真・恋姫無双〜正義の味方〜 (山隼)
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プロローグ

にじファンの閉鎖によりこちらに移りました山隼です。

初めての方は始めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。

のんびりと執筆をして行きますので、
よろしくお願いします。

なお、結構一気にコピペ&修正作業を行いましたので、
どこか文字がおかしい所や、ルビの振りミスがあれば、
教えてもらえれば幸いです。


「はぁ……はぁ……」

洞窟の奥深く、荒い呼吸をしているのは衛宮士郎。

封印指定になったお陰でここ数ヶ月ずっと逃走を続けてきた。

ろくに食事も採らず、休まずに。

 

「何とか撹乱出来たけど、見つかるのも時間の問題か……」

 

そう呟いて、今体を休めさせている洞窟の入り口に目を向ける。

そこには静かに雪が降っていた。

 

「……イリヤが逝ったのもこんな雪の日だったな……」

 

イリヤが逝ったのはこんな雪が降る夜。

封印指定を受ける前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時と同じように、縁側に士郎とイリヤと並んで座っていた。

お互いに分かっている。イリヤがもう逝ってしまう事を。

ふとイリヤがシロウに話しかける。

「ねぇ……シロウ」

 

「どうした?」

 

「私まだキリツグに怨んでる事があるんだ。」

 

「……それって、置いて行かれた事か?」

 

「ううん。それは死んであの世で会った時に、

たっぷり文句言ってやるからいいんだ。私が怨んでるのはシロウの事。」

 

「俺?」

 

「うん。キリツグはシロウに正義の味方になる。ってゆう呪いをかけたから……」

 

「っ……でもそれは!」

 

そう言って、士郎は少し怒った感じでイリヤの方を見ると、

 

「分かってる。その想いがシロウを支えてて、

キリツグとの大事な約束だっていう事も。

でも、そのせいでシロウは人を助ける為に、自分自身を犠牲にしてしまう。」

 

「…………」

 

「だからね、私と約束して。キリツグと同じように。」

 

「どんな?」

 

「シロウの周りにいる人達の、シロウに対する想い。

シロウに傷ついてほしくない。一緒にいてほしい。そういう想いを守って欲しいの。

キリツグと約束した、正義の味方としていろんな人を助けるのは大事だよ。

けど、私との約束も守ってね。シロウが傷つくと私が悲しいから。」

 

「分かった。絶対守るよ。イリヤとの約束、俺がカタチにしてみせるから。」

 

そういうと、イリヤの体がこっちに倒れてきてシロウの膝の上に頭を乗せる。

そのまま雪を見つめながら……イリヤは静かに目を閉じて、

 

「うん。じゃあ覚えてて。

誰かを助ける時、士郎が死んじゃったりしたらダメなんだからね。」

 

そう言って士郎に頭を撫でられながら、

静かに息を引き取った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を戻し、ふと見上げるとそこには見知った顔があった。

 

「遠坂か……」

 

「久しぶりね士郎。」

少し怒った感じで、しかし哀しそうな目をした凛が立っていた。

 

「イリヤとの話は聞いたわよ。約束を守って世界と契約しなかったのは良かったけど、

封印指定されてるじゃない!」

後半少しヒートアップしながら凛は士郎に詰め寄る。

 

「ごめん遠坂。あんなに心配かけといて。」

 

士郎の魔術が協会にばれるのを防ごうと、

凛はいろいろ手をまわしていたが、結局無駄になってしまった。

 

「仕方ないわよ、士郎の性格考えたらいつかはばれると思ってたし。」

 

「ふぅ……それで俺はどうなるんだ?」

 

そう言うと凛は

「協会の奴らなんかに士郎を渡すわけないでしょ!あんたには並行世界に行ってもらうわ。」

 

「並行世界って第2魔法の!?たどり着いたのか?」

 

「それはまだよ。師父に士郎の事をお願いしたら士郎に興味をもってね、

少し頼み事があるって。」

 

「師父って!?まさか……」

 

すると凛の後から人が姿を現す。

 

「お前が切嗣の息子の士郎か。」

 

「そうですけど、あなたはまさか……」

 

驚いている士郎に凛が答える。

 

「そうよ。宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。」

 

なるほど確かにそれならば並行世界に行く事が出来る。

 

だが……

 

「頼み事とは一体?」

 

「うむ。今から行ってもらう世界に知り合いがおっての、

少々厄介な事になっているようじゃから、手助けをして貰いたいんじゃ。」

 

「手助けですか。」

 

「うむ。このままだとその並行世界が無くなってしまうかもしれん。」

 

「っ!……」

 

士郎はかなり驚愕する。

 

それもそうだ。

世界が丸々一つ無くなるなんて事、正義の味方として見過ごす訳にはいかない。

 

「分かりました。」

 

「よし。まずはこの銅鏡を持て。」

 

そう言ってゼルレッチは古びた銅鏡を士郎に渡す。

 

「わしの宝石剣で並行世界への道を開ける。

そして目的の世界までは、その鏡が案内してくれるじゃろう。」

 

「ありがとうございます。」

 

士郎が礼を述べ、準備を始めると、

 

「士郎!」

 

「どうした、遠坂?」

 

涙を堪えている凛に呼びかけられ……

 

「イリヤと約束したんだから私ともしなさい!

絶対あんた自身が幸せになるのよ!分かった!」

 

「ああ。心得た。俺も頑張るから、行ってきます」

 

そう言って綺麗な笑い顔を見せて宝石剣の、光の奔流に消えていく……

 

最後、全て消える前に凛が

 

「行ってらっしゃい……

私が好きになった男なんだから、幸せにならなかったら酷いんだからね!」

 

と、ただ涙を流しながら見送った……

 

 

 

 

 

 

 

士郎の新しい物語が始まる。

大事な人達との約束を抱いて……

 



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1章 出会い
1-1 襄陽での出会い


目が光に焼かれ、視界が真っ白になる。

 

「・・・っ」

 

目を閉じ、しばらくの間光を耐え、ゆっくりと目を開けると・・・

 

「ここは・・・?」

 

周りにはところどころに草が生えた茶色の荒野が広がり、

遠くには縦に長い中国の古い絵にでてくるような山々が見えた。

 

「中国・・・になるのか?一応中国語はできるけど。」

 

正義の味方として世界中を飛び回っていた時に、

言語が通じなければ守るべき人達に誤解される事があるので、

一通りの言語はマスターしていた。

 

「とりあえずは人がいる所を探すか。宝石翁が言っていた協力者も気になるけど・・・」

 

士郎が転移してきた時に自分の持ち物を確認すると、

幾つかの宝石と共に手紙がはいっており、手紙には

 

『お前を転移するのは連絡しておるから、

向こうからアクセスが無い間は好きにするといい。

後、トオサカからの宝石も渡しておく。

魔力が入っているのもあるから、好きに使うとええ』

 

と言う内容のだった為、

 

「まずは情報収集と生活基盤の確保の方が先決だな。」

 

そう言って、視力を「強化」する。

 

すると遠くの方に建造物らしきものが見えたので、脚を「強化」して移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

軽く息をつき、目の前にある門を見上げる。

その門の上にはこう書かれていた。

 

「襄陽」

 

「襄陽って事はここは中国で間違いなさそうだな。

でもこの城壁の作りからすると大分過去みたいだな。」

 

そう言って軽く城壁を触る。

材質は石。しかし所々隙間があったりして、お世辞にも技術が高いとは言えない。

 

「とりあえず入ってみるか。」

 

門兵に怪しまれないように城壁のチェックをきりあげ、町の中に入っていった。

 

 

 

 

中に入り少し歩けばすぐに大きな通りに出る。

 

「凄いな・・・」

 

中はまさに人、人、人ばかり。

この街がいかに栄えているのかが一目で解る光景が広がっていた。

 

(襄陽といえば昔から交通の拠点として有名だからな。

三国時代も三国が交錯する点は襄陽あたりだったしな)

 

と、考えながら歩いていくとちょうど昼時なのだろう、

あちこちから美味しそうな匂いが漂ってきた。

 

(そういえばまともな食事をここ最近とっていなかったな。

いくつか魔力が無い宝石もあるし、さっき貴金属店を覗いた感じでは、

ここでも宝石それなりの価値がありそうだし)

 

「よし、どうせなら一番人気の店に行ってみよう。」

と、内心では「この時代での料理のレベルはどれくらいなんだ」

という料理人としての好奇心が抑え切れないまま店捜しを始めた。

 

 

 

 

長い列を待ち店に入り、いくつかの料理を頼む。

 

「ふむ・・・」

 

確かに美味しい。しかし・・・

 

(俺の方が上だなぁ)

 

それもそうだ。

 

料理の調理方も時代がたつにつれ、様々な手法が発見される。

 

未来からきた士郎の方が上手いのは当然であった。

 

(それでも、これだけのレベルの物を出せるのは流石だな)

 

などと一人で料理の事を考えていると・・・

 

「食い逃げだっ!」

 

一人の人相が悪い男が士郎の側を駆け抜けようとした。

 

「ふっ!」

 

静かに立ち上がった士郎は、走って来た男の脚を引っ掛け、

そのまま左手を臍の下、右手を後頭部に乗せてつんのめった男を空中で回転させる。

 

そして背中から埃がたたないよう静かに降ろし、

そのまま仰向けになった男を上から拘束する。

 

「すげえ・・・」

 

「なに!なんなの今の!」

 

周りにいる他の客達が騒ぐ中、怒りと羞恥に顔を真っ赤にした男は、

 

「ちくしょう、はなせっ!」

 

と、もがき暴れる男。

 

それを見ている士郎は、

 

「静かにしたまえ。貴様が暴れるせいで埃がたち、料理が台なしになる。

それに食い逃げなど料理人として許されざる行為だ。神妙に縄につくがいい。」

 

と、少しアーチャーっぽい感じで言い放った。

 

まぁ料理人というわけでも無いし、士郎も大分暴れている気がするが、

他の客達は皆士郎に拍手を贈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

兵士が来て男が連行されていき士郎が店主から感謝されていると、

一人の女性が近づいて来る。

 

背は士郎より低く少し青みがかかった、

肩と腰の間まで伸ばした真っ直ぐな髪をさらさら揺らしながら。

 

「旅人さん、さっきのどーやったんですか?凄いですねー」

 

と、穏やかな。しかし力強い意思を持っている目で士郎を見ながら話しかけてくる。

 

「君は・・・?」

 

「あっ、名前を言ってませんでしたね。私は劉表(りゅうひょう)景升(けいしょう)

と言います。ここの大守をしています。」

 

(劉表が大守ということは漢後期で間違いなさそうだな)

 

「大守様でしたか。私は衛宮 士郎といいます。」

 

「たいしたことじゃ無いですよ。突っ込んでくる勢いを利用して倒しただけですから。」

 

「でも、私は見たことありませんよ−」

 

「この国には無い武術ですからね。此処では珍しいと思いますよ。」

 

先程士郎が使ったのは合気道による体制崩しの後、柔術の拘束。

どちらも日本で発展した武術である為、中国の人が見た事が無いのは当然である。

 

「と、言う事は外国の方なんですか?」

 

「ここより更に東にある海を越えた国が故郷ですね。

まぁ今まで様々な国を旅してきましたから。」

 

すると劉表は目を輝かせながら、

 

「そうなんですか!外国ってどんな所なんですか?

私が行った事ある所って益州や洛陽位しかありませんから、凄く興味があるんです。」

 

と、興味津々に聞いてくる。

 

「それでもこの街ほど栄えている所は早々ないですよ。」

 

「そう言って貰えると嬉しいですねー」

 

話が段々盛り上がってきて、士郎にも興味をもった劉表は、

 

「そうだ!今から宮城に来ませんか?いろいろ聞いてみたいんです。」

 

と、士郎を誘おうとするが、一人の女性が近づきながら話かけてくる。

怒りのオーラを撒き散らしながら・・・

 

「劉表様〜〜〜何をしているんですか〜〜」

ぎろりと、少し怒った目で問い掛ける。

 

その目に少し怯みながら、

「うっ・・・水蓮ちゃん・・・」

と、少し後ずさる。

 

「昼休みはとっくの前に終わりましたよ!さぁ政務に戻っていただきます!」

 

「実は〜〜この人と宮城でお話したいな〜なんて・・・」

 

「駄目です!ただでさえ最近、

黄巾党とか言う連中が暴れ始めてて物騒になってきてるのに!

何かあったらどうするんですか!さぁ、行きますよ!」

 

そう言って引き連られて行き、

 

「あ〜ん、士郎さ〜ん」

 

士郎の視界からフェードアウトしていった。

 

「・・・頑張れ。」

 

何故か疲れた士郎は、そう呟いて途中だった食事を再開した。

 

 

 

 

 

いろいろあったが食事を終え、勘定を払いに行く。

宝石を机の上に置き、

 

「これで大丈夫か?」

 

「宝石じゃねえか!十分過ぎな位だよ。」

 

と驚かれてしまった。

 

「兄ちゃん、下手にこういうモン見せたら、

ろくでもない奴らに狙われるから気をつけろよ。」

 

「お気遣い感謝します。」

 

と返事ついでに、先程の女性について聞いてみる。

 

「そういえば、先程来ていた女性ですが、あの人は?」

 

「ああ、劉表様と蔡瑁様か。

時々劉表様が飯食べに来て、

のんびりしている所を探しに来た蔡瑁様に連行されるんだよ。」

 

店主は笑いながら答える。

 

ふと、気になった事があるので、更に質問をする。

 

「蔡瑁様って劉表様に水蓮って呼ばれていた人ですよね?」

 

その言葉を聞いた店主は慌てて、

 

「おいおい、本人がいないからって、真名を呼んだら駄目だろう。」

 

しかし、怒られた士郎は?マークを浮かべてながら、

「真名って言うのは?」

 

「もしかして兄ちゃん外国の人だから、真名って知らないのかい?

それじゃ仕方ねぇな。

真名って言うのはその人の本当の名前さ。

自分自身が認めた人以外に教えたり、呼んでもらったりしたらいけない言葉なのさ。」

 

「そうなんですか・・・いや、助かりました。

間違いなくその事を知らなかったら、呼んでしまってました。」

 

おそらく蔡瑁となると将軍クラスの人物。

 

その人に無礼を働いたとなると、最悪殺される恐れもある。

 

「いろいろありがとうございます。料理、美味しかったです。」

 

「おう、兄ちゃんもありがとな。

最近、黄巾党とか言う連中が暴れてるから気をつけて旅を続けなよ。」

 

そう言って店主に別れを告げ、店を後にする。

 

 

 

士郎は歩きながら、今までの事を整理する。

 

(とりあえず今いる国と時代は分かったな。

中原の方が栄えているとは思うけど、

この街も荊州では最大の街だから此処を拠点にして動くか。

そういえば黄巾党の党首張角は太平要術の書を持っていたな。)

 

士郎の知っている三国志では、

張角は太平要術の書を使い、符水という水を病人に与え助けたという。

 

しかし、そのせいで信者が増え、

黄巾党として官軍と戦い始めたら、書を使い風雨を呼び、官軍を苦しめたらしい。

 

(宝石翁が言っていた、この世界の危機って言うのは、

間違いなく太平要術の書が関係してくるだろうな。

・・・最悪、黄巾党と戦う必要もあるか。)

 

士郎はまた人を殺す事を考え、少し暗くなる。

 

(オヤジなら割り切って殺せるんだろうな)

 

前に聞いた「魔術使い」衛宮切嗣の戦い。

小を殺し、大を救う。

マシーンの要にその作業を行ってきたオヤジなら、

この世界を守る為に黄巾党を鏖殺しにする事も厭わないだろう。

 

士郎自身も分かっている。誰も死なずに事を片付けるなど無理だと言う事は。

 

けれど・・・

 

(この世界を救う為に殺す。けど、極力その数は減らすように戦おう。)

 

そう考えて、直ぐに来るであろう戦いに向けて準備を開始した。




劉表(りゅうひょう) 景升(けいしょう)


真名 (ひじり)


襄陽大守

劉の名がついている為、同じ王の血筋である劉備と雰囲気、口調等がよく似ている。

文官としてはかなり優秀。補佐のカイ良、カイ越姉妹の三人が襄陽の政治を仕切っている。

また戦争は苦手だが、海戦でこちらが守備側ならば、倍近い人数で攻めて来た孫堅の攻撃を凌ぎきった事があった。

自分から攻めて行く事は、余程の理由が無い限りはしないが、攻めて来た場合はかなり容赦ない防撃を行う。


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1-2 戦の足音

今回は士郎は出てきません。
劉表サイドのお話です。

後、演義では董卓戦後→孫堅玉璽発見→袁紹追求→孫堅否定→
袁紹、劉表に追撃命令→孫堅軍大ダメージ→あとで復讐開始→
江夏get→襄陽包囲→蒯良の策で孫堅死亡。
の流れなんですが、
原作では最初から孫堅が死亡しているので、
今回の話みたいになってます。


 〜 聖 side 〜

 

「ふぅ・・・」

 

溜まっていた政務を片付けため息をつく。

 

中原の方で黄巾党とか言う人達が暴れているらしく、

その騒ぎに便乗して騒ぎを起こしている人が増えて来ており、

そのせいで陳情が増え、政務が溜まりがちになっている。

 

「疲れた〜・・・」

 

そう言って机の上にだらける。

 

そのまま今日の昼に会った旅人の事を思い出す。

 

(仕事柄様々な人と会ったりして来たけど、初めてみる感じの人だったなぁ。

確か士郎くんだったよね。)

 

そうしていると部屋のドアが開く。

 

「お茶入れて来たから休憩にしましょう、聖。」

 

「ありがとう〜水蓮ちゃん〜」

 

そう言いながらお茶を持った水蓮ちゃんが入ってくる。

 

「あ!ありがと〜」

 

お茶の他にも、私の好物の月餅もあり、急に元気になる。

 

「はいはい。先ずは机の上を片付けましょう。」

 

「りょーかい。あ、だったら蓬梅、鈴梅ちゃんも呼びに・・・」

 

と、言いながら立ち上がると、

 

バタン!

 

急にドアが開き、二人の少女が入ってくる。

 

「私達も疲れたのです。一緒に休憩したいのです。」

 

「そうよ。二人だけでこそこそ休憩するのは駄目なんだからね!」

 

そう言いながら席に着く。

 

「ごめんね〜 ちょうど呼びに行こうとしたんだけど〜」

 

「聖さまはいいのです。どうせそこの大根女が忘れてただけなのです。」

 

水蓮ちゃんって水軍を率いて戦うから、

波のせいで下半身が鍛えられて腕や脚が太い事を気にしてるんだよねぇ・・・

 

「誰が大根女だ!私は静かに聖といたかっただけだ!」

 

「要するに抜け駆けね。油断も隙もない。」

 

「大根は狡いです。」

 

・・・私からしたら水蓮ちゃんってスレンダーで背も高いし、

羨ましい位なんだけどなぁ・・・

 

「こっ・・・こ・の・ロリ白髪姉妹が。」

 

「ロリじゃないです!ちゃんと成人してます!」

 

「ふん!何処からどう見ても子供だっ!」

 

「うるさいわね、この大根はっ!」

 

「なんだとっ!」

 

「なんですかっ!」

 

「「「うぬぬぬぬぬぬっ」」」

 

ああっ、また喧嘩が始まった・・・

 

何時もの事なんだけどなぁ。

 

「ほらほら!とりあえず休憩しに来たんだから、喧嘩は辞めてお茶飲もうよ!」

 

「そうだな・・・なんかどっと疲れたよ・・・」

 

「私もです。月餅を下さいです。」

 

「はい、姉様。」

 

(いろいろ言いあったりするけど、ずっと四人でやってきたからね・・・

私が大守を引き継いだ時、幼なじみだった水蓮ちゃんが助けてくれて、

政治とかが不慣れで苦労してた私達を、

名士として有名だった蓬梅ちゃんと鈴梅ちゃんが助けてくれて・・・)

 

そうやって昔の事を思い出していると、水蓮ちゃんがこっちに目を向ける。

 

「そう言えば聖。

さっき私が入ってくる時、何か考え事してたの?なんかボーッとしてたけど?」

 

「えっ!ぼーっとしてたの私?」

 

「聖様ってたまに口開けてぼーっとしてるわよね?」

 

「今もしてましたです。」

 

「ううっ」

 

顔が赤くなるのが分かる・・・

無茶苦茶恥ずかしい・・・

 

「ほら、赤くなってないで、なんかあったの?」

 

「えっとね・・・」

 

「大根に言いたくないんですか?だったら私達だけでもいいです?」

 

「ま・た・あんたは・・・」

 

また始まったよう・・・

 

もう話始めよう・・・

 

「ほら!昼に会った男の「「男ぉ?」」うわ・・・」

 

なんか反応が変だよ・・・

 

「ああ。あの変な服着た奴か。」

 

「変・・・異国の人みたいだったよ。

見たこと無い武術使ってたし。」

 

「そんな何処の馬の骨か分からないような奴に、聖様を渡すわけにはいかないわね。」

 

「そんな悪い人じゃないよ〜 食い逃げした人捕まえてくれたし。」

 

「見たことが無い武術で、ですか?」

 

「うん!なんか走ってきた人がくるっと回って地面に拘束されてた!」

 

「・・・ごめん、全く分からない。」

 

「だって見たこと無いから説明出来ないんだよ〜」

 

「多分寝ぼけて幻覚を・・・」

 

「蓬梅ちゃんひどい〜っ」

 

「あははははっ。」

 

そう言って休憩時間が過ぎていく。

 

でも、私が気になったのはその服や武術以上に「目」だった。

 

とても強い目。大守になっていろんな人を見てきたけど、

あんなに意思が強い目は始めてみた。

 

どんな事があったんだろう?

どんな夢を持ってるんだろう?

 

いろいろ話をしてみたかったんだけど、大丈夫。

 

また会える気がする。

 

 

 

 

 

 

 

休憩が終わり、皆が作業に戻ろうとして立ち上がる。

 

「さあ!今日も後少しだけ頑張ろー」

 

そう言った瞬間、ドアが開き一人の兵士さんが慌て入って来る。

 

「何事だっ!」

 

「はっ。新野城の北に賊の集結を確認。

数はおよそ五千。恐らく数刻後に闇に紛れて襲撃を行う模様です。」

 

「っ!・・・黄巾とか言う連中か!」

 

「まだ確認は出来ていませんが、

物見によると黄色の布を巻いた者が見られるそうです。」

 

「とうとう此処まで来たのか・・・

蓬梅、江夏の兵は間に合うか?」

 

「うーん、まだ隊も再編中です、城壁とかも修理中です。

袁術さんもいるですし、孫策さんも身を寄せているです。

あいつらは何するか分からないですから無理です。」

 

ちょっと前に孫堅さんが江夏を攻めて来て、

何とか皆のお陰で勝利できたんだけど、その時孫堅さんが死んじゃったんだよね・・・

 

「そうなると私が一軍を率いて援軍に向かうか。

江夏には八千の兵がいるから五千の兵を集めて向かう。

準備せよ。」

 

「はっ。了解しました。」

 

そうして部屋に静寂が訪れる。

 

「すまんな蓬梅、鈴梅。また政務を任せてしまう。」

 

「別にいいです。さっさと帰って来て手伝うです。」

 

「そうよ。怪我して皆の手を煩わすんじゃ無いわよ。」

 

そうして皆が出て行こうとする。

 

「待って!水蓮ちゃん、私も連れてって!」

 

「聖・・・だけど・・・」

 

「うん。危ないのは分かってる。

でも皆が戦うのに自分だけが後ろで見てるのは嫌なの。」

 

江夏での戦いも蓬梅ちゃんの作戦が成功したとは言え、

江夏城で待機していた私は緊張で胸がいっぱいだった。

 

「それに、私がいたほうが軍の士気もあがるよね。」

 

「はぁ・・・分かったわよ。

ただし前には出過ぎないように制限するからね。」

 

「えへへっ。ありがとうっ。

だから水蓮ちゃん好きー」

 

「っ・・・ほらいろいろ準備があるんでしょうっ!

早くするのよ!」

 

「は〜い」

 

なんか蓬梅ちゃんと鈴梅ちゃんが羨ましそうに見てるけど、準備しなきゃ。

 

でも私が行きたいって思ったのは、またあの人に会えるかなって思いもあるみたい。

 

ちょっと期待しながら慌ただしく一日が過ぎていった・・・




蔡瑁(さいぼう) 徳珪(とくけい)


真名 水蓮(すいれん)


聖とは幼なじみ。お姉さん的な立場。
外では「劉表様」と敬語を使用するが、
仲が良い人達だけなら普通に喋る。

顔立ちは少しきびしめな感じで、美人。
黒髪で髪はショートヘアであちこちに跳ねていて、
髪がかたい為、本人も諦めてる。

体はスレンダー体型。
胸も聖程は無いが、まあまあある方。

武器振り回したり、船によく乗る為、
腕や脚が太くなるのが悩みの種。

軍司、政治をそつなくこなし、
特に海戦においては孫一族と対等に渡り会う実力を有する。

武器は海軍用船上槍(フリウリ・スピア)

名は波及(はきゅう)

突けば槍、薙げば薙刀、引かば鎌の十文字槍とよく似ており、
同じ感じで使用する。

十文字槍との違いは、横についてるのが刃ではなく、
鉤爪のようになっている所。



蒯良(かいりょう) 子柔(しじゅう)


真名 蓬梅(ほうめい)


蒯越の姉
荊州の名士として有名だった為、
大守になったばかりの聖達に頼まれ仲間になった。

〜です口調で喋り、毒舌。

成人はしているが身長がかなり低い。(原作 董卓位)
髪は銀髪で(白髪と言うと怒る)肩位までの長さ。
毛先が内にカールしている。

政治官としての才能はずば抜けるが、軍師としての才能もある。
(孫堅を過去に撃破している)



蒯越(かいえつ) 異度(いど)


真名 鈴梅(りんめい)


蒯良の妹
士官理由は姉と同じ

ツンデレキャラと考えておけば問題無し。

外見は姉と同じ姿をしており、
髪も同じで、毛先が姉とは違い、外に跳ねている。

姉よりも政治手腕は上(曹操に荊州よりも価値があると評価された)


ちなみに三人とも聖が大好きです。

水蓮と姉妹でよく言い合いをしている。
何時もの事なのでまわりも「また始まった・・・」
位にしか思ってません。


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1-3 新野騒乱(1)

襄陽にいた時、

新野に賊が攻め入る準備をしていると聞いた士郎は、直ぐに移動を開始した。

 

士郎の知っている技術(製剣、料理など)を提供する代わりにいくらかの金を得、

目立たない用に馬を買い移動をしていたが(掘り出し物の駿馬)、

移動し始めたのが夕方だった為、新屋についたのは翌日の昼前位になっていた。

 

 

 

 

「これは・・・」

 

新野に着いた士郎が見たのはおびただしい数の死体や怪我人だった。

 

「くっ・・・」

 

思い出すのは幼き時の記憶。

 

苦しむ人々の怨嗟の声の中、必死に歩き続けた地獄・・・

 

規模こそ違えど、あの日の記憶を思い出すには充分な光景だった。

 

(落ち着けっ・・・まずは情報収集と治療の手伝いだっ!)

 

治療をしながら話を聞くと昨晩に一度、賊による夜襲があったらしい。

 

守備兵達が迎撃に出たらしいが、兵自体は訓練はしているが中原と比べ、

余り陸戦には参加してなく、相手もたかが賊と侮った為予想以上に被害を被った。

 

(まぁ数も自分達より少ないし、江夏の一戦を終えて気が抜けてる兵と、

自分達が生きる為に戦う兵じゃ士気が違うよな・・・)

 

しかも敵の大将は黄巾党の人物が勤めており、

こちらの将軍が一人討ち取られたらしい。

 

(黄巾党ってそんなに強い将軍いたのか?

中原の方ならともかく、ここらへんではそういなかった筈だけど・・・)

 

疑問を抱きつつ、士郎は臨時徴兵を行っている話しを聞いたので、広場に向かっていった。

 

広場では幾人かの兵が、兵を募っていた。

 

「我こそはと思う者は、武器を手に取り、戦に参列するのだっ!」

 

「共にこの街を守ろう!」

 

と、募兵は行っているのだがイマイチ集まってはいない。

 

ふと将軍の方に目を向けると一人の女性がいた

 

(多分昨晩の戦いで死んだ将軍の代わりなんだろうな)

 

確かに臨時。しかも女性だから兵の集まりが悪いのも納得できる。

しかしどう見ても非常に若い人に見える。

 

(人手不足なのか?)

 

人手不足と言うよりは、将軍の方も江夏や襄陽の方にいるせいなのだが。

 

戦があった時は自分が戦に参加して、極力早めに戦を終わらせるようにしてきた。

 

それに・・・

 

(どんな理由があっても、

自分とは無関係な人を傷つけていい理由にはならないしな・・・)

 

そう考えた士郎は、将軍であろう女性に話かけにいった。

 

「すいません。」

 

「はっ、はいっ。なんでしょうっ。」

 

少し緊張気味な返事が帰ってくる。

 

「募兵しているみたいなので、参加したいんですが。」

 

「あっ、ありがとうございますっ。

中々集まらないから困ってたんですっ。

でもいいんですか?私女ですし、将軍なりたてですし・・・」

 

(大分緊張しているな・・・

おそらく急になったから、まだ心の準備が出来てないんだな。)

 

そう考えながら士郎は、

 

「大丈夫ですよ。何処の将軍の下だろうと私のする事は変わりませんし、

戦の経験も多々ありますから。」

 

「はあ〜そうなんですか。

私なんかより全然頼りになりますっ。」

 

「そんな事無いですよ。

私もその歳で将軍になるっている人は見た事が無いですから、

よっぽど凄い方なんでしょう。」

 

どう見積もってもこの女性は士郎より年下だ。

と、言ってもそんなに差はなく、大体20前後位であろう。

 

「やっぱり早いですよねっ・・・」

 

そう言って苦笑いしていた。

 

ふと、士郎の服に気付いた将軍は、

 

「そういえば外国の人なんですよね?

なんで参加してくれたんでしょう?」

 

と言う当たり前の疑問を投げかけた。

 

すると、士郎は笑いながら、

 

「まだこの国に来て一日位しかたっていません。

それでも分かるんです。この国の人々は私みたいなよそ者でも、

とてもよくしてくれました。」

 

元来戦が起きにくく、他の地域の住民が戦火を逃れて、

劉表の下に沢山の民が集まってきた。

 

そのおかげで、街の人々はよそ者だろうと特に気にせずに、

普通に対応するようになっていた。

 

まぁ旅人やよそ者からしたら、その「当たり前」の対応がありがたいのだか。

 

「それに・・・」

 

「それに?」

 

すると士郎はとても綺麗な笑い顔を見せ、

 

「なりたいものがあるんだ・・・

だから・・見て見ぬふりなんて・・・できない。」

 

そう言い放って少し苦笑していた。

 

 

「・・・・・」

 

はっとした後、ぽーっと少し赤くなった顔を士郎に向けていた将軍は、

 

「うん・・・決めたっ!」

 

そう言って、

 

「・・・名前教えて貰えますか?

私、李厳(りげん)正方(せいほう)って言います。

真名は玖遠(くおん)。」

 

士郎は真名を教えてくれた事に少し驚きながら。

 

「私は衛宮 士郎。真名はありません。

えっと李厳様で言いんですか?」

 

すると玖遠は少しむっとした顔を見せ、

 

「士郎さんっ。真名を教えるって言う事は真名で呼んでも言いって事なんですよっ。

あと、敬語も要りません。士郎さんの方が年上ですし、お願いしたい事があるんですっ。」

 

「分かった、玖遠。

で、お願いしたい事って。」

 

玖遠は少し赤くなっている顔を士郎に近づけて、

 

「私の軍の副将になって下さいっ。誰にしようかずっと考えてたんですっ。

とりあえず軍に所属してないので、客将としてになっちゃいますけど、お願いしますっ。」

 

ぺこっと士郎に向かって頭を下げてきた。

 

「な、なんでさ・・・

俺みたいな何処の者かも分からないし、実力だって全然分からない相手を?」

 

まさかの展開に大分ついていけない士郎。

 

「はいっ!元々急な昇格でしたから余り期待されて無くて、そこら辺は私に一任されてますしっ。」

 

そして、両腰につけている剣を軽く叩きながら、

 

「それに私だってそこそこ武には自信がありますっ。

でも士郎さんを見れば分かります。多分、私なんか足元にも及びませんっ。」

 

聖杯戦争時のアーチャーと同等位の強さを持つ今の士郎なら、そこらの人では相手にならないだろう。

 

「だけど、俺が賊の密偵かも知れない。本当にいいのか?」

 

玖遠はくすくす笑いながら、

 

「本当に密偵ならそんな事いいませんっ。

後は勘ですねっ。」

 

きょとんとしている士郎を見て、

 

「私、勘だけはいいんです。

今までそれを信じて来てハズレは無いですからっ。

前回でも命は助かりましたし、将軍になれましたし、

それに・・・今日士郎さんに会えましたっ。」

 

臨時寡兵を募る際、将軍がついて来るなんて事はまずありえない。

玖遠も何となく今日ついて来ただけである。

 

(それだけでも無いんだろうな。

彼女自身の才能と実力もかなりのものだし。)

 

士郎は彼女の双剣を解析した情報をみながら、そう判断した。

 

李厳といえば、かの諸葛亮に「武は黄忠と引き分け、知は陸遜に匹敵する」と言われ、

まさしく才能の固まりと評価してもいい位の人物である。

 

「はぁ・・・どうしようか・・・」

 

士郎が悩んでいると、玖遠が、

 

「じゃあっ!私と一度試合してもらえませんかっ?」

 

と、士郎との試合をお願いする。

 

「俺は大丈夫だけど・・・

そんな時間はあるのか?」

 

「はい。私の隊の軍師さんが副将選ぶなら、出来るだけ強い人にしてくれって。

その人の力量で、立てる作戦が変わってきますからっ。」

 

「俺はまだ副将になるって・・・」

 

「それに、私も武人です。

話すより剣を合わせる事で、わかる事もあるんですよっ。」

 

そう言われた士郎は、「分かった」と玖遠に答え、

訓練場へと案内され、玖遠との模擬戦を開始した。

 

 

 

 

 

 

まわりの兵士達が見守る中、お互いに刃を潰してある得物を持ち対峙する。

 

士郎は両手に持った干将・莫耶をだらりと下げて構える。

 

それに対し、玖遠は干将・莫耶と同じ程の長さの両刃の直刀を両手に持っている。

 

ただ、

 

(みょうに持ち手が長いな・・・

それに後ろ腰に挿している棒も気になる・・・)

 

そんな風に士郎が疑問に思っていると、玖遠の方から仕掛けて来た。

 

真っ直ぐ距離を詰めそのまま−−

 

−−ヒュオンッ!!

 

と、振るう者の力量を示すような音をたてながら、

右手の剣を右上から袈裟切りに振り下ろす。

 

士郎は、それを後ろに下がりながら回避する。

 

(スピードと威力は中々。だけど中途半端な袈裟切りだな)

 

士郎がそう思ったのは玖遠が踏み込んだ足が『左足』だった為だからだ。

 

玖遠が行ったのは『右上』からの袈裟切り。

踏み込んだのは『左足』。

これでは自分自身の足を切ってしまう恐れがある。

 

(玖遠程の力量を持つ人がそんなミスをする訳が無いよな・・・

と、すれば・・・)

 

再度士郎は回避に移る。

 

すると玖遠は残した右足で踏み込みながら、右手を捻り、

切り下ろした勢いのまま逆袈裟をくり出した。

 

その射程は先程の倍近く。

後ろに下がったら一撃貰っていたが、士郎は直ぐに気付き、玖遠の左前に回避していた。

 

(この距離ならっ)

 

目の前には玖遠の横顔。

 

士郎が攻撃に移ろうとすると、

 

(そうだ、左の剣っ)

 

玖遠は左手の剣を逆手に持ち直しており、逆袈裟の勢いを利用して追撃に入っている。

 

(ふっ!!)

 

士郎はしゃがみ込んで回避を行うが、玖遠も空振りした後、

くるりと一回転しながら士郎との距離を空ける。

 

「凄いですっ。まさか初見で避けるなんて。」

 

逆手に持っている左の剣を、順手に持ち直しながら士郎に話しかける。

 

「言っただろう。場数はそれなりに踏んでいると。

それとなく全体を見ていれば分かる。」

 

「なんか口調変わってますねっ?」

 

「ああ、戦闘時はこうなるんだ。私としても直したいのだが、いかんせんこの方が効率がいい。」

 

と、苦々しい顔をしながら士郎は答えた。

 

かつて聖杯戦争時に出会ったアーチャー。

何故かアイツとはあわなかったが、そのアーチャーと段々似てくる自分を見ていれば、

自ずとアイツの正体は分かってきているが、いい気分はしない。

 

これが衛宮士郎の最良の戦闘方法の為、こうなるのは仕方がないのだが・・・

 

「ふっ−−」

 

浅く息を吐き、再度士郎との距離を詰める玖遠。

 

士郎は変わらずに防御に徹し、相手の剣筋を見極める。

 

「やあっ!!」

 

舞うように士郎に連撃を叩き込む。

 

突き、薙ぎ、払い、横に意識を向けさせた後に唐竹割り。

 

上下左右のコンビネーション。竜巻のような連撃は見る者を圧倒する。

 

「おおっ!」

 

「流石李厳将軍だなっ。」

 

いつしか周りの兵士達も二人の戦いに魅入っていた。

 

だが−−−

 

(ぜんぜんっ・・・入りませんっ・・・)

 

額に汗を浮かべながら玖遠は思う。

 

見た目には玖遠が推しているように見えるが、

息を荒くして切り込んでいる玖遠と比べて、士郎は全く疲労していない。

 

(こんなにも差があるなんてっ・・・)

 

武にはかなりの自信がある為、こうもいなされるとは思ってはいなかった。

 

(予想以上ですっ・・・

ですけどっ!)

 

連撃を一旦止め、左手を後ろの腰に挿している棒に持って行き、

右手は素早く突きを繰り出して幕をはる。

 

士郎はぎりぎり玖遠の突きが届かない所まで下がり、攻撃を捌く。

 

瞬間−−−左手に持っている『短槍』で突く!

 

ヒュンッ−−−

 

射程のぎりぎり外にいる士郎に楽に届く一撃。

 

しかし・・・士郎はそれを最初から分かっていたように、

斜め下に移動しながら回避し、玖遠の眼前に移動していた。

 

「ええっ!」

 

咄嗟に右手の剣で攻撃しようとするが、既に士郎の左手で掴まれ、

止められており、そのまま首筋に剣を当てられる。

 

「私の負け・・ですねっ。」

 

玖遠の敗北宣言により、二人の試合は士郎の勝ちで終わった。

 

 

 

試合が終わった後、士郎が軽く息を吐くと、

 

「あれが李厳将軍が任命した副将殿か。」

 

「まさかあの連撃を捌ききるなんて、ただ者じゃ無いな。」

 

「あれ程の実力者ならば、今回の戦も大丈夫かもしれぬな。」

 

などと、周りの兵士達から歓声や拍手が送られる。

 

「玖遠・・・」

 

「えへへ・・・これで士郎さんも私の部隊の人に認められましたねっ。」

 

と、いたずらが成功したような、可愛い笑みを浮かべながら答えた。

 

玖遠は、前もって副将が見つかったら此処で試合をすると伝達をしており、その為に自分の部隊の隊長格の人を訓練場に集めておいたのだ。

 

「全く、しょうがないな。

よろしく玖遠。」

 

「はいっ。士郎さん。」

 

お互いに顔を合わせて笑っていると、横から声を掛けられる。

 

「えっと・・・すみません玖遠さま、副将の方が決まったって伺ったんですけど・・・」

 

と、少しおどおどしながら少女が玖遠に話しかける。

 

「あっ!そうだよ援理ちゃんっ。この人っ。」

 

そう言うと援理と呼ばれた子が士郎に視線を向ける。

 

「えっと・・・徐庶(じょしょ) 元直( げんちょく)真名は援理(えんり )です。

よろしくお願いします・・・」

 

「あ・・・ああ。俺は衛宮 士郎、真名は無いんだ。

よろしく。」

 

士郎はこんな少女も戦に参加する事に驚きながら返事を返した。

 

「?えっと・・・その、私がどうかしましたか?」

 

士郎の視線に気付いた援理が失礼すると、

 

「いや・・・君みたいな子も戦に参加するんだなって思ってね・・・」

 

すると援理は少し怒って、

 

「えっと・・・私も・・一応・・成人してます。

大丈夫です。」

 

「そうか・・・ごめん。

君も覚悟をもって参加していると思うんだけど、どうしても抵抗があってね・・・」

 

「いえ・・・心配してくれているんですよね。

だったら・・・別に大丈夫です。」

 

「士郎さんっ!私だって女の子なんですけどっ!」

 

「玖遠は・・・なぁ?」

 

すると援理はくすくす笑いながら、

 

「えっと・・・まぁ、玖遠さんですから。」

 

「二人とも酷いよーっ。」

 

そう言いながら玖遠は崩れ落ちる。

なんか変なリズムと勘で行動している玖遠は、

士郎と援理から見れば、十分ネタになってしまうのだった。

 

「その・・・士郎さん。

改めてよろしくお願いしますね。

勉強は沢山してきましたけど、実戦は今回が始めてなんです。」

 

「ああ。俺も色々戦場を経験して来たから、何か参考になれるかもしれないしな。

よろしく、援理。」

 

「じゃあ・・・作戦の確認とかしてほしいので・・・行きましょう。」

 

「ああ。」

 

二人並んで歩きだすと、

 

「待ってよーっ、私も参加しますーっ。」

 

崩れ落ちていた玖遠が慌てて追いかけていった。




李厳(りげん) 正方(せいほう)


真名 玖遠(くおん)




演義では劉璋配下だか、元は荊州出身の人。
水蓮に才を見出だされ、若いながらも、将軍に抜擢される。

外見は腰まで届く紺色の髪をポニーテールにしている。

スタイルは恋姫の呂蒙が1番近い。

武器は変則二刀の雲雀(ひばり)

二本の剣と、一本の棒を組み合わせ、
双剣、短槍、上下両刃の槍と武器の形状を変更しながら戦う。

立場的には士郎より上なのだが、本人は士郎に頼りきっており、
実際は立場が逆転している。




徐庶(じょしょ) 元直(げんちょく)


真名 援理(えんり)



演義では劉備軍最初の軍師だが、曹操に母を人質にとられ、
魏に行った人。

しかし魏に行ってからは一度も献策を行わなかったという。

外見は桃色の髪でショート。ベレー帽を頭にのせている。
体型は恋姫の諸葛亮や鳳統と同じ。

一応武器はそれなりに使用出来るので、指揮をとる際にも使用する、
麒扇(きせん)と言う鉄扇を隠し持っている。

水鏡先生から朱理や雛理と一緒に学んでいたが、
自分でも戦乱の世で何かが出来ると思い、二人より先に士官した。

演義で魏の程イクが「自分では全く及ばない」
と評価する程の才能を見せる。

会話によく…が入る。
朱理や雛理程では無いが他人に怯える所がある。
(玖遠に対しては馴れている)


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1-4 新野騒乱(2)

玖遠、援里と共に作戦会議室に入った士郎は、

二人から今現在の状況から、主な作戦内容、役割などの説明を聞いていた。

 

「賊軍は、新野から少し北に行った所で陣地を作ってますねっ。

数の方は情報によると約七千。

どうやら先の戦いをみた黄巾党の援軍が合流したようですっ。」

 

「近くに黄巾党の本隊が来てるのか?」

 

「えっと・・・今、新野より北にある宛が黄巾党に占拠されてますから、

そこからの援軍かと。」

 

士郎の質問に援里が答える。

 

(バックに黄巾党の拠点があるなら、外にいる賊は早めに叩いた方がいいよな。)

 

「こちらの方はどうなってるんだ?」

 

「えっと・・・こちらは総勢で七千五百ですね・・・

その兵を両翼に二千ずつ・・真ん中に三千五百の鶴翼陣で攻める予定です・・・」

 

「私達の軍は一千五百の兵で、真ん中の最前列に配置されてますっ。」

 

「最前列か・・・」

 

「はい・・・私達の軍は殆どが募兵で集めた兵ですから・・・

・・・臨時の将軍に臨時の兵・・・私達が敗走しても、

後ろには二千の本隊があります・・・

募兵ですから、士気はまあまあ高いですし、

こちらの両翼が包囲するまで持てばいいと、考えてるみたいです・・・」

 

援里が、苦虫を噛み潰したような顔をしながら話す。

 

だが、士郎からしたら最前列に配置されるのはラッキーだった。

 

後ろの方に配置されたりしたら、戦闘が始まった際に士郎が突っ込みかねないからだ。

 

「どうしましょうかっ?」

 

「うーん・・・玖遠、敵はどうでると思う。」

 

「そうですねっ・・先の戦いでは賊の大将を先頭にして、

いきなり突っ込んで決ましたからっ、今回も一緒だと思いますっ。」

 

「と、いうより、相手は黄巾党が賊を寄せ集めただけですから・・・

細かい指示は出せないんでしょうね・・・

それに・・・一度その方法でこちらの将を一人倒してますから・・・」

 

「だったら・・・俺と玖遠で、その賊の大将を倒すか。」

 

「え、えええっ!わ、私がっ!」

 

「はい・・・私もそれを考えてました・・・」

 

「え、ええっ!援里ちゃんもっ!

二人だけは危ないよっ!」

 

玖遠が二人の会話に驚き、抗議するが、

 

「だったら俺よりも、玖遠が倒した方がいいのか?」

 

「はい・・・その方が私達の名前が知られますから・・・」

 

「そうか。なら俺は周りの敵を倒して、玖遠が戦い易いようにするよ。」

 

「はい・・・宜しくお願いします・・・」

 

「あのーっ。もしもーしっ。

しかも私一人なんですかーっ。」

 

「ということだ。

玖遠、頼んだぞ。」

 

「あのっ、それってもう・・・」

 

「はい・・・決定です。

上手くいけば・・玖遠さんの名前も広まりますし・・

こちらの軍も勢いづきますから・・・」

 

「で、でもっ・・・」

 

「大丈夫だ。俺も一緒に行くから。

何かあったら直ぐに助ける。」

 

(とは言っても、玖遠自身もかなりの使い手だし、武器の射程を偽る、

あの変則二刀を初見で勝つのは、かなり厳しいだろうしな。)

 

その、玖遠の二刀に初見で勝った士郎は、一体なんなんだと言う疑問が、

部隊内に広がっているのだが。

 

「ううっ・・・お願いしますっ、士郎さんっ。」

 

まだ将になりたてで、自信が無い玖遠は、士郎にお願いするのだった・・・

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、こんな所ですねっ。」

 

作戦が決まった後、兵の細かい配置や武器、兵糧の支給量、

その他色々な事を決め、それらの作業がようやく終わったのだ。

 

尤も士郎はそういう作業はした事が無いので、

二人の作業を勉強の為に見学していたのだが。

 

「お腹が空いたねー」

 

「はい・・・もう夕食の時間位かと・・・」

 

窓の外を見れば、そこにはオレンジ色の空が広がっていた。

 

「何か食べますかっ。食べたい物ってありますっ?」

 

「うーん・・・私は・・特には・・」

 

「俺も無いよ。」

 

「そうですかっ。何にしましょうか?」

 

玖遠が考えていると、ふと士郎が思い付く。

 

「だったら俺が作ろうか?」

 

「「・・・・・」」

 

二人の沈黙が場を支配し・・・

 

「料理っ、出来るんですかっ?」

 

「料理・・・作れるんですか?」

 

二人から疑問文で返事が帰ってきて、士郎はそんな二人の反応を見て、

 

「なんでさ・・・」

 

と呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ。」

 

扉を開けながら、士郎が料理を運んでくる。

 

メニューは炒飯、麻婆豆腐、野菜炒め、卵スープ、それに焼き餃子。

 

「美味しそうですっ。」

 

「はい・・・」

 

見たからに美味しそうな匂いを放つ料理を前に、二人はそわそわしている。

 

「さぁ食べようか。」

 

そうして夕食が始まった。

 

「この炒飯、卵しか入ってないですねっ?

うわっ!でも凄い美味しいですっ!

こんなに美味しい炒飯は始めてですっ!」

 

「もぐ・・・もぐ・・・もぐ・・・」

 

 

士郎が作った炒飯は卵と調味料だけの黄金炒飯。

シンプルなだけに、料理人の腕が分かる料理だ。

 

麻婆豆腐も豆腐が崩れないように、先に豆腐を塩湯でしていたり、

野菜炒めも油通しを行い、うま味を閉じ込めたりと、とても丁寧に料理を作っている。

 

それに、

 

「これは・・・餃子を焼いてるんですかっ!

始めてみましたっ。」

 

中国での餃子は水餃子が基本。

この時代にはまだ、焼き餃子は出回って無いのである。

 

「美味しい・・・です。」

 

士郎はそんな二人の光景を見て、

 

(これだけ美味しそうに食べてくれると、やっぱり嬉しいな。)

 

と、思いながら自分も料理を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした。」」

 

「はい。どうぞ。」

 

士郎は二人が食べ終わった後、食後のお茶を出す。

 

「・・・なんか、お茶もいつものと全然違いますっ。」

 

「ああ。茶葉は同じだけど、きちんと煎れてるからな。」

 

「武術で負けて、料理も負けて・・・なんか色々と駄目な気がします・・・」

 

「はい・・・」

 

落ち込む二人を見て、士郎は?マークを顔に浮かべながら、

のんびりとお茶を飲んでいた。

 

 

 

 

 

「二人はいつから知り合いなんだ?」

 

ふと、気になったので、士郎は聞いてみる。

 

すると玖遠が、

 

「つい最近ですよっ。

私が将になった時に、父の知り合いだった水鏡先生に、

だれか軍師さんを紹介してもらったら、援里ちゃんを推薦されたんですっ。」

 

そうだったのかと、士郎が援里に目を向けると、

 

「はい・・・私も、水鏡先生にずっと、この戦乱を無くす為に何かしたいって、

相談してましたから・・・」

 

「そうだったのか。

だったら援里は明日の戦が初陣になるのか?」

 

「そうですね・・・遠目に見た事は何回かありましたけど・・・

参加するのは始めてです・・・」

 

すると士郎は援里の目をしっかり見ながら、

 

「そうか・・・なら、出来るだけ俺の側にいてくれ。

何があっても、絶対に護るから。」

 

士郎からすれば、援里を護るのは元より、

自分自身が突っ込むのを止める為の枷をつけるつもりもあるのだが・・・

 

援里は顔を赤くして、

 

「あの・・えっと・・はい・・お願いします・・・」

 

と、弱々しく返事をした。

まぁ、ろくに異性と話をした事も無い援理にとっては破壊力は十分だったのである。

 

そんな二人の様子を玖遠はジト目で見ながら、

 

「援里ちゃん・・・ずるいですっ・・・」

 

と呟き、それを見た援里は、

 

「はっ・・・さ、さぁ、明日は戦ですから、今日は早く休みましょう。」

 

と、赤くなった顔を振り回し、いつもより早口になりながら、寝室に移動して行った・・・



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1-5 新野騒乱(3)

進軍する。

 

隊列を組み、賊がいる地点に近付くと、賊軍がいるのが見える。

 

およそ七千の敵。

 

(やっぱり多いな・・)

 

士郎がそう思っていたら、こちらの軍の総大将が声を張り上げる。

 

「卑劣な手段で我らの仲間を傷つけた奴らにっ!

我らの武を見せつけろっ!」

 

−−オオオオオッ!!−−−

 

最前列にいる士郎達はその咆哮を背に受け、ギュッと干将・莫耶を握りしめる。

 

そしてふと、周りを見渡すと、

おもいっきり緊張してフリーズしかかっている玖遠と援里がいたので、

 

「玖遠、弓の準備を。

援里は賊の弓に構えてくれ。」

 

軽く肩を叩きながら話す。

 

「っ!・・・弓兵隊、構えて下さいっ!」

 

直ぐに復帰した玖遠は、迫り来る賊に向かって弓の一撃の準備に入り、

援里は鉄扇を広げ、敵からの弓に備える。

 

そして、こちらの弓が届くギリギリの所を判断して−−−

 

「放てえっ!!」

 

合図と共に、数千本もの矢が空を覆い尽くし、賊軍に降り注いだ。

 

士郎が、賊の方からもパラパラと降ってくる矢を捌いていると、玖遠が指示を出す。

 

「弓兵隊は下がりながら賊軍の後続に撃ち続けて下さい。

歩兵隊は前にっ!迎撃しますっ!」

 

そうして後ろに下がる弓兵隊を見ながら士郎は、

 

「援里は弓兵の指揮を頼む。」

 

「はい・・・分かりました・・・気をつけてくださいね。」

 

士郎自身は援里がいる弓兵の所に賊が行かないように戦っているので、

余り前に出ないようにし、一定範囲の中に入った賊を相手にしていた。

 

「おらっ!!」

 

叫びながら薙ぎ払うように切り掛かってきた剣を避け、その腕を切り付ける。

そして、そのまま水月に肘鉄を当て横に払いのけて、

急に士郎が現れて一瞬パニックになっている後ろの賊の顎を蹴り飛ばす。

 

横から慌てて賊が切り掛かってくるが、剣を持つ腕を取り、

そのまま背負うようにしてへし折る。

 

本来、士郎は相手の攻撃を捌きながら攻撃を挟んでいくのが基本なのだが、

相手の方が数が多い為、

守備にまわったら単純に手数の差で押し切られる可能性があるので、

自分から攻めるようにしていた。

 

それに、他の兵なら賊を殺してしまう事があるが、

士郎は極力死なないように戦闘不能にしているので、

自分で攻撃を行うという理由もあった。

 

その為、士郎がいる回りには呻き声を上げる賊が増え続け、

その真ん中にいる士郎は敵からは恐怖、味方からは尊敬と畏怖の目でみられ始めていた。

 

「っ・・・早く、士郎さんの周りの賊を・・・片付けて下さい・・・」

 

援里がすぐに周りの兵に命じ、

士郎が動き易いように賊をこちらの陣の奥に引きずっていった。

 

 

 

「ふう・・・」

 

軽く息を吐く。

 

(援里に感謝しなきゃな・・・)

 

呻き声に囲まれると、あの地獄を思い出す。

 

援理が賊を片付けるように言ったのは、士郎の異変に気付いたというのもあったのだ。

 

「どうした?掛かってこないのか。」

 

士郎はいつしか周りに出来た賊の群れに声をかける。

 

賊の方も、先程まで戦っていた士郎の尋常ではない戦いぶりへの恐怖で、

前に進めないでいる。

 

それに恐怖は伝染する。

 

少しだが確実に、士郎の活躍は賊の進行スピードを落としていたのだった。

 

そのまま賊が二の足を踏んでいると、

賊の中からべっとりと血がつき、所々刃が欠けた、

肉厚の大きな蛮刀を肩に担いだ一人の男が出て来る。

 

「ずいぶん暴れてるみてぇだな。」

 

「ふむ・・・キミが賊の大将か?」

 

「ああ。そうだぜ。

テメエがこの隊の大将か?」

 

「残念ながら私は副将だ。」

 

「なんだ副将かよ・・・

まぁいいや・・・天和ちゃんの為に死ねよっ!!」

 

そう叫んだ男は、蛮刀を両手で振りかぶり、力任せに士郎に叩きつける。

 

−−ギィンッ!!

 

士郎は干将・莫耶を振るい、斜め下に受け流す。

 

「おらおらおらっ!!」

 

そのままストレスを晴らすような勢いで、蛮刀を士郎に叩き続ける。

 

ガガガガガガガッ−−−

 

「いけえっ!!」

 

「ぶっ殺せえっ!!」

 

周りの賊達もヒートアップしていく。

 

しかし−−

 

「ちいっ、さっさと死ねえっ!」

 

士郎は自分からは攻め込まず、全て受け流す。

 

何かを待っているように。

 

「どうしたっ!俺の強さに恐れてんのかっ!!」

 

「・・・なかなかの力だな。

成る程。将軍を一人倒したと言うのも頷ける。」

 

「へっ!出会った瞬間に奴の剣ごとたたっ切ってやったんだよ!

天和ちゃん達が持ってた本のおかげだぜっ!」

 

(・・・本?太平要術の書の事を言っているのか?

ならば天和と言うのはもしかして・・・)

 

「天和と言うのは張角の事を言っているのか?」

 

「へっ、そうだよ。数え役萬☆姉妹の天和ちゃんの事に決まってるだろうが。」

 

「・・・数え役萬しすたーず?」

 

「おう。天和ちゃん達の旅芸人の事さ。

俺らは天和ちゃんの為に天下とってんだよ!」

 

(もしかして黄巾の乱ってアイドルファンの暴走なのか・・・)

 

「なんでさ・・・・」

 

この世界に来てから最大級の疲れが士郎を襲った・・・

 

だって理由がなあ・・・

 

「・・・その力を得たのは本のおかげと言っていたな。」

 

「おう。天和ちゃん達に会いに行ったら本があってよ、

その本読んだら力を得る方法が書いてあったんだよ。」

 

(旅芸人の張角が力を欲するか?

歴史では妖術や符水の作り方が書いてあったはず。

多分、読んだ人によって内容が変わるんだろうな。益々調べる必要性が出て来たな。)

 

「成る程。ならば尚更張角を止めなければならないな。」

 

「けっ、この俺がさせるかよっ!

来いやあっ!」

 

そう叫んで蛮刀を再度構える。

 

「ふむ・・・私がこのまま戦ってもいいんだが、どうやら貴様の相手が到着したようだ。」

 

「?何言って・・・」

 

賊の大将が喋っている途中に、

 

「見つけましたっ!

貴方が大将ですねっ。」

 

短槍を左手、短剣を右手に装備した玖遠が入って来た。

 

「新手かっ!」

 

「心配せずとも、私は戦わんさ。

貴様など玖遠一人でも勿体ない位だがね。」

 

「ぐっ・・・コイツを殺ったら次はオマエだっ!」

 

そう言って賊の大将と玖遠が対峙し、士郎は下がり、二人の様子を見る。

 

「この隊の将、李厳 正方っ。

一騎打ちを所望しますっ!」

 

「ふん!テメエみてえなガキが大将かよっ。

俺は張曼成!いくぜえええっ!」

 

叫びながら玖遠に向かって蛮刀を振りかぶり突進していく。

 

「だあああああっ!」

 

そのまま勢いに任せて振り下ろすが、

玖遠は体格差を生かして相手の懐に移動して回避する。

 

下手に受けたら干将・莫耶ならともかく、玖遠の雲雀なら破壊される可能性がある為だ。

 

そのまま玖遠は張曼成の足に攻撃をする。

 

「つあっ!!」

 

張曼成は咄嗟に後ろに下がるが、軽く自身の右足を切られる。

 

「少し浅いですねっ。」

 

「チッ・・・」

 

玖遠はそのままの位置で、左の短槍の柄尻を持って突く。

 

短槍の方が蛮刀より長い為、張曼成は攻撃出来ない。

 

「きかねえっ!!」

 

そう叫んだ張曼成は強引に玖遠との距離を詰める。

 

「ふっ!!」

 

浅く息を吐き、玖遠からも距離を詰め、右の短剣で切り掛かる。

 

急に距離が近づき、慌てた張曼成は右から左に水平切りをするが、

スピードでは玖遠の方に分がある為、

張曼成の左側をすり抜け様に左足を切る。

 

「ぐああああっ!!」

 

張曼成の両足にダメージを与えた玖遠は、両手に持っている短槍と短剣を繋げ、

上下に刃がついた一本の槍にする。

 

そしてその槍の中頃を持ち、左手に近い方の刃で張曼成の右から切りつける。

 

「チョロチョロしやがってええっ!!

おらあああっ!」

 

両足を切られた為、

満足に移動出来ない張曼成は、

自分の右から迫ってくる刃におもいっきり蛮刀を叩きつけるが・・・

 

(軽いっ!あのガキ全然力入れてねえっ!)

 

玖遠が殆ど力を入れてなかった為、

逆に槍を蛮刀で押してしまう形になってしまう。

 

玖遠は自分を中心に、その勢いを利用して、

右手側の刃で最初に切り掛かかったのとは反対側に切り掛かかり、

そのまま張曼成の左腕を切る。

 

「・・・ぐうううっ・・」

 

「ここまでですっ。貰いますっ!」

 

玖遠が左腕を失い、呻いている張曼成にトドメを刺そうとすると、

それを見た張曼成が味方に声を掛ける。

 

「ぐっ・・・野郎共っ!何してやがるっ!

早くこのガキを殺せえっ!!」

 

「お、おおおおおっ!」

 

周りを囲んでいた賊の四、五人が張曼成の声に慌てて玖遠に切り掛かる。

 

が−−−−−

 

ドドドドドッ!!−−

 

「させると思うかね。」

 

自身を弓と為した士郎が放った黒鍵にみな貫かれ、吹き飛ばされる。

 

「行け玖遠!」

 

「はいっ!やああああっ!」

 

右下から左上に切り上げるように左手側の刃を放つ。

 

「チイイイイッ!!」

 

ギャリイイイイン

 

張曼成は咄嗟に右手に持った蛮刀で防ぐが、

片手だけでしか持っていなかった為、弾かれる。

 

「ふっ!!」

 

玖遠はそのまま槍を半回転させ、右手側の刃で同じラインを切る。

 

ザシュッ−−−

 

張曼成の体を斜めに裂き、そのまま崩れ落ちる。

 

「賊将張曼成っ!李厳が討ち取りましたっ!」

 

ウオオオオオオオッ−−

 

味方の咆哮が響き、その中心で玖遠が剣を高く振り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、おい、どうする?

大将がやられちまったっ。」

 

「くそっ、これじゃ逃げた方がいいぜっ!」

 

張曼成が討たれたという事は賊軍に動揺を走らせ、逃走する者も出始めた。

 

「やったっ。これで一気に・・・」

 

その光景を見た玖遠が突撃の命令を下そうとすると、不意に袖を引かれる。

 

「うん?」

 

振り返ると士郎に守られた湲里がいた。

 

「・・・少し・・軍を下げて下さい・・」

 

「??このまま突撃したらいけないのっ?」

 

?マークを浮かべながら玖遠が聞くと、

 

「まだ・・・賊の方には数が残っています・・・

ここで突撃すれば・・残った賊は宛にいる本隊と合流しますから・・・後々厄介です・・・

ここは一旦軍を下げ・・・賊の兵力を削りましょう・・・」

 

玖遠が賊軍の方を見ると、前方の敵は先程の戦いで混乱しているが、

後ろからの賊がドンドン押して来てるので、結局押し進んで来る姿が見えた。

 

「了解した。玖遠。」

 

「はいっ。後退の合図をお願いしますっ。」

 

「はい・・・それに・・・そろそろ来るかと・・・」

 

「来るって・・・」

 

玖遠が「何が?」と言おうとする瞬間に地響きが聞こえて来た。

 

「これは・・・馬かっ!」

 

士郎達の後方から聖が率いる歩兵二千、水蓮が率いる騎兵三千の援軍が到着した。

 

 

 

 

「我らはこのまま賊の後方に回り込んで退路を絶つ。進めえっ!」

 

水蓮は槍を振りかざしながらUに囲んでいる自軍の後ろを塞ぐように移動していた。

 

「私達は中央の部隊の後ろにつきますっ。」

 

このまま水蓮の包囲を完成させて、

ゆっくりと賊を倒しながら降伏勧告を行って成功すれば終わりだが、

 

(水蓮ちゃんは絶対に前に出たら駄目って言ってたけど・・・)

 

聖は前方に自分の街を守って戦ってくれてる人がいるのに、

それをただ見ているだけなのは我慢できなかった。

 

「うん。決めたっ。

前に出ようっ!」

 

「劉表様っ!いけませんっ、蔡瑁様が前に出ないように話して・・・」

 

側近の兵が慌てて止めようとするが、

 

「お願いっ!せめて手当てだけでもしたいのっ。」

 

「・・・分かりました。」

 

「ありがとうっ!」

 

そう言って聖は前線に進んで行く。

聖の性格上じっと後方待機するのは中々難しいのだが・・・

 

 

 

 

 

「大分減らしたか・・・」

 

「はいっ。援軍も来ましたし、あと少しですねっ。」

 

途中から干将・莫耶に持ち替えた士郎は、玖遠と一緒に戦っていた。

 

湲里は何かあった時の為に、少し後ろに下がっていた。

 

「ふぅっ・・・」

 

士郎と並んで立っている玖遠が、少し荒くなった息を吐く。

 

「どうした?」

 

「いえっ、その、何とかなったなあってっ!

最初は緊張してて、ちゃんと出来るか心配でしょうがなかったんですけどっ、

士郎さんが居てくれると思ったらすっごく楽になってたんですよっ。」

 

少し顔を赤くし、玖遠は少し早口気味に話す。

 

「そうか・・・期待には答えられたかな。」

 

それを聞いた士郎は軽い笑みを浮かべながら答えた。

 

「そう言えば士郎さんって、わざと殺さないようにしてるんですかっ?」

 

ふと、戦いながら疑問に思った事を聞いてみる。

 

「ああ。極力人は殺さないようにしてるんだ・・・

戦だから、死人がでるのは当たり前だけど、ね・・・」

 

士郎は少し辛そうな顔をしながら答えた。

 

二人が軽く話をしていると、伝令の兵が玖遠に近づいて来た。

 

「どうしましたかっ?」

 

「はっ!軍師様の近くに、援軍で来た劉表様の部隊が合流したそうです。」

 

「劉表さまがですかっ!」

 

「なんで一国の主が前線近くにいるのさ・・・」

 

玖遠は驚き、士郎は頭を悩ませる。

 

湲里が率いている弓兵達は湲理の指示の下、

二人が倒した賊の死傷者を片付けさせており、

聖は怪我人の治療などをするつもりで前線近くに出て来たので、

怪我人も沢山いる湲理の近くにくるのは仕方がない事だった。

 

「どうしましょうっ?」

 

「そうだな・・・一度話をする必要があるよなぁ・・」

 

流石に前線近くに出てこられたら、

死んだり怪我をする確率が増えて非常に危ない。

 

「了解ですっ。」

 

玖遠と士郎は前線を他の兵に任せて、

近くに来ているであろう聖に会いに行った。

 

 

 

 

 

 

 

「湲里ちゃんは水鏡先生のお弟子さんなんだね〜

あっ、その薬取ってくれるかな?」

 

「はい・・どうぞ・・

学んだ事を・・・少しでも生かせる事が出来ればいいなと・・・」

 

「ありがと〜。

そうだ!この戦いが終わったら私達に力を貸してくれないかな?」

 

「はい・・・よろしくお願いします・・・」

 

先程会ったばかりの湲里と聖が、怪我人の治療をしながら話をしていると・・・

 

「「劉表さまっ!」」

 

「あれっ・・・玖遠ちゃんと・・・士郎さん?」

 

玖遠と士郎が到着する。

 

「劉表さまっ。なんでこんな所にいるんですかっ?」

 

「水蓮ちゃんにお願いして・・・」

 

玖遠は以前、水蓮に「才能がある」と見込まれ聖と会って、紹介された事があった。

 

「蔡瑁さまがっ?でもっ、流石に此処は危ないですよっ。

せめてもう少し下がってもらったほうがっ。」

 

「ううっ・・・ごめんね。」

 

そんな聖を見て士郎が、

 

「まぁ戦ももうすぐ終わるだろうし、俺が護衛につくよ。」

 

と、提案した。

 

「いいんですかっ?」

 

「ああ。劉表様の気持ちも分かるから・・・」

 

聖杯戦争の時、

セイバーを助けようとしてバーサーカーの前に出たりした事がある士郎からすれば、

聖の気持ちも理解出来る所があるのだろう。

 

「士郎さん・・・」

 

聖が士郎の方を見ていると、

急に前線の方が騒がしくなり、数人の賊が士郎達の直ぐ近くまで迫って来た。

 

「いたぞっ!敵の大将だっ!」

 

「死ねぇっ!!」

 

すでに瀕死の傷を負っている賊達は、

手持ちの剣や斧を士郎達に向かって投げて来た。

 

「強化開始

トレースオン

 

自信が纏っている聖骸布を強化し、

片方の手で聖を抱え込み、もう片方の手でそれを振るい武器を弾きとばした。

 

「弓兵構えて下さい・・・・てっ!!」

 

玖遠は湲里を庇うように武器を弾き、

湲理は直ぐに弓兵に射撃の準備に入らせ、

鉄扇を振り下ろしながら射撃を開始させる。

 

「ぐっ!!」

 

「があっ!」

 

元々瀕死だった賊はその一撃で倒れていった。

 

「ふうっ・・・危なかったですっ・・」

 

「はい・・・玖遠さん・・・ありがとうございます・・・」

 

「湲里ちゃんも命令が早かったよっ。ありがとっ。」

 

「いえ・・・」

 

湲里は少し恥ずかしそうにしており、

玖遠はそのまま士郎達の方に目を向けるが、

 

「士郎さんもっ・・・・て・・・何してるんですかあっ!」

 

玖遠が見たのは聖を抱き抱え、外套で囲んでいる士郎の姿だった。

 

「?何って・・・何がさ?」

 

キョトンとしている士郎に対して、

士郎の腕の中にいる聖は顔を真っ赤にして大人しくしていた。

 

「うぁ・・・・」

 

士郎は自分が抱えている聖が顔を真っ赤にして大人しくしているのを見て、

慌てて地面に降ろした。

 

「だ・・大丈夫ですか!」

 

どこか怪我をしたのかと思って慌てて聖の無事を確認するが、

聖は「う・・うん・・大丈夫です・・」と、弱々しく答えていた。

 

(奇襲より、士郎さんに抱き寄せられた方がびっくりしたよう・・・

まだドキドキしてる・・・)

 

聖の無事を確認した士郎はよかったと笑顔を見せていた。

 

「むーっ!」

 

「玖遠さん・・・早く・・前線に戻らないと・・・」

 

むすっとしている玖遠を見て、湲里は前線に戻るように促す。

 

「はっ、そ、そうですねっ!

士郎さんっ、劉表さまに変な事したら駄目ですよっ!」

 

「変な事・・・」

 

「あ、ああ。」

 

再び顔を赤くする聖とよく分かってない士郎を置いたまま、

玖遠は前線に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「蔡瑁さまっ、配置完了しましたっ。」

 

「よし、突撃準備に入れっ!」

 

水蓮は騎兵を率いて賊の背後への移動を完了していた。

 

「張允、文聘、ちゃんと着いて来いっ!

突撃いっ!!」

 

−−ウオオオオオッ−−

 

咆哮を叫びながら突っ込んでくる騎兵は、

賊からすれば彼らの戦意を叩き折られるのは当然の光景だった。

 

しかも−−

 

「げえっ!蔡瑁じゃねえかっ!」

 

「なんでここにいんだよっ!」

 

賊の中には荊州で暴れている江賊も混じっている。

 

彼らの間では水蓮は「出会ったら逃げろ」とまで言われており、

実際に戦った事があるものもいた。

 

水上と陸上の差はあるのだが、

彼らからすればただの恐怖にしか感じない。

 

「はあっ!!」

 

手に持っている十字槍「波及」を薙ぎ払い二、三人を纏めて吹き飛ばし、

それをかい潜り、近寄ってきた賊は脚甲を付けた脚で馬の勢いを利用して蹴り飛ばす。

 

水蓮はそんなに馬術は得意では無いのだが、生まれた時から船上で過ごし、

戦でも重い十字槍を船上で振り回して来たので、

かなりの平行感覚と腕力、脚力を持っているおり、

不安定で不慣れな馬上でも槍を振り回す事が出来ていた。

 

「うおっ!押すな押すなっ!」

 

「後ろから蔡瑁が来てんだよっ!」

 

「ホントかよっ!もう逃げた方がいいんじゃねえか?」

 

「どこに逃げんだよ!周り囲まれてるじゃねえかっ!」

 

賊軍はもはや完全に混乱しており、

それを見た水蓮は降伏勧告を促した。

 

「賊どもっ!武器を捨て、降伏するのなら命までは取らんぞっ!」

 

水蓮の言葉に我先にと降伏して行く。

 

まだ抵抗する者もいたが、

勢いを失った賊軍はそのまま押され、

新野での戦いは士郎達の勝利で終結した。




張曼成(ちょうまんせい)


武器 蛮刀

数え役萬☆姉妹の熱烈なファン。

もともと黄巾党の中でもかなりの力持ちで、
さらに大平要術の書でパワーアップ、
その力を認められて荊州方面を任されている。

でも力馬鹿なので総大将なのに突っ込んでくる。

そこを士郎達に狙いうちされ・・・



誰か大平要術の書を士郎に知らせる必要があったから、
こいつに喋らせました。

戦闘中なのに説明してるので、
戦闘の緊張感が台なしになってる感がありますが、
作者の力不足です・・・


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1-6 仲間

「ふうっ・・・まぁこんなものかな・・・」

 

水蓮は戦の事後処理を終わらせ、後の事を部下に任せて、休憩を取りに移動していた。

 

「お帰り水蓮ちゃん。」

「お帰りなさい蔡瑁さまっ。」

 

「ただいま聖、玖遠。」

 

休憩場所に行くと椅子に座っていた聖と玖遠、湲里が出迎えてくれた。

 

「玖遠、水蓮でいいわよ。」

 

「はいっ、わかりましたっ。」

 

水蓮が椅子に座ると湲理がいるのに気付く。

 

「この子は?」

 

「水鏡先生の所で軍師の勉強してた湲理ちゃんですっ。

この戦で軍師をやってもらってたんですよっ。」

 

玖遠から紹介されて、湲里が椅子から立ち上がる。

 

「はじめまして・・・軍師をさせてもらった・・徐庶・・元直・・真名は湲里です・・・」

 

「そうなんだ・・・うん、よろしくね。私は水軍都督の蔡瑁 徳珪 真名は水蓮よ。

今回はありがとうね。」

 

「いえ・・私でも・・力になりたかったですから・・」

 

「そう・・・私達は軍師が少ないの、ぜひこれからも力を貸して欲しいんだけど・・・」

 

「はい・・・よろしくお願いします・・・水蓮さま・・・」

 

「よろしくね、湲里。」

 

二人の話がちょうど終わった所に、士郎がやって来て、水蓮にお茶を差し出す。

 

「どうぞ。」

 

「・・・お前はあの時のっ、

どうしてここにっ!」

 

「士郎さんは客将として、私に手を貸してくれたんですよっ。」

 

水蓮は驚き、士郎を警戒するが、直ぐに玖遠がフォローを入れる。

 

「そうなの?」

 

「はいっ。私よりも強いですし、戦の経験もあるみたいですっ。」

 

「それに・・・軍略の方も・・・知識があります・・・」

 

「そうなのか・・・」

 

「はじめまして蔡瑁さま。今回客将として参加した衛宮 士郎です。」

 

「よろしく・・・

ああ、客将なら敬語は要らないぞ。

こっちがお願いして手を貸して貰っている事になるからね。

それにお前の敬語はなんか違和感があるから。」

 

「なんでさ・・・」

 

水蓮に言われ少し落ち込む士郎。

 

「よろしくねー。

私は聖でいいよっ。その代わりに私も士郎くんって呼ぶねっ。」

 

「ああ。よろしく聖。」

 

「うん。

あのねっ、出来ればこれからも私達に手を貸して欲しいんだけど・・・」

 

聖にお願いされ、士郎は考える。

 

「明日まで待ってもらってもいいか?」

 

「うん。だったら部屋を用意するね。

水蓮ちゃん、空いてる部屋に案内してあげてくれる?」

 

「分かったわ聖。

士郎、着いて来て。」

 

そう言って水蓮は立ち上がり、士郎と一緒に出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

士郎と水蓮が並んで歩いていると、水蓮が喋り出した。

 

「私は余りお前を信用していない。」

 

「・・・・・」

 

水蓮がこの国を聖達と一緒に引き継いだ際に、いろいろな苦労があった。

 

特に善意があるふりをしながら近づいて来て、

自分の事しか考えてないような奴らが非常に多く、

人を極力信用しようとする聖を守る為に頑張ってきたのだ。

 

「だけど私達にはまだまだ力が必要だ。

お前は私が勝てなかった玖遠に勝ち、軍師としても知識があるようだ。

他国の武将とまともに戦えるのが玖遠と私だけの今、

お前のような人材が欲しいのも事実。」

 

水蓮は足を止め、士郎の方を向く。

 

「だが、もし聖達を裏切ったりしてみろ。

その時は絶対に許さんからなっ!」

 

そのまま水蓮は、士郎に指を突き付けながら言いきった。

 

「って、まだ協力するとは言ってないだろ・・・」

 

士郎が慌てて反論するが、

 

「なにっ!まさか聖のお願いを断るつもりなのかっ!」

 

と、水蓮が士郎に近寄ってくる。

 

「ち、近いって!」

 

「いいかっ。私は嫌だか聖が手を貸して欲しいと言ってるんだ!

それを断って聖を裏切るんなら・・・」

 

と、水蓮がどんどん士郎に近づいていき、お互いの目と鼻の先にまで近づいて・・・

 

「あ、水蓮ちゃん。

後の事なんだけど・・・・」

 

水蓮に言い忘れた事があった聖が追いかけてきた。

 

だが今の二人は知らない人が見たら、

どう見ても水蓮が士郎にキスを迫っているようにしか見えない状態だった・・・

 

「す、水蓮ちゃんに先越されたーっ!」

 

そう叫んで聖が逃げていく。

 

「ああっ、聖っ!違うわよっ!」

 

慌てて士郎から離れ、言い訳をするが、既に聖はいなくなっており、

怒りの矛先が士郎に向かうのは仕方がない事だった。

 

「・・・・・しーろーうーっ」

 

「なんで何もしてないのに、一気にややこしくなるのさ・・・」

 

そう言いながら水蓮との距離を開け、

(そう言えば始めて名前で呼んでくれたな)と考えながら逃走を開始した。

 

「逃げるなーっ!」

「俺が何をしたーっ!」

 

逃げるのはいいが、

士郎が知っている所で周りに迷惑がかからない所と言えば玖遠と戦った訓練場しかなく、 そこに逃げ込んだ士郎はなし崩し的に水蓮と一戦交えることになった・・・

 

もちろん士郎が勝利したが。

 

その後、落ち着いた水蓮に空いてる部屋に案内してもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜−−

 

水蓮 side

 

「疲れた・・・」

 

寝具の上に転がり、そう呟く。

 

ここ数日は戦の準備と移動等で、ろくに睡眠がとれなかった為、

ゆっくり眠れるのは久しぶりだったのだ。

 

「衛宮 士郎か・・・」

 

昼間に一戦交えた、あの士郎の事を思い出す。

 

「流石に玖遠に勝ったらしいから私は勝てないと思ってたけど、あれは強すぎね・・・」

 

ちょっと冷静じゃなかったとはいえ、そこらの武将より強い自信はあった。

 

だが私の刃は士郎にはとどかなかった。

 

突く時と引く時に攻撃できる十字槍の特性を生かし、

距離をとり、圧倒しようとしたが全て避けられた。

 

平突きの後、士郎の後ろにある穂先を90度回し縦にし、

見えない所で攻撃の位置も変えたりしたが、するりと半身ずらして回避された。

 

結局、攻撃が届かず焦った私の隙をつかれて接近され、

慌てて槍の石突きの部分で迎撃しようとしたが、それすらも読まれ、

 

動き始めをあいつが持っていた短剣に止められ、

もう片手にある短剣を突き付けられて敗北した。

 

「でも、あれだけの武ならばあの孫策とも十分過ぎる位に戦える。」

 

前に孫堅と戦った際、水軍の指揮ではほぼ互角だった。

 

だが敵軍の中にいた孫策を見た時、

個人の武では敵わないと言う事が嫌と言う程分かってしまった。

 

とてつもない才能の差・・・

 

「あれは反則よね・・・

努力して追い付こうとも思わない位・・・」

 

だが、士郎は違った。

 

カンや才能じゃない、磨きあげた技術と、鍛え上げた力の結晶。

 

「士郎に鍛えて貰えば、私も孫策や甘寧達と互角以上に戦えるようになる。」

 

だったらやっぱり仲間になって貰った方がいいのよね・・・

 

ちょっと嫌だけど・・・

 

いろいろ葛藤しながら水蓮は、そのまま眠っていった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵舎の上に、士郎の姿があった。

 

そこには物見用の高台があり、そこからは月に照らされる新野の街が一望できた。

 

川沿いからの風を浴びながら、昼間、聖に仲間に誘われた事を考えていた。

 

(宝石翁が言っていた協力者を見つけないといけないけど、

この広大な中国を捜し回るよりは、人の出入りが多いこの軍にいた方が情報を集めやすい。

それに張曼成が言っていた書も気になる・・・)

 

書を調べるのなら、戦のドサクサに紛れて入手するのが1番犯人がばれにくく、

士郎の実力なら簡単で確実。

 

その事を考えても、既に繋がりがある、この軍に参加して黄巾党と戦うのが一番ベストなのだが・・・・

 

(ここは参加した方が良さそうだよなぁ)

 

軍に参加して戦うとなれば、少なくない数の人を殺してしまう事になるが、

もう既に黄巾の乱は始まってしまっている。

 

このまま何もしないよりかは、自分も参加し、戦の終結に手を貸した方が良いだろう。

 

そうやって考えていると、背後から声をかけられた。

 

「こんばんわ。あんまり風を浴びると体に悪いですよ?」

 

「聖・・・」

 

そのまま聖は士郎の横に歩いて来た。

 

「眠れないんですか?」

 

心配そうに、聖が士郎の方に目を向ける。

 

それをみた士郎は、苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「昼間の事をちょっとね・・・」

 

すると聖は顔を赤くして話し出した。

 

「あっ!あれですか・・・

士郎くん何時の間に、水蓮ちゃんとあんなに仲良くなったんですか・・・」

 

「?追いかけ回されたりはしてたけど・・・」

 

仲良く見えたのか?と、士郎が考えていると、

 

「お、追いかられたっ!

確かに水蓮ちゃんの方から、士郎くんにせまってましたけど・・・」

 

「せまる?何をさ?」

 

「えっ・・・そ、その・・・接吻を・・・」

 

士郎がフリーズする。

 

聖は何かモジモジしている。

 

「な、なんでさっ!」

 

慌てて士郎は否定して、事情を話した・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎くん水蓮ちゃんに勝ったんですか−」

 

「まあ、なんとかね。」

 

何とか誤解が解けた士郎は、そのまま聖と話し続けていた。

 

「じゃあ昼間の事っていうのは・・・仲間になる話ですか?」

 

「ああ。その事で聞きたい事があったから、ちょうど良かったよ。」

 

「聞きたい事?」

 

少し間を開けてから、士郎は聞いた。

 

「聖、キミが大守をしている理由。」

 

「理由・・・」

 

しばらく考えた後、聖は話しだした。

 

「恩返しですね。」

 

「恩返し?」

 

聖は軽く頷き、

 

「名前で分かるとは思うけど、私は漢王朝の血を引いているんですよぅっ。

それで私がちっちゃい頃に、此処の太守に任命されたお母さんと一緒に来たんです。

その前は確か西涼の方にいましたねー」

 

西涼は中国大陸の一番左上の位置にあるが、それに対して襄陽は真ん中より少し下にある。

 

「かなり遠いよな・・・」

 

「そうなんですっ!もう大変だったんですよぅっ!」

 

当時を思い出し、聖は目に見えて落ち込んでいった・・・

 

「でもですね、この国の人達がとても良くしてくれたんですよ!」

 

(ほぼ中国の中心にあるし、旅人やよそ者がおおいから、

そういう風な人が多いんだろうな。)

 

急に元気になった聖にびっくりしながらも、士郎はそう結論づけた。

 

「来たばかりの時に水蓮ちゃんとも仲良くなれましたし、とっても楽しかったんですよ。」

 

すると聖は少し悲しそうな顔をして、

 

「でも、お母さんが病気で亡くなったんです・・・」

 

「・・・・・」

 

士郎も親が亡くなるという似たような経験がある為、聖の悲しみは痛いほど理解できた。

 

「それで急遽、私が大守に選ばれたんです。」

 

「そうだったのか・・・」

 

聖はそのまま月に照らされる新野の町並みに目を向ける。

 

「最初は分からない事ばかりでした・・・

それでも水蓮ちゃんや、蓬梅ちゃんや鈴梅ちゃん、

この国の人たちに支えて貰って何とかやってきました。」

 

「・・・でもここ最近はずっと戦ばかり起こっています・・・

この国も土地柄、よく狙われます・・・」

 

「交通の便の良さと豊富な食料・・・」

 

聖は士郎の指摘にうなづき、

 

「最初は流されるまま太守になっちゃいました。

でも、そんな私を優しく支えてくれたこの国の人たちを戦火から守りたいんです。

戦なんて無い方がいいに決まってます。でも私には力が無くて・・・

けれど私一人じゃ無理でも、

水連ちゃんや士郎くんがいればもっと沢山の人が救えるんです!

士郎くん、私に力を貸してくださいっ!」

 

聖は目に涙を浮かべながら士郎に頭を下げる。

 

「聖・・・俺はなりたいものがあるんだ。」

 

「なりたいもの・・・?」

 

「すべてを救う 正義の味方。

親父と約束したんだ。」

 

「お父さんとですか・・・」

 

士郎は軽く頷く。

 

「ああ、そのために力や知識をつけて戦い続けてきた・・・

けれど一人では無理だったんだ。

どうしても犠牲がなくならなかった・・・」

 

「士郎くん・・・・」

 

悲しそうな目で士郎を見つめる

 

「だけど聖達と力を合わせれば一人では無理だった事もきっとできるようになる。

だから・・・これからよろしく聖。」

 

聖は花が咲いたような笑みを浮かべ、

 

「うんっ、ふつつかものですが、よろしくお願いします。」

 

と危険な台詞を口にして、青い髪を士郎の胸元におしつけながら抱きつく。

 

「それはいろいろと違うっっっ!」

 

「なんかお母さんが男の人にはこれが一番利くっていってたんだけど・・・」

 

(確かに破壊力は中々だった・・・)

 

新野の夜は過ぎていく・・・

 

(いいよな・・・親父、イリヤ・・・)




次からは本格的な黄巾党との戦いになっていきます。

ここまでがおおきな流れではプロローグになりますね。


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2章 黄巾大乱
2-1 黄巾の乱


「客将だけど、士郎くんが仲間になってくれましたーっ。」

 

朝、全員が集まって食事を取る前に聖が昨日の報告をした。

 

「とりあえずよろしく頼む。」

 

士郎が深々と頭を下げながらあいさつをする。

 

「よかったですっ!

やっぱり心強いですねっ!」

 

「はい・・・私としても・・非常に嬉しいです・・・」

 

「ふう・・・とりあえずよろしく頼む。」

 

どうやらここにいる全員は賛成のようだ。

 

まあ太守である聖たってのお願いなので、配下になる水蓮たちは強く反対するわけにもいかないし、

今更の事である。

 

「だけど聖、蓬梅や鈴梅に言わなくても大丈夫なの?」

 

「・・・たいじょうぶだよー・・・多分・・・」

 

聖は一瞬「うっ・・」という顔を浮かべるが、強引に納得した。

 

「えっと・・・たしかカイ良さまとカイ越さまでしたよねっ?」

 

「そうよ。この国の内政を仕切っているのよ。」

 

玖遠の質問に水蓮が答える。

 

「なにか・・・問題でも・・・?」

 

「ああ・・・あいつら姉妹は聖が大好きだから・・・

玖遠や援里みたいに女ならともかく、士郎みたいに男が近づくのを嫌がるんのよね・・・」

 

援理の質問に、水蓮が頭を悩ませながら答える。

 

「聖が大好きでしょうが無いのは水蓮も一緒じゃ・・・」

 

「な・・・なな・・・・何のことだっ!

私にはそんな覚えは無いぞっ!」

 

士郎の指摘に水蓮は顔を真っ赤にして否定する。

 

すると、

 

「そうなんだ・・・水蓮ちゃん、私のこと好きじゃないんだ・・・」

 

そこには落ち込んだ聖がいた。

 

「え・・ええっ!聖ちがうわよっ、そんなことないからっ!

・・・・・しーろーうーっー」

 

「ええっ、なんでさっ!」

 

「とりあえずお前がわるいーっ!」

 

水蓮が士郎を追いかける。

昨日の再現である。

 

「・・・賑やか・・・」

 

「あはははは・・・まあいい事ですよっ・・・」

 

巻き込まれないように二人から距離をとった玖遠と援里は、

のんびりと士郎お手製の朝食を食べることにした。

 

「このお汁っておいしいですねっ!」

 

「・・・じゃがいもを・・・磨り潰して作ってました・・・」

 

「なんか、ぽたーじゅって言うんだって。」

 

いつの間にか聖も加わってのんびりと朝食を食べる。

 

「お前がいると調子が狂うっ!何をしたーっ!」

 

「何もしてないって!」

 

「・・・やっぱり士郎さんのお料理はおいしいですっ。」

 

「・・・ですね・・・」

 

今日もいつも通りの朝になりそうだ(二人を除く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄巾の乱・・・・ですか・・・・」

 

「うん、張角っていう人を中心にして、頭に黄色い布を巻いて反乱を起こしているから、

それを討伐せよ!

だって。」

 

今日の朝送られてきた「勅命」を読みながら聖が答えた。

 

「そういえば、先の戦でもそれらしいひとが大将でしたねっ。」

 

「そうだったな。」

 

先の戦で張曼成と対峙した玖遠と士郎が答える。

 

「それで・・・他には何か・・・?」

 

援里が、他に何か書いてあるのかを聞く。

 

「うん・・・まずは一週間後に、宛に居る黄巾党を西涼の董卓さんが討伐するから、私達もそれに参戦しろっていう指令になってるよ。」

 

「官軍はなにをしてるのよ・・・」

 

「宛を占拠されている時点で、もうまともには機能していないと思う。」

 

呆れながら話す水蓮に士郎が答える。

 

「それもそうね・・・

で、どうするの聖?」

 

水連の問いに、聖は一瞬考え、

 

「さすがに勅命だから・・・参加しないと、不敬罪に問われるからね・・・」

 

「分かったわ。とりあえずそれまで兵を休ませておくわね。」

 

「私も・・・宛に斥候を出しておきます・・・」

 

「うん。お願い水蓮ちゃん、援里ちゃん。」

 

「あのー私はどうすれば・・・」

 

皆の話に、途中からついていけなくなった玖遠があわあわしながら質問する。

 

「とりあえず私について来なさい。

兵への指示とか編成、いろいろ教える事があるから。」

 

「あのーーー、私そういうの苦手なんですけどっ・・・」

 

玖遠がかなり渋い顔をしながら答えるが、

 

「だめですっ!将軍になったんだから覚えてもらわないと!」

 

そのままズルズルと引きずられていく・・・

 

「うーーっ、士郎さーん」

 

「とりあえず俺もついて行くか。」

 

水蓮達に士郎が合流し、

 

「士郎も来るの?」

 

「ああ。兵の訓練とかなら手伝えると思うし、

どうせ勉強するなら一緒のほうがいいだろ。」

 

「助かるわ。

あ、終わったら手合わせをお願いしてもいい?鍛えなおしたいのよ。」

 

「了解した。」

 

「じゃあ私は街の偵察でも・・・」

 

と聖が街に行こうとすると、

 

「聖・・・・」

 

「な、なにかな水蓮ちゃん・・・」

 

右手に玖遠、左手に波及を持った水蓮に、じと目で睨まれ、

 

「せ・い・む・を・し・な・さ・い!」

 

「ううっ・・・」

 

「援里、見張りお願いできる?」

 

「はい・・・偵察を出したら・・・私もしますね・・・・」

 

「士郎くーん・・・」

 

水蓮と援里に逃げ道を塞がれた聖は士郎に助けを求めるが、

 

「し・ろ・う?」

 

「ごめん無理。」

 

水蓮のプレッシャーにあっけなく降参した。

 

「士郎さんは貰っていきますねっ。」

 

「次は私の番だからね!」

 

玖遠と聖がよく分からないバトルを始めている・・・

 

「?俺がどうかしたのか」

 

「気にしないほうが・・・いいかと・・・」

 

どたばたしたまま各々は自分の作業に移っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の数が凄いな・・・」

 

水蓮たちとの訓練が終わった士郎は新野の街を歩いていた。

 

本格的に黄巾党の反乱が始まり、

戦火を逃れる為に荊州に大量の人が流れて来ているせいだった。

 

(これは街の拡張工事をする必要があるな・・・

それに工事を行えば仕事を増えるだろうし。)

 

いろいろ考え事をしながら歩いていると、本屋に積まれた本の隙間から、

ベレー帽が見える。

 

「あれは・・・援里?」

 

近づいて見てみると大量に積まれた本の塔に囲まれている援里がいた。

 

士郎が呆気にとられていると、援里の方から声をかけてきた。

 

「士郎・・・さん・・?・・どうか・・したんですか?」

 

「あ、ああ。ちょっとびっくりしただけだよ。

これ、全部読むのか?」

 

「一回は・・・・全部・・・・読んでますよ・・・」

 

「この量をか・・・」

 

士郎は積まれた本の山を見て絶句した・・・

 

「いまは何を読んでいるんだ」

 

士郎に聞かれた援里は本を差し出す。

 

それにはこう書いていた。

 

『悪の戦争教本ボリューム1』

 

「・・・・・・・なんなのさ・・・これ・・・」

 

「太公望さんが・・・書いた兵法書です・・・・すごい勉強になります・・・」

 

(三略・六韜じゃないのかそれは?

しかもボリューム1って、なんでそこは英語表記なんだ・・・・)

 

本当に今の時代が後漢なのか自信がもてなくなった士郎だった・・・

 

「そういえば政務の方・・・というより聖は大丈夫だったのか?」

 

朝に繰り広げられた事を思い出して、士郎が尋ねる。

 

「聖様は・・・・江夏の八俊と呼ばれているくらいの文化人ですから・・・

私は・・・昼からは・・・自由にしてもいいって・・・言われました。

士郎さんは・・・・何をしてたんですか?」

 

「ああ、俺も一段落ついたから、街を見て回ってたんだ。

俺も混ぜて貰ってもいいかな?」

 

士郎に聞かれた援里は少し困った顔を浮かべて、

 

「え・・・でも・・・本を読んでるだけですし・・

そんな私と一緒にいても・・面白くないですよ・・・」

 

「俺も、本を読む時はのんびりと静かに読むのが好きだしね。

それに、いい本があったら紹介してもらいたいし、援理と一緒にいるのは好きだぞ?」

 

そう言うと、少し赤くなった援里は横にずれ士郎の座るスペースを空けた。

 

士郎が「そういえば営業妨害になるんじゃ」と思って、店主の方を見ると

「ごゆっくりー」という返事が返ってきた。

 

「大丈夫なのか・・・」

 

とりあえず、援里の横に座った士郎はお勧めの本を受け取り、そのまま読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

ふと、周りを見渡す。

 

日が大分傾き、空は茜色に染まっていた。

 

「もうこんな時間か・・・」

 

沢山いた街の人も大分減っていた。

 

「そろそろ帰るか。」

 

そういって援里の方を見ると、そこには士郎にもたれ掛かって眠っている援理がいた。

 

「寝ちゃったのか・・・・

まあここ数日は特に急がしかったからな・・・援里もこの前の戦が初陣だったな。」

 

士郎は援里を起こさないように背負って、いくつか気に入った本の会計を済まし

そのまま聖たちがいる兵舎に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

援里 side

 

ゆらゆらと揺れる。

 

あれ・・・私・・・どうなってるんだろ・・・・

 

頭がうまく回らない。

 

秋に季節が移りつつあり、長江からの風も冷たく、

私は目の前にある「暖かいもの」にぎゅっとしがみつく。

 

暖かい・・・それに、不思議な匂いがする。

 

決して不快なものではなく、私を落ち着かせる匂い。

 

本能で理解する。お父さんはいないけど、きっとこういうものなんだろうと。

 

士郎さんに背負われているというのは理解している。

 

いつもの私なら、すぐに降り、謝っている。

 

けど、今は、このぬくもりに甘えていたい・・・

 

いいですよね・・・士郎さん・・・




いよいよ本格的な黄巾の乱に入っていきます。

黄巾の乱の間は、董卓軍との共同戦線になります。


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2-2 宛攻略戦(1)

「それでは軍議を始めますねー」

 

全員が集まった所で、今日まで集めた

宛にいる黄巾党の情報確認と軍議が聖の声で始まった。

 

「じゃあ援里ちゃん、敵軍の詳しい情報をお願い。」

 

「はい・・・敵軍の大将は趙弘・・・副将は韓忠と孫夏・・・・

兵の数は三万ほどです・・・」

 

聖に促された援里が、今日まで密偵を使って集めた情報を話し出す。

 

「それと・・・張曼成がやられたせいで・・・士気がかなり下がっています・・・

けど・・・兵糧はそこそこあるみたいなので・・・篭城されると厄介です。」

 

「うん、ありがとっ。

水蓮ちゃんこっちの方はどうなってるの?」

 

「こちらは投降した兵や、新たに補充したのを合わせて約二万。

董卓の所は二万五千の兵で攻め込むみたいね。」

 

「董卓と合わせて四万五千か・・・

攻城戦を行う際は、攻め手は守りの倍の兵数を準備するのが基本だし、

多い方がいいんじゃないか?」

 

「はい・・・少ない位ですけど・・・・水蓮さん、玖遠さん、士郎さんがいますし・・・

こちらの方が士気もたかいですし・・・数の不利はどうにかなるかと・・・・」

 

士郎の意見に援里が答える。

 

「あの~私達が出たら、誰がこの街の守備につくんですかっ?」

 

「大丈夫よ玖遠。霍峻がいるし、私が連れてきた張允、文聘もいるから

陸や海からきても、そうやすやすとは負けないわ。」

 

霍峻は守戦がうまく、張允、文聘は水蓮直属の部下。

 

そこらの江賊では相手にもならないだろう。

 

仮に袁術が攻めて来たとしても、まずは江夏だろうし、

そもそもあっちも黄巾党の相手で、それどころではないだろう。

 

「うん。じゃあこれで軍議は終了するね。

準備が出来たら出陣しよう。」

 

聖の号令で軍議が終わり、各々は出陣の準備に取り掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新野を出てから数日、士郎達は宛城を朧げながら目視出来る所まで来ていた。

 

「あれが宛・・・・

なんか高い所にあるねー」

 

聖が宛を見て呆気に取られる。

 

宛は、北は長安、洛陽、陳留といった大都市があり、

東にも許昌という長安と同じクラスの大都市がある。

 

他にも、南に新野、南西に上庸があり、非常に戦が起きやすい都市だ。

 

その為、宛は小高い丘の上にあり、

道も東西南北に一本ずつしかない為、攻め難く、守りやすい。

 

しかも、西には武関という門があり、長安から攻めるとなると、

そこも突破しなければならない。

 

と、士郎が玖遠に説明しながら進んでいると、そこから西の方に軍があるのが見えた。

 

「確か董卓さんは上庸から来た筈だから・・・

あれが董卓さんの軍だね。行ってみようっ。」

 

聖の合図で董卓軍と思われる所に移動を開始し、

 

もし間違えて黄巾党だったら危ないので、士郎と水蓮が先行して近づいていった。

 

「なあ・・・ふと思ったんだけど・・・」

 

「なによ?」

 

士郎が自分の服装を指差しながら、

 

「さすがに怪しまれたりしないよな?これ?」

 

今、士郎の装備は毎度おなじみのアーチャー装備。

 

水蓮はそれを見ながら、

 

「・・・さすがにいきなり攻撃してくるような奴はいないと思うけど・・・」

 

そう、いくら怪しいからといっても、たった二騎でせめる馬鹿はいないし、

仮に敵だとしても、こういう場合なら普通、

何らかの交渉の使者と考えるのが当たり前である。

 

・・・・・そう普通の将なら・・・・

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 

「誰か近づいてくるな。」

 

士郎が董卓軍の方を見てみると、一騎の武将が近づいてくる。

 

なぜか大斧を構えながら・・・・

 

「まずいっ!!」

 

先に注意していた士郎はそれに気が付くが、水蓮はまだ意識が完全にそっちに向いていない。

 

「はあああああああっ!!」

 

近づいてきた武将の咆哮が聞こえる距離になった時、水連も気が付くが、

もう既に目の前まで近づいており、

敵?は反応が遅かった水蓮を最初の目標にしたようだ。

 

「えっ?」

 

一瞬、水連の思考が停止するーーーー

 

その時水蓮の目に写ったのは、

 

武器を振り上げ、

 

突撃の勢いのそのまま、

 

振り下ろされた一撃が、

 

水蓮の身に迫ってくる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ 水蓮 side ~

 

すべての動きが遅く感じる。

 

(これが走馬灯っていうやつかしら)

 

上から迫る斧を見るが、今からでは防御は間に合わないし、、

仮に間に合ったとしても、この勢いでは武器ごとやられるだろう。

 

(はぁ・・・・・しゃくだけど、士郎・・・聖の事、任せたわよ)

 

目を瞑り構えるがーーーー

 

グイッ!

 

(えっ?)

 

横から引っ張られ、何か暖かいものの上に着地した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かっ!水蓮!」

 

ぎりぎりのタイミングで水蓮を抱き抱えるようにして助けた士郎は、

その体制のまま水蓮の怪我の確認をする。

 

「う、うん。」

 

急な展開に頭が真っ白になっているようだ。

 

(どうやら傷は無いみたいだな)

 

士郎が簡単に身体のチェックをし、そのまま抱き抱えて移動する。

 

全力の攻撃を空ぶったせいで大きくバランスを崩し、少し距離が出来たので

水連を移動させ、干将・莫耶を構える。

 

「はあーーーーっ」

 

「くっ!」

 

ギインッ!!

 

再度、突っ込んできた斧の一撃を下に流す。

 

さっき水蓮を助ける為に、馬から落馬しているので位置関係で見れば不利になる。

 

(さすがに重いな・・・)

 

そのまま斧の刃を士郎の方に向け、振るってくる。

 

士郎はバックステップ距離をとり、そのまま再度相手の方に跳び、馬に跳び蹴りを放つ。

 

「なにいっ!!」

 

強引に斧を振るっていたせいもあり、そのまま相手の馬が倒れる。

 

「ちっ!」

 

軽く舌打ちをして相手は地面に降り立ち、大斧を構え士郎を睨みつける。

 

薄紫の髪で、キツメの目付きをしている。

 

「いきなり何をする?」

 

「黄巾党の癖に何を言うか!

この華雄が居る限り月には指一本触れさせん!」

 

「なにか誤解をしているようだが、

私達は劉表軍の者だ。」

 

すると華雄は士郎の服装に目を向け、

 

「ふん、そんな変な服の奴が劉表軍のわけがないだろうっ!」

 

ブンッ!

 

横薙ぎに振るって来た斧を、士郎は下がってかわす。

 

「どうやら話し合いでは解決しないようだな。」

 

士郎が両手をだらりと下げながら答える。

 

「いくぞっ!!」

 

そう叫びながら華雄は斧を振り回してくる。

 

ヒュゴッ!

 

斧の重さも相俟って凄まじい音をたてながら、かわした士郎のすぐ傍を通過する。

 

しかしーーー

 

(膂力は中々だが、まだ武器に振り回されているな・・・)

 

攻撃せずに回避しつづける士郎。

 

「くっ・・・その武器は飾りかっ!」

 

「ふっ。当ててから言うんだな。」

 

(このまま避けていれば体力が無くなるだろうな・・・

そこを貰うか。)

 

そう考えながら何回か避けていると、だれか馬に乗って近づいて来ている。

 

(新手か?

だが少女もいるからそれは無いか・・・)

 

近づいてくるのは三人。

 

援理と同じくらいの身長で薄紫色の、

セミロングで毛先に軽いウェーブがかかっている娘と

腰まである緑の髪を三つ網にして、眼鏡をかけている娘の二人と、

華雄と同じくらいの身長で紫の髪で胸にサラシを巻き、薙刀を持っている三人だ。

 

その中の薙刀を持っている娘が叫ぶ。

 

「このアホッ!!何勝手に戦いよるんや!!」

 

すると華雄の動きが止まり、

 

「霞っ!」

 

「一昨日の軍議で言うとったやろ!

もう少しで劉表のとこが来るって。」

 

すると華雄はシュンと落ち込み、

 

「だけどこんな怪しい奴はそうそう居ないだろうっ!」

 

するとそれをみていた眼鏡の娘が、

 

「あのね、どこに二万以上の軍勢に二人で突っ込む馬鹿がいるのよ。」

 

「うっ・・・・」

 

士郎が、三人が言い合いしているのを見ていると、声をかけられる。

 

「あの・・・・」

 

「ん、きみは・・・?」

 

声をかけてきたのは小柄な薄紫の髪の娘だ。

 

「今回は私の部下が迷惑をかけてしまってすいません・・・・」

 

非常に申し訳なさそうな顔をしながら誤ってくる。

 

「私の軍と言う事は・・・・あなたが董卓さまですか?」

 

「あっ・・・はい。」

 

(これが後に暴君とまで言われた董卓なのか?

まったく繋がらないな・・・)

 

そうしていると、座っていた水蓮も近寄って来たので、士郎が声をかける。

 

「大丈夫なのか?」

 

「ええ・・・その・・・ありがとうね、士郎。」

 

「あ、ああ。」

 

(なんかいつもと反応が違う・・・)

 

「で、士郎は大丈夫・・・って怪我してるじゃない!」

 

少し赤くなった顔をごまかしながら、水蓮が士郎の後ろに回り込んで見てみると

手や首すじのあたりに血が滲んでいた。

 

「ああ、馬上から落ちたからな・・・・

まぁただのかすり傷だし大丈夫だろ。」

 

「まったく・・・・・?どうしたんですか董卓さま?」

 

水蓮が傷を見ていると、董卓が近づいてきた。

 

「あの・・・しゃがんで貰えますか?」

 

「あ、ああ。」

 

士郎がしゃがむと、董卓は自分の服の袖で士郎の傷口を拭き始める。

 

「と、董卓さまっ!私がしますからっ!

服が汚れます!」

 

それを見た水蓮が慌てて止めに入るが、

 

「いえ、私達のせいですから・・・・」

 

「ですが・・・・」

 

三人がそのまま会話していると、眼鏡の娘が近づいてくる。

 

「ちょっと!そこのアンタ、月に何させてるのよ!!」

 

「君は・・・?」

 

「ああっ!もう、月っ!服が汚れてるじゃないっ!」

 

そのまま董卓を止めに入ろうとするが、

 

「だめだよ詠ちゃん・・・・私達のせいで怪我させちゃったんだから。」

 

「う・・・・それはそうだけど・・・」

 

なぜか士郎を睨みつけたあと視線を逸らす。

 

「ほら・・・藍さんも・・・・」

 

すると、落ち込んでいる華雄が士郎と水蓮に近づいてきて、

 

「その・・・・すまんっ!」

 

「まあこっちも紛らわしい服装だったからな。」

 

「そうね・・・これから一緒に戦うんだし、水に流すわ。」

 

「そうか・・・ありがとう・・・」

 

「じゃあ・・・私達の駐屯地に行きましょう。」

 

董卓がそう促したので、士郎は聖達を呼び、駐屯地に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「災難だったねー」

「他に怪我は無いんですよねっ?」

 

聖達に心配されながら軍議の席に着く。

 

「とりあえず自己紹介からですね・・・私は董卓 仲穎 真名は月です。」

 

董卓の発言に周りがざわめく。

 

「月!真名をなんで真名を・・」

 

眼鏡の娘が慌てて止めに入るが、

 

「いいの詠ちゃん・・・・これから一緒に戦うんだし、

あんまり壁を作りたくないから・・・」

 

「はぁ・・・分かったわよ・・・ボクは賈駆 文和 真名は詠よ。」

 

「次はウチやな。ウチは張遼 文遠 真名は霞や。」

 

「私は華雄 真名は藍だ。」

 

「よろしくお願いしますね。私達は・・・・」

 

そのまま聖達も自己紹介を終わらせ、宛の攻略について話始めた。

 

「とりあえず・・・・今はどうなっているのかな?」

 

聖が現状を聞くと

 

「一度、ボク達で当たって見たんだけど・・・

あいつら城からまったく出てこなかったのよね・・・」

 

「あれはアカンわ。怯えてしもうとる。」

 

「ふん大方私の武に恐れを・・・「多分先の新野の戦いで奴らの大将が死んだからだな」

っておい士郎!私の話を遮るなっ!」

 

なんか怒ってる藍を無視して話を進める。

 

「このまま・・・・強引に押し通す事も出来ますけど・・・・

損害を考えるとあまりしたくありませんね・・・・」

 

宛を攻略しても戦いはまだ続くだろう。

援里の言葉に全員が頷く。

 

「じゃあどうするんですかっ?」

 

「攻城兵器を持って行くにも、あの坂を登ってたら

「的にしてください」って言ってるみたいなものだしね・・・」

 

玖遠と水蓮が頭を悩ます。

 

「ここはやっぱり埋伏させて城門を開けさせたほうがいいわね・・・

援里、密偵は何人位潜ませてるの?」

 

「だいたい・・・30人位ですね・・・」

 

「それならボクの所と合わせて50人位か・・・・

あとは誰か忍びこんで貰って指揮して貰えばいけるわね・・・・」

 

詠が回りを見回す。

 

「こっちは・・・・霞ね。頼んだわよ。」

 

「えーっ、ウチなん?

出来れば外で動きまわりたいんやけどーー」

 

「あのね・・・アンタ以外になると、あとは藍だけよ。

無理に決まってるじゃない。」

 

するとその話を聞いていた藍が、

 

「ちょっとまて!どういう意味だ!」

 

「アンタが忍び込めるわけ無いでしょうが!」

 

「なにっ・・・・」

 

「ほら・・・あの・・・・藍さんは最初に戦った時に威嚇してたから、

敵軍に顔がよく知られてるからだよ。」

 

藍が更に噛み付こうとすると、月がフォローする。

 

「詠ちゃんも喧嘩しちゃダメだよ・・・」

 

「ごめん月・・・・

それで、そっちの方は誰が出るの?」

 

援里は少し考えながら、

 

「軍のことを考えたら・・・・水蓮さんは残って貰いたいので・・・・

士郎さん、お願いできますか?」

 

「了解した。」

 

「えーーーっ、私も士郎さんと一緒がいいんですけどっ?」

 

玖遠が抗議するが、

 

「新野の戦いで張曼成を倒したのはキミだろう・・・」

 

「あ・・・そうでしたね・・・・」

 

士郎につっこまれる。

 

「それで・・・・いいですか・・・・聖さま・・・・」

 

「うん、大丈夫だよ。月ちゃんは?」

 

「はい・・・皆さんよろしくお願いしますね。」

 

そのまま軍議は終了し、

 

「あ・・・・士郎さんと・・・霞さんは黄巾党の服を渡しますから・・・・

後で来てください。」

 

援里にそう言われたので、士郎と霞は一緒に援里の部屋に向かって行く。

 

「明日はよろしくな。」

 

「よろしく頼むでー。確か士郎やったな。頼りにしとるでー」

 

士郎は苦笑を浮かべながら、

 

「まあ期待に答えれるようには頑張るさ。」

 

「いやーー藍との戦いはちょっとしか見れへんかったけど、

かなり出来るやろ。」

 

「そういう霞もだろ。」

 

「分かるんか?

また時間が出来たらウチと戦ろうで!」

 

「なるほど。少し戦闘狂なんだな。」

 

「やっぱし強い奴と戦うんはゾクゾクして楽しいやろ?

恋の相手するんは、ウチじゃちょっと力不足やったからなぁ・・・」

 

士郎は初めて聞く名前が出てきたので聞いてみる。

 

「その人は?」

 

「ああ、呂布って言う奴なんやけど、これが無茶苦茶強いんや。

今は涼州の韓遂って言う奴が反乱起こしてなぁ。

陳宮って言う軍師と、徐晃って言うウチと同じくらい強い奴と一緒に鎮圧にむかっとんや。

終わったらまたと合流するみたいやで。」

 

「そうなのか・・・・」

 

(三国志最強の武将呂布・・・どれ位の強さか気にはなるな・・・)

 

士郎が考えていると、

 

「ほら、ぼけーっとせんではよ行こうで!」

 

霞に手を引っ張られる。

 

「うわっと、あ、ああ。」

 

そのまま援里の部屋に行ったが、そこには援里に手をつないでいるのを見られ

「もう・・・そんなに仲良くなったんですか・・・」と、

じと目で見られた士郎がいた・・・




次は宛城への潜入→攻略になります。

地形や都市の位置関係は三国志11をベースにしています。

あと、華雄の真名ですが、董卓軍は陳宮以外は
全員一文字の漢字で二文字読みなので、それを考慮して、
猪突猛進な華雄のイメージ「乱」から「藍」にしてみました


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2-3 宛攻略戦(2)

「この陣は捨てるっ!

引けーっ!」

 

董卓軍の駐屯地から宛城の間位に五千人程で陣を作っていると、

さすがに宛にいる黄巾党も迎撃しに出て来た。

 

やはり近くに陣を作られると、精神的に良くないものがあるのだろう。

 

陣が完成する前だった為、幾つかの食料や武具も黄巾党に持っていかれたが、

作戦通りの事なので、撤退する水蓮は別の事を心配していた。

 

「後は頼むわよ士郎、霞・・・」

 

そう呟いていると前方に董卓の軍が見える。

 

撤退の支援に来たのだろう。

 

その最前列にいる藍に向かって、

 

「適当な所で引き上げてよっ。」

 

「任せろっ。我が武を黄巾の奴らに見せつけてやるっ!」

 

そう言いながら得物の金剛爆斧を振りあげる藍。

 

その様子を見ながら、

 

(・・・・大丈夫かしら・・・)

 

と思いながら本陣に引き上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

宛城の中を黄巾党の服を着た士郎と霞が歩いている。

 

「うまく紛れ込めたな。」

 

「そやなー

けどなんか拍子抜けするわ。」

 

それを聞いた士郎は軽く笑いながら、

 

「運が良かったよ。ちょうど密偵で忍び込んでた奴に会えたしな。」

 

士郎達が黄巾党の服に着替えて、黄巾党に紛れ込む時、

ちょうど密偵で忍び込んでいた奴が伍長を務める部隊に合えた為、

スムーズに紛れる事が出来た。

 

「はぁ・・・出来ればウチの武器持って来たかったんやけどなぁ・・・」

 

「流石にあれは目立つだろ・・・」

 

士郎の干将・莫耶は服の中に隠せるので今も持っているが、

霞の飛龍偃月刀は流石に大きすぎるし、ただの兵士が持つには違和感がありすぎる。

 

「そやけど・・・これじゃ調子が出えへんわ。」

 

そう言って腰に差している長剣を触る。

 

「一応手は打ってるから、うまくいったらまた後で渡すよ。」

 

「?まあええわ。頼むでー」

 

そう言いながら、他の密偵や黄巾党の人たちが集まっている広場に移動する。

 

そこには酒を飲みながら大騒ぎしている奴ばかりいた。

 

ずっと宛城に引きこもっていた黄巾党からすれば、酒を飲むのはかなり久しぶりになる。

案の定、陣を奪われる際に大量の酒と食料を置いていったら、さっそく宴会騒ぎである。

 

「ここまで計画通りだと逆に不安になるな・・・」

 

「なあ士郎・・・ウチも飲んで・・・「ダメ」えーーっ!

でもほら全員飲んでるし、ウチらだけ飲んでないのも不自然やん。」

 

「これが終わったら好きなだけ飲ましてやるから・・・・」

 

「ほんまに!約束やでー」

 

士郎たちが広場の真ん中に目を向けると、

そこでは大将と思われる奴が真っ赤な顔で熱弁を振るっている。

 

「官軍がどうしたっ!我等がちょっと出てきた位で逃げ出しおって!

奴らが飲むはずだった酒を、奪って飲むのはまた格別にうまいわ」

 

「「「「「わはははははははっ!!」」」」」

 

「そら飲め飲め!まだまだ沢山あるからなっ!」

 

「「「「「おーーーーっ」」」」」

 

それを見ながら、

 

「で、どうするん?やっぱり宴会に参加するん?」

 

「・・・とりあえず100人程捕虜になった兵がいたから、場所を確認しておこう。

人数は多いほうが撹乱出来るしな。」

 

「そやね、じゃあ行こか。」

 

士郎達は密偵の案内に従って捕虜を収容している所の確認や、

城門の開閉の仕方を確認していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜ーーー月が照らす闇のなかを動く者たちがいた

 

士郎はすぐ横を走る霞に声をかける。

 

「じゃあ騒ぐ方は任せる。」

 

「士郎こそ城門開けるん失敗すんやないで!」

 

霞を見て、酒が飲めず大分フラストレーションが溜まってるなと思った士郎は、

街中で騒ぐ方は霞に任せ、自分は城門の開閉に向かう事にしていた。

 

「騒ぐのは、とりあえず捕虜を解放してからだぞ。」

 

「わかってるって。藍とは違うんやから。」

 

「俺も城門を開けてたら直ぐ合流する。」

 

「まってるでっ。ほなな。」

 

軽く手を上げながら霞は捕虜収容所に向かって行く。

 

「じゃあ俺達は城門の方に向かうか。」

 

「「「はいっ!」」」

 

士郎もそのまま20人ほどを連れて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで全員やね。」

 

霞は解放した捕虜達を見ながら話す。

 

「はいっ。」

 

「よしっ。じゃあ時間もあんま無いし、簡単に説明するで。」

 

そう言って、霞がこれからの事を話そうとすると、

 

「おっ、おいっ!見張りが殺られてるぞっ!

捕虜が逃げてるかもしれん!」

 

「見つかってしもうたか・・・」

 

見張りを殺した際に、見つかりにくい所に死体を移動させたが、どうやら気づかれたようだ。

 

「ウチらはこのまま方円陣を敷いて南門へ向かうで。

密偵達は一度戻って、ウチらが南門に逃げてるって情報伝えてな!」

 

「「「はい」」」

 

皆が答えると、ドアが開く。

 

様子を見に来た黄巾党の奴らが顔を見せるが、

彼らが見たのは、銀色に輝く霞が振るう長剣の輝きだった。

 

――――ヒュンッ――――

 

左右に一度ずつ剣を振るい、前にいた二人を切り倒す。

 

「えっ?」

 

その後ろにいた、状況を直ぐに理解できていないもう一人に

突っ込んだ勢いのまま喉元に剣を突き立てる。

 

「ふっ!」

 

浅く息を吐きながら剣を抜き、血糊を振り払う。

 

「はぁっ・・・やっぱりこれじゃ調子出えへんな・・・

まぁ、とりあえず行こか。」

 

そう言って、霞は自ら先導しながら黄巾党を切り倒しながら南門に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまくいってるみたいだな。」

 

西門近くに隠れている士郎は、城壁の上にいる兵士の動きを見ながらそう呟いた。

 

上手く南門へ敵兵が陽動されている。

その証拠に西門の上にいた敵兵も南門に移動を開始していた。

 

「あとは時間との勝負かな・・・」

 

それを聞いた兵士が士郎に質問する。

 

「?張遼さまでしたらそう簡単にはやられないと思うのですが・・・」

 

「ああ。それも有るけど、今北門の兵士が西門に移動して来てるからな・・・」

 

それを聞いた兵士は北門の方へ目を向けるが、時間が夜のせいも有り、まったく見えない。

 

「見えるんですか・・・・」

 

「普通の人より目は良いからな。」

 

視力を強化することで、最大四㎞まで視認できる士郎にとって、

北門の上を移動している、敵兵の松明を確認するのは容易いことである。

 

「そろそろ良いか。周りの兵は私が片付ける。

皆は門の閂を外して、味方に合図してくれ。」

 

「「「はい!」」」

 

士郎達はそのまま城門回りの兵を片付け、開門させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖っ!成功したわよっ。」

 

水蓮から報告を受けた聖は、隣にいる月に目配せをしながら、

 

「うん。士郎達も待ってるし、行こう。」

 

「はい。詠ちゃん。」

 

「ええ。じゃあ確認するわ。

月と聖様は北門をよろしくお願いします。玖遠と援里は東門を封鎖して。

水蓮はこのまま西門から、藍は南門に移動してる霞と合流して・・・」

 

詠が担当場所の確認をしていると、兵が駆け込んでくる。

 

「華雄様が西門に攻め込んで行きましたっ!!」

 

「・・・あ・の・猪は~っ!!」

 

「はぁ・・・詠、私が霞の方に行くわ。」

 

「ありがと・・・お願いするわ。

はぁ・・・とりあえず私も西門に行くわ・・・藍を止めなくちゃいけないし・・・」

 

詠は、水蓮の提案に溜息をつきながら答える。

 

「じ、じゃあ行きますかっ!私達は東門の封鎖だねっ。」

 

「はい・・・おそらく敵は・・・許昌に居る黄巾党と合流しようとしますから・・・

責任重大です・・・・」

 

「そうなんだ・・・なんかあっちこっちにいるんだね・・・」

 

少し予定が変更になったが、聖と月達は宛に進軍していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西門を開け、味方に合図を送った後、士郎は南門に移動していた。

 

霞たちが南門から逃げる前に、黄巾党に包囲されたらしい。

 

「霞なら多少は大丈夫だとは思うけど・・・数が数だしな・・・」

 

もともと宛には約三万の黄巾党がいる。

けれど全員が直ぐに戦える訳ではなく、兵は基本交代で休ませるものだし、

酒で酔い潰れていたり、夜なので熟睡している者も沢山いる。

それらを加味して考えたら、今まともに戦える黄巾党は大体一万程だろう。

 

「だとしたら霞を包囲している兵は三~五千位かな・・・」

 

捕虜を解放しているが霞達は約百人位。

戦の勝敗において、数の差は最も大事な要素だ。

 

「っ・・・・・」

 

強化した脚で強く踏み込む。

 

士郎は月に照らされた宛の城内を、風のような速さで疾駆していった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「囲めっ!包囲して、矢を討って弱らせろっ!

