テンゾーっていつもジャージだよな (嶺上)
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1話
「テンゾーってさぁ、いっつもジャージだよな」
ある晴れた日の昼下がり、教室の一角で食事を取っていると、トーリがそんな事を言い出した。
……いきなり何を言い出すのであろうな、この御仁は。
呆れていると、トーリは言葉を続ける。こちらが着ているジャージの胸元、校章を指差して、
「今もジャージだしよ、バイトの時もジャージ着てんじゃん? 朝昼晩公私オールジャージ! 点蔵・ジャージユナイト! ほかに服持ってねぇのかよ」
「熱い風評被害で御座るな……!」
点蔵は口にしかけた焼きそばパンを置いて、抗弁すべくトーリに向かい据わりなおした。屋内でも外さない帽子とマフラーはその時も微動だにしない。
「自分がジャージマンなのは、機能性の問題で御座る。自分、バイト先では宅配便のパーカーを羽織って御座るし、登下校の際も軽く走っているのでジャージの方が都合がいいので御座る」
制服が汗臭くなってはいかん故、と付け足して、ほかに服がある事を主張するのも忘れない。
「しかし、お主を休日に見かけた際もジャージだったと記憶しているが」
トーリの左隣に座っていたウルキアガが追求の手を伸ばす。
「確か先週の土曜、拙僧が成美と立川に出た際だったか……。お主を見かけたが、ジャージであったぞ」
「それは恐らく仕事中で御座ろう。自分、立川も担当になる故。──ところで、声をかけられた覚えがないので御座るが、事実で御座るか?」
「デート中であった故な。ジャージ着て走り回る男に声かける暇があれば、成美に声をかける」
「僕もクロスユナイト君がジャージ以外の服着てるところ、見た事ないな」
黙々とおかずを口に運んでいたネシンバラも、口元を笑みに変えて後に続く。
「いつだったか、よくは覚えてないけど休日なのは間違いなかったよ。ジャージで福生の方に居たよね」
「そ、それも恐らくバイト中で……。ちなみにネシンバラ殿もデート中で御座ったか?」
「いや、僕は参考書を探しに歩いてたよ」
「一人で?」
「ああ。──後ろにシェイクスピアは居たけど、目的は違うからデートではないよ」
……屁理屈こねながらアピールしたで御座るよ、この御仁。
デート自慢を二連打で食らい、少々疲弊したところでトーリが、
「おいおいテンゾー、さっきバイト中はパーカー羽織ってるって言ったじゃねぇか。証言AとBのどっちにもそんな話出てねぇ。……やっぱお前」
「いやいやいやいや! 違う! 違うで御座るよ!?」
いかん、いかんで御座るよ。このままではジャージしか持ってない系男子として汚名を着てしまうで御座る。
「クロスユナイト、着る服ならば格安で売ってやろう。さぁ予算を提示しろ、その倍額まで搾り取ってやる!」
守銭奴の言葉は聞かぬ。
気がつけば、教室中の視線が点蔵に集中していた。そこかしこから、ジャージマン、この年齢で、まさかジャージはお母さんに買ってもらった、等という話し声が聞こえる。
事実無根の噂話が事実として広まる前に、この話を打ち消さなければならない。それは事実無根であるが故だ。事実無根で御座る。このジャージは自分で選び出した一着で御座る。
汚名を振り払うべく、点蔵が立ち上がると同時、後ろから声がかかる。それは男子勢とは別に固まって昼食を取っていた女子勢からの声だ。
「ジャージ談義に華を咲かせているのね。ジャージ、常日頃から着るならお断りだけどジャージだけにある魅力もあるんじゃない? ねぇ、浅間?」
「え? そこで私に振るんですか!?」
「そうよ! だって私ジャージ着ないし! NO肉体労働!」
「威張らないでくださいよ、そうですね……」
喜美から話を振られた浅間は、頬に指を当てて少し考えた後、
「そう言われても、私だってジャージに良い印象はあまり無いですよ。ほら、ジャージって上下セットで売ってるじゃないですか。ズボンに合わせたサイズを買うと上着がキツくて……」
「フフフこの巨乳巫女。ジャージ談義に自分の巨乳アピール混ぜてくるとか、本当邪悪ね! それでも巫女志望なの、そう、巫女脂肪なのね!? その清楚なクッションに頭のっけていい!?」
「教室でそういうのはやめてください!」
……教室で無ければ良いので御座るか?
