アメストリス絶対法 (蕎麦饂飩)
しおりを挟む

自己承認性絶対法案

ちょっと卑屈なジャッジドレッド的な主人公で、鋼の錬金術師やってみます。


此処はアメストリス中央の大総統府。

国家中枢部によるロイ・マスタング及び、彼の率いる部下達による反逆罪の指定から端を為し、

北方のブリッグズ兵の乱入等もあり、かつてない混沌の渦の中にある。

 

銃声と悲鳴、怒声と破壊音が先程から止む事は無く、正気と狂気が撞着しながら同期する。

互いの信じるものを貫く為、己の未来を護る為、其々が其々の正義と想いを以って激突する。

 

その中には嘗て友だった者を撃たなくてはならない者も居れば、

遇った事も話したことも無い者にその命を散らされる者も居た。

 

 

目まぐるしく加速する死と鉄血の祭典の中、絵画の様に時が静止した様な場所があった。

敵と味方が入り乱れた荒れ狂う戦火の中、二人の何処かよく似た青年が互いに銃を向けている。

周囲の銃声を気に留める事無く、互いは互いだけをその同じ色の瞳に宿していた。

 

一人は紛争でイシュヴァール人を焼き尽くした英雄、ロイ・マスタング。野心溢れるアメストリス軍の大佐であり、

一人は内なる乱れを粛正する法の守護者ローズ・ジャスティ。国家に忠義を尽くすアメストリス軍の大佐であった。

 

彼等は同じ師を仰ぎ、同じ女性を好きになり、同じ路を進み、――――そして決別した嘗ての親友同士。

 

 

折り重なった瓦礫の上に立った青年が、もう一人に強い口調で咆哮する。

 

「ローズッッ!! そこを退けっ、私の邪魔をするなっ!!

どうしても、退けないというのかっ!!」

 

「僕には此処を退く必要も義務も無い。

その様な事はアメストリス六法大全の何処にも記述されてはいないからね」

 

ロイ・マスタングに吠えられた青年、ローズ・ジャスティは鏡写しの様にロイに銃を向けながら、

空いた手で彼がいつも携帯しているアメストリスの法が記されたアメストリス六法大全、

――――通称、六法を手に携え言葉を返した。

 

 

 

 

――止まった時が、動き出す。

 

「ならば、貴様を倒してでも私は進むっ!!」

 

ロイは、右手で向けた銃をブラフにして、

左手で嘗てイシュヴァール戦で猛威を振るった発火の術式を起動させようとして、不発に終わった。

ロイは気が付けば、己の周囲の空気中の酸素が全て失われている事を息苦しさで理解した。

ロイは心の何処かで相手を過小評価して侮っていたことを後悔した。

 

恐らく師匠から秘儀こそ受け継がなかったものの、独自に酸素の操作について学んだのだろうとロイは辺りを付けた。

そんな彼の目の前の青年は、ロイに殺意を剥き出しにして責める。

 

「悲しい、悔しい、そして憎い。

またなのか、また僕を殺そうとするのか、ロイ・マスタング。

お前は何時だってそうだ。あの時も、あの時だってそうだった。

僕と同じ路に入ってきては、何時だって僕を押しのけて進もうとする。

師匠の信頼も、リザの心も、華々しい戦果も…、お前は何時だって、何時だって僕から奪っていく」

 

 

それは逆恨みでもあった。だが、事実でもあった。

ロイはローズが欲しいものを全て手に入れていた。

 

 

「……僕達には同じ血が流れているというのに…」

 

そう言って悔しそうに噛み締めるローズ。

その口からは血が溢れ出ていた。彼の持病…、厳密にはあるものを失った事による後天的な、そして継続的な吐血だ。

ロイにもその原因となる出来事に心当たりはあった。

それもまた、ロイがローズから奪った物の一つであったからだ。

 

だが今、ロイはその事でなく、ローズが言い捨てた事にこそ意識を奪われていた。

 

「…どういうことだ、私達は――――」

 

そう問うロイを嘲笑い、その言葉に応える事無く、一方的な宣告をローズは告げた。

 

「聞いていなかったのか…。まあいいさ。

ロイ・マスタング、判決を下す。

国家に反逆した罪で…有罪。

反逆を防ごうとした者に障害を負わせた罪で…有罪。

大総統夫人を誘拐した罪で…有罪。

国家の機密に意図して無断で抵触した罪で…有罪。

イシュヴァールの引き金を引いた父親の罪を、その絶望を知らず、のうのうと生かされてきた罪で…有罪。

血の繋がったこの世に只一人の弟を殺そうとした罪で……有罪。

判決――――――――死刑」

 

 

憎しみか悲しみか、其れとも愛情か…、

どれともつかない表情で、泣きそうな顔を手に持った六法大全で抑えながら、

法の番人は、嘗ての親友にその引き金を引いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弁明無視、強制執行ジャッジメント

大総統府付き独立法務執行官――――通称『リーガル』

 

彼らには法の解釈から執行に至るまであらゆる権限が大総統の名前で承認されている。

彼等は、検察官にして裁判長。―――そして刑の執行者。

 

度重なる犯罪を制御する為に、大総統の手足の延長となり、

秩序に従わぬ者に『正当な私刑』を執行する法の番犬である。

 

非常に厳しい選定条件を乗り越えなければその役職につく事が出来ない代わりに、

彼らの発言や行動は常に国家の法律と同じ位置に値している。

生きたアメストリス六法大全だ。

 

これは、そんなリーガルの一人、ローズ・ジャスティの物語である。

 

 

 

彼はリーガルにも関わらず、その実の両親が定かでは無い。

少なくとも軍のデータベースには残っていなかった。

就任に至るまでに、三等親に遡り犯罪履歴を調査されるリーガルには極めて異例の事だった。

だが、それには政治的な圧力が動いていた可能性があるとも言われている。

彼は、嘗ての内乱でとある名家の後継者と目されている男を、

反乱者イシュヴァール人を逃がそうとした罪を強く咎めた。

 

そのことにより、その名家の発言力が政界の場において減少した。

それが都合が良かった人々、例えばレイブン中将などによって、彼は推薦を受けるに至った。

これがローズ・ジャスティが栄光への切符を掴んだ理由だとされている。

 

彼は今日もリーガルに支給された機械式二輪車を駆使しながら、担当地区をくまなく駆け回り、

この世の悪を摘発して回っている。

 

つい先ほども、金も無く建物の軒下で雨風を凌いでいる浮浪者達に、

アメストリス刑法第51条の浮浪罪に抵触するとして、自ら出頭して罰金を払う様に命じていたところだった。

 

彼らには住む所が無いからそこに暮らしているのだが、

町に住み、税金を払う真っ当な市民(・・・・・・)の治安と地域の景観を損ねるという理由で、

更に言ってしまえば、リーガルがそう判断したという極論がまかり通る。

 

平たく言えばスーパーエリートである警察官のような存在で、人々から好かれる類の職業では無かった。

国家の安寧の為の嫌われ者である。

 

 

 

 

今もローズは正義の法を執行している所だった。

妹と共に食い逃げを働いた少年を、特殊な機密動力炉を持つ機械式二輪車で執拗に追い詰めながら警告する。

 

「これ以上逃走を続けるなら、『執行権』の行使で攻撃を実施する。

尚、この攻撃における反論や抵抗は許されず、それによる障害は保険の適用にはならない。

再度警告する。これ以上続けるというのなら――――」

 

彼は白色で錬成陣を書いた黒い手袋に包まれた拳に握った物体(・・)を、少年の方に向けた。

リーガルにはあらゆる法規の超越が合法と看做される。

故に、極めて横暴に言ってしまえば執行中のリーガルによる殺人は殺人と看做されない。

 

ローズの錬金術は、所謂『酸素』の術式に集中している。

過去に彼の親友が行った無謀な錬金術の実験を危険だと判断して、

無理矢理介入した結果、失ったものが身体に響くが、

その対価として黒色の手袋に刻まれた錬成陣が無くても錬成を行使できる。

ただ、その手袋は只のフェイクや保険として適応されているものでは無い。

 

ローズは複数の錬成を同時に行使できる。

その為に、彼は錬成陣のある装備を幾つも所持している。

 

例えば今まさに彼が手にしている拳銃など様々な物が在るが、そのどれもが特別な高級品(オーダーメイド)だ。

 

 

「またアンタか。止めろっ、やり過ぎだっ!!」

 

 

そんな彼の前に、一人の少年と巨大な鎧が立ち塞がった。

 

 

「エドワード・エルリック及び、アルフォンス・エルリック。

また君達か。

邪魔をするのなら公務執行妨害だと認識させてもらうが、構わないね」

 

 

ローズはその回答として、目の前に壁が構築されたことを確認すると機械式二輪車を更に加速させた。

そして、――――――跳び上がった。

 

空を翔る様に跳ね上がった機械式二輪車、通称ジャスティスは装甲が厚く非常に馬力がある超重量の車体でありながら、

その一切不明の動力炉により、今の様な大跳躍をこなす事が出来る。

無論、操作技量には相当のものが求められるが。

 

驚愕するエルリック兄弟を飛び越えたローズは、彼らに後で処置をするからその場に留まる様にと告げて少年達を追跡して、

あっと言う間に追いついてしまった。

彼らの横をすり抜ける様に超えて、急カーブと停止によるドリフト染みた動きでジャスティスを停止させると、

銃を向けながら、下車した後に彼らの方へと歩いていき、その手に手錠を嵌めた。

 

 

「アメストリス刑法第22条窃盗罪、及びそれに纏わる逃走の罪で逮捕する。

後で、地域の警察が此処に来る。大人しく罪を償うと良い」

 

彼はそう言い捨てて、次の現場へと向かっていった。

 

 

強力な錬金術師やその他の技能に優れた人材でありながら、各銃火器の扱いにも精通するリーガル。

だが彼らの最大の武器はその能力でも、あるいはジャスティスでもない。

彼らがいつ如何なる時も携行している、アメストリス六法大全である。




でも、待てと言われてそのまま待っている犯罪者もいないんですよねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人肉販売フェスティバル

犯罪者といえばあの人


『リーガル』それは法の解釈者、それは法の適用の決定者、それは――――法の執行者。

 

時は数年前に遡る。

バリー・ザ・チョッパーは背後から迫る警察から逃走を図っていた。

 

「まだだ、まだ捕まるには殺し足りねェッ!!」

 

 

 

狭い通路に逃げ込んでは、追っ手である警察官達を一人ずつ切り刻んでは逃亡を繰り返していた。

そのやり口はシンの更に東にあるという国の『ムサシ』という伝説の剣豪の戦い方にも似ていた。

 

町には殺人鬼逃走の警戒放送が響き渡り、どの家も戸に鍵を閉めて電気を消してはブルブルと震えながら抱き合っていた。

その放送と、警察官達の声以外は静まり返った夜の街。

 

その静寂を金切り消す様なエグゾーストを撒き散らせながらソレ(・・)は現れた。

最強の法務執行存在、『リーガル』。

 

「おおっ、リーガルが来たぞっ!!」

 

警察官達もこれ以上被害が出ることなく事件が解決する絶対の安心感に思わず言葉を漏らした。

リーガルは僅か一人。それもその人物は今まで警察官達の誰もその顔を知らなかった者、

つまりは新人であった。

 

だが、それは彼がアメストリス六法大全を身に着けた戦士というだけでどうでも良い事となり下がる。

 

「本部、本部、こちら大総統府付き独立法務執行官、ローズ・ジャスティ、ただ今現地に到着しました。

これより刑の執行を実施します」

 

特製の無線機で本部に連絡するローズ。

彼の使っている無線は周波数さえ特別仕様で、一般の警察官や軍人の受信機では傍受する事すらできない。

それは、リーガルの会話はリーガルだけが知っていればいいという傲慢さの表れでもあった。

 

 

己が此処にいる。そう自己主張してやまないジャスティスのエンジン音は、バリーを確実に追い詰めていた。

此処で掴まっては人をこれ以上殺せない。

その事が殺人鬼には非常に恐ろしかった。

 

 

適当な民家の扉を壊してバリーは家に押し入った。

そこには女性が一人震えていた。

――殺人鬼はその口元を吊り上げた。

 

 

 

扉が壊された民家の前でローズは今すぐバリーに民家から出てくるようにと警告した。

だが、

 

「どうせ、今掴まっても死刑は確定だ。わざわざ出られるかよ。違うのかァ?」

 

そう挑発するバリーにローズはその通りだと肯定した。

 

「殺人鬼、通称バリー・ザ・チョッパー。

既にアメストリス刑法第2条殺人罪が確定している。申し開きは受け付けない。

今すぐ出てきなさい。尚、それによる刑の免減は無い」

 

「ヘタな交渉だな。人質がどうなっても良いのかよ」

 

 

ローズは呆れたように返事をした。

 

「ヘタな交渉はどちらだ。――既に死体になった者で人質になるとでも思っているのか」

 

「クソッ!!」

 

既に人質はいないと見抜かれたバリーは裏口から逃走を始めた。

狭い通路を積極的に選んで大型の二輪車ジャスティスからの追跡を避けていた。

逃げながらバリーは思い出す。

イシュヴァールの内紛が終わったころ辺りに出来た大総統府付き独立法務執行官、通称リーガル。

その噂は聞いていた。大総統の忠実な番犬にして、国家に仇為す一切の者を食い破る猛犬。

如何なる場所に逃げても、如何なる時でもその追跡を続けるその妄執染みた彼らを揶揄して、

異次元より来たる猟犬(ティンダロス)と呼ぶ者も居る。

 

開設されてから数年しかないが、既に多くの犯罪者やスパイなどが摘発されている。

ここ数年ではアエルゴから入り込んできた窃盗団を一挙に捕縛した事例がその名前を騒がせた。

その逮捕劇さえ、僅か数名で行われたというのだから、彼らに追われるという事がどれだけ恐ろしいかわかるだろう。

 

 

走り続けていたバリーだったが、次第にローズの駆るジャスティスの音が最早聞こえない事に気が付いた。

もしや逃げ切れたか?

そう思った時に暗闇の向こうから、リーガルの者が身に着けている、白と銀の色彩で構築された制服が浮かび上がった。

 

最早、逃げられない…。

 

 

「殺人鬼バリー・ザ・チョッパー。大量殺人の疑い及び、殺人の現行犯の罪で逮捕する」

 

正義の執行者の声が闇夜に響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

限定解釈阿頼耶識

『イシュヴァールの真実』。この名前の書は数日前に発禁処分の指定を受けた害書である。

民主政治なんてクソ喰らえの軍事大国アメストリスにとって、大変不都合な内容であった為、

監査の上に発行及び、販売、購入又は閲覧を禁止指定となった。

 

発行会社に取り調べ(・・・・)が行われた結果、作者の名前は結局偽名で良く解ってはいないという結論になった。

尚、その出版社の社員は取調室から出て自宅に帰ったという形跡はない。

引き続き、取り調べ(・・・・)を受けているということだろう。

 

ただ、その国家に対する危険思想を持って本を書いた執筆者の所持物と思われし、

髪留めが出版会社から発見されたという事だった。

 

さて、アメストリスは各本屋や国民に対して、それらの本を所持していれば回収場に持ってくるようにと命じた。

その本を所持し続けて、その事実が発覚した場合罰を負う事になるが、

焚書に協力すれば本の代金の半額を支払うと発表したのだ。

 

また、隠し持っている個人や本屋等を通報して、その結果本が見つかれば賞金も出すとも発表した。

 

 

 

さて、調査の結果、ある本屋が大量に入荷した『イシュヴァールの真実』が回収に出される事無く紛失していることが発覚した。

そして恐らくその紛失した本が、ゲリラ的に民家に放り投げられているという事もだ。

その活動はアメストリスの各地に住んでいるイシュヴァール人の一部が主体になっている可能性が高い事も、

目撃情報から明らかになっている。

実際一般の警察官が遭遇したケースもあり、その活動者の一人はフードで姿を隠してはいたが、

卓越した武術で警察官を素手で気絶させたという。

その警察官の証言から、イシュヴァールの武僧に伝わる格闘術が行使された可能性が極めて高かった。

 

この国の民にイシュヴァールであった出来事を主張して、

この国を内側から変えて行こうという、見過ごせない危険な思想テロリズムだと軍上層部は判断した。

国家の治安を乱す違法者の強力な戦闘力を抑えられる、更に強力な秩序の護り手、――――即ち、リーガルの出番である。

 

 

 

 

 

「これは場合によっては、アメストリス刑法第一条の大逆罪が適用されるのではないだろうか?」

 

喫茶店のテラス席で、今日もアメストリス六法大全を読みふけりながらココアを嗜むローズ。

六法大全の内容は全て記憶済みではあるが、やはり六法大全の紙をペラペラと捲る感覚は何時になっても良いものである。

そこにはこの国の正義の全てが記されてある。即ち、彼らの正義でもある。

 

 

ふと隣の席を見ると、アームストロング少将とその副官マイルズ少佐、そしてグラマン中将とその部下が、

演習の成果をコーヒーを飲みながら語っていた。

 

ローズは、まあ、その四名なら流石に会話の内容も当たり障りのない所で留めて、

機密に関する事はこんな場所では話さないだろうと、

再び意識を先程まで読んでいた六法大全の467ページ目に視線を戻した。

 

その時だった。

 

 

「そう言えば、演習が終わった後市街にこう言う本が撒かれていたそうだ。

面白そうだったから1冊拾ってきた」

 

 

北方の偉大なる少将閣下が一冊の本をテーブルの上に叩く様に置いた。

ローズはその音の方向をチラリとみると、例の本がそこに在った。

 

カップを置いてすたすたとそのテーブルへと向かった後、その本をさも当然の様に回収した。

 

「私はローズ・ジャスティ。大総統府付き独立法務執行官をしております。

この書は風紀を著しく堕落させる悪書ですので、回収させて頂きますのでご了承の程を願います」

 

その回収に待ったをかけたのは、北のトップでも無く、東のトップでも無く、

北の将軍様の配下に過ぎないマイルズだった。

 

「何の理由があって、その本を悪書と判断する?」

 

その言葉は疑問の形をした詰問だった。

少なくともローズにはそう受け取られた。

 

「国家がそう指定したからです」

 

「…そうじゃない。俺はその本の中身はまだ読んでないが、

虚構だけで彩られた本と言う訳では無いのではないか。

ならば内容を確認する位は問題ない筈だ。

法律とは何だ、人を救う為の物ではないのか」

 

 

オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将は黙認してやるから好きに語れという表情で咎める様子は無い。

グラマン中将は何処か鋭い光を目に湛えながらも、その視線は思いっきり少将の胸元へと向かっていた。

 

 

「貴方がどう思うかなど全く考慮する必要性はありません。

国家が、法がどう定めるか。それを僕がどう解釈するかだけがこの問題の解答です。

そこには争点も不明点も一切存在しません」

 

そう言いながらその本を回収して先程ローズがいたテーブルの上にあるカップを取り、

その中身を全て飲み干すと、会計を済ませて喫茶店を後にした。

 

 

 

 

彼はその後、町の広場にある悪書回収箱に本を投げ入れると、先程マイルズに告げられた言葉を思い出して、

そしてその記憶を追い払う様に呟いた。

 

 

 

「法律が何かだと?