絶対に突出するなよ!」

 

黄巾党、韓忠の声が南門に響く。

 

詳しい数は分からないが、四、五千ほどの黄巾党が霞達を包囲している。

 

「こっちの城門が開く前にきてしもうたな・・・・」

 

霞は南門の方を見ながら答える。

 

南門に移動し、開門させ、そのまま本陣と合流するつもりだったのだが、

敵に見つかるのが早く、予想以上に情報の伝達が早かった為、

開門させる前に追いつかれてしまっていた。

 

霞は韓忠の方に目を向け、

 

「男やったら後ろに隠れんと前に出てこんかいっ!

情けないわ~」

 

「ふん。貴様のような化け物と戦って、張曼成のように死ぬのはごめんだからな。」

 

「化け物て・・・こんなかよわい女の子にそれはないやろ。」

 

「どこがだ!かよわい女が、ここに来るまでに何十人も殺すわけないだろうが!」

 

嘘泣きの演技を始めた霞に韓忠が突っ込む。

 

(流石に乗って来おへんな・・・

一気に切り込んでアイツ倒したら早いんやけど・・・武器がなぁ・・・)

 

愛用の飛龍偃月刀があれば容易いのだが、長剣では確実に仕留められるとは言い切れない。

 

(さて・・・どうしようかな・・・)

 

そう霞が悩んでいると・・・・

 

「うわあっ!」

 

「なんだ、こいつっ!」

 

包囲している黄巾党の一角が騒がしくなり、

 

「霞っ!!」

 

「士郎!来てくれたんかっ!」

 

「ああ、それと・・・ほら、使えっ。」

 

そう言いながら横に来た士郎は、霞に何かを渡す。

 

「これは・・・偃月刀っ?」

 

「眉尖刀。戦闘に特化した偃月刀だよ。」

 

霞はそのまま軽く振り回す。

 

「重さも丁度ええし・・・これならいけるやん。

ありがとな士郎。」

 

霞が士郎に感謝をしていると、黄巾党の方から声が上がる。

 

「ふん・・たった一人の増援で何が出来るっ!

野郎どもっ!このまま射殺せっ!」

 

周りの黄巾党が再度弓に矢を番える。

 

そうして両者の緊張が高まっていると、

 

「韓忠さまっ!大変です!西門が敵に突破された用です!!」

 

「なにいっ!!」

 

黄巾党に動揺が走る。おそらく、先に突っ込んだ藍の部隊だろう。

 

無論、その隙を逃す二人では無かった。

 

「はあっ!!」

 

一気に攻め込む霞。

 

韓忠との間にいた黄巾党を横薙ぎで払い倒し、韓忠との距離を詰める。

 

一度薙ぐ度に三~四人を打ち倒し、そのまま韓忠に下から切りつける。

 

「うおっっ!!」

 

咄嗟に下がった為、浅く切られる。

 

「ひいいいっ。」

 

更に距離を離すが、攻撃範囲の広い眉尖刀からは逃れられず、

上に上がった刃を返し、そのまま長く持った眉尖刀の上段からの打ち下ろしをその身に受け、

 

「ぐふっっっっ・・」

 

「韓忠っ!討ち取ったでっ!」

 

そして、霞が突っ込んでいった道を、士郎が広げるように兵を展開していく。

 

「この隙を逃がすなっ!」

 

「数は此方の方が上だっ!押しつぶせえっ!」

 

黄巾党の誰かが声を上げるが、西門から入って来た藍の部隊もそこまで迫っており、

黄巾党は混沌としていく。

 

その中で士郎と霞は背中合わせで立ち、戦っていた。

 

使用している武器は眉尖刀と双剣でまったく違うが、それを利用し、

位置を入れ替わりながら、距離がある者は眉尖刀に、強引に突っ込んで来た者は双剣に切られ、

まるで竜巻にように黄巾党を打ち倒していき、ここにいる黄巾党を恐怖に陥れる。

 

「お・・・おい・・・もう逃げた方が・・・・」

 

「ぐっ・・・まだ、俺達は負けてない・・・・ぐはぁっ!!」

 

弱気になっている敵兵を、他の敵兵が鼓舞しているとその兵が吹き飛ぶ。

 

「やっと城門が開いたわね・・・士郎、霞大丈夫?」

 

黄巾党が士郎達に気をとられている隙に、他の兵が南門を開け、外にいた水蓮の軍が入って来た。

 

「あれ・・・確か南門は藍じゃなかったのか?」

 

士郎が作戦内容を思い出しながら水蓮に聞くが、

 

「・・・西門が開いた途端に突っ込んで行ったわよ・・・」

 

「あの馬鹿は・・・」

 

水蓮の答えに霞が頭を抱える。

 

「まあええわ・・・士郎、このまま一気に落とすで!

どっちが先に着くか競争な!」

 

そう言って霞は眉尖刀を肩に担ぎ走り出す。

 

おそらく中心にある宛の本陣に向かったのだろう。

そこの上に架かってある黄巾党の旗を降ろし、董卓と劉表軍の旗を揚げればこの戦の勝ちが決まる。

 

「なっ・・・はぁ・・・とりあえず行ってくる。」

 

水蓮に後を任して士郎も駆け出す。

 

「別に後は私達に任してくれればいいんだけど・・・・」

 

そう言いながらフリウリスピアを構えながら兵に指示を出す。

 

「私達はこの城門を塞ぎながら押し上げる!総員、奮起せよっ!勝ちはもうすぐだっ!」

 

ウオオオオオッ!!!

 

こちらの兵の士気に押され、黄巾党はジリジリと後退していった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・やっと着きましたっ。」

 

本陣から一番遠い東門を任された玖遠は、軽く汗を拭いながら話す。

 

「騎兵を率いるのも・・・・・初めてですからね・・・・・」

 

その直ぐ傍に一緒にに着いてきた援里が答える。

 

「私たちはここで待ってればいいんだよねっ?」

 

「はい・・・その内・・・許昌に逃げようとする・・・黄巾党の人たちが・・・・

勝手に開けてくれますから・・・・」

 

「・・・やっぱり私達の軍が多いのもその為たよねっ・・・」

 

玖遠が後ろに控える自軍の兵士を見ながら言う。

 

「もし・・・私達がやられたら・・・後々の・・・許昌攻略が大変になりますから・・・」

 

「ううっ・・・責任が・・・」

 

玖遠がプレッシャーに押しつぶされていると、城門が騒がしくなる。

 

「そろそろだねっ・・・」

 

「はい・・・・」

 

「・・・って!援里ちゃん、危ないよっ!後ろに下がった方がっ・・・」

 

「大丈夫です・・・黄巾党の人たち・・・錬度は対したこと・・・ありませんから・・・」

 

そうこうしていると城門が開門される。

 

「急げえっ!許昌はすぐに・・・・って、敵だあっ!!」

 

先頭にいた黄巾党が声を上げる。

 

「ぐっ・・・邪魔だあっ!!」

 

「押し返しますっ!はあっ!!」

 

慌てて攻撃してくる黄巾党を迎撃する玖遠。

 

するとーーーー

 

「ぐほおおおっ!!」

 

いきなり目の前にいた敵兵が吹き飛ぶ。

 

「えっ?」

 

わけが分からなくなっている玖遠をよそに、吹っ飛ばした奴が話し出す。

 

「なんだこいつは?じゃまな奴だな。」

 

「・・・・なんで此処にいるんですかっ・・・藍さん・・・」

 

藍は頭に?マークを浮かべながら、

 

「玖遠?と言うことは此処は東門か?

おかしいな・・・ついさっき西門から入ったはずだが・・・」

 

「・・・中を・・・突っ切って来たんですか・・・」

 

それを聞いていた援里も呆れていると、周りの黄巾党がざわめいている。

 

「そっ・・孫夏さまがやられたっ・・・」

 

「なんか知らないうちに敵将倒してますねっ・・・」

 

「アイツがそうだったのか?じゃあ残るは二人か?

よしっ!戻るぞっ!」

 

そう言いながら藍は再び宛城内に戻っていく。

 

「・・・なんか・・・凄いねっ・・」

 

「・・・とりあえず・・・楽に・・・なりました?・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎と霞は本陣へ向かって駆けている。

 

士郎は最小限の動きで敵をかわしているのに対し、霞は薙ぎ払いながら進んでいる。

 

「くっ・・・ウチより速いっ・・・中々やるやんっ・・・」

 

それを聞いた士郎は、後ろに居る霞に顔だけ振り向き、

 

「ふっ・・・着いて来れるか―――――」

 

「っ!・・・・上等やあっ!」

 

そのまま宛城の本陣になだれ込む。

 

「っあ・・・負けたぁっ!!」

 

どさりと霞が座り込む。

 

士郎はそのまま奥のほうを軽く見回すが、そこには誰もいなかった。

 

「逃げたか・・・・」

 

そう言いながら宛の街の方を見る。

 

そこは街の声が良く聞こえた。

 

「はああああああっ!!どけどけぇっ!!敵将はどこだあっ!」

 

「ちょっ・・・藍っ!なんで私の軍に突っ込んで来てるのよ!!」

 

「?なんで詠が此処にいるんだ?」

 

「・・・・あんたを止めに来たからに決まってるでしょうがっ!!!」

 

なんか混乱してる。

 

「・・・・早く旗を降ろすか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宛城の夜が明ける。

 

宛城に掲げられた董卓と劉表軍の軍旗を見て、最後まで抵抗していた黄巾党も諦め

宛城の戦いは終結し、南陽黄巾賊はほぼ壊滅した。




眉尖刀

眉に似ている刃の形をしているからそう呼ばれる。
より実践用に作られた薙刀。
刃の下に鍔がついてある。

ちなみに宝具ではありません。


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2-4 一時休憩

宛を攻略した士郎たち。

 

次は許昌の攻略になるのだが、荒れている宛をほっといて行くわけにはいかず、

別に動いている呂布たちも、洛陽の方から許昌に移動中なので、

暫しの間、宛に居る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練場にて対峙しているのは士郎と霞。

 

互いに得物の双剣と偃月刀を構えている。

 

緊迫した空気の中、それ痺れを切らしたように霞が距離を詰める。

 

「はあっ!!」

 

神速の突きを繰り出すが、士郎は後ろに下がって避ける。

 

「まだまだやでっ!!」

 

そのまま突きを繰り出し、士郎が攻撃出来ない距離から攻撃を繰り出す。

 

(中々鋭い・・・・だがこれならっ!)

 

そう考えた士郎は、干将・莫耶を振るい捌いていく。

 

「どうした霞っ!!全然当たってないだろうっ!!

早く私に代われっ!」

 

そう叫んでいるのは、この戦いを見ている藍。なぜか柱に縛り付けられているが・・・・

 

「士郎さんっ!頑張ってくださーいっ!」

 

その横で玖遠が座ったまま士郎に声援を送っていた。

 

「分かっ・・・とるわっ!!」

 

藍に答えながら攻撃を続ける霞。

 

「もっと距離を詰めろっ!!

このままじゃ埒があかんぞっ!!」

 

「・・・・玖遠っ。そいつ黙らしといてっ。」

 

藍のヤジに痺れを切らした霞が玖遠にお願いする。

 

「はーーいっ。了解ですっ。」

 

玖遠は柱に縛り付けられて居る藍に近付き、口に布を巻き始める。

 

「おいっ・・なにをっ・・・・むぐ・・むぐーーーっ!!」

 

藍がむぐむぐ言っているが、それを無視して攻撃を続ける霞。

 

(確かにこのままじゃ埒があかん・・・・

けど・・・不用意に近付けへん・・・)

 

宛の戦い等で一緒に戦った霞は、士郎が自分より強いと判断している。

 

(恋とやったらどっちが勝つんやろ・・・

見てみたいけど・・・今はウチが勝たな!)

 

気合を入れ直した霞は、そのまま攻撃を続ける。

 

そうしていると、霞は士郎の捌き方に違和感を感じた。

 

(一瞬・・・やけど、隙ができとる。)

 

それは微かなタイミング。

 

(ここ狙ったら・・・いけるっ!!)

 

突いた後、そのまま流れるように士郎の右脇腹を薙ぎはらう。

 

―――――瞬間―――――霞に悪寒が走った。

 

それは霞の直感、強者としての感。

 

「くっ!!」

 

咄嗟に攻撃を止めようとするが、既に遅い。

 

士郎は右手の莫耶で防御しながら距離を詰める。

 

「まだやっ!!」

 

完全に攻撃に移る前だった為、ぎりぎり回避が間に合う。

 

そのまま霞は後方に跳躍しようとするが、

 

ブンッ!!

 

士郎は左手の干将を霞に投げつける。

 

「ええっ!!」

 

慌てて跳躍を止め、偃月刀の柄で弾くが、

その時既に、士郎は霞の首筋に莫耶を突きつけていた。

 

「まだ続けるか?」

 

「はあ・・・ウチの完敗や・・・」

 

そう言って霞は倒れこむ。

 

「さすが士郎さんですっ。」

 

「むぐぐぐっ!むぐーーーっ!」

 

玖遠が士郎に拍手しながら近付いて来る。

 

藍は相変わらず何か言っているが、むぐむぐとしか分からないので無視されていた。

 

「なんか今まで戦った事ないわ。あんなん。

罠仕掛けるし、剣も投げるし。」

 

「あれはびっくりしますよね・・・」

 

霞と玖遠が感想を述べる。

 

「一瞬でも思考を停止させれば、十分隙ができるしな。

力や技だけを競うものじゃないだろ。」

 

士郎の返事に呆気に取られる二人。

 

「いろんな奴がおるんやなぁ・・・・

ウチんとこの恋は本能で戦いよるから、士郎とは全然違うなぁ。」

 

「その人って呂布さんですかっ?」

 

「そやで。あんま話さへんし、いっつもぼけーっとしとるけど、

無茶苦茶強いんや。

士郎やったらええ勝負できるかもしれんわ。」

 

そう言って霞は立ち上がる。

 

「よしっ!じゃあ士郎もう一回「あの・・・士郎さんは・・・・・」ってどうしたんや?」

 

霞が士郎に再戦をお願いしようとすると、訓練場の入り口から援里が顔を出していた。

 

「士郎さんを・・・・呼びに・・・来ました・・・」

 

「?何かあったのか。」

 

「はい・・・・黄巾党の・・・本陣が判明したので・・・・」

 

すると、それを聞いた霞は、

 

「えーーっ、もう一回やろうとおもとったのに・・・」

 

やるき満々の霞はすごく嫌そうな顔をする。

 

「まあええわ。玖遠。ウチとやろうで。」

 

「お、お手柔らかにおねがいしますねっ・・・・」

 

霞に呼ばれた玖遠は、苦笑いを浮かべながら返事をする。

 

二人が話している間に、援里が士郎の所までやって来る。

 

「行きますか・・・・・」

 

「ああ。」

 

援里と士郎が一緒に入り口に向かって歩いていると、

途中、縛られている藍の所を通過する。

 

「あの・・・士郎さん・・・如何したんですか・・・・これ・・・・?」

 

それを見た援里がおずおずと問いかける。

 

「ああ、玖遠は帰って来るのが遅かったからな。

これは・・・・」

 

士郎が宛城を攻略した直後の話を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宛城を攻略した後、士郎と霞が本陣に帰ってくると。

そこでは藍と詠のバトルが繰り広げられていた。

 

「あんなに作戦説明したのにっ!なんで勝手に突っ込んでいったのよっ!」

 

「敵がいたら、戦うのは武人の性だ!」

 

「命令違反していい理由にはならないわよっ!」

 

「敵将一人倒してるだろう!」

 

「その後後詰めできたボクの軍に、あんたが突っ込んで来てるでしょ!

どれだけ被害が出たと思ってんのよ!」

 

・・・大分ヒートアップしてるな・・・

 

士郎は口論している二人を見てそう思っていた。

 

「え、詠ちゃん・・・少し落ち着いて・・・」

 

「藍も。一度座りなさい。」

 

一応、月と水蓮が二人を宥めているが焼け石に水だ。

 

「・・・とりあえず、命令違反した以上、何らかの罰を与えないと軍紀が乱れるだろ。」

 

それを見かねた士郎が口を出す。

 

「ぐっ・・・」

 

「ほら見なさい!」

 

それを聞いて、藍は静かになり、詠は勝ち誇る。

 

「でも、罰って何をするんだ?」

 

「そうね・・・」

 

士郎の質問に、詠は考え込む。

 

「え、詠ちゃん・・・あんまり厳しいのは・・・・」

 

その様子を見て、月が心配そうにしている。

 

「これからの藍の予定はどうなってるの?」

 

「訓練場で武官同士で手合せする予定になってるけど・・・どうかしたのか?」

 

それを聞いた詠は、何かに閃いたような顔をし、

 

「だったら藍を、その訓練場の柱に縛りつけといて!

この戦馬鹿にはそうしたほうが効果がでるわ!」

 

なるほど。

目の前で強者同士が戦っているのに、それに参加できないのが藍にとっては一番きついか。

 

そう理解した士郎は、暴れる藍を、

強化した縄で柱にぐるぐる巻きにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そ・・・そうだったんですか・・・」

 

援里はなんとも言えない顔をしている。

 

「・・・個性的な人が多いよな・・・・」

 

「はい・・・・・」

 

士郎の呟きに援里も頷いた後、

お互いにため息をはき、

そのまま聖たちの所に移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり援里ちゃんっ!」

 

扉を開けると聖の元気な声に出迎えられる。

 

その声に少し元気を貰った二人は、そのまま席に着いた。

 

「士郎くんもおかえりー

お茶入れてーっ。」

 

「ただいま。ってまさかその為に呼ばれたのか、俺?」

 

「い、一応作戦の方も説明するよ?」

 

「一応・・・とりあえず待っててくれ。」

 

そう言って士郎はお茶を入れに行く。

 

「で、黄巾党の本拠地が分かったって?」

 

士郎はお茶を全員に配りながら質問する。

 

「ええ。冀州や徐州にいた黄巾党は敗走して濮陽に集結してるみたいね。

もっとも最初から本拠地だったみたいだけど。」

 

士郎の質問に詠が答える。

 

「大体人数はどれ位になるんだ?」

 

「・・・・30万くらいね・・・」

 

士郎は驚き、

 

「そんなにいるのか・・・」

 

「この国全体で乱が起きてたからね・・・・

それが一箇所に集まってるから。」

 

「これは他の官軍と連携しないと話にならないな。」

 

「ええ。」

 

援里が地図を広げる。

 

「冀州方面は・・・・今・・・平原に兵を集めているみたいです・・・・

揚州は・・・寿春を攻略中です・・・・」

 

援里が地図を指差しながら説明していく。

 

「官軍の・・・・本隊は・・・陳留に・・・移動中ですね・・・」

 

「ということは、まだ準備には時間がかかるのか。」

 

「はい・・・」

 

すると、水蓮が士郎の方を向く。

 

「その間に私達は許昌を攻略する予定よ。」

 

「許昌には約2万位の黄巾党がいるけど、

私達の方は今大体4万位の兵がいるから大丈夫でしょう。」

 

「それに、途中から恋さんの軍も合流しますから。」

 

水蓮と月がこちらの軍の状況を話す。

 

「今回は大分優勢に戦えそうだから良かったよ~」

 

聖が安心した顔を浮かべている。

 

「まぁ恋も合流すると武将も増えるからね。

余裕は出来てくると思うわ。」

 

詠の言葉に月も頷く。

 

「あとは作戦なんだけど・・・・」

 

そのまま詠と援里を中心に作戦等を打ち合わせ、軍議は終了した。

 

「じゃあ俺は霞達に話して来る。」

 

そう言って士郎が立ち上がる。

 

「まって士郎、私も行くわ。

軍の編成とか話しておきたいし、訓練もしておかないといけないし。」

 

「ボクも行くわよ。藍の様子が見たいし。」

 

水蓮と詠も立ち上がり、士郎と一緒に訓練場に移動する。

 

「やっぱり気になってるんだな・・・」

 

「きちんと罰になってるか見ておかないといけないからね。」

 

士郎に詠が答え、そのまま移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練場の入り口に着く。

 

「訓練が終わってるの?それらしき音がしないんだけど?」

 

水蓮が首をかしげている。

 

「そうかもね。霞が訓練してたらもっと騒がしいし。」

 

詠もそれに頷く。

 

「とりあえず入れば分かるだろ。」

 

そう言って士郎はドアを開け、中に入る。

 

そこには、体育座りで落ち込んでる藍と、必死にそれを慰めている玖遠と霞がいた。

 

「あっ!士郎さんっ!」

 

士郎を見つけた玖遠が近付いてくる。

 

「如何したんだ一体?」

 

「それはですねっ・・・」

 

玖遠が説明しようとすると、詠が少し怒り気味に話し出す。

 

「ちょっと、藍を解いたら罰にならないじゃない!」

 

「実はそれなんですっ、ずっと縛っていたんですけどっ!

途中で訓練の邪魔になるからって口も塞いでたんですよっ・・・」

 

そこまでは士郎も見ている。

士郎はそれに頷いて話を聞いていた。

 

「それで・・・ずーっと縛ってたまま、声も出せなかったですからっ。

漏r「わーーーーーーーっ!!言うなーーーーっ」

び、びっくりしましたっ!」

 

急に藍が叫ぶ。

が、既に遅く、全員が理解していた。

 

そのまま藍は、キッと霞を睨み、

 

「大体っ!霞が口を塞がせたからだっ!!」

 

「まぁ・・・・うん・・・そやな・・・・」

 

「哀れむなーーっ!!」

 

霞も多少の罪悪感があるようで、藍の方を見ようとしていない。

 

「なんか・・・・凄い事になってるわね・・・・」

 

そうとしか言いようが無い水蓮は、苦笑いを浮かべて立ち尽くしている。

 

「詠、罰はこれ位でいいんじゃないのか?」

 

「そ、そうね・・・」

 

詠もまさかの事態に苦笑いを浮かべており、士郎に賛成した。

 

「打ち合わせの話するの、遅れそうね・・・」

 

軽くため息を吐いた水蓮は、

何とか藍に機嫌を直して貰えるように、士郎達と一緒に宥めに行く。

 

その後何と藍の機嫌を直してもらい話をし、

その日は終わっていった・・・・



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2-5 許昌攻略戦

「なんですってっ!?」

 

朝、士郎達が食後のんびりしていると、伝令からの報告に詠が驚いていた。

 

「詠ちゃん・・・何があったの?」

 

月が心配そうに問いかける。

 

「ええ、恋が許昌に向かってるみたいなのよ。

音々音の奴、何やってるのよ・・・・」

 

「確か・・・・私達と・・・・合流する・・・予定でしたけど・・・」

 

「そうよ。確か、恋は一万五千位の兵を連れてるんだけど・・・」

 

「少し・・・厳しい・・・ですね・・・」

 

詠と援里が頭を悩ませる。

 

それとは対照的に、霞は平然としている。

 

「恋がおるなら大丈夫やろ。それに、弧白もついとるし。」

 

「でもね、軍師は音々音よ。

恋と一緒にいるんだから、まともな指揮するわけないじゃない!」

 

詠の発言に霞は飲み物を噴出す。

 

「げほ、げほっ・・・だ、だったらなんでいかせたんや・・・」

 

「反乱の規模が小さかったからよっ。

私達と合流した後だったら、手綱も握れたのにっ!」

 

「じゃあどうすんや?」

 

「・・・・・・」

 

詠が悩んでいると、聖が話し出す。

 

「水蓮ちゃん、今、騎馬兵ってどの位いるのかな?」

 

「確か両軍合わせて約一万って所ね・・・どうするの聖?」

 

「うん。じゃあとりあえず、それで先行したらどうかな?」

 

そのまま聖は月の方に目を向ける。

 

「それがいいですよね。詠ちゃん。」

 

「そうね・・・それだけいれば大丈夫だと思うし・・・・

こっちは霞に先行してもらうわ」

 

「じゃあ・・・こちらは・・・玖遠さんと・・士郎さんに・・・お願いします・・・」

 

詠と援里に頼まれ、士郎たちは頷く。

 

「ウチの本領発揮やん、いくでっ士郎!」

 

ズルズルと士郎を引きずっていく霞。

 

「ちょっ・・・これは(引きずられる)玖遠の役目だろうっ!」

 

「どういう意味ですかっ。」

 

それについて行く玖遠。

 

「私も編成に向かうかしら。手伝ってくれる藍・・・・って大丈夫?」

 

「そうだな・・・」

 

水蓮が声をかけると、なぜか元気が無い藍。

 

「と・・・とりあえず行きましょうか・・・・」

 

そのまま出て行く二人。

 

それを見送った後、詠と援里が作戦を話し合う。

 

「作戦・・・どうします・・・・?」

 

「恋なら下手に策使うより、勢いのまま突っ込むでしょうね・・・・」

 

それに急な出陣なので、こちらも策を仕込む時間も無い。

兵は神速を尊ぶである。

 

「なら・・・・私達も・・・一緒に・・・

鋒矢陣組んで・・・・突っ込んだ方が・・・・良いですね・・・」

 

「多分私達が着く頃には城門破ってそうね。それでいいかしら、月、聖様」

 

「うん。」

 

「私もいいよ~」

 

二人の賛成を得た詠は立ち上がり、

 

「じゃあ。先行部隊と本軍の兵糧の準備しましょう。」

 

そう言って残った四人も出て行く。

 

慌しく士郎たちは出陣していく。

 

「平穏って一瞬だよな・・・」

 

そう呟いて許昌に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、呂布の軍ってどういう編成になってるんだ?」

 

横を並走している霞に士郎が問いかける。

 

「兵の数はさっき話しに出たけど一万五千や。

武将は恋と音々音と弧白が率いとるで。」

 

「どんな人たちなんですかねっ?」

 

途中から玖遠も霞に問いかける。

 

「そやな・・・・恋は呂布って名前でむっちゃ強いで。

けど無口やけん、会話しづらいわ。

音々音は陳宮っていうんやけど、恋の事が大好きな奴やわ。

軍師見習いって所やな。

弧白は除晃って言うて、ウチと同じ位の強さやわ。

やけど流される性格しとるけん、恋達と一緒に許昌攻めにいっとるやろなあ・・・」

 

「なんか・・・個性的な人が多いですねっ。」

 

「そっちも一緒やろっ。」

 

会話を交わしながら走り続ける三人。

 

「・・・ちょっと気になっとったんやけど、士郎、その馬どこで入手したん?」

 

「ああ、襄陽で買ったんだけど・・・どうかしたのか?」

 

「額に白い模様があるし・・・もしかしたら的盧かもしれんなぁと思てな。」

 

「的盧って、あの凶馬ですかっ!」

 

霞の言葉に玖遠が驚く。

 

「そうなのか?まぁ、元々運はいいほうじゃないし、大丈夫だろ。」

 

(解析したときは、かなりの駿馬だったんだけどな・・・)

 

「まぁ気いつけぇや。」

 

そうしていると許昌の姿が見えてくる。

 

「もう始まってるみたいだな・・・」

 

視力を強化した士郎が呟く。

 

「見えるん?」

 

「目は良いんだ。急ごうっ!」

 

「そやねっ!」

 

士郎と霞が馬を加速させる。

 

「は・・・はやいですよーーっ!」

 

二人に置いていかれそうになった、玖遠が慌てて加速させ、

その後ろに続く一万の騎馬兵もスピードを上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「城門が破られてますっ・・・・」

 

玖遠が許昌の様子を見て呟く。

 

「さすが恋やな・・・」

 

許昌の外には生きている黄巾党の姿は少ない。

おそらく生きてる兵は殆ど許昌城内にいるのだろう。

 

「士郎さんっ、霞さんっ!私が周りの黄巾党の相手をしますからっ、

二人は中をお願いしていいですかっ?」

 

「そうやな・・・もし恋に勘違いされたら、士郎はともかく、玖遠は危ないで。」

 

玖遠の提案に賛成する霞。

 

「じゃあ、とりあえず三千の兵を預けるから任せる。

・・・無理はするなよ。」

 

心配そうに話しかける士郎に、

 

「はいっ!頑張りますっ!」

 

玖遠は元気な返事を返して、移動していった。

 

「じゃあウチらも行こか!」

 

「ああ。」

 

それを見届けた二人は、残った七千の騎馬兵を連れて城内に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・」

 

城内で霞と別れた士郎が見たのは、 竜巻が通った後のような光景だった。

 

道に沿って移動したようで、黄巾党らしき者達が、薙ぎ払われ、両側の民家に吹き飛ばされていた。

 

酷い者になると、家の上にまで飛んでいっている。

 

「呂布がやったんだろうな・・・

だったらこの道を辿れば着くな。」

 

士郎は自分の連れて来た兵達に片付けを命じ、自分はその道を進んでいった。

 

 

 

 

 

そのまま進んで行くと、何人かの兵が見えた。

 

ちっちゃい女の子が馬上で周りの兵に指揮をとっている。

 

「あれは・・・呂布・・・じゃないな・・・

としたら陳宮か?」

 

とりあえず話をしてみないと分からない為、近付いていってみる。

 

「むっ!怪しい奴がいるのです!」

 

陳宮の声に反応し、彼女の周りの兵が守備を固め、槍を士郎に向けて来る。

 

「待ってくれ、敵じゃない。」

 

士郎が両手を挙げて、武器を持ってない事をアピールするが、

 

「そんな怪しい服着てるから、黄巾党に決まってるのです!」

 

「劉表軍の者なんだよ。呂布を捜してるんだが・・・」

 

「恋殿に危害を加えるつもりなのですかっ!

全員こいつを倒すのですっ!」

 

どうやら人の話をちゃんと聞いてないらしい。

もしくは、呂布の事で頭が一杯になってるせいかもしれないが・・・

 

「なんでさっ!」

 

士郎は迫って来る陳宮達から逃げながら、呂布がいる方へ馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィンッ、ぐうっ、ドコオッ!!

 

武器を振るう音。それにつづくは苦悶の声に破壊音。

 

間違いない。誰かが、いる。

 

士郎がそこに辿りついた時見たのは、数百の黄巾党の群れと、

その中心に方天画戟を持って立つ一人の少女だった。

 

剣や槍を持って殺気を放つ黄巾党とは対称的に、

少女は、まるで周りに誰もいないかのように自然体で立っている。

 

「ふっ!」

 

少女は浅く息を吐ながら一気に加速し、距離を詰め戟を振るう。

 

ギィンッ!!

 

黄巾党達が構えている武器や鎧に当たった戟が、激しい音をたてる。

 

「ぐうっ!!」

 

思わず苦悶の声をあげた黄巾党が吹き飛ばされ、

 

ドコオッ!!

 

激しい音をたてて、周りの建物に突っ込む。

 

「・・・何処からあれだけの膂力が出てるのさ・・・」

 

余りの光景に思わず呟く士郎。

 

後は同じシーンを見てるかのように、吹き飛ばされていく黄巾党。

 

自然現象に対して人間が無力であるように、

呂布と言う竜巻は、すべての敵兵を薙ぎ払っていった。

 

「・・・・・・」

 

息も切らさずそこに佇む呂布。

 

それを見た士郎は声を掛ける。

 

「呂布殿とお見受けするが?」

 

「・・・・・うん。」

 

士郎の問いに頷く呂布。

 

「私は劉「恋殿ーーーーーーー」っ、来たか・・・・」

 

士郎の話を途中で陳宮が遮る。

 

「どうしたの・・・・音々音?」

 

「恋殿っ!そんな怪しい奴の話を聞いては駄目なのです!」

 

それを聞いた恋は士郎の方を警戒しだす。

 

「だから違うと言ってるだろ・・・」

 

慌てて士郎が音々音の発言を否定するが、

 

「・・・・・・」

 

恋は無言で武器を構える。

 

これは仕方が無いことだった。

自分の軍師の意見と、初めてみる奴の話では、前者の方を信じるのは当然である。

 

「やっぱりこうなるのか・・・・」

 

士郎も干将・莫耶を構える。

 

「ふっ!」

 

丁度そのタイミングで切りかかってくる恋。

力任せに方天画戟を切り下ろす。

 

「ちっ!」

 

寸前避けるが、威力が桁違いだ。

 

(流石は呂布と言ったところか。)

 

まともに受ければ腕が使い物にならなくなるので、回避に徹する。

幸い呂布の攻撃は直線的なので、受け流すのはまだ容易であった。

 

(霞に誤解を解いてもらわないと不味いな・・・)

 

二人の周りは音々音が兵に命じて囲っているため、

士郎も簡単には逃げれないようになっている。

 

そのまま数合打ち合わせると、

 

「・・・・強い。」

 

呂布がポツリと漏らす。

 

「だけど・・・・避けてばかりじゃ勝てない・・・・・」

 

士郎もそんな事は当然分かっている。

 

「・・・・・ならば本気で戦らせてもらおう。」

 

強化(トレース)・・・・開始(オンっ)

 

全身の筋肉に魔力を行き巡らせ、強化する。

 

今までは極めた二流の剣技のみで勝つ事が出来ていたが、

この相手に勝つには其れではきつい。

そう判断した士郎は、全力で恋を迎え撃つことにした。

 

「ふっ!!」

 

再度上から襲ってくる刃。

先程は回避したが――――

 

ギイイィィィン!!

 

士郎がの頭の上で交差された干将・莫耶が其れを防ぐ。

 

「止められた・・・・・・・やる。」

 

並みの武器なら叩き折られるが、干将・莫耶ならその心配も無い。

 

そのまま恋が再度、攻撃しようと振りかぶるが――――――

 

ガキンッ!!

 

振りかぶった状態の方点画戟を、後ろから来た人が止める。

 

「恋さん、ちょっと待って下さいね~」

 

「・・・・弧白・・・どうしたの・・・・」

 

「そうですっ!弧白殿も一緒に戦うのです!」

 

弧白と呼ばれた女性は、そのまま恋の方点画戟を降ろさせながら話し出す。

 

「ですけど~どうやらその人、劉表軍の人みたいです~」

 

それを聞いた音々音は焦った顔を浮かべ、

 

「そ、そんなの嘘かもしれないのです!」

 

「途中で霞さんとも会いましたし~間違いないですよ~」

 

「な、なんでさっきそれを言わなかったのですか!」

 

音々音は士郎の方に視線を向け、士郎を非難してくる。

 

「俺が話す前にそっちが早とちりしたんだろ・・・」

 

すると、武器を下げた恋が士郎に近付いて来て謝る。

 

「ごめん・・・・」

 

「恋殿っ!そんな奴に謝る必要は無いのです!」

 

「・・・・音々音も謝る。」

 

恋が強引に音々音の頭を下げさせる。

 

「別に気にしてないから大丈夫だ。

紛らわしい服装してたこっちも悪いしな。」

 

「ん・・・・ありがと。」

 

そうしていると、左手に錨のような形をした、

長柄の斧を持った女性が近付いて来る。

 

「一件落着したようですねぇ~」

 

「ああ。おかげで助かったよ。」

 

「いえいえ~

私は徐晃 公明 真名は弧白と言います~

お兄さんの名前は?」

 

「衛宮 士郎だ。自由に呼んでくれ。」

 

「分かりました~よろしくお願いしますね、士郎さん~」

 

握手を交わす二人。

 

「ほら、二人も自己紹介してくださいよ~」

 

「真名・・・預けて大丈夫?・・・・」

 

「霞に聞いたら、月様達も真名を預けてるみたいですし~」

 

「そう・・・・・私は呂布・・・奉先・・・・真名は恋・・・」

 

恋は自己紹介した後、音々音を前に押し出す。

 

「わ、分かっているのです!!

私は陳宮 公台 真名は音々音です!」

 

そのままぷいと士郎から視線を逸らす。

 

「素直じゃないですねぇ~」

 

「違うのです!こんな奴どうでもいいのです!」

 

「音々音・・・・静かにする・・・・」

 

「れ、恋殿!やめるのです~」

 

なにか音々音がひどい目に遭っているが、気にしないでおこう。

 

「それにしても全員無事で良かったよ。」

 

「そうですね~

城門を破るまでは大変でしたけど、後は楽でしたよ~」

 

士郎は軽く回りを見回し、

 

「ここの黄巾党の大将はもう倒してるのか?」

 

「確か、恋さんが倒したはずですけど~」

 

話を振られた恋はこっちに目を向ける。

 

「なんか・・・・そんなのがいたような気がする・・・」

 

「大丈夫みたいですね~」

 

「そうなのか・・・・

とりあえず、今本陣の部隊もこっちに向かって来てるから、陣の構築始めるか。」

 

「そうですね~

あ!今霞さん達が着ましたよ~」

 

弧白が指差した方を見ると、霞と玖遠が此方に向かってきているのが分かる。

 

「士郎ーーー生きとるかーーーー」

 

「士郎さーーーんっ!!」

 

その後、士郎は霞と玖遠に揉みくちゃにされ、

聖達が合流した時、皆に白い目で見られていた・・・・




徐晃(じょこう) 公明(こうめい)


真名は弧白(こはく)


他人の意見に流されやすい性格をしているが、
武人としての誇りは高い。
緊急時でも落ち着いているので、部下からの信頼は厚い。

髪は琥珀色のセミロングで、
普段は白いウィンプルを頭に被っている。

服はゆったりとした白いローブを着ており、
まるでシスターさんのようにも見える。

武器は湖氷牙断(こひょうがだん)

錨のような形をした、長柄の戦斧。

恋の攻撃を止める際は、錨の内側に引っ掛けた。


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2-6 許昌での一日

「朝か・・・・」

 

基本的に士郎の朝は早い。

 

士郎たちが今居る許昌を攻略した後、

後から来た聖達に事情説明していたせいで、まともに睡眠時間が取れていないが、

相変わらず早起きだった。

 

そのまま着替え、顔を洗った後厨房に立つ。

 

「大分人数が増えたから量を作らないとな・・・」

 

新しく恋、音々音、弧白が増えた為、いつもより量が多い。

 

「・・・・・・」

 

黙々と料理を作っていると、誰かが横の食事場に入ってくる。

 

「おはよう・・・・あら、士郎はやいわね。」

 

「おはよう御座います~」

 

「水蓮に弧白か。お茶が入ってるけど・・・飲むか?」

 

「貰うわ。悔しいけれど士郎のお茶はおいしいからね・・・」

 

「そうなんですか・・・・では私も~」

 

二人も一緒に座って飲み始める。

 

「他の皆はまだ寝てるのか?」

 

「みたいね・・・・とりあえず聖は、見ため通り弱いわよ。」

 

「こっちは基本的に恋さんが遅いですね~」

 

「最近戦が続いてるから疲れてるんだろうな。

・・・・二人はなんか元気だけど。」

 

士郎が二人の方に目を向けて話す。

 

「そうね・・・まぁ海戦と比べたら楽な方よ。」

 

「恋さんと音々音さんに振り回されてますからね~」

 

「・・・・苦労してるんだな・・・」

 

そのまま士郎は料理を続けていく。

 

「ずっと気になってたんだけど・・・・・

士郎も大分変わった服装してるけど、弧白も変わった服着てるわね。」

 

「ああ。ここらでは見かけないな。」

 

ふと水蓮が玖白に話しかける。

 

「この服ですか。

ほら、私達って西涼の方が本拠地じゃないですか~

それでたま~に大秦・羅馬の方から商人が来るんですよ~」

 

「と言うことはそっちの方の服装なの?」

 

「はい。

意外と着心地いいんですよ~」

 

ひらひらとしているローブの裾を掴んで弧白が答える。

 

そのまま三人は他愛もない会話を続けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「遅いわね・・・・」

 

水蓮の呟きに他の二人も頷く。

 

「朝食の準備も出来てしまったしな。」

 

「士郎さんのお茶、美味しいですから、

このままじゃお茶だけでお腹一杯になっちゃいますね~」

 

「仕方ないわね・・・ここは手分けして起しに行きましょうか。」

 

水連の提案に賛成する二人。

 

「じゃあ私は聖のとこに行くわ。」

 

「それなら私は恋さんと音々音さんから行きましょうか~」

 

「なら俺は玖遠と援里を見てくるか・・・

起したら他の奴の所に行ったらいいんだよな。」

 

「ええ。よろしくね。」

 

そのまま三人は立ち上がり部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

こんこん。

 

「玖遠、援里、朝だぞっ。」

 

二人がいる部屋の扉越しに、士郎が声をかけるが中からの反応はない。

 

「仕方ない・・・入るか。」

 

扉を開け中に入る。

カーテンを閉め切っており中は薄暗い。

壁際に大きなベットが置かれており、そこに二人が寝ていた。

 

「凄い寝相だな・・・・」

 

援里は大人しく寝ているが、玖遠は中々に酷い。

掛け布団が援里の方にすべて移動しており、服も捲れている。

 

「玖遠、起きろ。朝だ。」

 

玖遠を軽く揺する。

 

「・・・ん・・・・ふぇ?・・・・」

 

どうやら頭が回ってないらしい。

ぼーっとした目を士郎に向けている。

 

「ん・・・・ん?・・・・」

 

そのまま自分の服を見て、再度士郎の方を見る。

するとだんだん玖遠の顔が赤くなっていく。

 

「し・・士郎さんっ・・・

さ・・流石に横に援里ちゃんがいるのは恥ずかしいですようっ・・・」

 

そのままあたふたしだす。

 

「まぁ流石にそ体勢は恥ずかしいと思うけど・・・」

 

「そ・・それにまずはお互いの確認をとってから・・・・」

 

「・・・・なにがさ・・・・」

 

何か重大な勘違いが発生している。

流石に士郎も気がついた。

 

「え・・だって夜這いに来たんじゃ?」

 

「なんでさ・・・・」

 

そのまま士郎が崩れ落ちる。

 

「ん・・・あれ・・・・」

 

大分騒がしくなっているので、流石に援里も目が覚める。

 

「もう・・・・朝ですか・・・・・」

 

目を擦りながら援里が上半身を持ち上げる。

 

「え・・・・・朝?」

 

それを聞いてキョトンとしている玖遠。

 

「そうだよ・・・・ほら。」

 

そう言いながら士郎がカーテンを明ると、明るい光が差し込んできた。

 

「士郎さんっ・・・遅いですよっ・・・・」

 

「だから違うって・・・・」

 

なぜか士郎が攻められている。

 

「と・・・とりあえず、朝食出来てるから起きてくれ。」

 

士郎が立ち上がって出て行こうとすると、援里に服の裾を引っ張られる。

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「・・・・しゃがんで・・・ください・・・・」

 

言われた通りに士郎がしゃがむと、援里が背中に乗ってくる。

 

「ん・・・いいです・・・・」

 

「・・・・・了解。」

 

そのまま援里を背負う。

 

「いいなあ・・・それ・・・」

 

玖遠が羨ましそうな目を向けているが、

 

「とりあえず服を直した方がいいと思うぞ。」

 

士郎に指摘され慌てて布団で体を隠していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

援里を送り、玖遠の分も一緒に新しくお茶を入れた後、

士郎は霞の部屋に向かっていた。

 

「おはよー士郎くんっ。」

 

「おはよう。起きたんだな聖。」

 

途中で聖と出会う。

 

「うん。水蓮ちゃんに起されたよ。

まだちょっと眠いけどね・・・」

 

寝起きの聖は欠伸をしながら答える。

 

「まだお茶が余ってたはずだから、飲んでくるといい。」

 

「うん、ありがと。

じゃあ待ってるね。」

 

そのまま聖と別れ霞の部屋の前に立つ。

 

「霞っ、朝だぞっ。」

 

士郎がノックしながら声を掛けるが反応がない。

 

「霞が寝坊するのも珍しいな・・・入るぞ。」

 

士郎が入ると、其処には・・・

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・なんで服着てないのさ・・・」

 

着替えの途中で下着姿の霞が立っていた・・・・・

 

「キャーーーーーッ」

 

「ご、ごめんっ!」

 

霞がわざとらしく叫び、士郎が慌てて出て行こうとすると、

 

「何があったの霞っ!」

 

ドアが開いて詠が入ってくる。

 

「「「・・・・・・・・・・」」」

 

一瞬三人の行動が止まり・・・

 

「し~ろ~う~っ!!」

 

「ちゃ、ちゃんと確認して入ったっ!」

 

「男にしてはまともな奴だと思ってたのにっ!」

 

詠に誤解され、責められる士郎。

士郎は詠の誤解を解くのに大分時間を費やした・・・・・・

 

 

 

 

「あはははははっ!ほんま面白いわー」

 

霞が二人に士郎を吃驚させる為にやったと、笑いながら説明する。

 

「士郎、霞は朝食抜きにしといていいわよ。」

 

「ええっ!それはアカン!

ごめんな士郎ー」

 

「まったく・・・心臓が止まるかと思ったよ・・・・」

 

「まぁまぁ。士郎もええもん見れたやろ♪」

 

「うっ・・・・・・」

 

思わず思い出しそうになる。

 

「し~ろ~う~っ」

 

「そ、そうだ朝食できてるから早く来てくれよ。

ついでに月さまを起しておいてくれっ!」

 

詠の生暖かい視線に耐えかねた士郎は、慌てて部屋を出て行く。

 

「全くっ、これだから男はっ!」

 

「まぁまぁええやん。別に減るもんちゃうし。」

 

「精神的に疲れるのよっ!

と言うか元々貴女のせいじゃないっ!」

 

二人は士郎が部屋を出た後も、元気?に言い合いを続けていた。

 

霞の部屋を出た士郎が藍の部屋に向かっていると、なにか音が聞こえてきた。

 

「これは・・・何か振り回してる音だな。

行ってみるか。」

 

中庭の方に行ってみると、其処には素振りをしている藍がいた。

 

「朝から頑張ってるんだな。」

 

「ん?・・士郎か。」

 

士郎が声を掛けると一旦手を休める。

 

「次の戦は大きくなりそうだからな。

気は抜いていられん。」

 

軽く汗を拭きながら答える。

 

「うん。調子は戻ったみたいだな。」

 

藍の動きが停止する。

 

「な・・なにがだ?」

 

士郎の問い掛けに口篭る。

 

「いや、許昌

ここ

を攻略するときは、

なんか元気が無かったって聞いてたからな。

けどもう元気そうだし、あの事件を引きずって無いように見えたからよ・・・・」

 

「よかった。」と士郎が言おうとすると、

急に近寄って来た藍に両肩を押さえられる。

 

「あ・・あの事件とは何のことだっ!

私は何もしらんぞっ!」

 

どうやら無かった事にするらしい。

 

「・・・すまん。俺の勘違いだ。

朝食出来てるから早く来いよ。」

 

「ああ、解った。」

 

おそらく全員呼んだので一度食事場に戻る。

すると・・・・

 

「あっ!士郎くんっ、水蓮ちゃんがまだ来てないんだけど・・・・・・・

どこかで見なかった?」

 

「他の人でも起こしに行ったのじゃないのか?」

 

「もう士郎くんと水蓮ちゃん以外全員そろってるよっ。」

 

士郎は少し考え、

 

「じゃあ俺が探してくるから、聖は朝食の準備でもしていてくれ。

暖めるだけで十分だと思うから。」

 

「うん。よろしくねっ。」

 

戻っていく聖を見届けた後、水蓮を探し始める士郎。

 

「どこに行ったんだろうな。・」

 

一度来た通路を戻っていく。

 

「そういえば、聖や月さまがいた方はまだ行って無かったな・・・」

 

士郎がそこに近付くと、何か怪しい音が聞こえてくる。

 

「?聖の部屋から聞こえてくるな・・・・・」

 

不審者かもしれないので、注意を払いながら、そっとドアを開ける。

 

 

 

 

そこには・・・・・・・・

 

 

 

 

「ふうっ・・・・・聖の匂いがする♪」

 

 

 

 

聖の布団に顔を埋めている水蓮だった・・・・・

 

「・・・・・・・・・・」

 

また思考が停止する士郎。

 

「♪~~~~~~~」

 

しかし等の本人は満足そうにしている。

 

そうこうしていると、士郎のおかしな気配を感じ取ったのか、振り向いてくる。

 

「ん?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

なんともいえない沈黙が場を支配する。

 

そして・・・・

 

「!いや・・・・・これは・・・・そのっ・・・・」

 

水蓮は急に顔を真っ赤にして慌てだす。

 

「・・・・まぁ・・・その・・・朝食出来てるからな・・・・・」

 

士郎はそう言い残してさっと部屋を出て行く。

 

「ちょ・・・待てぇっ!!」

 

慌てて士郎を追いかける水蓮。

 

「なんで追い駆けてくるのさっ!」

 

「逃~げ~る~な~っ!!」

 

「たまには平穏な朝を迎えさせてくれっ!!」

 

士郎はそう叫びながら逃げ続ける。

 

相変わらず女難の相が続く士郎だった・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎ、特にする事が無くなった士郎は城内を当ても無く歩いていた。

 

「手が空いたしな・・・何か差し入れでも作るか。」

 

陽も頂点を過ぎ、時刻で言えば大体三時位である。

 

兵の再編をしている水蓮や霞、弧白達に何か差し入れでも作ろうと思った士郎が

厨房に行くと、そこには先客がいた。

 

「あれっ、援里と詠に月さま?」

 

士郎の声に三人が振り向く。

 

「士郎さん?・・・・・どうしたんですか・・・・・」

 

「手が空いたからな。差し入れでも作ろうかと思って。」

 

援里の問いに答える士郎。

 

「皆はいったい何をしてるんだ?」

 

「士郎さんと一緒ですね。援里さんがお菓子作りが得意って聞いたので・・・・

教えてもらうついでに、差し入れでも作ろうってなったんです。」

 

「私は止めたんだけどね・・・太守がする事じゃないって。」

 

どうやら援里と月が乗り気で、詠が監視やくのようだ。

 

「あの・・・だったら・・・・士郎さんも・・・・一緒に作りますか・・・・?」

 

「そういえば朝食、とっても美味しかったですね~

料理得意なんですね。」

 

「こいつも入るのっ!?・・士郎・・・月に変なことしたら殺すからねっ!」

 

援里と月は友好的なのに、詠はなぜか敵意がむき出しである。

 

「するわけないだろ・・・」

 

「だって霞の着替え覗いてたじゃないっ!」

 

「「え・・・・・・」」

 

(まずい、二人が引いてる・・・・・)

 

慌てて士郎が弁解する。

 

「霞が説明しただろ。

わざとやって、俺の反応を見て楽しんでただけだって!」

 

それを聞いて月が「ああ・・・霞さんならやりそう・・・」と呟く。

 

「とにかくっ!変なことするんじゃないわよ!」

 

ドタバタしながら作業を開始する。

 

「なんか今日は朝から疲れるな・・・・

で、何を作る気なんだ?」

 

「月餅を作ろうと思ったんですけど、あれって太りやすいんですよね・・・・・」

 

「それで・・・・如何しようかと・・・・・」

 

援里と月が頭を悩ませている。

 

「西涼の方にしかないような物は無いのか?」

 

「う~ん・・・羅馬の方には違う物があるらしんだけど・・・・」

 

詠の発言を聞いて士郎が材料を見回す。

 

「うん・・・・この材料ならクッキーとマドレーヌあたりなら作れるな・・・・」

 

士郎がそう呟くと、

 

「それってどんな物なんですかっ?」

 

月が興味津々に聞いてくる。

 

「とりあえず作った方が早いな。」

 

そう言って四人は料理を始めた。

 

 

 

 

「中々美味しいわね。」

 

「はい・・・・」

 

四人は完成したものを試食している。

 

「月さま、どうぞ。」

 

士郎が空になっている月のコップにお茶を注ぐ。

 

「あっ、有難う御座います・・・・

なんか士郎さんに「月さま」って言われると落ち着きませんね・・・・」

 

月が士郎に礼を言いながら答える。

 

「そういえば士郎がさまって呼んでるの月だけよね。」

 

「聖からは呼び捨てで良いって言われてるしな。」

 

「あ、でしたら私も呼び捨ての方がいいです・・・・

あと敬語もです。なんか壁があるみたいで嫌ですから・・・」

 

「俺は構わないけど・・・いいのか?」

 

士郎は詠の方を見ながら問いかける。

 

「はぁ・・・私は反対だけど、月って結構頑固な所があるからね・・・・・」

 

「そうなのか・・・・・解った。じゃあ・・・そう呼ばせてもらうよ。月。」

 

「はい。」

 

そうして平和な一日は過ぎていく・・・・・



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2-7 黄巾大乱(1)

――――――濮陽城――――――

 

城内奥の部屋で、三人の少女が話し合っていた。

 

「大分追い詰められたね・・・・」

 

声の主は黄巾の乱の原因となった一人、長女張角、真名は天和。

 

「官軍はどれ位いるのっ?」

 

少し荒い口調で話しているのは次女張宝、真名は地和。

 

「今、陳留から10万,許昌は5万,平原が5万で

寿春の方はまだ粘っているけど、おそらく負けるわ。

それも合わさると考えると・・・・・大体25万って所ね。」

 

最後に冷静な口調なのは末妹張梁、真名は人和。

 

「こっちの方が数が上なら勝てるんじゃないのっ!?」

 

「こっちはもともと農民の寄せ集めよ、率いているのだって元農民だし、

質が違いすぎるわ。」

 

「そんな・・・・」

 

人和に言われ、落ち込む地和。

 

「・・・なんでこうなっちゃったんだろ・・・・・

ただ、皆に私達の歌を聞いてほしかっただけだったのに・・・」

 

天和が悲しそうに呟く。

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

「姉さん・・・・・」

 

そんな姉を見て思わず呟く二人。

 

「これから如何するの人和?」

 

「・・・逃げましょう。今はそれしかないと思う。

天和姉さんもそれで良い?」

 

人和の提案に頷く二人。

 

「そうと決まったら早速準備しようよっ。」

 

慌しく準備し始める地和。

 

「官軍が濮陽に入って来て、混乱している時が良いと思うわ。

それまで機を待ちましょう。

あと・・・・姉さん、その本どうする?」

 

人和が見つめる先には、天和が持っている一冊の書があった。

 

「・・・・この本を他の人に渡したら、また同じ事が起きそうな気がするんだ。

だから持っていく。」

 

「わかったわ。天和姉さんも準備しておいてね。」

 

三人がそのまま話していると、誰かが部屋に近付いてくる。

 

「趙弘じゃない。どうしたの?」

 

「はっ。張角さまっ、そろそろ激励の方、出番ですっ!」

 

今から出陣する黄巾党の軍を激励する為に、ライブを行うのだ。

 

「うんっ。じゃあ行こうっ。地和ちゃん、人和ちゃん。」

 

三人は進んで行く。

 

自分達のステージに向かって。

 

 

 

 

 

――――――深夜、濮陽城、とある一室。――――――

 

「――さま、どうやらあの三人、逃げるようです。」

 

蝋燭の光だけが灯る部屋の中で、誰かがしゃがんで報告をしている。

 

その報告を別の男が椅子に座ったまま、報告する男を見下ろしながら聞いている。

 

「ふん、まあ其れしかないだろうな。

お前はあいつらが逃げる時、道案内をしてそのまま俺の所に連れて来い。

そろそろ回収する所だったしな。」

 

「はっ。その後は如何すれば?」

 

「あの三人には用は無い。後はお前の好きにしろ。

ついでにお前にも少し力を与えてやろう。しくじるなよ。」

 

しゃがんだままの男は、その言葉を聞いた瞬間げひた笑みを顔に浮かべる。

 

「有難う御座います――――」

 

礼を述べた後、しゃがんでいた男は立ち上がり、部屋から出て行く。

 

残されたのは椅子に座ったままの男一人。

 

 

 

「異国の服装をした男か・・・・・」

 

 

 

報告された敵将の特徴を呟く。

 

「確証は無いが、可能性が大きいな・・・・」

 

そのまま立ち上がり、椅子に強く拳を叩きつける。

 

「だがっ!こちらも準備はしたっ!

今回は俺達が勝つっ!!」

 

決意を秘めた目を暗闇に向け、男はそう叫んだ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャ、バシャ、バシャ・・・・・

 

「うわわわわっ!倒れますっ!」

 

「落ち着きい玖遠。ゆっくり体勢戻すんや。」

 

馬の上で慌てている玖遠を見て、霞が声を掛ける。

 

今、董卓、劉表連合軍は許昌から北東に進軍し、

そこから陳留に向かって渡河している最中である。

 

「無茶苦茶ぐらぐらしますっ・・・」

 

馬の脚が河底の岩や苔に脚を取られそうになり、

騎乗している玖遠はふらふらしていた。

 

「武器を地面につけて、体制を立て直せばどう~」

 

弧白に指摘され、急いで短剣二本と棒を組み合わせ、両刃槍を作り体勢を立て直す。

 

「ふうっ・・・・なんとかなりましたっ・・・・ありがとですっ!」

 

「慣れないと・・・・危ない・・・・ですね・・・・・」

 

その光景を見ていた援里が呟く。

 

「まだ馬に慣れていないから大変だな・・・・

水蓮達は慣れているのか?」

 

その光景を見ていた士郎は、隣に居る水蓮に話しかける。

 

「水は慣れてるしね。

それに士郎も大丈夫そうじゃない。」

 

玖遠と比べると士郎はまだまだ余裕がありそうだ。

 

「馬が良いからな。

かなり乗り心地はいいんだ。」

 

「まぁ士郎の場合足腰も鍛えてるしね・・・・

でもほら、聖も大丈夫でしょう。」

 

士郎が目を向けると、周りをキョロキョロ見回している聖がいた。

始めてみる風景を楽しんでいるのだろう。

 

「水蓮ちゃーん、士郎くーんっ、見てあれ変な山があるっ!」

 

こっちの視線に気づいた聖が、こっちに手を振りながら話しかけてくる。

 

「あんまりはしゃいで落ちても知らないわよーーっ!

・・・・とりあえず心配だから行ってくるわ。」

 

そう行って聖の所に行く水蓮。

 

「皆さん・・・賑やかですね。」

 

「と言うより緊張感が全くないわね。」

 

するといつの間にか近くに来ていた月と詠が士郎に話しかけてくる。

 

「十分休んだからな。変に緊張しているよりはよっぽどマシだと思うぞ。」

 

「まぁ・・・・それもそうだけど。」

 

どこか納得してない顔を浮かべる詠。

 

軍を率いて集団行動をする時に、皆が皆、賑やかなままではいざという時に困る。

誰かが、嫌われるのを覚悟で戒める人が必要なのだ。

 

本人が嫌われるのを望むかどうかは関係なく――――――――ー

 

「・・・・・・・・・・」

 

士郎は詠の頭に手を置く。

 

「俺も目を光らせてるから大丈夫だ。皆も多分分かってるさ。

詠も、これから忙しくなるから今くらいは気を休ませると良い。」

 

そのまま士郎は、詠の頭をやさしく撫でながら話す。

 

先に恋の部隊が渡河しており、周りを警戒している。

後ろも黄巾党はもうおらず。

もしもの為に一応殿には藍がついている。

 

「うん・・・・・」

 

そのまま撫でられている詠。

 

じ―――――――

 

その光景を横に居る月が見ている。

 

「・・・・・はっ!な、なに触ってんのよっ!」

 

その視線に気づいた詠が慌てて士郎の手を払いのける。

 

(あ、危なかったわ・・・・・

こいつ、まったく邪気が無いから、知らない内に受け入れちゃいそうになるのよね・・・・・)

 

心の中で呟く詠。

 

「詠ちゃん・・・・なんか楽しそう・・・・キャアッ!」

 

二人の様子に注意が向いていたせいで、月がバランスを崩し、落馬しそうになる。

 

下は岩が露出している水場。小柄な月は落馬しただけでも大怪我に繋がる。

 

「月っ!!」

 

詠が叫んだ瞬間、士郎が月を掴み、そのまま自分の前に抱き寄せる。

 

「―――っと。大丈夫か月。」

 

「っ―――――――」

 

月は一瞬思考が停止する。

 

「あっ!はい・・・大丈夫です。」

 

「そうか・・・・怪我する前で良かった・・・」

 

士郎は安堵のため息を吐く。

 

「月っ!大丈夫っ!」

 

「詠ちゃん・・・・大丈夫だよ。

だけど、馬が怪我しちゃった・・・・・」

 

月が乗っていた馬を見ると、脚を怪我しており、

おそらくもう乗れない。

 

予備の馬も後方にいる為、直ぐには準備できない。

 

「だったら私と一緒に・・・・・・」

 

「乗ればいいじゃない。」と詠が言おうとすると、

 

「ここで乗り降りするのは危険だろう。

幸い私の馬は大人しいし、このまま乗ってるといい。」

 

士郎の提案に詠と月が驚いた顔をする。

 

「ダメに決まってるじゃないっ!」

 

「あの・・・迷惑になりませんか?」

 

詠は反対しているが、月はそんなことも無いようだ。

 

「ああ。大丈夫だ。」

 

「月っ!?」

 

「じゃあ・・・・よろしくお願いします。」

 

そのまま月はちょこんと士郎の前に座る。

 

「う~~~~~っ!!

士郎っ!月に変なことしたら許さないからねっ!!」

 

「詠ちゃん・・・・・」

 

そのまま三人は恋達が待機している対岸に進んでいった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「お疲れ・・・・・・」

 

士郎達が岩の横で座っている恋の横に近付くと、恋が声を掛けてきた。

 

「お疲れ。」

 

士郎が挨拶すると、恋は士郎の前に座っている月をじっと見つめだす。

 

「どうしたんですか・・・・?」

 

月がよく解らない顔を浮かべ聞くと、

 

「・・・・・兄妹?」

 

「ちっ、違いますっ!

私の馬が怪我したから、一緒に乗せて貰ってるんです・・・・・・」

 

真っ赤な顔をした月が、慌てて否定する。

 

「そうなの?・・・・・・・そう見えた・・・・・」

 

恋が首を傾げながら答える。

 

「まぁ俺も月くらいかわいい妹がいれば嬉しいけどな。

恋、新しい馬ってあるのか?」

 

「「えっ!?」」

 

それを聞いた月と詠は思わず声をだす。

 

「わかった・・・・・・」

 

そんな二人とは裏腹に、恋はのんびりと馬を持ってくる。

 

「はい・・・・・・・」

 

「ありがとう。」

 

恋から馬を渡され、それに移る士郎。

 

「あれ・・・・私が乗り換えるんじゃないんですか?」

 

「ああ。その馬大人しいし乗りやすいから、月が乗ってた方が安全だろ。

的盧(その馬)もそれでいいみたいだし。」

 

そう言って士郎は馬首の向きを変える。

 

「またこの戦が終わったら、返してくれれば良いから。

俺は聖達の所へ行ってくる。」

 

士郎はそのまま新しい馬で移動して行った。

 

「ありがとうございますーーー」

 

月は精一杯の声で礼を言う。

 

「行ったわね・・・・・」

 

「うん・・・」

 

詠と月がポツリと呟く。

 

「ほんとに変わった奴よね・・・・」

 

「あはは。でも私・・・士郎さんみたいな人がお兄ちゃんならいいな・・・・」

 

「月っ!?」

 

おもわず驚く詠。

 

「詠ちゃんもそう思わない?」

 

「まぁ・・・良い奴だってのは認めるけど・・・・」

 

すると横で聞いていた恋が話しだす。

 

「・・・・士郎は・・・・・強い・・・・・」

 

「どのくらいなの?」

 

「最初は私と同じくらい・・・・・・けど・・・・・・途中から強くなった・・・・・・」

 

おそらく許昌で戦った時を言っているのだろう。

 

「と言う事は・・・・・恋さんより強いんですか?」

 

月の質問に対してフルフルと首を振る恋。

 

「やってみないと・・・・・・分からない・・・・・・・」

 

「にしても霞には勝ったらしいからね・・・・・頭も良いし。

男だけど、あれだけの将は貴重ね・・・・」

 

「確か・・・客将で聖さんの軍に参加してるみたいだよ。」

 

「・・・・・・・」

 

月の言葉に考え込む詠。

 

「とりあえずはこの戦いが終わってからね・・・・」

 

そう言って気持ちを新たに進んで三人は進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

濮陽から南に進むと、陳留に繋がる道がある。

その途中、丁度二つの街の中ほどの所に、山と川に挟まれた狭い道があり

士郎達はそこに陣を張っていた官軍と合流する。

ここなら道が狭い為大軍で攻め込めず、自軍と黄巾党の数の差が無くなる。

同等の兵なら兵や将、装備のすべてで自軍の方が上な為、黄巾党も攻め込めないのだ。

 

聖は官軍に合流した為、総大将に挨拶をしに行っていた。

 

「ご苦労!濮陽では前線で戦ってもらうゆえ、しっかりと休んでおくように!」

 

聖の前で話している男の名は何進、今の官軍の大将軍である。

 

「はい、有難う御座います。」

 

聖は頭を下げながら答える。

 

「そう言えば董卓殿の姿が見えんが、どうされた?

ワシや他の者達も会った事が無く、楽しみにしておったんだが・・・・・・」

 

「少し体調を崩しておりますので、天幕にて休んでおります。」

 

「そうか。まぁワシもここまでの進軍で疲れておるゆえ休ませてもらう。

また追って伝令を伝える。」

 

そう言い残して何進は去っていく。

 

何進が去った後、聖はため息をつきながら頭を戻す。

 

「なんかあの人と話すと疲れるよ~~

早く皆の所に戻ろうっと。」

 

そう言って足早に去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~~~・・・・・・」

 

疲れた様子の聖が帰ってくる。

そのまま椅子に座り、士郎が入れたお茶を飲む。

 

「ふう~~~~っ・・・・・生き返る~~~」

 

「なにかあったの?」

 

「何進さんと所に行ってたんだけど・・・・・・・

「ワシは疲れておるから戻る。」ってさっさと引っ込んで行った・・・・・・」

 

「なに言ってるのよあのジジイは。

あいつ等がしたのって陳留での迎撃と、ここまでの進軍だけでしょうが。」

 

聖の話を聞いて怒る水蓮。

 

「確か・・・陳留で戦ったのも・・・・袁紹さんと・・・・皇甫嵩さんだったようです・・・・・」

 

援里の話を聞いて全員ため息をつく。

 

そうしていると、誰かが天幕に入ってくる。

 

「聖さんはいますのっ!!」

 

「麗羽さまっ、勝手に入るのは不味いですよう・・・・」

 

「大丈夫だって斗詩。劉表さまは優しいからっ。」

 

ワイワイと言いながら入ってきたのは、

高めの声を出しなている、金髪縦ロールの女性と、

斗詩と呼ばれていたボブカットの青い髪をした女性、

そして活発そうな短い水色の髪の三人の女性だった。

 

「麗羽ちゃんっ、久しぶり~

どうしたの?」

 

聖が仲よさそうに話しかける。

 

「お久しぶりですわ聖さん。何進の奴に伝令を頼まれたんですのよ。

まぁ貴女にも一応顔を見せておこうと思いましたからね。」

 

「お久しぶりです麗羽さん。それで、伝令の内容は?」

 

「お久しぶりですわ水蓮さん。

斗詩さんっ、説明してくれます?」

 

麗羽に呼ばれた斗詩が話し出す。

 

「まず濮陽に居る黄巾党約30万。

それに対してまず平原方面の盧植さんと公孫瓚さん、

寿春から小沛に移動した朱儁さんと袁術さんがまず攻め込みます。

それを迎撃して数が減った所を、この陣に居る15万で一気に攻め込むようになってます。」

 

「成る程。要するに良いとこ取りをするつもりか・・・」

 

「そうですわ。

自分が率いる軍の消耗を最小限に抑えて手柄は独り占め・・・・

全く、あんなのが大将とは・・・・情けないですわっ。」

 

士郎の呟きに答える麗羽。

 

「まぁあんな俗物はこの名門、袁家からすれば大した事ない人ですわ。

おーっほっほっほっ!」

 

麗羽の高笑いが天幕内に響く・・・・・

 

初対面の士郎、玖遠、援里の三人は麗羽のテンションに呆気にとられていた・・・・・

 

「と、とりあえず作戦の内容は理解したよ・・・

麗羽ちゃんも疲れてるだろうし、はいどうぞ。」

 

聖も若干引きつつも、麗羽を落ち着かせるために士郎が淹れたお茶を勧める。

 

「あら、有難う御座います。頂きますわ。」

 

そう言って飲み始める。

 

「・・・・これはっ・・・・聖さんっ、このお茶はどこの物なんですのっ!?」

 

「支給された物だから葉は一緒だよ。

多分士郎くんが淹れたから美味しいんだと思うよっ。」

 

「士郎と言うのは?」

 

麗羽は周りを見回す。

それを見た士郎は一歩前に進み、

 

「始めまして、客将として劉表軍に参加している衛宮士郎と言います。」

 

士郎はお辞儀をしながら名乗りでる。

 

「貴方ですのね。私は四代にわたって三公を輩出した名門、袁家党首 袁紹本初ですわっ。

この二人は私が華麗な軍の将、文醜さんに顔良さんですわ。」

 

「よろしくっ!」

 

「よろしくお願いします。」

 

軽いノリの文醜に対して、礼儀正しい顔良。

この二人と居ると苦労しているんだろうなと、士郎は顔良に親近感を持てた。

 

 

「それで士郎さん、礼儀正しいし、お茶も美味しい・・・・・

あなたが望むのでしたら、私の側近にしても宜しいですわよ。」

 

「えええええっ!!ダメだようっ!」

 

麗羽の爆弾発言に思わず驚く聖。

周りの皆もポカンとしているが、

 

「ありがたい話ですが、私は聖さまの考えに賛同しているので・・・・」

 

士郎はやんわりと断る。

 

「そうですか。まぁ気が変わったら何時でもいいですわよ。」

 

そして麗羽達は踵を返し、

 

「それでは聖さん、次の戦ではよろしくお願いしますね。」

 

そのまま去っていった。

 

「・・・・・・・なんか色々凄い人だったな・・・・・・」

 

士郎は思わず呟き気を抜くが、

 

「・・・・・・行ったりしないですよねっ!?」

 

玖遠や聖から先程の質問を心配され、最後まで落ち着かない士郎だった。




三国志では劉表と袁紹は同盟を結んでいたので、
このSSでは同盟はしていませんが、
お互いに真名で呼ぶ位は仲が良いです。

袁紹も基本バカですが、少しはマシにしてます。
流石に原作のままだと太守は無理すぎる……


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2-8 黄巾大乱(2)

「北の盧植、公孫瓚軍、

東の朱儁、袁術軍の攻撃を受けて、黄巾党が迎撃に出ましたっ!」

 

戦が始まって数刻、戦況が動き出す。

 

「よしっ!ここが攻め時だっ!

劉表、董卓軍っ行けえっ!」

 

その様子を見て何進が号令を下す。

 

『オオオオオオオオオオッ!!』

 

咆哮を上げ攻め込んでいく両軍。

 

その直ぐ後ろに袁紹、皇甫嵩軍が備えており、

何進の軍勢はその更に後ろに配置されていた。

 

「行く・・・・・・・」

 

先頭を走るのは恋、手にもつのは方点画戟

 

「・・・・・邪魔。」

 

横薙ぎに払われた一撃は、前方にいた黄巾の兵をまとめて薙ぐ。

 

「・・・ふっ!」

 

そのまま流れるように、その後ろにいた敵兵を袈裟に切り付け、

吹き飛ばされた兵が後ろの兵を巻き込み、恋の前に道が出来る。

 

「はぁーーーーっ」

 

「ふっ!!!」

 

その直ぐ横を、左右に分かれた藍と弧白が続き、

斧を振るい強引に道を広げていく。

 

まさにモーゼの如く、強引に道を開いていく。

 

「やっぱり鋒矢陣(このじん)

の先頭はあの三人やな。」

 

「力ありすぎですっ・・・」

 

それを後ろで見ていた霞と玖遠が呟く。

 

二人の部隊は鋒矢陣のい中央、恋達の後ろに控えていた。

 

「ぐうっっっ!!怯むなあっ!奴らを分断させろっ!」

 

それを見ていた黄巾党の大将が命令を下す。

 

鋒矢陣の弱点は横からの攻撃。

セオリー通りにそれを狙ってくる。

 

だが、

 

「霞、玖遠っ、敵が寄せてきてるわっ!任せたわよっ!」

 

鋒矢陣の最後方で、全体を把握していた水蓮はそれにいち早く気づき、

霞と玖遠に止めるように指示する。

 

「よっしゃっ、ウチらの出番やっ。

行くでっ、玖遠っ!」

 

「はいっ、了解ですっ!」

 

それを聞いた二人は一気に進んでいく。

先に着いた霞は、その勢いを殺さずに攻撃を開始する。

 

「ウチについて来てみいっ!」

 

閃光のような突きで敵兵を倒していく。

 

が、スピード重視の為、何人か生き残っているものがいた。

 

「囲めえっ!!」

 

その敵兵たちが叫び、霞を包囲しようとする。

 

がーーーーー

 

「やぁっ!」

 

玖遠が双刃槍を振り回して、それを阻止する。

 

槍を振るうたびに玖遠の左右に居る敵兵が倒れていく。

 

それを止めようと強引に切りかかって来る者もいたが、

玖遠は咄嗟に槍をばらし、短槍と短剣に変えて切り倒す。

 

霞が速さで圧倒し、その隙を玖遠が臨機応変に合わせていく。

 

全体の様子を水蓮が判断し、進軍する。

 

この勢いを止められる者はいなかった。

 

「これなら・・・何とか・・・なりそうです・・・・」

 

水蓮の傍にいた援里が呟くと、後ろから誰かが出てくる。

 

「そうだね。一気に終わらせちゃおう。」

 

「聖っ!?また前に出てきてっ・・・・・」

 

水蓮が聖を嗜めようとすると、

 

「うおおおおおおっ!!」

 

剣を振りかぶる敵兵が直ぐ傍まで近付いていた。

 

体は正に満身創痍。一兵だけなのを見ると、恐らく強引に突破してきたのだろう。

 

「っ!?敵かっ!」

 

それを見た水蓮が慌てて止めようとすると、援里が水蓮と敵兵の間に割り込んでくる。

 

「援里っ!?」

 

驚く水蓮をよそに、援里は敵兵の一撃を袖口から出した鉄扇で防ぐ。

 

「なっ!!」

 

そのまま体格差を生かして、敵の懐に滑り込むように移動し

折り畳んだ鉄扇で剣を持った右腕の脇下を突き上げる。

 

「がっ!!」

 

敵兵は苦悶の表情を浮かべた後、剣を落とし肩を抑えてうずくまる。

 

「い、急いでこいつを捕縛しろっ!

劉表さまの周りを固めるのも忘れるなっ!」

 

咄嗟に自軍に指示を出す水蓮。

 

その様子を聖はにこにこしながら見ていた。

 

「ねっ。大丈夫でしょっ。」

 

「・・・・・・・・」

 

ゴン!!

 

「痛いよ~~~~っ!!」

 

水蓮に頭を叩かれる聖。

 

「何かあってからじゃ遅いでしょっ!全く・・・・」

 

「私だってそこ等の兵士位は戦えるよ~っ・・・・」

 

聖が何か抗議をしているが其れを無視している水蓮。

 

「に、しても強かったのね。」

 

鉄扇を広げ、歪みをチェックしている援里に声を掛ける。

 

「・・・・そこそこは・・・・戦えます・・・・・」

 

その様子を見て苦笑を浮かべる水蓮。

 

「ふふっ。とりあえず聖は任せたわよ。私も出来るだけ近づけないように指揮するから。」

 

そう言って戦線の方に目を向ける。

 

「数に恐れるなっ!!質は此方の方が上!将軍らが居る限り敗北は無いっ、押し込めぇッ!」

 

号令によりいっそう奮起する自軍。

 

「士郎くん・・・大丈夫かなぁ・・・・・」

 

聖はそんな自軍の様子を見て、別行動をとっている士郎の事を心配していた・・・・

 

 

 

 

――――――戦前――――――

 

「聖、次の戦いは別行動をとりたいんだが・・・・・」

 

戦に向けて、聖が軍の報告書に目を向けていると、士郎に話しかけられる。

 

「え?・・・・っと・・・・・どうしたの?」

 

ぽかんとした表情を浮かべたまま聖は聞き返す。

 

「少し気になる事があってね・・・・張角達と私一人で会う必要があるんだ・・・・・

だから、頼むっ。」

 

そう言って士郎は頭を下げる。

 

「うん、分かったよっ。皆は私が説得しておくね。」

 

「いいのか?」

 

聖の反応に驚く士郎。

 

「うん。士郎くんが客将でいるのはこう言う事があるからでしょ。

軍の方も皆が居るから大丈夫だよ。

それに・・・・」

 

一旦言葉を置き、士郎の目を見つめる聖。

 

「それに・・・その目。

とっても強い目をしてる。きっと士郎くんにとって、大事な用があるんだよねっ。」

 

「・・・・・ああ。」

 

「うん。じゃあ大丈夫っ。

私達も頑張るから、士郎くんも頑張って!」

 

聖はにこにことしながら答える。

 

「ああ。ありがとう。」

 

 

 

 〜 聖 side 〜

 

聖は士郎を送り出した。

しかし、聖も送り出したとは言え、自分達と一緒に戦って欲しいという思いは勿論あった。

 

だが―――――

 

(何時までも士郎くんに甘えっぱなしじゃいけないよねっ!)

 

聖が前線に出てきたのも、その思いがあったからだった。

 

しかし士郎が行ったのは黄巾党の本陣。いかに士郎と言えどもただでは済まない。

 

(急がなきゃ・・・)

 

「皆頑張ってっ!!この戦いを終わらせる為にっ!!」

 

聖の鼓舞で士気が上がる。

まるで聖の気持ちに答えるかのように進軍速度は上がっていく。

 

士郎がいるであろう濮陽へ向かって聖達は進んで行った・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタガタガタガタガタ・・・・・

 

士郎は今、東門から潜入している。

 

ガタガタガタガタガタ・・・・・

 

「うわぁッ!なんだこの衝車はっ!!」

 

「止まれっ!止まれ・・・・・うわああああっ!!」

 

東門は今、混乱の極みに達していた。

 

城門をあっという間に打ち破った衝車が、何故かそのまま城内にも攻め入り、

敵兵を轢き、なぎ倒すと大暴れをしているせいだった。

 

「さあっ、ドンドンやっちゃって下さいね~」

 

衝車部隊の指揮をとっているのはショートヘアの女性。

海軍の服装みたいな服を着ている。

 

「たしかあの軍旗は袁術軍の筈だけど・・・誰なのさ、あれ・・・・」

 

士郎は立てられている軍旗を見ながら呟く。

 

「・・・・巻き込まれる前に行くか・・・・・」

 

士郎は張角達を探し、濮陽城の更に奥に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

濮陽城北門はまだ破られていない。

 

東は既に破られており、南もつい先程、官軍が門を突破し進行してきた。

その為、濮陽から逃げようとする者は皆北門に集まっている。

 

西門もまだ破られていないが、出ても川しかない為、逃げるのには不向きだった。

 

その北門に張角姉妹の姿があった。

 

「どう言うつもりなのっ、趙弘っ」

 

姉妹の目の前には黄巾党の仲間だった趙弘と、若い男の姿があった。

 

「左慈さま、どうぞ。」

 

非難する地和の声を無視して、趙弘は本を左慈と呼んだ男に渡す。

 

「ふん・・・・・どうやら大分溜まったみたいだな・・・・・・」

 

左慈は本を見ながら呟く。

 

「その本・・・・どうする気なの?」

 

「貴様らが気にする必要は無い。」

 

人和の質問に答えない左慈。

 

「趙弘、後は好きにしろ。

俺の用は済んだ。」

 

「くくくくくっ・・・これでお前らは俺の物・・・・・」

 

そう言って近付いて来る趙弘。

 

「地和ちゃん、人和ちゃんっ!逃げようっ!」

 

急いで三人は逃げ、趙弘はそれを追う。

 

四人が去った直後に北門が破られ、盧植、公孫瓚の軍がなだれ込んで来る。

 

「他の軍も来たのか・・・・ここで何人か殺してもいいな。」

 

そう言って左慈は北門の方に進んでいった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら此処までだなあ・・・・」

 

途中で天和が脚を挫き、趙弘に追いつかれてしまう。

 

「くっ・・・・・」

 

趙弘を睨みつける地和。

 

すると、誰かの声が聞こえてくる。

 

「張角さまーーっ!!」

 

その声を聞いた天和は直ぐに顔を上げ助けを呼ぶ。

 

「ここよーーっ!助けてーーっ!」

 

張角を探していたのは黄巾党副将馬元義と厳政。

 

「ご無事でしたかっ・・・・何をしているのだ趙弘っ!」

 

事態を把握し趙弘を問い詰める馬元義。

 

「なに。今からこいつ等を俺の物にする所だ。」

 

「何いっ・・・おのれ・・・裏切ったなっ!!」

 

其れを聞いた二人は激怒し、剣を振りかぶって襲い掛かる。

 

が――――――

 

「「なっ!」」

 

二人はすれ違いざま、一瞬で趙弘に切られる。

 

「強い・・・・・」

 

思わず呟く人和。

 

「くくくくくくっ。これが張曼成が得ていた力か・・・・・

これならば貴様らなど相手にならんわっ!」

 

そう言いすて、再度天和達に近付いて来る。

 

「さあ・・・今度こそ・・・・」

 

と近付いた瞬間―――――

 

ドゴオッ!!!!!

 

「なッ!これは・・・・剣?」

 

シンプルなデザインの剣が天和達との間に割り込んでくる。

 

「誰だぁッ!!」

 

趙弘が剣を飛んできた方向を見ると、一人の男が近付いて来ていた。

 

「オマエは・・・確か劉表軍の!」

 

「そこの三人に用があるんでな。退いてもらおう!」

 

近付いてきた男、士郎は干将・莫耶を構えながら言い放った。

 

「ふん、俺は張曼成の様にはいかぬわっ!」

 

そう言いながら士郎との距離を詰めて、斬りかかって来る。

 

「張曼成?・・・成る程。宛城で逃げた敵将はお前だったのか。」

 

その一撃を受けながら士郎は答える。

 

「あの時の俺とは違うッ!うおおおおおッ!」

 

再度、袈裟に斬りつけてくるが、

 

士郎は左の干将でそれを流し、右の莫耶で浅く斬りつける。

 

「ぐううううっっ・・・・」

 

苦悶の表情を浮かべて座り込む趙弘。

 

「膂力は中々だが技術が全くだな。」

 

そう言って剣を突きつける。

 

「さあ、貴様にの後ろに居る人物を答えてもらうッ!」

 

すると、突然趙弘の体が震えだす。

 

「?どうした・・・・・」

 

心配した士郎が声を掛けた瞬間、

 

「ぐふうッ!」

 

血を吐いて倒れる。

 

「なっ・・・・・」

 

士郎が呆気にとられていると、誰かが近付いてきた。

 

「多分左慈に口封じされたのよん。」

 

そう言いながら近付いてきたのはビキニパンツ一枚しか来ていない、

ムキムキマッチョの男だった。

 

「「「へ、変態っ!」」」

 

余りのインパクトに張角三姉妹が怯えてしまっている。

 

「だぁれが、ムキムキマッチョの変態ですってぇ!?」

 

言ってない。誰もそこまでは言ってない。

 

謎の変態の迫力に気絶する三姉妹。

きっとこれまでの疲労もあったのだろう。

 

に、しても、

 

(自覚あるのかよ・・・・・)

 

士郎はそう思いながら話しかける。

 

「え・・・っと・・・だれ?」

 

「うふ。わたしの名前は貂蝉よん。」

 

「俺は衛宮士郎。

それで・・・・貂蝉って・・・・あの・・・・?」

 

士郎が知っているのは、三国志でも絶世の美女と呼ばれている人物の事だ。

 

「なんでさ・・・・・」

 

落ち込んでる士郎を置いて貂蝉が話を続ける。

 

「貴方がお爺ちゃんが送ってくれた人かしらん♪」

 

「・・・宝石翁に送って貰ったのは俺だけど・・・・・」

(宝石翁の知り合いってこいつなのか?)

 

「新しいご主人様が、男前で良かったわん。」

 

クネクネしながら喜んでいる。

 

(こんなのと知り合いでいいのか、宝石翁?)

 

「なんでご主人様なのさ・・・・・」

 

士郎は気持ちを切り替えつつ、話を続ける。

 

「説明すればわかるわん。

宝石翁が平行世界を放浪しているのは知っているかしらん?」

 

「ああ。」

 

第二魔法「並行世界の運営」の事だろう。

宝石剣ゼルレッチを使って放浪しているらしいが・・・・

 

「その時、偶然この世界に来てしまったのよん。」

 

「この世界って・・・・平行世界じゃないのか?」

 

「似ているんだけどちょっと違うのねん。

この世界は外史といわれる世界なのん。」

 

「どう違うんだ?」

 

「外史は人々が「想像した世界」なのよん。

三国志の武将は女だったとか、曹操と夏侯惇は百合だったとかん。」

 

「な・・・・・」

 

そんな事で世界が増えるのかと絶句する士郎。

 

「で、その外史を滅ぼそうとしている者達が居るのよん。」

 

「数が増え過ぎるからか?」

 

士郎の言葉に頷く貂蝉。

 

「そうよん。このまま増え続けるのなら、

幾つか消してしまおうとしているの。」

 

貂蝉は一度言葉を切る。

 

「でもご主人様はこの世界で過ごしてみてどう思ったかしら?」

 

「・・・・・・・」

 

士郎が思い出したのは今までの事。

 

自分の民を守るために必死に頑張っていた聖や水蓮。

この戦乱を終わらせようと、まだ幼いのに戦っている玖遠や援里。

 

そして共に戦ってきた董卓軍の皆。

 

彼女達の思いがそんな理由で消してしまわれるのは、納得が出来なかった。

 

「多分ご主人様は私と同じ事を考えているわねん♪

其れを防ごうとしているのが私なのね。」

 

「今までも何回か阻止してきたんだけど、今回は大分力をつけてきてるみたいなの。

それで、知り合いになったお爺ちゃんに相談したって訳よん。」

 

「そうだったのか・・・・ってなんで俺がご主人様なのさっ!?」

 

危うく最初の疑問を無かった事にされそうだった士郎は、慌ててつっこんだ。

 

「以前来た人をそう呼んでたから、癖になってるのよん。」

 

「ああ・・・・そうなのか・・・・

って、俺のほかにも来た奴がいるのか!?」

 

士郎が気にしているのは、自身が元の世界で追われていたからだ。

もし別の方法で来られるのならば、士郎だけではなく、この世界自体が危なくなる。

 

「大丈夫よん。この世界に来るためには銅鏡が必要になってくるわ。

よっぽど特別な方法じゃ無ければそう簡単に来れないわん。

お爺ちゃんもこの世界に来るときは銅鏡を使ってるし、

その銅鏡もお爺ちゃんが管理しているからだいじょうぶよ♪。」

 

貂蝉の言葉にほっとする士郎。

 

「とりあえず事情は分かった。

で、これからどうすれば良いんだ?」

 

すると、貂蝉は少し困ったような顔をし、

 

「今さっき話した消そうとしているのは左慈と于吉って言う導師なんだけどん、

その左慈って言うのが太平要術の書を使って何かしようとしているみたいなのん。」

 

「やっぱり魔術書の類だったのか・・・・」

 

士郎は張曼成の言葉を思い出していた。

 

「今北門の方にいるみたいだからいきましょう♪」

 

貂蝉が行こうとすると、士郎が其れを止める。

 

「ちょっと待ってくれ、張角達をこのままにしておけない。」

 

士郎は気絶している三姉妹の方を見る。

 

「大丈夫よん。直ぐそこまでご主人様の軍が近付いてきているからん。」

 

貂蝉が言った瞬間、馬の蹄の音が近付いて来る。

 

「士郎くーーーーんっ!」

 

「聖っ!私が先行するから下がりなさいっ!」

 

「聖っ、水蓮っ!」

 

来たのは南門から進軍していた聖と水蓮。

 

「士郎くんっ!大丈夫だった!?」

 

心配しながら、まるで抱きつくように士郎の体をチェックし始める聖。

 

「ちょっ・・・近いっ・・・・」

 

「聖っ、はしたないからやめなさい・・・・ってきゃああああっ!!」

 

水蓮が貂蝉に気づいて驚く。

 

「ううっ、そんなに驚くなんて酷いわ酷いわ。」

 

またクネクネしている・・・・

 

「し、士郎いったい何なのこいつはっ!?」

 

水蓮が波及を貂蝉に向けながら質問してくる。

 

「あ、ああ・・・どうやら踊り子みたいで、この街の道案内をしてもらってたんだ・・・」

 

苦し紛れの嘘を言い放つ。

 

「こんな踊り子見たことないわよ・・・」

 

水蓮は呆れながら槍を下ろす。

 

「うん・・・怪我はないみたいだね・・・・・」

 

そうこうしている内に聖が士郎から離れる。

 

ちょっとほっとしていると、水蓮から睨まれたので気を引き締める。

 

「そ、そうだ聖。

俺は此れから用があるから、この娘達を預かっていて欲しいんだ」

 

士郎が張角達に目を向けながら話す。

 

すると、丁度張角達が目を覚ます。

 

「う・・・・・ん・・・」

 

「あれ・・ちぃ達は・・・?」

 

「ねえさん・・・大丈夫・・・・」

 

寝ぼけ眼を擦りながら、周りをキョロキョロしているが、

直ぐに自分達の状況に気付く。

 

「彼女たちは?」

 

「彼女たちが黄巾党首領の張角だよ。」

 

「「えええええっ!」」

 

聖と水蓮がかなり驚いている。まぁ無理も無いだろう。

 

「だったらここで保護してもいずれは殺されるわよ?」

 

「う~~~ん・・・・」

 

水蓮の言葉に否定できずに悩む聖。

 

すると――――――

 

「待ってくれっ!天和ちゃん達は悪く無いんだっ!」

 

「そうだ。俺達が勝手に暴走してただけなんだよっ!」

 

慌てて声を掛けてきたのは、倒れていた馬元義と厳政。

二人とも致命傷を受けており、死ぬ間際だと言うのに声を張り上げてきた。

 

「どう言う事なの?」

 

水蓮が二人に問いただす。

彼らが言うには、公演中に彼女たちが『このまま天下取っちゃう~?』と

言った事を真に受けて、それが何時しかこの様な騒ぎになったという。

 

「・・・・・・・・」

 

水蓮が余りの真実に口を開けている。

 

「恐らく今この国の皇帝にも不満があったんだろう。

遅かれ早かれ、其れが爆発していたさ。」

 

士郎がフォローを入れる。

 

「そ、そうなんだよっ!その責任を天和ちゃん達に押し付けるなんて

俺には出来ねぇッ!」

 

「それに言い訳になるけどっ、反乱起している時は何か変な感じだったんだよっ!

反乱を起すのが正しいって言う考えが、頭ん中一杯でさ・・・・」

 

「貂蝉、それってもしかして・・・・」

 

「ええ、多分太平要術の書の影響ねん。」

 

士郎は周りに聞こえないように貂蝉と話す。

 

「太平要術の書は持ち主の願いを叶える力があるのよん。」

 

「それってまるで・・・・」

 

聖杯じゃないか――――――

 

士郎がそう考えていると、水蓮が話し出す。

 

「とは言っても、黄巾党の首領の首を取らないと、この戦いは終わらないのよ・・・・」

 

「だったら、俺達の首を使ってくれっ!」

 

馬元義の発言に厳政も頷く。

 

「なっ!!」

 

水蓮が驚いているが、構わず話し続ける。

 

「俺達はこの傷じゃもう助からねぇ・・・・

俺達とそこの趙弘を合わせたら丁度三人だ。」

 

「だけどっ・・・・・」

 

「いざって言う時は、俺達が身代わりになるつもりだったのさ・・・・・」

 

「っ・・・・・・」

 

水蓮は言葉を失う。

 

「分かったよ。」

 

そこで話し出したのは聖だった。

 

「いいの聖?」

 

「うん。理由があっても、この罪は償わないといけないと思う。

だからってすぐ殺してしまうのも違うと思う・・・・一度彼女たちと話て決めたいの。

もし、この彼女達が罪を償いたいのか、逃げたいだけなのかを・・・・」

 

聖は強い目を天和たちに向けながら話す。

 

「分かったわ。とりあえずこの場は、貴方達の首で決着をつけるわ。

いいわね。」

 

水蓮の発言に頷く馬元義と厳政。

 

「あっ・・・士郎くんも用事がああるんだよねっ。

・・・・ちゃんと無事に帰って来てね・・・・」

 

「ああ。行こう貂蝉。」

 

「了解よん。ご主人様♪」

 

そうして走り去っていく二人。

 

「「・・・・ご主人さま???」」

 

新たな問題を残しつつ、乱は終結を迎えていく・・・・・




貂蝉と宝石翁の関係は大分フランクな感じです。

そもそもあの爺さん自体が大分フランクな性格ですし……

『宝石翁があんな変態と同等に話しているのは納得出来ん!!』
って言う人もいるかもしれませんが、許してください……

太平要術の書に関しては、私の自己解釈です。

アニメは見ていないんですが、wikiで設定を見ていると、
どうしても聖杯と似たような物としか思えなかったですから……
(聖杯ほど力は無いです。あくまで方向性が同じだけ)

批判等があるかもしれませんが、
とりあえずはこの設定で進んで行きたいと思いますので、
ご了承の程、よろしくお願いします。

また、おかしい文法等がありましたら教えてもらうと有難いです。


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2-9 黄巾大乱(3)

――――――濮陽城 北門――――――

 

北門を破ってきたのは盧植、公孫瓚軍。

その公孫瓚軍の中に、劉備達の姿があった。

 

「よし。どうやら西門以外はこれで全部突破したな。」

 

白馬の上で周りを見回しながら公孫瓚―白蓮が話していた。

 

「そうだね。後はどうするの?」

 

すぐ横にいた劉備―桃香が話しかける。

 

「とりあえずは残党の対処と民の保護だな。」

 

「うん。わかったよっ。」

 

そう言って二人は進んでいく。

 

すると・・・

 

「ん・・・・誰か居るな・・・・」

 

前方に白装束の服を来た男が居る。

 

「おい!どうしたんだーっ!」

 

白蓮が声を掛けると、男と目が合う。

 

瞬間・・・にやりと、その男は笑みを浮かべた――――

 

「っ!!愛紗ちゃんっ、鈴々ちゃんっ!!」

 

何か不吉なものを感じた桃香は義理の妹達を呼ぶ。

 

「ふっ。」

 

その隙に浅く笑いながら近付いて来る。

 

「護衛兵っ!!奴を近づけるなっ!!」

 

白蓮が直ぐに直属の騎馬兵を前に出す。

 

「はあっ!!」

 

叫び声と共に跳んだ男は、先頭にいた二人を叩き落す。

 

「ぐうっ!!」

 

顎を下から蹴り上げられたのと、

その後の馬上からの落下の衝撃も相俟って動けない。

 

「くっ・・・囲めぇっ!!」

 

急いで包囲しようとするが、

 

「遅いっ!!」

 

先に接近してくる。

 

その後、小回りが利かない騎馬兵を尻目に、間を縫うように移動し落馬させていく。

 

ある者は延髄を蹴られ倒れ伏し。

 

ある者は顔面を蹴り飛ばされる。

 

下馬をしようとしても、そんな隙が在る筈も無く、

 

あっという間に十数人の兵が倒れる。

 

「引くぞっ、桃香っ!」

 

「で、でもっ!皆を見捨てて行けないよっ!」

 

桃香は倒れている騎馬兵達に目を向ける。

 

「馬鹿っ!モタモタしてると私達までやられるぞっ!」

 

そうこうしている内に男が近付いて来て、

 

「はっ!!」

 

「きゃあああっ!!」

 

桃香が騎乗していた馬が蹴り飛ばされ、落馬する。

 

「桃香っ!!・・・・きゃああああっ!!」

 

そのまま白蓮も落とされ、倒れている二人に近付いて来る。

 

「ふん、異物はさっさと消すか。」

 

そう言い放ち、体勢を沈め、跳び蹴りの体勢になった時、

 

「貴様あっ!!桃香さまに何をしているっ!!」

 

「お姉ちゃんっ!大丈夫なのだ?」

 

横から関羽と張飛が飛び込んでくる。

 

「愛紗っ、鈴々っ、気をつけろっ!そいつ只者じゃ無いっ!」

 

白蓮の言葉に頷く。

 

「はい・・・・」

 

愛紗は緊張した顔をしたまま男を見つめている。

 

「私は中山靖王劉勝の末裔、劉玄徳一の家臣関雲長っ!」

 

「同じく張益徳なのだっ。」

 

「ふん・・・俺は左慈。」

 

そう言いながら手甲と脚甲を装備する。

 

「足掻いて見せろッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣戟の音がするな・・・・」

 

「そうねん。どうやら誰かが左慈と戦ってるみたいなのねん。」

 

士郎達が北門近くまで来ると、戦っているのが見える。

 

着いた時に見たのは膝をついている二人の少女とそれを見下ろす男。

 

そしてその様子を心配そうに見ている二人の少女だった。

 

「愛紗ちゃんっ!鈴々ちゃんっ!」

 

「駄目です桃香さまっ!」

 

助けに来ようとした桃香を止める愛紗。

 

「よそ見をしている暇はあるのかっ!!」

 

その瞬間、鋭い蹴りが愛紗を襲う。

 

「ぐうっ!!」

 

咄嗟に青龍偃月刀の柄で防ぐが、スピードがのっており、

脚甲の威力も相俟っており吹き飛ばされる。

 

「うにゃ~っ!!」

 

その隙に鈴々が蛇矛を構え、左慈の横から突くが、

 

「なっ!!」

 

左慈は蛇矛の上に立っていた。

 

「うにゃにゃにゃにゃにゃ~っ!!」

 

左慈を振るい飛ばし、蛇矛を振るい、

上下左右から襲い掛かるが、

 

左慈は手甲でそれを受け流す。

 

「関羽と二人がかりでも勝てなかったのに、

一人で勝つつもりかッ!」

 

そのまま距離を詰め

急にしゃがみ、水面蹴りを放つ。

 

「うにゃあっ!!」

 

いきなり視界から消えた為、左慈を見逃した鈴々はそれをまともに受けてしまう。

 

地面に尻餅をつき、座り込んでいる鈴々に左慈が近付く。

 

「これで終わりだっ!!」

 

鈴々の顔面目掛けて、鋭い蹴りが放たれる。

 

が――――――

 

「させないわよん♪」

 

「なっ!?・・・貴様は・・・・貂蝉ッ!!」

 

そのまま戦う二人。

 

「た、助かったのだ・・・・?」

 

一旦離れる鈴々。

 

「ちぃッ!」

 

舌打ちをし、攻撃し続ける左慈。

 

「あの娘たちに用があるのなら私を倒してからにするのねん。」

 

「ふん!貴様など、今の俺からすれば敵にならんわッ!!」

 

じりじりと、しかし確実に圧倒していく。

 

「このまま死ねっ・・・・・・・」

 

左慈が一気に押し込もうとすると、横から誰かが攻撃してくる。

 

「チイッ!」

 

咄嗟に下がってそれをかわす。

 

「悪い。遅くなった。」

 

「危なかったのねん、ご主人様♪」

 

そのまま貂蝉の横に立つ士郎。

 

「あの娘は大丈夫なのかしら?」

 

貂蝉は、左慈に吹き飛ばされた愛紗の事を聞いてくる。

 

「ああ。とりあえず応急処置はしたから大丈夫だと思う。」

 

「良かったのねん♪

じゃあ後は左慈から書を回収するだけねん。」

 

そう言って二人は左慈の方に目を向ける。

 

「舐めるなッッッ!」

 

二人の言葉を聞いた左慈は激怒し、一気に跳躍してくる。

 

「ふっ!!」

 

士郎は空中で身動きがとれない所を狙い、右の莫耶で突くが、

左慈の左手甲に弾かれる。

 

「おおおおおッ!!」

 

そのまま着地と同時に繰り出してきた、

左慈の右正拳を左の干将で防ぐ。

 

鋼と鋼が擦れる、甲高い音を響かせて静止する二人。

 

「はッ、やるじゃないか!」

 

右手をそのままに、空いた左手を地面に着けて鋭い蹴りを放つ。

 

士郎はそれを半身ずらして避けるが、

左慈は一旦蹴った脚を戻し、右手も地面に着け、逆立ちするような体勢から

下から突き上げる蹴りを放つ。

 

「くッ!!」

 

それも交わす士郎。

 

しかし、左慈は蹴り上げた足を開脚し、さらに追撃。士郎の頬を掠める。

 

「はぁっ!!」

 

何時までも受身ではいられない。そのまま下にいる左慈に斬りつける。

 

左慈はそれを、足を引き戻し、脚甲で受け止め弾き、

その反動で後ろに跳ぶ。

 

「もらったわよん。」

 

その体勢が崩れた隙を、狙っていたかのように貂蝉が蹴りかかる。

 

「舐めるなッッ!」

 

腕を交差させてそれを防ぐ。

 

貂蝉と数合殴りあった時、左慈の後ろから士郎が攻めかかる。

 

「ちぃッ!!」

 

さすがに二人同時は厳しいらしく、離れる左慈。

 

「すごい・・・・・」

 

それを見ていた桃香が思わず呟く。

 

劉備たち三人は戦いをじっと見ており、

口には出さないが、愛紗と鈴々も同じ感想を抱いていた。

 

「どうしたのん?まだまだこれからじゃないのん♪」

 

「くっ・・・・」

 

貂蝉の挑発に歯噛みする左慈。

 

「まぁいい、既に書は回収した。

貴様らの事は後で片付ければ良いだけだ。」

 

そう言って懐から呪布らしきものを取り出す。

 

「不味いわん、逃げる気よん。」

 

「させるかっ!!」

 

士郎が干将・莫耶を投擲するが、

 

「間に合わなかったわねん・・・・」

 

左慈の方が早かった。

 

「・・・・・・・・」

 

士郎が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると、

 

『ウオオオオオオオオオオオッッッッッ』

 

まるで地響きのような歓声が、遠くの方から上がってくる。

 

「どうやら戦いが終わったみたいなのねん。」

 

袁紹軍が偽者の張角の死体を見つけ、

それにて黄巾の乱は終焉を迎えた・・・・・

 

まだ抗う者もいてもおかしくないのだが、

残った黄巾兵達は、まるで憑物が落ちたかのような表情を浮かべており、

戦後の処理は非常にスムーズに進んでいった・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以前より大分強くなっていたのねん・・・」

 

士郎が貂蝉に今後の方針を聞いていると、そう呟いた。

 

「そうなのか?」

 

「ええ。以前は私と同じくらいだったのねん。」

 

貂蝉は困ったような顔を浮かべている。

 

「とりあえずは一対一でやるのは避けた方がよさそうだな・・・・」

 

「そうねん。」

 

士郎の提案に貂蝉も同意する。

 

「それで、これからどうすればいいんだ?」

 

「確かご主人様は劉表さんの所にいたのよねん?」

 

「そうだけど・・・・」

 

貂蝉は少し考えて、

 

「多分あいつらは歴史通りに進めていって、その裏で何かしてくると思うわん。

あんまり介入しすぎるとまずいからねん。」

 

「修正力の事か。」

 

士郎の発言に頷く貂蝉。

 

「結局あいつらも私もこの「世界」に作られた存在なのねん。

あんまり無茶しすぎると消されちゃうのねん。」

 

「俺が来たのは大丈夫なのか?」

 

「以前別の外史で同じような事があったから大丈夫よん♪

それに、修正の条件も結構曖昧だし、奴らも下手に歴史を変えるより、

それを有効利用したほうがらくなのよん♪」

 

「そうなのか・・・・・」

 

クネクネしている貂蝉に若干引きつつ、話を進める。

 

「それで、恐らく次は反董卓連合の流れになると思うわん。

だからご主人様はこのまま劉表さんの所でいるといいわん。」

 

「それは良かったよ。」

 

まだ会ってからそんなに経ってはいないが、

聖達と一緒に居ると楽しく感じている士郎からすれば、嬉しいことだった。

 

「ほんとは、ご主人様みたいないい男とは、一緒にいたいんだけどん・・・・」

 

貂蝉はクネクネしている。

 

「ま・・まぁ、二人一緒に行動してたら怪しまれるからな・・・・・」

 

「そうよねん・・・・」

 

貂蝉はとても残念そうだ。

 

「まぁいいわん。私は洛陽で情報を集めておくからん、

何かあったら連絡するわん。」

 

「ああ。よろしく頼む。」

 

「じゃあご主人様。気をつけてねん♪」

 

そう言って貂蝉は去って行った。

 

士郎はそれを見送った後、木の下に居る桃香達の所へ行く。

愛紗の様子を診るためだ。

 

「大丈夫か?」

 

「あっ・・はい。愛紗ちゃん。」

 

桃香の声に目を開ける愛紗。

 

「みっともない所を見せてしまって・・・・・

まだグラグラしますが・・・体の方は大丈夫です。」

 

「そうか。」

 

「お姉ちゃんは助かったのかっ?」

 

その様子を見て、鈴々が身を乗り出して聞いてくる。

 

「ああ。倒れた時に頭を強く打ったせいだろう。

寝てれば直に良くなる。」

 

「良かったのだ・・・・」

 

鈴々は安心したのか、少し涙ぐんでいる。

 

「とりあえずキミは腕を出せ。」

 

そう言って士郎は鈴々の腕を引く。

 

そこには大小さまざまな傷がついていた。

 

「鈴々ちゃん・・・・・」

 

「にゃははははは・・・・こんなん大丈夫なのだ!」

 

「とりあえず傷口は拭いておこう。」

 

そう言って桃香の方に目を向ける。

 

「え~~~と・・・・キミは・・・・」

 

「そう言えば自己紹介してませんでしたね。

私は劉備 玄徳って言います。

寝ているのが関羽 雲長で、」

 

「鈴々は張飛 益徳なのだっ!」

 

「私は劉表軍客将の衛宮 士郎だ。

早速だが清潔な布と水を貰えるか?」

 

「あっ、はい。どうぞ。」

 

士郎に言われたものを手渡す。

 

「ありがとう・・・・・動くなよ・・・・」

 

「にゃっ・・・冷たいのだ~~・・・・」

 

目立つ所の傷をあらかた拭いた士郎は、

 

「よし、後は劉備、キミに任せる。」

 

「はい。分かりました。」

 

士郎が回りを見回すと、遠くに砂煙が見える。

 

「誰か近付いてきているな・・・・あれは・・・・白馬か?」

 

「あっ、たぶん白蓮ちゃんかな。

私たちの知り合いです。」

 

「ならば大丈夫だな。」

 

士郎は軽く土を払い落としながら立ち上がる。

 

「もう行っちゃうのだ~?」

 

「ああ。仲間が心配してるといけないからな。」

 

士郎は鈴々の頭を撫でながら話す。

 

「本当に有難う御座いました・・・・・・

士郎さんがいなかったら・・・私達・・・・どうなってたか・・・・」

 

桃香は軽く身震いする。

 

士郎は桃香の肩に手を置き、

 

「これから先、戦い続けるのならもっと悲しい事や、苦しい事が沢山出来てくる。」

 

士郎の言葉に頷く桃香。

 

「けど、無理にそれを一人で抱え込む必要はない。人間一人で出来る事なんてたかが知れてる。

今回俺達がキミを助けたように、困ったら皆の力を借りるといい。

・・・その時俺が近くにいたら、俺も力になるから。」

 

三国志での、劉備の事を知っている士郎しか言えない言葉だった。

 

「・・・・・はいっ!」

 

「よし。じゃあ俺は行くよ。」

 

そう言って士郎が立ち上がる。

 

「・・・・あのっ!」

 

桃香に呼ばれ振り向く士郎。

 

「・・・桃香です。」

 

「鈴々も鈴々って呼んで良いのだ!」

 

「・・・・・ああ。またな桃香、鈴々。」

 

そう言って士郎はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――濮陽城 劉表陣営――――――

 

「ちぃたちを如何するつもりなのよっ!!」

 

士郎が聖達の所に帰ってくると、誰かの声が聞こえる。

 

「あっ!お帰りー士郎君。」

 

陣内に入ってきた士郎を、見つけた聖が声を掛ける。

 

「ただいま。何かあったのか?」

 

「丁度あの三人が目覚めてね・・・・・

暴れてるんだよ・・・・約一名だけど・・・・」

 

今、聖と話している間も声が聞こえてくる。

 

「とりあえず事情を説明するか。」

 

士郎は聖と一緒に三人の所へ向かう。

 

「だれよアンタっ!

・・・・・ま、まさかちぃ達に変なことするつもりじゃ・・・・・」

 

その発言を受けて三人はともかく、

何故かその場にいる聖や水蓮、玖遠、援里から冷たい目で見られる。

 

「なんでさ・・・・・・」

 

士郎は軽く落ち込みながら事情を説明していった。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな・・・・・馬元義さんたちが犠牲になったなんて・・・・」

 

天和たちは目に見えるほど落ち込んでいる。

 

無理もないだろう。皆を見捨てて逃げるつもりだったのに、

その人に助けられたのだから。

恩を返そうと思っても、もう死んでしまっている。

 

「ちぃたち・・・・どうすれば・・・・・・・」

 

「・・・・自殺するつもりじゃないでしょうね・・・・・」

 

余りの落ち込みぶりに、水蓮が心配して声を掛ける。

 

「・・・・・どうしろ・・・言うの・・・」

 

それまで黙っていた末妹、人和が喋り出す。

 

「こんなに・・・・騒ぎになって・・・どう償えば・・・・・・」

 

「そこで死んだら、あの二人の思いを踏みにじる事になるぞ。」

 

士郎の発言にビクッと反応する。

 

「彼らはキミ達に生きて欲しいから、あんなことをした。

・・・・・償いをしたいんなら、違う方法がある筈だろ。」

 

「「「・・・・・・・・・」」」

 

天和たちは口ごもり、重い空気が流れる。

 

すると、その空気を払うように聖が話しかける。

 

「あなた達は何で歌っていたの?」

 

「えっ・・・・」

 

聖の質問に驚く天和。

 

「あなたたちが旅芸人として、歌を歌っていた理由を知りたいの。」

 

「・・・朝廷の人たちが好き勝手して、皆の気持ちが廃れていってたから・・・・

私達の歌で・・・・・元気になって貰おうと思って・・・」

 

天和がぽつぽつと話し出す。

 

「それにっ、ちぃたちが人気になって呼びかけたら、争いに参加する人たちも減るじゃない。」

 

それに地和が続く。

 

それを聞いた士郎は、

 

「なら、それをまたすれば良いだろ。」

 

「えっ?」

 

「確かに今回の騒ぎは問題だ。

けど、キミ達のその思いは、決して間違ってはいない。」

 

正義の味方を目指す、士郎しか言えない言葉。

 

「今度はそんなことないように、私たちも協力するよ~

だから、一緒に来ないっ?」

 

士郎の言葉に、聖が続ける。

 

「いいのっ!?」

 

「うん、太守だしね。場所は提供するよっ。

大丈夫っ!私達の街は来る人は拒まないから。」

 

聖が自信満々に答える。

 

「聖・・・また勝手に決めて・・・」

 

「よくあるんですかっ、こういうのっ?」

 

「ええ・・・たまに頑固な所があるのよね・・・」

 

その様子を見て水蓮と玖遠が話している。

 

「いいよねっ、水蓮ちゃんっ!」

 

「言っても聞かないでしょう・・・・

あの双子には私からも言っておくわよ。」

 

「ありがとうっ、水蓮ちゃん。

じゃあ・・・よろしくねっ!私は劉表 景升。真名は聖だよ。」

 

「衛宮 士郎だ。真名は無い。」

 

「蔡瑁 徳珪。真名は水蓮よ。」

 

「私は李厳 正方っ。真名は玖遠ですっ!」

 

「徐庶・・・元直・・・真名は・・・援里です・・・・・」

 

「真名を預けてくれるんですか!?」

 

真名を預けるのに驚く天和。

 

「うん。だって仲間になるんだもん。」

 

「っ・・・・はいっ!私は張角。真名は天和です。」

 

「ちぃは張宝っ。真名は地和よっ!」

 

「私は張梁。真名は人和よ。よろしくね。」

 

新しく仲間が増えた士郎たち。

 

黄巾の乱は、この日終結したのだった・・・・・・




キャラの性格で、
おかしい所があったら指摘の方よろしくお願いします。

原作Playしたの大分前ですから、
どこかおかしい所があるかも・・・・・

アニメの方は見てないので、
そこら辺はwikiと自己解釈を織り交ぜています。

で、今回の話ですが、
左慈は大分強くしています。恋姫の呂布以上。

これくらいしないと暗躍出来ませんからね……


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3章 新たな仲間
3-1 帰路


「おーい!!誰かいないか~」

 

戦が終わり、士郎が帰りの準備をしていると、誰か来たようだ。

陣の外から声が聞こえる。

 

「劉表さまは今留守ですが……」

 

士郎が出迎えると、そこには女性が立っていた。

 

髪は赤く、ポニーテールにしている。

服装も赤を基調とした軽装のものだ。

 

「いや、士郎って奴に用があったんだ。

今居るのかな?」

 

「俺に?何かありましたか?」

 

士郎は何かしたのかと考えながら答える。

 

「ああ。ウチの桃香たちが世話になったみたいだからな。

礼を言いに来たんだ。」

 

「ああ。桃香たちの知り合いの人ですか。」

 

士郎は納得がいったような顔を浮かべた。

 

「自己紹介がまだだったな。

私は公孫瓚 伯珪。よろしくなっ。」

 

「私は衛宮 士郎。劉表軍で客将をしています。

よろしくお願いします。」

 

士郎が礼を返すと、公孫瓚は何か変な顔をしている。

 

「なんか敬語に違和感があるな……

別に普通に話してくれてもいいぞ?

そっちの方が私としても気楽だし。」

 

「……ああ。そうさせてもらえると助かる。」

 

お互いにクスリと笑いあう。

 

「それで、桃香たちは元気にしているのか?」

 

「ああ。怪我も殆ど治ってるよ。

士郎たちがそろそろ引き上げるって聞いてたから、

今日、私に着いて来るのを止めるのに大変だったんだぞ。」

 

公孫瓚は笑いながら話す。

 

「それ程元気なら、もう大丈夫そうだな。」

 

士郎の言葉に頷き、

 

「士郎もあの男に会ったんだろう。」

 

公孫瓚が神妙な顔をして話し出す。

 

「……ああ。」

 

「あの時、私の側近の兵が一瞬でやられてな……

私達は直ぐに下がろうとしたんだが、

私の部下を助けようとした桃香が逃げ遅れたんだ……」

 

公孫瓚は困ったような笑みを浮かべている。

 

「幸い、直ぐに愛紗たちが駆けつけてくれたから、何とかなったけど、

あいつは優しすぎるんだよなぁ……」

 

公孫瓚は空を見上げながら話していた。

 

「……それが桃香の良さだろう。

だから、関羽や鈴々が主と仰いでいるんだろう。」

 

「……そうだよな。」

 

「それに、キミもそんな桃香だから心配してくれているんだろう?

なら大丈夫さ。」

 

「な、何で私の名前がでてくるんだっ!?」

 

急に名前が出てきて吃驚している公孫瓚。

 

「だから、わざわざ俺に礼を言いに来てくれてるんだろう?

一角の太守が、わざわざ俺みたいな流れの将に礼をする事なんて少ないだろ。」

 

「まぁ、桃香は私にとっちゃ、

手の掛かる妹って感じだからな……」

 

「成る程。」

 

照れくさそうに話す公孫瓚を、微笑を浮かべながら見ている士郎。

 

「と、とりあえず用件はこんな所さ。

次会うまで元気でな!」

 

「ああ。またな。

桃香にもよろしく言っておいてくれ。」

 

士郎は去っていく公孫瓚を見送り、

再度帰りの荷造りに取り掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

数刻後、士郎たちが休憩を取っていると聖と水蓮が帰って来た。

 

「お帰り。ほら座って飲むといい。」

 

「あっ、ありがとう。士郎くん。」

 

士郎が淹れていたお茶を受け取り、座って飲み始める二人。

 

「それで、どうだったんですかっ?」

 

「はい……気になります……」

 

聖達は今回の乱の報酬を受け取りに行っていたのだ。

 

流石に客将の士郎や、日が浅い玖遠や援里は着いて行けなかったので、

興味津々である。

 

「うん。とりあえず、お城は要らなかったから辞退したよ。

それで宛は月ちゃんの所の張済さん。

許昌は月ちゃんの推薦で孔伷さんが統治することになったよ。」

 

「私達は何を貰ったんですかっ?」

 

玖遠が身を乗り出して聞いてくる。

 

「代わりにお金と兵糧を沢山貰ったよ~

この乱で、荊州に人が沢山流れて来てるから、

増築しないといけないからね。」

 

「そうなんですか……

これから忙しくなるんですねっ……」

 

「そうね。

荊州に帰ったら忙しくなるわね。」

 

玖遠も言葉に、水蓮も困ったような顔を浮かべて話す。

 

「とりあえず帰る準備からだな。」

 

「うん。

途中までは月ちゃん達と一緒だから、急いで準備しよう!」

 

パンパンと、聖は手を叩いて帰る準備を急ぐように促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで準備は出来たな。」

 

士郎が、自分の荷物を馬車に乗せ、

ロープで固定しながら呟く。

 

「ちょっとっ!乱暴にしないでよねっ!」

 

縛っている荷台には、荷物しか載せてない筈なのに、何故か声が聞こえる。

 

「姉さん、喋っちゃ駄目。」

 

「けど、あの馬鹿士郎が……」

 

「駄目だよそんな事言っちゃ。私達の為にしてくれてるんだから。」

 

「そうだけどぉ……」

 

士郎が固定している荷台の中から、賑やかな三姉妹の声が聞こえてきており、

三姉妹は、荷物同士の隙間に寄り添うように座っていた。

 

「この扱いは酷いわよ!」

 

地和の意見も最もだが、まだ黄巾党は完全には収まった訳ではない。

 

もし、この三人が見つかって、下手な騒ぎになったら危ないので、

こうして荷台に隠れてもらっているのだった。

 

「荊州まではちょっと遠いけど、我慢してくれ。」

 

「はい。よろしくね~」

 

士郎に返事を返す天和。

 

すると、玖遠が近付いてきた。

 

「士郎さんっ、もうそろそろ出発みたいですっ。

準備の方は大丈夫ですかっ?」

 

「ああ。こっちはもう終わったよ。」

 

「じゃあ聖様の所へいきましょうっ。」

 

そう言って士郎たちは聖達の所へ移動する。

 

士郎たちが聖の所へ来ると、

其処には、麗羽たちが来ていた。

 

「あら、貴方は……

確かお茶を入れるのが旨い人ですわね。」

 

変な覚えられ方をしている士郎。

 

「士郎さんですよ。

名前で呼びましょうよ麗羽さま……」

 

「相変わらず斗詩は固いなあ斗詩は。

……胸はこんなに柔らかいのに。」

 

そう言って、斗詩の胸を後ろから鷲掴みにする猪々子。

 

「きゃあああっ!!

