

「ちっ……こんなヤツ、送り迎えするんじゃなかった……」

「あ、すいません。ありがとうございます。感謝してますよ、とっても」

「…………」

 もう無言で運転するお姉ちゃんが糸守町に入ってから訊いてくる。

「どこにおろすのがいい? 町のゴミ捨て場? それとも火葬場?」

「えっと、三葉ちゃんに会っておきたいから、このまま家に帰って」

「はァ? あんた、ホントに頭、大丈夫? 悪いバイ菌でも脳に回った?」

「あ、そっか。間違えました。サヤチンに会っておきたいから、名取さんの家にお願いします。テヘ♪」

 我ながらダメだ、かなりハイテンションっていうか、地に足がついてない感じ。すっかり自分が今は三葉ちゃんの身体なこと忘れてる。注意しないと、三葉ちゃんに会ったときも変なことを言ってしまうかも。

「………。早耶香に会って、そんな態度だったらブッ飛ばすから。早耶香は、すっごく心配して一日中、鬱ぎ込んでたんだからね。自分のことみたいに泣いて、学校も休んでたんだから」

「………はい……気をつけます……」

 私の家についた。気持ちを静めて、二階の自分の部屋へ入った。

「ただいま………」

「おかえり! ……どう…だった? ………」

「うん、安心して。すべて終わったから」

「………そう………」

 私の顔が俯くから、三葉ちゃんの手で抱きしめた。

「本当に、ごめんなさい」

「………サヤチン……」

「でも、ちゃんと終わらせてきたよ」

「……………」

「責任を取って、相応の報いは受けたつもり。ちゃんと償いは済ませて来たから」

「……。え? ……」

「痛いのも、怖いのも、すべて私が引き受けたから」

「………痛かったの?」

「うん、すっごく」

「……………もう大丈夫なの?」

「うん。でも、痛み止め薬は飲んでる。ちゃんと、もらってきたから渡しておく……というか、持って帰るね。痛いなら2倍、3倍、飲めば平気だよ。あと、精神安定剤は私の分もあるから少し置いていくね。三葉ちゃんも気持ちが沈むなら飲んでみて。けど、変に気持ちがウキウキするくらい明るくなるから気をつけて」

「……そうだね……なんか……サヤチン、笑ってるもん……」

「ごめんね。やっと終わったって達成感もあってさ」

「…………」

「そんな顔しないで。三葉ちゃんは気持ち的には、まだバージンだよ。彼氏できても、そう言えばいいよ」

「……私……バージン……」

「じゃあ、もう家に帰って安静にしてるね。四葉ちゃんたちに心配かけないように」

「……いろいろ、ありがとう……」

 歩いて帰宅して、お風呂には入らないで、つわりが無いから、ご飯を食べてから、痛み止め薬を飲んで寝た。

 

 

 

 朝起きると、私は私だった。三葉ちゃんは置いていった精神安定剤を飲まなかったみたいで枕元にパッケージごとそのままあった。

「私も飲むの……どうしよう。……別に、この身体は痛みもないし、……」

 そんなに気分が沈んでるわけでも痛みがあるわけでもないし、この精神安定剤を飲むと、やたら明るいハイテンションになってしまって、うかつなことをしそうだから、飲むのを迷う。腕時計を巻いて、制服に着替えてると、お姉ちゃんが部屋に来た。

「おはよう、早耶香。気分は、どう?」

「うん、大丈夫。心配かけて、ごめんね」

「いいよ、そんなこと」

 そう言って抱きしめてくれた。昨日、睨みつけてきた顔と、ぜんぜん違って、本当に女の二面性って怖いよ。お姉ちゃんの目が精神安定剤のパッケージを見つけた。

「これ、あの子にもらったの?」

「うん、精神安定剤だって」

「もう飲んだ?」

「まだ……」

「こんなものを飲むのはやめなさい」

 そう言って勝手にお姉ちゃんがゴミ箱に捨てた。ああ、それは、けっこう高かったのに。

「あの子、とんでもない闇診療所に行ったのよ」

「…そう……なの? ………ネットで教えてもらったって……。それに、薬は、パッケージはキレイだよ?」

「たぶん、本物だとは思うけどね。大阪のことだから、生活保護者が精神病を装って受診して処方されたのを横流ししてるんでしょう。けど、すべてが本物とは限らない。だいたい外国人が関わるようなところだと、偽物の医薬品でも平気で売るし」

「……お姉ちゃん……それは差別発言じゃ……公務員として……ヤバくない?」

「オフレコよ。っていうか、事実よ。海外旅行で薬をもらうのでも、やばいのよ。ちゃんと日本の保険会社に紹介されて行った、まともな病院のはずなのに、変な薬をくれたりするらしいから。それを考えたら闇診療所の薬なんて絶対に飲んじゃダメ。わかった?」

「……はい…」

「とくに精神安定剤って、精神を安定させる薬じゃなくて、躁鬱状態の鬱にある精神を無理矢理に元気でハッピーな気分に変えるから。安定なんかしないの。昨日の、あの子の浮かれた態度、何度殴りつけてやろうと思ったことか。私が役場職員で、あいつが町長の娘じゃなかったら糸守の湖へ投げ捨ててやったのに」

「…………」

「あ、ごめん。あんなんでも、あんたの友達よね。けど、何度も言うけど、付き合う相手は考えなさい。お金を返してもらったら、もう別の友達と仲良くするくらいにした方がいいわ」

「…………」

 お金はね、私が負担するんだよ、大学に入ったらバイトして三年以内に返しますから17%の利息は勘弁してください。それにしても、あの手術、痛かったよォ、地獄の激痛だった、そして借金、一夏の代償は大きかった。三葉ちゃんにも悪いことしたし。

「学校、送っていってあげようか?」

「ううん、歩いていくよ。ありがとう」

 いつも通りに通学路に出ると、克彦に出会った。

「おはよう、克彦」

「おはよう、早耶香」

「ねぇ、このパズルなら、克彦も興味わかない?」

 三葉ちゃんのスマフォで検索した商品を私のスマフォで再検索して克彦に見せた。克彦が気に入りそうなムーの表紙に使われてるような怪しい絵のパズル。

「そうだなぁ、これなら、挑戦してみようかな」

「じゃあ、買っておくね」

 その場で注文した。糸守みたいな山奥にいてもスマフォって超便利。っていうか、大阪みたいな狭苦しい汚い街に住むくらいなら、絶対に糸守の方がいいよ。

「あ……三葉だ。………今日も元気ないな……あいつ……」

「私が話してみるよ。克彦は先に行ってて」

 克彦に先を歩いてもらって、三葉ちゃんに声をかける。

「おはよう、三葉ちゃん。夏バテの調子はどう? 痛む?」

「おはよう、サヤチン………うん……痛みは…薬を飲んでるとマシかな……まだ痛いから2倍くらい飲んだし」

 元気のない様子の三葉ちゃんが自分の下腹部を撫でた。

「本当に、ごめんね。三葉ちゃん」

「………」

「精神安定剤は、飲んだ?」

「……ううん……」

「あんまり気分が沈むようだったら、飲んだ方がいいよ。あれは2倍はやめた方がいいけど。少しは飲んだ方がいいかも」

「………ありがとう…」

「じゃあ、克彦が、こっち見てるから、行くね」

「…うん…」

 先を歩いてる克彦に追いついて言っておく。

「三葉ちゃん、まだ夏バテが続いてるって」

「……そうか…。あいつ、オレのこと、何か言ってたか?」

「ううん。何も」

「………」

「でも、もう近づいて欲しくないみたいだよ。訊いてみようか?」

「……いや…いい。……もう、あいつのことは……考えたくない……あんな気分屋………正直、うんざりだ」

「……克彦…」

 静かに二人で登校して、お昼休みには二人で時間を過ごした。放課後になって克彦に頼む。

「ねぇ、完成したパズルを、また眺めたいから家に行ってもいい?」

「ああ、いいぞ」

 眺めたいなんて口実だった。二人で部屋で過ごしているうちに自然とキスすることができた。とうとう、私の唇で、私と克彦とのファーストキスができた。

「うれしい」

「……早耶香…」

 そのまま3回、キスした後、克彦の手がスカートの中に入ってきたから私は脚を閉じた。

「そこまではヤダよ。ファーストキスの日に、いきなり?」

「……ごめん…つい……なんか、早耶香が慣れた感じだったから」

「あ、ひどい。私、初めてだよ」

「そうか……それは、そうだよな…」

「あと、ちゃんと避妊はしてよね」

 あんな痛い想いは二度とごめんだから。と、自分を戒めてたのに、ついつい何度もキスして、おっぱいまでならいいかなって揉んでもらってると、ショーツを脱いでしまおうか、どうか迷ってしまう。一つになりたい、克彦と。もう最後までいってしまいたい。

「……克彦……やっぱり、エッチしたい?」

「早耶香がイヤじゃなければ…」

「私は…」

 急にドアがノックされた。

「克彦、早耶香ちゃん、夕ご飯を食べてちょうだいな」

「あ…」

 時計を見ると、ずいぶん遅くなってる。

「すいません! すぐ帰ります!」

「いいから食べていってちょうだい。余るのよ」

 克彦のお母さんはドアを開けずに降りていった。なんとなくバレてる気がする。それでも、ちゃんと着衣と髪を整えて、できるだけ早く一階に降りた。

「もう帰ります。遅くまで、すいませんでした」

「遠慮しないで食べて行って。本当に余るの。うちの旦那が、ほら」

 お母さんが隣の部屋を指した。小さな宴会かなにかを数人でしてる気配。

「お客さんですか?」

「町長さんと町議さんたちよ」

「早耶香は気にしなくていい。オレも気にしてないから」

「子供が大人の事情に首を突っ込まなくていいのよ。で、うちの旦那が出前寿司なんかとったから、私が作ったハンバーグが余るってわけよ。さあ、早耶香ちゃん、遠慮しないで食べていって」

「そ、それじゃあ、ありがとうございます。いただきます」

「克彦、テレビをつけてちょうだいな」

「食事中にかよ」

「大人の会話に聞き耳たてなくていいの」

「へいへい」

 確かに三葉ちゃんのお父さんと克彦のお父さんは何か話している。どんな話なのか、興味があるような無いような、大人の男の話を知りたいような、どうでもいいような、けど、テレビの音が、それを圧した。

「韓国で発生した船舶事故により修学旅行中の高校生365人が死…」

「あ、このハンバーグ、美味しいです。お母さん」

「そうかい。どんどん食べてね」

「すっごく美味しい。何を混ぜたんですか?」

「今度教えてあげるよ、また遊びにおいで」

「はい!」

「残された遺族は悲しみに…」

 とうとうファーストキスもできて、今日は私の人生で想い出に残るいい日になった。

 

 





なんだか、今回、やたら三葉さんがかわいそうな話になってきたので、もしかしたら分岐させて複数エンドにするかもしれません。
とりあえず、予定通りのラストを書きますが、複数エンドも、よろしければ読んでやってください。
 


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9話

 

 

 お腹が痛くない、そうか、サヤチンの身体なんだ。起きると、やっぱりサヤチンの部屋だった。

「今日はサヤチンとして登校かぁ……テッシーとの関係……」

 正直、もうテッシーに近づきたくない。このサヤチンの身体ででもイヤ。

「でも、サヤチン……せっかくテッシーと仲良くなってきてるし……」

 学校に行ったら、きっとテッシーと会う。っていうか、行く前に会う。

「…………こんな入れ替わり現象………もう終わってよ……これ、永遠に続くの? ……私とサヤチン、ずっと、ずっと、入れ替わって生きていくの……」

 そう考えてゾッとした。やっぱり、私とサヤチンは別人だよ、どんなに仲良くたって、同じ環境で育ってきたって、やっぱり同じじゃない。好きな人だって違う。家族だって。

「サヤチンのお姉さんだって……」

 自分の妹には、すっごく優しい。けど、他人の私には超冷たい。

「ぐすっ……そりゃ、そうだよ……私だって四葉……」

 四葉のことは大事だけど、四葉の友達までは、あんまり知らない。顔と名前くらいで、どんな子なのか、知らない。知ろうとしたこともない。

「……あ、もう学校に行く時間……どうしよう…」

 迷ってたらスマフォが鳴った。宮水三葉って表示されてる。

「もしもし」

「もしもし…ぅぅ…私…」

「大丈夫? やっぱり、お腹痛い?」

 夕べも痛かったから、今朝も痛いと思う。

「痛い。けど、今、痛み止めを飲んだから、そのうち効くはず。ぅぅ…ハァ…ハァ…」

「ごめんね。痛い想いさせて」

「ぅぅ…むしろ…自業自得だから…ハァ…私こそ、ごめん…ぅぅ…」

「つらいなら学校、休んでくれていいよ」

「ぁ…ありがとう…そうさせてもらうよ…ハァハァ、とても、いけそうに…ない…ァァ、痛いぃ……もお、いつになったら、この入れ替わり現象、終わるのよ! ハァハァ」

「…………。終わってほしいね。私もサヤチンとして振る舞うの難しいし」

「ぅぅぅ…あと、大事なこと…ぅぅ……私、克彦と付き合うことになったから…」

「え? そうなの?! おめでとう!」

「ありがとう。ぅぅ…だから、その私の身体で克彦に会ったとき、冷たくしたり無視したりしないで。お願い…ぅう…」

「それは…………………」

 無理だよ、だって、私は知らない間に、テッシーと………ヤダ、考えたくない、気持ち悪い、なんで、なんで、顔も見たくないのに。

「ぅぅ…無理そうなら……いっそ、学校を休んで……家にこもってて…」

「いいの?」

「むしろ、そうして」

「わかった。そうするね。とりあえず、切るよ。お母さんに言ってくるから」

 電話を終えて、二人して欠席することにした。しばらく二階の部屋で過ごしてから、一階に行くと、お母さんは出かけてて、お姉ちゃんがいた。

「また有給なの?」

「まあね。夕べ遅くまで引っ張り回されたし」

「……彼氏に?」

「だったら、いいんだけど、あのオッサンによ。ムカつく」

「オッサンって……」

「宮水町長よ。あのクソオヤジ」

「…おと……町長さんに何かされたの? ……まさか…ェ…エッチなこと?」

「それもされた」

「………」

 目の前が真っ暗になって力が抜けた。

「ちょっと、早耶香?! 大丈夫?! 立ちくらみ?!」

「…………ぁ」

 気がつくと、お姉ちゃんが支えてくれて、ソファに寝かせてくれる。

「今朝も調子悪いんだって?」

「……ぅ……ぅん……」

 それはウソです。この身体は元気です。

「きっと精神的なものだよ。早耶香は優しすぎるんだって。他人のことなんか、ほっておけばいいのよ」

「…………。……そ、それより、お姉ちゃん………町長さんに何されたの?」

 訊きたくない。訊きたくないけど、訊かずにいれない。お父さん、最低だよ。立場を利用して職員になんて。

「あのオッサンに直接じゃないよ。いっしょにいた町議の爺に、お尻、触られた。ムカつく。人のお尻を勝手に」

 そう言ったお姉ちゃんの目に悔し涙が浮かんだから、胸が切なくなった。

「お姉ちゃん……ひどいこと、されたんだ…」

「うーん……まあ、どさくさ紛れに触られた感じだけどさ。すっごい腹立つし、気持ち悪いよ」

「そりゃ、そうだよ。勝手に自分の身体を……」

「私をスナックの婆と、いっしょにしやがって。ホント、あのオッサンども腹立つわ」

「ちょ……町長さんは、何かしたの?」

「あいつは、さすがにトップだからさ。このご時世、セクハラ騒ぎも困るから、私に謝ってくれたよ。けど、謝れば済むってもんじゃないでしょ!」

「うん! 謝って済むことじゃないよ!」

「夜中まで私をタクシー代わりに使うしさ」

「そんなに遅かったの?」

「最初、まず勅使河原んとこで飲み始めて、で、スナックに移動。ご丁寧に2件しかない2件ともに同じ時間、同じ金額になるくらい接待あって」

「ニューマザーと、割愛に?」

「そうそう。あのツイン婆んとこ」

「ちゃんと、お客さんいるんだ、あそこ…」

「まあ、高校生には関係ない話ね。仕事がらみのセクハラも」

「お姉ちゃん……大丈夫? つらくない?」

「きっちり復讐はしたから」

「………どうしたの? ひっぱたいたの?」

「そんな子供みたいな復讐しないよ。私のお尻を触った町議を公用車で家まで送ってやる途中で、いい感じに寝てくれたから、私は背後から、おっぱいを揉まれた、という認識をしてハンドル操作を誤り、時速30キロで石垣に、どかーん♪ 私はシートベルトとエアバックで元気元気。その爺はシートベルトもしてなかったから後席からフロントガラスまで吹っ飛んで、両手と顎の骨を折って、ただいま入院中。事故原因はセクハラ、私は被害者、ってことで、とりあえず有給中だけど、そのうち被害者として休業補償するかもね」

「えっと………つまり、……仕返しは、うまくいってるってこと? しかも、かなり激しい仕返しで?」

「そういうこと。こういうことはね、きっちり復讐しておかないと、自分の気持ちが治まらないから」

「……自分の気持ち………復讐……」

「最高に気持ちよかったよ。立場を利用してセクハラしてきたクソ爺が、折れた両手と顎でヒーヒー泣きながら救急車を呼んでるの。私は気絶したフリをして救助もしないで、その悲鳴を聴いてた。手が折れてるから、うまく電話もできないし、やっと、かけても話せないでいたの。可笑しくて可笑しくて、笑いをこらえるのが大変だったよ。でも、さすがに衝突音を聴いた町の人たちが出てきて、もっと放置していていいのに私たちを助けてくれた」

「………お尻、触ったくらいで……そこまで……」

「女の身体っていうのは一種の財産なんだよ。早耶香もね、嫌なことされて復讐するときは、きっちりやりなよ。証拠は残さず、それでいて相手が復讐の復讐をしないくらい、叩きのめすの。あの爺も、いい歳だから、顎の骨なんか折れたら、もう流動食になって、そこから寝たきり、でもって、さよならだよ。しかもセクハラして事故らしての最後っていう、いい戒名がつきそうな名誉のラスト。糸守の人口が減っちゃうし、宮水派の町議が一人消えるけど、そんなこと私の知ったことじゃないし、ほっとくと、またお尻触られたり、嫌な想いが続くからね。やれるときに、やっておくの。これ重要」

「………」

「私の身体はそんなに安くないっての」

「………」

「さてと、休みだからドライブでも行きたいけど、一応は事故った後だから自宅にいないとね。こんな小さな町だから、私のクルマが家の前にあるか、ないかで、動向までチェックされるからさ。早耶香、ご飯、まだよね。何か作ってあげるよ」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 お姉ちゃんが作ってくれた朝食には遅い、昼食には早い、カルボナーラを二人で食べて、ゆっくりソファに座ってテレビを見る。

「いよいよ来週、地球へ最接近するティアマト彗星が肉眼でも…」

「早耶香さァ、あんまりあの子が堕ろしたこと、気にしない方がいいよ」

「え? ……うん……ど、…どうして?」

「本人なら、まだしも早耶香が体調崩すほど思いやっても仕方ないよ」

「…そ…そうだね……」

「まあ、わかるよ。直接、手を下したわけじゃなくても、資金を提供したわけだしさ。私たちがお金を出さなきゃ、赤ちゃんは殺されずに済んだんじゃないかって。でも、そういう思考は、やめた方がいい。つらくなるだけだから」

「……赤ちゃん……殺され…」

 そうだよ……そうだ……赤ちゃんがいたんだ……私のお腹に……私、つらくて……何も考えないようにしてたけど……あれは赤ちゃん……命……なのに、私は自分のことしか、考えなくて……それも、考えないようにして……逃げて……あの子は、五葉になったかもしれないのに……あの子にとって、お母さんは私しかいなくて……何にもできない……頼れるのは、私だけ、だったのに……それを、私は………見殺しに……五葉を私が……。

「うっううっ…うっぅうううっ…」

「もう泣かなくていいから」

 お姉ちゃんが抱きしめてくれるから、一時間くらいで泣きやむことができた。泣きやんで顔を洗ってから、お姉ちゃんに言う。

「ちょっと、三葉ちゃんの様子を見てくる。学校、休んでるらしいから」

「早耶香……。行くのは、いいことかもしれないけど、あんまり感情移入しないようにね」

「…うん…ありがとう……行ってきます」

 歩いて、すぐに私の家に着いた。お婆ちゃんに名取早耶香として挨拶して、お見舞いに来たって言って二階にあがった。

「サヤチン、私の体調は、どう? 痛い?」

「ぅぅ……ハァ……ぅ…ハァ……まあ…まあ…」

 サヤチンは私の身体で布団の上にいて、お腹を押さえてる。その額に汗が浮かんでて、枕元には痛み止め薬のパッケージが、いくつも空になって散らかってた。

「ハァ…ハァ…ごめん、お水……ほしい…」

「うん、もらってくるね」

 お婆ちゃんに一言断りつつも、慣れた台所から井戸水をもらってきた。

「はい」

「ありがとう…ぅぅ…」

 サヤチンは痛み止め薬を5錠も口に入れると、水で流し込むみたいに飲んだ。

「いくら何でも、多すぎない?」

「だって……痛いの…ぅぅ…」

「すごい汗」

 私の額の汗を拭いてあげると、熱かった。

「サヤチン、熱があるんじゃない?」

「…うん……ゾクゾクする…ハァ……ハァ……」

「夕べの私より、つらそうだよ」

「…ぅぅ……うぅ……痛いぃ……ハァ……もう許して……もう十分、罰は受けたよ…ハァ…ハァ……助けて…」

「サヤチン…………病院に行く?」

「それはダメ………いいの? 行ったら、絶対にバレるよ?」

「…………」

「ハァ…ハァ……耐えるしか、ないよ…ハァ……そのうち、治まるはず…ハァ…ぅぅ…」

 ものすごくお腹が痛いみたいで、丸くなって震えてる。

「ハァ…ぅぅ……今、何時?」

「午後2時くらい」

「ぅぅ……まだ半日も……ハァ…ハァ…この身体で…ぅぅ…」

「…………」

「もう許して、解放して。ハァ…ハァ…私が悪かった……私が悪かったから…」

「サヤチン……」

 かわいそうになって、震えてる背中を撫でた。

「ぅぅ……ああっ…ぁ……ハァ…ハァ…ごめんなさい……ごめんなさい…ぅぅぅ…ああっ…ゆ……ゆるして……ごめん……」

「サヤチン………」

 苦しんで藻掻いてたサヤチンは30分くらいで痛み止め薬が効いたみたいで、そのまま寝てしまった。

「………」

 心配だから付き添って、ときどき汗を拭いて様子を看てたら、四葉が小学校から帰ってきた。

「お姉ちゃんの様子は、どうですか?」

「うん、今は眠ってるよ」

「そうですか。夏バテにしては、様子がおかしくないですか?」

「………。どうなのかな? ちょっと重症の夏バテみたいだね」

「お姉ちゃんは、なんだか大袈裟にするのがイヤみたいですけど、もし具合が本当に悪いようなら、サヤチンさんからも病院へ行くように、強く言ってください。お願いします」

 四葉が礼儀正しく、頭を下げてきた。四葉って、私のために、こんなことしてくれるんだ。ちょっと感動。だから、安心してもらうために気休めだけど言っておく。

「うん、私が看てるから安心して」

「ありがとうございます」

「お婆ちゃんには心配かけないよう、たいしたことないって言っておいてね」

「はい。………言っておきます」

 四葉が一階へおりていった。

「…ぅぅ…」

 眠ってるのに、うわごとみたいに呻いてる。すごく痛そう。呻きながら寝た私の身体が5時過ぎに目を開けた。

「…ハァ……ハァ…ぅぅ…」

 痛そうに震えながら、手を伸ばして痛み止めのパッケージを取ると、まるでラムネのお菓子を食べるみたいに、錠剤をボリボリと噛んで飲み込んでいくから、不安になる。

「待って。…そんなに……ダメだよ!」

 どんどん食べるからパッケージを取り上げた。

「いくつ食べたの?」

「ハァ…ハァ…返して…ハァ…死にそう……痛くて……死にそうなの…ハァ…ゴホッ…ゴホッ!」

 噛み砕いた錠剤の粉を噎せて口から噴いてる。

「………ほら、お水」

「ありがとう…」

 水を飲んだ後、また弱々しく手を伸ばしてきた。

「もう少し痛み止めをちょうだい……ぅぅ…お願い…」

「ダメだって。そんなに大量に飲んだら」

「ぅぅ……ぅぅ…」

 諦めて布団の上で丸くなってる。

「ハァ…ヒー…ハァ…ヒー……ぅぅ……」

「…………」

「もう勘弁して…ハァ…ぅぅ…ごめんなさい…ぅぅ…もう、ゆるして…ハァ…ヒー…ハァ…ヒー…私が悪かったの……わかってるから…ハァ…」

「…………」

「ぅぅ…痛い……薬……薬ちょうだい…」

「ダメだよ。まだ5分も経ってないのに」

「ああぁ……ひぃー…」

「…………」

 サヤチンが私の声で呻くのと、謝るのを繰り返して時間が流れ、四葉が夕食を二人分、持ってきてくれた。

「サヤチンさんも食べていってください。お姉ちゃんの様子、どうですか?」

「ありがとう。うん、だんだん、良くなってるよ」

「………。お姉ちゃん、どう?」

 四葉が様子を見るように覗き込んでくるから、見られないように隠そうとしたけど、四葉の動きが速くて、見られてしまった。

「お姉ちゃん……顔色、すごく悪いよ。汗も……本当に大丈夫なの?」

「へ…平気…ハァ…ハァ…だんだん、良くなってる…ぅぅ…から…ぅっうっ…」

「お姉ちゃん………」

「ああ言ってるし、大丈夫だよ。きっと。ご飯、ありがとうね」

 あまり見られないうちに四葉を追い出して戸を閉めた。

「ご飯、どうする? 食べられそう?」

「ハァ…無理…いらない…ハァ…」

「そう。……でも、食べないと、余計に心配されるかも」

「食べて…おいて…ハァ…二人分…ハァ…」

「……いいけど……また、カロリーオーバーに」

「ぅぅ…ぅぅ…そんなこと…どうでもいいから…ぅぅ…」

 なかなか痛み止めが効かないみたいで、何度も寝返りして震えてる。

「…ハァ…ハァ…ヒー…ハァ…」

「じゃあ、心配されるし、食べておくね」

 サヤチンの身体の方は、お腹も空いてきたから、あっさりした夏バテ向きの中華粥を二人分、食べてみる。

「いただきます」

「…ぅう…ハァ…ヒー…ぅぅ…」

「………」

 美味しい、これはお婆ちゃんの味だ。夏バテ対策に焼いたイワナと梅干しを入れてくれてる。

「……美味しいよ、ちょっとでも、食べてみない?」

「ハァ…ヒー…」

 返事はなかったけど、かすかに首を横に振ってる。

「そっか………美味しいのに…」

「ぅぅ…ヒー…ヒー…」

「ごちそうさまでした」

 二人分を食べ終えて、食器を台所へ返しに行く。四葉に出会った。

「お姉ちゃんは、食べられました?」

「…うん。美味しいって。私も美味しかったよ、ありがとう」

「…………。どうしてスプーンが一つしか、汚れていないんですか? 二人で食べたはずなのに」

「………」

 ぅぅ…、そんな、細かいことに気づくなんて……見た目は子供、中身は名探偵みたいだよ、四葉。

「こ…これは、その……た、…食べさせてあげたからだよ。うん! 一つのスプーンで交替に食べたから」

「そうですか。……お姉ちゃんは、どのくらい食べられました?」

「は…半分、くらいかな。ごめん、私が一人前とプラス、そこそこに食べたの。三葉ちゃんが、残すと心配かけるから食べておいて、って」

「お姉ちゃん………」

「おトイレ、借りるね」

 食べたからか、大きな用事ができたのでトイレに入る。用事を済ませて二階へあがると、四葉が私の身体を拭いてた。お湯で濡らしたタオルを持ってきて、寝間着を脱がそうとしてる。

「お姉ちゃん、バンザイして」

「ぅぅ…ハァ…ほっといて…」

「ダメだよ。かなり臭いよ。身体くらい拭こう」

「「………」」

 はい、我ながら意識しないようにしてましたが、けっこう匂います。あの日から、お風呂に入ってないし、汗かいて呻いてるから余計に臭い。腋なんか、とくに匂うし、自分の身体って、こんなにって思うほど。それにしても四葉、身内だから容赦無い。脱がされまいと抵抗してるサヤチンから寝間着を剥ぎ取ってる。

「ハァ…ハァ…もう勝手にして…ぅぅ…」

 ショーツ一枚にされた私の身体が四葉に拭かれていく。

「ほら、バンザイ」

「ぅぅ…ハァ…ハァ…」

「背中」

「ハァ…ハァ…」

「お腹」

「ぉ、お腹はやめて」

「痛いの?」

「ハァ…痛いの……やめて…」

「やっぱり、お医者さん行ったら? 今日はもう……明日の朝にでも」

 四葉が時計を見て、町の診療所が閉まってるのを確認してる。

「へ…平気だから…ぅぅ…」

 また痛そうに丸くなってる。

「ほら、パンツも替えよう。下痢なの? ウンチ漏らしてるよ」

「「………」」

 気づかなかったけど、ショーツが茶色く汚れてる。ううっ……漏らさないでよ、情けない姿。しかも妹に見られた。

「ぅぅ…ハァ…ハァ…パンツはやめて…自分で…」

 自分で起き上がろうとしたけど、お腹に力が入ると痛くて動けないみたいで、こっちを見てきた。

「ハァ…ぅぅ…ごめん……サヤチン…私のパンツ、替えて……子供に見せたくない…ぅぅ…」

「うん。そうだね。四葉…ちゃんは出て行ってあげて。あとは私がするから」

「……はい、お願いします」

 四葉が出て行ってから、下着を脱がせた。かなりナプキンが汚れてる。大きめのナプキンをあててたのに、漏らしてしまって下着まで染み込んでる。

「大きいの漏らしたの、恥ずかしくて黙ってたの?」

「ぅぅ…ハァ……痛くて…気づかなかった…ハァ…ハァ…」

「どっちにしても四葉にまで見られて……あとで口止めしておかないと」

「ハァ…ハァ……血は止まってる? ぅぅ…」

「血は止まってるけど……おりものが、ちょっと変。……匂いも…」

 おりものが見たことない緑色で、匂いが強い。

「お尻とか拭くから、ちょっと脚を拡げて」

「ハァ…ハァ…ごめんなさい…」

「いえ……まあ…」

 自分の身体ですから。拭いてもらうのが情けないのか、拭かせるのが申し訳ないのか、どっちにしても気の進まない作業をしてウェットティッシュで股間をキレイにしてから新しいナプキンをあてたショーツに着替えさせた。