知れた事だ。――――――――僕が法律だ」

 

それは法の番犬としての自負と、それ以外の何かが混じった感情の発露であった。




一体、例の本の執筆者は何イルズさんなんだ()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怨讐独白ソリスト

※一人称です


あの男(ロイ)はあの日を覚えているのだろうか、

窓から見える月を見上げながら昔日を思い浮かべてみる。

 

 

 

あの男()と会った日、師匠の所で修行していた僕に、

後から2人目の弟子としてやって来たあの男がした最初の挨拶を僕は今も覚えている。

思えばあの溌剌とした第一印象がリザの好みだったのだろうか?

 

未だに片思いをしている女性の顔が浮かんで、ローズは頭を振って思考の道筋を戻す。

今思考に浮かべたいのは、リザでは無くあの男だ。

 

思えばあの男が父親の面影を強く残していた事を、もっと早くおばさんに問い詰めていれば良かった。

おばさんが養子を取ったのは、偶然出会った孤児に対する慈愛かと勝手に思い込んでいた。

そう言えばあの男は、母さんと離婚した資産家の父親と、喋り方やふとした時の癖にも共通点がある。

 

両親の離婚の原因は、父親が婚姻の前に付き合っていた女性が実は妊娠していて、

それが発覚した後、父親は母さんでは無くその女を取った。

 

だが、その後母さんも妊娠が発覚した。

それでも、母さんはそれを父親には告げずに一人で僕を産んだ。

 

ある意味、あの男の存在は僕と母さんにとって諸悪の根源だった。

あの男は産まれた時から僕から奪い続けていた。父親も、裕福な生活も。

それを最初から知っておけば、あの時にあの男と親友などと呼ばれる関係になどなりはしなかった。

 

 

救いは、何処にもない。誰も与えてはくれない。己で掴むしかなかった。

だから僕は必至で師匠を越えようと努力した。師匠を超える錬金術師になれば如何なる場所ででも栄光を掴めると、

僕は乗り越えるべき壁として最高の存在だと、あの時師匠を評価していた。

 

師匠の居る場所まで辿り着いて、師匠を越えて、師匠の後をリザと共に継いでいく。

僕はあの時そうできると思っていた。

 

 

だが、違った。

師匠が選んだのも、リザが選んだのもあの男だった。

一体、僕に何が足りなかったというのだ。

努力だってあの男以上にしたし、あの男以上の成果も出した。

親友であったあの男が無茶(・・)をしたと知った時、その術式に介入して僕だけがその代価を支払った。

にも拘らず全てを失った。あの男が全てを持っていった。

 

その後、あの男が蘇らせようとしたものを聞いた時は衝撃だった。

それはロイ・マスタングの弟だった。

あの男の父親は何処かで偶然、前妻が身籠っていた事を知ってその子供に会おうとしたらしい。

己の妹がこっそり自分の前妻の家に生活費を仕送りしていた事を知った父親は、

おばさん経由で子供()に会おうとしたそうだ。

 

だが、おばさんは母さんの遺言通りに、僕も死んだことにして遺品を送り付けて、父親との連絡を完全に遮断した。

それからしばらくして、あの父親はイシュヴァール人の子供を撃ち抜いた事になって、

戦争を誘発した罪で銃殺刑となった。

 

その直後頃に、あの男は僕の師事している錬金術師の弟子になった。

 

ひよっこの弟子に基本的な禁止事項とその理由をしっかり説明しなかった師匠も師匠だが、あの男もあの男だ。

あの時錬金術の恐ろしさを未だ理解していなかったあの男が、人体錬成を行おうとした事も驚いたが、

会った事も無い弟を錬成しようとしたという事には更に驚いた。

あの時の錬成の触媒は、あの時嫌がらせに父親に送り付けた、血に漬けた僕の遺髪(・・)だった。

 

あの時、僕自身を錬成しようとした陣に対して、僕自身が介入したから被害は最小限で留まったのだろう。

あの男が自分だけで何とかしようとしていたら、恐らく今頃は向こう側(・・・・)にいたのかも知れない。

 

僕はあの男が母の仇であるという可能性に苦しんだ。

後にあの男と決別した後、クリスおばさんに確かめるまで、確証の無い虚実に恐れ戦いた。

 

その後、師匠は手を合わせるだけで錬成が可能になった僕を見て、急激に冷めていった。

代わりにあの男は師匠に気に入られていった。

 

 

そしてリザも…、リザは何時しかあの男の事を目で追っていた。

 

 

 

 

師匠が亡くなった後、予め用意されていたのか、僅かな文が遺書にしたためられていた。

それらは錬金術の秘奥でも何でも無く、只の挨拶でしかなかった。

そして、その挨拶の中には、遂に僕の名前は載っていなかった。

 

 

それでも、それでも僕はあの男の親友という立ち位置に在った。

だが、僕達の父親が引き起こした戦争の中でそれすらも崩壊した。

あの男だって、慈悲無くイシュヴァール人を殺していたはずだ。

 

だと言うのに、積極的にアメストリスの国益の為に敵を絶滅させようした僕を否定した。

僕は何一つ間違った事はしていなかったはずだ。

沢山敵を殺した事は間違いでは無い。正解だったはずだ。

アームストロングを咎めて、彼に彼が逃がしたイシュヴァール人に止めを刺す様に指導して、

その指導に従わない彼により、軍の規律が乱れる事を恐れた僕が止めを刺した。

キンブリーは何かを言っていたが、僕はそれらの事自体には喜びも抵抗も無かった。

只すべき事をしただけだ。

だが、敢えて言うとすれば僕はそれで認められたかった。

全てを奪われて、否定されてきた僕にも為すべきことを無し、それで評価される喜びを教授する事は許可されていた。

法律にもそれを否定する記述は書かれていなかった。

 

だが、イシュヴァール人を溶かして、呼吸困難にして、毒性ガスで殺しつくす僕のやり方を批難して、

あろうことが僕を焼きやがった。

 

戦争の終結が最早秒読みである事が解っていても、その命令が発布される最後の一秒までは、

命令通りイシュヴァール人を壊滅しなければならなかったはずだ。

 

なのに敵では無く、親友(・・)に師匠の錬金術を行使した。

僕が手に入れる筈の力で、僕を攻撃した。親友であったはずのこの僕を。

 

…無論、火傷はもう残ってもいないし、ワザとで無かった事は状況的に理解している。

僕がイシュヴァール人に止めを刺すために酸素濃度を急激に高めている所に気が付かなかったあの男が、

僕の行動を止める為に牽制で放った焔が拡大しただけだ。

 

だが、間違いなくあの時アイツは僕よりも、敵の命を取った。

僕は決してこの事を許す事は無いだろう。

 

 

ロイ・マスタング。お前は実の弟で親友のこの僕を焼いたんだ。

 

 

 

 

そう思い出に浸っていると、何故か治ったはずの火傷の痛みが未だ引き摺っている気がした。

今夜も、夜空は蒼く、月は真白く美しい。




若干ヤンホモ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

洗脳都市開発デストロイ

「やあ、エルリック兄弟。20日前の器物破損罪と、12日前の逃走犯の幇助罪はきちんと罰金を払ってきたか?」

 

「……出会い頭に罰金の話から始めるのって一体どうなんだ?」

 

 

 

「特に君とは罰金を払う側と払わせる側以外の関係は無いから道理だろう?」

 

「…払ったよ。払わないとそのバイクの染みにされそうだしな」

 

あー、いきなり嫌な奴に会ってしまった。

そんな気持ちで空を見上げるエドワード・エルリック。

彼が見上げる空は気持ちが良いくらいに快晴である。

 

 

「所で君達は()という存在を信じるかい?」

 

「こちとら科学の徒、錬金術師だぜ? それとも何か、あんたは信じてたりするのか?」

 

いきなり神の実在について問い始めたローズに、エドワードは首を振って否定した。

 

 

「いや、信じていない。僕の信仰はこの聖書に奉げているからね」

 

ローズはアメストリス六法大全を取り出すとエドワードに見せた。

彼の入信している六法大全教は、恐らくジャッジと同じ人数しか信者はいないだろう。

 

 

「困った時や、迷った時にはこの書に全てが書いてある。

人を救うのは神じゃない。法だ。六法大全は本屋で買えるから君も読んでみると良い。

では、そろそろ休憩は終わりだ。仕事に取り掛かるとしよう」

 

そういうとローズはジャスティスに乗って道を駆けて行った。

尚、あらゆる通路を走破する事がリーガルには許可されている。

これは最新版のアメストリス六法大全にも記述されているので問題のある行動では無い。

 

 

 

「それにしても、罰金の話と神の実在の会話しかしてないって、

アイツの話題選びのセンスなさすぎねーか、きっと友達いねーぜ?」

 

「それは言い過ぎだよ兄さん」

 

きっとこの兄弟の会話が聞こえていたら、ローズはアメストリス刑法第73条侮辱罪だと告げていたに違いない。

 

 

 

 

 

その後、この兄弟はリオールの街で急速に広がっている宗教、教主コーネロの絶対権者と崇めるレト教の話を聞き、

どうやら『奇跡の業』の使い手コーネロが錬金術師ではないかと判断し、

またその錬成の歪さから、彼の錬金術が『賢者の石』を使用したものではないかとあたりをつけた。

 

コーネロは教会に訪ねてきたエドワードの詰問に、当初は己の奇跡の業は錬金術の類では無いと言い張ったが、

流石に賢者の石の指輪が種ではないかとまで見破られては、それ以上取り繕う事は無かった。

 

それどころか――――、

 

「死をも恐れぬ最強の軍団で、あと数年のうちに私はこの国を切り取りに掛かるぞ!!

はははははははははははははは――――――――――――」

 

そう高笑いした。だが、その高笑いは教会のステンドガラスを突き破り、飛び込んできた鋼鉄の塊の排気音に掻き消された。

 

 

 

「詐欺罪、扇動準備罪並びに、特級犯罪、国家反逆の罪状で教主コーネルお前を逮捕する。

弁明は聞かない。交渉は受け付けない。情緒酌量は特級犯罪には適用されない。

抵抗すれば、この場で射殺する」

 

一方的な要求を左手に構えた拳銃と共にコーネロに突き付けるその者は、

大総統府付き独立法務執行官――――――通称リーガル。

一切の容赦も情けも無い冷徹で忠実な法の番犬である。

 

その名前はコーネロも聞き及んではいた。

だが、コーネロも一国を手に入れようと言う野心がある程の男である。

此処で、はいそうですかと引き下がるつもりは無かった。

 

 

「狗は猫の相手でもしておけ」

 

コーネロは百獣の王ライオンと闇水の咢ワニの合成獣(キメラ)を呼び出してローズへと嗾けた。

ローズはそれを受けて宣告した。

 

「公務執行妨害も罪状に追加する。刑罰は変わらない。死刑以上の刑罰は無い。

だが、これ以上罪を重ねずに降伏する事を推奨する」

 

 

要約すれば、どのみち死刑だけど大人しくお縄につけという事である。

リーガルの職員の半数に言えることだが、彼らが法務と執行のエキスパートである故に、

交渉という発想がそもそも弱い。

というか根本的に自分が正しいと思っている故に、交渉が余りにもヘタ過ぎた。

 

エルリック兄弟も、流石にあの交渉は無えよと呆れていた。

 

 

ローズは集団的自衛権と国家に尽くす錬金術師の本分、

加えてこの状況から正当防衛でコーネロの殺害をリーガルの権限で許可すると彼ら兄弟に宣告しながら、

キメラに対して躊躇無く発砲。どう見ても拳銃の威力では無い明らかなオーバーキルがキメラを襲った。

 

銃弾を特殊な錬成陣で加工しており、銃身内の腔綫で回転した銃弾が、

銃口の円を潜る時にその効果が発揮される。

 

その効果は強力な火炎放射。エドワードは『焔』の二つ名を持つ何処かの大佐を思い出した。

コーネロはその威力にまともにやり合っては勝てないと先程までの威勢が一気に消え失せて怖気づいた。

 

 

そのまま、ローズはジャスティスで階段を駆け上がり、コーネロを追いかけた。

コーネロは壁を何度も生成しながら逃げ出したが、その壁をまるで水で固めた小麦粉を砕く様にジャスティスは突き破り続けた。

この機械式二輪車も特別な物で、車輪とエンジンに錬成陣が描きこまれている。

それによって様々な無理を可能とするリーガルの相棒だった。

 

コーネロは建物の構造を知る自分だからできる裏ワザで狩人から逃げていた。

放送室に向かう途中の全ての壁を扉に変えて最短経路で逃げる事にしたのだ。

 

 

何とか放送室に辿り着いたコーネロは放送設備のスイッチをONにして、死をも恐れぬ戦士の候補者たる信者達に、

今すぐ助けに来るように放送した直後、撃ち抜かれて死んだ。

 

放送しようとした時、扉を粉々に砕きながら突入するジャスティスを駆るローズがそのまま発砲したのだ。

コーネロは咄嗟に防御しようとしたが、そこで『賢者の石』が、正確にはその粗悪品がエネルギー切れで壊れた。

 

 

リオールの町中に放送で発砲音と教主の断末魔が響き渡った。

そして放送室でジャスティスから降りたローズはそのまま放送を使い、町の人々に呼びかけた。

 

 

 

「大総統府付き独立法務執行官の者だ。

レト教教主コーネロを国家反逆及びその他の罪で処刑した。

彼の遺志に従い国家の反逆を企てる者にも同様の処罰が降る。

現段階で既に罪を犯した者は、最寄りの警察署で取り調べを受けて裁きを待て。

尚、特級犯罪故に弁明や諸事情は一切考慮しない」

 

ようやく追いついたエドワード達が呆れる程融通性の無い、

法の番犬の咆哮が町中に響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

汚職炭鉱ラプソディ

エドワード達がリオールを去って汽車でユースウェル炭鉱へと向かっていた。

その汽車に乗っているものは、人間が二人、鎧とバイクが一つずつである。

 

 

「なんでアンタが汽車に乗ってるんだ」

 

「流石に機械式二輪で長距離を行くのは疲労が溜まる」

 

 

「いや、そうじゃなくて東部の果てに何しに行くのかって聞いてるんだけど」

 

漸くエドワードの質問の意図を正しく理解した、ジャスティスの持ち主ローズは得心したと言う風に答えた。

 

「それについては秘密事項だ。それより飲食店で器物破損を犯したという情報があるようだが」

 

「…証拠はないだろ? ラジオは新品同様の物しかあそこには無い筈だ」

 

 

「……証拠がない以上断定はできないか。

残念だよ。一応現地の一般警察官に証拠を集めて貰ってはいるが地域の住人が非協力的なのだそうだ」

 

そう言って、六法大全の551ページに視線を戻したローズに対して、エルリック兄弟はこの男に友達はいなさそうだと思った。

 

 

 

その後、ローズとは一切の会話をすることが無く、エルリック兄弟は気まずい時間を過ごした。

エルリック兄弟は終着駅の炭鉱の町ユースウェルで、ローズと共に汽車を降りた。

ローズは汽車から降りるや否やジャスティスに乗って何処かへ去って行った。

 

エルリック兄弟は酒場を兼ねた宿場に泊まる事になった。

元々ぼったくりの気があったが、エドワードの方が有名な国家錬金術師だとわかると周囲の態度が急変。

軍の狗である国家錬金術師に喰わせるタンメンも、寝かせるベッドもねえと周囲の酔っ払い共に追い出された。

 

その後、一人で宿泊したアルフォンスがその事情を聴き、

お上に何時もひどい目に遇わされてきた事を、炭鉱夫達の愚痴から知った。

 

ドアの外に追い出されたエドワードの為にアルフォンスは自分の為に出された食事を持ってきた。

高い宿泊費の割には多くない食事だったが、

中身の無い鎧の身体の為、食事が必要ないアルフォンスには自分の取り分は要らないので、

丸々エドワードに譲渡できたのだ。

こういう時に正義の代名詞を気取るあの青年ならどうしただろうか?