文ちゃんっ!なにするのよう!?」

 

顔を真っ赤に染め、しゃがみ込む斗詩。

 

「あははははははっ。やっぱり斗詩は可愛いなあ。

しろーもそう思うだろ。」

 

「まぁ、可愛いけど……

やってる事はあれだな……」

 

急に猪々子に話しかけられた士郎が答える。

 

「もうっ!なに言ってるのよ文ちゃんっ!!」

 

立ち上がって、猪々子をポコポコと叩き始める斗詩。

 

「に、賑やかだね……」

 

聖は苦笑いを浮かべながら、その様子を見ている。

 

「ちょっと、猪々子さん、斗詩さん、静かにしてくださいな!

お話が出来ないじゃありませんかっ。」

 

「すみません……」

 

「ごめんなー姫。」

 

麗羽に怒られ静かになる二人。

 

「それで、聖さんはこれから如何するのかしら?」

 

「結構無理言って進んできたからね、

荊州に帰るよ~。

麗羽ちゃんは確か、司隷校尉だったよね?」

 

「ええ。そうですけど、もう飽きましたわ。

十常侍があれこれ五月蝿いんですもの。」

 

怒りながら話す麗羽。

 

「まぁ、この戦での華麗な戦いで功をあげましたから、

冀州の方で太守を努める事になりましたわ。」

 

急に態度が変わり、自信満々に話す麗羽。

 

「それって、左遷されたんじゃ……」

 

「残念な……性格してます……」

 

「しっ!言っちゃ駄目よ!本人気づいてないんだから。」

 

その様子を見て、ヒソヒソと話す士郎、援里、水蓮の三人。

 

「そっか、大分離れるんだね……

寂しくなるね。」

 

少し悲しそうにしている聖。

 

「おーっほっほっほっ。大丈夫ですわよ聖さん。

荊州にもこのわ・た・く・しの名が響く位は活躍しますわよ!」

 

「そうそう。姫ならそれ位朝飯まえだって。」

 

「はぁ……また私の苦労が増えるよう…………」

 

斗詩は困った顔をしているが、それに気づいてない二人。

 

「さぁ。そうと決まれば急いで冀州に向かいますわよ。

聖さん、わたくしはこれで失礼しますわ。」

 

クルリと聖に背を向ける麗羽。

 

「猪々子さん、斗詩さんっ、行きますわよ。」

 

「はーーいっ」

 

「はい。」

 

そうして去っていく麗羽たち。

 

「なんていうか……前向きだな……

 

「悪い人じゃないいんだよ?」

 

思わず呟いた士郎に答える聖。

 

「さあっ、私たちも出発しようっ。」

 

聖の声を合図に士郎たちも月たちと合流し、濮陽を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不謹慎やけどな、今回の戦はむっちゃ楽しかったわ。」

 

馬車を引く士郎の横にいた霞が呟く。

 

「士郎たちと一緒におったんはそんなに長ないんやけど……

なんかそんな気がせえへんわ。」

 

「ああ。俺も長年の相棒みたいな感じがしてたよ。」

 

笑いながら話す霞に、士郎も笑みを浮かべて答える。

 

「う……その顔はズルイわ……」

 

「なにがさ?」

 

急にしおらしくなる霞。

 

「あ~あ。士郎はほんまにずるいわ。」

 

「だからなにがさ……」

 

よく分かってない士郎は困った顔を浮かべている。

 

そうしていると誰かが近付いて来る。

 

「あの……如何したんですか?」

 

「月やん。如何したん?」

 

「月が士郎に話があるって言ってたのよ。」

 

近付いてきたのは月と詠の二人だった。

 

「俺に?」

 

士郎の方に目を向ける月。

 

「はい。確か、士郎さんは聖さんの客将でしたよね?」

 

「ああ。そうだけど。」

 

すると、月は少し間を置き……

 

「あのっ、でしたら……

私たちと一緒に来ませんかっ!」

 

月の爆弾発言に一瞬フリーズする。

 

「だ、だめよっ!月に何するか分からないじゃないっ!」

 

「ええやんっ。ウチ士郎に負けっぱなしやし、

それならこれからも競い合えるやん。」

 

「お、俺が?」

 

士郎の言葉にコクリと頷く月。

 

「はい……士郎さんって強くて、頭も良いですし……

…………それに、士郎さんといると、とっても安心出来るんですっ……」

 

顔を赤く染めながら、ゆっくりと、しかしはっきりと理由を話す月。

 

「俺はそんなに強くは……」

 

無いと言おうとすると、

 

「大丈夫…………士郎は、強い。」

 

横から恋が話に入ってきた。

 

「……あそこまで……戦ったのは……初めて。」

 

「そやで。士郎が弱かったら、ウチはどないなんねん。」

 

恋の言葉に賛同する霞。

 

「どう、ですか……?」

 

恐る恐る聞いてくる月。

 

士郎は、笑みを浮かべて月の頭に手を乗せる。

 

「そう言ってもらえるのは、とても嬉しい。」

 

士郎の言葉に笑みを浮かべる月。

 

「……だけど、俺は聖が目指す国を見てみたいんだ。

だから……一緒には、行けない。」

 

「……そう、ですか……」

 

悲しそうに呟く月。

 

「その代わりだけど……これを持っていて欲しい。」

 

士郎が差し出したのは、小さい剣が付いたネックレス。

 

「これって、士郎が持っとる剣の片方やん。」

 

付いてる剣は陰剣・莫耶を小さくしたもの。

 

「綺麗……」

 

ネックレスを見て、思わず呟く月。

 

「お守り代わりに持っていて欲しい。」

 

「……はい。士郎さんに断られたのは残念ですけど…………

有難う御座います。大事にしますね。」

 

そう言ってつけようとするが、うまく行かない。

 

士郎が作ったのは現代と同じ造りの為、

この時代の人たちでは、構造が分からないのでうまく付けられないのだ。

 

「ちょっといいか。」

 

月の後ろに周り、首筋に手を触れる。

 

「ひゃんっ!?」

 

思わず声が漏れる月。

 

「アンタっ!なにしてるのよっ!!」

 

「し、しょうないだろっ。どうしても手が当たるんだよっ。」

 

「あ、あの……あ、あんまり動かされると……」

 

騒ぐ二人に困る月。

 

四苦八苦したが、何とか付けることが出来た。

 

月の胸元には綺麗な陰剣・莫耶が光る。

 

「ええなぁ~~~士郎~~~ウチにも無いん?」

 

「これ一つしか準備出来なかったんだよ……

また何処かで埋め合わせするから。」

 

士郎がそう言うと。

 

「ほんまに!約束やでっ!」

 

その言葉を聞いて喜ぶ霞。

 

士郎は苦笑いを浮かべながら、陳留を越え、南下して行く。

 

本当なら、そのまま南下せずに洛陽へ向かった方が月たちは近いのだが、

新しく宛を統治する張済を配属させる為に、一緒に南下していった。

 

その宛で、月たちとは別れる事になる。

 

「皆さんのお蔭で、この乱を乗り越えることが出来ました・・・・

本当に有難う御座います。」

 

ペコリとお辞儀をしながら聖たちに挨拶する月。

 

「そんな事ないですよっ。

私たちこそ、色々迷惑掛けましたし。」

 

慌てて答える聖。

 

「いやいや、そんな事無いわ。

こっちなんか訓練場で漏らした奴がおるんやし・・・・」

 

霞がそう答えると、いきなり大斧が襲い掛かってくる。

 

「うわっ!!」

 

「だ・ま・れ・っ!!誰のせいだと思ってるんだっ!」

 

「ちょっ……元々自分のせいやったやろ。」

 

ブンブンと振り回し続ける藍。

 

「はいはい。このままじゃ、お話が続きませんよ~?」

 

見かねた弧白が止めに入る。

 

「と、とりあえず、これでお別れですが、

交易なんかは続けていきたいと思っていますので……宜しくお願いします。」

 

「うん。こっちからお願いしたい位だよ。

じゃあ、そろそろ行くね。」

 

そう言って聖たちは出発して行く。

 

「お元気でーーー」

 

「次は負けへんでーーー」

 

背中に月たちの声を浴びながら、聖たちは新野に向かって行った…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドナドナドナド~ナ、子牛を乗せて~」

 

士郎が運んでいる、荷馬車の荷台の中から不吉な歌が聞こえる。

 

「ドナドナドナド~ナ、荷馬車がゆれる~」

 

「……その歌を何処で知ったんだ……」

 

思わず荷台の中に居る天和に話しかける士郎。

 

「今作ったんだよ~~~

なんか頭の中に浮かんできたんだ~。」

 

すごくいたたまれない気持ちになりながら士郎は進んでいく。

 

「早く行こう……」

 

新野はもう目前にある。

兵士達も、自然と進むスピードが上がっていった。




少し急ぎ足ですが、聖たちが帰還しました。

ここからは襄陽でのお話が少し続いてから、
次の章に移りたいと思います。


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3-2 蒯姉妹

聖たちが新野に着くと、民衆から盛大な歓迎を受ける。

 

「お帰りなさいーーー劉表さまーーーー」

 

「蔡瑁さまーーーこっち向いてくださーーーーーい」

 

聖は男女共に人気があるが、水蓮は女性からの人気が凄い。

 

にこやかに手を振っている聖と違い、

水蓮は恥ずかしそうにしながら声援に答えていた。

 

「李厳ちゃんーーーお疲れーーーー」

 

中には、時々玖遠にも呼びかけがあり

ニコニコしながら手を振っている。

 

「ふわーーーーすごい人気だねーーーー」

 

「うん・・・・ちぃたちでも、

こんなに盛り上がるのは中々ないよ・・・・」

 

「一国の太守なのに・・・・・こんなに人気なの・・・・・」

 

天和たち三姉妹はその人気に呆気に取られている。

 

「いつもこんな感じなのか?」

 

士郎は傍にいた援里に聞いてみる。

 

「そうですね・・・・遠征から・・・・帰った時は・・・・・

いつも・・・・こんな感じです・・・」

 

士郎はもう一度民衆を見渡す。

 

皆満面の笑みを浮かべており、心の底から喜んでいる様子が見て分かった。

 

「・・・愛されてるんだな。」

 

「はい・・・この国は・・・よそ者でも・・・気にせず受け入れますし・・・・・

戦いも・・・専守防衛に徹してますから・・・・民からの・・・・

人気があるんです・・・・・」

 

「それに、聖の性格もあるんだろうな。」

 

士郎の言葉にコクリと頷く援里。

 

士郎たちは、そのまま聖たちを見続ける。

 

聖たちはそのまま民と交流した後、新野の城に入って行った・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「みんな元気そうで良かったよ~」

 

「ええ。戦続きだったから心配してたんだけど・・・」

 

士郎たちはすでに卓に着いており、

後からきた聖たちも、話ながら座る。

 

新野には黄巾の乱から逃げてきた人たちが沢山来ており、

居住場所や、仕事などが全く足りていない状況である。

 

聖たちはそんな街の様子を心配していたのだが、

街の皆の様子を見て少し安堵していた。

 

「でも・・・このままじゃ不味いですよねっ。」

 

玖遠の言葉に全員が頷く。

 

「でも、お金なら沢山貰ってきたから大丈夫だよ!」

 

その様子を見て、自信満々に答える聖。

 

「この為に・・・・沢山貰ってましたからね・・・・・」

 

「うんっ。じゃあ早速・・・・」

 

「駄目よ!先ずは蓬梅たちと相談してから。」

 

仕事の依頼書を出そうとした聖を、水蓮が止める。

 

「それに、天和たちが歌う場所も考えなきゃいけないからな。」

 

士郎の発言に水蓮が頷く。

 

「じゃあ一旦襄陽に移動しますかっ?」

 

「分かったよう・・・・・

じゃあ兵士を此処に何人か置いて、治安維持に努めて貰うね。」

 

渋々聖は納得し、再度士郎たちは襄陽に向かって移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎たちは襄陽に到着し、新野の時と同じように民衆の中を進み、城に向かう。

 

「帰ってきたのは久しぶりだよ~」

 

聖がそう言いながら門を開けると、誰かが飛び出してきた。

 

「お帰りなさいです。」

 

「お帰り~~~~っ!」

 

白い髪をした少女二人が、聖に抱きついている。

 

「遅かったから心配してたんだからっ!」

 

「そうです。罰として一緒に寝るです。」

 

怒涛の勢いで聖に話しかけている。

 

「この姉妹は・・・聖は疲れてるんだから早く離れなさいっ!」

 

水蓮が見かねて、その二人を注意するが、

 

「うっさいわね大根。

ずっと一緒にいたから良いでしょっ!」

 

「そうです。

それに疲れてるんなら、早く一緒に寝るです。」

 

聞く耳持たないと言った感じの二人。

 

その様子を見ていた他のメンバーは呆気に取られている。

 

「個性的な人だねぇ~~~」

 

「姉さんが言っちゃダメでしょ・・・」

 

天和に突っ込む地和。

 

 

「ほ、蓬梅ちゃん、鈴梅ちゃんっ、

とりあえず新しく仲間になった人も居るから、

中に入って自己紹介しようよう。」

 

「それもそうね。じゃあ行きましょう聖さまっ!」

 

「そうです。」

 

姉妹が聖の手を片手ずつ手に取り引っ張って行く。

 

「わ、わ、わっ・・・引っ張らないでぇ~~~」

 

「・・・・私達も・・・・行きますか?・・・・」

 

「そうだよな・・・・」

 

援里の言葉に頷いた士郎たちは、

聖たちを追うようにして城内に入っていった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は嫌よっ!」

 

室内に響くのは鈴梅の声。

 

全員が自己紹介をし、士郎も仲間に居ることを知った鈴梅が反対していたのだった。

 

「私もいやです。」

 

姉の蓬梅もそれに反対していた。

 

「水蓮は反対じゃないのっ!?」

 

鈴梅が水蓮を問い詰める。

 

「まぁ、聖に悪影響が出たら困るけど・・・・・

聖が自分から勧誘したし、士郎自信も強いし、私も学ぶ事が沢山あったからね。」

 

「むーーーっ!!!」

 

それを聞いてむすっとしている鈴梅。

 

「今まで私たち四人でやってきたです。

玖遠は前から知ってますし、援里も水鏡先生からの推薦があるんなら別にいいです。

けど、男が入るのはいやです。」

 

士郎に言い放つ蓬梅、

今まで四人でやって来れた自信もあるのだろう。

 

沈黙する皆。

 

その空気を振り払うかのように聖が話し出す。

 

「うん。今までは大丈夫だったよね・・・・

けど、これからもっと忙しくなって来ると思うんだ」

 

「「・・・・・・・・・」」

 

聖の言葉を聞いて沈黙する二人。

 

「今新野には沢山の人が流れてきてるし、

朝廷も宦官たちが専横してる」

 

「袁紹さんも、そんな事言ってましたねっ。」

 

玖遠の言葉に頷く聖。

 

「私は皆を守りたい。

全員は無理でも、せめてこの国に居る人たちだけは絶対に」

 

そのまま士郎に目を向ける。

 

「でも、私に力を貸してくれる人が増えたら、

もっと沢山の人たちを助ける事が出来るんと思うんだ。

だから、お願いっ!」

 

深々と頭を下げる聖。

 

「けど・・・・・」

 

それでも何か言おうとする鈴梅だったが・・・・・

 

「蓬梅、鈴梅っ!!」

 

急に倒れる二人。

慌てて水蓮が抱きとめる。

 

「これは・・・すごい熱・・・・・」

 

二人に添えた手から伝わってくる熱を感じ、思わず呟く。

 

「っ・・・・急いで医務室へ連れて行った方がいい。」

 

士郎の言葉にはっと顔を上げた水蓮と聖は、二人を担いで急いで医務室に連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医務室から聖が出てくる。

 

「どうだったんだ?」

 

心配そうに水蓮が問いかける。

 

「うん。疲労が溜まってたみたい。

最初私が触ったときは何とも思わなかったのに・・・・・」

 

自分が見過ごしてしまった事に罪悪感を感じているんだろう。

聖は落ち込んだ様子でポツポツと話し出す。

 

「ここ最近は、私と水蓮ちゃんがいなかったし、

長沙の方でも反乱があったみたいで、

その対応や政務でまともに休んでなかったみたい・・・・・」

 

「そうだったのね・・・・・」

 

「お医者さんの話じゃ、数日休んでれば良くなるみたいだけど・・・・・・」

 

蓬梅、鈴梅が動けないとなると、確実に政務が滞る。

蒯姉妹の政治能力は聖たちの中でも群を抜いているのだ。

 

思わず悩みこむ聖と水蓮。

 

すると、

 

「聖、俺に政務を教えてくれ。」

 

「えっ!?」

 

士郎の提案に思わず驚く聖。

 

「私もお手伝いしますっ!」

 

「私も・・・・政務なら・・・手伝えます・・・・」

 

「玖遠・・・・援里・・・・・」

 

「はい、は~いっ!わたしも手伝うよ~」

 

「だったらちぃも手伝うわよ。」

 

「姉さん達よりは出来ると思うし、私も手伝うわ。」

 

玖遠と援里が水蓮に協力を申し出て、

張三姉妹もそれに参加する。

 

「みんな・・・・有難う・・・・」

 

その様子を見て思わず涙ぐむ聖。

 

「仲間なんだから困った時に手を貸すのは当たり前だろ。」

 

士郎の言葉に皆が頷く。

 

「うん。じゃあ・・・頑張ろーーーっ。」

 

こうしてバタバタと忙しい政務が始まった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――数日後――――――

 

「うん・・・・・・・」

 

太陽の光に刺激され、鈴梅が目を覚ます。

 

「ここは・・・・・」

 

キョロキョロと寝ぼけたままの頭で周りを見回す。

どうやら医務室のようだが、記憶がはっきりしていない。

 

すると、直ぐ横で寝ている自分の姉を見つけたので、軽く揺すって起す。

 

「あれ・・・どうしたんです・・・・・?」

 

蓬梅も妹の鈴梅と同じくぼんやりしていたが、

 

「・・・・そう言えば・・・・あの男はどうなったんです?」

 

蓬梅の発言にハッとする鈴梅。

慌てて寝具から降りようとすると・・・・・

 

「あっ・・・・・」

 

丁度部屋に入ってきた聖と目が合う。

 

「良かったよう~~~目が覚めたんだね・・・・・・」

 

そのまま部屋に入ってきた聖に抱きしめられる二人。

 

久しぶりに嗅ぐ聖の香りに、思わず脱力する。

 

「ごめんね・・・・私の我が侭でこんなになっちゃって・・・」

 

その体勢のまま誤る聖。

 

「でも・・・体調が悪いんなら無理しちゃ駄目だよ・・・・

とっても心配したんだがら・・・・・」

 

聖の言葉に二人は言葉を返そうとするが、

聖にさらに強く抱きしめられ、何も言えなくなる。

 

「ごめんなさい・・・・・」

 

「ごめんなさいです。」

 

その言葉を聞いた聖は笑みを浮かべ。

 

「お医者さんから食事はして良いって聞いてたから持ってきたんだ。

食べれる?」

 

聖が差し出したお盆の上には卵粥と飲み物が二人分乗っていた。

 

倒れてからまともに食事をしてなかった二人は、

それから漂ってくる匂いに逆らうことが出来なかった。

 

「「美味しい・・・」」

 

その味に思わず呟く二人。

 

そのまま無我夢中で食べる二人。

 

病み上がりの人が食べやすいように熱すぎず、

味も薄味だが、飽きないようにしっかりと味がついている。

 

卵も半熟に仕上がっており、消化しやすくしてある。

 

飲み物の方も、甘いのか塩が入っているのか分からない

不思議な味だったが、決して不味くは無かった。

 

食事を終え、落ち着く二人。

 

すると、急に鈴梅が起き上がる。

 

「そういえば、政務はどうなったの!?」

 

「どれ位寝ていたのかは分かりませんです。

けど、早くしないと、間に合わなくなるです・・・・」

 

それに続いて蓬梅も起き上がるが、

 

「大丈夫だよう。

皆が協力してくれてるから。」

 

「みんなって・・・・・アイツも!?」

 

「うん。

それでね、士郎くんたちの仕事を見て欲しいんだ。

 

・・・・きっと分かると思うから。」

 

聖に言われ静かになる二人。

 

「・・・・わかったです。

じゃあ、早速行くです。」

 

そう言って、聖たちは政務室に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

政務室のドアを開けた蓬梅と鈴梅が目にしたのは・・・・戦場だった。

 

山のように積まれた木簡や紙の中で援里と人和が書類に目を通しており、

それを天和と地和が運んでいた。

 

「ちぃ、さっきから運ぶばっかしなんだけどっ!」

 

「姉さん達に政務が出来るわけないでしょう。」

 

「適材・・・・適所です・・・・・」

 

文句を言いながら運び続ける地和と、飽きた顔をしている天和。

 

「もう飽きたよ・・・・

・・・・そうだっ!歌って皆を応援するよ~」

 

「ちぃもその方がいいっ!」

 

天和と一緒に歌おうとする地和。

だが、

 

「ね・え・さ・ん」

 

怖い顔を浮かべた人和にじと目で睨まれる。

 

「「ごめんなさい・・・・」」

 

その後は大人しく作業を続ける二人だった・・・・

 

そして他の場所では、玖遠が水蓮と一緒に作業を行っていた。

 

「玖遠っ、兵糧の数量が間違えてるわよ。」

 

水蓮が玖遠に木簡を返す。

 

「あれっ?ほんとですっ」

 

玖遠は返された木簡を見ながら呟く。

 

「う~ん、よく分からないですけど、

兵糧関係の仕事は上手く出来ませんねっ?」

 

「確かにさっきから失敗するの兵糧関係の物ばかりね。

とりあえずそれは私がしておくから、他のをお願いできる?」

 

「はいですっ。」

 

もともと政治能力は高かったのだろう。

変な所はあったが、玖遠も順調に作業をこなしている。

 

そして、最後に残った士郎は・・・・・

 

「この木簡はあっちに纏めて置くといい。・

 

・・・・それはこの箱の中に入れておけ。

後で分かりやすいように、外にも何なのか書いておけ。

 

・・・・そこは通路だからな。木簡を置くなよ。」

 

全体の様子を見て、作業しやすいように指示を出している。

 

未来での作業効率をあげる方法を幾つか知っている為、

士郎のおかげで文官達も、最大限に力を発揮することが出来るのだった。

 

「凄い・・・・・」

 

それは、普段からその仕事をしている蓬梅、鈴梅2とっては

尚更凄いことだというのが分かる。

 

「・・・・・向朗、ちょっと来てくれるです?」

 

蓬梅が目の前を通りかかった、おかっぱ頭で眼鏡をかけた女性を呼び止める。

 

「あれ~~~~蓬梅さまじゃないですか。

ちっちゃいのに無理するから倒れるんですよ。大丈夫なんですか?」

 

「うっさいです。

それより、あの男はどんな感じです?ちゃんと仕事してます?」

 

蓬梅の質問に向朗は「う~~ん」と考え、

 

「一緒に仕事してると、かな~~りやりやすいですね。

失敗も最初の方はともかく、慣れてからは全くありませんし。」

 

「そうですか・・・・・もういいです。」

 

向朗は蓬梅に「は~い。あんまり無茶したら駄目ですよ~」

と答え、作業に戻っていった。

 

「「・・・・・・・・」」

 

蓬梅と鈴梅は何か考えている。

 

認めたくないが、士郎の事を評価しなくてはならないのを考えているんだろう。

 

そんな二人の様子を見ている聖。

 

「・・・・・さっき蓬梅ちゃん、鈴梅ちゃんが食べた粥、

士郎くんが作ったんだよ。」

 

「えっ!?」と驚いた顔をしている二人。

 

「病み上がりでも、しっかり食べれるようにって。

飲み物も、体が吸収しやすいようになんか混ぜてたしね。」

 

二人が思い出すのは先程の食事。

 

そのまま二人は仕事を続ける士郎たちを見ていた・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったーーーーーっ!」

 

背筋を伸ばしながら叫ぶのは地和。

 

それにつられて他の皆も思い思いに体を休める。

 

士郎も同じく作業を終わらせ、お茶に手を伸ばそうとすると、誰かが近付いて来る。

 

「・・・・もう体の方は大丈夫か?」

 

士郎の問い掛けに、近付いてきた蓬梅と鈴梅はコクリと頷く。

 

士郎がそのまま言葉を続けようとすると、鈴梅に遮られる。

 

「あんたに借りが出来たわ。

・・・・・だから、しょうがないけど、聖も悲しむし・・・・・

仲間として・・・・認めてあげる・・・・・」

 

「しかたないです。本当にしかたないですけど、認めるです。」

 

聖はその言葉を聞いてとても嬉しそうな顔をしている。

 

「・・・そうか・・・ありがとう。

これから同じ仲間として宜しく頼む。」

 

士郎は二人に頭を下げながら答える。

 

「一応認めたしね・・・鈴梅よ。」

 

「私は蓬梅です。しかたありませんが宜しくです。」

 

蒯姉妹に認められ、正式?に劉表軍の仲間入りをした士郎だった・・・・




向朗はゲームで言えばモブキャラです。
なので真名も考えてません。

偶に出てくる事があるかもしれません。


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3-3 方針決定

前日の追い込みで、政務にも大分余裕が出来た聖たちは

次の仕事に取り掛かっていた。

 

「とりあえずは天和達の扱いと、人材の発掘、新野の拡張工事。

あとは、月たちとの貿易か。」

 

士郎がこれからしていく事を読み上げていく。

 

「とりあえず一個づついきましょうか。」

 

水蓮の発言に全員が頷く。

 

「一応聞くけど、天和たちは何がしたいのよ?」

 

鈴梅が天和たちに質問する。

 

「歌って、皆を幸せに出来ればいいよ~」

 

「ちぃも歌えればいいわ。」

 

「それしか無いわね。」

 

天和たちは当たり前と言った感じに答える。

 

「えっと・・・・どうしようか?」

 

聖の言葉に全員が頭を悩ませる。

 

まぁ政治や戦はしたことがあるが、アイドルのプロデュースなんかした事が無い為、

こうなるのは当たり前であった。

 

「とりあえず、歌う場所さえ提供してもらえればあとはなんとかできます。」

 

この状態では、

今までマネージャー的な事をして来た人和に任せるのが妥当だろう。

 

「場所か・・・どこか広場みたいな所でいいのか?」

 

「そうですね。人が集まる所なら大丈夫です。」

 

そんな人和の言葉に、聖がある事を提案してくる。

 

「ねぇねぇ。だったら劇場を作らない?」

 

『劇場?』

 

その提案に皆が首を傾げる。

 

「うん。

ほら、今たくさん人が街にきてるよね?

それで環境の違いとかで、色々苦労してると思うから

天和ちゃんたちには、その人たちに為に歌って欲しいんだ。」

 

聖は頷きながら理由を話し出す。

 

「成る程。ストレス解消の場所を提供するって言うことか。」

 

「すとれす?」

 

聞きなれない言葉に首を傾げる聖。

 

「あ、ああ。俺の国の言葉さ。

・・・・苛々したりすると、体調を崩したり、他人にきつく当たったりするだろ。」

 

「ああ・・・確かにそうね・・・・」

 

どうやら心当たりがあるのか、

水蓮は思いっきり頷いている。

 

「それで、私たちの歌で元気にしていけばいいの?」

 

「そうだね~

・・・・如何かな?」

 

聖に言われ、人和が考えていると、

 

「私はそれでいいよー」

 

天和がそれに賛成する。

 

「だってその人たちがここに流れてきたのは、元々私たちのせいでしょ?

だから、私たちがその人たちを元気にすれば、少しは罪滅ぼしになるかなーって。」

 

「「姉さん・・・・」」

 

 

天和の言葉に皆が静かになる。

 

天然な性格だが、心の中では気にしていたのだろう。

 

「で、どうかな。鈴梅ちゃん?」

 

聖は、この国の政治を取り仕切ってる鈴梅に話しかける。

 

基本的に大金を動かす際は、鈴梅の承認が必要になっているのだが・・・・・・

 

「聖さまがいいなら良いに決まってるじゃない。

直ぐに準備するね~」

 

鈴梅は聖に甘いので、スムーズに話が進んでいく。

 

まぁ幸い資金は沢山あるし、

一時的だが雇用も増えるので、長い目で見ればお得である。

 

そう言う事で、襄陽に大きな劇場を作る事が決定したのだった。

 

「とりあえず・・・・・この件はこれで・・・・終わりです?」

 

「そうです。担当はまた後で決めるです。」

 

援里の言葉に蓬梅が頷き、鈴梅が次の話題を話し出す。

 

「次は人材の発掘と、新野の拡張工事ね。

・・・誰か意見ある?」

 

「武官と文官どちらも欲しいわよ。それは。」

 

「あはは・・・・そうだよねぇ・・・・」

 

水蓮の意見に、聖が苦笑いを浮かべながら頷く。

 

「新野に沢山人が来てますからっ、

そこから見つけるんじゃないんですかっ?」

 

玖遠が以前話していたことを質問してくる。

 

「そうよ。まぁ武官は一人心当たりが居るから、

文官を中心に探した方がいいわね。」

 

「そうです。で、だれが行きますです?」

 

蓬梅の質問に全員が静かになる。

 

それもそうだ。いきなり新野に行かされた挙句、

街の拡張工事と人材発掘を同時に行えというのは、最早いじめである。

 

それにそれだけの事をするとなると、蓬梅や鈴梅クラスの人間が行く必要が出てくる。

 

「先に言っとくけど私は嫌よ!

せっかく聖さまと一緒に居られるのにっ!」

 

「私もです。」

 

当然の如く聖が大好きな二人は全力で嫌がる。

 

「水蓮っ、アンタが行きなさいよっ!」

 

「わ、私だって軍の再編があるのよっ!」

 

「ずっと一緒に居たくせに、大根はずるいです。」

 

「しょうがないじゃないっ!」

 

三人の口げんかが始まる。

 

「なんだか賑やかだね~」

 

天和はそれを楽しそうに見ている。

 

「ち、ちょっと、大丈夫なの?これ。」

 

「なんで俺に聞くのさ・・・・・・」

 

「緊張感が無い人たちなんですね・・・・」

 

地和は慌てて士郎に聞き、人和は呆れている。

 

そうこうしていると・・・・・

 

「士郎っ!じゃあアンタが行きなさいよっ!」

 

鈴梅に急に呼ばれる士郎。

 

「そういう重大な仕事を俺にさせるのか・・・・・・」

 

「ええい煩いわね。つべこべ言わずに・・・・・」

 

「やりなさい!」と言おうとした瞬間、

 

「士郎君はダメだよ~鈴梅ちゃん。」

 

聖がそれを止める。

 

「どうしてですか?聖様?」

 

蓬梅がその理由を聞くと、

 

「だって一緒に仕事がしたいんだよう。」

 

すごく私的な理由である。

 

「あっ。それなら私も一緒に訓練したいですっ!」

 

「私も・・・・です・・・」

 

聖の発言に玖遠や援里も乗ってくる。

 

「・・・・・・・し~ろ~う~~~~」

 

「・・・・・・・・・」

 

聖の発言を聞いた鈴梅が凄い目で睨んで来ており、

蓬梅も無言のプレッシャーをかけてくる。

 

その迫力に思わず後ずさる士郎。

 

慌てて水蓮の方に目を向けるが、

 

「・・・やっぱり・・・・・・男は悪影響ね・・・・・」

 

なんだかぶつぶつと呟いている。

 

「なんでさ・・・・・・・」

 

またややこしい事になっている士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

このままでは埒が明かないと判断した蓬梅は、

 

「しょうがないです。こうなったらアイツを行かせるです。」

 

そう言って入り口の扉を開ける。

 

其処には・・・・・・

 

「あ、あれ?」

 

右手にコップを持って、きょとんとしている向朗が立っていた。

 

「え~~~と・・・・・・

さようなら~~~」

 

慌てて逃げ出すが、蓬梅に服を掴まれ止められる。

 

「盗み聞きしてたです。」

 

「そ、そんなわけないですよぉ~~~」

 

余りにも白々しい嘘である。

 

「まぁ聞いてたのなら話は早いです。

新野にさっさと行くです。」

 

蓬梅に言われ、ガーンと言う効果音が聞こえて来そうなくらい落ち込む向朗。

 

「そ、そんなあ・・・・・

私だって沢山用事があるんですよお!

・・・ほらこの書類も今まとめてますしー。」

 

そう言って、木簡の束を蓬梅の目の前に差し出してくる。

 

すると、その内の一つが転がり落ち、それを蓬梅が拾う。

 

「?蓬梅・鈴梅成長日記・・・・・・・」

 

『・・・・・・・・・・・』

 

全員が沈黙する。

 

「左遷決定だな。」

 

「うえええええぇっ!日記が書けなくなるじゃないですかぁっ!?」

 

士郎の一言に慌てだす向朗。

 

「うっさい!そんなもの処分よ処分!」

 

「そんなああああああ・・・・

子鬼!小悪魔!ちっちゃい人でなし!」

 

「全部に小さいつけるなっ!!」

 

鈴梅は思いっきり向朗の脛を蹴りつける。

 

「ぎにゃーーーー」

 

「まったく・・・・・この変態は・・・・・」

 

(いやキミも大して変わらんだろ・・・・・)

 

「何っ!今失礼なこと考えなかったっ!?」

 

慌てて首を振る士郎。

 

「と、とりあえずこれで決定だね。」

 

「そ、そうですねっ。次の議題にいきますかっ!」

 

場の空気を入れ替えるように、聖と玖遠は次の議題を促していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は董卓さま達との貿易ね。」

 

鈴梅が次の議題を話す。

 

「うん。

まぁお互いに出す物は決まってるんだけどね。」

 

聖たちは長江がある為水軍が発展しているが、良い馬が居なく、騎馬軍の扱いは苦手。

 

月たちは広い平原を駆け抜けるため騎馬軍は得意だが、造船等の技術は皆無。

 

この為、聖たちは造船技術を。

月は良馬を輸出するのは既に決まっている。

 

「で、他に何か欲しいものあるかな?」

 

聖の質問に皆考え込む。

 

「涼州って確か大秦とも交易してたよね?

そこらの情報も欲しいわ。」

 

「そうですね。確かに情報が少ないです。」

 

鈴梅の意見に蓬梅が賛同する。

 

「ふむふむ。情報と・・・・」

 

聖は手に持っている木簡に何かを書き込んでいる。

 

「欲しいものって言っても、特には無いわね。」

 

「他のもの買うより・・・・・その分・・・

馬を買った方がいいです・・・・・・」

 

この時代の馬は大変高価である。

 

基本的に馬は北の方で飼育されている為、

一騎でも多く入手しておきたい。

 

「それにあんまり要求すると、

霞さんあたりに「士郎さんを持って来い!」って言われそうですねっ。」

 

「ああ・・・確かに言われそうね・・・・・」

 

玖遠の発言に水蓮も頷く。

 

「だったらこの男を出荷して・・・・・・

冗談!冗談です聖さまっ!?」

 

鈴梅が危ない発言をしだしたが、

聖がむすっとした顔をしたので、慌てて否定する。

 

「・・・・・・・・・」

 

ガツッ!!

 

その様子を見て、無言で士郎の脛を蹴る蓬梅。

 

「痛っ!なんで蹴られるのさっ!?」

 

「うっさいです。士郎がわるいです。」

 

また脱線し始める。

 

「と、取り敢えず、基本は馬の入手で話を進めておくわよ。」

 

その様子を見ていた水蓮は強引に場を閉める。

 

「もう決めておく事は無いのか?」

 

「そうだね~~

また何かあったら集まるようにするから、大丈夫だよう。」

 

士郎の質問にのんびりした感じで答える聖。

 

「じゃあ仕事に戻るか。」

 

簡単な方針を決定し、各人はそれぞれの仕事に戻っていった・・・・・



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3-4 神弓の射手

「士郎ー次はあっちの店見てみよー」

 

士郎は天和に引っ張られ楽器店に連れられて行く。

 

「あっ!?まってよお姉ちゃん。」

 

「姉さん。慌てるとまた転ぶわよ。」

 

その二人に地和と人和も一緒に店の中に入っていった。

 

「なんでこうなってるのさ・・・・・」

 

事の発端は前日の話である・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと・・・・欲しいものがあるんだけど・・・・いいかな?」

 

会議が終わり、皆が解散していると、天和が聖に話しかける。

 

「?何かな。そんなに高いものじゃ無ければ良いよう。」

 

「うん。実は楽器が欲しいんだ~」

 

「ちぃ達、こっちに来るとき楽器を置いてきちゃったからね。」

 

「新しい楽器に慣れるのにも時間が掛かりますから、

出来れば早く欲しいんです。」

 

地和と人和もそれに続く。

 

「そうなんだ・・・

うん。それだったら全然大丈夫だよ。

街なら幾つかお店もあったはずだよ~」

 

そう言いながらいそいそと準備をし始める聖。

 

「・・・・・何をしてるの聖。」

 

その時、聖の後ろから誰かが話しかけてくる。

 

「うん~~~?

天和ちゃんたちが街に買い物しに行くから、

私も一緒に行こうかなって~」

 

後ろを振り向かず、準備をしながら答える。

 

「あら?仕事があったんじゃないのかしら?」

 

「えへへ・・・・

そうなんだよう。だから水蓮ちゃんに見つかる前にいかなきゃ・・・・」

 

「そう・・・・それは大変ねぇ・・・・」

 

その言葉を聞いた瞬間、聖の動きがピタッと止まる。

 

「・・・・・・・・え~~~っと・・・」

 

恐る恐る聖が振り向くと、其処にはとても清々しい笑みを浮かべた水蓮が立っていた。

・・・・・額に青筋を浮かべて・・・・・・

 

「残念♪捕まっちゃったわね♪」

 

そのまま水蓮は聖の肩に手を置き、肩に担ぎ上げる。

 

「きゃあッ!す、水蓮ちゃんっ、服が捲れてるよう~~」

 

強引に担がれたため、あられもない姿になっている聖。

 

「駄目ですっ。こうしないと逃げるでしょうが!」

 

「士郎くんに見られる~~~」

 

「ちょっ、そんなつもりは・・・・」

 

慌てて士郎が下に目を逸らすと、其処には何時の間にか蓬梅が立っていた。

 

「・・・・・・見るなです。」

 

思いっきり脛を蹴られる士郎。

 

「っ!た~~~っっっ・・・

なんで其処ばっかりなのさ・・・・」

 

士郎は、以前も同じ所を蹴られたことを思い出しながら抗議する。

 

「ここが一番蹴りやすいです。」

 

「・・・・そう言えば鈴梅も向朗の脛蹴ってたな・・・」

 

そうこうしている内に聖は連れて行かれた・・・・

 

「あ〜ん、士郎さ〜ん・・・・」

 

「・・・・・なんか凄いデジャヴが・・・・」

 

その光景を見て思わず呟く士郎。

 

「え~と、誰が道案内するのさ?」

 

聖が連れ去られた為、士郎がポツリと呟くと、

 

「士郎!アンタが行きなさいっ。」

 

蓬梅と一緒に来ていた鈴梅が士郎に命令してくる。

 

「俺?別に大丈夫だけど・・・・・他の皆は?」

 

「私たちは政務!援里と玖遠は戦略や軍の編成の勉強中よ!

ほら、分かったらさっさと行く!」

 

そう言って半ば強引に行かされたのだった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さんこれは如何かな?」

 

「う~~~ん・・ちょっと重いかな・・・・・

こっちの方が軽いけど見た目が・・・・・」

 

「ちぃはこれにするー。」

 

「・・・・・高いからダメ。戻して来て。」

 

「えーーーっ、気に入ったのにーー」

 

店内に入ってもキャイキャイと賑やかな三姉妹。

 

店員も三姉妹の可愛さと雰囲気に圧倒され、近付いて来ない。

 

「三人寄れば姦しいって正にこのことだな・・・・」

 

士郎はその様子を見てしみじみと呟く。

 

「しろーこれ買ってーーー」

 

人和から許可が出ないので士郎に集って来た地和。

 

購入資金は人和が預かっている為である。

 

「と、やっぱりそう来るよな・・・・」

 

「ねえねえっ、お願いっ。

ちぃはこれが欲しいのっ!」

 

地和は手に持っている二胡を士郎に見せながら、お願いしてくる。

 

「ほら、人和。」

 

士郎はそんな地和を見て、人和に幾らかのお金を渡す。

 

「いいの?」

 

士郎からお金を渡されて驚く人和。

 

「ああ。俺が持っていてもあんまり使わないしな。」

 

客将として幾らかの報酬は貰っているが、

士郎自身あんまりお金を使わないので、幾らかは余っていたのである。

 

「それにキミたちも、演奏するな気に入った道具を使いたいだろ。

これから頑張ってもらわないといけないしな。」

 

「・・・ありがとう・・・」

 

そんな士郎に人和が礼を言っていると、

 

「ありがとーーっ、士郎。」

 

「ありがとー。やっぱりしろーね!」

 

横合いから天和と地和が士郎に抱きついてくる。

 

「うわあっ!?」

 

慌ててバランスを崩す士郎。

 

「もうっ、姉さん達!何やってるの。」

 

「あははははっ。ごめんね士郎。」

 

「感謝の気持ちを表しただけよっ。

お姉ちゃん、奥の方見てみようよっ。」

 

そう言って士郎から離れた二人は、

より良いものが置いてある、店の奥に移動して行く。

 

・・・・・店長が青い顔をしているが気のせいだろう。

 

そんな店長を尻目にドタバタと走って行く二人だった・・・・

 

 

 

 

 〜 人和 side 〜

 

「もう・・・姉さん達は・・・・・」

 

人和はそんな姉たちを見て、思わずため息をつく。

 

そんな様子を見た士郎が声を掛けてきた。

 

「あれだけ元気があるんなら大丈夫さ。」

 

「・・・そうね・・・」

 

そんな士郎の言葉に少し弱々しく答える人和。

 

(ほんとに良いのかしら・・・・

私、こんな事してて・・・・・)

 

人和は士郎に向かって、少し弱々しく答える

 

「ああ。これから皆を元気にしていくんだろ?

だったら、君たち自身が元気で居なくちゃな。」

 

「え・・・・・」

 

人和は士郎の言葉に呆気に取られる。

 

「だってそうだろ。

君たちはこれから民に、元気づけるために歌うんだから。」

 

(そうね・・・確かに私たちが落ち込んでいたんじゃ、

気持ちなんか絶対に伝わらない・・・・)

 

「は・い・・・ですよね。」

 

士郎の言葉に少し元気が出たのか、さっきよりかは少し力強く答える。

 

(そうね、先ずは一生懸命歌おう。

悩むのは其れが終わってからでも遅くは無い)

 

 〜 人和 side out 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても人が増えたな・・・・」

 

士郎は三姉妹に買い物にまだまだ時間が掛かりそうだったので、

警邏するついでに街を散策していた。

 

元々人口が多かった襄陽は、中原からの移住者も増えた為、

新野ほどではないが人口が密集していた。

 

「これは・・・・危険だな・・・・」

 

人が密集すると、スリや誘拐などの犯罪も増えてくる。

 

士郎がそんな事えお考えながら、注意深く周りを見回しながら歩いていると、

道の端に座り込んでいる一人の女の子がいた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 休憩室――――――

 

政務が一段落着いたので、聖、水蓮、蓬梅、鈴梅の四人が休憩をとっていた。

 

「疲れたよう~~~」

 

聖が机の上に頭を乗せてだらけている。

 

「ほら。お茶飲んで元気出しなさい。」

 

水蓮が運んできたお茶を飲みながら、徐々に復活して行く。

 

「聖さま~

今日、来客が来るので時間を空けておいて貰えますか?」

 

「来客?」

 

鈴梅に聞き返す聖。

 

「はい。前に武官に心当たりがいるって言ったじゃないですか。

今日その人が来るんですよ。」

 

「そういえば言ってたわね・・・・

どんな人なの?」

 

「長沙の人よ。

ほら、聖さまたちが黄巾党討伐に行ってる時に、

反乱があったって言ったじゃない。」

 

黄巾の乱は主に中原や冀州、豫州あたりを中心に起きており、

あまり影響が無かった南荊州や涼州、益州では中央の目が薄くなった隙をついて、

反乱が起きていた。

 

元々漢室に対する不満もあったのだろう。

 

涼州では韓遂が反乱を起こしたが、董卓に制圧され、

益州では漢室の血縁である劉焉が独立を果たしている。

 

そして、南荊州の長沙でも丁度それまで太守を努めていた人が亡くなった為に、

盗賊の区星が反乱を起こし、

零陵や桂陽でも周朝、郭石が暴れだしていたのだった。

 

「それで急いで劉磐に兵を預けて向かわせたんだけど・・・・」

 

劉磐は聖の親戚の武官であり、

孫策も劉磐に対して太史慈を当たらせる程の武将である。

 

「亡くなった長沙太守の奥さんが鎮圧したです。」

 

「ほう。」

 

水蓮が思わず歓心する。

 

「劉磐さんが着く前に、軍を率いて区星、周朝、郭石全員倒しちゃったです。

それで、一度会って話してみようと思って呼んでるです。

うまく行けば武官が一人増えるです。」

 

「凄い人なんだね・・・・・

で、いつ頃くるのかな?」

 

聖に聞かれ困った顔を浮かべる二人。

 

「もうそろそろ着く筈なんですけど・・・・」

 

「まぁ気長に待つです。」

 

「そっか・・・・早く会ってみたいな。

ね、水蓮ちゃん。」

 

「そうね。同じ武官としては話して見たいわね。」

 

一人の武人として、是非会ってみたいと思う水蓮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、璃々のお母さんの名前はなんて言うんだ?」

 

士郎は迷子になっていた女の子を見つけたので、その子の母親を探していた。

 

なんでもこの街に入った時、余りの人の多さに母親の手を話してしまい、

人の波に流されたらしい。

慌てて追い駆けたが、見当違いの方に走ったらしく、

途方に暮れて座り込んでいたようだ。

 

「お母さんは紫苑って言うの。長沙から来たんだよーーー。」

 

(紫苑・・・・真名の可能性もあるから迂闊に呼べないな)

 

「長沙っていうと南荊州か。

お母さんの特徴とか分かるかな?」

 

すると璃々は一瞬考えて、

 

「長い髪の毛してるーー」

 

「うーーん・・・・長い髪の毛の女性は沢山いるからなぁ・・・・・」

 

(俺がいた時代と違って警察署とかが無いから、

迷子の子や落し物を預かっておく場所もないんだよな

・・・・・兵士を街中に何人か駐屯させて、そういう場所を作ったほうが良さそうだ)

 

いろいろ改善点を見つける士郎。

 

「・・・・そうだ。これならお母さんを捜し易いだろ。」

 

そう言って士郎は璃々を持ち上げ、肩車してあげる。

 

「ふわっ!?・・・・あははははっ面白いーっ。

遠くまで良く見えるよーー」

 

どうやら好評のようだ。

士郎の上で楽しそうにはしゃいでいる。

 

「よしっ。頑張って璃々のお母さんを探すか。」

 

「うんっ。がんばろーーー」

 

そう言って士郎は人通りが多そうな所に向かって移動して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎たちが人通りの多い交差点に出たとき、

士郎の上に居る璃々が遠くを指差す。

 

「あーーーっ!?お母さーーーーーんっっ。」

 

すると、遠くでキョロキョロしていた女性が此方に気付き、近寄ってくる。

 

「璃々っ!?大丈夫、怪我とかはしてないのね?」

 

「うんっ。お兄ちゃんと一緒にいたから、だいじょうぶだよーーー」

 

士郎から降りた璃々を抱きしめる女性。

 

「良かった・・・・

あっ、申し遅れました。私は黄漢升と言います。

璃々がお世話になったようで・・・・本当に有難う御座いました。」

 

ぺこりと頭を下げながら士郎に挨拶してくる黄忠。

 

(黄漢升って言うと・・・あの黄忠か。

・・・やっぱり女性なんだな・・・・)

 

「いえ。困ったときはお互い様ですから。

俺は衛宮 士郎と言って、劉表さまの所で客将をしています。」

 

下手に怪しまれないように自分の素性を話す士郎。

 

「あら・・・・そうなんですか・・・・・

実は私、劉表さまにに呼ばれて此処に来たんです。」

 

「そうだったんですか・・・・

だったら案内しましょうか?もうそろそろ戻る頃なんで。」

 

「そうですね・・・初めて来た所で、道に迷ってしまっていたので・・・

お言葉に甘えさせて貰いますわ。」

 

すると、璃々が士郎に近寄ってくる。

 

「お兄ちゃんも一緒に行くの?」

 

「ああ。」

 

士郎が頷くと、璃々は満面の笑みを浮かべ、

 

「お兄ちゃん、さっきのやってーーー」

 

士郎に肩車をお願いしてくる。

 

「こら璃々、士郎さまが困るでしょう。」

 

黄忠が慌てて注意するが、

 

「よしっ・・・・ほらっ!」

 

「たかーーいーーー」

 

「・・・・もう。」

 

仕方無いわねといった感じの黄忠。

 

「ちょっと行く所があるんで、このまま行っても大丈夫ですか?」

 

「はい。」

 

士郎は一旦天和たちと合流する為に、最初に行った店に戻る。

 

「あれ~~~

士郎結婚したの?」

 

士郎たちを見た天和に第一印象はそれである。

 

「なんでさ・・・・・

劉表さまに呼ばれたらしいから、道案内してるんだよ。」

 

「でも、傍から見ると凄いお似合いね・・・・・」

 

「背も高いし、顔も悪くないし。ぴったりね。」

 

そんな様子をみて地和と人和がヒソヒソと話している。

 

「まったく・・・・・

買い物は終わったんだろ?ほら、行くぞ。」

 

そう言って進んで行く士郎。

 

「ふふふ。そうですね、行きましょうか。」

 

何か不思議な笑みを浮かべた黄忠と一緒に、

城内に向かって移動していった。




紫苑さんが登場。

士郎に対しての誘惑要員としても活躍して貰います。

ちなみに焔耶は益州にいます。
紫苑と一緒に仲間にしても良かったんですが、
桔梗や桃香との関係を考慮しました。

三国志演技じゃ思春も最初から仲間にいますけど、
さすがにそれは恋姫と大分ずれてしまうので、無しにしてます。


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3-5 崩御

――――――襄陽城 謁見の間――――――

 

一段高い所に椅子があり其処に聖が座っており、

目の前に片膝をついた紫苑がいた。

 

水蓮、蓬梅、鈴梅は聖の横に立っており、

士郎、玖遠、援里は紫苑の横に立っている。

 

「始めまして劉表さま。

長沙太守の妻、黄漢升と申します―――」

 

椅子に座ったままの聖の前で、恭しく頭を下げる紫苑。

 

「どうぞ頭を上げてください。

此度の乱鎮圧、ご苦労さまです。

貴女のお蔭で沢山の人の命が救われました。

本当に有難う御座います。」

 

普段とは違う、太守としての姿を見せ、

紫苑の労をねぎらう聖。

 

「報酬として、何か差し上げたいのですが・・・・・

何か望みの物はありますか?」

 

すると紫苑は顔を上げながら答える。

 

「でしたら・・・・

まずは長沙を始めとする、荊州の南部四郡の統治をお願いしたいのですが。」

 

『・・・・・・・・・』

 

沈黙する聖たち。

 

「ええっ!?本気で言ってるのっ!?」

 

直ぐに気付き、思わず驚いたのは鈴梅。

 

彼女が驚くのも無理は無い。

南部四郡はここ数年で急激に開発されてきた土地である。

 

前漢時代は四郡合わせて人口70万人だったのが、後漢では260万人と爆発的に人口が増えてきており、

土地もまだまだ未開発になっているので、

人材や資源など「色々」眠っている土地である。

 

またこの土地を入手すれば、漢水を挟んだ先にある江陵に資源や兵を送れるようになり、

防衛強化に繋がる。

 

そして最後に、劉表軍の将である黄祖が太守を努めている江夏の南、

長沙からは北東にあたる土地には「銅緑山」と呼ばれる、中国最大の銅鉱山が存在しており、

そこの開発、発掘に着手することができるようになる。

 

三国が対立していた時も、曹操が統治した魏のエリアには鉱山が殆ど無く、

この銅緑山から銅製品を輸入していていた事もあり、正に宝の山である。

 

「うん。私は賛成です。

鈴梅ちゃんはどうかな?」

 

劉表軍の政務を取り仕切っている鈴梅に問いかける聖。

 

「当然賛成です。直ぐにでも取り掛かるべきです。」

 

以前から軍を率いてでも入手するべきと考えていた鈴梅からすれば、まさに棚からぼた餅である。

 

「軍備の面から見ても、あの土地は手に入れたほうがいいですね。」

 

水軍都督の水蓮もそれに賛成する。

 

「それでは南部四郡の統治の件、確かに承りました。」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

紫苑が聖に南部四郡それぞれの太守印を渡し、

南部四郡は劉表軍の土地となった。

 

その件が一段落したとき、聖が紫苑に話しかける。

 

「黄忠さん、此度の乱での活躍は聞いています。

それで・・・是非、私たちの仲間になって欲しいんですが・・・

如何でしょうか?」

 

それを聞いて、少し考える紫苑。

 

「・・・・・そうですね・・・・・

私は今までは長沙太守代行でした。

その長沙が劉表様の統治化になりましたので、臣下に加わるのが普通の流れですね。」

 

「よかった・・・」

 

「それに失礼ですが、私は劉表さまの事をよく知っておりません・・・・

ですので、それを知る為にも丁度いいですしね。」

 

「はい。もし、私に至らない所があれば仰って下さいね。

まだまだ皆がいないと何も出来ない非才の身ですし・・・・・」

 

「ふふっ。

はい。よろしくお願いしますね。

黄漢升――真名は紫苑です。」

 

「私の真名は聖。

よろしくお願いしますね~」

 

その後、他のメンバーも自己紹介をして、新しく紫苑が仲間に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 訓練場――――――

 

対峙しているのは紫苑と玖遠、

互いに得物である双剣「雲雀」と大弓「颶鵬」を構えて立っている。

 

紫苑の武将としての実力を見る為、

玖遠と戦う事になったのだ。

 

「はっ!!」

 

弓相手に距離を開けるのは危険と判断した玖遠が、

左手に短槍、右手に短剣を持ち、紫苑との距離を詰める。

 

途中、紫苑が放った数本の矢が体を掠めるが、強引に突破する。

 

「やああああッ!!」

 

距離を詰めれば此方のもの――――

 

そう言わんばかりに、右手の短剣で横薙ぎに切りかかる。

 

ブンッ!!!

 

紫苑はその一撃を慌てずに、半歩下がり避ける。

 

体勢を崩した玖遠を見て、再度、弓に矢を番え放とうとするが、

 

玖遠は右手の短剣を振り切った後、

そのまま左手に持った短槍と組み合わせ、双刃槍を作る。

 

「もらいましたッ!」

 

そのまま左から横薙ぎに切りかかる。

 

紫苑が再度距離を開けようとするが、

攻撃範囲が先程より倍近い範囲だった為、

紫苑は目測を誤り、回避が間に合わない。

 

その瞬間―――紫苑は気づく。

 

(成る程・・・体捌きと武器の組み替えで射程を変えているのね)

 

玖遠の戦法を判断した紫苑は、

そのまま弓の曲部で受け、流す。

 

「っ・・・・・!?」

 

力を込めていたせいか、そのまま武器と一緒に横に流される玖遠だが、

自分を中心にくるりと半回転し、紫苑に背中を向けたまま、反対側の刃で切りかかる。

 

が、その刃が紫苑に届く前に、紫苑の右手が玖遠の右手を押さえる。

 

「くうっ・・・・」

 

背面で右手を取られては、身動きが取れない。

 

見ていた聖や水蓮もこれで終わったと思った瞬間、

 

ガチリと、

玖遠は双刃槍の刃を取り外し、

右手はそのままで短剣を左手に持って紫苑に切りかかって行く。

 

『なっ!?』

 

聖や水蓮が驚いている中、背面に居る紫苑に向かって

左手に逆手で持った短剣を突くが。

 

「あれっ!?」

 

玖遠の戦法を見切っていた紫苑は、予め左足を下げていたので、

玖遠は誰もいない空間を短剣で突いてしまう。

 

「はッ!」

 

一瞬止まった玖遠の隙をついて紫苑が足払いをかけ、左手を捻り、

玖遠を仰向けに倒す。

 

「ふふっ。これで私の勝ちですわね。」

 

玖遠の顔に矢を突きつけながら言い放つ。

 

「きゅう~~~~~」

 

まぁ、玖遠自身は倒れたときに受身が取れなかったので目を回していたが・・・・・

 

「凄いわね・・・・玖遠に勝てるなんて相当物よ・・・・」

 

「はい・・・・霞さんと玖遠さんが最初戦った時は・・・・

玖遠さんが勝ちましたから・・・・・」

 

最もその後、玖遠は霞に四連敗し、

結局一勝四敗という結果になっているが・・・・

 

「恐らく玖遠の変則二刀に気がついたんだろう。

・・・弓使いだしな・・・観察力は相当なものだろう。」

 

「成る程ね・・・・まぁ伊達に歳とってないって事か・・・」

 

鈴梅がそう言った瞬間―――――

 

ダンッ!!!!

 

鈴梅の真横に矢が突き刺さる。

 

「あらあら♪手が滑ってしまいましたわ♪」

 

驚いて士郎に飛びついた鈴梅に、

ニコニコと黒いオーラを出しながら話しかける紫苑。

 

「き、きをつけなさいよっ!?」

 

鈴梅が紫苑に抗議するが、

怯えながら言っているので全く迫力が無い。

 

(やっぱり女性に歳の話は禁物だな)

 

そんな鈴梅を見て、以前の経験を生かしてわざと言わなかった士郎は、

ため息をつきながら安堵していたが、

 

「なんでため息ついてんのよ!」

 

鈴梅の怒りの矛先が士郎に向いてくる。

 

「しかも私にくっついてるしっ!!」

 

「いや、くっついてきたのはそっちの方・・・・」

 

「うるさいーーーアンタが全部悪いーーーっ」

 

鈴梅に理不尽に脛を蹴られている士郎を横目に、

他のメンバーは訓練場を後にした・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い数ね・・・・・」

 

思わず呟いた水蓮の目の前には、数千頭の馬がいる。

 

これらは月たちとの貿易で

遥か涼州から運ばれてきたので来たものである。

 

「お馬さん一杯いる~~~」

 

「ふふふっ。いたずらしちゃダメよ。」

 

「は~~い。お母さんっ。」

 

初めて馬を間近で見た璃々が興味津々に近付いて行き、

それを紫苑が見守っている。

 

「お兄ちゃんも一緒にいこうよっ。」

 

璃々にぐいぐい袖を引っ張られる士郎。

 

「ほら、怪我しないように気をつけるんだぞ。」

 

士郎も一緒に近付き、璃々を持ち上げ馬に乗せて遊んであげ、

紫苑はその様子を微笑みながら見ていた。

 

そうしていると、蓬梅と鈴梅がやってくる。

 

「数は五千頭ね・・・・・

馬の調教師にも来てもらってるから、案内してあげて。」

 

鈴梅に言われ、馬が連れられていく。

 

するとその様子を見ていた士郎が、調教師に声をかける。

 

「この馬の中から、特に体格と持久力が良い馬って選べるかな?」

 

「それは出来ますけど・・・・・」

 

「どうしたです?

何か良からぬ事考えてますです?」

 

直ぐ傍にいた蓬梅からあらぬ疑いをかけられる士郎。

 

「なんでさ・・・

ちょっとやってみたい事があってな。

うまく行けば切り札が出来るかもしれないな。」

 

「まぁ士郎が変態な事しなければいいです。」

 

「お母さん、へんたいってなに~~~」

 

「そうね・・・・璃々が大人になったら分かるわよ♪」

 

「うんーーー早くなるーーー」

 

何か変な会話が聞こえてきたが、

蓬梅の毒舌を耐えながら何とか了承をもらった士郎。

 

「ああ。有難う・・・・

そうだな・・・・五百頭は欲しいな。

身長は低くてもいいから、がっしりしていて、特に持久力が良いのを頼む。」

 

「十頭の中から一頭ずつ良い奴を選べば良いんですね・・・・

分かりました。

ただ持久力は走らせて見ないと分からないですし、数も数ですから。

時間は掛かりますが・・・」

 

「それなら大丈夫だ。

こっちの準備も時間がかかるし、焦ってもらわなくてもいい。」

 

そんな会話をしていると、伝令の兵が士郎たちの所にやってくる。

 

「士郎さまっ、劉表さまが『重要な報告があるので、全員帰ってきて欲しい』との事です。」

 

「分かった。

じゃ馬のことは頼んだ。」

 

そう言って士郎たちは城の方へ移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 会議室――――――

 

「これで全員集まったです。」

 

蓬梅が全員を見回す。

 

「まだグラグラするです~~っ」

 

玖遠は先程のダメージがまだ抜けてないのだろう。

頭をグラグラさせている。

 

「一名おかしいのがいますが続けますです。」

 

「酷いですっ!?」

 

玖遠の抗議を無視して話し出す蓬梅。

 

「皇帝の霊帝が崩御したみたです。

それで、その隙を狙って何進が十常侍を一掃しようとしたです。」

 

「あの~~~十常侍って何ですかっ?」

 

「宦官の中で特に力を持った人たちの事さ。

まぁ良い噂は聞かないけどな。」

 

「そうですね・・・・・暴利を民に課したり・・・・・賄賂が横行したり・・・・・

黄巾の乱が起きた・・・・・大本の原因かもしれないです。」

 

玖遠の疑問に士郎と援里が答える。

 

「話を戻します。

で、その事がばれてしまったみたいで、

逆に何進とその一族が殺されたみたいです。」

 

「そんな・・・・・・」

 

おもわず聖が呟く。

 

「その情報、信憑性はあるの?」

 

「董卓さまと交易する時に、密偵を何人か派遣して洛陽や長安を調べてたのよ。

それで、今回交易品と一緒に何人か帰ってきてもらったんだけど・・・・

本当みたいね。」

 

蓬梅の代わりに鈴梅が水蓮に答える。

 

何進は良い将軍では無かったが、

霊帝の親族である何進が軍務を取り仕切って十常侍と対立していた為、

十常侍は表立って大きな動きが出来ていなかった。

 

その何進と現皇帝が死んでしまった以上、

十常侍の専横は悪化するのは目に見えて分かっている。

 

戦乱の足音は、着実に士郎たちに近付いてきていた。



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3-6 揺れる中原

歴史の進行は作者が書きやすいように、
演技と恋姫ごちゃまぜにしてますので。
ご理解の方よろしくです。


秋口――――大分風も冷たくなり、

朝起きるのが億劫になる季節。

 

「朝か・・・・」

 

もぞもぞと目覚める士郎。

 

ゆっくりと体の感覚が戻ってくると、

誰かが布団の中に居るのを感じる。

 

「?」

 

布団を捲ると、其処には丸くなった璃々がいた。

 

「むぅーーーさむいーーーー」

 

布団が無くなり寒くなったのか、ぎゅっと士郎の脚に強く抱きついてくる。

 

夜中に目が覚め、トイレから帰ってくる時に部屋を間違えて入ったようだ。

士郎の横が紫苑の部屋なのも理由の一つである。

 

「どうするのさ・・・・・・」

 

ずっとこのままにしておく訳にもいかず、

士郎は朝から頭を悩ませるのだった・・・・・

 

「とりあえず紫苑の所に連れて行くか。」

 

士郎は璃々を背負い、立ち上がろうとすると、

誰かがドアをノックする。

 

「どうぞ。」

 

ドアを開け、入って来たのは、

丁度士郎が会いに行こうとしていた紫苑だった。

 

「朝早くにすみません。」

 

軽く挨拶をしながら入ってくると、士郎が背負っている璃々に気づく。

 

「あら・・・やっぱり士郎さまの所にお邪魔していましたか。」

 

にこりと柔らかな笑みを浮かべる紫苑。

 

「朝起きたら吃驚しましたよ・・・・・・

あ、あと「さま」なんてつけなくて良いですよ。

こっちは客将ですし。」

 

「ふふっ。士郎さまが敬語をやめて下さったら考えますわ。」

 

「・・・・やっぱり違和感があるのか・・・・」

 

少し落ち込む士郎。

 

「そちらの方がいいですわ。士郎さん。」

 

(歳はこっちの方が上なんだが・・・・・

主導権が取れそうにない・・・・・)

 

その後も紫苑に軽く降りまわされながら会話を続ける士郎だった。

 

 

 

 

「そろそろ食堂に行きますか。」

 

士郎は璃々を背負ったまま立ち上がる。

 

「そうですね。でもその前に・・・・」

 

紫苑は士郎の後ろに回り、

 

「ほら璃々。そろそろ降りなさい。」

 

そう言って璃々を士郎の背中から降ろす。

 

「起きてたのか。」

 

全く気づかなかった士郎。

 

「お兄ちゃんの背中、暖かいから好きーーー」

 

鍛え上げており、新陳代謝が良いので、体温は高い。

 

その言葉を聞いて、そっと両手を士郎の背に当てる紫苑。

 

「あらあら。本当ね。

・・・・それに・・・凄いですわね・・・・・」

 

そのまま背中の背筋や肩甲骨を確かめるように撫でる。

 

「お母さんっ。璃々もーー」

 

それを見た璃々も興味津々に混ざってくる。

 

「ふふふっ。お母さんの後でね♪」

 

「なんでさ・・・・」

 

朝から騒がしい親子であった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事が終わった後、全員が集まる。

 

「今日の報告は何があるんだ?」

 

「そうね・・・・・・」

 

士郎に聞かれ、考える鈴梅。

 

すると、援里がおもむろに手を上げる。

 

「朝・・・士郎さんの部屋から・・・・・紫苑さんが出てきました・・・・・」

 

『!?』

 

爆弾発言に全員が沈黙する。

 

どうやら入った時は見ていなかったようだが、出てくる所を見られていたらしい。

 

「ちが・・・・それは・・・・」

 

慌てて否定しようとするが、

 

「璃々ちゃんも・・・・一緒でした・・・・・」

 

・・・・・・・・ざわ・・・・ざわ・・・・・・

 

「それは違うだろ・・・・・・」

 

思わず突っ込む士郎。

 

「うっさい!この色情魔っ、黙ってなさい!」

 

鈴梅に怒られる。

 

「ね、ね、どうだったの!?」

 

「ど、どうだったんですかっ!?」

 

そんな二人を余所に、興味津々に紫苑に質問する聖と玖遠。

 

「うんっ。暖かかったよーー」

 

「逞しい背中でしたわ・・・」

 

意味深に答える紫苑と璃々。

 

「聖っ!そんな事聞いちゃ駄目よっ!?

・・・・し~ろ~う~っ~~~!!」

 

「確かに・・・・士郎さんの背中は・・・・温かいです・・・・」

 

「はぁ・・・・こうなったら聖さまに魔の手が及ぶ前に

処理したほうがいいです。」

 

各々が好き勝手に騒ぎ始める。

 

会議室は混乱の坩堝と化していった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑が皆の誤解を解いた所で会議が再開される。

 

「時間が無駄になったじゃないっ!!」

 

「俺は被害者だろ・・・」

 

鈴梅に当たられる士郎。

良い迷惑である。

 

「あはははは・・・・

取り敢えず問題とか報告はあるかな?」

 

聖が全員に質問する。

 

「少しいいか?」

 

「うん。何かな。」

 

士郎の提案は

街の治安向上の為の駐屯所をあちこちに作ろうという物だった。

 

何か問題があった際、近い位置に駐屯所があったら解決も早くなるし、

そもそも事件も起きにくくなる。

 

「駐屯所には待機中の兵士を置くの?」

 

「ああ。

兵舎にずっといるより、街の人と交流した方が兵士にとってもいいだろ。」

 

「そうね・・・・・

治安も少し荒れてきてるし・・・

聖、私は賛成よ。」

 

「蓬梅ちゃん、鈴梅ちゃんは如何かな?」

 

決を取る為、姉妹にも質問する。

 

「むぅ・・・士郎にしては良い提案です。

私は賛成です。」

 

「お姉さまが良いなら私もいいわ。」

 

「じゃあ、当番の方は水蓮ちゃんお願いね~」

 

「ええ。分かったわ。」

 

話が一段落したところで、次の話題に移る。

 

「あと・・・董卓さまの事なんだけど・・・・・」

 

鈴梅が話題に出したのは、月との貿易の話。

 

「その時に何人か密偵を長安や洛陽に放ったのは、前に話したわよね。」

 

皆が頷く。

 

「その報告なんだけど・・・・

洛陽に白装束の変な集団が増えてきてるらしいのよ。」

 

「あれ?確か弧白さんも白い服着てなかった?」

 

聖が水蓮に問いかける。

 

「そうだったけど・・・・

武将って個性的な服着てる人が多いわよ。」

 

「そうだよねぇ・・・・

私も最初に士郎くん見たとき思ったよ~~~」

 

「聖さま・・・話が・・・違う方向いってます・・・・」

 

「あう・・・ごめんね鈴梅ちゃん・・・」

 

援里に指摘され、慌てて鈴梅に謝る。

 

「いえいえっ!?全然大丈夫ですよっ!

・・・・・こほんっ、それで張遼と話が出来たんだけど、

董卓さまも部屋に篭りっきりで殆ど姿を見せてなくて、

現状は賈駆さんが指示を出してるみたいよ。」

 

「黄巾の時も私たちはともかく、他の人にはあんまり会ってなかったよね。」

 

「どうもそういうやり方らしいです。

まだ若いですから、余り姿を見せない風にしてるです。」

 

人は見えないものには恐怖心を持つ。

西涼の屈強な兵を従えるには、そういうのも利用する必要があったのだろう。

 

 

(だとしたら・・・少し寂しいんだろうな・・・・)

 

士郎が思い出すのは月と別れる際、士郎を勧誘して来た事。

 

純粋に武将を求めたというのもあったとは思うが、

董卓では無く、「月」として甘えれる人を求めていたのかもしれない。

 

(まぁ推測に過ぎないけどな・・・・・)

 

士郎は軽く頭を振り、会議に意識を戻した。

 

 

「流石に張遼さんみたいな人たちとは

毎日一緒に食事したりしてたみたいだけど、それも無くなったみたいよ。」

 

「何か・・・病気をしている・・・・可能性は・・・・」

 

「無くは無いと思うけど・・・典医に聞いてもそう言う話は無かったみたい。」

 

援里が質問にも、困った顔で答える鈴梅。

 

「じゃあもしかしてっ、その白装束の人たちがお医者さんじゃないんですかっ?」

 

玖遠が閃いたとばかりに発言する。

 

「・・・・・・その白装束を見た張遼さんとウチの密偵の意見なんだけど・・・・

あれは・・・・人間じゃないって言ってたわよ・・・・・」

 

おもわず寒気が走る。

 

「や、やめてくださいようっ~~~

季節が違いすぎますっ!?」

 

本気で怯えている玖遠。

 

他のメンバーも心なしか嫌な顔をしている。

 

「最初に聞いた私はもっと嫌だったわよっ!」

 

思わず抗議する鈴梅。

 

「しろうさ~~~んっ・・・・

一緒に寝てもらっていい「俺の何かが無くなるからダメだ。」

ええ~~~~~っ・・・・・」

 

何か言ってる玖遠を放置して会議は進む。

 

「長安や洛陽にも人の出入りが厳しくなってるです。

このままだと涼州や中原が混乱するです。」

 

丁度二つの地方の間にある為、このまま封鎖されると物流が滞り確実に問題となる。

宛の方から経由しようにも、宛も月の統治下にある為それも出来ない。

 

そして宛が封鎖されると、この荊州と中原を結ぶ経路も閉ざされる。

一応新野から許昌は繋がっているが、道が整備されておらず、非常に通行しにくい。

 

今、発展中の荊州からすれば、非常に由々しき事態である。

 

「確実な情報も入手出来ていないし、

憶測で推理するのも限界があるわね・・・・」

 

鈴梅が苦々しい顔を浮かべながら呟く。

 

「とりあえずはこれ以上は情勢が悪化しないようにしなきゃね・・・・

私の方からも手紙出してみるよ。

鈴梅ちゃんは許昌方面の交易の手配をしておいて。」

 

「わかりました。聖さまっ。」

 

慌しくなっていく士郎たち。

 

その後色々試したが効果は出ず、

とうとう恐れていた、月が統治している道が使えなくなる事態に陥った・・・・・

 

予想通り涼州や中原の街を統治している太守も困り果て、

確実に悪化して行く中、その檄文は届いた。

 

反董卓連合の・・・・・・・



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4章 連合軍
4-1 反董卓連合


反董卓連合、その檄文にはいろいろ書かれていたが、

ようするに――――

 

「董卓さんのせいで被害が出てるから何とかしよう。

けど自分一人では敵わないから、皆で協力しようって所ね。」

 

鈴梅がしょうが無いといった感じに言い放つ。

 

今現在、最も力を持っているのは間違いなく月の軍勢であろう。

 

朝廷のごたごたがあって何進が死んだ際、

その勢力もそのまま吸収してしまっている為である。

 

「檄文は誰が発してるんです?」

 

「麗羽ちゃんと陳留太守の曹操さんだよ。」

 

蓬梅の質問に聖が答える。

 

「曹操さんはわかるですけど・・・

袁紹さんはなんでですかねっ?」

 

陳留は洛陽の隣にある為、曹操の名前が出てくるのは分かる。

 

しかし、袁紹が統治する冀州は川を挟んだ北にある。

影響が無い訳では無いが、玖遠はそれが気になったのだった。

 

「たぶん・・・・見栄だと思うな。」

 

「見栄・・・ですかっ・・?」

 

「うん。麗羽ちゃんは名門の家系だから。

月ちゃんは西涼出身でしょ。だから認めたく無いんだと思うよ。」

 

「なんだか・・・・そういうのは、あんまり分かりません・・・・」

 

「玖遠ちゃんはそれで良いと思うよ。

確かに名は大事だけど、それに縛られるのは良くないから。」

 

「はいっ。」

 

玖遠は明るい声で頷いた。

 

「それで・・・私たちは如何するの、聖?」

 

水蓮が聖に問いかける。

 

「選択肢は三つあるな。

このまま連合軍に参加するか、月に協力するか、どちらにも参加しないか。」

 

「多数決でも取るの?」

 

「いや、流石にそれでは決めれないだろ。

俺たちは意見を言うだけにして、最終決定は聖がする必要があるな。」

 

鈴梅に答える士郎。

 

「基本的に侵攻はしないのが、私たちの方針になってるです。

そのままならこのまま傍観するになるです・・・・」

 

そう言って、蓬梅は聖の方を見る。

 

「うん。けど、私はこのまま月ちゃんを放っておくなんて事は、したくないんだ。」

 

聖たちは他の諸侯よりも月の事をよく知っている。

あの優しい少女がこんな事を望んでいる筈は無い。

自分達の理念に逆らう事になるが、如何しても無視する事は出来なかった・・・

 

「じゃあ、後はどちらの軍に味方するかだね・・・」

 

「心情的には月さまに協力したいけど、

連合に参加する人によっては厳しいわね・・・・」

 

「袁紹、曹操は確定として、後は南陽の袁術、月たちと同じ西涼の馬騰も参加するだろうな。」

 

「それに、月に味方しようにも交流が断絶されているから、

交渉も出来ないしね・・・」

 

(恐らく黄巾の時にいた奴らが今回も関わっているんだろう。

ここで月に味方して、聖も人質にとられたりしたらおしまいだからな・・・・

貂蝉も洛陽に潜んでいるって言ってたから、月も危険な目にはあってないだろう・・・)

 

水蓮と話ながら、憶測だがそう結論付ける士郎。

 

 

 

「気になるのは・・・・・黄巾の際・・・・私たちが月さまと一緒にいた事を・・・・・

他の諸侯も知ってます・・・・その事で・・・・・怪しまれないでしょうか・・・・・?」

 

「それは・・・多少なりともあると思う、けど・・・・」

玖遠の質問に聖が答えていると・・・

 

「私がさせないわっ!そんな事!」

 

「そうです。聖さまは私たちが守りますです。」

 

「鈴梅ちゃん・・・蓬梅ちゃん・・・・・」

 

「聖さまが民の為に戦うのなら・・・・私たちは聖さまの為に戦うわ。

だから、聖さまは気にせず自分の道を進んで下さいね。」

 

「そうよ。皆聖の事を助けるために此処に居るんだから。」

 

「そうです。・・・・じゃまする奴は消すです。」

 

「あはははっ。うん。じゃあ私たちは連合軍に参加します。

けど、目的はあくまで月ちゃん達の救出だからね。」

 

『はいっ。』

 

そうして急ピッチで出陣の準備が進められていく。

連合軍や洛陽で、どんな出会いがあるのか不安と期待を織り交ぜたままで・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襄陽城門の前に集まった兵の前で、三人の女性が歌っている。

 

「♪~~~~♪~~♪~~~~~~~」

 

それぞれ違う楽器を持ち、顔の前に設置しているマイクで声と音色を届けていた。

 

『ほわぁぁぁぁぁっ、ほわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

それを聞いて盛り上がる兵士達。

 

戦の前に天和たちに歌ってもらい、士気を上げているのだった。

 

「これは・・・凄いわね・・・」

 

その光景を見て思わず呟く水蓮。

 

今まで何回も兵を連れてきているが、此処まで士気が高い状態なのは初めてである。

 

「あの黄巾の乱を起したくらいだからな。

元々彼女達にはこれくらいの魅力があったのさ。」

 

士気の高さは戦での強さに直結する為、

士気を上げるために武将は四苦八苦する。

 

それがこんなに容易く上がったことに、他の皆も吃驚しているのだった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

今回連れて行く兵の数は約三万。

黄巾の時は四万五千だったのに対しては少なくなるが、これには理由がある。

 

まず、兵の交代である。

 

だれだって遠征するより、自国の守備の方が楽に決まっている。

その為、先の戦で連れた兵は休ませ、その間守備に着いていた兵を今回連れてきているのだ。

 

次に連合軍の存在である。

 

いくら月の勢力が最大といっても、連合軍の方が数が多いに決まっている。

 

今回の連合はある意味、民に存在を示すための戦いでもある為、

戦いは他の諸侯に任せて、自分は良いとこ取りをしようとしている者も少なくない。

 

その中で下手に大勢の兵を連れて行こうものなら、前線ばかりを任される恐れがあるのだ。

 

「それじゃあ・・・出陣しますっ!」

 

『オオオオオオオオオオオッッ!!』

 

聖の号令に出陣する兵達。

 

「で、今回はアンタ達も来るのね・・・」

 

「当たり前じゃないっ!」

 

「大根の好きにはさせませんです。」

 

「こ・の・減らず口を・・・・」

 

蒯姉妹と水蓮はいつも通り騒いでおり、

士郎たちも直ぐ近くを移動している。

 

「お母さん~揺れるぅ~~」

 

「はいはい。手を離しちゃダメよ。」

 

馬に慣れていない璃々が紫苑にしがみつく。

 

「あの~~連れてきても大丈夫なんですかっ?」

 

「ええ。私が傍に居るほうが安全ね。

・・・・それに、離れると璃々が悲しむでしょう?」

 

璃々の頭を撫でながら、玖遠の質問に答える紫苑。

 

「まぁ、いざとなったら玖遠や俺も居るしな。」

 

士郎の発言を聞いた途端、

 

「あら?私は助けてくれないのかしら・・・・」

 

「私も士郎さんと一緒がいいですっ!」

 

絡んでくる二人。

 

士郎が困っていると、

 

「士郎さん・・・・・早く・・・・行きましょう・・・・・」

 

士郎の前に座っている援里が話しかけてくる。

 

「・・・・なんで援里ちゃんがそこに居るんですかっ!?」

 

「手綱引いてると・・・・・作戦を考えれないので・・・・・」

 

「絶対に嘘ですっ!?」

 

賑やか?に騒ぎながら連合軍の拠点に向かって行く

劉表軍であった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――連合軍 拠点――――――

 

既に各地の諸侯が到着しているのか、沢山の兵達でごった返している。

 

その中に聖達が到着すると、周りの兵が一斉に此方を見てくる。

 

「おい・・・・あれ、劉表軍じゃないか?」

 

「連合に参加するのかよ・・・・・・」

 

「・・・・・後ろから攻撃されるかもな。」

 

ざわざわと騒ぎ出す。

 

どうやら黄巾の乱を月と一緒に戦っていたことは知られており、

それで良からぬ噂が出回っているようだ。

 

「っ・・・・・・・・」

 

聖が悲しそうな顔を浮かべる。

 

「貴様ら・・・・っ」

 

水蓮が周りの兵を怒鳴りつけようとしたとき・・・・・・

 

「なんですのっ!この騒ぎはっ。」

 

目の前に居た兵たちが二つに分かれ、その間を麗羽が進んでくる。

 

「麗羽ちゃんっ!」

 

「あら?聖さんじゃありませんか。

到着してらっしゃったんですのね。」

 

「うん。今着いたばかりだけどね。」

 

「そうですか・・・・

猪々子さん、斗詩さん、聖さんを兵舎に案内して差し上げて。」

 

「了解~~~」

 

「分かりました。」

 

麗羽の傍から猪々子と斗詩が出てくる。

 

「まずは長旅の疲れを取って下さいな。

・・・・・また後で行きますわ。」

 

別れ際、麗羽にそう言われた聖は、

そのまま猪々子と斗詩に案内され、兵舎に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜もふけてきた頃、聖たちの居る幕舎に麗羽たちの姿があった。

 

「まずは、今回の参加、本当に有難う御座いますわ。」

 

麗羽が軽く頭を下げながら礼を述べてくる。

 

「そんな頭なんて下げなくてもいいよう・・・・」

 

「聖さんは最初、董卓さんの方に付くと思ってましたが・・・・・

やはりこの私の方が魅力的だったという事ですわね。」

 

「あはは・・・・・・」

 

自信満々に言い放つ麗羽。

 

「陣内で色々言っている人がいるみたいですけど、

気にしなくていいですわよ。

この連合軍の大将がこの私である以上は、好き勝手はさせませんわ!」

 

「うん。ありがとう麗羽ちゃん。」

 

麗羽は変にプライドが高く、また自分の軍にもそれを求める為、

変な噂が立つのが許せなかったのだ。

 

それに昔から聖の事は知っている。

 

彼女が裏切ったりしない人である事はよく知っているので、

励ますつもりも込めて此処に来ているのである。

 

なんだかんだで根はいい奴なのだ。

 

「あれ、姫が総大将するの?」

 

猪々子が質問してくる。

 

「まぁ、まだ決まってませんけど・・・・・・

私以外に適任者はいませんわっ!」

 

「私もそれで良いと思うよう。

元々麗羽ちゃんと曹操さんが発端だし。」

 

「・・・華琳さんと私では家柄が違いすぎますわ。

華琳さんでは荷が重いですわね。おーっほっほっほっ!」

 

「麗羽さまっ・・・あの・・・夜ですし、静かにした方がいいんじゃ・・・・」

 

高笑いしだした麗羽を、慌てて止めに入る斗詩。

 

「別に大丈夫だろーーーー

会議は明日だし、今日くらいは騒いでもーーーー」

 

「もうっ!文ちゃんまでっ!」

 

賑やかに夜は過ぎて行くーーーー




三姉妹が使っているマイクはアニメの設定を流用して、
太平要術の書を使って宝石をマイクに加工した物が残っており、
それを使用しています。

麗羽は大分あれな思考回路してますが、
基本的にはいい人な感じに書くようにしています……

流石に三国志演技と恋姫での差がおおきすぎるので……
自意識過剰な所は一緒ですけど。


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4-2 継ぎ接ぎだらけの一枚岩

連合軍の会議室に各諸侯が集まって、これからの事の話し合いを始められていた。

 

劉表軍からは聖と水蓮が其処に参加しており、

他のメンバーは天幕の直ぐ外に待機している。

 

「さて、皆さん集まりましたわね。

始めて顔を会わせる人もいますし、まずは私から自己紹介から始めますわ。」

 

場を取り仕切っている麗羽から自己紹介を始める。

 

「私が!名門袁家の袁本初ですわっ。」

 

自信満々に言い切る麗羽。

 

「はぁ・・・・こいつはいつもこんな感じだから

ほっとくわよ。」

 

そんな麗羽の様子を見て言い放つ曹操。

とりあえず無視して話が進んで行く。

 

「私が陳留太守の曹孟徳よ。」

 

次は麗羽を挟んで曹操の反対に座っている、

軽鎧を着た女性だ。

 

「私は公孫瓚 伯珪だ。よろしくなっ。

それと・・・」

 

「劉玄徳です。よろしくね~~」

 

公孫瓚やその付き添いの桃香は士郎との面識はあるが、

聖と会ったのは始めてである。

 

聖にとっては幽州太守の公孫瓚より、

同じ劉性の桃香の方が気になっていた。

 

「やっぱり私の遠縁になるのかなぁ・・・・」

 

「自称してる人も多いし・・・・

判断しづらいわね。」

 

聖の呟きに答える水蓮。

 

そうしていると次の人に移って行く。

 

「西涼の馬騰の娘馬超だ。

母さんが体調を崩してるから、代理として来てるんだ。」

 

「へぇ・・・・貴女があの錦馬超ね。」

 

「そ、そんな錦馬超なんて凄くは・・・・」

 

曹操に言われた瞬間、照れ始める馬超。

 

「華琳さんっ!誘惑するのは終わってからにしてくださいます!?」

 

「あら。妬いてるの麗羽?」

 

「な、なにを仰ってるのかしらっ!?

この小娘っ・・・・・」

 

「あーーもうっ、会議が進まないだろっ!?

二人ともそこまでにしとけってーー」

 

二人の言い合いを見かねた公孫瓚が止めに入る。

 

「仕方ありませんわね・・・・

では次の人お願いしますわ。」

 

次の人は赤を基調とした服を着た女性二人だ。

前に座っている方は獰猛な目付きをしており、

後ろに立っている方は静かに目を閉じている。

 

「袁術の代わりで来た孫策よ。」

 

「その軍師の周瑜だ。」

 

孫策と周瑜が静かに挨拶する。

 

「美羽さんはどうしたんですの?」

 

「長旅で疲れたからめんどくさいと仰っていました。」

 

麗羽の質問に答える周瑜。

 

「まぁいいですわ。

あの小娘では袁家の名は重すぎますわ。」

 

そんな様子を見ながら、聖と水連が周りに聞こえないように話し出す。

 

「あの人が孫堅さんの娘・・・・・・」

 

「彼女からすれば私たちは親の仇になるから、

気をつけなきゃいけないわね・・・・・」

 

そうしているうちに他の諸侯も挨拶が終わり、

最後に聖たちの番が回ってくる。

 

「荊州牧の劉景升です。よろしくおねがいします~~」

 

「水軍都督の蔡徳珪です。」

 

聖が挨拶した瞬間、周りの諸侯の目が一斉に向けられる。

 

黄巾の際、月たちと一緒に行動していたのを各諸侯は知っており、

聖は「自分たちからは戦を仕掛けない」と言うのを言っているため、

疑惑の目が向けられているのだ。

 

「皆さん、聖さんは私の古い友人ですわ。

この度は私に協力して下さったから、ここに居るのですわっ。」

 

直ぐに麗羽からのフォローが入り、騒ぎにはなら無いですんだが、

まだ信用はされて無いようだ。

 

特に、孫策からの視線は凄まじい。

聖のことを目に焼き付けるように、

鋭い目でジロリと見てくる。

 

緊迫する空気の中、聖は真っ直ぐ前を見つめる。

 

そんな聖から孫策が目を離した所で、軍議が再開された。

 

「・・・・・これで自己紹介が終わりましたわね。

作戦を決める前に決めておく事があります。」

 

「なによ一体?」

 

曹操が頭に?マークを浮かべて質問する。

 

「それは・・・・この連合軍を率いる総大将を決める事ですわっ!!」

 

『・・・・・・はぁ?』

 

聖たちを除いた他のメンバーが皆、呆気に取られる。

 

「今、私達連合軍と董卓さんとではほぼ同じくらいの勢力ですわっ。

ならば後はい・か・に優秀な人がいるかで決まりますわっ!」

 

謎理論が発動する。

勿論他の諸侯は置いてけぼりである。

 

付き合いが長い聖も苦笑いを浮かべており、

曹操は「また始まった・・・」というような顔をしている。

 

「やっぱりそれなりの立場の人じゃ無ければいけませんわねっ」

 

長くなりそうな気がしてくる・・・・

 

「もう自分がしたいって言えよ・・・」と言う風な空気になるが、

麗羽がそんな空気を読めるはずも無い。

 

「・・・・・あれ?袁紹さんが総大将じゃないんですか?」

 

そんな空気の中、桃香が発言する。

 

「あら?やはりそう見えてしまいます?」

 

白々しく言い放つ。

 

「もう決まってると思ってたんですよ・・・・・

それだったら袁紹さんで良いんじゃないんですか?」

 

「そうですわね。

他の人はそれでいいですの?」

 

「別に良いわよ。」

 

「と、言うより代理で来てるから、決まった事連絡するだけだから別に良いけど・・・」

 

「異論は無いわ。」

 

というよりこの面子で「総大将やりたい!」

なんていうのは麗羽くらいである。

 

「決まりですわね♪

ではこの名門袁本初が連合軍の総大将を努めますわ。」

 

陣内に麗羽の高笑いが響き渡る。

 

『はぁ・・・・・』

 

他のメンバーがため息をついた所で、

次の話に移っていった・・・・・・・

 

 

 

「では、私たちはまず汜水関の攻略に取り掛かりますわ。」

 

洛陽に至る途中にある汜水関、虎牢関の二つの関。

この関を越えたら洛陽は制圧したも同然になる。

 

まずは汜水関の攻略の話からである。

 

「まず先陣ですが・・・・劉備さん。お願いしますわ。」

 

「・・・・・・えええええええっっっっっ!?」

 

麗羽の発言に驚く桃香。

 

「だ、だって私たちが連れてる兵が一番少ないんですよっ!?」

 

「ですが、私を責任重大な総大将に推薦したのは貴女じゃないですの?

だったら一緒に責任を負って欲しいですわ。」

 

無茶苦茶である。

 

だが、他の諸侯は口出しが出来ない、と言うよりはしない。

 

敵軍の情報を入手する為、誰かがを捨て石にするのは非常に効果的であるからだ。

それが連合軍の中で最も弱い勢力なら損害も最小限ですむ。

そう言う思惑があるから無言の肯定を示しているのだった・・・・

 

「ううっ・・・・」

 

言葉に詰まる桃香。

 

「心配なさらなくても、直ぐ後ろには私たちが控えていますわ。」

 

問題点は其処では無いのだが、

話が進み、決定して行く。

 

「じゃあお願いしますわ・・・・・・「ちょっといいかな?」

・・・・どうしたんですの聖さん?」

 

麗羽がそう言った瞬間、

聖が間に入る。

 

「やっぱり劉備さんの所だけじゃ数が少ないでしょ?

だから、私たちの軍も前線に加えて欲しいんだ。」

 

「私としては嬉しいですけど・・・他の人はそれでいいですの?」

 

他の諸侯にとっても、聖が戦う事で本当に仲間になるのかを見極める事が出来る為、

特に反対する人はいなかった。

 

「それでは劉備さん聖さん。

前線の方よろしくお願いしますわね♪」

 

そうして軍議は終わり、

各諸侯は各々の陣営に戻っていった・・・・・

 

 

 

 

軍議が終わり聖と水蓮は外に出て、士郎たちと合流しようと探していると、

背後から声をかけられる。

 

「貴女が劉表ね。」

 

「っ・・・孫策さん・・・・」

 

聖と水蓮が振り向くと、其処にいたのは先程視線を向けてきていた孫策と周瑜、

そして妙齢の女性の三人が立っていた。

 

「お母様の件では大変お世話になったわね。」

 

「仇討ちでもしにきたのかしら。」

 

水蓮が聖の前に出て牽制する。

 

「ここで騒ぎなんか起せるわけないでしょ。

・・・・やっぱり直に話しておかないと・・・って思ったのよ。」

 

スッ・・・と目を細めながら続ける孫策。

 

「どうしてこの連合に参加したのかしら?

貴女は確か他の国には攻め込まないんじゃないかしら。」

 

「・・・・・・・」

 

聖は答えられない。

 

聖が参加する大きな理由は、月の安否確認である。

 

ここでそれを話してしてまい、広まってしまうと、

連合内に不安が広がり、

最悪、他の全諸侯から攻撃される可能性があるからだ。

 

「今はまだ袁術の客将だけど、

独立した時には必ず・・・・・」

 

「なにをしているの。アンタは。」

 

不意に声を掛けられ、孫策が振り向くと、

其処には聖を探していた士郎たちがいた。

 

「・・・誰かしら?

貴女のような子供に知り合いは居ないんだけど。」

 

何か嫌な予感を感じた孫策は、声を掛けてきた鈴梅に向かって警戒気味に質問する。

 

「成人してるわよっっ!!」

 

子供扱いされ怒る鈴梅。

そんな様子を見て、横にいた蓬梅が話しだす。

 

「・・・・・貴女の本当の仇でしたら、私になりますです。」

 

「どういう・・・意味かしら・・・・・」

 

ゾクリと殺気が広がるが、

それを物ともせずに話し続ける蓬梅。

 

「私が考えた策に、まんまと嵌っただけです。」

 

「成る程・・・・・だったら貴女が蒯良ね。

その顔、覚えておくわ・・・・・」

 

ギロリと、憎しみが篭った目で見つめると、

 

「いい加減にしなさい!

アンタ、どの立場で話しかけてんのっ!」

 

「なによ・・・・・」

 

鈴梅に怒鳴られ、不機嫌そうな目を向ける孫策。

 

「アンタ何様なの?

たかだか袁術の客将の分際で、劉表さまや姉さまと対等に話せるつもりなの?

袁術の狗はとっとと下がりなさいっ!!」

 

「つ・・・・・・・言って・・・くれるじゃない・・・・・」

 

「やめなさいっ!雪蓮っ!」

 

孫策が思わず剣を抜きそうになるが、それを周瑜が止める。

 

「これは失礼しました。

私たちは主に呼ばれているので、これで失礼します。」

 

周瑜が強引に場を閉め、聖たちに背中を向けて去って行く。

 

「必ず・・・この借りは返すわっ!」

 

最後に孫策の叫びを残して・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 〜 孫策 side 〜

 

「冥琳、どうして止めたのよっ!」

 

周瑜に攻め寄る孫策。

まだ怒りが収まってないのだろう。

 

「あそこで騒ぎを起せば、確実に袁術に責められるわ。

・・・・そうなったら最悪、独立出来なくなるかもしれない。」

 

苦々しい顔を浮かべて答える周瑜。

彼女とて、親友の孫策があれだけ言われて気分がいい筈が無い。

 

「それにあの場で戦りあっても、

儂では後ろにいた弓使いを抑えるので精一杯じゃ。」

 

「あの長い髪の女性?」

 

黄蓋が言っているのは聖達と後から合流した紫苑のことである。

武器は持っていなかったが、同じ弓使いとして感じるものがあったのだろう。

 

「私と雪蓮だけじゃ、残りの五人相手にするのは時間が掛かりすぎるわ。」

 

あの場に居合わせたのは聖たちの方は聖、水蓮、蓬梅、鈴梅、紫苑に士郎。

黄蓋が紫苑の相手をすると残りは5対2になってしまう。

 

「・・・・・一人いた男、アイツは厄介な感じがしたわ。」

 

「・・・勘か?」

 

「ええ。でも、だからこそ戦って見たいのもあるけど・・・・」

 

自身の勘に絶対の信頼を持っている孫策。

その勘が危ないと告げているからこそ、あえて戦ってみたいと思うのは

武人としての性であるかもしれない。

 

「まぁいいわ。今回は我慢する。」

 

「ああ。いずれ私たちが独立した時に思う存分に戦うといい。

私はその為なら、どんな事でも貴女の力になるから。」

 

「ふふっ。ええ、頼りにしてるわよ冥琳。」

 

気分を入れなおした孫策は、幾分か軽い足取りで自陣に戻っていった。

 

さまざまな思惑が交差する連合軍。

向かうな難関の汜水関。

戦はまだ、始まってすらいなかった・・・・・



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4-3 動く者、巻き込まれる者

「ありがとう・・・・蓬梅ちゃん。鈴梅ちゃん。」

 

「聖さまに感謝されるような事じゃないですっ!

聖さまの事を悪く言う奴は私が許すわけないわっ!!」

 

「そうです。聖さまが他の皆を守るんだったら、

私たちが聖さまを守るです。」

 

「うん・・・・有難う・・・・・」

 

聖が嬉しくて零れた涙を拭いていると、誰かが近付いて来る。

 

「すみませんっ。劉表さまを探しているんですけど・・・・

ご存知ないですか?」

 

話しかけてきたのは先程の会議に参加していた桃香、

そして一緒に公孫瓚と蛇矛を持った少女と、青龍偃月刀を持った女性が一緒にいる。

 

「桃香と鈴々じゃないか。

久しぶりだな。」

 

聖の直ぐ後ろにいた士郎が話しかける。

 

「士郎さんっ!?」

「兄ちゃんなのだっ!?」

 

桃香と鈴々が驚いていると、桃香と士郎の前に青龍偃月刀を持った女性が

立ちはだかる。

 

「貴様っ!桃香さまの真名を気安く呼ぶとは何事だっ!」

 

そのまま鋭い視線をぶつけてくる。

 

「む・・・関羽じゃないか。」

 

「なっ!?私の名前まで知っているっ・・・・

桃香さま、お下がりください!こいつは危険ですっ!」

 

 

士郎が桃香と会って話していた時、愛紗は気絶していたので事情を知らない。

 

その様子を見て慌てる桃香。

 

「ちょ、ちょっとっ、愛紗ちゃん違うよ~~~」

 

士郎の誤解を解くのは時間が掛かりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

「恩人とは知らずに、とんでもないご無礼をしましたっ!!」

 

事情を聞いた愛紗は、

士郎に向かって地に頭をこすり付ける勢いで謝っている。

 

「別に気にしなくていい。

知らない男が自分の主に近付いてきたら警戒するのは当たり前だしな。」

 

「とは言っても・・・・

お咎めなしでは自分の気が済みません・・・・」

 

しおらしくなった愛紗。

 

「だったら愛紗ちゃんも士郎さんに真名預ける?」

 

桃香の提案に愛紗が答えようとすると、

 

「いや、それは遠慮しておく。」

 

「?」

 

「俺が居た国には真名の文化は無かったけど、

真名がいかに大事な物かって言うのは理解してるつもりだ。

だったら俺に負い目があるから教えて貰うより、

俺をきちんと認めて真名を預けて欲しい。

その方が俺も嬉しいしな。」

 

「・・・・・・・・・」

 

士郎の言葉を聞いて沈黙する桃香と愛紗。

 

「どうした?」

 

「いえ・・・・その・・・・・・・

己の未熟を痛感していた所です・・・・・」

 

士郎と目をあわせられない愛紗。

 

「私の事は関羽ではなく愛紗とお呼びください。

貴方に信念があるように、私にもそれはあります。」

 

「・・・・・分かった。これからよろしく愛紗。」

 

「はい。よろしくお願いします士郎殿。」

 

二人が落ち着いた所で、士郎の肩が叩かれる。

 

「?」

 

士郎が振り向くと・・・・

其処には置いてけぼりだった聖達がいた・・・・

 

なぜか聖はニコニコしながら怒っているという

変な顔をしており、

紫苑以外のメンバーは純粋に怒っているのが分かる。

 

「なんでさ・・・・・」

 

その後、士郎に対する詰問が終わるまでには数刻の時間を要した・・・・・

 

「あれ?私も士郎と会話した筈なんだけど・・・・・」

 

ちなみに約一名がそんな事を言っていたが、当然無視された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎が蓬梅、鈴梅に蹴られた足をさすりながら桃香の話を聞くと、

どうやら汜水関攻略の打ち合わせと、

一緒に戦ってくれる事に対するお礼を言いに来たらしい。

 

お礼に関しては聖も「気にしなくていいよ~~」と返事を返していた。

 

同じ劉性だからか何処か雰囲気も似ている所があり、

お互いに話しやすそうだった。

 

桃香が「お姉ちゃんって呼んでも良いですか?」と聖に聞いた時は

プチ騒動に発展していたが・・・・・

 

一旦主要メンバーを連れて、

聖たちは桃香も一緒にいる公孫瓚の陣の方に集まっていた。

 

「はわわわっ!援里ちゃんじゃないですかっ!?」

 

「あわわ・・・・本当です・・・・・」

 

「ひさし・・・ぶり・・・・・・」

 

桃香の軍師の朱里と雛里、

聖の軍師の援里の三人は知り合いだったらしく再会を喜んでいる。

 

「急に水鏡先生の所からいなくなって吃驚しました。」

 

「ごめんね・・・・」

 

援里は二人より先に仕官した為である。

 

「またお菓子作り教えて下さいねっ。」

 

「うん・・・・いいよ・・・・・」

 

楽しそうに話に花を咲かせる三人。

 

その近くでは聖と桃香が話をしていた。

 

「気になってたんだけど・・・・

どうして桃香ちゃんは連合軍に参加したの?」

 

今、桃香は白蓮の仲間として参加しており、

連合軍の中では一番小さい勢力になる。

そんな桃香がこの連合軍に参加するのはメリットが少ないのである。

 

「・・・・・実は私、董卓さんが暴君だとは思えないんです。」

 

いきなり爆弾発言を発する。

 

他の諸侯の耳に入っていたら、確実に造反を疑われる発言である。

少なくとも今始めて話す人に言う話ではない。

 

だが劉備の人を見る目はかなりある。

史実を見た限りでは、少なくとも諸葛亮よりは上である。

 

それに加え、同じ劉性である事と、聖の人の良さを本能的に理解したのだろう。

勿論黄巾の際、聖が董卓と一緒に戦っていたことも知っている。

 

それらの事から、造反を疑われる事を覚悟で発したのだろう。

 

「なにか知ってるの?」

 

聖の質問にコクリと頷く。

 

「黄巾の時、私たちは義勇軍として参加してたんです。

それで乱が終わった後、私たちが新しく任命された平原に帰ろうとした時、

董卓さんに会ってるんです。」

 

「黄巾の残党と戦っていたのだーーー」

 

途中から鈴々が会話に参加してくる。

 

「私たちも加勢して倒したんですけど、

そのときに董卓さんと少し話をしたんです。」

 

「軍師の人は怒ってたけど、董卓は優しそうだったのだ。」

 

一しきり聞いた後、聖が質問する。

 

「それで、二人は何かおかしいって感じたんだね。」

 

「はい。」「うんっ。」

 

聖を信用して明かしてきた情報。

その信頼を裏切るわけにはいかないし、これから共に前線で戦う仲間である。

下手に疑われるよりよっぽどいいと判断した聖は自分達が知りえる情報を桃香たちに教えた。

 

「やっぱり、何か事件があったんだねっ!」

 

「ならば直ぐにでも汜水関を攻略せねばっ!」

 

再度決意を新たにしたのか、

燃えている桃香と愛紗。

 

「おーーーい・・・・・

元気なのは良いけど、あんまり突っ走るなよーーっ。」

 

白蓮が突っ込んでるが聞く耳持たずである。

 

「ああ・・・また軍備に金がかかる・・・・・」

 

そう言いつつも、桃香達が心配だから結局助けるのであろう。

そんな様子を見て、何処か親近感を覚える士郎だった・・・・・

 

そのまま話題は作戦の方に移る。

 

「あのっ、なにか連合軍で決まってる事はあるんですか?」

 

「そうね。陣形は劉表、劉備、公孫瓚の三軍。

その後ろに曹操、袁術が続いて、最後尾に袁紹軍ね。

その他の諸侯は曹操さんたちが居る中軍の両翼と、

後方からの補給に回ってるわね。」

 

軍議に参加していない為、水蓮が朱里に説明する。

 

「あれ?白蓮ちゃんって前線だったっけ?」

 

「桃香たちだけじゃ大変だと思って志願してたんだよ・・・」

 

なんだかんだで面倒見のいい奴である。

 

「えっと・・・作戦の方はどうなってるんですか?」

 

雛里からその質問を聞いた瞬間、苦々しい顔を浮かべる桃香と白蓮。

 

「あわわっ・・何か不味いことだったんですかっ!?」

 

「だいじょうぶだよう。

えっとね・・・・確か「雄雄しく、勇ましく、華麗に前進!」だったよ。」

 

「作・・・・・戦・・・・・・ですよねっ?」

 

「うん・・・・・作戦。」

 

変な顔を浮かべている玖遠に答える聖。

 

「それは・・・・決まってないんじゃ・・・・・」

 

思わず呟いた朱里に頷く雛里。

軍師たちも困惑しているようである。

 

「・・・要するにその作戦?を守れば、自由に戦っていいんだろ。」

 

「多分、麗羽ちゃんは悪い月ちゃんたちから洛陽の人を救う連合軍っていう

構図にしたいんだと思うよ。

だから、「雄雄しく、勇ましく、華麗に前進!」なんだよ・・・・多分。」

 

いまいち確信が持てない感じだがそう答える聖。

 

「なんか・・・・ずれてるな・・・・」

 

そんな士郎の言葉に、そこにいた全員がため息をつく。

 

「あの、じゃあ詳しい作戦はこっちで決めていいんですねっ?」

 

「そう言う事になるわね。

今、汜水関はどうなってるのかしら?」

 

朱里に問いかける水蓮。

 

「いま星さんが偵察に行ってますから、その結果で変わってきますけど・・・

汜水関を守るのは張遼さんと華雄さんだと思われます。」

 

「だったら・・・・挑発して・・・・誘き寄せれば・・・・・いいかと・・・」

 

「・・・・華雄なら簡単に出てきそうだな・・・・」

 

「あのお姉ちゃん馬鹿だからなのだー?」

 

愛紗と鈴々が好き勝手に言っているが、

まぁしょうがないだろう・・・・

 

「その後は如何するんですかっ?」

 

「そうなったら、流石に張遼さんも出てくると思います・・・・

そうしたら中軍の人たちも巻き添えにしながら、手薄になった門を攻めればいいです・・・・」

 

雛里の言葉に朱里が頷く。

 

「・・・・・城門突破なら良い案がある。試させて貰えないか?」

 

「あ・・・はい・・・・。

えっと、どんな案なんでしょうか?」

 

「ああ。袁術に動いてもらんだ。」

 

雛里の問い掛けに、にやりと笑いながら答える士郎だった・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎の案に皆が賛成したので、

その交渉のために袁術の所に軍師三人と、護衛に士郎、水蓮がついて出て行っており、

他のメンバーは陣内で士郎の帰りを待っていた。

 

休憩のついでに、聖たちがお茶を飲んでいると

誰かが入ってくる。

 

「ここに関羽はいるのかっ!!」

 

いきなり入ってきたのは背の高い女性だ。

長い髪をすべて後ろに流しており、獣のような鋭い目付きをしている。

 

「ここは劉備軍の宿営地だぞっ!!

今すぐ去れ!」

 

直ぐに愛紗がその女性の前に立つ。

 

「我が主が関羽に用があってここに来た。

取り次いで貰おう!」

 

「勝手に入って来て何様のつもりだっ!」

 

だんだんヒートアップして行く二人。

 

星と紫苑は偵察に行って居るため不在で、士郎と水蓮は袁術のところに居る。

争いを止めるのに適している人がいないのだ。

 

すると―――――

 

「やめなさい春蘭。

こっち勝手に会いに来てるのだから、礼儀は弁えるべきよ。」

 

声を発して入ってきたのはくるくる縦ロールの小柄な女性。

後ろに片目を前髪で隠した女性も一緒にいる。

 

「あれ、曹操さんじゃないですか。」

 

聖がそれを見て思わず呟く。

 

「あら?劉表も居るのね。

だったら丁度良いわ。」

 

不適な笑みを浮かべる曹操。

 

「何の用事なんですか?」

 

「ちょっとね。

まぁ正確には貴女の部下に用があるのだけれど。」

 

そう言って曹操は聖から視線を外す。

 

「関羽、それに蒯良、蒯越は居るかしら?」

 

「私が関羽だが・・・・・」

 

「なによ?」

 

「なんです?」

 

「単刀直入に言うわ。

この曹孟徳の力になりなさい!!」

 

『・・・・・・・・・』

 

曹操の爆弾発言に全員が沈黙する。

 

「要するに仲間になれって事?」

 

「そうね。」

 

鈴梅の質問に堂々と答える曹操。

 

「ふざけるなっ!!

私には劉玄徳という血よりも強い絆で繋がれた主がいるっ!!」

 

激昂する愛紗。

だがそんな愛紗の様子を見て、更に曹操は続ける。

 

「あら?だったら劉備ごと私に下れば良いわ。

私の軍に来れば、豊富な資金に屈強な兵、

ありとあらゆる物を使わせてあげる。

貴女達の理想を叶えたいのなら、このまま弱小勢力で居るより、

その方が早いんじゃないの?」

 

そのまま曹操は蒯姉妹の方にも目を向け、

 

「貴女達もそうよ。

確かに今は私の方が勢力としては小さいけど、

確か劉表は他の土地を攻撃しないのよね。

それじゃ折角の貴重な才能が埋もれてしまうわ。

そうなる前に私と共に来なさい。

貴女達の才を存分に発揮できる場を与えてあげる。」

 

自信満々に言い放つ曹操。

 

「ふざけないでっ!

アンタ見たいな勝手な奴の仲間になるわけ無いじゃない!!」

 

「そうです。

お話にもならないです。」

 

「私の意見は変わらん。

何処までも桃香さまと一緒に戦うだけだ!」

 

強く拒絶する三人。

それに続いて桃香たちが喋りだす。

 

「曹操さん。

確かに貴女に下れば大きな力が得られます。

けど、私たちと貴女が目指している物は違う!

私は私の力で夢を叶えます!」

 

「反対されるのは想定内だったけど・・・

言うじゃない劉備。」

 

冷たい目で桃香を見る曹操。

しかし、どこか嬉しそうにも見える。

 

「まぁいいわ。

いずれ誰につくのが正解だったか分からせてあげる。

いくわよ春蘭、秋蘭っ。」

 

『はっ。』

 

二人を連れて出て行く曹操。

その時、いままで黙っていた聖が曹操に話しかける。

 

「曹操さん。

私の仲間が欲しいのなら・・・・先ずは私を倒してからにしてくれませんか?

・・・・まぁ、負ける要素はないですけど。」

 

「いずれ追いついて見せるわ。

それまで待ってなさい。」

 

曹操が天幕を開けて出ようとすると、

外には袁術のところに行っていた士郎たちが帰ってきていた。

 

「珍しい。男が居るのね。

・・・・貴方、外で話を聞いていたでしょう。」

 

「会話の邪魔をしたくなかったんでな。」

 

「私たちは帰るからさっさと入ればいいわ。」

 

そう言って曹操が半身をずらし、

二人がすれ違う瞬間―――――

 

「ああ。そうさせてもらおう。

・・・・・・「自己紹介」も終わったみたいだしな。」

 

「ッ!!!!」

 

驚いた顔を浮かべた曹操が振り向くが、

すでに士郎は天幕の中に入っていた。

 

「あの男・・・・・注意した方がよさそうね・・・・・」

 

最後にそう呟いて、曹操は其処を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り士郎くん~~

袁術ちゃんとの話は上手くいったの?」

 

「ああ。協力は得られたよ。

一緒に来てくれた朱里たちのお蔭だけどな。」

 

そう言って一緒に言っていた朱里の方を見る。

 

「あわわわっ・・・・そんな事ないですよう。

士郎さんがちゃんと情報を持ってたからですっ。」

 

真っ赤になりながら答える朱里。

 

「外に居たんならさっさと入って来なさいよっ!!」

 

「ちょっ・・・・さっきも蹴られたから痛いって・・・・」

 

ガスガスと鈴梅に脛を蹴られる士郎。

 

「うっさいです。

それより自己紹介ってなんなんです?

さっさと説明するです。」

 

「うん。それは私も気になったよう。」

 

「ああ。その事か。」

 

士郎は一呼吸おいて話し出す。

 

「もともと曹操は勧誘するのが本題じゃなかったのさ。」

 

「じゃあ、何が目的だったと言うんだ!?」

 

直接被害を受けていた愛紗が聞いてくる。

 

「それが自己紹介さ。

・・・・・今日始めて顔を会わせた人に「仲間になってくれ」って言って、

仲間になった人を信用できるか?」

 

「無理だな。

そんな奴は仲間になったとしても直ぐに裏切るに決まっている。」

 

「そう。

普通の武将なら、いきなりそんな事言われても怒るだろうな。

でも、それが曹操の狙いなんだと思う。」

 

「?」

 

「今、皆の曹操に対する感情は最悪だと思う。

けど、この先曹操が活躍する度に思い出すのさ。

「あの時の自信は、嘘じゃなかった」って。」

 

『・・・・・・・・・・・』

 

いつしか、士郎の話を皆静かに聴いていた。

 

「普通なら活躍を聞いても「凄い人がいるんだな」程度だと思う。

けど、今の俺たちはここで話をしてる分、

それをより強く印象付けてしまうんだ。」

 

「だから、自己紹介だったんですね・・・・・」

 

「ああ。この手は有名になってからじゃ使えない。

幸い今の連合軍には各地の有名な人が集まっている。

だから「今」それをしたんだろうな。」

 

まさに強烈な「自己紹介」。

曹操の狙いはただこれにあった。

 

「・・・・そんな人とも、いずれは戦わなくちゃいけないんですね・・・・」

 

「ああ。いずれは越えなきゃいけない壁だな。

けど桃香には人を惹き付ける力がある。

それは曹操以上だ。

自信を持っていけば良い。」

 

「はいっ!!」

 

元気に答える桃香。

 

桃香の仲間たちがその士郎の言葉に頷いていると、

 

「士郎くん♪

私はどんなとこが魅力なのかな?」

 

「あっ!わたしも聞きたいですっ!!」

 

聖と玖遠に絡まれる。

 

「・・・・明日も早いし、俺は部屋に戻るっ・・・・」

 

咄嗟に逃げる士郎。

 

劉備の陣営内には、

賑やかな叫び声が響き渡っていた――――――



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4-4 汜水関攻略戦

「お~~~~

見てみい藍。中々凄い数で攻めて来とるやん。」

 

汜水関の上に居るのは霞と藍。

そこからなら、攻め寄せてくる連合軍が良く見えるのだ。

 

「幾ら大人数で攻めてこようが我が武の敵では無いっ!」

 

ブンッと大斧を軽く振り回して答える藍。

 

「でもなぁ、

やっぱり聖さまが敵にまわっとるのはキツイなぁ。」

 

「想像はしていたが、

やはり戦いにくいのはある。」

 

「月が姿見せんようになって、急に軍備拡張しだして、

挙句の果てに交流の封鎖や。

おかしい事が起き過ぎや。」

 

この数ヶ月の事を思い出しながら呟く霞。

 

「ふん。

だからと言って、私がする事は変わらんッ!

ただ、打ち倒すのみッ!」

 

「そやな。

まぁ頑張って戦おか。」

 

そう言って関に駐屯する兵に指示を出す霞。

 

戦いの時は近付いていった・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汜水関を守るのは霞と藍か・・・・」

 

進軍する軍の中に士郎の姿があった。

 

偵察に出ていた星によると、ほぼ間違いは無いそうだ。

 

「そろそろ見えてきたな。」

 

遠目に汜水関が確認出来る位置まで来ると、

一旦進軍が停止する。

 

「方円の陣っ!!

今から汜水関に攻撃を加えるッ!」

 

水蓮の叫び声に呼応して、陣を形成して行く。

 

「あわわわっ!桃香さまっ、私たちもそろそろ・・・・」

 

「う、うんっ、そうだねっ。

愛紗ちゃん、お願いっ。」

 

「はっ!

我々も方円陣を敷く。劉表軍に続けッ!」

 

先に数が多い聖達が先に進み、

直ぐ後ろから桃香と白蓮達が続いて行く。

 

本当なら三軍一緒に進軍したいのだが、

汜水関への道はそれ程大きく無い為、不可能なのだ。

 

ゆっくりと、弓兵からの攻撃に備え、

盾を頭上に掲げたまま汜水関に近付いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ始まりましたわね。」

 

前線からの報告を受け、呟く麗羽。

 

「姫ーーあたいも前で戦いたいんだけどーーー」

 

最近戦いが少なかったせいか、猪々子は大分うずうずしているようだ。

 

「危ないよう文ちゃん。」

 

「だいじょーぶだって♪

アタイと斗詩がいれば最強だし。」

 

そう言いながらじゃれつく猪々子に、

恥ずかしそうな顔をしている斗詩。

 

「二人とも、あんまり騒ぐんじゃありませんわ。」

 

そう言いながら戦況を見ていると、

麗羽に向かって誰かが近付いて来る。

 

「ずいぶん余裕じゃないの。麗羽。」

 

「華琳さん!?貴女は確か中軍にいたんじゃありませんのっ?」

 

麗羽がいるのは最後方。

中軍に居るはずの華琳が此処にいる筈が無いのだ。

 

「一緒にいた袁術が変な動きしてたから、少し下がったのよ。

指揮も任せてあるから大丈夫よ。」

 

「美羽さんがですの?

まぁ前線に聖さんがいますし、大丈夫ですわ。」

 

その言葉を聞いて、少し思案する華琳。

 

「随分信用しているのね。」

 

「ええ。当たり前ですわ。

聖さんのお母様からの知り合いですからね。」

 

華琳の質問に自信満々に答える麗羽。

 

「あの男もそうなの?」

 

「男?・・・・・ああ。あのお茶が美味しい人ですわね。」

 

「えっと・・・・何それ・・・・」

 

全く想像していなかった答えが返ってきて困る華琳。

 

「以前聖さんに会いに行った時、

淹れてくれたお茶がとてもおいしかったんですわ。」

 

「じゃあ、その他で知ってる事は無いのかしら?」

 

「そう言えば、始めて会ったのは黄巾の乱が終わった後でしたわね。

それ以前は見かけた事は無かったと思いますわ。」

 

「そう。ありがと。」

 

(なら、ここ最近現れたのかしら?

まぁ表舞台に立って居る以上、情報は集まるわよね。)

 

二人はそのまま前線に視線を向け、戦況を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盾を構えたまま一旦停止っ!」

 

水蓮の声に会わせて軍が停止する。

其処はギリギリ汜水関からの矢が届く位置。

 

すると、汜水関から声が聞こえてきた。

 

「幾ら大勢で来ようとも、この華雄が貴様らを通さんっ!」

 

城門の上から吼える藍。

それに、対して劉備たちが挑発を開始した。

 

元々気が短い藍なら、直ぐに出てくるだろうと予想したのだ。

 

だが、

 

「全く出て来ないねーーー」

 

「おかしいです。華雄さんなら、もう出て来ても良いはずなんですけど・・・・」

 

汜水関からは全く反応が無く、桃香と朱里は困惑していた。、

 

「まずいのだ、このままじゃ兵がやられちゃうのだ。」

 

此方の声が届く位置まで近付くということは、

相手からの矢が届く位置でもある。

 

しかも当然、矢は上から撃った方が強い。

 

幸い今の所被害は殆ど出ていないが、このままではいけないのは確実である。

 

困っている様子を見て、士郎が紫苑に話しかける。

 

「紫苑。この矢を華雄が居るところに打ってくれないか?」

 

そう言いながら士郎が手渡してきたのは、

矢に紙を結んだ「矢文」だった。

 

「これを?華雄さんに読ませるんですか?」

 

「ああ。確実に出てくるから。」

 

「分かりました。それでは失礼します。」

 

そう言って矢を受け取り、

弓に番え、引き絞り、放つ。

 

見とれるような動きから放たれた矢は、

きれいな弧を描き、それは確かに汜水関の上まで届いた。

 

「お見事。さすが紫苑だな。」

 

ぱちぱちと手を叩きながら感想を述べる士郎。

 

「あらあら。恥ずかしいですわ。

でしたら、次は私に士郎さんの射を見せて下さいね。」

 

「ああ。機会があったらな。

・・・・・水蓮っ!そろそろ藍が出てくるぞっ。」

 

矢を届けたので、水蓮に注意を促す。

 

「本当でしょうねっ!

