ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で (O江原K)
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プロローグ 『トウショウボーイ』 (プロローグ①)

 

世界でも有数の大国、『ローレシア』。建国からようやく百年になろうかという

歴史の浅い新しい国であったが、その勢いはどの王国をも凌いでいた。

精霊ルビスの大陸アレフガルドからやってきた一人の男が美しい妻を連れて

やってきたのがはじめとされている。その男は早逝であったが、彼の子孫たちも

王として資質のある者ばかりで、ローレシアは力を増し加え続けていった。

 

そのローレシアでいまいちばん人々の注目を集め、大きな期待を寄せられていた

少年がいた。現国王の長子、つまり次の王となることが決まっている王子だった。

 

彼の国では王になる者の名前は代々『ローレル』。いちおうそれとは違う別の名が

いまは与えられているがそれは仮のもの、国王になった際にローレルを襲名する。

だから国民にもほとんど浸透していない。むしろ彼らは王子のことをその若々しさ、

力強さから『ボーイ』と呼んでいた。彼は正義感が強く熱い男であったので

やがてそれが派生し、『闘将(トウショウ)・ボーイ』と人々は愛称をつけた。

困っている人を放っておけないことから『お助けボーイ』と言われたりもした。

 

平和な世ではあっても、どのような事態にも対処できるようにローレシアでは

兵士たちの訓練、軍隊の強化を怠らなかったのでそれが世界の他国への

抑制力ともなっていた。王子であるローレルも幼い日から剣の稽古を重ね、

しかも彼の素質と力は誰もが認めるほどのものだった。周辺諸国も含めた

剣術大会ではほぼ毎回のように優勝を重ね、人々の称賛を集めていた。

 

 

『きゃ――――っ!ボーイ――っ!トウショウ・ボーイ!』

 

『ふむ・・・さすがは伝説の勇者の血筋の本家。他の者とは器が違う。

 剣士としてじゃない。王として、人間として違うのだ・・・』

 

 

そんなローレルにも弱点はあった。その一つに、女好きであることだった。

 

「王子さま!この間はありがとうございます。王子さまともあろうお方が

 固い瓶のふたを開けられない私なんかの助けになってくださるなんて・・・」

 

「いいって、いいって。礼なんか。それより今度おれと遊ばない?」

 

下心を持って人助けをしているわけではない。しかしこのとき彼は女性の

胸元に頻繁に視線をやっていた。まだ問題を起こしたことはないが

いずれ大変なことをやらかすのではないかと城の人間たちは恐れていた。

 

 

そしてもう一つ、彼の熱き正義の心は強すぎて、それが周囲と時々

衝突を生み、一部の者からは好かれていない理由であった。

 

ローレシアではこのごろ貧富の差が目立つようになり、それと共に

どうしようもない者たちが増えていた。貧しさゆえに犯罪を犯す者、

また立場の低い人々を食い物にする者が出てきていた。ローレルは

常に思っていた。なぜ父や貴族たちはこの格差のある状態をこのままに

しているのか。どうして悪行者たちを残らず除き去ることをせずに

放置しているのか。直接父たちに抗議し公に批判したこともあった。

 

よってローレルに対する評価は民衆の間では日々高まっていったが、

城の人々が冷静に言うところによると、『彼は純粋で正しい道を歩む

だろうが、王として成功するかどうかはわからない』という、

半信半疑なものだった。ローレルもそう噂されていることは知っていたが、

 

 

「おれがこの国を変えなきゃいけない。どんなに反対されようが必ずやり遂げる。

 誰もが幸せで何不自由なく暮らせるような国にする。それが偉大なる初代の王

 ブライアンさま、その妻ローラさま、そして・・・勇者ロトのご意志のはずだ」

 

 

トウショウ・ボーイ・・・ローレルは現状を自分の手で変えたかった。

うまいやり方はまだわからない。彼が国王とされるのもずっと先だろう。

それでも自らが変革したかった。このまま黙って見過ごせはしなかった。

 

 

 

この十年で世界は緩やかに、しかし確実に変化していた。一切が謎に包まれた

『ハーゴン』という神官を教祖とした邪教の信者が急激に数を増し加えていた。

その教えが邪教と呼ばれる理由に、彼らの奉る神は『悪霊の神々』とされる

一般的にはとても受け入れられないものであったからだ。当初は相手に

されなかったが、彼らが日に日に大きな勢力となっていくことにやがて

世界各国の支配者たちも見過ごせなくなっていった。

 

ハーゴン教が力を得ていくのと同時に、これまで人間を襲うことはほとんどなく、

逆に狩りの対象であった魔物たちが凶暴化し、旅人たちを皆殺しにする事件も

多発していた。身を守るため、食糧を得るためではなく、ただ命を奪うために

人間を襲撃するのだ。それは山でも海でも同じことで、だんだんと人々の

生活に影響を及ぼすようになった。ローレルもそのことを知っていた。

ローレシアの周りの魔物たちは脅威となるような強さを持たないが、

人の姿を見た途端に襲いかかってきたという報告が日に日に増えていたからだ。

 

 

 

ローレルが十六歳となった年のある日、その日はいつもと変わらぬ快晴だった。

彼は町へ出ては困っている人々を助けたり、女性たちに声をかけたりして

普段通りの行いをしていた。まさか今日が自分の人生を大きく動かす

運命の一日であるなんて思ってもいなかった。そのときまでは。

 

彼が城に戻って一時間も経たないそのとき、門の辺りからざわめきが聞こえた。

また盗みを働いた者が捕らえられでもしたか、と王である父と話していた。

しかし一向に静かにならず、むしろそれは大きくなりしかも近づいてきている。

いったい何があったのか見に行こうとすると、彼らが向かうより先に

一人の男が王の間にやってきた。周囲の者が止めるのを振り切りここまで来たようだ。

 

 

「・・・!お、お前は何だ!?どうして全身から血を流している!?」

 

「父上!これは・・・『ムーンブルク』の兵では!?いや、すぐに治療を・・・」

 

ローレルは城の医者、加えて傷を回復できる呪文を使える者たちを

呼ぼうとしたが、その兵士は彼を手で制した。もはや絶命する寸前であり、

どうあってもそれを避けられないとわかっていたからだ。それよりも、

この身体でムーンブルクの国から遠く離れたローレシアまで来た目的を

果たすため、兵士は王座の前で片膝をついて最後の力を振り絞った。

 

 

「・・・ローレシアの国王様・・・それに王子殿!私はムーンブルクより

 やって参りましたが・・・そのムーンブルクの城が・・・・・・

 大神官ハーゴンの軍団により・・・突然攻め取られ・・・!!」

 

「それはまことか!?そなたらの王は!?人々は・・・!」

 

「おそらくは・・・・・・。この私がただ一人こうして・・・・・・。

 だ、大神官ハーゴン・・・やつは邪神の力で全世界を滅ぼそうと

 魔物たちを率いて・・・・・・ロ、ローレシア・・・でも一刻も

 早くご対策を!そして我らの無念を・・・・・・」

 

 

兵士は力尽き、その場に崩れるようにして倒れた。ローレルはムーンブルクに

これまで数回、公の行事の機会に父や母と共に訪れたことがある。その城は

ローレシアよりもずっと美しい自然に満ち、清々しい空気を堪能させてくれた。

 

だが、それら以上にローレルが最もムーンブルクの思い出として残っていたのは、

自分と同い年だというこの国の王女。あの麗しく、ムーンブルク自慢の

どんな花よりも可憐な娘のことだった。誰にでも積極的に接し、女性相手には

特に自らを押し出すローレルが、彼女相手には緊張のせいでうまく話すことが

できなかった。その彼女も兵士の話の様子ではおそらく犠牲になったのだろう。

最後に会ったのは半年前。それが最後になってしまうなんて。

 

(・・・・・・こんなことならあのときもっと仲よくすればよかったな・・・。

 そうか・・・また会えるときを楽しみにしていたのに・・・もう叶わないのか)

 

寂しさ、そして悲しさに部屋のなかであるのに寒い風が吹くのを感じたが、

次の瞬間には激しい怒りがローレルを支配していた。魔物たちに、

何より大神官ハーゴンに。多くの人々の命を奪った悪魔どもへの怒りの炎が。

 

 

「・・・うーむ、やはり近頃の魔物の変化の裏には邪教が関係しておったか」

 

「父上!ならば私を!勇者ロトの子孫としての使命、今こそ果たす時!

 私を旅立たせてください!ローレシアの、世界の平和を取り戻すため、

 同盟国ムーンブルクの仇を討つために・・・」

 

ローレルは拳に力をこめ、今すぐにでも打倒ハーゴンの旅に出ることを直訴した。

一刻も早く邪教を壊滅させることがこの国だけではない、世界の救いとなる。

父も快く背中を押してくれるものと思ったが、その返答は意外なものだった。

 

「いや、息子よ、しばし待て。まずは事の真偽を確かめるため兵を数人ほど

 ムーンブルク地方へ遣わす。彼らの報告を受けてから本格的に

 我らの今後の方針を決めなければならない」

 

「・・・・・・・・・」

 

「そこで守りを固めるのではなく我らのほうから攻めると定まってようやく

 そなたが行くかどうかという話になるだろう。だからそうだな・・・

 まあ最低でも数か月はかかる。それまではしばし・・・・・・」

 

 

若き闘将は激怒した。これがほんとうに自分の父なのかと。勇者ロトの血が

流れている者の言葉か、と。ロトの時代はすでに遥か昔。血が薄くなっていても

仕方がない。しかしたった四代前に、ブライアンという勇敢な男がいた。

彼は竜王と呼ばれる巨大な竜に一人で戦いを挑み、打ち勝った。

大事なのは勝利したことではなく、その勇気と根性、正義に満ちた行動だ。

 

 

「・・・承知しました。この件に関してはもう結構です!」

 

 

彼は冷静さを取り繕おうとしたがそれは無理だった。激しい思いに任せるままに

自身の部屋の銅の剣と皮の鎧を身につけた。それらは城の訓練で使われるものだ。

それと机の上に置いてあった、たった50ゴールドという金を持ち、誰の許しも

得ないまま旅立ちの準備を着々と進めていった。人の目を全く気にもせずに

それらを行ったのですぐに王にも彼の行為は知らされることとなった。

 

「・・・いかがいたしましょうか。我らでどうにかしましょうか」

 

「・・・・・・好きにさせておけ、どうせ二日か三日で泣いて帰ってくる。

 世の中はそんなに甘くはない。いまそれを知っておくのもよいではないか」

 

「・・・はっ・・・で、では・・・見て見ぬふりをしろ、と・・・」

 

 

王はそれ以上何も語らず、狼狽える高官たちを王の間から退かせた。はじめは

ほんとうにこれでいいのかと城の人々は戸惑ったが、やがて王の言う通りだと

納得するようになった。挫折を経験することで王子も大人しくなるだろう、と。

ついにはローレルが何日持つかという賭けをする者たちまで出てきた。

だが、王の内心は全く違うところにあった。彼は息子への大きな期待があった。

 

 

(・・・・・・もし私や兵士どもの言う通りすぐに逃げ帰ってくるようであれば

 所詮は私と同じ、ただ偉大なる先祖の血が流れているだけの存在。だがあいつは

 何かが違う・・・。世界の危機に天から遣わされた勇者だという予感がある。

 ふっ・・・親バカと言われたらそれまでかもしれぬがな・・・・・・)

 

 

 

「・・・・・・よし、行くか。ハーゴンをぶっ倒すまでは帰らない。

 何か月、いや何年・・・・・・いつになるかはわからないけどな」

 

 

崇敬してやまない四代前の先祖ブライアンが築いた愛する祖国、ローレシア。

この国を自らの手で変えなければならないと決意しているからこそ、しばしの

別れ。ローレシアを出たら次期国王のローレル王子様ではない。ただの

熱き若者、トウショウ・ボーイが一人いるだけだ。やがて全世界の

太陽となる男の冒険がここに始まった。彼はその生涯にわたって

無数の人々に光と恵みを与える英雄となるのだ。

 

人々よ、希望を求め、暖かさが欲しいのなら彼のもとに集まるがいいだろう。

お助けボーイはきっと救いの手を差し控えたりはしないのだから。



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『テンポイント』 (プロローグ②)

 

大国ローレシアの支配下にある地、その一部の国土と支配権を与えられている

姉妹国『サマルトリア』。ローレシアの初代国王ブライアンがその死の前に

妻や僕たちに命じた通り、彼の二番目の息子のための国だった。武力では

ローレシアが大きく勝っているが、サマルトリアのほうが商業が栄え、

平和で豊かな国となり、その力において強くなり続けた。

 

そのサマルトリアの王子、彼の名は『テンポイント』。ローレシア同様

王位を継承する際に代々定められている『サマルトリア王』となる。

『サマル王』と呼ばれることが多く、一般にもそれで通っていた。

 

彼は生まれたときからとても美しく精悍な顔つきで、輝かしい未来を

約束されたと感じた父が『十点満点』だと思い名付けられた。

時が過ぎ成長しても彼は人々から『流星の貴公子』という異名で

呼ばれるほど優れた美少年となり、更に華麗な剣の腕前を誇っていた。

 

しかしローレシアなども含めて行われた剣術大会ではどうしても優勝が

できなかった。ローレシアの王子、『トウショウボーイ』ことローレルには

腕力で押し切られることが多く、とくに彼は相性の悪い相手だった。

テンポイントはトウショウボーイには勝てない、多くの者がそれを知りながら、

 

 

『テンポイント―――っ!今度こそ頼むぞ!いつかライバルに勝ってくれ―――っ!』

 

『貴公子さま―――!こっち向いて―――――っ!!』

 

 

人々の人気はローレルを凌ぐほどだった。サマル本人も、どうやったら同い年の

好敵手に勝てるのか深く考えたこともあったが、どのような作戦を考え、

相手の隙を狙おうとしても、どうやっても及ばなかった。自分も彼も

ローレシアの偉大なる建国者ブライアンと同じ代の子孫であるはずなのに

この差の理由は何だ、と思い悩まされた。

 

 

「テンポイントよ、次の集まりでの決議の件だが・・・」

 

「はい、問題ないかと。細かい点は後でどうにでもなります」

 

 

彼がローレルに勝っていたのは、その知性だった。事あるごとに国王である

父を支え、先見の明や俯瞰力という点では既に父を超えているという声もあった。

この国では主要な人間全員が賛成しなければ決められない重大な決議があるのだが、

そのうちの一人でもあった。ローレルと同じ王子という身分でありながら、

ローレルよりもずっと政治に関わり、人々の信頼と尊敬を得ていた。

 

 

そんな彼でも自分の国への不満、というより懸念はあった。サマルトリアは

経済的には豊かな国となり、ローレシアとは違い日々の食事にも困っている

貧しく飢えた者はほとんどいない。しかし彼は思った。この国の人々は

富んでいるが、心はだんだんと貧しくなってしまったと。問題が起きたら

すぐに金で解決し、人よりも物を大切にする社会になりつつあると。

 

 

「ローレシアと同じく・・・ぼくたちの国も進む道を間違えたってことか。

 まあこれまでこうしてきたのだから今さらどうなるってわけでもないけどね」

 

 

ローレルは自分の力で国を変えようという熱き心があった。しかしサマルには

それがない。劇的な変化は不可能、無理だと達観していた。だから父や

貴族たちと衝突することもなく、何かを意見することもなかった。

 

しかし彼もただ時の流れに身を任せるつもりはなかった。ローレルのように

流れに逆らおうとは考えていない。それは無駄だと思っているからだ。

むしろ全てを捨てて旅立つのもいいと考えていた。祖国も立場も投げ捨てて。

 

 

テンポイント・・・サマルは現状を変えたいとは思わなかった。変わるのは

自分だ。それでも妥協するのではなく、自分を貫いたまま。そのためには

遠い地へ旅にでも出よう、とその機会をじっと待っていた。とはいえ、

自分がほんとうに長い長い、しかも最終的に帰らぬ旅になろうとは

思ってもみなかっただろう。

 

 

 

サマル王子にとって旅立ちのきっかけは、ローレルと同じく、姉妹国

ムーンブルクが魔物の軍勢によって襲撃され、壊滅したことだった。

サマルトリアとしてはどう動くべきか国王はなかなか決めきれずにいた。

ここでテンポイントは立ち上がった。そして父に進言した。

 

 

「・・・父上。ここは私が参りましょう。おそらくはローレシアでも

 彼・・・闘将ボーイと呼ばれるあの王子が自らムーンブルクへ向かうため

 もう既に国を発っているかもしれません。私たちも遅れをとるべきでは

 ないでしょう。評判を落とすことになりかねないからです」

 

「お、おお!そうだな、息子よ。しかしローレシアといえば・・・・・・」

 

ローレシアとサマルトリアでは現在、ちょっとした揉め事が起きていた。

対処を間違えると大事になるかもしれない事態に国王はじめ要人たちは

慎重に対応を検討していた。王子も当然その件に関して話し合いをする一人で

あったので、全てを把握したうえでこの提案を申し出たのだ。

 

「ええ。今のうちに彼と行動を共にすることで緊張を解く助けになれば」

 

「なるほど・・・さすがはテンポイント。ではまずは勇者の泉へ向かうのだ。

 このようなときではあるが一応は先祖代々の習慣に従うべきだろう。

 ムーンブルクへの旅のための腕試しにもなる。やってもらうぞ。

 それからローレル王子と合流するといい。もし行き違いになった場合でも、

 わしのほうからも王子を一人でムーンブルクへは行かせないようにするからな」

 

「旅立ちの許可を感謝します。では、私が戻るまでローレシアとの一件に

 ついての全てを凍結していただくとよろしいかと・・・」

 

 

王はサマル王子の言葉にただ頷くばかりだ。『勇者の泉』に向かうことに

なった以外は全てサマルの思惑通りに事は流れていった。そして旅支度を

早々に終え、水を一杯だけ飲んでから行くか、と考えていると、

誰かが彼のもとに走ってきた。それは彼の妹、『サマンサ』王女だった。

 

 

「・・・おにいちゃん!」

 

サマンサは勢いよく彼に向かって飛び込み、抱きついてきた。彼が妹の頭を

優しく撫でてやると、彼女は幸せそうに笑った。そして愛する兄に何かを渡す。

 

「はいっ、これあげる、おにいちゃん!勇者の泉に行くんでしょう?十六さい、

 だもんね~。さみしいけれど、ちゃんといい子で待ってるからね!

 おにいちゃんもこれをつかってがんばってね!」

 

「・・・・・・おお、立派な剣に盾じゃないか。助かるよ、ありがとう」

 

サマルが受け取った剣と盾、それは紙で作られたおもちゃだった。しかも

お世辞にも立派な出来とは言えない。これはサマンサの手作りだった。

 

 

サマルの妹サマンサは十四歳。兄と同様素晴らしい器量の持ち主で、

その美貌はこの国では競える女はいないほどだった。それだけならよかった。

 

「えへへ~。おにいちゃん、今日はこれからお花の絵をかくんだ。

 おにいちゃんが帰ってきたら見せてあげるからね」

 

「そうか、楽しみだな。無事に帰ってくるべき理由が増えたよ」

 

 

そう、サマンサは十四歳だ。なのに話す言葉や思考といったものはまだ幼い

子どものままだ。その原因は国の医者たちにもわからないが、彼女は病気だった。

身体はどこもおかしくない。むしろ誰もが羨む容姿だ。問題は脳だった。

よって彼女のことを『失敗』だと言う者も多く、もしサマルに不測の事態が

起きたときにとても彼女では代わりは無理だと人々を悩ませた。城のなかで

彼女と好き好んで接する人間は皆無に等しかった。しかしただ一人その兄、

サマルは違った。彼女の幼稚さに、純粋無垢な清さを見ていたからだ。

 

サマルトリアでは人々の心が貧しくなっていると彼は常日頃から憂いていたが、

まさに自分の利益の為なら隣人や親しい友人、親やその子どもが互いに騙し合う

世界にあって、サマンサは一切の汚れもなく、彼の心を癒していた。

 

 

(・・・もう少し大人になってくれればじゅうぶん代わりは務まるはずだ。

 案外ふとした拍子に治ってしまうかもしれないからな。そうなれば

 誰もサマンサを退ける理由はない。そして安心してぼくも

 旅立てる、というわけか・・・・・・)

 

 

「・・・じゃあ行ってくる。まずは勇者の泉で身を清めないと。その意味や

 効力に関しては疑問も多いけれど・・・決まりだし仕方ないか」

 

「気をつけてね、おにいちゃん!はやく帰ってきてね――!」

 

 

変わりゆく祖国を思いながらも、自らが去ることで新たな道筋を開かんと

旅立ったテンポイント。華麗なる流星の貴公子はその旅のなかでこれまでにない

多くの挫折と屈辱を味わいながらもただ一瞬、ライバルである東のローレルに

代わって太陽となるときがやってくる。しかし彼の旅路の果てに待っていたもの、

雪の世界でのその残酷なる運命を誰が言い当てることができたであろうか。

 

泣くな、人々よ。朝はもうやって来ないが、サマルトリアでは今日も

美しい流れ星が世界のどこよりも眩しく輝くだろう。



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『グリーングラス』 (プロローグ③)

 

竜王を倒した勇者ブライアンとその妻ローラの子は三人いた。その最後の子どもは

唯一の女の子であったが、生まれたとき既に父はこの世にいなかった。そのことが

関係しているのかもしれないが、彼女は成長すると未練もなくローレシアを去り

『ムーンブルク』国に嫁いでいき、その地に一生とどまった。もともと安定

していたその国は、祝福されたロトの血が入ったことでますます強固になった。

 

絶世の美女ローラの子孫だと誰もが疑わない少女、それがこの国の王女だ。

ムーンブルクもサマルトリアのように、『ムーンブルク王』が呼びやすいように

『ムーン王』として通っていたが、彼女の場合は『ムーン王女』であったり、

本名の『セリア』と呼ばれることも多かった。

 

また、彼女の愛称に『グリーングラスの乙女』というものがあった。

ムーンブルクはその国土や支配下の町村のみならず、城のなかまで

豊かな自然に満ちていた。草木や花は当然のこと、特に中庭の芝は

職人たちが細心の注意を払い毎日欠かさぬ管理を続けているので

青く生い茂っていた。そのグリーングラスの上で踊る彼女の姿は

老若男女問わず全てを忘れて魅入ってしまうほど美しかった。

 

 

また、彼女は魔法使いとしての素質もあった。剣だけではない、簡単な呪文も

体術も使ってよし、そんな大会に遊び半分で参加してしまうと、何と決勝で

サマルトリアの王子、『テンポイント』に勝って優勝したのだ。この日は

最有力候補、大本命であったローレシアの『トウショウ・ボーイ』こと

ローレル王子が腹痛のため早々に敗退した末の大波乱だった。悲願の優勝を

前にして敗れた流星の貴公子への慰めの言葉が飛び交う中、彼女は密かに

くすりと笑った。魔法さえ使えたらこの世代で自分が一番強いのだと。

 

 

『・・・いいえ、皆さまわたしを相手にきっと遠慮されてしまったのでしょう。

 嬉しいというより申しわけない気分ですわ。しかし応援してくださった

 多くの方々、特にお父様に、その感謝を踊りにして表したいと思います』

 

そしてグリーングラスの乙女は舞う。彼女はやはり戦うよりもこうやって

人々を魅了するのが向いている。ただでさえ平和な世、仮に何かが起きても

彼女はグリーングラスの上で美しい姿を見せ、皆を鼓舞してくれたらそれでよい。

セリアは愛を一身に注がれた一人娘。最も大切に扱われるべき存在なのだ。

 

では彼女が将来女王となるのか・・・おそらくそうはならないだろう。セリアには

婚約者がいた。とはいえ愛を育んだ末に婚約したわけではない。それどころか

これまで一度も会ったこともない相手だ。『ラダトーム』の第三王子とのことだが、

彼の評判すらセリアは知らない。そのような者との将来が約束されているのだ。

彼はラダトームではほぼ確実に王になれないので、間違いなく彼がムーンブルクへ

やってきて、セリアと結婚した後に王とされるのだろう。彼女はこのことに関して

別にいいとも悪いとも思っていなかった。その心にある感情といえば、

 

 

(・・・あーあ・・・退屈ね。こうしてわたしの一生は過ぎていくのだわ。

 全てが定められたまま、わたしの意志など関係なく・・・・・・)

 

 

決して不幸だとは感じていない。ただ、つまらないのだ。本物の愛、

本物の感動、本物の悲しみ・・・それらと無縁の生涯が決まっていることは。

 

ローレルは自らの手で現状を変えたかった。サマルはそれが無理だと諦めて

いるので自分の境遇を変えようとした。彼女は違う。ただ漠然と、

どこかからやってくる何かが変えてくれたらなぁ、そう思うだけだった。

誰によるものでもいい。たとえ悪魔であっても、楽しませてくれるのなら。

 

ほんのちょっぴりでいい。せめて正式に結婚が決まる十七歳になるまでに

少しだけ何かが起きてくれれば・・・。どうせそんなことはないだろうけど、と

自分に言い聞かせて眠りについた。また明日も今日と同じ一日が始まる。

次の日も次の日も、その次もその次も次も次も・・・・・・・・・。

 

 

 

「・・・何かしら。騒がしいわね。これじゃあもう寝られないわ・・・」

 

城中のざわめきに目を覚ましたセリア。部屋を出て様子を見に行こうとすると、

父である国王がいた。国王は息を切らしていた。娘のもとへ休まずに駆けてきた

証だった。セリアの手を取ると、何も言わずに彼女を連れて再び走り始めた。

その向かう先は地下室だ。いまだ事情も分からぬ彼女は父に向かって叫んだ。

 

 

「お父様!これはいったい・・・何が起こっているのですか!?」

 

「・・・娘よ、ハーゴンの軍勢が、魔物たちが攻めてきたのだ。すでに

 兵士たちを皆集めて戦っておる。お前はここに隠れているのだ!

 よいか、何があっても出てきてはならぬ!」

 

「ハ・・・ハーゴンの・・・!あの邪教の・・・・・・!」

 

 

戦闘は激しさを増しているようだ。そして脅威は近づきつつある。

 

「うおお―――――っ!!死ね―――――!!」

 

「怪物めが―――っ、倒れるのは貴様らのほうだ――――!!」

 

魔物や兵士の絶叫だけではない。だんだんと剣や槍の音、呪文の詠唱、

そして空を飛ぶ魔物の羽音がしっかりと聞こえるようになってきた。

 

 

「・・・お父様!ならばわたしも!ムーンブルクの危機に王女として・・・」

 

 

「ならぬ!王女であるからこそ・・・お前は地下から決して動いてはならん!

 むっ、もうここまで・・・!」

 

 

隠れ場である地下室の入口まで娘を送り届けると、兵士たちの壁を突破してきた

魔物相手に剣を持って王は突進していった。爪を振り上げた魔物よりも

僅かに王の動きが速かった。見事に魔物の右腕を斬り落とすと、すぐに

炎の呪文を唱えて相手は燃え尽きた。流れるような動きでまずは一体屠った。

 

「お父様!上から魔物が飛び降りてきます!ああっ・・・あちらからも!」

 

「セリア!まだそんなところにいたのか!早く階段を・・・・・・」

 

 

王は娘を思いながらも振り返らずに徐々に増えていく敵たちを倒していく。

いかに下級の魔物であっても、数に物を言わせて押し切ろうとする作戦は

このたびも有効だった。王は後のない壁に追いやられ、それでも国を、

娘を守ろうと高齢であることを感じさせない脅威の粘りを見せるが・・・。

 

 

「ふふふ・・・これでほぼ勝敗は決した・・・。しかしせっかくだ。

 どうせなら派手にやるとするか!魔物ども、そこをどけい!」

 

 

突如現れた邪教の服を着た謎の男の声に、魔物の群れが空に、地中に、

あっという間に消えていった。まるで巻き添えを食らうのを恐れて

いるかのように。その男の大物ぶり、実力の高さを示していた。

 

「・・・きさま~~~っ・・・」

 

「さあ国王、これは見せしめだ!偉大なる神々、そしてあのお方に逆らった

 罪人はどうなるか全世界の人々が思い知ることになる!いくぞ、とどめ!」

 

「や・・・やめて―――――――――っ!!」

 

 

セリアの叫びもむなしく、その男がムーンブルクで最も呪文に長けた王ですら

聞いたこともない、複雑で意味も理解できないような高度の詠唱を始めた。

そして・・・眩しい光と共に空気中のあらゆる元素が集まっていき、

それが王に着弾した瞬間、男は邪悪な笑みを見せた。男が指をパチンと

鳴らすと激しい轟音と共に大爆発が始まった。セリアの目の前でそれは起こった。

 

「・・・・・・ぎょえ―――――――――――っ・・・・・・・・・」

 

身体の中心から飛び散り、腕が、頭部が、内臓が・・・・・・ぼとぼとと

地に落ちてきた。それまで父親だったものの残骸が散乱するその光景に、

セリアの意識と視界は闇に支配され、そこから全く動けなくなった。

先ほどまで声を出していたせいで父を殺した男にもすぐに見つかってしまった。

 

 

「あああ・・・・・・ああああ・・・・・・ああ」

 

「・・・む!こんなところにも生き残りが・・・しかし何もできそうにもないな。

 本来であればいろいろと楽しませてもらいたいところだが・・・あのお方は

 そのような行為を忌み嫌われるので致し方ない。今すぐ死んでもらうぞ。

 ムーンブルクの者たちは大なる者も小なる者も一人残らずにあのお方によって

 有罪とされたのだからな。私はそれを果たすだけだ!」

 

男が国王を物言わぬ肉片とした呪文を再び唱えようとしたところで、セリアの

意識は完全に失われた。緊張、恐怖、悲痛・・・それらが限界を超えたのだ。

彼女がどうなっていようが残酷な処刑は構わず執行されようとしていたが、

セリアが倒れた後、彼女の知らないやり取りがあった。

 

 

 

「・・・待て!その者を殺してはならない!」

 

「あ・・・あなたは!まさかあなた様がこのようなところへ!ですが・・・。

 いや、私はいかなるご命令にも従います。あなた様がそう仰るのであれば・・・」

 

「そう、それでいい・・・助かる。もうほとんど終わったようだ。きみはもう

 戻りなさい。後のことはわたしに任せるといい」

 

「はっ・・・!!」

 

 

男は膝をついたまま姿を消した。そこに残されたのは涙を流しながら倒れている少女と、

彼女をじっと見ている、あの底知れぬ力を持つ男すら言葉一つで退かせてしまった

大物が一人。その者はセリアに向かって手を伸ばすと、右腕に力を入れた。

 

 

「・・・『やつら』の手前・・・このままというわけにもいかないが・・・・・・

 ふむ、きみもわたしも・・・僅かなチャンスに賭けてみるのもいいだろう。

 きみにその気があり、きみを救う者たちがやってくるならば・・・・・・」

 

その日、たった一日のうちにムーンブルクは滅ぼされた。唯一生き残った

兵がサマルトリアへ、そしてローレシアへこれを知らせに向かったのを

魔物たちは気がつかなかった。ただ一人、セリアと共にいたその者以外は。

あえて見逃したのだ。理由はその者しか知る由もないだろう。

 

 

 

 

(・・・・・・・・・わたしは・・・・・・それにここは・・・)

 

目を覚ますと、そこは慣れ親しんだ城ではない。景色が全く違う。

 

(・・・!?声が出せない!しかも・・・あれは人の足!?)

 

起き上がろうとしたが、その感覚も異常だ。いや、身体の全てが。

その様々な疑問の答えは、近くの池に自らの姿が映しだされることで

明らかになった。

 

 

(・・・犬・・・!!これは・・・わたしだわ。間違いなく。

 ああ・・・思い出した。お城は・・・お父様は・・・・・・)

 

 

セリアは人間ではなくなった自分を見て全てを直感的に理解した。

これは呪いだ。どのような目的かは知らないが、邪教の者たちは自分を

殺さずに犬の姿に変えてきたのだ。屈辱と怒りに身が震える。

 

やがて近くを通りかかった親子が犬となった彼女をしばらく見ていた。

 

「・・・母さん、あの犬・・・全然吠えないね。病気なのかな?」

 

「お腹が空いているのかもしれないわ。確か朝のお客の残飯がまだ

 残っていたから持ってきましょう。でも・・・あんな犬昨日までは

 いなかったような・・・?誰かが置いていったのかしらね」

 

しばらくしてから戻ってきた中年の女性が、子犬のもとへ皿を置いた。

その女性は宿屋の経営者であったので、捨てる直前だった食べ残しを

適当に寄せ集めた。仕事が残っていたため子どもを連れてその場を去っていった。

 

昨日までであれば目にすることもなかったであろう粗悪な食事。しかし

生きるために彼女は食べた。人目を気にせず食べ続けるなか、彼女は

心から自分の考えを悔やんでいた。平凡で退屈な日々がいかに大切で、

かけがえのないものだったのか。気がついたときにはもう帰れない。

 

 

(・・・必ず・・・お父様の、打ち倒された全ての人たちの無念を

 わたしの手で晴らしてみせる!そのためならいまはどんな仕打ちにも

 耐えてやるわ!むしろ強くなり・・・邪教の者たちも魔物たちも

 根絶やしにするまでは死ねない。絶対に・・・・・・!!)

 

 

人通りの少ない、緑の芝生が生い茂る町の外れで一人彼女は復讐を誓った。

グリーングラスの乙女、最悪の状況に身を置かれながらも決して絶望せずに

ただそのときを待っていた。暗闇からの救出をもたらす何かがやってくることを。

苦難に満ちた歩みにも孤独にも負けずに戦ったからこそ、彼女はやがて

誰よりも祝福されることになる。

 

人々よ、彼女の華麗なる容姿ではなく、その不屈の闘志を、華奢な身でありながら

怪物たちに食らいついた意地を、戦い抜いた勇姿を褒めたたえ、後の世代に語り継げ。



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第一章 新しい勇者アレンの巻 (ローレシア・リリザ)

 

父の命令に逆らいローレシアから旅立つこの国の王子、ローレル。密かな出発の

つもりであったが、父も城の者たちも彼の動きはわかっていた。しかし公には

見送りに行かず、代わりに彼の三人の弟たちのうち二人がやってきた。

 

「・・・お前たちか。わかっているとは思うが・・・おれはしばらく帰らない」

 

「そうですか。では留守の間は私たちにお任せを、アレン兄さま」

 

ローレルの三人の弟は全員彼とは一つ違い、つまり三つ子だった。その三人では

一番上の者とされている次男、『バージ』は兄のことを『アレン』と呼んだ。

そもそもローレルとはこの国の国王の名であり、やがて襲名されることになるのを

周りの者が前倒ししてそう呼んでいるだけだ。それまではアレンという名が

与えられている。もし彼に何かが起きたなら、バージが『ローレル』とされるのだ。

 

決して不仲ではなかったが、意識していないわけがない。旅の最中での不幸を

願っているとまではいかないが、何も思っていないはずはないのだ。

 

 

「しかし兄さんはツイているね。もし世界を脅かすハーゴンの教団を壊滅させて

 平和を取り戻したら勇者ロトやブライアンと同じように永久に語り継がれるん

 だろうな。オレの名前は『ラッキー』だけど・・・ほんとうにラッキーなのは

 兄さんだね。オレたちももう少し大きくなっていればなぁ」

 

バージの次に母の腹から取られたラッキーが羨ましそうに語っている。とはいえ

ローレルはわかっている。もし適齢に達していたとしても彼らには危険な旅に

出る実力も度胸も足りていないということは。そんな彼らを責めはしない。

もともといま自分が城を出ることは褒められた行為ではないのだ。だから

三男ラッキーのうわべだけの言葉を非難しなかった。とはいえ、

 

「・・・いや、ラッキーなのはお前たちかもな。おれがどこかで野垂れ死ぬか

 魔物に食われたりしたら王の座はお前たちのうちのどちらかの物なんだから」

 

二人をどきっとさせるような一言を吐くと、荷物を手にした。いよいよ出発の

ときとなったが、最後に一つ、この場にいない末の弟に関して触れた。

 

 

「やっぱりあいつはいないか。まだ自分の部屋にこもって震えてやがるのか?」

 

「そのようですね。体の傷は癒えたようですが・・・心のほうが・・・」

 

「ふん、自業自得だろ。お前たち、あいつにはもっと厳しく接して構わないぞ。

 世の中ではあいつに同情する声もあるようだがおれはちっともかわいそうだとは

 思わない。恐怖で髪の毛が真っ白になろうが、それだけのことをやっちまったんだ」

 

ローレルが忌々しく語るその末弟の名は『プレス・トウコウ』。彼はしばらく前から

療養しており、一歩も表に出てこない。だがその原因は全て彼自身にあった。

 

「・・・トウコウから兄さんに伝言があるよ。サマルトリアには気をつけろって」

 

「当たり前だろうが!何様だあの野郎は。そもそもおれは入れるのか?サマルトリアに」

 

 

 

それは数か月前だった。ローレシアとサマルトリアの王族同士が集まり

互いの交友を深める機会があったのだが、そのときプレス・トウコウは

暴挙に出た。一人で草むらに座っていたサマルトリアの王女サマンサ、

彼女を人気のないところに誘い込み乱暴しようとしたのだ。

 

トウコウが言うには、『彼女のほうが欲情的で自分を誘っているように見えた』

とのことだが、結局それは未遂に終わった。ちょうど事件を目撃した

サマルトリアの誰かによって抑えられ、しかも半殺しにされたのだ。

それが誰だったのかはいまだにわからないままだが、トウコウは重傷だった。

回復呪文と最高の医療によってどうにか普通に生活ができるまでに身体は

癒えたものの死の寸前まで痛めつけられたことで精神的な病を患った。

 

プレス・トウコウの行おうとしたことは論外だが、サマルトリア側の人間の対応も

過剰で、やりすぎだったという声が出ていた。また、サマンサ王女のほうから

誘ったのではないかという推察も出始め、両国の間で大きな問題になってしまった。

どちらが悪いのか、誰が責任をとるべきか、民衆の間でも議論となった。

 

 

この出来事はローレルにとって『警告』となった。彼も女性に目がない。

自分も気をつけなければ同じ過ちを犯してしまうかも、という教訓だ。

弟たちに別れを告げ今度こそ城を出ようとすると、ひっそりと一人の女性が

立っているのに気がついた。それはローレルの母だった。

 

「・・・・・・母上、そのような場所で何を?誰かを待っておられるのですか?」

 

「・・・アレン、あなたを待っていたのですよ。ついに冒険の旅に出るのですね。

 きっとあなたは大きな目的を成し遂げるまで帰らないつもりなのでしょう。

 そのあなたに母からささやかな贈り物を・・・・・・」

 

ローレルの母が彼にそっと手渡したのは、『キメラの翼』だった。旅の途中で

危機に陥ったときでもその翼を天高く放れば人の住む地へ一瞬で帰還できる。

 

「あなたの熱き心は誇らしく思います。ですが意地にならないように。

 いつでも戻ってきていいのですよ。戻ることもまた勇気なのですから」

 

「・・・ありがたく頂戴します。使うことはないとは思いますが、

 母上の心遣いと温もりを確かめるために大切に持っておりますから・・・」

 

 

 

ローレル、つまりアレンの旅はついに始まった。ローレシアを離れた彼は

ただの一人の旅人の少年アレンだ。『トウショウ・ボーイ』としての生き方を

守り続けたとしても、この先彼をローレシアの次期国王、またローレル様と

呼ぶ者はサマルトリアを抜きにしたら稀だろう。しかし彼自身はそれでよかった。

むしろ解放された気分だった。高き身分に固執してはいなかったからだ。

 

アレンは将来の夢を尋ねられたことがある。彼にとって王となることは

夢ではなかった。虎視眈々とその座を狙う弟たちと違い、彼の目標は

そこにはない。『お助けボーイ』として困っている人々、弱い人々を

一人でも多く救い出すこと、それが彼の夢だったからだ。あくまで王という

立場であればそれが果たしやすいというだけであり、だから今回の勝手な

旅立ちで第一王子の座を剝奪されても構いはしないと思っていた。

 

 

「・・・あれはスライムか。あいつらはあまり変わらないな・・・」

 

ローレシアの子どもたちですら恐れを持たない程度の魔物『スライム』。その弾力のある

全身を使って二匹で飛び跳ねていた。どちらが高く跳躍できるか競っていたのだろう。

 

「魔物たちがみんなあんな様子だったら話は違ったんだろうがな。

 いや、いままではそうだったんだ。最近だ。全てが変わったのは」

 

スライムたちはアレンに襲いかかってくることはなかった。しかし別の魔物、

なめくじをそのまま巨大にしたような不気味な『大なめくじ』は違った。

アレンを見つけると、うねうねと鈍い動きでやってきた。逃げようと思えば

じゅうぶん逃走も可能だったが、アレンは大なめくじに向かっていき、

銅の剣で叩きつけるようにして返り討ちにした。ハーゴンの教団が勢力を

拡大していくのと比例するように魔物たちの凶暴性も増していった。

大なめくじも以前はただ見ていて気持ち悪いだけで実害はなかったのだ。

 

アレンは城での剣の稽古に熱心に励んでいたので、この大なめくじや

やはり巨大化した蟻の魔物『アイアンアント』など、ローレシア付近の

魔物であれば難なく倒すことができた。アレンは帝王学にはほとんど

関心がなかった。仕方なく弟たちと共に何時間も座っていたが

隅から隅まで自分で考え理解ししっかりと学ぼうとする彼らとは違い、

大人の兵士たちに混ざり肉体を鍛え剣の腕を磨くほうがずっと好きだった。

 

 

(父上も城のやつらも明らかにいい顔はしていなかったな。これじゃあおれが

 いないうちにバージかラッキーが次の王になっていても仕方がないか。

 でもおれが求めていたものはこれなんだ。王の座に未練はない。

 あれだけ稽古したおかげでここまで危なげなく戦えているんだからな)

 

 

アレンはその日、夜になっても歩みを止めなかった。この辺りの地形は全て

わかっていて、夜でも迷う心配はないと判断したのだ。それに加えて、

『リリザ』という町がこの先にあるということも知っていた。今日夜通し

頑張って歩けば明日の昼過ぎには到着するだろう。その町の宿屋で

ゆっくりと休み、疲れと傷を癒せばよいのだ。大なめくじやアイアンアントは

夜の間はあまり現れない。むしろ好機とリリザへ向かうため歩き続けた。

 

やがて朝となった。アレンの足取りはまだしっかりとしていて、集中力も

維持できていた。これも訓練の賜物だった。彼はまだ十四歳の時に

兵士たちの夜通しの行軍にこっそりと参加したことがあったのだ。

アレンはそのときから大柄で、鎧と兜に身を覆ってしまえば誰も気づかず、

発覚したときにはもう引き返せない場所まで来ていたので最後まで

同行を許さざるをえなかった。なぜこんなことをしたのかと問われたとき、

肉体と精神を更に鍛え理想としている自分に近づくため、と彼は答えた。それを

聞いた父が彼に続けて尋ねたのが、ではお前の理想、夢とは何かというものだった。

 

 

(・・・おれの愛しているローレシアのため、そして世界のために命をかけて

 旅をしている・・・それが夢でなくて何だっていうんだ。そうさ、おれは

 いま夢の道を歩いているんだ。これがおれの目指した生き方だ)

 

ローレシアではすでに彼は強い酒を飲んでもいい年齢とされている。高級な

酒の風呂に入り美女に囲まれている自分・・・確かに夢の光景だがこれを

夢だと言うのはさすがに低俗すぎると思い、己のなかで封印していた。

 

 

この日も魔物たちとの戦いはあったが初日の勢いはそのままに勝利を

積み重ね、ほぼ予想通りの時刻にリリザの町に入ることができた。

 

 

「ようこそリリザに。旅の疲れを癒していくとよいでしょう」

 

声をかけられた。しかしアレンがローレシアの王子であることに気がつく者は

誰もいない。最初の町人も、その次の町人も、どこにでもいる旅人に

接するようにしてアレンと会話をする。極めつけの言葉はこれだった。

 

「噂ではローレシアの王子がハーゴン征伐の旅に出たらしいわよ」

 

本人だとわかっていればまさかこんなことを言ってはこないだろう。これで

完全に自分の身分は知られていないと確信できた。アレンは心が軽くなった。

ただの旅人の一人として扱われるのも自分の故郷を出た証、旅の醍醐味だからだ。

 

(よーし。さっそく宿屋に行こう。自分のベッド以外の寝床は新鮮だろうな)

 

あまり大きくはないが清潔で好感の持てる宿屋に入った。宿代として4ゴールドの

前払いを求められた。これもアレンにとって慣れていない経験で、心を躍らせた。

もしこの町を統治している国の王子だと知れたら代金など求められないだろう。

喜んで金を払い、案内された部屋に向かった。初体験の連続だ。

 

 

荷物を置いてから、部屋の窓に映る自分の姿を眺める。旅人用の青いメットに

目を守るゴーグル。丸一日以上歩き、その間の戦闘のせいで傷んだ服。

確かにこれでは誰も自分の正体をわかるはずがないのも納得だった。

 

「次は・・・気は進まないし入れてもらえるかはわからないがサマルトリアを

 目指すべきか?それまで宿には泊まれないんだ。食糧や薬草の調達、それに

 洗濯もすませておかないとな。まあ時間はあるし、まずはメシにするか。

 明日からはそれも自分でどうにかしないといけないし、今のうちにたっぷり

 うまいモンを食べて腹を満たしておくか・・・」

 

アレンは部屋を出て、食堂と酒場を兼ねているフロアに向かった。どうやら

山菜と肉の料理が一番人気のようだ。海が近いローレシアでは魚料理が

多かったので、この町ならではの名物を楽しむという意味でもそれを注文した。

先にワインが出され、少しずつ口にしながら料理を待っていた。

 

(ふむ・・・城の高価なワインには及ばないのに遥かにおいしく感じる。

 どんな酒を飲むか、よりもどんな状況で飲むかが肝心ってことか。

 雰囲気もいいし、これからいろんな土地で酒を楽しめるのが今から・・・)

 

彼がいい気分になりかけていると、それをぶち壊しにする出来事が起きた。

客は彼一人ではなく、離れた席から男の大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

思わずそちらを見ると、ここで働いていると思われる若い女性が

因縁をつけられていた。アレンはじっとそのやりとりに注意を向けた。

 

 

「何だァ!?この豚のメシのような料理は!俺をなめてやがるのか!?」

 

「・・・も、申し訳ありません。お代は結構です。何なら全額お返しを・・・」

 

「そうじゃねーだろ―――がよォ―――――っ!!おい、俺の部屋に来い!

 誠意ある謝罪ってのを教え込んでやるぜ!その身体にたっぷりとなぁっ!」

 

 

若き闘将の怒りが激しく燃えた。理不尽に怒り散らし、逆らえない女性を

自分の好き勝手にしようとしているのだ。すぐに二人の間に割って入った。

 

 

「・・・なんだァ?若造。何か言いたそうな目だな、クズ野郎が・・・」

 

「言いたいことはいろいろあるが・・・お前には豚の餌も勿体ないだろ」

 

「何ィ!?俺を誰だとわかってんのか・・・・・・う、うおおおっ!!」

 

 

男の顔を掴むと、そのまま床に勢いよく叩きつけた。鼻や頬の骨が砕けた。

 

「ぐあああっ・・・!!で・・・でめえ・・・・・・!!」

 

持っていたナイフを取り出したので、アレンは上からの手刀で叩き落とし、

更にその右手をへし折った。確かに骨の折れる音がアレンにも男にも聞こえた。

 

「ぎゃあああ―――――――ッ!!!」

 

「お前が誰か・・・?知るわけないだろ。さっさと消えろ」

 

男は泣きながら逃げ去っていった。捨て台詞すら吐かず、振り向きもしなかった。

どうしようもない男を撃退し、ローレシアの人々のようにこの町の人々からも

感謝や称賛があるだろうと思っていたが、その場は凍りついてしまっていた。

アレンを見る者たちの目は、冷ややかなものだった。彼が戸惑っていると、

宿屋の主人が近づき、その理由を説明した。

 

 

「あーあ・・・やってしまいましたか旅の人。あの方には手を出しては

 いけなかった・・・なんということをしてくれたのですか」

 

「・・・なぜだ。放っておいたらあの人が・・・・・・」

 

「あなたは知らないでしょうがあの方はこの町の有力者。多少のわがままは

 黙認しなければならなかったのです。あの方の機嫌を損ねるのは絶対に

 厳禁だったのに・・・私たちは明日からどうなることか・・・・・・」

 

主人はそのまま頭を抱えてしまった。アレンは一人、何も言わずに部屋に戻り

荷物をまとめると宿屋から出ていった。これ以上ここにはいられなかった。

 

 

(・・・ローレシアの町とは違うのか。いや、城ではこうだったな。

 おれのやっていることを苦々しく見ていたやつらがいた!)

 

悪行を見逃し、公正を捻じ曲げることが正しいとでもいうのか。自分の正義が

世の中とはずれているのか。アレンは怒りと落胆に満たされた。しかし己の

行いが間違っていたとは思いもしなかった。自分だけは自分の味方だ。

 

(そうさ。おれはもともとみんなに褒められたくて『トウショウボーイ』だった

 わけじゃなかった。おれがやりたくてやってるだけだ。この旅も同じだ。

 他のやつに何を言われようが正しいものならここにある!)

 

 

これからも知らない土地を旅していればこんなことは何度も起きるだろう。

それでいちいち気落ちしていてはいけない。自分に喝を入れるようにして

町から出ようとすると、先ほど彼が助けた女性が走って追いかけてきた。

 

「あ・・・あの・・・さっきはどうも・・・ありがとうございました!」

 

「いや・・・あなたのためにやったわけじゃありませんから。それに・・・

 おれのせいでもうあの店では働けないでしょう。これからどうするんですか」

 

「・・・・・・あなたが心配してくださる必要はありません。その気になれば

 何だってできますから・・・・・・」

 

 

女性の言葉と表情に、確かに強い決意の意志が現れていた。しかし、その裏に

悲壮なものがあった。まだ二十代と思われる女性が『何だってやる』と

言っている。どんな仕事なのかは容易に想像できた。お助けボーイと

呼ばれるアレンが彼女のことを放っておけるわけがなかった。

 

 

「・・・・・・それなら・・・おれといっしょにローレシアに来てください。

 あなたが今日から働ける場所があります。おれについてきてもらえませんか」

 

「・・・え、そんな・・・。でもローレシアまではあなたのような若い男性でも

 歩いて一日以上はかかります。しかも最近では魔物が襲ってくると・・・」

 

「安心してください。これで一瞬のうちに到着ですよ・・・キメラの翼。

 実はおれはローレシアからやってきたのです。さあ、行きましょう」

 

アレンがしきりに勧めると、ついに女性もこれに応じ、彼に頭を深々と下げ、

 

「では・・・少しだけお待ちいただけないでしょうか。荷物をまとめたいのです」

 

彼と共に行く決心を固めたようだ。その後ろ姿にローレルはむふふ、と笑った。

 

 

(いきなりなかなかの美人に会った。しかもこんな展開に持ち込めるなんて・・・。

 これはおれ・・・ラッキーかも。この感触、これは・・・・・・)

 

彼は近い将来ローレシアの王となる。当然王ともなればたった一人の妻しか

いないということは稀だ。世界には多くの夫人と側女を持つ王も珍しくなく、

女性に目がないアレンの『裏の夢』でもあった。

 

(おれはトウコウとは違うもんな。無理やり自分のものにしようなんてありえない。

 それに下心があって助けたわけでもない。結果的にこうなったんだ。こうやって

 世界中からおれの女を集めるっていうのも悪くないよなぁ~?ヘヘヘ・・・)

 

 

義憤に燃えた闘将はどこへいったのか。彼の十六という年齢を考えれば仕方がないの

かもしれないが、鼻の下を伸ばしながら妄想に浸っていた。そこに駆け足の音が聞こえた。

 

 

「お、お待たせしました!申し訳ありません、支度に手間取ってしまって・・・」

 

「いいえ、気にすることはありませんよ。俺が言い出したことなのです。さあ、

 さっそくローレシアへひとっとび・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

キメラの翼でローレシアへ帰還したアレン。その顔色は渋いものだった。

帰らないと決めていたのに早々に戻ってきてしまったことによるものではない。

 

 

「おかあさん!ここがローレシア?とっても広いね!今日からここに住むの?」

 

「ええ、そうよ。あなたもこの戦士様にお礼を言わなきゃダメよ」

 

三歳くらいの女の子の手を引いている先ほどの女性。彼女は未婚の母だった。

 

(・・・・・・なんてこった・・・子連れかよ・・・・・・)

 

アレンは肩を落として二人を先導していた。すると女の子がアレンの前に立ち、

 

 

「戦士のおにいさん、どうもありがとう!・・・ございます!」

 

 

彼は何も言わずにこりと微笑み、女の子の頭を撫でてから褒めてあげた。

この母子にとってアレンは救い主なのだろう。だがアレンにとっても

二人の笑顔が大きな力になった。見返りや感謝を求めているのではない。

それでも彼はいま満たされていた。もう落ち込んでなどいなかった。

 

 

アレンの旅はまだ始まったばかり、いや、振り出しに戻ってしまったのだから

始まってもいないと言える。たったこれだけの冒険ですでに彼は何回も

精神の浮き沈みを味わった。これから幾度も季節の流れるなかを旅する

彼は果たして何を感じ、何を見つけるのだろうか。その夢と可能性は

無限に広がっていた。



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銀の雨の巻 (サマルトリア)

 

「・・・母上!母上!こちらへ・・・」

 

「まあ・・・アレン、まさかこんなに早く帰ってくるなんて。どうしたのです?」

 

ローレシアの王子、アレンの母。愛する息子の出発の際にいつでも戻ってきていいとは

言っていたが、たったの二日で再び顔を見るというのは全く想定外だった。

息子の性格と根性をよく知っているからこそ驚きで、大きな問題が起きたのではないかと

心配になり部屋から慌てて飛び出したが、アレンは無傷、元気そのものだった。

ただ、彼の後ろにはリリザの町から連れ出した女性とその幼い娘がいた。

 

「あら、その方たちは?ローレシアの住民・・・でもないようですが?」

 

「・・・し――っ・・・もう少しお静かに頼みます、母上。あれだけ偉そうなことを

 言ったくせにもう帰ってきたってばれたら父上や弟たちに何を言われるか・・・。

 実は一度旅を中断したのはこの婦人と娘さんのことで母上にお願いが・・・・・・」

 

 

アレンは事情を説明し、この城で母子を住まわせ、母親のほうには何か仕事を

与えてやってくれないかと頼み始めた。こうなったのは自分の責任だから、と。

 

(・・・こ・・・この方が・・・ローレシアの王子様だったなんて・・・あわわ)

 

「・・・?おかあさん、さっきからへんだよ?つかれたの?」

 

ローレシアで仕事を紹介するからついてきてほしい、とアレンから言われていたが、

まさか城のなかへ通され、しかもこのような展開が待っているなどとは夢にも

思っていなかった。緊張のあまり震えていたが、王妃は彼女を安心させるように言う。

 

「わかりました。ちょうど清掃をする者の人手が足りなかったのです。

 幸いなことに使われていない部屋もありますし・・・今日からさっそく

 住み込みで働いてもらうのがよいでしょう」

 

たったの数時間で話がとんとんと進み、その日のうちにローレシアの城で

暮らせることになったことをどう言葉にしてよいかもわからず、女性は

アレンに、そして王妃にただ何度も何度も頭を下げた。

 

 

後のことは母と城の者に任せたらよいだろうとアレンは出発の準備をした。

今度こそすぐには帰らぬ旅になるだろう。王妃はアレンに優しく語りかけた。

 

 

「・・・アレン、何があろうとも決して動じてはなりません。悪を憎んでも

 人を憎んではいけません。正しい道を進むことを諦めてはなりません。

 不器用なやり方だとしても、正直さを失わずに、あなたらしく生きなさい。

 あなたに言えることはそれだけ・・・いや、ほんとうはもっとあるのですが

 あまり引き留めてもよくありませんからね。さあ、行きなさい。

 ルビス様の平安があなたのうちにありますように・・・」

 

 

ローレシアを建国した勇者ブライアンとその妻がアレフガルドの地からやってきた者で

あるため、アレフガルドで崇められている『精霊ルビス』への信仰はこの国で、

またそれ以外の多くの土地で見られていた。アレンもまた精霊ルビスを重んじ、

むしろ人の倍以上だった。ルビスへの、そして勇者ロトとブライアンへの心酔は。

 

 

「・・・『勇者伝』の書の記録によれば・・・ブライアン様も最初の旅立ちの後に

 すぐにラダトームに帰ってきたんだよな。理由は全然違うけれども偉大なる

 先祖様の足あとを辿っていると思えば決して悪い始まりではない・・・よな」

 

弾む足取りで城を後にした。しかしすぐに、栄光の勇者と自分の違いを

思い知らされた。ブライアンはラダトームに戻り、呪文をいくつか覚えてから

戦いの広野に戻っていったのだ。アレンができることといえば薬草を買い込む

ことだけだ。もうリリザの町には寄れないのだから野宿は確実だ。薬草は

命綱だろう。それはいいのだが、致命的に彼が劣っていること、それは

魔法力が皆無であるということだ。どれだけ修行してもアレンには

呪文を習得するのは無理だという結論が既に出てしまっていた。

 

 

二回目の旅立ち。同じ道を通っているのに前回よりも長く感じられた。

緊張感や興奮が失われ、通常の精神状態に戻ったせいもあるだろう。

ローレシアの魔物たちは夜は比較的穏やかだがそれでも完璧に安全が

保障されていない場所で一人眠らなければいけないのだ。

 

もちろん熟睡などできるはずもなく、何があってもすぐに対処できるように

銅の剣は自らの手に握ったまま眠るのだ。これで疲れなど取れるわけがない。

しかし一日だけならまだどうにかなるが毎日徹夜を試みようとすれば

それこそどこかで命を落とすだろう。魔物との戦いの最中どころか

ただ歩いているだけで不注意によって致命傷を負うか疲労のあまり

死んでしまうことにもなりかねない。どんなに短い時間、浅い眠りで

あろうとも人間にとって睡眠は絶対に欠かせない。神や精霊に愛された

勇者であっても例外はないだろう。

 

 

「ちっ・・・こんなとき『ギラ』でも使えりゃ楽なのにな・・・」

 

大なめくじの群れがアレンの行く手を阻む。一匹か二匹であれば

脅威とはならない魔物も、こうして数を揃えて戦いを挑んでくるなら

厄介だ。無傷で全滅させるのは不可能で、受ける傷が増えていった。

手持ちの薬草の数が目に見えて減っていくのを確認し、またしても彼は、

 

「薬草だけじゃ無理だよな。『ホイミ』で身体を癒せたら・・・うっ!!」

 

ないものねだりを口にしてしまった。思いが集中できていないせいで

大なめくじたちからの反撃に遭い、どうにかもう一度気合いを入れ直して

全て撃退したが、こんなことが何回も続いてはとてもやってはいけない。

 

(フフフ・・・いくら偉大な先祖様のことを大事に思っているからって

 そのせいで先祖様のところへ行くことになっちゃ話になんねえ・・・)

 

自嘲ぎみな笑いが出た。初めて自らに魔力が全くないことを知ったとき、

ならば剣技をさらに磨くだけだと己を奮い立たせたが、いざこうして

旅に出たとき、しかもずっと一人で静かな道を歩き物思いにふける時間が

長くなると、自分がどう足掻いても勇者ロトやブライアンを超えられない、

その事実が彼を悩ませ、苛立たせた。それでもローレシアの勇猛な若き王子、

トウショウ・ボーイはこの程度で打ちのめされるほど弱くはない。

 

 

「・・・おれは目的を果たすまでは・・・決して諦めたり泣いたりするものか。

 おれが人前で情けなく泣くようなことがあれば・・・そのときはこの旅を

 やめてやる。何があろうとも絶対に・・・」

 

 

 

まだ一週間にはなっていないが、もう何日歩き続けただろうか。疲れは

これまでにないほど溜まっていた。体の汚れにも慣れてしまったせいで

水浴びも億劫になっている。以前リリザの町ではアレンがローレシアの王子

だと気がつく者はいなかったが、それは彼の格好が長旅用のもので

あったせいで、アレンのことをよく知った人間が注意深く眺めたならば

案外すぐにわかったかもしれない。しかしいまの彼ではどうだろうか。

 

見た目の悪さよりも生命に直結する問題として、ついにローレシアで

買い込んだ薬草が残り僅かになってしまった。食物や水は道中で

手に入れられる場所があるため問題はないが、上等な薬草は

そう簡単には見つからない。姿形だけ似た人体に毒となる野草もある。

 

もしアレンがこの土地を全く知らない、初めて歩いたなどという旅人であれば

薬草の残り枚数に焦りや不安を覚えただろう。しかし彼はもう幾度も

姉妹国サマルトリアを父たちと訪問したことがある。あと半日もかからない、

数時間程度でサマルトリアへ到着できるだろうという読みがあった。

 

 

「そうそう・・・こいつ!こいつが出てきたらサマルトリアが近いんだ」

 

 

アレンがこいつ、と呼んだのはコウモリのモンスター、『ドラキー』。

人間の血を吸うと言われているが、彼らの食物が他になくならない限り人間相手の

吸血などしないので、被害報告はごく稀だった。よって危険な魔物ではなく、

ドラキーがふわふわと飛んでいればサマルトリアのそばまでやってきた、

それを知るいい目印になっていた。体調が万全であれば狩りに行くところだが、

いまはその余裕はない。深追いして反撃される恐れもあったからだ。彼らの

巣の近くまで足を踏み入れてしまうと、さすがのアレンでも対処できない数で

囲まれ、そのまま物言わぬ餌とされるだろう。

 

「・・・お前らの相手は今度たっぷりしてやるからな。そのムカつくにやけた面も

 とりあえずいまのところは勘弁しておく。いまのところは、だけどな・・・」

 

 

アレンの弟、プレス・トウコウがサマルトリアの王女サマンサに無理やり手を出そうと

した事件のせいでローレシアに対する感情が悪くなっているに違いない都市へ

入るのは気が引けたが、これ以上の野宿は無理だ。何を言われようが厳しい視線を

向けられようが死ぬよりはずっとましだ。最低限の清潔さのために汚れをある程度

落とし、到着するとすぐに宿屋へ直行した。そしてベッドに飛び込むと、

数分もしないうちに眠りの世界へと落ちていった。幸せそうな寝顔だった。

 

 

翌日、綺麗さっぱりとした彼の姿があった。髪を洗い、身体の隅々まで磨き、

久々にちゃんとした食事を楽しんだ。昨日までとは別人のように活力を得て、

ローレシアの王子ローレルだと誰もがわかる状態を取り戻した。それは

同時に、サマルトリアでも有名人である自分の正体を明らかにする行為だった。

正直なところ気分が乗らないが、サマルトリアまで来たのだから国王に

顔を見せないわけにはいかないだろう。そして王子、テンポイントにも。

このような情勢であるから彼らに会いたくないわけではなく、アレンは

もともとテンポイントのことを好ましく思っていなかったのだ。

 

 

(・・・おれはどうにもあいつを好きになれねえんだよな。何回も剣術大会で

 戦っているから『永遠のライバル』だとか『TT(『トウショウボーイ』と

 『テンポイント』)対決だ』とか言われてるが毎回おれが勝っている。

 正直ライバルだなんて思っていない。それなのに同列に扱いやがる。

 しかもあいつのほうが女の子たちにチヤホヤされるしよォ~っ・・・!

 おれに寄ってくるやつらといえば・・・・・・)

 

『やったなボーイ!そしてありがとう。たっぷり儲けさせてもらったぜ!

 素人や女どもが応援半分にテンポイントに賭けやがるからお前の倍率が

 うまいことうまいこと・・・へへへ、その調子でまた頼むぜ』

 

『人気は向こうだが実力なら明らかにローレル、お前だよ。あ、いやいや・・・

 別にお前が不人気って言いたいわけじゃないからな。テンポイントが特別なんだ』

 

(・・・まるでおれがモテないみたいな言い方を・・・。おれだって百年前なら

 きっと大人気だったはずさ。今の女の好みはおかしいんだ)

 

アレンがもう一つサマルトリアの王子を気に入らない理由がある。彼が魔法力を持ち、

しかも自分と同い年ながら既に城での重要な集まりに参加し政治を動かしている、

それを耳にしていたからだ。まるで彼が頭脳派で自分が体力馬鹿のような気がして

劣等感を感じてしまっていた。もちろんアレンのほうが優れている点も数多く

あるのだが、自分に出来ないことを羨ましく思うのは仕方のないことだった。

 

 

「・・・おお、これはローレシアの・・・!ようこそサマルトリアの城へ!

 さあ、ぜひ我らの王にお会いになってください。不要かもしれませんが

 王のもとまで案内いたしますので、どうぞ私の後ろに・・・」

 

「・・・・・・あ、ああ。よろしく頼む」

 

アレンにとって意外だったのは、町の人々も城内の者たちも、緊張関係が続いている

ローレシアの王子である自分に対して物腰が柔らかく、友好的だということだ。

こちらではあまり問題になっていないのか?と多少気が楽になったところで

サマルトリアの国王、『サマル王』の前へ通された。年に数度も顔を合わせる

間柄だ。くだけた感じにはならないが、互いに慣れているので空気は軽かった。

 

 

「これはローレル王子!よくぞ参られた!そなたもやはり旅立っていたのか!」

 

「そなた『も』・・・というのは?そういえば王子は今日は・・・」

 

「うむ、すでに旅立ち、今ごろは勇者の泉で身を清めているはずだろう。

 そなたも勇者ロト、それにブライアンの血をひく者であれば泉に

 向かうべきだと思う。その途中で我が息子と出会ったならばそなたの

 仲間にしてやってほしいのだ。ムーンブルクの様子を確かめるための旅、

 一人よりは二人のほうがずっと安全で理にかなっておる。我が愛する長子

 テンポイント・・・またの名を『アーサー』という自慢の息子だ。助けになる」

 

アレンのなかでテンポイントは自ら動くような人間だとは思わなかったので、

誰かに言われたか、もしくは何らかの純粋ではない考えゆえに城を出たのでは

ないかと疑っていた。しかし勇者の泉には行きたいともともと願っていたので

王子は別として、自分もこれからその地へ向かうことに決めた。

 

「ありがとうございます。ではそのように・・・・・・」

 

片膝をつき深々と一礼し、立ち上がってからもう一度頭を下げて退室しようとした。

するとサマル王は彼を引き留め、これまでとは変わった口調で尋ね始めた。

 

 

「・・・ところで・・・例の事件だが・・・ローレシアではどうなっている?」

 

例の事件、間違いなくアレンの弟による暴行未遂の件だ。アレンはまた頭を

深く下げることになってしまった。しかし続く王の言葉は彼の耳を疑わせ、

思わず顔を上げてしまうものだった。

 

「何十万ゴールドくらい・・・かな?今回のことを終わらせるために

 我らが謝罪のために支払うべき額は。王や大臣は何と言っておる?」

 

「・・・はい?こちら・・・ではなくて、サマルトリアが・・・?」

 

「もちろんだ。そなたの弟君プレス・トウコウには酷い怪我と心の傷を

 負わせてしまった。悪いのは全てサマンサと弟君に対して襲いかかった  

 者なのだ。しかしその犯人はもはや見つかりそうもない。だから

 せめてもの謝罪の意を示したい。ローレシアの国王はどのようにお考えか・・・」

 

話す内容はともかく、国王の表情にアレンは何とも言えない不快さと苛立ちを感じた。

アレンは自分の弟だからといって肩入れしない正義感に満ちた男だ。どう考えても

プレス・トウコウが犯した事件なのにどうしてサマルトリアが謝るというのか。

 

「い、いや・・・ちょっと待て・・・いえ、お待ちください。確かに

 そのようなことをのたまう者もローレシアの中にはいます。ですが」

 

「いや、もはやどちらが悪いという議論は続けても無駄なのだ。あまり長引くと

 互いに対する反感が強まり・・・思わぬところから傷口は広がり最終的に戦争に

 なりかねないのだ。些細なことが始まりなのに、歴史のなかではよくある話だ。

 戦争になってしまえば武力において勝るローレシアの前に我らは何もできまい。

 そうなる前に終わりにしたいのだ。我々の誠意をどうか受け取っていただきたい」

 

 

アレンは何も返答しなかったが、はらわたは煮えくり返り、怒りを募らせていた。

王の言っていることは正しい。どちらかが折れるとすれば力のないサマルトリアが

そうするしかない。アレンに対して人々の反応が柔らかかったのもそのためだった。

一国の王子としてそれはわかっている。でも一人の男として、やはり白黒を

はっきりとつけたかった。自分の弟にサマル王、何よりサマンサに謝らせたかった。

なのにその王が、処女である自分の娘が襲われそうになったというのに、

『些細なこと』として片付けようとしていることに憤慨した。

 

国王はアレンの心のなかを全てわかっていた。教え諭すように続けていった。

 

 

「ローレル・・・いや、アレン王子。そなたが義憤を覚えるのは若き男として

 間違ってはいない。だがローレシアの王子、しかも将来は王となる者で

 あるのなら・・・そなたの考えは正しくない」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「問題の解決を曖昧にしたまま金で終わらせようとするのは正義ではない、と

 思っているだろう。しかしわしはそうは考えない。金で解決できることならば

 大金であろうと喜んで使えばよいではないか。多くの血が流れるよりは」

 

アレンはやはり何も言い返せなかった。怒りを堪えるために唇をかみしめていた

先程とは違い、いまは王の国家を治める者としての正論に黙っているしかできない。

 

「戦いとなり人々の血が流されてしまったら・・・もう金ではどうしようもないのだ。

 ローレシアは屈強な軍隊により国を守っているが我らはそうではない。何かあれば

 そなたらに助けを求めなければならない。まして戦うなどできはしない。

 ならばわしとしても今回の件で数十万ゴールドという金で国を、愛する人々を

 守ろうとするのも当然のことではないか。いまはアーサーが出ているため

 我らの間でも結論は先送りになっているが、アーサーが無事に戻り、

 ローレシアの意向を確認したらすぐに決定が下せるだろう」

 

 

アレンは顔を沈めたまま改めて礼をすると、今度こそ王に背を向けて王の間を出た。

自分ではなく相手の言葉が正しいのはわかっている。なのに何かが収まらない。

彼は勇者の泉に向かう前にサマンサ王女に会うことにした。せめて自分が

愚かなことをした弟、それにローレシアとサマルトリアの全ての者に代わって

誠実に謝りたかったからだ。サマンサの部屋に通されると、彼女は本を読んでいた。

もう十四歳になるのに、幼児に読み聞かせるような、文よりも絵が多いものを。

 

 

「・・・こんにちは、王女。久しぶりです・・・・・・おれのこと、覚えてる?」

 

サマンサがぽけーっとしている様子だったので、思い切って聞いてみた。するとやはり、

 

「えーと・・・・・・だれだったっけ。ごめんね、思いだせないや」

 

「あはは・・・だと思ったよ。おれはローレシアの王子、アレンさ。

 今日王女に会いに来たのはこの間の・・・・・・」

 

アレンはプレス・トウコウの件に関して謝罪するつもりだったのだが、どうやら

サマンサはそのこともピンときていないようだ。もう忘れてしまったのか。

彼女が脳の病気だと言われている話はアレンも知っている。そのために

サマルトリアの国内でも蔑まれていて、王女という立場でなければとっくに

追い出されているだろうということも。少しだけ話を続けているうちにアレンは

わかった。きっと彼女は強姦されそうになったことすら気がついていないのだろう。

それは幸せでもあり、また哀しくもある。アレンは冗談半分、本気半分にこう言ってみた。

 

 

「・・・王女、きみが大きくなったらローレシアに来ないか。そしておれと結婚しない?」

 

 

サマンサはやはり間を開けてから、無邪気な笑顔でローレルに返答した。

 

「結婚?う~ん、だめだね。だってわたしはおにいちゃんと結婚するんだもん。

 おにいちゃんはとても強くてやさしいから大好きなんだ~」

 

「・・・・・・・・・そうか、それは残念だ・・・・・・」

 

「あと二、三ねんしたらおにいちゃんのおよめさんになって・・・えーとね、

 それからおにいちゃんの子どもをいっぱいうむんだ。楽しみだなぁ~・・・」

 

 

幸せそうな顔になった彼女はもうアレンと話をする感じではない。アレンはここで

部屋を出た。兄妹で結婚などできない、子どもの作り方も知らない・・・それだけでも

彼女のことを思うと悲しくなってきたが、もっとアレンの心を締めつけたのは、

彼女が愛する兄もおそらくは、彼女を『売った』人間の一人であるだろうということだ。

 

サマルトリアの王子は自分とは違って利口だと聞いている。正義感や怒りに

身を任せて国王である父や重臣たちに逆らい、対立するなどというのはありえない。

好戦的でない彼のことだ、真っ先に金による解決を王に進言した可能性も高い。

サマンサはそれを知ることもなく、兄への報われない愛を抱き続けているのだ。

 

 

この日はもう遅くなってしまったので明日の朝にサマルトリアを出て勇者の泉へ

向かうことにしたアレンは、昨日と同じ部屋に泊まっていた。ただ何となく

窓の外を見ていると、少しずつ雨粒が肉眼でも確認できるようになり、やがて

大雨とまではいかないがなかなかの雨になった。これでは翌日まで

降り続けるかもしれない。なのにアレンはそれを歓迎しているかのようだった。

 

(・・・いいぜ、もっと降りやがれ。おれのかわりに泣いてくれ。

 おれは何があっても涙を流さないって決めたからな。どんどんやってくれ)

 

窓の外には銀の雨が降り続け、一晩じゅう雨音がするなかで彼は眠った。



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サマルトリアのアーサーの巻 (勇者の泉)

 

まだ小雨が降るなか、アレンは旅支度を終えて町を出た。サマルトリアで

味わった多くのやりきれなさやもどかしさを抱きながらの一人旅だ。

彼が八つ当たりする相手といえば、その行く手を阻む魔物たちだった。

 

 

「・・・・・・ぎゃあああぁぁ―――――――っ!!」

 

「ちっ・・・ハーゴンってのはどうやらほんとうに下衆なやつみたいだ。

 もうとっくに死んだ魂までもこうしててめえの好きなように操れるなんてな。

 ぜひとも早くくそったれの顔を拝んで完膚なきまでにぶっ飛ばしてやりたいぜ」

 

 

死者の魂である『幽霊』が、アレンによって二度目の死を味わうことになった。

今の彼は危険だ。やり場のない怒りを遠慮なく発散できる対象を欲しているからだ。

 

「・・・雑魚が次から次へと・・・うりゃぁあ――!!」

 

やはりハーゴンによるものなのか、巨大化したねずみで『山ねずみ』と

呼ばれる魔物たちをアレンは銅の剣で叩きつけ、散らしていく。

その勢いは勇者の泉に到着するまでの旅路の間、そして身を清める泉が

最深部で待っている洞窟に入ってからも衰えなかった。山ねずみや

ドラキーたちとの戦いが外を歩いているよりも激しくなっていったが、

これまで通り薬草を頼もしいお供に、彼の快進撃は続いた。

 

(おれは仲間なんていらない。そうだな、この大量の薬草と数枚保険として

 用意しておいた毒消し草さえあればいい。呪文が使えるとかいう

 あの野郎も必要ない。仲間にしてくれって言われてもお断りだな)

 

サマルトリアの王の言うことに従い勇者の泉までやってきたが、アレンは

そこから先は王の言葉通りに動く気など全くなかった。途中で息子と出会ったら

仲間にしてやってほしいと頼まれていたが、彼と共に旅をしようなどとは

これっぽっちも考えてはいない。あくまで先祖代々の伝統に倣って

泉の清い水で偉大なる勇者ロトの導きを求めようとしていたに過ぎなかった。

 

洞窟内の魔物たちを目に入ったものは一匹残らず打ち倒して、ようやく

最深部までやってきた。そこには番人である謎の老人が待っていた。

父たちから聞いていた老人と全く同じ外見であったので、もしや何十年、

いや何百年と朽ちることなく生き続けているのか、と驚かされたが、

ここは聖なる場所だ。人間ではないのかもしれない。深く考えるのは

やめにして、老人に話しかけ、その言う通りに儀式を受けた。

それが終わり再び地上に向かってここまでの道筋を戻ろうとすると、

老人はアレンに言っているのか、それともひとり言なのか。小声で呟き始めた。

 

 

「・・・一足違いであったな・・・。サマルトリアの王子、そなたと同じく

 ロトの血をひく者は既に身を清め、そなたを探しにローレシアへ・・・・・・」

 

アレンの足が止まった。自分がどこかで彼を追い越して、自分のほうが先に

ここに辿り着いたとばかり思っていたからだ。思わず老人のそばに戻った。

 

「・・・やつが先に・・・本当なのか?それにしてはこの洞窟は魔物で

 うじゃうじゃしていたけどな。おれがほとんどやっつけてやったが」

 

「うむ・・・確かにそなたの剣や身につけているものは血で満たされておる。

 あの者とは真逆じゃな。不要な戦闘を嫌い、ほとんど戦わずにここまで

 やってきたというサマルトリアの王子とは・・・。しかし正反対の

 人間だからこそ案外うまくやっていけるもの・・・・・・」

 

 

まだ老人が話している最中であるのにアレンはこの場を離れ、出口を目指した。

毒を持つ『キングコブラ』が敵意をむき出しに襲ってきたところで、

怒りに満ちたアレンに銅の剣で撲殺された。口を大きく開けたまま絶命し、

定めた狙いに届かなかった毒牙がむなしかった。この洞窟で最も力ある

キングコブラが一瞬で倒されたことで、同じく毒を武器とする、緑色の

溶けたようなスライム『バブルスライム』はもうアレンに近づこうとは

しなかった。数日前に現れた別の人間は最低限の戦いしかしていなかったが、

いまアレンに見つけられたら命はないからだ。立ち止まり、振り返ってでも

自分たちを一匹残らず駆逐しようとするだろう。慌てて巣へと逃げ帰っていった。

 

そのアレンはというと、もう魔物へ苛立ちをぶつけようという気持ちは

静まっていた。仮に魔物を見つけても、相手から襲ってきたり進路を

塞ぐようなことをしなければわざわざ戦うつもりはなかった。なぜなら、

もう『代わり』はいらなかったからだ。『本物』に怒りを叩きこむ気でいた。

そのために彼は洞窟を出たらすぐにローレシアへ戻るのだ。

 

 

(・・・サマルトリアのテンポイント・・・!もともと気に入らないやつだったが

 いよいよ我慢できなくなったぜ。とんでもねえ腰抜け野郎でもあったとはな。

 出会ったら一発張り飛ばして、それから故郷に送り届けてやる。あいつが

 勝手に野垂れ死ぬのは構わねえがおれの足を引っ張るのは最悪だからな・・・)

 

 

 

久々の地上の空気と太陽の眩しさを味わう間も惜しむかのようにアレンは

キメラの翼を放り投げた。これまでの半月ほどの旅が馬鹿らしく思えるほど早く、

まさに瞬間的にローレシアまで戻っていた。このキメラの翼は自分が

思い定めた場所にしか飛ぶことはできないのが唯一の欠点といえるだろう。

魔法力がある者ならまた違うのだろうが、それがないアレンには関係ない話だ。

 

 

「・・・ああ、王子様・・・!よくぞご無事で!」

 

「あなたはこの間の・・・。もうすっかり昔からこの城にいるみたいだ」

 

「ありがとうございます。全て王子様と王妃様のおかげです。

 ところで・・・今日はどうなさったのですか?」

 

城では先日彼が連れてきた女性が慣れた手つきで柱を磨いていた。父がいま

王の間にいることを彼女に確認してからそこへ向かった。アレンが一度

ローレシアに帰ってきたことを知らない城の者たちは王子の突然の帰還に

びっくりといった様子だった。理由を尋ねようにも彼はとても不機嫌そうで、

ちょっとでも間違ったことを言ってしまったらどうなるかわからないので

声もかけられないまま放っておくしかなかった。どうせアレンは王の間へ

急ぎ足なのだから、王がどうにかしてくれるだろう、と。

 

 

 

「・・・・・・父上!!」

 

「おお、息子よ。そなたが戻ってきた理由はわかっておる。サマルトリアの王子、

 彼がそなたを訪ねてきたのだ。しかし留守だと知り帰っていったが・・・

 そなたも彼に会い、二人で旅を始めるためにきたのだろう?」

 

父は自分のことを半分しかわかっていない。アレンはため息をついた。

彼に会いに来たのは正解だが、仲間となるためではなく、一発殴って

やるためだ。卑怯な臆病者、自分のためなら妹すら売るような男を。

 

「彼は言っていた。急いで帰っても仕方がないからのんびり戻ると。

 途中のリリザの町にでも何泊かする気なのかもしれぬな。今日じゅうに

 リリザを目指して発てば町で会えるだろう。行くといい」

 

「・・・・・・そのように致します。では、私はこれで・・・・・・」

 

 

父には絶対に秘密だが、アレンはリリザの町には当分の間入れない。

しかも追いかけっこをしてまた空振りだ。だんだんと面倒になっていた。

サマルトリアの王子なんかもうどうでもいいか、と。自分が構わなければ

いつまでも彼はリリザかサマルトリアで待ちぼうけだろう。あんな腰抜けが

一人でこの大陸から出られるわけもない。おかしいな、と待ち続ける

その姿も滑稽だ。放っておいて人々の笑いものにしてやろうと考えた。

 

(おれは違う。おれは・・・一人でも行ける。ムーンブルクに、そして

 ハーゴンを倒す旅に!リリザにもサマルトリアにももう寄らない。

 おれはこのままムーンブルク大陸へ行けるあのトンネルへ・・・)

 

 

 

「しかしサマルトリアのテンポイント・・・か。あれはなかなか

 熱い男だった。そなたにも負けず劣らずな。そなたと剣で戦っていた

 ときにはあのような熱意は感じられなかったので驚いたが・・・」

 

「・・・・・・?何の話ですか、父上」

 

アレンはここで思い出した。テンポイントは最初から身を清めた後は

ローレシアに行きローレル王から謝罪のための金額を聞きだしてくると。

自分と出会うためだけでなく、国の政治活動もしていたのだ。だが

父は彼を『見直した』というような表情だ。一体何があったのか。

 

「そなたもサマルトリアで聞いただろうしこの城の者たちもよく話題にしている、

 プレス・トウコウの件についてのサマルトリアの出方だ。どうやら向こうが

 金を支払うことで手打ちになるという話だ。事が更に大きくなる前にな。

 彼もやはりその話をしてきたよ。こちらにとっては耳が痛かったがな」

 

「・・・・・・ええ。私には意見を述べる資格がないので何も言えませんが。

 彼は違うようですがね。既に王と並んで重要な決定に口を出せる立場。

 何十万ゴールドでこちらが受けるかを確認するために来たのでしょう?」

 

何が耳が痛いだ、とアレンは父へも怒りを募らせた。自分の息子の愚挙は

なるほど父として痛い。しかしそのおかげで大金が手に入るではないか。

建前では愚かな息子だと苦い表情を見せても、心では愉快に笑って

よくやった息子よ、と褒めちぎっているのではないのか。隣国だけではない、

この国もだめだ。やはり自分が全てを変えるしかない、アレンが

失望と共に強い決心を抱き始めたとき、父の言葉はアレンの心を動かした。

 

「ああ。確かに最初はそう言っていた。自分の父を始め、城の者たちは

 ローレシアに賠償金を支払うことにし、あとは金額の問題だと。

 だから自分がその交渉に・・・ここまではいつも通り、わしらの

 知っている王子だった。だが・・・・・・そこから先は違ったのだ」

 

 

 

 

『・・・しかし国王、この件に関する決議は全ての者の意見が一致しない限り

 可決することはありません。そして私がそれを止めている者であり、今後も

 反対の意思を示し続けるため永久に承認されることはないでしょう』

 

『・・・・・・ほう。珍しいものだ。このローレシアにまでそなたの噂は

 届いている。その若さで父を支え、人々を煩わせるような行いは一切ないと。

 我が息子にも見習わせたいと思っていたのだ。事あるごとにわしや

 大臣たちと衝突を繰り返す『闘将』気取りのアレンにも・・・』

 

『国王、なぜ私がこのようなことをしたのか・・・おわかりですか?』

 

 

サマルトリアのテンポイント、またの名をアーサーという男はあくまで

冷静な口調で、しかしその瞳には熱い炎を秘め、王に対して臆さずに語った。

 

 

『今回の事件、論ずるまでもなく罪を犯したのはあなたの第四王子だからです!

 私の妹に欲望のままに襲いかかろうとしたのはあなたの息子だ。それなのに

 こちらが多額の金を支払うことになればこちらが悪いと認めたようなもの。

 サマルトリアの・・・いや、サマンサの尊厳のために私はあなた方に対し

 1ゴールドとはいえ払ってやるべきではないという考えをお伝えします』

 

『・・・・・・・・・!!』

 

『私の父や人々は我々が強硬な姿勢を見せたら戦争になりかねないと

 恐れていますがそんなことは起こらないと断言できます。それは

 国王、あなたが善悪と分別をわきまえた方であるからです。

 何が正しく何が間違っているか、あなたはわかっておられます』

 

 

 

 

「・・・それで・・・父上はどのようにお答えに・・・?」

 

「ふ・・・全てあの者の言うことが正しい。あっぱれだと褒めてやった。

 我らとしても早急に緊張を終わらせたいのは確かだ。もちろんあちらからの

 金など受け取れない。王子を帰らせた後、正式な謝罪の手紙を書いた。

 プレス・トウコウがまともに会話ができるようになったらやつにも直接

 公の場で頭を下げさせるためにサマルトリアに連れていく。そこで、だ。

 息子よ、とりあえずはこの手紙をリリザにいるであろう王子に渡してくれないか?」

 

 

「・・・!そのように致します!では、私はこれで!」

 

先ほどと言葉は同じだが、声の弾み方は全く違った。声だけではない、心までも

飛び跳ねるかのようだった。父を少しでも疑っていたことを恥じると同時に、

父はやはり正義感に満ちた誇れる王であったことをうれしく思った。

アレンを喜ばせたのは父だけではない。先ほどまで忌み嫌っていた人間もだ。

彼となら共に旅ができる。早く彼に会いたくなった。

 

アレンはいい意味で単純な男であった。それまでどれだけ憎んでいた者でも、

そのよいところに触れることができればすぐに考えを改められる。最初に抱いた

偏見を即座に捨て去ることができた。悪を憎む強い気持ちはあるが頑固で

聞く耳を持たないわけではないので、そこもアレンが民衆に好かれる理由だった。

 

 

 

「うおお―――っ!!死にたくなければどけ―――っ!おれは急いでいるんだ!