ふと彼ら兄弟は駅を降りて直ぐに居なくなった青年を思い出した。

 

 

その夜、エドワードが追い出された酒場に、この炭鉱の経営者であり軍に所属しているヨキ中尉がやって来た。

一方的に給料の削減を告げ、それに激昂した少年に布巾をぶつけられたヨキは見せしめに、

部下に命じて少年を切り捨てようとしたが、間一髪のところでエドワードがその鋼の義手でサーベルを受け止めた。

 

そして自分が国家錬金術師のエドワード・エルリックだと名乗ると、先程の酔っ払い炭鉱夫と同様に態度は急変。

ただ、その方向性は極めて友好的な方に向いていたが。

 

その後、エドワードはヨキの屋敷へ招待されて食事などの歓待を受けた。

そして賄賂の代わりに融通を図るように要求された。

 

 

三日月が空に登る頃、ヨキの部下達による放火により、

炭鉱夫の棟梁である男の家であり、酒場であり、宿屋であった建物が全焼した。

その火事を知らせる鐘の音は、喧噪も無い寂れた町に広く響き渡った。

 

何故この町を去らないと非難していた棟梁に聞いたエドワードに、

この町が家で棺桶だと告げる棟梁の言葉が低く響いた。

この町の人々の生活が火葬されるにはまだ早すぎると少年の青い心に響いたのである。

 

 

 

外れにある静かな町でも更に静かな場所に、エルリック兄弟はいた。

 

「これだけの量の金があれば、経営権は買い取れるか」

 

「…仕方ないね、兄さんは」

 

この町の人々を根本的な意味で救う為に、石炭にもならない悪質な石材、

1トン以上は優にあるボタ山を金に変えて計画の下準備をしようとエドワードが手を合わせた時だった。

 

 

 

「国家錬金術師3原則。

一つ、軍に忠誠を誓うべし。

一つ、人を造るべからず。

一つ、金を造るべからず。

さて、エドワード・エルリック、その石材の上に金貨を乗せて、これから何をするつもりかな?」

 

 

闇夜でもはっきりわかる白と銀の色彩で構築された制服を着た男が歩いてきた。

 

「いや…これは…」

 

言葉を濁すアルフォンスに対照的に、エドワードは威勢よく答えた。

 

「大衆の為に在れ――――錬金術師の誇りを実行するだけだ」

 

 

 

 

「――ならば、それ以上君は何もしなくていい。

問うのは収賄罪だけで許してあげよう、

そのヨキの印の入った袋と、中に入っていた金貨の件だけは問わせて貰う」

 

「……見逃してはくれない…か」

アルフォンスは、残念そうにそう呟いた。

それはローズにとっては、全く以って問うまでも無い事だった。

 

 

「誰に物を言っている。罪を見逃さない事が僕の誇りだ。

エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリック、良い機会だ。

人を救う為に必要なのは錬金術でも腕っぷしでも謀略でもない。

ただこの本を読み、信仰し、実践するだけでよいという事を教育してあげよう。

着いてくるが良い。

――――――ああ、収賄罪の罰は、受け取った罰金に5割を加えたものだ。

後日裁判所に届け出るように」

 

 

六法大全を片手に持ったその嫌味な後姿は、一瞬良く知った誰かに似ているように兄弟達には感じられた。




基本的に犯罪者とロイ以外には良いヤツ。但し、人に好かれる性格では無い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金銀洞窟袋ノ鼠

「おはようございます、エドワードさん」

 

「やあ、ヨキ中尉。昨日の火事は酷かったですね。鐘の音で起こされてしまいましたよ」

 

 

「ええ、ええ、それは申し訳ございません。

ご覧のとおり、自分の煙草の不始末も出来ない様な頭無しが多い地方でして…」

 

ヨキの屋敷の玄関前で爽やかに挨拶するエドワード。

彼にゴマを擦るヨキは、酷く低姿勢の猫撫で声で、ナチュラルに炭鉱夫達に責任を押し付けたヨキ。

その白々しさに内心でイライラしつつも、友好的な仮面を張り付けたまま、エドワードは会話を続けた。

 

「それでですね、昨日言っていた中央への口利きの件なのですが、

偶々顔見知りの大総統府の本部で勤務するエリートの方がこのユースウェルに来ていたのを知りまして、

折角などで、是非ヨキ中尉とお知り合いになって貰いたいと思いまして…」

 

「それは、本当ですかっ!? ああ、ありがたやありがたやぁ~」

 

昨日渡した賄賂が、いきなり今日になって成果を発揮するとは思わなかったヨキは喜んだ。

しかも中央(セントラル)のエリートだと言うのだから将来性もある話だった。

 

「それでは、此処に呼びますね」

 

よし、これで出世街道を鰻登りどころか、滝登りだと喜んだヨキの待ち望んだ人物がやって来た。

 

エドワードの後ろから、白銀の衣装に身を包んだ青年が歩いてきた。

 

「大総統府付き独立法務執行官ローズ・ジャスティだ。

ヨキ、お前を贈賄罪及び、脱税、偽証、脅迫、殺人示唆、放火並びにその他六犯の罪で逮捕する。

贈賄とそれに関する偽証については、東部方面軍司令部にて七件、先日にこの地域の軍の分屯地で三十六件を確認した。

既に彼らは処分済みで、自白の供述書を記入している」

 

ヨキは思わずエドワードを見たが、年若い国家錬金術師は悪びれた様子も無い。

成程、確かにローズは中央勤務のエリート。ヨキの見立ては間違っていなかったし、

エドワードも何一つ嘘はついていない。

 

「尚、それらの資金源となった炭鉱の経営権等については一先ず国が差押えとする。

但し、その後罰金が支払われたならば直ぐに、個人資産として返却しよう。

結論から言えば、引き続き事業を続行可能だ」

 

差し押さえという言葉で、勝利したかと思ったが、返却されるなら結局、経営権はヨキのままだ。

何時もの様に、最後に余計な事を付け加える交渉のセンスの欠片も無いローズにエルリック兄弟は若干呆れた。

 

 

「…勿論、稼いだ端から賄賂につぎ込んだ分の罰金を払う余裕があればの話だが。

既に判明しているだけで、大層な額になっている。

残念だ。それだけ賄賂を払う資産があるなら、しかりと納税義務を果たすべきであった。

所で、六法大全551ページに記述されてあるアメストリス刑法第五十七条収賄・贈賄の罰金は、

果たして幾らだったかな、答えてくれエドワード・エルリック」

 

「……収賄は受け取った総額の1.5倍」

 

態々、エドワードに聞いてくるあたり、嫌な性格をしているとエルリック兄弟は本気で思った。

こんな事ばかりしているからリーガルはますます嫌われていくんだろうな、と。

この地域では絶賛嫌われ者仲間である国家錬金術師の自身を振り返ることなく。

 

 

「そう、正解だ。やはり法律を学ぶという事は素晴らしいだろう、エドワード君。

補足をすれば、贈賄に関しても同額の罰金が課せられる。

 

ヨキ、先程エドワード君が言ったように、この国の法律では賄賂が起きた場合には、

先ずはその資産を元の持ち主に返す。その上で総額の半分の額をそれぞれ罰金として国に治めるという形になる。

収賄した者、贈賄した者は賄賂の半額を失い、国家が賄賂の総額と同額を接収する。

つまり、形式上では罪を償った上で、今まで払い込んだ賄賂の総額の半分が帰ってくると言う訳だ。

今後は脱税や贈賄をせず経営をするといい」

 

ヨキの顔色が徐々に回復した。

世の中は強い者が動かしている。弱者には世の中を動かす力が無い。

故に強い者が有利な仕組みになっている。ある意味、世の中を動かす労力と能力への報酬とも呼べるかもしれない。

『力』――それには、権力、武力、そして資金力等が含まれる。

 

つまり、金を持っているヨキには賄賂が無効になった代わりに、その半分だけでも回収が出来て、

今後ものうのうと炭鉱夫達の犠牲の上に裕福な暮らしができる。そういう事だった。

勧善懲悪に一番近い職にありながら、性質は程遠い国家の狗の在り方に、

エルリック兄弟だけでなく、彼らが事前にローズに集めておくようにと言われて集めた炭鉱夫達も、

やはりお偉い役人かという失望の色を隠さない。

 

 

しかし、己が正しい正義であると自認するローズにはそれらの視線は全く気になるものでは無かった。

寧ろ、気にする性格であればここまで友達がいなさそうな男にはなっていない。

 

 

 

「今説明したのは罰金刑の部分だけだ。故意による有人の家屋に対する放火又はその示唆は重罪だと把握しているか?

殺人を示唆した事を事実と含めれば、極刑という結論を否定できない。

さて、昨日の火事について問おう。故意によるものか、偶然家の近くに石炭と新聞紙が置いてあり、

煙草の火で着火したものなのか、どちらだ?」

 

 

それは一種の脅迫であった。だが、それを告げた本人には何の自覚も無い。

 

「ぐ…偶然です…偶々落とした煙草で火が付いてしまいました」

 

ヨキの部下が耐えきれずそう答えた。

周囲のギャラリーは口々にアレは放火だと騒ぎ立てるが、ローズはヨキの部下の自白の言葉を調書に記録した。

ヨキは放火…もとい失火の事実が言質を取られた事に気が付き、再び真っ青になった。

 

「この時点での判決を下そう。

少なくとも15年以下の懲役だ。抵抗するのなら此処で射殺する。大人しく裁きを受けるが良い。尚、弁明も交渉も認めない。

ああ、先程の話に戻るが、罰金の払い方はそこのエルリック兄弟に聞いても良いし、

今、地方裁判所でお前から賄賂を受け取った罰金を払っている者達にでも聞けばいい。

受け取った賄賂を使い込み、罰金を払って一文無しになった上に公職追放で職を失う事になった彼らにな」

 

ヨキの顔は先程も随分と血の気が引いていたが、人間は此処までなるのかという程更に顔が青褪めていた。

 

 

「彼等の多くは罰金刑と公職追放以外の沙汰は無く終わった。

もしかしたら明日にでもこの炭鉱で働きに来るかもしれないな。

勿論、彼等の中には懲役の者もいる。顔見知りと同じ房に入れる様に口をきいておこうか?

互いに犯罪を犯してでも利益を追求する無為さについて語り合えるように」

 

経営者として残っても、刑務所の中の囚人としても碌な未来が待っていない事が容易にヨキには想像できた。

そして、罪は裁き、悪は挫くが、窮地のヨキを救おうとする類の善性は目の前のリーガルは持ち合わせてい無さそうな事も。

 

だが、更にローズの追及は続く。

 

「所で、失火疑いと贈賄以外にも脅迫や殺人未遂等という話も聞いている。

それらは残念な事に現行犯では無いので証拠か証人が必要だ。

さて、今この周りには証人になり得るかもしれない炭鉱夫達が待機してくれている。

果たして彼らはその証言をするかどうか、その事で処分を決定しよう」

 

 

ヨキは恐る恐る今まで自分が散々虐げてきた人々の顔を見る。彼らの証言次第では死刑が執行される。

彼等は皆、腕を組んで恐ろしげに笑って、

 

 

「そりゃあ、アンタ次第だな」

 

 

 

 

 

そう答えた、先程家を失ったばかりの炭鉱夫の親方に、

ヨキは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、炭鉱は国営となり、回収された賄賂の一部は炭鉱夫達への臨時ボーナスとして支払われた。

ヨキが連行された後、先日の放火…もとい失火で焼け落ちたが、エルリック兄弟が錬金術で再建した、

炭鉱夫の元締めであるホーリングの店で、勝利の祝杯が挙げられていた。

エドワードが無理矢理酒を飲まされそうになったところで、

未成年の飲酒に関する法律と手錠を持ち出した法律屋が空気を冷やしたりもしたが、何だかんだで宴は盛り上がった。

 

炭鉱夫達に見送られながらユースウェルを立つ汽車に乗ったエルリック兄弟。

エドワードは往きと同様に、バイクを車内に乗せて読書をしている同乗者に話しかけた。

 

 

「…ありがとな。正直、真っ当な方法で解決が出来るとは思って無かった」

 

話しかけられた青年は、本を開いたまま視線だけをエルリックに向けると、

 

「礼を言われる筋合いはない。僕はあるべき正義を執行しただけだ。

それに、真っ当な方法以外での解決法なんて存在しない。

 

…ああそう言えば、君はまだ収賄罪の罰金を払っていなかったな。到着駅の最寄りの裁判所で手続きをしたまえ。

罰金は破産による免除対象にならないので忘れず払う様に」

 

そう言って再び法の番犬は読書を再開した。

エルリック兄弟は、やはりコイツは、今まで友達なんかいなさそうだと思った。

それと、本人には嫌味のつもりは無いのだろうが、嫌味にしか聞こえない事を言う口振りが、何処かの大佐に似ているとも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハートビートハードボイルド

ハクロ将軍の乗るニューオプティン発特急04840便が反政府過激派ゲリラ組織『青の団』によるトレインジャックが発生。

独裁者である大総統のブラッドレイによる、戦争が尽きない現在のアメストリスへの糾弾と、

かつてとあるリーガルによって逮捕された、彼らの指導者の解放の要求が犯行声明に盛り込まれていた。

 

対策本部は東方司令部のマスタング大佐率いる部署であった。

そろそろ勤務時間が終わるのでハクロ将軍を見捨てようかというあまりにもあまりな軽口を叩く大佐に、

彼の部下であるフュリー曹長が諌言と共に、乗客名簿を提出した。

 

東部で幾つかの反政府組織の兆候が活発になってきているのに、態々旅行に行くハクロ将軍に呆れながら、

そのリストに目を通したマスタングは、ある名前を見つけて機嫌がよくなった。

 

「『鋼』のが乗っている」と。

 

だが、その下に続くリストを引き続き見た彼の表情は、少し歪んだものになった。

 

「――――それと、青の団の首謀者を捕らえた男もだ」

 

正義の実行者の代名詞として有名な存在に、殆どの部下達は事件は解決したも同じだと安堵のため息を吐いたが、

事情を知る彼の腹心、リザ・ホークアイ中尉はただ俯く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

犯人の人数は合計で十名。

ハクロ将軍の家族を人質にした一等車の中には、テロリスト達が四人、機関室に二人待機していた。

そして一般車両に移動してきた四人が、その車両の乗客達を纏めて人質にしようとしたが、

そこには有名な一切の黒を含まない白と銀で構成された制服に身を包む、

法律の番犬が其処に居た。

 

「大総統府付き独立法務執行官ローズ・ジャスティだ。

お前達を『青の団』残党だと断定する。

申し開き、陳情、交渉の類は一切受け付けない。

国家反逆罪及び、武器の不当所持及び使用、殺人等の罪で有罪。

判決――――――――――――死刑」

 

一方的に突きつける正義の宣告。

それと同時に彼が構えた銃の引き金が引かれる。

その拳銃も銃弾も特別仕様(オーダーメイド)

ライフリングの回転で加速した紋章が刻まれた弾丸が銃口の円と揃う時、

その銃弾の真価が発揮される。

 

 

発射された細長い銃弾が、その形を更に細長く変え、

まるで串の如き形状になると、前の車両から移動してきた四名を纏めて貫通した。

 

ローズは未だ眠っているエドワードを起こすと、国家に従属する者の義務として協力するように命じた。

寝ぼけたエドワードが動けるようになり次第、支援させろとアルフォンスに告げ、

尤も、その頃には終わっているハズだと付け加えると、

車両の側面にある乗下車用の扉を解放して、機械式二輪車――通称ジャスティスに乗ってそのまま飛び出した。

 

 

乗客達が見守る中、汽車と並走しながら疾走するバイクは、更に加速して一等車の側面に並んだ。

ローズは銃を一等車の窓に向かって撃ち出す。

弾丸の種類によって効果を変えるリーガルの標準装備。

この拳銃が今回撃ち出した銃弾の弾種は閃光弾。

 

車内が轟音と閃光に包まれるや否や、サングラスを何時の間にか付けていたローズは、

車両の側面にジャスティスごと突進した。

 

機械式二輪車ジャスティス。このバイクは特殊な(・・・)燃料を使用したリーガル専用の特殊装備だ。

無線による遠隔射撃など様々な機能があるが、やはり特筆すべきはその走破能力。

 

跳躍だけでなく、激突した物体を分解して如何なる障壁をも突き抜ける事が出来るリーガルの相棒だ。

 

 

 

壁に背を付けて立っていた男一人を反対側の壁に吹き飛ばし、

人質と残り三人のテロリストを分断するように正義を駆る男は急停止した。

 

犯行グループのリーダーであるバルドは、未だ先程の閃光から十分に復帰していなかったが、

僅かな視界に映る穢れない正義の象徴である制服を確認した。

バルドはその服に身を包む男の顔を知っていた。

嘗て彼の右目を奪い、己の所属する組織のボスを逮捕して壊滅に追い込んだ、国家の狗――ローズ・ジャスティ。

交渉や事情などを一切受け入れない冷徹な執行者。

 

「お前はっ!!!!」

「――裁きの時だ」

 

 

 

反政府組織『青の団』。彼らはここで完全にその願いを成就する機会を失った。

バルドを含む一等車の四名と、

機関士に銃を突き付けて一等車にやって来た二名のテロリストの額には空虚な穴が開けられていた。

もう、彼らは二度と罪を犯す事は無いだろう。

 

 

 

 

大総統府付き独立法務執行官。

様々な専用武器と高い能力を駆使する、戦う裁判長。

彼らの最大の武器は、専用の銃でも、専用の機械式二輪車でも無い。

――――――――法律である。




ハードボイルド展開。
但し、主人公は童顔である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

停滞感覚レミニセンス

青の団は壮大な犯行声明を出した結果、僅かにハクロ将軍の護衛を殺害した以上の成果を出す事無く全滅した。

青の団の残党は再興も、首領の救出も、世間への影響も生む事無く死体となって駅へと着いた。

 

駅にはトレインジャックの犯人達を捕らえるべく、アメストリス東方軍の者達が待ち構えていた。

一般乗客の人々が、恐怖の現場となった汽車から離れたいと急いで駆け出した後、

軍人達が車内に乗り込んでハクロ将軍を迎えに行き、合わせて物言わぬ屍となったテロリスト達を回収した。

 