・・・・全軍、迎撃準備っ!」

 

士郎の言葉に半信半疑ながらも、

迎撃体勢を整える水蓮。

 

「よし。俺は一旦下がるから、後は任せた。」

 

「はい。ご武運を。」

 

紫苑からたおやかな返事を受けた士郎は、

そのまま連合軍の中軍に向かって移動していった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!言わせておけばっ!!!」

 

藍は桃香たちからの挑発に、青筋を浮かべながら怒っていた。

 

「落ち着きい藍!

下手に打って出てもこっちに得はないで。

此処は関を使って時間稼ぎしたほうがええ。」

 

そんな藍を嗜める霞。

 

「分かっているっ。だが、腹は立つんだっ!!」

 

以前の藍なら確実に出撃していたが、

士郎や玖遠たちとの交流で、多少の自制心を身に着けており、踏みとどまっていた。

 

「そうや。このまま此処で時間稼げば、

向こうの兵糧も危なくなってくるんや。」

 

「ああ・・・・・・ん?」

 

藍が霞と話していると、藍の近くに矢が落ちてくる。

 

「なんだ?私を狙ったのか・・・・・

手紙が結んである・・・・・・」

 

そのまま矢から手紙を外し、中を見る藍。

 

「なんや?面白いこと書いとるん?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

霞の質問にも答えず、しばし沈黙する藍。

 

「なぁ、一体どうした・・・「華雄軍っ!今すぐ出陣するぞっ!!」

ええええっ!!なんでやねん!」

 

藍の急な変化に驚く霞。

そのまま静止も聞かずに準備に取り掛かっていた。

 

「一体何が書いとったんや??」

 

藍が投げ捨てた手紙を霞が拾って読むと、其処にはーーーー

 

 

『訓練場での事件 ばらす』

 

 

「・・・・・これはしゃあ無いなぁ・・・・・・」

 

手紙を見た霞も、藍を失うわけにはいかないので、

渋々準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「城門が空きましたっ!

敵は張遼、華雄ですっ!!」

 

物見の報告を受ける水蓮。

 

「ほんとに出てきた・・・・・一体何したのよアイツ・・・・

まぁ良いわ。全軍進めぇっ!」

 

聖たちが進み、それに続くように白蓮、桃香たちも進んで行く。

 

前線は一気に混乱の坩堝と化していった。

 

勢い良く藍の部隊が飛び出してきて、それに続くように霞の部隊も出て来て、

そのまま方円陣で構えていた水蓮たちとぶつかる。

 

「盾構えっ!!初撃を左右に凌ぐッ!

突破されないよう耐えなさいッ!!」

 

藍と霞の突撃を何とか左右に凌ぎ、

敵軍を分断させる。

 

「ウチと藍の突撃を凌いだんか・・・・・

中々鍛えられとるやん。」

 

そのまま分断された状態を利用して、霞は藍と呼応して挟撃する体勢に移るが、

 

「あの馬鹿突っ走ってどうすんや!

・・・・まさか士郎探しとるんや無いやろな・・・・・」

 

士郎の旗が立っているのは、連合軍の前線と中軍の間程にある。

藍がソレに目掛けて、一気に連合軍の奥に進軍して行く為、

挟撃するタイミングがずれ、霞が率いる軍も混乱し始める。

 

「まずっ・・・・押し込まれよるやん・・・・」

 

ジリジリと道の両端に追い詰められる霞。

汜水関は高い壁に挟まれた道に作られているため、このままではジリ貧である。

 

「一旦藍を見捨てて汜水関に戻った方がええなぁ・・・」

 

霞がそう考えていると、急に地鳴りのような振動が聞こえる。

 

「な、なんやっ!!!」

 

霞が目を向けると、其処には大量の衝車が汜水関に向けて進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さ~~~ん。美羽さまの為に、死・ぬ・気・で頑張って下さいねぇ~~」

 

凄まじい勢いで突き進む衝車の上に立っているのは、

袁術軍大将軍の張勲。

衝車を推し進める兵たちに、情け容赦ない言葉を掛けている。

 

「七乃っ、大丈夫かえ?」

 

直ぐ近くから袁術が顔を出し、七乃に戦況を聞いてくる。

 

「だいじょうぶですよぉ~~~

敵兵さんたちは皆劉表さんと、公孫瓚さんが押し込んでくれてますし。

一応私たちの周りに孫策さんたちも一緒にいますから~~~」

 

美羽が周りを見てみると、

其処には馬に乗って追走する孫策たちがいた。

 

「おおっ!

それなら安心なのじゃ。このまま一気にいくのじゃ!」

 

「はいっ!りょうかいで~す。」

 

汜水関はただでさえ堅牢な門を有していたが、

月たちが軍備拡張を始めてから、さらに堅固に補修されていた。

 

そこで、士郎はソレを破るために、

以前黄巾の乱の際城門を容易く破った、

七乃が率いる衝車部隊に協力を要請していたのだ。

 

「どっちかと云えば、私たちと劉表さんはあんまり仲は良く無いんですけどね~~」

 

美羽が統治する揚州と、聖が統治する荊州は隣あっている。

その為、以前から小競り合いが度々発生していたのだ。

 

(孫策さんが劉表さんに迷惑かけたようですし、

確かにこっちが責められてもしょうがないですしね。)

 

士郎が協力を申し出た際、

孫策が聖に突っかかった事件も交渉のカードとして使用していた。

 

美羽の客将である以上、孫策が迷惑をかけたのなら、

それは当然、美羽の責任問題にもなってくる。

 

七乃としても、あり得ない事とは思うが、

聖と本気で戦を行う事は避けたいのだ。

 

(それに、このまま攻め込めば、

汜水関一番乗りは私たちの手柄になりますからね~~~)

 

「それにしても流石劉表さんですね。

作戦通りになってますしね~~~

・・・・私たちにもあれくらい出来る将がいたら仕事しなくてよくなるのに~~」

 

あくまで如何に楽できるかを考えている七乃。

 

霞や藍みたいな厄介な将は、

前線に居た士郎たちが押さえ込んでおり、

その上、衝車が進み易いように中央に道が出来るように指揮をしている。

作戦のお蔭もあるが、各々の将がその作戦をきちんと理解できているのが重要だった。

 

そのまま衝車部隊は、汜水関への最短距離を恐るべきスピードで進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずっ!このままやったら破られるやん!!」

 

その光景を見て、慌てて引き返そうとする霞。

 

いま汜水関に残っている将では、あの衝車は防げそうにない。

 

「今すぐ反転して衝車を叩くでっ!!」

 

号令をかけ、衝車を攻撃しようとするが、霞の目の前に居た兵が吹き飛ぶ。

 

「誰やっ!!」

 

霞の目の前に立っていたのは、青龍偃月刀を構える愛紗だった。

 

「名のある将とお見受けする。

私は劉備軍一の配下、関雲長!

いざ尋常に勝負ッ!!」

 

「へぇ・・・・ウチと同じ武器つこうとるやん。おもろいわぁ。

ウチは張文遠っ、いくでぇッ!!」

 

互いに名乗りを上げ戦い始める二人。

 

力の愛紗と速さの霞。

 

二人の戦いは長引きそうだった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待~ぁ~て~ぇ~ッ~!!

士郎~~!!」

 

凄まじい勢いで士郎を追っかけまわしているのは藍。

・・・・気持ちは分からなくもないが・・・・・・・

 

「そろそろ良いか・・・・・」

 

頃合を見計らって止まる士郎。

 

汜水関から十分に離したので、作戦通りに事が進んでいる為だ。

 

「やっと追いついたぞッ!!

さあ、早速口封じさせて貰うッ!」

 

走ってきた勢いそのままに、振り下ろしてくる大斧を

干将・莫耶で流して横に回避する。

 

ギィィィィンと、火花を散らしながら甲高い音を立てて擦れる刃。

士郎に避けられた大斧を、追撃するようにそのまま横に切り払う。

 

「はぁーーーーーっ!!」

 

其れを飛び越えるように回避する士郎。

 

「落ち着けっ。まだ何も話して無いって!!」

 

一旦距離をとって話しかける。

 

「嘘をつくなっ!!

あの事件を広めて、私を笑いものにする気だろうっ!!」

 

それにブンブンと大斧を振り回しながら答える。

 

「なんでさっ!!そんな事しても俺に得が無いだろっ!」

 

「もしくは私を脅して、したい放題する気だなっ!!

この変態がーーーー」

 

その言葉を聞いて急にざわざわしだす周りの兵たち。

自軍の方から「やっぱりムッツリなのか?」という

声も聞こえてくる。

 

「なっ・・・・・そんな事するかっ!!」

 

「なにいっ!だったら私に興味が無いのかっ!!

許さんーーーーっ!!」

 

なぜか更にヒートアップする藍。

 

「おかしいだろーーっ!!」

 

そのまま戦い続け、

結局汜水関の異常に気付いた藍の兵士達が、

強引に藍を止めるまで続いた・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞と藍がもたもたしている間に、

とうとう七乃が率いる衝車部隊が汜水関に到達した。

 

「破城槌を準備して下さ~~い。

遅かった所はお給金減らしますからね~~」

 

衝車は移動中は、対人用に鉄戈で引っ掛けたり、矢を射掛けたり出来るようになっており、

城門を攻撃するときは、破城槌をセットして使用するようになっている。

 

「準備できましたか~~~

それじゃやっちゃって下さい~~」

 

ドコンドコンと城門を攻撃する。

 

「おおおおっ・・・・

やっぱり七乃は凄いのじゃ!!」

 

自軍が活躍する様子を見て、はしゃぐ美羽。

 

「当たり前ですよ~~~

私たちの軍は最強ですから~~~」

 

非常に軽いノリで答えつつ、攻撃を続ける。

 

程なくして、城門は大きな音を立てて砕けた。

 

「このまま進んで、汜水関一番乗りなのじゃ!!」

 

そのまま中に進もうとすると、汜水関内に残っていた敵兵が押し寄せてくる。

 

「えええええっ!!

たくさん残ってるじゃ無いですか~~っ!!」

 

すべての衝車に破城槌をセットしている為、

対人用の準備が出来ていない為慌てる七乃。

 

まぁ、十分予想出来た事態なのだが・・・・・・・・・・

 

敵兵はそんな事はお構いなしにワラワラと寄って来る。

 

「な、七乃っなんとかするのじゃっ。」

 

「急には無理ですよぉ~~~・・・・・

あ、そう言えば孫策さんが居たはず・・・・・

孫策さ~ん。お願いしますね~~~」

 

「もうやってるわよっ!!」

 

七乃たちとは違い、最初から予想していた孫策は、

近寄ってきた敵兵を切り伏せながら進んでいた。

 

孫策の兵は少ないが、衝車が道を狭くしたせいで戦える数が決まっており、

兵の質なら孫策直属の兵たちが上の為、ドンドン進んでいた。

 

「雪蓮っ!!このまま汜水関一番乗りするわよ!!」

 

「ええ、当然よ冥琳っ。

祭っ!行くわよっ!!」

 

「了解したっ!!」

 

雪蓮と祭を中心に攻め込む。

途中、敵将と思われる奴が出てきたが、

 

「くっ!!ここは通さんっ!!」

 

「邪魔よ―――――」

 

相手の剣ごと一気に切り伏せる。

 

「こ、胡軫将軍がやられた・・・・・・」

 

「引くぞぉっ!!急いで虎牢関まで下がれえっ!!」

 

大将である霞、藍がおらず、

副将の胡軫までもが敗北した敵軍に、戦う気力は残っていない。

 

「汜水関一番乗りはこの孫策よっ!!」

 

高々と汜水関の上に『孫』の旗が立てられ、

汜水関の戦いは連合軍の勝利で決着がついた。




美味しいとこ取りの雪蓮。

私としては七乃達の見せ場を書けたので、
満足だったりします~~


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4-5 邂逅相遇

――――――洛陽城 詠の部屋――――――

 

「汜水関が落ちたのっ!!」

 

「張遼さまと、華雄さまが出陣した隙に突破された模様です。」

 

兵からの報告を受けた詠は苦々しい表情を浮かべる。

 

「霞と藍は大丈夫なのっ!?」

 

「はい。帰って来ていますが、

多少、怪我をされてましたので、今は治療室に。」

 

「そう・・・取り敢えずは無事で良かった・・・・・」

 

ほっと一安心する。

 

「ありがとう。下がって良いわよ。

また何かあったら報告の方お願い。」

 

「分かりましたっ。」

 

そう言って部屋から出て行き、

部屋には詠だけが残る。

 

「・・・・・はぁ・・・・」

 

溜まった疲れを吐き出すようにため息を吐くと、

今まで部屋の外からざわざわと聞こえていた物音が、急に消える。

 

詠が部屋の隅に目を向けると、

其処には今までいなかったはずの男が立っていた。

 

「・・・・・・もうちょっと普通に出て来れないの?アンタは。」

 

決して好意的では無い口調で話しかける。

 

「すみませんね。ですが、聞かれては不味い話ですから。

・・・・お互いに。」

 

男は全く悪びれて無い口調で答える。

 

「月は無事なんでしょうね?」

 

「ええ。あなた方が戦って頂ければ私は構いませんから。」

 

「分かってるわよっ!」

 

「大丈夫ですよ。

しっかり戦って頂ければ董卓さんはきちんとお返ししますから。」

 

そう言って闇に消える男。

 

「月・・・・・・」

 

今此処にいない親友を心配しながら、

詠は戦の準備に取り掛かっていった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――連合軍 宴会場――――――

 

「流石は聖さんですわっ!!

やはり私の目に狂いはないですわねっ!」

 

賑やかな宴会場、

隣に座っている聖に上機嫌で話しかける麗羽がいた。

 

連合軍の諸侯が皆集まっており、

ここには各諸侯の大将クラスの人が集まり飲んで騒いでいるようだ。

 

「あはははは・・・・・・

皆のお蔭だよう・・・・」

 

大分酔っており、絡み付いてくる麗羽に少し困った笑みを浮かべながら答える。

 

「袁術ちゃんの軍が早く門を破ってくれたしね。」

 

「そうなのじゃ!

やっぱり妾の軍は最強なのじゃ!!」

 

聖に言われ、上機嫌になる美羽。

 

雪蓮が美羽の客将である以上、

汜水関を破った最大の功労者は美羽たちになる。

 

「くっ・・・・・

次はっ!私の華麗な軍で虎牢関を落としますわっ!」

 

美羽には負けられないらしい麗羽。

 

「いいぞ姫ーー

これで次はあたいの出番だなっ!」

 

「はぁ・・・・苦労しそうだよぅ・・・・」

 

汜水関では戦えなかった為、テンションが上がっている猪々子とは対照的に、

ため息を吐いている斗詩。

 

「華琳さんも一緒に行きますわよっ!」

 

「なんで私もなのよ。

麗羽の軍がいれば十分じゃないっ。」

 

「ここは連合軍の威勢を見せ付けるときですわっ!

で・し・た・ら連合軍の総大将であるこの私と、

華琳さんで進めば士気も上がりますわっ!!」

 

「はぁ・・・・

しょうがないわね。」

 

麗羽からすれば、おそらくその方が目立つからなのだろう。

 

だが、華琳も今後の事を考えたら、ここで功を立てておく必要があるので、

渋々ながらそれを了承する。

 

色々と各人の思惑が交差しているのだったが、

そんな事とは関係なく、

他の武将達は気ままに交流を続けていた。

 

「くっ・・・・あそこで逃げられなければっ・・・・」

 

酒も飲まずに悔しそうにしているのは愛紗。

どうやら汜水関攻略の際、

霞に逃げられ、仕留められなかったのが悔しいようだ。

 

「そうなのだ。惜しかったのだっ。」

 

「幾らか手傷は負わせたのだろう?

だったら次で決着をつければ良いのでは?」

 

鈴々と星がそんな愛紗と話していると、

誰かが近付いて来る。

 

「あっ!兄ちゃんなのだ!」

 

「どうやら荒れてるみたいだな。」

 

手に幾つかの料理を持ってやって来たのは士郎。

 

それを見た鈴々は早速それにかぶり付く。

 

「ほう・・・

貴方が士郎どのですか。

私は劉備配下の将、趙子龍と申します。」

 

「貴女があの趙雲どのですか・・・・・」

 

やっぱり女性なんだよなと思いながら答える士郎。

 

「星で良いですよ。桃香さまも真名を許していますし。

それに・・・・士郎殿に覚えてもらえるとは、

私も有名になったものですな。」

 

星は黄巾の時の話を桃香から聞いていたので、士郎のことは知っている。

そんな士郎を見て、軽く笑みを浮かべていた。

 

「強い人のことは耳に入ってくるからな。

それで、何の話をしていたんだ?」

 

「愛紗が張遼に逃げられたのだーー」

当の本人が「うっ・・」と黙ってしまったので、

代わりに鈴々が、がつがつと食べながら答える。

 

「まぁ霞は「速さ」ならかなりのものだからな。

逃げに接されると、そう簡単には追いつけないさ。」

 

「確かに・・・力はともかく、速度は中々のものでした・・・・」

 

「それに俺も華雄に逃げられたしな。

お互い様さ。」

 

「士郎さんがですか!?」

 

思わず驚く愛紗。

 

自分よりも強い士郎ゆえに、その反応は当然だった。

 

「ふふふ。

最初から倒すつもりは無かったのでは無いですか?」

 

「見ていたのか!?」

 

星の発言に驚く士郎。

 

「どう言うことなのだ?」

 

「ちょうど士郎殿と華雄が戦っているのを見つけてな。

我武者羅に突っ込んでくる華雄の攻撃を、

完璧に捌いてたな。」

 

「見てたのか・・・・・」

 

士郎は軽くため息を吐き、

 

「黄巾の時、一緒に戦っていただろ?

藍が悪い奴じゃないのは知ってるからな。

出来れば捕獲するつもりだったのさ。」

 

ばつが悪そうに答える士郎。

勿論こんな事は同じ目的の桃香達にしか話せない内容である。

 

「それに、愛紗と違って士郎殿は殆ど怪我も負って無いようだ。」

 

「くっ・・・・まだまだ未熟というわけか・・・・・」

 

悔しそうにしている愛紗。

 

「士郎どのっ!

次に機会があったときは、手ほどきの方宜しくお願いしますっ!!」

 

ばっと凄まじい勢いで頼んでくる愛紗。

 

「あんまり人に教えるのは得意じゃ無いんだが・・・・・」

 

士郎が其れを断ろうとすると・・・・・

 

「だったら鈴々も一緒にお願いするのだ!!」

「ほう・・・ならば私もお願いしようかな。」

 

その後、結局三人に押し切られ、結局約束してしまう士郎だった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おにーーーちゃーーーんーーー」

 

そのまま四人で談笑していると誰かの声が聞こえてきた。

 

「この声は・・・・璃々っ!?」

 

近付いてきた璃々はそのまま士郎に飛び込んでくる。

 

それを落とさないようにキャッチする。

 

「お母さんは如何したんだ?」

 

「もう来ると思うよ~~」

 

璃々が走ってきた方向に目を向けると、

ちょうど紫苑ともう一人誰かが歩いてきていた。

 

「ふふふっ。士郎さん、今日はお疲れ様でした。

私たちも混ぜてもらってもいいかしら?」

 

「ああ。紫苑もお疲れ。

混ざるのはむしろ歓迎する位なんだけど・・・その人は?」

 

士郎は紫苑の横に立つ女性に目を向けながら答える。

 

「ああ。あたしは西涼の馬孟起だ。

よろしくなっ。」

 

にこやかに答える馬超。

 

「貴女が馬超殿ですか。

私は劉表軍の衛宮士郎です、宜しくお願いします。

・・・・・・・今大将たちはあっちで集まっていますが・・・・・」

 

士郎が指差した方向には、

ワイワイと大声で騒いでいる麗羽達がいる。

 

各軍の総大将は同じ場所に集まっており、

馬騰の代理である以上、馬超は本来なら其処に居るはずなのだ。

 

「いや、最初はいたんだけど・・・・・

・・・・・どうも場違いな感じがして・・・・・・」

 

あれだけ個性豊かな中にいれば、

確実に巻き込まれて事故るだろう・・・・・・・

正しくは無いが、賢い判断である。

 

「あと、敬語は止めてくれよ。

歳もあたしの方が下だし、代理ってだけなんだからさ!」

 

「了解した。」

 

苦笑しながら答える士郎。

 

その後、他のメンバーも互いに自己紹介を始める。

 

その間、士郎は抱っこした璃々に食事をあげながら

その様子を見ている。

 

(これってよく考えたら蜀の五虎大将軍が揃ってるんだよな・・・・・)

 

士郎のいた世界なら、確実に英霊として座にいるはずの武将たち。

 

(宝具も持ってないし、性別も違うけど、

どこか感慨深いものがあるよなぁ・・・・・)

 

酒に口をつけながら、思わずそう考える士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も賑やかに盛り上がる五人。

 

どうやら汜水関の話で盛り上がっているようだ。

・・・・女性が五人も集まって、

戦の話で盛り上がるのも如何かと思うが、

決して口には出さない士郎。

 

「で、やっぱり張遼って強かったのか?」

 

興味津々に愛紗に聞く馬超。

どちらかと言えば戦い大好きな性格なので、気になるようだ。

 

「はぁ・・・・・

あたしも戦いたいんだけどな・・・・・」

 

汜水関、虎牢関と関での戦いが続いている為、

邪魔になる騎馬兵の出番は殆ど少ない。

馬超の軍は殆どがその騎馬で構成されている為、

戦いに飢えているのだ。

 

「次も出番は無いし・・・・・

あたしを戦わせろーーーーっ!!」

 

大分酔っているようだ。

 

「ふふふっ。

虎牢関を突破すれば、洛陽攻略時に出番があるじゃない。」

 

「まぁ騎馬兵なら其処しか出番は無いですな。」

 

紫苑の意見に同意する星。

そんな二人を見て、更に落ち込む馬超。

 

「恐らくその時には呂布が出てくるだろう。

その時近くにいれば変わってあげるから。」

 

「そうなのだーーー

それまでは鈴々たちに任せるのだ。」

 

「はぁ・・・・・

其れまで我慢しなきゃいけないんだな・・・・・・」

 

何処かやりきれない感じの馬超。

 

士郎がそんな光景をゆっくり見ていると、

誰かが後ろから抱きついてくる。

 

「士郎さ~~~ん~~~~

何してるんですか~~~~~~」

 

ぐでんぐでんに酔っている玖遠。

・・・・・・関わったらいけないオーラがもの凄い。

 

「・・・・・・酔ってるのか・・・・・」

 

「酔ってませんよ~~~っ」

 

「・・・・酔っ払いのその意見は全く信用出来ないんだよ・・・・・」

 

「だったら~~~酔って無いから信用して~~~~」

 

「下さい~~~っ。」と言い切る前に、力尽きて更により掛かってくる。

 

「・・・・・・援里と水蓮は何処行ったのさ・・・・・」

 

「援里ちゃんは~~~昔の友達ろ~~~ぉ話してます~~~っ・・・

・・・・水蓮さんは・・・・・・・すぅ・・・・・・・・」

 

途中で力尽きる。

・・・・・多分二人とも逃げたんだろう。

 

「結局こうなるのか・・・・・・」

 

これからの事と、明日の朝の事を考えて頭が痛くなる士郎だった・・・・



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4-6 虎牢関突破戦

――――――洛陽城 軍議室――――――

 

「詠っ!!虎牢関はどうなっとるんやっ!!」

 

慌てた様子で駆け込んできたのは霞。

まだ体のあちこちに包帯を巻いており、

傷は完治してないようだ。

 

「霞っ!?もう大丈夫なの!?」

 

「ウチがあれ位で寝込む訳無いやん。

それより、虎牢関はどないなったんや!?」

 

汜水関が破られた後、急いで洛陽まで撤退した為、

現状がつかめてないのだ。

 

「まだ大丈夫よ。

一応、恋と音々音。後は楊奉の軍がいるわ。」

 

「やったら弧白もおるんか・・・・

なら大丈夫そうやな。」

 

月の軍は幾つかの部隊に分かれており、

月直属の恋、音々音、霞、藍の他に、最も力を持つ李傕,郭汜の二軍や楊奉,張済の部隊がある。

 

李傕,郭汜の二軍は月の後ろを守るため、長安の守備についており、

今回の戦には従軍しておらず、

楊奉,張済の部隊は共に来ており、楊奉の軍には弧白が所属している。

黄巾の際は、弧白の副官としての能力を期待して恋と一緒に行動してもらっていたのだ。

 

「流石に直ぐには破られないと思うから大丈夫よ。」

 

兵の数や関自体の頑丈さと攻め難さ、武将の数と質総てにおいて汜水関を上回っている。

 

汜水関を突破されても、この虎牢関の万全の状態を見れば自ずと連合軍の士気は低下する。

詠は、そこまで考えて配置していたのだった。

 

(まぁ、ここまで早く汜水関を突破されるとは思わなかったけど・・・・)

 

その汜水関を破られた遠因は詠にあるのだが、

彼女は知る由も無かった・・・・・

 

 

 

 

 

 

――――――洛陽   ?――――――

 

洛陽を一望出来る丘の上に一人の男が立っている。

 

「そろそろ溜まりましたね・・・・・」

 

手に持つ本を見ながら呟く。

 

「とりあえずは予定通りですし、

十分ですね。」

 

洛陽を見渡した後、そう言って丘から降りていると、

 

「もうよろしいのかな?」

 

別の男が近付いて来る。

 

「貴方ですか。

とりあえず此処での用事は終わりました。」

 

「ふむ。後は如何するのか?」

 

その質問に対して一泊の間をおいた後、

 

「使い終わった物はゴミです。

ゴミは燃やしてしまうのが一番ですね。」

 

口の端を僅かに持ち上げて答える。

 

「好きにすればよい。

それで、私は如何すればよいのだ。」

 

「左慈が言っていた「異物」を除去してもらえますか?

如何やらかなりのやり手の様子ですから・・・・・貴方なら丁度いいでしょう?」

 

何処か見下したように言い放つ。

 

「ふっ・・・・「異物」の相手は同じ「異物」という事かな。

・・・・・私が楽しめる相手ならばよいのだが・・・・」

 

そんな態度にも、どこか飄々とした感じで答える。

 

「ええ。しっかり頼みましたよ。」

 

そう言って二人の男はぼやける様に姿を消した・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全軍っ!!突撃ですわっ!!」

 

輿の上に座っている麗羽の号令に従い、

袁紹軍が虎牢関に突撃を仕掛ける。

 

『ウオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!』

 

数万に及ぶ兵士達の怒号は、

正に地を揺るがすような衝撃。

その勢いごと突っ込んで行く。

 

が、皇帝が居る洛陽を守る虎牢関は、そう簡単には破れない。

守っている月の軍勢も、呂布直属の精鋭たちがいる為、正に難攻不落である。

 

それに・・・・・

 

「おいっ!!どけよっ!!」

 

「なんでオメェらがこの隊に混じってんだよ!!」

 

「いてぇッ!!槍刺さってるんだよ!!」

 

袁紹軍のあちこちで起こる悲鳴。

無理もない、まともに陣形も組まずに数万に及ぶ兵が突っ込んだのだ。

まだ虎牢関に到達してないのに、早くも混乱してしまっている。

 

しかもその後ろには前線が混乱したせいで、攻城兵器たちが詰まっており、

攻城兵器からすれば、前線の兵が邪魔で進めず、

前線の兵からすれば、攻上兵器が邪魔で下がれずと、

もう如何しようもない事態になっていた・・・・・・

 

「ち、ちょっとっ!!

猪々子さん、斗詩さんなんとかしなさいな!!」

 

「あーーあ

姫ーーーこうなったらもう無理だってーーー」

 

「お手上げ」といった感じに答える猪々子。

 

「そもそも、「全軍で突っ込む」って言い出したのは猪々子さんでしょう!?」

 

「姫だって乗り気だったじゃんかーー」

 

「て言うか、何で全軍で一気に突っ込んだのよう・・・・」

 

言い争ってる二人を見て、猪々子に問いかける斗詩。

 

「え?だってそっちの方が盛り上がるだろーー」

「そっちの方が派手だからに決まってますわっ!!」

 

二人から似たような答えが帰って来て、落ち込む斗詩だった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか袁紹の所が混乱してないか?」

 

前方を進んでいる袁紹軍を見ながら呟く春蘭。

 

同じ先鋒として曹操と袁紹が共に出陣したが、

いきなり袁紹軍が突っ込んでいったので、曹操軍は置いていかれたのだ。

 

どうやらその混戦に参加したいらしく、ソワソワしていると、

 

「姉者、今行ったら私たちの兵も被害をうけるぞ。」

 

近付いてきた秋蘭に窘められる。

 

「や、やっぱり駄目なのか・・・・」

 

「ああなったら誰が敵か味方か分からなくなるからな。

流石に危険だからな。」

 

「別に行くのはいいけど、

行くんならアンタ一人で行きなさいよねっ!!」

 

残念そうに袁紹軍を見つめる春蘭を見て、

桂花が突っかかって行く。

 

「どう言う意味だ、それはっ!」

 

「どうも何も、そのままじゃない。

アンタがどうなろうと構わないけど、

華琳さまの大事な兵を傷つけさせる訳にはいかないのよ!」

 

「ふん。我が隊の兵にあの程度で傷を負うような者はいないっ!」

 

「・・・・脳みそまで筋肉なアンタと一緒にするんじゃないわよっ!」

 

「なんだとっ!」

 

「何よっ!!」

 

傍で見ている秋蘭が止める間も無く

一気にヒートアップする二人。

 

曹操軍の武と知のトップ同士が悪いのは、結構重大な問題なのだが・・・・

 

「二人とも、其処までにしなさい。」

 

愛馬の「爪黄飛電」に跨った華琳が近付いてくると、

二人の言い合いが瞬時に止まる。

 

本質的に仲が悪く、言い争いが耐えない二人だが、

華琳に対しての忠誠心の方が其れに勝る。

 

そう考えると、やはり華琳のカリスマ性は相当なものである。

 

「春蘭。あと少しすれば董卓軍に動きがあるわ。

その時に存分に活躍して貰うから、力を蓄えておきなさい。」

 

「はい。分かりました華琳さまっ!」

 

「桂花は敵軍がどんな風に動いても、迅速に行動できるように構えておきなさい。

案は任せるわよ。」

 

「はいっ!了解しました。」

 

さっきまでの光景が嘘の様にテキパキ動き出す春蘭たち。

 

その後、華琳の推測通りに、

恋を先頭にした董卓軍が虎牢関から出陣して来る。

 

「敵は呂布が先頭にいます。

今が虎牢を落とす絶好の機会です。」

 

「よしっ!

呂布の軍は麗羽に任せるわ。

全軍っ、虎牢関に進軍せよっ!」

 

桂花からの報告を聞いて、

華琳達は進軍を開始したのだった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵軍が迫って来てますわよっ!!

早く迎撃なさい!」

 

凄まじい勢いで迫ってくる恋を見て、

慌てる麗羽。

 

「今が好機です!

敵軍総大将の袁紹の首を取るのですぞっ!!」

 

「・・・・貰う。」

 

音々音と一緒に突っ込んでくる恋。

まるでモーゼのように道を切り開いてくる。

 

「くっ・・・

挟み込んでしまいなさい!!」

 

銅鑼の音が鳴り響き、袁紹軍が左右に分かれ、

突っ込んでくる恋を挟み討ちにする。

 

「恋どのっ、拙いのですぞっ!!」

 

幾ら恋でも、左右同時に攻めて来られては手傷は負いかねない。

慌てる音々音だが、当の本人である恋は落ち着いていた。

 

「・・・・音々音、左の敵軍は任せる・・・・

魏越,成廉。付いて来て。」

 

「れ、恋どのっ!!

何処へ行くのですかっ!」

 

軍の指揮を一旦音々音に預け左の軍の相手を任せ、

恋は二人の将だけを連れて右の軍へ突っ込んで行く。

 

元々恋の部隊は精鋭ぞろいな為、恋が抜けても勢いはそう変わらない。

そして恋が連れて行った武将の魏越,成廉は、

共に勇将,猛将を意味する「健将」の二人。

そこらの兵では相手にならないほどの強さを誇る。

 

「はあっ!!」

「やあっ!!」

 

左右対称な動きで剣を振るい、

恋の直ぐ後ろについて行く二人。

 

恋が獅子だとすれば、彼女達は翼。

翼持つ獅子に、袁紹軍は一気に破られて行き、

瞬く間に鶴翼陣に展開していた袁紹軍は破られていった。

 

「姫ーーっ、

大丈夫かーっ!!」

 

「麗羽さまっ!

後は任せて下がって下さいっ。」

 

だが、袁紹軍の必死の抵抗のお蔭で、

他の部隊の沈静に向かっていた猪々子と斗詩が

救援に間に合った。

 

馬から下りて対峙する三人。

 

「全くっ!

遅いですわっ。」

 

「ごめんな姫ーーー

さてっと、アイツがあの呂布かーーーー」

 

どこか、わくわくしながら恋と対峙する猪々子、

斗詩はそんな猪々子を心配そうに見ている。

 

「・・・・・邪魔。」

 

そう言って一気に距離を詰め、猪々子に向かって上段から戟を振り下ろし、

猪々子は其れを斬山刀で受ける。

 

「くうっ・・・・・!!」

 

ギィンッ!!と鋼同士が交差する音が響く。

 

力だけなら、恋より猪々子の方が少し劣るだけなので、

じりじりと押し込まれていく猪々子。

 

が、その隙を斗詩が見逃すはずが無い。

 

「やあああああああッ!!」

 

恋に向かって振り下ろされる金光鉄槌。

攻撃の破壊力には、武器自体の重さがかなりのアドバンテージを占めており、

幾ら恋でも、全力で振り下ろされる斗詩の金光鉄槌は受け止めれない。

 

「ち・・・・・・」

 

咄嗟に横に跳ぶ恋。

 

ゴウッと、音を閉てて空振る斗詩。

 

「きゃあっ!!」

 

そのままフラフラとバランスを崩している間に、

恋と猪々子も体勢を立て直す。

 

「惜しかったな斗詩っ。」

 

「うん・・・もうちょっとだったね・・・・・」

 

残念そうな二人。

 

「よーしっ。このままあたいと斗詩の愛の力で呂布を倒すぞーーー」

 

「わ、私はそう言うんじゃないーーっ」

 

再度武器を構えて対峙する三人、

今度も同じく恋が切り込んでくる。

 

「ふっ・・・・・」

 

横薙ぎの一閃。

並んで立っている猪々子と斗詩を同時に切りつける。

 

「くうっ・・・・・・」

「きゃっ・・・・・・」

 

突進する力も加えられているため、一瞬後ろに体勢が崩れる。

 

「はっ・・」

 

左から右に振り切った後、

そのまま流れるよう袈裟斬り、突き、払いと攻めて行く。

 

猪々子と斗詩の武器は共に重さがある為、手数を増やした方がいいと判断したのだ。

 

手数を増やした一撃でも、威力は二人の全力と同等の破壊力がある為、

猪々子と斗詩は防戦一方だ。

 

捌ききれなかった斬撃が、二人の体に切り傷をつけていっており、

このままではジリ貧である。

 

「・・・・・・・っ!!」

 

二人が困っていると、攻撃していた恋が飛び退き、

恋がいた所を高速で飛来した矢が通過する。

 

猪々子と斗詩が矢が飛んできた方に目を向けると、

そこには双剣を持つ士郎が立っていた。

 

「士郎・・・・・決着つける・・・・・・」

 

もう猪々子と斗詩には興味が無くなったのか。

 

互いに獲物を持ち、対峙する。

 

「ああ。許昌の続きだな。」(強化(トレース)開始(オンっ)

 

「本気・・・・だす・・・・・・」

 

それは士郎に言ったのか、恋自身の事なのか、

互いに強く武器を握り締める。

 

「ふっ・・・・・!!!!」

 

裂帛の気合と共に、恋は斬りかかっていった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋と麗羽,士郎が戦っている間に、

華琳たちはもう直ぐで虎牢関に到着する所まで来ていた。

 

無論、途中で敵兵の攻撃はあったが、最大の脅威である恋がいない以上、

華琳たちの敵ではなかったが。

 

「このまま虎牢関一番乗りは私が貰うっ。」

 

そう言って春蘭が先走って進んで行くと、

虎牢関が開門し、出陣した敵の部隊が近付いて来る。

 

「春蘭。蹴散らしなさい。」

 

華琳に言われるまま、一気に攻め込む。

 

狙いは敵将ただ一人。

裂帛の気合と共に斬りかかる。

 

が―――――

 

「ここは通せませんよ~~~」

 

ギィイイインッッッ!!!

 

敵将に止められる。

 

「何者だッ!!」

 

「始めまして~~

董卓軍,楊奉隊の将、徐公明です。」

 

大斧をブオンッ!!と振りかざし、構えながら答える。

 

「まさか私の一撃を止めるとは・・・

華琳さまッ!」

 

「いいわ。存分に戦いなさい。」

 

華琳から一騎打ちの許可を貰い、対峙する。

 

「曹操軍が一の剣、夏侯元譲ッ!

行くぞッ!!」

 

二人の戦いが始まった・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふッ・・・・・!!」

 

「ちッ!」

 

いつしか、戦っている士郎と恋の周りには大きな空間が出来ていた。

皆巻き込まれるのを恐れて、離れているのだ。

 

力任せに叩きつけ、自らの直感で回避する恋。

相手の隙に攻撃し、攻撃を誘導して防ぐ士郎。

全く別の方向に極めた二人の戦いは、見るものを魅了した。

 

最初は互角に戦いを繰り広げていたが、

だんだんと差がつき始める。

 

ペース配分を考えない恋と相手の力を利用する士郎。

 

少しずつだが、確実に恋の勢いが無くなってくる。

 

「はぁ・・・・・ッ・・・・・!!」

 

疲れる体に鞭打ち、戟を振りぬくが、

士郎は最小限の動きで交わし、距離を詰めてくる。

 

「・・・・・くっ・・・・・!!」

 

それを強引に弾き飛ばす。

 

「ぐぅッ!!

・・・・まだ余力は残っているのか・・・・流石だな。」

 

「まだ・・・これから・・・・ッ」

 

再度武器を構える恋。

それに対して、士郎が攻撃しようと体勢を屈め、恋も身構えると・・・・・

 

「ッ・・・!!」

 

途中で手に持っていた剣を投げてくる。

 

咄嗟に弾く恋。

が、

 

前後に重なるようにして、二本目も飛んで来ていた。

 

もはや士郎の事が意識から無くなり、目の前から飛んで来る二本目の剣に集中する。

 

「避け・・・・・るッ・・・・・・・・」

 

なんとか強引に体をねじって回避する。

 

すると、

 

「あッ・・・・・・!!」

 

手に持っていた方天画戟の感触が無くなる。

 

もはや握力は残っておらず、

最後の気力も、投擲された二本の剣に持っていかれた。

 

そのまま方天画戟を突きつけられる。

 

「・・・・・・・・私の・・・・・・負け?」

 

「ああ・・・・・・そして、俺の勝ちだ。」

 

ここに士郎と恋の戦いの決着がついた。

 

もはや恋に戦う意思は無いと判断した士郎は、

恋に方天画戟を返す。

 

「やっぱり・・・・強い・・・・・・・・」

 

どこか嬉しそうな恋。

 

最強の座に居るのが自分だけというのは、何か寂しいものがあったのだろう。

 

始めて自分より強い人を見たのが嬉しいのだ。

 

「士郎・・・・・月を、助けて欲しい。」

 

他の人たちには聞こえないように話す。

 

「何かあったんだな。」

 

「うん・・・・・・最近、姿が見えない。」

 

「そうか・・・・洛陽まで行く必要があるな・・・・・」

 

二人がそう話していると、

伝令の兵が近付いて来る。

 

「士郎様ッ!

物見の報告によると、洛陽から火が上がったとの事ですッ!!」

 

「何ッ!?」

 

どうやら他の兵たちにも連絡があったようで、

戦場全体がざわついている。

 

「ッ・・・・・・!!」

 

恋は咄嗟に赤兎馬に跨り、洛陽方面に向かって駆けて行く。

 

「我々も洛陽に向かう!

劉表様に連絡急げっ!!」

 

事態は一刻を争う事態になっていった・・・・・・



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4-7 燃える虚都

突如発生した火災により燃える洛陽。

尋常ではない速度で、火の手は広がっていった。

 

「士郎さんっ!!」

 

「玖遠か!

他の皆は如何した?」

 

洛陽に向けて移動しようとしていると、

後方に控えていた玖遠がやって来た。

 

「今、水蓮さんが軍を纏めて洛陽への移動準備を進めてますっ!

・・・・・あと、桃香さん達が白蓮さんの白馬を借りて、

先に進んで行っちゃったみたいですっ・・・」

 

「桃香が!?

と言う事は、愛紗や鈴々,星も一緒にか・・・・・・」

 

「はいっ・・・・・」

 

緊急事態な今、聖や麗羽のような大軍を率いている軍は咄嗟の行動が取れない。

 

桃香たちは、連合軍の中では最も勢力が小さいため、先に進んでいけたのだろう。

 

「ならば今から俺も移動する!」

 

「はいっ。お供しますっ!」

 

そう言って馬首を洛陽に向けた二人は共に馬を走らせ、洛陽に疾駆して行く。

 

「一体何があったんですかねっ?」

 

「あれはどう見てもただの火災じゃないのは確かだな。

火の広がり方が早すぎる。」

 

木造建築が基本のこの時代、火災は下手をすると町全体を焼き滅ぼしかねない。

その為、洛陽クラスの大都市なら何らかの手は打っているのが普通なのだが・・・・・

 

「月さまも無事だといいんですけどっ・・・・」

 

「そうだな・・・・・・・」

 

そのまま進んでいると、目の前に何処かの部隊が居るのが見えてくる。

 

「?・・・・何処の軍ですかねっ。」

 

「あれは・・・・・霞っ!?」

 

視力を「強化」した士郎が見た旗には、「張」の文字が刺繍されており、

先頭に、偃月刀を持った霞が立っていた。

 

「士郎っ!

ここは通さへんでっ!!」

 

ブンッ!!と武器を振り回しながら言い放つ霞。

 

「俺たちは月を助けに行く途中なんだっ。」

 

「それにっ、火災も消火しないと大変ですっ!!」

 

必死に停戦を申し出る士郎たち。

 

「今、詠が探しに行って、藍が消火の方に向かっとる!

ウチは、外から来る連合軍を止めてくれって頼まれたんやっ。」

 

距離を詰めてくる霞。

 

「洛陽に行くなら、ウチを倒してからやっ!!」

 

本当は自分も助けに行きたいのだろう。

しかし、仲間である詠や藍を信じて、ここに立っている。

 

「・・・・・士郎さんっ、ここは私が相手をしますっ。

先に行って下さいっ。」

 

「玖遠・・・・・」

 

玖遠の申し出に困った顔を浮かべる士郎。

 

「大丈夫ですっ。

霞さんとは何回も戦ってますしっ、一回だけなら勝ってますからっ。」

 

そんな士郎にニコッと笑いながら答える。

 

「・・・・・私を信じてくださいっ。

数刻の遅れも惜しい状況ですっ。

私が洛陽に行くより、士郎さんが行った方が良いに決まってますっ。」

 

「・・・・・任せたっ。

・・・・・・借りが出来たな・・・・」

 

「はいっ。

後で、絶対に返して貰いますからっ♪」

 

そう言って、霞に向かって行く玖遠。

 

「玖遠がウチの相手するんか?」

 

「はいっ。・・・・一勝四敗、此処で勝っておかないと、

差が開き過ぎますからっ。」

 

双剣を持って構える。

 

「ぷっ、あはははははははっ。

そうやなっ。・・・・・・ほな、いくでぇッ!!」

 

ともに疾駆していく。

 

互いに武器を打ち付け、戦いが始まった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~~~いっ!!士郎っ!!」

 

「馬超かっ!」

 

洛陽に向けて移動中の士郎に馬超が追いついて来た。

 

「もう此処まで来たのか?」

 

「ああ。あたしの軍は騎馬が中心だからな。

それに、兵の数もそんなに多くはないしな。」

 

平地の移動速度なら騎馬に勝るものはいない。

桃香たちも、白蓮の騎馬を借りて、先に洛陽進んでいっているのだ。

 

「馬超も洛陽の様子が気になるのか?」

 

「まぁ・・・あれだけの火災だし・・・・・

あたし達でも出来る事はあるかなって・・・」

 

恥ずかしそうに答える馬超。

それを見た士郎は思わず笑みをこぼす。

 

「な、なんだよっ!!」

 

「いや。いい所あるんだなってな。」

 

「っ~~~~~!!う、煩いっ!!」

 

共に並走する二人。

 

「・・・・・やっぱり距離があるな。」

 

 

虎牢関から洛陽までは、そんなに距離はないのだが、

焦る気持ちが、気を急かしていた。

 

「大分馬も疲れてるみたいだな。」

 

馬超が士郎の馬を見ながら言う。

 

士郎が以前乗っていた「的盧」は黄巾の時、月に貸したままになっており、

今は別の馬を使用していた。

 

「大分無理させてきたからな・・・・・」

 

武器や鎧を装備した人を乗せた馬は、想像以上に消耗が激しいのだ。

 

「・・・・なら、馬貸してやるよ。

けど、後で絶対返してくれよな。」

 

そう言った馬超は後ろから一体の馬を呼んでくる。

 

「「紫燕」っていうんだ。

そこらの馬よりは全然良いと思う。」

 

「これは・・・・いい馬だな。

けど・・・本当にいいのか?」

 

馬というのは、飼い主がしっかりと愛情も持って育てれば、それに答えてくれる。

この馬を見てみると、馬超がいかに丁寧に育てているのかがよく分かるのだ。

 

「ああ。乗り換えように幾つか連れてきてるしな。

・・・・けど、怪我とかはさせないでくれよ。」

 

かのチンギス・ハーンは、広大なアジア大陸を移動する際、

自分が乗る馬のほかにも、7~8体の馬を一緒に走らせ、

自分が乗っている馬が疲れてくると、他の馬に乗り換えて走るというのを繰り返し、

移動速度と距離をかせいでいた。

 

だが、この時代の騎馬は非常に高価な為、実行できないが、

西涼は騎馬の生産が非常に盛んな為、馬超クラスの人なら其れが可能なのだ。

 

「よしっ!一気に洛陽に行くぞっ!!」

 

「ああっ!」

 

目標の洛陽はもう直ぐで着く所まで来ていた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎たちが洛陽に移動している頃、

玖遠と霞の戦いはまだ続いていた。

 

「やああああああっ!!」

 

玖遠は右手に持った短槍で切り込んで行き、

それを偃月刀で受け止める霞。

 

偃月刀と短槍が鍔迫り合って止まった隙に、

玖遠は左足を踏み込んで霞の懐に滑り込み、左逆手に持った短剣で切り込んでいく。

 

「甘いでっ!!」

 

だがそれも、偃月刀の柄で受け止められる。

 

そのまま強引に弾き飛ばされる玖遠。

 

「くっ・・・・ふぅッ!!」

 

再度半身に構え、左逆手に持った短剣で突く。

 

「ちッ!!」

 

吹き飛ばした直後の隙を狙われた為、受けが間に合わないのでそれを避ける霞。

 

玖遠は突いたままの左逆手に持った短剣の柄尻に、右手に持った短槍を連結させ双刃槍を作り、

そのまま回りながら右手側の刃で切り込むが―――

 

「それもッ・・・・・予想済みやッ!!」

 

力一杯に振り下ろされる偃月刀。

 

「きゃあッ!!」

 

不十分な体勢で受けた為、先程よりも強く吹き飛ばされる玖遠。

 

再度、互いに距離をとって対峙する。

 

「諦めぇな玖遠!

そっちの手は大体分かっとるでっ!!」

 

「そう・・・・ですねっ。

けどっ、ここで頑張らないとっ、士郎さんに貸しが作れませんからっ!!」

 

気力を振り絞るように立ち上がり、

くるりと双刃槍を振るい、構える。

 

「・・・・それは中々面白そうやんか。

けど、ウチも詠との約束があるけん、負けてやれんのや。」

 

そんな玖遠の前に、堂々と立ちふさがる霞。

玖遠からすれば、それま正に壁であった。

 

(ここで勝たなきゃ・・・・・士郎さんに追いつけなくなりますっ)

 

自身の遥か遠くいる士郎。

体調が万全ならともかく、手負いの霞にここで勝てないようでは絶対に追いつけない。

 

「行きますっ!!」

 

「ええでッ!!そっちが力尽きるまで捌いたるわ!!」

 

玖遠の変則二刀は、すべて霞に読まれている。

それは黄巾の際、共に戦ったり、模擬戦を繰り返したせいでもある。

 

同じ相手と戦えば戦うほど、勝率が下がっていくのだ。

 

(けどっ・・・・士郎さんは違いますっ!)

 

士郎も玖遠と似たように奇策を用いる事があるが、

それを戦いながら相手のスタイルに合わせて、その都度全く違う対処をしているから読まれないのだ。

 

(まだっ・・・全然及ばないけどっ・・・士郎さんのようにっ!!)

 

霞が受けの構えに入る。

玖遠の攻撃を見切っている霞からすれば、無理に攻撃するより、

防御に徹して玖遠の体力を削る方が安全と判断したのだろう。

 

そんな霞を見た玖遠は、霞の目前でいきなり背中を向ける。

 

「なッ!!」

 

予想外すぎる玖遠の行動に、一瞬思考停止する霞。

もちろん、その隙を玖遠が逃すはずが無かった。

 

「たあっ!!」

 

左に反転しながら切り込む。

霞が持っている偃月刀の刃は、向かって左に構えていたので、

これならがら空きの方を攻撃できるからだ。

 

しかし―――――

 

「させんでッ!!」

 

それを防ぐ霞。

その衝撃で、玖遠の双刃槍の片方の短剣が外れる。

 

「えっ!?」

 

先程連結させた時、きちんと繋がっていなかったのか―――

玖遠に外れて飛ばされる短剣を、拾う余裕がある筈も無かった。

 

「貰ったッ!!」

 

一気に攻め込んでくる霞。

下から、偃月刀の刃が襲い掛かる。

 

「くっ!!」

 

残った片方の刃で防ぐが、弾き飛ばされる。

 

その瞬間―――――玖遠の手から『武器』が無くなる。

 

「これで!終わりやッ!!」

 

思いっきり振りかぶる霞。

正にその刃が振り下ろされる瞬間―――

 

「え?」

 

霞が吹き飛ばされる。

 

(なん・・でやッ・・・・・)

 

水月に走る鈍い痛み。

 

意識を失う瞬間に見たのは、

右手に『棒』を持って突いたままの姿勢でいる玖遠だった。

 

・・・・・・・・・

 

玖遠の武器は短剣二本と、連結用の棒で構成されている。

霞に二本目を弾き飛ばされる前に、棒を外して右手に持っていたのだった。

 

「はぁっ・・・・はぁっ・・・・・・

なんとか・・・・・・勝てましたっ・・・・・」

 

体のあちこちを怪我しており体力も殆ど残っておらず、

正に満身創痍だが、何とか勝ちをおさめた。

 

「皆さんっ・・・・霞さんを拘束して、陣に連れて行って下さいっ・・・・」

 

玖遠の命令を聞き、動き始める兵たち。

 

「少し休んだら・・・・・直ぐに洛陽に行かないとっ・・・・・」

 

心配そうに、洛陽を見つめながら思わず呟く玖遠だった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・・・・」

 

士郎と馬超が見たのは、まるで蛇のように蠢く炎だった。

 

凄まじい勢いで火勢が広がり、もはや洛陽全体を覆いつくしている。

 

「士郎っ!お前も来てたのか。」

 

そんな士郎に近付いて来たのは白蓮。

どうやら兵を連れて消火作業に当たっているようだ。

 

「白蓮っ・・・・・桃香たちは何処に行ったんだ?」

 

「あ、ああ。桃香なら政庁の方に向かって行ったけど、愛紗や星も一緒だから大丈夫だろ。」

 

「そうか・・・・・俺も少し用があるから、行って来るよ。

・・・・・馬超、馬を返しておくよ。有難う。」

 

少し名残惜しそうにしている「紫燕」から降りる士郎。

 

「別にいいけど・・・・・

士郎、この火には気をつけろよっ。

燃え広がった所は消えるんだけど、うねうね動いてる火が消えないんだ。」

 

「了解した。

馬超は如何するんだ?」

 

「あたし?

・・・・そうだな、他の所に行って消火に参加するよ。

士郎・・・・気を付けろよ。」

 

「ああ、行ってくる。」

 

そう言って駆けて行く士郎。

 

火を避けながら、ドンドン奥に進んで行く。

 

(この火は魔術で生み出された火だな・・・・・・

・・・・・・炎の蛇(ネフシュタン)か・・・・・・)

 

魔術によって生み出された『生きている炎』。

確かにこの火は普通には消せない。

 

(だったら・・・・・・ッ・・・・・・)

 

周りに人が居ないのを確認して、自身の魔術回路に魔力を流す。

 

「―――投影(トレース)開始(オン)

 

 創造の理念を鑑定し

 基本となる骨子を想定し

 構成された材質を複製し

 製作に及ぶ技術を模倣し

 成長に至る経験に共感し

 蓄積された年月を再現するッ・・・・

 

「―――投影(トレース)・・・完了(オフ)・・・・」

 

士郎の周りに現れたのは、ふわふわと中に浮かぶ数十個の水泡。

大きさは大小さまざまで、

バスケットボールほどの大きさの物もあれば、ソフトボール位のものも存在する。

 

霧露乾坤網(むろけんこんもう)「仙女護りし満つる水珠」』

 

士郎の言葉と同時に、周りに待機している水泡が天に昇り、

雲となりそのまま洛陽を覆い、雨を降らせ一気に消火していく。

 

洛陽のあちこちに居る炎の蛇たちは、のた打ち回りながら消えていった。

 

そのまま洛陽に蠢く炎の蛇を消し終えると、

霧露乾坤網は再度水泡に戻り、士郎の周りで待機する。

 

投影破棄(トレース・オフ)

 

待機状態の霧露乾坤網を破棄する。

 

霧露乾坤網は一度発動してしまえば、待機状態にしているだけでも魔力を消費してしまので、

ただでさえ魔力が少ない士郎からすれば非常に困る。

 

それに周りに水泡が浮いている状態で他の兵に会おうものなら、確実に怪しまれる為だ。

 

「よし。これで火は何とかなったか・・・・・・」

 

周辺の鎮火を確認した後、

士郎は桃香たちを探して、さらに進んでいった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分遅れを取ったわね。」

 

士郎たちが洛陽に着いて大分たった頃、華琳たちの軍勢も

やっと洛陽に到着していた。

虎牢関でずっと徐晃に足止めされていたせいで、到着が遅れてしまったのだ。

 

だが、その徐晃も洛陽の火災の報告を聞くと直ぐに向かって行ったのだが。

 

「それにしてもあの水はなんだったのかしら?」

 

洛陽に移動している途中、遠目だが、何か水の網の様なものが洛陽を覆い、

一気に消火したのを見たのだ。

 

「それも含めて調査した方が言いと思います。」

 

「それもそうね。」

 

桂花の提案に頷く華琳。

そのまま華琳が命令を下そうとすると、

 

「誰だ貴様はっ!!」

 

詠や月を探してウロウロしていた藍とかち合わせる。

今まで消火作業をしていたのだが、急に水が降りてきて一気に消火した為、

洛陽をウロウロしていたのだった。

 

「おい!士郎を見なかったか!!」

 

どうやら士郎を探しているらしい。

・・・・・色々やられたので、恨みが溜まっているのか。

 

「知るわけないだろうっ!!

お前の相手は私がしてやるッ!!」

 

藍と対峙する春蘭。

弧白との戦いが途中で中断された為、不完全燃焼なのである。

 

「いいわ。好きにやりなさい。」

 

華琳から許可を貰う春蘭。

 

「なんだ、私と戦う気か!?」

 

「ああ。いくぞッ!!」

 

その言葉と共に互いに切り込みあう。

 

互いに好戦的な性格をしている為、

激しい剣戟の音が鳴り響く。

 

見た感じでは、力,技術は同等。

速度では春蘭が優勢といった所か。

 

それに、藍は汜水関の際、士郎に負わされた傷が完治していない。

それでも強引に春蘭のスピードについていった為、

直ぐに息が上がり・・・・・

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・っ・・・・・・」

 

ドサッと、途中で地面に倒れる。

 

「え、えええっ!

おい起きろ貴様っ!これからがいい所だろうッ!!」

 

またもや中断された春蘭。

なんとか藍に起きてもらおうと必死である。

 

「華琳さま・・・・・如何しますか?」

 

困った様子で話しかける秋蘭。

 

「・・・・とりあえず拘束しておきなさい・・・・・・・・

一応それなりに強いみたいだし、使い所はあるでしょう・・・・・・・」

 

華琳も、まさか急に倒れるとは思っておらず、

とりあえず拘束して自軍に連れて行ったのだった。

 

・・・・・倒れた藍は「士郎・・・・ッ・・・・許さん・・・・・」

と寝言を呟いていたが・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洛陽城門で士郎と分かれた馬超は、洛陽の中心まで進んでいた。

 

洛陽には先に到着した白蓮軍の他に、華琳,美羽の軍と続々と到着しており、

まだ到着していないのは麗羽と聖の軍だけで、聖はもう直ぐで付きそうだが、

麗羽の所はまだまだかかりそうだった。

 

暫くすると、先に進んでいた桃香たちの姿が見えてくる。

 

「お~い!!」

 

「貴女は・・・・馬超さん!?」

 

会議で自己紹介はしたが、面と向かって話すのは始めてである。

 

「馬超殿、何故ここまで来られたのかな?」

 

「ああ。士郎と一緒に洛陽に来たんだ。

まぁ士郎とは洛陽の城門で分かれたけどな。」

 

星の質問に答える馬超。

馬超は桃香たちの本当の目的を知らないから、

少し警戒しているのだろう。

 

「お兄ちゃんも来てるのだ!?」

 

「ああ。他の軍も到着してたから、

あたしは奥のほうの様子を見に来たのさ。」

 

簡単に状況を説明すると、

考え込む桃香。

 

「早くしないと拙いね・・・・・」

 

「はい。急いだ方がよろしいかと。」

 

桃香と愛紗が話しているのは月の事だろう。

他の軍が集まってくると、見つけ出すのが困難になってくる。

 

「何が拙いんだ?」

 

一人だけ状況をつかめてない馬超。

 

「えっとね。その・・・・・・・」

 

「董卓どのを探しているのですよ。」

 

上手く答えられない桃香に変わって答える星。

 

「董卓どのは余り他人と会った事がないので顔が知られていません。

けど、私は勿論会った事がありませんが、桃香さまは以前お会いしているのですよ。

それで、他の軍の人が間違えて逃がしたりしまわぬよう、先に探しているのです。」

 

上手く言い逃れする星。

 

「だったら特徴を伝えておいたらいいんじゃないか?」

 

「服装は変わりますし、顔の特徴を口で説明しようとしても、

会った事があるのが桃香さま,愛紗と鈴々では説明が出来ないでしょう。

下手に先入観を持たせて勘違いされて、責任問題になっても困りますしな。」

 

「それもそうだな・・・・・」

 

余り頭がいい方ではない馬超は上手く言いくるめられる。

 

「やはりこのまま政庁の方に進んで行った方がいいと思います。」

 

愛紗の提案に皆頷く。

 

そのまま進んで行こうとすると、

 

「おや?劉備じゃありませんか。」

 

急に現れた二人の男が近付いて来る。

 

「だれだ貴様はッ!!」

 

警戒する愛紗。

他のメンバーも各々の得物を構えている。

 

「始めまして。私は于吉と言います。

黄巾の時は左慈がお世話になりましたねぇ。

・・・・ここで何人か殺した方が後々いいでしょうか?」

 

「あの男の仲間かっ!」

 

互いの間に緊張が走る。

 

「愛紗よ。

ここは私と馬超どのに任せて先に行け。」

 

「あ、あたしもっ!?」

 

「星っ!?」

 

星の提案に驚く二人。

 

「今は一刻を争うのだろう?

ならば董卓どのの顔を知っている三人は先に進んだほうがいい。

私と馬超どのならば、そう簡単には負けはせぬよ。」

 

「・・・・大丈夫なの星ちゃん・・・・・?」

 

心配そうな桃香。

 

「ふふっ。大丈夫ですよ。

さあお行きなされ!」

 

「あたしがの残るのは決定してるんだな・・・・・」

 

星に促され、進んで行く三人。

 

「おや?あの三人は逃げましたか・・・・・

・・・・・どうやら董卓を探しに行ったようですね。」

 

三人が駆けて行くのを見ながら話す于吉。

 

「私はあの三人を追いかけます。

ここは任せましたよ。」

 

「ふむ。了解した。」

 

そう言うと于吉は袖から出した札を燃やし、姿を眩ます。

 

「「なッ!!」」

 

それを見て驚く二人。

無理もない。目の前で妖術を見たら驚くのは仕方ないだろう。

 

「さて。そなたらの相手は私が努めるようになったのだが・・・・・」

 

ゆるりと近付いて来る男。

 

長髪を後ろでくくっており、見た感じでは鎧を着けておらず、手に持つ細身の剣は凄まじく長い。

 

どこか優雅さを感じさせる雰囲気を出しており、

炎が燻り、瓦礫と死体が蹲る此処とは、

全く異質な空気を発していた。

 

「先ずは名乗ろう。

アサシン・・・・ではないな。我が名は佐々木小次郎。

勝負願おうッ!!」

 

燕切る剣士との死闘が始まった・・・・・・




霧露乾坤網(むろけんこんもう)

宝具ランク B
対人宝具

真名解放は「仙女護りし満つる水珠」

使用者の周りに、「混ざらない」「蒸発しない」純水で出来た
水泡が数十個待機する。

真名解放すると、発動した者の意思にあわせて動き、
「水槍」による攻撃
「水膜」による防御
(術者には常時発動。他人にも張る事が可能
ただし、水膜自体の防御力は低い)を行い、
他にも雨による消火、
水球に人を乗せての移動など色々な用途に使用出来る。

また純水で出来ており、他の物が混ざらない特性の為、
電気を完全にシャットアウト出来る。

封神演義での竜吉公主の宝貝ですね。
元々は雨を降らすだけでしたが、
フジリュー版の方を採用しました。

どこで士郎は見たのかですが、聖杯戦争が終わった後、
世界をウロウロしている時に、どっかで見たんでしょう。
もしくははギルの『王の財宝』発動時、
見かけたのかも知れません。
(特に決めてないのです・・・・)


炎の蛇(ネフシュタン)


モーゼがエジプトから民を連れて移動している途中、
神の怒りを買った為、神が送った蛇。

これに噛まれた民から死者が出た。

その為、その炎の蛇を模してモーゼが青銅で像を作り
(ネフシュタンはその像の名前)
炎の蛇に噛まれても、その像に祈れば生きながらえたと言う。

于吉が『太平要術の書』で召還した蛇。
一気に焼き尽くそうとした為、
普通の水では消えないように使用しました。

ですが、さすがに宝具の力を無効化できるわけも無く、
霧露乾坤網によって消火されました。

名前が無かったので、モーゼの像の方を使用しました。
もともとこの像も炎の蛇がベースですし……

佐々木小次郎が何故此処いるのかは次話位で説明が入ります。


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4-8 雛落とす刃

光届かぬ牢獄。

 

地上の騒音すら聞こえないここに響くのは、

滴り落ちる水滴の音だけである。

 

「・・・・・・・・・・」

 

その牢獄の一番奥、静かに祈っているのは月。

 

左右上下と後ろは石畳に囲まれ、前は頑丈な鉄格子が塞ぐ。

 

「詠ちゃん・・・・・・恋さん、霞さん、藍さん、弧白さんっ・・・・・・」

 

仲間の無事を祈る月。

 

そのままギュッと、手に持つネックレスに付いた剣を強く握り、

 

「・・・・・士郎さん・・・・・・・」

 

最後にもう一度、強く祈りを捧げた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎が燻る洛陽の街。

瓦礫の合間を縫うように疾駆して行く士郎。

目指しているのは政庁。

 

「こっちの方か・・・・」

 

手に持っている、小さい「陽剣・干将」がついているネックレスを見ながら呟く。

 

そのまま進んで行くと、

 

「桃香っ!!」

 

「あっ!士郎くんっーー」

 

たたたっと小走りに近付いて来る。

 

「月を探してるのか?」

 

「はい。けど、一体何処にいるのか全く分からなくて・・・」

 

「瓦礫が一杯で進みにくいのだー」

 

困った顔を浮かべている愛紗と鈴々。

 

「そうか・・・・・

そういえば星は一緒じゃないのか?」

 

星の姿が見えないので疑問に思った士郎が聞いてくる。

 

「うん・・・・

実はさっき、馬超さんとも合流したんだけど、」

 

「そうか・・・馬超も無事なんだな・・・・」

 

洛陽に入ってから分かれたため心配していたのだが、

桃香の話を聞いてホッと胸を撫で下ろす。

 

「でもっ、変な人たちが出てきてっ、二人が足止めしてくれてるのっ!!」

 

「二人組?・・・・一人は背が低い白装束を来た男だったか?」

 

士郎が聞いている男は左慈のことだろう。

 

「ううん。二人とも背が高かったよ。」

 

「その内の片方の男が、尋常じゃない殺気を放っていました・・・・」

 

話しながら思わず身震いする愛紗。

 

「・・・・・どんな奴だったんだ?」

 

「・・・服は群青のゆったりとした服、紙は長髪を頭の後ろで纏めてました。

細い片刃の、身の丈ほどの長刀を持っていて、どこか飄々とした感じです・・・・」

 

「・・・・・まさか・・・いや、此処には来れないはずだ・・・・」

 

該当する人物が一人いる。

普通ならあり得ない筈だが、自分と言うイレギュラーもあるし、

あの仙人も存在する。

 

それに、もし「アイツ」だった場合、どうやった来たのか情報を集める必要が出てくる。

最悪、他の連中も来る可能性が出てくる。

 

少し考えた後、士郎は手に持っているネックレスを桃香に差し出す。

 

「これは・・・・・・?」

 

「この首飾りに付いている剣が、月の方向を指してるんだ。

これに従って進んでいけば、多分月にたどり着くと思う。」

 

士郎が使用する魔術には「変化」が存在する。

アーチャーはこれで、カラドボルクを矢に改造して使用したりしていた。

 

今回も、互いに引き寄せあう「干将・莫耶」の性質だけを残した、

小さい「干将・莫耶」を作成し、片割れを月に渡していたのだ。

 

ミニチュアし、互いに引き寄せあう性質しか残っていないとはいえ、

仮にも「宝具」である以上、敵の仙人に気付かれてしまう可能性もあったが、

この時代、月ほどの身分であれば、何かしら魔術的な力を持つ装飾品を持つのは、

それほど不自然では無い。

 

月自身が、これを持っていない可能性もあったが、

渡したとき非常に気に入っていたようなので、それは心配はしていなかった。

 

「きれいなのだ~~~」

 

宝石の研磨技術が未熟なこの時代、

光を受け、黒光する「干将」はとても美しかった。

 

「け、けどっ、

こんな綺麗な物貰ってもいいんですかっ!?」

 

「あ、ああ。

月を探すのに必要だし、やっぱり装飾類は女性がつけた方が似合うしな。」

 

「えへへへへっ。大事にしますねっ。」

 

イソイソと首につける桃香。

 

「俺は星と馬超の援護に行ってくるから、月は任せるっ。」

 

「ハイっ。頑張って下さい~~っ!!」

 

駆けて行く士郎を、桃香たちは手を振りながら見送る。

 

「さて、星たちの所へ行くか。」

 

とは言っても、詳しい場所が分からない。

 

とりあえず桃香たちが来た方向へ進もうとすると、

 

「うっふ~~~ん。久しぶりねご主人様♪」

 

瓦礫が吹っ飛んで、筋肉だるまが近寄ってくる。

 

「・・・・・・そう言えば洛陽に行ってるって言ってたな・・・・・・」

 

其れを見て急に疲れた顔を見せる士郎。

 

「あらん?ご主人様元気がないようね。

だったら私のこの熱い口付けで元気を分けて・・・・・」

 

「なんでさっ!!

逆に元気が吸い取られそうだろっ!!」

 

「それは残念ねん・・・・・」

 

一向に話が進まない。

 

「・・・・・貂蝉は星達の居場所が分かるのか?」

 

「さっきまで于吉が居たみたいだから、

多分大丈夫なのねん♪」

 

クネクネしながら答える。

 

「・・・・・案内、頼めるか・・・・・・」

 

「分かったのねん。じゃあ、ついて来るのよ!!」

 

そう言って駆けて行く二人だった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「む・・・?誰か近付いて来てるのかぇ?」

 

桃香たちからは遅れたが、聖たちよりも少し早く洛陽に着いた美羽たち。

 

のんびりと残敵を掃討している途中、誰かが近付いてくるのが見えた。

 

「誰でしょうね~~~

敵兵じゃなかったらいいんですけど~~」

 

危機感を感じさせない口調で答える七乃。

相変わらずの二人である。

 

そうこうしていると、だんだん姿が分かってくる。

 

「あら・・・・・・

確かその旗は袁術さんですねぇ~~~

でしたら・・・・一勝負と行きましょうかっ!!」

 

近付いてきていたのは、先程春蘭と激闘を繰り広げていた弧白だった。

 

ブオンッ!!と風切音をたてながら斧を振りかぶる。

 

春蘭と戦ったときの傷なのか、体に纏うローブは彼方此方に切れ込みが入っている。

 

自身の血と浴びた返り血、燻る炎の色が白いローブを赤く染め、

頭に被るウィンプルからは琥珀色の髪の毛が零れ出ており、光を受けて輝く。

 

弧白自身の武力も相俟ったせいか、言葉に言い表せない雰囲気を発しており、

対峙する二人からすれば、恐怖以外の何者でもない。

 

「な、ななのっ・・・・・

なんとかするのじゃっ!!!」

 

「む、無理ですよう美羽さま~~

あの斧持ってるって事は徐晃さんですよ~~・・・・

私が敵うわけないじゃないですかぁ~~~」

 

「孫策はどこに行ったのじゃ!!」

 

「美羽さまが、「洛陽は妾が一番乗りするのじゃ~」って言って、

置いてきたんじゃないですか~~~」

 

二人が慌てている間も、ドンドン近付いて来る弧白。

 

「な、なんで私たちが狙われてるんですか~~っ」

 

「え?だって、連合軍の兵糧は貴女の軍が管理してるじゃない~~

だから貴女たちの軍を破って、食料を入手しようと思って~~」

 

きちんと斥候を放ち、兵糧の所在を掴んでいる弧白。

のんびりしているが、きちんと仕事をこなしている。

・・・・藍とは大違いである。

 

「貴女たちの兵糧をすべて入手出来れば、

連合軍の進行は止まるし、奪った兵糧はこれからの復興に使えますしね~~~」

 

正に一石二鳥。

 

「ま、待ってくださいっ!!

私たちを殺したら、兵糧が何処にあるかが分からなくなりますよっ!!」

 

苦し紛れだが説得する七乃。

 

「それもそうだけど~~

けど、少なくても貴女たちの進軍は止まるわね~~」

 

弧白のその言葉に閃く七乃。

 

「だ、だったら私たちの軍に投降しませんかっ?

もし投降してくれれば、もう進軍は止めて街の人を救助しますし、

兵糧も余っている分なら上げますから~・・・・・・」

 

「そ、そうなのじゃ!!

もう何人か妾たちに降伏してる者もおるのじゃ!!」

 

「?誰なんですか~~」

 

「確か楊奉って名前でしたねぇ~~」

 

考え込む弧白。

 

「では、先程の条件に追加して貰ってもいいですか。

もし董卓さまを見つけた場合は、殺さないっていうのをです~~」

 

「ど、どうなのじゃ七乃っ!?」

 

「そうですねぇ・・・・・・

今回の大本の人物ですから、他の諸侯に見つかると無理かもしれませんが、

私たちが見つけて、こっそり逃がすのなら問題ないと思います~~」

 

「うん。

でしたら、投降しますね~~」

 

自身と引き換えに、洛陽の民と月を救う選択肢を選んだ弧白。

 

(月さま・・・・・どうかご無事で・・・・・・・)

 

月の安否を祈りながら、救助作業を行い始めた袁術軍に合流したのだった・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煌きながら振るわれる刀。

風を切り裂いて、星に襲い掛かる。

 

「くっ!!」

 

刃は眼前を掠め、前髪が数本持っていかれる。

 

「たあああああっ!!」

 

攻撃後の隙を付いて、小次郎の後ろに回った馬超が刺突を放つが、

小次郎は振るった刀の勢いを利用して回転し、それを避ける。

 

そして、そのまま後ろにいる馬超を薙ぐ。

 

「うわっ!!」

 

武器を弾かれ、切っ先が腕を掠め血が滲んでくる。

 

よく見てみれば、星も馬超も全身彼方此方に小さい切り傷をつけており、

所々、服が血で滲んでいた。

 

「ほう・・・・女子かと思い油断していたが、

中々楽しめる。」

 

刀を霞の構えに持つ小次郎。

切っ先を相手に向けて構える其れは、

対峙している相手を威圧する。

 

「これは少し拙いな・・・・・・」

 

「ああ・・・・・まるで葉っぱに斬りつけてるみたいだな・・・・・・」

 

ゆらりゆらりと、最小限の動きで避ける小次郎を捉えきれない二人。

 

「・・・・ならば、同時に行きませぬか?」

 

「奇遇だな。あたしも其れしか無いと思っていたんだ。」

 

互いに武器を構えなおし、小次郎と対峙する。

 

「・・・・・・・・・」

 

直後、疾駆する二人。

小次郎まで、一直線に駆けて行く。

 

「疾っ!!」

 

霞構えから放たれる突き。

其れを二人は寸前で左右に別れ、回避する。

 

既に、小次郎の攻撃範囲は見切っていた。

 

突いたままの小次郎の左右から、同時に切り込む。

 

右から馬超の袈裟切り、左から星の突き上げ。

 

打ち合わせした訳でもないのに完璧なタイミング。

 

だが、二人がその刹那に見た小次郎の顔は、薄く笑ったままだった。

 

「・・・・悪くない。」

 

二人が避け、再度攻撃に移っている瞬間に構えなおしている小次郎。

背を向け、刀を顔の横一文字に構える。

 

『はあああああっ!!』

 

一瞬頭によぎった不安を掻き消すように突っ込んで行く二人。

 

だが、それでも小次郎には届かなかった。

 

「受けてみよ。

秘剣―――燕返し―――――」

 

同時に奔る三つの軌跡

 

一の太刀で上から振り下ろす馬超の槍を弾き飛ばし、

二の太刀で下から突き上げる星の槍を叩き伏せさせ、

三の太刀で体勢を崩した星と馬超を同時に払い斬る。

 

「くぅっっっっ!!」

「きゃあああっ!!」

 

同時に弾き飛ばされる二人、

体からは夥しい血が出てきており、正に死んでいるかと錯覚しそうだが、

 

「ふむ・・・少し浅かったか・・・・・・」

 

二人の攻撃が想像よりも重かった為小次郎の体制が崩れ、

三の太刀が完全には入らなかったのである。

 

「だがまぁ、決着はついたな。」

 

刀を振るい血糊を払う。

 

「一体・・・・・何が・・・・・・・」

 

力を振り絞って体を起す二人。

だが、もはや立てるだけの体力は残っていない。

 

「説明しても納得はせぬよ。

なに、私自身もよく分かってないからな。」

 

笑いながら話す小次郎。

 

「このまま止めを刺してもいいのだが、

次の相手が来たようだ。」

 

小次郎が目を向けると、そこには干将・莫耶を持って立つ士郎がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貂蝉、二人の治療を頼む。」

 

このまま放っておけば、取り返しがつかなくなってしまう。

しかし、こいつを相手に、そんな余裕は無い。

 

「分かったわん。気をつけてねご主人様。」

 

二人を担いで離れて行く貂蝉。

それを見届けた後、互いに視線を交わす。

 

「やっぱりお前だったのか・・・・」

 

「ほう。誰かと思えばセイバーのマスターではないか。

・・・・・成る程。異物とはそなたの事か。」

 

「どうして、お前が此処に居るんだっ!?」

 

士郎が此処に来る際も、宝石剣と銅鏡を使用してなんとか来れている。

もし、その他の方法で此処に来れるのなら、

世界や協会、教会に追われる士郎としては、非常に拙い自体になってしまうのだ。

 

「それが私も詳しくは分からん。

何、まじゅつには疎いものだからな。

セイバーに敗れた後、座に行けるわけでもなく漂っていると、

急に道が出来て来れただけよ。」

 

恐らく士郎が来た際に、一緒に来てしまったのだろう。

だが、小次郎の答えに疑問が一つ浮かび上がる。

 

「セイバー?お前を倒したのはギルカメッシュじゃないのか?」

 

士郎が柳洞寺に向かった際、

既に小次郎はギルガメッシュの『王の財宝』で敗北した後らしきものしか確認していない。

確かに一度セイバーと戦ったが、その時は引き分けで終わった筈だ。

もし、ありえるとするのなら、

 

「宝石剣を使った時、別の平行世界の道が出来てたのか?」

 

平行世界というのは酷く曖昧である。

何がきっかけで分岐するのか分からないため為、

近いのか遠いのかがよく分からないのだ。

 

「ふっ。大事なのは私が今ここにいることだろう。」

 

その通りである。

此処に存在し、敵対している以上戦わなければならない。

 

「ただ、私はサーヴァントとして此処に召還されているようだがな。」

 

「あの仙人がマスターなのか?」

 

「いや。今のマスターはあの男たちが持っている『本』だ。

全く、今までのマスターは山門にメガネに本。

まともなマスターに出会いたいものだ。

・・・・・まぁ正規の英霊では無いからしかたないよのう。」

 

何処か楽しそうに笑っている小次郎。

 

「セイバーに折られた刀も、于吉が別のものを用意してくれたしのう。」

 

軽く刀を振るう。

士郎はそれを聞いて、咄嗟に解析を行う。

 

(あれは・・・・備中青江(びっちゅうあおえ)じゃない。大包平(おおかねひら)かっ!!)

 

日本刀の中でも童子切安綱と並んで最強の刀とされている一品。

宝具としてならAランク相当の武器である。

 

現存する物は刃渡り約90㎝だが、

小次郎が持っている物は以前使用していたものと同じ位の長さがある。

 

元々長大な為、『大』という名前がついたと言う話もあり、

おそらく『太平要術の書』を悪用したのだろう。

 

小次郎の『燕返し』は宝具ではなく自身の技である為、

武器は選ばない。

 

「さて・・・これよりは互いに剣で話そうではないか」

 

構える小次郎。

剣の技量だけならセイバーをも凌駕した小次郎の剣。

あまりにも、相手が悪すぎる。

 

「ふっ!!」

 

風に揺れる柳のような動きから繰り出される刃。

すべてが必殺の一撃。

 

「くぅっっ!!」

 

それを干将・莫耶で捌くが、正に防戦一方。

 

士郎の剣が届かない位置から、士郎を上回る剣技が繰り出されてくる。

 

唯一戦いの経験だけが小次郎を上回るが、

それだけではその差を埋める事が出来ない。

 

たが、それでも紙一重で捌き続ける。

幾つか体を掠めるが、致命傷には至らない。

 

「ほう・・・・・あの少年が此処までになるとは。

・・・・・やはりあの時のアーチャーはそなただったか。」

 

「気付いたのか・・・・・・」

 

「武器と太刀筋を見ればわかるものよ。

・・・・・さて、余り時間をかけるのも無粋。

これにて終わらせよう。」

 

星と馬超の時と同じように、「燕返し」の構えをとる。

あのセイバーでさえ、万全の状態のこれは回避できない。

 

同じ技を士郎が使用しようにも、

士郎が使用する場合、投影するのは「備中青江」

たしかに名刀だが、大包平には遠く及ばない。

 

簡易宝具では、大包平に切り払われるし、

何より、発動までの間に切り殺される。

 

(だったら・・・っ!!)

 

投影(トレース)開始(オン)

 

士郎が投影したのは一本の刀、銘は「加州清光(かしゅうきよみつ)

 

「いくぞ・・・・っ!!」

 

平正眼の構えをとる士郎。

互いの技と技がぶつかり合った・・・・・・




小次郎召還はかなり強引なこじつけです。

どうか大目に見てもらえれば……

細かい設定まで詰めだしたらちょっと手に負えないので……

ちなみに小次郎が違うルートから来ているのは、
理由があるのでーー

刀を変更したのも、折れ曲がったら困るし、
そもそもセイバーに折れ曲げられていたせいです。


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4-9 重なる刹那

「月ーーーっ!!何処に居るのーーーっ!!」

 

月を探す詠の声が厩舎に響く。

 

連合軍は既に洛陽の街に進入してしまっている。

もし、連合軍に月が捕まろうものなら、

この事件の責任を負わされて処刑されてしまうのは目に見えて分かっている。

 

なんとしてもそれを避ける為、詠は月を探し回っているのだ。

 

「もうっ!!一体何処に幽閉したのよっ!!

………あと探してないのは政庁くらいだけど………」

 

直属の兵を使って彼方此方を探しているが、全く姿が見つからない。

 

まさか常日頃から政務を行っていた政庁に居るとは考えにくいし、

隠し部屋があれば気付かない筈が無いのだが………

 

「あの仙人ならやりかねないわね……」

 

おかしな術を使うアイツの相手なら、常識は通用しない。

 

そうと決まれば直ぐに向かいたいのだが、

 

「馬が全く居ないじゃないっ!!」

 

この騒ぎである。

逃げ出すか、馬は貴重な為窃盗されたのだろう

 

僅かな希望を元に、奥のほうまで進んで行くと、

 

「あれ……士郎の馬が居るじゃない。」

 

縄が外されており、手綱と鞍がなぜかついたままだが、

其処には士郎から借りたままの『的盧』が大人しく佇んでいた。

 

「脚も速いし丁度いいわ。」

 

脚を掛け、詠が馬に乗った瞬間、

急に走り出す!!

 

「きゃあああっ!!何でよ~~~っ!!」

 

わけも分からないまま必死にしがみつく詠。

そのまま政庁に向かって駆けて行く的盧であった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建屋の柱が燻るなか、桃香たちは『陽剣・干将』を頼りに奥に進んで行く。

 

「はぁっ!!」

 

「たぁっ!!」

 

時折崩れ、倒れてくる柱を愛紗と鈴々が弾き飛ばしてくれているが、

この建物もそう長くは持たないだろう。

 

「また行き止まりだよ…」

 

桃香の眼前に塞がるのは瓦礫に塞がれた道。

「干将」が指し示しているのは、月までの最短距離な為、

所々で迂回する必要があるのだ。

…最も、干将

これ

があると無いとでは大きな差がでるが。

 

そうして迂回しながら進んでいると、またつきあたりに到着する。

 

「また回り道するのだー?」

 

「うん。この壁の向こうを指してるねーー」

 

「干将」が向いているのは壁の向こう。

確かに今までどおり、迂回して道を探す必要があるのだが、

 

「ですが桃香さま、こっち方向はこの道しかありませんでしたよ?」

 

部屋が並ぶ一本道のつきあたりな為、

迂回するとなると大分遠回りになってしまう。

 

「う~~~ん……どうしよう………」

 

「だったら壁を壊して進めばいいのだ!!」

 

そういうと蛇矛を振りかぶる鈴々。

 

「ちょ……っ」

「うりゃりゃりゃりゃ~~っ!!!」

 

愛紗の静止が聞こえる前に叩きつける。

 

すると壁にひびが入り、その先に地下へと続く階段が現れる。

 

「鈴々っ!せめて私たちが離れてからにしろっ!!」

 

「ごめんなのだ……」

 

「あはは………大丈夫だよ愛紗ちゃん。

ちょうどこの下に続いてるみたいだし。」

 

桃香たちが進む先に現れた地下へ続く階段。

「干将」もその先を指し示しており、どうやらこの先に月がいるようだ。

 

松明が照らす長い階段を下りると、

其処には鉄格子で作られた幾つもの牢屋が並んでいた。

 

「桃香さま!私の後ろに……」

 

「うん。気をつけてね。」

 

「鈴々が後ろに行くのだ。」

 

薄暗い牢獄を警戒しながら進んで行く。

すると、突き当たりにある牢屋に誰がが居るのが分かる。

 

「月ちゃんっ!!」

 

「その声は………桃香さん!?」

 

鉄格子越しに近寄ってくる月。

 

「よかった………無事だったんだね………」

 

「はい………でも、どうして皆さんが此処に?」

 

ずっと閉じ込められていたので、外の状況が掴めて居ないのだ。

 

桃香たちから説明される月。

 

「そうなんですか………」

 

自分のせいでこんな騒ぎになってしまったのだと落ち込む月。

 

「月さまのせいではありません!あの男がすべての原因ですっ!!」

 

「そうなのだーー

ほんとの事知ってる人は、皆助けに来てるのだーー」

 

「私をですか?」

 

キョトンとしている月。

 

「此処を見つけれたのも、士郎くんのお蔭なんだよう。」

 

首飾りに付いている『干将』を見せながら話す桃香。

 

「わ、わたしも同じもの持ってますっ!!」

 

「うん。なんかねーこれとそれが惹き寄せ合ってるんだ。

最初は士郎くんがこれ使ってたんだけど、

強い敵が出てきたから、代わりに私が使ってるんだよ。」

 

「そうなのですか………」

 

胸に光る『莫耶』を見つめ、そのまま握り締める。

 

(士郎さん………やっぱり護っててくれたんだ………)

 

牢獄に閉じ込められても、この首飾りを見ていたらなんとか耐える事が出来た。

それは宝具としての加護なのかどうなのかは分からないが、

月は確かに、この首飾りに救われたのだ。

 

「うん!だったら早く此処から逃げようっ。」

 

「ですが桃香さま……この鉄格子は如何しますか?」

 

ガシャガシャと軽くゆする愛紗。

 

「これを壊すのは大変なのだ…………」

 

「鍵もあの仙人さんが持ってるだろうし………どうしよう?」

 

そう言って途方にくれていると、

 

「下がって。」

 

「恋さんっ!!」

 

いつの間にか、桃香たちの後ろに恋が立っていた。

おそらく桃香たちの後ろをついて来ていたのだろう。

 

「今助ける。」

 

そう言うと、方点画戟を振りかぶり、

 

「はぁあああっ!!」

 

そのまま鉄格子を斬りつける!!

 

すると激しい音を立てて、数本の柱が中ほどから斬れ落ちていた。

 

「す、凄い………」

 

呆気に取られる桃香たち。

 

「月、大丈夫だった?」

 

「はいッ!!恋さん………有難う御座います………」

 

飛びついてきた月を抱きしめる恋。

 

「よかった………

直ぐに此処から逃げる。」

 

モタモタしている時間は無い。

直ぐに身を隠さなければ、他の連合軍に見つかる可能性も高くなる。

 

「うん。だったら私たちと一緒に行こうっ!!

白蓮ちゃんにも話はしてるから、匿ってくれると思うから。」

 

そう言って踵を返し、来た道を帰ろうとすると、

 

「おやおや、帰られるんですか。」

 

桃香たちの後ろ、先程まで月が居た牢屋の中に男が現れる。

 

「なッ!こいつ何処から!!」

 

「貴方は……于吉さん!!」

 

武器を構え、警戒する桃香たちをよそに、

微笑を浮かべている于吉。

 

「名前を覚えてもらって光栄です。

まぁ………ここで死んで貰いますから、余り意味はありませんですが。」

 

そう言って于吉が懐から札を出す。

 

「退路なき兵よ、集いて駆逐せよッ!!」

 

札が燃え、于吉の周りに白装束に覆われた兵が幾人も出現する。

 

「さあ、この牢獄が貴女たちの墓場です。

………行きなさいッ!」

 

于吉の号令と共に、剣を構えて襲い掛かってくる白装束たち。

 

だが、動きは確かにそこらの兵よりかはマシだが、

愛紗たちには全然及ばない。

 

「その程度で………我らを舐めるなッ!!」

 

振るってくる剣を避け、青龍偃月刀を叩き込む。

 

「次っ!!」

 

そのまま一気に于吉も斬りつけようとするが、

異変に気付く。

 

「数が………増えている!?」

 

愛紗が見ている見の前で、虚空から次々と白装束の兵が現れていた。

 

「ふふふ。どうしました?

まだまだこれからですよ。」

 

ただでさえ狭い牢獄。

このまま増え続けえられると、行動範囲が狭くなり、

どんどん不利になって行く。

 

こっちも愛紗、鈴々、恋がどんどん倒していっているが、

それよりも増えるほうが速い。

 

「くっ………桃香さまっ!!私たちが時間を稼ぎますから、

先に月さまを連れてお逃げくださいっ!!」

 

「でも……っ………皆はっ!!」

 

「だいじょうぶなのだっ!!」

 

「少しだけ粘ったら………直ぐに逃げる。」

 

心配する桃香に答える。

先に桃香と月に逃げて貰った方が、

三人からすれば戦いやすいし、逃げやすい。

 

月の手を握って、降りてきた階段に向かって奔る桃香。

 

「させませんよ!!」

 

再度札を出して、それが燃えると于吉の姿が虚空に消える。

 

急いで階段を上りきると二人。

すると、そこには下に居たはずの于吉がいた。

 

「そう簡単には逃がしませんよ。

こんな好機は滅多にありませんからね。」

 

元々突き当たりの道に階段があった為、

退路が塞がれてしまう。

 

前は于吉、後ろは白装束。

どうしようかと桃香が悩んでいると、

 

「月ーーーーっ!!」

 

「詠ちゃんっ!!」

 

『的盧』に乗った詠が突っ込んでくる。

 

「くっ!!」

 

慌ててそれを避ける于吉。

こんなに急に来られては、札を使う時間が無い。

 

「月っ!!早く乗って!!」

 

「うんっ!!」

 

于吉が倒れている間に、的盧に乗る桃香と月。

 

馬に三人騎乗するのは少し無理があるが、

月と詠が小柄な為、どうにかなっていた。

 

「させませんっ!!」

 

再度、白装束を召還する于吉。

が、急に柱が倒れてきて、召還した白装束たちがそれに巻き込まれる。

 

「なっ!!」

 

その隙に逃げる三人。

 

慌てて召還しなおそうとするが、

三人が通過した後、通った道の壁が爆発し、

砂煙で三人の姿を見失う。

 

「くっ………これでは召還しても無意味ですね………」

 

姿を見失っては召還しても意味が無い。

 

「下にいる三人もそろそろ上って来るでしょうし………」

 

階段の上に召還して、挟みうちにしてもいいのだが、

あの三人相手では恐らく突破されてしまうだろう。

 

「左慈か小次郎がいれば………

まぁいいでしょう。ここは一旦小次郎と合流しましょう。」

 

そう言い残し、于吉は虚空に消えた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、士郎と小次郎の戦いも決着が付きそうになっていた。

 

互いに刀を構え、対峙する。

 

士郎は平正眼、小次郎は顔の横に一文字に構える。

 

「さて………セイバーですら回避しきれなかった一撃………

その刀でどう捌くか見ものよな。」

 

ゆらりと刀がぶれる。

瞬間―――――

 

「秘剣―――燕返し―――――」

 

士郎に襲い掛かる三つの剣閃。

すべてが必殺である為、一太刀でも受ければそれで終わり。

 

唯一つを愚直に繰り返した男がたどり着いた究極の一。

魔法にも届きうる神技。

 

英霊にギリギリ届くだけの士郎では、それを放たれてしまえば終わり。

 

だが、

士郎は刀を構えたまま一歩踏み込む。

 

士郎が持つ刀――『加州清光(かしゅうきよみつ)

この刀の本来の持ち主も、肺病を患いながらも、只一つを極めた。

 

士郎はこの刀から、その持ち主の技術を模倣する。

 

「三段――突きっ――――!!」

 

迫る三つの剣閃に対して、響く士郎の踏み込み音。

 

放たれるのは同時に発生する三つの刺突。

 

それぞれの突きが燕返しの剣閃と交差し、剣筋を逸らした。

 

「ぐぅうううっ!!」

 

剣筋は逸らし、体を抉る三つの刃を強引に突破しながら、

一気に切り込んで行く。

 

「なっ!?」

 

小次郎は咄嗟の事に対応が出来ない。

技を放った後のことを考えていたかどうかの差が、明暗を分けた。

 

そのまま士郎が放った袈裟切りを体に受ける小次郎。

 

「くっ………やるな…………

だが、そちらも無事ではあるまい。」

 

小次郎が言い終わるや否や地面に膝をつく士郎。

 

剣筋を逸らしたとはいえ、

それは急所を狙っていたものを多少逸らしただけなので、

体には深く、三つの切り傷が出来ている。

 

「この方法しか………お前にダメージを与えれなかったからな………」

 

小次郎もまた、決して浅くない傷を負ってしまっている。

士郎とは違い切られたのは一箇所だが、

元々傷を負う事に慣れている士郎相手では、小次郎が優勢とも言いきれない。

 

「おや……どうやら苦戦しているようですね。」

 

小次郎の後ろに現れる于吉。

 

対して士郎の方にも、貂蝉が応援に駆けつける。

 

「ご主人さまっ!!大丈夫なの!?」

 

「ああ………怪我するのは慣れているからな………」

 

気力を振り絞って立ち上がる士郎。

 

「ここは一端引いたほうがよさそうですね………

そちらも貴重な手駒を失いたくないでしょう。」

 

「そうねん。ご主人様みたいな良い男を失うのは重大な損失だわん♪」

 

本気かどうなのか分からない言葉を言い放つ貂蝉。

 

「ふん………小次郎もいいですね?」

 

「ああ。これでは戦いを続けれそうにもない………

………士郎。次に相見えるのを楽しみにしているぞ。」

 

そう言い残し、姿を消す二人。

 

「行ったのか………」

 

「ええ。とりあえず危機は去ったのね。」

 

宝具の発動と憑依経験。

止めとばかりに自身が負った傷によるダメージは思いのほか大きく、

安全を確認し、気が抜けた士郎はそのまま意識を手放した………




三段突き

天然理心流の奥義。
踏み込み音が一つ鳴る間に三度の突きを放つ。

こちらも小次郎の燕返しと同じく、
「多重次元屈折現象」による一撃であり、
宝具の域に達した秘剣に分類される。

小次郎の燕返しが三つの剣閃を繰り出すのに対して、
こちらは三つの突きを放つ。

三十歳にも満たずにこの世を去った、
新選組一番組組長、沖田総司が使用した技。


的盧

白点四白(はくてんしはく)

騎乗する者との相性により、
騎乗者の幸運値に対して最大±2ランクまでの補正が掛かる。

ちなみに
士郎、詠は+1ランク、
桃香は+2ランク、雛里は-2ランクの補正が掛かります。


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4-10 洛陽での終結

まどろむ意識。

今自分が立っているのか、横たわっているのかも分からない。

体の感覚も鈍く、すべての感覚がまともに機能していない中、

ただ、頭の下にある柔らかい感触だけは、感じることが出来た………

 

「っ……………」

 

ゆっくりと目を覚ます士郎。

 

「あ……っ。

士郎くんが気付いたよっ!!」

 

士郎の上から聞こえてきたのは聖の声。

そのまま体を起そうとするが………

 

「ぐ………っ………」

 

瞬間――体に奔る鋭い痛み。

 

「駄目っ!!まだ傷口がちゃんと塞がってないんだよう!!」

 

慌てる聖に窘められ、再度頭を下ろされる。

 

「っ……聖……いつ此処に………?」

 

「ほんの少し前だよう。

急いで軍を進めたんだけど、中々統制が取れなくて………

此処に着いた時、血だらけの士郎くん見て吃驚したんだからっ!!」

 

そう言いながら士郎の顔に暖かいものが降ってくる。

 

「ごめん…………」

 

「謝っても駄目だからね!!

次は絶対無茶しないでよう!私、本当に死ぬかと思ったんだから!!」

 

そのままポタポタと暖かい雫が顔に落ちつづける。

 

(ああ………これがイリヤとの約束か………)

 

自分自身に対する周りの人の思い。それは士郎に欠けている大事なピースの一つ。

自らの死を楔にし、嘗ての切嗣のようにイリヤが士郎にかけた呪縛。

だが―――

 

(少し、気付くのが遅かったか………

けどイリヤ、これで分かったよ。これからは決して間違えないから)

 

そう決意を新たにする士郎。

 

「そういえば………桃香たちと月はどうなったんだ!?」

 

「大丈夫だよう。

怪我も無いし、全員無事だったから。」

 

「そうか………良かったぁ………」

 

心の底から安堵する士郎。

そうこうしていると、先程の声を聞いた玖遠と援里が近付いて来る。

 

「士郎さんっ!!大丈夫なんですかっ!!」

 

士郎の顔の直ぐ傍に座る玖遠。

援里も一緒に寄ってくる。

 

「ああ。心配かけた。」

 

「ほんとですよっ!わたしが着いた時はもういなかったですしっ!

何とか見つけたら大怪我してますしっ!!」

 

涙を浮かべながら士郎に怒る玖遠。

 

「怪我してるから………あんまり騒ぐと………よくないかと………」

 

こっちも大分ヒートアップしているが、援里が止めてくれる。

 

「あっ………ごめんなさい士郎さん。

けど、心配したんですよっ…………」

 

「ああ……ごめんな。」

 

すると、援里が近付いて、士郎の手を握ってくる。

 

「どうした?」

 

「………ごめんなさい………私の策が上手くなかったから………

士郎さんが怪我してしまいました………次は………必ず成功させます………っ。」

 

ギュッと強く手を握る。

 

「い、いや今回は俺が勝手に行った事だから、

俺の自業自得だろ。」

 

「いえ………戦の責任は………すべて軍師にあります………」

 

「だがっ………」

 

そう言って互いに譲らない二人。

 

「おーーなんか楽しそうやなあ。」

 

「霞っ!?なんで此処にいるんだっ?」

 

「ああ。玖遠と戦って負けてしもてな。

この軍に降ったんや。」

 

「はい。今日から私たちの仲間になったんですよっ!!」

 

嬉しそうな玖遠。

 

「あそこで負けてしもたけんなぁ………

まぁええけどな。

此処なら玖遠も士郎もおるし、いつでも再戦できるし。

よろしくな。」

 

「ま、また戦うんですかっ………」

 

賑やかにしていると、他のメンバーも集まってきたのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、聖を悲しませたら吊るすわよ!!」

 

「むしろ切りますです。………アレを。」

 

後から合流した水蓮、蓬梅、鈴梅の三人―――

特に蓬梅と鈴梅にたっぷりと嫌味を言われる士郎。

まぁ、しょうがないのだが。

 

「ついでに士郎、何時までその体勢でいるのよ?」

 

水蓮に指摘される。

士郎は聖に膝枕されたままの体勢だからだ。

 

「い、いやっ、体が痛いから動けないんだよ!!」

 

「だったら聖さまが下がるです。」

 

蓬梅が聖に問いかける。

 

「なんか士郎くんが苦しそうだったんだよう!

今回も頑張ってくれたしっ。」

 

「く………士郎………っ………」

 

そんな様子を見て悔しがる鈴梅。

 

心底羨ましそうな三人。

………それでいいのか?この軍。

 

「あ。だったら私が代わりますっ!!」

 

「く、玖遠ちゃんはこの機会に勉強するといいよう。

戦後処理とかっ!!」

 

玖遠も加わってさらに騒がしくなる。

 

「これはウチも参加した方がええんかなぁ。」

 

そんな様子を見てニヤニヤと士郎に目を向ける霞。

 

「……………俺は何時になったら休めるんだ……………」

 

士郎の呟きに答える者はいなかった……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瓦礫の山の中、中央に出来た空間に幾人かの人が立っている。

 

「あっという間に洛陽まで制圧してしまいましたわ。

やはり総大将が立派だと早いですわね。」

 

「おーっほっほっほっ!」と高笑いしている麗羽。

 

「ここに来たのは貴女が一番最後だったじゃない。

しかもまともに戦ったのは虎牢関だけだったし………」

 

そんな麗羽に傍に居る華琳が突っ込む。

 

「そうですけど、連合軍が勝った以上は、

総大将である私の名前が天下に響き渡りますわっ!!」

 

「まぁそれは間違いないでしょうね。」

 

テンションが高い麗羽に対して、

どこか投げやりに答える華琳。

少し考え事をしているせいだった。

 

(結局董卓は確認出来なかったけど行方不明だから、生きてるとは考えにくいわね………

華雄を捕らえれたのはよかったけど………春蘭以上に猪なのよね………

それより収穫だったのは………)

 

「華琳さん。洛陽に入った時の損害はどれほどだったんですの?

私、戦が終わりかけてから到着しましたから、よく把握してませんの。」

 

「そうね……桂花。報告お願い。」

 

「はいっ。被害の方は火災や瓦礫が崩れたせいで、

いち早く到着した公孫瓚や馬騰の軍に多少の被害がありましたが、それ以外は特にはありません。

将の方の被害は………馬騰軍の馬超、公孫瓚軍客将の劉備配下の趙雲、劉表軍客将の衛宮が

手傷を負ったようです。」

 

「馬超と趙雲が!?一体誰にやられたんだっ!!」

 

桂花の報告を聞いて驚く春蘭。

二人の実力は目にした事があり、自分と引けをとらない程の実力者である事を知っている。

その二人が大怪我をしたのに驚いたのだ。

 

「長刀持った、鎧を着てない長髪の男相手に二人で挑んで負けたみたいよ。

けどその後、助けに来た衛宮が怪我しながら追い返したらしいけど……

白装束の別の男が合流して消えたって報告が来てるわ。」

 

「ふむ………恐らく白装束の男は道士の類だろう。

洛陽の火災を消した水もそいつの仕業かもしれないな。」

 

冷静に考察する秋蘭。

火を消したのは士郎だが、道士の類という点はあっている。

 

「という事はその衛宮と言う男はあの二人よりも強いのか………そんな奴いたか?」

 

「たしか………劉備殿の天幕から出る時、男とすれ違ったが………」

 

首を傾げる春蘭を見て、秋蘭も自信なさげに答える。

 

「ええ。確かにいたわ。」

(私の挑発を見破った男ね………)

 

「虎牢関の時も呂布倒したよなーーー」

 

「うん……綺麗な戦い方だったね………」

 

流石に窮地を助けて貰った猪々子と斗詩は鮮明に覚えていた。

 

「おやーー?なんかおかしいぞ斗詩ーー?」

 

「な、なんでも無いようっ………」

 

猪々子に突っ込まれて焦る斗詩。

士郎の剣技は完成された美しさがあるから、気持ちが分からない事も無い。

 

「あの給仕さんかしら………」

 

麗羽は麗羽で変な覚え方をしている。

 

だんだんと知名度が上がって行く士郎。

まぁ活躍している以上、仕方が無いのだが………

 

そのまま雑談していると、伝令兵が走って来て、

華琳の前に跪く。

 

何故総大将の麗羽では無く華琳にしている所を見ると、

伝令兵も麗羽に大分慣れてきているようである

 

「報告いたします。」

 

「何かあったの?」

 

「はっ。洛陽の復興に向けて各軍が瓦礫の整理に当たっているのですが………

連合軍の兵糧を管理している袁術さまが、独断で余った兵糧をすべて配布したようです。」

 

「な、な、なにしてるんですのっ!!美羽さんはっ!!」

 

報告を横で聞いていた麗羽が怒り出す。

 

麗羽の予定では、このまま洛陽にしばらく駐屯したのち一気に長安に攻め込み、

皇帝を確保して天下に名乗りを上げる予定だったのだが、

兵糧が無くなってしまってはそうも行かなくなってしまう為、

その予定が一気に崩れたのだった。

 

「わ、私の華麗な計画が台無しですわ………」

 

一気に落ち込む麗羽。

流石に一度民に配った兵糧を再度、回収する訳にもいかない。

 

「はぁ………しょうがないわよ麗羽。

こうなったらさっさと切り上げましょう。」

 

仕方が無いと言った感じの華琳だが、

華琳も内心では麗羽と同じように、隙があれば皇帝を確保するつもりだったのだが、

そんな態度は全く見せない。

 

弧白がした事が、この二人の野望を遠まわしに防いだのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さん…………って、何してるんですか?」

 

麗羽たちが騒いでいる間、

士郎がぐったりとしていると、桃香たちがやって来ていた。

 

「色々あったのさ……………」

 

どこか哀愁を感じる士郎。

まぁ無理も無い。

 

「だいじょうぶなのだーー?」

 

「鈴々か……そっちは大丈夫だったのか?」

 

「数が多かったけど、弱かったのだ。」

 

戦続きだったのに元気な鈴々である。

 

「確かに強くはなかったが、

空間から次々と兵を出していました………

あれは妖術師の類かもしれません。」

 

「あの眼鏡をかけた男の方か。」

 

「はい。」

 

こくりと頷く愛紗。

やはり召還に長けた者なのだろう。

 

「そう言えば月たちや星は大丈夫なのか?」

 

「うん。

月ちゃんは見つかるといけないから来れなくて、

星ちゃんと翠ちゃんも怪我が治ってないから~~」

 

「そうか………よかった…………」

 

何とか無事に助かったようだ。

それに恐らく翠と言うのは馬超の真名だろう。

桃香も三国志通りの交友関係を構築出来ているようだ。

 

「いつかお礼を言いに行くって言ってたよ~~~。」

 

「ああ。次会える時を楽しみにしとくと伝えてくれ。」

 

「うんっ!」

 

穏やかな空気が流れる。

士郎や聖たちも会話を聞いて落ち着いていると―――――

 

「あっ!そう言えば士郎さんっ、この首飾りありがとうっ。

お蔭で助かったよ~~」

 

首に飾られているネックレスを見せながら言ってくる。

 

「気に入ったのなら桃香が持ってるといい。

大事にしてくれよ。」

 

「ほんとうにっ!?

ありがとう~大事にするねっ!!」

 

にこにこと嬉しそうな桃香。

 

「いいのだ~~」

 

そんな桃香を羨ましそうに見ている鈴々。

 

「簡単な物だったら作れるけど………」

 

「欲しいのだっ!!」

 

「だったら次会った時までに用意しておくよ。」

 

「よかったね鈴々ちゃん~~

愛紗ちゃんは?」

 

「わ、私はその………」

 

桃香に言われて急にあたふたしだす愛紗。

 

「そ…その……私みたいな者が、

身に着けても似合っているのでしょうか……」

 

周りからすれば「何言ってんだこいつ?」という感じなのだが、

本人は大真面目である。

 

「美人なんだから着飾っても大丈夫だと思うぞ?

愛紗自身に負けない位の物を作っておくよ。」

 

「………はい………よろしくお願いします………」

 

顔を真っ赤にして答える愛紗。

 

「じゃあ士郎さん。

私たちは帰りますね~~

また会いましょう。」

 

「またなのだ~~」

 

そう言って去っていく。

士郎がこれで休めると思い気を抜くと………

 

「士郎くんっ♪私のは?」

 

にこやかな笑みを浮かべた聖がそこにいた………なんかちょっと黒い。

 

無論、他のメンバーもその話を聞き逃す訳も無く、

私もと言いながら寄ってくる。

 

「わ、私も欲しいですっ!!」

 

「あの………出来れば………私も………」

 

「やったらウチのもなんか作ってや♪」

 

戦が終わった洛陽の街に、士郎の叫びがこだました………




次は荊州に帰還します。
ちなみにネックレスに付いていた「干将・莫耶」の能力は
すでに消去しており、只の飾りになっています。


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登場人物 1(反董卓連合終了時)

現時点での武将一覧(括弧の中が真名です)

 

※注意※

 

時点での各軍の所属武将一覧です。

原作で登場していて此処に載っていない人は、まだ仲間になっていません。

 

 

劉表軍

 

劉表 景升(聖) のんびりマイペース。包容力が凄まじい。自分からは基本攻め込まないスタンス。

 

蔡瑁 徳珪(水蓮) 聖大好き一号。海戦A。男は余り好きではないが、下にいる双子程ではない。

 

蒯良 子柔(蓬梅) 聖大好き二号。毒舌。知力B+。聖に近付く奴の脛を執拗に狙う(士郎の事である)

 

蒯越 異度(鈴梅) 聖大好き三号。強気。政治A。聖に近付く奴の脛を執拗に狙う(士郎のry)

 

李厳 正方(玖遠) 元気。士郎に懐いている。犬属性。まだまだ伸び白が十分にある。

 

徐庶 元直(援里) 知力A。人見知り。心を許した相手には懐く。話し方に特徴有。実はそこそこ強い。

 

張角(天和) 数え役萬☆姉妹長女。琵琶を演奏。我儘で天然。結局付き合わされるのは士郎。

 

張梁(地和) 数え役萬☆姉妹次女。二胡を演奏。生意気で元気。結局付き合わされるのはry

 

張宝(人和) 数え役萬☆姉妹三女。太鼓を演奏。冷静な眼鏡っ娘。士郎のサポートが上手い。

 

黄忠 漢升(紫苑) 元長沙太守代行。未亡人。士郎をロックオン中。娘も士郎をロックオン中。

 

張遼 文遠(霞) 士郎と玖遠へのリベンジ。士郎をからかったり、からかわれたり……悪友?

 

士郎 ご存知みんなの人気者。相変わらず苦労人してます(傍から似ればハーレムです)

 

 

サブキャラ(真名がありません。偶に出てきます。一応全員女性です。)

 

向朗 新野に左遷中。蓬梅,鈴梅Loveな変態眼鏡。人材発掘中。

 

黄祖 水蓮の部下その1。江夏太守。海戦時補正B。海戦なら孫堅が相手でも持ち堪える。

 

張允 水蓮の部下その2。海戦時補正C。海戦時は兵の指揮に定評あり。

 

文聘 水蓮の部下その3。海戦時補正C。海戦時は守備に定評あり。

 

霍峻 新野守備中。守戦が得意……守戦が得意な奴ばっかだな………

 

劉磐 聖の親族。荊南の統治中。賊を退治したり統治したりと苦労人。

 

 

劉備軍

 

劉備 玄徳(桃香) 天然巨乳=頭に栄養いってない。性格は原作ほど酷くはないです。作者補正?

 

関羽 雲長(愛紗) 桃香大好き。武士!猪突猛進。後世で神になっちゃった人。

 

張飛 益徳(鈴々) ちびっ子。大食漢。演技で武力だけで見ると五虎大将軍中最強なんだけど……

 

趙雲 子龍(星) 飄々としてる。神槍。メンマ。仮面の人………掴み所が無い。

 

諸葛亮 孔明(朱里) はわわ。中国人が切れるのも仕方ないと思う。中国三賢者の一人。

 

龐統 士元(雛里) あわわ。中国人がry。朱里、雛里、援里の三人は親友。

 

董卓 仲穎(月) 薄幸の少女。士郎に救われた為、いつか恩返しがしたい。実は甘えたいお年頃。

 

賈詡 文和(詠) 月大好きな人。挟撃が得意。口が悪いが、なんだかんだでいい子である。

 

 

 

曹操軍

 

曹操 孟徳(華琳) 乱世の奸雄。原作ほど天才では無いです(原作でのカリスマっぷりは異常)。

 

夏侯惇 元譲(春蘭) 華琳さまLove。脳筋。思い込んだら一直線。

 

夏侯淵 妙才(秋蘭) 華琳さまLove。冷静沈着。立場は士郎と非常に近い役割をこなす。

 

荀彧 文若(桂花) 華琳さまry。暴走軍師。ドM。男嫌い。……どいつもこいつも百合ばっか………

 

楽進 文謙(凪) グラップラー。真面目で堅物。真桜と沙和に振り回される。

 

李典 曼成(真桜) 発明王。天元突破な人。関西弁。魔改造しだすと止まらない。

 

于禁 文則(沙和) 二刀流。女子力が凄い。ただし新兵訓練時は罵詈雑言を吐き散らす。

 

華雄(藍) 曹操に捕獲される。説得(調教)中。士郎に色々と恨み有り(例の件をばらされたから)

 

 

袁術軍

 

袁術 公路(美羽) 蜂蜜。見方を変えれば純粋。人気。いつかは士郎に懐く日が来るだろう……

 

張勲(七乃) 美羽の為に行動する(良い悪い関係なく)。天然腹黒。でも悪人に成りきれない。

 

徐晃 公明(弧白) のんびり。力持ち。降る際の条件で、麗羽と華琳がマジ迷惑。 

 

孫策 伯符(雪蓮) 美羽の客将。第六感凄い。母を死ぬ原因である聖たちを恨んでいる。

 

周瑜 公瑾(冥琳) 雪蓮の女房役。火計。冷静で現実的。ユーモアセンス有り。雪蓮の敵は自分の敵。

 

黄蓋 公覆(祭) 歳ry。酒好きで自由人。雪蓮と冥琳の親(姉)化わり。実は一番まともかも……

 

陸遜 伯言(穏) 副軍師。おっぱい。中間管理職。書物に興奮する立派な変態。

 

 

袁紹軍

 

袁紹 本初(麗羽) 金髪縦ロール。高飛車。悪運A。原作ほど酷くは無いが、やっぱり馬鹿。

 

文醜(猪々子) 無鉄砲。強引にMy Way。本音ダダ漏れ。麗羽と合わさると被害が二倍。

 

顔良(斗詩) 苦労人。本当に苦労人(大事な事なので二回言いました)。士郎が気になる様子。

 

 

馬騰軍

 

馬超 孟起(翠) 猪突猛進。恥かしがりや。女の子扱いするとパニックに。……士郎に狙われるな。

 

 

その他

 

公孫瓉 伯珪(白蓮) 普通。白馬陣。面倒見が良い人。騎兵の扱いは馬超クラス。

 

呂布 奉先(恋) 絶賛放浪中。三国志最強。戦時は鬼神。それ以外はぽややんとした天然。人気◎。

 

陳宮 公台(音々音) 恋を尊敬。直情軍師。いつか士郎も「ちんきゅーきっく」をくらうだろう……

 

魏越 サブキャラ。恋の部下その1。右翼を担当。武力は真桜、沙和に少し劣る程度。

 

成廉 サブキャラ。恋の部下その2。左翼を担当。魏越と全く同じ位の実力。




解説文は作者が色々暴走してます。
とりあえずごめんなさい m( _ _ )m

もし「コイツが居ない!!」って言うのがあれば
教えてもらうと幸いです(汗)


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5章 英雄争覇
5-1 新野改修


「ご主人様ん♪大丈夫かしら?」

 

「貂蝉か……何とかな……」

 

聖たちが帰還の準備の為、いなくなった隙に貂蝉が近寄ってくる。

 

「まさか小次郎が居るとは思わなかった……

アイツを何とかしないと拙いな。」

 

「あの人も英霊なのよねん?」

 

「ああ。そうだ。

巌流島で武蔵と戦った、佐々木小次郎っていう剣士だけど……」

 

それを聞いて少し考える貂蝉。

 

「確かご主人様は武器を作れたわよねん……

此処は私が対策を見つけてくるわん♪

それまでは頑張ってねん。」

 

「ああ。何とか倒せるように頑張ってみるさ。

それで、そっちは何かあったのか?」

 

「ええ。今回の戦、左慈の姿が見えなかったのねん。」

 

「そう言えばそうだな……」

 

恋を凌駕する武力の持ち主であるアイツがもしいたのなら、

確実に誰かが死んでいただろう。

無論、士郎や貂蝉も只では済んでいない。

 

「恐らく何処かで別行動をしてるんだと思うわん♪

主要な人々の関心がこの戦に集まってたから、暗躍するには丁度いいしねん。」

 

「なら、早い内に手を打った方が良さそうだな。」

 

「そうなのねん。

だから私は、これから左慈を追ってみるのねん。」

 

「………大丈夫なのか?」

 

「いざとなったら逃げる事くらいは出来るわん♪

それじゃあ行ってくるのねん。」

 

そう言って去って行く貂蝉。

 

「まぁ貂蝉なら多分大丈夫だろう……」

 

特に根拠も無いが、そう思う士郎だった………

 

 

 

 

 

 

 

「さあーーて、新野に出発ーー!!」

 

聖の声に合わせ、洛陽から一番近い自領土である新野に向かって移動して行く。

 

ちなみに董卓軍は壊滅したが、長安には李傕,郭汜が残っている。

洛陽は復興の為、しばらくは隣接している諸侯が互いに協力して統治し、

残った宛は張済が統治する事となった。

 

「はぁ……新野には向朗(アイツ)が居るのよね………」

 

「流石に放っとく訳にはいかないです。

気乗りはしませんですけど。」

 

ため息を吐きながら話す鈴梅に、蓬梅が答える。

 

「どんな奴なんや?」

 

会った事の無い霞は、隣に居る士郎に話しかける。

 

「そうだな………一言で言うなら百合な変態だな。」

 

「なんや。鈴梅たちと一緒やんか。」

 

あまりにも身も蓋もない霞の意見。

 

「如何言う意味よっ!!」

 

「鈴梅が聖大好きなんと一緒やん。」

 

「わ、私たちのはもっと崇高なのよっ!!」

 

「そうです。あんな変態眼鏡とは違うのです。」

 

全力で否定する姉妹。

 

「まぁウチも玖遠がちょっと気になっとるけど。」

 

「えええっ!!こ、困りますよっ!!」

 

いきなり爆弾発言をされて焦る玖遠。

 

「わ。私は士郎さんが………」

 

「あら?だったら私と一緒ね。」

 

紫苑も参戦してくる。

 

人物相関図が無茶苦茶である。

 

「………だれか突っ込んでくれ………」

 

思わず呟く士郎。

 

聖達は賑やかに騒ぎながら新野への道を進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓬梅さまに鈴梅さま~~~っ!!ご無事でしたか~~っ!!」

 

聖達が新野に着くや否や、向朗が凄まじい勢いで近寄ってくる。

………お前文官じゃないのかよ…………

 

「げっ……やっぱり来た………」

 

「会いたかったんですよぉ~~~」

 

そのまま二人を一緒に抱きしめる。

 

「うざいです。さっさと離れるです。」

 

蓬梅にガスガスと脛を蹴られてるが気にしていない。

筋金入りの変態である。

 

「もうちょっと待って下さいよ~~~」

 

そう言って抱きしめ続ける。

 

「ちょっ……どこ触ってるのよ!!」

「むぅ………っ………」

 

ゴソゴソ暴れる二人。

 

「うん。もういいですよ~~」

 

そう言って離れて、懐から出した木簡に何やら書き出す。

 

「身長……体重……胸は………」

 

どうやら抱きついた時、二人の身体を測定したようだ。

 

「何書いてんのよお!!」

 

怒った鈴梅に取り上げられるが、

 

「ふっ。もう私の頭の中に記録されてます!!」

 

「威張るなあっ!!」

 

「士郎………アイツの頭しばいて記憶消すです。」

 

「無理言うなよ……………」

 

賑やかに騒ぎながら、新野城に移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、新野の様子はどうなのかな?」

 

城に着くや否や、直ぐに様子を聞かれる。

 

「そうですね~~治安は安定してますし、賊もあんまりいないから平和ですよ~~」

 

賊は黄巾の乱の影響で弱くなっており、

近隣の諸侯も今回の戦に出ている為、平和な時が続いていた。

 

「そう……でも、今回の戦のせいで漢王朝の権威は失墜したと見てもいいでしょうね。

だから、新野(ここ)

が中原から攻めてくる敵を止める最前線になるわ。」

 

新野は首都襄陽と長江を挟んでいる為、

いざという時援軍を送りにくい。

 

故に、新野事自体の防備を固めておく必要が出てくるのだ。

 

しかも、東に黄祖が統治する江夏がある為、連携が取れるうちはいいが、

もしどちらかが落ちてしまったら、もう片方も危なくなる。

 

「ま、とりあえずこのまま城壁補修したり、防衛施設を固めていくのよ。

方法はまた明日詳しく決めましょう。」

 

「了解です~~」

 

ビシッと敬礼をする向朗。

 

「で、人材の方は如何なってるのよ?」

 

「大丈夫ですよ~~何人か良い娘見つけてますって。」

 

鈴梅の質問に軽く答える。

 

「とりあえずどんなのがいるのです?」

 

「まずは政治が抜群な蒋琬ちゃんです。将来有望ですね、いろんな意味で!