 お前たちみたいな連中相手に数秒使うのも惜しいほどにな―――――っ!!」

 

彼は父の手紙を受け取るとすぐにリリザに向けて駆け出した。彼の迫力に

魔物たちは近づけず、逆に逃げていってしまう。理性のない大なめくじや

アイアンアントまでもが、あんな人間がいる限りローレシアの近くで

暴れるのは自殺行為だと理解し、勇者の泉のバブルスライムのように

種の危機を覚えた。ハーゴンによる強い影響すらそれを凌ぐものとは

ならなかったので、ローレシアの魔物たちはこの日を境に世界の異変の前、

勇者ブライアンの時代のように大人しくなり、人を襲わなくなった。

ただ、それが自分によるものであったことをアレンが知るわけもなかった。

 

 

やる気に満ちていた最初の日よりも時間をかけずにリリザに辿り着いた。

アレンは躊躇うことなく町に入った。町の者たちからの冷ややかな視線など

お構いなしだ。正式に立ち入りを禁止されたわけではないのだ。

彼は一番初めに自らが問題を起こした宿屋へ向かった。直感よりももっと上、

探し求めている人物がそこにいるという確信があったからだ。これも

勇者の泉での『ロトの導き』によるものなのか。同じロトの子孫同士だ。

もしかしたらあっちも自分がやって来ていることを感じ取っているかもしれない。

これ以上の追いかけっこはごめんだ。ここで終わりにしようとアレンは走った。

 

 

 

アレンが目指していた宿屋、まさに彼が嫌な客を叩きのめした食堂で

その少年は料理をじっくり味わいながら口にしていた。夕方の早い時刻で、

まだ客も少年一人であったので、主人と談笑しながら食事をしていた。

 

「・・・なるほど、そんな男がいたのですか。それは災難でしたねぇ」

 

「この町をよく知らない旅人だったとはいえいい迷惑でしたよ。あんな大物に

 あのような真似をしてくれたのですから。確かに気分がスカッとしたと言う

 町の者たちもいますが当事者の私からしたら・・・」

 

「ははは、しかし長い目で見ればその旅の男が正しかったのでは?

 ・・・・・・ん、ちょっと失礼、今日ぼく以外に泊まることに

 なっている客っていますか?誰かが来ますよ」

 

店主は手を横に振る。いまのところはあなたしかいないと。しかも人の気配も

足音も全くしないのにどうしてこの客はそんなことを言いだすのか、と

不思議に思った。その答えは五分ほどしてから明らかになった。

 

ドドドド・・・牛か馬が暴れ回っているのかという音が聞こえてきた。

まさか自分の牛ではあるまいなと主人が宿の外に出てみると、大型の

動物などではなく、一人の少年が音の主だった。脇目も振らずに

こちらへ走ってきている。しかも彼は先日この宿で大暴れした・・・。

 

 

「あ・・・あ・・・あんたは―――――っ!ぶげぇっ!!」

 

「そんなところに突っ立っているんじゃね―――っ!どけ―――っ!!」

 

主人を吹き飛ばし、宿の扉を乱暴に開けた。そのすぐ先にアレンの探し人がいた。

ようやくアレンは落ち着き、ゆっくりと彼に近づき、互いに固い握手を交わした。

 

 

「・・・こんにちは、サマル王子。お会いできて光栄です」

 

「そういうあなたは・・・ローレル王子。いや~・・・探しましたよ。

 しかしこちらこそ光栄です。若き闘将自らやって来てくださるとは・・・」

 

するとどちらが先かはわからないが、二人ともくすくすと笑い始め、

やがて大笑いしながら握手にこめる力をもっと強くした。そして

手を離すと椅子に腰かけたが、どちらもかしこまった態度は一切なかった。

 

 

「ハハ・・・冗談はこれくらいにしようか。なあ、アレン。ぼくたちはもう

 何回、何十回と顔を合わせた仲だ。とりあえずきみも何か食べたらどうだ」

 

「・・・そうだな、テンポイント・・・いや、アーサー。しかしここで

 出会えてよかったぜ。これ以上はうんざりだったからな・・・。

 まずは酒をもらおうかな。店の人間が誰もいないみたいだしよ」

 

テンポイント、つまりアーサーのほうはアレンに対し別に嫌な感情は持っていない。

強いて言うなら毎度の剣術大会でこのトウショウボーイには勝てないな、と

思っているくらいだ。アレンはつい昨日までアーサーを殴ってやろうと決めて

いたのだが、ローレシア城での彼の行いを聞いて考えはすっかり変わっていた。

どこか気に入らないやつ、という思いも、共に酒をかわし語りあえばもう消えた。

 

アーサーへのことだけではなく、旅の間の不快な出来事や溜まっていた苛立ちも

薄まっていき、冒険を始めたときの夢と希望に満ちたアレンが再生されていった。

 

 

「・・・あ、あの、もしや・・・そのご様子だと・・・・・・」

 

「うん、彼はローレシアの王子だよ。アレ、まさかさっき言っていた男って・・・」

 

起き上がった宿屋の主人が恐る恐る尋ねてきたので、アーサーはくすりと

笑いながら答えてやった。アレンの王子らしからぬ『お助けボーイ』ぶりは

サマルトリアにもよく聞こえてくるほどなので、ひょっとしたら、と薄々

思ってはいたがどうやら正解のようだ。主人は腰を抜かしていた。

町の権力者なんかより遥かに地位の高い人物相手に文句をつけていたからだ。

 

 

「・・・あーあ・・・・・・。知らないほうが幸せだったのにな・・・」

 

「まあいいじゃないか。そんなことよりきみの料理の皿はもう空じゃないか。

 明日からまたサマルトリアへの旅だ・・・そこの床に座ってる人、

 暇だったら早く追加のぶんを持ってきてはくれないかな・・・?」

 

 

アレンはこの後も上機嫌だった。こんなに気が合うやつだったなんて、と

明日からの彼との旅へ期待を膨らましたまま眠りについた。もちろん

これから意見の違いや何かしらの問題は絶対にある。それでもアレンの心は

再び燃えていた。

 



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現実の巻 (二人旅の始まり)

 

サマルトリアの王子、アーサーと無事に出会い、この日はリリザの宿で一泊してから

翌日二人で旅立つことになった。酒が入り、今日は夜まで語り合うぞとアレンは

意気込んでいたが、酒に酔って早々に眠ってしまったので、アーサーによって

部屋まで運ばれることになってしまった。

 

(・・・飲むスピードがハイペースだったな。これじゃあ明日はだめか?)

 

アレンを担ぎながら、この様子では明日の出発は厳しいかとアーサーは

頭のなかで計画を練り直していた。彼はというと、アレンをベッドに

寝かせ終えるとまた一階に戻り、一人で酒を飲み続けていた。彼はいくら

飲んでも酔わない人間だったからだ。

 

(今日のところは何も起きずに終わったが・・・明日からはそうもいかないだろうな)

 

 

 

朝となった。どうせ今日は少なくとも午前中は出発できないだろうとアーサーは

のんびりとしていたが、突然彼の部屋の扉がノックもなしに開けられた。

昨日の宿屋の扉のときと同じような、下手したら扉が壊れてしまうほどの勢い

だったので、これはもうあの男しかいないだろうとすぐにわかった。

確認すると案の定で、そこにはすでに準備を完璧に終えたアレンが立っていた。

 

 

「・・・おはよう。ずいぶんと早いね。酔いもすっかり抜けているみたいで・・・」

 

「当たり前だろ!おれは絶対に翌日まで持っていかないからな。それよりお前は

 だらしねえな。やけにのんびりじゃねぇか。早く支度しろよな」

 

「・・・さすがは『トウショウボーイ』・・・大したものだね。

 急いで終わらせるからもう少し待ってもらえると助かるな」

 

 

朝のかなり早い時間に宿屋を出ることになった。昨日あれだけ飲んだのに

二人ともしっかりとした足取りで、体調や気分の悪さは全く感じ取れない。

この大陸を統治する二つの城のそれぞれの王子ともあればこんなところまで

大物であるのか、と人々を驚かせた。アレンの正体はすでに昨日のうちに

町中に知れ渡っていたので、もう誰も彼へ厳しい視線を向けたりせず、

彼へ敵対的な態度を取った人々が恥じ入ることになった。

 

 

 

サマルトリアまでの道を二人並んで歩く。きっと早いうちから何かあるあろうな、と

懸念していたアーサーの予感通り、町を出て早々にアレンが足を止めて問い詰めてきた。

 

「・・・そういえばお前・・・昨日は深く考えなかったけど、お前はあの町で

 自分がサマルトリアの王子だと明かしていたみたいだな。宿の金はそれでも

 ちゃんと払ったみたいだが・・・おれはあんまりいいとは思えないな」

 

「・・・・・・?どうして?別にいいじゃないか。言ったところで」

 

「いいや、ダメだ。いまはおれたちはただの旅人なんだ。王子であるせいで

 変な遠慮をさせたり特別扱いを受けたり・・・嫌なんだよ、おれは。

 ローレシア大陸を離れたらもうやめろよな」

 

「うーん・・・そのときの状況次第で判断していいと思うけど。

 現にきみはあの町で自分が王子だと言わなかったせいで大変なことに

 なっていたじゃないか。どうしてすぐに名乗らなかったんだ?」

 

 

次期国王の座を捨てることになっても構わない覚悟で、あくまで一人の男として

巨悪を倒すために旅立ったアレンにとって、自らの注意にアーサーが平然と

顔色一つ変えず返答してくるのが気に入らず、ますます口調は荒くなっていった。

 

 

「ついでに言うとな、おれはこれも気に入らねえんだ!くそ!」

 

アレンはリリザの町で揃えることができる最高の武具で身を包んでいた。

武器は鎖鎌を手にし、魔物の種類に応じてこれまでの銅の剣と使いわけが

できるようになっていた。それまで着ていた皮の鎧を下取りに出し、

新たに鎖かたびらを装備し、武器を持たない手には皮の盾までもがあった。

 

アーサーも鎖鎌がナイフであること以外はアレンと同じ装備で

守りを固めていたので、大なめくじやドラキー程度の攻撃では

彼らを脅かすことはできない。しかしアレンは不満を露わにしている。

 

「気に入らなかったのかい?ぼく・・・というよりサマルトリアの金で

 装備を揃えたことが。そんなに嫌なら引き返して戻してくる?

 まだ間に合うと思うけど」

 

「・・・いや、それはいい。ありがたくもらうさ。でもな・・・これからは

 おれたちが稼いだ金だけを使いたいんだ。いつまでもお互いの国の金に

 支えられたくないんだ!おれがどんな思いで50ゴールドとポンコツだけを

 手にして城を出たか・・・・・・」

 

あくまで自らの力で事を成し遂げたいアレンと、利用できるものはなんでも

利用すればいいというアーサーの考えは相容れなかった。どちらかが折れなければ

ならないが、アレンが素直に引き下がる男ではないのはアーサーもわかっている。

しかしアーサーも自分が合理的だと思うことをアレンの意地のためにやめると

いうのは難しい。二人旅の現実を思い知ることになっていた。

 

 

二人の違いが決定的に明らかになったのが、魔物との戦闘のときだ。

もともとアレンはアーサーがほとんど戦わずに勇者の泉を抜けたという

情報を聞いていたので、剣術大会などで実力を知ってはいたが彼に対する

疑念は強かった。もしや彼は魔物を恐れて逃げ回っているのではないかと。

とはいえこの辺りで試しておくほかない。避けられない戦いが起き、

 

「・・・おれはこっちの幽霊をやっつける!お前はドラキーどもを!」

 

「わかった。うーむ・・・三匹か・・・・・・」

 

あえて逃れられない状況にアーサーを置いてみた。自身は苦戦しているふりをし、

介入ができないように見せかけて幽霊と戦いつつアーサーのやり方を眺めていた。

すると彼の戦いはアレンが思っていたものとは真逆だった。逃避のために

後退したりせず、むしろドラキーたちとの距離を詰めていく。そして

彼らの目を観察し始めたのだ。思わず焦れたのはドラキーのほうで、

アーサーが特に注視していた一匹が飛びかかってきた。そこを逃さなかった。

 

聖なるナイフで一撃。その華麗な動きは何度も戦った強豪テンポイント

そのものだった。とっくに幽霊を倒し終えたアレンは両手を叩く。

 

「おおっ、さすがだな!流星の貴公子だとか女どもから呼ばれている

 だけはある!その調子で残りの二匹も・・・・・・」

 

驚くべきことに、アーサーは何もしようとしない。じっと様子を見ているだけだ。

やがて生き残った二匹は逃げていき、山奥へと飛び去って戻ってこなかった。

そう、彼は魔物から逃げていたのではなく、逃がしていたのだ。

 

 

「・・・・・・お・・・オイオイオイ!逃げちまったぞ!何してる!?」

 

「最初の一匹はいかにもぼくらを食べてやろうって目つきだったからやった。

 でもあとは違った。逆にぼくらを恐れていたし、放っておいたら勝手に

 逃げただろ?間違って人の行き来するところに出てきちゃったんだろうな」

 

「そんな保証はどこにもないだろ!お前は魔物の気持ちや言葉がわかるってのか!?

 これでハーゴンを倒しに行くだなんて・・・ふざけてるだろ!」

 

 

アーサーの胸ぐらに掴みかかろうとしたが、さすがにまずいと思い留まった。

しかし魔物に憐れみを示すなどアレンの正義からすれば考えられないことだ。

こんな男とどうやって邪教を壊滅させることができるだろうか、とアレンは

天を仰いだが、逆にアーサーのほうが驚いたような顔で尋ねてきた。

 

「・・・ハーゴンを倒す・・・?ぼくらの旅はムーンブルクの様子を

 調べてそれを持ち帰って報告することだろ?」

 

二人で顔を見つめ合い、互いにぽかんとした表情になった。

どうやら根本的なところからずれていたらしい。

 

「え・・・あっ、そうだった。確かにそうだ。表向きはそうだ。

 だがおれはそのムーンブルクがやられた原因だと断定された

 邪教の連中を一人残らずぶっ倒してやるためにローレシアを出た!

 お前は何だ。まさかただムーンブルクの調査に行くために

 旅行気分でサマルトリアを出たんじゃ・・・」

 

「まあ・・・ぼくにも確かに理由はほかにある。隠すこともないか。

 早めに話しておいたほうがいいかもしれないね。きみほど大層な

 目的はないけども・・・」

 

熱く思いを語ったアレンとは違いアーサーはさらっと話してしまうつもりらしい。

せっかくだし聞いてやろうかとアレンは構えていたが、それも肩透かしとなり、

 

「・・・あっ、サマルトリアに着いちゃった。この話は後にしよう」

 

アレンは思わず転びそうになってしまった。マイペースなアーサーに

振り回されている。アレンも己を貫く気持ちが強いが、無意識の男のほうが

結局勝るというのか。頭を掻きながら彼の後ろについてサマルトリアに入った。

サマルトリアでは国王にローレシアの意向を伝える用事がある。アレンの弟

プレス・トウコウのせいで緊張が走っていた両国の関係もこれで

一段落しそうだ。すぐに王の間に向かい、サマルトリア王と対面した。

 

 

「おお、我が息子よ、無事にローレシアのローレル王子と合流できたようだな!

 して・・・どうなった?ローレシアとの交渉は・・・」

 

「父上、ローレシアは我々が思っていたよりもずっと素晴らしい国です。

 今回の件を平和裏のうちに終わらせるために謝罪したいということでした。

 それに関しての国王の手紙もローレル王子が・・・・・・」

 

サマル王もほっとしたような様子で、張っていた気が抜けているのが目に見えた。

多額の賠償金で戦争を回避しようとしていたくらいなのだ。ローレシア側から

非を認め関係の修復に動いてくれるというのはこれ以上なくありがたい話だった。

重荷が降り、アレンに対しても明らかに接し方が変わっていた。

 

「ははは・・・よかったよかった、もとは同じ勇者ブライアンを祖先とする我ら、

 何かあっては偉大なる先祖に合わせる顔がない・・・ほっとしたわい。

 しかしローレル王子の弟君は変わっておる。まさかあんな出来損ない・・・

 いや、サマンサなんぞを欲するとは。何なら友好の証に弟君の許嫁として

 くれてやってもいいわい。そうだろう?息子よ。わっはっはっは・・・・・・」

 

アレンはこのとき、アーサーが一瞬ではあったが非常に不快そうな顔つきを

しているのを見逃さなかった。これだけでも、この親子がサマンサという少女に

関して全く違った扱いをしていることがわかる。

 

 

(・・・実の親子でもこれだからな。同じ先祖を持つだけのおれとアーサーの

 意見が合わないのも当然か。これが現実なんだよな・・・。でもこの親父よりは

 おれはアーサーに共感できるぜ。普通だったら自分の娘を襲ったやつの

 嫁になんかやりはしないだろうに・・・どうかしてやがる)

 

 

アーサーはすぐにいつも通りの穏やかな表情になり父に対して、また

アレンにも問いかけるかのように提案を始めた。

 

「・・・父上、それでしたら・・・このローレル王子こそふさわしいのでは?

 彼であれば文句なし、完璧でしょう」

 

「お、おお!確かにそうだな!それは最高だ!ローレル王子、どうかのう?」

 

「え・・・お、おれ!?いや・・・ハハハハ・・・・・・」

 

どうにか笑ってごまかしたが、下手をするとこの場で婚約させられてしまいそうな

勢いでサマルトリアの父子がアレンを押しこもうとしてきた。こんなところで

息ぴったりなのかよ、とアレンは呆れにも近い感情を抱いていた。

 

 

 

「うーむ・・・ではこの話はまた改めて、だな・・・。では息子よ、

 ローレル王子と共にムーンブルクまでの道のりを・・・」

 

「そのことですが、父上。私はムーンブルクの現状を確かめた後も王子と

 世界を旅したいと思っております。ですからしばらくは戻れません。

 彼はムーンブルクの視察程度のためにローレシアを出たのではないのですから、

 私もその力となることが最善だと判断しました」

 

 

アーサーは突然の宣言で父を、そしてアレンを驚かせた。特にアレンにとっては、

彼は自分の旅の真の最終目標を知っている数少ない人間だ。自分と旅を続けると

いうのはハーゴンを倒し邪教を崩壊させるという果てなき冒険に付き合うということを

アーサーが表明したのだ。もちろんサマル王は動揺し、返答できずにいたが、

 

「父上、私たちが並んで歩き世界を旅すること、それは両国の関係が完全に

 平和なものとなった事実を多くの人々に教える最高の手段です。我が

 サマルトリアの威信を示すためにも必要不可欠なのです」

 

「うーむ・・・しかしいまそなたが長い間留守にしては・・・・・・」

 

あくまでほんとうの目的は話さない。巧みに、しかし力強く父を説得する。

彼の言葉に王は頷き続け、やがてとうとう長期の不在を認めさせてしまった。

 

 

「・・・よし、そなたほどの者がそこまで言うのならそれが正しいのだろう!

 ローレル王子、遥かなる旅路になるかもしれぬが・・・息子を頼みましたぞ!」

 

優秀な息子の言いなりで、時にはいいように操られているという噂もあった

サマル王だが、どうやら嘘ではないようだ。このアーサーという男には

自分も用心しなければ、とアレンに改めて教える一幕だった。

 

用を終えればサマルトリアを発ち、早く先を目指さなければならない。

自分たちの国の厄介ごとも解決しひとまず安心できたところで、ここからが

ほんとうの冒険の始まりだ。王の間から出て、城をも離れようとしていたときだった。

二人の後ろから誰かが走ってきていた。振り返ると、王女サマンサがもうすでに

彼らのそばまで迫っていた。かなりの全力疾走であったはずなのに全く彼女の

息は切れておらず、汗もかいていなかった。

 

 

「おにいちゃん!さっき聞いたよ。とてもなが~いぼうけんにでるんだよね?

 だったらわたしもいっしょにつれていってよ!いいでしょ?」

 

「・・・お前はだめだよ。今回はいつものような旅とは違うんだ。

 大人しくサマルトリアで待っていてくれ」

 

「そんな!やだやだ!わたしもいく!おにいちゃんと会えないのはやだー!!」

 

思った通りの反応だった。アーサーにしがみつき駄々をこねており、彼女を

どうにかしないと出発させてくれなさそうだ。アーサーは深く息をつくと、

 

「・・・サマンサ、もしお前まで旅に出たら誰が『あれ』の研究を続けるんだ?

 ぼくはちゃんと時々帰ってくる。そのときお前がいくつかあれを見つけてくれれば

 と~~~ってもうれしいんだけどなぁ。もっとサマンサを好きになるのになぁ」

 

「そう!?それならわかった!さみしいけれどやっておくからね!!これの続きを!」

 

サマンサがこれ、と言って取り出した本は、おそらくは古代呪文の謎について

書かれている古い本で、魔法力のあるなしに関わらずアレンにはとても読めない。

ローレシアの学者たちが似たような本を前に頭を抱え、ついに解読を

断念してしまったことも知っている。しかしこの兄妹の会話の様子では、

アーサーはともかくサマンサまでもがこの難解極まりなさそうな本を

読み進めることに苦労していない。幼児向けの絵本を読んでいた彼女が。

 

 

「じゃあ・・・もう行くから。お前も元気でな」

 

「うん・・・・・・待ってる。おにいちゃん・・・・・・」

 

何はともあれ全てがアーサーの計算通り、望み通りに進んでいる。父を操り

妹を納得させた。アレンが個人的には好きではなくできれば避けたい事柄の一つ、

細かい心理戦、『駆け引き』がこの先必要なときにはアーサーは頼れるだろう。

しかし天才的な読みをもってしても、予想外の展開までは対処できなかった。

 

 

「おにいちゃん!んっ・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・!!」

 

 

サマンサは兄への別れの口づけをした。だが、それは普通のものではない。

かなり深く、しかもアーサーが離そうとしても決して離れない吸いつきで、

数十秒は続いていただろうか。大人のキスにしてもあまりにも情熱的で、

ようやく満足して愛する兄との口づけを終えた彼女から数滴の唾液が地に落ちた。

 

 

「・・・ぷはぁっ・・・・・・。えへへ、がんばってね!」

 

「・・・・・・・・あ、ああ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

それからしばらくアレンとアーサーは互いに何も言わないまま並んで歩いていたが、

サマルトリアから出て少ししてから、沈黙を嫌がったのかアーサーが口を開く。

 

「・・・どうだい、ぼくの妹サマンサは。美人だろ?きみの伴侶に」

 

「いや・・・実は前に冗談半分ではあるが求婚したんだよ、あの子にな」

 

アーサーはそれを聞くと両手を広げて感心したような顔で、

 

「ほーっ、それは素晴らしい。さすがは燃える情熱の男トウショウボーイこと

 アレン!それなら話は早いじゃないか・・・」

 

「・・・断られたよ。それにさっきのあんなものを見せつけられてどうして

 おれの嫁になるっていうんだ。馬鹿言うな。お前こそどうだ?」

 

「・・・・・・それこそ馬鹿なことを。あれは妹だよ。もっと無理だろう」

 

 

それはそうだ、とアレンは苦笑いしながら話を終えようとしたが、

まだとても重要で気になることを聞き忘れているのを思い出した。

 

「どうしてあんなに妹に好かれているんだ?何かしたのか?」

 

「さあ・・・さっぱりわからない。どうしてぼくなのか・・・」

 

「いや、あの子だけじゃねぇ!そもそもお前はなんでそんなに若い女たちからの

 人気があるんだ!絶対に何かあるはずなんだ。教えろ、この野郎!」

 

「だから知らないって言ってるだろう。勝手に寄ってきて・・・・・・」

 

 

残酷な現実に不快になりながらもアレンは先を目指す。故国のことは

もう心配する必要はない。ムーンブルクへ向けて歩みを続けた。



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二人での戦いの巻 (湖の洞窟①)

 

どうして女性たちの人気が高いのか、せっかく恥を忍んでアーサーに聞いたというのに

『勝手に寄ってくる』と言われその後しばらくアレンは黙っているしかなかった。

 

(くっそォ~・・・。おれのほうが強いのになァ~っ・・・。まあおれだって

 それなりにモテる。でもこいつはなぜあんなに・・・。この旅の間に

 その秘訣を盗んでやるぜ。シラを切ってはいるが必ず・・・・・・)

 

アレンははっと我に返った。オレは阿呆か、と。何のためにアーサーと二人

旅を始めたというのか。ムーンブルクの現状を確認するのはもちろん、

最終的な目標は邪教の総帥ハーゴンを倒すことではなかったのか。

己の目的を見失わないように両の頬を軽く叩いた。アーサーは不思議そうに

アレンのことを眺めているだけだった。

 

「・・・危ないところだった。この目的だけは忘れちゃいけないよな。

 ん、そうだ、旅立った理由で思い出した。そういや答えを聞いてなかったな。

 アーサー、お前はどうしてサマルトリアを出てこんな旅へ?おれと違って

 城で重要な仕事をしてるんだから気楽な立場じゃないだろう。それに

 あの妹を置いて長い間帰らないなんて・・・よければ教えてくれよ」

 

もともとアーサーはアレンに隠すつもりなどなく、サマルトリアに到着した

タイミングのせいで話す機会を逸していただけだ。すぐに答えは返ってきた。

とはいえ雰囲気は真剣そのもの、軽い話ではないのだとわかった。

 

「そうだね。ぼくの妹・・・サマンサを次の王にするためかな」

 

「・・・は?」

 

「王女であるはずなのにサマンサの置かれている境遇は決していいものじゃない。

 きみもサマルトリアでじゅうぶんわかってくれただろう?誰も何もできないように

 ぼくは『カブラヤ』さんに『ガビー』さんという信頼できる二人の男女を

 護衛として残していく必要があるほどだ。サマンサは不当に扱われている。

 でも国王になる人間であれば、もしくは実際に国王になればそれも終わるだろう」

 

サマンサが兄を愛しているように、アーサーも妹を愛している。

もっとも、アーサーのほうは純粋な兄妹愛であり、血の繋がった者同士では

禁じられた感情を抱いているサマンサとは全く異なっていたのだが。

 

「サマンサ・・・あの子は病気だろう」

 

「原因がわからない。でもそれ故に突然治ってしまうことだってあるかもしれない。

 何かのきっかけがあれば・・・」

 

妹がこの先もサマルトリアで平穏に生きていくために自らの王権を

譲るというのだ。大した自己犠牲だとアレンは驚かされたが、

それを知ってか知らずか、アーサーは一転して力を抜いて話を続けた。

 

 

「・・・まあ、ここまでだったらあいつのためって感じだけどそれだけじゃ

 ないんだよね。ぼく自身が将来王になることにあんまり興味がないんだ。

 むしろ何でもない旅人としていろんなところに行きたい。この世界はもう

 勇者ロトやその子孫たちが夢見たような地ではなくなっている気がする。

 きみはそれを自分の手で変えようとしているみたいだけどぼくは違う、

 それは無理だと思っている。だから全く新しい、まだ汚れていない地を

 探してみたいんだ。まあ・・・これも無理な夢かもしれないけどね」

 

「・・・・・・意外だな。あれだけ国の政治に関わっているうえにリリザでは

 王子の立場を隠しもしなかったお前がそんな願いを持っていたとはなァ。

 そうか、サマルトリア王子、次期国王でいるうちは与えられた地位を全うするが

 そこから離れてしまえば気楽な旅人か。しかし許されるか?そんなこと」

 

「それはうまくやるさ。だからこそサマンサが王になってもらわないと困る。

 最近思うようになった。もしかしたらぼくが甘やかしすぎたせいでサマンサの

 精神は子どものままなんじゃないかってね。だからぼくがサマルトリアを

 去ることでようやくほんとうのぼくの人生もサマンサの人生も始まるんだ」

 

 

話し方こそ楽にしていたが内容は全くそうではない。アレンも考えさせられた。

確かにアレンも王の座に固執していない。だから正義感に任せてこんな旅に

出られたというもの。しかし『ほんとうの人生が始まる』だなんていうことは

これまで全然思いもしていなかった。だったらいまをそれにしてもいい。

約束された未来を蹴ってまだ見たことのない土地を目指すのだ。半分意地のような

ものだったが、それでも自分の燃えたぎる気持ちを抑えられはしなかった。

 

最終的な願いこそ全く違うものの、アーサーとはかなり長く旅の仲間で

いられそうだ、考えても答えの出ない事柄が多いなかで、アレンは

それだけは確信していた。さすがにハーゴンの待つ敵の本拠地まで

ついてきてくれるかは微妙だが、彼の言う汚れていない地を見つけるまでは

共に旅ができると思っていた。アーサーもアレンに似たような気持ちを抱いていた。

自分一人では目的を果たすのは困難だが、自分がどうやっても勝てない強者

アレンがいれば旅はずっと楽になる。結果的にアレンが目指す場所まで

同行することも悪くはないと考えていた。

 

 

「・・・しかし、どんな理想や夢を抱いていようがそれを実現するための

 チカラがなくっちゃあ無駄だ・・・そう思うだろう?」

 

「ああ。だからここに来たんだよね。いい判断だと思うよ」

 

二人はムーンブルク大陸へ向かうための『ローラの門』と呼ばれる場所ではなく

ローレシア大陸の西の端の湖の洞窟にやって来ていた。彼らが寄り道して

この洞窟に足を運んだ理由は『腕試し』だった。ローレシアの城から遠く離れた

西方には兵士たちもほとんど来ないため、この大陸で最も魔物たちが

野放しにされている危険な地方だった。数十年もその状態が続いていたので、

住み着いている魔物たちの強さもローレシア近辺とは段違いであり、

サマルトリアや勇者の泉のそばにいるものと比べてもレベルが高い。

間違っても一般人が観光や商売のために向かう場所ではなかったのだ。

 

「この洞窟の魔物たち相手に負けるようじゃおれたちの旅は失敗だ。

 一番奥まで行って帰ってくる・・・それができないようならな」

 

「うーん、ぼく一人だったら苦労しただろうね。でも二人なら・・・か。

 今後の旅を占うには絶好の洞窟だ。早速入ろうよ」

 

 

怖れることなく洞窟へ入った二人を待ち受けていたのはやはり魔物の群れだった。

『大ねずみ』や『キングコブラ』、ここまでの道のりで戦ってきた魔物に加え、

アイアンアントと似てはいるが違う種類の蟻の魔物も彼らの行く手を阻んだ。

 

「あれは・・・『軍隊アリ』だ。本で読んだことがある。二匹か・・・」

 

「そうか。弱そうだな。とっとと片づけちまおうぜ?」

 

アレンは鎖鎌をヒュンヒュンと振り回す仕草を見せたが、アーサーはそれを制し、

 

「いや・・・ここは逃げよう。まだ洞窟に入ったばかりだ。消耗できない」

 

戦わずにこの場を去ろうと言う。アレンは納得できなかったが、確かに

あんな非力な魔物を虐殺したところで大した経験にもならないだろう。

ここはアーサーの提案に従って蟻たちの隙を突いて先へと進んだ。

 

「・・・今回はお前の言う通りにした。だがずっと逃げているわけにはいかねえぞ。

 ここで倒さなかったせいで帰り道に思わぬ痛手を食らうかもしれねえな」

 

「そうかもね。だけどぼくがここで逃走するべきだと言ったのはこれまでとは

 ちょっと違うんだ。こっそり背後を見てごらん。いや・・・見なくてもいいか」

 

アーサーの言葉の意味はすぐにわかることになる。アレンたちの後方、

つまりさっきまで軍隊アリと対峙していたあたりから大量の足音が聞こえる。

間違いなく仲間だ。蟻たちが援軍を呼んだのだ。もう二十匹はいるだろう。

 

「・・・うげっ!!そういうことか・・・。確かに戦うのは骨が折れそうだ。

 しかもあの蟻がワラワラと湧いてきやがったら・・・気持ち悪いな・・・」

 

「ああ。でも危険が去れば解散するみたいだ。また元の餌集めの仕事に

 戻っていくらしい。弱そうだからってあまりからかわないほうが

 いいってことなんだ。もちろん戦わなくちゃいけないときもあるだろうけど」

 

魔の力によって巨大化したり凶暴さをむき出しにしている魔物たちは

当然見ていて気分がいいものではない。毒を持っていたり集団で群れていたり、

また血走った目やぼたぼたと涎を垂らしているその姿は誰もが避けたいものだ。

そんなときアレンたちの目の前に現れた魔物は彼らにとって癒しとなった。

ふわふわと宙に浮く触手を持ったスライム。命知らずにもたった一匹でやってきた。

 

「・・・おおっ・・・!!こいつはおれも知っている!『ホイミスライム』だ!」

 

「コブラやねずみ・・・蟻ばっかり見てきたしね・・・少し心が落ち着いたよ。

 でもきみのその様子・・・どうやら戦うつもりだね。まあ好きにしなよ」

 

どんな外見でも魔物は魔物、遠慮なく狩ろうとアレンは攻撃を加えた。

しかし一撃では倒しきれない。体力もただのスライムの数倍はある。

するとホイミスライムはホイミを唱え自らの傷を一瞬で回復させてしまった。

 

「ちっ・・・!アーサーのホイミはありがたいが敵が使うとムカつくぜ~っ・・・。

 こうなりゃ手加減はなしだ!次こそ決めてやるぜ―――――っ!」

 

アレンは何とか倒してやろうと攻撃を続ける。しかしどうやっても倒せない。

ダメージを与えてもすぐにホイミによって回復されてしまう。数分間、

延々とこのやり取りを続け、ようやくアレンは一人ではホイミスライムを

倒せないと諦めがついた。いまの実力では足りない。疲れだけが残って

その場に座り込むとホイミスライムはどこかへと逃げ去ってしまった。

 

 

「・・・残念だったね。ほら、きみの水筒だ」

 

「すまねえな・・・いや、ちょっと待て!お前が加勢してくれりゃあ・・・」

 

ずっと戦いを眺めたままだったアーサーに文句を言った。二人なら勝てたのだ。

 

「・・・ははは、ごめんごめん。でもあれは単独で出てきても何の害もない

 魔物だからね。そんな魔物に意地になっていたら先が持たないよ?

 きみの攻撃力はぼくとは比べ物にならないほど素晴らしい。だからあんなのを

 相手にしていないで、たとえば・・・あれを倒すために使ってほしいな」

 

彼らの視線の先にはまたおなじみの蟻がいた。まだこちらに気がついていない。

だが戦いを好んでいないアーサーが不意討ちをしろというのだ。何かある。

 

「あの蟻かァ~?さっきのやつだろ?お前が手を出すなって言っただろ。

 それとも奇襲なら仲間を呼ばれる心配もないってか。卑怯な真似をしている

 みたいで何だかいやだなァ・・・気が乗らねえよ」

 

「違うよ。あれは軍隊アリじゃない。暗いからわかりづらいけどよく見れば

 色が違うんだ。魔力で覆われている証、つまり『ラリホーアント』なんだよ。

 『ラリホー』・・・即座に眠らされてしまう危険な魔法を使うんだ。

 不意討ちだろうが見つけしだい潰しておかないといけない。ぼくじゃあ

 あれを倒すのに何回この聖なるナイフで刺せばいいか・・・。でもきみなら

 今度こそ一撃で打ち倒せる。気づかれないうちにやっちゃおう」

 

「おれは魔法は使えないがラリホーくらい知ってるぜ。馬鹿にするなよ。

 しかし一番人をなめてるのは蟻のくせにそんな呪文を使う野郎だな」

 

アレンは息を潜め、接近する。そしてラリホーアントがアレンの姿を

目にしたとき、そのときにはすでに体が真っ二つにされていた後だった。

 

「よ―――――しっ!!今のはいい手応えだった!この洞窟で一番

 用心しなけりゃいけないのはいまの蟻か?この調子でいくぜ!」

 

 

洞窟の奥深くに進むにつれて魔物たちとの戦いも激しさを増す。ラリホーアントの

魔法やキングコブラの毒を回避しても、ダメージが蓄積されていってしまう。

そんなとき役立つのがアーサーのホイミだった。すぐに傷は塞がり失われていた

血液が体の中で再び流れ出す。アレンたちの二人での戦い方は固まりつつあった。

 

「つまり・・・おれが魔物どもをひたすら蹴散らす。お前は後ろでおれを回復し、

 おれが倒せなかった死にぞこないにとどめを刺してくれればいい。

 ホイミが使えるお前に倒れられたら危ないからな。前はおれに任せろ」

 

「頼もしいね。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。でもぼくが

 できることは他にもあるよ。さっきも見ていただろう?」

 

アーサーが胸を張るようにして主張した『さっき』のこととは、珍しく

アレンの攻撃もあまり通らないような固い殻で身を守る『よろいムカデ』と

遭遇したときだった。その守備力だけでなく攻撃力も脅威であり、

何にも増してそのうじゃうじゃと動かされる数多の足が生理的に受け付けない。

 

『あの蟻がいちばん手強いんじゃねえのかよ!次から次へとヤバいやつが

 出てきやがるな。まあ時間さえかければこんなやつ・・・』

 

『・・・いや、ここはすぐに終わらせよう!焼き払え、ギラ!』

 

アーサーが素早く詠唱すると、炎の渦がよろいムカデを襲い一瞬で

丸焼きにした。これまで苦戦していたのが嘘のように、すぐに片づけた。

 

『おおおっ!!これがギラか!こいつはいい。お前の最大の武器だな!』

 

『ははは、ありがとう。でも魔力には限界がある。だからホイミのことを

 考えるとギラはそう乱発できない。やっぱりきみの攻撃が重要だ』

 

 

アレンとアーサーのコンビは思っていたよりも早く息の合った戦いの

やり方を見つけていた。相性の良さなのだろう。役割分担が早々に

決まり、戦闘中も動きやすい。二人での戦い方のコツを早々に掴んだ。

 

「案外簡単だったな!もうそろそろ最奥部だろ?あとは来た道を戻るだけ!

 おれたちはもうローレシア大陸では無敵だ!これで堂々とムーンブルクへ

 行ける。魔力はまだ大丈夫か?」

 

「半分以上はあるね。心配しなくてもよさそうだ。薬草や毒消し草だって

 まず尽きそうにない。ここは一息入れずに一気に行こうか!」

 

二人とも確かな手応えと自信を感じていた。腕試しは大成功だ。

実力を確認するにはもう十分ではあったがとりあえずはこの洞窟の

一番深くに何があるのかを見てから帰ることに決めた。誰も寄りつかない

こんな場所だ。ここまで潜った人間はいないだろう。別にどんな勲章が

得られるわけではないが、心の内の誇りとしたかったのだ。

 

「おれたちが湖の洞窟を最初に制覇した男だ!まあ・・・これまで何人が

 挑戦したかって話だが・・・とにかくおれたちだ!」

 

「宝探しや力試しをしようと命知らずが何人か大陸の西へ行ったっきり帰って

 こないって聞いてはいるよ。途中で魔物に食われたかもしれないけれどね」

 

 

魔物たちが最も多かったエリアは脱した。会話をしながら奥へと進む

余裕もあった。そしておそらく洞窟の最も奥深くと思われるところが見えた。

勇者の泉とは違い、不思議な番人がいるわけでも神聖な空間に

導かれたりもしなかった。やはりここはただの魔物たちの住みかだ。

だが古びた箱があり、何かが入っているようだ。アレンは息をのんだ。

 

「もしかしたら古代に何者かが隠した宝かもしれないな・・・」

 

果たして何が秘められているのか、ゆっくりとその箱を開けた。期待に

胸が膨らんだが、そこには何も入っていなかった。空っぽだった。

アーサーも後ろから覗きこんでみたが空箱だと判断した。宝目当てに

ここまで来たのではないが、騙された気分になったアレンは激怒した。

 

「クソッ!どこのどいつだ!こんなくだらねぇ真似しやがった暇人は!」

 

「・・・落ち着きなよ。とっくに誰かが中身を持っていったのかもしれない。

 でもそうなると一番乗りはぼくたちじゃないってことになるか・・・」

 

「だったらもっと腹が立つぜ!箱ごと持っていきやがれ!くそ―――っ!!」

 

怒りに任せて箱を放り投げた。ごつごつとした岩の壁に激しくぶつかり、

箱は粉々になってしまった。アレンの怪力もあるが、箱自体がかなり

ぼろぼろになって朽ちかけていたのも原因だろう。

 

「お――っ・・・。派手にやったねぇ」

 

「ヘッ・・・ざまあみろってところだ。ん・・・?」

 

アレンは自分の足もとが何かによって光り輝いているのに気がついた。

それを拾いあげてみると、銀で作られた小さな鍵だった。先ほどまでは

その存在がわからなかった。もしかするとこの鍵は・・・。

 

「あの箱に入っていたのに小さすぎて気がつかなかったんだね」

 

アーサーのその一言に尽きた。箱を持ち上げたときに隅から落ちたのだろう。

この鍵が何の役にたつのかはわからないが、ずっと箱のなかで保管

されていたため状態はよく、いまでもその鍵に合う鍵穴さえあれば

ちゃんと扉を開けてくれるはずだ。アレンは一応持って帰ることにした。

 

「せっかく見つけたんだ。腰にでもぶら下げておくぜ」

 

「落とさないようにしないとね。もしかしたらどこかで使えるかもよ?」

 

「どこかで使う~?おれは別に泥棒をしたいわけじゃないからなァ。

 夜這いをするために使ったりもしない。あくまでこの洞窟を

 制覇した証として・・・・・・」

 

 

二人は休息を入れずに地上へ向けて帰り始めた。洞窟内にしっかり道しるべを

つけておいたので、来た道を迷わずに戻ることができた。洞窟内で散々

強さを見せつけてきた彼らに挑もうとする魔物はもう稀で、ほとんど戦闘を

することなく進んでいた。

 

「ちっ、これじゃあもうここで訓練はできないか。みんな逃げちまう」

 

「いいじゃないか。戦わずに勝利を手にしたってことなんだから・・・・・・」

 

 

戦いがないせいで静かだった。だから二人は気がついた。その不気味な声に。

 

 

 

「・・・・・・・・・さまよ・・・・・・ゴン・・・さま・・・」

 

 

 

「・・・誰かいるみたいだ。どうする・・・無視する?」

 

「いや、行く。魔物の声ってわけじゃなさそうだからな。こんな場所で

 何かやってるなんて普通じゃないだろ。こっそりと近づくぞ」

 

 

入るための道も狭い小さな空間、声はそこから聞こえてくる。アレンたちが

どうにか身をよじらせて中に入ると、一人の仮面を被った男が祭壇を前に

身をかがめ、熱心な祈りを捧げていた。



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受難の時代の巻 (湖の洞窟②)

 

湖の洞窟、魔物たちすらいない暗く静かな空間で祈りを捧げる怪しい男。

アレンやアーサーが知る、一般的な崇拝の行為と似てはいるが、

その祭壇に祀られている神は恐ろしい怪物の姿をしていた。

 

 

「おお、偉大なる神々よ!どうか私の祈りをお聞きください!恵みを

 お与えください!私だけではなく、あなた方を賛美する全ての者を!

 そしてあなた方に敵対する者たちには公正なる天の裁きをもたらし・・・」

 

男は突然それを中断した。くるっと振り返り、立ち上がった。アレンたちに

気がついたようだ。神聖なる時間を邪魔されたことに大きな怒りを抱いている。

アレンとアーサーはどう見ても彼の同志ではなかったからだ。

 

 

「・・・お前たち・・・この崇拝の場所に何の用だ。偉大な神々を讃える

 つもりで来たわけではあるまい・・・」

 

「別に用があったわけじゃない。だがその格好・・・邪教のやつだな?

 おいアーサー、とんでもない魔物が潜んでやがったぜ!危うく見逃す

 ところだったぜ、ハーゴンの手下をなぁっ!!」

 

アレンは邪教の男に向かって鎖鎌を手に一直線に駆けていった。ハーゴンを

頂点とする、彼らの信じる神々に身も心も捧げた者たちはハーゴンによって

魔物とされているのだという。アレンにとってはムカデや蟻なんかよりも

この世から除き去るべき者たちだった。邪悪な信仰を抱き人であることを

捨てたのだ。一切の情状酌量の余地はない。

 

「くらえ―――――っ!!ルビス様の教えを捨てた外道め――――っ!!」

 

「フン!罪人を処刑してやるのは私だ!ハーゴン様、我に力を!」

 

男が怪しげな動きをすると、その手から炎が放たれた。ギラの呪文だ。

 

 

「アレン!そいつは魔術師だ!炎がくる、避けろ!」

 

「いーや、違うな!お前の魔力はまだ残っているんだろ、だったら前進だ!

 あえてこのまま突っ込んでこいつを攻撃する!ホイミを頼んだぜ!

 うおおおおお――――――――っ!!」

 

魔術師のギラが先にアレンに命中し、彼の身体を燃やす。しかし人々から

闘将ボーイと呼ばれるアレンの熱き心はその炎以上だ。怯むことなく

火だるまになったまま走り抜け、魔術師の胴体を鎖鎌で斬りつけた。

 

「うおりゃぁぁぁ―――――!!」

 

「・・・ぐふっ!!」

 

魔術師は吹き飛ばされ、祭壇に叩きつけられた。小動物の生首や虫を大量に入れた

嫌悪感を抱かせる『供え物』の入った複数のかごが中身と共に散乱した。

そして地面にうつ伏せに倒れ、顔を隠していた仮面も外れていた。

 

 

「・・・無茶するなぁ。でも結果的に正解だったようだね。ホイミ!」

 

「おっ、助かるぜ。こんな火傷までもすぐに治すんだから凄いな。

 皮膚に違和感みたいなのは残っているが後で薬草でどうにかするか。

 それにしても変な仮面だな。邪教の魔物どもはみんなこいつを被ってるのか?」

 

不気味な仮面を手に取り、すぐに投げ捨てた。あとはこの祭壇も壊しておこうと

アレンがその方向へ進むと、倒れていた魔術師が重傷を負いながらも立ち上がってきた。

 

「おいおい、その傷でまだやるのか?大人しく死んだふりをしておけばおれたちも

 見逃したかもしれないってのにな。その狂信ぶりは大した・・・・・・」

 

 

アレンは口も足も固まってしまった。彼が元・人間だと思って戦っていた相手、

それは今でも人間であったからだ。流している血は真っ赤な鮮血だ。

加えて、仮面が取れた魔術師の顔、それも明らかに人間のものだった。

 

「こ・・・こいつは・・・・・・人間だ!おれは人相手に・・・!」

 

「・・・か・・・神々は偉大なり!ハーゴン様もまた・・・い、偉大なり!」

 

またギラを唱えるための動作を始めたが、全身が震えていて動きが鈍い。

立っているのもやっとの傷だ。戦おうとするだけも信じられないことなのだ。

 

「しかもおれはこいつを知っている!アーサー、お前も顔だけは見ているだろ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

アーサーが洞窟の途中で話していた、宝探しに行くと西へ行ったっきり帰ってこない

男たちがいると。その行方不明者を見つけるために描かれた似顔絵がローレシア、

サマルトリアのどちらにも渡されていた。

 

「確か・・・ローレシアの町に住んでいる商人だ!家族もいて、ルビス様を熱心に

 信じていた!商売が厳しくなりかけていたからまだ開拓されていない西のほうへ

 向かったって話だった。でもいくら追い詰められたからって邪教の信者に

 なるような人間じゃない!これは・・・洗脳されているんだ!」

 

アレンの言うことは正しかった。自分から邪教の成員になる者が大半だったが、

なかにはこの商人のように他に人のいない場所で攫われて洗脳された人間もいた。

そうなってしまえば自ら信者となった者より狂信的な崇拝を行い、神々と

大神官ハーゴンのためなら自分の全てを差し出すことを厭わなくなるのだ。

資産も、地位や名声も、家族も、そして最後には自らの命までも。

 

 

「だ、だ、大神官さまァ・・・・・・どうか私に愚か者たちを裁く力をっ・・・!

 偉大なる神々に最も近いあなた様を通して・・・ち、チカラをォォ・・・・・・」

 

「・・・く・・・くそっ・・・!だめだ・・・おれには殺せない!しかし

 回復させてやるわけにも・・・・・・!どうすればいいんだっ!!」

 

 

アレンが頭を抱え苦しんでいる間に、魔術師は再度邪悪な力を溜めこんでいた。

この至近距離から渾身のギラを放ち、アレンを神々への捧げ物とする気だ。

 

「ぐ、ぐらぇ~いっ・・・!神に逆らう者め・・・ギ・・・ギ・・・!!」

 

この至近距離で焼かれてしまえば今回は無事では済まない。危険な炎が

アレンを襲おうとした、まさにギラの発動の寸前だった。魔術師の

喉にナイフが深々と突き刺さり、呪文は失敗に終わった。

 

 

「・・・・・・ガッ!!・・・ガハァッッ!!き、き・・・ぎざま・・・・・・!!」

 

「・・・!!ア、アーサー!!」

 

 

アーサーが聖なるナイフを肉を抉るように押しこんでいく。そして勢いよく

引き抜くと、魔術師はこれまでよりも大量の血を口から噴き出した。

 

「ご・・・ごの・・・!!の、呪われたやつら・・・め・・・・・・」

 

ついに完全なる致命傷を受けた魔術師はふらふらと後退していき、

仰向けに倒れると、尖った岩に頭を打ちつけたので彼は死んだ。

洞窟に流れている水でナイフの血を淡々と洗い流すアーサーにアレンが迫った。

 

 

「お、お前・・・!お前はいま・・・!!」

 

「・・・あの目つきはもう手遅れだった。あれだけ洗脳されていたらもう

 死ぬまでまともには戻れないだろう。だから殺した、それだけだよ。

 こんな洞窟からローレシアまで運ぶのは無理だから彼の死体はここに

 置いていこう。ぼくがやったと知られたらいろいろと厄介だからね」

 

 

いかに敵とはいえ魔物ではなく人間を躊躇いなく殺害したというのに

声の震えも全くない。いつも通りにしている彼をただ黙って見つめるしか

なかったアレンの気持ちを察したのか、アーサーは彼の肩を叩いて言った。

 

「これからこういう相手が出てきたときは任せてよ。その代わり虫や獣の

 相手はお願いするから。ぼくらの役割分担の新しいルールさ」

 

「・・・・・・・・・いいのか?それで・・・・・・」

 

「・・・気にしなくていいよ。実は人を殺したのは初めてじゃないんだ。

 そのときのことを・・・聞きたいかい?」

 

アレンは再び頭を打ち叩かれるような言葉を聞いたが、どうにか冷静を保った。

 

「いや、いい。それよりさっさと出ようぜ、こんな洞窟は」

 

言うと同時にこの空間を後にするために歩き始めた。アーサーも黙って

その後に続き、洞窟を出るまで二人はほとんどしゃべらなかった。

 

 

アレンは自らの遠い祖先である勇者ロト、そして百年前の祖先ブライアン、

彼らの活躍が収められた書を幼い日からいまに至るまで何度も読んできた。

その勇者たちに共通する点として、多くの魔物たちを打ち倒してきたが

人間は一人も殺していない、そのことだった。それをしてしまったら

勇者である資格を失うだろう。なのに自分と同じ偉大な先祖を持つ

アーサーはあっさりとやってのけた。しかし彼があの魔術師を

倒してくれなければ自分が殺されていたかもしれない。気分は複雑だった。

間一髪で助けられたというのに礼が言えなかった。

 

しかしアレンが救われたのは実はそれだけではなかった。アレン自身は

そのことに考えが及んでいないが、アレンも人間を斬ったのだ。

あの感触や飛び散る血。後々嫌な記憶として彼を苦しませたかもしれなかった。

だがもはやそれ以上の出来事に意識が向かい、自らのことはすでに

忘れてしまっている。彼はこの先も今日の出来事を思い出すことはあっても

自分の行為によって悩まされることはなかった。その点でもアーサーに

救われていたのだが、そこまで頭が回らなかった。

 

 

 

長い洞窟探検が終わった。手にしたのは戦いの自信と小さな銀の鍵、それに

何とも言い難い気持ちだった。地上に出てからもアレンはアーサーに

話しかけることができないまま、湖に向かっていた。湖で水と食物をはじめとした

今後の旅に必要なものを調達し、体を洗って少し休息していくことにしていた。

互いに汚れを落とし、泳いでいた魚を数匹手にしたところでアレンはふと

思いだしたことがあった。

 

アレンの弟、プレス・トウコウがアーサーの妹サマンサを襲おうとした際に

何者かによって大怪我を負わされた。そのときのトウコウは斬られた傷のほかに

火傷もしていた。結局犯人は見つからずに国同士が和解するに至ったが、

今ならアレンはその犯人がわかる。剣も炎も使え、人間だとしても悪人であれば

迷わずに命を奪える男が隣にいる。数時間ぶりに口を開いた。

 

 

「なあ・・・・・・」

 

「・・・ん?」

 

「・・・アーサー。この間・・・例の事件のときに・・・

 おれの弟をやったのは・・・・・・お前か?」

 

アーサーは僅かに動きが止まったが、それほど変わらない様子で、

 

「・・・・・・もしそうだと言ったらどうするつもり?」

 

アレンもまたアーサーをこれ以上追及する気はないと言わんばかりに魚とりを続け、

 

「別にどうもねえよ。間違って死んじまってたら話は違っていたけどな。

 あれは誰が考えたってトウコウが悪い。あいつが回復したらちゃんと

 ケジメはとらせる。お前らの要求も全部飲む。もう終わった件だ。

 これ以上は蒸し返さねえ。ただ聞きたかっただけだ、悪かったな」

 

 

また黙ってしまったまま時間は過ぎ、二人で焼いた魚をもそもそと食べた。

しかしサマルトリアで手に入れていた酒がだいぶ残っていたのでここで

全部飲んでいこうと酒盛りを始めた途端、リリザでの夜と同様、アレンは

すぐにいい気分になり、声は大きくなって饒舌だった。

 

「だからなぁ、おれはそういうところがどうしても受け入れられねえんだよ!」

 

「はいはい」

 

アーサーに対しての文句や説教ではない。それはもうとっくに終わり、いまは

自らの国のあり方について熱く語っている。どのような国を目指せば

ローレシアの建国者である先祖ブライアンが喜ぶのか、現在自分たちの国が

至らない点を批判し、自分ならどう変えられるかを繰り返し叫ぶので

アーサーはやがて返事が単調になっていた。

 

「貴族や王族が自分たちのことばかり考えずにもっと・・・」

 

「はいはい、そうだね」

 

「コラッ!アーサー、ちゃんと聞いているのかお前はっ!」

 

「はいはい・・・」

 

翌日になれば全く酔いは醒めているのでそこは安心だが、いまはこの酔っ払いは

面倒極まりない。せっかく彼の矛先が自分から国や社会に向かっていったのに

また戻ってきてしまった。しまった、とアーサーは目を覆った。

 

「あっ、そうかそうだったな!お前はこの旅を利用して行方不明になった

 ふりをして国を捨てて気ままな旅人になろうってやつだったもんな!

 そんなやつに王族のあり方を語ったのが無駄だった!そもそもお前は・・・」

 

「まだそう決めたわけじゃないよ。あくまで選択肢の一つで・・・」

 

アレンの身体がだんだん傾いてきた。このまま眠ってしまうだろう。

もう少し耐えればアーサーも解放される。アレン本人の意識の内部でも

そろそろ『締め』だとわかっているのか、またしても様子ががらりと変わった。

 

 

「アーサー・・・何だかんだ言ったが・・・お前はやっぱり正義感があって、

 それでいて強い。今日はお前だけにあんなことを押し付けてごめんな・・・。

 おれも強くなりてぇ・・・!早くおれも相手が誰であろうが・・・・・・」

 

「・・・いや、きみはいまのままでいい。一度やってしまったらもう歯止めが

 きかなくなる。きみは十分に強いさ。ぼくのほうこそ早くきみに追いつけるように

 ならなくては。ねずみや蟻を一発で倒せるくらいにならないと・・・」

 

「そうだな・・・・・・。ハーゴンとその手下のクズどもをさっさと蹴散らして

 おれとお前で新しい時代をつくろうぜ・・・。おれたちが王になって・・・」

 

「・・・・・・約束はできないけど考えておくよ」

 

 

湖での野宿は魔物に襲われることもなく穏やかに過ぎていった。もし世界に

何事もなければ二人はこの湖に来ることもなかっただろう。ローレシア大陸で

一番自然の恵みが豊かなこの地は平和になった後も開拓されないだろうが、

二人の少年にとって確かに忘れることのない思い出の場所となった。

翌日から彼らは新たな大陸を目指して旅立つのだ。

 

 

 

 

「・・・何回も来たが今回は特別だな。この『ローラの門』も」

 

「ぼくたちだけじゃなくてここもいろいろ変わってしまっているからね」

 

ローレシア大陸とムーンブルク大陸を繋ぐ海底の洞窟。ただの抜け道で

あったのにこのトンネルにも魔物が現れるようになってしまった。

しかしここまで彼らは十分な経験を積んでいる。魔物たちが好戦的に

襲いかかってきても難なく退けた。アレンの物理攻撃がメインだが、

場合によってはアーサーのギラも使用した。とはいえ彼らはこの洞窟を

抜けてからも大きな町にたどり着けるまで距離があるのを知っている。

これまでのように家族や護衛の兵士たち大勢と旅していているわけでは

ないのだから、体力や魔力の配分は大事だった。

 

「・・・・・・げっ・・・・・・あいつは・・・・・・」

 

「・・・下がっていてくれ。ぼくがやる」

 

キングコブラやよろいムカデならどうにでもなるが、またしても二つの足で歩く

魔術師の格好をした敵が現れると、アレンはアーサーに任せる形になってしまう。

 

「やられる前にこっちがやってやるさ。ギラ!」

 

アーサーのギラ一発で魔術師は沈んだ。全身焼け爛れ、全く呼吸をしていない。

確認のつもりでその顔を見てみると、明らかに人間ではなかった。

 

「・・・こいつは違うのか!ややこしいなぁおい!」

 

「でも一々戦う前から確かめるのは無理だ。やっぱりこういう敵はぼくがやるよ」

 

「ああ・・・すまない。おれも早くほんとうの意味で強くなるから待ってくれ」

 

 

 

人によってはこの少年たちは『受難の時代』に生を受けてしまったと

言うかもしれない。もし平和な日々であれば城で何不自由ない生活を

過ごし、やがて王位を継承したのだ。命をかけて心身を削る苦しい戦いと

長旅をしなくてもよかったのだ。しかし肝心の二人はそうは思っていない。

傷つきながらも未知の体験が待っていることに期待の気持ちも強かった。

彼らがほんとうに受難の時代を生きたかどうかわかるのはまだ先の話だった。



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野良犬の巻 (ムーンペタ)

 

アレンとアーサーは最初の目的地であるムーンブルクを目指し、その大陸へ

降り立っていた。しかしムーンブルク城まではまだ遠く、人の住む小さな

集落がいくつかあるにはあるが道を大きく外れてしまう。よってしばらく

旅を続け、ひとまず『ムーンペタ』の町を目指すことに決めた。

 

「あの町もムーンブルクほどじゃないけど遠いんだよな。先は長いぜ・・・」

 

「何日かはかかるだろうし焦らないほうがいいだろうね。魔物も多い」

 

この辺りの魔物はローラの門の敵たちとほとんど変わらないが、

ムーンブルクの城が襲われ機能しなくなったせいか、その数が以前に

訪れたときよりも目に見えて数が多い。不要な戦闘は極力避けなければ

話にならない。これまでにないほど野宿が続き、自分たちでも目に見えて

動きが鈍っているのがわかる。一日の移動距離も減っていた。

 

(いまだけはアーサーの消極的な戦い方にも賛同するしかねえな。しかし

 あの魔術師をナイフで突き刺したときのあいつはとてもじゃないが

 腰抜けだとか弱虫なんていうのとは程遠かったな。よくわからん・・・)

 

何度もやって来ている土地なのにこの苦労だ。これから全く知らない地へ

旅をしたときどうなるのだろう。一か八かの進軍は死という結果を見るだけだが、

逆に慎重になりすぎてもいつまで経ってもハーゴンの居城にはたどり着けない。

どれだけ無難に過ごそうとしても予想外の事故はいつか起きる。あまり

時間をかけすぎても、先に世界が邪教の手に落ちてしまうだろう。

 

 

「今日は疲れたね。あそこなんかキャンプにちょうどいいんじゃない?」

 

「もう休むのか?うーむ・・・確かに魔物がやってきそうにもないし

 絶好だとは思うが・・・あと少し頑張れないか?」

 

「じゃあ別の場所にするか。ぼくもこれ以上歩けないってわけじゃないから。

 ただあまり急ぐ必要もないだろうと・・・・・・ん?」

 

二人は前からふらふらと誰かが一人で歩いてきているのを目にした。

自分たちと同じ旅人だと思われるが、まだ遠くにいるにも関わらず

足取りがおぼつかないのがわかる。よほど酒に酔っているのか、

もしくは疲れているか・・・。魔物に襲われ怪我をしている可能性もある。

放ってはおけないので近づいて声をかけてみることにした。

 

「おい、あんた大丈夫か?今にも倒れちまいそうだ・・・ぜ・・・・・・」

 

 

その旅人と思っていた人間の姿を間近で見て、アレンたちは思わず絶句した。

ぼろぼろの布の服に包まれた身体から強烈な腐臭を放ち、それよりも異常なのは

顔面が半分以上崩れている点だ。どう考えても人間ではないだろう。

いや、人間だったというのが正しいか。それは動いている死体だったのだ。

 

「な・・・何だこいつは―――っ!?魔物なのか!?そして臭い!おえっ!!」

 

「こんなやつは以前はいなかった。これもハーゴンの力によるものなのか?

 とりあえず逃げよう。動きは鈍そうだしぼーっとしている」

 

 

もともと穏やかだった魔物たちが急に人を襲うようになった、ということは

よく知られている話だが、サマルトリア付近の幽霊や今回の死体のように

これまで見なかったような新種の魔物が出現していた。この死体は

『リビングデッド』と呼ばれるもので、まだまだその実態については

魔物の研究を進める学者たちでも解明できていなかった。

 

「気持ち悪い野郎だったぜ・・・・・・まだ臭いが鼻についてやがる!」

 

「今回は一体しかいなかったからよかったけどね。いつかはあれとも

 戦わなくちゃいけなくなるかもしれない」

 

「だよなぁ。強そう弱そうっていうのは抜きにしてああいうのは

 勘弁してほしいぜ。なめくじやムカデがマシに思えてくるもんな。

 あんなのと戦った後に町に入ったら女の子たちに避けられちまう」

 

 

それから数日間の旅の途中、一日で一体か二体はリビングデッドを目撃しては

全力疾走で逃げていた。そしてこんな不快な気持ちにさせてくれる元凶である

ハーゴンにどう怒りをぶつけてやろうかとアレンは憤りを溜めこんでいた。

そしてようやくムーンペタの町が見えたが、久々の人の住む地へ駆け込みたい

気持ちを抑え、染みついた臭いと汚れを落とさなくてはならなかった。

ある程度落としたらあとは宿屋で水浴びだ。この日はちょうど太陽が

沈みかけていたのでどの道町に入ったら宿に向かい用事は明日だろう。

 

 

 

「・・・・・・では一人部屋を二部屋、でよろしいでしょうか」

 

「ああ。それで頼む。一人8ゴールド・・・だったな」

 

「確かにいただきました。ではごゆっくりお休みくださいませ」

 

 

二人分の代金を支払い、受付を後にする。しばらくしてから彼らは

互いに両こぶしを握りながら高々と掲げ、高々と笑顔になった。

他の宿泊客がいなければ勝利の雄叫びをあげたい気分だった。

 

「よっしゃあ!!部屋を無事確保だ!しかも二部屋とれちまうとは!

 せっかくのベッドで眠れるチャンス、緊張したぜ~っ!」

 

「満室も珍しくないからね。この宿屋は。ここを逃すと衛生面最悪、

 治安は最低、そんなところしか残っていなかった。ふ―――っ」

 

部屋が空いていないので泊まれない、と言われるのも覚悟していたので

彼らは心から喜んでいた。寝心地のよいベッドによる安眠、温かい食事、

全てが得られるのだ。サマルトリアを出てから今日までずっと

外で寝ていたのだから、ほんとうに久しぶりの宿だった。

 

「夕食を食べたらそのまま寝よう。ぐっすり眠れるだろうなぁ。

 明日は武器と防具の店、それに道具屋に行くことから始めよう。

 ムーンブルクの様子とかを聞いて回るのはそれからにしよう。

 何ならもう一泊していってもいい」

 

「そうだな・・・。一泊程度じゃ疲れも抜けきれねえよ。じっくり町を

 見て回りたいしな。今日のところは酒はやめておくとするか」

 

アーサーはほっとした。彼が酒を飲むと言ったら、止まらなくなるに決まっている。

他の客のこともあるので付き添っていなくてはならない。また深夜まで悪酔い

したうえに自力では部屋まで帰れなくなっているだろう。これでもうアーサーの

睡眠時間もほとんどなくなることが決まってしまっていた。

 

「じゃあぼくもお酒はいいかな。また明日にしておこう」

 

二人の間ではすでに明日もこの宿に宿泊することが薄々決まっていた。

先を急がなければいけないのはわかっているがここは清潔で料理も上質だ。

サービスも申し分なく、一泊で終わらせるには惜しかった。いろいろと

もっともな理由をつけて滞在を長引かせたかったのだ。

 

「だから今日のところはもう寝よう。ベッドを満喫させてもらうよ」

 

「ああ。しかしおれは正直お前がここまでやれるとは思ってなかったぜ。

 城を出て世界に飛び出したいっていうお前の願いは結構強いみたいだな。

 ま、おれも負ける気はないが・・・そもそも勝ち負けって話ではないけどな」

 

アレンとアーサーはそれぞれ自分の部屋に戻った。穏やかな気持ちで眠りに

つけるのがこんなにありがたいことだなんて、としみじみと噛みしめていた。

いかに自分たちがこれまでの人生、恵まれた立場だったのかを思い知った。

 

 

 

そして次の日の朝、二人は目覚めてから顔を洗った後に合流した。アーサーは

元気そのものだったがアレンのほうはどうやらそうではないようだ。

 

「・・・・・・きみ、眠れなかったんだね?あんなに疲れていたのに・・・」

 

「・・・お前はぐっすり寝られたみたいだな。あれでよく眠れたな・・・」

 

「何の話?そういえば犬の鳴き声がしていたね。でも気になるほどだったかな?

 いつ襲われるかもわからない外の寒空であんなに熟睡していたきみにしては・・・」

 

アーサーは両手を横に広げて冗談だろう、と言いたいような顔だったがアレンは真剣だ。

 

 

「犬?お前こそ何言ってる?若い女の子の声だった。何を言っていたかは

 忘れちまったが必死に訴えてきてたんだよ。どこかで聞いたことが

 ある声だったから気になって気になって・・・お前には聞こえなかったのか」

 

「夢じゃないの・・・ほら、あそこに犬がいる。ぼくのほうが正解みたいだ」

 

 

宿屋の外に出て早朝の新鮮な空気を吸った。するとアレンは犬のほうへと近づいていく。

 

「おいアーサー、こいつがお前の言っている犬だな?なかなかかわいい犬だぜ。

 お前もこっちにきてこの犬と少し触れ合っていかねえか?」

 

「いや、ぼくはいい。犬より猫のほうが好きなんだ。犬にはあんまり興味がない。

 それに野良犬じゃないか。ぼくならその犬には近づかないね」

 

「おれは興味がある!たとえばこいつがオスかメスか・・・な~んてことに!」

 

アレンは犬を抱え上げるとひっくり返して腹の側が自分に見えるようにした。

犬はばたばたと暴れて嫌がっていたがその小さな体ではアレンに勝てなかった。

 

「・・・おっ!何もついてない!ということはこいつは・・・・・・」

 

 

アレンが力を抜いたその瞬間だった。犬はアレンの拘束から抜け出すと、口を

大きく開いて彼の右手に狙いを定めた。そして力いっぱい噛みついていた。

 

 

「ぎゃああああぁぁぁ―――――――ッ!!こいつ!噛みやがったッ!アーサー!

 早くこいつを追い払え!何て凶暴なクソ犬だ――――っ!!」

 

「・・・きみが怒らせたんだろ?だから近づくなって言ったのに・・・」

 

仕方なくアーサーが助けに向かうと、犬は自分からアレンを噛むのをやめて

どこかへ走り去ってしまった。危害を加えられると察知したのだろうか。

 

「なかなか知性は高そうな犬だなぁ。ところでその傷・・・ホイミしておく?」

 

「くそっ・・・あんな犬にやられるなんてな。ホイミよりも薬草がいい。

 どんな病気を持ってるかわかったモンじゃねえ。ちゃんと治さないと・・・」

 

朝からとんだ災難だ、とアレンは涙目で宿に戻っていった。深々と

噛みつかれていて、出血も目立っていたので最終的にはホイミの呪文に

頼らざるをえなくなってしまった。

 

 

朝食を食べ終えてから本格的に町のなかを見て回る。すると、一人の女性が

アレンに声をかけてきた。アレンもまたその女性を知っていた。

 

「あっ、あなたはアレン様!私は昔ローレシア城でお仕えしていた・・・」

 

「そういうあなたは・・・!覚えてるよ、まさかこんなところで再会できるなんて」

 

思い出話に花が咲いていた。相手の女性は一目でアレンだとわかったのだ。

この出来事だけ見れば奇跡的な再会だが、その後も二人とすれ違う町の人々は、

 

 

「ん?あれはローレシアのローレル王子とサマルトリアのテンポイント王子

 じゃないか。護衛もつけずに二人でいるなんて・・・」

 

「あのトウショウボーイと流星の貴公子が?仲悪そうだって噂だったけどなぁ。

 ローレシアとサマルトリアの関係も昔ほどじゃないみたいだけど・・・」

 

ムーンペタには幾度も訪れているのだ。先程の女性がローレシアから

どこか別の町へ行き、最近になってこの町に越してきただけで、他の町人から

すれば彼らの姿は珍しくなく、今回は何の用だろう、とか普段と違って

王や兵士たちはいないんだな、としか思われていなかった。

 

「ムーンペタ・・・『人と人が出会う町』と言われているが・・・おれたちは

 さっきのアレで終わりか?おれが子どものころ城の厨房にいた人なんだよ」

 

「どうだろう。再会だけじゃなくて新たな出会いもあるかもよ?ぼくたちの旅も

 二人だけじゃなくてせめてあと一人でもいれば結構楽になりそうだけど

 いきなり仲間を募るのもあまりいい行動ではないだろうね」

 

 

今やどこに邪教の信者が潜んでいるかわからない。表向きはこれまで通りの

一市民として社会生活を送っている。もしアレンたちがハーゴン討伐を

大声で叫ぼうものならあっという間に包囲網が完成するだろう。

そうなれば町も安眠できる場所ではなくなり、最悪ローレシアや

サマルトリアの国そのものに魔物たちが攻め込んでくるかもしれない。

 

「ムーンブルクは魔物の排除に熱心だった。だから真っ先に狙われたんだ。

 この町ではぼくたちのことが知られてはいるけれど、真の目的までは

 明らかにするべきじゃないと思う。これから先の町では場合によっては

 きみが最初にリリザで言ったように身分も隠しておかないとね」

 

「ああ。あくまでおれたちはただの旅人だ。いまはまだそうでもないが

 そのうち魔物や邪教の連中を倒し続けたら目をつけられちまうだろうしな。

 町をのんびり散歩できるのも今のうちかもな・・・」

 

 

人々からある程度話を聞き終え、やはりムーンブルク城は壊滅させられ、

そのせいで魔物の影響がこの辺りにも及び始めている実態などを知った。

それから彼らは武器を新調するために武器と防具の店に向かった。

アレンは店内に入るとすぐに鋼鉄の剣に惹かれ、手に取った。

 

「・・・おっ!こいつはいい。おれはやっぱり剣で戦いたかったんだ。

 鎖鎌はもういらねえ。銅の剣もずっと使っていてもう限界だった。

 おれは鋼鉄の剣を買う!アーサー、お前もこいつでいいな?」

 

アーサーにももう一本手渡した。しかし二、三回試しに振ってみたところで

彼は店主に返してしまった。代わりに鉄の槍を購入する旨を伝えていた。

 

「ん・・・?槍だと?金ならまだ余ってるぜ、剣のほうがいいだろうよ」

 

「うーん・・・ごめん、アレン。ぼくにはその剣は使いこなせそうにない。

 こっちの槍ならまだ軽くていい。余ったお金であの鎧でも買いなよ」

 

「・・・・・・そうか。ならそうさせてもらう。使いやすい武器にしなきゃな」

 

 

アレンはアーサーにこれ以上無理に勧めはせず、言われた通り鋼鉄の鎧を

買ってここで装備していった。これまではちょっとした腕力の差かと

思われていた二人だったが、やがて『戦士』としての格と適性の違いが

徐々に明らかになっていく。この店でのやり取りはその最初だった。

 

 

 

武器と防具に続き、道具屋で薬草と毒消し草をまとめ買いした。更に

魔物たちを寄せつけない聖水と緊急時のためのキメラの翼も。

これで残金は今晩の宿泊費以外ほとんど使い切り、明日からの

ムーンブルクへの長旅の準備は整った。ちなみに、買い物の際に

何枚かおまけの『福引き券』をもらい、気合いを入れて福引きに挑戦したが、

 

「・・・ゴミすら当てられなかったか・・・。あんな券は売って金に

 しちゃえばよかったな。しかし運が悪いのはおれか?お前か?」

 

「さあ。どっちが回してもダメだったからね。まあ楽しませてもらったよ」

 

 

もともと当たりが入ってないんじゃないかとか、この町の権力者やムーンブルクの

貴族や王族が決まって当たりを出すんじゃないかと二人は愚痴をこぼし合った。

しかし彼らは王子という立場であることをだいたいの町の人々はわかっているので

あまり大声では言えなかった。福引きに文句を言ったり裏を疑ったりしているのが

知れたら彼らどころか国の権威にも関わりかねない。福引き自体は、王族でも

たまには庶民の文化に触れあいたいのだろうと思われるだけだろうが、

もしまた挑戦する機会があっても自分たちの素性が知られていない町がいいという

結論になった。もうやることもないので早めに宿屋に行くかと話していると、

 

「アーサー!あれを見ろ、あの男の格好はムーンブルクの兵士だ!」

 

「生き残りがいたんだ!もしかしたら現地に行かなくても彼に話を聞けば

 終わるかもしれないね。さっそく行こう!」

 

「・・・お前、そういう手抜きするやつだったのか~?真面目そうに見えるのに。

 まあいいか・・・話を聞かなくちゃいけないのは確かだしな。もしもーし!」

 

アレンが大きな声で呼びかけると、その兵士はびくっと身体を震わせた。

 

 

「驚かせてしまいましたか・・・これは失礼。私たちは・・・」

 

「おお・・・あなた方は王子様たち!私はムーンブルク城の兵士です!」

 

「随分とやつれていますね。無理もない。そのとても辛い気持ちを

 突くようなことになるかもしれませんが、話していただけませんか?

 あの城でどのような戦いが繰り広げられ、いま城はどんな状態なのかを」

 

二人は穏やかな口調で語りかけていたが、兵士の震えは止まらない。

余程の地獄を見て、今でも苦しんでいる表れだと二人は彼を哀れに思ったが、

彼の心を痛めつけているのは少し違った理由によってであった。

 

 

「・・・・・・それが・・・実は私は何も知らないのです。城に魔物どもが

 次々と侵入し、戦いのざわめきが激しくなるのを聞いたとき、門にいた私は

 怖くなって逃げ出してしまったのです!武器を捨て、この町へと!

 もちろん城には戻っていません。しかし旅の者たちの話やここのところの

 魔物たちの様子を見るに・・・!ああ、王よ、それにセリア姫!お許しを・・・!」

 

この兵士は職務を放棄し逃亡してしまったのだ。アレンたちが無駄な戦闘を

避けるために逃げていたのとは異なり、逃げてはいけない場面で己の命欲しさに

そうしたのだ。自責の念や後悔から彼は震えていたのだが、当然この男も

震え始めた。闘将ボーイと呼ばれるアレンが、臆病な兵士に対し怒りによって。

 

 

「てめえ・・・!人々の命を守る兵士でありながら・・・クズが・・・!」

 

「ひっ・・・!ほ、ほんとうに申し訳ございません!ロ、ロ、ローレル王子・・・!」

 

男らしくない行為に鉄拳で罰を与えようとする彼をアーサーが割って入って止めた。

 

「まあまあアレン、しょうがないじゃないか。もう手遅れだったんだろう?

 だったら無駄に命を散らすよりは人間としてはその行動が正しいじゃないか」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

穏やかな顔でまるで神父のように許しを与えようとしている。しかし兵士は

いまだに浮かない顔だ。彼の求めているものは許しではないのか。

それを知ってか知らずか、アーサーはその兵士の兜を突然奪いとり、

茫然としている間に剣も取り上げ、最後に鎧を自分で脱ぐように言うと、

 

 

「・・・でも兵士としては正しくなかった。あなた自身もわかっているはず。

 なのにまだムーンブルクの選ばれし兵士気取りとは・・・。さっさと

 どこかへいなくなるんだ。二度と兵士などとは名乗らないことだ」

 

睨みつけると布の服一枚だけになった元兵士は走り去ってしまった。

アレンは腕を振り上げたままだった。その彼に対しアーサーは静かに、

 

「ぼくは余計なことをしたかもね。きみに殴らせたほうがよかった」

 

「・・・そうか?おれがカッとなったところを止めてくれたんだろ?

 ただ、確かにあいつは誰かに裁いてもらいたかったのかもな。

 仕える王も仲間も人々も見捨てて逃げちまった情けない自分を・・・」

 

 

彼らは予定通り宿屋に向かい、自らの目でムーンブルクの現状を確かめに

行くために英気を養うことを決めた。建物内へと入っていく二人の姿を、

早朝に出会った犬がじーっと見つめていた。



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初恋の巻 (マンドリル)

 

「明日からムーンブルク城目指して数日は野宿か・・・しかしもう誰も

 生きていないであろう場所に行くのも気分が乗らないよね。半年前までは

 ぼくたちの国と変わらない穏やかな日々を過ごしていたのに。

 もう王様にも王女様にも会えないのか・・・」

 

アーサーが酒を飲み干しながら憂鬱に語っている。二人はそれぞれ

一部屋ずつとっているのに夕食が終わった後にアレンが酒瓶を持って

押しかけて来た。男の友情を深めたいという気持ちからだろう。

しかしまた彼が説教を始めたり大声で騒いだらいやだな、とアーサーは

そちらも憂鬱の種だったが、この日のアレンは静かだった。

 

「・・・・・・そうだよな。もう終わったんだよな・・・・・・」

 

いつもは最初に騒いでからだんだんと静かになりそのうち寝てしまうのが

一連の流れであったが今日は始めから大人しい。酒は入っているようだが・・・。

 

「体調が悪いんだったらもう休んだら・・・」

 

「いや、おれは元気さ。体のほうはな。思いだしていただけさ・・・」

 

と言いながらも、普段よりもゆっくりと空になったグラスを再び満たしていた。

 

 

「・・・ムーンブルクの・・・セリア王女・・・・・・覚えているか?」

 

「そ、そりゃあ・・・覚えてはいるよ。あまり頻繁に会っていないし

 親しいってわけじゃなかったけどね。きみだってそんなものだったろ?」

 

「ああ。向こうからすりゃあおれなんてどうでもいい男の一人だったろうよ。

 でも・・・・・・おれにとって彼女は・・・初恋だった」

 

「・・・なるほど・・・・・・」

 

 

 

アレンが初めてセリア王女を意識したのはまだ五歳のとき、各国の首脳を集めた

会議のときにその姿を見たのが初めだった。それまでアレンは自分と同じくらいの

女の子と接したことは全くなかった。彼の下は全て弟、男であったからだ。

 

そこにいた女の子はセリアだけではない。アーサーの妹サマンサやその他の

国の王女、貴族の娘たちもいた。しかしアレンはセリアが他の誰とも

違って見えた。その美しさもそうだが、彼女から感じ取れる何かが違っていた。

 

セリアは楽しそうに振る舞っていた。しかしその心の内でつまらなさ、

物足りなさを覚えていた。五歳にして外面の自分を形作りあげていた。

もちろん幼いアレンには彼女の全てを理解することはできなかったが、

彼女はかわいそうだ、と思った。助けてあげたいと願った。

 

けれども幼いアレンには言葉が出てこない。どう言えばいいのかわからない。

たまたま近くに彼女が来て話す機会が訪れても、

 

『・・・お、おれはアレン。これからよろしく・・・』

 

『あら、ローレシアの王子様ね。こちらこそ。わたしはセリア』

 

たったのこれだけで会話は終わってしまった。それから年月が過ぎ幾度か

顔を合わせても、なぜか彼は彼女に対してだけはまともに顔を見て

長く話すことができなかった。彼女のほうは別にアレンを意識してはいない。

ただ、表面をどれだけ繕ってもその心の奥は『諦め』の気持ちに満ちている。

つまらない毎日を変えたいが自分の生まれたときから与えられた立場ゆえに

それはできっこないという思いだ。

 

彼女を解放してあげたいと思った。彼女を縛るものから救い出すことができれば

自分も共に背負うべき重荷を捨てても構わない。それだけセリアという少女に

引き寄せられていた。彼女のことを思うと苦しい気持ちになってしまうのに、

毎日考えてしまう。彼女はムーンブルクの大切な一人娘なのだからどうあっても

叶うはずのない、自分が将来ローレシア王となったとき隣にいてくれる彼女、

もしくはまったく知らない集落の小さな家で彼女と二人暮らす姿。

心を痛めながらも夢を描いていた、まだ幼い日だった。

 

 

アレンの初恋が突如として終わったのは、彼が十二歳、剣の稽古に励んでいた

ある日だった。兵士たちの会話が耳に入ってしまった。

 

 

『ムーンブルクの王女、ラダトームの第三王子と婚約が決まったらしいぜ。

 まだ五年は先の話だろうに・・・王族ってのは気が早いなァ』

 

『ラダトームも必死なんだろ。かつての栄光を取り戻すためにな。

 上二人が次々とくたばらなきゃ王になれない三男ごときでそのための

 足掛かりになりゃあ儲けものだろ。ムーンブルクも男子がいないしな』

 

 

『・・・・・・・・・!!』

 

アレンは持っていた訓練用の剣を落とし、足の上に落としてしまっていた。

しかも突然動きを止めてしまったので相手は急に反応できず、攻撃を

もろに食らい、その場に崩れるように沈んでいった。

 

『お、王子!誰か!は、早く王子を!いきなり王子が・・・!!』

 

 

アレンが『女好き』として知られるような行動をするようになったのは

この頃からで、闘将ボーイとして日々熱心さを前面に出すようになったのも

彼が珍しく訓練で負傷したその次の日からだった。その恋の終わりは

切なく、苦しかった。思い描いていた夢も消え果てた。

 

 

 

 

「・・・ふーん・・・。きみが女好きになったのってもしかして

 王女のことを忘れるために無意識に・・・ってところだったのかな?」

 

「さあな。ただ今思うことは・・・おれのものになんかならなくたって

 元気に生きていてくれたら何も言うことはなかった。それだけだ・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おれたちも家族や大事な人が生きているうちに心残りがないように

 話したいことは話しておかないとな。永遠に言えなくなっちまうからな」

 

 

アレンの言葉にアーサーはしみじみとした気分になりながらも、この話題に

関連した現実的な話を始めた。故郷のことを考えていたら思い出したことがあった。

 

「ところで・・・ぼくはもう少しでルーラという呪文を覚える。いまでも

 キメラの翼で同じことができるけれど、魔法力のあるぼくならこれらの

 ために『結界』を張ることができる」

 

「結界?なんだそりゃ」

 

「こういう魔物の影響がない安全な場所にならできるんだ。キメラの翼、

 もしくはルーラで飛べる場所を・・・いまはサマルトリアに戻れるように

 しているけれど、この町にすることもできるんだ。どうする?」

 

「おお、そういうことか。うーん・・・」

 

 

一瞬で飛んでいける地をサマルトリアのままにしておくことの利点は、

ムーンブルクの調査を終えた後に即座に帰還できることだった。大きな目的が

後に控えているとはいえ表向きの旅立ちの目的である調査の報告を

するために一度互いの故郷に帰らなくてはならないだろう。とはいえ

飛べる先をムーンペタにしておけば、万が一途中で危機に陥り

緊急避難を余儀なくされてももう一度ここから立て直しができる。

サマルトリアまで戻ってしまえばまたここまで来るのは億劫すぎる。

どちらにも長所短所があり、二人は少し考えた末に、

 

「この町には結界は張らなくていい。この宿屋は最高だが何日もかけて

 城まで行ってまた帰ってくるのもなぁ・・・」

 

「わかった。じゃあ今のままで・・・。なら一発で決めないとね」

 

 

その昔ルーラの呪文は自分が立ち寄った地であれば思いのままに行き先を

選べたのだという。しかしいまはたったの一ヶ所だ。ルーラだけではない。

昔に比べて『劣化』してしまった呪文は多く、失われてしまった呪文も

数えるときりがない。それはすなわち自分たちの『劣化』ではないのかと

人々は口にしていた。勇者ロトの時代に比べて人は衰退していると。

とはいえ泣き言ばかりを言っていても何もできない。今あるもので

未来を切り開く、それがアレンの目指している人間の力の証明だ。

 

 

 

翌日、まだ太陽の昇らない暗い時間から二人は町を後にしようとしていた。

二泊もした心地よい宿屋に別れを告げてムーンブルクへの旅が始まる。

さあ行くぞ、と意気込んでいたとき、彼らの後ろを一匹の犬がついてきていた。

 

「・・・・・・」

 

「ん~?この犬・・・!こいつ、昨日おれに噛みついてきた犬だ!