その後に車両から下車したエドワード達を、一応の今回の責任者であるアメストリス軍大佐、ロイ・マスタングが出迎えた。

 

「やあ、エルリック兄弟、―――――ローズ」

 

 

少しだけ空気が張り詰めた。

エドワードはそれを軍内部の管轄争いかと判断した。

宮仕えは大変だと、自分が国家錬金術師である事を棚に上げた他人事の目線で。

 

兄と同じ結論に至っていたアルフォンスは、空気を和ませようとしたのか、

言わなくても良い発言を放り込んでしまった。

 

「やっぱりこうして見るとちょっと似てるよね」

 

「ああ、嫌味な所なんて瓜二つだ。もしかして親戚とか、生き別れの兄弟かだったり?」

 

弟のパスを抜群の連携力でキャッチした兄はその爆弾の導火線の根元に直接着火させてしまった。

 

 

「「誰がこんなヤツとっ!!」」

 

焔の錬金術師ロイと、法務の番犬ローズは完全に同一のタイミングでエドワードに吠えた。

エルリック兄弟にはやっぱりこの二人は似ているなと再確認した。

 

 

ロイと同じ空間にいるのも嫌なのか、ローズはジャスティスに乗ると後で管轄の東方司令部に報告書を出すと言い捨てて消えて行った。

大人げなく怒った大佐と、暗い顔をして俯いているホークアイ中尉には流石に聞けないと思ったエドワードは、

特に聞いても問題無さそうなハボック少尉にローズとロイの関係を聞いた。

 

「あの二人って仲悪いのか?」

 

「俺も詳しくは知らないけど、昔は親友だったって噂――――「ハボックッ!!」…ま、まあ…あくまで噂だ」

 

上官のロイに遮られたハボックがそこで話を止めたので、エドワードはそれ以上知る事は出来なかった。

ただ、その大佐の声と表情から、よっぽど訳アリだという事は理解できた。

 

 

 

それから暫く時間が経った後、

エドワードはちょっとした知り合いでもあるマスタングの執務室にいた。

恐らく副官のホークアイが片付けているのだろう。部屋の整頓はしっかりとされていた。

 

勝手に触らない様にマスタングに言われた本棚を、エドワードはジロジロと眺めて、ある本を棚の中に見つけた。

 

「アメストリス六法大全…」

 

他の本と違い、明らかに使われた形跡のないその本は埃を被っていた。

法の番犬がこの本の状態を見たならば、批難するか憤慨するだろうとエドワードは思った。

 

挙句に背表紙を見るに、製本年はかなり古い。

最早、情報保障分野や通信分野などの近年変更が著しい分野は現在の規則に正確でないどころか、

記述が無い部分も多いだろう。

 

エドワードはその本を引き抜くと、

中に挟まれていたのだろう。

その本の隙間から一枚の写真がヒラヒラと床に落ちたので、それを手に取った。

 

「これは…」

 

 

やつれた金髪の男と、その娘らしき少女。

そして肩を組み合った少年と青年の間であろう二人の黒髪の男性が映っていた。

 

 

「返して貰おうか」

 

何時の間にか背後にいたマスタングに写真を奪い取られ、六法大全は本棚に直された。

 

 

「なあ大佐、これ…もしかして」

 

「その話をしたいのなら、もう帰って貰おう。

他に聞きたいことがあるなら答えられる範囲で答えてやっても良いが」

 

 

 

 

有無を言わさないマスタングの拒絶に、

エドワードは本来の目的である元の身体に戻る手掛かりになるかもしれない、

合成獣(キメラ)の生体錬成師、『綴命』ショウ・タッカーについての情報をマスタングから受け取った後、彼の部屋を追い出された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喜怒哀楽鹿威し

マスタング大佐の紹介状を携えてタッカー氏を訪ねたエルリック兄弟。

彼等はタッカー氏の許可を得て、大量の檻の中に実験動物が容れられた研究室と、

蔵書量は多いものの、特に価値のある情報は含まれていない彼の研究成果を纏めた資料室を閲覧していた。

結局、それらの実験や研究成果からエドワード達が求めているものは、その日には見つからずじまいで、

タッカー氏の娘ニーナとその飼い犬に別れを告げて帰る事にした。

 

エルリック兄弟が帰ろうとした時、

丁度入れ違いの様に、エドワードがマスタングの部屋で見た写真に写っていた少年に良く似た青年と出会った。

アルフォンスはその青年に問いかけた。

 

「ローズさんもタッカーさんに用事?」

 

「…ああ用事だ。そろそろ子供には遅い時間だ、早く帰ると良い」

 

何時も冷徹で不機嫌そうな表情をしているが、この時は輪をかけてその印象が強かったローズに追い出されるように、

兄弟は帰途についた。途中、エドワードはアルフォンスに、

 

「大人は何時だって子供を遠ざけようとするよな」

 

と呟いたが、エドワードも特に意味があって呟いたわけでも無く、アルフォンスもその意味を理解できなかったので、

その話題は掘り下げられる事無く終わってしまった。

 

 

次の日、エルリック兄弟が未読のタッカーの資料を読みに、彼の家を訪れたが、

入り口には憲兵たちが立ち塞がり、入る事が出来なかった。

 

「一体どうなってる」

 

エドワードがそう問いかけても、憲兵は答える事は無かったが、

彼が国家錬金術師の証明となるアメストリスの紋章が刻まれた銀時計を見せると態度を変えて説明がなされた。

 

 

「タッカーさんを、逮捕…?」

 

「ああ、あまり大きな声では言えないが、

あの野郎、人間を使って(・・・・・・)生体錬成してやがったそうだ」

 

 

エドワード達の記憶に、タッカーとの会話、ニーナや犬のアレキサンダーとの触れ合い、

そしてローズの「子供には遅い時間だ」という声が思い返された。

 

 

 

その時だった。

 

「また奴等に先を越されたっ!!」

 

「軍法会議所の面子が丸潰れだな、ヒューズ」

 

エドワード達も良く知った声の持ち主、ロイ・マスタング大佐とその補佐官リザ・ホークアイ中尉。

そして大佐と長い付き合いのあるマース・ヒューズ中佐がエドワード達の後ろからやって来た。

 

 

「大佐、一体どういう事なんだ?」

 

そのエドワードの質問にマスタングは素直に回答した。

 

「ショウ・タッカーは嘗ての人語を解する合成獣(キメラ)の実験成果を報告したが、

その材料(・・)に彼の妻が使われていた。

それで国家錬金術師の資格を剥奪して逮捕されたと言う訳だ。

解決したのが何処かの法律狂で無ければ良かったのだが、

地区担当としてタッカーの身分を保証していた我々や、

リーガルに手柄を取られたコイツら軍法会議所の人間は、面目丸潰れだ」

 

「ああ、アイツらは法を傘に着た無法者だ。全く嫌になる。

様々な禁止事項が許可されているから、自分達が法律だと奢ってやがる。

それでも、昔はロイとは仲が良かったんだがなあ、アイツ「その話はするな」……悪いな」

 

まただ、またその話になると無理矢理打ち切った。

余程根が深いのだろうとエドワードは理解した。

 

「所でニーナは…、ニーナは何処へ行った!?」

 

「彼女なら孤児院だ。今後この噂が広がっては、この辺りではショウ・タッカーの娘としては生きて行けまい。

遠い孤児院に行くことになったそうだ。

…タッカーはもう牢から出る事も無いだろうからな」

 

 

「ロイ、話しすぎだ相手の年齢を考えろ」

 

「…そうだな。言うべきでは無かった」

 

話を変えるついでに、タッカーの娘の事を問い詰めたエドワードは、少し残酷な現実を知った。

そして、国家錬金術師という資格を持っていても、

世の中には越えられない壁というものが在るという事も。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自縛狂信アニマルマーチ

レイブンさん強化週間


リオールの街。嘗てレト神の名前を使ってコーネロが支配しかけていた町。

その野望は犬の様に法律に忠実な一人の青年と、少年たちによって破られた…ハズだった。

 

今、この街は二分にされて争っていた。

コーネロの死はあの日、町中に響き渡った放送で民衆の知る所となった。

そして新聞にもコーネロがリーガルの構成員に射殺されたと載った。

 

にも拘らず、その三日後、何事も無かったかの様に死んだはずのコーネロは手を振りながらリオールを闊歩していた。

これこそを奇跡の復活だと崇めたてる者、新聞に載せられたコーネロの悪行を信じる者の二つに別たれた。

 

コーネロを信じる者は嫌われ者の国家の狗の陰謀でコーネロ様は殺されたことになったが、

錬金術にも為し得ない奇跡の復活を為し得た。

仮にコーネロ様が元々殺されていなかったとしても、それはそれでこの町をリーガル達が欺いたと主張。

元々リーガルという集団が国民に良く思われていない事も相まって、彼らの勢力の方が多かった。

現在は、一夜だけ死んだ恋人に逢えたという、ロゼという少女が先頭に立って旗を持ち、

勢力を更に拡大していっている。

 

つまり、コーネロが嘗て彼の側近達に言った通りに、国の大盗りが始まったのだ。

これを受けて東方軍だけでは対処できないと、中央の軍も導入された。

 

コーネロを信じる者、信じない者、そして軍隊。この三つの勢力が争い始めてリオールの大地は人々の血を吸い始めた。

 

 

 

 

 

 

「被害は一向に収まる様子はありませんが、我々はどのタイミングで鎮圧すればよいのですか?」

 

混沌に定めの境界線を加えようとする若き秩序の狗の問いに、

彼等リーガルに指揮権を持つ男、――――――レイブン中将が出した答えは、『待て』だった。

 

忠犬は目の前で獲物が誘っている時でさえ、主人に忠実だ。

目の前で方向性の無い我欲同士が互いを喰らい合う時でさえ、忠犬は忠犬であった。

軍事国家であるアメストリスでは、大総統、又はその委任を受けた者の命令による超越は法で認められている。

つまり、この場合レイブンが許可をした事が法であり、禁止する事もまた法であった。

 

 

ローズの中では中央軍の指揮や補給に多くの不備が見受けられ、それにより紛争が長引く事、

罪を犯す者が増え、罪の重さがその者自身を超える重量になっていく所も見受けられた。

だが、彼は国家の飼い犬。民衆に揶揄される大総統府に尻尾を振るペットに過ぎない。

 

 

そして、ついにその時は来た。

彼らの飼い主から『Go』が出たのだ。

この『Go』の意味は敢えて語るまでも無い。

 

 

 

治安を乱す反逆者に対して、リオール中にラジオジャックによる一斉放送が行われた。

 

「大総統府付き独立法務執行官だ。教祖コーネロ、叉はそれを騙る者をアメストリス刑法第一条に則り死刑と断定する。

また、それに与する者も一切の例外無く同様のものとする。

これは決定事項だ。交渉も陳情も抵抗も一切受け付けない。

繰り返す。大総統府付き独立法務執行官だ――――――」

 

 

その放送の後、コーネロについたリオールの住民は只の民間人であるにも拘らず、

同じアメストリス人の者達により躊躇無く無慈悲にその躯を晒した。

解き放たれた猟犬は、怯えながら逃げる獲物達に一切の慈悲を与えず追い続ける。

獣に人の言葉は通じず、人に獣の言葉は通じない。

獣が従うのは飼い主、そして彼らの聖書にだけである。

イシュヴァールの狂信者、レト教の狂信者と同様に、法律という神に祈りを奉げる狂信者。

それが大総統府付き独立法務執行官――――通称リーガルだ。

 

味方や無関係の者には一切誤射をしない正確無比な射撃()と、機械式二輪車による圧倒的な機動力()で、

猟犬達は大地を赤く赤く染めて行った。

 

 

 

その様を見ながら、妖艶な美女と先程までコーネロ教主であった者、そして忠犬である猛獣に『Go』を出したレイブンは語り合う。

 

「何度繰り返しても学ぶことを知らない。…人間は愚かで悲しい生き物だわ」

 

「ああ、本当にそうだよな」

 

「だからこそ私達が永遠の命を手にして導いてやらねばならん」

 

 

軍事大国アメストリス。この国の秩序と平和は黒い血に濡れている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

信仰試験レコンキスタ

コーネロに関してはオリジナルの設定です。


教主コーネロ。

その始まりはある小さな貧しい集落であった。

 

イシュヴァールとの戦争の前から貧しくはあったが、その戦争が始まった時には大した産業も無かったが、

地理的に言い足がかりになると言う理由でイシュヴァールに狙われ、

それに対して焦土作戦として村に対する一切の食糧等の流通を停止させ、

村を枯らせる事で、その拠点としての価値を奪おうとアメストリスは決定した。

 

それにより、食糧難の為にイシュヴァール人による略奪が横行して、その村は壊滅の寸前となった。

その村は今では数割がイシュヴァール人の血を引く混血児で構成されている。その理由は言うまでもない。

 

ただ、イシュヴァール人に村人を裁くその権利は一切無いが、その村にも()はあった。

その村は昔から、旅人を泊めては時折殺して奪い、その秘密を村全体で共有して覆い隠す盗賊の村であった。

加えて、その排他的な性質から、近親相姦を行わなければそうなり得なかったと思われるほど、彼らの血は濃かった。

事実、コーネロの両親も血が繋がった兄妹であった。

彼らはそれらの罰を受けたと言えなくも無い。だが、何度も言う様にその罰を与えるのはイシュヴァール人である必要は無かった。

 

 

その村が咎人の村になった事にも、当然のことながら理由があった。

その村は嘗て流行病が広がった時に、驚くほど死人が少なかった。

イシュヴァール人や更に西の地域からの医療知識を積極的に受け入れて、その知識を保存して昇華し、

既存の医療知識と対等の目線で融合させた事が一つの原因であった。

 

知識に偏見なく受け入れて混ぜ合わせた村は、周囲の地域が疫病に襲われている間も、

その被害を局限出来た。故に妬まれた。

悪魔を信仰して、他の村を襲わせた異端者の集団であると。

 

そう囁かれた結果、悪魔だと排斥され続け、忌み嫌われ続けた村人は排他的になり、

感情と情報は内側へと隔離され、村の外へ向ける人の心を捨てた。

悪魔と呼ばれた結果、その人々の心に悪魔が宿ったとも言えただろう。

 

 

コーネロが教主を務めていたレト教のルーツは、その村が中心であったとも言われている。

医療などの知識を偏見なく開放的に受け入れた。その際に、レト神の原型も出来たと言われている。

だからこそ、信者に対して医療知識に基づき、最小限の賢者の石の使用で怪我を治して信者を確保する事も出来た。

そして元々は、レト神とイシュヴァラ神には共通のルーツがあったとも。

 

違いとして、イシュヴァラ信仰は偶像崇拝に厳しかった事に対して、レト信仰は偶像崇拝に寛容であった。

故に、その村では様々な偶像が存在していた。

その事が、イシュヴァラ神を信仰するイシュヴァール人の衝動にも火を注いだと言えよう。

 

 

コーネロは、戦争が始まった時、古臭い街を離れて学術、特に心理学と錬金術を学ぶ為に中央に行っていた。

それで戦火を免れた。そして、新聞でも一切語られなかった己の村の惨劇を、後に知る事となった。

村はコーネロが還った時に酷いありさまだった。

母と父は殺され、弟は見せしめとして生きたまま火葬にされ、

妹はイシュヴァール人の子供を身籠っていた。

 

コーネロはイシュヴァール人に恨みを抱いたが、当のイシュヴァール人は殆ど壊滅していた。

そして、その恨みの矛先はアメストリスへと向かった。

アメストリスがその村を切り捨てた事は、中央でメディアに触れていたコーネロには自明の理であった。

 

コーネロには、もう自国が信用できなくなった。

だからこそ、己で国を作らなければならない。次第にそう言った思考に傾倒していった。

そしてその手段を叶える悪魔の契約、『賢者の石』をホムンクルスから受け取って行動を開始した。

 

 

しかし、それはアメストリスの国家に尻尾を振る忠犬によって、文字通り撃ち砕かれた。

そのコーネロに同情したわけではないが、彼の死後、復活した教祖としてコーネロになり替わったエンヴィーは、

彼の過去を利用する事にした。

 

即ち、彼の姿で昔の村に逃げ込んだ。

彼の村は、全員で殺人を隠した事実を共有した共犯者の村。

 

結束は、固かった。

その村の住人は、コーネロを護る為にリオールにやって来た。

動く事も出来ない人々を除き、家族総出でリオールの街へと。

 

その中には、小さな子供を抱えたコーネロの妹の姿もあった。

 

 

 

 

 

鎮圧が始まった時、コーネロの信徒以上に、彼の家族である村の人々は苛烈に戦った。

それが村の掟であり、常識だった。

もし、それを破って生き延びても、最早村では生きて行けなくなる。

故に、必死だった。それに、コーネロが成功していた間は、レト教への寄付金の一部はその村に送られていた。

コーネロは村の復興の救世主でヒーローだった。一族の誇りであった。

 

だから、国家の狗が周囲一帯に声が広がる無線放送設備を錬成して、

 

「今、一人死刑にした。そして今、更にもう一人死刑にした――――」

 

と、銃声を響かせながら放送して、

 

 

「国家反逆罪は大罪故に、判決――――――死刑。

この事への命乞いは認めない、情緒酌量の余地は無い、取引の場所も時間も用意しない。

該当者は全員処罰する。

全員これ以上罪を重ねる事無く罰を受け入れろ。刑の順番を優先されたい者だけが前に出るといい。

さあ、次は―――――――――お前の番だ」

 

 

その様な悪魔染みた宣告をした後でさえ、一切抵抗は緩まなかった。

コーネロの妹も、子供とは血が繋がっていないがその父親となった村の男性も、

皆、皆死に絶えた。

 

 

 

 

 

そして、彼らが死に絶える時にコーネロに祝福をとレト人に祈ったが、

嘗てイシュヴァールの民がイシュヴァラ神に救われなかった様に、その願いは通る事は無かった。

 

 

彼らの絶望の願いを聞きながら、再び同じ人物によって頭蓋を打ち抜かれたコーネロの死体は、

口元を吊り上げていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非エクレシア告解懺悔

アメストリス軍東方司令部勤務、ロイ・マスタング大佐は、身の内を様な焦がす激情に駆られていた。

その歩みは迷う事無く、ただ真っ直ぐに馴染みのある公園に向かっていく。

嘗て彼が休日にはそこで親友と夢を語らい、平日では時折そこで休憩をしては、

その親友に勤務時間にサボるとは何事だと、頭の固そうなお説教を受けた場所だった。

 

この辺りで留まっていて、それでいて特に仕事が無い時、その男(・・・)が其処に居ると、

ロイには確信があった。

 

此処には、法に祈りを奉げる神父であり、冥府の主人に捕らえた獲物を奉げる猟犬であり、

彼の親友であった者がいる筈だと。

 

 

女々しい記憶を思考から叩き出し、憤怒を以ってロイが訪れた場所には、

嘗ての様に、ベンチに腰かけて、まるで崇高な神の言葉を尊ぶように、

その書に記された法の言葉を眺める者がいた。

 

ロイはその者の前まで勢いを止める事無く進み、襟首を掴み上げた。

 

「ロォォォーーーズッッ!! 何故だっ!!