「寝間着も汗だくだから、替えよう」

「ハァ…ハァ…ヒー…ぅぅ…ぅぅ…ぅぅ…1錠だけでいいから、痛み止め、お願い」

「…………。1錠だけね」

 かわいそうだから、水と薬を1錠だけ渡した。すぐに飲んでる。

「ハァ…ハァ…」

「はい、バンザイ」

 寝間着も着せた。

「ハァ…ハァ……今、何時?」

「8時過ぎ」

「ハァ…ヒー……まだ4時間も…」

「…………」

 あと4時間で明日。こんなに痛そうなのに、私、この身体に戻らないといけないの。イヤだよ。

「…ハァ…ヒー…」

「…………」

「…ぅぅ……ごめん……ごめんなさい…本当に、ごめん…」

「…………」

「ヒー…ぅぅ…びょ……病院……行く?」

「…………わかんない……人に知られたくない…」

「ぅぅ…ヒー…ぅぅ…」

「………。とりあえず、洗濯物、出してくるよ」

 汚れ物を集めて、一階におりると四葉が声をかけてきた。

「サヤチンさん、ちょっと、お話いいですか?」

「え? うん、いいよ」

「………。お二人の間に何があったのか知りませんし、きっと、とんでもないことを姉がして、サヤチンさんを怒らせてるのかもしれないけど………、もう、許してあげてもらえませんか?」

「………えっと……何の話?」

「お姉ちゃん、あんなに苦しそうなのに、一生懸命に謝ってるんですから。とんでもないことをしたのかもしれませんが、どうか、許してあげてください」

 四葉が頭を下げて頼んでくる。

「え……えっと……別に、何もないよ?」

「………本当に?」

「……うん……」

「………そうですか……。……お姉ちゃんに、明日は必ず診療所に行こうって言っておいてください」

「ぅ…うん……言っておくね。私、今夜、ここに泊まらせてもらっていいかな? 心配だから」

「はい、ありがとうございます」

 四葉って、こんなに大人だったんだ。いつのまに、成長してたんだろう。もうすぐ思春期にも入るのかな。洗濯機を回して、二階に戻ると、呻き声が変化してた。

「…ヒーぅ……ヒーぅぅ…」

「………。四葉が、明日は必ず診療所にって……そろそろ治まらないの? その痛み」

「く…薬……ヒーぅ…ヒーーっぅ…」

 頬が引き攣って、手足が痙攣みたいに震えてる。

「……飲み過ぎになるんじゃないかな……ダメだよ…」

「ぉ…お願い……薬……ヒーぅ……ヒーーっぅ…」

「一つだけね」

 また1錠だけ渡したら、水もあげたのに噛み砕いてから飲んでる。

「それ、噛むと、どんな味なの?」

「ヒーぅ……ヒーぅぅ…」

「…………」

 聴いてないみたい。丸くなって震えながら涙を流してる。あと2時間くらいかな。ヤダなぁ……私の番……飛ばせないのかなぁ……ずっと、サヤチンの身体でいたいよ。怖いよ。こんなに痛そうで……うう、怖い。

「…ヒーぅ……もう少し…薬……お願い…」

「……じゃあ、あと二つ」

 痛み止め薬、あと10錠しかない………どうしよう。たしか、救急箱には生理痛の薬があったはず、あと、お婆ちゃんが膝の痛みに飲む薬も。一応、用意しておこう。コンビニは、もう閉まってるし、ドラッグストアみたいな便利な店、ずっと遠い。

「ヒーーぅぅ…ヒーーーぅぅ…カチカチ…」

「なんで顎、カチカチさせてるの?」

「…ヒーーーぅぅ…勝手に動いて…ヒーーーぅぅ…カチカチ…」

「…………」

「…きゅ……救急車…ヒーーーぅぅ……呼んでいい? カチカチ…呼ばせて…」

「……………。どうしよう……でも……こんな夜に呼んだら……すごく目立つよ……町の人、みんな出てくるかも」

「…せ…せめて…ヒーーっぅぅ……薬……お願い……カチカチ……ヒーーっぅぅ…」

「………」

 あと1時間で明日。ちょっと多めに飲んでおいてもらおうかな、交替したとき、痛いのイヤだし。

「5錠ね」

「ぁ…ありがとう…ありがとう…」

 涙を零しながら薬を受け取ろうとするけど、手がブルブル震えてるから錠剤を落としてる。

「口を開けて。入れてあげる」

「ヒーーっぅぅ…」

 唇も震えてるから入れにくいけど、なんとか5錠を飲んでもらったら、やっと効いてきたみたいで眠ってる。

「…………。………ヤダ………私の身体に………戻りたくない……。どうにか……ならないの……早く治って……」

 怖くなってきて、震えてきたけど、ものすごい眠気が来て寝てしまった。

 

 

 

 死ぬ、死ぬ! このままじゃ死んじゃう! 痛い、痛い、痛くて痛くて、もう死ぬ。

「ヒーーっぅぅ…カチカチ…た、助け…」

 この変な呻き声、これは私? 私が出してる声、呻き声っていうより、勝手に、こんな呼吸になってる。痛い、痛い、もう痛いしか頭の中にない。お腹が焼けるみたいに痛い。まるで、お腹の中で炎が燃えてるみたい。

「ううっ…ヒーーっぅぅ…うあぁあっ…ヒーーっぅぅ…死…」

「はぁぁ……やっと解放された。痛さで死ぬかと思った」

 痛い、痛いぃい。

「ヒーーっぅぅ…」

「三葉ちゃん……痛い?」

「ヒーーっぅぅ…」

 返事できないくらい痛いから!

「苦しそう……ごめん、本当に、ごめんね。どうか、早く良くなって」

「ヒーーっぅぅ…きゅ…」

 救急車呼んで! 死んじゃう! このままじゃ死んじゃうよ!

「それにしても今何時かな………午前1時か………」

「ヒーーっぅぅ…死…」

 死んじゃう! 痛くて死んじゃう! お願い救急車呼んで!

「三葉ちゃん………、どうしよう。すごく苦しそう……あ、また、ウンチ漏らしてる。おしっこも……せめて、替えてあげるから、早く良くなって」

「ヒーーっぅぅ…ど…」

 どうでもいいよ、そんなの! 助けて! 助けてよ、痛くて死んじゃう! ぅうう! 動かさないで! お腹が焼けてるみたいに痛いの! パンツなんか汚れてていいから! 動かさないで!

「おりもの……すごい……。やっぱりお医者さんに……。でも、……どうしよう…」

「きゅ…ヒーーっヒーーヒヒ!」

「………声、どんどん変になってきてる。笑ってるみたい……痛いよね?」

 痛いから!! すごい痛い! お腹から火が産まれるみたいに! お腹から……火……お腹から火を産んだ神さまは……死んじゃったはず……ヤダ、やっぱり死ぬ! このままじゃ死んじゃう!

「きゅ…救急車! ヒーーッヒ!」

「……救急車は、ちょっと……目立つし……こんな夜中には……でも、お医者さんも、もう町にいないかも……どうしよう。明日の朝、町の診療所に行くか……ダメだよね。お年寄り、いっぱい来るし。始発で、どこか遠い病院に……」

「ヒーーっくぅヒー!」

 スマフォを……私のスマフォを……。

「スマフォを取ってほしいの? はい」

「ヒーーーっくぅぅヒー!」

 手が……指が、ちゃんと動かない……ブルブルして、操作できない。えっと、救急車は11……0……9? どっち、どっちだっけ。

「もしかして三葉ちゃん、救急車を呼ぶ気? それはダメだよ。みんなにバレるよ」

「ぁ…ヒーーくぅ!」

 サヤチンにスマフォを取り上げられた。返して、お願い、もう死んじゃう。バレるとか、バレないとか、もういいから! 死んじゃうから!

「ヒーーくぅ! ヒーーくぅ! ガチガチ!」

「………。このままだと死んじゃうのかも……」

「ヒーーくぅ!」

 ヤダ! 死にたくない! 助けて! 助けて! 誰か助けて! お母さん、お母さん! 助けて! うぅぅぅ…あ! お父さん、お父さんなら!

「す…スマフォ…ヒーーっヒーーヒヒ!」

「スマフォ? ………その手じゃ操作できそうにないよね。……どうする気?」

「ぉ…ヒーーっヒーーヒヒ!」

「お?」

「と…さ…ヒーーっヒーーヒヒ! ガチガチ!」

 ダメだ、喉も舌も、うまく動かない。もう話もできない。死んじゃう、もう死んじゃう。

「お父さんを呼ぶの?」

「そう! ヒーーっヒーーヒヒ!」

「……宮水俊樹だったよね。電話番号は登録されてる?」

「ヒーーぅぅ! うん! ガチガチ!」

「…………町長さんか……どうしよう。……………」

「ヒーーくぅぅ! ヒーーくぅっぅ!」

 迷ってないで助けて!! こんなに苦しいのに! お願い、サヤチン!!

 

分岐

A「わかった。お父さんに、頼もう。秘密にしてくれるかもしれないし」

B「そうだね。お父さんに頼んでみよう。でも、私の責任だから最後まで」

C「お父さん、学者さんだけど、お医者さんじゃないよね。救急車にしよう!」

D「………。このまま三葉ちゃんが死んだら……入れ替わりは……終わる……」

 



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Aルート

 

Aルート

「わかった。お父さんに、頼もう。秘密にしてくれるかもしれないし」

「ヒーーぅぅ!」

「電話かけるね。……………すぐには、出てくれないかな。こんな、夜中だし……あ、もしもし!」

「三葉、こんな時間に、どうした? もしや一葉お義母さんに何かあったのか?」

「いえ、違います! あの、私は三葉ちゃんの友達で、名取早耶香といいます!」

「ん? ……ああ、三葉の友人の、名取家の」

「すぐ来てください! クルマで! 誰にも知られないように!」

「………どういうことか、説明してくれないか?」

「三葉ちゃんの具合が悪いんです! けど、他人に言えないようなことなの! 四葉ちゃんにも、お婆さんにも内緒なの!」

「……わかった。すぐに行く。表通りには出られるかね?」

「はい、なんとか連れて行きます」

 サヤチンが私を抱き上げてくる。

「三葉ちゃん、起きて。歩ける?」

「ヒーーぅぅ!」

 無理! 脚が動かない。お腹から下は痛すぎて、どうなってるかもわからない。

「なんとか、外に出よう。お父さんが迎えに来てくれるから」

「くぅぅ…ヒーーっヒーーヒヒ…」

 動かされると、お腹が千切れそう。

「階段だよ。私の肩に体重をかけて。ほら」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「ここからは、おんぶ、してあげるから」

 痛い、痛い、お腹が揺れて、死にそう。

「あのヘッドライト、町長さんの……よかった、すぐに来てくれて」

「三葉は、どうしているのかね?」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「呼吸音が……とにかく、後ろの席に乗せて。君は三葉の脚をもってくれるかな」

「はい」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

 苦しい、痛い、もうダメ、死ぬ。

「三葉……どうして、こんな状態になるまで……いったい、三葉に何があったのか、説明してくれるね?」

「はい。………その……妊娠を中絶させたんです」

「中絶……」

「でも……保護者の同意が……お母さん亡くなられていて……だから、大阪にある……ネットで調べた。………ちょっと怪しい病院で……」

「不法施設に行ったのか……なんと愚かな…」

「どうしても町の人たちに知られたくなくて。だから、なんとか、お願いできませんか。秘密に」

「………わかった。君は四葉とお義母さんを誤魔化しておいてくれ。いや、普通に風邪をこじらせたので私が病院へ連れて行った、と安心させるだけでいい」

「わかりました。三葉ちゃんを、お願いします」

 クルマが動き出して揺れると、お腹が痛くて死にそう。

「三葉、長野県に私の友人が経営している病院がある。そこまで頑張れ」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「…………くっ……なんとバカな娘だ……、あんな、いい友人にまで迷惑をかけて………くっ………ぐすっ…、二葉がいれば、こんなことには……くっ…」

 痛い、痛い、お腹も、心も、もう痛くて、痛くて、死にたい。気が遠くなってきた。このまま、いっそ死んじゃう方が楽かな……死にたいな……お母さんに会いたい……。

「三葉、目が覚めたか?」

「…………」

 お父さんの顔……白い天井とカーテン………病院かな。

「……痛くない……」

 お腹が痛くない。感覚がない。麻酔かな。

「お父さん……ここは?」

「病院の個室だ。もう処置は終わったそうだ」

「そっか………もう痛くない……よかった」

「………」

「……ごめんなさい……迷惑かけて…」

「…………そんなことは、どうでもいい……」

「………………」

 お父さん、すごく疲れた顔してる。夜中に呼び出して……今は何時……14時、お仕事、休んだのかな。

「お父さん……仕事は?」

「どうでもいいことを訊いている場合か………お前は、自分のしでかしたことの重大さを……」

「だから、それは迷惑かけて、ごめんなさいって」

「…………くっ…」

「………本当に、ごめんなさい」

「…………私に謝ってくれなくてもいい………。お前は自分で後悔しろ」

「……………そんな、ひどい言い方しなくていいのに……」

「お前は、もう………」

「もう?」

「……………病院に運び込んだとき、もう危険な状態だったのだ」

「そうなんだ。……助かって、よかった」

「………おそらく不法施設で中絶したことにより、子宮へ雑菌が入り込んだそうだ」

「ぅぅ……だから、あんなに痛かったんだ」

「それも、普通なら犬や猫にいるような細菌だそうだ」

「…………」

「子宮内膜を大きく削り取らねば命が危うかったそうだ」

「……子宮……」

「………」

「もう治ったの?」

「………命の危険はない。………」

「……他に何かあるの?」

「もう、お前は………妊娠できないそうだ」

「え?」

「………お前は子供をつくることができない。そういう身体になった」

「…………ウソ?」

「残念だが……事実だ」

「……………………………なんで………私が………」

「自業自得だ」

「…………………」

「こうなっては、お前は高校を卒業したら、糸守町を出て東京へでも行くんだ」

「……なんで、東京?」

「せめて、立派な大学に入り、ひとかどの学者にでもなるか、企業で活躍するか。結婚せずにいても面目が立つように生きろ。糸守町には帰ってくるな」

「…………結婚……しちゃいけないの? 町にも、いちゃいけないの?」

「子供が産めないと知っていて、嫁にやった、婿を取った等と言われるわけにいくか。都会なら、いざ知らず、糸守では面目が立たない。結婚相手とその家まで不幸にする気か……そんなことも……まだ、わからんか……。わからんから、愚かなことを……。とにかく、せめて四葉や一葉お義母さんを悲しませないよう、黙っていろ。このことは私の胸のうちだけに秘めておく。あの名取さんにも黙っておけ。そうすれば、お前は志望して東京へ行き、立派に活躍していて、たまたま婚期を逃したのだと、言い訳も立つ。後ろ指を指されるようなこともない。いいな?」

「………………」

「………愚かな。………お前など…」

 産まれてこなければ、よかった、と言いかけて止められたんだって、わかった。白い病室の天井が、真っ黒に見えるくらい、気持ちが暗く深く、地の底に落とされたみたいに感じたから、泣く気にもならなかった。

 

 

 

 起きたら、三葉ちゃんの身体で、どこかの病院だった。

「助かってたんだ。よかった。スマフォに返事もないから、心配したよ。もォ」

 立ち上がろうとすると、目まいがして病室に入ってきた看護師さんが支えてくれる。

「宮水さん、まだ安静にしていてください」

「はーい。私の退院って、いつになりますか?」

「このままなら明日でしょうね」

「よかった」

 お腹も痛くないし、やっぱり、ちゃんとした病院で診てもらわないとダメなんだなァ、本当に三葉ちゃんには悪いことをしたから、ちゃんと謝っておこう。

 

 

 

 克彦の部屋で、目が覚めた。エッチの後で少し寝ていたから。

「大好きだよ、克彦」

「ああ、オレも。……ごめんな、早耶香の気持ちに気づくのが、遅くて」

「ううん、もういいの」

 もう数え切れない回数になったキスと、2回目のエッチをする。さっきは初めてのエッチだったけど、あんまり痛くなかったし、コンドームは使わなかった。明日から月経だから大丈夫なはず。

「ねぇ、克彦」

「ん?」

「明後日さ、糸守でお祭りあるけど、私は名古屋の遊園地に行きたい」

「……祭りの日にか?」

「月経と重なるから、もしかしたら体調でドタキャンするかもしれないけど、行きたい」

 たぶん、明日は入れ替わりが起きるけど、明後日は起きないはず。だから、お祭りは退院した三葉ちゃんが巫女を務めて、私は遊べる。それに、お祭りは、もう飽きた。

「いつも三葉ちゃんの舞いを見てシメだけどさ。私は克彦が三葉ちゃんと行った遊園地に行きたい。ダメ?」

「ああ、あそこか」

 克彦が起き上がって自分の財布をチェックする。紙幣の量を見てから答えてくれる。

「いいぞ。行こう」

「ヤッター♪」

「彗星も来るけど、名古屋からでも見えるだろうしな」

 彗星なんか、どうでもいい、とうとう私は念願の場所に、私の身体で克彦と行けるんだから。

 

 

 

 起きたら、名取さんの部屋だった。身体を見なくても、何が起こったか、わかる。

「………この入れ替わり……いつまで続くの……もう、うんざり……」

 この家に居て、名取さんの家族と話すのも苦痛だから、外に出た。誰にも会いたくないから、空き家を探して勝手に入った。だんだん人口が減ってる糸守に空き家は多い。

 ポン♪

 名取さんのスマフォが鳴った。

「………」

 私のスマフォからメッセージが着ていて、勅使河原くんと接触しないでほしいことが書いてあった。

「……言われなくても……いちいち……あの人……自分のことしか考えてない……」

 何も考えたくないからスマフォでゲームする。

「………」

 ずっと、ゲームしてたら日が暮れた。

「……お腹空いた………でも、あの家族と、ご飯を食べるの……イヤ……」

 メールで夜中に食べるから、残しておいてと送信した。帰宅するのも、遅くしよう。長い時間、空き家に居たから、何カ所か、虫に刺されたし、ボリボリ掻いたから傷になって血が出たけど、そのくらい、どうでもいいでしょう。私にしたことを思えば、虫刺されくらい、何億倍もマシなんだから。

 

 

 

 早朝、四葉に起こされた。

「お姉ちゃん、今日のお祭り、やめよう」

「……急に、どうしたの? そんな不安そうな顔をして」

 しっかりもので可愛らしい妹が、こんな顔をしてると心配になる。四葉にだけは笑っていてほしい、幸せになってほしい。

「わからないけど、なんだかイヤな感じがするの。お祭りはやめて、みんなで町の外に出よう」

「…………」

 そっか、この子にも思春期が来たんだ、イヤだよね、みんなが見てる前でヨダレ垂らして変なお酒を造るの。イヤに決まってる。

「うん、いいよ。全部、お姉ちゃんがしてあげるから四葉は巫女なんかしなくていい」

「そういう話じゃなくて!」

「四葉は好きにしていいよ。自由にして」

 犠牲になるのは私一人で十分だよ。

「私が一人で巫女するから、四葉は思うようにして、思うように生きて、ね」

「…………。やっぱり、お父さんに…」

 四葉は、どこかへ行ってしまった。お祭りの準備が進んでる。もう何も考えなくても、身体が覚えてるから巫女服を着て、人に会いたくないから自分の部屋で時間まで待機する。

「………」

 夕方になって、町営放送のマイク音が響いてきた。

「糸守町民の皆さん、こちらは町役場です」

 名取さんの姉の声、お尻触ったくらいで、ひどい仕返しをした人の声、こんなキレイな声をしてるのに、心の中は差別意識と自分たちだけは幸せで当たり前っていう思考の女。

「町長の宮水俊樹です。これから臨時の避難訓練を行います」

 この人、なんのために町長になったのかな、なんのために娘を捨ててまで、だいたい、お前こそ結婚なんかしなければよかったんだ。

「はぁぁ……そろそろ時間かな……舞いやって、お米を吐いて……こんな祭り……」

 ポン♪

 スマフォが鳴った。名取さんからの音だ。どうせ、勅使河原くんと屋台で遊んでるとか、そんな内容に決まってる。お祭り……お客さんとして参加したの……楽しかったなぁ……金魚すくい……もう一度したいなぁ……彼氏と………彼氏なんか、もう私には……それに、金魚すくいって最低だよ……金魚の命をなんだと思って……人間の勝手なエゴで、なぶりものにして……私も、それに気づかないで、追い回して遊んで……三日で殺した。

 ポン♪

「しつこい」

 二度目の着信音。スマフォを開いて送信されてきたものを確認した。

「……………ここにいないのか………その方が、せいせいする……」

 あの二人は、お祭りに来てない。名古屋の遊園地にいるって楽しそうな写真付きメッセージをくれた。

「……三葉ちゃんのおかげだよ……か。………二通目は…………変な病院に行って、ごめん。もう元気? …………私に謝るのは、デートの報告の、ついでなんだ……フフ…」

 ポン♪

 三通目が来た。

「………虫刺されの痕を隠すのが大変だったよ……デートなのに……これからの季節は虫が多いから注意してよ………」

 軽薄な謝罪の次は、文句なの。

「こんな人………死んじゃえばいいのに………こいつも………ううん……人間なんて、みんな勝手………自分のことしか考えてない……みんな滅べばいい……」

「お姉ちゃん! 避難して!!」

 足元で何かが喚いてる。もう舞いの時間だから、境内に出よう。空を見上げた。

「……彗星……」

「お姉ちゃん、お願い! 避難して! ここから、できるだけ遠くに!」

「………フフ……そっか……なるほど……避難なんて無駄だよ……」

 思い出した。

 忘れてた。

 そうだった、この2400年。

 もう、こいつら人類に次の1200年は、いらない。

 結論は出た。

「聞こし召せ」

 はじめて舞うけど、お母さんから口伝されただけなのに、ちゃんと身体が動く。

「っ?! お姉ちゃん?! ……そ……その…舞いは……」

 舞い始めて、その動作に込められた意味がわかってくる。

「……滅びの舞い……や、やめて! お母さんが絶対、舞っちゃいけないって!」

 現生人類に見込み無し。

 繰り返す。

 現生人類に銀河共生成体の構成員たりえる見込み無し。

 これを滅失されたし。

 地球に次の機会を乞う。

「……もう滅びるといい……人類は…」

「お姉ちゃん………、………宮水の巫女は……そっか……観察してたんだ……」

 同僚と、ともに見上げた黄昏時の空に大きな彗星が迫ってくるのが見えた。

 きっと、名古屋までも一瞬で吹き飛ばすに違いない。

 一瞬か、もっと苦しめばいいのに。

 

 

 

 オレはイタリアの空を見上げながら、ホテルのプールサイドで満腹になった腹を撫でた。

「ああ……美味かったなぁ」

「美味かったっすね、兄貴」

「イタリアンの本場は違うなァ」

 弟分とワインを傾けながら、満喫したイタリアンの味わいを反芻する。

「しかし、こっちのレストランは、あれだな、爪楊枝を突っ込んだくらいじゃタダにしてくれねぇな」

「そうっすね。兄貴の妙技、ケツの肉を切らずにスカートだけを切り裂く超人技を出しても。恥ずかしがるどころか、ウェイトレスによっては、これを機会に踊り出して目立とうとする女までいるっすからね」

「やっぱ、女は恥じらいだよなァ。日本はよかった」

「お、日本のニュースをやってるっすよ。クソNHKの国際放送が」

 弟分がテーブルにあるポータブルテレビを向けてくれる。

「ただいま入りました情報によりますと、ティアマト彗星が突如、軌道を変え、日本の中部地方へ落下したとのこと。これにより日本全土は壊滅的な被害を受けております」

「おおお……オレら、イタリアにいて超ラッキー!」

「ついてるっすね!」

「おうよ、生き残る価値のある人間ってのは、こういうもんさ!」

「巨大な隕石落下により舞い上がった塵によって、地球は長期の氷河期に突入するとの予測もあり、今後地球全体の人類が存続の危機に立たされるとの見込みもあります」

「「…………………」」

 オレらも、ヤバイ、かもしれねぇ。

 

 

 

副題「サヤチンだと一部でなく全部が落ちてきました」

 

 

 

 

 




  幕後閑話
三 葉「この話さ、甘く切ないストーリーってことじゃなかったの?」
早耶香「わきが甘い三葉ちゃんが切ない目に遭うストーリーらしいよ」
三 葉「うぐぐぅ…」
早耶香「まあまあ、かわいそう過ぎるから分岐あるし少しはマシかもよ」
三 葉「本当にマシになるかなぁ」
早耶香「結局、どんな二次作品があっても、原作の三葉ちゃんは小揺るぎもしないから」
三 葉「それもそうだねぇ♪」
早耶香「カレンダーを気にしない注意力も揺るがないけどね」
三 葉「ぬぅぅ……」


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Bルート第一話

Bルート第一話

 

 

「そうだね。お父さんに頼んでみよう。でも、私の責任だから最後まで」

 サヤチンが私の手を握って言う。

「いっしょに行くよ」

「サヤチ…ヒーーぅぅ!」

 うれしい、お腹が痛くて死にそうで心細かったけど、サヤチンがいてくれるから安心できる。私は力の入らない手で、握りかえした。

「電話かけるね。……………すぐには、出てくれないかな。こんな、夜中だし……あ、もしもし!」

「三葉、こんな時間に、どうした? もしや一葉お義母さんに何かあったのか?」

「いえ、違います! 三葉さんの携帯電話からかけていますが、私は名取早耶香といいます。夜分に申し訳ありませんが緊急にお願いしたいことがあります」

「名取…ああ、あの名取家の、次女さんの方かな?」

「はい」

「それで?」

「今、三葉さんは、とても具合が悪いのです! けれど、他人に話せないようなことなんです。四葉ちゃんやお婆さんにさえ、隠していることなのです」

「……それは…また…」

「救急車も呼べず、私も、どうしていいか、わかりませんが、このままでは危険な気もします。どこかの病院へ秘密にかかりたいんです。助けてもらえませんか?」

「……わかった。すぐに行く。表通りには出られるかね?」

「はい、なんとか連れて出ます」

 電話を切ったサヤチンが私を起こしてくれて、背中を向けた。

「おんぶするから抱きついて」

「ヒーーぅぅ!」

 返事もできないけど、なんとかサヤチンの首に手を回すと、私が落ちないように手首を握ってくれる。人に、おんぶしてもらうなんて……何年ぶり……お母さん……。

「ヒーーぅぅ!」

「くっ…大丈夫、行ける」

「くぅぅ…ヒーーっヒーーヒヒ…」

 動かされると、お腹が千切れそう。けど、サヤチンが頑張って私の体重を持ち上げてくれてるから、私も頑張る。家を出て、夜中の表通りに出た。

「あのヘッドライト、町長さんの……よかった、すぐに来てくれて」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

 痛い、痛い、おんぶしてもらってると、寝てるのと違ってお腹が圧迫されて、股間から何か漏らしてる気がする。オシッコかもしれないし、ウンチかもしれない、おりものかもしれない、そんな汚い私なのにサヤチンは、しっかりおんぶしてくれてる。

「三葉は、どうしているのかね?」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「呼吸音が……とにかく、後ろの席に乗せて。君は三葉の脚をもってくれるかな」

「はい」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

 お父さんとサヤチンが私をクルマに、そっと乗せてくれる。痛い、苦しい、でも、二人が優しいから私も頑張る。

「三葉……どうして、こんな状態になるまで……いったい、三葉に何があったのか、説明してくれるね?」

「はい。………実は………妊娠を中絶させました」

「中絶……」

「でも、保護者の同意を……。隠して中絶するために、ネットで調べた大阪にある、かなり怪しい場所で手術を受けました」

「不法施設に行ったのか……なんと愚かな…」

「すべて私の責任です。私が調べて、そこへ三葉さんを行かせたんです」

「……。君の責任ではない。結局は、それを選んだ本人の責任だ」

「いえ、私が強制的に行かせました。妊娠させた男性が、私と関係のある人だから」

「……………。ともかく、君は四葉とお義母さんを誤魔化しておいてくれ。いや、普通に風邪をこじらせたので私が病院へ連れて行った、と安心させるだけでいい」

「その連絡は朝でも大丈夫だと思います。どこの病院へ行くにしても、付き添わせてください」

「……、わかった。乗りたまえ」

「はい」

 サヤチンが乗り込んできて、私に膝枕してくれた。

「頑張って、三葉ちゃん、病院にいけば、きっと良くなるよ」

「うん…ヒーーっヒーーヒヒ…」

 クルマが動き出して揺れると、お腹が痛くて死にそうだけど、サヤチンが揺れないように手で支えてくれる。痛くて涙を流してしまって、サヤチンのスカートを濡らしてるけど、私の涙に混じって、サヤチンの涙も降ってくる。

「ごめん……本当に……ごめん……私は最低だった……」

「サヤチ…ヒーーっヒーーヒヒ…」

「三葉、長野県に私の友人が経営している病院がある。そこまで頑張れ」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「名取さん、三葉を看ていてやってくれ。頼む」

「はい」

 どのくらい苦しんだんだろう……高速道路を走ってる感じがあって……痛くて気絶したり、気がついたりして……高速道路をおりた感じがして……病院に……やっと、お医者さんに診てもらえて……安心して……明るい、まぶしい、手術室に………よかった、これで助かる、安心して目を閉じた。

「三葉、目が覚めたか?」

「…………」

 あ……お父さんの顔……白い天井……サヤチンも反対側にいてくれる。

「三葉ちゃ………ぅぅ……ぅうぅ…」

 そんなに泣かなくても、もう助かったんだよ、ありがとう、サヤチン。もう、お腹が痛くない。ぼやっとして感覚がない。麻酔かな。ここは病室みたい。

「……ありがとう……サヤチン……お父さん…」

「…ぅううっ…ひぅぅ……」

「三葉……くっ…」

 お父さんまで泣かなくても………お母さんが死んだときも、人前では泣かなかったのに。サヤチンは泣きすぎて目が真っ赤。

「ううっ…うわああっ! …ごめんなさい………三葉ちゃ…ううっうわああっ!」

 サヤチンが泣きながら謝ってる。もういいよ、もう、いいんだよ、助かったし。そう言ってあげたいのに、ぼんやりして、口が動かないし、頭の回転も悪い。麻酔のせいなのかな。眠たい。もう少し寝ていいかな。でも、心配かけるかな。

「三葉……っ…」

「二人とも……そんなに泣かないで……もう無事に助かったから……」

「いや……お前は……くっ…」

「……お父さん?」

 何か言いにくそうにしてるから、まだ私は完全じゃないのかな。入院、長引くのかな。

「私の……身体……どんな感じなの? 長引きそう?」

「……退院は、すぐにできるそうだ……」

「よかった」

「…………」

「うわあああん! うわああああん! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 そんな大声で泣かないでよ、サヤチン。

「もう、いいよ、サヤチン。もう痛くないよ、ぜんぜん平気」

「ううっ…うううっ…違う…み…三葉ちゃんは…私のせいで…うううっ…うううっ…」

「だから、もういいよ」

「三葉、お前の身体は………病院に運び込んだとき、もう危険な状態だったのだ」

「そうなんだ。……でも、助かって、よかった」

「……命は助かった。……だが、……不法施設で中絶したことにより、子宮へ雑菌が入り込んでいたそうだ」

「ぅぅ……だから、あんなに痛かったんだ」

「そのために子宮内膜を大きく削り取らねば、命が危うかったそうだ」

「……子宮……」

「………」

「……それって、治るの?」

「……いや……お前は……もう……月経が来たりすることは……ない、そうだ」

「生理こなくなるんだ……それは、うれしいかも」

「「………」」

「……あれ? でも……生理が無いってことは……赤ちゃん……」

「そうだ。三葉は、もう子供をつくることができない……そういう身体になったそうだ」

「ぅううっ! うわああああぁあぁ!」

「サヤチン……」

 そんな風に先に泣かれたら、私が泣くタイミングが……ぼんやりしてるから、ショックとか、悲しいとか、まだ実感がないよ。

「サヤチン……そんなに泣かないで………別に、赤ちゃんできなくても……まあ、いろんな人生があるよ」

「そ、そうだな! 三葉! その通りだ! いっそ、立派な大学に入り、ひとかどの学者として名をはせるのもいい! もしくは企業で活躍するか! そうすれば、結婚せずにいても面目は立つぞ!」

「……結婚………結婚くらい……したいかも……彼氏……」

「………。………理解のある男性なら……」

「ごめんなさい! 私のせいで! ごめんなさい、三葉ちゃんの人生をメチャクチャに…うっううっ! うわあああああああ!」

 泣き叫んだサヤチンがベッドサイドのテーブルにぶつかって、そこにあったガラス製の水差しが落ちた。

 ガチャン!