 まだ用があるのかァ―――――――っ!!」

 

「怒っている感じはもうしないよ。きみに謝りたいんじゃないかな?

 この町には戻らないんだからしっかりお別れしておかないとね」

 

「ふん・・・まあおれも多少悪かった。あばよ、駄犬・・・」

 

二人が手を振りながら去っていこうとするが、犬はまだ追いかけてくる。

 

「おいおいおい・・・何だこいつは。おれたちは旅人だ、お前は飼えないぜ」

 

「旅の仲間が欲しいとは言ったけれど犬はちょっとね・・・。しかしぼくたちの

 どこに懐かれる要素があったんだろう?わからないな」

 

撒こうとしても犬の速さにはなかなか苦労させられ、町の外まで出てようやく

犬は追ってこなくなった。二人はすでに息を切らしていた。

 

「ハァ―――ッ・・・やっぱりあの犬は厄を運んできやがった!くそっ!」

 

気を取り直してムーンブルク城を目指す旅を始めた。ムーンペタの町の人々も

ここへは近づけていない。商人たちも同様で、魔物に襲われた後この城が

いまどうなっているのかを正確に知る者はいなかった。襲撃からかなりの

時間が過ぎてしまっているので生存者がいる可能性はなしに等しいが

もしかしたら備蓄されている食料や自然の水で細々と食いつないで

籠城しながら生き残っている人間がいるかもしれない。もう魔物たちが

撤収しているのにそれに気づかないで地下にこもっていたら気の毒だ。

万が一の可能性を信じて二人は歩き続けていた。

 

 

魔物たちをこれまで通り打ち倒していったが、ここで彼らはある魔物に出会った。

 

「・・・・・・またムカデどもか・・・ん、あいつは・・・?」

 

猿の魔物が一匹、敵の群れの中にいた。アーサーはその魔物を知っていたようで、

 

「あれはマンドリルだ。怪力自慢の獣!でも人間を積極的に襲うわけじゃ

 ないはず。やっぱりハーゴンの影響なのかな?敵意むき出しだ」

 

 

『マンドリル』。大きな猿というだけで説明は足りる獣の魔物。巨木を

簡単に切り倒す力の持ち主ではあるが凶暴な性格ではなかったので

ムーンブルクでは家畜としての利用を研究していたほどだ。万が一の

ことがあってはならないので本格的な導入には至らなかったが、

マンドリルはかつては恐れられてはいなかった。ところが近年、

世界的に魔物たちが人を襲うようになったので、このマンドリルも

変わってしまったのだろう。息が荒く、血走った目つきで睨んでくる。

 

 

「あっちがやる気ならこっちも遠慮なしに戦えるぜ!猿野郎はおれに任せろ!」

 

「ならぼくはそれ以外のやつを焼き払う!でも気をつけて・・・」

 

「馬鹿にすんなよ!このおれが力比べで負けるわけがねえだろ!」

 

ムーンペタの町で購入した鋼鉄の剣でマンドリルに襲いかかる。力比べは

もちろんだが、速さで圧倒し先に斬りつけてしまえば問題ないと自信満々に、

 

「くらえ――――っ!!化け猿が――――――っ!!」

 

首を斬るつもりで振りかぶったが、すでにマンドリルはアレンを射程に捉えていた。

 

「なにっ・・・!こいつ・・・・・・」

 

「ガァ―――――――ッ!!!」

 

アレンの攻撃は届かず、マンドリルの太い腕が渾身の力で彼を殴り飛ばした。

 

 

「・・・アレン!こっちは片付いた!ぼくも加勢に・・・!」

 

「がはっ・・・!いや、こいつは強い・・・!ホイミを頼む!」

 

アレンですら後れを取っている。自分では何もできないだろうとアーサーは

大人しく後方支援に回ったが、アレンはその後も防戦一方だ。

たまに攻撃が入るがマンドリルは怯むことなくアレンを追いつめる。

 

 

「く、くそっ・・・!!いくら何でも強すぎやしないか!?」

 

「グオオオオ――――――ッ!!」

 

なおも威嚇するようにマンドリルは吠えている。アレンを回復しながら

アーサーはこれまでの旅で最大の強敵の様子をじっと眺めていた。

弱点や隙が見つからないかと注意深く観察し、それがどうやっても

見つからなければ逃げるための道の確認だ。とはいえ、いいように

やられたままアレンが大人しく戦いを放棄するとは思えないが。

どうにか勝利のためのヒントを得たいところで彼はあることに気がついた。

 

 

(・・・あれ、このマンドリルの顔つきは・・・確かにぼくの知っている

 穏やかなものとは違う。でもハーゴンの力に支配されているかといえば

 そうでもないようだ。これは・・・・・・)

 

アーサーはアレンの前に出た。マンドリルとの距離をゆっくりと詰めていく。

自分が代わりに戦うのかと思いきや、武器である鉄の槍を足元に置き、

何も持たないまま獣に近寄っていった。

 

「・・・ちょっと待て!まさかお前、自分が盾になっておれを逃がそうと!」

 

「そんなわけないよ。ぼくがやろうとしているのは誰も死なない方法さ」

 

するとアーサーはまさかの行動に出た。なんとマンドリルに対して

ホイミの呪文を唱え、アレンの攻撃によって受けた傷を回復させてしまった。

これにはアレンはもちろん、マンドリルも驚いて動きが止まった。

 

 

「おいアーサ――――ッ!!何をやっているんだてめえは!?こいつに

 勝つのが無理だと諦めて媚を売ってやがるのか!?こんな猿に!」

 

「・・・媚を売る・・・とはちょっと違うな。でもアレン、ぼくたちは

 このまま戦っていてもひょっとしたら負けるかもしれないよ?」

 

「てめえ・・・!そんな弱気でハーゴンを倒せると・・・・・・」

 

アレンは片膝をついているのにそれでも今すぐアーサーを殴りかねない

勢いだった。降参など受け入れられるわけがない。しかしアーサーの

考えは全く別のところにあった。

 

 

「いや、このマンドリルがハーゴンの意のままに動きぼくたちを襲っていたら

 もっと楽に勝てていただろうね。でもそうじゃないとわかったいま・・・

 ここはこれで終わりにするのが最善だ。そう思ったんだ」

 

アレンに対し、戦いを打ち切るように言う。あくまで敗北ではないと。

そして今度はマンドリルに向かってアーサーは同じ提案をした。

 

「きみにぼくの言葉がわかるかは知らないけど、きみだってこれ以上は

 無駄な消耗だろう?ぼくたちはもうやらない。早く家に帰ったほうがいい」

 

 

マンドリルはアーサーをしばらく黙って見つめていたが、くるっと

後ろを向くと、ゆっくりと歩き始めた。どうやら通じたようだ。

しかしそれだけでなく、二人に対して顔で何かを合図している。

二人が動かないと、マンドリルも歩くのをやめ、その合図の仕草を続ける。

 

「・・・・・・ついてこいってことか?おれたちに?」

 

「・・・そうみたいだ。方角は目的地から逸れないけれど・・・」

 

「行ってやろうぜ。仮におれたちを餌にするつもりなら逆に

 やつらの巣ごと壊滅させて猿の肉の燻製にしてやるだけだ」

 

 

マンドリルの後をついていく。どうやら相手もこれを求めていたようだ。

一時間もしないうちに森に入ると、マンドリルは急に足を速めた。

何事かと二人も追うと、そこには別のマンドリルが倒れていた。

 

「・・・?苦しそうだ。病気なのかな?」

 

「いや、違うみたいだぜ。そしてアーサー、お前の言う通りだった。

 あいつと戦わなくて正解だ。道理で強いわけだ・・・」

 

アレンたちを連れてきたマンドリルはどうやら餌をとりに出ていたようだ。

しかしこのマンドリルが強さを見せていたのは他に大きな理由があった。

 

「見ろよ・・・生命の神秘の瞬間だぜ。おお・・・すげえっ」

 

「・・・ああ、これで全ての納得がいったよ。なるほどね~・・・」

 

 

倒れているのは雌だった。出産が始まり、小さな新しい命が無事に誕生した。

雄は胸をどかどかと叩き喜びを全身で表現していた。この瞬間のため、

愛する妻と生まれてくる我が子を守るために彼は戦っていたのだ。

 

「・・・ウボォッ、オオウッ」

 

「これは・・・・・・うげっ」

 

アレンたちへの礼のつもりなのか、踊りを終えるとマンドリルは何かを

引きずって持ってきた。それは大ねずみの死骸だった。彼らにとっては

美味な肉なのだろうが、二人は骨や内臓が飛び出している死後数日は

経っているそれをありがたく受け取ることはできなかった。

 

「・・・い、いいって。それはお前たちが持っておくべきだ!お前の

 奥さんもちゃんと体力をつけなきゃ・・・だろ?」

 

「ウホッ、ホホホ!オウッ」

 

「いやいや、ぼくたちは何もしてないから・・・。気持ちだけ・・・」

 

会話が成立しているのか疑わしいが、どうにか大ねずみの肉をもらうのは

回避できた。マンドリルの家族と別れ、再びムーンブルクへ向かう街道に

戻る。魔物たちとの戦闘はしばらくないまま平和な旅が続いていた。

 

 

「・・・人間も獣も魔物も・・・真の強さの秘密は同じところにあるんだね」

 

アーサーが感心したようにアレンに話を振る。しかし彼はすぐに答えようとせずに

下を向いている。強敵マンドリルに勝てなかったことが悔しかったのか、

それとも大ねずみの死骸でよほど気分を悪くしたのか。彼を気遣いアーサーは

これ以上話しかけてはこなかったが、アレンはその日のうちはずっと静かだった。

その原因はアーサーが考えていたものとは違い、リリザの宿屋でアレンが語った

話に関わっていたのだが、それに気がつくのはアーサーといえども難しかった。

 

(あのマンドリルたちは自然の中で愛を育んで結ばれ、それが強さをも与えた。

 おれもあの子・・・セリアとあんな幸せが欲しかったなァ)

 

もう叶わない、終わった夢の初恋は今でもアレンに苦しみを与え続けていた。



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希望の巻 (ムーンブルク)

 

ムーンペタの町を出て数日、二人はムーンブルク城があと少し、という地点まで

やって来ていた。魔物との戦いはあのマンドリルとの一戦のほかは危なげなく

乗り切ってきた。建前の理由であるムーンブルクの現状の確認を終わらせ、

二人がそれぞれ抱いている真の目的に向けての旅を早く始めたいと意気込んでいた。

 

「しかしどうなんだろう。ムーンブルクはやっぱりもう瓦礫の山なのかな」

 

「・・・・・・だろうな。でも確かめに行けるやつが他にいないって

 いうんだからおれたちの旅立ちの許しが出たんだ。もうすぐそこ

 なんだから、ちゃんと一回りしてから帰ろうぜ。手を抜くなよ」

 

「わかってるよ。でもよくここまで何事もなく来れたなぁ。ぼく一人じゃ

 どこかでやられてただろうな。アレンは一人でも平気だっただろうけど」

 

「そうか?おれも最初は一人でやってやるつもりだったがお前と合流して

 仲間の有難みが身に染みたよ。薬草と毒消し草だけが友達っていうんじゃ

 厳しすぎだ。それに野宿も二人いるから交代で寝られるし・・・」

 

これまでの旅を振り返りながら、よいことも悪いことも思い出してきたが、

 

「・・・おいおい、これで終わりじゃないだろ、おれたちの旅は。

 おれはハーゴンの邪教を壊滅させ、お前は世界中を旅して新たな

 楽園を見つける・・・こんなところで弱音を吐いてる場合じゃねえぞ」

 

「そうだった。ここはまだ通過点だ。ならさっさと調査を片づけて・・・」

 

「さっさと、じゃない。ちゃんとやるんだよ。って・・・話が戻ってやがる」

 

 

最近になってアレンは、アーサーが思っていたより真面目な人間ではないことに

気がついた。自分のほうがしっかりしているという自覚は思い上がりではない。

頭はいいのかもしれないが、世界の平和を願う心、正義感が足りていない。

 

「・・・まあ・・・真面目なやつが王の座を放り投げて旅に出るなんて

 言うわけないか。どこか飛んでなけりゃそんな発想には至らねえ」

 

「・・・・・・?どうしたのアレン?何か言った―――っ?」

 

「何でもねぇ!ひとり言だよ、ほら、早くムーンブルクに行こうぜ!」

 

 

アレンとアーサー、すっかり昔からの親友のように息の合った二人だった。

まだ完全なる信頼関係が築けているわけではないが、魔物に囲まれたとき

背中を預けるくらいはできる。それでも十分だろう。新たな時代を切り開く

二人の勇者の子孫が、ついに故郷から離れた土地への旅を完遂させた。

 

 

「やっと着いたぜ。とはいってもおれたちのよく知るムーンブルクじゃないけどな」

 

「・・・・・・話には聞いていたけど酷いね。これじゃもう生存者はいないよ」

 

魔物たちに破壊された城は僅かにもとの姿の面影を残してはいるが、

人の気配はなく、新たに住み着いていたのは異形の魔物たちだった。

 

「キングコブラにムカデに・・・あと気持ち悪いのも飛んでるな」

 

「あれは・・・ハエ?あんなのが群れていたらいやだなあ」

 

『リザードフライ』。不気味な飛行型の魔物だ。ただでさえコブラやムカデが

わらわらと湧いているのにますます気分を悪くさせる姿形だった。

しかもそのトカゲのようなハエのような緑色の身体を震わせて炎を出している。

 

「あれはギラだ!あんな見た目で魔法を使うのか!」

 

「だが知性は低いみたいだな。誰もいねえところに意味もなく炎だ。

 しかし武器を持った馬鹿は怖いぜ。あいつは要注意だな」

 

すでに幾度も目にし、戦い方もわかっている慣れた相手よりも初めての敵を

警戒し、ギラを撃たれる前に倒すべきと決めた。幸いにもこの魔物は体力が低く、

最後までリザードフライからは全く被弾せずに廃墟の城の探索を続けられた。

 

 

「宝物庫も荒らされているな。魔物どもが金の価値を知ってるわけはないが

 邪教の連中が資金の足しに全部奪いやがったか」

 

「だいたい予想通りだったね。でももっと悲惨だと思ってたよ。死体が散乱して

 酷い臭いがしていたりとか・・・。骨も肉も見当たらない」

 

「そうだな。ここにいる虫ども・・・よりはあのマンドリルのような大きな獣が

 餌として持って行っちまったのかもな。どっちがいいのかはおれにはわからねえが

 ずっとここに野晒しっていうよりは・・・・・・」

 

打ち殺された人々の死体が全くなかった。この時点でおかしいと気がつくべきだった。

休憩のため立ち止まっていると、突然の異臭が二人の鼻を襲った。同時に城の奥から

人の影がゆらゆらと近づいてくる。これが生きた人間でないことを二人は知っている。

 

 

「・・・!あのゾンビ・・・この城にもいたのか!くそ、しかも三匹かよ!

 そのへんをぶらぶら歩いていたやつは単独行動だったっていうのによォー!」

 

「それにこっちに向かってくる。戦うしかない!もしかしたらこの城が

 リビングデッドたちの住みか・・・なのか?」

 

アレンは鋼鉄の剣を構えた。せっかくの剣がリビングデッドたちの腐肉で

汚れるのは嫌だな、と思いながらも仕方なく迎え撃つ態勢をとった。

ところがアレンは気がついてしまった。リビングデッドたちの装備品に。

腕にこめていた力が抜けていくのを感じた。

 

 

「・・・・・・あ・・・ああ・・・そうか・・・・・・ここがやつらの巣・・・

 いや、家だった理由は・・・!このゾンビたちの正体は・・・・・・

 みんなムーンブルクの兵士や住人だ!貴族も店屋も奴隷も・・・・・・!」

 

「・・・ハーゴンに『再利用』されたってことか。死体がないわけだよ」

 

アレンはショックを受けた。邪教に身も心も染まった魔術師すら自身で

倒すのにはいまだ抵抗があり、いつもは後方にいるアーサーにその『始末』を

任せていたのに、今度は自分の知っているかもしれない人々が相手なのだ。

闘将ボーイである彼がハーゴンへの怒りすら沸かない。ただ青ざめるばかりだ。

 

(・・・くそっ・・・!しかもこいつらの目は・・・助けを求めている!)

 

リビングデッドとしてこの世をさまよう哀れな人々を前にアレンはどうすれば

いいのかわからなかった。格好悪いのを承知でアーサーに助けを仰ごうとしたが、

彼もまた別のリビングデッドたちに迫られていた。アーサーにとっても

何度も顔を合わせただろう人々だ。その所持品のせいで誰なのか特定

できてしまったリビングデッドもいる。

 

「・・・・・・逃げ場は・・・もうない・・・!囲まれたっ!」

 

 

ゾンビの群れに手出しできないうちに集団の数は増す一方だ。危機が迫っていた。

しかしアーサーはアレンと違い動けなかったわけではなかった。じっと

機会を待っていたのだ。そしてようやく顔を上げると、

 

「・・・・・・・・・よし、だいぶ集まったな。もういいか・・・」

 

「・・・!?おい、アーサー、それはどういう・・・」

 

「こういうことさ!・・・ギラッ!!」

 

普段よりも強くギラを唱え、目の前にいたリビングデッド目がけて放った。

ほとんど距離がなかったので、着弾すると激しく燃え上がった。

 

 

「グ・・・アガガガァ―――――ッ!!」

 

炎上し悶えるリビングデッドが苦しみのあまり駆け回る。次々と他の

ゾンビたちにぶつかり炎が燃え移っていった。あっという間に

この場に集まっていたゾンビの群れは皆腐肉を焼かれながら崩れていく。

それまでよりも鼻を覆いたくなる悪臭、ゾンビたちの叫び声・・・。

地獄絵図が展開され、アレンは声も出せずに立ちつくしていると、

 

 

「・・・さて、ぼくの役目は終わった。あとはきみがやるんだ」

 

 

このときのアーサーは返り血を一切浴びていなかったが、アレンの目には

これ以上なく冷酷で恐ろしい死刑執行人、いや死神にすら映った。

 

 

「ぼくのギラは本来これだけの数の相手を一気に焼き払えはしない。

 だけどこうすれば一気に炎が燃え広がった。新たなやり方を掴んだよ」

 

「・・・・・・ハァー、ハァー・・・お、お、お前はァ―――・・・」

 

「・・・アレン、きみもどうすべきかは・・・わかっているんだろう?

 もしきみが彼らだったらどうしてほしい?いま身体が燃えているから

 じゃない。あんな姿で不自然な命を与えられ操られていることを考えるんだ」

 

 

なぜリビングデッドたちは助けを求めているように見えたのか。

自分で死ぬことを許されなかった彼らは数か月以上も待ち続けていたのだ。

アレンは拳を握り締め、自らを奮い立たせる。そして鋼鉄の剣を手に、

 

「うおおおおおおおぉぉぉ―――――――っ!!!」

 

炎に包まれもはや虫の息のリビングデッドにとどめを刺した。あっさりと

首が地面に落ち、今度はもう起き上がってはこなかった。完全な死だ。

一体倒した後もアレンの攻撃は止まらない。ゾンビの群れを斬り刻み続けた。

アレンは心が張り裂けそうだったが、旅の始めに自らに誓った約束があった。

 

(何があろうと・・・おれは決して涙を流すものか!これくらいでは泣いたりしない!)

 

ムーンブルクの人々の生に、自分の手で終止符を打った。リビングデッドたちが

全て動かなくなったと思うと、今度は空中を漂う黒い煙がアレンの前にやってきた。

もちろんただの煙ではない。殺された人々の魂が魔物『スモーク』として

この世に縛りつけられているのだ。アレンはこの煙をもひたすら斬った。

実体がないはずなのに攻撃は通り、次々と消滅していった。二時間以上

戦い続け、やがてリビングデッドもスモークも消えてなくなっていた。

炎を恐れたか、キングコブラやそれ以外の魔物たちも逃げ去った。

気がつけば自分たちしかいなくなり、アレンはその場にがくっと座り込んだ。

 

 

「・・・・・・いくらローレシアやサマルトリアに全ての事実を報告するとは

 いえ・・・こんな出来事を持って帰るわけにはいかないよな」

 

「もちろんだよ。これはぼくらだけの秘密だ。きみだって早く忘れたいだろう」

 

「できることならそうしたいけどな。また夢に出てきそうだぜ・・・・・・ん?」

 

 

アレンはまたしても遠くに何かを発見した。人ではない。しかしどうやら

魔物でもない。恐る恐る近づいてみると、それは声を発していた。

 

「あ・・・あ・・・ハーゴンの軍勢が・・・・・・助けてくれぇ~・・・」

 

同じような言葉を繰り返しながら呻き続けていた。死にきれないでいる

人魂を目にし、アレンたちはびっくりしてひっくり返るような素振りを見せたが、

 

「ぎゃあ、火の玉!・・・な~んてな。今さらこんなの珍しくもなんともない」

 

「幽霊やゾンビ、スモークと戦ってきたんだ。襲ってこないだけ心が落ち着くよ」

 

 

アレンたちが語りかけても反応はなく、会話をしたりするのはできないようだ。

しかし彼らはこの世に何らかの強い未練を残し、魔物とされるのを踏みとどまった

者たちなのだ。同じような魂を見つけ彼らの言葉に耳を傾けると、

 

「ラーの鏡・・・ラーの鏡さえあれば・・・!ラーの鏡・・・・・・」

「ここから東の地・・・・・・四つの橋の見える地に毒の沼地がある・・・

 そこにラーの鏡が・・・。毒の沼地のなかにラーの鏡が・・・・・・」

 

『ラーの鏡』と呼ばれるものについて口にする魂が多かった。アレンたちの存在を

認識できていないにも関わらず、とにかく誰かに伝えなければという使命感、

そのために肉体を失い苦しみながらも荒れ果てた城を離れない彼らだった。

 

その鏡の存在はアレンたちも知っていた。実物を見たことはなかったが、

ムーンブルクで国宝として守られていた古代より伝わる伝説の品だった。

 

 

「ラーの鏡!おれはあの本を数え切れないくらい何度も細かいところまで

 繰り返し読んでいるから何章のどこに出てきたのかも言えるぜ!

 アーサー、お前はどうだ?」

 

「・・・・・・ちょっとわからないな。『勇者伝』の本のことだろう?

 確か勇者ロトが・・・・・・何のために使ったんだっけ?」

 

「・・・お前はもっと偉大な先祖様のことを学べ。いいか、その鏡は

 真の姿を明らかにする不思議な力を持っていたんだ。一国の王に化けて

 好き勝手振る舞っていた魔物の正体を映しだし、勇者ロトと仲間たちは

 その国に平和を取り戻し英雄となったんだ。ちゃんと覚えとけよ」

 

 

勇者ロト、そしてその子孫ブライアンの旅の記録が何者かによって

残されている書、『勇者伝』。その記述の正確さは当時を生きた人々の証言、

また地中や海、城や場合によっては民家から発見された証拠の品によって

証明されていた。数百年以上前のラーの鏡の奇跡を疑う者は僅かだった。

アレンたちもそれを実際に起きたこととして信じているが、

 

「でもムーンブルクにあるラーの鏡はよく似せた芸術品に過ぎないだろう?

 ロトの時代の職人が作ったから本物そっくりで昔からとても価値が高くて

 今はもう値段が付けられるものではなくなっているとは聞いたけど」

 

「ああ。もし傷一つでもつけたら杭に磔にされるだろうな。あれを守るためだけの

 警備の兵士が二人いたほどだ。だけどあくまで物は物だ。本物のラーの鏡とは

 全く違う、何の力も持たない・・・・・・」

 

あくまでムーンブルクのラーの鏡は飾られている壺や鎧と変わらないもの。

アレンもアーサーもその意見は一致していた。わざわざ命の危険を冒して

取りに行ってやる必要などない。そう思っていると玉座の前にやって来ていた。

そこにも人魂が一体。もしかしたら、と二人は近づいてみた。

 

「わしは・・・ムーンブルクの王。その魂だ・・・・・・」

 

予想通り、王の魂だった。意味はないのかもしれないが、二人は頭を下げ

敬意を表した。すると王は二人にとって重大な事実を語り始めた。

 

 

「我が娘セリアは・・・わしが殺された後・・・あの者・・・ハーゴンにより

 呪いをかけられ・・・・・・犬にされてしまった。おお、口惜しや・・・」

 

 

ハーゴンの呪いにより犬とされた王女。王は確かにそう言った。王女も殺された、

とは言っていない。アレンはすぐに王の魂を問い詰めるように迫った。

 

「・・・どういうことだ!?犬にだと?そんな話があるのか!?

 そしてその言い方だと・・・王女はどこかで生きているのか!」

 

「・・・・・・わしは・・・ムーンブルクの王。その魂だ・・・・・・」

 

しかし再び同じ言葉を繰り返すだけだ。アレンの問いに答えてはくれない。

 

「これ以上は無駄だよ、アレン。さっきまでの魂たちといっしょだ」

 

「・・・くそがっ!気になる話をするだけしておいて・・・!」

 

 

アレンが怒りに任せてすぐ横の瓦礫を殴りつけるとばらばらと崩れてしまった。

するとそこからまたしてもリビングデッドが現れた。こちらの姿を見つけると

よたよたとした歩き方で近づいてきた。二人はすぐに構えたが、

 

「・・・待て、こいつ・・・今までのやつとは違う。何というか・・・」

 

「うん。もう死んではいるんだろうけどまだ人間に近い!もしかしたら・・・」

 

二人は武器を下ろし会話を試みた。すると、外見通り知性もまだ残っていた

元兵士であろうそのリビングデッドはアレンたちに対し膝をついて話し始めた。

 

 

「・・・お・・・おお!こ、これは・・・・・・まさかあなた方が・・・!」

 

「おれたちのことがわかるのか!頼む、教えてくれ!セリア王女はどうなった!?」

 

アレンは兵士の目線まで自らしゃがみ込み、その必死さを露わにした。

兵士のほうも自分が事切れる前に伝えなければと力を振り絞った。

 

「・・・私は姫様を・・・お、お守りできませんでした。そのせいで姫様は

 呪いによって近くの町で犬に・・・!しかしいまの私では何も・・・!」

 

「・・・・・・そうか、生きているんだな。おれはどうすればいい?」

 

 

アレンの目に炎が宿るようだった。彼なら王女を救えるかもしれないと、

兵士は希望を抱いた。確たる意志を持つ生きた人間と操られし死体の違いだ。

 

「ラーの鏡・・・!他の者たちも口にしたかもしれませんがあの鏡さえあれば

 必ずや姫様の呪いは解け・・・元の可憐な姿に戻ることでしょう!」

 

「・・・お前たちの言い方・・・!あのラーの鏡には特別な力があるんだな!?

 場所はもう聞いた!四つの橋が見える毒の沼地の中!そいつを見つけて

 近くの町、つまりムーンペタに行けばいいってことなんだな!

 アーサー、すぐに行くぞ!一秒でも早くラーの鏡を見つけるんだ!」

 

「・・・・・・ローレル王子・・・なんと心強い。姫様を頼みましたぞ・・・・・・」

 

 

兵士はその場に倒れ動かなくなった。ゾンビとして再生することもなく

息絶えたようだ。アレンは彼のために短い祈りをささげると、

もうムーンブルクに留まるつもりはなかった。終わったはずの初恋が

動き始めた。再びセリアの顔を目にすることが、そして話すことが

できるチャンスがやってきたのだ。ラーの鏡目指して駆け出していた。

 

「・・・・・・・・・」

 

一方、アーサーは熱心さに満ちたアレンとは全く逆の様子だった。

あくまで冷静さを失わずに深く何かを考えていた。そして楽観的な

態度を見せず、これから先の苦難を覚悟していた。



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輝く光の巻 (ラーの鏡)

 

滅ぼされたムーンブルク城にてアレンは確かな希望を得た。王女セリアが

ハーゴンの呪いによって犬に変えられたもののまだ生きており、その呪いを

解呪するラーの鏡の存在も知った。少しでも早く目的の場所へ行きたかった。

 

「アレン、まだだいぶ距離がある。もう少しゆっくり歩かない?

 ムーンブルクを出てからずっとこのペース!体力が持たないよ」

 

「・・・そう思うならお前だけそうしろ。冷たいことを言うようだが・・・。

 おれたちがこうしている間にも王女は犬の姿で孤独を味わっている。

 おれは夜通し歩くつもりでいる!いやなら一人でサマルトリアに帰りな!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

アーサーは仕方なく彼の後ろについていく。決して一人で帰るのが怖かった

わけではない。このままアレンを放っていったら彼は必ず命を落とす。

いまのアレンは周りが見えていない。ただただ一直線に突っ走っている。

いくら光を得たからといえ、あまりにもそれを求めすぎている。

自分に都合の悪いことを一切考えようとせず、危険だった。

 

 

 

「よーし・・・四つの橋が見える!そして目の前にはこの沼地!

 ぼこぼこと毒を噴き出してやがる・・・ここに間違いないな」

 

ムーンブルクから急行し、驚異的な速さで目的の場所までやってきた。

夜の休みも短くして、ずっと歩き通しだったというのにアレンは

一息入れることもせず沼地のなかに入っていく。身体に毒だと

自ら口にしながらも躊躇せずに突入していった。アーサーもアレンと

協力してラーの鏡を見つけようと続こうとしたが、

 

「・・・待て、お前は沼地に入るな。そこにいてくれ」

 

「ん?二人でやったほうが早いんじゃないかな?」

 

「いや、お前も疲れただろう。ちょっと休めよ。それに、どちらかは外で

 魔物が近づいてきたときに追い払う役がいないとまずい。おまけに入ってみて

 わかったが思ったよりこいつは体力を奪われる。お前にホイミをかけて

 もらいながらじゃないと持たない。だから待っていてほしい」

 

 

(・・・ふ~ん・・・。意外と冷静さは残っていたみたいだ。見直したな。

 あとは思い通りにいかないときもこれが続くかどうか・・・)

 

沼地の外でアーサーは見張りをしながらこの先のことを考えていた。

ラーの鏡を手に入れた後、ではない。『思い通りにいかないとき』、

つまりそれが見つからなかった場合だ。そのときアレンをどう説得するか。

まだ夜までは間があるが、早くから最善の策を探していた。

 

 

「アレン!もうお昼だけどどうする?ぼくは先に食事にするけど」

 

「食べていてくれ!おれはこの辺りを一通り終えてからにする!」

 

結局アレンが昼飯をとることはなかった。その後も探索の手を止めない。

休憩するように言われてもホイミの呪文を唱えてくれ、とだけ返すのだ。

この呪文が気力や疲れまでは回復できないのをアレンもわかっているはずなのに。

 

「あと少しのはずだ。これだけしらみつぶしにやってんだ。絶対にもうすぐ・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

やがて夕刻となり、アレンのやる気は全く衰えていないように見えるが、

だいぶ参っていた。遠くにいるアーサーにもそれは伝わっている。

全く休まずに毒の沼に浸かりながら中腰でラーの鏡を探しているアレンの

動きは鈍くなってきている。こんなことはおかしい、と戸惑い焦る

アレンだったが、彼を見ているアーサーは実のところムーンブルクを

出たときからこうなるのは薄々わかっていた。彼の疑いは確信に変わった。

 

(・・・ぼくは最初からあまり信じていなかったからなぁ。人々の魂が

 悪意から嘘をついたとは思えないけど、これは罠なんじゃないかってね)

 

仮にラーの鏡が本物だとして、どうしてハーゴンたちはこんな沼地に

鏡を放置したまま去っていくというのか。全く意図がわからない。

あの魂たちは、もっと言うと犬にされたセリア王女も『利用』されているのだ。

すでにどこにもないラーの鏡という希望のためにあえて生かされ、アレンみたいな

それに引き寄せられる者の餌となっている。魚を狙う釣り人の用意した餌のように。

 

(つまり・・・ありもしない鏡を見つけに沼地に入ったが最後・・・か。

 しかもわざわざ身の危険を冒して毒の沼に入るような人間は正義感に溢れて

 いるに決まっている、それをわかっていてこんな罠を仕掛けたんだ)

 

やがて日没が間近に迫り、もう潮時だろうとアーサーは動いた。

 

 

「アレン、そろそろ終わろう。限界だよ、時間もきみの体力も」

 

「・・・だから帰りたきゃお前ひとりでそうしろと言っただろ。だが

 帰る前にもう一度ホイミを唱えてくれ。帰らないのなら警戒を続けろ。

 この大陸の魔物は夜でも活発だ。油断できねえぞ」

 

「もう魔力がないんだよ。あとホイミ一回か二回分しかない。諦めよう」

 

「・・・あ?」

 

アレンはここでようやく一日をかけて何も得られなかったという事実を理解した。

 

 

「でもここにキメラの翼がある。ムーンペタに結界を張らずにサマルトリアに

 戻れるようにしていたのは幸運だった。すぐに調査の報告ができる」

 

沼地から出てラーの鏡探しを打ち切り、互いの故郷へ戻ることを促す。

しかしアレンは苦渋の表情を浮かべながらもまた手を動かした。

地道な作業をやめる気などない。そしてアーサーに言い返す。

 

「いいや、おれは不幸だと思っているぜ!ラーの鏡を見つけたとき

 真っ先にムーンペタに帰り王女を呪いから救い出してやれるんだからな!

 アーサー、ただ利口で賢いだけじゃ未来は切り拓けないんだぜ・・・」

 

反抗心や意地で探し続けているのではない。セリア王女を助けたいという一心、

ただそれだけだ。アレンだって罠である可能性を僅かには認識していた。

 

一縷の望みがあるならばそれに賭けたかった。ムーンブルクの魂たちがいまだ

この世に留まる意味を見つけてやりたかった。王女を人の姿に戻し彼らを

安心させて天に送ってやりたいというアレンの熱い気持ちがあった。

 

「・・・ならもう止めはしない!ただしこれ以上暗くなったらこれまでよりも

 遥かに見つけ出すのは不可能だ!しかも魔物の群れの視線を感じる。

 命の危険を感じたらすぐに二人で飛ぶ!時間はもうないぞ!」

 

「魔物の群れ・・・ああ、そっちまで気が回ってなかったぜ。

 そうか、お前ももう魔力はないっていうなら確かに短い時間で

 ケリをつけなくっちゃあいけないみたいだな」

 

 

アーサーは鉄の槍を持ち魔物との戦いに備えたが、いくら流れるような身のこなしに

よる彼の戦い方にも対処できる敵の数の上限はある。地面からはムカデや蟻が群れで

やってきて、空中からは暗くなってきたせいかスモークが闇に紛れ込んでいる。

もう猶予はない。終わりが間近に迫っていた。

 

「・・・・・・だめだ!一斉に襲われたらどうしようもない!アレン・・・!」

 

 

「・・・おれは・・・セリアのために・・・!ここで諦めるわけにはいかねえ!

 おれが初めて惚れた女だ!どんなことになろうと絶対に救ってみせる―――っ!」

 

 

その瞬間、アレンの右腕から闇を切り裂くように眩しい光が放たれた。

勇者ロトの子孫の証である紋章のようなアザが光輝いたのだ。アレンにも

こんな経験は人生で初めてで、光の源が己の腕だとはわからなかった。

 

 

「・・・うおおっ!!こ、この光はっ・・・!?」

 

「アレン!きみの腕からだ、それは!気がつかなかったのか!?」

 

「こんなのは知らねえ!突然何なんだ!?毒の沼の影響か・・・」

 

 

アレンは叫ぶのをやめた。この光と関連があるに違いないだろうが、

これもまた初めての何とも言い難い不思議な感覚がアレンを包む。

 

 

「・・・そっちに・・・何かあるのか?おれを導いている・・・」

 

誘われるがままにその場所まで行く。そして彼はゴーグルをつけた。

 

「この下・・・さっきまでよりもずっと深くを調べろというのか?」

 

海に潜るときのように息をたっぷり吸い込んでから、沼の深く目指して

進んでいった。この毒の沼はアレンが思っている以上に実際は深かった。

運が悪ければ飲み込まれていたかもしれない。その代わりに

最も深いところまで探索の手が及んでいなかった。彼を導いている

謎の力がなければアレンは見つけ出すことができなかっただろう。

 

 

「・・・・・・!!あれだ、あれだっ!!そんなところにいやがったのか!」

 

 

 

やがて再び沼地から顔を出したアレン。その手には確かな成果があった。

 

「ど・・・どうだ。待たせたな。だが・・・とうとうやったぜ」

 

「アレン!まさか・・・!ほんとうにあったなんて・・・」

 

アーサーは沼地から脱出したアレンに最後の魔力でホイミを唱えた。

毒によって奪われた生命力は回復したが、さすがにどっと疲れが

襲ってきたのかその場に倒れ込んだ。

 

 

「・・・きみはすごいな。ぼくはラーの鏡はこんなところにはないと

 決めつけていたよ。きみ一人で手に入れたんだ」

 

「・・・それは問題じゃねえな、アーサー。いま考えなきゃいけないのは

 せっかく見つけたこいつをどうやって無事に持ち帰るかって話だ・・・」

 

喜びもつかの間、これまでは気配だけしかしていなかった魔物たちが

とうとう姿を現し、二人を追いつめていた。

 

 

「キメラの翼を使うしかない。再びムーンペタに行けるのはかなり後に

 なってしまうだろうけどここで命を落としたら話にならないよ」

 

「くそ!おれはすぐに彼女のところへ行かなくちゃいけないんだ!

 くだらねえ遠回りをしているわけには・・・!」

 

アレンはまだ正面突破を諦めきれずにいたが、かなりの数に囲まれた今、

ある程度は蹴散らさないと逃走はできない。戦うにしても疲労が溜まった

限界寸前のアレンと魔力が切れたアーサーがどこまでやれるのだろうか。

 

「せっかく見つけたってのに、こんなことでセリアを待たせたくねえ!」

 

「だけどアレン、いまのぼくらじゃ・・・・・・」

 

 

二人は口を閉じた。魔物たちの群れの背後から無数の足音が聞こえたからだ。

敵の新たな援軍か。だとしたらいよいよキメラの翼による緊急脱出しか

なくなる。さすがにアレンもわがままを言っている場合ではないと思った。

それにしても物凄い迫力が大地から伝わってくる。どんな魔物なのか。

 

「あれはマンドリル!マンドリルの大群だ!一匹だけでもあんな手強い

 相手だったのに何匹いやがる!?くそ、完全に運に見放された!」

 

「・・・・・・?いや、違うみたいだ、アレン!彼らは・・・・・・」

 

マンドリルたちはなんと二人を囲んでいた魔物たちのほうへと狙いを定め、

自慢の怪力で叩き潰したり踏みつけたり殴り飛ばしたり・・・。

マンドリルは好戦的ではなかったが、この辺りで最強の魔物だった。

ラリホーアントなんかでは一瞬でばらばらだ。『かぶとムカデ』という

鉄壁の守りを誇るムカデが防御して身を固めてもマンドリルたちが

集団でパンチを繰り出せばやがて砕けてしまった。

 

「あっという間に魔物が減っていく!」

 

「あ、ああ!だがあいつらの狙いは何だ?狩りだとしたらおれたちもまずい!」

 

 

魔物たちの全滅に大した時間はかからなかった。マンドリルたちは

倒した魔物たちには目もくれずにゆっくりと近づいてきた。二人は

いつでも逃げられるように準備していたが、その必要はなかった。

マンドリルたちは左右に二列ずつきれいに列を作り、二人のための道が

できた。どうやら守ってくれているようだ。敵意は一切感じられなかった。

 

「・・・・・・次から次へ混乱させてくれることばかりだぜ、今日は・・・」

 

「同じ感想だよ。だけどここは彼らに甘えさせてもらおう。

 目的がわからないけれどありがたく素直にね」

 

 

彼らが四方から保護してくれているので夜通し歩いても安全だった。

マンドリルたちの守りは次の日の昼過ぎ、彼らの生息地から大きく

離れてしまう寸前まで続いた。やがてマンドリルの群れがいなくなり

二人だけとなったが、ムーンペタまでかなり近い場所まで戻れていた。

そこでようやくアレンたちは様々な出来事を冷静に振り返ることができた。

 

 

「・・・アーサー、お前は昨日このラーの鏡はおれ一人の力で手に入れたと

 言っていたが・・・ここまで無事にこいつを持ち帰れたのはお前のおかげだ」

 

「・・・・・・?ぼくは何もしていない。マンドリルたちにお礼を言いなよ」

 

「いーや、やっぱりお前だ。ムーンブルク城に着くまでのときのことだ。

 おれとマンドリルの戦いを止めただろ。結果そのマンドリルは

 おれに殺されることなく無事に嫁の出産に立ち会うことができた。

 きっといまのはその恩返しなんだろう。やつら一族総出でな」

 

「だからぼくの手柄でもあるって?たまたまだよ」

 

 

 

かつてラダトームの勇者ブライアンは、滅びの町ドムドーラでロトの鎧を

手に入れたとき、町に住み着いていた魔物たちからも祝福されたという。

真に認められし勇者は魔物すら自分の味方としてしまうのだ。アレンたちも

すでに伝説の勇者たちの道に僅かながらではあるが足を踏み入れていた。

 

その日以降、ムーンブルク大陸の一部の地域は非常に安全な旅ができる

ようになった。マンドリルたちに逆らえない他の魔物たちが人を

襲うのをやめて森や山の奥へ退いたか、もしくはマンドリルたちの

いないところへと去ったからだ。

 

 

「まあどっちでもいいか。そんな話をするよりは先を急ぐぞ!」

 

アレンたちはムーンブルク城を出てからずっと長い休みをとらずにいたが

いまは身体がよく動いていた。ムーンペタに行くまでは勢いを緩めない、

そのアレンの熱意にアーサーも引っ張られた。疲れは溜まっていても

彼らには確かなる希望の根拠、ラーの鏡がある。この日も夜遅くまで

歩き続けた。ついに翌日の夕方、無事に町に帰還した。

 

「・・・思ったよりずっと早い到着だった。いつも通りまずは宿に・・・」

 

「行くわけねえだろ。町の犬を片っ端から調べるぞ!」

 

ムーンペタの人気の宿屋は部屋を確保しておかないと泊まれなくなるかも

しれなかったが、アレンの優先順位はぶれなかった。飼い犬、野良犬

見境なくラーの鏡で真の姿を確かめた。

 

「こいつは・・・鏡のなかも犬か!つまりほんとうに犬!」

「こっちも犬だ!まあ・・・当然といえば当然だが・・・」

「おっ・・・アーサー、お前はどうやらその姿が正体のようだな」

 

「・・・・・・鏡をぼくに向ける理由は何かあったのかな?まあいいけど」

 

 

やはりそう簡単には見つからない。そんなとき、彼らは一匹の小さな野良犬を

見つけた。それはアレンにとって因縁の相手だった。

 

「あの子犬はねえだろ。おれを思いっきり噛みやがったやつだ!あいつは除外だ」

 

「まあぼくもあれはないと思う。でも・・・」

 

別の犬を探すため早々にこの場を去ろうとしたが、犬のほうから寄ってきた。

 

 

「・・・・・・・・・!!」

 

「それにしてもこの間から全然鳴かないな。この犬は・・・・・・」

 

 

アレンたちが全く意識していなかったそのとき、アレンの持っていたラーの鏡が

突然かたかたと震え始め、眩い光ですでに陽の沈んでいた周囲一帯を照らした。

 

 

「この間のおれの腕の光とは違う!いきなりラーの鏡が光を!」

 

「もしかして・・・!その犬こそが・・・!?」

 

 

ラーの鏡に何が映っているのか確かめようとしたが、あまりの輝きで

それはできなかった。しかもそれが最高潮に達すると、鏡は光を

放つのをやめ、役目は終わったと言わんばかりに粉々に砕けた。

 

 

「うおっ!!危ねえ!急に飛び散りやがった!破片は刺さらなかったか!?」

 

「ああ・・・ぼくは大丈夫だ。でも突然どうして・・・・・・」

 

「・・・・・・こ、これは・・・・・・」

 

 

二人はこの一連の奇跡の結末、その集大成を目にした。鏡の前にいたはずの子犬が

どこにもいなくなり、代わりに一人の少女が横たわっていた。彼女こそ

アレンがずっと探し求めてきたまさにその人物だった。



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激情の巻 (王女セリア①)

 

ムーンペタの町で起きた、万に一つもないような奇跡の出来事。ハーゴンの

呪いによって犬の姿に変えられていたムーンブルクの王女、セリアが

ラーの鏡の力によって美しい少女に戻った。彼女が生きていると

知ってからこの日までずっとこの瞬間を待ち望んでいたアレンは

粉々になったラーの鏡を放り捨ててセリアのもとに駆けていった。

 

「お、王女!よかった!お怪我はありませんか!私はローレシアの・・・」

 

ところが次の瞬間、アレンは全く予想だにしていなかった事態に見舞われた。

 

 

「・・・・・・ふんっ!」

 

「ぶげぇっ!!・・・あ、あがあぁっ・・・!!」

 

 

なんと王女は手にしていたひのきの棒で近づいてきたアレンの鼻の頭を

叩いてきた。見事に入った一撃だったので、アレンは鼻から出血した

だけでなく、勢いよくその場に倒れた。

 

「い、痛ぇッ!!な・・・何しやがる!」

 

アレンは思わず敬語ではなくなっていた。わけもわからないまま

鋭い痛みと止まらない出血に襲われた鼻を押さえながら怒鳴るように叫んだ。

しかし王女はというと、アレンの気迫に一歩も退かないどころかむしろ

彼よりも激しく怒りを露わにしていた。

 

 

「ふん!何しやがる・・・ですって?自分のしたことをよーく思い返しなさい。

 わたしの体を持ち上げて雄か雌か確かめてやろうとしていたあなた自身の

 下衆な行いをね!元の姿に戻れたらまずはあなたに一発食らわせて

 やろうとず――っとこのときをどんなにか待ち望んでいたことか!」

 

「げっ・・・まだ根に持っていやがったのか・・・!仕方ないだろ、

 あのときはハーゴンの呪いのことなんて何も知らなかったんだ。

 まさか王女だなんてわかるわけが・・・・・・」

 

「あんなくだらない真似をして楽しんでいた方が何を言おうと

 説得力なんてないわ。黙りなさい」

 

まさかの展開にアーサーは慌てて二人の間に割って入った。ただ茫然と

成り行きを見守りそうになっていたが、さすがにまずいと動いた。

 

「・・・王女!確かに彼のあの遊びは褒められたものじゃありません。

 ですが彼はあなたを救うため、その一心で今日まで己の命も惜しまぬ

 覚悟で戦ってきたのです。なのにこの仕打ちはどうかと・・・」

 

「はは・・・あなたも同じよ。わたしのことをどこにでもいる汚い犬と

 しか思わずに近寄らないようにしていたくせに!見る目のないタコの

 せいであのラーの鏡も危うく役立たずに終わるところだったわ!」

 

アレンだけでなくアーサーにまで怒りの矛先は向いていた。いまはひのきの棒で

叩いてきそうにはなかったが、このままだと彼女は収まりそうにない。

アーサーは三人のなかでただ一人冷静だったので、セリアに小声で話しかけた。

 

「セリア王女。あなたの怒りはごもっともです。ですが・・・

 ラーの鏡の光、そしていまの騒ぎのせいで町の人々が我々に

 気がつき始めています。この町の人はあなたのことをよくご存じなのでは?

 これ以上はあなたにとってまずいことになると思われますが・・・」

 

セリアははっとして辺りを見回す。確かに町人たちの視線がこちらに向いていた。

 

 

「・・・・・・お、おほほ!わたしとしたことが・・・!ハーゴンの呪いの

 せいで気が動転してしまって・・・!恥ずかしいことこの上ないですわ!

 ローレル王子、そしてサマル王子・・・わたしを元の姿に戻してくださり

 何とお礼を申し上げたらよいものか・・・」

 

突然の変化にアレンは呆れ顔だった。鼻の傷はアーサーのホイミで治っていた。

 

「・・・今さら白々しいにも程があるぜ。なあアーサー、こいつは

 こういうやつだったのか?すっかり恋心も醒めちまったぜ、一瞬でな」

 

「いや、どちらの姿も彼女だってことだろう。ぼくらだって王である父や

 貴族たちの前では繕った振る舞いをしているだろ?二重人格とか

 仮面を被っているとかではなくて。そういうことにしておこうよ」

 

「ああ・・・そうだな。そういうことにしておいてやるか」

 

 

いつまでもこんな場所にはいられないので、セリアを連れて宿屋へと

向かった。幸いこの日は空き部屋に余裕があったので、三人とも

一つずつ部屋を使えた。セリアは人間として数か月ぶりに屋根のある

寝床を得ることができた。いまは身体を洗いに向かっていて、食事の間には

アレンとアーサーだけがいた。二人で彼女についての話をしている。

 

「しかしあんな棒を持っていたのは予想外だったがそれ以上に

 服を着ていたのも驚きだったぜ。犬のときは裸だったじゃねえか。

 だったら生まれたままの姿で人に戻るのが筋ってものじゃあ・・・」

 

「・・・・・・いや、犬に変えられた瞬間の姿があの状態だったって

 ことだと思うよ。でもこんな話、王女の前ではやめてよ」

 

「わかってるよ。まーた酷い目に遭わされるだろうしな・・・」

 

アレンが自分でもくだらない話だったと思っているとセリアがやってきた。

間一髪だったな、と男二人は苦笑いしながら視線をかわす。セリアは

何か怪しいと感じながらも追及はせずに食事の席に座った。

 

 

「・・・ああ、そうか。あなたにとっては久々の・・・」

 

「ええ。人の食事ですわ。犬の姿でいたときはこの宿屋の方が

 わたしが飢えないようにと日に二度の食事を与えてくださいましたが

 残飯ばかり。ですが何でも口にしないことには生きてこられなかった・・・

 今こうして命があるのも町の皆さんの、そしてあなたたちのおかげですわ」

 

しみじみと語るセリアに対し、アレンは何を言えばいいかわからなかった。

変なことを聞いたらまた怒られるだろう。それならまだいい。彼女の故郷は

ハーゴンの軍勢によって滅ぼされたのだ。嫌な記憶を呼び覚まし、彼女が

泣き悲しみ、心の痛みに苦しむようなことは何としても避けたかった。

無難な言葉を選べるアーサーに任せるべき、と自分を制し大人しくしていた。

アーサーもアレンと同じことに注意していたので、深い話に入ることは

せずに、早々に今後の流れに話題を移行させた。

 

 

「では今日のところはこの宿屋で一泊するとして・・・明日になったら

 さっそくサマルトリアに飛びましょう。幸いなことにルーラですぐに行けます。

 ラーの鏡を手に入れた帰り道で習得できたもので・・・」

 

「・・・サマルトリアに?なぜです?」

 

「我々はムーンブルクの調査という目的でローレシア大陸からやってきました。

 ですからあなたを連れて帰ることが何よりの報告となるでしょう。それに

 あなたにも新たな家が必要です。我がサマルトリアはあなたを歓迎します。

 我々二人はあなたを残してすぐに新たな旅立ちとなりますがサマルトリアには

 私の妹もいます。あなたにとってよき話し相手に・・・」

 

アーサーは自分の国でセリアを保護する旨を伝えたが、これに対し彼女は、

 

「・・・・・・あなたの妹・・・ねぇ。あの子の相手は疲れてしまうわ。

 最後に会ったときもそうだったもの。一体いくつなの、あの子は?」

 

突然素に戻ったような話し方で難色を示した。アーサーの妹サマンサが

気に入らないというのだ。サマンサの精神の幼さをその理由に挙げた。

アーサーとしては愛する妹を否定されたが、怒りはせずに、まあ仕方ないかと

気持ちを切り替えていた。すぐに次の提案を述べる。

 

「わかりました。ではローレシアがよいでしょう。サマルトリアよりも

 平和と安全が保障されています。あなたを受け入れることに異論を

 唱えるような者もいないはずでしょうし・・・ねえ、アレン」

 

「・・・あ、ああ。おれの国か。まあ誰も反対はしないだろうよ」

 

ローレシアであればサマルトリア以上に穏やかな環境でセリアは静養できる。

ルーラでサマルトリアに戻ってから馬車でも借りるか、あとは城の兵士たちに

彼女を任せてローレシアまで送り届けてもらってもいい。姉妹国の王女

なのだから、誰もが彼女を丁寧に扱うだろう。何の心配もなかった。

ところがセリアはまたしても渋い顔に手を当てながら考えるように言う。

 

「・・・ローレシア・・・ムーンブルクほどではないけど確かにいい国ね。

 でもあの城にはローレル王子、あなたの弟がいるでしょう。そう、

 さっき話題に上がったサマンサ王女を強姦しようとした。そんな人が

 いるようなところではちょっと気持ちが休まらないというか・・・」

 

「ん?王女、その話をご存知でしたか。確かこの事件はムーンブルクが

 襲撃されたのとほぼ同じか少し後のことだったかと」

 

「犬になって人と会話が出来なくてもみんなが話していることはわかったわ。

 あなたたちの国がひょっとしたら大変なことになるかもってね。ひとまずは

 問題なく終わりそうだというのも知ってるわ。でもねぇ・・・・・・」

 

 

ここでついに沈黙を守ってきたアレンが怒りを抱きながら立ち上がった。

他の客もいるので声の大きさには注意したが、感情を抑えようとはしなかった。

 

 

「おい・・・わがままもそのへんにしておけよ。お前の言うことは正しい。

 でもおれからすればただの難癖にしか聞こえないんだよ。おれの弟、それも

 問題を起こしたやつだけをあんたに近づけさせないようにすれば済む話だ。

 それくらい簡単なことだ。まあもっとも・・・あいつはどこかの誰かに

 ひどく痛めつけられて下手したら二度と女に近づけないだろうがな」

 

「・・・・・・・・・」

 

どこかの誰かの最有力候補であるアーサーに一度視線を向けながらも

アレンは更に続けた。セリアがローレシア、それにサマルトリア行きを

拒否している理由が彼女の語ったところにはないというのがわかったからだ。

 

「あんたがムーンブルクに愛着を抱き続けているのはわかる。おれだってあんたと

 同じ立場ならこの大陸から離れたくはない。でもな、いつまでもこうしては

 いられないんだよ。この宿屋の金だっておれたちが払っている。後で返せだなんて

 ケチなことを言うつもりはねえが、明日にはここを出なきゃならねえ。

 何も持っていないあんたは人の姿に戻った以上もう犬のように外で寝て起きる、

 そんな生活はできない。今は大人しくおれたちの城のどちらかに世話になれ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「ひとまず今日のところはじっくり休め。明日また冷静に考えろ」

 

 

セリアはその後一言も喋らないまま、自分のぶんの食事を終えると

部屋へ戻ってしまった。残された二人が息を大きくはいた。

 

「・・・ふ――っ・・・。おれは間違ったことは言ってないよな?しかしあいつ

 しっかりと料理は平らげていきやがった。結構食うんだな・・・」

 

「ははは・・・久々においしい食事なんだから仕方ないさ。そしてアレン、

 きみはよく言ってくれた。たぶん彼女はムーンブルクの再興を

 目指しているのだろうけど・・・」

 

「無理だろ。あいつに気を遣って口にはしなかったが、あんな廃墟

 簡単には元には戻らねえ。まして魔物が暴れているうちはな。

 明日になっても駄々をこねているようだったら無理やり連れていくぞ」

 

 

初恋の女性を大事に扱うというよりは、聞き分けのない厄介な相手を

どうにかしようという口調だった。しかしアレンの心の内の彼女を

想う気持ちが完全に失われたわけではなかった。その幸せを願うからこそ

言葉も荒くなってしまったのだ。

 

「・・できればローレシアに来てほしい。アーサー、協力してくれるか」

 

「もちろん。王女があんなことを言ったから、ってわけじゃないけど

 ぼくの妹とは相性が悪そうだからね。そのほうがいいなぁ」

 

二人もまた久々の宿屋での夜だ。早いうちにベッドに入り深い眠りについた。

 

 

 

朝となり、荷物をまとめた二人の前にセリアが現れた。もちろん彼女には

持ち物など何もない。アレンを打ち叩いたひのきの棒だけだ。

 

「・・・おはようございます、王女。我々二人で話し合った結果、あなたには

 ローレシアにしばらく身を置いていただきます。ルーラでひとまず

 サマルトリアに飛びますので、事情を説明した後は我が国の兵士たちが

 あなたを丁寧にローレシアへお連れいたします。最初の数日間は・・・」

 

アーサーが今後の予定について説明をしている途中でセリアが手をあげた。

 

「あの~・・・ちょっとよろしいかしら」

 

「ええ。気になる点は何でもどうぞ。もしかして少し早口でしたか?」

 

「そうじゃないわ。あなたたちに言われて昨日一晩考えさせてもらったわ。

 わたしは今日からどうすべきか。そのことをお話させてもらいたくて」

 

彼女なりにちゃんと決めたことのようだ。決意を秘めた凛とした顔で話し始めた。

 

 

「わたしは・・・あなたたちの旅に同行することに決めました。あなたたちと

 共に邪悪なる神々の使いハーゴンの居城を目指し、邪教の者たちをその教えごと

 この世から消し去る!そのためにご一緒させてもらいます」

 

「・・・・・・・・・はい?」

 

「目の前で父を殺され気を失ったわたしは気がつくと犬にされていました。

 殺しもせずに生き恥を晒させるというその所業、断じて許し難い!

 わたしが受けた屈辱、城の者たちの無念・・・全てを晴らすために!」

 

美しさのなかに宿る憎悪の炎。アレンは知らないふりをして彼女に言う。

 

「・・・おいおい、ちょっと待て。おれたちはムーンブルクの調査、そのために

 旅をしていたんだが。ハーゴンを倒す?大きな話になっているようだが

 どこからそんなことになったんだ?」

 

しかしセリアがアレンを睨みつける。威勢だけはいい狂犬よりもよほど

迫力があり、闘将と呼ばれるアレンですら気圧されるほどだった。

 

 

「わたしは犬のときでも人の会話の内容はわかっていたって教えたはずだわ。

 あなたたちがはじめにこの町に来たときにあなたが確かにその口で

 ハーゴンと邪教の者たちを倒すと言っていたでしょう。それとも

 あなた、まだ若いのにもう自分の語った言葉すら覚えていないのかしら?」

 

「・・・・・・てめえ・・・!だが・・・言う通りだ。おれはローレシアを

 出たときから旅の最終目標は『邪教の徹底的な壊滅』だ。しかしお前なんか

 連れていくわけないだろ。野宿なんかできっこないだろ、お嬢様には」

 

アレンも負けじとセリアに食ってかかるが、彼女は更にその上をいく。

 

「野宿ができない?わたしが今日まで何か月外で過ごしていたと思って?

 あなたたち以上に食べられる植物の種類を知っているし料理の腕だって

 あるという自信もあるわ。全く障害にはならない」

 

「ちっ・・・でもダメだ!女が魔物と戦い続ける旅なんて・・・」

 

「・・・あなた、『勇者伝』の書をちゃんと読んでいないみたいね。

 勇者ロトの仲間にも女性がいたことは多くの証拠からも明らかだわ」

 

アレンは黙ってしまった。彼ほどその書物を読み込んだ人間はいないからだ。

勇者ロトの一行には二人の女性がいた。どちらも決して足手まといではなく、

強力な呪文、柔軟な発想で窮地を救ったこともある重要な戦力だった。

 

「わたしの魔力が侮れないものであることも知っているでしょう?呪文の

 使えないあなたはもちろん、わたしと実際に戦ったテンポイント、

 アーサー王子もじゅうぶん身に染みているものだと・・・」

 

「・・・まあね、油断したつもりはなかったけど、まさかアレンが早々に

 消えてチャンスだと思っていたのにまたしても優勝できないとは予想外だった」

 

「うん、そうそう。ローレシアのトウショウボーイ様はそのとき腹痛だったかしら?」

 

 

ほほほ、と笑うセリアに、とうとうアレンの堪忍袋の緒が切れた。強硬手段に出る。

 

 

「アーサー!これ以上は時間の無駄だ!昨日の打ち合わせ通りいくぜ!」

 

「・・・!そうか、わかった。放っておくと喧嘩になりそうだし仕方ないか」

 

アレンは荷物を全てまとめてからセリアの腕を掴んだ。それとは逆の手で

アーサーの腕を掴み、これで三人同時にルーラで飛ぶ態勢が整った。

 

「・・・ルーラ!行き先はローレシア大陸のサマルトリアだ!」

 

この呪文を実際に使うのは初めてだったが、どうやら成功しそうだ。

キメラの翼を放ったときと同じ感覚に包まれている。一瞬のうちに

サマルトリアに降り立っていることだろう。しかしアーサーの耳に、

 

 

「あら・・・そういうのは・・・残念だけどもう無理だわ」

 

「・・・!?」

 

 

不穏な囁きが入った。そして着地。その景色はというと、

 

「・・・・・・!!アーサー!てめえ失敗したな!?ここは・・・」

 

「いまと同じ・・・場所だ。どうなっているんだろう?」

 

ここはムーンペタ、それもさっきまでと全く同じ地点、宿屋の前だった。

セリアはくすりと笑うと、何が起きたのかわからない二人に対し解説を始めた。

 

「・・・魔力はわたしのほうが上だと言ったはず。昨日の夜あなたたちが

 寝静まった後にこっそりとルーラのための結界を張らせてもらったわ」

 

「昨日の夜!てっきり傷心のまま部屋に戻ったものとばかり・・・」

 

「・・・そのふりをして機会をうかがってやがったのか。なんて女だ。

 しかしおれたちについてきてハーゴンをその手で倒したいというのは

 本気みたいだな。そこはまあ評価できる・・・が・・・」

 

困った顔をする二人の王子と、彼らを手玉に取ったセリア王女。緑の芝生の上で

華麗な踊りを披露していた『グリーングラスの乙女』の本性に圧倒されていた。



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試験の巻 (王女セリア②)

アレンたちとの同行を迫るムーンブルクの王女セリア。アレンはいまだに

渋い顔のまま何も言わないが、アーサーのほうはとうとう折れたようだ。

 

「・・・仕方ない。そこまでやる気なら一緒に来てもらおうかな」

 

「話がわかる人でありがたいわ。これから共に力を合わせて・・・」

 

ちょっと待て、と抗議に入ろうとするアレンだったが、アーサーは

それを制した。彼の気持ちはわかっている。かといってセリアの思いも

無視できない。皆が納得のいく答えを見いだせる方法があった。

 

 

「・・・しかし王女。条件はある。まず初めに、これからぼくたちは『仲間』だ。

 だからもう敬語は使わない。まあ、アレンはとっくにやめていたようだけど」

 

「そんなこと?それなら構わないわ。私も求めた覚えはないし」

 

「ならよし。そしてもう一つ・・・こっちが大事だ。まだきみはぼくらの

 正式な仲間じゃない。まずは『試用期間』、お試しの時間を経てからだ」

 

「・・・・・・試用期間?何だそりゃ。おれは聞いたことがないな」

 

 

仲間ではあるが『お試し』とはどういうことなのか。アーサーは二人に対し

説明を始めた。

 

「ぼくの城では料理人、庭師、兵士まで・・・志願者たちにはみんな一定の

 さっき言った試用期間を設ける。その間にその人の能力や人間性を

 確認する。まあそんなに高い基準はないからたいてい正式に採用するけどね。

 稀に不合格だった場合もあるけど、そのときは働いていた日にちの分だけ

 賃金を支払って終わり、さ。簡単なテストなんだよ」

 

「・・・なるほど。難癖つけてわたしを連れていかないつもりかしら」

 

「違うよ。むしろきみのほうにぼくたちを試してもらうんだ。ぼくたちとなんか

 旅をしたくないと思ったら早めに言ってもらいたい。実際、労働者たちにも

 サマルトリアの城の雰囲気や仕事の環境を確認してもらう。それで自分には

 向かないと思ってこの期間のうちにやめちゃう人のほうがぼくたちのほうから

 雇わないと決めることより多いんだ」

 

共に数日、町の外で共に過ごしたり魔物たちとの戦いをしているうちに

セリアに今のやる気があるのか、アーサーが言いたいのはそこだった。

危険で苦しい戦いの日々、また男二人のところにひとり女性であるということ、

自分たちよりもセリアが『やっぱりやめる』と言い出す可能性が高いと

アーサーは暗に突き付けているのだ。それに乗っかるようにアレンも、

 

「そうだぜ、やめるなら今のうちだと思うぜ!なんせ一度町から出たら

 ムカデやコブラが汚い体液まき散らして襲ってきやがるんだからな――っ!

 臭い獣やゾンビまで出てくる!大人しくローレシアにいたほうがいいぜ!」

 

セリアは深く目を閉じた。いま彼らに言われていることは決して意地悪ではない。

しかし見下された、誇りを傷つけられたと、彼女にはそう感じた。

お前にはできっこない、と甘く見られていることに逆に炎が燃え上がった。

 

 

(・・・ふふ・・・栄華を誇るムーンブルクの王女であったわたしがいまや

 そのへんの労働者と同じ扱い、落ちるところまで落ちたものね。だけど・・・)

 

再び両の瞳を大きく開けると、そこには確かな闘志が宿っていた。

 

「いいわ!あなたたちの挑戦、受けて立つわ!アーサー、あなたの計算を

 打ち砕き、そっちの馬鹿男の鼻を折ってみせる!」

 

「・・・おい!馬鹿男っておれのことか!?またその棒でおれの鼻を・・・」

 

「そういう意味じゃないわ。だから馬鹿なのよ。それはいいとして・・・

 絶対にあなたたちを認めさせてわたしは夢を叶える!お父様や城の

 人たちの無念を晴らして・・・美しいグリーングラスを復活させるという!」

 

王女の気迫にアレンもすっかり何も言えなくなり、ひとまずの仲間入りを

認めざるをえなかった。一方、アーサーはすでに町を出るつもりのようだ。

 

「・・・どこへ行くの?」

 

「まずは町の北へ行こう。言ったとおり、魔物との戦いだ」

 

 

ムーンペタの南西などはアレンたちがマンドリルといわば『友好条約』を

結んだため、マンドリルはもちろん他の魔物たちも人間を襲うことは

ほとんどなくなり、魔物との戦いを経験するためには北側がよかった。

何があってもすぐに町に戻れるように、あまり長い距離は移動しなかった。

 

「緊張や恐れは全くないわ。早く憎き魔物たちを倒したいって気持ちが

 強すぎて抑えなくちゃいけないほどだわ」

 

「ほーん・・・。おっ、話をすればお待ちかねの魔物出現だぜ。

 お前さんにとっては記念すべき初の命をかけた戦闘ってわけだ」

 

キングコブラが一匹、なかなかの速さで地を這って向かってくる。

アレンたちにとってはもう敵でもない相手ではあるが、すぐには

動かずに、セリアがどう出るかを注視していた。あえて本来なら楽勝できる

戦いの舞台を選び、彼女のやり方を確かめる。

 

(さーて、こいつはどうするかな?場合によってはこれが最初で最後の

 戦いになるかもしれないがな・・・)

 

 

これはセリアの試験なのだ。彼女もそれはわかっている。

初めての戦い、目の前からは憎き魔物が敵意を抱いて迫ってきている。

 

「・・・・・・この場合なら・・・こうするのが正解じゃないのかしら?」

 

セリアは『何もしなかった』。いや、厳密にはその場に留まって防御の

構えをして身を守っている。攻撃を躱すため、もしくは深い傷にならないために。

 

「こんな魔物一匹、あなたならその鋼鉄の剣で一撃!わたしが手を出す必要なし!」

 

「・・・そーいう考えかよ・・・ま、その通りなんだけどな!」

 

アレンの一振りでキングコブラは真っ二つ。セリアの言葉の通りとなった。

 

 

「どうせあなたがすぐに片づけられる相手ならわたしは何もせずに

 万が一のために備えるのがベストでしょう?」

 

「・・・・・・ああ。もし感情に身を任せてナイフ片手に突っ込んでいったら

 おれからすればその時点で失格だったな。そんなやつ命がいくらあっても

 足りねえ。ひとまずはこれでいい」

 

ムーンブルクを滅ぼされた復讐に燃える彼女だったが、怒りのあまり我を忘れる

ほどではないようだ。これからずっとそうだとは限らないが。

 

「いくらその聖なるナイフを持っているからってお前さんの非力な攻撃じゃ

 役に立たない。大人しくそうしていればいいんだよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

セリアはただ機会を待った。自らの真の実力を見せつけるときを。

守られているだけではついていく意味がない。魔物たちを、ハーゴンを

倒すために自分が必要だと認めさせるそのとき、それは意外と早くやってきた。

 

「あれ・・・まずいねアレン、よろいムカデがあんなに群れで・・・」

 

「ちっ、ここは全力で戦うか。おれの攻撃とお前のギラで一匹ずつ

 潰していくしかない!」

 

今日は戦い自体に苦労はしないはずと思われていたが、大量のムカデと遭遇し

思わぬ展開になっていた。だが、戦闘は一瞬で終わることになる。

戦いに向けて構えるアレンとアーサーを押しのけてセリアが先頭に立った。

 

 

「・・・お、おい!何してる!?いまは試験だなんてやってる場合じゃあ・・・」

 

アレンの言葉には答えずに彼女は自分の手に魔力を集めていた。そして、

 

 

「・・・聖なる刃よ、邪悪なる魔物を斬り刻め・・・!」

 

セリアを中心として風が起こり、やがてそれは大きな竜巻のようなものとなる。

 

「くらえ――――っ!バギ―――――っ!!」

 

 

それは『バギ』という呪文だった。詠唱が終わると竜巻の刃がムカデたちを

一匹残らず襲い、切れ味鋭く斬り刻んでいった。激しい轟音と共に

風が吹き荒れ、しばらくしてから止むと、ムカデたちの無残な残骸があった。

 

 

「・・・・・・す、すごい!あんな威力の竜巻をあれほど広範囲に!」

 

「ふふ・・・わたしのバギのほうがあなたのギラより全てにおいて上!

 それだけじゃないわ。もう一つわたしの魔力の高さの証明をしてあげる。

 ちょっと手を出してみなさい。ほんの少しどこかで擦りむいたのかしら」

 

言われるがままにアーサーは右手を差し出す。確かに小さな傷があった。

セリアがまたも呪文を唱えようとしているので、アーサーはそれをホイミだと

思い込んでいたが、やはり彼女の比類なき素質を味わうことになった。

 

「・・・これは・・・!ホイミじゃない!もともとこんな傷はホイミすら

 使うほどじゃないけど、ホイミよりも傷が塞がるのが早い、それがわかる!

 癒しの力に満たされて力が満ちてくるようだ!何をしたんだ!?」

 

「今のは『ベホイミ』よ。どうかしらね、わかったかしら?わたしの力は」

 

 

アーサーは自分の主力として使っていた二つの魔法のいずれをも彼女に

軽々と超えていかれた衝撃を味わっていた。まさかこれほどまでとは。

戦力としてはもしかしたら自分より役に立つのではないかと思わされた。

 

 

「・・・ああ。文句なしだ。しかしきみが入ると困ったことになるな」

 

「あら、どうして?」

 

「ぼくの立場がなくなっちゃうよ。きみのかわりにムーンペタの町で一人

 犬になるしかなさそうだ。だから仲間になるのはやめてくれよ、うっ、うっ・・・」

 

 

わざとらしい泣き真似をしてから、なーんてね、と顔を上げて笑い始めた。

 

「あっはっはっは」 「うふふ・・・あははは!」

 

セリアもつられて共になって笑った。まさに上機嫌といった感じだ。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

ただ一人、アレンだけは輪に加わらず、顔つきも明るくなかった。

 

 

 

結局この日は最後まで大きな問題はなく、夕方には町に戻って宿に入った。

セリアもまた偉大な勇者たちの子孫として『本物』であることを明らかにした。

バギとベホイミ、その二つの呪文がアレンたちの戦闘を大きく変え、彼女自身も

大きな手応えをつかんで一日目を終了した。夜が更けてからアレンとアーサーは

自分たちの部屋で酒を飲み始めた。残念ながら今日は空きが少なく、二人は

一つの部屋に泊まっていた。

 

「ふ―――っ、お疲れ。で、さっそくだがあいつについてのお前の意見を聞きたい」

 

「うん、いいと思う。あの魔法の腕前は凄い。とっさの判断力もあるようだ。

 問題ないよ・・・・・・戦力としては」

 

「そうか・・・そう考えるか。戦力としては、か」

 

どこか含みのある言い方。アレンは早々に自分の本心を語り始めた。

 

 

「おれは・・・やっぱり反対だ。あいつをいっしょに連れていきたくない。

 今日は相手もザコばかりだったから何事も起きなかったがやがて敵の攻撃が

 激しくなれば絶対に傷つく。身体だけじゃない、心もだ!すでに深い傷を

 受けているあいつにこれ以上苦しんでほしくないんだよ。やっぱり女は

 おれたち男の帰りを待っていてくれたほうがいい」

 

「そんなこと言ったら怒るんじゃない?弱いもの扱いするな、女だからって

 見下げるなって。昔の勇者の仲間たちのことをまた引き合いに出されるよ」

 

「・・・世間の風潮や昔の前例は関係ない。あくまでおれがそうしたいだけだ。

 あいつの本性を知って薄らぎはしたがそれでも初恋の相手だったやつだ。

 おれたちの旅についてくる限り絶対に幸福にはなれないだろうから・・・

 どうにかしてやめさせたいんだ。ムーンブルクはもうないがまだやり直せる」

 

 

アレンはセリアをローレシアに残したいという気持ちに変わりはなかった。

しかし無理にそうしたところで彼女は納得しない。それならばと一人で

旅に出るかもしれない。そうなればアレンたちに同行する以上に危険で、

まず命を落とすだろう。彼女の意志で自らの手によるかたき討ちを諦めさせ、

アレンとアーサーに託すという考えに至らせなければならないのだ。

 

 

「そこでおれにいい考えがある。残酷だしあいつにとっておれは悪人に

 なるだろうが構わない。心底嫌われ恨まれたとしても・・・」

 

「どういうことだ?まさか彼女に手を出して言うことを聞かせるつもりか?」

 

「そんなわけあるか!女を殴ったり寝ているところを襲ったりなんて

 絶対にするもんかよ。明日のやり方のことを言っているんだ、おれは」

 

二人はそれから、セリアが自分で旅を断念するという決定を下せるように

するために話し合ったがその結論は、自分たちが特別なことをしなくても

そうなる、というものだった。明日の太陽が沈むころには決着しているだろう、と。

 

「・・・・・・じゃあ、そういうことで。そろそろ寝ようか」

 

「ああ。おれたちのほうが先にへたばったらアホだからな。また明日」

 

 

 

翌日、再び三人はムーンペタの町を出た。また町の北側に向かったが、

 

「昨日の戦いでお前さんの力はよくわかった。そこで・・・今日は遠出だ。

 ちょっと先の魔物相手にも通用するかじっくり見させてもらうぜ」

 

「わかったわ。わたしもハーゴンの城を目指すならもっと戦いの場数が

 必要だし、いろんな相手と戦えるのは歓迎よ」

 

アレンからすれば、そんなことが目的ではない。ただ遠出するだけだ。

アレンとアーサーが普段よりも少しだけ早く歩き、セリアが後ろからついていく。

魔物たちを警戒するという名目で時には走ったり、決して足を止めなかった。

動きを止めたら魔物に囲まれるからと、とにかく駆け足を続けた。

 

「囲まれたら囲まれたでいいじゃない。わたしのバギで蹴散らすだけよ」

 

「いや、だめだ。仲間を次々に呼ぶやつもいるし、いずれその呪文が効かない

 種類の魔物だって出てくる。そのとき機敏に動けないとあっさり死ぬよ?」

 

「・・・死ぬことが怖かったらあなたたちと共に行くだなんて言わないわ。

 でも目的を果たせずに無駄に命を散らすのは確かに嫌ね。ま、重い鎧や盾をあなたたちが

持っているぶんわたしのほうが早く動けるとは思うけど」

 

確かにセリアのほうが急な魔物の襲撃への反応が速く、素早かった。

しかしそれは短い時間、瞬間的な話だ。彼女はまだ気がついていなかったが、

アレンたちはいずれ彼女の足が鈍るだろうとすでにわかっていた。

 

 

時刻は昼過ぎ、ムーンペタを出てもう五、六時間は過ぎたころだった。

 

 

「・・・ふう・・・昨日よりも戦いが激しい気がするわ。どうかしら、

 このあたりで一休みというのは。景色もなかなかだしいいんじゃない?」

 

「さっき休憩したばかりだろ。それにこんな景色はここからしばらく

 見飽きるほど堪能できるぜ。時間が勿体ねえから先を急ぐぞ」

 

「だってさ」

 

「・・・・・・そう。わたしとしては前で戦ってくれているあなたたちを

 気遣っての提案だったのだけれど。なら行きましょう」

 

「・・・・・・」 「・・・・・・」

 

 

その会話があってから二十分もしないうちに、セリアは今度は果樹を見つけると

そちらに向かっていき、アレンたちを呼びつけた。

 

「お二人とも!この実は甘くてとてもおいしいのよ!こっちに来て!

 ちょうどいい日影があるからあなたたちも一度食べてごらんなさい!」

 

「・・・腹は減ってないんだが・・・まあいいか。行くよ」

 

強引に勧めてくる彼女の勢いに負けて二人はその木から赤い実をとる。

見た目は普通だ、と話し合っていると、張本人であるセリアが果実に

目もくれず草むらのほうへと一人歩き始めてしまった。

 

「・・・おい、どこへ行くんだよ。おれたちはこいつを食べたことがないんだぜ」

 

「それなら平気よ。食べられないところはないから。それよりもあなた、

 この状況で女性が一人でいなくなるときに理由を問い詰めたりしないでほしいわ」

 

「・・・ああ、用を足すのか。なるほど、この実はその口実ってわけか。

 別に遠慮しないではっきり言ってもらったほうがおれは・・・」

 

「・・・・・・呆れた。まあいいわ、ちょっと行ってくるから」

 

セリアはアレンたちの見えないやや遠いところに姿を消した。

 

 

「・・・あんなに警戒しなくたって覗いたりするかっての。

 とはいえいまは・・・そういう問題じゃないみたいだけどな」

 

「いよいよ限界のようだ。引導を渡すのは・・・そうか、きみがやるか」

 

 

彼女との旅もおそらくここまでだろうと二人は荷物の整理を始めていた。

セリアは隠しきれていると思っていたが、アレンたちには筒抜けだった。

その彼女は離れた草むらにいたが、最初から用を足してなどいなかった。

 

「・・・・・・っつ・・・・・・」

 

セリアの足は腫れていた。これまで経験したことがない足への酷使のせいか、

知らないうちに怪我をした部分が悪化したのか、魔物の毒か・・・。

痛みが増しているのでとうとう騙し騙し前をいく二人についていくのも

厳しくなり、気づかれないよう密かにベホイミを唱えたり毒消し草を

使用して回復を図ったがその痛みはすぐに癒えることはなかった。

 

「どうして・・・!腫れはおさまっていくのに・・・・・・」

 

 

 

「・・・そいつは薬草でしっかりと時間をかけなきゃ治らないぜ。

 呪文の力で表面だけ治しても何の解決にもならない。お前さんの足では

 おれたちについてこれない・・・その証明なんだからな」

 

「・・・・・・・・・!!」

 

アレンが後ろに立っていた。ついに証拠を見られてしまった。



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青春の巻 (王女セリア③)

 

こっそりと腫れた足の治療をしていたセリアの背後にいたアレンがゆっくりと

彼女の前に歩いてきた。彼女はしまった、と思いつつもすぐに落ち着いて、

 

「・・・何のことかしら?それよりあなた、わたしが用を足すって

 わかっていながらこんなところまで覗きにくるなんて、ローレシアの

 王子として恥ずかしいとは思わないの?まったくあなたは・・・」

 

「行ったっきりなかなか戻ってこないんだから様子を見にくるのは当たり前だろ。

 魔物か野盗に襲われたんじゃないかって心配するだろうが。おれたち男と

 旅をするんだったらこういうことも頭に留めてもらわないとな。

 でも今は違うだろ。話を逸らすなよ」

 

長い距離を歩き、ほとんど立ち止まらずに時には全力疾走、また時には

魔物との戦いもある。町のそばでほとんど動かずに魔物を狩っていた

昨日とは違い、セリアの足に深刻なダメージを与えていた。王女であった

彼女がこんなに歩き、足に負担をかけたことはこれまでなかったからだ。

 

 

「おれは回りくどいのは嫌いだから言うぜ。セリア、諦めろ。

 お前さんじゃこの先どれだけ歩くことになるかわからない旅に

 ついてくるのは無理だ。その足じゃ歩けないだろ。それだけ

 気力があろうが体力は限界だ。もう何もできないだろ」

 

「・・・今日は初めてだったから!これから慣れていくわ!靴だって

 もっと旅にふさわしいものを選ぶし明日からは・・・」

 

「魔物はそんな事情をわかってくれないだろ。おれたちだって

 そんなお前さんをかばいながら戦ったりするのはお断りなんだよ。

 ・・・・・・足だけじゃねえ、全身がだるくて辛いんだろ?」

 

セリアは何も答えずうつむきながら震えている。てっきり涙でも

流しているのだろうとアレンは横から覗きこんだが、そうではなかった。

身体は弱っているというのに目つきは鋭く、沸騰しそうな熱があった。

その憤怒はおそらく彼女に対しこんな仕打ちをした自分に対して

向けられているのだとアレンは心を痛めた。しかし彼女は、

 

 

「わたしのこの怒りは・・・ムーンブルク王家最後の一人として・・・

 この情けない、惨めな姿を晒しているふがいないわたし自身への怒り!」

 

「・・・お前・・・・・・」

 

「お父様たちに会わせる顔もない・・・非力なわたしそのものが・・・

 腹立たしくて許せないのよ―――――っ!」

 

 

激情に任せて立ち上がった。しかしはやる気持ちに身体がついて行かない。

 

「・・・うっ・・・!」

 

足の痛みから倒れかけた。その寸前でアレンが支え、そのまま彼女をおぶった。

 

「・・・このままさっきの場所まで戻るぞ。もうそれだけ歩くのも無理だろ?

 アーサーが荷物ごとルーラでムーンペタまで運んでくれる」

 

「・・・・・・・・・」

 

セリアは自分で歩ける、と抵抗しようと思えばできたかもしれないが、

なぜかその気にはならなかった。アレンの背中の感触に、かつて幼い日の

父と似たような心地よさを感じたからだ。だが、それに甘えることは

自分の旅がこれで終わりだと認める形にもなる。無念の気持ちは抑えきれず、

 

 

「・・・このわたしがこんなところで負けるわけにはいかないの・・・!

 みんなの仇を討って・・・苦しむ魂たちに安らぎを・・・!そして

 ムーンブルクの復活を・・・!わたしは・・・わたしは・・・・・・!」

 

 

このときアレンのほうもセリアに特別な感情を抱いていた。彼女の身体の

感触に、同年代の少女の柔らかさ、そしてか弱さを直に感じ取れた。

そこには思春期の男としての喜びだけではなく、別のものがあった。

 

 

(・・・こいつの身体・・・・・・おれは・・・・・・)

 

 

互いに会話らしい会話はないままアーサーのもとへ戻ってきた。

二人を見ると彼はすぐにルーラの呪文の準備を始めた。

 

「どうやら町に戻ることに異論はないようだね。ルーラ!」

 

 

ムーンペタの町、それも宿屋のそばまで一瞬で帰ってきた。

セリアをすぐに部屋で寝かせてからアレンたちは一階の酒場に下り、

重い空気のなか、彼女の今後について話すことになった。

 

(・・・・・・・・・)

 

二人は全く気がついていなかったが、疲れ果てて眠りについたと思われた

セリアがこっそりと柱の陰から二人の会話を聞こうとしていた。もし自分を

ローレシアやサマルトリアに置いていくという決断を下したなら二人の

荷物を燃やすと脅してやろうか、とも考えていたが、

 

(・・・いいえ、無駄ね。そんなことをしても。駄々をこねる

 聞き分けのない小さな子どもの真似事に過ぎないわ)

 

 

 

「・・・アレン、明日からはサマルトリアへの旅になるのは間違いないね?

 彼女を連れていってそこであとはぼくの父たちに任せる。きみの希望通り

 ローレシアに彼女がこれから暮らせていけるようにうまく誘導してみるよ」

 

サマル王はよくこの優秀な息子にいいように操られる。おそらく成功するだろう。

 

「今日の様子なら彼女も文句は言わないだろう。普段より速く歩いたり走ったり

 多少意地悪なところはあったけれど、これから先のことを考えたら・・・」

 

昨日の時点ではこうなるために二人で作戦を練り、それは果たされようとしている。

ところが、いまになってアレンの心は大きく動かされていた。アーサーの

言葉を手で遮ると、水を一気に飲み干してから決意に満ちた様子で語った。

 

 

 

「・・・いや、おれはあいつを連れていくことに決めた。ハーゴン討伐のための

 旅に・・・だ!おれはこの二日の試験、あいつを『合格』にする!」

 

「・・・!?そ、それは・・・?あんなにきみは反対していたのに」

 

「あいつを背負っているとき・・・そのとき考えが変わった。あいつを

 いっしょに連れていかなきゃならない、強く感じたんだ」

 

アレンの突然の心変わりにアーサーは注意深く耳を傾けた。女好きのアレンが

セリアを背負ったときに得た手触りとかが理由だなんて言うような空気ではなかった。

彼女のためを思い自ら嫌われ役になろうとまでした彼の結論の理由が知りたかった。

 

 

「・・・あいつの身体は・・・とっても細かった。まさに『女の子』のものだ。

 あんなに繊細で注意深く扱わなきゃいけない、か弱い身体だ。とてもこれからの

 終わりの見えない旅の仲間になんかできない。そう思った。思っていた!」

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

柱の向こうでセリアもアレンの言葉を聞いている。アレンの決断のわけを。

 

「だけど・・・だからこそ、あいつの心は強い!おれたち二人のどちらよりも!