喜美と浅間のじゃれあいで弾む胸を眺めていると、その隣から壁が生えた。
「お前達、昼休みとはいえもう少し静かに出来ないか? ゆっくり本も読めない」
壁ではない、正純だ。壁のような胸には違いないが、人間だ。
正純は右手にライトノベルを持ったまま腕を組み、
「第一、ジャージの何が悪いんだ? 私も家ではジャージだ。買い物にもそのまま行くし、便利だぞ」
「ナイちゃん思うに、セージュンはもうちょっとイメージ大事にした方がいいと思うなー」
「無理よマルゴット。正純ってば機会さえあれば遠慮なく毛糸のパンツ穿く女だもの。そういう層を狙ってるとしか思えないわ」
「狙ってるってなんだ! まぁ、確かに父からは、もっと女らしい服も着ろと常々言われてはいる……」
その言葉に、教室に居る半数が頷く。周囲の反応を見た正純は、ふむ、と腕を組みなおして、
「クロスユナイトの肩を持つわけではないが、ここはジャージの良さを歴史から説明しよう。……ネシンバラが」
「僕が!?」
「なんだ、出来ないのか? そうか、やはり小説家志望といっても見識はその程度か……」
「いやいや見くびってもらっては困るよ。勿論余裕で出来るとも」
説明を求められたネシンバラが立ち上がる。教室内の視線が集まり、彼はその視線を受けて表情を改める。口元に軽く笑みを浮かべ、左手で眼鏡の位置を直し、そのまま左耳を押さえる。
「──まず、ジャージという単語からしっかり説明していこうか。ジャージは本来の意味だとニットの編み方、その編み方で作られた布を指すんだ。ジャージー編み、ジャージー生地といった感じにね」
その説明だけで、教室に感心の声があがった。ほう、という声を聞いて笑みを深めたネシンバラは、目を閉じて続ける。
「日本ではジャージー編みの事を、メリヤス編みとも言うね。本筋から離れるからここは省略するけど、気が向いたら調べてみるといい。話を戻すよ。ジャージは伸縮性と吸汗性が優れた衣類だ、だからこそ体育の授業で使われるわけだね。トレーニングシャツ、パンツという事もある。トレパンとか略した事もあるだろ?」
「俺知ってるぜ、体育教師はいつもそれ着てるから、あだ名トレパンになったりすんだよな!」
「無闇に笛を吹きそうなあだ名だね。そういう教師もいるだろうさ」
一つ咳払いをして、左耳に当てた手を直しながらネシンバラは続ける。
「値段についても言及しておこうか。ジャージもスポーツメーカーが出してるけど、値段はピンキリ。それこそ本多君……君じゃない、僕に話を振った方の本多君だから、君は弁当の処理に戻っていいよ」
「そうで御座るか。拙者、ジャージには一家言あるで御座るよ。希望があれば講釈しても構わん」
「僕の説明が終わった後にしてくれ。値段はさっきも言ったけどピンキリ、三千円で買える奴から、十万円もするオーダーメイドもあるよ。用途によって幅広く選べるから、家着として使うのは何も間違ってないわけさ。──こんなところでいいかな?」
一通り語り終えたネシンバラが座ろうとした時、その隣から声がした。
「十分な説明だったけどよ、ネシンバラ、おめぇなんでずっと左耳に手ぇつけてんの?」
そう問いかけたのは、隣に座っていたトーリだ。彼の言葉で皆の視線がネシンバラの左耳だけに集中する。
左耳を押さえる手の袖から、黒いコードがちらりと見えた。周囲、話に加わらないで聴衆に徹していた生徒達も、今のネシンバラの行為にひそひそと、
「うわ、まさかあれは……」
「ウェブ上のページをスマフォで読み込ませてカンニングを……」
「姑息だなぁ」
「見識不足を素直に認められないのね」
「分からないなら言わなくていい」
「総攻撃だね!? 全く知らない分野をいきなり説明しろって言われたから、カンニングして何が悪いのさ!?」