 ガラスの割れる音が響いてる。そんなに高価そうなものじゃないから、よかった。なんてことを考えていたのに、サヤチンはガラス片を見つめた後に、とんでもないことを始めた。

「…っ…私も…」

 ガラス片を素手で拾ったサヤチンが、勢いよく自分のお腹に突き刺してしまう。

 ズブッ…

 鈍い音が響いて、ぼんやりしてた私も驚いた。

「サヤチン……なにして…」

「うぐっ…私も同じ目に遭うから……くっ! もっと……えぐって…」

 サヤチンは突き刺したガラス片を抜いて、また下腹部に、もっと深く刺そうとして振り上げてる。

「やめるんだ!!」

 お父さんが、それを止めてくれた。

「君が、そんなことをして何になる?!」

 そうだよ、そんなことしても、何もならない。

「だって! 私は!」

「いいから、やめるんだ!! ガラスを離しなさい!」

「ぅううっ…ぅわああぁあ!」

 泣き崩れたサヤチンのスカートが切れていて血が滲んでる。でも、そんなに深い傷じゃなさそう。よかった。お父さん、早く止めてくれてよかった。それに、たぶん、また明日、その身体になるの、私かもしれないんだからね、どっちも入院とか、やめてよ。ダメだ、眠い。そんな状況じゃないのに、きっと麻酔のせいだ。

「……お父さん……お願い、……サヤチンにバカな真似、絶対させないで……私……眠い……寝るね、ごめん」

 目を閉じたら、真っ暗な海に落ちるみたいに、寝た。

 

 

 

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Bルート第二話

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 私は三葉ちゃんの身体で病室のベッドから起き上がった。隣には私の身体が寝てる。私の身体は下腹部を2針だけ縫われて、今は穏やかに寝てる。すぐに治る傷しか負ってない。でも、自傷行為をしたから手足をベルトでベッドに固定されてる。

「償いはするから………また、痛い想いをさせて、ごめんなさい……でも、自分で自分には刺しにくいの……今なら…」

 町長さんには、もう自傷行為はしないって約束して、お仕事もあるから糸守へ帰ってもらった。それから、お医者さんに私は私の口で、また自分を刺しそうなので手足を縛ってください、って頼んだ。だから、今はベッドに固定されてる。何の抵抗もできない。

「………」

 病室を出て、一階にあった院内コンビニで果物ナイフを買った。これならガラス片みたいなハンパな傷にはならない。ざっくり奥深くまで、子宮まで刺せる。

「……ハァ……ハァ……やれる……ハァ……絶対、やらなきゃ…」

 私は三葉ちゃんの処女を奪って、妊娠までさせて、さらに中絶させて、危険な施設でさせたから二度と妊娠できない身体にさせてしまった。殺されたって文句は言えないような仕打ちをした。

「……」

 病室に戻って、私の身体を見下ろした。

「………」

 静かに果物ナイフを構える。

「…………クスっ…」

 ちょっと可笑しい。だって、これは当然の行為。私が三葉ちゃんの立場なら、絶対に許さない。処女を奪われ身体をメチャクチャにされたんだから、これから宮水三葉の手が名取早耶香の身体を刺すのは、ごく当然の行為。ただ、真の実行者が私だから、自傷行為といえば、そうなるけど、他人から見たら、ごく当然の復讐。それが、ちょっと可笑しい。そして、一日目の激痛を三葉ちゃんに味わわせることになるのは本当に申し訳ないけど、今刺さないと、私の決断も鈍るかもしれないし、ちゃんと深く刺せないから。

「…ごめんね……でも病院だから、すぐに先生を呼んで、痛み止めも、すぐだから」

「……やめてよ、サヤチン…」

「っ…起きてたの?」

「また、痛いの私なんだよ?」

 三葉ちゃんが私の身体で手足を藻掻いた。しっかり拘束されてるから、何もできない。

「ううっ…逃げられないし……これを計算して拘束されたのか……」

「ごめんなさい。でも、すぐに先生を呼んで痛み止めしてもらうから」

「いやいや、そんな問題じゃないから! 絶対超痛いよ!」

「……ごめんなさい……でも、償いたいの……私も妊娠できないようになるから……ね?」

「サヤチン………もう、いいよ。別に、妊娠できなくてもさ。四葉がいるし。みんなが、みんな出産しなくてもいいじゃん」

「…………結婚だって難しいよ」

「本当に好き合ってる人となら、なんとかなるよ」

「………………たとえ、そうでも、私だけ、のうのうと…」

 これ以上、会話してると決断が鈍りそうだから果物ナイフを振り上げた。

「待って待って! そうだ! 子宮を貸して! ね?!」

「え?」

「ほら、代理母ってあるじゃん! 本気で子供がほしいときはお願いするから!」

「…………」

「そのとき、サヤチンまで傷ついてたら、貸せないでしょ?!」

「………卵巣は、無事なの? 卵子は、残ってるの?」

「さ……さあ?」

「………やっぱり、刺そう」

「ヤダヤダ! やめて!」

「大丈夫、すぐに先生を呼ぶから、痛いのは5分もないよ」

「って! その状況だと私の身体が殺人未遂で捕まるんじゃないの?!」

「………名取早耶香が被害届を出さなければ、なんとかなるよ」

「いやいや! 一度は捕まるよ! きっと警察署に泊まることになるから! お父さんもお婆ちゃんも嘆くからやめて!」

「…………」

「新聞にも載るから! ニュースになるよ! せっかく秘密にしたのに!」

「あ……そっか……それを考えてなかった」

「っていうか、サヤチン、刺すことしか考えてないよ! いろいろ考えて! 痛いのヤダよ! 逮捕されるのもイヤだよ! 私たちは一心同体っていうか二心二体なんだよ!」

「………でも……私は………せめて、克彦とは別れるよ……それで償いに…」

「そんなこともしなくていいから! それも、嬉しくないし! せめて、私にプラスになることで償って! マイナスをマイナスで埋めようとしないでよ!」

「……………けど、せめて…」

 私は果物ナイフを持ち変えて、柄の部分を私の身体に向けた。

「ちょ、何する気なの?!」

「せめて、私の処女は奪うよ。これで」

「ぅぅ……それも、痛いのは、私だよ?」

「………ごめん…」

「ごめんで済まそうとしないでよ! ごめんで済ませようとしてきた結果が今でしょ?!」

「……それも……ごめん………。だって……せめて処女くらい奪わないと……ね?」

「ね、って………」

「そんなに痛くないよ。昨日までの腹痛とか、麻酔無しの中絶手術に比べたら、ぜんぜん、たいしたことない。冬場に乾燥した唇が裂けるくらいの痛みだから」

「ぅぅ……経験者は語るみたいに……私のバージンで経験して……」

「お願い、ケジメとして、せめて処女だけは奪わせて。そのくらいの償いはさせて」

「…………じゃ、……じゃあ、せめて気持ちよくしてよ。エッチって気持ちいいんだよね? このサヤチンの身体だと、私も羞恥心かなり少ないから、いっそ気持ちよく処女を奪って」

「………気持ちよくって……」

「私にプラスになることがいい! マイナスの償いはヤダ! サヤチンだって、気持ちよくエッチしたんでしょ?! 私の身体で!」

「…うん……まあ……気持ちよかったよ」

「じゃあ、この身体も気持ちよくして!」

「………それが望み?」

「うん!」

「……………わかった……気持ちよく処女を卒業させる」

 私は果物ナイフをテーブルに置いてから、仰向きに拘束されてる私の身体へ、三葉ちゃんの身体で跨った。

「じゃあ、やるよ」

「ぃ…痛くしないでよ」

「クスっ……そのセリフ、本当っぽくて、かわいい」

「ぅぅ…」

「ちゃんと気持ちよくするから、安心してリラックスして」

 そっと三葉ちゃんの手で、私のおっぱいに触る。

「…く…くすぐったい…」

「おっぱいはね、いきなりモミモミするより、くすぐったいくらいに、ちょっとずつ触られる方が感度があがるの」

 三葉ちゃんの指先で、私の乳首を少しだけ撫でた後は、乳首の周りをクルクルと擦る。自分の身体だから、どこが感じるか、誰より知ってるもの。処女だけどオナニーはしてるからね。

「…ぅぅ…」

「ほら、感じてきてる」

「…へ…変な感じ……身体が熱く……」

「そうそう。それがエッチな気持ちよさ」

「…ハァ……いいかも……気持ちいい……」

「手足が拘束されてるから、余計に感じるでしょ。気持ちよくても逃げられない」

「…んぅ…おっぱいって、触られてるだけで、こんなに気持ちいいんだ」

「吸われたら、もっと最高だよ」

「……」

 私の顔が赤くなった。入れ替わりが起こり始めた頃、おっぱい吸って甘えたのを思い出してる顔。

「恥ずかしい?」

「…さ…サヤチンの身体だから、平気だもん!」

「そう、じゃあ、どんどん気持ちよく、どんどんエッチになってみて。強く揉むよ、そのあと吸ってあげる」

「んぅ! ぃ、痛い」

 おっぱいを強く揉んで、それから吸いついた。

「あぁあん!」

「……」

 自分の声で喘がれると、こっちが少し恥ずかしい。三葉ちゃんの方は精神的には処女だけど、私の身体だから羞恥心が少なくて、ずいぶんストレートによがってる。

「こっちの乳首も吸うね」

「んぅぅん! ハァハァ…いい……ハァ…すごく…気持ちいい…ハァ…おっぱい吸われるの、最高だよ。ハァ…」

「でしょ? このあと、耳を舐めて、それから、身体のいろいろなところを舐めてあげる。それから、最後は、ここ」

 三葉ちゃんの指先で、オムツをあてられてる私の股間を触った。オムツなんて雰囲気が無くてイヤだけど、拘束されるときにあてられた。まあ、手足が動かせないわけだから、そのうち漏らすのは当然だけど、女子高生に対してオムツなんて、ずいぶんひどい。

「最後の、ここは、とびきり気持ちいいから。はむっ」

 私の耳を三葉ちゃんの唇で甘噛みした。

「んっ…んぅ…」

「耳も気持ちいいよね。同時に乳首もクルクルしてあげる」

「はぅん! あん! どっちも気持ちいいの! 股間も触ってみて! ムズムズしてきてるの!」

「……」

 ホントに羞恥心ゼロに近いね。いきなり、おねだりしますか、普通。まあ、普通の状況じゃないよね、私の身体にいるのに、自分の身体に愛撫されてるだもん。見られて恥ずかしい気持ちは無くて、舐めてくるのも自分の舌、触ってくるのも自分の指、ちょっと変わったオナニーみたいだから、おねだりがストレートなのかな。焦らして焦らしてから、触るつもりだったけど、いいよ、リクエストに応えてあげる。

「触ってあげる。ゆっくり擦るからね」

 三葉ちゃんの手をオムツの中に入れて、その部分を触る。もう濡れてる。ヌルヌルに濡れて愛撫を待ってる。なんて、やらしい私の身体。恥ずかしいくらい濡らしてくれちゃって。

「ここをね、擦ると、どんどん気持ちよくなって、頭が真っ白になるよ」

「ハァ…ハァ…んぅ…んぅん! 熱いよ、そこが熱くて…んぅ! ああ、いいの!」

「もーぉと、よくなる。ほら、ほら、もっと、よくなる。すぐイク、もうイク、ほら!」

 どこが感じるか、どんな擦り方がいいか、よく知ってる自分の身体だから、三葉ちゃんの指先で一気に高めてあげた。

「ああはあん!」

「……」

 いくら町長さんが特別な病室に入れてくれたとはいえ、そこまで大声で喘ぐと廊下に響くかもよ。私の顔が蕩けて、ヨダレまで垂らしてる。欲しそうね、濡れた穴に、棒を入れて欲しくて、たまらない顔ね。指2本くらいで快感かな、指3本で処女膜やぶれるかな。とりあえず気持ちよくしてあげるね、まずは指2本。

「さァ、処女を卒業させるね」

「…い…痛い?」

「痛くないようにするよ。安心して。気持ちいいポイントを攻めるから」

 とは言っても、ここからは私にとっても未知の領域、さすがにオナニーで処女膜を失いたくないからタンポンしか入れたことない。私自身も感じたこと無い快感を、三葉ちゃんが先に味わうんだよ。なるほど、たしかに、これは先に処女を奪った償いといえば、そうなのかも。なら、最高に気持ちよくしてあげなきゃね。

「ゆっくり入れるね。痛いときは、痛い。気持ちいいときは、気持ちいいって言って。擦られる場所によって感覚は変わるはずだから。さァ、入れるよ」

 指先に生温かい感覚が伝わってくる。自分の処女を自分で奪うことになるとは思わなかったけど、せめて気持ちよくイってくれるように小刻みに擦っていく。私の中って、こんなに熱いんだ。三葉ちゃんの指をキュゥキュゥ締めつけてくる。

「んっ、うん…はっ! はうっ!」

「いい?」

「うん! いい! 入れられるの、すごくいい! もっと深く入れて!」

「……」

 私の処女で、そんなに感じまくって、三葉ちゃんは人前で口噛み酒を造るだけでも恥ずかしがってた恥ずかしがり屋さんなはずなのに、私の身体だからって羞恥心オフで快感だけ貪欲に求めてるね。たしかに、見てる私の方が恥ずかしいわ、こんなエロエロな顔で喘いでる処女なんて、お前、ホントに処女かよ、って思うもの。

「あん! ああん! うふん! はうん! もっと、もっと! そこ、気持ちいい! そこ、最高! ああ~! グリグリしてぇ! もう一回、そこ! あ、そっちもいい! いっしょにやって! もっと大きく広く! んっ! あん! あああん! ヨダレ出るくらい気持ちいいよぉ! あは~ん! やん、止めないで、もっとやって!」

「………」

 そんな背中を掻いてもらって気持ちいいみたいな羞恥心の無さで、私の顔でアヘって喘がれると、とんでもない痴女みたいだよ、名取早耶香が。

「うん! それ、その動き! 最高! ああ! あああん! はあああん! ふうぅんん! 入れたり出したりされるのも、いいの! あん! あんっ! あっ、来た! 変な感じ! 来る! 来る、なんか、くる! んぅううう! ぁあぁぁぁぁ…」

 シャァァァァ…

 イクのと同時に、おしっこまで漏らしてる。オムツがあって、よかった。

「…ハァ…ハァ…いいね……エッチ、すごく気持ちいい…ハァ…出し入れされるのなんか、最高だよ。こんな気持ちいいことがあるんだァ…ハァ…エッチ大好きだよ」

「そ、そう。よかったわ」

 もう、ぐったりしてるし、処女膜を破くのは今度にしよう、愛撫してる三葉ちゃんの身体が疲れてきたし、よく考えたら病み上がりだもん、この身体。

 

 

 

 私は私の身体で自分の部屋に、三葉ちゃんと二人で居る。そして、三葉ちゃんの股間には長野県の病院から、糸守へ帰ってくる途中で買ったペニスバンドが装着されてる。

「じゃ、サヤチンの処女、奪うからね」

「…は…はい…」

「気持ちいいよ、きっと♪」

「……」

 いえ、そのペニスバンドの太さからして、きっと痛いと思います。でも罰だから甘んじて受けるよ。愛撫無しで入れると激痛なのも知らない三葉ちゃんが楽しそうにペニスバンドを私に向けてくる。

「なんか、これいいね。おチンチンが自分に着いた感じ、楽しい。おしっこしたら前に飛ぶかな?」

「下にジャーって出るよ。私の部屋で、しないでね」

「男の子として生きるのも、楽しそう。どうせなら、男子の服を着て、サヤチンの処女をもらおうかなァ」

 いきなりコスプレですか。しかも男装。なんか、三葉ちゃんに変なスイッチが入ってるみたい。やる気満々で、すぐにも挿入してきそうだから、せめてペニスバンドを舐めさせてもらう。

「さきに私の唾液を着けさせて。さすがに乾いてると、痛いし入らないから」

「そうなんだ。どうぞ」

 誇らしげにペニスバンドを私の顔に向けてくれた。三葉ちゃんって男子になりたいって変身願望でもあるのかな。

「…し…失礼します…はふっ…」

 私は自分の口で、三葉ちゃんが装着してるペニスバンドにフェラチオする。しっかり唾液を根本まで着けておかないと、この様子だと激しくピストンしてきそうだから。濡れてないと女の側だけじゃなくて、男の方も、それなりに痛いっていうのは経験で知ってるけど、三葉ちゃんは何も知らないし、ペニスバンドに感覚はないから容赦なく突かれそう。罰とはいえ、怖い。

「フフ、なんか、そうやって私のおチンチンを舐めてるサヤチン、かわいいね」

「はふっ…ほう?」

 それ、もう男子の発言だよ。舐めながら私は右手で自分も濡れるように擦っておく。しばらく舐めてると、私の気分も高まってきて、濡れてきた。反対に三葉ちゃんは感覚がないペニスバンドを舐められてることに飽きてきたみたい。

「サヤチン、そろそろ入れようよ」

「はい……お願いします」

 まだ濡れ足りないけど、覚悟を決めてベッドに仰向きに寝転がって三葉ちゃんに向かってM字に脚を開いた。ううっ…私の処女膜が……三葉ちゃんに捧げられる。まさか、こんなことになるなんて。

「入れるよ、えいっ」

「うっ!」

 処女膜を破かれるのは、これで二度目だけど、今回は、すごく痛い。克彦は、それなりに気を遣ってくれたけど、三葉ちゃんは遠慮無く突っ込んできた。

「うくっ…ぅううっ…」

「やっぱり、痛いの? 大丈夫?」

「へ…平気……き、…気持ちよすぎて…も、もっと激しく突いて…」

 これは罰だから、痛くしてもらっていいの。

「うん、じゃあ、えいっ」

「んぐっ…ぐぅう! ああああっ!」

 痛い、痛い、痛いです、三葉ちゃん、あそこが裂けそう、っていうか裂けてる。

「えいっ♪ えいっ♪」

「あああっ!! いいい! いいいの!!」

「じゃあ、もっと激しくいくよ、ほらほら!」

「ああああああっ! いいいいっ!」

「あははは♪ サヤチン、ビクンビクンして超かわいい!」

「ハァ、ハァ! ぅう…うん…あ、ありがとう…」

「血が出てるね。痛くない?」

「へ…平気…」

 痛い、痛い、痛いけど、あの腹痛とか、麻酔なしの中絶に比べたら、たいしたことない。もう濡れてきたし、もしかして、この痛さ、私も癖になるかも。

「あ、そういえば、エッチのときってキスするよね。サヤチンと私もしてみる?」

「キス……」

 これで二度目のエッチだけど、そういえばキスはしてない。もともと、そういう同性愛的な関係で始まった二人じゃないから。まあ、でも、いいかな。

「……して…みようかな…」

「じゃ、チュー♪」

 軽いです、三葉ちゃん。女の子同士だからって、そんな。今日は、お互い羞恥心があるはずの自分の身体なのに、もう妊娠できないってことで三葉ちゃんに何か心境の変化でもあるのかな、すごく軽い。

「チューしながら、こっちも突っ込んであげる」

「んぅ! あぅ!」

「あははは♪ かわいい、かわいい! サヤチンって、あれだね、おチンチンを入れてもらうための名前みたいだよ」

「え? ハァ…ハァ…なんで?」

「ほら、刀を入れるところを鞘って言うよね。だから、おチンチンの鞘で、サヤチン」

「ぅ……ますます、そのアダ名が嫌いになったよ」

「サヤチンに納刀してあげるよ、私のおチンチンを。ほらほら! えいっ♪ えいっ♪」

「んっ! はうん! きゃうん!」

「かわいい声! もっと出して! ほら!」

 ああ、ダメぇ、克彦のおチンチンと違って、射精して萎えてくれないから、いつまでも続けられる。いきなり処女で、こんなピストンを覚えさせられたら、このペニスバンドにハマちゃうかも。

「ハァ…ハァ…」

「ああ、楽しかった。どう? 気持ちよかった?」

「う、…うん…ありがとう…」

 結局、何回もイかされてしまった。三葉ちゃんに。

「じゃあ、次は交替して、私に入れてよ、これ」

 三葉ちゃんがペニスバンドを外して、私に差し出してくる。

「え………三葉ちゃんにも、入れるの?」

「だって、私の方は、ちょっとベルトが擦れて気持ちよかったけど、それだけだもん。しっかり挿入されたいよ、奥まで」

「………」

 もう、すっかり妊娠できないことを受け入れて、むしろ開き直ってエッチを楽しむ人生を選んでる。

「サヤチン、早く。自分の身体でもエッチの気持ちよさ、知りたいよ」

「……えっとね、……まだ病み上がりだし、せめて来週くらいまでは、奥まで入れるのは、やめた方がいいと思うの。やっても、外側を舐めるくらいで」

「う~ん………たしかに。…じゃ、舐めて」

「……はい……舐めさせていただきます」

 一欠片の羞恥心も残ってない感じに開かれた三葉ちゃんの股に、私は諦めて顔を埋めた。

 

 

 

 朝、目が覚めたらサヤチンになってる。ヤッタ♪ 今日は奥まで挿入してもらって最高に気持ちいいこと、いっぱいしよう。しかも、夕べは私の部屋にサヤチンと泊まったから、私の身体も隣に寝てて、すぐエッチできるし。

「まずは、おっぱいから、いただきます」

 私の乳首をサヤチンに口で吸ってみる。

「んっ……」

 サヤチンが私の身体で寝返りした。

「起きないと、おっぱい窒息の刑♪」

 おっぱいが大きいサヤチンだからできることを楽しむ。寝てる私の顔に、おっぱいを押しつけた。すぐに息ができなくて呻いてる。

「…ぅぅ…ん、プア! ハァ…ハァ…」

「おはよう、私」

「……おはよう。今は何時…」

 サヤチンが腕を伸ばしてスマフォを取ってるから無防備になった私の腋を舐める。

「やん…くすぐったい…」

「レロレロ♪ 私の身体って、腋が感じるよね。腋とクリの組み合わせだと、すぐイっちゃう」

「朝から、やる気? 夕べ、さんざん、したじゃない」

「エッチって飽きないね」

「………そんなに、やりまくらなくても……」

「ちなみに、私の身体でテッシーと何回くらいエッチしたの?」

「……13回です……ごめんなさい」

「人の身体で、やりまくって、くれちゃって」

「ぅぅ…ごめんってば…」

「今、何時だった?」

「7時よ」

「今日と明日は学校も休みだし、たっぷりエッチしよ」

「……明日は、お祭りでしょ。今回は三葉ちゃんが三葉ちゃんで出仕するタイミングなんじゃない?」

「そうなりそうだねぇ。なら、その分、今日は、たっぷりやろうよ」

「………ここまで、ハマるなんて……おうちに帰りたいです」

「じゃあ、シックスナインで先にイった方が負けね。サヤチンが勝ったら返してあげる」

「ぅぅ……三葉ちゃんの口技、すごいから無理だよ……すぐに私……」

「さ、始めるよ」

「んっ…もう! 今度こそ勝つから! 三回勝負にして! 累積3回、イった方が負けの!」

「いいよ。いただきまーす」

 サヤチンと舐め合いっこを始めて2対1で私が勝ちつつあったとき、いきなり部屋の戸が開いて、四葉の顔が、こっちを見た。

「「ぁ……」」

「っ……うげ……女同士で……」

 バンっ!

 乱暴に戸が閉められて、四葉の足音が一階へおりていく。お婆ちゃんに告げ口してる気配はないから一安心。なんか、ドタドタ動き回ってから玄関を出て行く音がした。

「今の四葉ちゃん、ちょっと様子がおかしくない?」

「そう? まあ、私たちが、こんなことしてたら、変な顔くらいするんじゃない?」

「それは夕べバレてるから、今さらだよ。なのに、今は初めて見たって顔だったし、どことなく仕草や口調が男っぽかったよ」

「う~ん……四葉は、まだ思春期きてないから……しかも、口調って、あの一瞬で?」

「立ち方とか、まるで男の人が中に入ってるみたいに感じた……。パジャマのまま、外に出ていったみたいだし」

「それって、四葉が誰かと入れ替わってるってこと?」

「うん、そんな感じ」

「………それは、ちょっと心配かも……まして男……」

「様子を見に行こうよ」

「そうだね」

 私たちは服を着て、出て行った四葉を探した。すぐに近所で見つけたから遠巻きに様子を観察すると、股間を押さえて何か我慢してる。

「クソっ、なんで、あの家はトイレが無いんだ。コンビニも遠いし! くっ、漏れる…」

 うち、トイレあるよ。いちいち外に出て、別棟になってる昔ながらの汲み取り式だけど。

「身体も小さくなってるし。オレは名探偵かっ?! なんか、変なクスリを……いやいや、そんな記憶ないし! くぅぅ…漏れる! マジ、漏れる! もう、ここで!」

「「ちょっ…」」

 四葉の身体が小川に向かって何かしようとしたけど、おもらしをした。パジャマのズボンが、おしっこで濡れていく。

「うわぁぁ?! 無い! 無いのに出てくる?!」

「「………」」

「どうなってんだ?! 無い! 無いぞ!」

「「………」」

「無い……マジで……無い……なのに、……胸、ちょっとだけ……ある……これって、おっぱい…」

 四葉の手がモミモミと自分のおっぱいの感触を味わってるのを見ていて、私は虫酸が走って立ち上がった。

「やめなさい!!」

「うあ?!」

「その身体は四葉のなんだから! 君が勝手に触っていいわけないでしょ?!」

「だ、誰だよ、お前?!」

「ズボンをあげて!! そんなカッコで外を!! 最低!!」

 四葉のズボンを引き上げて、思いっきり頬を引っぱたいてやろうとして、この顔が四葉の顔なことを、かろうじで思い出した。おっぱいを揉んで、大事なところまで触って、外なのにズボンとパンツまでおろして、許せない。四葉の身体は私が守ってあげなきゃ、私みたいなことには絶対にさせない、まして、コイツは絶対に男だ。

「君の名前は?!」

「っ、お、お前こそ、誰だよ?!」

「君の名はッ?!」

「っ……た……立花……瀧…です…」

「立花瀧ね。男なの?!」

「……お……男だよ…」

「……」

 許せない、よくも、四葉の、おっぱいを。

「クソ! なんだよ、なんなんだよ?! お前ら悪の組織かっ?! オレの身体を縮めたのか?!」

 そう叫んで逃げようとする。それをサヤチンが私の身体で回り込んで阻止してくれた。二人で挟み撃ちにして捕まえる。相手は男で、ちょっと暴れようとしたけど、腕力も手足の長さも四葉だから、私たちに勝てるわけ無い。

「サヤチン、縛るから手を後ろに回させて!」

「うん!」

 丈夫な髪紐で、おっぱいを触ったりできないように腰で両手を縛った。縛り痕がつくかもしれないけど、ごめんね、四葉、あなたの身体を守るためだから。危ないところだったよ、男なんかに身体を自由にされたら、どんな目に遭うか。

「四葉は、どこ?!」

「ヨツハ? なんだよ、それ、知らねぇよ!」

「君は、どこから来たの?! 住所は?!」

「………。……お前らは、何だよ?!」

「住所は?!」

 こっちの個人情報なんか、与えるもんか。コイツは、きっと遠くから来てる。言葉のイントネーションが違う。このあたりの人間じゃないことはわかる。

「言わないと!」

 私は脅しで手を振り上げた。四葉の身体を叩くつもりなんてない。けど、脅しだから思いっきり怖い顔で睨んで、今にも殴りそうな風を装った。四葉とは身長差がかなりあるから、男のくせに脅しに負けて口を割った。

「…と……東京都…」

 住所をきいて、ちゃんとメモしておく。コイツが四葉に変なことをしたら訴えてやる。ううん、訴えるだけじゃない、きっちり復讐してやる、何十倍にもして。

「どこの小学校?!」

「はァ?! オレは高校生だ!」

「「高校生………」」

 ますます許せない。男子高校生が四葉のおっぱいを触った。

「ここは、どこだよ?! お前らは何だ?!」

「どこの高校?! 高校名を言いなさい!!」

「……神宮……高校…」

「何年生?!」

「………2年……」

「三葉ちゃん、ここじゃ目立つから家の中に」

「そうだね」

 誰かに見られると、ちょっと誤解されるかもしれない。女子高生が二人して小学4年生の妹を縛って詰問してたら、かなり虐待っぽい。けど、これは四葉の身体を守るために必要な処置なんだよ。私たちは捕まえた立花を連行して二階の部屋に戻った。