で、後は私の友達の伊籍ちゃんに紹介してもらった馬氏の五常です。

長女から順に馬順ちゃん、馬統ちゃん、馬安仁ちゃん、馬良ちゃん、馬謖ちゃんの五姉妹です。」

 

それを聞いて蓬梅と鈴梅が話し合う。

 

「馬氏の五常は聞いた事があるです。」

 

「だったらその五人は新野に置いといて、蒋琬を襄陽に連れて行きましょう。」

 

「あの~~私はまだ此処に残らないといけないんでしょうか………」

 

恐る恐る向朗が聞いて来る。

 

「あたりまえでしょうが。

アンタが一番新野の事把握してるんでしょ!!」

 

「そ、そんなぁ……聖さま~~~」

 

向朗は聖に助けを求めるが、

 

「が、頑張って!!

後で必ず呼び戻してあげるから!!」

 

「ううっ………約束ですよ……

………蒋琬ちゃん~~」

 

とりあえず向朗が蒋琬を呼ぶと、女の子が入って来る。

 

「呼びました?向朗さま?」

 

「うん。此処に居る劉表さま達と一緒に襄陽に行って欲しいんだ。」

 

「ボクがですが?分かりました。」

 

「よろしくね~~蒋琬ちゃん。」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

ペコリと頭を下げ、蒋琬が政治官として仲間に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わった聖たちは、戦の疲れも残っているので一旦翌日まで休息する事にした。

 

夜中、向朗が蓬梅、鈴梅の部屋に突撃しようとして、失敗していたが。

 

士郎の部屋には、恐らくトイレの帰りだと思われる璃々が間違って入って来てしまい、

流石に深夜の女性の部屋を訪れるのはマナー違反だと思ったので、

一緒に寝ていたが―――

 

翌朝

 

「くーーーっ、すーーーーーっ」

 

士郎の服を握り締め、抱き枕状態の璃々。

 

「なんか前にも同じ事があったような………」

 

デジャヴを感じながら士郎が目を覚ますと、

 

「あら、起きたのですね。

お早う御座います。」

 

にこにこと椅子に座って二人を見ていた紫苑が其処にいた。

 

「えっと……なんでここに………」

 

寝起きでまともに動かない脳をフル回転させる士郎。

 

「朝起きたら娘がいなかったので………もしかしたらと思ったら正解でしたわ。」

 

穏やかな笑みを浮かべながら答える。

 

「そうか………」

 

窓からは朝日が差し込み、とてものんびりしている朝である。

もし何も知らない他人が見ると、どう見ても親子にしか見えない光景だ。

 

「って!違うだろ!!」

 

「あらあら。どうしたんですか?」

 

危うく雰囲気に飲まれそうになった士郎が慌てて起床する。

 

「んぅ…………あさ~~~?」

 

そんな士郎に反応して、璃々も起床する。

 

「おはよう璃々。」

 

「あれ~~~お母さんなんでここにいるの~~~」

 

寝ぼけ眼の璃々。

 

「璃々がいなくなったから探してたのよ。

さあ、お部屋に戻って着替えましょうね。」

 

「うん~~~

お兄ちゃんありがとーー」

 

そう言って二人は部屋を出て行く。

 

「はぁ………とりあえず余計な火種にならなかっただけでも良いと思うか………」

 

朝も色々と罠が待ち構えている士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を全員で食べた後、そのまま会議を始める。

 

「で、新野の防衛強化だけど……何か案はあるかしら?」

 

鈴梅が進行役を努める。

 

「先ずは………兵を……集めた方がいいかと………」

 

現状新野には一万の兵が駐屯している。

賊の襲来などはどうにかなるが、

近隣諸侯が大軍を押し寄せてくるとなったら、流石に心もとない。

それに………

 

「今ちょっと新野に人が集まり過ぎますーー

今もドンドン中原の方から人が流れてきてますしーー」

 

他人事見たいに話す向朗。

 

だが、黄巾の乱の後に今回の戦である。

しかも中原には今、いろんな諸侯が居るため、

このままでは戦に巻き込まれるのは、火を見るより明らかである。

 

しかも移民してきた民が増えると治安の悪化にも繋がる。

幸い今は何とかなっているが、そろそろ手を打たなければ拙い。

 

「だったら街を広げたらいいんじゃないんですかっ?」

 

「流石に城壁は動かせないわよ玖遠ちゃん………」

 

「ですよねっ……」

 

紫苑に突っ込まれて落ち込む玖遠。

 

しかし、士郎はそれを聞いてある事を思いつく。

 

「だったら、今の城壁の外にもう一周城壁を作ったらどうだ?」

 

「城壁を二重にするですか?」

 

「ああ。」

 

蓬梅に聞かれて頷く士郎。

 

「幸い、民が増えてきたお蔭で資金には余裕があるんだろ。

それに城壁を作るとなったら仕事が増えるし、土地も増える。

しかも城壁が二重になれば防衛力も上がるだろ。」

 

「確かに、せっかく城門破ったのに、

もう一個あったりしたらやる気なくすわ。」

 

「だったら、兵舎とかは外周側に作った方が、

咄嗟のときに動きやすいわね………」

 

霞と水蓮の発言に皆が頷く。

 

「士郎くんありがとう~~

資金の方は何とかなるかな?」

 

聖に聞かれた向朗は、横にいる蒋琬に目を向ける。

 

「ボクの計算では大丈夫ですね。

行うのなら、速い方が良いかと。」

 

パチパチと算盤を弾きながら答える。

 

「じゃあ士郎の案を採用するわよ。

他に何かあった?」

 

鈴梅がぐるりと皆を見渡す。

 

「だったら今回の会議はここまで!!

さっそく襄陽へ帰る準備を始めてね~~」

 

聖の号令を受けて、

各々は襄陽へ帰る準備を始めた。



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5-2 女難の相

新野を発った聖たちは、

翌日には襄陽に到着していた。

 

「やっと帰って来た~~」

 

「聖、休むのはいいけど、政務溜まってるわよ。」

 

「………えっと………遠慮したいな~~なんて………」

 

「ダ・メ・で・す!

休憩したら早速始めるからね!!」

 

そう言ってズルズルと引き摺られていく。

 

「ちょっと!抜け駆けしないでよっ!!

……姉さまっ!」

 

「はいです。行きましょう鈴梅ちゃん」

 

「え~~と……ボクもついて行きます。」

 

二人を追いかけるようにして蒯姉妹と蒋琬もついて行く。

 

「ウチはどうすればええんや?」

 

来たばっかりで何をすればいいのか困る霞。

 

「そうだな……たしか霞は襄陽に来たのは始めてなんだよな?」

 

「そうやで。」

 

「だったら街の見学に行ったらどうだ?

何かあった時、街中で迷う訳にもいかないし、ついでに街の皆にも顔見せ出来るしな。」

 

「ええやんか。それ。

で、誰が案内してくれるんや?」

 

「俺が一緒に行ってもいいんだけど、張三姉妹の所にも行かないといけないしな……」

 

一応士郎は張三姉妹の面倒を任されている。このままほっとくのは、士郎の経験上アウトである。

そう士郎が思案していると、

 

「士郎さんっ、私と援里ちゃんが手空いてますから、一緒に行きましょうかっ?」

 

「そうか。だったら途中までは一緒に行くか。」

 

「はいっ!!」

 

「よーーしっ!じゃ、早速行こうでっ!!」

 

そう言って玖遠に絡んで行く霞。

 

「なんで私が狙われるんですかぁっ!」

 

「んふふーー別にええやんーーー」

 

「何やってるんだよ………」

 

士郎がそんな二人の様子を見ていると、

横にいた援里に袖を引っ張られる。

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「………ん。」

 

両手を差し出してくる。

 

「えっと……俺に如何しろと……」

 

「………しゃがんで………ください………」

 

注文どおりに士郎がしゃがむと背中によじ登ってくる。

 

「……うん……行きましょう………」

 

「………了解。」

 

多分戦の疲れが残ってるんだろうなーと自己解釈して歩き出す士郎。

……何か後ろから「ああっ!!わたしもっ!!」という声が聞こえたが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

士郎たちが部屋を出て廊下を歩いていると、

中庭の方で紫苑と誰かが話をしている。

 

「何してるんでしょうねっ?」

 

「うーーん、此処からじゃ分からへんなぁ……

………おーーーいっ!紫苑ーーーっ!!」

 

霞の声に反応した紫苑が此方に近付いて来る。

 

「あらあら皆さん、これからお出かけですか?」

 

「ウチに街の紹介してもらおう思てな。

紫苑はなにしよったんや?」

 

「ふふふ。それは完成してからのお楽しみです♪」

 

「まぁええわ。出来たら直ぐ教えてな。」

 

「はい。お気をつけて。」

 

そう言って再度、紫苑は中庭の方に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり西涼や中原の方とは街の雰囲気が全然違うなーー」

 

物珍しそうにキョロキョロする霞を先頭に、

大通りを進んで行く士郎たち。

 

「水場が近いからな。

必然的に販売しているものそれに関係したものが多いな。」

 

周りの店並みを見ると漁や釣りに関係した物を売っている店や、

魚介類を販売している店が多く目に付く。

 

「南船北馬………南の方は……漁が盛んですから………」

 

士郎の背中にいる援里が補足する。

 

「にしても……霞は玖遠がやけに気に入ってるな。」

 

「うん?だって強いし、かわええし、育てがいもあるし、最高やん。」

 

そう言って玖遠をこねくりまわす。

 

「あうううっ……私は士郎さんのほうがっ……」

 

「もちろん士郎も好きやで。

宛で一緒に戦った時は最高やったわーー」

 

戦に快楽を見出す霞らしい意見である。

相性が良いということなんだろう。

 

深く考える事を止めた士郎は、そのまま張三姉妹がいるであろう劇場に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襄陽の街の中央、一番人が集まる所に劇場は立っていた。

 

大きさは周りの建物を軽く凌駕しており、

とても綺麗な作りになっている。

 

その前に、士郎が立っていた。

 

玖遠たちと別れた士郎は、そのまま劇場の方に進んでいた。

 

もちろん、霞も行きたがったのだが、時間の余裕が無くなる恐れがあったので、

やむなく断念している。

 

「もうそろそろ終わるはずだよな………」

 

丁度今、張三姉妹が公演を行っており、

間も無く終わる時間である。

最も、この時代には時計が無いので正確には分からないが。

 

とりあえず中に進んで行く士郎。

 

受付の人は士郎の事を知っているので、

そのまま奥に進む。

 

会場のドアを開けると、真っ暗な中、スポットライトに照らされている張三姉妹がいた。

周りは観客で埋め尽くされ、異様な熱気に包まれている。

 

「どうやら上手くいってるみたいだな。」

 

この劇場を設計する際、士郎も参加している。

劇場内の別の部屋で松明を焚き、その光を銅板で反射させて収束させ、

スポットライト代わりにしているのだ。もちろん安全には注意を払っている。

 

これは昔の灯台で使われていた方法である。

今と違い、昔はこの劇場と同じように炎の明かりを銅板で収束させて、

遠くまで光を届け、灯台の役割を果たしていたのだ。

 

資金は「銅緑山」の銅鉱山のお蔭で十分余裕がある。

 

「みんなーー今日は来てくれてありがとーーー」

 

『ほわぁぁぁぁぁっ、ほわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

どうやら歌が終わり、最後の挨拶をしているようだ。

 

この時代の人からすれば、スポットライトに照らされる張三姉妹はとても神秘的に写る。

盛り上がりは最高潮に達していた。

 

観客達に挨拶を述べ、特に問題もなく進んで行く。

 

士郎がそんな三人を観客席から見ていると、

おしゃべりな姉二人がメインで話しているから、

手持ち無沙汰にしている人和と目が合う。

 

「……………ふふっ。」

 

軽く、しかし綺麗な笑みを浮かべて士郎に手を振ってくる。

 

以前人和から受けた「このままでいいのか」という悩み。

内に溜め込みやすい性格に見えたので、士郎は心配していたのだがーーー

 

「よかった……どうやら吹っ切れたようだな。」

 

あれだけ綺麗な笑みが出来るのなら大丈夫だろうと、士郎も笑みを返す。

 

二人がそうしていると、観客へのファンサービスに集中していた地和が人和の異変に気付く。

 

「あれ、どうしたの人和ーー?」

 

そのまま人和の視線の先を見るとーーー

 

「あーーーーっ!!士郎ーーーーっ!!」

 

マイクで拡張された声が会場に響く。

 

音が響きやすいように設計している為、それはそれは大きく響いた。

 

「ほんとだーーーー。おーーーーーい。」

 

天和も一緒に手を振ってくる。

 

「…………?………なんだ………」

 

だんだんと士郎の周りの観客の空気がおかしくなっていく。

無言のプレッシャー。

観客達の、「お前は俺達の天和ちゃんたちのなんなんだ」という。

 

「何ヶ月もちぃ達ほっといてなにしてたのよーーーー」

 

「後で絶対埋め合わせしてねーーーー」

 

そんな観客の様子に気付かない二人。

もちろん人和は気付いているようで苦笑いを浮かべている。

 

「………これはもしかして………」

 

穂群原で凛、桜と一緒に登校した時も同じような空気になった事がある。

あの時は確か………

 

「………拙いっ!!」

 

咄嗟に駆け出す士郎。目標は出口。

その士郎を追いかける観客達。

劇場は阿鼻叫喚の渦に包まれた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にひどい目に遭った……」

 

何処かボロボロになっている士郎。

一緒に歩いている天和と地和もぐったりとしている。

騒動の後、士郎と人和にこってりと絞られたのだ。

 

「こいつがちぃ達をほっとくのがいけないのよーー」

 

「そうそう。料理作って貰ったり、按摩してもらったり、

荷物持ってもらったりして欲しかったのにーー」

 

全く士郎のことを考えていない地和と天和。

 

「姉さん達………」

 

人和も何処か疲れた顔を浮かべている。

 

「大変だったんだな………」

 

「はい………ここ最近は急に忙しくなりましたから。」

 

「これからは俺も手伝えるから。」

 

「助かります……本当に……」

 

どうやら色々あったようだ。

 

「こらーーっ。れんほーばっかと喋ってないでちぃの話を聞きなさいよっ!」

 

「ああ。りょうかい。」

 

賑やかに騒ぎながら街を歩いていると、

丁度同じように街を散策していた玖遠達とも合流する。

 

「あれっ。もう天和さんたちと合流したんですかっ?」

 

「ああ。………一騒動あったけどな。」

 

「そう言えば、なんか劇場の方が騒がしかったなぁ。」

 

「まぁ色々あったんだよ。」

 

どこか疲れた様子の士郎を見て、

余り強く追求できない霞。

 

「まぁええわ。で、はよウチに紹介してーな。」

 

「ああ。」

 

そう言って天和たちに前に来るように促す。

 

「始めましてーー数え役萬☆姉妹の長女、天和ですーー」

 

「あたしは次女の地和よ。」

 

「三女の人和です。宜しくお願いします。」

 

各々の性格が一発で分かる自己紹介である。

 

「あれ、確か数え役萬☆姉妹って黄巾の時の大将じゃなかったん?」

 

「………彼女たちは月と同じように、仙人達に利用されてたんだ。」

 

「そうやったんか………それやったらしゃあないな。

ウチは新しく軍に入った張遼 文遠。真名は霞や。よろしくな。」

 

張角たちを追求せずに、好意的に話しかけて行く霞。

 

「………一瞬………どうなるかと………思いました………」

 

士郎の背中にいる援里が話しかけてくる。

 

「ああ。確かに黄巾党との戦いは大規模なものだったからな。

けど、月と同じように、仙人たちに利用されてたからな。」

 

もちろん、あの仙人に感謝するつもりは全く無い。

そもそもあいつらが何もしなかったら、こんな大きな騒ぎにはなって居ないからだ。

 

「でもまぁ。これはこれで良かったよ。」

 

「………はい………」

 

くすりと笑う援里。

 

「援里ちゃん良いなあ………しろーー私もーーー」

 

「天和姉さん、士郎さんに迷惑でしょう!!」

 

皆とても良い笑顔を浮かべている。

 

この笑顔を護る為に戦うのは、絶対に悪い事じゃないよなと、

そう思う士郎だった。



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5-3 群雄割拠

聖たちが襄陽に帰ってから数日後、

各々政務をしたり軍を編成したり、

個人的に何かしたりと色々な事をして日々を過ごしている間に、

他の勢力では色々な動きがあった。

 

「まず……行方不明だった恋さんが………濮陽にいました………」

 

「濮陽って、確か曹操が統治してたわよね?」

 

「はい………どうやら………曹操さんが………長安に攻めて行った隙に………」

 

「たぶん音々音の悪知恵だろうな。」

 

士郎の発言に全員が頷く。

 

「桃香さまたちも徐州に居るし、

丁度良かったじゃない。」

 

徐州の前太守陶謙は戦が上手くは無く、統治自体も賊のせいで悪化する一方だった。

その為領内は賊が多数存在し、勢力を急激に広げる曹操軍の対処にも困った為、

援軍要請を出した所、白蓮の所で居候していた桃香たちが要請に応じたのだ。

 

その後、陶謙が亡くなった為、そのまま桃香たちが徐州の統治を行っている。

 

「あれ?確か白蓮さんって、確か袁紹さんに負けませんでしたっ?」

 

「桃香さまたちが出て行って直ぐです。

愛紗,鈴々,星さんに、軍師が二人も急に抜けたら負けるに決まってるです。」

 

玖遠の疑問に蓬梅が答える。

 

まぁ確かにあのメンバーが抜けたら、一気に戦力ダウンするだろう。

 

「冀州を制圧した袁紹さんの、次の目標は確実に中原でしょう。

曹操さんと桃香さんたちも色々と忙しくなりますわね。」

 

「袁術がどう動くかで変わってくるのよね……」

 

鈴梅が思わずため息を吐く。

 

荊州西にある揚州を統治する袁術。

いまいち考えが分からない為行動が読めず、

こっちに攻めてくるのか、揚州の北にある徐州に攻めるのか全く分からないのだ。

 

……最近、旧孫家メンバーを招集しているから、何らかの動きはあるとは思うが。

 

「とりあえず江夏にいる黄祖には注意するように言っておくわ。

あの子なら孫策が攻めて来ても、多少は持ちこたえれるし。」

 

「お願いね水蓮ちゃん。」

 

ばたばたと仕事が減らない聖たちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

裂帛の気合と共に突きを放ち、声が訓練場に響く。

 

そのまま一気に薙ぎ、流れるように袈裟切りに移る。

 

「だれかと思ったら霞か。」

 

「士郎やん。どしたん?」

 

片に偃月刀を担ぎ、袖で汗を軽く拭う。

 

「あれだけ大きな声がしてればな。」

 

「ウチ、そんなに大きな出しとったん?」

 

「ああ。それはもう。」

 

「大分集中しとったけんなぁ………」

 

ばつが悪そうにする霞。

 

「士郎さーんっ。待ってくださーーいっ。」

 

「玖遠、静かに入りなさい。」

 

二人が話していると、訓練場に玖遠と水蓮が入ってくる。

 

「おっ。玖遠やん。

ええ相手が来たわーーー」

 

「やっぱり此処にいたんですかっ……」

 

対戦相手が出来て嬉しそうな霞。相変わらずである。

 

「そう言えば紫苑って強いんやろ?ウチいっぺん戦ってみたいんやけど……」

 

演技では関羽と黄忠は引き分けるほどの実力があり、

弓使いである紫苑とは、ぜひ一度戦ってみたいと霞は思っていたのだ。

 

「相変わらず中庭で何かしてたわよ。

ま、終わったら声掛けて見たらいいじゃない。」

 

「そやな。

けど、水蓮が訓練場に来るん珍しいな。どしたん?」

 

「……たまにはね。一応私も武将だし、もっと強くなりたいのよ。」

 

どちらかと言えば軍の指揮を執る事が多い水蓮。

 

指揮能力は高いが、武力は玖遠に劣る為、

常々鍛えなおしたいと思っていたのだ。

 

「早速だけど士郎。お願いしても良いかしら。」

 

フリウリスピア「波及」を構える水蓮。

 

「ああ。俺でよければ相手しよう。」

 

対する士郎も干将・莫耶を持ち、だらりと両手を下げ構える。

 

「あの………私の相手は霞さんに決定ですかっ………」

 

「当たり前やん。ほら、こっちもいくでっ!」

 

「待って下さいーーっ」

 

約一名不満があるようだが、訓練が開始された―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ………はぁっ………」

 

荒々しい息を吐く水蓮。

対する士郎は、軽く汗を滲んでいる程度しか疲労していない。

 

「二人とも頑張りますねっ。」

 

「そやなあ。けど、あのままじゃその内倒れるで。」

 

先に休憩をとっている二人は、並んで士郎と水蓮の戦いを観察していた。

 

状況は今の所、士郎の全勝である。

 

序盤は水蓮ばかり攻撃を仕掛けているが、すべて捌かれ、

疲れたところを士郎にやられる。

 

先程から、同じ事の繰り返しである。

 

「………少し休憩をいれよう。

あまり体を酷使しても意味が無い。」

 

「はぁっ………どうして………届かないのッ………」

 

「波及」が手から滑り落ち、悔しそうに膝をつく水蓮。

 

(聖を護るのは私の役目なのに………これじゃ………私の居る意味がないじゃない………)

 

自らの力量の低さに落ち込む。

 

「………水蓮。キミは少し力に頼りすぎている。」

 

そう言いながら、水蓮が落とした波及を拾う士郎。

 

「………士郎?」

 

士郎も同じく、才能に恵まれなかった。

故に、水蓮の苦しみはよく分かる。

 

「この槍は力任せに振るんじゃなく、梃子の力をするんだ。」

 

「?梃子……」

 

始めて聞く言葉にキョトンとする水蓮。

 

「そうだな……玖遠!ここに武器を構えて立ってくれないか。」

 

「私ですかっ?分かりましたっ。」

 

双剣「雲雀」を構えて士郎の前に立つ。

 

「突くから防いでくれよっ。」

 

そう言って突きを放つ士郎。

 

「くぅっ………」

 

ギャリィン!!と、玖遠は双剣を交差させてそれを防ぐ。

 

「ふっ!!」

 

その瞬間、士郎は波及をくるりと回転させる。

 

「あっ!!」

 

刃の横から飛び出している鉤爪に双剣が引っかかり、

回転と梃子の力により弾き飛ばされる。

 

「こうすれば敵の武器を無くす事が出来るし、

相手の足を突いて、鉤爪を引っ掛ければ転倒させる事も出来る。

こういう細かい技を磨けばそうそう遅れをとらないさ。」

 

重量のある武器を、不安定な船の上で振るう事が多かった水蓮は、

力はあるが、こういう細かい技術は全然習得できていない。

 

「………練習に付き合ってくれるのよね。」

 

「ああ。納得いくまで相手をさせて貰おう。」

 

その日は訓練場からの音が途絶えなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎が頼まれた政務を行っていると、

他の国からの使者が訪問してきたとの連絡が入る。

 

直ぐに全員に連絡がいき、玉座がある謁見の間に集合する。

 

「で、一体なんのようだったんだ?」

 

「交州からの友好の使者だったみたいですっ!

なんか変わったものが沢山ありましたよっ。」

 

交州は南荊州のさらに南に広がる地域、

今で言う東南アジアやインドとの道を繋いでいる所である。

 

その為、未開の地で人口も少なく、多くの異民族が居るため反乱も起きやすい土地だが、

真珠、瑠璃、翡翠、葛布、象牙、龍目、バナナ、椰子といった珍品が揃っており、

貿易での収益が凄まじいのである。

 

今は士燮と言う人が統治しており、

交州は南荊州の都市の桂陽と繋がっている為、友好関係を結びに来たのだろう。

 

三国志では交州の貿易利益を求めて、劉焉や劉備、孫権と行った太守が欲しがる土地である。

しかし、交州は西は南蛮、南は山越といった異民族が存在している為、非常に統治が難しい。

 

なので、聖達は下手に統治するよりも、

友好を結んでおいて異民族の対策を任せた方が良いと判断している。

まぁそもそも聖は攻め込む気が無いのだが………

それに、そうしたら南荊州の兵力も他にまわせるし、貴重な品物も手に入るのだ。

 

「変わったものが一杯あるね~~」

 

貢物を見た聖が圧巻される。

南国の果物や宝石、珍しいものばかりである。

 

一応貢物の他にも、南蛮や山越の情報もくれたのだが、

やはり物珍しいほうに目がいってしまう。

 

「すごい良いにおい~~。

どんな味がするんだろう?」

 

「お茶に会うのかしら?」

 

果物を見繕っている聖と水蓮。

 

「この宝石私が貰ってもいいかな~」

 

「ちぃ、これが良いっ!!」

 

「この宝石武器につけたら目立つやろなぁ……」

 

宝石を見ている天和、地和と霞。

 

他のメンバーも色々なものを見ている。

 

その中、士郎はあるものに目を引かれる。

 

「これは………」

 

士郎の前にあるのは鉱石が一杯はいった葛。

その中から一欠けらを手に取る。

どうやら何かしら加工された物のようだ。

 

「南蛮の更に西にある国の物らしいよ~

結構貴重な物だって~~」

 

聖の話を聞いて「解析」を行う。

 

「………これは……ウーツ鋼か!!」

 

今は製造方法が失われた、ダマスカス鋼の元になる鉱石。

元々は確かインドで作られていた筈である。

 

この時代ではまだ刀剣にする技術は無いようだが、

製法自体は確立されていたのだろう。

 

「これは掘り出し物だな。」

 

これがあれば、かなりの業物が作れる。

 

士郎が眺めていると、聖から声が掛けられる。

 

「士郎くんっ。

宝物庫に持って行くから、手を貸してくれないかなっ?」

 

「ああ。案内してくれ。」

 

士郎は葛を担ぎ、聖の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中にはいろんな物が置かれていた。

 

「なんか凄いな………」

 

武器,陶器,書物,織物………高価なものと思われる物があちらこちらに転がっている。

 

「あ、あははははっ……

ほら、私とか水蓮ちゃんって、あんまりよく分からないから。」

 

そう言いながら持ってきたものを置いて行く。

 

士郎も聖に続き、ウーツ鋼が入った葛を置いて周りを見てみると、

一つだけ綺麗な長方形の木製の箱が目に入る。

 

「聖、この中って何が入ってるんだ?」

 

「あっ、それは……………開けたら分かるよ~~」

 

士郎が箱を開けると、中には一本の剣が入っていた。

片刃で先の方少し曲がっている。

豪華な作りではないが、何処か目を引かれる不思議な魅力を持った剣であり、

幾度も使用されていたようだ。

………しかしその刀身は、中ほどからきれいに折れてしまっている。

 

「それって孫堅さんの剣なんだよ。」

 

「孫堅の?と言う事は、これがあの古錠刀か。」

 

江東の虎の異名を誇った孫堅が愛用していた剣。

孫呉の王が代々引き継ぐべき剣である。

 

「だけど、どうしてこれが此処に?」

 

本来ならば後継者である孫策が持っている筈。

 

「孫堅さんを落石の計で倒したのは知ってるよね。」

 

「ああ。前に水蓮たちから聞いたな。」

 

怒涛の勢いで聖たちに攻めてきた孫堅。

 

水軍は水蓮たちが足止めし、

蓬梅の策で討ち取った話は、以前に水蓮から玖遠、援里と一緒に聞いていた。

 

「その時に後から見つかったんだよ。

返そうと思ったんだけど真っ二つに折れてたし、

その時はもう、孫策さんは袁術さんの所にいたから。」

 

袁術が自分のものにする恐れもあるだろう。

仮に孫策の手に渡ったとしても、折れてしまっていては更に余計な怒りを買いかねない。

故に、この宝物庫に眠っていたのだろう。

 

「けど………これなら直せるかもしれないな。」

 

「えっ!?」

 

「一度柔らかくして再度接合はできると思う。」

 

「士郎くん……そういう技術持ってたの?」

 

「ああ。武器に関してはそこそこの知識は持ってるからな。」

 

「剣」に関しては恐らくこの時代では最高の刀鍛冶だろう。

 

「このウーツ鋼を少し使わせて貰わないといけないけど。」

 

一度折れた以上、そこの強度は必然的に脆くなる。

そこを補強する為に必要なのだ。

 

「全然いいよ~

私たちが持ってても使い道が無いし~」

 

せっかくの貢物なのに酷い扱いである。

 

「とりあえずこの鋼で、一本剣を作ってみるよ。

特性を掴んでおきたいし。」

 

「うん。よろしくね~~」

 

ウーツ鋼を手に取りじっくりと眺める。

「作るもの」としての創作意欲が沸いてくる士郎だった。




聖たちが国を固めてる間に色々動いてます。

大きな動きがあるのはもう少し後くらいですね。


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5-4 危険な「罠」

「袁術の所の孫策が動いたわ。

目標は揚州の江南よ。」

 

注目していた孫策の動きが、政務を統括している鈴梅から報告される。

 

「江南ってどこら辺なんや?」

 

「新野の東にあるのが江夏。で、さらに東にいくと盧江があって、

ここは袁術が統治してるわ。

江南はその盧江と長江を挟んで南にある土地よ。

ちなみに袁術の本拠地は盧江の北にある寿春よ。」

 

土地勘が無い霞に水蓮が説明する。

 

「孫策の所には確か周喩がいたよな。」

 

「いましたけど………それがとうかしたんですかっ?」

 

?マークを頭に浮かべる玖遠。

 

「ああ。元々盧江は「周家」の本拠地だったのさ。

なんでわざわざ江南に行ったのかなと思ってな。」

 

地元の影響力がある方が支配も統治もしやすい。

 

今孫策の所には、以前からいた周喩,黄蓋,陸遜の他に、

孫権,孫尚香,甘寧,呂蒙,周泰といった有名な将が集まっている為、

反乱を起しても容易く成功するだろう。

 

ちなみに荊州での有力な豪族は蔡家。

蔡家の長である水蓮が聖と仲が非常によろしい為、

荊州の統治は非常に上手くいっているのだ。

 

「成功しても………そのままでは………曹操さん、桃香さんと都市が隣接します………

先に江南を取って………戦力を整える為だと………」

 

「それに江南なら、迂闊に袁術もちょっかい出せないです。

あそこは山越が沢山いるですし、袁術とも仲悪いです。」

 

「なるほどな。」

 

江南で力を持っているのは「顧・陸・朱・張」の四豪族。

元々孫家も江南の小豪族であり、

孫策の母孫堅が台頭した際も、この四豪族が多大な力を貸している。

 

今孫策軍にいる陸遜は陸家の一員でもある為、

支配するのはそれほど苦労しないだろう。

 

「このまま孫策さんが江南を統治すれば、

次の目標は袁術。

その次は私たちになるのでしょうか?」

 

「曹操と桃香さまたちの状況にもよるけど………

このままだとその可能性が一番大きいわ。」

 

紫苑の推測に頷く鈴梅。

 

「軍備の拡張はこのまま進めていくわ。

他に何かする事はあるかしら?」

 

「とりあえずは今の所はないです。

また曹操や桃香さまの動きを見て決めるです。」

 

その日の軍議はそのまま終了した。

 

 

 

以前、刀剣技術を教えた店で場所を借り、

ウーツ鋼の特性を理解する為に刀を打っていた士郎。

 

休憩を挟むついでに、みんなの様子を見ようと城内を散策していると……

 

「あら?士郎さん。どうされたんですか。」

 

白い肌をほんのりと朱に染めた紫苑に声を掛けられる。

 

「紫苑か。以前世話になってた鍛冶屋に用があって、少し休憩しに帰って来たんだ。」

 

「鍛冶屋にですか?」

 

「ああ。炉を使わせてもらったり、馬用の鎧を開発したりな。」

 

「なるほど………でしたら今、お疲れなんですよね。

でしたら丁度良いものがありますわ。」

 

すっと近寄って来ると、ほんのり香る花の香りにおもわずくらっとしそうになる。

 

「うふふふっ。どうされたんですか、赤い顔をして。」

 

「い、いやっ。なんでもない。

それより、何なのさそれ。」

 

首を振り、邪念を吹き飛ばす士郎。

………色仕掛けに弱いのは相変わらずである。

 

「はい。中庭に温泉が出来たんです。」

 

「温泉って………前から中庭で作業してたあれか?」

 

「丁度、温泉が流れていたのが分かりましたので、

聖様にお願いして作らせて貰ったんです。」

 

――ダウジングか何かしたんだろうか?

士郎の疑問をよそに、紫苑は話し続ける。

 

「見たところお疲れのようですし、良かったらどうですか?」

 

「それは嬉しいけど、大丈夫なのか?」

 

水質が人体に会うものかどうかが分かるまでは、

気軽に入る訳には行かない。

 

日本にもアルカリ性のお湯があるが、

アルカリは濃度が強いと、人間くらいなら軽く溶かしてしまう。

 

「大丈夫ですよ。

魚を泳がせて確認しましたし、私が入っても何も影響は無いですし。」

 

「無茶するな………

だったら俺も入らせてもらうよ。」

 

とりあえず解析だけはしておくかと考えながら歩き出す士郎だったが、

 

「………一応確認したいんだけど、今他の人って入ったりして無いよな」

 

「今は士郎さん以外には話していませんから。

………私で良ければお背中流しますけど。」

 

「他の誰かが聞いたら不幸な事になるから………行ってくる。」

 

「ふふふっ。はい、ごゆっくり。」

 

紫苑に見送られ、士郎は温泉に向かって行った。

 

……………

 

「これは………凄いな………」

 

士郎の目の前に広がるのは、石造りの露天風呂。

湯には花を浮かべており、甘い香りを漂わせている。

 

「なるほど。あれはこの花の香りだったのか。」

 

先程紫苑と話したとき、漂ってきた香りを思い出す。

 

「にしても、まさかこの時代に温泉に入れるなんてな………」

 

風呂文化は古く、遡れば紀元前のメソポタミアが始まりである。

 

この時代でもヨーロッパの方は、週に1~2程度入浴を行っていたらしい。

 

日本で湯に入る風呂が庶民に広がったのは江戸時代。

それまではサウナのような物や行水が主流で、

湯に入っていたのは上級の公家や武家の人だけだった。

 

そのことを考えると、今この時代で自由に湯に浸かれるのは非常に贅沢なのである。

 

「まぁ健康の事を考えたら、体温は高い方がいいからな。」

 

そう言いながら思いっきり体を伸ばす士郎。

 

湯に浸かる久しぶりの感触を、心行くまで楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯を出た士郎は、紫苑に礼を述べようと政務室に入っていった。

 

「あれ?水蓮たちも来てたのか。」

 

報告することがあったのか、軍務を行っていたメンバーもおり、

丁度全員が揃っていた。

 

早速、士郎は紫苑に声を掛ける。

 

「紫苑、とても気持ちよかったよ。」

 

「それは良かったですわ。またいつでもご自由にお使い下さいね。」

 

「ああ。また―――」

 

お願いするよ。と言いかけた時、

璃々が士郎の脚にくっついて来る。

 

「?」

 

「お兄ちゃん、お母さんと同じ匂いがするーー」

 

キョトンとしている士郎をよそに、

璃々が危険な発言をする。

 

『!!!!!』

 

さっきの会話と璃々の言葉を聞いて、

一気に空気が重くなる。

 

「って、どうしたのさ!!」

 

意味が分からない士郎は慌てて周りを見るが、

にこやかに笑う紫苑以外、全員様子がおかしい。

 

これは拙い。と、士郎の直感が危険信号を発信する。

 

「ち、ちょっと待て。温泉に入っただけだっ!」

 

「い、一緒に入ったんですかっ!!」

 

「ふふふっ。それは秘密よ。」

 

玖遠に向かって薄く笑みを返す紫苑。

 

「なんでそうなるのさ………」

 

紫苑が不自然にごまかす為、

全員に説明するのに、かなりの労力を使う士郎だった………

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く!!一人で温泉に入っただけならそう言いなさいよっ!!」

 

「なんで俺が怒られるのさ………」

 

「うっさいです。

とりあえず士郎が全部悪いです。」

 

理不尽な鈴梅と蓬梅の怒りをくらう士郎。

 

そんな士郎たちを余所に、

他のメンバーは温泉の話題で盛り上がっていた。

 

「あそこに温泉があるのは吃驚したよう。」

 

「私と聖は長年此処に住んでるんだけどね。」

 

「せっかくあるのですから、これからは有効に使えば良いと思いますわ。

肌も綺麗になりますし。」

 

『!!!』

 

紫苑の言葉に真っ先に反応する三姉妹。

 

「中庭にあるんだよねっ!

早速入ってくるね~~」

 

「あっ!ちぃも行くっ!!」

 

いきなり立ち上がって駆け出して行く天和と、それを追いかける地和。

 

「はぁ………全く姉さんたちは………

何かしたら困るし、私も行ってきます。」

 

そう言って、残った人和も出て行く。

 

「………凄い勢いで出て行きましたねっ………」

 

「仕事柄………美容には………敏感なんだと………」

 

呆気に取られる玖遠に説明する援里。

まぁ、アイドルをしているあの三姉妹は仕方ないだろう。

 

「でも、男湯と女湯は分けてませんから、

気をつけて下さいね。」

 

『ええっ!!』

 

残ったメンバーは一斉に士郎の方に目を向ける。

………話に参加していない士郎は、急に視線が注目したので戸惑う。

 

「まだ何かあったのか………」

 

「ふふっ。何でもありません。」

 

焦る士郎を上手くはぐらかす紫苑。

 

「で、何で分けて無いのよっ!!」

 

「そうです。このままじゃ士郎に覗かれるです。」

 

いつの間にか鈴梅と蓬梅も話しに参加している。

 

「あんまり大きくすると中庭が狭くなりますし、

湯量の問題もあったので。

でも大丈夫ですわ。

此処で温泉に入る男の人は士郎さんだけですし、掛札も作ってあります。」

 

「ううっ……士郎さんだから問題なんだよう………」

 

「はいっ………そうですっ………」

 

頭を悩ませる聖と玖遠。

色々大変である。

 

「う~~ん………ウチも恥ずかしいけど、まぁ士郎やったらええわ。」

 

「ええっ!何でよ!!」

 

霞の発言に驚く水蓮。

 

「純粋に興味があるんや。

どんな体つきしろるんやろ~~って。

勿論異性としてもあるけどな。」

 

「まったくアンタは………」

 

霞らしい考えに頭を悩ませる水蓮。

 

「璃々もお兄ちゃんと一緒に入る~~」

 

「ふふっ。頑張るのよ璃々。」

 

「うんっ。」

 

何をだ。

 

「て言うか、何で俺が覗くのが前提で話しるのさ………」

 

誰も「士郎は入らなくていい」と言わないあたりが、

彼女達の優しさなのだが、残念ながら士郎は気付かない。

 

まだまだ騒ぎは続いていくのであった。




動き始める雪蓮。

華琳や桃香もそろそろかな。


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5-5 小覇王

――――――寿春城――――――

 

煙が充満し、火が燃え盛る城内を、

荒い息を吐きながら走る二人の人物がいた。

 

「つ、つかれたのじゃ七乃っ。」

 

「私もですよ美羽さま~

けど、急がないと追いつかれちゃいますよ~~」

 

城内にはすでに敵の軍勢が攻め入っており、

二人を全力で捜索しているだろう。

 

「………つかまったらどうなるのかぇ?」

 

「ばっさり切られちゃいますよ~」

 

その光景を想像して思わず頭を振る美羽。

 

「そ、それはイヤなのじゃ!!」

 

「でしたら急ぎましょうよ~

外には馬を待機させてますし~」

 

息を切らせながら走り続ける二人は

そのまま外に飛び出す。

 

そこには、彼方此方に「孫」の旗が立っている街並みが広がっていた………

 

孫策たちが江南に攻め込んだ後、

美羽たちは「寿春」の北に位置する、桃香たちが統治する「小沛」に攻め込んだ。

 

小沛の更に北には「濮陽」という街があり、

そこは恋が曹操から奪った所だ。

 

そこで恋と呼応して「小沛」に攻め込んだのだが、

ご存知の通り恋は月たちを探していた為、そもそも桃香たちを攻撃するわけがなく、

その寝返り事態が罠であり、逆に待ち伏せされ、大きな損失を被ったのだ。

 

そこで一旦「寿春」に」戻って体勢を整えようとしたが、

その時既に「寿春」は曹操たちの攻撃を受けていたのだ。

 

それを何とか耐え凌いだ直後、

止めといわんばかりに江南を平定した孫策が攻めてきたのだ。

 

孫策たちも江南を平定したばかりで、兵や金、食料に余裕が無かったので、

攻め込んできた兵の数は五千程だったが、

精鋭たる孫呉の兵士達に加え、孫策、周喩、黄蓋、甘寧、周泰といった、

武力重視の将が集まったせいもあり、とうとう陥落させられてしまったのだ。

 

「たしか馬はここら辺に………」

 

七乃が周りを見回し、馬を探していると………

 

「見つけましたっ!!大人しく投降して下さい!!」

 

後ろから追って来る二つの人影。

 

「あれは……甘寧さんと周泰さんじゃないですか~~」

 

既に二人とも武器を手に持っており、

いつでも切りかかれる状態にある。

 

「私たちから逃げれるとは思わない事だ………」

 

孫呉の中でも、特に素早さに秀でている二人。

 

この状態では、逃げても追いつかれてしまうだろう。

 

「な、七乃ぉ~………」

 

七乃の後ろに隠れて、服にしがみ付く美羽。

七乃は、それを見て自身も剣を抜く。

 

「大丈夫ですよ~

美羽さまは私がお護りしますから。」

 

美羽に向かってにっこりと笑みを浮かべる。

 

「さあ。今のうちにお逃げください美羽さま。

これでも私は美羽さまの側近です。

手は出させませんよ。」

 

「いやなのじゃっ!!七乃も一緒にいくのじゃ……」

 

服を握った手を決して離さない美羽。

 

「そうか………ならば命の保障はせんぞッ!!」

 

リィン…と鈴の音が鳴ったと同時に、

逆手に持った曲刀「鈴音」で切りかかる甘寧。

 

それは到底七乃が受けきれる速さではない。

 

せめて一太刀だけでもっ………!!

 

そう思い、死を覚悟して剣を突き出す七乃。

 

二人の姿が交錯する瞬間―――――

 

「そこまでですよーーー」

 

横合いから大きな斧が差し込まれ、

二人の刃が阻まれる。

 

「なッ!!貴様は………」

 

「「弧白」さんっ!!」

 

驚く甘寧を他所に、弧白は美羽と七乃を庇える位置に移動する。

 

「どこにいってたのじゃっ!!!」

 

目に涙を浮かべた美羽が抱きついてくる。

 

「すみません美羽さま………

外の敵を倒して、逃げ道を確保してたんですよ~~」

 

「そうだったんですか。

だから傷だらけなんですねぇ。」

 

見れば、弧白の白いローブは彼方此方が切り裂かれ、

血が滲んで赤く染まっている。

此処まで来るのに、如何に無茶をしていたのかがわかる。

 

「私は孫呉の甘寧。

貴様………名を名乗れッ!!」

 

「わ、わたしは周泰ですっ!」

 

隠密としての仕事が多い甘寧と周泰。

弧白の力量を一目で見抜き、油断できない相手と判断したのだろう。

 

「名乗られた以上は答えないといけませんね~

……私は徐公明。お相手いたします。」

 

「ッ!!………董卓の所にいた、あの夏侯惇と引き分けた将か!!

………成る程。相手に不足はないッ!!」

 

斧の刃を地面に付け下段に構える弧白と、

体勢を低くし、一息で切りかかれるよう大腿筋に力を込める甘寧。

 

「か、甘寧さまっ!!私も………」

 

「いらんっ!!まずは奴の出方を判断してからだッ!!」

 

相手の技を見切る為、二人同時に切りかかって対処できずにやられては意味が無い。

 

「美羽さま、今のうちに………」

 

「いやなのじゃっ!!家族は一緒に逃げるのじゃっ!!」

 

「!!………ふふっ。そうですね。」

 

互いの空気が緊張して行く。

 

「疾ッ!!」

 

軸足で蹴った地面が爆ぜた瞬間、

右逆手に持った剣で一気に切り込む甘寧。

 

自身の体重と使用する武器の軽さ故に、

加速力ならこの時代の将で甘寧に勝るものは居ない。

 

士郎や小次郎でさえ、スタートの早さのみなら甘寧に劣るのに、

只でさえ重量のある武器を使用し、傷を負っている今の弧白では到底反応できない。

 

「もらったッ!!」

 

斧を構えたまま、全く反応できない弧白の左わき腹に剣を叩き込む。

 

本当は首や心臓を狙いたいのだが、

斧の柄が上半身を守るように構えており狙いにくく、

下手に突いて、抜けなくなったりしても困るからだ。

 

刃が弧白に触れた瞬間、ガリッと鋼が擦れる音が鳴る。

 

「ッ!!これは!!」

 

切り裂いた白いローブの下からは、鎖がチラリと見え、

そのせいで刃が通らない。

 

「いいんですか~

………そこで止まって?」

 

上から聞こえる弧白の声。

いつもと変わらぬのんびりとした口調だが、

甘寧の背中にはぞくりと冷たいものが流れる。

 

………近距離。

ここは、弧白の射程内。

 

攻撃直後の大きな隙。

それを弧白が見逃す筈が無く、

ブンッと力強く振られた斧が甘寧に襲い掛かる。

 

「くぅッ!!」

 

剣で受けるが、力が違いすぎる。

そのまま一気に飛ばされていく。

 

「甘寧さまっ!!」

 

咄嗟に飛び込んだ周泰が受け止めた為、大怪我は無かったが、

受け止めた手がジィンと痺れていた。

 

「成る程………徹底した後の後………

服の下にある鎖とその切り傷はそのせいか!!」

 

「はい~~

この服は鎖帷子って言うもので、西涼から更に西にある国で使われているんですよ~」

 

ローブを捲り、下にある鎖帷子を見せる。

ゆったりとしたローブのせいで、服が多少斬られていても見えなかったのだ。

 

「わざと攻撃を受け、その隙を取る………

そんな戦い方をしていたら死ぬぞッ!!」

 

幾ら帷子があると言っても、まともに斬られたら多少の傷は残る。

夏侯惇や張遼と同等の強さがあるのに、傷が多いのはその為である。

 

「いいんですよ~

生きている以上、いつかは死にます。

………でしたら、私は私の出来る戦い方で大事な人を護りたい。」

 

「弧白………」

 

余りにも強い決意に、思わず言葉が漏れる美羽。

 

「甘寧さま、ここは二人でいかないと拙いですっ。」

 

「ああ。気をつけてな。

最初から傷を負う覚悟の相手は………厄介だぞ。」

 

互いに武器を構えたまま、ジリジリと距離を詰めて行く。

迂闊に攻撃しようものなら、逆にやられてしまう。

 

「警戒されてますね~~

………でしたら、こちらからッ!!」

 

轟ッと風を巻き込みながら、大斧を下から上に切り上げてくる。

甘寧と周泰は咄嗟に後ろに下がり、城内の中に入り

出入り口を挟んで互いに対峙する。

 

「ここなら、そう易々と大斧(それ)を振るえません。」

 

出入り口周辺は周りに壁があるため、

振り回す系の武器は扱いにくい。

 

日本でも、刀同士が屋内で対峙するときは梁の下で待ち構えると、

相手が切り下ろしが出来なくなる為、有利になるのだ。

 

「確かに攻撃はしにくいですね~~」

 

そんな二人を見て、斧を上段に構え……

 

「………でも、私たちの目的は勝つことじゃないんですよ~」

 

思いっきり振り下ろす!!

 

「なッ!!!」

 

斧は木製で出来ている出入り口の天井を破壊し、

落ちてきた瓦礫や木片で其処が塞がれる。

 

「さて~逃げましょうか~~」

 

いつもの口調で話しかけられた二人は、

なんとなく頼もしい感じを覚えたのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてっ、行きますよっ!!

しっかり捕まっててくださいね~~」

 

「わ、分かったのじゃっ………」

 

ギュッとしがみ付く美羽を乗せたまま、

七乃と弧白は並走して城門に向かって馬を走らせる。

 

途中の敵は、すべて弧白が露払いしていたので殆ど残っていない。

 

「このままだと、なんとか逃げれそうですねぇ。」

 

「そうですね~

けど、やっぱりそうはいかないみたいです。」

 

三人の目の前には、閉められた城門が立ちふさがる。

 

寿春は非常に大きな都市なので

嵌められている閂は非常に大きく、一人二人では簡単に外せない。

 

「ど、どうするのじゃっ?」

 

「足止めしましたけど、

直ぐ後ろには孫策さんたちが迫ってますしね~

………門を大きくしすぎましたねぇ。」

 

慌てる美羽に、困っているのか分かりにくい七乃。

窮地を脱した為、多少余裕が出てきたのだろう。

 

「もう一頑張りしましょうか~

………美羽さま、七乃さん、下がってくれますか~?」

 

そう言って門の前に立ち、腰貯めに大斧を構える弧白。

 

その様子を見て下がる二人。

 

弧白の眼前にあるのは木製の大きな門。

大都市の門だけあり、大きく、分厚い。

 

その門を軽く一瞥した後、

自身を中心にぐるんと反時計回りに半周くらい回し、

そのままの勢いで斧を振りかぶる。

 

「ふっ!!」と、浅く息を吸い込むと同時に、

その振りかぶった斧を、門に向かって一気に叩き込む!!

 

振り回す際に起きる遠心力、

重心が先端にある斧の重量、

振り下ろす際に加わる重力、

鍛錬し続け鍛えぬいた腕力、

全てが刃に集中した一撃は――

 

衝車の攻撃すら耐え凌ぐ城門に、大きな風穴を開けた。

 

「すごいのじゃ………」

 

「凄いですねぇ………」

 

呆気に取られる二人を尻目に、

軽く斧を振り、歪みや刃毀れを確認する弧白。

 

かつて許昌を攻めた際も、

同様の方法で突破した事があり、

その時は恋と一緒に攻撃していた。

 

「ふぅっーーー

さて、行きましょうか~?」

 

振り返った弧白に呼びかけられた二人は、

急いで気を取り戻し、

慌てて弧白について行き、寿春を脱出した。

 

「このまま何処にいくのかぇ?」

 

「う~~ん………

北は劉備さんがいますし、西は曹操さん、

南の盧江も多分ダメでしょうね~」

 

元々「周家」の本拠地である盧江、

寿春がこの様子では、もう陥落してしまっていてもおかしく無いだろう。

 

「東には海がありますけど………泳ぎます?」

 

「海に蜂蜜はあるのかぇ?」

 

「絶対に無いですね~」

 

「そ、それはいやなのじゃ!!」

 

弧白の答えに思いっきり首を振る美羽。

 

「あ!だったら南西の江夏の方に行きませんか?

あそこは劉表さんの土地ですから、入るのは楽ですし、

劉表さんなら孫策さんも、曹操さんもそう簡単には手がだせませんよ~」

 

「さすが七乃じゃっ。

早速向かうのじゃ。」

 

「は~い。

じゃあ弧白さん、行きましょうか。」

 

そう言って三人は江夏の方に向かって歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。袁術には逃げられたのね。」

 

制圧した寿春城太守の間で、

先行した甘寧と周泰から報告を受ける孫策、黄蓋の二人。

 

「まあ仕方ないのう。

あの徐晃に足止めされては、そう易々とは抜けん。」

 

「私も戦いたかったわ~~

この私の一撃も受け止めるのかしら?」

 

腰に差している「南海覇王」を軽く撫でながら答える孫策。

 

「冥琳は盧江の方に行ったのじゃから、

一人で追いかけるでないぞ策どの。」

 

「分かってるわよ祭。流石に強行軍だったしね。

西の曹操と、北の劉備に備えないといけないし。」

 

戦後の統治も行わなくてはならない為、暫くは動けないだろう。

 

「けど、袁術に貸した玉璽が帰ってこないのは痛いわね。」

 

江南を攻める際、兵を借りる為孫策は玉璽を質にしている。

皇帝の証である玉璽、有れば色々な策略に利用できるのだが。

 

「………それに南西にはあの劉表がおる。」

 

少し、思い口調で話す黄蓋。

 

「そうね………「借り」は返さないとね………

ここらの統治が出来次第、直ぐに攻め込むわ。」

 

そう言って強い目をして、上を見上げる。

 

「待ってなさいよ劉表ッ!!」

 

孫策の叫びは、寿春城内に響き渡った………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城――――――

 

いつもと変わらぬ日常を過ごしている士郎の元に、一通の手紙が届く。

 

「伝書鳩か………誰だろう?」

 

鳩の脚にくくり付けられた筒の中から、

丸められた手紙を取り出すと、

鳩は飛び去って行く。

 

(返信は要らないという事か?)

 

そう思いながら手紙を開く。

どうやら貂蝉からの手紙のようだ。

 

内容を簡単にまとめると、

どうやら徐州で于吉と左慈、それに小次郎の姿が見えたらしい。

 

………文章の詳しい内容は記載しないほうがいいだろう。

 

「あそこに何かあったのか?

………それを探る意味でも、一度向かった方がよさそうだな。」

 

流石に貂蝉一人では、あの三人相手は無理だ。

もし此処で貂蝉を失うと、あいつらの行動を探る事が出来る奴がいなくなる。

于吉や小次郎はともかく、転移系の術を使用する左慈は一度見失うと厄介だ。

 

「聖にお願いして、少し時間を貰うか………」

 

袁術が滅んだ徐州。

各諸侯の思惑が交錯し始めていた。




次からは徐州で少しだけ頑張ってもらいます。


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6章 徐州動乱
6-1 珍道中


ガタガタと荒れた道を馬車が進んで行く。

 

「まだまだかかりそうだな………」

 

荷台には天幕が付いており、引っ張っている馬は二頭もいる上等なもの。

 

馬車の手綱を握っているのは士郎。

なぜ馬車に乗っているのかというと………

 

 

 

 

 

 

 

「私も行きたい~~………」

 

「駄・目・で・す!!

太守がフラフラしてどうするの!!」

 

「やっぱりこうなった………」

 

相変わらずの聖。

そして水蓮。

 

「どうせ行くなら、お土産も持ってくです。

その方がお城にも入りやすいです。」

 

「まぁ食料持って行くことも考えたら、

馬車の方がいいか………」

 

徐州まではかなりの距離がある。

無理をして急ぐよりは、

日程をかけて慌てずに進んだ方が、

体力も温存出来るから、もしもの時にも対処しやすいだろう。

 

「蒋琬。適当に見繕って準備しておいて。

………士郎は蒋琬から説明受けておいて。」

 

「は~い。

了解です鈴梅さまっ。

士郎さん、ボクについてきて下さいね。」

 

両手一杯に木簡を抱えたまま、

パタパタと足音を鳴らしながら部屋を出て行く蒋琬について行く士郎。

 

「………玖遠さんは………一緒に行くって………言わないんですか………?」

 

「勿論行きたいですようっ!!

けど、行かせてくれるわけないじゃないですか~……」

 

「よく分かってるじゃない。」

 

苦悩する玖遠に対して、冷静に答える水蓮。

どうやら大分この展開にも慣れてきたようだ。

 

「ですからっ!

士郎さんが帰って来たときに吃驚する位強くなりますっ!!」

 

「よう言うたっ!!ウチも協力するでっ。」

 

「ええっ!!」

 

「なんで其処で驚くんやっ!!」

 

色々騒がしかったが、

そうして数日分の食料と幾つかの貢物を乗せた馬車を使い、

徐州に向かって出発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

今、丁度士郎は新野から江夏に向かっている所である。

 

「そろそろ休憩にするか………」

 

襄陽から長江を船で渡る際も休憩を挟んでおり、

これで二回目の休憩になる。

 

「確か水と食料はこの辺りに………」

 

後ろの馬車の中へ入り、食料関係が入っている壷の中を見てみる。

 

「………何でこんなに減ってるのさ………」

 

船の上でしか休憩した時、残りの量を確認していたが、

かなりの量が減っている。

 

「………賊が奪ったんなら貢物が無事なわけ無いし………」

 

減っているのは食料のみで、後は何も手を付けていない。

士郎がそのまま荷台の中を見渡している時、

 

ぐぅ~~~っ………

 

端に置てある三つの樽の一つから音が鳴る。

 

「…………………うう~~~っ………」

 

何やらうめき声も聞こえてくる。

 

………中に誰かが居るのは確定のようだ。

 

「……………」

 

士郎が無言で近寄り、勢い良く樽の蓋を開けると、

 

其処には顔を真っ赤にした天和がいた………

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうっ!何で音だすのよっ!」

 

「だってお腹が空いたんだもん~~」

 

どうやら隠れていた天和のお腹の音だったらしい。

地和に怒られている。

 

「って何でいるのさっ!!」

 

「前の時お留守番だったから、

今度は来てみたかったんだよ~~」

 

お気楽に答える天和。

 

「はぁ………違うでしょ姉さん。

………士郎さん、私が説明するわ。」

 

スッと士郎の前に移動する人和。

 

「前々から私たちも宣伝しようと思ってたのよ。

その時、士郎さんが徐州に行くって聞いたから便乗させてもらったの。」

 

「………徐州はもう直ぐ曹操と桃香たちとの戦いがおこる。

とても危険だ。」

 

「大丈夫です。

元々私たちは冀州や徐州で活動してましたから、

呼びかければ沢山仲間が集まります。」

 

「お願いしろう~~~」

 

懇願してくる天和。

 

「………はぁ………勝手に行動しない事。」

 

「やったっ!!ありがとう~~」

 

「早くご飯食べようよ。

ちぃお腹すいた~~」

 

天和と地和はささっと荷台から出て行く。

 

「………ここまで来たら、下手に帰った方が危ないしな………

………そう言えば劇場の方は大丈夫なのか?」

 

「ここ最近はずっと活動してたから、

まとめた休暇を取るって事にしてるわ。」

 

「早く~~ご飯作ってよ~~~」

 

話し込む士郎と人和を呼ぶ天和。

 

士郎は早速、料理作りに取り掛かかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬車はどんどん徐州に向かって進んで行く。

 

「いい天気ーーー」

 

手綱を握る士郎の横に座った天和は、

気持ちよさそうに背中を伸ばし、気持ちよさそうにしている。

 

「随分機嫌が良さそうだな。」

 

「うんっ!

だって樽の中って狭いし暗いし熱かったし、

………外の風が気持ちいいよ~~」

 

「私はいつ地和姉さんが暴れだすか心配だったわ。」

 

前に座れるのは二人だけになっており、

後ろの荷台の中に居る人和が話しに参加してくる。

 

「そ、そんな事しないわよ!!」

 

「………途中、何回もうめき声が聞こえてたけど。」

 

「………お姉ちゃんっ!私と場所代わってよ!!」

 

「え~~~っ、外の方が涼しいからいや~~」

 

「姉さん、途中で話逸らさないで。」

 

「………全然元気じゃないか………」

 

女性が三人寄ると姦しい。

賑やかに騒ぎつつ馬車は江夏に到着した………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮さまですか?」

 

士郎たちの馬車が江夏に入ると一人の女性が近付いて来る。

 

「そうだが………キミは?」

 

「江夏太守の黄祖です。

姉さまから連絡を貰っていたので、出迎えに来ました。」

 

露出が多い装備を着ており、日に焼けた健康そうな肌を惜しげもなく晒している。

短い髪も相俟って、元気な少年のような印象を覚える。

 

「姉さま………?えっともしかして………」

 

「水蓮姉さまに決まってるじゃないですか!!

江夏(ここ)の太守してますから中々会えないんですよね……

………元気にしてましたか!!」

 

急に顔を寄せながら聞いてくる。

 

「あ、ああ。最近は人が増えたから、

自分自身の武の鍛錬に励む事が多くなってるな。」

 

以前、十字槍の指導をした事を思い出しながら答える。

 

「だったら!私が帰れるのもそう遠く無いはずっ!

よーし。まだまだ頑張ろうーー」

 

急に元気になる黄祖。

士郎は置いてけぼりである。

 

「確か徐州まで行く予定なんですよね?

とりあえず江夏と寿春の国境までは安全だと思いますけど、

寿春は今、孫策の奴が袁術倒して新しい太守になったばっかりですから、

ひじょーに荒れてますよ?」

 

太守が変わった直後はその混乱を狙って賊が横行しやすい。

特に今回は、袁術軍自体も壊滅している為、

生き残った敗残兵も略奪等を行い、非常に荒れているのである。

 

実際に江夏も何度か賊に狙われている。

 

「とりあえず国境までは護衛しますけど……

人数って一人……だったですよね……?」

 

「………うん。俺もそのつもりだったんだけど………」

 

二人の視線の先には、

兵士達の前で歌っている三姉妹がいる。

 

もう既に大半の兵は三人の魅力にやられているようだ………

 

「………えっと………襄陽に送ります?」

 

「………後でややこしい事になるのが分かるからなぁ………

ここまで来たし、一緒に連れてくよ。」

 

江夏で食料等を補充した士郎たちは、

寿春に向けて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江夏を出て、川沿いを東に進めば「盧江」があり、

その北には「寿春」がある。

 

この二つの国は今、孫策が統治しているが、

まだ賊も多数存在しており、非常に危険である。

 

幸い、「江夏」の北にある間道を通れば、

直ぐに「寿春」に向かう事ができ、

そのまま北に進めば、桃香が統治している徐州の「小沛」はすぐ近くになる。

 

その為、山賊や元袁術兵との戦いを避けるため、

士郎たちは、多少進軍しにくい間道を通る道を進んでいるのだった………

 

夜、草木も眠る深夜に、

静かに鳴り響く二胡の旋律が聞こえてくる。

 

「ん……………?」

 

浅い仮眠を取りながら、回りを警戒していた士郎がそれに気付く。

 

周りで寝ている天和たちを起さぬよう、

静かに立ち上がると音の発生元に向かって進んで行く。

 

そこで士郎が目にしたのは、

月明かりの元、静かに二胡を演奏する地和の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに、しかし確実に届くような強さで二胡を奏でる。

 

普段見る強気な姿と異なる優しい音色を奏でる姿は――

月の光も相俟って、触れた瞬間に消えてしまいそうな、儚さを感じた――

 

「……………………ふぅ………」

 

気が付くと演奏を終え、弦に挟んでいた弓を下ろしている地和。

 

「もう、演奏は終わったのかな?」

 

「っ!!」

 

演奏に集中していた地和は、

急に士郎の姿に気付き、驚く。

 

「な、なによ………寝てたんじゃなかったの………」

 

夜という事を考えているのか、いつもの元気さが無い。

………しかし、見た目ほど慌てているようではなさそうだ。

 

「一応見張りも兼ねてるからな。

浅く眠るだけにしてたのさ。」

 

元々一人で戦ってきていた士郎。

睡眠時も、直ぐに反応出来るような癖が付くのも仕方が無い。

 

「変な特技持ってる………

って!さっきの演奏聞いてたのっ!?」

 

「ああ。とても美しい音色だった。

………演奏してる姿を見たときは、思わず見とれたよ。」

 

「ふ、ふん。当然よ。

ちぃはこの大陸一番の旅芸人なんだから。」

 

赤くなった顔を見られないよう、士郎から顔を背けながら答える。

 

「一つ聞きたいんだが………あの演奏は誰に向かっての物だったんだ?

練習にしては………余りにも感情が入り過ぎていた。」

 

先程演奏していた地和の顔を思い出す士郎。

………まるで、今にも泣き出しそうに見えた顔を。

 

「………私たちが起した騒ぎで亡くなった人に向かって、よ。」

 

「………そうか。」

 

それを聞いて、静かに頷く士郎。

 

「ここら辺でも戦があったのよ。

………ちぃたちが歌ってるのは、皆を元気付ける為だから、

ここにくれば、ここで亡くなった人たちの為に歌えるんじゃないかって………」

 

「だから馬車に乗り込んだのか。」

 

「………そうよ。」

 

(………天和と人和も、以前同じことで悩んでいたな………

そう振り切る事はできないか………だったらいっそ………)

 

一瞬の沈黙。

士郎は、地和に背を向ける。

 

「この先でも歌い続けるんだろう?

邪魔が入らないよう、俺が地和たちを守るから、

精一杯歌うと良い。」

 

「っ………うん!」

 

地和の方法では素性がばれる恐れがあるし、恨みで命を狙われる可能性も少なからずある。

だが彼女の思いは決して間違っていない。

………正義の味方を目指し続ける士郎だからこそ、

誰よりも、その思いが尊いものと感じることが出来た。

 

「ただし、余り勝手な行動は取らないでくれよ。」

 

「わ、わかってるわよ!!」

 

いつもの地和に戻って行く。

ゆっくりと、夜は過ぎていった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから先が寿春の領土です。

………私たちも護衛したいのですが、この先は孫家の領土になるので………」

 

「ああ。分かってるさ。」

 

「自分からは攻め込まない」のが劉表軍の方針。

劉表軍の将である黄祖軍がこの先に進むのは、それに反してしまう。

 

「俺も無駄な戦いは避けたいしな。

上手くするさ。」

 

士郎は客将なので、その方針が適応されない。

反董卓連合の時も、直接声を交わした訳では無いので、

目立つ行動さえしなければ、なんとか抜けられるだろう。

 

「………頼むから大人しくしててくれよ………」

 

「は~~い」

 

士郎は馬車の中にいる三姉妹に声を掛ける。

………大丈夫だろうか………

 

「ご、後武運をお祈りしますっ!」

 

「ああ。ありがとう。

それじゃあ、出発するか。」

 

そうして、多少不安要素を抱えたまま、

士郎たちの馬車は「寿春」領内に入っていった………




ここから新しい章になります。

章の最後と、ざっとしたと内容しか決めていませんので、
作者自身も途中がどういう流れになるのかは未定だったり……


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6-2 江賊討伐(1)

――――――寿春 郊外――――――

 

「孫」の旗を掲げた軍勢が待機しており、

その先頭に、何人かの女性の姿が見える。

 

「蓮華さま。斥候によると、

賊の数は三千。此処より南の方で陣を築いているようです。」

 

「ありがとう思春。」

 

統治したばかりで、まだまだ賊や敗残兵に悩まされている寿春。

勉強がてらにこの街を任された蓮華は、

今から寿春南にある、江賊の拠点を叩きにいく所であった。

 

「え~~それだけしかいないの?

だったらシャオだけでも大丈夫だよ。」

 

「流石に小蓮さま一人だけと言うわけには……」

 

「そうよ。賊は何するか分からないから、

何かあった時困るのよ。」

 

「………は~~い。」

 

少し機嫌悪そうにする小蓮。

 

「………全く、姉さまは大事なときに居なくなるんだから………」

 

こういう事には率先して参加したがる、

姉の雪蓮の姿は此処にはなく、

冥琳や祭、穏といった孫呉の主要メンバーの姿は全く見えない。

 

「国が大きくなりましたから、

雪蓮さまは色々とする事が増えてるんですよ。」

 

地方豪族の代表である以上、

有力な豪族には今回の戦の説明や役人人事など、

いろいろな戦後処理が絡んでくる。

 

その事を直ぐ傍に居る、片眼鏡をかけた女性がフォローするが………

 

「い~え。絶対冥琳を振り回して遊んでるわ。

………亞莎くらいに真面目に働いてくれればいいんだけど。」

 

「そ、そんな私なんて………まだまだですよぉ………」

 

亞莎と呼ばれた少女は、全力で首を左右に振る。

 

「まぁ、それが姉さまの良い所にも繋がってるんだけどね……」

 

ため息を吐きながら、どこかしょうがないといった感じの蓮華。

 

「蓮華さま。軍の準備が整いました。」

 

「分かったわ。」

 

思春に促され、蓮華は整列する五千の兵の前に立つ。

 

「孫呉の勇者達よっ!!

我らの民を脅かす、賊どもを駆逐するっ!

進軍し、賊どもに我らの力を見せ付けろっ!!」

 

『オオオオオオオオオオオッ!!!!』

 

剣を高く掲げた、蓮華の激励に兵士達が咆哮にて答える。

 

賊掃討戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あれは………」

 

遥か前方を見ていた士郎が、

おもむろに手綱を引いて馬車を止める。

 

「きゃっ!!」

 

「なにっ!?」

 

急に止まったせいか、後ろの荷台から姉妹達の悲鳴が聞こえてくる。

 

「士郎さん、どうかしたんですか?」

 

士郎の後ろにある荷台の幕が空き、

人和が顔を出してくる。

 

「前方に兵の姿が見えるんだ。」

 

「前方………って何も見えませんが………」

 

「ああ。視力はかなり良いほうだからな。」

 

勿論、士郎は視力を強化しているからみえている。

 

「まだぼんやりとしか見えないが………

此方を狙ってるわけじゃ無さそうだな。」

 

持っている物やぼんやりと見えている色の割合を見れば、

兵が此方を向いているかどうか位は判断できる。

南から進んで来ている士郎に対し、

兵の集団は北の方を向いている為、

恐らく其方からの相手を警戒しているのだろう。

 

「賊なのかしら………」

 

「そこまでは判断できないが、

もし賊なら確実に狙われるな。」

 

馬車に積んでいるのは食料や貴重な物ばかり。

しかもアイドルである張三姉妹もいるとなると、

賊からすれば格好の得物である。

 

「如何しましょうか?士郎さん。」

 

「………一旦近くの森に馬車を隠そう。」

 

そう言って西に見える森に向かって移動を開始する士郎たち。

 

森の中の安全を確認した後、

適当な水場の近くで様子を伺う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとおねえちゃん!!私の取らないでよ!!」

 

「あれ~余ってたんじゃないの?」

 

「姉さんたち。食事中は静かにして。」

 

夜、焚火の周りに集まって、

士郎が作った食事を食べている。

 

馬車には腐りにくい乾物が多く入っていた為、

今夜のメニューは鍋と近くの川で取れた焼き魚だ。

 

「………凄い勢いだな。」

 

姉二人はともかく、

その二人を抑えている人和も皿は決して手放さない。

 

「しろーくんに見つかるまで、

まともに食事できなかったんだよ~」

 

「乾物ばっかりで口が痛くなるし、味は濃いし………

散々だったんだから!」

 

「いや、それを俺に怒られても………」

 

完全に八つ当たりである。

 

「だから今のうちにしっかり食べるのっ!

ちぃ達は体力が無いと駄目なんだから。」

 

確かにあれだけ歌ったり、楽器を演奏していたら体力も直ぐになくなるだろう。

馬車での移動中も、新曲の作成に四苦八苦しているようだし。

 

「私たちの事より、これから如何するんですか士郎さん?」

 

いつの間にか食事を一足先に終え、

食後のお茶を飲んでいる人和に話しかけられる。

 

「ああ。その事なんだけど………

まずは、あの賊を如何にかしないと進めない。」

 

「そうですね……

もし見つかってしまったら、此方の馬車では逃げても追いつかれます。」

 

「昼間の様子を見たところ、奴らは北のほうを警戒していた。

北にあるのは寿春。

恐らく奴らは、寿春からくる討伐軍を警戒しているんだろう。」

 

「そうなの?」

 

会話に天和が参加してくる。

 

「ちょうど寿春は太守が変わったばかりだし、

まずは、その隙に暴れる賊や敗残兵を討伐してるだろう。

………そのままにしておくと、治安が悪化して町の運営が成り立たないからな。」

 

治安の低下は民の不安を招き、

不安は人々の心を揺るがし、やがて反乱を起こす。

そうなってしまったら、町の運営どころではない。

 

「とりあえず俺一人で近寄って、様子を伺ってくるよ。

最悪見つかっても、俺一人なら逃げ切れるからな。」

 

「そんな………危ないよう………」

 

「大丈夫。引き際は心得てるさ。」

 

心配そうな目を向けてくる天和の頭を軽く撫でながら答える士郎。

 

「気をつけて下さいね。」

 

「………無茶したら駄目だからね!」

 

「ああ。行ってくるよ。

………念のため、ここら周辺に罠を仕掛けておくから、

あまり動き回らないようにしてくれよ。」

 

そう言って馬に跨り、

賊が居るであろう方角に向かって駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫権の軍と賊が戦い始めたのは夜が明けてからだった。

 

バラバラと徒党を組み、群れている賊に向かって、

錐行陣で突撃しいて行く孫権の軍勢。

 

偽退誘敵等の策を使う様子は全く見えない。

 

兵力自体が賊の三千に対し、孫権軍が五千と上回っている事は大きな要因であるが、

そもそもこの戦は寿春の民に示威を見せ付ける意味もあった為、

策を弄するより、強引に攻め込む方が好ましいのだ。

 

それに、この方針を決定したのは他でもない、蓮華自身である。

 

軍師である亞莎兵力の優位を見せ付けながら、

降伏させる策を献上したのだが、

兵糧の消費や、相手が賊である事も考え、一気に攻めることにしたのだ。

 

まぁ、蓮華の性格が大分影響しているのもあるが――――

 

戦況は、将自体の力も相俟って、

賊は押され気味になっており、真っ二つに陣を割られていく。

 

「やぁああああーーーっ!!」

 

先頭を率いるのは小蓮。

小さい体を目一杯動かし、

両手に持った乾坤圏を振り回して進んで行く。

 

攻撃的な性格の小蓮。

まともな装備を満たない賊では、

小蓮と彼女が率いる兵士達を止める事は出来なかった。

 

どんどん息絶えていき、敗走を始める者もだんだん増えて行く。

 

「このまま一気にシャオが!」

 

もう直ぐで敵の本陣が見える―――

 

この突撃で決めてしまおうと、突撃して行く。

 

しかし、彼女達は失念していた。

 

賊の中には、「敗残兵」も混じっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷薄。敵さんは突っ込んできたみたいだぜ。」

 

「そうか。やっぱり俺達を賊だと思って舐めてやがったな。」

 

賊の本陣で会話しているのは雷薄と陳蘭。

二人とも今は賊の頭だが、

元々は袁術軍で一軍を率いた将である。

 

「ああ。賊は賊なりの戦い方ってのを見せてやろうぜ。」

 

「そういうこった。

………おいってめえ等っ!!姫さんをお出迎えして差し上げろっ!!」

 

『へいっ!!!』

 

雷薄の言葉で動き出す賊軍。

どこか、不穏な空気が戦場に流れ始めていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなのよこいつら!!」

 

あと少しで本陣という所まで迫った小蓮の目の前に立ちふさがるのは、

大きな盾を構え、がっちりと鎧を着込んだ兵士たち。

重量がある装備を着ているせいか、小蓮の突撃にもびくともしない。

 

装備は充実していた袁術軍の残党が混じっていた為、

雷薄と陳蘭が選りすぐった兵士に持たせていたのだった。

 

「もうーーーっ!!シャオの邪魔しないでよっ!」

 

舞うように切り込む小蓮。

しかし、小蓮の攻撃は速さがあるが重さは無い。

 

守備のみに身を固めた兵士を倒すのには少々時間が掛かる。

 

たった数百の重装歩兵に、

軍全体の進軍が完全に止まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい………軍の進軍速度が落ちている?」

 

陣の最後尾に居る蓮華が異変に気付く。

 

「ま、拙いです。蓮華さま!」

 

「亞莎。何があったの?」

 

慌てた様子の亞莎に理由を尋ねる蓮華。

 

「このままだと、小蓮さまが!」

 

錐行陣は△の形に陣を組む。

この陣は、進軍速度、突破力に優れており、

なだれ込むように後ろの兵が攻撃でき、連携しやすいメリットがある。

ただし、当然の如くデメリットも存在する。

 

槍のような錐行陣。

先端は薄く鋭利な故に強力な突破力を有するが、

非常に脆く、折れやすい。

今の孫権軍のように進軍を止められると、メリットが殆ど失われてしまうのだ。

 

「っ!早く援軍を!!」

 

「もう、中軍の思春さまが向かっています。」

 

この作戦を立案したのは蓮華だが、

亞莎も特には反対はしていない。

つまり、この事態を予想出来ていなかった。

 

孫家を継ぐ予定の蓮華と、軍師としてまだ新しい亞莎。

未熟な二人を成長させる為の戦だったが、

その未熟な隙を衝かれてしまった。

 

「そう………なら、私たちも急ぐわよっ!」

 

間に合わないかもしれないが、

大事な妹をここで失う訳には行かない。

 

しかし、急ぐ蓮華たちの前に賊が立ちふさがる。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

形振り構わず襲い掛かってくる賊の群れ。

まるで、命を捨てているかのように。

 

「くっ!邪魔よっ!!」

 

手に持つ剣を振るい、賊を切り伏せる。

しかし、倒れた賊は尚も、足にしがみ付いてくる。

 

「っ!!……………はぁっ!!」

 

紫電一閃。

今度こそ事切れ、ぱたりと地面に落ちる賊の手。

 

見渡せば似たような状況が繰り広げられている。

 

まるで亡者のよう。

 

「これは一体………」

 

小蓮が倒していった筈の賊も、まるでこの時を待っていたかの用に動き出す。

 

周りは、混戦と化していった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張るねぇ、嬢ちゃん。」

 

前線で戦う小蓮の元に、二人の男が近付いて来る。

 

共に血糊がべっとりとついた剣を持ち、

装備も軽装だが、まともな鎧を着ている。

 

「誰っ!?」

 

「俺が雷薄でこっちの奴が陳蘭。

あんた等にやられた元袁術軍さ。」

 

「袁術軍?………って事は重装歩兵

こいつら

はアンタたちのねっ!!」

 

「そうさ。敵が弱くて進み易かっただろう?

まんまと誘われやがった。」

 

大笑いする陳蘭。

 

雷薄と陳蘭が立てた作戦は、

まず、まともな装備が無い賊を戦わせ、

調子に乗って進んできた奴を、

数少ないまともな装備をしている兵士で囲むというものだった。

 

自分の味方である賊たちを犠牲にする作戦。

まさか数に劣る賊が、そんな事をしてくるとは簡単には見抜けなかった。

しかも、最初に進んできた将が大して有名じゃなければ、あまり意味が無い。

正にギャンブルのような作戦。

だが、雷薄と陳蘭はそれに勝った。

 

「くっ………けど、もうそっちは殆ど兵が残って無いじゃない!

直ぐに姉さま達が助けに来てくれるわよっ!」

 

小蓮が言うとおり、死傷者を除いたら賊の残りは千いるか居ないか。

対して、孫権軍はまだ四千以上は残っている。

 

「けっ!こっちハナから戦って勝つ気はないんだよぉ。」

 

「まんまと策に引っかかった奴を捕まえて、

孫家の奴らを苦しめるのが目的だしな!

今頃、てめえの姉は死体の振りしてる賊の連中に足止めくらってるぜ。」

 

賊は敗北したら、明日は無い。

仲間の死体に隠れている賊もいるが、

多少の傷はおろか、片腕を失っても戦い続けるように命令をしてある。

………あたかも、亡者の群れが襲い掛かってくるように見せかけ、

進軍を遅らせる為に。

 

「そ、それだけの為にこんな事したのっ!!」

 

「俺達は手前ら孫家の連中に滅ぼされたんだぜ!

恨みを持つのは当然だろうが。」

 

「そうそう。

大人しく死んでくれやっ!!」

 

言い終わるや否や、同時に切りかかってくる雷薄と陳蘭。

蓮華と亞莎は動けず、思春はあと少し。

 

小蓮は絶体絶命の危機に陥ってしまった………




江賊討伐は次で終わり。
それから徐州入りになります。

ちょっと説明文が多かったので、
読みにくかった所や、分かりにくい所があればお教え下さい。
勉強になりますのでm(_ _)m


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6-3 江賊討伐(2)

に矢を番え、強弓を引き絞る。

 

狙いは遠く、

射法八節も行ってはいないが―――

 

彼の眼には、

既に、当るのは「見えて」いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風切り音が聞こえる。

 

自身に振り下ろされる剣の音だと思い、

小蓮は固く眼を閉じる。

 

しかし―――

 

その音に続いたのは、

敵将の呻き声だった。

 

 

 

 

 

 

「ぐぁっ……………

誰だっ!!撃ってきた奴はぁっ!!」

 

雷薄の手に深々と突き刺さる矢。

雷薄と陳蘭の二人は、直ぐに矢が飛んできた方向に目を向ける。

 

そこには、黒弓を構える士郎の姿があった。

 

「誰だアイツ………?」

 

「んなことどうでもいい!

野郎共っ、さっさと殺せぇっ!!」

 

怒り狂った雷薄が部下に命令を下す。

 

流石元兵士達というべきか、

咄嗟の命令にも慌てることなく、

士郎に向かって隊を崩すことなく進んで行く。

 

それを見て、

再度、弓に矢を番える士郎。

 

「へっ。重装歩兵(あいつら)に矢が効くかよ。」

 

陳蘭の言葉を裏付けるように、

全く怯むことなく進んで行く歩兵。

 

確かに、普通の弓ならば効くはずも無いだろう。

しかし、今回の相手は、「ただの」弓兵ではなかった―――

 

「ぐぁああっ!!」

 

陳蘭の耳に届くのは、

士郎ではなく、歩兵達のうめき声。

 

「な、何やってるんだテメエらっ!!

さっさと囲んで殺せっ!たかが弓兵だろうが!!」

 

士郎に近付くまでの間に、何人もの歩兵が倒される。

 

相手は弓兵。

しかも見た所剣や槍は持ってなく、あるとすれば懐に隠せる短剣位。

 

それならば近づけば歩兵の方が有利と判断した歩兵たちは、

一斉に槍を突き出すが、

士郎はそれを避け、懐に潜り込み、近くにいた何名かを切り伏せる。

 

「何で剣が通るんだよっ!!」

 

「幾ら重厚な鎧を着ても、間接の隙間は隠せない。

それに………」

 

手のひらを相手の鎧に当て、

そのまま一気に踏み込む。

 

「ガ…ッ………」

 

「中の肉体は柔らかい。

鎧の振動を伝えてやれば簡単に倒せる。」

 

浸透勁。

硬い鎧は衝撃を伝え易く、

しかも相手はその重さ故に、さらに行いやすい。

 

瞬く間に数十人いた重装歩兵が倒される。

 

「調子にッ……のるなァッ!!」

 

激昂した陳蘭が、怒りに任せて突撃してくる。

 

あと少しで、孫家に対する復讐が成功していたのに、

この男のせいで、虎の子の重装歩兵は半壊し、雷薄は手傷を負ってしまった。

 

(全てが………台無しだッ!!)

 

勢いそのままに、士郎に切りかかる。

元将軍だけあり、激昂しているとはいえ、

最短距離を通るきれいな太刀筋。

 

だが、

 

「………怒り(それ)では、俺に届かない。」

 

士郎の声が聞こえると同時に、首の後ろ、延髄に衝撃が走る。

 

暗転する視界。

 

「ちっ………く……しょおッ」

 

そのまま、陳蘭は地面に倒れ付した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…………」

 

陳蘭の延髄を干将の柄尻で打ち据え、昏倒させる。

 

孫家に対する恨み、その為にコイツは賊を率いてこの戦を起したのだろう。

何も知らない人からすれば、悪は間違いなく賊のほう。

 

しかし、この男からすればその悪が、

こいつだけの正義なのである。

 

復讐するしか、救われない。前に進めない。

 

今もなお正義の味方を目指す士郎は、

その思いが分かってしまう為、殺せない。

 

(………ままならないものだな)

 

まだ、賊は残っている。

 

考えるのは其処までにして、

残った雷薄と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い………」

 

小蓮自身の攻撃が効かなかった相手を、

一瞬で倒した男。

 

奇妙な服装をしているが、味方と判断していいだろう。

 

心臓の鼓動が煩い。

 

それが窮地だった為のものなのか。

それとも違うナニカが原因なのか。

小蓮はただただ困惑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確実に雷薄との距離を詰めて行く士郎。

 

あの歩兵達が敗北したせいで、周囲の賊は誰も近寄ってこない。

 

「くっ………近寄んなァッ!!」

 

咄嗟に、傍に居た小蓮に手を伸ばす。

 

「ちッ!!」

 

人質にするつもりか、いやそれともせめて、小蓮だけは殺しておくのか。

 

走り出す士郎。

 

雷薄の手が、小蓮に掛かる瞬間―――

 

リィン―――と鈴の音が聞こえた。

 

「賊如きが、小蓮さまに触れるな。」

 

冷たい声が響いた瞬間、雷薄が真横に吹き飛ばされる。

 

「思春っ!!」

 

飛び込んで来たのは、

幅広の曲刀「鈴音(りんいん)」を逆手に持った思春だった。

 

思春に水月を強打され、動けなくなる雷薄。

 

「小蓮さまっ、ご無事ですかっ!?」

 

「大丈夫だよーー

この人が助けてくれたから。」

 

士郎を指差しながら答える。

 

「お前は一体………?」

 

「ちょっとっ、

シャオ助けてくれたんだから、乱暴にしないで!!」

 

思春は奇妙な服装をしている士郎を警戒し、

小蓮は命の恩人である士郎を庇う。

 

「説明したいのだが、今は時間が無いだろう。

とりあえずキミ達の敵ではない事は確かだ。」

 

「そうだ!蓮華さまっ!!」

 

士郎の言葉に弾かれたように反応する思春。

急いで蓮華の元に駆けて行く。

 

「ちょっとーーーっ!!シャオも連れてってよっ!!」

 

孫呉の中では、特に蓮華に対して忠義心が篤い思春。

蓮華の事となると周りが見えなくなる。

 

「私たちも急ごう。」

 

「う、うん。」

 

士郎に促され、一緒に軍後方にいる蓮華の元に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わらわらと寄って来る賊たち。

 

蓮華は腰まで届く、長い髪を靡かせながら剣を振るい続ける。

 

「くっ、はぁッ!!」

 

数も、質も此方の兵が勝っているのに、

得体の知れない執念を見せる賊の迫力にジリジリと気圧される。

 

(なんなの………こいつらッ………)

 

ふと、心が折れそうになる。

 

「危ないですッ、蓮華さま!!」

 

蓮華が意識を切った瞬間、襲い掛かってきた賊が横合いからの矢に射抜かれる。

 

「大丈夫ですかっ!!」

 

「あ、ありがとう亞莎。」

 

賊を討ったのは亞莎が付けている、

暗器に一つである、梅花袖箭を仕込んだ手甲「人解(れんげ)

 

元々武人である亞莎は、

近接戦闘もかなりの力量を誇る。

 

「押されてるわね………」

 

「はい………小蓮もご無事だといいんですが………」

 

背中合わせに会話する二人。

まだまだ賊は残っている。

 

すると………

 

「蓮華さまーーーッ!!」

 

賊をなぎ倒しながら走ってくる思春。

一気に蓮華の所へ到着する。

 

「お怪我はありませんか。」

 

「え、ええ。大丈夫だけど………」

 

いきなりの出来事に呆気に取られている蓮華。

 

「あの~~~小蓮さまは如何したんですか?」

 

「えっ………あっ!!」

 

亞莎に指摘され、小蓮を置いてきた事に気付く。

 

「もうっ!何やってるのよ。」

 

「す、すみません………」

 

思春が蓮華に怒られていると、

 

「おーーーいっ!みんな大丈夫ーーー」

 

「小蓮!」

 

士郎が操る馬に乗った小蓮が近寄ってくる。

 

「敵将はシャオたちがやっつけたよーー」

 

そのまま傍に来て、二人共に馬から下りる。

 

「大丈夫だったの小蓮!」

 

「うん。しろーが助けてくれたから。」

 

小蓮に言われ、士郎の方に目を向ける蓮華。

 

「寿春太守の孫仲謀です。

何処の誰かは知りませんが、妹の危機を助けてくれてありがとう。」

 

「旅商人の衛宮士郎と申します。

いや、私も賊に困っていた所ですから、

お互い様ですよ。」

 

軽く笑みを交わしながら互いに自己紹介をする。

 

「困っていたというのは…?」

 

「ああ。今、丁度徐州に向かうお客さんを乗せてたんです。

それで、賊がいたので立ち往生してたんですよ。」

 

「そうだったんですか。」

 

納得した顔で頷く蓮華。

しかし、

 

「本当に貴様は旅商人か?」

 

「どうしたの思春?」

 

「いえ、遠目でしたが、敵将を一人倒したのは間違いなくコイツです。

その時の動きを見ましたが、見た事の無い動きをしていました。

只の商人とは思えません。」

 

「………この戦乱の世では、商人自身が武を鍛えても可笑しくありません。

護衛の兵を雇うとお金がかかりますし、

彼方此方旅をしてますから、色んな武に触れる機会もありましたし。」

 

しらっと嘘を吐く士郎。

まぁ本当の事を話そうものなら、確実に捕まって牢屋行きだが。

 

「そういえば、シャオの攻撃が効かなかった兵士倒してたー

あれ、どうやってたの?」

 

興味津々に聞いてくる小蓮。

やはりあの姉あれば、この妹ありという事なのだろう。

 

「介者剣法と言うものです。

どんな鎧を着ても、間接の部分は必ず隙間が出来ます。

そこを狙えば、どんな鎧も意味を成しません。」

 

「………確かに、隙間が出来ますねっ。」

 

自身の体を動かしながら答える亞莎。

 

「じゃあっ、あの矢もそこを狙ってたの!?」

 

小蓮が聞いているのは、矢で賊を射抜いてた時の事だ。

自身の刃が通らない相手に、

なぜ矢が効くのか疑問に思っていた。

 

「はい。」

 

「すごーいっ!」

 

楽しそうな小蓮とは対称的に、

怪訝な表情の思春。

無理も無いだろう。

 

「出来れば御礼がしたいから、

一緒に寿春に来てもらえるかしら?」

 

親切心からの提案。

しかし、士郎は反董卓連合時に孫策、周瑜、黄蓋の三人に姿を見られている。

もし、会ってしまうと、士郎の事がばれてしまう。

 

「いえ、先を急ぎますので。

寿春を通過させてもらえれば大丈夫です。」

 

正規の商人では無い為、寿春の通行証など持っていない。

ここで蓮華に許可を貰えれば、今後の活動がぐっと楽になる。

 

「それ位はお安い御用ね。

直ぐに通行出来るように手配しましょう。」

 

快く承諾する蓮華。

 

「一応徐州の国境までは案内します。

賊の残りを鎮圧するから、今のうちに馬車を持ってきてくれますか?」

 

「了解。」

 

「急いでねーーーーー」

 

そう言って一旦、馬車を隠している森に向かって行った。

 

「………思春、亞莎。

こっちに向かってくる賊の鎧の隙間、

………弓で射抜ける?」

 

「………私は弓を扱わないので答えかねます。」

 

「私は袖箭を使いますが、狙って当てるのは難しいですね。

祭さまでも、厳しいと………」

 

「………あれ程の武人が商人というのも変ね。

まぁ、敵じゃないし、悪い人には見えないか大丈夫かしら。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそーーいっ。何してたのよっ。」

 

随分おかんむりな地和。

 

「地和ちゃん、しろーがいないから寂しかったんだよ。きっと。」

 

「なっ……!そんなわけないでしょーー!」

 

顔を赤くして、慌ててる地和。

………大分元気そうである。

そんな二人をほっといて話を進める士郎と人和

 

「それで、どうやら孫家の人が同行してくれるみたいなんだが。」

 

「はい。私たちは静かにしていればいいんですね。

………姉さんたち、大丈夫ですか?」

 

「歌っちゃ駄目なの?」

 

「駄目です。」

 

「楽器の演奏は?」

 

「駄目です。」

 

「じゃあ踊りっ!」

 

「全部駄目ですっ!!」

 

「えーーーっ。」

 

不満そうな天和である。

 

「とりあえず行こうよーー

士郎が守ってくれるんなら大丈夫でしょ。」

 

「ああ。当たり前だろ。

じゃあ行くか。」

 

即座に返されて反応が遅れる地和。

 

「っ………全く、士郎の癖に………」

 

「なんでさ………」

 

いまいち分かってない様子の士郎。

 

「………天和姉さんは天然だし、地和姉さんも………

私も頑張る必要があるみたいね。」

 

「?どうしたの人和。」

 

「なんでもないわ。行きましょう姉さん。」

 

そう言って馬車に乗り込む人和。

 

「?………まっ、いいか。

しろー私が横に乗っていい?」

 

「駄目だ。一応お客さんを運んでる事にしてるんだから荷台にしてくれ。」

 

「えーーーっ、けちーー」

 

「お姉ちゃん、早くしてよー」

 

賑やかに騒ぎながら、

士郎たちは蓮華たちと共に徐州に向かって行った。



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6-4 小沛入城

「♪~~♪~♪~~~」

 

ガタガタと揺れ動く荷台の中から、

気分よさそうな歌声と楽器の音色が聞こえてくる。

 

しかも、歌っているのは……

 

「小蓮ちゃん上手~」

 

「ほんとっ!

えへへっ、ありがと天和~。」

 

「次ちぃも一緒に歌うー」

 

「順番は守ってよ姉さん。」

 

いつの間にか、三姉妹になぜか小蓮が混じっていた。

 

「しかも知らない間に歌うわ、演奏するわ……」

 

そんな様子を見て、手綱を引いている士郎は思わずため息を吐く。

 

「ごめんね士郎。妹が迷惑かけて。」

 

「いや、孫権のせいじゃないだろ。

……まぁ、戦の後の息抜きになってるからいいさ。」

 

なぜか士郎の横には蓮華が座っており、

仲良さそうに話している。

 

「士郎は以前、何処にいたのかしら?」

 

士郎は今、行商人を装っているので、

士郎から他の国の話が聞きたいようである。

 

「前は荊州にいたな。

あそこは物流の拠点になっているから、大体の物が手に入る。」

 

「やっぱり栄えているのね……」

 

なにか複雑そうな顔を浮かべている蓮華。

 

いずれ戦うのが決まっている相手。

しかし戦を起せば、今平和に暮らしている民は傷つく。

姉ほど割り切った性格をしていないので、

母の仇という恨みはあるが、

蓮華の性格上、少し躊躇してしまうのである。

 

「……………」

 

何も答えられない士郎。

自分の立場上、どちらの擁護も出来ないし、下手に話すと素性がばれかねない。

だが、その葛藤は痛いほど伝わった。

 

不意に、大きな段差でも通ったのか、

がたんと大きく馬車が揺らぐ。

 

「きゃっ……」

 

「あぶな……っ」

 

体勢を崩した蓮華が馬車から落ちそうになったので、

士郎が咄嗟に引っ張る。

 

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 

引っ張られた勢いで士郎の膝の上に横たわる蓮華。

 

「すまない。怪我は無いか?」

 

「ええ……大丈夫だけど……」

 

二人の視線が交差する。

 

「……何をしている。」

 

横で並走している思春がギロリと睨んでくる。

 

「わ、わざとじゃない。事故だ事故っ。」

 

「そ、そうよっ。私が体勢を崩したせいで。」

 

「蓮華さまっ、早く離れて下さいっ!」

 

慌てて離れる二人。

 

「全く、だから反対したのに……」

 

「あ、あの~

そろそろ国境に着きますよっ。」

 

そうこうしている内に、徐州との国境に到着する。

蓮華たちは軍を率いている為、

これ以上進むと侵攻されているとみなされる。

 

「小蓮っ。ここでお別れよ。」

 

幕を開けて、中にいる小蓮を呼ぶ。

 

「え~っ。もう着いたの?

もうちょっとお話したかったのに……」

 

むすっとしている小蓮。

 

「仕方ないじゃない。これ以上私たちは進めないんだから。」

 

「……はぁ~い。」

 

ぴょんと荷台から飛び降りる。

 

「ありがとー楽しかったー」

 

「うん。私たちもだよっ。」

 

「またちぃと一緒に歌おうね。」

 

「……合格ね。いつでも来てくれていいわよ。」

 

約一名おかしな台詞があったが、

気にせず三姉妹と別れを告げる。

 

 

「……妹を助けてくれてありがとうね。」

 

「礼はもう受け取ってるぞ。」

 

「大事な妹を助けてくれたんだから、何回言っても足りないくらいよ。」

 

「……困って居る人を助けるのは当然だろ。」

 

「ふふっ。そうね。」

 

恥ずかしそうにそっぽを向く士郎に、

にこりと笑みを返す蓮華。

 

 

「……私の失態を補ってくれた事は感謝している。」

 

「一人で出来る事は限られてるからな。

あまり抱え込まないようにするといい。」

 

「……正直貴様の事はまだ疑ってはいるが、

実力は評価している。

もし武人として名を上げたいのなら、私達の所に来るといい。

貴様ならすぐに将になれる。」

 

「……そうだな。もしそうなったときは宜しく頼むよ。」

 

思春と士郎は、互いに拳を合わせる。

 

 

「今回の戦はいい勉強になりましたっ。

……机の上だけじゃ、分からない事が沢山あるんですね。」

 

「人の感情というのは、時に限界以上の力を発揮させる。

窮鼠猫を噛むって言うからな。」

 

「まだまだ精進あるのみです。

もっと経験を積んで、早く戦乱を終わらせるようになります。」

 

軍師見習いの亞莎。

師と仰ぐ冥琳や穏に追いつけるよう、

決意を新たにした。

 

 

「シャオを助けてくれてありがとね。お兄ちゃん。」

 

「なに。こっちも困ってたからお互い様だよ。」

 

「えへへっ。絶対お礼するから、また会おうね。」

 

「ここまで護衛してもらったから十分だぞ?」

 

「それはお姉さまがしたんでしょー

次は私がするのー」

 

「ああ。楽しみにしておくよ。」

 

そう言って小蓮は士郎たちから離れて行く。

 

「さて、徐州に入るか。」

 

『は~いっ』

 

蓮華たちに見送られながら、

士郎たちは無事に徐州に到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さん、これから如何するんですか?」

 

「そうだな……桃香たちは、曹操との戦を控えてるだろうから、

前線に一番近い「小沛」に居るだろう。

それに小沛はここから一番近い街になるしな。」

 

徐州にある街は二つ。

「小沛」と「下邳」である。

 

「小沛」は「寿春」の北に位置し、街の規模はそれほど大きくは無いが、

北に呂布が曹操から奪った「濮陽」があり、西には曹操の本拠地である「陳留」がある。

今現在、徐州で最も戦火に晒される可能性が高い街なのだ。

 

「下邳」は「小沛」の東に位置し、

沂水と泗水という2つの川を挟む天然の要害であり、

街の規模も徐州一を誇り、桃香もこの街を現在本拠地にしている。

 

この街を取り仕切っているのは名門「陳家」の陳珪・陳登の親子で、

桃香が来る以前、徐州が袁術に狙われた際も、

この陳親子が撃退している。

 

「下邳」の北には州は違うが「北海」という街があり、

そこは孔融と言う人物が統治している。

 

当然、その孔融が北から攻めてくる事も無くは無いのだが、

以前孔融が黄巾党の残党に困っていた際、桃香達に助けられており、

孔融も義を重んじる人物なので、まず攻めてくることは無いだろう。

 

それらの事を考えると、

恐らく「小沛」に桃香たちが居ると考えたのだった。

 

「じゃあ、出発しんこーー」

 

「……その元気さだけは尊敬できるな……」

 

歌って元気が出たのか、街に行けるのが嬉しいのか、

元気な天和を見て疲れが増す士郎だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桃香たちが統治しているとはいえ、

最前線の街だけに、ものものしい雰囲気が漂っていた。

 

「なんか色々調べられてるね……」

 

「密偵がいないか確認してるんだろう。」

 

城門を前で、街に入る許可を貰う為並んでいる士郎たち。

 

その目の前には、荷物検査されている人たちが大勢いた。

 

「……なんで戦なのに、こんなに人が出入りしてるんだろ?」

 

「……多分、畑が外にあるからじゃないかしら。

籠に野菜を入れた人が沢山見えるわ。」

 

人和の視線の先には、農民と思われる人たちが大量に歩いていた。

 

「後は武器商人や傭兵も集まって来るだろうな。

彼らからすれば、絶好の稼ぎ時になる。」

 

そうこうしている内に、士郎たちの順番が近付いて来る。

 

「そろそろか……

三人とも一旦中に入ってくれ。」

 

士郎に促され、

三姉妹は幕をくぐり、荷台の中に入って行く。

 

「さて……無事に通過できればいいんだが。」

 

近付いてきたのは、

兵士二人に、少女が一人……

 

「……なんで女の子がいるのさ?」

 

困惑する士郎を他所に、顔を上げた少女と目が合う。

 

「荷物検査するので、検めさせてもらうです。

って…………あれ?」

 

顔を合わせて膠着する二人。

 

「……音々音じゃないか。

成る程。荷物検査の担当してたのか。」

 

「……確かっ、恋どのに近付いてた変態男じゃないですかっ!!

ま、まさか、ここまで追っかけてくるとは……っ。」

 

「おい、なんか勘違いしてる……」

 

暴走し始める音々音。

厄介な奴に遭遇してしまったものだ。

 

「恋どのーー変態ですぞーー

退治してくだされーー」

 

音々音が叫ぶと同時に、城門の上から恋が降ってくる。

 

「……不審者、どこ?」

 

城門の上で日向ぼっこでもしていたのか、

寝ぼけ眼の恋はキョロキョロしている。

 

「こいつですぞー

ここまでねね達を追っかけて来たのですーー」

 

「……あれ、士郎?」

 

士郎の顔を見ると同時に?マークを浮かべる恋。

 

「……虎牢関の続き、する?」

 

そう言って、いきなり武器を構える恋。

 

「こっちは全然よくないっ!」

 

ジリジリと近寄る恋から離れる士郎。

 

「恋どのーー

早く倒すのですぞーー」

 

「……お願いだからまともに話が出来る人を呼んでくれ……」

 

その後、騒ぎに反応した星のお蔭で、

何とか無事に入城することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「城門で恋が暴れてると聞いて向かったら、

ふふっ。まさか士郎殿がいるとは思いませんでしたよ。」

 

クスリと笑いながら話す星。

 

「ああ。まさかいきなりあんな事になるとは……助かったよ。」

 

「ご謙遜を。

士郎殿なら、恋どの相手でも十分務まるでしょう。」

 

士郎の横に座っている星は、機嫌良さそうにしている。

 

「そう言えば、洛陽で助けられたお礼がまだでしたな。

……危うい所を助けていただき、感謝しております。」

 

そう言いながら頭を下げてくる星。

 

「いや、俺もその後怪我を負ったし、結局追い返しただけだからな……

あまり誇れるような戦果ではないさ。」

 

「ふふっ。それでも、助けられた事には変わりませぬよ。」

 

星に感謝され、思わず目をそらす士郎。

 

「それで、話は変わりますが、曹操との決戦を控えた今の時期に、

何故来られたのですか?」

 

幾ら関係が良好でも、別の国の将が街に来るのはそれなりの理由が存在する。

その大半は内部崩壊や情報漏洩に関する事である為、

この街の将である星は、それを聞く必要があるのだ。

 

……本当なら、

それは城門にいた音々音が聞いておかなければいけないのだが……」

 

「……星と俺に手傷を負わせたあの男の仲間が、

ここらで姿を見せたらしいんだ。」

 

「なんと……そうでしたか……」

 

士郎の言葉に、眉を顰める星。

 

「とりあえずそのあたりの話も含めて、

俺が来たのさ。」

 

士郎が前を見ると、其処には城内の入り口が見える。

 

「詳しい内容は桃香たち全員と集まって行おう。」

 

「それがよろしいですな。」

 

二人(+三人)は馬車に乗ったまま、城内に進んでいった。



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6-5 再会~そして……

 〜 月 side 〜

 

通りなれた城内を、てくてくと歩いて行く。

 

来ている服は、遥か西方で使われている給仕さんの服。

 

大きなスカートを揺らしながら厨房に食材を持って行く。

 

「よいしょ……よいしょ……」

 

手に持っている籠には一杯にじゃがいもが入っており、

月が持って運ぶには少々重い。

 

「これを運んだあとは……」

 

移動しながら次の作業に移り、

ふと……今の自分の境遇を考える。

 

(白装束たちの罠に嵌り、『死』しか残されてなかった自分……

だけど、そこを桃香さんたちに助けてくれた……)

 

それを考えると、元は一国の太守だが、

この仕事をするのは苦で無い。

 

(時々、詠ちゃんと一緒に軍議にも参加してるから、

街の皆の為に働けるし)

 

元太守だった月と軍師の詠。

二人の知恵をそのままにしておく朱里と雛里ではない。

 

(それに……いつか、あの人にもお礼を言わなくちゃ……)

 

胸に光る、剣の飾りがついた首飾りに目を向ける。

 

後悔や、懺悔の念に押しつぶされそうになっても、

これを見ていれば元気が出てくる。

 

そうして微笑を浮かべている時、

急にバランスを崩す。

 

「あっ……!!」

 

転倒する事はなかったが、籠に載せたじゃがいもが幾つか転がって行く。

 

「ま…まってぇ……」

 

追いかけようとするが、

手に籠を持っている為、咄嗟に動けない。

 

一旦屈んで地面に籠を置き、

追いかけようと頭を上げた瞬間、

目の前にじゃがいもが差し出される。

 

「あ、ありがとうございま……す…………」

 

お礼を言おうと、

拾ってくれた人の顔を見ると――

 

そこには、先程まで頭の中で考えていた人がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さんっ!!」

 

目の前に居る士郎に、思わず抱きつく月。

 

色々な感情が溢れ、目から零れる。

 

「お……っと、

久しぶり。月。」

 

「士郎さんっ……ごめんなさいっ……」

 

士郎の体に顔を埋めたままの月。

 

「ごめんって……なにがさ?」

 

「だってっ……私たちのせいで、大怪我したって聞いたのにっ……

お見舞いも、助けてくれたお礼も言ってません……」

 

「あの時は仕方ないさ。

月が他の諸侯に見つかったら拙かったから。」

 

「……それじゃ納得できません!」

 

「困ったな……俺はもう気にして無いんだが……」

 

困ったような、恥ずかしそうな顔を浮かべる士郎。

 

もしこの光景を他の人が見たら、確実に誤解される。

 

「月~~じゃがいもまだ~~………」

 

丁度いいタイミング?で現れる詠。

 

「あ。」

 

無意識に士郎の口から言葉が漏れる。

 

「あ、アンタ……月泣かしてるのよっ!!」

 

「まったっ!!……誤解っ……」

 

士郎は、弁解する間も無く詠からの一撃を貰うのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……最初からそう言いなさいよ。」

 

「説明させてくれる暇さえ無かっただろ……」

 

月からの説明のお蔭もあり、

誤解はスムーズに解けてばつが悪そうにしている詠。

 

「もう、詠ちゃん……」

 

少し怒った顔をしている月。

……まぁ全然怒ったようには見えず、むしろ可愛いのだが。

 

「私もあの時の礼がまだだったからね。

……ありがとう士郎。

あと……御免なさい……私たちの騒動に巻き込んじゃって。」

 

ペコリと頭を下げる詠。

 

「俺は気にして無いんだけどな……

皆無事だったからまぁいいだろ。」

 

「そうはいかないのよ。

恩を受けっぱなしって言うのは、

人によっちゃあ見えない荷物背負ってるようなものよ。」

 

借りを作りっぱなしというのは、

詠の性に合わない。

 

「まぁいいわ……その内何とかするから。

で、話は変わるけど、何で此処にいるのよ。」

 

「桃香から話は聞いてないのか?」

 

「いえ……来客者の話は特には。」

 

「……劉表軍の一員が此処に居るのがばれたら厄介な事になるから、

月や詠には話して無いんだろうな。

詳しい話は全員揃ったときにするさ。」

 

そう言いながら、先程まで月が持っていた籠を手に取る。

 

「これは厨房に運んだらいいんだろ。

案内してくれないか?」

 

「お、お客さんに、

それをさせる訳にはいきませんっ。」

 

「流石に見て見ぬ振りは出来ないだろ。

……さっきも転びそうだったし。」

 

「う……はい……」

 

顔を赤くし、うつむく月。

 

「じゃあ、私についてきて下さい。」

 

二人に連れられ、厨房に歩いて行く士郎。

 

「そう言えば二人とも、可愛い服着てるんだな。

似合ってるよ。」

 

後ろから二人の服装を見て、思わず感想を漏らす士郎。

 

「っ~~~」

 

「う、うっさい!私は嫌って言ったけど、

月が如何してもって言うから……」

 

互いに顔を真っ赤にしている。

 

三人が厨房に着くのは、少し遅くなりそうだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さん、お久しぶりです~」

 

桃香からの歓迎を受け、

謁見の間に入っていく士郎。

 

桃香の横には、朱里と雛里の両軍師も居る。

 

「久しぶりだな桃香。」

 

「はい。怪我のほうも大丈夫なの?」

 

「何とかな。

ここに来る途中に月と詠にもあったよ。」

 

「そうなんですか……

二人とも、士郎さんに早く会いたがってたから。」

 

「凄い勢いで謝られたよ。」

 

苦笑しながら答える士郎。

 

「二人とも、ずっと気にしてましたからね~

お姉……聖さんは元気ですか?」

 

「相変わらずさ。

色々頭悩ませながら、皆問題を解決してるよ。」

 

「こっちは大変なんだよう……

袁術さんを何とか凌いだら、今度は曹操さんが攻めてくるし……」

 

ため息を吐く。

まぁこの時代の徐州はまさに激戦区だから仕方が無いが……

 

「あ、あのっ、士郎さんっ。

援里ちゃんは元気にしてますか?」

 

「相変わらず知恵を借りたり、お菓子作ったりしてるな。

……前、援里と一緒に作ったお菓子があるから、

また後でご馳走するよ。」

 

「楽しみにしてます……」

 

二人とも援里と同じ私塾だから気になるのだろう。

 

「もう直ぐ他の皆も集まって来ますから、

それまでゆっくりしてね~」

 

「ああ。そうさせてもらうよ。」

 

そう言って士郎は謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎……終わった?」

 

「恋か。」

 

部屋を出ると、いきなり恋に話しかけられる。

どうやら、ずっと待っていたようだ。

 

「恋どの~~ほんとに戦うのですか~」

 

音々音も一緒について来ている。

……相変わらず恋にべったりである。

 

「戦うって、なにがさ。」

 

「私と……士郎が。」

 

「え……っと……

俺、此処に着いたばかりだから、出来れば休みたいんだけど……」

 

只でさえ疲れているのに、

相手が恋となると全力で戦わなければいけない。

 

今の士郎からすれば、もはやイジメである。

 

「大丈夫。士郎なら。」

 

いや、そんなとこ信頼されても……と思わず士郎が口に出そうとするが、

有無を言わせず腕を掴まれる。

 

「……行く。」

 

「何で俺の周りにはまともに話を聞く奴が少ないんだ……」

 

士郎の叫びもむなしく、

ズルズルと鍛錬場に連れて行かれるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か先客が居るな。」

 

「?確かに、剣戟の音が聞こえますな。」

 

警邏から帰ってきた愛紗と星が鍛錬場に向かっていると、

激しい剣戟の音が聞こえてくる。

 

「お帰りなのだーー」

 

途中で鈴々も合流する。

 

「鈴々、また厨房に忍び込んだな。」

 

「ちがうのだっ、月がくれたのだ。」

 

鈴々が口に加えているのは肉まん。

お腹が空いて厨房で貰ったのだろう。

 

「月は優しいからな。

大方詠が居ない隙を狙われたのだろう。」

 

仕方ないといった様子の星。

 

「全く……もう直ぐ夕食だっていうのに……」

 

「だから、体動かしに来たの。

鈴々も一緒に鍛錬するのだ。」

 

そうこうしている内に鍛錬場に到着する。

 

「さて、多分恋殿と魏越,成廉の二人が鍛錬してるのだろう。

私たちも混ぜてもらうとしようか。」

 

そう言って中に入った三人が見たのは、

 

風が渦巻くように戟を振るう恋と、

それを捌き避ける士郎の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弧白と同等の一撃を、霞の速度で振るう恋。

 

その純粋な力が、人中に呂布ありと言われる所以――

何とか捌いてはいるが、

下手に攻撃しようものなら直後の隙を狙われる。

 

只でさえ疲労が蓄積している士郎からすれば、

無理な体力の消耗は避けたいのだ。

 

(最も、これまでの戦って来た中で、

まともな状態で戦えた事の方が少ないけどな)

 

いつだって、ギリギリの状態で勝ちを拾ってきた士郎。

むしろ、こういう戦いの方がやりやすい。

 

じっと、恋の攻撃を避け受け流し、

恋の隙を伺う。

 

「っ…………」

 

嫌な予感を感じたのか、

ジリジリを距離を広げていく恋。

 

士郎が持っているのはいつも通り「干将・莫耶」なので、

恋の攻撃が丁度届く位置までこれば、士郎の攻撃は届かない。

 

(このまま……押し切る……)

 

一瞬気が緩む恋。

だが、其処は決して『安全』な位置ではなかった。

 

「ふっ!!」

 

士郎の体が不自然に沈む。

 

瞬間――

 

恋の眼前に士郎が一瞬で現れる。

 

「!!」

 

瞬時に相手との間合いを詰める縮地。

前後の動きに限り、長い距離を少ない歩数で接近する体捌き。

 

以前にやられたように、投剣されても大丈夫なように警戒していたが、

いきなり士郎が動く事は予想していない。

 

そのまま、決着がついたと思った時、

 

いきなり、士郎が倒れる。

 

「…………士郎、だいじょうぶ……?」

 

「さ、流石に今の体調で縮地は厳しい……」

 

どうやら疲労がピークに達したようだ。

 

「……私のせい?」

 

「自覚はあるんだな……」

 

ぐったりとしている士郎を困った目で見ている恋。

すると、入り口の方からパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。

 

「お見事。流石は士郎殿ですな。」

 

「凄いのだ。恋相手に互角に戦ってたのだ。」

 

鈴々と手を叩いていた星が士郎たちに近寄ってくる。

 

「士郎さん、到着されてたのですね。

いいものを見せてもらいました。」

 

「そんなにいいものじゃないと思うんだけどな。

結局最後は倒れて負けたしな。」

 

すると、恋がふるふると首を左右に振る。

 

「士郎は……疲れてた……

私の負け。」

 

「体調が良い時もあれば悪い時もある。

俺が負けたのは事実だろ。」

 

「ふむ……引き分け。

と、言った所ですかな。」

 

二人の様子を見て、星は苦笑しながら答える。

 

「兄ちゃんはまだここにいるの?」

 

「ああ。桃香から皆が集まるまで時間を潰してくれって言われてる。」

 

「でしたら、私たちの鍛錬を見てくれませんか?」

 

「あまり教えるのは得意じゃないんだけどな……」

 

「士郎殿が私たちより強いのは事実。

なにか気付く点があればでいいのです。」

 

「……分かった。休憩がてら見させて貰うよ。」

 

愛紗に押され、渋々訓練を見る事になった士郎。

 

徐州について早々、

いろんな人に巻き込まれながら時間は過ぎていった。




縮地(しゅくち)


縮地法とも言う日本武術における技術。
相手の瞬きの瞬間の隙や、死角に入り込む体捌き。

すり足で動く事で体がぶれない為、視覚的に近寄られたことに気が付かない。
停止から一気に最高速へ加速する歩法。
重心を崩す事を動きの起点にしている為、通常の動きより速い。
様々な媒体で使用されていますが、
ようするにこう言った動作の総称の事です。

植芝盛平と言う人物は、この縮地で数十メートルの距離を一瞬にして移動したらしく、
士郎でも数メートルなら可能(と言う設定)です。


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6-6 響く旋律

士郎たちの鍛錬は続く。

 

「はっ!」

「たあっ!」

 

前髪で左目を隠した少女と、

右目を隠した少女の二人を同時に相手している士郎。

 

周りでは、愛紗や星が思い思いに鍛錬を行っている。

 

左目を隠した少女――魏越が向かって左から。

右目を隠した少女――成廉が向かって右から。

 

ほぼ同じ感覚で斬りかかってくるが、

士郎は剣を受け流し、二人のタイミングをずらす。

 

「えっ、」

「きゃあっ!!」

 

互いの体がぶつかり、もつれ合いながら倒れる二人。

 

「うう~っ……すいません恋さま……」

「仇はとれませんでした……」

 

「なんでさ。」

 

ぶつぶつ言いながら倒れる二人に思わず突っ込む士郎。

 

「恋が勝てなかったのに、いくら二人でも無理だろう。」

 

愛紗の言葉に其処に居る全員が頷く。

 

「士郎は、強い。」

 

「せめて、」

「一太刀は当てたかったですぅ……」

 

「……キミ達は違うが、

この軍の将は長柄の武器を使う人が多いからな。

俺のように短剣二刀相手は、戦いにくいのもあるだろう。」

 

「……確かにそうですな。」

 

今現在、桃香の軍内で長柄の武器を使っているのは

愛紗、鈴々、星、恋の四人。

何れもこの軍の中心戦力である。

 

鍛錬時は自分と同等の力量の者と戦う為、

自然と、対長柄武器の動きが見についてしまっているのだ。

 

しかも元董卓軍のメンバーも、

霞や藍、弧白といった長柄武器を使用する仲間と鍛錬してきたので、

一緒に鍛錬していた恋や魏越、成廉も特にその影響が顕著に出ている。

 

「近付いて来られると苦手なのだ……」

 

「俺が居る間は極力相手になるから、

じっくりと感覚を掴んで行くといい。」

 

鍛錬場からは賑やかな声が何時までも聞こえてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ軍議を始めるねーー」

 

広い作戦室に劉備軍の武将達が集まり、

桃香の合図で軍議が始まる。

 

面子は桃香、愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、恋、音々音、月、詠、魏越、成廉に白蓮。

そして士郎と張三姉妹。

……こうして見てみると凄い人数である。

 

「……これで全員なの?」

 

「なんか多いね~」

 

相変わらずの天和と地和。

軍議に慣れて居ない為、いつもと変わらない様子だ。

 

「こほんっ!!」

 

人和が軽くせきを吐くと、慌てて姿勢を直す二人。

 

「はわわっ……で、では、まず現在の状況の説明からしますっ……」

 

そう言って、机の上に広げてある地図にある駒を動かし始める。

 

「兗州を制圧した曹操さんの次の目標は、

間違いなく冀州です。

で、その為の足がかりとして、

桃香さまが統治する徐州に攻め込んできています。」

 

「冀州を統治した袁紹も確実に南下してきますからな。

曹操殿も急いで足場を固めたいのでしょう。」

 

「ううん……星の言う事は正論だけど、あいつ等は全く動きが分からなかったぞ。

落とした城に何ヶ月もいた後、いきなり翌日に全軍攻撃したりしてきたからなぁ……」

 

しみじみと話しているのは白蓮。

袁紹とまともに戦った時を思い出しているのか。

 

「…………」

 

「うん?どうしたんだよ士郎。」

 

じっと見つめて来る士郎の視線に気付く白蓮。

 

「な、なんだよ……

そんなに見られると恥ずかしいだろ……」

 

ただでさえ男性経験が無いのに、

士郎にガン見されるのは、

とても落ち着かない気分になる。

 

「……余りに自然にいたから気付かなかったけど、

なんで居るんだ?」

 

「うっ……」

 

急に落ち込む白蓮。

 

「れ、麗羽に負けたからしょうがないだろーー!!」

 

「袁紹に負けたのは密偵の報告で知ってたけど……

すまない、気がつかなかった……」

 

更に落ち込む。

 

「只でさえあの麗羽に負けたから落ち込んでるのに……

存在に気付いて無いって……

どーせ私はそんな立場か……」

 

……拗ねた。

 

「……士郎殿……」

 

「……すまん。これは俺のせいだな……」

 

星の突っ込みに思わず謝る士郎。

 

「と、とりあえず話を戻しますねっ!?

朱里ちゃん!」

 

「は、はいですっ!!