言いつつ、ネシンバラは憮然とした顔で席についた。そして彼は息を吸って吐くと、
「カンニングしたけど、十分だろう本多君。これ以上の話は君の方でやってくれ」
「ああ、ありがとう。そういうわけで皆、ネット上のページに書かれている通り、家着としてもジャージは十分に機能する、証明終了だ」
「味方が居ないなぁこのクラス!」
蹲るネシンバラを横目に、点蔵は、うむ、と頷く。味方が居ない事についてではなく、ジャージの機能性についてだ。ジャージはスポーツウェアだけではなく、リラックスウェアとしても十分に機能する。ならば、常にジャージであっても何も問題はない。
そう考え、点蔵は片手をあげて皆に問いかける。
「ジャージの巣晴らしさが分かったところで、ここは一つ、クラスで一番ジャージを着こなしている御仁を考えてみるのは一興かと思うので御座るが」
「おいおいテンゾー、この流れでクラス内の地位を高めるつもりだな!? 姑息だぜ!」
「自分はジャージの素晴らしさを皆に分かっていただきたいだけで御座るよ。他意など無いで御座る」
……ジャージの地位向上で衣類による突っ込みを避ける意図はあるで御座るが。
こちらの言葉に、ウルキアガが乗ってくる。彼は顎をさすりながら考え、
「着こなしている、という意味であればやはり本多・二代であろう。部活でいつも着ておるし、ファンも結構な数居ると聞く。しかし、成美には負けるがな。そこは言っておくぞ」
「意外とバルフェット君もファンが居るみたいだよ。朝練の長距離走してるとこを眺めてる男子が結構居るからね」
「マサも結構ジャージ似合いますよ。ロボ研の活動中はいつもジャージですけど、レンチ肩に乗せていじってるのは絵になります」
「フフフ、女子の話しか出ないじゃない! 不甲斐ない男子どもね! はい愚弟、アピィール!!」
「俺かよ姉ちゃん! えぇっと、ジャージは脱ぎやすいよな! 制服は脱ごうとしてもまずベルトを外さないといけないからテンポわりぃよな」
「着こなしどころか脱ぎこなしの話を始めるなんて、話題が分かってないじゃない! それだからホライゾンにデート断られるのよ愚弟!」
騒がしい姉弟を他所に、シロジロは手元のスマートフォンをいじり、何かの資料を確認しながら言った。
「数字の事実だけ見れば、ジャージを着ている姿を最も評価されているのは浅間だ。ついで二代とホライゾン、直政、バルフェットと正純と続く。率直にいえば──ジャージで胸がよく見える順といったところだろう」
「数人名前すら聞かぬ女性陣が居るので御座るが、触れた方が良いで御座るか?」
「葵姉は本人申告の通り、ジャージを着ていないからな。向井はどの服でも固定ファンが居るのでカウント外、ミトツダイラは髪の毛がでかすぎて服がなんだろうと写真映えしない。百合二人は本人達からの要請で写真を流していないからな。その代わりに創作物を入れてもらっているので儲けは相殺だ」
「さらりとクラスメイトの写真を売りさばいているって自白したぞ、こいつ……」
「俺としてはその写真が超気になるんだけど、いくらだよシロ」
「一枚百円からだ。クラスメイト割は利かんぞ」
シロジロが鞄からタブレットを取り出し、女性陣の視線を背中で拒否。トーリは席から離れてタブレットを覗き見る。
「シロ、オゲちゃんの写真がねぇじゃん。お前一番撮ってそうなのによ」
「欲しいのか? 一枚二億から売ってやるぞ」
惚気てきやがった、とトーリはつぶやくがシロジロは気にせず、タブレットをいじりながら口を開く。
「実際のところ、衣類というのは個人で完結するものではない。いいか、服とは一人が来て、それを周囲が見る事で初めて意味を成す。ジャージ云々よりも、着る人間に似合っているか、そいつの隣に誰が居て何を着ているかが問題だ。分かったか? 分かったら相応しい衣類を私の勤めている店で買え」