 もしおれがあいつと同じ立場だったとしたらあれほどの勇敢な気持ちに

 なれただろうか。戦いの訓練も全然したことねえってのに、愛する人たちの

 魂の安らぎ、そしてムーンブルクの誇りを取り戻すために強い覚悟で

 自らを奮い立たせている・・・お前想像してみろ、自分だけが魔物に襲われた

 サマルトリアでただ一人生き残ったとしてあいつみたいになれるか」

 

「・・・・・・無理だね。絶望に沈んだまま気力を失っているだろう。

 剣の訓練を積んではいるけれど、自分の無力さに気落ちしたまま何も

 できないね。彼女のように立ち上がるなんてとてもとても・・・」

 

「だろ?弱いように見えて、実は一番強いんだ。これ以上ない戦力だ。

 それにあいつの幸せがどうとか悩んでいたが・・・いまはやりたいように

 やらせてやる、それが最高の幸せになると思ってな。もし途中で帰りたいとか

 どこかの男の妻になって平穏に暮らしたいって言ってもおれは構わない。

 そうなったときのために旅の途中、おれはあいつを全力で守る、そう決めた。

 小さな傷一つすらつけさせない!それなら問題はねえだろう」

 

 

(・・・・・・ア、アレン王子・・・・・・)

 

アレンの熱い言葉に胸を打たれていたのはセリアだった。足の痛みや屈辱にも

決して涙を流さなかった彼女だが、いま、気がつくと一筋の涙が頬を伝っていた。

アーサーもアレンの話に頷き、異論はないような顔をしていた。ところが、

このあと話は思わぬ方向へと流れていった。

 

 

「・・・わかった、いいだろう。明日からは三人旅だ。文句はない」

 

「そうこなくっちゃな。まああの女のことだ、いろいろ問題は出てくるさ。

 でもおれとお前だってそれを乗り越えてこうして今がある。きっと・・・」

 

「ああ、意見の相違はあるだろうね。だから中心となるリーダーを決めよう。

 そしてそれはアレン、きみ以外にはいない!」

 

三人となったことで、旅のリーダーが必要だとアーサーは言う。しかもすぐに

その座にアレンが就くようにと力強く指をさしてきた。自分を高く評価された

アレンは当然悪い気はしない。照れ隠しに声も大きくなった。

 

「・・・おれ以外にいない、か!わかっているじゃないか!じゃあ遠慮なく

 やらせてもらうぜ!だが安心しろ、独裁者になるつもりはねえ。

 お前たちの希望もちゃんと最大限考慮したうえでリーダーとして・・・」

 

「それは助かる。きみにとってもこれは予行練習だ。ちゃんとやってくれないと。

 将来ローレシアの王になったならばたった二人じゃない、もっと大勢のことを考えて

 その人たちの上に立たなくちゃいけないんだ。簡単じゃないぞ」

 

アレンの顔も再び引き締まった。仲間たちの命を預かるのだから責任は重大だ。

一国の王が間違った判断を下せば多くの国民が不幸になるように、アレンが

一つ失敗しただけで取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 

「だからアレン、きみがぼくたちの旅のリーダーとなることに

 条件をつけさせてほしい。成功するために必要なことだ」

 

「・・・条件?お前からおれを推薦しておいてそんなものを出すのか?」

 

「ああ。ここは譲れない。きみがリーダーとして正しい道を歩むために

 障害となりかねないもの、そのどれかをいまここで断ってほしい。

 『酒』、『女性』、そして『特殊な薬草』のいずれかを」

 

その三つともアレンには欠かせないものだった。しかしそれらが障害になる

可能性がある、とアーサーは言う。いずれも節度を守らないと大変なことになるのだ。

 

 

まずは酒、これはすでにアーサーが散々苦労させられている。アレンは酔うと

なかなか面倒くさい。普段から感情をむき出しにする彼だが、その比ではない。

怒りも憂いもすべて吐き出し、将来王となったときに思わぬ失言、または

酔った勢いで自分でも訳の分からないうちに過ちを犯す可能性が十分にあった。

 

次に女性。身を滅ぼしかねない一番の要因かもしれない。どんなに賢い王でも

その誘惑に屈し愚かな行動に導かれる。アレンを陥れようとする敵が

色仕掛けにきたとき、もともと女好きな彼は、日々常に強い意志を持って

いなければ簡単にその罠にかかるだろう。人一倍注意が必要だった。

 

最後に特殊な薬草。薬草には身体の傷を癒すものだけでも数多くの種類があり、

アレンたち冒険者は長い旅に出る前にしっかり学んでおかなければいけなかったが、

それとは別に、精神を興奮させる薬草もあった。嗜好品として用いられることも

多く、用量をわきまえないと健康を害するおそれがあった。アレンもこの薬草の

愛好者であり、年齢の割には量が多い、と自他共に認めるほどだ。

 

 

「・・・くそぉ~・・・。どいつもおれの人生を彩るのに欠かせないものばかり!

 だが確かにおれの破滅につながりそうだ・・・」

 

「もし嫌だというのならそれでもいいよ。でもリーダーの話は白紙、今のままだ。

 今のまま、ということはセリアを連れていくっていうのもなしだ」

 

(・・・ちょ、ちょっと!?余計なこと言ってるんじゃないわよ!せっかく

 決まりかけていたのにやっぱりやめたってことになったら・・・!)

 

セリアは突然の展開に動揺させられたが、アレンの答えは早かった。

 

 

「そうだなァ。薬草はやめらんねーな。頭が抜群に冴えるからな。あと女、

 あれはおれが付き合いたくなくてもどうせ向こうから勝手に寄って

 きちまうからな・・・。こればっかりは仕方ないだろ。酒をやめる」

 

「おっ・・・結構あっさりとしてるね。もっと葛藤するものだと思ったよ」

 

「そうしなきゃセリアを連れていけないっていうんじゃ仕方ないな。

 だったら旅の間はおれは一切飲まない。それでいいか?」

 

あっさりと酒を捨てた。それだけセリアのことを大事に思っている証拠だ。

 

 

(・・・ふん、なかなかいいところあるじゃない。見直したわ・・・)

 

アレンへの評価が上がっていた。しかしそれ以上に彼女を驚かせたのは、

 

「・・・・・・」

 

(あっ!アーサーのあの顔・・・!いろいろと言葉を並べてはいたけど

 最初からこれが狙いで・・・!)

 

酒をやめると聞いたアーサーはアレンには隠していたが、確かに笑っていた。

リーダーや将来王となったときがどうとか、セリアを連れていくいかないという

話も含めて、全てはアレンからこの誓いを勝ち取るためのものに過ぎなかったのだ。

アレンが女と薬草を、ましてセリアを捨てる選択がないことを知っていたのだ。

彼の悪癖を一つ排除して、自分が楽をするためのいわば誘導だった。

 

(・・・あれは要注意だわ。彼のペースに操られないようにしなきゃ。

 そう思うと単純馬鹿なぶんアレン王子のほうが簡単そうね・・・)

 

 

ならば今日を最後にしばしの別れだとアレンは名残惜しそうにぶどう酒を

口に含める。彼は根が真っすぐなのでセリアのようにアーサーの裏を

考えることはなかったが、そのぶん別の事柄を彼に迫った。

 

「・・・しかし不公平だな。いくらリーダーとはいえおれだけ我慢ってのは」

 

「・・・・・・と、いうと?」

 

「お前も何か断てよ。そうでないと平等じゃねえだろ?」

 

確かにね、とアーサーは頭を何回か指で叩いた後、こちらもすぐに答えを出した。

 

「わかった。ならばぼくはきみがやめられないと言った二つを避けよう。

 どんなに言い寄られても女性とは遊ばないし、あの薬草は吸わない」

 

「・・・む・・・そうか。ならわかった、互いに制約があったほうが

 ハーゴンをぶちのめした後の楽しみも数倍ってわけだ。それにしても

 明日の朝が楽しみだぜ。きっとあいつ泣いて喜ぶぜ。ローレシアに

 連れていかれるものと思っているだろうからな・・・」

 

 

(・・・・・・ぜんぶ聞いちゃってるわけだけどどうしようかしら。わざとらしく

 跳ね上がって喜んでみせたほうがいいのか、隠れて見ていたのを告白するのが

 いいのか・・・。まあいいわ、とりあえず明日の準備をしておきましょっと)

 

 

いよいよ新しい旅が始まる。偉大なる勇者の末裔が三人引き寄せられるように集い、

同じ志のもと世界の平和を取り戻すために果てしなき世界へ飛び立つ。

ここからがほんとうの長い旅の始まりだった。

 

 

 

 

 

とある神殿の最上階、何者かがひとり、水晶で何かを見ている。そこには

ムーンペタの宿屋で談笑している二人の少年、それを死角から眺めている

一人の少女が映っていた。それを確かめるとその者は数回頷いてから、

 

「・・・ふむ・・・予想通りこうなったか。彼らはやはり特別か」

 

彼らの奇跡を当然のことのように納得しながら見つめていたが、後ろから

現れた別の男はセリアの姿を見ると驚き、目の色を変えて近づいてきた。

 

「こ、これは・・・!?ムーンブルクの!元の姿で、しかも五体満足で

 あのように!まさかあなた様の呪いが解かれたと・・・!」

 

「きみにはそれ以外にどう見えるんだ?その通りだろうに」

 

平然としている水晶の主に対し、更に激しく迫るその男。どうやら立場は

下であるようで、言葉は敬語のままだったが、声は大きくなっていた。

 

 

「ですからあのとき私が命を奪っておくままに任せていただければよかったものを!

 あなた様はそれを制され、あの者を卑しむべき犬とされました。ですが今や

 それが仇となり勇者の子孫たちがあのように一つとなり・・・!あなた様は何を

 お考えなのですか!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「お教えください!偉大なる大神官、ハーゴン様っ!!」

 

 

ハーゴンと呼ばれたその者は何も答えない。言うならそれが答えだった。

全てを伝える必要はない。大人しく従っていればそれでよいのだと。

 

 

「・・・・・・わかり・・・ました。いつか明らかにされることを願っています。

 では私はこれで失礼いたします。出過ぎた真似を・・・お許しください」

 

「ん・・・別に何も気にしてはいないから謝る必要はないよ」

 

 

男が出ていってから、ハーゴンは再び一人となり、水晶のなかを見つめ続けていた。

 

 

「・・・ふふ・・・さすがはあの勇者ロトの末裔たち。二人なら厳しかったが

 三人揃えばここまで来ることもできるだろう。わたしのためにも

 それくらいしてもらわないと困るというもの・・・面白くなってきた」

 

 

その言葉の真意を知るのはハーゴン一人だけだった。その力あるしもべたちも

誰もハーゴンが真に目指しているものを理解していなかった。



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第二章 ロンリー・ナイトの巻 (三人での冒険)

 

「よし、出発だ!はじめに話した通りの隊列と戦術を崩すなよ?」

 

「了解。アレンが先頭で魔物たちを斬り刻んでいくやり方はそのままに

 ぼくらが後方支援だ。セリア、きみも熱くなる気持ちを抑えるんだ」

 

三人で新たなる旅立ち。アレンが一番前に立ち、皆の強固な盾、また剣となる。

アーサーとセリアにも呪文による攻撃手段があるが、魔力をむやみやたらに

放出していては長旅には耐えられない。基本的には後ろからアレンを支える。

 

「・・・わかっているわ。目的はあくまでハーゴン、わたしの城を滅ぼした

 悪魔。やつのもとにたどり着くまではくだらないことで足踏みできないものね。

 あなたたちの指示に従うわ」

 

 

(・・・やけに素直だな。お前何かあいつに言ったのか?)

 

(ぼくは何もしていないよ。今日の食べ物も変わったところはなかったはずだし・・・)

 

セリアがアレンたちの予想に反し大人しくしていたことには理由があった。

二人が話していた事柄をこっそりと聞き、彼らに対する認識を改めていたからだ。

 

 

 

『・・・アーサー、すまないが・・・ムーンブルクの調査の報告のために

 ローレシア、それにお前のサマルトリアに帰るのは先延ばしにしてほしい』

 

『ん・・・?それはどうして?まずいことでも思い出して帰りたくなくなったのかい?』

 

『そうじゃねえよ。ローレシアにサマルトリアはおれたちにとっての故郷だろ。

 だから戻ったら家族や友だち、知り合いが大勢出迎えてくれるのは確実だ。

 そのとき・・・帰れる家を失ったセリアにいらない悲しみと寂しさを与えることに

 なるかもしれない。しばらくは帰らずに先を目指したいんだ』

 

『・・・そういうことか。ならわかった。闘将でありながら優しいきみらしい』

 

『あともう一つ、歩く速度をこれまでよりも少し落とすぞ。いいな?』

 

 

 

同行するだけでも大きな譲歩なのに自分のことをこんなに気遣ってくれている。

アレンへの熱い思いと信頼感に満たされつつあったセリアだったのだが、

 

「・・・ところであいつの水浴びのときも誰か見張りがいるよなァ。

 魔物とか野盗に完全に無防備になっちゃうんだからな。そのときに仮に

 見えちゃったとしてもそれは仕方のないことだと思わねえか~っ?

 だってそうしなきゃ命が危ないんだからよォ~っ!」

 

「・・・・・・・・・よくも悪くも真っすぐだな、きみは」

 

 

(・・・やっぱり気のせいね。あの男はそのときの感情や欲望に

 流されているに過ぎない単細胞な生物だわ。わたしが何とかしないと)

 

あっさりと消し飛んだ。いざというときの舵取りは自分がやろうと考え始めた。

 

 

「まあ冗談は抜きにしていっしょに旅をする以上はある程度覚悟してもらわないと

 困るぜ。恥ずかしがってその結果殺されたなんてはめになったら馬鹿らしいぞ」

 

「そこは安心して。そんなものを気にする気は全くないわ。憎きハーゴンの邪教を

 滅ぼすためなら裸どころか骨がむき出しになろうが構わないもの」

 

そう言うとセリアは水場へと歩いて行き、自らの服に手をかけた。

これから水浴びをしようというつもりらしい。アレンは慌てて、

 

「お・・・おい!おれはああは言ったが何も自分から見せろだなんて・・・」

 

「ふん・・・わたしだってそんな趣味はないわ。こうすればいいだけの話よ!」

 

 

セリアは抑え気味にバギの呪文を唱えた。魔物たちに恨みを叩きこむときよりは

威力が弱いが、アレンたちの視界を完全に妨げるほどの風が生み出されていた。

 

「これなら魔物たちも、それにどこかの覗き男も近づけないでしょう?」

 

呪文による仕切りの先で得意気に語るセリア。それに対しアーサーは、

 

「確かにこれはいいね!それなら今度は浴槽に見立てた入れ物に水をためるといいよ。

 それからぼくのギラで温めたら温水に入ってのんびり疲れを落とせるからね――っ!」

 

「じゃあ今度はそうしようかしら!そのときはお願いするわね―――っ!」

 

アレンはその会話に両手を広げて不快感を露わにしながらその場に腰を落とした。

 

「ちっ・・・!魔法が使えないおれへの当てつけかよ。せっかくの呪文と魔力を

 くだらないことに使いやがって・・・。やっぱりセリア、あいつは

 とんでもない女だぜ。ほんのちょっぴり残っていたあいつへの恋心は

 もう完全にすっ飛んじまったよ。おれの理想像から完璧に外れた・・・。

 だから別に今日あいつがお前とばかり話していたからって落ち込んじゃいねえぞ」

 

「・・・まだ彼女の正式な加入の初日じゃないか。明日からは・・・」

 

「気にするなよ。せいぜいお前が話し相手になってやんな。あいつにしても

 おれよりもお前のほうがいいんだろうよ」

 

可憐な乙女、グリーングラスの上で踊る儚いセリアのイメージはもはやない。

まあこのほうが気楽でいいか、とアレンは自分に言い聞かせ再び立ち上がった。

変に意識する女性と旅をするくらいなら、どこか苦手で嫌な女であるほうが

遠慮なく接することができる。あくまで同じ偉大な先祖を持つ旅の仲間だ。

 

「・・・終わったわよ―――っ、あなたたちもやるならさっさとしなさい」

 

水浴びを終え、また衣服を身にしたセリアの姿はやはり美しかった。

アレンは首をぶんぶんと振りながら一心に邪念を捨てようと必死になった。

 

 

 

三人全員が汚れを落としたところでこの日はここでキャンプとすることにした。

前日にアレンが言ったように、セリアを案じて普段よりも歩いた距離は短かった。

二人は何も言わないが、セリアも彼らの配慮はわかっている。だから自分にも

できること、役に立てるところを探した。

 

「・・・まさかあなたたち、そのままそのお肉を食べるつもりじゃあ・・・」

 

「ああ?何か悪いか?ちゃんと焼いてんだから大丈夫だろ」

 

「ちょっと貸しなさい!食べやすいようにしてあげるから!」

 

ナイフを取り出すと、アレンたちの肉を綺麗に、食べやすい大きさにカット

して皿に乗せていく。それから鮮やかな色をした小さな果実を上においた。

 

「どう?同じお肉でもずいぶんおいしそうに見えるでしょう?」

 

「・・・確かに!食事の時間の楽しみが何倍にもなったよ、ありがとう!」

 

ちょっとした工夫で、ただ腹を満たすための食事が変わった。男二人だけでは

どうにもこういう発想には至らない。物足りないと思いつつもそのままだった。

 

「いつの間に皿なんて用意してやがったんだ。他の荷物の邪魔になったらどこかで

 捨ててもらうからな。それにそのナイフ、戦いのときのナイフじゃねえだろうな?」

 

「そんなはずないでしょう。何を口にしても平気そうなあなただけならそれでも

 構わないとしてわたしたちも食べるのだから、ちゃんと料理用のナイフよ」

 

「・・・・・・この女は・・・・・・。もう深く関わらんほうがいいかもな・・・」

 

アレンは素直になれずにいたが、内心はアーサーと同じだった。これから先も

セリアがいれば、食材と安全な水を欠かさない限り食べる時間が喜びを

もたらすものになると弾んだ気持ちになっていた。

 

 

「で、まだまだ遠いのか?その『風の塔』は」

 

「ええ。明日明後日では到着は厳しいでしょうね。でもあの塔には必ず

 行かなくてはならない!ムーンブルクの言い伝えがそう教えているわ」

 

風の塔と呼ばれる、ム-ンペタからもムーンブルクからも離れた地に

そびえ立つ塔。かつてはムーンブルクの兵が魔物や周辺諸国の侵攻を

見張るための物見の塔であったのだが、世が平和になるにつれて

利用されなくなり、もはや人は誰もいないとされている。

 

「もう魔物たちの住みかだろうね。それでも足を踏み入れる理由って・・・」

 

「あの塔に昔から眠る『風のマント』を手に入れるためよ。世界に危機が

 やってきたときそのマントが事態を切り開くと聞かされてきた。これから

 未知の土地へ旅をするのだから、必ずどこかで役に立つはずだわ」

 

 

風のマントと呼ばれる幻の宝を得ることが目的だ。これ以上先に進めないと

思ったとき、そのマントが道なきところに道をもたらすのだという。

どのような外見なのか、どんな奇跡を見せてくれるのか全ては謎に包まれている。

 

「風のマントとやらがどれほどのモンなのかは知らねえが・・・魔物どもの

 巣窟だっていうのならぶっつぶしてやるまでだ!」

 

「ええ。一匹残らずこの世から消し去ってやるわ」

 

魔物たちへの憎悪を露わにする二人は早くも風の塔の魔物根絶へのやる気に

満ちていたが、アーサーだけは違う。魔物であっても戦意がないと思ったら

戦闘を回避しようとする彼は、他の二人とは根本的に考え方が異なっている。

 

 

「あまり魔物を無駄に倒しすぎるのも考えものだよ。いらない恨みを買うからね。

 報復の連鎖ってやつだよ。セリアの気持ちはわかるけど、邪教の中核に

 狙いを定め、不必要な戦いは避けるべきだと思うよ」

 

当然いい反応が返ってくるはずがない。もともと三人で出発する前に長旅なのだから

不要な戦闘はしないと決めていたはずが、実際には過剰なほど敵を屠っていた。

アレンは魔物を絶対悪と考える義の心から、セリアは復讐と怒りから。

彼らとよい関係にある、いわば例外のマンドリルたちを除けば、どんな相手にも

容赦なく、完全なる勝利を目指して戦ってきたのだ。セリアからすればマンドリルとの

友好条約すら納得できるものではないが、彼らがムーンブルク城を襲った魔物では

ないこと、人に害のないことを説明しどうにか渋々の了承を得た。

 

「・・・あなたが効率派で無駄なことをしたくないっていうのはわかったわ。

 でもそんなことではいつか痛い目を見るでしょうね。そもそもその甘い考えで

 よくこの男と今まで大きな衝突もなく付き合ってこられたわね。わたしと同じ、

 魔物に対しては何の情も持たずに打ち倒すという信念を持つ彼と・・・」

 

「互いにちょっとずつ譲歩しているからさ。そうだろ、アレン?」

 

一時的に席を外していたアレンが戻ってきて、火を囲んで会話をしている

アーサーとセリアの間に勢いよく座り、話の輪に加わった。

 

「ああ。おれだって魔物どもを絶滅させてやりたい気持ちはある。でも

 きりがないからな。ほんとうはもっと徹底的に戦いたいが・・・」

 

普段は馬が合わないアレンとセリアだが、このことに関しては意見が一致する。

そんな彼らの血気盛んな思考を危惧したアーサーは、一呼吸入れてから、

 

 

「・・・さっきの話に戻ろう。報復は報復を生むと。それは誰にも逃れられない。

 あの百年前の勇者ブライアンでもそうだったのだから。アレフガルドの

 地を竜王の魔の手から救い出し、ぼくたちの国の開祖でもある勇者ですら」

 

「・・・・・・・・・?」

 

「ブライアン様・・・どうしていまその名前が出てくるんだ?確かにあのお方は

 早くに病気で亡くなったということだが・・・その病は戦いが原因だったのか?」

 

唐突に出された英雄の名に、意味をわかっていない二人はぽかんとするばかり。

それでもアーサーは続ける。偉大な勇者の隠された最期を。

 

 

「ブライアン様の三人の子どものうち・・・ぼくたちの国サマルトリアの礎を

 築いたトップガンという次男、実はその方だけは知っていたんだ。母親の

 ローラ様が病に倒れ息を引き取る寸前にこぼした言葉を聞き逃さなかったらしい。

 『ブライアンは病ではなく・・・復讐にやってきた竜王の娘に命を奪われた』と」

 

「・・・そんな話・・・聞いたことねえぞ。勇者伝にも書かれていない」

 

「だから人相手だろうが獣相手だろうが不必要な戦いはやめなさいと言ったそうだ。

 サマルトリアがあまり軍を強化しないのはそれが関係しているんだろうね。

 もっとも、ぼくは古い隠された資料を漁ってこの真実を知ることができただけで、

 父さんや国の要人たちは誰も知らないから、無意識のうちにそうなっているのさ」

 

 

そこまで聞いたところでセリアが立ち上がり、簡易式の天幕のもとへと去ろうとする。

彼らは三人となったことで、屋根付きの寝床を手に入れていた。誰かしらは外で

見張っていなければならないが、これまでよりも深い休息がとれる。

まだ話は終わっていなかったが、セリアはもう眠るつもりで焚き火を後にした。

 

「・・・どうしたんだ?眠くなっちまったのか?」

 

「いいえ、その話にこれ以上聞く価値を見いだせなかっただけ。とても真実とは

 思えないわ。アーサー、あなたみたいな賢い人間でもそんな程度の低い

 嘘の記録を信じてしまうのね。誰かがねつ造した作り話よ」

 

「・・・・・・まあそこの判断は人それぞれだ。大事なのは教訓だ」

 

「教訓?それならはっきりしたわ。不必要に魔物たちの恨みを買わないようにって

 あなたは言いたいのでしょうけどわたしの結論は違う。仮にその話が事実の

 歴史だったとしたら、ブライアン様の失敗はむしろ魔物を、竜王の娘とやらを

 生かしておいたことよ。早い段階でやつらを殺しつくしていればよかった。

 ブライアン様はむしろ生ぬるかったのよ。わたしは違う!徹底的な滅びを

 魔物たちに与える!報復なんてできないほどに世界から絶ってやる!」

 

セリアは興奮が収まると、でもわたしはそもそもその話を信じていない、とだけ

言い残してから天幕のなかへと入っていった。アレンも続くように腰を上げた。

 

「・・・あまりあいつを刺激しないほうがいいぜ。あと、このおれもな。

 敬愛しているブライアン様がそんな惨めな最期を遂げたなんて話は

 二度とするなよ。お前が何を信じるかは勝手だがな・・・」

 

今日はアーサーが夜通し見張りをすることになっていたのでアレンもまた

天幕へ姿を消す。残されたアーサーは一人、こっそり荷物のなかに仕込んでいた

酒を取り出し、静かに飲み始めた。禁酒を宣言したアレンのために、こうして

一人になったときを待ってから飲むことにしていた。

 

「・・・ふう。アレンには悪いけどやっぱりうまいな。一日の締めの一杯は」

 

二人に去っていかれたことで落胆しているかと思いきや、本人はむしろ満足気、

しかも一仕事やりきったように酒を楽しんでいた。三人でわいわいと

盛り上がっていた一日の最後、この一人の時間に寂しさを感じてはいなかった。

 

 

(・・・勇者ブライアンの晩年の悲劇は事実のはずだ。でも突然言われたって

 信じられないのは仕方ないよね。それよりも、これであの二人の距離が

 もっと縮まった・・・そっちに意義がある)

 

 

アレンは気にしていない、これでいいと言ってはいたものの、セリアがこの日

アーサーの近くにいることが多かったのを引きずっていたように見えた。

これまでの己の言動が原因とはいえ、アレンはどこか拗ねていた。

 

(これで明日からはアレンのほうにも近づくようになるだろう。偉大な先祖様を

 ダシに使っちゃったのは反省だけど、どうせ誰にもわかりはしないしいいか。

 あの二人が親密になってくれればぼくの計画もやりやすくなる・・・)

 

アーサーの計画、この旅に乗じてサマルトリアを飛び出して未知の土地を

渡り歩く気楽な旅人になることだった。この世界にまだ先人たちが目指した

楽園は残っているのか自分の目で確かめてみたかった。平和や復讐のために

この世を蝕む邪教を滅ぼすことが最終目標ではないところも、他の二人と

大きく異なっている。責任感や使命感に欠けていることは彼自身も認めている。

 

(・・・ふふふ、歴史に残る勇者とその仲間たちはぼくのことをどう思って

 いるのやら。世界の危機を利用しようとしている不届き者とでも怒っているかな)

 

 

酒を飲み終えて立ち上がると、彼は夜の見張りをする準備に入り、武器である

鉄の槍を持った。何回か軽く振って手に慣らしてから、ゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

翌日の早朝にアレンとセリアは天幕から出てきた。欠伸をしたり背伸びをしたり、

どうやらゆっくり休むことができたようだ。

 

「お前のおかげで野宿なのにこんなにも熟睡できたぜ。今日の夜はおれがやるからな」

 

「よく眠れたようで何よりだよ。軽く朝食をとったら出発かな?」

 

「そうね、じゃあわたしがそのパンをうまく使って何かつくるわ」

 

誰も昨日の夜のことには触れない。気まずいからではなく、もう気にしていないから。

あの程度で翌日まで引きずるようではこれからが思いやられるだけだからだ。

勇者の末裔三人の旅は、全く理想通りにはいかなくても、上々のスタートを切った。



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燃える思いの巻 (風の塔)

 

「ようやく到着・・・っと。こいつが風の塔か。確かに・・・」

 

「魔物たちの巣になっているわね。狙いは風のマント、そしてやつらの殲滅よ!」

 

ムーンペタを出てから数日、三人は風の塔と呼ばれる塔の前に立っている。

かつてはムーンブルク城のものであったこの塔も使われなくなって久しい。

すっかり魔物たちが住み着き、外の森や山岳地帯以上にその気配に満ちていた。

 

「・・・で、その風のマントはやっぱり頂上までいかないとだめなのかな?」

 

アーサーは八階建てのこの塔を見上げながらセリアに尋ねる。このようなとき

お宝は一番深くに眠っているというのが昔からのよくある話だからだ。

しかしセリアは首を横に振る。今回はどうやら違うようだ。

 

「いいえ、最上階は見張りのために使われていたから大勢の人が出入りしていた。

 だからそんなところに重要な品物を置くはずがない、そう聞いているわ。

 でもどこにあるのか・・・そこまでは伝えられていないけど」

 

「ちぇっ、そこが一番大事だろうが!地道に探さねえと・・・」

 

 

長い道のりを歩き風の塔までやってきたはいいが、まだ終わりは遠そうだ。目的の品を

手にするために果たしてどれほど時間がかかり、体力を使い、魔物たちと

戦いを重ねたらよいのか・・・。塔に入る前にリーダーであるアレンが二人に言う。

 

「いいか、長期戦は確実だ。魔物どもは見逃してなんかやるつもりはないが

 力は温存して戦えよ。特にお前たちの魔力は調子に乗ってガンガン使うと

 すぐに尽きちまう。だから注意しないといけないぜ、特にお前!」

 

「・・・・・・わたし?」

 

「お前しかいねえだろ。お前は魔力がなくなっちまったら何もできねえ。

 しかも魔物の姿を見ると熱くなるんだからな。しっかりやれよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

セリアはアレンを一瞬だけ睨むような目つきだったが、すぐに視線を外し

何事もなかったかのように前を向いた。

 

(・・・おい、大丈夫か、あいつ?)

 

(さあ・・・大人しく引き下がったのが逆に何かありそうで)

 

(そうだな。でも安心しろ。おれがどうにかするさ)

 

目の前で魔物たちに自分の全てを奪われたセリアは、恐怖や悲嘆ではなく

憤怒と憎悪という感情に満たされていた。これまでの戦闘中にも、

冷静さを保ちながらも時々それらを抑えきれないのが明らかだった。

すでに動かない魔物相手に執拗なまでのとどめを刺したり、アレン以上に

魔物の群れの殲滅にこだわり、逃げ惑う魔物をもバギの餌食としていた。

 

(そうか。きみがそう言うなら安心だ。彼女のことは任せたよ)

 

(ああ。あんなのでも目の前で死なれたら気分悪いからな。魔力がなくなって

 役に立たないお荷物になられるのも困る、ただそれだけが理由だがな・・・)

 

 

セリアの暴走を懸念しながらも風の塔に足を踏み入れた。初めこそ不気味すぎるほど

静かだったが、やがて部外者の侵入をよしとしないこの塔の住人がアレンたちを

排除するために集う。その気配は三人も察していたので、ここで足を止めた。

 

「・・・隠れていても殺気でバレバレだぜ。そろそろだな。準備はいいか?」

 

「うん。なかなかの数だと思うけど、あれくらいなら問題はないだろうね。

 ただ、一階からこれだけのお出迎えとなると骨が折れそうだねぇ」

 

二人はそれぞれ武器を構える。痺れを切らして襲いかかってくる魔物たちを

迎え撃つのが狙いだ。ムカデやねずみだけならそこまで慎重策を

とらなくてもいいのかもしれないが、頭のいい魔術師が魔物たちを指揮し、

隊列を組んでいたり思ってもみない場所に伏兵を仕込んでいるかもしれない。

飛び込みたくなるのを我慢して獣たちが本能に屈して姿を現すのを待った。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

アレンたちは当然動かないが、魔物側も出てこない。やはりどこかに罠があるのか。

この根比べは予想よりも長引きそうだと思われたとき、一番初めに動いたのは・・・。

 

 

「・・・ふん、くだらないわ。揃いも揃ってばかみたいににらみ合いとはね」

 

「セリア!前に出たらだめだ!きみならわかるだろう、いまはじっと・・・」

 

「このままいつまでも立っているつもり?こんなの・・・こうすればいいのよっ!」

 

 

セリアは魔力を解き放ち、バギの呪文を唱えた。それも一度ではなく、

あらゆる方向に向かって幾度も、しかも普段以上の威力での乱れ打ちだ。

柱や壁に隠れている敵たちをも飲み込み、断末魔や悲鳴がこだまする。

 

「ギャアアアア――――――ッ!!」

 

「くそっ!!まさか・・・!魔物ども、こうなったら一斉に・・・ギャオ!」

 

魔物たちを統制していた魔術師すらそれに飲み込まれた。無数の叫び声、

バギの呪文がもたらす嵐の轟音が異常事態を知らせ、別のフロア、また二階からも

魔物たちが次々と現れた。静かなる我慢比べの空気は急変し、大きな戦いの始まりだ。

 

「てめえくそ女――――ッ!いま大人しくしてろっていうのに加え・・・

 初めは温存しろという約束まで破りやがったな!何考えてんだ!?」

 

アレンの怒鳴りつけにもセリアは飄々としている。悪いことをしたなどとは

全く思っていない素振りだ。むしろ笑みを浮かべながらアレンに返答する。

 

「あら、あなたも心の内ではこれを望んでいたのではないかしら?

 勢いと馬鹿力だけが取り柄なのに黙って棒立ちだなんていやだったでしょう?」

 

「ちょっとセリア!こんなときにあまり刺激するような言葉を・・・!」

 

アーサーが慌てて二人の仲裁に入ろうとする。しかし、それは必要なかった。

彼はてっきりアレンがセリアの痛烈な発言に怒りを増し加えているものとばかり

思っていたが、アレンの反応はそれとは全く違っていたからだ。

 

 

「・・・・・・くそ女・・・てめえの口の悪さはともかく、確かに言う通りだ!

 目が覚めたぜ、一応感謝しておく!危うくおれらしくないやり方をするところだった!

 闘将ボーイであるおれの武器は・・・確かにこの燃える思いと勢いだ―――っ!!」

 

塔に入る前は、セリアが前のめりになったら自分が止めると言っていたのに、なんと

いっしょになって突撃していったではないか。共になって敵対する魔物たちを

まさに粉砕していく。まだ一階だというのに惜しげもなく全力を出す。

彼もまた熱くなる人間だった。冷静に場を収めるなど最初から無理だった。

アーサーは二人に出遅れながらも、こうなることは目に見えていた。

 

「・・・やっぱりね。作戦も何もない・・・か。ぼくもやるしかなくなった。

 でもこれじゃ風のマントの眠るところまで辿り着くなんて・・・」

 

戦闘は激しさを増していた。上の階から際限なく魔物の援軍が現れる。

だが戦いの主導権は渡さない。姿が見えるとすぐにセリアが聖なる刃で

邪悪な獣たちを切り裂き、それを逃れてもアレンが剣で一刀両断する。

その激闘に真っ先に限界を迎えたのはアレンたちでも魔物たちでもなかった。

それに最初に気がついたのは、誰よりも冷静なアーサーだったことが

アレンたちにとってとても幸運だった。

 

 

「・・・・・・!!これは・・・!?二人とも!大変だ!」

 

「どうしたアーサ―――っ!?ピンチなのか!いま助けに行くぞオォ――――!」

 

「いや、違う!危ないのはぼくじゃない!この塔そのものだ!」

 

セリアのバギが主な原因だったが、すでに古くなっていたこの塔の柱や外壁は

塔が建てられて以来起きたことのなかった大きな戦いに耐えられなかった。

ところどころ崩れ始め、もう間もなく完全に崩壊する。三人は魔物との

戦いを打ち切り脱出を図ったが出口には遠い。

 

「・・・くそっ、やっぱり後先考えずに熱くなったのはまずかったか!」

 

「・・・・・・!!」

 

魔物たちとの共倒れを覚悟せざるをえなかったが、アーサーは二人を手早く

自分のそばに寄せると、やはり急いで呪文を唱え始めた。

 

「だめよ!ルーラじゃ!ここは天井が・・・」

 

緊急避難といえばルーラの呪文だが、この塔では無力。とはいえアーサーが

詠唱していたのはその魔法ではない。彼自身初めて使う新しいもので、

 

「今すぐここから出るよ!ちゃんとつかまっているんだ!リレミト!」

 

洞窟や塔から一瞬で外に戻る呪文『リレミト』。すでに塔は崩れ上の階から

足場が落下してきている。ルーラのときのように身体が移されている感覚は

あるが、果たして間に合うのか――。だがいまはアーサーに頼るしかない。

 

そして目の前が白くなる。次に目が開けたとき、そこはどこなのか。

 

 

 

「・・・・・・ぐ・・・ここは・・・・・・アーサー!セリア!」

 

アレンが目を覚ましたが、仲間の姿が見えない。彼は再び声を大にして、

 

「アーサァ―――ッ!!セリア――――ッ!!返事をしろ――――!!」

 

すると、横になっていた彼の頭上から探し求めていた者たちの声が聞こえた。

 

 

「・・・ぼくたちは最初からここにいるよ。気がついていなかったのか?」

 

「仕方ないわよ。まだ寝ぼけているのだもの、この男は」

 

すでに二人とも立ち上がっていて、ようやく意識を取り戻したアレンを見下ろしていた。

いつまでお昼寝気分なんだ、そんな冷ややかな視線にも思え、アレンは気まずそうに

服についた土の汚れなどを落とすと、自らも身体を起こした。それから改めて

辺りを見ると、風の塔は無残にも瓦礫の山となっていた。

 

「・・・これは酷いな。どうやっても修復とかは無理だな」

 

「よく助かったよ。これに懲りたらもうあんな真似はやめてほしいね。

 言ったそばからあれじゃあ命が何個あれば足りるのやら・・・」

 

三人はどうにか助かった。間一髪で巻き込まれずに済んだが、他二人の

暴走行為のせいで自らも危うかったアーサーは珍しく責めるような口調だった。

 

「これで風のマントなんかもう・・・待てよ、逆にこれは・・・!」

 

しかしアーサーはすぐに瓦礫に向かって走り出す。少しだけ探しただけで

すぐにいくつかの宝箱が見つかった。それらを集めて持ってきて、

二人のいるところで一つずつ開けた。空っぽのものもあったが、

三つ目の宝箱のなかに、その宝はしっかりと守られていた。

 

 

「・・・・・・こんなことってあるのか・・・」

 

アーサーは風のマントを手にしていた。塔が崩壊したおかげで探索の手間が

省け、瓦礫を漁るだけでそれを得てしまったのだ。それを見たアレンとセリアは

先程までとは一転して誇らしげな顔をしていた。

 

「どうだ、これがおれたちの『近道』だよ。おれたちは若いんだ、力に

 満ち溢れている。やっぱり慎重とか万全なんて言葉は似合わないわな」

 

「ええ。それにこんな場所に時間をかけてはいられないもの。常に全力、

 前向きな気持ちが生んだ結果でしょうね」

 

もう好きに言ってくれとアーサーは風のマントを放るようにしてアレンに渡した。

あんな無謀な行動が何回もいい結果をもたらすはずがない。これで味を占めて

この先二人はずっと無茶を通しはしないかとアーサーは頭を抱えたが、

 

 

(・・・いや、普通の人間なら論外であっても、選ばれし勇者の血が流れる、

 それも特別に精霊ルビスさまの加護を受けた者であれば・・・か?

 時には勇気を出して危険な橋を渡らないと世界の平和なんて勝ち取れない。

 そのとき普通を超えた聖なる力で後押し・・・されるというのかな?)

 

アレンがラーの鏡を手に入れるときに彼を導いた眩しい光、これも人のものではない

力が働いたのだとアーサーは考える。そのときも常識的に考えたら愚かで

身投げにも等しい行動が正解だったのだ。

 

「・・・でも何回もうまくいくはずはない。いずれは・・・・・・」

 

 

三人は一息入れてからルーラの呪文でムーンペタに戻ることにした。

目の前には風の塔と呼ばれていた建造物の成れの果て。

 

「・・・よかったのか?魔物の手からこの塔を取り戻したかったんじゃ・・・」

 

「構わないわ。どうせしばらく使われていなかったのだから。この塔だって

 魔物どもの道連れとして役目を全うできたことをわたしたちに感謝しているわ」

 

セリアは自分の国の伝統ある塔の歴史を自らの手で終わらせたことに全く

罪悪感も後悔も抱いていない。それよりも魔物たちを数多く倒せたことに

心から満足している様子だった。彼女を見ながらアレンは小声でアーサーと話す。

 

 

(おっかねー女だぜ。おれ以上に強引で乱暴だ・・・)

 

(でもきみとの相性はいいようだけどね。ぼく以上に)

 

(馬鹿言うな。おれが女に求めるのは守ってやりたいっていう気持ちに

 させてくれることなのに、あれじゃあ近寄るのも危険じゃねえか。

 あいつを将来嫁に貰うやつが心底気の毒だ。よっぽどの物好きか

 見た目に騙されたかしねえとそんなやつは出てこないとは思うが・・・)

 

アレンは突然慌てて話すのをやめた。セリアが近づいてくるのが見えたからだ。

そんな彼に、アーサーはくすりと小さく笑いながら一言だけ、

 

「・・・でも、きみは彼女を守ってあげていたじゃないか。それも、あんな

 乱戦のなか、完璧に。きみのことだから黙っているつもりだったのだろうけど

 後ろにいたぼくにはぜんぶわかっている。彼女には言わないでおくよ」

 

ホイミの呪文を唱えてからアーサーはアレンのもとを離れ、自分の荷物を

まとめに向かった。アレンが二人、特にセリアには見えないように隠していた

傷が回復した。

 

「・・・・・・お見通しってわけかよ。おれのやってることもほんとうの気持ちも」

 

「あら、二人で何を話していたの?もしかしてお邪魔したかしら。

 もしかしてわたしに聞かれたくない話でも?」

 

「・・・さあな。大したことじゃない。帰るぜ、こんなところにもう用はねえだろ」

 

 

一方的にこの場を切り上げ、アーサーのルーラでムーンペタに戻った。

さすがに今日は三人とも宿屋で熟睡した。風の塔までの道のりは長く、

魔物との戦いも激しかったからだ。とはいえ、次の日からはもっと過酷な

冒険が待ち構えていることを彼らも知っている。今回の旅程度で弱音を

吐いてはいられなかった。



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空を飛ぶ鳥のように野を駈ける風のようにの巻 (砂漠)

 

「いよいよおれたちの誰も知らない・・・未知の大陸と人の住む地へ行くぜ」

 

「何が待ち受けているかがわからないっていうのが不安だし楽しみでもあるわね」

 

彼らの目指す邪教の中心地はアレンたちの知るところにはなく、新しい地を

あてもなく目指すしかなかった。その道中で有力な情報が得られるかもしれない。

 

 

「生まれたときからずっとムーンブルクにいたわたしでさえも西には行ったことは

 ないわ。兵士たちも少ない人数では決して向かわなかったほどなのよ。

 でも先へ進むためにはムーンブルクの西、それは避けられない・・・」

 

「ハッ・・・お前らしくもねえな。そんな不安そうな顔をするなんて。おれたちは

 勇者ロトの子孫、この難儀な時代に選ばれた三人なんだぜ?」

 

勇者ロトの時代から長い時が過ぎ、その血は薄まり力は弱まっているという

考え方もできる。現に、竜王を倒したラダトームのブライアンですら、自分は

ロトに比べて全てで劣っていると悩み続けていた。アレンたちも同じ思いがあった。

三人はそのブライアンにも及ばない。呪文が一切使えないアレン、非力なセリア、

腕力も魔力も凡庸なアーサー。三人とも口にしないだけだった。

 

 

「そう、一人だけでも特別な存在が三人もいるんだ。おれたちは三人で一つ、

 そんなケチなことは言わねえ。うまくいけば三倍だ!勇者ロトの三倍強く

 なれるんだ!だからここからは弱音なんか一切なし、これはリーダーとしての命令だ!」

 

「・・・言われなくても。少なくともこのわたしの闘志は何があろうと萎えないわ!」

 

 

強い決意表明をした二人。次の瞬間、二人の腕のロトの子孫のしるしであるアザが

光輝いた。アレンからは青、セリアからは赤の輝きが力強さと共に。

 

「・・・・・・この光・・・!ルビス様もおれたちを祝福してくれているぜ」

 

「ええ。わたしたちの歩みを止められるものは何もないわ」

 

 

何よりも心強い後押しによって二人がますます熱意に満たされていたところに

アーサーが水を調達し終えて戻ってきた。これで出発の準備は整った。

 

「・・・遅かったな。じゃあ気持ちが高まっているうちに出ようぜ」

 

「ごめんごめん。これまで以上に一息入れられない長い旅になるから

 準備は念入りに、と思ってね」

 

「食い物も水も最悪途中でどうにかなるだろ。あとはルートだが・・・

 セリア、お前、寄って行きたいか?ムーンブルクに」

 

アレンとアーサーはいまのムーンブルクについて何もセリアに教えていない。

彼女の父を含め多くの打ち殺された魂がさまよい続け、魔物の住みかとなった

悪臭のする廃墟。とはいえ彼女の故郷だ。最短の通り道を少しだけ逸れたら

行ける場所にあるので、あとは彼女がどう決断するかだった。

 

 

「・・・どんな様子になっているかは知らないけれど今は行かないわ。どうせ

 生き残りはいないのはわかっているんだから。それよりも一刻も早く

 邪教をこの世から消し去りましょう。その後に戻って復興を始めるわ」

 

「・・・・・・そうか、なら立ち寄る必要はねえな。お前の言うように

 仇であるハーゴンを倒すこと、それが何よりの孝行であり供養だろうよ」

 

そのためにも行く手を阻む魔物たちを撃退し続ける、果てのない戦いへの

意気込みはじゅうぶん過ぎるほどだったが、今回の冒険で一番の試練は

戦闘ではなかった。それとは別に彼らの命を脅かす大きな壁があった。

 

 

 

「・・・こ、このままじゃ・・・三人とも死んじまいかねねぇ・・・」

 

「そうね・・・誰にも知られずこの砂のなかに埋葬されるのね・・・」

 

辺りどこを見回しても全く同じ景色の広大な砂漠。ほんとうに前に進んでいるのかも

わからないのが、精神を蝕む。もちろんこの暑さは身体に甚大な悪影響を与え、

通常であれば人々に命を運ぶ太陽がここでは容赦なく殺人者として猛威を振るう。

アレンとセリアも初めこそ後ろ向きな言葉を吐かなかったが、数日間も砂漠を

さまよい続け、とうとう極限状態に追い詰められていた。

 

(・・・いよいよ危なくなったらルーラか。死んでしまうよりはましだ。

 しかし帰ったらここまでのすべてが無駄になって冒険は失敗だ。この失敗という

 結果はぼくらに重くのしかかって、再挑戦をしり込みさせることだろう)

 

まだ水はほんの少し残っている。砂漠地帯を抜け出すのが先か、水が尽きるのが

先か・・・。しかし慎重派のアーサーも、まだルーラによる『逃げ』の手を

実行するのはもちろん、提案もしていない。弱気の発言が漏れてはいても、

誰も『帰ろう』、『やめよう』、『しょせん無理だった』とは言っていないからだ。

ここで逃げ帰ったらハーゴンのもとには永久にたどり着けはしないとわかっていた。

 

すると、ここでもアレンたちが見えない何かに祝福されているのを味わうことになる。

 

「・・・お、おお!あれは・・・!」

 

「水、水よ!幻なんかじゃない。久々の木々と水場!生命の恵みがあるわ!」

 

砂漠のオアシス。もう限界かと思われたときにこれ以上ないタイミングで現れた。

幻でも罠でもなく、その安らぎの場から癒しを受け、憩いの時間を過ごした。

 

 

「危なかったぜ。安全な水もたっぷり確保できたし、これでしばらくは平気だな」

 

「でももうちょっと休んでいきましょう。ここなら疲れもしっかりと取れる。

 魔物たちの姿はないし、昼なのに涼しいし・・・いいところを見つけたわ。

 ここから動きたくなくなる前には出ていかなくちゃいけないでしょうけどね」

 

砂漠でも魔物たちがいるにはいる。植物の魔物『マンイーター』や砂漠で

命を落としたと思われる遺体が魔族により再利用された『ミイラ男』たちなど

新しい種類の魔物にも遭遇したが、砂漠そのものの猛威には及ばなかった。

 

落ち着いた休息の時間。ここで並んで座る三人の中央にいたアーサーが話を始めた。

 

「砂漠といえば・・・唐突だけれどいま思い出したことがある。勇者ロトの伝説だ。

 彼の夢のなかに精霊ルビスが幻を与えた話を覚えているかい?」

 

「ああ、あれか。広い砂漠を歩いていたら二人の男がいたって話だな」

 

その二人は兄弟だった。負傷した兄は弟に水を託し弟だけでも町へ向かうように言う。

水は一人分ほどしかなく、兄を背負って町へ行こうとすると共倒れになりかねない。

兄のために水を残し命がけで助けを求めに行く手もある。弟は決断しかねていた。

そこでロトに意見を求めてきたが、彼はそれを払いのけるように、

 

『やかましい!てめえらの問題だろうが!逃げずにてめえで考えろ!』

 

そのまま彼らを置いて去ってしまった。しかし自分の水を半分彼らのために置いていった。

 

 

「口は悪いけれど根は熱くて優しいところがあるって証明だね」

 

「・・・そんな男を知っているような・・・いや、気のせいかしらね」

 

「で、その話が何なんだ?いまにどう関係がある?」

 

アレンはアーサーが意味のない話をする男ではないことを知っている。

砂漠繋がりというだけでこんな話題を持ち出してきたわけではないだろう。

 

「・・・優柔不断はだめだってことだよ。その幻に出てきた青年は結局決断を

 下せずに兄弟二人とも死んでしまったという終わり方だった。ぼくたちにも

 何が起きるかわからないのだから、いざという時に素早い判断をするべきだ」

 

体力も魔力も尽き、キメラの翼もないというときに水もほとんど残っていない。

そうなったときにどう行動すべきかを考えておく必要があるということだ。

 

 

「そうだなァ。おれはお前たち二人くらいなら支えていけるだろうな」

 

「ぼくは一人が限界かな。だから変に動かないかもしれないね」

 

「わたしはあなたたちを連れていける力はないわ。悪いけど一人で行くしかない」

 

まだ砂漠はどれほど続いているかわからない。これから先、緊急事態のときに

優柔不断は一番いけない。今後のためにそれぞれのすべき行動をはっきり

しておかなければということだったのだが、この後砂漠のオアシスを

出てから数時間歩いたところで・・・。

 

 

「・・・おお、見ろ!砂漠が・・・終わった!」

 

先頭を歩いていたアレンが大きく飛び跳ねるように喜びを全身で表す。セリアも

両手を広げて彼の後を追っていった。うんざりするほど続いていた死の砂漠地帯は

水場で手に入れた大量の水を残し終わりを告げた。もちろん水はこの先も決して

無駄にはならない。普段は微妙な仲であるアレンとセリアが意識せずに手を

とって喜び、思わず抱き合いそうになったところで我に返って距離をとる、

そのやりとりを後ろから眺めていたアーサーは、またしても昔の言葉を思い出した。

 

(・・・『真の勇者たちを待つ試練は多い。しかし彼らは精霊ルビスに

 愛されているゆえに、その試練の時は短くされる』・・・だったかな。

 だったら試練自体をなくしてほしい・・・とか言ったら罰当たりかな・・・)

 

 

「こういうときを狙って抱きつこうとしてくるなんてやっぱりあなたは汚い獣ね!」

 

「何言ってやがる!お前こそ犬のときのクセが抜けてないんじゃねえのか!?」

 

二人が大声で口論を始めていたが、アーサーはそれを止めるでもなくただ

黙ってしばらく様子を見ていた。自分が介入しないと終わらないと思い

ようやく間に入り、その場を収めて先へ進んだ。

 

砂漠を抜けてからまた幾日かは野宿生活が続いたが、砂漠に比べたらどうという

ことはなく、やがてムーンブルク大陸の果てに到達した。『ドラゴンの角』と呼ばれる

塔であり、魔物の手から逃れるため吊り橋をかけて南北の塔を結んでいたが、

それすらも数年前魔物によって破壊され、人の行き来はなくなってしまった。

 

 

「そのせいで商売ができなくなった商人や家族に会えなくなった人もいるという

 話は聞いていたわ。あれが唯一の移動手段だったのよ」

 

「じゃあそれだけ海の魔物は手強いってことか。中途半端な力だと船も

 危ない、まして泳いで渡るなんて無理か・・・」

 

普通の人間ならば無理でも自分たちなら、とアレンは真面目に泳ぐことを考えたが、

 

「・・・いや、だめだな。おれは泳ぎがそんなに得意じゃないんだった。こんな

 重装備じゃ尚更だ。アーサーかセリア、どうにか向こうの大陸の人里まで先に

 向かって結界を張っておいてくれないか?それならルーラで行けるだろ」

 

「・・・自分だけ楽をしようっていうのはよくないわね。わたしたちも嫌よ」

 

さすがに泳いでいけるような距離ではなかった。道は断たれたかに思えたが、

 

「こういう時こそこいつの出番ってわけか?風のマント・・・」

 

ムーンブルクで代々守られていた宝を手に、アレンが閃く。この場で広げてみたが

いまは何も起こらない。無風ではだめだということか。

 

「じゃあこの塔はどうだろう?何か手に入るかもしれない」

 

 

アレンたちはドラゴンの角の扉を開け、試しに探索してみることにした。

この塔も風の塔と同じく、警備する兵士たちがいなくなったこと、吊り橋が

なくなり人々の足が完全に遠のいたことで魔物たちで溢れかえっていた。

 

「今回は前みたいに塔ごと壊滅させるっていうのはやめてほしいね」

 

「わかってるよ。いくら何でも命が続かねえよ」

 

「それに風の塔とは違うわ。あれはすでに何の役にも立たない建物だったけれど

 このドラゴンの角はいずれまた人々のために用いられるべき施設だもの。

 魔物たちを根絶やしにしてどの道吊り橋がいらなくなったとしてもね」

 

この南北にそびえ立つ立派な二つの塔は後々利用価値が大いにあると期待できた。

安全な海での船旅を終えた人々の休憩所、宿泊施設、また港としても使える。

これだけ階層があるのだから上のほうでは兵士たちの訓練場兼見張りの塔としての

役割もできるとセリアは考えた。ムーンブルク復活のためにこの塔は重要だった。

 

「いまからちゃんと考えておかなくちゃ夢のままで終わっちゃうわ。邪教を

 滅ぼすのは当然として、それから素早く動かないといけないの」

 

「ふーん・・・意外としっかりしてやがるんだな。とにかく上を目指そうぜ。

 将来も大事だが今日くたばったら夢を叶えるのは不可能になっちまうからな」

 

 

この塔にも強力な魔物たちは多かった。こちらの防御力を落とす呪文『ルカナン』や

ラリホーを唱える厄介な存在である『メドーサボール』はその姿も不気味で、

無数の蛇が浮遊する球体の中心から飛び出してきているが、そこには巨大な目が一つ。

近寄りたくないし危険な呪文を使ってくるので、ギラとバギで優先的に排除すべきだ。

 

メドーサボールが補助的な役割をするならば、直接命を削ってくるのは『しにがみ』だ。

この死神、鎖鎌を持ち自分たちの仲間を増やそうとしているようで、アレンであっても

一撃くらうとかなりのダメージだった。ムーンブルク大陸で一番の強敵だった

マンドリルもおり、この塔にいるものとは『友好条約』が通用せず戦いになった。

 

戦闘は激しく、決して気が抜けない時間が続いたが、それでも逆に言うならば

ある程度の腕を持つ戦士であれば魔物たちを倒し続け、かつて吊り橋が架けられていた

地点まで到達するのは可能だった。特別なものなど必要なかった。それが求められたのはここから先のことで、砂漠のとき同様魔物との戦いとは別のところにあった。

 

 

「確かにこれじゃあ渡れないな。しかしいい風だぜ・・・」

 

「こっちのほうが『風の塔』って名前にふさわしいと思うよ。素晴らしい景色だ」

 

アレンとアーサーは疲れを癒すかのように眺めを堪能していた。しかしセリアは

ずっと先を見ていた。決して下には目をやらなかった。

 

「・・・もういいかしら?そろそろ出発しましょう。新たなる大陸へ」

 

もうここには用はないという感じで、次なる地を目指そうと言う。しかし現状

先へ向かう手段は見つからず、この塔にもそれはなかった。

 

「そうか。こういうのは好きじゃないのか?じゃあアーサー、リレミトを唱えてくれ」

 

アレンの言葉に頷いてリレミトを唱える準備に入ったアーサーをセリアは手で制止した。

 

「・・・急にどうした?」

 

「リレミトなんか使っちゃダメよ。せっかくここまで頑張ってきたのに・・・」

 

「いや・・・ここには何もなかったじゃないか。きみの言うように早く先へ

 行くなら一瞬で一階まで戻らないと時間の無駄だろうに」

 

 

やれやれ、と首を振った後、ここでセリアはアレンの持っていた風のマントに触れた。

 

「・・・・・・この風に乗るのよ!予言されていたマントを使うべきはここしかない!」

 

「・・・正気?落ちたらまず命はないこの高さ!一瞬で地面に叩きつけられるから

 ルーラの呪文も間に合わない!ぼくたち三人ただの肉塊に・・・」

 

アーサーはとてもじゃないが受け入れられないという意思を示したが、アレンは

そうではなかった。風のマントを装備し、一歩前へと踏み出した。

 

「そうだな・・・よし、行くか!確かにおれもお前さんの言う通りな気がしてきたぜ!」

 

「アレンまで何を・・・そんな勢いに任せるような真似は・・・」

 

「なーに、もし失敗したらそのときこの女を糾弾してやればいいだけのことさ!

 ここで死んだらこの塔の死神にはなれるだろ!延々と文句を言ってやろうぜ!」

 

頭が痛くなるようなアレンの言葉。とても正常な人間の思考とは思えない仲間二人に

アーサーはどうしたものかと悩まされたが、ここで彼は見た。決して命を軽視している

わけではなく、平和のために自ら道を切り拓こうとする強い意志に満ちた二人の

勇者が確かに祝福されているという証明を。

 

(・・・!!二人のアザが・・・・・・光っている!)

 

アレンとセリアは向こう側のドラゴンの塔を見つめていたために気がつかなかったが

後ろにいたアーサーには確認できた。青と赤の小さな光が二人の腕から放たれているのを。

 

 

(・・・なるほど。やっぱり今回も間違っていたのはぼくのほうというわけか。

 ただ魔物を倒し旅するだけなら誰にでもできる。でも世界の危機を救う

 真の勇者となるためには・・・実は別の要素が大きいんだ)

 

単なる腕力や魔力ではない。勇気を持ち恐怖を乗り越え、それでいて常識を外れ、

自ら未来を勝ちとろうという強靭な精神力、そして天運。それを神や精霊は高く評価し、

愛される。前を行く二人にはその資格があるが、自分にはまだ足りない。

アーサーはそれを思い知らされた。利口で冷静なだけでは壁を越えられないのだ。

 

 

「・・・・・・よし、ぼくもきみたちを信じよう。どうすればいいのかな?

 マントを身につけたアレンの両隣にぼくらがしがみつく形で飛ぶ?」

 

「おお、お前も来るか!やり方はそれでいいんじゃないか?善は急げだ、

 三人の誰かの気が変わらないうちにさっさと飛ぼうぜ!」

 

「わたしははじめから思いは変わらないわ。この高さに腰砕けになって

 やっぱりやめたと言い出すのはあなたのほうじゃなくて?」

 

 

「・・・・・・!!このくそ女が~・・・・・・!」

 

挑発的なセリアの言葉にアレンはカチッときたのか、『じゃあ飛ぶぞ』とかの

言葉もなく即座に二人を抱えたまま足場から身を投げた。

 

「ちょ、ちょっと!やるならやるって言いなさいよ!心の準備が・・・!」

 

「ケッ!やっぱりてめえも少しビビってやがったのか!ざまあみろ!」

 

空を飛びながらも二人の言い争いは続いたが、飛行のほうは思った以上に

安定し、まさに風に乗るかのようにまっすぐに目的の場所へと彼らを運んだ。

 

「これはすごい・・・こんな体験は誰にもできやしないだろうね」

 

偉大なる勇者の子孫であり、その名と意志を継ぐにふさわしい者にしか

決して成せない奇跡。アーサーはアレンにしっかりと掴まりながらも

だんだん恐怖が和らぎ余裕が出てきたので自分の腕のロトの紋章のアザに

目をやった。しかしここでも彼のアザが光ることはなかった。それとは

異なり、アレンとセリアの腕からはいまだに力強く輝きが放たれていた。

 

(・・・・・・果たしてぼくは必要だったのだろうか。いや、いまは

 こんなことを考えている時間じゃないな。いくら安定しているとはいえ

 意識を逸らせば落ちてしまう。ぼくだけじゃなく二人を巻き込むかもしれないし)

 

 

奇跡的な時間はあっという間に終わった。アレンたちは北側のドラゴンの角に

導かれ、ついに三人の誰もが知らない新たな地での冒険が始まったのだ。

 

「うーん・・・あとは地図でもあれば知らない土地でも安心なんだが」

 

「地図があったって全くその通りとは限らないでしょ?それに・・・昔の地図

 だとしたらもう滅ぼされている町や村だってあるはずだもの。あてにならないわ」

 

ムーンブルク側と同じほど魔物たちがうじゃうじゃといるドラゴンの角よりも

静かな野外で野営としたほうが安全だと判断し、暗くなるまで彼らは歩いた。

ムーンペタを出てからずっとキャンプ続き、さすがにそろそろベッドが

恋しくなってくるころだった。せっかく新たな大陸に入っても人の集まる

落ち着けるところがないこともありえるが、今回に関しては距離こそわからないが

町が存在するというのはわかっていたので、あともう少しの辛抱だった。

 

「町に着いたら二泊はしたいところよな。金は余裕があるんだから」

 

「使える場所がなかったからね。ねずみやムカデに金の価値がわかるはずもない。

 でも『綺麗なもの』には興味があるのか・・・硬貨や宝石を持っていたりする」

 

魔物たちを倒したときに得られる戦利品もかなり溜まっていた。この先ようやく

それを使える機会がやってくることを三人とも楽しみにしていた。

 

「あなたたちと違ってわたしはこのただの布の服でここまで戦ってきたんだから

 何か買いたいわね。わたしでも装備できるいい防具があればいいのだけれど」

 

「・・・そのぶんおれたちが前線で戦っていたじゃねえか。とはいえ確かに

 三人とも防具の新調は必要だ。戦いの日々のせいでだいぶ傷んでやがる」

 

この大陸ではこれまで見たことのない新たな魔物たちの姿も確認できた。

これから先の旅のことを考えても、敵は更に強くなることを覚悟して

万全な準備をする必要があった。いかに天に愛されし強運を持ち、精霊ルビスに

護られている彼らとはいえ、自分でできることはちゃんとやっておくべきだ。

 

 

「ま、とりあえず今日は寝るぜ。アーサー、頼んだ」

 

「わかった。魔物の気配はしないけれどちゃんと見張っておくから

 安心して眠ってよ」

 

 

アーサーは一人残され、最近の出来事を静かに振り返っていた。自分ではなく、

アレンとセリアによってこの冒険が先に進んでいる事実を。それぞれ強力な

武器を持っている二人に対し、自分は全てにおいて中途半端であることも。

 

 

「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」

 

 

一人焚き火の前に座るアーサーを近くもない遠くもない位置から気配を殺して

じっと様子を見ている二つの人影があった。それは邪教の祈祷師の姿をした

者たちであり、この『きとうし』の二人組は暗殺の機会を待っていたのだった。



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二人の祈祷師の巻 (ルプガナ①)

一人夜の見張りをするアーサーを狙っている邪教の祈祷師二人。彼が気を緩める

そのときだけを待っていた。闇に紛れ密かに彼を倒そうと決めていた。

 

「・・・ハーゴン様が言ってた三人組の一人だ。チャンスはそろそろ・・・だと思う」

 

「わかってる。眠気に襲われたとき、ぼーっとしているとき・・・その不意を突いて

 首を取る!失敗は許されないよね」

 

二人は女性だった。さらに言えば、邪教の祈祷師となったのもつい先日のことだった。

しかしそれに至るまでは決して短くない時の事柄が関係していた。

 

 

二人の名はそれぞれ『テイタニヤ』、『ディアマンテ』といった。共に代々商人として

生計を立てている家の生まれだった。物が有り余るほど富んでいるというほどでは

なかったが、それでも多くの者たちよりは裕福、そのような生活だった。

同じ町に生まれ育った同い年の二人は家族同士の付き合いも多く、とても仲のよい

親友で、幸せに日々を過ごしていた。ドラゴンの角の吊り橋が破壊されるまでは。

二人の家の取り扱う品々はほとんどがムーンブルク大陸から取り寄せていたものに

深く関わっていたので、売る商品が手に入らなくなってしまったのだ。

 

それ以降、急激に事態は悪化した。いくら待っても魔物たちの勢いは増していき

橋の復旧のめどは立たず、ならばと商売を変えてみても、長年やってきたことを

突然変えてみてもうまくいくはずがなく、あっという間に『終わり』を迎えた。

 

テイタニヤの両親はもはや限界だとある日突然彼女を残し姿を消した。少しの金を

残してはいったが、ほんとうに僅かなもので、それ以上に親に捨てられたという

事実がテイタニヤを絶望させた。そしてディアマンテの家のほうはそれ以上に

追い詰められた状況にあり、ついに彼女以外の家族は自ら首を吊り命を絶った。

たまたま彼女が外出していた、たった三十分の間の出来事だった。

 

二人はそれから互いに支え合って生きてきたが、人より恵まれた環境のもと

護られてきた彼女たちには突然の患難はあまりにも厳しく、やがて二日に一度しか

食事をとれなくなり、とうとう後がなくなった。残るは身体を売るか、

盗人となるか、ディアマンテの家族のように自殺するか・・・しかなかった。

 

互いに自分が下衆な男たちに抱かれに行くと言って譲らない。しかし論じ合って

いてもどちらも折れず、自分は汚れ、相手には余計な心の痛手を与えるくらいなら

この海に身を投げようと決めた。固く手を握ったまま海へと進んでいく。

 

『・・・ほんとうならあなただけでも生きてほしかった。でも・・・』

 

『もうこの世に望みはない。わたしたちは死ぬときも一緒、それがせめてもの幸福』

 

崖から飛び降りるための最後の一歩だった。突然それを妨げるように目の前が

輝き、眩しさのあまり二人はその場に尻もちをついた。その輝きは真実のもの

なのか、それとも幻か・・・光のなかから何者かの声が聞こえてくる。

男性とも女性ともとれる、どれほどの年齢かもわからない、まさに謎の声。

光のせいで姿もよく見えないのだ。それでも確かに聞く者を爽やかにする声だった。

 

『な・・・何が起きて・・・!?』

 

 

『・・・若き少女たちよ、なぜ君たちは意味もなく命を絶とうとするのか。

 生きたくても生きられない哀れな人々のことを少しも思いに留めないのか』

 

 

二人が死ぬことを思い留まらせようとしているようだ。二人はその声に返答する。

 

「わたしたちは生きていくためには死ぬよりも暗い絶望を味わうか、もしくは

 他人を不幸にして生き延びるしか道はないのです。だから死ぬのです」

 

「二人で考え抜いた末にこうしようと決めたんだ!邪魔をしないでもらおうか!」

 

もう一度立ち上がり、謎の声を振り切って目的を果たそうとした。ところが

その寸前で足どころか身体が突然動かなくなった。超人間的な力によって、だ。

この世には呪文を使いこなす者たちがいるとは二人も知っていたが、どうやら

そういう力とは全く別物であるらしい。そして光が近づいてくる。

 

 

『・・・わたしが君たちの苦しみと悲しみを取り去ってあげよう。わたしは

 『ハーゴン』、全ての息ある者の嘆きや苦痛を取り去るためにやってきた者

 だからである。さあ、わたしの声に耳を傾け、わたしの手を取りなさい』

 

 

もしこの声がハーゴンと名乗らなければ二人はこれを神の使い、もしくは精霊だと

思っただろう。ハーゴンという邪教の大神官の名は多くの人々に警戒感と嫌悪感を

与えるものだった。しかしいまの二人には関係ない。優しく手を差し伸べる

慈愛に満ちた目の前の存在は神々、または精霊ルビスかそれ以上の存在に見えた。

どれだけ日々信仰を抱き、この苦難のときに祈り助けを求めても何ももたらして

くれなかったそれらよりもハーゴンは遥かに救い主だった。そしてハーゴンの

言葉は口だけではないことをすぐに知った。

 

 

『・・・・・・!!こ、これは・・・!!荒れていた肌や髪があの幸せだったころの

 艶を取り戻し・・・いや、それ以上に!』

 

『疲れ切っていたのに力に満たされていくよう!こんなに爽快な気分は今までにない!』

 

身体だけではなく着ている服までもが清潔感のある僅かな汚れもないものになり、

気がつくと二人の前には食べきれないであろう量の魚とパン、それに野菜があった。

 

『何をするにもまずは食べてからにするのがいい。それからわたしと話をしよう』

 

飢えていた二人はすぐにそれらを口にした。噛みしめるたびにハーゴンへの

感謝の念に満たされていた。奇跡による救いの業に感動を抑えきれなかった。

やがて落ち着いてから、二人はハーゴンのほうを見つめて膝をついた。

 

『ハーゴン・・・様。わたしたちはあなたにどう応えるべきなのでしょうか』

 

すると、その言葉を待っていたと言わんばかりにハーゴンはそれまでよりも明るい

口調で二人に答えた。顔は確認できないが、きっと笑みを浮かべていることだろう。

 

 

『・・・いまわたしが与えた救いは一時的なものに過ぎない。真の救いを

 得たいのであれば・・・わたしが指し示す場所へ行き、『勇者ロトの子孫たち』と

 接触しなければならない。彼らは三人であるが、そのうちの一人が他の者たちと

 離れているとき、秘かに近づかなければならない。君たちはいまわたしから

 力を与えられはしたが、わたしの言うことを守らなければ死ぬからである』

 

ハーゴンたちと勇者ロトの子孫が敵対関係にあることは二人も知っていた。

ムーンブルクへ行く手段がなくなっても噂だけはなぜか届いてきて、その王国が

魔物たちの排除に熱心であったこととそのためにハーゴンの軍により壊滅的な

打撃を受けたことは聞いていたからだ。ムーンブルクと友好条約を結び、

しかも同じ祖先を持つローレシアやサマルトリアが動くのも当然だった。

 

『・・・やつらが一人になったとき・・・そのときを狙えということですね』

 

『君たちは一人とだけ近づきなさい。事を終えて確かな収穫を手にしたら

 他の二人には関わらずにその場から速やかに去るべきだ。そうすれば

 確かに君たちには幸福な未来が与えられる。約束しよう』

 

 

確かな収穫・・・それは三人のうちの誰かの首だ。真っ向から戦いを挑んでも

勝てるほどの力はないが、暗殺によってその使命を果たせる。成功すれば

ハーゴンからの報いが与えられる。テイタニヤとディアマンテはそう解釈した。

盗みすら良心が咎めていた彼女たちだったが、命を救われ新たなる力をも

与えられたいま、救い主に応えるためには迷ってはいられなかった。

そしてハーゴンに言われた場所に向かうと、三人の冒険者が歩いているのを

見つけたので、警告されていた通りに絶好の機会を待った。

 

 

 

「・・・そしてそれはいま・・・ということなのね。でも・・・正直わたしは

 まだ・・・・・・罪人でもない人を殺してまで得られる幸せが何なのかはわからない。

 ハーゴン様のために出来る限りのことをしたいという気持ちはある。けど・・・」

 

テイタニヤが一人焚き火の前に座るアーサーを見つめながら呟く。ディアマンテの

ほうも彼女と同じ気持ちだったが、ここで何もせずに帰りハーゴンの恩に仇で返すような

行為はどのような結果をもたらすかはわかっていたので本心を押し殺し、

 

「・・・・・・ならわたし一人で行く。あれはハーゴン様に逆らうやつだ。

 あの偉大な方に背くんだ。死んで当然だろう?わたしがすぐに終わらせる。

 でももしものことがあったら・・・テイタニヤだけでも逃げるんだ」

 

自分がやると懐からナイフを取り出した。あとはアーサーが眠気に襲われる時を

狙って決着をつける構えだった。ところがアーサーは突然立ち上がり、焚き火の火が

風などによって眠っているアレンたちの天幕に飛ばないこと、魔物の気配が

全くないことを確認してから辺りを見回すと、なんと持ち場を離れ、二人が

潜んでいた草むらに向かってきた。静かに、一歩ずつ迫ってきた。

 

(・・・!ば、ばれていた・・・いつから・・・!?)

 

(わからない!でも・・・もうごまかすのは無理だ!)

 

二人は助かるためにはもうここで覚悟を決めて戦うしかなかった。しかしもともと

魔物との戦闘の経験もなく、まして人に危害を加えたことも一度も無い二人が

この状況でアーサーに襲いかかるのは無理だった。足が震えて立てない。

そうこうしているうちにアーサーは彼の持つ鉄の槍の射程圏内まで二人に接近する。

二人は互いを庇い合うように肩を寄せながら息を殺していた。

 

 

「・・・・・・ここじゃまだちょっと近いな。もう少し向こうに行かないか?」

 

「・・・・・・え?」 「・・・・・・」

 

「そこにいるのは結構前からわかっていた。でもテントの二人が完全に眠るのを

 待っていたんだ。戦うつもりは全くない。この槍は予期しない攻撃のためのもの、

 きみたちに害をもたらすためじゃないんだ。あそこの木の陰に移動したい」

 

アーサーは二人を排除する気はなかった。とはいえテイタニヤとディアマンテは

言う通りにしなければ彼の心が変わるかもしれない、と思いそれに従った。

二人は動揺と緊張に満ちていたが、アーサーは普段と何も変わらず落ち着いていた。

 

 

「・・・で、これはきみたちの独断ってわけじゃないだろう。誰の指示だ?」

 

「・・・・・・言わないという選択肢はないんだろ?」

 

ディアマンテがあきらめ気味に手を広げるが、意外にもアーサーはそれ以上追及せず、

 

「言いたくなかったら別にいいよ。どうせ邪教の上のほうの人間だろ?いや、

 人間とは限らないか・・・まあとにかくその名前を言われたところで

 わかるわけもないし何ができるわけでもないんだからね。聞いたのが間違っていた。

 じゃあ質問を変えよう。どうして邪教の信者になったんだ?」

 

命の危険を冒してまで自分たちのもとにやってきたからには中途半端な信者では

ないだろう。各地で信者を増やし続ける邪教のからくりについてはアーサーも

興味があった。彼らの教えのどこが人々を集めるのか。

 

「・・・・・・それなら話してもいいかな。あなたもあのお方の素晴らしさに

 気がつくかもしれないし・・・」

 

テイタニヤは自分たちの苦難の生活から話を始め、自ら命を絶とうとしたところで

幻かもしれないが目の前に救世主が現れたことも話した。救われた恩義があるので

そのためには何でもやるという気持ちであることを隠さなかった。

 

「だからまだ詳しい教理とかはわからない。あくまであのお方に惹かれただけ」

 

どうやら邪教の祈祷師となって間もないらしい。祈祷師としての本来の

務めもこれからだというのだ。アーサーはそれを聞くと、この二人はまだ

戻れる希望があると感じた。いまは奇跡的な出来事に興奮して勢いのままに

ハーゴンの手駒となっているだけだ。説得次第で間違った世界の深みに

入ることから立ち返らせるのも可能ではないかという感触があった。

相手を刺激せず、しかし巧みで説得力のある言葉が求められた。

 

 

「・・・なるほど、確かに大した人物だ。ぼくも一回会いたくなってきた。

 邪教と呼ばれているきみたちの組織に対する偏見を改めなくちゃと思ったよ」

 

あくまで肯定から入る。ただし伝えるべきことははっきりと言わなくてはいけない。

 

「・・・だからこそ疑問がある。そんな憐れみ深い人物であれば果たしてきみたちに

 いきなりこんな危険極まりない暗殺を命じるだろうか?捨て駒同然のように」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「冷静に考えてほしい。魔物たちによりドラゴンの角の吊り橋が破壊されたこと、

 それがきみたちの苦境を招いたと言っていたね。その魔物たちを率いる総帥が

 まさにハーゴン以外にない。ハーゴンに感謝の念や恩なんて感じるべきじゃないんだ」

 

 

ハーゴンによって救われたと主張する二人に、そもそも救いの必要を生じさせたのは

他でもないハーゴンではないか、と指摘する。魔物たちが暴れなければ二人は

彼女たちの先祖と変わらず何不自由ない商人としての日々を安らかに楽しんでいたのだ。

 

「・・・それでもわたしたちは・・・あのお方を初めて見たとき・・・確かに

 どんな精霊や神よりも愛と憐れみに満ちた方だと確信した。お前にも会わせて

 やりたいほどで・・・でもどこにおられるのかなんてわかりはしないけれど」

 

「これはなかなか難しそうだ。きみたちを元の生活に戻すのは」

 

「・・・・・・元に戻る?それはもうできないよ。だってわたしたちは・・・

 あのお方によって新しい命を頂いたのだから。もう人間ではないの!

 人間と魔物の中間の存在になった!どうやって元に戻るっていうの!?」

 

 

もう人間ではない。何のことを言っているのか・・・アーサーはよくわからなかったが、

邪教の業について噂程度に聞いていたうちの一つを思い出した。

 

「・・・それは『モンスター人間』のことか。人間の親と魔物の親によって生まれた

 子どもはそうなるって耳にしたことがあるけれど、普通の人間を変えてしまうことも

 できるのか。邪教にはとんでもない力を持ったやつがいるんだな」

 

モンスター人間と呼ばれる種の存在はアーサーたちロトの子孫が大切にしている

『勇者伝』の本にも幾度も登場していた。人間はもちろん、並の魔物よりも

高い戦闘力、そして知性を持つと言われているが、逆に失敗作と呼ばれるものも

誕生し、身体は弱く戦いに向いていない無力なモンスター人間もいるらしい。

 

勇者ロトとその仲間たちの前に強敵として立ちはだかったモンスター人間たちも

記録に残されているが、いまアーサーの目の前にいる二人はどうやらそこまでの

戦闘力はなさそうだ。もしそんな力があったらとっくにアーサーは倒されている。

 

「でも見た目はほんとうに人間と変わらない。だったら取り返しがつかないことも

 ないだろう。もう一度やり直すチャンスはある。たとえば・・・・・・」

 

アーサーはそこまで言うと一度荷物をまとめて置いてある場所まで一人で

歩いていき、一つの箱を手にして戻ってきた。それを二人の前に置くと、

小さな鍵を使って開けた。すると・・・・・・。

 

 

「・・・・・・!!お、お前!これは・・・・・・!!」

 

「約1万ゴールドはある。これをきみたちに渡すからこの場は退いてほしい。

 できれば邪教とも手を切ってほしいところだけどもそれは任せる」

 

信じられないほどの大金だった。受け取る代わりにこのまま帰るようにと言う。

規模の大きい商売人の家に育ったテイタニヤとディアマンテにとって見たこともない

金というわけではないが簡単に他人に差し出せる額かと問われたら決して違う。

まして命を奪いに来た敵対する組織の者に惜しげもなく渡せるものなのか。

 

「・・・このお金はあなたたちの旅の資金のはずでは・・・!?」

 

「いや、違うんだ。ぼくがサマルトリアから持たされたお金だよ。旅の初めに

 旅の一式を揃えるのに使ったっきりさ。アレンなんかは自分で稼いだ金で

 冒険がしたいって言って譲らないからね。ずっと腐っていたんだ」

 

「しかしどうしてわたしたちに・・・そんなことに何の意味と得が?」

 

ここでアーサーはこれまでよりも更に表情を厳しくした。彼女たちに金を渡す理由だ。

 

 

「・・・これはきみたちのような人にこそ渡さなければいけないお金だ。本来、

 困窮する臣民のために王国の金銀は用いられるべきだからだ。今回だって

 ドラゴンの角の吊り橋を早くに復旧させていればきみたちが自ら命を絶とうと

 するようなことも、まして邪教に身を落とすこともなかったはずだ。管轄の

 ムーンブルクに非があるとはいえもはや滅びてしまった今、姉妹国である

 ぼくらが責任を持ってきみたちに詫びなければいけないのだから」

 

アーサーは深々と頭を下げた。いきなり謝罪された逆に二人のほうが申し訳なく

なってしまい、早く頭を上げるように頼んでしまうほどだった。

 

「あなたたちのせいというわけでは・・・」

 

「いや、ムーンブルクもぼくたちの国も魔物を倒すことばかりに躍起になって

 そちらに人と費用を使いすぎた。間違いだったんだよ」

 

「今さら仕方ないって。わたしたちがこうなったのも何かの縁か運命だったに

 過ぎない。橋を直したところで魔物たちを放っておいたらまた同じことの

 繰り返しだっただろうに。原因を絶たないことには」

 

この件に関してはムーンブルクの生き残りであるセリアが、将来また大陸同士の

貿易や人の行き来を再開させると誓っていたのでそれを信じるのがいいだろう。

セリアであれば、魔物に怯えて空高く吊り橋を架けるのではなく、魔物を

根絶やしにしてもっと簡単な移動を実現させるつもりでいるだろう。

 

 

「・・・そういうわけだから、きみたちは彼女に会わないで帰ったほうがいい。

 アレンにも気づかれないほうがいいな。そしてこのお金だけど・・・」

 

地面に置いていた大金入りの箱を手渡す。そして唯一の条件を伝えた。

 

「このお金はいつか必ず返してほしい。何年、何十年かかってもいい。

 利子なんて取らないから、余裕が出来たらサマルトリアの国に返済してくれ」

 

「・・・『あげる』のではなく『貸す』ということか。わたしたちの生活が

 軌道に乗るまでの金であって、自分たちで稼げるようになれというわけか」

 

「ああ、その通りさ。ポン、と大金が手に入ったら人間おかしくなるからね。

 ただお金をあげただけじゃ一時的な幸せと救いに過ぎないからね。そのお金が

 あるうちにちゃんとした未来設計をしてほしいんだ。きみたちは普通の人間より

 遥かに長い時間があるんだろう?焦らずにやってくれよ」

 

アーサーの言葉を聞き、二人は目を大きく見開いていた。驚かせるようなことを

言ったつもりはないアーサーとしてはこの反応は意外だったが、その理由を

聞くと彼はこの二人以上に衝撃を受けることになった。

 

 

「・・・いまだけじゃなく将来末永い幸せを・・・かぁ」

 

「お前は・・・どこかあのお方に似ているな。その言葉も雰囲気も」

 

 

あのお方・・・邪教の総帥と似ていると言われても嬉しくなるわけがない。

しかしこうなるとアーサーも気になってしまう。果たしてハーゴンとは

どのような者なのか。テイタニヤとディアマンテが主張する憐れみ深い

神よりも愛に富んだ存在であるはずは絶対にないが、ほんとうに自分と

近いところがあるのか・・・会ってみたいという気持ちが高まっていた。



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それぞれの生き方の巻 (ルプガナ②)

 

アレンたちをつけ狙っていた邪教の女祈祷師の二人、テイタニヤとディアマンテ。

彼女たちは暗殺者であったが、アーサーは金を渡し戦闘を回避した。それに応じた

二人が邪教の上層部からどんな処遇を受けるかはアーサーの知ったことではないが、

彼が平和裏にこの場を終わらせた理由は彼女たちを少なくとも自分の手で倒したくは

なかったからだ。どうしようもない悪人であれば躊躇いなく斬りかかることに

心の痛まないアーサーが、二人の本質を見極めたうえでこの結論に至ったのだ。

とはいえその二人が去った後、アーサーは大きく息を吐いて力なく座り込んだ。

うまく説き伏せているように見えたが、彼に余裕はなく、そう思わせているだけだった。

 

 

「・・・危な・・・かった~っ・・・。よく何事もなく終わったものだよ・・・」

 

 

完全な尾行だと思っていたのにアーサーに見破られた二人がその後も勧めのままに

対話の席に座り、大人しく帰ることに同意したからよかったものの、もし自棄になって

襲いかかってきたとしたならば、よくて相討ちだっただろう。魔術師よりも位が

高いとされる祈祷師なのだ。戦闘の経験がなくともギラくらいは仕込まれているに

決まっている。アーサーが全力で立ち向かったところで実は勝機は薄かった。

どうにか自分を大きく見せることで彼女たちに説得を受けるように導いた。

 

(そしてぼくでよかった。今日の夜の見張りの当番がこのぼくで)

 

もしセリアであれば邪教に身も心も捧げた人間など人の皮を被った獣として

躊躇うことなくバギを放ち二人を殺害していただろう。それだけ邪教への

憎しみは強く、相手の本質や内面などを考えようともしないのだ。

 

アレンだったらどうだろうか。歴代の勇者たちに倣い、人間を殺すことを

よしとせず、どうしたらいいかわからないうちに危険な目に遭うかもしれない。

もしくは優れた容姿を持つ二人によって色仕掛けでもされたら完全に終わりだ。

 

(とはいえあの二人は男に自分を売ることを拒んだゆえに最終的にあのお方とやらに

 付け込まれたようだから色仕掛けの可能性は薄いな。しかし誰も傷一つ負わずに

 事が終わった。これでよかった、と思いたいけれどね)

 

金を持たせてこの場を終わらせたことをアレンたちが知ったらきっとアーサーに対し

激怒するだろう。相手を傷つけなかったとはいえこのやり方は正義ではなく邪道だ。

 

(ふふ・・・こういうところがあの二人に比べてぼくの足りないところなんだろうな。

 これじゃあルビス様にもロトをはじめとした昔の勇者たちにも愛されるはずもないか)

 

 

そのとき、『それがきみのいいところだよ』という声がどこかから聞こえてきたような

気がしたが、もちろん辺りには誰もいない。励ましが欲しい自分の空耳に過ぎない。

アーサーは立ち上がりアレンたちの眠るテントのそばへと戻った。

 

 

 

それから数日、ついに彼らはムーンペタ以来の大きな町に到着した。その名は

港町『ルプガナ』。ムーンブルク大陸よりも一段上の強さを誇る魔物たちの

妨害の連続も、町まであと一歩という希望がアレンたちに普通以上の

力を与え、山々を、砂漠を、時には空中をも乗り越えてきた旅を成功させた。

 

 

「はー・・・。砂漠ではあんなに汗をかいて・・・だいぶ絞られたわ。けどまあいい

 ダイエットにはなったわね。余計な脂肪がなくなってよかった、おほほほ・・・」

 

セリアが両腕を伸ばしながら厳しいときの記憶をしみじみと思い返す。砂漠を

過ぎた後も野宿続きであったので、彼女は自身の身体の肉がこれまでになく

落ちているのを実感していた。ただ、これは健康的なダイエットなどではなく、

必要以上に細くなってしまっているのもわかってはいたが、弱音を吐きたくは

なかったのでそのような言葉になった。それに対しアレンは、

 

「・・・それはいけないな。いまは疲れて食欲もあまりないかもしれないけども

 たっぷり食っておけよ。あんまり痩せた女はおれの好みじゃないからな。

 どうだ、あの店で売っている丸い菓子はうまそうだぜ。買ってくる」

 

本気でセリアを気遣うような表情、そして真剣な声。この返しは彼女も予想しておらず、

 

(・・・・・・てっきり『ちょうどよかったじゃねえか』とか言うものだと

 思ってたけれど・・・こんなに心配されるなんてね)

 

「ふん、別にあなた好みの女性になるつもりは毛頭ないけれどそうさせてもらうわ。

 まずは食事にしましょう。お菓子は売りきれないうちに先に買っておくとして・・・」

 

 

まだ昼間であったので宿屋探しは後でいい、まずは昼の食事のための場所だ。

雰囲気のよさそうな一軒の料理店を見つけ、三人一致でその店にしようという

ことになった。海の魔物の影響で漁業は以前に比べうまくいっていないと嘆く

町人はいたが、多少値段が上がったくらいでまだまだ魚料理を楽しめるようだ。

 

「そういえばアレンのローレシアでも漁が盛んだったね。懐かしいんじゃない?」

 

「ああ、でも魚の種類が違うだろうがな。それにローレシアよりも値段が高い。

 いまはたくさん金を持っているからいいが節約したいなら入れない店だぜ」

 

「・・・料金が高いだけならまだいいわ。そのうち食べられなくなるかもしれないのよ。

 わたしたちが平和な海を取り戻さない限りはいずれそうなるわ」

 

海の魔物を一匹一匹片づけてもきりがない。やはりその魔物たちを凶暴化させた

邪教を壊滅させない限りはセリアの言葉通りの未来が待っているだろう。

この町だけではなく、ローレシアでも僅かながらその傾向はすでに見られているのだ。

そのためにもまずはここで満腹になるまで食べて飲み、英気を養うのが大切だ。

 

 

「いらっしゃいませ、旅のお方!空いているお席にご自由に・・・」

 

「・・・・・・・・・!!あっ!!」

 

アレンたちを迎える店員。その姿にアーサーは固まってしまった。なんと、数日前彼が

深夜に秘密の交渉をした女祈祷師のテイタニヤではないか。もう一人のディアマンテも

他の客の注文をとったり料理や酒を運んでいる。当然この二人のことを知らない

アレンとセリアにとっては何でもないことで、どこにでもいる若い女性の店員に

過ぎない。アーサーはこっそりと彼女たちに近づき、小声でわけを尋ねた。

 

「きみたち・・・これは・・・」

 

「・・・まさかこんなに早く再会するなんて。まああんたたちはこの町を目指して

 北上していたから当然なのかもしれないけど。見たまんまさ、働いているんだよ」

 

「しばらくはこの店で地道にお金を貯めようって決めたんです。あなたから頂いた

 大金は保険として持ってはいますがまだ手をつけてはいません。約束通り

 いずれお返しするために、あなたと別れてからすぐにここで働くことにしました」

 

ハーゴンによって人間と魔物の中間の存在ともいえるモンスター人間に転生

させられたとはいえ見た目はこれまでの人生のままだ。人間の社会に

溶け込むことなど容易い。雇う側も疑問を抱くことすらないだろう。

 

「・・・大きな力を持つ商人の家に生まれたわたしたちに足りなかったのは謙遜さ、

 へりくだる気持ちだった。今まで心のどこかで見下していたような人々に

 使われることをよしとせず、そのせいで状況を更に悪化させてしまったんだ」

 

「娼婦になるとか盗人になるとか・・・または自ら命を捨てる。そんな極端な

 考えしか思いつかなかった。はじめからこうしていればよかったのです」

 

二人にとって大きな遠回りだった。テイタニヤの言うように、最初から

己を低くしていれば邪教の一員になどならなくても済んだのかもしれない。

 

「まあそのおかげであんた、それにあのお方にも出会うことができたんだ。

 一概に失敗とも言えないさ」

 

「前向きだね。その調子なら必ずこの先うまくいくさ。でも・・・」

 

アーサーが懸念している事柄について聞こうとしたところ、後ろから大きな声で、

 

「おい!アーサーッ!!何やってんだ――っ!お前おれとの約束忘れたのか!