「サヤチン、逃げられないように足も縛ろう」

「……それは、やり過ぎじゃない?」

「もし、逃げられたら、どうやって見つけるの? 見つけるまでに四葉の身体に何されるか、わからないよ?」

「たしかに……ボク、ごめんね。足も縛るから、そろえて。抵抗しなければ何もしないから」

「……………ここ、どこ……だよ?」

「ここはね、岐…」

「サヤチン、こっちの情報は与えないで」

「……それも、そうね……東京かァ………四葉ちゃんとは縁もゆかりもないのかな……」

 二人で立花の足首も縛って、逃げられないようにした。これで一安心。廊下に出て、立花に聞かれないようサヤチンと作戦会議する。

「これから、どうしよう?」

「とりあえず、足は縛ったけど、ズボンを着替えさえてあげたら? おもらししたままじゃかわいそうだし。四葉ちゃんの肌も蒸れるよ」

「でも……見られるよ、あそこ」

「目隠しでもする?」

「そうだね」

「けど、問題は……」

「問題は?」

「今日だけじゃなくて、私たちみたいに何度も入れ替わるなら、毎回、こうやって拘束するの?」

「う~ん……それは、四葉が戻ってきたとき、四葉にも相談して決めよう。あとは絶対に変なことしないように脅しておくとか?」

「脅しかぁ……効くかなぁ……つい、見た目が小学生だからボクとか呼びかけたけど、実質、私たちと同い年だよね」

「四葉の身体に何かしたら、あいつの身体もメチャクチャにするって言ってやるよ」

「………それは恐怖かも……」

「うん、じゃあ、この作戦で」

 作戦が決まったから、手足を縛った立花に言っておく。

「今、君がいる、その身体は、とても大切な女の子の身体だから」

「……だ…だから……なんだよ?」

「ちょっとでも変なことしたり、おっぱい触ったり、パンツなんか脱がせたりしたら、ただじゃおかないよ」

「そ…そんなこと……しねぇよ」

「さっきしてた!」

「……な……なんか、膨らんでるなぁ…って……違和感あったから、しょうがねぇだろ!」

「君、ぜんぜん反省してないね。もしも、四葉が傷つくようなことしたら、立花瀧、お前の身体を探し出してメチャクチャにしてやる。おチンチン切り落として、このペニスバンドで、お尻の穴を犯してやるから」

「ごくっ……」

 四葉の顔が恐怖で凍りついた。なんか、妹をイジメてるみたいな気もするけど、今は中身は四葉じゃないから、容赦しない。これは四葉のためなんだよ、絶対に変なことしないように脅して震え上がらせておこう。

「ちょっとでも変なコトしたら、おチンチンが無くなるって思いなさい。子供をつくれないような身体にしてやる」

「っ……な……なんなんだよ……オレ……なにも……してねぇだろ……」

「お尻の穴だって無事じゃすまないから。犯しまくって、その写真を世界中にバラまいてやるから。男としての君の人生、メチャクチャにするから。立花瀧、神宮高校、2年、お前の個人情報は残した」

「ぅっ……ぅぅっ…」

「私は本気だよ。本気で死ぬより、つらい目に遭わせてやる」

 四葉のために心を鬼に、顔を般若にして、低い声を絞って言う。サヤチンの声は、もともとキレイだけど、それだけに低く脅すような声にすると、すごく迫力がある。顔を近づけて、目と目を合わせて脅しておく。

「立花瀧、どこへ逃げても、何年かけても探し出してみせる。必ず会いに行く」

「ボク、わかったよね? お返事は?」

「……は…はい…」

 脅しが効いてるみたい、もう反抗的な態度が無くなった。サヤチンが私の手で優しく四葉の頭を撫でた。

「じゃあ、ボクも濡れたままじゃ気持ち悪いから、お着替えしようね。でも、下半身を見せるわけにはいかないから目隠しするよ」

 去年の運動会に使ったハチマキで目隠しした。それから縛ってた足を解いてズボンとパンツを脱がせると、立花が言ってくる。

「ト………トイレに行かせて……ください。……出そうなんです」

「ウソ。おもらししたばっかじゃん。そうやって逃げる気?」

「ち……違います、ぉ…大きい方なんです。濡れてて、お腹が冷えたみたいで! お願いです、行かせてください。ここで漏らしたら、大変ですよね?」

「「………」」

「ぅぅ…ホントに漏れそうなです…」

 ゴロゴロ…

 四葉のお腹が鳴った。本当みたい。私の部屋で漏らされるのは、やめてほしい。

「ぅぅぅ……に…逃げたりしませんから…」

「サヤチン、足を縛ってた紐をかして」

「はい」

「万が一にも逃げられないように」

 紐で首輪をつくって、手綱を1メートルくらい用意して持てるようにした。これで足が自由でも逃げられないはず。

「…ぅぅ…早くトイレ……お願いです…」

「そのまま立ち上がって、こっちに来て」

「ぅぅ…」

「三葉ちゃん、目隠しを取ってあげる? 危ないよ」

「見せるわけにはいかないよ。それに、すぐにも漏らしそうだから、さっさとトイレに行かせよう」

「そうだね。ボク、見えなくて怖いだろうけど、こっちに来て」

 私が手綱をしっかり握って、サヤチンの誘導で階段をおりて、勝手口から外に出る。

「そこにある草履を履いて。トイレは外だから」

「…こ…こんなカッコで外に……」

「大丈夫、厠は道路から見えないから」

 お風呂の途中でトイレに行きたくなってもいいように、何年か前にお父さんが塀を作ってくれたから外から見られることはない。だいたい、うちは古すぎる。今どき、トイレが外にあって別棟で汲み取り式なんて。サヤチンの家は最新の水洗式なのに。

「ボク、私の声のする方に歩いて。最後に段差があるから、そのとき、また言うね」

「は…はい…」

「よし、そこで15センチくらいの段差があるから、右足をあげて」

「…こ…こうですか…」

「いいよ、じゃ、厠の戸を開けるね」

「か、かわや、ってトイレのことですか?」

「そうだよ、知らないの? あ~……東京の人は、もう、そういう言い方しないかもね。和式トイレで、できる? ボットンタイプの」

「和式……いえ……あんまり……だいたい洋式しか……」

「そっか。……私の家まで……こんなカッコで連れて行くわけにも…」

「ぅぅ……漏れそうなんです……やりますから…」

「そう。じゃあ、ゆっくり進んで。穴に落ちないでよ。都会の和式と違って、本当のボットンタイプだから、落ちたら下は肥だめだから」

「…こ……こえ……だめ…」

「はい、もう一回、右足をあげて20センチほど段差があるよ」

「ぅぅ…こ…ここ?」

「そうそう。左足も登って。でも、真ん前に穴があるから、足を開き気味に」

「…ど…、どのくらいの穴なんですか?」

「う~ん……20センチかける40センチの長方形かな」

「長方形? ……そんな和式……ぅぅ? 木? これ、足元、木の板なんですか?」

「そうだよ」

「ひっ、わ、割れないんですか? ギィギィいってる!」

「大丈夫、大丈夫、割れそうな音はするけど、大人が入っても割れないから、四葉ちゃんの体重なら余裕だよ」

「ぅぅ…」

 ゴロゴロ…

「あと少しだよ、頑張って。うん、そのまま両足を前に20センチずつ進めて、そこでしゃがむの」

「は…はい…」

 サヤチンの誘導がうまいから、四葉の身体は、いつも通りに厠にしゃがんだ。

「こ…ここで、出していいですか?」

「「どうぞ」」

 すぐに出てきた。やっぱりお腹が冷えたみたいで、ちょっと下痢気味。

「うぅうぅ……」

「もう終わり? 全部、出たの?」

「…は…はい…」

「じゃあ、お尻を拭いてあげるから、ちょっと腰を浮かせて、お尻をこっちに向けて」

「…………はい…」

「キレイにしてあげるね」

 サヤチンが親切丁寧に四葉のお尻を拭いてあげてるのに、なぜか立花は泣き出した。

「うっ…うぐっ…なんで……オレが……ぐすっ…こんな目に遭わなきゃ…ひっく…ぅうぅっ…」

「…………」

 なにコイツ、ちゃんと誘導してトイレに行かせてあげたのにメソメソ泣き出して、こんな目に遭わなきゃって、私なんか入れ替わり現象のおかげで、どんなひどい目に遭ったことか。それに比べて、どこに泣く要素があるっていうのかな、よっぽど女々しいヤツね、立花瀧、いっそナヨっとした女子に生まれた方がマシだったかも。

「男のくせに情けないヤツ」

「ぅうっ…ぐすっ……オレの身体、どうなって……チンチン無いし……誰か……助けて……お父さん…ぅぅっ…お母さん……ひっく…ぅぅ…」

「クスっ…プフ…」

 ぽろぽろ泣き出してるから、目隠しから涙が零れてきてる。これでホントに男なの。四葉のお尻をプルプル震わせて泣いてる。四葉でも、こんな情けない泣き方しないよ。

「笑ったら、かわいそうだよ。きっと、怖いんだよ。状況もわからないし。男の人って意外と繊細で、何よりプライドあるから。けっこう、この状況は屈辱的かもよ」

 せっせとサヤチンが優しくお尻を拭いてる。サヤチンの家みたいなウォッシュレットも無いし、いまだに肥だめ式だから昔ながらの四つ切りの紙を使ってる。このトイレの差だけでも、私は名取家に生まれたかったよ、ホント。

「ぐすっ…ううっ…」

「男と女だと、結局は自殺するのも男の方が多いから。はい、キレイになったよ。もう泣かなくていいの。ボクがいい子にしてたら、何も怖いことはないよ。さ、戻ってパンツを着せてあげるね。……女の子のパンツだけど、ごめんね。クスっ…」

「サヤチンこそ笑ってるじゃん」

「だって、この人、男子高校生なんでしょ? なのに女児パンツをはかせるのかと思うと、なんか笑えてきて。クスクス…」

「プフ、たしかに」

 笑いそうになるのを我慢しながら、泣いてる立花を連れて部屋にもどった。四葉の部屋からパンツとズボンを持ってくる。スカートもあるけど、ズボンの方がリスクが少なそう。

「はい、ボク、足をあげて」

「ぐすっ…ぉ…男の物のパンツはないんですか?」

「あっても、この身体にトランクスとかブリーフを着せるのは、四葉ちゃんにかわいそうだよね」

「四葉が傷つくようなことはできないから」

「だって。ごめんね、ボク、このパンツで我慢して」

「ぅぅ…」

 サヤチンが丁寧にパンツとズボンを着せてあげた。

「もう目隠しはいいかな?」

「ダメ。そのままさせとこう。こっちの情報を与えたくない」

「三葉ちゃん……よっぽど……」

「ひどい目に遭ったからね。入れ替わり現象のおかげで。どんなに警戒しても、安心ってことはないよ。仲が良かった友達でも何してるか、わかったもんじゃないのに。まして、赤の他人の男なんて絶対信用できない。でしょ?」

「はい……ごめんなさい。その節は重ね重ね、お詫び申し上げます」

 サヤチンが私の頭を下げた。

「ボク、ごめんね。目隠しも縄も、このままだから退屈だと思うけど、そのまま寝転がっておいて」

「手綱は、ここに縛っておこう」

 私は机の脚に手綱を縛った。これで逃げられない。あとは一日、監視して四葉が戻ってくるのを待とう。

「四葉………コイツの身体で……気持ち悪いだろうなぁ……男の身体なんて……」

「まあ、びっくりはしてるでしょうね。友達と入れ替わった私たちでも、びっくりだもん。もし異性とだったら……いろいろ大変」

「四葉、ちゃんと、おしっこできたかな? コイツは漏らしたし」

「人前で漏らしてたら、かわいそうだね。四葉ちゃんも、ボクも」

「生理が無いだけマシかな」

「…ぐすっ…ぅう…」

「コイツ、いつまで泣いてるのかな」

「そんな怖い声で言うから余計に怯えるんだよ。身体も私たちの方が大きいし、たとえばさ、この立花くんが身長170センチの男の子だったとしても、頭二つ大きい2メートル超の大きな男2人に拉致られたら、泣くほど怖いでしょ? そんな感じじゃない?」

「別に拉致したわけじゃないし」

「………、これ、たぶん、やられてる方は拉致としか感じないよ。しかも、男の象徴もないし。オレは、どうなるんだろう、って不安でいっぱいなんだよ。さっき、たっぷり脅したし」

「なるほど……」

 いろいろとサヤチンと今後の方針について話しているうちに、お昼が近くなってきて、サヤチンが私の腰をあげた。

「そろそろ、お昼ご飯だから、お婆さんを手伝ってくるよ。四葉ちゃんもいないことだし」

「そうだね、お願い。私の分もね。あ、コイツの分は……四葉の分でいいか、そうか、そうなるか、人数は増えてないもんね」

 しばらくサヤチンが私の身体でお婆ちゃんを手伝って、お昼ご飯は私とコイツは二階で食べる。お婆ちゃんには四葉は風邪気味って説明した。

「ほら、食べさせてあげるから、口を開けなさい」

「……ぐすっ……食欲がなくて……」

「ダメだよ。その身体の健康は、君のものじゃないから、ちゃんと食べて」

 無理矢理に食べさせて、また監視を続ける。だんだんヒマになってきた。

「サヤチン、ヒマだねぇ」

「まあ、監視してるだけってのもね」

「エッチしよ」

「………ここで? この人、いるのに?」

「目隠ししてるし、いいじゃん」

「まあ、どうせ最初に見られたし、いいかな」

 私たちは午後からの退屈な時間をエッチで過ごして夕方を迎えた。夕飯前に立花が震えながら四葉の口で言った。

「……おしっこが……したいです…」

 かなり我慢した後みたいで脚を閉じて耐えてる。

「またトイレまで誘導するの大変だし、下にお婆ちゃんいるから、バケツにでもさせようか?」

「そうだね。ボクには、かわいそうだけど、それが無難かな。取ってくるよ」

 サヤチンが納屋からバケツを取ってきてくれて、それを跨がせた。

「はい、ボク、そのままシーして。下に飛ぶからね。そのままシー」

「ぐすっ…ぅぅ…ひっく…」

「なんで、コイツ、おしっこするだけで泣き出すのかな?」

「いろいろ男子としてのプライドが傷ついてるのかも。かわいそうに、よしよし」

 サヤチンが、おしっこをし終わった立花を抱きしめるから注意する。

「ちょっと! そうやって抱くと、私のおっぱいがコイツの顔にあたるんだけど!」

「あ、ごめん、ごめん。でも、あたるのは四葉ちゃんの顔だよ」

「それでも感触はコイツが味わうよ。私のおっぱいを味わっていいのはサヤチンと、これからつくる彼氏だけなんだからね」

「あ、彼氏つくる気はあるんだ? もう同性愛、一直線なのかと思ってた」

「だって、本物のおチンチンはペニスバンドより、ずっと熱くて気持ちいいんでしょ?」

「まあね。射精されると萎えるけど、体温があって気持ちいいよ。あと、射精するときドクっドクってなるのも最高」

「良さそう。はやく彼氏つくりたい」

「やるためにつくるみたいな言い方ね」

「どうせ、妊娠しないし、気にしないで、どんどんできるもん」

「……そういう考え方もあるね。まあ、私としても同性愛一直線で来られたら、困るところだったらから応援するよ」

「ありがとう」

「お風呂、どうする? また泊まる?」

「連泊になるけど、今夜は事情が事情だし、泊めてもらおうよ」

「じゃあ、せめて、いろいろお婆さんを手伝ってくるよ」

 サヤチンが私の身体で手伝いに行ってくれて、その間に私は立花の個人情報を聞き出しておく。父親が公務員なこと、母親が離婚していないことなんかを知った。夕ご飯が終わって、お風呂は私とサヤチンが交替で入って、四葉には悪いけど、四葉も女子として、むしろ入って欲しくないかもしれないから、風邪気味って言い訳もある分、そのまま寝てもらうことにした。部屋を片付けて広くして、布団を3組も敷いて、真ん中に四葉の身体を寝かせて左右に私たちが寝る。

「三葉ちゃん、寝るときくらい紐を解いてあげない?」

「う~ん……」

「きっと、肩が痛いと思うよ」

「私たちが寝てる間に、コイツが四葉の身体を触らないかな?」

「じゃあ、四葉ちゃんの左右の手を、私たちの片手ずつに結びつける?」

「あ、それいいね。そうしよう」

 と言ったけど、寝返りできなくて微妙に寝苦しかった。それでも、四葉を守るため、我慢して眠った。寝るときまで啜り泣いてる立花がうるさくて、鬱陶しかったけど。

 

 



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Bルート最終話

 

 早朝、私は手首を引っ張られて目が覚めた。寝るとき、右の手首を結んだはずなのに、起きたら左だったから、入れ替わって私は私の身体になってる。

「何、この紐?」

 四葉の声。

「四葉なの?」

「何も見えないし。目隠し? お姉ちゃん、そこにいるの?」

「うん! お姉ちゃんだよ! 宮水三葉! 四葉は宮水四葉だよね?!」

「その言い方……お姉ちゃん、もしかして、入れ替わりの経験があるの? っていうか、目隠し取ってよ」

「すぐ取ってあげる」

 目隠しを取ってるうちに、サヤチンもサヤチンの身体で起きた。

「う~ん……寝返りできなかったから、背中が痛い。あ、おはよう、四葉ちゃんは、四葉ちゃんなの?」

「サヤチンさん……もしかして、サヤチンさんとお姉ちゃん、入れ替わってた経験が?」

「「あるよ!」」

「ハモった……この二人だと、わかりにくいかも。いつから?」

「「半年くらい前から!」」

「………そんなに長々と…。とりあえず、紐も解いて」

 二人で四葉の手首を解放した。

「なんで、こんな拘束されてたの? 私、暴れたりした?」

「暴れなかったけど、おっぱいモミモミしたり、おしっこ漏らしたり、いろいろされてたよ。四葉を守るために、こうしたの! 大丈夫、四葉はバージンだよ!」

「……漏らしたの……って、そんなことより…」

「おっぱいの方が問題だよね」

「それも、どうでもいいから」

「わかってる。バージンは確実に守った」

「………うん……ありがとう。まずは、お礼を言うよ。次は、私の話を聴いて。真剣に。黙って、聴いて」

「「……はい」」

「私が入れ替わっていた人は立花瀧、東京の高校生だった」

「「………」」

 それは知ってるから黙って頷いた。

「でも、私が行った世界は今から3年先の未来だったの」

「「未来っ?!」」

「お姉ちゃんたちは時間はズレてないみたいだね」

「うん、っていうか、未来って?!」

「2016年の世界だよ」

「……今年って何年だっけ?」

「くっ……2013年!」

「はい、そうでした。すいません。話の腰を折って、どうぞ、続けてください」

「私は入れ替わって、とりあえず学校を休んで状況を調べてるうちに、立花瀧のスマフォで糸守町の奇跡について知ったの」

「「奇跡?」」

「今日の夕方、この町のここ、この神社にティアマト彗星の一部が分轄して落ちてくるの。けど、それを事前に知っていたかのように、宮水俊樹は臨時の避難訓練を発動して、奇跡的に誰も死なずに災害を乗り切るの」

「お父さんが……」

「つまり、私が彗星落下を伝えて、お父さんに避難訓練の実施をさせないといけないの。手伝って」

「………?」

「待って、四葉ちゃん。それって歴史を変えることにならないの?」

「なりませんよ」

「「………」」

「私が知ってきた未来は奇跡的に、みんなが死ななかった未来。だから、その奇跡の避難訓練を実施しないと、歴史は変わってしまうけれど、実施すれば歴史は変わらない。矛盾は生じない。おそらく、私は、この未来を知るために入れ替わったんだと思う」

「………入れ替わりに目的とかあるの?」

「ない場合もあるかもしれませんね」

「「………それって私たちのこと?」」

「いえ、きっと、お姉ちゃんたちの入れ替わりにも意味があるはず。たとえば、今、私の話を、かなり簡単に信じてくれてますよね?」

「「あ……」」

「普通、入れ替わりなんて言っても相手にしませんから。まして未来」

「「………たしかに…」」

 私たちは四葉がウソを言ってるとも思わずに信じてる。そして、すぐにお父さんを説得に行った。町役場に出勤してきたお父さんへ私たちは駆け寄った。

「「お父さん!」」

「町長さん!」

「三葉、四葉…それに、名取さんまで…」

「お父さん! 大事な話があるの! 時間をください!」

 四葉が真剣な顔で言うと、お父さんは頷いた。

「わかった。町長室へ来なさい」

 町長室で、四葉は私たちへしたのと同じ話をした。

「入れ替わりか……3年、未来……その話を信じろと?」

「はい」

「…………」

 お父さんが難しい顔をして考え込む。四葉のことを信じたいけど、信じられないって顔になっていく。

「「お父さん、お願い」」

「…………」

「町長さん、私と三葉さんも入れ替わっていました」

「名取さんと……三葉が?」

「はい」

「……そんなことも起こっていたと信じろと?」

「それを信じてくだされば、娘さんが不法施設で中絶するような愚かな女ではなく、ただ不幸にも悪い友人に、そうさせられたのだと確信することができませんか?」

「…どういう意味だ?」

「入れ替わって、お互いの身体を自由にできる。だから、あのとき病院で強制的に行かせたと私が言った意味は、本当に手足を縛る以上の強制です。三葉ちゃんは途中で引き返すことも、施設の不衛生さを見て中断することもできなかった。そして、私は私と関係のある男性の子供を妊娠している三葉ちゃんを、何としても中絶させたかった。女が、どのくらい、こういうことに汚い手段を使うか、町長さんの年齢なら男性でも少しは感じ取っていただけませんか?」

「君は……君が…三葉を……」

 お父さんの顔に驚きの後から怒りが現れた。あの怒り方は他でも見た。身内、肉親を他人に傷つけられたとき、心の底から湧いてくる強烈な怒りだ。サヤチンのお姉さんも、そうだったし、私だって四葉を傷つけられそうになったら、そうなる。そういう怒り。

「町長さんは娘が愚かな女でないと、信じられませんか? 三葉さんは軽々しく妊娠して、親に黙って中絶するような子ですか?」

「…………」

「しかも、あんな汚い闇診療所で。あのとき、三葉さんの身体を動かしていたのは私です。だから、三葉さんが知らない詳しいことも私が知ってる。あそこは動物病院の上にあって、元々スナックだった店舗を、ろくに改装もせずに前科者の精神科医がタバコを吸いながら手術しているようなところです」

 言い募ってるサヤチンの脚が震えてる。

「正直、私が私の身体だったら、途中で引き返してました。自分の身体じゃないから、できた。帰ってから具合が悪くなっても救急車を呼ばなかったのも、そう! 隠すため! いよいよ死ぬかもしれないほど悪化するまで、私は三葉さんから電話を取り上げてまで、隠し通そうとした。でなければ、あそこまで悪化しないでしょう? もっと早く病院に行っていれば、三葉さんの身体は取り返しのつかないことにはならなかったかもしれない! すべては私の仕業! 三葉さんは何も悪くない! ただ、不幸でかわいそうなだけ!」

「……君はっ、……貴様はっ!」

 お父さんがサヤチンの胸倉をつかみあげて睨んだ。

「お父さん、やめて!!」

 お父さんがサヤチンを殴ると思ったけど、お父さんは手を離した。

「なるほどな……だから、自分の腹を刺したのか……、あそこまで思い詰めるのは、おかしいとは思っていた……」

 お父さんがイスに座ってタメ息をついた。

「わかった。信じよう」

「ありがとうございます!」

「「お父さん! ありがとう!」」

 お父さんとサヤチンと四葉のおかげで、彗星の一部は本当に落下してきたけど、誰も傷つかずに奇跡の町、糸守は有名になった。ネット検索で、すぐに見つかるくらい有名に。そして、家が吹っ飛んで避難生活を体育館での雑魚寝状態で始めることになった私は高校を卒業するまでの一年半で38人も彼氏ができてエッチを楽しめたし、コンドームを使わなくても妊娠せずに済んだから人気者だった。もちろん、彼氏が両手の指で数え切れないくらいになってから、それは彼氏って言わない、ってことも一般論としては気づいていたけど、想うことは大切だって信じてるから大丈夫。ただ、ときどき彼氏の名前が思い出せなくて、つい。

「君の名は? なんだっけ?」

 って訊いてしまうことは多かった。

 

 

 

 私たちが大学4年生になっても、三葉ちゃんとの入れ替わり現象は続いてた。四葉ちゃんは、たった一回だったのに。今夜は私が、また三葉ちゃんの身体で、そして三葉ちゃんが私の身体で、さらに事情をすべて話した克彦と飲んでる。

「内定、おめでとう! 早耶香! 三葉!」

「「ありがとう!!」」

「「「乾杯!!」」」

 高校3年生になっても入れ替わりが続いてた時点で、東京の同じ大学の同じ学科に進むことにして、さらに去年から、同じ会社へ就活するようにしていて、お互い数社の内定を得たけど、とうとう二人とも同じ会社で入社してもいいかな、ってところに内定をもらい、今夜は三人での飲み会だった。

「え~っと、……今日は、こっちが早耶香?」

 克彦が三葉ちゃんの身体を指してくれたから頷く。

「そうだよ」

「あいかわらず、ややこしいな。まあ、見た目でOKだから、オレはいいけど」

 そう言って私のおっぱいを揉んだから三葉ちゃんが嬉しそうによがる。

「あんっ♪ テッシー、乱暴」

 克彦との関係はルールを決めてある。抱いていいのは私の身体、中身は問わない。三葉ちゃんの身体は触ってはいけない。たとえ中身が私でも。

「まあ、それはいいんだけどね。三葉ちゃん、この身体も、そろそろ彼氏を絞ってくれない? 街を歩いていて、視線を感じること多いよ。挨拶されても、誰だっけ、ってことも多いし」

「だいぶ、絞ったよ」

 高校卒業時に、すでにビッチとか、ヤリマンと言われても、ぜんぜん気にしていなかったし、私もクラスメートや上級生、下級生とのエッチを、この身体で楽しませてもらったけど、糸守町と東京では安全面が、ぜんぜん違った。性病、という意味で。

「また入院するのは、勘弁ね」

「わかってるって」

 大学1年の夏休み後半は病院のベッドで過ごした。入院生活の半分は私が経験させられて。とくに憧れの東京に来てからは、ひどかったから。入れ替わると、だいたい知らない男が隣に寝てた。だんだん名前を覚えないようになって、もちろん大学内でも有名になって、それでも妊娠しないのをいいことに避妊無しでエッチを楽しんできたけど、東京で性病の洗礼を受けてからは、ちょっとは学習してくれた。幸いして完治する性病でよかった。

「最近は、新しい彼氏つくっても絶対、性病じゃないよ。そういう彼氏を狙ってる」

「……中学2年の男子を狙うようになったね」

「だって中2の男の子って、超かわいいんだよ」

「はいはい」

「初々しくてね。おっぱいとか押しつけると真っ赤になってくれるし。おチンチンの毛とかも、生えそろってなくてエッチのとき恥ずかしそうにしてくれるし。しかも、すっごく感じやすくて、すぐイクの。私がアンアンって感じてるフリすると、もうウウって、で、私が残念そうな、物足りない顔すると、すごく申し訳なさそうになってね」

 熱く語りながらグイグイと私の口がビールを飲んだ。あんまり下品な話を私の口で大声で話さないでほしいけど、まあ、東京だから大丈夫、だいたいは他人。糸守と違って、みんな知らない人、この開放感はいい。

「で、もう一回、勃たせてあげるね、って言って、お尻の穴に指を入れてあげると、すっごい恥ずかしがってパニックになる子もいるよ。でも、前立腺をグイグイしてあげると、みんなビンビンに勃起しちゃって。トコロテンになる子もいて。そのあとはノーマルに再チャレンジさせてあげてもいいし、ペニバンで責めてもいいし。すっごい楽しいよ」

「それ、そのうち逮捕されるよ。学生のうちは、いいけど、社会人になったら、やらないでね」

 だいたいの手口が通学中の男子中学生を狙ってる。通学中だから同じ時間帯に同じ列車に乗ることが多いから、お目当ての子に狙いをつけると、混雑をいいことに、おっぱいを押しつける作戦から入って、見た目が美人なのを武器に、あっという間にデートの約束をして、デートの帰りには食いつく。

「三葉ちゃんの中学生好きは、性癖なのかな?」

「どうかな? けど、基本やっぱり年下かな」

「中学生は下過ぎるよ、私たちの歳を考えようよ」

「制服を着てる子って、なんで、あんなに、かわいいのかな。最高だよ」

「オヤジか、お前は」

 克彦が引いてる。

「テッシーは、もうサヤチンで固定なの?」

「その予定だ。まあ、今日は中身が、三葉みたいだけど」

「三葉ちゃん、入社したら社内での恋愛は気をつけようね。東京といえど、社内は村みたいなもんらしいから」

「ふーん……まあ、もう浮かれるのは、やめるよ。社内は避ける。向こうから声をかけてこない限り」

「……はてしなく不安……」

 あまり長く勤務しないで、さっさと克彦と結婚して寿退職しようと決めつつ、ビールを飲み干した。

 

 

 

 いよいよ今日、克彦との結婚式、いろいろあったけど幸せな気分で東京の一流ホテルの更衣室で純白のドレスを着付けしてもらってると、スマフォが鳴った。

「イヤな予感………せっかく、私が私で結婚式に……」

 けっこう悩んだ。結婚式の日取りは。でも、幸いにして、今日、この日、このとき、私は私。なのにスマフォが鳴ってる。

「三葉ちゃんも二次会に呼んであるのに」

 スマフォの着信表示が、神奈川県警生活安全課なので、もう予想がつく。

「また捕まったんだ………これで何度目……」

 どれだけ言っても中学2年の男子に手を出すのを止めなかったから、社会人になって2年目に逮捕された。身元引受人として警察に呼ばれたのは私だった。一葉さんは高齢だったし遠方、同じく遠方で町長を続けてる俊樹さんも拒否した。それで血縁はないけど、近郊で成人してる私に連絡がきた。取調室に行ったとき、机の上にはペニスバンドがあってビニール袋に入ってた。そして被害に遭った男子中学生の写真が数枚。三葉ちゃんは悲しそうに、すべて同意の上での性行為だったと主張したけど、相手が18才以下なので青少年健全育成条例違反で罰金を何度もくらってる。

「同意があってもダメなんだよ……男女、逆で考えようよ。25才の社会人が14才の女子中学生とエロエロしてたら、捕まって当然でしょうに。同意があっても」

 スマフォが鳴り続けてる。ほっとくと、翌日あたり私が留置所で過ごすことになる。

「はぁぁ……ハワイと留置所を行き来するのか……」

 新婚旅行はハワイ2週間の旅、ちょっと贅沢に長く取ったのは、どのみち半分くらいは三葉ちゃんがもっていくから。

「もしもし、名取です」

 仕方がないので、電話に出た。名取って名乗るのも、あと何回かな。

「神奈川県警生活安全課です」

「いつもの、あれですか?」

「はい、あれです」

 すでに東京と神奈川県の警察では、中2喰いのミツハ、は有名だった。まあ、同意があって金銭の授受が無いから、だいたい罰金で済んでるけど、そろそろ起訴されるんじゃないかな。最近では、以前に関係した男子が高校2年生くらいになったのを狙って再会して、また肉体関係をもったりしている。朝起きると、ペニバンと男子高校生が目に入ることもあるし、たいてい中2の頃に半年ほど関係してから、飽きるのか、一方的に連絡を絶つから、放置された男子の方は心残りだったりする。それを探し出して、偶然を装って再会して、あの味が忘れられないでしょ、アナルの、等と言いつつ、食いついたりしているらしい。どっちにしても18才以下だから犯罪なんだよ、それは。