仮に袁紹さんが攻めて来ても、

直接都市同士が繋がってませんから大丈夫かと。」

 

袁紹が南下してきた場合、都市が隣接しているのは

小沛(ここ)』の北にある『濮陽』か、

『小沛』東にある『下邳』の北、『北海』の二つになる。

 

『濮陽』は以前、曹操から恋が強奪したが、

恋が桃香と合流した際に曹操に返還しており、

『北海』太守は以前説明したとおり、友好関係にあるので攻められる心配は無い。

 

「攻めてくる兵の予想はどれほどなのでしょうか?」

 

「まだ詳しくは分かりません……

ですが、曹操さんは大分戦を続けたり、軍備拡張してますし、

兗州は賊が多発してますから、あまり兵糧は無いと思います……」

 

兗州は冀州から黒山賊、

青州から黄巾の残党が攻め込んでおり、

華琳はその対処に大分苦労してきている。

 

「あの……密偵は出してるんですけど……

あまり、詳しい情報が入ってきません……」

 

しゅんと落ち込む雛里。

 

「あの曹操の事だから、そこ等の情報は漏れないようにしてるでしょうね。」

 

「そうなの詠ちゃん?」

 

「私も連合軍と戦ったときに密偵出したけど、

曹操軍の情報は中々入ってこなかったわ。

……音々音も覚えておきなさいよ。

戦は始まったときには、もう終わってるんだから。」

 

「了解なのです。」

 

「本当に、」

「分かってる~?」

 

「煩いのですっ!!

貴女たちより頭いいのですっ!!」

 

魏越、成廉にからかわれながら、

木簡に書き写していく。

 

「取り敢えずは守備を固めて、

向こうの兵糧切れを待った方が良さそうだな。」

 

「鈴々は守るより攻めたいのだ~」

 

「……こくこく。」

 

「……外に出て迎撃する部隊も必要になってくるから、

多分それをお願いすると思いますです。」

 

まだ藍みたいに暴走しないだけマシである。

 

「それで、士郎さんたちは如何するの?」

 

ざっとした方向を決めた後は、

士郎たちの方に話題が移る。

 

来る事は伝わっていたが、

詳しい内容を聞いてない人もいるので、

今一度、士郎から説明してもらう必要があったのだ。

 

「歌うよ~」

 

「…………」

 

一瞬、全員が沈黙する。

 

「兄ちゃんが歌うのだっ!?」

 

「あの服を……着るのですかっ!?」

 

「愛紗、流石にそれは無理があるだろう……」

 

また話が脱線して行く…………

 

「なんでさ……

歌うのは三姉妹だけで、

俺は貂蝉から連絡があった泰山に向かってみるよ。」

 

「そこに、あの白装束たちがいるんですか?」

 

「手紙にはそう書いてあったな。

もし奴らが動くとすれば、

間違いなく人の目が少なくなる戦の時だろう。」

 

「あのっ……白装束って洛陽にいた妖術師ですよねっ!!」

 

「ああ。あの眼鏡を掛けた長身の男と、

長刀を持った奴がそうだな。」

 

「ふむ……あの男もいるのですな……」

 

月と士郎の会話を聞いて、何か考える星。

 

「出来れば士郎さんは一緒に参加して欲しかったけど……

仕方ないよね……

じゃあ編成の方お願いできるかな雛里ちゃん。」

 

「はいっ……曹操さんの軍が近付いてきたら連絡しますので、

恋さんと鈴々さんは兵五千ずつ率いて、

城外で待機してください。

後の人は城内で迎撃する事になりますので、

追って連絡します……」

 

「私たちは、」

「どうするのっ?」

 

「魏越さん、成廉さんは城の守備について下さい。

恋さんの軍師は音々音さんにお願いします。

鈴々さんの方は……」

 

「ボクが行くわ。」

 

『詠っ!?』

 

急に名乗り出て驚く皆。

 

「鈴々だけじゃ何か火急の事態に対処できないでしょ。

朱里と雛里は城に留まって全体の動きを把握しないといけないし、

そうなると残ってる軍師はボクだけじゃない。」

 

「詠ちゃん……気をつけてね。」

 

「月を残して死ぬわけないじゃない。

大丈夫よ。」

 

「ありがとう御座います詠さん……

鈴々さん、あの、ちゃんと合図を待って行動してくださいね……」

 

「まかせるのだ。曹操軍なんて蹴散らしてやるのだ!!」

 

「……お、お願いしますね……」

 

鈴々の言葉を聞いても、

何処か心配そうな雛里だった。

 

「じゃあ各自準備の方お願いしますっ……」

 

雛里の声を合図にぞろぞろと部屋から各々が出て行く。

 

「桃香さま、ちょっとよろしいですかな?」

 

「うん?どうしたの星ちゃん。」

 

星は何か相談があるらしく、

桃香に話しかけている。

 

士郎も自室に戻ろうとすると、

張三姉妹が近寄ってくる。

 

「どうしたんだ?」

 

「うん。しろうに手伝って欲しい事があるんだ~」

 

「?」

 

そう言われ、天和に袖を引っ張られながら

部屋を出て行く士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

長い階段を、一歩ずつ踏みしめながら上る。

 

「頑張れ~頑張れ~

しろう~」

 

既にこの階段を二往復もしており、

体、足の疲れは尋常ではないことになっている。

 

「士郎さん。

あと少しだから頑張って。

これが終わったら地和姉さんを自由にしていいので。」

 

「さ、最後のは遠慮するよ……」

 

「姉さんはお気に召さないのね……

でしたら私か天和姉さんになるけど。」

 

「ちょっと人和!!

なに変な事約束してるのよ!!

……全く、しっかりしてよ士郎!!

私も同じ量歩いてるんだから!!」

 

人和と士郎が話していると、地和が割り込んでくる。

 

「だ、だったら同じもの背負ってみろ……」

 

「か、可憐な乙女がそんなもの持てるわけ無いじゃない!」

 

「可憐?」

 

「乙女?」

 

天和と人和が顔を見合わせる。

 

「ま・だ・乙女よっ!!!!」

 

士郎の耳に地和の大きい声が響く。

 

「出来ればこれを運んでからにしてくれ……」

 

士郎が今背中に担いでいるのは人和が演奏の時に使用している太鼓である。

それを、小沛城の一番上まで運んでいるのだ。

 

……ちなみに先の二往復で天和の琵琶と、

地和の二胡をこの先まで運んでいる。

 

「すみません士郎さん。」

 

「こんな事頼めるのしろうしかいないから、ごめんね~」

 

「まぁ他の奴にちぃの楽器触られるのは嫌だからね。

頼めたとしても嫌に決まってるでしょ。」

 

なんだかんだで信用されているのだろう。

 

「……了解。

もうちょっと頑張るか……」

 

そう言う士郎の視線の先には、

光が漏れる扉が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

そう言って地面に座り込む士郎。

 

……お疲れさま。

 

「さてと、早速準備しましょうか。」

 

「そうだね~~」

 

「分かってるわよ。」

 

そんな士郎をよそに、

人和の合図と共にテキパキと演奏の準備をしていく三人。

 

「気になってたんだけど……

なんでここに楽器を運んだんだ?

此処じゃ街で演奏出来ないだろ。」

 

三姉妹は基本、街の広場で場所を取り、

演奏する事が多い。

 

それは彼女達が人との触れ合いを大事に考えている為であり、

屋上(ここ)で演奏するのではその方針にそぐわない。

 

「そうね。確かにここは気安く一般の人が来れないわ。

けど、今回の目的は違う所にあるから。」

 

「目的?」

 

「うん~

ここなら、とおくの人にまで歌が届くかな~って思って。」

 

朗らかに笑いながら答える天和。

 

「城内だけじゃなく、

城外の兵達にも。

遠く、河の向こうに眠っている恩人たちにも。」

 

さあっと、涼しい風が吹き渡る。

 

「……そうか。」

 

「……分かったらさっさと手伝う!!

いつ始まるか分からないんだから!!」

 

「ああ。任せろ。」

 

そう言って士郎も準備に交わる。

 

「……届くさ。キミ達なら。」

 

「……当ったり前でしょ。

私たちを誰だと思ってるのよ。」

 

心地よい風が吹く中、

各々の時間が過ぎていった……




魏越(ぎえつ)


勇将,猛将を意味する「健将」の一人

戦では右翼を担当。

顔の左半分を髪で隠しており、
左手に手甲、右手に剣を持つ。


成廉(せいれん)


「健将」の一人

戦では左翼を担当。

顔の右半分を髪で隠しており、
右手に手甲、左手に剣を持つ。


一応真名無しのサブキャラ。

一人一人では半人前ですが、
連携すると二人前以上の力を発揮します。


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6-7 徐州動乱(1)

「全軍っ!止まれっ!!」

 

その一声に、

数万に及ぶ大軍が一斉に進軍を停止する。

 

完璧に統率された軍勢。

 

それは、

この軍の強さを何よりも如実に表していた。

 

「華琳さま。どうぞ。」

 

停止の合図を出した将――春蘭は一歩後ろに下がり、

この軍の総大将である華琳が前に出てくる。

 

「…………」

 

ざっと軍を一瞥する。

 

数万の兵と対してるにも関わらず、

まったくぶれない視線。

 

むしろ――兵の方が、その眼光に押されているのか。

 

「我が兵達よっ!!」

 

凛とした声が響く。

 

春蘭より音は小さい筈なのに、

より全軍に響きわたる声。

 

「我らの前に見えるのが、

宿敵、劉備の城っ。

あそこには、卑怯な手で城を奪った呂布もいる。」

 

――呂布がいる――

それの言葉を聴いた瞬間、

軍がにわかにざわつき始める。

 

「うろたえるなっ!!」

 

傍にいた春蘭の声に反応して、

再度姿勢を正す兵士達。

 

「確かに虎牢関の呂布は凄まじい強さを誇ったわ。

けど、私たちはあの時とは違うわ。」

 

そう言って華琳は自分の横に居る将たちに目を向ける。

 

「厳しい訓練を耐え、強い将も仲間になった。

………あの時はただ逃げるしかなかった相手でも、

今の私たちなら勝てる!

そう確信出来るだけの事をしてきた筈よ!!」

 

『オオオオオオオッ!!』

 

咆哮が響く

 

「虎豹騎、青州兵、そして将兵たちよ、

その武威を示しなさい!」

 

『オオオオオオオッ!!』

 

曹操軍の徐州侵攻が始まった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オオオオオオオ…………』

 

小沛城城壁の上に立つ桃香と朱里は、

曹操軍の咆哮を耳にしていた。

 

「……来るね。朱里ちゃん。」

 

「はい……此方も準備は大丈夫です。」

 

恋と鈴々は場外にて部隊を率いており、

他の将も各城門の守備についている。

 

「桃香さま、物見によると敵の数は凡そ五万だそうです……」

 

「そっか……ありがと雛里ちゃん。」

 

階段を上ってきた雛里から報告を受ける。

 

現在の此方の兵力は約三万。

内訳は場外に居る恋と鈴々がそれぞれ五千を率いて待機、

城内は愛紗、桃香、そして遊軍が五千ずつで、

そして魏越、成廉は二人で五千を率いている。

 

城攻め時、攻撃側は守備側の倍の兵力が必要。

 

今の兵力差ならギリギリ二倍に達していないが、

兵の錬度を考えると、正直厳しい。

 

しかも相手はあの曹操である、

下手な策は首を絞めかねない。

 

「……さて、私たちも行こうか~

がんばろ~」

 

「そうですねっ!

士郎さんと星さんが安心出来るように、

私も頑張りますっ!!」

 

「あわわっ……わ、わたしも……」

 

曹操軍は、

もう城壁の上から見える位置まで近付いて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泰山を登る、二つの人影が見える。

 

「そろそろ始まる頃ですかな。」

 

槍を担いだまま士郎に話しかけるのは星。

……泰山に向かう士郎に、何故か着いて来ていた。

 

「そうだな。

……しかしいいのか?俺に着いて来て。」

 

「……出来れば優しくして頂けると嬉しいのだが……」

 

話が変な方向に向かって行く。

 

「なんでさっ!?

そんな事するわけ無いだろっ!?」

 

「という事は私には魅力が無いと……」

 

うなだれて落ち込むふりをする星。

 

「なんでさ。星は綺麗だと思うぞ。

戦ってる姿はまるで演舞みたいで凛とした美しさがあるし、

とても話しやすいしな。」

 

「……こ、これは照れますな……」

 

士郎が嘘を言えない性格なのは皆周知事項だ。

 

ゆえに、変な空気が流れる。

 

「あらぁん♪なんかいい雰囲気なのね~」

 

「!!!ち、貂蝉か……」

 

急に上降って来る。

 

「士郎殿、その人は?」

 

「ああ。洛陽の時は怪我してたから会ってないよな。」

 

「始めましてん。

絶世の美女、貂蝉よん♪」

 

なぜか体をクネクネさせている……

 

「中々濃い人物のようですな……

私は趙子龍と申します。

確か、洛陽で士郎殿と共に私を助けてくれたと聞きましたが……」

 

「そうなのねん♪怪我は大丈夫かしら?」

 

「はい。あの時は助かりました。

……あと私のことは星とお呼び下さい。

恩人であれば、真名を預けます。」

 

「ありがとう。よろしくなのねん♪」

 

星は外見で人を判断しないタイプのなので、

直ぐに打ち解ける。

 

「それで、なんで星が此処にいるのかしらん?」

 

「……泰山(ここ)に洛陽の時に居た剣士がいるのであれば、

是非再戦したいのです。」

 

洛陽で馬超と二人で挑んでも勝てなかった相手――佐々木小次郎へのリベンジ。

武人として、負けたままでは納得出来ない。

 

「……アイツの力量は俺以上。

恐らく今の星じゃ……」

 

「勝てない相手である事は分かっていますよ。

けど、私も鍛錬を積み、今回は士郎殿もいる……

前回のように無理な攻撃はしないつもりです。

それに……」

 

「それに?」

 

「実戦に勝る鍛錬はありません。

なれば、この絶好の機会は逃せませぬ。」

 

「なるほどねん♪」

 

うんうんと頷く貂蝉。

 

「はぁ……どうせ止めても駄目なんだろ……

無理はするなよ。」

 

「ふふっ。有難う御座います。

このご恩は必ず。」

 

三人はどんどん泰山の上に向かって進んで行く。

 

ふと、

貂蝉が士郎に聞こえない用にし、星に話しかける。

 

「少し気になってたんだけど……

貴女はご主人さまの事はどう思ってるのかしらん♪」

 

「そうですな……

まだ恋愛感情があるかないかは分かりませぬ。

しかし、人として士郎殿以上の人は見た事はありませぬし、

武人として尊敬しております。」

 

「……良い答えなのねん。」

 

「二人とも、敵の姿が見えたぞ。

……そろそろ準備してくれ。」

 

士郎に話し掛けられ、武器を構える。

 

三人の目の前には、

亡者の如く蠢いている白装束を着た者達が幾人も存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵兵、駆逐。」

 

馬上にいる少女の号令と共に、

騎馬兵が疾駆する。

 

この軍は曹操軍騎兵、最強の虎豹騎。

率いる将は、

先程命令を下した少女――曹純。

 

幼い顔立ちをしているが、感情に乏しい表情をしており

頭にはつばのある少し大きめの兜、首には長いマフラーを着け、

体は大きめの服と鎧にすっぽりと覆われている。

 

手には円錐型の形をした(ランス)を持ち、

どうやらそれを指揮棒のように使い、

指揮しているようだ。

 

彼女は名前に曹の字がつくように華琳の同族にあたる。

ちなみに血縁関係はない。

 

彼女自身の武は中の上程度であり、

なぜそんな彼女が曹操軍最強部隊である虎豹騎を率いているかというと、

純粋に騎兵の育成、指揮能力に長けていた為である。

 

その虎豹騎の目前にいるのは、

最強の将、恋。

 

そこに突撃して行く。

 

鋼が交錯する音が響き、

火花が散る。

 

「!!……少し、強い。」

 

恋が思わず感想をもらす。

 

最初の一合で何人かの虎豹騎を打ち倒したが、

恋の軍も同人数ほど殺られている。

 

恋が率いている騎兵もまた、

共に洛陽からずっと着いて来ている猛者たちだ。

錬度では決して虎豹騎にも劣らない。

 

ゆえに、虎豹騎は味方に任せ、

恋は曹純に向かって突き進んで行く。

 

「……遅い。」

 

武力なら圧倒的に恋の方が上。

一気に近付き、方点戟を振り下ろす。

 

「守備。」

 

ポツリともらした曹純の言葉に、

直ぐ傍にいた兵が反応する。

 

ギィンッ!!

 

恋の一撃は、

横合いから飛び出して、

交差している槍に塞がれる。

 

「……はぁッ!」

 

それでも、恋は止まらない。

 

力任せに押し込むが、

次は盾を持った兵も割り込んでくる。

 

恋の戟が止まった瞬間――

交差した槍と盾の隙間を縫う様にして突き出された騎兵槍が恋に迫る。

 

「ふッ!」

 

咄嗟に飛びのく恋。

 

「惜しい。」

 

騎兵槍を突き出した曹純は、

そう呟きながら槍を引き、

上に高く掲げたまま軽く回す。

 

「包囲、攻撃。」

 

いつの間にか、恋は敵兵に囲まれており、

一斉に槍を向けられている。

 

おそらく最初から、恋が突撃してくるのを予想していたのだろう。

 

しかし、

それを分かった上で完璧に対処出来たのは、

間違いなく虎豹騎(このぐん)の力だ。

 

当然この程度の包囲、

恋からすれば対して慌てるような状態ではない。

 

だが確実に、体力は消耗する。

 

兵の質は同等。

将の武力は恋、結束力は曹純の方が上。

 

華琳の予想通りに、

この戦いは長引きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋がたいへんなのだ!!」

 

恋と同じく城外で待機していた鈴々は、

虎豹騎と交戦中の恋を見て、慌てて援軍に行こうとする。

 

「ちょっと!何勝手に行こうとしてるのよ!!」

 

その様子を見ていた詠が慌てて止めに入る。

 

「このままじゃ恋が危ないのだ!!」

 

「恋があれ位で負けるわけないわよ!

……もう、少しはボクの言うとおりに動いてよね。」

 

そうこうしている内に、

敵と思われる部隊が近付いて来る。

 

「ほらっ!敵が来てるから早く準備しなさい!!」

 

「む~っ……分かったのだ……」

 

しぶしぶ鈴々は軍を移動させ、

矛先を敵軍に向ける。

 

「敵は騎兵と歩兵の混合部隊みたいね。

じゃあボクたちは……」

 

考えながら詠が策を練っていると、

騎兵の先頭にいる敵将の旗が、

ふと目に入った。

 

「華?…………まさかね…………」

 

そんな詠の心配もよそに、

だんだん敵将は近付いてくる。

 

「……いや、アイツは洛陽の時行方不明になってるじゃない……」

 

まるで自分に言い聞かせるようにブツブツと喋っている。

 

そうしていると――

 

「……ォォォォオオオオッッッ!!」

 

敵軍の咆哮が聞こえてくる。

 

「敵将ッ!!この華雄と打ち合えぇッッ!!」

 

「……な・に・してるのよ!アイツはぁっ!!」

 

「ど、どうしたのだっ!!」

 

急に詠が怒り始めて驚く鈴々。

まぁ無理も無い。

 

そのまま詠は藍に近付いて行く。

 

「ん?……なんでお前が此処に居るッ!」

 

「それはこっちが言いたいわよっ!!」

 

二人の口論が始まる。

 

「さては裏切ったなッ!

ここで討ち取ってくれる!!」

 

「だ・れ・が!な・に・を裏切ったのよっ!!

アンタが今曹操軍に居るんでしょうが!

相変わらず訳分からない思考回路してるわね。」

 

「ふっ。洛陽の際に華琳様に出会ってな。」

 

正しくは出会ったのではなく、負けたのが正しいのだが……

 

「全く……あんなに心配してたのに……」

 

『詠が!?』

 

全く同じ言葉を話す鈴々と藍。

 

「なんでアンタまで驚いてるのよ……

心配してたのは月に決まってるでしょうが!」

 

「月さまがそっちに居るのか……

しかし、私は今華琳さまに仕える身。

寝返る訳にはいかない!!」

 

「こっちだってアンタなんかいらないわよっ!!

丁度良いわ。

許昌攻めた時、私の部隊に攻撃した時の借りを返してあげるわ!!

いきなさい鈴々!!」

 

「何だか良く分からないけど……

鈴々は戦えたらいいのだ!!」

 

そう言って蛇矛を振りかざす鈴々。

 

「あの後の屈辱……アイツに返すまで私は死ねん!!

行くぞッ!!」

 

合戦が始まっていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦況はどうかしら?」

 

軍の後方で戦況を伺っている華琳は、

許緒(季衣)と共に自軍の軍師達に近付き話しかける。

 

「まぁ概ね順調なのですよ~」

 

「曹純は何とか呂布を押さえていますが……

藍はこのままだと拙いですね。」

 

「全く……出来るだけ時間稼ぎをしろって言ってたのに、

あの猪は。」

 

程昱(風)、郭嘉(稟)、荀彧(桂花)の三軍師は、

思い思いの言葉を口にする。

 

「まぁ藍は仕方ないわ。

呂布も張飛も武人としては最強に近いし、

曹純は虎豹騎があるから何とかなってるけど、

藍は普通の部隊を率いさせているから。」

 

「そうですね~~

やっぱり青州兵を預けた方が良かったですか~~」

 

「でも、そうしたら攻城の際の戦力が激減しますからね……

藍殿には頑張って貰いましょう。」

 

仕方ないといった感じの風と稟。

 

「ボクがあのちびっ子と戦いたかったのに……」

 

と、どこか悔しそうな季衣。

 

「もう少し我慢しなさい。

必ずその機会は与えてあげるから。

それで、他の部隊はどうなってるのかしら。」

 

「春蘭は西門、三羽烏は北門を攻略中です。

数はこっちの四万に対してあっちは二万ですから、

後は策の勝負になります。」

 

「策ね……

相手はあの伏竜と鳳雛よ。

大丈夫かしら。」

 

桂花の言葉にポツリと漏らす華琳。

 

「大丈夫ですっ!!

相手が誰であろうと、私が必ず華琳さまに勝利を導いてみせます!!」

 

「そうですね。相手が誰であろうと、負ける訳にはいきません。」

 

「はい~~まだ伏したり雛だったら何とかなります~」

 

「ふふっ。期待してるわよ。」

 

戦場はだんだんと混戦模様を現していく。




虎豹騎(こひょうき)


曹操軍の中でも精鋭中の精鋭で構成された
親衛騎兵隊。

おもに曹純、曹操が率いた。

曹操の中原、冀州、荊州、西涼制圧で活躍し、
曹純が早くに亡くなった後は、
だれもこの部隊を率いる事が出来なかったので、
曹操自らが運用した。

ちなみに歩兵で構成された親衛隊は
許褚が率いる虎士と言う部隊です。


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6-8 徐州動乱(2)

「はぁッ!!」

 

赤い閃光が、白装束の中で瞬く。

 

ばたりばたりと、その一撃を受けた敵が倒れ伏す前に、

閃光は、次の敵へと迫って行く。

 

「その程度では、この常山の趙子龍の相手にならんぞッ!!」

 

そう名乗りをあげ、

蠢く白装束に向かって一気呵成に切り込んで行く星の後に、

士郎と貂蝉が続いて行く。

 

「……凄い勢いだな。」

 

「大分鬱憤が溜まってたんじゃないのかしらん♪」

 

「鬱憤ってなにさ……」

 

「乙女の秘密よん♪」

 

「…………」

 

もはや突っ込む気にもならない士郎。

 

二人も話しながら剣と拳を振るい、白装束を倒して行く。

 

「にしても倒しても倒してもきりが無いな。」

 

白装束達は確かに剣や槍を振るって攻撃してくるのだが、

此方が切った感触では、まるで中に何も入って無いように感じる。

 

「それはそうなのねん。

こいつらは于吉の妖術で呼ばれてるだけだから。」

 

「ふむ……どう言う事ですかな?」

 

「もともと召還する事に長けていた于吉が、

太平要術の書でさらに力をつけて、

この幻影兵を呼び寄せているのよん♪」

 

「幻影兵……」

 

士郎が切った白装束の中からは、

黒い煙のようなものが漏れ出てきている。

 

「こいつらは倒しても、

時間が経つとまた襲い掛かってくるわ。

だから、ある程度はほっといて先に行った方がいいのねん。」

 

「確かに。

そんな奴らの相手をするのは時間の無駄ですな。」

 

そのまま進行上にいる敵を倒しながら進んで行くと、

少し開けた所に到着する。

 

「大体山の中ほどなのねん。」

 

「これは……」

 

士郎がぐるりと回りを見渡すと、

其処には幾つもの宝物が無造作に置かれている。

 

「騒がしいと思ったら……貴様達か。」

 

「お前はッ!」

 

声がした方に目を向けると、

其処には此方を睨みつけてくる左慈と、

相変わらず飄々としている小次郎がいた。

 

「…………」

 

小次郎の姿を見て、無意識に前に出ようとした星を止める士郎。

 

「あらん。于吉はいないのかしらん♪」

 

術の行使を行っているのは于吉。

太平要術の書も恐らく持っているだろう。

 

「ふん。貴様らに答える義務も義理もない。」

 

「まぁそうだろうな。」

 

そう言いながら、

士郎は剣を握りなおす。

 

「ふっ……語るは無粋。

もとより、そのような事を行いに来たのでは無かろう。」

 

小次郎が、刀を構える。

 

「………士郎殿。

あの男の相手は私に。」

 

「……危なくなったら間に入らせてもらうぞ。」

 

「ふふっ。頼りにしております。」

 

笑みを交わす士郎と星。

 

「さて……

俺達の邪魔をするのなら……死ねよッ!!」

 

跳躍し、飛び掛ってくる左慈

五人の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 北門――――――

 

北門に攻め込んでいるのは、

楽進(凪)、李典(真桜)、于禁(沙和)の三羽烏。

 

三人は城門の突破を率いてきた五千の兵に任せ、

自分達は城壁を登り城内に進入し、

中から攻撃しようとしていた。

 

「よいしょ……っと……

ふう……何とか登れたか。」

 

城壁の上で軽く汗を拭う凪。

 

「凪ーーッ!助けてーな!」

 

「引っ張って欲しいのーー」

 

「……潜入してるのにあの二人は……」

 

助けを求める真桜と沙和を何とか引っ張り上げる。

 

「敵にばれないようにしてるのに、叫んでどうする!」

 

「だってウチらの武器重いんやもん。

ええなぁ凪は武器が軽そうで~」

 

「私もなの~

二本は持ちづらいの。」

 

「だったら二人とも手甲を使えばいいだろう。」

 

それを聞いた真桜は思いっきりため息を吐く。

 

「分かっとらんなーー

この回転するのがええんやんか。」

 

「手で殴ったりしたら折れちゃうの~」

 

「こいつらは……」

 

そんな二人に凪が呆れていると、

 

「進入者、」

「ですね。」

 

「お前は……?」

 

「北門を守備している魏越、」

「成廉です。」

 

そう言って、ペコリと頭を下げる二人。

 

「なんや敵将か?

やったら丁度ええ。

ウチは李典、勝負やぁっ!!」

 

ドリル槍「螺旋槍」を構え、突撃する真桜。

 

「くっ、」

「きゃっ……」

 

魏越、成廉の二人は手に持っている剣で防ごうとするが、

回転する槍の勢いに押され、左右に弾き飛ばされる。

 

「今やっ!」

 

「貰ったのっ!」

 

倒れた隙を狙い、沙和は双剣「二天」を振るい、

魏越に切りかかる。

 

ギィンと剣が交錯し、鍔競り合う。

 

「くぅううっ……」

 

上から振り下ろされる剣に、

魏越はジリジリと押されていく。

 

「魏越っ!」

 

「アンタの相手はウチやでっ!!」

 

ブオンと螺旋槍を薙ぎ払う真桜。

 

「わっ!」

 

まだ完全に立ち上がっていなかった成廉は、

ごろりと後ろに転がりそれを避ける。

 

「まだまだやでぇッ!」

 

そのまま、唸りを上げる槍で突きを放つ。

 

下手に受けると剣ごと巻き込まれてしまう為、

避けるしかない成廉。

 

しかし

いつまでも避けきれる事は出来ない。

 

「きゃぁっ!」

「くぅっ!」

 

隙を付かれ、螺旋槍に弾かれた成廉は

ちょうど沙和に押された魏越とぶつかり、

真桜たちから少し離れた位置まで飛ばされる。

 

「このままやったらウチらで何とかなりそうや。

……アンタ等も降参したらどうや?」

 

それを聞いてゆっくりと立ち上がり、

再び片手で剣を構える魏越と成廉。

 

「なんで両手で剣を持たないの~?」

 

当たり前の事だが、剣は片手で持つより両手で持ったほうが強い。

 

沙和のように二刀流ならまだしも、

二人とも片手剣を一本ずつしか持って居ない。

 

それなのに、剣を持ってない方の手は簡単な手甲があるだけだ。

 

「こっちの手は、」

「剣を握る為にあるんじゃないです。」

 

「……降参はせん。ちゅう事やな。

……行くで。沙和ッ!」

 

「了解なの!」

 

真桜を先頭に再び突撃する二人。

 

作戦は先程と同じ。

真桜が片方を弾き飛ばし、

沙和が残ったほうを仕留める。

 

さっきは沙和の攻撃が遅れた為防がれたが、

今回は真後ろにきちんと着いて来ている。

 

もし、避ける動作を見せたのなら、

突かずに薙ぎ払い、

二人一気に弾き飛ばす。

 

そう考えながら攻撃する真桜がみたのは、

剣を持って居ない方の手を繋ぐ、

魏越と成廉の姿。

 

避けないと判断した真桜は、

魏越に突きを放つ。

 

ギィン!と甲高い音を立てて、

弾き飛ばされる魏越。

 

「やーーーッ!!」

 

残った成廉に切りかかろうとする沙和。

 

しかし、その沙和の上から、

弾き飛ばされた筈の魏越が切りかかってきた。

 

「ええッ!!」

 

あわてて双剣を上に掲げ、

防御するが、想像以上に重い一撃に膝を着く。

 

弾き飛ばされた魏越の手を、

成廉が引っ張って遠心力で加速し、

急加速して切りかかってきたのだ。

 

呆気にとられている真桜を、

今度は成廉の突きが襲う。

 

「なんでやッ!!」

 

槍で捌くが、成廉を踏み台にした魏越が、

再度上から切りかかってくる。

 

「ふッ!!」

 

その一撃を、傍で警戒していた凪が手甲「閻王」で止める。

 

三人はその隙に下がり、魏越たちとの距離を開ける。

 

「……成る程。

互いに手を繋いで、一つになっているんだな。」

 

「ご名答、」

「です。」

 

動く時に、自分だけで動くより、

だれかに押したりされた方が動きは速い。

 

魏越と成廉は空いた方の手を繋ぎ、

互いに引っ張りあう事で急加速したり、

飛ばされても、円の形に動いてそのまま攻撃してきたりしているのだ。

 

「ちゅう事は二人を相手にしとるんやなく、

二刀流の相手一人を相手にしとるって考えた方がええんか。」

 

「厄介なの……」

 

しかもこの二刀は通常の二刀流と違いばらばらに動き、

体も変則的に加速する。

 

「気を引き締めないと……やられるな。」

 

そう言いながら、

手甲を硬く握り締める凪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 西門城外――――――

 

「っ……集結……守備っ……」

 

息も絶え絶えに、曹純が虎豹騎に指示を出す。

 

みな、武器の彼方此方に傷が入っており、

体にも、多数の切り傷を帯びている。

 

「…………そろそろ、終わり。」

 

対する恋は疲れた様子を見せているが、

大きな傷も負ってはおらず、まだまだ戦える。

 

「恋どの~こちらも大分優勢ですぞっ!!」

 

他の虎豹騎を相手していた音々音も、

恋と合流する。

 

このままでは、間違いなく虎豹騎は敗走するだろう。

 

戦の最初は、確かに恋と互角の勝負を繰り広げていた。

 

しかし、恋とまだ若すぎる曹純とでは、

圧倒的な体力の差があった。

 

疲れは体力を奪い、やがて思考能力も奪う。

そして指揮官の指示の遅れは味方の動揺を招く。

 

特に、虎豹騎のような連携を前提とした部隊にとって、

それは致命傷になる。

 

正にジリ貧。

 

「……そろそろ、行く。」

 

そう言って恋が体勢を沈めた時――

 

「れ、恋どのっ!!曹操の本陣が攻めて来るのですぞっ!!」

 

華琳が、動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たぁっ!!」

 

上段から勢い良く振り下ろされる蛇矛を、

大鉄球「岩打武反魔」で受け止める許緒(季衣)。

 

「くぅっ……やるなチビ助!!」

 

「鈴々はチビじゃないのだっ!!」

 

本人たちは大真面目だが、

傍から見ていると子供が喧嘩しているようにしか見えない。

 

まぁ、互いの武力の高さゆえか、

見ている分には迫力が物凄いが。

 

「ちっ……もう少しで藍を倒せたのに……」

 

それを見ながら思わず呟く詠。

 

あと少しと言う所で援軍に来た季衣の邪魔が入り、

藍を逃がしてしまった為、どうやら不機嫌のようだ。

 

「でも、どうして今本軍を動かしたのかしら。」

 

軍師としての本能か、相手の意図を探り始める。

 

現在城外の戦闘は恋、鈴々共に此方が優勢だった。

確かに味方がピンチなら援軍を差し向けるのは当然だが、

士気が高い相手に差し向けるのは得策ではない。

そうなる位なら、

最初から全軍で向かった方が士気が下がらない分まだマシである。

 

それに相手はあの華琳、

城外がこうなるのは予想出来ていただろう。

 

だとしたら、華琳の狙いは――

 

「……時間稼ぎ……」

 

ありえない。

只でさえ兵糧が少ない曹操軍が?

 

しかし、それ以外に何があると言うのだ。

 

「……雲行きが怪しいわね。

……ここはさっさと倒して、恋と一緒に曹操を挟撃した方が早いわね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 南門――――――

 

「さて、そろそろいいだろう。」

 

南門からさらに南、

曹操軍の鎧を纏った一軍の姿が見える。

 

先頭に立っているのは夏侯淵(秋蘭)。

傍には、典韋(流琉)の姿も見える。

 

「なんとか此処まで来れたか……」

 

「上手く行って良かったです。」

 

小沛南の街道は、孫呉の領地である寿春にも繋がっている。

故に、下手に動くと孫呉から攻撃を受ける恐れがあるのだ。

 

その為に曹操軍一の進軍速度を誇る、秋蘭がこの任に選ばれたのだが。

 

率いるのは秋蘭、流琉がそれぞれ五千の歩兵。

しかし、それはただの歩兵ではない。

 

「剣を抜け『青州兵』。」

 

秋蘭の合図と共に剣を抜く青州兵。

 

目標は小沛南門。

此処は以前、袁術が寿春を統治していた際に幾度となく攻撃を受けているため、

他の門よりも『脆い』。

 

「今より、小沛を攻める!

遅れず着いて来いっ!」

 

『オオオオオオオッ!!』

 

鬨の声を上げ、一気に攻めかかる。

 

只でさえ兵糧が少ない曹操軍が、

孫呉との戦闘を起してしまうリスクもある

南からわざわざ迂回する訳が無い。

 

そんな桃香たちの隙を付く「奇襲」

 

攻めている兵も精強な『青州兵』である事も含め、

只の将が相手なら、これで戦は決まり。

 

しかし、相手はあの伏竜と鳳雛。

 

当然、それも予想済みであった。

 

「ッ!」

 

秋蘭の目の前に光が瞬く。

 

キィンッ!!

 

「大丈夫ですか秋蘭さまッ!!」

 

「ああ……すまない流琉。

しかし今のは……」

 

流琉が弾いたものを確認してみると、

其処にあったのは地面に落ちている一本の矢。

どうやら先程の光は、鏃に光が反射したようだ。

 

方向から推測すると、恐らく城壁の上から射って来たようだが、

ここから城壁までの距離は遠い。

 

それで狙いを定めるとなると、

恐らく秋蘭レベルの技量が必要になってくる。

 

ふと、射手に興味を持った秋蘭が城壁の上に向かって

目を凝らしてみると――

 

城壁の上に居並ぶ兵の中、

自身の背の低さのせいか、身の丈程の黒弓を構えた、

メイド服を着た儚げな少女の姿があった。




青州兵(せいしゅうへい)


青州にて暴れる黄巾党の残党で編成された歩兵部隊。
元賊の為、略奪等を多々行っていたが、
他の軍を圧倒する戦闘経験、団結力を有し、
曹操軍の主軸として活躍した。

なお、曹操死後は解散し、
故郷に帰っています。(曹操一代との契約の為)


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6-9 徐州動乱(3)

南門の危機。

 

最初からそれを予想していた朱里、雛里の両軍師は、

遊軍として待機していた五千の兵を差し向ける予定だったが、

月自身が、その軍を率いる将に立候補したのだ。

 

「皆戦ってるのに……私だけ見ているなんて……

嫌ですっ……!!」

 

そう言い放った時と同じ、決意を秘めた眼差しを城外に向け、

士郎から借り受けた黒の剛弓に矢を番え、

まるで、ぎりりと音が聞こえてくる程に強く弓を引き絞る。

 

弓を引く際に筋力は当然必要だが、

それ以上に必要なのは技量。

 

元々、西涼出身で弓の扱いに長けている月だからこそ引けているが、

恐らく愛紗や春蘭では、この弓は引けない。

 

敵は遠く、狙いは霞む。

 

しかし――――それでも外さない

 

「っ……いきますっ……!」

 

月の手から放たれた弓は、

敵将との最短距離を飛翔して襲い掛かるが――

 

同じく敵将から放たれた矢に撃ち落される。

 

「あ……敵も、弓使い……」

 

それも、飛んで来る矢を落とせるほどの腕の持ち主。

 

直ぐに、月は指令を下す。

 

「あの……矢盾を前にして、その隙間から矢を射って下さい……

できるだけ、守備重視でお願いします……」

 

なぜか兵たちに敬語でお願いしているが、

兵たちは妙にきびきび動く。

 

……保護欲的をそそられているのだろう。

 

あっという間に盾が並べて守備を固め、

万全の状態で迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう撃っては来ないか……」

 

そう言いながら弓から矢を下ろす秋蘭。

 

どうやらもう少し撃ち合いを楽しみたかったらしく、

少し残念そうな顔をしている。

 

「流琉っ!城門の方はどうなっている?」

 

呼ばれた流琉が近寄ってくる。

 

「はいっ。敵は守備に徹してますので、中々数が減りませんね。」

 

「挑発には乗らないか……」

 

人は、攻撃の前と後に大きな隙が出来る。

故に、攻撃をあまりして来ないと、

此方が倒される心配は減るが、倒す事も難しくなって来る。

 

そして、地形のアドバンテージはあちらが圧倒的に優勢の為、

余り良い状況ではない。

 

「城壁を登ろうとしても、上から熱湯が降ってきますし……

土嚢を積もうとしても、堀が近くて難しいです。」

 

「……あの軍師達がいるんだ。

そこら辺の対策はきちんと行っているんだろうな。」

 

 

細かい所まできちんと対策がなされており、

そう簡単にはいきそうにない。

 

「あと……此方の兵の動きが何故か悪いです。」

 

「青州兵たちがか?

……疲れでも出ているのか。」

 

何処か違和感を感じながらも、攻撃を続ける秋蘭。

 

時間はまだ、かかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――泰山 中腹――――――

 

投影開始(トレースオン)

 

士郎の手に現れるのは、金に輝く金剛杵。

 

それを掲げ、白装束たちに向かって射出する。

 

神鳴りし金剛杵(ヴァジュラ)

 

真名解放と同時に、瞬く閃光――

 

小次郎と左慈は咄嗟に防御するが、

周辺の白装束たちはそうはいかない。

 

迸る、戦いの神(インドラ)の一撃に焼かれていく。

 

「っ……やってくれるな……」

 

幻影兵たる白装束は倒しても直ぐに復活する為、

士郎は劣化投影した神鳴りし金剛杵(ヴァジュラ)の雷撃にて焼く事で、

麻痺させ動きを封じたのだ。

 

当然、只の電撃では幻影兵を麻痺させる事はできない。

 

しかし、この宝具の一撃であれば、

流石の幻影兵達も当分は行動が出来なくなる。

 

「最初から奴等なぞ当てにして無いっ!!」

 

叫びつつ拳打を繰り出す左慈の相手を、

貂蝉が努める。

 

「私が相手よん♪」

 

そしてもう一組、

星と小次郎も既に戦いを始めていた。

 

煌く、数多もの剣閃を紙一重で避ける星。

 

「ふむ。やはり警戒されているか。」

 

「前回は手酷くやられたからな。

今回はそうはいかん。」

 

確かに小次郎の刀は長大だが、

それでも星の龍牙よりは短い。

 

前回のように無理に攻めず、

相手の射程外からの攻撃を基本に据えて戦いを展開している。

 

しかし、それでも星は小次郎の攻撃を見切れていない。

 

「ふぅっ……」

 

呼吸を整える為、攻撃の手が止まる。

 

当然、その隙を小次郎は逃さない。

 

「させるかッ!」

 

干将・莫耶を投影し直した士郎が、

横合いから飛び出し、刀を弾く。

 

「大丈夫か、星。」

 

「なんの。まだまだやれます。」

 

そう言って息を整える。

 

小次郎の保有スキル「宗和の心得」

 

相手に攻撃が見切られなくなるこのスキルのせいで、

終始劣勢に追い込まれる。

 

このスキルは経験を積んで強くなるタイプの人物からすれば、

非常に相性が悪い。

 

特に、士郎のような。

 

星と士郎とも、小次郎が「燕返し」の構えを取ると、

直ぐ様距離を開けるようにしているので、

その点の心配はないが、やはり防戦一方になる。

 

「はぁっ!!」

 

膠着した瞬間を、左慈の蹴りが襲う。

 

「くっ……」

 

左慈の足甲に剣を滑らせ、受け流す士郎。

 

「ちっ!」

 

着地した瞬間、直ぐさま飛び掛ってくる。

 

「っ……貂蝉は?」

 

士郎は攻撃を裁きながら周辺に目を向ける。

 

「いたたたた……少し飛ばされたのねん。」

 

どうやら左慈の攻撃を受け、少し飛ばされたようだ。

 

「左慈は俺が引き受ける。

小次郎は任せた!」

 

「了解なのねん。」

 

左慈の相手は士郎、小次郎の相手は星と貂蝉が努める。

 

「とっとと終わらせてやる!」

 

手甲をつけた拳打が、

まるで鞭のようにしなり、士郎に襲い掛かる。

 

「ちっ!!」

 

体格差も相俟り、

下から突き上げてくる攻撃は裁きにくい。

 

おそらく武術家としての力量は葛木宗一郎に匹敵する。

 

「ふん!その程度か。」

 

一旦、左慈から距離を開ける士郎。

 

(このままでは決着がつくまでに時間が掛かってしまう)

 

ギュッと、強く握り締めた干将・莫耶に目を向ける。

 

(ならば想像しろ。

……アイツに勝てる方法をッ――)

 

体に奔る、27本の魔力回路をフル稼働させる。

 

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

士郎が左右に投げた剣は、

敵上にて交差するように美しい弧を描いて、

左慈に襲い掛かる。

 

「くっ!!」

 

左慈は、左右から襲い来る剣を両手の手甲にて防ぎ、

双剣は左慈の後ろに弾かれる。

 

士郎は無手。

無論、この隙を逃すはずが無い。

 

「貰ったッ!!」

 

ここぞとばかりに急速に距離を詰めてくる左慈。

しかし――

 

投影(トレース)解除(アウト)

 

「なッ!!」

 

予め投影しておいた干将・莫耶を再度作り、交差させ、

左慈の一撃を受ける。

 

「……成る程。武器を作れるとは聞いていたが、そう言う事か。

しかし、貴様の剣技は既に見切ったッ!」

 

受けられた状態から、右腕を捻り、

交差させた干将・莫耶を強引に突破しようとするが――

 

「―――心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 

「!?くッ……」

 

武術家の直感か、

後ろの死角から飛翔してきた干将を、

空いた左腕で咄嗟に弾く。

 

「小細工をッ!」

 

まだだ。

まだ、士郎の攻撃は終わっていない。

 

「―――心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)

 

今度は莫耶が、再度後方より襲い掛かる。

 

「またっ……ちィッ!!」

 

左手は干将を弾く際に振り切っており、

受けは間に合わない。

 

その為、捻じ込んでいた右手の手甲を外し、

後ろに向かって回避する。

 

「―――唯名、別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)

 

右手には既に手甲が無く、

着地後、体勢が完全に崩れる左慈。

 

左慈の法衣を超えたダメージを与える為、

士郎は、両手に持つ干将・莫耶に魔力を集め――

 

「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら、ともにてんをいだかずッ)!」

 

踏み込むと共に、

振るわれた干将・莫耶は――

 

左慈の法衣を裂き、

肉体を、左右に切り裂いた。

 

「ぐッ……ふッ…………」

 

口から溢れ出す血。

 

法衣のお蔭か、

完全には切れなかったようだが、

十分な致命傷を負わせる事が出来た。

 

さらに追撃を仕掛けようと、

動き出す士郎。

 

「左慈殿ッ!」

 

その様子に反応する小次郎。

 

しかし、星と貂蝉に阻まれる。

 

「もらったッ――」

 

右手の莫耶で突きを放つ士郎。

 

しかし、

 

「疾ッ!!」

 

左慈との間に現れた、数枚の札に攻撃を阻まれる。

 

「っ……」

 

バチリと札と接した面が軽く爆ぜ、弾かれる。

 

「ここは一旦退かせて貰います。」

 

割って入ってきたのは于吉。

 

どうやら転移してきたようだ。

 

「させるかっ!!」

 

絶好の機会。

 

導師たる于吉を守る左慈は負傷しており、

小次郎は足止めされている。

 

再度札の結界を破るべく、

干将・莫耶の刀身を限界まで強化する。

 

「なっ……」

 

まるで鳥の羽のような形に変わり、

凄まじい魔力を放つ剣へと変貌する。

 

「オオオオオオッ!!」

 

結界ごと切り裂かんと、

咆哮を上げ、斬りかかる士郎。

 

その刃が届く瞬間、

于吉は何かを手元に呼び寄せる。

 

それは、ここに幾つも転がっていた宝物の一つ、

翡翠色に薄く輝く、真ん中に穴が開いた大きな宝玉。

 

結界は輝きを増し、

士郎の刃を再び阻む。

 

「それは……」

 

「和氏の璧ですよ。

……この時代からは幾つも『良い物』が手に入りますからね。」

 

再度弾かれる士郎。

 

手に持っている干将・莫耶オーバー・エッジの刀身が、

砕けて行く。

 

「まさか……此処にある物は……」

 

「ええ。洛陽の皇帝陵には色々良い物がありましたよ。」

 

結界の向こう側、

于吉の後ろには九錫,長信宮燈,呂氏鏡などの宝物が、

幾つも転がっている。

 

「くっ……油断した……」

 

ここに来た際、幾つも宝物らしきものがあったので

解析しようとしたが、

左慈に話しかけられ、その事を忘れていた。

 

完全に、士郎のミスである。

 

「これだけあれば、貴方たちの足止め位容易い。」

 

強力になって行く結界。

 

「ふむ。私も休ませて貰うとしよう。」

 

いつの間にか小次郎も結界の向こうに転移している。

 

「大丈夫なのねん、ご主人さま。」

 

「ああ。そっちは大丈夫か。」

 

「大きな傷はありませぬ。

しかし、これでは…………」

 

星がそう言いながら見た先には、

先程の結界が広がっている。

 

「何とも面妖な……

妖術とはこのような事も出来るのですな。」

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

使用すれば突破は可能だが、

ここに来て幾つかの宝具の投影、身体強化を行っているせいで

残りの魔力が心もとない。

 

肝心の宝石は所持しておらず、そろそろ幻影兵も復帰するし、

左慈の傷も、目に見えて分かる速度で傷が治っていく。

 

このまま、時間が経てば経つ程、

状況が悪化して行く。

 

「それに……急がなくていいんのですか?」

 

「……何を……?」

 

思案していた士郎に于吉が話しかけてくる。

 

「いえ。どうやら貴方は目が良いのでしょう?

ならば、あれを見れば分かるはず。」

 

于吉が指差した方向に、

「強化」した目を向ける。

 

今士郎たちが居る泰山は、小沛と下邳の間に位置し、

二つの都市を繋ぐ街道の中ほどから少し北に位置する。

 

故に、強化した士郎の目には、

下邳の北にある、北海城から南下して来る兵の姿が確認出来た。



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6-10 徐州動乱(4)

「……そう。約束通り麗羽が動いたのね。」

 

「はいーー

けど、予想より早かったですねーー」

 

風の報告を受けているのは華琳。

 

尤も、今現在華琳の部隊は恋と鈴々の相手をしている為、

指揮を執りながらになっているが。

 

「一応冀州を統治しているし、軍の大きさなら私たちの遥か上よ。

……まぁ、この次の相手だけど。」

 

そう言いながら戦場の方に目を向ける。

 

「だけど……」

 

「?」

 

「少し、上手く行き過ぎてるわね。」

 

自分と信頼している軍師達で決めた策、

予定通りの展開なのだが、違和感は払拭されない。

 

(なんなのかしら。この感じは。)

 

「うーーん、考えるのはいいですけど、

あんまり悩むのは体に良くないですよーー」

 

「ふふっ。風に言われると説得力があるわね。」

 

「……ぐぅ。」

 

「寝るな!」

 

一番華琳が扱いにくい風。

シリアスな所でも、相変わらずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 城内――――――

 

「下邳より入電、袁紹軍約三万が、北より接近との事ですっ!!」

 

伝令の報告を聞いて、にわかにざわめき始める軍議室。

 

「そんな……だって北海には孔融さんがいるんじゃ……」

 

かつて、桃香たちが徐州に来る前、

黄巾の残党に悩まされていた孔融の危機を、

救った事があり、非常に友好な関係を築いていた。

 

故に、下邳の防備は非常に薄い。

 

「曹操軍の侵攻が始まった少し後、

袁紹も兵を率いて北海に攻め込んだようです。」

 

少し思案する朱里。

 

「……下邳にいる糜姉妹や陳親子さんにお願いして、

北海の様子も一応見ていた筈ですけど……」

 

「裏切るのは考えにくいです……」

 

余りにも急すぎる袁紹軍の侵攻。

 

北海にて戦闘があったのなら、確実に報告が来る。

 

しかしそのような報告は来ておらず、もし下邳にいる人が裏切ったとしても、

裏切るのなら、もっと後になってから裏切るはず――

雛里も、考えを纏めきれない。

 

「けど……どちらにしても、

もう詰みです……

すみません桃香さま……私の力が不足したばかりに……」

 

自身を攻める朱里。

 

今の所この城の中に入れている敵兵は三羽烏のみ。

他の兵は進入してなく、その他の各門も今だ突破されていない。

城外の部隊も何とか華琳率いる大軍相手に粘れている。

戦況は、確実に此方が優勢に進めているのに、

自分が袁紹の動きを読めなかったのを悔いているのだ。

 

「そんな!太守は私なんだよぅ!

私が戦うって決めたんだから、朱里ちゃんや雛里ちゃんは悪くないよ!」

 

しかしどうするか。

 

小沛を前線都市として発展させた為、

徐州の食料は殆ど下邳で生産されている。

 

故に、下邳が落ちれば小沛の存続も不可能になってくる。

 

しかもその下邳も、孔融との関係が友好だった為、

下邳に配置されている兵の数は一万にも満たない。

 

攻め寄せる袁紹軍は三万。

将もおそらく顔良,文醜,張郃,高覧といった勇将を連れてきているだろう。

 

「このままでは……徹底抗戦するか降伏か逃亡ですね……」

 

「っ………」

 

苦悩する桃香。

 

抗戦すれば更に人が死ぬ。

しかし、自身の理想の為、華琳に降伏する事は出来ない。

ならば残された手は一つ。

 

しかし――

 

「駄目だよ……私だけ逃げるなんて出来ない!」

 

 

自分を慕ってくれる徐州の民、

自分を支えてくれた兵や将達、

見捨てる事は………出来ない。

 

 

「お逃げください桃香さま。」

 

「!?……愛紗ちゃん……

それに天和ちゃん達……」

 

扉を開けて入って来たのは愛紗と三姉妹。

 

西門で春蘭と激闘を繰り広げていた愛紗は、

正に満身創痍である。

 

「私は、桃香さまの理想の為に戦ってきました。

それは今までもですし、これからもずっとです。」

 

全員話を止め、愛紗の話に聞き入っている。

 

「もし……桃香さまが曹操の軍門に降るのなら……

私は……桃香さまの為に戦えなくなるんですっ!」

 

「……うん。そうだね。

ここで降伏しちゃうと、ついて来てくれた皆を裏切っちゃうんだね。」

 

最早自分だけの問題ではない。

今になって、その事を痛感する。

 

「私、逃げるよ!

自分の理想を叶える為に!」

 

強く言い放つ桃香。

一つ、強くなった瞬間だ。

 

「あわわっ……あの、その事で士郎さんから連絡貰ってます……

聖さまに手紙を送っているので、逃げるのなら新野なら受け入れてくれるそうです。」

 

雛里が手紙を出しながら話す。

 

「この城から脱出するんなら、南門から出たらいいよー

お話してるからー」

 

「?誰にですか。」

 

「私たちを知ってる人たちがいたのよ。

わざと脱出経路を作ったりしてくれるらしいわ。」

 

「一応白蓮さんにお願いして、

外に何人か兵を伏せてます。

逃げる時に少しは楽になるかと……」

 

「白蓮……見かけないと思ったらそんな所に居たんだ……」

 

地和の言葉に、思わず何人かが頷く。

 

「城外の人たちには合図をあげて知らせれます。

けど……後は、誰かが残って敵を引きつける必要があります……」

 

朱里の言葉に、皆が押し黙る。

 

無理も無い。

一人残って死地に取り残されてしまうのだ。

 

しかし……

 

「私が残ろう。

まさか曹操も桃香様が私を置いて逃げるとは思わないだろう。」

 

「愛紗ちゃん!?

嫌だよ……私、愛紗ちゃんを置いて行くなんて出来ないっ!!」

 

かつて桃園で誓った、

三人は、同じ時に死ぬと――

 

「桃香様……心配しないで下さい。

私は、必ず生き延びます。

私を……信じてください!!」

 

強く、言い放つ。

 

「ぐすっ……絶対だよ……絶対、また会おうね……」

 

大粒の涙を流しながら愛紗の手を、強く握る。

 

「はい……必ず……っ。」

 

愛紗も同じように涙を流しながら答えるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― 泰山 ――――――

 

「奴等の狙いはこれかっ……」

 

士郎は舌打ちをしながら貂蝉,星と共に急いで下山している。

 

「何があったのですかな?」

 

「袁紹軍が下邳に攻め込んでいた。

このままじゃ小沛が危ない。」

 

士郎の話を聞いて驚愕する星。

 

「袁紹が!?

しかし、北海城をどうやって……」

 

「于吉の術なのねん。

アイツが最初居なかったのも、

恐らく袁紹軍の進軍を手助けしてたのね。」

 

星の疑問に貂蝉が答える。

 

「何故袁紹軍の味方を?」

 

「今この大陸で最も戦が激しいのはこの徐州。

戦が多発すれば、密偵や人が動く。

そうなったら泰山の異変を感知される事を恐れたんだろう……

術で妨害するにしても、

曹操、袁紹、桃香三人に術をかけるより、

曹操一人にかける方がずっと楽だ。」

 

「元々袁紹軍の侵攻は曹操の計画にあったと思うわん。

多分、左慈たちはそれを利用したのね。」

 

「なるほど……

それでは、急いで桃香様と合流したほうが良いようですな。」

 

星がそう言った瞬間、

星の体が、急に宙に浮く。

 

「きゃあっ!!」

 

「済まないが我慢してくれ。

……加速する。」

 

星を、所謂お姫様抱っこで持ち上げた士郎は、

脚力を『強化』して、一気にスピードを上げる。

 

「び、吃驚しました……

……やはり士郎殿は強引ですな。」

 

「羨ましいわん。

次は是非私にして欲しいのねん♪」

 

「……なんでさ……」

 

三人はもう、視界の中に小沛を捉え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 城内――――――

 

「桃香さま、あのっ……準備が整いました」

 

「うん。分かったよ朱里ちゃん。」

 

残った武将は既に南門付近に集結しており、

下邳にいる人たちも、下邳に残る陳親子を除いて

糜姉妹が率いて小沛に向かっている。

 

「陳珪さんたちは残ったんだね……」

 

「……下邳の豪族ですから、仕方ないです……」

 

雛里は何も悪くないのだが、

済まなそうに答える。

 

「うん。それは仕方ないよ。

じゃあ……愛紗ちゃん……」

 

「お気をつけて下さい……桃香さま。」

 

「愛紗ちゃんも……ね。」

 

「皆、桃香さまを任せた。

……士郎殿たちにも、よろしくと伝えておいて欲しい。」

 

「は、はいっ!必ずっ……」

 

「ではッ!」

 

武器を持ち、西門に向かって行く愛紗。

 

「……私たちも行こう!

愛紗ちゃんの為にも。」

 

「はいっ!!」

 

そう言って部屋を出る桃香たち。

 

すると――

 

「劉備さまーー」

 

「私もついて行きますぞーー」

 

「お供します!!」

 

其処に居たのは徐州にいる民達。

みな、桃香がこの土地を去ることを知り、

ついて行くつもりなのだ。

 

「みんな……」

 

感動で、言葉が出てこない。

 

逃亡する事による負い目、

民を見捨てて行く罪悪感、

色んな思いがった。

 

しかしこの光景は、

少なくとも桃香がこの徐州で行ってきた事は、

決して間違いではなかったと証明してくれた。

 

「っ……うん!行こうっ!」

 

『ワァアアアアアアッ!!』

 

数多の民を連れ、

遥か新野に向かって桃香たちは進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 西門――――――

 

目の前に広がるのは数万に及ぶ敵兵、

対する此方の兵は五千にも満たない。

 

しかし、恐怖は無い。

むしろ――昂揚しつつある。

 

「……来たか。」

 

そう呟くと同時に、

馬に乗ったまま、青龍偃月刀を真一文字に持って構える。

 

対峙するのは、敵軍の中から進み出てきた将、春蘭。

 

「ふっ……待っていたぞ!

用事は済んだのだろう?ならば、早速先程の続きだッ!!」

 

「ああ。私も決して負けられない理由が出来た。

……行くぞッ!!」

 

両軍を代表する将が、互いに衝突する。

 

片方はプライドの為、片方は義姉の為――

二人の剣戟は、様子を見に来た華琳が止めるまで繰り広げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 南門――――――

 

「ほら、さっさと逃げるぞ、

皆遅れるなよーー」

 

白蓮が声を張り上げ、

民を誘導する。

 

しかし子供や老人、怪我人も居れば重い荷物を持っている者もおり、

非常に進行速度は遅い。

 

これでは、敵軍からすれば正に的でしかない。

 

「逃がすなッ!!奴等を追い立てるぞ!!」

 

馬を駆り、迫り来るは秋蘭。

 

南門に侵攻していた為、

逃げる桃香たちは、何とかして突破しないと脱出が出来ない。

 

「桃香さま……下がって下さい……」

 

「月ちゃん!?大丈夫なの……」

 

心配する桃香を他所に、馬上にて弓を構え――

 

「いきます……ッ……」

 

放たれた矢は一条の閃光となって秋蘭を襲う!

 

「くッ!!先程の弓使いか……

ふっ……丁度良い。

腕を競いたかった相手だ。」

 

同じく秋蘭も馬上にて弓を持つ。

 

互いに矢を番え、構える。

 

先程の城壁での撃ち合いでは秋蘭が優勢であったし、

月の射も確認しており、

弓の実力なら、確実に秋蘭の方が上。

 

しかし、今は地面の上ではなく、『馬上』。

 

秋蘭は知らない。

 

対している少女が両手で騎射を撃つことが出来、

西涼で名を馳せ、異民族ですら一目おいたあの「董卓」である事を。

 

「くッ……狙い難い……」

 

慣れて無い馬上ではあるが、

それ以上に相手の体が小柄な故に馬の首に隠れてしまう。

それに、馬上では小柄な方が重心が安定する。

 

それらの条件が重なり、一瞬撃つのを躊躇った瞬間、

月が放つ矢が飛んで来る。

 

「ちッ!」

 

手綱を強く引くが、馬は急には動けない。

 

体を掠め、馬が暴れる。

 

落ち着かせようとしても、矢は凄まじいペースで襲いかかる。

 

「ふッ!!」

 

秋蘭が放った矢が、飛んできた矢の数本を射落とすが、

ペースを握れず、防戦一方になる。

 

このままではジリ貧。

 

そう考え、一旦矢を回避しやすくする為、

咄嗟に動ける用に馬から下りる。

 

この時、秋蘭は忘れていた。

 

相手が、何故南門から出て来ていたのかを。

 

「今です……皆さん逃げましょう!!」

 

ひらりと馬首を返し、駆け出す月。

 

「あッ……し、しまった……」

 

慌てて馬に乗りなおすが、もう遅い。

 

元々逃亡しようとしていた桃香たち。

 

周辺の劉備軍は二人が戦って居る間に、いつの間にか全て逃げており、

残されたのは、秋蘭と青州兵たちだけである。

 

「……これでは姉者を笑う事は出来ないな……」

 

久しい弓使いとの戦いを楽しみすぎた秋蘭。

 

顔には自嘲めいた笑みを浮かべていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらもう、桃香様たちは新野の方に向かって居るようですな。」

 

「ああ。こうなっては仕方ないだろう。

無駄に抵抗しても兵を失うだけだしな。」

 

小沛に帰って来た士郎たち。

城の様子を見ながら話す。

 

「じゃあ、そろそろ私も

またあいつ等の動きを探るのね。

ご主人様、気をつけてねん。」

 

そう言って姿を消す貂蝉。

 

「士郎どの、私たちもそろそろ……」

 

「ああ。俺達もこのまま南下して荊州に向かった方が良さそうだな。

聖にも報告しないといけない。」

 

「ならば私も途中まではお供します。

……旅は道連れと言いますし。」

 

「とりあえず三姉妹と合流しよう。

……多分機嫌悪くなってるだろうな……」

 

「女心は難しいものです。」

 

「……精進するよ。」

 

散々激戦を繰り広げたのに、

また苦労が待っている士郎。

……相変わらずである。

 

早速三姉妹との待ち合わせ場所に向かう。

 

幸い三人は只の旅芸人のフリをしていただけなので、

特に事件には巻き込まれておらず、

士郎が来るまで馬車で待っていたようだ。

 

……勿論、三人からそれぞれお叱りの言葉は貰ったが。

 

「それにしても、よく無事でしたな。」

 

来た時と全く変わらない様子の馬車。

 

あの華琳の兵とはいえ、

兵が攻め込んだのならば多少は荒らされても可笑しくないのに、

全くその痕跡が残って居ない。

 

「うん、兵士さんたちが守ってくれたんだよ~」

 

「兵士……誰の部隊の兵士ですかな?」

 

兵は殆ど残って居ない為、疑問に思う星。

 

「こっちじゃないわよっ!

南門に攻めて来た兵がちぃ達を守ってくれたの。」

 

「南門に攻めてきてたのは、『青州兵』でしたから。」

 

「……成る程。それなら逃げる時も何とかなりそうだ。」

 

人和の話を聞いて合点がいく士郎。

 

青州兵は元々青州にて暴れる黄巾党の残党で編成されている。

 

今となっては華琳に忠誠を誓っているが、

黄巾党の事も忘れては居ない。

 

恐らく、城の上で歌っていた三姉妹の歌が聞こえ、

ここに数え役萬☆姉妹がいるのに気付いたのだろう。

 

桃香たちが逃げる際も、こっそり脱出の手助けをしている。

 

「よし、じゃあ荊州に向かおう。」

 

そう言って、馬を走らせ始める士郎。

 

「あっ!……そう言えば、愛紗さんがまだ残ってるんだけど……」

 

「愛紗が!?……それは本当なのか天和どの?」

 

「う、うん。なんか時間稼ぎする~って。」

 

天和の言葉に驚く星。

 

「しかし、助けに行きたいが……我らだけでは手の打ち用が無いですな……」

 

「そうだな。ここで下手に動くと、最悪捕まる恐れもある。」

 

(それに、確か関羽はここで一回曹操に下る筈だ)

 

宝石は手元にあるので、魔力を補充して宝具を使用すれば助ける事は可能だが、

それでは歴史が変わってしまう。

そうなったら、あの仙人たちの動きも掴み難くなるのだ。

 

そのまま士郎たちは南下して、寿春方面を目指して進んでいった……



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7章 逃亡劇
7-1 旅は道連れ


小沛を脱出した士郎たちは、

そのまま南下して寿春近郊を通り、

寿春の東にある汝南に向かう。

 

士郎たちは馬車一つだけ。

人数も士郎と張三姉妹、星の五人だけであり、

寿春太守である孫権には借りがあるので問題なく通過できるが、

同じく小沛を脱出した桃香たちは軍や多数の民を連れている為、

寿春の近くは通れない。

 

最悪、攻撃されてしまう恐れもあり、

そうなってしまっては後ろから追撃してきている

曹操軍と挟まれてしまう。

 

その為、小沛から西南にある河を渡河し、

汝南に向かっているので、

そこで合流するのだ。

 

ちなみに今、徐州は華琳と麗羽が小競り合いを早くも始めているが、

華琳はまだ小沛にいる愛紗にてこずっており、

麗羽もまだ下邳を攻略し出来ていないので、

本気で戦は行ってはいないが……

 

……さっきまで手を組んでたのに、よく分からん二人である。

 

「ふぅ……風が気持ちいいですな。」

 

手綱を握って居る士郎の横に星がやってくる。

 

「星か……って、何を食べてるんだ?」

 

「これですかな?メンマですよ。

……これがまた酒に合いましてな。」

 

くいっと、杯に注いだ酒を飲む。

 

「合うのか……ってかなんで酒飲んでるのさ!?」

 

「自前の一品ですよ。中々いけます。」

 

「いつの間に馬車に乗せてたんだよ……」

 

「士郎殿も一献如何ですかな?」

 

そう言いながら士郎に杯を差し出してくる。

 

「此処で飲んだら確実に酔う自身がある……」

 

舗装されて居ない道を進むのは、サスペンションなど当然無い馬車。

下手な道を走ろうものなら揺れる揺れる。

 

ちなみに何回か大きい石を踏んでしまい

地和に怒られている……

 

「それは残念ですな……

しかし、あの三人ならもう寝ていますぞ。」

 

「そうなのか?」

 

「どうやら戦の間、ずっと演奏し続けていたみたいで、

大分疲れた様子ですな。」

 

「……頑張ったんだな。」

 

少しづつではあるが、確実に意識は変わり始めている。

あの三人が居なければ、

無事に小沛を脱出する事も出来なかっただろう。

 

「何か嬉しそうですな。」

 

「……まぁ、な。

頑張ったから、何か作ってあげるか。」

 

軽く微笑む士郎。

 

「ふむ……私も頑張りましたが。」

 

「………………」

 

「わ・た・し・も頑張りましたぞ。」

 

ずいっと、士郎の方に身を乗り出してくる星。

 

「!!!!!!!」

 

色んな所が士郎の体に接触し、

非常にまずい事になっている。

 

「わ、分かった分かったっ!

星も何か作っておくっ!!

……そろそろ玖遠達にも作らないといけないしな。」

 

「もてる男はつらいですな。」

 

「誰がさ……」

 

士郎たちが目指す汝南には、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――小沛城 西門近郊――――――

 

「小沛はどうなってるのかしら。」

 

小沛の西門近くに来た華琳が、自身の軍師達に尋ねる。

 

「はいっ。まだ関羽が残って抵抗していますが、

今春蘭が相手をしていますが、時間の問題かと。」

 

春蘭の様子を見に来ていた桂花が答える。

 

「関羽が残っている?……他の将兵たちは?」

 

「南門を攻めていた秋蘭殿が、

脱出する将兵を確認したので、おそらく劉備も一緒に逃げたかと。」

 

「付加えますと、どうやら民も一緒に逃げているみたいですねぇ~」

 

「……そう。分かったわ。」

 

稟と風、二人からも報告を聞いて険しい表情を浮かべる華琳。

 

「どうかしたのですか~?」

 

「……いえ。何でもないわ。

私の兵を季衣に預け、追跡に加わるように指示しておいて。」

 

「騎兵も参加させるのですか?」

 

「曹純が大分疲労してるから、休ませてるわ。

……回復しだい参加するようにしておいて。」

 

「了解しました。」

 

そう言って三人から離れて行く。

 

「……如何したのかしら華琳さま……」

 

「劉備が逃げているって聞いてから、ですね。」

 

「う~ん、桂花ちゃんが何かしたんじゃないですか~」

 

「なんで私なのよっ!!

むしろ、可愛がって貰える筈でしょう!!」

 

「可愛がる……ぶっ!!」

 

何を想像したのか、急に鼻血を吹き出す稟。

 

「は~い稟ちゃん、トントンしましょうね~」

 

相変わらずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人から少し離れた所に、華琳の姿があった。

 

戦は作戦通りに進み、多少の被害はあったが、

それほど酷くもなく、想定の範囲内だったのに、

浮かない表情をしている。

 

「関羽を見捨ててまで逃げた……か。

…………拙いわね……」

 

確実に今回の決断は、桃香の成長を促す。

今後、更に強大な相手となるのが目に見えている。

 

華琳は桃香を過小評価していない。

 

今回、華琳が攻め込んだ理由は、

濮陽を華琳たちから奪った恋を匿った事が発端になっている。

 

それ以前――桃香が徐州太守を名乗った頃は、

華琳との関係はそれほど悪くは無く、

何度か会談を行った事もあった。

 

その際、二人だけで話をしていた時に、

華琳が桃香に言い放った言葉―――

 

「天下に名乗るべき英雄は――私と、貴女。」

 

河北を有し、三公を輩出した名門袁紹、

荊州太守にて、九国に威勢を誇る劉表、

概要天険の地益州で、民を纏める劉璋、

西涼の地で、最強の騎馬を有する馬騰、

揚州にて、母の威光を継ぐ小覇王孫策。

 

その誰でもなく、只の一地方太守である桃香を、

自分と同等の相手であると華琳は評価したのだ。

 

その桃香を、豊富な将に兵、そして麗羽の力を持ってしても、

捕らえる事が出来なかった。

 

「民も、この曹操ではなく、劉備を選んだのね……」

 

自身が突き進むは覇道。

それが民に理解されないのも重々承知している。

 

しかし、華琳が戦う理由は突き詰めればこの国の為。

彼女とて人の子、そこまで民に信奉される桃香が羨ましい。

 

だが――

 

「いいわ。元々一度で倒せるとも思ってない。

何回でも貴女を倒しにいってあげる。

真にこの国を統べるべきなのは誰かという事を、

証明してあげるわ!!」

 

そう、固く誓う華琳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたーーっ!!」

 

う~ん、と外に出て思いっきり背を伸ばす天和。

……今まで寝てたからなのだが。

 

「此処って誰が統治してるの?」

 

「確か徐璆って言う人が太守だった筈よ。

献帝への忠誠心があつい人みたいだし、

特に襲われる事は無いと思うわ。」

 

「ほぇ……人和ちゃん、物知りだね~」

 

「これ位は当然よ。」

 

くいっと眼鏡を上げながら答える人和。

 

(……軍師した方がいいような気がする)

 

本職の軍師も真っ青になる位の情報収集力。

その様子を見て、

そう考えてしまう士郎だった。

 

「とりあえずここで桃香たちを待ちながら、

情報を集めるか。」

 

「やったーっ!しろー、ご飯ーー」

 

「天和姉さん、食べるのは良いけど手伝ってよ。」

 

「えーーっ、私は食べるの専門なんだよぅ。」

 

「ちぃもっ!」

 

そう言いながらさっと座り込む二人。

 

「ここは私が手伝いましょう。

これでも少しは料理も出来ますからな。」

 

その様子を見ていた星が名乗り出てくる。

 

「料理出来るのか?」

 

「ふ……女性の嗜みですな。」

 

『………………』

 

全員が沈黙する。

 

「……これは酷い。」

 

周りの反応の酷さに呟く星。

 

「だって……ねぇ……」

 

そんな星に対して変な顔を浮かべる地和。

その気持ちも分からなくは無い。

 

「ふむ……ここは実際に食べて貰った方が早いですな。

早速作るとしましょう。」

 

「そ、そうだな………」

 

賑やかな夕食が過ぎていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜――焚火の前には士郎の姿があった。

 

どうやら不寝の番をしているようだ。

 

幾ら敵対していない国とは言え、

賊などが当たり前にいる時代。

 

三姉妹達に戦闘は期待できないので、

やはり士郎が警戒する必要がある。

 

「精がでますな。」

 

「星か。……眠らないのか?」

 

両手に暖かいお茶が入った器を持った星が、

士郎に近付いて来る。

 

「道中、大分休ませて貰いましたからな。

まぁ、昼間沢山寝てる筈なのに、

今も気持ち良さそうに寝てる人もいますが。」

 

三姉妹は外で簡易テントを張り、

そこで睡眠をとっている。

 

荷台の中には食料の他に武器等もある為、

仮眠ならともかく、

きちんと睡眠をとるのには少し危険なのだ。

 

「士郎殿もお疲れでしょう。

一つどうぞ。」

 

そう言いながら、

片方の器を差し出す。

 

「ありがとう。

ほぼ一日中歌って演奏してたみたいだしな。あの三人は。」

 

「ふふ。お蔭で助かりましたからな。」

 

互いに、お茶を口に含む。

 

「しかし桃香殿達は無事に逃げれているのか、

気になりますな。」

 

「民を連れているから、

どうしても速度は遅くなるからな……」

 

心配そうに北の方角を見つめる星。

 

「情報が集まったら、直ぐに迎えに行くといい。

……俺は曹操軍が居たら助けに行けないからな……」

 

もし桃香たちが曹操軍に追われているのなら、

士郎が桃香たちを助ける事は、聖たちと曹操軍の敵対関係に繋がる。

故に、下手に動く事は出来ない。

 

「そうですな。

さて、そろそろ私も一休みするとします。」

 

星が立ち上がり、

三姉妹が寝ている所に戻ろうとした時、

荷台の方から何か音が聞こえて来た。

 

「どうかしたのか?」

 

「荷台から物音が聞こえましてな。

一応見てきます。」

 

そう言って、馬車の荷台に向かって行き、

星が聞き耳を立てていると、

明らかに、誰かが忍び込んでいる音が聞こえてくる。

 

星は無言で士郎を手招きする。

 

「?」

 

何か異変を察知したのか、士郎もゆっくりと、

音をたてないようにして星の傍に来て、

聞き耳をたてる。

 

どうやら三人程、誰かが荷台に忍び込んでいるようだ。

 

「……くしないと………います……」

 

「…は……が欲………じゃ……」

 

「そろ……ま……ですねぇ…」

 

声から判断するとどうやら女性のようだ。

 

「………………」

 

音をたてずに武器を手に持ち、

構える士郎と星。

 

中に居る三人は捜索に集中しているらしく、

外に居る士郎と星の気配には気付いていない。

 

中でもみ合いになったりしたら、

流石に狭すぎるので、

外に出てきた瞬間を捕らえる。

 

互いに目配せをし、

待ち構える。

 

………やがて、ゆっくりと幕が開き、

荷台の中に忍び込んでいた人が出てきたのだった。




基本は三国志演技と恋姫を織り交ぜた
感じで話が進みます。

最後のほうは小説やゲームの恋姫と、
オリジナルの展開をごっちゃにした風になりますが……


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7-2 世は情け

「さて、如何されますかな士郎殿?」

 

並んで立っている士郎と星の前には、

美羽、七乃、弧白の三人が正座している。

 

……どうやら馬車の中に忍び込んでいたのはこの三人らしい。

 

「誰かと思ったら、まさか袁術たちだったか……

しかも弧白もいるとは……」

 

士郎は、弧白の方に目を向けながら話す。

 

「お久しぶりです士郎さん~」

 

相変わらずにこにことマイペースな弧白。

 

「なんで弧白が袁術と一緒にいるんだ?」

 

「洛陽が落ちた時、復興の為の食料を貰う為ですよ~

あの時連合軍の兵糧管理していたのは美羽さまでしたから~」

 

「成る程……」

 

士郎は洛陽を攻略した後、

袁術軍が物資を民に分け与えていたのを思い出す。

 

「月や霞が心配していたぞ。」

 

「月さまは無事だったんですね!……よかったです。」

 

ずっと気になっていたのだろう。

ホッとした様子を見せる。

 

「で、とりあえず袁術たちの処遇だけど……」

 

美羽と七乃に目を向ける。

 

「あ、あの~出来れば見逃してくれませんか~」

 

「そ、そうじゃ!妾は蜂蜜が欲しかっただけなのじゃ!」

 

必死に嘆願する。

しかし―――

 

「……流石にこのまま見逃す訳にはいきませぬな。」

 

星の言うとおり、皇帝を自称し、仲王朝を創設し、

民と国を錯乱させた罪は重い。

 

「そ、そんなぁ~」

 

「ま、まだ死にたくないのじゃ~」

 

互いにしがみ付いて震える二人。

 

すると、そんな二人と士郎の間に弧白が割り込んでくる。

 

「士郎さん。今の私は美羽さまに使えている身です。

寿春から逃げてくる時も、私のことを『家族』だと言ってくれました。

……私の命ならば幾らでも差し上げますので、

出来れば、美羽さまと七乃さんの命は奪わないでくれますか。」

 

深々と、頭を下げる。

 

「弧白ぅ……」

 

「弧白さん……」

 

涙目で、弧白を見ている二人。

 

謀略渦巻く政庁。信じられるのは二人だけ――

 

「でしたら美羽さまが、皇帝を名乗って皆支配しちゃえばいいんですよーー」

 

孤独の末に、民を、将兵を支配しようとした。

皇帝を名乗ったのは、たったそれだけの理由。

 

『仲』が滅んだ際も、

美羽たちを助けようとする将兵は殆ど居なかった。

 

そんな二人にとって、弧白の言葉は、どれほど嬉しかったのか。

 

「駄目なのじゃ!一緒にいるのじゃ!!」

 

ひしっと、弧白にしがみ付く美羽。

 

「……士郎殿。」

 

「……ああ。」

 

士郎は美羽に近付き、そのまま頭に手を乗せる。

 

「心配しなくても殺したりはしないさ。」

 

「……本当かぇ?」

 

士郎を見上げる美羽。

 

「ああ。けど、罪は償わなくちゃならない。

このまま流浪の旅を続けても何も変わらないから、

どこかで、皆の為になる事をしていったほうがいい。」

 

「けど、私たちを受け入れてくれる所なんてありませんよぉ……」

 

皇帝まで名乗った事もあり、名を知られすぎているのだ。

七乃の言う事も最もである。

 

しかし、

 

「大丈夫だよ~」

 

「天和!?

……寝てたんじゃなかったのか?」

 

「何か声が聞こえてきたから、

目が覚めたんだよう~」

 

ふらふらとした様子の天和が近付いて来る。

 

「だ、誰なのじゃ!?」

 

「始めまして~

旅芸人の天和だよ。よろしくね~」

 

そのまま美羽に話しかける。

 

「私も以前、沢山の人を巻き込んじゃって、

どうやって償いをすれば良いのか悩んでたんだよう。」

 

「天和もかえ?」

 

「うん。

でもね、その時にしろーくんたちが助けてくれたんだよー」

 

「聖さまの所は、来るものを拒みませんからな。」

 

星の言葉に、こくりと頷く天和。

 

「大丈夫だよー

何かあったら私たちもいるから。」

 

嘗て同じ様な境遇だった天和だからこそ、

その言葉は美羽たちに届く。

 

「天和達も頑張れているんだ。

君達も悪いようにはしないさ。」

 

美羽は、七乃と弧白の方に目を向ける。

 

「私は賛成です~

聖さまと一緒に戦った事がありますが、

凄くいい人でしたから~」

 

「元々劉表さんの所には向かってましたからねぇ……」

 

「それじゃあ……よろしくなのじゃ!!」

 

「ああ。よろしく。」

 

新たな仲間が加わり、

騒がしい夜は過ぎて行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんかちぃが寝てる間に人数増えてる!」

 

朝起きて寝ぼけ眼の地和が目にしたのは、

新しくメンバーに加わった美羽、七乃、弧白の三人の姿。

 

「姉さん、もうご飯出来てるから早く座って。」

 

「なんであんたはそんなに冷静なのよ……」

 

まぁ人和も状況は掴めていないのだが、

士郎と星が落ち着いてるのを見て、特に問題は無いと判断しているだけなのだが。

 

「美羽なのじゃ!よろしくなのじゃ!」

 

「七乃です~よろしくお願いしますねぇ。」

 

「弧白といます。よろしくです~」

 

「旅芸人の人和よ。よろしくね。」

 

まだ状況を理解していない地和を他所に、

各々が自己紹介をし始めている。

 

「……これってちぃが悪いの!?」

 

「……世の中には、こんな事が沢山あるのさ……」

 

士郎の言葉には、そこはかとない重さがあった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎殿、少しよろしいですかな。」

 

「ああ。どうしたんだ星?」

 

食後の休憩をしていると、

星が士郎に話しかけてくる。

 

「この近辺の民に話を聞いて見た所、

大分近くまで桃香様の軍が来ているようです。

しかし……」

 

「追撃している曹操軍も来ている、か。」

 

士郎の言葉に頷く星。

 

「はい。

桃香様達は、どうやら民を連れて移動しているらしく、

どうしても足が遅くなってしまい、そこを狙われているようですな。」

 

「だとすれば俺達も移動したほうが良さそうだな……」

 

一応劉表軍の客将である士郎。

 

桃香たちを助けに行きたいのは山々だが、

曹操軍に見つかってしまうと聖達に迷惑が掛かる為、

それが出来ない。

 

まぁ今回の遠征で大分無茶を言っている負い目もあるのだが。

 

「はい。

それで、桃香様の助けに行きたいので、

士郎殿とここから別行動になってしまいますが……」

 

「それは仕方ないな。

俺は先に新野に行って、話をつけておくよ。」

 

「助かります。」

 

そう言って馬に乗るろうとする星。

 

「ちょっと待ってくれ。」

 

「?」

 

士郎に止められて、いったん下りる。

 

「この馬に乗っていくといい。

西涼産の駿馬だ。名は「白龍」、かなりの名馬だ。」

 

士郎が連れてきたのは強靭な体を持つ白馬。

元は、月との交易の際に入手した名馬だ。

これまでは馬車を率いる馬の一頭として使用していた。

 

「これは……素晴らしい馬ですな。」

 

どうやら互いに気に入ったらしく、

白龍は自分を撫でる星の手を静かに受け入れている。

 

「後、これを持って行くといい。

何かの役に立つとは思う。」

 

士郎が渡したのは、

馬車に乗せていた一本の無銘の長刀。

 

士郎が古錠刀修理の際、ウーツ鉱の特性を掴む際に打ち上げ作ったもので、

柄を合わせれば、およそ五尺にも及ぶ無反りの大太刀である。

 

これならば、馬上の相手を馬ごと薙ぎ払う事も可能。

 

「これはいいものですな……

しかし、私が持つには重過ぎますぞ。」

 

「大丈夫だ。馬の横腹に括り付けて置くから、

有事の際にだけ使うといい。

この馬ならば多少の荷物は関係ない。」

 

「何から何まで……ありがとうございます。」

 

一礼をし馬に飛び乗り、そのまま馬を翻す。

 

「あれーーどっか行くのーー?」

 

士郎たちの声を聞いた天和たちが集まる。

 

「はい。近くに桃香さまが来ているようですので、

少し出迎えに。」

 

「……気をつけて行きなさいよっ!」

 

「少しの間だったけど、一緒に行動できて楽しかったわ。

……気をつけて、ね。」

 

「ふふっ。ありがとう地和、人和。」

 

そう言って手綱を引いて去っていく星。

 

「行っちゃったね……」

 

「ああ。けど星の腕なら大丈夫。

直ぐに会えるさ。」

 

「……うん。」

 

ポンと、心配そうにしている天和の頭に手を乗せながら士郎が答える。

 

「さて、こっちも新野に向かうとするか。」

 

曹操が近付いてきているのなら、

モタモタしている暇はない。

 

士郎たちも、新野へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動する民の最後尾、

曹操軍がもう近くまで迫っている所に桃香の姿があった。

 

「みんな、早く逃げてーー」

 

後ろの方向を気にしながら、

民に声を掛ける桃香。

 

本来なら、こんな危険な場所に桃香の姿があるはずが無いのだが、

自分の為にここまで来ている民を見捨てる事など出来るはずも無く、

こっそり、ここまで来ていたのだった。

 

「見つけた……劉備はあそこだぞッ!!」

 

「うそ……もう来ちゃったの……」

 

迫り来る曹操軍の掲げている旗には夏の文字。

間違いなく、曹操軍最速の進軍速度を誇る秋蘭の部隊である。

 

「夏侯淵さまッ!劉備の姿を捉えました!!」

 

「そうか。

華琳さまからは出来るだけ生かして捕らえよと命令が出ている」

 

「はッ!!」

 

隊を組み、一斉に近づいてくる。

功をあせり、無闇に突出して来ないのは、流石といった所か。

 

「きゃあッ!!」

 

それに気圧されて慌てたのか、直ぐ傍を歩いていた少女が躓く。

 

「!!大丈夫っ!?」

 

直ぐに馬から下り、手を差し伸べる桃香。

 

「あ、ありがとうお姉ちゃん……」

 

「怪我はない!?

……良かった…………早く逃げてね。」

 

「うん!お姉ちゃんも早く来てね!!」

 

そう言って駆け出していく。

 

少女に怪我がないことにほっとする桃香。

しかし、この時点でのタイムロスは痛い。

 

「……随分余裕だな。

その身柄、確保するッ!!」

 

気付けば、周りに数人の曹操軍兵士たち。

彼らは一斉に手を伸ばして桃香を捕まえにかかる。

 

「ッ!!!!」

 

ギュッと硬く目を閉じる桃香。

 

まさに絶体絶命。

その時―――

 

「させぬよッ!!」

 

紅い閃光が奔ると同時に、倒れる兵士たち。

 

「えっ………」

 

桃香が思わず顔を上げると其処には、

 

「趙子龍―――遅くなりました。」

 

「星ちゃん!!」

 

白馬に跨り、「龍牙」を手に持った星の姿が其処にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だったんだね!怪我とか無いのかな?」

 

「はい。危ないところはありましたが、

士郎殿もおりましたし、何とかなりました。」

 

「そうだったんだ……そう言えば士郎さんは如何したの?」

 

「先に新野に向かっております。

……士郎殿は、曹操たちに見つかると拙いですからな。」

 

「そうだよね……たくさん迷惑かけちゃった……」

 

徐州での戦を思い出し、落ち込む桃香。

 

「ふふっ。大丈夫ですよ。

士郎殿は優しいですからな。

……今は、無事に逃げれるようにしましょう。」

 

そう言って星が見つめる先には、

弓に矢を番える秋蘭の姿があった。

 

「……話は済んだのか。」

 

「ふむ。すまないな。わざわざ待ってもらって。」

 

秋蘭の問いに対して、いつもの口調で答える星。

 

その姿を見た秋蘭は、星に対する警戒心を上げる。

 

「なに。其処にいる劉備を貰えればいい。」

 

「ふっ。私より弱いやつに桃香さまは任せられぬ。」

 

一瞬、時が止まる。

 

「疾ッ!!」

 

裂帛の気合とともに放たれる矢。

 

「はぁッ!!」

 

それを槍にて薙ぎ払う星。

 

瞬間、じぃんと弾いた衝撃が腕に残る。

流石は曹操軍随一の弓使いと言った所か。

 

「桃香さま!」

 

「うん!的盧ちゃんっ!」

 

桃香の声に答えるように、

四肢に力を入れて桃香の眼前に飛び込んで来る的盧。

 

「行こうっ、星ちゃん!」

 

桃香が時間を稼いだお陰で、周りには桃香たちしか残っていない。

 

「了解しました。」

 

「させるかッ!!」

 

再度放たれる矢。

 

しかし、的盧がそれを回避する。

 

「なッ!!」

 

「ありがとう的盧ちゃん。」

 

流石の秋蘭も、馬に避けられた事は初めてであり、

軽い衝撃が奔る。

 

「はッ!!」

 

そうしている間に駆け出していく二人。

 

「くッ……追うぞっ!!」

 

逃走劇は、まだ続きそうである。




白龍(はくりゅう)


趙雲の愛馬。

昼は千里、夜は五百里を走り、
意思疎通が出来るほど相性が良かった。

レッドクリフを見た時にいたので
登場させてみました。


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7-3 長坂橋の戦い

木々の合間を縫うように走り、

追走してくる曹操軍を撒くように走る桃香と星。

 

しかし、追走してくるのは曹操軍最速の秋蘭。

そう簡単には、いかない。

 

「もらったァッ!!」

 

気合の声と共に、

横を並走する敵兵が槍を突き出してくる。

 

「ふッ!!」

 

それを紙一重で交わし、

お返しとばかりに槍を突き帰す。

 

「ぐぅッ……」

 

苦悶の声を上げ、落馬して行く敵兵。

 

「……虎豹騎、分断させるのだ。」

 

秋蘭の支持を受け、盾を持つ虎豹騎が星を囲んで行く。

 

追撃する際に、何人か疲労の少ない虎豹騎を連れてきているのだ。

 

当然曹純はいない為、持ち前の連携は発揮出来ないが、

それでもそこらの騎兵よりは十分強い。

 

危険を察知した星は、先んじて突きを放つ。

 

しかし、

 

「移動中では狙いにくい……」

 

敵が持っている盾に弾かれる。

 

それでも隙間を狙えればなんとかなるが、

木が交差する移動中ではそれも難しい。

 

「……なら!!」

 

自身が乗る白龍の横腹に括り付けられている、

士郎が貸してくれた剣を手に取り――

 

「はァッ!!」

 

そのまま一気に鞘から抜きながら薙ぎ払う。

 

振るわれた刃は敵との間にある木や盾を、

容易く切り裂いていく。

 

「ぐぅッ!!」

 

ダマスカス刀特有の、

木目波紋が光を受け、輝く。

 

「……中々厄介な物を持っているな。」

 

「あまり時間をかけるわけにはいかないからな。」

 

突き進んで行く二人の先には、

荊州へと続く河が見えてきていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野北 長坂橋――――――

 

先行して民を誘導している鈴々達の所にも、

曹操軍は迫りつつある。

 

今は、荊州へと続く橋を渡っている途中だ。

 

「月たちは先にいくのだ!」

 

そう言って橋の上で立ち止まる鈴々。

ここで、曹操軍を迎え撃つつもりなのだろう。

 

「でもっ……」

 

「鈴々は強いから大丈夫なのだ!

月には、皆を連れてって欲しいのだ。」

 

鈴々が言う皆とは、

ここまでついて来てくれた民たちのこと。

 

幾ら敵意が無いとは言え、この数の民がいきなり城に近づくのは、

色々と誤解を招きかねない為、

新野に着いた時、説明する人が必要になってくる。

 

「っ……分かりました。

……恋さんっ!」

 

月の呼びかけにこくりと頷き、

鈴々の横に並び立つ。

 

「にゃっ!ど、どうしたのだ恋?」

 

「恋も……一緒に残る。」

 

「それはありがたいのだ。けど……」

 

チラリと民の方に目を向ける。

 

「あ~~もうっ!!こっちはまだ敵が来てないから大丈夫よっ!!

アンタはそっちに集中しときなさい!!」

 

詠に怒られる鈴々。

 

「それに、私達もいるから。」

「民の方は安心してください。」

 

魏越と成廉も詠に続いて答える。

 

「わ、分かったのだ!お姉ちゃんと兄ちゃんが来るまで頑張るのだ。」

 

「頑張る。」

 

互いに、敵軍の方に目を向ける。

 

「恋どのっ!ねねは一緒に……」

 

「あんたはこっちに決まってるでしょうがッ!!」

 

詠に引き摺られて行く音々音。

 

そうこうしている内に、曹操軍が近づいてくる。

 

『うおおおおおッ!!!』

 

ざっと見ても百は超えている。

しかし、この二人はそう簡単には抜けない。

 

「遅いのだっ!!」

 

「ふッ!!」

 

同時に振るわれた一閃で、先頭の十数人がまとめて飛ばされる。

 

「ぐぅッ!!!」

 

「弓兵!射掛けろッ!!」

 

近接では分が悪いと判断したのか、

雨のように矢を射掛けてくる。

 

「当たる訳ないのだー」

 

「……うん。」

 

それも、難なく弾く二人。

 

「くそッ……化け物か……ッ……」

 

「どうしたのだ。鈴々たちはまだまだ戦えるのだっ!!」

 

肩に蛇矛を担ぎ、敵軍を威圧する。

 

曹操軍は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 

すると、

 

「見つけたーーッ!!

勝負だちびっ子!!」

 

声を掛けてきたのは鈴々の好敵手である季衣。

横には流琉の姿もある。

 

「また来たのだ!?

しつこいのだ。」

 

「うるさい!くらえッ!!」

 

飛んでくるのは巨大な鉄球。

それを蛇矛で受け止める。

 

「にゃッ!!……お返しなのだ!!」

 

二人の戦いが始まった。

 

そして、此方でも――

 

「私の名は典韋です。

いきますッ!!」

 

「……来い。」

 

恋と流琉の戦いも始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桃香さま、もう少しです。」

 

「うんッ。

……誰か戦ってるね。」

 

橋に辿り着いた桃香と星の視線の先から、

剣戟の音と騒ぎ声が聞こえて来る。

 

「あれは……鈴々と恋!?」

 

橋の上で季衣、流琉と戦っている二人。

 

「……桃香さま。此処は一気に突破しましょう。

ついて来て下さい。」

 

「うん。分かったよっ。」

 

星が先頭になり、

橋に向かって一気に馬を走らせる。

 

「鈴々ッ!恋ッ!!」

 

二人に、合図を送る。

 

「にゃっ!!星なのだ!!」

 

「こっちに、来てる。」

 

そのまま敵兵を飛び越し、蹴散らし、

桃香の為の道を作りながら進む。

 

当然、季衣と流琉もそれに気付き、慌てて避ける。

 

「うわっ!!……危ないなあ、もうっ!」

 

「きゃっ!!吃驚した……」

 

一瞬止まった隙に、桃香も駆け抜けていく。

 

「お姉ちゃん!無事だったのだ!!」

 

「うん!私は大丈夫だよ!!」

 

鈴々と恋の姿を確認して、ほっと一安心する桃香。

 

「桃香さま、此処は私も残りますので、

先に進んで下さい!!」

 

「……分かったよぅ。

お願いね星ちゃん。」

 

本当なら自分も一緒に残って戦いたいのだが、

それが、皆の枷になるのは分かっている。

 

しぶしぶといった感じで了解する桃香。

 

「さて。私の相手は誰がしてくれるのかな?」

 

ぐるりと、曹操軍を見渡す星。

 

すると、

 

「やっと追いついた。

……どうやら劉備には逃げられたか。」

 

「秋蘭さまっ!」

 

先ほどまで星達を追走していた秋蘭が合流する。

 

「季衣と流琉がいると言う事は……

成る程。ここで足止めされているのか。」

 

「そう簡単に通すわけにはいかないのだ!!」

 

「……(こくり)」

 

静かに武器を構える二人。

 

「こっちだって負ける訳には行かない!!」

 

「通してもらいますッ!」

 

「……季衣、流琉。

私は後ろから援護する。

……行くぞッ!!」

 

「ふっ……来いッ!!」

 

三対三の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――汝南 東の間道――――――

 

汝南から新野に向かうには二つの道がある。

一つは汝南から北東に向かい、許昌を通り其処から南東に向かうルートだ。

しかし、許昌は今曹操が統治しており、

何より移動距離が長い。

その為士郎達は今、もう一つのルートである

汝南から直接新野に向かえる、

東の細道を通過している。

 

この道は非常に狭く、道が整備されていない為、賊も出やすいが、

逆にその狭さのせいで軍が進行しにくいのだ。

もし、曹操軍が追ってきたとしても、

そう簡単には追いつけない。

 

それに賊が出たとしても――

 

「遅いですね~

……はっ!!」

 

「くそっ!!まだまだ……」

 

「隙だらけだ。」

 

「ぐぅっ……退くぞ、野郎ども!!」

 

士郎と弧白が相手では勝ちようが無い。

 

幌馬車の為、何回かは狙われたが――

新野に近づいた頃には襲うだけ無駄だと判断したのか、

平和なものだった。

 

「ぬぅ……暇なのじゃ……

七乃っ、何とかするのじゃ!」

 

「と、言っても特にする事がありませんよぉ……」

 

ずっと馬車の中にいるのに飽きて来た様子の美羽。

まぁ気持ちも分からなくも無い。

 

「あ、だったら一緒に歌の練習する~」

 

それを見かねた天和が美羽に話しかけてくる。

 

「……いいのかぇ?」

 

「ちぃ達は全然大丈夫よ。」

 

「分かったのじゃ!

……そうじゃ。七乃も一緒に練習するのじゃ!」

 

「え、ええっ!?わ、私もですかぁっ!!」

 

まさか自分も巻き込まれるとは思っていなかったのか、

慌てふためく七乃。

 

「あら~いいじゃないですか~」

 

「こ、弧白さんもですかっ!?

止めてくださいよぅ……」

 

弄るばかりだったので、

弄られることには慣れていない。

 

「それじゃ、早速教えるわね。」

 

「頑張るのじゃ♪」

 

「分かりましたよぅ……」

 

結局七乃も、美羽のお願いには逆らえないのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野北 長坂橋――――――

 

三対三の戦いは終わりを見せない。

 

前衛で戦う季衣と流琉は、

互いに親友である故の見事な連携を見せ、

その二人を支援する秋蘭も、元々姉である春蘭の支援する機会が多かった事もあり、

二人の攻撃に隙が出来ぬような絶妙の射を放つ。

 

ただでさえ強いのに、更に繰り広げるのは完璧な連携。

 

これでは並の相手では話にならないだろう。

 

しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

相手は三國志最強の将呂布に、

あの関羽が、武力だけなら自分より強いと評した張飛と趙雲では、

余りにも厳しい。

 

「ふッ!!」

 

恋が振るう上段からの一撃を、

手に持つ伝磁葉々で何とか受け止める流琉。

 

「くぅッ……」

 

幾ら膂力に自身がある流琉でも、

恋の一撃は全力でないと受けきれない。

 

「流琉っ!!」

 

「お前の相手は鈴々なのだっ!!」

 

季衣が手助けに行こうとするも、

自身も鈴々の相手で手一杯。

 

咄嗟に、秋蘭が恋を狙って矢を放っても――

 

「残念。させぬよ。」

 

「く……趙雲……」

 

星に弾かれる。

 

終始、劣勢の秋蘭達。

 

(拙い……このままではジリ貧だな……

……せめて姉上くらいの将がいないと厳しい……)

 

焦り始める秋蘭。

すると、そんな思いが届いたのか、

 

「全員ッ!そこまでよ!!」

 

『華琳さまっ!!』

 

響き渡る華琳の声。

どうやら、傍に桂花と春蘭もいる所を見ると、

後詰の部隊を率いて来ているようだ。

 

「どんどん来るのだ!

今日は負ける気がしないのだ。」

 

春蘭を見て、更にやる気を出す鈴々。

 

しかし――

 

「早とちりしないで。もうこれ以上戦う気は無いわ。」

 

「何故ですか華琳さまっ!!」

 

抗議の声を上げたのは季衣。

やられっぱなしのままでは帰れない。

 

「私達の相手は他にもいるでしょう!

劉備にも逃げられたし、これ以上は兵の無駄なのよ!!」

 

桂花に窘められる。

 

確かに、未だ徐州は麗羽と分けている状態。

 

協力体制を取っているし、

向こうも手に入れたばかりの北海と下邳の戦後処理があるとはいえ、

あの『麗羽』である。

何をしてくるか分からない。

 

これ以上、徐州を放って置くのは余りにもリスクが大きい。

 

「……分かりました。」

 

「ふふっ。ありがとう季衣。

聞き分けのいい子は好きよ。」

 

そう言って季衣の頭を撫でる華琳。

 

そのまま、視線を鈴々達の方に向けてくる。

 

「劉備に伝えておくといいわ。

命拾いしたわね。と。」

 

「ふん。うるさいのだ。

今度は鈴々がやっつけてやるのだ。」

 

「……恋も。」

 

そんな二人の反応を見て、余裕の表情を浮かべる華琳。

 

「それより、愛紗はどうなったのだ!」

 

小沛城にて、足止めの為に一人残った愛紗。

同じ日、同じ時に死ぬ事を誓った鈴々は、

そのことが気がかりだった。

 

「安心しなさい。私が関羽を殺すわけないでしょう。」

 

「……よかったのだ……」

 

それを聞いて、ほっとした様子の鈴々。

 

そして、華琳はそのまま視線を星に向ける。

 

「確か趙雲と言ったかしら。

貴女、私と共に歩む気はないかしら?」

 

『華琳さま!?』

 

華琳の発言を聞いて慌てる春蘭、秋蘭、桂花。

まぁ仕方が無いだろう。

 

「ほぅ。どう言うつもりですかな。」

 

「私の軍にいる郭嘉と程昱は、昔貴女と共に旅をしていた友人と聞いていたのよ。

だったら、友人と再会出来るでしょう。

それに……」

 

「それに?」

 

「貴女の舞う様な槍捌き……劉備にはもったいないわ。」

 

鈴々は桃園の誓いを行っているし、恋は華琳から領土を奪った敵である為、

星だけが華琳の眼鏡にかなったのだろう。

 

「あの曹操どのに目を掛けられるとは……

私も有名になったものですな。」

 

「あからさまな謙遜は嫌いよ。

で、どうかしら?」

 

少し考えた「振り」をする星。

そして、

 

「魅力的な提案ですが、お断りします。」

 

「へぇ……何故かしら。」

 

「貴女が行っている覇道にも少しは理解出来るところもあります。

しかし、それよりも桃香さまの方が魅力がある――唯それだけですよ。」

 

「……統治する地も無い主を、仰ぐというの?」

 

「統治している桃香さまに仕えている訳ではありませぬよ。

桃香様と初めて会ったのは、

桃香様がまだ義勇軍として各地を転戦している時。

あの時から、私の主は桃香さまと決めているのです。」

 

未だに思い出す。

自身が白蓮の客将としていた時、桃香と会ったときの事を。

 

普段は飄々としている星だが、その忠誠心は並外れたものがある。

演技では公孫瓚が滅んだ後、劉備に仕える為だけに放浪し、

劉備の子の為に数十万の敵陣を単騎で駆け、

関羽に「自分に負けないくらいの忠誠心を持っている」と評され、

自身の婚礼より、劉備の名が穢れる事を気にしたのだ。

 

その忠誠が、揺るぐ事など――有り得ない。

 

「……貴女も一緒なのね。

いいわ。退きましょう皆。」

 

「……次は絶対決着つけるからな!!」

 

「何回でも相手してやるのだ!!」

 

去っていく華琳達。

 

「……一応この橋を焼いておこう。

何かあったら困るからな。」

 

「分かった。」

 

星に言わて、橋を焼いて落とし始める恋。

 

「……結局、愛紗が帰ってこなかったのだ……」

 

「……大丈夫。

愛紗の事だ、そう簡単にはやられないさ。」

 

「……うん。」

 

心配そうに、徐州の方角に眼を向ける鈴々であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華琳さま、少しよろしいですか?」

 

「何かしら春蘭?」

 

小沛城に帰る途中、春蘭が華琳に話しかける。

 

「幾らあの三人が強いとは言え、

季衣と流琉、それに秋蘭と私に華琳様がいれば倒せたのではないですか?」

 

「そうね。確かに全員でかかれば勝てたかもしれない。

けど、それでは民や兵士達は納得しないわ。」

 

ただ、数に物を言わせただけ――そう取られてしまっては元も子もない。

 

「それに、関羽が此方に降る条件に、追撃の手を止めるのも入っているのよ。」

 

「関羽がですか……」

 

「ええ。約束した以上は守らないとね。

それに、他にも幾つか提案されているわ。

勿論条件は飲むつもりだけど……」

 

「関羽が我が軍に……」

 

どこか困った顔を浮かべる春蘭。

 

「ふふっ。心配しなくても関羽には手を出さないわ。

安心しなさい春蘭。」

 

「はいッ。華琳さま。」

 

そう言って一人思案する華琳。

 

(趙雲も私より劉備を選んだ……一体何故なのッ……

私に、何が足りないっていうの……)

 

先ほどの、星の言葉が胸に残る。

 

これからまた、悩む日々が続く華琳であった……




本来なら長坂橋の戦いは劉備が新野に入り、
そこから更に逃げる際に起こる戦いだったんですが、
私のSSではその逃げる原因である「劉表の死」が起きませんので、
ついでに書きました。

何卒ご了承ください。


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7-4 帰還

日が昇って間もない新野の町。

そこに一台の馬車が辿り着く。

 

「到着~

一番乗りっ。」

 

「まったく姉さんは……」

 

元気に馬車から飛び出していく地和と、

それを心配そうに見ている人和。

 

士郎たちはやっと、

荊州に帰って来たのだ。

 

「……ここが荊州かえ?」

 

歩くのを嫌がった美羽は、

士郎の背に乗りきょろきょろしている。

 

……どうやら懐かれた様だ。

 

「私は何回か来た事が有りますけど……

随分様変わりしてますねぇ。」

 

七乃が以前来た時は、まだ黄巾の乱が始めるより前である。

今は来たから流れてきた事で、大量に人口が増えているし、

二重防壁も無かった。

 

「私は始めてですね~

……なるほど。確かにこの町はそう簡単には抜けませんねぇ~」

 

弧白は元々涼州出身の為、ここに来るのは始めてである。

土地が変われば、扱っているものも変わる。

見るものすべてが珍しいのだろう。

 

士郎たちが街中に進んでいくと、

兵士が近寄り話しかけてくる。

 

「士郎様。城の方からお呼びがかかっておりますが……」

 

「分かった。有難う。

……太守は向朗だったな。報告だけはしておくか。」

 

桃香達も間も無く新野に到着する――

 

それも含めて一度話をしておいた方がいいだろう。

 

そう考えた士郎は皆に声を掛け、

城の方に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさーーいっ!!」

 

城の中に入った士郎に、いきなり女性が突進してくる。

 

「うわ!……っと。

玖遠じゃないか……ただいま。」

 

「……おかえり………なさいです……」

 

「援里も来てたのか。

……ただいま。」

 

「……はい。」

 

援里も士郎にしがみつく。

 

「あのぅ……士郎さ~ん……

出来れば紹介して貰えると嬉しいんですけどぉ……」

 

「そうだったな。玖遠、援里。

新しく仲間が増えたから紹介するよ。」

 

そうして互いに自己紹介をする。

 

「で何で玖遠ちゃんがここにいるの~?」

 

天和が首を傾げながら聞いてくる。

 

「士郎さんから手紙を貰ってましたから、

迎えにきたんですよ。

あと……もう一人迎えに来てますっ。」

 

「もう一人?」

 

「士郎くーーん!!」

 

士郎たちが声のする方を向くと、

そこには……

 

『聖さまっ!?』

 

「大丈夫っ!?怪我とかしなかった!?」

 

士郎に纏わりついてくる。

 

「聖さまっ!ちょっとくっつき過ぎですようっ!」

 

「玖遠ちゃんだって、さっき抱きついてたじゃない!」

 

きゃいきゃいと騒がしい二人に揺さぶられる士郎。

当然、背中に乗っている美羽も揺れる。

 

「や、やめるのじゃ~~」

 

ぐらぐらと揺れている美羽。

すると、不意に服を引っ張られる。

 

「な、なんじゃっ!!」

 

「……私の……番……」

 

下から、じっと見上げてくる援里。

どうやら居場所を交代してほしいようだ。

 

「ここは見晴らしがいいから嫌なのじゃっ!!」

 

「私の……場所……です……」

 

揉みくちゃにされ、中々前に進めない士郎であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気になってたんですけど~

聖さまはここに来て大丈夫なの~」

 

「……?」

 

弧白の質問に首を傾げる聖。

 

「確か、水蓮さまにはちゃんと話はしたっていってましたっ。」

 

「私も……そう聞いて……ます……」

 

「うっ……」

 

二人から見つめられ、たじろぐ聖。

 

「まさか聖さま……」

 

「だ、大丈夫だよっ!?

ちゃんと書置きしたからっ!!」

 

『…………………』

 

美羽以外の皆が、沈黙する。

 

「これはもう駄目かもしれないわ。」

 

「ち、地和ちゃん酷い……」

 

「……妾は書置きなんかしたことないのじゃ。」

 

「美羽さまは目を離すと、

勝手にいなくなってたじゃないですかぁ……」

 

……大丈夫か?この太守たちは。

 

思わずそう思ってしまう士郎。

 

「ほ、ほら!向朗ちゃんのとこに着いたよ!!」

 

慌てて話を切り替える聖。

まぁ、気持ちも分からなくない。

 

ノックをして、入室する。

 

すると……

 

「アンタ!月から離れなさいよッ!!」

 

「こんな可愛い娘をほっとくのは罰が当たるッ!!」

 

「わ、私は大丈夫だよ詠ちゃん……」

 

月に近づこうと騒いでる向朗がいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁお恥ずかしい所を見せました……

新野を任せられている向朗と言います。」

 

眼鏡の位置を直しながら皆に自己紹介する向朗。

 

「……なんか変な奴なのじゃ……」

 

「ああッ!あそこにも可愛い娘が……」

 

「お・と・な・し・く・し・て・ろ!」

 

士郎がロープでぐるぐる巻きにする。

 

「ううっ……これは酷い……」

 

さめざめと泣く向朗。

 

……自業自得である。

 

「士郎さんッ!無事だったんですね!!」

 

そんな向朗を尻目に、月と詠が近寄ってくる。

 

「星はどうしたの?」

 

「ああ。星は桃香たちと合流してる筈だから、

もう直ぐ来るだろう。」

 

「星さんも無事なんですね……よかった……」

 

ほっとした表情を見せる月。

 

「あ……士郎さん、この弓お返しします。

……とても助かりました。」

 

そう言って差し出してきたのは、

士郎から借りていた黒弓。

 

「貸した時に心配してたんだけど……よくこれを使えたな。」

 

「弓を引くときに結構力が要りましたけど……

なんとか、使うことが出来ました。」

 

「そうか。とりあえず返してもらっておくよ。」

 

「はい……ありがとうございました。」

 

そう言って頭を下げる月は、

そのまま、直ぐ傍にいる弧白に近寄っていく。

 

「弧白さんも……無事だったんですね……」

 

「はい。洛陽以来ですねぇ。」

 

「全く。藍も弧白も……何処言ってたのか心配してたんだから!」

 

詠も話しかけてくる。

……彼女も、心配していたのだろう。

 

「あの時、連合軍の兵糧を手に入れる為に美羽さまに降ったんですよ~」

 

「そう言えば洛陽に大量の食料が配布されてたわ。

……弧白だったのね。」

 

「じゃあ今は……」

 

「はい。美羽さま……元袁術軍に使えています~」

 

「そうなんですか……」

 

なんともいえない空気が流れる。

 

すると、美羽が弧白に近づいて来て――

 

「駄目なのじゃ!弧白は妾の家族なのじゃ!!」

 

ぎゅっと、腕に抱きつく。

弧白が元の所に帰るかもしれないと思い、心配になったのだろう。

 

「大丈夫です……私は、弧白さんが無事だっただけで十分ですから。」

 

「そうね。今のボクたちはもう太守でもなんでもないし。」

 

「そうですよ~。

私は美羽さまといますから、心配しないで下さい~」

 

「うん……」

 

いろんな再会があり、賑やかな光景が広がる。

 

「他にはまだ到着してないのか?」

 

「後は……白蓮と音々音と魏越、成廉の二人が今ここにいないわね。」

 

「そうか。白蓮がいるなら兵の方も大丈夫だろう。」

 

「で!とりあえずどうしますか?」

 

縄に縛られたままの向朗が話しかけてくる。

 

「……前に、似たような光景を見たような気がする……」

 

「私もですっ……」

 

「玖遠もか……とりあえず外して置くか。」

 

ゴソゴソと、向朗の縄を外してやる。

 

「ふぅ……やっと楽になった……

で、どうするんですか?」

 

「そうだな……桃香たちが何時来るか分からないし、

待たなきゃいけないんだけど……」

 

「で、出来れば襄陽に向かった方が言いと思うよ……うん。」

 

「……早くしないと、水蓮に怒られるからな。」

 

「うっ…………」

 

痛いところを疲れた顔をする聖。

 

「まぁ人数も一気に増えるし、

先にここにいる人だけでも紹介したほうが良さそうだ。」

 

襄陽にはまだ、水蓮に蒯姉妹、霞に紫苑と会ってないメンバーもいる。

 

「じゃぁ早速行こうーー」

 

「とりあえず一旦休んでからだけどな。」

 

「はーーい……」

 

これだけメンバーが集まり、賑やかになると思ったが、

想像以上に疲労が溜まっていた皆はあっという間に床に就き、

静かな夜が過ぎていった……

 

 

 

 

 

そして、翌朝士郎たちは長江を渡り―――

 

 

 

 

 

「ここが襄陽……洛陽にも負けてないな、これは。」

 

感嘆の声を漏らす白蓮。

 

彼女自身も洛陽、長安、許昌、鄴、下邳といった大都市を見てきたが、

ここはどの町にも劣らない程の大きさを誇っている。

 

特に、街の盛況さでいえば今の中国一であろう。

 

「民が一杯来てくれるし、優秀な文官がたっくさんいるからね~」

 

まるで自分が褒められたかのように嬉しそうな聖。

太守としての頑張りが認められるのは、

彼女にとって一番の喜びである。

 

「しろう、しろう。あっちに行くのじゃ!!」

 

そう言って、士郎の背中にいる美羽が髪を引っ張り誘導する。

 

「いたたっっ……どうしたのさ。」

 

「蜂蜜なのじゃ!!」

 

士郎の目の前にあるのは食料屋。

たしかにここ数日、美羽は蜂蜜を口にしていない。

 

「七乃、良いのか?」

 

「う~ん、そうですねぇ……

まぁ、ここ最近蜂蜜を召し上がっていませんし、

良いですよ♪」

 

「やったのじゃ♪」

 

嬉しそうな美羽。

 

「じゃあ城に帰ったら何か作るさ。」

 

「あの……私も……一緒に……」

 

「ああ。手伝ってくれるか援里。」

 

「はい……っ。」

 

そうやって、色々な物に目移りしながら城に向かって進んでいく。

 

少し時間がかかったが、やがて城の前に辿り着く。

 

「うう……着いちゃった……」

 

「いや着くに決まってるだろう……」

 

中に入るのを躊躇している聖。

 

「士郎くん……先にはいって?」

 

「了解。」

 

士郎の後ろに隠れるようにして、中に入っていく。

 

すると―――

 

「お帰りなさい士郎。」

 

「うわっ!!す、水蓮か……ただいま。」

 

いきなり目の前に出てくる水蓮。

……士郎の背中が震えているが、気にしない。

 

「手紙で大体の報告を受けているわ。

……とりあえずはお疲れ様。大きな怪我はしてないでしょうね。」

 

「それは大丈夫だ。」

 

水蓮も心配だったのだろう、

士郎の事は気にかけていたようだ。

 

「それで……うちの太守は見・て・な・い・かしら?」

 

ガタガタガタガタ

 

震えが加速していく。

 

「士郎からの手紙を渡した後、いきなり姿が見えなくなって、

『迎えに行ってくるねー』って手紙だけ置いてたのよ。

……どう思います。ひ・じ・り・さ・ま。」

 

がしっと、士郎の後ろにいる聖を掴む。

 

「…………えへへ。」

 

「聖様っ!また勝手に抜け出してっ!!

……罰として三日間士郎との接触を禁じます。」

 

「ええっ!!そ、それは酷いよう!!

せめて一日で……」

 

「私も賛成ですっ!」

 

「く、玖遠ちゃん!?」

 

「賛成も出たことだし、早速連れて行くわね。

……士郎、疲れてる所悪いけど、

新しく入った人を案内してあげて。

その後は何日か休みを取っていいから。」

 

「ああ。了解した。

……お手柔らかにな。」

 

「ええ。お疲れ様。

……蓬梅と鈴梅にも会っておきなさいよ。

心配してたから。」

 

そう言って、聖を連れて去っていく水蓮。

 

「……なんか、」

「台風みたいでしたね……」

 

魏越、成廉の言葉に頷く皆。

 

「さっきの人が水蓮さま――この街の水軍都督ですっ。」

 

とりあえず紹介をしておく玖遠。

 

気を取り直して、そのまま中に進んでいく。

 

「やっと来ましたですか。」

 

「遅いじゃないっ!」

 

「蓬梅に鈴梅か。ただいま。」

 

取りあえず自己紹介をする皆。

 

「で、怪我とかはないです?」

 

「ああ。何とか無事に帰って来れたよ。」

 

「……休んだら、さっさと作業に戻りなさいよ!」

 

「心配かけたようだな。ありがとう。」

 

「うるさいです。心配してないです。」

 

ぷいっとそっぽを向く蓬梅。

 

「ほら!さっさと部屋に行きなさいよ!!

紫苑と霞は所用で出てるから、

帰ってきたら向かわせるからね!」

 

ぐいぐいと鈴梅に押されるまま、部屋を出る士郎。

皆もそれについて行く。

 

「と、と、強引ですねぇ……」

 

二人の様子に、思わず七乃が感想を漏らす。

 

「多分、安心したんじゃないんですかっ?」

 

「?」

 

玖遠の言葉に?マークを浮かべる七乃。

 

「だって、蹴られませんでしたからっ。」

 

「???」

 

殆どのメンバーは理解できなかったが、

いつもの蓬梅、鈴梅を知っている人はそれを理解することが出来た。

 

「そうだな。

……さて、部屋に案内するか。」

 

これで無事に桃香たちが帰って来れたら、

また賑やかな日々が戻ってくる。

 

みんなの無事を祈りつつ、

襄陽での一日が過ぎていった……




聖たちにも袁術達の事を、
先に手紙で知らせているので、
特に混乱とかは無いです。


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7-5 晩餐会

士郎達が襄陽に帰って数日。

出払っていたメンバーも続々帰って来る。

 

「おっ!士郎やん。

帰って来たんかーー!!」

 

聖に報告しに来た霞は、

直ぐ傍で別の作業をしていた士郎を発見し、

いきなり飛びつく。

 

「うわっ!!……霞か。

驚かすなよ……」

 

「結構大変やったんやろ。」

 

「そうだな……

けど、何とか無事に帰って来れたから良かったよ。」

 

「みたいやな。

よし!早速ウチの鍛錬の成果見てもらうで!!」

 

「お、おい、ちょっ……」

 

士郎をずるずると引っ張りながら部屋を出て行く霞。

 

「…………あのぅ~~……報告は?」

 

ポツンと残された聖の問いに、

誰も答えることは出来なかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた………」

 

「また勝てへんかった……」

 

地面に倒れ付す二人。

 

結果は終始士郎が圧倒していたが、

所々では危うい所もあった。

つまり、それだけ霞も強くなったと言う事だろう。

 

そのまま草の上で座り込んでいると……

 

「お兄ちゃん!!」

 

「うわっ!!」

 

いきなり誰かが、士郎の背中に抱きついて来る。

 

「おかえりなさい~」

 

「璃々か。ただいま。」

 

久しぶりだったので、いきなり抱きついてくる璃々。

当然、璃々が居るという事は勿論……

 

「あらあら。

士郎さんは疲れてるんだから、

無理しちゃ駄目よ。」

 

そう言いながら、ナチュラルに士郎の横に座る紫苑。

余りにも自然な動きである。

 

「は~い。

璃々も一緒に寝るー」

 

璃々が士郎とじゃれていると、

他にも近づいて来る人がいた。

 

「士郎さ~んっ!!」

 

「ん?月か。」

 

ぱたぱたと走ってくる月。

それと詠の姿も見える。

 

「月!気をつけなさいよ。」

 

何かを持っているようで、転ばないよう、

しかし急ぎ足で近づいてくる。

 

「お~~っ!月やん!