 女遊びもしないし口説きもしねえと誓ったじゃねえか!お前がそれを破るって

 いうのならおれも今から酒を飲ませてもらうとするぜ―――っ!!」

 

アレンが吠えていた。面倒くさい男だとセリアは冷ややかな視線を向けていたが、

アーサーは一応、男と男の約束であったのでちゃんと弁明することにした。

とはいえ真実は伏せて、事態がややこしくなるのを避けながら。

 

「違う違う。このお酒をちょっと安くしてもらおうって思っていたんだ。

 これは大したものだけどなかなか高い。ねえ、少しまからない?」

 

酒の値段交渉に見せかけた。これでもしほんとうにまけてくれたならばそれはそれで

儲けものだ。この二人なら応じてくれるかもしれない。しかしそう甘くはなく、

 

「それは無理です。わたしたちはまだ新入り、そんな権限はありませんよ」

 

「・・・そう。それは残念。じゃあ定価で貰おうかな・・・」

 

 

苦笑いしながら席に戻ってきたアーサーにまたもアレンが噛みついた。

 

「アーサー、あんまりみっともないマネはするなよ?お前だけじゃない、

 おれたちまで、しまいにはおれたちの国までよくないうわさが広がるぜ」

 

「そうかな?この町でぼくたちの正体を知っている人間なんていると思う?

 ムーンペタやリリザとは違う。誰一人気がついていないだろう。これから先は

 例外の場合以外は身分を隠して旅をしたいと言ったのはきみじゃないか」

 

「うーむ・・・そうなんだが・・・ま、勇者ロトの子孫として、それに

 ルビス様の名に恥ずかしくないような行動をしろってことだよ」

 

そんな二人をよそに、セリアは届いた料理を先に食べ始めていた。

 

「どうでもいいけど、冷めるわよ?さっさと食べないと」

 

「・・・・・・この調子ならお前さんの身体もすぐに元通りだな」

 

 

それからたっぷりと昼食の時間を楽しみ、代金を払って店を後にした。

次に向かうのは武器と防具の店だ。アレンの剣とセリアの防具の調達が必須だった。

 

「特別な素材の『みかわしの服』が欲しいわね。兜や盾は重いから持てないし」

 

「そうだな。おれのほうは剣がだいぶ傷んできた。手入れはしているんだが

 ここまでくると新しいものに買い替えたほうが安く済むかもな・・・」

 

 

その店に向かう途中でちょっとした出来事があった。彼らを呼びとめる声があった。

 

「ねえそこのお兄サン、あたしって可愛いでしょ?ぱふぱふしていかない?」

 

バニーガールがアレンに誘いの言葉を投げかけてきた。しかしアレンはそれに

答えを返すこともそちらを向くこともせずに無視するようにその場を離れた。

 

「・・・ってあら、あたしより可愛い女の子を連れているじゃない。

 それじゃ仕方ないわね。大切にしてあげるのよ~」

 

案外諦めが早く、すぐに他の男に狙いを変えたようだ。バニーが見えなくなった

あたりまで歩いてからアーサーとセリアがアレンの振舞いについて質問を始めた。

 

「さっきのは意外だったよ。きみのことだからもしかしたらと思ったけれど、

 まさか全く相手にしないだなんて。よほど好みじゃなかったのかい?」

 

「・・・・・・」

 

「もしかしてわたしたちが邪魔だったかしら?別にいいわよ、行ってきても。

 無理して格好つけなくたって誰も気にしないわ」

 

二人の話している内容がまるで見当違いだとアレンは首を何度も振る。

全ての真相に気がついているのは自分だけだ、彼は二人にそれを教えた。

 

 

「・・・いいか、二人とも。あれは・・・女装した男だよ。それも結構いい歳した」

 

「・・・・・・・・・は?」 「へ?」

 

思わず間抜けな声が出てしまう。いまアレンに言われるまで全くわからなかったのだ。

 

「・・・・・・冗談・・・ってわけじゃないみたいね、その顔は」

 

「よ、よくわかったね。ぼくらはすっかり騙されてしまっていたよ」

 

アレンは胸を張り、得意気に笑顔を見せるが仲間たちの反応は思ったものとは違い、

ひそひそと二人で小声で話し始めたのだった。

 

「・・・やっぱり女性に対して異常なまでの執着を見せる男は違うわね。

 匂いとかでわかる・・・とかだったらちょっと怖いわ」

 

「きっとこれまで何千人もの女性の身体をじっくりと眺めてきているのだろう。

 ローレシアの王子という立場を利用すればじゅうぶん可能なのだから」

 

冗談も混ざっていたようではあるが、アレンはそれまでの笑顔とは違う笑みを浮かべ、

 

「よ―――し、お前らっ!一人ずつお仕置きしてやるからこっちにこい!」

 

 

 

結局アレンの『お仕置き』が決行されることはなく、武器や防具、この先の冒険で

必要とされる道具の購入をこの日のうちに終え、翌日は情報収集に専念できる。

これからどこへ向かえばよいのか、またその手段は・・・。船に乗って遠くまで

旅をする人々ならばアレンたちの知らない多くの情報を持っているだろう。

 

「じゃあまた明日。それにしても久々の宿屋だなぁ・・・ってムーンペタでも

 言った気がする。大きな町と町の距離が長すぎるよ」

 

「そうね・・・。ムーンペタの宿ほどじゃないけどテントとは比べようがないわね。

 じっくり疲れを癒しましょう。アレン、あなたはわたしたちが寝静まったら

 さっきの人のところに行くんでしょう?あれは男だとか何とか言ってほんとうは・・・」

 

「なるほど!あえて男ということにしておけばぼくらの目をごまかせるというわけか。

 そんなことをしなくても別に止めないというのに・・・」

 

まだアレンを半分冗談、半分疑いの目で見る二人に対し彼は、

 

「・・・お前ら、そんなにおれを男色家にしたいようだな。わかった、それなら

 アーサー、お前はサマルトリアの妹と寝ろ。セリアはその辺の汚い犬とでも楽しめ」

 

「・・・・・・は?」

 

「男同士で寝るのも近親姦も獣とやるのも全部重罪だ。どうしてもおれを国から

 追放され存在すらなかったことにされるような男にしたいのならお前たちにも

 そのくらいの覚悟はあるってことだよな?」

 

アレンは本気で怒っていた。さすがにいじりすぎたか、と二人は反省した。

それを見てアレンは何も言わずに自分の部屋へと去っていき、セリアもまた

アレンがいなくなってからあくびを一つすると眠る準備を始めた。

 

 

「・・・・・・さて、アレンもセリアももう寝たかな・・・よし」

 

他の仲間が寝静まるのを待って宿屋から出ていったのはアレンではなくアーサーだった。

まだ昼間の店には明かりがついている。もう一度テイタニヤたちに会っておきたかったが、仲間にいらない誤解を抱かせないためにこうしてひそかに出てきていた。

彼に気がついた二人のほうももう仕事は終えていた。これならじっくりと

話すことが出来そうだ。

 

「どうしましたか?一人で晩酌ですか」

 

「まあそんなところだね。よかったらきみたちもいっしょにどう?仕事が終わって

 いるんだったら客として一杯・・・お金なら出すよ?」

 

「・・・まだわたしたちに話したいことがあるって顔だな。いいさ、付き合おう。

 でも自分たちのぶんくらいはこっちで払う。それなら構わない」

 

アーサーは昼間よりも値段は安いが強い酒を飲み、モンスター人間の二人も

そこそこの酒で一日の労働の疲れを癒していた。

 

 

「この身体になってからこれまで飲めなかった酒が入るようになった。とはいえ

 別に半分魔物だからって好みが変わったりはしないけれどな。人の血や肉が

 欲しくなったりとかそういうのはない。体力は比べ物にならないほど漲っているが」

 

「・・・その身体・・・か。きみたちにその力を与えた『あのお方』に関してだ、

 ぼくが気になっているのは。ほんとうに大丈夫なのかな、と思ったんだよ。

 きみたちはぼくたちを攻撃すらせずに・・・制裁は避けられないだろう」

 

何も持たない二人に突然並外れた力を与えたのだ。その期待に背いた裏切りの

責任を取らされるに決まっている。幸せな時間は突如として奪われるに違いない。

しかし二人はそんなに思い悩む様子を見せずに、終始あっさりとしていた。

 

 

「そうかもな。ま、それなら仕方ないさ。もともと自ら海に身を投げようと

 していたんだ。今さら命が惜しいということはない」

 

「・・・そんなもの・・・なのかな?」

 

「ええ。それにあのお方があなたの言うような残酷なことをするなんて

 思えません。直接そのお声を聞いたわたしたちにはわかります」

 

二人が現状を受け入れているのでアーサーはもうそれ以上は語らなかった。

現実的な助けを差し伸べようかとも考えたがその必要はない。あとは

どうなろうとも彼女らと邪教の者たちの問題だ。

 

 

「だからあんたも思い悩むな。それよりもあの金だ。いつか必ず返しに行く。

 あんたが近い将来サマルトリアの王になるまでには・・・」

 

「・・・いや、その件だけど、あの夜はそう言ったけども別に返さなくたって

 構わないよ。きみたちがこうして勤勉に働いている、その結果が欲しかったための

 言葉だったんだから。『あのお方』とやらにいまだに敬意を示しているのは

 気になるけれど、あのお金が邪教の活動資金にされたりしないのはわかる。

 サマルトリアで父からただで受けたものなんだからただで与えただけだよ。

 まあきみたちの気が済まないっていうのならいつか・・・」

 

その後も酒を飲みかわし、基本的には雑談のなかで時々『あのお方』、つまり

ハーゴンに関しての情報を聞き出そうともしたアーサーだったが、うまくいかない。

二人が隠しているというわけではなく、姿すら見ていないのだから仕方ない。

それに、邪教への愛着や忠誠はほとんど感じられないが、ハーゴンという存在を

崇め、もはや神に近い存在だと考えている二人の気持ちは変えられなかった。

 

(確かハーゴンというのは神ではなくあくまで『大神官』だった気がするけれど。

 ならば彼らの神々についてどうしてこの二人は教えられなかったのだろう。

 そこが一番重要な気がするのに・・・)

 

このことに関してはアレンたちの間でもはっきりしていない。『打倒ハーゴン』を

掲げてはいるが、ハーゴンやその配下が崇拝しているとされている邪悪の神々とは

果たして何なのか。それは実在するものなのか、彼らの想像するものに過ぎないのか。

もしほんとうに存在するのだとしたら、どれほどの力を持っているというのか・・・。

これらは自分の目で確かめるしかないようだ。その後に命があるかは知らないが。

 

 

「じゃあ二人とも、お元気で。また会える日を楽しみにしているよ。

 ・・・もしかしたら明日また会うことになるかもしれないけれど」

 

「はい、サマルトリアの王子、テンポイントさま。あなたもお元気で」

 

 

アーサーは酒に酔って余計なことまで話す人間ではなかったが、この日は

テンポイントという本名に加えいろいろなことを語った。後から思えば

秘密にしておかなければいけない情報のいくつかをこぼしてしまったかもしれない。

それでも構わないと彼が考えたのは、彼女たちが信頼に足りると判断したからか、

もしくは近いうちに聖人の皮を被った無慈悲な者によって処刑されるからなのか。

 

後者のほうはそうなってほしくはないと願いながら宿屋に戻った。すると、

 

「・・・セリア・・・起きていたのか」

 

「ふふふ・・・アレンは寝ているけれどわたしは違うわ。昼間のときから怪しいと

 思っていたもの。爆睡している単細胞な男はすっかり気にしていなかったようだけど。

 あなたにしては珍しくわたしといっしょになってアレンを煽って注意を逸らそうと

 思っていたみたいね。まさかあなたがこっそりと女の子に会いに行ってたなんてねぇ」

 

アーサーは全身が冷たくなった。会話の内容を聞かれたか?彼女たちの正体を

知られたか?この場をどう切り抜けるのが最善かを必死で考え始めたが、

 

「・・・そんなに心配しなくたって平気よ。わたしはそこまで追跡はしていないわ。

 あなたがあの店の女の子たちと会ってその後何をしていたかも知らないし聞いたりも

 しないわ。むしろたまにはいいじゃない、息抜きしても。あいつには内緒にするわ」

 

 

心の底から安堵した。自分がどんな誤解をされようが構わない。彼女たちが邪教に

関わるものすべてを除き去ろうとするセリアによって命を奪われずにすんだのだから。

 

「・・・ところで・・・もしこっそりと出ていったのがアレンだったら?」

 

「別の意味で詳細を聞いたりはしないわ。すぐに捕まえて百叩き、それ以外ないわ」

 

今日のところは何も悪いことをしていないはずなのにどうにもいい目を見なかった

アレンに同情と謝罪の気持ちを感じつつ、アーサーもようやく寝床に入り、眠りについた。



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天の導きの巻 (ルプガナ③)

 

朝、アレンたちは宿を出るとすぐにルプガナの港へと向かった。この先さらに未知の

土地へ旅をするためにはどうすればよいかを今日は人々に聞くつもりでいたが、

多くの船を目にすれば情報を集めずとも答えは出た。船旅だ。さっそく船を

手に入れるためにこの港で一番の権力を持つ老人のもとへ行き、事情を簡単に

説明したが、アレンたちの言うことになど聞く耳を持たない様子だ。

 

「・・・いくら頼まれてもだめだな。よそ者には船を貸さないという風習があるのでな」

 

「ただで、とは言っていない。金は払うよ。借りた日数に応じて必ず後で支払う。

 前払い金も用意する。用が済んだらちゃんとこの港に無事に返す!」

 

その後もアレンが何を言おうがついには黙ってしまい、応じる気のないことを示した。

しかもこの老人がいる以上ほかの者たちから船を入手することもできないようだ。

仕方なく諦め、外をぶらぶらと歩くしかなかった。

 

 

「ちぇっ、頑固な爺さんだな。魔物たちのせいで満足に海に出られないせいで

 余ってる船なんかたくさんあるって話なのによ!どうしたものかな。

 まあ爺さんの気が変わるまで気長に説得を続けて待つしかないか?」

 

「きっとあんなこと言って値段を吊り上げようとしているんだわ!こうなったら

 勝手にやらせてもらいましょう!あの船なんか・・・どうかしら?

 どうせしばらく誰も使っていないみたいだし・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

具体的にどうする、とは言っていない。しかしセリアが何を言おうとしているかはわかる。

誇り高き勇者たちの末裔として何をするにしてもその名に恥じないようにしたいという

アレンと、魔物たちを殲滅させるためなら方法などどうでもいいとどす黒い復讐の

炎を燃やすセリア。また互いの主張をぶつけ合う言い争いが始まるのか、と

アーサーは構えていたが、意外なことに二人は彼のほうを向くと、

 

 

「・・・アーサー、お前はどうだ?お前はこれからどう進むべきだと思っている?

 どんな状況であっても誇りを抱き続けるか、もしくは犬のような醜さを露わにするのか」

 

「この男のように来ないかもしれない好機を延々待つのか!それともわたしのように

 自らの手で道を開くのか!あなたはどういう考えを持っているのかしら!?」

 

 

なぜかアーサーに結論を求めてきた。どちらに同意するのか迫ってくる。

少しだけ悩む素振りを見せたが彼が出した結論は、どちらの味方にも敵にもならない、だ。

 

「・・・ぼくが思うに・・・ラーの鏡の発見に風のマントでの飛行。どうにも

 ならないと思えるような状況でも常に不思議な力によって導かれてきた」

 

「・・・・・・は?」

 

「だから無理に盗もうとしなくても必要であれば船は手に入るはずだよ。その結果船が

 ダメだったとしたら、それは別の方法で先へ進めっていうお告げじゃないのかな。

 でもただ待ち続けるのも賢明じゃない。できる限りのことをしつつ・・・だ」

 

アーサーは町の外れを指さした。もう使われていないであろう船が何隻も見られた。

 

「廃船を再利用してみよう。捨てられてそんなに日が経っていない船もあるはずだ。

 そんな船だったらどうしようが勝手だろうからね。もしそれすらあの老人が

 邪魔をするようなら・・・」

 

「わたしたちの正体を知っているうえで足止めしてくるとなったら邪教の手先って

 いうことで確定ね。遠慮なく叩きのめせるわ!」

 

 

ひとまずは老人と根気強く交渉を続けることはせず、船を盗んだりもしない。

修理できそうな廃船を探すために人のほとんどいない町の隅へと向かうと

思わぬ場面に遭遇した。

 

「だ・・・誰か――――っ!!」

 

「ゲへへ・・・誰も来やしねえよ!こんな寂れた場所にのこのこ一人で・・・」

 

「大人しく食わせろっ!!小娘――――っ!!」

 

若い女性が襲われている。まだ声しか聞こえない段階では、町のどうしようもない

男たちが複数人で女性を囲んで襲うつもりなのかとアレンたちは全力で駆けた。

確かにこの町にはそういう男たちがいた。脅威を増した魔物たちのせいで職を失い、

その後は仕事もせずに酒を飲み迷惑行為を続けている者たちだ。昨日もアレンたちが

前にいるにもかかわらずセリアを強引に誘おうとした上半身裸の男がいたほどだ。

 

「何してやがる!汚いゴミどもが、おれたちが来たからには・・・!」

 

なんと、アレンたちとそんなに年が変わらないであろう女性を襲っていたのは

二匹の魔物だった。空中を飛び、脅しを加えながら楽しんでいるようだった。

しかしその遊びが災いし、アレンたちに気がつかれてしまった。間一髪

助かった女性はすぐに目の前のアレンに勢いよくすがり、抱きつくような形になった。

 

「・・・おっ!!うおっ!!」

 

「助かりましたわ!この辺りの清掃をしていたら魔物が・・・」

 

女性がアレンのもとに向かったので、アーサーとセリアが二匹の魔物と対峙する。

 

 

「ケケケ、お前たちも死にたいようだなぁ、その目は。オレたち『グレムリン』が

 そのへんのザコどもとは全く違う実力を持つことをお前たち愚か者は・・・」

 

そのうちの一匹が空から見下ろすように、余裕たっぷりに語る。なかなかの知能が

あるようで、アーサーたちにもしっかりと聞き取れるほどに人の言葉を使いこなす。

だが、そんなことに感心しているほどセリアは甘くなかった。グレムリンたちが

まだ身構える前にひそかにバギの準備を進めていて、皆が気がついたときにはもう

いつでも発動可能な状態に仕上げていた。

 

「お前たちはその女よりも美味くなさそうだなあ。だが味を変えるにはいいだろう。

 骨も皮も、目玉や脳味噌までたっぷりと食らいつくして・・・・・・あっ!!」

 

「おっと、もう遅いわ。まだ戦いが始まっていないとでも勘違いしていたみたいね」

 

真空の刃を回避できなかったグレムリンたちを直撃し、かなりの痛手を与えたようだ。

 

「ゲゲゲ・・・!狡いマネを・・・オレたちを怒らせてしまったようだなっ!!」

 

彼らは怒りに任せて接近してくるものかと思われたが、一定の距離を保ったままだ。

その理由はすぐにわかった。彼らは炎を吐くことができるからだ。離れていても

安全圏から確実に相手にダメージを与えられる必勝の戦法だった。

 

「どうだぁ~っ!生きたまま焼け爛れろォォッ!!」

 

この時点で彼らは炎を吐いてくる魔物とは初遭遇だった。しかしそのような武器を持つ

魔物がいるということは歴史の書などから学んでいたので全くの無警戒ではなかった。

そして、ギラの呪文で炎を飛ばしてくる魔物とはもう実際に何度も戦っていたため

対策もできた。アーサーもギラを唱えることで対抗し炎を相殺させる。

 

「・・・よし!炎の勢いは互角だ。こっちに飛んでくることはない」

 

「ちっ・・・生意気なやつめ。だがこっちの炎は無限に吐き続けることができるのに

 対してお前のほうはいずれ限界が来るだろうなァ!魔力切れがよォ~・・・」

 

「魔力切れ?そんな長期戦にはならないわ。このまま一気に押し切れる!」

 

セリアは攻撃の手を緩めず、バギの嵐がグレムリンたちを優勢にさせない。

アーサーのギラも防御の役目から次第に攻め手となり、二匹の悪魔を追いつめていく。

知能が高いぶん自分たちに後がないことを察したグレムリンのうちの一匹が

もはや戦いの勝利を諦め急降下してきた。それもアーサーとセリアのもとにではない。

 

「くそが・・・!こうなったらそこの女だけでも殺す!」

 

はじめに襲っていた女性へターゲットを定めた。だがいまはアレンが共にいる。

 

 

「アレン、一匹そっちに行ったぞ!とどめをさしてやれ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

ところがアレンは珍しく反応が遅れている。集中力を欠いているのか、ぼーっとしている

ようだ。無力な女性がそばにいるというのに、どこか心ここにあらずという様子だ。

 

「・・・アレン!?おい!どうしたんだ!?」

 

「ちっ・・・あの助平男・・・!さっさと剣を構えなさい!このぼけ――――っ!!」

 

 

セリアの一喝にようやくアレンははっとした。捨て身になったグレムリンが

間合いまで入り込んできていた。並の人間であれば焦ってしまいますます

窮地に追いやられるものだが流石はアレン、自らの失態で招いた危機も

抜群の身体能力と反応ですぐに鋼鉄の剣を振りぬき、一閃した。

 

「ゲヒャァァア~・・・・・・」

 

ずるずるっと真っ二つになり、力なく地面に肉塊が落ちていった。

 

 

「・・・ああ、ありがとうございます!!なんと見事な剣さばきで・・・!」

 

「礼なんてしなくていいわ。この男のせいで危ないところだったのよ。せっかく

 助かったというのにとんでもない護衛がいたものね。というのもこの男は・・・」

 

「ちっ・・・酷い言い方だな。それよりもう一匹はどうしたんだよ」

 

アレンはセリアが余計なことを言う前に話題を逸らそうとした。確かに一匹は

仕留めたが、二匹いたうちのもう一匹の姿がどこにもない。

 

「・・・逃げたみたいだ。だいぶ痛めつけたけれどあっちは空を飛べるんだ。

 もう追っても無駄だろうね」

 

「皆さん・・・ほんとうに何とお礼を申し上げたらよいか・・・!そうです、

 わたしの家に来てください。些細なおもてなしくらいはさせてください!」

 

それまでアレンの背にべったりとくっついていた女性が離れ、三人を

自らの家に招こうとする。好意を無下にするわけにもいかず、その後を

ついていった。アレンはまださっきの失敗とまでは呼べない自らの緩みを

気にしているのか元気がなかったが、セリアは容赦なかった。

 

「あら、残念そうね。そんなにあの人と密着していた時間が終わっちゃって

 悔しいのかしら。さすがは女好きで知られるローレシアの王子様ですこと。

 魔物にやられる寸前までさぞかし感触や匂いを堪能なされていたのでしょう?」

 

危うく不意を突かれるところだったアレンを馬鹿にしているのか、それとも女性に

気をとられていた彼に怒りを抱いているのか。その表情や声の調子だけでは

セリアの本心はわからなかったが、突然の敬うような言葉遣いが逆に怖い。

 

「でもあの様子じゃああなたのどんな要求にだって何でも応じてくれそうね。

 あなたのことだからだいたい予想はつくけどね」

 

「・・・・・・」

 

アレンはセリアに何も答えない。その後歩きながら助けた女性からもいろいろと

話しかけられたが、どこか返事がぎこちない。それを見たアーサーは事を察した。

アレンの不調の理由は女性に夢中だったから、というよりは・・・。

 

 

「・・・アレン、きみは女性であれば誰でも拒まない極度の女好きだと

 認識していたけれど・・・どうやら違うみたいだね」

 

「・・・・・・・・・」

 

「自分と同じくらいの年齢の人とは・・・話すのも慣れていないとみえる。どうだろう?」

 

 

アーサーの推察は当たっていた。アレンは自分よりやや年上か年下の女性相手には

問題なく接することができるのだが、実は同世代の女性とはこれまでほとんど

会話すらしていなかったため、慣れていないのだ。情けなくも緊張してしまう。

 

「でも意外だったなぁ。経験豊富だと思っていた。それにしてもどうして?」

 

アレンはここでも何も返答できなかった。言えるはずもない。かつてセリアに

片思いしていたとき、彼女への純粋な清い愛を貫こうと、誰に頼まれたわけでもなく

自分自身に制約を課し、己や彼女と同じ年代の女性とは必要以上に親しく

していなかった。セリアがラダトームの第三王子と婚約したと聞かされ

初恋が破れた後も無意識のうちにそれを続けていた。ローレシアの城内に

そのような女性が偶然いなかったのも影響し、『女に目がない』と評判になった

以降も変わることはなく今日に至っていた。

 

 

「・・・うふふっ!きょ、驚愕の事実の発覚ね!笑いが止まらないわ!まさか

 虚勢を張っていたなんて!さっきもデレデレしていたっていうよりは

 ドキドキしていたせいで固まっていた・・・!あー可笑しい!」

 

セリアは普段にも増して愉快そうに笑っていた。アレンはぴくぴくと怒りを

堪えていたが、やはりずっと口を閉ざしたままだった。

 

(くそっ・・・誰のせいだと・・・!とはいえここでは沈黙が一番賢明だぜ。

 今はもう何を言ったってあの女のオモチャにされちまう・・・)

 

「大人の男のふりをしながら実は背伸びしているだけの子どものようね。

 ふふふ、もうこれからは無理しないでわたしたちの後ろに隠れているのが

 いいんじゃない?この旅はあなたには刺激が強いようだから」

 

なおもアレンを攻撃するセリアを見て、アーサーはあることを感じていた。

それが自分の考えすぎか、それとも・・・。彼女に直接聞いてみることにした。

 

 

「・・・セリア、何だかやけにうれしそうだね。そんなに彼の女性経験が

 浅かったことがきみにとって面白かったのかい?もしくは・・・・・・

 アレンが清い青年であったのを心のどこかで安堵していたり・・・とか?」

 

アーサーは核心を突いたつもりでいたが、セリアのほうはピンとこない顔で、

 

「・・・・・・?何が言いたいの?意味がよくわからないのだけれど・・・」

 

本気でわかっていない様子だった。アーサーはごめんごめん、と謝りながら

何でもなかったことにして話を終わらせた。

 

 

(・・・気にしすぎなぼくの思い過ごしか?ほんとうにあれ以上もあれ以下もなかった、

 ということか。それか・・・まだ彼女に自覚がないかのどちらかか。今の様子を

 見る限りじゃあ、どちらとも言えないが・・・)

 

 

 

アレンたちが女性の後に続いているのをじっと見ている影があった。もう遠くへ

逃亡してしまったと思われていたグレムリンの生き残りが機会を待っていた。

そしていまアレンたちはまさにこれ以上なく気が緩み油断しているではないか。

 

「・・・ゲヘ、ゲヘヘ・・・!相棒の・・・かたき!いまなら三人まとめて・・・」

 

強襲を決行しようと空高く飛び上がって勢いをつけようとしたそのときだった。

 

「・・・・・・ギラッ!!」 「ギラ!」

 

「ガヘッ!!が・・・あああ?」

 

背後から襲うつもりが、なんと自らの後方から炎の球が二発やってくるとは

誰が予想できただろうか。もちろん全く無警戒であったので、グレムリンは

わけもわからぬまま絶命した。黒焦げに焼きあがったその悪魔を倒したのは、

 

 

「まさかゴミ捨てにきたらこんなことになったなんて・・・物騒だなぁ」

 

「・・・危ないところだった。まあ彼らならどうにかできただろうが」 

 

邪教の祈祷師でありながらアーサーの勧めに応じ、店で下働きをしている

テイタニヤとディアマンテだった。アーサーと対面したときには戦闘に

ならなかったので披露する機会のなかったギラがここで炸裂した。

二人もまだ呪文の扱いに慣れてはいないが、背後から敵を討つには十分だった。

アーサーにひとまず借りを返した形になった。

 

 

 

 

「・・・・・・しかし・・・なあ、ここまでうまく話が進むってありえるか?

 あの人がまさか今朝の爺さんの孫だったなんて、物語でもちょっと出来過ぎだ」

 

「確かに。魔物との戦闘も含めて一連の流れの全てが大掛かりなお芝居だったようにも

 思えるわ。孫娘を助けてくれたお礼に少人数用のなかでは一番いい船を、

 しかも貸すんじゃなくて提供するって・・・ま、結果がよければ何でもいいけれど」

 

気がついたときには念願の船がただで手に入った。しかもその途中で魔物に

襲われていた女性を助けることができた。確かにアーサーが言った通り、

必要であれば特別な力が自分たちを導いてくれるようだ。そのアーサーはというと、

さっそく船の様子を見に行き、調整を進めている。当初予定していた、廃船を

航海に耐えられるようにする仕事に比べたら大した作業量でもないだろう。

 

なぜアーサーが船に精通しているのかというと、彼がもともと将来的には

国を離れ世界を旅したいという夢を抱いていたからだ。見知らぬ土地へ

帰らぬ旅をするならば船以外はありえない。公には知られていないが、

すでに着々と準備を進めていて、ローレシアの港に自分の船を持っているほどだ。

しかしその船はほんとうに一人か二人までしか乗れないので今回の旅では

使えない。それにアーサーが国の金ではなく自分の金で用意したもので、

いま譲られた船に比べると大きく見劣りするレベルでしかなかった。

 

「・・・そう思うとあいつもラダトームのブライアン様の血を継いでいるって

 わかるよな。あの方も海と船を愛していた。だからおれたちの国が生まれたんだ」

 

「ラダトーム・・・そういえば気になることを言っていた人がいたわね」

 

情報を集めていた際にラダトーム、つまりアレフガルドの大陸から来たという

兵士がいたことを思い出した。彼はアレフガルドの衰退を嘆いていた。近頃では

ラダトームの王すら行方知れずになってしまったという噂まで流れているらしい。

 

「おれたちみんなの祖先・・・つまりは勇者ロトの地だ。しかもこの町から

 一番近いのはアレフガルドだって言うじゃねえか。最初の目的地は・・・」

 

「決まりってわけね。ついにわたしたちの新しい冒険が始まるのね。海の上なら

 砂漠よりは全然マシだと思うけれど・・・だいじょうぶかしら・・・」

 

「・・・珍しく弱音か?心配する必要なんて全然ないだろ。おれたちには・・・」

 

アレンが言う前に、それを裏付け信用させる証が二人に目に見える形で現れた。

ロトの紋章の形をした二人の手のアザがそれぞれ青と赤の輝きを放った。

今後も彼らを見守り、力を与えるという確かな意思を感じ取った。

 

「・・・・・・この光・・・!凄いわ、きれいで、それでいて暖かい・・・!」

 

「なっ、余計なことを考えなくたっていいって思えるだろう?」

 

 

やがてその光が小さくなったころ、アーサーも戻ってきて出発の準備が整った。

船を手に入れ世界が一気に広がった彼らがはじめに目指すのはアレフガルドの大陸、

特にその中心ラダトームだ。勇者ロトの子孫として是非とも立ち寄るべきだと

アレンは幼い少年のように目を輝かせ、期待に胸を膨らませていた。

 

 

 

 

 

「・・・無事出航するみたいだね。よかった~・・・」

 

「まあわたしたちにはあいつらの今後は全く関係のない話だ。とはいえ

 今のうちにテンポイントに借りを返せたのはよかったがな」

 

アレンたちが船に乗り込む様子を遠くから見つめていたテイタニヤとディアマンテは、

彼らの姿が小さくなってから自分たちの働く店に向かおうと考えていた。

だが、彼女たちに一度聞いたら忘れられない声がその足を止めた。

 

 

「・・・そうか、魔物たちを倒し彼らを送り出した・・・それが君たちの

 望み、そして実行したことか。全てを見させてもらった」

 

 

アーサーが警告していた二人に対する制裁。それは思ったよりも早かった。

総帥ハーゴン自らやってきて、決着をつけるつもりのようだ。



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謎の大神官の巻 (ルプガナ④)

 

身投げしようとしていたところを救われ、しかも人間を超えた力を与えたハーゴンを

裏切るかのように王子たちをこの大陸から送り出してしまった祈祷師の少女二人、

テイタニヤとディアマンテの前に邪教の大神官ハーゴンが現れた。最初の出会いとは

違ってハーゴンは眩しい光に包まれてはおらず、二人は初めてハーゴンを見た。

その姿にすっかり驚いてしまった二人は、自分たちに迫る危機すら二の次に、

 

 

「・・・まさか・・・あなたが!?あなたがハーゴン様・・・えっ、いや・・・」

 

「声は確かにあのときと同じだ。しかし・・・・・・」

 

ハーゴンの風貌によほど衝撃を受けたようだ。それがハーゴンであることは

疑っていないようだがしばらく固まったままだ。

 

 

「・・・・・・その話はいま大事ではないだろうに。それよりも君たちに

 確認したいことがあったんだ。なーに、ほんの少しの時間で終わるから」

 

二人は意識を戻された。ほんの少しで終わる・・・その僅かな時間で尋問と

処刑を終わらせるというつもりなのだろう。

 

「まあ、じゃあさっそく・・・。どうしてあの王子たちを助けたか、聞かせてもらおう」

 

 

怒っているような様子はない。しかし何かを間違えたら即座に自分たちの命を

奪うだろう。震えあがって言葉が出なくなっても当然のこの場面。ところが

若い二人の少女ははじめに深呼吸をし、互いの顔を見つめ合った後は

汗の一つすら流さず、息も乱れずに堂々と、背をまっすぐに伸ばし

ハーゴンの目をしっかりと見て話し始めた。

 

 

「・・・それが正しいこと、だと信じているからです。ただそれだけです」

 

「・・・・・・ふむ・・・・・・」

 

「わたしたちを立ち返らせてくれた彼を、そしてその仲間たちに、たとえあなたの

 命令であっても危害を加えることなどどうしてできるでしょうか。きっと彼らなら

 わたしたちのような窮状に誰も陥らせない未来をこの町に、いや世界中に

 もたらしてくれる・・・そう確信できたからです」

 

 

短い弁明だったが、二人の気持ちの全てがこもっていた。ハーゴンは二人が

話し終えてからしばらくはそのまま黙っていたが、突然彼女たちとの距離を

一気に詰めてきた。そして両手を静かに動かしたので二人は覚悟し、

さすがに恐怖の気持ちが少しだけ湧きあがった。

 

「・・・・・・!!」

 

 

ところが、ハーゴンは無表情に思えた顔をなんと穏やかな笑みに変化させ、

二人の身体を貫くものかと思われた両の手は優しくその頭に片方ずつ置かれた。

ぽん、ぽんと軽く撫でるかのようにした後、ハーゴンはまた一歩下がってから、

 

 

「・・・よくぞ言った。わたしはその言葉を待っていた!」

 

「・・・・・・へ?」 「はい?」

 

予期しない展開に情けない声が出てしまう二人に対し、ハーゴンは更に続けた。

 

「最初に出会ったときの君たちとは違い、確かな希望と強さがその瞳からは感じられる。

 何より自分たちのことだけを案じ思い悩んでいたのにいまはあの王子たちのこと、

 そして世界の他の人々のことまでも考えられるようになった・・・。わたしは

 これが見たかった。君たちは確かにもう心配は要らないようだ」

 

「・・・ハーゴン様・・・・・・」

 

「安心して行きなさい。そしてもう二度と何にも惑わされないようにしなさい」

 

 

くるっと背を向けてハーゴンは去っていこうとする。それを二人はすぐに呼び止め、

 

「お、お待ちください!ハーゴン様、わたしたちはあなたの命令に背いて・・・!

 その処罰をなされにきたのではなかったのですか!?」

 

ハーゴンが意外なことのように再び振り向いた。事は終わったつもりだったからだ。

 

「・・・命令に背いた・・・?いや、君たちはわたしの言う通りにしたではないか。

 だからいま幸福と安全を受けている・・・そうだろう?」

 

「いいえ、あなたは『勇者ロトの子孫たちの一人と接触せよ』と仰いました。

 確かにそこまでは果たしましたがあなたの真の指令は果たさずに・・・」

 

ハーゴンはここでようやく手を叩き、ああ、と小さく声を漏らした。

 

「・・・わかった、なるほど。君たちは彼らのうちの一人に近づけ、という

 わたしの言葉を、『密かに近づいてこれを殺せ』と解釈したわけだ。

 それなら気にしなくていい。わたしの言葉にあれ以上の意味はなかったんだ。

 誤解させていらない緊張を与えたのなら悪いことをしてしまった」

 

「・・・・・・・・・え、そうだったんですか?」

 

無理もないことだったが、二人が勝手に早とちりしてしまっただけだったようだ。

ほんとうにただ近づくだけでよかった。結果的に指示に正確に行動することにはなったが。

 

 

「・・・でも、君たちは三人のうちの・・・サマルトリアの王子だろう?

 彼と無事に密かに話をすることができ、わたしの読み通り素晴らしい収穫を

 得た。わたしが最初に約束した『真の救い』だ。いや、よかったよかった・・・」

 

今度こそ話は終わりと再び立ち去ろうとするハーゴンだったが、またしても

テイタニヤとディアマンテによってそれは妨げられた。しかも今度は両足を

片方ずつ抑えられ、動きが止まるとすぐに二人はハーゴンへの感謝の念、

加えてそのどんな賢人よりも上である知恵と深い愛情に感極まり地面に頭を伏し拝み、

 

「ああっ!!偉大なるハーゴン様!わたしたちの神!」

 

ハーゴンに崇拝を捧げようとしたが、それはすぐに制された。

 

 

「・・・頭を上げなさい。わたしは神ではないからだ。わたしには神のような

 力などない。この度だって元はと言えばわたしが君たちを追い込んだからだ」

 

「・・・・・・あなた様が・・・!?」

 

「そう、わたしが魔物たちを完璧に統制できていないせいでドラゴンの角の橋が

 壊され、君たちは人生を台無しにされた。だからこれはわたしの自己満足的な

 罪滅ぼしに過ぎない。そのわたしが感謝、まして賛美や崇拝などなぜ受けられると

 思うのか・・・さあ、君たちにはまだ一日の労働が残っているではないか。

 行きなさい。そしてわたしと会ったことは誰にも言わないように。もっとも、

 口にしたところで信じる者はいないだろう」

 

ドラゴンの角が魔物たちに襲われ、二人の家の商売、いや、家族そのものは崩壊した。

その責任は自分にあるのだとハーゴンは言う。自分は神ではないと宣言し、

彼女たちが自分への執着や崇敬の念を捨ててくれるようにした。

 

その狙いは半分だけ当たった。真に神であればこのような自らを否定する言葉を

吐くはずがないからだ。二人は崇拝の行為をやめて立ち上がった。だが、その

謙遜さや終始近づきやすい語り方は逆に二人を更に引き寄せてしまった。

 

 

「・・・で、では最後に!わたしたちの働いているお店に来ませんか!

 もう間もなく開きます。どうか寄っていってください!」

 

「わたしからもお願いします!あなたはわたしたちが真に救われることを

 望まれました。ですからその一部としてわたしたちの仕事ぶりもぜひ・・・」

 

二人が促してやまないので、その熱意に負けてハーゴンは共に行くことにした。

その道中、歩きながらテイタニヤはハーゴンに一つの質問をした。

 

「ハーゴン様、わたしたちをあのとき自害から救いその後再起させることだけが

 ご目的ならどうしてこの『モンスター人間』としての身体を与えてくださったの

 でしょうか。戦いの場に出すわけでもなく人並み外れた力を・・・」

 

「ん・・・そのことか。実はあのとき君たちの身体の内も外もかなり傷んでいた。

 ただ癒すだけでは足りない、そう感じたので大きく変えさせてもらった。

 でもこれにはけっこう体力を使うんだ。あれからしばらく顔を出せずにいたのは

 そのためだった。君たちがどうなったか心配だったが・・・いま安堵しているよ」

 

「・・・そんな貴重な体力を用いてまで・・・あなたはわたしたちに何の見返りも

 求められないのですね」

 

この一言に対してのハーゴンの返答、それは二人をなお一層驚かせるものだった。

 

 

「わたしは・・・父と母を知らない。ただ、生まれたときからこの身体を得ていた。

 つまりはただで受けたものだ。それを君たちにもただで分け与えるのは当然だろう」

 

 

二人がハーゴンの言葉に驚いてしまったのはただその慎み深さに感銘を受けていた

わけではなく、似たような言葉をつい昨日も聞いていたからだ。それも、

ハーゴンと敵対する正反対の立場にいる者の口によって。

 

「・・・・・・ふふ・・・あはは!」

 

「・・・?何かおかしいことを言ったかな?いま・・・」

 

「ああ、失礼。しかし・・・おかしいですよ。あなた様の、ただで受けたのだから

 ただで与えるというのは・・・あのサマルトリアの王子、テンポイントが

 すでにわたしたちに述べていたことだったもので」

 

「・・・・・・・・・え?」

 

「彼にも言いましたが・・・やはりあなた様と彼はどこか、いいえ、かなり似ているかと」

 

 

サマルトリアの王子と似ていると言われても喜んだらいいのか悲しんだらいいのか、

ハーゴンは困惑した。しかしそうまで言われると実際に会って話をしたみたくなる。

その気持ちまでアーサーと同じだったのだが、それを知る由はない。そうこう

しているうちに店に着いた。二人が戻りこの日の開店となったので、ハーゴンは

最初の客だった。さっそく一番いい席に通されると、カウンターの酒を指さし、

 

「・・・うん、まずはあれをもらおうかな。でも何だか少し値段が高いな・・・」

 

さすがに選んだ酒は違ったが、値切り交渉を始めようとするところまでアーサーと

同じなのかと二人は後ろで笑った。とはいえ偉大なる師に恥をかかせたくはないので、

 

「・・・ハーゴン様、わたしたちはまだこの店で働いて日が浅いので・・・」

 

店の主人に尋ねる前にこの場で断った。ハーゴンもアーサー同様本気ではなかったらしく、

 

「ははは、わかっているよ。さっき自分で見返りはいらないと言ったばかりだ」

 

余裕の対応で通常通りの値段で注文した。ここまでは昨日のアーサーと

全く同じと言っていいほど進んでいた。だがこの後、大きな違いが生じてしまった。

しばらくしてから二人が戻ってきた。そして白いカップを申しわけなさそうにして

テーブルに置いた。

 

「・・・この店では酒をこんなカップに入れて出すのか?・・・って・・・」

 

なんと、中身は温めたミルクだった。これはいったいどういうことなのか。

ハーゴンが二人に迫る前に彼女たちのほうがその理由を話し始めた。

 

 

「あの・・・わたしたちはあなた様が言われたお酒をお持ちしようとしたのです。

 ですが主人がそれはダメだと・・・・・・」

 

「あのような子どもにこんな強い酒を出すつもりなのかと怒られてしまいました。

 代わりにこれを持っていくように・・・というわけで。料理も子ども用の

 野菜が少なく魚の骨が抜いてあるものを用意し始めて・・・」

 

 

そう、ハーゴンの姿はアレンたち、更にはテイタニヤとディアマンテよりも一回り

幼く見える少女だった。声はそこまで女性的ではなく、髪は短めなのでもしかしたら

遠くから見れば少年と勘違いする者もいるだろう。それだけまだ女性というには幼いのだ。

 

「・・・・・・なるほど・・・・・・そうか、そういうことなのか・・・」

 

「どうしましょう。料理だけでも普通のものに変えるように・・・」

 

「いや・・・もういい。せっかく作ってもらっているんだ。そのままでいい」

 

頭を抱えるようにして二人を立ち去らせた。仕方なくホットミルクを飲むしかなかった。

 

 

 

(・・・これが生まれつきモンスター人間として生まれた者の弱点か。わたしは

 あの大魔王ゾーマの時代から生きているというのに、いまだ十歳かその程度としか

 思われないのだから。ゾーマをこの目で見たと言っても誰にも相手にされないだろう。

 ・・・・・・とはいえ、野菜少なめに骨抜きはラッキーだったな)

 

 

頭を抱えていた素振りは、つい頬が緩んでしまったのを隠すためでもあった。

子ども用の料理が来るまでの間、ハーゴンは窓のそばへ行き海を眺めていた。

人間の数倍の視力はすでに出航して時間がたった一隻の船をとらえている。

 

「・・・ロトの子孫たち・・・。以前から興味はあったが特にサマルトリアの

 テンポイント、アーサーか。なかなか面白そうな男じゃないか。

 いまはそのときではないが、いずれ彼とは会わなくてはならなくなった」

 

 

 

 

 

ついさっきまで自分たちがいた町に敵の総大将が来たなどとは夢にも思わない

アレンたちは初めての船旅を楽しんでいた。一国の王子、王女という立場上

互いの国へ向かう機会は幼いときから幾度もあったが船を利用したことは

一度も無く、陸路での旅しか経験したことがなかった。幸いなことに

船に酔ってしまう者は誰もいない。魔物が船に近づいてくることはあるが

滅多にこない。そのぶんドラゴンの角でも厄介な敵だったメドーサボールに加えて、

魔物化した『うみうし』が猛威を振るうので、油断はできない。陸に比べたら

まだましという程度だった。

 

「・・・なかなか強かったな、あの海牛野郎どもはよォ~・・・。ホイミを頼む!」

 

「うーん・・・これはベホイミのほうがいいんじゃないかな。セリアに頼もう」

 

アーサーに代わってセリアがアレンの手を取って回復呪文を唱えた。毒には

冒されていなかったが傷の痕が完全に癒えるのはもう少し時間が必要だろう。

 

「あれ以上大群で襲いかかられたらちょっと大変だったわね。でも

 わたしたちなら何とかなるわ。戦い慣れているわたしたちなら、だけど」

 

「確かに。ルプガナの町にも船が襲われて沈没して宝を失ったとかいう

 商人がいたね。訓練していない彼らが海に出られなくなったのもわかる」

 

海上ですら魔物たちが荒れ狂う様を目の当たりにして、この旅の緊急感を抱かせる。

もうあまり時間はないのではないか、という焦りも出てくる。

 

「海が完全にやつらに支配されたらいよいよ世界の終わりは加速するぜ」

 

「漁業も輸送もだめになったら小さな島々の人たちが最初に力尽きるわ。

 次第にそれは・・・・・・アーサー!急ぎましょう!」

 

船を操縦しているのはアーサーだ。二人の仲間は急かすが彼は落ち着いていた。

出せる速度には限界があるし、無理して進めば陸よりも危険で、魔物たちに

関係なく自滅する可能性もある。

 

「まあまあ、二人とも少し休んでいてよ。今は波が穏やかだから眠るにはいいよ」

 

魔物たちとの戦いの直後だからか興奮気味になっている二人にも冷静になるように

促した。魔物の気配も感じなくなり、しばらくは大きな戦いも起こらないだろう。

ベッドに向かった二人を見送り、アーサーは一人操縦を続けながら考える。

 

 

(・・・ハーゴンというのは相当のやり手のようだ。世界の征服に抜かりがない)

 

ハーゴンのやり方はアーサーも感心するほどで、いまのところ隙がない。

ムーンブルクのように魔物を積極的に排除する好戦的で自らに敵する国は

まるで見せしめのように滅ぼす。しかしいたずらに侵略はせずにその後

世界の他の国がどう動くか様子を見ているのだ。ローレシアとサマルトリアも

大々的には動いていない。こっそりとアレンとアーサーが旅立っただけだ。

世界のなかには力ある大国ムーンブルクが滅ぼされたと聞きすっかり恐れてしまい

戦う気持ちが完全に萎えたか、最悪邪教の仲間になった国だってあるかもしれない。

 

直接的に乗り込むだけでなく海を封じることで人々の生活に必要な物、特に食物を

断とうとする動きも注目に値する。やがて皆がもうどうしようもない、と感じ

絶望に満たされたとき、まさにそのときにハーゴンは公に姿を現すのだろう。

 

(ルプガナの二人のように・・・気持ちが弱くなったところに付け込む気だ。

 恐れてはならない、わたしの崇拝する神々に信仰を持ちなさい、と人々を

 邪教の信者にしてしまうはずだ。初めは優しく扱って心を掴むだろうけど・・・。

 皆が狂信的になったらもう間に合わない。都合の悪いことに目を向けずに

 彼らの神々とハーゴンを賛美し続け、それを倒そうとするぼくたちに

 敵対することになる。焦りは禁物だけれどのんびり船旅を満喫する

 わけにもいかないか。ハーゴン・・・その実力は未知数だが、魔王としては

 伝説の悪魔たちであるあのゾーマや竜王以上かもしれないな・・・)

 

「・・・あの二人は・・・無事だろうか。見逃されていればいいのだけれど・・・」

 

 

まさかハーゴンたちが客と店員として和やかに接しているとは思わずにアーサーは

彼女たちの身を案じていたが、いまはよそのことに気を遣う余裕などないことに

気がつくのはもう間もなくだった。



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起承転結の巻 (しびれくらげ)

 

アーサーの操縦する船は順調にラダトームへ向けて進んでいるかに思えたが、

事件は突然に起きた。アーサーに休むように言われたアレンとセリアは

それぞれのベッドに向かっていたが、そのセリアのほうで事件が起きた。

 

「さすがは小型の船では港町でも最良のもの!思ったより全然揺れないし快適ね。

 歩かなくてもよくなったしこれからいい旅になりそうね・・・」

 

魔物との戦いは大歓迎だが、それ以外の余計な消耗や過酷な徒歩の旅から解放されて

晴れやかな気分で腕を伸ばして歩いていたが、ふと視線を足元にやると・・・。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・!こ、こいつ・・・!いつの間に船のなかへ!」

 

 

これまでの海上での戦闘は全て飛びかかってきたり船に上がろうとする魔物を

撃退するものだった。船に乗り込まれそこで戦闘ということになったら

せっかくのルプガナ一の立派な船もあっという間に激しい損傷によって

使い物にならなくなってしまうだろう。それがいま、魔物に侵入されていたのだ。

 

「・・・これはまずいわ・・・・・・」

 

自分一人しかいない。セリア一人でどうにかしなければいけない。ただ倒す

だけではなく、船を傷つけないような戦い方が求められた。好戦的な彼女でも

今回ばかりは厳しい表情を浮かべた・・・のは僅か一瞬だった。

 

「な~んて、このわたしが本気でそう思っているとでも?まずいのはそっちよ!

 たった一匹で乗り込んできて、どうやら自殺志願のようね!」

 

そこにいたのはくらげが一匹。見るからに弱そうで、身体も全然大きくない。

これなら非力な自分でもナイフだけでこの魔物を仕留められる。船を危なくする

バギの呪文を使うまでもない、セリアは明らかにこのくらげを見下していた。

 

「・・・さーて、じゃあやっちゃいましょうか。わたしはあいつらのように武器の

 扱いにはまだ不慣れだから一撃で、というのは難しいかもしれないわ。

 だから何回もナイフで攻撃することになるけれど・・・ま、我慢してよね!」

 

手に持った聖なるナイフ以上に鋭い目つきでくらげに向かっていく。対する

くらげのほうは何本もある触手を振り回していたが、それは反撃というよりは

何かを弁明しているように見えた。攻撃を待ってほしいというつもりなのか。

 

「残念だけどわたしにはあなたたちの言葉も気持ちもわからないわ!覚悟!」

 

セリアはナイフを突き刺すかのように放つ。しかし間一髪のところで身をかわされて

しまった。その際、くらげの触手のうちの一本にかするように触れてしまった。

 

「ちっ!わざわざやってきたわりには逃げ回るなんて何がしたいのよ!知性のない

 魔物のやることはほんとうに支離滅裂ね。でもこれが二度続くとは・・・」

 

次こそ胴体にナイフを当ててやろうとセリアは再度攻撃を仕掛けようとした。だが、

 

「・・・に、二度続くとは・・・思わないこと・・・・・・ね・・・・・・」

 

セリアはしっかり握っていたナイフを落とし、そのままうつ伏せに倒れてしまった。

いま戦っていたこの魔物は『しびれくらげ』という特殊な毒を持つ魔物だった。

セリアが触れた触手は眠りをもたらす毒を持ち、彼女は意識を失ってしまった。

 

「・・・・・・・・・」

 

倒れた彼女をしばらく眺めていたしびれくらげがやがて徐々に近づいていく。

そして何本もの触手がうねうねと動き始めた。

 

 

 

「・・・おい、何か騒いでなかったか?どうしたってんだ・・・」

 

アレンがセリアのもとに足を運んだ。すると、そこには倒れているセリアが、

そして彼女を覆うように触手を這わせているしびれくらげがいた。アレンは

急激に頭に血が上っていくのを感じた。激しい怒りを抱きながら剣を抜いた。

 

 

「ウオオオオオ―――――ッ!てめえこのくらげ野郎がぁ―――――っ!!

 その汚ねえ足も目玉も斬り刻んで海の魚の餌にしてやるぜ――――――!!」

 

激しく突進していったせいで船が大きく揺れたがいまの彼には知ったことではない。

尋常ではない殺意を受けてくらげは大慌てでセリアを開放して海へと飛び込んだ。

 

「コラァッッ!!待ちやがれ!!クソ野郎め、戻ってきやがれェ――――!!」

 

「アレン!きみが待てって!こんなところで暴れられたら沈没だ!落ち着いて!」

 

この異常事態にアーサーも駆けつけ、どうにかアレンの動きを後ろから制止させる。

そうしなければ彼は憎き敵を追って海へ飛び込みかねない勢いだった。

アーサーに体は押さえられても心は全く収まらず、顔は真っ赤になっていた。

 

 

「いきなりどうしたんだ、落ち着け!あんなくらげ放っておくんだ!」

 

「うるせえ!見逃すわけにいくか!あの野郎はセリアを!汚らしい何本もの

 触手で襲って強姦しようとしたんだぞ!絶対にここで殺す!」

 

「・・・・・・は?強姦?」

 

「ああ、確かに見た!もしおれが間に合わなかったらセリアは餌食だった!

 きっと口では言えないようなことをされて・・・汚される寸前だったんだ!」

 

アレンは海を注意深く見つめてしびれくらげがまだどこかにいないか探していた。

その彼に対し、アーサーは頭を掻きながら静かに話を始めた。

 

 

「・・・アレン、もしもだよ、さっきのくらげ・・・いや、『泥人形』でも

 マンドリルとかでもいいか。きみの目の前で熟睡していたとしよう。

 それはメスで、しかもその種族で一番の美人とされる個体だ。きみはどうする?

 相手が起きないのをいいことに襲うかい?それはしないまでも色っぽいとか

 思ったり・・・するかな?」

 

「何言ってんだお前、するわけねえだろ。バカか?どう間違ったらあんな魔物ども

 相手に興奮するんだよ。それよりお前も手伝え、屑くらげを見つけるんだ!」

 

「・・・いや・・・だったらくらげのほうだって同じだと思ってね。

 触手を伸ばしていたのはともかく、まさかきみの言うようなことはないだろうに。

 人間相手に欲情したり子孫を残そうなんて考えないよ」

 

「・・・・・・・・・言われてみりゃあ~・・・まあ・・・そうだな。

 だがセリアを襲ったことには間違いない、必ずいま仕留めてやるぞ!」

 

一応納得はしたようだがまだ怒りは消え去っていない。セリアも眠ったままだ。

下ばかり見ていたので首が痛くなる前にアレンは一度海から目を離すことにした。

すると、探していたあのしびれくらげが船に戻ってきていた。しかも、

 

 

「・・・・・・」 「・・・・・・」

 

「てめえコラァ―――――ッ!二匹いるのかァ―――!仲間を呼んだな!?」

 

しびれくらげは増えていた。アレンの気迫を恐れて援軍を連れてきたのか。

先ほどセリアと戦ったと思われるほうのくらげは新たに登場したくらげの

背に隠れていて、明らかに恐怖しているのがわかる。

 

 

「よーし、二匹まとめてやってやるぜ。もっと仲間がいるならそいつらもさっさと

 呼んでこい、全員始末してやる。だがわからねえな、そんなにおれが怖いのなら

 とっとと逃げちまえばよかったものを。そこが命取りになるってわからねえのか?」

 

この展開にアレンも疑問に思った。これまでの冒険の際、アーサーが殺意がないと

判断した敵を逃がしてしまったり、自分たちの姿を見た途端に歴然とした実力の差を

認めて逃げていったものはいる。そんな魔物たちは当然、二度と戻ってこない。

助かりたいから去っていったのに、またのこのこと姿を現すなどありえないのだ。

 

「・・・・・・うん、不自然だ。よし、ちょっとやってみよう、あのときのように!」

 

「・・・本気かよ。あれはまだ可能性はあったが今回はそれより数倍も何を考えているか

 わかりっこないくらげだぜ?ま、むこうはじーっとしているから猶予はあるな。

 襲ってくるようだったら斬ってやればいいだけの話だからな」

 

アーサーが言ったあのとき、とはマンドリルとの戦闘のときのことだ。言葉が通じる

相手ではないが何とか意志を通わせることはできないかと試してみたところ奇跡的に

うまくいき、その個体だけではなく辺り一帯のマンドリルとの戦いを回避できた。

この何か訳ありのしびれくらげ相手にもそれができるかアーサーは試みを始めた。

 

 

「きみたちはいったいどうして船に来た。ぼくたちを襲うのが目的じゃないのか?

 人間を食べてしまおうとかぼくたちに倒された魔物の復讐とかじゃないんだな?」

 

「・・・・・・!」 「・・・・・・!!」

 

くらげたちはもちろん一言も答えない。しかし全身をばたばたと動かせている。

表情は変わらないので何を考えているか全く理解できないのはそのままだったが

二匹のしびれくらげにアーサーの言葉の意味が伝わっているのはわかる。

 

「・・・人間の言葉がわかるのか?もしそうなら一番右の足をあげてくれ」

 

驚くことに二匹とも右の足をあげてみせた。アーサーの質問に答えている。

 

「おおっ・・・こいつら!これは凄いぜ・・・一方通行だが会話ができる!」

 

「じゃあ次の質問・・・そこに倒れているぼくらの仲間について・・・だ。

 たぶん彼女のほうから戦いを仕掛けたんだろうけれど・・・間違いないね?」

 

後ろにいたしびれくらげが右の足をあげる。肯定と否定のみの受け答えしか

できないが、それでもアーサーの読みを確信に変えるには十分だ。

 

「じゃあやはりこれは正当な防衛、もしくは偶然こうなったというわけになる。

 ならその後はどうなんだ?彼・・・アレンの話では無数の触手で彼女を包んで

 襲いかかろうとしていたとか。どういう目的だったんだ?」

 

初めての複雑な答えを求める質問。これは答えようがないだろう、とアレンは

へらへらと笑っていたがアーサーのほうは、おそらくいけると睨んでいた。

そしてそれは同時に、しびれくらげたちを完全に信頼した証でもあった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・あっ!!こいつらとうとう本性を現しやがったか・・・!?」

 

しびれくらげがアレンを激怒させたときと同じように複数の触手を伸ばし、

いまだ眠っているセリアに向けた。アレンは慌てて剣を構えるが、

 

「・・・まあ待ちなよ。もし彼らにセリアに害を加える気があるならとっくに

 それはできていたはずだろう?きみやぼくが来る前にその命を奪うことも。

 わざわざぼくに促されるようにしてこうしたってことは・・・」

 

「・・・ってことは・・・?」

 

 

何本もの触手がうつ伏せになっていたセリアを優しく包み込むと、くるっと仰向けの

状態にした。そしてそのうちの一本を首のあたりに触れさせてから丁寧に降ろした。

直後、セリアは顔を上下左右に小さく振りながら目をこすり、腕を伸ばして目を開けた。

 

「ふぁ~あ・・・。すごいよく寝られた気がするわ。いい眠りだった・・・・・・」

 

あくびをしながらのんびりと昼寝を終えたかのようにゆっくりと起き上がった。

目がしっかりと開き、頭も冴えを取り戻してきたところで、視界には

渋い顔をしているアレンといつも通りのアーサー、そして二匹のしびれくらげがいた。

 

 

「ああ―――っ!!思いだした!わたしはそいつに!何やってるのよあなたたち!

 どうして魔物と肩を並べてわたしのほうを呑気に見ているの!早く戦いなさい!

 その触手に気をつけなきゃいけないわ、眠たくなる毒があるのだから油断すると

 永遠の眠りに・・・!」

 

「・・・起きて早々すまねえがお前さんに聞きたいことがある。このくらげだが・・・

 こいつから襲ってきたのか?昏睡攻撃とやらもどういう風にやってきたんだ?」

 

「いえ、わたしが先制したわ。攻撃は避けられて・・・あ、そういえばそのとき

 ちょっとだけ触ってしまった・・・そのせいだったのかしら」

 

アレンとアーサーもこれで状況を把握した。無理もないことではあるが、セリアが

船にいただけのしびれくらげに一方的に襲い掛かり不可抗力の反撃をくらっただけだった。

 

 

「・・・相変わらずてめえは見境なく突っこみやがって・・・熱くなってんのを

 冷ませって言われたばっかりだろうに。でもくらげ、お前のほうも非はあるぜ。

 おれたちの船に乗り込んできたらそりゃあ攻撃されても文句は言えないぜ?

 いま寝坊女のこいつを起こしてくれたから敵じゃないっていうのはわかったがな」

 

「偶然この船に迷い込んだのか?だったら早く逃げちゃえばよかったのに。

 それとも・・・最初からぼくたちに用があったから来た・・・とか?」

 

二匹のくらげは一番右の手を高く上げた。アレンたちもすっかり驚いてしまった。

そしてくらげたちは揃って同じ方向へその手を伸ばす。それはアレンたちがいま

目指している方角であり、実のところ、その大陸へ導くために二匹はやってきたのだ。

 

 

「・・・アレフガルド・・・!どういうわけかは知らないけれどぼくたちを

 連れていきたいらしい。彼らの個人的なお願いなのか、もしかすると背後に

 彼らを遣わした別の力ある者がいるのか・・・」

 

「罠かもしれないってことよね。あえてさっきわたしを攻撃しなかったことで

 安心させておいて後で三人まとめて葬ろうって魂胆・・・ありえるわ」

 

「・・・・・・う~ん・・・・・・」

 

様々な可能性が考えられたが、最後は旅のリーダーであるアレンが決断を下す

こととなり、アレンはそんなに悩むこともせずに答えを出した。

 

「罠だっていってもよォ―――・・・最初からアレフガルドに行くのは

 決まってたことなんだから今さら変えることもないんじゃないか?

 こいつらが案内してくれるなら逆に歓迎だろうよ。背後にこの辺りの魔物の

 ボスがいるっていうのなら・・・」

 

「あえて乗ってやるっていうのも手ね。悪くないじゃない。いいわね」

 

 

アレンとセリアが共にしびれくらげを受け入れる気になったようだ。アーサーは

最初から彼らに友好的だったので、これで決まりだ。そのアーサーは二匹との

握手までも試みていて、眠り毒を含む手に触れないように注意していた。

 

「・・・アレン、どうやらこっちはオスで・・・はじめにセリアと出会ったほうは

 メスのようだ。きみの言っていたようなことはますますなかったよ、これで。

 それにしてもあのときのきみはまさに闘将ボーイ、いや、それ以上の気迫だった。

 自分の大切な人が襲われているとなると当然なんだろうけども」

 

「・・・・・・まあ・・・そうだな。たとえあんな女でも大切な『仲間』だろうが。

 もしお前があんな状態になっていても同じように助けに行くに決まってるぜ。

 しかしオスとメス・・・か。どこまでの付き合いになるかは知らねえが

 名前くらい決めてやったほうがいいだろうよ。そうだなあ・・・」

 

アレンは話題を強引に逸らし、二匹のしびれくらげを呼ぶための名前を命名する。

 

「決めたぜ!そっちのオスのほうが『ヘリオス』、メスは『ルビー』だ!どうだ?

 おれが将来子どもが生まれたときにつけようと思っていた自慢の名前だぜ!」

 

堂々と二匹の呼び名を決定した。自信の名前だったが、セリアの視線は微妙なもので、

 

 

「・・・何だよ、その目は。言いたいことがあったらいつもみたいにハッキリ言えよ。

 センスがないとか文句をつけたそうな顔じゃねえか。早くしろよ」

 

「いいえ・・・別にそんなことは思っていないわ。いい名前じゃない。だけど、

 ほんとうにいいのかしら、と思ったのよ。仮にも将来あなたの子どもに

 名付けようと温めていたものをこんなところであっさりと使ってしまって。

 後先考えない何ともあなたらしい・・・やっぱりここが足りないわね」

 

頭をトントン、と指で叩き、アレンの足りないとされる部分を教えるセリア。

嘲笑うかのように彼の失策を責めたてる。アレン自身も浅墓さに気がつき、

 

 

(しまったぁあ~っ!あの場の勢いと話題を紛らわせるために急いでつい・・・!

 これでもうこの名前は使えなくなっちまった!もしおれの子にこの名前を

 つけちまったら事あるごとにくらげの間抜け面が浮かんできちまう!)

 

「ふふふ・・・ま、あなたの妻になってその子どもを残そうとする物好きな

 女性がいれば、の話ですけれど!でもお金と権力でどうにかするのかしら、

 世界でも有数の大国ローレシアの王子様は」

 

「くそォォ~っ・・・・・・いつか痛い目に遭わせてやるからな~っ・・・」

 

 

セリアが捕らわれているかに思えたときのあのアレンを見てしまえば、どう間違っても

彼がセリアに何かできるだなんて誰も考えすらしないだろう。しかし幸か不幸か

そのセリアは眠ってしまっていたせいで自らを守ろうとした彼の勇ましさを

知ることはいまのところなかった。



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起承転結Ⅱの巻 (竜王の城①)

アレフガルドを目指して船旅を続けるアレンたちは、彼らをその地へと導こうと

近づいてきた謎の二匹のしびれくらげ、ヘリオスとルビーを一時的な仲間に加え

目的地への正確な方角を進み、最短のルートを通ってついにそのときがきた。

 

「あれが・・・アレフガルド大陸だ!何事もなくたどり着けた」

 

「ほんとうに罠でも何でもなくわたしたちをここに連れてきたいってだけだったのね」

 

二匹の案内は完璧で、ラダトームまで歩いて数時間程度という場所に船を泊める

ことができた。しびれくらげを残して三人は船から降り、久々に大地に足をついた。

くらげたちはやや不満そうな様子だったが、アレンが強い口調で二匹に迫った。

 

「・・・いいか、お前たちはここで留守番だ。こんなところじゃあ誰も船なんて

 盗んだりしないだろうがもし変なやつが近づいたらその毒で眠らせろ。

 魔物たちならどうでもいいが人間相手なら間違っても殺すなよ。

 眠らせるだけにしておけ。わかったな!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「そんな顔しないでよ。ラダトームでの用事が終わったらきみたちの行きたい場所には

 必ず行く。だからそれまでこの船のことを頼んだよ」

 

アーサーの言葉に嘘はないと判断したのか、二匹はふわふわと船の奥へ引っ込んだ。

やはりはじめに彼らを迎え入れたアーサーに一番懐いているようで、他の二人には

まだ警戒心を持っているのがわかる。アレンとセリアのほうもそれは同じで、

 

「・・・あんな魔物たち相手に約束を守る必要ってあるかしら?」

 

「とはいえアーサーとあいつらがいなかったらおれたちだけじゃここまで到底

 辿り着けていないからなァ・・・。しかしあいつらはおれたちをどこへ

 連れていきたかったんだか。アレフガルドであることには間違いなかったようだが」

 

もともとの魔物に対しての考えの違いから、アーサーのようにしびれくらげたちを

信用してはいない。人の住む町に魔物を連れて入るわけにはいかないので彼らを

置いていったこと、またほんとうに向かいたい場所とは違うところにアレンたちが

向かうことで抗議しているような素振りを見せられても交渉する気などなかった。

 

「不思議な話だが向こうはおれたちの言葉をわかっている。だから船では変なことも

 喋れなかったぜ。どこから情報が洩れるかわからないからな。しかもやつら、

 会話はできないっていうんだから不便で仕方がない・・・そう思わないか?」

 

「・・・そのことだけど・・・まあいいか、後で。まずはラダトームへ行こう」

 

 

三人の先祖である勇者ロトと子孫たちの伝説が語り継がれる町ラダトーム。

特にアレンはアレフガルドの地を歩くだけでも高揚を抑えられないでいた。

大魔王ゾーマから光を取り戻したロトと仲間たち、侵略者竜王を打ち倒した

ブライアンもここを歩いたかもしれない、と子どものように飛び跳ねてはしゃぐ。

 

「まったく・・・何歳なんだか。こんなのが世界の大国の次の国王とはね・・・」

 

セリアはアレンを仕方がないもののように言ったが、実は心のなかでは彼女も

恥や見た目を顧みずに全身で感動を表現したかった。それだけ二人にとって

勇者ロトは特別な存在だった。神や精霊ルビスと並ぶ位置にいる。

 

もちろんアーサーも偉大な先祖への敬意はアレンたちに劣らず持っている。

だが、いまの彼はそのせいで他が見えなくなったりはしない。他の二人の

思いがさまよっている間も彼だけは現在の状況を確認し、分析するのを怠らない。

 

(・・・魔物の気配はする。なのに襲ってこないのはなぜだ?決してぼくらより

 遥かに弱いから、という感じではない。群れを組んで襲えばぼくらを打ち倒す

 可能性だってありそうだ。なのに飛び出してこない。かといって逃げるわけでも

 なく・・・・・・。もっと観察する必要がありそうだな)

 

 

アレフガルドを歩いて一時間以上、魔物との戦闘は全くない。アーサーは一度

草むらに隠れていた凶暴そうな獣の魔物と目が合った。しかし戦いにはならず、

その魔物はただじっとアーサーたちを見ているだけだった。距離があったので

感情まで読み取ることはできなかったが、普通ではない事情がありそうだ。

 

(それともう一つ・・・そろそろ言ったほうがいいかな、こっちは)

 

アレンは前を行く二人を呼びとめ、皆で一度腰を下ろしてからその話をした。

 

 

「・・・もうじゅうぶんアレフガルドの空気も楽しめた頃だから聞きたいんだけど、

 きみたち、ほんとうにこれからラダトームに行くのかい?」

 

「ハァ?何を言ってやがる。おれはそれが楽しみで・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

アレンは今さら何を、という返答だったが、セリアは核心を突かれたような

顔をして黙っていた。確かに彼女はアレフガルドには期待を膨らませていたが、

崇敬してやまないロトゆかりの地であるというのにラダトームへ行きたいとは

言っていなかった。しばらく沈黙が続き、アレンもようやくその理由に気がついた。

 

「あ・・・あああっ!!そうだ!どうしておれはそんなことを忘れちまっていた!?」

 

「・・・わかったようだね。長い旅のせいだよ、仕方ないさ」

 

セリアが両国の都合でまだ見たこともないラダトームの第三王子と婚約していたという

数年前のアレンを絶望させた事柄を、はっきりといまアレンは思い出した。

ムーンブルクがあのようなことになったのでおそらくは婚約はなかった話に

なるだろうが、それでも正式に破棄されたとは誰も聞いていない。

 

「・・・だから行きたくないのよ。せっかく潰れた厄介なものがもう一度

 面倒なことになって戻ってきそうだもの。できれば寄りたくないの。

 もしあの約束がまだ死んでいないとして、向こうが撤回に応じてくれなかったら

 わたしの旅は終わってしまうかも・・・それはいや」

 

「それに関してはぼくはどうとも言えないね。でもアレン、きみは言っていたね。

 旅の途中でセリアが旅をやめたいとかどこかの男と共になることを望むのなら

 それで構わないと。いまの彼女はそうではないようだけど・・・・・・」

 

 

アレンは立ち上がった。そして来た道を戻り始めた。

 

「・・・・・・?」

 

「船に戻るぞ。ラダトームに行くのはやめた。さっさと帰って次の冒険のために準備だ」

 

 

アレンもセリアとの別れは望んでいないようだ。万が一にもその可能性があるのなら

幼いときからの憧れの地へ向かうのも躊躇いなく断念できた。また、かつての

自分を悩ませたセリアの婚約がなくなった可能性が高いということに関しては、

 

(・・・ちょっと前・・・少なくともあいつと会う前までのおれなら喜んでいた

 だろうな。しかしいま、あいつがどういう女かわかっちまったからなァ~。

 ラダトームに行かないのもセリアが他の男に取られるっていうよりかは

 大事な戦力が減るのを恐れて、だもんな。ああ、それ以外には・・・くそっ!)

 

あくまで心のなかで思っていることなのにいったい誰に言い訳しようと

しているのか、とアレンは自分の頭をぽかんと叩いた。後ろの二人には

その行為がさっぱり理解できず、虫でも追い払ったのか、と思われていた。

 

とはいえセリアの婚約がなくなったことを喜ぶべきではないとアレンは自らに

言い聞かせていた。それはムーンブルクが壊滅したからで、彼女の家族や友人たちが

打ち倒され、城は廃墟となり、それどころではなくなってしまったために

そうなった。だからアレンの本心は別として、たとえセリア本人が何を言おうが

婚約の破棄を残念なこととしなければならない。アレンは気持ちを引き締めた。

 

 

「・・・わたしとしては助かったけど本気で戻るのね。結局僅か数時間の滞在!

 あのくらげたちが喜ぶのは癪ね。でも、気が楽になったわ」

 

「せっかくだし船に戻ったら彼らの案内を再開してもらおう。ぼくたちを

 どこに連れていきたかったのかわかるだろう。ラダトーム以上に

 心躍る場所になるかはわからないけれど、楽しいところかもしれないしね」

 

やがて船が見えた。この帰り道の間もやはり魔物との戦闘は一度も無く、さすがに

アレンとセリアも異常な空気を察した。後が怖いので何事もないうちにこの場を

離れたほうがいいと自然と急ぎ足になっていた。

 

「あいつら不気味だな・・・まあいいか、もうすぐ船だ。アレフガルドともお別れだ」

 

「船はちゃんと無事みたい。また長い船旅の始まりね。大きな町でいろいろと

 仕入れておきたかったけれど、次の機会待ちってことに・・・」

 

 

ラダトームで旅のために必要な様々なものを手に入れたかったがあては外れた。

他の土地までどれだけかかるかわからないため、もう一回ルプガナに戻らなくては

いけなくなりそうだ。旅の計画の練り直しとなった。

 

「・・・おお、きみたちありがとう!思ったより早い旅になっちゃったよ。

 じゃあ次はきみたちの行きたいという場所に連れていってもらおうかな」

 

アーサーは船を守っていたしびれくらげたちに礼を言いながら船の操縦を

始めようとする。アレフガルドでの冒険はまだ続くようだ。

 

「おいおいアーサー、本気でこいつらの要求に応じるのか?」

 

「いいじゃないか、どうせ次の目的地は決まっていないんだしね。意外と

 楽しい場所に招待されるかもしれないよ」

 

「・・・地獄じゃなければいいけど・・・」

 

 

二匹のくらげがアーサーに触手で方角を示す。それはラダトームへ向かう方向と

同じで、このまま行くとラダトームにたどり着きそうだ。

 

「でもこいつらはラダトームにおれたちを導きたかったわけじゃないんだよな。

 だったらどこへ・・・?」

 

アレンたちは忘れていた。ラダトームのすぐそば、その目と鼻の先にも勇者ロト、

その子孫ブライアンの伝説が眠る地があったことを。近づくにつれてだんだんと

もしかしたら、と薄々感じるようになってはいた。

 

 

「・・・な~るほど・・・ここかァ~・・・。確かに面白い場所だぜ・・・」

 

それは魔の島、大魔王ゾーマ、そして数百年後に竜王がその居城とし、共に

勇者によって野望と共に滅んだ地だ。竜王が建てた城はいまだ残っていた。

 

「要するに・・・お前たちはこの城の主・・・竜王の子孫の使いだったのか!」

 

二匹のしびれくらげは右手をあげて、その通りだという意思を示した。ラダトームの

若大将と呼ばれたブライアンによって倒された竜王の子孫がまだ魔の島の城で

主として玉座に座っているのはアレンたちも知っていた。

 

 

「確かブライアン様たちがアレフガルドを去ってからだったな、ラダトームが

 残った魔物たちを攻撃して竜王の息子二人を処刑した。魔物の脅威もその

 おかげで完璧になくなったってわけだ。それだけじゃなく・・・」

 

「ええ。ブライアン様に倒された竜王の孫だけがあえて生かされて・・・

 それ以来アレフガルドの魔物たちはラダトームには逆らえない約束を

 押し付けられたって話だったわ。いい気味ね」

 

アレンとセリアはラダトームの戦いを肯定するように語り合ったがアーサーは、

 

「・・・どうかな。ぼくはあの戦いは間違いだったと思うよ」

 

「・・・・・・?」

 

「ラダトームがあの戦いを仕掛けたのは平和のためというよりは民衆の

 ご機嫌取りのためだったっていうじゃないか。無抵抗な魔物たちを虐殺し

 自分たちの政治の腐敗を覆い隠そうとしていたらしいけど失敗したみたいだ」

 

彼の言葉通り、ラダトームが成功を収めなかったことは明らかだった。その証拠が

アレフガルドの住民たちの大量移住だ。それによってローレシアをはじめとした

新しい国が栄え、ラダトームは衰えていったのだ。人々は王国を支持せずに、

ブライアンとその子どもたちが支配する地を選んだ。

 

 

「そうか、さっき歩いていたとき魔物たちが襲ってこなかったのも全ては

 ラダトームと結ばされた奴隷のような契約のためか。今度逆らえばいよいよ

 根絶やしにするぞ、と・・・そういうことなんだろう。きみたちの悔しさ、

 よくわかった。今でも狩りは続いているという話も聞いている」

 

二匹のしびれくらげはアーサーの手を取り、自分たちの思いをわかってくれたことに

感激しているかのように身体を激しく上下に振っていた。一方セリアはというと、

 

「・・・ふん、魔物との握手はあまり感心しないわ。いまこうしていっしょに

 船旅をしているだけでもかなり譲歩しているのに・・・」

 

不快極まりない、という彼女をアレンが手で制し、アーサーたちのもとへ近づいた。

 

「ま、おれもこいつと同じ意見だな。魔物と仲よくなるなんて間違っているぜ。

 ただ・・・困ったやつは見過ごせない『闘将ボーイ』としてのおれの魂が

 お前たちの力になりたいと言っている。案内を続けてもらおうか」

 

「・・・アレン、あなたまで・・・!あのおぞましい城のなかへ行くというの?」

 

「こいつらも城の魔物もおれたちに手出しは出来ねえよ。そういうルールなんだろ?