何故あそこまで罪も無い人々を殺したっ!! 何故、あそこまで無慈悲に殺せたんだっ!!」

 

 

少女の頭に風穴を開け、老人の首を蹴り潰し。妊婦の前でその父親を焼き焦がした。

リオールの惨状を知ったロイは、その惨状を引き起こした中心であるリーガルの一人に絶叫した

 

「マスタング大佐、誤解をしないで欲しい。あくまで罪を犯したから罰を与えたんだ。

それに咎人に慈悲など不要だ」

 

「同じアメストリス人だぞっ!!」

 

 

まるでかつて彼らに国内の治安を乱したという名目で、『粛清』として多数の自国民を抹殺を正当化した軍上層部の様に、

罪人には容赦のない罰をと言うローズに思わず殴りかかったロイ。

だが、彼の持つ六法大全からはみ出す様に見えている金属製の栞を引き抜いたローズが、

ロイの首元に栞が変化した刃を向けた方が早かった。

 

「…イシュヴァールの英雄、ロイ・マスタング。

お前がそれを言うのか。もう忘れたのか?

嘗て同じアメストリス人となったイシュヴァール人を幾人となく殺しつくしたお前が。

肌の色も目の色が違えば割り切れても、同じ肌と眼の色のアメストリス人は殺せないか。

随分と勝手な事だ。今まで散々奪って来たくせにそれは無かった事にするつもりか?」

 

 

ロイはその言葉に答えきれなかった。

彼はその経験があったからこそ、今の野心に燃えるロイ・マスタングになったのだから。

弱き人々を救う為には、その頂上に駆けあがらなければならないと決心するに至ったのだから。

力が緩んだロイのその手をローズは振り払い、もうこれ以上元親友の顔も見たくないと背を向けた。

 

「もし、仮に僕が行った事が罪だとすれば、お前がやった事も変わらない罪だ。

だが、安心していい。僕が今回殺した事も、昔お前とやった事も合法だ。何の責任も罰則も無い」

 

 

そう言い捨てて去って行った嘗ての友の背中に、ロイは言えず仕舞いだった言葉を心の中で呟いた。

 

(私達にも、何時か裁きの時は来る。何時か、必ず裁きの時は来る)

 

 

 

翌日、ロイは己の部下達に聞いた。

 

「――もし、私が諸君らに、何の罪も無い数万の国民の命を奪えと命令したらどうする?」

 

 

その質問に彼の部下は一呼吸程、黙り込んだ後、

 

「大佐がそんな命令を出す訳無いでしょう」

 

と異口同音に断言した。

 

 

そんな部下達の想いを受けて、ロイは嘗ての親友とは己は違うという安心感と、

あの狂気の世界に親友を取り残してきたような罪悪感と、

その狂気の世界に生き続ける親友だった男との決別を心の中で噛み締めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アミチーツィア封印地層

顔に大きな傷を持つイシュヴァール人の男――――――通称:スカー(傷の男)

彼は国家錬金術師を殺して回っている指名手配の連続殺人犯だった。

 

勿論、リーガル達にも見つけ次第執行(・・)する様にとの命令が下っている。

 

イシュヴァールとの紛争中、ある男が掴まった。

眼鏡をかけたイシュヴァール人は、ある資料を保持していた事から特別尋問が実行された。

 

特別尋問とは、対象者の一切の人権や生命を無視する事が出来る尋問。

簡単な言葉で言えば拷問である。指をペンチで挟み潰す、身体の一部を火で炙ったナイフで抉る。

場合によっては、共犯者としてその者の家族や親友をも同じ場所で執行される事もある。

 

それは、合法的に許された、非人道的な捜査であった。だが、合法であった。

 

 

未だ、大総統府付き独立法務執行官(リーガル)が作られる前の事だった。

イシュヴァールの紛争で、その前身である治安維持特殊調査隊が設立された。

当時は立候補制で、主に前線では戦えない怪我を負った者達がその枠を埋めていた。

 

『紅蓮』の錬金術師や、

『双炎』と呼ばれた二人一組で『焔』を扱う錬金術師と、その補佐である彼の親友が華々しい成果を上げていた時、

敵のイシュヴァール人達の中に錬金術を使う男達の姿が確認された。

 

直ちにその事に対する調査が始まり、数人の男達と彼らの持つ資料が押収された。

だが、その中で中心人物だったとされる、資料の大部分を隠して逃亡した著者については誰も口を割らなかった。

 

が、治安維持特殊調査隊が遂にその逃亡者、メガネをかけた腕に入れ墨をした青年を捕らえた。

彼は拷問の末にさえ、彼の持つ知識と資料のありかを語らなかった。

 

だが、彼の目の前で数名のイシュヴァール人を拷問するのを見せると、少しだけ情報を小出しにした。

その後暫くして、

 

「時間は稼げた。後は任せた」

 

そう言って、メガネをかけた男は監視の目を欺いて自害した。

 

 

 

そして、今回指名手配されている男の両腕にある入れ墨は、イシュヴァールに存在した錬金術師の入れ墨に似ていた。

恐らく、表れた彼こそが自害した男の後継者で、残された資料の行方を知る者だと、リーガル達は追っていた。

彼には聞くべき事が多くあるので、必ず生かして捕らえろと言う命令も上層部から降りていた。

国家上層部の命令は法律にもある通り、絶対である。リーガル達には疑問は無かった。

 

 

 

両手両足に不完全な破壊の術式を刻んだ男、スカー。

彼は、復讐の為に、イシュヴァールで錬金術を学んでいた中心人物であった彼の兄が残した資料から独学で、両手両足に刻印を刻んだ。

独学故に制御が不完全で、術式を使用する度に不安定なひずみで時には内部の血管が破裂したりしてしまう事が時折起きるが、

その破壊力は歪により敵の相殺すらすり抜く凶悪さを手に入れていた。

 

イシュヴァールの武僧はアメストリスの一般的な軍人の十倍ほどの強さと言われる人間凶器である。

その両手両足に触れた者を破壊する力を刻んだともなれば、それは人間兵器と言っても過言では無かった。

既に、軍隊格闘の達人、バスク・グラン准将などが打ち取られた事からも、それは証明済みであった。

 

 

 

 

ある雨の日、『鋼』の錬金術師として有名なエドワード・エルリックがスカーに狙われた。

そして、そこに駆けつけて救助に向かったロイ・マスタングと、

エドワードを敢えて泳がしてスカーが釣れる事を狙っていたローズ・ジャスティが戦闘を開始した。

 

エドワードは既に義肢を破壊されており、戦闘には危険だとロイの部下達により避難していた。

 

 

ロイがスカーに狙われればそれをローズが牽制して、ローズに狙いが変わればロイがその隙にスカーに攻撃していた。

スカーの足がロイに対して鋭い蹴りを見舞ったとき、ロイとスカーの間の空気が急に乾いた上に膨張して、

その隙にロイは回避を取りつつ、そして――――

 

「――巻き込まれるなよ」

 

「二度目は無い。わざわざ声に出して、不用意に敵に情報を与えるなっ!!」

 

急に乾燥した空気が膨張した事を利用して、ロイはお得意の発火でスカーの左足から脇腹にかけてを焼いた。

 

 

「すげぇ。大佐達、恐いくらい共闘(たたかい)慣れてやがる…っ!!」

 

エドワードがそう驚くのも無理のない程、恐るべき連携能力であった。

声に出す必要も無いとローズが告げたように、合図だけでなく、アイコンタクトさえ必要ない二人。

どうして、あれほど嫌い合っている二人が此処まで共に戦えるのか、その質問は先手を打ったホークアイに阻まれた。

 

「…色々あるのよ、大人には」

 

その伏せ目は言葉以上の事を語っていた。

 

 

スカーは、ロイが攻撃間際にローズに忠告した言葉に警戒して距離を取ろうとした事で、被害は最小限に抑えられていた。

雨の火で発火が使えない筈の『焔』の錬金術師が、再びかつての戦場の様に猛威を振るえると知ったスカーは、

これ以上の戦闘はリーガル職員が増えるなど、不利でしかしかない事を悟り、地面を破壊して地下通路へと逃亡した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『アメストリス絶対法』計画原案

化物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなくては、いけないのだ!!


『アメストリス絶対法』計画――――

 

それは、個人ではなく法による独裁を成し遂げんとするレイブン中将が発案した計画であり、

アメストリスの裏で生まれ出でて、国民には知られていない闇のプランの一つである。

 

その他にも実行に至っていないだけで煮詰められている計画は幾つもある。

 

表ではショウ・タッカーの合成獣(キメラ)技術が限界とされているが、

国家では秘密裏にそれよりも遥かに高度なキメラ技術が存在する。

そして、場合によっては複数の人さえも原料として、

様々な生命体を一つの身体に押し込めた『究極のキメラ』を作るというクレミン准将に発案された『原初の海』計画。

 

錬金術の知識を裾野にも広げて、過剰評価した噂で価値を高めた賢者の石による不老不死等の様々な願いを餌に殺し合わせて、

強力な錬金術師を輩出させ、敗北した錬金術師やその縁者による犠牲を持って得た賢者の石を持たせて、

特別戦力、『騎士』としてアメストリスの戦力として、その戦力を保持した上で、

賢者の石の存在を周辺国にも仄めかす事で戦争の激化を生み、更に積極的に『紋』の完成を急ぐ、エジソン准将の発案した『十三騎士』計画。

 

その他にも実施されていないだけで、その準備が推し進められているアメストリスの暗部に当たる計画が幾つも存在する。

その何れもが非人道的な側面を持ち、だからこそ人間らしい欲望の産物とも言えた。

 

 

レイブン中将は、個人の武勇や知略に取り分けて優れた将でない事は自覚があった。

故に、特に上の者に対しては嫌われない生き方を今まで貫いてきた。

客観的には人当たりの良い、真面目で優しい男と評価もできるだろう。

だが、何かを失っても尚、自分自身に力があるという余裕に裏打ちされた強さ故の優しさと、

自分自身に誇れる物が無いから、せめて人に嫌われたくないからという弱さ故の優しさは違う。

 

前者は溢れ出る余裕のお裾分けの類であるが、後者は自分の僅かな食糧であるエビを犠牲にして魚を釣ろうという類の行動である。

前者と違って、見返りが無ければいずれ自分の底が付いてしまう。

所謂、優しい故に道を譲ってばかりで疲れてしまう人種だ。その実は他者から自分の道を護る力が無いから明け渡していただけである。

 

だからレイブンは周囲に愛想笑いを浮かべて自分が内心で見下される生き方に疲れてしまっていた。

だが、それでも彼は将官にまで上り詰めるだけのことはやって来た。それによって手に入れた力があった。

だから、自分の生き方を正当化する施策を考案した。

つまり、悪い事をしていなければ尊敬されて、人を押しのけて奪う悪人は弾きだされる社会の完成を。

そこに至るまでに、歪だが真っ直ぐな部下となる青年の姿がレイブンには存在したことは否定できない。

ただ、レイブンがその計画を志した本来の理由は何であれ、

その青年は、レイブンの在り方に、厳密にはその計画に共感を示し、彼の下で引き金を引き続けているのだ。

 

単独の個人で支配権を持つ独裁者キング・ブラッドレイにとって、さもすれば謀反と捉えかねられないこの計画は、

やれるものならやってみるがよいという、人間らしい欲望の挑戦を許容する節のある彼自身に黙認されていた。

未だ現状では発布する事は許されないが、明確に牙を向ける時までは様子を見てやろうと。

 

 

この計画の恐ろしい所は、全ての国民が法律に逆らう事を一切許されない監視国家へとアメストリスが変貌する事である。

究極のディストピア。法に逆らう事は許されず、極論すれば全ての自由に許可が必要となる。

まるでコンピューターの命令に従うロボットだけが存在する様な世界。

 

法律(コード)を知り尽くして順守する意思と能力を持つ者には何の問題も無い世界だが、

それを知らぬ者や、守る余裕の無い者には直ぐにエラーを発生させて、バグの発生源として駆除される、そんな世界。

生きる為に食料を盗むくらいなら、飢えて死ぬ事が当たり前の世界。

急いで運転する車両で速度違反を犯すくらいなら、遅れるのが当たり前。さりとて遅れても罰則が待っている世界。

人を弄って貶める事を代償に周囲を愉しませること等を禁止して、いじめられる側といじめる側が存在せず完全に対等に過ごす世界。

それは、ある意味優しさに満ちており、ある意味慈悲の無い世界。等価交換の起こらない固定化された社会。

 

それは、究極の秩序が支配する世界。

弱者が強者に奪われる事は無く、けれども弱者のままでは法を達成する事が出来ないと切り捨てられる世界。

弱者から奪いたてるのが、賢く強く美しい者では無く、ただ公正で公平で公然な社会になったというだけの世界。

全ての国民が法律を順守して、全ての国民が平等に法の下僕として縛られて定められる絶対世界。

全てに白と黒が定められて、曖昧な混沌が許されない世界。

ただ、正義の法を護っていれば、国民として絶対の安全が許される世界。

 

それが―――――――――――――、『アメストリス絶対法』計画。

 

 

鬱屈したレイブン中将の願いを形とした計画であり、正義と法律と親友であった男から全てを奪い返したい青年の希望である計画である。

その準備段階として制定されたのが、大総統府付き独立法務執行官――――通称『リーガル』。

法に背く者の喉笛を噛み砕く秩序の猟犬である。

 

彼等には法律に基づき、多大な権限が与えられており、

警察と検察と判事と死刑執行人を纏めた権利者である。彼らの言葉は法律であり、彼らの行いは法律なのだ。

故に、人の慈悲は無く、人の温情は存在しない。

 

彼らの正義は苛烈過ぎて人々には受け入れられていない。

故に、レイブン中将はその正義を受け入れざるを得ない状態に国民を追い込む計画を考えている最中だ。

人々にとって、現在リーガルは国家錬金術師が聖人に見える程、一部の者には忌み嫌われている。

だが、逆に熱狂的に受け入れる人々も多かった。

 

その土地の慣習や人間関係のパワーバランスを無視して、無遠慮に国家意思である法律を遂行する。

その地域において泣きを見ている人々にとっては、少なくとも猟犬の在り方は救いになったかも知れない。

 

だが、大多数の主流派には概ね、面倒くさい上に逆らうには恐ろしい存在である以上に、

一切の違反を許さない、人間らしい今まで続いてきた暮らしを冷たく切り裂く存在として、嫌われていた。

 

 

アメストリスにも国家の中枢とは違う意味で暗部となる部分が存在する。

過激な独裁に対する反発や、表に顔を出せない人々の集まりや、異民族のスラムや、犯罪集団。

有名どころでは『青の団』や『デビルズネスト』等が存在する。

今となっては、青の団については殆ど壊滅したも同じであるだろうが。

 

彼等は表に生きていくよりも裏の世界の方が利益が有ったり、生き方が楽であるからそうしたものも多いが、

境遇故に、その世界でしか生きていけないものだって少なくなかった。

水の濁りが一切無く清すぎれば、魚も住まず。餌となる微生物の食事となる濁りが無ければ、

餌を与えられる環境にない魚は生きていけない。

餌を与えて貰える人に飼われた魚だけが生きていける生け簀。それがレイブン達が目指す世界だった。

 

そして、レイブンにとって、その餌を撒く人物は叶う事なら自分でありたいという事は言うまでもないだろう。

だが、これらの考え方はこれから後もこの国に(国民)達が存在して初めて意義が出てくる。

 

 

国家の中枢の更に中枢にいる者達の意思は、国民を犠牲にした後に残る己達だけの不老不死。

明らかに、国家の中枢の更に中枢にいる者の中では異端に近い考え方だった。

レイブンは不老不死を諦めたのか、諦めたとすれば何が発端で目的なのか?