「名取さん、来ていただけますか?」

「実は、私、今から結婚式なんですよ。自分の」

「そ…それは……おめでとうございます、というか、なんというか……」

「ありがとうございます。それで、式の後は成田からハワイなんです」

「そ…そうですか……そうですよねぇ……他に身元引受人は?」

「………残念ですが………すみません。ハワイから戻ったら連絡します」

「わかりました。よいハネムーンを」

 招待しておいた二次会に、もちろん三葉ちゃんは現れなかった。三葉ちゃんが来なかったことを、私と克彦の親族は喜んでくれたけど、それも微妙。そしてハワイの半分は三葉ちゃんが堪能してくれて、私は新婚早々に留置所で過ごすことになった。そして、帰国したら起訴されていたし、一回目の裁判所は私が被告として出席させられた。何より、私が寿退職する日と、三葉ちゃんが懲戒免職になる日が同じで、しかも入れ替わっていたから、私は淋しく会社を去った。

 

 

 

 執行猶予中の私は新婚生活中のサヤチンの身体で、顔を出しにくい妹が再建した新宮水神社に来た。自分の身体だと、即追い返されそうで、とりあえず様子を見るためにサヤチンの身体で来たけど、四葉は一目見るなり、言った。

「性犯罪者は、この鳥居より内に入らないでください。心身共に勅使河原早耶香さんのご参拝は歓迎いたします」

 落ちてきた隕石を新たな御神体に加えて再建された神社は、とても立派で、しかも四葉の予言や占いが、すごく当たるということで全国でも有名な神社に成長してる。新築された家も大きい。

「ぐすっ……会社もクビになったの……四葉、……行くところがないの……私」

 お給料は、だいたい交遊費に使い切ってたから、もう東京での生活は維持できないし、糸守に帰ってくる交通費も無かったから、結婚して実家の仕事を継ぐために帰るテッシーとサヤチンの車に乗せてもらって帰ってきてる。でも、今夜、寝るところがない。心苦しいけれど、妹に頼りたいのに、四葉は冬の糸守みたいに冷たい。

「よしよし、いい子、いい子♪ あっち、見ちゃダメですよ。変なオバさんがいますから」

 四葉は3才になる女の子を抱いてる。よかった、幸せそうで。四葉が子供をつくってくれたから一安心だよ。

「四葉の子供かわいいね。お名前は?」

「これを、あげるから、どこかに行って」

 四葉は神社の前で掃き掃除してた男性を指した。

「え? オレ?」

「もう、いらないから、ここから出て行って。それが、当家のしきたり」

「え……でも、この人……四葉の旦那さんじゃないの?」

「うちは代々、婿は途中で追い出すから。Y染色体さえもらえば、あとはいらないの」

「……そういえば……お父さんもお婆ちゃんが追い出して……。……お爺ちゃんも見たことない……」

「これ持っていって。支度金で100万円あげるから」

 無一文の私に、四葉は用意していたみたいに封筒をくれた。

「………でも……四葉……この人………好きだから結婚したんじゃないの?」

「ううん、糸守の湖で、入水自殺しようとしてるとこ拾っただけだから。なんか、就活しても内定が一つももらえなくて、テキトーに電車を乗り継いで、ここに辿り着いたらしいよ。まあ、これでもいいかなって子供はつくったけど、もう、いらないから、もっていって」

「「そんな……」」

 二人して追い出された。

「君、名前は?」

 四葉の結婚式には呼んでもらえなかったから、この人の名前も知らない。

「宮水瀧です」

「……瀧……う~ん……瀧……どこかで聴いたような……」

「っ…あ…あ、……あのときの!!」

「え? 会ったことある?」

「っ………」

 瀧さんが思い出してほしくなさそうに顔を伏せてる。

「う~ん………見たことないなぁ……」

「……………」

「とりあえず、今夜、どうしよう? エッチしたい? 私と? あ、この身体はダメなんだ。ごめん、今の無し」

「…………」

「せめて仕事と住むところを」

 サヤチンの身体は、もちろん新築された勅使河原の家に住めるけど、私の身体に行くところがない。少し歩くと、私の身体が居心地悪そうに公園のブランコに乗ってた。

「ごめん、やっぱり四葉のところは追い返された。おまけつきで。でも100万円もらえた」

 瀧さんを指した。瀧さんは、私の身体を見て、また何か思い出したみたい。

「あ…あなたは、あのときの!」

「え? ………どのとき?」

 サヤチンも見覚えがないみたい。けど、私の時は思い出してほしくなさそうだったのに、今回は頼るみたいに見つめてる。

「オ…オレです。…瀧です。……た、立花瀧って言えば、思い出してもらえますか?」

「「…………?」」

「えっと……あのとき、四葉様の入れ替わっていた高校生です」

「「………ああっ!!」」

 私もサヤチンも思い出した。そうだ、あのとき四葉に入ってた高校生の名前が立花瀧だった。

「あのときのボクなのね」

 サヤチンが私の口で言うと、すがるみたいに瀧は私の足元に駆け寄った。

「なんか、その人、そっちになついてるね。私のこと避けてるみたい」

「あ~……それは、あれだよ。あのとき、思いっきり脅したのが名取早耶香の身体で、一応かわいそうだからフォローしたのが宮水三葉の身体だから」

「あ、なるほど。まあ、どうでもいいや。それより、仕事と住むところ探さないと」

 三人で、あてもなく糸守町を歩く。サヤチンが言ってくれる。

「最悪の場合は私の家、というか、克彦が建ててくれた家に泊めてもいいけど。っていうか、泊めないと明日の私が路頭に迷うから」

「あ!」

 歩いていて、私は古い2件のスナックを見つけた。

「ニューマザー……割愛……まだ、あったんだ」

 表で、お婆ちゃんと同い年の女将さん二人が掃除してる。

「あの……このお店って、求人してませんか?」

「「………昨日で廃業だよ」」

「………………」

「「もう足腰がね」」

「……そうですか……お疲れ様でした……」

 私は諦めたけど、サヤチンが質問する。

「廃業されて、このお店は、どうされるんですか?」

「「決まってないよ。しばらく空き家になるね」」

「じゃあ、私たちに貸してもらえませんか?」

「「どっちの店舗を?」」

「お家賃によりますけど……、できれば両方! 私、専業主婦になるからカフェをやってみたくて! あと、そのままスナックをやるのにも向いてると思うから!」

 サヤチンが上手に交渉して、もともと地価の安い糸守町だから、すごく安価に借りてくれた。おかげで、宮水三葉はスナック・分かち愛を、名取早耶香はカフェ・ニューマダムを始めることになった。ついでに瀧も二人で使うことにして。

 

 

 

 私を軽蔑していた妹もスナック・分かち愛とカフェ・ニューマダムの10周年記念パーティーには来てくれた。

「どうぞ、四葉様」

 カウンターから瀧が水割りを差し出すと、四葉は静かに飲んだ。この頃は宮内庁からも神事を依頼されてる四葉は凛とした雰囲気があって、もう半分は神さまみたいに感じる。次の1200年に向けての計画とかを練ってるらしくて、もう私たちとは見ている世界が違う気がする。

「姉さん」

「はい」

「来年は風営法の取り締まりが厳しくなるから、露骨な売春は控えなさい」

「…はい…」

「福祉の方に力を入れて」

「うん! そうするよ!」

 スナックの営業という実益を兼ねて、男女を問わず性的なお相手してきたけど、最近では昼間に出張で男性障害者のお相手をしてる。ヤリマンとか、ビッチって呼ばれた私だけど、今では天女とか、天使様、アワビ様って呼んでくれる人もいる。

「脳性マヒとか、ダウン症の人って、すっごく、かわいいよ。私が相手すると超喜んでくれる。手を合わせて泣いて拝んでくれる人までいるよ。その人のお母さんも、すっごく感謝してくれるし。同級生で、私のことビッチって大声で罵った子も、お兄さんが障害者で童貞卒業させてあげたら、あのときは、ごめんって謝ってくれた」

「そう、よかったわね。人の役に立つ仕事は立派よ。巫女も古くは巫娼と言って、人々に喜びを与えることもあったから」

「へぇぇ……あ、最初の巫女はストリッパーだもんね」

「そうね。でも、姉さん。糸守中学の男子に手を出したら、お母さんとお婆ちゃんに会わせるよ」

「わ、わかってるよ!」

「なら、いいわ。10周年、おめでとう。ごちそうさま」

 四葉が席を立って帰っていく。サヤチンがサヤチンの身体でカフェ・ニューマダムのパーティーを終了したから、こっちに合流してくれた。

「「乾杯」」

 二人で飲んで、ゆっくり話し合う。

「三葉ちゃんも、そろそろ子作りする? その気なら子宮を本気で貸すよ。私、安産だから遠慮しないで」

「う~ん……実質、サヤチンの子供を半分は育ててるような気もするし」

 勅使河原家には5人もお子さんができて、この子育てはなかなか大変で、しょっちゅう名前を呼び間違える。出産も私が2人、経験してるから陣痛も知ってるし、おっぱいあげる喜びも知ってる。カフェ・ニューマダムも当初に計画したような都会的なカフェじゃなくて、子連れOKの子育て相談カフェになって、サヤチンのお姉さんが町の予算をつけて半分は児童施設みたいになってる。隣が水商売だから、きっちり5時に閉店、そして宮水三葉のスナックは6時オープン。

「私とサヤチンの入れ替わり、ぜんぜん終わらないね」

「そうね。もう慣れたし、むしろ私も二種類の人生を楽しめて、一粒で二度美味しいかな。いろんな男とのセックスも楽しかったわ」

「あ、そろそろ瀧のショーが始まる時間だから、着替えてくるね」

 私は糸守の男性から受けのいい、糸守高校の女子制服に着替えると、カウンターから瀧を連れ出した。私が提供する口噛み酒の生原酒と、巫女の聖水も人気あるけど、瀧のショーも一部の客層から根強い人気があるから、人の趣味と好みは色々だって本当に思う。

「さて、みなさん、本日のショー、瀧の滝」

 私は無線小型マイクをつけて司会しつつ、瀧のズボンを脱がせた。

「ご覧ください。さきほどまで涼しい顔をして、みなさまにお酒をつくっておりました瀧ですが、実は、こんな小学生女子が着るような女児パンツを身につけていたのです」

「ぅぅぅ…」

 瀧が恥ずかしそうに呻くと、お客さんたちが一気に盛り上がってくれる。本当に人の趣味は色々だよ、瀧のショーを見るために福井や新潟から来てくれる人までいる。東京では男性のショーを見られる店も探せばあるけど、こんな地方だと皆無だから。

「かわいいパンツですね。ボク」

「……ぅぅ…」

「10周年を記念して、私が刺繍もしてあげました。さてさて、このパンツを着たまま、ボクはおもらししちゃいます。恥ずかちいですね?」

「…ぐすっ…」

「泣き出してますけど、コイツ、本当はコレで興奮してる変態ですから。しかも、縛ってほしいんでちゅよね?」

「……はい…」

 いろいろ試したけど、結局のところ瀧は、これで本当に興奮する。変な癖をつけてしまった原因は私にあるから、まあ責任を取って面倒みてあげるよ。両手を後ろにして縛って目隠しもしてからテーブルに立たせた。

「はい、ボク、もうシーしていいでちゅよ。さあ、みなさん、ご覧ください。コイツ、男のくせに、おしっこ前に飛びませんよ。真下にジャーって滝みたいに漏らします。おチンチンの膨らみもないですね? もしかして、おチンチン無いのかな?」

 常連さんは知ってるけど、瀧の股間に男性としての膨らみがないのには仕掛けがある。

 ジョワァッァ……ピチャピチャ…

 瀧が漏らした。仕掛けがあるから、本当の女子みたいに真下におしっこが落ちていく。

「…ぐすっ…うぐっ…ぅうっ…」

 目隠ししてる両目からも、おもらしを始めた。瀧の涙は毎回キレイで人気がある。普通、水商売を始めると、だんだん慣れてきて羞恥心とか無くなるのに、瀧はプライドを失わないタイプなのかな、いつも本気で泣く。でも、その涙の半分は嬉し涙でもある。

「どうですか? 本当に女の子みたいですね。スナック・分かち愛、名物、瀧の滝。パンツをおろして、どうなってるか、見てみましょう」

 私の手で瀧の女児パンツをおろしていく。ぽろっと、おチンチンが出てしまうと、公然わいせつ罪で、お父さんにも迷惑をかけるけど、そうはならない。女児パンツをおろしても、おチンチンは出ない。お客さんから歓声があがってる。

「あらあら、おチンチン無いですね?」

 瀧の股間はツルツルに剃ってあって小学生みたいで、しかも、あるべきものが見えない。女の子みたいに、何もない。これは私が東京の新宿2丁目で性同一性障害者から教えてもらった股間女装っていうテクニックで、人体用のボンドを使って、瀧の棒と玉を体内に押し込んで、陰嚢をボンドで固めて、本当の女の子みたいに整形してるから。うまく整形できると、陰嚢が閉じた陰唇に見えて、説明されないと性転換したのか、もともとの女の子かと思うほど、男じゃなくなる。おしっこのために小さな穴を開けてあるから、基本的に瀧には、この状態で生活させてる。

「では、みなさん、お待ちかねの競売コーナー、瀧のおもらし女児パンツへの入札をお願いします! 収益の20%は障害者福祉へ寄付されますので、ふるって応札ください!」

 私の刺繍も加わってたからかな、男性同性愛者だけじゃなくて、私のファンも競ってくれて、今夜は10周年ってこともあるからか、いつもの8倍くらいの値が付いた。

「お次は、立ちバナナ瀧、です」

 女児パンツを売られて下半身裸になってる瀧のそばに、スタッフの女の子が市販の浣腸を何個も置いてくれる。

「さあ、今夜の瀧は何個まで耐えられるでしょうか? 見事、当てた人にはスナック・分かち愛のサービス券をプレゼント!」

 五年前に賭博で逮捕されそうになってから、警察の指導を受け入れて現金での賭けはやめてる。サービス券は表向きは飲食の割引だけど、私とのエッチにも使えたりするから、けっこう盛り上がってくれる。しかも、何個まで耐えるかで、瀧にあげるお小遣いが変わるから、瀧も頑張って我慢するし、今夜は10周年だから無理矢理10個の浣腸をした。

「ううっ! もう無理です! オムツはかせてください!」

 おねだりする瀧を見て、みんなが笑う。すぐにオムツを着けないとテーブルを汚されそうだから、手早くオムツを着けた。

「ああぁぁああぁぁ…」

 情けない声を出して瀧がオムツを膨らませてる。立ったままバナナを産むから、立ちバナナ瀧もマニア受けと、瀧の表情が可笑しいから一般受けもする。

「今夜も大きなバナナを産んだようですよ。ご有志の方、瀧のオムツ交換をお願いします」

 こんなことをお金を払ってまでしたいって人がいるから世の中は不思議だよ。すぐに買い手がついて、瀧とカフェ・ニューマダムの方へ移動してもらう。さすがに店内でされると臭いから、そっちのマニアじゃないお客さんがドン引きするから、サヤチンのお店を借りる。ニューマダムは町の予算のおかげで改装されて、児童施設にもなってるから、ちゃんとしたオムツ交換台があって、そこを使えるのもマニア受けがいい。瀧が一旦、退場したから、別のショーを始める。

「今夜は新人が3人も入ってくれましたよ! 今年、糸守高を卒業したばかりのピチピチ女子です!」

 糸守町には働き口が建設と観光と神社くらいしかないから、あぶれた女の子は都会に出るか、嫁に行くか、うちに来る。まあ、三ヶ月続く子は10人に2人、一年続けてくれる子は1人いるか、いないかで、寿退職も多いから回転は激しい。おかげで、名前を覚えにくい。つい、名前を訊いてしまうくらいだけど、さすがに新人紹介のときはネームプレートがあるから大丈夫。源氏名を紹介して、初競りに出す。

「では、三人とも口噛み酒の生原酒をつくってね」

「「「…はい」」」

 ちゃんと酒税法違反にならないようアルコール発酵前の作りたてを競りにかけた。やっぱり新人の若い子が造った口噛み酒は高値で売れる。代金の20%が福祉、30%が本人へってシステムだから、ご家庭が貧しい子は頑張って愛想良く売ってる。

「あ、瀧が戻ってきましたよ」

 オムツ一枚で瀧が戻ってきた。もう目隠しや手縄は解かれてる。いよいよ私の出番もあるから、制服のスカートを脱ぎ捨てて、ショーツの上からペニスバンドを装着した。あまりリアルなペニスバンドだと公然わいせつ罪に引っかかるから、三つの葉っぱが装飾されたバナナ型のペニスバンドをショーのときは使ってる。

「さてさて、お次は瀧の滝ホワイトをお見せします」

「………」

 黙ってる瀧をお店の中央に連れて行って、オムツを剥ぎ取った。これで完全な全裸になるけど、股間女装のおかげで犯罪にならない。

「おねだりしなさい、瀧」

「は…はい…」

 瀧が私に背中を向けて、お尻を突き出すようにして立って、観客に顔を晒して言う。

「……ボ……ボクの……ケツマンコに……三葉様の、おチンチンをください」

「よく言えました」

 私はヨダレを垂らして瀧のお尻とペニスバンドを濡らしてから挿入する。

「うぅっ…」

「ご覧ください。もう感じておりますよ、このチン無し男」

「…ぅ…ハァ…ハァ…」

 前立腺は完全に開発済みだから、どうイかせるも私の腰振り次第。

「あぅ…んんぅ…ハァ…はぅ…」

「女の子みたいな喘ぎ声だね。ほらほら、えいっ♪ えいっ♪」

「んぅう!」

「イかせますよぉ! コイツ、乳首を同時に責めると、三擦り半ですからね。ほら、巫女の巫女擦りくらいなさい!」

 ピストンしながら手を伸ばして乳首も摘んであげると、瀧は絶頂した。

「ぁあああ!」

 とろとろ…ぽたぽた…

 瀧の股間から白い滝が滴る。トコロテンになったから、おしっこのおもらしと同じで漏れてくる。

「「「おおおっ!」」」

 観客から拍手をもらえた。

「まだまだ、もっと責めてあげる!」

 さらに精神的にも責めるために、恥ずかしいことを言わせて追い詰める。私は忙しく腰を使ってるから、スタッフの女の子が用意しておいたメッセージボードを瀧に見せる。そこには恥ずかしいセリフが書いてあって、瀧のノルマは大声で読み上げること。私に突き続けられてイキ続けながら。

「んぅ…ハァハァ…三葉様に…ハァハァ…ケツマンコ犯されるの…ハァハァ…最高です! お尻の穴、気持ちいいの! ハァ…ぅぅ! またイク! …んんぅ…」

 話しながら喘ぐから瀧がヨダレも垂らしてるし、また白い滝も垂らしてる。

「んぅ! みなさんに見られながら…ハァハァ…女児パンツに、おもらしして…ハァハァ…ケツマンコを三葉様に突かれながら…んぅ! アヘ顔晒して…ああ! イク! ボクが、こんなになったのは、…ハァ…ハァ…ママが離婚してボクを捨てたから…ぅう…ボクは、こんな情けない……内定もらえないくらいで自殺未遂しちゃう、ヘタレ男になったんだよぉ! あああぁ…またイク! イクイク! アンアン言いながら、三葉様にイかされるの、最高ですぅぅ! ママぁ、ママぁ、ボクは、こんな情けない男になったよぉ!」

 そこまで言い終わって体力と精神的な限界が来たみたいで瀧が前に崩れた。お尻の穴がヒクヒクしてるし、前からも白いのを垂らしてる。

「さて、そろそろ男のショーにも飽きてますよね。ラストは自由恋愛のコーナー!」

 そうだよ、これは自由恋愛で売春じゃないんだよ。

「今夜は10周年だから、私の前は5人、後ろも5人で」

 いくら私がヤリマンでも一晩にできる限界はある。摩擦で痛くなるし。

「ゴックンは38人まで。逆アナルは希望者全員に。新人、スタッフとは交渉次第! お店には50%入れてくださいね。恋愛スタート!」

 楽しい夜が始まって、そして終わった。サヤチンがお金を管理していてくれて、東京でOLしてお給料をもらってたのがバカバカしくなるくらいの売上が集まってた。

「ありがとう、サヤチン」

「私こそ、三葉ちゃんと、いろいろ楽しい人生で、ありがとう」

「また、明日ね」

「うん、明日は三葉ちゃんだと思うけど、おやすみ」

 サヤチンと別れて、お店の片付けを監督してると、瀧が隅っこで泣いてるのに気づいた。

「いつもは30分くらいで立ち直るのに……今日は、やり過ぎたかなぁ……」

 せっかくの10周年だから人気のある瀧に滝のような涙を流させようと思って、今までは言葉責めでも使わなかった離婚した母親のことまでエグったのは、やり過ぎだったかもしれない。

「瀧、そろそろ泣きやみなよ? もう閉店だよ」

「ぐすっ…ひっぐ…」

 あ、ヤバイかも、瀧の目が死にかけてる。この目は間違って水商売に入ってリストカットしたり、翌日には逃げるように退職する、新人の目と似てる。今すぐ優しくしないと、ダメになる気がする。

「瀧……」

 そういえば、瀧とは10年いっしょに暮らしてるけど、普通のエッチをしたことが無いかもしれない。とっくに四葉とは正式な離婚が成立してるから不倫にならないし、たまには優しく挿入させてあげようかな、いつも挿入されるばっかりだと、男だってことを忘れちゃうかもしれないし。私は人体用ボンドを溶かすための溶剤を持ってきた。これが無いと瀧のおチンチンは封印されたままでオナニーもできないから実質、私が瀧のおチンチンを管理してたりする。

「大好きだよ、瀧」

 営業で使う声で慰めながら、おっぱいを押しあてるように頭を抱きしめたら、泣きながら喜んでくれたから、私も濡れてきた。出会ってから何年になるのかな、とりあえずエッチしてみた。そろそろ私もポニーテールって歳でもないから、明後日、髪でも切ろうかなって想いながら。

 

 

 

副題「糸守で神社でなくスナックを継ぎました」

 



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Cルート第一話

Cルート第一話

「お父さん、学者さんだけど、お医者さんじゃないよね。救急車にしよう!」

 サヤチンが決断してくれた。

「もうバレるバレないの問題じゃないよ! 三葉ちゃんの身体が何より大切!」

「サヤチ…ヒーーぅぅ!」

 うれしい、お腹が痛くて死にそうな私を見て、サヤチンが決めてくれた。すぐに119番してくれてる。

「もしもし!」

「火事ですか? 救急ですか?」

「救急です!」

 サヤチンは隠したりしないで、怪しい施設で中絶手術を受けて具合が悪くなったことを説明して救急車を呼んでくれた。苦しむ私には時間の経過がわからないけど、たぶん、すぐに救急車のサイレンが聞こえてきた。夜中の静かな糸守に、山びこしてサイレンの音が響き渡るから、きっと町中の人が聴いてるはず。家の前に救急車が停まる音がして、サヤチンが誘導して救急隊員を二階へ連れてきた。

「担架へのせるぞ。3、2、1」

 私を持ち上げてくれて、安静に救急車へ運んでくれる。

「お姉ちゃん……」

「三葉……そんなに悪かったん……なんで、もっと早う……」

 四葉とお婆ちゃんに心配かけてるのが悲しい。

「どなたが付き添われますか?」

「私が!」

 サヤチンが付き添ってくれる。四葉は10才だし、お婆ちゃんは高齢だから、隊員も納得してくれてる。いつの間にか近所の人が集まってきてる。

「一葉さん、大丈夫なんけ?!」

「お婆さん、どないや?!」

「私は元気です」

「運ばれるのは、お姉ちゃんです。お騒がせして、すいません」

「なんや、姉ちゃんの方か……どないしたんや?」

「「……」」

 心配して訊かれてるけど、答えて欲しくないし、お婆ちゃんも四葉も知らない。救急車に乗ってる私とサヤチンは搬送先の病院が決まるまで耐えた。そして、一番近い婦人科のある総合病院へ運ばれた。

「どうされましたか?」

「ヒーーぅぅ!」

 お医者さんに訊かれても痛くて苦しくて答えられない私に代わってサヤチンが、どんな施設で、どんな処置をされたか説明してくれて、私は強い抗生物質での点滴を受けることになって、そのうちに眠ってしまった。

 

 

 

 私は三葉ちゃんの身体で病院のベッドで目を覚ました。まだ痛いけど、お腹の痛みは、ずいぶんと軽くなってる。

「…………」

 ベッドサイドには私の身体が付き添ったまま、眠ってる。その私の目も開く。

「……んっ、あ! サヤチンになってる!」

「…お…は…よう…」

「うん、おはよう。……どう? 体調は?」

「ちょっとお腹痛いし、ぼんやりするけど、大丈夫な感じ」

「私、どうなったの? 手術とか、されたの?」

「ううん……ほら、この点滴……」

 身体が重いけど、指先で点滴を指した。

「これで様子を見るって」

「そっかァ。ありがとう、救急車を呼んでくれて。死ぬかと思ったよ」

「……本当に……ごめん……私……自分がしたことが……バレるのが……怖くて……」

「サヤチン……」

 あんな不衛生な施設で中絶手術を受けたなんて隠したかった。けど、もう、お医者さんにはすべて話してある。それで、この点滴をされることに決まった。私たちの話し声が聞こえたのかな、お医者さんが近づいてきた。

「お加減は、どうですか? 宮水さん」

「はい……少し、お腹が痛みますが……ずいぶんと楽になりました。ありがとうございます」

「それは、よかった。危ないところでしたよ。子宮に雑菌が入り込んでいて。あと少し遅ければ、妊娠できないような身体になっていたところです」

「「…………」」

 不安な私たちを安心させるように、お医者さんが微笑んでくれる。

「大丈夫、一週間も入院すれば、元に戻ります」

「…ああ…」

 よかった。

「よかった! よかったね! サヤチン! っていうか、私!」

「…ぐすっ……ごめん……本当に、ごめんね…」

「もういいよ、元に戻るんだし」

「………」

 命は助かったし、ひどい手術を受けさせた子宮も元に戻るみたいでよかったけど、勝手にロストバージンさせたことに変わりはないし、妊娠させてまでいるし、夜中の糸守に救急車を呼んだから、ものすごく目立ってるはず。そんなことを考えていると、知らない男性が二人、近づいてきた。

「大阪府警から来ました。宮水三葉さんですね?」

「……はい…」

 二人は刑事で、私が行った不法施設のことを根掘り葉掘り訊いてきた。それに私は何も隠さず答えることにした。

 

 

 

 ようやく三葉ちゃんが退院できる日、私は私の身体で退院の手伝いに来た。克彦も連れて。

「……オレ、……三葉に、あんまり会いたくないんだけど……あいつ、気分によって態度がコロコロ変わるから」

「うん……その理由も、すべて、話すから、ついてきて。三葉ちゃんは少しも悪くないの」

「……わかったよ」

 二人で病室に入って、退室するから後片付けを手伝う。三葉ちゃんにも克彦を連れてくることは言ってあったけど、やっぱり会話は少ない。静かに退院してから、三人で病院近くの公園に寄った。すべてを克彦と三葉ちゃんへ話すために。

「私と三葉ちゃんは心と体が入れ替わっていたの。何度も…」

 入れ替わりのことも何もかも克彦へ話した。名古屋の遊園地へデートに行った日も、心は私だったこと。その帰りのファーストキスの時も。修学旅行の初日と三日目も。それから、腕時計を巻いているのが私になり、夏休みのほとんどを、いっしょに過ごしたのも私だったと。

「オレと……はじめて、……エッチした三葉も?」

「そうだよ……全部、私」

「「…………」」

 二人が重く黙り込んでも、私は続きを話した。二度目のエッチも、三度目のエッチも、それから罪の意識を誤魔化して、三葉ちゃんの身体で13回もエッチしたこと。それが三葉ちゃんにバレて、ショックで三葉ちゃんが克彦を遠ざけるようになると、それを利用して一気に克彦と名取早耶香が結ばれるように立ち回ったことも。さらに、今回の入院が夏バテの悪化なんかじゃなくて、実は妊娠していた三葉ちゃんを不法施設で中絶させて身体を壊したことまで話した。

「…以上、すべてが名取早耶香の犯した罪です」

「「……………」」

 話したことの中には三葉ちゃんも知らない細かい事実もあったから、二人とも黙り込んでいる。私も謝って済むとは思ってないから黙った。克彦が引きつった笑顔をつくった。

「は、ははは……っていうのは、全部ウソでした。入れ替わりなんて、あるわけないよね。みたいなオチは?」

「「……………」」

「…………そうか………すべて本当なのか……」

「……………」

「……………」

「……………」

 深くて重い沈黙を、破ったのは三葉ちゃんだった。

「……学校とか……町では、私が救急車で入院したこと、どう思われてるの?」

「「…………」」

 この一週間、私も三葉ちゃんに付き添ってきたから、あまり糸守の様子は知らない。それを知ってる克彦が教えてくれる。

「………夏バテって話を四葉ちゃんや、お婆さんはしてるけど、…………邪推だとオレは思ってたウワサ話として、……やっぱり三葉が妊娠して、つわりが悪化して休んでるなんて言うヤツらもいて……けど、………それの方が真実に近いみたいで……。他に、オレが早耶香と三葉にフタマタをかけて、オレが早耶香を選んだから、三葉は自殺未遂をして救急車で運ばれたなんて勝手なウワサも流れたりしていて………くっ! すまなかった!」

 唐突に、克彦が公園の地面に這い蹲るような土下座をした。

「すまない! 三葉、本当に、すまない!! オレが悪かった!! まさか、こんなことになっているとは知らず! 三葉に、ひどいことをした、ごめん!! すまない!!」

「テッシー………」

「………」

 克彦が土下座するなら、私は切腹ものだよ。

「悪いのは、すべて私だよ。克彦も被害者」

「「………」」

「私は最悪最低の女だよ。もう弁解のしようもない。克彦を騙して、三葉ちゃんを傷つけて、自分の都合だけで動いてた。土下座するなら私だけど、土下座くらいで許されるとも思ってないし……。……二人の気の済むようにして………殴ってくれても……刺してくれたっていいよ………いっそ、死ね言うなら、自分で死ぬよ。それなら二人とも手を汚さないで済むから」