 それにもし何かしてきたらそのときはお前の待っていた展開になるぜ。竜王城の

 生き残りどもを一匹残らずバギの餌食にしちまってもいいってわけだ」

 

「ふーん・・・そういうことならまあいいわ。竜王の城の見学といきましょう。

 ブライアン様が伝説をつくった舞台をこの目で見るのも悪くないわね」

 

 

船を竜王城のすぐそばにつけた。かつてはとても船で近づける場所ではなかったが、

城主の力がそれまでの支配者とは比べ物にならないほど弱まってしまったせいか

今では普通の海と何ら変わらず、来るものを拒まない。

 

「これじゃあ幻の『虹のしずく』もいらないってわけか。ちょっと残念だな。

 見てみたかったな、空に橋が架かる奇跡を」

 

「・・・その虹のしずくを作るためには材料が必要だったじゃない。そんなものを

 探すだけ時間の無駄よ。こうして楽に上陸できたのだからそれでいいわ」

 

女にはロマンがわからないのかね、とアレンが両手を広げてアーサーに目配せした。

アーサーも苦笑いしながら小さくうなずき、くらげたちの後についていった。

竜王城の重い扉を二匹が何回か叩く。すると中から音を立てて開かれた。

 

 

「・・・よくいらっしゃいました、勇者ロトの末裔の皆様。歓迎いたします」

 

人の言葉を流暢に話す魔物が出迎えた。その姿にアレンたちは見覚えがあった。

 

「あ・・・!てめえはルプガナの町で娘さんを襲っていたグレムリン!こんなところで!」

 

町のなかに侵入して力のない町人を襲撃していた悪魔と同じだった。二匹組であったが

アレンたちは一匹仕留めそこなっていたのでそのときの生き残りだと錯覚した。

実際は彼らの気づかないところでもう一匹も息の根を止められていたのだがそれを

知ることなくルプガナを後にしていたので仕方のない反応だった。

 

「・・・いいえ、それは誤解です。私はもう何年もここを離れていませんから。ですが

 わたしと同族の仲間が二匹、どこかへ姿を消していました。日頃から彼らは

 人の肉が食べたいとか町を一思いに襲ってやりたいと愚痴をこぼしていましたが・・・」

 

人間に手出しできないアレフガルドから離れた地で好き勝手振舞いたかったのだろう。

魔物としての本能を抑えきれずにルプガナの地まで流れていったのだ。

 

「なるほど。あの二匹もアレフガルドから来ていたといえば説明がつく。人の言葉を

 使っていたからね。ここまで案内してくれたしびれくらげたちも喋ることは

 できなくとも理解はできている。そういうことだったのか」

 

「ええ。かつては高位の魔物であればさまざまな言葉が自然に使えたとのことですが、

 今ではどんな魔物でも人の言葉を覚えるように命令されています。百年前の

 不平等な条約にそれも含まれていたので」

 

かつて世界で大きな戦争が起きたとき、戦いに勝った国は負かした国の人々に

自らの国の言語を使うように強制したという。奴隷たちへの命令が速やかになるからだ。

いまアレンたちの住んでいる世界はよほどの田舎を除き一つの言語で統一されている。

だからそれは遥か大昔の出来事か、もしくは勇者ロトが現れた『上の世界』と呼ばれる

世界でのことだろう。他人事のように思えていたこの話がいまこの土地で

起きている、というのは彼らにとってちょっとした驚きだった。

 

 

「・・・おれはぜんぶわかったぜ。どうしてこのくらげたちがおれたちをこの城へ

 連れてきたのか。百年の恨みをおれたち相手に晴らそうってわけだ。ラダトームが

 どうしたかは関係ない。ブライアン様が竜王を倒したのがそもそもの始まりだ。

 だからその子孫であるおれたちを・・・ってことだろう?」

 

「・・・・・・いえ、そのようなわけではなく・・・。ただ現竜王様が

 あなた方にぜひ直接お会いしたいと。その理由は私にもわかりません。

 『竜王は城から出ないこと』と条約で定められておりますので。ですが

 竜王様があなた方をこの手で倒そうなどとしているなどとはとても・・・」

 

「まあいいわ。竜王のところに案内してもらうわ。もしアレンが言うようなことに

 なったらわたしたちが逆に竜王ごとこの城を廃墟にしてやるわ。ラダトームは

 むしろ甘かったということを思い知らせてやるもの。さあ、行きましょう」

 

魔物の根絶やしを願うセリアはむしろそうなることを望んでいるかのような低い声で

グレムリンを恐れさせる。しびれくらげや他の城に住む魔物たちもこれからどうなって

しまうのだろうと不安になっていた。彼らの主である竜王に託すしかなかった。

 

 

 

「・・・なかなか強そうじゃねえか・・・。まともに戦えば苦労しそうだぜ、こりゃ」

 

「彼らは『サーベルウルフ』という種族です。その攻撃力はこの城でも一、二を

 争います。私たちが戦いを許されているのはあくまで侵入者からの防衛のみ。

 そのときは彼らの一撃必殺の牙と爪が大いに頼もしい限りです」

 

「うっ・・・!メドーサボール!?いや、ちょっと違うわね・・・」

 

「『ゴーゴンヘッド』。先ほどのサーベルウルフが攻めならこちらは守りを担当します。

 その防御力は魔法も剣も簡単には通しませんよ。幻を見せ狙いが定まらなくなる

 呪文であるマヌーサも使ってまさに完璧といって差し支えないでしょう」

 

アレンたちはこの城の魔物のレベルの高さに圧倒されていた。最初から激しい戦いが

予想される洞窟や塔に入るときは当然警戒して突入するが、今回は戦意のない相手だ。

魔物たちも力のない種族ばかりであるか、すっかり元気を失っているのだろうとばかり

思っていたので、先ほどまでの優越感は吹き飛んでしまっていた。高圧的な態度を

示すとしても、それは動揺を隠すためのものに過ぎなかった。

 

「・・・おおっ!キングコブラだ!洗礼のための洞窟では怖かったなぁ。

 いや、それよりももっと強そうだ。まともに戦えばまずいかもしれないね」

 

「そうでしょうそうでしょう。あれはキングコブラよりも更に強い毒を持つ

 『バシリスク』なのですから!攻撃力だってサーベルウルフと同じほどは

 あります!迂闊に手を出さないほうがいいですよ、あっという間に餌食です」

 

どれだけアレンたちが隠しても察したのだろうか、グレムリンがだんだんと

自信と誇りを取り戻したかのような口調になり、誇示するように現在の

竜王軍の精鋭たちを紹介する。アレンとセリアはすっかり面白くなくなってしまう。

 

「ふん・・・気に入らないわね、あの態度。頭にくるわ」

 

「でもここで戦いになったら・・・負けるぜ、おれたちが。悔しいが大人しく

 しているしかないだろうよ。こっちがへんな真似をしなきゃいいだけなんだしよ」

 

 

後ろで歯ぎしりしているアレンたちをよそに、アーサーは案内役のグレムリンと

話を続けていた。ほとんどはグレムリンによる竜王城の紹介と自慢を静かに

聞くだけだったが、一通り聞いてから口を開いた。

 

「・・・ここは素晴らしい場所だ。一つの国家、それ以上かもしれない。

 だからこそ疑問がある。これだけの魔物たちを集めているからこそ、だ」

 

「・・・はて、それは・・・?何でもお答えしましょう」

 

「これなら不利な立場を覆すためのラダトームを攻めに戦いに向かっても

 勝利できるかもしれない。なのにどうしていまの状況に甘んじているのか。

 そこがどうにも不思議でわからなくてね」

 

アレンとセリアもまさにそう思っていた。これだけ強さと賢さを兼ね揃えた

強力な魔物たちの軍隊であればラダトームとの決戦を仕掛けても勝機はある。

ラダトームの兵がどれほどの規模であるかがまだわからないので断言は

できないが、彼らの故郷、ローレシアやムーンブルクであっても苦戦は免れない。

ならば竜王軍が思い切った行動に出てもおかしくはないのだ。

 

アーサーの質問にグレムリンは一瞬だけ顔を歪め、何かを堪えているように見えたが

すぐに元通りの穏やかな様子に戻った。言葉も丁寧なままだった。

 

「・・・ええ、そのことですが、それは現在の竜王様が・・・・・・。

 おや、話していたら到着しましたよ、その竜王様の王座の間に」

 

 

アレンたちの血筋と因縁の深い竜王の子孫とついに対面の時がやってきた。

彼が何を思ってアレンたちを招いたのかわからないため、いつ大きな竜が

炎を吐いてきてもいいように戦いを始める構えを崩さなかった。



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起承転結Ⅲの巻 (竜王の城②)

 

アレンたちの先祖、ラダトームの勇者ブライアンによって倒された竜王を継ぐ者。

その玉座に一歩ずつ近づく。アレンたちの緊張も高まっていた。

 

(・・・ブライアン様もきっと堂々と歩いていたに違いない。だったらおれも

 そうしなくちゃいけない!ええい、震えるな!何かあったらおれが先頭で

 アーサーとセリアを守らなくちゃいけないんだ、しっかりしろ、闘将ボーイ!)

 

(うーん、現代の竜王か。肌の色こそ異質だとしても人の姿であるのか、それとも

 巨大な竜なのか・・・この竜王は果たしてどちらの姿で出迎えてくれるのだろう。

 人との会話は問題ないそうだし、どんな話が飛び出してくることやら・・・)

 

(・・・・・・やつが襲ってきたら速さで負けたらだめね。出鼻をくじくために

 最初から全力のバギで押し切る!だめそうだったらラリホーが効くのに賭けて、

 あとはルカナンで前二人の攻撃を助ければ・・・・・・)

 

三者三様の心構えのまま扉が開かれた。そこに待っていたのは・・・。

 

 

「よくぞ参られた、勇者ロトの末裔たち!わたしは王の中の王と呼ばれた竜王、

 『マンノウォー』のひ孫でありこの時代の竜王、名を『ホクト・ボーイ』という!

 わたしは待っていたぞ!そなたらのような勇者が世に現れるのを!」

 

 

あの竜王のひ孫と名乗るホクトボーイ。外見は人間そのもので、アレンたちと

年齢はほぼ変わらないように見える。線が細いがひ弱さは感じられない、

王にふさわしい堂々とした振る舞いと声の調子だった。

 

「・・・これは・・・!ホクトボーイとか言ったな、まさか人間なのか!?」

 

「いいや、わたしは魔物である父と人間である母の間に生まれた、いわゆる

 『モンスター人間』と呼ばれる者だ。その証拠に・・・」

 

竜王の視線の先には数人の人間がいた。そのなかにアレンの母親と同じくらいの

歳であろう女性がいた。その人物が竜王、ホクトボーイの母なのだろう。

 

「モンスター人間は外見はほんの少年少女に過ぎなくとも実際には数百年、いや

 数千年と生きている者もいると聞くがわたしはまだ二十歳にもなっていない。

 そなたたちと同じ世代なのだ。仲よくしようではないか!過去の因縁は

 あくまで過去のこと、これからよき関係を築いていこうぞ!」

 

部屋に人間たちがいることも含め、この竜王はかなり友好的なようだ。自ら

玉座から降り、アレンたち一人一人と握手を求める。拍子抜け、というのが

アレンたちの正直な感想であったが、戦闘にならなかったことに安堵もした。

 

「・・・あ、ああ。よろしくな。おれはアレン・・・将来はローレルという名を

 襲名するんだが、一方で『闘将ボーイ』とも呼ばれている。おれたち二人のボーイ、

 これも何かの縁だ。互いに素晴らしい国をつくっていこうじゃないか」

 

「ぼくはアーサー、本名はテンポイントっていう。想像以上に近づきやすいお方で

 安心した。ぼくたち個人の枠を超えて国家レベルで親しくなれそうだ」

 

アレンとアーサーも竜王の握手に応じ、和やかな空気が流れる。そして残るは

セリアのみ。彼女も手を差し出したが、友情を築くつもりは毛頭ないようだ。

 

「ふふ・・・あなた、それにこの城の魔物たちはまるで牙を抜かれた虎・・・

 いや、サーベルウルフやバシリスクと言うのがいいかしら。まるで闘争心も

 自尊心もないようね。ラダトームの犬の大将にふさわしいやり方だこと」

 

お前が犬って言うのか、とアレンは口に出しかけたがどうにか抑えることができた。

そのセリアの無礼な言葉にも竜王は少しも怒っている様子は見せない。逆に

声を高らかに笑ってみせることで大物ぶりを見せつけることとなった。

 

 

「はっはっは、そなたがそう言うのも無理はない。しかしそれは少し違うな。

 そこにいるわたしの母も含めた人間たちはラダトームから友好のしるしとして

 この城にきた王族の者なのだ。よそからの旅人は知らないことが多いが、

 いまはラダトームと我らの関係は決して悪くないのだよ。食料に資源、

 教育に知識・・・それらをやり取りし、交流もだんだんと広げている」

 

「・・・これは驚きね。でも納得がいったわ。わたしたち相手に敵意がないのは

 そういうことなのね。心の底から過去のことは水に流しましょうってわけ・・・」

 

「うむ。我らより古い世代の魔物たちはいまだにラダトームによくない感情を

 抱いている者も多いがな。しかしそなたたちは別だ。『マンノウォー』の名を持つ

 竜王が勇者ブライアンに負けたのは正々堂々戦った故のこと。それをいつまでも

 恨むというのは無礼というもの・・・らしいのでな。現代に生きる我らの

 真に戦うべき憎き敵・・・それはそなたたちでもアレフガルドの人々でもない!」

 

ホクトボーイは立ち上がり、こぶしを握り締めて力強く宣言した。

 

 

「それは・・・世界の支配者になろうと表でも裏でも侵略を続ける

 『大神官ハーゴンとやつの広める邪教』!どうにも最近やつらが

 大きな顔をしているせいでわたしも不快極まりないのだ!」

 

命の奪い合いをした者たちの百年後の子孫の敵は同じだった。世界を脅かす

規模にまで大きくなった、邪悪な神々を賛美する者たちとその総帥ハーゴン。

アレンたちは当然として、もはや竜王としても見過ごせない脅威となっていた。

 

勢いよく立ったまではよかったが、竜王は再び玉座にぺたりと座った。

声も静かな落ち着いたものに戻っていた。

 

「・・・しかしわたしはこの城のそばから離れられない・・・そこでだ。

 わたしの代わりにハーゴンを倒してくれないか。もちろん礼はする」

 

同じくらいの年齢であるアレンたちに自らが叶えられない夢を託す。

アレンたちとすれば、頼まれるまでもなくそのために旅をしているのだが。

 

 

「まあ・・・お前の代わりに、というつもりはねえが絶対にやつらを倒す。

 それは約束してやるぜ。だから安心してここで待ってな」

 

「おお!何と頼もしい答えだ!ではこれを持って行け!」

 

竜王はアレンに丸めた紙を手渡した。広げてみると、それは世界地図だった。

 

「むっ・・・!ローレシア大陸もある!本物の世界地図か!」

 

「わたしのしもべたちが完成させたのだ。そなたたちは船で来たのだろう?

 ならば地図は必要不可欠ではないか。友情の印としてそなたらに渡そう。

 ハーゴンの居場所を突き止めるために役立ててくれ」

 

「これはありがたい!さっそく役立たせてもらうとするよ!」

 

 

竜王とは終始和やかな空気のまま話が続き、邪教の壊滅を誓ったところで

謁見の時間は終了となった。ここまでアレンたちを案内したグレムリンによって

連れられ、竜王の間を出た。あとはこのまま来た道を戻るだけと思われたが、

 

「・・・皆様、実はもう一人お会いしていただきたい方がいるのです」

 

「・・・・・・?別に構わないぜ。そいつもやっぱり人間みたいなやつなのか?」

 

「お会いになればわかりますよ。私個人としては・・・現竜王様ではなく

 この方に接触していただくために動いたようなものですから」

 

竜王以上の者がいるというのか。いや、それはないだろうと三人とも軽く思っていた。

このグレムリンの親族だとかその程度の存在に過ぎないと。竜王の城であるのに

まさか竜王よりも緊張と恐怖をもたらす強者などいるはずがないはずだ。

 

「・・・こちらです。では・・・どうぞ失礼のないように・・・」

 

多くの絵画や壺、鎧などの装飾品に満ちていた竜王の間に比べると小さな部屋で、

煌びやかなものなど何一つ飾られていない。僅かに見られる家具もアレンたち王族が

使うものよりも格の落ちる、しかし実用性には勝るものだった。その部屋の主が

奥からゆっくりと歩いてきた。その彼の姿はアレンをも思わず一歩後退させるものだった。

 

 

「・・・あ・・・ああ・・・!!ほ、本物の・・・竜王だ!」

 

 

アレンが幼い日から幾度も読んでいた勇者伝の本、また多くの書に描かれている、

アレフガルドを支配し、そのために勇者によって断たれた竜王そのものだった。

 

「ほんとうだ・・・!まさか生きていた!?いや、そんなはずはない!」

 

「さっきのは偽者でこっちが真の竜王ってことね!?こんなことが・・・!」

 

その目で見たことはなくともそれが竜王だということはアーサーとセリアも

知っているところだ。青い肌に黄色く光る目の怪人に、武器を持つ手に力が入った。

しかし若い三人を落ち着かせるように、この部屋の主のほうが後ろに下がった。

 

 

「・・・これは驚かせてしまったようですまない。わしの名は『シー・ビスケット』。

 きみたちも聞いたことがあるのではないかな?きみたちの偉大なる先祖に倒された

 竜王マンノウォーの孫であり・・・いまは息子に王の座を譲った隠居の者だ」

 

祖父を勇者ブライアンに倒され、父と父の兄弟つまり叔父、さらに多くの仲間を

ラダトームによって殺され、その後に力なき王とされたシービスケット。

彼と人間の女の間に生まれたホクトボーイに全ての権威を渡していた。

 

「そ、そうか・・・あんたが竜王の孫シービスケットか。確かに名前だけはおれも・・・」

 

「失礼がないようにと言っただろう!前竜王様に向かって何という口の利き方だ!」

 

アレンに対して目の色を変えてグレムリンが声を張りあげた。先ほどのホクトボーイとの

時間では一切なかったことで、アレンもその勢いに気圧されてしまいそうになった。

 

「・・・まあまあ、『タウィー』よ、そう熱くなるな。いまのわたしは何の肩書も

 称号もないただのシービスケットだ。世界の強国の王子であり、あと数年もすれば

 王となるお方に対して無礼なのはお前のほうではないか」

 

先代竜王が静かに説くと、タウィーと呼ばれたグレムリンは頭を深々と下げると

部屋の外まで出ていってしまった。アーサーが話を続ける。

 

「シービスケット様、あなたのご子息はアレフガルドの人々との友好関係を

 築こうとしておられるようですが、あなたはどうお考えなのですか?

 百年前を知る世代はラダトームを、更には我々をも快く思ってはいないと

 聞いたものですから。あなた自身はいまの流れを認めておられるのですか?」

 

アーサーの鋭い問いに、先代竜王は本心を隠すことなく答えた。

 

「うむ・・・全く過去のことを忘れたといえば嘘になる。祖父がきみたちの

 先祖に敗れたのは仕方のないこととして、ラダトームはわしの父や仲間たちを

 酷く扱った。容赦のない侵略の後もしばらくは奴隷のような日々が続いた。

 わしはきっと死ぬまで父が処刑された光景を、仲間がやつらの楽しみのために

 意味もなく殺害されたことを忘れることはできないだろう」

 

「・・・まあ・・・当然といえば当然よ。わたしだって・・・たとえハーゴンを

 この手で倒して世界に平和を取り戻したとしても・・・・・・あの日のことは

 絶対に忘れられない。いや、忘れちゃいけないもの・・・」

 

セリアは誰よりもシービスケットの思いを理解できるだろう。どんなに忘れたくても

忌まわしい記憶は頭から離れず、一方で犠牲になった愛する者たちのことを思えば

決して忘れてしまってはならないという苦しみを持つ者同士だからだ。

 

「ただしいつまでも憎しみを抱いていては前には進めない。ラダトームが現在の

 王になってからやつらは態度を軟化させ、王族の女性たちを竜王城によこした。

 わしもそれを受け入れ、労働力として何人かの部下をラダトームに派遣した。

 新しい未来に向かって時代は動いている。だからきみたちと同い年ほどの

 ホクトボーイに王の座を譲り、古き者は去ったのだ」

 

どうやら全てが平和に向かって順調のようだ。しかし、ここで先代竜王は声質を変え、

 

 

「だからこそ不安なのだ。静かすぎるいま、背後で何かが起きているかもしれない。

 ラダトームに関しての噂でよくないものがいくつかわしの耳にも入っている。

 平和へ足並みを揃えているはずなのにいまだ不平等な条約は残されたままだ。

 息子はハーゴンの脅威がどうとか口にしているが、わしにとってはやはり

 ラダトーム、そこをまずはどうにかしなければいけない、そう思っている!」

 

「・・・どうにかする・・・実際にどうされるおつもりですか?」

 

「ラダトームが真にわしらと力を合わせ皆が幸福な世をつくるつもりならもちろん

 それ以上のことはない。わしの愚かな思い過ごしだった。しかしもしこの悪い予感が

 的中しやつらの間に何らかの策略や陰謀が見つかったならば・・・。

 この城の魔物の精鋭たちの実力はきみたちも見ているだろう」

 

百年の間忍び続けてきたが、ついに戦争を起こそうというのだ。

 

「そんなことを聞いてこのおれが許すと思ってやがるのか!」

 

「・・・ならばきみたちに頼みがある。ラダトームの町と城へ行き確かめて

 ほしいのだ。あの国の真実を。きみたちの報告しだいだ、わしらの出方は。

 もし頼まれてくれるなら素晴らしい宝を差し上げたいと思うのだが。

 おっと、どんな宝かはきみたちが心の広い人間であることを実際に示して

 くれてからわかることになるだろう」

 

素晴らしい宝、と聞きアレンたちの目の色が変わった。貴重な世界地図を

あっさりと渡した竜王の父が勿体ぶるほどの宝だ。いただかない手はない。

 

 

「・・・おれたちはあんたの言う通り、確かめてくるだけだ。結果に関わらず

 その宝はもらえるんだろうな?戦いが起きてもあんたたちの仲間にはなれないぜ」

 

「わしらの敵になろうが味方になろうが傍観者となろうがそれは構わんよ」

 

「決まりね。心変わりのないうちに念書でも書いてもらおうかしら・・・」

 

シービスケットは嫌な顔一つせずに紙を一枚、それにインクとペンを持ってきた。

その懐の深さは息子にもしっかりと受け継がれているのをアレンたちはすでに

見ている。そしてすらすらと証拠となる書を書き始めたが、それは芸術とも

呼べるほどのきれいな文字で、これほどまでの達人を彼らは知らなかった。

 

「城の教師たちですらここまでの字は書けやしなかったぜ。見事だな」

 

「・・・その昔、この手の感覚がなくなるまで強制的に練習させられたのでな。

 このわしが人間の言葉を上手になればなるほどラダトームの者たちの

 征服欲は満たされていったようでな」

 

その悲しい理由を聞くと、アレンたちも複雑な気分になってしまった。

 

 

 

先代竜王の部屋を出た三人はグレムリンに見送られて竜王城を去った。ラダトームに

向かうために船に乗ると、しびれくらげのヘリオスとルビーがこれまでと変わらず

船を守っていた。

 

「・・・きみたちの目的はもう済んだのでは?いや、でもありがたいな。

 しかし結局ラダトームに行くことになっちゃったね」

 

「まあこうなったら仕方ないわ。婚約の件もうやむやにしないではっきりと

 決着をつけておいたほうがスッキリするもの。この二匹が船を警備して

 くれるっていうのなら安心して留守に出来るし」

 

「・・・・・・そうだな。じゃあ行くぜ、ラダトームへ!」

 

 

竜王城からラダトームまでは短い旅だった。二匹のしびれくらげを残して

アレンたちは再びアレフガルドの大陸を歩き、やがて町が見えた。

 

「あれがラダトームか!いろいろ二転三転したが最終的に来ることになったのも

 運命だな!ルビス様が導かれたのかもしれねえな、勇者ロトの末裔として

 ラダトームを避けちゃいけないってな!」

 

期待を胸にロト伝説の眠る町へと急ぎ足で進み、町の姿が大きくなってきた。

だが、アレンたちが目にしたのはかつての栄華の面影もない町だった。

 

 

「・・・何だか汚いわね。誰も片付けとか掃除とかしないのかしら?」

 

「雰囲気もよくないように感じる。どうしようもないってほどじゃないけれど・・・」

 

彼らがこれまでに訪れたどの町や村よりも居心地が悪く、荒んでいるように思えた。

 

「二人とも、これはおれたちの身分がばれないようにしなくちゃいけないぜ。それを

 明かすのは城まで待ってからだ。ただの旅人でいなきゃ危険だ」

 

ラダトームをはじめとしたアレフガルドの衰退は勇者ブライアンがローラ姫と共に

新たな地へと去ってしまったのが原因だとされている。その子孫である彼らは

歓迎されるどころか迫害されて命を狙われるかもしれない。勇者ロトの紋章が

デザインされたどんなものも隠し、手のアザまでも袖で覆った。

 

 

「いらっしゃい!じっくりと見ていってください!」

 

「店は普通でよかったぜ。おっ・・・こいつは大きな金槌だな。豪快に

 魔物どもを吹っ飛ばせそうだ。気に入った、買うよ。お前たちは?」

 

「そうね・・・みかわしの服を新しく買っておくわ。ルプガナのものとは柄が

 違うみたいだしちょっとしたおしゃれってことで・・・」

 

幸い武器と防具の店や道具屋は真面目な商売をしているので問題なく買い物が

できた。ここでアレンは店の主人に今日の宿について聞いてみることにした。

 

「ところで実はおれたち、まだ泊まる宿が決まってないんだよ。どこかおすすめの

 宿屋はないか?値段はどうでもいいんだ。料理がうまいとか、もしくは昔

 勇者ロトが泊まった伝統の宿とかあればいいな~って・・・」

 

すると店の主人はアレンにこっそりと話すように小声になった。アーサーはともかく

少なくともセリアには絶対に聞こえないような声の大きさで。

 

「・・・ふふふ、お客さんもうまい尋ね方をなされる。あのお連れのお嬢さんを

 ごまかすにはじゅうぶんですよ。いい宿・・・でしょう?そうですね、

 私ならあの角の店がいいのですが・・・お客さんならあまり歳が上だと

 母親みたいでいやになっちまうかもしれませんね。だったら・・・」

 

「・・・?意味がわかんねえぞ。別に宿屋の女将がいくつかだなんてどうでも

 いいじゃねえか。まあ確かに若くてきれいな娘ならいいけどさ・・・」

 

アレンは店主の言っていることがわからず首をかしげた。しかしそれに対し

ますますにやけ面になった主人がアレンの肩を馴れ馴れしく叩いた。

 

「遠慮してしらばっくれなくなっていいじゃありませんか!いい宿を紹介しろって

 いうのはこの町じゃそれ以外には何もありゃしませんって!ま、お連れの方だけ

 安全で清潔な宿にお泊めしておきたいなら向こうのほうですかね。そっちは

 普通の宿ですから。でもお客さんが行きたいのは・・・ふふふ、ま、いい夜を」

 

最後まで店主の真意がわからないままアレンは二人を連れて言われた宿へと

向かうことにした。それまでの道のりでようやく言葉の意味を知ることになる。



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起承転結Ⅳの巻 (ラダトーム①)

 

「そこのお兄サ~ン、寄ってかな~い?いまならいい娘と一晩じゅう遊べるわよ?」

 

「見ない顔だねお兄サン!旅人かい?ラダトームに来たならうちの宿に来なくちゃ!

 お兄サンくらいの歳の娘もいるから楽しんでもらえますって!さあさあ!」

 

ラダトームの町を歩いていると、次から次へと際限なく声をかけられる。

中にはアレンの腕を掴んで店へと誘う者もいた。それをどうにか振りほどき、

アーサーとセリアと共に人の少ない場所まで駆け抜けてから息を切らして座り込む。

 

 

「・・・売春宿・・・か・・・!娼婦たちがたくさんいるってわけか・・・」

 

そういえば肌の露出の覆い服を着た女性が町には多いな、とアレンははじめから

不思議に思いながらも鼻の下を伸ばしていた。こんな理由だったとは。アーサーも

これには参った、という顔をしていた。

 

「ラダトーム・・・衰退しているとは知っていたけれど道徳的にかなりまずいね。

 それにぼくたちくらいの女の子もいるだって?国民が貧しい証拠だ。

 親に売られたかそうしないと食べていけないってことだろう」

 

セリアはというと、この町の有様、それに通りかかる町人や兵士からのいやらしい

視線が自分に向いていることにいら立ちを隠せず、ついにそれは爆発し、

 

 

「アレン!アーサー!いつまでこんな不快で不潔なところにいるの!?

 そんなにあなたたちはわたしを娼婦か見せ物にでもさせたいのかしら!」

 

「・・・いや、そういうことじゃねえよ・・・おれだって」

 

「もう結構よ!早くお城に向かいましょう!先代の竜王との約束、それにわたしの

 婚約のことを確かめたらもう用はないでしょう!?」

 

返事を聞くのも待たずに町を出て城へと歩いていく。アレンたちは何も持たないで

去っていこうとするセリアの後を、荷物をまとめて慌てて追った。

 

 

「くそっ、てめえの荷物くらい持てよな。まあそれはいいとして、まさかラダトームが

 ここまで落ちぶれちまっていたとはな・・・。娼婦の女の子たちに罪はねえ。

 でも早く町からいなくなりたいってのも仕方ねえけどな。あいつの身体を

 じろじろ見やがっていたあの兵士、おれだって金槌でぶちのめしてやりたかったぜ」

 

アレンは新たに購入した金槌をぶんぶんと振り回し、不愉快そうに話していた。

脇にいた自分でもセリアへの男たちの視線は気がついていた。彼女本人は

もっとそれを感じ取り、いやな思いをしていただろう。一方、アーサーは

アレンの言葉を聞くと、くすくすと笑いがこぼれだしていた。

 

「・・・何だよ、笑うような話じゃねえだろ」

 

「いや、違うよ。やっぱりきみたちは似ている、そう思っただけだよ」

 

武器屋の店主の言葉と同じく、アレンはアーサーの発言の真意がつかめずにいた。

 

「確かにセリアは自分への男たちの下衆な視線がいやだったろうね。でもそれ以上に

 きみの視線が不快だったのさ。だからあんなに機嫌が悪いんだよ」

 

「・・・おれ?おれはあいつをそんな目では・・・」

 

「まだ理解できないかな?きみが町の女の子たちを見ていた視線のことだよ。

 セリアがわからないはずがないじゃないか。きみたちは面倒くさいね」

 

 

アレンは何も言えなくなってしまい、顔を背けたままアーサーの前に出るしかなかった。

セリアの気持ちはともかく、自分自身のことはもうごまかせなくなってきていた。

 

 

 

 

三人はラダトームの町を足早に出て、城の前までやってきていた。兵士たちが門を

守っているので、今度は自分たちの身分を明かすことにした。

 

「・・・突然ですが王様とお会いしたいと思いまして。実は我々は・・・」

 

王族である証明を見せると、兵士たちは目を丸くして見るからに慌てた様子で、

 

「こ、これはローレシアの・・・!それにサマルトリア、さらにはムーンブルク!

 しょ、少々お待ち下され!すぐに準備いたしますので・・・!」

 

疑うこともせずに城のなかへと駆けていった。もし自分たちが勇者の末裔を騙った

悪行者だったらどうするつもりだったのかと心配してしまったが、この程度で

国が滅びるようなら数百年もの歴史を築けているはずがないだろう。

 

「ローレル殿!どうやら王は支度に時間がかかっている模様で・・・もうしばらく

 お待ちを!その間城内でくつろいでいただければと・・・」

 

「・・・ならそうさせてもらおうかな。悪いのはこっちなんだから気にしなくても

 いい。いきなり来ちまったらそりゃあ王様たちだって準備もできないさ。

 だから大層なもてなしとか食事なんていらないんだ。ほんの短い時間話せれば・・・」

 

いかに急に訪問したとはいえ何をここまでもたついているのか。兵士たちの会話で

そのわけが明らかになった。

 

 

「・・・早く王をお連れするんだ!どうせ道具屋かどこかにいるはずだ!」

 

「まったく・・・!だからあの王には苦労させられるんだ!」

 

ルプガナにいた兵士の言葉やラダトームの町での人々のうわさ話を思い返せば、

ラダトームの王は邪教の侵攻を恐れて城から逃げ出し、町のどこかで一般人を

装っていると言われていた。まさかそんな話があるものかと冗談のように

受け流していたが、どうやら事実だったらしい。その情けなさに脱力する。

 

「とんだ王様がいたものね。わざわざ会う気も失せてくるわ・・・」

 

「まあね。でもせっかく呼んでくれているんだ。ゆっくり待とうよ」

 

王の用意が整うまでの間アレンたちは城の部屋で待機することになったので、

兵士たちにより城内へ通された。ラダトーム城の内部はというと、

 

 

「・・・こりゃあすげえ。竜王城のホクトボーイの部屋・・・いや、多分

 ローレシア以上だぜ。これだけ豪華な建物は生まれて初めて見る」

 

「金と銀、それに銅をふんだんに用いた壁に柱に・・・床は全部大理石か!

 まさにこの世の贅の限りを尽くしたって感じだね」

 

「しかも兵士たちの数も多いわ。隙がほとんどない。なるほど、これなら

 侵入者が紛れ込んでも撃退に時間はかからないわね」

 

ラダトームの町のくたびれた様子から、城もあまりよい状態ではないかと

予想していただけに、自分たちの国よりも遥かに立派で贅沢なのは想定外で、

それに強固な守りで固められた城だった。要人を招くための部屋に

案内されたが、そこもやはり中途半端なものは一切ない華やかな造りだった。

最高級の安らぎを与える品々だと紹介されたが、逆に落ち着かなかった。

 

「・・・しかしラダトームはけっこう金持ってるんだなァ。印象が変わったぜ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

待たされること二時間弱、ようやく王が見つかり、全ての準備も整ったようで

アレンたちは玉座の間へと向かう。扉を守る兵士がアレンたちに気がつくと

二人掛かりで扉を開けた。これほどまでに警護を固めてもなお、普段は町のなかに

身を隠しているというのだから余程の臆病者か用心深い性格なのかのどちらかだ。

その王だが、宝石を散りばめた王冠と上等な布で身を飾り、とても日頃は

職務を放棄し逃げ惑っているという話が信じられない威厳ある姿だった。

 

 

「・・・偉大なる勇者ロトの末裔であり勇敢な三人の戦人よ、はるばる遠い

 ラダトームまでよくぞ帰ってこられた!あなた方にとってラダトームは

 先祖代々の故郷も同然、どうか気のすむまでゆっくりと滞在していただけたらよい」

 

王はへりくだった態度で三人を迎えた。この国がローレシアやサマルトリアに比べ

国力に劣るという現状が関係しているのかもしれない。もしくはラダトームすなわち

勇者ロトの国であるということでその子孫である彼らを手厚くもてなす気なのか。

アレンたちが望めば大抵の要求は受け入れられそうだが、それが目的ではない。

 

「・・・それはありがたいお言葉。ですが私たちはすぐにも新たな地へ旅立たなければ

 なりません。本日は・・・」

 

アレンは要件を手短に話そうとしたが、王の隣にいる二人の青年に視線が移った。

 

「おお、そうだ、紹介が遅れてまことに申し訳ない。順番が違ってしまいましたな。

 この二人はわしの息子こっちは長子『マジェスティ』、もう一人は『マカヒキ』。

 すでに国の重要な仕事の多くを任せて二人とも成功を収めているのですよ。

 わっはっは、過ぎた親バカかもしれませんがな・・・」

 

ラダトームの王子、マジェスティとマカヒキ。確かに二人とも王と同じく

高価な服装を着こなしている。しかしどこか頼りなさそうな、将来国を

支配する者としては足りない印象を受けた。

 

(・・・こいつらなら竜王のホクトボーイのほうが断然格上と見たぜ。いや、

 おれの弟たちのほうがまだ王としてやっていけそうな感じだな)

 

(よほど恵まれた環境で育ってきたのだろう。ちょっとした苦難を乗り越える

 力や根性もなさそうだ。他人事ではあるけれど心配だな)

 

(わたしたちよりほんのちょっと年上・・・かしらね。それにしては

 腹が出ているわ。自分では何一つしない男たちである証拠ね)

 

珍しく三人の考えが一致しているかと思えばいずれも無礼な感想だった。

しかしその推察は実のところ当たっていた。三人の考えは正しかった。

ラダトーム王の言葉は謙遜でもなくその通りで、親の贔屓目なだけだった。

 

 

「・・・わたしたちは今日は大切な話のために参りました。わたしはムーンブルクの

 王女セリア。ムーンブルク城で起きた惨劇はもうラダトームにも知られている

 ことでしょう。それで、わたしと第三王子様の婚約のことなのですが・・・」

 

セリアとしては婚約をなかったことにしてもらいたい。ラダトーム側も同じようで、

 

「うむ・・・実に心が痛む、あってはならないことだった。いまあなたが

 それどころではないというのもわかっている。話はなしに致しましょう」

 

それを聞きセリアはこっそり右手を握って、よし、と呟いた。期待通りの展開だ。

アレンもほっとしたが同時に小さな憤りも覚え、隣にいたアーサーに小声で話す。

 

 

「・・・確かにこれでよかったんだけども何だか腹がたたねえか?もともと

 こいつらがムーンブルクの金とか力が目当てでしかなかったのがはっきり

 したんだからよ。価値がなくなったら用無しってか?ムカつくぜ」

 

「まあそんなものさ。きみものんびりしていると知らないうちに婚約者が

 決められているかもしれないから用心したほうがいいよ?」

 

アーサーは冗談で返したが、ここでまた一つの謎が浮かんできた。衰退している

ラダトームがムーンブルクの力を借りるためにこの話を取りつけたとは聞いていた。

セリア一人のみが王の実子であり、男子がいないムーンブルクに第三王子を

養子に近い形で出したところで、マジェスティとマカヒキの二人がいる以上

もともと彼は自分の国では王になれる見込みはないのだ。皆にとって利があった。

 

(・・・だからラダトームはよほど金に困っているのかと思っていた。確かに

 町は寂れていたけれどこの城を見ればそうではないと誰でもわかる。

 軍もしっかりとしていたし、竜王たちが脅威とは思えない。ならどうして

 ムーンブルクとの更に深い関係が必要だったのか?ぼくら遠くの者にまで

 よくない評判が広まるのはわかっていたはずなのに)

 

アーサーは目を閉じて考えてみたが、それは無駄なことだと気がつくとすぐにやめた。

セリアの婚約は両者合意のもと、消えたのだ。ならばもう頭を使うのは意味がない。

その労力はまた別のところに取っておくのが賢明だ。

 

 

「ところで・・・その第三王子は不在で?」

 

「もう戻りますよ。おっ・・・噂をすれば」

 

 

アレンたちの背後から一人の青年が現れた。二人の兄とは違い引き締まった体と

力強さを秘めた目つき。そして世に数人いるかどうかという美男子だった。

その美しい顔だちに異性であるセリアだけでなくアレンたちまでも思わず

じっと見つめてしまうほどだった。彼は衣服だけでなく歩く動作から

発する声の質まで全てが高貴であり、まさに完璧なのだということが

たった一分足らずの彼の登場の間にはっきりとわかった。

 

 

「・・・後ろからのご挨拶となってしまい申し訳ありません。精霊ルビス様に

 愛されし勇者ロトの血をひく、世界でも特別な存在である皆様に

 知っていただくほどの者ではありませんが、私の名は『ダイヤモンド』。

 このラダトームの第三王子であり、いずれムーンブルクに・・・・・・」

 

ダイヤモンドは城の者から話を聞いていたのだろう。アレンたち、特に自らの

婚約相手であるセリアに興味津々のようだ。彼もセリア同様、相手の顔も知らず

話を決められてしまったのだから無理もない。そんな彼に父は、

 

「そのことなのだが・・・ダイヤモンドよ、お前とセリア様の婚約はたったいま

 なくなった。お前も報告により知っているだろう、ムーンブルクのことは。

 あちらこちらに振り回してしまいすまないことをしたが・・・」

 

ラダトーム王は、詳しい説明はせずに結果だけを短く告げた。詳細に関しては

アレンたちが去った後に語るつもりなのだろう。まさかセリアのいる前で

ムーンブルクに利用価値がなくなったから取りやめにしたなどと言える

はずはない。ダイヤモンドもそのことはじゅうぶん理解しているはずだろう。

ところが彼は、父の言葉を聞くと憤慨しながらそのもとに近づいていった。

 

 

「父上!そのご決断はよくありません、お待ちいただきたい!どうか撤回を!」

 

「・・・・・・む!?しかし・・・」

 

「父上、それに隣にいる兄上たちは少しも恥ずかしいとは思われないのですか。

 ムーンブルクからの見返りのみを求め、それが手に入らないとなればすぐに

 背を向けようとする、これが歴史と栄光に満ちたラダトーム王朝の

 することなのですか!?我らが困窮するムーンブルクに助けを差し伸べようとは

 全くお考えにならないのでしょうか!なんと嘆かわしいことか!」

 

 

(よーし、その通りじゃねえか。もっと言ってやれ!お前の言うことが正しい!)

 

父や兄相手でも義に燃えた彼は止まらなかった。アレンもローレシアで幾度も

身分の高い者や国王である父と衝突した経験があるため、ダイヤモンドの

行為を心のなかで称賛し、応援していた。しかしここで我に返った。

 

(・・・ん?でもこいつ・・・婚約破棄に待ったとか言ってやがったな。

 こいつの意見が通っちまったら・・・・・・)

 

アレンが気がつくよりも早く、ダイヤモンドはセリアの前で膝をつき、彼女の手を取る。

 

 

「セリア王女、気分を害させてしまったことをどう謝罪すればよいのか私には

 言葉が見つかりません。ですがこんな私たちをあなたに許していただけるので

 あるのなら・・・あなたの望むどのようなことでも致しましょう!」

 

「・・・何も気にしてはいませんわ。どうかお顔をあげてください。これからも

 世界のために共に支え合い、平和な関係を築いてゆけるのであれば・・・」

 

セリアの示した寛大さに感動したのか、ダイヤモンドの顔に力強さが戻り、

彼女の手をいっそう強く握りしめながら弾んだ声で喜びを隠さなかった。

 

「何という深い慈愛の精神・・・!まるで女神のようなお方だ・・・!」

 

「・・・あらやだ、そんな大げさな・・・照れてしまいますわ」

 

「セリア様、私たちは互いの国、そして親の都合で結ばれ、また離されそうに

 なった者同士・・・こうしてお会いするのも今日が初めてです。

 私はもっとあなたのことを知りたい。落ち着いた場所でお話がしたいのです。

 さあ、私の部屋に来てください。アレフガルドで一番のぶどう酒とパン型の菓子が

 用意されています。さあ、こちらに・・・」

 

「え、そ、そんな・・・まあ少しだけなら・・・・・・」

 

 

ダイヤモンドに押し切られる形でセリアは連れられていく。アレンはしばらく

茫然と二人のやりとり、そして去っていく後ろ姿を眺めていたが、玉座の間から

二人が出ていってしばらくたってから急に形相を変え、

 

「・・・ちょ、ちょっと待った――――――っ!!」

 

今更だった。すでに叫び声すら二人には聞こえないほど距離が離れてしまっていた。

代わりに彼に反応したのは王だった。アレンを何とかなだめようとする。

 

「まあまあ、ローレル殿。あとは当人たちに任せようではありませんか。我々が

 邪魔をしてはいけない。どうです、あなた方の先祖であり世界の英雄でもある

 勇者ロトの地であるラダトーム城を少し散歩でもしませんか?歴史に詳しい

 学者でも同行させますゆえ」

 

「・・・・・・結構!別にいい!」

 

まだアレンは落ちついていないようだ。今度はこれまで黙っていたアーサーが、

 

「・・・まあきみはそういうのはいらないよね。ほら、お金」

 

「・・・・・・?どうしておれに突然金を渡す?いま、ここで・・・」

 

「どうせセリアたちは時間がかかる。このお金で町の女性たちと遊んできたら

 どうかなって思ってね。今ならセリアにバレることなく楽しめるよ」

 

アレンはそれを聞くともらった金を握りしめた。葛藤があったからだ。ラダトームの

娼婦たちの器量のよさは気になっていたからだ。セリアがいた手前、それらの店に

興味が無いかのように見せていたが、行ってみたいという気持ちは残っていた。

しかしここで、じゃあそうするなどと言ってこの場から離れることなどできるものか。

すると、王はアレンに対し、更なるもてなしを提案した。

 

 

「いえいえ、それには及びません。あの溜まり場の女どもは汚れたごみに過ぎません。

 どうしてローレル殿ほどのお方が獣や虫けらと寝なければいけないのでしょうか」

 

「・・・・・・そんな言い方は・・・」

 

「我々のための側女がこの城には何人もおります。その者がローレル殿をもてなします。

 いまだ男を知らない若き処女の者を用意いたします。あとはそこの兵があなたを

 案内します。どうぞお楽しみください」

 

王の言葉が終わると、アレンはそのまま連れられて行く。セリアと同じように、

断り切れずに言われるがまま、といった感じだった。

 

 

「・・・ところであなたはいかがなさいますか?」

 

「じゃあ城の見物でもさせてもらいますよ。のんびりと見たいから学者さんは

 要りません。そうだ、高いところからの景色とかも眺めてみたいかな・・・」

 

「おお、そうですか。念のため護衛の兵士を一人つけましょう。決して邪魔は

 しないように言っておきますよ」

 

アーサーはマカヒキとの会話の後、兵士一人を連れて王の間を出た。自由に見て回って

構わないようで、牢屋や王族の私室などを除けばどこへ行くのも勝手らしい。

 

 

(・・・アレンがどうするか楽しみだ。とはいえこれは彼の問題、手出しは

 できないな。正念場だぞ、アレン)



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起承転結Ⅴの巻 (ラダトーム②)

 

ラダトーム城で王との謁見を終えたときには、三人はばらばらになっていた。

まずセリアが婚約相手である第三王子ダイヤモンドに部屋に招かれ、アレンは

王のはからいにより城の側女のもてなしを受けることになった。残された

アーサーは護衛の兵士一人と共に特にあてもない城内見物をしていた。

王から彼の邪魔をしないようにと言われていたためか、アーサーと一定の距離を

保ったまま会話もしていなかった兵士がしばらくしてからようやく口を開いた。

 

「・・・どうです、この城は。勇者ロトの時代よりも更に強く、華やかさに満ちています」

 

「さあね。ぼくにはわからない。ロトの時代と比べてみるにしても、もう遠い昔

 なのだから誰にもやりようがないよ」

 

「いいえ、確かにそのときよりも城壁や高台は堅固で、金と銀、それに貴重な石に

 彩られています。ラダトーム王国の力を表していると思われませんか」

 

 

アーサーの顔つきが変わる。最初は誇らしげに自慢をしているだけだと思ったが、

だんだんとそうではないと気づかされたからだ。どこか本心から言っているようには

聞こえないその言葉。この兵士は訳ありだと、鋭い彼は早くも見破った。

 

「ん、その言い方は・・・まさかきみはそのときからこの城にいたとでも?

 確かそんな賢者たちがラダトームにはいたというからね。竜王の侵攻で

 命を落としたって話だけど、一人か二人は生き残っているかもしれないし。

 きみはその賢者か?・・・いや、違うな。肌がまだ若い」

 

自分の言葉にこの兵士がどう返してくるかが知りたかった。これに反応がなければ

また別の話題で心を揺さぶりにいくだけだ。何かしらには食いつくだろう。

作戦を練っていたアーサーだが、予想よりも大幅に早く狙い通りのことが起きた。

 

 

「・・・この国は変わった。チャンスは幾度もあったのだ。しかし今や・・・。

 お前はラダトームの町に行ってきたか?あの町を見て何を思う。魔物たちの

 様子を見たか?それに何を感じる。華やかさの裏の現実を理解したか?」

 

急に様子が変わった。ラダトームの鎧に身を包むも、やはり普通の兵士ではないようだ。

そして長く喋らせたことで、この兵士に関しての新たな情報も得た。

 

「・・・その声、中性的ではあるけどもきみは女性だな?」

 

「・・・・・・それがどうした、問題はないだろう」

 

「ああ。そこはね。問題なのは、きみがモンスター人間だということだ」

 

ルプガナの祈祷師たちや現竜王であるホクトボーイと接しているうちに、

モンスター人間と呼ばれる種族の独特の声を判断できるようになっていた

アーサーは、すぐにそれを問い詰めた。もし間違ったとしても全く構わない。

むしろ勘と読みが当たってしまったほうが厄介事になるだろう。

 

「・・・ほう、大したものだ。よく瞬時に見抜いた、その通りだよ」

 

 

アーサーは正しかった。この兵士はモンスター人間、ただのラダトーム兵ではない。

彼女がいつからこうしているのかはわからない。長い間人間社会に溶け込んで

普通の生活を送っているのか、それとも何らかの目的のためについ最近になって

ラダトームに潜入し機会をうかがっているのか。また、もし彼女の上に誰かが

いるとしたなら、それは竜王か、もしくは邪教の総帥なのか。もしそれをアーサーが

順番に聞いていったところで答えるつもりなどないはずなので、質問を変えた。

 

「じゃあきみはラダトームの生まれってことになるのかな」

 

いまのラダトームを嘆くかのような言い方を思いだし、そこから尋ねてみた。すると、

 

「・・・私は生まれたときから『スライム』だった。しかしこの身体となって

 今に至る。人間たちがラダトームと呼ぶこの地方こそ私の故郷だ。昔は・・・」

 

モンスター人間という種についてアーサーもすでにだいぶ理解できていた。ルプガナの

二人のように人から転生する者もいれば、いま目の前にいる兵士みたいに魔物から

変わる者もいる。だからそのことに関してはもう聞く必要はないと結論した。

元がスライムであればおそらく大した脅威ではないだろう。彼女もまたその話

ではなく、ラダトームの過去について長い話を続けている。どうやら相当昔から

存在しているようで、アーサーの持つ歴史の書の裏付けとなる事実、逆にそれらに

書かれていないか捻じ曲げられて伝えられていた出来事の真実を語ってくれた。

 

「興味深い話の数々・・・感謝してもしきれない。あとはそうだね・・・・・・

 百年前のこと、つまり竜王を倒したブライアン様について知っているかな?」

 

竜王殺しの彼について聞くことで、彼女が竜王軍かそうでないかを探ってみた。

ブライアンを忌々しく思うようなところを出さなければ竜王とは無関係だろう。

昔からいると彼女自身が言っているのだ、百年前の因縁は水に流そうなどという

ホクトボーイをはじめとした新しい世代の考えは持ち合わせていないはずなのだ。

一方、ブライアンに関して聞かれた彼女は懐かしむようにして語り始めた。

 

 

「ふむ・・・そうだな、あれは文句のつけようがない男だった。勇者ロトの

 生まれ変わりだったかどうかは別にして、まさにロトの名を継ぐにふさわしい、

 全てにおいて偉大な者だ。お前たちもそう教えられているのだろう?」

 

「おっしゃる通り。きみは・・・いや、きみとか呼ぶと失礼だな。あなたは

 ブライアン様と何らかの形で接触したことは?」

 

「残念だがなかった。私は竜王とは関わりがなかったので遠くから彼の活躍を

 眺めているだけだった。しかしそれでもよくわかったよ、あれは世界を変える

 男の剣さばきだとね。ロト以来の大物の登場であることに異論の余地はなかった。

 その後あまり長くは生きられなかったようだが遺したものは多い。この城にも

 ブライアンの伝説の書がたくさんある。そこに案内するか?」

 

いまだ顔も全て兜で覆ったままの彼女ではあったが、ブライアンについて語った

そのときの表情はきっと穏やかなものだっただろう、アーサーはそれがわかった。

これでアーサーは大まかな結論を下すことができた。彼女は敵でも味方でもない。

ただ実力がなかったからなのかもしれないが、ブライアンの仲間にはならなかったが

彼と戦いもしなかったことがそれを明らかにしている。この時代でもそれは変わった

ようには思えない。ロトの末裔にも新たな竜王軍にも決して害となる存在には

ならないだろう。ならばこのまま放っておいてもよさそうだ。

 

 

「いや、また別の機会にする。それより、もうぼくから離れてもいいよ。あとは

 ここでずっと眺めを満喫したら戻るだけだから。王様たちにばれないように

 どこかで休憩でもしていればいい」

 

「おお、それは助かる。実はちょっとした用事があったんだ。ではこれで失礼する。

 またどこかで会う機会があるかもしれないが・・・・・・」

 

「ああ。きみの正体についてはわからないふりをする、ここで会ったこともだ」

 

アーサーはラダトームの城の高いところからの景色を楽しむために彼女から

背を向けた。それが別れの合図だ。兵士はアーサーを残して戻っていった。

 

 

「・・・なあ、いまの・・・うちにあんなやついたか?」

 

「さあ?最近王は兵の数を増やして軍を強化しておられる。一々覚えていられるか」

 

その兵士を知っている人間は、実はこの城に誰もいなかった。いまさっき話をした

アーサーがおそらく一番だろう。その彼でさえも、僅かなことしか知らないのだ。

 

 

「・・・そう、今のうちにちゃんとラダトームの城を、またここから見える眺めを

 味わっておくのが賢明だ。勇者たちの伝説とは違い、形あるものは必ずいずれは

 崩壊し、消えてなくなる。それが明日なのか遠い未来なのかお前たちには

 わからないことなのだから」

 

ぽつりと呟く不穏な言葉も、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

アレンはというと、王族のための側女、それもまだ一度も男と寝たことがないという

最高級の処女のもとに案内されていた。やがて城のやや外れたところにある部屋の

前に着くと、邪魔者は去ると言わんばかりに彼だけがそこに残された。

 

「・・・こ、この扉を開けたらいいんだな・・・・・・?」

 

アレンの心拍は魔物との命をかけた戦闘、それもかなり激しい戦いのときと同じほどに

多くなっていた。女好きで知られる彼でも、まだ『男』になってはいなかった。

それが今日、今からついに『初体験』をするときが迫っていたからだ。

 

「・・・失礼する!」

 

アレンが扉を力強く開けると、その部屋には豪華な浴槽と大きなベッドがあった。

そのベッドに座る乙女は、赤く長い髪の美しく小さな顔をしていて、それでいて

光るドレスに包まれた身体は多くの女性が憧れるような体つきだった。

アレンもごくりとつばを飲み込んだ。先ほどのラダトームの第三王子ダイヤモンドが

世界に数人しかいない美男子なら、こちらは世界に一人いるかいないかの美女だった。

 

 

「ローレシアのローレル様・・・本日はまことによい天気でございますね」

 

「あ・・・ああ。いや、おれのことはアレンと呼んでくれ。あまり畏まらないで

 楽にしてくれよ」

 

アレンは自らもとても緊張していたが、相手だって隠しているだけで自分以上に

緊張し恐れているに違いないと考えた。この女性だって初めてなのだし、しかも

万が一何かを失敗し、それが王たちに知られたら命を失うかもしれないのだ。

まずは隣に、しかし少し離れて座り、会話をすることにした。

 

「・・・あんたはラダトームの生まれなのか?それとも別のどこかから?」

 

「ええ。私だけでなくこの城の女たちは皆そうだと言っていますよ。何せ今や

 アレフガルドはラダトーム以外の大きな町や村はなくなってしまったのですから。

 あとは村とも呼べない孤立した小さな集落がいくつかあるだけなのです」

 

アレフガルドが衰退しているのは知っていたが、これほどまでとは、とアレンは驚く。

 

「本当かよ!?じゃあ魔の島の一番近くにあったという『リムルダール』も、

 天国のような温泉がある村『マイラ』ももうないのか!くそっ・・・

 ラダトームのあとで行ってみたかったのになあ・・・・・・」

 

寂しい話であったが、それも全てアレンたちの地が繁栄したためにそうなったのだ。

ローレシアは栄え、故にアレフガルドは衰えていく。複雑な気持ちだった。

 

「そして残ったラダトームも町はあの有様で・・・。多くの女が娼婦として

 その日食べていくための金を稼がなければいけません。そう思えば私たちの

 ように、売られたとはいえ城に招かれた女は幸せ者だと言えるでしょう」

 

よそからの旅人、また富を得ている商人や兵士たちのための多くの売春宿。

加えてこの乙女のような、王族の楽しみのために連れてこられた女性たち。

アレンは話を聞くうちに怒りが湧いてきたが、それはすぐにかき消される。

 

 

「・・・さあ、参りましょうか。もうそろそろ・・・」

 

「へ・・・?参る?どこへ?」

 

「お身体を洗いましょう。まずは汚れを落とし、それから・・・・・・」

 

 

アレンが怒りとは違った感情で顔を真っ赤にする。この女性はいまにも

そのドレスを脱いでしまいそうだ。アレンの興奮は最高潮に達していた。

ところが、彼は共に向かおうとはせず、座ったまま声を出していた。

 

 

「・・・ま、待った!あんた・・・あんたはこれでいいのか!?」

 

「これでいいのか・・・はい、それはどのような意味で・・・?」

 

「あんたにだってほんとうに愛する人がいるんじゃないのか!?なのにいま

 おれに『初めて』を捧げちまっていいのかよ!そりゃあおれだってあんたなら

 文句はない、でも・・・こういうのは違う、そう思うんだ!あんたは・・・」

 

 

少しでも曲がったことは許せない闘将ボーイと言われていた彼の熱意が欲望に

打ち勝った。その場から動こうとせず、これから先の行為に移ることを拒んだ。

それを見ると側女はくすりと笑って一言、

 

「・・・ふふ、よくわかった気がします。ルビスがこの地を捨ててあなたたちを

 選んだのかが。確かにあの勇者ロトの子孫です、あなたは」

 

「・・・・・・?」

 

「あなた自らがそれを証明しました。ならばもうこの部屋に用はないはずです。

 私に気にせずにあなたの願うところに向かうのがよいでしょう」

 

「お、おお・・・しかし・・・」

 

部屋の扉を開けて、アレンに出ていくように促す。彼もここに来て絶世の美女を

抱く機会を逸したことを惜しんでなどいないが、王によって自分をもてなすように

言われていたのにあっさりと帰らせては彼女の立場が危ういからだ。だが、

それでも一度決めたことだ。意を決し、頭を数秒間深く下げて礼をしてから

勢いよく体勢を起こすと、どこかへ向けて走り去っていった。

 

 

 

アレンがいなくなって少しすると、その部屋に一人の兵士が入ってきた。

それに気がつくと、側女は背筋を伸ばすどころか、逆に両腕を伸ばして

リラックスするようにベッドに腰かけた。兵士のほうはというと、

まずは兜を外すと床に放り投げ、続いて鎧をも軽々と脱いだ。

その兵士こそ、アーサーと共にいた、元スライムのモンスター人間だった。

 

「ふ―――っ、疲れた。うまい演技だったな、『ポリー』。かつてはスライムベス、

 いまは私の相棒であるプリティー・ポリー。しかし心配だった。もし彼が

 己の欲のままに飛びかかってきたらどうするつもりだったんだ?」

 

「そうなってもいくらでもやりようはあるよ。ラリホーにマヌーサ、傷つけなくても

 無力化できる呪文なんてたくさんあるんだから。あなたこそその鎧は?

 『キンツェム』、あなたのほうこそいつも無理をするんだから」

 

「ん・・・これか。そのへんの兵士をぶちのめして奪い取った。ここの兵士は

 まさにラダトームの城と同じだ。どれだけ外面を繕っても実のところ脆い。

 そんな屑ども相手に無理も何もないだろうに、お前こそ心配性だな」

 

 

この二人は共にこの日になってラダトーム城に潜入していた。キンツェムは

兵士の鎧と兜を奪ってなりすまし、ポリーのほうは本来アレンに与えられる

はずだった側女に十分すぎる金を渡してからこっそりと彼女を逃がした。

非常に大勢の奴隷女たちがいるので、一人入れ替わったところで誰も気に

留めなかったのだ。部屋の扉を閉じると彼女たちは室内に備えられていた食物や酒を

物色し始め、一通り済ませてからポリーが皿にきれいに並べ始めた。

 

「行動するとしたら夜・・・だからもう食べておかなくちゃね」

 

「ああ。あのお方が私たちに望んでおられることも夜になればはっきりするだろう。

 私たちはあのお方・・・ハーゴン様のご意志のままに動くだけだ」

 

なんと、彼女たちはハーゴンの手先だった。しかし彼女たちですら、

まだラダトームで何をすべきか知らされてはいないのだ。

 

 

 

「ここからなら竜王の城どころかその先まで見えるぞ・・・あっ!!」

 

アーサーは場所を次々と変え、一番眺めのいいポイントを探していた。すると、

城内を走っている男の姿が小さく見えた。遠くからでも彼を見間違えるわけがない。

それは遠い故郷からここまで旅を続けてきた親友なのだ。

 

(・・・アレン、きみが目指している場所は一つしかないだろう。セリアと

 ダイヤモンド王子がいる部屋を手当たり次第に探しているといったところだね。

 きみの熱心さが届くことを願っているよ)

 

 

アレンがセリアとダイヤモンドの仲が深まるのを阻止できるかどうか、それが

今回のラダトームでの冒険の大きな山場、最高潮だとアーサーは考えていた。

しかし彼は、いや、ほとんどすべての息ある者はわかっていない。いまラダトームには

多くの勢力が集結し、この国が大きく変わるかもしれないということを。

 

勇者ロトの末裔たち、ラダトームの王族、それに竜王軍、果てはハーゴンのしもべ。

果たして誰の思惑通り事は進み、誰が最後に勝利を手にして笑うのか。



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起承転結Ⅵの巻 (ラダトーム③)

セリアは自身の婚約相手であるダイヤモンド王子の部屋に招かれていた。部屋というには

あまりにも広く、小さな池や庭までもがあった。芝生も上質なだけでなく日頃の手入れが

しっかりとされているため、美しい芝で有名だったムーンブルク出身のセリアも

お世辞抜きでこれは見事と感服するものだった。

 

「セリア王女、そういえばあなたは『グリーングラスの乙女』と呼ばれ、

 青々とした緑の芝生の上で誰もを魅了する踊りを披露していたのだとか。

 この芝はあくまで小さな観賞用、とてもその上で踊ることなどできませんが

 どうかひとつ、固い床ではありますが私にも見せていただけませんか?」

 

「あら、ラダトームにまで伝わっているとは光栄ですわ。でも残念ですが

 長旅のせいで足が万全ではありませんの。また次の機会に、靴も衣装も

 それにふさわしいものを用意して披露させていただければと思いますわ」

 

「それは楽しみです!毎月開かれる宴では中庭でぜひあなたと手を取りあって

 共に踊りたいものですね。これは今後の楽しみが増えました」

 

 

このダイヤモンド、容姿も性格も礼儀作法も全てにおいて文句なしだ。

しかも王や二人の兄と異なりムーンブルクの復興支援に積極的なのだ。

 

 

(最初はラダトームに来るのは憂鬱だったけれど、これはラッキーかも、わたし。

 まさかこんな素晴らしい婚約相手だなんてね。となると、あとは・・・)

 

考えられる限り最高の未来の伴侶だ。そのなかでセリアが懸念している

ただ一つのこと、それは・・・。

 

 

「ダイヤモンド王子、ではその約束も婚約の話を進めるのも・・・わたしが

 邪教壊滅の旅を終えて無事に戻ってきたら、で・・・・・・」

 

セリアの言葉を聞くと、ダイヤモンドは両手を頭にあてて己の耳を疑うように、

 

「なんと!セリア王女、それはよろしくありません!あなたの婚約者、いや

 良識ある一人の男としてそのようなことはさせられません。過酷な魔物との

 戦いの毎日、未開の荒野を危険を顧みずに進む旅などどうして許せるでしょうか。

 そのようなものはあの二人に任せ、あなたはここで平安の日々を過ごすべきです」

 

「・・・いいえ、わたしはロトの末裔の一人、力を与えられた者として、そして

 父たちの無念を晴らすために、自らこの役目を全うしたいのです」

 

「ですからそれは彼らに託せばよいでしょう。いまあなたの目の前にある美しい

 光景を見なさい。世界でも最高級の食材が王家によって選ばれた料理人により

 三食、身を飾る宝石も有り余るほどあります。あなたはラダトームの栄華を楽しみ、

 もう苦しみを味わう必要などないではありませんか。賢明におなりなさい」

 

ダイヤモンドはさっそく高価な香水を持ってきて、それをセリアに優しくふりかけた。

 

「どうです、このようなもの、あなたたちの旅では決して得られないでしょう。

 彼らからは一度も貰えなかったのではありませんか?わたしならあなたの

 望むもの全てを差し上げる力と意志があります。さあ、今日まで仲間であった

 二人に別れを告げてきなさい。これからは私と共に永遠に歩んでまいりましょう」

 

 

確かにラダトームでこの先の生涯を過ごすとなれば、苦しみとは無縁の毎日を

楽しめるだろう。何一つ不自由も不満もない、誰もが憧れる生活だ。

しかしセリアはこのとき、『生暖かい風』が吹くのを感じた。ちょうどいい温度に

心地よさを感じながらも、気がついたら魂をだめにする風が。

 

(・・・その点あの男は・・・ときどきうざったく感じてしまう熱い風ね。

 でもわたしはムーンブルクにいたときから漠然と・・・そんな風を

 求めていたはずだった!退屈で先の決まっている人生からの解放を!

 ふん、あの男だったらこの香水を受け取ったら激怒するでしょうね。

 どうしてこれを売って貧しい町の人々をどうにかしなかったのかってね)

 

「ふふ・・・わたしがどうにかしていたわ。愚かな考えに流されかけていた」

 

「おわかりいただけましたか!私の思いを受け取っていただけましたね!」

 

セリアは首を左右に振ると小さく笑い、香水の容器をダイヤモンドの手に返し、

 

 

「王子、あなたとはいっしょにはなれないわ。わたしにはやらなくてはならない

 ことがある。さようなら、ダイヤモンド王子、婚約はやはり破棄いたします。

 全てが終わればラダトームにまた訪れることもあるでしょう。そのとき改めて

 いろいろな話をしましょう。邪教が消え去った世界で・・・」

 

 

セリアはダイヤモンドに背を向けて部屋から出ていこうとした。しかし彼女の

目の前に立ちはだかったのはダイヤモンドだ。行く手を阻んだ。

セリアはすぐに察知した。彼から発せられる雰囲気がこれまでのものではなく、

危険な匂いがする。拒絶されたショックでこうなったのではなさそうだ。

これがダイヤモンドという人間の本性なのだとセリアは感じ取った。

 

「・・・王子、これは・・・?」

 

「セリア王女。あなたをこのまま帰すわけにはいきませんね。ラダトームを

 去ったならば、あなたはきっと戻っては来ないでしょう。あなたはもう

 ラダトームを、あなたの偉大なる先祖たちの地から離れてはならないのです」

 

その目つきに僅かな寒気をも感じていると、ダイヤモンドは何も言わずに、

しかしセリアの進路は塞いだまま服を脱ぎ始め、上半身は裸になっていた。

それが意味するものはセリアもわかっていた。大変な事態になってしまった。

 

 

「セリア様、ここでわたしの子を宿してもらいましょう!」

 

セリアは突然の危機に動揺しながらもそれを悟られないように呆れた素振りを見せ、

 

「ふふ・・・それがあなたの真実ってわけね。しかし腑に落ちないわね。

 あなたの美しい容姿と権力だったらこんな真似をしなくてもいくらでも

 妻も側女も、あなたの欲望を満たすための都合のいい女性だって手に入る。

 それがどうして今日まで顔も知らなかったわたしにここまで?」

 

ダイヤモンドを睨みつけるが、逆に彼はにやけた笑いを浮かべ、彼女との

距離を近づけていった。セリアは下がらざるをえなくなり、扉から遠ざかってしまう。

そして彼女が壁にまで追い詰められたところで、ダイヤモンドは立ち止まる。

もうこれ以上はいつでもできる、といわんばかりに勝ち誇った様子で言った。

 

 

「そんなものは決まっている!あなたが絶世の美女であるという以上に、あなたに

 勇者ロトの血が流れているからだ!このラダトームが更に力を増し加え、

 この世で最も栄光を受けるためにはロトの血を取り入れることが不可欠なのだ!」

 

「なんですって?」

 

「竜王を倒したブライアンがこの地から旅立った時、精霊ルビスの加護もまた

 離れていった。我が先祖たちの失敗は彼らをどんな手を使ってでも

 ラダトームに留まらせるべきだったところを、そうしなかったことにある!

 それから百年、この私の時代に最高の機会がやってきた!」

 

 

力ずくでセリアを、勇者ロトの血筋をラダトームのものとする気だ。話し合いや

説得などもはや無駄だ。セリアはこの窮地から逃れるべく素早く詠唱を始め、

 

「・・・ラリホー!まったく、とんだ災難だったわ。でもこれで・・・」

 

強力な魔物たちをも一瞬で眠りに誘う。ただの人間相手ならば問題なく効くだろう。

セリアはいっそのことダイヤモンドが二度と目覚めないようにバギを唱えることも

頭をよぎったが、自重してラリホーにしたのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

ところが、ダイヤモンドには何の変化もない。余裕たっぷりに首の骨を鳴らしている。

 

「・・・効果がない!?わたしとしたことがこんなときに失敗・・・」

 

「いいえ、そもそも発動すらしていませんよ。あなたが魔法に長けているのは

 調査済みです。ならばあらかじめ密かにマホトーンの呪文をかけておくのは

 当然でしょう。これでもうあなたは私に何もできない。いかに旅の経験で

 普通の女性より腕力があるとしてもラダトームの兵の誰よりも強い私相手では

 全く意味のないことです。何もできないのですよ、セリア様!」

 

ダイヤモンドは獲物を射程に捉えた獣のようにセリアを睨み、飛びかかった。

もちろんこのまま押し倒されることをよしとしないセリアはそれをかわし、

勢い余ったダイヤモンドは顔から壁に激突する。しかしすぐに起き上がると、

自らの額から流れる赤い血をぺろりと舐め、ヘラヘラと笑いながら、

 

「抵抗しても無駄だぞっ!!もっと痛い目を見ることになるんだ、観念しろ!」

 

腕を伸ばし、強引に彼女を捕まえようとする。笑いも憤りも両方浮かべた、

気味の悪い文字通りの野獣のようだった。恐怖に足が動かなくなってしまう

女性もいるだろうが、セリアは違った。

 

「ふふふ、わたしはどこまでも抗うわ。そもそも先の見えない打倒ハーゴンのために

 旅立ったのも、諦めの悪さと戦う気持ちがあったからこそ!こんなところで

 あなたなんかに好き勝手されるほどヤワじゃなくてよ、わたしは」

 

「ふざけやがって―――っ!!もらったっ!その服ビリビリに引き裂いてやるッ!!」

 

 

ついにこれまで、と思われたが、セリアはダイヤモンドの魔の手から寸前で

身をかわす。その後もひらりひらりと逃れ続けた。

 

(・・・このみかわしの服が役に立ったわ!でもいつまでもは・・・)

 

みかわしの服により回避力が高まっていたが、ずっと狙われ続けているのは

心身共に疲れてしまう。捕まってしまえば腕力の差で押し切られる。

 

「・・・はぁ、はぁ・・・しつこいわね・・・」

 

「ハハハ、こう見えて体力には自信があるのでね。この後お前と楽しむぶんの

 スタミナも残してあるからご安心を!さあ、大人しくしな!」

 

 

 

セリアの限界が近づいていたそのときだった。施錠されていたはずの扉が突然

大きな音と共に破壊された。強引に蹴破られたようだ。決死の追いかけっこを

していたセリアも思わずそちらに意識が向かってしまったが、それは

ダイヤモンドも同じだった。予期せぬ乱入者を無視するなど不可能だ。

 

「誰だっ!!兵士どもは何をしている!?くそ、お前はいったい・・・・・・」

 

ダイヤモンドが剣を構え、自ら斬り捨てるべく顔も確認せずに向かっていった。

もう目と鼻の先だったお楽しみを邪魔されたことで怒りに満たされていた。

だが、彼が剣を振ろうとしても部屋にやってきたその男は武器を構えない。

 

 

「・・・お前ごとき金槌も剣も・・・いや、棍棒すら必要ねえ!くらえ!」

 

「ぶげぇっ!!ごぼぼ・・・」

 

ダイヤモンドの顔面に強力な右の拳が炸裂した。砕けた鼻から鮮血がぴゅっと

飛び出ると、仰向けに倒れた。どうやら一撃で気を失ったようだ。セリアにとっての

救世主、彼女はこの部屋の扉が壊されたそのとき、まだ大まかな姿も一切

わからないときからもう、それは彼だという気がしていたのだ。

 

 

「・・・・・・アレン!あなた・・・・・・!」

 

「セリア!この部屋から逃げるぜ!お互い詳しい話は後だ!」

 

ダイヤモンドもまたアレン同様、国で一番の剣の腕前を誇り、大賞を制した

実力者だった。しかし『トウショウ・ボーイ』の前にはダイヤモンドなど

敵ですらなかった。格の差は歴然だった。ダイヤモンドが起き上がる前に

セリアの手を取ってアレンは駆けていく。

 

「・・・アレン・・・よく来てくれたわ。わたしにしては失敗だったわ。

 危うくあの男の餌食に・・・!あなたは最初から気がついていたのね、

 常に女性を狙っている者同士、何か引っかかったのかしら?」

 

「・・・・・・ン、まあ・・・そんなところだな」

 

「あら・・・・・・?否定しないのね。意外だわ」

 

 

普段であれば、せっかく助けに来たのにその言い方は何だ、と怒鳴るところだが、

今のアレンはセリアが拍子抜けするほど大人しく、彼らしくなかった。

 

 

(・・・そういうことならそれで構わねえ。言えるわけねえよ、おれはただ

 お前たちの縁談をぶち壊すためにやってきた、だなんてことは)

 

ダイヤモンドが善人だろうが悪人だろうがアレンのやろうとしていることは

同じだった。無理やりセリアをここから連れ出そうという一心だった。

 

(情けねえ・・・!おれは自分で口にしたじゃねえか!こいつを

 旅の仲間に加えることに決めた夜に・・・)

 

あくまでセリアの幸せが第一だとアレンはアーサーの前で宣言していた。だから

旅の途中でやはりやめると言ったり、どこかの町で愛する人を見つけ、

復讐の旅を終えて平穏を手に入れたいと願うならそれを受け入れると。

アレンのこの行動はそれに真っ向から反していた。

 

 

(もうおれは・・・・・・自分の気持ちに嘘はつけなくなってきちまっているのかもな)

 

 

「うっ・・・・・・!!」

 

アレンと並んで走っていたセリアが突然苦しみ始めた。呼吸が乱れている。

顔も赤く、一気にスピードが落ちてしまった。

 

「どうした!」

 

「・・・ふん、あの香水ね・・・。変なものが仕込まれていたみたいね。

 ここまで持ったのが救いだったわ。もう少し早く効果が出ていたら・・・」

 

「くそ・・・!何てクズ野郎だ!」

 

ダイヤモンドの策略から辛うじて逃れたといったところだが、二人を襲う

危機には変わりない。ダイヤモンドが早々に目覚めたのか、早くも兵士たちが

大勢迫ってきている。アレンは一瞬だけ考えたが、躊躇う時間も惜しい。

 

よし、と掛け声を出すとセリアを抱きかかえ、出口を目指して走り出した。

いきなりの出来事にセリアは何も言えないまま自らを抱えるアレンを見る。

アレンは彼女の視線から目を逸らし、ただ真っすぐを見つめながら、

 

「セリア、ここはラダトーム!なら、その伝説にちなんだやり方だ!

 ブライアン様は沼地のドラゴンを倒してローラ様を救い出した後、

 こうやってアレフガルドの広野を歩いていたっていうだろう!?

 せっかく偉大なる先祖の故郷に来たんだ!記念に真似させてもらうぜ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

セリアの返答はない。これは失敗した、とアレンは落胆した。しかしここで

彼女を降ろしていたら追っ手に捕まってしまう。やめるわけにもいかず、

 

「・・・すまなかったな。あのダイヤモンドやアーサーみたいな男が

 こうすればきっと絵になっていたんだろうが・・・もう少しの辛抱だ、

 ここを出るまで我慢してくれや」

 

やはり自分にこういう真似は似合わないと思い知らされ、もう二度とするもんかと

心底後悔していた。セリアもきっと呆れてしまっているだろう。そう思っていた。

 

 

「・・・・・・いえ、わたしは・・・あなたがいいわ。あなただからいいのよ」

 

「ん・・・?あ、ああ・・・そうだな・・・。しっかりつかまってろよ!」

 

 

普段であれば、屈辱的だけど今だけは堪えてあげる、とでも言われていたことだろう。

今のセリアはアレンが自分の耳を疑うような言葉をぽつりと小さな声で、しかし

確かに言ったのだ。まるでさっきのアレンにやり返したかのような形になった。

 

(・・・あの香水のせいよ。そうじゃなきゃこんな言葉は絶対に言わないわ!

 でも・・・ローラ様もきっとこの景色、この心地よさをこんな気持ちで・・・)

 

 

いつまでも百年前の物語のヒーローとヒロインではいられない。無粋な兵士たちが

やがてアレンたちを取り囲み、二人は進路がなくなった。しかし高揚していた

二人にとって、いかに数が多くともそれらは障害とはならなかった。

 

「もうマホトーンの束縛は終わった!なら・・・バギ――――ッ!!」

 

セリアは背後の壁に向かってバギを放った。すると、その部分だけは守りよりも

外見を重視していたのか、あっさりと崩壊した。何万ゴールドという損害だろう。

 

「よし、よくやったぜ・・・・・・いや、だめだ!この先は・・・!」

 

崩れた壁の先は空中だった。ここから逃げることは叶わないようだ。兵士たちは

ふんだんに高級な素材を用いた一角が無残な姿になったことに戸惑いながらも

指令を遂行すべく迫ってきている。セリアは空いた手でアレンの腕を握る。

 

 

「アレン!もしここであいつらに捕らえられたら今度こそわたしはあの下衆の

 奴隷女になってしまうわ!あなたたちとの旅が終わってしまうのよ!」

 

 

「・・・そんなこと・・・・・・このおれが許すか――――――っ!!」

 

 

その瞬間、アレンとセリアのそれぞれの手のアザが光った。ロトの紋章が先祖代々

ゆかりの地で輝いた。それと同時に、二人は足場なき先へと飛び降りていた。

 

「馬鹿な!この高さから・・・いくらロトの末裔だとしても・・・!」

 

自分たちが追い詰めたせいで二人は転落してしまったのか。しばらくしてから

おそるおそる下を見てみたが、肉片や血が散らばってはいない。さすがにまだ

地面に到達していないということはない。消えてしまったというのか。

 

「い・・・いない!まさかルビス様が彼らを保護したとでも・・・!?」

 

「いや!違う!上だ、上を見ろ―――――っ!!」

 

 

なんと二人は風に乗って飛び降りた地点よりも高くを飛んでいた。すでに太陽が沈み

始めていたが、夕陽にその二人の姿が重なる光景はまるで神話のように映った。

 

「また役に立つとはな、風のマント!こいつがあったのを忘れてたぜ!」

 

「短い時間ならこうして飛べるわ。魔物相手じゃなくて人間から逃げるために

 使わなくちゃいけなくなったのは予想外だったけどね」

 

「さすがに重傷を負わせたりしたら問題だからな、戦うわけにはいかねえよ。

 後のことは後で考えるとして・・・おれたちの飛ぶ先は!」

 

二人は高きところから遠くを眺めていたアーサーを見つけた。

 

 

「あそこで緊張感なく景色を楽しんでやがるのんびり屋のところだ!」

 

「わたしたちの苦労も知らないで・・・!呑気なものよね!」

 

 

そのアーサーはというと、城内が騒がしいのに気がつき、アレンが行動を

起こしたのか、と彼を探していたが、まさか風のマントを装備し飛行しながら

やってくるとは考えもしなかった。

 

「・・・アレン!?セリアを連れてぼくを見つけ出すまでは予想通りだった!

 けれどもまさかそんなところから現れるなんて・・・何をどうしたら

 こうなるんだ?」

 

「詳しい説明をしているヒマはない!アーサー、ルーラを唱えてくれ!」

 

「もうここにはいられないってわけだね・・・。いまやったらどこに飛ぶのか

 わからないけれど選択肢は他にないか!・・・・・・ルーラ!」

 

 

三人は一瞬にして姿を消した。期待と不安が入り混じったラダトーム訪問は

想像以上の結末を迎え、何とか逃亡に成功しこの場を離れることとなった。



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起承転結Ⅶの巻 (運命の夜①)

ラダトーム城から緊急避難のルーラで脱出したアレンたちが飛んできたのは

竜王の城だった。それも最深部に近い場所まで一気にやってきた。

 

「まさかラダトームよりも竜王の城のほうが居心地がましになるとは

 思わなかったぜ。ブライアン様の時代には考えられない話だな」

 

ほんの少し歩いただけで現竜王、ホクトボーイのもとにまでたどり着いた。

アレンたちを友と認めた彼は上機嫌で彼らを迎えた。

 

「おお、そなたたちは!こんなに早くまたわたしに会いに来てくれたのか!」

 

「まあ・・・・・・そうだな。でもまずはお前の親父さんに会わせてくれ」

 

「むむ・・・そういえばわたしと話した後に父とも何やらやっていたようだったな。

 どうせろくなことではあるまい。父の考えは古いからな。まあよい、早々に

 終えてこちらに来るのだぞ」

 

 

アレンたちは先代竜王の部屋へと案内を連れずに歩いていく。そもそも三人が

ラダトームへ行くきっかけを作ったのはこのシービスケットだった。人と魔物の

真に平和な関係をラダトームが果たして心から望んでいるのかどうかを

確かめてほしいと彼は言った。アレンたちの姿を見ると彼はゆっくりと席を立ち、

 

「・・・きみたちか。で、どうだった?ラダトームは本気で我らとの・・・」

 

「それどころじゃなかったんだよ。まあとりあえずは聞いてくれ」

 

アレンはラダトームでの全てを話した。町の様子も、城内や兵士たちの守りの固さ、

更にはダイヤモンド王子によってセリアが襲われかけたためアレンが助けに

割って入り、そのためにもうラダトームには入れなくなったことまでを伝えた。

 

 

「ムムム・・・許せんやつらだな。このわしも怒りに満たされてきた。しかし・・・

 我々との交友の真意に関しては・・・わからず。城の警備も強固か。

 わし個人としてはいますぐにでも民を無視して私腹を肥やし、それだけでなく

 若き処女を強姦するというのなら王族どもを攻めに向かいたいところだが・・・

 戦いを始める正当な理由には足りない。まだ様子を見るべきか・・・」

 

「それがいいと思うぜ。おれも心底腹がたったけれど、この城の魔物たちでも

 勝てないかもしれないぜ。守りに隙が無いんだ。それにあんたたちが行動を

 起こしたらおれたちの国もきっとラダトームに味方することになる。

 おれは意地でも加わらないけど、それでもあんたたちの仲間にはなれねえよ」

 

しばらくは現状のままアレフガルドは流れていきそうだ。不満や苛立ちを

忍びながら、それでもうまく繕いながらやっていくのしかないのだろう。

少し狂えば大惨事になりかねない、危険な関係をとりあえずは続けるのだ。

 

 

「目的は果たせなかったが、それでもそなたらがわしの願いに応えラダトームに

 行ってくれたことは確かだ。感謝の意を込め約束通り『素晴らしい宝』を渡そう」

 

アレンたちがすっかり諦めていた豪華な報酬。先代竜王シービスケットは寛大にも

それを譲ってくれるようだ。アレンたちに広い心を要求しただけあり、

彼自身もそれ以上であることを示した。

 

「・・・いいの?後でやっぱやめたって言ってももう遅いのよ?」

 

「うむ、二言はない。ラダトームのことはともかく、わしときみたちの

 友情の証だ。それに関してはわしも息子と同じだ。お――――い、

 タウィー!例の物を持ってくるのだ!以前から言っていたあれを!」

 

タウィーというのは、この城に仕えているグレムリンの名だ。三人が初めて

竜王の城を訪れた先ほどはそのグレムリンがアレンたちを案内したのだが、

今回はどこにもいなかった。そしていま、いくら名前を呼ばれても返事がない。

 

「・・・いないのか?いつもわしの声が聞こえたらすぐにやってくる

 お前が・・・仕方ない、わしが自分で・・・・・・」

 

先代竜王はアレンたちを部屋に残して自ら宝を取りに出ていった。その宝が

保管されている宝物庫に向かう途中、ふと一枚の紙が視線に映った。

これは見慣れないな、と注意深く見てみることにした。人間の言葉を使用するように

強制されていた彼らなのに、その紙は魔族の文字で書かれていた。

それは『手紙』であり、内容は別れのあいさつ、そして謝罪だった。

全てを読み終えると、シービスケットはふるふると震え、立ちつくしてしまった。

 

「やけに遅いな・・・まさか場所を忘れたとかじゃあ・・・」

 

 

「・・・馬鹿が・・・!タウィーめ、一人で行ったのか・・・!」

 

その場から動かなくなってしまい、宝どころではなくなったようだ。

不穏な空気とこれから起きる事態の深刻さは三人でも察知できた。

グレムリンのタウィーは竜王の城にはおらず、もう戻る気もないのだ。

 

 

 

 

夜のラダトームの町。一人の少年がナイフを研いでいる。彼の肉付きや服、

雰囲気から貧しい家の子どもであることは明らかだった。ラダトームの町では

どこにでもいる存在で、餓死してしまった幼い子らの死体も珍しくなかった。

その少年に一人の女性が近づいていった。肌が浅黒く、髪は短い黒髪だった。

 

「・・・きみ、そんなところで何をしているの?私は城の人間じゃないし、

 周りには誰もいない。力になれるかもしれない、こっそり教えてくれない?」

 

少年の目つきは鋭く血走っていて、幼い子どものものではなかった。

それと同時に強い決意が、しかしどこかに恐怖心のようなものも感じられる。

 

「・・・おれが五歳の時父ちゃんは死んだ。それから母ちゃんはおれたちを

 食べさせるために無理して病気になった。そして金がなくなったおれたちの

 家に兵士たちや金貸しがやってきて・・・!おれのたった一つ年下の妹を

 売春宿に無理やり連れていった!まだ九歳だぞ、おれの妹はっ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「だから明日の朝、まだ太陽が昇る前に殺してやる。宿の連中も、商人たちも

 兵士たちも、腐った王とその息子たちも!このナイフで刺してやる!それが

 母ちゃんや妹の苦しみを晴らし、残った家族を守ることになるからだ!」

 

 

この少年の持っているナイフでは誰一人倒せずに逆に捕まり処刑される

だろう。その女性は少年からナイフを取り上げると、それを池へ投げ捨てた。

 

「・・・お、おい!どうしてくれるんだよ!おれの武器が・・・!」

 

「・・・・・・きみは妹思いの、そして家族思いのいいお兄ちゃんだ。

 だからきみが死んだらみんな悲しむ。ばかなことはやめて家に帰りなさい」

 

「そういうわけにはいかねえんだ!お、おれがやらなくちゃ・・・」

 

「・・・・・・わかった。でも予定通り明日の朝まで待っていて。

 そのときにはきっと終わっているはずだから。家にいなさい」

 

 

それはどういう意味なんだ、と少年が尋ねようとしたときにはもう女性は

いなかった。思えばあんな女性はほとんどの町人の顔を知っている彼でも

知らない顔だった。しかしその言葉に従い家に戻った。

 

 

(・・・そう、このようなことはいなくなったとしても誰も悲しまない

 私のような者がやるべき。だから竜王様たちとの関係も絶ってきた。

 これでわたしが捕らえられたとしても迷惑はかけない。野良の魔物が

 勝手にやったことなのだから。そう、これは私の仕事なんだ)

 

その女性の正体こそ、竜王城から姿を消したタウィーだった。グレムリンという

悪魔族の特技に、姿を変えて人を欺くというものがあった。いまの姿は、

もしタウィーが人間であればこのような外見である、というイメージによって

形成されているので、変身による体力の消耗も最小限に抑えられていた。

そのぶんこれから果たそうとしている復讐に全力を費やせるというのだ。

 

(シービスケット様、お許しください。私はもう忍ぶことができません。あなたや

 あなたのご子息である現竜王様が築きあげてきたものをあなたの代からずっと

 一番のしもべとして仕えてきた私が壊すこの裏切りを・・・)

 

タウィーはずっと隠してきたが、ラダトームの者たちへの恨みと憤りがついに

彼女を行動へと移した。百年前からの苦しい歴史を体験しているうえ、彼女の

両親はそのきっかけとなるラダトームとの戦いで戦死した。それだけならば

戦争で負けた者たちの宿命として、悔しくともまだ諦めることもできた。

 

しかし、ラダトームの王がいまの代になり、一見平和な関係を築きつつ

あったその裏で、事件は起きた。ラダトーム側は王族の娘を竜王たちに与え、

代わりに竜王軍側は数匹の力ある魔物たちを、労働力や武力の強化のために

ラダトームに派遣した。その魔物たちのうち、いま生存が確認されている者は

一匹もいない。そのなかには彼女の兄、『ドクターフェイガー』がいた。

 

彼はグレムリン族のなかでも特に優秀で、炎はもちろん物理的な攻撃力も

その種のなかではずば抜けていたのだが、回復呪文に関してはまさに別格で、

ホイミを数回唱えるのが限界の者がほとんどのなか、ベホイミを何度でも

使えるほどの天才だった。だからラダトームにも回復呪文を教える者として

遣わされていたのだが、どうしたことか連絡が途絶え、ラダトームに

問い尋ねても相手にされない。タウィーは悟った。兄はもうこの世にいない。

 

 

「あのとき・・・最も力ある竜王マンノウォーが倒された日からずっと、

 人間たちの悪辣さと残虐さは同じ状態のままだった。私は人間が憎い!