それを知る者は彼自身をおいて存在しない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

候補罪累クリミナリゼーション

響き渡るサイレンと共に、軍部の応援に先駆けて高機動の専用装備(ジャスティス)を駆る国家の猟犬(リーガル)の隊員たちがやって来た。

傷の男(スカー)が地面に空けた大穴の中を数人の隊員が追っていく。

 

彼らの目的の中には勿論スカーの捕縛もある。だが、スカーを手引きしている者がいる可能性を考慮して、

その者達諸共、捕縛、または処刑する事が目的だ。

 

 

「…行かなくていいのか?」

 

ロイは目を合わせる事無く、その場に残ったローズにそう問いかけた。

ローズもまた、目を元親友の方に向ける事無く、

 

「余計な御世話だ」

 

そう切り捨てた。

既に修復不可能な落とされた橋は、かつて繋がっていた崖同士を繋ぎ合わせる事はもう無い。

 

ローズはホークアイに視線を向けたが、俯いて目を逸らす彼女を視認すると、

その視線を正面に戻し、歩いてその場を去った。

暫くして機械式二輪車(ジャスティス)特有の排気音が遠ざかっていくのをロイ達は聞いた。

 

 

 

「…どうして、こうなったのかしら」

 

エンジンの唸り声が聞こえなくなった後、

ローズにとってはその理由の一つである女性の呟きだけがその場に残った。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――◆◎†――――――――

 

 

 

それから暫くして、大総統府付き独立法務執行官ローズ・ジャスティはとある現場へと向かっていた。

ゼリー状の生物の目撃情報があったためだ。

ゼリー状の生命体『ファーストマザー』、通称ファーストは都市伝説の怪物では無い。

クレミン准将が計画したあらゆる生命体と、複数の人間を一つの身体に押し込める『原初の海』計画により発生した、

『究極のキメラ』だ。

夜間に不定形の身体を押し込めたケースを破って研究員を取り込むように食い殺して逃走した。

 

出来る限り速やかかつ秘密裏に回収。不可能ならば処分(・・)する事がリーガル達には命じられていた。

 

それと並行して、ローズは現在幾つかの犯罪組織を壊滅させようと動いている。

『青の団』の構成員の子息が、血が悪かったのか育てられ方が悪かったのか立ち上げた『新・青の団』――――通称アホの団。

構成員、特に末端が若すぎる為に、域がっただけの粗雑な犯罪が多い事からこう呼ばれている。

または、社会的弱者達が現状の世界に不満を持って立ち上げたらしい、詳細不明の『赤社(アーカーシャ)の同志会』が現在の標的だ。

 

 

だが、アホの団は途中でストップが入った。

犯罪者本人はともかく、その影響を確実に受けているだろう家族自体には表面的には罪状は無い。

勿論、逃亡中の者を匿っていたり、その為に虚偽の証言をした場合は別だが、基本的な連帯責任は存在しない。

とするも、現実的には恨まれている犯罪者の家族には、その家族を周囲から護る恐い人である犯罪者本人がいなくなれば、

今まで被害を受けてきた者や、その血族が生きていると都合の悪い者に狙われる可能性は否定できない。

 

だが、その表面上の今までの部分では犯罪者の家族は無実であっても、

現実的には犯罪者の親を持つ人間の犯罪率は、そうでない者と比べて高い傾向がある事は否定できない。

故に、危険があるなら合法的にその家族も犯罪者として扱えるように、その理由づくりとして、

犯罪者の子供は犯罪者という風潮が作れる新・青の団を泳がせて、その被害を国民達に周知させようという流れである。

 

その事前準備として、被害状況をバラ撒く為のメディアは着々と国家が裏で押さえつつある。

例えば、一見地味な放送しか流さないラジオ局があった。

 

だが、そのラジオ局の職員にはメディアの自由を胸に秘めた人員が多かった。

『イシュヴァールの真実』等、様々な禁書指定を受けた本が職場に置いてあった事からもそれは明らかだった。

その他にも、かつて国家反逆者となり、リーガルの隊員によって処刑されたアイザック・マクドゥーガルの調査など、

国家の民としてあまりにお上に不都合な事をやって来た。

故に、風紀取締りとして責任者達が拘束され、国家から監視員を兼ねた新たな責任者が配属された。

 

国民に指向性無くばら蒔かれる公共の電波で、国家に都合が悪い意思を持つ者達が放送を流すなど、思想教育において余りにも悪すぎる。

これは、国家の秩序を護る為に必要な処置であり、

いずれ来る愛国心を醸成したり、国家の命令を国民に速やかに流すためには必要な手段であった。

 

 

だが、実のところ、ローズにとって犯罪者の子供は犯罪者になる確率が高いから、最初から犯罪者として扱うという流れは都合が悪かった。

苗字こそ違うが、彼自身の父親が、実は国家から大罪の指定を受けて銃殺刑になっていたからだ。

故に、上官であるレイブンに打診した。新・青の団を壊滅する事を中止する前に、数日の猶予が欲しいと。

 

それに対して、レイブンは猶予を与えた。指定された日の夜の12時までは捜査と処置(・・)を許可する。

そしてそれ以降はこれまでの新・青の団の罪状については全て見逃すと。

 

 

 

だからこそ、ローズは新・青の団を壊滅する事を最優先と定めて、ジャスティスのエンジンを最大で回して夜の道を走って行った。

そのエンジン音を聞きつけて、路地裏から不思議そうにその姿を見送る無表情の少女の様な何かがいた事には、誰も気が付く事は無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金糸雀泥濘アリア

ローズは聞き込みの為に旧・青の団の構成員の家庭を探して回り、虚偽の申告で捜査妨害を行うと厳罰に処すると告げて回った。

当然、その家庭の中には周囲に同類で済んでいる人々だけでなく、普通の地域で過去を隠すように身を狭くして生きている人々もいた。

故に、ローズの行為はこれ以上捜査が続けば、近所の人々に居たくない腹を探られることになるという脅迫でもあるのだが、

正義の為であれば仕方がない事だ。彼はそのように理解して行動を遂行していた。

 

強者の理論、冷たい正論を振りかざし、よくあるリーガル隊員として順調に人々に嫌われる様な捜査を続けるローズは、

新・青の団のアジトの一つを見つけた。旧・青の団の隠れ家をそのまま引き継いだものであった。

そこで構成員に最近なったばかりの少年達を見付けた。かつてローズが食い逃げで追いかけた少年達だった。

彼等は、父親が青の団の構成員として活動して、リーガルに処刑され、片親で貧しくなったが故に食い逃げなどで腹を満たしていた。

そして、窃盗の罰金刑で保護者として、彼らの母親は息子たちの所業を知らされた上に、多くも無い金銭を失い、

それによって倒れてしまった。

そこで、かつての青の団を継ごうとする、新しい組織のリーダー代行者に薬と栄養がある物を買えるだけの資金を与えられ、

その配下についた。

 

窃盗なら罰金刑で済んだが、国家反逆を目論んだ青の団の後継者を名乗る組織の構成員であれば、厳しく処さなければならない。

残念な事だった。苦しくなったからと犯罪に走る程度の自制心しかない者は、再犯率が高い。

それは解っていても、この世に罪が増える事はローズにとって好ましい事では無かった。

犯罪に走る位なら、纏めて飢えた方がマシではないかと問うローズに、少年達は無言で構えたナイフで答えた。

一切容赦も弁明を受ける事も無いという、いつもの口上を述べた後、

ローズはこれ以上犯罪が起きる事が永遠に、そして絶対に無い様にその芽を摘んだ。その手段は2回の発砲音が物語っていた。

 

ローズは未だに熱を持つ拳銃を構えたまま、そのアジトのボスである男のいる場所へと向かった。

その道中にいた少年構成員たちについては、既に処置済みである。

本部のボスが青の団が残していた資産を売り払って、幹部達に配布した金銭を使い、

少年達に囲まれて王様気分でいたチンピラに、

 

「公務執行妨害、窃盗罪、暴行罪、及びその教唆、そして国家反逆罪を以って有罪とする。

一切の申し開きや情緒酌量の余地は無い…とするところだが、本部の場所を正直に吐くなら一部の罪に対する罰を免除しよう」

 

 

そう告げて、銃口を男の喉元に突き付けた。

男にはもう手持ちの戦力は無い。目の前が真っ暗になりかけるも、男は身の保全の為に正直にボスの名前と居場所を吐いた。

 

ローズは男に公公務執行妨害、窃盗罪、暴行罪、及びその教唆の罪状に対する罰を免除すると告げた。

そして、引き金を引いた。チンピラはその頭を爆散させて汚い血をぶちまけた。

 

「残るは国家反逆罪。

判決――――――――――――死刑」

 

 

容赦の欠片も猟犬には存在しなかった。

 

 

 

ローズは仲間に死体などの処理をさせる為に連絡をした後、目的の場所までフルスロットルでジャスティスの唸り声を上げさせた。

そこは小さいながらもそれなりにお金がありそうな屋敷だった。

前、青の団の団長が善良な人々から奪い立てた金で立ち上げた御殿だとも言えた。

 

先程のアジトとは比べ物にならない数の少年兵と、僅かな大人たちが警護をしているとチンピラが言っていた。

ローズは、その屋敷の前にジャスティスを停止させると、確かに扉の前だけでもそれなりの数の警備がいた。

 

 

「――――爆炎(ナパーム)弾」

 

先程此処に来る前に装填していた特殊弾の名前を呟きながら、ローズは愛銃の引き金を引いた。

屋敷の扉の周辺を破壊して、入り口を大きく開ける様に爆発した錬金術の式が刻まれた特殊弾丸は、周囲の護衛を巻き込んで焼き払った。

 

国家反逆に加担した者に一切の温情は無い。

国家の猟犬は入り口であった穴を潜りながら、

 

 

「無駄な抵抗をして、これ以上罪を重ねるな。

尚、一切の情緒酌量、交渉、弁明は受け付けない。

それでは現在での罪状を告げる。国家反逆罪及び、その準備行動に関連する危険組織結成罪で判決――――――死刑」

 

 

個人の主観においては、死刑より上の罪状などない。

故に、犯罪者たちにはその言葉を聞いてこれ以上罪を重ねない様にしようと首を洗うつもりは無かった。

返答として、ローズに向けて一斉に銃弾や投げナイフが飛んでくる。

 

ローズはそれを躱しながら、公務執行妨害も追加だと話しながら拳銃で応戦する。

国家意思の代行者、大総統府付き独立法務執行官。その圧倒的戦力は個人であっても、犯罪者の集団に劣る事は無かった。

 

敵対者の一斉攻撃を躱したローズは、第二波が迫る寸前で目を瞑り、照明弾を使用。

突然の眩さに手元が狂った犯罪者達は互いに傷つけ合い、ローズはその悲鳴の発生源に向かって発砲した。

 

倒した机の裏に隠れて反撃してくる少年には、貫通弾を使用。

纏まっている大人達には散弾を選択した。

 

一切の淀み無く弾種を選択して、一切の躊躇無く撃鉄を起こす。

法という正義に狂う獣には、人の情けは存在しない。ただ無情に、冷徹に、残酷に正義を執行しながら、

立ち上がる者を全て射抜いて、ローズは二階へと階段を登っていった。

 

 

一階からにじり寄る悪鬼が階段を登り上がってドアを開ける寸前を狙って、二階にいた新・青の団の構成員達は扉に向けて発砲した。

だが、その扉の向こうには誰もいなかった。

ローズは階段からドアノブの鍵を徹甲弾で射抜いた後、圧縮空気を解放する際の暴風で扉を解放した。

そして狙い通りに敵は其処を狙ったのだ。

しかしそこには誰もいない。その逡巡を狙って転がる様にローズは二階へと転がり込んだ。

 

そして回転しながら入り口付近の銃を持った大柄な青年を発砲。

その弾種は遅刻式拡散弾。発砲して暫くしてから全方位に破片をばら撒いて爆発する特殊弾だ。

 

青年の首の横をすり抜けた銃弾を追う様に、ローズは青年に飛び掛かり、その身体を盾にした。

直後、爆発音。ローズは肉の壁越しに衝撃を知覚した。

その後、用済みになった盾を投げ捨てると、その周辺にいた者達を続けざまに撃ち抜いた。

 

そしてゆっくりと最奥にある椅子に座った高級そうな服を着た身なりの良い金髪の少女と、先程の破片が当たったのか、

その横で片腕で脇腹を抑えて、もう片方の腕で鞭を持っている眼帯を付けた赤髪の女の前へ歩いていくローズ。

 

少女と女は仲間を全員撃ち倒した青年を睨む。

女は怒りを隠す事無く告げた。

 

「ティンダロスのローズ。お前だな、バルドを、私の恋人を殺したのは、

この子の、ジュリエッタお嬢様のお父上を捕らえたのはっ!!」

 

それは事実であった。

彼女の恋人であり、彼女とは反対側の目の視力を失ったテロリストであるバルドに死刑を執行し、

そして青の団の頭領を捕らえたのは、ローズ・ジャスティその人だった。

加えて、この女は薄々感づいていながらも、少女には告げていない可能性ではあったが、

その想像通り、既にジュリエッタの父親はこの世には生きていない。拷問の末に獄死していた。

 

しかし、ローズは罪状なら既に告げたと、相手にすることなく女に向けて引き金を引こうとしたが、

弾が既に無かった。悲しく軽い引き金の音だけを告げる銃を持ったローズに、女はここぞとばかりに鞭を振るった。

機械鎧の腕の延長である女の鞭の精確さは、ローズの銃を弾き落とすほどの精度を持っていた。

 

だがローズは、慌てる様子は無かった。

勝利を確信した女に対して手を合わせた。

 

その直後、女は急激に身体を熱される感覚を感じた。その直後、恋人にも褒められた彼女の自慢である赤い髪より、更に赤い炎が彼女を包んだ。

これが、ローズの錬金術。師匠から学んだ知識を元に、秘術を受け継げなかった代わりに、

師匠とは別の結論で発火を可能にした。

対象範囲は広くは無いが、湿気があっても対象に熱のダメージだけは与えられる、空気の急圧縮を利用した発火現象。

 

瞬く間に焼き焦げた女は、せめて少女に飛び火しない様にと少し離れた所で、限界を迎えて動かなくなった。

 

焼き焦げた自分の世話をしてくれていた女性の死を目に焼き付けた少女は、

ローズを睨みつけると、座ったまま、

 

「私の生活は、汚い金に支えられてきたかもしれません。彼女も犯罪者かも知れません。

ですが、それでも父は私に優しかった。

彼女も姉の様に接してくれていました。私は、貴方を恨みます」

 

気丈にも、ローズにそう言い放った。

 

だが、リーガルにとっては彼女が名目上であれ、犯罪組織の最高責任者である。

故に、その罰は下さなければならない。

先程取り落とした銃の弾倉に、ポケットに入れていた銃弾を再度装填して少女に向けた。

 

 

 

 

リーンゴーン、リーンゴーン

 

その時、部屋に在った時計が日が変わるのを告げる音を鳴らした。

つまり、約束の時間だ。

これ以降、ローズは完全に沈黙して、後は他の組織に喰われるだけであろう、新・青の団に許可無く手を下す事は出来ない。

挙句に、新組織のこれまでの罪状は全て免除となる。

命令は絶対だ。これは仕方のない事なのだ。

 

 

ローズは、少女に執行すべき罰を置き忘れてきたと告げ、

その場から消えた。

 

後には、少女のすすり泣く声だけが、弾痕と焼け跡と死体達の眠る館に響いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砲火後ティータイム

「やりすぎたな」

 

「許可の範囲内で行動しました」

 

互いに言葉をかわすのは、レイブン中将とローズ大総統府付き独立法務執行官。

彼らは上司と部下の関係であり、上司が案件に対する許容範囲として認めた部分を、

最大限に使い切った部下が、自分はルール違反はしていませんからと言い張っている場面である。

 

もし、上司が部下の性格と能力を理解して許可を出したのでも無く、

もし部下が屁理屈ばかりを述べて仕事が出来ない権利だけを欲する無能なら、彼はとっくに此処には居なかっただろう。

だが、それらの前提があるから彼らはコーヒーとロールケーキを前にしながらこの会話をしている訳である。

 

レイブン中将に娘がいたら彼に嫁がせようとしたのではないかと思える程に、彼らの仲は良い。

少なくとも周囲はそう認識している。そして実際にレイブン中将に娘がいるから性質が悪い。

尚、錬金術の師匠の娘を懸想しているから無理だと、以前にローズは断っている。

 

彼等は理想を共有していることがそもそもの絆の発端だが、それ以外にも彼らを結び付ける要素はある。

レイブン中将の命をローズは救った事がある。あくまでローズは当然の事だと思っているが、

レイブン中将が、大総統(ホムンクルス)に従順な狗で在り続ける事に疑問を持った原因の一つでもある。

人間の国が、人間以外の者の牧場である事に、牧場主が家畜の頭領である自分達にどれだけ恩恵を本気で確約するかという事に。

尚、レイブンの最大戦力の集団は従順な狗ばかりであるが。

 

「ところで、クレミンの件だが」

 

「クレミン准将の…、ああ、脱走した実験体の件ですね。

その件で失脚に追い込まれるのですか?」

 

 

暴走した部下を咎める様な冗談から一転、今後の方針に会話を切り替えた二人の空気は急激に変化した。

 

 

 

「いや、大総統も大きな処罰は加えない様だから、私も突かないでおこうと思う」

 

「そうですか、解りました」

 

 

クレミンのローズは即答した。

 

「おや? 疑問には思わない……だろうね、基本的に命令に疑問は挟まない男だというのは理解していたよ」

 

「ご理解頂き光栄です」

 

 

「だが、それでは聞かれれば話そうと思っていた此方側としては欲求不満になってしまう。

だから聞いて欲しい。

聞いたか? お前が潰した青の団の後継者たちのアジト。死体は残っていなかったらしい。

代わりに、粘液か皮膚か良く判らない何かが付着していたと聞いた。

どうもクレミンの奴は、ワザと逃がさせたようだ。最終実験らしい。

奴め、処罰も恐れず大した奴だ」

 

「その様子だと在庫の量産が出来るまでは実験体の処分は止めた方が良いでしょうか」

 