「後半が無ければいい話だったのになぁ……」
「でも、確かにいい話、言葉だったわ。服は着る人に似合うか、周りの人間と合っているか。そこの犬臭いジャージマン! 聞いてたかしら!?」
「自分が場に見合わない格好をしているかのような言い草で御座るな」
「ククク、私が知らないと思ってるの? 貴方、別のクラスに──彼女を作ったでしょう!」
「な!? べ、別にメアリ殿はそういった仲では!?」
喜美の指摘に、教室がざわめいた。ざわめきの多くは女性陣からで、
「まさか点蔵君に彼女が出来るなんて……」
「ナイちゃん思うに、足で秘密を稼いだ結果じゃないかな?」
「つまり脅して恋人役にさせているわけね。今度のイベントはそれかしら」
「も、もう皆酷いじゃないですか。点蔵君にそんなあくどい事が出来る甲斐性があるわけないじゃないですか!」
……浅間殿はいつも的確に止めを刺してくるで御座るな。流石弓道部のエース。
実際、バイト先で知り合った女性──メアリ・スチュアートは恋仲ではない。世話になっているバイト先に新人として入ってきた彼女の世話を頼まれ、二人で行動している事が多いだけだ。
……しかし、恋仲ではないかといえばそうでもなく! ビバ金髪巨乳、その存在よ永遠なれで御座る!
色々な出来事があり、時には友人達の力を借りてメアリとは恋仲になった。おかげで日々のバイト生活も素晴らしいものになったが、肝心の友人達にはまだ付き合い始めた事は言っていなかった。いい機会だ、と思う。
ごほん、と一つ咳払いをして、
「メアリ殿とは清く正しいお付き合いをしているで御座る。決して秘密を握ったりなどはしておらぬ」
「でもテンゾー、そうならジャージ以外も着ねぇと駄目だろ。俺だってホライゾンをデートに誘う時は決めていくぜ!」
「しかし、メアリ殿は自分のジャージも褒めてくれる故……。告白した時もジャージで御座った!」
うわぁ、という呻き声がそこかしこから聞こえるが無視。
「自分に相応しいのはジャージであろうと、なんとなく思っているで御座る。下手に着飾るより、このままジャージ道を貫く所存。自分はこの道を曲げぬで御座るよ」
「ちょっと高尚すぎると思うぜ、その道……」
「そ、そうで御座ろうか……」
その時、教室のドアが開き、陽光に光る金髪が見えた。女子用制服の胸部は大きく膨らみ、魅力を存分に伝えてくる。
メアリだ。
彼女は教室を見回し、点蔵の姿を認めると華のような笑顔を咲かせる。そのまま小走りで点蔵の元へ走り寄り、
「点蔵様、今少々よろしいでしょうか?」
「勿論で御座る。いかがなされた?」
問いかけると、彼女は白い肌を仄かに紅く染めて、
「よければ明日、妹と買い物に出るのでお付き合い頂ければと……」
「勿論お供するで御座る! 存分に荷物を持たせていただきたい!」
「あ、いえ、そんな、荷物持ちではなくですね……」
彼女は少しはにかんで、
「出来れば、その、揃いの服などが欲しくて、ですね……」
首元まで赤くしてそんな事を言った。
しかしそれはジャージ道に背く行為、己の道を曲げぬ為には断らねば──
「メアリ殿とペアルックなら大歓迎で御座るよ!」
『お前直前の自分を曲げない発言はどこいったんだよ!』
「失望したぜテンゾー! 俺、お前のファン辞めるわ……」
一体いつからファンだったので御座ろうか。
……クラスの外道どもから失望されるのは全く構わない。なにしろ、この華のような女性とペアルックが出来るならば、自分は容易く道を曲げるで御座る。
黄金より眩しい、メアリの笑顔を見て点蔵は己の信仰が間違っていない事を確信した。
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