 だから竜王軍をシービスケット様たちに隠れて鍛えに鍛えあげ、

 屈強な軍隊として仕上げてきた。いつでも戦争ができるように」

 

ここでタウィーは小さなため息をついた。しかしその顔には笑いさえも浮かんでいた。

 

「・・・でもそれでは多くの仲間たちに迷惑がかかる。今度こそ魔の島の、いや、

 アレフガルド全ての魔物が根絶やしにされてしまうかもしれない・・・。

 私の身勝手な復讐心なのだから、私だけでやるべきことだったんだ・・・」

 

タウィー自身、どれだけ成果をあげたとしても、もう自分の命はなくなることを

知っている。それでも気持ちが穏やかだったのは、先ほどの少年に自分の兄

ドクターフェイガーの面影を見たこと、それに加え彼女が勇者ロトの末裔である

三人の勇者たちに確かな希望を見いだしたことが理由だった。今まで人間という

種族そのものを忌み嫌っていたが、その思いを改めることができたからだ。

 

いつかラダトームを襲撃し人間たちを残らず打ち倒してやろうという自分の考えが

魔族として正しいと信じて疑わず、人間との友好関係を推し進めようとする

ホクトボーイたちに不満を抱えながら生きてきた自分の考え、それこそが

間違いであるとわかったとき、なぜかそこには爽やかさがあった。

 

「これで心残りなく私は消えていけるというもの。間違った思いに支配されていた

 代表ともいえる私が死ぬことでアレフガルドは新たな輝かしい未来を掴める!

 でも・・・それでも私は兄さんの復讐を果たさずには死ねない!お許しを!」

 

 

タウィーは少年と異なり、狙いをラダトームの高貴な者たちに絞っていた。

夜の闇に紛れて侵入し、捕らえられるその瞬間まで少しでも多くの人間を

打ち殺すことで、家族や仲間の無念を晴らそうというつもりでいた。

 

「・・・闇は満ち、時は来た。いざ!」

 

彼女が意を決して城に入ろうと足を踏み出したそのときだった。突然目の前が

眩しくなり、そのために倒れてしまい動けなくなった。見張りの兵士たちが

怪しい存在である彼女の姿を照らしたというわけではなさそうで、しかも

その光は人によるものではない。魔族である彼女には、むしろ自分と同じ側、

しかし遥かに格上の存在によってもたらされた眩しい光だと理解できた。

立ち上がれないままでいると、光のなかから彼女に呼びかける声があった。

 

 

 

『君はどうしてこんなところにいるのか。魔物でありながらそのような姿に

 自らを変え、よくない事柄のために進んでいこうとする者よ』

 

 

つい先刻に自分が少年の思いを見透かして接したのと同じで、今度は自分が

あの少年のような立場にいるのだ、とタウィーは目の前の存在を恐れた。

 

「・・・私には何のことだかわかりません。あなたが何者かさえも・・・」

 

『わたしは君を知っている。グレムリンのタウィー、これまで長年、竜王軍で

 忠実に働き続けた者を。その君がいま、正しくない思いを果たそうとしている』

 

「あなたと何のかかわりがある!私をとどめないでもらいたい!この私のような

 消えたとしても誰も悔やまない者がやるべきことを!」

 

タウィーは押さえつけられている感覚を強引に振りほどいて立ち上がろうとした。

すると光のなかから発せられる声は、心から彼女を思いやる憐れみ深いものとなった。

 

 

『・・・それは違う。たとえ誰も悲しまないとしても・・・このわたしが悲しむ。

 これまでたくさんの悲しみを耐えてきた君をどうして見過ごせるものか』

 

「・・・・・・・・・あ、あなたは・・・・・・!?」

 

『君だけではない。このラダトームからは多くの魔物、また人間からも

 無数の助けを求める叫び声と苦痛にうめく声がわたしのもとに届いた。

 そのためにわたしは来た。さあ、君は罪を犯す前にここから去っていきなさい。

 これから先はわたしの裁きだからだ。城に入ってはならず、町から出なさい』

 

この声は天の使いのもの、もしくは神自らなのではないかとまでタウィーは

思うに至ったが、よく考えたら悪魔である自分を神や精霊たちが憐れむはずが

ない。この者はもしかしたら・・・・・・と思考を巡らせていると、

 

『そう、君が町から出たなら城からは大きなざわめきが起きるだろう。そのとき

 最初に目にする男、それこそ君が求めている魂だ。その者の命は君に

 任されている。わたしの言うことを聞くならば必ずすべてはうまくいく』

 

 

光は消えてしまい、彼女は普通に立てるようになった。あれだけの輝きと

響く声でのやりとりがありながら、兵士たちは誰も気がついていない。

様子を見に来る町人たちもいない。あれは自分だけが見せられた幻だったのでは

ないだろうか、タウィーはしばらくその場でいろいろなことを考えていたが、

 

「・・・・・・・・・」

 

その声に聞き従って城に入るのをやめて、町の出口を目指した。あれは神では

ないが、タウィーにとってはそうとしか思えない導きの声だったからだ。

 

 

 

 

「・・・・・・あの方からの合図があった。『始めろ』ということだ」

 

「思っていたより遅かったわね。何かあったのかしら・・・・・・」

 

「さあ。でもあの方なら心配はない。あの方もまた、私とお前を信頼して

 この役目を与えてくれたんだ。始めよう」

 

タウィーの前に現れた光が消えたのとほぼ同時刻、ラダトーム城の隅の一角の

小さな部屋から二つの影が出ていった。その主から与えられた指令を果たすために。

 

 

 

 

ラルス王の玉座の間には、王と長子マジェスティ、そして顔面に包帯が巻かれた

ダイヤモンドがいた。大臣もそばで立っているが、彼らの話には加わっていなかった。

 

「・・・まんまと逃げられてしまったか。しかし遠くまで行ってはいないだろう。

 明日からアレフガルドじゅうを捜索する。何としても捕らえねば」

 

「ご安心を、父上!すでに準備は整っております。セリア王女は私の妻に、

 残りの二人もこの城に監禁し、日に三度パンを与えればよいことに

 変わりはありません。ローレシアやサマルトリアには気づかれることなく

 事は進められるでしょう。彼らは魔物との戦いで人知れず死んだと

 片づけられることでしょう。私たちの悲願が叶うことに変わりはない・・・」

 

ラダトームは最初からアレンたちをこの地に縛りつけ生涯出さないつもりだった。

セリアがダイヤモンドの妻としてラダトームに留まるのはもちろんのこと、

アレンとアーサーも何らかの方法で自分たちの管轄下に置く計画だった。

彼らをもてなしたやり方からすれば、アレンは大勢の女性たちによって

骨抜きにさせ、アーサーは彼の研究心に付け込んで、多くの資料や文献を

与えることで縛りつけようとしたと考えられる。そのうち彼らにも妻と

何らかの特権を与えればこの地に永住することをよしとするだろう。

 

「ロトの末裔たちのことはそれでいいとして・・・竜王軍の魔物たちは

 どうする?そろそろ不満を持つ魔物が暴れだすかもしれないぞ?

 いまでも彼らを虐げていたことがそろそろ公になってもおかしくはない。

 マカヒキのやつがやつらを玩具として派手に遊び尽くしたせいでな・・・」

 

「それならもっと問題はないでしょう、兄上。彼らは私たちを信頼しきって

 いるではありませんか。こちらから送り込んだ女たちのことが大きい。

 彼らはいまだにそれを王族の娘だと思い込んで疑っていないのですから

 やりやすい。あれがただの町から連れてきた女たちだとは思っていません。

 万が一彼らが戦争を仕掛けてきたとしても我が軍のほうが上、それに・・・」

 

ダイヤモンドはにやりと笑う。すると、他二人もわかっているかのように続いた。

一人わけを知らない大臣はその秘密兵器の正体が気になり耳を傾けた。

 

 

「・・・いま勢いのあるハーゴンの軍勢と手を組めば全ては解決するでしょう。

 圧倒的な力で我らに反するものを黙らせる。新たな世界の頂点を主張している

 ローレシアすらも飲み込めると私は確信しています」

 

聞き捨てならない言葉に、沈黙を守っていた大臣がたまらず身を乗り出し、

 

「ま、まさか世界を破滅に導こうと暗躍する邪教と協力関係を結ぶと

 いうのですか!?そのようなことを本気で・・・」

 

「ははは、お前は相変わらず考えが古い。そのようなことではこの先生き残れんぞ?

 ロトの末裔たちを手に入れルビス様の祝福を受け、邪教の者たちと共に

 安定した基盤を築いていけば我らの敵など世界にいなくなるではないか。

 ハーゴンとそのしもべたちですら我らがいいように操ってやるのだ。

 我らのためになるものは全てを利用すればいい!はっはっは!

 お前たちも笑え!ラダトームの約束された未来を祝して・・・・・・む!?」

 

 

王が高らかに笑っていたその途中で、突然部屋の全ての灯りから光が失われた。

偶然にも全てが同時に光を奪われ夜の闇と同じほど暗くなった玉座の間は混乱に覆われた。

 

「うおっ!!急にどうしたというのだ!なぜ急にぜんぶ・・・!?」

 

「わかりません!確かどこかにたいまつが・・・・・・」

 

 

大臣は慌ててたいまつを探しに向かったが、その途中で再び部屋は元に戻った。

 

「何がどうなっている?今度は一斉に灯りが・・・」

 

王は次々と襲ってくる怪現象にすっかり戸惑ってしまっていたが、流れ出る汗も、

己のなかに流れる血液すらも凍らせる光景がその目の前にあった。

数十秒にも満たない闇の時間に起きた出来事はあまりにも衝撃的だった。

 

 

「あ・・・あああ・・・!!」

 

「あ、あ、あ・・・・・・兄上―――――っ!!」

 

 

ラダトームの次期国王である王の長子マジェスティの首が斬り落とされていた。

それに伴う大量の血も床や壁に舞い散っている。そして、マジェスティを

断末魔すらあげさせずに討ったのは、一歩ずつゆっくりと王とダイヤモンドの

もとへと近づいてくる、鮮やかな青と赤の髪が特徴的な二人の女に他ならない。

青い女のほうは剣を手にし、そこから赤い血がぼたぼたと垂れているからだ。

 

「ハァ――――ハァ――――・・・お前たちはァ―――――っ・・・」

 

 

「・・・・・・私たちは」

 

「一言で言うなら『神の子の使い』。その方のご命令に従って動いている」

 

ラダトームに潜入していた、キンツェムとプリティー・ポリーだった。



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起承転結Ⅷの巻 (運命の夜②)

夜のラダトームに激震が走った。世界でも類を見ないほどの防備を施されていた

ラダトーム城に侵入者が二人、しかもその二人は玉座の間にまでも入り込み、

わずかな時間の間に王の長子、マジェスティ王子を惨殺したのだ。彼を

殺害された悲しみに浸ることすら許されずに、王と残る息子、三男ダイヤモンドの

危機は続いていた。二人の女のうち一人は剣を握っていて、殺気に満ちている。

 

 

「か、神の子、だと・・・!?それがお前たちをこのような愚行に動かした

 者だというのか!何者なのだ、それは・・・!」

 

「父上・・・!神の名において世界の至る所で破壊と殺戮を繰り返す者たちといえば

 邪教の者どもしか考えられません!こやつらは・・・」

 

二人はダイヤモンドの言葉を否定しない。彼の言うことは正しかったからだ。

しかし足を止めず、少しずつ、確実に近づいてくる。王は腰を抜かしたまま、

 

「ま、待たれよ!我らはあなた方と同盟を結びたいと今も話していたところ・・・です!

 それなのになぜ・・・!我らはあなた方に資金を提供し、あなた方は我らの

 戦いに力を貸す、素晴らしい協力関係だとは思われませんか!?わたしを殺しては

 なりません!この城には膨大な金と・・・それに銀も宝石も・・・・・・」

 

 

王は富の力で生き長らえようとしたが、それを聞くと二人のうち、特に赤い髪をした

ポリーのほうは哀れむような目になった。とはいえ王を見てかわいそうに感じたり

助けたいと思ったからではない。彼女がまだどこにでもいるスライムベスだった時代、

数百年以上前から知っているラダトームの思い出と比べ、現在のこの地がいかに

落ちぶれてしまったか、そのことを嘆いていたからだ。悲しむような声で言う。

 

「・・・ラダトーム、勇者ロトの時代からずっと私たちにとって、そして

 全ての生きる者にとって重要だった都市。私も、もちろんあの方も・・・

 どれほどあなたたちを救いたいと思ったことでしょう。精霊ルビスの加護を

 失ってもその誇りは失われないようにとどれほど願っていたことでしょう」

 

「救う・・・!?お前は頭がおかしいようだな!ならばなぜこのような・・・!」

 

「あの方・・・神の子である偉大な方があなたたちの悪は限界を超えたと

 判断され、ついに動かれたからです。確かにあの方は全ての息ある生き物を

 救いたいと思っておられます。しかしそれを妨げる、あなたたちのような

 悪に満ちた者たちを決してお許しにはなられない。裁きのときはきました」

 

困窮し日々の生活もままならない民をよそに自らは肥え太り続け、英雄である

ロトの子孫たちをこの都市の繁栄のために強引に手にしようとしたこと、

竜王軍と歩み寄ろうとしている裏で不平等な条約を盾に狩りを続け、いずれは

彼らの安心と信頼を裏切り再び侵略を行おうと計画していたこと、

そしてハーゴンの軍勢すらも都合よく利用しようと企んでいたこと・・・。

王とその息子たちの心のなかの悪は全て『神の子』には筒抜けだったようだ。

 

 

「ぐ・・・ぐう!昔のようにルビス様の祝福さえあればお前たちのような

 虫けらどもに好き勝手させなかったものを・・・!やはり百年前、竜王を

 倒したブライアンとその妻ローラ様を旅立たせたことが最大の過ち・・・!」

 

王はこの苦境に、百年前の先祖たち、そしてブライアンとローラを恨んだ。

しかし二人の神の子の使いのうち、今度は剣を持った青い女剣士、キンツェムが

王を冷たく見つめている。どうしようもないものを見ているような顔だった。

これ以上は無駄と言わんばかりに、ついに間合いに入り込んだ。

 

「・・・違うな。ルビスの祝福を失ったのはお前たちの行いが邪悪だったからだ。

 ブライアンが去った後の身勝手な戦いも、それから後の王たちのやり方も。

 そして今、お前たちはその先祖たち以上に醜い本性を露わにして、勇者ロトと

 かつての善良な王たちの名を汚し続けた。それゆえにルビスはお前らを

 捨てたのだ。そしてついにルビス以上の方がお前たちを裁かれるのだ!」

 

 

剣を王の太った腹に突き刺した。はじめはその贅肉が剣が臓腑にまで達するのを

阻んでいたが、キンツェムが力強く押しこんでいくと、やがて身体の芯にまで

届き、切り裂いていった。

 

「ごっ・・・おごごごご・・・ごがっ」

 

王はうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。ダイヤモンドは自らの腰の剣を

抜くこともできずに恐怖のあまり顔を引き攣らせ震えていた。そしてすぐに

その震えは治まることになる。処刑人が彼の父の腹から剣を引き抜くと、

覚悟の時間も与えないまま彼の頭に剣を振りぬき、一閃した。

 

「・・・・・・・・・え・・・・・・」

 

「偽物だ、お前の輝きは。輝かしいダイヤモンドのように見せた汚い炭だ」

 

一刀両断された彼の身体は、中央から左右に真っ二つに裂けた。キンツェムは

剣についた血を落とすと、後ろに控えていたポリーと共に去っていく。

 

 

「・・・これなら私たちがやるまでもなかったな。あの方、ハーゴン様が

 華々しく処刑を完了することもできた。なのにそうしなかったのは・・・」

 

「私たちを信頼してくれているんだよ。それにハーゴン様は・・・・・・」

 

二人は主であるハーゴンについて語り合いながら姿を消した。一方、この国の

大臣は部屋にいながら処刑を免れ、一人残された。

 

「・・・か、神の子の使い・・・!何という恐ろしさ・・・・・・!」

 

 

 

 

ラダトームの第二王子マカヒキはというと、城にはいなかった。彼の趣味である

無抵抗で力のない魔物たちを狩る遊びから戻ってきたところだった。

竜王軍を油断させたところで攻勢を仕掛け、大虐殺と略奪を王と兄弟たちに

提案していたのは彼だった。いまは隠れて行っているこの遊戯が正義の名のもと、

大々的に祭りのように楽しめるときを日々心待ちにしていた。

 

「竜王たちと親しくなろうとしている活動のおかげで魔物どもが警戒を解いている。

 だからこそやつらを殺したときのその顔と叫び声は美しい。百年前のラダトーム兵は

 この楽しみを昼間から存分に、毎日味わっていたというのだから幸せ者だ」

 

「だから君はまたそのような時代に戻ろうと計画を練っていたというわけか」

 

「ああ!連中が生意気にも蓄えていた多くの品々を強奪し、その皮や肉を

 持って帰ればバカな民衆どもも我らへの忠誠を示すだろう。竜王城に

 渡している女どもはどうせただの平民、魔物たちと共に殺したところで

 問題はない。早くやつらをもっとこの手で打ち殺して・・・」

 

マカヒキはここで我に返った。一人でいたはずなのに知らぬ間に誰かが接近していた。

 

「・・・な、何者だてめえ!?このおれに気がつかれないまま自然に・・・!」

 

ところが返答はない。注意深く辺りを探してもどの方向にも誰もいない。

空耳だったのか、と気持ち悪い感覚を抱えたまま彼が顎に手を当てて

考えていると、今度はラダトーム城のほうから大きなざわめきが聞こえてきた。

 

「この叫び声は何だ?戦闘のものとは違う!宴・・・か?しかし今日は

 そのような予定はなかった。急に決まったのか・・・?」

 

 

理由がわからないままマカヒキは城ではなくラダトームの町へ入ろうとした。

魔物だけでなく、町に大勢いる家がなく外で寝ている者や親のない子どもたちを

虐げるのも彼の秘かな楽しみだったからだ。しかし町の入口に、彼を通らせない

ようにするために一人の女が立っていた。それは肌が浅黒い若い女だった。

 

「・・・おい、どけ。邪魔だ、通れないだろう。おれが誰だか知らないのか?」

 

するとその女は一言だけ、彼に聞こえるようにして呟いた。

 

 

「・・・・・・『ドクターフェイガー』・・・・・・」

 

「・・・は?その名は何だ。おれはそのような名ではないのだが」

 

マカヒキは苛立ちを増し加えている。だが怒りに満ちているのは彼だけではなく、

 

「この名に聞き覚えがないというのか!お前が十五歳のある日、お前と共に

 いたのを最後に消息を絶った竜王の城よりラダトームに遣わされた

 グレムリンを知らないというのか!」

 

若き女性に扮したグレムリンのタウィーだ。ラダトーム城に突入しようと

していたところを、謎の光の介入によって阻止され、むしろ町の外へ向かい、

城から大きなざわめきが起きた後、最初に現れる男こそが狙っている魂だと

導きを与えられていた彼女だった。ここまで全てがその謎の光のなかからの

声の通りに進んでいることに驚き入ったが、いまはそれよりも彼女の兄を

殺したとされるマカヒキへの激しい感情のほうが勝っていた。そのマカヒキも、

彼女が普通の人間ではなく、しかも恨みや復讐のために自らの前にきたと

察したようで、逆に彼女を煽るようにして返答した。

 

 

「・・・さあ?知らんな。きっとつまらない死に方だったのだろう。面白い

 うめき声や死に顔であれば覚えているはずだからな。それに殺した魔物の

 数は数え切れないほどだ。一々名前を言われたところで知ったことか」

 

「・・・・・・・・・!!きさま・・・!!」

 

「おっ・・・何だその目は?オイオイ、やめておけよ。おれは強いぞ?

 それにお前たちがおれたちに危害を加えることは重大な罪だ。お前どころか

 竜王とその仲間どもみんなに迷惑が及ぶことになる。ま、おれのほうは

 お前を殺したところで一切お咎めはないがね・・・」

 

マカヒキは剣を抜いた。先ほどまで魔物たちの命を奪い続けていたその剣を。

 

「ヒャハハハ!面白そうだ!どんな趣向なのかは興味もないがわざわざ

 人の娘の姿をしているんだ、殺す前にたっぷりといたぶってやろう!

 町の売春婦、その最下層にいる女どもよりもさらに数倍の地獄を―――」

 

 

彼は完全に油断していた。タウィーが隠し持っていたナイフがその喉元を裂いた。

傷口と口内から大量の血が飛び出し、鋭い痛みにうずくまる。そのうち呼吸も

満足にできなくなり、視界が朧になっていくのは苦しみの極みだった。

 

「がふっ・・・このゴミがァ――――っ・・・よくも、よくもォ――――・・・」

 

「この一撃を与えたくて私は人間の姿になったのだ!私の兄ドクターフェイガー、

 それに無数の魔物たちの苦しみのほんの数分の一でもお前に味わってもらうために!」

 

「くそが・・・くそがァ―――――――!!」

 

タウィーは大きく息を吸い込んだ。最後はグレムリン族の誇るこの技だと決めていた。

 

 

「・・・消え失せろ!!マカヒキ!!ハァ―――――――ッ!!」

 

燃え盛る炎を吐いて、憎き仇敵を燃やす。すぐに全身が火に包まれ、

 

「ぎゃあ―――ッ!あ、熱い!熱い、痛い!痛い熱い熱い!た、たす、助けて・・・」

 

苦しみの声と命乞いを発しながらゴロゴロと炎の玉となって転がっていた。

やがて骨も肉も溶けていき、人を燃やし尽くしたいやな悪臭のみが残った。

マカヒキの死を見届けると、タウィーの両の瞳から涙が流れた。

 

 

「・・・これで・・・これでもう未練はない・・・。新旧の竜王様、これまで

 こんな私をそばにおいてくださりありがとうございました。それに神のような

 あの光の主・・・私に思いを晴らす機会を与えてくれたことに感謝します。

 私の復讐は終わりました。あとは自らこの犯した罪を償うだけです」

 

静かにその場に座り、持っていたナイフで自らの心臓に狙いを定めた。

頭より高い位置までナイフを高々と上げると、一気に貫くべく仇敵に対して

したのと同じ勢いで突き刺そうとした。

 

「・・・・・・ウワ――――ッ!!」

 

 

ナイフが肉に深々と刺さり、やがてぼたぼたと赤い血が注ぎだされた。

だが、それはタウィーのものではなかった。彼女自身、ナイフがドスンと

肉の奥深く、骨にまで達している感触を得ていた。だが、それは自分の

ものではない。自害を果たせず、閉じていた目を開けるとそこには

一人の少女が、自らの右手を伸ばして間一髪ナイフとタウィーの間に

割って入っていて、その手首辺りを貫いていたのだ。

 

 

「・・・・・・!?あ・・・あああ!?」

 

「・・・い、言ったはずだ・・・君が死んだらわたしは悲しむと・・・」

 

あの光から発せられた声と同じものだった。タウィーはすぐに少女の手首から

ナイフを引き抜き、ホイミの呪文を唱えた。すぐに傷口は塞がった。

 

「あなたが・・・!ど、どうして・・・!」

 

「ふふ・・・わたしがここに来た最大の目的は、君たち悪魔族よりも遥かに

 悪魔と呼ぶにふさわしい者たちによって苦しめられている者たち、特に

 自らの命を捨ててまで思いを果たそうとした追い詰められた者の命を

 救うためなのだから。たとえ一人でも救えることができるのなら・・・

 そう思ったらつい・・・ふふふ、自分でも驚いたよ、こんな無理ができるなんて」

 

少女はごろりと横になってしまった。回復呪文を受けたとはいえ傷の深さと

失った血のせいで起きているのがつらくなったのだろう。かなり多くの汗も

流しているが、命に別状はなさそうだ。この少女の正体も、一連の行動の

理由もわからないままタウィーはどうしていいのかわからずに、少女の

そばに座っていると、すでに事を終えた二人が近づいてきた。

 

 

「ハーゴン様!あなたの言葉通り、ラダトームに満ちていた悪の原因を

 除き去ってきました。ただ、王の二番目の息子だけがどこを探しても

 姿が見当たらなかったのですが・・・・・・」

 

倒れている主の姿に二人はすぐに顔色を変え、タウィーを突き飛ばすと

抱え上げ、その容態を確認した。

 

「・・・ハ、ハーゴン様!これはどうなさったのですか!」

 

「それにこの子は・・・誰なのですか?」

 

この少女が世界を騒がせ、そして現竜王が警戒しアレンたちに討伐を依頼した

ハーゴンなのか、とタウィーは驚いたが、数々の奇跡を目の当たりにしたので

すぐにそれを受け入れ、信じることができた。

 

ハーゴンはというと、二人の仲間を安心させるためにすぐに自らの足で立った。

 

「何でもないよ。ほら、もう元気だ。君たちのほうは問題なく終わったようだね。

 わたしも目的を果たした。ほんの少し疲れてしまっただけだよ。

 さあ、やがて夜が明ける。その前に帰ろうじゃないか」

 

 

キンツェムとポリーはほっと胸をなでおろし、安堵した。それでもいまだ

万全ではない主を支えるために二人でハーゴンの歩きを補助しようとした。

取り残されそうになったタウィーはすぐに立って走り、三人を追い抜いて

その前に出るとハーゴンにひれ伏しながら、こう叫んだ。

 

「ハーゴン様!私の神、私はあなたのために何ができるのでしょうか!」

 

するとハーゴンは自分も座り込みタウィーと同じ位置にまで顔の高さを合わせると、

 

「・・・わたしは神ではない。けれども、もし君が望むのであれば、

 わたしたちと共に来て仲間になりなさい」

 

「・・・ハーゴン様・・・!この命、あなたにお捧げ致します」

 

 

 

ラダトームを襲った運命的な一日は幕を下ろした。王とその息子たちは殺され、

多くの兵士たちも命を落とした。そして町の外では正当なる復讐が果たされた。

キンツェムの言葉の通り、ラダトームがこのような結果を招いたのは自らの

犯した多くの罪のせいであり、精霊ルビスもそれゆえに彼らを見捨ててしまったので

ラダトームのために立ち上がろうとする国も軍隊もなかった。彼らが築いた

栄華を誇った城も財宝の数々も、危機の際に彼らの救いにはならなかった。

 

 

 

 

 

「で・・・これからどうするのだ、そなたたちは。ほとぼりが冷めるまでは

 この城の地下で身を隠しているべきだと私は思う」

 

「冗談じゃないわ、わたしたちは何も悪いことはしていないのに!こんなところで

 じっとしている時間も惜しいのよ!早く次の大陸へ・・・」

 

「しかしラダトームがセリアを狙っていた理由が自分たちとロトの家系を

 一つにすることだったなんてね。せっかく結ばれたブライアン様と

 ローラ様はアレフガルドを去っていってしまったから、か。

 あの兵士たちに追われるとなると旅も自由じゃなくなるな・・・」

 

アレンとセリアからラダトームでの出来事をすべて聞いたアーサーと竜王親子。

しばらくは安全な場所、つまり竜王城に滞在するという意見を出したが、

セリア、それにアレンも猛反対した。人の道を踏み外しているのは彼らなのに

なぜ自分たちが逃亡する犯罪者のようにならなければならないのか、と。

 

「だがいくらあいつらが悪いとはいえ人間相手に殺し合いはできねえぜ。

 くそ、厄介なことになっちまった!でも、頭を抱えてんのはおれたちだけじゃ

 ないんだったな。あんたたちもあのグレムリンが・・・」

 

「・・・タウィーは確かに優秀な働き手だった。しかしたった一匹では・・・!

 ずっと我慢し続けてきたその心の内をわからなかった我らの罪だ。今ごろは・・・」

 

 

誰もが沈んだ気分でいたところに、一匹の魔物が入室の許可も問わずに、

しかも扉が壊れてしまいかねないほど激しく開いて飛び込むように入ってきた。

 

「・・・な、何だ!?その慌て様は!まさかラダトームの兵が・・・!」

 

ルーラでここまで来たのを見られていたのか、と緊張感が走る。しかし魔物の

言葉はそれよりもずっと部屋の者たちを驚かせた。

 

「それが・・・!ラダトーム城が滅ぼされました!王もその息子たちも、王族、

 それに高貴な者とその妻たちも皆、すでに殺害されたとのことです!」

 

アレンたちははじめ耳を疑い、信じることができなかった。数時間前までそこにいて、

しかもその城を細かく見ていたので、まさか一日もかからずに崩されるなど

世界有数の武力を誇るローレシアの軍であってもまず不可能だろう。

 

 

「まことか!まさか・・・タウィーがやったというのか!」

 

「いいえ、それは違います。城には生き残りもいました。その者たちは皆無傷で

 あったので、なかでも王たちが殺された部屋にいたラダトームの大臣に

 話を聞くことが出来ました。彼が言うには、突然闇より現れた

 たった二人の『神の子の使い』を名乗る者たちによって・・・」

 

神の子の使い、それが何者であるか、アレンたちはすぐにその名が浮かんだ。

 

「・・・・・・ハーゴン!!やつ以外にいねえ!」

 

「大神官でいることで満足せずに・・・自らを神の子と呼ぶなんて!

 断じて許せないわ!ラダトームから追われることはなくなったけれど

 それとこれとは全く別の問題よ!」

 

ムーンブルクに続きラダトームまでもハーゴンの手によって滅ぼされた。

邪教への憤怒を改めて燃え上がらせるアレンとセリアだった。

 

「ですがすぐそばの町は無事のようです。町の外で王の息子のマカヒキ王子、

 かと思われる焼死体のようなものがある以外は」

 

「けれどこのままだと大混乱は確実だ。これまで以上に町は荒れるだろうね」

 

 

するとここで、先代竜王シービスケットが立ち上がった。

 

「わしはもう竜王ではない。よってこの城から出るのも自由だ。わしが行こう」



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起承転結Ⅸの巻 (竜王の城③)

ラダトーム城がわずか二人の『神の子の使い』を名乗る者たちによって陥落した。

町の人々は、富を独占し腐敗した政治を推し進め、挙句の果てに弱く貧しい者たちを

虐げていた王家と貴族、高貴な者たちが除き去られたことを喜んでいた。

不思議なことにそのなかでも民衆から人気のあった大臣や一部の兵士たちは皆揃って

殺戮者たちの手から逃れていた。彼らは王たちの悪事に加わっていなかった。

 

しかし喜んでばかりもいられない。神の子、つまりハーゴンがこれから自分たちをも

滅ぼすためにやってくるのではないかと恐れた。ラダトームは数百年以上昔、

この国が生まれたときから精霊ルビスへの信仰で満ちている。邪教の総帥が

残った自分たちをどう扱うか、希望は薄かった。そんな彼らのもとに

先代竜王シービスケットが現れ、群衆を一つのところに集めると、自分は

高きところに立ち、大声で呼びかけて言った。

 

 

「ラダトームの人々よ、ハーゴンとその使いを恐れてはならない!彼らは

 すでにあなた方が知っての通り、悪を愛する者たちだけを滅ぼしたからだ!

 そして彼らはラダトームの富には一切手をつけずに去っていった、これは

 もうこの地へ戻ってくることのない証だ。だからわしはいま、本来

 あなた方が恩恵を受けるはずだったその金や銀、その他すべてを開放する!」

 

ラダトームの新たな支配者であるかのように民に指示を出す。ところが人々は、

 

「いいえ、私たちはもうこの都市、この町にはうんざりだ!私たちを奴隷のように

 縛りつけていた者たちは死んだ!先祖たちのように新たな大陸を目指す!」

 

あまりにもこの地での思い出によいものがなかったので、出ていきたいのだという。

また、彼らは口にこそしなかったがハーゴンのほかに竜王たちをも恐れていた。

不平等条約のもとずっと耐え忍んできた竜王軍の魔物たちがその恨みを

晴らそうとどのような暴挙に出たとしても、もうそれに対抗できない。

現に今先代の竜王はアレフガルド全土の王のように振る舞っているのだ。

シービスケットのほうも、人々の心の奥の気持ちはわかっていた。なので、

 

「ならばそれぞれこの城より金目の物を持ち運び、それを持って好きな場所へと

 向かうのがよいだろう。奪い合いなどしなくとも皆に有り余るほどの

 財宝がある。それだけ彼らは不当に蓄えていたのだ。船代をはじめ、新しい生活を

 始めるための金などじゅうぶんにあるではないか。さあ、強欲な者どもの

 遺産を皆で分け合うのだ!」

 

 

こうしてシービスケットの言葉の通りに事は進み、ほとんどの人々が近日中に

去っていくこととなった。ラダトームどころかアレフガルドじゅうがこれで

『魔物の楽園』となり、先代竜王の望んでいたとおりになっていった。

 

(・・・ハーゴン・・・やつが真に死すべき者たちだけを打ち倒し、宝を全く

 持って行かなかったおかげで・・・人間にも魔物にも平和がもたらされた。

 まさかここまで全てわかっていたうえで・・・!?)

 

 

 

 

魔物たちの解放という記念すべき日ともあっては、竜王の城では大騒ぎだ。

アレンたちもその宴に招かれ、共に飲んで、食べるように勧められた。

百年に渡ったラダトームの支配がたった一晩の出来事で大逆転、勝利となった。

 

「はっはっは!だからわしは最初から言っていたのだ、ハーゴンよりも

 ラダトームに注意しろと!息子よ、そこのところがわからなかったとは

 お前もまだまだのようだな!何なら竜王の座を返上するか!ん?」

 

「・・・・・・いえ、父上はそのまま隠居の身でいてください。くっ!」

 

現竜王ホクトボーイは祝いの場であっても終始苦々しい表情だった。まんまと

ラダトームに騙され、引退した父に全ての点でまだ勝っていないということが

公になってしまったからだ。素直に喜んでなどいられなかった。

 

「ふんっ・・・!気に入らないわ!ハーゴンを英雄のように扱うようなこの祭り!

 魔物たちの宴会に参加することだってだいぶ譲歩したのに!最悪の気分よ。

 ハーゴンの狙いはこれだったのよ!ほんとうに狡猾で卑劣な悪魔だわ」

 

ハーゴンを称えるかのような魔物たちも多いなか、不機嫌なのはセリアも同じだ。

不快感を露わにしている者同士、ホクトボーイと共に座っていた。

 

「・・・ほう・・・と、いうのは?」

 

「ハーゴンはわたしの故郷では恐怖の破壊者として、ラダトームでは救い主のように

 己を見せることで、様々な方法で存在感を示して信者を増やそうとしているのよ。

 何を言われようがあなたは正しいわ。警戒すべきはハーゴン以外にないわ!」

 

「おお、わかってくれるか!父上たちの考えは甘いのだ。この時代、世界に

 目を向けねばならぬのだ!世界の脅威である邪教への対抗策をこれからも・・・」

 

すっかり意気投合していた。それを遠くから見ていたシービスケットはアレンに近づき、

 

 

「ふむ・・・あの二人、なかなかにいい感じではないか・・・そう思わぬか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「どうだろう、わしはそろそろ息子にも妻を与えてやりたいと考えていたのだ。

 あのセリア王女はホクトボーイにふさわしい素晴らしい女性だな。

 彼女さえよければわしは真剣に、きみたちの旅が終わり次第・・・」

 

 

ラダトームと同じような展開が始まるのか、とアレンは目を鋭くした。

気の利いた言葉で先代竜王を退けようとしたが熱くなったあまり、

 

 

「・・・・・・いやだ!」

 

 

自分でも馬鹿か、と思ってしまうほどだった。しかもそれを聞いたシービスケットは

老獪な笑みを浮かべ、アレンの肩をぽん、と叩いた。

 

「・・・ふはは、安心しろ、冗談だよ。あいつにはもう決められた相手がいる。

 これから先の旅、あの子を離すなよ?そして守りつづけろ」

 

「・・・・・・あんたに言われなくてもそうするってんだよ。それよりもだ、

 もういいだろう、約束通りあんたの宝をもらおうか」

 

アレンがあまりにも露骨に話題を変えようとするのでその場にいた者たちは

噴き出してしまい、それもまた彼の顔を恥ずかしさ、そして怒りで赤くする。

いまこの輪のなかにセリアがいなかったことだけがアレンにとって救いだろう。

 

 

「・・・うむ、これだ。さあ、受け取るがいい」

 

「おっ・・・大層な箱に入ってやがるじゃねえか。これで薬草一枚だったら・・・」

 

 

大きな宝箱に保管されていた貴重な品を渡され、期待に胸を膨らませて箱を開けた。

その中には剣が入っていた。アレンはそれを手に取るまでもなく、見ただけで

この剣が特別なものであり、確かにこの世に並ぶもののない宝であることがわかった。

それは彼の先祖が世界を左右する決戦に勝利を収めた際に手にしていた剣だった。

 

「・・・・・・ロトの剣・・・!」

 

「そう、本物だ。その子孫には語り継がれていたのか?この剣の姿形が」

 

「まさかあんたたちが持っていたとはな。ブライアン様が身につけていた装備は

 どれも散り散りになって行方がわからなくなっていたんだ。どうやって

 手に入れたんだ。盗んだのか?そして他のものはどこにあるんだ?」

 

失われていた伝説の剣をこんなところで見つけたことで、アレンはシービスケットに

次から次へと質問を重ねる。しかしそれらに答えるつもりはないようで、

 

 

「・・・ま、詳しくは言えないがとにかくあらゆる手段を用いて手に入れたとだけ

 言っておこう。きみも知っているだろう、この剣によって我が祖父は倒され

 アレフガルドの魔物たちの苦しみの日々は始まった。わしの父も伯父も殺され、

 戦いに参加しなかった叔母もいなくなってしまった。そんな憎き忌まわしい剣を

 この手で破壊してやりたい、そう思うのは無理もないことだと思わないか?」

 

「・・・・・・」

 

「しかし大魔王ゾーマでも砕くのに三年を要し、我が祖父に至っては壊すことも

 できなかった。その者たちに大きく劣っているわしなど、傷一つもつけられない。

 ラダトームの連中に見つかってやつらが喜ぶのも癪なのでな、こうして保管して

 今日まで過ごしてきたが・・・本来の持ち主のもとに帰るときが来たようだな」

 

 

アレンに手にするように促す。世界を救わんとするこの時代の勇者に伝説の剣が

渡される瞬間となり、騒いで酔っていた魔物たちも注目し、セリアも近づいてきて

どのようなことが起きるのかをしっかり見届けたいと思っていた。

そしてついにアレンがその剣を持ち、高々と掲げてみた。ところが、

 

「・・・これといって特別な気持ちは湧いてこないな。おれのアザも反応しない」

 

「む・・・ならば試し斬りのための木でできた人形を持ってこい!」

 

その剣を振るってみれば考えも変わるだろうとシービスケットは速やかに

用意を整える。アレンもそういうものか、と言われた通りにした。

 

「うりゃあぁぁっ!!」

 

人の形をした木の人形は見事に切断された。魔物たちから歓声があがったが、

当の本人は失望を浮かべ、その剣を静かに台の上に置いてしまった。

シービスケットに対しても、ただただ元気のない、彼らしくもない声で言う。

 

 

「・・・これは偽物だ。残念だがよく似せてあるだけの剣だよ」

 

「な・・・なんと!そんなはずはない!確かにこれは・・・」

 

「こんな剣であんたの爺さんをはじめとした、力ある魔王たちが倒せるはずが

 ないだろ。特別な力は一切感じられなかった。それでいて切れ味も鋼鉄の剣と、

 破壊力はおれがいま使っている金槌とそんなに変わらねえ。これをロトの剣として

 使うなんて、誇りある祖先たちへの侮辱だ。いらねえよ」

 

『ロトの剣』が店で売られている武器と比べても何ら特筆すべきものがないことに

アレンはすっかりこの剣への興味を失っていた。すると横からアーサーが

やってきて、剣をひょいと持ち上げると、自身の手にしっくりくるのを感じていた。

 

「・・・まさかお前こんな偽物をこれから武器にするわけじゃあ・・・」

 

「ロトの剣とかその偽物だとか思うからいけないんだ。なかなかのものじゃないか。

 少なくとも鉄の槍なんかよりはね。余計なことを考えずに使ってしまえばいいんだ」

 

「・・・そういうことならまあ・・・止めはしねえよ。しかし不思議だな。

 鋼鉄の剣と重さは同じくらいなのにあっちはだめでこっちはいいだなんてな」

 

「せっかくもらったんだから細かいことなんていいじゃないの。アーサー、これから

 その剣を大事にしなさいよ。隣の力馬鹿は金槌を振り回していればいいのよ」

 

「・・・・・・てめ―――――っ!!このくそアマが―――――ッ!!」

 

 

セリアの言葉に堪忍袋の緒が切れたアレンがその金槌を持って吠えながら

逃げる彼女を追う。もちろん二人とも本気ではない。アレンは怒りに狂った

ように見えるが確かに笑っていて、セリアもいたずらっ子のような顔をしていた。

 

二人の『芝居』の様子にアーサーは大勢の観客と共に拍手をしていた。その一方で

彼特有の、抱いた疑問を頭のなかで一人論じる時間が始まっていた。アレンが

拒否したことで今日から彼の武器となったロトの剣に関してだ。

 

 

(・・・これは確かに本物なんだろう。そうでなければ鋼鉄の剣も満足に扱えない

 ぼくの手に合うはずがない。ロトの血をひく者だからこそ、なのだろう。

 しかしアレンの言うことも確かだ。とても伝説の剣だなんて大層なものには

 思えない。そう思えてしまう理由は・・・長い年月の末に剣自体が劣化したか、

 もしくはロトの血自体がかなり薄まっていてこの剣の祝福もそのぶんしか

 受けられないということなのか・・・アレンにはとても言えない説だな)

 

 

「じゃあ地図とこの剣、あんたたち親子からの贈り物をこの先大事に

 使わせてもらうぜ。しかしこの先おれたちは何をすればいいんだ」

 

最終的には邪教の総本山を目指すことになるのだが、そのためにはどうすべきか、

船が手に入り世界地図という頼もしいものも譲られ、世界が広がったことで

逆にどこから向かえばいいのか、何を手に入れればよいのか選択肢が無数に広がり

アレンたちを迷わせる。人の住む大きな都市はラダトーム以外なくなってしまい、

そのラダトームですらもう間もなく長い歴史を終えようとしているアレフガルドに

まだ向かうべき場所はあるのか、この土地に誰よりも詳しい親子に聞いてみた。

すると、今後の旅路にとってとても重要な情報を聞くことになった。

 

 

「そなたたちは打倒ハーゴンを目指しているのだろう?やつの本拠地に

 乗り込むというのなら・・・『五つの紋章』、そして『ロトの装備』!

 世界中をまわりそれらを一つも欠けることなく手に入れるのだ!」

 

「・・・五つの紋章・・・?なんだそれは?ロトの装備っていうのは

 いまアーサーが持つ剣以外の防具のことなんだろうが・・・」

 

「紋章がなければハーゴンのもとへはたどり着けまい。ロトの剣と防具を

 装備しないことにはハーゴンには勝てない。どちらも必要なのだ。

 その紋章のうち一つはかつてメルキドと呼ばれた町の南の海に

 小さな島があり、その島の大灯台にあると聞いているが・・・・・・」

 

紋章の正体については謎のままだが、早くも次に目指すべき場所は決まったようだ。

実際に手に入れてから紋章とはどのようなものなのか確認するのがいいだろう。

一つ入手すれば勢いに乗れるかもしれない。『大灯台』と呼ばれる塔に

さっそく向かおうとしたが、シービスケットから警告を与えられる。

 

「・・・しかし用心するがいい。その塔はわしらの支配が行き届いていない。

 人間相手に容赦することはない、邪教の影響を受けた残忍な者どもだと

 報告を受けているだけでわしらも行ったことがないのだ」

 

アレフガルドの人間たちとも竜王軍とも接触を持たない大灯台の魔物たち。

目的の品があるとはいえいきなり向かわせてよいものかと竜王親子は

躊躇ったが、アレンたちがその程度で後ろ向きになるはずがなかった。

 

 

「なーに言ってやがるんだ、あんたたちは!おれたちが負けるわけないだろ!

 もしそれで倒れるようだったら所詮はそこまでだったって話なだけだ」

 

「そうね。一番近いっていうのなら一番最初に行くのは当たり前じゃない。

 時間を少しでも無駄にはしたくないわ。紋章とやらをさっさと全部集めて

 ハーゴンをこの手で倒す!そのためには遠回りなんてしていられない!」

 

 

「・・・ふむ・・・ならば止めはしない。しかし意地を張って無理はしないようにな」

 

「ああ。何かあったらまた来るのだぞ。我らは親友なのだからな」

 

世界地図とロトの剣のほかにも旅に必要な食物や衣類などを持たされ、しかも

引き続き案内役としてしびれくらげの二匹を連れていくようにと渡された。

竜王城で朝を迎えるとアレンたちは出発し、大灯台へと船で向かった。

 

 

「今回は驚かされることばっかりだったわ。結果的には多くのものがこうして

 手元にあるわけだけれどラダトームみたいなことは二度とごめんだわ」

 

「・・・そうだな。おれもこれからは・・・・・・」

 

ここでアレンは言葉を濁した。まさか『これからはもっとそばでお前を守らないと』

などという台詞が出てくる人間ではなかったからだ。一種の興奮状態にあった

ラダトームでの逃亡劇のときの感情の高まりはアレンもセリアもすでに沈静化し、

どちらもそれを後になって語り合ったり振り返ろうとはしなかった。

 

 

「・・・そういえばアレン、きみも確か竜王城で昨日の夜・・・ホクトボーイに

 縁談を持ちかけられていたような・・・妹と結婚しないかって」

 

アーサーの言葉にセリアの表情が変わった。そんなことは知らないといった様子だ。

城で出された酒のせいで彼女が早くに眠ってしまった後に起きた出来事だった。

動揺を悟られないように立ち上がってその場から離れたところで話の続きに

耳を傾けようとしたが、アレンの説明によってすぐに戻ってくることとなった。

 

「・・・・・・ああ、それか。お前、その妹を見たか?」

 

「ん・・・そういえば会わなかったな。やっぱり美人だった?」

 

「わからねえな。なんたって・・・純粋な『ドラゴン』だったんだからな!

 シービスケットが人間の女と子どもをつくればホクトボーイのような

 モンスター人間になるが、ドラゴンとの間には人間の血なんて入ってない

 ただのドラゴンが生まれるのは当たり前だった!だからあの野郎、

 ホクトボーイも遊びで言ってやがった!くそ、親子揃って気に入らねえ冗談を」

 

父の冗談とは、セリアをホクトボーイの妻に、というものだったが、彼女の前で

自分のそれに対する反応を知られてしまったら恥ずかしいことこの上ない。

アレンは頭を掻きながら、もらったリンゴの実に力強くかぶりついた。

 

 

「あら、勿体ないことをしたんじゃなくて?結婚できないわけではないでしょうに。

 シービスケットだってラダトームの女性を妻にしたって言っていたじゃない。

 ドラゴン族のなかでは素晴らしく美しい方だったかもしれないわよ」

 

「ちっ・・・そんなにてめえはおれとあのドラゴンをいっしょにしたいのか。

 見分けなんてつかねえだろ!まあ向こうもそれは同じかもしれねえが・・・。

 でもシービスケットの爺を唯一評価できるところがあるとすれば、ラダトームが

 友好のために王族貴族の女だといって連れてきた人たち、あいつは最初から

 全部嘘だとわかっていたのにその人たちを思って受け入れたってことだ」

 

「ふーん、そうだったの。まあわたしには関係のない話だわ」

 

 

アレンを茶化すセリアの様子は、明らかに何かに安堵しているようだった。

当事者アレンにはわからなかったが、アーサーには隠しきれなかった。

 

(・・・ふふ、ラダトームに行ったことは確かに無駄ではなかったようだ。

 行く前よりもすっと二人の距離は縮まっているじゃないか)

 

アーサー自身もロトの剣という収穫を手にし、気分は上々だった。これまで

他の二人と比べてロトの子孫としての資質に劣っていると感じていたが、

この剣を扱える、ということが自分にもロトの血が流れ、精霊ルビスからの

加護が与えられている証となったからだ。

 

(竜王の城・・・この旅の目的を果たしたらまた行ってみたいものだな)

 

 

竜王たちは多くの点で寛大さを示した。百年前の因縁を水に流し、惜しみなく

貴重な品々を与えてくれた。だからアーサーもまた彼らに対し寛大に接した。

 

アーサーは歴史を正確に把握していて、偉大なる先祖ブライアンが、彼の倒した

竜王のその娘に暗殺されてその生涯を終えたことを知っていた。それを

シービスケットやホクトボーイが把握しているかはわからないが、アーサーは

それに関して一言も言わなかった。アーサーも過去のことを不問としたのだ。

 

 

 

ラダトームの地に縁の深い勇者ロトの末裔三人がやって来たことに動かされて

数日のうちに急激な変化がもたらされたアレフガルド。多くの勢力が集結し

誰が最終的に笑うことになったのか。それは滅ぼされた王家以外の皆だった。

 

アレンたちロトの末裔は先祖の愛用していた剣と多くの品を船に積み込み、

彼らを愛し続ける精霊ルビスの祝福をまた感じることができた。

 

竜王をはじめとするこの地の魔物たちは自由を得た。厳しい生活を強いられていた

ラダトームの民衆たちもまた解放を味わい、新たな土地へと希望を抱いて旅立った。

 

ハーゴンと仲間たちも確かに目的を果たした。しかしその真の狙いはどこにあるのか

アレンたちにはわからない。依然謎の深まる相手であることに変わりはない。

 

 

ラダトームの王国は終わりを迎えたが、ある意味では彼らも『報いを得た』と言える。

自分たちの邪悪な行いの結果が返ってきただけだった。アレフガルドの土地そのもの、

また勇者ロトの血統であるからルビスの加護を受けられるのではなく、正しく清い

生き方をすることこそ何よりも大切であったことを最後まで知らなかったからだ。

その滅びを見たアレンたちも、無条件でルビスからの保護を得られるわけではないと

今後の歩み方の教訓、戒めとしてこの地を後にすることになった。



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一つの身体の巻 (航海)

 

夜の闇のなか、アレンたちの船は穏やかな波に身を任せゆっくりと進んでいた。

この日はアレン一人が起きて船の操縦と見張りをしていた。いつもならそれは

アーサーの役目なのだが、彼にも休息と睡眠は必要だ。船に関しては素人の

アレンもアーサーから最低限のやり方を教えてもらっていた。どうせ夜は

そんなに長い距離を動かさないのだから、緊急事態への対処がアレンの仕事だ。

 

「ちっ・・・夜は冷えるぜ。そのせいで眠くならねえのは助かるが・・・」

 

最後の一人が眠ってしまってはならないのは陸でも海でも同じだ。魔物から

身を守ることに関しては陸よりも危険性は低かったが、座礁や転覆、

海が荒れたり船自体が損傷して水が入ってきたら・・・などと、気にかけなくては

ならない事柄は依然として多いのだから、責任は重大だった。

 

 

「・・・ん・・・?鳥か!なかなか大きな・・・」

 

アレンはゆっくりと飛んできている二匹の鳥らしき物体を確認した。それは

船に向かって迫ってきて、姿がはっきりと見えるようになると、アレンも

ただの鳥ではないことを知り、そばに置いていた剣を手に取った。

 

「こいつら、魔物だったか!こんな夜遅くまでご苦労なことだぜ。しかし

 おれが相手というのは運の尽きだったな・・・容赦しないぜ!」

 

 

この魔物たちは『ホークマン』といい、鷹の顔と人の身体を持つ生き物だ。

なんとその手には剣を持っている。彼らが剣を手にしたのはやはり邪教の力が

魔物たちにも強く影響を与え始めたころであり、それ以来漁船や商船が

襲われているのもホークマンによるものだという報告が多かった。

 

ホークマンは身体能力も知能も海の魔物のなかではずば抜けて高く、人よりも

少しだけ鍛えられた体をしている漁師や兵士では対抗できない危険な魔物

だった。しかしアレンはそうではない。彼らの素早さよりも更に先を行き、

 

「一人対二人だ!これくらい卑怯だなんて言わせないぜ―――っ!!」

 

先制攻撃で自身のそばにいたほうのホークマンに力強く斬りかかる。剣を持つ

右腕ごと斬り飛ばし、早くも一匹仕留めたかと思われたが命を奪うまでには

至らず、突進してきたため僅かにダメージを負ってしまった。

 

「ガガ・・・ガアアアア―――――ッ!」

 

「・・・ぐっ!なかなかしぶといやつ!おれが一撃で倒せないなんて・・・」

 

しかし危険を顧みずにアレンに攻撃を与えた代償は大きい。今度は胴体の中心を

しっかりと斬りつけられた。急所を一閃され、即死だった。

 

「・・・・・・ガ」

 

「ヘッ!腕がなくなったところで降参して逃げちまえばこうはならなかったのに!

 自分の命を捨ててまでおれにかすり傷を与えたかったのか?どう考えたって

 代償に比べて得るものが少なすぎる・・・・・・」

 

 

もう倒した敵に構いすぎたのがいけなかった。背中に鋭い衝撃が走った。

 

 

「ぐはっ・・・!!そうだった・・・二匹いたんだった・・・!」

 

「ガァ―――――ッ!!」

 

視界から消えていたせいで警戒の外へといなくなっていたもう一匹のホークマンが

背後に回っていた。背中を斬られアレンはその場に倒れそうになるが踏みとどまり、

 

「・・・ちっ!くそ、くらえ!」

 

「ガーガッガ!」

 

鋼鉄の剣を振り回したが空を飛ぶホークマンに避けられ、逆に急降下からの

攻撃が襲いかかる。くちばしによって脇腹をえぐられた上に、剣で今度は

左足を斬られた。切断されるようなものではないが、その傷は深かった。

 

アレンはついに倒れこみ、この戦いが劣勢であることを知るようになった。

 

 

(・・・薄々不安に思っていたことが現実になっちまった!最近ぬるい戦いばかり

 していたツケだ!こいつは真剣にまずいぜ・・・!『泥人形』だの『バブーン』

 だの・・・あいつらが雑魚過ぎたのがいけないんだ!)

 

船での戦闘はそれほど激しくはならず、弛緩した時間が続いていた。また、

竜王の城、アレフガルド大陸・・・そもそも戦いすら起きなかった場所も

このところ多く、その竜王たちから気をつけるように言われていた大灯台でさえ

拍子抜けな展開が待っていたのだった。

 

 

 

 

『・・・おお、旅の人!何も言わずともこの爺にはわかっておりますぞ!

 紋章を探しにはるばる来たのでしょう!』

 

『ん・・・?ああ、その通りだが・・・あんたは何者だ?』

 

『ほっほっほ・・・そんなことはどうでもよいこと、ついてきなされ。

 紋章のある場所へ案内して差し上げましょう!』

 

大灯台に入ってすぐに老人がアレンたちを出迎え、求めていた紋章のところへ

道案内を始めた。ここまでわかりやすいと裏を怪しむのも当然で、

 

『・・・・・・なあ爺さん、あんたの真の狙いは何だ?早く言えよ』

 

『は、はて・・・何のことか・・・』

 

とぼけるような返答しかこなかったので、三人のなかでも彼しか気づかなかった

ことだが、アーサーは彼らの核心を突いて事を早く終わらせようとした。

 

『・・・その変装はばれているってことさ。お前は魔物、そうだろう?』

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

『えっ!?そ、そうなの!?じゃあ罠ってことなのね!』

 

 

老人は黙ったまま四匹のグレムリンとなって正体を明かした。そのまま戦闘が

始まるものと思われたが、このグレムリン族は人の言葉が流暢に話せるのだ。

襲いかかる前に言葉を発してくることも予想は出来た。だがその内容は意外な

ものだった。

 

『・・・我らグレムリン族のなかでも竜王の城にいる『タウィー』・・・彼女が

 最も力ある者で、我らは四匹揃って力を合わせてようやく一人の人間に

 変身できるのだが彼女ならたった一匹でどんな姿にもなることができた』

 

『・・・・・・それがどうした?そいつならおれたちも会ってきたが・・・』

 

『タウィーは言っていた。世界を揺るがす者たちがこの地に現われしとき

 行動を起こすと。それが誰なのかは我らには理解できなかったが・・・

 そうか、お前たちのことだったのだな。ラダトームで起きた全てのことは

 この大灯台にも知らされている。彼女はどうなったんだ?』

 

 

三人が返答しないでいると、グレムリンたちはアレンたちに背を向けた。

 

『そうか・・・竜王の城には戻ってこなかったか。兄が殺されてからというもの

 竜王たちにも隠したまま計画を進めていたようだが・・・死んだか・・・』

 

『死んだとは限らないんじゃないかな。わざわざ置手紙を残していたんだ。

 無事だったとしてもどこかへ姿を消したと思うよ。ラダトームを

 滅ぼしたのは邪教の者たちだって話なんだし、真相はわからないままだ』

 

『・・・この灯台が誰も、竜王軍をも近づけさせなかったのは彼女が私たちに

 指示していたことなんだ。その大きな目的は紋章がラダトームに渡らないように

 するためだった。全てが終わった今、もう私たちが彼女の指令によって

 紋章を守り続ける必要もなくなった。さあ、ついてくるといい。それを

 手にするにふさわしい者たちに託す時が来たようだ』

 

 

結局最初の流れのままグレムリンたちに紋章のもとまで連れていかれると、

小さな宝箱が一つ。そのなかに紋章が眠っていることは明らかだった。

 

『このような形はしているが紋章は物ではなく心のしるし。その心に

 刻まれることになると言われているが・・・』

 

『まあ開けてみればわかるだろ!おりゃあ!』

 

 

アレンは構わず勢いよく宝箱を開けた。すると箱の中から眩しい光が放たれる。

アレンたちの手に刻まれたロトのアザからのものと似た、聖なる気が彼らを

包み込み、その光はやがて星の形となってアレンの心臓めがけて矢となった。

 

『おおおっ・・・!!おれの胸が・・・!?』

 

鎧や服を脱いで確かめてみたが、これまでと何ら変わらない。変化は何もない。

しかし見えない力で満たされていくのをアレンは感じ取っていた。

 

 

『大した筋肉ね。そういえばこうしてじっくり眺めるのは初めてだわ・・・』

 

『・・・そりゃあないだろうよ。というよりいつまで見てやがるんだよ!

 見た目には変化がないっていうのはもうわかったじゃねえか』

 

『あら、別にいいじゃない。あなたは男じゃないの、恥ずかしがるようなこと?

 特にここなんか凄いわ。お父様でもこんなに割れてなかったわ・・・・・・』

 

『お、おいっ!こら、やめろ!触るなっての!』

 

 

 

五つの紋章のうちの一つ、『星の紋章』をも戦わずして手に入れたとあっては、

アレンの戦いの勘が鈍ってしまっていたのも無理はなかった。

 

(しかも船の上だということもあって・・・これまで日課だった朝の稽古も

 やっていなかった。くそ・・・だが足はまだ動く!ここでやつを倒す!)

 

敵が飛行しているからか、船そのものはあまり揺れてはいなかった。アレンは

すでに倒したホークマンの死体を海へと放り捨てると、自分を翻弄する

残る一匹の動きを注意深く追う。背中、脇腹、それに足を痛めているので

戦いが長引く前に決着をつけなければならなかった。精神を集中させ、

 

「・・・・・・そこだ―――――っ!!」

 

「ガァ―――――――――ッ!!!」

 

敵が攻撃のために無防備になるほんの一瞬を狙い打ちした。もう少し遅れていたら

ホークマンの剣が先にアレンに届いていた。しかし早ければアレンの剣は

避けられていたか、命中しても致命傷にはならず手痛い反撃を受けていただろう。

会心の一撃ともいえるアレンの攻撃によって二匹目のホークマンも海に沈んでいった。

 

 

「ハァ――・・・ふぅ、危ねぇところだった・・・・・・」

 

 

傷つきながらもどうにか勝利を収め、汗と血を拭いながら力なく座り込んだ。

ところが、別の方角から鋭い角度で降下してくる一つの影があった。

 

「ゲゲ―――――ッ!!」

 

「・・・しまった・・・!!もう一匹・・・!?」

 

 

『バピラス』という翼を持つ竜の魔物が血の匂いを嗅ぎつけて飛びかかってきた。

今のアレンでは発見が早かったとしてもホークマンと同等かそれ以上の強さを誇る

この魔物に対処するのは難しかっただろう。なすすべなくバピラスの姿が大きくなるのを

まるで他人事のように力なく座り込みながら眺めているしかなかった。

 

「ゲゲ――――・・・ゲ・・・・・・」

 

自身の目の前でバピラスが突然倒れたことでアレンはようやく目に力が戻った。

その足の爪が寸前にまで迫っていたが、アレンに届く前にバピラスは倒れたのだ。

アレンが立ち上がると、二つの影が船の屋根付きの部屋から出て近づいてきていた。

 

「・・・・・・アーサー・・・それにセリアか・・・・・・?」

 

ところが、それはしびれくらげのヘリオスとルビーだった。二匹が持つ毒によって

バピラスの身体に痺れが走り、そのまま深い眠りに誘われたのだ。二匹は

全身を使ってバピラスを抱えると、アレンがホークマンに対してしたように

やはり海へと捨ててしまうのであった。

 

「お、お前らかよ・・・・・・だが・・・助かったぜ・・・・・・。

 来てくれなけりゃおれは・・・死んじまうところだった・・・・・・」

 

 

もう魔物の気配はない。疲労と安堵のせいでアレンは膝をつくとうつ伏せに倒れた。

しびれくらげたちが魔物の言葉で騒いでいるのもだんだんと遠くになっていった。

 

意識を失っていた間、アレンはなぜかとても心地よい気分になっていた。

何とも言えない優しい温もりに包まれ、ずっとこうしていたかったとまで思えた。

 

 

 

 

「・・・・・・ん・・・まだ夜か。そうか、おれは気を失っていたのか。

 何事も無くてよかった。ん・・・お前たちか、おれを見ていてくれたのは・・・」

 

アレンはしばらくしてから目を覚ました。柔らかい感覚に包まれている。

しびれくらげが身を挺して守っていてくれていたのかと思い目を開ける。

すると、彼のすぐそばにいたのは二匹のくらげではなく、一人の女性だった。

アレンの頭を膝にのせて座るその姿に、アレンは思わず飛び跳ねた。

 

 

「おっ・・・お前、セリア!いつの間に!?」

 

「・・・失礼な反応ね。あなたが眠っているうちに傷も治しておいたというのに。

 そんなにわたしに介抱されるのが嫌だったようね」

 

「い、いやいや、そうじゃない。びっくりしただけだ!寝ていたはずじゃ・・・」

 

 

あれほどの騒ぎになれば起きてしまうのも無理はないとアレンは自分で納得して

途中で口を閉ざした。それに傷ついた自分を見てしびれくらげたちがベホイミを

使えるセリアを呼びに行った可能性も高い。別に驚くことではなかった。

 

「・・・無理したわね。わたしたちを呼んでくれたらよかったのに・・・」

 

「起こしたくなかったんだよ。おれ一人でどうにかなると思っていたんだが・・・」

 

アレンは離れたところにそのままにされていた剣を拾いに行くと、まだ完全には

回復しきっていないのか、片膝をついてそのまま座った。

 

「やはりおれは勇者ロトどころか百年前の勇者ブライアンにも遠く及ばないって

 いうのがはっきり身に染みたぜ。三人いるんだからご先祖様の三倍強くなれると

 思っていたが・・・三人でやっと一人分の強さにしかならねえのかもしれないな」

 

「・・・一度危ない目に遭ったからってずいぶん弱気ね。あなたらしくもない。

 わたしは別にどちらでも構わないわ。ハーゴンと邪教の者たちを滅ぼし尽くすことが

 叶うのなら、昔の勇者様たちと比べて強いのか弱いのか、そこにこだわりなんてない」

 

この日は決してよい天気ではなかったが、夜空は二人にとって気持ちを穏やかにさせた。

ついさっきまで生命の危機にあったアレンも彼の窮地に大急ぎで駆けつけたセリアも

すでに遠い昔の出来事だったかのようにくつろぎながら真っ暗な海を漂っていた。

 

 

「・・・さっき眠っていたとき・・・おれは子どものときを思いだしたよ。

 母上に膝枕されて子守唄を聞きながら昼寝していた・・・いい気分だった」

 

アレンがふと呟いた。セリアもアレンにかつて父の面影を感じたことがあり、

彼の言葉にどう返したらいいのかと考えていたが、アレンのほうがこの雰囲気に

耐えられなかったようだ。すぐに歯を見せて笑ったかと思うと、

 

 

「でも母上はお前と違って裏表がないし怒りに任せて叫ぶこともしないしな。

 おれの気のせいだった。とんだ世迷い言を吐いちまった」

 

「・・・・・・あっそう。それは申し訳ないことをしたわ。あなたがもっと

 いい夢を見ていられるように傷を回復しないほうがよかったみたいね!」

 

 

セリアは右の手のひらでアレンの背中をバシッと叩いた。アレンは小さく呻き、

 

「・・・うげっ!まだ完全には傷が塞がってねえってのに・・・!」

 

「ふん。感謝の念が足りない男は痛い目にあって反省するべきなのよ」

 

 

実のところ二人ともこのやり取りを近頃は心の内で楽しんでいた。辛辣な言葉の

応酬も心底仲が悪いから、というわけではないのだ。たまにほんとうに怒りを

抱くときもあったが・・・。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

しかし自分はともかく相手もこれを楽しんでいるとは考えていない。厄介にも

二人ともそう思っていた。自分のほうは半分は冗談や遊びが入ってはいるが

もしかしたら相手は心から自分を気にいらないのではないか、そんな不安を

アレンもセリアも抱いていたのだが、当然言い出せずにいた。

 

 

 

「・・・ところで、このままだともう少ししたら・・・」

 

「ああ、ローレシア大陸、それもローレシアの国だ。進路を変えるか」

 

アレンは地図を広げたが、セリアは手でそれを止めた。

 

「いいじゃない。行きましょう。最初に出てからずっと戻っていないのでしょう?

 きっとみんな心配しているわ。安心させてあげないと」

 

「・・・し、しかし・・・」

 

「わたしのことなら気にしなくても構わないわ。わたしも皆様に挨拶しないと」

 

 

アレンはセリアを旅の仲間としたときから、自身の故郷ローレシア、それにアーサーの

サマルトリアには極力戻らないと決めていた。帰る場所のない彼女に配慮しての

ことだったが、確かにムーンブルクの調査に向かうと言って国を出てからかなりの

時が過ぎてしまっていた。一度帰るのが筋だろう。

 

「・・・ああ。ならそうする。これから先、戦いはもっと激しくなる。

 もう帰れないかもしれないからな。ちゃんと顔を見ておくのもいいな」

 

「・・・・・・だめよ。あなたは帰らなきゃだめ。もし誰かが命を落とす必要が

 あるとしたらそれは行くあてのないこのわたしが・・・・・・」

 

 

「いいや、それは違うね。旅の途中でいなくなったことにして世界を

 気ままに旅するという夢を持つこのぼくのやることだ―――っ!」

 

二人の背後からアーサーが歩いてきた。一連のざわめきや船の揺れがあっては

彼が様子を見に出てきたのも驚くことではなかった。アレンを中央に、

その両隣にアーサーとセリアが座る形となった。

 

 

「話は聞こえていたよ。ローレシアへ向かおう。ぼくのサマルトリアは・・・

 どっちでもいいなぁ。行っても行かなくても・・・・・・」

 

「・・・だめだろ。お前はよくてもおれたちまでまともな神経してるのか疑われちまう」

 

「ええ。三人で行きましょう。これから先、旅の終わりまでずっとね」

 

 

新たな時代の勇者は三人で一人。誰か一人の身に起きたことでも皆で喜び、

皆で傷つく。たとえそれを表に出さなくとも、互いの思いの全てを打ち明けたりは

しないとしても、それでもどんな友よりも固く結ばれた、一つの身体だ。



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地獄の使いの巻 (ローレシアⅡ①)

 

アレンたちの船は無事にローレシアの港に入り、二匹のしびれくらげに見張りを任せる。

久々にアレンが戻ったと知ったならば国じゅうが大騒ぎすることは確実だ。

 

「だがおれたちはまだ何も成し遂げてねえ。そういうのは後にとっておこうぜ」

 

アレンがそれを嫌ったので、町の誰にも見つからないように忍び足で行動し、

城までの最短距離を通って城門へやってきた。さすがにここからは身を隠すのは

難しい。父である国王のもとに真っすぐ向かうとしても、入口の兵士に話を

するのは最低限必要だった。アレンを先頭に、あとの二人はその後ろに続いた。

 

「・・・お、おおおっ!あなたは・・・ローレル王子!ほ、本物ですか?」

 

「本物のおれだよ。しばらく留守にしていたから見違えるようにいい男だろ?

 父上に会いたいんだが・・・今日いまから平気かな?」

 

「もちろん!一応確認してきますが・・・王子が戻られたとあれば王様も

 どのような務めも会食も後回しにしてお会いになられることでしょう!」

 

兵士は大慌てで、しかしアレンの無事を心から喜んでいるような足取りで

城のなかへと消えていった。これなら彼の言葉は嘘ではないとわかる。

彼が向かったであろう先では、ところどころから歓声が沸いているのが

外で待っているアレンたちにも聞こえてきた。

 

 

「・・・ふふ、あなた、愛されているのね。立場の低い人たちから慕われて

 いるというのは将来の王様として結構大事なことだと思うわよ」

 

「おれはもともと家族である王族や深い付き合いの貴族にはあまり好かれて

 いないんだよ。そういうやつらからの評価が高いのは弟たちだ。

 まああいつらも悪いやつじゃねえんだ。会っていくかな・・・」

 

アレンの三人の弟たちにも顔を見せにいくことにしたが、まずは国王からだ。

思っていたよりも速やかに玉座の間へ通された。かつてはアレンも父と並んで

座っていたのだから、本来許可などいらないのかもしれないが。

 

「しばらく留守にしていたせいで国王になる権利を没収されたかもしれないしな。

 だったらこうやって部屋に入るべきだろう。さて、おれが座っていた場所には

 バージとラッキー、どっちが座っているのやら・・・」

 

「そんなことあるわけないだろう。早く行こう」

 

弟の誰かに取って代わられたかもしれないアレンの特別な地位。それでも構わないと

彼はローレシアを一人旅立ったのだが、いざ久々に帰ってみるとやはり不安だった。

 

 

「・・・父上!私アレン、ただいま戻りました!何の連絡もなく今日この日まで

 帰らなかったことを・・・・・・!」

 

アレンは父の隣に誰も座っていないことに安堵していた。父の反対を振り切って

出ていってしまったというのに、父は温情ある扱いをしてくれたようだ。

その父はというと、アレンのよく知る普段と変わらぬ厳格な顔つきで、

 

「おお、我が息子よ。ムーンブルクの調査・・・のわりには遅かったではないか。

 もう少し時間がかかっていたら旅の途中の荒野で死んだものとして葬儀を行い

 バージを第一王子としなければならないところだったぞ」

 

「・・・・・・ち、父上!」

 

「ははは、冗談だ。お前が死ぬなどとは夢にも思っていない。寄り道が

 長くなっているのだろうというのはわかっていた」

 

そんな冗談を言う父親だったか、とアレンは苦笑いを浮かべていた。

 

 

「しかし息子よ、アーサー王子と合流できただけではなくムーンブルクの

 セリア王女まで!王女、お父上や城の者たちのことはすでに聞いた。

 だがそなただけでも無事であったというのはよかった。そなたが幸せに

 生きていくこと、それが彼らの最大の供養になるのではないか」

 

「・・・ありがとうございます、ローレシア王・・・」

 

「これからはこの私がセリアの父親代わりだ。困ったことがあったら

 いつでも言うがいい。そうだ、今日からでもこのローレシアで・・・」

 

彼女を引き取ろうとするが、これは息子のアレンと同じ反応だった。アレンも

最初はセリアをローレシアで保護しようと考えていたのだ。セリアは深く

頭を上げながらも、これまでの経緯や自分の意志を王に説明した。

 

「む・・・そうであったか。セリアもまた勇者ロトの血が選びし勇者の一人と

 いうわけか。ならば私が止める理由はない。行くがよい」

 

「・・・必ずや父をはじめとした者たちの仇を討ちます。そして新たな父である

 ローレシア王たちの待つ世界に平和をもたらしてみせます」

 

 

王はここで少しだけ表情を柔らかくすると、一人上を見ながら呟くように言った。

 

「・・・しかし残念だ。もしセリアが城に残ってくれるならば私はセリアの

 ほんとうの父親になれたのかもしれないのに・・・」

 

「それはどのような意味なのですか?ローレシア王」

 

「いや、私の四人の息子のうちの誰かと・・・・・・と思ったのだ。

 そうなると一番可能性があるのは第一王子であるアレン、将来の

 ローレル王であるこの者だと思ったのだが・・・・・・」

 

しばらく沈黙が続いた。やがて王の言葉の意味をすべて理解したセリアは

顔を真っ赤にすると勢いよく立ち上がり、

 

 

「・・・わたくし、外の空気を吸いたくなりましたので失礼しますわ!」

 

 

一人部屋を出ていってしまった。アレンもまた体が熱くなるのを感じながら父に迫る。

 

「ち・・・父上!父上が失礼なことを申されるから王女はお怒りになられて

 出ていってしまったのではないですか!?なんてことを・・・!」

 

「むむ。そんなに嫌だと思われているとは・・・そなたこそこれまで王女に

 どれだけ失礼な振る舞いをしてきたのだ?では仕方ない。バージか

 ラッキーにこの話を持ち掛けてみるとするか・・・」

 

「そういう意味で言ったのではなくて・・・!」

 

アレンは父に遊ばれているとわかっていながらも抵抗を続けざるをえなかった。

アーサーはそれを微笑ましく見つめていたがある人物の登場で空気は一変した。

 

 

「・・・それとも何ですか?強姦未遂犯がいるこの城にセリア王女を

 託されるのは不安だと・・・そう仰るのですね?兄上」

 

やって来たのはアレンの末の弟、プレス・トウコウだった。彼はサマルトリアの王女、

つまりアーサーの妹であるサマンサに襲いかかろうとしたところを何者かによって

阻まれ、危うく命を落とすほどの攻撃を受けてしまった。その日以来精神的にも

深い傷を負い、アレンが旅立つ日の見送りにもこなかったほどなのだ。

その彼が今やそれまで通りの話し方で近づいてきたが、その容姿はアレンが

知っていたプレス・トウコウとは全く変わってしまっていて、

 

「・・・お前・・・トウコウか?その髪・・・それに痩せたな」

 

「・・・・・・まあ全ては自業自得、犯した罪のせいです」

 

プレス・トウコウの髪は老人のように真っ白になってしまっていた。全体的な

風貌の変化も、彼がいかにこれまで心の外傷と戦ってきたかがわかる。

アーサーからすれば自分の愛する妹を犯そうとした憎むべき相手であったが、

トウコウのその姿に何かを言う気持ちもなくなっていた。そしてアーサーが

彼に声をかける前にトウコウのほうがアーサーの足元にひれ伏した。

 

 

「・・・私は大きな罪を犯しました。あなたやあなたの妹君にとってこの世で

 最も卑しむべき者のように扱っていただいて構いません。私のしたことは

 決して許されることではない、一生をかけても償いきれないものだからです」

 

「・・・アーサー・・・テンポイント王子、私からも息子と共に謝罪がしたい。

 この者の言うようにあなた方の望む通りの罰を与えてほしい。奴隷のなかでも

 一番下の者として死ぬ日までサマルトリアで過ごすことになってもよろしい。

 ですが命を奪うことは・・・父としてのお願いだ、この通り!」

 

なんと王までもが地に頭をつけてアーサーに身をかがめた。いつか謝罪をするとは

語っていたが、一国の王がこれほどの行為をするとは、とアーサーを驚かせた。

 

 

(・・・・・・どうなってんだ・・・・・・おれもやったほうがいいのかな)

 

アレンはアーサー以上に戸惑っていた。しかし何もできないまま様子を見ていると

アーサーは二人の前に座り、顔を上げて立ち上がるように促した。

 

 

「・・・・・・アーサー王子・・・・・・」

 

「・・・もう終わったことです。私の父が何と言うかはわかりませんが私はもう

 これ以上何も求めません。どうかこれまでと変わらず平穏にお過ごしください。

 このローレシアで国と世界の発展のためにご尽力なさってください」

 

そう言い終えると、プレス・トウコウに握手を求める。トウコウは感極まって涙を

抑えきれず、顔じゅうをしわだらけにしながら両手でアーサーの右手を握った。

 

「・・・アーサー王子・・・!私の主!何と言えばよいか・・・」

 

「ふふふ、ですからそういうのはもうやめましょう。一人の友人として接してください」

 

(よかったな・・・トウコウ。アーサーがいいやつで・・・)

 

アレンは懸念していた事柄が丸く収まったことに安堵し、彼もアーサーの寛大な

許す精神に感謝していたが、ここで一つ疑問が湧いてきた。

 

 

(しかし・・・よくこんなにうまく話が進んだな。仮にもアーサーはトウコウを

 半殺しにした張本人じゃあねぇか。トウコウのトラウマはどうしたんだ?

 アーサーが許してくれたのも奇跡的だがトウコウのほうもよくあっさりと

 近づけたものだな。今度こそ殺されるかも、とは思わなかったのか?

 それともすでに死を覚悟したうえで近づいてきたというのか・・・。

 何だかわからなくなったぞ・・・)

 

アレンはこの和解にだんだんと頭を悩ませるようになったが、余計な口を挟み

台無しにしてもいけないので自分の胸のうちに秘めていた。

 

 

「蒸し返すようだけど一応聞いておこうかな。どうしてぼくの妹を襲ったんだ?

 こうして話しているとあなたはそんな行為をする人間には思えない」

 

すっかり和やかな空気のなか、アーサーが確かめるようにトウコウに尋ねる。

トウコウはというと、少し沈黙した後に口を開いた。話したくないというよりは、

これを話していいものか、または話したところで信じてもらえるだろうかという

思いからきていた。しかし自分の兄とアーサーがもはやムーンブルクの調査

ではなく、邪教を壊滅させるために今後も旅を続けることを今日知ったので、

ならばむしろ言うべき事柄なのではないかという結論に達した。

 

 

「・・・あの日、私がサマンサ王女をよくない目で見たことは確かです。

 もちろん普段はそのようなことはありません。ですがちょうどあの日の

 あの瞬間、不道徳な思いを抱いて王女のことを見つめていました」

 

「・・・・・・まあ十代半ばの男だからな。おれも人のことは言えねえよ。

 年中そんな発情期ってわけじゃねーけど旅の途中でもそういう気持ちに

 なることはある。ただ、そこで自分を抑えられないようじゃ獣といっしょだぜ」

 

「私も力づくで欲求を満たそうなどとは思っていませんでした。そのようなことを

 すれば仮にその悪事がうまくいったとしてもいずれどうなるかはわかっていますから。

 ですがその気持ちを孕んだことが私にとって最大の失敗でした」

 

アレンとアーサー、それに王が耳を傾けているなかで、トウコウは続けて言った。

 

「その瞬間でした、突然邪悪なる者が私に語りかけてきたのです。あの娘を犯せと。

 お前の欲望は果たされるためにあるのだと。その声はあまりにも甘く、

 しかも執拗に私に囁き続けてきたのでとうとう耐え切れなくなってしまった!

 今ならわかります、それは悪霊の神、兄上たちが戦っている神々であると!」

 

決して責任転嫁や苦しい言い訳をしているようには見えない。ただ、そう簡単に

鵜呑みに出来る内容でもない。彼を唆し背中を押した者がいることはともかく、

それが大神官ハーゴンを頂点とする邪教で崇拝されている神々の仕業とは。

 

「・・・・・・おい、そいつはどこから来たんだよ。お前の頭のなかを的確に

 見透かしたうえで気がついたらそばにいただと?」

 

「もしかしたら実体はなかったのかもしれません。私の心に話してきたようにも

 思えます。ですがあれは私の心のなかの悪などではなく、別の誰か、

 まさに悪霊の神々かそれに遣わされた者によるものとしか・・・!」

 

「・・・・・・なるほど、わかったよ、もういい。参考にはさせてもらうぜ」

 

 

アレンはトウコウの話を打ち切らせ、父に頭を下げるとアーサーを連れて

玉座の間を出た。アーサーと二人で意見を交わし合いたかったのだ。

城内でも人気のない寂しいところへ行き、あまり使われていない椅子に座った。

 

「なあアーサー、お前はおれの弟の言葉をどれほど信じている?」

 

「うーん・・・でもこれまでにもそんな話はあったじゃないか。邪教に傾倒した

 人間たちが犯罪を犯したとき、これは神のご意志だとか神がそうするようにと

 自分を導いたとか・・・精神が壊れているとしか思えなかったけどね」

 

「でもトウコウは邪教の信者なんかじゃないぜ。ルビス様への祈りを欠かさない。

 ほんとうにそんな神々がいるのか?ほんとうなら確かに恐ろしいがそれなら

 神じゃなくてただの悪魔だぜ。おれは旅に出た最初からその思いは変わらん」

 

「それは同意だね。たとえ神だとしても放ってはおけないな。ぼくの妹も

 危ない目に遭ったんだ。いつまた同じことが起きるかわからない。ぼくも

 邪教を打ち砕くための旅、最後まで共に行かせてもらうよ」

 

「そいつはありがたい決意表明だぜ!あともう一つ聞きたいことが・・・・・・」

 

アレンが会話を続けようとしていたが、それは突然妨げられた。

 

 

「ぎゃあ――――――――――ッ!!!」

 

「だ、誰か来てくれ――――――っ!!」

 

 

ちょうど彼らのいる真下、つまり地下から男たちの悲鳴が聞こえた。そこは牢屋だ。

しかもそれは囚人ではなく兵士たちの声だった。緊急事態が起きたのだ。

アレンとアーサーはすぐに立ち、牢へと走った。

 

「いきなり何だってんだ?囚人が暴れやがったのか!」

 

「ローレシアの屈強な兵士たちでも手に負えないような囚人がいるのかな?」

 

二人の後ろからセリアも来た。先に退室していた彼女は偶然そばにいて、この悲鳴が

聞こえていたのだ。図らずともアレンたちと合流することになった。

 

「あなたたち!今の声、ただ事じゃないわ!」

 

「ああ!だがどんなやつだろうと魔物たち相手に戦っているおれたちなら楽勝だろ!」

 

 

すぐに事態を鎮圧するつもりでアレンたちが階段を数段ずつ飛ばしながら駆けおりた

先には予想をはるかに上回る凄惨な光景が広がっていた。

 

「うっ・・・・・・!こ、これは・・・酷ぇ!」

 

「囚人たちがみんな死んでいる!壁が血だらけだ」

 

見張りの兵士が二人倒れていたが、一人は胸元に深い傷があり、もう一人は

左腕を失っていた。すぐにアーサーとセリアがそれぞれ一人ずつ介抱する。

 

「どうだ!二人は助かりそうか?お前たちの回復呪文で何とかなるか!?」

 

「・・・ええ!切断された腕は厳しいでしょうけど命は助かるわ!ベホマ!」

 

「ぼくもベホイミを覚えておいてよかった!これ以上出血しなければ大丈夫だ」

 

アーサーがベホイミを使えるようになったうえに、セリアはそれよりも上、

『ベホマ』の呪文を唱えることで傷ついた兵士に奇跡的な回復をもたらした。

二人の呪文によって彼らの死の危機は去ったが、まだ意識は戻らない。

しばらくはこのままだと思われるので、事情を聞くことができなかった。

 

 

 

「・・・・・・間抜けどもが・・・・・・私の言葉にしっかりと耳を傾けなさい」

 

だが、この惨劇の犯人がゆっくりとアレンたちの前に姿を現し、聞かれても

いないのに説明を始めようとした。全身が返り血で満ち、明らかに狂った

目つきをしている男だったが、アレンはその人物を知っていた。

 

「・・・てめえか。おれが旅立つ少し前だったな、まだ一歳にもならない赤ちゃんを

 強姦し殺害した罪で捕まったクズ野郎。まだ死刑になってなかったのか」

 

「ふふふ・・・それは本日でした。しかし私をここから出してくれるという

 ありがたい声に私は確かな希望を得ました。私は生まれ変わったのですよ」

 

その男の罪状や血にまみれた外見も嫌悪感を抱かせたが、完璧なる狂人で

ありながら丁寧な言葉遣いであるのもまた底知れぬ不気味さがあった。

 

「あなたみたいな外に悪人を出すなんて・・・どうしようもない悪党がいたものね」

 

セリアが吐き捨てるように言うと、男はそれに反応し、両手を大きく広げながら、

 

「悪党!?罰当たりめ、これは神だ!この世を支配する神々が私を救われたのだ!