 

 

「ああ、今のところは一名の職員を除いて生きた人間は捕食されていないらしい。

だからこちらとしては死体損壊罪と一名の殺害は事後的に許可する。

そうしなければ、危険物(化け物)の所持者(クレミン)が責任を問われることになる」

 

国家という全体の為なら、数人の犠牲は仕方がない事だ。

故人が欲望のままにそれを実施すれば、犯罪だが、国家が為せば、それは政策となる。

国民が皆、1の材料で10を作り上げる有能ばかりであれば、政治家も誰も犠牲にする事無く、皆を幸せにする方法を考える事も出来る。

だが、国民の中には5の材料で1しか為せない者も多く、そういう人物も含めて国家を運営するには、

何かを犠牲にしたり、大きな成果を上げられない様な政策しか出せない事を、政治家達に責任を問うのは酷だろう。

底辺層を上層部が救わないのは、救えないのは、上層部の対極判断能力の低さでは無く、底辺層自身の能力の低さに起因する。

それは、アリの軍隊で恐竜を倒せと言うような事だ。ライオンの群れでシマウマを倒せと言うのとは余りにも違い過ぎる。

それに国家を救う義務はあっても、全ての国民を救う義務は政治家には無い。

 

その事実をレイブンは良く理解していた。

だが、一方で強者であるライオンが、弱者であるシマウマに対して、保護して独占すべき食料としか視線を向けない事にも憤りを感じていた。

だから、彼はシマウマの群れの中にライオンが力ある長として振る舞う社会から、

シマウマの王こそが、その頂点に立ち、シマウマ達を従える社会を作ろうと考えた。

無論、ライオン以外の外敵からシマウマを護れる力は無くなるが、その時は足が遅い個体を切り捨ててでも、

必死に走って逃げればよい。それは群れ(国家)の維持には必要な事だからだ。

レイブンの目指す社会はそういう社会であった。

どんな理由があっても、どんな手段を使っても、アメストリスと言う国は、アメストリスの人間の為だけに在るべきなのだから。

 

 

「そして此方としても、プランVを他の者が行ってくれるなら、労力を割かなくて済む」

 

「プランV…ですか?」

 

 

「ああ、いや、こちらの話だ。気にしなくていい」

 

レイブンに止めろと言われれば、止めるし、気にするなと言われれば気にする事は無い。

ローズは国家の忠犬である。

 

「解りました。では引き続き赤者の同士会を殲滅します。占拠した地域の人質もいますが、如何されますか?」

 

「…あの集団を放置するなら、他の集団の方がまだ見込みがある。構わん、潰せ。

それと、テロリストの盾として協力する者が、国家の邪魔になるなら人質も犯罪者として扱って構わない。…解かるな」

 

 

「了解です。数日の内に壊滅させましょう。

最近は国を切り取って、自分達で運営できると自惚れるテロリストが多くて困ったものですね」

 

「仕方ない。まあ、彼等を利用して、精々正義の味方として目立ってくれたまえ。後々の役に立つ」

 

 

リーガルの存在感をもっと国内に浸透させなければならない。恐ろしい犯罪に対抗する切り札である苛烈な正義。

その重要性と必然性を深めなければならない。そう口に出す事無く、心の中で付け加えたレイブンは、

ため息を吐いた後、コーヒーのおかわりを注文した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイズン・弱肉強食

弱者の為の弱者による弱者の国家の設立を標榜する『赤社の同志会』(アーカーシャ)

彼らの活動は、ネズミも集団になればネコを食い殺すという合言葉を胸に、様々な犯罪行為に手を染め、

何時か来たる国家の為の下準備を行っていた。

 

だが、この組織には少々残念な事がある。

構成員が弱者の集まりであり、弱者は群れようが弱者には変わりなく、ネズミの群れはネコを倒せても、

恐竜相手には纏まった餌に過ぎないという事だ。

 

 

 

マアン・ビキーヌは必死に逃げ出していた。後ろからは獰猛な猟犬が追いかけてきているからだ。

勿論、獰猛な猛犬と言うのは、大総統府付き独立法務執行官――――通称『リーガル』の事である。

 

マアン・ビキーヌは組織の資金源確保の為に、ある宝石店を襲い、ある顧客を装った仲間二人を人質にした振りをして、

貴金属や宝石を奪い逃走した。

 

強盗を行わなければ自分達には到底買えないような高級車に乗っているカップルがいたので、

マアンは憂さ晴らしも兼ねて、カップルに発砲して女の方が怪我をした為に止まった所で、二人を引きずりおろして強奪。

 

今まで良い思いをしてきたお金持ちには当然の報いよ。マアンはそう吐き捨てて仲間達と車で逃走していた。

宝石だけでなく、今後の足となる車まで手に入れた。これで組織の中の発言力は上昇する。マアンは少し気分がノっていた。

 

しかし、途中からその様子は変わった。

 

徐々に近づいてくるサイレン音。そして機械式二輪特有の排気音(エグゾースト)

見間違える筈も無い白と銀で彩られた制服。国家の正義を騙る冷徹なギロチン、リーガルのお出ましだった。

 

 

「大総統府付き独立法務執行官のローズ・ジャスティだ。

反国家組織への所属、及び強盗罪で有罪と断定する。判決は死刑。

一切の交渉、弁明、抵抗は許可しない」

 

そう言ったが否や発砲。後部座席にいた人質役の一人とタイヤの一つが撃ち抜かれた。

マアンはパニックになり、パンクして緩み出した一輪を無視してアクセルを更に踏んだ。

それによって逃げ遅れた老婆が衝突したが、マアンにそれを気にする余裕はない。

どうせ掴まってしまえば死刑なのだ。今まで自分を下に見下してきた人々の一人が死のうと知った事では無い。

マアンはそう考えた。いや、それ位しか考える余裕が無かった。

だが、運転中に余計な事を考えていたからだろうか、それともタイヤの一つが外れかけてブレ始めていたからだろうか?

後ろからの銃弾を避ける為にカーブしようとした事で、車は大きく転倒した。

 

マアンがショックで意識を手放し、再び取り戻すとその手には手錠がかけられていた。

この後、既に下された罪状から訪れる結末を想像した彼女は、不細工な泣き顔で絶叫した。

 

 

 

 

ローズは人質役の情報を宝石店の店主から聞き出した際に、脳内のデータベースから、その人質がテロリストの仲間であると気が付いていた。

故に、容赦の無い発砲だった。

気絶したマアンを確保して、仲間二人を車内から引きずり出そうとした時に、その内の一人が既にいない事を理解した。

その上、逃走した方の仲間はアーカーシャのボスでもあった。

 

 

再び捜索を始めたローズだったが、そこからの捜査は意外にも難航した。

つい先ほど取り逃がしたばかりの犯人を見失うなど、余りにも勿体無かった。

だから彼は仲間を呼び寄せた。

 

サイレン音が徐々に周囲から集まってくる。これは強者の群れだ。

これで弱者が群れて強者を打ち倒すという幻想は粉々にぶち壊された。

 

だが、アーカーシャの本拠地に近付いたリーガル達は思わぬ困難にぶち当たった。

周囲の住民に対し、

 

 

「我々は大総統府付き独立法務執行官だ。現在赤社の同志会壊滅作戦を実行中だ。

周辺住民は我等のあらゆる要求に従順に従い、積極的に事件解決に協力せよ。拒否権は存在しない。

尚、赤社の同志会の構成員を匿ったものは同様に有罪とする。

また、人質となった者は彼らの協力者として同様に執行対象とする。

赤社の同志会よ、お前達は国家反逆罪で死刑が確定している。大人しく投降しろ。さもなくば反撃への準備と看做す。

これ以上罪を重ねる事無く大人しく刑を受けるが良い。尚、弁明も情緒酌量も交渉も認めない。

繰り返す――――――」

 

その様に丁寧に説明したにも関わらず、住民たちは家に籠ってドアに鍵をかけているままだ。

住居の屋上からリーガルを狙撃しようとしたテロリストを発見した隊員の一人が、家の中に逃げ込もうとしたが、

鍵がかかっており失敗。仕方なく鍵を銃で破壊して内側に逃げ込んだが、

その家の住人が、

 

「勘弁してくれ…、この地域に住んでいて明確に彼らに敵対したらわしらも無事ではすまん」

 

と、その家を盾に応戦しようとしたリーガル隊員に懇願染みた苦情を突きつけた。

だが、

 

「テロリストに敵対して殺される事は犯罪では無い。理解しろ」

 

そう言ってその隊員は取り合わなかった。その結果その家で狙撃手と数発の応酬を行って倒す間に、老人の孫が流れ弾に当たったが、

それはリーガル達にとって仕方がない事だった。

 

他のリーガルは、アーカーシャの構成員が数人逃げ込んだ建物に対して、

一分以内に逃げない住民はテロリストの協力者であると通告の後に、

建物ごと爆破する処置を取った。

だが、それもリーガルに許可された行動の一つであるために、仲間からは批難は無い。

精々、爆破前に通信機の音を遮断しろという内容くらいであった。

 

 

彼等は国家に忠誠を誓うが、国民の奴隷では無い。故に国民へ一々配慮はしないのだ。

そんな獣の様な集団であるリーガル最強の戦士、ローズは他の隊員以上に冷徹であると名が通っていた。

 

最初に錬成で作り上げた拡声器で一斉放送で、何時もの文面を告げたから、後は従わない方が悪いという論法で、投降の意志が無い者は、

武器を向けていなくても、赤子を抱いていても、彼の中のデータベースに赤社の同志会の構成員と情報のある人物は容赦なく処刑していく。

 

そうやって、遂にアーカーシャのボスの所に辿り着いた。

この組織のボスは眼鏡をかけた小太りの男だった。

彼はその容姿とどんくささ、そして頭の回転と物覚えの悪さから生きづらい生活を過ごしてきた。

されど、周囲は優しくは無い。彼に優しかった女性もいたが、この男が惚れるとはその女性は思っていなかった様だ。

その女性は誰にでも親切なだけだったのである。結局その女性は小太りの男、ジメジミー・ハッドフェースが嫌いな、

所謂リア充全開な男が好きだと、最近愛を打ち明けたと、その様にジメジミーのどもりながらの告白を断り、男と婚約した。

 

結局、その女性は恋人と結婚式をする事は無かった。ジメジミーがその前に殺したからである。

自分と対極にある様な男と出来ちゃった婚をして、娘と夫と共に結婚式を挙げる初恋の女性を見たくなかったからだ。

その時、タガが外れたジメジミーは社会に不満がある仲間を集めて、弱い者が認められる国家を作ろうと夢見たのである。

その夢から無理矢理醒めさせられた上に、現実と共に銃口を突きつけられて彼は悟った。…正確には思い出した。

何処までいっても負け組は負け組なのだと。

思えば、学生時代からずっと負け組として生きてきた。

だから、アウトローとはいえ組織の長になって舞い上がってしまっていたが、冷静に考えれば当たり前の事だった。

子供達の社会で勝ち組になれなかった人間が、大人になって勝ち組になれるハズなんてあり得なかったのだ…。

 

結局の所、社会の無能な上に犯罪者気質の者達を集めて、リーガルと言うゴミ収集会社に派遣を依頼した以上の事は、

彼らは社会に影響を及ぼす事は無かった。

 

世界に救いは無い。人の世に熱は無く、人間に光は無い。

だからこそ、猟犬達は白銀と硝煙で闇を祓い、悪を裁き続けるのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強制選択二者択一

ジメジミーを追い詰めたローズは、彼に手錠をかけた。

勿論此処で処刑しても良いが、やはり略式の刑よりは正規の刑を執行する方がスッキリする。そういう思考だった。

ジメジミーを連れて行こうとした時、高速の何かがローズの横に移動してきた。

 

 

それは少女だった。まるで穢れを知らないような無垢な少女。

それでありながら生物の雌としての在り方も両立した、そんな少女が其処に居た。

 

その時、仲間のリーガルが少女に向かって発砲したが、その少女が躱した為にジメジミーの腹部に弾丸は命中した。

 

誰もがジメジミーはもう助からないと理解した。ジメジミー自身もそれを理解したが故に己に迫りくる死に怯えていた。

そんなジメジミーの視界に映る少女は自分の惚れた女の面影が強く存在した。

 

それは当然の事でもある。彼が恋した女性と恋人の間に生まれた娘の姿形を、

研究員となった娘の父親である男の脳内から、化け物が捕食する時に抜き出した記憶を元に真似たものである。

尚、その元となった娘は一年前に既に病死している。

 

「血が出てる 死んでる? 食べて良い」

 

少女は化け物と呼ばれる一端を示す様に、その人差し指を触手の様に伸ばしてジメジミーの銃創に突き入れた。

そして、その肉を指先から啜って捕食した。

彼女こそ、数えきれない程の生命体の肉体と、複数の人間の思考能力を持つ不定形の体の格に、賢者の石を取り入れて完成した、

究極の生命体。国家の裏の上位プロジェクトの実験の完成結果であった。

 

死体喰いの正体はやはり『究極のキメラ』だったかと納得するローズ。

まあ、それはこの際どうでも良い。

大切なのは、『究極のキメラ』を確保した上に赤社の同志会を殲滅した。

今日もまた少し、国家の安寧に協力できたのだから。

 

 

 

 

 

―――――――●●●

 

これは暫く前の話だ。

 

マルコーは逃げ出していた。彼は嘗て国家中枢の極秘事項を担う有能な研究員だった。

しかし、イシュヴァール人を使った幾つもの人体実験、

そして複数の人間の魂を等価交換して生み出される錬金術の秘奥『賢者の石』の生成。

それを実行した己の罪と、これからもその悪行に参加させられる恐怖から逃走していたのだ。

 

だが、罪の足跡は罰の牙を持って追いかけて来る。

国家の猟犬リーガルの隊員ローズはマルコーを見つけ出した。

 

「機密を盗み出して逃げ出した己の罪を自覚しているのか」

 

ローズにとって、国家の利益に貢献する事から逃げ出した事が罪であった。

それは、直ぐにマルコーにも伝わった。故に、もう従いたくないから見逃してくれと泣き言を返した。

 

だが、それではいそうですかという物わかりが良い隊員がリーガルに居る筈は無い。

国家への貢献という栄光を取り戻した上に、以前の罪に対する罰を免除すると言われているとマルコーにローズは伝えた。

だが、マルコーにとっての『罪』とは国家が許した所で消えるものでは無かった。

今でも彼を苛む記憶が彼自身を赦さない。

 

それでも、突きつけられた銃口はYES以外の答えを許さなかった。

一瞬の隙を突こうとしても、その隙事体が存在せず、

無理に隙を抉じ開けようとすれば、それを制するように銃口が首の近くを掠める状況でNoを突きつけられる訳も無かった。

 

挙句に、独り言のように、

 

「この村は医者が他にいないのか。もし唯一の医者がいなくなるのであれば、代わりの医者が必要かもしれないな。

…まあ、以前の医者が犯罪者として裁かれる様な危険な地域で無ければ、だが」

 

と呟かれては、大人しく従えば後任の医者を用意して貰えるという救いに縋る他無かった。

マルコーはローズの強さでは無く、その強さに勝てなかった自分の弱さを恨みながら連行された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

略奪葛藤ジュブナイルエコー

マース・ヒューズ中佐は軍法会議所で勤務する子煩悩で愛妻家な男だ。

軍の通信資材を私的利用するわ、部下に長い長い家族自慢をしつこく話す様な男だが、

仕事は出来る。寧ろその思考能力はアメストリス軍においても上位に位置する。

 

彼は別にワザとふざけた昼行燈を気取っている訳では無い。

普段の家族を苛烈に愛する彼も、冷静に思考を回す彼も同じ地平に存在する人格なのだから。

 

ヒューズが今までの軍法会議所で得られる資料を漁っていると、ある事に気が付いた。

勿論これは、最初から疑いの目を向けていたからこそ見つかったという前提もある。

最初から彼は国家の標榜する正義を妄信してはいなかった。

 

ロイの元親友が秘密を知れる立場にありながら、国家の正義にするのとは対照的に、

ロイの現親友は秘密を知ってはいけない立場にありながら、国家の正義を切り崩す要因を探していた。

 

 

リーガルに先回りして潰される案件が多かったために、ヒューズが真実(・・)へと辿り着くのには時間がかかった。

だが、時間がかかったとしても、表立っては今まで誰も辿り着かなかった場所に彼は辿り着いた。

リーガルというのは国家の狗である。その正式名称は、『大総統府付き(・・・・・・)独立法務執行官』。

 

リーガルの普段の行動方針を考えるに、大総統へ判明した真実を報告するのは迂闊だとヒューズは判断した。

だとすれば彼が頼れるのは只一人しかいない。

 

普段私用で使っている軍の通信設備は使わず、部外線の電話ボックスを使用して親友のロイ・マスタング大佐に連絡をすることにした。

普段なら繋げない回線を繋げる緊急コード『アンクル』『シュガー』『オリバー』『エイト』『ゼロ』『ゼロ』――USO800(嘘八百)を音声伝達して、

親友に真実を伝えようとした。

 

だが、その回線は切断された。

物理的に受話器の繋がる線が射撃により切断されたのだ。

 

「何を誰に話そうとしていたかは今となってはどうでも良い。

マース・ヒューズ中佐。国家反逆罪容疑で逮捕する」

 

ヒューズの後ろには、硝煙の昇る銃口を彼につき付けた、ロイ・マスタングの()親友がいた。

 

「国家の狗が…っ」

 

「軍人が他者にそれを言うとは、いよいよヒューズ()中佐になる可能性も高いとみていいか?」

 

氷の様に冷たい視線でヒューズを見つめるローズは、ロイの親友であるヒューズに心の何処かで何かが燃えるような不快感を感じていた。

 

「…当てて見せよう。国家に不都合となる事をアイツ――ロイに伝えようとしたのではないか?