「サヤチン……」

「早耶香……」

「本当に、ごめんなさい。どうぞ、気の済むようにしてください」

 私は頭を下げて、目を閉じた。

「……………」

「……………」

「……………」

「……サヤチンも、……そんなに悪いわけじゃないよ……」

 三葉ちゃんが細い声で言った。

「悪いのは……この変な入れ替わり現象だよ……サヤチンはテッシーが好きだった……テッシーは私を好きでいてくれた………その状況で、こんな入れ替わりがあったら……私がサヤチンの立場でも…………キスくらい……したかも……それで……調子に乗って……もっと……そういうことだって……ありえたよ……サヤチンだけが悪いわけじゃない」

「でも……私は三葉ちゃんの……身体を……」

「もういいよ。謝ってくれたし……、バージンは、ちょっと悲しいけど……気持ち的には私、まだバージンだよ」

「三葉ちゃん……」

「三葉……」

「それで、テッシーは、どうするの? ………私、やっぱりテッシーのこと友達としか想えない………知らない間に、身体を抱かれたって思うと………嫌いになったわけじゃないけど……なんか複雑な気分だし………いっそ、これだけ私が犠牲になったんだから、せめてテッシーとサヤチンは仲良くしてほしい」

「「……………」」

「……学校や町でのウワサは……どうしよう……」

「私が悪いって、言いふらしてくれていいから」

「…………そういうことを言いふらす私が、余計に悪いように、みんなから見えない?」

「それは………じゃあ、私が自分で…」

「なんて言うの? 入れ替わりのこと、テッシーは信じてくれても、さすがに、みんなは信じないよ。きっと、頭がおかしいとか……余計に変なウワサが立つし……それに、やっぱり堕ろしたことは……知られたくない。それ以前にテッシーとの間であったことも知られたくない。テッシー、私が妊娠したことって、みんな確信してるの? 私とエッチしたこと、みんなに話した?」

「……妊娠は始業式に体育館で吐いたことが、もとで……半信半疑って感じで……オレと三葉のことは誰にも言ってないから………。ただ、さっきの早耶香の話にあったように、夏休み、毎日のようにオレの家に来てくれたろ。それが全部、早耶香だったのはオレは理解したけど、まわりの連中から見たら、フタマタっていうか、………そんな感じにも見えたのかも。小さい町だしさ、朝夕、出入りするのを見かけたヤツが、けっこういたみたいなんだ」

「う~ん………なんとか、私の入院は、普通の入院で、フタマタもかけられてなくて、普通にサヤチンとテッシーが付き合うだけ、って結論にならないかな?」

「三葉ちゃん………そんな……私は二人を騙して……、もう、私に、そんな資格はないよ」

「それはテッシーが決めることじゃないの? テッシー、どうなの? サヤチンのこと好き? 嫌い?」

「オレは………、………少し前まで三葉が好きだった………けど、……早耶香のことも……そばにいてくれて嬉しいって………何より…」

 克彦が私の目を見てくる。

「たしかに、早耶香がやったことは最低だ。三葉への裏切りだ。やってはいけないことを、やったと思う」

「…………」

 その通りだよ、これだけの事実を知ったら、心の底から嫌われるし、軽蔑されるって、わかってる。

「けど、それだけメチャクチャやってでも、オレのそばに居ようとしてくれたかと思うと……三葉の処女を奪っておいて、言えた義理じゃないのも、わかってるけど………この夏を過ごした相手が早耶香だったなら、オレは早耶香が好きだ。外見は三葉だったとしても、その中身が早耶香だったなら、好きなのは早耶香だ」

「っ……ウソ…」

「サヤチン、よかったじゃん! 話まとまりそう!」

「「軽っ?!」」

「いや、だってこれ以上、深刻に考えたってしょうがなくない? 私も無事、退院できたわけだしさ。っていうか、私たち三人がビミョーな感じで登校したら、余計にウワサが確定するし!」

「「それは確かに……」」

「私としてもウワサだけは消しておきたいの。夏バテの悪化じゃ無理かな? あと、フタマタかけられてフラれた説もイヤ! なんとか、誤魔化す方法、考えてよ、サヤチン。そういうの得意でしょ?」

「……ま……まあ、……ここのところ、誤魔化してばかりだったから……。じゃあ、幸いにして救急隊員も、お医者さんも、当たり前だけど守秘義務があるから、はっきりとしたことは町には知られてないのよね、克彦?」

「あ、ああ。夜中に三葉が搬送されたってことだけが一人歩きして、病名は妊娠説とか、自殺未遂、夏バテとか、食あたり説が、いろいろな感じだ」

「食あたりが使えそうね。私が三葉ちゃんの夏バテを治そうと山菜を採ってきて食べさせて、それに毒草が混じっていて入院。私も申し訳なくて一週間、付き添っていた、っていうのが私まで欠席してる理由になるかも」

「「おおっ…」」

「あと、フタマタ説の出所は、たんに克彦の家に二人が出入りしてたってだけでしょ? 本当にフタマタをかけてたら、夏休み、ずっとなんてありえない。すぐに修羅場になるはず。だから、そこは本当のことを言えばいいんだよ」

「「いやいや、それが言えないから…」」

「違う違う。パズルをつくってたでしょ? そのためだって言えばいいんだよ。ついでに完成したパズルを囲んでピースしてる写真でも撮って、お互いのSNSに載せれば、薄い人間関係のクラスメートの目にもとまるから、それでウワサは消えるんじゃない?」

「サヤチン天才!」

「なるほど、こういう風にオレも騙されたのか……」

「ううっ……克彦を騙したのは、三葉ちゃんの外見のおかげだよ」

「サヤチン! それだと私が美人なだけで中身が無いって意味にならない?!」

「ごめん、ごめん。そういう意味じゃないって」

 私たち三人の雰囲気が元に戻って、私が三葉ちゃんに負い目があるのは毒草を食べさせたからで、克彦と付き合うことになったのとは別の話ってことで、ウワサ話は終わってくれた。こんなに簡単に終わるなら、あんなに迷わず、もっと早く救急車を呼べばよかった、と思うほど。守秘義務って素晴らしいよ、ホント。

 

 

 

 朝起きたら、また私はサヤチンになってた。

「今日と明日は学校、休みで……明日は、お祭りかぁ……ってことは、私は私で巫女をやらないと、いけないのかぁ」

 サヤチンの私服に着替えて、朝ご飯をいただいてから外に出る。

「もう一回、お祭りをお客さんの立場で体験したかったなぁ……彗星も、のんびり見られるかもしれないし」

 空を見上げた。今は彗星は見えない。地球の自転の都合かな。まあ、そのうち見えるかも。外に出たのはサヤチンの家にいると、お姉ちゃんに、また変なところへドライブに連れて行かれるのも疲れるから。なんとなく、目的もなく歩いてたら、ついつい自分の家に来てしまった。まあ、いいや、サヤチンが入ってる私の身体に会っていこう。さすがに、もうエッチなことを勝手にしたりはしないと思うけど。

「こんにちわー!」

「こんにちは。早耶香ちゃん、せっかく来てくれて、なんやけど三葉は、おらんよ」

 お婆ちゃんが答えてくれて思い出した。そうだ、病院に再検査に行ってるんだ。もう、ぜんぜん大丈夫だけど、一応は来なさいって言われてたから。よかった、サヤチンの番で、日付の認識が大雑把な私だったら、うっかり忘れて寝過ごしたかも。

「三葉は病院へ行ってるんよ」

「そうでした。すみません」

「早耶香ちゃんも好意でしてくれたことやし、気に病まんでええよ。けど、毒草には気をつけてね」

「はい、本当に、ごめんなさい」

 お婆ちゃんも信じてくれてる。ウソを。

「えっと……三葉ちゃんがいないとなるとぉ……」

 ヒマになる。テッシーに会いに行くのはサヤチンの身体で二人きりになると思うとビミョーな気分だから、やめておく。

「四葉ちゃんは、どうしてますか?」

「四葉なら家に。そういえば、四葉、今朝は、なかなか起きてこんね。そろそろ起こしてきてくれるかい? 私には階段はつらいでね」

「はーい、お邪魔しまーす」

 四葉が遅くまで寝てるなんて珍しい。寝顔を見に行こう。二階へあがって四葉の部屋を覗く。

「まだ寝てる。珍しい」

「……すーっ…」

 のんびりと寝てる四葉の顔は可愛らしい。

「静かに寝てると、顔は、こんなに可愛いのに。しっかりもの過ぎて、いつも私のこと怒るし」

「…んんっ…」

「あ、起きた。おはよう、珍しいね、四葉が、こんな遅くまで寝てるの」

「………誰?」

 目を開けた四葉の顔が驚いて私を見てる。あ、そっか、サヤチンでいるから一瞬、混乱したのかな。いくら親しい仲とはいっても、四葉からみると姉の友達なのに部屋に上がり込んで寝顔を見てたのは、親しき仲にも礼儀ありに反するかも。

「ごめんなさい。つい、あんまり可愛い寝顔だったから」

「なっ………」

「でも、そろそろ、お婆さんが起こしてきてねって」

「お婆さん………? ………あの………お姉さんは、誰ですか?」

「え? サヤチンだよ」

 あ、しまった、自分で自分のことサヤチンとは言わないかな。

「早耶香だよ。寝惚けてる?」

「……早耶香……って、誰?」

「誰って言われても、名取早耶香だよ」

 あれ、おかしいな、髪型もいつも通りだし、私服も定番のやつなのに、サヤチンに見えない要素があるのかな。私は服装や髪型をチェックして、なにか間違ってないかなって見なおしたけど、いつも通りのサヤチンでいる。そうしているうちに、四葉の手も自分の身体を触って、自分を確かめてる。

「な……なんだよ、この小さい手?!」

「……?」

「足も?!」

 驚いて立ち上がってる。座ってる私と、それほど目線は変わらない。

「なっ?! オレの身長が……って、ここ、どこだよ?!」

「オレ?」

「ど、どうなってるんだ?!」

 ドタドタと四葉の足が室内を走り回って、窓の外を見た。

「うおっ?! 山だ! どこだよ、ここ?!」

「…………」

「なんでオレの身体は縮んだんだ?!」

「………」

「なにか、変なクスリでも………。あ、お姉さん! お姉さんは、なぜ、ここにいるんですか?!」

「…………。まあ、近所の友達だから?」

「友達? 誰の?」

「……宮水三葉の」

「誰、その人?」

「…………あなたの、お姉ちゃんだよ」

「は?」

「………」

 そんなに、私が姉なのイヤなのかな……そりゃ、たしかに、いろいろ至らない姉ではあるけど、は? とかサヤチンに向かって言うほどイヤなの。もしかして、四葉は私の見てないところで私を姉として否定してるの。けど、この前、体調を崩してたときは真剣に心配してくれたのに。

「オレは一人っ子で………」

「……四葉ちゃん、どうして、さっきからオレなの? そういう気分?」

「四葉って誰?」

「………………。………」

 これって、もしかして。

「ねぇ、君の名前は?」

「え?」

「君の名は? 自分で、自分を誰だと思ってる?」

「オ、オレは立花瀧、……です」

「……男の子?」

「もちろん」

「……………」

 入れ替わりだ、これは入れ替わりだよ、絶対。どうしよう。四葉に知らない男の子が入ってる。

「…え、えっと……とりあえず、ボクは、どこの小学校? 糸守小の子? 4年生?」

「いや、オレは高校生だけど。神宮高校2年」

「高校生っ?!」

「そ……そうだよ!」

「とても、そうは見えないよ!」

「………オレの身体……なんで縮んで……」

 四葉の目に不安そうに涙が浮かんだ。なんだか、かわいそうで胸がキュッと熱くなる。こんな四葉の表情、見たこと無い。

「とりあえず、落ち着いて」

「……そう……言われても……」

「まず、着替えよう。パジャマから服に」

「………はい…」

 返事してくれて脱ごうとするから、男の子だってことを思い出して止める。四葉だって、もうそろそろ思春期、さすがに男の子に、おっぱいとか見られるのはイヤに決まってる。

「ボク、着替えはお姉さんがしてあげるから、目を閉じていて」

「え……なんで?」

「君が今いる、その身体はね、私の妹……」

 じゃなくて、友達の妹か、話がややこしい。

「えっと、この家の次女さんの身体なの。女の子の身体だから、おっぱいとか勝手に見られると本人もイヤかなぁって。小学4年生だって、もう立派なレディーだから」

「…おっぱい…」

 四葉の手が胸に触れた。

「なんか……ちょっと膨らんで…」

 ほんの少しだけど、膨らみかけてる四葉のおっぱいを手で揉もうとするから止める。

「やめてあげて」

「え?」

「今のは見なかったことにするから、二度としないであげて」

 怖い顔をつくって睨むと反省してくれた。

「す…すいません……」

「わかってくれればいいよ。もう絶対しないでね」

 四葉の身体は私が守ってあげないと。男の子って何するか、わからないし、入れ替わってる間にロストバージンなんてショックは私だけで十分だよ。

「じゃあ、バンザイして。脱がせるから」

「…はい…」

 素直に両手を挙げてくれるから、パジャマの上着を脱がせた。おっぱいは、まだまだ小さい。いつか、おっぱいも身長も私に追いつくのかな、追い越されるのはイヤだなぁ。まだまだ子供だけど少しずつ大人っぽい身体に成長してきてるね、四葉の上半身。腋の毛は、ぜんぜんツルツルで羨ましい。生理にしても、腋の処理にしても、女の子っていろいろ大変。

「下も脱がせるね。もうバンザイはいいよ」

「…はい…」

 パジャマのズボンも脱がせた。かわいい足、我が妹ながら、かわいくて素敵だよ。なんだか、いつもの四葉より可愛く感じる。いつも私には遠慮無くズバズバ言うから可愛くないって思ってたけど、こうも素直に言うことをきいてくれると、すごく可愛い。せっかくだから一番かわいい服を着せよう。四葉のタンスを開けて、肩紐つきの赤いスカートと、白いブラウスを出した。配色が巫女服と同じで、町のみんなからも人気のあるコーディネートだったりする。

「はい、バンザイ。よしよし。次は足をあげて」

「こう?」

「そうそう」

「………え………これ……スカート?」

「そうだよ」

「……ぅう……ヤダよ、オレ、スカートなんて」

「あ、そうか。男の子だもんね。でも、ごめん。今日は、これしかなくて」

 つい着せたかったから、ウソをついてしまった。探せばタンスにズボンもあると思うけど、このままスカートを着せる。

「はい、もう目を開けていいよ。靴下は自分で履いてね」

「………オレが……スカートなんて……」

 四葉の顔が、ものすごく恥ずかしそうに真っ赤になった。かわいい! 超かわいい! 四葉って、こんな可愛い顔にも、なるんだぁ。なんだか楽しくなってきたから髪の毛も整えてあげる。

「次は髪の毛ね」

「ぃ、いいよ! このままで!」

「ダーメ。女の子なんだから可愛くしてないと」

「……ぅぅ…」

「痛かったら言ってね」

 四葉の髪をとかしてツインテールにした。うん、やっぱり四葉はツインテールが一番似合う。

「はい、できた」

「………」

「さて、お腹空いてるよね」

「……はい……そう言われると……。……けど、……その前に……」

「その前に?」

「…………」

 何か恥ずかしがって言いにくそうにしてる。

「どうしたの、ボク? 遠慮しないで言ってみて? 髪の毛の縛り方、キツイ?」

「髪も、ちょっと慣れないけど………」

「けど?」

「…………お…」

「お?」

「………おしっこ……出そう」

「あ、そうだね。朝だもんね。ごめん、気がつかなくて。トイレは下だよ」

 四葉の手を引いて厠へ行く。風呂場の横にある勝手口から下駄履きで外に出ると困惑された。

「あのぉ……トイレは? なんで外に出るの?」

「トイレは外にあるんだよ」

「外に……トイレが……」

「これだよ」

「…………これがトイレ……」

「知らないの?」

「…いや……博物館で見たことあるけど……こんなの使ってる人、まだいるんだ」

「…………」

 そうだね、私も悲しいよ。いちいち外に出て別棟になってるトイレなんて。しかも、便器も無くて、板の間に穴が空いてるだけで、その下は肥だめ。オーガニック農法とか言って、もてはやされる面もあるらしいけど、私は水洗トイレの家に住みたい。

「ごめんね、ボク。………あ、どうしてもイヤなら私の家に来る? 私の家ならウォッシュレットもある最新式だよ」

 サヤチンの家は現代的、私の家は前近代的、やっぱり私はサヤチンの家に生まれたかったかも。

「お姉さんの家に………ぅうっ…、……」

 迷ってる。けど、膝を擦り合わせて我慢してるあたり限界が近そう。

「ボク、どうする? 歩いて、そんなにかからないけど、我慢できそう?」

「……い……いえ……ここで……させてください。なんか……我慢がしにくくて……漏れそう……今にも…」

 四葉の両手が股間を押さえるから注意する。

「やめて!! そこは触らないであげて! おっぱいよりダメ! 絶対ダメ!!」

「はっ、はい!」

 慌てて四葉の両手が股間から離れてくれる。けど、私が大声で叱ったせいでビックリしてビクッとなった四葉の顔が、もう限界って風に震えて歯を食いしばってから、苦しそうに口を開けて呻いた。

「あぁあっ…」

 シャーーアアアぁぁ!! ピチャピチャ!

 四葉の足元に水たまりができていく。スカートは濡れなかったけど、パンツと足と靴下がずぶ濡れになった。

「四葉……じゃなくて…瀧くんだっけ? ……、ボク、おもらししたの? 我慢できなかった?」

「ぅっ…ぐっ…」

 四葉の目が泣きそうになって、それから乱暴に手の甲で目を拭いた。泣き出しそうなのを一生懸命に我慢してる顔で、私は胸が熱くなって抱きしめた。実の妹なのに、仕草が男っぽくて、おもらししてしまって恥ずかしいけど、それで泣いたら、もっと恥ずかしいから泣くもんか、っていう男の子らしいプライドの保ち方が、とってもかわいくて母性本能をくすぐられてしまう。

「気にしなくていいよ。誰にも言わないから」

「…ぅぐっ……ぅうっ……ぐすっ……」

「きっと、女の子の身体と、男の子の身体で違うところがあるから我慢がしにくかったんだよ。気にしなくていいよ。泣きたいなら泣いて」

「ぅうっ……」

 瀧くんは泣かずに呻いた。

「うぷっ…ぃ、息苦しいです」

「あ、ごめん」

 サヤチンのおっぱいは大きいから、抱きしめると息ができなかったみたい。四葉の顔が赤いのは、おもらしして恥ずかしいのに加えて、おっぱいの感触も顔で感じて焦ってる感じがあって、これまた、かわいい。もう一回、抱きしめたいけど、さすがに遠慮する。

「タオルを持ってくるから、そこで待ってて」

「…はい……ぐすっ……すいません…」

 急いで風呂場からタオルを持ってくると、庭へ出ていたお婆ちゃんも来た。

「あれまあ、四葉、寝過ぎて、おしっこ間に合わんかったかね」

「…ぐすっ……」

 瀧くんが気まずそうに下を向いてる。私は駆けつけて足をタオルで拭いてあげた。

「気にしなくていいよ。お婆さん、私が世話しますから」

「すまんね。ありがとうな、早耶香ちゃん。四葉、泣かんでええよ。姉ちゃんも、あんたくらいのとき、よーぉーく漏らしとったよ」

「っ………」

 やめて、お婆ちゃん、その話は誰にも言わない約束なはず。私も記憶から消すようにしてるのに。

「日が暮れると、外の厠が怖い言うてね。早く行き言うのに、我慢しとって、よくよく漏らしておったから」

「…ぐすっ……」

「お婆さん、三葉ちゃんも、そういう話を妹にされるのは、悲しいんじゃないかな?」

「そうやね。早耶香ちゃん、よう気がつくね。四葉のおもらしも黙っておいてあげてや」

「はい、もちろん。さァ、パンツ替えてあげるから部屋にもどって」

 不幸中の幸いで、おもらしした場所は外だから、そのままでいい。四葉の足を拭いてから、靴下も脱がせて、二階の部屋に戻った。

「ボク、目を閉じて」

「…はい…」

「パンツを脱がせるから、スカートはそのままだけど、目は開けないでね」

「…はい…」

 目を閉じていてくれるから、四葉のパンツをおろして足を抜く。それからティッシュを3枚ほど取った。

「お股も拭くから、少し足を開いて」

「……こう…ですか?」

「うん、そのままジッとしてね」

 四葉の足が開いて立ってくれるから、お股を拭いてあげる。何年ぶりかな、四葉の下のお世話をするのは。最期に四葉が、おもらししたのは……5才……4才かな。そう思うと、私って、けっこう大きくなってからも、おもらししてる。お婆ちゃんには、もう一回、口止めしておこう。さっき時効みたいな気分で語り出されたし。

「ぅぅ……、……オレは……本当に女の身体になってるんですか?」

「そうだよ。自分で、わからない?」

 もちろん、四葉の股間は女の子のもので、割れ目しかないし、小学生だから毛も生えてない。あるのか、無いのかくらいは触らなくても、なんとなくわからないかな。おっぱいでも小さいと軽いし、大きいと、ずっしり重いから。まあ、つい触りたくなるのは、わからなくもないけど、四葉のお股を触らせるわけには絶対にいかない。しっかり拭いておこう。おしっこが拭ききれてないと、あとで痒くなることもあるから、割れ目の奥までティッシュでキレイに拭いた。

「男のものが………無いような……気はする……。さっきも、あるはずところに力が入らなくて、漏れてきたし」

「はい、キレイになったよ。新しいパンツを着せるから、足をあげて」

「…はい……」

 四葉の下半身に、ちゃんとパンツを着せて、お世話終了。

「目を開けていいよ」

「……はい……、………ありがとう…」

「よしよし♪」

「…………ぐすっ…」

「お腹空いてるよね?」

「……はい…」

 一階へ連れて行って、明らかに四葉の分として卓袱台に置いてある朝食を食べてもらう。習慣でテレビもつけた。

「大阪府警は不法に妊娠中絶手術を行っていたとして元医師の…」

「あっ!」

「え?」

「ううん、何でもない。食べていて」

「お姉さんは食べないの?」

「私は、もう食べたから」

「不法滞在者を中心に、未成年者への中絶手術も行っていたとみて…」

「………」

 きっと、ここだ。サヤチンが全部、話したから捜査の手が回ったんだ。

「不衛生な環境で手術したために、術後に死亡した不法滞在者が少なくとも30名は見積もられており、実数は、さらに増えるものと…」

「…………」

 そっか、不法滞在の人だと、私みたいに救急車で病院へ行くってことができないから、そのまま死んじゃうのか……かわいそう……同じ人間なのに……、私は背筋が寒くなって身震いした。あやうく私だって死んでたかもしれない、ところだった。あの腹痛、今にも死にそうな激痛、二度と経験したくない。なのに、あのまま死んじゃった人が何十人もいるんだ。なんて悲惨。

「お姉さん? 大丈夫? 顔色が悪いですよ」

「あ、うん。平気、平気、ちょっと目まいしただけ」

「そうですか…」

「この元医師は精神科の経験しかなく、また18年前に勤務先の病院で女性患者へわいせつな…」

 本当に、あやうかった。あやうく私もテレビに出てくる犠牲者の一人になるところだったよ。サヤチンが救急車を呼んでくれなかったら、今頃………怖っ。

「ごちそうさまです」

「お粗末様」

 ってサヤチンの口で他家の食事に言うのは非礼かな。食器を片付けてあげると、これからの予定が無いことに気づいた。

「さて、どうしよう? ボク」

「ボクはやめてください」

「……じゃあ、瀧くん?」

「はい、それでお願いします」

「瀧くん、どこの子? 言葉の発音からして、このあたりじゃないよね?」

「東京です」

「東京っ?!」

 それから私たちは、お互いの身の上話をした。瀧くんの高校のことや、ご家庭が父子家庭でお母さんは離婚していないことなんかを。一方的に訊くだけだと失礼かと思って私も自分のことを話した。サヤチンの両親はそろってるけれど、瀧くんが片親だって先に言ったから、合わせて宮水家もお母さんが早くに亡くなったこと、お父さんが出て行ったことなんかを話した。そのうちにお昼ご飯も終わって、瀧くんが外を歩きたいって言い出した。

「う~ん……四葉の友達に出会ったとき、四葉のフリができるかなぁ……そのときは風邪気味って言って誤魔化そうかな」

「……あのぉ……オレって、元に戻れるんですか?」

「それは………」

 どうかな、私たちは一日おきくらいで入れ替わるけど、瀧くんと四葉は、どうなるのかな。だいたい、年齢もかなり違うし。地域もメチャメチャ離れてるし。隣近所のサヤチンと私で一日おきだと、もっと長いのかな。まさか、歳の差が7年あるから7年間このままとか………それ、もう大変……瀧くんは小学校の勉強なら余裕だろうけど、四葉は、どうしてるのかな………案外、しっかり乗り切ったりするのかな………おしっこ……できたかな……おチンチン出して………立ってするのかな………っていうか、瀧くんが四葉の身体で、おしっこするとき、全部、私が世話するとなると、これも大変。

「オレの身体……………んっ…」

「どうしたの?」

 なんだか様子がおかしい。

「な……なんでもないです……」

 って答えた瀧くんだけど、四葉のお尻に明らかに力が入っていて、なんとなくわかった。朝昼と食べて、外を少し歩いたから健康な反応があるんだと思う。

「おトイレ?」

「……いえ……大丈夫です……」

「無理に我慢しなくていいよ。大きい方でしょ? ………大きいのを漏らされると大変だし、正直に言って」

「はい………トイレに行きたいです…ぅぅ…」

「家までもちそう? ド田舎だけど、外でするのは四葉の心情的に避けてあげたいから」

「もたせます」

「じゃ、急いで戻ろう」

「はい」

 家に戻って厠へ瀧くんを誘導した。

「…ぅうっ……この穴にするんですか?」

「そうだよ」

 板の間の厠に瀧くんがドン引きしてる。朝は、この手前で漏らしたけど、今度は中に入ってもらった。

「ギィギィいってる! 割れるんじゃないっすか?」

「大丈夫、大丈夫、私と四葉の体重くらいならもつよ」

 たぶん、サヤチンの体重でも。子供の頃は、これが落ちそうで本当に怖かった。このまま落ちたら溺れて死ぬんじゃないか、せめて溺れるなら川や海がいい、肥だめで溺れるのだけは避けたいって、我慢してて何度か、漏らした。だから瀧くんの気持ちもわかるけど、実際は落ちない。お父さんが入っても大丈夫。私と瀧くんが、サヤチンと四葉の身体で入って戸を閉める。

「じゃあ、パンツをおろすから目を閉じて」

「はい」

「不安定だから完全に脱がすね。足をあげて」

「……はい…」

 パンツを脱がせて、落とさないようサヤチンの手首へ通して、今度は四葉のスカートの裾をもつ。短いスカートだから、そのままでも汚れないと思うけど、一応はあげておく。

「じゃあ、このまま目を開けないで。穴を跨いで」

「……怖ぇぇ……こ、ここ、ですよね?」

 恐る恐る瀧くんが足を進めて、穴を跨いだ。このトイレで目を閉じて用を足すのは、かなり怖いかも。でも、丸出しの四葉のお股を見せるわけには、いかないから頑張ってもらう。

「そうそう。そこで、しゃがんで」

「……しゃがむのか……いつも洋式だからバランスが……」

「都会育ちだねぇ。肩を支えていてあげるよ」

「すいません……。こ、これでいいですか?」

「うん、いいよ」

「………もう出しても……いいですか?」

「どうぞ」

「…………」

 四葉の耳が真っ赤になった。けっこう恥ずかしいのかも。つい私は妹の身体だから平気だけど、他人の前でウンチするのは男子でも恥ずかしいのかな。男の人って、外でも平気で立って、おしっこしてるけど、大は見かけないし。都会育ちだと余計に恥ずかしいのかも。

「……終わりました……」

「じゃあ、拭いてあげるから、ちょっと腰をあげて、お尻をこっちに向けて」

「………………」

 黙って、四葉のお尻が、こっちを向いてあがってくる。うちは紙もロール式じゃなくて昔ながらの四つ切りを使ってるから、それで四葉のお尻の穴を拭いてあげる。

「痛かったら言ってね」

「……はい……ぐすっ……」

 半泣きの声で返事してる。ちょっと、かわいそうになってきた。ついつい、四葉の身体を男の子に見られないことを優先してきたけど、瀧くんの気持ちへ配慮が足りないかもしれない。もし、自分が同じ立場だったらって考えると………入れ替わって男子になっていて………その人のお兄さんとかが、弟の身体を他人に見せるわけにはいかないって、それで入れ替わった私はお尻を拭かれる………ううっ……恥ずかしい……めちゃ恥ずかしい……たとえ、それが男子の身体でも、拭かれるのは私なんだし、拭くのは異性のお兄さん……ごめん、瀧くん! これ超はずかしいよね、ホントごめん、気がつかなかった。つい、小さい妹の身体だから忘れてしまうけど、瀧くんは高校2年生なんだから、サヤチンみたいな歳の近い異性に、お尻の穴を拭かれたら恥ずかしいに決まってる。しかも、女子だったら泣いてイヤがるって選択肢もあるけど、男子だから我慢して受け入れてるし、泣きそうなのも我慢してる。

「……ぐすっ……うぐっ…」

「はい、おしまい。ごめんね、恥ずかしいよね」

「…………別に……」

 真っ赤になった四葉の顔が否定してるけど、泣くほど恥ずかしいみたい。パンツを着せてあげてから、慰めるために部屋に戻った。

「ホントごめん」

 今度は、おっぱいで息苦しくないように軽く抱いて頭を撫でる。

「ごめんね。瀧くんがいるのは妹の身体だから、パンツの中は見ないであげてほしいの。拭くのも私が………。でも、瀧くんは、すごい恥ずかしいよね。ごめんなさい」

「…ぅっ……ぅぐ……平気…だ………ぅうっ! ぅう!」

「頑張って耐えてくれたね。よしよし」

「ぅっ…くっ…ぅっ…」

 泣かないように我慢して泣いてるのが、切ないくらい愛しい。こういうのが母性本能っていうのかな、かわいくて、かわいくて仕方ないよ。瀧くん、どんな男子なのかな、顔を見たいな。瀧くんは見られたくないかもしれないけど。

「よしよし、いい子、いい子」

「…すーっ…すーっ…」

 慰めるために、ずっと抱いてたら、途中で瀧くんが眠ってしまった。きっと、朝からパニックになってもおかしくない大変な状況になってたから、とっても疲れたんだと思う。サヤチンのおっぱいを枕に寝かせてるのは、瀧くんが男子だって思うと申し訳ないけど、四葉の顔だし、何より私のロストバージンを考えたら、おっぱい枕くらい、いいよね、ぜんぜん。