 そして神のお告げだ!お前たちロトの末裔をおびき寄せて殺害し、神々への

 手土産とするようにと!私は神々の使いとなりこの素晴らしい力を受け取った!」

 

「神々の使い・・・ラダトームを滅ぼしたのも『神の子の使い』とかだったな」

 

「ははは!しかしお前たちを地獄へと落とすのだから『地獄の使い』なのかも

 しれないな、私は!王子たち二人はすぐに『ベギラマ』の炎で焼き殺すとして

 王女は体も心も壊れるまで存分に楽しませてもらうとしよう!」

 

 

地獄の使いを名乗る囚人相手に、三人も武器を構え戦う態勢をとる。

 

「確かに心底救いようのないくずのようね。同じ息を吸うのも躊躇うわ」

 

「ああ。そしてこいつはもう人間じゃあなさそうだ。遠慮なく殺せるぜ。

 しかしこれでトウコウの言葉も嘘じゃないって確証になったぜ」

 

魔物に対するかのようにアレンたちは地獄の使いをここで打ち倒すつもりでいたが、

その対応が正しかった。彼の言葉は嘘ではなく、『神々』から力を授かっていたからだ。

その神々はプレス・トウコウを唆したものと同じであった。トウコウには力を

与えなかったが、もともと邪悪であるこの囚人であれば魔物としての素質が高いと

いうことなのだろう。ベギラマすら使えるというのだから、全力で潰す必要がある。

 

 

「偉大なる神々よ!豚の糞ほどの価値もないこの虫けらどもを今から私が――――――」

 

さっそくアレンたちを神々の前で地獄へ送ろうとベギラマの詠唱を始めたが、

突然その動きが止まった。そしてバリバリという何かが裂ける音が牢獄に響いた。

すると、地獄の使いの胸から剣が飛び出してきて、血や臓物も共に飛び散った。

 

 

「うおおおぉぉっ!!いきなり剣が!これもこいつの能力か!?」

 

「ばか!違うわよ!血を噴き出して苦しんでいるじゃないの!」

 

地獄の使いは悶え始めると、ふらふらと回転した後に口から大量の血を吐くと、

 

「・・・・・・がごぉっ・・・・・・そ、そんな、なぜ・・・・・・」

 

そのまま息絶えてしまった。地面に倒れたことで、彼を背後から討った者が

アレンたちにも見えるようになった。

 

「次から次へとどうなってやがる!?こいつらそもそもどうやってここへ・・・」

 

アレンは言葉が続かなかった。そこに立っていたのは美しい女性だったからだ。

もしかしたら悪魔を討つためにやってきた自分たちと同じ正義の戦士なのではないかと

思うほどだった。しかも閉ざされた空間に突然の登場、普通の人間ではあるまい。

アーサーも女性の正体がわからずにいたが、セリアだけはその格好に見覚えがあった。

 

 

「・・・・・・その服装・・・!わたしの国を滅ぼした・・・いや、お父様を

 殺した男と同じものだわ!あなたも邪教の幹部・・・神官なのね!?」

 

「正解。あなたたちの味方ではないことは確かだわ」

 

 

この女性も邪教の者だった。しかも地獄の使いよりも更に高位の存在、

神官なのだ。アレンたちの危機は去っていないどころか、むしろ増していた。



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悪魔神官の巻 (ローレシアⅡ②)

ローレシアの城の牢獄で『悪霊の神々』により力を授けられ、仲間の囚人たちを

殺害したうえに兵士たちをも襲った、自称地獄の使い。しかし彼はアレンたちと

戦おうとしたところで突然乱入してきた邪教の神官によって打ち倒された。

その神官は美しい女性であったが、確かな威圧感や鋭い目つきに気圧されそうになる。

 

「・・・あんたは邪教の神官なんだろ!?どうして仲間であるはずのこいつを殺した!」

 

アレンが叫んだ。神官はというと、足元の地獄の使いの死体を汚れたもののように

眺めていた。心から彼のことを嫌悪しているようだった。

 

「このような者が好き勝手に振る舞っていたら私たちの、何よりもっと大事な・・・

 あの者の名の汚れとなるわ。人間であったときから死罪に定められるほどの悪事を

 良心の咎めなど一切なく繰り返し続け、なおもそれを増し加えようとしていた

 こんな男に生きる価値などない。まさかあなたたちはそう考えてはいないと?」

 

「いいえ、あなたの言うとおりね。わたしたちも殺すつもりでいたわ。でも

 あなたはその男一人処刑するためにわざわざここまで来たのではないでしょう?」

 

セリアは戦う姿勢を崩していない。ムーンブルクに攻め込んできたハーゴンの軍勢の

なかでも自分の父を殺した憎き敵と同じ格好をしているのだ。いかに正論を

述べていたとしても気を許せるわけがないのだ。女性のほうも不敵に笑い、

 

「ええ、もちろん。理解が早くて助かるわ。この男をはじめとしたこの世に必要の

 ない連中をいくら打ち殺そうがどうでもいい。むしろ積極的にやってほしいと

 思うほどね。しかしあなたたちが私の大事なあの者に危害を加えようと

 するのなら見過ごしてはおけない、そのためにここへ来た!」

 

 

二回も口にした『大事なあの者』とはハーゴンのことなのか、それとも邪悪なる

神々のことなのか。どちらであろうとアレンたち、もっと言うなら人類にとって

敵であることに変わりはない。戦わなくてはならないようだ。いつものように

素早さがあり、好戦的なセリアが真っ先に攻撃を仕掛けに前へ出た。敵が

地獄の使いを背後から殺したときに使われた剣はまだその死体に突き刺さったままで、

武器がないいま、先制攻撃をするにはこれ以上ないチャンスだった。

 

 

「まずはこっちからいかせてもらうわ!バギ――――ッ!!」

 

邪教のなかでも特に高い位にいる『悪魔神官』相手に果敢に攻めていった。だが、

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・うっ・・・!効いていない?ならもう一度っ!!」

 

バギによる攻撃の手を緩めなかったが、たまに聖なる刃が届いていてもほとんど

効果的なダメージにはなっていないようだ。魔法への耐性が高いのだろう。

ならばラリホーも効かないのかもしれないとナイフを手に持ったが、

 

 

「・・・・・・呪文による直接的な攻撃が効かないと思ったらあなたができることは

 他の二人による武器での攻めに任せること!ならばどうしてせっかく覚えたであろう

 『ルカナン』の呪文でそれを補助しようとしないのか!」

 

「あぐっ!!」

 

ナイフを叩き落とされた。その勢いで部屋の隅まで追いやられるほどに強力な

一撃で、手の感覚がなくなってしまっていた。

 

「全てを自分で決めようとしてはならない!たとえ自分の手で決着をつけたい

 相手がいたとしても、あなたを守る者を信じるべき。そう、あなたが僅かに

 手を痛めただけで怒りに燃えているその闘将を!」

 

 

「うおおおおおお―――――っ!!」

 

セリアが攻撃を受けたことでアレンは激しい感情に身を任せ悪魔神官に

襲いかかった。金槌ではなく鋼鉄の剣で斬りつけにかかったが、大振りに

なったせいか容易く見切られ、かわされてしまった。

 

「くっ・・・!!見かけによらず早い動きだぜ!」

 

「私が素早く動けるのはすでにわかっていなければいけなかったこと。なのに

 あなたは怒りに身を包み襲ってきただけ。確かに勇者ロトやブライアンも

 大切な人を傷つけられた怒りを大きな力に変えたりもしていたが、基本的には

 冷静に敵を見極め、その弱点や動きの癖を探って勝利を掴んでいた!」

 

セリアのナイフに続き、アレンの剣までも強引に手から落とし、武器を失わせた。

 

「・・・・・・!この女・・・なかなか力もある!」

 

「あなたは呪文が使えないのなら、やるべきことはむしろ多いと思わなくては

 ならない!一足早く敵の能力と特徴を理解し仲間たちに教えること!

 それが先頭に立ち仲間の命を預かるリーダーとしての役目でしょうに!」

 

セリアとは違い、鍛えられた体躯を持つアレン相手には容赦せずに蹴りを放ち、

アレンはセリアとは逆の壁に叩きつけられてしまう。まさかの一発で沈んだ。

 

 

 

(・・・あの子の命を狙う勇者ロトの子孫たち・・・その力はどれほどのものかと

 思っていたけれど、これならもう数年は放っておいてもいいのかもしれないわ。

 けれども人間は短い時間で劇的に成長することもある。それだけは警戒すべき

 かしら。今は私が呪文を使う必要すらなかった相手とはいえそこだけは・・・)

 

ここで悪魔神官の女性は思いだした。三人目がどこかへいなくなっていることに。

アレンを相手に熱弁していた隙に視界から完全に消えていたのだ。

 

「・・・確か・・・サマルトリアの王子。彼は剣技も魔法もそれなりに

 使えると聞いてはいるけれど、他二人と違い危険度はかなり低く・・・」

 

冷静にアーサーを探そうとした悪魔神官に向かって正面から何かが投擲された。

この牢屋のろうそくだった。思わずそちらを見ると、人影が一つ。

 

「これはいったい何の真似なのかしら。服を汚して嫌がらせ・・・」

 

だがそれはアーサーではない。先ほどまで放置されていた地獄の使いの死体だった。

そしてそれに気がついた瞬間に、全く思ってもみなかった方向からたいまつが

投げつけられた。僅かに火が燃え移り、それを消そうと対処に追われていると、

 

 

「これで逆転だ――――――っ!!」

 

「・・・!!まさか真上から・・・!!これは・・・・・・」

 

アーサーが天井からロトの剣を悪魔神官の脳天に突き刺す狙いで降ってきた。

アレンとセリアのように正面から向かっていっても勝ち目がないと考え

このような奇策に出たのだ。自身が二人に劣っていると認めたからこそだ。

あの二人が負けるほどの相手だ。自分はこれしかないという騙し討ちだった。

 

(なるほど・・・力なき者であるからこそ至る素晴らしい攻撃方法!

 もしかしたらあの子が興味があると言っていたのはこの王子のことかも

 しれないわ。注意すべきものがないぶん見落としていたわ)

 

もう少しで一撃必殺の攻撃が決まるかと思われた。しかし悪魔神官は

すぐにアーサーが罠に使った地獄の使いの死体を拾い、盾代わりに

アーサーの攻撃を受け止めてみせた。狙いが外れ、彼の着地も失敗した。

 

 

「ぐっ・・・あと一歩だったというのに・・・!」

 

「・・・あなたのやり方は三人のなかで一番可能性があった。でも惜しいのは

 最後の決め手に他の二人のような破壊力ある攻撃が出せなかったこと!

 純粋な力が足りないというのは・・・実に哀しい」

 

「・・・・・・・・・」

 

「戦ってみてわかったわ。あなたたちはまだまだ脅威となるレベルには・・・・・・」

 

三人を相手に完勝した悪魔神官だが、無傷というわけではなかった。セリアのバギは

何発かは命中していたうえ、かわしたと思っていたアレンの剣も、その風圧だけで

傷を負わされていた。これなら数年もしないうちに逆転も十分ありえるという、

ロトの血をひく若者たちの素質の高さを思い知らされていた。

 

 

「くそ~っ・・・これだけ楽勝ならとどめをさす必要もねえってか。

 教えろ!おれたちが今度あんたに会ったとき勝てるようになるためには

 どうしたらいい!」

 

「・・・強くなりなさい!三人での連携を強化するのも大事であるし、それぞれ

 個々においても修行を重ねなさい!互いに切磋琢磨するもよし、魔物たちを相手に

 腕を磨くもよし、一度旅の歩みを止め鍛え直さねば命に関わると警告しましょう!」

 

悪魔神官はほんの少しだけ、注視しなければわからないほどの笑みを浮かべながら

姿が透明になっていく。このままローレシアからいなくなるつもりのようだ。

アレンはどうにか引き留めようと思ったが、よく考えたらこの悪魔神官は

自分たちと戦っただけで牢屋の惨劇には無関係だ。犯人である男を殺害したが

もともと死に定められていた囚人であったので問うべき罪はない。

完全に消える寸前、彼女は再びアレンたちへの言葉を口にした。

 

 

「もう一度言うわ、もっと強くなりなさい!このままではあの悪霊の神々相手にすら

 敵わず・・・この私『トシフジ』、そして・・・あの子『ウオッカ』には到底

 勝てはしない!この世界を救いたければ力をさらに磨くこと、それしかない!」

 

 

そしてその残り香すらなくなったかと思うと、彼女がいたところに

一本の杖が落ちていた。ただの杖ではない、強力な魔力が秘められていた。

 

「落とし物かしら?だったら案外余裕がなかったのかもね、あっちも」

 

「・・・そうかな?でも敵であるぼくたちに施しを与えるわけもないし・・・

 特に呪われてはいないようだ。しかもこれだけの造り、大きな店に持っていけば

 破格の値段で買い取ってくれるだろうね。でも売るのは勿体ない気もする」

 

アーサーとセリアがその杖について論じ合っているのを、魔力がないために

蚊帳の外だったアレンは遠くから見つめていて、あれを使えば自分にも

魔法による攻撃のようなものができるのではないかと思いつつも、

 

(・・・いや、駄目だ駄目だ!そんな楽をするような戦い方は!雑魚相手なら

 そのほうが早く戦いを片づけられるかもしれないがさっきのような本物の

 強者と戦うなら・・・おれ自身の地力と腕力、剣の腕をもっと精錬しないと!)

 

悪魔神官に言われた通り、これからしばらくは修行をしなければならないと

固く決意していた。世界を回りつつ紋章やロトの装備を探しながら実戦で

腕を磨くのと同時に、どこかで本格的に一度足を止めて己を鍛える必要が

三人ともある、アレンはそう結論した。

 

 

やがて兵士たちが駆けつけ、この騒動の後始末を始めた。死体を片づけ、

散らばった血や肉の清掃も行っていた。魔物や他国との大きな戦いが

長年起きていないローレシアであるので、屈強な兵士たちでもこの光景に

吐き気を催す者も多かった。この地獄絵図を作り出した張本人は邪教の

悪魔神官によって既に殺されていたが、余計な混乱を招かないために

彼は狂気のままに囚人たちを殺害した後自分で命を絶ったことにした。

 

 

「・・・うーむ、大変なときに来てしまったものだな。わしらもこれから

 対応に追われるだろうし、そなたらともっと語り合いたかったのだが・・・」

 

「父上、私たちはまだこの旅の最大の目標を果たせてはいません。

 今回の事件の背後にいるのもハーゴン率いる邪教の者たち!彼らの

 崇拝する神ごとこの世から除き去り、勝利の凱旋に戻ってきたとき、

 そのときこそ皆で心行くまで平和を楽しみながら・・・」

 

「おお、そうだな。ではこれを渡しておこう。いまのそなたの顔つきなら

 これを持つにふさわしいと認めよう!受け取るがよい。必ずや役に立つはずだ」

 

王が息子アレンに手渡したものは『ロトのしるし』と呼ばれる、ムーンブルクの

ラーの鏡以上の価値を誇る国宝だった。勇者ロトがその旅路のなかで手に入れた

品であることは同じだが、このロトのしるしは精霊ルビスから直接授けられたと

言われており、そのことが他の何物をも凌いで貴重な宝とされていた。

 

「こ、このような・・・!何と重い荷を与えられたことでしょう。ですが

 必ずこのしるしに恥じないよう歩み続けると、天と地に誓います」

 

 

そのためにももっと強くならないといけない、アレンは改めてそう感じた。

しばらく旅を中断し、本腰を入れて修行に励みたかったが、一刻も早く

復讐を果たしたいセリアは賛成しなかった。

 

「・・・いやよ、今まで通り先を目指す道中で魔物を倒しながら腕を磨けば

 いいじゃない。足を止める必要なんてないわ」

 

「でもお前、このままじゃあさっきみたいな強敵に勝てないぜ。見逃して

 もらったからよかったようなもの、殺されていてもおかしくなかったんだぜ」

 

「だからといってこのローレシアにも邪教の影響は侵食しているのよ!

 悠長に構えていたらそれこそやつらの思い通り!進むしかないわ!」

 

話し合いが徐々に口論に変わっていき、ますます方向性が見えてこなくなった。

そこでアーサーは二人の間に入り、一応の解決策を提示した。

 

 

「うーん・・・だったらサマルトリアに行こう。とりあえずすぐに全員が

 レベルアップできる保証がある。強くなれるよ、約束しよう」

 

「・・・・・・本当か?お前の故郷にどんな秘密が眠っていやがるってんだ?

 でもとりあえずはその誘いに乗っかるぜ。お前がそこまで言うのなら楽しみだ。

 それにお前も一回国に帰っておかなくちゃいけないだろうしな・・・」

 

アレンはアーサーの提案に応じた。セリアもこれには反対しなかった。

 

「サマルトリアに行くだけならそう時間もかからないし、すぐに強化されるって

 いうのなら多少危険でもそれに賭けてみるのも悪くないわね」

 

三人がサマルトリアに向かうことを決めると、ローレシアは彼らのために

馬車を用意した。せめて少しでも体を休めてほしいという気持ちからだった。

この辺りは魔物の脅威がほとんどないので馬車も安全に進むことができた。

 

「わたしたちが旅してきたところだったら馬なんてすぐに襲われていたでしょうね」

 

「ローレシアはまた以前のように穏やかになりつつあるね。でもその裏では

 あんな薄暗い牢屋から危うくもっと大事件になるところだった。大国ですら

 これだ。ぼくらが知らないだけで壊滅的な打撃を受けた地はもっとあるのかも・・・」

 

セリアとアーサーが真剣な話をしていたときアレンはというと、いつも先頭で

二人を守らなくては、という張りつめた気がこの穏やかなひとときのせいで

一気に緩んだのか、物思いに耽っていた。強くなった自分の姿を妄想していた。

 

 

 

旅も終盤、アレンはローレシアの牢獄で手も足も出なかった悪魔神官の女と再び

対峙することになる。いまは一対一で戦わなくてはならない状況だ。

しかし闘将アレンは怯まず、ついに力で押し切り、雪辱を果たした!

 

『ぐっ・・・!まさかたったこれほどの間にこんなに強くなっていたとは・・・』

 

『・・・守るものがあるからだ。おれの家族を、大切な人を、国を・・・そして

 この世界を守る!これがおれの力の源だ!』

 

高らかに勝利宣言をすると、悪魔神官は座ったまま下を向く。命乞いはせずに、

 

『・・・・・・さあ、殺せ。とどめをさすといい。どの道私はもはや用無し、

 戻ったところでハーゴン様によって殺される。ならば私を倒した男に・・・』

 

全てを諦めたような態度だった。しかしアレンは彼女の手を取ると、

 

 

『あんたは殺さない。あんた・・・いや、あなたはもう敵じゃないからだ』

 

『血迷ったことを・・・・・・』

 

『一回の失敗で容赦なく切り捨てる邪教なんかあなたのほうから捨てるんだ、

 おれのところに来い!そしておれの妻になれ!おれは将来の国王だ、何人も

 妻を抱えることにはなるだろうが・・・それでもあなたに『本当の愛』を

 教えてやる自信はある。さあ、おれと新しい人生を生きるんだ!』

 

『・・・・・・・・・!!』

 

何も言わずにアレンに抱きつく。邪教の神々ではなくアレンをこれから先の生涯の

自分の主人とする意志の表れだった。アレンは彼女の頭を優しく撫でてやり・・・

 

 

 

「ふふふ・・・・・・へへ・・・・・・」

 

「ねえ、この男はさっきからどうしたのかしら?気味の悪い笑顔で」

 

「さあ・・・牢屋での戦いのとき頭を打ったのかもしれない。いつも頑張りすぎて

 いるくらいだしそっとしておいてあげようよ。しばらく経ってもこのまま

 だとしたらどうにかしなきゃいけないけど・・・」

 

 

 

馬車は何事もなく進み、三人ものどかな空気にうとうとしながら時は流れていった。

 

 

「そういえばあの悪魔神官・・・『トシフジ』とか名乗っていたね。去り際に

 言っていたもう一つの名前・・・『ウオッカ』って誰のことだろう?」

 

「知るかよ。仲間の名前じゃねえのか?いずれどこかで会って戦うかも

 しれねえが向こうから名乗り出ない限り知らない間に倒しちまうかもな」

 

「ええ。興味が無いわ。狙うのはハーゴンの首ただ一つ!ハーゴンが倒れたなら

 その信者どもは勝手に散っていくでしょうしね。いまはそれよりも・・・」

 

 

論じても仕方のない話よりも眠りの世界に入ることを三人は選んだ。

サマルトリアに到着するまで彼らは馬車のなかで寝息をたてていた。



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サマルトリアのサマンサの巻 (サマルトリアⅡ①)

三人を乗せた馬車がサマルトリアに到着した。三人は背伸びやあくびをしながら

降りていった。するとアーサーは馬車の御者に対して礼をすると、

 

「ありがとう。快適な道中だった。もうローレシアに戻って構わないよ」

 

馬車ごと帰っていいと言う。アレンはわからない、といった顔だった。

 

「おいアーサー、こいつは残ってもらったほうがいいだろ。船はローレシアに

 置いてきたまんまなんだぜ。帰りは歩いて帰るのか?」

 

「・・・ばかね、アーサーはもうルーラのための結界をローレシアに仕込んで

 いるのよ。だから帰りは馬車は不要・・・そうでしょう?」

 

 

ばか呼ばわりされたことでムッとした顔になるアレンと、わたしの読みは

正しいでしょ、と得意気に話しているセリア。アーサーは笑みを浮かべて、

 

「・・・半分正解だね。ルーラに関わりがあることは当たっている。でも

 ローレシアに結界は用意していない。だからいまルーラを唱えたら

 果たしてどこへ行くやら・・・また竜王の城にでもいっちゃうかな?」

 

「ええ!?だったらやっぱり馬車を帰したらだめじゃない」

 

「まあこれからわかるよ。ぼくの期待通り事が運んでいたならば、だけどね」

 

 

三人はサマルトリアの町を素通りし、城、それも玉座へ一直線に歩く。

 

「まずはお前の親父さん・・・国王に挨拶に行かなくちゃな」

 

「そうなるね。その後ぼくらのレベルアップのための・・・・・・」

 

 

城内は静かだったが、突然それを切り裂くような足音が響いて、迫ってきていた。

ばたばたばた、と聞こえてきたかと思ったらそれはもうすぐそばに来ていて・・・。

 

「おにいちゃ―――んっ!おかえり――――っ!!」

 

「うわっ!!」

 

「おにいちゃん!会いたかった・・・!げんきでよかった!わたしもげんきだよ!」

 

アーサーの妹サマンサだった。走ってきた勢いで彼を押し倒し、頬をすり寄せている。

 

「おにいちゃん!わたし、おにいちゃんのいないあいだ、がんばったんだよ!見て見て!」

 

「あ、ああ・・・じゃあ見せてもらおうかな・・・・・・」

 

アーサーは彼女の部屋に強引に連れていかれてしまった。その場に残された

アレンとセリアは嵐の訪れにいまだ呆気にとられていた。そこにアーサーの

信頼する二人の男女、カブラヤとガビーが来て、アレンとセリアに頭を下げると

サマルトリア王の待つ王の間へと案内した。

 

「・・・戻ってこねえな、あいつ。仕方ない、二人で行くか・・・」

 

「でも息子抜きっていうのはちゃんと説明しないと、旅の途中で戦死したとか

 変な誤解を与えそうね。あなたたちのほうからうまく言ってくれると助かるわ」

 

 

アレンとセリアはサマルトリア王のもとに通された。一番大事なアーサーが

いないのでカブラヤとガビーがアーサーの不在の理由について王に説明する。

それからアレンがローレシアでしたのと同じような話をここでも語った。

 

「相変わらずあの愚図めが・・・まあいい、息子とは後でじっくりと話をしよう。

 しかしよいことだ、こうしてロトの子孫が一つのところに集まることは!」

 

あの愚図、というのはサマンサのことだろう。この王がアーサーと違って

出来の悪いサマンサを快く思っていないことはアレンも知っている。

一言文句を言ってやりたくなる気持ちを抑えていた。父を失ったセリアも、

父親が実の娘を相手にそのような言葉を吐いたことに苛立ちを覚えたが、

ここで噛みついたところで何の得もない。アレンと共に黙っていた。

二人が一言も発さないせいで、王はますます自らの言葉を続けていた。

 

「そう、ロトの子孫が真の意味で一つになるべきなのだ!ローレル王子、

 以前話したことを覚えておられるか!サマンサをそなたの妻にという

 我ら親子の提案を!」

 

「ん・・・・・・!?あ、そういえばそんな話・・・冗談じゃなかったのか」

 

「それにセリア王女もおられるのであればちょうどいい、王女はアーサーと

 共になるのがよい!ムーンブルク復興のための資金提供は惜しまんぞ!」

 

王は上機嫌だったがアレンとセリアからすれば、最近ずっとこんな話ばっかりだと

うんざりさせられていた。アレンは思い切って『自分には決めた相手がいる』と

言ってやろうかとも考えていた。もちろんその名前は伏すが、断固とした

答えをしないとサマル王からは会うたびにこの話題を持ちかけられる気がしたからだ。

 

 

「・・・そのことですが、実は・・・」

 

「王様、申し訳ありませんが、いまはのんびりと腰を据えたり嫁いだりしている

 ときではないのです。わたしには果たさなければならない使命があります。

 それを完遂しない限りは全くそのような気にはなれないのです」

 

「むむ・・・その通りだ。呑気なことを言ってこちらこそすまなかった」

 

セリアがお手本とも言えるような返答をして王を納得させていた。

 

(・・・・・・おっと、危ねえ。勝手に自爆するところだった)

 

 

 

王のもとを去り、アーサーと合流するためサマンサの部屋に入る。相変わらず

サマンサは見ていると不安になるほどアーサーにべったりだった。もし彼女が

年齢に比べて極端に心が幼い病気であると知らなければ実の兄妹だという事実が

逆に動揺させられるだろう。それだけサマンサはアーサーが好きだったのだ。

 

 

「・・・邪魔したか?もう少し外を回ってくるか・・・」

 

「そうね。一度出直しましょうか」

 

「いや、待ってよ二人とも!邪魔じゃないよ、ちょうどいいところに来たんだって!」

 

アーサーは二人を引き留め、席に座るように促した。

 

「朗報だよ!サマンサのおかげでさっそくぼくとセリアの呪文は強化される!

 これなら苦しい修行はいらない、ほんの少しの工夫でレベルアップだ!」

 

「え、ほんとうに!?さ、さっそくその秘密を・・・」

 

 

アーサーはサマンサから呪文の書を渡される。これは彼が旅立つ前に妹に

解き明かすように頼んでいたものだったが、この数十年、有名な学者や

賢者であっても内容を理解できずにお手上げとなり、誰も見向きも

しなくなっていた書だ。セリアもちらっと横目で書かれている内容を

眺めてみたが、ほんの少しわかるだけでそれ以上は何もできそうになかった。

それがどうしてサマンサなんかに解読できるのかが最大の謎だったが、

 

「まあいいじゃねぇか。で、これからどんな呪文が使えるようになるんだ!?」

 

「完全に過去のものとなった呪文の復活だったり全く新しい呪文の発明は効率が

 悪すぎるし難しいんでね、いまぼくたちが使える呪文の底上げ・・・

 というよりはその呪文のレベルを古代のもの、本来の高さにまで戻すんだ」

 

勇者ロトとゾーマの死闘が終わった後、世界は数百年も平和を楽しんだために

戦いのための魔法の技術は人の世界でも魔物の世界でも失われていき、やがて

再び使い始めてもそれはロトやそれ以前の世代と比べて劣化した呪文に

なってしまっていた。それらに本来の輝きを取り戻させるのだとアーサーは言う。

 

「そうだね・・・まずは・・・セリア、アレンに『ルカナン』を唱えてみてくれ」

 

「ルカナン・・・?ええ、わかったわ。久々だけど・・・ルカナン!」

 

セリアはこのルカナンという呪文を習得してはいたが、魔物相手にあまり使っては

こなかった。敵の守備力を下げ、武器による攻撃を通しやすくするための魔法

なのだがその効果はあまり目に見えたものではなく、ルカナンを唱えるくらいなら

バギで直接攻撃したほうが早く魔物たちを倒せるので、好戦的なセリアはそちらを

選び、ルカナンなどたまに忘れないように唱えてみるだけだった。

 

「・・・おっ、来た来た。ちょっとばかし身体の力が抜けた気がするぜ。

 でもせいぜい一割程度ってところだな。タホドラキーの群れからくらった

 こともあったが全然痛くなかったし、この呪文はハズレだろ・・・」

 

「そこで・・・セリア、今からサマンサがそのルカナンの『真の唱え方』を

 してくれるからそれをまねてやってみるんだ。サマンサ、頼んだ」

 

「わかった!ルカナンだね。えーっと・・・」

 

 

アーサーがサマンサの肩の上に手を置いた。すると彼女は言われた通りに

ルカナンの呪文の詠唱を始めた。セリアがしっかりと聞いてみると、

自分のこれまでのルカナンとはほんの僅かに違っていた。発音の違い、

単語の順序が逆・・・など、全神経を傾けてようやくわかる違いだった。

たったそれだけで呪文の効力に明らかな変化があるということなのだ。

 

「・・・・・・・・・こ、これは・・・!いくわ、ルカナン!!」

 

「なんか違うのか?おれにはさっぱりわからなかったぜ・・・・・・うぐっ!?」

 

 

魔法力のないアレンには先ほどとどう違うのか一つも理解できなかったが、

今回のルカナンはアレンの身体からごっそりと身を守る力を奪っていった。

実際に呪文を受けてみて初めて彼も『真の』ルカナンの威力を思い知った。

 

 

「・・・う・・・ううっ!こんなに体が重くなるなんて・・・!一割どころ

 じゃない、半分は持っていかれた感覚がある!なんて危険な呪文になったんだ!」

 

「わたしも確かに今までよりも唱えたときの手ごたえが全く違ったわ。

 でもほんとうに効果があったのか・・・試してみましょうかしら」

 

彼女はローレシアの牢屋で拾った杖でアレンの足をばしばしと叩いてみた。

 

「いてっ!痛えよ!ルカナンに関係なくそこはだめだろ!何の防具も身につけて

 いない部分、しかもスネなんか叩くなっての!」

 

「・・・あら、これはいけなかったわ。じゃあもう一度、今度は・・・」

 

「もういいだろ!効果があるっておれが保証しているだろうが!」

 

 

早くもセリアはほとんど苦労することなく自らの呪文を強化することができた。

これなら短期間でのレベルアップも夢ではなさそうだ。

 

 

「そしてサマルトリアの町の外で言っていた件だけど、これもうまくいった。

 今日からは旅が全く別物のように楽になる。人によっては味気が無いと

 思うかもしれないけれど、きみたちは一刻も早く目的を果たしたいと

 言っていたんだ、問題はないだろう」

 

「アーサー、何の話だ?それが呪文とどう関係が・・・」

 

「ルーラだよ。これからは一度行った人の住むところならどこへでも自由に

 行き先を選べるようになった!ムーンブルク大陸にもアレフガルドにも

 すぐに飛んでいけるんだ。しかもあらかじめ結界を張っておけば

 ぼくらの船だってついてきてくれる。凄いだろう」

 

 

これがアーサーが馬車を帰した理由だった。ローレシアにだってすぐに

戻れるのだ。無駄な時間と労力を省き、そのときの目的に専念できる。

戦いのための呪文だけでなく、快適な旅のための呪文も忘れていなかった。

その後も順調にマヌーサの精度やベホイミの回復量を増加させたところで、

 

「・・・じゃあそろそろぼくも父上と少し話をしてくるから席を外すよ。

 サマンサ、最後にもう一つくらいセリアに魔法を教えてやってほしい」

 

「・・・わかった!」

 

アーサーが部屋から去っていき、セリアはサマンサに近づいた。

 

「そうだわ・・・ならバギを更に強くしたいの!最近一撃じゃ倒れない

 魔物も増えてきて、強化できるのならぜひ・・・」

 

セリアの一番の本命は攻撃呪文バギの威力を高めることだ。ところが、

 

「・・・・・・う~~ん・・・・・・」

 

しばらく考えこんでしまったサマンサ。やがて、

 

「でもこれは・・・セリアさんにはむりだとおもうよ」

 

「・・・・・・は?無理?あなた、何を基準に・・・」

 

「むりなものはむり!できないよ、セリアさんじゃね」

 

 

屈辱的な言葉にセリアの憤りがサマンサに対して激しく燃え上がった。

この城から出たことがないような彼女に実力不足を指摘されるなど、

セリアにとっては考えられないことだった。手を出したくなる気持ちを

どうにか堪えたが、口のほうは止まらなかった。

 

 

「・・・あのね、無理っていうのは・・・あなたとテンポイント、つまり

 アーサー王子が結婚するようなことを言うのよ。それは絶対に不可能!

 そういうのでなければ無理とか簡単に口にしないでくれるかしら?」

 

「むりじゃないもん!わたしはあと何年かしたらおにいちゃんと・・・」

 

「できるわけないでしょう。少しは頭を使いなさい。あなたと彼は兄妹、

 それだけでもう終わりじゃないの。完全に道は閉ざされているのよ。

 でもいまのわたしに関しては違う!やる前から無理だなんて・・・」

 

熱くなったセリアの言葉に傷ついたサマンサが机に突っ伏してしまったのを見て

アレンは二人の間に介入しようと割って入った。まずはセリアをなだめようと、

 

「おい、お前・・・そんな言い方はないんじゃないのか?落ち着けよ」

 

ところがセリアは全く悪びれず、彼の言うことに耳を傾けないで言葉を続けた。

 

 

「サマンサ王女、そういえばわたし、あなたのお父様からアーサー王子との

 結婚を勧められていたのを思い出した!とってもいい話ね!彼もきっと

 この国のために前向きに考えてくれるはずだわ!」

 

「・・・・・・・・・そんな、ひどいよ・・・・・・」

 

 

ついにサマンサの身体が小刻みに震え始めた。しばらくそのまま顔を上げないので

ここでようやくセリアも大人げない言動を反省することになった。自分と実際の

年齢はあまり変わらないが、精神面においてかなり幼い相手にむきになったのだ。

 

「・・・謝ったほうがいいと思うぜ。あいつと結婚する気なんてないくせに

 この子を追いつめるためにさっきのことを話のネタに使いやがって・・・」

 

アレンもセリアを糾弾したが、心のなかでは別の不安もあった。ほんとうに

アーサーと結婚したいわけじゃないよな、と聞きたいのを我慢していたのだ。

 

「・・・・・・そうね、やりすぎたわ。これは完全にわたしが悪かった。

 サマンサ王女、ごめんなさい。バギの呪文について聞きたかったからって

 あなたにとって酷いことを言ってしまったわ。許して・・・」

 

 

このとき、セリアは突然何か恐ろしいものの気配を感じ、硬直してしまった。

頭を伏せて泣いているはずのサマンサから魔物を遥かに凌ぐような殺気で

貫かれたような気がしたからだ。こんな少女から発せられるものではない。

 

 

「・・・ひっ!」

 

「・・・・・・!?どうした!」

 

しかし次の瞬間にはもうそれは感じられなかった。サマンサは顔を上げたが

普段と何ら変わらないのんびりとした穏やかな顔つきだったからだ。

 

「・・・いや、何でもないわ。気のせいだったわ」

 

罪悪感がもたらした錯覚だったと納得し、抱いていた疑念を捨てた。

 

 

「・・・お待たせ・・・・・・あれ?」

 

「あっ!おにいちゃん!」

 

アーサーが戻ってくると、サマンサは再び満面の笑みを見せた。すぐに愛する

兄に抱きついていたところで、セリアはサマンサが興味のないもののように

放り投げた魔法の書を拾い読んでみた。バギに関する秘密を得ようとした。

だが、これまでの呪文と違いしばらく経ってもコツをつかむことはできずついに、

 

(・・・確かに無理だわ、今のわたしには!悔しいけれどあの子が正しかった)

 

それからすぐにサマンサはどこかへ遊びに行くつもりなのかアーサーの手をひいて

部屋から飛び出していってしまいアレンとセリアが残された。二人揃って息を吐き、

椅子に座りこんだ。嵐が去りどっと疲れが襲ってきた。

 

 

「ハァ~・・・。お前のせいで大変なことになるかと気が気じゃなかったぜ」

 

「でもほんとうのことよ。あの子がアーサーと結ばれるのは絶対に

 無理だっていうのはね。あなたが貰ってあげたらいいじゃないの」

 

「・・・・・・お前までそんなことを言うのか。だからいまは・・・」

 

 

アレンはここで、さっきまでサマンサが突っ伏していた机に視線が向いた。

 

「なあ、関係ない話なんだが、あの机さっきからあんな深い傷がついていたか?」

 

「・・・あら、そうね。十本も・・・・・・気に留めてなかったから最初から

 あった傷かどうかはわからないわ」

 

「そうか。まあどうでもいいことだったな。つい気になっただけだったんだよ」

 

 

それ以上話は広がらずに二人の話題は別のことに移っていった。しかしアレンの

直感とセリアが感じていた殺意は決して思い過ごしではなかった。その机の傷は

セリアに攻撃されている最中にサマンサが両手の指によってつけたものだった。

 

サマンサがセリアの謝罪に応じたのも、決してセリアの言葉によるものではなく、

もうすぐ大好きなアーサーが部屋に戻ってくるという予感がして上機嫌になった

だけだった。よって、もしアーサーがあと数分王の部屋にいたならば

どうなっていたことか―。それに気がついた者は誰一人としていなかった。

 

 

「・・・おにいちゃんはあの人と結婚するの?セリアさんと」

 

「ん・・・?しないよ。彼女に全くそういう気がないのだから。ぼくもね」

 

「そうだよね!よかった!だっておにいちゃんはわたしと結婚するんだもんね!」

 

サマンサ自身がもうセリアへのどす黒い感情を捨て、彼女に関してのことも

一切忘れ去ってしまっていた。だから誰も真相を知ることはないのだ。



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愛は儚く・・・の巻 (サマルトリアⅡ②)

 

サマルトリアの王女サマンサの部屋に取り残されていたアレンとセリアだったが、

しばらくするとサマルトリア王から再度玉座の間に来るようにとの言葉が届いた。

もう話すことはないのに、と思いつつやってくると、そこには立派な盾があった。

アレンはその盾の正体がすぐにわかった。偉大なる紋章が刻まれているからだ。

 

「・・・その盾は!あのブライアン様でも見つけられなかった『ロトの盾』!

 もはやこの世にないと言い伝えられていたのに・・・」

 

「サマルトリアで十数年前に別件の調査活動をしていたときに偶然発見

 されたものだ。残念ながら我が息子には扱えなかったためいまだ

 存在自体を隠していたのだ。邪教の者たちに狙われる恐れがあったからだ。

 さあ、ローレル王子、そなたならこの盾を使いこなせるのではないか?」

 

アレンがロトの盾を自らの手で持った。すると、これだけ重いはずの盾が

軽々と持ち上がり、しかもこれまでのどの盾よりも『しっくり』ときた。

初めて手にした盾なのに、長年の相棒であるかのような安心感があった。

 

 

「おお、ロトの盾のほうがそなたを選んだ!やはりそなたこそが勇者たちの

 正統な後継者であったか!何となくそんな気はしていたが・・・」

 

自分の息子ではなくアレンがその者であったことに少しばかりの寂しさと無念を

感じていた王だったが、アレンは全く違う考えだった。

 

「いいえ・・・それは違います、王。私たちは三人で一人、つまり三人そろって

 勇者ロト、ブライアンの意志と力を継いで戦うのです。アーサーも立派に

 ロトの剣を使いこなしていますし、セリアは重い武器や防具は持てなくとも

 その魔法力はこの地上において比類のない実力者でありますから」

 

「・・・そうか、ならば三人でこの世界に平和をもたらしてくれい!」

 

 

三人ともこのサマルトリアですぐにレベルアップができる、とアーサーが

話していた通り、アレンもロトの盾を手に入れたことで守備を固めることに

成功した。三人の先頭に立つ彼はまさに仲間たちの盾であるので、身の守りを

強化することは攻撃力を磨くよりも大事だった。

 

 

 

アレンがロトの盾を手にしたのと同時刻、サマルトリアの兄妹は中庭にいた。

様々な遊びを楽しんだ後、静かなところで二人座っていた。

 

「・・・おにいちゃん、わたし、またいい子で待ってるからね」

 

「おっ・・・珍しいな、いっしょに来たいと言うと思ったよ」

 

「わたしはここでおにいちゃんのおてつだいをして、ずっと待ってる。

 帰ってきたらこんどはふたりで旅にいこうね。あ、そうだ、おにいちゃんに

 わたすものがあったんだ。いまもってくるから・・・」

 

サマンサが駆け出していって視界から消えたのを確認すると、アーサーは

近くに控えていたカブラヤとガビーを呼びつけた。

 

「・・・お呼びでしょうか、テンポイント様」

 

「カブラヤさん、あなたに重要なお願いがある。しっかり聞いてくれ」

 

妹と接していたときとは違い、表情と声は真剣で、彼の言葉に

耳を傾けようとするカブラヤとガビーのほうが緊張するほどだった。

 

 

「ぼくたちは遅くとも明日の朝には発つ。もしかしたらぼくはもうここには

 帰らないかもしれない。命を落とすことになる可能性がある」

 

「・・・そのような縁起でもないことは口にもされないようになさってください」

 

「いいから聞いてくれ。そのときはカブラヤさん、あなたがサマンサを妻として

 このサマルトリアの王、つまりカブラヤオー(王)となってほしいんだ。

 あなたは父上からの信頼もある。そしてぼくもあなたを城のなかで一番

 頼りにしている。次の王としてサマルトリアを導いてほしい」

 

アーサーは、たとえ戦いに命を散らすことにはならなくとも、旅の終わりに

サマルトリアに帰るつもりはなかった。彼の願いである『真の旅』を

始める気でいたからだ。世界地図にも載せられていないまだ見ぬ土地を目指し、

この世に楽園のような場所があるのかを確かめたかったのだ。最初に

サマルトリアを出てからいまに至るまで、彼の変わらぬ夢だった。

 

「とても難しい、厳しいことなのはわかっている。でもあなたにしか頼めない」

 

「・・・・・・し、しかし・・・・・・」

 

カブラヤはガビーのほうを見ながら明らかに困っている様子だった。そんな彼を

ガビーは安心させるように優しい声で、

 

「いいのよ。あたしのことは気にしないで。王になれるなんてすごいじゃない。

 そもそも、王子が無事に帰ってきたらこんな話はもともとない話になるんだから

 いまから余計なことを考えないで落ち着きなさい」

 

「・・・・・・・・・すまない。おれは・・・・・・」

 

 

カブラヤとガビー、サマルトリア王と王子からの信頼も厚いこの二人の男女は

愛し合っていた。幼いときから同じところで育ち、将来を誓い合っていた。

ところがある日、ガビーは子どもを産むことができない身体だということが

わかり、二人は普通の幸せを捨ててこの国のために命を捧げる誓いを立てた。

それなのにいま、アーサーは二人にとって残酷ともいえる頼みをしたのだ。

 

「・・・・・・私たちのことは構いません。全てあなたの言う通りに致します。

 ですがテンポイント様、もしあなたが戻られないということ、それは

 サマンサ様への裏切りであると・・・それをお忘れになりませぬよう」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あなたのご命令通りサマンサ様を守り、またそのお世話をさせていただきました。

 やはりあなたでなければサマンサ様に真の幸福と笑顔を与えることはできない、

 私たちはそう進言させていただきます」

 

 

彼らが話し終えようかといったところでサマンサが戻ってきた。彼女が

アーサーに手渡した残りの呪文の書は、これから彼が使いこなそうとしていた

『トラマナ』、そして『ベギラマ』の呪文に関してのものだった。

これで最初から正しいやり方で呪文の効力を最大限発揮できる。

 

「・・・これはすごいな。よくやったよ。えらいな、サマンサ」

 

「えへへ~っ・・・もっとなでて~」

 

サマンサの頭を撫でると、その顔は蕩けていた。アーサーはそれを続けながら、

 

「お二人もありがとう。サマンサだけの力でできるものじゃない。

 この量に内容の濃さ、相当協力してくれたと・・・」

 

「いいえ、私たちは少々お手伝いをしただけで・・・・・・」

 

サマルトリアの城でも特に際立った実力の持ち主だったカブラヤとテスコ・ガビー。

剣の腕も魔法を扱うことにおいても優れていて、サマンサの身の安全を守るには

これ以上ない二人だった。これで彼は安心して故国を去っていくことができる。

 

「・・・・・・・・・ぼくがいなくなった後のことは・・・任せた」

 

「・・・?おにいちゃん、何か言った?」

 

「いいや、何も。それよりもういい時間だ。寒くなってきた。城のなかに入ろう」

 

 

 

この日はサマルトリア城で一夜を過ごし、朝になったら新しい旅の始まりだ。

用意された寝室に向かう前にアレンとセリアは地図を見ながら計画を立てていた。

 

「ならアーサーの新しいルーラでローレシアに向かって、それからまずは

 船で南へ行く・・・それでいいのね?」

 

「ああ。おれたちの国と友好関係にある『デルコンダル』へ行ってみよう。

 おれたち三人は誰も実際に行ったことはないがたまにその国の噂は

 聞こえてくる。ラダトームのときみたいなことにはならないだろうよ」

 

「ラダトームといえば・・・もう一度アレフガルドに行く必要も出てきたわね。

 あの後王様は言っていたわ、あなたの持つロトのしるしがあれば聖なるほこらで

 『ロトのかぶと』が手に入るという言い伝えがあると。デルコンダルでの

 情報収集が終わったらそちらに向かうべきね。ま、兜ともなればたぶん

 あなたくらいしか装備できないでしょうから後回しでも構いはしないけれど。

 重要性、ということでいうなら下から数えたほうが早いのではないかしら」

 

「・・・相変わらずの物の言い方だぜ。いいじゃねぇか。おれだって観光気分

 じゃないんだ、そんなに時間はかからないだろ。アーサーのルーラがうまくいけば

 旅はこれまでに比べてめちゃくちゃ早く、楽になるんだからな・・・」

 

 

アーサーの名を口にしたところで、アレンは呆れたようにため息をつくと、

 

「そのアーサーは今いねえけどな。サマンサ王女と同じ部屋で寝るとかで

 早々に引っ張られていっちまったもんな。ほんとうにあの王女は

 お兄ちゃんっ子なんだな。毎度来るたびに微笑ましくなるぜ」

 

アレンは笑いながらそう言ったが、セリアは深刻な顔をしながら返した。

 

「・・・微笑ましい?あなたの目は節穴か、もしくは腐っているか、かしらね。

 わたしは一種の恐ろしさを感じたわ。あの歳でおにいちゃんと結婚したいって

 本気で言っているのよ。危ないわよ、あの子」

 

「そうかぁ?何回も言うがサマンサ王女は心はまだ五、六歳って言われているぜ。

 それくらいならおかしくないだろ。お前だってお父様と結婚したーいとか

 言ってた年ごろじゃねーか?どこにでもある話だろうに」

 

「・・・・・・・・・違うのよ、あれは・・・いや、やめておきましょう。

 わたしの思い過ごしだろうが女の勘が当たろうが・・・明日からの旅には

 おそらく何の関係もないことなのだから・・・この話は終わりましょう」

 

セリアは自らサマルトリアの兄妹の話題を打ち切った。これ以上関わりを

持たないほうが賢明だと判断したからだ。その後もしばらく二人は雑談を続け、

そろそろ明日に備えて互いの寝室に向かうか、となったところでアレンが言った。

 

 

「・・・セリア、何だか最近おれたちの周りで結婚とか将来とかそんな話が

 やけに多い気がするよなァ。お前もそう思わないか?」

 

「ええ、確かにそうね。デルコンダルではそうではないと願いたいわ」

 

「まあな。お前の言う通り、いまは娶ったり嫁いだりしている時じゃないからな。

 でも旅が無事に終わったらそうじゃないぜ。考えておかなくちゃいけねえ。

 お前はその・・・ちゃんと考えているのか?そのあたりのことは。

 い、いや、別に話したくなけりゃあ言わなくてもいいんだが・・・・・・」

 

アレンは出来ればセリアが将来どうするかを知りたいと思っていた。ここのところ

自分以外と彼女を結ぼうとする話があまりにも何度も続いていた。彼女のことなど

初恋の相手ではあったがいまはもうそんな対象ではない、と自分のなかで強がりを

言っていたアレンであったが、焦りや苛立ちは抑えられなかった。

その彼に対し、セリアは一瞬遠くを見たかと思うとすぐに元通りの視線に戻り、

 

「・・・わたしは自分の宿命と結ばれることにしたわ。この生涯を

 ルビス様より与えられた使命、それにわたし自身が果たすべきことに」

 

「・・・・・・どういう意味なんだ」

 

「もう結婚とかそういうのは今だけじゃなくて将来も結構ってことよ。

 ラダトームのときは寛大な資金援助もあるかもと思って気持ちは傾いたし、

 このサマルトリアもきっと大きな助けになってくれるはず。でもやっぱり

 自由が奪われてほんとうにやりたいことができなくなるというのに変わりはない」

 

あくまで自分の力を中心としたムーンブルクの復興を目指し、そのためには

嫁いで母になる、そんな暇はないのだ。常に忙しく働き続けなければならない。

そのような意味で彼女は自分の宿命と結ばれる、と言ったのだ。

 

 

「・・・・・・そうか。お前が決めたことならおれは何も言わない。だが一つ、

 余計なお世話なんだろうが・・・意地になるな、それは覚えておいてほしい」

 

「・・・意地に?わたしは・・・」

 

「少しでも気が変わったらいつでも歩みを翻したっていいってことだ。一回

 決めたからって死ぬまでそうしなきゃいけないって決まりはないんだからよ」

 

「あら、闘将ボーイと呼ばれるあなたらしくもない意見ね。でもここは

 ありがたくその忠告、いただいておこうかしら。そしてあなたにそのまま

 返しましょう。あなたこそ意地を張らずに柔軟でありなさい、とね」

 

 

話し合いは結局平行線のまま終わり、二人は何とも言えない気持ちのまま

互いの寝室に向かった。最初に抱いた己の気持ちを無理に貫いたまま突っ走り

痛い目に遭いかねないことは二人とも日頃から自覚していたうえ、また相手も

その可能性があると心配していた事柄だった。三人のなかで唯一柔軟な男

アーサーがこの場にはいなかったが、彼の必要性を改めて認識した。

 

 

 

翌朝の早い時刻、三人の出発の時が来た。あまり派手な見送りをすれば

もしかするとどこかに潜んでいる邪教の信者がよくないことをもたらす

危険があったので、彼らはひっそりとサマルトリアを出ることになり、

サマンサ王女だけが三人を、というよりアーサーを見送りに出てきた。

 

「おにいちゃん、がんばってね。またすぐにかえってくるよね?」

 

「・・・・・・ああ。新しくなったルーラの呪文もあるし、必ずね」

 

アーサーは自分の言葉とは裏腹に、もはや生きてサマンサの顔を見ることは

ないだろうと思っていた。よほどのことがない限りサマルトリアに戻りはしない。

この冒険が終わったら彼はまだ見ぬ土地へと帰らない旅へ出るつもりだったからだ。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

サマンサは目を閉じて顔を前に出していた。兄に口づけをねだっているのだ。

それを見たアレンは一度目の旅立ちのときにサマンサがアーサーに対して

成人した恋人のような熱く深い口づけをしていたのを思いだした。

 

「・・・あっ!!そうか、セリア、お前が昨日言っていたことって・・・!」

 

「やっとわかったみたいね。あの妹の危ない気持ちを。ま、アーサーが

 それに応じるはずもないから少しは安心できるけど・・・」

 

 

アーサーはしばらく動かずに立ったままで、待っていたサマンサも次第に

落ち込みながら背伸びをやめて目を開けた。その姿を哀れに思ったのか、

それともこれが永遠の別れになるだろうという気持ちからか、彼は

妹の身体を自分の側に引き寄せ、その口に軽く自らの唇を重ねた。

 

「・・・・・・これで満足したか?じゃあ、行って・・・」

 

「・・・お、おにいちゃん・・・。おにいちゃ~ん!」

 

「お、おい・・・!うっ!」

 

途端に笑顔になったサマンサは離れようとするアーサーに無理やり抱きつき、

やはり前回と同じように吸い付くような口づけを始めた。その力が

あまりにも強いので、引き剥がそうにもそれはできなかった。

 

「・・・・・・どうする?助けに行ってやるか?」

 

「やめておきましょう。邪魔したらとても大変なことに襲われるって

 予感がするわ。わたしの予感はだいたい当たるってわかったでしょう?」

 

「ああ・・・そうだな。見ないでおいてやるっていうのが一番あいつのためか」

 

アレンとセリアはその場から距離を置き、兄妹の長いひと時から目を逸らしていた。

ようやく解放されて二人のもとにやってきたアーサーの顔は涎だらけだった。

 

「・・・・・・じゃあ・・・行くか、ローレシアに・・・だいじょうぶか?」

 

「・・・うん。ルーラを唱えることには問題はないよ・・・」

 

へとへとになっていたアーサーだったが、ルーラの呪文は正しく発動し、

デルコンダルの国を目指す三人の次なる旅が始まった。

 

 

「確かデルコンダルもローレシアと同じく軍が強いと聞いている。あくまで魔物への

 対抗手段としてであって人の住む他国を攻めるわけでないから安心だけども」

 

「おれも話は聞いているぜ。そいつらと訓練をしたら強くなれるかもな」

 

サマルトリアで簡易的な強化に成功した三人だが、基礎的な魔法力が足りずに

バギの更なる進化を断念せざるをえなかったセリアをはじめ、やはり三人とも

地力の強化もこの先のことを考えたならば欠かせないという結論になっていた。

 

そのためには魔物たちとの戦いにより経験を積むのが一番だが、魔物の棲み処を

襲撃したり害のない相手を一方的に狩っていてはラダトームのやっていることと

同じであるため、魔物の被害に苦しむ土地を探し、そこで修行をすればよいのでは

ないかと意見はまとまった。実害を与える魔物であれば倒したとしても

良心の咎めもない。獰猛で殺意をむき出しに襲ってくるならばなおのこと

いい経験が積めるだろう。その分危険は増すが、それを恐れていては

そもそもこのようないつ死んでもおかしくない冒険になど出ていない。

 

 

「デルコンダルの王族はブライアン様と共に竜王と戦った人の子孫だったと

 思ったけれど・・・詳しいことはムーンブルクには聞かされていなかったわ」

 

「そうか・・・いまの王はおれたちよりほんの少し年上だというのはおれも

 知っているんだが、直接会ったことがないからな。しかし竜王城の

 ホクトボーイにしても、世界には若い王が多いな。おれがもし無事に

 王になれるとしてもまだまだ先の話だ。ちょっとした焦りを感じるぜ」

 

「まあまあ、アレン・・・」

 

人は人、自分は自分なのだから、とアレンを励まそうとしたアーサーだったが、

そのアーサーは将来王になるべき男であるのにその立場を放棄してしまおうと

しているのだ。背負うはずの使命も二つとない故郷も、更には自らに期待する父も

溢れるほどの愛をぶつけてくる妹も後にする決意でいる自分がアレンに対し

何を言ったところで無責任でふさわしくないだろう、と黙っていることにした。



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気まぐれジョージの巻 (デルコンダル①)

 

デルコンダルの王、『ジョージ』。アレンたちも知っていた通り、彼らよりも少しだけ

年上だった。サマルトリアの優れた戦士であるカブラヤとガビーの二人と同じ歳で、

まだ十代の半ば、若いうちから先代の後を継いで国王として治めていた。

 

王としての彼はその若さのせいなのか、『安定感』という言葉とは無縁の治世だった。

たとえば朝、上機嫌のうちに国王としての恩赦を罪人に与えたかと思えば夕刻には

別の囚人を牢屋から連れてきてその場で処刑してしまったこともある。共に

同じような罪で牢獄に入り、中での態度もそんなに差はなかったのだ。

とにかく読めない王の心とやり方に、仕える者たちも国民も気が休まらず、

多くの人間が彼のことを『気まぐれジョージ』と呼んでいた。

 

その日は穏やかに平和を求め、次の日は激しく戦いを求める。知性溢れる賢王と

人や魔物の血を見たがる暴君としての二面性を本人も制御できていない。

そんな彼の治めるデルコンダルへ、いまアレンたちが足を踏み入れていた。

そしてすぐに王のもとへと通され、三人とジョージは顔を合わせた。

 

 

 

「はるばるデルコンダルの城によくぞ来た!わたしがこの城の王、ジョージだ!

 ロトの、そして竜王殺しのブライアンの血統と意志を継ぐ勇者たち!

 そのブライアンと行動を共にした我が先祖もきっと歓迎していることだろう!」

 

ジョージの三代前には『ブリザード』という男がいた。彼はもともと旅人から

金品を強奪していた盗賊だったが、勇者ブライアンと出会い、彼の人間性に

惚れ込んだことで仲間となり、竜王を倒した後も彼といっしょに船に乗り

アレフガルドを去って新たな大陸に降り立った男だった。そのブリザードが

まさに大樹(タイキ)となり王となった。実際にはこの国で悪政を敷いていた

者たちを除き去ったことでデルコンダルの支配者となり、それから百年近くが

過ぎたいまも彼の子孫たちが王族として支配を続けていた。

 

(こいつが気まぐれジョージか・・・おれと同じくらい筋肉があるぜ。最近は

 優男と多く出会ってきたから新鮮な気分だぜ)

 

アレンがジョージのことを眺めていると、王のほうはにやりと笑いながら、

 

「三人ともなかなかの顔をしている。目つきもいいようだ。だが強さはどうかな?」

 

王が合図をすると、なんと檻から魔物が放たれた。『キラータイガー』という

凶暴な獣で、餌を与えられていないのか見るからに飢えている様子だった。

 

「グルルルル・・・・・・」

 

「こいつ相手にお前たちの強さを見せてもらおうか!なーに、ただとは言わん、

 わたしを満足させてくれたなら素晴らしいものを与えようではないか!

 さあ、わたしの先祖の生き方を変えた勇者の血が流れる者たちよ、

 ロトの末裔にふさわしい強さを披露してくれ!」

 

 

アレンたちがやる、やらないと言う前から王は鞭を地面目がけて叩いた。

それに応えるようにキラータイガーがアレンたちへ襲いかかってきた。

この城に来るまでに山や森から出てきた魔物と同じく殺意に満ちていて、

王の期待に背くことはすなわち死につながる。アレンたちを歓迎して

おきながら突然魔物との命をかけた勝負を強いるとんでもない男だった。

 

「・・・おっ!あいつ、おれのところへ来るか!一番うまそうに見えたかな?」

 

「さあ、どうかしらね。でもまずはあなたに任せたわ」

 

試合と呼ぶには過激な戦いが始まったが、三人は誰も焦りの色を見せていない。

デルコンダルに入って王のもとに通される前にこのようなこともあるという

情報は掴んでいたからだ。屈強な戦士が負傷して倒れていたが町の外ではなく

城内で傷を負ったというのを聞いていたし、王が強者の戦いを見るのが

大好きだということも町の人間から知らされていたからだ。

 

「グルラァ――――――ッ!!」

 

キラータイガーはアレンを狙いに定め口を大きく開いた。尖った牙が光る。

しかしこの獣は遠くから決めていた相手に向かっていたにすぎない。間近に

やってきたところでアレンに襲いかかったのだが、いざ彼のそばに近づき

彼をそばで一目見ただけで、その威圧感と圧倒的な実力差を実感した。

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・ガ、ガルルゥ・・・・・・」

 

 

アレン相手では到底勝ち目はないと、すぐに隣にいたセリアに狙いを変えた。

ところが彼女から発せられる殺気はアレンのそれを遥かに凌いでいた。

彼女もアレンと同じく言葉を発さなかったが、その鋭い視線と憎しみの

目つきが、もし襲ってきたのなら確実に殺してやるという意志の表れだった。

 

 

「・・・グルル・・・!!」

 

 

この華奢な人間な少女が自分にどう危害を加えてくるのかわからないが、

確かに何かしらの方法でやってくる。一番弱いかと思われたセリアにすら

自分は敵わないと思ったキラータイガーはすっかり追い詰められてしまっていたが

ここで後退していては主人である王によって斬り殺される。すでに仲間が

数匹そのような末路を辿っているのだ。それを彼はよく見ていた。

 

すると最後に気がついたのはアーサーの存在だった。これまで彼からは

何の印象も受けていなかったが、その彼から感じられたのは隣にいる

二人とは違い、心からの穏やかさ、そして優しさだった。やはり彼も

何も喋らなかったが、彼ならばこの敵だらけの状況から救ってくれると

信じていた。アーサーの前で鳴き声をあげると、裏返って腹を見せて、

 

「・・・・・・クゥ~ン・・・・・・」

 

「・・・これは・・・・・・助けを求めている・・・?」

 

 

突然の命乞いにアレンたちが顔を見合わせていると、王ジョージが

大きな足音と共にやってきた。その手には大きな剣があった。王が

何をするつもりなのかわからずにいたが、アレンたち、そして

キラータイガーのそばまで来たところで剣を納めると、

 

「・・・素晴らしい!これぞまさに先祖ブリザードが後代に語り継いだ

 勇者ブライアンの強さの表し方!やはりお前たちはその子孫であった!」

 

「ん・・・?そいつはどういうことだ?まだ戦ってすら・・・」

 

「いいや、もうじゅうぶんに戦いを楽しませてもらった。ブライアンもまた

 無駄な殺しをよしとしなかったと聞いている。そして得た力を他人に

 見せびらかして誇るようなことも。いまのお前たちはその通りだった!」

 

 

王は手を叩いて上機嫌そうだが、アレンはこの悪趣味な試し方に不快感を示し、

 

「・・・確かにお前の言う通りだ。おれたちは力を誇示したりしない。特に

 見せ物のように楽しむやつの前では絶対にな。腕前の一割も見せやしねえよ」

 

「わたしも同意見ね。もしその獣が町の外で襲いかかってきたのならこんな

 悠長な真似はしていないわ。そこを勘違いしているのではないかしら?」

 

気まぐれジョージと呼ばれ、いつ何が引き金で激高するかわからない王相手に

不機嫌な態度でこのような言葉を吐いたのだ。見守っていた人々は

気が気ではなかった。そして王は更にアレンとの距離を詰めているではないか。

 

「・・・お、王!このお方たちはご存じの通り、これまでの腕自慢どもとは

 わけが違います!もし何かあったら・・・!」

 

 

王の持つ剣に警戒しながら恐る恐る進言した王のしもべたちであったが、

その王は彼らの言葉に全く反応しない。しかしそれが聞こえないほど

頭に血が上っているというわけではなかった。ジョージは落ち着いていた。

またしても笑い始めると、三人に対して頭を深く下げながら、

 

「はっはっは、これはすまない。どうやら怒らせてしまったようだ。しかし

 今からわたしがお前たちに託すものがいかに重要か、それがわかったならば

 このようにお前たちを試し、わたしが心から納得しなければならないと

 いうことがわかるだろう!ローレル王子、近くに寄るのだ!」

 

アレンもまた王の剣に用心しつつ近づいた。突然の豹変からの騙し討ちがあるからだ。

その王はというと、両手で小さな箱を取り出し、それを大げさに開いてみせた。

 

 

「・・・そ、それは・・・!『紋章』じゃねぇか!輝きに満ちた聖なる光は!」

 

「おお、知っていたか!ならば少なくとも一つはもう持っているというわけか!

 このデルコンダルが大切に保管していた『月の紋章』がお前たちの最初の

 紋章ではなかったことは残念だが・・・さあ、受け取るがいいぞ―――っ!!」

 

 

大灯台のとき同様に、月の形をした輝きが光の矢となってアレンの身体目がけて

放たれた。紋章は目に見えるものではないが、確かに刻まれたという感触が

得られるのだ。星の紋章に続く聖なる力をアレンも迎え入れる構えでいた。

 

「よ――し!月の紋章よ!おれを貫け・・・・・・」

 

ところが、その光の矢は逸れていき、アレンを素通りしセリアのもとへと飛んでいった。

 

「・・・・・・えっ!わたし!?そんな急に・・・・・・!」

 

「ああ!なるほど!『ムーンブルク』の出であるお前のほうが月の紋章に

 相応しいってことか!なら仕方ねえ!ここは譲るぜ、迎え入れな!」

 

 

準備なんて出来ていない、とセリアは珍しく慌ててしまっていたが、そもそも

備えなど必要ではなかった。自然とその力に満たされ、紋章が刻まれていた。

 

「こ、この感じ・・・!凄いわ!力強さと安らぎの両方が包み込んでくれるみたい!」

 

「これは素晴らしい瞬間に立ち会えたものだ。しかしほんとうに紋章は心に

 刻まれるだけなのか?少しは体のほうにもその証しは出ないのか?どれ、

 このわたしに見せてはくれまいか・・・」

 

ジョージがセリアの胸元へと手を伸ばしたが、もともと冗談のつもりでゆっくりと

出したせいか、その手は空を切った。一瞬のうちにセリアはいなくなっていた。

そのセリアを守るかのようにアレンが覆うようにして立っていた。一秒あるかないかの

瞬間的な反応もアレンは優れていた。とっさに彼女をジョージの手の届かない位置へと

連れ、しかもしっかりと盾となり完璧な守り手となっていた。

 

「・・・おお、これはこれは・・・見せつけられてしまったよ。わたしのような男の

 前では力を出さないと言っていたが・・・こういう場合は例外のようだな!」

 

王がこれまで以上に愉快そうに笑うと、アレンとセリアはすぐに身体を離し、

 

「・・・あなた、わたしを守ってくれたのは感謝しているわ。でも彼の手を

 叩くくらいで十分だったのではないかしら!相変わらず隙あれば女性の身体の

 感触を味わおうとしているのね!破廉恥で下衆な次期国王様だこと・・・」

 

「あァ!?おれはただ・・・!!つくづく何て女だ!お前こそ聖なる力に

 包まれた直後とは思えないような腐った言葉を吐きやがる!」

 

言い争いを始めてしまった。取り残された王はアーサーと共に傍観者となり、

 

「・・・止めなくていいのか?いまにも戦いが始まってしまいそうなのだが。

 確かに実力者同士とはいえ・・・こんな勝負はわたしでも見たくないぞ?」

 

「大丈夫ですよ。放っておけば収まります。二人とも相手を嫌ってはいませんから。

 むしろ心の内では逆・・・・・・無意識の照れ隠しですよ、あれは」

 

「そ、そうか?見ろ、王女が杖で叩き始めたぞ!彼が反撃できないのを

 いいことに本気で何回も!・・・あれはいくら何でもまずい!」

 

「・・・・・・・・・止めてきます」

 

 

アーサーがどうにか二人の間に入って、これ以上の醜態を晒す事態は免れた。

そして王もこの騒動には触れずに、かつての親友の子孫が百年の時を経て再会した

素晴らしい日を記念して夜になったら盛大な宴を開くと宣言した。数時間もあれば

アレンとセリアの気持ちも静まり、宴は問題なく開催された。

 

 

 

「わっはっは!愉快だ、実に愉快!今日という日を俺は生涯忘れん!さあ、

 もっと食え、もっと楽しめ!この騒ぎの声を天にまで響かせるのだ!」

 

ジョージ王は何人もの美女たちに囲まれ、すでに酒もかなり入っていてすっかり

楽しそうにしていた。自らのことを俺と呼び、繕う様子もまるでない。

アレンは旅の途中でたてた誓いに従って酒を飲むことはしなかったため、ジョージと

いっしょになって喚き散らすことはなかった。しかし彼の周りにもやはり

美しい、しかも肌の露出の目立った女性たちが多くいたため、酔った気分になった。

 

「へへ・・・これはいい!おれの人生のなかでも最高の宴会だ!ジョージ、お前と

 おれの友情は、そしてローレシアとデルコンダルの友情はこれまでよりも

 更に固いものとなったぜ!おれが王になったら互いのためにもっと親交を

 深めていくつもりだ、いいだろう?」

 

「ははは、もちろん大歓迎だ!新たなる時代を築いていこうではないか!」

 

 

ローレシアとデルコンダルはこれで当分の間親密な関係が維持されていくだろう。

彼らが一言発するたびに女性たちが歓声を上げ、しかも抱きついてきたりするので

アレンとジョージはますます楽しくなっていった。だが、当然それを見て

面白くないのはセリアだった。軽蔑の目で彼らを眺めながら少量の酒を飲み、

 

「・・・男ってやっぱりくだらなくて単純ね。アーサー、あなたはどうなのかしら」

 

お前も向こうに混ざりたいのではないのか、という目つきでアーサーに近づいてきた。

そのアーサーはというと、セリアとは比べ物にならないほど、またジョージよりも

ずっと多く酒を飲んでいたが、いまだ顔色は変わらず、受け答えもまともだった。

彼のようにいくら飲んでも決して酔わない人間を探すのは難しいだろう。

 

「いやいや、他人がああしているのを見ると冷めちゃうものだよ。ぼくは遠慮する。

 でもあのジョージ、単なる気まぐれな気性の荒い王というわけではないみたいだ。

 ぼくたちを試し、合格だと認めたらすぐに紋章をただで譲ってくれる大物ぶり、

 それにたった一回のこの宴でアレンとの仲を深めてローレシアとの関係を

 強固なものとした。あれは大した王様になるかもしれないね。将来アレンと

 協力して世界を導いていく資質はじゅうぶんにあると思うよ」

 

「・・・ふん、どうかしら。二人そろってあの締まりのない顔じゃあね・・・。

 あんなのに導かれる世界中の人々の不幸を思うと涙が出てきそうだわ」

 

 

「・・・いいえ、王女。アーサー殿の仰る通り、ジョージ王は必ずや

 このデルコンダルを今以上に豊かで強い、民みんなが幸福で笑顔に満ちた

 国とするでしょう。彼自身が、まだその幼いときから誓ったのですから」

 

すると二人のもとにデルコンダルの将軍がやってきた。『コレヒデ』という名で、

王やアレンと同じほど鍛え抜かれた身体をしている、齢を重ねた男だった。

彼は先代の王と同い年で、当然ジョージが生まれたときから今に至るまでの

全てを知っている。コレヒデは二人のそばにゆっくりと座った。

 

「幼いときから、ですか。ジョージ王はそのときから王になることが

 定められていたということですか。ならば使命感も高まるでしょう」

 

「そういえば王様の兄弟を見ないわ。姉妹の人はさっき会ったのだけれど、

 一人息子であるなら早いうちから次の王になると決められるのもわかるわ。

 でも、だったら気まぐれジョージだなんて言われるような統治はどうかと・・・」

 

セリアのちょっとした棘に、コレヒデは怒ったりはしなかったが、手にしていた

グラスをテーブルに置くと、遠くを見ながら語り始めた。

 

 

「・・・実はジョージ王は最初からたったひとりの男子だったというわけでは

 なかったのです。サマルトリアやムーンブルクにはこの話、伝わっては

 おりませんでしたか。我々も広めようとはしなかったので当然かもしれませんが」

 

「・・・・・・それって・・・」

 

「まだ王が三歳だったときです。王の家で突然大きな火災が起きたのです!

 あれは悲痛な事件でした。その火災は実は放火で、王族に打撃を与えようと

 企んだ、とある貴族の仕業だったのですが多くの犠牲者が出て、王の兄弟たち

 全員が火の海のなかでお亡くなりになられたのです。」

 

デルコンダルを襲った悲劇に二人は絶句する。コレヒデもまた、十数年前の

出来事とはいえ、いまだに心を痛めていることをその表情が示していた。

 

「先代・・・『カブト・シロー』は私以上に強靭な男でしたが、それでも

 そのときは魂が抜けたかのようになりました。シローは数多くの男の子を

 残し、後継者の座を争わせるつもりでいたのですが残ったのはまだ幼く、

 しかも目立たぬ存在であったジョージ様ただ一人だったのです・・・。

 母親の『エリモ』に抱かれながら難を逃れた彼はずっとその燃え盛る炎を

 瞬きすらせずに、ただじっと・・・見続けていたのです。そのときのことを

 ジョージ王はこう振り返っています。あのときの自分は確かにこう誓ったと」

 

 

『・・・亡くなった兄や弟たちのぶんまで、必ず自分が立派な王となる。

 そして何もなくなってしまったこの国に春をもたらすと。何もない

 デルコンダルに春がやってきたと皆が慰められるためにこの命を燃やす』

 

 

ジョージ王の決意は確かに実を結び、デルコンダルは成長を続けている。

エリモ・ジョージはこれからも強き王であり続けるだろう。

 

「・・・そんな過去が・・・。でも王様がたいへんな気分屋である理由は?」

 

「おそらく父親譲りでしょうな。シローもまた癖のある男だったもので。

 ほら、あそこにいるのが先代の王、カブト・シローですよ。この頃

 体調がよくないと塞ぎ込んでいたかと思えば今日にはあの様子だ」

 

上半身裸で若き女性たちと走り回り、息子たち以上に痴態を見せつけているのが

先代の王だった。彼もやはり朝になって一日が始まらなければ何をするか

わからないという、周りからすれば難儀で扱い辛い王だったという。

 

「・・・・・・なるほど、血筋ってわけね。よくわかったわ」

 

「それに加えてジョージ王は幼い日に多くの兄弟や従者たちと別れておられる。

 人はいつ死ぬのかわからない、という思いがあるのでしょう、楽しむときは

 遠慮や制御など不要、最大限に楽しみ、後悔のないように全力で日々を過ごす。

 その結果がある者たちからすれば不安定で気まぐれな統治だと思うのでしょう」

 

 

まだコレヒデが話を続けようとしていたところで、ふらふらとした足取りで

ジョージがやってきた。アレンも彼と肩を組みながらいっしょに輪に入ってきた。

 

「おいおい、何だお前ら~~っ!こんなめでたい日に辛気くさい顔をして~っ!」

 

「・・・・・・これは失礼。しかしジョージ王、ぼくたちはあなたのことを

 誤解していました。あのような辛い過去があったなんて知らずに・・・」

 

 

そんなアーサーの言葉すら、王は暗くなるからやめろと一蹴するかのように、

 

「わっはっは、あの火事のことか!あれは確かに悲しい出来事であったが

 いつまでも引きずっていてはよくない!俺が王になってすぐに犯人である

 貴族の家の者たち数十人全員を裁判もせずに皆殺しにしてしまったわ!」

 

「・・・・・・さ、裁判もなしに!?」

 

「証拠がないとか当時まだ幼かった子供は関係ないとか喚いていたがすでに

 やつらの罪であることは明白であった上、幼くともその犯行の計画を

 耳にしていたのならばそれを黙っていたことは死罪に値する!よって

 この俺が一人一人剣で斬り刻み、キラータイガーどもの餌にしてやった!」

 

王が徹底的に復讐を果たした話にアレンは思わず組んでいた肩を解きそうになり、

アーサーは顔を引き攣らせていた。ただセリアだけが王のやり方を受け入れていた。

彼女も現在進行形で復讐を誓い、それを成そうとしている人間だからだ。

 

ここで王は唐突に王宮を指さし、一人の少女にアレンたちの注目を集めた。

 

「・・・しかし彼女は別だ。あれはその貴族たちの家の者ではあるが

 ただ一人殺さなかった。別に妻にするつもりはないが俺の家で養っている」

 

「どうして生かしたんだ?かわいかったからか?確かにけっこう美人だな・・・」

 

アレンはにやにやとしていたが、酔っていたはずの王は真面目そのもので、

 

「俺のことを無差別な殺人者だと非難するやつもいるがそうではない。彼女は

 放火の計画が出てから犯行の日の後まで病の療養のため別の場所にいた、それが

 調査の末に明らかになったからだ。他の者は幼い子どもも奴隷たちも全て

 言い逃れなどできない状況にいたが彼女だけはほんとうに潔白だったからだ。

 その彼女から家族と住む家を奪ったのだ、死ぬ日まで養うのは当然の義務だろう」

 

「・・・なるほどな。お前さん、王として、それに男として大したやつだぜ」

 

このジョージはやはり今も、そして将来はもっと優れた王になると三人は

確信した。むしろ自分たちが見習うべき多くの長所があるのではとさえ思うほどに

なり、当初抱いていた不安は一切なくなっていた。ところが、王の次の言葉で

この宴の席での話は全く別の方向へ向かうことになる。

 

 

「・・・しかしほんとうに彼女をそれ以外の屑どもと共に除き去らずに

 正解だった。もしそのようなことをしていたら・・・きっとやつは、

 ハーゴンは俺のことを見逃したりはしなかっただろう」

 

「・・・・・・ハーゴン!?」

 

突然に挙がった邪教の総帥の名。アレンたちは揃って立ち上がった。



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冒険の記録の巻 (デルコンダル②・果てしなき世界)

 

デルコンダルの王ジョージが口にしたハーゴンという名に、アレンたちの

顔色は急変した。彼らのこの旅の目的はその者を倒すためであり、

ハーゴンの居場所を求めて世界の各地で情報収集に励んでいるからだ。

 

「・・・ハーゴン!やつがお前を見逃さないだと!どういう意味だ!?」

 

「まさかあなた、やつと会ったことがあるっていうの!?」

 

アレンとセリアはすぐに王に迫った。あまりの反応と気迫に王は後ろに下がり、

 

「ちょ、ちょっと待て!落ち着け、俺はハーゴンとは何の面識もない。顔は

 知らないし会話をしたこともない!ただ、もしあの貴族の家の者たちを

 皆殺しにしたとき、罪のない彼女までも同じようにしてしまえば・・・

 ハーゴンがその軍を引き連れて裁きを下しに来るかもと思っただけだ!」

 

「どうしてそんな考えを?理解できないのですが・・・・・・」

 

「・・・ラダトームが滅んだからだ。あの国はお前たちの先祖、また俺の先祖の

 生まれた地であったが、彼らが去った後から王族が悪い行いに走り始めた。

 そして長い猶予期間の末に、とうとう先日滅ぼされたと聞いたのだ。

 それもあのハーゴンが自らのしもべたちによってそうしたと・・・」

 

 

ラダトームのことに関しては、アレンたちのほうがよく知っていた。確かに

おそらくはハーゴンのしもべであろう『神の子の使い』を名乗る者たちが、

その罪深き歩みを断罪するためにアレフガルドに降り立ち、そして一夜のうちに

王とその息子たち、また高貴な者たちや貪欲な商人と兵士たちを打ち殺した。

残った人々もこの地を捨てたのでやがて人の住まない荒野となるだろう。

 

「ハーゴンに関しては全てが謎に包まれている。このデルコンダルにはまだ

 直接的な影響はないが、魔物たちが凶暴になっているというのはある。

 国でもやつのことを調べてはいるが、そうすればするほど謎が深まってしまい・・・」

 

デルコンダルでもハーゴンに関しての調査は進められていたが、この様子では

アレンたちの求める直接的な情報を得るのは期待薄だろう。

 

 

「ハーゴンとやつの組織の動きについての報告だが・・・ムーンブルクや

 ラダトームの城を壊滅させ、徹底的な荒廃をもたらしたというのは有名だ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「それに加え小さな村でも甚大な被害を受けたところもある。とある漁村など

 邪教の影響を受けた魔物どもに漁師たちが全滅させられ、村には子どもや

 老人を除けば女性たちしかいなくなってしまった!人手も船も失い、

 あと僅かもすれば村は終わりだ!そして多くの人の住む地では目に見えない形で

 侵食するかのようにやつらの影響が及んでいる。事態は深刻だ」

 

世界を破滅させ災厄をもたらす、それだけならばハーゴンはこの時代の魔王として

わかりやすい存在だっただろう。ジョージ王を悩ませていたのは更なる報告、

ハーゴンという者の実体を煙に巻く真逆の活動だった。

 

 

「・・・ところがある町ではやつの教えを聞いた人々が正しい行いをするようになり

 犯罪者がいなくなったということだ!誰の手にも負えぬような大泥棒まで

 罪深い歩みを悔い改めたのだ。また先ほども少し触れたように、やつが

 滅びをもたらした地にはそれなりの理由があった!そしてその都市を

 壊滅させることがあっても心の正しき人間は必ず救っているのだ」

 

 

ラダトームで大々的な殺戮を行った際も、腐敗した政治に関与しなかった者や

町人たちには決して手を出さなかったことはアレンたちも知っていた。

この例だけをとればハーゴンとその使いはまさに公正な裁き人のようだったが、

 

「・・・・・・でもセリアのムーンブルクには滅ぼされる落ち度なんてない。

 王様たちもいい人だった。ハーゴンの裁きの正当な理由になんてならねえ!」

 

「そう、だからハーゴンの目指すものや行動の理由がわからないのだ!

 単なる魔王であればすぐにでもやつの居場所を探し出し討伐に向かうのだが」

 

 

ハーゴンは何者なのか。邪教の狂信者でない者すら、その語ることを聞き

人となりに触れることで『あれは『神の子』で世界を救うためにやってきた』と

口にする。しかしその裏で行われる暴虐や侵略もある。だから『ハーゴン』は

二重人格なのか、もしくはジョージ以上に気まぐれで危険な人物なのか、

その名を騙って悪事を働いて罪の責任を押しつけようとする別の勢力があるのか。

デルコンダル内でも意見は割れ、いま話を聞いたアレンとアーサーも具体的な

結論に全くたどり着けなかったが、セリアにはそもそも関係のない話だった。

 

 

「・・・細かいことを議論したり推察する必要なんてないわ。たとえハーゴンが

 どんなやつだったとしてもわたしのやることは一つ!わたしの故郷を滅ぼし

 世界の罪のない多くの人々を苦しめる悪魔をこの手で討ち取ること!」

 

「・・・・・・まあ・・・そうなるか・・・」

 

「でもやつがわたしの城を襲った理由については聞いてみるのもいいかもしれないわ。

 半殺しにして捕まえて、真実を吐かせた後で遠慮なく殺してやるわ」

 

 

セリアからすればハーゴンを少しでも高めるような話が出るだけで憤りに

満たされるのだ。残っていた酒を飲み干すと一人でどこかへ行ってしまった。

 

「・・・なかなか怖ろしい女だ。アレン、お前も苦労しそうだな」

 

「・・・・・・ああ。だが守ってやらなくちゃいけないやつだ」

 

「あれではお前の不貞など許さぬだろうな。先ほどの女性しかいなくなった

 村の件だが、俺とお前で半分ずつ引き取ってやろうと考えていたのだがな。

 幼子も白髪の女性も関係ない、みんなまとめて我らの妻に、と思っていたのだが

 どうやらお前の命のためにもやめておいたほうがよさそうだ」

 

王の言葉にアレンはすぐに反論した。彼の語ることには間違いがあると。

 

「おいジョージ!おれとあいつはそんな仲じゃないんだよ!勘違いするな!

 さっきアーサーから聞いていたんじゃなかったのかよ!」

 

「・・・ジョージ王、確かにアレンの言うことが正しいです」

 

アーサーもアレンに続いたが、王はすっかりまたほろ酔い気分に戻っていて、

 

「はっはっは、どちらでもよいわ。どの道精霊ルビスが望まれるのであれば

 お前たち二人は結ばれるだろう。そうでなければそれまでのこと!

 俺は楽しみにしているぞ!お前たちが天より与えられた使命を完遂し

 再び戻ってくることを!それまでは簡単にくたばるでないぞ!

 おお、そうだ。そのための一品があった。二人とも、ついてこい―――っ!」

 

 

王は勢いよく立ち上がると二人を連れて歩き出す。人気のないところへ案内され

そこでいきなり修行だなどと言って真剣での戦いを始めたりしないか心配も

あったが、王が向かっているのは町の武器屋だった。もう店じまいしていたが

構わずに扉を何度も打ち叩き、店主を呼び出した。

 

「・・・こ、これは国王様!今日はどのような御用で・・・」

 

「知れたこと。お前の持つ『ガイアの鎧』、そいつをもらいにきた。伝説の

 ロトの鎧には及ばぬものの精霊ガイアの加護を受けているというその鎧、

 この者たちのために差し出すのだ。早くしろ」

 

 

勇者ロト、そして子孫ブライアンが愛用した鎧の行方はこの時代、全くわからなく

なっていた。もしかしたらもうどこにもないかもしれない。ならば世界で最も

優れた鎧はこのガイアの鎧だ。王は店の主人に今すぐ持ってくるようにと言う。

 

「い、いえいえ国王様!あれは簡単に渡せるものではありません!あなた様も

 よく知っておられるはずです!世界に二つとない・・・」

 

ただで差し出せという王に対し当然店主も抵抗するが、王は鍛えられた

拳に力をこめると、店の壁を殴りぬいた。中央に大きな穴が開いたと思うと

そこからひび割れが入り、ついには壁全てがガラガラと音を立てて崩れ去った。

それだけでは足りず、王は剣を抜いて店主の眼前の机に突き刺した。少しでも

間違っていたら鼻を削ぎ落していたかもしれないほどだった。

 

「あ・・・あああ――――――っ!お、お助け――――――っ!!」

 

「何を言うか!あれはお前が貧困の者からほんの僅かな値で奪いとるように

 手に入れたものではないか!ならば手放したとしても惜しくないだろう。

 私腹を肥やし続けたラダトームの商人たちがどうなったのか知らないわけでは

 あるまい。必ず裁かれる時が来る。いまわたしがそうしても・・・」

 

王の脅しの言葉に武器屋の主人は早々に屈し、店の奥に隠していた鎧を

持ってくるとすぐに差し出した。王の言う通りこれはただ同然で仕入れ、

高く売りつけようと機会をうかがっていたものだった。莫大な収入を

失ったのは痛いが、損をしたわけではない。ここで王に歯向かうならば

それ以上に大変な目に遭うのでこれ以上の抵抗はしなかった。

 

「よしよし、それでいい。もし世界が滅ぼされてしまったら蓄えた富も

 全て無駄になるのだからな。ならば彼らに託すのが最善というもの!

 さあアレン、このガイアの鎧をハーゴン討伐のために使ってくれ!」

 

(・・・いま王に滅ぼされそうになった・・・というのは黙っておこう)

 

 

 

王からガイアの鎧を渡され、宴が終わった後アレンとアーサーは改めて

ジョージ王が優れた人物であると語り合っていた。ところが町の人々の

会話が聞こえてきて、その評価を急落させることになった。

 

「なあ知っているか?武器屋のあの鎧、王が旅人にやっちまったらしいぜ。

 強欲な武器屋から没収した名裁きみたいな感じになってるけど・・・」

 

「あの鎧は数か月前、そもそも王が武器屋に渡るように仕向けたのになあ。

 きっともう忘れちまってるんだろうな。ほんとうにそのときの気分で

 動くから・・・明日になったらもう後悔しているかもしれないぜ。

 昨日の自分を叩き殺してやりたいってな。そういう男だぜ、あの