お互いに無事やったみたいやなぁ。」

 

「はいっ!霞さんも。

……士郎さんから、聖さんの所にいるって聞いてましたから、

会えるのを楽しみにしてました。」

 

「詠もご苦労さんやな。」

 

「……なんか、とってつけたみたいな言い方しないでよっ。」

 

霞も月も詠も、皆良い表情を浮かべている。

たとえ離れていても、互いの絆はそう簡単には無くならない。

 

「恋達や弧白もきとるんやろ?

後で会いにいかないかんなぁ。」

 

「藍は曹操の所にいたけどね……

全く……あの馬鹿は……」

 

「まぁ、それが藍の選んだ道なんやろ。

生きとっただけでも十分や。」

 

話の種は尽きないのか、

終わりが見えそうに無かったので、

士郎が会話に参加する。

 

「それで、何かあったのか?」

 

「あっ……そうでした。」

 

士郎に言われ、当初の目的を思い出す月。

 

「鍛錬してるって聞いたので……差し入れを作って来ました。」

 

「璃々も一緒に作ったんだよ!」

 

「と言う事はもう自己紹介はしたのか。」

 

確か、紫苑達と月達は初対面だった筈。

 

「はいっ。

……色々学ぶことが多いので、勉強になってます。」

 

今は女給の様な事をしている月と詠。

未亡人である紫苑からは、色々学べることがあるのだろう。

 

「はい……どうぞ士郎さん。」

 

「ありがとう。」

 

月から茶が入った湯のみを手渡され、

一息つく。

 

「簡単に食べれるものも作ってますから……好きなものを召し上がって下さい。」

 

「中々上手そうやんか~」

 

「月と紫苑と璃々が頑張って作ったんだから、

残さず食べなさいよ。」

 

「これは詠ちゃんが作ったんだよ~」

 

「ちょっ……璃々!何でばらすのよ!!」

 

女三人よれば姦しいと言うが、

それ所の騒ぎではない。

 

「士郎さん。

眠たいのならおっしゃってくださいな。

膝、貸しますね。」

 

「何やったらウチも添い寝してあげるで。」

 

「璃々もするーー」

 

「璃々はもうちょっと大きくなったら、

お母さんが変わってあげるからね。」

 

「なんでさ……」

 

賑やかな昼の時間が、

ゆっくりと過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襄陽に到着した桃香たちは、

早速、感謝の意を述べる為に聖の所へ向かう。

 

「わざわざ受け入れてくださって、有難うございます。」

 

そう言って頭を下げる桃香。

 

「気にしないでいいよ~。

困ったときはお互い様だし、

私と桃香ちゃんは元々同族だからね~」

 

来るものは拒まず、去るものは追わない――

それが此処の基本方針である為、

例え相手が大人数でもそれを覆すような事はしない。

 

「で、桃香ちゃん達の事なんだけど……蓬梅ちゃん。」

 

「はいです。

とりあえず、民は新野と襄陽に分かれて行ってもらうです。

桃香さま達は、一応襄陽に住居を作りますので、

なにか要望があれば言って貰いたいです。」

 

「はい。ありがとうございます。

お世話になりますー」

 

「お世話になるのだー」

 

頭を下げながら答える桃香たち。

ともあれ、やっと堅苦しい挨拶も終了した。

 

「うん!じゃあ今晩にでもみんな集まって、

食事しようよ~」

 

いきなり、話が飛ぶ。

 

「はわわっっ……

あの、其処までして頂く訳には……」

 

只でさえ迷惑かけているのに、其処までしてもらっては流石に気が引ける。

慌てて朱里が止めに入るが、

 

「いいんだよ~

初めて会う人もいるし、仲良くなるにはまず丁度いいから~

大丈夫かな、鈴梅ちゃん?」

 

期待するような目で鈴梅に目を向ける聖。

 

一応、聖たちの中で政務を取り仕切っているのは鈴梅なので、

必然的にお金がかかる事は、彼女の了承がないといけない。

 

だが、鈴梅は聖に甘いので……

 

「大丈夫です!早速準備させます!」

 

結局はオッケーしてしまう。

 

「……蒋琬っ、士郎を呼んできてっ!大至急!」

 

「ええ……なんで士郎さんなんですか?」

 

鈴梅から急に呼ばれる蒋琬。

 

「あいつが一番料理が上手いからに決まってるでしょうが!」

 

「いや……そんな威張られても……

……まさか今から準備してもらうんですか?」

 

「当たり前でしょうが。」

 

士郎の事などお構いなしである。

まぁ、士郎なら当然引き受けるだろうが。

 

「じゃあ……早速呼んできます……

何かボク、こんな事ばかりしてる気がする……」

 

そう言いながら部屋を出て行く蒋琬。

 

「……だんだん本性を発揮して来たわね。」

 

「元々向朗が見つけた奴です。仕方ないです。」

 

「……思わず納得しちゃったじゃない!」

 

ひどい言われ様だ。

 

そんなこんなで、

夕食の時間へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでさ……」

 

料理を一通り作り終え、

自分も食事をしようと戻った士郎が見たのは

半分以上のメンバーが酔っ払っている地獄絵図だった。

 

「お姉ちゃん~~私、絶対愛紗ちゃん助けたいの~」

 

「うん~

私達も、密偵だしてるから~大丈夫だよ~」

 

最初に士郎が目にしたのは、

酔っ払った桃香が泣きながら聖に抱きつき、

それを宥めている酔った聖の姿。

 

桃香も、いろいろ抱え込んでたものが爆発したんだろう。

 

他を見たら援里と朱里と雛里の三人が話し込んでいる。

連合軍の時の宴会でも話していたようだし、

いろいろ積もる話もあるだろう。

 

張三姉妹は相変わらず元気に歌っており、

美羽や七乃、紫苑や璃々がそれを聞いて盛り上げている。

 

おそらく七乃や紫苑は美羽と璃々の付き添いだと思うが。

 

大分カオスになりつつある中を進んでいくと、

星が近寄って来る。

……手に酒と、なぜか壺を持っているが。

 

「士郎殿。飲んでますかな?」

 

「いや、俺は来たばかりだからな。

……で、何持ってるのさ。」

 

「?酒に決まってますが。」

 

きょとんとする星。

 

「いや、その、そっちの壺……」

 

「ああ、これですか。

メンマですよ。」

 

「……つまみにメンマ……中々渋い物選んでるな。」

 

「やはり酒にはこれが一番ですな。」

 

まぁ、星自身が美味しそうにしてるから大丈夫だろう。

 

とりあえず何かを口にしようと進んでいく。

 

するとーー

 

「うわっ!!」

 

何かに躓く。

 

「どうしました?」

 

「いや、足元に何かが……」

 

足元に目を向けると、何か丸い物体が蹲っている。

 

「誰だこれ……」

 

「誰でしょうな……」

 

「ううっ……どうせ私は地味だよ……」

 

「あ、白蓮どのですな。」

 

これはひどい。

 

「訳分からん内に麗羽に負けてるし……

一緒にいたのに気づいて貰えないし……

使ってる武器の名前が普通の剣だし……」

 

「これは拙いですな……」

 

「泣き上戸が一番厄介だ……」

 

思わず距離を置きそうになる。

 

「だいだいっ!影が薄いのが個性って何なんだよぅ……」

 

大分テンションもおかしい。

だれだ、飲ませた奴。

 

「あ~~ここは私が引き受けましょう。

士郎殿は他の人に挨拶して来て下され。」

 

「いいのか?」

 

「これだけ美味しい料理を作って貰ってますからな。

頼りっきりでは駄目でしょう。」

 

「……分かった。じゃあ頼んだぞ。

……後で、水かなんか持ってくるよ。」

 

「お願いします。

……さあ白蓮どの、先ずは椅子に座って……」

 

白蓮も気になるが、

他のメンバーも気になる士郎。

 

一旦星に任せて、他のメンバーの様子を見に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーー兄ちゃんなのだっ!」

 

「鈴々か。味のほうは大丈夫か?」

 

「うん。とっても美味しいのだ!」

 

士郎が向かったのは料理が置いてある一角。

 

何か食べたかったのもあるが、

実は自分が作った料理の評価が聞いてみたかったのが一番の理由だったりする。

 

「もぐもぐもぐ……」

 

当然、大飯食らいのメンバーがここに集まっている。

 

「美味しいか恋?」

 

「もぐもぐもぐ……」

 

口いっぱいに頬張りながら、こくりと頷く恋。

まるでハムスターのようだ。

 

「他には来てないのか?」

 

「もぐ……音々音ならあそこにいるのだ!」

 

鈴々が指差した方を見ると、

其処には地べたに仰向けで寝転がっている音々音がいた。

 

「もう……食べれないです……」

 

「何してるんだあいつは……」

 

「ちっちゃいのに無理して食べてたのだ。」

 

「……いや、鈴々も大して体格変わらないだろ……」

 

「?」

 

……まぁいいか。

……どの世界にも、説明できない事ってあるんだな……

 

思わずそう考えてしまう士郎。

 

「……士郎、おかわり。」

 

「えっ……もう食べたのか!?」

 

士郎が机の上を見ると、

もう殆ど料理が残っていない。

 

「……もう食材もあんまり残ってないしなぁ……

とりあえず甘味の準備してくるか……」

 

「……うん。

……待つ。」

 

慌てて厨房に戻る士郎。

……殆ど食事出来ていない。

 

「あのっ!私も手伝いましゅ!!」

 

「あわわっ……朱里ちゃん、落ちついて……」

 

「朱里と雛里……援里もいるのか。」

 

「はい……士郎さんばかりに……仕事させる訳には……いきません……」

 

話しかけてきたのは、

先ほどまで話していた仲良し軍師三人。

共に、お菓子作りが趣味なので、

士郎の手伝いを申し出たのだ。

 

「助かるよ。

仕込みまでは終わってるから、

出来上がった物を盛り付けたりしてくれると助かる。」

 

先導する士郎に、ちょこちょことついていく三人。

 

賑やかな食事会が過ぎていった。



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7-6 日常の過ごし方

――――――江陵 漢津港――――――

 

襄陽南にある江陵城、

ここは劉表軍――聖たちにとって非常に重要な土地である。

 

南に流れる長江を挟んで、荊北、荊南に分かれており、

長江からの豊かな水源、肥沃な地のお陰で荊州最大の穀倉地帯でもある。

 

もしここが破られたりしたら、

北と南の連携が取れなくなり、江陵、荊南からの兵糧の確保も出来なくなる。

まさに、劉表軍にとっては生命線と言える土地なのだ。

 

さて、その肝心の江陵には三つの港が存在する。

江陵から見て、西の江津港、東の烏林港、

そして北東――襄陽との街道から外れた所にある漢津港だ。

 

そして今、その漢津港に士郎と水蓮の姿があった。

 

「どんどん引っ張って!!

……ほら、崩れるわよっ!!」

 

水蓮の指示に従い、数千にも及ぶ兵士達が、石や木柱、鉄柱を運んでいる。

 

特に石は、近くの山から切り出したものであろう、

数トンは有ろうかというほどの大きさがある。

 

……当然、トラックやクレーンなどがこの時代に存在する訳も無く、

縄を巻きつけ、地面に丸太やワカメを敷き詰め、

その上を滑らせながら人海戦術で引っ張っているが。

 

「ただいま。……作業の方は進んでるのか?」

 

そんな水蓮に、士郎が話しかける。

 

「あら?もう用事は済んだの?」

 

「江陵に馬を届けるだけだったからな。

……それにしても凄いな。」

 

人がわらわらと集まって、重量物を運んでいる光景。

 

(……ピラミッドや石垣もこう言う風に石を運んだんだろうなぁ)

 

まさにこの時代しか見られない風景であろう。

 

「もっと人手があった方が早く終わるんだけど……ね。

……まぁ、無い物ねだりしても仕方ないわ。」

 

ふう……と、ため息を吐く水蓮。

 

「……所で、これは一体何をしてるんだ?」

 

「ええっ!!分からないのについて来たのっ!?」

 

「朝、聖に江陵に行く用事が有るって言ったら、

『帰りに水蓮ちゃんの手伝いしてあげてーー』

としか言われなかったからな……」

 

「……まぁ海戦に関わる事だから、

馴染みが無かったら分からないでしょうね。」

 

そう言って川に目を向ける水蓮につられ、

士郎も同じように目を向ける。

 

「陸上と違って、川は船さえあれば自由に動けるし、

何処からでも進入されるじゃない。」

 

「確かに地形には影響されないな。」

 

移動のしにくさはあるが、確かに水上は地形には余り影響されないし、

海岸線があれば、多少強引にでも上陸させる恐れもある。

 

「だから、予め石を沈めて木柱や鉄柱を川の中に立てておくのよ。」

 

「成る程。そうしていると侵入経路が制限しておくのか。」

 

強引に突破しようとしても船底に刺さり、船が沈没する。

定期的に木柱や鉄柱を変える必要があるが、

それを行うメリットの方が遥かに大きいのだ。

 

「曹操は北で袁紹と交戦中――だったらそろそろ揚州の孫策が危ないわ。

当然、真っ先に狙ってくるのは江陵(ここ)

でしょうし。」

 

水場から近く、孫策の領土である柴桑からも近い。

孫策からすればここを狙わない道理は無い。

 

「東の烏林港は文聘にお願いして同じことしてもらってるし、

江夏も黄祖がやってるわ。

……流石に西の江津港は来ないと思うからやってないけど。」

 

「……やっぱり孫策は来るか。」

 

江東の小覇王孫伯符。

その勇猛さは、若くして亡くなった後もなお衰えを知らず、

『もし孫策が生きていれば』天下を取っていたかも知れないと評されるほど。

 

生半可な相手ではない。

 

しかし、

 

「大丈夫よ――そんなの。」

 

当然のように答える水蓮。

 

「以前孫策の母――孫堅が攻めて来た時に見たわ。

……確かに武力じゃ適わないでしょうね。

でも――」

 

ざっと、川の方を一瞥し、

 

「でも、水上なら抜かせないわ。

あっちは編成したばかりの水軍、戦った相手は精々江賊くらい、

そんな軍に、私が数年かけて鍛え上げた荊州水軍が負けるはず無い。

……私は、劉表軍の水軍都督なんだから。」

 

自分の黒髪を軽く撫でながら、そう言い放った。

 

揚州方面に向ける強い眼差し。

その奥底に秘めた決意が見えてくるような。

 

「……ああ。期待してるさ。」

 

「まぁ、あっちはまだ美羽たちから手に入れた寿春や盧江の統治がまだだし、

攻め込んでくるのはまだかかるでしょうけど、準備はしておかなくちゃね。」

 

「……よし。俺も手伝うよ。

何をすればいいんだ?」

 

「最初からそうだったでしょうが。

……ちゃんと働きなさいよ。」

 

「了解。」

 

水蓮と軽口を交わしながら作業に向かう士郎。

そんな士郎の背を見ながら……

 

「おかしいわね……

私、男とはあんまり関わりたくなかったのに……」

 

ふと、疑問を漏らす水蓮だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 城内――――――

 

士郎たちが漢津港での作業をきりがいい所で終わらせ、

襄陽城に着いたときには、もう日が落ちかけている所だった。

 

「食事まであと少し……って所ね。」

 

「誰か鍛錬場にいると思うから、

少し様子を見てくるさ。」

 

「お願いね。

私は聖に漢津港の進捗状況を報告しておくから。」

 

そう言って士郎は水蓮と別れ、

鍛錬場の方へ向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

「ギィンッ!!」

 

鍛錬場から聞こえてくるのは金属が擦れ合う音――

まだ、誰かがいるのだろう。

 

士郎が顔をのぞかせると、

丁度星と玖遠が戦っているところだった。

 

「やぁッ!!」

 

一気に踏み込み、双刃槍で切り込む玖遠の一撃を半身をずらし避ける星。

 

ヒュン――と星の眼前を虚しく刃が通過していく。

 

攻撃した後の隙――当然、星が見逃す筈が無い。

 

直ぐに星がその隙を狙って攻撃に移ろうとするが、

 

「ふッ!」

 

それよりも早く、

玖遠はそのまま槍を半回転させ、反対側の刃で追撃する。

 

「なかなか…できる……ッ」

 

星もまた、回避ののち攻撃に移ろうとしていたので咄嗟に避けれない。

 

玖遠の二撃目を、攻撃しようと構えていた槍で突き弾く。

 

「わぁっ!!」

 

力が十分篭っていなかった為か、弾かれ、体勢を崩す玖遠。

 

「貰った……ッ」

 

突きから斬りへ――流れるような動きで、

体勢を崩した玖遠へ一気に切りかかる星。

 

だが――

 

「まだ……ですっ……」

 

双刃槍から短剣を外し、それを受け止める玖遠。

双刃槍で受けていては間に合わないと判断したのだろう。

 

「はぁッ!!」

 

強引に押し込む星。

 

当然、玖遠も抵抗するが、今の玖遠は一度体勢を崩されている。

受けきれるわけもない。

 

「わッ……」

 

そのまま地面に倒れそうになるが、

弾いた際の衝撃を利用し、何とか持ち直す。

 

「っ………」

 

再度対峙する二人。

 

そして―――

 

「二人とも。もう良い時間だぞ。」

 

手をパンパン鳴らし、二人の間に士郎が割ってはいる。

 

「士郎さんっ?……ってもう日が落ちそうですっ!!」

 

「ふぅ……私としたことが、どうやら熱中し過ぎてたみたいだな……」

 

話しながら、武器を下ろし顔についた汗を拭う二人。

 

「あと少しすれば夕食だ。

……二人とも、先に汗を流してきたほうがいい。」

 

「そうですな。

……これでは乙女失格ですかな。」

 

ふふっと、笑みを浮かべる星。

 

(なんで俺の方を見るのさ)

 

そんな士郎を他所に、

玖遠はどんどん士郎に近寄ってくる。

 

「あのっ……どうでしたかっ!」

 

「どう……って、さっきの鍛錬か?」

 

「はいですっ!」

 

少し考える士郎。

すると、

 

「そうねぇ……動きは良かったけど、

少し力負けしてたのが気になったわね。」

 

「紫苑さん!?」

 

いつの間にか、紫苑が混じっている。

 

「おにいちゃんっ!!」

 

ぴょんと、士郎に抱きついてくる璃々。

 

「街の方に用事があって、丁度今帰って来たんですよ。」

 

「見てたのですかな?」

 

「これでも、弓の扱いには自身がありますから。

この位なら十分見えてましたわ。」

 

紫苑はこの時代最強の弓使いと言っても過言では無い。

多少離れていても、ある程度のなら見る分には問題無いのだろう。

 

「そうだな。武器は十分振れていたから、

後はもう少し踏ん張れるようにしたらいいと思う。」

 

「と言うことは……」

 

「走り込みね♪」

 

「……分かりやすいですっ……」

 

「まぁ脚力を鍛える事は、

武道を極める際には必須だからな。

損は無いと思うぞ。」

 

下半身の動きを上半身に伝える事も出来るようになれば、

攻撃時の威力も増すだろう。

 

「さて、それでは私と玖遠は先に風呂に向かうとしよう。

……士郎殿も如何かな?」

 

「なんでさ……」

 

相変わらずの星である。

 

「ふふっ。冗談ですよ。

紫苑どのはどうされるのですか?」

 

「そうね……料理の手伝いもしたいから、

後でいただきますわ。」

 

「なら早速向かうとするか。」

 

「行ってきますっ。」

 

そう言うや否や、走り去っていく玖遠。

 

「……これは私も付き合わないといけないのか……」

 

「言いだしっぺの一人だからなぁ。」

 

「……行ってきます。」

 

鍛錬後のダッシュ……それはキツイ。

 

「さて、私たちはゆっくり行きましょうか。」

 

「うん!!」

 

璃々を背負ったまま、

城のほうへ帰る士郎達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当たり前だが、この時代には時計などは存在しない。

 

しかし時間という概念は、生活を送る上での必須となるべき物。

当然、影を利用した日時計や、

大きな桶に水が溜まる時間を計測する水時計等、

幾つか代わりのものが存在する。

 

ちなみに襄陽では、士郎の協力の下城内に正確な水時計を設置しており、

二時間毎に城の上で大きな鐘をつき、

街に時間を知らせるような仕組みになっている。

 

こうする事で労働時間の管理など、

ありとあらゆる行動の指標を作っているのだ。

 

城内に鳴り響く鐘の音――時刻は、夜の十時を示していた。

 

ガチャ……

 

「ん?」

 

城内の見回りをしていた士郎は、

ふと、食料庫から聞こえてきた音に反応する。

 

「鼠か何かか?」

 

餌を求めた小動物が潜り込むのは良くあることだ。

特に冷蔵庫も無いこの時代、

食料庫にあるのは保存のきく乾物がメイン。

下手に食い散らかされるのも厄介だ。

 

「…………」

 

逃げられると厄介なので、

ゆっくりと食物庫に入っていく士郎。

 

すると、何やら動いているのが分かる。

 

(結構大きいな……ってもしかして……)

 

だんだん姿が見えてくる。

 

そして、其処にいたのは――

 

「なにやってるんだ。」

 

「うわぁぁぁっ!!

……な、なんや士郎か……」

 

食料を漁っていたのは、

小動物ではなく霞だったようだ。

 

「良かったわぁ士郎で。

鈴梅や水蓮に見つかったら何言われるか分からんもんなぁ。」

 

「いや、それよりも何して……酒か。」

 

仄かに霞から漂ってくる酒の香り。

大方、なにかつまみでも探しに来たのだろう。

 

「まぁ確かに乾物なら良いつまみが有りそうだけど……」

 

「そやろ。星と飲んどったんやけど、

あいつつまみにメンマしか持ってきて無いんや。

……流石に飽きたわ。」

 

「確か以前もメンマで飲んでたな……」

 

しかも壺を抱えて。

どんだけ好きなんだ。

 

「ウチが持ってきたつまみも後から乱入した恋や鈴々に食べられるし……

つまみだけ食べるの止めろ言うたのに……」

 

「あの二人は酒より食だろ。」

 

「ほんまやな。」

 

ため息を吐く霞。

 

「……探してるのは酒のつまみだろ?

ちょっと待っててくれ。」

 

「ああ。そやけど……」

 

そう言って部屋を出て行った士郎は、

手に何かを持って帰ってきた。

 

「ほら。これなら多分合うと思う。」

 

「なんなんや。これ?」

 

「チーズとソーセージ……大秦や羅馬での酒のつまみだよ。

自己流で作ってたんだ。」

 

「話で聞いた事あるわーー

へぇ……これがそうなんか……

もろてもええん?」

 

「ああ。ついでに、味のほうの感想を貰えると助かる。」

 

「ありがとなーー」

 

「ほどほどにしておけよ。」

 

去っていく霞に声を掛ける士郎。

一日が、ゆっくりと過ぎていった……



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7-7 竜虎相打つ

――――――黄河近郊 官渡砦――――――

 

今、官渡にて二つの勢力の決戦が行われていた。

 

片方は兗州・豫州・司隸・徐州を統一した華琳、

もう片方は冀州・青州・并州・幽州を統一した麗羽。

 

共に四州を支配する物同士、

まさにこの戦いの勝者が、この先中心となっていくだろう。

 

そんな戦は、開始早々こそ華琳が麗羽の先発部隊を撃破し出鼻を挫いたが、

麗羽の兵は華琳の三倍以上あり、如何せん兵力の差が大きく、

また輜重隊の事もあり、じりじりと押されつつあった。

 

「一斉に射掛けるのですわ!!」

 

麗羽の合図と共に、

土山の上に築かれた物見櫓の上から、

官渡砦に雨霰と矢が射掛けられる。

 

この官渡砦は、前々から華琳が準備して建てておいたものだ。

 

「麗羽と戦うときは、ここしかないわね。」と言う華琳の予想通り、

今まさに麗羽の本隊と曹操軍がぶつかっていた。

 

「みんな頑張るのーー華琳さまが帰ってくるまで戦うの!!」

 

「東門が破られそう!?

さっさと工作部隊向かわせぇ!急いで修復するんや!」

 

「傷ついたものは後ろに下がれ。

ここを死守する。」

 

砦の防衛に当たっているのは魏の三羽烏。

沙和が兵の士気を鼓舞し、

真桜が防衛、修復を行い、

凪が敵兵を駆逐していく。

 

風、稟の軍師が、全体の指揮を執っていた。

 

「まだ、時間がかかりそうですかーー?」

 

「そうですね……砦の外で迎撃してくれている

曹仁、曹洪さんも大分消耗が激しくなってきていますから……

早くしないと拙いですね。」

 

ジッと砦の中で耐える曹操軍。

兵の消耗もそうだが、今の曹操軍にはより切実な問題がある。

 

兵糧である。

 

元々華琳が支配する兗州は、

周辺の地域と比べて戦が多発したこともあり、生産力が極端に低い。

故に、慢性的な兵糧不足にあるのだ。

 

その食糧問題も、

配下の韓浩・棗祗らの提案で行われている屯田制のお陰でなんとかしているが、

そもそも他の地域では行う必要が無い位なのだ。

 

しかも曹操軍には騎馬が多く、

大量に食事を行う奴もいる為非常に厳しい。

 

「兵糧も少ないですねぇ~

稟ちゃん、あと何日位持ちますか?」

 

「撤退の事考えたら、

後三日が限度ね……ここは華琳さまに賭けるしかないわ。」

 

「そうですか~では、もう少し頑張りましょーー」

 

何かを待つようにじっと耐える風たち。

 

しかし、ノリに乗っている麗羽は、

当然、そんな事は気にしない。

 

「張郃さんは左、高覧さんは右から攻めて下さいな。

そ・し・て・私の華麗な突撃で正面を破りますわ!

行きますわよ、猪々子さん、斗詩さん。」

 

「おーーっ!!突撃あるのみーー」

 

「ま、まってよ文ちゃん、危ないよぅ……」

 

ずんずん突っ込んで行く猪々子を慌てて追いかける斗詩。

 

「だ~いじょうぶだって。心配性だなぁ斗詩は。

敵兵の数も少ないし、もう少しで落ちるって」

 

「そうだけど……敵将が少なすぎない?

外に居るの曹仁さん、曹洪さんの二人だったし……

こんな混戦になったら、

確実に夏侯惇さんや華雄さんが出てくると思うんだけどなぁ……」

 

「だーいじょうぶだってーー

こっちの勢いにびびって逃げてるんだよ。」

 

「そうですわっ!

ふふふ……この戦い、貰いましたわっ!!」

 

「うーーん……そうなのかなぁ……」

 

心配する斗詩を余所に、一気呵成に攻め込んでいく。

 

当然、官渡砦も只では済まない。

 

「門が破られそうなのーー!!

真桜ちゃん、補修して欲しいのーー」

 

「ちょっ……こっちも手一杯や!!

……あーーもうっ!ここにも敵兵来とるやん!凪ーー!!」

 

「こっちも忙しい……

そっちで何とかしてくれ!!」

 

三人の連携が敵の勢いに押され、

だんだんと崩されていく……

 

そして、その光景を砦の上から見ている軍師二人。

 

「う~ん……拙いですね~~」

 

「なんでそんなに冷静なの風は……」

 

緊張感の無い風の様子を見て、思わず呟く稟。

 

「いえいえ~これでも十分焦ってますよ~」

 

「……全くそんな風に見えないんだけど……」

 

「そんな……稟ちゃんに分かって貰えないなんて……

落ち込みます……」

 

「……だから落ち込んでる風にも見えないわよ……」

 

訂正、緊張感が無いのは二人共だった。

 

「さて、冗談は其処までにしておいて……

このままだとほんとに拙いので、あの人に出てもらいます。」

 

「……いいの?華琳さまが、

出来れば出したくないって言ってたけど。」

 

「この砦が落ちたらお終いですからねぇ~

華琳さまも間に合わなかったら良いって言ってましたし。

と言う事で、出陣してもらいましょう~」

 

風の合図と共に、出陣の銅鑼が鳴り響いた……

 

 

 

 

 

 

 

 

「麗羽さまっ!砦から敵部隊が出てきました。」

 

「この私の勢いを止めれる筈が有りませんわっ!

押しつぶしてしまいなさい。」

 

「了解ーー行っくぜーー」

 

新しく出てきた部隊に、突撃していく猪々子。

確かに、並の相手では彼女の突撃を止めることは難しいだろう。

 

しかし、相手が悪かった。

 

「はぁっっっ!!」

 

先頭にいた将の一撃にて、

猪々子が率いていた兵が薙ぎ倒される。

 

「あれは……関羽!!

なんで曹操の所にいるんだよーー」

 

「……我が主君の為に、倒させて貰うッ!

行くぞッ!!」

 

猪々子の問いに答えず、一気に攻め込む愛紗。

その勢いには、何か鬼気迫る物が見えた。

 

「文ちゃん!!」

 

「斗詩っ!気をつけろーー

何かすごい気合入ってるーー」

 

前線での混乱は、当然麗羽にも伝わる。

 

「何で関羽さんがいるんですわっ!!

……こうなったら私が門を……」

 

「麗羽さまッ!!伝令です!!」

 

「もうッ、次は何ですの!?」

 

「我が軍の兵糧庫である烏巣が、現在交戦中との事ッ!」

 

「淳于瓊さんと、呂威璜さんが守ってたんじゃないですの!?」

 

烏巣は袁紹軍全体の食料を保管している拠点。

当然守りも多数の兵を配置し、

名将たる淳于瓊が守りについており、

そう簡単には破られるはず筈が無いのだが……

 

「敵軍の旗に、曹と夏侯、華の文字が。

他にも許や典の文字も……」

 

「あ・の・小娘~~っ!!

姿が見えないと思ったら何してるんですのッ!!」

 

元々、華琳――曹操が得意としているのは奇襲・伏兵を用いた戦いだ。

 

更に彼女の場合、孫子を編纂し孟徳新書を作成するほど確かな戦術理論が加わり、

無類の強さを発揮する。

 

「くぅ……っ…………

ここは張郃さんと高覧さんに任せますわっ!

猪々子さんと斗詩さんに後退の合図を。」

 

銅鑼の音に反応して、慌てて後退してくる二人。

 

「ふ~~っ、危なかったぁ~~」

 

「二人掛かりでも全然歯が立たなかったよぅ……」

 

「話は聞きましたわねっ!急いで烏巣に行きますわよっ!」

 

「待ってよ姫~~」

 

烏巣に急ぐ麗羽たち。

戦は、決まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーー華琳さまたちが間に合った用ですねぇ~」

 

「流石に華琳さまと春蘭さまと、秋蘭さま。

藍に季衣と流琉も連れて行ってますからね。

負けてもらっては困ります。」

 

「……ほんとに稟ちゃんは~~華琳さまが無事そうで安心してるくせに~~」

 

「なッ、何を言ってるんですか!!

……こほんっ、ほら外の敵を押し返しますよっ!!」

 

「と言っても、殆ど関羽さんが倒しちゃってますけどね~」

 

「まだ敵部隊が残っているでしょう。

……曹純に連絡を。虎豹騎を出します。」

 

最後まで、手は緩めない。

 

官渡決戦は、

甚大な被害を出しながらも曹操軍の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽――――――

 

「うん……分かった。

報告ありがとう~」

 

謁見の間で、伝令から連絡を受ける聖。

 

「……何かあったです?」

 

「うん……曹操さんと麗羽ちゃんが戦ってるみたい。」

 

「とうとうぶつかりましたですか。

……どう見ます?鈴梅。」

 

「そうね……兵力なら確実に袁紹の方が上だけど……」

 

「あはは……麗羽ちゃんだからねぇ……」

 

「油断して負けてそうです。」

 

……酷い言われようである。

 

「とにかく、これで北の方は殆ど決着がついちゃうのよね。」

 

「そうだね~~

万里の長城超えたら異民族がいると思うけど、

そう言うのを除いたら、この戦いで勝った方が北の支配権を握るね。」

 

「……一応、新野の向朗に連絡しておくです。」

 

「あ。よかった~

やっぱり心配してたんだね。」

 

「そ、そんな訳ないです!」

 

ほっとした様子の聖を見て、

慌てて否定する蓬梅。

 

「全く……非常に不愉快です。

……後で士郎の脛蹴るです。」

 

「私も蹴るわ!」

 

「何で士郎くん!?」

 

今日も、聖たちは相変わらずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽 街中――――――

 

ざわざわと活気に満ち溢れている街中。

その中に、数え役萬☆姉妹が拠点としている劇場に向かう士郎の姿があった。

 

「差し入れはこんなものでいいか……」

 

天和たちが長期休暇を取っていた為、

ここの所常に劇場は満員御礼状態。

 

故に、手が空いたら直ぐに、

士郎はマネージャーとして人和のサポートに入っているのだ。

 

「差し入れ持ってきたぞ……って、誰もいないな……」

 

今は昼の休憩時間中。

 

壁に掛けられた予定表を見ると……

 

『城にて休憩』と書いてある。

 

たぶん風呂にでも入りに行ってるのだろう。

 

「仕方ない。昼飯は楽屋の方に置いておくか。」

 

士郎は時間があれば、襄陽にある食事所でその腕を振るっている。

 

丁度聖から頼まれていた古錠刀の修理も大方目処がつき、

その副産物として幾つかの刀剣類も完成してたので、

多少の時間が余っていたのだ。

 

「さてと、とりあえず書置きでも残して置けば良いか。」

 

そう言いながら楽屋の扉を開ける士郎。

 

すると、

 

「はぇ!?」

 

そこには、なぜか服を脱いでる途中の美羽と七乃が居た。

 

『………………』

 

「なんでさ……」

 

そんな士郎の呟きが聞こえる筈も無く――

 

―沈黙―

 

―確認―

 

―赤面―

 

―痙攣―

 

―絶叫―

 

二人が落ち着くまで、

数刻の時間を要したのだった。

 

後で確認した所によれば、

天和たちの公演を見ていた美羽が踊りたくなり、

七乃が人和にお願いして練習服を貸してもらい、

天和たちが休憩中に舞台の上で踊ってみようとしていただけの事なのだが。

 

……ちなみに、美羽より七乃の方が恥ずかしがっていた。

意外だったとは、士郎の談。



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7-8 千里行

「そう……関羽は行ったのね。」

 

袁紹を破った祝勝会の翌日、

既に、曹操軍の中に愛紗の姿は無かった。

 

「行った……とは、どう言う事ですか?」

 

「言葉のままよ。

……桃香の元へ帰ったのでしょうね。」

 

「なっ…………」

 

華琳の言葉を聴いて絶句する桂花。

 

「華琳さまっ!!関羽の部屋に手紙が!!」

 

すると、慌てた様子の春蘭が駆け込んでくる。

 

「……なんて書いてあるの?」

 

「…………秋蘭、頼む。」

 

どうやら読めなかったようだ。

 

「はい……

『約定は守った。そちらも守ってもらう故、

顔見せは行わずに失礼します。』と……」

 

「……そう。」

 

「これは一体どう言う事なんですか?」

 

秋蘭も、華琳を問い詰める。

 

「関羽が此方に降った際の条件に、

戦功を立てたら劉備の所へ帰るって言うのがあったのよ。」

 

「先の袁紹との戦いですか……」

 

「そうね……出来るなら関羽を温存したかったのだけれど、

それほど甘い相手では無かったわね。」

 

どこか自嘲した様子の華琳。

 

「くっ……失礼しますっ!!」

 

そんな様子を見た春蘭は急いだ様子で部屋を後にする。

 

「姉者!」

 

「多分関羽を追いかけに行ったのね。

……秋蘭、お願いできるかしら。」

 

「はっ!この命に代えても。

あと、関羽は如何された方がいいのですか?

……今後の事を考えたら出来れば……」

 

「そこまでよ秋蘭。

私は曹孟徳。交わした約定を違えては、私の名に傷が残るわ。」

 

「……はい。了解しました。

一応、流琉も連れて行きます。」

 

そう言って、秋蘭も部屋を後にする。

 

「……宜しいのですか華琳さま……」

 

「心配してくれてるのね。

……有難う桂花。」

 

そっと、桂花の顔に手を当てる華琳。

 

「ああ……華琳さま…………」

 

うっとりとした様子の桂花。

 

「欲しい物は自分で手に入れる。

関羽が劉備を選ぶと言うのなら、

私の方が上だという事を思い知らせるだけよ。

……それが、この曹孟徳の覇道よ。」

 

それは誰に述べた言葉なのか。

キッと、強い目で虚空を睨む華琳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州 襄陽城――――――

 

「聖お姉ちゃんっ!愛紗から連絡があったの!?」

 

ドタバタと駆け込んできたのは桃香。

ハアハアと荒い息を吐いている。

 

「う、うん。読む?」

 

「ありがとうっ!えっと……」

 

聖から受け取った、愛紗からの手紙。

そこには、曹操の元から帰って来る事や、

新野に到着しても攻撃を行わないで欲しい事など、

必要最低限の事のみが書かれていた。

 

「罠……じゃないですよねっ?」

 

「曹操さんが……そんな手を打つとは……思わないです。」

 

互いに話し合う玖遠と援里。

 

「……桃香ちゃんは、迎えに行くつもりなんだよね?」

 

「うんっ!」

 

「当然なのだ!」

 

聖の質問に、力強く答える桃香と鈴々。

 

「うん。じゃあ玖遠ちゃんと援里ちゃん、

……後、士郎くんも一緒にお願いするように言っておいてね。」

 

「分かりましたっ!

早速呼んで来ますねっ。」

 

「士郎」

 

ぱたぱたと走って行く玖遠。

何故か援里も着いて行ったが。

 

「私も早速準備してきますね!」

 

「鈴々もなのだ!」

 

二人も慌てて部屋を後にする。

 

「鈴梅ちゃん。また新野の向朗さんに連絡お願い出来るかな。」

 

「……あんまり気が進まないけど……分かったわ。」

 

聖のお願いは断れない。

渋々了承する鈴梅だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しーーろーうさんっ!

出掛けーーましょうっ!!」

 

丁度街の食事処で後片付けをしていた士郎。

カウンターには星と霞、弧白の姿も見える。

 

「出掛ける……って、何処にさ?」

 

いきなり現れた玖遠に呆気にとられている士郎。

 

「愛紗さんが……曹操さんの所から……新野に向かって……来てます……」

 

「と言う事はお迎えに行くんですねぇ~」

 

「はい……」

 

「でしたら~……私や星さん、霞も行かない方が良さそうね~」

 

「な、なんでや弧白っ!」

 

どうやら着いてくる気満々だった様子の霞。

 

「いや、もし曹操軍が着いてきたりしていたら、

顔を見られるのは拙いだろう。」

 

「……そう言う星は行きた無いん?」

 

「ふっ……士郎殿に迷惑をかけるわけには行かないからな。

好感度を稼いでいるのさ。」

 

「え~と……これは私も参加した方がいいのかしら~」

 

星の言葉に便乗してくる弧白。

 

「……本人がここにいるんだけど……

って!なんで俺なのさ……」

 

「やって他の男は対した事無いやもん。」

 

「……まぁ確かに、

将軍職についてる女性の割合はおかしいと思うけど……」

 

確かに、殆どが女性である。

 

「しーろーうーさんっ!早く行きましょう!」

 

「玖遠……士郎を逃がす気やな。」

 

「な、何の事ですかっ?」

 

びくりと反応する玖遠。

 

「どうせついて行かれへんのやったら此処で……」

 

「せめて外でしましょうよぉ……」

 

中々出発の準備に取り掛かれない、

士郎たちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野北 国境――――――

 

新野から許昌に向かう街道を進む一団の姿が見える。

 

「もう少しで曹操軍との国境に着きますよ~」

 

先頭を進むのは向朗。

 

それに、桃香、鈴々が続き、

その後ろに玖遠と援里。

最後尾には士郎の姿があった。

 

「どのあたりから曹操の領地なのだ?」

 

「う~ん……その辺は余り明確になってないんですよねぇ……

特に曹操さんは屯田制で領地を拡大してますから、

尚更分かり難くなってるんですよ……」

 

「な、なんか難しい話だねぇ……」

 

よく話を理解出来ていない桃香。

……まぁ群雄割拠のこの時代、

領地区分が曖昧なせいで、分かり難いのは仕方が無いが……

 

そうして進んでいると、

先に偵察に行っていた兵が慌てた様子で此方に向かってくる。

 

「どうしました?」

 

「はっ!この先にて、華美な鎧を着た女性同士が争っているとの事!」

 

「もしかして愛紗ちゃん!?

急ごう!!」

 

桃香が慌てて走り出し、

他の皆もつられて走り出す。

 

少し、進んだ先に見えるのは簡易に作られた砦。

 

その門近くで、誰かが争っているのが見える。

 

「あれは……愛紗と夏侯惇だな。」

 

互いに武器を持ち、対峙している二人。

 

「逃亡は許さんっ!!」

 

「私はっ、曹操との約定を守っただけだ!」

 

ブォン!!春蘭が振振るった刃が愛紗に襲い掛かり、

愛紗はそれをひらりと避け、距離をとる。

 

「うるさいっ!

貴様がいると……華琳さまが迷うっ!」

 

「私にどうしろと!!」

 

一気に飛び込み、再度袈裟に振るわれた剣を受け止める愛紗。

そのまま鍔迫り合う。

 

「貴様が……っ、貴様がいなければ……」

 

「くぅ……っ…………」

 

じりじりと、押されていく愛紗。

 

「止めるのだーーーっ!!」

 

「新手か……っ!!」

 

春蘭を止める為に飛び込んで行く鈴々。

咄嗟にそれを避け、一旦離れる春蘭。

 

「鈴々っ!!」

 

「大丈夫なのだ!?愛紗。」

 

いきなり現れた鈴々に驚く愛紗。

そして―――

 

「愛紗ちゃんっ!!」

 

「桃香……さま……?」

 

駆け寄ってきた勢いのまま、愛紗に抱きつく桃香。

 

「良かった……無事だったんだね……」

 

「はい……ご心配を……お掛けしました…………」

 

互いに涙を流し、再会を喜ぶ。

 

「劉備も来たのか……丁度いい。

ここで一緒に倒してくれるッ!!」

 

そう言い放ち、ブンッ!と剣を振るう春蘭。

 

「させると思うかッ!」

 

「そうなのだ!鈴々も相手するのだ!!」

 

対峙する三人。

 

「桃香さま!後ろに下がって下さい!」

 

「う、うんっ。」

 

じりじりと、互いの反応を伺っていると……

 

「危ないですッ!!」

 

横合いから飛んできた何かを、玖遠が弾き落とす。

 

「玖遠もいたのか!……それは矢か?」

 

「はいっ!……出てきて下さいっ!!」

 

「ほう……気がついたのか。」

 

砦の影から姿を現したのは秋蘭と流琉。

秋蘭の手には、弓が握られている。

 

「姉者を止めに追いかけて来たのだが……劉備がいるのなら話は別だ。

ここで仕留めさせて貰うっ!」

 

「良いんですか、秋蘭さま?」

 

「心配するな流琉。

華琳さまなら、『此処で死ぬような相手なら、それまでだった』と言うだろうさ。」

 

「本当に言いそうですね……」

 

流琉も他の皆と同じく、武器を構える。

 

「夏侯惇の相手は私がする。

鈴々と玖遠は後の二人を頼むっ!」

 

「だったら鈴々はあの小っこいのと戦うのだ!」

 

「じゃあ私は夏侯淵さんが相手ですかっ。

……大丈夫かなぁ。」

 

一瞬の間の後、互いに切り込む。

 

「来いっ!関羽ッ!!」

 

「それはこちらの言葉だッ!!」

 

実力が拮抗している両者。

互いに譲れない物がある以上、

そう簡単には負けられない。

 

激しい剣戟を繰り出しながら、

何合も打ち合っていく。

 

「貴女が季衣の言ってた人ですね。

……確か……ちびっこ……でしたっけ?」

 

「にゃっ!!あ、あいつの方が小っこいのだ!!」

 

怒りながら切りかかっていく鈴々。

 

「わたしじゃなくて、季衣がそう言ってたのっ!!

もうッ!!」

 

その一撃を、手に持っている『伝磁葉々』で受け止める流琉。

互いに怪力を誇るもの同士、

ぎりぎりと、激しい鍔迫り合いが始まる。

 

「さて……悪いが、手加減は出来んぞ。」

 

言うや否や、対峙する玖遠に向かって自身の愛弓『餓狼爪』で矢を射掛ける秋蘭。

 

「たぁッ!!」

 

それを、双剣で弾きながら近づいて行く玖遠。

そのままの勢いで、一気に向かうと思いきや、

秋蘭まで数歩のところで速度を緩め、

双剣を組み替えて双刃槍に変え、それを振るう。

 

「ほう。近づかないのか。

……成る程。どうやら弓使いと戦った事があるようだな。」

 

弓の弱点は当然近距離。

ならば其処を狙うのは至極当たり前である。

 

しかし、

 

それは弓使いからすれば、余りにも予想しやすい。

 

近距離に対して一つ二つの対抗策を用意しておけば、

相手がそれに呆気に取られている内に、仕留められる。

 

丁度、紫苑と玖遠が練習試合をしていた時の用に。

 

中距離(ここ)なら、貴女が嫌がる筈ですっ!!」

 

近距離対策の武器は使えず、

弓に矢を番えていてはその隙にやられる。

 

弓使いにとって、中距離が一番判断に困り、

戦いにくい状況なのだ。

 

「ふッ……よく勉強している。

……良い師がいる様だな。」

 

次々と襲い掛かる刃を、紙一重で避ける秋蘭。

距離をどうにかしようにも、

玖遠の一番得意な事は、重心移動を利用した体捌き。

 

そう簡単には――逃げられない。

 

「禍根の目は、ここで絶つべきか。」

 

そう呟く秋蘭。

 

戦術にて、自身よりも上の秋蘭と拮抗する玖遠。

そんな玖遠を危険と判断したのか。

 

戦いは、長引きそうだった。

 

しかし、当然終わりは訪れる。

 

一瞬の間――

 

全員の攻撃が止まった瞬間、

それ(・・)が飛んできた。

 

『なッ……』

 

春蘭、秋蘭、流琉の眼前の地面に、

いきなり『矢』が突き刺さる。

 

「新手かッ!」

 

周りを見渡す春蘭。

 

しかし、その時秋蘭は全く別の事を恐れていた。

 

(矢に……気付かなかった……!?)

 

当然、直接狙ってなかったのだから、

殺気に反応出来なかったのは仕方ないかもしれない。

 

しかし、その存在に全く気付かないのは有り得ない。

 

以前の用に、城門の上から撃って来たりしていれば話は別だが、

ここは平地。

当然身を隠せるような場所は無い。

 

その証拠に、愛紗、鈴々、玖遠の三人も急に飛んできた矢に驚いている。

 

秋蘭も周りを見渡すと、

遠くに、一人の男が立っているのが見えた。

 

(あそこから狙った……?

莫迦な……気付かない筈が無い!)

 

驚く秋蘭を余所に、

流れるような動きで次の矢を撃つ動作を行う。

 

弓に矢を番え――

弦を引き絞り――

その目で睨み――

 

――音を響かせて

――飛翔する、矢

 

余りにも動きが自然すぎて、

違和感だと、気付かなかった。

 

キィン――と自身の弓を、

再度放たれた矢で弾かれる秋蘭。

 

「……姉者、ここは退こう。」

 

「何故だ秋蘭!目の前に関羽と劉備がいるのにッ!」

 

「あの弓兵は拙い。

それに……囲まれている。」

 

周りにちらほらと見える劉表軍の兵。

 

まぁ士郎が遅かったのは、

兵を連れてきていたからなのだが。

 

「くッ…………分かった……ここは退こう。」

 

「ああ。そうしてくれた方が助かる。

流琉っ!殿を頼む!」

 

「了解です秋蘭さま!」

 

伝磁葉々を、盾のように構える流琉。

これならば、そう簡単には矢では狙えない。

 

まぁ士郎は矢を撃つつもりはもう無いのだが。

 

「関羽ッ!ここは預けるぞッ!!」

 

「貴様が何度来ようと、この私がいる限り桃香さまには指一本触れさせんッ!!」

 

そう言って、引き上げていく春蘭たち。

 

場に、沈黙が訪れる。

 

「……おかえりなさい。愛紗。」

 

「……はい。ただいま戻りました、姉さん。」

 

再会を喜ぶ二人。

 

周りの皆も、二人が落ち着くまでそれを見守っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許昌に向かって引き上げている途中、

春蘭は終始、機嫌が悪そうにしていたが、

秋蘭は先ほどの弓兵の事を考えていた。

 

(あの弓……確か何処かで……)

 

あの男が使っていた黒い弓――

あんな物はこの国には存在しない。

以前見たのは――

 

「小沛城にいた、あの少女が持っていた……」

 

「?どうかしたんですか。」

 

「あ、ああ。少し考え事をしていたのさ。

気にしないでくれ流琉。」

 

再度思考をまとめる。

 

(あんな弓を見たのはあの時しかいない……

だとしたら、あの少女はあの男の弟子と言う事か?)

 

弓の力量から、そう判断する秋蘭。

 

(あの男は劉表の所にいた筈……

ならば、その弟子が小沛に居た言う事は、

劉表は徐州での戦に関わって居た……?)

 

色々考えてみるが、

結局は創造の域を出ない。

 

しかし、それが事実なら、

劉表を攻める口実の一つになり得る。

 

いずれにせよ、

一度華琳の指示を仰ぐ必要があるだろう。

 

そう考えた秋蘭の進む足は、

心なしか速くなったような気がした――



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7-9 忍び寄る動乱

無事に愛紗と合流し、一旦新野に戻る士郎たち。

 

当然、何人かの兵は残しておき、

有事の際に早く反応出来るよう対処はしておいたが。

 

「じゃあ、早速襄陽に帰りますか!」

 

「……なんで向朗もついて来ようとしてるのさ……」

 

「さも……当たり前かのように……います……」

 

士郎と援里に突っ込まれる向朗。

 

「向朗さま……何してるんですか?」

 

「当然、帰る準備……って、

ば、馬良ちゃん……」

 

いきなり近づいてきた、

文官服を着てセミロングの髪形をした、

眉も髪も真っ白な少女に肩を掴まれる向朗。

 

年は玖遠より少し下位だろうか、

じとっとした目で向朗を見ている。

 

「この娘は?」

 

「始めましてになりますね。

私は馬良と申します。

一応、向朗さまの補佐をさせて頂いてます。」

 

礼儀正しく、ペコリと頭を下げながら自己紹介する馬良。

 

「さて……向朗さま。

早く戻ってもらわないと、仕事溜まってるんですから!!」

 

「そ、そろそろ蓬梅さまと鈴梅さまに会わないと……」

 

「……いいんですか?早く戻らなくて。

ここでのんびりしてると、姉や妹が秘蔵の木簡を探してますよ?」

 

「わ、私の蓬梅さま、鈴梅さま成長記録が!?

そ、それはひじょーに拙いです!

くっ……士郎さん!急用が出来たので、

名残惜しいですが私は戻ります!!ではっ!!」

 

急いで走り去っていく向朗。

馬良もこちらに向かって一礼した後、後を追っていく。

 

「急……用……?」

 

「相変わらず変わった人ですっ。」

 

「あ!士郎さーーーん!

蓬梅さまと鈴梅さまの観察報告っ!

よろしくお願いしますねーーー!!」

 

何か遠くから爆弾を放り投げてくる向朗。

 

「し、士郎……

まさか、そんな事を……」

 

水蓮から凄い目で見られる士郎。

なんか変な物に目覚めそうになってくる。

 

「し、してないっ!!ただの言いがかりだ!!」

 

じりじりと、士郎から距離を開けていく皆。

 

「だ、大丈夫です……っ。

そんな士郎さんも好きですから……っ。」

 

とか言いつつ、引きつった笑みを浮かべる玖遠。

 

この後、士郎が皆を説得するのに大分苦労したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州 襄陽城――――――

 

「おーーっ!帰って来れたんやなーーー関羽!」

 

到着するや否や、

いきなり愛紗に抱きついて行く霞。

 

「ち、張遼っ!

なんだいきなりっ!」

 

急な事態に焦る愛紗。

 

「水臭いなーーウチの事は霞でええでー」

 

「……別に私のことも愛紗で呼んで貰っても構わないが……」

 

しかし、別にそれ程嫌でもなさそうだ。

 

「嫌よ嫌よも好きのうちと言う奴ですかっ!」

 

なんか玖遠が変な言葉知ってる。

 

「その言葉……どこで知ったのさ……」

 

「紫苑さんが教えてくれましたっ!」

 

「他にも……色々……教えてくれます……」

 

「一度詳しく聞いた方が良さそうだな……」

 

思わずため息を吐く士郎。

 

「ええいっ!一回離れろっ!」

 

どうやら霞は愛紗の事が気に入ってるようだ。

 

「今は愛紗に玖遠もおるし、

ウチからすればええ感じやな~」

 

……まぁ、使ってる武器も似ているし、

凛々しい愛紗に惹かれる物もあるのだろう。

 

「霞~何処行って…………何してるのよ……」

 

丁度良いタイミング?で霞を探しに来た水蓮に目撃される。

 

「す、水蓮っ!助けてくれ!」

 

「もぅっ!ほら、愛紗は疲れてるんだから後にしなさい!」

 

そのまま水蓮によって、強引に引き剥がされる霞。

 

「全く……いきなり走り出したから何かと思ったじゃない。」

 

「何かしてたんですかっ?」

 

「軍の編成や鍛錬とか、霞と色々話してる所だったんだけど……

伝令の話を聞いた途端に走り出したのよ……」

 

「……水蓮やって、聖の事になると見境なくなるやん。」

 

「わ、私は違うわよっ!!」

 

急に焦りだす水蓮。

……余計に怪しく見える……

 

「ほら!とりあえずは聖の所に行ってからにするぞ。」

 

「まぁ、士郎が言うならしゃーないか。」

 

一応、士郎の言う事はきちんと聞くようである。

 

「ふぅ……士郎さん、助かりました。」

 

ほっとした様子の愛紗。

 

「ああ。徐州では俺の方が世話になったからな。

何かあったら言ってくれ。

大抵の事なら力になれると思うから。」

 

「はい。その時はよろしくお願いします。」

 

賑やかに話ながら、聖の所へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖と愛紗の話は、

大した時間もかからずにあっと言う間に終了し、

各々の作業に戻っていく。

 

「さて……俺は何をしようか……」

 

一応昼からは休みの時間を貰っている士郎だが、

何かしていないと気が済まないのか、

手持ち無沙汰にうろうろしている。

 

そんな士郎が厨房の近くに来たとき、

中から誰かの話し声が聞こえてきたので、

顔を出してみると……

 

「誰かと思えば援里たちか。

……そこで何してるんだ?」

 

厨房の中にいたのは朱里と雛里と援里の三軍師。

周りを見てみると粉や卵があり、何かを作っていたようだが……

 

「晩餐会で……士郎さんが作ってた……お菓子を……再現してました……」

 

「そう言えば幾つか作ったな。」

 

士郎の言葉にこくこくと頷く朱里。

 

「士郎さんの作ってくれたお菓子が始めて食べたものばかりだったので、

挑戦してみようって……」

 

「そ、そうなんです……」

 

朱里はまだ多少士郎に慣れてくれているが、

雛里はまだ少し壁がありそうだ。

 

「そう言う事なら俺も手伝うよ。」

 

「いいですかっ?」

 

晩餐会の時にこの三人には手伝ってもらっている。

どうやらお菓子作りが得意なようだから覚えるのも早いだろう。

 

「丁度暇してた所なんだ。

簡単なものなら教えれると思うよ。」

 

「あの、よろしくお願いします……」

 

おずおずと、しかし興味津々な三人と共に、

甘い香りを漂わせながら士郎達はお菓子作りにとりかかって行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 謁見の間――――――

 

「聖様。益州から使者が参っております。」

 

「劉璋さんから?

……分かった。呼んで来て貰える?」

 

「はっ。」

 

一旦、部屋を後にする文官。

 

「何の用だと思う、蓬梅ちゃん?」

 

「多分漢中の事だと思うです。

最近、張魯が変な動きしてますです。」

 

荊州より更に西に広がる益州、

今で言う四川省あたりは、

同じ劉性である劉璋が統治している。

 

性格は良く言えば温厚。悪く言えば優柔不断。

平和な世なら良いのだが、この群雄割拠の時代には、

些か向いてない性格をしていると言うのが専らの評である。

 

その益州の北に、かつて劉邦が漢王朝を県立した土地「漢中」がある。

 

今現在、漢中の太守は五斗米道と言う道教集団の長である張魯が勤めており、

この張魯と劉璋の関係は非常に宜しくない。

 

「張魯が大分兵を集めてるって噂だし、

本格的に拙いって思ってるんでしょうね。」

 

鈴梅の言う通り使者の話を聞いた所では、

結局の所、張魯侵攻による援軍要請であった。

 

使者が帰った後、三人で話を始める。

 

「う~ん……心情的には大変そうだな……って思うけど……」

 

「無理に決まってるです。」

 

「そうね。こっちも孫策と曹操に挟まれてて、

あんまり関係も良くないのに、

そんな余裕は無いわ。」

 

特に、孫策の方は恨みを持たれている分より危険である。

 

「ああ……頭が痛くなるよぅ……」

 

とは言え、元は同じ劉性。

無碍にする訳にも行かず、聖の性格上にもきっぱりと断りにくい。

 

「……ちょっと士郎くんの所行ってくるーーっ」

 

『ダ・メ・です!!』

 

逃げようとした所を二人に捕まる聖。

 

また頭を悩ませる事が増えたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。こんなものか。」

 

机の上に並ぶ焼き菓子の数々。

どれも甘い良いにおいを漂わせている。

 

「沢山……作りました……」

 

クッキーやスコーンを始めとする西洋の焼き菓子の数々。

当然、この国の人々は見たことなど無いものばかりだ。

 

「さて、じゃあお茶を淹れて試食するとしようか。」

 

「はいです。」

「はい……」

 

士郎に返事をしながら、いそいそと準備に取り掛かる朱里と雛里。

一緒に作業をしたお陰か、多少は二人との距離も縮まったようだ。

 

「後はお茶を持って行って……」

 

三人に先に菓子を持って行って貰い、

最後に、士郎がお茶の入った容器を中庭に持って行く。

 

するとそこには……

 

「もぐ……もぐ……」

 

「なんで恋がもう居るのさ……」

 

椅子に座って、美味しそうに頬張っている恋の姿があった。

 

「はぁ~なんか見てると癒されますねぇ~」

 

「こくり。」

 

「れ、恋どのは渡しませんぞ!離れるのです!!」

 

先に持っていった三人はその光景を微笑ましそうに見守り、

音々音がそれを見せまいと邪魔をしている。

 

「とりあえず三人を元に戻した方がいいのか……?」

 

士郎が困惑していると、

匂いに反応した他の人たちも集まって来る。

 

「なんか美味しそうな匂いがするのだ!」

 

「鈴々!私はまだ道が分からないんだから置いていくな。」

 

「お母さん!こっち~」

 

「あら。士郎さん。」

 

愛紗に鈴々,紫苑と璃々。

恐らく、来たばかりの愛紗に道案内をしていたのだろう。

 

「丁度良い。愛紗、食べてみてくれないか?」

 

「えっ……私ですか?」

 

「なんで愛紗なのだっ!?」

 

早く食べてみたいのか、うずうずしている鈴々。

 

「愛紗が無事だったから、そのお祝いに作った物もあるしな。

主賓に味を確認してもらいたいんだよ。

それに鈴々は、歓迎会の時沢山食べてただろ……」

 

そう言って士郎が作った焼き菓子を幾つか差し出す。

ちなみに今、恋が食べているのは他の三人が作った物である。

 

「わざわざ私の為に……有り難く頂きます。」

 

菓子を一つ手に取り、それを口にする。

 

「これは……美味しいです!

口の中でさくっと砕け、優しい甘みが広がっていく……」

 

幸せそうな笑みを浮かべる愛紗。

 

「じーーーっ………」

 

「お気に召したようで何よりだ……って、どうした恋?」

 

士郎が持っている皿をじっ……と見てくる恋。

 

「……じーーーっ……」

 

「…………ほら。」

 

埒が明かないと判断した士郎は、

恋の口の中に一つ放り込む。

 

「もぐ……もぐ………」

 

美味しそうに食べている恋。

すると……

 

「こらーーっ!恋どのに気安く近づくなーー」

 

「おっと。」

 

横合いから飛び出してきた小さい何かを避ける士郎。

 

「恋どのに近づくのは許さないのですぞ!」

 

「音々音か。

まぁ落ち着け。」

 

そう行って音々音の口にも菓子を一つ突っ込む。

 

「むぐっ!……これは…………おいしいのです~」

 

先ほどの威勢は何処へやら。

急に大人しくなる音々音。

 

「ねね……私の分食べた……」

 

「はっ!こ、これは違うのです!

こ、このデクノボーが悪いのですぞ!!」

 

「だれが木偶の坊さ……」

 

やいのやいのと騒がしくなっていく。

 

「もうっ!少しは静かにしなさいよっ!!」

 

騒ぎに反応したのか、

近くを通りかかった鈴梅が怒りに来るが、

 

「あ……鈴梅ちゃん。

一つ……どうぞ。」

 

「う……あ、有難う雛里……」

 

いきなり雛里に話しかけられ、出鼻を挫かれる。

 

「二人とも、仲がいいんだな。」

 

「は、はいっ……

よく蓬梅ちゃんや朱里ちゃんと一緒に、お話してますから。」

 

「互いに文官だからな。

色々話すこともあるんだろう。」

 

納得した様子で頷く士郎。

 

「互いに、お勧めの本とかを紹介したりもしてます……」

 

「本か。俺も何か読んでみるかな……

何かお勧めの物はあるかな?」

 

「あ……それなら幾つかいいものがあります。

また後で部屋からとって来ますね……」

 

雛里の言葉を聞いて、

「ああ。よろしくな。」と士郎が答えようとした時、

 

「雛里の部屋にある本なら鈴々も知ってるのだ!

確か、桃色の表紙の奴だったのだ?」

 

「あ、あわわ……っ……

そ、それは鈴梅ちゃんから借りた艶……」

 

「待ってーーーー!」

 

瞬間、鈴梅が雛里の口を塞ぐ。

 

「艶……?」

 

「アンタは気にしなくていいのっ!!」

 

ガンッ!と、思いっきり脛を蹴られる士郎。

 

「な、なんでさ……」

 

「し、士郎が本読んでも一緒でしょう!!

ほ、ほらこの話は無し、無しーーーっ!!」

 

強引に有耶無耶にする鈴梅。

 

その後も話題は二転三転しながら、

士郎たちの賑やかな、午後のひと時が過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――許昌 許昌城――――――

 

玉座に座り、今回起きた愛紗の報告を秋蘭から受ける華琳。

 

「関羽の事は半ば諦めていたからいいわ。

……それより気になるのはその『弓使い』の件ね。」

 

「はい。あのような弓はそう見たことがありません。

……確証はありませんが、何らかの関係は有るかと。」

 

自身の弓使いとしての力量はこの国一だという自負はある。

だからこそ、一目で今回あの男が使ってた弓が、

徐州の時みた弓と同じ物だと言う事は分かる。

 

特に、あれ程素晴らしい弓なら。

 

「以前、連合軍を組んだ時に見た、あの長身の男で間違いないのね。」

 

「はい。」

 

顎に軽く手をあて、思案する華琳

 

あの時、呂布を倒したのは赤髪の男だったと聞いている。

……確かに、あの男は私の言葉の真意を見抜いていた。

……それに弓の腕前も秋蘭と同等かそれ以上、注意しておくに越したことは無いわね……

 

「……とりあえず今は西涼の馬騰が先よ。

それが決着つき次第、次の手を打つわ。

秋蘭は、軍の編成している風の手伝いに入って。」

 

「はっ!」

 

部屋を後にする秋蘭。

 

「……一つ、劉表の尻尾を掴んだわね。

けれど、まだ『弱い』。

気は乗らないけど、ここは手を結ぶ必要があるわね……」

 

そう言って地図を見つめる華琳。

 

その目が捕らえている未来は覇王への道。

 

「そうよ。私は『乱世の奸雄』

今が乱世である以上、止まるわけにはいかないのよ!」

 

静かに、しかしはっきりと。

まるで自分自身に言い聞かせるように言い放つ華琳。

 

しかし、その姿は、どこかか弱くもみえるのだった……



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7-10 とある一日

鐘の音が、街に鳴り響く。

時刻は昼――丁度、昼飯を求める人が町に溢れてくる時間。

 

当然、襄陽城下一の大きさを誇る食事処は、

今まさに忙しさのピークを迎えており、

何故か、その厨房の中に士郎の姿があった。

 

「青椒肉絲と炒飯だな。了解。」

 

士郎は注文を聞くや否や、

具材を鍋に放り込み、鍋を振るう。

 

製鉄や農耕など、自身の持つ技術を提供している士郎。

当然、その技術の中には料理も含まれており、

時折こうやってレクチャーしに来ているのだ。

 

「麻婆豆腐はもういいかな……

持って行ってくれるか。」

 

「はいっ!了解ですっ!」

 

出来上がった料理をニコニコと運ぶのは玖遠。

エプロンのついた配給服を着ており、

素朴だが彼女自身の魅力も相俟って中々可愛らしい。

 

仲間たちも時間が空いたら極力手伝う事にしており、

ちょうど今日は玖遠が一緒に働いているのだ。

(愛紗が来ようとした時は桃香と鈴々が全力で阻止した)

 

それに今日は玖遠だけじゃなく……

 

「白蓮さんっ!七番さんの注文お願いしますねっ。」

 

「ち、ちょっと待ってくれ~~……」

 

何故か白蓮も一緒に来ている。

 

基本、白蓮は霞と一緒に騎馬の訓練に手を貸すことが多いのだが、

ちょうど暇してた所、士郎から手伝いをお願いされ連れてこられたのだ。

 

まぁ、士郎から頼まれて満更でも無い様子だったが。

 

素早く、しかし埃を立てない様に移動する店員たち。

これもみな、士郎の教育の賜物である。

 

「やっほ~~

しろ~~ご飯頂戴~~」

 

「おなかすいた~~」

 

「姉さん達、他のお客さんも居るんだから静かにして。

……士郎さん、お邪魔するわね。」

 

店に入ってきたのは張三姉妹。

 

普段は違う店に行ったり、個々人で好きな店行ったりしているのだが、

何故か士郎が居る時は必ず三人で店に来るのだ。

それに今日は、一緒に美羽、七乃、弧白の三人も来ていた。

 

「しろう、しろうっ。

妾は蜂蜜を所望するのじゃ!」

 

ちらりと、七乃の方に目配せをする士郎。

 

七乃は、少し考えた後――首を振る。

 

「駄目だってさ。」

 

「な、なんでなのじゃっ!」

 

「美羽さま~~練習が終わった後、飲んでたじゃないですか~」

 

「わ、妾は育ち盛りなのじゃ!まだまだ足りないのじゃ!」

 

弧白に指摘され、慌てながら答える。

 

「……だったら、今日の食事は野菜炒めでいいな。」

 

「あっ!良案ですねぇ。

ついでに、食後の杏仁豆腐は無しで。」

 

士郎の提案に、満面の笑みを浮かべながら答える七乃。

……結構、息が合う二人である。

 

「い、嫌なのじゃ~~

弧白ぅ……」

 

目をウルウルさせて、弧白に助けを求める美羽。

 

「はいはい。大丈夫ですよ~~

先ずは席に着きましょうか。」

 

「そうですねぇ。

では士郎さん、お願いしますね。」

 

そう言って、空いてる席に向かう。

 

「注文はどうするんだ?」

 

「お勧めで♪」

 

ウインクをして返して来る七乃。

 

「……了解。」

 

張三姉妹と美羽たちが来た影響か、

だんだんと、更に忙しくなっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。胡麻団子と……サブレも焼きあがったな。

白蓮っ。」

 

「はいはい、十番だな。任せとけ。」

 

パタパタと近づいてきた白蓮が、

お茶と一緒に菓子を持っていく。

 

そして持って行き、少したって……

 

「何で此処に居るんだよ~~!」

 

白蓮の叫び声が聞こえてくる。

 

「何かあったんですかねっ?」

 

「……俺が行った方が良さそうか?」

 

士郎の言葉に、周りに居る従業員全員が頷く。

 

「……行ってくる。」

 

俺、手伝いなんだけどなーーと、

そう考えながら騒動が起きている場所に向かう士郎。

 

其処には……

 

「ちょっと、料理はまだですの!?」

 

足を組んで椅子に座っている麗羽と猪々子、

それに申し訳なさそうにしている斗詩の姿があった。

 

「だ・か・ら!その前に何でお前がここにいるんだよ!」

 

驚愕と怒りが半分ずつ混じった文句を述べる白蓮。

まぁ、自分を破った相手だから感情が爆発するのは仕方ない。

 

「……誰ですの。この地味な人は?」

 

そんな白蓮の様子を見て、

本当に不思議そうな顔を浮かべる麗羽。

 

……あ、やばい。白蓮が泣きそうだ……

 

「姫~~あたいどっかで見たことあるよ~」

 

「ぶ、文ちゃん……幾らなんでも酷いと思うよ……

ほら、公孫瓚さんだよぅ。」

 

「ああ!確かそんな人居ましたわね。」

 

ポンと手を打つ麗羽。

 

「…………」

 

白蓮が……可哀想になって来た……

 

「え、え~っと、なんで麗羽さんはここにいるんですかっ?」

 

場の空気を変えようと、白蓮の代わりに話しかける玖遠。

 

「あら。貴女は聖さんの所にいましたわね。

……やはり天下を統一する前に、もう少し見聞を広めないといけないのですわ。」

 

「……確か曹操に負けたんじゃっ……」

 

「あ、あれは預けているだけですわっ!?」

 

急にうろたえる麗羽。

……図星だな。

 

「とりあえず少し静かにしてくれ。

他の客もいるしな。」

 

見かねた士郎が仲裁に入る。

 

「あら。士郎さんもいたんですの。」

 

「おーーアニキも居たのか。」

 

「あっ……お、お久しぶりですっ。」

 

一応士郎には返事を返してくれる三人。

 

「アニキ?」

 

「おーー虎牢関の時助けてもらったし、

お世話になったからさ。」

 

「あの時は、本っ当に助かりました。」

 

凄い勢いで頭を下げる斗詩。

 

「ああ。無事だったんならいいさ。

それより、まだ食事は食べてないんだろ。」

 

「うんーー早くご飯持って来てよーー」

 

まぁ、一応『客』だしな。

料理人として、客を不満にさせる訳にはいかない。

 

「分かった。出来ればおとなしく待っててくれよ。

ほら、白蓮。行くぞ。」

 

そう言って、うな垂れている白蓮を連れて行く士郎。

 

「そう言えば、何か忘れてるような……」

 

ふと考える士郎。

その心配は、直ぐ後に判明するのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麗羽たちに料理を届けた後も、慌しく仕事を続ける士郎達。

白蓮も、幾分か元気になって来た頃……

 

「なんで麗羽がここにいるのじゃっ!?」

 

「ああっ!そういや血縁者だったっ!!」

 

当然、他の従業員は我関せず状態。

 

結局、士郎が先ほどと同じようなやり取りを再度繰り広げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々騒ぎはあったが、何とか忙しい時間帯も終わり、

麗羽たちも食事を終え、帰ろうとしていた。

 

「ふぅ……素晴らしい食事でしたわ。」

 

「美味しかったぜアニキ。」

 

「ご馳走様です。」

 

思い思いの感想を述べてくる麗羽達。

 

三人が満足していると、玖遠が近づき一枚の紙を渡してくる。

 

「これをどうぞ~」

 

「何ですの?」

 

手に取り、紙に目を通す麗羽。

 

「ああ。お会計ですのね。

斗詩さんっ。」

 

「はい。確かお金はここに……」

 

ごそごそと、袋を取り出し中を探る斗詩。

しかし、その手がぴたりと止まる。

 

「あ、あれっ!?もう五銖銭が殆ど無いじゃないですかっ!?

朝見たときはもっとあった筈なのに……」

 

困惑した様子の斗詩。

 

この店は襄陽一を誇るだけあり、それなりに値も張る。

特に、麗羽が食べたのは高級な物が多かったので尚更だ。

 

「ああ。其処にあったお金なら、賭けに使いましたわ。」

 

「アタイも朝に出店回るときに使った~」

 

さらっと、言ってのける二人。

 

「ど、どうするのよう!

ここのお食事代、払えないじゃない!」

 

「だ、大丈夫ですわっ。

美羽さん。少し貸して……「嫌なのじゃ!!」くっ……万策点きましたわ……」

 

「瞬殺ですっ!?」

 

問答無用で断られる。

この二人はあんまり仲は良くないからなぁ……

 

「しかしこれは困ったな……」

 

「ど、どうするんですかっ。士郎さんっ?」

 

考え込む士郎。

とは言え、こう言う時の対応は昔から決まっている。

 

「働いてもらうしかないだろうな。」

 

「わ、わたくしに働けと……」

 

「まぁ、そう言う決まりだからな。

斗詩はともかく、

麗羽でも、洗い物くらいなら出来るだろ。」

 

「アニキーーアタイは?」

 

「猪々子は……薪割りだな。」

 

「ですねっ……」

 

満場一致で可決した。

 

「どうせこのまま旅を続けるにしても先立つものがいるだろ。

ちゃんと給料は出すから、当分の間働いていくといい。

聖も、麗羽に会いたいだろうしな。」

 

「仕方ありませんわね……」

 

しぶしぶといった様子の麗羽。

 

「とりあえず、一回聖と会って来た方がいいな。

玖遠、麗羽を案内してあげてくれ。」

 

「はいですっ。」

 

びしっと、敬礼を返してくる玖遠。

 

「あの……でしたら私と文ちゃんは……」

 

「玖遠が居なくなるからな。

変わりに片付けを手伝って貰うさ。

……猪々子は明日使う薪の準備を頼む。」

 

「おー任せとけ。」

 

斧を担いで外に向かう猪々子。

 

「じゃあ早速片付けを始めるか。

先ずは予備の給仕服を着て、

その後は白蓮と協力して、空いた皿を片付けてくれ。」

 

「分かりました。」

 

服を着替えた後は、テキパキと作業をこなしていく斗詩。

 

流石に作業に慣れている玖遠よりは多少劣るが、

それも数をこなしていけば直ぐに追いつくだろう。

 

なんとか、今日の作業も乗り越えることが出来たのだった。

 

…………ちなみにちょうどその頃、麗羽と聖が再会しており……

 

「お久しぶりですわっ、聖さん。」

 

「あ、あれ?何で麗羽ちゃんが居るのっ!?」

 

聖たちを困惑させ。

 

「………………」

「………………」

 

「な、なんか桃香さまと月ちゃんが凄い変な顔してますっ!?」

 

「……気持ちは分からなくも無いです。」

 

その姿をみた桃香たちと、

旧董卓陣営のメンバーは凄い複雑な顔を浮かべていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜晩に鳴る鐘の音――時刻は今で言うと大体十時頃。

その時刻になると士郎は、ある事をするのが許される。

 

「タオルと着替えは……よし、あるな。」

 

入浴である。

 

ここ襄陽にある温泉の管理は、発見した紫苑が努めており、

入浴できる人や、時間なども管理されている。

 

使用できる人は、襄陽城内で寝泊りしている人で、

将以上の人物か、客人のみ。

 

男女は時間帯で区切られており、

本当なら湯自体を分けた方がいいのだが、

如何せん湯量の問題もあるし、実質使用している男は士郎だけなので、

そう言う仕組みになっている。

 

ちなみに入浴が許される時間は、夕刻になる鐘の次に鳴る鐘から。

 

「表示を『男』に変えてと……」

 

入り口にある表札に『男』の札を掛ける。

もし女性が入浴中なら、『女』の札が掛かっている筈なのだ。

 

「脱衣所にも服は無いな……」

 

入念に中を確認する士郎。

服は当然、前に使用していた人の忘れ物が無いかも確認する。

……士郎に見られると恥ずかしいものを忘れた人が、

慌てて駆け込んできて、裸の士郎と鉢合わせする事があったら困るからだ。

 

……いや、本当に困る。

何で見られた俺が加害者扱いなのさ……とは士郎の談。

 

「今日は大丈夫そうだな……

今日は店にも行ったから大分疲れてるし、少しゆっくりするとするか……」

 

そう呟きながら湯船に向かう士郎。

 

しかし、よく考えて欲しい。

 

今日の士郎の運勢はどうなのかを。

 

……まだ、『今日』は終わっていない。



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7-11 女難の相(2)

「今日は少し寒いから、

先に体を温めておくか。」

 

桶を手に取り湯を一掬いし、

ざぱっと、何度か掛け湯をして体の汚れを流す。

 

そして湯船にゆっくりと、右足から浸かっていく。

 

「…………っ~~!!」

 

冷えた体が熱い湯に触れ、

ピリピリとした刺激が足に伝わってくる。

 

ここは一気に入ってしまってもいいのだが、

余り体に良くないだろうからゆっくりと。

 

「…………ふぅ。」

 

やがて体全体が入ったタイミングで、

ほっ……と溜息を吐く。

 

「やはり風呂はいいな……」

 

皆でわいわい賑やかなのもいいが、

やはりこうやって、

自分だけの時間が取れるのもいいものだ。

 

全身の力を抜き湯に委ねながら、

色々な事を思案していく。

 

自分の事、仲間の事、敵対している物たちの事―――

 

 

そして―――置いて来た人たちの事。

 

 

自分の選択は正しかったのか。

もっと、上手くやれたのじゃないか……

 

いつも、その堂々巡り。

 

(……後悔ばかりだな……これじゃあ……)

 

けど、それが衛宮士郎の生き方。

 

悩み、苦しみ、傷つき……そして、裏切られ――

 

それでも、人を愛し、ただ正義の味方であろうとする。

 

(……やめよう。せっかく気持ちいい風呂に入ってるんだしな。)

 

ぶんぶんと頭を振るい、顔を洗う。

 

そのままのんびりしていると、

何か物音が聞こえてくる。

 

「?……誰だ…………って、今は俺の時間だったよな……」

 

確か入り口の札も替えた筈……少し不安になる士郎。

 

しかし、物音はだんだんと大きくなっていった。

 

「お風呂入るーー」

 

がらっと、

ドアを開けて入ってきたのは璃々。

 

「なんだ璃々か……」

 

ほっとした様子の士郎。

……べ、別にがっかりなんかしてないからな!

 

紫苑が忙しい時なんかに、

偶に一緒に入ったりしているので、

今日もその流れで来たのかなと考える士郎。

 

「ほら。風邪ひかないように早く入るといい。」

 

「うん!」

 

たたたっと、近寄って来て湯船に入ろうとするが、

 

「……熱いよう……」

 

士郎ですら少し熱いと感じるのだ。

子供の璃々は少し厳しいだろう。

 

「少し水で冷やすか。ちょっと待ってろ。」

 

冷却用の水を流し入れ、湯の温度を下げる。

確か夜に入る風呂は、ぬるま湯にゆっくり長く浸かった方が、

体に良かった筈だから丁度いいだろう。

 

「うん……しょっと……」

 

湯船に入り、士郎の横でおとなしく座る璃々。

 

「お母さんは来てないのか?」

 

いつもは、紫苑と一緒に風呂に入ってるはず。

何か用事でもしているのかと、璃々に聞いてみる。

 

「ううん。お母さんも来てるよーー」

 

さらっと、爆弾発言を述べる璃々。

 

「……えっ!?それは……ここにか?」

 

「うん!」

 

屈託のない笑顔で答える。

 

これは……もしかして拙くないか?

 

「えっと……確か『男』の札かかってたよな……」

 

「うん!璃々が入るから、『女』に変えたよ。」

 

ああ……なるほどね……そう言う事がおこるのか……

 

「温泉かー久しぶりだなーー」

 

「中々入る機会が無かったからねぇ……」

 

「しっかり、私の玉のような肌に磨きをかけなくてはいけませんわ!」

 

「ふふっ、そうね。

けど、あんまり暴れちゃ駄目よ。」

 

がやがやと聞こえてくる脱衣所からの賑やかな声。

 

「確か今は士郎さんの時間だった筈ですけど……

まだ入って無いんですねっ。」

 

「士郎は色々と急がしそうだからなー

どうせ霞あたりに捕まってるんじゃないか?」

 

「そう言えば食堂で、さっき霞がお酒飲んでたわね。」

 

どんどん増えていく。

 

「あれ?どうしたの愛紗ちゃん?なんで顔真っ赤にしてるの?」

 

「いえ、その……恥ずかしくて……」

 

「変な愛紗なのだ。」

 

「う、うるさいっ!」

 

「ふっ。どうやら愛紗は桃香さまと、

見て、見られるのが恥ずかしいのだな。」

 

「星~っ!!」

 

声から判断するに麗羽,猪々子,斗詩の三人と玖遠と白蓮、

これは手伝いに来てたメンバーが麗羽たちを案内しに来たんだろう。

 

後は桃香に愛紗に鈴々に星。

成る程。愛紗の案内に桃香と鈴々と星が来ているのか。

 

そして紫苑と水蓮が、二つのグループの仲裁役兼監視役といった所か。

 

状況が悪化してくるたびに、どんどん冷静になっていく。

 

これは、もう駄目かも分からんね。

 

とりあえず最後の足掻き位はと、

璃々を連れて岩陰へ移動する士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーーーっ、広いなーーーっ!!」

 

腰に両手を当てながら、惜しげもなく裸体を晒しながら叫ぶ猪々子。

……何か非常に残念な感じが漂う。

 

「ぶ、文ちゃん!せめて前くらい隠して!!」

 

慌てた斗詩がタオルを持って駆け寄る。

 

「いいじゃん!……ほら、斗詩もいい体してるんだから隠すなよーー」

 

「ひ、引っ張らないでーー」

 

「何をしてるんですの貴女たちは……」

 

きゃあきゃあと、じゃれている二人に割って入っていく麗羽。

そのまま止めるのかと思いきや……

 

「私が一番に決まってますわっ!!」

 

ああ……やっぱりこいつもか……

思わず周りのメンバーから溜息が漏れる。

 

「あらあら。

三人とも、静かに入らないと駄目よ♪」

 

見かねた紫苑が止めに入ると、流石の三人も静かになる。

 

「そうそう。お風呂は静かに入るものよ。

けれど、おかしいわね……

璃々が先に入ってる筈なのに。」

 

人差し指を頬に当て、首を傾げる紫苑。

 

「もう先に入ってるんでしょう。

子供ってこう言う所で泳いだりするし。

なんなら私が探そうか?水は得意よ。」

 

「そうね……

とりあえず私もお風呂に入って探してみるわ。」

 

体を軽く流した後、直ぐに湯に入ってくる紫苑と水蓮。

 

これは……拙い……

 

「お兄ちゃん……そろそろ熱くなってきた~~」

 

焦っている士郎が、自身の腕の中に居る璃々に目を向けると、

顔を真っ赤にしている。

 

拙いな……そろそろ出ないと璃々がのぼせそうだ。

 

そうしている内に、他のメンバーもお湯に浸かっていく。

 

「ふわーーいい気持ちだねーー愛紗ちゃんーー」

 

「はい……そうですね……」

 

ぽーっとした様子の愛紗。

赤く染まった顔で、桃香の隣で思いっきりリラックスしている。

 

「乳白色の風呂とは珍しいですな。

どれ、私も入らせて貰うとするか。」

 

ちゃぷ……と、静かに、

桃香を挟んで愛紗の反対側に入ってくる星。

 

「……………」

 

そんな星の様子をじっと見つめる桃香。

 

「おや、どうされましたか?」

 

「……星ちゃん、細くて綺麗だなーって。」

 

「ふふっ。ありがとう御座います。」

 

そう言われ、少し恥ずかしそうな星。

 

「だって星ちゃん、私みたいにお肉ついて無いし……」

 

「私からすれば、桃香さま位では無くても、

もうちょっと胸は欲しいですな。

……結局は無い物ねだりでしょう。

それに……」

 

「それに?」

 

「私を褒めてくれるのは嬉しいのですが、

そろそろ愛紗が怖いのでこの話題はこの辺りで。」

 

「なッ……なにを言っている!!」

 

急に呼ばれ、慌てだす愛紗。

 

「ふむ……愛紗殿の顔が赤いのは、

果たしてお湯のせいだけですかな?」

 

「う、うるさい!!

私はもっと奥に行くっ!!」

 

急に立ち上がり、

じゃぶじゃぶとお湯を掻き分けながら奥の方へ進んでいく愛紗。

 

……一名様ご案内。

 

そして当然、違うメンバーも……

 

「確かにいい湯ですけど……あっちの方が景色が良さそうですわ!

行きますわよ、斗詩さん、猪々子さん!」

 

「あ~~私はここでのんびりしてるよ姫~~」

 

「私も、ここでいいです~」

 

完全に気が抜けている二人。

 

「もぅ……でしたら私一人で行って来ますわ!」

 

「あ、じゃあ私も行きますっ!」

 

奥に進む麗羽と、それについていく玖遠。

 

「あいつは何だかんだで元気だよなぁ……」

 

しみじみと話す白蓮。

 

「白蓮も、あれ位元気出せばいいのだ!」

 

「……私の軸がぶれる……」

 

「そんなもん最初からないのだ。」

 

「うぐっ……」

 

鈴々に突っ込まれ、ぶくぶくと沈んでいく白蓮であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ士郎がやばい。

 

紫苑、水蓮、愛紗、麗羽、玖遠の五人が直ぐ近くまで迫ってきており、

士郎自身も覗く気は無いのだが、

彼女達の動向を監視する為に、視線を向けないといけない。

 

……いや、ほんとに下心は無いよ!

 

「璃々もそろそろ拙いし……万策尽きたか……?」

 

いよいよとなれば土下座外交を敢行せざるを得ない。

 

無論、それでも命の保障はないが。

 

そうやって、士郎が悩んでいると……

 

「あれ……?四人になってる……」

 

先ほどのメンバーから紫苑が消えており、

他の四人は夜景を楽しんでいる。

 

「これは……なんとかなるか……?」

 

あのメンバーの中では、恐らく紫苑が一番の難関。

 

どこに言ったかは確認出来ていないが、

この隙は逃せない。

 

「取り敢えずは璃々を安全な所に移動させよう……

俺一人だけなら、このまま全員が出て行くまで粘れる。」

 

そう考えた士郎は、一旦担いでいた璃々を背中から降ろそうとする。

 

しかし、

 

「音を立てずには難しいな……」

 

大分ぐったりしている璃々。

自分から暴れないので、その点は助かるが、

力が抜けた状態の人間は非常に重い。

 

病人をベットから起こそうとするだけでも、

かなりの力を要するのがいい例だ。

 

士郎が悪戦苦闘していると、

 

「お手伝いしましょうか?」

 

「あ、ああ。助かる。」

 

後ろから話しかけてきた紫苑に手伝ってもらう。

 

「あらあら……湯あたりしたのね。」

 

「ずっと一緒に入っていたからな。

そこの長椅子…に……」

 

士郎の眼前に見えるのは肌色。

 

乳白色のお湯のお陰で肝心な所は見えないが、

逆にそれが艶かしさを際立てる。

 

『………………』

 

二人の間に流れる妙な沈黙。

 

「……じゃあ、俺は、これで。」

 

「うふふ。駄目ですよ♪」

 

ガシッと、紫苑に掴まれる士郎。

 

「なんでさ…………」

 

当然、これだけ話せば他の人も気付く。

 

「……なんで士郎がここに居るのかしら?」

 

額に青筋を浮かべてらっしゃる水蓮さん。

 

「いや、今は俺の使用時間じゃ……」

 

「……聖が居なかっただけマシなのかしら……?」

 

「……それより、前隠した方がいいと思うぞ。」

 

「!!……み、見るなぁっ!!」

 

水蓮の渾身の蹴りが、士郎を襲った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか士郎さんが居るとは思わなかったよう……」

 

顔を赤く染めた桃香が思わず感想を漏らす。

 

「全くですっ!……もう少し誠実な方だと思ってたのに!」

 

少し怒った様子の愛紗。

 

「あはは……まぁ、今回は璃々ちゃんが原因みたいだしね~

……それに、別に士郎さんなら、そんなに嫌じゃないよ?」

 

「そ、それはどう言う意味ですかぁっ!」

 

焦る愛紗。

 

「鈴々も、別に兄ちゃんならいいのだ。」

 

「私は恥ずかしいけどな~~

いや、士郎は良い奴だけど。」

 

白蓮の視線の先には、目のやり場に困って慌てている士郎の姿があった。

 

「なんでこうなるのさ……」

 

「ふふっ。璃々が間違えたんですから士郎さんは悪くないですよ。

そう……『仕方ない』んです。」

 

士郎の横で湯に浸かりながら答える紫苑。

 

「そう言ってくれると助かる……って!

近い……っ!」

 

慌てて離れようとする。

 

だが、そう上手くはいかないのが士郎。

 

「横、失礼します。」

 

ちゃぷ……と、星が反対側に入浴し、士郎の逃げ道を塞ぐ。

 

「な、なんでこっちに来るんだよ……」

 

身動きが取れなくなる士郎。

 

「おや、私の体に魅力は感じられませんかな?」

 

「いや……綺麗だとは思うけど……」

 

危ない所は布で隠されており、

それが逆に、星のすらりとした体の魅力を映えさせる。

 

「それは良かった。

士郎殿には返しきれない程の恩が有りますからな。

私などの体で喜んでいただければ嬉しいですな。」

 

そう言いながら、少し布をずらしてくる星。

……あれは確信犯だろう。

 

「それに、あれ程強い士郎殿の体にも興味がありますからな。」

 

「それは私も同じね~」

 

星と紫苑が士郎の体に目を向ける。

 

「……見てて、気持ちのいいものじゃ無いだろ。」

 

士郎の体に刻まれている無数の傷。

 

切り傷に刺し傷、火傷に銃創……

確かに、見てて気分の良い物では無いだろう。

 

しかし……

 

「そんなこと無いですっ!」

 

「玖遠!?」

 

いきなり会話に参加してくる玖遠。

 

「私はっ、士郎さんの思いを知ってますっ!

それで……その傷は、士郎さんがその為に頑張ってきた証なんですっ!

それを……それを気持ち悪いなんて思いませんっ!」

 

目に涙を浮かべ、強く言い放つ玖遠。

 

「……ありがとう、玖遠。」

 

そう言って貰えば、少し、救われる。

 

「そうよ。男の傷は勲章なんだから。」

 

「それは同感ですな。」

 

玖遠の話を聞き、頷く紫苑と星。

 

「それで……玖遠ちゃん……大丈夫?」

 

「?何がですかっ。」

 

頭に?マークを浮かべる玖遠。

 

「体よ体。もうちょっと隠した方が良いんじゃないかしら。」

 

「…………きゃあっ!!」

 

どうやら先ほど士郎に詰め寄った際に、興奮して色々見えてしまっていたようだ。

……しかも、玖遠が詰め寄ったのは士郎の目の前。

 

「う、う~っ…………見られましたっ……」

 

湯の中にしゃがみこむ玖遠。

 

「……あれだな。ここで話し合うのは色々と危ないな……」

 

「ふむ……私はこのままでも十分ですが。」

 

「俺が色々拙いんだよ……体洗って来る。」

 

一旦三人から離れ、湯から上がる士郎。

そのまま、体を洗いに向かう。

 

「石鹸は……まだあるな。」

 

一応、石鹸はこの時代でも作ることが出来るので、

お手製のものを置いてある。

 

ごしごしと、布を泡立てていく。

 

すると、

 

「あ、あの。士郎さん、お背中流します。」

 

すっと近づいてきたのは斗詩。

どうやら、ずっと隙を窺っていたようだ。

 

「あ、ああ。助かるけど……一体どうしたんだ?」

 

そんな斗詩に少し焦った様子の士郎。

……センサーが警戒しているのか。

 

「昼間に文ちゃんや姫が迷惑かけちゃいましたし、

これからもお世話になりますから……ね。」

 

士郎の事は虎牢関の時から気になっていたのだが、

ここぞとばかりに距離を詰めに来たようだ。

 

「じゃあ、お願いするよ。」

 

「はい、任せてください!」

 

せっせと士郎の背中を洗い始める斗詩。

 

「男の人の背中って大きいですねぇ……」

 

「他の人と比べようが無いから、自覚は無いけどな。」

 

「文ちゃんも大分大きいですけど、

やっぱり違いますよぅ。」

 

「ん~~呼んだ~~」

 

名前に反応し、近寄ってくる猪々子。

 

「なんだアニキ、斗詩に背中洗って貰ってたのか。

……よし。アタイも手伝うぜ~」

 

そう言って布を手に取り、力任せに洗い始める。

 

「痛たたたたっ!す、少し力弱めてくれっ……!」

 

「んーーこんなもんじゃ無いのか?」

 

「ち、ちょっと文ちゃん、邪魔しないでよぅ……」

 

だんだん揉みくちゃになっていく三人。

 

そして当然の如く……

 

「うわぁっ!」

 

「わっ!」

 

「きゃぁっ!」

 

転倒した。

 

「いたたたた……っ…………

もう!文ちゃん…………って、何してるのよぅ!」

 

真っ先に立ち上がった斗詩が見たのは、

絡み合って倒れている士郎と猪々子の姿。

 

猪々子が余計に力を入れていた分、

より士郎に密着してしまったのだろう。

 

当然、他のメンバーも先ほどの悲鳴に反応して集まってくる。

 

「……どうしてこうなった……」

 

長い、女難の一日が過ぎていった……



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登場人物 2(8章開始時)

登場人物紹介になります。

今回はサブキャラは入っていません。


現時点での武将一覧(括弧の中が真名です)

 

※注意※

 

8章開始時点での各軍の所属武将一覧です。

原作で登場していて此処に載っていない人は、まだ仲間になっていません。

 

ちなみにここでの愛情度:認定度ですが

 

愛情度:士郎に対する恋愛感情の度合 0は嫌い 5は普通 10が大好きになります

認定度:士郎をどれだけ認めているか 0は興味無し 5は普通 10が信頼になります

 

劉表軍

 

劉表 景升(聖)   外見は同じ性の劉備と似ており、髪は結んでおらず腰まであるロングで色は水色。

          東方の聖 白蓮の髪を真っ直ぐにしたのが近いです。

          毛先が内に緩やかにカールしている。胸は桃香程ではないが大きめ。

          士郎に対する愛情度:認定度 8:8

 

蔡瑁 徳珪(水蓮)  イメージは東方の村紗水蜜の身長を伸ばして、髪の毛をもっと跳ねさせた感じ。

          足を惜しげもなく晒しており、服も多少露出が多い。帽子は被ってません。

          士郎に対する愛情度:認定度 7:7

 

蒯良 子柔(蓬梅)  ぶかぶかの文官服を着た銀髪少女。髪は肩ほどの長さで先端が内にカールしてる。

          士郎と話すときはジト目。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

蒯越 異度(鈴梅)  ぶかぶかの文官服を着た銀髪少女。髪は肩ほどの長さで先端が外にカールしてる。

          士郎と話すときはジト目。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

李厳 正方(玖遠)  髪はポニーテールを腰まで伸ばして、色は紺。

          見た目のイメージはこれといった物は有りませんが、もしドラの女の子が近いです。

          士郎に対する愛情度:認定度 9:8

 

徐庶 元直(援里)  髪は桃色でショート。身長は朱里たちと同等。

          ベレー帽を被り、軍師服を身に着けている。

          士郎に対する愛情度:認定度 8:8

 

張角(天和)    色々士郎と一緒に行動しており、甘えたりしてるので好感度は高め。

          士郎に対する愛情度:認定度 7:7

 

 

張梁(地和)  三姉妹のマネージメントなど、士郎と話すこと多いので高めです。

          士郎に対する愛情度:認定度 7:7

 

張宝(人和)  実は張三姉妹で一番士郎を認めている。ツンデレ?

          士郎に対する愛情度:認定度 7:8

 

黄忠 漢升(紫苑)   自分の伴侶の第一条件、娘が認めた相手をクリアしてるので好感度は高め

          士郎に対する愛情度:認定度 8:7

 

張遼 文遠(霞)    黄巾党の頃から共に行動していたので、劉表軍の中で一番士郎を認めてます。

          最初は仲間にならない予定でしたww

          士郎に対する愛情度:認定度 7:9

 

袁術 公路(美羽) 美羽にからすれば、士郎は美味しい物をくれるお兄さん。

          兄がいないので、良くなついています。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

張勲(七乃)   認定度が高いのは、士郎を美羽の為に利用する事も考えてたり……

          士郎に対する愛情度:認定度 6:8

 

徐晃 公明(弧白)  服はローブで髪は琥珀色のセミロング、普段は白いウィンプルを頭に被っている。

          見た目はシスターさん。イメージは禁書のオルソラです。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

袁紹 本初(麗羽) 士郎の事はお茶を淹れるのが上手い人。

          これから一緒にお仕事することが増えるので、好感度も上がっていくでしょう。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:6

 

文醜(猪々子)   虎牢関の時助けてもらっており、士郎は兄貴分。いつか恋愛感情に発展する?

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

顔良(斗詩)    士郎の剣技に魅せられた人。土壇場になると急に押せ押せで。

          士郎に対する愛情度:認定度 7:7

 

 

劉備軍

 

劉備 玄徳(桃香) 色々士郎に助けられたので高め。……士郎と協力した人は基本高いですね。

          士郎に対する愛情度:認定度 7:8

 

関羽 雲長(愛紗) 今は愛情より、武人として認めています。……手料理からは上手く逃げてますね。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:8

 

張飛 益徳(鈴々) 士郎は頼れる兄といった感じか。確実に好感度は上がってます。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:8

 

趙雲 子龍(星)  共に戦い、助けられ……劉備軍では月と並んで一番好感度高いです。

          士郎に対する愛情度:認定度 8:8

 

諸葛亮 孔明(朱里)連合軍の時、一緒に行動したり、助けられているので高め。

          雛里との話でも良く士郎が出てきたりしています。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

龐統 士元(雛里) 恥ずかしがりやな分だけ、朱里より好感度は低め。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:7

 

董卓 仲穎(月)  プレゼント補正有りか?士郎にはかなり惹かれてます。

          士郎に対する愛情度:認定度 8:8

 

賈詡 文和(詠)  色々助けられているので結構高め。……相手が詠でも頑張って稼いでます。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:8

 

公孫瓉 伯珪(白蓮)何気に士郎が白蓮を評価しているので、白蓮も士郎を評価しています。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

呂布 奉先(恋)  虎牢関での一戦で実力は一番認めています。

          美味しい食べ物くれるので好感度も高め!?

          士郎に対する愛情度:認定度 7:9

 

陳宮 公台(音々音)恋を奪われないか気が気でない為少し低め。これからに期待。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:6

 

 

曹操軍

 

曹操 孟徳(華琳) 好感度は普通ですが、色々士郎の活躍を聞き、実力は認めています。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:8

 

夏侯惇 元譲(春蘭)直接会ってないので好感度は低め。

          ただ、虎牢関や、秋蘭の話を聞いているので実力は認めてます。

          士郎に対する愛情度:認定度 3:6

 

夏侯淵 妙才(秋蘭)弓使いとして対峙した際に士郎を評価。好感度はこんなものでしょう。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:8

 

荀彧 文若(桂花) 男嫌い故のこの低さ。

          ……まぁ、作者の予定では一番最後に評価がひっくり返りますけど。

          士郎に対する愛情度:認定度 1:7

 

楽進 文謙(凪)  直接の対峙はないのでこんなもの。やはり会ってからですね。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:6

 

李典 曼成(真桜) 士郎の技術を目の当たりにすれば愛情,認定ともに跳ね上がります。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:6

 

于禁 文則(沙和) 多分この娘のセンスについて行けるのは現代人の士郎くらいだろう。

          会ってからが勝負。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:5

 

許緒 仲康(季衣) 直接話していないので感情は普通。実力は又聞きでの評価になりますね。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:6

 

典韋(流琉)    一応秋蘭の部下なので認定は季衣より高め。

          士郎とは料理の話で盛り上がるでしょう

          士郎に対する愛情度:認定度 5:7

 

郭嘉 奉孝(稟)  軍師である以上、敵将の事はきちんと評価しています。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:7

 

程昱 仲徳(風)  軍師である以上ry 稟よりは対人性あるので。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:7

 

華雄(藍)     例の事件の性で愛情は低い。しかし実力は認めている。……ジレンマ?

          士郎に対する愛情度:認定度 2:8

 

 

孫策軍

 

孫策 伯符(雪蓮) 連合軍の際に士郎の事を直感で危険と判断。愛情は今後に期待。

          士郎に対する愛情度:認定度 2:7

 

周瑜 公瑾(冥琳) 雪蓮の直感、密偵からの報告で実力は認めています。

          士郎に対する愛情度:認定度 2:6

 

黄蓋 公覆(祭)  上記二人と違い、大人の余裕かそれ程嫌ってはいません。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:5

 

陸遜 伯言(穏)  冥琳と同じく軍師故の評価です。士郎の本の知識が伝われば愛情が跳ね上ります。

          士郎に対する愛情度:認定度 4:6

 

甘寧 興覇(思春) 勘違いで剣を交えたので実力は評価してます。愛情は蓮華との関係に比例。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:7

 

孫権 仲謀(蓮華) 寿春でお世話になったので高め。

          ……何時か三姉妹で士郎を取り合う日が来るだろう。

          士郎に対する愛情度:認定度 6:7

 

孫尚香(小蓮)   窮地を士郎に助けられてるので、愛情、評価共に高め。

          士郎に対する愛情度:認定度 7:7

 

呂蒙 子明(亞莎) 軍師として冥琳、穏に劣るので評価も低め。人当たりはいいので今後に期待。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:5

 

周泰 幼平(明命) こちらも直接会ってないので低め。実際に対峙したら評価は跳ね上ります。

          士郎に対する愛情度:認定度 5:4



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8章 荊州侵攻
8-1 新野の戦い


「桃香ちゃん達だいじょうぶかなぁ……」

 

両手を頬にあて、心配そうに呟く聖。

 

「今の所、益州からの報告は来てないです」

 

「愛紗や恋が居るから大丈夫だと思うけど……」

 

間諜からの報告も特に良い話は無く、

心配は募っていくばかり。

 

 

 

……話は、数ヶ月前に遡る。

 

以前に益州を治める劉璋から、

「漢中の張魯が侵攻してきそうなので、援軍を送って欲しい」との要望があった。

 

当然、自身からは攻めていかない聖たちは断るつもりだったのだが、

一応、劉璋はおなじ劉性で同族。

 

無碍に断るのもどうかと考えていた所、

その話を聞きつけた桃香たちが「自分達に行かせて欲しい」

と、立候補してきたのだ。

 

桃香も同じ劉性。見捨てるわけにはいかなかったのだろう。

 

それに桃香たちの身分は客将。

 

そろそろ自分達の土地を確保したい目論見も

朱里、雛里両軍師にはあった。

 

幸い兵は徐州から連れてきた兵が五千程おり、

武将は言わずもがな。

兵糧は劉璋が工面するとの話もあったので、

張魯討伐に向かったのだ。

 

元々、張魯は劉璋の父劉焉に使えていたが、

劉焉死後、漢中にて独立。

それに怒った劉璋に母と弟を処刑され、非常に関係は悪い。

 

当然、劉璋も幾度も討伐の兵を起こしたが、

漢中はそう簡単には落ちなかった。

 

漢の高祖劉邦が漢王朝を開いた土地で、

北には秦嶺山脈がそびえており陽平関があり、

南には細い桟道に剣閣,葭萌関の二つの関所があり正に難所。

 

長江からの支流である漢水も流れ込んでおり、

食料も豊富にあり、正に難攻不落の城なのである。

 

さらに今現在、漢中の北に広がる涼州にて、

曹操と馬超,韓遂が戦の真っ最中であり、

大量の民が漢中に流れてきて、国力も上昇しつつある。

 

そんな漢中に挑んだ桃香たち。

 

兵と将の質で上回る劉備軍。

数と地の利で上回る張魯軍。

 

戦況は一進一退の攻防を続け、

じわじわと桃香たちが優勢になって来た所で事件が起きた。

 

劉璋の裏切りである。

 

とはいっても、別に桃香たちに兵を差し向けたりした訳ではない。

援軍の兵数や兵糧の数を、徐々に減らし始めたのだ。

 

元々、劉璋は争いごとが好きではない。

張魯の母と弟を処刑したのも、法に則って行ったまでだ。

 

だからこそ、気付いてしまった。

 

伏龍、鳳雛の両軍師に愛紗、鈴々、星、恋と言った一騎当千の将。

そして桃香と自分との、上に立つものとしての格の差――

 

(このままでは、益州が乗っ取られてしまうのでは)

 

燻る不安の火は、劉備軍優勢の報告を聞いた瞬間に――爆発した。

 

送られてこない援軍の兵に兵糧――

 

剣閣近くまで攻め込んでいた桃香達は、

当然、困惑した。

 

進むか、それとも退くのか―――

 

漢中まではもう少し。

だが、漢中に居る張魯軍は元々「五斗米道」と言う宗教団体の集まり。

追い詰められた信者達は、張魯を守らんと凄まじい力を発揮してきていた。

 

対して、撤退する場合は、南にある劉璋領の梓潼城を目指すことになる。

 

しかし、今の状態ではそう簡単に梓潼に入場する事は出来ない為、

戻るのならば制圧することになるだろう。

 

幸い、ここは城の規模はそれ程大きくなく、

道中にある葭萌関を突破する必要があるが、

城には本来桃香達に送る筈だった兵糧が大量に備蓄されいる。

 

それに時間が経てば、確実に劉璋は桃香の攻撃を恐れて梓潼に兵を集めるだろう。

 

悩んでいる暇は、無かった。

 

すぐさま桃香たちは反転。

以前から親交があった劉璋軍の将、張松、法正、孟達の手引きもあり、

一気に梓潼を強襲、制圧に成功した。

 

そして今現在、劉璋の本拠地である成都に向かって攻略中で、

梓潼から成都に繋がる道中にある綿竹関と培水関の二つの関を攻略中。

 

培水関を守るは智勇兼備の将張任に劉璝、冷苞、鄧賢。

 

綿竹関は呉懿、呉蘭、雷銅の三将。

 

そして成都には紫苑の友人である厳顔と魏延。

 

さらに益州は長らく未開の地とされ、碌な道が無く、

山肌に作られた桟道を通る所が多々あり、

毎年、落下による死者も後を絶たない難所が続き、

決して楽な戦いではないのだ。

 

故に、聖は心配で仕方が無いのだ。

 

「大丈夫です。桃香様たちが負けるわけないです」

 

「そうですっ!月さまや恋も居るし、並大抵の将じゃ止められませんっ!」

 

そんな聖を励ます蓬梅と鈴梅。

 

「……うん。そうだね!

桃香ちゃんたちがそう簡単に負ける訳ないよね。

……私達も、頑張らなくちゃ」

 

ぐっと、手に力を込める聖。

 

と言うのも、最近荊州周辺で、

きな臭い動きが増えてきているのだ。

 

「密偵によると、孫策たちが軍船を大量に製造してるらしいわ……

内乱も大方片付いたようだし……そろそろ来るわね」

 

「北も危ないです。

河北の統治が落ち着いたみたいですから、今西涼を攻めてますです。

けど、本当の狙いは恐らく……」

 

「急報です!」

 

「どうしたの?」

 

蓬梅が続きを言おうとした所で、

伝令が駆けつけてくる。

 

「宛と許昌にて、曹操軍が集結している模様!」

 

「来たわね……敵兵の数は!?」

 

「約三万。敵将は曹仁・楽進・李典・于禁との事です」

 

「本気……では無いです。

多分斥候も兼ねてると思うです。」

 

蓬梅の予想は大体当たっていた。

 

今現在、曹操本隊は西涼を攻略中。

 

確かに曹操軍は良質な将と兵を保有しているが、

以前から兵糧の備蓄が心もとなく、

それに、対馬超,劉表の二面作戦は流石に無謀である。

 

故に、今どれだけ劉表軍が対応出来るのか、

斥候の意味も込めて軽く当たりに来ているのだ。

 

「新野に居る兵は約五万……まず負ける事は無いです」

 

「敵の騎兵は西涼に向かってるでしょ。多分。

こっちは騎兵中心に部隊組んだら、

十分野戦で迎撃できるわ」

 

兵力の比較で言えば、

歩兵100=騎馬10=戦車1がこの時代での戦力差である。

 

二人の意見を聞いて、少し考える聖。

 

そして――

 

「うん。じゃあ、士郎くんと霞ちゃん、玖遠ちゃんと援里ちゃんの四人に行って貰うようにお願いして。

総大将は玖遠ちゃん、軍師は援里ちゃんで!」

 

「分かったわ。」

「分かりましたです。」

 

もし孫策が動いた際、水蓮を中心とした海戦な得意なメンバーが居ないと致命傷になりかねない。

それに相手は本気ではない。

ここで、玖遠と援里に経験を稼がせておくつもりなのだろう。

 

「蒋琬っ。連絡の方お願い。

軍は騎兵中心で五千ほど」

 

騎兵中心で急がせたら、

なんとか相手の軍が来る前に間に合うだろう。

 

「分かりましたーー

……渡河の船の準備もしておきますよ?」

 

「頼むわ」

 

ばたばたと、慌しくなっていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野城 北門――――――

 

「敵兵来ましたっ!」

 

「了解です~

では、各自持ち場に着いて下さいね~」

 

伝令を受けた向朗が、

将達に声を掛ける。

 

「馬良ちゃん、馬謖ちゃんは援里ちゃんと協力して、

作戦立案お願い。

馬統ちゃん、馬安仁ちゃんはそれぞれ兵五千率いて守備の方お願い。

馬順ちゃんは私の補佐について、

各軍の連絡を統括してね~」

 

『了解です』

 

向朗は馬五姉妹に次々と指示を出した後、

士郎たちの方に近寄ってくる。

 

「で、どう言う作戦でいきましょうか?」

 

「そうですね……敵が三万で……こっちは五万五千……

城壁が傷つくのは嫌ですから……城内は馬統さんたちに任せて……

残りの兵で……迎撃するのが一番かと……」

 

「よっしゃ!じゃあウチが一番槍もらうで!」

 

「じゃあ私もっ……」

 

「玖遠は駄目だ」

 

玖遠も霞に続いて前線に参加しようとしたら、

士郎に止められる。

 

「な、なんでですかっ!?」

 

「今回は玖遠の軍を指揮する練習でもあるからな。

野戦に出てもいいけど、

部隊は最後列――城門前に配置になるぞ」

 

「……と言う事は、」

 

「前線は霞と俺が出よう。

玖遠は総大将として、後ろから指示を出してくれ」

 

「……自信、ないですっ」

 

不安そうな玖遠。

 

無理も無い、今までは一人の将として戦って来たのだから、

急に総大将を任されても、心の準備など出来てないだろう。

 

しかし――

 

「大丈夫です……私も……一緒に考えますから……

二人で、頑張りましょう……」

 

「援里ちゃん……」

 

援里もまた、今回初めて一人だけで軍師として戦場に立つ。

 

今までは詠や蓬梅,鈴梅、朱里や雛里たちなど、

誰かと一緒に策を考えていたが、

自分一人で大軍の軍師を務めるのは始めてである。

 

……自分よりも、気が弱い援里ちゃんも頑張ってるんだねっ。

 

「はいっ。分かりました!

僭越ながら総大将の約、務めさせてもらいますっ!」

 

自分を奮い立たせ、そう答える玖遠。

 

「その意気やで。

……とりあえず前線は士郎とウチがおるし、

そう簡単には負けへんから、心配せんとき!」

 

パンパンと、士郎の肩を叩きながら話す霞。

 

「そうだな。

後ろから状況を把握しながら、落ち着いて指示を出せば良い。

基本は『深追いせず』だ。

向こうも斥候の意味合いも兼ねてるから、

そう無茶な作戦は取ってこないだろうし、

撤退する敵軍に釣られない様に注意しておけばいいだろう」

 

「はいっ!精一杯頑張りますっ!!」

 

元気に答える玖遠。

 

「うんうん。じゃあこれで決まったね~

城内は私達に任せて、外の敵はお願い」

 

「了解した」

 

軍議は終わり、各々が出陣の準備に取り掛かっていく。

 

曹操軍は、もう目の前まで迫って来ていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵軍に突っ込むっ!いくでぇっ!!」

 

およそ五千の騎馬を率いた霞の軍は、

敵軍が近づいてくるや否や、錐行陣のままいきなり加速して突っ込んでいく。

 

対する曹操軍の先鋒は楽進(凪)・李典(真桜)・于禁(紗和)の三羽烏。

 

「て、敵が来たの~」

 

「何でこっちに来るんやーー」

 

急な霞の突撃に慌てふためく真桜と紗和。

 

「……って、なにしとるんや凪?」

 

しかし、そんな二人に対して凪は、

ぐっと腰を落とし、迎撃の体勢を整える。

 

「敵の先頭にいるのは将……だったら、狙う絶好の機会だっ」

 

「そ、そやけど、こっちは歩兵であっちは騎兵……ちょっときつくないか?」

 

前方では、こっちの兵がまるで木の葉のように吹き飛ばされながら進んでくるのが分かる。

 

「ここで敵将を討っておけば、後々有利に響く!」

 

何れ行うであろう曹操軍本隊での荊州侵攻。

 

その邪魔になるであろう物は、早めに摘んでおくに限る。

 

「ああもうっ!しかたないなぁ。

沙和っ!ウチらもいくで!!」

 

「ええっ!沙和もなのっ!?」

 

「あったりまえや!ウチら三人であんだけ連携の特訓したんや!

ここで一発披露するんや」

 

前に行った徐州侵攻で、二人の敵将相手に三人で戦い、倒しきれなかった。

 

数の上でも、一人一人の力量でもこっちが上なのに倒せなかったその理由、

それは、相手の連携の上手さであった。

 

相手は二人だけ。しかし、互いに抜群の連携を見せ、終始こちらを圧倒し続けた。

 

あの一戦以来、三人は共に連携を磨いてきたのだ。

 

「うーー……わかったなの……」

 

「よっしゃ!いくでっ!」

 

各々が獲物を持ち、構える。

 

そこに突撃していくのは霞。

 

「このままどんどん行くでーーって、なんやあれ?」

 

偃月刀を振るい、先頭にて敵を切り裂いて進んで行く霞の前に、

真桜、沙和、凪が立ちはだかる。

 

「敵将……やなぁ……

まぁええわ。このまま突っ込むで!」

 

ブンと、偃月刀を持ち上げ、馬上から袈裟切りにしようとするが……

 

「今やっ!!」

 

三人のうち一番前にいた真桜が、

ギュンギュン回転しているドリル槍「螺旋槍」を、

地面に勢い良く突き刺し、一気に土ごと持ち上げる。

 

巻き上げられた土や砂が、回転する槍にて拡散し、

霞は一瞬、三人の姿を見失う。

 

「やぁっ!!」

 

続くのは沙和。

霞が見失ったその隙に双剣「二天」を振るい、飛び上がって霞に切りかかる。

 

狙いは腿。ここをやられると、馬に乗っている者は馬上にて踏ん張れなくなる。

 

「ふっ!!」

 

ギィン!と、偃月刀を操りその一撃を防ぐ霞。

 

腿を狙われるのは馬上に乗っている以上は日常茶飯事。

常日頃から、咄嗟に動ける準備は出来ている。

 

しかし、

 

「とどめ……ッ……」

 

沙和が切りかかった反対側から、飛び出してきたのは凪。

手甲「閻王」を着けた手をギュッと硬く握り締め、一撃を放つ。

 

狙うは横腹。

肋骨は前からの衝撃に強いが横からの衝撃は弱い。

 

真桜が視界を奪い、

沙和が体勢を崩し、

凪がとどめの一撃。

 

流れるような連携、今までの今までの霞なら、避けることは出来なかっただろう。

 

そう、今までのなら。

 

「ふッ!!」

 

くるりと、沙和の一撃を防いだ偃月刀の中ほどに手を当て回転させ、

対戦が崩れた状態のまま、反対側の石突にて凪の一撃を受ける。

 

「なッ!」

 

渾身の一撃を止められ、驚く凪。

 

(危なかったぁ~~なんとか反応できたわ……)

 

今までに霞は、幾度と無く士郎と戦ってきた。

 

士郎の戦闘スタイルは相手の攻撃を誘い、隙を突くもの。

 

霞は何度も何度も士郎に負ける度に、自然とその対処法を身につけていたのだ。

 

そのまま、強引に弾いた後、馬を走らせる霞。

 

後ろからは自軍の兵がついてきている為、

ここで足止めを食らっている場合ではないのだ。

 

……当然、霞自身は残って三人と戦いたいのだが。

 

「次有った時決着や!」

 

そう言って去っていく霞。

 

「……仕留められなかったか」

 

「くぅ~~ッッ、惜しかったぁ~~

もっと訓練せなアカンなぁ」

 

「とっても強かったの」

 

思い思いの感想を述べる三人。

 

霞を止められなかった曹操軍は、

軍を真っ二つに割られ、

戦況は、劉表軍優勢のまま進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ……次です……」

 

「う、うんっ!

……士郎さんに合図して下さいっ!」

 

玖遠の声に反応して、旗が揚げられる。

 

「よし。そろそろ出番か」

 

士郎は弓兵五千を率いて、

霞が割り、混乱させた敵兵の相手に向かう。

 

「敵将は分かるか?」

 

士郎は、傍に立つ眉も髪も真っ白な少女に話しかける。

少女の名は馬良。

 

馬氏の五常と言われる、優秀な五姉妹の中で最も優秀とされ、

新野太守向朗の補佐を勤めており、

今は、士郎の補佐についている。

 

「『許』の旗……おそらく許貢かと。

それ程優秀な将ではありませんし、

陣が崩れている今、対した相手じゃないですね」

 

「そ、そうか」

 

結構ぐさりと酷いことを言う馬良。

 

「よし、じゃあ行くぞ!」

 

弓の射程内ギリギリまで近づいていく士郎。

 

ここら辺の判断は、士郎にかなう者はいないだろう。

 

「合図と共に一斉発射!