……もしかして図星か。はっ、事実なら目指す山を登るあの男を引き摺り下ろす口実が一つできそうだ」

 

「…随分饒舌だな。良いのか、そんなに浮かれて。浮かれすぎて弾詰まり(ジャム)ってるのに気が付かないとはよっぽどだな」

 

 

「何…っ?」

 

一瞬動揺を見せたローズに、ヒューズは仕込み暗器のナイフを投合した。

ローズは咄嗟に銃で弾いたが、その銃は弾詰まりなど起こしてはいなかった。つまりは――――

 

「掛かったな」

 

先程のブラフを利用して、一気に接近したヒューズはローズの銃を持ち主の腕ごと蹴り上げた。銃が空に舞う。

そして、その勢いを利用してナイフを巻き込むように振るったが、

 

 

その一撃は左手を犠牲にしたローズが、怪我を厭わずにナイフを掴みかかった事で未遂に終わった。ひり付く痛みを無視して強く握り込んだ。

更に、右手でヒューズの肩を掴み、思い切り自身の額を相手の額に叩き付けた。

 

そして落ちてきた銃を右手で掴み取り、その銃の弾倉部で思い切りヒューズを殴りつけた。

 

 

「…まえには、――お前には僕は絶対に負けないっ!!」

 

何度も何度もヒューズのナイフを持った手が脱力した事で自由になった血濡れの左手で、

親友だった男の今の親友を自負する男を殴りつけた。

 

「ロイの親友を気取るお前には絶対に負けるものかっ!!」

 

既にヒューズの意識は失われているにも拘らず、ローズは殴るのを止めなかった。

 

 

数分後、冷静になったローズは仲間を呼んで、ヒューズを連行させた。

自身は怪我をした左手を治療しなければならないので、通信機で仲間に治療の心得がある錬金術師を用意するように言って、歩いて帰った。

ローズは冷静になろうと心掛けたが、思考の端にロイ・マスタングとマース・ヒューズが並んだ立ち姿が浮かび、

珍しく路上の石を蹴り飛ばす程度には彼の精神は荒れていた。

これは、しっかり尋問(・・)してヒューズから不利になる情報を引き出して、自分の左手を傷つけた男の親友である男を失脚させるしかない。

そうやって理性で怒りを鎮めながら。

 

 

次の日、身分を一時的に剥奪されて牢に入れられたヒューズの顔を見に行ったローズは、

獄中で何者かに殺害されている男を発見した。

 

そして、いる筈の牢の見張り番がいなかった。

見張りの名前は、マリア・ロス。臨時で急遽看守を命じられた女性士官であった。

ローズは行き場の無い怒りをぶつける様に、まだ残痛の幻覚が感じられる左拳を檻に叩き付けた。

治ったはずの傷口が僅かに開き、床を赤く染めた。




見ようによってはヤンホモさんなんですよねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

有形無形ブリッジフォーリンダウン

にわか景気の谷『ラッシュバレー』。

イシュヴァールの戦争特需で栄えた、血の代価で成長した機械鎧技師たちの聖地。

機械鎧が栄えるというのは、基本的に手足の無い人々が手足を必要とするからである。

そういう意味では、栄えていることそのものが平和の否定であるこの場所に、現在エドワード達は来ていた。

 

機械鎧のレアモデルを見て目を輝かせるウィンリィに色気の欠片もねえなと呆れるエルリック兄弟。

 

 

周囲ではバーゲンセールやら催し物等で盛況だが、偶々エドワードは見たくないこの町の闇の一部を見た。

 

 

 

『恵んでください』

 

多少の差異はあるが、その類の言葉を壁に書いたり、首にかけた板に書き込んで通路の端で座り込んでいる者達がいる。

彼等は『手足乞い』と呼ばれるラッシュバレーに来たは良いが、機械鎧を買うお金も、簡易な義手を買うお金も無い障害持ちの者達だ。

心無い人々にはかたわ乞食とまで忌み嫌われて唾棄される彼等彼女等は、明日への希望では無く、

手足を持つ者への羨望と嫉妬、そして開き直りがあった。また、長くその生活を送る者には諦めが宿っていた。

 

バニーニャという少女もその一人だった。

失った両足をドミニクという技師に新たに貰って、その恩を返すために観光客からの窃盗を繰り返していた。

相手が観光客であるのは、地元民を敵に回すと自分がこの町に住みにくくなるという卑しい打算もあった。

 

当然、彼女を追う者も居る。彼女を護る為に皆が口裏を合わせる事は無い。

何せ、彼女は町の中でも昔は少々スリを働いたこともあったし、ドミニクの様な凄腕技師は尊敬されるが、

盗賊まがいのような人種は人々の尊敬の的に等ならないからだ。特に己の為に窃盗を行う者ならば尚更だ。

 

 

観光客が彼女を追いかけても、彼女は決して掴まる事は無かった。

彼女の新しい両足である機械鎧の運動性能は、今まで追っ手を一度も近づけなかったからだ。

 

だが、最後の窃盗の時は相手が悪かった。

 

 

大総統府付き独立法務執行官――――通称『リーガル』

その中でも最強の一人と名高いローズ・ジャスティが追っ手だった。

彼は一度警告をした相手には一切容赦も慈悲も無い。法律を守る事こそが、それだけが正義と信じる彼は一切の温情が無かった。

 

また、彼等リーガルの銃は、通常錬金術の円の部分を銃口に見立てて、銃弾に刻まれた紋様を、錬金術の円の中身と見立て、

その様々な効果を発動させる。その銃弾の紋は、通常予め刻まれたものを使う故に、カートリッジの交換などが必要だったが、

ローズの場合は銃弾は全て模様が一切存在しない。

彼がこのシステムの発案者であり、紋様と発動する効果内容の関係を極めて正確に理解している事と、

彼の類稀なる図を描かずに錬金術を発動できる能力により、

両手で銃のグリップを握っただけで、その中に在る銃弾に紋様を刻み込む事が出来るからだ。

 

哀れバニーニャは両脚の機械鎧を接続している部分から下方全てを完全に破砕弾で奪われた。

そして牢屋にぶち込まれて、出所した時には再び嘗ての様な両脚が無い状態に戻ってしまった。

 

未だ以前の機械鎧の代金も返していないのに、ドミニクには頼れない。

剰え、窃盗の結果破壊されたなど言えようも無かった。

街の噂にはなっていたので聞いていたかもしれないが、直接話すのはあまりにも辛かった。

 

 

だから彼女は手足乞い達の住処に身を寄せた。

ただ、彼女は背後の壁や、自身が持つ木の板に手足を強請る様な事を書かなかったのは、彼女の意地だろう。

冷酷なリーガル隊員が見れば、「自身の罪の浅ましさを反省したのだな」と、見当違いの事を言ったかもしれないが。

 

 

そして今の今まで彼女が手足乞いをしている。

そうしてエドワード達に出会ったのだ。

 

彼女には他の『手足乞い』と違って、諦めに伴う開き直りが少なかった。

往々にしてそれがポーズで無ければ死んでいく手前の手足乞いの姿に他ならなかった。

 

周囲の者も助けない。だからこそ彼女は未だに其処に手足乞いとして居る。

彼女が仕出かしてきた評判の集積結果だ。オオカミ少年が誰にも信じられずに獣の餌食になったのと同じ結果だった。

 

罰を受ければ罪の無いまっさらな人間と周囲が受け入れてくれるとは限らない。

出所者への周囲の目というのは厳しいもので、人によってはそれも含めて罰というのかも知れない。

 

 

冷静に物乞い通りに在る者は、在るべくしてそこに在る。と判断するリアリストな思考が若干あるエドワードに対し、

同性で、年が近い故に、視界に映ったバニーニャに同情しかけるウィンリィ。

だが、ウィンリィが同情する仕草を見るや否や、他の物乞い達が一斉にカモにしようと強請る為に、

地面を張ったり歩いて近寄って来たので、ウィンリィの安全を守る為に、エドワードはその場からウィンリィを連れて駆け出した。

 

彼には、この穢れた世界をウィンリィに見せるだけでなく、

穢れた住人達がウィンリィの善意を食い物にしようと迫ってくるのに耐えきれなかったのかも知れない。

 

 

 

イシュヴァールとの戦争が終わり、嘗て程の需要が無くなり、それでも少しずつ景気を落としていきながらもまだまだ賑わいがある。

この様な町にはならず者と物乞いが多いというのはエドワードも理解はしていた。

だが、そいつらの犠牲者にウィンリィがなるのだけは御免だった。

可哀想な奴に可哀想だと思ってやる分には良いが、その可哀想な奴になら奪われるのも仕方ないとまでは思えない。

それは善人で無く只の歩くエサだ。

彼の現実主義者な部分はウィンリィと同じくらいの年で絶望しきった少女の目を忘れる為に、そう結論付けた。

 

そして次の日、同じ通りを偶々通りかかったエドワードは例の少女が死んだことを知った。

倒れて動かなくなった少女から、彼女の同居者たちは先程まで生きていた同類から金になる物を漁り始めていた。

何処までも救いが無いこの世界。果たして法律が全てを仕切る時代になればこのような問題は無くなるのだろうか?

 

ふと、そんな何処かの誰かが言いそうな言葉が脳裏に浮かんだエドワードだったが、

そんな程度で、誰もが救われてハッピーエンドになるものかと、やはり否定的な現実論で思考を完結させた。

 

 

その時だった、

 

「お前達、何やってんだっ!!」

 

空気が響くような怒声が響き渡った。

その声の主をエドワードは知らなかったが、周囲の人々が口々にドミニクさんと呼びかけていたので、

彼にもこの男はこの町でも有名な技師なのかと直ぐに理解できた。

 

だが、恥を捨てて開き直った物乞い達には怒声なんて柳に風だ。

 

「なんだ? 手足乞い達のルールにケチつけんなや。

それとも何か? アンタが俺に新しい手足を付けてくれんのか?」

 

 

この様子を見れば、ああ、こう言う人間だから手足乞いになるのかと多くの者が理解する。

そうして彼らはますます見下されて煙たがられて、お恵みが少なくなるというものだが、

それでもこうやって反発するのは、彼等にそれを考える頭が無いか、余裕が無いか、

それともバニーニャにタダで高級な両足を恵んだ前例があったからだろうか?

 

 

だが、ドミニクも息子の嫁が身重な状態で、他人の為に時間や金を裂ける余裕も無い状況で、その反論には腹を立てる他無かった。

故に、強請る為に集まってくる人々から逃げる様にドミニクが背を向けた時だった。

 

 

ウィンリィが麓に凄腕技師が下りて来ている事を聞いて此処にやって来たのだ。

咄嗟にエドワードは亡くなった少女の方を見たが、

既にハイエナたちが覆いかぶさっている状況がウィンリィの視線を上手く遮っている状況だった。

 

 

それから、ウィンリィは家に帰ろうとしているドミニクにしつこく付きまとい、

人嫌いな頑固者のドミニクは着いてくるなと怒鳴ったが、それでもめげない彼女は、

「だったら、ドミニクさんと同じ方向に歩いていくだけです」と言ったので、ドミニクは「勝手にしろ」と許容した。

 

その許容には先程かつてドミニクが助けた少女が死に、その少女と目の前の少女が同じような年であった事に関係したかどうかは、

ドミニク以外には知る由も無かった。

 

結局、ドミニク・レコルトの家の前にまでついてきたウィンリィを家の前で何時までも放置しておくのはドミニクの息子夫婦が咎めた事もあって、

ウィンリィと一緒に着いてきたエドワードとアルフォンスは食事を頂く事になった。

そうしている間に急に天候が悪化し、この天気では帰れないと宿までお世話になる所となった。

 

だが、その夜。別の嵐がレコルト家を襲った。

臨月だったドミニクの息子の妻サテラが突然の破水から産気づいた。

 

生まれてくる孫の為にドミニクが馬で医者を呼んでくることになった。

だが、神様は残酷だった。天より降りし神鳴が、ドミニクの家と麓を結ぶ橋を両断していた。

仕方なく帰った彼と共に、今度は錬金術が使えるエルリック兄弟とウィンリィも一緒に着いてきた。

サテラの夫リドルは妻の応援で家に残っている。

 

エドワード達が見たものは、やはり神の裁きに両断された無残な橋だった。

咄嗟に地面を前方に隆起させて新たな橋を造ろうとしたエドワードだったが、それも橋自身の自重によって伸びる途中で砕けて落ちた事で失敗した。

 

 

考えろ、考えろっ、考えろっっ!!

 

幾ら試行しても幾ら思考してもエドワードには向こう岸へと掛かる橋が構築できない。構築する完成図が想像できなかった。

想像も出来ないものを実行できるほど錬金術は甘くない。

仕方ない、引き返すか。

そう思案していた時だった。

 

エドワードの足元を何かが貫いた。

その音は二回。

 

咄嗟に離れてその音の延長線を見る。

エドワードだけでは無い。誰もがその先にいる者をこの嵐の中でも視認できた。

 

見間違えようの無い白と銀の制服。

そしてそれを着込んだ人物の持つ銃口から伸び出た二本の細いワイヤー。

 

 

「ローズッ!?」

 

その人物を理解したエドワードは名前を呼んだ。

だが返答はない。代わりに、

 

 

「…離れていろ、邪魔だ」

 

彼の冷たく切り裂く様な声で警告が告げられた。

それから暫くして聞こえてくる重低音。それは紛れも無く彼の相棒(マシン)の唸り声だった。

 

ワイヤーの間が見る見るうちに凍結していく。

空気を圧縮や膨張を利用して急速に熱を奪う事で、ワイヤーの周囲を凍結させてワイヤー同士の間に氷の橋を作ったのだ。

厚さもそれなりに確保されていて強度も問題なかった。

だが、その隙間10cm。酷く狭かった。だが、それは仕方ない。それ以上広げていくとそれこそ自重で橋が落ちてしまう。

 

 

エグゾーストが更に強く咆哮して、白銀の騎士はその僅かな隙間を駆け抜け始めた。

 

「無茶だっ」

 

常識を放り投げたような行動に、ドミニクさえ悲鳴に似た声をあげた。

だが、示された道と同じように、少しもブレる事無く、真っ直ぐに進むローズには不安は全く見られなかった。

 

最後に大跳躍をして、当然の様に対岸に着いた法の狗は、

 

 

「向こう岸に渡りたいなら暫く待て。この乗り物は特例でも2人乗りまでしか許可されていない」

 

その様な事を言い始めた。

規則・許可・制限・罰則。基本的にこの男が話す内容は何時もこんなところだ。

友達がいないのも無理はない事だった。

それに……

 

 

「オレ達は向こう岸から医者を連れてきたくて困ってたんだ。ローズは医者じゃないだろ?

子供の出産に法律や権力は無力だ」

 

そうエドワードが言う通り、人体に詳しい医者が欲しいのに、法律に詳しいリーガルに来られてもメリットは全くない。

正直カッコいい登場をしたものの、全く役に立たないという状態だった。

周囲の者も露骨なエドワード程じゃないが、似た様な感情が顔に出ていた。

 

 

すると、ローズは無線機で何かを話し始めた。完全にエドワード達を無視して。

それは数分の出来事だった。そして、

 

「今から30分後から数えて、2時間の間だけ麓の医者との連絡出来るようにした。

だが、あくまで今から2時間半までが許可を受けた時間だ。

それ以降は例え出産が終了していなくとも無線機は返納して貰う」

 

そう言って、己の特殊な無線機をエドワードに貸し与えた。

 

「えっ、マジか…?」

 

この『マジ』は法律ばかりが大事なローズが、違法では無いとはいえ、法律に関係の無い所で労力や時間を割こうという部分に有るのだが、

それは敢えて説明しなかったエドワードは正解だった。

とはいえ、機嫌が悪くなったところで約束を上司の命令や法律以外で保護にすることは、

余程の事が無い限りない男だとはエドワードも理解していたが。

 

 

その後、レコルト家に戻った一行は、時折音が割れる無線機で医者の声を聞きながら、必死に対応するウィンリィの手で、

無事に新たな命を見届けた。

 

「丁度2時間半だ。長距離出力モードはバッテリーの消耗が早い。危なかったな」

 

無線機の残り電力を確認して呟いたローズは、相手先に時間になったので無線機を取り返した。

と連絡した。

 

 

暫くして、エドワードはふと疑問に思った。

もしかして先程の制限時間は、バッテリー残量に合わせたものだったのか?

いや、コイツはそんなに良いヤツでは無い。だって、今もドミニクに今回の貸しを代償にリーガルの装備の改良案の意見提出を迫られている。

…でも、結果的にコイツに救われたことは事実だ。

そんな考えが浮かんだ。

 

 

その後、麓の街に回り道して下りたエドワードは、ふと、例の物乞い通りに立ち寄った。

そこには今までいた浮浪者達が一人もいなかった。

 

周囲の者に聞くと、リーガル達が全員不法滞在として検挙したという。

その為に、ローズがこの場所に来ていたのかと、エドワードは少し納得した。

そして周囲の者が言うには、手足乞い達の一切の理由や懇願を受け付けず、強制的に彼らを牢屋に入れる為に。

ローズの何時もの警告口調で、不法滞在及び、不退去罪で逮捕すると言っている様子が簡単に浮かんだ。

これも善意的に見れば、屋根も無い彼らに家と食事を与えてあげたと言えるのかもしれない。

あくまで極めて好意的に解釈すれば、だが。

 

リーガルの事を全肯定するつもりは無いし、ローズの事を良いヤツだと認められる気もしない。

だが、完全否定してしまうつもりも無い。

それでも、その冷たい生き方にも、救いが少しも無いという事は無い。

願わくば、その救いがもっと優しいものでありますように。エドワードは心の中でそう呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。