「……か……母さん……」

 寝言で瀧くんがお母さんを呼んでる。おっぱいを枕にしてるからかな。瀧くんのお母さんは離婚して家を出て行ったって。親に出て行かれる悲しさを私は知ってる。なんで、子供を置いて出て行けるのかな。目標があるとか、夢があるとか、他にしたいことがあるとか、じゃあ、どうして私たちを産んだの、つくったの、置いていかないで連れて行ってよ。

「……ぐすっ……」

 泣くと瀧くんが起きるから我慢する。

「…ん~……母さん……」

 少し寝返りした瀧くんが赤ちゃんが乳首を探すみたいに動くから、私は発作的に服を半脱ぎにして乳首を与えてしまった。それに瀧くんが吸いついてくる。

「ぁぅ…」

 すごく気持ちいい。乳首を吸われるのって温かくて身体が蕩けそう。まるで口と乳首で二人がつながって一つになるみたいに感じる。

「…ぁぅ…」

「……んっ…」

 うっすらと瀧くんが四葉の目を開けた。ぼんやり寝惚けた顔。だから、私は言った。

「いいよ、そのまま吸っていて。いい子、いい子」

「……母さん……」

「よしよし」

 やっぱりお母さんが恋しいんだ。寝惚けたまま、ずっと乳首を吸っていてくれる。もう瀧くんの中では何が現実で何が夢なのか、わからないのかも。だって、目が覚めたら身体が縮んで子供になってるし、いろいろ大変で、また寝て寝惚けたら、おっぱいがあったら、もう吸っていたいよね。

「いい子、いい子、そのまま寝ていていいよ」

「…ん~……」

 赤ちゃんみたいな声を出して瀧くんが目を閉じたから、私も目を閉じる。どのくらい二人で一つになっていたのかな。私も眠ってしまって、そして、やや冷たい私の声で起こされる。

「何を他人様の乳首で、自分の妹に授乳してるの? どういう趣味?」

「あ……私の身体……サヤチン……おかえり」

 私の身体が部屋に入ってきてる。病院が終わって帰ってきたみたい。

「私がしたことを考えれば、乳首くらい安いものだけどさ。四葉ちゃんに吸わせて何がしたいわけ?」

「シーっ、起きちゃうから静かに」

「………」

「病院は、どうだった?」

 小声で訊くと、小声で答えてくれる。

「問題なし、きっと年内には月経も来るだろうって」

「よかったァ……私も赤ちゃんつくれる」

「……で、その予行演習? 実妹で」

「これは違うよ。大きな声を出さないでね。びっくりすること言うよ」

「………妹と結婚します?」

「違う違う」

「じゃ、実は四葉は私が産みました?」

「……私は9才でロストバージンしてたの?」

「それなら私の罪も軽くなるね」

「全部外れ。答えは、四葉にも入れ替わり現象が起きたの」

「………………」

 サヤチンが私の目を丸くして、口を押さえて声を出さないようにしてる。そして訊く。

「……誰と入れ替わったの?」

「東京の立花瀧っていう男子高校生」

「東京………高校生……男子………。四葉ちゃんと知り合いとか、親戚?」

「ううん、そんな親戚いないし、知り合いも東京になんか、いないはず」

「じゃあ、どうして?」

「わかんない」

「………」

「とにかく、すっごく疲れてるみたいだから寝かせてあげたいの」

「そりゃあ、起きたら女子小学生だったら、パニックだよ」

「ちょっと、ひどいことしたし」

「………何したの?」

「トイレで目を開けないでって」

「…………まあ、四葉ちゃんも見られたくないでしょうね」

「で、私が拭いたりとかして……傷つけたみたいで泣いちゃって…」

「……………朝起きたら女子小学生になってるわ、おチンチン無いわ、お姉さんに拭かれるわ、では、たしかにパニックな上にトラウマるかも」

「せめて寝かせてあげたくて」

「……私の乳首を慰めにしたと」

「ごめんなさい」

「まあ、乳首くらい、いいよ。私の唇も、この乳首、吸ったことあるし」

 サヤチンが私の胸を意味ありげに撫でた。

「……ぅぅ……お母さんがいないのは、淋しいんだよ……瀧くんも、そうみたいなの」

「そう………そうでなかったら、いくら入れ替わりのパニックがあっても、ちょっと引くけど、そういうことなら仕方ないかな」

「うん………よしよし、いい子、いい子、何も心配しないで眠っていなさい」

「………これから心配だらけな気がするけど……、あ、一つわかったことがあるよ」

「なに?」

「入れ替わりは宮水家の血筋に関係あるのかもってこと。三葉ちゃんといい、四葉ちゃんといい、そこには姉妹って共通点があるし。克彦のお母さんが言ってたけど、二葉さんにも、それっぽいことがあったらしいよ。自分がしたはずのことを覚えてなかったりとか」

「へぇぇ……」

 私とサヤチンは小声で話し続けたけど、よっぽど瀧くんは疲れていたのか、もう夜まで起きなかったから、ずっと抱いていた。

 

 



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Cルート最終話

 

 朝、私は私の身体で起きたけど、そばにサヤチンと四葉もいた。四葉はサヤチンに抱かれた姿勢でいるけど、その目は何か考え込んでるみたいで、抱かれたままでいるのはサヤチンを起こさないためみたい。

「………」

「………」

 私と四葉の目が合った。そして、サヤチンも起きる。

「ぅううっ……腰が痛い………ずっと、この姿勢で寝てたの……」

 昨日の夕方から、四葉の身体を抱いたままだったサヤチンが腰を撫でながら寝返りして、目を開けていた四葉は立ち上がってイスに座ると、考える人みたいなポーズで考え事をしてる気配。

「四葉、昨日ね。四葉は男子と入れ替わってたんだよ」

「お姉ちゃん………入れ替わりのことを知ってるの?」

「うん。だって、オレって言うし。東京の男子高校生だって。瀧くん、かわいかったよ」

「……そういう意味じゃなくて、入れ替わり現象が存在してるって意味」

「え? え~っと、うん、それも知ってるよ」

「お姉ちゃんも誰かと入れ替わったことがあるの?」

 なんだか、たった一回の入れ替わりで、四葉はグッと大人になったみたいな気配。

「あるよ」

「いつ? 誰と?」

「えっと…」

「はい、私です」

 サヤチンが手を挙げた。

「そんな身近で……いつ?」

「「半年くらい前から、ずっと」」

「そんなに長々と………わかりにくい二人。でも時間軸は…」

「あっ!」

 私は声をあげて、四葉の股間を指した。話を中断された四葉は不快そうに睨んでくる。

「なに?」

「四葉、来てるよ! 生理!」

「…………」

 四葉が自分の腿を見ると、そこには血が垂れていた。

「四葉、おめでとう!」

「おめでとう、四葉ちゃん」

「………どうも……。お姉ちゃん、ナプキンある?」

「はいはい」

 私は女子高生の必需品、ナプキンを妹に差し出した。

「あと着替えもお願い」

「だよね」

 パンツとスカートも持ってくる。けど、パンツは私のショーツの新品も出してみた。

「小学生向けのパンツだとナプキンを着けにくいから、ショーツにしてみる?」

「ありがとう」

 四葉は下半身裸になって、血を拭き取ると、ナプキンを着けたショーツを身につけ、スカートも着替えた。

「で、本題に戻るけど」

「いやいや! お婆ちゃんにも報告しないと! 赤飯も炊かないと!」

「……それどころじゃない事態が、これから起こるから黙って聴いて!!」

「え……でも、赤ちゃんをつくれる身体になったってことは、とても喜ばしいことなんだよ? 大切なことだから大事にしようよ」

「何百人という人の命より大切?」

「いえ……それほどでは……」

「じゃあ、黙って聴いて!」

「はい」

 四葉の雰囲気が一昨日までと、ぜんぜん違うよ。もともと、しっかりもので大人びた感じだったけど、一回りも二回りも成長してる感じ。

「お姉ちゃんたちも気づいてくれたみたいだけど、私が入れ替わっていたのは東京の男子高校生、名前は…、まあ、どうでもいいけど…」

「瀧くんだよ! 立花瀧くん!」

「……黙って聴いて」

「はい」

「入れ替わった人物のことより、問題なのは、そこが3年先の未来であったこと」

「「未来?!」」

「そう、未来。お姉ちゃんたちは時間軸にズレは無かったみたいね」

「え……うん……。未来って……そんな……」

「そして、もっと大切な情報は、今日の夕方、ティアマト彗星が分裂して、その一部が、ここに落下してくること。この神社、ここを中心に半径500メートルに被害がでる」

「……なんで、そんなことがわかるの?」

「私は未来で立花瀧のスマフォを触っていたの。入れ替わって、とりあえず状況把握のために学校を休んで、どこの誰になったのか、それを調べていたら、すぐにカレンダーに気づいた。それで、そこが3年先だってわかった。次に、糸守へ物理的に戻ろうかとも思って、糸守で検索したら、スマフォの調子が悪くなったみたいに、二つの事実が、画面が揺らいでヒットしてきたの」

「「二つの事実?」」

「一つは彗星が分裂して、その破片により数百人という糸守の町民が亡くなること。その犠牲者名簿には、私たちも入ったり、消えたりする。もう一つの事実は奇跡的に誰一人死傷しなかったって事実」

「?????」

「四葉ちゃん、それってシュレディンガーの猫?」

「そうだと思う。未来は不確定なの。未来へいたる世界の糸は、紐のように組み合わさって世界を補完し合っているのよ。でも、彗星の一部が落ちてくることは確定的」

「猫?」

「お姉ちゃんは、あとで自分で調べてみて。とにかく、彗星の一部は降ってくる。これに対して、ちゃんと手を打てると、誰も死なない。けど、手をこまねいてると、大きな犠牲がでる。だから、私を手伝ってください」

「「…………」」

 よくわからないけど、四葉が、これだけ真剣に言うんだから、手伝おうと私が頷くと、サヤチンも頷いてくれた。

「で? どうするの、四葉?」

「まだ考えがまとまらないの。お父さんを説得しても、うまくいくような、うまくいかないような。もっと実力行使が必要な気もして…………他に協力者をえられない? 私たちの入れ替わりのことをウソだと思わず、真剣に話を聴いてくれて、口が硬くて協力してくれる。できれば、男子で」

「……瀧くんは?」

「…………あの人は、今、中学生よ」

「克彦は?!」

「……信じてくれるの?」

「ええ」

「うん、テッシーなら、きっと大丈夫だよ」

「わかった。じゃあ、テッシーくんの説得を二人にお願い。その間に私は考えをまとめておくから」

 考え込む四葉をおいて、私とサヤチンはテッシーに話をして信じてもらって連れてきた。

「連れてきたよ」

「ありがとう」

「オレは、何をすればいい?」

「建設作業で使う爆薬か、爆発しやすい燃料のようなものを盗み出せますか?」

「一つ、二つなら」

「一つで十分です。ありがとう、すべてのピースがハマったわ」

「………なあ、君は、本当に四葉ちゃんか? 誰か、もっと大人の女性と入れ替わってないか?」

「もう大人よ、ほら」

 四葉がスカートをめくってショーツに着けてるナプキンの羽を見せた。

「「「…………」」」

「爆薬、お願いします。お礼が必要なら、私とのエッチでもいいよ」

「四葉……」

「四葉ちゃん………」

「無償でやるよ。オレらの命や町民の命がかかってるんだろ」

「できれば、監視カメラなんかに撮られないようにしてね」

「まかせておけ。自分ちだからな」

 克彦が出て行くと、四葉は私とサヤチンを見比べるみたいに見つめて、サヤチンを指した。

「サヤチンさんにお願いします」

「は…はい……何を?」

「私といっしょに交番へ駆け込む役です」

「交番へ? どうして?」

「テッシーくんが持ってきた爆薬を持って、この神社がお姉ちゃんを狙うストーカーによって爆破される。持ってきた爆薬は、その一部にすぎない。半径500メートルが吹っ飛ばされる計画で、夕方までに避難が必要だ。宮水神社を吹っ飛ばして、宮水三葉の帰るところを無くしてオレの嫁にするから、爆発物処理班が撤去しに入ったら、人質にした宮水三葉は殺されると、私とサヤチンさんは泣きながら交番に駆け込むのです。それで、あとは大人たちが、うまくやってくれますよ」

「なるほど………でも、そんなに、うまく行くかな。爆薬があれば信憑性は増すけど、それだけの演技が私と四葉ちゃんにできるかな……今の四葉ちゃんにはできそうだけど……私、そこまで……」

「ええ、そのためにサヤチンさんには少々痛い想いをしてもらいます。捕まっていた私を助け出そうとして失敗し、犯人に殴る蹴るの暴行を受け、縛られていたが、それでも逃げてきたと。ただ、もう恐怖で記憶が曖昧で、よくわからない、爆薬のことは聴いたと思う、と答えるだけでいいように」

 四葉が私を見て言う。

「お婆ちゃんに気づかれないよう、防犯用の木刀と、納屋からロープを持ってきて」

「はい」

 私は言われた物を持ってきた。

「まず私を縛って」

 四葉が腰の後ろに手を回してるから、縛る。

「足も。なるべくキツく痕が残るように」

 言われたとおりにした。

「じゃあ、次は木刀でサヤチンさんを、めった打ちにして」

「「え……?」」

「死なない程度、後遺症が残らない程度に、お腹と胸は避けて、手足やお尻、背中を派手に内出血するよう叩きまくって。顔も2、3発。せめて鼻の骨は折らない程度に」

「そんな………四葉……サヤチンが、かわいそうだよ」

「サヤチンさんはリアル感が出るように、丸くなって防御してもいいよ。その方が警察が話を信じるから」

「………」

「四葉、ちょっと待ってよ。みんなを助けるためでも、サヤチンが、かわいそうだよ」

「姉さん」

 四葉が私の呼び方を変えた。

「さっき、テッシーくんへのお礼に私とのエッチなんて言ったけど、実際にはテッシーくん、もうお礼を受け取ってるよね? 姉さんのバージン」

「え…………なんで……四葉が、それを……」

「なんとなく、わかるんだよ。なんとなく。で、サヤチンさん。姉さんに木刀でめった打ちされても納得できますよね?」

「………はい…」

「四葉っ!」

「きっと、サヤチンさんも叩かれたいと思うよ。その方が償った気になるし」

「………」

「三葉ちゃん……お願い……そうして欲しい」

「…………そんなこと……私……サヤチンは友達……」

「姉さん、お人好しも、ほどほどに。あんまりお腹の底に貯め込むと、逆に爆発したとき大変だから、そこそこに発散しておいて。本当は、腹に据えかねてるでしょ? 自分の身体にされたこと。考えないようにしてるだけで」

「……」

「町のため、自分のため、サヤチンさんの償いのためだよ」

「………わかったよ……」

 私は木刀を握った。

「………さ……サヤチン……えっと……足……を叩くね」

「うん、お願い」

「……えい!」

 ペしっ!

 サヤチンの太腿あたりを木刀で叩いた。

「ぅっ…」

「姉さん、犯人は凶悪な爆弾魔です。もっと強く叩くでしょう」

「………じゃ……じゃあ! えい!!」

 ベシッ!

 さっきより強く叩いた。

「うぐっ……」

「姉さん。声に出して、よくも私のバージンを、と言いながら20回は叩いてください。サヤチンさんは殺されない程度に防御して」

「「……………」」

 サヤチンが頷いた。私は木刀を構える。

「……よ……よくも、私の……バージンを!」

 さっきより力がこもって、サヤチンの腕を叩いた。

「次!」

「よ……よくも! 私のバージンを!!」

 さらに力が入る。すぐに内出血するくらいサヤチンの脛を打った。

「ううっ…痛っ…」

 立っていられなくてサヤチンが脛を押さえて蹲った。

「サヤチン……ごめん……大丈夫?」

「ぅうっ……私が悪いの…、わかってるから、もっと叩いて……」

「でも、本当に痛そうで…」

「次!」

「………四葉……」

「姉さん。私だって縛られてる手足、痛いんだよ。必要なことだから。打撲くらい、すぐ治るよ。バージンは治らないよ?」

「……はい…」

 木刀を構える。

「次は頭を狙って。サヤチンさんは防御」

「………」

「三葉ちゃん……叩いて。やっぱり私も罰は受けたいから。友達なら、そうして」

 サヤチンが頭を両手で守ってる。たしかに、それなら頭に重傷は負わないし、手の傷は本当っぽくなる。

「わかったよ………行くよ。……よくも! 私のバージンを!!」

 メキッ…

 頭を守ってるサヤチンの腕を打った。

「うっ…」

「……サヤチン……」

「姉さん、次から休まず叩き続けてあげて。それとも、じわじわ苦しめたい? お好みでいいけど、連発する方がサヤチンさんの苦痛も少なくて済むかもね」

「……四葉………わかったよ……」

 じわじわ苦しめることはしたくない。私は木刀を握り直した。

「行くよ」

「うん」

「………。よくも! 私のバージンを!! よくも、私のバージンを!!! よくも!!」

 バキッ! メシッ! ガッ!

 腕を、足を、肩を、連続して木刀で叩いていく。

「よくも、私のバージンを!! よくも!!」

 叩いてるうちに頭に血が上ってくるのを感じた。許そうって思っていたのに、お腹の底から怒りが湧いてきて、手に力が入る。

 メキッ! ガッ! ベキッ!

「うっ…うぐっ……ひっ!」

 サヤチンが背中を向けて逃げようとするから、その背中を叩く。

「よくも私のバージンを!!!!」

「ゴホッ! ううっ…」

 倒れたサヤチンが丸くなって頭を抱えるから、わき腹に木刀を振り下ろした。

 ドズっ…

 鈍い音がして、サヤチンがわき腹を両手で押さえるから、顔を狙って叩く。

 ベチっ…

「うくっ…」

 頬に当たって痣ができる。

「よくも私のバージンを!!」

 もう一回、顔を狙う。腕で防御しようとしたけど、防御しきれずに額に当たった。

「よくもよくも!!!」

 いつの間にか、私は足でサヤチンを蹴って転がしていて、そこを木刀でめった打ちにしていた。

「ひっ…ひぃ! も、もう許して……ひぃいい…」

 まだ、許せるもんか!! 勝手に何度もエッチして、妊娠までさせて。

「よくも私のバージンを!!!」

 叩き続けると、サヤチンが血の泡を吐いて、おしっことウンチを漏らしてるけど、それでも叩いた。だんだん、ぐったりしてきたサヤチンが防御しなくなったから、顔を狙って振りおろす。

「姉さん、ストップ!」

 ボキッ!

 四葉が前に飛び込んできて、木刀が縛られてる四葉の左腕に当たって、骨が折れたみたいな音がした。

「ハァ…ハァ…よ、……四葉?!」

「くっ…、もうストップ、上出来だから」

「よ、四葉! 腕が!」

 四葉の腕が変な方向に途中で曲がってる。

「ぅ、腕の一本くらい私も折れ…てた方が信憑性が…増すよ」

 平気そうに言ってるけど、四葉の顔も青ざめてるし、冷や汗が浮いてきてる。

「ごめん、四葉! ごめん、サヤチン! 私なんてことを!」

 木刀を放りだして四葉の縄を解こうとして怒られる。

「まだ解かないで! それよりサヤチンさんの手足を縛って! くっ…」

 四葉が痛そうに呻いてる。かわいそう。私が折った腕………手首を縛られてるから、すごく曲がって痛そう。

「ぐすっ……ごめん……四葉…」

「いいから、サヤチンさんを縛って」

「……うん」

 ロープを持って足を縛ろうとして、おしっことウンチを漏らしたままなのに気づいた。ぐったりしたサヤチンは呼吸はしてるから、死ぬことはないと思う。本当に犯人から痛めつけられた被害者に見える姿。

「その前に着替えを…」

「そんな親切な爆弾魔が、どこにいるの。そのままでいいよ。その方が怯えた風に見えるから」

「でも……交番に駆け込むんだよね? かわいそうだよ、サヤチンが、人に見られるかもしれないし」

「見かけた人も、痣だらけの女子高生を心配するし、夕方に隕石が降ってきたら、ウンチ漏らしたくらいのこと誰もが忘れるよ。ぅぅ…くっ…」

「四葉も痛そう。せめて縄をゆるめて…」

「いいから! さっさとして! 何度も言わせないで! 声を出すのも痛いの!」

「は、はい!」

 サヤチンの手足をキツく縛った。

「…ぅぅ…ハァ…ハァ…」

「ぅぅ…ぐすっ…ひぅぅ…」

 呻く四葉と、啜り泣くサヤチンを助けてあげたいけど、ロープの痕がつくまで放置しないといけないから心苦しい。そのうちにテッシーが爆薬をもって戻ってきた。

「起爆装置もゲットしてきたぜ。…って、何があったんだ?!」

 テッシーが驚く。当たり前だよ、サヤチンと四葉が縛られて怪我してたら。

「テッシーくん、…ぅぅ…起爆装置は、安全な状態にしておいて。それで、ここに置いておいて。あと、ロープを切れそうなカッターナイフも、サヤチンさんの手元に」

「あ…ああ…けど、これは…」

「あとで姉さんから聞いて。で、姉さんとテッシーくんは双眼鏡をもって糸守を見渡せる南の山へ登って。そこで、もしも爆発物処理班が宮水神社から500メートル以内へ入ろうとするなら、姉さんのスマフォから警告して。姉さんの声で。脅されてしてる感じに。演技が下手そうなら5、6発、テッシーくんが殴ってあげて。それで、いい声が出ると思うから」

「「いい声って……」」

「ぅくっ…、ほら、こんな声…ハァ…ぅぅ…」

「四葉ちゃん……腕が折れて……」

「ハァ…ハァ……、じゃ、二人は隕石が落ちてくるまで、山からおりないでね」

「……わかったよ。君の言う通りにしてみる」

 テッシーは爆薬を置いて、私と山に登った。心配だったから双眼鏡で家を観察してたら昼過ぎに四葉とサヤチンがヨロヨロとお婆ちゃんに付き添われながら家から出てきて、交番に向かう途中で、通りかかった近所の軽トラに拾ってもらって交番へ入った。それから一時間くらいして町に避難警報が出て、四葉の言葉通り夕方に隕石が落ちた。

「本当に四葉ちゃんの言ったとおりになったな」

「うん……」

「けど、……オレって、このまま三葉と山をおりたら誘拐犯は、オレにならないか?」

「え………、そうかも……ごめん」

「ごめんって……」

「どうしよう、四葉に相談して…」

 困ってたら、スマフォが鳴った。

「もしもし」

「私」

「四葉! すごいね! 本当に隕石が降ってきた!」

「ええ。それは終わったとして。テッシーくんが誘拐犯にされないよう、すべては私の指示で行ったって正直に話せばいいわ。妹が未来が見えるなんて言い出して、それを信じただけ、だと。どうせ、この隕石落下の大混乱だから、それで不問に付されるわ」

「わかった。そうする!」

 四葉の言うとおりにしたら、すべてうまくいったし、四葉の腕も2ヶ月で治ったし、サヤチンの打撲は1ヶ月で治って、私とサヤチンは本当の意味で仲直りした。

 

 

 

 三葉ちゃんと私が入れ替わることは、隕石が落ちた日から無くなった。そして、体育館での避難生活から、春には仮設住宅での暮らしになって、さらに大学受験をへて、私と克彦、そして三葉ちゃんは東京で大学2年生になっていた。

「なんだか、この頃、変な視線を感じるのよ」

「ふ~ん……サヤチンにストーカー? テッシーには相談した?」

「まだ。気のせいかもしれないし」

 今日は私の大学に三葉ちゃんが来てくれてる。ちょっと相談したいことがあったから大学のカフェテリアで話し込んでいた。

「三葉ちゃんの家系、勘がいいでしょ。なにか、わからない?」

「そう言われても、そういう能力があるのは四葉がメインっぽいよ」

「そう……気のせいだといいけど……」

「夢とかはみるの?」

「夢は………、三葉ちゃんに木刀で追いかけられる夢くらいだよ」

「ぅぅ……………あれ、トラウマになった?」

「そこそこに。まあ、私の方が悪いんだけど」

 たまに悪夢をみる。鬼か、般若みたいな顔になった三葉ちゃんが木刀で私をめった打ちにする夢を。当然の報いだと受け入れてるけど、痛みの記憶は消えないみたい。

「テッシーとは仲良くしてる?」

「うん、普通に。三葉ちゃんは合コンとか行ってる?」

「何回か行ったけど、なんだか軽い男の子ばっかりでバカみたいで」

「そうだね。合コンってバカみたい」

「サヤチン、行ったことあるの? テッシーいるのに」

「数合わせで、行ったことはあるよ。克彦も、そういうのは参加してる。けど、三葉ちゃんと同じ感想。バカみたいだし、もう行かない」

 二人とも紅茶を飲み終わったから、相談も終わりにして校門から道路に出て、感じていた視線の正体が現れた。花束と手紙をもった男子で、高校生なのかな、制服を着てる。ちょっと離れたところには同じ制服を着てる男子が2名、こっちをうかがうように見てる。状況で話の展開が、だいたいわかった。

「す、少しいいですか!」

 花束と手紙をもってる男子が私と三葉ちゃんへ声をかけてくる。

「……ええ、…少しなら」

 私が答えると男子は、もともと赤くしてた顔を、もっと真っ赤にした。なんて初々しくて、かわいらしいの。私にも、こんな高校時代があったなぁ。

「い…いきなりで驚かれるかもしれませんが…」

「…………」

「ぁ、…あなたのことが好きです! 付き合ってください!」

 花束が私に向けられてる。こういうのはドキリとする。たとえ、克彦と付き合っていても、うれしいって感じる。どうしよう、速攻で断るのが傷つけないかな、でも、手紙もあるみたい。

「うわぁぁ、サヤチン、すごいよ! 告白だよ! カッコいい!」

 やや外野が騒がしい。でも、高校生が大学生に告白って状況が珍しいからかな、三葉ちゃん以外の大学生も、こっちを見て、いろいろ言ってる気配。

「ォ…オレと付き合ってください!」

「………。お手紙もあるの?」

「は、はい!」

 手紙を渡してくれる。花束といっしょに受け取った。

「ご好意は素直にうれしいとは思います。お手紙への返事は書きますから、しばらく時間をください。あなたのお名前は?」

「た、立花瀧です!」

「「………」」

 どこかで聴いたような名前。

「私と、どこかで出会ったかしら? 以前に」

「オ…、オレもそんな気がして! 駅で見かけたとき! この人だって!」

「……そう……私は……思い出せないけど……」

「オレと付き合ってください!」

「とっても勇気があるのね。……ただ、……お返事は……書きますけど、……あまり大きな期待はしないでください。お花、ありがとう」

「……はい…」

 それだけ話して私は帰る。

「え? え? サヤチン、もう終わりなの?」

「………」

 速攻で断るのが、かわいそうだからよ、友達もバックで見てるし。お花だって受け取ってあげないと、持て余すだろうし。告白してくれた男の子から十分に離れてから三葉ちゃんに答える。

「終わりも何も始まるわけないでしょ。克彦いるのに」

「それは……そうだけど……断っちゃうの? かわいそう」

「………」

 三葉ちゃんの顔を見て、感じた。もしかして、さっきの男の子に一目惚れしてるんじゃないかな。たしかに、三葉ちゃん好みの顔だったし、告白も悪くなかったから。

「三葉ちゃんは、さっきの男子、どう思う?」

「すっごくカッコいい! かわいいし! なのに決断力あるし!」

 惚れたな、コイツ。三葉ちゃんの頬が赤い。初恋かもしれないね。これは、こっちの方が面白そう。

「三葉ちゃんも、いっしょに手紙、読む?」

「うん! 読みたい!」

 普通は一度は遠慮してみせるもんだけどね。好奇心が働いてもさ。私のアパートへ二人で戻って、お花を捨てる予定だったペットボトルを花瓶に加工してから活けた。東京の狭いアパートでの一人暮らしに花瓶なんて、無いからね。

「早く読もうよ」

「はいはい」

 

親愛なる貴女へ

 

拝啓

 はじめまして、自分は立花瀧と申します。

 いきなりで驚かせると思いますが、貴女のことが好きです。

 

「うわぁぁ…ストレート! かっこいい!」

「黙って読もう」

「はい」

 

 けれど、自分は貴女の名前も知りません。

 だから、軽いと思われるかもしれませんが、自分は真剣です。

 駅で貴女を見かけたときから、この人だって想っています。

 本当に貴女が好きです。

 貴女のことばかり考えています。

 名前も知らないで、ただ見かけて好きになったからというだけで告白する自分を軽いと思われるかもしれませんが、本当に真剣なんです。

 どうか、付き合ってください。

 お願いします。

 