構え…………撃てっ!!」

 

一斉に放たれた数千の矢は、空を覆いつくす勢いで広がり、敵軍に突き刺さっていく。

 

「ぐっ……あそこの弓兵を倒す!いくぞ!!」

 

当然、ほっとく訳にもいかず、

狙われている許貢は軍を率いて士郎たちの弓兵に向かって進軍してくる。

 

「来ましたね。」

 

「敵軍と接触するまであと少し時間がある。

もう一回一斉射撃させてくれ。

俺は敵将の相手を勤める」

 

「……承りました。ご武運を。」

 

馬を操り、敵軍を率いる許貢に向かって進んでいく。

 

「全軍っ…………撃てぇっ!!」

 

士郎が敵軍に辿り着く前に、

馬良によってもう一度放たれた矢が敵軍に襲い掛かる。

 

敵は盾を構えそれに備えるが、進軍の速度は当然落ち、

敵の注意も上空から来る矢に注がれる。

 

「今だっ!!」

 

ここぞとばかりに馬に鞭打ち加速。

 

「なっ!!敵だぁっ!!」

 

慌てて士郎の相手をしようとするが、もう遅い。

 

一刀のもとに切り裂かれる。

 

「許貢さまがやられたっ!!」

 

「に、逃げろぉっ!!」

 

混乱し、逃走を始める敵軍。

 

すぐさま、本陣に連絡が行く。

 

「玖遠さま……敵将の一人を……士郎さんが討ち取りました……」

 

「流石士郎さんっ!じゃあそろそろ私達も……」

 

「はい……霞さんも……敵本陣近くまで突撃してるので……一気に攻勢をかけましょう……」

 

「霞さんも……凄いですっ。

じゃあ、今から行きます!!全軍っ、進めぇっ!!」

 

『オオオオオオオッッッ!!』

 

鬨の声を上げ、進軍を開始する本隊。

前線を突破され、将が一人討たれた曹操軍に、それに抗う力は残っていなかった。

 

「退き時ね。全軍撤退!宛に下がるわ」

 

総大将である曹仁の指示により下がっていく曹操軍。

 

「追撃はしないで下さいっ!各部隊は陣を整えて、こちらも新野に引きますっ!!」

 

下手に追撃して虎を起こす必要も無い。

 

おとなしく、劉表軍も新野に下がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜――新野城の南に流れる、遥か益州にまで繋がっている漢水の水際に、

一人立つ士郎の姿があった。

 

祝勝会の後、士郎は酔いを覚ます為に外の風に当たろうと外に出ていたのだ。

 

「勝つには勝ったが、敵は様子見、次は本腰を入れて来るだろうな」

 

密偵によると、西涼を攻めていた曹操軍本隊は西涼の攻略に成功し、

多少の守備兵を残した後、本隊は許昌に向かって期間中との事。

 

「一旦兵と将を休ませる必要があるが……確実に来るな」

 

しかし、悪いニュースばかりではない。

 

益州を攻略していた桃香たちは無事に攻略に成功したと言う情報が、

つい先ほど入ってきた。

 

このまま、上手く益州の桃香と、荊州の聖で同盟を組み連携すれば、

随分楽になるだろう。

 

「あと少しといった所か。しかし、あの仙人たちも気になるしな」

 

仙人が本拠として泰山は徐州にあり、今は曹操領。迂闊に手を出すことは出来ない。

 

士郎一人だけなら何とかばれずに侵入することも可能だが、

その場合は一人で白装束の兵達と左慈と于吉、それに小次郎の相手をしなければならない。

 

幾らなんでも、それは厳しい。

 

どうしても、仙人の相手をするならば、

この時代の強い人たちの協力が必要になってくるのだ。

 

「さて……どうするか……」

 

そう呟いて、水面を見つめる。

川は美しい月を映し、幻想的な雰囲気を放っている。

 

鏡花水月――ただその光景に目を奪われていると、

何かが、水際にあるのが分かった。

 

「何だ?」

 

外灯などない暗闇。

しかし、近づば月明かりで見えるようになってくる。

 

「これは……!?」

 

水際に流れ着いていたのは、

膝裏まで届こうとするくらい長く美しい黒髪を携え、

所々血が滲んでいる服を着ている女性だった。




味方のオリキャラはこれで最後になります。


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8-2 一難去って……

「……うっ……くっ……」

 

寝台の上で体を横たえている女性から、苦悶の声が聞こえてくる。

 

「目が覚めたのか?」

 

傍に近寄り、その様子を伺う士郎。

 

「私は……一体……」

 

まだ体が痛むのか。

無理矢理体を起こそうとするのを見て、慌てて制止する。

 

「今朝川に行ったとき、君が流れ着いていたんだ」

 

「そうですか……有難う御座います……」

 

虚ろな瞳で周りを見回す女性。

 

「とりあえず今は休んでいるといい。

……医者を呼んでくるから、少し待っていてくれ」

 

「分かりました。

……あと一つ聞きたいことがあるのですが」

 

「ああ」

 

「今は……夜なのでしょうか?」

 

外に目を向ける士郎。

空は茜色、時刻は夕刻だ。

 

「いや、今は夕刻だが……まさか、目が見えてないのか!?」

 

「………………」

 

沈黙が、二人の間に流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医者を呼びに行く途中、士郎は女性を助けたときの事を思い出す。

 

 

「くっ……ここでいいか……」

 

全身ずぶ濡れで、所々怪我をしている女性を引き上げた後、

近くの木陰まで移動する士郎。

 

全身の力を抜いた人間の体と言うのは非常に重く、

服が水を吸っているとなると尚更だ。

 

女性は何処から流れてきたのかは分からないが、

かなり長い時間水の中にいたのだろう。

 

「体が冷えている、血も大分失っているな」

 

もはや虫の息。

一刻の猶予も無い。

 

「……投影(トレース)開始(オン)

 

少し躊躇した後、おもむろに一本の剣を投影する。

 

手に現れたのは柄尻に大きな青い宝石がついた、

白銀に輝く刀身を持つ両刃の西洋剣。

よく見ると、剣の切っ先が欠けている。

 

この剣の名は、決闘家ベルシが愛用した剣「ヴィーティング」

今回士郎が使うのは剣ではなく、柄尻に輝く青い宝石「癒しの石」

 

それを剣から取り外し、女性の体に触れさせる。

 

「ううっ……」

 

石から広がる青い光が女性を包み、

傷を癒していく。

 

「これで何とかなるだろう」

 

血も止まり、顔色も幾分かよくなってきた。

 

そのまま士郎は剣を破棄し、

女性を担いで新野へと向かって行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。どうやら、失血による失明のようですな」

 

診察を終えた医者から、話を聞く士郎たち。

 

「そうですか……他は特には?」

 

「ええ。怪我も血は止まっておりますし、

安静にしておけば宜しいかと」

 

「有難う御座います」

 

部屋を後にする医者に向かって一声かける士郎。

そのまま、女性の方に目を向ける。

 

「すまない……俺の発見が遅れたばかりに……」

 

申し訳なさそうに、頭を下げる士郎。

 

「……いいえ、こうなったのは貴方様のせいでは御座いません。

こうして、光を失いながらも生き延びたのは、

何か意味があるのでしょう」

 

「そうか……」

 

女性の言葉を聞いて、何処か悲しそうに答える士郎。

優しすぎるゆえに、他人の痛みも自分のものとして受け止めてしまうのか。

 

「それで、此処は一体何処になるのでしょう?

何分起きたばかりですので」

 

目が見えぬ為、景色からの判断も出来ないだろう。

 

「ああ。此処は荊州北の都市、新野になる。

自己紹介がまだだったな。

私は劉表軍客将、衛宮士郎だ」

 

「新野でしたか。

私の名は……」

 

そこで突然、女性の言葉が止まる。

 

「どうした?」

 

「いえ……それが、名が思い出せぬのです」

 

「記憶喪失か!?」

 

「それは大丈夫かと。

おぼろげに幾つか覚えていることも有ります。

自分が何処かの将だったことも。

多分一時的なものだと思いますので、直ぐに名を思い出すと」

 

「それならばいいが……」

 

どうにも厄介な事になったと、頭を抱える士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、光と名を失った女性の話は、他の将にも伝わる。

 

夜、夕食時に集合したほかの武将達に話を伝える士郎。

 

「記憶喪失かぁ……」

 

「しかも失明もしとるんは、厄介やなぁ」

 

互いに顔を見合す玖遠と霞。

 

「援里ちゃんは何か知ってる事ある?」

 

「何か……とは……?」

 

「治療法とか、どうすればいいのかとかですっ」

 

うーんと、少し考える援里。

 

「聞いた話ですと……失血が原因の失明ですので……目の方は治らないかと……

ですが……記憶の方は……忘れているだけですので……

色んな景色や……体験をしたら……もしかしたら……」

 

景色や運動が刺激になって記憶が戻る話は良く聞く。

 

相手の状態の事や治療法を気にする辺りが玖遠らしい。

 

「よし。それやったらウチの出番やな!

とりあえず馬に乗せて遠乗りさせたらええんやろ?」

 

「病み上がりにそれはキツイだろ」

 

霞に振り回されて碌な目にあわないのが目に浮かぶようだ。

 

「向朗さんには話したんですかねっ?」

 

「ああ。一応馬良にお願いして話しをしてもらっている。

……とりあえず杖でも準備しておくか。

三人には出来るだけ彼女の世話をお願いしたいんだ。

手を引いて歩くくらいならともかく、

風呂や厠までは流石に男の俺じゃ無理があるからな」

 

「了解ですっ」

「分かったで」

「分かりました……」

 

戦が終わった翌日なのだが、

相変わらず慌しい一日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、新野城内

 

日が昇り、市が開き始める頃、

街中を歩く一団の姿があった。

 

玖遠は右手を名も無き女性の手と繋ぎ、引っ張るように道を進んで行き、

その後ろを士郎と援里が続く。

 

「風が……気持ちいいですね」

 

さらさらと、膝裏にまで届きそうな黒髪を風に靡かせる。

陽光に照らされ、きらきらと輝いている。

 

「ここは河が近いですからっ、

いい風が吹いてくるんですよっ」

 

すっかり仲良くなっている二人。

 

背も高く、上品な佇まいの女性を引っ張る玖遠。

二人の姿は、まるで姉と妹のようにも見える。

 

「向朗も来たそうにしていたな」

 

「戦の後は……戦後処理が……大変ですから……」

 

必死に粘って着いていこうとしたが、結局馬五姉妹に簀巻きにされていた。

……あれが日常なんだろうなと、そう自己解釈した士郎だったが。

 

「何か気になる物……って、目が見え無いんですよねっ……」

 

気分転換にと女性を連れ出したのだが、

目が見えない以上、楽しめない事も出てくる。

 

「大丈夫ですよ。見えなくとも、光の加減は感じますし、

音や匂いが、私に教えてくれますから」

 

「そうなんですかっ!?」

 

「聞いたことがあるな。

五感の一つを失った時、他の部分がその失った箇所の補佐をすると」

 

「?」

 

「そうだな……目が見えなくなったのなら、

音の反射で人や物の位置を感じるようになったり、

匂いで人物を識別できたりするようになるらしい」

 

「私も……聞いたことが……あります」

 

援里も頷きながら答える。

 

「えっと……感じたりするんですかっ?」

 

すると女性は少し困った顔を浮かべ、

 

「いえ……そこまではっきりは感じません。

なんとなくです」

 

「そうなんですかっ……」

 

……何で残念そうなんだ。玖遠。

 

「あ……ですが、士郎さまや玖遠さまなら、区別出来ますよ」

 

「一体……どうやって……?」

 

「ぼぅっと、暖かい光のような物を感じます。

士郎さまは大きく、玖遠さまはそれよりは少し小さい」

 

『気』の大きさを判断出来ているのだろうか。

もしそうならば、記憶を失う前はそれなりに修練を積んだ人物の筈だ。

 

益々、謎が深まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華琳さま。幕内にて、馬騰の亡骸を確認しました」

 

「そう。下がっていいわ」

 

「はっ!」

 

涼州の雄、馬騰を破り制圧を果たした華琳。

しかし、その顔は決して晴やかではない。

 

「どうしたんですか~華琳さま?」

 

「何でもないわ。……少し休むから、後の事はお願いね」

 

「はいはい~」

 

風に見送られ、天幕の奥に下がる華琳。

 

「如何したのだ、華琳さまは?」

 

そんな華琳の様子を見て、心配そうな春蘭。

 

「多分、馬騰さんが自害したから怒っているんでしょう~

全く、困った人ですねぇ」

 

「……それはどちらが、だ?」

 

「ふふふっ。秘密です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、馬騰では駄目ね。……期待していたのに」

 

天幕の奥、自室にて椅子に身を預け、呟く。

 

「確かに西涼の騎馬は素晴らしかった。

けれど、それでも……足りない」

 

華琳が求めるのは、対等に戦う相手。

自分の本音を、本心をぶつけても、決して引かないような。

 

顔を上げ、南に目を向ける華琳。

 

「早くしなさい桃香。次は、貴女よ」

 

天下に最も近い華琳。故に孤独。

彼女が人肌を求めるのも、その孤高さ故か。

 

自身が唯一認めた好敵手である桃香。

彼女相手にしか、本当の自分を曝け出す事が出来ないのだ……

 

なんとも、悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野城北 戦場跡――――――

 

先日の戦いにて曹操軍が拠点にしていた地に、幾人かの姿が見えた。

 

彼らの目的は戦場に残る武器や鎧などの品、要するに盗賊が殆どであった。

 

しかし、中には違う目的の者もいる。

 

彼ら三人は篝火を囲み、話会っていた。

 

「許貢さまを殺した奴の名が分かった。衛宮と言う将らしい」

 

「そいつが我等の仇か……っ」

 

落ち着けッ!……ここで騒ぐのは拙い」

 

彼ら三人は士郎が討ち取った将、許貢の元で世話になっていた客人。

恩人の仇を討とうと、戦の後もここに残り、情報収集を行っていたのだ。

 

「奴はまだ新野に駐屯しているらしい。

……幸い劉表領は出入りし易い、潜り込み、夜を待って行動を起こそう」

 

男の言葉に、他の二人も頷く。

 

「許貢さまの仇は俺達が取るッ。

待っていろよ衛宮とやら」

 

抜き放った刃が、篝火を受け、煌く。

 

理性の箍が外れた人間は、通常発揮しえない力を見せる。

 

士郎に、凶刃が迫っていた……




ハシバミ制する決闘剣(ヴィーティング)

宝具ランク C++
対人宝具 レンジ1~5

決闘家ベルシが使用した剣。
真名開放と同時に、刀身が幾つかの破片に分かれ、敵に襲い掛かる。(要するにブレードビット)
一つ一つの威力は、元の刀身で切るのと何ら変わりはない。

ハシバミの木による決闘の際、宿敵コルマクに折られた切っ先がそのまま相手に刺さり勝利したエピソードから。
折れたままの切っ先は、コルマクに刺さったままなのでそこだけ無い。

癒しの石

ヴィーティングの柄尻についている青い宝石。
投影、投影破棄する際はヴィーティングと一緒に消えたりするが、一度投影すれば投影中は外して使うことも可能。
触れている相手の命を留め、治癒能力を高めて全治状態まで回復させる。
アヴァロンが使えない士郎にとって、正に生命線である道具。


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8-3 刃持つ理由

「…………っ、………!!」

 

声が聞こえる。

 

数多の兵が武器を鳴らし、地を踏みしめて進む音。

 

そして……

 

「ぐぁあああああッ!!」

 

命を絶たれた、味方の兵の断末魔。

 

「……さまッ!!お逃げ下さい!!」

 

「お前達をおいて退けるかッ!ここで奴らを食い止める!」

 

そうだ、これは私がここに着く前の出来事。

 

城壁の上にいる私達に向かって攻め寄る敵兵に、ただ我武者羅に剣を振るう。

 

「ぎゃああああっ」

 

ズブッと、剣が敵兵の肉を貫き、命を立たれた兵はそのまま真っ逆さまに落ちていく。

 

しかし、多勢に無勢。味方の兵は力尽き、じわりじわりと押し込まれていく。

 

「このままでは……くぅッ!!」

 

「危ないッ!!」

 

一瞬の気の緩み。其処を襲うは敵の槍。

 

ズブリと肉に突き刺さってくる刃を避けようと強引に体を捻るが、

そこは城壁の上、攻め寄せる敵が目の前に広がる最前線。

 

「きゃぁッ!!」

 

バランスを崩し、落下する。

 

落ちる場所が敵兵の前の方がまだ良かったかもしれない。

目の前に広がるのは、遥か下に川が流れる断崖絶壁。

 

そこで、彼女の世界が暗転した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お疲れ様でした!」

 

バン!と、勢い良く軍議室の扉を開けて入ってきたのは、

新野の将の霍峻。援軍を連れてくる為、一旦襄陽に帰っていたのだ。

 

「劉表さまからの言伝も預かっています」

 

そう言って向朗に差し出される手紙。それにざっと目を通していく。

 

「ふむふむ……分かりました。下がってもいいですよ~」

 

「はい。私は軍の編成に戻りますので」

 

援軍の部隊の振り分けなど、守将である霍峻には仕事が多い。

いそいそと部屋を後にした。

 

「何が……書かれて……たんですか……?」

 

「う~ん……一旦全員集まって説明した方がいいですねぇ。

士郎さんは、玖遠ちゃんと一緒にあの女性を連れてきて下さいね~」

 

「了解した」

「了解ですっ」

 

士郎と玖遠は皆と別れ、一旦記憶喪失の女性の下へ向かう。

 

「今大丈夫か」

 

こんこんとドアをノックし、扉越しに話しかける。

 

「……返事が無いな」

 

「ですねっ……」

 

まだ寝ているのだろうか?人が動いている気配が感じられない。

 

「仕方ない。入るとするか」

 

士郎がドアを開けて入ろうとするが、

 

「駄目ですっ!女性の部屋に士郎さんが入ったら、何があるか分かりませんっ!」

 

「何って……何さ」

 

「とにかく駄目ですーっ!私が様子を伺いますから、

士郎さんは私の合図が出るまで待ってて下さいっ」

 

そう言って士郎を押しのけ、部屋に入っていく玖遠。

 

だんだん玖遠も、士郎の女難体質に気をつけるようになってきているようだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さんっ!た、大変ですっ、なんか苦しそうですっ!!」

 

玖遠が部屋に入って直ぐ、玖遠が慌てた様子で士郎を呼んでくる。

 

「分かった直ぐ行く」

 

士郎も部屋に入り、ベットの上にいる女性の様子を確認する。

 

寝汗が酷く、何かに魘されているようだ。

 

「大丈夫か!」

 

軽く揺さぶり声を掛ける。

 

「うっ……はぁっ…………わたしは……?」

 

おぼろげな目で周囲を見渡す。

しかし、彼女の目は光を捉えれない。

 

「はぁっ……はぁっ……だれ……」

 

「士郎だよ。大分魘されてたが、大丈夫か?」

 

荒い息を繰り返す女性の様子を見ながら、落ち着かせるように話しかける。

 

「ああ……そう言えば私は……すみません。もう、大丈夫です」

 

女性は額の汗を軽く拭い、すこし苦しそうに答える。

 

「なにか、悪い夢でも見たんですかっ?」

 

「そう……ですね、余り良く覚えてないんです」

 

夢は直ぐに忘れるもの。玖遠は特に不思議に思わずその言葉に頷く。

 

「ふぅ……ご迷惑をお掛けしました」

 

「大丈夫ならよかった。それで、今襄陽からの使者が来ていて、

君も呼ぶように言われたんだが、無理そうだな」

 

「いえ、そういう事でしたら伺います。

それで、あの……着替えなどを手伝って貰いたいのですが……」

 

「ああ。だったら玖遠、頼めるか」

 

「はいっ。大丈夫ですっ」

 

いそいそと箪笥から服を取り出し準備をしていく玖遠。

 

「俺は先に行って、すこし遅れるって言って来るよ」

 

そう言い残し部屋を後にする士郎。

 

「……あの、本当に大丈夫です?」

 

「ええ……大丈夫です」

 

少し思いつめたような様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れましたっ!」

「お待たせしてすみません」

 

遅れて入ってきた玖遠と女性が、席に着いた所で軍議が始まる。

 

「これで全員揃いましたね。

じゃあ早速これからの事を話していきます。

えっと……先ずは貴女の事ですが……」

 

向朗が目を向けたのは記憶を失った女性。

女性も気配を察したのか。

 

「劉表さまからの伝言ですが……

記憶が戻るまでは此処で滞在して貰って構わないと。

ただし、何か重要な事を思い出したのなら、直ぐに知らせる事。です」

 

「……はい。お世話になります」

 

一瞬沈黙した後答える女性。

 

「とりあえずは皆で手助けしますので、何か不自由があれば言ってください。

そろそろ戦が始まりますから、街の中でも安全とは言えませんから」

 

「心得ます」

 

深々と頭を下げる女性。

取りあえずは何とかなりそうだ。

 

「で、次はこれからの方針ですけど……」

 

そう言って向朗は机の上に地図を広げる。

 

「まずは北の曹操が涼州を制圧。

駐屯兵を置いた後、本隊は二つに分かれ益州と荊州に向かって進軍。

目標は当然ここです」

 

曹操軍本隊が動き始める。正に怒涛の勢いである。

 

「とうとう来たんか~

楽しくなりそうやな」

 

「私は楽しくないですっ……」

 

対照的な反応をする霞と玖遠。

 

「話を続けますよ~

益州を攻略中だった桃香さまたちは、無事に成都を制圧。

早速、北から攻めてくる曹操に対して防衛準備に取り掛かってますね」

 

すると突然、ガタッと椅子が動く音が鳴る。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ……何でもありません」

 

向朗の言葉に反応したのは、記憶を失った女性。

何か気になることでもあったのだろうか。

 

「漢中にいる……張魯さんは……どうなったんですか?」

 

「曹操の大軍に恐れて、さっさと降伏したみたいですねぇ」

 

「ただでさえ……桃香さまたちと……戦った後ですから……」

 

もはや漢中にはまともな兵力は残って無いだろう。

曹操は正に労せずに要害漢中を得ることが出来たのだ。

 

「楊州は相変わらず特に動きは無し。ですが」

 

「そろそろ、来るな」

 

「です。皆さん、軍備の方急いでお願いしますね~」

 

各人がばたばたと慌しく動き始める中、

士郎は先程見せた女性の動揺が少し、頭に引っかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

「はい。どうぞ」

 

夜も大分ふけた頃、記憶を失った女性の部屋を訪ねる人物がいた。

 

「お邪魔するで。……って、真っ暗やないかい!」

 

「ああっ!も、申し訳ありません、直ぐに明かりを点けますねっ」

 

訪ねて来たのは霞。

しかし、女性の部屋には灯りがついていない為、いきなり出鼻を挫かれてしまった。

 

「そう言えば目が見えんから、灯り点ける必要無いんやなぁ」

 

「はい。常に真っ暗です」

 

特に気分を害する訳でもなく、二コリと微笑みを浮かべたまま霞の質問に答える女性。

大分打ち解けているようだ。

 

「最初の方は大分苦労しましたが、

今では何とか一人で歩くことも出来ます」

 

「耳とかが良く聞こえるようになったんやろ?」

 

「はい。耳もですが、匂いや肌に当たる風の感触もそうですね

周りの物を、全身で感じ取ることが出来ます」

 

「士郎が言ってた通りなんやなぁ」

 

しみじみと答える霞。

 

「それで、あの、私に何か……?」

 

「ああ。ちょっと昼間の会議中に体調が悪そうやったやろ?

士郎と一緒に様子見に来たんや。もうちょいしたら士郎も来るやろ」

 

「そうですか……ご心配をかけてしまって申し訳ありません。

少し、体勢を崩しただけですので」

 

「そうか。それやったらええわ」

 

霞がそう答えた後、一瞬の間が空き、

 

「確か記憶が無いんやったな。

……多分記憶無くなる前は武人やったと思うで」

 

「……それは、何故、ですか?」

 

「まぁ強い奴の雰囲気は隠しとってもウチは分かるんやけど、

体つき見ても武器を振るっとった肉のつき方しとるしな」

 

伊達に戦闘狂では無いようだ。

 

「そのことは、他の皆さんは?」

 

「怪我の治療しとった士郎は気付いとるやろなぁ。

後は分からんわ」

 

「そうですか……有難う御座います」

 

少し思案した後、霞に礼を述べる女性。

そうしていると、再度誰かが部屋の扉をノックしてくる。

 

「士郎か?入ってええで」

 

「失礼するよ」

 

入ってきたのは士郎。手に盆を持ち、何かを乗せている。

 

「飲み物を淹れてきた。ほら」

 

「酒なんかっ!」

 

身を乗り出し、目を輝かせる霞。

 

「その期待には添えかねないな」

 

「この香りは……お茶ですか?」

 

「ご名答。少し甘味を足してある。良く眠れると思う」

 

そう言って二人の前にコップを置く士郎。

 

「何の話をしてたんだ?」

 

「乙女の秘密やーー♪なっ」

 

「くすっ。はい」

 

ニコニコと互いに笑いあう。

そんな二人を見て、士郎は女性が霞と仲良くなっている事に少し安堵した。

 

「何か士郎が笑っとる……このスケベ」

 

「な、なんでさっ!!」

 

「……ふふっ」

 

そのまま三人は、取り留めの無い話を続けていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎様と霞様は、何故戦っているのですか?」

 

女性からその質問が二人に投げかけられたのは、

大分話も盛り上がった頃であった。

 

「う~ん……色々有るけど、ウチは強い奴と戦いたいのが一番や」

 

「強い人……ですか」

 

「そやな。鍛えた技と力をぶつけ合って強敵に勝った時、

生きとるって実感するのが一番ええなぁ」

 

正に武人らしい霞の答えである。

 

「成る程……ですが、それでは相手の命を奪ってしまうのでは無いのでしょうか」

 

『人殺しは罪』それは何年も昔から続いてきた人の法。

戦国の世では、それが良く蔑ろにされる。

 

「そやけどな。ウチ武を振るうのは戦場や。

お互いに譲れん思いがあるし、それは仕方ないで」

 

「譲れないもの……」

 

そう呟き、思案する女性。

 

「俺達が戦っているのは聖が願う世の為に戦っているからな。

戦っている相手にも当然理想はある。

しかし、民を守る為に戦う事は決して間違いなんかじゃない」

 

「ウチも同じやで。

ウチもそんなに頭ええわけちゃうし、ウチが信じた人のため戦えたらそれでええんや。

ついでに強い奴と戦えたらええかな~って」

 

すこしバツが悪そうにしている霞。

 

「……確か霞様は最初、董卓様に仕えていました。

何故主君を変えたのですか?」

 

「あの時は月を守る為やったなぁ。

ウチが足止めして、逃げる時間稼ごうとしたんや。

まぁ、降ったお陰で結局月は助かったし、聖さまや士郎とも仲良くなれたしな。

天命って奴や。ウチが死んだら月が悲しむし……皆の為に戦えんようになってまう」

 

「天命……」

 

「主君の為に死ぬというのも有りだとは思う。

けど、自分が何の為に力を求めたのか。

その志がぶれていないか如何かが大事なんだと思う」

 

「……士郎様の志とは?」

 

「……正義の味方さ」

 

一瞬の間の後、士郎はそう答える。

 

「それは……厳しい道のりですね」

 

「ああ。けれど、あきらめるわけにはいかないんだ。

この道は必ず正しいって信じているから」

 

「いえ。素晴らしいと思いますわ」

 

苦笑しながら話す士郎に、

なにかまぶしいものを見ているような反応をする女性。

 

「お~い、二人ともウチの事忘れてないか~」

 

「そ、そんなことはないぞ」

 

じとーっとした目で士郎を見つめる霞。

まぁ、途中から蚊帳の外だったから気持ちは分からなくも無い。

 

「まぁええわ。で、そろそろお開きにするんか?」

 

「そうだな。夜も更けたしお茶も無くなった。

そろそろ終わるにはいい頃合だろう」

 

「じゃあウチも寝ようかな~」

 

そういって席を立つ霞。

 

続いて女性も席を立とうとするが、

 

「そう言えばまだ杖が無いんだったな」

 

「はい。買いそびれてしましまして」

 

しっくり来るものが無かったのだろうか。

 

「だったら俺が作ろう。

長さとか測りたいから先に俺の部屋に行って待っててくれるか?」

 

「はい。お待ちしています」

 

そう言って茶器を炊事場に運ぶ士郎を見届けてから、

女性は先に士郎の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――襄陽城 士郎の部屋――――――

 

 

士郎が洗い物を終えるまでの間、

灯りの消えた部屋で待っている女性。

 

もとより光を失っているので、灯りなどは必要ないが、

そうしてぼーっとしていると、先ほどの話を思い出す。

 

各々の戦う理由、思い、天命、そして目指すもの……

 

「でしたら、私が士郎様に助けられたのも……運命なのでしょうか……」

 

正義の味方を目指す士郎。

その言葉に込められた思いの強さは、目が見えずとも――

いや、目が見えないからこそより強く感じることができた。

 

「……私が、ここにいる意味……」

 

何かを決意したのか、

ぎゅっと、強く手を握り締める。

 

「士郎様……?いえ、違う」

 

そうしていると聞こえてくる足音。

一瞬士郎かと思ったが足音が全く違うし、何より人数も多い。

 

「………………」

 

こんな時分に来客などおかしい。

それに微かに聞こえてくる金音――間違いなく武装している。

 

そっと手を伸ばし、直ぐ傍に立てかけてあった五尺程の長さの『棒』を手にする。

 

扉の前で立ち止まる足音。聞き耳でもたてているのか。

 

少しの間の後、音も無く扉が開かれ、

中にいた女性を確認するや否や、凶刃が襲い掛かって来た。



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8-4 誓いの刃

敵は三人、相手は狭い室内を想定していたのか、

三人とも短刀を手に持ち襲い掛かってくる。

 

「おいっ!こいつは違うぞ!」

 

「構うな!見られたからには殺さねばならん!」

 

部屋に入る前に予め片目を瞑っていたのか、

暗闇の中でも侵入者達は女性の姿を捉えながら短刀を振るう。

 

「っ………!!」

 

何とか音と風の流れで攻撃を読み避けるが、室内ゆえに行動が制限される。

 

「ふっ!!」

 

じりじりと追い詰められていき、

このままでは力技で押し倒されたる可能性も出てくると判断した女性は、

棒を手に持ったまま、窓を破り中庭に飛び出る。

 

「追えっ!!」

 

逃がすものかと後を追いかける侵入者たち。

 

月明かりの下、ゆっくりとした動作で、

女性は後から追いかけてきた侵入者たちの方に目を向ける女性。

 

「……あなた方は、何が目的なのですか」

 

「我等の恩人である許貢様の仇を討つべく、衛宮を屠りに来たのだ!」

 

「敵討ち、ですか……忠義に命を賭ける行動は嫌いではありません」

 

何かを思いつめたように話す女性。

 

「ならば我等の邪魔をするな!おとなしく死ねッ!!」

 

そう言うや否や、女性との距離を詰め一気に切りかかる。

 

が、女性は手にしている棒で、それを受け止める。

 

「ですが、私も生きる理由が出来ました。

……ここで、貴方達を止めさせて頂きます」

 

「ッ……おい、囲め!こいつ、只者じゃない!」

 

まるで剣を持つように棒を構える女性。

 

月明かりの下での剣戟が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎が洗い物を終え、女性が待っている自室へ向かっている時、

その音が聞こえて来た。

 

――ガシャン!!

 

「!?何かあったのか?」

 

何かが割れるような音。

距離から判断すると恐らく自分の部屋。

 

……もしかしたら女性が体勢を崩し、何かを割ったのかもしれない。

 

そう判断した士郎は、駆け足で自分の部屋に向かう。

 

「まだ怪我は完治していない筈……」

 

ドアを通り、自分の部屋に着いた士郎の目の前には、割れて、大きく開かれた窓。

 

「外か!?」

 

何かあったのだろうかと、外に飛び出る士郎。

そこで士郎が目にしたのは、

 

短刀を持った男と戦う、女性の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左右と前、三方から同時に仕掛けてくる侵入者達。

 

横には避けれず、

後ろに下がっても斜めに移動してくるだけなので意味が無い。

 

なので、先ずは前から来る男に向かって棒を突き入れる。

 

「ちぃッ!!」

 

男は咄嗟に、その一撃を手に持つ短刀で受けるが、

そのせいで体勢を崩す。

 

「はっ!!」

 

前の敵が遅れた瞬間自身も一歩下がり、

左右にいた相手を同時に巻き込むように棒を振るい、

一気に薙ぎ払う。

 

「ぐぅ……ッ……まだまだァッ!!」

 

横からの強打。

肋骨が折れていてもおかしくない筈の一撃だったのに、

相手は止まらない。

 

(これは、命を奪うしかありませんね……)

 

しかし、今振るっているのはただの棒。

このままではこっちの体力の方が先に尽きかねない。

 

ジリ貧になりかけていたその時、士郎の声が聞こえてくる。

 

「それは棒じゃない!剣だッ!!」

 

以前士郎が打って星にも貸したことのある、ウーツ鉱から作られた無反りの大太刀。

今女性が振るっていたのは棒ではなく、その剣だった。

 

棒に右手を滑らせ、柄の位置を確認する。

 

「やッ!!」

 

鞘から引き抜かれた刀身は1m近くあり、

月光を受け、木目波紋がギラリと怪しく輝く。

 

鞘を腰に挿し、両手で刀を構える。

 

「くっ…………うぉぉオオオ!!」

 

一瞬の間の後、まるで自分自身を鼓舞するように叫びながら、

再度三方から襲い掛かる侵入者達。

 

しかし、目が見えぬ女性にとっては、

その行動は自ら位置を教えてくれるようなもの。

 

ましてや互いの武器のリーチの差もあり、決着は一瞬でついた。

 

鎧袖一触――轟と振るわれた剣によって巻き起こした血煙が、

女性を中心に、円を描くように彩る。

 

そしてほぼ同時に、地面に倒れ付す侵入者たち。

女性は、ブンッと剣を振るい、刀についた血を振るいとばす。

 

「弓で援護する必要も無かったな……」

 

正に一瞬の出来事。

 

女性はそのまま、ゆっくりと歩きながら士郎の下へ歩み寄ってくる。

 

「――士郎様。部屋を荒らし、剣も無断で使用してしまい申し訳ありません」

 

地面に片膝をつき、まるで臣下のような動きを見せる女性。

 

「いや……どうやら俺を狙ってきたみたいだし、

むしろこっちが迷惑かけてしまってる。

それより、怪我は大丈夫なのか!?」

 

まだ病み上がり。あれだけ動いてはそっちの方が心配である。

 

「はい。ご心配をお掛けして申し訳ありません。

元より、体は丈夫な方ですので」

 

「元より?」

 

女性の言葉に違和感を感じる士郎。

 

「……本当は記憶を失ってはいませんでした。

主君を守れず敗北し、敗軍の将として、死ぬ事でけじめをつけるつもりでした。

しかし……」

 

「しかし?」

 

「こんな私を助け、生きる意味を教えてくれた。

その人に仕え、もう一度生きてみたいと思います」

 

「…………」

 

「元益州の将、張任。真名は芙蓉  

目は見えませんが、必ず士郎様のお力になります。

仕えさせて、頂けますか」

 

深々と、頭を下げながらそう言い放つ。

 

「……聖ではなく、俺に?」

 

「はい。見えぬ以上、軍を率いることはもう叶いません。

ですが、誰かの傍で共に戦うことならばできます。

お許し頂けるのならば、士郎様の剣や盾となり戦う所存です」

 

「……俺が目指しているのは叶うかどうかも分からない夢。

それに付き合わせるつもりは、無い」

 

人として壊れている――正義の味方を目指す士郎は、常にそう言われて来た。

見知らぬ他人を助ける為に、自分の命を危険に晒すその行動は、

決して理解されるものではない。

 

当然、士郎も誰かに理解して欲しいからその道を目指している訳ではなく――

どんなに奇異の目で見られても、ただ、その夢に向かって突き進んできた。

 

その道に、彼女を付き合わせるという事に、戸惑いを感じてしまっている。

 

「ふふっ。大丈夫です士郎様」

 

「?」

 

「私が仕えたいのは、士郎様の夢ではなく、

その夢を叶えようとしている士郎様です。

しつこい女ですよ――共に歩いて、宜しいですか」

 

「……はぁ。よろしく頼む芙蓉」

 

「はいっ!足手まといには、なりません」

 

月下の下、一つの契約が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですかーーーっ!!」

 

「士郎さーーん!何の音ですかっ!」

 

その後、二人で部屋に戻ると、

慌てた様子で士郎を探している向朗と玖遠の声が聞こえてくる。

 

……そりゃあ、あれだけ大きな音立てれば心配になるよなぁ。

 

さらにバタバタと続いている足音。

 

説明するのに大分時間が掛かりそうだと、思わず頭を悩ませる士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜 翌日 〜

 

「な!ウチの予想が当たっとったやろ!」

 

「あの有名な……張任さん……ですか……よろしくです」

 

あの後、駆けつけた向朗と玖遠に事情を説明し、部屋も荒れていたので、

士郎は会議室で一晩を過ごし、今の状況に至る。

 

芙蓉は自身の名を知らなかったメンバーに明かし、丁度自己紹介を終えた所だ。

 

霞は自分の予想が当たったと喜び、援里は吃驚しているようだ。

 

あとは向朗から侵入者に入り込まれたことを謝罪され、

警備の強化の方を手配して貰っている。

 

「で、芙蓉さんは士郎さんの直属の将として動くんですね?」

 

「はい。もう軍を率いることは出来ないので、そうさせて頂ければ」

 

「むぅ~~っ……」

 

その話を聞いて不機嫌そうな顔をする玖遠。

 

「どうした、玖遠?」

 

「別に何でもないですっ!」

 

「あーあれや。とりあえず士郎が悪いんや」

 

「なんでさ……」

 

だんだんといつものペースになっていく。

 

「こほんっ!……向朗さま、そろそろ本題に移った方がいいんじゃないですか?」

 

そんな場の空気を元に戻すべく、馬良が向朗に声をかける。

 

「そうだねぇ。今日皆に集まってもらったのは、

曹操の侵攻が本格的になってきたからなんですよ」

 

「と……言うことは……本陣が……ですか?」

 

「物見によると、隊を率いているのは夏侯淵との事です。

どうやら曹操は、益州と荊州に同時侵攻するつもりのようで、

益州方面は夏侯惇が総大将との事」

 

援里の質問に対してすらすらと答える馬良。

今も益州とは良好な関係を築いているので、

そこらの情報は逐一入って来るようになっているのだろう。

 

「にしても夏侯淵がこっちか……

戦場を考えると夏侯惇がこっちに来る方がらしいんだけどな」

 

「それもそうやなぁ。こっちは平野での戦になるし騎馬が有利やのに、

益州(あっち)は険しい山道ばっかやし、弓の方が有利やん」

 

霞の言うことも最もだ。

もしかしたら曹操に何か考えがあるのかもしれないが、

情報が少ない今、それを考えても仕方ない。

 

「敵兵の数は……おそらくですが十万は優に超えるとの事……」

 

「じ、十万ですかっ!?」

 

思わず驚く玖遠。

 

こっちは先の戦での負傷兵を省いたらおよそ五万。

向こうは少なく見積もっても十万なので兵力差はおよそ二倍以上になる。

 

「本気……ですね……」

 

「面白くなってきたやんかぁ」

 

「凄い数ですね……士郎様」

 

各々が色んな反応を見せる。

 

「しかも今もなお、各地から兵が集まって来ているようです。

相手は楊州方面に配置している兵も、こっちに集めていますね」

 

「楊州方面の兵もか……こっちも援軍要請は出した方が良さそうだな」

 

「はい。既に伝令兵は準備してありますので直ぐに向かわせます~

ただ、あっちも孫呉が動く可能性がありますからねぇ……」

 

やれやれといった感じの向朗。

まぁ、とやかく言っても仕方ないだろう。

 

「大丈夫です……なんとか……なります」

 

「なにか策があるの?援里ちゃん?」

 

「いえ……策と言うものでは……ありませんが……

中原地方は……それほど……土地が豊かでは無いですから……なんとか粘れば……」

 

「相手は大軍……長い間戦える兵糧は無いって事か」

 

士郎の言葉にコクリと頷く。

 

「そうと決まれば篭城戦の準備ですねぇ。

馬良ちゃんは馬順ちゃんに兵糧の確認をして下さいね。

第一城門は私、第二城門は馬統ちゃん、馬安仁ちゃんに任せます」

 

新野は以前になされた士郎の提案によって、城壁が二枚構えになっている。

 

昔からある住宅や市場、政庁を囲んでいる第一城門。

その第一城門から少し離れ、軍や農場を囲んでいる第二城門の二つだ。

これによって、新野の防備力は格段に跳ね上がっている。

 

「それで、城外の迎撃は玖遠さんに任せます」

 

「わ、私がですかっ!?……頑張りますっ!」

 

だんだん大将としての自覚が出てきたのか。

以前よりは力強い答えが帰ってくる。

 

「後はこっちの準備か……忙しくなるな」

 

士郎の言うとおり、各々準備に取り掛かっていく。

 

「あ……向朗さん……援軍の件で……少しお話が……」

 

「はいはい~なんでしょう~?」

 

「ウチは馬の様子でも見てくる~」

 

そうして各々が軍議室を後にしていると、

芙蓉が士郎に話しかけてくる。

 

「あの、士郎様。昨夜の杖の件ですが……」

 

「ああ。ばたばたしててそのままになってたな。

……今から見繕おうか?」

 

「それでも宜しいのですが。できれば、あの……」

 

士郎の提案に、少し困った様子を見せる。

なんだか恥ずかしそうでにも見えるが。

 

「あの、昨夜振るった剣ならば、杖にも武器にもなりますし、

丁度いいのですが……駄目、ですか?」

 

「ダマスカス刀か。確かにあれなら杖としての強度も、

武器としての切れ味も十分だな。使い手はまだ決まってないから別にいいぞ」

 

ウーツ鋼の試し打ちで出来た長刀。

こうしてめぐり合ったのも何かの縁だろう。

 

「あ、有難う御座います。

……そう言えばあの剣の名前はなんなのでしょう?」

 

「あの刀の銘か……考えて無かったな……」

 

すこし困った様子の士郎。こういうことは余り得意ではないのだ。

 

「ふふっ。でしたら、私が名付けて宜しいでしょうか?」

 

「そうしてくれると助かる」

 

「でしたら忍冬と。……私が好きな花なんです」

 

「そうなのか?」

 

「はい。……甘くて、美味しいので」

 

少し恥ずかしそうに答える芙蓉。

 

「了解。茎に銘を切っておくよ。

……戦の前に取りに来るといい」

 

「はい。楽しみにしています」

 

そうして、戦の前の日常は過ぎて行った……




張任(ちょうじん)


真名 芙蓉(ふよう)


元益州の将。性格は真面目で一途。
一度仕えると決めた人物には徹底的に仕える性格をしており、
ほぼ士郎の傍にいる。……SPか何かか?

見た目は腰まで伸ばした黒髪に、常に閉じられた目。
一騎当千の趙雲さんがイメージに近いです。

服装は和服を愛用。
その方が服の動きで風を感じ、周りの人の動きを感じ取る事が出来るから。
戦では軽鎧に、上からゆったりとした服を纏っています。

武器は仕込み杖の冬忍(すいかずら)

士郎が打った、直長刀のダマスカス刀を杖代わりに使用。
五尺もの長さがある為、馬上からでも歩兵を楽に攻撃することが可能。
まあ馬に乗るときは、基本士郎と同乗ですが。

このSSを書くと決めたときから張任さんは仲間にすると決めていたので、
やっと登場させることが出来ました。

真名つきの仲間になるオリキャラは、一応彼女で最後です。


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8-6 新野決戦(1)

「全軍、整列せよっ!」

 

馬上から放たれた秋蘭の声に、

進軍していた曹操軍全軍がピタリと停止する。

 

その統制の取れた動きは、この軍の強さを如実に表している。

 

「これより我らは、劉表領新野の攻略を行う!」

 

秋蘭の視線の先にそびえ立つ新野城。

 

戦の準備はもうできているとばかりに、

何とも言えぬ異様な雰囲気を放っていた。

 

しかし、この曹操軍とて伊達ではない。

 

激戦の中原を制し、董卓、袁紹、馬騰といった猛者と戦い鍛え上げられ、

もはや、多少の事で動じる兵士は居ない。

 

「さぁ。敵城はもう目の前だ!

奴らはこの戦乱の世で、戦わず、守りに徹してきた。

そのような臆病者たちに、

我らの強さを見せつけるのだ!」

 

オオオオォォォォォォ!!!

 

秋蘭の激に答え、鬨の声を上げる兵士たち。

今、軍の士気は最高にまで高まっている。

 

「まずは第一陣、進め!」

 

今の曹操軍の総兵数は十二万。

秋蘭はこれを三つに分け、まずは先鋒の第一陣約四万を進軍させる。

 

第一陣を率いる大将は曹純と藍。他にも曹真・牛金などが名を連ねる。

 

第一陣の目的は、外に配置するであろう部隊の撃破。

故に、主な兵の構成は曹純が率いる虎豹騎を中心に騎兵で編成されている。

 

「まずは城外の敵兵を倒すわっ!行きなさい!!」

 

曹操軍の軍師を務めるのは桂花。

 

「敵兵、駆逐。……進軍」

 

「我らも行くぞっ!……勝負だ士郎っ!」

 

曹純と藍を先頭に突き進む四万の軍勢。

 

地響きのような音を立てながら進む先には、

城の外に布陣している劉表軍の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~っ、またようけ来たなぁ」

 

城外に見える総勢十二万の敵兵を見て、思わず呟く霞。

 

「それだけあっちも必死と言うことだろう」

 

そんな霞の横に馬をつける士郎。

後ろには芙蓉が同乗している。

 

「芙蓉は大丈夫なんか?」

 

「はい。私は士郎様の後ろで、武を振るうだけですので」

 

髪を風に靡かせながら、ニコリと微笑みを返す芙蓉。

 

「これはうかうかしとれんなぁ。

なぁ、玖遠」

 

「そ、そうですっ!私だって一緒に……」

 

いつの間にか、玖遠と援里も合流している。

 

何やら不満があるようだ。

いろいろと大変そうである。……主に士郎が。

 

「なんの話をしてるのさ……」

 

「士郎さんは……気付かない方が……いいです……」

 

「みたいだな。……ほら、もう敵軍が攻めてきてるぞ」

 

士郎の声に促され、前方に目を向けると、

こちらに突き進んでくる敵兵の姿が見える。

 

「ほら玖遠。総大将は後ろに下がっとき!

まずはウチと士郎が相手するけん」

 

「分かりましたっ。霞さんっ、士郎さん。

ご武運をっ」

 

「皆さん……作戦通りに……お願いしますね……」

 

「了解や」

 

「了解」

 

そう言って、後ろに下がっていく玖遠と援里。

 

「さてと、じゃあ行くでぇっ!!」

 

「ああ!!」

 

士郎たちも、敵軍に備えて陣を整えて待ち構える準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定通りに、騎兵が来ましたねっ!」

 

「攻城戦に……騎兵は……余り使えません。

ですから……こっちが布陣すると……先ずはそれに……騎兵をぶつけて来ます……」

 

攻城戦を行う際、攻め手は勝つには門を破るか、城壁を乗り越える必要がある。

 

門を破るなら攻城兵器が必要になってくるし、乗り越えるなら歩兵が必要。

騎兵の出番は、城外の敵兵の駆逐か、攻城兵器の護衛が主になってくる。

 

まぁ、強引に城門の下まで馬に乗って進み、そのあと下馬して門を登る手もあるが、

そうすれば大量の馬が門の前に置き去りになってしまう。

 

馬が大変貴重なこの時代、攻城兵器を引っ張って運ぶのにも馬が必要になってくるし、

そんな無駄な事は出来ない。

 

故に、今回のように城外に兵を配置した場合は、

先ずはその排除のために、敵軍は真っ先に騎兵を繰り出してくるのだ。

 

「じゃあ作戦通りにお願いしますっ!!」

 

「はっ!!」

 

伝令兵が走っていくのを見て、再度前線に目を向ける。

丁度、両軍の先陣がぶつかるタイミングであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どけどけーーっ!!雑魚に要は無いでっ!!」

 

偃月刀を振るい、どんどん敵兵を打倒し進んでいく霞。

 

互いの軍がぶつかった際、敵将が曹純、藍の二人が率いていると判断した士郎たちは、

それぞれが分かれて相手をする事にした。

 

元から士郎に恨みがある藍の相手を士郎が。

徐州にてあの恋と互角に戦った曹純を藍が。

 

そして残りの曹真、牛金が率いる約二万程の敵兵を、

こっちの他の部隊が引きつけていく。

 

当然霞が突っ込んでいるのは大将の一人である曹純。

しかし、彼女の率いる虎豹騎は強く、

霞の突破力をもってしても中々届きそうに無い。

 

「恋の部隊も抑えとったらしいけんなぁ。これは手ごわいで」

 

敵の部隊に穴を開けても、阿吽の呼吸で後詰の兵がそれを塞ぐ。

敵兵自体の強さも中々のもので、一気に倒すことも難しく、

無理をしたら此方の被害も大きい。

 

「左軍、後退。右軍、前進」

 

霞の突撃を受け流すように兵を動かす曹純。

騎兵の指揮の上手さは、霞に勝るとも劣らない。

 

「長引きそうやなぁ」

 

思わずそう呟く霞であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎覚悟ーーっ!!」

 

「っ!……と」

 

風を巻き込みながら振り下ろされる剛斧の一撃を、

干将・莫耶で受け流す士郎。

 

そしてそのまま逃亡体制に入る。

 

「逃げるなーーっ!!」

 

「他の兵の指揮も取らないといけないんだよっ!

一騎打ち受けられるか!」

 

確かに藍の相手をしてたら余計な時間を喰うのは確実である。

 

「人を辱めたくせにっ!!」

 

「俺のせいじゃないだろっ!?

って言うか誤解を招くような発言するな!」

 

なんか悪化してる気がする。

 

「うるさいっ、死ねーーっ!」

 

逃がすかとばかりに、轟と横凪に一撃。

 

しかし、今の士郎は一人ではない。

常に背を守ってくれる、力強い味方がいた。

 

「はっ!!」

 

ギィン!!とその一撃を真正面から受け止める芙蓉。

ウーツ鋼で打ったこの刀は、そう簡単には折れない。

 

「士郎様。ここは私が受けます。

指揮の方を」

 

「任せたっ」

 

後ろから振るわれる藍の一撃を悉く受け、流す芙蓉。

それはまるで、濁流に揉まれる花のよう。

決して沈まずに、右から左、上から下へと流し続ける。

 

「こいつは!?」

 

「初にお目にかかります。名は張任。士郎様の護衛をさせていただいております」

 

「ならば、私の敵だ!我が名は華雄。行くぞっ!!」

 

先ほどとは打って変わって、藍の一撃が小振りになり、変わりに速さを増していく。

 

「大分、鍛錬を積んできたんだな」

 

「いつまでも猪武者とは言わせん!」

 

藍は今まで、重量のある斧を自身の最大限の力で振るい、敵を打ち倒してきた。

 

しかし、それでは士郎のような受けに特化した敵と戦う際は、

そのような一撃は簡単に受け流され、攻撃直後の隙を簡単に狙われてしまう。

 

その事を華琳から指摘され、そもそも威力なら斧の重量だけで十分だったので、

無理な大振りをやめるようにして、攻撃から次の攻撃に移る時間を短縮したのだ。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

結果、以前より武器の速度も上がり、

しかも時折、虚実も混ぜながら斧を振るう事も覚え、

今の藍なら霞相手でも対等に戦えるだろう。

 

しかし、今回は相手が悪かった。

 

今戦っているのは士郎ではなく芙蓉、目が見えぬ彼女にとって、虚実は意味を成さない。

 

虚のあと、実を叩き込もうとするが、

その虚の一撃を完璧に見切られ、瞬間に突き込まれる刃。

 

「くっ!!」

 

以前の藍なら避けれなかったであろうその一撃を、引き寄せた斧で受け止める。

 

が、互いの刃が触れる瞬間、芙蓉が手首をくるりと翻し、

刀の軌道が突きから横に、瞬時に切り替わる。

 

うねる蛇のような一撃。

それを斧の石突きで受け、一旦距離を開ける藍。

 

「よく、受けれましたね」

 

「私を舐めるなっ!」

 

力強く答える藍。しかし、頬には一筋の汗が流れる。

 

今のは、ほぼ反射的に体が動いた為、ギリギリ受け止めれた。

でなければ斬撃を点で受けようとは、普通思わない。

 

「出来るっ……こいつ」

 

「士郎様と戦いたくば、先ずは私を倒してからにして下さい」

 

士郎は藍の相手を芙蓉に任せ、自分は部隊の指揮の方に集中していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵軍っ!大きく二つに分かれました!!」

 

曹操軍本陣にから前線を見ると、曹純が霞を、藍が士郎を大きく門から離し、

結果、城門前に残るのは玖遠の舞台のみになっていた。

 

「作戦通りね。猪もうまく誘導できるじゃない。

牛金、曹真の騎馬はそのまま残った部隊に突撃して道を開いて。

……秋蘭、第二陣そろそろ行くわよ」

 

「順調だな。第二陣進軍準備!!」

 

曹操軍第二陣は主に歩兵と攻城兵器で構成されており、

第一陣が城外の敵兵を蹴散らしたあと、出来た道を進み門を破る役目になっていた。

 

「やっとウチらの出番やでぇっ!!」

 

「真桜、突っ込みすぎるなよ」

 

「凪ちゃんが言っても全然説得力ないの~」

 

第二陣の将は曹仁を筆頭に楽進・李典・于禁の三羽烏。

 

「第二陣、進軍せよっ!」

 

秋蘭の号令とともに進軍し始める第二陣。

まだ城門前には敵兵がいるが、この部隊は攻城兵器が中心な為新群速度が遅く、

早めに出陣しておく必要があるのだ。

 

「……なんか敵兵の動きが変やないか?」

 

進軍しながら城門の方を見ていた真桜がポツリと呟く。

 

凪、紗和の二人もつられて見てみると、

そこには、城門前から劉表軍が離れていき、

既に大きく開門された門が待っていた。



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8-7 新野決戦(2)

「空城計……?」

 

斥候から、前線の情報を受けた桂花がそう呟く。

 

「なんなのだそれは?」

 

「そんな事も知らないの?全く……」

 

「考えるのはお前たち軍師の仕事だろう」

 

桂花の嫌味に言葉を返す秋蘭。

もしこれが春蘭なら、確実に喧嘩になっているだろう。

 

「攻めてくる敵に対して、あえて城門を開けて警戒させる策よ」

 

「中々危険が大きい策だな」

 

「一応、兵法三十六計にも載ってる有名な策よ。

まぁこれで、相手の狙いがハッキリしたわね」

 

「……此方の兵糧切れか」

 

秋蘭の言葉にうなづく桂花。

 

「兵糧の数が心もとないのは仕方ないし、

あの程度の策で怖気づく兵たちじゃないわ。相手は策を急ぎすぎたのよ。

……あのまま騎兵を進ませて、城内を一気に制圧させる。

もし後ろから兵が来ても二万の騎馬はそうやられないわ。第二陣も急がせて!」

 

新野城が二重の城門で覆われている事は桂花たちも知っている。

元々第二陣の攻城部隊が外の門を破ったあとは、

第一陣の残兵とともに、内の門に一気に攻め寄せる予定になっている。

 

仮に城内に入ったあと、散開した敵兵が後ろから来ても、

二万の騎馬なら第二陣が来るまで十分持ちこたえるだろう。

 

牛金、曹真の率いる騎馬二万は、怒涛の勢いで新野城内へと突撃して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵さん達が入って行きましたねっ」

 

「はい……敵は……そっちを……選びましたか……」

 

その様子を見ていた玖遠と援里の二人。

 

「あとは上手くいってくれるといいんだけど」

 

「襄陽から……あの人も……呼んでます……大丈夫です……」

 

「……うん、そうだねっ。

じゃあ作戦通りに!」

 

「はい……いきます……」

 

援里の合図とともに鳴り響く銅羅の音。

それをきっかけに、先ほど城門前から散開した玖遠が率いる兵が、

再度城門まえに集結し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり敵兵が城門前に集まり始めたわね。」

 

桂花は戦場の様子が一望できる、小高い丘の上に移動していた。

ここなら本陣の秋蘭にも、旗を振り合図を送ることもできる。

 

遥か先の城門前では、城内に騎馬兵が入った後、

慌ただしく動き始めた劉表軍の姿がよく見える。

 

「このまま第二陣を突入させて、城内の騎馬と挟み討ちにしてやるわ」

 

第二陣が到着するまではまだ少し距離があるが、もう時間の問題だろう。

 

「この戦ももらったわね」

 

桂花がそうつぶやいた瞬間、劉表軍の動きが変わる。

 

「えっ!?」

 

桂花の驚きも無理はない。

 

城門前に再集結した劉表軍は、城門前に集まるや否や、

いきなり城門を再度『閉めた』のである。

 

城内に、曹操軍の騎馬二万を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵は……勘違いをしてます……」

 

ガチャン!と『外』から閂を掛けられた城門を見上げながら援里がそう話す。

 

この新野の城門は外からでも閂がかけられるようになっており、

ごく少数の者のみその事を知っている。

当然軍師である援里もその一人だ。

 

城を守る強固な城門。

この城門には、外敵からの侵略から守る以外にもう一つ役割がある。

 

それは、『中にいる人を、逃さないようにする』である。

 

敵軍が通ったこの門は、玖遠達が開けただけで、まだ『破壊』されていない。

破壊されていない以上は、再度、閉じることが出来るということだ。

 

まさか相手も、既に開かれている門を破壊しようなどとは思わない。

 

「これは……空城計じゃ……ないです……」

 

さっと鉄扇を広げ、掲げる。

 

「これで……袋のネズミ……紫苑さん……お願いします……」

 

そう言って、鉄扇を振り下ろすと同時に、第一、第二の城門上にいた兵から、

城内の敵騎馬兵二万に向かって、矢の雨が降り注いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと私の出番ですわね」

 

ギチリと、強弓を引き絞りながらそう呟くのは紫苑。

城壁の上にいる彼女が見つめている先には、

白に閉じ込められ右往左往している敵兵の姿があった。

 

「娘が平和に過ごせる未来のために……死んで貰います!」

 

紫苑が放った鉄矢は、敵兵を鎧ごと貫き、そのまま馬も地に縫い付ける。

 

元々襄陽待機だった紫苑。

 

今回の曹操軍襲来に対して、向朗が援軍を依頼した時、

援里がお願いして、五千の弓兵と共に連れてきて貰っていたのだ。

 

曹操軍の騎馬兵は、皆良質の鎧を着けておりそう簡単には刃や矢は通さない。

 

しかし、紫苑から放たれる鉄矢は、そんな彼らの鎧をいともたやすく貫いていく。

 

馬を走らせ逃げようとしても、紫苑に上から狙われては逃げる術などない。

 

城内は阿鼻叫喚の渦。

 

騎馬兵は馬に乗っている分歩兵よりも的が大きいので、

弓兵にとっても丁度いいターゲットになるのだ。

 

「早く終わらせて、士郎さんと璃々の時間を作らないと」

 

そう言いながら彼女が放つ矢は必殺。

堪り兼ねた敵兵は他の城門へと逃げ出す。

 

「あらあら、逃げましたわね……合図を!」

 

鳴り響く銅羅の音に合わせて現れるのは、城内に潜んでいた歩兵。

数は少ないが皆重鎧をまとっており、騎馬の出口を邪魔するように移動する。

 

上から見れば、敵の動きなど一目瞭然。

敵の道を塞ぐように、上から歩兵に指示を出せば良いだけである。

 

正に袋のネズミ。

敵兵は将である牛金、曹真は辛くも逃げ出すことに成功したが、

二万居た騎兵の殆どは、その時にはもう残っていなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられたっ!!あれは空城計じゃない、関門捉賊だわ!!」

 

前線の様子を見ていた桂花は悔しそうに地団駄を踏む。

 

敵を逃げられない場所に誘導してから包囲殲滅する関門捉賊の計。

まさかそれを城で行うとは思わなかった。

 

当然、城の中に敵兵を誘き寄せたりしてしまったら、

そのまま政庁や本殿を狙われるので、そんなことをする馬鹿はいない。

 

しかし、この新野では少し事情が変わってくる。

 

二重城壁故に、外門を閉じてしまえば、

敵は内門と外門の間に閉じ込められてしまうのだ。

 

しかも其処なら内、外両方の城門上から矢を浴びせかける事ができ、

兵の鍛練場も外門の中に作っていたので、伏兵を伏せるのはもってこいだ。

 

おそらく、囚われた二万の騎兵は無事には戻ってこないだろう。

 

「相手にもそれなりの軍師がいるようね。

劉表軍相手だからって油断しすぎたわ……」

 

実戦経験が少ない劉表軍。兵はともかく、肝心の桂花自身も、どこか油断していた。

 

「……曹純と藍に深追い禁止の連絡だして!

秋蘭っ!第一陣が半壊したわ。準備して!」

 

桂花は慌てて秋蘭に指示を出す。

 

第一陣が半壊したせいで、

第二陣の攻城兵器を守る部隊が手薄になってしまった。

 

こうなっては最後の部隊である第三陣を護衛につける必要が出てくるが、

第三陣が追いつくまで、

前線に残っている曹純、藍にはなんとか時間を稼いで貰わなければいけなくなってくる。

 

「ああ、こちらでも確認している。……やはり中々そう上手くはいかないか。

面白い。わざわざ華琳様にお願いして此方に来た甲斐があるな」

 

今曹操軍は軍を大きく二つに分け、一方は劉表領の新野。

そしてもう片方は劉備領の定軍山へと侵略を開始していた。

 

その際、春蘭を大将とした騎馬軍は新野へ、

秋蘭を大将とした部隊は定軍山へ配置される予定だったのだが、

それを聞いた秋蘭は姉である春蘭へお願いし、

自分が新野攻略戦へ挑めるよう変わって貰っていたのだ。

 

定軍山がある益州は秦嶺山脈が続く難所。ここでは秋蘭の弓が必要になってくるのに、

何故わざわざ互いに不利になることをお願いしたかというと――

 

 

それは新野で見た、弓使いと戦う為であった。

 

 

自身の弓と対等に戦った少女と同じ弓を持つ男――

目で捉えたのは僅か数射のみだが、

あれは、底が知れなかった。

 

弓についてはこの国でもかなりの腕前だと自負している。

その自分が、全く反応できなかった。

 

もし華琳様が狙われたとき、自分が気付かない矢を華琳様が気づくのは難しい。

それは、自身の弓使いとしてのプライドよりも許せない事。

 

だから秋蘭は、士郎と戦いたいが為だけに新野攻略に挑んだのだ。

 

「桂花!我らはこれより出陣するッ!

本陣は任せたぞ」

 

「ええ。もう失敗はしないわ。

……気をつけるのよ。相手は一筋縄じゃいかないわよ」

 

華琳以外には常に毒舌な桂花に心配され、思わず驚く秋蘭。

 

「な、なによッ!アンタが死ぬと華琳様が悲しむでしょうが!

何勘違いしてるのよっ、早く行きなさい!!」

 

「ふふっ。ああ、分かった」

 

そんな桂花に軽く手を挙げながら答え、手綱を強く握り締める。

 

「――第三陣、出るぞ」

 

長くは語らない。

 

オオオオォォォォォォ!!

 

秋蘭のその一言に、第三陣四万の兵が咆哮し、答えた――



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8-8 新野決戦(3)

城門を攻略する際には、当然の如く攻城兵器の力が必要になってくる。

 

主に門を破る破城槌、投石機。城壁の上に直接乗り込む井闌などがそうだ。

当然兵器ゆえ進軍速度は遅く、非常に狙われやすい。

 

本来ならそれ等を守るべく元から第二陣にいる兵と、第一陣の残りの兵を予定していたのだが、第一陣が殆ど壊滅してしまった為、秋蘭率いる第三陣が怒涛の勢いで突き進んでいる。

 

彼女達が着くまでに、どれだけ攻城兵器を破壊できるか。それがこの戦の後半戦の鍵になって来るのは明白だった。

 

「やぁっ!!」

 

場上から一閃。力強く振るわれた双刃槍で井闌を守る兵を打ち倒す玖遠。

 

双刃槍なら、諸手側どちらにいる敵にも素早く攻撃できるので、基本、馬上で玖遠はこれをメインに振るう。

 

「次に行きますッ!残った人で油をかけて燃やしておいて下さいっ」

 

次々と攻城兵器を破壊していく玖遠。

 

第一陣の四万いた兵の内、二万は城内にて倒し、あとの二万は士郎と霞が相手をしている。

なので残った玖遠率いる一万の兵が、曹操軍第二陣の攻城兵器部隊へとへと攻撃を仕掛けているのだ。

 

壊すのは主に井闌。

 

これは門に対して常に一つしか使用できない破城槌とは違い、井闌なら城壁の何処からでも乗り込まれる恐れがあるからだ。

 

当然、門の周りには深い堀が掘ってあり、そう簡単に近づくことは出来なくしていたが、

敵兵たちは土嚢は当然、味方の死体を利用してでも、強引にその堀を埋めにかかって来る。

 

その気迫に押され、堀も殆どが埋まりかけていた。

 

「玖遠さん……深追いしすぎです……一旦……下がりましょう……」

 

我武者羅に突っ込む玖遠を落ち着かせるよう、声をかける援里。

 

「まだ……っ、頑張れますっ!!ここで沢山壊しとかないと、士郎さん達が頑張ってくれてるのに申し訳ないですっ!!」

 

一万対四万。

数の上では圧倒的不利だが、此方は騎兵中心に部隊を組んでおり、相手は攻城兵器の護衛の為歩兵が中心。しかも相手は余り兵器から離れることも出来ないので、必然的に守備中心になってくる。

 

そう言ったアドバンテージもあり、玖遠は四倍近い敵軍相手にも、なんとか戦うことができていた。

 

「もっと奥にっ!!」

 

そう言って玖遠が馬首を曹操軍の奥に向けた瞬間――

 

「……危ない……ですっ……!!」

 

突如飛来して来た矢を、援里が開いた鉄扇で弾き飛ばす。

 

「きゃっ!!な、なんですかっ!?」

 

「敵に……狙われて……ます……」

 

突然の出来事に頭がついていかない。矢の飛んできた方向を見ると、其処には、以前戦った弓使いの姿。

 

「あれは、確か夏侯淵さん……」

 

そう呟いている間にも、再度矢を番えている。

 

「玖遠さん……!!」

 

「はいッ!一旦下がります!」

 

長坂橋とは違い、二人の間には余りにも距離が有りすぎる。しかも周りは敵兵だらけ。

これでは余りにも分が悪い。

 

まだまだ第二陣を叩いておきたかったが、一旦下がる玖遠であった。

 

そして、その様子を見て他の将も動き始める。

 

「玖遠が下がって来るな。芙蓉、こっちも下がるぞ」

 

「はい、士郎様は指揮の方を。背中はお任せ下さい」

 

そう言って刀の柄から棒手裏剣を取り出し、藍に向かって投擲する。

 

「くっ!!」

 

今まで全く出てこなかった投擲武器に驚き、藍に一瞬の隙が生まれる。

 

その隙を狙って振るわれる刃。狙うのは藍ではなく――

 

「!!手綱が」

 

常に手綱を持っていなければいけない藍と、両腕を自由に使える芙蓉。実力が拮抗している二人にとって、その差は大きい。

 

「今です」

 

芙蓉の合図に答え、馬を走らせる士郎。

 

「あっ!く……待てーーっ!!」

 

慌てて追おうとしても、手綱が切られていては思う通りに馬を操れない。

 

またしても士郎に逃げられる藍であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、いい判断だ」

 

そう言って矢を下ろす秋蘭。見つめる先には、後退していく玖遠の姿。

 

「今すぐ第二陣を再構築しろ!第三陣と合流して一気に進軍を再開する!」

 

先の玖遠の突撃で、第二陣の凡そ半分がやられた。

秋蘭は一旦第三陣と合流して、総勢六万の全軍で攻めた方が良いと判断したのだ。

 

「もう……ッ!アンタ、早すぎるわよ……!!」

 

秋蘭が指示を出していると、近づいてきたのは桂花。相当急いだらしく、息が途切れ途切れになっている。

 

「私の軍の進軍速度はあれが普通だが……」

 

「ぜぇ……ぜぇ……軍師の、私にも……気を使いなさいよッ!!」

 

夏侯淵は弓の名手として有名だが、奇襲攻撃や兵糧運搬など、迅速な進軍速度も得意としており、その速さは「三日で五百里、六日で千里」を進むと言われている。

 

当然、軍師の桂花などは置き去りにされる。

 

「ああもうッ、ひどい目にあったわ!

で、今はどうなってるのよ?」

 

「今は全軍で進軍中だ。藍と曹純も合流する」

 

「と言う事は約七万位ね……ふぅ」

 

当初連れてきた兵の数は十二万。それが五万も削られた。

 

「相手は城内の敵合わせても残り四万位。……厳しいわね」

 

数の上ではまだ倍近い差があるが、多数の攻城兵器を破壊された。

城門が二重の新野を攻略するには、致命的になってくる。

 

「ああ。けれど、私たちの役目は勝つことじゃない」

 

「そうね。しっかりと『時間稼ぎ』をすればいいだけよ」

 

進軍する自軍の様子を見ながら、二人はそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――新野城 城門上――――――

 

攻め寄せる曹操軍に対して、士郎たちは再度城門を閉め、今は攻城戦の真っ最中である。

 

「上から油かけてっ。

で、その後は火を落として燃やして下さいね」

 

向朗の合図とともに、煮えたぎる油が城門の上から敵軍に降り注ぎ、その熱さに耐え兼ねた敵兵が地面に落下する。

 

そして、其処に落とされる松明。

 

油の掛かった兵は自らがそのまま火種となり、

梯子を、井闌を――そして他の兵も燃やしていく。

 

「士郎ーー!!ウチの出番はまだかーー?」

 

城壁の上にいる士郎に声をかけるのは霞。彼女は減った兵を編成し直した騎兵一万を率いて城壁の下、城門の内側で待機している。

 

「まだ敵の破城槌にとりつかれてないからな!もう少しは持ちそうだ」

 

「まだかかりそうやなぁ……あかんかったらすぐ声を掛けてなーー」

 

城門が破られるまで出番がない霞は少し暇そうにしている。まぁ破られたら、それはそれで大変なのだが。

 

「士郎さんっ」

 

「玖遠、それに援里か。どうした?」

 

士郎も他の兵と同じく矢を放とうと準備していると、玖遠と援里が近づいてくる。

 

「援里ちゃんが気になることがあるみたいなので、連れてきたんですっ」

 

「気になること?」

 

「はい。相手が……本気で攻めてきて……ません……」

 

「本気って、これだけの大軍勢を動かしているのにか!?」

 

兵糧が心もとない曹操軍にとって、これだけの軍勢を動かすのはかなりの痛手の筈だ。それが本気ではないとは到底思えない。

 

「それが……相手の策……かもしれません……あれだけの軍勢なら……まさか、陽動とは……思いませんから……」

 

「けれど……」

 

俄かには信じがたい。しかし、もしそうなら確実に拙い事になっているのかもしれない。

 

「もし……私が相手の軍師なら……荊州と益州……二つの同時侵略は……しません。

どちらも……攻めにくく……有名な将が沢山いますから……」

 

確かに荊州を攻めるなら海戦が必要になってくるし、北方を主な領土とする曹操軍にとっては苦手な戦場だ。しかも、先ず攻めるべき新野も、以前から防備が強化されており、そう簡単に攻略は出来ない。

 

そして益州も同じだ。あちらは天然の要害であり道は断崖絶壁、主な道は崖に作られた桟道であり、騎馬でに進軍は非常に難しく大軍は動かしにくい。桃香たちも攻め込んだ際、益州軍の奇襲攻撃に悩まされていた。

 

「片方は守備に徹し……もう片方は全軍で。その方が、兵力も将も……集めることが……出来ます……」

 

「それでは、相手の狙いとは何なのでしょう?」

 

どうやら、士郎の傍で話を聞いていた芙蓉も気になったようだ。

 

「まだ……曹操軍は……北に五十万近い……兵力を残してます。ですが、兵糧や……率いる将がいないので……動かせません。でしたら、動くとすれば……」

 

「揚州の孫策、でしょうか」

 

「はい。それも……狙いはここではなく……」

 

「聖たちか!」

 

士郎の言葉に、こくりと頷く援里だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――許昌城 城内――――――

 

曹魏の都許昌、洛陽から脱出した献帝を保護した曹操が、都と定めた都市であり、曹魏の本拠地でもある。

その玉座に座るのは華琳。手には書状が握られており、何かを待っているようだった。

 

「……来たわね」

 

突如、玉座の下、謁見の間である場所の空間が歪み、そこから一人の男が出てくる。

 

「貴女が魏王曹操様ですね。初にお目にかかります、于吉と言うものです」

 

「貴方がこの書を送ったのかしら」

 

「ええ。その通りです」

 

「……だったら、私がどう言う返事をするのか分からないのかしら?」

 

そう言い放つと、華琳は持っていた書状を于吉に向かって投げつける。

そこに書かれていたのは、曹魏がもつ全ての軍、将を指揮させろと言う一文――要するに、于吉たちにまるごと全部降れと書いてあったのだ。

 

「貴方が普通の人間なら、わざわざこんなのに取り合わないんだけど、仙人なら別よ。この曹孟徳が作る国に、貴方みたいな存在は認めていないの。わざわざそっちに行く手間が省けたわ」

 

華琳の合図とともに、周りから武装した兵が現れる。数は百に届き、全て華琳直属の親衛隊。そして、華琳自身も春蘭と戦える程の武力を誇っており、正に磐石の体制。

 

「交渉は決裂。と、言うことで宜しいですね?」

 

「っ……人を舐めるのも大概にしなさいッ!!」

 

華琳がそう言い放つと共に、于吉に向かって殺到する兵たち。

 

「やれやれ、優秀な兵は極力失いたく無いのですが……仕方ありませんね。……小次郎、頼みましたよ」

 

「ふむ。了解した」

 

于吉の後ろから、音も立てずにゆらりと姿を現す小次郎。手には、既に鞘から抜き放たれた長刀が怪しい輝きを放っている。

 

「さて……巌流佐々木小次郎、参る!」

 

決戦が、開始された。



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8-9 長江の戦い(1)

新野での戦いが続いている中、ここ襄陽でも最も恐れていた事態が起きていた。

 

「揚州から大船団が接近中、数は約十万!」

 

揚州からの大船団となれば十中八九孫呉で間違いない。まるで曹操の動きに、示し合わせたかのように動き始めた孫策。いや、おそらく裏で話をつけていたのだろう。曹操からすれば対孫策の将兵をほかに回せるし、それは孫策にとっても同じだ。そしてその為に、此方は将の半分を新野に裂いており、つい先ほども、ここから新野に向かって援軍も送っている。

 

「江夏太守の黄祖さまが、一万の兵を乗せて長江に向かって出陣!」

 

「長沙の劉磐さまから報告、柴桑に大きな動きは見られないとの事!」

 

孫策が動いたと聞いた水蓮は、直ぐに周辺の太守からの報告を集め、情報をまとめる。今大事なのは、確実性のある情報のみだ。

 

「先ずは相手の狙いを確定させる必要があるわね。黄祖にはそのまま待機させて。孫策の狙いが襄陽(ここ)なら、江夏から相手の横腹を突けるわ。劉磐もそのまま警戒させておいて。柴桑の太史慈に動かれると厄介よ」

 

直ぐさま各報告に指示を下す。

守る戦をする以上、初手はどうしても後手に回ってしまう事が多い。故に、その後の対応速度の重要さを、誰よりも理解しているのだ。

 

「聖さま」

 

「うん。玖遠ちゃんや士郎くんも頑張っているんだから、ここは私たちで乗り切ろう!蓬梅ちゃん、鈴梅ちゃん!」

 

「了解です。あの変態に負けるわけないです」

 

「姉さんの言う通りね。以前と同じように、こてんぱんに追い返してやるわ」

 

聖の問いに、力強く答える二人。

 

「よし。私は海戦の準備に取り掛かる。……張允、文聘を呼べッ!」

 

そう言って、兵に指示を出しながら部屋を後にする水蓮。

 

「じゃあ私たちは打ち合わせ通りに」

 

「です」

 

「了解よ」

 

当然、孫策が攻めてきた場合の対処法も、常日頃から練っている。迫る決戦へ向けて、各々が自分の仕事へと移っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――江陵城東 烏林港――――――

 

荊州の本拠地である襄陽。その南、橋を渡ってすぐに江陵城が存在する。

ここは南部四郡である長沙、武陵、桂陽、零陵と襄陽を繋ぐ重要拠点であり、東には長江に向かって大きくせり出した土地が広がり、その先にある烏林港に荊州水軍の殆どが集結していた。

 

「……来たわね」

 

長江に広げた大船団の上、河の遥か彼方、遠く先を見つめる水蓮の目の先に、多くの船団を引き連れた船が現れる。

 

「こっちは江夏と合わせて六万位……まぁ、これならなんとかなるかしらね」

 

相手の総数は物見の報告では凡そ十万ほど。ならば、十分此方に勝機はある。

 

「今より、我らを狙う愚か者を駆逐するッ!奴らに、荊州水軍の力を見せてやれ!!」

 

オオオオォォォォォォ!!

 

長江において、この荊州水軍の力は軍を抜いている。どんなに野蛮な江賊でも、この荊州水軍とは絶対に戦いは起こさない。

しかし、今回の相手はあの孫策である。

 

以前、彼女の母である孫堅が攻めてきた際、正にここ長江にて激戦が繰り広げられた。その時、水蓮も全軍を率いて直接孫堅と対峙しており、初めて好敵手と思える相手と戦えることに、危機とともに喜びを感じていたのだ。

 

「さて、孫堅の娘。貴女の力量、楽しみにしてるわよ」

 

緩やかな河の流れは上々。絶好の戦日和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広大な長江を突き進む大船団、掲げられている旗には大きく『孫』の字。それを見れば、誰でもこの船団が揚州の孫呉の物だと分かる事が出来る。

 

目標は荊州の劉表。母の仇であり、また荊南に繋がる豊富な土地を、ずっと孫呉は狙っていたのだ。

 

当然、相手は一筋縄ではいかない。かつて、江東の虎と呼ばれた母孫堅を退け、長年に渡りこの長江の覇権を握ってきた相手なのだ。この難敵に打ち勝つため、孫呉も曹魏と一時休戦を結んでまでしてほぼ全軍に近い大船団を準備してきた。しかし、この軍を率いる総大将は、かの有名な小覇王孫策ではなく――

 

「蓮華さま、そろそろ烏林港が近いです」

 

『江東の虎』孫堅の娘にして『小覇王』孫策の妹、孫権であった。

 

彼女は腰まで届く髪を風に靡かせ、佩帯している剣――『南海覇王』をそっと撫でた。

 

「ありがとう思春。……じゃあ、そろそろ劉表軍も見えてくるわね」

 

「……はい」

 

一瞬の沈黙に何かを感じ取ったのか、どこか重々しく答える思春。

 

「作戦通りに、思春は左翼の一軍を任せるわ。また何かあったら、穏や亞莎と相談して指示を出すから」

 

「穏さまは姿が見えませんが?」

 

「穏は今シャオの相手をしてもらってるわ。あの子も、今回の戦はどうしても付いてくるって聞かなかったから」

 

「小蓮様らしいですね」

 

その光景が想像でき、軽い笑を浮かべる思春。

 

小蓮のお目付け役である穏からすれば、悩みの種が一つ増えてしまうが、小蓮の操船力は呉でもトップクラスである。江賊討伐では彼女が操る船に、賊たちは誰もついていけず、結果として賊のかく乱させることに繋がっている。

 

「思春、今この船団に姉さまはいないけど、私は私らしく、精一杯戦うわ。だから、貴女も……」

 

「はい。私は孫堅さまの時はまだ、この軍に所属していませんでした。ですが、私が錦帆賊として長江を荒らしまわっていた時に何度も荊州水軍と交戦をしています。当然、あの蔡瑁とも」

 

もと江賊である思春は、その力を認められて呉に仕えている。

 

「彼女の手口は痛いほど理解しています。……私に、お任せください。必ずや打ち破ってみせます」

 

普段は寡黙な思春にしては珍しく、そう強く言い切る。どこか不安な蓮華の気持ちを察しているのか。

 

「うん、ありがとう。気をつけてね」

 

「はい。蓮華さまも、ご武運を」

 

そう言って、自身の船へと向かう思春を見送ったあと、蓮華は、再度荊州方面に目を向ける。

 

この大船団、呉の有力な将兵の殆どを連れてきているが、肝心要の雪蓮は何処にもいない。軍師である冥琳と、最古参の将ある祭そして明命もだ。蓮華は雪蓮から船に乗らないと聞いた時の話を思い出していた。

 

「どうして姉さまが率いないのですか!それに冥琳と祭も!ここまで、呉を引っ張ってきた人ばかりじゃない!!」

 

孫呉の居城である建業の玉座で、姉の雪蓮に強く詰め寄る蓮華。彼女の怒りも最もである。誰よりも母の仇を討ちたいと思っているはずの姉。それがこの戦の要である、大船団を率いない理由などない筈だからだ。誰もが、当たり前の如く率いるものだと思っていた。

 

「もう、落ち着きなさい蓮華。別に戦に参加しない訳じゃないわよ」

 

「えっ?」

 

「私は、誰よりも劉表を認めているわ。あの母様の水軍を、最後まで防ぎ切ったのは未だかつて彼女達以外いないもの」

 

「だったら!」

 

「だからこそよ」

 

「冥琳っ、祭!」

 

二人の諍いを止めるべく、二人が割って入ってくる。

 

「幾ら将兵の数を揃えても、あの荊州水軍は破れない。孫堅様が策で殺された以上、私たちはそれを上回る策を求められるわ」

 

「そうじゃな。冥琳の言う通り、また別の刃が必要になってくる。そして、それも同じく必殺の威力が必須。故に儂らが必要なのじゃ。分かってくれるか権殿」

 

「……ここで私が反対しても、私が駄々込めてるだけじゃないっ」

 

ぷいっとそっぽを向く蓮華。

 

「そうむくれないの蓮華。……ほら、こっちを向いて」

 

そう言いながら、蓮華の腰に何かをつけ始める雪蓮。

 

「?…………!!姉様、これ……」

 

「孫呉の王の証、『南海覇王』よ。これは、これから貴女が持っていなさい」

 

「じゃあ、姉様は」

 

「勘違いしないの!この私がこのまま隠居して、のんびりするような性格に見える?」

 

「有り得ないな」

 

「有り得んの」

 

ほぼ同時に答える冥琳と祭。他の将たちも同じように頷いている。

 

「……少し傷ついたわ……」

 

「姉様っ!!」

 

茶化すような雪蓮に、ぷんぷんといった感じに怒り出す蓮華。もはや完全に、ペースは雪蓮に握られてしまっている。

 

「冗談よ。孫呉の船団を率いる以上、それなりの箔は必要でしょう?いずれ貴女の物になるんだから、今の内にこの重さに慣れておきなさい。……この剣は、母様の物でもあったんだから」

 

「……うん」

 

そう言って、少ししおらしくなった蓮華の頭を軽く撫でる雪蓮。

 

「私はずっとこの時を待っていたの。何も準備していない訳無いじゃない。私も精一杯戦うから、呉水軍、任せたわよ」

 

「っ……はいっ!」

 

顔を上げると同時に、そう、強く答えたのだった……

 

「そうね。今の私は、十万の船団を率いる呉の王」

 

目に力が戻り、生気が、体に満ち溢れていく。眼前には、宿敵である荊州水軍。

 

「我らの雌伏の時は終わった、今こそ先祖の仇を取るのは今!全軍っ!!進めぇっ!!!」

 

長江の戦いが始まろうとしていた。



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8-10 長江の戦い(2)

「敵船っ、正面から来ます!!」

 

「文聘に受けさせなさい!まだ耐えるのよ」

 

呉水軍の先陣を努めるのは徐盛と丁奉。ともに若いが武勇に優れ、将来有望な二人である。そんな二人の一撃を正面に布陣している文聘に受けさせ、耐えるように指示を出す水蓮。

 

まだ戦は始まったばかり、将兵の数が劣るこちらが相手と同じ勢いで攻めたら、先に力尽きるのはこっちである。ここは先ず、相手の責めを耐えて機会を伺う必要がある。

 

「敵軍、左翼が前進!此方の横腹を狙っています!」

 

敵軍から見たら、敵軍の右横にこちらの統治している都市である江夏があり、そこには黄祖が一万の水軍を引き連れて待機している。今の所は動きは無いが、孫権達からすれば無視するわけにもいかず、そこに兵を向けさせる必要が出てくるのだ。故に、敵軍の右翼は動きにくくなり、相手の攻め手の主力は敵左翼になってくるのだ。

 

「敵の旗は?」

 

「甘の字……甘寧ですっ!!」

 

「初手から攻めてくるわね……いいわ。甘寧なら私が出た方がいいわね」

 

孫策と周瑜がいない今、水軍を操らせれば、甘寧は呉一番と言っても過言ではない。

下手に受けて、抜かれると数の力で一気に戦況を持っていかれてしまう。

 

「右に進めっ!敵左翼を止める!」

 

水蓮の合図と共に漕ぎ手たちが大きく櫂を漕ぎ、船が動き始める。

早くも、両軍の主力がぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州水軍 本船――――――

 

「……聖さま。水蓮が動きましたです」

 

水蓮からの連絡を受け、それを聖に報告する蓬梅。

 

「相手は甘寧さんだね。……大丈夫だよね」

 

「あの馬鹿力が負けるわけ無いわ!」

 

心配そうな聖の不安を吹き飛ばすかのように、力強く答える鈴梅。いつもは余り仲が良くないのに、なんだかんだで信用しているのだ。

 

「そうだよね。……早く戦を終わらせて、また皆で集まろう」

 

「……あいつはいらないです」

 

「なんか、また新しい女が増えたみたいよ……あの変態は!」

 

誰の事を言っているのかは一目瞭然である。

 

「ふふっ。私は楽しみだよ?じゃあ、私たちも自分の仕事を頑張ろう!」

 

「了解です」

「了解」

 

聖たちも迫る敵軍に備えるべく、各自船を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水上での戦いは、先ず弓の撃ち合いから始まる。

赤壁の戦いの際、周瑜が諸葛亮に十万本の矢を求めたように、それこそ甚大な量の矢が放たれる。当然、今回の戦いも例に漏れず……

 

「矢盾を前に持って来い!……来るぞ!!」

 

劉表軍の将がそう叫んだ瞬間、敵の船から矢が放たれる。

 

バン!と、弓を弾く音がこっちに聞こえて来ると同時に放たれた矢は、天を覆わんばかり空を埋め尽くし、一斉に此方に襲いかかって来る。

 

「ぐぅっ……」

「がっ……」

 

矢を放つ時は、一斉に撃った方がより効果的だ。その方が、撃たれた側の逃げ場が減る為である。

 

「っ……弓隊、放てぇッ!」

 

お返しとばかりにこちらも一斉掃射。狙うタイミングは、敵弓兵が矢を番える瞬間。

 

「今だ!接舷しろ!」

 

撃つタイミングをずらされ、敵の攻め手が一瞬止まった瞬間、銅鑼の合図と共に船を加速させ、敵船へと突っ込んでいく。

 

船で相手と戦う場合、火矢などで相手の船を燃やすか、直接乗り込んで制圧するしかない。当然、今回使用したのは直接乗り込む方だ。

 

移乗攻撃とも言われるそれは、船を破壊するよりも拿捕することがメインになっている。

兵の数が劣る聖たちにとって、壊すより拿捕した方がより早く、戦力差が埋まっていく。

 

「行けぇッ!!」

 

怒涛の勢いで乗り込んでいく兵たち。当然、敵も黙ってはいない。

戦場は加熱していく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――呉水軍 本船――――――

 

「孫権さま、左翼が敵と交戦中です!」

 

「思春の様子は?」

 

「まだ交戦はしておりません、どうやら、敵将を探っている様子です」

 

「そう……分かったわ」

 

本船にて、自軍の報告を受ける蓮華。初めての大戦であり、若干緊張しているようだ。

少し思案したあと、すぐ傍にいる軍師の亞莎に話しかける。

 

「亞莎、江夏に動きはあるのかしら?」

 

「今の所、報告は無いですね。作戦通り、思春さんの動きに合わせて動いたら良いと思います」

 

「そうね……正面の敵も中々破れないし」

 

荊州水軍の先方を務めているのは張允、文聘の二将。共に水軍の扱いに長けており、そう簡単には打ち破れないし、そんなに簡単に破れるとも思っていない。

 

「先ずは思春さんに粘ってもらわないとですね。……右翼は、頃合を見て動かします」

 

「ええ。よろしくね」

 

そのすぐ後、思春の船が荊州軍に向かって動き始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右翼に移動し、呉軍の左翼を止めている水蓮。まさに今最も白熱している戦場であり、そこに新たな船が近づいてくる。

 

「……甘寧さま、蔡瑁の船を捉えました!」

 

「よし、我らはこのまま奴の船に攻め込む。各人、準備を整えろ」

 

「はッ!」

 

荊州水軍都督である水蓮。彼女が死んだ瞬間=荊州軍の負けと言っても過言ではない。

それほど、水蓮のもたらす指揮の影響は大きいのだ。

 

故に呉軍も当然、それを狙ってくる。

 

「呉の船、此方に迫って来ます!」

 

「甘寧っ……今から回避は間に合わないわね……」

 

それを、真正面から受ける水蓮。

避けようにも、周りと連携している水蓮は、自分が変な動きをしてしまうと、そこに陣形の穴ができてしまうので下手に動けない。

対して兵の数で穴をカバーしながら特攻してくる思春。どう足掻いても、逃げきれないのだ。

 

ここでも、やはり兵力の影響が響いてくる。

 

「逃げないか……その覚悟はよし。その命貰うぞッ」

 

接舷と同時に駆け抜ける思春。狙うは荊州水軍都督、蔡瑁。

共に水軍を率いる事が得意な二人。だが、個人の武力は決して伯仲している訳ではない。

 

呉有数の剣の使い手であり、あの馬超と互角に戦う実力の思春に対し、士郎との訓練で実力はかなり向上しているが、有名武将には一歩武力が劣る水蓮。

まともに戦えば、まず思春が勝つだろう。

 

早くも、戦局を決定づける一手が放たれた。

 

そして、江夏側――聖達から見れば左翼、蓮華達なら右翼がいる戦場にも、動きが見え始める。

 

呉軍側から、一隻の船が飛び出して突き進んでいく。

 

「一気に行くよーー!!」

 

旗には『孫』の字。しかし、率いているのは蓮華ではなく、

 

「小蓮さま~あんまり無茶しないで下さいよぉ」

 

孫権の妹である孫尚香――小蓮だった。

お目付け役の穏が心配しているのをよそに、どんどん突き進んでいく。

 

「大丈夫だよー。雪蓮お姉ちゃんが来れないぶん、私が倒すんだからー」

 

小蓮の操る船は、ただ早い。

櫂を漕ぐ者から帆を操る者全て熟練の人を集め数を減らし、接舷用の橋や強襲用の衝角などもついておらず、ただ、速度のみに特化している。

 

目的はかく乱。自由に動きにくい水上で、自由自在に動き回る小蓮の船は、相手からすれば厄介以外の何者でもない。

 

「左に行ったぞっ!」

「馬鹿!もう回り込んでる!!」

 

スイスイと、まるでこちらを弄んでいるかのように駆け抜ける小蓮。

 

そのせいで、一瞬そちらに気が取られてしまう。

 

「……!!敵軍っ、接近して来ます!!」

 

そこを狙っていた呉軍は、ここぞとばかりに距離を詰め、一斉に矢を射かけてくる。

 

兵力の差は、当然飛んでくる矢の数にも比例する。

 

「小舟に構うなッ!矢に構えろ!」

 

戦線がこれ以上崩壊しないよう各船に指示を下すが、ここで小蓮を無視しておくのは頂けない。

 

「てやぁーーっ!!」

 

可愛らしい掛け声とともに小蓮が投げてきたのは壺。こちらの船に当たって壺が割れ、中に入っていた液体が船横にこびり付く。

 

「これは……」

 

答えは、直ぐに分かった。

相手が放った火矢がその液体に刺さった瞬間、炎が一瞬にして広がったのだ。

 

「油か!拙い!!」

 

木船である船は、当然火に弱い。しかも、甲鈑などならともかく、場所が悪ければ消化しようにも無理な箇所があるのだ。当然、小蓮も其処を狙っている。

 

足の早い小蓮が油壺をぶつけ、そこに敵軍が火矢を放つ。

小蓮を無視すれば油を掛けられるし、とか言って小蓮に集中しすぎると敵から大量の矢が飛んでくる。正に完璧な連携であり、荊州軍からすれば厄介以外の何者でもない。

 

ここ荊州水軍左翼も、じわりじわりと、呉水軍右翼に押されつつあった……



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8-11 長江の戦い(3)

冷たい水しぶきが舞う中、戦は、熱を増していく――

 

 

 

――――――荊州水軍 右翼――――――

 

愛刀「鈴音」を片手に握り締めた思春は、敵船に接舷して乗り込むやいなや、敵兵の相手を味方に任せて一目散に駆け抜けていく。

 

狙いは、荊州水軍都督、蔡瑁。

 

呉軍からすれば、最も厄介な相手なのは間違いなく水蓮。ここで彼女が倒されてしまうと荊州水軍の主攻である右翼が打ち破られ、連鎖的に他の戦場にも士気の低下などの影響が響くだろう。

 

それ程、この水上戦闘において水蓮の存在は大きいのだ。

 

「敵将だッ!倒せ!!」

 

当然そんな思春を見逃すはずもなく、わらわらと兵が思春を討ち取らんと集まってくるが、

 

「……邪魔だ」

 

そんな彼らをまるで意に介さないとばかりに、思春の姿が掻き消え、刃を振るう軌跡が彼らの間を縫うように走る。

 

「……え?」

 

突然の出来事に兵が反応出来ずにいると、リィン――と鈴の音が彼らの後ろから聞こえてくる。

 

「な……ッ……」

 

ゴトリと、彼らの首が離れる前に見たのは、背中越しに此方を目を向ける冷酷な少女の顔だった。

 

「ふん、たわいもない」

 

そう冷たく言い放つと、再度船の奥に向かって進んでいく。

 

「……あれか」

 

大きく旗が掲げられた部屋。おそらく、そこがこの船の本営だろう。

そうあたりをつけた思春が近づいていくと、

 

彼女の周囲がいきなり暗くなる。

 

「これは……ッ!!」

 

今彼女がいるのは甲鈑の上なので灯を落とされた訳でもなく、太陽も変わらず高い位置で輝いている。ならば、答えは一つ。

 

思春が上を見上げると、そこには大きく広げられた布が覆い被さって来ていた。

 

「くッ……」

 

直ぐに反応したのが功を奏したのか、完全に被さる前になんとか逃げることに成功。

しかし、ほっとする間も無く、上から刃が襲いかかる。

 

「はぁっ!!」

 

降ってきたのは水蓮。両手には、切っ先を下に向けた「波及」が強く握られている。

 

布を避けた直後の思春は、地面を転がるようにして動き、甲鈑にギャリィン!!と、避けられた切っ先が地面を削る音が響く。

 

「……中々やってくれる」

 

頬に走る一筋の傷。それを手の甲で拭いながら呟く思春。

 

「正攻法で勝てない相手なら、策を尽くすのは当然。……私は、そう学んだわ」

 

くるりと、槍を一回転させて構え直して、思春と対峙する水蓮。

二人の間の、緊張が高まっていく。

 

「……何を興奮しているの?」

 

「我ら孫呉からすれば宿敵になる相手。興奮もする」

 

水蓮の挑発に敢えて乗り、さらに自身の熱を上げる思春。体はもう、臨戦態勢に入っている。

 

「…………」

 

つっ……と、頬に汗が流れる水蓮。あわよくば、先ほどの奇襲で思春の手か足に傷でも負わせれば良かったのだが、そう上手くはいかない。

 

だが水蓮にとって、物事が上手くいかないのはいつものことだ。

戦も、政治も、恋も、いつも彼女は、目の前のそれをを全力で乗り越えてきた。ただ、今回もそうするだけ。

 

「いいわ、来なさい甘寧!私の戦いを見せてあげる」

 

「もとよりそのつもりだ」

 

ぐっと深く体を沈めた思春が、強く地面を蹴り付けながら一気に斬りかかり、水蓮がそれを迎え撃つ。

 

一騎打ちが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――呉水軍 右翼――――――

 

燃える荊州水軍の中を、ゆっくりと進んでいく呉水軍右翼。

 

高速艇の油壺と火矢の一斉掃射の連携により荊州水軍左翼を退けた後は、そのまま荊州軍本船に攻め寄らんとばかりに突き進んでいた。

 

普通、一気に進軍したりすれば、戦列が細く伸びてしまい各個撃破される可能性が高まってしまう。

しかし、呉軍は豊富な兵力を頼りに、後列からどんどん後詰を送り込んでおり、その心配も必要ない。

 

「小蓮さま、前方に敵船が見えてきましたよ~」

 

「次の相手ね!また倒してやるんだから!」

 

穏の報告を受け、元気よく答える小蓮。練度は当然、兵全体の指揮も高く、正に敵なし。

 

荊州軍は今回の戦に襄陽、江陵の兵の殆どを駆り出している。もしこの水戦で負ければ、残るは各兵三千ほどしか残っていない襄陽、江陵城があるのみ。この戦で負ける=全滅の戦いなのだ。

 

「油は補充したわね!早速行くわよ!」

 

「し、小蓮さまっ、まだ敵兵確認してませんよぉ!……行っちゃった……」

 

まだ敵船の影しか見えていないのに、穏の制止を振りきって飛び出していく。勢いがあるのはいいが、少し慌てすぎである。

こう言う時に、足を救われやすいのだ。

 

「陸遜さま、後方よりご報告が!」

 

「今小蓮さまが出て行ったばかりですから、私が聞きます。何かあったんですか~」

 

「はっ、補充予定の船が幾つか燃えたので補充が遅れるとの事、ついては少し進軍を抑えて欲しいと」

 

「船が燃えた?江夏の黄祖さんが動いたんですか~」

 

今は丁度、江夏の前に長く戦列が伸びてしまっている。船が燃えたとすれば、先ず江夏からの攻撃を疑うのは当たり前だ。

 

「いえ、少し距離を詰めてはいますが、まだ接触までは……」

 

「でしたら不審火か何かでしょうか……とりあえず小蓮様に戻ってくるように合図しておきますね」

 

軍師に必要な能力の一つに危険予知がある。敏感に相手の策の匂いを感じ取るのは、何よりもその人のセンスを問われる。

 

当然、優秀な軍師である穏は、何かきな臭いものを感じて直ぐに指示を下すが、小蓮は良い気はしない。

 

「なんで出陣(でた)ばっかりなのにすぐ帰らなきゃならないのよーー全く……」

 

穏が掲げた狼煙を見て、思わずそうごちる小蓮。

とは言え、ここで無視してもし危険な目にあったら、姉たちに怒られるのは目に見えている。

しぶしぶ来た道を帰ろうと船首を翻すと――

 

突如、小蓮の目の前の川に、火が走る。

 

「な、なんで川が燃えるのよ!!」

 

小蓮と穏を分断するかのように、川に走る火柱。

 

「て、敵船が加速っ!?此方に迫って来ます!!」

 

「ええっ、うそっ!!」

 

この時を待っていたとばかりに、小蓮たちに迫ってくる荊州水軍。そのせいか、ぼんやりと見えていた敵の船がハッキリと見えてくる。

 

「あれは……劉表の船!!」

 

小蓮たちと対峙していたのは、後ろに待機しているはずの聖たちであった。

当然、穏も聖が迫ってきているのを確認する。

 

「あれは劉表さん!?と言う事はこの火も……」

 

「報告ッ!江夏の敵兵一万が、此方に向かって進軍中!!」

 

「……十分戦えるだけの兵はいる筈ですよ?」

 

いつ江夏の兵と戦っても大丈夫なように、十分な兵は配置している筈。

いちいち反応していては先頭と大きく離されてしまうし、何より小蓮が孤立している今、そんな余裕は穏にはない。

 

「それが……後ろにも川に数多の火が走り、操船者が逃げてしまい、大半の船が動けなくなっていると……」

 

「これは……拙いですねぇ……」

 

これで間違いなく、この火が荊州軍の策略であるのは確定した。

すぐに穏は、先頭の軍を二つに分けて片方は後詰の援護。そして自身が残りの半分を率いて小蓮の救出に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、呉水軍の動きを船の上から見ていた聖たちも、ここぞとばかりに動き出す。

 

「聖さま。敵の陣形が崩れているです」

 

「うん。蓬梅ちゃんの策が成功したね」

 

今回、聖たちが使用した策は「水上火計」

最初に破った荊州軍左翼の船に幾つか油を積んでおき、呉軍がその上を通過するタイミングで火を点け水上に火計を起こしたのだ。無論、江夏の兵一万も油を流している。

 

この火の目的は、相手の船を焼くことではなく足止めである。

 

船を進めるための櫂。それを漕いでいる人は皆水面近くにいる。

彼らからすれば、櫂を突き出している穴からしか外が見えないため、いきなり火が飛び込んできたら漕ぐのをやめ、真っ先に逃げるのは当然。

 

そして水上で動きが止まった船は、ただの的である。

 

「今よっ!全軍っ、押し込みなさい!!」

 

鈴梅の声を合図に、一斉に突撃していく荊州軍左翼。江夏の兵たちも、それに呼応して呉水軍右翼に横激を浴びせかける。

 

「狙いは敵の将です!……できれば捕獲して下さい」

 

聖たちに最も近い位置にいる将は小蓮と穏。嘗て孫堅を殺してしまい、その娘である孫策に恨まれている聖は、これ以上の怨恨を重ねることを避けようとしているのだ。

 

「旋回、早くっ!!」

 

迫り来る荊州軍から逃げるため慌てて船を回そうとしても、そう簡単には船は方向転換出来ない。

 

「ダメです!敵船の方が早いっ!?」

 

「だったら前に進むわっ!」

 

小蓮の狙いは船と船との間。小型船であることを利用して、一旦荊州軍の後ろに抜けようと動き始める。

 

「いっけえぇーーっ!!」

 

一番大きく空いている船と船の間を一瞬で見極め、突き進む小蓮。だが、

 

「……甘いです。想像通りです」

 

ガクンと、小蓮たちの船が停止する。

 

「ち、ちょっとっ!なんで船が止まるのよ!」

 

「ダメです、網が引っかかってます!」

 

聖たちはそれを見越し、わざと開けた隙間に小蓮を誘導させ、その間に網を張っておいたのだ。

 

小型の「走舸」と、大型の「楼船」二隻では、どちらが力があるのかは明白だ。

 

そのまま小蓮を助けに来た穏も包囲し、見事聖たちは小蓮と穏の捕縛に成功したのだった。



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8-12 長江の戦い(4)

聖たちが小蓮を捕獲している時、まだ水蓮と思春の一騎打ちは続いていた。

 

「はぁっ!!」

 

轟!と槍を突き出す水蓮。

それを、紙一重で体を沈めて避け、低姿勢のまま思春は水蓮に駆け寄り一気に距離を詰める。

 

「まだ……っ!!」

 

接近される前に槍を引き、穂先から横に飛び出している鉤爪を使って、思春の後ろから追撃を行うが、これも当たる瞬間に横に飛んで避ける思春。そのまま横から逆手に持った剣を薙ぐ。

 

ギィンと槍の中程で受け、両者の間に火花が散る。

 

「ふっ!!」

 

一瞬の間も無く、振った剣の勢いを利用して放たれる回し蹴り。先の一撃を防いだばかりの水蓮は、それを腕に受けてしまい吹き飛ばされる。

 

再度、二人の間に距離ができる。

 

「中々訓練はしているようだが、やはり私には及ばない」

 

そう言い捨てる思春。当然水蓮は、そんな事言われるまでもなく理解している。

技、速度において思春と現時点では埋められぬ程の差はあり、唯一力だけは拮抗しているが、それだけだ。まともに戦えばそもそも勝てぬ相手なのだ。

 

「けほっ……どうやらそうみたいね」

 

「諦めろ。ここで投降すれば、少なくとも命までは奪わん」

 

そう、まともにやれば勝てないのだ。

 

「……私が投降すれば、この戦、私たちは負けるわ。仮に私を生かしても、聖の命は奪うんでしょう」

 

「当たり前だ。劉表は我ら孫呉の宿敵だからな」

 

「だったら、私が投降するわけないわ。……私が戦うのは聖の為。私が投降して聖が死ぬのなら、意味がないのよっ!」

 

ならば、まともに戦わなければいい。

 

右下から左上に。逆袈裟に振るわれた槍をスッと飛び避ける思春。その後に続く、着地後を狙った振り下ろしも、最小限の動きのみで避ける。

 

「貰ったッ」

 

攻撃後の隙を狙い、近づこうと足に力を入れた瞬間――

 

ズルっと、足が取られた。

 

「なッ!!」

 

ガクリとバランスを崩して倒れそうになるが、片手を着きなんとか持ち直す。足元を見ると、大きく引かれた布。どうやら思春が着地したのは、先ほど水蓮が落とした布の上で、水蓮は槍を振り下ろした後、地面に広がっている布に槍の爪を引っ掛け、引っ張ったのだ。

 

「くっ、誘導されたか。……小賢しい真似を」

 

先ほどの大振りな攻撃は、思春を布の上に誘導するための罠。それでも思春は攻撃の手を休める事なく、再度距離を詰めようとする。が、

 

バサリと、穂先に引っかかったままの布を操り、水蓮は自身の姿を布の後ろに隠す。これでは、思春が得意としている急所を狙う攻撃が出来なくなるのだ。

 

「ふッ!!」

 

思春は仕込みの短刀を数本、布の後ろに居るであろう水蓮に向かって投擲するが、反応は無く布は重力に引かれ地面に再度落ちる。そこに、水蓮の姿は無い。

 

「何処に……ッ!!」

 

消えた水蓮を探そうと周囲に目を向けようとした瞬間、大きく銅鑼が鳴り響く。見ると、少し離れた所に既に水蓮は移動しており、そこにある銅鑼を鳴らしたようだ。

 

「増援か!」

 

考えられるのは銅鑼による援軍の合図。一騎打ちでは勝てないと判断した水蓮が仲間を呼んだのかと思い込む思春。

 

「ふふっ。別にそれでもいいんだけど、総都督である私が一騎打ちから逃げたら士気が落ちるでしょう。そんな下策はとらないわ」

 

一騎打ちで大将が負けると言う事は、それはその軍全体の士気の低下を招く。

士気の低下は兵の戦闘意欲を失わさせ、さらなる士気低下を招き、負の連鎖が続いていく。

故に将である以上、そう簡単には引くことは出来ない。

 

「さて、続けるわよ」

 

「そっちが離れたんだろう」

 

再度剣戟を繰り出し合う二人。数合打ち合ったところで、ふと、思春は違和感を感じる。

水蓮の一撃が重くなり、自分の動きが鈍くなってきたのだ。

 

水蓮の一撃が重くなったのは力を隠していたなど幾つか考えられるが、自分の動きが鈍くなるのは理由が分からない。思春自身も怪我を負った訳もなく、体調も万全なのに何故か急に体が重くなったのだ。

 

「っ……ぐっ!!」

 

水蓮が振り下ろした一撃を剣で受け止めるが、やはり力負けしそうになる。強引に弾き飛ばし、攻撃を行おうとしても、いきなりバランスが崩れ、体が前に進まない。

 

「くっ……」

 

「戦いにくそうね」

 

思春の様子を察しているのか、攻撃の手を休める事なく繰り出す水蓮。じわりじわりと、思春を追い詰めていく。

 

たまらず一旦距離を開ける思春。二人の間に少し距離ができたとき、大きく船が揺らいだ。

 

衝撃は大きく、思春はそれで体勢を崩してしまったが、水蓮はまるで最初から揺れが来るのが分かっていたかのように平然としており、体勢を崩したままの思春に槍を突き入れる。

 

ギィン!と、槍に対して剣を掲げて防ぎながら、その様子を不自然に捉えた思春はある結論に至った。

 

「貴様、まさかわざと船を揺らしているのか」

 

「……流石に気づいたわね」

 

先程から続いている「不自然な船の揺れ」

川の流れはそれ程荒れてもいないにも関わらず、急に船が上下左右に揺られているせいで、先程から思春はまともに体勢を保てなくなっていたのだ。

 

思春自身長い間江賊として生活し、船上での戦も幾つも経験してきた。多少船が揺れたとしてもそう簡単にはバランスを失ったりはしない。

 

しかし、それが意図的に起こされた強い揺れなら話は別だ。

 

「先ほどの銅鑼……漕ぎ手への合図だったのかっ!」

 

「ええ。わざと船が揺れるように櫂を操ってもらってるのよ。この船がどう揺れるかは予測不可能。……漕ぎ手と、私以外はね」

 

ガクン!と、また強く船が揺れ、咄嗟に踏ん張る思春。

 

「油断しすぎね。私たちにとって川が平地なら船は城。ノコノコと敵城に侵入して来る己の無策を恨みなさい!」

 

「くっ!!」

 

もはや思春は袋のネズミ。しかもここが船上である以上、なおのこと立場は危うい。

危険と判断したのか、敵船から脱出すべく、大きく揺れる甲鈑上を駆け抜ける。

 

「追いなさいっ!!」

 

当然、それをおめおめと逃す水蓮ではない。

周囲の兵に命じ、思春を追いかけさせる。

 

「ここまでか……」

 

甲鈑の縁に追い詰められる思春。正に絶体絶命の瞬間――

 

「思春っ!!」

 

船団を率いた蓮華が、水蓮の船に船ごと助けに割り込んで来た。

 

「蓮華さまっ、なぜ此処に!?」

 

蓮華は呉水軍の総指揮官である以上彼女が敗北した瞬間が呉の敗北。まさかこんな前線に来る事などあってはならないのだ。

 

「話は後よっ!早く此方に!!」

 

「くっ……」

 

蓮華の船がギリギリまで近づいてきた瞬間を狙って跳躍。水蓮の船が揺らすことに集中して咄嗟に動けないのも幸いして、なんとか蓮華と合流に成功する思春。

 

「後退するわっ!残りの船で敵旗艦を攻撃っ!」

 

直ぐに動けない水蓮の船は、敵からすれば丁度いい的。蓮華と共に来ていた他の船が、ここぞとばかりに攻撃を加え始める。

 

「私たちも引くわ。操舵手に伝令!」

 

敵船から掛けられる橋を叩き落としながら、水蓮もまた一旦距離を開ける。

数の上では向こうの方が有利なため、このまま押し切られる恐れが非常に大きいのだ。

 

一騎打ちは互いの痛み分けに終わり、蓮華達は乗船するのは危険と判断したのか、自らは自身の船から指示を出し、呉水軍の増援も到着した事もあり、兵力での殲滅へと作戦を変更した。

 

当然、兵力で劣る水蓮たちは、じわじわと押され始める。

 

「右の船に下がるように言って!私がカバーするわっ。

……正面から接近してるわよ!右に旋回!」

 

甲鈑に響く水蓮の声。

 

元々、思春をおびき寄せるために、わざと敵を自軍の近くまで誘導して戦っていたのだ。

そこになだれ込んで来た敵の増援。水蓮達からすれば凄まじく位置が悪い。

 

右翼(ここ)を抜かれると、敵は勢いそのままにこちらの後方にある烏林港へと攻め寄せるだろう。そうなれば残るのは守備が手薄な江陵城のみ。

故に水蓮たちは、決して退くことは出来ないのだ。

 

まだまだ戦いは続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州、呉水軍 中央――――――

 

開戦当初、荊州軍は中央に文聘、張允。右翼に水蓮。そして中央後方に聖たちが布陣しており、左翼は本陣から状況に合わせて指示を下すように配置していた。

 

そして戦が進展していくとともに、元々荊州軍は数で大きく押されていたが、左翼にて小蓮、穏の捕縛。右翼にて思春の撃退と確実な戦果を上げていき、そして、ここ中央でも両軍に動きが見え始めた。

 

「あ~もうっ!しつこいぃぃぃ!!」

 

呉の楼船の上で唸っている将の名は徐盛。思春と同じ元江賊であり、自らを破った雪蓮に仕え、呉水軍中央の先鋒を任されているのだ。

 

「丁奉っ!そっちはどうなの!?」

 

「いや~流石としか言い様がないですねぇ」

 

徐盛に話しかけられた女性の名は丁奉。徐盛よりも歳が低いが、その若さで呉水軍の先鋒を任されているように、この先の呉を背負って立つべき将である。

 

「あっちの楼船は五隻ほど落としましたが、こっちは七隻やられてますし、これじゃあダメですよねぇ」

 

「あ・た・り・ま・え・よ!幸い数は此方が多いんだし、ここは強引にでも押し込んで、包囲して落とした方がいいわね……蒋欽と朱桓に連絡して」

 

開戦してから、ずっと荊州水軍に向かって攻撃を繰り返していた二人だが、荊州軍の将文聘、張允が率いる荊州水軍はそう簡単には破れない。

なので作戦を変更し、彼女たちの後ろに控えている将、蒋欽と朱桓に連絡し、前線に呼び寄せて数で一気に抑えにかかる。

 

「広く広がって、敵の船を複数で囲んで落としなさい!深追いせずにゆっくりと圧殺していくわ!」

 

徐盛の声に呼応し、広く荊州水軍を包囲していく呉水軍。いくら力量差があっても、複数から狙われては船はそう簡単に対処できない。じゆっくりと荊州軍を押し込んでいく。

 

対する荊州軍は船同士が散らばらない様、少しずつ下がりながら集結していく。各個撃破されるのを恐れたのだ。

 

そうして呉水軍が優勢のまま、荊州水軍を押し込んで暫く経った頃、前線から少し後ろで待機していた、呉水軍にある一隻の船から、突如火災の手が上がる。

 

「何があったの?」

 

「只今確認中です…………敵襲!?敵に襲われたとの狼煙が!!」

 

「後方に待機していた船よ?火矢が届く距離でもないし、敵船の姿も見えないし、事故じゃないの!?」

 

徐盛の疑問も当然である。

 

前線の船が燃えたのなら幾らでも説明がつくが、今燃えたのは後ろに待機していた船。

当然、敵船は見えないし、火矢が届く距離でもない。船内を照らす灯りや、火矢のために備えていた油等が燃えたのだろうと考える方が自然だ。

 

大方、上げる狼煙を間違えたか、火災の際に狼煙に引火したのだろう。そう判断した二人は、味方の船に注意を促し、船を進めて行く。

 

しかしその後も、次々と船が燃えていく。

 

「一体なんで……」

 

そう言いながら、周囲を見渡す徐盛。変わらず、周囲に荊州軍の船は見えず、攻撃も届いていない。

 

そうして見渡していると、一緒について来ていた丁奉があるものを発見する。

 

「徐盛さん。あれ、何かなぁ」

 

丁奉が指差した先には、河を泳いで燃え盛る船から離れていく50人程の兵の集団。

 

「船が燃えたから逃げてるんじゃ……何で鎧つけたままで武器も持ってるのよ!?」

 

幾ら泳ぎが達者な呉の兵でも、鎧を着けたままで、武器も持って泳ぐことは不可能だ。しかも燃え盛る船から逃げるのなら、普通鎧は外すし、武器も捨てるのが当たり前。

 

なのに、二人が見つけた兵達は平然としたまま鎧を着て武器も持って泳いでいる。

ありえない光景だ。

 

「どうする?」

 

「……船を寄せて。味方なら救助しなきゃいけないし」

 

徐盛の合図と共に、その集団に船を近づける。すると、その集団は近づく徐盛の船から離れるように方向を変える。

 

「逃げると言う事は敵ねっ!!どうせこっちの船燃やしたのもアイツ等でしょう!

……弓兵、構えて」

 

甲鈑の上に横一直線に並び、ギリリと弓を引き絞る弓兵達。

 

「撃てぇっ!!」

 

合図と共に一斉に放たれる矢。しかし、矢はその不審兵が来ている鎧を通すことなく、全て弾かれる。

 

「木製じゃないの!?」

 

金属鎧を着て泳ぐことは不可能。ならば着ている鎧は恐らく革や木で作られた物だと徐盛は考え矢を射掛けたのだが、結果は矢を通さずに全て弾いた。もし、これが革や木で作られていれば、矢は刺さるか貫くはずだ。

 

「徐盛さん、不審者さん逃げますよぉ」

 

「そんな事言ってもあいつらが燃やしたんなら、不用意に近づけないじゃない。下手したらこっちが燃やされるわ」

 

そんな事になってはこの前線が崩壊しかねない。

悔しいが、不審者を見逃すことしか出来ない二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「文聘、もう少しで奇襲部隊が帰って来るよ」

 

「うん、労っててあげてね……」

 

甲鈑の上で戦場の様子を見ている文聘と張允の二人。彼女たちの目の前には、炎上している呉の船が写っている。

 

「敵さん少し下がったようだから、こっちも距離開ける?」

 

「そうだね。時間稼げばいいからね……」

 

積極的な張允とゆっくりしている文聘。全く逆な性格だが、仲はかなりいい。

 

そう二人が話している間に、水面に下ろされた梯子から、次々と兵士たちが上り帰還してくる。

彼らは、先ほど徐盛と丁奉が指揮する船を焼いた兵士たちだ。

皆茶褐色の鎧やを身に着けており、頭には同じ色の三度笠のようなものを被っている。

 

 

「盾を補充しておいて。また敵が近づいてきたら行って貰うから」

 

張允の言葉に「はい」と答える兵士たち。

 

矢や刀を弾く鎧や帽子を被り、武器をももったまま泳ぐ奇襲部隊。彼らは『藤甲兵』呼ばれる兵士たちだ。

藤の蔓を半年油に漬ける→乾かすと言う作業を十回以上繰り返して作られる『藤甲鎧』は、刀や矢を通さず、決して沈まない。

南蛮の奥地に伝わるその鎧の製法、南蛮とも繋がりがある交州との交易を聖たちは行っているので入手することが出来たのだ。

 

そしてこの鎧の最大の弱点が火に弱いこと。製法上それは避けることが出来ない。

聖たちは、その欠点を補うために藤甲兵を水上奇襲に使用することにしたのだ。

 

兵士が河を泳ぎ、直接敵船の船底から侵入する策。当然、渡河中には敵から矢で狙われる。

鎧を着れば矢は防げるが、攻撃の為の武器を持っていく必要もあるので、そこに鎧を着込んだら泳げる兵士など存在しない。

 

しかし、この藤甲鎧は逆に鎧が浮き袋の変わりにもなる。

仮に火矢で狙われても、兵士たちがいるのは水の上。消火など一瞬で行える。

 

そして、いざ敵船に侵入すれば、藤甲鎧はそれ自体が火種にもなるのだ。

当然、帰りにも鎧は必要なので燃やす訳にはいかないが、盾程度なら別に困らない。

 

味方が敵を防いでいる間に盾を置き、着火。

 

後は悠々と泳いで味方の船に帰り、再度盾を補充するだけである。

 

軽く、浮き、強度も抜群で、燃えやすい。

藤甲鎧は、水上戦でその真価を発揮するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――荊州水軍 右翼――――――

 

思春と蓮華を撃退した後、そのまま右翼の指揮を取り続けていた水蓮。

戦が始まってだいぶ時間が経過しており、次々と他の戦場での情報が入って来ており、それぞれの報告を聞いていた。

 

「左翼にて劉表さまが敵将を捕えたとの事」

 

「流石聖ね。中央の文聘、張允はどうなっているの?」

 

「中央は数で勝る呉水軍に対して、まだ戦線を保っております」

 

「あの兵たちを使ったのね。黄祖にそのまま左翼を突っ切って、中央の呉水軍と当たるように連絡して」

 

「はっ!」

 

そそくさと部屋を後にする兵士。

 

「ふぅ……なんとか上手くいってるわね」

 

左翼、中央、右翼共になんとか呉水軍を押し返し、戦を有利に進めて行っている。

相手にもう水軍は残っていないのなら、もはやこの戦は此方が貰ったも同然だ。

 

かつて戦った最強の敵孫堅。彼女の血を継ぐ呉水軍との戦いは、決して水蓮にとって楽なものではなかったのだ。

 

「まだ、敵将の孫権が未熟で良かった……あと数年後の彼女なら、もっと粘ってくるでしょうね」

 

もっとも、それでも負けるつもりはないのだが。

 

そう考えていると、ふと、ある事を思い出す。

 

「……そういえば今回の戦、孫策は何処に居た?」

 

孫堅の血を最も強く継いでいるであろう『小覇王』孫策。

それに周瑜、黄蓋、程普、韓当、祖茂と言った、水軍の名手や古参の将達の姿が全く見えなかった。

 

「何か事情があって来れなかった……いや、ありえないわ」

 

何よりも劉表達を恨んでいた孫策。彼女がこの戦に参加しない事は先ずありえない。

 

「なら、何処に……」

 

呉水軍の数は当初の半分ほどまで減っており、士気の低下も著しい。今更登場しても、もはや戦況は覆らない。

 

そこへ、

 

「た、大変です、蔡瑁さまっ!!」

 

「なにが会ったの?」

 

バタバタと駆け込んでくる兵士。

 

「江陵の西、江津港が呉軍に占領されました!!」

 

戦は、最終局面へと移っていく。



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