 あとは学校名と学年、連絡先の電話番号やアドレスなんかが書いてあった。

「ふぅ…」

「サヤチン、モテるね!」

「あんまり中身のない手紙ね。好きって気持ちだけは伝わるけど。内容は繰り返しだし」

「でもでも! すっごい熱いよ! この手紙!」

「しかも拝啓で始めたなら、敬具でシメないと」

「そんな細かいことより、この熱い気持ちを感じようよ!」

「…………ねぇ、三葉ちゃん、さっきの男の子を好きになったでしょ?」

「え……………………」

 黙り込む三葉ちゃんの顔が、どんどん赤くなっていくから、よくわかる。

「一目惚れかぁ」

「…………そ……そんな……ことは……」

「で、どんな気分?」

「……どんなって? ………ドキドキする……よ」

「正直なのは、えらいけど。そうじゃなくて、どんな気分? 自分が好きな人が、自分の友達を好きな状況は、どんな気分?」

「……う~………うまくいってほしいような……」

「できれば、自分が付き合いたいような?」

「………………でも、立花くんはサヤチンのことが好きなんだよ。私じゃなくて」

「高校時代の私も、さんざん、それで悩んだよ」

「あ……そっか……同じ状況なんだ………こんな……気持ちか……サヤチンがテッシーを好きだったとき……テッシーが私を好きでいてくれて……」

「さて、どうしようかな?」

「…ど…どうって?」

「克彦がいるから、当然、答えはNOなんだけど。ただ、ごめんなさい、さようなら、って言うか。ごめんなさい、でも、私の友達を紹介するよ、って言うか。どっちがいい?」

「……………た……立花くんの気持ちを考えたら、……もう少しサヤチンも真剣に受け止めてあげたら? 少しデートしてみるとか」

「それ、ただのフタマタだから」

「ぅぅ……かわいそうだよ……あ! そうだ!」

 何か閃いた三葉ちゃんが私に顔を近づけてくる。キスでもしそうなくらいに接近して、額を私の額に押しあててきた。

「もう一回、入れ替わろう! 私がサヤチンになって立花くんの気持ちに応えるよ!」

「って! やめて!」

 三葉ちゃんを振り払う。

「ぅぅ…なんで? 強く念じたら、もしかしたら、できるかも」

「もう、やらないで! できそうで怖いよ! 家系的に!」

「でも……立花くん…」

「そんなに好きなら自分で勇気出して、自分の身体で告白しなよ」

「それをサヤチンが言う?」

「入れ替わりでの彼氏ゲットなんて恋愛としては邪道だよ」

「………。……入れ替わり……立花……瀧……瀧くん! そうだ! あのときの瀧くんだよ!!」

「あのときって?」

「ほら、四葉と入れ替わった東京の高校生! たしか、立花瀧だったはず!」

「あ、ああ、そういえばそうかも。………なるほど、それで私の身体に未練があったの」

「え? どういうこと?」

「彼と過ごした一日、三葉ちゃんは私の身体だったでしょ。しかも、おっぱいまで吸わせて」

「あ……そんなことしたかも……」

「その一日の記憶が残ってるんだよ、彼に」

「そっか……あのときの……瀧くん……」

 三葉ちゃんの顔に、ますます未練が浮かぶ。もう、からかうのはやめよう。

「おこぼれでよければ、あげるよ。三葉ちゃん」

 言ってみたかったセリフを言ってみた。

「……でも……瀧くんの気持ちはサヤチンに…」

「あのとき、中身は私じゃなかった。本当に彼と一日を過ごしたのは三葉ちゃんだよ。それを語って、その上で告白して判断してもらいなよ」

「………そんな……ややこしい……話……信じてくれるかな……」

「私が手紙の返事に書いてあげる。それを、三葉ちゃんに託すから、彼に渡して、その場で読んでもらって。で、三葉ちゃんが告白してくればいいよ。頑張れ♪」

「……………うん……あ、でも、ダメ!」

「どうして?」

「やっぱり、私は瀧くんに告白なんか、できないよ」

「怖じ気づいたの?」

「そういうことじゃなくて、瀧くんは四葉の運命の人なんだから」

「……四葉ちゃんの? なんで?」

「糸守と東京、しかも3年も隔てて、それでも二人は巡り会って、瀧くんと入れ替わったおかげで私たちは助かったんだよ。きっと、四葉も瀧くんのことを想ってるはず」

「あの子が……う~ん………今、中学生だっけ?」

「うん、中1」

「……まあ、初恋しなくもない歳だけど……」

「四葉の気持ちを考えたら、私は告白なんてできないよ。それでなくても四葉には感謝してもしきれないのに」

「ああ、そういえば、学費も生活費も全部、四葉ちゃんが稼いでくれてるらしいね。神社の再建を目指して、口噛み酒も商品化したって?」

「そうなんだ。私は隕石の後、受験勉強して東京生活を楽しんでるけど、四葉は地元で、ずっと頑張ってくれて。神事も全部やってくれてるし。予言とか始めて、すごく当たるらしいし」

「神社って寄付も多いらしいね」

「明朗会計でやってるよ。けど、結局、私は四葉のおかげで学生生活してるの」

「うちは、ただの公務員だからバイトしないとキツいよ。克彦と会う時間も少ないし。自宅の再建もあるし」

「糸守は、みんな大変なのに、私だけ抜け駆けみたいに四葉の運命の人を盗るなんてこと、できないよ」

「……少なくとも立花くんは四葉ちゃんを運命の人とは想ってないんじゃない」

「どうして?」

「これ」

 私が手紙を指した。

「あ、そっか………私が余計なことしたから……本当なら二人は好き合ったかもしれないのに」

「う~ん……その乙女チックな発想は、どうかなぁ……っていうかさ、当事者の二人をおいて、私たちが話し合っても仕方ないよ。もう片方の当事者に電話して訊いてみれば?」

「四葉に?」

「そう」

「…………」

「あのとき入れ替わった立花くんのこと、どう想ってるか、訊いてみなよ」

「………………」

「それで、四葉ちゃんが想ってるようなら諦める。そうじゃないなら、三葉ちゃんが告白するって方針で。頑張れ♪」

「………」

「勇気出せ! もう大学2年でしょ! 初恋としては遅いよ!」

「……………」

 黙ってるけど、三葉ちゃんはスマフォを出して、四葉ちゃんの番号を表示した。それでも、まだ迷ってるから、私が指を出して電話をかけた。

「あ、サヤチン、勝手に……」

「妹にくらい、はっきり訊けばいいよ」

「……うん……」

 しばらくして四葉ちゃんが電話にでる。

「もしもし、どうしたの? 姉さん」

「あ……あのね。ちょっと相談したいことがあって」

「どうぞ」

「えっと………その………」

「…………」

「ぃ、隕石が落ちる前の日、四葉は男の子と入れ替わったよね?」

「ええ。それが?」

「あ…あのとき入れ替わった立花瀧くんのこと、どう想ってる?」

「どうって? 一日学校を休ませて、ごめん、くらいかな。そっちで出会った?」

「うっ………うん……さっき……偶然」

「そう。で?」

「……でって……言われても……」

「相談の本題は何?」

「…………た……瀧くんに! 私が好きって言ってもいい?!」

 お、ちゃんと言えた。えらい。

「…………」

「…………、…やっぱり、四葉も瀧くんのこと好き?」

「はぁぁ……」

 四葉ちゃんがタメ息をついてる。糸守にいたときも、よく三葉ちゃんのすることにタメ息をついてたなぁ。

「よ…四葉が瀧くんのこと好きなら私は諦めるから」

 そういえば、三葉ちゃんから見て彼は3つ年下、四葉ちゃんから見ては4つ年上、どっちでもバランス取れる年齢差なんだ。姉妹で修羅場ってのも、ありえる運命なのかな。

「姉さん………」

「……はい………」

「よっぽど、ヒマなのね。いいわね、東京での学生生活、楽しそうで」

「ぅ………」

「そんなくだらないことで電話してこないで! こっちは国税局が口噛み酒に酒税かけるか、どうかの瀬戸際だし! 再建する神社の地鎮祭もあるの!! この忙しいときに時間を盗らないで!」

「ううっ……ごめん。……いいの? 瀧くんのこと?」

「どうでもいいから。いちいち停車した駅に未練を残さないのと同じよ。ちょっと利用させてもらっただけ。お母さんとお父さんが、たまたま結ばれたからって、自分までって想う方がおかしいの。どうぞ、お好きに。この件で、また電話してきたら仕送り止めるからね」

「…は…はい……いつも感謝しております」

「じゃ」

「はい、失礼します」

 姉妹の電話が終わった。どっちが姉なんだろうって思う、前から。

「……四葉は、いいみたい」

「そう。じゃあ、私も克彦いるし、年下は興味ないから、あげるよ」

「そんな猫の子みたいに………瀧くんの気持ちもあるのに」

「手紙を書くから、それを渡して頑張ってきて。私はバイトで忙しいから」

「え、来てくれないの?」

「フるんだから、私はいない方が、三葉ちゃんへのOKを出しやすいよ。大丈夫、フられた直後に告白されるんだから、かなり勝率は高いよ。とりあえずでも一回はデートしてくれるかもしれないから頑張れ」

「……はい、頑張ってみます」

 本当にアルバイトで忙しい私は、すぐに手紙を書いて三葉ちゃんに託した。

 

 

 

 一ヶ月後、アルバイトとレポートで忙しい私は克彦と会う時間も少ないから、三葉ちゃんと立花くんのことは忘れていた。けれど、久しぶりに三葉ちゃんからメッセージが来て、会って相談したいって言うから、待ち合わせの校門に向かった。

「あ、三葉ちゃん」

「……サヤチン………ぅっ…ぅぅっ…」

 私の顔を見るなり、三葉ちゃんが両目から涙を大量に零したから、わかった。そっか、ダメだったか、うん、今夜は呑もう、呑んで涙を洗おう。おごってあげるよ。

「サヤチン……ぅぅ……」

「三葉ちゃん、泣きたいだけ、泣けばいいよ」

「うぐっ…ううっ…どうしよう?」

「……どうしたの?」

「…………一回しか……エッチしてないのに………妊娠しちゃった。絶対、堕ろしたくないの」

「………………妊娠しやすい体質なんだね………」

 たしか、立花くんは高2、三葉ちゃんは大学2年生……なかなかに前途多難だね。まあ、でも、おめでたいことだよ、頑張れ。

 

 

 

副題「五葉は何度でも蘇るさ」

 



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Dルート最終話。

 

 

Dルート

「………。このまま三葉ちゃんが死んだら……入れ替わりは……終わる……」

 サヤチンが私を見下ろして、つぶやいてる。

「……この入れ替わり現象…………三葉ちゃんのお母さん……二葉さんにも似たようなことがあったって……克彦のお母さんが……」

「ヒーーぅぅ!」

 痛い、痛い、苦しいよ、早く助けて。

「ってことは、むしろ私は被害者」

「ヒーーーぅぅ!」

 痛いの、すっごく痛いの。

「………。けど、私が私の状態で、三葉ちゃんが死ねば……終わる……はず……」

「ヒーーーぅぅ…」

 サヤチン、何を言ってるの、早く助けて、お願い、お父さんを呼んで。

「………このまま……死ねば……私は解放される………この変な入れ替わりから……」

「ヒーーヒーヒぅ!」

 息が苦しいくらい痛い。なのに、サヤチンは私を見下ろしてるだけで何もしてくれない。

「……三葉ちゃん…………ごめんね。……さようなら」

「ヒーーぅ?!」

 何もしてくれないどころか、サヤチンが手で私の下腹部をグッと押さえてきた。

「ヒぎゃあああ! うぐっ?!」

 痛すぎて悲鳴をあげたのに、サヤチンは枕で私の口を塞いでくる。その間もグイグイお腹を押すから、痛さで身体が千切れそう。おしっこでもウンチでもない何かを股間から垂れ流してる感じもする。腐ったような、血の臭いがする。

「うううっ?! うぎいいい?!」

 痛い、痛い、痛い、痛い!! やめてやめて! 死ぬ死ぬ! うううううあああ! もう手にも足にも力が入らなくて、抵抗できないのにサヤチンは冷たい目をして、私のお腹をグリグリしてくる。ヤダ……ヤダ……私を殺す気なの……痛い! 痛いよ、助けて。

「………ごめんね………三葉ちゃん……静かに逝って……」

「うぐぅううう!」

 息苦しいのに枕を押しつけられて、もっと息苦しい。お腹が痛い! グリグリしないで、死んじゃう、ホントに死んじゃうよ、そんなことされたら、もう私は……あああああ!! ううううう! 痛いぃいいいいいい! いやああああああ!

「…ぅう……」

 息も、声も………もう……真っ暗で目も…………寒い………怖い…………もう痛くない…………これが死…………。

「ハァ……やっと死んだ?」

 ………………。

「………息は止まってる。………心臓も動いてない……」

 ……………。

「完全に死んでる。…………どうしよう………わ…私が殺したわけじゃない……病気が悪化して死んだだけ………証拠……証拠は、無いはず」

 ……………。

「………これから、どうすれば……バレずに………。そ、そうだ。私は看病してるうちに眠ってしまって。起きたら死んでた。そう言おう」

 …………………。

「…………死体のそばって……気持ち悪い………ホントに死んでるよね……起き上がったりしないよね………」

 ………………。

「ごめんね……ごめんなさい………こうするしか、なかったんだよ。………だいたい、三葉ちゃんが悪いんだよ。私の身体と入れ替わったりさ……」

 …………。

「……とにかく……絶対バレないように……」

「サヤチンさん。お姉ちゃんの様子は、どうですか?」

「っ………寝たフリを…」

「開けますよ」

「………」

「っ?! お姉ちゃん?!」

「………」

 ………。

「お姉ちゃん、しっかりして!! 息が……お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「……ん~……あ、四葉ちゃん。……あ! 三葉ちゃん! どうしたの?! 顔色が!」

「サヤチンさん! 救急車を呼んで!!」

「え……う……うん! わかった。そうする!」

 ……………。

 

 

 

 …………。

「ご出棺です。最期のお別れを言ってあげてください」

「うっうくっ…お姉ちゃん……ううっ…お姉ちゃん……うわあああん!」

「三葉……なんで……あんたが私より…先に……二葉も………この上、三葉まで…うっ」

「二葉………どうして……三葉まで……くっ!」

 ……………。

「三葉ちゃん……ぐすっ…」

「三葉…………くっ……」

 ……………。

「早耶香、どうして三葉は死んだのか、わからないのか?」

「……うん……、お婆さんとお父さんはお医者さんから聞いたらしいけど……私には何も……」

「町のみんなは早世は家系だとか、美人薄命なんて言うけどよ……くっ……三葉……」

「三葉ちゃん……ぐすっ……大切な友達だったのに……」

 ………白々しい……よくも………。

「三葉ちゃんが亡くなったから、来週のお祭りも無くなるらしいね」

「そうらしいな。まあ、当然、喪に服すよな。巫女が亡くなったんだから」

「……ねぇ、……いっそ、その日、二人で気分転換に、どこかへ出かけない?」

「どこかって?」

「私、行きそびれた名古屋の遊園地に行きたい」

「ああ……あそこか……けど、喪中に…」

「お祭りのない町にいても、余計に気分が沈むし」

「それもそうだなァ……まあ、考えておくよ」

「うん、前向きにね」

 ……………。

「お姉ちゃん、ちょっと意見を訊きたいんだけど」

「なによ、早耶香」

「今度、お祭りが無くなるでしょ」

「みたいね。一応、次女さんが人目につかない少し離れた場所で、影祭りだか、なんだか、やるらしいけど、表立っては何もないらしいね。それが?」

「その日に、気分転換で克彦と遊びに出るのって、不謹慎だと思う?」

「う~ん……別に親戚じゃないし、いいんじゃない? 気分転換は重要かもよ。あ、いっそ、うちの家族と勅使河原の家、みんなで行く? クルマ出せば、交通費も浮くし。早耶香の分くらいお父さんが出してくれるよ」

「うっ……えーーっ……そうなると、二人っきりの感じが……でも、お小遣い無いし……」

「無いどころか、私に借金もあるしね」

「うぐっ…」

「っていうか、あの子が死んだのって。やっぱり中絶のせい?」

「たぶんね」

「見事に自業自得ね。バカな女」

「………そんな風に言っちゃ、かわいそうだよ…」

「ごめん、ごめん。やっぱり気分転換は要るよ! 勅使河原の家と遊びに行くの、何年ぶりかじゃない? いっそ一泊して来よう! あそこの遊園地、温泉も立派だし」

「温泉かぁ……」

「一泊なら、どこかで二人きりになるチャンスもあるって。もう小学生じゃないんだから、親も放任してくれるって」

「そうしようかな。お姉ちゃん、お父さんへ、いっしょに頼んでくれる?」

「了解」

 ……………。

 

 

 

 ……………。

「温泉、最高だったね。克彦」

「ああ、いくつもあって回りきれないくらいだ」

「明日の朝、また入ろうよ」

「そうだな」

「家族で来たから、さすがに私たちバラバラの部屋だね」

「まあ、オヤジたちもいるからな。けど、オヤジとオフクロは長湯だから、まだ戻ってないだろ。ちょっと、うちの部屋で休憩していくか?」

「うん!」

 ……………。

「なんだよ、オヤジ、テレビをかけっぱなしで行ったのか」

「エアコンつきっぱなしは嬉しいね。え……このニュース、糸守のことを……音量あげて!」

「お、おう!」

「地震と気象庁が当初に発表した岐阜県飛騨高山地方、糸守町を中心とした振動ですが、その後にティアマト彗星の一部が落下したものと訂正され、現地では多数の死傷者が出ているようです」

「「…………」」

 …………。

「現場の映像が入りました」

「うちが?!」

「オレんちも?!」

「跡形もないよ!」

「ォ…オレ! オヤジに知らせてくる!」

「う、うん! 私、ニュース見てる!」

 …………四葉………………お婆ちゃん…………お父さん………。

「現場は大変に混乱しており、糸守町の町長も巻き込まれ死亡したとの情報が入っております。この事態を受けて岐阜県知事は自衛隊の災害派遣を要請しました」

「……………」

 ……………お父さん…………。

「オヤジ、見てくれ! ほら!」

「……なんてこった。……うちが……会社も……」

「早耶香いますか?! ここにいたの! ニュース見て…見てるね! 私、町に戻るから!」

「えっ?! お姉ちゃん、今から?!」

「職員も負傷してるし! のんびりしてたら怒られるよ! じゃ!」

「お姉ちゃん………わ、私たちも!」

「お、おう! オレらも戻ろうぜ! オヤジ!」

「いや! 早耶香さんと克彦は、ここにおれ! あと、母さんにも、ここに残るよう伝えてくれ! ワシは行く!! 名取さん、待ってくれ! 同じタクシーで行こう!」

「オヤジ………」

「……私たちが行っても足手まといなだけ……」

「そうだな………学校の、みんなも無事だといいけど……」

「亡くなられた方が、新たに確認されました。順不同でお伝えします。宮水一葉さん…」

 …………お婆ちゃん………。

「名取宗右衛門さん」

「伯父さん……」

「勅使河原忠彦さん」

「あいつ……まだ3才で……くっ! チクショー!」

「以上です。これで死亡者は126名となり、町民の1割近い方々が亡くなられた模様です。次に病院へ搬送された方を発表します。宮水四葉さん…」

 ……………四葉……生きて………。

「名取慎吾さん」

「シンちゃん……」

「勅使河原明美さん」

「オバちゃん……よかった……けど、怪我は……」

「ぐすっ……私たち、ここに来てて……本当によかった…」

「ああ、うちの家も吹っ飛んでるから、町にいたら即死だったな」

「次に安否が確認されていない方を発表します。勅使河原克彦さん、名取早耶香さん…」

「「ここにいるから!!」」

 …………。

「めちゃ報道も混乱してるな!」

「たぶん、私たちの家が潰れたから、その下にいるかも、みたいな……遊びに出ること、あんまり周囲に話してないし」

「ああ、なるほど。役場か、警察に無事なことを知らせた方がよくないか?」

「うん……でも、子供の私たちが連絡すると、また余計に混乱させるかも」

「そうだな……オヤジと、早耶香の姉さんも向かってるから、そのうち混乱も治まるだろうし。おとなしくしてようか」

「そうだね……克彦……抱きしめて。私、怖い」

「ああ……ここは名古屋だから大丈夫だって」

「うん、ありがとう」

「早耶香……」

「克彦…………もっと強く抱きしめて」

「ああ」

「………こんなときにキスしたらダメかな?」

「……。誰だって不安になるさ」

「うん………ありがとう」

「早耶香………」

「克彦………」

 ………………………。

「……ハァ……ハァ……」

「…ハァ……ハァ……」

「克彦! 早耶香ちゃんに何やってんの?!」

「うわっ?! オフクロ?!」

「旅行だからってハメを外すんじゃないよ!」

「そ、それどころじゃないんだ! テレビを見てくれ!」

 ……………。

 

 

 

 ……………。

「よく頑張ったね。早耶香さん。おめでとう!」

「ありがとうございます、お義母さん」

「それで、この子の名前は決まってるの?」

「はい、克彦が星彦にしようって。糸守町、復興の星になるように」

「ええ名前やね」

「ハァハァ! さ、早耶香! 産まれたか?!」

「うん!」

「おおっ……赤ちゃんって、こんなに小さいのか……」

「抱いてみる?」

「い…いや……現場で身体も汚れてるし。無事なのを見たから、風呂に入って、また来るよ」

「ありがとう、克彦。あなたと結婚してよかったよ、本当に」

 ………ちっ………。

 

 

 

 ……………。

「二人目は立ち会いに間に合ってよかったぜ」

「この子の名前は私に決めさせてくれる?」

「ああ、女の子だったからな。そういう約束だもんな。で、どんな名前に?」

「糸香。運命の糸が、この子にもありますようにって」

「イトカ、いい名前だな」

 ………ビミョー………。

「糸香、お父さんですよ」

「糸香、大きくなれよ。早耶香に似たら、おっぱいも大きくなるだろうな」

 ………今にみてろ…………。

 

 

 

 ……………。

「ママ、湖でお魚、とってくるよ!」

「気をつけるのよ、星彦」

「お兄ちゃん、私も行く!」

「糸香はママと水際いましょうね」

「えー…」

「ママは、お腹が重いの。もうすぐ糸香もお姉ちゃんになるから言うことをきいてね」

「はーい。お兄ちゃん、なんか、とれたァ?」

「そんな、すぐにとれねぇよ!」

 ………おいで……こっちに………もっと深いところに………。

「うわっ?! うぷっ?!」

 ………捕まえた………もう離さない……。

「ぷはっ?! ゲホッ……うぶ……ブクブク…」

 ………………死ね………呪われし子………。

「ママ、お兄ちゃんがいないよ?」

「え……星彦! 星彦!! どこ?! どこにいるの?! 星彦!!! 返事をして!!」

 ………もう遅い…………フフ………あはははは…………。

 

 

 

 …………………。

「克彦、男の子だったよ」

「そうか………ぐすっ……お前は元気に育てよ」

「……ごめんなさい……私が、しっかり見ていれば……ぅぅ…」

「いや、事故だったんだ。気にするな」

「うん………もう名前は決まったの?」

「ああ、何事も無く、無事に育ってほしいって祈りを込めて、無彦だ」

「ムヒコ………それ、ムーから考えたでしょ?」

「ぃ、いや! そ、そんなことはないぞ!」

「あの雑誌、まだ読むの?」

「いいだろ、別に」

「はいはい。無彦は変な雑誌にハマらないでくだちゃいね」

「水泳を習わせよう」

「うん、そうしよう」

「ハァハァ! か、克彦! さ、早耶香さん!」

「オヤジ、もう歳なんだから、そんなに慌てるなって。無事に産まれたぞ。早耶香は安産だからな」

「ハァハァ…ハァハァ! 落ち着いて聴け!」

「オヤジが落ち着けよ」

「さ、さっき学校から連絡があって、ぃ、糸香が雨でスリップしたトラックの下敷きに、ハァハァ!」

「っ……」

「…そんな……。ぉ、お義父さん……そ、それで、糸香は?!」

「そ………即死だったらしい……くぅっ…」

「……ウソだろ?! オヤジ!」

「っ…糸香……どうして……糸香まで……ぃや……イヤ! イヤああああああああああああああああああああ!」

 ……ヒ……ヒヒ……ヒヒヒヒヒヒヒヒ………。

 

 

 

 ……………………

「ねぇ、ママ、ボクもみんなといっしょに歩いて学校に行きたいよ」

「ごめんね、無彦。でも、道路は危ないの。心配だから送らせて」

「わかったよ。ボクも、お兄ちゃんになるから我慢する。で、産まれてくるのは、妹なの? 弟なの?」

「うふふ、双子みたいよ」

 ………まだ増える気………殺し甲斐のある………。

「二卵性双生児って言ってね。無彦には弟と妹が同時にできるの」

「わーい! 楽しみぃ! 名前は?」

「パパとママが考えて、強く育ってくれるように、強彦と強香にするわ」

「ツヨヒコとキョウカか。あ、学校に着いた。五葉ちゃん、今日も可愛いなァ」

「……。いってらっしゃい」

「いってきます」

 …………………。

「新宮水神社………ここのご祈祷、四葉さんが……、評判いいし、お願いしてみようかな」

 ……四葉……どうしているのかな……。

「すいません。ご祈祷をお願いしたいのですけど」

「ようこそ」

「……どうも…」

 ………四葉………左目と左腕が………あの隕石で………かわいそうに……。

「いかなる祈念にいたしましょうか? …………あなた、憑かれていますよ」

「え?」

 …………………。

「かなり強力な………あ、…姉さん? ……こんなところにいたんですか………」

 私が見えるの?

「それなりに」

「あ、あの……何と話をされて……」

「もう御静まりになりませんか?」

 イヤ! 四葉でも邪魔するなら許さない!

「そうですね。お気持ちはわかります」

「………ご祈祷を……」

「申し訳ありませんが、私にはできません。それに、早耶香さん、身に覚えがありますよね? 姉さんに祟られる」

「っ…か、帰ります!」

 ………じゃあね、四葉………。

「なんなの?! あの巫女! 超感じ悪い!!」

「どうしたの? 早耶香さん、そんなに怒って」

「聴いてくださいよ、お義母さん。あ、電話………学校から……もしもし!」

「糸守小学校、校長の守田です」

「校長先生が…ど、どうされたんですか? 無彦に何か?」

「無彦くんがプールの後、濡れた階段で滑り、転倒されました」

「っ、それで! 怪我は?!」

「打ち所が悪く………教員が発見したときには……すでに…、まことに申し訳ありません。現在、救急と警察が…」

「っ…」

「早耶香さん?! 早耶香さん、しっかり!!」

 ……イヒ……イヒヒヒヒヒ……ケケッケッケケケケ……。

 

 

 

 …………………。

「センター試験、頑張ってね。強彦、強香」

「あいよ」

「はーい」

「お母さんとお父さんは大学に行きたかったけど、災害のせいで行けなかったから。あなたたちには頑張ってほしいの。……ぐすっ……ようやく、ここまで大きくなってくれて」

「ぅ、母さん、朝から抱きつかないでくれよ!」

「くれぐれも道中、気をつけてね」

「わかってるって!」

「いってきま~す」

 ………バイバ~イ…………。

「さてと、克彦にもお弁当を」

「早耶香さん、そんなに動き回ってはダメよ。いくら、あなたが安産でも、もう高齢なんですから」

「はーい」

「何ヶ月目でした?」

「三ヶ月目です、お義母さん」

「不安定な時期だから気をつけてね。克彦のお弁当なら、私が作りますから座ってテレビでも見ていなさい」

「はい、ありがとうございます」

「今朝は糸守町から中継しております。昨夜から降り続いた雨で、糸守湖へ流れ込む糸守川は水位が増しており。ご覧ください、橋桁の…、あ! ああああ?! な、な、なんということでしょう?! 橋を渡っていたバスが!! 橋ごと流されて! あ、あれはセンター試験会場へ向かう糸守高校がチャーターした! こ、高校生たちが!」

「強彦っ?! 強香?!」

「早耶香さん、大きな声をあげて、どうしたの……っ、バスが……」

「私、見に行きます!」

「お待ちなさい! 身重な身体で!」

「キャっ?! ……ぅぅ! 痛ぁぁ……なんで、ここ濡れて…」

「慌てて転ぶなんて、お腹の子に……さ、早耶香さん! 破水してるわ!」

「え? ……うううっ……痛い……陣痛と違う痛さが…」

「きゅ、救急車を呼ぶわ!」

「ううっ…お願いします……ううっ…痛い…」

 ……グリグリ………。

「ハァ…フー…ぅぅ! くぅうう! 痛いぃぃ!」

 ………グイグイ……。

「……うううっ……こ、…呼吸法で……ヒッヒッフー……ヒッヒッフー…うう! ダメ、陣痛と痛みが違って……うぐぐうう…」

 ……グリグリグリ……。

「ああああっ!」

 …………グイグイグイ………。

「痛いいぃい……ヒーーぅぅ……」

 ………痛いか……苦しめ………もっと苦しめ………。

 

 

 

 ……………………。

「早耶香、また呑んでるのか」

「ヒック……おかえり」

「そんなに呑んだら身体に悪いぞ」

「どうせ、私の身体なんて……もう用済みでしょ。新しく雇ったパートさんと仲いいらしいね?」

「ただのパートだよ。おい! そんな風にウイスキーを麦茶みたいに呑むな!」

「…ヒック……ぅ…うえええ!」

「ほら、みろ」

「うえ! ケハ! ゴホッ!」

「…お…おい、血が……」

「うええ! ゴホッ…」

「血が、こんなに……救急車を!」

「……ゴホッ! ……別に、……いらないよ……うえええ!」

「早耶香……お前、……血……もしもし!」

「火事ですか? 救急ですか?」

「救急です! 妻が血を吐いて!」

「落ち着いてください。ご住所は?」

「岐阜県糸守町の」

「うえええ! ゴホっ! ペッ…ハァハァ…うええ! ………ハァハァ……うええ!」

「急いでくれ! すごい量の血を吐いてるんだ!!」

 ………私、何もしてないよ…………。

「…ハァ……ハァ…うええ!」

「早耶香! 早耶香!」

「………ハァ………ハァ……ごめんね……克彦……」

「おい、待てよ! お前までオレをおいて逝っちまうのか?!」

「…ごめん………私が……全部……悪かったの……後悔だらけの人生……あのとき、ああしていれば……あのときは、こうしていれば……そんなこと、ばっかり………っ…」

「早耶香?! 早耶香?! 目を開けてくれ! 早耶香!!」

 ……………あ、死んだ………自爆で………。

「早耶香ぁぁぁ!!!」

 ………あっさり自爆された………。

 ……………三葉さん………………。

 ……………ザマぁみろ……………。

 ……ずっと………あなたが………。

「死因はアルコール性の肝硬変による食道静脈瘤の破裂です」

「……そうですか……早耶香……。もういいや。……オレも……お前らを追いかけて…」

「しっかりしてください。社長」

「……ミキさん……」

「捨てられて死ぬ気だった私を雇ってくださったのは社長じゃないですか」

 …………何、この女? …………。

 …………最近……雇ったパートらしい……。

 …………ついでに、ヤっとく? ………。

 …………ヤろうか………。

(姉さん、早耶香さん)

 ………この声は……四葉………。

 ………四葉さん……どこから……。

(荒ぶる御魂よ、どうか御静まりください)

 ………………でも………。

 ………私、まだ何も……。

(もう十分でしょう。この地に塚を建て、お二人の御魂をお奉りいたします)

 ……え? ……私、神さまになるの? ………。

 …………私まで…………。

(どうか、この地の民を、温かな心で見守りください)

 ………一応、私は怨霊だと思うよ………。

 ………自覚はあるんだ………。

(かの菅原道真公も、もとは怨霊です。奉りたて、神々に列せられておられます)

 …………あんなに立派な神さまと比較されると………。

 …………恥ずかしくて、とても………。

(神々の数は八百万、いろいろな神がおられますよ)

 …………私は、何の神さまになるの? ………。

 …………私も……………。

(そうですね。では、不注意と後悔の神でお奉りいたします)

 ………不注意と………。

 ………後悔………。

 

 

 

副題「八百万の末席で神さまになりました」

 

 

 





閉幕閑話
三 葉「たいてい四葉がシメるね。チートに」
早耶香「私たちだと終わらないから」
三 葉「隕石で終わるかもよ」
早耶香「それ、ただ死ぬだけだし」
三 葉「どっちにしても、ろくなエンドがないよ」
早耶香「この二次作品のコンセプトが、たとえ同性でも入れ替わりは大変、だから」
三 葉「最悪のコンセプトだ」
早耶香「男子だと、パンツ脱がされたり、トイレと月経も大変」
三 葉「同性でも、勝手にエッチして妊娠されたり……ありえないよ」
早耶香「たいへんな家系だね。いっそ進化して羞恥心を退化させないと続かないかもよ」
三 葉「羞恥心の無い女子なんて、イチゴの無いケーキだよ」
早耶香「人前で口噛み酒を造るのは、羞恥心耐性をつける訓練なのかもね」
三 葉「………最悪の解釈だ」


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